道参人夜話

曽我部浩人

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第八夜   変性女子

第4話 魔道師 青坊主

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 幽谷響やまびこあおい──ダンスホール中央で激突する二人。

 姿こそ見えるものの、その両腕はブレた映像のように目で捉えることができない。どうやら常人の動体視力では認識できない動き方をしているらしい。

 ただ、凄まじい速度で攻撃を繰り出していることだけは理解できた。

「……まるでドラゴンボールの戦闘シーンだね」
 2人の周囲では小規模の爆発が起こり、風圧が届くほどだ。

「ドラゴンボールの戦闘シーンでよくあるのは激しい殴り合いですが、幽谷響と葵ちゃんがやってるのは少々違いますよ。あれは殴り合いではなく『取り合い』と言うそうです」

 単純に殴り合っているのではなく、投げたり、払ったり、落としたりするために、様々な攻撃を目にも止まらぬ速さで応酬しているらしい。

「つまり、攻撃の主導権の『取り合い』って意味か」
「はい、ですから、この『取り合い』の均衡きんこうが崩れると──ああなります」

 解説のタイミングに合わせるように、葵が空中へ投げ飛ばされた。

 幽谷響はお仕置きだと言わんばかりに葵を高々と放り投げ、地面に叩きつけるつもりのようだ。

 ──しかし、葵はそれを拒絶した。

 稲妻のような軌道を描いて宙を駆けると、幽谷響の頭上に舞い戻ってきた。
 そのまま両足で踏み潰そうとするが、幽谷響はすんででかわす。

「なんだ、今の物理法則を無視したヤバイ動きは……UFOの真似事か?」
 軽口を叩く幽谷響だが、その頬には一筋の冷や汗が伝う。

「力法宗・蒼式あおしき──舞雷ぶらい
 葵は顔色ひとつ変えず、技の内容を公表した。

「空を駆ける天狗の魔道師たちから着想を得ました、空中での重力制御術です」
「ケッ、俺の知らねぇ新技を編み出しやがったか……オメェらしいな」

「お褒めの言葉をいただくにはまだ早いです」
 そう言って目を伏せた葵が、その場から忽然こつぜんと消失した。

 幽谷響は慌てることなく、落ち着いた様子で辺りを窺う。

 だが、無意味──幽谷響は見えざる攻撃によって吹き飛ばされる。

「どうっ!? い、今の見えねぇ攻撃……まさか!?」

「力法宗・蒼式──瞬雷しゅんらい
 幽谷響の背後に葵が戻ってきた。これは彼女の技によく似ている。

「『百々女鬼どどめき』の真奈様の技術を応用させていただきました、高速移動術です」

 葵は腕を振り上げ、幽谷響に拳を打ち込もうとする。その腕が一瞬だけ倍に膨れ上がったように見えた。幽谷響もただならぬ気配に慌てて飛び退く。

 幽谷響が退いた床に拳が打ち込まれ、ダンスホールにクレーターを作る。

「力法宗・蒼式──剛雷ごうらい
 拳を引き抜いた葵は、それが誰に由来するのかを明かす。

「『鬼』の阿美様と美吽様の筋力操作をアレンジさせていただきました、瞬間的な筋肉増強術です」

 直撃を受けていたら幽谷響など木っ端微塵だったはずだ。
 幽谷響は嬉しいような恐ろしいような、二律背反な気持ちで表情を彩っていた。

「ったく、オメェは……どんだけ魔道師の技をパクッて、パロって、オマージュして、インスパイアして、リスペクトしてきたんだよ! いや……オメェにしたら見て覚えただけか」

「学ぶとは真似ること──そう教えてくれたのはお兄様です」
「そうだっけなぁ……見て盗め、見て覚えろって散々言ってきたからなぁ……」

 幽谷響は職人みたいなことを言っているが、これはあながち間違いではない。

 見て覚え、その技を盗み、真似ることで学ぶ。それが当人に資質の有無を問うフィルターになっているのだ。

「この程度、まだ序の口です。お兄様にはもっと葵を味わっていただきます」
「そりゃあ嬉しい限りだ……精々お兄ちゃんを楽しませてみろぃ!」

 再び拳を交え合う幽谷響と葵。
 その趨勢すうせいは幽谷響がやや劣勢に傾いているようだ。

 両者の闘いを眺めながら、信一郎はハットに疑問をぶつけてみた。

「葵ちゃんって見ただけで相手の技を覚える天才……?」
「有り体に言えばラーニングですね」

 ハットは葵の魔道師としての資質を説明する。

「葵ちゃんも号を持つ魔道師なんですよ──魔道師『青坊主あおぼうず』」

 青坊主とは青い肌をした大入道で各地に出没例が残されている。

 現れて人を驚かしたり、子供をさらうという言い伝えもあるが、大した曰くはない。画図百鬼夜行にも描かれているが、藍染めの僧衣を着た一つ目の坊主の姿というだけの妖怪で、その来歴も定かではない。

「そんな『青坊主』の号を持つ彼女の能力が……ラーニング?」

「正確に評せば『未熟であるが故に限界を迎えない程度の能力』──とでも言いましょうかね」

 意味がわからないので、信一郎は首を傾げてしまった。

「この場合、『青坊主』の青とは未熟さを意味する青です。『青坊主』とは未熟な坊主、いつまでも青二才のままということです。いつまでも、永遠に青いまま……その意味を逆手に取れば、完成系や円熟期を迎えないということであり、どこまでも成長を続ける異常な才能ということ」

 事実、葵は留まることを知らずに成長する天才だった。

 幽谷響が一度だけ見せた高等技術もあっさり真似してしまい、数日後には完全にものにする才能を発揮し、その上達振りに兄弟子たちは舌を巻いたという。

『一を聞いて十を知り、百を閃いて千を得る』

 その才能を知った彼女の祖父は、自分の号である『青坊主』を譲ったそうだ。

「力法宗は御覧の通りバーリ・トゥード、何でもありの流派です。それでも鍛錬していく内に自ずと得意な系統が決まっていきます──ですが、葵ちゃんにはそれがないんですよ」

 枠にはまらず、型に囚われず、常識に縛られない。
 望めば全ての武術の奥義を体得できる、秀才も偉才も天才さえ越えた才能。

「魔道師の技を一目見ただけで自己流にアレンジし、それを己の流儀にしてしまうのも彼女のセンスなんです。まあ、ラーニングにも限界があるようですがね」

「限界なんてなさそうだけど……?」

「いいや、ありますよ──たとえば僕の『羅城門らじょうもん』のような科学的な技術、それに先生の『木魂こだま』のような超自然的な能力、こうしたものはいくら葵ちゃんでもラーニングできません」

「ああ、あくまでも武術に応用できる範囲だけなんだ」

 葵の成長振りは兄弟子である幽谷響も驚嘆させていた。

「やたら脂の乗った乳尻太股になったのに……よく動くじゃねえか」

 肩を押さえて大きく深呼吸を繰り返し、幽谷響は逃げるように後ずさった。
 明らかに満身創痍、先ほどから葵の猛攻を食らいっぱなしである。

「一日たりとも鍛錬を欠かしたことがないゆえの賜物だと思われます」

 一方の葵は疲労感ゼロ。
 メイド服を汚さず、呼吸も乱さず、清廉せいれんに佇んでいる。

 力量の差は一目瞭然──弟改め妹は兄を越えてしまったらしい。

 幽谷響の強さも武道家の次元では桁違いなのだろうが、葵はそれを超越していた。あれだけ激戦を繰り広げておいて息ひとつ乱さないのは異様ですらある。

「お兄様も辛そうなので……そろそろ締めと参りましょう」

 葵は腰を落とすと左手を突き出し、右手は矢を引き絞るように後ろへ運ぶ。

 明らかに何かをするつもりだが、幽谷響との距離は10メートル近くある。攻撃の届く間合いではない。

  それでも構うことなく、葵は瞬速で拳を突き出した。

「力法宗・蒼式──遠雷えんらい

 大砲を撃つような爆音、空気が爆ぜるような衝撃。
 それが幽谷響の腹部を見舞った。

 これは──最初に幽谷響を吹き飛ばした技だ。

「お兄様の音を衝撃波として撃ち出す技を追求して編み出しました、破壊力重視の遠当とおあてです」

 幽谷響は声も上げず吹っ飛んでいく──その先に葵が待っていた。

 瞬間移動のように先回りしていたのだ。

 葵は飛んできた幽谷響を払い飛ばし、払い飛ばされた先にまた葵が待っており、今度は投げ飛ばされる。それを延々と繰り返す。

 幽谷響は地に落ちることも許されず、葵の連続攻撃によって宙を舞う。

「出ましたね、葵ちゃんオリジナルの超必殺技」

 葵の動きを目視で追うのは不可能、残像でしか確認できない。その残像を追い続けていくと長い軌跡となり、一本の太いラインに繋がっていく。

 それは恐ろしいまでの躍動感を持って動き、まるで青い龍が舞っているかのようだった。

 幽谷響はその龍によって弄ばれるかの如く翻弄ほんろうされ続けていた。

 フィニッシュとばかりに天井に叩きつけられた幽谷響は、ボロ屑のようになって落ちてくる。元からボロボロの僧衣だから尚更だ。

「力法宗・蒼式──龍雷りゅうらい

 葵は落ちてきた幽谷響を抱き留めると、初めて少女らしい笑みを見せた。

「私の勝ちですね、お兄様?」
「へっ……してやられなたぁ……葵ぃ……お兄ちゃんの……」

 ズタボロの幽谷響は震える手を葵の頬へと伸ばした。

「…………勝ちだ」

 幽谷響が頬に触れた瞬間、葵は糸が切れたように膝から崩れ落ちた。

 抱き上げられていた幽谷響は足下に放り出され、そのまま倒れ込んだ。葵も全身に力が入らないようだった。

「脚が……いや、身体にも力が……これは……お、お兄様?」

「今の技……その最中に2発、俺からの攻撃を食らったの覚えてるか?」
 身に覚えがあるらしい。葵の顔に焦りが浮かんだ。

「あんな触った程度の打撃でも何でもないもので……っ!?」

「俺が何の魔道師か忘れたかよ? 音だぜ音──音ってのは振動だ」
 仰向けの幽谷響は、顔を上げて意地悪そうに笑った。

「その触ったくらいの攻撃で、おまえの身体に振動波をぶちこんどいた。一発なら目眩、二発なら三半規管が酔っぱらう程度だが……三発目ともなりゃ脳味噌を震わせて失神させる」

「そ、そんなことが……くっ」
 葵の顔は悔しさに歪む。もう気を失う寸前なのだろう。

「……葵、おまえは確かに天才だよ」
 眠りに落ちかける葵に、幽谷響は子守歌でも唄うように語りかけた。

「そりゃあ『青坊主』の号を贈ったお師匠様や、そのクソジジイに代わっておまえを育ててきたお兄ちゃんが認めてやる……だがな、その才能にあぐらをかいてっと、こうやって大人の小狡こずるい罠に引っ掛かっちまうんだ……そいつをよぉく肝に銘じときな。そんでな……」

 意地と根性で立ち上がろうとしながら、幽谷響は葵に向けて言い放つ。

「──お兄ちゃんに岡惚おかぼれするなんざ百万年早ぇえんだよ」
 幽谷響が立ち上がり、葵は崩れ落ちようとしている。

 まさかの土壇場逆転勝ち──。
 少なくとも、幽谷響本人は勝利を確信しているだろう。

「……お、兄様……っ」

 葵は膝を立てたままの姿勢で意識を失い、そのまま前のめりに倒れていった。

 その倒れる先には幽谷響が這い蹲っている。立ち上がろうと踏ん張ってるところに葵が倒れ込んできたのだ。

「ぐぉーっ! お、重いぃぃぃーっ!?」

 幽谷響は葵にのし掛かられてジタバタと藻掻いていた。

 そこから自力で逃れるだけの余力は残っていないようだ。どういう具合か、葵の胸の谷間にちょうど幽谷響の顔が収まっている。

「こら幽谷響やまびこ、女の子に重いは禁句だろ。その状況は役得って喜べよ」
「せ、先生っ! この状況で言うことはそれですかい!?」

 抗議されても取り合わない。
 葵も幸せそうな寝顔なのでこのまま放っておきたい気分だ。

 二人の様子を見ていて、ハットが思い出したように疑問を口にする。

「さて、これってどっちが勝ったのだろうね?」

 葵は完全にオチている。幽谷響は意識こそあるが、ろくに動ける状態じゃない。両者共に試合続行不可能。しかも見た目的には葵が幽谷響を押し潰している。

「……葵ちゃんにフォールされて3カウント過ぎてるから幽谷響の負けでいいんじゃない?」

「先生、なんでここでプロレスのルールを持ち出すんでやすかっ!?」

 またも抗議された。身体も小さければ器も小さい男だ。

「いいじゃないか、試合も見てたけど圧倒的に葵ちゃんの勝ちだったしさ。審査員がいたら葵ちゃんの判定勝ちだったと思うよ。観戦してたメイドさんたちにも聞いてみようか──どうだい?」

 ダンスホールの壁際に退避していたメイドたちも、口々に葵の勝ちだと訴える。

「ほらね、君の負けだ──大人しく葵ちゃんの愛を受け入れてあげなよ」
「……先生、顔が恐ろしいくらい愉快そうに笑ってやすぜ」

 そんなことはない。幽谷響の被害妄想だ。
 きっとそうに違いない、うん。

 信一郎が幽谷響をイジメて楽しんでいるところへ、ハットが真面目な口調で割り込んできた。

「そんなに負けを認めるのが嫌なら、引き分けで手を打たないかね?」
「引き分け……でございやすか?」

「そう、引き分け。勝ったら相手の言い分を呑むって条件も無しだ」

 その代わり──葵ちゃんの気持ちを認めてあげなさい。

「許さず、好まず、嫌おうとも──認めることはできる……そうだろう?」
 幽谷響はすぐに答えない。たっぷり1分ほど逡巡しゅんじゅんした。

 躊躇ためらっているのか、迷っているのか、戸惑っているのか?
 或いはその全てなのかも知れない。

 ようやく幽谷響が口を開いたかと思えば、それは長い溜め息だった。

「わかりやしたよ……あおいは拙僧の可愛い弟……改め、可愛い妹だ」



 それでいいんでございやしょう、と幽谷響は長い溜め息を吐いた。


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