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第七夜 血塊
第5話 子は母の胸に抱かれて
しおりを挟む日が暮れようとする頃、信一郎とアリスは秋葉原にいた。
あれからアリスのリクエストをなるべく反映した東京巡りツアーを敢行し、最後に辿り着いたのがここ秋葉原だった。
この街での目的もほぼ達成したので、一休みをしているところだ。
近くの公園でベンチに腰掛け、缶コーヒーと缶ジュースで一息入れる。
「母様、ここのメイドって面白いです。みんな角も毛も尻尾も生えてない」
「……アリスちゃん、それが普通なんだよ」
アリスが萌えと電機の街に興味を持った理由がこれだ。
特殊すぎる朱雀院家のメイドたちと、テレビで見た秋葉原のメイドだちが全然違っていたので、東京に来たら一度見てみたかったらしい。
「そういえば阿美や美吽みたいなのもいなかったです。みんな細かった」
「……あんな世紀末覇王と世紀末救世主みたいなメイドもいないなぁ」
阿美と美吽はアリスの世話役だった双子のメイドだ。
ビジュアル的に劇画チックなのだが──。
「でも、アリスは色んなものが見れて楽しかったです。お菓子やお洋服におもちゃもいっぱい買ってもらって、いっぱい遊んでもらえて……何より、母様は今日はずっとアリスと一緒にいてくれました」
アリスは人一倍寂しがり屋だ。それは信一郎もよく知っている。
誰よりも母親が恋しがり、信一郎と一緒にいたいがため、故郷を飛び出してでも一緒に暮らしたいと願ってくれた。
だからこそ、ずっと一緒にいてくれたことが嬉しかったのだろう。
「──ありがとうございます、母様」
天使のような微笑みに、信一郎の胸は喜びで張り裂けそうになった。
「うん……喜んでもらえて何よりだよ」
アリスが喜ぶ度、信一郎の魂は歓喜に打ち震える。
アリスが笑う度、信一郎の魂は法悦の境地に至る。
アリスがそこにいるだけで、信一郎は幸せを感じられるようになっていた。
もう間違いない──これは母性本能だ。
アリスが可愛いからじゃない──自分の娘だと思えるから愛おしいのだ。
しかし、信一郎は葛藤していた。
源信一郎は男である──なのに母性に突き動かされる事実。
これを受け入れてしまえばより女性化が進行するのではないかという恐怖。
そんな迷いを払い除けてでもアリスを愛したいと願う母性本能。
それでいて、自分とアリスは血が繋がっておらず、本当の母親にはなりえないという劣等感。いくつもの感情がジレンマを引き起こしているのだ。
だが、そんなことはアリスの前でおくびにも出せなかった。
「ねえねえ母様、あれなんですか?」
信一郎の心中など露知らず、好奇心旺盛なアリスは公園の片隅を指差した。
「ああ、移動のクレープ屋さんだね。秋葉原にはああいう店が多いんだ」
「クレープ! 食べたいです! ちょっと買ってきますね!」
勿論母様の分も買ってきます、と言うが早いかアリスは走り出していた。
「あ、アリスちゃん、お金お金!」
「大丈夫です母様、アリスはコインならいっぱい持ってますから!」
元気よく手を振るアリスに、信一郎は力なく微笑みながら手を振り返した。
母様と呼ばれる度に嬉しさが込み上げ、後ろめたさがつきまとう。
「私は……アリスちゃんに何をしてあげられるんだろうな」
信一郎は本物の女に化けられるが、本当の母親にはなれるわけがない。
それでもアリスは信一郎を母親として慕ってくれる。
そんな彼女に何ができるというのだ?
お母さん──見つけた。
そう呼ばれたところで、信一郎には母親役を演じるのが関の山だった。
「うん? お母さん見つけたって……っ!?」
声が聞こえた背後へと振り返った瞬間、信一郎は総毛立った。
どこから現れたのか知らないが、巨大な緑色の怪物がそこにいたのだ。
──おぎゃあああああああああああああんっ!!
緑色の怪物は一声上げると、その前足を信一郎に突き出してきた。
押し潰される──!!
反射的に眼を閉じる寸前、小さな影が信一郎の前に立ちはだかった。
「おい、おまえ……母様に何してんだ?」
伸びてきた怪物の前足を、アリスがその小さな両手で受け止めていた。
信一郎の危機を察して、戻ってきてくれたのだ。
どう考えてもウェイト差は歴然なのに、アリスは物ともしない。
あろうことか怪物が仰け反るように押し返されるほどだ。アリスは怪物の前足を掴むと、牙を剥いた口で吠えた。
「アリスの母様に……なにしてんだおまええええええええっ!!」
その瞳は金色に輝き、逆立つツインテールは一対の角。
幼い鬼は本性を剥き出しにすると、あらん限りの怪力を発揮した。
アリスは力任せに怪物の前足を引っ張ると、その巨体さえも釣り上げるように持ち上げ、そのまま公園の中央に向かって投げ飛ばす。
アリスはそれを腕力だけで成し遂げたのだ。
古き血を受け継ぐ魔道師たちには特徴的な身体的能力がある。
天狗の魔道師であれば空を飛ぶような跳躍能力、河童の魔道師であれば魚顔負けな水泳能力。
そして──鬼の魔道師たちは驚異的な膂力を持っていた。
アリスはそれを色濃く受け継いでおり、その細腕はヒグマをも締め殺す。
「アリスの母様に手ぇ出す奴はブッ殺す!!」
怒り心頭のアリスは信一郎を背後に庇い、小さな掌を天へ突き上げた。
「来い──ウチデノオオヅチハンマー!!」
少女の呼び声に応えるが如く、夕闇の空に明星が瞬いた。
その輝きが一直線にアリスへ落ち、彼女の手の中に武器として収まる。
それはメカニカルで巨大なハンマーだった。
ロボットのようなデザインのハンマー部分はドラム缶より一回りも大きく、持ち手である柄の長さも槍ぐらいある。
それをアリスは玩具のように振り回し、緑色の怪物に向かっていった。
「兄様にもらったこの子でペッチャンコにしてやる!」
──おぎゃあああああああああああああああああああああああああんん!
怪物の振るう前足と、アリスの振るうハンマーが激突する。
今度の威力は互角らしい。
激突した瞬間、地響きが走って空気の割れる音が響いた。
アリスは余裕の笑みでポシェットに片手を伸ばしている。
取り出したのは百円玉、それをハンマーの下部にあるコイン投入口に入れた。
「ウチデノオオヅチハンマー!! 『噴火の衝撃』!!」
アリスの命令に反応して、ハンマーの後方がロケットブースターに変形する。
そこから勢いのあるジェットが噴き出し、ハンマーが一気に前へ突き進む。
怪物は押し負けて、アリスのロケット噴射するハンマーに弾き飛ばされていた。
アリス専用の武器──ウチデノオオヅチハンマー。
開発者はアリスの兄である朱雀院ハットで、その弁に寄れば『欲望を食べる武器』とのことだ。
一寸法師に退治された鬼が持っていた打ち出の小槌。
それは願いを叶える奇跡の秘宝であり、鬼たちが創り出した魔道の道具。
その打ち出の小槌をモデルに、このウチデノオオヅチハンマーを作られた。
人間の欲望に塗れた貨幣をこのハンマーに投入すると、貨幣に染み込んだ欲望を変換して、使用者の思うがままに攻撃能力を発揮する万能槌とのこと。
だからアリスは非常事態に備えて、コインをたくさん持っているのだ。
アリスは百円玉を二枚取り出し、連続でハンマーに投入した。
「ウチデノオオヅチハンマー!! 『穿孔の衝撃』!!」
アリスがハンマーを横殴りに振るう。それを怪物は受け止めたが、ハンマーの打撃部分がドリルとなり、怪物の巨体を穿った。
悲鳴を上げる怪物、しかしアリスは慢心しない。
間髪入れず、アリスは数枚の百円玉をハンマーに投入する。
「ウチデノオオヅチハンマー!! 『連重の衝撃』!!」
返す刀で攻撃するアリスだが、今度は怪物もハンマーで受け止めた。
受け止められたハンマーはまたまた変形すると、杭打ち機のように後部から太い柱が出てきた。柱が戻るようにハンマーに打ち込まれ、零距離の衝撃となって怪物にめり込む。
一度目こそ耐えた怪物だったが、何度も連続で受ければ一溜まりもない。
ついには地面が耐えきれず、足下がクレーター状に大きく陥没した。
──おぎゃあああああああああああんん!!
怪物は絶叫を上げるが、まだ諦めずにアリス目掛けて突進してくる。
いや、正確に言えばアリスの背後にいる信一郎に向かってきているのだ。
「だ! か! ら! 母様に近付くんじゃねーっ!!」
アリスはハンマーを振りかざし、真っ向から怪物を迎え撃った。
目の前で繰り広げられるアリスと怪物の激闘に、信一郎はどうすることもできなかった。あの戦いに加わるほどの腕力が『木魂』にはない。
日が暮れたとはいえ秋葉原の公園、否応にもこの騒動は人目を引いた。
特撮映画の撮影とでも思われている内が華である。
周囲に被害を及ぼしでもしたら一大事だし、アリスの正体や怪物の姿が一般に知れ渡ったら、それこそ大問題に発展しかねない。
なにより──アリスの身を案じてしまう。
アリスが怪我でもしたら、我が子が傷つくように取り乱す自信があった。
そして、あの緑色の怪物──あれは紛れもなく常世のものである。
それだけならばまだしも、信一郎はあの怪物の心配までしてしまう動機ができてしまった。
「あれは……あの子は……どうしてこの世界に来てるんだ!?」
常世の力を扱える『木魂』ゆえに知り得た真実。
あの緑色の怪物は常世のものだが、まだこの世に喚び出されてはいけないもの。
それもあんな怪物じみた姿で喚ばれるなんてありえないし、アリスと戦わせるなんて以ての外だった。
これ以上──アリスと怪物を戦わせてはいけない。
そう決意した信一郎は、体の奥底から力の源泉が湧き上がるのを感じた。
信一郎が見守る中でアリスと怪物は戦い続けた。
「そうか、おまえも……母様が欲しいのか?」
戦いを経て相通ずるものがあったか、アリスは切ない瞳で怪物に問い掛ける。
──おぎゃああ……うぎゅぅぅ……うぎゃああぁぁ……。
アリスの問いに答えるが如く、怪物もまた物悲しい声を絞り出した。
「やっぱりそうか……おまえの気持ち、アリスもわかるぞ……でもな……」
折れんばかりにハンマーの柄を握り、アリスは鬼の形相で吠えた。
「あの人はアリスの母様だ! おまえなんかに渡すかよ!!」
──おぎゃあああああああああああああああああああああああんん!!
互いの戦う理由を認めるも、その先にあるものは譲れない。
アリスのハンマーから放電が起き、エネルギーを臨界点へと高めていく。
怪物も四肢に力を込め、全力でアリスに飛びかかる準備を整えた。
アリスの振るう渾身の一撃と、怪物の巨体による突進。
今まさに最後の決着をつけようとしている。
──それだけは絶対にさせない!!
アリスのため、あの子のため、子供たちのために信一郎が覚悟を決めた瞬間。
信一郎の奥深いところから、大きな力が湧き上がった。
~~~~~~~~~~~~~
幽谷響が現場に駆けつけた時、想像を絶する光景が広がっていた。
襲いかかろうとする怪物と、それをハンマーで迎撃しようとするアリス。
両者を──信一郎が止めていた。
怪物とアリスの間に割って入り、それぞれの攻撃を片手で受け止めていたのだ。
だが、いつもの信一郎ではない。
「まさか修羅ヴァージョン!? いや、それにしちゃあ……?」
信一郎が『木魂』の力をフル活用できる状態を、幽谷響は畏敬を込めて修羅ヴァージョンと呼んでいた。そうなると信一郎の髪は深緑に染まる。
だが──信一郎の髪は真紅に輝いていた。
いつも通り女性化しているが、その肢体にも違和感がある。
女性になった信一郎はグラビアモデル顔負けのスタイルなのだが、今日は輪をかけてグラマーに見えるのだ。
「2人とも……もうやめるんだ」
アリスと怪物の力を受け止めたまま、信一郎は双方に言い聞かせる。
「もうわかってるはずだ、アリスちゃん……君の方が『お姉さん』なんだから、落ち着きなさい。この子をいじめるのは、もうやめなさい」
「う……は、はい。ごめんなさい、母様」
アリスは信一郎の言葉を素直に聞き入れ、ハンマーを引っ込めた。
「それに君もだ……もう君を傷つける者はいない。いたとしても私が守ってあげるから……だからもう、暴れるのはやめなさい」
おとなしくなりなさい──ぼうや。
すると怪物は親に叱られた子供のように、その場に腰を落とした。
だらしなく尻餅をついて、後ろ足も前足も無造作に放り出して座る姿は熊のそれを思わせるが、一人でも座れるようになった赤ん坊にも似ていた。
信一郎はアリスと常世のものに手を添え、子供をなだめるように撫でている。
「あれ……信一郎先生、ですよね? なんかいつもと様子が違いません?」
「こっちが聞きてぇよ。それにしてもこいつぁ一体……っ!?」
何が起きたか理解しかねる幽谷響と周介は、その場で震え上がるばかりだ。
信一郎がこちらを見つめている──いや、睨んでいる。
その無言の圧力に、周介どころか幽谷響さえ膝を屈してしまいそうになった。
この世に生を受けた者が抗えない凄み──。
それが今の信一郎から発せられる謎の迫力だった。
それを知ってか知らずか、信一郎は二人に命じてくる。
「周介君……特対課の権限でこの辺り一帯を完全封鎖するんだ。それと情報操作でこの子たちが暴れたことは絶対に公ならないようにすること。そういうのが得意な人が特対課にいたよね?」
「はっ、はい! 直ちに手配いたします!」
周介は敬礼すると駆け足で車に戻り、無線で早急な手配を要請した。
「幽谷響……君なら音を操ってこの辺りの人払いができるだろう? 特対課の封鎖が完了するまで誰も近付けないようにしろ。ついでに催眠や暗示で目撃者の記憶も消すんだ……できるな?」
「へっ、へい! やらせていただきやす!!」
この世に生を受けた者が抗えない凄み、その正体にようやく思い至る。
これは──母の威厳だ。
この世に生まれた者が避けて通れない、洗礼にも等しい圧倒的な威厳。
「それと……何があったか全部話せ。隠し事は一切無しだ」
母に凄まれたら子は逆らえない。
幽谷響は悪戯を白状させられる悪ガキの気分だった。
~~~~~~~~~~~~~
説明を受けた信一郎は、まず幽谷響が思い出した妖怪について語った。
「──それは血塊だよ」
関東や中部で言い伝えられる、お産の時に現れる怪異だ。
妊婦が産むとも突然現れるとも言われ、姿は毛むくじゃらの怪物だとか、不定型な血の塊のようだとも言われている。
生まれると縁の下に駆け込むとか、囲炉裏の自在鉤を昇って天井裏に身を潜めるとされ、こうなると妊婦は死んでしまう。
なので血塊が縁の下に逃げないように出産時には屏風を巡らすとか、自在鉤に飯杓子をつけていざという時に殴り落とせるようにしておくという。
「これはいわゆる鬼子──異常な子供を産んだ話が怪異に転じたものなんだ」
おそらく奇形児や未熟児が産まれたことを暗に差しているのだろうが、まだ迷信を信じていた時代ではこのような子供たちは妖怪視され、結果的に殺すしかなかったのだろう。
「異常な出産を経て産まれたという意味では、あの子も血塊だな……」
落ち着いた常世のものは、アリスと楽しげに遊んでいた。
「せっせっせーの、よいよいよい♪ 夏も近づ~くは~ちじゅうはちや……♪」
──ぎゃぎゃぎゃあ、ぎゃいぎゃいぎゃい♪ ぎゃあ~♪
茶摘み歌の手合わせで遊んでいるが、あれはアリスの怪力があればこそだ。
アリスに混ざることを強要された周介は、常世のものと手を合わせただけ吹き飛ばされている。公園の生け垣に突っ込んだまま痙攣していた。
「それではやはり、あの常世のものは……まだ子供でございやすか?」
「ああ、それも生後二週間。産まれて間もない赤ん坊だよ」
幽谷響がその鼓動から気付き、信一郎がその波動から理解した真実である。
「君の話とこの子から感じる波動から推察するに……この子は生まれ出る瞬間、その英行とかいう男が開いた常世の門で喚びだされてしまったんだろう」
最悪のタイミングでそれは起こってしまったようだ。
「赤ん坊はわけがわからず暴れ回り、それを抑え込もうとした英行は下半身を食われて死亡。そして赤ん坊は縁の下に隠れて……ってことでございやすかね?」
大人たちの仮説に子供からの真相が投げ込まれる。
「いきなり変なとこに連れてこられて恐かったから隠れてた、って言ってるぞ」
アリスは手合わせ遊びを続けながら、ぶっきらぼうにそう言った。
「アリス嬢……その子の言ってることがわかるんで?」
「ううん、全然わかんない。けど、なんとなくそんなこと言ってるみたいだ」
子供同士、何かしら通じるものがあるらしい。
「それじゃあ今回の真相は……英行の自爆ってことでOKですか?」
ようやく復活してきた周介が要約した。
「そうみてぇだな。課長に出す報告書にゃあ適当に書いときな」
「あの子は被害者だよ……無理やりお母さんと引き離されたんだからね」
アリスと遊んでいる常世のものは今頃、母の胸に抱かれているはずだった。
それが英行とかいう男の身勝手なエゴにより、母親の胎内から盗まれるように連れ出され、違う世界に喚び出されてしまったのだ。
哀れむべき悲運と言えるだろう。
「ところで先生、その真っ赤なお姿はどうされたんでございやすか?」
「ああ、これ? どうも『木魂』の力って色んな解放の仕方があるみたいだね」
思い掛けず目覚めた力について、信一郎は簡潔に述べた。
「今なら、いつもとは違った力が使えるみたいだよ……扱える力の総量だけなら、君のいう修羅ヴァージョンとは桁違いだよ」
「その力を反映してるから、いつもよりグラマーなんですかね」
悪意のない周介な感想が、信一郎の気分を害したのは言うまでもない。
「そ、そうみたいだね……おかげでブラのホックは飛ぶし、ズボンも腰回りがきついし……また派手に女性化が進行したみたい……」
敢えて例えるなら女性化というより──母親化なのかもしれない。
アリスを慈しむ思い、常世の子への憐憫、そうした母性本能に突き動かされた結果である。それが今まで以上に『木魂』の力を引き出すことになり、新たな能力の解放へと繋がったのだ。
「まだ把握してないけど、『木魂』の力はいくつかパターンがあるのかもね」
「複数の変身フォームがある最近の仮面ライダーみた…おずっ!?」
「その仮面ライダーモドキがぬかすなタコ」
おまえが言うな、と言わんばかりに幽谷響が錫杖で周介を殴った。
ドツキ漫才を繰り広げる兄弟弟子は放っておいて、信一郎はアリスたち前に立った。この新たに解放できた『木魂』の力ならできることがあるのだ。
「さあ、ぼうや……お母さんのところに帰ろう」
緑色の巨体に優しく呼び掛ける。
大きな顔がこちらを見下ろす前に、アリスと幽谷響から驚愕の声が上がった。
「母様、こいつを……こいつの母様のところへ帰してあげられるのか!?」
「先生、常世への門が開けるようになったんで?」
それに対して信一郎は一言で答える。
「ああ、今の私なら帰してあげられるみたいだ……それに、門を開くことはないよ」
信一郎の身体から淡い燐光が漂っていた。
それは信一郎だけではなく、常世のものからも立ち上っている。次第に光を増していき、常世のものを覆う緑色の体毛を真っ白に染め上げるほど瞬いていた。
「この子はあるべき場所にあるべき姿で帰るだけだ……もう迎えが来ている」
光に染まる常世のものを覆うように、虚空から大きな光が現れる。
それはしなやかな女性の指を持った両手に変わり、常世のものを包み込んでいく。すると常世のものから緑色の体毛が抜け落ち、本当の姿が露わになった。
「でっかい赤ちゃんと……大っきな女の人?」
見上げるアリスの瞳には、母の腕に抱かれた赤ん坊が写っていた。
あれだけ泣き叫んでいた緑色の怪物はもうそこにはおらず、そこには母の胸に抱かれて安からに眠る赤ん坊がいるだけだった。
それがあるべき場所であり、あるべき姿なのだ。
やがてすべてが光に飲み込まれ、小さな光の一点へと収束していく。
その光が消える時、見送るように鈴の音が鳴り響いた。
「倚門之望──でございやす」
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