クトゥルフ怪譚集

曽我部浩人

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第4話 我王の社に仕える巫女

我王の社に仕える巫女 其ノ参

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 社務所の縁側に座り、誰もいない境内を眺めながらお茶を飲む。

 お茶請ちゃうけは先ほども言った通り、アニメや漫画の登場人物みたいな特殊能力を求めた誰かの成れ果てだ。どれだけ能力を欲しがったのだろう?

「ざっと調べてみたが、大体の能力はあるみたいだぞ?」
「そんなたくさん……我王の親方も奮発したなぁ」

 1人の人間から、どれだけ特殊能力の精髄せいずいが創られたんだ?

 親方いうな、とビートルは叱るが強くはない。

 どうやら説教を諦めたらしい。

「勘違いしているようだから正しておくが……というより言い忘れたがこれ、十数人が変化した分をまとめてあるからな。一人でいくつも能力の精髄になった者もいがた、いいとこ3つだったかな」

「特殊能力が欲しくて神社まで来た奴そんないるの!?」

 そっちの方が驚きだよ、とモミジはビックリする。

「古今東西、神様から不思議な力を授かりたいやから枚挙まいきょいとまがないさ」

「まあ、気持ちはわからんでもないが……なんだかなー」

 自分たちも神様(圧倒的邪神だが)から不思議な力と肉体を与えられた身の上なので、彼らのことをくどくど言える立場ではない。

 違いがあるとすれば、モミジたちは結果的に授かったぐらいか。

 縁側に座布団を2つ──。

 モミジは縁側に腰掛けるように座り、ビートルはサイズはそのまま、カブトムシのくせして座布団に正座をすると湯飲みのお茶を啜っていた。

 お茶請けの味がよくわからないので無難に緑茶をチョイスする。

 そのお茶請け、特殊能力の精髄は──。

「段ボールだと味気ないから、大きな皿に見栄え良く盛ってみました」

 芽生えたばかりの女子力でモミジも頑張ってみた。

「それでも食欲をそそらない見た目だな」

 しかし、ビートルの評価は低い。

 モミジが悪いんじゃない。素材の見た目が悪いのだ。

 黄金のリンゴ、銀色のブドウ、鋼のような洋梨……この辺りは外見こそ果物だが、あまりにメタリックな質感なので食べられるとは思えない。

 逆に、仄暗い光を湛えた水晶玉や薄黄色に染まった鉱石らしき物の方が、飴細工あめざいくとか砂糖菓子に見えなくもないので食べやすそうだった。

「まあ、どれも普通に食べられるし美味うまいんだけどな」

 ビートルはカブトムシの前脚だというのに片手で湯飲みを持つと、もう片方の前脚を伸ばして、鉱石の塊みたいな薄黄色の物体を頬張った。

「……うん、やはり美味い。甘味を抑えた砂糖菓子といった感じだな」
「甘くない砂糖ってどんなのよ?」

 モミジは黄金のリンゴを手に取ると、恐る恐る囓ってみた。

「……あ、本当に美味しい! リンゴみたいだけどリンゴじゃないし」

 一口目はリンゴのイメージがあるから被るようだが、ちゃんと咀嚼そしゃくしていくとまったく未知の美味しさが口の中にシュワシュワと広がっていく。

 同時に──新たな能力が浸透してくるのを実感した。

 後味も爽やかなので、口直しのお茶はいらなかったかも知れない。

 それでも特殊能力の精髄をひとつ食べては、軽くお茶を飲んで口内をスッキリさせると、間髪入れずに次の精髄へと手が伸びる。

 大皿に山盛りだった精髄が、見る見る内になくなっていく。

 しばらく無言で食べていたが、不意にビートルが思い付いたらしい。

「……世界一地味なパワーアップの瞬間だな」

「ハハッ、そうかもな。怒りや悲しみで真の力に覚醒したわけじゃなし、試練を乗り越えて身に付けた力ってわけでもないし、どっかのどいつが変わり果てた力の塊を食べてるだけだからな。おかげでかなり強くなれたみたいだけど」

 モミジもビートルも、1人で20個は食べている。

 ひとつ食べてもチート級の能力が手に入るというのに、それを20個も食べれば能力と能力が複合して効果も上がり、まったく新しい能力となって開花することもあった。能力同士の連鎖反応まで始まっている。

 モミジもビートルも、人外として更なる成長を遂げた。

 小さな街くらいなら、半日で無人にできる力を持つ魔物になっているという自覚があった(ただし、手段は問わない)。

「さて……能力の強化が済んだところで、御方様のご要望に応えねばな」
「あん? タダでパワーアップさせないってこと?」

 能力を与えたのだから仕事しろ、ということか?

 モミジの解釈を「そうではない」とビートルは訂正した。

「前々から下知げちされてはいたのだ。今まで通り欲望を丸ごと捧げるにえも欲しいが、毎日定期的に、少しずつでもいいから欲望を摂取できる仕組みを考えろ……とな。これらの精髄は、その仕組みを作るための前払い報酬みたいなものだ」

「丸ごとの贄? 定期的な欲望の摂取? んんッ?」

 どゆこと? とモミジは小首を傾げてわかりやすい説明を求めた。

 ビートルはカブトムシのくせしてため息をついて肩を落とす。

「はぁ……おまえ、血の巡りがすべて乳と尻に回ってないか?」

「なんだよー、噂をばらまく時に大活躍なんだぞこのバスト! 馬鹿な男はすぐ釣れるし、女子供も警戒しなくなるし」

 モミジは着物越しに爆乳を持ち上げ、これ見よがしに揺さぶった。

「持ち上げるな揺らすなブルンブルンさせるな! 鬱陶うっとうしいわ! おバカになったおまえにもめたくそわかりやすく解説してやるから!」

 つまりだな、と咳払いしてビートルは語り出す。

「おまえも今朝の夢で視た通りだ。我らが御方様は遙か昔、旧神きゅうしんという神々に反逆したため、滅ぼされる寸前までダメージを負わされた。そして、この地球へと吹き飛ばされ、他の旧支配者ともども封じられてしまった」

 封印を解くにしろ、傷付いた肉体を治すにしろ──必要なのは力。

 御方様にとって、力とは欲望に他ならない。

「だからあたしがせっせとにえを集めてるじゃん」

 老若男女問わずさ、と幅広いニーズに応えている点も主張した。

「御方様はそこは褒めておられる。だが、まだ足らないと仰っておられる」

 もっと欲望を持ってこい──それが御方様の要求だった。

「週に2~3人、神社まで拝みに来た者は丸ごと欲望を喰っている。これも旧神どもに怪しまれない程度に増やしたいらしい。それとは別に、毎日少しずつでいいから欲望を定期的に捧げる人間……謂わば信徒を求めておられる」

 丸ごと喰らう大きな欲望は、自らを強くするために──。

 定期的に吸う小さな欲望は、傷付いた肉体を癒やすために──。

「……それぞれ用途を使い分け、1日も早い復活を望んでおられる」

 ビートルの説明を聞いたモミジは手を打った。

「はぁはぁ、なるほど。あたしたちみたいに1回でまるっと捧げた欲望は食事で、定期的に欲しい方は薬を混ぜた点滴みたいなもんか」

「なかなか良い例えだな。大体合ってるぞ」

 理解こそできたものの、解決するには難度の高い要望である。

「あたしたちが信仰してるみたいなもんなんだし、それじゃ駄目なの?」

「我らはノーカンだ。我らは御方様より血肉を分け与えられた眷族、もはや御方様にとっての一部。捧げるべき欲望もないからな」

 信奉しんぽうするのは当然であり、持てる欲望はすべて捧げている。

「だから、点滴袋になる信者を見繕みつくろえと……無理難題吹っ掛けてくるなぁ」

「そこをりするのが眷族けんぞくの仕事だ」

 知恵を振り絞るぞ、とビートルは張り切っている。

 そんな忠誠心に厚いカブトムシの角が、ピクリと震えた。

 どうやら何者かの接近を感じ取ったらしい。

「…………参拝客だ。モミジ、迎えろ」

 言うが早いかビートルは、カブトムシどころかコガネムシくらいの小ささまでスルスル縮んだ。素早くモミジの背中、長い髪の向こう側へ隠れる。

 参拝客がどういったたぐいの人間か確認するためだ。

 あわよくば、さっきから話題に取り上げていた「点滴代わりの信者」に仕立てられないかと目論んでいるらしい。要するに品定めである。

 出迎えようかと思ったが、わざわざ境内に立って「ウェルカム!」と待ち構えているのも不自然なので、一仕事終わって社務所の縁側で休憩中のおっぱいが大きくて美人な巫女さんを演じることにした。

 さっきまでは御崎おざき紅葉こうようという男だった頃の素が出ていたが、モミジという巫女を意識して営業スマイルを顔面に貼りつける。

 油断すると──魔物の表情かおが出るので気を付けたい。

 そろそろ来るだろう。モミジも近付いてくる気配を感じた。

「や、やっと、ゴールが見え……つ、ついたーッ! ホントにあったーッ!」

 聞こえてきたのは、女の子の声だった。

   ●   ●   ●   ●   ●   ●

「やったーあったーッ! 我王の神社がホントにあったーッ! スゴイすごーい、ラピ○タは本当にあったんだーくらいの奇跡! やっと着いたーッ!」

 現れたのは──1人の女子高生。

 背格好ならば中学生と見間違いかねない小柄さだが、モミジは彼女の制服に見覚えがあった。確か、さして遠くない街で神社の噂を流した時に見掛けた高校の制服のはずだ(ちなみに共学)。

 背丈は中学生と間違われそうな小ささだが、メリハリは効いている。

 いや、効き過ぎといってもいい。

 最近ならロリ巨乳、古くはトランジスタグラマーと呼ばれた体型。

 ――乳房など凶悪といえる大きさだ。

 身体は小さいくせに大層ご立派な乳尻太ももをお持ちである。なのに、肥満体という印象はないからグラマラスなスタイルなのだ。

 おまけに可愛い。立派な美少女である。

 円らな瞳に整った小振りな鼻筋、ふっくらした柔らかそうな唇。

 内側にカールを掛けたような丸みのあるボブカットで、わざとらしく目元まで隠れそうなくらい前髪を伸ばしている。視界の邪魔ではないかと思うのだが、当人は気にする素振りを見せない。

 メカクレ系美少女──と評せばいいのだろうか?

 階段を登り切った彼女は、境内の入り口に立つと我王の社を見つけられたことに喜んで小躍りした。制服の下でも大振りな乳房が踊り狂っている。

 しかし、電池が切れたみたいにすぐひざをついた。

「あ、だめ……やっぱしんどい……し、死ぬかと思った……」

 とうとう手までついて四つん這いになり、ゼヒゼヒと救急車を呼びたくなるような危うい深呼吸を繰り返している。

 贔屓目ひいきめに見ても運動神経抜群のスポーツ少女には見えない。

 どちらかといえば雰囲気は文系である。

 そんな彼女に、ここまでの道程みちのりはハードだったに違いない。

 我王の社は神社や境内こそ新品同様に建て直したものの、この神社に至るまでの道のりはほぼ手付かずにしてあった。

 いや――ビートルがわざと難易度を高めたのだ。

 70度近い崖のような急斜面、辛うじて石段は残っているがこけまみれでヌルヌルの階段、その階段にしても千段以上に及ぶ。ところどころ崩れかけ、伐採ばっさいされず野放図なまま生い茂る山の木々、倒木ややぶが行く手い立ちはだかり……。

 S○SUKEも真っ青の難易度設定にしたらしい。

 このアスレチックな参道が参拝者の行く手を否応なしに阻む。

 大抵の参拝者は、途中で「この先に神社なんてない」と諦めてしまう。

 その諦めを乗り越え、自分の欲望を叶えたいと邁進まいしんした者のみが、我王の社まで辿り着くことを許されるのだ。

 ……ぶっちゃけ、それくらいの隠蔽いんぺいはしておかないと旧神の勢力に発見されかねないので、旧神勢力の目を眩ますため小細工とも言えた。

 あと、参拝者の振り分けにも役立っている。

 現代人には辛すぎる山道の踏破とうは、この艱難辛苦を乗り越えてでも叶えたい願望を持つ者は、それだけ強い欲望を抱えている証でもあった。

 その貪欲さこそ──御方様グァウムオゥが好むところだ。

 彼女はみっともないほど疲れ果てているものの、あの崖と見紛うような道なき道を登り切ったのだから、その欲望は一人前ということだろう。

 モミジは台所にいってコップに水を汲む。

 ねぎらいの水を手にへばっている女子高生へ近付いた。

「大丈夫? はい、お水……」
「ありがとうございますッ! んくんくんくぅ……はぁ生き返った!」

 コップを差し出すなり遠慮なく引ったくった女子高生は、一気に飲み干すと元気を取り戻して立ち直った。意外と回復力は早いらしい。

 地面について汚れた膝や掌をパンパンと叩く。

「あ、巫女さんだ。はじめましてこんにちは。お水感謝です」

 女子高生はペコリとお辞儀をすると、空になったコップを返してきた。

 お粗末様でした、とモミジは受け取る。

 女子高生はキョトキョトと境内を見回し、「わぁ~」とか「へぇ~」としきりに感心しており、思いつくまま言葉を並べていく。

「噂じゃ廃神社って聞いたのに綺麗ですね。なんとなく、最近突貫工事で建て直したみたいな? ここまでの参道というか山道は『これ我王さまに会う試練!?』ってぐらい荒れ放題だったのに……工務店の人たちも大変だったんでしょう? あ、ヘリコプターとかで材料ここまで運んだりして? そういえば巫女さんはこちらにお住まいですか? 色々大変じゃないですか、生活とか食糧事情とかインフラとか……あ、ここウーバー○ーツとか来てくれます? てか電気ガス水道届いてます? そもそもスマホの電波届いてます? 圏外じゃありません?」

 この娘――かしましいを通り越してやかましい。

「……ええ、なんとかやってるわ」

 いちいち尋ねられた質問をピックアップするのも面倒臭いので、モミジは極上の営業スマイルを浮かべると、曖昧を極めた返事で片付けた。

 もう訊くな、と無意識に圧力も掛ける。

「へぇ……なんとかなるんですね、さすが巫女さん!」

 誤魔化せた──この娘、屁理屈へりくつはこねるがスカポンタンらしい。

 手が綺麗になると、ここまでの道中で汚れた制服もポンポンと叩いて身嗜みだしみを直した女子高生は、もう一度ペコリと頭を下げてくる。



「あ、申し遅れました。アタシ──我王院がおういんまどかっていいます」


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