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第22章 想世のコノハナサクヤ

第534話:ARAGAMI“7”

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 サンディの過大能力オーバードゥーイング――【絶対保護をプロテクスト遵守せし女神の・アイギス・雷雲楯壁】ウォール

 その能力は単純明快。強固な結界の盾を張り巡らせる能力。

 専守せんしゅ防衛ぼうえいに優れた守護の力。

 アルガトラムやメイド長のピンコが明言した通り、防御力に関してはアルガトラム陣営最強を誇る。守りを極めた防衛力の真髄しんずいみたいな能力だ。

 シンプル・イズ・ベスト。それゆえに奥深い。

 分析アナライズで能力を解析すると、その発展性に感服かんぷくさせられてしまう。

 この過大能力は守るものが増えるほど強化される。

 自分自身の安全から始まり、夫であるアルガトラム王、姉妹の如く育ってきたムークとピンコのメイド長コンビ、家族同然に付き合ってきたチョーイ、タッパー、ジャーニィ、ハニワマル、弟のように愛でているキリン……。

 快心王アルガトラムとその家臣――身内を想えば守りの力が倍になる。

 サンディとともに戦う騎士団の身を案ずれば更に防御力が加算かさん

 当然メガトリアームズ王国の国民を大切に想えば、それも防衛力を底上げするための強化バフとなる。国と民を想うほど防衛力はうなぎ登りだ。

 まさしく防衛の王妃と讃えられるに相応しい。

 この守護する力は“楯”たて付与ふよされる。

 サンディが“楯”と認めれば、どんなものでも構わない。

 紙切れ一枚すら“楯”としての機能するのだ。

 姫騎士として構える絶壁ぜっぺきのような大楯おおたても“楯”ならば、王国を守るために家臣たちが展開させた結界も“楯”だ。そして、サンディのために楯となる覚悟を決めた騎士団たちも能力の範疇はんちゅうで“楯”と認定される。

(※“楯”となる騎士団員には更なる防御力の恩恵おんけいがある)

 守るための“楯”が増えれば、彼女の過大能力オーバードゥーイングから相互作用な強化バフが走る。こちらはボーナス的な副次ふくじ効果こうかだが、数が増えれば侮れないものとなる。

 ――まさに防御力の相乗効果シナジー

 王を想い、国を想い、兵を想い、民を想い……。

 自国を想う心を守るための力とする――騎士姫のための能力だ。

 絶対保護プロテクストうた過大能力オーバードゥーイングで支えられた防衛結界。

 それがたった一人のあらがみに脅かされようとしていた。

「スゥゥゥゥパァァァァ……パァンチッッッッ!」

 結界に鉄拳が当たる瞬間、巨大なダンプカーサイズの拳骨げんこつ幻視げんしするほどの威力を発揮する強烈なパンチ。直撃しただけで結界内を打ち振るわせる。

 浮遊する島にも大震災レベルの激震げきしんを走らせていた。

「ミィィィィラァクルゥゥゥゥッ……キィィィィッック!」

 突き出したパンチの姿勢からグルリと一回転しつつ、遠心力を乗せての回し蹴りでまた結界にキックを打ち込む。先ほどのパンチ以上の威力があった。

 王国内は激震が鳴り止まず、各地から悲鳴が聞こえる。

 浮遊する島で暮らす国民たちがあらがみの侵略行為に脅えているのだ。

 同時に木霊こだまする多くの雄叫びまで轟いてきた。

 王国建築に従事じゅうじする神造じんぞう種族しゅぞく――血伏ちぶせり

 工作者クラフタータッパーの配下である彼らが、度重なる攻撃に警戒心を働かせた野獣よろしく、攻撃者であるマンズに対して威嚇いかく咆哮ほうこうを張り上げていた。

 彼らは作業員であるとともに戦闘員も兼ねる。

 もしも王国を守る結界が破られることがあれば、即座に建築モードから戦闘モードに肉体機能を切り替えて参戦するつもりなのだ。

 そうさせないためにサンディと騎士団がいるのだが……。

「ただのパンチやキックで私の過大能力オーバードゥーイングを揺るがすとは……」

 相変わらずデタラメだな! と姫騎士は毒突いた。

 有象うぞう無象むぞうのあらがみですら下手な神族や魔族を上回る能力を持っているが、マンズを始めとした七兄弟セブンスに数えられたあらがみは明らかに別格べっかくだ。

 条件次第ではLV999スリーナイン凌駕りょうがする。

 マンズの場合、その常軌じょうきいっした怪力は過大能力をも脅かす。

 強化バフが走っているわけでもなければ、技能スキルによる効果を帯びているわけでもない。してや過大能力のような特別な力が発動している節もない。

 なのに――サンディの“楯”を打ち破らんとする威力。

 ただの打撃だけでこれほどの破壊力を叩き出せるだから尋常じんじょうではない。

「んんんんんんんーーー……ッ!」

 回し蹴りの際に力を入れた腰のバネを殺すことなく、むしろ遠心力を加速させたマンズは、身体のじくを更に数回転させてからひじを突き立てた。

「デンジャラスゥゥゥゥ……エルボーッッッ!」

 破城槌はじょうついの如き一撃は、王国を守る結界をついにかたむかせた。

 そそり立つ光の柱にも似た結界の表面には波紋はもんのようなたわみが生じ、あちらこちらから「ミシッ……」ときしおとを響かせている。

 しかし、サンディの過大能力オーバードゥーイングは健在。

 その力を宿した結界もまた、どこにも亀裂や破損が生じていない。

「う~む、そちらこそ相変わらずでありますな!」

 ふざけた頑丈さであります! とマンズは称賛しょうさんするように言った。

 マンズは殴りつけた拳をプラプラ振った。硬いものを殴って痺れたようにだ。同じようにキックをした足先も振り、エルボーを決めたひじさすっている。

 それほど王国の結界が堅固けんごというあかしでもあった。

「フッ、ふざけた格好の貴殿きでんに言われたくはないな……」

 結界を挟んで対峙たいじするサンディは、向こう側の空に浮かぶマンズの風体を指して悪態あくたいをついた。これに覆面の巨漢は残念そうに首を左右へ振る。

「おおおっ! 悲しいかなやるせないかな……正義を冠する吾輩わがはいのコスチュームに理解りかいを得られないとは! やはり我らとは価値観かちかんが違うようですな!」

生憎あいにく、美的感覚も異なるようでな」

 貴殿らのファッションセンスを疑うぞ、とサンディは鼻で笑った。

 この女王様、意外と口さがないようだ。

 だが確かに――マンズの衣装は参考にしたくない。

 ツバサたち現代っ子の感性だと一周回って新鮮に感じるほど古臭かった。

 マンズ自身は2m越えの巨漢だ。五神同盟だと横綱ドンカイや空手家セイコと肩を並べそうだから、250㎝前後はあるだろう。

 体格的には筋肉モリモリのマッチョマン。

 人によってはこの後に「変態だ」と添えることもあるだろう。

 ただし、上半身を異様なくらいパンプアップさせていた。下半身も鍛えてないわけではないが、デカすぎる肩幅かたはば胸筋きょうきんに二の腕が目立つせいでチキンレッグと見紛みまがうほどアンバランスになっていた。

(※チキンレッグ=筋トレ界隈かいわいでの隠語いんご。上半身は見事なくらい鍛えているのに、下半身が不釣り合いなほど貧弱ひんじゃくなことを指す。由来は身体はボリュームがあるのに脚がとても細いニワトリの体型に似ているからとのこと)

 漫画やアニメにカートゥーン。

 それらに登場するデフォルメされた力自慢のようだ。

 覆面マスクは澄んだ瞳と長い睫毛まつげが覗ける金属製の鉄仮面。耳があるべき部分には翼のような飾りが付けられいた。

 上半身は紺色こんいろのぴっちりしたボディースーツ。

 下半身はパンツ一丁……といっても、プロレスを始めとしたレスリングなどの格闘技をする者が履くような厚手のものである。

 両腕には厚手のグローブ、両脚にはリングシューズめいたブーツ。

 それらと同色のカーキ色をしたマントを羽織るが、風にはためくそれは本当にただのマントだった。特殊効果らしきものは感じられない。

 往年おうねんのヒーローを彷彿ほうふつとさせる出で立ちだった。

 令和や平成どころではない。昭和のかなり初期だと思う。

 ただし、具体的なモデルはわからない。なんとなく「昔のヒーローはこんな格好だったよね」と連想させるデザインをしているのだ。

 応接室から実況映像を眺めていたツバサも首を傾げてしまう。

「……あのジーオンも七兄弟セブンスだったな」

 南方大陸メガラニア到着と同時に遭遇そうぐうした、あらがみ総帥ショッカルン。

 彼を「父上」と呼ぶジーオンもまた、どこか懐かしさを誘われる巨大ロボめいた姿をしていた。しかし、やはり具体的なモデルには行き当たらない。

「間違いなくスーパー系のデザインなロボじゃったな」
「いわゆるリアルロボの系列ではないよな」

 長男ダインの例えがわかりやすい。

 科学的考証や物理法則もなんのその、超科学力で動くメチャクチャ強いロボだ。かつてはそういう設定のスーパーロボットが目白押しだったと聞く。

 漠然ばくぜんとながらも――懐古レトロを刺激する風貌ふうぼう

 マンズとジーオン。兄弟としての共通点をそこに見出せた。

「他人の外見にとやかく言うのは正義ではありません!」

 マンズは拳をギュッと握り締め、サンディと王国を包む結界を凝視ぎょうししたまま高速で後退あとずさっていく。助走のための距離を取っているのだ。

「我が正義の鉄拳制裁にて再教育して進ぜましょう!」

 また高速度の慣性かんせいを乗せたパンチをお見舞いするつもりである。

 地平線の彼方まで後退こうたいしていき、豆粒どころかドットみたいな点になるまで距離を取る。そこから音速を超えて突撃すれば音速を超えた拳打けんだとなる。

「ハイパワァァァァ……メガトンパァァァァンチッッッ!」

無礼なめるな下郎げろうッ!」

 隕石メテオ墜落フォールに勝るとも劣らないマンズの一撃。

 その拳が結界に触れるか触れないかの瀬戸際せとぎわ刹那せつなのタイミングを見極めたサンディは過大能力オーバードゥーイングの出力を瞬間的に跳ね上げる。結界は従来を上回る防御力を発揮するとともに、凄まじい反発力を兼ね備えるようになった。

 それはマンズの打撃力をも巻き込み、痛烈つうれつな反撃となって弾き返す。

 盾を用いた攻撃手段――シールドバッシュ。

 そこに合気あいき発勁はっけいの理論も応用した必殺の一撃だった。

 自身のパンチ力+反発力+サンディの防御力。

「んんんんッ……ノオオオオオオオオオオオオオオオオーッ!?」

 それらをひとつに束ねたパワーを一身に浴びたのだから堪らない。マンズは突き出した右腕をあらぬ方向へねじ曲げられながら吹き飛んでいく。

 空中に燃える制動線せいどうせんを引いて踏ん張るマンズ。

 その右腕は関節が曲がらない方へと折れ曲がり、拳は指が折れるどころか原形を留めぬほど潰れて赤い血潮ちしおを垂れ流していた。

 明らかに大ダメージ、マンズは血塗ちまみれの手首を押さえてうめいている。

 してやったり、と姫騎士は兜の下で微笑んでいた。

 防御力特化を活かしたカウンター。防衛を司る王妃の面目めんもく躍如やくじょである。

「んんん……おのれぇぇぇ! 我が正義の拳をぉぉぉッ!」

 マンズは鉄仮面の奥の目を血走らせて低い罵声ばせいを唸らせているが、その左手は血を止めるため動脈を抑えており、応急処置らしきことを始めていた。

 そんな彼の背後へ――いきなり少女が出現する。

「……マン兄さん、動かないで」

 やる気のないダルそうな声で囁いた少女は、手にしたカラフルなステッキをマンズの砕けた拳へかざす。すると光の粒子はキラキラとまたたいた。

「……マジョルカ、マジョリカ、マハラジャン」

 呪文みたいな文言を抑揚よくようのない声音こわねで唱える。

 それでも効果はあるのか、ステッキから振り撒かれた光の粒子が七色に明滅めいめつすると、マンズの壊れた拳が見る見るうちに回復していく。どちらかといえば回復というよりは、時間を巻き戻して逆再生しているような具合だ。

 破れたカーキ色のグローブまで元通り。

 コスチュームを汚していた血飛沫ちしぶきまで洗い流したかの如しだ。

 元通りになった手を目の前に持ち上げたマンズは、試運転するかのように五指ごしを何度か握ってみる。問題なく完全に治っていた。

「おおっ! 助かったであります妹よ!」

 手間を掛けさせたでありますな! とちゃんと礼をいうマンズ。

「……ううん、平気」

 妹と呼ばれた少女は大きな帽子を揺らして小さく首を振った。

 根暗ねくらなダウナー系だが美少女ではある。

 つぶらな瞳はいつも眠たそうにトロンとしており、化粧と見間違うほど濃いくまが目元に張り付いている。自信なさげなくちはいつも半開きで、遠目から見ていると△のような三角形に空目そらめしてしまう。

 人間ならば10代半ば、大人の階段を登り始めた体付きだ。

 白に近い灰色、でも紫を帯びた不思議な色合いの髪。

 前髪は綺麗に切り揃えられているが、いわゆる姫カットではない。アーチ状に整えられていた。背中まで届く髪も先端がしっかり揃っている。

 そして、問題のファッションセンス。

 彼女の衣装もまたマンズやジーオンに相通あいつうずるものがあるのだが、懐かしさを思い出させるレトロよりも派手派手しさが目に付いた。

 一言で評せば――パワーアップイベントをこなした魔法少女。

 黒と紫の二つを基調とした肩出しドレスに、フリルやリボン盛り盛りのロングスカート。二の腕まで隠れるロングローブも飾り布だらけだ。このまま舞踏会ぶとうかいに参加しても違和感いわかんのない、淑女しゅくじょ盛装せいそうにも匹敵するドレスアップである。

 腰には帯の長い大きなリボンを飾り、まるで綺麗な鳥の尾羽おばねのようだ。

 頭に乗せるのは魔女らしいとんがり帽子。

 それもつばが異様に大きく、被り方によっては顔まで隠してしまう。

七兄弟セブンスの二人目か……ッ!」

 新手の魔法少女を目にしたサンディは忌々しげに歯噛みした。



 あらがみ七兄弟セブンス 次女 マージョン・マジョルカ。



 御覧の通り魔法系の能力に長けた、あからさまな魔法少女である。

「……結界破りはマン兄さんだけの仕事じゃない」

 マージョンはゆっくりステッキを振り上げた。

 杖というほど大振りではない。先端に大きな宝玉ほうぎょくをあしらい、杖のあちこちにも装飾そうしょくほどこして大小の宝石で飾り付けた50㎝くらいのステッキだ。

 見るからに魔法のステッキと呼びたくなる代物だった。

「魔法少女が持ってそうな杖だな」

 ツバサが実況映像を見たままの感想を呟くと、隣で聞いていた組長バンダユウがあごを親指で擦りながら思い返すように合いの手を入れた。

「どっちかっつうと魔女っ子・・・・じゃねえかな?」

「魔女っ子? なにそれ、魔法少女となんか違うの?」

 まだツバサの乳房に潰されているミロが、頭に二つの超爆乳を乗せたままバンダユウに疑問を投げ掛けた。老組長は困ったように苦笑する。

「そうか、ミロちゃんの世代にゃ通じないか」

 ジェネレーションギャップだなぁ、と寂しそうにぼやいた。

 魔女っ子ステッキを頭上に掲げたマージョン。

 そこからマンズの拳を癒やした光の粒子が噴出ふんしゅつする。彼女たちの周囲を取り巻くように広がる光の粒子は、各所に集まって何かを形作ろうとしていた。

 やがて現れるのは――黄金の砲台。

 どれも古めかしい形式の大砲だが、子供が想像で描いたみたいなふざけた構造をしており、砲口ほうこうの大きさもトンネルと間違えるほどのサイズだ。あの大穴みたいな口径ならば大陸間弾道ミサイルICBMでも発射できるだろう。

 ザッと数えても五十門はありそうな砲台。

 それらの標的ターゲットは無論、王国を守る光の柱へと向けられる。

「……撃っちゃいなさいシュート

 精彩せいさいに欠ける掛け声を打ち消すほどの爆音が轟き、黄金の砲台から虹色にじいろのエネルギー波が発射された。破滅をもたらす激流とは思えない鮮やかさだ。

 ☆や♡に♪を煌めかせ、異様にメルヘンチックでもある。

 だが、メガトリアームズ王国を守る結界を震撼しんかんさせる破壊力があった。

 砲撃の連射はマンズのパンチ力を上回る。

 結界内の浮遊する島がガクガクと震え上がるほどだった。

「くぅっ……兄も兄なら妹も大概たいがいだな!」

 どちらもデタラメだ! と結界を支えるサンディはなじるように怒鳴るが、そうして負けん気をたかぶらせなければ持ち堪えられそうになかった。

 過大能力オーバードゥーイングと連動する彼女の大楯おおたてがビリビリと震える。

 やがてレインボーなエネルギー波は終息しゅうそくしていく。

 乗り切った! と勝ち誇りたいサンディだったが、その表情はかんばしくない。兜のため口元しかわからないが、口の端を悔しげに噛み締めている。

 マージョンの砲撃は一斉射撃にして集中しゅうちゅう砲火ほうか

 結界内で待機するサンディと騎士団を狙うように一点へ集中させていた。そこは兄のマンズが何度もパンチやキックを打ち込んだ場所でもある。

 連続攻撃を受けた結界に――微かなほころびが生まれた。

 ほんの細やかな亀裂、サンディも気付いてすぐさま穴埋めする。

 だが、マージョンは死んだ魚よろしくよどんだひとみをピクリと痙攣けいれんさせると、つかれた微笑みを唇に浮かべた。さながら都市伝説アーバンレジェンド妖女ようじょのようだ。

 口裂け女などを想起そうきさせる――妖しく裂けた笑み。

「……チャ~ンス」

 ライ兄さん・・・・・、と病んだ魔法少女は顔を振り上げた。

「……今のところよ。私たちと同じところを……ぶち抜いて」

「おっしゃあああああああああああああーッ! 任せてくれ妹よぉ!」

 意志いし薄弱はくじゃくな呼び声に血気盛んな声が応じた。

 サンディたち騎士団も釣られて頭上を仰いでみれば、そこには太陽の輝きを背にして立ち尽くす青年の姿があった。

 マンズやマージョンと比べると、まだ普通の格好である。

 人間ならば二十代半ばの青年。イケメンや美青年ではないが、顔の各パーツがやたらと濃厚なので強靱きょうじんな精神力を感じさせる。それゆえ頼もしい男前に見える顔立ちだ。戦う者に相応しい面相めんそうとも言えるだろう。

 中肉ちゅうにく中背ちゅうぜいだがガッシリした体型。手足も長いのでスタイルがいい。

 レザー仕様の黒いダブルジャケットをしっかり着込み、襟元えりもとからは真っ赤なタートルネックを覗かせている。くるぶしまでしっかり隠すロングパンツも革製。こちらはフリンジと呼ばれるビラビラした飾りがついていた。

 首元には風になびくほど長い白いマフラーを巻いている。

 頭にはマージョンに負けず劣らずの鍔広つばひろなウェスタンハットを被っていた。いや、あれは被るというより頭へ乗せているようだ。

「おいおい、今度は荒野のカウボーイかよ……」

 実況映像を眺めていたバンダユウは声こそ呆れているが、口元は下らない茶番劇を見せられたかのようにニヤけていた。

 だが、そのカウボーイが次に起こしたアクションに瞠目どうもくする。

 マージョンから「ライ兄さん」と呼ばれたカウボーイは、腰に付けたベルトをしっかり左手で掴むと、箱のような形のバックルに右手を添えた。

 右手にはいつの間にかかぎが握られている。

 それをボックス型のバックルに差し込んで回転させると……。

「――チェンジ・ライドンッ!」

「違う! カウボーイじゃねえ!?」

 ライ兄さんの掛け声とバンダユウのツッコミが重なった。

 鍵によってふたが開いたバックルから目映まばゆ閃光せんこうが走ったかと思えば、それは螺旋らせんを描いてカウボーイの全身を包み込む。破裂するように光が散っていくと、その下から装甲をまとう四肢ししが現れた。

 動きやすさとスマートさを主眼しゅがんに置き、それでも攻撃力と防御力の高さを誇示こじするべく高度な武装であることを主張するようなデザインだ。

 装甲が薄い関節部かんせつぶもコーティングされている。

 下地として全身ボディースーツを着るような案配あんばいだった。

 黒をメインカラーとして見栄みばえのいいワインレッドを差し色とし、首に巻いた純白のマフラーが大きなワンポイントとなる。

 最後に顔を取り巻く光が弾け、メットを被った頭が現れる。

 フルフェイス型のマスクはちょっと古く臭いが、格好良さをうずかせるスタイリッシュさがあり、何処かで見たような記憶をくすぐるものがあった。

「今度は昔懐かし特撮とくさつヒーローかよ……」

 ぼやくようなバンダユウの言葉にツバサも思い出す。

 いつかどこかで見たかも知れない、大昔の特撮に登場するヒーロー。

 彼らが正体を隠すため、あるいは戦闘時にパワーアップするために被るマスクに似ているのだ。しかし、これもまた漠然ばくぜんとしていて具体例ぐたいれいがない。

 そもそも特撮ヒーローは意外と多いので特定できなかった。



 あらがみ七兄弟セブンス 三男 ライドン・チェンジファー。



 変身を終えたライドンはポージングを決めていた。

「正義を背負うのはマン兄さんだけではない! このライドンもまた正義の味方、そしてあらがみのため悪と戦う決意を固めた一人の戦士ッ!」

 とうッ! とライドンは勢いよく空を蹴って上昇。

 途中、何度も錐揉きりも回転かいてんやバク転やひざを抱えての宙返りを繰り返すと、両手を広げて脚を伸ばしたようなポーズで力を溜め、一気に急降下してきた。

 目指すは王国を守る結界。繰り出すは下降かこうぎみ味の跳び蹴り。

「ライドォォォン……キィィィック!」
「いやそれライ○ーキックだろ!?」

 映像越しなのでバンダユウのツッコミは届かない。

 空中から相手に向けて、利き足のみを叩き込む跳び蹴り。

 プロレスならば変則的へんそくてきなドロップキック。海外ではミサイルキック、ミサイル・ドロップキックなどと呼ばれることもある。

 しかし、日本ではラ○ダーキックとよく呼ばれる。

 なにせ知らない者はいない超有名ヒーローの必殺技だからだ。

 ライドンのキックもそのヒーローに負けず劣らない威力を秘めているようで、大気を突き破って音速に達し、周囲に円錐雲ベイパーコーンまで発生させていた。

 そのベイパーコーンも一度や二度ではない。

 音速の壁以外にも色んな壁を突き破っていそうで恐ろしい。

 おまけに黄銅色おうどういろの輝きまでまといつつある。

 それは巨人の足をかたどり、王国の結界を踏み抜かんとしていた。

 メガトリアームズ王国を守護るために張られた結界。そびつ光の柱にしか見えないそこに、メタリックに輝く巨人の足が蹴り込まれる。

 ズシン! とかつてない大震動だいしんどうが王国全土を揺るがした。

 光の柱がちょっと曲がったように見えた。

 応接室にいたツバサたちもテーブルにしがみついてしまったほどだ。

「ぐうぅ……ッ! なんの……これしきぃッ!」

 サンディは過大能力オーバードゥーイングの全力を出し切って立ち向かう。

 先ほどマンズの拳を壊したシールドバッシュの要領ようりょうで、ライドンにも結界を介してやり返そうと試みたのだが、パワー不足で不発に終わってしまった。

 マンズとマージョンの法外な連続攻撃。

 それを防いだり反撃したりで、思った以上に消耗しょうもうしてしまったらしい。

 だが、決してサンディは怯まなかった。

「アル様の……アルガトラム王の国を守るのが私の役目ッ!」

 彼女の瞳は愛にじゅんずる覚悟が決まっていた。

 サンディの発言を実況映像で聞いた何人か(チョーイ&メイド長コンビを含む)が口笛を吹いて冷やかすものの、当の本人はえつに入った高笑いだ。

「ウハハハハハッ! 愛されてるだろう俺!」

「喜んでる場合か!? 嫁さんの大ピンチだぞこの野郎!?」

 慎重派のツバサはこれくらいの不利でも浮き足立つが、アルガトラムは胆力たんりょくが強いのか瀬戸際せとぎわまで粘るタイプなのか、まったく動じていなかった。

 そして、ウチのアホの子も動じない。

「アルのお兄ちゃん――お嫁さんを信じてるんだね」

 ミロの一言が真理かも知れなかった。

 嫁であるサンディを信頼しているからこそ、無闇に狼狽うろたえたりせず堂々と構えているのだ。内心、不安や心配もよぎるだろうがおくびにも出さない。

「うむ、お互いに愛して信じているからな」

 君たち・・・だってそうだろう? と快心王は小粋こいきなウィンクで返してきた。

 即答するかと思えばミロは目を逸らした。

「いやぁ、ツバサさんは度し難い心配性だから……へべれけ!?」
「誰がお母さんは心配性だコラ!?」

 まだ胸の下にいたので超爆乳で押し潰してやった。

 ツバサとミロが過激な親子のスキンシップを取っている間にも、アルガトラムは肩越しに振り向くとメイド長たちに小さく耳打ちした。

「……ハニワマルはどうしてる?」

 王国の用心棒と呼ばわる家臣の現在位置を尋ねていた。

 メイドたちは一礼してそれぞれ答える。

「ハニワマル様でしたら象神ガナパティぞくの隠れ里の後始末をしております」
「綺麗にお掃除して、帰りがけに害獣がいじゅう駆除くじょも済ませてくるってさ」

「呼び戻せ――サンディの負担を減らす」

 了解ラジャ! とメイド長コンビは魔法による伝言メッセージを飛ばした。

 メガトリアームズ王国ではまだ通信が未発達らしい。血伏ちぶせりという獣人めいた神造種族を飛脚にもしていたし、これから発展していくのだろう。

 ……空飛ぶ列車を作る技術力テクノロジーがあるのだから頑張ればすぐなのでは?

 実況映像では――白熱の攻防が繰り広げられている。

 サンディの護りとライドンの蹴りが激しくせめっていた。

 ライドンのキックと王国の結界が接するところから、激突する力の波及はきゅうともいうべき稲妻めいた烈光れっこうが四方八方に拡散していた。

 これは結界の内外ないがい問わず乱れ飛び、直撃すれば破壊をもたらす。

 結界の外からしがみついていたあらがみの有象うぞう無象むぞうは吹き飛ばされ、結界の内では王国に被害が及ばぬよう騎士団が大楯おおたてで防いでいく。

 そして、サンディは構える大楯に力を込める。

「どぉぉっ……せぇいッ!」

 姫騎士らしからぬ気合いとともに大楯を思いっきり突き出すと、過大能力オーバードゥーイングで連動した王国の結界はライドンの巨人キックを跳ね返した。

「うおおおおッ!? せ、正義のキックが負けるだとぉぉぉぉーッ!?」

 驚きの悲鳴を上げてライドンは吹っ飛ばされる。

 全身を360度回転させながらあらぬ方向へ飛んでいくライドンだが、驚愕の声とは裏腹にすぐさま姿勢を正すと右手で結界を指し示した。

「だが――爪痕つめあとは刻ませてもらった!」

 指差した先、王国の結界にまたしても亀裂が入っていた。

 マージョンが刻んだものより明らかに範囲はんいが大きく、サンディも気付いているが即座そくざに修復できない。肩で息をして辛そうに目元を伏せている。

 これを遠巻きに見ていた魔法少女は微笑んだ。

「……チャ~ンス、再び」

 ギザついた裂け目みたいにゆがんだ口で笑っていた。

 ステッキを指揮棒タクトのように操ると、まだ展開したままの黄金の砲台五十門を微調整する。砲口ほうこうが狙い澄ますのはライドンが刻んだ亀裂だ。

「……マンズ兄さん、合わせて」

「おう! この兄に任せるであります!」

 兄に指示を飛ばしたマージョンはステッキでくうく。

 それが砲撃の合図となり、五十門を数える黄金の砲台が一斉に火を噴くと、結界に生じた亀裂に殺到さっとうした。負荷ふかくっした結界は亀裂を広げていく。

 砲撃が落ち着いた時には、大きな十文字の裂け目になっていた。

「ここであります! ハイパァァァァーパンチッ!」

 間髪入れず爆煙を突っ切ってマンズが迫ってきた。

 裂け目の中心に叩き込まれたただのパンチは想像を絶する破壊力を巻き起こし、ついに王国を守る結界に風穴を開ける。

「ぐぅぅぅ……む、無念!」

 申し訳ありませんアル様! と不甲斐ふがいなさを詫びた声がほとばる。

 大楯を構えたサンディは大きく後退こうたい余儀よぎなくされた。

 固く閉じた瞼から涙がこぼれ落ちる。

 王国を守る結界と過大能力オーバードゥーイングが連動していたため、破壊された衝撃がノックバックのように彼女を襲ったらしい。ビリビリと震える大楯ごと後ろに押し出されるが、空に踏ん張って何とか持ち堪える。

 しかし大楯の中央がへこみ、そこからひび割れが走っていた。

 サンディの過大能力が押し負けた証拠だ。

「よぉぉぉぉし! やったであります! 風穴を開けてやったであります!」
「友情! 努力! 勝利! 俺たち兄弟のチームワークだ!」

 結界突破に諸手もろてを挙げて歓喜かんきするマンズとライドン。

 ボディビルダーよろしく上腕二頭筋を見せつけるポージングで喜ぶ次男。特撮ヒーロー特有とくゆうのカッコいいポーズを決める三男。

「……兄さんたち、うるさい」

 間に立っていたマージョンは揉みくちゃにされていた。

 だが、根暗ねくらな顔は感心するように頷いている。

「……でも、これが協力・・……なるほど、あらがみにはない感性かんせいね」

 ――コースケ・・・・助言じょげんもバカにならない。

 兄弟チームワークの勝利を自画じが自賛じさんするマンズやライドンを余所よそに、マージョンはそこに導いた第三者からのアドバイスに得心とくしんしていた。

 実況映像を見ているアルガトラムたちは少々驚かされていた。

「あらがみが……力を合わせるだと?」

 あらがみという種族は軍勢となるほど群れを成すものの、基本スタンドプレーをむねとするようだ。ツバサたちが最初に遭遇そうぐうした乱戦でも、個々の力を頼みにするばかりで力を合わせるといった行動を見た覚えがない。

 コースケというあらがみが知恵を出した?

 確か、あの鋼鉄製の巨神を操縦そうじゅうしていたあらがみのはずだ。くたびれた私立探偵みたいな風体ふうていをしており、総帥ショッカルンに泣き言をわめいていた。

 あいつ――あらがみにおける頭脳役ブレーンか?

 今後も入れ知恵するかも知れない、と警戒しておこう。

「……ライ兄さん、ポーズやめて手が当たってる……マン兄さんも筋肉ジャマ……うーざーい。まったくも~……」

 マージョンのダルそうなぼやきが聞こえてくる。

 無駄に暑苦しい兄二人に挟まれたマージョンは押し潰されそうに肩身かたみを狭くしながらも、魔法のステッキを適当に振ってあらがみたちに采配さいはいする。

「……今よ弟妹きょうだいたち。どんどん侵入しちゃいなさい」

 嗚嗚嗚嗚おおおおッ! とときこえを上げて王国へ突入するあらがみの軍勢。

「い、いかん……ッ!」

 咄嗟とっさに結界を立て直そうとするサンディだが、これまでも防戦で力を使いすぎたのか過大能力オーバードゥーイングを上手く再起動できないようだ。

 メガトリアームズ王国の結界は複数の力が働いている。

 それらも壊された箇所かしょを自動で修復しようと動き出すのだが、それよりもスピードに自信のあるあらがみたちが風穴へ飛び込みつつあった。

「ヒャッハーッ! 一番乗りだぁぁぁーッ!」

 身体は陸上のスプリンター選手、頭が高級感のあるスニーカー。

 見るからに足の速そうなあらがみが両手両脚をフル回転させて、真っ先に結界の穴を潜ろうとしていた。徒競走ときょうそうなら一等賞いっとうしょうである。

 そこへ――横槍よこやりが入った。

 槍は槍でも槍衾だ。刺突しとつタイプの斬撃ざんげきがいくつも飛んできた。

「ぐぇぇぇぇぇぇぇッ!? な、なんだぁ!?」

 あらがみたちは身体を貫かれながら突き飛ばされていく。

 結界の穴へ侵入を試みたあらがみたちを阻止そしするべく、刺突の斬撃は五月雨さみだれのように地上から突き上げられていた。

「――せつなさみだれうち!」
「……どうして全部ひらがなで言うんだ?」

 唐突に叫んだミロにツバサは疑問の声を投げ掛けた。

 平仮名ひらがなだけだと変な読み方をしてしまいそうだ。多分ミロは「刹那せつな五月雨さみだれち」と言いたいのだろうが、「切なさ乱れ打ち」とも読めてしまう。

 威力的にも刹那で五月雨の突きを撃ち出していた。

 その発生源に誰もが視線を振る。

 地上から猛烈な勢いで突きの斬撃を繰り出す者がいた。

 ――埴輪ハニワのマスクを被った軍人。

 手にする銅剣どうけんめいた大振りの剣を突きに構え、そこから秒間何万連射という音速の突きを連続でひたすら打ち出していた。

 メガトリアームズ王国 防衛大臣 ハニワマル・マージン。

「え……間に合ったのか!?」

 象神ガナパティぞくの隠れ里を片付けていたと聞いたが、メイド長たちから帰還指令を受けておっとり刀で駆けつけたらしい。だとしても爆速が過ぎる。

「メチャクチャがんばったんじゃね?」

 肩で息してるし、とミロはなかなか目敏めざとかった。

 埴輪ハニワマスクの口元から「ぜえぜえ」と白い吐息を漏らしており、衝撃波となるほどの突きを繰り出す肩も上下に揺れ動いていた。

 神族が息切れするには、生命力を削るほど全力を出さねばならない。

 報告を受けた瞬間――全身ぜんしん全霊ぜんれいで馳せ参じたのだろう。

 帰還を指示したのはほんの少し前、時間的に一分も経っていない。

 象神族の隠れ里までは結構な距離があったから、あそこから駆けつけたとなればドップラー効果を置いてけぼりにする速度で戻ってきたに違いない。

 ミロの言う通り、メチャクチャがんばった結果である。

「ウハハハ、ウチの用心棒は仕事がデキるからな」

 腕を組んだアルガトラムは忠実な家臣に誇らしげだった。

 村雨むらさめに勝る威勢で放たれる突きの連打。

 それらは刺突型の斬撃となって次々とあらがみを貫いていき、開けられた結界の穴から侵攻しようとする軍勢ぐんぜい先鋒せんぽうを阻んでいた。

「ハニワマル! よく来てくれた!」

 サンディがよく通る声で大きく感謝を述べると、埴輪マスクの軍人は遠目とおめでもわかるほどしっかり頷いた。寡黙かもくなのかお喋り好きではないようだ。

 あらがみの侵入は突きの嵐によって阻止される。

 その隙にサンディは結界を立て直すべくげきばした。

「ハニワマルがあらがみの先陣を抑えている間に……騎士団は結界の破損した箇所に集結! 各自の過大能力オーバードゥーイング技能スキルを用いて結界を塞げ! 一時凌ぎでも構わん! 私も大至急立て直す! 結界を構成する各担当にも報告を……ッ!」

 迅速な対応のおかげで防ぎ切れそうだ。

 ハニワマルは何人たりとも結界を潜らせようとはせず、サンディも騎士団とともに結界の穴埋めと修復を急いでいた。

 万が一に備え、破れた結界の周辺に血伏ちぶせりも集まってくる。

 いざとなれば白兵戦はくへいせんさない構えだ。

 あらがみの陣頭じんとう指揮しき七兄弟セブンスとしては面白くあるまい。

 絶好の機会を見逃すはずもなかった。

 マージョンは苦虫を噛み潰したような表情で唇を歪めると、猫背の姿勢のままステッキを苛立いらだたしげに振って身内に通じるサインを送っていた。

「……デッカいのは邪魔して」

押忍おす! みーちーふーさーぎーッ!」
「応さぁ! ぬぅぅぅぅりぃぃぃぃかぁぁぁぁべぇぇぇぇッ!」
「のーぶーすーまーッ! イヤァァァァァッ!」

 姉からの指示に下の兄弟たちは即応する。

 身の丈5mを越える壁を擬人化したような怪人や、大きな天幕てんまくを人型にしたような怪人。視界をさえぎる体格を持つあらがみたちが立ちはだかる。

 行く手を阻むハニワマルを邪魔するためだ。

「…………ッ!」

 鬱陶うっとうしそうに銅剣を振るい、ハニワマルを切り捨てる。

 あらがみがいくら群れようと鎧袖がいしゅう一触いっしょくだった。

 邪魔した罰だと言わんばかり一刀両断にするのではなく、断片となるまでバラバラに斬り刻んでいた。剣豪セイメイに負けず劣らずの剣捌けんさばきだ。

 しかし、これが裏目に出る。

 このあらがみたちは斬られた程度では死ななかった。

 しかも断片にされても個々ここ連携れんけいして動いている。ハニワマルの身体へまとわりつき、刺突の斬撃を飛ばさせないように妨害してきた。

 壁のあらがみは視界をさえぎり、手足の動きを邪魔する。

 幕のあらがみは関節かんせつにまとわりつき、行動速度を鈍らせる。

 攻撃力こそ皆無だが、ハニワマルの動きに制限を掛けていた。運動能力に弱体化デバフを掛けられているようなものだ。

「……ッ!? …………ッッッ!!」

 ハニワマルは躍起やっきになって振り払おうとする。

 その間にも王国へ忍び込もうとするあらがみを突きで追い払うが、どうしても付きまとうあらがみに邪魔された分だけ手数が減る。

 突きの嵐が弱まり、激しい豪雨ごううくらいになってしまった。

 それを見越してマージョンが新たな指示を出す。

「……今よ、すばしっこいのは行きなさい」

 シッシッ、とマージョンは犬を追い払う仕種しぐさでステッキを振った。

「おまかせあれ! マージョンお姉さまぁッ!」

 これを受けて速力のあるあらがみたちが、弱まったハニワマルの刺突しとつを掻い潜って結界の穴を目指した。先ほど真っ先に吹き飛ばされたはずの高級スニーカー頭のあらがみがまたしても先陣せんじんを切っていた。

 実質じっしつ――マージョンがこの場の指揮官のようだ。

 これでもかというくらい無気力を主張する態度ではあるものの、彼女の采配さいはいによって荒くれ者揃いの徒党ととうが軍としての動きを成していた。

 まだ荒削あらげずりだが指揮系統は確かなものだ。

 実況映像を観察してみれば、彼女が指揮しきるためステッキを振ると光の粒子が飛び交い、それを浴びたあらがみが的確てきかんに動いていた。

 魔法で命令を伝達しているのかも知れない。

 それが彼女を指揮官として有能にさせているようだ。

 次男と三男は見るからに脳筋のうきん――力こそパワーを地で行くタイプ。

 戦況を見極めて兵隊に指示する、なんてできそうにない。

 マージョンだけがややアバウトながら現場を取り回す頭脳はありそうだ。単に他の兄弟がそういう細かいことをできないだけかも知れないが……。

 ……次男や三男がそれでいいの? と疑問は感じる。

 そういえば総帥ショッカルンも長男ガジララを指して「何考えてるかわからないし働かないニート」と叱りつけていたはずだ。

 男兄弟は融通ゆうづうかず、女姉妹がまとめ役なのかも知れない。

 しかし、チョーイが怪訝けげんそうな視線を送っていた。

「おかしい……あらがみが頭を使っている?」

「え? なに、やっぱあいつらみんなアホの子なの?」

 信じがたいものを見る目で実況映像に食い入るチョーイの呟きを、自分をたなに上げるような発言でミロが聞き返した。

 チョーイは呆けたような表情のまま答えてくれる。

「アホの子といいますか……力と数を頼みに総攻撃を仕掛けてくるばかりで、仲間同士のチームーワークなど一度もしてきたことがなかったのですよ」

「助け合いの精神とかはあるんだけどね」

 家族の情はあるみたい、とキリンは肩をすくめていた。

 それから起源龍オリジンとしての観察眼で物申す。

「でも、彼らは力を合わせることを知らない。フォローとかサポートはその場の雰囲気でするんだけど、協力して何かをやり遂げたところを見たことがない」

 三兄弟の力を結集して――王国の結界を破る。

「こんな誰でも思い付きそうなことでさえしてこなかったからね」

 学習したのかな? とキリンも首を傾げていた。

 あらがみは一族の特性として筋金入りの脳筋のうきんらしい。

 恐らく肉体的にも能力的にも優れているため、考えなくとも大体の難局なんきょくを乗り越えてこられたのだ。すべて力業ちからわざで解決してきたに違いない。

 だから頭を使う場面に恵まれなかった。

 難関なんかんにぶち当たっても「仲間の力を合わせて解決する」という発想が出てこなかったのだろう。思い返してみれば、あの時・・・もその傾向けいこうがあった。

 ――女王樹のお手入れ。

 一週間の一度の大仕事。暴れ回る女王樹の根を鎮める時さえ、誰もが個人プレーで超特大触手と化した根を抑え込もうとしていた。

 みんな好き勝手に攻撃していただけだった。

「強すぎるから協力の概念がいねんがない? 単細胞なのか考えなしなのか……」

 ちぐはぐ・・・・な連中だな、とツバサは呆れてしまった。

 会話できる知能はあるのだから頭が悪いわけではない。

 脳細胞を駆使するよりも力で解決した方が手っ取り早いため、大半の物事を力業で片付けてきたのは想像に難くなかった。

「そういう意味では蕃神ばんしんどもと似通にかよっとるな」

 たすきみたいなひげしごいてノラシンハが所見しょけんを述べた。

「ああ、あいつらも生物としての格が強すぎて小細工いらないからな」

 その見方にはツバサも賛同する。

 蕃神は人知を超えた知識を持つ種族だが、生命体として破格はかくの存在であるため、下等種族には知恵を使う必要はないとばかりに力で圧してくる。周囲に狂気や瘴気しょうきを振り撒く特性もあり、それが力尽くの侵略を助長じょちょうさせていた。

 ――あらがみは蕃神に近しい存在なのか?

 そんな疑念ぎねんも湧いてくるが、追求するのは後回しでいい。

 とうとう破られた結界をあがらみが潜り抜けようとしているのだ。

 騎士団も懸命けんめんに結界を修復しているが間に合わない。

「万事休すか……アル様ッ!」

 自身の名をすがるように叫ぶ嫁の悲痛な声を聞いて、さすがの快心王かいしんおうも腰を上げようとした。まさにその瞬間だった。



『――リフレクト・シールド!』



 周辺一帯に轟いた幼女の声に中腰ちゅうごしのまま止まっていた。

 破かれてしまった王国の結界。

 その割れ目を塞ぐように現れたのは、巨大な円形の盾を模した防壁型の結界だ。先陣を切って高速で結界の穴に飛び込もうとしたあらがみたちを、一人残らず盾型結界に激突して行方を阻まれていた。

「むぐぅぅつ!? か、壁ぇ……じゃねええええッ!?」

 盾型結界に触れたあらがみは全員、思いっきり弾き飛ばされた。

 それも四肢ししがあらぬ方向へねじ曲がるほどの大ダメージを受けながらだ。不死身のタフネスさゆえ死んではないが、しばらく再起不能だろう。

 盾型結界に仕込まれた攻性こうせい機能きのうの効果である。

 その盾のような表面には美しい彫刻が描かれているのだが、大きな牛の角を掲げた大地母神の姿にツバサを重ねない者はいないはずだ。

「この防壁ぼうへきは……よもやお客人か!?」

 刮目かつもくするサンディが振り返れば、そこに空飛ぶ戦艦が浮かんでいた。

 飛行母艦――ハトホルフリート。

 浮遊島ふゆうとうへり波止場はとばとして停船していたのだが、先ほどツバサが浮き足だった際に通信網で「王妃様の防衛を手伝ってくれ」と頼んでおいたのだ。

 艦橋かんきょうの中央に位置する艦長席。

 ツバサが定位置であるそこに五女マリナが座っていた。

 ハトホル太母国 五女 マリナ・マルガリーテ。

 王冠風の帽子を被り、ツバサの赤とミロの青をかたどったリボンで飾り、ロリータファッションをドレスを身にまとうお姫様みたいな幼女だ。

 艦長席を通じて飛行母艦に過大能力オーバードゥーイングのパワーを送り込んでいる。

 マリナの過大能力――【神聖なる幼女イエス・ロリータの不可侵領域・ノー・タッチ】。

 強力な結界を張ることに特化した守護の能力。

 守りを極めるという点ではサンディと同系統の過大能力オーバードゥーイングだ。

『お母さ……センセイからお手伝いするように仰せつかってきました! マリナといいます! よろしくお願いします!』

 艦外スピーカーから礼儀正しく挨拶あいさつするマリナ。

 お母さんと言いかけたことはさておき、ちゃんと挨拶したのは花丸だ。

 幼女が助けてくれると思わなかったのか、サンディと騎士団は最初こそポカーンとしていたが、救われたことを知ると安堵あんどの笑みをほころばせた。

「ありがたい……助太刀感謝する!」

 結界の復旧を急げ! とサンディは仲間に発破はっぱを掛ける。

 マリナに頼るばかりではない。その態度に好感が持てた。

 五神ごしん同盟どうめいも喧嘩を売られた身。あらがみならば手控てびかえる理由はないので、防衛を手助けするばかりではなく打って出ることも許可していた。

戦艦フネで来た! のはちゃんとワケがあるし!』

 マリナに次いでスピーカー越しに大声を張り上げるギャルの声。

 ハトホル太母国 三女 プトラ・チャンドゥーラ。

 異世界に来て随分ずいぶん経つが、未だにコギャルのファッションを完徹かんてつする意志の強さは見習いたい。今日もタワーのように盛り上げたヘアスタイルを決めていた。

 彼女はこう見えて道具作成師アーティファクター。戦闘員ではない。

 色々と細工してもらうために呼び寄せた助っ人の一人である。

 艦橋では長男ダインに代わり操舵輪そうだりんを握っていた。

『でもフネの操縦なんてしたいことないからダインダイちん遠隔えんかく操縦そうじゅうだし!』
「せっかくカッコつけとるんじゃからいらんこと言わんでええ」

 あとちん・・付けんな、と通信網でダインがツッコんだ。プトラは親しい人の名前を呼ぶとき、何故か後ろにちん・・を付ける癖があるのだ。

 ちゃん付けの変化系だと思うのだが……矯正きょうせいするべきか?

 そんなわけで操船はダイン任せである。

 プトラが操舵輪そうだりんを握るのは、そこにある引き金トリガーが使いやすいからだ。

『主砲! 獅子女セクメト王の咆哮・ハウリング! 拡散かくさんバージョン!』

 発射だし! とプトラがおもいっきり引き金を引けば、花火めいた閃光が結界の外で咲き誇った。横向きに放射したすだれ花火のようである。

 展開てんかいされたままなマリナの盾型結界。

 その中心から放出された主砲のエネルギー波は拡散する。

 それぞれが真紅しんく光弾こうだんとなって飛び散り、結界の周辺にいるあらがみを手当たり次第に撃墜げきついしていく。追尾ついび誘導ゆうどうも兼ねた効果があるので狙いは過たず、皆殺しを目的とするかのようにあらがみを撃ち落としていった。

 直撃すれば大爆発を起こす赤い光弾。

 爆炎の花が咲き乱れ、メガトリアームズ王国の空を紅蓮ぐれんに染めた。

 爆発が静まると、そこから黒煙こくえんを引いて真っ黒に焦げたあらがみたちが落ちていく。あの威力でも五体が爆散ばくさんしないのだから呆れた頑丈さだ。

 肉体的に強すぎるから――仲間と協力する必要がない。

 この仮説を実証するような光景だった。

 主砲の拡散光弾は七兄弟セブンスも逃さずに捉えていた。

 しかし、爆発は起きてもそこから落ちてくる姿は見当たらない。

「ぬぅ! 小癪こしゃく砲撃ほうげきでありますな!」

 爆煙を剛腕の一振りで掻き消してマンズが姿を現した。

 両手のグローブがいくらかすすけているものの、当人はピンピンしている。あれではダメージも期待できない。しかもツバサの目視もくしに間違いがなければ、マンズは一人で三発分の拡散主砲を浴びているのだ。

 大抵のあらがみは一発KO。それを三発喰らっても平然としている。

 七兄弟セブンスは一般のあらがみと一線いっせんかくす。これも証明された。

「済まないマン兄さん! 助かった!」
「……けほ、こほ……マン兄さん、グッジョブ」

 マンズの後ろには無傷のライドンとマージョンが確認できる。

 装甲スーツをまとうライドンがマージョンを抱えるようにかばう念の入りようだ。他種族の廃滅はいめつを願う彼らだが、同族への愛情はあるらしい。

 ……こういうの・・・・・を見せられると迷うから困る。

「――おい、そこのアンタ」

 唐突に声を掛けられたマンズはビクリ! と肩を振るわせた。

 爆発の瞬間に紛れて自身の間合いまで踏み込んできた侵入者に気付かず、マンズは仮面の奥で眼を丸くした。睫毛まつげには冷や汗がしたたるほどだ。

 お構いなしに声の主は続ける。

「確か……正義は拳に宿るとか言っていたな?」

「くっ! 吾輩わがはいは正義を体現する者! その拳に正義が宿る……ッ!」

 当然とうぜん帰結きけつであります! とマンズは怒鳴りながら殴りかかった。

 相手を確認せず見当だけを付けたマンズのパンチは空振りに終わり、相手の出方を窺っていた声の主は振り抜かれる剛腕をやり過ごしてから力を溜めた鉄拳の右ストレートをお見舞いする。

 拳骨はマンズの顔面を捉え、鉄製のマスクに拳の跡を刻んだ。

 命中した鉄拳はそのまま右斜め45度に傾いていき、マンズを地面へ叩き落とすべく全力で振り抜かれ、正義をうたう巨漢を豪快に殴り飛ばした。

「んんんんッ……ノォォォォォォォォォォーーーッ!?」

 歪んだ絶叫を上げながら、マンズは地表へ真っ逆さまに落ちていく。

 何層も重なった森を突き抜け、大地に叩き付けられたマンズを中心に陥没かんぼつすると大型のクレーターとなり、木片と葉を混ぜた爆煙を舞い上がらせる。

 さしもの正義を謳う巨漢もすぐには立ち上がってこなかった。

「拳に正義は宿らない。宿るのは……ただ純粋な暴力だ」

 声の主は白煙はくえんを立ち上らせる拳を握り締めた。

 マンズに見劣りしない2mの体躯たいくを鍛えに鍛え、それでいてしなやかさを忘れないよう柔軟に肉体を仕上げた青年だ。朴訥ぼくとつな表情が性格を表している。

 短めに切り揃えた頭髪も実直さの表れだ。

 ボアをあしらったフライトジャケットに渋めのカーゴパンツ。

 分厚い靴底ソールが目立つ編み上げブーツで足下を固め、休日の軍人めいたファッションセンスである。このままストリートファイトでも始めそうだ。

 水聖国家オクトアード 客将きゃくしょう 仙道師せんどうしエンオウ・ヤマミネ。

 そして、ツバサに忠実な後輩でもある。

 飛行ハトホル母艦フリートで待機させていた仲間の一人だが、マリナたち同様「サンディに加勢かせいしてくれ」という指示を聞いて参戦してくれたのだ。

 ――マリナが盾型結界を展開した瞬間。

 目映まばゆ閃光せんこうが走った一瞬で結界の外へ抜け出すと、七兄弟セブンスに接近するチャンスを窺い、絶好のタイミングで介入してくれた。

「マン兄さ……んぐぉっと!?」

 兄マンズを助けようと身を乗り出したライドン。

 マージョンを庇う両腕がほどかれた時を待っていたかのように、彗星の如き強烈なキックがマスクで覆われた彼の横っ面を蹴り飛ばした。

 しかし、敵も然る者。

 ライドンは反射的に腕を振り上げてキックの軌道きどうを逸らし、顔面への直撃を避けていた。蹴りの爪先をマスクの額へ受け流すように誘導する。

 首の筋肉を総動員させ、頭突きの要領ようりょうでキックに対抗したのだ。

 お返しだ! と言わんばかりにライドンは近距離から膝蹴ひざげりを打ち上げつつ、そこからバネのように爪先を蹴り上げて襲撃者のあごを狙う。

 キックの主はそのままライドンの額を蹴飛ばす反動で、上半身を大きくしならせるように反らした。変身ヒーローの爪先蹴りをかわすと同時に顎を掠めた足に軽いキッスをしてから、高速で何度もバク転にしつつ距離を取った。

「ひゅう~☆ やるじゃん、マスク・ド・ヒーロー☆」

 口笛でライドンを冷やかしたのは、ホスト崩れみたいな青年だった。

 プラチナブロンドな長髪をなびかせた美青年。

 ただし、ちょっとばかり顎が尖っているのがマイナスだった。

 風に流れる長い髪からも、笑顔で垣間見せる白い歯からも、瞬きする度に揺れる睫毛まつげからも、キラキラとお星様の輝きを瞬かせている。

 この瞬きは仕様――彼なりのキャラ作りだ。

 180越えの長身は針金のように細いはずなのに、痩躯そうくとは思えぬほど強靱きょうじんな芯を宿している。そんな痩せた身体の包むのは、スパンコール仕立てなのかキラキラと絶えず純白の輝きを振り撒く真っ白なスーツの上下。

 先の尖った革靴かわぐつまで白い煌めきに瞬いていた。

 エンテイ帝国 特使とくし 輝公子きこうしイケヤ・セイヤソイヤ。

 猛将キョウコウから遣わされた、南方大陸メガラニア遠征への援軍である。

 エンオウ同様、サンディに加勢するため出撃してくれたのだ。

「新手か! しかし、このライドンに足技で挑むとは笑止しょうし千万せんばん!」

 ライドンはひざを胸へ付けるように持ち上げ、いかにも蹴り技が得意そうなポーズを取った。その足にはまた黄銅色おうどういろの輝きを放とうとしていた。

「足技が得意なんて個性のひとつでしょ☆」

 僕だって負けないよ☆ とイケヤも利き足を頭上に振り上げる。

 こちらは足技というより新体操のようなポーズだ。身体を支える軸足じくあしから頭上に持っていった利き足までが一直線に“I”の字を描いていた。

 ちょうどいい間合いで向かい合う両者。

 居合いの達人同士が睨み合う緊張感が続いたかと思えば――。

「ライドォォォォン……ランブルキックッッッ!」
「ラディアンスゥゥゥ……メテオシャワーキィックッ☆」

 双方とも目にも止まらぬキックの連打ラッシュ応酬おうしゅうを始める。

 その激突は小規模ながら大気をぜさせるほどの爆発を連続で巻き起こし、その波及はきゅうは近付く者に身を切るようなダメージを負わせるほどだ。

「……ちょ、ライ兄さん」

 私が近くにいるのに……! と抗議しながらマージョンは退しりぞいた。

 波及が届かないところまで逃げた魔法少女は一息ついた後、瞳孔どうこうが点になるほど震え上がりながら硬直してしまった。

「は~いお嬢さん♡ 悪いんだけど動かないでくれるかな~?」

 後ろに自分の動きを抑えるための何者かが忍び寄っていたからだ。

 掛けてくる声はやたらとナンパだが、男性のものではなくマージョンと同じくらいの少女の声に聞こえた。しかし、喋り方は女の子らしくない。

 どうしてもナンパ野郎に聞こえてしまう。

 恐る恐る振り向けば、そこに佇むのは一人の少女だった。

 マージョンより年上に見える、細い目をしたボーイッシュな美少女。

 拳法着けんぽうぎと呼べるような道着を身にまとっているが、実りに実った胸元や細く締まった腰付き、そして何よりゆったりしたズボンでも隠せない尻の大きさが間違いなく「彼女の性別は女性」だと主張している。

 だが、どこか女らしさに欠けていた。

 やけに大きく結ったおさげ髪がトレードマークになっている。

 ククルカン森王国 日之出ひので工務店こうむてん 武道家ランマル・サンビルコ。

 エンオウやイケヤと同じ遠征組えんせいぐみの一人だ。

 本来の性別は男性で年齢も二十歳前後なのだが、変身を得意とする持ち前の過大能力で女性化したらしい。恐らくマージョンに合わせたのだろう。

「君が何もしなければ、オイラも何もしないよ」

 ただし、と付け加えたランマルは指のパキポキと鳴らした。

「もしも余計なことをするようなら、残念だけど手荒てあらな真似をさせてもらう。見ての通り女の子・・・同士・・、キャットファイトも許してもらおうか」

 ニヤニヤ笑顔でランマルは警告した。

 完全に振り向いたマージョンは眉根まゆねを寄せている。

 表情筋にも乏しいので顔色を読みにくいが、眉尻もそこそこ上がっているので腹立たしさを感じているらしい。もしかすると怒っているのかも……。

「……舐めないでちょうだい、細目女」

 魔法のステッキを気怠げに振り、金色の粒子をまとうマージョン。

「ありゃりゃ、交渉決裂か」

 闘争の気配を感じたランマルは迎え撃つ構えを取った。

 くして――王国の攻防戦に五神同盟も一枚噛むこととなる。

   ~~~~~~~~~~~~

「――良かったのか、あれ?」

 起源龍オリジンキリンが投影する実況映像を親指で指すアルガトラムが、ツバサへ確認を求めるように尋ねてきた。語彙ごいはぶいているが言いたいことはわかる。

 五神ごしん同盟どうめいがメガトリアームズ王国に加勢していいのか?

 後々サクヤ姫との折衝せっしょうこじらせる原因にならないか? と心配してくれているのだ。この肩入れでサクヤ姫の心証しんしょうが悪くなるかもと案じてもいた。

 この王様、鷹揚おうようだが気配りを忘れない。

「大丈夫だろう。あらがみのせいにすれば言い訳はまかとおる」

 それでもサクヤ姫が難癖を付けてくるなら、さすがに「狭量きょうりょうだぞ老害ろうがい!」と言い返すくらいはさせてもらおう。だが、通信網の極秘回線で上がってくるアハウさんからの報告を聞いていると、そこは杞憂きゆうに終わりそうだった。

 サクヤ姫は老獪ろうかいでこそあるものの思慮しりょぶかい。

 話のわからない御仁ごじんではなさそうなので安心したところだ。

 だからこそツバサはエンオウたち戦闘要員に「おまえらちょっと遊んでこいや」とヤクザの親分気取りで出陣命令を出したのだ。

 ――腕試しも兼ねて七兄弟セブンスの力量を測ってこい。

 打って出た三人には暗にそう伝えておいた。

「極道のおんなたち……あねさんならそういう命令しそうだなぁ」
「ツバサさんはどっちかっていうとゴッドファーザー、いやマザーか」

ツバサおれ独白どくはく読まないで頼むから」

 バンダユウとミロに心を読まれたツバサはツッコんだ。

「理由はどうあれ助かった。すまんな」

 アルガトラムは片手拝みで素直に礼を述べた。アバウトながらもここで礼を言えるか言えないかで人柄に違いが出る。彼は紛れもなくいい人だ。

 嫁の窮地きゅうちを救われたのだから余計だろう。

 そのアルガトラムだが、なんともいぶかしげに話し出した。

「しかしなぁ。あれだけ群れても単身で突っ込むことしか知らないあらがみが、力を合わせて合体攻撃をしてくるとは……連携れんけいはまだまだお粗末そまつだったが、ここから学習されたら今後はもっと厄介になりかねんぞ」

 対策必須だな、とぼやくアルガトラムは既に講じているようだ。

 結界を破られた程度では大きな動揺はない。

 それがアルガトラム王の臣下しんかたちも同様で、さっきから後ろに控えているメイド長コンビも多少慌てたものの、すぐさま落ち着いていた。

 長身なメイド長――ムークは密かに過大能力オーバードゥーイングの出力を上げていた。

 王国を守る結界には彼女も参加しているのだ。

 チョーイやキリンも椅子に腰掛けたまま動じていないが、結界が破れると同時に各々の過大能力や起源龍オリジンの力を静かに強めていた。

 おかげで結界は見る見るうちに塞がっていく。

 マリナが盾型結界に防いだのもあり、侵入者はゼロで抑えられていた。

 いくつもの過大能力を束ねた結界なので、修復が早いのも売りなのだろう。さりとて破られたのはいただけない。いくら現場で防衛担当をするサンディと騎士団の尽力があっても、今後あらがみはそれを上回ってくるはずだ。

 特に――七兄弟セブンスはとてつもない脅威だ。

 王妃サンディの結界強度は段違いの堅牢さを誇る。

 推定すいていだがツバサでも容易よういには破れない。同等の強さと見做みなしていい夫のアルガトラムでさえもだ。彼をして「防御力最強!」と褒めるだけはある。

 単純な強度ならばマリナの結界の3~5倍。

 それだけの守護の力を持つサンディが、チョーイたち複数の過大能力オーバードゥーイング幾重いくえにも組み合わせた結界に働きかけ、より強固に仕上げた王国の防衛結界。

 それを七兄弟セブンスは破ったのである。

 たとえ三人掛かりだったとしてもあなどれるものではない。

 マンズのパンチは結界をかたむかせ、マージョンの砲撃は結界をたわませ、ライドンのキックは結界に波紋はもんをつくるほど揺らめかせたのだ。

 そして、三人の連続攻撃により王国の結界は突破された。

 中途半端なLV999スリーナインではタイマンも怪しい。

 最低でもツバサと肩を並べられる達人でなければ返り討ちは必至である。

 エンオウたちならば対戦しても問題ないとは思う。

 それでも万が一を危惧きぐするほどだ。

「あらがみはどいつもこいつも大概たいがいだが……七兄弟セブンスは輪を掛けておかしい。秘めた潜在能力ポテンシャル真なる世界ファンタジアの生物基準から大きく外れている。蕃神ばんしんに由来があると思われても仕方ないくらい、どいつもこいつも異常なパワーの持ち主だ」

「だけどおつむ・・・は弱いんだよね」

 もはやツバサの超爆乳の下から顔を出すのが定位置になっているミロが、またしてもアホの子である自分を棚に上げてそう言った。

 正直、あらがみの知能を疑う面はあまり見られない。

 総帥ショッカルンは口が達者たっしゃだったし、巨大ロボ・ジーオンも臨機応変で動いていた。個々のあらがみも言動からしてバカではない。

 脳筋のうきんなのは太鼓判たいこばんが押せる――だが頭が悪いわけではなさそうだ。

 どちらかといえば世間知らずという印象が強かった。

「……単に無知なだけかも知れないな」

 もっとあらがみついて情報を集める必要がある。

 力は強く知恵もあるが物を知らない。どこかで見掛けたような風貌ふうぼう真なる世界ファンタジアにも別次元にも由来しない出自しゅつじ。これらの曖昧あいまい模糊もことした謎を解き明かせば、あらがみに対抗する術が見つけられるはずだ。

「う~ん、なんだかなぁ……見覚えっつうか既視感デジャヴっつうか」

 雰囲気は似てるんだよなぁ、とバンダユウがしきりに首を傾げていた。

 実況映像の七兄弟セブンスを見つめたままの感想だ。

「組長さん、何か心当たりがあるみたいな言い方ッスね」

 気になることがあるなら教えてほしいッス、と次女フミカがバンダユウに水を向けた。少しでもいいからあらがみに通じる情報が欲しいのだろう。

 些細ささいひらめきやでも望むところだ。

 そこから思い掛けず解決の糸口が見付かるかも可能性もある。

 バンダユウは困り顔のまま映像を指差す。

「いやぁ、あの七兄弟セブンスとか名乗ってる三人の格好がさ。どいつもこいつも昔懐かしのヒーローっぽくてさぁ……そもそもあらがみが総じて懐古レトロなのよ」

 あらがみの外見はどいつもこいつも懐古かいこ主義しゅぎ

 その代表的な例をバンダユウは人差し指を立てて挙げた。

「最初の乱戦ん時、あっちのショッカルンだかって爺さんがコースケやらガジララやらって遠くにいる息子たちと連絡取ってたろ」

「ええ、黒電話みたいな頭のあらがみを通信機にしてましたね」

 ここでミロがヒョコッと口を挟んだ。

「ねぇねぇツバサさん――黒電話・・・ってなぁに?」

 ミロの質問をバンダユウは「待ってました!」と拾い上げる。

「ほらな、ジェネレーションギャップ。今時の子はあんな古臭い電話機なんて知らねえよ。なあ、ヤングチルドレンズ?」

 バンダユウは横に並んだ若者たちに問い掛ける。

 長男ダイン次女フミカ情報屋ショウイ、三人は一斉に首を横へ振る。

「「「いえ、知ってますけど」」」

「あっれぇっ!? ジェネレーションギャップどこ!?」

 まさかのリアクションに度肝どぎもを抜かされるバンダユウを「まあまあ……」となだめたツバサは、彼らは特別物知りだからと納得させた。

 ダインは機械全般のオタク、フミカは博覧はくらん強記きょうきむすめが通り名、ショウイも情報屋の名に恥じない博識振り。黒電話くらい知ってて当たり前の面子だった。

 ちなみにツバサも知っている。

 昭和の映画大好きなインチキ仙人に育てられたのだ。登場人物が黒電話を使っているシーンを見たのは一度や二度ではない。

「この場合、ミロの反応が普通ですから間違ってません」

「はーい、今時の子代表でーす♪」

「そうだよな。あーびっくりしたぁ……で、気を取り直してだ」

 コホン、とせきばらいしてバンダユウは続ける。

「あの黒電話怪人を始めとして、あらがみどもはどいつもこいつも地球人……それも日本人のノスタルジックを直撃する見た目をしている奴が多いなー、とオジさん思ったわけですよ。特にあの七兄弟セブンスとかいう連中」

 マンズは――かつて一世いっせい風靡ふうびしたアメコミヒーローたち。
 マージョンは――魔法少女の原型アーキタイプとなった魔女っ子たち。
 ライドンは――特撮とくさつ華やかなりし頃の変身ヒーローたち。

 七兄弟のフォルムはそれらを想起させるものだった。



「あいつら、なんであんな昭和レトロなんだ?」



 どこにも属さない正体不明の分際で、どういうわけか日本人の記憶を刺激するような外見がいけんていしている。そのことをバンダユウは疑問視したのだ。

 老組長は探偵のような眼光である仮説を立てた。

「もしかすると地球から来た人間って可能性が無きにしも非ず……それも見るからに昭和期限定だ。明治や大正、平成や令和の影が見られねぇからな」

 あらがみのデザインモチーフとなったもの。

 黒電話が最たる例だが、もしも現代日本全般にモチーフを求めるならば、昭和前後の時代を象徴するものもなければおかしい。

 電話などの機器を例にバンダユウは比較していく。

「その証拠にスマホやタブレットにガラケーの怪人はいなかった」

 逆に黒電話よりも古いタイプの電話。ラッパみたいな口と両眼みたいなベルが付いた電話もない。バンダユウはつぶさに観察していたという。

「確かに……あらがみのモチーフは昭和期に限定されてるッスね」

「確認しました。フミカちゃんに同意です。どちらかといえば昭和中期から後期、バブル景気に浮かれる前の時代ばかりですね」

 情報の収集と解析を担当するフミカとショウイが、バンダユウの発言を裏付けるように報告してくれた。これは否応いやおうなく信憑性しんぴょうせいが増してくる。

 仮説を補強ほきょうするようにバンダユウは前例を出した。

「生身の人間が真なる世界ファンタジアへ飛ばされて変身する……知ってるだろ?」

「あらがみは妖人衆ようじんしゅうみたいなものだと?」

 有り得なくはない話だ、とツバサも一定の理解を示した。

 妖人衆――ハトホル太母国に暮らす亜神族デミゴッド

 その正体は、過去の日本から偶発的な理由で転移させらた人間。転移の原因でもあるよどんだ“気”マナを浴びて妖怪のように変異した人々だ。

 あらがみは女王樹を母神の如く崇めている。

 地球の日本、その昭和期から神隠しのように転移させられてきた人々が、女王樹から瘴気を帯びた“気”マナを浴びて、奇跡的にも死ぬことなく生き存え、その恩恵を授かるように南方大陸でも生きていける超常的な力を得る。

 妖人衆もよどんだ“気”マナに耐えた。この類例るいれいと捉えればいい。

 外なる神アウターゴッド瘴気しょうきに耐性を身に付けた人間が変異してあらがみに……。

「無理やな――並の人間ならあん瘴気で御陀仏おだぶつやがな」

 この仮説はノラシンハによってぶった切られた。

 聖賢師リシは仮説を論破する根拠こんきょを並べる。

「そもそもの話、あいつらが地球テラの日本由来なら俺の三世を見通す眼トリヴィクラマ看破かんぱできんわけがない。なんやごっつ見覚えあるなーとは思っとったが、どんだけ根掘り葉掘り由来を調べても、あらがみどもから地球テラの因子は感じられへん」

「見た目あんなに昭和なのにかい?」

 バンダユウは食い下がるものの、ノラシンハは無慈悲に言い切った。

「せや、まったくや。まだ真なる世界ファンタジアや別次元に蕃神ばんしん……そっち因子の切れ端のがちらほら見付かるくらいや。しかし、地球テラの因子はどこにもない」

 日本の昭和期など以ての外だという。

「なのに……あん見た目はなんや? バンちゃんやのうても困惑するわ。どいつもこいつも昭和のテレビに映ってたようなんばっかやないの」

 ノラシンハもまた頭を悩ませていた。

 この爺さん、なかなかの日本マニアである。遠隔視えんかくしができるのをいいことに、ちょくちょく日本産の映画やドラマを楽しんでいたらしい。

 そんな彼があらがみから日本を連想しないはずがない。

 なのにノラシンハはここまで言及げんきゅうせずに来た。そのことが不思議に感じたが、誰かが気付くまで発言を控えていたようだ。

 話題に上がれば訂正を促すつもりだったのだろう。

「というわけで……すまんなバンちゃん」

「いいってことよノラさん。思い付きの戯言ざれごとだからな」

 せっかくの提言ていげんを潰したことをノラシンハはバンダユウに詫びた。あくまで仮説なのでバンダユウも固辞こじはせず、ヒラヒラと手を振ってお終いにした。

「しっかし、ホンマなんやのんアイツら?」

 全体像がわからないノラシンハは忌々しげにぼやいた。

「昭和どころか地球テラの気配はまるで感じられん。せやのに見た目は昭和にあったもんからパクったようなんだらけ……わけわからんでしかし」

「――素材と参考は別じゃない?」

 頭を抱えるノラシンハに、ミロがあっけらかんと呟いた。

「どうゆうこっちゃミロちゃん?」

「だから、素材は色んなところから集めてカオスってるけど、そこから形を作る時に参考にしたものは別なんじゃないの? ってこと」

 わかるようなわからないような理屈りくつだった。

「あ、ミロちゃんの言いたいことはこういうことッスか?」

 フミカが言葉足らずなミロの代弁をしてくれた。

「様々な世界の因子を集めて素材にして、そこからあらがみを創造する。外観デザインの参考には昭和期の情報を使った……みたいな?」

「そう! フミちゃんそんな感じ!」

 我が意を得たり! とばかりにミロがフミカを指差した。

 これを聞いたアルガトラムは高笑いを上げた。

「ウハハハハ、なかなか痛快つうかい考察こうさつだな。外なる神アウターゴッドが関わっているとなれば、それくらい朝飯前だなと割り切れるから納得してしまいそうだぞ」

「……だとしたら混沌カオスっぷりに拍車はくしゃが掛かるぞ」

 ツバサは渋い顔のまま嫌そうな声で呻くしかなかった。

 この考察における最大の問題点は「どうして昭和?」という点だ。

 様々な次元の要素をごった煮にしたという点は、外なる神アウターゴッドならやりかねないという悪い意味での信頼と実績があるからいい。だが、そのごった煮から造型ぞうけいする参考資料として、どうして昭和という日本の一時代を選んだのか?

 そこに合理的ごうりてき解釈かいしゃくを見出すことができずにいた。

 いずれ日本から飛ばされてくるツバサたちを予見よけんしての当て付けか? だとしたら世代が遠すぎる。もはや令和も過去の話・・・・・・・、昭和も遠くなりにけりだ。

 しかし、昭和の香りが消えたわけではない。

 アメコミヒーローは今も大人気で、対となるヴィランも活躍している。魔女っ子という萌芽ほうがは魔法少女を始めとした戦えるヒロイン像を確立させた。特撮ヒーローも未だ健在、新たなヒーローが続々と誕生している。

 彼らの原型アーキタイプはそのほとんどが昭和に端を発していた。

 もっとさかのぼることもできそうだが、活気づいたのは昭和のはずだ。

 何かしらの理由があるのか?

『――ツバサ君、そちらは大事ないか?』

 ツバサが常識人ゆえの頭の固さから悩んでいると、脳内にアハウの声が聞こえてきた。通信網の極秘回線を通じたメッセージだ。

 声に少なからず緊張の張りがあるので、ツバサはすぐ察した。

『アハウさん、もしかして……』

 小さく固唾かたずを飲んだ後、アハウは予想通りに言葉を紡いでいく。



『ああ……現在、サクヤ教授せんせいの拠点が襲撃されてる』



 あらがみ七兄弟セブンスの別働隊が率いる軍勢が押し寄せているそうだ。


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