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第22章 想世のコノハナサクヤ
第530話:真なる王は民を選ばない
しおりを挟む海峡によって三つに分断された――南方大陸。
その大きさはツバサたち五神同盟が居を置く中央大陸に勝るとも劣らず、全貌は未だに把握しきれない。その中央大陸からして地球の五大陸の総面積を上回っていることを考えれば、南方大陸もまた広大な大地を擁しているはずだ。
三分割されても、まだ大陸と言い張れるだろう。
東西南の三つに分かたれた大陸はほぼ三等分されており、南端の奥地はあらがみたちの跋扈する支配領域、東端はサクヤ姫と精霊族が治める領地だ。
そして、西端を統べるのはアルガトラム王。
首都となる都市を中心にメガトリアームズ王国と名付けられていた。
変態クソ親父ことドラクルンが滅ぼした自分の国はメガトリアームズ公国。
一字違いだが、そこには王の様々な情念がまとわりついている。
首都などと偉そうに宣いたいものだが、規模的には街に毛が生えた程度の代物でしかない。腐るほど強烈な“気”によって異常進化と異常再生を繰り返す大自然の猛威から民を守るべく、領土拡大より防衛を優先している。
『――まずは民が安心して暮らせる国造りだ』
アルガトラム王指揮の下、家臣たちは日々邁進を続けていた。
国土造成に際して難点となるのは女王樹の根である。
七日に一度の間隔で暴れ出す神話級の大蛇みたいな触手のおかげで、南方大陸には安全が保証される土地がない。過激な女王様はとても気まぐれなのだ。
根の先端である触手がどこから飛び出してくるか?
これにはほとんど規則性がなく、予測することは不可能だった。
だからこそサクヤ姫は弟子たちと協力し、女王樹の根でも侵食できない硬い岩山を見出すと手を加え、そこに触手も届かない天豊樹を植えたのだ。
メガトリアームズ王国も似たり寄ったりである。
まず女王樹の根に侵食されない岩盤のような土台を建てる。
こちらは都合のいい岩山がなかったので、アルガトラム配下の工作者が一らか造るという荒々しい力業で解決した。この触手にも壊されない土台作りは現在進行形で、着々と面積を広げているところだ。
まず身が詰まっていて侵食されにくく、鉱石成分を含んだ岩を集める。
それを石垣を積み上げる要領で重ねていき、神族の工作者が過大能力で創り出した特殊なセメントで溶接させるように繋ぎ合わせていく。
より頑強に仕上げるのだから固着といってもいい。
これを繰り返すことで、背の高い石造りの土台を築き上げていた。高さと広さを兼ね備えるため、石垣の積み上げは昼夜関係なく進められている。
作業員は――既存の種族ではない。
身の丈数mはある、人間のようで獣のような者たちだ。
人間みたいに二足歩行ができるため獣人と呼びたくなるところだが、それにしては獣の要素が強い。しかし獣にしては人間性も兼ね備えている。
個体差が激しいのも特徴のひとつだ。
獣と人の狭間に立つような外見――共通するのはその一点のみ。
後は自由! といった風体である。
まん丸に太った愛嬌のある愛玩動物に見える者もいれば、獣毛にさえ目を瞑ればほとんど人間の女性に近い肢体を持つ者もいるし、上半身は屈強な人間だが下半身は四足獣めいた脚になっている持つ者もいた。
総じて蓬髪のような長い鬣を持つのも共通点だろうか。
あと所作が人間臭い。手先も器用で汎用的な作業に適している。
身体も大きく膂力にも恵まれている彼らは空を飛ぶこともでき、あちこちから硬い石を運んでくると、土台となる石垣に積み上げていく。
そして、口から特製のセメントめいた泥を吐いて押し固めていた。
――彼らは創造された種族。
ある工作者の過大能力によって生み出された神造生命体だ。
「はい、できるよー。今日中にもう一回りくらい面積を確保しとこうか。できるできる、やればできるよー。でっきるかな? じゃない、できるんだよー」
獣たちの作業を監督する工作者は発破を掛けた。
工作者というより芸術家みたいな風体をした男である。
ヒョロリと縦に長い体形。長身痩躯とはいうけれど、そこまで痩せてはおらずただただ長い印象だ。手足も長いので案山子のようでもあった。
髪は目線が隠れるほどボサボサと伸びている。
そんな乱髪を抑えるように、カラフルなチューリップ帽を被っていた。
バリッとした白いワイシャツにサスペンダーを掛け、ダボダボのダメージジーンズをはいている。シャツがストライプ柄に見えるほどカラフルな布を何本もまといつけ、その上からビンテージ感のあるモッズコートを羽織っていた。
床を踏み鳴らすのは爪先が丸いおでこ靴、もとい鋼鉄入りの安全靴。
メガトリアームズ王国 建築大臣 タッパー・ノッポトッポ。
拠点建設から国造りまで一手に引き受ける工作者だ。
特別に能力を分け与えた五体の獣を供回りとして、現場監督よろしくメガトリアームズ王国を支える土台の建設工事に明け暮れていた。
チューリップ帽がヘルメットに見えるほどだ。
「はいはい、できるよー。できるできる。やればできるんだから」
口癖の「できる」を連呼しながら「12時の方向に石が足りない」とか「4時と5時の方向が尖りすぎ」と的確に指示を飛ばしていた。
国の土台となる石垣作りは、なるべく楕円形になるよう整えていた。
「タッパーさん――おつかれさまでぇす」
上にある首都から降りてきた駅長ジャーニィは同僚に声を掛けた。
五神同盟の皆様方を首都まで無事案内したジャーニィだが、歓迎や歓待といった仕事はメイド長の領分なので任せてきた。
統括長官のチョーさんもいるから大丈夫だろう。
手持ち無沙汰になったので、建築現場の様子を見に来た次第である。
厨房から失敬してきた瓶詰めの清涼飲料水を道具箱から取り出すと、タッパーや近くで働いている獣たちへ無造作に配った。
こちらを見上げたタッパーはぞんざいに手を振る。
ついでに瓶詰め飲料を受け取り、すぐさま開封して一口飲んでいた。
「おお、ジャーニィくんお疲れ。どうだい、できたかい?」
できたも何も、とジャーニィは彼の横へ降りる。
「ボクのお仕事は道中の道案内でお終いですからねぇ。お客さんをお出迎えしたり応接室まで連れて行ったりお茶を出したりは、ムークさんやピンコさんのお仕事ですから。できるできないじゃないっすよぉ」
「そうか、できて当たり前か」
できるのはいいことだ、とタッパーは勝手に納得していた。
ジャーニィにしてみれば年上の上役に当たるタッパー。面倒見が良く人当たりもいい先輩なのだが、一事が万事この口癖で済ますのは未だに慣れない。
なんとか話は通じているので問題ないのだが――。
「それで? 飛脚の“血伏”どもから逐一報告は受けてるけど……」
お客とやらはデキるのかい? とタッパーは尋ねてきた。
このデキるは複数の意味が込められている。
なのでジャーニィは見当を付けたデキるの意味で答えておいた。
「ええ、ボクの見立てでも相当デキる人たちですよ。少なくとも彼らのリーダー格であるツバサさんという方はアルさんに匹敵……いや、同格かもです」
「アルの大将と同格だってぇのか? そいつぁデキるじゃねえか」
飲料をもう一口飲んだタッパーは感心した。
供回りを務める“血伏”たちも感嘆の声を上げて拍手を送る。
彼らはタッパーの過大能力で創られた神造生命体。
彼らは「血を伏せる」と書いて“血伏”と名付けられていた。ちゃんと意味があるそうなのだが、タッパーさんはちゃんと教えてくれない。
口癖から察すると思うが、この人すっごくアバウトなのだ。
彼に付き従う特別製の血伏は五体。
一体は愛嬌のある丸っこいマスコットタイプ。二体は屈強な警護者タイプ、そして残り二体はグラマラスな女体を誇るサービスタイプだ。
女体型の血伏は珍しくないが、この二体は特別枠らしい。
それぞれ順番にボン太くん、ゾン太くん、ドン太くん、あんなちゃん、ゆにちゃん……と独特なネーミングセンスで名付けられていた。
「そんで? お客さんはアルの大将と対面中?」
おれも参加できる? とタッパーは五神同盟の皆さんに興味津々だが、ジャーニィは両手を突き出し「No ThankYou」のポーズで制した。
「対談前のセッティング中です。邪魔しちゃいけません」
既に五神同盟の方々は応接室でお待ちの状態。
アルガトラム王のセッティングに時間が掛かっているところだ。
なにせ象神族の説得に肉体言語を要したため、我らが王様は泥んこの汗まみれである。汗を流してからじゃないと他人様に会わせられない。
目下のところムークとピンコのメイド長コンビが大わらわだ。
今頃、超特急で王様の身嗜みを整えているだろう。
『あーもう! おろしたてのお召し物を半日でドロドロにしたのですか!?』
『王様アンタ五歳児!? 洗濯するぼくたちの身にもなってよ!』
『当人もドロドロではありませんか! シャワーじゃ落ちませんよこれ!』
『お風呂飛び込んできなよ! 着替え用意しておくから!』
『お客様を待たせるのもいけませんからなる早でお願いいたしますね!』
『四十秒で出てきなよ! こっちも四十秒で支度する!』
……以上、アルガトラムを連れ帰ると同時にメイド長コンビから浴びせられたお叱りの数々である。ジャーニィも巻き添えを食らってしまった。
お母さんが二人いる、なんて軽口は禁句だろう。
「……というか、ムーク姉さんとピンコちゃんの邪魔しちゃいけません」
「ああ、それはできんな。締め上げられるわ」
できんできん、とまた独りで納得したタッパーは作業ダコの目立つ指で顎を掴んでクルリと首を回す。名残惜しそうに上空を見上げた。
「上に入っていったあの飛行船。お客さんが乗ってきたもんだろ?」
「ええ、飛行船というか飛行艦……母艦とか戦艦レベルですかねぇ。速い強い頑丈の三拍子で、宇宙で無双できそうな超弩級戦艦でしたよぉ」
「そいつを間近で拝みたいし、造ったにしろ操縦してきたにしろ、あの飛行船に関わった人たちに会ってみたいじゃないの」
タッパーは工作者として同業他社が気になるらしい。
メガトリアームズ王国の土台となる石垣を築き、血伏という神造生命体を軍隊を組めるダース単位で創造する。どちらかといえばオカルトチック方面の工作が得意そうなタッパーだが、こう見えて機械系の製造もお手の物だ。
ジャーニィが過大能力の【駅舎】で乗りこなす機動列車の数々。
あれらもタッパーが建造してくれたものだ。
そして、メガトリアームズ王国の首都建設にも関わっている。
血伏たちがせっせと築いている石造りの土台。
その遙か上空に――メガトリアームズ王国の首都は浮かんでいた。
ファンタジー作品にありがちな空飛ぶ島だ。
有名所だと龍の巣という巨大積乱雲の中心に浮かぶ天空の城があるが、あれよりも土地面積は広い。対して建ってるお城はささやかだった。
城を起点に国民が住む街が並び、周囲は田園風景が広がっている。
石造りの土台はあくまでも女王樹の根を防ぐため。
万が一にも上空に浮かぶメガトリアームズ王国まで超特大触手が届かないための石垣であり、防壁の役割を果たしているのだ。
本国ともいえる浮遊島もタッパーと血伏たちが建設している。
現在、国土の大きさは東京二十三区と同程度。
防御壁となる石造りの土台が広がっていく歩調に合わせて、上空に浮かぶ島のサイズも拡張しているところだ。
こうしている今も血伏たちが南方大陸のあちこちから使えそうな土地や木々を運んできており、空を飛ぶ島に付け足して土地面積を増やしていた。
少しずつ大きくなる浮遊島をジャーニィたちは見上げる。
「マ○ンク○フトなんかでよく見た風景ですねぇ」
「神族だからできる芸当だよな。我ながら神様になったもんだ」
首都の建設や浮遊島の拡大はタッパーの仕事だが、島自体を空に浮遊させているのはアルガトラム王の過大能力。王に相応しいその御力である。
アルガトラム王の過大能力は万能に等しい。
たったひとつの誓約さえ守れば全能の力を発揮する。
石造りの土台がある地域一帯を守護する結界もまた御力によるもの。
この結界は攻性を含んでおり、襲撃を受けると容赦なく反撃する。襲ってきた敵を完膚なきまでに死滅させるまで追撃する徹底ぶりだ。
――守るも攻めるも渾身の全力投球。
アルガトラム王の性格、その一端が結界にも表れていた。
ところで――石造りの土台なのだが。
ただの防壁としてのっぺりと地面を占有しているのも勿体ないので、南方大陸の豊かな土壌を移すことで農場を作る計画が進んでいた。
作業は週五日、女王樹の根が暴れる一日両日は近付かない。
それ以外の日は浮遊島から国民たちが降りてきて、畑を耕したり、種を蒔いたり、作物の手入れをしたり、食肉に向いた動物の家畜化を進めたり……。
食糧増産のため、農耕や牧畜に励んでいた。
石造りの土台も結界内、いざとなれば血伏が護衛役を務める。
それらを監督するのもタッパーの仕事の内だ。こう見えて彼は存外働き者なのである。激務だから細かいところがアバウトになるのかも知れない。
好きでハードワークに身を投じている、とはタッパーさん御自身の弁。
何気にこの人、仕事中毒のきらいもあるのだ。
「――ところでだ」
タッパーは腕を組むと農場の方へ目を遣った。
遠目でも国民が農作業に従事しているのがわかるのだが、彼らを見守るタッパーの眼は案ずるようで悩むような、複雑な視線を投げ掛けている。
「そのお客さんたちはウチの国をどう見るかね?」
「あーっと……それはボクには断言しかねますねぇ。それこそアルさんの交渉力に賭けるしかありません。チョーさんのフォローにも期待してね」
肩をすくめたジャーニィは惚けた。
実際、そういう難しい話はジャーニィの担当ではない。駅長さんは列車の運行をどうにかするくらいしかできない。いいとこ運び屋である。
意外とタッパーは口出しもする。
先ほども「アルの大将と五神同盟の会談におれも参加していい?」と訊いていたように、政治的なことにも口を挟みたがるのだ。国土造成や首都建設を任されているのだから、発言権があってもおかしくはないと思う。
ただ、この会談ではジャーニィ同様に遠慮しておいた方がいい。
なんとなく畑違いだと感じていた。
だからメイド長コンビを出汁に「やめときましょ?」と釘を刺したのだ。当人も漠然と場違いなのをわかっているのか納得してくれた。
畑仕事に精を出す国民を見つめたまま、タッパーはため息をつく。
「……クトゥルフ神話とか知らないと助かるんだけど」
「そいつは手遅れですねぇ。あちらさんには専門家みたいな娘がいましたよ。前髪パッツン姫カットの文学系美少女って感じの専門家です」
マジかよできるじゃん! とタッパーは食い付いた。
「何ができるかは知りませんけど……やっぱ無理ですよぉ。なんせ南方大陸の外じゃあ蕃神や外来者たちってのが幅を利かせてて何十億年前からこっち、ずぅぅぅーっと侵略戦争を吹っ掛けられてるってお話でしたからねぇ」
「ありゃあ、やっぱ終わってないのかい? アルの大将が心配してた通りか」
ウチの国民に風当たり強そうだな、とタッパーは顰めっ面だ。
懸命に農作業へと勤しむ――数多の種族。
そこには真なる世界に属さない出自を持つ者が大勢含まれていた。
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飛行母艦は宙に浮かべたまま待機させておいた。
別にアルガトラム王とその一派を警戒しているわけではなく、空を飛ぶ島にちょうどいい艦の発着場所がなかったのだ。メガトリアームズ王国側もまさか飛行船で尋ねてくる客がいるとは思いも寄らなかったらしい。
メガトリアームズ王国で大型の空飛ぶ乗り物といえば、もっぱら駅長ジャーニィが【駅舎】で管理している機動列車しかない。
おかげで飛行艦を取り扱う施設を失念していたそうだ。
浮遊島の面積には限界があり、いっぱいいっぱい使っている。
艦を着艦させるスペースを確保できなくもないが、無理強いさせるのも失礼なので空飛ぶ島に横付けする形で停泊させてもらう。
他に理由があるとすれば、いつものツバサの心配性からだ。
警戒はしていないが用心するに越したことはない。もしも万が一最悪の場合を想定し、いつでも発艦できるよう整えさせたのは言うまでもない。
それを艦長である長男ダインに指示したら盛大なため息で返された。
「ほんまに母ちゃんは筋金入りの心配性じゃなぁ……」
「誰が母ちゃんだ。危機管理能力は大切だろうが」
生意気をほざく長男の頭蓋骨をワシャワシャ撫で回して黙らせた。
アルガトラム王との謁見に臨むメンバーは以下の通り――。
地母神ツバサ、英雄神ミロ、組長バンダユウ、所長代行ショウイ。
長男ダイン、次女フミカ、御意見番ノラシンハ。
――以上の七名である。
他のメンバーには艦の留守番を頼んでおいた。
ツバサやバンダユウにショウイは、五神同盟各組織の代表として出席。ミロもツバサと同じ権限があるので同席を許した。
ダインやフミカは、ツバサとミロに何かあった時の代行。
こういう時、いつもは母艦で留守番をする二人だが「公式の場にも顔を出すことで場慣れさせておきたい」というツバサの親心から参加させた。
ノラシンハは興味本位で参加希望に手を上げた。
「あん阿呆坊といわれたドラクルンの末っ子……見てみたいやん?」
「冷やかしみたいだなおい」
しかし、その怖いもの見たさな気持ちはよくわかる。
亀の甲より年の功、なんだかんだで真なる世界の生き字引でもあるのだ。幼い頃は真なる世界にいたらしいアルガトラムと話が合う可能性が無きにしも非ずなので、もしもの時の助言役として同席を頼むことにした。
「なあ、兄貴……わしらも一緒に行っていいもんじゃろか?」
不安の声を上げたのは長男ダインだった。
「五神同盟の会議に出席するくらいなら全然アリッスけど、初めて会う他国の王様との会談にウチらが出るっていうのは……まだ早いというか……」
次女フミカもあからさまに及び腰である。
すっかり一人前かと思いきや、こういうところはまだお子様だったらしい。二人の気持ちもわからないでもないが、そこは母心が推していく。
「そう脅えるな。場数を踏む機会だと思えばいい」
柔らかく諭しながらツバサは参加を勧めた理由を明かす。
「これからおまえたちも他の組織をまとめる誰かと会ったり話したり駆け引きしたりと、そういう機会がないとも限らないからな。俺や他の代表がいるからといつも母艦で留守番というわけにもいくまいよ」
だから――経験を積んでおけ。
最初は出席するだけでいい、とツバサは念を押した。
「空気や雰囲気に慣れるのも悪いことじゃない。今日はツバサやバンダユウさん、それにノラシンハの爺さんもいるから、話し合いは俺たちに任せて……」
すると老人コンビは意表を突かれた顔をした。
「え、おれ座ってるだけでいいんじゃねえの?」
「俺もドラクルンの末っ子拝みたいだけやったんやけど」
「お飾りじゃないんだから……ちゃんと働いてくださいよ爺さんズ」
ツバサは寄せた眉間を人差し指で押した。
真面目なアハウさんを別働隊として送り出したのは失敗だったか? と後悔してしまいそうだ。次回は真面目人間でパーティを組みたい。
「まあまあ、及ばずながら自分もフォローしますから……」
弁の立つ紳士な情報屋ショウイがいることが、せめてもの救いだった。
「なんにせよアルガトラム王なら大丈夫だろ」
いい経験になるはずだ、とツバサは安心材料を並べていく。
「思ったよりフランクで明け透けなく話すタイプだったからな。あの大らかさならこちらがちょっと粗相しても大目に見てくれるはずだ」
「アホの子がバカやっても大丈夫?」
ミロはいい子にしてろよ? とツバサは釘を刺しておいた。
実は――アルガトラム王とは対面済みだ。
軽い挨拶を交わした、非公式ともいえる対面だった。
時間は少し前、メガトリアームズ王国へ到着する前に遡る。
メガトリアームズ王国へ向かう道中、象神族を国民に引き入れようと肉体言語を駆使して彼らの勇者と渡り合う当人と出会したところだ。
アルガトラム王の説得を受け入れた象神族。
彼らはメガトリアームズ王国の国民になることを受け入れた。
そうと決まれば話は早い! とアルガトラム王は彼らの引っ越しの手配まで始めてしまった。駅長ジャーニィが通りがかったのも幸いだった。
ジャーニィの過大能力は運輸に優れている。
本気を出せばひとつの種族を里ごと移送するくら朝飯前だ。
ジャーニィが【駅舎】から飛行する機動列車を何両も喚び出し、引っ越しの手伝いをする“血伏”という神造種族を人手に駆り出して、象神族をメガトリアームズ王国へ案内する手筈とテキパキと進めていく。
ついでにアルガトラムと護衛のハニワマルを拾っていた。
彼らが象神族の引っ越しを手配する傍ら、甲板に出たツバサとミロとバンダユウはアルガトラムに軽く挨拶をしておいたのだ。
ツバサたちが南方大陸へ到達した一件。
これは既にジャーニィが一報を入れておいたという。
彼の過大能力【駅舎】には、機動列車の整備などを担当する血伏が作業員として待機しており、その中でも足の速い面子は連絡員となるそうだ。
飛脚とも呼ばれる彼らが、メガトリアームズ王国に連絡したのだ。
その一報はアルガトラムにも伝わっていたらしい。
『お、君たちか結界の外から来たというのは』
歓迎するよお客人、とアルガトラム王はこちらに歩いてきた。
一見すると体格のいい優男だ。
質実剛健と評価できるほどしっかり鍛え上げられた体躯に、人当たりのいい笑みを絶やさない容貌。やや骨太だが芯の通ったイケメンである。
ぱっと見は好青年で好印象。
しかし――あの変態王ことドラクルンの息子。
世が世ならメガトリアームズ公国の第四王子だった男である。
父親との関係は最悪で絶縁したと聞いたが、それでも血の繋がりを感じさせる何かはあるかも知れない。すぐに気を許すことは難しい。
こちらの警戒など気にせず、アルガトラムは朗らか話し掛けてくる。
『遠路遙々ようこそ南方大陸へ。我がメガトリアームズ王国へようこそ! と見栄を張りたいところだが、まだまだ統治が安定してなくてな』
小国だが案内しよう、とアルガトラムは照れ臭そうに鼻の下を掻いた。
意外だ――ツバサを見ても茶化さない。
爆乳ムチムチ尻デカドスケベボディを前にしても、口笛を吹いて冷やかすどころか「ナイスバディの美人だな」などと穏当な話題にさえしかった。
この時点でツバサ的にはポイントが高い。
象神族との肉弾戦で汚れた衣装だがちゃんと着直すと、両手をハンカチで拭いてから握手を求めてきた。礼儀を弁えた御仁である。
代表してツバサが手を差し伸べ、アルガトラム王と握手を交わす。
『アルガトラム・T・ギガトリアームズだ。よろしくな』
『ツバサ・ハトホルです。こちらこそよろしくお願いします』
初対面なので敬語を使ったが、彼には不要だったかも知れない。
懐の奥まで堂々と踏み込んでくる男だ。
気安くて馴れ馴れしいと言えばそれまでだが、王としての風格を発したまま威風堂々と正面から来るので潔い威圧感があった。気の弱い者なら前に立たれただけで屈する覇気を無意識に発しているから尚更だった。
それでいて大らかな気風を漂わせている。
力強くも爽やか、心地良さを感じさせる穏やかで温かい風だ。
生まれ持った王族としての品格だろうか?
末っ子なれど王の子息、気質などを受け継いだのかも知れない。
初対面の挨拶を交わしながらも、握手した手から相手の力量を測る。ツバサから仕掛けたのだが、しっかりアルガトラムも仕掛けてきた。
相手の実力を知りたいのはお互い様のようだ。
現実世界でも握手したり身体を触ることで、相手がどれほど鍛練を積んでいるかを推し量ることはできた。手を握り合えば単純に握力や膂力の程が知れるし、達人ならばそこから体幹の強さや足腰の粘りまで見当がつくだろう。
況んや――鍛え上げた戦闘系の神族ならば朝飯前だ。
LVの等級は当たり前だがLV999。
内在異性具現化者ではないが、覚醒させた過大能力に途方もない奥深さを感じられる。深淵のように悍ましいものではなく、宇宙のように見果てぬ希望を抱かせる広大無辺な可能性を感じさせた。
アルガトラムの過大能力――もしかして無限増殖炉系か?
ツバサが森羅万象の根源となって莫大なエネルギーを生み出せるように、アルガトラムもまた何らかの根源となれるタイプの能力のようだ。
しかもこの男、それだけではない。
アルガトラムの力の真髄、それを見極めようとツバサは握力を込める。
同じ気持ちなのかアルガトラムも掌に血管が浮かんだ。
こうなると手や腕だけでは済まない。総身から気迫を迸らせて全身全霊の力を注ぐことで、相手の力量の全貌を暴きたくて仕方なくなってしまう。
ツバサとアルガトラムが交わした握手。
そこを起点に双方の覇気がぶつかり、力の激突を波及させた。
鬩ぎ合う両者の覇気は極彩色に染まった放電めいた余波となり、ハトホルフリートの甲板に撒き散らされた。踏み込む脚力も限界を突破しつつあり、ツバサとアルガトラムの足下からメキメキと音を立てて亀裂が走る。
『わーお、モーレツゥ♡』
ミロはふざけた声でめくれそうになったスカートを抑えるが、足下の甲板まで亀裂が届くと「ホントにモーレツゥッ!?」と悲鳴を上げた。
激突は苛烈さを増した押し競となり、どちらも後に引けずにいた。
『そこまでにしときな、お若いの×2』
組長バンダユウの極太煙管が二人の握手をポコンと叩いた。
その瞬間――激突する覇気が嘘みたいに消える。
幻術を現実にする過大能力の応用で、世界を脅かすほどの余波をなかったことにしてくれたのだろう。おかげでツバサたちも拍子抜けしてしまった。
ポカンとした表情で若い二人は老組長に振り返る。
『お試し期間はそこまでだ。本気で戦りたきゃ日を改めな』
な? と人懐っこい笑みでウィンクされた。
ツバサもアルガトラムも「やりすぎたか……」と反省のため息をつき、ゆっくり手を離した。乱れかけた襟元を正して若き王は微笑む。
『ここまでの強者は初めて会えたのでな、つい舞い上がってしまった』
許せ、と王らしく短い謝罪で済ませた。
不思議と厭味に聞こえないのは、仁徳の為せる技かも知れない。
『いえ……喧嘩両成敗。吹っ掛けたのはお互い様ですよ』
こちらこそ失礼しました、とツバサも真摯に謝った。
ちょうどいいタイミングでバンダユウは仲裁に入ってくれた。おかげでアルガトラムの真髄はどのくらいのものか推し量ることができた。
割り込む瞬間を見計らっていたのかも知れない。
ツバサは少し痺れた感のある利き手を確かめながら尋ねる。
『もしかして……魔法使いのお茶会に呼ばれしましたか?』
『ああ、残念ながら二番目だったよ』
鎌を掛けずともアルガトラムは明かしてくれた。
GM №01 マーリン・マナナン・マクリール・マルガリータ。
VRMMORPGを取り仕切った64人のGMの最高位。
その正体は異世界転移したプレイヤーのレベルを管理する調整者。LVを枷と感じた者はLVの枷を破ることでLV999という枠組みを越え、更なる高みを目指すべくあらゆる制約から解き放たれるのだ。
ゲーマー目線で言い換えれば、レベルキャップの解放である。
これによりレベルやステータスといった縛りがなくなるため、持てる力の許す限り、ありとあらゆることが無限大かつ自由自在となる。
自らの器を際限なく広げるも良し、極限を超えて強さを窮めるも良し。
唯一無二の神や最強無比の魔王を目指せるわけだ。
レベルの枷を打ち破った瞬間、マーリンが隠れている異相へと招待される仕組みになっており、ツバサはそこで初めてマーリンと出会った。
ツバサが娘として世話を焼いている五女マリナ。
マーリンは彼女の実の父親でもあり、最初にレベルキャップ解放に達したツバサを「ようやく突破する者が現れた!」と喜びつつ、の「いつもウチの娘がお世話になっています」という感謝の意を表しながら歓迎してくれた。
そう、LV999を超越できたのは未だツバサ一人。
遠からず二人目、三人目が現れてもおかしくはないと考えていた。できれば五神同盟から現れてくれれば戦力増強と思いを馳せていたのだが……。
まさか南方大陸で出会えるとは思いも寄らなかった。
『君が話に聞いたツバサ君か。お噂は兼々ってところだな』
『……魔法使いから聞いたんですか?』
アルガトラム王は楽しげだが、ツバサはやや訝しんだ。
マーリンは親バカで子煩悩だが仕事人だ。
全プレイヤーのレベルとステータスを余すところなく管理しつつ、その個人情報を漏らさぬように保護していた。多少なりとも口を滑らせることはあったが、罷り間違っても漏洩させるようなことはなかった。
悪戯心からツバサが失敬しようとした時は激怒したくらいだ。
マーリンのセキュリティ意識は極めて高い。
アルガトラムにツバサの情報を喋るわけがない。
違う違う、とアルガトラムは誤解を解くため片手を振った。
『魔法使いは守秘義務を守ったさ。異相へ行けたのは俺が二番手、君のことは名前しか教えてもらえなかったよ。噂の出所はまったくの別だ』
『……別? あ、実況配信動画ですか?』
首を傾げたツバサが次に思い浮かべた出所がそれだった。
脇にいたミロが「アタシ! アタシは?」と人差し指で自分を指して自己主張すると、アルガトラムはそちらに小首を傾げてウィンクを送る。
『それも出所のひとつだな。ミロちゃんのことも知ってるよ。ツバサとミロのアルマゲドン最強夫婦! チャンネル登録して欠かさず観てたぜ』
『視聴者さんだったの!? ありがとうございまーす!』
動画配信者にとってチャンネル登録者は力の源。
新米とはいえ視聴者の大切さを学んでいたミロは、嬉しさを全開にして頭を下げた。アルガトラムは胸を張ってウハハハと高笑いをしている。
『もっとも投げ銭は一度もしたことないがな!』
『なんでよーッ!? 王様なんだからケチケチせずドーンと投げてよ!』
万単位でさ! とミロは駄々っ子パンチで抗議する。
『こら! 何してんだミロ!?』
ツバサが慌てて叱りつけ首根っこを引っ掴むまで、遠慮なくアルガトラムの胸を叩いていた。ミロもミロで相手の懐にスルッと入り込む。
幸いにも高笑いする王様は気にしていない。度量が広くて助かった。
『すいません、ウチのアホの子が……』
『良い良い、子供にじゃれつかれるのは楽しいもんさ』
多分、アルガトラムは幾度となく投げ銭を入れてくれたはずだ。
それを隠して「投げ銭なんてしたことない」と嘘を言い張り、ミロのツッコミを誘ったのだろう。笑いを取るために自分を下げるボケだ。
思ったより話のできる人らしい。
いつも会話が一方通行になる変態オヤジとは大違いである。
そもそもドラクルンの性格は唯我独尊。
他人に合わせることなんて気遣いは毛頭なく、むしろ「おまえがおれに合わせろ」を強制するタイプだった。会話が成立するわけがない。
高笑いをやめたアルガトラムは落ち着いた声で続ける。
『VRMMORPGの頃から君たちを追っかけていたし、俺も同じフィールドでプレイしていたわけだからな。噂を聞かない日はなかったよ。ただ、それもいくつもあった噂の出所に過ぎない……この意味がわかるかい?』
『いくつもの噂? まるで方々に聞き耳を立てていたみたいな……ッ!?』
ツバサはアルガトラムの言わんとしていることを察した。
『……ドラクルンの動向を探ったついでに?』
『ビンゴ! いい推理だ羽鳥翼くん。もしくはウィングがいいかな?』
アシュラ・ストリートでのハンドルネームはまだしも、現実世界での本名まで言い当てられたツバサは内心ヒヤリとした。
同時にある得心もできた。
現実のツバサが男であることを把握し、女扱いされることを嫌がることも知っていたのだろう。だから容姿について触れるのを避けたのだ。
相手の気分を害する下手は打たないのは話術の基本
この王様――人付き合いを心得ている。
そう脅えないでくれ、とアルガトラムは両手で制してきた。
『君たちのプライパシーを侵害したり、個人情報をどうこうしようなんてつもりは更々ないよ。悪いがこちらも必死だった……あの得体の知れないクソ親父を出し抜くには、些細な噂であろうと見過ごすことはできなかったからね』
――それでも枕を高くして眠れた日は少ない。
詫びるように釈明した若き王は、苦い口調でそう付け加えた。
『やはり……父親からの抹殺命令を警戒して、ですか?』
ツバサの問い掛けにアルガトラムは目を丸くした。
『知ってたか? あ、報告でもほんのり聞いたな……なら話が早い。俺たち四兄弟はクソ親父ことドラクルンに命を狙われていてね』
迷惑な話だよ、とアルガトラムはアンニュイに肩をすくめた。
『だからクソ親父の影あらば探偵から密偵に興信所、それこそ忍者でもスパイでも使い倒して、台風の目みたいなクソ親父とその周囲に渦巻く人間関係を徹底的に調べさせてきた。根掘り葉掘り、微に入り細を穿ち、草の根分けてもね』
『……で、ツバサにも行き着いたと?』
そういうことだ、とアルガトラムは立てた人差し指と中指を揃えて、軽く自分の額を小突いてからツバサを指差してきた。
『VRゲームとはいえクソ親父と肩を並べるどころか、単体戦では野郎を凌ぐ戦績を叩き出したアシュラ八部衆……最高の調査対象だろ?』
『ええ、注意を払うべき要注意人物ですよね』
アルガトラムの心境を酌み取れば、そう表現せざるを得ない。
遊戯とはいえ――ドラクルンと同列に数えられた者たち。
毒気のように我の強いドラクルンの性格からして、知り合った者の八割から九割は親交を結ぶどころか交流を持つことすら望まない。敬遠すればまだマシで、毛嫌いするか憎悪するのが当たり前である。
実際の話、彼を除くアシュラ八部衆はその典型だった。
仙道師エンオウや拳銃師バリーを含む、アシュラ・ベスト16にもドラクルンに靡いた者はいない。誰もが同じ空間にいることすら憚ったほどだ。
しかし、何事にも例外はある。
残り二割から一割は未来王ドラクルンに心酔していた。
その心酔する者たちはやがてドラクルンの信奉者となり、彼にとって都合のいい臣下となる。未来王へ絶対服従の手先になってしまうのだ。
彼らが刺客となり、アルガトラムの命を狙いにやってくる。
そうした懸念に悩まされたからこそ、命を狙われた若き王はそれを指図した父親の動向を厳重に監視し、その人間関係にも細心の注意を払ったに違いない。
『探偵だけでも雇った数なら百を下らないからね』
『そんなにかい? 金田一とかコナンって探偵もいそうな勢いだな』
場を和まそうと茶々を入れたバンダユウ。そちらに視線を向けたアルガトラムは、知り合いを見付けたような顔付きでニヤリと微笑んだ。
『ご老体、あなたのことも御存知ですよ。穂村組の顧問で百地万治さん……いやさ、VRMMORPG準拠なら今はバンダユウ・モモチさんかな?』
本名を出されたバンダユウもギョッとするが、すぐに察したようだ。
『俺までお見知りおきかい。そうか……ホムラだな?』
対象の身内も念のためにね、アルガトラムは会釈で詫びてきた。
『アシュラ八部衆は誰か一人でもあのクソ親父についたりしたら、恐ろしい脅威になると戦々恐々だったからな。いくら最年少の子供とはいえ焔☆炎も調べないわけにはいかなかった……素性には少々ビックリしたけどな』
『ホムラ君の正体にも辿り着いていたのか』
そこまで暴いた情報収集能力にはツバサも驚かされた。
ホムラの素性に関しては、詮索癖から探偵以上の調査能力を持つ軍師レオナルドでも辿り着けていない。若い男性ということを探るまでが限界だった。
凄腕ハッカーな情報官アキの助けを借りてもわからず終い。
この二人を出し抜く情報網を、アルガトラムは現実世界にいた頃から持っていたらしい。ならばアシュラ八部衆の個人情報も丸裸のはずだ。
『アシュラ八部衆に縁ある方々と出会えたのは僥倖だ』
ニコッと微笑んだアルガトラムは「気を付け」で姿勢を正した。
『――ウチのクソ親父が大変ご迷惑をおかけしました!!』
誠に申し訳ありません! と誠心誠意が込められた謝罪の言葉を張り上げ、アルガトラムはツバサとバンダユウに深々と頭を下げてきた。
これには面食らわざるを得ない。
突拍子もない行動に唖然としていれば、アルガトラムは言葉を続ける。
『……幸いにも人死にや行方不明者といった被害者こそ出なかったものの、あのクソ親父のことだ。才覚ある君たちにうんざりするほどつきまとって絡みつき、手練手管を使ってでも信徒にしようと画策したに違いない』
許されよ、とアルガトラムは古めかしい口調で謝罪を繰り返した。
『ちょ……何してんすかぁアルさん!?』
この光景を横目にしていた駅長ジャーニィが声を荒らげた。
象神族の移住を手伝うため、機動列車や血伏の采配に陣頭指揮を執っていた彼だが、頭を下げるアルガトラムを見付けると現場に馳せ参じた。
『一国の王が気軽に頭下げちゃダメでしょぉ!? チョーさんにもよく言われてるじゃないですかぁ! 王が土下座するのは最終手段だって……ッ!』
言い募る家臣をアルガトラムは片手で制した。
『ジャーニィよ、これは王としての謝罪ではない。アルガトラムという男、一個人の詫びなのだ。あのクソ親父に迷惑を掛けられた者同士としてのな』
――こうでもしなければ俺の気が済まん。
アルガトラムは家臣の諫言を封じ、自らの意思を押し通した。
その気持ち、ツバサは痛いほどよくわかる。
親子の縁があろうとも、成人したならばそれぞれ一個人の問題。
親の罪は親の業、子の過ちは子の責任。そう割り切りたいところだが、心情的には迷惑を掛けた人々に謝りたい気持ちでいっぱいになる。
ツバサならば――師匠であるインチキ仙人。
彼がどこぞで悪さをしたという話を聞けば、関係各位に「ウチのクソジジイがご迷惑をおかけしました!」と菓子折持参で土下座しに行く所存である。
あるいはミロがアホをやらしても同様だ。
アルガトラムとドラクルンの関係性を鑑みれば、ツバサが共感を持てるのはインチキ仙人の場合だろう。実父と師匠くらいの違いしかない。
『……頭を上げてください、アルガトラム王』
穏やかに声を投げ掛けたツバサは謝罪をやめるよう促した。
『親子なれど互いに成人していれば、それぞれの責は当人が負うべきものです。尚且つ、貴方方は絶縁しているに等しい……親の因果か子に報いというが、それにも似た感情から、関係者へ謝りたい気持ちはよくわかります』
ツバサもインチキ仙人絡みで謝った記憶がある。
『だから、その気持ちだけで十分です』
『そうか……そう言ってくれると肩の荷が下りるよ』
顔を上げたアルガトラムはニカッと安堵の笑みを浮かべていた。笑みを絶やさない男だが、その笑顔もバリエーション豊富である。
『あんなクソ親父、野垂れ死にしようと全然構わんのだがな。どこかで誰かに迷惑を掛けてると思うと、どうしても他人事に思えなくてな』
『わかります。ウチのクソジジイも似たり寄ったりですから……』
唯一の違いはツバサとインチキ仙人の縁はまだ切れてない。
傍迷惑な人物だが、尊敬する師匠でもあるのだ。
クソジジイという単語でもアルガトラムはピンと来たらしい。
『君がいうクソジジイとは斗来坊撲伝様のことか?』
『インチキ仙……いえ、師匠のことも御存知なんですか?』
知るも何も、とアルガトラムは相好を崩した。
『あの方には俺がチョーにおんぶにだっこだった頃から世話になったものさ。地球で過ごすようになってからも何度助けられたことか』
ありがとう! とアルガトラムはツバサの手を両手で包むように握り、ブンブンと縦に振って感謝の意を表してきた。
あちこちに手を差し伸べていたとは、あのジジイらしい。
もしかすると、インチキ仙人を経由してツバサに関する情報を得た可能性もありそうだ。他にもあれやこれやと聞いているかも知れない。
しかし、すべての情報を提供してくれるほど不用心でもなさそうだ。
『話は尽きないが、こんな格好では申し訳ないな』
思う存分ツバサの手を振り回したアルガトラムは、改めて土汚れに塗れた我が身を振り返った。そういえばこの人、さっきまで巨漢だらけの象神族の勇者たちを向こうに回してプロレスでバトルロワイヤルに興じていたのだ。
汚れた衣装でも若き王は襟を正す。
『続きは身綺麗にしてからだ。まずは我が国へ案内しよう』
メガトリアームズ王国へ! とアルガトラムは意気揚々と手を振った。
~~~~~~~~~~~~
現在――ツバサたちはアルガトラムの居城に招かれていた。
大地に石造りの土台を敷くことで女王樹の根に対する防壁とし、根の先端である超特大触手が届かない高さに空飛ぶ島が浮いている。
この浮遊島にメガトリアームズ王国の首都があった。
サクヤ姫が治める南方大陸の東端もそうだが、アルガトラムも西端の大地を治めてこそいるものの、本当の意味での安全圏はこの島だけである。
他の地域は自然環境が過酷すぎて生存に向いていない。
森羅万象を醸すほど濃厚な“気”と、どうにかしてそれに適応しようとダイナミックに蠢く生態系。どちらも神族や魔族でさえ脅かしかねない。
象神族のような亜神族でさえ隠れ潜むのがやっとである。
真なる世界はどこもかしこも危険度MAXなところばかりだが、南方大陸は群を抜いていた。中央大陸が安置だらけのパラダイスに思えてしまう。
安全な領域を確保することのなんと難しいことか……。
だからアルガトラムも「小国」と自らの国を過小評価したのだ。安心安全を保証できる地域が、まだそれほど広くはないのだろう。
その言動から彼の堅実さを窺い知れる。
ツバサに負けず劣らず慎重に物事を進め、仲間や国民の安全を第一に国造りを進めてきたはずだ。浮遊島の完成度を見れば一目瞭然だった。
空に浮かぶのはのは東京二十三区ほどの土地。
その中央にアルガトラムが王として暮らす居城が建てられており、そこを起点として円周上に多種族の街が建てられ、更にその周囲を田畑が囲んでおり、耕作地帯の中に田畑を手入れする農夫の村が点在していた。
島の際では血伏という神造種族がせっせと働いていた。
南方大陸から岩盤や土地を運んでは不思議な粘着性の液体を吐き出して島にくっつけており、少しずつ浮遊島の面積を拡張させている。
基礎となる部分から積む必要があるため、気の遠くなる作業だった。
こうした作業によって支えられている浮遊島。
中心に立つアルガトラムの居城は、いわゆる城館タイプだ。
城郭として機能する最低限の防衛力を持ちながら、そこに暮らす者の居住性も兼ね備えている。どっしりと構えた大きな邸という印象が強い。
館を中央に据え、回廊でいくつかの棟が繋げられていた。
雰囲気こそ洋風だが、そういった造りは日本の城を連想させる。邸の建築様式にも和風らしさを帯びており、鹿鳴館めいたな雰囲気があった。
(※鹿鳴館=明治時代に欧化政策の一環として建てられた洋館。外国から招いた客を接待するための施設であり、外交を目的とした社交場)
城館といえども、そこまで豪奢な造りではない。
どちらかといえばこぢんまりとしていた。
使える土地が有限だから、王としての威厳を保つためのギリギリな大きさを突き詰めたサイズがこれなのだろう。建物の内装や外装も華美ではあるが行き過ぎたところはなく、むしろ落ち着いた風情を醸し出していた。
ツバサたちは応接室へと通された。
小規模の舞踏会なら開催できそうな広さである。
部屋の中央には目映いばかりに洗濯された純白のシーツで飾られたテーブルが据え置かれており、背もたれの高い椅子が何脚も並んでいた。
ツバサたち一行はテーブルの左側へ一列に座る。
中央にツバサが座り、右隣にはミロ、左隣にはノラシンハ。
そのまま右手にはバンダユウが腰を下ろし、左手にはショウイ、ダイン、フミカの順で着席する。七人で座っても席はまだ左右に余っていた。
席に着くとメイドたちからお茶を配られる。
城館勤務の多種族らしく、エルフらしき女性もいれば兎の耳を生やした小柄な女性や牛の角を生やした大柄な女性など、実に多種多様だった。
早々にお茶を啜るノラシンハが独り言のよう呟く。
「ハイエルフ、ラビットマン、ミノタウロス、ナーガ、バードマン、鮫人……意外と見知ったのが多いな。中央大陸にも結構おったのばかりや」
獣人系がちと目立つか、と聖賢師は感想も忘れない。
「他の大陸から流れ着いた種族か、それとも南方大陸に元からいたのか」
「どっちにしろン十万年前の話やさかいな。さすがの俺でもまだ生まれとらん昔むかしの大昔や。憶測だけではようけ物語れんなぁ」
生き字引を自認するノラシンハにも南方大陸は未知の世界のようだ。
それでも彼の三世を見通す眼があれば、過去や未来を探ることもできるはずなので、今後の調査に力を貸してもらうとしよう。
ギョロ目が特徴のノラシンハがさりげなく目を眇める。
その先にいるのは配膳を終えたメイドたち。
正確には一列に並ぶ彼女たちの後ろに立てられた衝立だ。大振りでシンプルな造りだからパーテーションと呼ぶべきかも知れない。
壁と平行になるよう並べられた隙間に何人か控えていた。
別に気配を消しているわけでもないし、ツバサたちの隙を窺う暗殺者というわけでもない。恐らく出番が来るまでの待機待ちだろう。
そのうち二人は亜神族に匹敵する力を持っていた。
雰囲気から推測するに――現地の種族。
象神族のようにアルガトラムの民となった種族、その代表たちだろう。
彼らの気配を勘繰るものを覚えるが、いずれアルガトラム側から開示される予感がしたので、この場は見て見ぬ振りをしておいた。
しばらくして――アルガトラムの家臣らしき人物が現れる。
応接室に入ってきたのは円熟とした美人。
背は高くスラリとした面長の女性である。レム睡眠時にあるような細い瞳に高めの鼻。唇は女性らしい肉感に乏しく主張しない薄さだ。
美貌ではあるのだが、女性的なふくよかさがやや物足りない。
ゾクリとするほどの艶やかな色気はあるのだが……。
長い金髪を左右へ分けるように流しているが、こちらもボリューム感はないまっすぐなストレート。顔立ちと相俟って控えめに感じられる。
ゆったりした黒のスーツを着込むが、開放的な襟元からはフリルがあしらわれたシャツが覗ける。その上に袖口の広いローブのようなロングコートを羽織っていた。コートの色は白に近いクリーム色だ。
妙齢の女性は愛想笑いとともに一礼する。
「――失礼いたします」
挨拶をされた瞬間、ツバサたちは度肝を抜かれてしまった。
その声は嗄れた渋みのある男性の声だった。
まさか!? と思って失礼にならない程度に分析系技能を使うと、やはり彼女ではなく歴とした男性。長い首には微かに喉仏もある。
かなり年齢は行っており、ひょっとするとクロウさんと同年代くらいだ。
しかし、黙っていれば線の細い熟女で通る容姿をしていた。
「うーむ……メス男子、メスお兄さんと来て……メスおじさん!?」
「何の三段活用だ、ミロはお口にチャック!」
アホの子の口に掌を押し当ててツバサは黙らせた。
足音もさせず応接室を横切ったメスおじさん……違う違う、あまりにも女性的な妙齢の男性は、テーブル近くまで歩いてくると一礼する。
「お初にお目に掛かります五神同盟の皆様。私はアルガトラム殿下よりメガトリアームズ王国の統括大臣を任されております……」
――チョーイ・バウアウアンと申す者。
「以後お見知りおきのほど、よろしくお願い致します」
丁寧な自己紹介と挨拶を付けたツバサたちも席から立ち上がると、お辞儀とともに名乗ることで返礼とした。最後にノラシンハが話し掛ける。
「チョーイ……聞いたことがあるで。“空間の錬金術師”やったか?」
おやまあ、とチョーイが意外そうな声を上げた。
「古い二つ名をお知りで……貴方がかの拳聖ノラシンハ様ですね。こちらもお噂は聞き及んでおりますよ。十指の英雄のお一人として……」
「お互い有名税は大変やな」
テーブル越しに握手を交わした後、ノラシンハは続ける。
「そういやおまえさんはメガトリアームズ公国の出身、血統的には貴族くらいの出やったな。あん大虐殺に巻き込まれなかったんか?」
まずは彼の素性を上げ、当然とも言える疑問を投げ掛けていた。
「いえ、私は落ち延びたのです……命辛々ね」
振り返るには辛酸が強いのか、過去を顧みるチョーイの顔色が痛む。
ドラクルンが手を染めた――国家規模の大虐殺。
その真意は不明だが「もはや私には不要なもの」と断じて、自らの治めるメガトリアームズ公国と全国民を皆殺しにした大事件だ。
生き残ることを許されたのは、ドラクルンの血を分けた四王子のみ。
四人の息子を連れてドラクルンは行方を眩ましたという。
「あ……そこは訂正が必要ですね」
聞いた噂をおさらいするノラシンハの言葉をチョーイは遮った。
「ん? 真実は違うっちゅうことか?」
あいにく風聞しか伝わっておらんし、とノラシンハはいつもの手癖で襷みたいな長い白髭を扱いた。するとミロがヒョコッと首を伸ばした。
ツバサの超爆乳越しに不思議そうな顔で質問する。
「そういやノラシンハの爺ちゃん。過去も未来も何でも見通せる自慢の眼でメガトリアームズ公国に何があったかとか見れないの?」
こちらも至極真っ当な疑問だった。
ノラシンハの秘術――三世を見通す眼。
過去・現在・未来を思いのままに遠隔視できる千里眼の一種なのだが、未来に関しては「現状から類推できる可能性の高い未来を%で予知」できるというもので、いくらかの不確定要素を孕んでいた。
しかし、既に確定した現在や過去は遠隔視できるはず。
ならばメガトリアームズ王国の惨劇も詳細に見通せるのでは? と子供ならではのストレートな疑問をぶつけてきたのだ。
「それ言われると弱いんやけど……ま、言い訳させてもらうとやな」
過去を覗く際、その事件がデカいほど見えにくくなる。
ギョロリとした目玉をノラシンハは指し示した。
「より正確に言えばそん出来事に関わっとる連中の力が強ければ強いほど、そいつらからジャミングみたいな妨害電波が出とるみたいでな。見ることはできても映像がぼやけてたり、断片的なシーン画像になったりしてまうんよ」
「ははあ、大昔のアナログテレビみたいなもんか」
それやがな、とノラシンハはギリギリ昭和の時代を見聞きしているバンダユウの呟きを拾っていた。ツバサたち世代にはピンと来ない話だ。
先の例ならば――未来神ドラクルン。
公言通りに彼が自分の手で自らの国を滅ぼしたのならば、相応の力を行使したはずだ。それが妨害電波となって遠隔視を妨げているらしい。
事件に力ある参加者が増えるほど見えにくくなるようだ。
「せやからこっち、南方大陸へ踏み込んでから『かつてこの地で何があったか?』を調べようとしてるんやけど……えらい難儀しとってな」
「関わっていそうな力ある者が段違いだものな」
ぼやく御隠居にツバサは同情する。
原初巨神、起源龍、そして外なる神と思しき黒き女王樹。
この三大巨頭が関与している以上、遠隔視を邪魔する妨害電波は最大出力で南方大陸全土に流されているも同然なのだろう。
ノラシンハは陰鬱なため息を漏らす。
「メガトリアームズ公国の最期も覗かせてもらったが……ただただ惨劇の繰り返しや。しかも要領を得ん。俺が見たまんまの感想を言わせてもらえば……」
意味不明のまま――民が殺されるばかり。
見えない魔物がすべてを蹂躙するかのように逃げ惑う民が、踏み潰され、掻き毟られ、引き裂かれ、食い破られ、次々と不可視の何かの餌食となる。
公国の兵士は必死に応戦するが、相手が見えないので太刀打ちできない。
やがて国の隅々までもが鮮血に染まったという。
「……そんな光景しか見えんでなぁ」
繰り返しても陰鬱になるだけ、見続ければ心を病みかねない。
ドラクルンが如何様にして自身の国を滅ぼしたか? その秘密に迫りたい好奇心はあったが、吐き気を催す陰惨さがすべてを上回ったそうだ。
「そんでまあ風聞を耳にするんが精々やったからなぁ」
「なんとなくはわかるけど、バッチリ見れるってわけじゃないんだ」
ノラシンハの話を聞いたミロはそう解釈したらしい。
「今起きてることならリアルタイムで見れるから、事件の関係者がドンだけ力を持ってても関係ないな。五神同盟の歩いてきた来歴も知ってたやろ?」
「最近のことなら見通しが利きやすいわけか」
未来視は不確定要素が混ざるため確率で示された未来を提示するに留まり、過去視は大事件ほど妨害が入るため不鮮明となる。
「それって……一番知りたい過去と未来だけ曖昧じゃん!?」
「そう言われると身も蓋もないな」
ミロの容赦ないツッコミだが、ノラシンハに堪えた様子はない。
ノーダメージの御隠居は思わせ振りにほくそ笑む。
「つまり、ネタバレはおいそれとできんちゅうこっちゃ」
真実は自分で手繰りや若人諸君、と聖賢師は投げやりに言った。
「そんでやチョーイ、話を本筋に戻してもらうで」
「はい、私が訂正を求めた点ですね」
お茶を一口飲んで小休止を挟んだノラシンハは、チョーイを呼び捨てると話の流れを戻した。別段チョーイも気にすることなく話を進める。
「まず私のようにあの大虐殺を免れた者が何人もいることです」
「そらおんどれがここにおるんやから生き証人やな。阿呆坊の四男坊にくっついとるってことは昔から縁があったんやないか?」
「ええ、私はアルガトラム様の教育係を務めておりました」
だからチョーイは現場に居合わせたと告白する。
「公国がドラクルンの手によって滅ぼされたあの日……四人の王子たちの前であの男が宣言した場に、私はアルガトラム様とともにいたのです」
不可視の何かによって城内の人々は惨殺されていく。
度し難い惨劇の最中でも顔色ひとつ変えず、泰然自若としたままなドラクルンは四人の王子たちにこう申し渡したそうだ。
『今日は見逃しましょう。ですが、遠からず四王子を殺しに行きます』
『死ぬのが嫌なら立ち向かうことです』
『最終目標は四王子の抹殺を宣言した私を殺すことでしょう』
『もしも四王子が私を殺せたならば、四王子は私を越えたことを意味します。それは世界の有り様が正しい証左でもあるのでしょう』
『逆に私が四王子を殺して世界の定義を変えられたのなら、私の理念が正しかったと証明される。もっとも、私の道を阻むのは四王子とも限りませんが……』
『何にせよ、四王子は好き好きに己が道を行きなさい』
『見逃すのは一日両日までです』
後は好きにしなさい、とドラクルンは四人の王子を放逐したという。
チョーイは遠い目を俯かせて語る。
「当時、上の二王子は成人しておりました。第一王子はどうやら独力で逃れたらしく、第二王子はこんな日のためにと集めていた手勢とともに逃げ延びたと聞いております。人間でいえば十代ほどだった第三王子は行方知れず……」
そして、第四王子はチョーイが保護した。
「まだ年端もいかない幼子だったアルガトラム様を抱いて、私は必死に国から落ち延びました……空間の錬金術と呼ばれた力をすべて使って……ッ!」
思い出すのも辛そうにチョーイは打ち明ける。
話を聞いていたミロもいつもみたいに軽口を叩かず、憂いを帯びた表情でうんうんと頷きながらツバサにだけ聞こえる小声で囁いた。
「……道理でツバサさんみたいにママ味があるとおもった」
完全にオカンやん、とミロはチョーイをオカン系男子と認定していた。
「……誰がママ味だコラ」
雰囲気的に張り倒せないので小さなお尻を抓っておく。
そしてノラシンハは合点が行ったらしい。
「なるほどなぁ、そりゃ風聞と齟齬があるわけやわ」
噂では「ドラクルン大公は国と民を皆殺しにしたが、何故か四人の王子だけは共として連れて行った」という具合になっている。
しかし、蓋を開けてみれば最初から抹殺命令が出ていた。
しかも、逃げねば殺す鬼ごっこを強いるように送り出していた。
ただ、四王子が大虐殺を免れたのは事実だった。現にチョーイの連れ出したアルガトラムは生き残り、立派な快男児になるまで成長している。
「……過去の話はこれくらいでいいでしょう」
踏ん切りを付ける吐息をついて、チョーイは話を打ち切った。
「皆様方は結界に閉ざされた南方大陸へ初めていらっしゃったお客人です。歓迎させていただくとともに、その動機を是非ともお聞かせ願いたい」
俯いた顔を上げた女性的な忠臣は暗い記憶は引きずるものの務めて明るい愛想を振る舞い、ツバサたちに建設的な意見を持ち掛けてきた。
――大まかにはジャーニィ君から聞いております。
大体の理由もチョーイは察しているようだ。
その上で詳しい話をツバサたちから直接聞きたい様子が窺える。
「あっと、その前に……ひとつ許可をいただきたい」
思い出した、といわんばかりに両手の前でポンと手を合わせる仕種をするチョーイ。そんな所作さえもおっとりしたおばさんのようだ。
「私たちの話し合い……軽い会議めいたものになると思いますが、こちらの内容をアルガトラム様へ生中継してもよろしいでしょうか?」
「アルガトラムのお兄ちゃん、今お風呂だっけ?」
物怖じしないミロの問い掛けにチョーイは柔らかく肯定した。
「ええ、初めての他国との会談に泥だらけの格好で出席させるわけにはいきませんからね……一国の王らしく身支度を調えさせております」
教育係というか、バカ殿の世話を焼く爺やのような口振りだった。
アホの子を含む八人の子持ちとなったツバサにしてみれば、わかりみが深い態度も共感ポイントが高い。手の掛かる子ほど可愛いのだろう。
……やっぱりこの人もオカン系男子なのかも知れない。
「そうか、チョーイの仕事は中継ぎだな」
バンダユウはこの場でのチョーイの役割を言い当てた。
会談の主役はメガトリアームズ王国側がアルガトラム、五神同盟側はツバサを始めとした着席している一同。しかし、アルガトラムは汗を流して着替えて応接室に来るまで少々時間が掛かる。
その間をチョーイが受け持つわけだ。
事前にすべきお互いの情報交換をチョーイが済ませておき、それをアルガトラムに中継で聞かせておけば、当人が会談の場に現れても再度説明する必要がなくなり、滞ることなくスムーズに会談を続けられる。
そんなところです、とチョーイはコートの袖で口元を隠して微笑んだ。
……どうしてこんなに色気があるのだろう、この人。
「では、ウチのアル様……アルガトラム王がお出でになるまでの間ですが、このチョーイがお話相手を務めさせていただきます」
よろしくお願いいたします、と教育係はもう一度頭を下げた。
~~~~~~~~~~~~
まずツバサたちから五神同盟の概要について説明した。
各々の陣営がどのような経緯で国を建て、それぞれの国がどういった流れで同盟に加盟したかをダイジェストで語り、現在に至るまでを解説させてもらった。
勿論、大事なところはぼやかしてある。
まだメガトリアームズ王国に全幅の信頼を置いたわけではない。
現状は友好的だがどこで手のひら返しをされるかもわからないので、国防に関する情報はできるだけ不透明にしておいた。チョーイもこちらの心構えを察してくれたのか、無理やり情報を聞き出すような真似はしなかった。
軽い合いの手やちょっとした相槌。
それらを入れるくらいで、口出しせず傾聴してくれた。
やがて話は破壊神戦争にまで辿り着き、そこから南方大陸へ遠征、そしてこの地を取り囲む結界の手前にある大陸島での戦争までを語り終える。
「……破壊神からの啓示が切っ掛けでしたか」
チョーイは五神同盟が南方大陸へ訪れた理由に理解を示してくれた。
そこから件の女王樹について教えてくれる。
「あらがみたちが太母と崇める黒き世界樹は、遙か昔からこの南方大陸に根差していたようです。あらがみと同じく、古くからこの地に先住している精霊族を始めとした多くの種族も『昔からあった』と証言しておりますし……」
「しかし、あれは世界樹とは異なるものでしょう?」
年若い世界樹を保護しているツバサには別物としか思えなかった。
同感です、と眉をひそめたチョーイは同意する。
「私もかつて世界樹を目の当たりにし、その力を肌で感じましたが……あれはまったくの異物です。むしろ別次元の侵略者とよく似た気配を感じます」
蕃神でも最上位の存在――外なる神々。
千匹の仔を統率せし黒山羊の女王、シュブ=ニグラスの可能性が高い。
ふむ、と喉を鳴らしたチョーイは興味深げだ。
「ツバサ様たちが懸念されている通り、あの黒き女王樹がその外なる神の一柱だと仮定した場合……ある仮説に筋が通ってくるやも知れませんね。南方大陸の生態系やそこに暮らすいくつかの種族の成り立ちについてなのですが……」
「この地の生態系や種族への仮説ですか?」
フハッ! と荒々しい鼻息で反応したのはショウイだった。
真なる世界の生命を研究してきた源層礁の庭園に所属する身としては、聞き捨てならない台詞だったのだろう。是非とも詳細を知りたそうだ。
その横では博覧強記娘のフミカも興奮気味に頷いていた。
チョーイは両手を組むとテーブルの上に置いた。
こちらを見渡してから徐に語り始める。
「我々がVRMMORPGを介して転移してきたのが凡そ二年前。ここ南方大陸では今でこそ我がアルガトラム陣営とサクヤ姫陣営に二分されておりますが、当時は複数のパーティと何人かのソロプレイヤーも飛ばされてきていました」
しかし、他のパーティーやプレイヤーはもういない。
「……あらがみの手で皆殺しにされたのです」
普通のあらがみならば、神族や魔族となった高LVプレイヤーならば太刀打ちできる。しかし、あらがみにも特別な能力を持つ個体がいるらしい。
あらがみ総帥ショッカルン――その中でも特に優れた七人の子供。
彼らは“七兄弟”と畏怖されていた。
先ほどの一悶着でショッカルンを手に乗せていた巨大ロボ・ジーオンや、幽鬼めいた白い巨神を一蹴したガジララが七兄弟とのことだ。
特に長男ガジララ――彼こそ最強のあらがみだと呼ぶ声が高いらしい。
皆殺しの憂き目に遭ったプレイヤーたちは、彼我の戦力差を顧みることなくあらがみへ挑み、七兄弟によって始末されてしまった。
「私たちが転移する以前……南方大陸はあらがみの天下でした」
まだ大陸も三分割にされておらず、奥地に聳える女王樹の麓を根城としたあらがみたちは、南方大陸を制覇するべく戦いに明け暮れていたという。
あらがみは他の種族が生きていることを許さない。
執拗なまでに排除しようとしてくる。
多くの種族は隠れ里を築き、隠れ潜む生活を送らねばならなかったそうだ。
唯一対抗する力を持っていたのは精霊族のみ。
「その精霊族とて数はそれほどでもなく、大軍を繰り出せるあらがみたちとの戦いでは多勢に無勢……レジスタンスの真似事をするのがやっとでした」
そこへ――アルガトラムとサクヤ姫が降臨する。
南方大陸の西へ降りたサクヤ姫一行。
彼女たちが最初に出会った現地種族が精霊族であり、彼らの境遇を聞かされたサクヤ姫は一も二もなく援助を申し出た。これがサクヤ姫陣営となる。
拠点はアハウたちが訪問している天豊樹だ。
一方、アルガトラム一行は南方大陸の東に降り立った。
そこには精霊族ほどではないにしろ、いくつかの種族が連合を組むことであらがみに抵抗する集落を造っていた。アルガトラムは「あらがみに負けない国を造るから俺を王様にしろ。そしたら養ってやる(意訳)」と提案。
これを多種族連合は受け入れ、アルガトラムを王に頂いて建国宣言。
こうして出来上がったのがメガトリアームズ王国だ。
簡単ながら南方大陸が三つ巴になった歴史を知ることができた。
「……皆様はこう思っておられるでしょう」
一拍の間を置いた忠臣は、意味深長に話を切り替えていく。
「南方大陸においては他の存在を許容しないあらがみこそが最大の脅威。ならば彼らを排除するためにアルガトラム陣営とサクヤ姫陣営が協力し、尚且つ精霊族を始めとした諸種族の力も借りて対抗するのが一番だと……」
――それができないのは何故か?
既にジャーニィやタカヒコが会話で何度も漏らしているし、彼らの態度からなんとなくは察しているものの、詳しく聞きたいところだ。
「これは南方大陸に根差した問題なのです……」
パンパン! とチョーイは持ち上げた両手を打ち鳴らした。
それを合図に控えていたメイドたちが動き出すと、部屋の隅に建てていたパーティションを片付け始めた。その裏に隠れていた者たちが姿を現す。
そこはかとなく予想はついていた。
しかし、その予想が追加されていると驚かざるを得ない。
パーティションの後ろに隠れていたのは五人。
一人は巨大な海百合のような姿をした種族。彼らは大陸島でもお目に掛かったエルダー族こと古のものと呼ばれる独立種族のようだ。
一人は獣じみた体格にゴムのような質感の肌を持つ種族。クトゥルフ神話に登場する屍食鬼という種族が該当すると思われる。
一人はリザードマンに似ているが明らかに蛇だ。蛇を擬人化した蛇人間という種族もクトゥルフ神話に登場する奉仕種族のひとつである。
一人は蜘蛛を擬人化したような種族。ツバサたちが撃退した蕃神アトラクアに似てなくもないが、より人間に近い肢体を持った種族だ。もしかするとアトラク=ナチャという旧支配者と関係があるのかも知れない。
一人は……蝸牛の擬人化? 大きな巻き貝を背負った軟体の身体を持つ見たこともない種族だ。長く伸びた触角の先端に目があるところなど、どう見ても蝸牛にしか見えない。こういう種族もクトゥルフ神話に登場するのだろうか?
全員、ローブをまとったりして身なりが綺麗だ。
こちらと目が合えば一礼する。異形が似つかわしくないほど礼儀正しい。
なんにせよ、古のものが登場した時点ではっきりした。
「中央大陸で別次元の侵略者……貴方方の言葉を借りれば“蕃神”でしたか? 彼らと幾度となく矛を交えてきたのならおわかりでしょう」
ここに集うは――かつて蕃神の眷族だった者たち。
「次元を越えて南方大陸に生えてきた女王樹……彼女に巻き込まれるままこの世界へと連れてこられた、次元を越えた難民……彼らはその子孫たちです」
彼らを別次元からの難民として迫害する種族は少なくない。
特に精霊族は目の敵にしているという。
我が王は民となる者を選びません、とチョーイは宣う。
「別次元の者であろうと……国民として迎える気概をお持ちなのです」
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