525 / 533
第21章 黒き世界樹そびえる三つ巴の大地
第525話:原初の娘と起源の子
しおりを挟む番人――彼を表すのにこれ以上相応しい言葉はない。
鋼鉄で全身を鎧う黒い巨神のことだ。
南方大陸の奥地に聳える黒き女王樹を守るため、不用意に近付く者は誰であろうと鉄拳制裁で黙らせる。数で勝る幽鬼の如き白い巨神たちをバッタバッタとなぎ倒し、単身ながらも獅子奮迅の奮闘っぷりだった。
巨神たちの抗争は、まさしく巨人戦争と畏怖すべきもの。
ノラシンハの千里眼による中継だが、圧巻のスケールで生配信されていた。
黒き巨神の全長は約600m。
左右一対の大角を含めればもっと高い。
その巨体は一部の隙間なく堅牢な装甲で覆い尽くされており、生身らしき部分が覗けていない。装甲の下にも血肉が通っているとは思えなかった。
顔面も鎧のパーツでいう頬当てのような武装で隠されている。
これも近代的なデザインでロボットだと言われれば違和感がなかった。
――SF作品などに搭乗するパワードスーツ。
装着者のボディラインを浮かび上がらせるタイプのデザインに近い。
あるいは人体を模したアンドロイドかも知れない。
かと思えば肩の装甲は和風の鎧に見られる大袖に似た形状をしているし、腰や脚を固める装甲は西洋甲冑に近いものを感じる。
各方面の技術を丹念に取り込んだかのような造りだ。
特筆すべきは腕の装甲が一段と厚いこと。
手の甲や指を支える掌の構造から伸びる指の一本一本に至るまで、絶対に壊れないを意味する金剛不壊の四字熟語を完遂せんとする堅固さを誇っていた。
明らかに攻防両面での頑丈さを追求していた。
本来、人型ロボットの手や指は武器などを操るマニピュレーターの役割を果たすため、繊細さを求められるも攻撃には向いていない。殴ることは勿論、デコピンをしただけでも壊れてしまうような脆い部分だ。
伝説のスーパーロボットならば発射できるロケットパンチや、鋼鉄のナックルで文字通りの鉄拳制裁を武器とすることも珍しくない。
しかし、それらはあくまでもフィクション。
科学考証やリアル路線を重視し、常識を下地にした作品に登場するロボットほどマニピュレーターである手で戦う機体は少なくなった。
(※ただし、例外は枚挙に暇がない)
黒い巨神の腕部装甲は、そうした常識を覆す頑健さを備えていた。
徒手空拳で戦うことを前提としているのか、握り締めた拳は重々しい鉄塊となって岩山や殴り壊し、手刀にすれば岩盤を刺し貫く強度を発揮する。
前腕部の装甲に当たる手甲も城壁と見紛うほどだ。
手甲を帯びた両腕を前面に並べて盾にすれば鉄壁のガードとなるに違いない。
手甲や二の腕の装甲には、何らかの仕掛けも内蔵されている。
それが黒い巨神のパンチに破壊力や推進力を加味しているらしく、“気”の塊とはいえ500mを越える白い巨神を一撃で粉砕するほどだった。
足回りの装甲もかなり手を入れている。
600mの巨体にもかかわらずアクロバティックに飛び跳ねることを可能とし、キックやジャンプの助けとなる爆発力を発揮させていた。
背中のバックパックによる飛行能力も手伝って機動力は抜群だ。
黒き女王樹が根付くのは峻険な山脈地帯。
足場の悪さをものともせず、600mの体格を持て余すこともなく、軽業師も顔負けの身のこなしで山々の峰から嶺へと飛び回っていた。
『おいおいおい、あの黒いのバク転かましとるで』
『調子に乗ってるし余裕ぶっこいてない?』
三世を見通す眼でLIVE中継をしてくれる聖賢師ノラシンハとともに視聴しているツバサだが、ついつい一般視聴者のノリでツッコんでしまった。
なんというか一挙手一投足が道化じみている。
そういえばショッカルンへの救援要請もふざけていた。
この黒い巨神といい、探偵野郎と呼ばれたコースケといい、女王樹を守っているメンバーは緊張感のないふざけたチームの疑惑が出てきた。
ショッカルンは言っていた。
――黒き女王樹を守るのは探偵野郎コースケたちの仕事。
たちと複数形にした以上、あの黒い巨神やコースケを含めた数人で構成されたチームと見ていいはずだ。他にも何人か控えているのだろう。
それでも多勢に無勢はキツいらしい。
白い巨神たちは全長500mと物理的にもデカいから尚更だ。
右から押し寄せる白い巨神を三体撃破すれば、その隙に乗じて四体の白い巨神が女王樹へ近付いてくる。その四体を打ち倒していると今度は五体の白き巨神が正面突破してくるので、また急いで駆けつける必要があった。
そうこうしていると――最初に倒した左手の三体が復活する。
ひたすらその場凌ぎの繰り返しだ。
タワーディフェンスのゲームでありそうなシチュエーションに見えてきた。
白い巨神たちによる包囲網はジリジリとだが前進する。
黒い巨神がどれほど素早く立ち回ろうとも、前へ前へと手を伸ばす巨大な幽鬼の群れは動きこそ鈍いが、着実に女王樹へと近付きつつあった。
『だもんだから黒いの押されまくりやん』
『ああ、ジリ貧だな……遠からず女王樹に届いちまう』
身内の爺さんに演技することもないので、ツバサは素の男らしい話し方で会話を進めた。まずは気になるところへ焦点を当ててみる。
『焼き直しみたいだが……爺さん、こいつが原初巨神なのか?』
真なる世界を創造した創世神の一族――原初巨神。
白い巨神が違うとしても黒い巨神はどうなのか? そこのところを繰り返しになるが質問として投げ掛けてみた。
『どっちかっていうと天丼やな……そんで俺の答えも繰り返しになるが、図体こそあのデカ巨人に見合うサイズやが、こんなメカニカルなのは知らん』
ホンマに機械仕掛けちゃうか? とノラシンハも疑るほどだ。
訝しむようにノラシンハは続ける。
『せやけど原初巨神の気配は感じるっちゅうか残り香みたいなもんは漂ってるちゅうか……あくまでっぽい雰囲気はあるんやよな。ホンマそれっぽいのよ』
『うーん、判断に苦しむ意見だな』
三世を見通す眼を持つ聖賢師にしては煮え切らない回答だった。
聞いている方も困る感想だが、発言してる当人からもはっきり断言できない心苦しさが伝わってくる。もどかしくてむずむずする気分だ。
『なあなあノラ爺ちゃん』
そこへ通信に割り込んできたのは長男ダインだった。
『フミィの分析系技能と協力してあん鉄巨人スキャンとかできんか? 鎧スーツを着た巨人なのか巨大ロボなのか、ここからだといまいちわかんらきに』
祖父にお願いする孫みたいな口調で頼んできた。
『そこは俺も気になるな……どれ、フミ嬢ちゃん手伝ってや』
了解ッス! とフミカの了承を得たノラシンハは千里眼の能力に強化を走らせて黒き巨神の内部構造を調べるべく走査を始める。
だがしかし、一目見ただけでノラシンハは匙を投げてしまった。
『あああ~っと、こりゃよろしくメカニック案件やわ』
意味こそわからないが、なんとなく意図を酌み取ることはできた。
走査した黒い巨神の解剖図が通信網に上げられる。
『これは……完全にロボだな。メカニックにしか任せられんわ』
ツバサにもお手上げだった。
黒い巨神の内側に生身の部分は一切なく、有機的な組織も見当たらない。あるのは鋼鉄の機体を動かすための機械装置的な構造ばかりだった。
ただし、人体を限りなく模倣している。
電気信号を走らせるケーブルの配置、エネルギーを駆け巡られる配管とオイルが流れるチューブの配列、山のような図体を支える骨格としての鋼柱の構造、筋肉の代わりに機体を駆動させるアクチュエータ……。
莫大なパワーを賄う龍宝石の動力炉は心臓と同じ位置にあった。
『ほほう、ようできちょるのう』
真っ先に感嘆の声を上げたのはメカニックの長男だった。
『あんとんでもないデカさの割にゃあクルクルピョンピョンよう動くと思っちょったが、できるだけ人間体をモデルにすること可能にしとるじゃな。だとしても物理的な過重や運動時の急激な加圧を計算すると、間接を始めとしたデリケートなところは素材配分や調整にゃあ細心の注意を払う必要があろうが……』
『あ、ダイちゃんが本気で参考にしてるッス』
フミカも手伝っているのか、制御盤のキーボードを弾く音がする。
『耐久性や消耗度合いを見越した設計は元より、材料の強度、靱性、剛性、塑性なんぞも計算して合金を作らにゃならんし……あ』
独自の考察を続けていたダインはある初歩的なことに気付いた。
『そういやコイツ、操縦するタイプのロボぜよ』
なに!? とツバサたちはダインがマーキングした箇所に注目すると、そこは動力源のある心臓より少し上の喉元辺りだった。
確かにコクピットらしき部屋がそこに設けられていた。
何らかの力に妨害されているため解像度こそ低いが、操縦席には黒ずくめの背広めいたスーツを着込む人影が確認できた。天然パーマっぽいボサボサ頭に中折れハットを目深に被っているので表情まではわからない。
だが、にやけた口元は見て取れた。
『黒い鉄巨人が巨大ロボだとして、こいつが操縦しているのか?』
『その件なんですけどねバサママ』
誰がママだ、と返したツバサはフミカの言葉に耳を傾けた。
『さっきショッカルンさんが電話していた相手を盗聴したり逆探知したりして所在を調べてみたんすけど……どうもこの操縦者っぽいんスよね』
『じゃあ、この男が探偵野郎とか呼ばれていたコースケ?』
だとしたら辻褄が合うかも知れない。
ショッカルンの「白い巨神を抑えるのはおまえたちの仕事」という台詞は、黒い巨神とそれを操縦するコースケのコンビを指すのかも知れない。
『しかし、探偵が巨大ロボを操縦するって……アニメじゃあるまいし』
『実は探偵が巨大ロボに乗る設定ってあんまないんじゃけどな』
ツバサのぼやきにダインが注釈を加えてきた。
『そうなのか? よくありそうな設定だと思うんだが……』
『多分、ちゃんと該当するんは伝説の鉄人28号くらいぜよ。探偵がロボだったり、探偵の相棒が自律型の巨大ロボだったり、それこそ探偵が変身してヒーローになったりするちゅう設定のがありそうじゃな』
(※鉄人28号を動かせるリモコンを操る主人公は少年探偵という設定。後継作品でも主人公たちは探偵という設定を引き継いでいることが多い)
探偵と巨大ロボの組み合わせは意外と珍しいそうだ。
その巨大ロボ、探偵野郎の操る黒い巨神の動きが止まってしまう。
『……あ、ヤベ』
ツバサの読唇術はコースケの口元がそう読めた。にやけた口元も引きつっており、危機感を募らせているのが丸わかりだった。
五体の白い巨神はラグビーみたいにスクラムを組む。
そのまま足並みを揃えて進み出すと黒い巨神に突っ込んでいった。
物質としての実体が希薄な白い巨神がぶつかってきたところで、物理的な剛体で勝る黒い巨神はビクともしない。自らが乗り込む機体の丈夫さにかまけて慢心していたコースケは、振り払うこともせず漫然と受け止めていた。
体当たりで自爆する白い巨神たち。
彼らは“気”で作られた幽体をばらけさせると、漂う“気”となって黒い巨神へまとわりつき、改めて白い巨神としての肉体を再構成させた。
白い巨神たちは鋼鉄のボディへしがみつく。
縋りつくように絡みつくように……それこそ粘りつくようにだ。
黒い巨神の両手と両足をそれぞれ二人掛かりで封じ込め、五人目が後ろから両腕を回して羽交い締めにするチームワークである。おまけに白い巨神たちが自分たちの肉体を蕩けるように融合させて拘束力を引き上げていた。
融通の利く“気”の幽体を利用した捕縛方法だ。
『クソッ、テメェら!? 一丁前にテクニカルなことしやがって……ッ!』
悪態をつくコースケは操縦桿を荒ぶらせた。
いわゆるレバガチャという動作で忙しなく動かすのだが、抑え込まれた黒い巨神は微かに震えるだけでろくに動けなかった。
この隙をついて、残りの白い巨神たちは女王樹を目指す。
『俺はともかくコイツを……13号を舐めんな!』
コースケは左右の操縦桿にある小さな蓋を親指で跳ね上げると、そこに隠されていたスイッチを押した。ボルーペンを連打するようにだ。
すると黒い巨神の拳が手首の内側へ引っ込む。
城壁のように分厚い手甲へ拳が収納されていくようだ。
次に拳が現れた瞬間――黒い巨神は自爆した。
正確には手甲から物理的威力のある爆炎とともに赤熱化した鉄拳が突き出され、それが大爆発を引き起こしたのだ。黒白合わせて六体の巨神を吹き飛ばすほどの大爆発がドーム状に膨れ上がり、爆風が周囲の山々を薙ぎ払う。
五体の白い巨神は跡形もなく消し飛ぶ。
至近距離であの爆発に受ければ幽体は一溜まりもない。
爆発からは高い火柱が伸び上がり、空の上でキノコ状の黒雲を形作る。
『よっしゃあーッ! 脱出成功!』
その黒雲を振り払って黒い巨神が躍り出てきた。
鋼鉄性のボディは多少なりとも赤味を帯びているものの、亀裂や破損はどこにも見当たらないのでほぼノーダメージだ。
本来はパンチに合わせて爆発を叩き込む機構。
格闘系に秀でた機体らしい武装だが、それを最大出力で放つことで自分事まとめて爆破で吹き飛ばしたわけだ。なかなか危うい脱出手段である。
背中のバックパックがジェット噴射し、空中での体勢を整えていく。
『……からの~! ライダーキック!』
黒い巨神は宙空で全身をたわめると、左脚を畳みつつ右脚を一気に伸ばして急降下を開始。その爪先は女王樹に迫る白い巨神を捉えた。
『んぎぎぎぃ……重力がキツいけどこのまま一気にッ!』
一体、二体、三体、四体……巧みに軌道修正して巻き込んでいく。
最後の七体目も踏み潰すようにして塵へと変えた。
片膝をついたスーパーヒーロー着地で大地に舞い降りた黒い巨神は立ち上がる。
『よぉしよしよし! なんとか持ち直したぞ……ってまたあッ!?』
危ういところで白い巨神たちの接近を防げたと安心すれば、先ほどの自爆で消し飛ばした連中がもう復活しており、別方面から女王樹に近付いていた。
そいつらを処理しつつ、コースケは片手で電話を取る。
『こんなの無理ゲーだって! もしもし社長社長しゃちょーッ!?』
こちらは昔懐かしいガラケーみたいな通信機で、ワンプッシュでコールができるのかすぐさま受話器を耳元と口持ちに当てた。
呼応するように黒電話の怪人の頭がジリリン♪ と鳴り出す。
まだ近くに控えていた黒電話の怪人は自らの頭を差し出すと、ショッカルンはひったくるように受話器を取り上げた。
「もしもしこちら総帥! わかっとる! 援護なら送っとるわい!」
『デリバリーじゃないけどもう出た詐欺は勘弁よ!?』
もう出た詐欺とは、かつて“そば屋の出前”と呼ばれたやり取りだ。
今風に言い直せばデリバリーの配達状況か?
(※そば屋の出前=そばの出前を注文したのに、いつまで経っても届かない。電話で店に問い質せば「今作ってます」あるいは「もう出ました」と答えるばかりで一向に届く気配がない。転じてその場を取り繕うだけの方便、あるいは時間稼ぎの嘘のような意味で使われていた。デリバリーが当たり前になる以前の用語)
『援軍届かないとガチで保たないかも~!?』
コースケの情けない声が聞こえてくる。
実際、あらがみの援軍は女王樹の元へちゃんと送られていた。
ショッカルンが指揮するこの戦場にいる兵力は、相対するツバサたちや駅長ジャーニィにタカヒコたち少年トリオの相手で手一杯な様子。
そこで超特大触手を鎮めるための兵力を、いくらか割いて都合していた。
大急ぎで南方大陸の奥地へと戻るあらがみの軍勢。
ノラシンハの生中継で見ていると、あらがみたちが鬨の声を上げて白い巨神に向かっていた。さながらシロップ塗れになった人間に群がる蟻のようだが、彼らの力では巨神をなかなか抑え込めずにいた。
脆く儚い幽体ではあれど、巨大さゆえの質量は尋常ではない。
あれを打ち倒すには相応の力がいるだろう。
それを一撃でやってのける黒い巨神が破格なのだ。
しかし形勢逆転とは行かず、黒い巨神とコースケは追い詰められていた。
「えぇい、しょうがない! こうなれば……」
ショッカルンは受話器を戻して一度通話を切ると、またジーコロジーコロと旧式の回転ダイヤルを回して誰かに電話を掛けた。
長い呼び出し音が続いた後、ようやく相手先に繋がったようだ。
『……もしもし』
「ガジララ~~~ッ! おまえもちょっとは働かんかい!」
電話が繋がると開口一番、その名を呼んだショッカルンが叱りつけた。
その口調はまんまダメ息子を怒鳴りつける頑固親父である。
「いくら秘蔵っ子の長男だからといって、そこまでのんべんだらりとしていろと言った覚えはパパないぞ!? おまえお兄ちゃんなんだぞ!? 我らあらがみの実質的№2なんだぞ!? ちったあ弟妹にいいとこ見せんかい!」
『……わかった』
電話の向こうの主、ガジララはやる気のない返事で通話を切った。
ガチャン! と無慈悲な切断音にショッカルンのこめかみは血管が膨張しすぎて今にもはち切れそうだ。いや、今まさに破裂して血の噴水が上がった。
「あの気まぐれめ……何考えてるかパパわからん!」
「落ち着いてくださいパパ! ガジララ兄さんもあれで……痛い!?」
憤懣やるかたないショッカルンはまた受話器を叩き付けたため、黒電話の怪人は涙目で痛がっていた。その後、ちゃんとフォローは忘れない。
だが、ショッカルンの叱責は功を奏したらしい。
――白い巨神の一体が前触れもなく消えた。
どこからともなく彼の巨体を隠せるほど大きな火球が飛んできて、相殺させるかの如く幽体を打ち消してしまったのだ。
正確には瞬きする間に焼き尽くしていた。
あれは超高温のプラズマを球体にしたもの。岩山をも溶かす超が付く火球だ。
遠くから花火を打ち上げるのにも似た発射音がする。
その音が鼓膜を震わせたと感じた時には、白い巨神が消えていた。
ドン! ドン! ドン! と発射音は止まない。
その度に白い巨神は自分よりも大きな火球に焼き消されていく。
焼く前に超高速で飛んでくる火球によって吹き飛ばされているのか、白い巨神たちの再出現する位置が少しずつ後退するサービス付きだ。
『いえ、それだけじゃありません』
ツバサの隣にいるミサキも通信網に参加してきた。
彼もノラシンハの千里眼による生配信は視ているが、自分の気付いた点を緊張感を滲ませて指摘した。言葉を発する前にゴクリと固唾を呑む。
『あの火球……仲間を傷付けていないんです』
ミサキの一言に「ほう!」と感心した一同は注目する。
――火球が白い巨神に直撃した瞬間。
プラズマの爆風が巨神にしがみついたあらがみたちを引っ剥がすように吹き飛ばしていた。本当に吹き飛ばすだけ、一切の怪我を負わせていない。
その繊細な仕事ぶりをミサキは正直に褒める。
『巨神は一撃で消滅させるほどの威力なのに、その周りに取り付いたあらがみには火傷ひとつ負わせないなんて……とんでもないコントロールですよ。火力調整どころじゃない。魔法にしろ法術にしろ、どんな仕組みなのか……』
『何かしらの仕込みがあるのは間違いないな』
ツバサが同意を示すとミサキは『解明したら応用できますかね?』と興味津々のようで、火球の秘密を解き明かすべく熱心に観察していた。
火球の仕組みも知りたいが、要注意すべきはそれを発した当人だ。
タイミング的にこれはガジララの仕事だろう。
あらがみの総帥ショッカルンが「長男にして№2」と称する、あらがみでも屈指の実力者のようだ。しかし、やる気がなくて怠け者っぽいらしい。ついでにいえば父親が「何を考えているのかわからん」と評する不思議くんでもある。
……五神同盟にもいたな、実力はあるけどそんな穀潰し。
「へ、へ、へ……へーくしょい!」
甲板にいる剣豪セイメイがクシャミをしていた。ジンクスもバカにならない。
しかし、あらがみ陣営にもまだまだ強敵が潜んでいそうだ。
厄介だと思う反面、内心では戦闘狂の鬼が楽しげに笑っていた。
ノラシンハの中継はまだ通じており、黒い巨神の内部構造もちょうどPC画面の複窓みたいな状態で通信網に上げられたままだ。
そこに映る操縦席のコースケは、気の緩んだため息でショッカルンに再通信。
『社長ー、ガジララくんが助けてくれたわー』
「そうか……パパの言うことを聞く分別はあったか……」
誰が社長でパパだ! とショッカルンは独りボケツッコミをしていた。本当に俗っぽいし、ああいうことをされると他人の気がしなくなる。
ショッカルンは父親でツバサは母親の違いはある。
だが、もしかすると感性は似たり寄ったりかも知れない。
愛して已まない家族の保護者という感性が……。
「――誰がオカンだ!?」
「すんません!? いつもお母さんみたいと思っててすんませんした!」
独白にいつもの独りツッコミをしたツバサだが、心当たりのあったミサキはビクッと震え上がり、そのまま直角90度のお辞儀で謝ってきた。
思い掛けず本心を炙り出してしまった。
それはさておき――取り敢えず女王樹は難を逃れたらしい。
ガジララの援護射撃が凄まじいのもあるが、この勢いならば黒い巨神と主軸としたあらがみの別働隊が白い巨神を完封するだろう。
そもそも白い巨神の存在が謎なのだが……。
祭司長からの予知夢、外なる神の亜座が見せた予告映像、ノラシンハの聞いた噂などから、なんとなくの予感はあったし類推もできる
だが、彼らは原初巨神ではないらしい。
また黒い巨神も原初巨神とは違う。どちらも似て非なる存在だという。
奴らの正体を暴けば――南方大陸の真実に近付ける。
そんな予感がツバサの脳裏を過った。
「ひとまず、サクヤ姫やアルガトラム王と会ってからだな」
ツバサの思案はアハウの声に打ち切られた。
ミサキの反対側に立つ獣王神へとツバサは振り返る。
「考えることは多いが、ここは手堅く行こう。この地の状況を詳しく正確に掴んでおり、情報提供を期待できそうな彼らに挨拶をしておくべきだ」
――手掛かりが欲しい。
そのためにも、まずは目の前に現れた課題をひとつひとつ堅実にこなしていくのが先決だろう。ツバサは頷いてアハウの提言に賛意を示した。
「では、この戦場をどうにかしましょうか」
顔を上げたツバサは、対峙するショッカルンと再び睨み合った。
単眼を開いて舌打ちするひとつ目親父。
ノラシンハによるLIVE中継で女王樹周辺を視ていた間も、三つ巴ならぬ四つ巴の乱戦は続いていた。ツバサたちは通信網の映像を見ながら傍観し、応戦は甲板の仲間や艦の兵装に任せていた。
老組長バンダユウ指揮の下、反撃の攻勢はあらがみを寄せ付けない。
艦の防御スクリーンも減衰することなく健在だ。
ツバサたちも白と黒の巨人戦争を観戦していたばかりでない。
目の前に浮かぶ巨大ロボ・ジーオンと、その手に乗ったままあらがみ軍団を采配を振るうショッカルンを牽制して動きを封じていた。
逆に言えば、あちらもツバサたちが動かないように睨みを利かせている。
膠着状態な戦況にそろそろ目処をつけたいところだ。
腕試しも兼ねてショッカルンと戦り合うことで一波乱起こすか? それを契機に場を大混乱に陥れ、ドサクサに紛れて一時撤退するのもありだろう。
ミサキとアハウに目配せする。
それで行こう、と頷かれたので実行に移すことにした。
るぅぅぅぅぅああああぁぁぁおおおおおおおおおおおおおおおおん……。
こちらの出足を挫くように絶叫が迸った。
天と地を震撼させる大轟音は自然現象ではない。明らかに意志ある者が腹の底から発した慟哭だった。その音量は世界を揺るがすほどである。
感じるのは――耐え難い妄執と憧憬。
求めて已まない何かへ必死に縋りつく足掻きが伝わってきた。
鼓膜を破るどころかその奥にある三半規管を狂わせ、脳髄まで泡立ちそうな凶器じみた咆哮に、誰もが両手で耳を塞いで悶絶するほどである。
三千世界の隅々にまで轟き渡る、断末魔とは似て非なる大絶叫だ。
ツバサも頭痛を堪えるように片手で頭を支えた。
「このバカみたいな雄叫びは……白い巨神どもか!?」
まだ繋いだままの通信網。そこに上げられた中継映像を注視する。
十二体の白い巨神が天を仰いでいた。
いや、仰いでいるのは天ではない。彼らの前に聳え立つ女王樹へ賛美歌を捧げるが如く、世界に大震動を及ぼす絶叫を上げているのだ。
両手を上にして軽く肘を曲げ、苦悩を抱きかかえるような仕種。
髑髏と見紛う顔は空を見上げて首を反らせている。
そして顎が外れるほど大口を開けての大絶叫は、先述した通り音響兵器も真っ青の災害を引き起こす。絶大な音量で南方大陸全土を震わせていた。
虚ろな眼窩からは滝のような涙が零れている。
不定型な“気”が流れているだけなのだが、そういう風にも見えた。
やはり――彼らは女王樹を求めている。
理由は定かではないが、黒に染まる世界樹を手に入れんとしていた。
あれだけの執着を目の当たりにすれば一目瞭然だ。
コースケの操る黒い巨神に幾度となく行く手を阻まれて、あらがみの軍勢にまとわりつかれて、尚且つガジララの火球に吹き飛ばされても諦めない。
憧れとは――障害があればあるほど燃えるもの。
渇望、欲求、執念……これらの情熱もまた憧れに類似する。
だからこそ妄執の熱は否応なく上がる一方だった。
その薄暗く昂ぶる熱量は、白い巨神たちを構成する幽体に具現化する。
更なる“気”を掻き集めた白い巨神は身体強化を始めた。
靄を押し固めたような曖昧だった幽体はこれまでより実体としての密度を増し、朧気だった輪郭は筋骨隆々の肉体を形作るよう上掛けされる。髑髏にしか見えない幽鬼の顔立ちは変わらないが、そこに個性と頭髪が備わってきた。
手には“気”を押し固めた武具まで握っている。
剣、槍、斧、棒……思い思いの武器を手に構える十二体の白い巨神。
パワーアップをした白い巨神たちは怯まず臆さない。
ガジララの火球が飛んできても、立ち向かうべく手にした武具で防ぐなり弾くなりして、亀の歩みではあるが前へと進んでいた。
群がるあらがみも意に介さず、降りかかる火の粉のように払っていた。
『あららのら……ここに来てやる気120%上昇中?』
鬼気迫る迫力にコースケはたじろいでいる。
操縦桿にもそれが伝わったのか、黒い巨神まで後退っていた。
再びショッカルンと通話を繋いだコースケは、一筋の冷や汗をたらしながら焦りを隠さない声で上司に泣き言を訴える。
『あのー……社長? 今日の老人会しつこいどころじゃないんですけど……いつにも増してやる気満々でなんかおっかないんですけど!?』
「わかっとる。ここまで泣き声が聞こえてきたからな」
なんとかする、と不確かな約束を最後に電話を切ったショッカルンは、自身を手に乗せるジーオンにアイコンタクトを取っていた。巨大ロボが頷いたように首を前へと傾げると、あらがみの総帥も「うむ」と頷き返した。
大きな単眼でツバサを横目にすると、踵を返して全身で振り返る。
どうやら腹を括り、この場は退却すると決めたようだ。
白い巨神たちの進撃を脅威と認めたのだろう。
状況から察するに、あらがみたちにも異常事態なのは疑いようがない。
アルガトラム王の配下やサクヤ姫の弟子と争っている暇はなく、外界からの闖入者であるツバサたちの相手をしている場合ではないのだろう。
総帥の意を酌んだあらがみたちは、いち早く奥地へ取って返していた。
「息子たちよ、我らが女王樹に一大事のようだ! ここは……ッ!?」
ショッカルンの口から退却の号令が発せられる。
『――緊急速報! 所属不明の大きな生体反応の急接近を確認ッス!』
「「「パパーッ! 西と東からデッカいのが来たーーーッ!」」」
通信網を介してフミカが警告を知らせてきたのと同時に、索敵に秀でた外見をしたあらがみたちがショッカルンに同じ報告を上げていた。
何事だ!? と両陣営は色めき立つ。
「え? よもやよもや……アルさんに無断でご出馬ですかぁ?」
「まさか……出てきちゃったのか?」
これには駅長ジャーニィやタカヒコたち少年トリオも反応した。
しかし、彼らはそれほど慌てふためいてはおらず、自分たちがやってきた東と西に振り向くだけだった。その横顔は心配そうな陰りが垣間見える。
彼らは迫り来る者を知っているらしい。
大至急ツバサたちも何者かを把握する必要があった。
『フミカ、爺さん、その接近するデカい奴らが何者か調べられるか?』
返事より先に通信網に上がる映像に新たな“窓”が開いた。
二つの“窓”はそれぞれ東西から猛スピードで駆けつけんとする巨大生体反応を捉えているようだ。先に姿を現したのは西から来る何者かだった。
『おいおいおい……あれはまさか……ッ!?』
ノラシンハの息を呑む声が聞こえる。歓喜を溜め込むような声だ。
西からやってきたのは――大きな馬だった。
均整の取れた長い脚と誰かを背中に乗せられるだけの体格。空へと伸び上がる太く長い首。尾の形や顔立ちも生物としての馬に近い。
だが、全体的なデザインに龍のエッセンスが取り入れられていた。
まず全長からして約300mはあろうかという巨体。
空を駆ける四つ脚は馬に似た蹄を備えており、フサフサとした輝く龍毛で覆われている。光沢の強いエメラルド色の体毛を生やす下には同色の鱗が瞬いており、日の光を浴びると神々しさに包まれていく。
顔立ちは龍と馬の特徴を足して割ったような案配。
東洋の龍にも似た長い髭を生やしており、耳の後ろからは鹿の角みたいな龍角を邪魔にならない程度に伸ばしていた。
炎のようで雲のような揺蕩う尻尾をはためかせている。
龍の馬と書いて――龍馬。
その大きな龍馬は足下に雲を湧かせると空を駆け、その巨体で待機を割りながら巨人戦争の真っ只中へ飛び込んでいく。
頭突きのような体当たりを敢行するつもりだ。
白い巨神は咄嗟に武器を構えて、龍馬の突撃を防ごうとする。
構うことなく突進した龍馬は眉間からユニコーンのような一本角を突き出すと、武器ごと白い巨神を貫通して“気”の塵に変えてしまった。
左右から白い巨神たちに挟撃されても怯まない。
振り下ろされる槍や棍棒をヒラリと躱して跳躍すると、彼らの頭頂部に重力を乗せた蹄を叩き付けてあっという間に打ち倒す。
龍馬の勇姿を見ていた聖賢師は涙声で歓喜していた。
『あれ……起源龍やん! 起源龍さまやーん!』
ハハーッ! と恐れ多い声がしたので、どうやら艦橋にいるノラシンハは新たに出現した起源龍に向けて礼拝しているようだ。
馬のような体型をしているが、あれも立派な起源龍だという。
ツバサの娘となったジョカフギスは東洋龍めいたフォルムだ。一方、銃神ジェイクの妻となったエルドラントは西洋のドラゴンに近いデザインだった。
そして、この起源龍は龍馬と呼ばれるタイプらしい。
馬のような体型をした龍だったり、龍と馬の間に生まれた駿馬だったり、色んなタイプの龍馬がいるそうだが、強化された白い巨神を相手に大立ち回りをしているあの龍馬は、どちらかといえば麒麟のような見た目をしていた。
中国の伝説に登場する神獣――麒麟。
あらゆる獣類の長にして、天下太平の世に現れる瑞獣とされている。
(※獣類=古代中国における生物の分類。主に哺乳類全般)
(※瑞獣=別名・吉祥獣。平和の訪れを予感させたり優徳な王が現れる予兆だったり、良いことが起きる先触れとして出現する霊的な動物のこと。代表とされるのは獣の麒麟、鳥の鳳凰、龍の応龍、亀の霊亀、この四体)
麒麟も元を正せば龍の血筋を引いているので龍馬の一種とする説もあるそうだが、古代からの設定に準じれば獣に属するはずだ。
『……でも、起源龍っていうからには龍族なんスかね?』
それとも獣で神獣的な扱いッスか? とフミカは首を傾げていた。
『どっちでもいいやん! 起源龍さまは起源龍さまやー!』
博覧強記娘としてキッチリ分類したいフミカは誰ともなく問い質すものの、唯一答えてくれそうなノラシンハは大はしゃぎで駄目だった。
往年のアイドルに出会えたファンよろしく熱に浮かれている。
解説は期待できそうにないので、こちらで冷静に観察するしかない。
一見すると白い巨神を蹴散らしているので、黒い巨神に加勢したかのように見える巨大な龍馬だが、あらがみたちは誰一人として喜んでいない。
むしろ龍馬を敬遠するように距離を置いていた。
『白い巨神には立ち向かうけどあらがみとは仲良くない……また新勢力か?』
『次から次へとあの手この手で飽きないッスね南方大陸』
ツバサが愚痴ろうとした台詞はフミカが代弁してくれたので省略すると、本当に飽きる暇がない速さで続々と新手が出てきた。
『……いや、新勢力ですかねあれ?』
勘付いたらしいミサキは通信網にチェックポイントを上げてきた。
駅長ジャーニィの視線が龍馬を追っている。
ノラシンハの三世を見通す眼ほどの精度は望めないだろうが、千里眼系の技能を用いて起源龍の動向に探りを入れているらしい。
だが、どうにも落ち着かないようだった。
「ああーもう、アルさん……いやいや、アルガトラム様に了解もらって来てんのかなぁ? だったらいいけど、さっきから通信かけてるのに誰も返事くれないし……みんな何してんのぉ? ウチの本国どうなってんのぉ?」
イライラしながらも龍馬を見守る眼差しは保護者そのものである。
その片手間にあらがみ軍団をあしらうの姿は手慣れたものだ。
『え? あの起源龍……アルガトラム陣営なのかひょっとして?』
『あの様子からすると可能性大じゃないですかね』
だとすると龍馬が現れた時の駅長ジャーニィが漏らした発言が腑に落ちる。逆に言えば彼にしても龍馬の登場は想定外だったようだが。
その証拠にジャーニィは身構えている。
龍馬に何かあれば援護へ駆けつけるつもりのようだ。
『なら近付いてくるもうひとつの大きな生体反応も……』
『なんとなく見当ついちゃうッスよね?』
ツバサが語尾を濁すと代わりにフミカが拾ってくれた。
南方大陸の東から接近中の巨大な影。
それはガチャンガチャンと重厚な金属音を打ち鳴らして、ズシンズシンと重々しい足音を響かせながら、大地に地震を巻き起こしつつ近付いていた。
地震の正体が現れるのをタカヒコたちは見守っている。
こちらもドキドキハラハラしており、保護者の気持ちが表情に出ていた。
間違いない、東から近付いているのはサクヤ姫の関係者だろう。
東から姿を現したのは――鎧を着込んだ巨人だった。
メカニカルな黒い巨神と違い、こちらは鎧の内側は生身である。
でなければ巨大な生体反応を感知できない。
こちらの鎧のデザインも、どことなくパワードスーツめいていた。
龍馬の起源龍に一歩遅れる形になったのは、その身にまとう重量感のある甲冑の重さゆえだろう。かなり軽量化を試みたデザインだが鎧は全身を隈なく覆っており、重要な臓器を守る胴部や頭部の兜は頑丈な造りをしていた。
兜はフルフェイスのヘルメット型なので表情は窺い知れない。
その兜の後ろからは金色の髪が棚引いていた。
最初は中の人が金髪なのかと考えたが、よく見ると飾り毛のようだ。銅鎧の肩からも邪魔にならない程度に赤いマントをはためかせている。
防御性能や動かしやすさを重視した設計の鎧。
だが、飾り毛やマントで格好つけるくらいのお遊びは許容するようだ。
全長は250mほど――巨神や龍馬と比べれば小柄なサイズ感。
それでも全身甲冑を装備した巨人が疾走する様は圧巻だ。
鎧の巨人は太めの棒を携えており、右手に持って柄を肩に乗せている。槍かと思えば巨大な斧刃が付いていた。斧槍とも呼ばれるハルバードのようだが、先端に槍の穂先がなく斧部分が大きいので、どうやら斧鉞らしい。
『まーさかりかーついだ金太郎ー♪』
『そうそう、それだ。あの手の武器として使える大振りな斧だな』
いきなり通信を介してミロが歌い出した。ツバサが恋しくなったのか、無理やり話に割り込んできたらしい。ツバサはそれを肯定するように拾った。
戦斧とかバトルアックスと言い換えてもいいだろう。
斧を担いだ鎧の巨人も巨人戦争へ乱入するように飛び込んでいく。
当然、白い巨神たちは手荒く出迎えた。
鎧の巨人が乱戦の圏内へ踏み込んだのを認めると、すかさず“気”を固めた武具を打ち振るい、自分たちより小柄な敵を上から叩き潰そうとする。
これに鎧の巨人は両脚を踏み締めて加速した。
地面に沿うような前傾姿勢のまま、ひたすら突っ切っていく。
身長差と小柄ゆえの身軽さで降ってくる武具を掻い潜り、大斧を背負うように構えるとすれ違い様、白い巨神のガラ空きな胴を横薙ぎに打ち払う。
その一振りは白い巨神を上下で両断した。
「――上手い!」
鎧の巨人を見守っていたタカヒコが褒め言葉を叫ぶ。
彼らも千里眼系の技能で大陸奥地の様子を覗いているのだろう。
拳を握り締めたガッツポーズで喜ぶタカヒコの後ろでは、細身の少年がブブゼラを吹き鳴らし、豚顔の少年が腹に乗せたバスドラムを打ち鳴らしていた。鎧の巨人が上手に戦っていることを応援しているのがありありとわかる。
ちなみに彼らもあらがみ軍団とはまだ戦闘中。
そんな慌ただしい中でも楽器を取りだして応援する余裕があるのだから大したものだ。その反面、子供らしい悪ふざけとも見て取れた。
なお、当然だがあらがみたちからは大ブーイングを買っている。
「舐めやがってこのガキども! 真面目に戦れやコラ!」
「大人バカにしてるとろくな大人にならねぇぞ!」
「かく言うおれたちもまともな大人か自信ねえけどな!」
鍬を振るって応戦するタカヒコだが、怯まず応援の声を上げている。
「いいでしょ別に! 家族ががんばってるんだから応援したっていいじゃないですか! そこだ行けー! がんばれー! 負けるなー!」
罵るあらがみたちは攻め掛かるも、少年たちの声援は止まらない。
特に後ろの二人は更にブラスバンド風の楽器を取り出して演奏しており、完全に鎧の巨人の応援団と化していた。
『……ということはッスよ』
フミカが新たなる挑戦者たちの出自をまとめる。
『まだ推測の域を出ないッスけど……龍馬の起源龍がアルガトラム陣営側で、鎧の巨人はサクヤ姫陣営に属していると見ていいみたいッスね』
『もう状況証拠だけで明らかだよな』
両陣営の者たちが保護者になってるのが何よりの証だ。
どちらにせよ彼らは新勢力ではなく、三つ巴のどこかの一員らしい。
『そんで――あんチビの巨人なんやけんどな』
不意にノラシンハが嗄れた声で割り込んできた。
『チビの巨人って矛盾してないか? ……ってどうした爺さん?』
さっきまで信仰する起源龍の登場で推しに会えたオタクよろしく熱狂していたはずだが、今ではすっかり熱が冷めていた。頭の芯に氷柱でも刺されたように冷静になっており、通信に乗せた声もどこかふて腐れていた。
明らかに不機嫌、忌々しさを漂わせた眉間には皺も寄っているだろう。
(※通信越しなので顔は見えないけどそんな気がした)
ピンと来たがツバサは敢えて訊いてみる。
『爺さん、もしかしてあの小さめの巨人って……』
『間違いない――あいつぁ原初巨神や。随分と小さいけどな』
態度が急変した理由はそこにあるらしい。
聖賢師として「自然のあるがままに世界を創る」という起源龍の在り方をリスペクトするノラシンハは、「自らの意志のまま世界を創る」ことを是とする原初巨神の在り方に反感を覚えるそうだ。
アンチとまでは行かないが、気に食わないので素っ気ない。
『にしても小さすぎないッスかね?』
鎧の巨人が原初巨神と断定されたことにフミカは懐疑的だった。
『原初巨神って確か身の丈5~600mはあるんでしょ? だから白と黒の巨神たちはそれっぽく見えたんだから……』
『じゃが、あん鎧の巨人はいいとこ250m前後ぜよ』
ダインも女房を助けるべく疑問を捕捉するように付け足した。
鎧や兜を着込んで250mなので、中身はもう少し小さい可能性もある。もっとも地球人の視点からすれば、250mも大概な大きさなのだが……。
ツバサたちの感覚も真なる世界ナイズになりつつあった。
『小っこいのは当たり前やがな』
ノラシンハは疑問を呈するダインとフミカに教えてやる。
『誰だって子供ん頃は小さいもんやろ』
『そりゃ子供の頃は誰だ……ってあれは原初巨神の!?』
『小っこいのは大人になりきってない餓鬼ちゅうことか!?』
小柄なのは未成熟な子供だから――。
ありきたりな事実を突き付けられたダインたちは呆気に取られていた。
原初巨神という未知の存在に想像力を働かせていたため、初歩的な考えを失念していた。創世神=老成した神と思い込んでいたらしい。
『そういえばジョカも自分は若い方と言っていたし、人間体になっても図体がデカいのはともかく顔立ちとかはまだ幼いな』
『せやろ? 創世神かて老いも若きもいるちゅうわけやがな』
ノラシンハは得意気に鼻を鳴らした。
ついでに襷みたいな白髭を撫で付ける音も聞こえてくる。
『伊達に一万年も聖賢師やっとらんわ。起源龍ならジョカフギス様やエルドラント様以外にもぎょーさん拝謁させてもろとるし、原初巨神かてあんま好かんけど挨拶したり世話になったり酒酌み交わしりもしたがな』
どちらの気配も忘れるわけあらへん、と聖賢師は豪語した。
だからこそ発言に重みと自信があるわけだ。
『あん鎧の巨人の中身は原初巨神の若造……うんにゃ、あのサイズだと小僧やな。んでな、馬みたいな起源龍さまも相当若いであれ』
ノラシンハの見立てでは、ジョカフギスよりもずっと年下だという。
『どちらも最近生まれた創世神ってことか?』
『せやな。多分やけどおれより若いんちゃうか? 知らんけど』
そこも自信もって発言してくれよ、とツバサは締めの台詞だけ投げやりに締めようとするノラシンハにジト眼でツッコんだ。
『南方大陸に生き残っていた創世神たちの末裔……ってとこですかね』
感想をまとめてくれたミサキの一言がしっくり来る。
彼らも白い巨神を女王樹に近付けさせたくない理由があるのか、倒されても倒されても甦る幽鬼のような巨神たちをひたすら打ち倒していた。
だが、黒い巨神とは共闘しない。
乱戦でも一定の距離感を保っており、あからさまに避けていた。
黒い巨神から目を合わせようとしても露骨に顔を背けるほどだ。
『あちゃー……そんな嫌われてるの? 哀しいなぁ』
その黒い巨神のコクピットで操縦桿を握る探偵野郎ことコースケは、眉を八の字にして苦笑すると残念そうに鼻の頭を掻いていた。
あらがみにしては友好的な雰囲気を醸し出している男だ。
見た目にあらがみという種族特有の怪人っぽさがないのも気に掛かる。
『しかし、埒が明かんなこら』
混迷を極める戦況をノラシンハは憂いていた。
『俺らが南方大陸に入ってすぐの海峡で四つ巴でドンパチしとる一方で、大陸の奥では巨大な神々が組んず解れつ入り乱れての大乱闘や。いくらこん大陸がデカいとはいえ、こんな国を割るような騒ぎをやっとると……』
『ああ、次元の外にいる蕃神まで乗り込んでくるかも知れないな』
御意見番の危惧するところはツバサも案じていた。
別次元の怪物――蕃神。
あるいはクトゥルフ神話の邪神群というべきか。
彼らには火事場泥棒めいたところがある。
真なる世界で天地を割るような戦いが巻き起こると、次元の外にいても目敏く聞きつけて、横槍を入れながらすべてを掻っ攫っていこうとするのだ。しかも戦いが最高のクライマックスを迎える頃合いを見計らう。
――最高のタイミングで横合いから思い切り殴りつける。
こんな名台詞があるが、まさしくこれを躊躇なく実行してくるのだ。
この状況で蕃神が殴り込んでくれば大惨事。
五つ巴になるどころではない。本当に最高で最悪のタイミングを狙い澄まされようものなら、この場の全員がすべてを奪われる恐れさえあった。
さて、どうしたものか……ツバサは頭脳を悩ませる。
「――それなら大丈夫じゃない?」
いきなり聞き慣れた愛しい声が耳朶を打った。
ふわりとツバサの背中に覆い被さる気配を感じて振り返れば、顔の真横にミロの顔があった。その両手はこちらの首にしがみつきながら超爆乳をまさぐり、両足はカニ挟みの要領でツバサの細い腰を捕らえていた。
ブルードレスに身を包み姫騎士がそこにいた。
その格好はお母さんに抱きついて甘える幼児そのものだが……。
ミサキやアハウもギョッとするが、ツバサは肝が冷えるほど青ざめた。あれほど艦橋で留守番していろと説き伏せたのだから余計である。
「おまっ、馬鹿……いやアホ! なんで出てきた!?」
秘密兵器が最前線に出てどうする!? と怒鳴りかけたツバサは慌てて口を噤まざるを得なかった。ミロの過大能力はまだあらがみに知られてないからだ。
こちらから口を滑らせて機密をバラすところだった。
秘密兵器という意味ではミサキの過大能力も同等の扱いだ。
こちらもなるべく秘匿したいが、もしもの時は「わざとオープンにする」ことで相手の油断を誘う作戦だった。そして、更なるもしもに遭遇した場合にミロの過大能力を使う。こちらは「本当の切り札として」の秘密兵器。
隙を生じぬ二段構えである。
ミサキの了解は得ており、ミロにも絡繰を教えていた。
なのに、肝心の秘密兵器がしゃしゃり出てきたら意味はない。
「……がっ! うっ……くぅぅ……んぐッ!?」
叱りつけるお説教が喉の奥から濁流のように湧いてくるのだが、ここで下手に騒げばショッカルンたちに怪しまれること請け合いだ。
だからツバサはお説教のすべてを飲み干した。
そして、双眸だけ殺戮の女神になると無言でミロを見据える。
『おまえ……留守番しろって言い聞かせたよな!? お母さん、口が酸っぱくなって耳にタコができるまで言ったよな! 誰がお母さんだこの野郎!?』
すぐ傍にいる相手へ通信を介して怒鳴りつける。
回りくどいことこの上ないが、こうするのが最善策だった。
それからも罵詈雑言に近い叱責の言葉を、通信網で傍から聞いている仲間もドン引きするほど吐き散らしたツバサだが、それを受け止めるべきミロはのほほんとした顔で何処吹く風だ。こういうのを馬耳東風というのだろう。
背中からツバサにしがみついたミロはもっと寄り添ってくる。
そこそこあるおっぱいを押し付けて「当ててんのよ」とクスクス笑いながら、ツバサの耳元に唇を近付けると小さく囁いた。
「大丈夫だいじょーぶ、ちゃんと弁えて出てきたんだから」
心配いらない――もうすぐぜんぶ終わるよ。
「終わるってなにが……ッ!?」
言葉の意味と問い質すよりも早く、南方大陸に異変が生じた。
ツバサたちを巻き込んで海峡上空で始まった四つ巴の戦いや、女王樹の麓で行われている巨人戦争をクローズアップしてきたが、途中で再び活性化した超特大触手も大陸のあちこちでまだ猛威を振るっていた。
あらがみがいくつかの部隊に分かれ、その鎮静化に取り組んでいる。
だが、触手の暴走は留まるところを知らない。
超特大触手の正体は、大陸全土に張り巡らされた女王樹の根。
白い巨神の出現とともにその根である超特大触手が暴走したかのような荒ぶったところを見るに、女王樹は白い巨神に何らかの反応を示したらしい。
アレルギー反応みたいなものだろうか?
その暴れていた超特大触手が――唐突に勢いを失っていた。
最後に大きく痙攣したかのような挙動を見せ、その後すぐにピタリと硬直して動きを止めると、そこから静かにゆっくり後退を始めていた。
影響を受けたかのように別の異変も発生する。
るぅぅぅぅぅああああぁぁぁおおおおおおおおおおおおおおおおん……。
十二体の白い巨神たちが慟哭を上げていた。
女王樹を仰ぐ巨神たちは次第にその姿が薄れていき、朧気な幽体を構成していた“気”もばらけるように散っていく。
やがて形を保つこともできなくなり、そこにいた痕跡さえ残さない。
現れた時と同じように忽然と姿を消してしまったのだ。
『ふへぇぇぇ~……やっと終わったぁ……』
黒い巨神も動きを止め、その場に立ち尽くして動かなくなる。コクピット内部では探偵野郎コースケが汗だくでへばっていた。
龍馬の起源龍、そして武装した原初巨神も戦う手を止めていた。
そういえば彼らの間にも距離感がある。
コースケの駆る黒い巨神に近付こうとしないだけではなく、起源龍と原初巨神も必ず間を置いている。そこには微妙な気まずさが感じることができた。
とにかく――巨人戦争も一時停戦と相成ったようだ。
白い巨神たちの出現が黒き女王樹を刺激した。
ならば彼らが消えた今、女王樹も落ち着きを取り戻すのは道理である。
地響きを慣らして地中へ戻っていく女王樹の根。
先ほどまでの暴れっぷりが嘘のようだ。世界を滅ぼしかねない、とてつもなく大きな触手の群れは興奮を冷ましながら退いていく。
胸を撫で下ろすべきなのだが、あらがみたちには緊張が走っていた。
それも無理のないことだろう。
一度は抑え込みに成功したはずの触手が、白い巨神たちのせいで再活性化して前より凶暴になったのだ。二度あることは三度ある、また息を吹き返して暴れ出すかも知れないという懸念から気を緩めることはできないはずだ。
安心するのはまだ早い。誰の顔にもそう書いてある。
塔みたいに巨大な触手が地の底に帰るまでしっかり見届けていた。
時間にして数分だが、感覚的には何時間にも感じられた。
女王樹の根である超特大触手たちは地上から姿を消し、微かに地の底を這う震動を残すものの、南方大陸は概ね平和的な静寂を取り戻していった。
歓声も喝采も鬨の声すらも上がらない。
大陸中に散ったあらがみたちから一斉に安堵のため息が漏れた。
なんとか終わったー! と肩で息をする怪人軍団には同情の眼差しを向けたくなるが、こちらの戦闘は絶賛継続中なのでまだ肩の力は抜けない。
だが、これから戦争をする気分にもなれなそうだ。
「ようやっと落ち着いたか……やれやれ、我らの御母堂はお元気で困る」
巨大ロボ・ジーオンの手でショッカルンも嘆息していた。
卵みたいな頭に流れた冷や汗を拭っている。
女王樹が鎮まったことへの安心もあるだろうが、息子たちでもあるあらがみ軍団への被害も少ない。そのことに父親としてホッとしたのだろう。
相容れない種族だが――そこは共感が持てた。
一方、ツバサに負ぶさったミロはこちらの顔に頬ずりしながら囁いてくる。両手を前に伸ばして、甘える振りで乳房にイタズラするのも忘れない。
「ほら、終わったでしょ。喧嘩する空気でもないし」
「だからって前線にホイホイ出てくるな、まったくアホの子は……」
ミロの固有技能――直観&直感。
どちらかでも研ぎ澄ませば未来予知に勝るとも劣らない勘が働くが、ミロはそれを二つ同時に使うことができ相乗効果まで発生する。
おかげで確定的な未来まで見通せるのだ。
しかし、アホの子なのでアバウトにしか理解できないらしい。
それでも「もうそろそろ大丈夫」な未来が視えたから、ツバサに甘えたい一心で出てきてしまったのだろう。一応、最低限の空気を読んでの行動だったようだが、慎重派のツバサからすれば勘弁してほしい。
大切な娘に何かあったと想像するだけで心臓に悪いのだから……。
少なくとも神々の乳母の母性本能が落ち着かない。
ツバサもショッカルンに負けず劣らずの嘆息をこれ見よがしに吐くと、ミロを背負い直してから黒髪を操作して彼女の防備を固めておいた。
(※ツバサは過大能力で頭髪を操れる。武器化も装甲化もお手の物だ)
「さてとぉ――どうします総帥さん?」
ショッカルンに言葉を投げ掛けたのはツバサではない。
いつの間にか駅長ジャーニィが近付いており、ツバサとショッカルンから等間隔の位置で滞空していた。背には自身の過大能力の一端である【駅舎】を出したままであり、誤魔化しきれない圧迫感があった。
右手には散弾機関銃、右手には大口径のハンドガン。
銃口は下げられているが、いつでも構え直せる準備はできていた。
「もうちょっと毎週恒例の小競り合いをやりますかぁ? それとも時間もいいからそろそろ引き上げますかぁ? ボクはどっちでもいいですよぉ?」
「ふん……どっちでもいいは最悪の誘いだぞ」
選択肢を他人に任せるな、とショッカルンは窘めるように言った。
ジャーニィとしては煽りも含んでいたのだろう。あらがみ軍団が疲弊した度合いを考えれば、帥としてのショッカルンが取るべき道は撤退しかない。
ここで無理をしても得られるものはない。
彼らにとって未知数の相手であるツバサたちを向こうに回して、再び戦争をするだけの気力や体力があらがみ軍団には残されてないはずだ。
そこを見越した上での煽りである。
ジャーニィ的には「大人しく引き上げてくださいよぉ?」と勧めた積もりかも知れないが、結果的に挑発にしかなっていなかった。
「あらがみが退いてくれるのなら――俺たちも帰ります」
次いで意見を述べたのはタカヒコだった。
虎革の半纏をまとう生真面目な少年は、武器として扱う鍬を肩に乗せてこちらへと近付いてくる。長身緑髪の少年と豚顔の大柄な少年も一緒だ。
「オレたちは教授に『なんか変だから様子を見てこい』としか言われてねぇからなぁ……週に一度のドンチャン騒ぎもこれくらいでいいだろ」
ミクマと呼ばれた緑髪の少年は億劫そうだった。
早々にこの場を切り上げたい、と顔に書いてある。それはそれとして、まだ戦るなら付き合うという覚悟も決まっていた。
「ケンカしても腹が減るだけだでな。もう帰るべ帰るべ」
豚顔の少年は顔色こそ読みにくいが、声色からすると本当にお腹が減っているのか、とっとと帰ってご飯にありつきたいらしい。
サクヤ姫陣営の少年たちからは不戦主義の匂いがした。
恐らく、ツバサたちの南方大陸到達をサクヤ姫が感知したのだろう。
そこで教え子の彼らを偵察に向かわせた。
出会い頭に戦闘へ乱入してきたのは、ツバサたちが襲われていると思い込んでの正義感に端を発する吶喊だったと思われる。
義を見てせざるは勇なきなり――というやつだ。
ふとジャーニィがタカヒコたちにアイコンタクトを送った。
陣営としては合流こそしてないが面識はあるのか、友人を見るような視線を交わした四人は気付かれないよう微かに頷き合う。
「「「「それにほら――初めてのお客さんもいらっしゃったことですし」」」」
そして、ツバサたちを紹介するようにショッカルンへ訴えた。
初めての南方大陸への来訪者を出汁にして、この場をお開きにしようという算段らしい。しかし、あらがみには効果がなさそうなのは否めない。
「カーッ! ペィ! そんなもんおまえらの都合だろうが!」
案の定、ショッカルンは聞き入れなかった。
痰が絡まる老人のように喉を鳴らしてから口の中のものを吐き捨てると、改めて自分たちあらがみの立場を知らしめるように大声を張った。
「ワシらにしてみればツバサたちは招かれざる客! そして敵だ! アルガトラムもサクヤ姫も敵! おまえら若造も敵! 我らあらがみ一族に属さぬものは何であれ誰であれ不倶戴天の敵よ! 知ったことではないわ!」
各陣営に人差し指を突き立てたショッカルンは、改めて敵対宣言を発していた。
まだ戦るのか? と誰もが気を取り直して身構える。
疲れ果てていたあらがみたちもファイティングポーズを取り直した。
「だがしかし! 今日はこの辺で許してやろう!」
かと思いきや一転、声のトーンを変えずに撤退する宣言したので多くの者がズッコケてしまった。ツバサたちまでガクッと姿勢を崩したほどだ。
言い訳めいた釈明をショッカルンは続ける。
「さすがに女王樹が二度も暴れるとはワシの目を以てしても見ぬけなんだわ。白い年寄り連中が年甲斐もなくハッスルしとったし、ウチの黒いのと探偵野郎は頼りないしでもう……踏んだり蹴ったりだわこんちくしょうめ!」
ジーオンの大きな掌の上を右に左にウロウロしながらぼやいている。
「言いたかないが今日はもう余力がない。業腹ここに極まれりだが、おまえら餓鬼どもの口車に乗ってお暇させてもらうとしよう。だからな……」
最後にツバサたちの方を鋭い眼光で一瞥する。
「……招かれざる客の相手をする気もどこかに失せたわい」
ショッカルンは錫杖を頭上に掲げて「シャン♪」と大きく打ち鳴らす。
「息子たちよ――撤収だ!」
お家に帰るぞー! と父親らしい声を全軍に投げ掛けると、あらがみたちは口々に「おつかれー」と言いながら帰路へ付いた。
ジャーニィやタカヒコに目もくれず、ツバサたちにも振り返らない。
あらがみという種族は意外と割り切れる性質のようだ。
あるいは熱しやすく冷めやすい性格なのかも知れない。
彼らが南方大陸の奥地へ引き返すのと入れ替えに、女王樹の根元で大立ち回りを繰り広げていた若い起源龍と幼い原初巨神がこちらへ向かってくる。
『バイバイ、おチビちゃんたち』
黒い巨神は見送るように彼らの背中へ手を振った。
それをさせたのは操縦桿を握るコクピットのコースケだった。
彼なりのスキンシップなのだろうが、敵愾心剥き出しのあらがみにしては奇特なほど馴れ馴れしい。彼だけ特別な理由でもあるのだろうか?
起源龍と原初巨神は一度だけ立ち止まる。
ちょっとだけ振り返ろうとしたが、どちらも振り切るように走り出した。
龍馬は雲を湧かせて空を駆け、鎧の巨人は大地を踏み締めながら走ってくる。大きさもあるが、なかなかのスピードで南方大陸を縦断していた。
途中でショッカルン率いるあらがみの軍勢とすれ違う。
「…………フン!」
ショッカルンは何か言いたげだった。ちょっかいのひとつも掛けたいところだろうが、またぞろ戦闘になるのを避けて我慢したようだ。
すれ違い様、龍馬は舌をビロビロ出して鎧の巨人はアッカンベーをした。
あからさまに小馬鹿にした態度。子供のやりそうなことだ。
「こんクソ餓鬼どもがぁぁぁーッ!」
近所の頑固爺よろしく子供たちを叱りつけるショッカルン。
龍馬と鎧の巨人はケタケタと幼稚な笑い声を上げて、これまで以上のスピードで走り出した。それぞれ属する陣営の仲間の元に向かっているようだ。
龍馬の起源龍は駅長ジャーニィの元へ――。
鎧まとう原初巨神はタカヒコ少年トリオの元へ――。
その途中、龍馬の姿が変化を始める。
全身が光り輝いてまともに直視できなくなると、その光が小さな一点に収束して300mはあったはずの巨体が存在感とともに掻き消えてしまった。
小さな光は次第に収まり、そこに人間大の影が残される。
現れたのは――小さな少年だった。
自分の身の丈より長いエメラルド色の髪を流した美少年……いや、分析すると男の子のはずなのだが、その容姿はあまりにも女性的すぎるのだ。
すると肩に顔を乗せていたミロが解決策を出してくる。
「じゃあ男の娘ってことで」
「じゃあって何だよじゃあって……まあそれでいいか」
ここで意固地になって否定すると「じゃあメス男子」とか呼び方が悪化する恐れがあったので、不本意ながらツバサは折れることにした。
若くて幼くても起源龍、人化の術くらい心得ているらしい。
人間体のまま飛翔する少年はこちらへやってくる。
一方、鎧の巨人も戦いが終わったので暑苦しくなったのか、ヘルメットタイプの兜に手を掛けると思いっきり脱いでいた。
露わになったのは――少女というより幼女の顔。
若いとは聞いていたが、まさか幼い女の子とは思わなかった。
てっきり男の子だと思い込んでいたのは、妙な先入観が働いたのだろう。
フワフワした金髪を揺らした、赤い瞳もまん丸のあどけない幼女だ。まだ年齢的に可愛いで済んでいるが、このまま素直に成長したならば美人になることを約束された顔立ちである。その期待値はとても大きい。
巨大な幼女は天真爛漫な笑顔でこちらへと全力疾走してくる。
タカヒコたちに手を振りながら何かを叫んでいた。
「お兄ちゃ~ん! アタシちゃんとやれたよ~! えらいでしょ~!」
「……お兄ちゃん?」
原初巨神の幼女には兄がいるのか? しかもこの近くに?
思わずツバサたちは辺りを見回してみたが、そこには南方大陸を隔てている結界の靄が波打つばかり。巨神の気配を感じることもできない。
不思議そうに首を傾げているとタカヒコが挙手した。
「あ、すいません……あれ、ウチの妹です」
「え……君の妹さんなの!? なら君も原初巨神なのか!?」
「兄妹でサイズ感えらい違くない!?」
ツバサとミロは猛烈にツッコんでしまった。
「アハハハ、話せば長くなるんですが……また今度ということで」
タカヒコの恐縮そうに愛想笑いで誤魔化していた。
20
お気に入りに追加
582
あなたにおすすめの小説
Sランク昇進を記念して追放された俺は、追放サイドの令嬢を助けたことがきっかけで、彼女が押しかけ女房のようになって困る!
仁徳
ファンタジー
シロウ・オルダーは、Sランク昇進をきっかけに赤いバラという冒険者チームから『スキル非所持の無能』とを侮蔑され、パーティーから追放される。
しかし彼は、異世界の知識を利用して新な魔法を生み出すスキル【魔学者】を使用できるが、彼はそのスキルを隠し、無能を演じていただけだった。
そうとは知らずに、彼を追放した赤いバラは、今までシロウのサポートのお陰で強くなっていたことを知らずに、ダンジョンに挑む。だが、初めての敗北を経験したり、その後借金を背負ったり地位と名声を失っていく。
一方自由になったシロウは、新な町での冒険者活動で活躍し、一目置かれる存在となりながら、追放したマリーを助けたことで惚れられてしまう。手料理を振る舞ったり、背中を流したり、それはまるで押しかけ女房だった!
これは、チート能力を手に入れてしまったことで、無能を演じたシロウがパーティーを追放され、その後ソロとして活躍して無双すると、他のパーティーから追放されたエルフや魔族といった様々な追放少女が集まり、いつの間にかハーレムパーティーを結成している物語!
美人四天王の妹とシテいるけど、僕は学校を卒業するまでモブに徹する、はずだった
ぐうのすけ
恋愛
【カクヨムでラブコメ週間2位】ありがとうございます!
僕【山田集】は高校3年生のモブとして何事もなく高校を卒業するはずだった。でも、義理の妹である【山田芽以】とシテいる現場をお母さんに目撃され、家族会議が開かれた。家族会議の結果隠蔽し、何事も無く高校を卒業する事が決まる。ある時学校の美人四天王の一角である【夏空日葵】に僕と芽以がベッドでシテいる所を目撃されたところからドタバタが始まる。僕の完璧なモブメッキは剥がれ、ヒマリに観察され、他の美人四天王にもメッキを剥され、何かを嗅ぎつけられていく。僕は、平穏無事に学校を卒業できるのだろうか?
『この物語は、法律・法令に反する行為を容認・推奨するものではありません』
スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活
昼寝部
ファンタジー
この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。
しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。
そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。
しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。
そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。
これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。
無限に進化を続けて最強に至る
お寿司食べたい
ファンタジー
突然、居眠り運転をしているトラックに轢かれて異世界に転生した春風 宝。そこで女神からもらった特典は「倒したモンスターの力を奪って無限に強くなる」だった。
※よくある転生ものです。良ければ読んでください。 不定期更新 初作 小説家になろうでも投稿してます。 文章力がないので悪しからず。優しくアドバイスしてください。
改稿したので、しばらくしたら消します
俺だけ毎日チュートリアルで報酬無双だけどもしかしたら世界の敵になったかもしれない
亮亮
ファンタジー
朝起きたら『チュートリアル 起床』という謎の画面が出現。怪訝に思いながらもチュートリアルをクリアしていき、報酬を貰う。そして近い未来、世界が一新する出来事が起こり、主人公・花房 萌(はなぶさ はじめ)の人生の歯車が狂いだす。
不意に開かれるダンジョンへのゲート。その奥には常人では決して踏破できない存在が待ち受け、萌の体は凶刃によって裂かれた。
そしてチュートリアルが発動し、復活。殺される。復活。殺される。気が狂いそうになる輪廻の果て、萌は光明を見出し、存在を継承する事になった。
帰還した後、急速に馴染んでいく新世界。新しい学園への編入。試験。新たなダンジョン。
そして邂逅する謎の組織。
萌の物語が始まる。
保健室の秘密...
とんすけ
大衆娯楽
僕のクラスには、保健室に登校している「吉田さん」という女の子がいた。
吉田さんは目が大きくてとても可愛らしく、いつも艶々な髪をなびかせていた。
吉田さんはクラスにあまりなじめておらず、朝のHRが終わると帰りの時間まで保健室で過ごしていた。
僕は吉田さんと話したことはなかったけれど、大人っぽさと綺麗な容姿を持つ吉田さんに密かに惹かれていた。
そんな吉田さんには、ある噂があった。
「授業中に保健室に行けば、性処理をしてくれる子がいる」
それが吉田さんだと、男子の間で噂になっていた。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる