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第21章 黒き世界樹そびえる三つ巴の大地
第524話:黒鉄の巨神と白幽の巨神
しおりを挟む『――お父さまーッ!』
金属をも蒸発させる大爆発を振り払い、鋼鉄の腕が現れる。
あらがみ総帥ショッカルン一世を父親と慕う武骨な巨大ロボは、駅長ジャーニィからの無人在来線爆撃を受けてもビクともしなかった。
戦隊ヒーローが乗り込みそうな英雄的フォルムの機体。
ただし、デザイン的には古典的な意味でクラシックに感じられた。
その頑丈な装甲には傷ひとつついておらず、横目にしたツバサたちも頑丈すぎて目を見張ったほどだ。空飛ぶ列車にミサイルの代理を務めさせたジャーニィの攻撃は、見た目のインパクトもあるが威力も凄まじいものだった。
あれは爆撃が多段ヒットするようなもの。
連続する爆発が相殺せず、標的にダメージを与えるよう工夫されていた。
直撃すればLV999でも無傷では済むまい。
それを受けてピンピンしている巨大ロボは只者ではなかった。
……そもそも本当にロボットなのだろうか? ショッカルンを父親と呼ぶ以上、彼もまたあらがみなのではないか?
ハトホル一家の長男みたいな機械仕掛けの神に近いものを感じる。
巨大ロボはもうひとつの爆発へ大急ぎで駆け寄る。
ショッカルンが何両もの無人在来線爆撃を受けた爆心地だ。
まだ爆炎が噴き上がっており、空中にあるというのに煮えたぎる溶岩めいた炎が蜷局を巻いている。灼熱の破壊力は巨大ロボが受けたものの比ではない。
あらがみの総帥でも無事ではないはずだ。
しかし、ツバサたちの感知能力は捕捉していた。
「そう騒ぐでない、ジーオンよ……ワシを誰だと思っとる?」
瞬く間に爆発が掻き消されていく。
内側から災害級の台風に勝るとも劣らない颶風が巻き起こり、粘つくように重たい爆炎を掻き消した。だが、炎を散らしたのは風ではない。
「刀、斧、盾、金棒……の影が見えましたね」
ちょこっとだけ、とミサキは女の子らしいしなやかな親指と人差し指で摘まむようなジェスチャーをした。確かに見えたのは一瞬だった。
「それと牙や爪のようなものもあったな」
鷹の目で注視するアハウの動体視力も捉えたようだ。
一瞬よりも短い刹那のこと。
爆炎を内側から食い破るように現れた攻撃的な影は、どれも途方もなく大きいばかりではなく、爆発のエネルギーを吸収したかのように感じられた。吹き飛ばしたと表現したものの、それによる波及が起きていないのが何よりの証拠だ。
恐らく、あれがショッカルンの有する能力の一端。
瞬時に顕現する巨大な武器――エネルギーを吸収する効果あり。
それだけではない余力すら匂わせていた。
爆発を振り切るように姿を現したショッカルンは、ジーオンと呼ばれた巨大ロボ同様にかすり傷ひとつ負っていない。平気の平左といった様子だった。
フン、と鼻を鳴らしたショッカルンは衣装のほこりを手で払う。
「あの総帥さん……鼻がないのに?」
「いや、おれたちが見えないだけであるのかも知れない」
そういう生物もいる、とアハウはミサキのツッコミに学者らしいアドバイスを入れていた。やはり人間臭い素振りが気になるらしい。
やることなすこと俗っぽいのが、どうしても目についてしまうのだ。
巨大ロボのジーオンは右手を広げた。
その大きな掌が定位置なのか、ショッカルンは再び降り立った。
『……ッ! お、お父さま、お召し物が……ッ!?』
「あん? ワシの服がどうした……ってぬおおおおおおおッ!?』
巨大ロボなのに人間みたいな瞳孔を開いたジーオンは、掌にのせたショッカルンの衣服に動揺していた。息子に指摘されたショッカルンも身嗜みを確認すると、ある異変に気付いて怒りを帯びた奇声を上げる。
大きな単眼も驚きのあまり大盛りの平皿みたいに見開かれていた。
首回りを飾る――蓮の花を思わせる襞襟の飾り。
襟のあちこちが焦げ付き、一部は炭化して崩れていた。
無人在来線爆撃を受けたショッカルンが無傷だとしても、身に付けた衣装はそこまで防御力がなかったようだ。この場合、耐火性だろうか?
しかし、ショッカルンやジーオンは大いにショックを受けていた。
「マァァイィク&スゥピィカァァァーッ!」
来い! と調子外れな怒声でショッカルンは呼びつける。
「「――お呼びですかパパッ!!」」
父親の命に応じて馳せ参じたのは、それぞれマイクとスピーカーをモデルにしたような怪人。二体のあらがみはショッカルンの足下に傅いた。
マイク怪人はマイクを差し出し、スピーカー怪人はセッティングを始める。
マイクを受け取ったショッカルンはキィーンとハウリング音を鳴り響かせ、小指を立てながらありったけの怒鳴り声を張り上げた。
増幅された怒声はスピーカーを通して大音量で轟き渡る。
『聞けぇい野郎どもぉおっ! 傾聴せよ我が息子たちぃ! 我らの愛する美々しきママが! みんな大好きの偉大なるママが! 今日ワシのために選んでくれた素敵な晴れ着がぁぁぁぁあッ! あの駅長野郎によって傷物にされたぁあッ!』
瞬間、すべてのあらがみがザワついた。
元より殺気立っていたが、そこに起爆剤をぶち込んだかのようだ。
『ママの愛を穢すもの――断じて許すまじ!』
ショッカルンの呼び掛けに、あらがみ軍団は拳を突き上げて『許すまじ!』と合いの手を入れる。熱量が込められた本気の雄叫びだった。
そこに父母への敬愛と忠誠が感じられる。
ショッカルンと未だ見ぬママが慕われているのが伝わってきた。
交わす会話の雰囲気から察するに、ショッカルンやあらがみが“ママ”と呼ぶ何者かはいわゆる黒き女王樹とはまったくの別物らしい。
ショッカルンの奥さん? と考えるのが妥当かも知れない。
総帥のマイクパフォーマンスは終わらない。小指を立てたままマイクに絶叫するショッカルンは、人差し指をジャーニィへと差し向けた。
殺せ――総帥は短く命じる
『あん駅長の首ば叩き落としてアルガトラムに送りつけてやらいでか!』
応ッ! と総帥の命に従うあらがみ軍団。
今の号令により強化が走ったのかも知れない。あらがみたちはショッカルンから力の増幅を促されたようで、暴力衝動までもが格段にアップしていた。
殺到するのは【駅舎】を背負う駅長ジャーニィ。
「うわぁおぅ、通勤ラッシュも真っ青の暴力ラッシュ」
ジャーニィは両手の五指を胸の前に広げて大袈裟に驚いていた。
相変わらず無人在来線爆撃の勢いは留まるところを知らず、銃火器で武装した弾丸特急も絶え間なく発車しているが、如何せんあらがみは数が多い。
列車攻撃を掻い潜ってジャーニィに迫る者がいないわけがない。
「「「往生せぇやぁッ! こんクソ駅長がぁぁーッ!!」」」
肉薄するあらがみたちは得物を振り上げ、無防備な駅長へ襲い掛かる。
「毎度毎度懲りないねぇ、あらがみ諸君」
しかし、ジャーニィは慌てず騒がない。
過大能力となった道具箱である【駅舎】とは別。普通の道具箱へ手を差し入れ、そこから物々しい二挺の銃火器を引きずり出してきた。
「ボクとは近距離戦も中距離戦も散々やったじゃなぁい」
左手に構えるのは大型ハンドガン。
ツバサも銃火器はそれほど詳しくないが、昔の映画などに登場した44マグナムのオートマチックタイプに似ている。
ただし、より大型で重厚な造りをしていた。
右手には一見するとバズーカ砲と見間違える大型の機銃。
大砲顔負けの太くて大きい砲身を持っているが、その砲口にはいくつもの小さな銃口を備えていた。こうなるとバズーカ砲ではなくバルカン砲だ。
躊躇なく引き金に指を掛けるジャーニィ。
予想通り、バズーカ砲モドキからはバルカン砲よろしく弾丸を撒き散らし、弾幕を作ることで迫ってくるあらがみ軍団を牽制していた。少しでも動きを止めたところへ、大型ハンドガンによる正確な一撃をお見舞いしていく。
迎撃されるあらがみたちだが、決してめげない諦めない。
「背中ガラ空きぃ! 後ろ取ったぁ!」
「足下もだぁ! 死ねえぇい!」
「頭上もらいッ! 人間体のヤツが全方位カバーできるわけねえ!」
ジャーニィが宙へ浮かんでいるのをいいことに、360度あらゆる方向から一気に攻め掛かっていく。数に任せた確実に殺すための最適解である。
だが、駅長は多勢に無勢でも怯まない。
「なに言ってんだぃ? あらがみだって人間じみたボディのくせにさぁ」
ジャーニィ自身は不動のまま、両腕だけが的確に動いていく。
まるで高速のロボットダンスのようにカクカクと動いた手に合わせて、二挺の銃は360度に銃口を向け、無駄打ちすることなく撃鉄が落とされる。
弾幕であらがみの足を止め、大口径の弾丸が狙い撃つ。
頭部、心臓、首、腹部、間接――。
当たれば致命傷か行動不能は免れない急所にしっかり命中していた。
不死身の怪人といえども人間のように五体を備えているためか、これの場所に弾丸を撃ち込まれれば只では済まないらしい。
気を失って落下する者やその場に足を止める者が続出した。
あらがみは誰一人として駅長の間合いに踏み込めずにいる。
「ケェェェッ! 相変わらずえげつねぇぞ駅長!」
「遠くにいりゃあ爆弾満載の列車で爆撃! 近付こうとすりゃあ弾幕の雨霰とメチャクチャ痛え狙撃でチクチク……ガチンコで戦えゃあテメエ!」
あらがみたちから罵声を浴びせられても何処吹く風。
「これがボクなりのガチンコなんだよぉ」
ごめんねー、とジャーニィは棒読みのままウィンクをした。
駅長ジャーニィの流儀は拳銃師に近い。
五神同盟ならジェイクやバリーの同類だが、彼の流儀はどちらかといえばメイド長クロコの戦闘スタイルに近い。弾幕を張って敵を翻弄するタイプだ。
『母ちゃん、ありゃあショットマシンガンぜよ』
通信越しに長男ダインが教えてくれた。
誰が母ちゃんだ、といつもの返事をしてから聞き返してみる。
『ショットマシンガン? 散弾銃で機関銃なのか?』
『そうじゃ。出た当初から珍しがられちょったが、今じゃ軍用だと割とメジャーな銃のひとつぜよ。正しくはオート・ショットガンいうんじゃ』
ショットガンは粒状の散弾を広範囲に撃ち出す銃だ。
そのため銃火器の中では制圧力に優れており、対人へのストッピングパワーにも秀でている。それをフルオート射撃ができるマシンガンにすれば、従来のショットガンどころではない力を発揮できるのは言うまでもない。
まともに浴びれば蜂の巣どころではない。
瞬時に何万発もの散弾を浴びることで跡形もなく削り殺されるだろう。
これは確かに軍用だ。民間で使うには威力がありすぎる。
『しかもありゃあ正規品やない。誰かが設計図から引いたか、別の機銃を魔改造したか……とにかく威力をバカ上げして殺傷力を跳ね上げちょる』
『対あらがみ仕様に改造しているのかもな』
そういえば以前、誰かが使っている場面を見たかもしれない。
44マグナム形式の大型ハンドガンもまた例外ではない。
あの威力は直撃すれば灰色熊でも挽肉になるだろう。
それらはダメージこそ与えているものの、あらがみたちは負傷を意に介することなく突っ掛かってくる。明らかに致命傷レベルの重傷を負わされても暴れ回っている様子は、ゾンビに匹敵する不死身ッぷりだ。
ツバサの覇気からも立ち直ったし、心身ともにとんでもなくタフネスである。
あらがみの総攻撃は駅長ジャーニィに集中していた。
――と思えばさにあらず。
ショッカルンは長い人差し指であちこちを指し示す。
『いきなり乱入してきおったサクヤ姫のガキどもも皆殺しだ! ついでに外から土足で踏み込んできて、あらがみたちをビビらしたデカパイ姉ちゃんとその仲間たちも殺してしまえ! その飛行船ごと叩き落としてしまぇい!』
「誰がホルスタインみたいなデカパイ姉ちゃんだ! このひとつめ親父!」
思わず轟雷を落としそうになるツバサ。
「ここは我慢ですツバサさん!」
「まだだ! まだ攻撃されていないから……辛抱するんだツバサ君!」
またしてもミサキとアハウに制される。
もはや開戦の火蓋を切るのは待ったなしの状態だが、それでもまだあらがみから直接手を出されていない。一度も攻撃されていないのだ。
互いに脅しただけ――実力行使には出ていない。
さっきから啀み合ってるだけだった。
感情に任せて轟雷のひとつも落とせば、こちらの先制攻撃となる。
もしも交渉や折衝に持ち込めて話が拗れた場合、こちら側が非を被る材料となりかねない。だからこそツバサたちは軽率な攻撃を自重しているたのだ。
覇○色の覇気めいた波動はあくまでも威嚇。
あれは攻撃としてカウントされないのでノーカンである。
「あらがみなら遠慮いらないと思うですけど……」
「そう思っても踏み止まり、万が一に備えるのが大人なんだよ」
もはや和平交渉は望めないあらがみにそこまで慎重になる必要はない、と本音を漏らすミサキにアハウは年長者らしく諭した。
一方、あらがみも二の足を踏んでいる雰囲気があった。
駅長ジャーニィや、サクヤ姫の教え子と呼ばれる少年トリオ。
彼らには手加減なしの猛攻撃を加えるのだが、ツバサたちはおろか飛行母艦にはまだ一度も攻撃していなかった。もしもパンチ一発でも打ち込んでいれば、艦を守る防御スクリーンに反応があるはずだ。
それがないということはつまり――。
『なぁに尻込みしとんじゃおまえらぁぁぁーーーッ!』
息子たちの働きぶりを後方腕組みで見守っていたお父さんこと、ショッカルンもこの事実に気付いたらしい。マイク片手に叱りつけていた。
『さっさとデカパイ姉ちゃんと飛行船も沈めんかい! どっちもパンパンに腫れ上がっとるんだから、プツンと刺してパァンと破裂させぇい!』
『お父さま、セクハラです』
お母さまが悲しみます、と巨大ロボは父親の暴言を諫めた。
これにあらがみたちは苦い愛想笑いで頭を掻いている。
「いやぁ、そうは言うけどパパ……見ず知らずの人は殴りにくいよ」
「こっちから因縁つけたけど、まだ大したことされてないしさぁ」
「よくわかんねー技で気絶もさせられたし……なんかおっかないよパパ」
『人見知りの激しい思春期かおまえらぁッ!?』
小指を立てて握るマイクにショッカルンは怒鳴りつけた。
思ったより幼稚な理由で手控えていたあらがみたちに、ショッカルンはブチ切れる寸前である。卵みたいな頭には幾重にも血管が浮かぶほどだ。
業を煮やしたショッカルンは振り返った。
「もういい! ジーオン! お兄ちゃんのおまえが手本を見せてやれ!」
『了解です、お父さま』
巨大ロボらしく両眼を輝かせて閃光を放ったジーオンは、全身を覆う装甲を変形させていく。その下から現れるのはいくつもの砲口や発射口。
『いかん! 戦る気か!?』
何が起きるかを察した長男ダインが対応する。
操舵輪を握ったまま片手で火器管制制御盤を素早く弾いた。
ダインも負けじとは飛行母艦の各部を変形させていく。大型レンズのようなレーザー砲の発射口を露わにし、ミサイルポッドを艦体から迫り上げさせた。
そして、ジーオンとダインは奇しくも同時に叫ぶ
『――標的、所属不明の飛行船。全門一斉掃射!』
『――やらせんぜよ! ぜんぶ迎え撃ったらぁッ!』
巨大ロボから発射される大口径の巨砲や大型ミサイル。百や二百では収まらない砲撃と爆撃の数々を、ダインはハトホルフリートの兵器で迎え撃った。
レーザー砲が大型ミサイルを射貫いて誘爆させる。
大口径の巨砲も飛行母艦のミサイルで撃ち落として撃墜する。
ダインの咄嗟の判断による迎撃は成功した。
それにより両陣営の視界を遮るような煙幕が発生したことで、ツバサは微かに眉を揺らした。こうなるべく誘導された気がしたからだ。
すぐに顔を上げると、いきなり辺りが夜のように暗くなった。
巨大な何かが日光を遮りながら近付いているのだ。
煙幕を突き破って現れたのは――巨大な山。
実物の山ではなく、影絵のように陰影だけで形作られた山である。しかもその山は日本人ならば知らない者はいないフォルムをしていた。
「――不二の山に押し潰されるがいい!」
影の富士山を投げ飛ばしてきたショッカルンはドヤ顔で言い切った。マイク越しの大音量とともに特徴的な火口が降ってくる。
武器ばかりではなく自然物も顕現させられるらしい。
「舐めるなよ、ひとつ目親父!」
ツバサは灼熱を帯びた舌舐めずりをすると大きく顎を開いて、開放された喉の奥から万物を焼き払う熱線を迸らせた。
――怪獣王の滅光。
あの大怪獣をリスペクトした破壊光線でツバサは対抗する。
熱線というにはあまりに野太い柱みたいなエネルギーの奔流は、影でできた富士山に命中するとあっさり貫通した。その貫通した箇所から四方八方に亀裂を走らせて山そのものを爆散させる。散らばった破片も余波で砕いておいた。
怪獣王の滅光は止まらない。
その直線上にはジーオンの手に乗るショッカルンがいた。
避ける余裕も与えないスピードで突き進むが、直前で少しブレるとショッカルンへの直撃はせずに頬を掠めて通り過ぎるように調整した。
ショッカルンの頬に焼けた切り傷が刻まれる。
「…………ほお!」
歯茎を剥き出しにした豪快な笑みで顔半分を埋める怪翁。
快心の一撃と思われる富士山投げを破られたばかりか、わざとらしく反撃を逸らしたこともツバサからの挑発とわかったはずだ。
にも関わらず、怒り狂うどころか楽しげにこちらを睨めつけてきた。
べろり、と怪翁は長い舌を伸ばして傷口を一舐めする。
それだけで傷は跡形もなく消えてしまった。
マイクを放り捨てたショッカルンは地声で話し掛けてくる。
「色々あって癇に障りまくりでブレブレだったとはいえ、ワシの不二山落としを打ち払うとは……思ったよりやるではないか、爆乳神族女」
「呼び方が少しだけマシになったな」
デカパイ姉ちゃんより改善されていた。あるいは五十歩百歩か?
少なくとも先ほどまでの狂奔の道化師みたいな喋りっぷりは形を潜めていた。冷静沈着というより、策謀を巡らす老獪さを滲ませている。
これは多少なりともツバサの実力を認めた証。
強敵でも遊び相手でも――どちら構わない。
どちらにせよ本腰を入れて取り掛かるために気構えを改めたのだ。
「ツバサ・ハトホルと言ったか……おまえは、怖そうだな」
敢えてツバサの名前を覚えるように復唱したショッカルンは、節くれ立った指で恐れるように指差しながらも微笑みを浮かべていた。
その好戦的な笑顔は見覚えがある。
「アルガトラムの小僧やサクヤ姫のババアにも手を焼かされるとるが、おまえは明らかに質が違う……奴らより上等な別物だ」
ショッカルンは卵形の顔を歪ませて呵々と大笑した。
「――殺り甲斐がある」
まさに破顔というべき痛快な笑みだった。
あれは好敵手を見つけた時、戦闘狂が堪えきれずに漏らす笑みそのもの。
ツバサも同類だからよくわかる。
自分で自分の表情はわかりにくいものだ。恐らくツバサもミサキやアハウの視点から見れば、似たり寄ったりの笑顔となっているに違いない。
この怪翁、老けて見えるがまだ現役らしい。
老いてなお盛ん、というやつだ。
(※老いてなお盛ん=老いてますます盛んなり、ともいう。文字通り、年老いても若いときより元気なことを意味する。本来は後漢王朝の建国に尽力した将軍・馬援が周りの者に「年を取れば取るほど意気があるようにならなければ」と言い聞かせた教訓なのだが、三国志演義が人気になると蜀に仕えてよく働いた老将・黄忠を讃える言葉としても知られるようになった)
おまけにツバサがLV999を越えていることまで勘付いていた。
いや、違う。勘付いたのではない。
――ショッカルンの強さも常識に囚われていなかった。
端的にいえば、ツバサと同じくLV999を超えた領域に達している。
類は友を呼ぶ。眼の寄るところに玉は集まる。
これらの諺にある通り、似た者同士の気配ゆえに気付けたのだ。
その力は蕃神由来によるものか? はたまた生まれ持った彼の潜在能力によるものかは定かではないが、並みのLV999では束になっても太刀打ちできない実力を秘めているのは、たった今交わした一瞬の攻防で知ることができた。
そんな両者の脳裏に浮かんだ思惑も一致する。
『目の前のコイツを黙らせておかないと後々面倒臭くなるな』
それは互いに強敵だと黙認したも同然だった。
ツバサを見据えたままショッカルンはゆっくり笑みを薄めていく。
「……ツバサは念入りに潰しておいた方が良さそうだ」
手にした錫杖で合図を送るまでもない。
「ツバサだけではない。その仲間たちも十分な脅威となるのであろ?」
既に明確な敵対行動を取ってしまったのだ。
あらがみたちも父親と慕う総帥ショッカルンや兄貴分に当たる巨大ロボジーオンが率先して攻撃したため、許可が下りた気分になったのだろう。
駅長ジャーニィに二割、少年トリオに二割。
それぞれに割かれた戦力から差し引いて――残り六割。
「「「パパやジーオン兄さんに続けぇー! やっちまえええええーーーッ!」」」
やおら怪人たちは威勢のいい鬨の声を上げた。
全兵力の半数を超えるあらがみの軍勢が、雪崩れ込むように飛行母艦へと攻め掛かってくる。その初撃はほとんど防御スクリーンで防ぐことができた。
彼らは個体差があるものの平均LVは700~900前後。
亜神族の標準LVを軽々と超えていた。
(※亜神族は大体LV200からLV600くらい)
この基礎能力だけで神族や魔族に勝るとも劣らない種族である。
そんな連中から絶えず攻撃を仕掛けられれば、いくら飛行母艦の防御スクリーンといえども過負荷に堪えきれず、いずれ打ち破られてしまうだろう。
「――反撃開始!」
すかさずツバサは艦内の仲間たちへ交戦の許可を出した。
「ただし、攻撃対象はあらがみと超特大触手のみ! アルガトラム王の使いであるジャーニィ氏とサクヤ姫の教え子と呼ばれる少年たちは除外!」
現状、敵対したのはあらがみのみ。
ジャーニィからは招待されている。サクヤ姫の教え子からはまだアクションこそないけれど、見たところ彼らもVRMMORPGによる転移者だ。
あらがみと戦っているが、飛行母艦を攻めてくる気配はない。
そのため攻撃対象から省いておいた。
黒き女王樹の伸びに伸びた根の一端である超特大触手は、あらがみたちが何かをしたのかそのほとんどが大人しくなっていた。だが、完全に収まったわけではなさそうなので、攻撃対象のひとつとして加えておいた。
……そういえば“母鎮めの日”と誰かが言っていたな?
字面から察するに、あらがみが母と崇める黒き女王樹の根が定期的に暴れる時期があり、それを鎮静化させることを差しているのではなかろうか?
だから彼らは触手を鎮めるのに手慣れているわけだ。
『――艦橋より追加注文ッス!』
通信網を介して艦内の乗組員にフミカが注意を促した。
『あらがみに攻撃するのは構わないッスけど、接近戦は我慢してください! 連中どんな能力を持っているのかわからないから分析中なので、なるべく遠距離攻撃に徹してくださいッス! いわゆる飛び道具で応戦よろしくッス!』
下手に間合いを詰めて、妙な能力を使われたら堪らない。
あらがみに関する情報が集まるまで、迂闊に近付いて戦わないようにフミカは釘を刺してくれた。ツバサの慎重さを見習ったかのようだ。
密かに感激したツバサは笑顔で「うんうん」と頷いてしまった。
「そんじゃあまあ……ヴァーッと行ってみようか!」
ヴァーッとな! と組長バンダユウが景気の良い声で先陣を切った。
飛行母艦の甲板で若手をまとめてくれていたバンダユウは、柏手を打ち鳴らすように手を叩くと、彼の左右に数え切れない大筒が現れる。
――幻覚を現実に変える過大能力。
これにより創られたのは花火を打ち上げる煙火筒だった。
当然、そこから発射されるのは六尺玉とは八尺玉と呼ばれる花火の玉。空に打ち上がれば大輪の花火を咲かせるものである。間近で爆発すれば人間など一溜まりもないが、あらがみに効くとは思えないのだが……。
無数の大筒から一斉に打ち上がる花火の大玉。
それは日中でも目に映えるほど美しい花火を空いっぱいに咲かせた。
「「「痛ッッッ……てえええぇぇぇぇぇッ!?」」」
そして、あらがみたちに大ダメージを与えている。
あのバンダユウさんがただの花火を打ち上げるわけないか、と調べてみれば花火の火花ひとつひとつが極限を超えて圧縮された火球になっていた。
高密度の溶岩、あるいは恒星になる直前の熱球。
そんなものを花火のようにばら撒かれたら大惨事も必死である。
「そら若い衆! おまえらもヴァーッとやれヴァーッと!」
甲板に居並ぶ若手たちにバンダユウは発破を掛ける。
基本いい子が多いので「はい!」と返事をする若者たちは、飛行母艦を攻撃してくるあらがみたちへの反撃を開始した。飛ぶ斬撃が幾重にも飛び交い、パンチの形をした衝撃波や長距離狙撃、能力で発した稲妻や気弾が発射される。
バンダユウの花火に続くべく、空中の爆撃の花が咲き乱れた。
『艦砲射撃なら負けてられんぜよ!』
長男ダインも飛行母艦の武装をフルオープンさせた。
先ほどのレーザー砲やミサイルはエネルギー充填や再装填を済ませて連発され、大型の機銃が絶えず火花を吹き、いくつもの砲塔が噴煙を上げる。
辺りは硝煙が漂う戦場へと早変わりした。
飛行母艦が浮かぶ――大陸を分かつ海峡の上空。
その空域では爆撃の花が満開となり、怒号と血飛沫が場を賑わせていた。
「南方大陸に着いてすぐ御覧の有り様とは……」
先が思いやられるな、とツバサは苦虫を噛み潰した顔で呻いた。
ツバサとミサキとアハウはまだ甲板には戻らず、巨大ロボジーオンの手に乗るショッカルンと対峙したままだ。飛行母艦の防御スクリーンの外である。
戻らない理由はふたつあった。
ひとつはこちらへ睨みを利かすショッカルン。
ツバサを強敵認定したからか、ちょっとでも動けばその隙を突いてまた特大攻撃をかまそうとする気配をプンプン漂わせていた。おかげでツバサたちは艦へ戻りたくても引くに引けない状態である。
反面、ショッカルンに気圧されたあらがみも近寄ってこない。
おかげで戦乱の鬱陶しさは遠ざけられていた。
そして、もうひとつの理由は彼らの出方を窺っているからだ。
「……動いた!」
戦況の全体図を具に観察していたミサキが小声で囁いた。
いきなり例の少年トリオが現れる。
大混戦となったこの状況を活かして、人混みに隠れて騒動へ紛れ込み、隠密のように移動しながらショッカルンへ接近していたのだ。
あらがみの総帥を取り囲んだ少年たちは、三方向から同時攻撃を敢行。
雷を帯びた鍬が、一対の大鎌が、泥土をまとう釘鈀が――。
それらが一時に振り下ろされるも、ショッカルンはない鼻で笑っていた。
「ふふん……猪口才だぞ小童どもがッ!」
光沢が円を描くような軌跡で錫杖を振るったかと思えば、少年たちの武器を受け止めることなく弾いていた。弾き返した威力も半端ではないのか、少年トリオは一人残らず吹き飛ばされている。
大人顔負けの体格を誇る豚顔の少年すらもだ。
錫杖を構え直したショッカルンは洒落臭そうに少年たちへ言い付ける。
「アルガトラムの小僧も今日は駅長しか寄越さんが……おまえらんとこも今日は使いっ走りの小僧だけか? サクヤ姫のババアはどうした!?」
この暴言に雷の少年が代表して返答する。
「教授はご高齢なんですよ! 最前線に立たせられるわけないでしょう!」
「おまえら餓鬼より若いババアってなんだ!?」
意味不明なツッコミでショッカルンは困惑していた。端から聞いているツバサたちも若いのか年寄りなのか判然としない。首を傾げるばかりだ。
「……まあ、いずれわかるさ」
ふとアハウの意味深長な呟きが耳に残った。
少年たちは空中を転がりながら体勢を立て直すと、再びショッカルンに立ち向かっていく。何度吹き飛ばされても食い下がっていた。
しつこくも粘り強く、心折れず諦めない。その振る舞いから根性を感じる。
「ショッカルンくらいオレたちで倒してこいと教授のお達しでね」
ミクマと呼ばれた長身の少年は気怠げに悪態をついた。
「お年寄りは無茶振りが当たり前だでなー」
豚顔の少年も教授をディスるようにのんびりぼやいた。
二人は敵わぬ相手と知りながらも、果敢にショッカルンへ挑むことを辞めようとしない。その戦闘中、何度かアイコンタクトを交わしていた。
目配せを受けたのは雷の少年。
覚られぬよう小さく頷いた彼は全身から放電を始める。
轟雷に勝るとも劣らない威力の電撃は、稲妻となって戦場のあちらこちらへと駆け抜けていくのだが、やがてそれは人型の雷へと形を整えていく。
「仙術――雷鳴身外身!」
稲妻から生まれたのは雷の少年を模した分身。
百体ほどまで増えた稲妻の化身たちは、対あらがみの戦力となって縦横無尽に暴れ始めた。そのうち何体かはミクマと呼ばれた少年や豚顔の少年のサポートをするべく、ショッカルンに雷の鍬を振るう。
稲妻の化身が大量投入されたことで、戦場に更なる混乱を巻き起こした。
この機に乗して雷の少年がこちらへとやってくる。
雷の速さで駆け寄る彼からは微塵の殺気も感じられないので、ツバサたちは警戒することなく近付くことを許していた。
「突然すいません! 唐突ながら失礼します!」
雷の少年はツバサの前まで来ると、鍬を脇に置いて跪いた。
地面こそない空中だが床へ額づくように深々と頭を垂れた後、やおら顔を上げてこちらとしっかり目を合わせてから挨拶をする。
「俺はサクヤ教授の門下生でタカヒコ・アジスキといいます。どうぞよろしくお願いします。それで、あの…皆さんは外の世界から来たんですよね? あの、通り抜けられない不思議な結界を超えて。それと……」
――あなたたちもVRMMORPGで飛ばされたんですよね?
確認を求めてくる少年にツバサは頷いた。
「ああ、そうだ。俺……いや、私はツバサ・ハトホルという」
大地母神と崇められそうな見た目なのに、自称が「俺」だと青少年への第一印象がよろしくないと考えたツバサは、なんとなく言い直した。
次いで簡単だがミサキとアハウも紹介する。
「……そしてお察しの通り、あの結界を越えて南方大陸まで来たんだ」
「良かった! 俺たち以外にもちゃんと人間がいたんですね!」
話を聞いたタカヒコと呼ばれる少年は、パッと華やぐ笑顔になった。これまでの不安を払拭するような安堵の笑みだ。
問い質すまでもなく、その理由を蕩々と語ってくれた。
「俺たちも教授と一緒にこの世界へ飛ばされてきてて……でも、この大陸から出ようにも不思議な結界のせいで延々と空間ループするばかりで出られなくて困っていて、GMの人に聞いてもわからないっていうし……もうこの世界には俺たちだけなんじゃないかなぁとか不安だったり心細かったりで……」
気丈そうに見えてもまだまだ子供だ。
話しているうちにこれまでのことを思い出して感極まったのか、痙攣するように震えたかと思えばボロボロと大粒の涙を零していた。
「よ、良かった、グスッ……他にもいたんだ人が……エッグ、グスン……」
泣きじゃくる嗚咽で話すこともままならないらしい。
ツバサは膝をついたタカヒコに合わせるためにしゃがみ込んだ。乳房の谷間からハンカチを取り出し、胸を貸すように少年の肩を抱き寄せる。
「男の子が人前で泣くものじゃない」
嬉しくても辛くても――ぜんぶ笑い飛ばしてやれ。
優しく諭すように言い聞かせながら、ツバサはタカヒコの涙を拭った。ついでだからオカン系男子らしく世話も焼いてやる。
「ほら、鼻までこんなに垂らして……チーンしなさいチーン」
「グスン、ヒック……チーン! す、すいません!」
「……オカンだ」
「……ああ、紛う事なきお母さんだな」
ミサキやアハウの囁き声にこめかみが音を立てて盛り上がりかけたが、初対面のタカヒコがいる手前、ブチ切れるのは控えておいた。
「すいません! お手数お掛けしました!」
顔を濡らすほどの涙と一緒に鼻水まで拭かれたタカヒコは、顔を赤らめると申し訳なさそうに頭を下げた。ここが地面ならめり込む深さだ。
どうも感受性の豊かな子らしい。
有り体に言えば涙もろいのだ。あと、かなり真面目くんと見た。
ハトホル一家の次男ヴァトを思い出す純朴さを醸していたものだから、サービスで超爆乳に抱き寄せたのだが、緊張のあまり硬直していた。これが健全な男の子なら鼻息が荒くなるはずだし、エロガキなら更に寄せてくるだろう。
反応までヴァトそっくりなのが微笑ましい。
思わず子供を愛でるみたいにボサボサ頭を撫でてしまった。
それにタカヒコは重要な情報をもたらしてくれた。
ひとつ、瀑布の結界の仕組みについて――。
南方大陸の外からだと天から深海まで届くような途方もない滝だが、結界の内側へ入ると一転して何もない。どこにも瀑布など見当たらなかった。
あるのは靄のようなものが蔓延る空間ばかり。
タカヒコやジャーニィ、それにショッカルンとあらがみたちの言動から読み取るに、南方大陸から脱出を試みようとしても出られない。あの靄のような空間に阻まれてしまい、いつの間にか南方大陸へと戻されるらしい。
外からは侵入不可能の瀑布――内からは惑わす亜空間の靄。
二重の属性を持つ結界によって南方大陸は封鎖されていたのだ。
そして、もうひとつはGMへの言及。
タカヒコは「GMの人に聞いた」と漏らしていたので、サクヤ姫の近くにはGMの誰かがいるのは間違いない。
五神同盟に所属するGMと顔見知りなら話が早いのだが……。
「あの! よろしければ教授に会ってください!」
再び顔を上げたタカヒコは満面の笑顔で願い出てきた。
お天道様から目を背けない、まっすぐな瞳が眩しくも初々しい。
「どうやってあの結界を超えたのかもお聞きしたいですし、この世界にあるという他の土地についても教えてもらえれば! どんな野菜や穀物が育つのかとか、家畜にできそうな動物とか……とにかく色んな話を聞きたいです! 俺もそうですけど、教授もきっと喜ぶと思います! だから是非!」
熱烈なラブコールみたいなお誘いである。
あと、知りたいことが農産系に偏っているのは何故だろう?
このお誘いはツバサたちにも願ったり叶ったりだ。
地元に拠点を構えて陣地を保有する勢力と手を結ぶことができれば、問題解決への道のりにも目星が付きやすい。それが同じVRMMORPGのプレイヤーで話のわかる人ならば、協力体制を敷くことも望めるだろう。
タカヒコの性格から、その師であるサクヤ姫の人柄も読める。
この少年の恩師ならば信じるに値しそうだ。
「ああ、こちらとしても君の先生に是非ともお目にかかりたい。この騒動が落ち着いた頃を見計らって招待してもらえるといいんだが……」
「はいッ! 不肖このタカヒコがご案内します!」
よろしくお願いします! とタカヒコは雷の速さで三度頭を下げてきた。
今度は五体投地に近い土下座だ。礼節の度が過ぎている。
「あ、でも……どっちを先にしましょうか?」
問い掛けるミサキはツバサやアハウの顔色を覗いてきた。
年頃の戦女神は左右の人差し指を立てると、悩ましげなヒップラインをゆるやかに左右へと振る。女の子らしい仕種が増えてきたものだ。
ミサキはどっちの意味を明らかにする。
「ジャーニィさんにも誘われたじゃないですか。アルガトラムさんのメガトリアームズ王国に招待させてくださいって……」
「「…………あ!」」
地母神と獣王神は顎が外れたみたいに唖然と口を開いた。
安請け合いをするものではないな、と反省させられる。しかし、こういう場合は事情を説明して招待された順に訪問するべきだろう。
「――ア゛ル゛さ゛ん゛!?」
しかし、タカヒコが思いも寄らない反応を示した。
引きつけでも起こしたみたいに震え上がり、目も口も限界以上に開いたまま固まってしまっていた。両眼は瞳孔が開きっぱなしで血走っている。
驚きもあるが「ヤバい!」と全身で表現していた。
固まったままのタカヒコだが、しばらくすると我を取り戻した。
「……ハッ! あー、えっと、アルさん……アルガトラムさんから先に誘われちゃったんですか? ど、どうしよう……教授は気にしないと思うんですけど、世間体というか体裁というか……ああ、大人の世界は難しいなぁ……」
さっきまでの誠実な溌剌さはどこへやら。
困惑しきりのタカヒコは蓬髪めいた頭をガリガリ掻いている。
「……仲違いでもしてるのか?」
敢えてサクヤ姫とアルガトラム王という名前を口にせず、二人の関係性について問い質してみる。するとタカヒコは両手で制して顔を左右に振った。
「いえ! 喧嘩してるとか相性最悪とかじゃありません! ただぁ……」
締まりなく語尾を濁したタカヒコは、気まずそうに答えるのを逡巡するとツバサたちから目を逸らしてしまった。
予想はしていたが――案の定である。
駅長ジャーニィはVRMMORPGの元プレイヤー。
過大能力を使えるのが何よりの証拠だ。
(※過大能力が備わるのは地球生まれの人間に限られる。より正確にいえば、地球で生きるための血肉を持った肉体で生きた者が覚醒する。なので猛将キョウコウや破壊神ロンドのように真なる世界生まれの神族や魔族だとしても、地球で人間の肉体を得て活動したならば過大能力に目覚める)
他にいるジャーニィの仲間も元人間に違いない。
メガトリアームズ王国の王を名乗るアルガトラムに一抹の不安を覚えるも、彼らもまた地球から転移してきたはずだ。それがサクヤ姫たちとは合流せず、三分割された大陸で別のグループとして活動している。
手を結べない理由があると踏んでいた。
その事情についてはタカヒコの動揺からも読み取れない。
困ったタカヒコはしどろもどろに弁解する。
「いえ、俺たち別にアルガトラムさんには悪い感情とかはないんですが、どうしても仲良くなれない理由ができてしまって……アルさんに落ち度はないんです! 成り行きで仕方なくって感じで……教授も俺たちも守るべきものができて、あっちとこっちでは立ち位置が違うというか……」
腕前こそ大人顔負けだが、説明は年相応に拙いようだ。
それでもアルガトラムを親しみを込めてアルさんと呼び、敬意を払っているところから憎しみめいたものは感じられない。
「あぁぁ……口下手な俺だと説明に小一時間くらい欲しいです!」
「詳しい話はいずれ聞こう。今は時間がない」
一言でまとめると? とツバサは助け船を出すように促した。
「はい! ポリシーの違いです!」
ズバリ、一言で言ってのけるタカヒコ。やればできる子だ。
ツバサは超爆乳を支えるように胸の下で腕を組むと、眉間に皺を寄せながら首を傾げてしまった。タカヒコの「デッカ……ッ!」という小声は聞き流す。
「ポリシー……つまり、方針の違いか」
これは下手を打たなくても拗くれそうな案件だ。
サクヤ姫の信念やアルガトラム王の理念が相容れず、そのため二大勢力となって南方大陸を分割統治するような真似をしている可能性もありそうだ。あらがみも交えて三つ巴となり、三国志よろしく争いを繰り広げているらしい。
いっそ三国志を見習って協力し、あらがみを倒してくれればいいのに……。
(※三国志を見習う=諸葛孔明が提案した天下三分の計とも呼ばれる隆中策は、天下を三等分に分割統一することで安定させてから、頃合いを見計らって曹操の治める魏を倒す計画だった。しかし、劉備の治める蜀と孫権の治める呉が様々な理由から関係が悪化したためご破算となった)
「ねえ、タカヒコくんだったかな?」
ツバサの脇からヒョコッとミサキが首を伸ばした。
「はい! なんでしょうか!?」
超爆乳のお母さんの次は年の近い爆乳のお姉さんに声を掛けられ、タカヒコはドギマギしながらも正座で座り直した。
「ポリシーの違いを三行くらいにまとめられない?」
「はい! やってみます!」
――サクヤ姫とアルガトラム王は現地の人を守っています。
――現地の人たちは三通りいて昔から殺し合うくらい仲が悪いです。
――おかげでサクヤ姫とアルガトラム王も仲良くできません。
「……大体こんな感じです! できました!」
本当にやれば出来る子だ。これからは最初にやってもらいたい。
ミサキが聞き出した情報からツバサとアハウは考察する。
「現地の人々の仲が悪い……種族間の諍いでもあるんでしょうか?」
「ふむ、我々人類も言えた義理ではないからな」
アハウも獣王に相応しい太い腕を組むと、遠吠えする狼のように空を仰ぎながら唸っていた。そこから思い付いた言葉を並べていく。
「部族、民族、宗教、宗旨、外見、容姿、風俗、民俗、風習、禁忌……それこそ肌の違いですら闘争の原因としてきたのが人間だ。真なる世界に生きる種族はこれに輪を掛けてバラエティ豊かだったはずだから……」
「争いの種も尽きないでしょうね」
むしろ今まで種族間抗争に巡り会わなかったのは幸運なくらいだ。
有名な例だと――エルフVSドワーフ。
森林を始めとした大自然との調和を重んじるエルフと、その森林を伐採して燃料としたり鉱山開発で自然を壊してしまうドワーフは、代々種族間で仲が悪いと相場が決まっている。理由の程度はフィクションによって差があれど、種族ぐるみで仲がいいという話は聞いたことがない。
エルフとドワーフは個人間での交流なら普通にあるが、種族や国家としてならば大抵は不仲と描写されることがほとんどだ。
これにオークやゴブリンにトロールやオーガといった種族が敵対勢力として絡んでくれば、亜人大戦争の様相を呈してくる。
しかし、真なる世界にはこうした種族間の問題がない。
あったのかも知れないが、現在では消えて久しいようだった。
消えた理由は――蕃神による侵略戦争。
長きに渡る蕃神との戦争により、種族間で険悪ムードを漂わせていた親より上の世代が死んでしまったため、残された子孫の世代にまで仲が悪い理由が伝わらずに済んだらしい。蕃神も襲ってくるので喧嘩している場合でもなかった。
肝心の種族自体も侵略戦争で追い詰められ、各々の文明どころか人口さえ維持できないほど衰退させられたのだから、血筋を残すことで精いっぱい。
結果、種族間での問題は自然消滅してしまった。
今後ツバサたちが頑張ることで五神同盟が発展し、順調に各種族の人口が増えていけば再燃するかも知れないが、それは別問題とするべきだろう。
「三通りの現地人がいるとして――」
ツバサは小指から中指までの三本を立てた。
「ひとつがあらがみだとすれば、彼らはVRMMORPGプレイヤーの神族や魔族の力を借りずとも自立できる強さを持っている」
残り二つの現地人は――あらがみに対抗する力がない。
だからサクヤ姫やアルガトラム王が手を貸す、あるいは協力するか庇護下に置いているのではないかと推測する。短いながらもタカヒコの説明からは、そんなニュアンスを嗅ぎ取ることができたからだ。
あと、あらがみ以外の現地人はそれぞれ複数の種族の集まりらしい。
タカヒコの「現地の人」というぼやかした表現がそれを匂わせている。もし単一の種族ならば、その種族名をはっきり言っているはずだ。
「詳しい話はこの場を乗り切ってからだな」
腕をほどいたアハウはのそりと前に出ると、魔獣の如く巨大化させた肉体を少しだけ縮ませてからしゃがんだ。それでも威圧感はたっぷりある。
正座のタカヒコは思わず仰け反るほどだ。
しかし、その眼差しは温和で投げ掛ける声も穏やかだった。
「サクヤ教授、いや……桜木咲弥教授か」
――今はサクヤ・コノハナサクヤと名乗られているのでは?
そうアハウが尋ねると、タカヒコは瞳をキラキラさせて嬉しそうに大口を開けて喜んだ。明らかに親近感のゲージが急上昇している。
「教授をご存知なのですか!?」
「ああ、知らぬ仲ではないな……“逆神のところの暴れん坊”と言えば思い出してくれるはずだ。教授もお元気そうで何よりだ」
「はい! 全然元気です! 今日も野良仕事に励んでました!」
姫なのに野良仕事? とますますサクヤ姫のキャラクター像について謎が深まるのだが、アハウは懐かしそうに口の端をゆるめていた。
「……そうか、異世界に来てもお変わりないようで安心したよ」
ツバサくん、とアハウはこちらに振り向いた。
「どうだろう、ここは二手に分かれようじゃないか」
アハウの提案はこうだ。
サクヤ姫の元へは旧知の仲であるアハウが代表として出向き、既に招待を受けているアルガトラム王の元へはツバサが代表として赴く。
どちらも一国の王、五神同盟の代表を務める資格はある。
これならばどちらの招待にも応じるのだから礼を失することもない。
アハウからのアイデアに異論はなかった。
「ではアハウさん、お願いしてもよろしいですか?」
「任せてくれ。おれもサクヤ教授と会うのは久し振りだからな」
楽しみでもあるけど少々怖い、とアハウは苦笑いを浮かべていた。再会を喜ぶだけの恩義もあるが、厳しく指導された記憶も蒸し返すのだろう。
「じゃあオレ、アハウさんのお供をしますよ」
手を上げて立候補してくれたのはミサキだった。
まだ全貌を把握できていない南方大陸でアハウを孤立させないためだ。名乗り出てくれたことに感謝するツバサは無言で頷いた。
その裏では通信網を使い、追加の同行者を選んでおく。
『レンちゃん、アンズちゃん、君たちにもお供を頼んでいいかな?』
アハウとミサキなら大概の難局は乗り切れるはずだが、予備戦力がいるのに越したことはない。それが美少女なら印象も悪くないし見栄えもいい。
ツバサからのお願いに二人は快く応じてくれた。
『わかりました、商売の窓口は女で固めるのが鉄則ですもんね』
『どこで覚えたの、そんな女衒の発想』
レンの返事に真顔でツッコんでしまった。
昔、ミロも似たようなこと言ってたような覚えがある。
『カズトラくんやヨイチくんより大人だからでしょ? がんばりまーす♪』
『うん、君たちの方が年長さんだから判断力もあるしね』
アンズは大役を任されて浮かれ気味だった。
正直、アハウの懐刀であるカズトラやヨイチにお供をさせようかとも考えたのだが、ヨイチはともかくカズトラに外交の仕事はまだ早い。もうちょっと大人になって落ち着いてからでないと危なっかしい。
仙道師エンオウ、輝公子イケヤ、武道家ランマル。
こいつらも戦力としては申し分ないが、寡黙だったりオーバーリアクションだったりナンパ野郎だったりと、話し合いに向かない面子だった。
頼んだところで「勘弁して!」と断られる未来が見える見える。
侍娘レンと蛮族娘アンズを選んだのは自然の流れだ。
そんなわけでこの大混戦に目処が付き次第、アハウたちは南方大陸の東にあるサクヤ姫たちの拠点を訪れる運びとなった。ツバサたちは飛行母艦ごと南方大陸の西にいるというアルガトラム王を訪ねるつもりだ。
「ありがとうございます! 教授もきっとお喜びなります!」
またも深々とお辞儀をしたタカヒコは、鍬を手にやおら立ち上がるとツバサたちに最後の礼をしてから踵を返し、再び戦場へ向かおうとした。
「もうちょっと踏ん張ればあらがみの人たちも帰ると思います。根っこの大暴れも落ち着きましたからね……俺、もう一仕事してきます!」
ではまた! と手を振ってタカヒコは飛び立とうとする。
飛行系技能に自前の過大能力だろうか、雷の力を付与して一足飛びで音速を超える初速度を叩き出そうとするタカヒコ。
「あ、ちょっと待ってくれタカヒコくん。最後にひとつだけ」
教えてほしいことがある、とツバサは興味から呼び止めた。
「はい! なんでしょうか?」
タカヒコも走り掛けていたのにビタリと止まり、音速で戻ってくると正座で座り直した。良くも悪くも礼儀正しい子だ。
ツバサは各地で踊り狂う超特大触手を指差した。
「あの触手……正しくは根なのかな? あれについても何か知っているのか? あらがみたちが関係しているみたいなんだが……」
「ああ、あれは彼らが言うところの女王樹の根なんです」
一週間に一度――女王樹は身悶える。
理由は誰にも定かではなく、あらがみたちも知り得ないという
「その時、ああやってこの大陸中に伸びた根が暴れ回るので、それを鎮めるのがあらがみたちの役目らしいんです。母鎮めの日とか呼んでいました」
あらがみの誰かが呟いていた一言。
タカヒコからも同じ名前を聞くことができた。
「なるほど、あらがみたちにしてみれば定期的なイベントなわけだ」
「はいそうです。暴れる根を鎮めるため大立ち回りをするついでに、俺たちがいる大陸やアルさんの国がある大陸に殴り込みを掛けてくるんですよ」
あらがみは他の種族の存在を認めない。
母鎮めの日にかこつけて、各地に侵略行為を繰り返しているそうだ。
ツバサたちはたまたま当日に南方大陸へ到着してしまったため、彼らに目をつけられて喧嘩を売られたという次第らしい。
「それでこの大乱闘か! ったく、傍迷惑な戦闘民族め……」
「オレたちもあんまり人のこと言えないのでは?」
舌打ちして毒突くジト眼なツバサの後ろから『アシュラ・ストリート出身のオレたちも同類じゃないですかね?』とミサキがとても懐疑的だった。
「でも、そろそろ女王樹の根も大人し…………ッ!?」
タカヒコの会話が中途半端なところで途切れた。
ズドォン! とすべての音を打ち消す轟音が鳴り響いたからだ。
広大な南方大陸を根幹から揺るがすような爆音は、大地はおろか空間をも突き上げた震動が原因。地震というにはあまりにも直下型で不自然だった。
とてつもなく強大な存在の介入を疑うほどに――。
次の瞬間、大陸の各所から超特大触手がわらわらと飛び出してきた。
雨後のタケノコか春先の土筆か。
それらを超える勢いで高層ビルディングもなぎ倒せるデカさの触手が生えてくるのだから、我が眼を疑ってしまうほどの異常な光景が広がっていた。
世界の終わりを思わせる絶望的な情景でもある。
黒き女王樹の一部だとされる――蠢動する巨大な触手状の根。
一度はあらがみたちの攻撃によって慰撫されるように鎮められたかと思いきや、謎の再活性化を遂げていた。
数も増えているが、攻撃性も格段に上がっている。
駅長ジャーニィやタカヒコの仲間も襲われており、あらがみと戦っているどころではなくなっていた。迫り来る触手から逃れるのに大わらわだ。
この渦中に巻き込まれたツバサたちも例外ではない。
海峡から水柱を噴き上げて出現する、何本もの超特大触手の群れ。
通信から裂帛の気合いが届けられる。
『フミィ! エネルギーありったけ防御に回せーッ!』
『アイアイサーッス、ダイちゃん!』
一番大きな獲物である飛行母艦にも絡みつこうとするのだが、幸いなことに防御スクリーンは突破できずにいた。触手が捲土重来の勢いで巻き返した瞬間、長男ダインと次女フミカが最大出力を防御へ回したに違いない。
「ぬぉ……鎮めたはずの女王樹がまた滾るだとぉ!?」
『お父さま! ここは危険です!』
ショッカルンを手に乗せた巨大ロボジーオンも空中を後退る。
彼らと距離を置いて対峙していたツバサたちも、念のため防御スクリーンまで引き下がった。その際、タカヒコも避難させようとしたのだが……。
「大丈夫です! ご心配なく!」
敬礼をした雷の少年は、稲妻の軌跡を描いて空を駆け抜けていく。
あの素早さならば超特大触手に捕まることもあるまい。
タカヒコが仲間たちと合流するまで見届けた。
ショッカルンとツバサたちが退いた途端、両者の間に溝でも作るかのように何本もの超特大触手が通り過ぎていった。
間一髪、と安堵する間もなくツバサは仲間たちに檄を飛ばす。
「なるべく防戦できれば応戦!」
正体のわからない敵との戦いは不毛が過ぎる。勝利しても得られるものも少なく、仲間に被害でも出れば泣くに泣けない。それが自分より年下の子供たちだったら、ツバサの内なる神々の乳母が首を括りかねなかった。
だから基本は防戦に徹し、避けられなければ全力で抗う。
それにあの触手へ反撃するならば、うってつけの戦力が甲板にいた。
「……連れてきといて正解だったな」
艦首まで戻ったツバサは振り返り、演技を混ぜて大声で呼び掛ける。
「センセーお願いします! てか給料分働け用心棒!」
「はいはいはーい、どぉーれ♪」
甲板にいたのは――抜き身の豪刀を片手に黒衣を翻す剣豪。
セイメイが愛刀の来業伝を振るえば、月をも両断する斬撃が十重二十重に飛んでいき、塔よりもも高く大きな触手の群れをあっさり薙ぎ払う。
ぶった斬ることに関しては右に出る者がいない専門家だ。
――もうコイツ一人でいいんじゃないかな?
そんな任せてもいいレベルの安心感があり、飛行母艦へ追い縋る女王樹の根をバッサバッサと斬り払ってくれていた。セイメイ本人も苦にしていないのか、鼻唄を奏でながら余裕綽々である。
「この間のドリルタケノコ掘りより楽だぜ」
先日、子供たちの遠足に付き合わされたことを言ってるのだろう。
ノラシンハが「珍味!」と勧めてくれたタケノコ(正式名スパイラルテツタケ)を子供たちが掘りに行った時、保護者として同行させたのだ。
なかなかハードなタケノコ掘りだったらしい。
だがしかし、それより化け物退治の方が楽と言い張るとは……。
「……おまえ、本当に人斬ってナンボの商売が向いてるのな」
ツバサが呆れ気味にいうと、セイメイは気にせずカラカラと笑った。
「今じゃ怪物でも悪魔でも神様でも斬るぞ」
仏に逢うては仏を斬り、親に逢うては親を斬る。神に逢うては神を斬り、魔に逢うて魔を斬る。鬼に逢うては鬼を斬り、人に逢うては人を斬る。
「剣客の辿り着く境地なんてそんなもんよ」
「それって……見境なく叩っ斬るただの通り魔じゃねえか」
ツッコミを入れても剣豪は微笑むだけだった。
だが、身近な人々との縁や愛、神への信仰や魔への恐怖も斬り捨てて道を進むという意味では、剣を握る者たちにとっての悟りなのかも知れない。
……さすがに考えすぎか?
飛行母艦は結界の際まで戻るように後退していく。
一方、手慣れているはずのあらがみたちも触手への対処に追われていた。
「くそ……駅長野郎やサクヤ姫の教え子は後回しだーッ!」
各方面に攻撃を仕掛けていたあらがみたちも慌てふためいていたが、各々の判断で一時的に退くと、最初のように触手の鎮静化へと動き始める。
「飛行船とデカパイ女を落とすのも後の楽しみだーッ!」
「女王樹さまを鎮めろーッ! このままだと南方大陸がなくなるぞ!?」
「根を抑え込めーッ! これ以上の拡大させるなーッ!」
注意喚起の雄叫びが連呼される中、いくつか気になる言葉を耳にする。
「巨神だ……こんな時は巨神がやってくるんだ」
誰かが弱気な声で呟くと、それが他のあらがみに伝播していく。
「ああ、白く幽き巨神どもか……」
「女王樹さまの根が荒れる時ゃあ、決まってアイツらが暴れる日だ……」
その巨神とやらにあらがみたちは脅えているようだった。
「あいつらおっかねえ……いつも突然現れやがるし」
「あんなデケぇ身の丈してるのに、現れる直前まで見つからねぇし……」
「でもよぉ、あいつらが出てもコースケさんが相手するだろ?」
また知らない名前が出てきたが、あらがみたちがさん付けで敬意を払う以上、ショッカルンやジーオンに並ぶ高位のあらがみらしい。
「そうじゃああぁーッ! コースケェェェーッ!」
息子たちがコースケの話題に触れたからか、ショッカルンは怒号とともにその名を叫んでいた。部下を叱責する上司のような気迫があった。
「あの探偵野郎! 老いた巨神たちの相手はおまえたちの仕事だろが! 職務怠慢だったら許さんぞ……今日の通信係は誰だ! こっちゃ来い!」
「はいパパ! お側におります!」
ショッカルンが通信係として呼んだのは電話の怪人だった。
もはや骨董屋に並んでいるレベル。昭和時代の漫画やアニメで辛うじて知ることができる、黒電話の頭をしたあらがみが総帥の前に跪いた。
ショッカルンは受話器を手に取ってダイヤルを回す。
卵みたいな頭には鼻もないけれど耳もない。
それでも普通に通話するときのように受話器を顔に当てたショッカルンは、イライラを隠さず貧乏ゆすりで相手が出るのを待っていた。
ガチャ、と着信が通じた音がする。
「はいもしもしこちら総帥! 何やっとんじゃあコースケェ!?」
『あ、もしもし? 社長ですか?』
「社長ちゃうわ! 総帥と呼べって言っとろーが!」
ごめーん社長、と受話器の向こうから悪びれない謝罪の声が聞こえてくる。ついでに言えば緊張感もない。のほほんとした青年の声だった。
ダラダラと愚痴めいた言い訳が続く。
『なんか知らんけど今日は老人会がやたらめったらハッスルしちゃっててさぁ、いつもなら2~3体なのに、今日に限って1ダースくらいで突っ込んで来やがるの。俺たちだけじゃ抑えきれないみたいなんよ……戻ってきてくんない?』
これを聞いたショッカルンの怒りが覚める。
落ち着きを取り戻し、兵力を采配する帥の眼に戻ったのだ。
「12体か……そりゃあ確かにおまえらの手には余るかもな」
『でがしょ? そんなわけでカムバック応援プリーズ!』
わかったわい、とショッカルンはそれでも業腹なのか忌々しげに吐き捨てると、腹いせとばかりに受話器を黒電話の怪人に叩き付けた。
「痛いですパパ!?」
「おっと、すまんすまん。おまえに八つ当たりしたんじゃないぞ」
謝るところはちゃんとお父さんだった。
この風向き――あらがみは撤退を余儀なくされるようだ。
鎮めたはずの女王樹が再び暴れ出したのは、何体かの巨神が現れたことが原因らしいのだが、あらがみたちの会話から読み取れるのはそこまでだった。
現地の状況を知りたい、とは誰しも思うところだ。
ツバサは通信でノラシンハに頼んでみる。
『なあ爺さん、さっきみたいに女王樹を生中継できるか?』
『見るだけならお安い御用やがな』
言うが早いかノラシンハは三世を見通す眼を発動させると、女王樹近辺のライブ映像を通信網に上げてくれた。仕事が早くて助かる。
――天と地を繋げる漆黒の世界樹。
再び映し出された禍々しい偉容に固唾を呑みながらも、ツバサはその根元で繰り広げられる光景に目を奪われることとなった。
誰かが言った白く幽き巨神というフレーズは言い得て妙である。
全長500mはあるであろう白亜の巨体。
ただし実体は備えてないのか、幽霊のように曖昧模糊とした身体だ。
手足や胴体には岩盤をそのまままとわせたような甲殻とも外殻ともいえないものを鎧のようにまとっているが、ところどころ内臓や筋肉が剥き出しになっており、顔も痩せ衰えるのの度が過ぎて、骨と皮を失った骸骨のようだ。
そのどれもが物理的に存在していない。
莫大な“気”を掻き集めて無理やり実体化しているようなのだが、ほとんど追いついておらず、燃え尽きた灰のような“気”を垂れ流していた。
流れる白い“気”がヴェールのように全身を包んでいる。
これが巨神たちの白さと幽しさを強調していた。
白く幽き巨神たちは咆哮を上げる。
その声さえも弱々しく消え入りそうなものだが、鼓膜よりずっと奥まで届くような重々しい音階となって南方大陸を打ち振るわせた。
獲物を求めるゾンビのように無意識に突き出される両手。
伸ばす手の先にあるのは、あらがみたちが崇める黒き女王樹だった。
やはり巨神たちの出現と接近が、一度は鎮まりかけていた女王樹を刺激してしまったらしい。そして、巨神の正体にツバサは心当たりがあった。
『爺さん、もしかして……彼らが原初巨神なのか?』
原初巨神――起源龍と双璧を成す創世の神々の一派だ。
他に考えにくいが念のため確認してみた。
ノラシンハはわずかに逡巡した後、言葉を選びながら答える。
『んん~……確かに図体のデカさはあの連中を思わせるんやが、なんやこれ? なんでこんな儚く脆くなっとんのや? 地球でいうところの幽霊やろこれ』
『ああ、集めた“気”で必死に肉体を保とうとしているな』
幽霊や幽鬼と表現するのがしっくり来る。
『あんなん……原初巨神やあらへんがな』
ノラシンハは強めに否定した。
『俺は起源龍派やさかい、原初巨神は気に食わんけど……あいつらのタフネスさ認めとるし、死ぬなら死んだで終わらす潔さもよう知っとる。こんなん未練タラタラで化けて出る連中やない……腐ってもこん世界を創った神々やからな』
どこか悔しげに聖賢師はフォローを付け足してくれた。
そのうえで認めざる得ないこともある。
『しかし……あらぁどう見ても原初巨神の幽霊にしか見えへんしなぁ』
『死ぬに死ねない未練でもあるんだろうか……ッ!?』
突然、白い巨神の一体が消し飛んだ。
上半身が丸ごと吹き飛ばされるようなパンチが飛んできて、全身が吹き飛ぶ前に“気”を掻き集めた肉体が雲散霧消してしまった。
白い巨神を消し飛ばしたのは――黒い巨神の黒鉄でできた拳。
文字通りの鉄拳がお見舞いされたわけだ。
全長は白い巨神より一回りは大きく、600mを越えている。
全身が黒鉄の装甲で鎧われており、巨神が黒の全身鎧を身にまとっているようにも見えるし、人型をしたダークカラーの巨大ロボに見えなくもない。
双角の兜を被った鉄巨人のような外見だ。
鎧も全身鎧というよりパワードスーツめいており、邪魔をするパーツが少ないため機動力に優れていそうだ。鉄拳を振るっていたのもあるが、徒手空拳を主とした戦い方をするのか、腕部や脚部の装甲が一際分厚そうである。
――排気口のように鉄格子で隠された口元。
そこから熱い蒸気を吹き出した黒い巨神は、突き出した拳を構え直した。
そして、次に倒すべき白い巨神へ殴りかかっていく。
「このシーン……見覚えがある」
誰に聞かせるでもなくツバサは独りごちた。
超巨大蕃神“祭司長”――またの名を偉大なるクトゥルフ。
ツバサの夢の中に侵入してきた祭司長は「南方大陸へ近付くな」というメッセージとともに、現地で何が起きているかを幻視させてきた。
――南方大陸の奥地に聳え立つ黒い世界樹。
その黒い世界樹に群がるは幽鬼の如き白い巨神の群れ、
白い巨神から黒い世界樹を守るため孤軍奮闘する黒き鋼の巨神。
祭司長に見せられたままの幻視がそこにはあった。
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