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第21章 黒き世界樹そびえる三つ巴の大地
第523話:我らの母は黒き女王樹
しおりを挟む艦橋からの対応では埒が明かない。
大型スクリーンを投影してこちらの顔を映したり、外部スピーカーで話し掛けるのもアリだが、初対面の挨拶でそれは味気がないし無礼だろう。
噂に聞いた“あらがみ”を統率すると思しき総帥。
是非とも対面でご挨拶したいものだ。
そう考えたツバサは単身艦橋を後にすると、直通エレベーターで甲板へ出ることにした。ミロも付いてこようとしたが居残りを命じておく。
「おまえは艦橋にいろ。出張るのは俺だけでいい」
「えー? なんでー? アタシら一心同体、二体で一体の神様じゃん。半身の片割れなミロちゃんを置いていくっていうのー?」
「挨拶だけで本腰入れて戦いたくないからだよ……こら」
お尻に噛みつくんじゃない、とツバサの巨尻を大型ボンレスハムに見立てて齧りつくように甘噛みしてでも離れないミロの頭を鷲掴みにした。パンツの尻にミロの歯形をつけられたツバサは、アホの子をぞんざいに放り投げる。
投げた先で受け止めたのはダインだ。
長男も心得たもので、艦橋にいてミロを押さえ込める膂力があるのは自分しかいないと察してくれたようだった。
機械化した豪腕でミロの頭をがっちりキャッチする。
「うにゃーッ!? 仔猫みたいにポンポン投げ回すにゃーッ!?」
「カワイイ仔猫を投げ回すわけないだろ」
むしろガラス製の壊れ物よりも繊細な手付きで扱うはずだ。
「叩いても目減りしないアホの子だとわかってるから、母親も長兄も手荒に扱えるんじゃないか。余所の子ならここまでするわけがない」
「……むぅ、愛されているゆえ信頼か」
ミロちゃん納得! と解釈をして満足げだった。
ダインのサイバネティックアームに頭を鷲掴みにされたまま、空中で腕を組むとあぐらを掻いていた。なかなか器用な芸当である。
「大人しくしとうせぇよミロちゃん」
母ちゃんは戦争しない気じゃ、と長男らしく説き伏せた。
「相手を煽って攻撃させて専守防衛を方便にドンパチを始める……ってんなら天性の煽りを持っとるミロちゃんを連れてくべきじゃが、母ちゃんはまだなるべく穏便に済ましたいんぜよ……話し合いなら面子は選ばんとな」
「まだってのが重要なポイントだな。わかってるじゃないか」
ダインはツバサの思惑を正しく読んでいた。
ハトホル太母国においての責任感が増してきたおかげか、駆け引きの局面でもちゃんと先読みしてくれていた。お母さん、嬉しくて心の中で感涙する。
ただし、母ちゃん呼ばわりは減点なので後ほどお説教だ。
そう――喧嘩を売るのとはわけが違う。
とある名言「じゃあ敵だね」をリスペクトしておもいっきりドヤ顔で言い放ってみたものの、慎重派として穏やかな努力をしてみることにした。
騒ぎ出す戦闘民族の血は宥めておこう。
既にあらがみサイドのトップらしき人物から宣戦布告されているのだが、それでも一縷の望みを託して交渉を試みるつもりだ。
まずはツバサとアハウとミサキの三人。
この五神同盟の代表トリオで対話を持ち掛けてみたいと思う。
「右も左もよくわからない異邦の地、喧嘩を吹っ掛けてきた相手についても不明瞭極まりない……本気で戦争するには情報が足らなすぎる」
できれば、この場は戦わずに切り抜けたい。
ある程度まで相手方の情報を得てから挑みたいところだ。
こうしている間にも聖賢師ノラシンハや情報屋ショウイが、着々と情報収集を進めてくれていた。遠からず南方大陸やあらがみについて明らかになるだろう。
「一応、敬意を見せる形でツバサとアハウさんとミサキくん……代表たちのみで話し合いを提案する。必要以上に連れて行きたくないんだよ」
わかってくれ、とツバサはミロに言い聞かせた。
それでもミロは不服そうだった。
「ぶぅ~! アタシだってハトホル太母国の代表じゃん!」
「だとしても未熟だ。ちょっとは成長したかもだが……まだまだだな」
交渉の場でどんなボロを出すか知れたものではない。
ただでさえ軽口叩きの減らず口、おまけに毒舌の気もあるアホの子。相手の気心が多少なりとも知れてない限り、おいそれと連れて行けなかった。
振り向いたツバサは優しい慈母の笑みで言い付ける。
「大人しくお留守番してなさい。いいな?」
「……うん、わかった」
静かに諭したのが功を奏したか、ミロはようやく言うことを聞いてくれた。いつもの直観&直感の固有技能も働いたのかも知れない。
――この交渉に参加しない方がいい。
それを無意識のままに理解してくれたのだろう。
交渉決裂から不測の事態が起きて、ツバサやアハウの力では対処しきれない事象が発生した場合、現場にいるミサキの過大能力の力を借りる。
ミサキ第三の過大能力――【次元の創造主たる者】。
この過大能力は次元を根底から創り変えられる。
そして同じ性質を持つ過大能力をミロも使えるのだ。
ミロの過大能力――【真なる世界に覇を唱える大君】。
こちらもまた次元に干渉できる過大能力。
ミサキの場合、自らの魂の経験値を消費することで次元を意のままに改竄することができる。ミロの場合、次元に力ある言霊で命令を下すことで思いのままに改変できる。過程に違いはあれど、どちらも同じ結果を得られる。
二人の過大能力は五神同盟の切り札。
交渉にミサキを連れて行くと決めた以上、もう一人の切り札であるミロは安置に伏せておくのは当然の戦略だった。
ミロはトラブルが連続した場合の安全装置。
ミサキでカバーしきれない時、ミロにフォローしてもらうのだ。
ようやく納得したミロは握り拳で言い張る。
「ツバサさんのお尻……違った、勇姿を艦橋から見守っているからね!」
「さっきからやたら尻推しだな?」
甘噛みされてジンジンする尻をツバサは庇うように撫でた。
ツバサは後ろ手に手を振ると艦橋を後にする。
直通エレベーターで一気に甲板へ出ると、無言のまま主立ったメンバーに目配せして後方支援を頼んでおく。
予め通信で連絡しておいたミサキとアハウは後に続いていくれた。
「……意外でした、てっきり一戦交えるのかと」
ミサキはやや拍子抜けしたようだ。
あらがみたちによる完全包囲、そして彼らの総帥であるひとつ目の怪翁ショッカルンからの宣戦布告。おまけにツバサは「じゃあ敵だね」とおもいっきり残虐なドヤ顔まで決めたのだ。ここまで来て戦わない選択肢はない。
「喧嘩するのも吝かじゃないさ。でもね」
ツバサは立てた親指であらがみたちを差した。
「包囲は完了、攻撃態勢も万全、ボスの敵対宣言も済んでる」
なのに――攻めてくる気配がない。
「一発でも撃ち込んでくれば、やられたらやり返す理論で倍返ししてやるところだが一向にその兆がない……あれは脅迫だな」
「五神同盟のトップが顔を出すのを待っている、そんなところかな?」
そんなところです、とツバサはアハウに相槌を打った。
「えぇ……ここから話し合いできますかね?」
空気最悪ですよ? と言いたげなミサキはジト眼で呆れていた。ツバサも「俺もそう思う」と乾いた笑みで同意見だと答えた。
「多分、あらがみに話し合いの余地はない。ビビらせてトップを引っ張り出して、こちらの弁明やら釈明やら……要するに泣き言でも聞きたいんだろ。そのすべてを却下してから一斉攻撃で潰すつもりなんじゃないかな?」
ツバサは以上のような見当を付けていた。
先日――エンテイ帝国の猛将キョウコウとの会話を思い返す。
鎧親父はこんなことを教えてくれた。
『あらがみと名乗る種族はこちらの言葉に耳を傾ける気はない……と思っていいだろう。当時の話を聞く限り、奴らは他の種族の生存はおろか存在すら一切認めようとせず……自分たち以外のすべてを滅ぼす言動をしたとか……』
『闘魚みたいな生態なんですね』
縄張り意識が異常に強い魚を思い出させる生態だ。
(※闘魚=正しくはベタと呼ばれる熱帯魚。闘魚は和名。大きく広がる鰭や尾が美しいため観賞魚として有名。元よりオスが縄張りを持つ種で好戦的なのだが、より美しい体色を求めて品種改良した結果、狂暴性が増してしまったとか……このためオスの多頭飼いは厳禁、お互い死ぬまで縄張り争いをするから)
和解したキョウコウとは色々と語り合った。
キョウコウの幼馴染みにしてツバサの師匠、インチキ仙人こと斗来坊撲伝が結んだ縁があるため、自然と彼に関する話題になることが多かった。
あらがみに関する推測もそこに含まれる。
「あらがみは神族や魔族を殊更意識した発言をしていたそうです」
神に非ず魔に非ず――我らはあらがみ。
真なる世界の実質的支配階級といえる神族や魔族を否定し、それを絶滅させるのが目的かのように牙を剥いてくる好戦的な気質。
そこから怪翁ショッカルンの目的が垣間見える。
「あの爺さん、身内の前で神族や魔族をトコトン虚仮にしたうえで、自分たちあらがみという種族がどれだけ優れているかをアピールしたいんですよ」
――息子であるあらがみ軍団にね。
断定するようなツバサの物言いにミサキは唖然とする。
「それって……仲間の前でマウント取りたい不良のボスじゃないすか」
「大体そんな感じだ。大差ないよ」
男子高校生らしい捉え方にツバサは言い得て妙だと感心するも、どうしても苦笑になってしまった。するとアハウもぼやくように呟く。
「神族も魔族も多くの種族も、そしてあらがみさえも……話を聞いていると人間と似たり寄ったりの精神構造をしている。ならば、思考回路や行動原理に類似点があってもおかしくはない……まあ、俗っぽいのは否めないが」
「俗というより族ですよ」
暴走族っすよ、と舎弟口調のミサキは自己流でまとめた。
「しかし、やられっぱなしなのは性に合わないな」
元来ツバサは江戸っ子なのだ。
火事と喧嘩は江戸の華なんて謳い文句もある通り、売られた喧嘩は金を払ってでも買う性質である。たとえそれが脅しを兼ねた威嚇だとしてもだ。
「……ちょっと吠え面かかせてやるか」
ツバサは「ギタリ」なんて擬音語が似合う猛々しい笑みを浮かべた。思わず牙を舌舐めずりする様は、もう少しで殺戮の女神になりそうだった。
「「う~ん、悪い顔してはる」」
ミサキとアハウが声を揃えてドン引きしていた。
「吠え面ついでに、こちらの“力”も思い知らせてやる。戦り合えばタダでは済まないと打算が働けば、話し合いにも乗ってくれるんじゃないかな」
ツバサがアバウトな展望を明かすと、ミサキとアハウは目を合わせる。
「それがダメなら本格的に事を構える……ってことですか?」
「あらがみが妥協してくれるのを願うばかりだな」
軽い会話を挟みながらもツバサたちは甲板を進み、女神像を飾る艦首近くまでやってきた。そこからは飛行系技能で宙へと浮かんでいく。
飛行母艦の行く手を遮る武骨な巨大ロボ。
その右手に乗るショッカルンと目線が合うまで上昇する。
ツバサが代表として先頭に立つ。右手後ろにはミサキが助手のように控え、左手後ろには魔獣の王の如き仰々しさでアハウが付いてくれた。
三人の姿を認めたショッカルンは、ひとつ目を弓形に曲げていく。
「出てきたか……おまえらがこの船で一等偉いようだの」
相手の実力を感知することができるらしい。
LV999に達した力の持ち主はまだ艦内にいるが、あらがみ総帥を名乗る自分の前に姿を現したツバサたちをリーダー格と見定めたのだろう。
挨拶を交わす前にツバサは一手打つ。
前述した通り、ショッカルンに吠え面をかかせてやるためだ。
刹那――辺り一帯にある種の波動が走る。
全方位へ球体が膨らむように広がっていく力の波動。
不可視のそれは瞬きする間に周囲を取り囲むあらがみたちをも通り過ぎ、やがて雲散霧消するように消えていった。
誰もがそよ風が吹いたとも感じないだろう。
卓越な戦闘センスを持つ者は軽い立ちくらみを感じたかも知れないが、そこまで気にせず違和感としてやり過ごすだろう。間近にいたミサキやアハウは悪寒でも走ったのか、爪先から頭のてっぺんまで震えを駆け上らせていた。
「なんか……走り抜けましたよね?」
「ああ……これがツバサ君の言っていた吠え面案件か?」
知覚できるだけ上等である。
この力を正確に理解したのは――たった二人。
「へえ、面白いなツバサ君……貫禄勝ちを技にでもしたのか?」
バンダユウは愉快そうに極太煙管を燻らしていた。
「覇○色の覇気! 覇王色の○気じゃん! やっべ、おれも真似しよ!」
ワン○ース大好き剣豪のセイメイも瓢箪片手にはしゃいでいた。
鳥肌の浮かんだ二の腕をさするミサキがぼやく。
「オカンだけに悪寒……なんちて」
「ミサキ君、マイナス10点」
まさかミサキ君にオカンネタを擦られる日が来るとは……。
お笑い芸人ジンの幼馴染みだから、その影響は避けられないのだろう。朱に交われば何とやら、知らず知らずお笑いの感性を刺激されているようだ。
それはそうと――波動の効果が現れる。
手に手に得物を構えて飛行母艦を包囲していたあらがみ軍団。
その怪人たちが一人、また一人と落ちていく。
誰もが白目を剥いて泡を吹き、意識を失っているのは一目瞭然だった。鈍器で後頭部を殴打されたかのように昏倒しているのだ。
「なっ……どうしたおまえたち!? お、おいおい……息子たちよぉ!?」
何が起きた!? と当惑するショッカルン。
息子と呼ばわる怪人軍団が次々と脱落すれば狼狽えるのも仕方あるまい。
雲霞の如く群れていたあらがみたちは、それこそ蚊取り線香の煙を浴びた蚊とんぼよろしく次から次へと地面に向かって落ちていった。
残ったのはショッカルンと巨大ロボ。
そして、波動に耐えたであろう一部のあらがみたち。
「三割は残ったか……思ったよりやるな」
ツバサの目論見では、ショッカルン以外のあらがみをすべて今の一撃で卒倒させるつもりだったが、思ったより屈強なあらがみがいるようだ。
なかなかどうして――油断ならない。
真なる世界の支配者として君臨する、と豪語するだけはあった。
ショッカルンは単眼を釣り上げてツバサを睨む。
「貴様ぁ……そこの乳のデカい神族の女ぁ! ワシのカワイイ息子たちに何をしよったぁ!? 色仕掛けか!? デカパイパイで色仕掛けなんか、あぁん!?」
『お父さま落ち着いて。どう見ても色仕掛けじゃない』
あの人おっぱい大きいけど違う、と武骨な巨大ロボが耳打ちした。スケールに差があれどアレもあらがみだと思っていたが会話できるらしい。
そして――ツバサの額に青筋が浮かぶ。
「誰がデカ乳デカ尻でホルスタインみたいな乳牛女神だコラぁ!?」
「ツバサさんタンマ! そこまで言ってないし挨拶もまだです!」
「ツバサくんステイ! 気持ちはわかるが決め台詞はいかん!」
こちらもいつも通りのノリで女性扱いされたことにブチ切れ、怒鳴り返しながらショッカルンに殴りかかろうとしてしまった。
あちらもこちらも仲間に制されて、取り敢えず場を仕切り直す。
イラつくショッカルンは錫杖を激しく打ち鳴らした。
「そこな神族の女ぁ……貴様、一体何をしたッ!?」
「失礼、やられたら倍でやり返すのが主義なものでね」
脅された分――きっちり脅し返したまでさ。
「目には目を、歯には歯を……ハムラビ法典といって通じるかどうかは知らないが、最も原始的なルールだ。あなたたちもそうするんじゃないか?」
「ぐむむむっ……当ったり前ではないか!」
認めたからには否定できまい。
最初に艦を取り囲んで「おまえら血祭りにしてやる!」とご機嫌で脅迫してきたのだから、こちらも圧倒的な気迫でビビらせただけのこと。
やってることは五十歩百歩だ。
こっそりツバサの脇に近付いたミサキが興味津々で尋ねてくる。
「まさか……ガチで○王色の覇気なんですか!?」
みんなそのネタ大好きだなぁ、とツバサは子供が好きなマンガに理解を示す母親のように口元を緩めた。「後で教えてあげるよ」と囁くのも忘れない。
覇気というより――これは殺気に近い。
あの波動は、ツバサが技術の粋を凝らした特殊なもの。
敵意のない者や悪意のない者には反応しない。どれだけ浴びたところで電磁波よりも害のないものだ。浴びせかけられたことすら気付くまい。
だが、ツバサに殺意を向けた者は別だ。
敵意を剥き出しにした対象に、この波動は効果覿面である。
力の波動、その正体はツバサの気迫を極限を超えて研ぎ澄ませたもの。
それを浴びた対象は自らの発した殺気と否応なしに反応してしまい、生存本能のもっとも奥深いところでツバサの真髄を味わうこととなる。
全力のツバサと戦うシミュレーションを強制されるようなものだ。
刹那にも満たない短時間で、ツバサと何時間も死闘を繰り広げたかのような錯覚に追い込まれる。錯覚中とはいえ負けたり死んだり耐えられなければ、精神的に屈服せざるを得ない。
もし耐え凌いだとしても相応の疲労感を与える。
そして、精神が敗北を認めれば肉体もそれに引き摺られていく。
それが気絶や昏倒となって現れていた。
殺気を発していない達人から殺気を感じて、殺られる前に殺ってしまおうと襲いかかる描写をフィクションなどで見たことがあるかも知れない。
あれは達人に恐れを為したわけではない。
自らの発した殺気の強さを、自分で受け取ったに過ぎないのだ。
月が自ら光を発するのではなく、太陽の光を浴びて反射させているように、達人の磨かれた気配に自らの殺気が照り返されたような現象である。
ツバサが行った原理は――このやり取りに近い。
気を失った者はツバサに圧倒されたのは間違いないが、その実態は自らの発した殺気から「絶対的強者のツバサ」という幻影を創り出してしまい、独り相撲みたいな真似をして勝手に心身を壊しただけのこと。
要するに自滅を促されたわけだ。
まあ、そうなるように仕向ける技なのだが……。
結果だけ見れば覇気を発して群がる雑魚どもをバタバタと卒倒させたのだから、漫画やアニメにあるような技に例えられても反論はできない。
丹誠込めて編み出した技なので心中複雑だった。
「さて、互いに示威行為を済ませたところで……自己紹介しておこうか」
ツバサは超爆乳に手を添え、次に左右へ手を振った。
「私はツバサ・ハトホル。ここより北にある中央大陸に居を構えるハトホル太母国の王だ。そして、こちらに控えてくれている二人も各国の王」
「イシュタル女王国代表、ミサキ・イシュタル……です」
「ククルカン森王国代表、アハウ・ククルカンだ。お見知りおきを」
ツバサとともにミサキやアハウも会釈する。
若干だがショッカルンは気圧されていた。
それも無理もないこと。彼もまたツバサが放った波動を浴びている。気絶しないのは大したものだが、こちらの力量のほどは思い知ったはずだ。
迂闊に動くべきではない、と二の足を踏んでいる。
「中央大陸だと……外の世界の神族の王が三人だとぉ……?」
それでも尊大な態度を改める様子はない。
あらがみこそが至高にして究極の種族! という驕りとも矜持とも区別できない見栄に取り憑かれた大きな眼は爛々と血走っていた。
カンカンカン、拍子木みたいに歯噛みするショッカルン。
彼が口を開く前にツバサは言葉を畳みかけていく。
「仮にこの南方大陸全土があなた方の支配領域だとして、そこへ無断で踏み込んだ非礼はこちらにあるだろう……しかし、理由も問い質さず殺すだの贄にするなど公言するのは、我らの非礼に勝る無礼ではなかろうか?」
仕返しで部下の七割を使い物にされても文句を言える筋合いではない。
言葉の端々にそうした圧力を掛けておいた。
「如何かな? あらがみの総帥……ショッカルン殿?」
「ぐぬぬぬぅ……えぇい、黙らっしゃい神族の小娘がぁッ!」
言いくるめられそうなのが耐えられなかったのか、業を煮やしたショッカルンはひとつ目を大きく開眼すると裏返った奇声で騒ぎ出した。
「言うこといちいち理路整然と筋が通ってるように聞こえて腹立つわぁ! ワシらの庭に土足で踏み込んだのだ! 先に無礼をかましたのは貴様らだろ!? 非礼と無礼に怒る権利はこっちに優先権があるではないかーッ!?」
「だとしても事情を尋ねるくらいはすべきでしょう」
問答無用で軍を率いて包囲するなど宣戦布告と変わらない。
反撃されても言い訳しがたい悪手である。
「先に手を出したのはあらがみだ。こちらとしても戦るというなら異存はない……しかし、我々は無益な殺生も無意味な戦闘も好まない」
――交渉の余地はないのか?
多少の揉め事は双方の痛み分けとして、この場は矛を収める。
そのうえで平和的な相互理解を求めてみた。
「我々はある用件のため南方大陸へ渡ってきた。その用件さえ終えることができたなら、この地へ過干渉するつもりもない。あなたたちあらがみがこの大陸の正統な支配者だというならば、正式に国交を結びたいとも考えている」
無論、対等な立場が条件だが――。
「ショッカルン殿、我々に話し合いの場を設ける機会をくれないか?」
ツバサの後ろからアハウも提言してくれた。
そこはかとなく慇懃無礼だったかも知れないが、なるべく下手かつ丁寧に対応できたはずだ。第一印象が最悪とはいえ、やり直しは利くと思いたい。
だが、どうしても不安の影は付きまとう。
猛将キョウコウからの忠告があるから尚更だった。
「……フン、宴ではなく交渉の一席か」
激昂していたショッカルンも落ち着きを取り戻す。
熟慮してくれたかと思いきや、その口元は敵意ある笑みに歪んでいた。
「駄目だな――そも前提として我らと貴様らは相容れん」
ショッカルンはこちらの申し出を一蹴した。
――う~ん、やっぱり駄目か。
あらがみは他種族の廃絶を声高らかに掲げている。
その決意は固く、ちょっとやそっとでは矯正できなそうにない。
先ほどのようにビビらせても話し合いに応じる気にはならないし、最後の一人になるまで追い詰めても同じテーブルに着く気はなさそうだ。
「我々あらがみはな……この世界を統べる種族として生を受けた」
ショッカルンは五指を伸ばした空の手を突き出すと、すべてを掴む野心を露わにするかのように力いっぱい握り締めた。
白煙が上がって燃え上がりそうな熱を感じる。
「ここ南方大陸に限らず、貴様たちの国があるという中央大陸、果ては東にある二つに分かたれた大陸と、西にあるいくつもの連なる島でできた大地……このすべてだ、真なる世界のありとあらゆる大地に君臨する使命があるのだ」
今までのように裏声を荒らげない。深くて重いが聞き入る声だった。
そんな声で力説されれば覚悟の程が窺える。
そして今の言動から、北東大陸や南西諸島も知っていると判明した。瀑布の結界に閉ざされた南方大陸にいながら情報通なことだ。
即ち、あらがみは真なる世界の全大陸を把握しているという事実。
本気で世界征服を企んでいるのか? と訝しんでしまう。
「神族も魔族も、もはや時代遅れの種族なのだ!」
調子が乗ってきたのか、ショッカルンは演技過剰のオーバーリアクションになってくると、プレゼンするCEOみたいな熱弁を奮ってきた。
巨大ロボの手を舞台に踊り出しそうな勢いである。
「この世のすべてを支配するのは我らあらがみ! 改められた神にして荒ぶる神であり新たなる神となるもの! それが大いなる父祖の巨人たちと偉大なる母である黒き女王樹の間に生まれた、我らに課せられし責務であり宿命なのだ!」
こんな時、ツバサは師匠の言葉を思い出す。
『相手が調子づいたら見守ってやれ。ボロも出すし余計なことも喋るから』
ショッカルンはその見本となってくれた。
「我らが父母より託された使命! とくと説明してやるからそこに直れぇい!」
せっかくだから熱の入った演説を気が済むまでやってもらおう。
しかしあらがみという名前には、改神、荒神、新神といくつかの意味が込められているらしい。ダブルどころかトリプルミーニングのようだ。
そして、彼らの創造主と目される存在への言及もあった。
父祖の巨人――黒き女王樹。
どちらも南方大陸攻略のため必死になって掻き集めた情報から、これらに該当しそうな対象をピックアップすることができた。
父祖の巨人とは、恐らく原初巨神ではないか?
起源龍と並ぶ創造神の一派。世界創世に携わった始まりの巨神たちだ。
また彼らと番うことであらがみという種族を産んだのは、黒き女王樹と呼ばれている地母神的存在らしい。
黒い世界樹のようなものを想像してしまうのだが……。
『話の途中やが兄ちゃん』
これ見てみ、と通信を介してノラシンハから映像が送られてきた。
どうやら南方大陸の奥地、いつも暗雲に覆われている怪しい地点を千里眼で見通してくれたらしい。リアルタイム映像を流してくれたのだ。
脳内に紡がれた光景にツバサは息を呑む。
天と地を繋ぐ御柱――その総身は漆黒に染まっている。
世界樹と呼んでも差し支えない大樹だ。
しかし、黒に染まる姿は禍々しさを際立たせていた。
樹木の肌をおどろおどろしく誇張したような表皮は、溶岩が泡立つような瘤に覆われており、植物にも関わらず絶えず蠢動しているかのようだ。雲海に突き立つ高さまで届く梢は黒雲に覆われる、稲光によって照らし出されていた。
天蓋のように広がる墨染めの枝葉は暗雲をまとう。
おかげで黒い大樹の麓はいつも夜の帳が降りたような有り様だ。
空を覆う闇色の枝葉から瘴気を垂れ流しているのか、揺蕩う暗雲は蜜を含んだかのように重苦しい。触れたら飲み込まれそうな深さもある。
そこは平坦な南方大陸には珍しい丘陵地帯。
しかも黒き大樹が根を張る一帯は峻険な山脈が広がっており、魔王城でも建っているのではと目を疑うほど人を寄せ付けぬ山岳地帯だった。
そこを抉るように太い根を這わせる黒き大樹。
脈打つ根は思い出したかのように脈動し、映像をスライドさせると四方八方に伸びた極太の根が南方大陸の隅々にまで及んでいた。
その根の先端に嫌な予感を覚える。
『さっきから襲ってくる超特大触手の正体ってこれか!?』
『せや、あん真っ黒世界樹の根っこの先っちょや』
昔の真なる世界を見知ったノラシンハから見ても、あの黒き大樹は世界樹と同等のサイズ感を誇るらしい。ツバサは重ねて訊いてみる。
『見た目こそ世界樹っぽいが……なあ、爺さん。もしかしてあの樹……』
ノラシンハは長い嘆息をしてから観測結果を口にする。
『悪い予感は当たるもんやで……お察しの通り、とてつもなく濃厚な蕃神の気配をムンムン振り撒いとるわ。強さだけなら超弩級やでホンマ』
覚悟はしていたが、想像通りの存在のようだ。
あの闇落ちした世界樹の如き大樹こそが――外なる神々の一柱。
『……千の仔を孕みし黒山羊の女王か』
とうとうお出ましか! という気分である。
ツバサは苦虫を噛み潰したような最悪の顔になるものの、口の端は自然と釣り上がっていた。勝ち目のない強敵を前にして昂揚が押さえられない。
こればっかりは戦闘中毒の悲しい性だ。
しかし、腑に落ちない点もちらほらと浮かんできた。ツバサがそこを指摘する前にミサキも通信へ参加してきてノラシンハに尋ねる。
『でも、おかしくないですか?』
あらがみは真なる世界と蕃神――どちらにも属していない。
ノラシンハの三世を見通す眼で鑑定してもUNKNOWN。まったく未知の存在として判定されるのだ。ほんの少しでもどちらかの系統に属する因子が確認できれば、この聖賢師が見逃すわけがなかった。
フミカたち分析班も「発見できないッス!」とお手上げ状態だ。
『もしも彼らのいう父祖の巨人が原初巨神だとして、本当に母親が外なる神の気配を出してるあの樹なら……あらがみは交雑種ってやつですよね?』
真なる世界と別次元の怪物――その間に生まれる交雑種。
この前例は既に確認されているので、今さら驚くには当たらない。
ミサキが猜疑心を募らせているのは、それを主張するあらがみがどんなに分析を重ねても未知の存在であり、どちらにも属していない点だった。
『せやかて、どっちの因子も見つからへんのや』
通信越しなのでわからないが、ノラシンハが細い肩をすくめて両腕を広げてお手上げのポーズを取っているのが目に見えるようだった。
『フミカの嬢ちゃんにショウイの坊、それにアキ嬢ちゃんの演算処理能力まで借りて分析ちゅうんを徹底的にしたけど……あらがみはどこにも被っとらん』
何者にも属さない――完全なる未知の新種。
五神同盟が誇る分析班が総掛かりで導き出した答えがこれだ。
『しかし、あのショッカルンなる御老人の言葉……』
嘘をついているとは思えませんね、とアハウも通信に参加してきた。
そう、あの怪翁は自信満々に言い張っていた。
演技臭くはあったが嘘臭くはない。
巨人と大樹の間に生を受けて、真なる世界の正統な支配者になるべき運命を与えられたと、ツバサたちへ知らしめるように声を大にして公言したのだ。
『齟齬があるんならどっか間違っとんのやろ』
ノラシンハは人差し指と中指を立てた手のイラストを上げてくる。
『可能性の一、奴らが嘘をついてるか嘘を教えられたか』
まず人差し指を折り曲げ、次に中指を折り曲げる。
『可能性の二、俺たちがぼんくらで連中の正体を見抜けんだけか』
『後者は認めたくないなぁ……』
大半がツバサの覇気で気絶する程度。総帥のショッカルンを含めLV999に匹敵する猛者はいるようだが、そこまで力の差があるとは思えない。
即ち、自分たちの正体を隠蔽できる力もないはずだ。
『だとすると……嘘を教えられたか、嘘を信じ込んでいるか……』
何故そんな真似を? とアハウは怪訝そうに唸っていた。
それでも学者らしく推論を建ててみる。
『あらがみという種族を生み出した何者かは、真なる世界と蕃神の正統性をどちらも主張させるため、そう言い聞かせたとも考えられるが……』
『見破られたらただの戯言やで?』
ノラシンハのいう通り、看破された時点で世迷い言である。
『あらがみほどの力があれば、その戯言を押し通せるかもだが……』
事実かつて一人のあらがみが中央大陸まで遠征し、神族と魔族の連合軍へ襲撃を仕掛けて大損害を与えた過去がある。
あのインチキ仙人ですら生け捕りを諦めたのは余っ程だ。
あらがみにはこの世界で覇権を狙うだけの生物的能力を備えている。原初巨神や外なる神の血を継いでいるとなれば血統も申し分ない。
だが、そこはかとない違和感を覚えてしまう。
ノラシンハの看破した「何者でもない者」という点が引っ掛かった。
『関係あるのかわからへんが……』
こんなん見っけたで、とノラシンハはある画像を上げてきた。
それは山脈に根を張る黒き女王樹の根元。複雑に絡み合う山よりも大きな根の奥の奥に、いわゆる樹洞のような穴があった。
そこで静かに息づくのは――青白く輝く宝玉めいたもの。
宝玉に例えたが、女王樹の大きさから換算すると半端な大きさではない。それこそ大都市か小国のひとつやふたつは収まるサイズ感だ。
『ここからあらがみどもと同じ気配を感じるや』
正体不明の宝玉を示したノラシンハは憶測を兼ねて言った。
『ひょっとするとこれ……あいつらの出自に関わるもんとちゃうか? もうちょい調べたいんやけど、大切なもんなのか結界が厳しゅうてな』
どういう類のものかまでは判別できないという。
『手掛かりになりそうな匂いはするな……まあ、後日検討ということで』
通信はそのままにツバサたちは話を一端切り上げた。
これまでの密談は技能により高速で進めていたが、実際のツバサたちはあらがみ軍団を率いるショッカルンと対峙したままだった。
「ゼェ、ゼェ、ゼェ……と! いうわけでだあッ!」
あらがみが如何に優れているかを熱弁を奮っていた怪翁。
さすがに息が切れたのか、ワンクッション息継ぎを入れていた。
「この真なる世界の成り立ちに関わりし父祖と太母より! 我らあらがみがそのすべてを支配するべく仰せつかった! この世界の未来を憂うからこそ、父と母はあらがみという最強種を生み出したのだ! 旧世代の神族や魔族など出る幕ではないということをぉ……わ、わ、わわ……わかったかぁ!」
小童どもめが! とショッカルンは人差し指を突き付けてきた
密談しながら耳を傾けていたが、大体が年寄り特有の「大事なことを繰り返す」ような内容だったので、聞き流してもあまり問題はなかった。
――重要なのは二点。
あらがみは父祖の巨人と黒き世界樹の間に生まれた種族。
どちらの指示か定かではないが、真なる世界の支配しろと命じられた。
こうした主張を手を替え品を替えて繰り返していただけだ。
あらがみにとって二人の太祖から与えられた使命は絶対的なもの。神族や魔族を始めとした多くの種族を敵視するのは、その使命感ゆえなのだろう。
だからこそ、新たな疑問が雨後の筍みたいに芽吹いてきた。
「随分と大きく出たものだな」
ツバサは思い付いた疑問を口にする。
「……たかが“神族の女”と侮る私に多くの手勢を潰されたというのに」
ピクリ、とショッカルンの額に太い血管が浮かんだ。
「祖先や父母を尊ぶ気持ちはわかるが、その使命とやらは本当にあなたや仲間たちの総意なのか? 平和的解決を望む声はひとつもないのか?」
カチャリ、と動揺するように錫杖が揺れた。
「それに……世界制覇を謳うのは構わないが、南方大陸を出たことはあるのか? 他の大陸へ渡りもせず征服できるつもりか?」
ギシリ、とショッカルンの口から痛々しい歯軋りが聞こえた。
「そもそもの話……南方大陸を閉ざす結界を脱する術はあるのか?」
「えぇぇぇぇい! うるさいうるさいうるさいわい!」
ブチッ! と堪忍袋の緒が切れる音がした。
三つ目の質問が核心を突いたのか、ショッカルンは癇癪を起こしたように喚き散らした。理性に欠けたこの反応は図星と見ていいだろう。
――あらがみは井の中の蛙だ。
瀑布の結界は強すぎるため、外からも内からも出られない。
地下都市があらがみの被害に遭ってないのが何よりの証拠だった。
フレイの父親があの結界を閉ざすことに腐心したのは、黒き女王樹とそれを信奉するあらがみの脅威を垣間見たゆえなのかも知れない。
そして、証拠なら中央大陸にも残されていた。
あらがみが中央大陸を襲撃したのは一度きり、それも単身で踏み込んできた事件しか確認されていない。もしもあらがみが軍勢を率いて他国を襲った事例があれば、もっとたくさんの記録が残されているはずだ。
生き字引のノラシンハが知らない時点で察しが付いた。
過去の事件も偶発的なものだったのだろう。
――旧神の印。
あの印章こそが瀑布の結界を潜るための通行手形なのだ。
ハトホルフリートが旧神の印のおかげで南方大陸へ渡れたように、インチキ仙人に倒されたあらがみもどこかで旧神の印を入手したに違いない。
ただし、印章の絶対数は少ない。
大陸島ではあちこちから出土していたが、南方大陸では極々希に見つかれば儲けものな超が付くレアアイテムなのではと推測ができる。
もしも、それなりの数が揃えられた場合。
ショッカルンの横暴さやあらがみたちの素行から推し量るまでもなく、結界を飛び越えて他の大陸へ攻め入る彼らの姿を容易に想像できた。
以上の事実から類推するに――。
あらがみは南方大陸からろくに出たことがないことのは明白だった。
「あんな結界なんぞもうすぐどうでも良くなるわッ!」
激昂するままショッカルンは怒鳴り散らす。
しかし、望みを託したイントネーションにツバサの眉が微動した。
「もうじきだ! もうすぐだ! もう間もなくだ! 我らが母! 黒き女王樹がお目覚めになれば忌々しき結界なんぞちょちょいのちょいで……ッ!」
「…………なんだと?」
聞き捨てならない台詞にツバサの眼光が爆ぜる。
再び力の波動を発すると、一度目は耐えたあらがみたちでさえ悶絶した。ショッカルンは「あ、やべ……」とぼやきながら口元を手で押さえる。
今のは失言だったと反省したらしい。
ツバサとはその大きな単眼を合わせず、そっぽを向いていた。惚けるつもりなのか口から手を外すと、間抜けな口笛まで吹き出す始末である。
……なんでこんな人間臭いだ?
あらがみの生態は気になるが、事態はそれどころではなかった。
「そうか、そういうことか……だから半年か」
独り言を呟いたツバサは、ようやくロンドの遺言に得心できた。
なんとなく外なる神絡みだとはおぼろげに予想はしていたが、ショッカルンが口を滑らしてくれたおかげで曖昧だった輪郭が露わになってきた。
恐らく――黒き女王樹とはシュブ=ニグラスのこと。
現在の彼女は何らかの理由で眠っているか、あるいはおいそれと動けない状態にあるのだろう。しかし彼女を母と崇めるショッカルンによれば、黒き女王樹はそれほど時を置かずして目覚めるとの言質が取れた。
『一年、いや、半年のうちに……南へ向かえ……まず、そこが堕ちる』
ロンドの遺言はシュブ=ニグラス覚醒までの猶予期間。
そのタイムリミットを告げていたのだ。
強大な力を持つ彼女が目覚めれば、瀑布の結界を壊すことも可能だろう。旧神が関与していても関係ない。旧神本人でなければ彼女を止められないはずだ。
その時、あらがみたちは南方大陸から解き放たれる。
そして、深遠なる思惑を抱えた外なる神の女王もまた解放されるのだ。
「……真なる世界の滅亡待ったなしなじゃねぇか」
片手で口元を隠したツバサは悔しげに呻いた。一刻も早く黒き女王樹の元へ駆けつけ、然るべき対処をしなければ枕を高くして寝られない。
別次元に追い返すか? 後腐れなく滅ぼすか? はたまた封印か?
話が通じるかも? という希望的観測は夢見すぎか?
そもそもの話――外なる神に勝てるのか?
多重次元を想像した超常的存在に果たして太刀打ちできるのか? という不安と戦慄と期待がドロドロ渦巻くが、ここまで来たら後には引けない。
とにかく黒き女王樹に見えなければならない。
「――ショッカルン翁」
駄目で元々、ツバサは諦観をまぶした笑顔を引き攣らせる。
一応、愛想笑いのつもりだった。
「あなた方の御母堂だという黒き女王樹様にご挨拶を兼ねたお目通りを願いたいのだが……お休みになっている寝所まで案内願えないだろうか?」
我ながら茶番だと思うが、聞くだけ聞いてみた。
ひとつめの怪翁はいやらしい笑みで応じた。
単眼は上向き、口元は下向き、それぞれ引き絞った弓のように曲がっている。ニチャア……と粘つく音が消えそうな粘着質の笑みだ。
「おやおやおや……さっき申したばかりではないか、我らの太母はもうじきお目覚めになると……裏を返せば、それまではぐっすりお休みなられている。いくら遠路遙々あの結界を越えてやってきた外界の王の頼みであろうとも、これまでの非礼に無礼を重ね掛けした蛮行に目を瞑ってやったとしても……」
会わせるわけにはいかんなぁ、とショッカルンからねっとり却下された。
こちらの用事が黒き女王樹にあると勘付いたショッカルンは、覚醒まで彼女を守り抜けばいいと察したようだ。
勝利条件さえ判明すれば――守りに徹しても勝てる。
勝算が立ったことに愉悦が隠せないのだ。
元より演技過剰の怪翁、戯け方が露骨なくらい強気になっていた。
「それにな神族の女……いやさ、ハトホルと申したか? それにイシュタルという娘にククルカンと名乗る獣よ。これも既に述べたことだがなぁ……」
勿体振ってこちらの名前を覚える始末だ。
シャンシャンシャン、と錫杖をリズミカルに振るう。
一見おもちゃの杖をデタラメに振り回すかのような動作だが、鳴り響く金属音はある種の音階を踏んでいた。そこには意味があると思っていいだろう。
「我らあらがみは決して神族や魔族と相容れぬのだぁッ!」
ツバサはさりげなく目線を左右に動かした。
「あの大きな触手たち……静かになっていますね」
ミサキが超特大触手が大人しくなっていることに気付いた。
別働隊のあらがみが暴れる触手を抑え込んでいたが、どうも一定時間を過ぎると沈静化するらしい。目端に映る触手はすべて狂暴性が形を潜めており、静々と地の果てへ後退っていくところだった。
つまり、触手を担当していたあらがみが自由になる。
「マズいぞ……ツバサくんが減らしてくれたのに盛り返してきた」
獣王の威嚇でアハウは喉を鳴らす。
近寄るなといわんばかりに首を回して周りを確認すると、ターゲットを触手からツバサへと切り替えたあらがみたちが集まりつつあった。
ショッカルンの錫杖は「集合!」の合図だったのだろう。
おまけにツバサが気絶させたあらがみまで息を吹き返しつつあった。
眼下に広がる海峡に落としたあらがみたちが流されるでも溺れるでもなく、水柱とともに飛び上がってきた。どいつもこいつもツバサにビビらされたことに自尊心を傷付けられたのか、怒りを剥き出しにしていた。
捲土重来を体現するかのような勢いでやる気満々である。
「参ったな……想像以上にタフな連中だ」
真なる世界征服もあながちホラではなさそうだった。
あらがみという種族の総力はまだ全貌がわからないので未知数だが、もしも数が揃うのならば世界規模の災厄を巻き起こしかねない。
ツバサはこれ見よがしのため息をショッカルンに突き付ける。
「はぁ……交渉は決裂。いや、最初から話を持ち掛けることが無謀だったか」
「最初からそう言ってるだろうが!」
背筋を伸ばしたショッカルンは高々と錫杖を突き上げた。
「貴様らを歓迎するとしても、それは今宵の贄としてだ! さあ我らに血肉を捧げるがいい! 黒き女王樹の糧となるべく身も心も投げ渡すのだ!」
出会え息子たちよ――此奴らは皆殺しにしろ!
そう高らかにショッカルンは宣言するつもりだったのだろう。
「出会えぇぇげえええええええぼぉぉぉぉぉぉぉああおあおーーーッッッ!?」
『お父さまあああーッ!?』
しかしショッカルンからは汚い絶叫が迸り、彼を手に乗せていた巨大ロボはらしからぬ悲鳴を上げて驚愕するまま右へ顔を振り向かせた。
まったく予期せぬ横槍が入ったからだ。
――空飛ぶ新幹線が突っ込んできた。
何を言っているかのかわからないと思われるかも知れないが、目の当たりにしたツバサたちも皿のように見開いた眼が点になってしまった。
ショッカルンから見て左手。
方角的には西から音速を突破して、撒き散らすべき衝撃波さえもその長い身体にまとわせて推進力に換えながら、10両編成の新幹線が飛んできたのだ。
多分、恐らく、新幹線……だと思う。
もしかすると、ようやく全国に開通したリニアかも知れない。
正直、はっきり明言できなかった。
あいにくツバサは鉄道系の知識はからきしなのだ。専門家からは「違う! それは新幹線じゃない!」と指摘される恐れはあるが、あの空気抵抗を減らそうとする先頭車両の尖ったフォルムは新幹線に近いと思う。
その空飛ぶ新幹線が、ショッカルンを攫うように突き飛ばした。
先頭車両が矢のようにぶち当たり、轢き殺すでも撥ね殺すでもなく、まるで先端で捉えたかのように巨大ロボの手から怪翁を連れ去った。
しかも体勢があまりよろしくない。
「こ、腰がぁぁ!? 腰が逆反りゃあああべべべべべべしししーッ!?」
『お父さまーッ!? お気を確かにお父様ぁぁぁーッ!?』
猫背になりがちのお年寄りにはキツそうだ。
そのまま1㎞弱くらい進んだところで、不意に先頭車両が爆発した。
当然、ショッカルンは爆心地の中心にいる。
更に残った車両も我が身を爆発へ捻じ込むように突進させていき、次から次へと爆発を繰り返す。その衝撃と爆炎は何倍にも膨れ上がった。
すべての車両に高性能爆薬を満載していたようだ。
その連鎖爆発を一点に集中させたのだから凄まじい爆撃となる。
「む……無人在来線爆弾ッ! 怪獣映画で観ました!」
「あれを在来線といっていいものか……悩むな」
ミサキが昔の映画を思い出してガッツポーズで喜ぶのだが、律儀なアハウはその呼び方に懐疑的だった。何故なら真なる世界に在来線はないからだ。
そもそも空飛ぶ新幹線というフレーズがおかしい。
また不意打ちな出現も解せなかった。
両者とも相手の動向に注意を全集中させていたとはいえ、ツバサやショッカルンに知覚させなかったことが不思議だった。もしも知覚の外から飛んできたのなら、新幹線やリニアを超越する速度で飛んでこなければならない。
音速は超えていたが、光速ほどの速さではなかったはずだ。
あるいは――空間でも飛び越えたか?
『お父さまーッ!? ご無事ですかお父さまぁぁーッ!?』
寡黙と思われていた巨大ロボは泣き声を上げて取り乱し、両手両脚を振って宙を駆けると、爆心地にいるショッカルンを心配して駆け寄っていく。
しかし、相手はそんな余裕を与えてくれない。
間髪入れず、第二第三の列車が空の線路を疾走してきた。
「――弾丸特急!」
先頭車両が本当に弾丸をもした形になっており、あらがみの群れを弾き飛ばすように蹴散らして進撃する。全車両も装甲に覆われて銃火器で武装しており、手当たり次第に乱射してあらがみに弾丸の雨をお見舞いしていた。
「――ロケット特急並びにミサイル快速!」
次いで現れたのは、ショッカルンに直撃した爆発する車両。
最初の者より長い16両編成の車両は、行く手を阻むあらがみたちを轢き逃げアタックで吹き飛ばし、彼らが密集する空間で大爆発を引き起こした。
ショッカルンへ駆け寄る巨大ロボにも直撃、爆炎に飲み込まれていく。
あっという間にあらがみたちは大混乱に陥った。
猛者揃いの怪人軍団を翻弄したのは、たった一人の青年だった。
「いけないなぁ、喰えないなぁ、頂けないなぁ」
あらがみさんたちよぅ、と腕を組んだ青年は意気揚々と語りかける。
海峡に割られた東西の大地。
その西側を守護するかの如く空に佇むのは、駅長のような制服を着込んだ大柄な青年だった。背中には山のように大きな影を背負っている。
「せっかく遠いところからお越しくださった外からのお客様を、ボクらを相手取るみたいに暴力で歓迎ってのはよろしくないよなぁ? 丁重な挨拶でお出迎えして、お茶やお菓子を振る舞いながらボスの元へ案内するもんじゃないのぉ?」
語尾が伸びがちになる独特な喋り方。
柔和に喋っているが、あらがみたちをこき下ろしていた。
身の丈は180㎝ほどだろうか、制服がキツそうに見えるほどの逆三角形な体型を見るに相当鍛えている。顔はやや大きめだが立派な八頭身、スラリと長い足はパンツに合わせてまっすぐ伸びている。
筒みたいな駅員帽子を被る頭はボサボサの金髪。
その下にある顔は好青年なのだが、顔全体の造りがやや粗雑に見えた。
目は円らだが小さくて妙に黒目が強調されており、口がとても大きくていつでも笑顔を浮かべているような造形なのだ。
どことなくパクパク喋る腹話術の人形を思い出させる風貌。
第一印象は若い駅員さんにしか見えなかった。
「お客様の扱いが下手だよぉ、あらがみくんたちさぁ? やれやれ……君たちなんかに初めてのお客様の接待を任せてられないよねぇ?」
煽るような台詞で駅員帽子を被り直した青年は、あらがみたちではなくツバサたちを意識したかのように大声で名乗りを上げる。
「外界からのお客人のおもてなしはこのボク、アルガトラム様一の家来にしてメガトリアームズ王国唯一の駅長さん!」
――ジャーニィ・ダイヤグラムに任せてもらうよぉ!
ジャーニィという駅長の発した単語に、ツバサたちは敏感に反応した。
「今……メガトリアームズ王国と言ったか?」
それは未来王を自称する、あの変態親父の国ではなかったか? しかも自らの手で国も民も滅ぼし尽くしたと聞いたのではなかったか?
未来王――ドラクルン・T・ギガトリアームズ。
彼が滅ぼした故国がメガトリアームズ公国と呼ばれていたはずだ。
どういうことだ!? と問い掛ける暇もない。
「さぁてと……お邪魔虫なあらがみくんたちにはご退場願おうかぁ!」
ジャーニィの背後に聳える巨影の姿が露わになる。
それは要塞と見紛うほど堅牢にして武装に恵まれているが、いくつもの線路やトンネルを抱えているところを見るに、どうやら駅舎のようだった。
最新鋭かつ戦争を想定した基地じみた造りだが――。
過大能力――【激動と混乱を束ねて発着させる駅舎】。
再び発車される弾薬や爆薬を積んだ列車の数。
こうなると先頭車両ならぬ戦闘車両だ。
今度は四列では済まない。駅の各所から何十列も発車され、群れるあらがみたちに躊躇なく突っ込んでいき、爆発や銃撃で攻め立てていく。かつて列車砲なんて兵器もあったが、どちらかと言えば扱いはミサイルのそれだ。
――敵を爆撃するための消耗品な兵器。
重火器を搭載した弾丸特急の運用だけは列車砲に似ていた。
「あの過大能力……道具箱系か」
神族や魔族なら誰もが使える亜空間の収納スペース。
それを起点として超常的な奇跡を起こせるタイプの過大能力だ。
五神同盟でいえば、メイド長クロコの【舞台裏】や長男ダインの【要塞】と同系統である。ジャーニィのそれは【駅舎】という設定らしい。
その【駅舎】に攻撃用車両を格納しているのだろう。
ジャーニィの繰り出す車両はあらがみだけを狙い澄ましていた。
ツバサたちや飛行母艦を攻めてくる様子はない。
戦況を見守っていると、フミカが通信で報告してきた。
『バサママ、あの自称・駅長さんからショートメッセージッス……「この場を切り抜けたら是非、我らが王国にご招待させてください』って』
「あらがみよりは礼儀を弁えた御仁だな」
メガトリアームズ王国という名前は気に掛かるが、初めて友好的に接してきたことを考えれば、あらがみの根城へ顔を出すより遙かにマシだった。
一考の余地はあると考え、仲間たちと意見を出し合う。
ミサキやアハウ――バンダユウにショウイ。
各陣営の代表と通信を介して話し合った結果、「招待に応じてもいいんじゃないか?」という結論に達したので、このお誘いを受けることにした。
「この場を切り抜けられれば……ですけどね」
ミサキは激しさを増す一方の戦況を横目に眺めていた。
ジャーニィの戦闘用列車を駆使した攻撃は凄まじく、辺り一帯は爆撃の花が咲き誇る危険な戦場と化していた。だというのにあらがみたちは怯まず、むしろ怪人らしい奇声の雄叫びを上げながら果敢に立ち向かう逞しさだ。
「やれやれやれーッ! パパの仇を討つんだーッ!」
「アルガトラムの手先め! 今日こそ女王樹さまへの供物にしてやる!」
「巫女や獣や侍が出てくる前に! あの生意気な駅長を仕留めろーッ!」
ショッカルンを爆破されたことが発破になったらしい。
あらがみたちは血気盛んに息巻いて、ジャーニィと彼の背後に聳え立つ【駅舎】へと総攻撃を仕掛けていた。飛行母艦は置いてけぼりである。
「……だが、最低限の見張りは忘れないか」
アハウは両眼を鷹の目にすると、敵の配置を具に観察していた。
ほとんどのあらがみはジャーニィへ襲い掛かっている。
だが、飛行母艦の東西南北上下左右。それらの間隙を埋めるような位置に一際力を持った頑丈そうなあらがみたちが配備されていた。
明らかに全方向への針路を塞いでる。
彼らの顔には「余計な真似はするなよ」と書いてあった。こちらが戦線離脱を選んだ場合、決して逃がすつもりはないようだ。
「でもまあ、この程度の数なら……」
ミサキは準備運動にパキポキと指を鳴らし、両手から鮮烈な闘気を発する。そこから象られた“気”の龍たちが顔を出そうとしていた。
「ああ、私たちなら問題なく取り払うことができそうだな」
アハウも鳥や竜を模した三対の翼を広げ、いつでも飛び立てるよう野獣の四肢を撓ませていた。二人で一気呵成に見張りを倒してしまうつもりだ。
せっかくなのでツバサも一枚噛ませてもらう。
ドンパチが始まってから傍観に回っていたため、超爆乳を支えるように乳房の下で腕を組んでいたのだが、それを解いて右手を持ち上げる。
「久し振りに轟雷でも降らせるか……」
大気を劈く雷鳴がハトホルの右手から走った時のことだった。
『――北北東より所属不明の神族が三体接近!』
新手です! と警戒を促す報告が情報屋ショウイから上げられた。
何ッ!? とツバサたちは一斉に右手へ振り向く。
ジャーニィが立ち塞がる西の大陸とは海峡を挟んで反対側。東の大陸から風を切って飛翔する3つの影を確認することができた。
「……子供?」
神々の乳母の眼力が彼らを一目で識別した。
しかし、子供とはいうが幼児ではない。少なくとも10代半ばかそれ以上、ミロやヨイチくらいの年齢のようだ。
体格差はあるが全員同じ年頃で、肩を並べてこちらへと近付いてくる。
三人の中央に陣取っていた少年が先んじて前へと出た。
先駆けとして切り込むつもりのようだ。
虎皮の半纏を羽織った、黒髪の生真面目そうな少年である。
勤勉実直さが顔に出ており、融通の利かなそうにも見えた。武士みたいな着物を着ているが、戦場に出ることを想定してか着物の手首や脛は動きやすさ重視でまとめるられており、軽めだが籠手や足甲を身に付けていた。
手にする獲物は――総金属製の鍬。
農具ではなく武具を扱うような手付きで少年は構えていく
「開墾流鍬操槍術……疾風迅雷!」
技名を叫んだ少年は、その名の通り“疾きこと風の如く激しきこと雷の如く”目にも止まらぬ速さで我が身を撃ち出した。
まさに雷を師匠と選んだかのような動きだった。
そのスピードが雷を上回るのも然る事ながら、空を走る軌道が稲妻のようにジグザグなのだ。超高速で直角に動く少年を誰も捉えることができない。
……というか、ツバサでも難しいのでは?
拳打にしろ蹴脚にしろ体捌きにしろ歩法にしろ、あんな直角の動きができる人間は滅多にいない。初めて目にするから対応が難しそうだ。
あの才能……開花すれば新しい流派を打ち立てられるかも知れない。
あらがみたちは雷撃を帯びた鍬で打ち据えられる。
当たり所によっては研ぎ澄まされた鍬の刃を打ち込まれるため、耕される大地のようにズタズタにされていた。電撃付与のエンチャントも痛い。
雷撃をまとう切り込み隊長のような少年。
彼の襲撃を知ったあらがみたちは、怒りと恐れを混ぜて叫んだ。
「サッ……サクヤ姫の教え子たちだぁぁぁぁーッ!?」
このタイミングでかよ!? とあらがみ総出で悪態をついていた。
雷の少年に次いで二番手の少年が進み出る。
長身痩躯で案山子のような少年だ。
少年という割には背が高くて手足も長い。顔立ちも大人びて、ニヒルな雰囲気がよく似合う。緑色の長い髪を靡かせて、真っ白な羽織を肩に掛けるのみ。上半身は裸で、ブカブカなパンツの裾は編み込みブーツにねじ込んでいた。
手にするのはショーテルのような大鎌。両手に構えて二刀流だ。
(※ショーテル=エチオピア発祥の刀剣。刀身が内側に大きく湾曲しており、半円やS字と例えられる鎌めいた形をしている。この形だと盾で防いでも切っ先が敵に刺さり、鎌形を利用して引っ掛けたり、薙ぎ払えば威力も大きい等々、様々な利点がある。その反面「知っている人間にはネタが割れる」「鞘に入らない。あっても入れにくい」「携帯するのが難しい」などのデメリットもある)
「開墾流鎌操剣術……苛草刈り!」
高速で飛びながら二刀流の鎌を振り回す大人びた少年。
まるで乱舞のような剣捌きにあらがみたちは為す術なく斬り刻まれるのだが、鎌の刃が彼らを斬る度に大量の血飛沫が飛び散っていた。
切り傷の面積に対して、どう見ても出血量が見合っていない。
噴水のように止め処なく血が噴き上がるのだ。
「ミ、ミクマの鎌に斬られるなぁ! 血も肉もぜんぶ持ってかれるぞぉ!」
あらがみは仲間たちに注意喚起を飛ばした。
過大能力か技能によるものかは定かではないが、ミクマと呼ばれる大人びた少年の鎌は必要以上に出血を誘うような効果があるらしい。
そして、少年三人組のトリを務める少年。
見た目だけなら少年とは思えない容姿だった。
大人びた少年ミクマより大きく、縦にも横にもワイドな巨漢。三人の中では一人だけ重装備で、両肩と胴体を守る陶器のような黒い甲冑を装備していた。
その顔は――ファンシーな豚にしか見えない。
血が通っているからマスクの類ではない。これが素顔だと思うのだが……だとしたら、やたらカートゥーンな顔立ちをした豚である。
種別的には神族なのだが、豚の動物神でも選んだのだろうか?
彼の武器も雷の少年やミクマと呼ばれた少年同様、農耕のために使われた農具の一種である馬鍬。恐らく、それを武器化した釘鈀と思われる。
(※釘鈀=単に鈀とも呼ばれる。長柄の先端の打撃部分は左右に伸びた板状で、そこに無数の釘みたいな歯が並んでいる。元は耕作地の小石を取り分けたり固い土を崩すための農具だったが、一揆などを経て武器化された。後述する通り、猪八戒のトレードマーク的な武具)
釘鈀を振るう豚男――まるで西遊記の猪八戒のようだった。
豚の巨漢は両手に構えた釘鈀を大きく振り下ろす。
「開墾流鍬操矛術……ヌタ場拵え!」
何もない宙空に叩き付けられた釘鈀の先端。
そこから押し固められた土塊にまとわりついて離れない泥、鋭利に尖った岩石や砂利まみれの土石流が溢れ出し、見境なく周囲を打ち据えた。
当然、あらがみたちはこれに巻き込まれる。
たった三人と侮るなかれ、あらがみの大群を向こうに一騎当千の働きぶりだ。
「へぇ……やるなぁ、あの子たち」
ツバサは轟雷を溜めた手を引き戻した。
まだまだ若輩ながら――十二分に仕上がっている。
あの腕前ならLV999のカズトラたちとも互角に渡り合えるはずだ。ひょっとすると、ミロやミサキでもうかうかしてられない実力を持っている。
本人たちの努力もあるが、気の利いた師匠もいるはずだ。
弟子の才能を限界まで引き出さないと気が済まないタイプの教導役。
あのインチキ仙人みたいな世話焼き師匠が――。
「しかし、これはある意味大歓迎だな」
アハウも参戦する気がなくなったのか、しばらく様子見に徹するつもりで翼を畳んでいた。獣王がチラリと横を一瞥すれば、ミサキも「ちぇ~」と残念そうに唇を尖らせて練っていた龍脈を仕舞っていた。
ツバサの横に並んだアハウは鉤爪のある人差し指を伸ばす。
「確か、この南方大陸は三つに分かれていたよね」
まず海峡で割れた西の大陸を指差す。
「あちらの大陸西はアルガトラムと呼ばれる王が牛耳っているらしい。あの駅長さんが自己紹介で明かしてくれたからね。しかし……」
「ええ、メガトリアームズ王国って名前が引っ掛かりますね」
以前、間接的とはいえ未来王に振り回されたツバサたちとしては、あまり関わり合いになりたくない名前だった。
しかし、あの変態親父が南方大陸にいるはずがない。
はっきり断定できるほど情報を得られているわけではないが、可能性は0に等しいくらいだ。あの未来王は今、南西諸島で何者かと覇を競っている。マリナのお父さんでもある高位のゲームマスターがそう明言したのだ。
「となると……関係者が名乗ってるんですかね?」
ドラクルンのオッサンの、とミサキは嫌そうにその名を口にした。
ツバサもミサキもVR格闘ゲームのアシュラ・ストリートにハマっていた時期、彼に何度か煮え湯を飲まされていた。こんな顔になるのも宜なるかなだ。
「その辺りは追い追い解決していくしかないな」
取り敢えず、南方大陸の西がアルガトラムの支配領域なのはほぼ確定。
次にアハウは東の大陸を指差した。
「こちらに広がる大陸の東側……こちらはサクヤ姫と呼ばれる女性がおり、彼らのような手練れの少年たちが防衛を任されているようだね」
サクヤ姫か……と遠い目をしたアハウは意味深長に繰り返す。
「アハウさん、サクヤという名前に心当たりが?」
ツバサが問い掛けると、アハウは肯定しながら曖昧に返してくる。
「ああ、逆神教授……ドラコちゃんのお父さんとは別口で世話になった恩人と名前が似ていてね。彼女もVRMMORPGをやっていたはずだが……」
アハウは誘うように目線を動かした。
あらがみの大群を相手に奮闘する少年たちを見遣っている。
「あんなに敵愾心が強かったかな……と思ってね」
なるほど。サクヤ姫の教え子と呼ばれる少年たちが、いくらあらがみが相手とはいえ、排他的な行動を取ることに不信感を持ってしまったらしい。
とにかく、南方大陸の東はサクヤ姫が統治しているようだ。
「最後に南方大陸の奥地……そこはもうあらがみたちの世界なのだろう」
黒き女王樹もそこで眠りについているはずだ。
アルガトラム王、サクヤ姫、そしてショッカルン率いるあらがみ軍団。
三分割にされた南方大陸――それぞれを支配する三つの勢力。
彼らを指してアハウは感慨深げに言った。
「その三勢力が我々の前で一堂に会している。まさしく大歓迎じゃないか」
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