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第21章 黒き世界樹そびえる三つ巴の大地

第511話:センセーおねがいしまーす♡

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 勝利の剣――光を司る神族フレイヤスが奮った愛剣。

 使用者の身体能力を限界を超えて向上させる強化バフ機能きのうを備え、振るう度に剣身を無数に分裂させて見敵けんてき必殺ひっさつの一撃を繰り出す対軍たいぐん兵器へいきの力を持つ。

 単なる無数の剣による斬撃を繰り出すばかりではない。

 所有者を取り巻く状況を把握し、防御や迎撃なども行う融通性ゆうづうせいも備えている。

 ――それだけではないとは思っていた。

 剣身の内に封じられた力が明らかに尋常じんじょうではなかったからだ。

 いくつもの剣に分かれてもフレイの手に握られる長剣。

 分裂する剣を兵とすれば指揮官しきかんに相当する部分。

 これが勝利の剣の本体なのだろうが、そこに宿る絶大なパワーにツバサは気付いていた。魔剣や神剣とは往々おうおうにして凄まじい力を蓄えているものだが、勝利の剣のそれは従来じゅうらいのものと比べても規格外きかくがいである。

 ダグが豊穣ゴッド・巨神王ダグザディオンとなって打ち振るうダグザディオン・メイス。

 レンの過大能力オーバードゥーイングを万全に発揮させるために造られた神剣ナナシチ。

 ミロの力によって神剣と聖剣が融合した覇唱剣はしょうけんオーバーワールド。

 五神同盟にも天地を震え上がらせる力を有する武具はいくつかあるが、フレイの持つ勝利の剣はそれらに勝るとも劣らない神剣だった。

 属性は――比類ひるいなき圧倒的な光属性。

 天地を繋ぐ世界樹せかいじゅ幻視げんしさせるほどの光の柱。

 勝利の剣をそれほど大きな閃光の刃に変えると、その一太刀で迫り来る300m級の深きものどもディープ・ワンズを消失させるように斬り裂くどころか、刃渡りの途中にいた大小数百万に及ぶ半魚人の大軍まで消し去ってしまったのだ。

 このカスタヨルズの戦いにおける最大の戦果せんかである。

 恐らくあの光は使い分けできるはずだ。

 敵を倒す時はちりさえ残さぬ攻撃的な烈光れっこうを発するが、そのまぶしい光で防御フィールドを張ることも可能。出力を変えればやしの効果もあるだろう。

 どんな形であれ、振るう者に勝利をもたらす剣。

 裏を返せば、剣の持ち主を勝利させることで生存させる剣とも言える。

 製作者であるフレイの母親――その思いの丈がしのばれた。

 本来の持ち主であるフレイの父親、光のフレイヤスはこれを十全じゅうぜん使つかこなしたと聞かされている。そんな彼でも南方大陸から命からがら帰還したというのだから、これから現地へ向かうツバサたちも身が引き締まるというものだ。

 フレイヤスはLV999スリーナイン相当だと推測される神族。

 勝利の剣は彼のために打ち鍛えられたもの。

 その血を受け継ぐフレイも問題なく使えるようだが、彼女自身の強さはLVに換算すると900前後。LV999スリーナインに達しているとは言えない。

 爺やではないが「まだまだ未熟」と言わざるを得ない。

 剣に宿る真の力を引き出すことはできるが、どうやら身体が本気になった勝利の剣から反動のように生じる高負荷こうふかに耐えられなかったようだ。

「うぅ~ん……やっぱり連発はできないかぁ……」

 一向に収まらない息切れのままフレイは残念そうにぼやいた。

 ゼヒッ! ゼヒッ! と命の危険を感じさせる切羽せっぱまった咳までしているから、近くにいるゴルドガドやお付きの兵も冷や汗ものだ。

 フレイ自身、水を被ったみたいに汗みずくだった。

 極度の高負荷に耐えた肉体が緊張の緩みにより発汗はっかんを促したらしい。

 その疲労度は計り知れないだろう。

 役目を終えて戻ってきた分裂した剣たちは、芯となるフレイの持つ長剣へと合体していくのだが、どれも熱暴走しかのように白煙はくえんを上げていた。

 物によっては熱い蒸気スチーム排出はいしゅつしている。

 元通りの箱みたいな大剣に戻った勝利の剣。

「まだ父さんみたいに上手く使えないかぁ……難しいねどうも」

 大剣を地面に突き立てて杖代わりにしたフレイは、なんとか立っていようと踏ん張るのだが、足腰あしこしひざが保たなかったのかその場に崩れてしまった。

「――姫様ッ!?」

 ゴルドガドは鉄槌てっついを放り投げるとフレイに駆け寄った。

 姿勢の維持もままならず、勝利の剣の柄を握ったまま後ろに倒れていくフレイを抱き留める。そこからゆっくり腰を下ろすように降ろしていった。

 老臣ろうしんはそのまま若き女王の背中を支えてやる。

「ごめん、ゴルじい……一回がんばっただけでへばっちゃって……」

「何を仰る……ご立派でしたぞ」

 かぶとしに聞こえるゴルドガドの声はくぐもっていて、涙ぐんでいてもわからないだろう。それでも孫娘を見守る祖父のような真心は伝わってきた。

「フレイヤス様もゲルダ様も、きっと草葉くさばかげでお喜びを……」

「もぉ、ゴル爺は大袈裟おおげさなんだから……それにさ、喜んでもらうのは……」

 このいくさに勝ってからだ、とフレイは立ち上がる。

 疲れた身体を押して握ったままの大剣を引き寄せるようにして背中を起こすと、疲労ひろう困憊こんぱいの顔に不敵な作り笑いを浮かべていた。

 ドリモグ! と脇に控えていたモグラ族の兵士に呼び掛ける。

 心得たもので彼はフレイの意をすぐにむ。

 小さなモグラ族の兵士が頭上に持ち上げたのは鉛の円盤だった。

 ゴルドガドはモグラ族の兵士ごと円盤を片手で拾い上げ、よく見えるように高々と掲げる。鉛の鈍い輝きが陽光を浴びて煌めいていた。

 大きく息を吸い込んだフレイは大声で呼ばわる。

「どうしたどうした半魚人どもーッ! おまえらの欲しがっている物はここにあるぞー! 欲しかったら奪いに来ーいッ! その勇気があるならなーッ!」

 来るなら来てみろ――今の光をもう一度お見舞いしてやる。

 口でも目でもなく態度で示すように、フレイは突き刺した勝利の剣を引き抜くと肩に担いで立ち上がった。まだ力が入らないひざがガクガク震えているが、側仕えのモフモフの兵士たちが立ち並んで隠してくれた。

 鉄槌てっつい手繰たぐせたゴルドガドがフレイの耳元で囁く。

「姫様、ご無理は禁物です」

 戦争の熱は上がる一方だが最高潮クライマックスがどこにあるかわからず、深きものどもディープ・ワンズの出方次第ではいつ終わるのか知れたものではない。

 今日中か? 数日か? 数週間か? 数ヶ月か?

 はたまた――数年掛かりの大戦争か?

 ツバサたちは短期決戦を図っているが、思惑おもわくどおりに運ばないのが戦争の定石じょうせきだ。現実世界リアルでも想定通りに戦況が進んだ例など珍しいレベルである。

 数年掛かると思えば半日で終わったり……。

 数ヶ月で勝つと豪語ごうごして数年後も続いていたり……。

 難癖付けて数日で終わるいくさを延々と引っ張ったり……。

 どちらにせよ性急せいきゅうに成果を求めるのは頂けない。

 常に予測不可能な事態を想定して、余力よりょくを残しておく必要があった。

「スタミナを使い切ったのなら意地を張らずに休息を取り成され。一時いっときの指揮ならばこの老体ろうたいが務めましょう。さ、遠慮なさらずに本陣に戻って……」

「……なにヌルいこと言ってんのさゴル爺」

 口の端を釣り上げたフレイは軽口みたいに吐き捨てた。

 先ほどの一撃で全力を費やしたため、足や膝どころか声音こわねまで震えが止まらないのに、フレイは特等席を譲ろうとはしない。

 先駆けの最前線という特等席をだ。

「総大将の私が此処ここに立っているから……みんな勇気を振り絞れるんだ」

 本陣でふんぞり返るしょうへいは付いてこない。

 共に戦場を駆け抜ける将にこそ兵は命を預けてくれる。

地下都市アウルゲルミルを守るって覚悟を……私が示さなくちゃいけない。何が何でも国を守りたいって気持ちに……火を付けてやらなきゃいけないんだよ」

 誰かを本気にさせるなら――自分も本気にならねばならない。

 そのやり方をフレイは誰に教わるでもなく学んでいた。

「……それこそ命を懸けてでもだ」

「ひ、姫様……くうっ!」

 ご立派になられて……ッ! という言葉をかぶとの内側で噛み殺したゴルドガドだが、辛抱しんぼうたまらず兜越しに目元を押さえてむせいてしまった。

「涙もろくなったねぇゴル爺……年なんじゃないの?」

 ケケケ♪ と悪戯小僧な笑みでフレイは老いた忠臣ちゅうしんをからかった。

 右手は杖代わりにした勝利の剣を握ったまま、フレイは開いた左手で友達からの贈り物でもあるロングカーディガンのポケットを探っていた。

「それに……案ずることはないよ。こんなこともあろうかと、ミロちゃんからとっておきの霊薬エリクサーをもらっといたからね。これを飲めば完全回復さ」

「なんと! あの伝説の霊薬をですか!?」

 気前がいいにも程がある! とゴルドガドも驚嘆きょうたんしていた。

 VRMMORPGアルマゲドンでも貴重な薬品としてよく知られたレアアイテムだが、俗にいうエリクサー症候群しょうこうぐんのため道具箱インベントリに忘れられるアイテムの筆頭ひっとうだ。

(※エリクサー症候群=霊薬エリクサーのように素晴らしい効果を持つアイテムだが、数が少なく消耗品なので大切に取っておく。しかし、いざラスボスや隠し強ボスとバトルになっても勿体もったいない精神のために使いどころを見失い、結局ゲームクリアするまで使われずアイテムボックスの肥やしになる現象)

 その抜群な回復効果に対して残念な扱いを受けていた。

 真なる世界ファンタジアでも効き目のある回復薬として知名度があるらしい。

「まあ霊薬れいやくそのものじゃなくて、それ以上に効果のある秘薬らしいけどね」

 ニヤニヤ笑いながらフレイは瓶を取り出した。

「じゃじゃーん♪ ハトホルミルク~♪」

 舞台裏から状況を確認していたツバサがズッコけた。

 その後、猛ダッシュで逃げようとするミロの首根っこを引っ掴むと、あらん限りのドメスティックバイオレンスギリギリなグレーゾーンの愛情表現で虐待ぎゃくたいしてやった。

「また俺の許可なく勝手に配ってこの子はーッ!?」

「ギャアアアース! いい仕事って褒めてよー! フレイちゃん重要人物なんだし、これくらいしてあげてもバチは当たらないでしょー!?」

 確かに結果オーライなのは間違いない。

「だけど生産者(?)である俺の許可なくだなー!?」

「搾乳したのはアタシなんだからアタシも生産者みたいなもんじゃーん! あれは昨日きのうの搾りたてだから産地直送だしーッ!?」

「き、昨日って……あん時・・・のかあああぁぁぁーッ!?」

 昨日の夜のことはノーコメントにしておく。

 思い出しただけで身体の敏感な各所が甘く疼くが、戦争中に変な気分になるわけにもいかないので殺戮の女神セクメトになりかける勢いで噛み殺す。

 恥ずかしさを紛らわすために電撃まで追加してミロにお仕置きした。

 舞台裏が騒がしさにフレイは気付く様子もなく、ミルクびんせんを抜くと一気に中身をあおった。銭湯せんとうの脱衣場でよく見るポーズで飲んでいる。

「ぷっはあーッ! めっちゃ美味おいしいッッッ!」

 飲み終えると同時にフレイは立ち直った。

 シャキーン! と効果音が聞こえるほど元気を取り戻したのだ。

 震えが泊まらない両足はしっかりと大地を踏み締め、肩に担ぐのもやっとだった巨大な勝利の剣を団扇うちわのように振り回し、威勢のいい言葉ばかり呟いていたがもう衰弱すいじゃくしていた声も元気いっぱいである。

 満面の笑顔でミルク瓶を持った左手をあらぬ方向へ振るフレイ。

「ツバサさーん! 美味しいミルクありがとーッッッ!」

 これを聞いたツバサはミロを締め上げる。

 外見的には年下に見えるフレイに神々の乳母ハトホルのミルクを飲まれ、反射的に超爆乳の乳腺が膨れる感覚に戸惑って赤面してしまう。

「あの反応……ハトホルミルクがどんなもんか知ってるじゃねえか!?」

「そりゃあどうやって調達してるか官能かんのう小説しょうせつ朗読ろうどくするくらいの細かさで説明してあげたから……ぎゃああああああああ電圧上がったあーッ!?」

 締め上げたまま流す電撃の威力を倍にする。

 地下都市アウルゲルミルの主戦力にして主砲であるフレイが回復したのは喜ばしいが、ツバサの心情は複雑なのでミロに八つ当たりしておいた。

 疲れが吹き飛んだフレイは勝利の剣を両手で構え直す。

「よぉーし、これなら無茶をすれば烈光剣バルドブラストをもう2、3回はぶっ放せそう! さあ来なさい半魚人ども! みんな光に変えて……あ痛ッ!?」

「調子に乗るな、このたわけが」

 ゴルドガドが軽く小突こづいてたしなめた。

 いつもより抑えた鉄拳制裁の後、フレイの頭を鷲掴わしづかみにして前に向ける。

「無理無茶無謀を前提ぜんていに話を進めるな。そなたも一国を預かる王ならば、一兵卒いっぺいそつの身を案ずるように御身おんみを大切にすることをおろそかにするでない」

 そして――冷徹れいてつな視線で戦況を見通せ。

「見よ、そなたの一振りに恐れを成した連中が慌てふためく様を……」

 ゴルドガドは状況をつぶさに見渡すようフレイに促した。

 地下都市アウルゲルミルから海辺まで続いていた深きものどもディープ・ワンズの軍列が見る影もなく、散兵さんぺいすらも古代ルルイエ語で喚きながら足を止めていた。海から上陸しようとする半魚人の影も少なく、また大軍勢の縦列じゅうれつを形成するには時間が掛かりそうだ。

 フレイの頭を後ろから掴んでいたゴルドガド。

 その手がゆるむと金色の髪がクシャクシャになるまで撫でた。少しかがんだゴルドガドはフレイの耳元に顔を並べ、痛快つうかいさを隠さない弾んだ声で言った。

 世話を焼いてきた姫君の成長を褒めるようにだ。

「奴らは警戒している。また烈光剣バルドブラストが振るわれるのではないか……とな」

 だから地下都市アウルゲルミル入り口に近寄れない。

 周囲は相変わらず三悪トリオ謹製きんせいの50m城壁がそびち、高性能ハイゴーレム兵団の増産が進められており、そちらはまだ混戦が収まる気配がない。

 ところ代わって――その50m城壁の上。
 
 三悪党の女ボスは両手に開いた無数の魔眼で状況確認を続けている。

「なんだいあれ・・、ミロちゃんの覇唱剣はしょうけんと張り合えるんじゃない?」

 ゴーレム兵の指揮をるマーナがぼやいた。

 念のため彼女たちには「ゴーレム兵はなるべく地下都市の正面へ回さないように」と通達つうたつしておいたが、その理由を察したらしい。

あれ・・に巻き込まれたらウチのゴーレム兵でも復活不可能みたいなぁん?」

「骨も泥も光になれー! とばかりにオジャンだったダスな」

 腕を組んでドロマンとホネツギーも納得の頷きを繰り返していた。

 正面入り口をわざと開けておき、そこに地下都市の兵隊のみを配置して、半魚人どもに手薄・・だと思い込ませ、ありったけの兵器で迎え撃つ。戦列が崩れたら兵士の持つ魔法の武器で応戦し、ここぞという時にフレイが切り札を打つ。

 その切り札――勝利の剣の殲滅力を考慮こうりょしての指示だった。

 魔力が尽きない限り無限に生産できる高性能ゴーレム兵だが、それでもフレンドリィファイアで消耗するのは戦力的にも資源的にも勿体もったいない。

 だから軍師レオナルド事前じぜんに仕分けておいたのだ。

 高性能ゴーレム兵団はあくまでも城壁周辺の防衛ぼうえいてっする。

 唯一城壁のない正面は、フレイたち地下都市の戦力に一任いちにんする。

 決死の覚悟を決めた彼らの意志を尊重しつつ、この場を死守しなければならないという責任感を担わせ、いざとなればフレイの主砲ですべてを薙ぎ払う。

 成果は上々、こちらに被害はなくあちらには大打撃だ。

 思ったより半魚人たちを警戒させたのも、ありがたい副次効果だった。

 ――まだ上陸していない300級の大型個体。

 カズトラたち若手のLV999スリーナイン四人組の活躍で目減りしていたが、フレイの放った烈光剣バルドブラスト(これが正式名称らしい)の戦績も目覚ましい。

 少なくとも3分の1は斬り滅ぼしたはずだ。

 軍列を組んでいた深きものどもディープ・ワンズもほとんど蒸発させており、海の彼方かなたまで届いた光の斬撃はまだ上陸前の海に潜んでいた半魚人も退治している。

 海面、海中、海底に溢れかえっていた連中だ。

 おかげで深きものどもによる芋洗い状態だった南海が、烈光剣の通り過ぎた場所だけ海が見えるようになっていた。光の余波で消えた者もいるようだ。

 海底基地から深きものどもディープ・ワンズはまだまだ湧いてくる。

 しかし、その勢いは明らかに減退していた。

 再び海を埋め尽くすほどの増援ぞうえんはできないのか、あちこちに海面を覗くことができるようになった。烈光剣バルドブラストの通り抜けた場所は「また来るかも……」と警戒しており、半魚人も近寄ろうとせず海の上に道ができている。

 無尽蔵むじんぞうかと恐れるほどの人員と戦力。

 それにかげりが見えた今こそ、まさしく好機こうきと言えるだろう。

『これはもういいッスよね!? 第二フェーズOKッスよね!?』

 通信網つうしんもうを介して投影スクリーンを開いたフミカは、文学系美少女の眼鏡付きな顔をはみ出させる勢いで詰め寄ってきた。言質げんち取ったとばかりにだ。

 ――第二フェーズに移る条件。

 はやる気持ちを抑えてツバサが提示した条件は以下の2つ。

 ひとつ、300m級の巨大な深きものどもディープ・ワンズを出撃させること。

 この条件は達成されており、カズトラたちの応戦やフレイの活躍によってその数を大幅に減らしていることから更なる好条件を叩き出していた。

 ひとつ、深きものどもディープ・ワンズの数が減って海が見えること。

 先ほどまでの南海は半魚人どもによって埋め尽くされていた。

 海上にも海中にも海面にも、一部の隙間すきまなく深きものどもが蔓延はびこっており、飛び散る水飛沫みずしぶきしかわからないほど海が覆い尽くされていたのだ。

 しかし、時間経過とともに徐々じょじょにだが減っていた。

 大陸島カスタヨルズに上陸して地下都市アウルゲルミルや五神同盟と交戦するうちに兵士を失い、星の数ほどいるとうたわれた深きものどもも目に見えて数を減らしていった。

 トドメとなったのがフレイの烈光剣バルドブラストだ。

 あの一撃で大型個体の3割を消し飛ばし、地下都市へ迫る軍列ぐんれつも消滅させ、海に届いた光の斬撃は上陸前の深きものどもの多くを撃ち滅ぼした。

 おかげで海が垣間かいまえるようになった。

 ここまで来れば慎重派のツバサといえど異論はない。

「ああ、OKだ……シャイニングブルーバード号の乗組員に伝えてくれ」

 ――行動開始とな。

 ツバサは歯形だらけで白目を剥いたミロを抱いたまま命じた。

   ~~~~~~~~~~~~

 バシャリ! と音を立ててスポットライトが差した。

 薄暗い空間を切り裂くような閃光だ。

 燦々さんさんと降り注ぐ目映まばゆい光を浴びるのはナナだった。澄まし顔のままポーズを取っているのが、羽織はおるダボダボの白衣のそでで手付きまではわからない。

 ――ナナ・イツァムナー。

 知恵と善意の最高神イツァムナーの子孫。

 ……というのはあくまでもVRヴァーチャルアイドルとしての設定。

 VRアイドルプロダクション・オーライブ所属のアイドルグループ、ハンティングエンジェルスの一員である。

 緑色の長い髪をなびかせた、天真てんしん爛漫らんまんを絵に描いたような美少女。

 毛髪が多いので頭の左右でお団子だんごにまとめてもいた。

 女子高生の制服を改造したようなアイドル衣装で着飾り、その上からダボダボの数サイズは大きい研究者向けの白衣にそでを通している。サイズが合わないので袖口そでぐちから手が出ず、余った両袖りょうそでをだらしなく垂れ流していた。

 こういうファッションのアニメキャラがたまに入る。

 彼女自身、工作者クラフターはしくれらしいので研究者キャラの役作りのようだ。

 そして――全身にイグアナをくっつけていた。

 ただのイグアナではなく、擬人化してデフォルメしたSDキャラみたいなイグアナである。それぞれ個性と人格を有した彼女の使い魔ファミリアとのこと。

 彼らはナナの過大能力オーバードゥーイングその物でもあるらしい。

「フッフッフッ……とうとうナナの真価をお披露目ひろめする日が来たようね」

 ジョジョ立ちなんて言われそうな複雑にしてファッショナブルなポージングを決めていたナナが、カッと両眼を見開くと緑に染まる眼光を輝かせた。

「さあ信奉者ファンのみんなーッ! 用意はバッチリーぃッ!?」

 OKェェェーーーッ! と大歓声だいかんせいが巻き起こる。

 同時にシャイニングブルーバード号の艦橋かんきょうの落とされていた照明が灯ると、ナナの周りには無数の使い魔ファミリアイグアナが集っていた。十や二十では足らないので、ザッと見積もっても数百体はいるはずだ。

 ナナの呼び掛けに黄色い声援で応じるイグアナたち。

 ナナ同様に白衣をまとう研究者風のイグアナが入れば、作業服を着込んだ現場で力仕事や機械の整備を担当する者、制服に袖を通したデスクワークを中心に艦橋で操船そうせん管理かんりを担当する者……役職の数だけファッションが異なっていた。

 このイグアナたちはナナの過大能力オーバードゥーイング具現化ぐげんかしたもの。

 ナナの信奉者ファンの化身とも言える存在だ。



 ナナの過大能力オーバードゥーイング――【直向きな信奉者よデディケイテッドその知識・イット・と叡智を献上せよ】インテリジェンス



 ファンとしてアイドルのナナをした人々。

 ナナと彼らは不思議な縁でリンクしており、そうしたファンの性格や能力を模倣もほうした使い魔ファミリアイグアナを、かつての登録者数だけ召喚できる能力だ。

(※登録者数=現実世界リアルでVRアイドルとして活動していたナナの動画配信チャンネルの登録数のこと。ハンティングエンジェルスは全員100万人前後。ナナもその気になれば100万人のファンをすべてを使い魔ファミリアにすることもできるが、統制とうせいが取れなくなるため無意識に人数調整している。使い魔として召喚されるファンは当番制のため、同じように見えて毎日違うイグアナだったりする)

 使い魔イグアナたちはファンなので誰もがナナに一途いちず

 総じて勤勉で真面目、ナナの頼みとあらば健気けなげに働いてくれる。

 ある者は研究者として知識系技能の研鑽けんさんに励み、ある者はナナを守るために身体を鍛えて戦闘系技能の錬磨れんまに勤しみ、またある者は曲がりなりにも工作者クラフターを自称するナナのために工作者としての技能スキルを磨いて、彼女の手伝いをする。

 本人たちがナナのために率先そっせんして働くのは言うまでもない。

 ただし、それだけではなかった。

 使い魔イグアナが学習した技能スキルは、魔術的回路を結べばナナも普通に使えるのだ。場合によってはナナの技能スキルとして習得することも可能。

 いつでも彼女の近くにはべるイグアナたち。

 いつも彼女の両肩や頭に乗っているイグアナが最たる例だが、彼らはナナの技能スキルを底上げするため魔術的にリンクした者たちである。

 常にベッタリくっついているのは、そういう理由があったからだ。

「……まあ、あたしってば自慢じゃないけど物覚え悪いからね」

 学習能力がない事実をナナはバツが悪そうに認めた。

「こうやって信奉者ファンさんたち習得してくれた技能スキルを脳内に流し込んでくれてるんだけど、一割も覚えてればいい方なんだよねー。ホント困っちゃう」

「そこはせめて二割……いや三割でしょうよ!?」

「いやー、五割が最低ラインじゃね? 打者なら三割は全然アリだけどさ」

 レミィが説教口調でツッコみ、マルカが半笑いで呆れていた。

 マルカに至っては最初からさじを投げている感じである。

「いいんじゃないの? 一割でも覚えれば?」

 ナナのつたない学習能力を容認ようにんしたのはドラコだった。

「たとえ一割でも繰り返してれば覚えていくってきっと……現にほら、このシャイニングブルーバード号だってナナちゃんたち・・が設計から建造までやってくれたんだし。役に立ってんだからいいじゃん」

 ナナちゃんたち、と複数形でドラコは言った。

 多くの使い魔ファミリアイグアナたちの功労こうろうもちゃんと数えているのだ。

 そうだね、とドラコは立てた人差し指を空でクルクル回す。

 上手い比喩ひゆを考えていたら閃いたらしい。

「その時に応じてデータ内容が異なる外付けSSDがいくつもあるみたいなもんだよ多分。ナナちゃんがメインPCで、イグアナくんたちがSSD」

(※SSD=ソリッド・ステート・ドライブの略。ツバサたちの生きた時代ではメモリーチップの高性能化が現代より進んでいる)

 たくさのSSDが独自に技能スキルという記憶情報を習得。

 状況に応じて最適の技能スキルを収めた外付けSSDをメインPCに繋げることで、ナナは臨機りんき応変おうへんに様々なことに対応できる。

「……ってな理屈で考えればいいんじゃない?」

「あー、ドラコンそれしっくり来るわ」

 ポン、と手を打ったマルカは腹の底から納得した顔になった。

「いいんかそれ? SSDって……言われてみればそういうものかも?」

 最初は異論いろんとなえようとしたレミィ。

 だが、ツバサに負けず劣らずの爆乳の下で腕を組んで首を左右に傾げながら悩んでいるうちに、なんとなく納得してしまったらしい。

 仲間たちが得心とくしんしたところでドラコは呵々かか可笑おかしそうに笑う。

「あるいは――究極の他力たりき本願ほんがんな能力かもね」

「ドラコン言い過ぎー! ナナだってやる時はやるんだからねー! まあ、基本は信奉者さん任せだけど……七割、いや八割……九割くらい任せてる」

四捨ししゃ五入ごにゅうしたらほぼ100%やんけ!?」

「うううっ……聞こえなーい♪ これがナナの実力だもーん!」

 レミィに関西弁でツッコまれたナナは両耳をふさいで呻いていたが、吹っ切るように明るい声を張り上げてから踊るように手を振った。

 信奉者ファンである使い魔ファミリアイグアナたちに合図を送るためだ。

「さあさあ信奉者のみんなー! いざ戦闘配置にレッツスタンバイ!」

 シャイニングブルーバード号――作戦ミッション開始スタート

 了解! の返事よりも早くイグアナたちは各人の持ち場についた。

 ナナがスポットライトを浴びるため暗くしていた艦橋には明るさが戻ったが、それ以外の艦内かんないも極力照明を落としてエネルギーの発生を抑えていた。

 シャイニングブルーバード号はステルス状態にあったからだ。

 艦橋かんきょう操船そうせんスタッフより隠密ステルス状態を解除。

 駆動部くどうぶに駆けつけた工作者クラフターのイグアナたちがエンジンを再始動させ、艦体かんたいすべての出力を急上昇きゅうじょうしょうさせる。これに合わせて隠密や隠蔽いんぺい認識にんしき阻害そがいなどといった技能スキルを複雑に絡ませたステルスのための防衛ぼうえいフィールドを解除。

 これにより青い巨鳥きょちょうを思わせる飛行シャイニング船艦ブルーバードが南海上空に姿を現した。

 第二フェーズまで空の上で息を殺してステルスで身を潜めており、「ずっとスタンバってました」状態で待機していたのだ。

 しかし、深きものどもディープ・ワンズのリアクションは薄い。

 海面にいる半魚人たちは突如とつじょとして現れた飛行船艦に多少なりとも反応するが、他に大事がいくつも起きているので対処しきれていない。

 まず攻め込んだ地下都市アウルゲルミルからの猛反撃に太刀打ちできていない。

 50mの城壁からは無限にゴーレム兵が現れて人海じんかい戦術せんじゅつで押し返される。

 満を持して登場した300m級の大型個体も半数が消滅。

 その大型個体を跡形あとかたもなくちりにした光の刃により、上陸した半魚人はおろか上陸前の待機組まで数百万単位で消し飛ばされてしまった。

 星の数ほどいた兵力も明らかに激減げきげんしている。

 古代ルルイエ語で「マズい!」というわめごえ連呼れんこされていそうだ。

「弱り目に祟り目……そういう時こそ狙い目ってね」

 ドラコは艦橋かんきょうの後ろへと歩いて行く。

 そこはちょっとしたステージになっており、既にドラム、ギター、ベース、キーボードの準備をしたバンドみたいなイグアナたちが待ち構えていた。

 ステージに上がったドラコもマイク片手である。

 ――ドラコ・サカガミオウ。

 天帝に逆らった赤龍王せきりゅうおうの一人娘。

 こちらもまたVRヴァーチャルアイドルならではの設定だった。ハンティングエンジェルスの精神的支柱、実質リーダー的存在だ。

 現実の彼女は『地上最強の民俗学者』と恐れられた逆神さかがみ三郎さぶろう教授の愛娘で、その逆神教授に師事しじをしたアハウの妹分でもある少女だ。

 燃えるような赤髪が特徴的な、スタイルのいいイケメン女子である。

 黒のタンクトップやミニスカと露出度が高そうな衣服の上から、アーミージャケットやゴテゴテした軍用ブーツなどでワイルドに固めていた。

「そんじゃあハードなナンバー行っときますか」

 手にしたマイクを水平に口元へ当てたドラコは勝ち気に微笑んだ。

 ――アゲアゲ☆TENSIONテンションFEVERフィーバー!!

 ハンティングエンジェルスとして発表した曲ではなく、ドラコ自身のオリジナル楽曲を叫ぶと、それに合わせてイグアナたちの演奏えんそうが始まる。

 そして、ドラコの咆哮ほうこうのようなシャウトが轟いた。

 艦橋はおろか艦内は言うに及ばず、南海から大陸島カスタヨルズにまで届くほどだ。

 何なら飛行戦艦の両翼のうえに投影スクリーンを組み合わせて立体化させた大型スピーカーが現れて、ドラコの歌声をこれでもかと鳴り響かせている。

 LV999スリーナインのドラコが発する雄叫びのような歌声。

 それは不死の深きものどもディープ・ワンズにすらおそおののかせる脅威きょういはらんでいた。



 ドラコの過大能力――【赤龍王の威光レッドドラゴンは天に逆巻き・マジェスティ力となる】・フォース



 他者を畏怖いふさせた分だけドラコに強化バフが掛かる能力だ。

 単に脅えさせたり恐怖を感じさせるに留まらず、たとえドラコより強者であっても「ドラコは強い」と認めさせれば、それだけで強化が発生する。

 認知させればさせるほどドラコは強化されていく。

 強化されたドラコが畏怖されれば、更に強さが上掛けされる。

 上手く立ち回ればハウリングみたいな共鳴きょうめい現象げんしょうを引き起こし、延々えんえん強化バフを重ねられるという末恐ろしい過大能力でもあるのだ。

 戦場で使えば御覧の通り――。

 幾千いくせん幾万いくまん雑兵ぞうひょうからの恐れがドラコの力を高めていく。

 集めた敵の恐れを取り込んで自身を強化バフするのが本来の使い方だが、純粋なエネルギーに変換して龍の吐息ドラゴンブレスめいた波動砲はどうほうを撃つことも可能。
(※第496話参照)

「そんでもって強化バフを仲間に譲ることもできる……と」

 こういうところは過大能力オーバードゥーイングならではのみょうである。

 ドラコたちもLV999スリーナイン。過大能力を活かす方法を各々で日々研究しており、こうした用途ようとはばも広げてきたらしい。

「はーい♪ ドラコンの強化バフはこっちでもらいまーす♪」

 ドラコの過大能力から生まれた莫大な強化エネルギーを引き受けたのは、他でもないナナだった。ただし、ナナが自らの強化に使うわけではない。

 強化するのは飛行戦艦シャイニングブルーバード号。

 白衣の両袖りょうそでを振り回すナナは大見得おおみえを切る。

「ナナの造ったシャイニングブルーバード号が、単なる空飛ぶカッコいい戦艦だと思ったら大間違い! この子の真髄しんずいは別んとこにあるんだからね!」

 この飛行戦艦の真価しんか――それは増幅ぞうふく装置そうちであること。

 赤龍娘ドラコ、氷狼娘レミィ、九尾狐マルカ。

 三人の過大能力オーバードゥーイングが発揮するパワーを倍加ばいかすることで、敵を撃滅するための兵器や防衛ぼうえいフィールドへ転化てんかするためのブースター機能を備えていた。

 ナナが仲間と認めた神族や魔族も同様である。

 おかげで五神同盟の仲間も乗船すれば強化されるようになっていた。

「みんなの力をただ倍にするだけじゃないからね! 乗算よ乗算!」

 これ見よがしに誇らしげなナナは小首を傾げた。

「……乗算じょうさんってなーに?」

「知らずにほざいてたんかい!?」

 レミィからキレのあるツッコミが飛んでしまった。

(※乗算=正しくは乗法じょうほう。噛み砕いていえば掛け算のこと。ナナは多分、同じ数字を掛ける演算えんざん自乗じじょう”によって自然数が増大していくのと同じくらい「スッゴくパワーアップするよー!」と言いたかったのだろう。多分)

 いつもならハンティングエンジェルスの過大能力を、飛行戦艦の攻守を司る兵器のエネルギーに転用するのだが、今回の作戦では一味違う。

「なんと――五神ごしん同盟どうめいからスペシャルなお客様をお招きしております!」

 歌いながらも歌詞の合間に忙しなく喋るドラコは、艦橋かんきょう片隅かたすみで出番を待っていたゲストを紹介するかのように大きく手を振った。

 その際、ドラコは悪ふざけ上等な言い方で二人に声を掛ける。

「センセー、おねがいしまーす♡」

「「――どぉーれ♪」」

 ゲストコンビも心得たもので、今時いまどきわかりにくい小芝居こしばいながら喜々として応じてくれた。レミィやナナには通じないのかポカーンとした表情だ。

 唯一、マルカが苦虫を噛み潰した顔で唸っている。

「う~ん……いや、わかりにくいはそのネタ!」

 悩んだ挙げ句、マルカは早口で捲し立てるようにツッコむ。

「アタシみたいにお祖父じいちゃんと一緒になってサブスクで昔懐かしい時代劇でも見てなきゃわかんないでしょ! いや、それにしたってレアな演出よそれ? コッテコテすぎて時代が下るほど使われなくなったネタなんだから!」

「なんだマルルン詳しいじゃーん♪」

 わかりにくいネタを振ったドラコも大喜びだった。

 これ――かつての時代劇でよく見られたワンシーンである。

 主人公の剣士が敵の本拠地などに乗り込み、バッタバッタとザコ敵を斬り倒す強さを見た悪党の親玉が、用心棒として雇った凄腕すごうで剣客けんかくを呼び出して戦わせる……というお決まりのようなシチュエーションがよく見られた。

 この時、用心棒は悪党から「先生!」と敬われるのが常である。

 だから大体こんな掛け声で呼びつけるのだ。

 たとえば「先生出番です!」とか「先生頼みます!」などのパターン違いもあり、用心棒も返事もせずに「ユラリ……」と現れたりもする。

 どぉーれ♪ なんて自信たっぷりに登場する輩は大抵やられ役だ。

 意外と演出にもバリエーションがあったらしい。

「ガッハッハッ! 用心棒ってのはこんな心持ちで登場してたんかのぉ!」

「ゲロゲロゲロ! よく内緒で地球テラの物語を観てたのを思い出すわ!」

 用心棒の先生にされたオッサンコンビも上機嫌だった。

 ハトホル太母国 副官 横綱ドンカイ・ソウカイ。

 水聖国家オクトアード 国王 ヌン・ヘケト。

 空間転移の扉で駆けつけてくれた助っ人コンビである。

 他にも五神同盟から来てくれた援軍えんぐんは数名おり、軍師レオナルド采配さいはいによって適材てきざい適所てきしょ配備はいびされている。飛行戦艦には三名ほど乗り込んでいた。

 ドンカイは身の丈3mに近い鬼神オーガ系の神族。

 横綱に相応しい筋肉に鎧われた巨体には相撲取りらしく浴衣ゆかたをまとい、マントの代用品として青海波せいかいはをあしらった着物を肩に掛けている。髪型は大銀杏おおいちょうに結い、その図体を支える特製の下駄げたを履き鳴らしていた。

 そんな大柄なドンカイの肩にちょこんと腰掛けるカエルの王様。

 どことなくマスコット気取りのヌンだ。

 擬人化ぎじんかした肌の色が黒いカエルみたいな容貌ようぼうである。

 動物の頭をした神族は真なる世界ファンタジアでは珍しくはない。

 ヌンの祖母はかえるの姿をした創世神。その特徴を受け継いでいるのだ。

 子供と見間違うほど小柄で長い白髭しろひげを蓄えているため、カエルながらも老人であることが一目でわかる。軽めの鎧を身につけてマントを羽織って杖を突いているので、より神様らしくも見えてしまうだろう。

「カエルの王様カワイイー♡」

 ヌンの容姿ようしはナナの感性かんせいにストライクだった。

 かつてファンをマスコット化する際にイグアナを選び、使い魔ファミリアもその見た目を受け継いでいるのでわかると思うが、これ・・がナナの趣味である。

 小動物、昆虫、爬虫類、両棲類、魚類、その他エトセトラ……。

 ナナは動物全般を愛玩できるタイプの女の子だった。

 動画配信でもレプタイルズ飼育講座なんてシリーズを続けるほどだ。
(※レプタイル=爬虫類のこと)

 若い子から甘い声で褒められてカエルの王様も嬉しそうにゲロゲロと喉を鳴らす。求愛時のカエルの鳴き声に似ているのは気のせいか?

「ゲロゲロゲロ、儂もまだまだ満更じゃないのぉ……儂そんな可愛い?」

「うん、めっちゃタイプ! 大きな水槽ケージで飼いたいくらい!」

「ナナそれペット目的でしょアンタ!?」

 間髪かんぱつれずレミィがツッコミで張り倒した。

「ヌン様は一国いっこくの王様だって説明されたでしょうが! なにいきなり本音で失礼なことぶっちゃけてんの!? すいません、ホントうちの子が無礼ぶれいで……」

 叱りつけた後、レミィは代理だいりでヌンに平謝りする。

 ナナの後頭部を掴み倒して一緒に頭を下げさせるのも忘れない。

 暴走しがちだったりアバウトだったり情緒じょうちょ不安定ふあんていだったり、好き放題にやる仲間のツッコミ役のみならず、お母さん役までがんばっているらしい。

 そんなレミィにツバサは親近感しんきんかんが増すばかりだ。

 構わん構わん、とヌンは寛容かんようだった。

「同じようなことを国の小童こわっぱどもにもよう言われるわ。それくらいの子供ならトカゲやらカエルやらを飼いたい年頃なんじゃろうて。ケロケロケロ♪」

「あたし許された!」

「精神年齢低いって見逃されただけでしょこのおバカ!」

 諸手もろてを上げて喜ぶナナをレミィは怒鳴りつけた。

 ゲラゲラゲラ! とステージではドラコが腹を抱えて爆笑していた。

「いーじゃんいーじゃん。ツバサさんやミロちゃんの時もそうだけど、大陸島カスタヨルズの人たち以外と会えたのも久し振りなんだからさ。はしゃぎたくなる気持ちもわかるでしょ? アタシだって有名人・・・に会えてつい……」

 これ貰っちゃったし♪ とドラコは道具箱カスタヨルズから何やら取り出した。

 それは一枚のサイン色紙だった。

 はみ出しそうなくらい大きな手形が朱肉しゅにくを塗って押されており、空いたスペースには水墨画すいぼくが落款らっかんみたいに達筆たっぴつなサインが書かれていた。

 ドラコの手に取った色紙にマルカが反応する。

「それ……ドンカイ親方のサイン付き手形じゃん!?」

 いつ貰ったのよ!? と九本の尻尾をピーンと逆立さかだてて詰め寄っていく。ドラコは小さなマルカが届かないように色紙を頭上に持ち上げた。

「見せて! てか見せろ! いっそ寄越よこせ! このこの……ッ!」

「さっき挨拶した時こっそりね……ドンカイ親方っていえばアタシらの世代じゃあゲーム情報系に引っ張りダコの人気タレントだったからさぁ」

 貰っとかなきゃ嘘でしょ♪ とドラコは満面の笑みでウィンクした。

「「……そういえばそうだった!?」」

 レミィとナナも今頃になって気付いたらしい。

 こちらはドラコの元には駆け寄ろうとせず、すぐそばにいたドンカイへお菓子を強請ねだる子供のように群がった。いや、子供そのものだった。

「ナナもサインください! “早起きして30分ゲーム!”小さい頃よく観てました! ドンカイ親方のファンです! サインサイン!」

「私も……レミィも観てました! サイン一筆いっぴつお願いします親方!」

 ハンティングエンジェルス全員――直撃世代だった。

 まあまあ、とドンカイは朗らかな態度でアイドルたちをなだめた。

「ちゃんと手形もサインもしてあげるから落ち着きなさい……いや、それにしてもこうして持て囃されるのは久しいのぉ。懐かしくなってしまうわい」

 困り顔で呟くドンカイは苦笑いを浮かべていた。

 ドンカイは現実リアル角界かっかいで本物の横綱だった偉大なる相撲人すまいびと

 第101代横綱――呑海どんかい

 最初の四股名しこな蒼海そうかいだったが大関昇進を機に改名。

 現在のドンカイ・ソウカイという名前は二つの四股名に由来する。

 不慮ふりょ事故じこに巻き込まれて足を痛めたため現役げんえき退しりぞいたものの、趣味のゲームを活かしてタレントに転身した経歴の持ち主だ。

 子供向けの朝番組で司会を務めたり、ゴールデンタイムに中高生向けのゲーム配信動画でコメンテーターをしたり、深夜のeスポーツ情報番組では週替わりゲストでご意見番として招かれたり……とにかく出演番組が多かった。

 テレビやネット配信、垣根かきねなく満遍まんべんなくという人気振りだ。

 おかげで知名度もこのように抜群ばつぐんである。

 実はこれまで五神同盟に加入した仲間たちにも、ドンカイと初めて出会った人々は同じような反応をしていたりする。

 組長バンダユウはそもそも大の相撲ファンだし、ドラコたちと年が近いミサキたち高校生組にもファンが多く、カズトラやヨイチの年代でも人気を博し、マリナのような幼年組も「ゲームの横綱」のあだ名で知られている。

 老若ろうにゃく男女なんにょ――幅広い世代に人気を博していた。

 マルカの食いつきの良さはバンダユウの孫だからだろう。

 祖父と一緒に観ていた大相撲の頃からドンカイ親方のファンだったらしい。

「ちょいと待っていなさい。どれどれ……」

 元横綱もファンへの応対は手慣れたものだった。

 サインも日常茶飯事とばかりに、紙を三枚用意すると素早く朱肉しゅにくを塗った手形を押して、達筆なサインをサラサラと書いていく。

 サインを渡す相手の名前を「~さん江」と記す心配りも欠かさない。

「うむ、全員に行き渡ったかな?」

 いつの間にかマルカもドンカイに群がっており、レミィとナナとそれぞれに色紙を持っている。三人とも横綱を見上げると良い笑顔でお辞儀する。

「「「――ありがとうございます親方!!」」」

「うむ、応援ありがとう……これからは五神同盟の一員同士、仲良うしてくれると嬉しいし頼もしいぞ。よろしくな皆の衆」

 ファンからのお礼を真摯しんしに受け止めたドンカイも頷いた。

 先日は五神同盟の若者たちに熱烈歓迎でサインを求められたアイドルたちが一転、年頃の若者らしくドンカイ親方にハイテンションでサインを求める。

 なんとも不思議な構図だった。

 さて、とドンカイはきびしめに語気を正す。

「アイドルさんたちと交流会も捨てがたいが、そろそろお仕事に取り掛からねばならんな……そのためのお膳立ぜんだてもしてもらったわけだからして」

「おおっと、ついわしも浮かれとったわ」

 ヌンも「しもうた!」と言いたげなうっかり顔でひたいをピシャリと叩いた。ピョンと蛙らしい身軽さでドンカイの肩から降りる。

「若い娘さんとたわむれとると、時間と大事なことを忘れるからいかんわい」

 床に降り立ち、杖を突く頃には老将ろうしょう双眸そうぼうを研ぎ澄ませていた。

「どれ、招聘しょうへいされた分だけのいくさばたらきをさせてもらおうか」

 先ほどまで美少女アイドルたち相手に鼻の下を伸ばしていたオヤジたちはどこへやら、そこには覇気はきをまとう歴戦れきせん猛者もさ二人が肩を並べていた。

 まずはドンカイが先方を務める。

 幾千もの取り組みで相手を張り倒してきた豪腕ごうわんを突き出した。

 そこからほのかに蒼い光が立ち上ったかと思えば、それに呼応するように眼下がんかの海で異変が生じていた。変化していく様子はメインモニターに映される。

 南海の波が――荒れつつあった。

 元より大量の深きものどもディープ・ワンズが海のすべてを埋め尽くす勢いで占拠せんきょしている状態で、いくら数が減ったといっても芋洗いもあらい状態は変わらない。

 なのに海面が波打っていた。

 かなり遠方から岡目おかめ八目はちもくで観察しないとわからない。

 大きな津波がせては退いて繰り返しており、南海のそこかしこに津波の丘みたいな隆起りゅうきがうねりを起こしていた。時を追うごとに波は激しさを増していく。

 力強い海底かいてい深層流しんそうりゅうをも泳ぎ切る深きものども。

 水泳が達者たっしゃな彼らですら押し流されていく濁流だくしゅうとなりつつあった。

 やがてしおの流れそのものが変わりながら激しさを高めていき、グルグルと円を描くような海流を形作り、巨大な渦潮うずしおがとぐろを巻いていた。

「海は自分たちだけの土俵どひょう……と自惚うぬぼれておらんか?」

 五神同盟こちらにも海で大一番を取れるものがおるぞ、とドンカイは豪語した。

 ドンカイの過大能力オーバードゥーイング――【大洋と大海ミキシング・を攪拌せしオーシャンズ轟腕】・アーム

 ドンカイの両腕、左右の豪腕は海と繋がっていた。

 張り手や突っ張りを突き出せば、何もかもを押し流す大海流を鉄砲水のように打ち出すこともできるし、河川の流れを自由自在に変えることもできる。

 海水淡水問わず、水や川や海の操作や召喚を主とした能力だ。

 フルパワーで繰り出せば、深きものどもを巻き込むほどの渦潮うずしおを巻き起こすことも可能であり、現在進行形で取り組んでもらっている最中さなかだった。

「そんな親方の過大能力を倍率ばいりつドーンでパワーアップ!」

 ナナの指示の元、艦橋かんきょうスタッフの使い魔ファミリアイグアナたちも動き出す。

 飛行戦艦シャイニングブルーバード号の増幅装置としての機能をフル活用することで、ドンカイの過大能力にかつてない強化バフを上乗せするのだ。

 強化が倍掛けされた渦潮うずしおはその規模きぼを拡大させる。

 回転する速さも流れに掛かる水圧も殺人級の威力となる。いくら海に慣れた半魚人たちでも命の危機を覚えかねないはずだ。

 恐らく、地球上でこれほど巨大な渦潮は発生しなかっただろう。

 なにせ渦潮の中心は海底数千m下に位置する深きものどもディープ・ワンズの基地に届いており、深海に隠されていた基地を白日はくじつもとに晒したのだ。

 彼らにとって大量の海水は基地を守る防壁に等しい。

 それを奪ったも同然である。

 ドンカイの生み出した渦潮の直径は数十㎞に及んでいるだろう。

 巻き込まれた半魚人たちも堪ったものではない。

 今回は殲滅戦せんめつせんだと聞かされているドンカイは、情けも容赦も捨てている。巻き込んだ者をつぶすべく渦潮うずしおの回転率をひたすら上げていた。

「……もっとえげつないこともしとるしのぉ」

 残虐性ざんぎゃくせいの内に微かな罪悪感ざいあくかんを匂わせてドンカイは呟いた。

 ドンカイの脳内に無機質な声が響く。



 過大能力――【大洋と大海ミキシング・を攪拌せしオーシャンズ轟腕】・アーム
     ――【聖化確認】コンセクレイト
 過大能力――【大海洋の神流エクソシスムにて万物を聖浄せし・オーシャンズ・豪腕】アーム



 過大能力オーバードゥーイングの覚醒に伴う能力の向上と変質。

 海を操る力がより一層高まるだけではなく、ドンカイが『悪しきもの』と認識した存在を洗い清めるように消し去る効果が付与ふよされていた。

 五神ごしん同盟どうめいとって蕃神ばんしんなど最たる例――悪しきものだ。

 ただでさえ深海の水圧にも勝る激流で五体を砕かれていた深きものどもは、渦潮に巻き込まれただけで肉体が消滅していく異常事態に恐怖した。

 ――上陸前の海に潜む深きものどもの鏖殺おうさつ

 これも軍師殿レオナルドの策のひとつ、ドンカイはうってつけの人材だった。

 しかし、殺意が高すぎるという問題点も抱えている。

 殺されると承知で持ち場にいられる責任感の持ち主は少ない。

 あまりに威力が強すぎるため、抵抗するよりも逃げた方が得策とくさくだと考える半魚人が現れると予想されていた。特に絶食ぜっしょくによって爪先に乗るほど小型化した深きものどもは、偵察員ていさついんであると同時に万が一の保険でもあった。

 その遁走とんそうを許すことなく――取りこぼさずに抹殺まっさつする。

 ヌンが応援として呼ばれた理由が、この抹殺を補完ほかんするためだった。

「……ったく、蕃神ばんしんのくせして親戚しんせきみたいなつらしおってからに」

 水掻みずかきのあるてのひらを上に向けるヌン。

 深きものどもにはかえる蝦蟇がまのような顔をした者もいるし、自分と同じように水掻きのある手足を持つことに、ヌンは露骨な嫌悪感を抱いているようだ。

 普段はコミカルな表情が似合うカエルの王様。

 その顔が険しい迫力を発し、殺戮も辞さない覇王の眼差しとなった。

「こういうのも近親きんしん憎悪ぞうおというんかのぉ……儂の憎しみは計り知れんぞ?」

 ――蕃神きさまらを滅ぼし尽くすまで死ねんからな。

 老王ろうおう宣誓せんせいするように断言する。

 愛する子供たちを蕃神との戦争で失ったヌンはその悲哀ひあいも然る事ながら、好戦的な性格ゆえ蕃神に対する憎悪や怨嗟えんさを募らせ、ツバサたちとくつわを並べて蕃神との再戦に臨もうとする勇猛な王でもあるのだ。

 奉仕種族にして眷族とはいえ――深きものどもディープ・ワンズも蕃神の一員。

 手控てびかえる事情はどこにもなく、鏖殺おうさつに足る理由がそこにはあった。

 ヌンの掌の上に水球が現れる。

 それは水にしては粘性ねんせいが高いのか透明感があるのにドロドロとうごめいており、まるで大きな水飴みずあめを空中で練り回しているかの如くだった。

 ヌンは真なる世界ファンタジアの神族なので過大能力オーバードゥーイングは持たない。

 過大能力はVRMMORPGアルマゲドンを介して神族や魔族に進化した人間が覚醒できる、新しい世代の種族にのみ許された新時代の能力らしい。

 だが、ヌンは過大能力に負けず劣らずのものを持っていた。

 創世神である祖母より受け継いだ、混沌より滴り落ちた魔力のしずく

 それらを自在に操るヌンの力は過大能力に引けを取らない。

混沌より滴るものカオス・リキッド ナンバー64 粘網ねんもう

 水飴みずあめのような水の玉は発光して効果を発露はつろさせる。

 それはドンカイの巻き起こした巨大渦潮に相乗りする形で現れており、流れる潮がゆっくり粘性を帯びてきていた。粘り気の強い海流はいくら水泳上手な半魚人でも泳ぐことができず、すべなく身体を砕く激流に押し潰されていく。

 それどころか鰓呼吸えらこきゅうまで阻害そがいされていた。

 濃い粘液ねんえきえらを塞ぐどころか、のども詰まらせて窒息ちっそくへ導く。

 海中では鰓呼吸、陸上では肺呼吸、どちらも生活できるバイタリティ。

 ヌンはその両方を念入りに潰していた。

 積年せきねんうらみがたぎるのか、執拗しつようと言い換えてもいいくらいだ。

「そして……一匹たりとも逃がしはせんよ」

 蛙の眼球を細めるとべろりと長い舌を舐めずる様に嗜虐的しぎゃくてきであるとともに、彼が王である前に家族を奪われた復讐者ふくしゅうしゃであることを思い出させる。

 粘網ねんもうという混沌の雫カオス・リキッドの効果は終わらない。

 海水に同化するもスライムめいた性質も有している粘網。

 見えない触手しょくしゅを海中の四方八方へと伸ばしていき、南海を覆うほど広がりつつある巨大渦潮から逃れようとする深きものどもディープ・ワンズを絡め取っていく。

 そして、地獄へ落とすように渦潮うずしおへ引きずり込むのだ。

 断食により極小化した深きものどもも見逃さない。

 ドンカイの過大能力だけではなく、ヌンの混沌より滴るものも飛行シャイニング戦艦ブルーバードの機能である能力増幅の恩恵おんけいに与っている。

 このため、すべての効能がいちじるしく上昇していた。

 そこには当たり前のように殺傷力が含まれているのは言うまでもない。

 渦潮への回収率は95%を越える徹底さであった。

蕃神ばんしん死すべし――慈悲じひはなしじゃ!」

 ヌンの底知れぬ執念しゅうねんに、さしものアイドルたちも固唾かたずんでいた。

「なんだろう、この鬼気迫る迫力……お父ちゃんを思い出す」

「誰だって本気を出せば怖い……って田舎のお祖母ちゃんが言ってた」

 普段あっけらかんとしたドラコも真顔になり、ヌンの覇気に当てられたのか頬に冷や汗をたらしていた。レミィは少し心配そうに見つめている。

「カエルの王様……カワイイだけじゃなくてカッコいい!」

 イケメンガエル! とナナの子供らしい感性かんせいはブレなかった。

 一人だけドン引きしていないアイドルがいる。

「お祖父ちゃんとか組の人たちとか見慣れているせいか、割かし耐性あったみたいね、わたしって……んじゃ、そろそろ参加しますか」

 ドンカイとヌンのお手伝いをするべく、マルカも参戦するようだ。

 ――マルカ・ナインテイル

 霊狐れいこの頂点たる九尾きゅうびきつねの孫娘。

 他の仲間たちと右に同じ、VRヴァーチャルアイドルとしての設定である。ハンティングエンジェルスでは調整役を兼ねたムードメイカーだ。

 現実リアルの彼女は穂村組ほむらぐみの現組長バンダユウの孫娘。奥さんと離婚したバンダユウだが、子供や孫とは交流があり、足繁あししげく組に通っていた時期もあったという。

 道化師クラウンめいた化粧けしょうをした笑顔を絶やさない美少女だ。

 狐色のミディアムボブはヘアスタイルを揺らして、ビスチェを元に花魁おいらんや歌舞伎役者をイメージした派手なファッションで着飾っている。ハンティングエンジェルスでは最も小柄だが、存在感と表面積は一番大きいだろう。

 彼女は九尾の狐の孫という設定。

 そのため狐耳は勿論、九本の狐の尻尾まで生やしていた。

 九尾のしっぽは背中へ広げるように立たせているので、それが大きな存在感を発していた。まるで大きな後背を背負った仏像のようだ。

おん! アビラかんたらウンケンなんとかソワカ!」

「絶対テキトーでしょその呪文!?」

 レミィに適当てきとうと言われた呪文を唱えたマルカが素早く両手で印を組めば、お尻から生えた九尾きゅうび千切ちぎれるように分離した。

 離れた尾は五本。どこかへ転送されていくように消えていく。



 マルカの過大能力――【九尾に宿る有為ナインテイル・転変な九の化身】ナインライブズ



 端的たんてきに言えば、自身と同等の強さを持つ使役獣しえきじゅうを創造する能力。

 LV999スリーナインの「わたしのかんがえたさいきょうのモンスター」を作ることができ、想像が膨らむ限り無限の使役獣を用意することができる。

 これらの使役獣はマルカの分身でもある。

 ただし上限は九体まで――。

 狐の尻尾を触媒しょくばいにしてマルカの想像力を具現化ぐげんかさせるのだ。

 しかし、上限じょうげん一杯いっぱいまで使わない方がいいらしい。

 マルカの消耗しょうもうが激しくなるのもあるが、たくさんの使役獣を想像するとその分だけ精度せいどが落ち、LV999スリーナインといえどピンキリな性能になるという。

 一体に全力を注ぐか、九体に力を均等きんとうに分けるか。

 ベストなのは二体から四体くらいの数体に留めておき、そこそこ強い使役獣数体を戦力として場に投入するのがいいようだ。

 今回は五体、ちょっと多めだが補佐ほさなのでこの数である。

「出なさい――雷鰻らいばん×5!」

 海中に召喚されたのは、一見すると蛇のようなシーサーペントだった。

 ×5の言葉通り、五体が海を泳いでいる。

 全長数百mに及ぶ龍にも似た細長いフォルム。胴回りは巨人でも一抱えでは済まなそうなくらいあり、頭や口元からひげみたいな触覚しょっかくを生やしていた。

 大きな龍や蛇みたいだが顔付きに獰猛どうもうさはない。

 名前に“鰻”ばんとある通り、“鰻”うなぎを連想させる顔立ちをしていた。

「さあウナギちゃんズ! 急速潜行! 急速回転! 急速回遊!」

 回れ回れーッ! とマルカは景気のいい声で使役獣たちに発破はっぱをかけた。

 突き上げた手をグルグル回してオーバーアクションだ。

 指令を受けた鰻たちは首もないのに頷くと、巨大渦潮からつかず離れずの距離を取っていき、その周囲をとんでもないスピードで泳ぎ始める。

 渦潮の回転に沿って、その流れへ拍車はくしゃをかけるようにだ。

 使役獣たちの働きを見守るマルカは懐かしそうに瞳をニヤつかせた。

「みんなはやったことあるかなー? 人力流れるプール?」

 流れるプール――または流水プール。

 ポンプなどで水を送り出してプール内に流れを作り、泳がずとも勝手に身体が流れていくものだ。レジャープール施設しせつなどでよく見掛けるだろう。

 これを人力で行う方法がある。

 学校にある25mサイズのプール。

 そこに一クラス3~40人ほどの生徒を投入。プールのふちへ並ぶように立たせたら同じ方向へ歩かせるなり泳がせるなりする。これを続けていくと生徒たちの動きが水の流れとなり、流れるプールと似たような状態になる。

 これが人力流れるプールである。

 マルカが五匹の使役獣に命じたのは、その再現みたいなものだった。

 ただでさえ轟々と渦巻いて南海を覆わんとする巨大渦潮。

 雷鰻らいばんと名付けられた龍のように巨大な使役獣たちがその周りを回転する流れに乗って豪速で泳げば、恐ろしいまでの拍車が掛かること請け合いだ。

 当然、渦潮の破壊力はいや増すばかり。

 しかも使役獣たちは泳ぎながら高圧電流を垂れ流している。

雷鰻らいばんって……まんまデンキウナギ!?」

 その通ーりオフコース! とマルカはレミィのツッコミを肯定した。

「親方とカエルの王様のドロドロ特大渦潮の威力と回転率を底上げしつつ、そこから逃げようとする半魚人たちを電撃の囲い網で一網いちもう打尽だじんって寸法すんぽうよ!」

 事実、雷鰻たちの発する電撃は網を形作っていた。

 海中であろうと目に映るほど強力な稲妻が線を描き、本当に網のような形になって巨大渦潮を囲んでいた。近付いただけで感電死する電撃の網だ。

 例に漏れず、マルカも飛行戦艦からの支援を受けている。

 ナナとドラコの強化バフを受けて、使役獣たちの能力も底上げされていた。

 これで海中の深きものどもディープ・ワンズは完全に包囲した。

 拠点である海底基地を中心に巨大渦潮が渦を巻いて、その中には蕃神絶対殺すスライムともいうべき混沌の雫カオスリキッドが漂い、渦潮の周りを泳ぐ巨大デンキウナギたちが電撃の網で取り巻いているのだ。

 逃げ場なんてどこにもない――だから追い打ちを仕掛けていく。

「私が大トリ……が、がんばります!」

 緊張した面持ちを紅潮させたレミィは意気込んでいた。

 ――レミィ・アイスフィールド。

 霜の巨人ユミルに仕えし氷狼王ひょうろうおう末裔まつえい

 彼女の設定もまたVRヴァーチャルアイドルならではだ。ハンティングエンジェルスはツッコミ役にしてまとめ役、表向きのリーダーである。

 透き通るような蒼く長い髪を流しており、童顔ながら気品を感じさせる顔立ちをしている……のだが、割と口汚いツッコミをすることが多い。

 ノースリーブの王女様がまとうようなホワイトドレスに身を包み、あおに染まるローブめいた上着を羽織っている。そこからはみ出て誇張こちょうされるほど大きいバストは、ツバサの超爆乳に迫る速さで成長中とのこと。

 自分がこの作戦の大トリを任されていると自認じにんするレミィ。

 事実、彼女が第二フェーズのかなめだった。

 レミィが過大能力オーバードゥーイングの準備を始めると艦内にもうっすら冷気が吹き込み、足下にドライアイスで湧かせた雲のようなものが漂ってきた。



 レミィの過大能力――【絶対零度にアブソリュート凍てつく・ゼロ・私の氷雪庭園】アイシクルランド



 冷気系ではあるが、本質的には空間支配系の過大能力。

 レミィが認識できる範囲の空間(彼女の視野で見渡せる範囲がメイン。そのため後方は前方と比べて四割ほど範囲がせばまる)を極寒ごっかん領域りょういきに閉ざす。

 彼女の気持ちひとつで空間内の冷気は濃度を変える。

 自分の周囲に凝らせば敵の砲撃を跳ね返す氷壁ひょうへきを作ることもできるし、逃げる敵を認めたら対象を氷のおりに閉じ込めたりもできる。逆に仲間が「寒いんだけど!」と訴えたら、冷気を取り払って適温てきおんにするなんて使い方もできてしまう。

 なので、冷気操作より空間支配に重きを置いた能力だ。

 飛行戦艦からの支援しえんを受け、レミィの過大能力オーバードゥーイングも大幅パワーアップ。

 オマケに彼女の冷気を操る能力に更なる強化バフを図るため、五神同盟からドンカイやヌンとは別枠の応援も駆けつけていた。

お二人・・・凍気とうきもお借りして……全力全開で凍らせます!」

 彼らのバックアップが、レミィの過大能力をこれでもかと後押しする。

 眉をつり上げ両眼を見開いたレミィは気合いを入れた。

 四白眼になりかけたまっすぐな瞳が渦巻く南海を見つめる。




 訪れるのは――氷河時代アイスエイジ



 飛行戦艦を中心に見渡す限りの海が凍り付いていた。

 これまでも海に群がる深きものどもディープ・ワンズを食い止めるため、海ごと凍らせたことはあったが今回はレベルが段違いだった。

 今までは半魚人を凍らせても身体の芯までは届いていない。

 時間をかければ解凍して復活していたはずだ。

 しかし、今回は一味もふた味も違う。

 いくつもの強化バフに助けられ、冷気を操る技能や過大能力が得意な助っ人の力を借りられたおかげで、芯の奥まで凍結させられるようになっていた。

 心の臓から骨の髄――細胞の一欠片ひとかけらまで。

 二度と半魚人が息を吹き返さないよう念入りに氷漬けにしていた。

 回転していた巨大渦潮も凍り付き、その中心に顔を覗かせていた深きものどもの海底基地も氷河に埋もれ、海中の半魚人たちも急速冷凍されていた。

 南海は完全に凍てつき、氷河時代と見紛みまがうばかりだ。

 もしも逃れようとした極小の半魚人がいても今頃は氷の中である。



 そして――上陸した深きものどもディープ・ワンズは帰る場所を失った。


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