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第21章 黒き世界樹そびえる三つ巴の大地
第510話:勝利の剣が切り開く第二フェーズ
しおりを挟むツバサは戦況のすべてを知覚していた。
森羅万象の根源となる過大能力によって大陸島の自然と同調し、そこに千里眼系の技能を掛け合わせれば戦場を俯瞰的に捉えることができる。
開戦から今までにどこで何が起きていたのか?
そのすべてを掌の上で見つめるように観察していた。
尊大に言い換えればこれが神の視点なのだろう。
ゲーム脳な例え方をすれば、軍略シミュレーションゲームのマップを全画面にして眺めていた感覚に近い。数秒ごとに各地点をアップにして詳細の確認を怠らないようにする配慮も忘れてはいない。
どこかに損害が出たら即座に出張るためだ。
もっとも――軍師殿には制止を掛けられていたが。
『ツバサ君に途中で出撃されると軍師の策が全部オジャンになるからやめて! お願いだから第三フェーズの出番が来るまで我慢してて!』
……大人しくしてて! と言わない辺りツバサの性格を呼んでいる。
軍師殿に泣いて頼まれたが知ったことではない。
五神同盟の仲間は元より、地下都市の兵士やモフモフたちの一人でも窮地に陥ったらなり振り構わず助けに行く所存である。
『そんな子犬のためにトーナメントを棒に振ったアメリカ出身の正義超人みたいな真似しないで!? 悲しいけど戦争なんだよこれ!? 犠牲が出るのはなるべく避けたいが、策の失敗は敗戦や国力の損失に繋がりかねないんだ!』
ついに軍師殿をガチ泣きさせてしまった。
さすがに大人げないと反省したツバサは説得を受け入れ、限界ギリギリまで我慢すること約束してお互いの手打ちとした。
『本当に頼むよツバサ君? 第三フェーズまで大人しくしててくれたまえよ?』
『わかったわかった……ったく、軍師殿は神経質だな』
『せめて俺の目を見て言って!? あからさまにそっぽ向かないで!?』
――などと一悶着あったのは内緒だ。
現在ツバサはある場所に潜み、出番が来るまで待機中だ。
待つのは性に合わないが、これも策略だから仕方ない。何事もなければ軍師殿に言われた通り出番待ちを続けるつもりである。
正直に打ち明ければ――今すぐ戦闘に参加したい。
五神同盟の身内や仲間を傷付けるくらいなら、交流を結べたフレイやゴルドガドに地下都市の皆さんを矢面に立たせるくらいなら、いくら愛でても飽きることはないモフモフな種族たちを前線に立たせるくらいなら……。
誰かを戦わせるなら自身が率先して戦う。
それがツバサのポリシーだ。
家族が痛い目に遭うのは見過ごせないオカンの気持ちと、火事と喧嘩は江戸の華と繰り返してきた江戸っ子の人情と、戦っていなければ生の実感を得られない戦闘民族な気質が、ツバサを戦場へ駆り立てるのだ。
おかげで落ち着かなくて仕方ない。
軍師レオナルドが立てた作戦は理解している。
地下都市の人々の「蕃神に一矢報いたい!」という心意気を酌み、敢えて背水の陣を選んで激戦に取り組ませた配慮もわかっている。
それでも――落ち着かない。
庇護欲と破壊衝動がごっちゃになった感じだった。
以前はもう少し辛抱できたが、堪え性がやや弱くなっている。
多分、あの極悪親父のせいだろう。
破壊神ロンドに「前座の戦い終わるまでボス同士のラストバトルはお預け」とふざけたお茶会に誘われたのを思い出してイライラしてしまうのだ。
あの時の苛立ちを引き摺ってる気がしてならない。
もしかすると精神的外傷になっているのかも知れない。
「はいはーい♪ ツバサさん落ち着こうねー?」
そんな葛藤に悩まされるツバサの機微を察して、ミロは努めて明るい声で慰めてくれた。持つべき者は最愛の長女である。
彼女もツバサ同様、第三フェーズの最終段階まで出番待ちだ。
母娘仲良く表舞台から隠れている。
「ほらほら、ギューッとしてギューッと♡ 不安はワタシが受け止めてあげるから、ツバサさんの順番が来るまで一緒に待ってようねー♡」
まるでお姉さんが幼子に言い聞かせるような口調で宥めてくる。ツバサの暴走を食い止める抑制剤のような役割をミロが果たしているのだ。
今日ばかりはミロの気遣いに感謝すべきだろう。
もう既に小柄なミロと超爆乳の谷間へ挟み込む勢いで抱き締めているが、それでもイライラが収まらないツバサは更に力を込めて抱き寄せる。
愛情表現は抱き締めるに留まらない。
「おっほ♡ おっぱいの圧力スゲぇ……あれ? マジで肩甲骨とかミシミシいってないこれ? あ、フレンチキスはありかも……ってベロベロ舐めすぎぃ! え? なんで頭の匂いスンスン嗅いでるの? 深呼吸してない? ちょっとフェチズムが……あああ甘噛み!? スキンシップがややエロティックに……ギャース! 牙で噛まれたあーッッッ! 命の危険が危ないでしぃぃぃーッ!?」
加減を忘れて全力でミロを抱き締めてしまった。
こうなると抱擁ではなく骨を砕く威力のベアハッグだ。
顔を近付けての頬擦りからフレンチキスでは物足りなくなり、ベロベロ舐め回して、猫吸いの要領で美少女の頭髪をクンクン嗅ぎ回り、甘噛みするつもりが勢い余って犬歯が伸びて牙のようになった歯を突き立ててしまった。
愛情表現も過激さを増して、いつになく暴力性が高まっていた。
乳房の谷間に埋もれたミロは必死で訴える。
「ツバサさん、怒りのストレスマッハで殺戮の女神化してない!?」
「……否定できんな」
長い黒髪がほんのり赤味を帯び、うっすら赤い隈取りが浮かぶ。
少しだが殺戮の女神に変わりつつあった。
「やり場のない想いが殺戮の女神に変えるのかも……」
「行き場がないのは母性なんじゃ……おもいっきり喰らってる!?」
誰が母性だ! と呻きながらミロをこれでもかと愛でてやる。殺戮の女神の愛情表現は過激なのでミロは傷だらけになっていた。
「だったら……行き場のないありったけの母性を喰らえ!」
「ギャアアアアアース! 母性の暴力が押し寄せてくるぅーッ!?」
しかし、ミロは逃げようとせず堪えてくれた。
「ぜぇ、ぜぇ、これも長女の務め……オカンの愛を一身に受け止める!」
ヘイト管理大事! とミロは歯を食い縛っていた。
「ヘイト管理が必要なのか、俺の母性本能は……誰が母性本能だ!?」
「ギャース!? こ、ここで我慢して、これをネタに強請って、後でご褒美にまたエロいコスプレ大会してもらうんだ……うんぎゃああああッ!?」
「そういう魂胆かこのエロガキッ!」
甘噛みどころではない。本気で首筋に齧りついてしまった。
『あーあー、すんません。お取り込み中失礼するッス』
ミロが苦悶の表情に顔を歪ませるまで可愛がっていると、フミカから着信が入る。顔の脇にスマホの液晶サイズな投影スクリーンが現れた。
そこに映ったフミカがお伺いを立ててくる。
『バサママ、そろそろ第二フェーズに進んでもいいんじゃないスか?』
今回の作戦、第一から第三までの三段階に分けられている。
現状は第一フェーズ、第二フェーズでは別働隊が動き出す手筈になっており、第三フェーズでようやくツバサたちの出番と相成るわけだ。
用意周到なフミカのこと――。
恐らく軍師レオナルドからは「OKかな」くらいの了解を得られたので、総大将的な立場にあるツバサの了承を求めてきたのだろう。
GOサインを貰うための最終確認である。
ツバサはミロを抱き締めたまま瞼を閉じた。
脳内に過大能力と連結した大陸島の全体マップが結ばれる。
「……いや、まだ早いな」
現在進行形の戦況を改めてからフミカに答えた。
地下都市と五神同盟の連合軍VS深きものどもの大軍勢。
戦って戦られて戦り返してと一進一退の攻防を繰り広げていたが、三悪トリオの活躍もあって人海戦術VS人海戦術という半魚人どものお株を奪うような戦いへと持ち込み、こちら側がやや優勢に持ち直してきた。
「この勢いに任せて第二フェーズに持ち込みたい気持ちはわかる」
「ツバサさんがもう辛抱堪らんって感じだもんね」
噛まれると痛い、とぼやくミロは諦観した表情で半眼のまま虚空を見つめると、ツバサのクリティカルダメージが入る甘噛みにされるがままった。
ミロに齧り付いたままツバサは続ける。
「でもダメだ。まだ早い……もう少し、あと少し……機会を待て」
ツバサは人差し指と中指を立てる。
「せめて二つ、目立った兆が現れない限りは動かない方が良さそうだ」
俺も我慢するし……とツバサは自戒するように言った。
「フレイちゃんたち地下都市の人々に負担を強いるのは心苦しいが、五神同盟からマリナたちやマーナさんたちといった戦力も貸している。大変申し訳ないがもうちょっとだけ……背水の陣として頑張ってもらいたいところだ」
本当は自分が真っ先に戦場へ殴り込みを掛けたい。
そんな衝動を抱えるツバサだが、ミロを乱暴に愛することでどうにか誤魔化すようにやり過ごしていた。ミロは本番前に疲れ切っているが……。
「深きものどもを根絶するためにも、もう少しだけ……耐えてもらう」
ツバサは立てた親指の爪を割れるほど噛んだ。
奥歯もギリギリと音を立て、間近で聞いているミロは悲鳴を漏らす。
『目立った兆……その二つとは?』
フミカに訊かれたツバサは再びピースサインで答える。
「ひとつは大型の深きものどもを出陣させること」
先日ハンティングエンジェルスと出会えた海戦では、雑兵の中に50m級の個体が平気な顔で紛れ込んでいた。だが終盤近くになると300m級の個体まで現れるようになり、奴らの底無しな生命力に震撼させられたものだ。
深きものどもは老いて死なずの不老不死。
生きている間はずっと繁殖適齢期であり、食べれば食べた分だけ大きくなっていく永遠の成長期でもあるとされている。
つまり、大型個体はそれだけ長く生きた証ということだ。
フミカも思い当たる節があるのか、ゴクリと固唾を飲んでいる。
『そういえば……あの300m級のデッカい半魚人が、噂に聞いた父なるダゴンと母なるヒュドラだと思ってたんスけど……』
「あれの上がいたんだろ? 情報屋さんから聞いてるよ」
――父なるダゴンと母なるヒュドラ。
深きものどもの始祖であり、人間でいうところのアダムとイヴみたいな存在らしいが、不老不死なので未だご存命。途方もない巨体に成長しており、もはや眷族の域に留まらないため蕃神の一柱として数えられているらしい。
そのダゴンとヒュドラらしき巨大な深きものどもが確認されていた。
どんな場所にも潜入できる小動物型の調査員。
彼らを派遣することで情報収集を行う過大能力を持つ情報屋ショウイが、連中の海底基地の奥底に潜んでいる巨大半魚人の姿を発見したのだ。
「概算でも全長500m強の超大型個体が二匹……そいつらの重い腰を上げるのは難しいかも知れないが、せめて300m級の奴らはすべて吐き出させたい」
『それはひとつめの兆ッスね。で、もうひとつは?』
「もうひとつは――海が見えるようになるまでだ」
パチリと指を鳴らしたツバサは、もう一枚の投影スクリーンを広げた。
そこに映し出されたのは大陸島の近海。
ちょうど海底に深きものどもの基地があると当たりを付けた海域なのだが、その海面がみっちりと半魚人の群れで埋め尽くされていた。
波や潮どころか水面さえわからない。
大小の半魚人が押し合いへし合いしており、俗にいう“芋荒い状態”で海を席巻していた。海の中もぎっしり隙間なく深きものどもが詰まっている。
口をへの字にしたツバサは呆れ顔で指差す。
「……夏休みの人気プールだってここまで混まんぞ?」
「もう泳げないじゃんこれ。海に浸かってるだけみたい」
半魚人のごった煮ー! とミロも嫌そうな顔で喚いていた。
『いやー、似たり寄ったりじゃないスかね? ウチこんなごった煮みたいなプールに行ったことはないけど、動画か写真で見たことあるッスよ?』
「なんにせよ、この状態を指標とするべきだろう」
今のところ海面も海中も海底も、満員率は120%を越えている。
これが海が五分に深きものどもが五分くらいになれば、即ち「海が見える」ようになれば、深きものどもの絶対数が減ったことを意味している。
「無尽蔵に思える人海戦術は奴らの十八番だが……無限ではない」
限界がないと錯覚させる人数を揃えただけ。
天文学的数字に匹敵するまでの兵力を増やしたのかも知れないが、決して尽きないわけではない。根気よく減らしていけばいずれ底が見えてくる。
その目安を「海が見える」までと表現したわけだ。
「だから、大型個体が増えてきて半魚人が消えて海面が覗けるまで……」
『第二フェーズの開始はおあずけ、ってことッスね』
了解ッス! とフミカは納得した顔で敬礼を返してくれた。
彼女は情報処理担当として、戦場の各方面に散っている仲間たちの連絡係も務めている。これで第二フェーズへの的確な移行を見計らうことだろう。
ツバサはミロを抱き寄せ、再び猫吸いみたいに頭を嗅いだ。
「それまでは待機だ……フミカたちもツバサたちもな」
「出番が来るまで身体が保つか心配です……甘噛みなのに刺さる!?」
保ってくれアタシの身体ーッ! と決死の勝負に挑む主人公みたいな台詞を叫びながら、ミロはツバサの胸の中でジタバタ藻掻いていた。
もうしばらく臍を噛む思いで戦況を見守るしかない。
「せめて海が見えるまで……な」
自らへ言い聞かせる繰り言をツバサは重ねた。
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「おまえたち――やぁ~っておしまい!」
『『『『『――ウイッサアアアアアアアアアアアーーーッッッ!!』』』』』
三悪トリオの女ボス、マーナ・ガンカー。
彼女の号令を聞いたゴーレム兵団は独特な敬礼で応じた。
フランス語で「Yes」に相当する「oui」と、軍隊で上官の命令に承知しましたと答える「Yes,Sir」を混ぜた造語である。
マーナ一味が用いる「了解!」の意だ。
日本でもよく「わかりました」的な意味で「ういッス」と答える舎弟口調な返事もあるが、それも混ざっているかも知れない。
和製英語どころの話ではない。
日本語、英語、フランス語のハチャメチャちゃんぽん造語だ。
彼女たちに造られた高性能ゴーレム兵団も使うらしい。
そもそもマーナの過大能力で作られた“気”を練った眼球を“核”とすることで、ゴーレム兵は人工知能めいた自我を持っている。生みの親であるマーナたちに敬意を払い、彼らの挨拶で応じるくらい朝飯前だろう。
だからこそ高性能の冠が付くのだ。一般的なゴーレムとは強さも品質も段違い、身に帯びる装甲と武装にも気合いが入っている。
小型機でも2m越え、中型で5m、大型なら20m前後。
外見もパワードスーツを着た兵士のフォルムから、機動戦士を連想させるカッコいいロボット型まで多彩なラインナップが揃っていた。
大きな男の子が喜びそうな見た目のカッコいいロボばかりだ。
当たり前のように我が家の長男が大喜びである。
『おおおっ! ドロマンとホネツギのアニキたちもやるもんじゃのお……一見するとACやMTめいた機体がメインかと思いきや、有名どころのロボットもリスペクトしたマシンも結構おるし……デザイン集とかあったら見たいのぉ!』
『ダイちゃん待て! それは戦争終わってからッス!』
通信網に耳を傾けたら案の定、長男が子供みたいにはしゃいでいた。そこは嫁である次女が内助の功で釘を刺していた。ナイス。
要するに――少年の心を魅了するデザインが目白押しなのだ。
ツバサも何体か「格好いいなアレ」と魅入る機体があったので、今度のお祭りでフィギュア化とか期待したい。あのトリオなら喜んで出店するだろう。
地下都市を防備する全長50mの城壁。
三悪トリオが三人の過大能力を結集して築いたそれは、単なる防壁ではなく彼らの魔力が続く限りゴーレム兵団を造り出す製造機を兼ねていた。
魔力の供給に関しても問題ない。
大地母神ツバサと戦女神ミサキが、それぞれ『自然界のエネルギーを湧かせる無限増殖炉となれる』過大能力から三悪トリオへと龍脈を分けてやっており、そこから送り込まれる莫大な“気”を魔力に変換することで賄っていた。
機動兵器と呼ぶべき高性能ゴーレム兵。
瞬きする間に増産されて、秒単位で数千は出撃していく勢いだ。
深きものどもも自分たちのお株である人海戦術で対抗されて、さすがに面食らったようだ。動揺する間もなくゴーレム兵団との交戦に雪崩れ込む。
阿鼻叫喚の大乱戦となるのに時間は掛からなかった。
もはや城壁に取り付く島もない。
近付けば壁から生まれてくるゴーレム兵たちに追い払われ、彼らが隊列を組んで立ち塞がるので近寄ることもままならない。生体兵器ショゴスの砲撃で吹き飛ばしても焼け石に水、ゴーレム兵の増援が押し寄せる方が早い。
数の多さを頼みにしてきた深きものども。
それがゴーレム兵の大軍に押し返されるとは皮肉な話だ。
「フッフッフッ……どうかしらぁんサカナ野郎の皆々様ぁ~ん?」
北東に聳える城壁の上、生身の腕と骨の腕を組んだホネツギーが偉そうに威張っていた。この状況なら多少なりとも優越感に浸りたくなるだろう。
「ボクちゃんたちが選りすぐってきた高性能ゴーレム兵の強さはぁん? MSからMAといった誰もが知る機動戦士に始まり、ACやMTなんて実現可能っぽい夢を見せてくれる機体に、KMF、PT、WM、AT、VF、TS……と様々なリアルロボットに思いを馳せてきたボクちゃんたちのメカ魂!」
その情熱を昇華させたゴーレム兵は! とホネツギーの気合いは凄まじい。
隣に立つマーナが退き気味になるくらいだ。
「うわっ、燃えてるねホネツギー……しっかし略称ばっか並べられてもアタシにゃ何がなんだかさっぱりだよ。ロボット物そんな詳しくないし……」
「オラ的にはレ○バー、戦○機、ヘビ○メタル、モ○ーターヘッド、ゴティックメ○ド、オ○ラバトラーなんかもオススメダス」
「……ごめんドロマン、ますますわけわかんない」
投げやりなマーナは理解することを放棄してしまった。
憧れた参考資料は山ほどあったらしい。
そうした機動兵器の人型ロボに負けず劣らずの性能を有するゴーレム兵団は、数にも任せて深きものどもの大軍勢を押し止めていた。
地下都市に近付けるどころか、城壁の100m圏内にも立ち入らせない。
それだけゴーレム兵が働いている証拠だった。
武具による近接戦闘や重火器による遠距離戦を駆使して、次々と深きものどもを撃破していく。大軍同士の戦いは恐ろしい迫力と怒号を渦巻かせており、そこかしこで血煙が舞い上ると、断末魔が木霊よろしく鳴り響いていた。
しかし、深きものどもも負けてはいない。
ゴーレム兵の重火器には例の高圧レーザー水流で応戦したり、溶解液を吹きかけて装甲を溶かしたり、眷族が殺られた分だけ壊り返していた。
ゴーレム兵の機体を構成する要素は主に泥と骨。
強化セラミックに加工しているため浸水の恐れはないが、防御力を上回る衝撃を受ければ装甲ごと機体を打ち砕かれてしまう。
これに気付いた深きものどもは肉弾戦でゴーレム兵に立ち向かう。
「その対策はとっくの昔に折り込み済みよぉ~ん!」
ホネツギーが自信満々で片手を振るう。
それを合図かのように、砕かれたゴーレム兵の破片がカタカタ動き出したかと思えば、何事もなかったみたいに復元されていく。復元が難しいほど砕かれたゴーレム兵の残骸は、基地へ帰還するかの如く城壁に吸い込まれていく。
「ゴーレム兵の骨組みはボクちゃんの召喚したスケルトン! ちょっとやそっとバラバラにされても屁でもないし、すぐに再ドッキングして元通りよぉん!」
「オラの作ったセラミックの外装もくっつけるのは簡単ダス」
「あたしの仕込んだ“核”が壊されない限りゴーレム兵は不死身さね!」
三悪トリオは自分たちの傑作を自画自賛で褒めまくった。
「それに……こんな非人道的な真似もできるしねぇ」
ニヤリ、とマーナは悪の女幹部らしい笑顔でほくそ笑むと、頃合いを見計らうかのように空を盗み見る。何かの到来を待ち侘びている様子だった。
三悪トリオがゴーレム兵団を出撃させる。
これを合図に地下都市が新たな手を打ってくる作戦なのだ。
空の彼方――いくつもの星が瞬く。
いつもの三悪トリオなら「鳥だ! 飛行機だ! スーパ○マンだ!」と指差して笑いを誘うところだが、今日は緊迫した戦場なので自粛していた。
瞬く星は猛スピードで空を駆け、こちらへとやってくる。
それは編隊を組んだ何十機もの飛行機だった。
無人機と思わせるほどコンパクトなボディだが、機関砲といくつもの空爆のための爆弾を抱え込み、大気を切り裂く速さで戦場の空へ飛来する。
あまりの速さに双翼が雲の線を引くほどだ。
これらの小型飛行機は地下都市で製造された戦闘機。
搭乗員は人間よりも遙かに小柄なモフモフした種族たち。中でも命知らずで向こう見ずな特攻精神を育んできた若者で構成された部隊である。
フライトジャケットに身を包み、ゴーグルを装着していた。
操縦席には通信機も備え付けられているが、パイロットたちはハンドサインを好み、無言で指を動かして仲間と密な連携を取っていた。
戦闘機の群れは上空へと差し掛かる。
音速の壁を越える高速飛行で通り過ぎつつ、絶妙なタイミングで爆弾を投下していくと、深きものどもにたくさん爆弾をお見舞いさせた。
爆撃の火柱が戦場の至るところで立ち上る。
爆弾も機体に乗せられるようコンパクトサイズだが、そこはドヴェルグ族驚異のテクノロジーによって想像を上回る爆発を引き起こしていた。
深海の水圧にも耐える甲殻すら爆ぜる破壊力だ。
高性能ゴーレム兵も巻き込むが、そこは三悪トリオも承知の上だ。
前述の通り、彼らは壊されてもすぐ復元できる。
たとえ爆撃に巻き込まれて粉微塵になろうとも、破片が城壁に回収されればリサイクルされて新しいゴーレム兵になるから損害は実質ゼロだ。
地下都市からの砲撃に巻き込まれても同じこと。
こちらはどれだけ兵隊を増やしても砲撃や爆撃の手を止めることはなく、兵士の危険を気にせず攻撃を続けられ、いくらでも出撃させられる。
ゴーレム兵にはこういう利点があるのだ。
人海戦術への対抗のみならず、隊列の動きへの抑制を期待できる。
ロボと半魚人が大地を埋め尽くして繰り広げる大乱闘。
戦場はいつどこで爆撃の火柱が上がる地獄絵図だが、実際には深きものどもは攻めあぐねており、地下都市が優勢になりつつあった。
人海戦術は目には目を歯には歯をの理論で対抗され、ご自慢の適応能力を活かした反撃もイマイチ。生体兵器の破壊力もドヴェルグ族の兵器と張り合うことはできるが、凌駕するほどの威力は発揮できない。
おまけに上陸した半魚人の兵士が明らかに減っていた。
どう見ても劣勢に追い込まれている。
これが人間の軍隊なら、そろそろ退却命令が掛かる頃だろう。
しかし、深きものどもにそんな頭はなかった。
めげない懲りない諦めない――そして生かしてはおかない。
侵略対象への残虐な意志を胸に秘めたまま、不言実行で襲い来るばかりだ。その際には《いあいあ! くとぅるふ=ふたぐん!》の賛歌を忘れない。
――目指すは鉛の円盤。
かつて自分たちが真なる世界の住人を裏切らせるためにばら撒いた、より強力な深きものどもの“本隊”を招き寄せるアイテム。
恐らく、彼らの技術力でももう一度作るのは難しい重要な品だ。
それを奪還するため半魚人たちも命懸けだった。
しかし、地下都市からの猛攻に軍の隊列はバラバラ。
左右に分かれて展開し、城壁を攻めていた部隊も散り散りである。戦場はゴーレム兵も入り乱れて、もはや隊列も部隊も再編成するのは困難だ。
ゆえに彼らは――まっしぐらに突撃してきた。
散り散りになった散兵のまま、地下都市を目掛けて個々に走り出す。
城壁はゴーレム兵が出撃してくるからよじ登るどころか近寄ることもできないが、最初から狙っている正面入り口は開かれたままだ。
そこを守るのはフレイ率いる亜神族の混成部隊。
全員抜かりなく武装しているが、戦闘にはまだ参加していない。
正面入り口は城壁もないから結界だけ破ればいいし、そこを守っている現地種族を蹴散らして都市へと侵入すればいい。なんならフレイが先ほど堂々とお目当ての円盤を見せびらかしたので、もしかすると目的も達成できる。
だから散兵となった深きものどもは特攻を仕掛けんとしていた。
駆け出す足が一歩進む度、パキパキと音と立てて鱗か甲殻を刺々しくも厚みが増していき、次の一歩を踏み出せば鉤爪や牙が伸びて凶悪になっていく。
もはや半魚人とは思えぬ凶猛な魔人と化していた。
――結界を破って奴らを鏖殺する。
その決意に適応力が反応し、全身を戦闘向けへ改造しているのだ。
地下都市の入り口まで――残り300m。
脚力に優れた個体ならば一足飛びで間合いを詰められる。深きものどももそれは承知しており、蛙の如く飛び跳ねるため足のバネを溜めていた。
それを見抜いた亜神族混成部隊も動き出す。
ドヴェルグ族の戦士たちは肉厚で大振りな斧槍を構え、アマノマヒトツ族の剣士たちは腰に帯びた太刀に手を添え、その後ろに並んだサイクロプス族の巨漢たちは足下に置いていた電光を発する柱を手に取った。
迫り来る敵を迎え撃つための態勢を整えている。
先駆けを務めるのは彼らを率いる女王のフレイだった。
開戦が決まった先日から携帯していた箱。
清潔な白布で万遍なく包まれていて外観はわからない。
長方形で厚みのある箱はフレイの身の丈を覆い隠せる面積はあり、大型の管楽器やライフル銃でも収まっていそうだ。布で包んだ上から雁字搦めで封じるようにして、黒革のベルトで厳重に縛りつけている。
ベルトの末端はフレイの手に握られていた。
留め金らしき部分を親指で外せば、バチンと小気味いい音が鳴る。
ひとつ外せば連鎖する仕組みらしく、箱を封じている黒革ベルトの金具もバチバチバチバチッ! と爆竹めいた音を響かせながら外れていった。
すべてのベルトが外れ、風もないのに白布がはだけていく。
現れたのは――金属製の箱だった。
表面には複雑に入り組んでいるが、直線的な幾何学模様が絡み合うように刻まれている。見ようによっては寄せ木細工をメカニカルにしたデザインだ。
箱自体は金色が目立つ玉虫色でメタリックな質感が際立つ。
黒革ベルトと白布をモフモフの種族たちに片付けさせたフレイは、金属質な箱の表面に利き手を押し当てた。パァン! と張り手を打ち込むようにだ。
「――勝利の剣よ!」
彼女の声を認識したのか、幾何学模様に光が走る。
箱の先端が音立ててスライドし、そこから長めの柄が突き出した。
少し背伸びしたフレイが柄を握ると箱は変形する。側面からはギロチンみたいに分厚いな刃を剥き、先端から鋼板めいた切っ先が突き出した。
メカニカルな箱自体が身の丈を越える大剣だったのだ。
華奢な少女の膂力では持て余しかねない。それほど巨大で重々しい剣のはずだが、フレイは難なく振り回していた。神族と亜神族の間に生まれた灰色の御子だからこそ腕力にも恵まれたのだろう。
残光の軌跡を煌めかせながら振り上げられる勝利の剣。
箱その物だった大きな剣身からは爆発しそうな力が感じられた。
「疾き風の如く迅き雷の如く――我が敵を断ち拉け!」
凜々しい掛け声とともにフレイは、勝利の剣を大上段から袈裟懸けにおもいっきり振り下ろす。深きものどもはまだ間合いにも達していない。
振り下ろす過程で――大剣の太刀筋が伸びた。
ただ伸びたわけではない。
箱のような剣身に刻まれた幾何学模様から分裂し、無数の剣になると各々が意志を持ったかのように飛び立ったのだ。それでも本体である勝利の剣の振るう軌道に沿った動きをしているので、太刀筋が伸びたように錯覚させていた。
宙を飛び交う分裂した勝利の剣。
それらはフレイの剣筋をなぞるように飛翔するも、その先にいる深きものどもに狙いを付け、目にも止まらぬ神速で撫で斬りにしていった。
首を落とす、心臓や肺を切り裂く、胴体を両断する。
分裂した剣の戦果は様々だが、確実にトドメを刺す一撃だった。
一振りすれば相対する敵を必ず仕留め、自らを振るう主人に勝利をもたらす剣。ゆえに勝利の剣と名付けられたのだろう。
あの勝利の剣は――元々は光の神フレイヤスの愛剣だった。
フレイの父親でもある彼のために、ドヴェルグ族の女王であるフレイの母親が愛を込めて打ち鍛えた逸品。必勝をもたらす見敵必殺の剣なのだ。
北欧神話にはフレイと同じ神の名が残されている。
そのフレイという神もまた勝利の剣を腰に帯びていたという。
それがどのような効果をもたらす武具なのかは失伝しているが、こちらの剣は愛する夫のために妻が「必ず敵を討ち果たす」機能を搭載したらしい。
……SFチックな変形機能を備えているのは先進的なのか?
何はともあれ、今では娘のフレイが奮う神剣である。
一振りで100体――接近する深きものどもの散兵を討ち取っていた。
剣を振り終える挙動に合わせて、分裂した剣たちもフレイが握る長剣の元へと戻ってくると、元の箱のような大剣に合体していく。
あくまでも剣の軌道を重視し、その太刀筋を延長かつ拡張する。
振るわれた軌道上にいる敵を自動追尾し、的確に必殺の一撃を加える。
今のところ確認できる機能はこのくらいだが、使用者のフレイを一時的とはいえLV999に強化する効果もあるようだ。
そして、あの剣はまだ本当の姿を現してはいない。
「――つぇいッ!」
今度は振り上げれば、またも分裂した剣による斬撃が迸る。
ただ敵の命を斬り捨てるのみならず、フレイに向かって発射された溶解液や高圧レーザー水流、そして飛び掛かってくる深きものどもも撃ち落としていた。
攻守は元より反撃や迎撃も自動制御に反応するようだ。
『……オールレンジシステムぜよ』
通信網を介して長男ダインの感心する声が拾えた。
意味としてはどんな射程からでもできる攻撃のことで、ファンネルビットという遠隔操作可能な子機を多数利用して行うものらしい。遠近中は当たり前、使い方次第では敵の死角からも容赦ない一撃を加えられるという。
このオールレンジシステムを勝利の剣は見事に再現させていた。
フレイが大剣を振るう度――深きものどもが倒れていく。
一振りで100体前後、それを繰り返せば撃破数は三桁四桁と瞬く間に増えていき、先駆けとして華々しい戦績を飾ったと言えるだろう。
姫様の活躍に亜神族の兵士たちも沸き立った。
「フレイ様に後れを取るなあッ! 我らも続くぞ皆の者おッ!」
朗々と声を張り上げたのはゴルドガドだった。
尋常ではない厚みのフルプレートアーマーに身を包んでいるのは、いざという時にはフレイの盾になるためだ。兜もフルフェイスタイプなのだが、鬱蒼とした髭は仕舞いきれなかったのかはみ出している。
手にするのは鉄槌――長柄に鉄塊のようなハンマーを括り付けたものだ。
ただしハンマー部分の大きさが普通ではない。
ちょっとした納屋くらいはある。あるいはエレベーター1箱分。
「――ぬぅん!」
鉄槌を振り上げたゴルドガドは足下に叩き付けた。
当たり前のように周囲を揺らす地響きが起きるかと思えば何も起こらない。鉄槌の衝撃はすり抜けるように地の底へ落ちていく。
そして、思い掛けない場所から噴き上がるのだった。
地下都市の入り口を目指して全速力で走る深きものどもの兵士たち。
突然、彼らの足下から尖った岩石が隆起した。
硬い鉱石を押し固めたような岩々は、大きな錐となって半魚人の肉体を抉る。あるいは家をも崩す大斧となって彼らの磯臭い肉体を両断した。
ゴルドガドの鉄槌も勿論、ドヴェルグ族の手によるもの。
大地を操作する魔法が込められており、使い手次第では広範囲に攻撃を撃ち出せるマップ兵器としての使い方が推奨されるものだった。
フレイとゴルドガドの活躍に兵士たちも続いた。
ドヴェルグ族の兵士が持つ斧槍は魔力のエネルギー波を射出する。
振り下ろす際にエネルギー波を出せば魔力の斬撃となり、装甲をまとった深きものどもでも両断する威力を発揮した。兵士たちは三列に並んで三交代で攻撃を繰り返すことで、絶えず魔力の斬撃を放つように心掛けていた。
(※一列目が攻撃、二列目が待機、三列目が魔力充電、一列目は攻撃後に三列目に回り、二列目が前に出て一列目となって攻撃……これを繰り返す)
フレイの勝利の剣が深きものどもを斬り刻む。
ゴルドガドの鉄槌が大地に牙を剥かせ、深きものどもを蹴散らす。
そしてドヴェルグの兵士たちによる魔力の斬撃が、押し寄せる散兵となった半魚人の群れを撃退するのだが、それでも取りこぼしは出てしまう。
これが散兵の厄介なところだ。
散り散りにばらけることで攻撃目標を分散させられる。
隊列を爆撃して一掃するのとはわけが違う。単独で自由に動く兵士を追撃するのは難しく、数が増えれば触れた分だけ対処に追われてしまう。
下手をすると翻弄されかねない。
その隙を利用するように小賢しく立ち回り、地下都市のすぐ手前まで辿り着こうとする敏捷性に優れた深きものどもは十匹や百匹ではなかった。
なにせ連中は数だけならば途方もない。
フレイたちが数千匹処理したところで全然追いつかない酷さである。
その取りこぼしの処理を任されたのが彼らだった。
アマノマヒトツ族の剣士たちは、和風らしさを感じさせる軽装鎧を身にまとい、腰にも日本刀を思い出させる大太刀を帯びていた。
一様に腰撓めの構えを取り、納刀したままの大太刀に手を添える。
居合いの構えから一閃――解き放たれる斬撃。
刀身は風の魔力を発しており、斬撃を真空波に変えると飛ぶ斬撃にランクアップさせることで、間合いの外にいる深きものどもを一刀両断に処した。
その散兵も段々とだが減ってきている。
縦列を崩して散り散りになる前、まだ軍として行進する部隊。
そこに次々と雷が降り注いでいるからだ。
雷を投げているのは亜神族部隊の最後方に構えるサイクロプス族。
やはり武装しているのだが、利き腕は動きやすさそうに剥き出しだった。
その理由はサイクロプス族の扱う得物にある。
彼らは足下に並べた稲妻を固形化させたような柱を掴むと、投げ槍にも似たフォームで空高く投げ飛ばし、それが地面に落ちて落雷となるのだ。
利き腕を自由にしたのは、投擲のしやすさを優先してだった。
こうなると稲妻による爆撃である。
かつて最高神ゼウスが武器として用いたという雷霆。
それを造ったのが暗黒世界から解放されて恩を感じたサイクロプスだとされているので、彼らにしてみれば手慣れた武具のひとつなのだろう。
地下都市の正面入り口から放たれる総攻撃。
深きものどもにしてみれば、手薄な場所を狙ったのに大誤算である。
城壁はゴーレム兵のせいで近寄ることはできず、突破の可能性が高そうな正面の入り口も、フレイたちが不退転の覚悟で死守しているため近付けない。
ここまで来れば劣勢と認めざるをえないはずだ。
だからなのか、深きものどもは天を仰いで鳴いていた。
ただし、悲観から来る嘆きの声ではない。
「なに、この声は……誰かを呼んでるの……ッ!?」
嫌な予感がするフレイは呻いていた。
耳障りな蝦蟇の大合唱にも聞こえるし、イルカやシャチがコミュニケーションを取るために発する甲高い鳴き声の輪唱にも聞こえる。あまりに五月蠅いのでフレイたちも顔を顰めてしまい、手で鼓膜を庇うほどだった。
単なる絶叫でないのは間違いない。
遠吠えめいた咆哮には、いくらかの言語が混ざっているようだ。
既に彼らが言語である古代ルルイエ語は、フミカとショウイが解読しているので、彼らが叫んでいる言葉を読み解いてもらうことにした。
『いあいあッ! 父祖よ! 老人たちよ! 冥き水底より這い出てこい!』
『ねめねめッ! 母祖よ! 年寄りどもよ! 微睡む五体よ目覚めろ!』
『この地の愚物どもから真祖を招きし宝具を奪い返せ!』
言葉の意味を理解した瞬間、海が吹き飛ぶような大爆発が起きた。
たくさんの半魚人を巻き添えにして天に届く水柱が立ち上がり、そこから怪獣と見紛うほど巨大な深きものどもが何匹も姿を現した。
先日の海戦でも顔を見せた300m級の個体である。
数mから数十mの深きものどもと比べても異質な外見だった。
図体の大きさも然る事ながら、鱗や鰓に甲殻の発達も図抜けている。
まさしく怪獣と呼ぶより他ない。
巨体を支える足は重々しく、上陸のため浜辺へ足を掛けるだけで地盤をも揺るがす地響きが巻き起こり、恐竜めいた尻尾を振って津波を発生させる。
『『『なにあれゴ○ラーッ!? 呉爾羅でGOD=ZILLAーッ!?』』』
通信網ではある怪獣王の名前が連呼されている。
見てくれはともかく、大きさや迫力は負けず劣らずといったところだ。
顔立ちこそ禍々しい深海魚や武骨な蝦蟇を思わせるので大分異なるが、見上げなければならない巨体や重量感のある所作は似ているかも知れない。
「ようやく重い腰を上げたか……大物ども!」
険しい顔をしたフレイは待ちかねたように毒突いた。
とっておきの切り札ではないだろうが、深きものどもにしてみれば歩兵より地位が高く、重要性もある近衛兵みたいな立ち位置にいるはずだ。
軍隊に例えれば大佐や准将クラスではなかろうか?
別次元に潜む“本隊”には劣るはずだが、これまで相手にしてきた深きものどもより上位の個体には違いない。戦闘能力も高そうである。
しかし、さすがに数は多くないようだ。
300mもの巨躯を誇る半魚人が何体も立ち並ぶと、水平線がまともに見えなくなる迫力だが、計算機があればなんとか数えられる範疇だった。
せいぜい数百から数千、多くても万を超えることはない。
だとしても、一体一体が規格外の全長と体重を備えた大怪獣である。
大挙して押し寄せれば大陸島が沈むかも知れない。
比喩ではなく、彼らの重さによって物理的にだ。
『いぃあぁぁあ……いぃあぁぁ……くとぅるぅふ、ふたぁぐぅん……
ふぅんぐるぅいぃぃぃ……むぅぐるぅなぁふぅー……
くぅとるふ……るぅりぃえぇぇ……うぐ=なぐる……ふたぐぅん……』
偉大なるクトゥルフを讃える句が大音量で唱えられる。
耳を劈く大轟音となるほどの大合唱を続けたまま、300m級の深きものどもが進軍を開始する。大陸島がそちらに傾きそうな威圧感が渦巻いていた。
だが、合唱も進軍も一斉に止まってしまう。
何体かの300m級が前触れもなく絶命してしまったからだ。
巨大さゆえ反応が遅いが、誰もが呆気に取られていた。
どの深きものどもも徹底的に抹殺されている。
一体は正中線から両断され、二体目は胸に稲妻が走る風穴が空き、三体目は眉間と心臓と肝臓がある部分に貫通する銃撃を受けていた。
そして、ある数体はまとめて再起不能になるまで撲殺されていた。
「やぁぁぁぁ……と待ってた出番が来たぜッ!」
オラオラオラァーッ! とカズトラはオラついた雄叫びを上げた。
鋼鉄と宝玉に鎧われた拳は残像が実体化する勢いで連打され、その度に300m級の深きものどもが全身複雑骨折と内臓破裂の合わせ技で死んでいく。
ククルカン森王国 鉄拳児 カズトラ・グンシーン。
獣王神アハウの懐刀を自称する少年だ。
普段は痩せた狼という印象を持たれがちな風貌なのだが、今日は硬質的なスーツで身を包んだ特撮ヒーローみたいな格好だった。往年の特撮マニアならば「メタルヒーローっぽい!」と食い付くだろう。
カズトラの義手――ガンマレイアームズ。
金属と宝石が複雑に織り成す不思議な素材でできた特別製のものだ。
とある狂的科学者の手によって命を落とした二人の仲間。
彼と彼女から受け継いだ、右腕を失ったカズトラの新しい腕である。
生身の腕と遜色ないハイスペックな義手として使えるだけではない。カズトラの意志で様々な形状に変形し、臨機応変な能力を発揮するのだ。
そのガンマレイアームズで全身を覆うことでメタルヒーローを彷彿とさせる姿となり、全能力に超常的な強化を図る。
この変身を“全身全霊”とカズトラは名付けていた。
身体の各部から推進装置みたいなものを生やすと、そこから噴き出す“気”のジェット噴射でカズトラは空中を高速移動する。
どのように制御しているのか、その軌道はあまりにも不規則だった。
直角に曲がる飛行物体なんてUFOくらいのものだ。
おかげで巨大な深きものどもはカズトラを見失う。
蜂や蠅に蜻蛉……人間が空を飛ぶ虫を素手ではなかなか捕らえられないのと同じで、巨人のような腕を伸ばしてカズトラ弾き飛ばそうとしたり、ビルをも叩き潰す大きな手で叩き落とそうとするのだが、まったく追いついていない。
カズトラは建造物サイズの半魚人の巨腕に取り付いた。
「オラオラオラーッ! 捕まえてみやがれってんだ……オラァッ!」
そころ足場にすると天地が逆のまま巨腕の上を激走する。
二の腕を走り抜けて肩に届いたら跳躍すると。握り固めた拳を振り上げて半魚人の横っ面に鉄拳をお見舞いした。神も魔も殴り殺す拳骨だ。
巨大な深きものどもでも一溜まりもない。
頬が陥没するどころではなく、頭蓋骨が弾け飛ぶ破壊力を叩き出していた。
「……よっしゃ! こいつで36匹目!」
律儀なことにカズトラは撃破数を数えていたらしい。
この年齢の男の子にありがちなのだが、やっぱり自分のやり遂げた記録を残したり自慢したいものなのだろう。その気持ちは酌んでやりたかった。
しかし、戦闘中に浮かれるのはよろしくない。
背後に巨大な深きものどもが忍び寄っており、カズトラを狙い澄まして巨体らしからぬ素早さで手を突き出していた。
敵を倒した直後、わずかに身体が硬直した瞬間を狙われたのだ。
そちらへ目を遣った時には壁のような掌が迫っている。
「やべ……ッ!?」
「余所見は良くないよ――相棒」
カズトラを狙っていた大型半魚人の眉間に風穴が開いた。
人間が通り抜けられるトンネルサイズの穴だが、しっかり脳幹を打ち砕くように貫いており、弾丸の特殊な作用によって脳細胞まで侵食していた。
穴が開いたのは眉間ばかりではない。
胴体にも向こう側が覗ける2つの風穴が貫通していた。
人間ならば心臓と肝臓がある部分、こちらも原型を留めないほど内部組織を壊していた。それはもう食い荒らすかのような有り様である。
力を失った巨大な深きものどもの張り手。
「サンキュー相棒! 月並みだけど助かったぜ!」
これを躱したカズトラは地下都市の方向へ親指を立てた。
ヨイチは狙撃銃の光学照準器越しにそれを確認すると、恐らくカズトラの視力なら届くだろうと期待してムズアップを返しておいた。
タイザン府君国 若執事 ヨイチ・クリケット。
カズトラが漫画における熱血主人公ならば、こちらは双璧を成すクール系ライバルを地で行くような爽やかな顔立ちの美少年である。
互いに相棒と呼び合うカズトラとは大親友。
趣味(トレカ収集など)で意気投合するも、女性の趣味は微妙に違うらしく、そこでは激しい議論を交わすことも屡々あるそうだ。
(※ツバサの変身形態にたとえれば、カズトラの好みは魔法の女神。ヨイチの好みは殺戮の女神。グラマラスなお姉さんが好きなのは一緒らしい)
なんとなくだが、ツバサとレオナルドの関係に似ていた。
いつも執事服を愛用しているが才能は実に多彩。
こう見えて工作者でもあり、狙撃手の腕前も超一流なのだ。
地下都市を囲む城壁の上に陣取り、隠蔽系技能を自身に幾重にも取り巻かせることで隠形に徹し、狙撃による後方支援に専念していた。
その後方支援で大型半魚人を射殺すのだから優秀である。
周囲に展開させるは――装填済みの大型狙撃銃。
空中に何十挺も並べており、そのひとつひとつが古代龍をも仕留められる威力に調整されていた。ヨイチ自慢の得物ばかりだった。
これらを入れ替わり速射することで狙撃態勢を整えている。
カズトラとヨイチは、どちらも南方大陸への出征メンバーの一員。
この戦争にも当然のように参加していた。
彼らは大型の深きものどもが現れた際、その撃退に集中してもらうように指示されていた。役割分担を決めて、それぞれの負担を軽減するためだ。
大量の歩兵は三悪トリオの高性能ゴーレム兵団に任せる。
フレイ率いる地下都市の兵士たちも兵器を駆使して歩兵との応戦を担当し、崩れた軍列から解き放たれた散兵の後始末も任されていた。
マリナとモミジの二層式結界、エンオウとイケヤの爆撃支援。
地下都市を優勢に導く準備は万端である。
これだけやれば深きものどもも形勢不利と感じ取るだろう。
そこへ温存していた300m級の大型半魚人を戦力として投入してきた場合、彼らを相手取るのがカズトラやヨイチに任せた仕事である。
LV999ならば、巨大な深きものどもでも各個撃破も無理ではない。
ハンティングエンジェルスと出会えた先の海戦では、初登場で多少なりとも狼狽させられたし、小型の深きものどもや生体兵器ショゴスが鬱陶しかったが、こうして邪魔さえ入らなければ危なげなく退治できている。
そして、大型半魚人の群れの始末を頼んだのはこの二人だけではない。
「――流れろ七星」
侍娘レンの振り翳した長刀から閃光が迸る。
光り輝く長大なレーザーブレードと化した長刀を燕返しの如く閃かせれば、周囲にいた大型半魚人たちは膾のように刻まれて海底へと没した。
最初の一体目の一刀両断にしたのは彼女の仕事だ。
ルーグ・ルー輝神国 剣士 レン・セヌナ。
彼女も相棒と呼べるほどの親友とともに、今回の遠征メンバーに参加してくれたLV999の一人だ。
現実世界ならばもう高校三年生になる頃だが、ちょっと発育が足りないのか小柄で痩せ気味なスレンダー体型なので、よく中学生や小学生と間違われるらしいが、そこが可愛いと一部の女性陣からは大人気である。
三悪トリオのマーナも「他人の気がしない」と呟いていた。
とても残念そうな顰めっ面だったが――。
侍娘の愛称に相応しく、着物に袴に羽織を着込んだ武士っぽい格好で通しており、背には自身の身の丈を越える長刀を背負っている。
7つの宝玉がはめ込まれた神剣“ナナシチ”。
この宝玉へ様々な奇跡を宿すのが彼女の過大能力だ。
7つの奇跡を1つに束ねて、瞬間的に最大出力で放出したレーザーブレードによる斬撃は、大型半魚人であろうと容易く両断する。
巨大な深きものどもの群れを掻い潜るように、レンは飛行系技能ですばしっこく飛び回っていた。愛剣ナナシチを構えたまま、巨人たちの肉体を縦横無尽に駆け巡る様は、まるで一寸法師のようだった。
「スゴいよレンちゃん! まるで一寸法師みたい!」
「誰が一寸法師みたいな豆粒ドチビだコラーッ!?」
見たまんまを素直に口にしたアンズに、レンは眉をつり上げて怒った。
気心の知れた幼馴染み同士――いつものやり取りである。
ルーグ・ルー輝神国 戦士 アンズ・ドラステナ。
レンが侍娘ならこちらは蛮族娘だ。
年相応よりも気持ち大盛りで発育した肢体を包むのは、毛皮のブラジャーとパンツ、それに手足を守るレッグウォーマーやアームカバーみたいな装備だけ。露出度高めの服装を好むところから、ついたあだ名が蛮族娘。
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頭からは正体不明の大きな魔獣の毛皮をマント代わりに羽織っており、ますますバーバリアンらしいファッションを突き詰めていた。
彼女は過大能力からして蛮族っぽい。
倒したモンスターの生態を神族である自身の肉体で模倣する能力だ。
今は手持ちのモンスターに変身するラインナップでも最強の一角、名もなき魔獣の力を借りており、獣人娘みたいな風体となって大暴れしていた。
全身に隈取りが走った、金色の鬣と体毛を持つ魔獣。
自然現象を従える能力と絶大な膂力を持つ、正体不明のモンスターだ。
その魔獣に成りきったアンズは遠吠えを上げる。
「がおおおおおおおーッッッ!」
いまいち迫力に欠ける咆哮だが、繰り出される一撃は凄まじい。
豪速で大気を穿つように空を駆け抜け、轟雷と颶風をまといながら突き進み、巨大な深きものどもに突進していくと、ただの体当たりに留まることのない威力によって胸や腹に大穴を開けながらぶち抜いていた。
蛮族ならぬ蛮神、腕力にボーナスが付与される神族らしい戦い方だ。
「そ、そういうアンズだってケモナー大歓喜みたいな変身してからにーッ!」
「しょうがないじゃ~ん。そういう能力なんだし~♪」
寡黙なレンとしては必死に言い返したつもりなのだろうが、精神的にもふんわりしているアンズは人が良さそうに笑いながら受け流してしまった。
女子高生らしいトークを交わすも手は緩めない。
レンの一太刀は大型半魚人との体格差を意に介さず斬り捨て、アンズの突撃は深きものどもがどれだけ大きかろうとウェイト差を無視して蹂躙する。
みんな八面六臂の大活躍をこれでもかと見せつけてくれた。
カズトラ、ヨイチ、レン、アンズ。
四人のLV999の活躍によって大型半魚人の上陸は阻止されていた。
大型半魚人たちは浜辺よりも手前の海域で立ち往生を喰らわされる形になっており、カズトラたちも瀬戸際で食い止めているような感じだ。
あるいは水際の攻防とでもいうべきか?
彼らと彼女らの獅子奮迅な奮闘もツバサは具に見届けている。
みんな成長したなぁ……と思わず師匠面で涙ぐみたくなってしまった。
LV999になるまで特訓や稽古に付き合ったので、あながち師匠面も間違いではないのだが、自己主張するのもどうかと思って自重していた。
その時、ふとレンが訝しげな顔になる。
「なんだろう……後ろで腕組みしてる人の気配がする」
「あ、レンちゃんも? あたしも見守られてる気が……お母さん的な?」
『誰が後方腕組み見守りお母さんだ!?』
思わず通信を介して決め台詞でツッコんでしまった。
レンは意外といい勘をしている。
無駄口を叩ける余裕がある戦い振りを見せているのは成長した証……といってやりたいところだが、深きものどもとて蕃神の一員には違いない。
嘗めてかかると痛い目に遭うこともある。
況してや巨大化した個体はそれだけの歳月を生き抜いてきた精鋭。
経験豊富な古参兵、あるいは老獪な手練れと用心すべきだろう。
案の定――反撃の一手を打ち出してきた。
「な、なんだあッ!? 寄って集って組んず解れつ……うおッ!?」
大型半魚人は徒党を組み、圧倒的質量でカズトラを包囲した。手前の連中が一匹二匹殴り殺されてもお構いなし。むしろ殺された同族を肉の盾にして、暴れるカズトラを抑え込もうという算段だろう。
同じような戦法をどこかで読んだ覚えがある。
伝説の剣豪将軍――足利義輝。
史実かどうか定かではないが、彼もまた手を付けられないほど強かったため、似たような方法で身動きを封じてから暗殺されたと言い伝えられている。
(※特攻役が戸板を盾にして包囲し、反撃される覚悟で肉薄して義輝を強引に抑え込んだ後、戸板の上からやたらめったら槍で串刺しにした。また中国神話で語られる叛逆の軍神・蚩尤も同じような方法で殺されていた)
深きものどもの手口は似て非なるものだった。
「カズトラ君!? って……そりゃ私たちも狙われるか!?」
「お魚の生臭さ全開ーッ! このこのこの……わーん! レンちゃ~ん!?」
カズトラの窮地に駆けつけようとしたレンとアンズだが、同じように大型半魚人の肉壁に押し潰されかけていた。三人とも懸命に抵抗しているので圧殺されることはないだろうが、その行動はかなり制限されてしまった。
この隙に三体の巨大な深きものどもが動き出す。
肘を曲げた両腕をシャカシャカと前後に振り、膝は胸に届きそうなほど高々と上げて、明らかなスプリンター走法で一気呵成に走り出したのだ。
ズン! ズン! ズン! と小刻みな地響きが続く。
巨体に見合わぬトップスピードだった。
すぐに波打ち際を踏み越えて浜辺に水掻き付きの足跡を残すと、300m級の怪獣みたいな深きものどもは大陸島に上陸を果たしてしまった。
「……させるかッ!」
すかさず後方支援担当のヨイチが反応する。
一際大きなライフル銃を構えると、迫る半魚人たちに照準を合わせた。
だが――視界を塞がれてしまう。
「仲間を……こんなことに使うのかッッッ!?」
信じられないものを目の当たりにしたヨイチは激昂し、真っ赤な血の色に染まる視界に銃口を向けたまま愕然としていた。
上陸した三体の巨大な深きものども。
彼らは足下をうろつく小型の同族を意に介さず、平気で踏み潰しながら爆走を続けるのだが、途中である程度の大きさの仲間を引っ掴んでいた。
30m~100m弱くらいの深きものどもだ。
何度も狙撃されたので、ヨイチのいる場所は見当が付いたらしい。
そこに向かって仲間を投げ飛ばした。
結界に阻まれるのもヨイチに狙撃されるのも計算済み、どちらでもいいとばかりに手当たり次第に投げ飛ばして肉の弾幕としていた。
結界に弾かれ、狙撃に撃ち抜かれ、半魚人たちの肉体は爆裂する。そこから血肉のシャワーが破裂するように振り撒かれる。
この赤い煙幕の衝撃にヨイチは動揺を誘われてしまった。
視界が塞がれても「狙撃対象の死角を必ず捉えることができる」過大能力を用いれば、接近する大型半魚人たちを撃ち抜くことはできたのだ。
しかし、心を乱されたせいで判断が遅れた。
この数秒の時間稼ぎを巨大な深きは最大限利用していた。
かなりの距離を走り抜けて近付いたのだ。
300m級の怪獣が三人掛かりでぶちかましを仕掛ければ、ひょっとすると結界を打ち破って地下都市へ侵入できるかも知れない。
彼らもそれを期待して、こんな捨て身の突撃を敢行したのだろう。
「どんだけ全体主義なのよ……アンタたちはぁッ!?」
怒号を上げたのはフレイだった。
国と民を守るために今日まで腐心してきた若き女王は、種族のためならば平然と個を切り捨てる深きものどもの倫理を受け入れられないに違いない。
――そういう生命体は確かにいる。
種族全体を生かすため、個の尊厳を取り合わず、当たり前のように犠牲とすることを躊躇わない。それもまた生命体の有り様なのかも知れない。
しかし、感情を持つ種族には無理な相談だ。
そんな光景を見せつけられれば琴線にも触れようというもの。
フレイも堪忍袋の緒が切れてしまったらしい。
「もう怒った! 見せてあげるわよ……私の全力全開ってやつを!」
怒りのあまり理性の糸が切れてしまった双眸を厳つくしたフレイは、歯を食い縛ったまま勝利の剣を高々と頭上に掲げた。
切っ先が天を衝くようにだ。
「勝利の剣よ――その真なる姿を顕現せよ!」
フレイの命に答えるかの如く、勝利の剣は一度だけ鼓動した。
次に剣身に走った幾何学模様が激しく明滅すると、振り回した時のように無数の剣へと分裂し、断片となった剣たちが空を目指して上昇していく。
分裂した剣はそれぞれが莫大なエネルギーを渦巻かせる。
フレイが掲げた長剣を中心に、分裂したすべての剣がエネルギーの奔流を天高く巻き上げていくと、剣同士が共鳴してエネルギーを増幅させていく。
やがてそれは途轍もない光の柱となった。
フレイの掲げた長剣から宇宙の彼方まで届き、それこそ世界樹を思い出させるような巨大な円柱を形作っていた。分裂した剣の断片は光の柱のあちらこちらでエネルギーを発生させており、光の力場を維持する役目を果たしていた。
触れたものが何であれ消滅させる破滅的な力場である。
すべてを滅ぼすエネルギーフィールドは空間を震え上がらせた。まるでフレイが持つ勝利の剣が、世界を斬り裂く巨大な剣になったかのようだ。
もはや大型半魚人の走る地響きなど気にならない。
それよりもフレイの握る光の剣が、生きとし生けるものを震撼させていた。
「ぬぬぬぬぅぅ……しょ、勝利の剣よッ!」
ビリビリと張り詰めた激震が剣身を通してフレイを襲う。痛みに顔を歪めて脂汗を流すも、彼女が剣から手を離すことはない。
「私に……絶対的な勝利をもたらせぇぇぇぇえええええええーーーッッッ!」
フレイは裂帛の気合いを込めて光の剣を振り下ろす。
世界をも断ち切る刃となった光の剣は、その切っ先で天を斬り裂き、空を薙ぎ払い、雲を払い散らして、何もかもを烈光へと飲み込んでいった。
地上に振り下ろされた刃は万物を打ち消していく。
迫り来る三体の大型半魚人は見る間もなく蒸発し、その足下をうろついていた何百万という深きものどもさえ跡形もなく消し去ってしまった。
まだ上陸していない大型半魚人の部隊。
カズトラたちを抑えていた奴らも巻き添えで吹き飛んでいく。
ある程度は調整してくれたのか、レンたちまで一緒に攻撃しないようにしてくれた配慮もあったが、三人とも大わらわで飛び退いているところだ。
LV999でも――あれに触れたらわからない。
少なくとも無傷では済まない、そんな悪寒を覚えるだけの威容はあった。
勝利の剣からひた走る光は留まるところを知らない。
上陸した半魚人のみならず、まだ海にいる者たちまで刃の露とした。
海が焼けるような音をさせて、こちらも数百万……いや海上、海中、海底に潜んでいる連中も巻き込み、みんなまとめて抹消してしまったようだ。
水平線の果てまで届いた光の刃は、大海すらも一刀両断に斬り分けた。
眼を焼くほどの光量も次第に鎮まっていく。
今の一撃でどれほどの敵兵を倒したのか? 見当もつかない。
だが、目に見える変化がひとつあった。
『バサママ! 見て、見てくださいッス! 海が……ついに海が!』
通信越しにフミカが興奮した声で訴えてきた。
言われなくてもわかる。ツバサは自然と同調しているのだから。
――深きものどもに埋め尽くされた南海。
これまで見えなかった海がようやく覗けるようになったのだ。
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〜『デイブレイク』のメンバー紹介〜
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怪物級の魔力を持つ杖士。その魔力が強大すぎるがゆえに、普段はその魔力を抑え込んでいるため、感情をあまり出さない。チームで唯一の黒人で、ドレッドヘアが特徴的。戦闘で右腕を失って以来義手を装着しているが……
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