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第21章 黒き世界樹そびえる三つ巴の大地

第507話:正しい背水の陣のやり方

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 ――空間転移のほこら

 五神ごしん同盟どうめいの各拠点にもうけられた、空間転移を可能とする祠である。

 身長5m越えの巨体でも入れるスペースのある祠の内部には七つの扉があつらえられており、それぞれの扉には各陣営の紋章エンブレムが刻まれている。

 対応する紋章の扉を潜れば、その陣営の祠に出られる寸法だ。

 ハトホル太母国、ククルカン森王国、イシュタル女王国、タイザン府君国、ルーグ・ルー輝神国、水聖国家オクトアード、エンテイ帝国、源層礁げんそうしょうの庭園。

 現在、五神同盟に所属する八陣営にそれぞれひとつずつ。

(※穂村組ほむらぐみはハトホル太母国内に、日之出ひので工務店こうむてんはククルカン森王国内に、それぞれ拠点を構えているので省略されている。またエンテイ帝国は同盟加入していないが、友好条約を結んだ際に空間転移の祠に関する契約も交わしている)

 自陣営の分を覗いた――七陣営の扉。

 ここを潜れば目的の陣営まで一瞬でひとっ飛びだ。

 これによりツバサたちは地球の土地面積の何十倍もある中央大陸であろうとも、移動時間をロスすることなく行き来することができていた。

 おかげで緊急時にも対応しやすく、陣営同士の交流もはかどっている。

 実際、空間転移に費やすエネルギーは馬鹿にならない。

 ツバサは空間転移の魔法のみならず、もしもの時のために仲間をすことができる眷族けんぞく召喚しょうかんなどの魔法も習得しているが、どちらも消費する魔力量が尋常ではないため、連発はできないし使い所を見極める必要があった。

 つまり、おいそれと普段使いできない。

 習得するのも高難度のため、各陣営の魔法系技能スキルが得意な者に「覚えて!」と頼むのもはばかられる。まだツバサを含めても指折り数えるほどだ。

 各陣営に用事がある時は自力で行くしかない。

 宇宙戦艦より高性能な飛行母艦ハトホルフリートでも半日掛かりの行程こうていは遠すぎる。

 そこで陣営間の往来おうらいをもっと簡単にしたいと考えた末に閃いたのが、空間転移を組み込んだ装置を作って各陣営に設置することだ。

 ほこらには特大の龍宝石ドラゴンティアをふんだんに使用。

 中心となる龍宝石にツバサが空間転移の魔法を刻み込み、他の龍宝石には大量の魔力を溜め込んで充電池じゅうでんちになるように設定する。ある程度の連続使用にも耐えられる設計にし、待機状態では龍宝石へ魔力を急速充電させ……。

 とにかく様々なアイデアを盛り込んでおいた。

 安心、安全、耐久性、利便性りべんせい簡便性かんべんせい――これらを追求させてある。

 そして工作者クラフターのダインとジンに制作を依頼。

 こうして完成したのが空間転移の祠だ。

 完成後も更なる改善を施して、新たに加入した工作者の意見も取り入れて改良を繰り返し、現在ではヴァージョン12くらいになっている。

 今では五神同盟の“脚”あしとして当たり前に使われていた。

 同盟間の移動手段として確立しつつある。

 こうなると――更なる発展性を求めるのが人間のさがだ。

 ある時、幼年組ようねんぐみのウノンサノン姉妹がこんなことを言い出した。

『空間転移のほこらって持ち運びできないんですか?』
『できたら便利です……ドラ○もんのどこ○もドアみたいになるです』

 それはツバサたちも考えてはいた。

 というか発明に関しては右に出る者がいない工作者クラフターたちが真っ先に取り組んだのだが、安全性に問題が出るため検証けんしょうが続けられていた。

 空間転移の原理は――空間を歪曲わいきょくさせること。

 これがツバサたちの使う魔法としての空間転移の仕組みだった。

 まず遠く離れたA地点とB地点それぞれに空間をこじ開けた穴を設け、その穴と穴を繋げるように空間を捻じ曲げる。A地点とB地点の穴を接するように空間を括って結び、トンネルとして開通させれば空間転移の“門”ゲートの完成だ。

 この“門”ゲートを通り抜ければ空間転移できる。

 フミカ曰く、SFにおけるワープ航法こうほうに近い理屈りくつらしい。

 この際、それぞれの座標軸ざひょうじくが重要になってくる。

 転移元Aの座標と転移先Bの座標。

 これらを正確に計算し、寸分すんぶんたがわず結びつけなければならなかった。

 たとえ1μミクロン誤差ごさであろうと許されない。

 もしも誤差があればあるべき空間を無理やり歪曲わいきょくさせていた反動はんどうが起きて、どこへ転移させられるかわからない事故を引き起こす。

 この転移事故が洒落しゃれにならない。

 伝説級に有名なゲームでは空間転移に失敗すると、構造物の中へ組み込まれるように転移されるという最悪のシチュエーションがあった。

 これを『いしのなかにいる』という。

 こうなるとデスペナルティからのリスタートもできず、所持品しょじひん紛失ふんしつどころかプレイヤーキャラクターの抹消まっしょうという完全なゲームーバーを迎えてしまう。

 プレイ中に遭遇そうぐうした者にはトラウマ物の経験である。

 真なる世界ファンタジアの空間転移の失敗はこれに近い。

 見も知らぬ土地へ飛ばされる危険性も大概たいがいだが、転移先の構造物あるいは生物と融合ゆうごうでもしたら、それこそ大惨事だいさんじになろうというもの。

 この危険性に工作者クラフターたちはいち早く気付いたのだ。

 長男ダイン、次女フミカ、工作の変態ジン。

 この三人は暇さえあれば集まり、ほこらの改良について話し合っていた。

 そこでは代替案もいくつか上げられたのだが……。

『SF的発想な空間転移方式にするとかは? たとえば物質の構造を完全走査スキャンすることでぜんぶ情報化しちゃって送り先に転送。そこでナノテクや魔法で物質を一から再構成させる……みたいなのSFなマンガで俺ちゃん見たよ?』

 この方式ならば空間転移のための座標軸にこだわる必要はない。

 大容量の情報化したデータを高速で送受信すればいいだけだ。

 しかし、ジンのアイデアにダインは鹿爪らしい顔で「待った」を掛ける。

『いや、そいつぁそいつで危なっかしいんじゃ兄弟。一歩間違えると元となったオリジナルの物が残ったまま、転送先に同じもんが生まれちまう……なんじゃったかな、アクエリアスとかエリアスとか、そんな問題が起きるんぜよ』

『それを言うならエイリアス・・・・・問題・・ッスね』

 ジンとダインの議論を博識なフミカがまとめてくれる。

 話し合いに立ち会ったツバサは、そんな場面さえも覚えていた。

走査スキャンしたデジタル情報をやり取りする空間転移方法だと、オリジナルが残ったらエイリアス問題が発生するし、オリジナルを消去して転移先に新たなオリジナルを再構築すると、今度はスワンプマン・・・・・・の思考実験・・・・・に陥っちゃうッス。どっちも心理的にも哲学的にもディープな問題になるッスよ?』

 ――エイリアス問題。

 何らかの方法でその人間とまったく同じコピーを作れた場合、どちらが本人なのか? という完全に同一の人間が複数現れることへの問題もんだい提起ていきだ。

 当人たちの心理もことながら、社会的な混乱も巻き起こす。

『人間に限らず、この世に二つとない逸品いっぴんがほいほう複製できるようになっちゃっッスからね。できたとしてもパニクるんで控えた方が無難ッス』

『本物の完璧な複製品は、果たして本物なのか偽物なのか……ってことぉ!?』

 俺ちゃん悩んじゃう! とさっそくジンは難題に頭を抱えていた。

 ――スワンプマンの思考実験。

 こちらはエイリアス問題と似て非なる問題もんだい定義ていぎだ。

 ある男が沼のほとりで死ぬのだが、そこに落雷が落ちると男の死体と沼の有機物が奇跡的な反応を起こし、死んだ男そっくりの生物を誕生させる。

 人相、体格、記憶、知識、経験、遺伝子……。

 すべてが死んだ男と同じだが、それは沼から生まれた存在。

 沼から生まれた生物は死んだ男の記憶も引き継いでいるから、その生物は何事もなかったかのように男の代わりに日常生活へと戻っていく。

 果たして――この沼から生まれた男スワンプマンは何者か?

 つまり、一度死んだ人間であろうと何らかの手段で完全復活させた場合、それは果たして本人と見做みなしていいのか? という思考実験である。

 自己じこ同一どういつ、即ち自我じがが保たれていれば人間か?

 その自我は――紛うことなき己の自我なのか?

 自身も他人も答えは出せず、延々と疑問を重ねることだろう。

 エイリアス問題の場合、その同一性どういつせいを求めるべき自我が増えるという難題に直面し、スワンプマンの思考実験の場合、死んだ人間から沼より生まれた生物に自我が正しく引き継がれているのかと疑いを向けざるを得ない。

『これは単なる複製とか再構築の話じゃないッスからね。実存する肉体に自我を宿した人間……心を持つ種族全般を悩ませる課題かだいになってしまうッス』

『うーん、空間転移のシステムを根本から変えるのはなしかぁ』

 発案者のジンは降参こうさんするように顔面をてのひらで打った。

『そもそもの話――それは空間転移とはまったくの別問題だ』

 かたわらで工作者たちと識者が議論するのを聞いていたツバサだが、我慢できずに口を挟んでしまった。発案者のジンを指先で示しながら続ける。

『ジンの案だと一個人の完全なるバックアップを用意することになる。個人の総合的データをコピーからペーストするか、カットからペーストするか……それこそコンピューターでデジタル情報を処理するみたいな話に聞こえるぞ』

御説おせつ高説こうせつごもっともでゲス』

 話の流れが逸れたことを指摘してきするとジンは反省するように答えたが、口振りといい態度といい、おちゃらけた幇間たいこちのようだった。

 わざとらしく出っ歯になると三下さんしたな目付きになり、折り畳んだ日の丸扇子せんすでペシリと自分の頭を叩いていた。

 アメコミヒーローマスクを装着していてもわかるのが不思議だ。

 そして――なんか無性むしょうに腹が立つ。

 流れるような歩法でジンの背後に回ったツバサは、ヒーローでもヴィランでもないどっちつかずっぽいマスクを被った頭を小脇こわきに挟んだ。

 ツバサは胸に押し当てつつ、腕力でジンの頭を締め上げていく。

『うおっ! へ、ヘッドロックぅ!?』

 技名を叫びながらも脱しようとジンは藻掻もがいている。

 だが――逃がしはしない。

 技を決めたままツバサは説教を始めた。

『今後の蕃神ばんしんとの戦いを考えて、真なる世界ファンタジアの情報をデータ化することで何処どこかへ逃がすという手もなくはないから研究すべきだと思うが、フミカが教えてくれた諸問題もあるから、やるんだったら報連相ほうれんそうを大切にして慎重にな?』

『お、俺ちゃんの頭蓋骨ずがいこつがメリメリいってる!? 開放かいほう骨折こっせつして脳みそバーンしちゃう!? で、でもツバサお姉さまの特盛りパイオツががががッ!?』

 一応、罰のつもりだがマゾのジンは喜ぶので相殺そうさいだ。

 良かれと思って余計なことすんなよとたしなめつつ、その案は使い道があるからナイスアイデアと褒めるため、このおっぱいヘッドロックと相成あいなった。

 超爆乳の感触は楽しめる――ただし頭蓋骨は悲鳴を上げる。

 ジンにはちょうどいい案配あんばいだろう。

 ただし、本気マジで痛いのでジンは手足を必死にバタバタさせている。

『なんかセミファイナルみたいッスねぇ……』

『夏の終わりによう見るあれじゃな、せみの最後の命の輝き……』

 そんな友達の様を見つめてフミカとダインは感想を述べた。

 死を目前に控えた路上ろじょうに転がる蝉だが、人間が近付くと最後の命を振り絞るかのように鳴きながら羽ばくように転げ回る。

 それをセミファイナルというらしい。

 準決勝セミファイナル蝉の最後セミファイナルを掛けた駄洒落だじゃれか? なかなか酷い発想だ。

 ジンへのヘッドロックは制裁せいさい鼓舞こぶを混ぜたものだが、ダインとフミカにも「危ない橋は渡るなよ?」という警告を兼ねた見せしめでもあった。

 ギロリ、と母の威厳いげんで言い聞かせる

『おまえらもだ。今の研究を続けるってなら戦々せんせん兢々きょうきょうとやれよ?』

 戦々兢々――深淵しんえんに臨むが如く薄氷はくひょうを踏むが如し。

 一個人の全データのデジタル化は、空間転移やバックアップ意外にも様々な用途ようとを見出せそうだが、ひとつ間違えたら何が起きるか予測できない。それこそエイリアス問題やスワンプマンどころではないトラブルの引き金となるだろう。

 だからこそ――慎重に慎重を期すること。

 もっともやらかしそうなジンを筆頭ひっとうに、狂的マッド科学者サイエンティストのあるダインとフミカの長男夫婦にもキツく申し渡しておいた。

 考えてみたら長男夫婦は前科ぜんかがあるので尚更なおさらである。
(※第399話~第400話参照)

 そうこうしているうちにジンが落ちた。

 全身ぜんしん蒼白そうはくとなって魂が抜け落ちたようにグッタリすると、ツバサの胸にもたれかかってきたので床に転がしておく。それから長男夫婦をにらんだ。

『……わかったか? 返事は?』

 物理的威力のある眼光でツバサは念を押した。

 ダインとフミカは背筋を正して最敬礼さいけいれいで返事をしてくる。

『――イエス、マム!』

『誰がビッグマムだ!?』

 子供たちのわざとらしいボケに、ツバサはいつもの決め台詞を発すると「まったく……」とブツブツ呟きながら空間転移について思い返す。

『おまえたちも心砕いてくれてるけど、やっぱり空間転移は消費する魔力コストが高いんだよな。眷族召喚なんかもそうだが、一人喚び出しただけでも消耗しょうもうがバカにならないから使い所にも悩むし……』

 ツバサはエネルギーの無限増殖炉になれる過大能力オーバードゥーイングを持つ。

 だからといって疲れないわけではない。空間転移に使った分のエネルギーをすぐ再充填さいじゅうてんできたとしても、その分だけ疲労感は溜まってしまう。

 下手をすれば弱体化デバフになりかねない。

 正しく状況を読んで使わねば不利に陥りかねないのだ。

『いっそあれだ、某悪○くんみたいに魔法陣まほうじんを書いてエロイムエッサイムと呪文を唱えたらいつでもどこでも仲間を召喚できればいいんだが……』

『○魔くんのアレか、確かに効率は良さそうじゃったな』

 ダインは子供たちと視聴したアニメの話題に合わせてきた。

 この間、幼年組のために開催したアニメ鑑賞会かんしょうかいを開いた時の作品なので、暇潰しに付き合っていたダインも内容を覚えていたらしい。

『いやいや、あの召喚魔法は低コストだけど誓約せいやくが多いんスよ?』

 水木しげる先生の作品にも造詣ぞうけいが深いフミカに駄目出だめだしされる。

『アニメ版だと魔法陣を書いて呪文を唱えれば十二人の使徒しとが飛んできてくれますけど、複数ある原作版だと魔法陣を書くのにとんでもない時間と労力が掛かってるし、魔力どころか気力体力まで磨り減らして悪魔を召喚するんスから』

 そーなん? とツバサとダインは同じ顔で振り向いた。

 そーなんス、とフミカは得意気とくいげに語る。

 まず魔法陣を描く際には1㎝進めるごとにエロイムエッサイムと呪文を唱えなければならず、中央の図形を描く際には特殊な刑具けいぐがいくつも必要であり、悪魔を召喚するための莫大なエネルギーを大気から用立てねばならない。

『自前の魔力ではなく自然界の魔力を使うのか』

 後輩のエンオウも森羅万象の“気”マナを我が物として取り込む過大能力オーバードゥーイングを修めているが、似たような要領ようりょうで召喚のためのエネルギーを集めるらしい。

 フミカはハンカチを目元に当ててなげ素振そぶりをする。

『ベルゼブブとかメフィストフェレスなんて大悪魔を召喚するために、○魔くんの先生的ポジションのファウスト博士が大変なことに……』

『それってファウスト博士……生け贄にされちょらんか?』

『まあ悪魔召喚に供犠くぎは付き物だけどな』

(※古来より伝わる魔術や悪魔学によれば、魔法陣とは召喚した悪魔から身を守るための円陣である。よって悪魔や精霊を召喚する者は魔法陣の内側・・・・・・に立ち、魔法陣の外側に悪魔を召喚して交渉をする。しかし、いつの頃からかこのシステムが逆転し、昨今さっこんでは魔法陣の内側に悪魔を召喚するのが当たり前になっている)

『まあ、アニメ版の悪魔○んの召喚システムは恐らく特例とくれいッスよね』

・召喚者が一万年に一人の天才児にして救世主メシアであること。

・召喚される悪魔は運命に選ばれた救世主メシア使徒しとであること。

・契約を交わすことで更に強力な結びつきを得ていること。

『……こうした点を踏まえれば、救世主と使徒は運命力みたいなもので繋がっているから、召喚のコストも低くて済むので労力もいらないんでしょうね』

『眷族召喚の魔法も最低限の契約は交わしているしな』

 そこは召喚魔法を修めたツバサも同意する。

 眷族召喚の場合、召喚者が召喚する対象を仲間と認めており、その仲間が召喚者をリーダーとして認めることが条件だ。別に王様のように崇め奉れとか仰々ぎょうぎょうしいものではなく、「んだらてね?」「OK!」くらいの認識でいい。

 なので召喚に際しても強制力はあまりない。

 たとえばの話、入浴中とか別件で立て込んでいたら「今は無理!」と召喚対象に断られて喚び出せない。無論、召喚前にアポアポイントメントは取るが……。

 不意にツバサの足下でビクンと何かが脈動みゃくどうする。

結びつき・・・・……俺ちゃん閃きました!』

 ヘッドロックで気絶していたジンが息を吹き返すと、どこからともなく白紙の図面を取り出して、その上に勢いよく製図せいずペンを踊らせ始めた。

『空間の穴を繋げる“門”ゲート! この二つの結びつきを強めれば……ッ!』

『おおッ! 兄弟ナイスアイデアじゃぞこれは!?』

 描かれていく設計図がどういうものかを理解したダインは、自らも製図ペンを手に取ると、より完成度の高まるアイデアを書き足していった。

 話し合いがこうそうしたのか? ヘッドロックで落としたのが効いたのか?

 はたまた――救世主メシア使徒しとのお導きか?

 空間転移のほこらを持ち運ぶ計画はここからトントン拍子に進んだ。

   ~~~~~~~~~~~~

「で――出来上がったのがコイツ・・・ってわけ」

「別にミロおまえが作ったわけじゃないだろ」

 ミロは偉そうな態度で衝立ついたてのような扉に手を押し当てていた。無論、作ったのはダインを始めとした工作者クラフターたちである。

 南方大陸へ発つ直前まで工作者たちが総出そうでで取り掛かっていた。

 ここは飛行母艦ハトホルフリート――その艦橋かんきょう

 ダインとフミカから「準備ができた」と知らせを受けたので、フレイたちと話し込んでいた地下都市アウルゲルミル展望台てんぼうだいから足を運んだところだ。

 艦橋にやってきたのはメンバーは次の通り。

 地母神ツバサ、英雄神ミロ、処女神マリナ、

 戦女神ミサキ、獣王神アハウ、組長バンダユウ。

 ミサキとアハウにバンダユウは戦争のための布石ふせきを打ち、ちょうど展望台に戻ってきたところを「ついでだから」と同行してくれた。

 地下都市アウルゲルミルからは――王女フレイと国務大臣ゴルドガド。

 空間転移の技術はドヴェルグ族にも伝わっているが、後学こうがくのために是非ぜひともと請われたのだ。ダインに確認したところ「別に特許とっきょ取るつもりもないから構わんきに」と了解を得られたので一緒に来てもらった。

 そして――ハンティングエンジェルスの皆さん。

 飛行母艦ハトホルフリートの隣に停泊ていはくさせた飛行戦艦シャイニングブルーバード号のメンテナンスをしていたのだが、ツバサたちが近付く気配を察したらしい。

 なにすんのー? とドラコが顔を覗かせたのだ。

 ちょっとした実験をすると話したら「面白そうだから遊び行っていい?」と聞かれたので、断る理由もないから以前のように艦橋かんきょうへと招いた。

 この面子めんつが立ち会うもとで始められる。

 移動させられる空間転移のほこら――その実験及び試運転だ。

 ハトホルフリートの艦橋かんきょうはだだっ広い。

 本来、空母よりもでかい飛行母艦を航行こうこうするとなれば、艦橋に集められる操船そうせんのためのシステムは相当なものになる。どれだけ艦橋を広めに取ろうとも、そのための機器や機材、それらを操るための制御盤コンソールで埋もれることだろう。

 だが、ハトホルフリートに限ってそれはない。

 艦長であるダインと補佐ほさを務めるフミカ。

 この二人が優秀すぎるため、操船システムのほとんどが二人の周囲に集約しゅうやくされているのだ。操舵そうだ、動力炉、防衛制御、火器かき管制かんせい、艦内ライフライン……。

 すべての操船システムがどちらかの管理下にある。

 そのシステムさえも高性能AIや作業用ロボのサポートのおかげで、必要最低限で済んでいた。このため設置する機材も機器も少ない。

 ダインは操舵輪そうだりんと火器管制を始めとしたいくつかの制御盤。

 その他の操作はフミカが請け負い、ほとんどの管理をちゅうに浮かばせた透過とうかスクリーンに投影とうえいするため、物理的な制御盤コンソールも多くはない。

 だから――ハトホルフリートの艦橋はすっきりしていた。

 ツバサの座る艦長席を中心にして、その近くにダインとフミカが操船そうせんのためスタンバイする座席といくつかの制御盤コンソールがあるのみ。

 後は自由、といった感じでスペース的にも解放されていた。

 あまりに広々として殺風景さっぷうけいすぎたため、ダインが気を利かして空の旅に同行してくれた仲間がくつろげるソファやテーブル一式などをあちこちに置いたため、高級ホテルのラウンジみたいなお洒落しゃれ空間くうかんになっていた。

 マルミを始めとした大人の女性たちにウケるほどだった。実際、ドラコやレミィたちはお洒落なカフェに来た感覚で好き勝手に寛いでいた。

 そのラウンジみたいな艦橋かんきょう一角いっかく

 テーブルや椅子をかたづけて空間スペースを作り、そこに大きな扉を立たせていた。

 2mを越える大柄な仲間でも潜れるサイズの大扉だ。

 どこの部屋にも通じていない。扉だけがポツネンと立っている。わくに収まって立ち尽くす扉を見て、ミロやマリナは「どこ○もドア」とはしゃいでいた。

 見た目もそうだが機能も似ているのだが……。

 空間転移のほこらあつらえられた八陣営へ渡るための扉と似たデザインだが、紋章エンブレムは刻まれていない。代わりに飛行母艦ハトホルフリートのシルエットが飾られている。

 また扉には何本ものチューブが接続されていた。

 大小のチューブは飛行母艦の動力炉からエネルギーを回すためのもので、初めての実験に備えて多めに注入しているところだ。

「……それで具体的ぐたいてきにはどういう解決策になったんだ?」

 ツバサは操縦席の前に立つダインに尋ねた。

 ハトホル太母国 長男 科学長官 ダイン・ダイダボット。

 2m近い巨漢きょかんだがまだ少年のあどけなさが抜けない、番長みたいな風体のサイボーグである。最近は軍艦ぐんかん艦長かんちょうらしい格好も板についてきた。

 両腕は人間の面影がないほど機械化されている。

 鋼鉄の指がスクリーン型の制御盤コンソールをタッチタイピングしていた。

「そこはジンの兄弟が閃いた通り――結びつき・・・・ぜよ」

 艦は地下都市アウルゲルミル停泊所ていはくじょにあるので航行こうこうしていない。

 珍しく操舵輪そうだりんを握っていないダインは目の前にマルチウィンドウを展開させると、そこに映し出されるデータをひとつも漏らさぬよう注視ちゅうししながらタイピングを続けていた。細かい作業に専念せんねんするのも珍しい。

 ウィンドウのひとつが滑るようにツバサたちの前へ移動してくる。

 そこにジンの閃いた解決策が描かれていた。

「今までの空間転移のほこらは事故ん懸念けねんがあったんで、座標軸を1μミクロンもずらせんちゅう恐れからA地点とB地点の扉は絶対に動かせんかった」

 陣営間の移動には便利だが、持ち運びできないのは不便だった。

 そこで陣営に設置するA地点は固定として、B地点の扉を自由に動かしても使えるようにする計画をひっそり進行させていたのだ。

 たとえば――飛行母艦ハトホルフリート艦橋かんきょうに置く。

 こうすれば空間転移のエネルギーはかんから補給ほきゅうでき、真なる世界ファンタジアのどこへ遠征えんせいしても各陣営から頼れる仲間に応援を頼むことも可能。

 使い方こそ限定されるが、正しく「どこ○もドア」である。

 実際の「どこ○もドア」は便利さ云々うんぬん以前に、ツバサやレオナルドのような戦闘民族気質の人間からすると、凶悪極まりない兵器としての運用うんようしか思い付かないので、そのまんまな「どこで○ドア」は絶対に作らせてはいけない。

(※ヒント:敵地の要所ようしょ要人ようじん寝床ねどこへ一瞬で行けます。味方の装備なら超が付くほど有能だが、敵に奪われでもしたら一巻の終わりです)

 ……プトラが作りそうで怖い今日この頃だ。

「でもさ、扉を動かすと座標ざひょうがズレちゃうからダメなんでしょ?」

「そんダメをなんとするんが工作者わしらん仕事ぜよ」

 ミロに指摘してきされたダインは勝ち気な笑みで答えると、ツバサたちに見せたスクリーンに図解ずかいを示した。画面に現れたのは空間転移のための二つの扉だ。

 注目すべきは双方の扉――その枠組み・・・.

 互いを引き寄せるような凄まじい力の結びつきを感じる。

 例えるなら磁石じしゃくのN極とS極のようだ。

「各陣営に置いちょるA地点の扉はこれまで以上に強固に固定、そんでハトホルフリートにせた移動式のB地点の扉には、時空を超えてもA地点の扉と強く引き合うような絡繰からくりを組み込んでやったんじゃ」

 B地点の扉がどれだけ動こうとも、A地点の扉に吸い寄せられる。

 空間を歪曲わいきょくさせたワープホールを繋ぐ際、互いに力強く引き合う扉の性質を利用することで1μミクロン誤差ごさも許さない座標軸ざひょうじくを結びつける。

 不動ふどうのA地点へ力尽くで――遊動ゆうどうのB地点を強引にくっっけるのだ。

「……なんだか磁石じしゃくのSとNみたいですね」

 ツバサの胸の下からマリナが感想の声を上げた。

 お母さんと同じことを思ったらしい。さすがは賢い愛娘。

 マリナは胸の下に潜り込むと、「お支えします!」と鼻息も荒くツバサの超爆乳を持ち上げていた。本当に楽になるから文句も言いづらい。

「マリナちゃんいいなー、ツバサさんのおっぱいサポート」

 それを羨ましそうにハンティングエンジェルスのナナが眺めていた。

 すかさず芸人気質のマルカが動き出す。

「幼女一人じゃ大変でしょう……お手伝いします!」

 九尾の狐をモデルにしたVRヴァーチャルアイドルはツバサの右隣に立つと、右腕を曲げるようにして右手でツバサの右乳房を支えるポーズを取った。

「あーッ、マルルン抜け駆け! ナナもやるー♪」

 イグアナをはべらせた天真てんしん爛漫らんまんな白衣のVRアイドルは、ツバサの左隣に立つとマルカと対を成すようなポーズでツバサの左乳房を支えてくる。

 マリナの両手による下からの持ち上げも継続中けいぞくちゅうだ。

 美少女三人に超爆乳を支えられる謎のフォーメーションが完成した。

 ……なんだこれ?

 ここまで支えてもらうほど重いものでもないと思うのだが、かつてないほど胸への圧力が軽減けいげんされたのと、肩こりを覚えそうな重みが解消されていた。

 正直な話、胸回りがとても楽になったので叱れない。

 言いたいことも言えない微妙な表情でツバサが呆けていると、ミサキが「いいなー……」とぼやきそうな顔でこちらを見つめたまま指をくわえていた。

 そこへ機微きびさっしたミロが近付いていく。

 ぽん、と気さくにミサキの肩を叩いたミロは立てた親指をこちらに向けた。

「10分したら交代してもらおう。アタシ右乳でミサキちゃん左乳ね」

「ミ、ミロちゃん……ッ!」

 ミロからの申し出にミサキは感動したかのように頬を桃色に染めると、力強く頷いていた。10分経ったら左右の乳支え役が入れ替わるようだ。

「このポジションは誰にも譲りません!」

 そして、マリナはツバサの胸の下で自己主張していた。まあ身長的にツバサの胸の下を定位置にできるのはマリナだけなのだが……。

 ゴホン、と野太い咳払いが聞こえた。

「あの……母ちゃん? 話ぃ進めても構わんじゃろか?」

「あ、すまん。話の腰を折るような真似を……って俺のせいじゃないだろ!」

 あと誰が母ちゃんだ!? と決め台詞も付け足しておく。

 怒鳴った拍子に超爆乳がドムンドムンとバウンドするが、三人掛かりで支えられているので事なきを得た。一応、サポート態勢は万全のようだ。

 オホン、とダインはもうひとつ咳払いして場を立て直す。

「ええたとえじゃ。マリナちゃんは目の付け所がええ」

 何事もなかった態で話を進めたダインは、マリナの着眼点ちゃくがんてんを褒めると2つの小さな龍宝石ドラゴンティアを取り出した。それを機械仕掛けな左右の両手に転がした。

 人差し指と親指でつままんだ2つの龍宝石を近付ける。

「――あ、くっついた」

 ミロが見たままを言った通り、左右の龍宝石は磁石じしゃくのように互いを引きつけ合うと硬質的こうしつてきな音を響かせながらカチーンとくっついてしまった。

「こん2つの龍宝石には引き合う力が込められちょる……わかりやすくいえば、まんま磁石のSとNじゃ。お互いを誘引ゆういんする力は桁違けたちがいじゃがな」

 こうした加工を施した一対の龍宝石。

 大きくてもビー玉、小さければビーズ玉から砂粒くらいの大きさ。

「そんな対となる龍宝石が空間転移をする扉、A地点とB地点の両方にこれでもかと埋め込んだんじゃ。扉本体やのうてそれを支える枠組み・・・の方にな」

 共鳴するように引き合う一対の龍宝石ドラゴンティア

 その力を利用することで空間くうかん歪曲わいきょくでワームホールを繋げる際、固定されたA地点の扉へB地点の扉が内蔵された龍宝石によって引き寄せられるわけだ。

「引き寄せ合うのはいいが……ちょっと力業ちからわざが過ぎないか?」

 心配性のツバサは首を傾げて眉根まゆねを寄せる。

 大凡おおよそ理屈りくつは飲み込めたが、いささか乱暴に感じたのだ。

 磁石のS極とN極が引き合うのは周知の事実だが、子供の実験とかだと磁石同士が勢い余ってガチーン! とぶつかり合うシーンしか想像できない。そんな接触せっしょくの仕方では座標軸ざひょうじくの固定どころか誤差ごさが出まくりではなかろうか?

「そこはそれ、誤差ごさ修正しゅうせいはお手の物ッス」

 ダインの代わりに答えてくれたのはフミカだった。

 ハトホル太母国 次女 情報長官 フミカ・ライブラトート。

 姫カットに眼鏡の似合う文学少女然とした外見なのに、とてもよく発育したグラマラスな肢体したいを飾るのはエキゾチックな踊り子衣装。母親譲りだという褐色かっしょくに近い肌色もあって全体的なバランスが様になっている。

 踊り子衣装は愛しい彼氏ダインの気を惹くための苦肉の策。

 願いが報われ、晴れて夫婦となった今でも戦闘用衣装は踊り子のままなところから察するに、当人も気に入ってしまったようだ。

 そんな見た目に似合わず、フミカの得意分野は膨大な情報処理。

 視界を埋める投影型スクリーンから視線を逸らさず、手元には半円形にスクリーンタイプの制御盤を並べて高速タッチタイピングを続けていた。

 誤差修正はお手の物――雄弁ゆうべんな光景である。

 無数に検出けんしゅつされる座標軸ざひょうじくの細かいズレを修正している真っ最中だ。

「固定されたA地点の扉へ龍宝石で引き寄せることで、移動するB地点の扉を無理やり結びつけるのはいいアイデアなんスけど、互いを誘引ゆういんする力を調整しても、やっぱりズレはまぬがれないッスからね……そこはこっちで何とかするッス」

 フミカを取り囲む無数のスクリーン。

 それらが一枚ずつ『安全確認完了、オールシステム正常に機能グリーン』と塗り替えられ、その度に空間転移の扉から起動音みたいなものが鳴り響いてきた。

「今は手入力みたいなことしてるッスけど、これまでの誤差修正を演算えんざん能力のうりょくを高めたAIに学習させて、今後は自動で直してくれるシステムを構築中ッス」

「扉同士をくっつけるのにも工夫を盛り込んじょるしな」

 嫁の尽力じんりょくに感謝するダインは、工作者クラフターの努力についても語る。

「扉の枠に埋め込んじょる龍宝石ドラゴンティアは百や千じゃ利かん。砂粒大のも含めれば数百万は下るまいよ。それらの配置にも徹底的にこだわっとるしな」

 無数の小さな龍宝石を扉の枠組みに内蔵。

 それらひとつひとつが引き合うことで扉同士がなるべく正確に引き合うよう細工がされていた。これならば誤差ごさの最小限にまで減らすことができる。

 現在――各陣営に渡るための扉は計八種類。

 それぞれの扉に合わせて引き合う龍宝石の配列を選んでおり、同じ配列はひとつとしてない。だから空間転移の際に混線こんせんするような事故は避けられる。

 ここまで聞かされたツバサは安心の吐息といきを漏らした。

「まったく……工作者おまえたちの創意そうい工夫くふうには毎度毎度頭が下がるよ」

「「――お褒めにあずかり何より!」」

 タッチタイピングでこちらを見向きもしなかった長男夫婦だが、ツバサが素直に褒めるといい笑顔でこちらにサムズアップを送ってきた。

 この息の合わせ方は正しく夫婦である。

「さぁて、説明しちょる合間にそろそろ試運転の時間じゃな」

 接続されたチューブがドクドクと脈打ち、どこかの陣営にあるほこらと繋がった扉があわ燐光りんこうのような“気”マナを立ち上らせていた。

 ダインは自信ありげだが、フミカはちょっと慎重になっている。

「中央大陸でも何度か慣らし運転をしてて成功はしてるんスけど……南海を越えてこんな遠くでやるのは初めてだから……ちょい不安ッスね」

 かといって二の足を踏むわけにはいかない。

 誰もが固唾かたずんで見守る中、フミカ受け持ちのスクリーンがすべてオールグリーンを点灯てんとうさせると、次いでダインのスクリーンにもOKサインが現れる。

「よっしゃ準備完了じゃ! さあ来い助っ人第一号!」

 ダインが制御盤コンソールの一際大きな赤いボタンを押す。

 すると衝立みたいに立ち尽くしていた扉の隙間から蒸気めいたものがブシューッ! と音を立てて吹き出したかと思えば、ほんの少し扉が開いた。

 そこから溢れ出してくるのは――妖気ようき

 一見すると白くて濃い霧のようでもやのような気体だが、言い知れぬ不気味さを漂わせていた。しかし、蕃神ばんしんがその身にまとう瘴気しょうきほど毒々しくはない。

 ただひたすらにあやしいだけだ。

 誰もが我知われしらずのうちに一歩退いてしまうほど警戒する。

 慎重派のツバサも無意識に後退あとずさっており、マリナ、マルカ、ナナのおっぱい支え隊の三人も律儀りちきに付いてきた。お母さんの背中に隠れてもいいのに……。

「えええええッ!? なんで? どして妖気ぃッ!?」

 納得いかないッス! とばかりにフミカはちょっと錯乱さくらん気味ぎみだった。

 原因を調べようと分析アナライズ走査スキャン技能スキルを走らせて、妖気の発生源でもある扉の向こうがどこに繋がってしまったのかを大至急で調べていた。

「妖気ってなんじゃ……妖怪が暮らす隠れ里んでも繋がったがか? 妖怪ようかい横丁よこちょうとかゲゲゲの森とか幽冥界ゆうめいかいとか……」

 どがい事故ぜよ? とダインは懐疑心かいぎしん満々まんまんで扉を見据えている。

 みんなでたじろいでいると扉は勝手に開いていく。

 唯一人――ミサキだけが渋い顔をして前へと踏み出していた。

 嫌な予感がする、と顔に書いてある。

 扉が開く度に妖気がモワモワと艦橋かんきょうに溢れてくるのだが、ドライアイスの煙みたいに二酸化炭素でも含んでいるのか足下に溜まっていく。触れるとやたらひんやりしているところまでそっくりだった。

 扉が完全に開くと、向こう側から光が差し込んでくる。

 その光を背に受けながら、こちらへと歩いてくる何者かの影があった。

 まだ全貌ぜんぼうは窺い知れないが、カランコロンと下駄げたを鳴らすような足音が想像以上に耳朶じだを打った。下駄の音まで妖気を帯びているかのようだ。

「妖気に下駄の音……ま、まさか!?」

「ちょっと前のアニメ鑑賞会で見たばっかなんだけど!?」

 真っ先にマリナとミロが食い付いていた。かなり興奮気味だが、とても嬉しそうなのがどちらの顔色にも表れている。

 マリナなんてサイン色紙を用意する手際てぎわさである。

 妖気をまとう下駄の音に、あのアニメの主人公を連想したらしい。リモコン下駄げたを履き鳴らして、先祖の霊毛れいもうちゃんちゃんこを着た幽霊族ゆうれいぞくの少年をだ。

 次第に現れるシルエットは彼その物だった。

 フサフサとした頭髪は原作寄りなのか銀髪に染まり、まん丸の右目は出ているが失った左目を覆い隠すほど。昭和時代の学童服がくどうふくみたいな青いシャツに半ズボンをはいて、カランコロンと音がする二枚刃の下駄げたいている。

 そして、そでを通すのは黄色と黒の警戒色けいかいしょくみたいなちゃんちゃんこ。

「空間転移の扉は失敗だとして……だッ!?」

 なんて大物おおものを召喚しやがる!? とツバサは口の中で毒突どくづいた。

 どこの次元や空間を捻じ曲げれば彼を召喚できるんだよ!? とか、時空間を越えるどころじゃなくて作品と版権の壁を越えてるじゃねえか!? とか、脳内ツッコミが止まらないが、喚び出してしまったものはどうしょもない。

 吐いたつばは飲めない、というやつだ。

 カラスの群れが羽ばたきながら泣き喚く声も響いてムードも満点だった。

 下駄の音の主はとうとうツバサたちの前までやってくる。

 次の瞬間――ツバサは「は?」と声を漏らした。

「さあ皆さんご一緒に♪ みんなで歌おうゲッゲゲのぉ……ゲゲロォ!?」

「やっぱりジンおまえか期待を裏切らねえなぁオラアアアアアアアーーーッ!」

 悲鳴を上げながらミサキ君の右ストレートを顔面中央に喰らったのは、幽霊族の生き残りな少年では断じてない。

 正体は――その少年のコスプレをしたジンだった。

 イシュタル女王国 工作者クラフター ジン・グランドラック。

 長身で筋骨きんこつたくましいのだが戦闘向きではなく、工作好きが高じて肉体を鍛えた生粋きっすい工作者クラフター。素顔を見られるのが恥ずかしいという理由から、幼い頃よりアメコミヒーローのマスクで過ごしてきた変人でもある。

 こういうイベントの時、我が身を顧みず巫山戯ふざけるのもお家芸いえげいだ。

 その度に幼馴染おさななじみのミサキから暴力的ツッコミを受けている。むしろミサキからの制裁を兼ねたツッコミを待っている節すらあった。

 戦女神ミサキは拳をバキボキと鳴らして親友に詰め寄っていく。

 紅顔の美少年からナイスバディの美少女女神に転身しても、武道家として鍛えられてきた迫力は健在である。戦女神となったことで倍加ばいかしたくらいだ。

「言い訳があるんなら聞こうか……地獄でな」

「いや~ん! それって聞く気ゼロ~?」

 顔面中央を拳骨げんこつの形のまま陥没かんぼつさせたジンがぶりっ子をする。

 風体ふうていこそあの有名な幽霊族の生き残りな少年の服装だが、トレードマークであるアメコミヒーローのマスクは外せなかったらしい。異様なくらいまん丸の目はマスクによるものだった。

 コスプレをしたジンは指先で床に“の”の字を描きながら訴える。

「ほら、先日ちびっ子ちゃんたちと一緒に観たアニメ鑑賞会が印象的だったもんだからドはまりしちゃってさ……個人的にPG12のエログロ鬱展開うつてんかいな映画も観たらこれまた号泣するほどドドドハマりしちゃってさぁ……」

「だからって大事な試運転でコスプレ登場するバカがあるかぁッ!?」

 こちとら心配したんだぞ! とミサキがガチ目に説教していた。

 ツッコミはすれど親友の行為はある程度までは容認ようにんする。

 そんなミサキが割と真剣に怒っていた。

「せめて、いつもみたいにサンバのリズムとかリオのカーニバルな衣装とか……ド派手なコスプレで騒ぎながら登場するってんなら白い眼で見つめて終わってやれたのに……失敗したかと冷や冷やしただろうが! TPO弁えろこのバカ!」

「う~ん、ちょっとまぎわらわしかったかなぁ……反省」

 訓練された猿みたいにミサキの出した手に自分の手を乗せて反省の意を示すジンに対して、ミサキは飼い主よろしく「よし!」と応じた。

 なんだかんだでいいコンビである。

「あのぉ……ミサキちゃん、あんまジンちゃんをイジメないであげて?」

 ジンのフォローに入ったのは――マルカだった。

 ツバサの右乳房を支えるのをやめると、ジンをかばうようにミサキとの間に割り込んでいた。9つの尾が防壁ぼうへきのような役割をしている。

「私、ジンちゃんの受けなくても身体を張るようなギャグ好きだからさ……タイミングは悪かったかも知れないけど実験は成功したみたいだし……」

 ね? とアイドルにウィンクされるとミサキも弱そうだ。

 うぐっ! と呻いてジンを叱りつける次の句が出てこないようだった。

 そういえば――成功だこれ・・・・・

 移動させられる空間転移の扉、その試運転は大成功である。

 イシュタル女王国に待機中たいきちゅうのジンが、コスプレをして平気な顔で扉を潜り抜け、ハトホルフリートの艦橋に現れたのだから問題はなさそうだ。

 成功の達成感は有耶無耶うやむやになってしまったが……。

「なにはともあれ、ジンの兄弟が平気へいき平左へいざなら大丈夫じゃろ」

「良かったぁ~! 失敗したかと焦ったッスよもう!」

 ダインは肩の荷を降ろして苦笑しているが、よもやの事態を想定してビビりまくっていたフミカはジンに向かって大声をぶつけていた。

 すんません……と殊勝しゅしょうなジンは各方面に平謝ひらあやまりだ。

 工作者クラフターとして空気を読み違えたこともあり、誠心誠意で謝っていた。

 何はともあれ――成功には違いない。

 フレイも華奢きゃしゃな手をでパチパチと忙しない拍手はくしゅをすると、ゴルドガドも分厚い掌をゆっくり叩いて惜しみない讃辞さんじを送ってくれた。

「成功おめでとー! スゴいじゃん、空間転移に革命を起こしたね!」

「座標軸は絶対である、という空間転移にまつわる技術の固定こてい概念がいねんを見事打ち破りましたな。差し支えなければ是非ぜひとも我らにもご教授きょうじゅいただきたい」

 いやいや、と褒め言葉に照れてしまう長男夫婦。

 その横で「あれ?」と不思議そうにミロがはてなマークを浮かべていた。

「フレイちゃん、ゴルドガドのじいちゃん、でも地下都市アウルゲルミルでも座標なんたら固定しなくても転移魔法使ってなかった? ほら、モフモフさんたちの飛行機……」

 アホの子ながら話を横で聞いていたらしい。

 小柄なモフモフの種族たちが乗り込むための戦闘機。

 主に爆撃機メインの機体で、上空から深きものどもディープ・ワンズに小型爆弾を投下するのだが、もしも撃墜げきついされてもパイロットは空間転移で基地に戻れる。

 その安全装置をツバサが絶賛ぜっさんしたのを覚えていたらしい。

「あれも空間転移じゃないの?」

「お目が高いねミロちゃん。あれも空間転移の一種だけど、実のところ召喚魔法のアレンジなんだ。召喚なら座標軸ざひょうじくはあんま気にしなくていいしね」

 契約した仲間を喚ぶだけだからね、とフレイはシンプルにまとめた。

 フレイの答えを捕捉ほそくするようにゴルドガドが続ける。

「理論的にはこのようになります――」

 まず戦闘機のパイロットは搭乗前とうじょうまえにある手続きを行う。

 召喚魔法を使える術者から「魔法陣で君を召喚したよ」という形式上の召喚を受けること。それから術式を組み込んだコクピットに乗り込んで出撃。

 もしも撃墜された場合、即座に術式が反応。

 パイロットは「直ちに召還しょうかんせよ!」という召喚魔法の逆、つまり喚び戻されることとなり、基地の魔法陣へと転送されて事なきを得る。

「――という手順てじゅんを踏んでおります」

「だから無事に帰還したモフモフたちも戦闘後は、召還の手続きをしないと召喚されっぱなしって状態になるから注意が必要だけどね」

「そいつぁ……発想の勝利じゃな!」

 応用が利くかも、とダインは熱心にメモを取っていた。フミカは見聞きしたことが自動的に【魔導書】グリモワールに記載されるが、感心するように頷いていた。

「なるほど……召喚しょうかん召還しょうかんも使いようですね」

遊動ゆうどうする座標軸を固定した座標軸に引き合わせことで空間転移を確立させる……これもまたアイデアの勝利です。お互いに知恵は振り絞るものですな」

 ツバサとゴルドガドは玄人くろうとめいた笑みを交わした。

 理解してみれば大した技術ではないのかも知れないが、この発想に至って実用化するまでが難しいのだ。その艱難かんなん辛苦しんくを楽しめる者の微笑である。

 ところで――ジンの土下座外交はまだ続いていた。

「ほらジンちゃん、いい感じで場も収まったから顔上げて……」

 マルカが地べたに這いつくばったままのジンの肩に手を掛けると、顔を上げるように優しく促した。まるで介護かいごみたいに寄り添っている。

 ジンは生まれたての子鹿みたいな弱々しさで感謝していた。

「ううっ……こ、こんなタンスの裏に転がって忘れられたセロハンテープの切れ端みたいな俺ちゃんに聖母のような愛を振りかけてくれるなんて……どこのお嬢さんか知りませんが本当にありがと……ってマルカちゃん!?」

 顔を上げたジンはマスクが変形するほど驚いていた。

 目を合わせたマルカはアイドルに相応しい笑顔で応対する。

「そそ、知ってるかな? 私ってば……」

「アニマルエンジェルスの一員! 霊狐れいこの頂点たる九尾の狐の孫娘! マルカ・ナインテイル様! いきなり不躾ぶしつけですが……サインください!」

 マルカを認めるなりジンはサイン色紙を差し出した。

 どこから出したかも、物を取り出した瞬間も見えなかったくらいだ。

 おいおい、とミサキは呆れ顔でツッコミを入れる。

「電話しといただろ? おまえの分のサインもちゃんと貰って……」

「ミサキちゃんシャラぁぁぁップ!」

 それとこれとは話が別腹べつばらなの! とジンはいつにない剣幕で親友ミサキにも強めの口調で反論した。いつでも下手したてに出る男にしては勝ち気な態度だ。

 ミサキもちょっと面食らっている。

「ミサキちゃんが頂いてくれた分はそれはもうありがたく五体投地ごたいとうちしていただきますけれども、当人を目の前にしてうやうやしくサインを頂戴ちょうだいしないなんて無礼千万ぶれいせんばんでしょうよ!? お! よくよく見渡せばアニマルエンジェルスの皆さん勢揃せいぞろい! これは全員に平伏してサインを頂かねば参りませんな!」

 ジンは息継ぎをせず情熱的にをまくてていた。

 この男、思いの外ミーハーだったらしい。

 ハンティングエンジェルスの面々は慣れたもので、ドラコはカカカッと豪快に笑って、レミィも可笑しそうに微笑み、ナナはケラケラ笑っている。

 そして、みんな一様にジンへ手を振ってくれていた。

 目の前にいるマルカも、差し出された色紙を手に取って満面の笑顔だ。

「そんなに喜んでくれたらアイドルやってた甲斐かいがあるよ。私もツバサさんの動画にちょくちょく出てたジンちゃんのファンだったからさ」

「マジですか!? 感謝の極みです!」

 またしてもゆかぬかづいて喜ぶジンだが、すぐに顔を上げた。

「マルカちゃんのメンバーシップ・・・・・・・に入って1年とちょい! 嗚呼ああ、まさかこうして直に本人と会える日が来るとはなぁ……え? あれ?」

 感慨かんがいぶかげなジンだが言葉尻ことばじりが疑問形になっていた。

 マルカは大きく瞳を見開いて唖然あぜんとしているからだ。恐らくだが、ジンが彼女のメンバーシップだったという事実が琴線きんせんに触れたのだろう。

「い……いたーッ! 私のファン! 尾狐おきつねさんここにいたーッ!?」

「突然の猛烈な抱擁ハグッッッ!?」

 嬉し泣きのマルカは人目も憚らずジンに抱き付いた。

「あーいけません! お客様そういうのは困ります! お客様ーッ! 公衆の面前です! 友人とか仲間とか保護者とかオカンの目があります! お客様お客様お客様ー! 困ります困りますぅ! 俺ちゃん婚約してるからぁーッ!?」

 抱き付かれたままのジンは騒ぎ立てている。

 いけないとわめくくせに嬉しそうなのでされるがままだが……?

 そういえば五神ごしん同盟どうめいにドラコたちを推すファンは確認できたが、マルカを推すファン(=ファンネーム:尾狐さん)が見当たらなかったのでショックを受けていたが、お気に入りのジンがファンだと知って感極まったのだろう。

 空間転移の試運転――それを最初に試す実験台。

 鬼○郎のコスプレで登場したことはミサキに叱られたが、身体を張って試験してくれた功績こうせきたたえて、これくらいのご褒美ほうびは上げてもいいだろう。

「バンダユウさん待って! 早まっちゃダメです!」
「アイドルとファンの交流ですから! 他意たいはまったくありませんから!」
「バンダユウのじいちゃんやめて! ジンちゃん悪くないの!」

 しかし、バンダユウがブチ切れ寸前だった。

「止めてくれるな皆の衆! 孫にくっつく悪い虫を成敗……ッ!」

 嫁入り前の孫娘が男と抱き合っている場面を目の当たりにして理性が飛んだのか、極道全盛期の殺気立った顔で短刀ドスを抜いていた。

 アハウ、ミサキ、ミロが懸命けんめい説得せっとくしつつ抑え込んでいる。

「いやはや――なんとも賑やかなことだね」

 カツン! と重くて硬い革靴かわぐつの踏み出す音が艦橋かんきょうに鳴り響いた。

 くだんの空間転移のための扉は開いたままだ。

 そこからジンに続いて2人目の男が姿を現そうとしていた。

 針鼠はりねずみのように刺々とげとげしいオールバック、叡智えいちを際立たせる銀縁ぎんぶち眼鏡めがね、そして権威けんいという名の鎧を重厚じゅうこうにまとった将校向けの軍用ロングコート。

 これらをトレードマークとした軍服姿の青年だった。

 イシュタル女王国 軍師ぐんし 全軍大臣 レオナルド・ワイズマン。

 ツバサの悪友にしてミサキの師匠でもある男だ。

「レオさんも来たんですか?」

 バンダユウの抑えをアハウたちに任せて、ミサキはレオの元へと駆け寄った。思わぬところで出会でくわした父親の元へ急ぐようにだ。

 悔しいが――ミサキにとってレオは父親同然の存在。

 是非とも愛弟子にして我が子の一員としてミサキを迎えたいツバサだが、当人がレオナルドに父性ふせいを求めている点では完敗だと認めている。

「ああ、ジン君の試運転が成功したら追いかけると約束したからね」

 男臭い笑みでミサキの出迎えを受ける軍師。

 隠そうとしてもほのかな嫉妬心ジェラシーががツバサの眼を細くさせてしまう。

「……母性ならツバサさんが圧倒的有利なのにねー」

「その母性を見せびらかすみたいに俺の胸を揺さぶるの止めろ」

 いつの間にか背後に忍び寄っていたミロは、ミサキとレオナルドを見つめるツバサの心中しんちゅう見透みすかすと、超爆乳をおもいっきりバウンドさせてきた。

 アホの子を小突こづいてからツバサも近付いていく。

「作戦会議のために足を運んでくれたんだろ、なあ軍師殿・・・?」

軍師気取り・・・・・と言われないのは期待されているあかしかな?」

 しっかりお応えしよう、とレオナルドはこちらの皮肉に皮肉で返してきた。これくらいは悪友によくあるやり取りだ。冗談半分でミサキ君の親権しんゆうを取り合うような真似はしているが、本気で憎んだり嫌っているわけではない。

 仲良く喧嘩しな――これを地で行く友情を育んでいた。

 ツバサたち五神同盟の仲間と軽い挨拶を交わしたレオナルドは、控え目な足取りでフレイに歩み寄ると、彼女の前にひさまずいて丁重ていちょうな挨拶をする。

「お初にお目にかかりますフレイ女王陛下」

 私はイシュタル女王国の軍事ぐんじ顧問こもん――レオナルド・ワイズマンと申す者。

「先にご挨拶をした五神同盟のともがら共々ともども、どうぞお見知りおきを……」

 礼節を弁えたレオナルドにフレイも姫君らしい態度で振る舞う。

「よくぞおいででくださいましたレオナルド殿。そう畏まらずとも……ささ、お立ちください。優れた軍師であると皆さんからお話は伺っております」

 恐縮きょうしゅくです、とレオナルドは照れ臭そうに苦笑いをする。

 立ち上がったレオナルドはフレイと握手を交わし、次に国務大臣であるゴルドガドと挨拶をしてから同じように握手を交わした。

 形式上の対面を済ませたフレイは、レオナルドへ食い気味に詰め寄る。

「早速で悪いのですが、明日のいくさに向けての話なのですが……」

「ツバサ君から伺っております。フレイ女王陛下並びにゴルドガド大臣や臣下の方々、そして地下都市アウルゲルミルの兵……皆さんも明日の決戦へ参加したい件ですね?」

 これまでの話し合い、その概要がいようはレオナルドへ伝達済みだ。

 当初は五神同盟だけで深きものどもディープ・ワンズを叩くつもりだったが、地下都市も参戦するとなれば作戦変更は避けられない。そのむねに伝えておいたので「軍師なんだからさくを練り直してくれ」と丸投げ気味に頼んでおいたのだ。

 軍師殿に宿題を出したようなものである。

 余裕よゆう綽々しゃくしゃくなレオナルドの横顔を見るに策は練れたらしい。

「申し訳ありません、無理な頼みをするようで……」

 問い掛けられたフレイは詫びを入れるように断りを入れた。

「ツバサさんやミロちゃん……いえ、ツバサ様やミロ殿と共においでになった神族の方々、それに貴方や先ほどの工作者クラフター殿も一目見ればわかります」

 全員――地下都市アウルゲルミルの誰よりも強い。

 薄々ながらもフレイは力量の差を自覚していたようだ。

 その上でツバサたちと対等に振る舞おうと努めていた。国民を想ってのことだろうが、さぞかしきもが冷えたに違いない。

 うつけの姫などとんでもない――度量どりょうのある王女様だ。

「地下都市で最強の私でも勝てはしない。あの半魚人の大群と戦端せんたんを開くにしても、私たちはむしろ足手まといになりかねない……それは重々承知しております。それでも……いくさをするとなれば傍観ぼうかんを決め込むなんて真似はできません!」

 ――せめて一矢いっしむくいたい!

「父を母を……この国の民を貪ってきた半魚人を一匹でも多く倒したい!」

 この日のために都市を上げて製造してきた兵器は山ほどある。兵士となる国民の士気も十分、地下都市アウルゲルミルの防備を固めて戦闘準備も万端だ。

「ゆえに……我らがおとりとなります」

 フレイが立てた大まかな戦略プランは以下の通り。

 まず籠城戦ろうじょうせんの構えを取った地下都市に深きものどもディープ・ワンズを誘き寄せる。

 連中を釣るための餌は――あのなまり円盤えんばんだ。

 既にショウイが集めてくれた深きものどもディープ・ワンズに関するマル秘情報はフレイたちに明かしており、レオナルドにも策の糧にしてもらうため教えておいた。

 深きものどもは次元の外にいる“本隊”を招こうとしている。

 そのためには自力でどうにもならず、かつて真なる世界ファンタジアの裏切り者たちに与えた“本隊”を召還するためのアイテムが必要だという。

 それが他でもない――あの鉛の円盤である。

「あれを高々と掲げれば半魚人どもはこちらへまっしぐらに向かってくるはず……それを我らが迎え撃つ間に、五神同盟の皆さんは……ッ!」

「判明した海底基地に急襲を掛ける……という段取りですね」

 ふむ、と腕を組んだレオナルドは右手の指先であごつままんでいた。

 思案しあんする素振そぶりだが、この戦略には乗り気らしい。

 作戦としてはまだアバウトだが、骨子こっしは悪くないとツバサは思う。

 深きものどもが“本隊”を招き入れることに躍起やっきになっているのは事実だから、あの円盤をえさにすれば大漁は約束されるはずだ。

 地下都市が襲撃されるのを前提とする作戦は心配性の虫を掻き立てるが、それを踏まえた上で犠牲を出さないための策を考えるのが軍師の仕事。

 その点はレオナルドの采配に期待するしかない。



「では――背水はいすいじんで行きましょう」



 レオナルドは誰しも一度は耳にする故事こじ成語せいごを口にした。

「背水の陣……というとアレか。中国王朝のひとつかんを起こした劉邦りゅうほうに従った智将ちしょう韓信かんしんがやり遂げたという伝説的な布陣ふじんのことだな。川を背にして陣を立て、兵士に逃げ場のない戦いを求めたという……」

 知識人なアハウが反応して話に加わってきた。

 100点な概略がいりゃくを話してくれたアハウにレオナルドは振り返る。

「転じて、後には引けないギリギリの状況。そこまで追い詰められた状態から必死かつ全力で困難に立ち向かおうとする心境を表す言葉になりました」

不退転ふたいてん覚悟かくごをしろ……と兵に言い聞かせるのか?」

「確かに……我ら地下都市アウルゲルミルはその覚悟でいくさのぞもうとしていますが……」

 ツバサの問いに心細げなフレイの言葉も重なる。

 いえいえ、とレオナルドは肩をすくめると首を左右に振った。

 その顔は勝ち誇った笑みを浮かべている。

「自ら退路を断って死をも恐れず戦え……では兵の士気もあがりません。背水の陣はそんな悲壮ひそうな決意で行う策ではないのですよ」

 必勝を目指して兵の意気を上げ――敵を油断させて城塞じょうさいとす。

 それが背水の陣です、とレオナルドはのたまった。



「明日にでも御覧ごらんに入れましょう――正しい背水の陣のやり方をね」


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