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第21章 黒き世界樹そびえる三つ巴の大地
第503話:交渉の手札と折衝の切り札
しおりを挟む嘘だな――七割はハッタリだとツバサは看破した。
問題なのは残った三割である。
フレイは初登場した際の挨拶を掴むためにインパクトを求めて、誇大広告もいいところの外連味の効いたハッタリを利かせたのだろう。
『南方大陸へ渡りたければ――私を倒すっきゃないからね!』
この発言の趣旨は大体そこにあった。
その七割方はこちらの意表を突くための嘘だとしても、彼女にそう言わせるだけの真実が三割ほど含まれていた。即ち、南方大陸が閉ざされていることを把握しており、それを乗り越えて南方大陸へ行く方法を知っているのだ。
私を倒す=フレイから情報を聞き出す。
これを達成できなければ南方大陸へ渡れない、という事実をおもいっきり衝撃的に伝えたかっただけである。大人の気を惹きたい子供かな?
しかし、三割の真実は本物のようだ。
フレイの自信満々な態度から、そうとしか読み取れなかった。
LV999の壁を越えて以来、インチキ仙人に鍛えられてきたツバサの洞察力も更なる磨きが掛かっており、読心術に勝るとも劣らない看破力を備えていた。時としてミロの十八番である直観&直感に匹敵するほどだ。
いずれ様々なものを見抜けるようになるのか?
ここは精進のつもりで、フレイに爆弾発言をさせた三割の真実も洞察力に考察を重ねて解き明かしてみようと試みてみた。
ツバサが眼力を働かせるより早く――鉄拳が振り下ろされる。
「こぉの……ドたわけがあああああぁーッッッ!」
「がらっとぉっ!?」
轟雷が落ちたかと錯覚してしまった。
明らかに罵倒の言葉を叫んだゴルドガドが、鉄塊のように握り固めた拳骨を一切の躊躇なくフレイの頭に振り落とした。岩石をも砕く破砕音みたいな爆音を轟かせて、フレイの顔面は地面を陥没させる威力でめり込んだ。
へっぴり腰で突っ伏す金髪褐色のお姫様。
ゴルドガドはタワシみたいに濃い眉をつり上げ、鬱蒼とした髭から剥き出しになるほど歯を食い縛っており、怒りの形相を露わにしている。
やらかした孫にカミナリを落とす祖父。
あるいはバカ殿に怒鳴りつける胃に穴が開きそうな爺や。
ツバサもインチキ仙人を筆頭に高齢男性に躾けられてきたお祖父ちゃん子なので、ゴルドガドの怒りにはとても親近感が持てた。
拳から開かれた老骨の五指はフレイの頭をむんずと掴む。
節くれ立った指は厚く太い。使い込まれた握力を感じさせた。
顔を×印にしたフレイはペッペッと口に入った砂利を吐き出すが、ゴルドガドが意に介することなく怒声の説教を始める。
「来訪してくだされた新たな神族の方々に初っ端から宣戦布告めいた文句で歓迎するとはどういう魂胆だ!? この超弩級うつけ姫がッ!」
「ぶっ~……ペッペッ! いいじゃん別に、大体あってるんだし」
反省の色がないフレイへのお叱りはヒートアップする。
「ちっとも合致しておらんわ! あの件を申しているならば、別におまえを倒さんせでもいいし、ここで明かすようなことではない! お客人方へ開示するにしても、それ相応の手順を踏まえてだな……ッ!」
ゴルドガドも三割の真実をわかっているらしい。
――南方大陸へ渡る方法。
瀑布の結界に閉ざされた異邦の地へ訪れる手段を知っているのだ。
先の偵察任務を果たしてくれた横綱ドンカイと忍娘ジャジャの報告から、瀑布の結界を破るには並々ならぬ労力がいると推測を立てていたが、どうやら彼女たちはそれに対処できる何らかの術を知っているようだ。
フレイは悪びれもせず言い訳を続ける。
「やっぱ何事もファーストインパクトが大事なわけよ、わかるゴル爺? 最初にドカーン! とドデカいのを一発お見舞いして印象づけて……」
「ヘマして敵意を煽ったらどうすんだと怒ってるんだ私は!」
実際の話、短慮な輩はフレイの台詞を聞くなり抜刀して襲い掛かることが無きにしも非ずだから、ゴルドガドの弁が正論にしか聞こえない。
慎重派なツバサもその正論を推そう。
お転婆姫と苦労性爺やの口喧嘩は終わりそうにない。
ツバサたちが二人のやり取りを唖然としたまま見守っていると、控えていた二人の大臣がスススッと滑るように前へと出てきた。
どちらも申し訳なさ全開の表情でペコペコと平謝りを始める。
「うちのお姫さまがお申し訳ありません! 悪気はないんです! 勿論、敵意や悪意もゼロなんです! ただ、皆様を驚かせたい一心で……ッ! どうかまだお子様なじゃじゃ馬娘がやらかしただけと見逃してくださいませ!」
「どうかお姫さまをお許しください! 皆様と戦うつもりはございません! わたしたちはアニマルエンジェルスの皆様と同じように、新たな神族の方々と友好関係を築きたく思っている次第でございまして……ッ!」
敵対する意志はございません! と懸命に言い募る大臣二人。
女性だからか姫様お付きの侍女のようだ。
サイクロプス族のステロペ――アマノマヒトツ族のメノム。
単眼の美少女たちはお盆のような瞳をギュッと閉じて、罪悪感いっぱいの謝意を込めながら詫びを入れてくる。居たたまれなくなるのはこちらの方だ。
ステロペは3m越えなので迫力満点だが……。
外面を忘れたゴルドガドの一心不乱な説教もそうだが、馬鹿な真似を為出かしたフレイを庇おうとする彼女たちの様子から窺えるものがある。
愛されてるな――フレイお姫様。
本気になって怒り、叱り、庇う。真性のバカ殿ではこうはいかない。
どれほど忠義に厚い忠臣でも見限る。それが本物の暗君だ。ミロに負けず劣らずのアホの子かも知れないが、慕われるだけの光るものがあるのだろう。
ひとまず彼女たちを落ち着かせよう。
「大丈夫です、今の発言を真に受けるほど我々も短気ではありません。フレイ殿もこちらの意表を突きたかっただけのようですし……」
ツバサは宥めるべく穏やかに言葉を投げ掛けた。
だが、尚も単眼の美少女たちは懇願する。
「「ですから……その恐ろしい大剣をお納めくださいませ!!」」
「……え? 恐ろしい大剣?」
嫌な予感に自陣営を振り返れば酷い絵面がそこにはあった。
ミロが自身の道具箱から覇唱剣オーバーワールドを引きずり出そうとしており、レミィ、マルカ、ナナが三人掛かりで押し止めてくれている。
「ミロちゃんストーップ! いきなり斬撃ブッパはやめて!?」
「フレイちゃんウケ狙っただけだから! 芸人あるあるでしょこれ!」
「振り回すとエクス○リヴァーッッッ! ってなるやつだよねそれ!?」
マルカが後ろから羽交い締めにして、レミィとナナが左右の腕を押さえ込んでいるが、真顔のミロは少しずつ動いて大剣を抜こうとしていた。
「何やってんだウチのアホーッ!?」
フレイに注目して目を離したらこれだよ! とばかりに我が家のアホの子もやらかしていたツバサは慌ててミロの頭を引っ叩いた。
「ろぼだっちっ!? いったー……なにすんのツバサさん?」
叩かれたところを片手でさするも、ミロは覇唱剣を引っ込めない。
ゴルドガドを倣うようにツバサもお説教を垂れていく。
「そりゃこっちの台詞だ! 何してんだおまえ!? あんな勢いに任せた冗談半分の台詞を真に受けるんじゃない! なんで戦る気満々なんだ!?」
ミロは眼を細めてブーッと吹きながら唇を尖らせる。
「半分冗談なら半分本当じゃん……また痛い!?」
「どこで覚えたそんな揚げ足取り! アホのくせしてホンマにもう!」
今度は引っ叩く程度では済まさない。ツバサがお仕置きの拳骨で大きなたんこぶを拵えてやると、ようやくミロは覇唱剣を道具箱に収めた。
「なーんだ、てっきり『ここを通りたくば私を倒していけ!』的なイベントが発生したと思ったから張り切ったのに……」
「こんなところでゲーム脳発動すんな!」
万象を見透かす固有技能である直観&直感を持っているくせして、どうしてこんなポカをするんだろうか? わざとやってるような節もする。
「お騒がせしてしまい大変すいません! 申し訳ないったらありゃしない!」
ミロの頭を掴んだツバサは頭を下げさせた。
保護者であるツバサも一緒に何度となく頭を下げた。その度に超爆乳がドムンドムンとダイナミックに弾むも、外面を取り繕っている暇はない。
「ウチの子がすいませんッ! よく言って聞かせておきますので……未遂ですから大目に見てやってください! 本っ当に申し訳ありませんッ!」
いえいえいえ! とゴルドガドは否定するように片手を振った。
もう片方の手はフレイの頭を鷲掴みにしていた。
「最初にバカをやらかしたのは当方のドたわけ娘ですので……御足労いただいたというのに、最初からこのような為体で誠に申し訳ない……ッ!」
保護者二人、痛恨の極みでアホの子たちに謝罪させる。
どちらも世話の焼ける娘に翻弄されて気苦労の絶えない者同士。双方共にかつてない親近感が芽生えたのは言うまでもない。
そして、手の焼けるアホの子コンビも同様だった。
「ウチのゴル爺ってばお堅いんだよねぇ……石から生まれたんじゃないかってくらい頑固なのよ。ジョークも全然わかってくれないしさ……」
「ウチのツバサさんもそうだよ。真面目で生真面目でクソ真面目だから、こういう場面で笑いを取りに行くと全力で怒ってくんの……」
謝りながらアイコンタクトを取り、サムズアップで友情を育んでいた。
「「――反省せんかこのアホたれども!!」」
ツバサとゴルドガドは同時に拳骨をお見舞いする。ミロとフレイは「きゃいん!」と子犬みたいな悲鳴を上げ、頭を抱えたまま蹲ってしまった。
「取り敢えず――場所移さない?」
立ち話もなんでしょ、と切り出したのはドラコだった。
話の進展を求めたのかと思えば、これまでの寸劇めいた展開を眺めて楽しんでいたらしく、唇の端から龍の牙を覗かせてケラケラと笑っていた。
神経の図太さも然る事ながらよく笑う娘さんだ。
「おお、そうですな。フレイ様にかまけるあまり失念しておりました」
ゴルドガドは佇まいを正すと、これまでの無礼を詫びるように深々と一礼をしてから「どうぞこちらへ」と道案内を務めてくれた。
どうぞどうぞ、とステロペとメノムも先を歩き出す。
差し出された手に示されるままツバサたち一行は彼らの後ろに続いた。
ちなみに――フレイはまだゴルドガドに捕まっている。
片手で頭を鷲掴みにされたまま、宙ぶらりんで連行されていた。
「おい、たわけ姫……いえフレイ様、お召し物はどうされたのですか?」
身内だけの時は遠慮なく愛称で呼ぶと思われるゴルドガドは、メシメシと音がするほどフレイの頭蓋骨に握力を加えて問い質す。
ブラジャーとショートパンツ、バスローブを肩に掛けるだけ。
一国の姫、いやさ彼女が地下都市の国家元首なのだから王女にして殿下であり頂点に立つ女王なのだ。その女王にあるまじき軽装である。
まるで自宅を風呂上がりでうろつく無防備な少女のようだ。
そんな格好で国賓の前へ登場したことに爺やはきつめ苦言を呈する。
「風呂上がりの衣装は用意してございましたよね……?」
「ゴル爺痛い……うん、急いでたから衣装係ごと風呂場に置いてきた」
もっと痛い!? とフレイは泣き声を上げる。
彼女の頭に掛かるゴルドガドの握力がジワジワ上乗せされているのだ。
まったく……と眉間の皺をまた深くした爺やは、せめても露出した肌を隠させようとバスローブをしっかり着せようとしていた。
お転婆な孫娘の世話を焼く祖父にしか見えない構図だ。
その時――けたたましい声が聞こえてくる。
「「「「「フレイ姫さまーッ! やっと追いつきましたーッ!」」」」」
――飛行戦艦の停泊所。
巨大グラウンドみたいな広場の向こうから、土煙を上げて近付いてくるモフモフの一団があった。カピバラ、ウォンバット、マーモット、そしてプレーリードックに似た外見の現地種族たちだ。みんな女性である。
その証拠に全員メイド服を着て侍女らしい格好をしていた。
手に手に人間サイズのドレスや肌着にアクセサリーを掲げている。どれも見るからに最高級品なので、王族であるフレイのお召し物だろう。
「おっ! 持ってきてくれたのかい、おまえたち」
フレイはモフモフメイドたちへフレンドリィに呼び掛けると、ゴルドガドの拘束から手慣れた様子でスルリと逃れていた。袖を通しかけていたバスローブを豪快に脱ぎ捨てると、彼女のたちの群れへと突っ込んでいく。
「フォーメーション、モフモフガード!」
メイド長らしき女性マーモットの号令で組体操が始まる。
大型齧歯類にしか見えない彼女たちは二手に分かれた。一方はメイドらしくお姫様の着付けを手伝い、もう一方は身を挺して壁を作っていた。
モフモフの上にモフモフを乗せて――。
人間ピラミッドや人間歩行城壁といった組体操の大技で、着替えるフレイのあられもない姿を覆い隠したわけだ。生きた衝立といったところか。
そのモフモフの壁が解除されると見違えたフレイが現れる。
「ジャジャーン♪ これが本来のセクシープリンセスな私ってわけ♡」
類い希な美少女であることは間違いない。
気品と愛嬌を兼ね備えた円らな瞳は金色に輝き、小鼻はツンと高さはあるものの大きくは主張せず目立たない。口元は一目見ただけで快活な気性だとわかるくらい笑みが似合うが、不思議と小振りで清楚にまとまっている。
スラリとした細い眉に控え目な唇も品がいい。
ドワーフの祖であるドヴェルグ族の血よりも、親から受け継いだ神族の血が強く表れたのか、ゴルドガドのように彫りは深くはない。
スッとした顎先に卵形のフェイスラインも万人受けする美貌だろう。
絹より繊細な金髪が栄える色合いの褐色の肌だ。
後頭部のつむじで軽くまとめたポニーテイルに近いヘアスタイルに整え、金飾りのティアラを差している。
白を基調として青を差し色にしたドレスを身にまとう。
大人しくしていれば格調高いお姫様だ。
登場シーンからこれまでの言動を見聞きしていなければだが……。
「最初からその格好で来い!」
こん戯けが! とゴルドがとは再び鉄拳を突き落とした。ちゃんとティアラを避けて殴るところに日々の習慣を感じてならない。
「いてて……ま、まあ御殿まで案内するよ」
ついてきて、とフレイは行く先を指差して歩き出した。
ゴルドガドや二人の大臣も「まったく、やれやれ……」とこれ見よがしな嘆息をつきながら王女様の後ろに続いた。
少々戸惑ったものの、ツバサたち一行は案内されていく。
最後尾にハンティングエンジェルスが殿よろしくついてきた。
あと――モフモフのメイドさんたちもだ。
ナナやマルカは慣れているのか気さくにスキンシップを取っており、釣られるようにミロも歩きながら何人かのメイドをモフりまくっていた。
マーモットのメイドを両脇に抱えたミロは興奮気味に訴えてくる。
「ツバサさん、何人かウチで雇いたい!」
「よーし、よく言葉を選んだな」
そこだけは褒めてやり、シニョンに結った頭を撫でてやった。
モフモフのメイドさんたちは衣服を着て話が通じるとはいえ、その外見はどう見ても大型齧歯類。人間の悪い癖が出れば口を突いて出る言葉はこうだ。
『――何匹かウチで飼いたい!』
一個人に対して甚だ失礼な発言となりかねない。
いくら子供とはいえ人権を無視するように育てた覚えはなく、様々な現地種族との出会いが良い方向へ働いたらしい。見事な単語のチョイスだ。
よしよし、とミロを撫でながら見解を答えておく。
「もしも地下都市と国交が樹立したら、フレイさんたちと応相談だな」
「なにー? 出稼ぎみたいな話?」
当人が希望するならいいんじゃない? とフレイはあっさり承認してきた。この娘もかなりフランクな割り切り方をする性質のようだ。
「代わりといっちゃあなんだけど、そっちからも使える人材や働き口を探してる人をこっちに回してよ。鍛冶場も工場も人手はいくらあってもいいからさ」
早々と労働力である国民の移動に関して触れてきた。気の早い話だ。
「御覧の通り――ウチは働き口にあふれているからね」
フレイは振り返りながら両手を広げる。
飛行戦艦の停泊所から少し歩けば、そこはもう工業地帯だった。
規則的に金属を叩き鳴らす音が聞こえてくる工場が建ち並び、金属加工のための炉から立ち上る煙が連なる煙突から立ち上る。山脈の自然や麓の田畑を汚さないようにと、かなり念入りに濾過フィルターを通した煙のようだ。
空気だけではなく水の管理も徹底されていた。
工場から流れ出る排水は正しく浄化されている。濾し取られた汚染物質はきちんと回収され、廃棄なり再利用なり処理されているようだ。
この地下都市という限られた空間に身を寄せる彼らだからこそ、自然の大切さが身に沁みているのだろう。工場をフル稼働させながらも、自分たちの暮らす環境を汚さないように配慮はバッチリだった。
工業都市の随所に目を配りながらツバサたちは街中を進んでいく。
住民の大半はモフモフした種族たち。
モグラ、ビーバー、ウォンバット、カピバラ、マーモット、によく似た種族がいると聞いていたが、実際にはもっと種類がいるようだ。
メイドの中にはプレーリードッグみたいな種族の女性がいる。
ドヴェルグも鉱石を求めて洞窟を住み処としたり、地下深く掘り進む種族だと聞いているが、モフモフの種族たちも地下を好むか穴掘りを得意とした種族が多いのは、似た者同士ゆえの共同体ということかも知れない。
街を歩いているとメジャーな種族を見掛けることもあった。
エルフ、ドワーフ、オーク、ゴブリン……彼らもドヴェルグ族に随伴したのか、あるいはこの大陸島に疎開してきた者たちの末裔なのだろう。
町や村を深きものどもに襲われ、自然と地下都市に集まったようだ。
お目に掛かったことのない珍しい種族も何人かいた。
「またフミカちゃんが喜びそうだね」
「そうだな。アイツ、真なる世界の種族をコンプリートする気だから」
ミロに話を振られたツバサは生返事をしていた。
この時、度肝を抜かれる見た目の種族を見掛けていたからだ。
海百合から五方向へ伸びる触手を生やして先端に目玉があり、背中には蝙蝠めいた翼を生やした種族なのだが……植物系だろうか?
本体からは触手のように伸びる長い手らしきものが生えていた。
ちょっと目を見張るインパクトである。
フミカなら知っているかも知れない。後ほど聞いてみよう。
「それにしても……現代的な街並みですね」
大きな工場が並ぶ区画に差し掛かると、ツバサの隣を歩いているミサキが背の高い煉瓦造りの建築物を見上げながら感心していた。
足下は石畳の街路、アルファルトとは趣が異なるが近代的である。
アハウは獣王神の巨体を活かして工場の窓を覗き込む。
「武器工場……違うか、これは兵器工場だね」
背の高い彼の視線ならば届く位置に、明かり取りの窓が並んでいた。そこから見る限りでは、かなり最新鋭の兵器が造られているらしい。
工場の窓は高く180㎝あるツバサでも届かない。
そこで気配感知や透視などの技能で工場内の様子を探る。
各部門をまとめるドヴェルグ族が親方なのか、指揮を執りながら率先して動いており、モフモフを始めとした様々な種族が忙しなく働いていた。
目下、深きものどもに対抗する兵器を製造中のようだ。
「あれはロケット……いや、ミサイルかな?」
「そだよ、アタシたちが“こんな感じ”って教えて上げたの」
アハウの鬣や獣毛を手掛かりにしてよじ登ってきたナナは、獣王の幅広い肩にちょこんと腰掛けた。工場内を指差して色々と話してくれる。
「ドヴェルグの職人さんたち、魔法の道具を造るのは得意なんだけど、半魚人相手だといまいち効果がなくって悩んでたんだよね」
彼らの造る魔法の武器は自動的なものが多いそうだ。
投げれば敵を貫いて戻ってくる投擲槍や、射れば必ず敵を10体貫く鏃、一振りすれば5本の幻の刃が現れて追加攻撃をする剣などなど……。
聞けば神話に語られる英雄が使いそうな品ばかり。
しかし、死を恐れず死を忘れた深きものどもには通じにくい。
的を貫いて戻るはずの投擲槍は身体へ刺したままにしてへし折り、大多数の敵を貫く矢も一人が受け止めて粉砕して無効にする。斬撃を追加する魔法剣は振るう前に大勢で飛びかかって使えなくさせればいい。
そうやってドヴェルグ特製の武具を無力化してしまうのだ。
不死の人海戦術だからこそできる戦法である。
「だからまあ、こっちも戦り方を変えようってアイデアを出したわけ」
いつの間にかドラコもアハウの肩に乗っていた。
ナナよりも馴れ馴れしく肩車のポジションだ。アハウも慣れたもので文句ひとつ言わないから、義兄妹として当たり前にやっていたのだろう。
ドラコはアハウの頭に身体を預ける。
後頭部に義妹の胸が当たる感触にアハウが戸惑うのも気にしない。
「斬ったり刺したりじゃなくて、当たったらドカーン! となんもかんも吹き飛ばす仕様にした方が効果的だって提案したの。現実でいうたらミサイル、バズーカ、ロケットランチャー、手榴弾みたいなやつね」
続けとばかりにレミィとマルカも獣王神をよじ登る。
四人のアイドルを肩と頭に乗せたアハウは当惑するも、「まあいいか……」と諦めムードで彼女たちの乗り物に甘んじていた。
「いいなぁアハウ君、アイドル四人もそんなに侍らしてぇ……」
「着ぐるみに子供が群がっているようなものですよ」
指をくわえて羨ましがるバンダユウにアハウは苦笑で返した。
ドラコの説明をマルカとレミィが引き継ぐ。
「ドヴェルグ族はスッゴい魔法の武器を作れるんだけどさ。昔から造ってきた武器へのこだわりで発想の転換ができなかったらしくてね」
「私たちでも知っているような武器の概念をお教えしてみたら、職人さんたちがいきなり張り切っちゃって……」
『そ……それだよ! 現場の戦士が求めているモノは!!』
すぐさま工作者のナナから現代技術の粋を結集した兵器について学び、自分たちの造る魔法の武器に取り入れていったらしい。
ドヴェルグ族の職人は、決して頭が硬いわけではない。
ただ、ちょっとばかりパラダイムシフトに恵まれなかっただけらしい。ハンティングエンジェルスの助言は良い意味で彼らの発想に新しい風を吹き込み、新兵器の開発を進める一助なり拍車なりとなったようだ。
「――私からすれば原点回帰とも受け取れましたな」
肩越しにゴルドガドも視線を投げ掛けてきた。
「現在、こちらの工廠で造られているのは直撃すると雷撃とともに大爆発を引き起こして、憎き半魚人どもを吹き飛ばすミサイル型の大鎚です。これには目標に命中した後、手元へ帰ってくる機能が搭載されております」
動力に使われているのは龍宝石。
魔力を充填した後、再発射できるという優れ物とのこと。
「繰り返しリサイクルで使える兵器……エコだね!」
「殺戮兵器にエコを求めていいもんかなぁ……?」
ミロは笑顔で大絶賛するが、ミサキはジト眼で冷静にツッコんでいた。
「このミサイル大鎚は伝説のミョルニルを模倣したものです」
ゴルドガドはミサイルのモデルにした武器の名を上げた。
「あの雷神トールが使ったという……」
その名はツバサも知っている。
北欧神話において最強の戦神――雷神トール。
その象徴的武器でもある撃鎚ミョルニルはドヴェルグ族が造った武具。持ち手が短いなんて欠点はあるが、北欧神話最強と名高い武器のひとつだ。
その一振りはどんな巨人や魔物であろうと一撃で粉砕する。
(※一撃で無理だったのは世界蛇ヨルムンガンドのみ)
敵に向かって投げつければ絶対に命中し、自ずと主人であるトールの手元へ戻ってくる。誘導・追尾・撃破・帰還の機能が四点セットで備わっていた。
(※何をどんなに全力で叩いても壊れることはないとか、自由に大きさを変えられる拡大縮小機能とか、常に真っ赤に焼けているとか、飼っている二頭の牡山羊を食べても骨さえあればミョルニルの力で蘇らせられるとか、死者を焼くための炎を清めるとか……ミョルニルに宿る御利益は多岐に渡る。このため今も昔もミョルニルを象ったお守りやアクセサリーは大人気なのだとか)
左様、とゴルドガドは誇らしげに続ける。
「真なる世界にもかつて、同名の武勇に馳せた神族がおりましてな」
彼の武器もまたミョルニルと呼ばれた槌であり、伝説的なドヴェルグ族の鍛冶師が手掛けた最高傑作と名高い最強の武具だったという。
「残念ながら……今の我々にはそれを再現するだけの技量を持つ職人はおりませぬが、追いつけ追い越せの精神で近付けることはできました」
「そうして完成した兵器があれだと……」
ツバサは探知範囲を広げて他の工場にも探りを入れた。
無人の偵察機や攻撃機に爆撃機を彷彿とさせる飛翔体、龍宝石を動力源としたエネルギー大砲、電磁力を利用したレールガンめいた長距離射撃砲……。
最新の近代兵器に追いつけ追い越せの武装が目白押しだ。
物によっては最新鋭機器を遙かに凌駕していた。
龍宝石による永久機関一歩手前なエネルギーシステムの確立を始め、ドヴェルグ族は武器や道具に永続的な魔法効果を付与する技術を確立させているようだ。そのため造る品物がどれも近未来的な最先端の機能を持っている。
シャイニングブルーバード号にしてもそうだ。
ハンティングエンジェルスの旗艦である飛行戦艦を造ったのはたのはあくまでも工作者であるナナだが、そこにドヴェルグ族の協力があったという。
ナナも「スッゴいんだよ!」とべた褒めである。
これらの前提を踏まえて判明した事実はたったひとつだ。
――ドヴェルグ族の技術力は凄まじい。
旧神の印という厄除けのお守りを発見した幸運もあるだろうが、それだけで蕃神の眷族相手にここまで抗戦を継続できるものではない。
地下都市が今日まで生き延びたのは、偏に彼らの技術力の高さによるものだ。
ツバサたちですら手子摺る大軍勢。
それを撃退できる兵器を準備できたのがドヴェルグ族の強みだろう。
「どうよ、ツバサのお兄さん?」
先頭にいたフレイは歩みを止めぬままこちらへ振り返ると、得意気な笑顔で工場地帯の出来映えを誇るように声を掛けてきた。
「地下都市の武器はスゴいでしょ! どう、欲しくならない?」
「……ああ、是非とも力を借りたいね」
お世辞ではなく本心から協力を求めたい気持ちを露わにすれば、「フーフフ♪」と癖のある笑い声で鼻を鳴らしていた。
ドヴェルグ族の高度な技術で造られた兵器。
これは交渉において場を有利に運ぶ手札となるはずだ。
子供っぽいフレイの自慢はそれを匂わせてきた。
山脈の中腹を拓いて築かれた工業都市。
ここで製造されているのは武器や兵器ばかりではなく、地下都市で暮らす人々が使う道具なども作られていた。その過程で排水や排気ガスが出るため、換気などの面倒を考えると地下都市内部に建てるのは合理的ではない。
工業地区は外――居住地区は内。
地下都市の名に相応しく、フレイたちの暮らす王城ともいうべき御殿やモフモフの種族が暮らす住宅地は、やはり地中に設けられているようだ。
工業都市を抜けると崖に面した大門の前に出る。
ひとつでも多くの工場を建てるため、平らな土地を確保するため山を相当山肌を削ったのだろう。切り立った崖のように聳え立っていた。
その崖へ埋め込むように分厚く大きな門扉があった。
「――開門!」
警備兵の服装をしたマーモットが号令を出すと、どこからともなく同じ制服を着たモフモフたちが集い、大門の扉を内側へと押し込んでいく。
ゴォン……! と地響きをさせて大門が全開になる。
その向こうに目を遣れば――地下都市の全景が広がっていた。
『――山脈を刳り抜いてドームのように整えた』
レミィはそう表現していたが、ほぼその通りである。大門を潜った内側は天井の高い地下空洞となっており、そこに広大な空間が広がっていた。東京ドーム何個分なんて比喩はよく聞くが、これは何個分に相当するのだろうか?
少なく見積もって四十個分では利かないはずだ。
天井の高さも尋常ではない。ホームランボールも届くまい。
鉄枠のような柱で山脈の強度を保ちつつ、枠の間は分厚い鋼板で覆われている。もし山を形作る土を取り除いても金属製のドームが露わになるだけだ。
山脈型ドームの内部には立派な街が築かれている。
規模的には都市、それも大都市と評せる賑わいで活気づいていた。
山脈を支えていた固い岩盤を都市の土台にしており、その上に石造り、丸太造り、煉瓦作りの家が所狭しと建ち並んでいる。
そこそこ高層建築もあり、二十階建てのビルがいくつも建っていた。
居住区、商業区、公共施設、運動場、遊技場……。
そこかしこに現実の現代社会を思い起こさせる街並みの風景があり、ツバサたちの胸にわずかな郷愁を過らせる。ただし、そこで生活しているのは衣服を着て擬人化したようなモフモフな種族たちがほとんどだ。
ドヴェルグ族を始めとした亜神族もちらほら見掛けることができた。
彼らは都市の中心部にある巨大建造物への出入りが目立つ。
それは山脈ドームを支える大黒柱。
山脈の芯とも言える岩盤を敢えて取り払わず、ドームを中心から持ち上げる支柱として活かしたようだ。世界樹と見紛う野太い柱である。
そこにドヴェルグ族の大きな御殿が造られていた。
あれが――フレイ王女の居城であろう。
山脈の芯そしてドームの支柱の役目を損なうことなく、洞窟型の居住スペースを掘ったり、そこへ継ぎ足すように城塞めいた建物を増築したり、見栄えの良い宮殿を追加で建て増ししたり……かなり拡張工事をしたようだ。
やや無節操な感もあるが、立派なお城の外観が整えられていた。
こう見るとお城を中心とした城下町である。
街のあちこちに地下へ降りるための階段や坑道の出入り口らしき場所が設けられており、都市のあちこちは深い穴や谷が口を開いている。
そのため宙に渡された回廊のような道路が多い。
ツバサたちの潜った大門は、中心に建つ御殿へまっすぐ続いていた。
フハッ! と独特な鼻息が聞こえてくる。
「これは……源層礁の庭園に勝るとも劣らない地下施設ですね」
興奮の鼻息を漏らしたのはショウイだった。
愛用する眼鏡の弦をつまんで位置調整すると、地下都市の全貌を解き明かすべく挑む学者のような視線で、観察するかの如く見渡していた。
情報収集家としてもそそられるのだろう。
感嘆と賞賛の「フハッ!」を繰り返すショウイは魅入っていた。
「源層礁の庭園……懐かしい名ですな」
ショウイの漏らした一言を拾ったのはゴルドガドだった。懐古の念を秘めた柔らかい眼差しをショウイに向けている。
「ショウイ殿でしたか……源層礁の庭園に縁がおありですかな?」
「はい、こちらの世界へ転移した後、庭園の方々に助けられた縁を切っ掛けに、そのまま居座るように身を寄せていただいております」
ちょっと卑屈な自己紹介なのでツバサがソッと口添えしておこう。
「庭園の最高責任者となられたサイヴ女史の旦那様です」
「おお、では庭園代表者の縁戚……それも代理が務まるほどですな」
ただでさえ敬意を忘れないゴルドガドのショウイへの接し方は、庭園代表者と聞いてより畏まった。ショウイは「いやいやいや!」と恐縮するばかりだ。
「我らも庭園とは浅からぬ縁で結ばれております」
地下都市に源層礁の庭園の影を重ねるようにゴルドガドは言う。
「実は……源層礁の庭園を建てたのは我々なのです」
えええっ!? と多少なりとも驚きの声がツバサたちが上がった。しかし、よくよく考えてみれば不思議なことではない。
象牙の塔を自認し、生命史の進化の探究のみに腐心する研究者集団。
彼らの中にも建築物を整備するくらいの人員はいるそうだが、あれほどの研究施設を地下に建設できる工作者気質の研究者はいない。
となれば――外注あるのみ。
物作りならば何でもござれのドヴェルグ族に依頼するのは有り得る話だ。
「私たちサイクロプス族もお手伝いしたと聞いております」
大きな単眼で振り向いたのはステロペだった。
彼女たちサイクロプス族もその大きな体躯ながら地下生活が長いらしく、ああいった地下に埋蔵するタイプの建築に長けているそうだ。
アマノマヒトツ族のメノムも参加してくる。
「我らは技術者にして製作者の集まり……様々な物を手掛けて参りました」
その中には真なる世界の趨勢にまつわるものあるそうだ。
「中央大陸からいらしたのならば、どこかでお耳に挟んだことはありませんか? たとえば還らずの都、あるいは天梯の方舟……」
「ええ、よく存じております」
どちらも五神同盟入りしており、灰色の御子であるククリやダグが管理していることを明かすと、今度はゴルドガドたちを驚かせる番だった。
「保護してくだされたのですか……我らの最高傑作と伝わる施設たちを……あれらを建造した先代に成り代わりまして厚く御礼申し上げます」
ゴルドガドと二人の大臣は深々と頭を下げてくる。
おやめください、とツバサは手で制した。
「還らずの都も天梯の方舟も真なる世界を守るために掛け替えのない施設です。それを保つように心掛けてきた鬼神族や守護妖精族の働きもありますが、今日まで機能を損なうことなく維持できたのはあなた方の尽力あればこそです」
五神同盟はそこへ手を貸したに過ぎません。
ショウイよろしく恐縮するツバサだが、三人は頭を上げない。
「それでも……我々の遺産を守ってくれたことに変わりはありません」
「延いてはこの世界とそこに生きる民を守ったことにも繋がります」
――ありがとうございます。
ステロペとメノムは種族を代表して礼を述べてくれた。
まさかこれほど恩を感じてくれるとは……。
工作者のダインたちもそうだが、自分たちが真心を込めて造った被造物への想いは一入なのだろう。それが人々や世界を守るためならば尚更のはずだ。
これは――交渉の手札となるか?
ふと、そんな下心が閃いた自分を下品に思ってしまう。
フレイの「南方大陸へ行きたければ私を倒していけ!」発言を聞いてからというもの、ツバサは五神同盟と地下都市の交渉を案じていた。
南方大陸へ渡る方法――フレイにしてみれば交渉の切り札だろう。
それを最初から手元に伏せていると予告されたも同然だから、ツバサは交渉の場に持ち込む条件などを手札としてイメージしていた。
トレーディングカードバトルは卒業したにもかかわらずだ。
五神同盟は手札こそスターターデッキのように取り揃えているが、フレイが手持ちだと匂わせている切り札に匹敵する強力な手札は少ない。
おまけにフレイはもう一枚――切り札を隠している。
南方大陸への渡海手段を出会い頭のインパクトに見せびらかせてきたのは、もう一枚の切り札が保険として控えているからに他ならない。
思いきりのいいアホの子でも出し惜しみはする。
二枚の奥の手、その一枚の内容を仄めかしただけでも大盤振る舞いだ。
よほど自信があるのか? それともやはりアホの子か?
ミロほどではないがフレイからもボスの器というか、覇王色の覇気みたいなものを感じるので、ただのアホと侮りたくないところだ。
そもそもの話、大切な切り札をちらつかせてきた理由も察せられる。
『――私たちは素直に同盟入りなんてしないからね~?』
そんなフレイの意思表示が垣間見えた。
ハンティングエンジェルスに応援を頼むくらいには困っているが、地下都市や表の工業都市の農業地区の繁栄振りを見るに、フレイ率いる亜神族三種の統治に問題はなさそうだ。五神同盟へ平伏するように加盟する理由は薄い。
軽い友好条約ならば結ぶかも知れない。
だが同盟入りとなれば「それ相応の誠意がどうたら」とごねる可能性もあるし、国力の安定を盾に「結構です」と拒んでくる恐れもある。
ドラコたちが仲良くしているから無下にされることはないと思う。
だが初顔合わせであんなハッタリを噛ましてくる以上、ツバサたち五神同盟をすんなり受け入れがたい思惑があるに違いない。
彼女は脳天気そうに見えるがその実、腹に一物を隠しているのだ。
交渉は荒れそうだな――そんな予感に胸がザワついていた。
もっとも、交渉の場で引けを取るつもりはない。
フレイが二枚の切り札を隠していようとも、こちらは手札の一枚一枚がバカみたいに強いので、正面からぶつかってもいい勝負にはなりそうだ。
「なに御礼合戦してるのー?」
早くしないと置いてくよー! と先導するフレイが手招いている。
先を急ぐ彼女へ導かれるように御殿へと向かった。
『――ツバサさん、少々よろしいですか?』
無線のように内密で意志を伝えてくる技能だ。それでツバサの脳内に話し掛けてきたのはショウイだった。通信には秘匿性を高める強化も施されている。
目配せをしたツバサは顎先を僅かに頷かせた。
『……秘密にすべき話ですか?』
『ええ、まだ大っぴらに打ち明けるには早いと思いまして』
聞きましょう、とツバサは先を促した。
『先ほど古代ルルイエ語の解読がほぼ完了しました。これにより深きものどもの会話内容が判明……彼らが何に慌てていたのかもわかりました』
これは朗報だ。嬉しさが表情へ出そうになる。
グッと堪えたツバサは心の中で親指を立ててショウイに続きをせがむ。
『奴らは何に急き立てられていたんですか?』
『端的にいえば……到着済みの本隊に責っ付かれてしました』
本隊? と心の中のツバサは首を傾げる。
ツバサの疑問を解消するべくショウイは詳らかに語り出す。
『我々が交戦していた半魚人もどきはあくまでも先遣隊のようです。彼らの後ろにはより強力な本隊が控えており、今か今かと真なる世界への侵略を待ち侘びているようなのですが……どうもトラブルが起きたみたいですね』
『あいつら……先鋒だったんですか!?』
軍隊でいえば歩兵みたいなものだ。
数が多いという意味では主力ではあるものの、更に攻撃力のありそうな本隊は彼らの後ろで手ぐすね引いて待ち構えていたらしい。
先遣隊へ高圧的な態度を取れる本隊。
それはつまり、単純に実力が上ということを意味する。
本隊が先遣隊よりも強い存在だとすれば、いつぞやフミカが推察していた「深きものどもの適応能力」への仮説が信憑性を帯びてくる。
厄介な半魚人という分類に収まりきらない懸念があった。
驚きではあるが新たな謎にツバサは悩まされる。
『あれ? 既に到着しているなら、さっさと真なる世界へ殴り込んできて戦闘に加わればいいのでは? 先遣隊を焦らせることなんてないのに……?』
『それがですね、どうにも不具合が起きているみたいです』
秘匿通信に乗せて見取り図が送られてくる。
深きものども海底基地――それを縦割りにした図面だ。
思ったより海底深くを掘って建設されており、地下の最奥部分に次元の裂け目が開いていた。その規模は縦500m横200mほどである。
『深きものどもはこの裂け目から次元を超えて侵入しているまず……本隊はここを潜り抜けることができないみたいなんです』
理由についてはまだ曖昧のため判然としないらしい。
深きものどもにしてみれば当たり前のこと。
そのため会話の中で事細かに言及されず、いくら諜報活動を繰り返しても「あれのことね」「そうそうそれそれ」と代名詞でぼやかされるそうだ。
かつてプロ野球のとある監督が優勝することを「アレ」と称した。
優勝と口にすると選手たちのプレッシャーになるので、意識させないための願掛けだったらしい。ちょっとした流行語になったくらいだ。
『似たようなもので誰も具体的に言わないんですよ』
『変なところ人間っぽいですね』
引き続き調査を続けるとショウイは約束してくれた。
それはそれとして考察はできる。
深きものどもの本隊が海底基地の裂け目を通れない理由をだ。
『深きものは年齢を重ねるほど大きくなると聞きましたので、本隊の構成員がそれほど大きいのか、あるいは彼らが次元を渡る際に乗り込んできた乗り物がとてつもないスケールのデカさなのか……あるいはその両方かも』
古代ルルイエ語を操る深きものどもの会話のニュアンスから、ショウイはそのような雰囲気を読み取ったらしい。
『自力で裂け目をこじ開けることもできないみたいですね』
次元を突き破る戦艦を操る蕃神ならいた。
ユゴスより来たる真菌――ミ=ゴ。
正しくは“外側より来たるもの”という名称らしいが、ツバサたちはよく知られるミ=ゴと呼んでいた。甲殻類みたいな外見だがその正体は真菌である。
高度に知能を発達させ、次元を航行する艦を建造していた。
奴らは蕃神を崇める奉仕種族(あるいは独立種族)。
立場的には深きものどもと相通ずる。
ミ=ゴは自ら次元の壁を突き破る戦艦を造る科学力を有していたが、深きものどもにはそれだけの技術を持っていないようだ。
『では、この裂け目を広げろと先遣隊に発破を掛けているわけですか?』
『それもありますが……他に方法があるみたいなんです』
ショウイは少々勿体ぶってから切り出した。
『その手段なり装置なりがあるようなのですが、それをこちらの世界の何処かに置いてきたのか無くしてきたのか……とにかく、それがないため本隊は身動きが取れず、先遣隊に「探してこい!」と責めているのが現状みたいですね』
『本隊を真なる世界へ誘導するための何か……』
もしかして――深きものどもが大陸島を荒らす理由はこれか?
本隊を移送するための手段が真なる世界に何らかの事情によって置き去りにされており、それを我武者羅に探している可能性もありそうだ。
当たりを付けたのが大陸島。
ならば中央大陸や南方大陸へと侵出せず、南海に留まって前線基地を造るだけに留まっている深きものどもの動向にも説明が付く。
ショウイの報告に耳を傾けていたツバサは一計を案じる。
この情報――交渉での切り札になるかも知れない。
今のところ渡り合えている地下都市だが、先遣隊より強い深きものどもの本隊が参戦するとなれば一転、窮地に立たされるはずだ。
より強力な応援は必要不可欠。
そこで五神同盟として援護の手を差し伸べれば……。
いやいやいや、取らぬ狸の皮算用だこれ。しかもこれ、相手の弱みに付け込むようで気が引ける。戦いで敵の弱所を集中攻撃するのは基本だけれども。
「――戦いに卑怯もへったくれもねぇよなぁ?」
ボソリと呟いたのはバンダユウだった。
「座したままの戦いもある。交渉の場なんざ最たる例だな」
念のためにと勘のいいミロにも気付かれないレベルで秘匿性を高めておいたのに、この玄人はツバサとショウイの内緒話に気付いていた。
ツバサもショウイも無言のまま横目を流す。
ニヤリと笑ったバンダユウは「もう口を挟まねえよ」と表情に浮かべた。
一応、アドバイスと受け取っておこう。
万が一にも地下都市との交渉が揉めた場合、「深きものどもの増援が迫っているから協力して立ち向かおう!」と説得するための材料とする。
……できれば本当の切り札にしておきたい。
もしも実行した場合、相手が気絶しているところに超必殺技をぶち込むのにも似た後味の悪さを覚えそうだ。戦闘とはそうあるべきなのだが……。
「なぁに? 内緒話ー?」
ズン! と威圧感のある足音に振り向けばアハウが立っていた。
獣王神の巨体に肩車されているドラコ。
秘密を見透かすような瞳でこちらを睥睨していた。どうやら彼女の内緒話に気付いていたようだ。興味津々といった顔付きで口角を上げている。
「水臭いなぁ、同盟入りしたんだから教えてよ?」
そのように促されては断りにくい。
しかし、この場で話すのはよろしくなかった。情報こそショウイ経由なので確かだが、内情については定かではない部分も多いからだ。
特に深きものどもの本隊を招く手段。
これの正体を明らかにしなければ説得力に欠ける。
「あまり面白い話でもないからね。時期が来たらちゃんと話すよ」
ツバサは愛想笑いで誤魔化すことにした。
「ふーん、そっか」
ツバサさんがそういうなら仕方ない、とドラコも大人しく引き下がってくれた。駄々を捏ねてまで聞き出すべきではないと判断したのだろう。
「んじゃ、その時が来たら説明よろしく」
行こうアステカ兄やん、とドラコはフレイの後ろ姿を指差した。
追えという指示にアハウは「おう」と答えて従う。完全にドラコの乗り物と化していた。一度は降りたはずのレミィたちまで便乗している。
腹を探る洞察力もピカイチ――だが空気は読んでくれるようだ。
こういう勘を働かせてくれるのはありがたい。
一見すると散漫な振る舞いにも見えるが、組織の一員としては状況を見計らって適宜に反応してくれる得がたい人材である。
彼女たちは心情的にフレイと地下都市の味方をするだろう。
それが折衝において仲介役となることを希望するとともに、もしも軋轢が生じた場合には緩衝材となることを期待していた。
初期接近遭遇こそ一悶着あったが、概ね雰囲気は良好である。
このまま交渉の話し合いへと持ち込みたいところだ。
~~~~~~~~~~~~
ドヴェルグ族の御殿――女王フレイの居城。
そこへ通されたツバサたちは謁見の間と思しき大広間へ通された。
椅子やテーブルを使う文化はあるが、ドヴェルグ族は床に座って寛ぐことも多いようだ。案外、アジア圏の文化に通ずるのかも知れない。
やや縦に長い長方形の広間。
最奥は三段ほど段差を付けて高さがあり、最上段には座椅子風の玉座が据えられていた。フレイはそこにドカリと豪快に腰を下ろしている。
二段目には国務大臣としてゴルドガドが座す。
フレイの守り役にして爺や――宰相の立場でもあるためだ。
三段目の左右にはステロペとメノムの二大臣。
御殿へ通されて廊下を進む間、途中でサイクロプス族とアマノマヒトツ族の人々ともすれ違ったので、ここでは三種族で政務を行っているようだ。
別種の亜神族ながら共同体を形成しているらしい。
鍛冶を得意とする種族的気質から手を取り合えているのかも知れない。
そこへの詮索は後回していいだろう。
謁見の広間に通されたツバサたちは床に腰を下ろす。
部屋の床は石畳のような感触だが、分厚いカーペットが敷かれていた。ツバサたちには人数分の豪華な座布団まで用意されている。
最高級のビーズクッションに勝るとも劣らない座り心地だ。
ミロが「ああ~ダメになる♡」とだらしない声でもたれかかっているが、座りようによってはソファや寝椅子になるくらいのサイズ感である。
フレイたちと向かい合うツバサ一行。
ハンティングエンジェルスの四人はその間に並んでいた。
対峙する五神同盟と地下都市の代表たちの間に挟まるが如く、壁を背にして一列に座っていた。当然、彼女たちにも座布団は配られている。
「……ふ~ん、大体わかった」
玉座に腰を下ろすフレイは頬杖をついたまま言った。
まずツバサが五神同盟が結成されたこれまでの経緯を説明させてもらい、次いでドラコとレミィが南海での出来事を掻い摘まんで解説した。
最後にハンティングエンジェルスの同盟入りも伝えて終了である。
「いや、早過ぎやろ仲間入りすんの」
関西弁みたいな口調でフレイはドラコたちを冷やかした。
悪意や厭味はない、茶化すくらいの言い方だ。
「長いものには巻かれろってやつぅ? いくらお兄ちゃんやお祖父ちゃんがいるからって乗り換え早過ぎない? この……うらぎりものーッ!」
字面だと怒っているが喋り方はふざけていた。
フレイは子供みたいな笑顔でハンティングエンジェルスを指弾する。
「悪かったって、事後報告になったのは」
ドラコも悪びれこそするものの、同じような顔でケタケタ笑っている。レミィたちも少々バツの悪そうだが半笑いで愛想を振っていた。
「でも最初に言ったじゃん。フレイちゃんたちには全面協力するけど、知った仲間や人間……分かり合える地球からの転移者と会えたら変わるよってさ」
契約ほどの縛りはないが前置きは伝えていたようだ。
「なんなら、こうして橋渡しの役目も務まるしさ」
両手を返したドラコは天秤みたいなポーズを取った。
フレイと地下都市に恩を売る形で最大限の支援を受けつつ、ツバサたちのような地球からの転移者と出会えればそちらとも誼を結ぶ。
どちらとも関係を結べれば強固な協力体制への鎹となる。
ドラコの目論見はそこら辺にあると見た。
アバウトなくせして抜け目ない――強かな娘さんだ。
「それにアイドルを続けたい私たちにとっても、大勢いる五神同盟は魅力的だったから……あ、いえ! 決して地下都市を裏切るとかじゃなくて!」
「元々ワタシらフリーランスのボディーガードみたいなもんだからね。フレイちゃんたちとの雇用契約を結んだまま、五神同盟って大手事務所に改めて所属したようなもんだよ。今後は同盟経由で仕事を引き受ければいいみたいな?」
「ツバサさんたちは正義の味方だからいいじゃん」
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フレイは苦笑しながら頬杖する腕を変えていた。
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フレイはフレンドリィな会話を振ってくるが、ツバサはあくまでも訪問した賓客の立場を弁えて言葉遣いを正した。どうせアホの子も友達感覚で話し掛けるだろうから、代表者であるツバサくらいまともな応対で臨みたい。
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しかし、褒めているようで含みのある言い方だ。人によっては挑発的、もしくは煽っていると取っておかしくない失礼な物言いである。
ゴルドガドが「姫様!」と小声で諫めても改める気配はない。
態度こそどこぞのアホの子みたいに軽薄だが、こちらを品定めするような、安易に話へ乗ろうとしない警戒心を秘めている。
ひょっとすると彼女、うつけの振りをした切れ者かも知れない。
「そんで同盟間での決まり事はどんな感じ?」
興味なのか好奇心なのか、フレイは前向きな素振りで尋ねてきた。
「五神同盟間での条約についてですね? それでしたら……」
「僭越ながら――私が説明してもよろしいか?」
ツバサの声を遮って名乗り出たのはアハウだった。
いつもなら軍師レオナルドか博覧強記娘フミカに任せるところだが、あいにくとどちらも不在。この面子ならば最も弁舌に長けているのはアハウだろう。
元大学講師(非常勤)、人に教えるのは上手である。
お願いします、とツバサは任せることにした。
アハウはわかりやすく五神同盟の有り様について語ってくれた。
「……国家間や組織の間に……上下関係がないの?」
フレイは意外そうに目を丸くした。
強い派閥が弱い派閥を力尽くで牛耳っている印象を抱いていたようだが、アハウは穏やかに口角を緩ませると首を左右に振った。
「確かにそれぞれの国家のパワーバランスには偏りがあるでしょう。我々のように内在性具現化者を王として掲げる五神の名を冠する国家が代表を務めさせていただいているが、組織の方がより強いケースもままあります」
ほんの少しバンダユウが誇らしげな顔をした。
LV999に達した構成員が多い穂村組は、場合によっては少数のLV999しかいない国より兵力では強い。アハウはそこに触れたわけだ。
「しかし、我らはあくまでも対等にして平等です」
力に任せて弱い勢力を酷使することも卑下することなく、ひとつの共同体として助け合いの精神に基づいて行動することを旨とする。
「力も、技も、心も……足らなければ補い合うことを第一義とします」
「技も…………か」
引っ掛かるところがあるのか、フレイはそこを繰り返した。
五神同盟の在り方を大まかに話したところで、アハウは同盟入りした後の実利についても抜かりなく説明してくれた。
この内容を聞いた三大臣は浮き足立った。
「同盟入りすれば空間転移の祠で行き来ができる……ッ!? 南海から中央大陸各地へ行くのも自由自在……なんですか!?」
「フレイ姫様やアニマルエンジェルスの皆様と同等の用心棒や職人を無償で派遣していただける……ッ!? しばらく居着いてもくれるですって!?」
ステロペとメノムは感激に噎び泣きそうだった。
単眼を潤ませて、常人の倍はある目尻に涙を溜めていた。
ゴルドガドも目を見開いて肩を震わせている。
「資材や資源……食糧まで融通していただけると! それを形に我らを虐げることもなく……対等に扱っていただけると……ッ!」
やや引っ掛かる発言内容だった。
まるで迫害されたり不当に扱われた経験があるような物言いだ。馴れ馴れしいが胸襟を開こうとしないフレイの態度といい過去に何かあったのだろう。
「フーフフ♪ いいんじゃない? 至れり尽くせりだ」
フレイは口振りこそ乗り気だった。
しかし、俯いて嘆息すると愚痴るように打ち明けてくる。
「正直な話、君たちみたいな強くて大きな組織のバックアップは喉から手が出るほどありがたい。こちとら何とかお国の態を保ってはいるけれど、大々的に国土を拓くこともままならないからジリ貧だ……切実に助けが欲しい」
「では姫様、五神同盟の方々と同盟を……」
前向きな検討を口にするゴルドガドをフレイは制した。
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ピン! と弾かれたフレイの人差し指がツバサたちを射貫いた。
「ぶっちゃけ私――君たちを心の底から信用できていない」
「当然ですね。国を束ねる者としての用心だ」
ゴルドガドたち三大臣がフレイを叱り飛ばすより、ハンティングエンジェルスが仰天の声を上げるより、アハウたちが色めき立つより……誰よりも早くフレイの発言に同感するべく即答したのはツバサだった。
「我々の提案はあまりにも美味しすぎる。一国の主として警戒するべきです」
ツバサがフレイの立場なら、間違いなく同じ選択肢を選ぶはずだ。
なのでツバサのフレイに対する好感度は爆上がりだった。
「出た、ツバサさんの石橋を叩くどころか改築するレベルの慎重さ」
ミロにツッコまれたが気にしない。フレイに激しく同意する。
でしょう? とフレイは我が意を得たりと喜んだ。
チラリ、ハンティングエンジェルスにも流し目を送っている。
「美味い話にはなんとやらだ。君たちが強いのはわかる、組織としても潤沢な力を持っているのもわかる、悪い人じゃないってのも……まあわかる。ドラコンたちの反応を見ていれば一目瞭然、そこは信じてあげてもいい」
「アタシらは信じられないけどドラコンたちは信じるんだ」
ジト眼のミロが不満げに呟いた。
その程度でフレイは怯まず、鼻を鳴らして言い分を述べてくる。
「そこはそれ、国民を助けてもらって地下都市に居候させて……って出会いから二年の付き合いがあるからね。彼女らはもう身内と一緒さ」
「時間を掛けて信頼を築いてきたわけやね」
腕を組んだドラコがウンウンと頷いていた。これにはミロも「そりゃそうか」とすんなり納得していた。アホの子にもわかりやすかったのだろう。
フレイの表情がやや強張りを帯びる。
真顔というほど硬くはないが、緊張した真剣味が宿っていた。
「信頼を得たければ――相応の何かを求められるものだ」
フレイは右手を翳すと人差し指と中指を立てた。
「私は君たち五神同盟にとって切り札となるものを二つ持っている。先に冗談めかして触れた『南方大陸へ渡る術』はそのひとつだ」
もうひとつ、五神同盟に役立つものがフレイの掌中にあるという。
どうやら取引を持ち掛けてきているらしい。
次いでフレイは左手を翳す。
こちらは最初から五本の指を開いていた。
「私から提示する条件は五つ、これを叶えてくれるならば……」
「二枚の切り札をこちらに渡し、五神同盟への加入する……つまり、地下都市の信用を得られたと考えてもよろしいのですか?」
チッチッチッ♪ とフレイは人差し指を振った。
そして、また左右の手で二本指と五本指を強調するように立てる。
「それで得られるのは私の信用だよ」
――まずはビビりのフレイを安心させること。
「五神同盟を信じてもいいんだ! ってね」
女王の信用を得なければ、地下都市の信認に辿り着けないらしい。
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ここは異世界の中都市にある料理屋。日々の疲れを癒すべく店に来るお客様は様々な問題に悩まされている
酒と食事に癒される人々をさらに幸せにするべく奮闘するマスターの異世界食事情冒険譚
『異世界庭付き一戸建て』を相続した仲良し兄妹は今までの不幸にサヨナラしてスローライフを満喫できる、はず?
釈 余白(しやく)
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HOT 1位!ファンタジー 3位! ありがとうございます!
父親が不慮の事故で死亡したことで最後の肉親を失い残された高校生の小村雷人(こむら らいと)と小学生の真琴(まこと)の兄妹が聞かされたのは、父が家を担保に金を借りていたという絶望の事実だった。慣れ親しんだ自宅から早々の退去が必要となった二人は家の中で金目の物を探す。
その結果見つかったのは、僅かな現金に空の預金通帳といくつかの宝飾品、そして家の権利書と見知らぬ文字で書かれた書類くらいだった。謎の書類には祖父のサインが記されていたが内容は読めず、頼みの綱は挟まれていた弁護士の名刺だけだ。
最後の希望とも言える名刺の電話番号へ連絡した二人は、やってきた弁護士から契約書の内容を聞かされ唖然とする。それは祖父が遺産として残した『異世界トラス』にある土地と建物を孫へ渡すというものだった。もちろん現地へ行かなければ遺産は受け取れないが。兄妹には他に頼れるものがなく、思い切って異世界へと赴き新生活をスタートさせるのだった。
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解呪の魔法しか使えないからとSランクパーティーから追放された俺は、呪いをかけられていた美少女ドラゴンを拾って最強へと至る
早見羽流
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「ロイ・クノール。お前はもう用無しだ」
解呪の魔法しか使えない初心者冒険者の俺は、呪いの宝箱を解呪した途端にSランクパーティーから追放され、ダンジョンの最深部へと蹴り落とされてしまう。
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(1話2500字程度、1章まで完結保証です)
家の庭にレアドロップダンジョンが生えた~神話級のアイテムを使って普通のダンジョンで無双します~
芦屋貴緒
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売れないイラストレーターである里見司(さとみつかさ)の家にダンジョンが生えた。
駆除業者も呼ぶことができない金欠ぶりに「ダンジョンで手に入れたものを売ればいいのでは?」と考え潜り始める。
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彼が財宝を鑑定すると驚愕の事実が判明する。
経験値も金にもならないこのダンジョン。
しかし手に入るものは全て高ランクのダンジョンでも入手困難なレアアイテムばかり。
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