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第21章 黒き世界樹そびえる三つ巴の大地
第502話:技術立国 アウルゲルミル
しおりを挟むかくして――ハンティングエンジェルスの五神同盟入りは決定した。
「いえ、私たちはアニマルエンジェルスですから!」
レミィは頑なに公式ネームにこだわったが、ドラコは「べつにどっちでもいいじゃーん」とアバウト、マルカは「もうハンティングのが認知度高くね?」と諦めムード、ナナは「ビーストもカッコよくね?」と何でもありの模様。
チーム仲は大変良いようだが、心を一つにするのは難しいらしい。
「ハンティングでもアニマルでもビーストでもいいよ」
「ダメよ! アニマルがいちばんいいじゃん! 響きがまるっこいし」
「だけど地の文でもハンティング呼びが定着してるで?」
「地の文ってなーに? マルルン、また第四の壁飛び越えてる?」
食堂のテーブルで賑やかに話し込んでいた。
「ところでさ――いっこ思ってることがあるんだけど」
自分たちのグループ名でかしましく言い争う仲間を尻目に、マルカが重大なことを忘れていたように誰ともなく問い掛ける。
「フレイちゃんたち――地下都市も五神同盟入りできないかな?」
レミィとナナは「ナイスアイデア!」と賛同する。
さっきまでチーム名で言い争いから一転、この息の合いっぷりよ。
「……それはどうかなぁ?」
だがしかし、ドラコは気乗りしない様子を顔色に浮かべた。ツバサもそれが最良とは思うものの、すんなり肯定する気にはなれなかった。
「用心棒を雇うのと組織に加わるじゃあ話が全然違ってくるよ?」
何事もアバウトなドラコだが、この件に関しては慎重に異を唱えた。
「同感だな。援助や交流は求めても、国家として同盟に加盟するのは慎重にならざるを得ないはずだ。段階を踏んで条件なども考えねばならないし……」
ここで決めるのは早計だ、とツバサは釘を刺しておく。
「何より――当事者の意見を聞くのが先だね」
アハウも獣王の巨体を前のめりにしてアイドルたちを制した。
「ハンティングエンジェルスはあくまでも地下都市に身を寄せた用心棒。この場にはアウルゲルミルの代表者であるフレイさんは元より、国家運営に関われるような人物がいない。誰もいないところで国家の行く末を決めるのは……」
「そゆこと、あたしらの裁量で決めちゃいけない」
兄貴分を味方に付けたドラコは浮かれる仲間たちを窘めた。
やや巨大化して壁のように迫ってくる獣王神の威圧感に、小柄なレミィたちはタジタジになりながら腰が引けていた。
「アハハ……ドラコンのお兄さん迫力スッゴい」
「……これよりおっかないドラコンのお父さんってどんなんだろ?」
「ヒゲ多くて濃ッ! 三国志の人みたい!」
ナナだけ嬉々としてアハウの髭を引っ張って遊んでいた。強い。
ケタケタ笑うドラコもアハウの髭を指先で弄ぶ。
「アステカ兄やんも現実にいた頃からお父ちゃんに認められるくらい強かったけど、お父ちゃんは色んな意味で人間離れしてたからね」
「教授は学生からよく怖がられてたからなぁ」
苦笑いで回想するアハウは有名人をミックスさせて表現する。
「一戦交えた格闘家志望の友人が言っていたが……『範馬勇○郎と拳骨のガ○プ中将と伏黒○爾を足して三で割らない』ほどだと例えてたな」
「その三人を足して割らないんだ……」
人間離れどころか現実離れしたフィジカルの持ち主だったらしい。
ツバサも一度は手合わせを願いたい猛者である。
「――今までのノリなら同盟入り確定っしょ」
違くない? と不意に話に割り込んできたのはミロだった。
カフェオレを飲み終えてもツバサの膝に陣取っている。暇を持て余すかのように超爆乳へ頭を埋めたり両肩で揺らしてみたりと遊び放題だ。
ツバミロてぇてぇ……と囁き声が聞こえる。
「穂村組、水聖国家、日之出工務店、源層礁の庭園……」
指折り数えるミロは持論めいたもの展開した。
「今まで同盟に参加してくれたところは、みんなすんなり入ってくれたじゃん。ハンティングエンジェルスのみんなもいたとこなんだから、そのダムダムゾンゲルゲってところも仲間入りしてくれるんじゃないの?」
アウルゲルミルな、とツバサは冷めた顔で訂正する。
ダムダムゾンゲルゲってなんだよ。とんでもない邪神の名前か?
アホの子は脳の回路がシンプルだから困る。ツバサは疲れたため息を吐き出すとともに、なるべく言葉を選びながら説明していく。
「あのな、その四組織が仲間入りしたのも……」
「――おれたちゃみんな敗残兵よ」
ツバサの言葉を遮ってバンダユウが語り始めた。
テーブルに肘を突いて乗り出すと、ツバサ越しにミロと視線を合わせてくたびれた好々爺といった雰囲気を醸し出している。
ツバサに目配せして「言い聞かせるから任せな」と送ってきた。
「日之出工務店はちょっと毛色が違うが……大体がバッドデッドエンズにボコボコにされて残った兵を掻き集めたはいいけど、にっちもさっちも行かず路頭に迷っていた哀れな負け犬どもさ。そういうのは守ってくれるもんを求める」
――寄らば大樹の陰。
バンダユウはこの格言を引き合いに出した。
「天下の将軍さまも大樹なんて呼ばれるそうじゃねえか。負けて心が折れた奴らはそういった支柱を求める……おれたちの場合、それが五神同盟だった」
(※征夷大将軍の唐名あるいは異称は確かに大樹だが、これは“大樹将軍”と呼ばれた後漢の武将・馮異に由来する。常に謙虚だった馮異は戦に勝利して戦功や褒賞を求める段になると、大樹の下に立って参加しなかった。この奥ゆかしさを讃えて“大樹将軍”の名で兵士たちに尊ばれたという)
確かに上記の組織のうち、三組織は壊滅に追い込まれた。
――最悪にして絶死をもたらす終焉。
破壊神ロンドの私兵に襲撃され、多くの死傷者を出していた。
五神同盟は助けを求められたり窮地に駆けつけた結果、彼らの信頼を得るとともに崩壊した組織の生き残りを取り込んでいったわけだ。
敗走した部隊の兵力を吸収する。
そうすることで五神同盟は組織としての力を増してきた。
(※日之出工務店は組織として自立できていたが、いくつかの現地種族を助けるため五神同盟という大きな傘の下に入ることを望んだ)
「結果論だが、今じゃこれがメチャクチャ良い方向に働いてんだよな」
「……バンダユウのオッチャン、それどゆこと?」
ミロが小首を傾げると、枕にしていたツバサの乳房が盛大に揺れた。
ダイナミックな超爆乳を横目に老組長はほくそ笑む。
「源層礁の庭園はそんなこだわりがなさそうだが……穂村組や水聖国家が五体満足だった場合、すんなり同盟入りしてないぜ?」
疑問形の口振りだが、バンダユウは確定的に述べた。
「まあ仲良くしようや……って友好関係は結んだかも知れん。だが、今のみたいに五神同盟への帰属意識はないに等しく、おれたちはおれたちで勝手にやるぜ! みたいな風潮が強かったかも知れないな」
わかんだろミロちゃん? とバンダユウは意味深なウィンクを送る。
「…………わかる」
ミロはたっぷり時間を置いてから渋々認めた。
ホムラ・ヒノホムラ――穂村組の正統後継者にして組長。
かつてはアシュラ八部衆の一員としてツバサたちとも旧知の仲だったが、現実ではミロと小中学校を一緒に過ごしたクラスメイトでもある。
しかしこの2人、不倶戴天にして犬猿の仲だった。
小学生時代のとある悶着が原因で仲違いし、真なる世界で再会した時も穂村組との和解ムーブを台無しにするほど派手な喧嘩をしたのだ。
(※第435話参照)
――もしもホムラが組長として健在だったら?
バッドデッドエンズに組を荒らされずに済んでいたら、穂村組が五神同盟入りを果たしたとしても、ミロとホムラの仲は確実にギクシャクしていた。
当然、ホムラに与する若頭ゲンジロウもいい顔はしない。
ホムラやゲンジロウに肩入れする組員もいたはずだ。
彼らから内紛の火種が起こる可能性も0ではなかっただろう。
こうした不穏の影は穂村組に限った話ではない。
「水聖国家にも五神同盟に合流したくない派閥がいたそうですしね」
厭戦派――そう呼ばれた彼らはヌン陛下の悩みの種だった。
地球から転移してきたプレイヤーを人間風情と見下し、自分たちより強いことを認めようとせず、排斥するか蕃神との同士討ちを画策するばかり。
国王であるヌンもほとほと呆れ果ててしまったそうだ。
そういうこった、とバンダユウは話を結ぶ。
「いくら同盟先が自分たちよりデカい共同体であろうとも、ひとつの軍団としてまとめられた組織はあっさり呑まれたりはしないもんさ」
すぐさま仲良しこよしとはいかないものだ。
組織間の軋轢は避けられず、足の引っ張り合いやら関係の悪化やらが芽を吹くようになり、やがて離反や抗争といったトラブルを招きかねない。
「だからまあ理想的なのは、おれたちみたいに散々な目に遭った敗残兵を拾い上げて命の恩人への恩義を覚えさせながら、組織の在り方を尊重するように自治権を認めてやって、自らの共同体へ段階を踏んで吸収合併することだな」
そうやって馴染ませるように他組織を吸収していく。
「地球から飛んできた人類は真なる世界じゃ余所者だ。余所者が勢力を拡大していくにゃあ、時間は掛かるがこれが一番確実だろうよ」
――義理、人情、仁義、情愛、義侠、友愛。
融和的な精神論に働きかけながら仲間に取り込んでいくのだ。
「LV999なら力任せの併合もできそうなもんだが……」
「力を至上とした集団は得てして脆いですよ」
バンダユウが口にする前にツバサが端的に答えを出した。
力による恐怖政治はワンマン経営と変わらない。
集団において最強の存在がルールを敷く。これは何者も逆らえない法となり、黒を白というのも鹿を馬と呼ぶのも自由となる。すべてが最強の前に傅く。
無敵の力は烏合の衆さえ統率できるだろう。
逆に言えば、最強がいなくなれば組織もルールも破綻する。
絶対権力者であるLV999に不測の事態が起きれば、あっという間に瓦解して蜘蛛の子散らすように役立たずの散り散りとなってしまう。
力のみに頼って組織を維持しようとすれば、このように脆くなるのだ。
暴力より怖いのが愛情よ、とバンダユウは話を進める。
「情が絡んだ戦士ってのは強い……知ってるか? 戦場じゃあ兵隊は憎しみで敵を殺すことはねぇんだ。敵が愛する者を傷付けるかも知れないという強迫観念から、守るべき誰かのために見ず知らずの敵を殺すのよ」
家族を、親友を、仲間を――愛する者を守るために敵を殺す。
敵にも守る者がいると考えることなく、自らの愛を全うするために殺す。
そこには怒りも恨みも憎しみもない。
愛こそが純粋な殺意を昂ぶらせていく。なんとも皮肉な話だ。
五神同盟は巧みに情が絡んだ共同体となりつつある。
新たに加入したハンティングエンジェルスからして、義兄妹な間柄や血の繋がった祖父と孫という縁で結ばれた情で結びついていた。
幸運としか言いようがない。
意図したわけではないが五神同盟は敗残兵を拾い上げ、情とともに拡大成長を遂げてきた。改めてバンダユウに指摘されてみると奇跡的ですらあった。
「……狙ってやれたら天才的な策士ですね」
「そんな真似してたら詐欺師が見抜くし、心情的に萎えるから今よりもっと態度悪かったぞ。五神同盟の場合は奇しくもそうなったってだけだ」
バンダユウはツバサを指差した。
アハウやミサキ、そしてこの場にいないクロウやジェイクもだ。
「トップを務める5人の内在性具現化者が、揃いも揃って筋金入りのお人好しなのも功を奏した。だからこそ、おれたちも覚悟できたわけだが……」
――信の置けない野郎に肩入れはしない。
「固めの杯を渡す相手はちゃんと選ばせてもらうぜ」
瞼を閉じた燻し銀の組長は小粋に鼻を鳴らした。
「魂魄と矜持を注いだ杯だ……渡すのは惚れ込んだ相手だけよ」
率直に物申したのか婉曲に褒めたのかわからないが、バンダユウなりに伝法口調で思いの丈を伝えてくれたようだ。
ツバサとしては反応に困り、照れ臭そうに顔を背けるしかない。
ヒュ~ゥ♪ と口笛で冷やかしたのはマルカだった。
「お祖父ちゃんってば古い任侠映画に出てくる粋なヤクザの親分みた~い」
「粋なヤクザの親分なんだよ、おまえの祖父はな」
ちと話が逸れたな、とバンダユウは小さく目礼して詫びた。
「焦臭い小言を並べちまったが……ミロちゃん、これから行くネルネルゲルネとかいう地下都市は穂村組とは違うのよ」
「……アウルゲルミルです」
ツバサが小声で修正を挟んだ後、バンダユウは言い切る。
「その地下都市は国としての態をまだ保っている。そりゃあマルカたちに頼るくらい追い込まれているかも知らんが、国の尊厳を失っちゃいねえ」
つまり――敗残兵ではない。
わかるかい? とバンダユウは念を押した。
「負け犬を取り込むのとわけが違う。ひとつの国を相手に節度を保った付き合い方をしなけりゃいけないってことさ」
「エンテイ帝国と友好条約を交わすのに似ているかもね」
アハウもバンダユウの言い分を補うように付け足した。
エンテイ帝国の場合、猛将キョウコウがやらかした案件がマイナス要素としてあるため、敗残兵ほどではないにしろツバサたちには負い目がある。
そこを踏まえての友好条約なので微妙なところだ。
「こういうのは行動した方が早そうだね」
パァン! と話の方向線を変えるべくドラコが手を打った。
柏手みたいに鳴り響かせた両手を開くと、ツバサたちを招くように広げていく。ミロが「すし○んまい!」とか喚いたけど小突いて黙らせた。
「案内するよ――地下都市アウルゲルミルに」
そんでフレイちゃんに会ってよ、とドラコは申し出てきた。
「お互い直に会って話したいこともあるだろうしさ。同盟入りどうこうの話はまず置いといて、半魚人軍団をなんとかするとか、南方大陸へどうやって行くとか……建設的に前へ進んでいく話から詰めていこうよ」
ね? とドラコはウィンクひとつ小首を傾げた。可愛い。
蹴出しで正論が出てしまうと反論の余地はない。
ツバサはフミカとダインに確認を取る。
ショウイにも偵察員を通じての意見も求めた。
――二隻の艦の直下。
周辺海域を隈なく索敵してみたが、今のところ深きものどもの影も形も見当たらないとのこと。この分ならば反撃はなさそうだ。しばらく南海も落ち着きそうなので、今のうちに地下都市へ訪問しておきたい。
地下都市とフレイには事前に連絡を入れておくという。
ナナが飛行戦艦の通信機器で電報みたいなのも送れるし、念のためにとマルカが使い魔的なものを派遣してフレイに伝えてくれるそうだ。
律儀なことに両方の伝達へ即座に返答が返ってきたらしい。
フレイからの返事は「OK!」と色好いもの。
むしろ「五神同盟の皆さんを招待するから是非会いに来てほしい」と催促するほどだという。こちらの杞憂を吹き飛ばすほどの歓迎ムードだ。
招かれたからには顔を出すのが作法というもの。
南方大陸への遠征に旅立った飛行母艦ハトホルフリート
艦は寄り道するかのように、南海の地下都市へと航路を逸らした。
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ハトホルフリートが深きものどもと接敵。派手なドンパチを繰り広げ、そこに駆けつけたハンティングエンジェルスのシャイニングブルーバード号。
三勢力が入り乱れる戦場となった南海。
そこから更に南下しつつ、やや西寄りに進路を取る。
地下都市アウルゲルミルが居を構える大陸のような島は、その先にあるらしい。道理で偵察に向かったドンカイたちが発見できなかったわけだ。
(※第461話参照。南方大陸の存在を確認するため旅立ったドンカイとジャジャは、中央大陸の西にあるハトホル太母国から出立した。その際、出発地点が西側だったためなのか、なんとなく東寄りに南下してしまったという。その進路は地下都市のある島から大きく離れていた)
島の近海には深きものどもの海底基地もある。
もしフレイや地下都市の了解が得られれば、そこを拠点にして早々に連中の基地を叩いておきたいところだ。それはもう根絶する勢いでやらせてもらう。
その海底基地から、いつまた奴らが出撃してくるかもわからない。
念のため飛行母艦も飛行戦艦も高度を保って飛行していた。
深きものどもやショゴスの攻撃が届きにくい上空を飛び、艦自体にステルス系の技能を付与することで無駄な戦闘を避けることに努めている。
他国を訪問する前に面倒事は御免だ。
叩き潰す時は徹底的にやるつもりだが、ここは穏便にやり過ごしたい。
肩を並べるように同じ速度でに飛行する二隻の艦。
ハトホルフリートが巨大空母を超えるサイズなら、シャイニングブルーバード号の艦体はかなり軽量だ。全長は150m前後、戦艦の種類で比べるなら軽巡洋艦くらいのサイズに収まるだろう。
現在シャイニングブルーバード号は無人である。
正確にはナナの使い魔みたいな生物が管理を任されていた。デフォルメと擬人化をされたイグアナたちに操艦を任せているという。
「イグアナたち、ナナより全然優秀だから大丈夫大丈夫♪」
ナナ当人が奇妙な太鼓判を押していた。
主人より優れた使い魔……成立するのだろうか?
どちらかといえば高LVの従者なのだろう。
イグアナの使い魔たちは自己意識を備えており、独立した判断で行動ができる。何事かあれば意識を共有したナナに逐一報告を送ってくれる。
おかげで無人でも問題なく航行できるそうだ。
だからなのか――ハンティングエンジェルスは飛行母艦にいた。
食堂から艦橋まで戻ると、「このまま地下都市に行っちゃおう!」とナナの発案でツバサたちと一緒に行動しているところだ。
いや、ナナには明確な目的があった。
その目的を達成するまで自分たちの艦に戻るつもりはないらしい。
目的というのは他でもない――ツバサだ。
「うっひょおおおおーッ! スゲー! 乳肉がドムンドムンって波打ってるー! 手応えも重さもハンパねぇー! あの超爆乳の先輩思い出すわー♪」
「あ、あの……お手柔らかにね、ナナちゃ……んひぃ♡」
注意しようとしたツバサの語尾は甘そうな嬌声になりかけた。
ツバサは艦長席の前に立ち尽くす。
その前には嬉しそうなにやけ顔でナナが立っていた。
ナナは両の掌を返してツバサの超爆乳を下から支えるように持ち上げた。その柔らかい重みを味わうと軽く力を込めて乳房を跳ね上げ、重力のまま落ちてくる乳房をまたボインと大きく揺らすべく跳ね飛ばす。
バスケのドリブルみたいな要領でおっぱいをバウンドさせる。
大きな瞳を純真無垢に煌めかせたナナはツバサの超爆乳を弄んでいた。
それはもう思う存分にだ。
「服越しでもこの得も言われぬ感触……最高じゃん!」
「だからって……そんな執拗に撫で回さなくても……おおっ♡」
重量級の乳肉が弾む感触を堪能したナナは、指先にこれでもかと神経を集中させると、今度は乳房の柔軟性や質感をこれでもかと楽しんでいた。
敏感なところを撫で回されるツバサは堪ったものではない。
『――ツバサさんのおっぱいを触らせて!』
ミロがハンティングエンジェルスとのアイドル交流会を対価に承認してしまったので、その約束を果たしている最中だった。
腕を組んだアハウは不思議そうに首を傾げている。
「……ミロ君が勝手に言っただけだから当人に拒否権があるのでは?」
「しっ! 黙ってなアハウ君!」
百合のてぇてぇが見頃じゃねえか! とバンダユウはスマホ片手に動画撮影に余念がなかった。マルカに「エロ爺!」と引っ叩かれても動じない。
確かに拒否権はツバサにあるのだが……。
ミロとナナの約束も正式に交わしたものではない冗談半分なので、無視したところでペナルティは発生はないのだが……なんだか断りにくかった。
ミロが関わると無条件で甘くなる。ツバサの悪い癖だ。
「ひぅ……ッ♡ ああっ、も、もうちょっと丁寧に触って……くふぅん!」
おかげで喘ぎ声を噛み殺すのも一苦労である。
日頃、ミロや子供たちに群がられる大地母神の乳房。
女体化した当初は敏感すぎて持て余したが、都合二年もオカン系女神をやっていれば耐性も付くというもの。以前にも増して性感帯として発達してしまったものの、公の場でも揉まれても素知らぬ顔くらいはできるようになった。
……だが、相手がテクニシャンだと話は別だ。
ナナは噂で耳にする「女子校ならおっぱいの揉み合いくらい日常茶飯事だぜ!」を実戦しているだけかも知れないが、その手練手管は真性だった。
思わず内股をモジモジさせて逃げ腰になる。
擦り合わせた太腿が今にも濡れそうなことに冷や汗まで流れてきた。
揉まれ続ける乳房の内では乳腺が疼いて熱い。
もうハトホルミルクが漏れているとわかるほど、乳房の膨満感とその先端にしっとりした湿り気を覚えて、ツバサは赤面してしまった。
母乳パッドのおかげで被害はない。
しかし、男なのに母乳パッドを付ける自分に涙がこぼれそうだ。
「じゃあ極めつけはぁ~……パフパフぅ~♪」
その悲哀に眉尻を下げていると、ナナは両手でツバサの乳房を中央に寄せて上げていき、強調された谷間へ大胆にも顔を埋めてきた。
「おおお……ッ! なんて圧倒的母性! 破壊力すら感じちゃう!」
おかあさーん! とナナは乳房の谷間で叫んだ。
瞬間――ツバサは衝撃で飛び跳ねる。
ただでさえ刺激されまくりで快感が渦巻いていた超爆乳に、大声の震動を浴びせかけられたのだから堪らない。足下から蠕動が這い上がるように全身を震え上がらせてしまった。そのショックで飛び跳ねたのだ。
胸も股間も不安になるほど濡れてしまった感触に戸惑う。
「ひぃ……ひあああああああっ!?」
ツバサは痴漢にあった少女みたいな悲鳴を上げてしまった。
「ミ、ミロぉ! ここまでさせていいのかぁ!?」
真っ赤な顔をして半泣きのツバサは狼狽えながらもナナを振り払えず、こうなった原因であるミロに助けを求めた。
ドラコやレミィと談笑するミロはサムズアップを返してくる。
「そんくらいなら女の子同士のてぇてぇなんでOK!」
「おまえの基準ホント適当だなおい!?」
ツバサと性的に絡んだ男はたとえ仲間であろうと打ち首獄門にしかねないレベルで嫉妬するくせに、女の子だと駄々甘になるのは納得いかない。
憧れのVRアイドルだから気を許しているのだろうが……。
ミロのブレーキは期待できない。諦めよう。
むしろナナの身内が彼女の暴走を止めようと必死だった。
彼女の頭や両肩に乗っているイグアナたちだ。
白衣を羽織ったイグアナたちはナナの緑色の髪やモチモチした頬を懸命に引っ張っており、「ナナさん自重してください!」と叱りつけていた。
本当に使い魔の方がまともだとは……。
「ナナちナナち、おいたはそのくらいにしときなー」
泣き顔のツバサと困り顔のイグアナたちへ助勢するように、ナナを制止してくれたのはマルカだった。ナナの肩に手を乗せてツバサから引き離す。
目尻に涙を溜めるツバサを見たナナは片手で拝んでくる。
「あ、やりすぎちった? ゴメンねツバサさん……んじゃマルルン、そろそろ交代しとく? やっぱ触っときたいでしょ、ツバサさんのおっぱい?」
ナナは悪びれることなくにマルカに場所を譲る。
マルカは断るかと思えばそんなことない。
「あ、いいの? そんじゃ後学のためにも遠慮なく~♪」
あの祖父にしてこの孫ありだ。多分、彼女はノリでやっている。
「――待ちなさい!」
そんな二人を止めたのはレミィだった。
ツバサほどではないが十分な爆乳を誇示するかのように、胸の下で腕を組んでフンス! と鼻息も荒い。怒っているような意気込んでいるような感じだ。
ツカツカとした足取りでレミィは近付いてくる。
ほんのり頬を染めた彼女は謝意を込めた大声を張り上げる
「ツバサさんのおっぱい……私にも触らせてください!」
「レミィちゃんどうして!?」
彼女だけは爆乳同盟みたいな意味で味方だと思い込んでいたツバサは、まさかのお願いに裏切られた気分だった。
違うんです! とレミィは必死に釈明する。
「その……マルルンも言ってたけど、後学のために興味があって! 将来ツバサさんくらい大きくなった時のために予備知識的なものを知りたくて……ッ!」
お願いします! と90度のお辞儀で懇願されたら断りにくい。
「代わりと言っては何ですが……レミィのおっぱいも触らせてあげますから!」
「それは紳士としてできない!」
ツバサもおっぱい星人なので魅力的な申し出なのだが、アイドルのおっぱいを揉みまくりなんてできない! と男心の紳士的な部分がブレーキを掛けた。
たとえ女神に女性化した我が身でもだ。
するとレミィの撫で肩にマルカの手が乗せられる。
「よしレミィちゃん、ワタシたちは同時プレイと行こう。ツバサさんに粗相のないよう左右片側ずつ触ったり持ち上げたりする程度のソフトタッチで」
紳士的におっぱいを触ろう、とマルカは宣誓する。
女性の胸に遊び半分に触れる時点でとんでもない粗相だし、紳士は公共の場でおっぱい揉んだりしないんだが、どうなんだろうと思う。
「……たとえ女性同士でもセクハラって成立するからね?」
渋面で道義を説くのがやっとだった。
結局――マルカとレミィにも触らせてあげた。
マルカは両手でツバサの右乳房を掬うように持ち上げる。
両手で感じる重みに驚愕の声を上げていた。
「うわー……私の両手でもツバサさんの片乳持て余すわー。こんなバスケットボール大の重いの抱えて、なんであんな大立ち回りできるん?」
「それは……努力と根性と慣れかなぁ?」
我ながら爆乳巨尻になっても動けるように頑張ったものだ。
ツバサとしてはそう答えるしかない。
ナナほどアグレッシブに触れてこないし、本当に興味本位で軽く触ったり揉んだりする程度だから、マルカの触り方には動揺せずに済んだ。
「おいマルカ、ちょっとちょっと」
「なにお祖父ちゃん、今ツバサさんのおっぱいに全集中なんだけど」
祖父に呼ばれたマルカは振り向かずに言った。
構うことなくバンダユウは注文をつける。
「あとでツバサくんのおっぱい触った感想文提出するんだぞ」
「黙れスケベ爺! お祖母ちゃんの百烈ビンタで張っ倒されろ!」
あれは本気で勘弁……とバンダユウは精神的外傷を想起させられたかのように、両手で顔を覆うとしくしく泣いてしまった。それほどなのか?
一方、レミィの触り方も優しく丁寧なものだった。
子供たちが好奇心からツバサの超爆乳へ触れるように、「わぁ!」とか「へぇ!」と感心や感動を帯びた声を上げて乳房をまさぐっていた。
ただ、彼女の興味は他にもあるらしい。
「……すいませんツバサさん、ちょっと失礼しますね」
レミィはおもむろに人差し指をツバサのロングジャケットに引っ掛けると、ほんの少しズラして乳房を包んでいるブラジャーを覗こうとした。
「「――レミィちゃん!?」」
唯一の良心である彼女の思い掛けない奇行にツバサはおろかマルカまで驚かされてしまったが、レミィは真面目な顔で服の中を覗き込んできた。
その眼差しは審美眼を研ぎ澄ませている。
「あ、本当だ……こんな大っきなブラなのにデザインがすっごく素敵……いいなぁ、私もこんな綺麗なブラ欲しい……」
レミィの純粋な瞳には憧れと羨望が入り交じっていた。
彼女の目的はツバサの身に付ける下着だ。
バストサイズが上がるとブラジャーの種類も少なくなり、巨乳や爆乳になるほど選択肢の幅がなくなる。必然的に女の子らしい可愛いものもなくなってしまうので、胸の大きい女性の悩みのひとつだと服飾師から聞いたことがある。
つまり、お洒落ができなくなってしまうのだ。
衣服もそうだが下着も同じらしい。
まさにレミィはこの悩みを抱える少女だったのだろう。
そういえば初対面の挨拶でお互いの胸の大きさの話になった後、ブラジャーの件で服飾師に触れたら「紹介してください!」とお願いされていた。
本気で悩んでいることが窺える。
近いうちにホクトとハルカの服飾師師弟を紹介してあげよう。彼女たちなら注文した以上に仕上がった逸品を約束してくれるはずだ。
「はいはい、そろそろお遊びはやめなー」
目的地に着いちゃうよー、とドラコは両手を叩いた。
「健全な青少年の育成にも良くないし、そこら辺でやめときなー」
ニヤニヤ笑うドラコは横目で見遣る。
そちらには目のやり場に困っているカズトラやヨイチの姿があった。色事に慣れていないエンオウも明後日の方角を向いている。
元ホストのイケヤは慣れているのか、口笛を吹いて見物していた。
ミサキは妙案でも閃いたような顔付きだ。
「そうか! 女の子同士って言い張ればオレもツバサさんの超爆乳にダイブしても怒られないのか! クソッ、盲点だった……稽古中に気付いてれば!」
意外や意外――ミサキ君もちゃんと男の子だった。
どれだけ修行を付き合ったり稽古をしてやっても、ラッキースケベな展開を求める気配がなかったので、ツバサのようなグラマラス体型には興味がなく、ハルカのような少女然としたスレンダーボディ一筋かと思えば……。
今後はサービスしても良さそうだ。愛弟子なら許してあげよう。
しかし、アホの子は許さなかった。
「ミサキくーん? その発言、恋人に告げ口しとくね」
ジト眼で微笑むミロはミサキの背後へ忍び寄ると、脅し文句を口にしながらスマホを操作した。慌てたミサキは泣きそうな顔で縋りつく。
「待ってミロちゃん! 冗談だから許してお願い!」
オレ社会的に殺されちゃう! とミサキは泣いて詫びていた。
そうか……ハルカを怒らせると社会的制裁を受けるんだ。
「そんなわけだからお開きねー、はいはい」
度が過ぎるとチャンネルBANだよー、とドラコは殺し文句で締めた。
それはアカン! とナナたちも大人しくなる。
VRアイドルのみならず動画を配信したり実況する者の性なのか、チャンネルアカウントを停止させられるのは恐ろしいようだ。
教師が生徒の注目を集めるように手を鳴らすと、レミィやマルカは「はーい」と答えてツバサから離れる。「ありがとうございました」と礼も忘れない。
ナナのおいたはお子様ということで見逃しておこう。
「ドラコンはツバサさんのおっぱいいいのー?」
ナナは子供の無邪気さでドラコにもツバサの乳房を触るように勧めるが、当のドラコはカンラカンラと笑って手を振った。
「あたしはいいよ。本気でやったらツバサさんのおっぱい壊しかねないし」
「俺の乳房に何する気!?」
発言を聞くや否やツバサは飛び退いていた。
両手をクロスしても庇いきれないが、必至に超爆乳を守るように両手で押さえつけながら逃げる乙女チックなツバサのリアクションにドラコは大爆笑だ。
「冗談だよジョーダン……それよりほら」
あれあれ、とドラコは立てた親指で艦橋の窓を指差した。
艦橋の前方と左右を視認できる大きな窓。
防弾防刃耐衝撃は元より、工作者ダインの手掛けた超強化ガラスは最高硬度のアダマント鋼も練り込まれているので滅多なことでは壊れない。なのに透明度もピカイチなので遠くの景色まで透き通るように見渡せた。
今もレンとアンズが窓辺でパノラマな風景を楽しんでいた。
間には小さいマリナを挟んで、女の子チームで仲良くしてくれている。
「おー見えてきた。大っきい島だねー」
「いや、もうあれ大陸だろ……マジでアメリカ大陸よりデカそう」
アンズとレンが見たままを口にすると、マリナは窓ガラスにコツンと額を押し当ててマジマジと注目していた。視線の先にあるのは海岸線だ。
「なんだか海岸が特徴的ですね。とても丸っこいです」
マリナの指摘する通り、島の海岸には丸みを帯びた湾が目立った。
綺麗な曲線を描いた半円形の湾が、ちょっと見渡しただけでも10に届きそうなくらい見当たるのだ。そのまま円を描けそうなくらいである。
「あそこにはね……元々海辺の村や町があったんだって」
マリナの疑問に答えてくれたのはレミィだった。
同じように並んで窓の外を見つめる瞳は憂いを帯びている。
口振りからして伝聞情報のようだが、フレイたちドヴェルグ族から何かしら伝え聞いてるのかも知れない。ツバサも耳を傾けてみた。
この大陸島の名前は――カスタヨルズ。
ドヴェルグ族の古い言葉で“放り投げられた大地”を意味し、そう名付けたのはゆえあってこの大陸島へ渡ってきたフレイたちドヴェルグ族だという。
彼女らの呼び方がそのまま定着したようだ。
「フレイちゃんたちがこの島に渡ってくる時、他にも多くの移民がいて、それ以前から各地の大陸から逃れるように大陸島へ渡ってきて、いつの間にか定住した人々がたくさんいたと聞きました……」
蕃神との侵略戦争から逃れてきたことが窺える。
ヌン陛下のように結界の維持に長けた神族や魔族ならば、国ごと異相へ避難する亡命国家となれただろうが、それが叶わなければ戦争の被害が少なそうな僻地へ逃げるしかない。そうやって戦火を逃れた種族もいたはずだ。
謂わばこれ――疎開である。
「ただ……この大陸島にも蕃神の魔の手は及んでいたそうです」
「けっこう昔から半魚人どもがちょっかい掛けてたみたいなんだよね」
マジ陰険なんよ、とマルカも話に加わってきた。
「あいつらの遣り口ときたら、水底から這い寄るみたいに搦め手なんだよね」
ふと制御盤を操作する手を休めたフミカが尋ねる。
「もしかして……黄金とか豊漁とかくれてやるから協力しろ、みたいなことで誘われた現地の人たちが籠絡されたりしたんスか?」
それ御名答――冷笑するマルカはフミカの解答を指差した。
「インスマンスだっけ? 似たようなお話あるんだよね。ほぼそれ通りなんじゃないんかな。もっとも見返りは違うものだったみたいだけど」
「豊漁はともかく、金は真なる世界だと希少金属じゃないッスからね」
金には単なる貴金属ではなく伝導効率に優れた素材としての利用価値があるのだが、金よりも優れた金属ならばミスリル、オリハルコン、アダマント、神珍鉄、神氷鉄、ヒヒイロカネ……と真なる世界には超金属が目白押しである。
オリハルコンなど加工次第では常温超伝導すら夢ではない。
アダマントなんて素で常温超伝導できる驚異の超金属だ。
恐らく対価としたのは別の物だろう。
(※クトゥルフ神話における「インスマンスの影」においても、深きものが人間の誘惑に使ったのは黄金ではない。正しくは黄金によく似た金属である)
何らかの報酬を対価に深きものどもへ身売りする。
レミィは物憂げなまま話を続ける。
「それは大量の食料であったり、一族の身の安全だったり、彼らの一員となることで蕃神に降伏する……つまりは身売りだったり、多岐に渡ったそうです」
「……どれも生存にまつわる権利か」
然もありなん。追い詰められた人々には効果的な対価だった。
死刑宣告を免れるならば誰もが食い付く。
たとえ首を斬られる順番を最後にするなんて酷い権利だとしても、一時でも長く生きていたいがために最悪の選択をする者はいくらでもいる。
――生きてこそ浮かぶ背もあれ。
生きるために恥や外聞はおろか魂まで売り渡したのだ。
生存のために手段を選ばないのは生物として正しいが、知恵と誇りを持つ人間としては足らない。そう宣ったのは誰だったか……。
追い詰めてから生命の甘い果実を差し出し――最期には堕とす。
これもまた蕃神の戦略なのかも知れない。
陥落した現地種族が後を絶たず、海岸線は瞬く間に占領されたそうだ。
「気付けば海辺で暮らしていた種族のほとんどが半魚人……深きものどもに取り込まれていて、事態を重く見た当時のドヴェルグ族や、彼らとともにこの地に渡った神族や魔族は……説得もままならない彼らに対処せざるを得なく……」
「ドカーンと吹っ飛ばしたようじゃな」
一目見りゃあわかる、と呟いたのはダインだった。
口調も目付きも不快そうに歪めている。
艦を操る操舵輪に手を掛けながらも、目線はいくつもの半円を描く海岸線を見つめていた。あの曲線が意味するところを工作者として読み解いたのだ。
いや――兵器開発者としての目線か。
「半魚人どものこと、海辺の地下と海中を行き来できるトンネルを掘って、漁村を中心に前線基地でも拵えたんじゃろ。そこをピンポイントで爆撃……」
「あの半円は爆心地の跡ッスね」
「…………ええ」
無言のレミィは俯くように頷いた。
戦火の跡地を前にして顔色を曇らせない者はいない。
疎開した地で生きていくため漁村や港町を拓いたにもかかわらず、そのほとんどが深きものどもに乗っ取られた。神族や魔族たち、そしてフレイ率いるドヴェルグ族は苦渋の決断として、それらの漁村を壊滅させた。
深きものどもが介在したとはいえ、真なる世界の同士討ちに違いない。
当事者たちも遣り切れなかったことだろう。
蕃神による侵略戦争――残された深い爪痕を垣間見た気分だ。
二隻の艦は海岸線を乗り越えて大陸島の内陸へと進む。
「フランキー艦長、地下都市の座標はOK?」
道案内を買って出たナナは操舵手であるダインに振り返る。その時、どこかで見たようなポーズを取り、聞き覚えのあるあだ名で呼ばわった。
両腕を頭の上に伸ばして両手の甲を合わせる。
その態勢のまま右膝を傾け、手の甲を合わせた両腕を斜めに突き上げる。
「任せんかい、バッチリ登録済みぜよ」
ナナのポーズに応えるべく、ダインも一瞬だけ操舵輪から手を離すと同じポーズで返事をした。機械の腕がドッキング音みたいな効果音を鳴らす。
2人のコミュニケーションにドラコが異を唱える。
「ナナちゃん、フランキー艦長って……ダインくんでしょ?」
「だってダインくん、あのキャラにそっくりじゃん」
両腕の機械化が目立つサイボーグでグラサンを愛用し、機械や艦艇ならどんなものでもすぐに作ってくれる船大工もとい工作者。
「言われてみれば……そうだな」
話を聞いていたツバサもにやけてしまう。
ナナが話題にするまで気付かずにいたが、ダインは某有名海賊マンガのメインキャラの1人にそっくりだ。だからフランキー艦長と呼んだらしい。
本人もノリノリだから満更でもないようだ。
ダインとナナが謎のポーズではしゃいでいる間にも、艦は大陸島を内陸へと進んでいく。高速で目的地へ急いでいた。
地下都市アウルゲルミルは大陸島のほぼ中心にある。
南北アメリカ大陸を足しても及ばない土地面積があるのだから、うかうかしていると地下都市に到着する頃には日が変わってしまう。
大気の壁を突き破り、音速に等しい速さで飛行母艦は空を征く。
すると眼下の景色も変わってきた。
海岸線付近からして緑色が目立たずろくな植生を見付けられなかったが、内陸はもっと荒れ果てていた。砂漠になりかけの荒野が広がっている。
どこまでも続く乾いた地面にツバサは怒りを覚えそうだ。
「あの魚ども……ここまで略奪したのか?」
眼光を鋭くさせたドラコも怒気を込めた声で答える。
「そりゃあもう手加減なしで掻っ払ってったみたいだよ。あたしらが大陸島で暮らすようになった頃から、御覧の有り様だったもの」
植物や生物は言わずもがな。
それらを育むだけの滋養に富んだ土壌さえ持ち去っており、路傍の石すら資源と見做して奪っていく。蕃神は容赦というものを知らなかった。
中央大陸にも同じ末路を辿った土地は方々にあった。
五神同盟で緑化を進めているが、こちらもまだ始まったばかりだ。
「植物も動物も……全然いないみたいです」
しょぼんするマリナを励ますようにアンズが遠くを指差した。
「あ、緑はっけーん! ちょっと小さいけど……」
アンズの人差し指の先にあるのは小さな林くらいの緑地だ。
それを皮切りによくよく目を凝らせば、乾き切った大地のあちらこちらに森や林くらいながらも、辛うじて緑を残した土地を見付けることができた。
深きものどもの略奪の手が及んでいない一帯。
蕃神が忌避する土地にフミカは興味津々な様子である。
「ああいう無事なところに旧神の印が?」
クトゥルフ神話愛好家として見過ごせないはずだ。
これまで蕃神たちの痕跡はいくつか発見されているが、彼らと敵対する宇宙の正義を司るとされる旧神にまつわるものはまだ見付かっていなかった。
大陸島で発掘された旧神の印が初めてとなるだろう。
――何故この地から見付かるのか?
これについては検証していく必要があるかも知れない。
「うん、あそこら辺にあるんだよ」
埋まってるの、とフミカの問いに答えたのはナナだった。
「小っちゃな林くらいのところなら1個か2個、大きな森くらいになると1ダースくらい。山ひとつもあれば50個は見付かるかな」
まったくらしくないのだが、ブカブカの白衣の余った袖をブンブン振り回しながら教えてくれる。どことなく狂的科学者じみていた。
「聞いちょると土器でも発掘しとるみたいじゃな」
「そうだよフランキー艦長、みんなで現地に行って発掘調査すんの」
浅いところで数m――深ければ10m近く。
それくらい掘り返さないと旧神の印は出土しないそうだ。
「フレイちゃんを隊長にして、屈強な亜神族の精鋭部隊、そんで土掘りが得意なモフモフさんたちの調査部隊……このメンバーで堀りに行くんだって」
安全圏である地下都市を一歩でも踏み出せば危険地帯。
いつ深きものどもが襲ってきてもおかしくはない。
最強の切り札であるフレイを中心に、深きものどもに対抗できる亜神族の戦士に道中の警備を任せて、発掘は穴掘りがエキスパートな種族に任せる。
マーモット族、ウォンバット族、モグラ族。
この三種族は地中に穴を掘って生活する種族だ。まさに天職だろう。
無限とも思える人海戦術で押し寄せる半魚人。
深淵より這い寄る異形の怪物どもを退けられる強力なアーティファクトを得られるならば、切り札であるフレイが出張るだけの意義もあった。
彼らにしても決死隊の覚悟で挑んでいるはずだ。
命懸けで集めてきた――旧神の印。
それらは地下都市の周辺に埋め直される。こうすることで安全地帯を広げることにより、フレイたちは命脈を保ってきたという。
「地下都市を統治するドヴェルグ族にとっても貴重な資源……」
そのひとつをドラコから借り受けたフミカは、制御盤の片隅にある走査装置に置いて丁重に扱い、材質や効能に関する分析を続けていた。
まだ解析中だが判明したこともあるらしい。
「石の材質自体は特筆すべきものじゃないッスね。ちょっと固めなだけ……やっぱり彫り込まれた独特な魔術的印章が魔除けめいた効果を発揮してるみたいッスね。微弱ながら未知の波動を検出できたッス」
「この波動を解析できたら量産できるかも知れませんね」
フミカの分析を手伝ってくれたのか、ショウイも意見を口にする。
「旧神の印の量産か……できるできない以前に」
そんな真似していいの? とツバサはちょっと躊躇った。
旧神は正義の味方とは聞くものの、どれほどの上位存在かいまいちよくわからっておらず、臆病なツバサは全面的に信用していいのか危ぶんでいる。
旧神の印に多大な利用価値があるのはわかる。
これさえあれば蕃神の“王”には効かないものの、その眷族を大いに弱らせることができるのだ。使い方次第では強力な兵器となる。
しかし、複製することで旧神の怒りを買ったりしないだろうか?
はたまた、旧神の印に何か仕込まれてはいないか?
あれやこれやと案じて二の足を踏んでしまう。
石橋を叩いても不安で渡れない。心配性なツバサの悪い癖だ。
「……あくまでも量産化が実現したらの心配か」
取り越し苦労だよな、とツバサは慎重すぎる自身を自重した。
話を聞いていたフミカはこちらに振り返る。
「ああ、そうそう。旧神の印をバカスカ大量生産して、それを使ってドコスコ邪神を抹殺しまくった人がいたッスよ確か」
「既にいるのかよ!? 誰だその人、邪神ハンターか?」
「当たらずとも遠からずッス、触れ込みはオカルト探偵だったッスよ」
クトゥルフに核爆弾をお見舞いしたり、旧神の故郷へ渡ったり、緑髪の美少女と恋に落ちたり、果ては外なる神に単身で戦いを挑んだという。
ツバサは開いた口が塞がらなかった。
「外なる神とタイマンって……上には上がいるんだな」
こんな話を聞かされたら「負けていられない」とチャレンジ精神が湧いてくる。もしも旧神の印が量産できるなら、まずは挑戦してみたいところだ。
そこへドラコとナナも話に入ってきた。
「ちなみに――地下都市でも研究中だけど成果はまだみたいだよ」
「ナナも試してみたけどダメ―。みんな専門外みたい」
これを聞いたツバサは脳内で算盤を弾いた。
フミカが解析してダインの【要塞】で旧神の印の量産化に成功すれば、地下都市アウルゲルミルへのいい手土産になる。同盟入りは先走りだとしても、友好条約や国交樹立に関しては前向きに検討させる材料となるはず。
……ちょっと打算的かも知れない。
今は希望的観測に留めておこう。取らぬ狸の皮算用とも言う。
しかし、一度動き始めた思考回路は止まらない。
まずは安全性を確かめる。長期間使用しても依存性や中毒性、あるいは生体に害を及ぼさないかも調べ上げてから、徐々に試験運用から始めていき、しっかりした生産ラインを確保して……と建設的な流れを思い浮かべてしまう。
「――センセイ、見えてきました!」
無駄な思考を断ち切るようにマリナの声が呼ばわった。
子供の声に内なる母性本能が反応して、これまでの雑念を振り払うようにそちらへと振り向いた。艦長席に戻ろうとしたがそれもキャンセルだ。
「アウルゲルミルか?」
そう答えたツバサは微笑みながらマリナの元へ向かう。
マリナは子供がお母さんに「あれ! あれ!」と見せたがるように、窓の外を指差したまま一生懸命ツバサに手招きしている。
艦橋の正面――壮大な山脈が姿を現しつつあった。
~~~~~~~~~~~~
切り立った氷山のように巨大な山がひとつ。
標高が高いゆえ一年を通して万年雪に飾られたようなその山のみが抜きん出て背が高かった。その雪山を中心に大小の山々が峰を連ねている。こちらはいくつかの山頂が白く化粧されているが、その大半が豊かな緑に覆われていた。
すべての山から生命の鼓動が感じられる。
しかし、日本の数ある山脈では比較にならない大きさだ。
アルプスやヒマラヤといった世界規模の連峰。
それら地球でも最大級の山脈でようやく足下に及ぶくらいだろう。
とにかくデカい。その一言に尽きる。
雄大という言葉がこれほど似合う山脈には、なかなかお目にかかれまい。二隻の空飛ぶ艦はかなりの高度を飛んでいるが、山脈の先端が平行に見えるくらいだから、この高度まで頂が届いているのだ。
山脈を中心に――都市国家が形成されている。
麓の平地はこれでもかというくらい開墾されており、見渡す限りの田畑が広がっている。牧畜も盛んなようで、あちこちに村が点在していた。
農業に勤しむ者たちが暮らす場だろう。
山脈から流れてくる豊かな水や生い茂る植物の養分、そして山脈に渦巻く龍脈からあふれる“気”が、麓の平野を農作に適した土地に育んでいるのだ。
おかげで山脈と中心とした一帯は栄えていた。
だが農耕地帯はある一定ラインでブツリと途切れている。そのラインは明白で、ある程度の高さに盛られた土塁が遮っているからだ。
万里の長城よろしく山脈を取り囲む土塁。
「あの土壁の列に旧神の印が埋め込まれているのかな?」
マリナを胸の下に抱いたツバサは、娘の触り心地のいいほっぺをムニムニ揉んで楽しみながら、足下を覗き込むように風景を見下ろしていた。
イエース♪ と答えてくれたのはドラコだった。
横に並んで額の手を当てて遠くを眺めるように言った。
「見た目はちゃちいけど、半魚人どもはあれを越えられないのよ」
ドヴェルグ秘伝の技術で積み上げているので、しっかりした硬度を保たれているから狂暴なモンスターでも突き崩すことはできないらしい。
「まあ、その狂暴モンスも半魚人どもにほぼ食われてるんだけどね」
「この島って雑魚モンスしかいないのもう。生態系もSAN値ピンチ」
マルカとナナがワンポイントアドバイスをくれる。
ツバサの背中にピッタリ寄り添い、肩に顎を乗せてくる馴れ馴れしさだ。この子たちはパーソナルスペースが薄い。良くも悪くも馴れ馴れしかった。
アンズとレンも緑に染まる山脈を見つめている。
「山のあっちこっちに大きな湖があるね」
「あれ湖っていうか溜め池? いや、違うな……あれダムじゃん」
山脈のあちこちに鏡のような水面が煌めいている。
太陽光を浴びてキラキラと輝く水鏡はいくつもあり、そのすべてが澄んだ水をたっぷり蓄えていた。レンが気付いた通り、どれもがダムである。
水気に耐性のある木材、摩耗しにくい石材。
そしてコンクリートに似た素材を複合的に使うことで、山脈から流れていく何本もの川を堰き止め、水源として確保しているのだ。
飲料、生活、農耕、鍛冶や金属精錬……何をするにも水は大切な資源。
その重要性を熟知するからこそのダム建設であろう。
「深きものどもがうろついてるから、下手に採りにも行けないッスからね」
「じゃからダムの手入れも万全みたいじゃのう」
ぼやくようなフミカの台詞にダインが反応した。
ほれ、と操舵輪を握りながらダインは顎でしゃくるように示した。
よくよく観察すればダムは何重にも建てられていた。
少ないところでも二重、多いところでは五重となっており、棚田のように水源を段々と重ねているのだ。これの意味するところは用心深さだろう。
なるほど、とツバサも頷かされる。
「万が一、ダムのひとつが壊れても二重三重にしておけば水をすべて無駄にすることはないし、水位を調整すればひとつずつダムを整備できるわけだ」
不慮の事故を起こさないための対処である。
「そういうことじゃ。絶対に水源を守りたいっちゅう決意を感じるぜよ」
「あ、ビーバーさんがいます!」
マリナはダムのひとつを指差して歓声を上げた。
釣られて視線を向ければ、作業服を着た二足歩行するビーバーたちがダムのメンテナンス作業に取り掛かっている様子を見ることができた。
本人たちは真面目に仕事中だろうから不謹慎かも知れないが、ツバサたち地球生まれの人間からすればファンシーな光景に見えてしまう。マリナのような子供は喜ぶだろうし、大人が見ても思わず頬が緩みそうになる。
「ビーバーがダム造り……理想的ッスね」
「そうか、彼らにしてみれば生まれついての本業だものな」
ボソリと呟いたフミカの一言に納得させられる。
ビーバーはその強靱な歯で大木をも切り倒し、木材を集めて川を堰き止めてダムを造ることで有名だ。人類以外で唯一、地形を変えるほどの自然破壊を能動的に引き起こせる動物ともされている。
窓辺で地下都市を眺めているとミロたちも混ざってきた。
ドラコとレミィはツバサの左右に並ぶが、ミロはツバサの背中にしがみついているマルカやナナと一緒になって、こちらへしがみついてきた。
ツバサの頭の上に顎を乗せてくる。
「そんで――山の真ん中にあるアソコは都市の中心かな?」
ミロが指差したのは山脈の中腹。
そこは平地を確保するべく切り拓かれており、大小様々な建物が密集して建ち並ぶ山岳都市ともいうべき場所を形作っていた。
「山岳都市っていうか……工業都市?」
首を傾げるミロの言い方はしっかり的を射たものだった。
住宅よりも工場らしき建造物が目立つ。
道具や金属製品を作るための工場、武器や防具を作るための火事場、更に近代的な兵器を製造するためであろう工廠も確認できる。
都市というより山中にできた工業地帯だ。
居並ぶ煙突はモクモクと煙を吹き、工員らしき種族が忙しなく行き交っている。ここまで金属を打つ音が聞こえてきそうだった。
「人が住んでるのはあっちじゃね?」
勘働きのいいミロは工業都市の奥を指差した。
山を切り開いたので都市部の奥は崖のように切り立っているのだが、そこに重々しい金属扉が並んでいた。あの扉の向こう側には話に聞いた「山脈を刳り抜いて作られた地下都市」が広がっているのだろう。
「技術立国――アウルゲルミル」
唐突ながらレミィが静かにその名を口にした。
彼女に目を合わせると、はにかみながら教えてくれる。
「それがフレイちゃんたちの国の正式名称です。ドヴェルグ族、サイクロプス族、アマノマヒトツ族……それぞれの技術を活かせる国って意味だそうです」
「代々鍛冶を営んできた種族らしい国造りというわけだね」
ツバサは満足そうに微笑みながら返した。
――アウルゲルミルは生きている。
バンダユウの予想した通り、さすがは亜神族主体の国だ。蕃神にどれだけ脅かされようとも国家の態を保っていた。
国家間での交渉はこれまで以上の繊細さを求められるかも知れない。
国家元首であるフレイと会う前に心構えを引き締めよう。
~~~~~~~~~~~~
地下都市のある山脈に近付くと、ハンティングエンジェルスの旗艦シャイニングブルーバード号が随伴しているためか、飛行母艦ハトホルフリートも警戒されることなく領域内に進むことを許された。
連絡網にもツバサたちのことは通達済みらしい。
麓を通り過ぎて工業都市のある中腹へと近付いていく。
都市部の傍らにグラウンドのような空き地が設けられており、そこにヘリポートよろしく二隻の飛行戦艦は着艦する。
ここが飛行戦艦の定位置だとナナから聞かされた。
ヘリコプターのように垂直浮上できるからこその停泊所だ。
途中サングラスを身に付けて警備員の制服を着た二足歩行のウォンバットたちが、誘導灯を片手に着艦の手伝いをしてくれた。
「「「「か~わ~い~い~♪」」」」
ミロをはじめ女の子たちがはしゃいだのは言うまでもあるまい。
ハンティングエンジェルスの紹介で地下都市の統治者たちと面会するため、艦を降りるメンバーは以下の通り。
地母神、大君、戦女神、獣王神、組長、庭園代理。
――五神同盟の代表格たちだ。
ショウイの妻は源層礁の庭園をまとめる総括研究所所長のサイヴ。
彼女の夫であるショウイは庭園代表が務まるのだ。
まだ調べ物をしたそうだが、今回はツバサたちに付き合ってもらう。
他のメンバーは念のため艦での待機を命じた。引率はダインとフミカの長男夫婦に任せる。二人も戦闘後の艦体メンテナンスしたいらしい。
艦を降りるとさっそく三人の人物が近付いてきた。
先頭に立つのは――壮年の男性。
長身で法衣のようなローブを身につけており、スラッとした印象を受けるのにやたらと筋肉質が目立つ巨漢だった。
バリバリの硬そうな鉄色の髪は左右へ分かれるように突き上げ、顔の下半分と胸を隠すほどの髭は鬱蒼としている。こちらも髪と同じ鈍い鉄色である。
肌が褐色なので彼はドヴェルグ族だろう。
身長はツバサと同じ180㎝程、ドワーフだとしたら背が高すぎる。
しかし耳が大きくて丸いところはドワーフと似通っていた。目鼻立ちは険しいと思ってしまうほど彫りが深い。これは確かに容貌魁偉と評せるほどだ。
ただ、その眼差しは穏やかな温かみを湛えていた。
「五神同盟の方々ですね、ようこそお越しくださいました」
ドヴェルグの男はやや嗄れた太い声で挨拶をする。
「お話はアニマルエンジェルスの皆様より伺っております。ようこそアウルゲルミルへ……私は国務大臣を務めるゴルドガドと申します」
フルネームはゴルドガド・スキルニル。
国務大臣の肩書きから察するに地下都市における№2の地位におり、この国の女王であるフレイの片腕的役職に就いているのだろう。
握手を求められたので、ツバサが代表して交わしておいた。
はじめまして、と手を握り返しながら挨拶する。
「五神同盟のひとつ、ハトホル太母国代表のツバサ・ハトホルと申します」
名乗るツバサにゴルドガドは後ろに控える二人も紹介してくれた。
「こちらは私とともにフレイ様をお支えする大臣の……」
「防衛大臣ステロペ・キュクロスと申します」
「環境大臣メノム・イチモクレンと申します」
どうぞお見知りおきを、と国務大臣の供をする二人の女性は深々とお辞儀をした後、顔を上げてその一つ目でツバサたちを見つめた。
前者の女性がサイクロプス族、後者の女性がアマノマヒトツ族だ。
ステロペは女性ながらゴルドガドを越える長身……いや巨体で、概算ながら3m近くありそうだった。サイクロプスは巨人という話なので、その血を受け継いでるからこんなにのびのび育ったのだろう。
その巨体ゆえかスリーサイズも「ドン! キュッ! ズドン!」だ。
顔の半分を占める大きな単眼が特徴的である。
赤銅色の長い髪を邪魔にならないよう三つ編みにしていた。
工房でハンマーを振るう鍛冶屋みたいなラフな格好の上に、ゴルドガドと同じような法衣をざっくばらんに羽織っている。
所作こそ丁寧で大臣を名乗るが、本職は鍛冶師なのかも知れない。
対するメノムは標準的な身長だ。
ゴルドガドやステロペと比べたら小柄、150㎝を越えるくらい。
スリーサイズも標準的である。
単眼もステロペよりは大きくはないが、人間や多種族と比べれば大きい。一つ目のデメリットを大きさでカバーしているかのようだ。
こちらも法衣を羽織っているが、その下は動きやすそうな作業着。髪型も作業のしやすさを優先したのか、ボブにもおかっぱにも見えるショートヘアだ。
彼女もステロペ同様、現場の職人らしい雰囲気を漂わせている。
この三人が恐らく――それぞれの亜神族代表。
神族の血を引く灰色の巫女であるフレイを女王として祭り上げ、地下都市の政治をまとめ上げているようだ。
ただし、肝心のフレイの姿がどこにも見当たらないが……。
キョトキョトと辺りを見回したドラコが尋ねる。
「あれぇ? ゴルさん、フレイちゃんはどこ? ナナちやマルルンの連絡にOKって返してくれたから、真っ先に出迎えてくれるもんかと……」
ゴルドガドは眉をおもいっきり顰めた。
「あのアホ娘……いえ、フレイ様でしたら只今準備中です」
……今アホ娘って言いかけたか?
この時、ツバサはゴルドガドに共感めいたものを覚えてしまった。
実は……と詫びるように国務大臣は事情を明かす。
眉間の皺が深くなったのは気のせいではなさそうだ。
「本日フレイ様は私の制止に耳を貸すことなく、勝手に旧神の印を探すため早朝より遠出をしておりました。つい先ほど帰ってきたのはいいのですが、自ら発掘に勤しまれたそうで泥まみれに……さすがに初めてのお客人を迎えるのにこれは失礼と思いまして、湯浴みをさせるため温泉に叩っ込んできた次第でありまして……」
釈明や弁解というより、早口の言い訳にしか聞こえない。
言葉の端々にフレイを持て余しているのが窺えた。
その様子はまるでミロの世話に掛かりきりのツバサのようだ。
次の瞬間、LV999の誰もが気付いた。
「――ギリギリ間に合ったーッ! と言い張りたい!」
強い気配が山頂から駆け下りてくるのを感じたかと思えば、気配の主が声高らかにこちらへと叫んだのが聞こえてきた。
飛行系技能を使いつつ、猿の如き身軽さで木々の梢を渡っていた。
LV999の強さを発する美声の持ち主。
彼女はツバサとゴルドガドの間へ割り込むように舞い降りる。木の葉がもたらす青い香りと、温泉から立ち上る硫黄の匂いを漂わせていた。
金髪金眼――褐色の肌を持つ美少女だ。
程良いナイスバディを惜しげもなく晒している。
身に付けているのは、チューブトップめいたブラとショートパンツにしか見えない下履きのみ。ツバサたちの基準ではどう見ても下着である。肩にはバスローブみたいなものを羽織っているが、あれは湯上がりに使うものだろう。
入浴もそこそこに飛び出してきた――そんな案配だった。
「やぁやぁやぁ! ようこそアウルゲルミルへ!」
満面の笑みで片手を上げて、気さくにツバサたちを歓迎する美少女。
確認するまでもなく、この娘がアウルゲルミルのお姫様だ。
灰色の御子――フレイ・イングナルヘルム
ハンティングエンジェルスが幾度となく名を上げた灰色の御子である。
「南方大陸へ向かう途中に寄ってくれたんだって?」
まーありがとねー、とやたらフランクに感謝を述べるフレイは、バスローブをぞんざいに引っ掴んでまだ濡れている金髪をゴシゴシ拭いていた。
「でもまあ、寄って正解だったかもよ?」
タオル代わりのバスローブから顔を出したフレイは、腹に一物ある表情でニヤリとほくそ笑んだ。それから芝居がかったポーズで親指を立てる。
その指先は自信満々な彼女の笑顔に向けられていた。
「南方大陸へ渡りたければ――私を倒すっきゃないからね!」
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