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第20章 ハンティングエンジェル オンステージ!

第500話:エルダーサインは勇気の印

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「じゃあ、御馳走ごちそうでも作ろうか」

 ツバサはジャケットを脱いでシャツになると、エプロンを着けて食べ盛りの子供を歓迎するかのように手料理オカンモードへ切り替わった。

 今日はツバサが厨房ちゅうぼうに立つつもりだ。

 いつもなら五神ごしん同盟どうめいにいる三人のメイド長(クロコ、ホクト、マルミ)の誰かが同行しているので、調理を任せてツバサがハンティングエンジェルスの応対に当たるのだが、あいにく今回の遠征メンバーでは不在である。

 他に料理が上手と言えば工作の変態ジンやランマルの姉である料理人ネネコだが、彼女たちも今回は留守番組だった。

 まあ――いつでも・・・・喚び出すこと・・・・・・はできるのだが。

 料理のためだけに召喚するのもなんだし、ハンティングエンジェルスもツバサの手料理の方が喜びそうな雰囲気なので腕を振るうことにした。

「ツバサさんツバサさん、あたしも手伝う」

 手を上げてくれたのは蛮族バーバリアンむすめのアンズだった。

 そういえば彼女も料理の腕前はプロ級だ。先の休暇中にはツバサとともに幼年組を集めて、お菓子作り教室を何度も開催したほどである。

 ツバサの超爆乳をかたどった特大プリンを作られたのは苦い思い出だ。

 悪気や悪意がないから叱れないのも難点である。

 どちらかといえばアンズはパティシエ寄りの技能スキル系統けいとうだが、普通の料理を作らせても玄人くろうと裸足はだしの腕を持っている。手伝ってくれるならありがたい。

「ああ、助かるよ。よろしく頼む」
「はーい! お任せください♪」

 彼女のシンボルでもある頭から被った魔獣の毛皮マントを剥いで道具箱インベントリに放り込むと、ツバサと同じようにエプロンを身に着ける。

 瞬間、若武者の群れから「おおぉ……ッ!」と静かな歓声が上がった。カズトラは熱い視線で鼻息も荒いし、ヨイチは顔を赤くして背けるも目線はアンズに釘付けだった。ランマルもガッツポーズで喜んでいる。

 ナナやマルカも「ヒュ~ッ♪」と冷やかしの口笛を吹いていた。

 親友のレンは苦虫を噛み潰した顔で忠告する。

「アンズ……コック服に着替えなさい」

「えー? なんでー?」

 まだ理解してない蛮族娘をしつけるようにさむらいむすめは叱りつける。

「ビキニアーマーみたいなおまえの装備でエプロン付けると裸エプロンに空見そらみしちゃうんだよ! 青少年の目に毒だからやめなさい!」

 あーそっかー! とアンズも納得したらしい。

 男子の視線が集まっていることも意に介さず、そして恥ずかしがることもなくとゆっくりのんびりコック服に着替えていた。

 その間、青少年ズ&オッサンたちの視線は女性陣によってさえぎられた。

 プロ級の料理人が二人もいれば調理の手際もはかどるだろう。

 これならどんな注文をされてもさばけるはずだ。取り敢えず、思い付く限りの料理でアイドルたちを持て成してあげよう。

「エンジェルスのみんなは食べたいものがあるかな?」

 問い掛ければ「はいはいはーい!」と我先われさきにと挙手きょしゅしてきた。

「家系ラーメン! ハンバーガー! お寿司! ドーナッツとか甘いの!」
「焼き鳥! 唐揚げ! フライドポテト! お酒に合う辛めのおつまみ!」
「ニンニクの効いた美味しいの! パスタにピザ! フライドチキンとかも!」
餃子ぎょうざ! チキンサンド! モツ煮! サイダーとかコーラ!」

 ツバサさんの手料理ーッ! と熱狂的にたたえられた。

 これもVRMMORPGアルマゲドン実況動画の影響か? そういえばミロにせがまれて料理系の技能スキル披露ひろうしたことが何回かあったような気がする。

 彼女たちもそれを見たのか期待値が大きそうだ。

 しかし、御馳走ごちそうという割りにはお手頃なお値段で食べられるもののリクエストが多い気がする。いくつかジャンクフードもあるし意外と庶民派しょみんはだ。

 ラーメンやパスタにはピンと来るものがあった。

 欠食けっしょく児童じどうのようにドラコたちは矢継やつばやに注文してくる。

「白い御飯とかも食べたい! お漬物とか濃いめの料理でガツガツと!」
「激辛カレーとか麻婆豆腐もアリだと思います! 食べるラー油とかも!」
「牛丼とか天丼とか……ワタシもお米食べたーい!」
「天むすおにぎり! ツナマヨに明太子マヨにオムレツむすび!」

 ライス系の要望も多い。こちらもやはりピンと来た。

 ――お米や一部の麺類めんるい

 これらはいくら技能スキルを習得してもまかなえない場合があるからだ。

 真なる世界ファンタジアでは小麦や大麦は入手しやすいのだが、米を実らせるいねはなかなかお目に掛からない。レアではないが珍しい食材しょくざい分類ぶんるいされている。

 あわひえなどの雑穀ざっこくならコモン、蕎麦そばくらいになるとレア寄り。

 稲はその上のSレアくらいの採取率である。

 そして、麦から作れる麺類でも作りにくいものがあった。

 それがラーメンやパスタのたぐいだ。

 ラーメンの麺はかん水・・・などを理解してないと再現できないし、パスタの麺はデュラムセモリナと呼ばれる特別な小麦粉を用いる。

(※かん水=炭酸ナトリウムや炭酸カリウムといったアルカリ塩を溶かした水のこと。発祥はっしょうはモンゴルとされ、塩湖えんこの塩辛い水を混ぜたら美味しい麺ができた。実際の麺作りではかん水の濃度を水で調整した“打ち水”が用いられる)

(※デュラムセモリナ=デュラム小麦をいてできた小麦粉。この小麦はマカロニ小麦と呼ばれるほどグルテンが多く含まれていて硬い。この小麦粉でないとパスタ特有の歯応えのあるモチモチした食感は生まれない)

 前者は知識がなければ作れないし、後者はデュラム小麦かその近縁種きんえんしゅを見つけなければ作れない。真なる世界ファンタジアでは望むべくもない話だった。

「どっちも作れるツバサさんはスゴいよね」

 両手を頭の後ろに回したポーズでミロは褒めてくれた。

 悪い気のしないツバサはフフン♪ と鼻を鳴らす。

「そりゃあおまえ、どれも子供たちの大好物だからな。お母さんは用心のために麺作りの技能スキルはすべて習得したし、米もデュラム小麦も持ち込んで……」

 誰がお母さんだ!? と独りボケツッコミはしておく。

 ツバサは慎重派で用心深い。

 もしもお米やパスタを切らしたら? という懸念けねんから稲や小麦の種籾たねもみ道具箱インベントリの片隅に常備しており、それを真なる世界ファンタジア栽培さいばいさせてきたのだ。

 その他の食材もほとんど自家製でまかなえるようにしておいた。

 最近はダインのおかげで量産化も進んでいる。

「……というわけで大抵のリクエストには応えられるぞ」

 ハンティングエンジェルスは目を丸くして驚いた。

「た、たこ焼きとかお好み焼きとか鯛焼きもイケる!? あとクレープにチョコパフェにソフトクリームとか……」

 ナナが露天ろてんで食べられそうなラインナップを上げてきた。

 こうした料理も真なる世界ファンタジアでは難しい。

 食材の入手は簡単だ。肉や魚は狩りをすれば手に入るし、野菜や果実なども鑑定などの技能スキルがあれば野生のものを採取できる。チョコやバニラも探せばどこかしらに種子があるはずだからお菓子も問題ないだろう。

 原材料ならば揃えられる。

 だが、そこから目的のものを作る難度なんどが高い。

 特にたこ焼きや鯛焼きなんて、専用の金型かながたがなければ再現できない。その金型を作るための鍛冶技能を習得している余裕などなかった。

 どことも知れない異世界を生き残るための技能習得が最優先。どんなに食べたいとしても、余計なことに回せる余力なんてない状況である。

 ツバサの場合、長男ダインが優秀すぎるので何でも揃えてくれた。

 過大能力オーバードゥーイング【要塞】ファクトリー内で大抵の品は作ってくれる。

 ナナが先に挙げた料理だと専用のクレープメーカーを用意してくれたので、よく子供たちのおやつに作ってやっているほどだ。

「そういうのも食べたいのかい? わかった。用意しよう」

 ツバサは母親らしい笑顔で快諾かいだくした。

 やったー! ツバサさんマジ女神ー! とハンティングエンジェルスはやんややんやの大喝采だいかっさいで喜んでくれた。

 誰が女神が!? と決め台詞を返しつつ場所を変えた。

 艦橋かんきょうのことはダイン、フミカ、ショウイ、この三人に任せて艦内の食堂に移ると、ツバサとアンズは厨房ちゅうぼうに入って料理を始める。

 ハンティングエンジェルスの四人を客席に座らせる。

 深きものどもディープ・ワンズ退治に頑張ってくれた若武者六人と青年二人組も疲れているはずだから、体力回復のために食事をさせるつもりだ。

 ――ただし別席を用意した。

 客席のハンティングエンジェルスの前には、ツバサ、ミロ、アハウ、バンダユウ、ミサキの五人が相席させてもらう。

 こちらは全員――五神ごしん同盟どうめいの代表格である。

 美味しい食事で歓待かんたいするついでに、積もる話も片付けるつもりだ。

 打ち合わせを兼ねたお食事会と思えばいい。

 神族ならではの素早い手捌てさばきで調理を進めていき、いくつかの技能スキルで時間短縮も行い、次から次へと大量の料理を仕上げていくツバサとアンズ。

 こんな時、ミロやマリナは率先そっせんして配膳はいぜんを手伝ってくれる。

 これも日頃の躾けの賜物たまものだと思いたい。

 ミサキやレンも釣られるように出来た料理を運んでくれたので、ツバサとアンズは料理に専念することができた。

 あっという間にテーブルを埋め尽くす料理の数々。

 待ちきれないとばかりに瞳をキラキラ輝かせるアイドルたち。ドラコやナナに至っては食欲しょくよく旺盛おうせいなのか、よだれがあふれるのを止められないようだ。

 一通り並んだところでツバサが号令を掛ける。

「はい、できあがり。冷めないうちにお上がりなさい」

「「「「――いただきまーす!!」」」」

 待ってましたとばかりに声を上げるアイドル四人。手を合わせて拝むのもそそくさと箸やフォークを掴んで料理に手を伸ばした。

 別席でもカズトラたちが競い合うように料理を貪っている。

「んんんーッ! このラーメン美味しい! 初めて食べる味なのにちゃんと家系ティストだ! あ、そのエビフライちょうだい! そっちのつけ麺も気になる! お寿司も気になるし……そこにあるのクリスピードーナッツじゃん!?」

「かっらーい! のにうっまーい! この麻婆豆腐絶品すぎる! 唐揚げもピリリとした香辛料が掛かってて……あああああーッ! お酒ほしいーッ! 日本酒でキューッと……あ、このフライドチキンはニンニク風味?」

「え、レミィどれどれ……なにこれうっま! こんな美味しいニンニク風味の唐揚げはじめてかも!? このアラビアータやペペロンチーノもシンプルなのにスッゴく美味しいし! やっぱ真なる世界ファンタジア産だと素材の味もいいの!?」

「焼き餃子も水餃子もあってサイコー! マルマル、そっちの鶏ササミバーガーも美味しそうだからとって……ンクンクンク、プハーッ! 久し振りのコーラもうまーい! ちょっとスパイスコーラ感あるのがまたいいね!」

 美味しい! とハンティングエンジェルスの絶賛ぜっさんは鳴り止まない。

 ここまで盛大に喜ばれると料理人冥利に尽きる。

「お口に合ったら何よりだ」

 ツバサも嬉しそうに口元を綻ばせると、エプロンを脱いでハンティングエンジェルスの対面に座った。既にミロやミサキたちも着席している。

 食事を摂る気のないアハウやバンダユウはお茶を出しているが、ミロやミサキはドラコたちと一緒になって料理を頬張っていた。

 たこ焼きとか鯛焼きなどのおやつ系ばかり手元に引き寄せている。

 ミサキ君はわかるが……ミロおまえは別に働いてないだろ?

 そうツッコミ掛けたツバサだが、話を先に進めたいので余計な一言は呑み込んでおいた。どうせいつものことだから見逃しておこう。

 食べている間はそれに夢中だからアホの子も静かで良さそうだ。

「では――食べながらでいいから聞いてほしい」

 ハンティングエンジェルスと向き合ったツバサはおごそかに告げる

五神同盟おれたちがこれまで辿ってきた経緯を……」

 ちょっと長い自己紹介みたいなものだ。

 信用に関しては一定水準で得られていると思う。

 なにせこちらにはドラコが兄貴分と慕うアハウがいるし、マルカの実の祖父であるバンダユウがいるのだ。

 二人の人柄が彼女たちの判断材料になったはずだ。

 そのうえで経歴を語るように自己紹介もさせてもらう。

 ツバサと仲間たちが真なる世界ファンタジアに転移して、今日まで歩んできた過程かてい。その来歴を詳らかにすることで彼女たちの信頼を得るとともに、今後についての検討けんとうを促すためである。質問があれば受け付けていけばいい。

 そして彼女たちも今日までどう生きてきたかを知っておきたい。

 交互に話し合いを重ねることで、これからどうするかについて前向きに考えてもらえれば幸いだ。ツバサは記憶のページをめくるように話し出した。

   ~~~~~~~~~~~~

「……地球、なくなっちゃうの?」

 半分までかじった鶏ササミバーガーを片手にナナが訊いてきた。

 もう片方の手に持った炭酸飲料のコップが震えている。

 レオナルドたちゲームマスターからもたらされる真実。

 VRMMORPGアルマゲドンの実態や世界的協定機関ジェネシスの正体。そして宇宙の彼方かなたから飛んでくる巨大惑星衝突による地球崩壊という最悪のシナリオ。

 それを回避するため急遽きゅうきょ実行じっこうに移された異世界転移の計画。

 ハンティングエンジェルスはGMとともに行動していない。

 現地種族のドヴェルグ族から灰色の御子などに情報は多少なりとも得られていたようだが、こうした真実に直面して茫然ぼうぜん自失じしつになりかけていた。

 故郷である惑星ほしが消え去るのだ。その心的ショックは計り知れない。

 ツバサたちも当惑とうわくした記憶が蘇ってきそうだ。

 レミィやマルカの箸も止まっている。

 唯一、ドラコだけが旺然おうぜんとしたまま食を進めていた。

 ……本当、彼女だけ並外れた胆力たんりょくをしている。レミィたちの反応が世間一般における普通であり、ドラコの狼狽うろたええなさは図太いどころではない。

 ただ、こちらの話にはちゃんと耳を傾けている。

 表情にもくもりが差しているので、良い気分ではないのだろう。

「……薄々うすうす勘付かんづいてはいたけどね」

 ドラコは大振りなチキンのドラムスティックに齧りついた。

「フレイちゃんも言ってたじゃん。プレイヤーが転移してきた経緯けいいが駆け足すぎる感があるから、地球で何かあったんじゃないか……って」

「あの推測が当たってたわけか……さすが王女様」

 洞察力どうさつりょくぱないね、とマルカは諦観ていかんを極めたように鼻で笑った。

 動揺しないドラコに当てられたのか、心の整理がついたマルカも食事に戻る。ニンニクが好きなのか、その手の料理に食指しょくしが動いていた。

「あの……地球に残った人々は?」

 本当なら家族や友達、同じオーライブに所属するアイドル仲間の安否あんぴについて聞きたいはずだが、レミィは言葉を選んでくれた。

 不安にさいなまれる彼女にツバサは展望のある可能性を答える。

「GMたちの話は一致いっちしている……地球に取り残された人々も時間差はあるがこちらに転移させられてくるはずだ」

 ホッ……とレミィたちは少しだけ胸を撫で下ろした。

 ツバサは転移についての情報も補填ほてんする。

「先ほど話した幽冥街ゆうめいがいという悲劇的な実験例もあるし、オリベさん……妖人衆ようじんしゅうという時間や空間を越えて、地球から神隠しで飛ばされてきた例もある。どれも転移までに数年のラグがあるものの、ちゃんと異世界転移しているんだ」

 ここはGMたちを信じよう、とツバサは念を押した。

 ツバサの弱い気持ちは「確証かくしょうはあるのか?」と不安を訴える時もあるが、そこまで猜疑心さいぎしんに悩まされていたら何もできない。信じるしかなかった。

「じゃ、じゃあ……地球に戻ることもできないんですよね?」

 いつか日本に帰れるかも知れない。

 レミィたちはそんな希望を心のどこかに抱いていたに違いない。

「……残念ながら無理だろうな」

 遺憾いかんを表した表情のツバサは首を左右の振った。

隕石いんせきどころではない。惑星わくせいと呼んでも差し支えない大きさの彗星すいせいの直撃を受け、地球は半壊してしまったような状態なんだ。およそ人間はおろか生物がまともに暮らせる環境は残ってないだろうな……」

 そうですか……とレミィは落胆らくたんしたままうつむいてしまった。

 地球に未練があるような素振りが気に掛かる。

 もしかすると彼女たちには地球へ帰りたい理由があるのかも知れない。

 それでもフライドポテトに辛めのテリヤキソースをつけてモグモグできる余裕はあるらしい。あるいは不安を紛らわすためなのだろうか……?

 コホン、と咳払いをしてツバサは喉を整える。

「いつか君たちの家族や友達……大切な人たちも真なる世界ファンタジアへやってくる」

 遅くとも数十年――早ければ数年。

一斉いっせいに転移してくるのか? 時を置いて散発的さんぱつてきに飛んでくるのか? どこに出現するのか? 自分たちの領域や安全地帯ならいいが、万が一にも危険地帯に突然現れたりしたら……なんて心配は後を絶たないけどね」

 対処方法はひとつっきゃないね、とドラコは肉を咀嚼そしゃくしながら言う。

「――できるだけ目の届く範囲はんい確保かくほする」

「その通り。無力な人類がポッと現れてもしばらく無事で過ごせ、尚且なおかついつでも我々が助けに行ける地域を広げていくしかない」

 やはりドラコは大雑把アバウトなばかりではない。

 のほほんとしているようで現状を正確に把握しており、どうするべきが最適解さいてきかいなのかを即座に導き出す。頭の回転の速さは並々ならぬものだ。

 ハンティングエンジェルスの方向性を問う時は彼女に訊くべきだろう。

「そのために……中央大陸を制覇せいはしちゃったんですか?」

 ほへぇ~、とレミィは感心した顔を上げる。

 見つめる先には世界地図があった。

 参考のために源層礁げんそうしょう庭園ていえんから提供された真なる世界ファンタジアの地図をスクリーンに映し出し、五神同盟がどこにあるのかを説明しておいた。

 中央大陸は現在、おおよそ五神同盟の管理下に置かれている。

「いやいや、制覇だなんてとんでもないよ」

 ツバサは恐縮するように手を振った。

 中央大陸は地球の全大陸を足し算しても追いつかない面積を誇り、それこそ何十倍もの土地面積を有している。五神同盟が様々な手段で目を光らせているといっても、全土を完璧にカバーできているわけではない。

「……だから制覇とは程遠いよ」

 苦笑いにくちゆるめたツバサは言い訳するように返した。

「まだ俺たちと出会ってない種族は山ほどいるだろうし、こちらに気付くことなく旅を続けているプレイヤーのパーティーだっているかも知れない……そういう会いたい人々をピックアップできないほど中央大陸は広大なんだ」

「フレイちゃんたちがいるとこも島じゃないもんね」

 あんなの大陸だよ、とナナが南海に浮かぶ島をそのように評した。

 家族も無事転移してくると聞いて落ち着いたのか、ナナは止めていた箸を再び動かし始めた。餃子が好きなのかハイペースで平らげていく。

 どうらやドヴェルグ族のいる島は相当な大きさがあるらしい。

 ショウイも調査中だったが、概算がいさんで出した土地面積は「南北のアメリカ大陸を合わせたぐらいの規模があります」と驚いたくらいだ。

 それはもうツバサたち人間目線からすれば立派な大陸である。

 恐らくドヴェルグ族は中央大陸を始めとした他の大陸を知っているため、それらを指して大陸と呼んでおり、自分たちが居を構える土地は精々が島くらいの大きさだと認識しているようである。

 価値観のスケールが真なる世界ファンタジア基準なのだ。

 地球生まれのツバサたちからすれば、あらゆるものがデカすぎる。

「でもさ、実際問題……ムチャクチャ大変じゃない?」

 アヒージョを摘まむマルカが問題点を並べていく。

「地球から飛ばされてくる人たちのためにも安全圏あんぜんけん確保かくほが最優先事項だけど、それはプレイヤーやフレイちゃんみたいな現地の人たちの生活を保障する意味も兼ねてるし、この世界にゃヤバい怪物モンスターがそこかしこにウロついてるわけだしね」

 おまけに蕃神これだよ、とマルカはモニターのひとつを指した。

 投影型スクリーンは1枚ではない。

 真なる世界ファンタジアの地図を中心に、それを取り囲むように大小の“窓”ウィンドウ型スクリーンが展開されている。そのひとつをマルカはフォークで指し示していた。

 ニンニク風味のオリーブオイルにまみれたプチトマト。

 フォークの先に刺されたそれが示すのはおぞましい蕃神ばんしんの姿だった。

 触手アブホス、蜘蛛アトラクア、竜犬ティンドラス、蝙蝠シャゴス、真菌ミ=ゴ、背信者ナイ・アール、祭司長クトゥルフ、副王ヨグ=ソトース……。

 そして――外なる神々アウターゴッズの総帥アザ・トース。

 ツバサたちが遭遇そうぐうした蕃神の情報も開示かいじしておいた。

 うへぇ……と吐き気を催した顔でマルカはプチトマトを頬張ほおばる。

「この蕃神ばんしん……フレイちゃんが言ってた“外来者たち”アウターズとイコールなんだよね? 要するに別次元からやってきた侵略者さんたち……こいつらってワタシらが駆除くじょしまくってる半魚人どものお仲間なんでしょ? っていうか、あの半魚人軍団も蕃神の一部に過ぎないってイメージでいいのかなぁ?」

「うん、そのイメージで間違ってないな」

「ご覧の通り、この世界のモンスとはデザインからして違うしね」

 ツバサが頷くのに合わせ、大判焼きをパクパク食べていたミロも人差し指で蕃神を映したスクリーンを差した。二人ともお行儀が悪い。

 蕃神ばんしん外来者たちアウターズも――あくまで総称。

 祭司長などの聞き出せた名称はあるものの、大別たいべつくくりや個別の名前も、その大半がこちらの主観的な命名に過ぎない。

 彼らの自称についてはほとんどが不明である。

 話し合える余地はないし、あくまでも分類のための名付けだった。

「半魚人なら飽きるくらい戦ってきたから、どんくらい強いかわかってるつもりだけど……この蕃神の親玉みたいなのってもっと強いの?」

 ナナは祭司長さいしちょう外なる神々アウターゴッズを指差して、素朴な疑問を投げ掛けてくる。

 ツバサは深刻な顔で頷くより他なかった。

LVレベルが違う、桁が違う、格が違う、世界が違う、次元が違う」
「違う5段階活用法ッ!?」

 どんだけ強いのよ!? とナナは困惑しながらもサラミピザの追加を掴んで口元に運んでいた。噛んではチーズを伸ばして楽しんでいる。

 ツバサの深刻さが伝染したレミィは固唾かたずむ。

 ゴクリと飲み干すのは固唾ばかりではなく、アルコールフリーの日本酒をした飲料だ。彼女は酒好きらしいが、さすがにこの場では控えてくれた。

「半魚人と比べたら……強さはどれくらいですか?」

 柔らかそうな頬に冷や汗をたらすレミィ。

 ツバサは苦虫を噛み潰したような顔で残酷な現実を伝える。

「半魚人……我々はクトゥルフ神話にならって彼らを“深きものどもディープ・ワンズ”と呼んでいるが、彼らは蕃神に仕える奉仕種族あるいはその眷族……」

 使い走りの先兵せんぺい――はっきり言って雑魚ざこだ。

「見た目からして雑魚だけどね」

 混ぜっ返すな、とツバサは茶々を入れるミロを小突いた。

 半魚人あれ雑魚ざこ……とレミィは唖然あぜんとする。

 ドラコも「ひえー」と他人事ひとごとみたいに呆れていた。マルカとナナも瞳をまん丸にして「マジで!?」と見つめ合っている。

 いい機会だから蕃神の脅威性についてレクチャーしておこう。

 彼女たちは深きものどもを鼻であしらう力を備えているが、そこにあぐらを掻いてほしくはない。蕃神という想像を絶する恐怖をこの場で予習させておき、新たな蕃神と戦う際には慎重を期して当たることを念頭に置いてもらいたかった。

 ツバサは注意を惹くように三本の指を立てる。

「蕃神の分類についてはクトゥルフ神話愛好家ラヴクラフティアンによるといくつかあるらしいが、取り敢えず大まかに分けると3つらしい」

 第一に――奉仕種族、独立種族、あるいは眷族。

「こいつらも別次元由来の生物らしいが、蕃神ほどの異能は持たない。ゆえに蕃神を信仰することで恩恵おんけいあずかろうとしている。そういう連中が奉仕種族だ。独立種族も蕃神を信仰するようだが、彼らは独自の能力を持っている場合が多い」

 実際、真菌ミ=ゴは人類を越える科学力の持ち主だった。

 古のものエルダー・シング外側のものアウトサイド・シング偉大なる種族グレート・レース
(※外側のものアウトサイド・シング=ミ=ゴ)

 こういった独立種族は蕃神ほどではないが油断ならない存在だ。

 古のものはクトゥルフの一族と真っ向から戦うだけの力を持っていたとされるし、外側のものは人間など遠く及ばない超常的な科学力を発展させ、偉大なる種族は時間の秘密を解き明かした唯一の種族だとされている。

 深きものも蕃神と比べれば雑魚だが侮れない。

 事実、ショゴスを飼い慣らして恐るべき生体兵器に仕立てていた。

「蕃神の親玉である“王”と比べれば弱いから雑魚といったが、決してめてかからないでほしい……奴らと戦ってきた君たちならわかるはずだ」

 ツバサからの忠告にアイドルたちは頷いた。

 そこに真剣さを読み取り、こちらもひとつ頷いて先に進める。

「眷族は蕃神から生み出される文字通りの眷族。蕃神を“王”とするならば、眷族は小さな“分身”であり、王のために働く“兵士”と考えればいい」

 ダウングレードした劣化コピーみたいなものだ。オリジナルと似ているが性能は格段に低く、その代わり数だけはいくらでも揃えられる。

 触手アブホスや蜘蛛アトラクアはこの眷族がとにかく厄介だった。

 湧いて出てくるとしか言いようがない。

 しかも数限りなく、無尽蔵むじんぞうではないかと疑うほどにだ。

 常軌じょうきいっした数による人海戦術は一方的な摩耗まもうを強いられる。深きものどもディープ・ワンズもそうだが、雑魚の群れに押し流されそうな圧力があった。

「連中は数を頼みにすることが多い。そこを軽視するべきじゃないな」

 ひとつめの指を畳んだツバサはふたつめの指を強調する。

 第二に――蕃神ばんしん、邪神、クトゥルフの神々。

 旧支配者きゅうしはいしゃ、グレート・オールド・ワン、などの異名でも知られている。

「彼らこそ別次元からの侵略者であり、真なる世界では古くから“外来者たち”アウターズと呼ばれて忌み嫌われてきた者たちだ。多くの眷族や奉仕種族を率いてこの世界に侵入し、生命や資源を片っ端から奪っていく略奪者りゃくだつしゃでもある」

「敵軍の親玉ってことでOK?」

 ドラコの質問に「OKだ」と答えるツバサは注釈ちゅうしゃくも加える。

「ただし、奴らは群れ・・であって軍隊・・ではない」

「……どゆことそれ?」

 いぶかしげなドラコにツバサは仔細しさいを明かす。

「アブホスはアブホスで触手軍団を作り、アトラクアはアトラクアで蜘蛛の軍勢をまとめて、ティンドラスやミ=ゴもそれぞれ徒党を組んでいる。この南海に巣食う深きものどももそうだったろう? そうやって同種同族で群れ集うことで、それぞれの崇める“王”の下で侵略行為に励んでいるようだが……」

「もしかして蕃神あいつら……てんでばらばらなの?」

 察しのいいドラコは説明の途中で気付いてくれた。

「ああ、種族内での報連相ほうれんそうこそしっかりしているが、別種族や他の蕃神と手を組むことはあまりないらしい。それぞれの蕃神や眷族で完結しているんだ」

 蕃神はほぼ同時期、一斉に真なる世界ファンタジアへ攻め込んでいる。

 しかしそこに統率性とうそつせいはなく、連合軍れんごうぐんとは思えない杜撰ずさんな有り様だった。

 なるほどぉ、とドラコも合点がてんがいったらしい。

ぐんであってぐんでない……そうかそうか、そういうことね」

「なにそれ、泥棒たちが勝手にお宝争奪戦やってるみたいじゃん」

 マルカの比喩ひゆ表現ひょうげんまとていた。

「大体そんな感じだな。連携や協力なんてあったもんじゃない。連中も真なる世界ファンタジアという宝島に乗り込んで、めぼしいものを早い者勝ちで奪い合うサバイバルバトルでもやっている気分なんじゃないか。連中の魂胆など知りたくもないが……」

「なんて傍迷惑はためいわくな……海賊ですか?」

 レミィは頭痛を覚えた頭を支える仕種しぐさをした。

 その横ではナナとマルカが「アホーイ♪」とか「ヨーソロー♪」を海賊らしい掛け声で騒いでいる。ドラコが「やめなー」とケラケラ笑っていた。

 笑い飛ばさなければやってられない気分なのだろう。

 しかし、この南海で深きものどもディープ・ワンズを相手にしてきた経験から「あながち間違いじゃないかも」と認めているようだ。説得力だけは嫌というほどある。

「だとしたら蕃神は船長であり海賊船そのもの。奉仕種族や奴隷種族あるいは眷族はそれに乗り込む船員だな。それぞれの海賊団が自分の欲しいものを奪うためにこの世界へ乗り込んでこようとしていると考えればいい」

 その中でも最大最強の勢力を誇るのが――偉大なるクトゥルフ。

 ツバサは一枚のスクリーンを拡大する。

 そこに映し出されるのは天をふさぐ絶望をかたどったもの。

 ハンティングエンジェルス一同もその威容いように息を呑んだ。

真なる世界ファンタジアでは祭司長さいしちょうの名で恐れられ、多重次元マルチバースの各地に散らばる数多あまたのクトゥルフの中でも最強最大最上位のバケモノと恐れられている存在だ」

 還らずの都を掴もうとする巨大な六本指の手。

 山脈にも匹敵する巨大建造物を、まるで小さなコインでも摘まむかのような大きさを誇る異形の手こそ、祭司長ことクトゥルフの手に他ならない。

 ツバサたちは長らく超巨大蕃神と呼んでいた。

 ここ最近、多方面から情報を仕入れることができたため、改めて超巨大蕃神=祭司長=偉大なるクトゥルフという方程式が解き明かされたのだ。

 抜山ばつざん蓋世がいせい――という四字熟語がある。

 これは山を引き抜く力と世にふたをする気合いという意味で、それほどの力と覇気をみなぎらせる者を表現した言葉だが、祭司長はこれを物理的に実行できるだけの肉体を有していた。その肉体が動くだけで真なる世界ファンタジア震撼しんかんさせられるのだ。

 全能力を解放された日には何が起きるかわからない。

「アステカ兄やん……よく追い返せたね、あんなバカデッカい手」

 尊敬を帯びた眼差しをドラコは右から左へと流した。

 ツバサ、ミロ、ミサキ、アハウ、クロウ。

 この場には祭司長の撃退げきたいに成功した五人の内在異性具現化者アニマ・アニムスのうち、四人まで揃っていた。その記録映像を見たからこんな視線になったらしい。

 妹分に褒められたアハウは照れ臭そうに微笑む。

「あの時は無我夢中だったからな……今ならもう少し要領ようりょうよく立ち回れるかも知れないし、辰子たつこちゃんたちなら立ち向かえると思うよ」

 ハンティングエンジェルスの実力ならば敵うかも知れない。

 あくまでも太刀打ちするのみに留まるだろうが……。

「だけど……祭司長アレを完全に倒すのは無理だよ。オレたちだってそう、五神同盟の全力を投入しても完封かんぷうはできない」

 追い返すのが精いっぱい、とミサキは悔しそうに断言した。

 あれから修練しゅうれんを重ねてミサキも強くなっているが、強さの階段を上がれば上がるほど、蕃神ばんしんたちの尋常じんじょうならざる生命力もまた感じてしまうのだろう。

「そもそもの話――生物として潜在能力ポテンシャルが違いすぎる」

 嘆息たんそくしたツバサは彼我ひがの実力差と向き合う。

「もしも蕃神が人間だとしたら、その人間は虫ケラも同然だ。神族や魔族に進化した俺たちでさえ小動物がいいところ……噛みつくのが関の山だな」

 潜在能力ポテンシャルの差は天井がうかがええない絶壁ぜっぺきのように隔たっていた。

「それでも――噛みつけば手傷くらい負わせられる」

 ツバサは挑戦者の気持ちで眼を輝かせた。

 脳裏には祭司長クトゥルフの手を消し飛ばした瞬間が焼き付いている。

 勝算というにはあまりにも頼りないが、少なくとも抵抗する術を見出す糸口くらいにはなるはずだ。ツバサは淡い希望を大切に育てていた。

「つまり、えっと……勝ち目ないってこと?」

 餃子ぎょうざを頬張る手を止めたナナは不安を隠さずに呟いた。

ゼロではないよ――勝率はね」

 ツバサは心中を打ち明けるように即答する。

「現に君たちは深きものどもの侵攻を食い止めてきたし、俺たちも何度か蕃神を追い払っている。現状、奴らがどこまでこの地に根付くべく前線ぜんせん基地きち営巣えいそうを作っているか定かではないが、抵抗している勢力はひとつやふたつじゃない」

 ドヴェルグ族もそのひとつだろう。

 ハンティングエンジェルスが身を寄せている彼らの国がこの近くにあるのならば、ずっと昔から深きものどもディープ・ワンズの侵略から反抗してきたはずだ。

 還らずの都を守ってきたキサラギ族――。

 天梯てんてい方舟はこぶねを護衛してきたスプリガン族――。

 いいや、彼らだけではない。

 真なる世界ファンタジアに生きる者すべてが、ツバサたちのように地球から転移してきたプレイヤーもまた、蕃神からの侵攻しんこうに抗うべく懸命けんめいに戦っていた。

 ツバサは少女たちを勇気づけるようにさとす。

「彼らは生きることを諦めていない。そして俺たちも……戦えているんだから負けてはいない。それに奴らを倒すことが必ずしも勝利条件・・・・ではないんだ」

 ツバサたちの勝利条件――それは真なる世界ファンタジアを平和にすること。

 蕃神たちを再起不能にしたり全滅させなくてもいい。

 二度と真なる世界ファンタジアへ侵略させないように対処すればいいのだ。

後腐あとくされなくっちゃた方がいいんじゃない?」

 ドラコは親指で首を掻き切るジェスチャーをした。その案は大いに賛成したいのだが、已むに已まれぬ事情からツバサは苦い顔で却下する。

「それができないからの勝利条件だよ……認めたくないが妥協案だきょうあんだ」

 始末できるならそれに越したことはない。

 しかし、蕃神の不死身さは生物の常識をはるかに凌駕りょうがしている。

 どうすれば殺せるのか聞きたいくらいだ。

「蕃神と対等以上の力を持つ旧神エルダーゴッドなら知っているかも知れないが……」

 はっきり言って望み薄である。

 蕃神を滅ぼしたいであろう多重次元マルチバースの正義を司る旧神ですら、彼らを抹殺することはできず封印するのが関の山な時点でお察しだ。

「でもさ――旧神エルダーゴッドっているのかな?」

 ミロが懐疑的かいぎてきな声を上げた。

「蕃神はもう何度も出会でくわしてるから疑いようがないけど……こんな悪い奴らが大暴れしているのに、その正義の味方は現れたことは一度もないっぽいし」

 ミロの疑惑を頭ごなしに否定はできない。

 う~ん、と返事へんじきゅうしたツバサは当てのない話を上げるのがやっとである。

亜座あざの話だと実在するみたいだけどな、一応は……」

 白痴はくちにして盲目もうもく魔皇デーモン・スルターン――アザトース。

 その化身たる亜座が「旧神はいるぞ」と認めている。しかし能動的のうどうてきに活動している様子はなく、「面子めんつに縛られてる」みたいな話も漏らしていた。

「何それ、まるで仕事しない警察じゃん」

「封印や退治こそすれ、取り締まりの手はゆるいのかもな……」

 旧神については五神同盟もあまり把握はあくしていない。

 蕃神が真なる世界ファンタジアでやらかした痕跡こんせきならば、あちこちに散逸さんいつしたものをいくつか拾い上げていたが、旧神にまつわるものは未だ発見されていない。

 ミロのように疑うのも仕方ないことだ。

「旧神でも殺せないバケモノなんだから、俺たちだって言わずもがなよ」

 ちょっと前まで人間だったツバサたちには為す術もない。

 だから力尽くの力業でありったけの特大ダメージを与えて、「真なる世界ファンタジアへちょっかいを出すのは損だな」と諦めさせるしかない。

 情けない話だが現在、そんな手段しかこうじられないのだ。

「徹底的に追い返して諦めさせるか、不死身の生命体であろうと泣いて後悔するほど痛い目に遭わせて諦めさせるか、再生できないくらいギタギタにやっつけて故郷に帰るという選択肢しかないまでに諦めさせるか……」

「諦めさせる一択いったくしかない!?」

 レミィに会心のツッコミを入れられてしまった。

 ツバサはお手上げのポーズで肩をすくめる。

「交渉のテーブルに着いてくれるとは思えないんでね。だったら実力行使でわからせるしかない。それこそ野獣に痛みを覚えさせて遠ざけるようなものだ」

「畑を荒らす害獣がいじゅう爆竹ばくちくぶつけるみたいな?」

 マルカの例えに「うんにゃ」とツバサは首を左右へ振る。

「レールキャノンとか波動砲はどうぼうとか反物質はんぶっしつ爆弾ばくだんくらいはぶつけないと……」

「オーバーキルじゃねそれ!?」

 マルカはすすっていたペペロンチーノを吹き出しかけていた。

 彼女のツッコミも冴えている。マルカとレミィはハンティングエンジェルスでもボケよりツッコミを優先するタイプらしい。

「格下の声に耳を貸す格上はいねぇよ」

 不意にバンダユウが口を開いた。

 五神同盟代表の一人として席に着いたものの、会話に口を挟むことなく静かにお茶を啜っていたが、この辺りの話題は自身の領分だと判断したらしい。

「どういう意味、お祖父ちゃん……?」

 小首を傾げる孫娘にバンダユウは極悪人に似合う笑みを浮かべた。

「獲物の泣き言に耳を傾ける肉食獣はいねぇって話さ。それが嫌なら獲物は逃げるか歯向かうしかねえ。シマウマだってライオンに食われたくねえ一心で蹴飛ばすこともある……俺たちのやってることも大して変わんねえよ」



 真なる世界おれたちは格下じゃない――蕃神おまえらと同じ土俵リングに立っているぞ。



 それを侵略者に思い知らさなければならない。

「マルカのお友達の、ええっと……辰子たつこちゃんだっけ?」
「ドラコでいいよ、バンダユウおじいちゃん」

 そうかい、と許しを貰ったバンダユウは話を続けた。

「ドラコちゃんもさっき言ってたが、ビビったら負けなのよ。格上だと思い込んでる奴らに目が覚めるようなキツ~い一発をお見舞いしてやって、こっちの本気をわからせなきゃならん」

 実力行使でな、とバンダユウは声にドスを利かせた。

 これに孫娘のマルカは「うわぁ……」と惨憺さんたんたる表情で呆れる。

「お祖父ちゃん、それはもう極道ごくどう渡世とせいなんよ……」

「応よ、おまえの祖母ちゃんにも同じ顔で呆れられたわ。だけどな、蕃神相手にゃあこの世渡りをするしかねぇのよ……こちとらの身代しんだいどころか世界の命運めいうんが掛かってんだぞ? しかも訴える手段が力しかねぇと来てる」

 フフヒ、とミロも悪そうな笑顔でほくそ笑む。

所詮しょせんこの世は焼肉定食……ってやつだね」
「弱肉強食っていいたいんだな?」

 後で国語の補習な、とツバサはミロの頭を鷲掴わしづかみにした。

「乱暴に聞こえるかも知れないが、バンダユウさんの意見は正しい」

 極道者ヤクザ一家言いっかげんをツバサは全肯定した。

蕃神ばんしんども……特に祭司長クトゥルフは俺たちを搾取さくしゅすべき対象と見下している。それはもう砂の一粒までエネルギーとして取り立てかねない勢いだ。真なる世界ファンタジアちりとなっても、その塵まで巻き上げるつもりだろう」

「ヤミ金の取り立てより容赦ようしゃねー」

 ドラコはケラケラ笑うが笑い事ではない。

 夢に介入かいにゅうしてきた祭司長と対話したツバサだからこそ、「真なる世界ファンタジアという果実を一滴まで搾り尽くす」という蕃神ばんしん総意そういを読み取ることができた。

 蕃神やつら一貫いっかんしてこの世界を喰らうことを諦めない。

 初志しょし貫徹かんてつといえば聞こえはいいかも知れないが、適当なところで見切りを付けてもらいたいものだ。その執着はやや異常とも思える。

「諦めさせるには――心が折れるまでぶちのめすしかない」

 バンダユウも述べた通り極道ごくどう渡世とせいだ。

「いいや、もっと原始的プリミティヴに野性の論理だな。喰われたくなければ抗うのみ……足掻あがいて藻掻もがいて暴れて騒いで……相手が諦めるまで戦うしかないんだ」

 蕃神を殺す手立てがない現状、これが最善さいぜんさくと言える。

「逆に言えば他にできることがないんだよね」

 アホの子は核心を突いてくる。

 理路りろ整然せいぜんとした説明は三割も理解できないくせして、物事の本質をピンポイントに撃ち抜いてきた。まさにアホと天才は紙一重かみひとえを地で行っている。

 ツバサは乳房を支えるため腕を組む。

 準備してからため息をついた。こうしないと肩が重いのだ。

「何度も言ってるが……蕃神を殺せる方法がわかれば即実践そくじっせんするさ」

 せめて旧神エルダーゴッドのように蕃神ばんしんを塩漬け封印できればいいのだが、それさえも不明なのだ。星辰せいしんの配置が蕃神の生態を左右することしか判明していない。

 その星辰の配列さえよくわからないのだから――。

真なる世界ファンタジアで生きていく以上、蕃神やその眷族との戦闘は避けて通れない道だ。神族や魔族となったプレイヤーおれたちならむざむざとられはすまいが……これまで説明してきた通り、我々の常識が一切通じない敵だと認知してもらいたい」

 レミィは神妙に頷き、マルカは天井を仰ぐ。

「ラスボスや裏ボス飛び越えてバグみたいな存在ですね……」
「うわぁぁぁ~知りたくなかった! ガチモンの無理ゲーじゃん!」

 あれ? と串焼きホルモンを噛むナナは小首を傾げた。

「蕃神って三種類なんだよね? 眷族けんぞく邪神じゃしん……あとひとつは?」

 聡明そうめいなドラコは嫌そうに眉を投げて冷笑れいしょうを浮かべる。

旧支グレート・オー配者ルド・ワンズよりも上がいるってことね。TRPGの設定で聞いたわ」

 お察しの通り、ツバサは三本目の指を重々しく曲げた。

 第三に――外なる神々アウターゴッズ

 ツバサは禁忌きんきを語るべく声を潜めた。

「ピンキリは多少なりともあるようだが……彼らは間違いなく蕃神よりもはるか上の上位者と考えていい。間違っても戦ってはならない存在だ」

 人間が昆虫、神族や魔族が小動物、蕃神が人間。

 この分類で比べるならば――外なる神アウターゴッドは世界や次元そのものだ。

 比較対象を並べられたハンティングエンジェルスは絶句する。

 口頭こうとうで伝えても外なる神々の恐ろしさは実感しにくいので、ツバサは先日の騒動に関するデータも彼女たちに見せていた。

 外なる神々の化身たる――亜座あざ寄球よぐの訪問。

 彼と彼女が人間の姿を借りて真なる世界ファンタジアに降臨しただけで、絶対者の気迫に圧倒された世界がアレルギー反応みたいな天変地異を巻き起こした。

 その記録に彼女たちも驚愕きょうがくしきりである。

「そういやこの日……半魚人どもが異様に大騒ぎしてたっけ」

 思い当たる節があるドラコは乾いた声で呟いた。

 追いかけるようにレミィも思い出している。

「確か……海面を埋め尽くすくらい浮上してきて、なのにこっちに攻めてこなくて、北の方を向いたままゲコゲコかえるみたいな大合唱してたような……」

あれ・・ってつまり……これ・・に反応してたってことぉ!?」

「空も海もメッチャ荒れてて、飛行シャイニング戦艦ブルーバードも飛ばしにくかったんだよね」

 マルカやナナによる記憶の補填ほてんも入り、外なる神々アウターゴッズ顕現けんげん真なる世界ファンタジアの至る所で災害を引き起こしていた事例を確認することができた。

 おわかりいただけただろうか? とツバサは目線で促した。

「あの化身たちは本体からすれば末端まったんの末端の末端……外なる神アウターゴッズからすればほんの些細ささいな力の断片だんぺんだろうが……それがあらわれただけでこの為体ていたらくだ」

 蕃神ならばまだ迎え撃つこともできる。

 小動物でも群れれば人間くらいは追い払うこともあるだろう。

「だが、世界に牙を剥かれればどうしようもない。次元を相手にすれば手の打ちようがない……無抵抗にされるがままがいいところだ」

 我が身の不甲斐ふがいなさにツバサは歯噛はがみする。

 正面から戦えないことの口惜くちおしさを全面に押し出した。

「蕃神なら桁や格、それこそLVが違うからやり方次第では出し抜く方法も思い付きそうなんだけど……さすがに世界や次元が違うのはねぇ」

 つけ麺を啜る手を休めたドラコは深刻な口調で悩んでくれた。

「それこそ『絶対に触れるなよ?アンタッチャブル』案件じゃんこれ」

 マルカは一言でまとめてくれた。そう、まさにアンタッチャブルだ。

 せめてもの安心材料としてツバサは独自どくじ見解けんかいを明かす。

「亜座や寄球と話してみた感想だが……彼らはあまりにも超越的存在だ。それゆえにあらゆる存在に対して公平に接してくる。俺たちも蕃神も多重次元マルチバースに生まれた小さな微生物くらいにしか思ってないようだな」

 スケールが次元規模のため、すべてを矮小わいしょうで下等な生き物と扱う。多少の優劣ゆうれつはあるようだが、等しく自身より生じた副産物ふくさんぶつ認知にんちしている。

 つまり、敵対者として認識されない。

 彼らが気に掛けるまでもない脆弱ぜいじゃく生命いのちだからだ。

 外なる神々と真正面から戦うことにはなりそうにない。これだけでもほんの少しだけ肩の荷が下りた気分だ。しかし、安心するにはまだ早い。

 祭司長さいしちょうクトゥルフに手傷を負わせ――宣戦せんせん布告ふこくした。

 この一件はどういうわけか亜座から絶賛されており、双方が全面戦争を起こすのを心待ちにしていた。外なる神々は野次馬根性が強く物見ものみだかいらしい。

 悠久ゆうきゅうときを過ごす暇潰ひまつぶしのつもりなのだろう。

「……だから、外なる神々との直接対決はまずないと思いたいが、少なくとも下手へたに刺激をしなければ怒りを買うことはないだろう」

「やっぱ『絶対に触れるなよ?アンタッチャブル』案件が正解か、うんうん」

 マルカは一人で納得して頷いていた。

「だけど、そんなスゴいのとタメ口利いたツバサさん……ぱねぇッス!」

 さすツバッス! とレミィにガッツポーズで褒められた。

「タメ口利く余裕なかったからね、レミィちゃん? あと、その褒め言葉どこで覚えたの? 実況動画? クロコが登場した回? 今すぐやめなさい」

 思わずオカン口調でたしなめてしまった。

「あれ? でもその外なる神アウターゴッドと戦うために南方大陸メガラニアへ行くんでしょ?」

 ドラコは人差し指をクルクル回していた。

 指先はテーブルの上に浮かぶ投影スクリーン群を順に指している。

 五神ごしん同盟どうめい来歴らいれき、それぞれの組織構成、簡単な人員紹介、そして先の破壊神戦争の概要がいようと、その結末で得られた情報を頼りに南方大陸を目指す理由。

 そこら辺は大まかな説明を終えていた。

 ドラコはそこを踏まえた上で「南方大陸メガラニアに居座ってるらしい外なる神をぶっ飛ばしに行くんじゃないの?」と質問しているのだ。

 この問い掛けにはツバサも渋い顔をせざるを得ない。

「ああ、そうだ……当初は超巨大蕃神こと祭司長も追い返せたんだし、戦力も増えてきた五神同盟の総力で当たれば外なる神々といえども追い払うくらいはできるんじゃないか? と皮算用かわざんようを弾いていたんだが……」

「あっ……その亜座と寄球って人たちを目の当たりにしちゃったから?」

 人たち? とレミィは自分の発言を疑問視ぎもんししていた。

 しかし、彼女の指摘してきはほぼまとている。

 ツバサは自嘲じちょうの笑みを浮かべると、反省の弁を漏らしていく。

「そうだよレミィちゃん……外なる神アウターゴッド実態じったいを触りとはいえ体験させられてしまったからね……あれ・・と戦うなんて烏滸おこがましいと思い知らされたんだ」

 今にして思えば、あの訪問は忠告のように作用した。

 亜座や寄球に遭遇していなければ、『外なる神でも総力戦を仕掛ければ何とかなるかも知れない』なんて心のどこかで考えていた節があった。

 大いなる勘違い――自惚うぬぼれもいいところだ。

 多重次元マルチバースを支配する外なる神々アウターゴッズには敵わない。

 せめて「今はまだ……」と負け惜しみを言いたいところだが、全宇宙の根源みたいな存在にどうすれば勝てるのかも想像できなかった。

 未知の敵に相対する以上、自重じちょう自戒じかいを忘れてはならない。

 彼らのおかげで猛省できたことを感謝しよう。

「じゃあ南方大陸メガラニア行かない方がよくね? 外なる神アウターゴッドさん怒らせない方が……」
「いや、それとこれとは話が別だろ」

 ナナのストレートなボケにマルカがツッコミを入れた。

 外なる神々は刺激するべきではない。

 これは大前提だいぜんていなのだが、だからといって南方大陸にいると思しき黒山羊の女王と呼ばれる外なる神を放置することもできないのだ。

「手を出してはいけない相手だからと無視するわけにもいかなくてね」

 破壊神ロンドの遺言がツバサの背中を押していた。



『一年、いや、半年のうちに……南へ向かえ……まず、そこが堕ちる・・・



 調べてみれば南方大陸は瀑布ばくふ結界けっかいで封印されているし、源層礁げんそうしょう庭園ていえんの調査でも異変の兆候ちょうこうが現れており、しまいには祭司長がけしかけてきたり、亜座や寄球までもがそこに鎮座するであろう闇の大地母神をほのめかしてきた。

 証拠としては状況証拠が大半を占める。

 証言も信ずるべきか怪しい蕃神サイドのものばかりだ。

「……破壊神としての役目を終えて、世界を延命えんめいを認める神となったあの男が託してきた最期の言葉だからな。信用に足ると思うんだよ」

 ほんの少しの感傷かんしょうを差し込んだツバサはそう明言めいげんした。

 へぇ~っ、とドラコは「いいものを見た」と言いたげにほくそ笑む。

おとこ同士どうしで殴り合った果ての友情ってやつ? カッコいいじゃん」

 ツバサは両手を軽く振って否定する。

「そんなんじゃないよ。あの極悪親父との間に友情なんてなかった……まあ、戦いを通じてある種の信頼みたいなものはできつつあったが……」

 激闘を繰り広げてきた好敵手だからこそ互いの側面を理解できる。

 そんな血生臭い信用を覚えないこともなかった。

 信用といえば、ノラシンハと九女チャナの件があった。それに銃神ガンゴッドジェイクと起源龍オリジンエルドラントの一件も同じカテゴリに入るはずだ。

 あれらはロンドなりの気遣いだろう。

 ロンドは延世えんせいかみとして仕事をした上で、こうしたサプライズも遺してくれたのだから、あの発言も信じるに値するとツバサは疑わなかった。

「そういえば気になってたんですが――」

 唐突に話へ割って入ってきたのはミサキだった。

 深きものどもディープ・ワンズとの戦闘で消費した活力エナジー補充ほじゅうするべく、ドラコたちと一緒に食事をしていたが、特盛り天丼を食べ終えたので尋ねたくなったらしい。

 ある程度タイミングも読んでいたようである。

破壊神ロンドとの戦争中――南海ここにも何か起きていませんでしたか?」

 そうそう! とレミィは思い出したのか両手を合わせた。

「あったあった、ありました。なんか真っ黒いドロドロしたのが水平線の向こうからやってきて、海を染めながら生き物やモンスターを取り込んでて……」

「半魚人どもも追っ払おうってあたふたしてたよね」

 マルカの添えた一言で情景じょうけいが浮かぶようだ。

 ――破壊神戦争での最終局面。

 宇宙卵うちゅうらんから生まれた破壊神であることを自覚したロンドは覚醒し、混沌の泥と呼ぶ世界を喰らい尽くす汚泥おでいを操れるようになっていた。

 地の奥底から滾々こんこんと湧いてくる泥濘でいねい

 それは万物ばんぶつむさぼる魔物となって世界に襲い掛かってきた。

 広大な中央大陸のみならず「真なる世界ファンタジア全土を覆い尽くすぞ!」とロンドが豪語ごうごしていたので、南海にも届いていないわけがない。

 しかし、彼女たちの反応を見るに被害は然程さほどでもないようだ。

 フヒヒヒッ♪ とドラコは悪戯な笑顔をほころばせる。

「その混沌の泥と半魚人どもが勝手に食い合いを始めてさ。あたしら高みの見物を決め込んだわけよ。おかげでドヴェルグ族の島まで届かなかったし」

「ナナの飛行シャイニング戦艦ブルーバードにもドロドロは届かなかったしね!」

 スゴいでしょ! とナナも自慢げだった。

 レミィは困ったような愛想笑いで実際のところ話してくれた。

「皮肉な話なんですが……半魚人たちが抵抗したおかげで、私たちどころか島にもあの黒い泥は押し寄せてこれなかったんです」

「んで、魚人間どもがワチャワチャしてる間に黒いのは退いてったの……ちょ! ミロちゃん、こっちからこっちはワタシのフィールドでしょ!?」

「アタシとツバサさんが破壊神ロンドのオッチャン倒したからだね……えー? ここからここまでのタコがアタシんでしょー?」

 たこ焼きをシェアするマルカとミロ。

 話に参加しながらも、熾烈しれつなたこ焼き争奪戦を繰り広げていた。

 愚かな争いを横目にツバサは今日何度目かのため息をつく。

経緯けいいはどうあれ蕃神ばんしんに守られたか……皮肉だな」

 敵の敵は味方なんて言葉もあるが、情勢じょうせい次第しだいでは蕃神とその眷族を味方に付ける事態が起こり得るのかも知れない。そんな示唆しさ垣間かいまたかのようだ。

「アタシ的には利用すればいいと思うけどな」

 ドラコはポケットから見覚えのあるナノメモリを摘まみ出した。

 それはツバサたちにも届いたミュージックビデオを収めたものだ。

「あの黒いドロドロと半魚人たちが争っているのを眺めてて思い付いたんよ。敵でも味方でもいいから、とにかく南海ここに呼び寄せればいいってね」

 敵ならば半魚人とぶつけ合わせて双方の戦力減せんりょくげんを図る。

 五神ごしん同盟どうめいのような味方ならば、こうして話し合いの席に着けばいい。

 ドラコは掌でナノメモリを転がす。

「どっちに転んでもアタシたちの得になる。だから、蕃神とハサミも使いようだとは思うんだけどね……もちろん、あんま軽はずみにはできないけど」

「今回は上手く行ったが、次回もそうとは限らないからね」

 慎重に頼むよ、とツバサは釘を刺しておいた。

 敵同士をぶつける案は悪くない。

 真なる世界ファンタジアの破壊を至上しじょう命題めいだいとしたロンドは蕃神の動向など眼中がんちゅうになかったようだが、ツバサたちへの嫌がらせとして利用したことがあった。

 軍師レオナルドも似たような策を巡らせている。

 クトゥルフはハスターという風の邪神と相性あいしょうが悪いので仲違いさせるとか、這い寄る混沌ナイアルラトテップは劫火ごうか化身けしんクトゥグアを天敵とするとか……とかくクトゥルフ神話の神々も険悪な関係がいくつもある。

 そうした神々の関係をこじらせてやろうという作戦だ。

 蕃神=クトゥルフ邪神群はほぼ確定した。

 ならば、レオナルドが立てた計画も日の目を見る日が来るかも知れない。

 あまり期待してないが頭の片隅には置いておこう。

「すいません、話の腰を折って……」

 聞きたいことが聞けたミサキは会釈えしゃくすると、まだ食べ足りないのか食事に戻っていった。今度はナナとお好み焼きを半分こしている。

 愛弟子とアイドルの交流をツバサは微笑ましく見守った。

 閑話かんわ休題きゅうだいを挟んだが話の筋道を戻そう。

 改めて――ツバサは南方大陸を目指す理由を語る。

「既に述べた通り、外なる神アウターゴッドと戦うつもりはない。だが、彼らが真なる世界ファンタジア関与かんよするだけでこの世界は危機的状況に陥ることも避けられない……」

 だったら――お帰り願うまでだ。

 外なる神がいた世界へ、故郷である次元へ、帰るように仕向けていく。

「神様らしくなだすかすしておがんでみるか……亜座や寄球という前例もあるし、人間に化身してもらえれば交渉こうしょうのテーブルに着かせることもできるんじゃないかと希望的観測を抱いてもいるが……要するに戦闘以外の方針ほうしんで片を付けたいんだ」

 間違っても暴力による全面対決は狙わない。

 もし力に頼らざるを得ない状況に陥ったとしても、正面から激突するような真似はせず、別次元へ向かうように誘導ゆうどうしたいところだ。

 爆撃で台風の進路をずらす――そんなイメージが近いだろう。

 どちらにせよ、今回ばかりは暴力が最終手段である。

「世界や次元、事象じしょうそのものといった外なる神は侵略の意志が薄い。あるいは皆無かいむといっても過言かごんではない。もっと別の理由で真なる世界ファンタジアまでやってきたと考えるべきだとは思うんだが……あいにく、その理由とやらが思い至らない」

 細いあごに手を当てたツバサはしばらく考え込む。

 すると、横にいたミロがステーキ串を食べながらおもむろに手を上げた。

「アタシは喚ばれたん・・・・・じゃないか・・・・・と思う。この説が一押し」

 また固有技能オリジナルスキルである直観&直感が働いたらしい。

 ミロのかんは未来予知に匹敵し、時には過去の謎さえも看破かんおあする。

 ただし、解答を言い当てるだけだった。

 その解答に辿り着くまでの計算式や、秩序ちつじょだった説明はできない。つまり過程かていを飛ばしてしまうから、どうしてその答えを出せたのか判然はんぜんとしないのだ。

ばれたって……誰にだよ?」

 怪訝けげんに眉をひそめるツバサにミロは上目遣うわめづかいを送ってくる。

「わがんない。でも、この世界にいる誰かだと思う」

 真なる世界ファンタジアの現地種族、古代の神族や魔族かも知れない。あるいは大昔から侵略してきて、この地に根付いた蕃神やその眷族かも知れない。

「……外なる神アウターゴッドの力を借りるつもりだったのか?」

 後者の可能性が高そうだが、前者の可能性も捨てきれない。

 蕃神の力に魅了される者が後を絶たないからだ。

「外なる神々はどこにでもいる・・・・・・・から、喚ばれでもしないと出てこないよ」

 串までペロペロ舐めるミロは意味いみ深長しんちょうに言った。

「……もしも喚ばれたらな、丁重に持て成して帰さなきゃならんな」

 ミロの頬についたソースを親指でぬぐったツバサは、指先を自分で舐めとりながらひとりごちた。また「てぇてぇ……てぇてぇ……」と聞こえてくる。

 ふとドラコの視線が気になった。

 寿司を片手に目を丸くした少女は口を半開きにしていた。

「意外だね……ツバサさん、もっと石橋を叩くタイプだと思ってた」

 ツバサが度を超した慎重派なのはバレているようだ。

 外なる神への対策が雑と言いたいのだろう。

 ツバサは恥を認めるように頭を掻き、せめて釈明しゃくめいさせてもらう。

「計画的には行き当たりばったりだし、無理むり無茶むちゃ無謀むぼうの三拍子なのも否定できないな……でも、こうするくらいしか思い付かないんだ」

 外なる神々アウターゴッズについては何もわかっていない。

 蕃神ですら未知の部分が多く、データ収集の真っ最中だ。

 難しいことを承知の上で、ツバサはどうすべきかを説いていく。

「奴らについてはわかっていることは何ひとつない……手探りで反応を見極めながら、細心の注意を払いつつ対処方法を見つけていくしかないんだ」

 仕事量は膨大ぼうだいとなり至難しなん作業さぎょうとなるだろう。

 だが――やるしかない。

 もなくば、真なる世界ファンタジアは南方大陸から終わりかねないからだ。

 デザートのパフェをつつくマルカとナナが顔を見合わせる。

「半魚人軍団くらいだったらナンボ来たって追い払ってやれるのにね」

「そうそう。それにさ、あいつらならフレイちゃんの地下都市には入れないしね。魔除けの石・・・・・が嫌いなんてホント妖怪じみてるよね。カッパかな?」

 うん? と気になる発言にアハウが片眉を揺らした。

 関羽みたいな顎の獣毛を撫で付けたアハウはナナに問い掛ける。

「ナナ君……でいいかな? 魔除けの石っていうのはどういうものだい? フレイさんの率いるドヴェルグ族が作っているものかな?」

 ナナでいいよ、と呼び捨てを許したナナは答えてくれる。

「んーなんかねー。フレイちゃんのいる島で取れる変な石なんだって」

「ちょっと順を追って説明しますね」

 ナナの説明ではつたないと感じたのか、レミィが間に入ると説明を引き継いだ。本当にお酒が好きらしく、ノンアルコールビール片手に語り出す。

 ……落ち着いたら神酒しんしゅを浴びるほどおごってあげよう。

「私たちがこの世界に飛ばされたのが約二年前……それ以前から、それこそ何百年も前から、フレイさんたちドヴェルグ族は……いいえ、あの島で暮らす多くの種族が半魚人たち……深きものどもディープ・ワンズに襲われてきたそうです」

 かつては種族それぞれの国があったらしい。

 だが深きものどもの度重たびかさなる襲撃により、あの国が潰され、この国が滅び、難民となった民たちが他の国へ流れていき……これを繰り返したようだ。

 最後の砦となったのが地下都市――アウルゲルミル。

 亜神族デミゴッドドヴェルグ族が鉱脈を掘るとともに開いた地下帝国である。

 今ではドヴェルグ族のみならず、他の亜神族としてサイクロプス族やアマノマヒトツ族など、鉱山こうざん経営けいせい鍛冶かじに秀でた種族も集まっているらしい。

 そして、ナナがオススメするモフモフ大型おおがた齧歯げっし類族るいぞく

 他にも定番ていばんのドワーフやエルフにオークにゴブリンといった、亜人や妖精と呼ばれる種族もちらほら混じっているという。

「……あれ、一足先に他種族国家が形成されている?」

 ミサキは自分の目指す理想郷りそうきょうがそこにあるかもと期待していた。

 色んな種族がいますよ、とレミィは合いの手の入れる。

「だけど地下都市とはいえ、ずっとこもっているわけにもいきません。木材や食料などは地上から調達しなければならないので、地上にも自分たちの土地を確保しておかないとやっていけないのですけれど……」

深きものどもあいつら鰓呼吸えらこきゅうのくせして生意気に肺呼吸はいこきゅうもできやがるからな」

 ツバサは忌々いまいましげに毒突どくづいた。

 レミィも「お察しの通りです……」とにごらせた顔をうつむかせてしまった。

 えらによる水中呼吸と肺による大気呼吸。

 どちらもできる水陸両生のふざけた存在――それが深きものどもディープ・ワンズだ。

 案の定、魚の分際で平然と地上侵略してきたそうだ。

「昔さあ『イルカが攻めてきたぞー!』ってネタあったよね」

「あいつら曲がりなりにも肺呼吸の哺乳類ほにゅうるいだからいいんじゃね?」

「ナナマルカ、シャラップ!」

 茶々ちゃちゃを入れてくる同僚どうりょうにレミィは一喝いっかつを叩き付けた。

「失礼しました……そんなわけで、深きものどもは地上の食糧とか資材とかを片っ端から奪っていくようになり、ドヴェルグ族のいる島はあっという間に焼け野原と見間違えるような荒れ果てた大地になってしまったそうです」

「蕃神はどこにいてもやること変わんないのね」

 芸がないなー、とミロもこの場にいない蕃神へ悪態あくたいをついた。

 触手のアブホスや蜘蛛のアトラクア、それに竜犬ティンドラスが幅を利かしていた地域も程度の差はあれ、荒廃の度合いが凄まじいの一言に尽きた。

 深きものどもディープ・ワンズもまた例外ではないようだ。

「ところが……ある日ドヴェルグ族の誰かが不思議に思ったそうです」

 荒廃こうはいした島のあちこちに残された――無傷の土地。

 そこには深きものどもが立ち入った形跡はなく、草木は元より食べられる野草はしげり、動物たちも安全地帯とばかりに隠れ潜んでいたという。

 ――深きものが近寄らない場所。

 魚人間たちはそこを意図的いとてきに避けているとしか思えなかった。

 これは何かある――そう考えるのは当たり前だ。

 深きものどもの隙を突いて手近の安全地帯を調査してみると、そこから同じ形をした不思議な石が何個も出土したという。

「この不思議な石こそが、ドヴェルグ族がいうところの魔除けの石です」

「魔除けの石……深きものどもを寄せ付けない効果があるのか?」

 はい、と肯定こうていしたレミィはその詳細しょうさいも教えてくれた。

 魔除けの石を一定距離で等間隔とうかんかくに置いて“線”ラインにすると、深きものどもはそこを超えてこれない。ある種の防衛ラインを形成してくれるのだ。

 ――直接投げても効果こうか覿面てきめん

 たとえ深きものどもの大群が押し寄せてきたとしても、この石を投げつけてやればあら不思議。蜘蛛の子散らすように逃げ惑うという。

「仕組みはわからんが……深きものどもはその石を恐れてるみたいだな」

 ここまで聞いたツバサは感想をまとめた。

「ええ、ですので魔除けの石と名付けられたそうです」

 そうだ! とレミィは突然思い出す。

「貴重な石ですけど『もしもの時のお守りね♡』とフレイさんが私たちの人数分、分けてくれたんです。確かここに……あった!」

 レミィは道具箱インベントリを漁ると掌サイズの石を取り出した。

「――これがその魔除けの石です」

 形としてはおおまかな五角形。淡緑色あわみどりいろの硬そうな鉱石こうせきでできており、表面には明らかに彫り込まれた紋様もんようが刻まれている。

 やや歪んでいるが五芒星ごぼうせいに見える紋章もんしょうのようなデザイン。

 その中心には瞳らしきものが刻まれており、瞳の中心からは燃える火柱が立ち上がるような、なみだしずくが落ちるような意匠を見て取ることができた。

 レミィはよく見えるように差し出してくる。

「島の人たちは敬意を込めて“勇気の印”とも呼んでいます」

 蕃神に立ち向かう勇気をくれる印章いんしょう――という意味だろう。

 ツバサはこれに見覚えがあった。

 始めてみる代物ではあるが、博覧強記娘フミカから教えられた伝聞でんぶん情報じょうほう一致いっちする。いくつか種類があるそうだが、これはオーソドックスなタイプだ。



 エルダーサイン――またの名を旧神きゅうしんしるし



 クトゥルフ邪神群を弱らせる効能を持つ魔除けの印章。

 一部の邪神と眷族をはらうだけの力を秘めており、数を用いればその邪神を封印する力も持つとされ、強力な護符アミュレットとしても効果を発揮する。

 この印章、名前からして旧神エルダーゴッド由来ゆらいのアーティファクトとの説があった。

 これまで影も形も見当たらなかった――旧神の痕跡。



 ついに現れた旧神エルダーゴッドの影にツバサは驚きを隠せなかった。


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