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第20章 ハンティングエンジェル オンステージ!
第499話:ドヴェルグ族とモフモフ地下王国
しおりを挟むそもそもの話――不思議に思っていたのだ。
ツバサとミロのアルマゲドン最強夫婦! の人気についてである。
VRMMORPGにまつわる動画はゲーム自体の話題性もあって大いに人気を博しており、関連する動画を投稿した者はその恩恵に与っていた。単なるプレイ動画から、ゲームの攻略、設定への考察、VR世界の漫遊……。
様々な動画が流布され、その多くが万を超える視聴回数を叩き出した。
だが、時が経つにつれて人気に優劣が現れてくる。
動画配信者として名の売れたグッチマンたちや、オーライブという看板を背負ったハンティングエンジェルスは、その中でも頭ひとつ抜けていた。
ここに――ミロや八天峰角も加わってくる。
ポッと出にもかかわらず、物凄いスピードで人気急上昇したのだ。
やがてVRMMORPG攻略動画“四強”と呼ばれる四つの動画配信グループが名を上げるわけだが、前者と後者では実績に大きな差があった。
グッチマンもオーライブも動画配信の経歴は長い。
VRMMORPG以外にも様々な動画を投稿していた。
ハンティングエンジェルスはVRとはいえアイドルなので、コンサートを開催したりオーライブの企画にも参加しており、ファン層の裾野は広い。
マルカは手品が得意なので手品を披露するシリーズ動画を上げていた。
ナナは爬虫類などの変わったペットを好んだため、その手の知識を解説するレプタイル動画をアップしていた。伊達にイグアナを連れていない。
ドラコはプロ顔負けのPC製作や、趣味で作っている麺類の料理。
レミィは顔に似合わず呑兵衛なのでお酒関係。
それぞれの得意分野を活かした動画も人気があったそうだ。
これはブランド力とも言えるだろう。
グッチマンは動画配信黎明期から活躍した最古参なゲーム実況者の弟子であり、彼から後継者として認められている。ハンティングエンジェルスもオーライブ25期生として、先輩たちから人気の追い風を受けている。
それぞれ積み重ねてきたものは大きい。
既に多くのファンを獲得していた強みがあり、ここにVRMMORPG攻略という要素が加わった動画がウケるだけの説得力があった。
対するミロや八天峰角は――ずぶの素人。
動画投稿もライブ配信もVRMMORPGが初めてだ。
当時ミロは進学を控えた中学生、八天峰角の面々も高校生。これが人生初の動画投稿だった。互いに保護者が監修していた共通点もある。
(※ミロはツバサが面倒を見、八天峰角はソワカが世話を焼いていた)
どちらも休まず定期的に動画をアップし、ツバサが発見した「パラメーターをすべてMAXにしてからレベルを上げると格段に強くなれる」を始め、攻略に際して有益な情報を提供してきたので一定の評価は得られていた。
だが、ある時期を境に視聴回数が増えてきた。
瞬く間に登録者数と視聴回数の桁数を増やしていき、気付けば配信動画におけるスターダムへと駆け上がったのだ。
現実にいた頃のツバサこのは人気の上がり方がいまいち腑に落ちないので怪訝に思っていたのだが、最近ようやく納得することができた。
これ、グッチマンやハンティングエンジェルスのおかげである。
VRMMORPGは「地獄が極楽に見える」と恐れられた難易度を誇った。
そのためトッププレイヤーなグッチマンやハンティングエンジェルスでさえも、生き残るための攻略情報に餓えていた。役に立つ情報をひとつでも得るために八方手を尽くし、ミロや八天峰角の動画も参考にしていたのだ。
特に全能力値MAXからのLV上げ。
これを行えば飛躍的にキャラ育成が捗るため、この裏技ともいうべき法則を発見したツバサに敬意を表してくれたらしい。
敬意の表し方も彼らの則ったものといえるだろう。
自分たちの配信動画で事あるごとに言及してくれたのだ。
『――ある動画実況者さんが見付けてくれた』
『――とあるコンビで活動している配信者さんのお手柄だ』
この程度のものだが、ツバサとミロのアルマゲドン最強夫婦のことを当たり障りのない話題として取り上げてくれていた。
しかし――そこは情報化社会。
匂わせただけでも視聴者はあっさり情報源に辿り着いてしまう。
検索システム、質問サイト、掲示板、SNS……些細なヒントからその出所を手繰るための手段なら枚挙に暇がない世の中だ。
もっとも、ダイレクトに名前を挙げた者もいたらしい。
ナナやマルカなどは「オカン系ボイン美女とアホ可愛い美少女がずっと百合百合してててぇてぇ♡」と具体的にツバサとミロをキーワードで表してくれたおかげで、ネット検索にも引っ掛かりやすかったのだろう。
これが強力な宣伝効果をもたらしたらしい。
結果的にツバサとミロのアルマゲドン最強夫婦をバズらせた。
レイドボスの効果的な倒し方を専門にアップしていた八天峰角も似たような理由で知れ渡り、同様にバズることとなる。
七女ジャジャを筆頭に、三女プトラや六女イヒコや次男ヴァト。
ミロとツバサの大ファンだと公言する彼ら彼女らも、グッチマンやハンティングエンジェルスで話題にされたところから辿り着いたと証言している。
また横綱ドンカイも似たようなものだった。
『グッチマンさんの動画を視とったら、ツバサ君らしき人物を話題にしててのう。腕の立つ巨尻で美尻の美女と聞いたからにはもう……』
『どうして尻を強調するんですか!?』
動機はさておき、気になったからわざわざ会いに来てくれたそうだ。
(※第14~15話参照)
先日のグッチマンたちとの出会いがひとつの契機となった。
あれからVRMMORPG時代を思い返したツバサは、休暇中の空き時間を利用して、できるだけ“四強”の動画配信を視聴してみた。
(※情報官アキが現実世界の動画はほぼすべてと豪語するほど掻き集めてくれたおかげで、五神同盟は映像や音楽などのコンテンツに困らない。映画、ドラマ、アニメ、演劇、なんでもござれだ。もっとも最新作は望むべくもないが……)
いくつかの動画でそれを確認することができた。
ツバサやミロの活躍について仄めかす場面があったのだ。
切り抜き動画なんてものもあり、そこからツバサとミロのアルマゲドン最強夫婦に飛べるようリンクが張られたものまであった。
そういえば――ミロがよく大はしゃぎしていたのを思い出す。
『今日は誰それがウチの動画を宣伝してくれてたのーッ!』
誰それの部分はうろ覚えだが、多分グッチマンやハンティングエンジェルス、もしくはそれに類する有名な動画配信者が当て嵌まるのだろう。
よく飯時の話題に持ち出していたはずだ。
そんなこともあったなあ……と今更だがツバサは振り返る。
あの頃はそもそも動画関連には疎いどころか興味も薄かったので、何を聞いても「ねえねえお母さん聞いて聞いてー♪」と訴えてくるミロを「あーはいはい」とオカン的に受け流してしまったのが良くなかった。
どうやらミロの話はあながち嘘でもなかったらしい。
そして、グッチマンと愉快な仲間たちとハンティングエンジェルス。
彼らは想像以上にこちらを意識してくれていたようだ。
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「はーい☆ 笑って笑ってー☆ 1足す1は2ぃーって感じで☆」
ミロのスマホを預かったイケヤは撮影係だ。
ツバサを真ん中にしてその前に立ったミロを背中から抱き締めると、ミロは自分の前に立つマリナを同じように抱いている。
左右に並ぶのはハンティングエンジェルスの面々。
右には順にナナとドラコ――左にはレミィとマルカ。
ツバサと隣り合うナナとレミィは、ここぞとばかりに左右の乳房に顔を寄せてきていたが、可愛い女の子なのでセーフ判定にしておいた。
イケヤの合図で笑顔を浮かべる被写体一同。
ツバサは昔から記念撮影の類が苦手なので、ぎこちない笑みを取り繕うのがやっとだったが、愛して已まないミロやマリナといった愛娘たちが嬉しそうな顔をしていれば、自然と口元も綻ぶというものだ。
パシャリとシャッター音が響き、室内用のフラッシュが焚かれる。
「はーいOKでーす☆ 手ブレ補正で距離感もバッチシ☆」
「イケヤくんどんな感じー? おー……いいじゃんいいじゃん」
ミロは小走りでイケヤに近寄ると、撮影されたばかりの画像を確認して満足げな声を上げていた。完成度の高い仕上がりなのだろう。
撮影を終えるとレミィが仲間に指示を出す。
「そんじゃ交代ね。今度はドラコとマルカがツバサさんの隣で……」
「え、まだ撮るの?」
一枚撮れば十分じゃない? とツバサは首を傾げるのだが、ハンティングエンジェルスは打ち合わせしていたかのように立ち位置を交換する。
ツバサを中心にミロとマリナが順に前へ並ぶ。親亀の上に子亀を乗せて孫亀を乗せるような感じだ。そして今度は右側にドラコとナナ、左側にマルカとレミィの順で並んでいる。やっぱり二人も超爆乳に顔をすり寄せてきた。
二度目ともなれば確信犯の疑いが頭をもたげてくる。
それ以前に「これあべこべじゃない?」と疑問を抱いた。
「なんだか……俺がアイドルで記念撮影されてる気分なんだけど?」
冗談半分の台詞にドラコとマルカは上目遣いを送ってくる。
「あれ、知らなかったの? ツバサさんあたしらのアイドルよ?」
「強い! デカい! 優しい! カッコいい! エロい! 超デカい! と三拍子どころか倍の六拍子そろった美女っぽい美少女なんて女子校なら王子様系アイドルでしょ? 普通に憧れられてチヤホヤされるのは当然でしょ」
「いや、元男の俺はそういう観念とは無縁だから……って、おい」
デカいと超デカいってなんだ!? とツバサはツッコミを入れた。絶対おっぱいとかお尻のことだと思うが、マルカは口笛でそっぽを向いていた。
この後、ハンティングエンジェルス四人と握手を交わして、全員分のサインももらって、ミロとマリナはこの世の春みたいにご満悦だった。
「エンジェルスのみんな、ありがとう! お土産も大事にするね!」
「こんなぬいぐるみいっぱい……ありがとうございます!」
ミロはドラコたちのフィギュアを両手どころか風呂敷包みで背負うほどもらっており、隙間からはアクリル製のフィギュアにキーホルダーにと、小物系グッズも山ほどせしめて大喜びである。
マリナも両手いっぱいにハンティングエンジェルスをディフォルメ化したぬいぐるみを抱えており、おんぶ紐で赤ちゃんみたいに何体も背負っていた。
勿論、アクセサリー系のアイテムもご相伴に預かっている。
お礼を述べて深々と頭を下げるミロとマリナに手を振るアイドルたち。そこへ順番待ちをしていた次のグループがやってくる。
――侍娘のレンと蛮族娘のアンズだ。
憧れのアイドルを前にして大騒ぎするミロを最優先に回して静かにさせたわけだが、そこから先のアイドル交流会の触れ合う順番は適当のようだ。
いや、レディファーストなのかも知れない。
アンズはいつも通りほんわかした態度なのだが、レンが異常なくらいガチガチに緊張していた。顔も真っ赤で心臓のドキドキまで聞こえてきそうだ。
「ほら、レンちゃん……」
アンズに優しく背中を押されたレンは、おずおずと前に踏み出した。
四枚の色紙を差し出したレンは力強くお辞儀する。
「あ、あの、私……小学生くらいからオーライブのファンで……中学生くらいから箱推ししてます! アニマルエンジェルスも大ファンですッ!」
サインくださいお願いします! とレンは裏返った声で願い出た。
この情熱的な訴えにアイドルたちも表情が華やいだ。
「えー、やったじゃん。純粋な女の子のファンだ」
「ミロちゃんもそうだけど、私らのファン層からしたらレアキャラだ!」
「SSRくらいかな? 最近増えたよね女子ファン」
「これ絶対ナナのおかげだってー♪ あちこちで頑張ったんだものー♡」
口々に喜んでレンを取り囲むハンティングエンジェルス。四方をアイドルで囲まれたレンは幸せのあまり脳が沸騰しそうな顔で狼狽えていた。
「あ、あの……ありがとうございます!」
ありがとうございます! とまだ何もされてないのに感謝を繰り返す。
珍しい女の子のファンと歓談したハンティングエンジェルスは、握手を交わしてサインを書いて、最後に一緒に記念撮影という流れになった。
「アンズ、お願い……一緒に撮って!」
ハンティングエンジェルスに囲まれたレンは、嬉しさのあまりいつもの落ち着いた表情を作れず、緩みきった顔のまま相棒を手招いた。
後方腕組み彼氏みたいな面でアイドルと交流するレンを温かく見守っていたアンズは「あたしもいいの?」と意外そうに自分を指差した。
「記念写真にアタシが混ざっていいの?」
うんうん、とレンは恥ずかしさ満点の顔のまま数度頷く。
「……尊すぎて耐えられない……混ざって中和して……お願い」
「なぁにそれ~。あたしお薬じゃないよ~?」
ケタケタ笑いながらもアンズはレンの頼みを断らず、ツバサがミロたちにしたようにアンズの後ろに立つと背中から抱き締めるようにして参加した。
身長差のある凸凹コンビだからできる芸当だ。
てぇてぇ……てぇてぇ……てぇてぇ……レンアンてぇてぇ。
また念仏みたいなものが聞こえたが無視しておこう。
レンとアンズも道具箱の一角を占有するほどお土産を頂いていた。ルーグ・ルー陣営の仲間であるソージの分もついでに貰ったようだ。
「確か部長もオーライブの動画は結構見てるって言ってたから……」
「多分きっとサンドボックス系ゲームだよねー」
広大なフィールドを駆け回り、手当たり次第に素材を集めて、建物などを自由に作るゲームの実況動画。ソージはこの手のものを好むそうだ。
工作者ならば視聴していてもおかしくはない。
憶測だがダインも興味本位で覗いているはずだ。ただし、絶対に公の場で口を滑らせることはない。迂闊な一言は彼女の不信感を招くからだ。
――女性VRアイドルの動画を視てます。
これを口にした瞬間、フミカが悋気を燃やして恐妻となる。
恐妻と化したフミカは戦闘力で勝るダインでも構うことなく組み伏せ、次から次へと関節技やプロレス技でお仕置きを敢行するのだ。
先日などアルゼンチンバックブリーカーを仕掛けていた。
ダインも学習したのか、空気を読んで発言を選ぶことを学習した。
先ほどツバサが「おまえらはいいの?」と話を振った時も、フミカはともかくダインが素っ気ない対応をした理由はこれに違いない。捉え方を変えれば、愛妻のために気を遣ったと言えなくもないが……。
まあ、目の色変えるほどのファンではないようだ。
「……ありがとうございましたッ!」
バネ仕掛けの人形みたいにお礼のお辞儀を繰り返すレンと、彼女を引っ張っていくアンズ。彼女たちの入れ替わりで前に出たのは中学生たちだった。
――鉄拳児カズトラと若執事ヨイチ。
動と静を表すかのような中坊コンビは、性格のベクトルが反対方向を向いているにも拘わらず仲が良く、暇を見付けては二人で連んでいるようだ。
同い年なのも気が合う理由のひとつかも知れない。
カズトラはいつもの面構えだが、ヨイチはやや緊張していた。
「オレっちは後でいいよ。先行け相棒」
痩せた狼みたいな口元を釣り上げたカズトラは親友の背を押した。ヨイチは小さく「ありがとう……」を感謝を伝えてからアイドルの前に立つ。
ヨイチは四枚の色紙を差し出して頭を下げる。
「はじめまして、ヨイチと申します……あ、アニマルエンジェルスのファンです! 特にレミィさんが一押しです! メンバー登録もしてます!」
あらまあ! とレミィが口に手を当てて驚いた。
「あなた……氷民さんなんだ!」
ハンティングエンジェルスを代表して色紙を受け取ったレミィは色紙を仲間たちにく配ると、ヨイチの手を両手で包み込むように握ってあげた。
それだけで中学生男子は蕩けそうだ。
氷民? とツバサは聞き慣れないワードを口内で呟いた。
「レミィちゃんのファンネームだよ。オーライブのVRアイドルを推すファンは、それぞれのアイドルにちなんだファンネームがあるの」
ミロがこっそり耳打ちしてくれた。
レミィのファンネームは氷狼王の末裔という彼女のキャラクター設定にちなんで“氷狼の民”。略して氷民と呼ばれることが多いらしい。
ドラコなら“RD団”。レッドドラゴン団、略してRDD。
(※ドラコの設定が赤龍王の娘だから、その徒党という意味がある)
マルカなら“尾狐”。尾狐さんや尾狐さまとも呼ばれる。
(※マルカの設定が九尾の狐の孫だから、ファンは一尾の狐という意味)
ナナなら“信奉者”。そのまま信者や信仰者と呼ばれもする。
(※ナナが最高神イツァムナーの子孫だから、その信者という意味合い)
「いいなー、レミィちゃんだけファンと会えてー」
ドラコがわざとらしく冷やかすと、マルカやナナも悪乗りする。
「どなたかー! ウチの尾狐さんいませんかー!?」
「ナナの信者さんどこー!? いつもお世話になってるけど姿見せてー!?」
手をメガホンにしてあらぬ方向へ呼び掛けるアイドル2人。
「やかましい! 人前で羨ましがるなみっともない!」
そんな三馬鹿トリオをレミィは遠慮なく叱りつける。この娘、清楚な見た目だが物言いはかなり強めだ。江戸っ子の伝法調ほどではないが……。
――握手、サイン、一緒に記念撮影。
この三点セットを済ませたヨイチも幾度となく謝辞を述べると、順番待ちをしているカズトラに場を譲った。彼の様子は普段と変わらない。
憧れのアイドルを前に興奮した様子はなかった。
「オレっちも皆さんのサインは欲しいんすけど……ひとつ注文いいっすか?」
――サインの宛名は“ミコちゃんへ”と入れてください。
こう切り出したカズトラは照れ臭そうに続ける。
「オレっちもオーライブの動画は視てきたけれど、そこまで熱のあるファンってわけじゃないから……でも、オレっちの妹分みたいな娘っ子があんたたちの大ファンなもんで……特にナナさん? あなたの推しらしいんすよ」
「ナナの信奉者さんイターッ!?」
噂をすれば影となったナナは諸手を挙げて喜んだ。両肩に乗っていたイグアナが落ちそうになるのも意に介さない歓喜っぷりである。
ミコとはカズトラの妹分のミコ・ヒミコミコのこと。
ククルカン森王国に所属する九歳の女の子、マリナと同じ幼年組の一人だ。
「へえ、ミコちゃんはナナさん推しなんだ」
ヨイチに尋ねられたカズトラは「ああ」と軽く返事をした。
「読んでた子供向け雑誌によく出ていたらしくてな。それで動画を視るようになってファンになった……みたいな話を耳にタコができるまで聞かされたぜ」
困ったもんだ、とカズトラは兄貴分らしく苦笑する。
ドラコは何やら合点が行ったらしい。
「あー、そういえば……ナナちゃんは子供向けの月刊誌や漫画によくゲストで呼ばれてたもんね。そこらへんが功を奏してるのかなこれは」
「意外と侮れないね、チルドレンファン層」
ドラコの話を聞いたマルカは認識を改めるように言った。
「っていうか……妹のためにサインもらうお兄ちゃんエモくない?」
「そうだよ! 兄ロリエモいじゃん!」
レミィの何気ない感想がナナの感情に火を付けてしまい、両手で握ったカズトラの手を縄跳びでも扱うかのようにブンブン振り回した。
いつかミコに会わせる約束をした上で、カズトラもハンティングエンジェルスと握手したり記念撮影したりサインもらったりと引っ張りダコである。
熱狂的でこそないもののファンには違いない。
カズトラは決まりの悪そうなにやけ顔で、アイドル交流会をやり過ごした。
中坊コンビが下がり、次に前へ出たのはミサキである。
友人たちに頼まれたという12枚の色紙を手にしているが、友人がジンとハルカを差すならば計算が合わない。ツバサは少々訝しんでいた。
こちらの視線が気になるのか、ミサキはいつもより落ち着きがない。
「あの、これ……サインをお願いします」
恐る恐るといった態で願い出るミサキは、サインの宛名を口にする。
「友達のジンとハルカと……それと、ミサキの名前も……」
「やっぱりミサキ君もハンティングエンジェルスのファンじゃないか」
遠巻きに眺めていたツバサが思ったままを口にすると、ミサキは「違うんです!」と血相を変えて振り返った。そのまま言い募ってくる。
「ほら、あれですよあれ! 頼まれた友達のサインをもらうだけで自分の入らないって……こういう場だと失礼じゃないですか! だからその、ついでってわけではないですし、オレも欲しくないわけじゃないから一緒に……」
――どうにも嘘臭い。
言い訳の筋は通っているが、釈明の仕方があまりにも拙かった。
乳房を支えるように腕を組んでいたツバサは、ほんの少し目を据わらせると母親の威厳をオーラのようにまとわせてミサキに問い質した。
かわいい愛弟子の本意を知りたいからだ。
「ミサキ君――正直になりなさい」
「ぐっ、むっ……うううっ」
オカンの気迫に圧倒されたミサキはたじろいだ。
内在異性具現化者として五神同盟の代表の一角を務める彼だが、まだ未成年であり未熟な面も目立つ。まだまだ師匠として貫禄勝ちさせてもらおう。
観念したミサキは赤面させた顔を俯かせた。
「うっ……あ……じ、実は……普通にオレも彼女たちのファンです!」
「「よく言った少年ーッッ!」」
正直になったミサキを褒め称えるように、ナナとマルカがご褒美のつもりか左右から激しく抱擁する勢いで抱きついた。
よぉ~しよしよしよし! と撫でくり回すのも忘れない。
……そういえばツバサが元男であること把握していたように、ミサキも同じように女体化した境遇だと知っているんだったな。
そう考えると素直になったミサキへのサービスでもあるのだろう。
ドラコやレミィからもチヤホヤされて恍惚めいた表情を浮かべるミサキというのもレアで見ていて飽きないが、ツバサは気になった点を尋ねてみた。
「なんで最初に訊いた時はぐらかしたんだ?」
隠さなくてもいいのに、とツバサは促すように付け加えた。
ツバサたちより前の世代だとVRアイドルを始めとしたVTuberという職業を毛嫌いする人間も多かったそうだが、今の御時世ではそちらの手合いの方が珍しいくらいだ。VRアイドルは一般的に受け入れられている。
「ウチのマリナやミコちゃん、それに年下のヨイチ君やカズトラが夢中なんだ。君くらいの年頃の少年がハマってたっておかしくないだろう」
「見てくれはツバサさんに追いつけ追い越せの巨乳美女だけどね」
しばらくアイドルとの記念ショットに見入っていたミロだが、ここぞとばかりに茶々を入れてきた。黙ってなさい、と小突いておく。
女体的な意味でもツバサはミサキに貫禄勝ちしている。
しかし、ボディラインも露わな戦闘用ボディースーツに身を包んだミサキは、まだ18歳とは思えないグラマラスなナイスバディだ。
そうしたモデル体型もナナたちにイジられる格好の要素である。
ハンティングエンジェルスの美少女たちに揉みくちゃにされながらも、ミサキはツバサに目線を合わせると理由を打ち明けてくれた。
「す、すいません……家はお祖母ちゃんが意外と厳しかったからアイドル系の話題はNGだったんです。二次元三次元VR問わず……」
「それは手厳しいな」
多少なりともオタクやアイドルといったサブカル文化を快く思わないお年寄りはいるものだが、これはかなり徹底している方だろう。
「あ、でも……ゲームや漫画にアニメは全然OKでした」
「お祖母ちゃん、アイドルに親でも殺されたの?」
訂正を加えたミサキにツバサは胡乱な眼差しを向けてしまった。
アシュラ八部衆に数えられるほどVR格闘ゲームに没頭してきたミサキなのだから、ゲームを始めとしたオタク全般を禁止されてはいないはずだ。彼の祖母は本当にアイドルのみを嫌っていたらしい。
……孫に禁ずるほどの事情があったのだろうか?
祖母の教えがトラウマというほどではないにしろ、ミサキにあのような行動を取らせたのだろう。ツバサの視線を気にしたのも似たような理由だ。
きっと祖母や母親の目を意識してしまったのだろう。
「誰がお祖母ちゃんでお母さんだ!?」
「すんませんツバサさん! 絶対そう深読みされると予想できたから、余計に言いづらくなっちゃって……ごめんなさい!」
そんなわけで――ミサキもアイドルとの交流会を堪能した。
ハンティングエンジェルスをまとめて推していたのもあるが、個人的な最推しはドラコだと告白する。その理由は……。
「以前、VR格闘の大きな大会に出場したり、その練習のための配信とかしてましたよね? あの頃から定期的に視るようになりまして……」
「じゃあミサキくんRD団じゃん」
あたしのファンみーっけ♪ とドラコは上機嫌だった。
ミサキの肩に馴れ馴れしく腕を回して抱き寄せ、ツーショットの記念写真を撮るくらいだ。ミサキも満更ではないようだが、後ほど彼女のハルカに知られたらどうなるかを考えると、ちょっと怖いところかも知れない。
そして、この事実にショックを受けたのがマルカだった。
「ぬああああーッ! ワタシのファンだけいねーッ! 尾狐さんどこー!?」
「いるさっここにひとりな!!」
声高らかに左手を突き上げ、右手でそれを支えるようなポーズを取ったのは他でもないバンダユウだった。孫のために一肌脱いだらしい。
しかしマルカは否定的に祖父を指差した。
「お祖父ちゃん、ワタシがVRアイドルだったこと知らなかったでしょ!?」
「うん知ったのはついさっき! それでもおまえのファンだぜ!」
それをファンと言わないの! とマルカは地団駄を踏む。
「できればメンバーシップ希望だけど……せめてチャンネル登録くらいはしてくれないと尾狐さんってファンネームあげられないの!」
「そうなのか? ロートルにゃあ厳しい時代だよ……」
バンダユウはがっくり肩を落とした。
マルカのファンである尾狐さん探しは後日、思わぬ形で実を結ぶことになるのだが、それがわかるのはもう少し先のことだった。
子供たちのアイドル交流会は大体の目処が立ったはずだ。
「他にハンティ……アニマルエンジェルスのみんなと触れ合ったりサインもらったり握手したりしたい人はいないのかな?」
「ツバサさん、今ハンティングエンジェルスって言いかけたでしょ」
「触れ合い、っていうとおさわりOKの動物園みたいだね」
レミィとドラコにツッコまれたが聞き流して艦橋を見回すと、こういう時こそ大はしゃぎしそうな人物が大人しいことに気付いた。
「――ランマルはどうだ?」
五神同盟屈指のナンパ野郎の声が聞こえない。
いつもなら「カワイコちゃ~ん!」と眼をハートマークにしてルパンダイブで飛び込んできそうなものだが、気配どころか存在感さえ薄いほどだ。
どこに行った? と探してみると妙なところにいた。
今回のパーティーでは最も巨体を誇るアハウ。その大きな背中に隠れており、ひっそりとこちらの賑わいを窺っていた。存在感を消すためか、いつもより小さな女の子に変身している。ひょっとすると幼年組と勘違いしそうだ。
まるで脅えているかのようである。
「どしたのランちゃん!? 可愛いアイドルさんだよ?」
いつもみたいに口説かないの? とミロはランマルが如何なる人物なのかを一発で紹介する言い方で心配するものの、当の本人は小さく首を横に振った。
幼女化したランマルは庇護欲を誘う声で自白する。
「……オイラ、アイドル苦手なんよ」
「「「「「「――はあッ!?」」」」」」
まさかの弱点にツバサを含む大多数が愕然とした。
あまりデカすぎるストライクゾーンから、見た目さえ良ければ老若男女誰彼かまわず口説き落とすナンパ野郎の口から出た言葉とは信じがたかった。
すぐには信じられず発言内容も鵜呑みにできない。
するとランマルは言いにくそうに苦手な理由を訥々と語り始めた。
「オイラさぁ……タレントとか芸能人とかは無理なんよ……」
アハウの背中にフェードアウトしていくランマル。
「なんつーかさぁ……その手の有名人ってファンたくさんじゃん? そういった人たちの想いつーか恋心つーか……そういうのを考えたり思っちゃうとさ、下手に手を出したら袋叩きにされる想像が止まらなくなっちゃうのよ……」
「……ああ、わかった。そういう理屈か」
ランマルの曖昧な自白から大凡を推察できた。
両性愛者のランマルは男女どちらでも年下でも年上でも、本人が「イケる!」と判断したら迷うことなく恋愛に持ち込む。度し難いナンパ野郎である。
そんな彼にもひとつだけ褒められる美点があった。
他人の色恋沙汰には首を突っ込まない。
他人の恋路に嘴を入れず、誰かの伴侶を寝取るような真似はしないのだ。なのでランマルが声をかける相手は恋愛的にフリーな対象へと限定される。
独特な嗅覚で嗅ぎ分けるため事故ることも少ないらしい。
(※この場合の事故とは、間違って妻帯者や恋人持ちにアタックすること)
これは恋多き男なりのポリシーなのだ。
そんなランマルの恋愛哲学からすれば、アイドルは大多数のファンと恋愛しているかのように錯覚するらしい。カワイコちゃんだからと粉をかければ、そのファンたちに総攻撃を食らう幻影にまで悩まされるようだ。
想像力が豊かなのも考え物である。
なんにせよ、出会ったばかりの美少女アイドルたちに無礼な行為をしないとわかっただけ良しとしよう。いつもより静かなのも助かるし……。
「イケヤさんとエンオウは?」
若武者六人より大人な青年コンビにも水を向けてみた。
ハッハー☆ と独特な笑い声でイケヤは大袈裟に肩をすくめる。
「僕はアイドル関係は幼稚園で卒業しちゃったからねー☆ キョウコウ社長に拾われるまではホスト稼業だったし、ちょっと縁遠いかなー?」
「幼稚園か……早熟ですね」
お気遣いサンキュウ☆ とイケヤは星が飛ぶウィンクで返してきた。
――女の子は大好きだけどアイドルは手控える。
イケヤの口調から、そのようなニュアンスを読み取ることができた。
「エンオウはどうだ? 曲がりなりにもツバサより下だろ」
図体こそ天を衝くようにデカくなったが、ほんの少し前までミサキと変わらない高校生だったのだ。VRアイドルくらい嗜んでいてもいいだろう。
エンオウは自嘲的な微笑みで頭を振った。
「お言葉ですがツバサ先輩……俺がPC関係を扱えるとお思いですか?」
「……だよな、スマホもろくすっぽ使えない原始人だもんな」
ツバサは目も口も一本線にして呆れた。
このエンオウという男、電子機器とは嘘みたいに相性が悪い。
スマホもまともに使えるのは電話機能だけ。多様なアプリはおろか簡単なSNSやメール機能ですら満足に扱えない筋金入りの機械音痴である。
動画配信サイトを視聴できるかも怪しい。
よってVRアイドルの配信を視ることなど不可能なのだ。
「あ、でも、モミジの指導でメールは打てるようになりました!」
「……そうか、次はようやくSNSだな」
喜々としたドヤ顔で主張する後輩を、ツバサは生暖かく見守ることにした。武道家としての成長は期待できるが、IT方面は頼りにしていない。
はあっ……と嘆息したツバサは次の人に話を振る。
「ショウイさんは如何ですか? お話を聞きたいと仰ってましたが……」
「すいません、予約だけ入れさせてほしいです」
思い掛けない返事が寄越されたのでショウイを見遣れば、大小無数のスクリーンとにらめっこしながら、オルガンみたいな制御盤を叩きまくっていた。
深きものの海底基地、付近にある島々、南海の状況……。
過大能力で派遣した調査員から送られてくる南方大陸の情報も編集中で、てんてこ舞いの大忙しなご様子だった。
ショウイは作業の手を休めずに心境を解説する。
「モニター越しでしか知らないVRアイドル……その当人たちに是非ともインタビューさせていただきたいところですが、何分ご覧の通り整理するべき情報が立て込んでおりまして……アニマルエンジェルスの皆さんも、慌ただしいこの状況下では上手く受け答えできないかも知れませんし……」
お話を伺うのは落ち着いてから、とショウイは真摯に申し出た。
OKー♪ と了解したのはドラコだった。
「なんか知んないけど話聞きたいならいくらでもして上げるよ。まあ、業界内の闇とかはほんのり誤魔化しちゃううけどね」
「……あるんだ、業界の闇」
ツバサは少し顔を青ざめさせてしまった。アイドル関係は凄まじいと昔から有名だが、そこはVRでも大差ないらしい。
他のメンバーからも反論は出ないので了承したようだ。
ありがとうございます、と礼を述べたショウイは作業に集中していく。
趣味よりも仕事を優先する――大人の鑑である。
とはいっても、ツバサとショウイはそれほど年が離れていない。ほんの少しショウイの方が年上くらいだ。ほとんど同い年といってもいい。
そう考えると理解しがたい殺し屋も同年代なのか……複雑だ。
「さてと……これでアイドル交流会は済んだかな?」
ツバサはグルリと艦橋を見渡した。
ハンティングエンジェルスのファンな子供たちは頂いたお土産やサイン、一緒に撮った記念写真のチェックに余念がない。十分に楽しめたようだ。
異論が出る気配もない。どうやら一段落ついたらしい。
ツバサは大人たちへと振り返る。
「お待たせしました。もう大丈夫みたいですよ」
アイドルたちがファンとの交流を終えるまで、知り合いの女の子たちとの再会を喜ぶのを後回しにして、出しゃばることなく待機してくれていた。
アハウとバンダユウは待ち侘びたように頷いた。
ドラコやマルカもアイドルの仮面を脱ぎ捨てるように素の表情で笑みを浮かべると、各々が世話になった大人たちへと駆け寄っていく。
~~~~~~~~~~~~
「――アステカ兄や~~~ん♪」
「――辰子ちゃん!」
満面の笑顔を露わにしたアハウは両手を広げて待ち構えると、ドラコも牙みたいな八重歯を覗かせた弾ける笑顔で飛び込んでいく。
室内だというのに音速を超え、円錐雲が発生する飛び込みだ。
ズドォン! ミサイルを発射したような爆音も轟いた。
目方が軽い者ならば吹き飛ばされる威力だが、そこはそれ。逞しい獣王神となったアハウである。普段から2mを越える筋骨隆々な獣人の体躯ならば難なく受け止めていた。それでも1mくらいは後ろに押されていたが……。
制動距離の黒い跡を床に残してアハウは踏み留まる。
そのまま久し振りに再会した親子みたいな熱い抱擁を交わした後、アハウは両手をドラコの脇へと差し込み、おもむろに持ち上げた。
小さな子供に「高い高ーい」とあやすアレだ。
いい大人がやられたら恥ずかしがりそうなものだが、ドラコはケラケラと楽しそうに笑ってされるがままだった。手足をピーンと伸ばしてさえいる。
リアクションが幼女のそれだった。
ドラコと再会できたアハウもテンションが上がっているのか、右手をまっすぐに突き上げると、そこにドラコのお腹を乗せて片手で持ち上げてしまった。ドラコも手足を伸ばしたままクルクルと回り出す。
これも子供相手にやるヘリコプターという遊びだ。親子に勝るとも劣らない信頼関係がなければできない、組み体操みたいな技でもある。
「キャッキャッキャッ! あー懐かし、アステカ兄やんのヘリコプター!」
「辰子ちゃん、昔からこれが好きだったからな」
「幼児か!? ドラコン幼児なんか!?」
獣王神と戯れるお子ちゃまみたいなドラコを目の当たりにして、瞳を丸くしたレミィが驚いていた。ツッコミのキレもいい。
一通り遊んであげた後、アハウはドラコをそっと降ろした。
それはもう割れ物を扱うような丁寧さでだ。
床に足が付いたドラコは嬉しさを隠さずにアハウを見上げる。
「アステカ兄やん久し振り、すっごい男前になったじゃん」
獣王神となって現実世界での原型をあまり留めていないアハウには皮肉に聞こえるかも知れないが、仲がいいからこそ言えるジョークであろう。
「相変わらず口が減らないなぁ辰子ちゃんは……」
大きくなったね――見違えたよ。
からかわれたように苦笑したアハウは辰子の成長を喜んでいた。
しかし一転、眉を悲しげに歪めて声音を落とす。
「聞くまでもない質問かも知れないが……VRMMORPGで転移してきたのは君とお友達だけかな? その、逆神教授や奥方さまは……」
「うん、あたしだけ……お父ちゃんたちはゲームとかしないしね」
答えるドラコも眉尻を下げて寂しげに呟いた。
それでも不安を吹き飛ばすようにカラカラと笑い声を上げる。
「でも心配しないで。お父ちゃんは“地上最強の民俗学者”だよ。滅多なことじゃ凹まないのはアステカ兄やんもよく知ってるでしょ?」
「ああ……痛いくらい身に染みてるよ」
顔色を取り繕うアハウの胸板をドラコは慰めるべくポンポンと叩いた。
「大丈夫だいじょうぶ、お母ちゃんと一緒によろしくやってるって。さもなきゃどうにかして、自力でこっちの世界に渡ってくるかも知れないしさ」
「……うん、あの人ならやりかねないね」
両親の身を案じるのは他ならぬドラコ自身であろう。
その気持ちをひた隠しにして、同じように心配してくれるアハウを元気づけようとするドラコの力強いタフな精神力には感服させられる。
アバウトで大雑把なばかりではない。
ドラコは難局に直面しても折れない不屈の心を持っていた。しかも、それを他人に分け与えられるだけの包容力まで有している。
ハンティングエンジェルスが保ったのは彼女の頼もしさゆえだろう。
簡素ながら互いに近況報告をするアハウとドラコ。
区切りが良いところを見計らい、ツバサは二人に尋ねてみた。
「戦闘中に概要は聞きましたが……お二人はどういうご関係なんですか?」
詳しい説明を求めてみるとアハウが応じてくれた。
「うん、順を追って話そうか」
詳細に関しては大学で講師をしていたアハウの方が弁が立つ。ドラコは「どうぞ」というジェスチャーで解説役をアステカ兄やんに譲った。
「大学生時代――俺は家なき子だったんだ」
「いきなりヘヴィな話をぶっ込んできましたね……」
違う違う、とドラコが訂正のため話に割り込んでくる。
「もーアステカ兄やんはすぐ深刻な話にするんだからー、もっとシンプル単純明快に言わないと伝わらないってー」
ドラコは抱きつくようにアハウの肩に手を回して当人を指差す。
「アステカ兄やんの住んでた家が全焼したの」
「だから重いんだってば!?」
「正確には全焼未満半焼以上かな」
「何があったんですか!? とっとと具体的に話してください!」
アハウがまだ大学生の頃の話――。
実家との往復に飛行機を使うほど遠い大学へ入学したアハウは、その近くにアパートを借りて通学していたのだが、そこが火事に遭ったそうだ。
「火元は俺が住んでいた南端の部屋の反対、北端の部屋だった。そこから瞬く間に燃え広がって、横に長い棟をほとんど焼き尽くしてしまってな」
アハウの隣の部屋まで火は届いたという。
幸いにもアハウの部屋は延焼を免れたのだが、消火のために浴びた水は少なからず部屋を浸水させており、水道ガス電気などのライフラインもズタボロ。とてもではないが住める状態ではなかったという。
当時の苦しい状況を思い返したのか、アハウは空を仰いだ。
「大家さんも心機一転、アパートを取り壊して建て直すと言い出してな。取り急ぎ引っ越すか実家に戻らなければならなかったんだが……」
「急な話しすぎて対応に困りますよね」
ツバサの友人にもボヤ騒ぎに巻き込まれ、改築のために部屋を追い出された知り合いがいたので、彼の苦労した姿をアハウに重ねてしまう。
アハウの肩に乗ったドラコは自分を指した。
「そんなアステカ兄やんを助けたのがウチのお父ちゃんがなのよ」
逆神辰子の父親――逆神三郎教授。
学者志望のアハウに民俗学を叩き込んでくれた恩師だという。
ツバサも名前だけは噂で聞いたことがある。
ただし学者の高名ではなく、格闘家としての勇名を聞き及んでいた。
地上最強の民俗学者――逆神三郎。
民俗学者のカテゴリーでは最強という意味だ。
実際、恐るべき手練れだったらしい。
曰く──南の海で全長8mを超えるホオジロザメを素手で仕留めた。
曰く──土砂崩れで滅びかけた村から村人全員を無事救出した。
曰く──北海道でフィールドワーク中に伝説の巨大羆と渡り合った。
曰く──過疎村を調査したら大麻栽培所だったので1人で壊滅させた。
曰く──変死者の絶えない沼を調べていたら一夜で埋めてしまった。
曰く――某所で行われた喧嘩祭で無双してたった一人の勝者となった。
曰く――山に潜伏していた連続殺人鬼を半殺しにして警察に連れ込んだ。
伝説だけならば数知れず。
その他にも穂村組や剣豪セイメイが関わるような裏社会や暗黒街の猛者とも渡り合い、すべてに全戦全勝したと聞いている。
武道家としての流派は修めず、格闘家としての流儀も定めない。
天性の肉体と天賦の無手勝流で武勇を轟かせていた。
生まれついての強者であるのは間違いなく、有名な作品に準えて範馬の血脈だとかフィジカルギフテッドだとか、様々なものに例えられていた。
誰もが抱く逆神教授についての見解はたったひとつ。
問答無用で強い――この一言に尽きる。
鉄筋コンクリートを殴り壊す腕力、吊り橋が必要な谷を飛び越える脚力、その谷に落ちても怪我ひとつない耐久力、羆を素手で絞め殺す膂力……。
そして、殺しても殺しきれない生命力。
本当に人間か? と疑いたくなるタフネスさだったという。
逆神教授と拳を交えた者は、その姿に赤い龍がまとっているところを幻視することがあったため、“赤龍の申し子”なんて二つ名でも知られている。
ドラコのキャラ設定は知ってか知らずか、奇しくも父親譲りになっていた。
そんな強者――あのインチキ仙人が興味を示さないわけがない。
ツバサの師匠も好奇心から接触したことがあるらしい。
出会っただけで互いの強さを推し量り、両者とも「コイツと喧嘩したらタダじゃ済まない」と判断し、夜通し酒を酌み交わして友好を深めたという。
こういった話は逆神教授の裏の顔だ。
実の娘であるドラコや教え子であるアハウの口振りから読み取るに、どうやら彼と彼女は裏の顔をまったく知らないらしい。
地上最強の民俗学者というフレーズは表の顔でも有名だった。
そりゃあフィールドワークへ出向く度に現地で伝説を作ってくれば、こんなチートキャラみたいなあだ名を冠するのも無理はあるまい。
だが、真実はえげつないものだ。
逆神教授自身は一般人のつもりだったのかも知れない。
だが、あまりにも強すぎるゆえフィールドワークの行く先々でトラブルを巻き起こしたり騒動に巻き込まれたり、波瀾万丈な旅をしていたらしい。
その所業もまた伝説化している――裏の顔でもだ。
インチキ仙人伝に聞いた逆神教授の裏の顔にまつわる逸話は、穂村組の精鋭やあの剣豪セイメイですら顔を顰めるものがいくつかあった。
一村鏖殺事件とか、ダム倒壊未遂事件とか、ある一族の壊滅事件とか……。
これらは禁忌の領域――触れない方が良い。
ツバサは口を噤んで話題にするのを避け、二人の話に耳を傾けた。
「前にも言ったが、逆神教授は私の恩師の一人でね」
まだ駆け出しの学生で何人もの教授に師事を仰いでたアハウだが、この逆神教授には特別気に入られたのか矢鱈と厚遇されたらしい。
「おかげで使い減りしない助手として扱われたわけだが……」
「ウチのお父ちゃん、使える人間をピックアップするの上手かったからね」
良くも悪くもお世話になったのは間違いないそうだ。
アハウが火事に見舞われた災難は大学にも知れ渡り、逆神教授の耳にも届いた。すると「だったら家に来い」と誘われたらしい。
「あたしん家、結構古いタイプの日本家屋だったんだけど、住んでるのはアタシとお父ちゃんとお母ちゃんの核家族だったからさ」
貸すだけ部屋は余ってたのよ、とドラコは懐かしそうに言った。
アハウも笑っているが口の端ににがみを滲ませていた。
「背に腹変えられなかったのもあるが、家賃はこれまでの三分の一でいいし、朝晩は食事も付けてやる……と言われたら断れないだろう?」
「……それなりの対価も求められたのでは?」
かなりの好条件なのでツバサは「裏がある」と勘繰ってしまった。
もちろん、とアハウはかつての苦労を笑い話で語る。
「破天荒極まりない逆神教授の助手として、過酷なフィールドワークに振り回されたものさ。まあ、今となっては得難い経験だったと感謝しているけどね」
「あと、ドラコの世話と家庭教師も勘定に入ってるよね」
逆神家は放任気質だったらしい。
父親は前述の通り大学で教鞭を執る傍ら、民俗学のフィールドワークと称して各地を飛び回り、ほとんど家に居着かなかったという。母親も専業主婦というわけではなく、ドラコを置いて家を空けることが少なかったらしい。
まだ小学生だったドラコの面倒見役。
アハウはおてんば娘の子守を仰せつかったわけだ。
時間があれば学校の勉強も教えてやることが、安い家賃と朝晩の賄いの代価だったらしい。あと、並みの体力なら一日で潰れる教授の助手もだ。
一つ屋根の下で家族同然に暮らす。
アハウにしてみればドラコは恩師の娘であり妹分のようなもので、ドラコにとってアハウは父親が育てた生徒で一緒に過ごした兄貴分も同然。
再会を喜び合うのは当たり前だ。これで二人の間柄は確認できた。
「そう考えると……アハウさんは現実にいた頃からタフだったんですね」
「まあね。体力なら昔から十人前はあったと自負できるよ」
アハウは二の腕に力瘤を作った。
武道家らしい着眼点を向けたツバサにアハウは誇らしげに胸板も張る。人の倍どころではない、十倍の体力とは相当なものである。
彼もまた内在異性具現化者だ。
現実世界にいた頃から人並み外れた才覚があったのかも知れない。
「――でもさドラコン」
真似をしたいのツバサへおんぶするみたいに抱きついてきたミロは、ドラコのことを馴れ馴れしく愛称で呼んだ。
ドラコはドラコン、ナナはナナちと呼ばれているらしい。
マルカは呼び捨てが愛称であり、レミィはちゃん付けが多いようだ。
「どしたのミロちゃん。なんか聞きたいことでもある?」
アハウの巨体に抱きついて肩に顔を乗せるドラコ。ミロも同じようにツバサの背中にしがみつき、肩に顎を乗せてカクンカクンと鳴らしていた。
「うん、アステカ兄やんってなに?」
独特なアハウの呼び方が気になったらしい。
なんとなくツバサは見当がついていたのでアイコンタクトを送ると、アハウは照れ臭そうに関羽みたいな髭を撫でながら明かしてくれた。
「いやぁ、あだ名なんで大した意味はないんだが……逆神教授の家へお世話になった頃から中米考古学にハマって、部屋に参考資料が増えてきたから……」
ニシシ、と笑いながらドラコは兄貴分を指差した。
「んで、アステカの文字がやけに目立ったからアステカ兄やん」
ほぼツバサの予想通りの流れだった。
~~~~~~~~~~~~
一方、こちらは血縁同士で感動の再会を果たしていた。
「……お祖父ちゃん」
円らな瞳に涙を潤ませ、わななく唇を噛み締めるマルカ。
「……マルカ、我が孫娘よ」
表情を引き締めるも、嬉しさに緩む口元は隠しきれないバンダユウ。
間合いを取るように距離を置いて相対する祖父と孫。褞袍を羽織った歌舞伎者みたいな格好と着物をイメージしたアイドル衣装に身を包んでいるため、和風という共通点がシンパシーを感じさせた。
見つめ合う二人、その背景が流れるように変わっていく。
桜吹雪が舞う春かと思えば深緑が眩しい夏へと変わり、あっという間に紅葉して秋かと思えば雪が舞い散る冬が訪れる。
あふれた二人の心象イメージが世界を塗り替えるかのようだ。
桜の花びらも深緑の葉も紅葉の落ち葉も雪も、すべて艦橋に残っている。これは後片付けが大変だ、とかオカンは苦い顔をしてしまった。
――幻が具現化しているのだ。
「いや、これ絶対バンダユウさんの過大能力ッスよね?」
「フミカ、シィーッ! お口にチャックぜよ!」
もっともなことを指摘するフミカにダインは、鋼鉄の指を嫁の唇に押し当てると「無粋なのはなしじゃ」と注意していた。
多分、バンダユウ流の小芝居だからツッコんでも問題ない。
いつ果てることなく景色を差し替える背景。
春夏秋冬が何度も巡る中――見つめ合う祖父と孫娘。
溜めの時間を計るかのように、ギャラリーがまだかまだかと焦れるまで待機するかのように、たっぷり間を持たせているとしか思えなかった。
「――お祖父ちゃんッッッ!!」
「――マルカあッッッ!!」
感極まって泣き叫び、示し合わせるように互いを呼び合う祖父と孫。
両手を広げて相手に駆け寄っていくのだが、ツバサたちの目から見てもスローモーションが掛かっている。いや、実際にスローで動いているのだ。
手の込んだパントマイムみたいだった。
大きく一歩踏み出すのにも数秒かかっている。
そのくせ目薬を差したみたいに両眼からこぼれる涙は尾を引いており、いつまでも床へ落ちようとしない。その手の技能で演出しているらしい。
「おぉぉぉ~じぃぃぃ~ちゃぁぁぁ~んんんんんッ!」
「まぁぁぁ~るぅぅぅ~かぁぁぁぁ~あああああッ!」
発する声にはドップラー効果を掛けていた。さすがに鬱陶しい。
一分くらい時間を掛けて、ようやく抱き合うバンダユウとマルカ。その瞬間に差し替わる背景やスローモーションの幻覚は消え失せた。
「お祖父ちゃんお祖父ちゃんお祖父ちゃんお祖父ちゃんお祖父ちゃーん!」
「マルカマルカマルカマルカマルカマルカマルカマルカマルカマルーカ!」
大柄な祖父が小柄な孫娘を抱き締める。マルカは祖父のことを連呼して、呼応するかのようにバンダユウも孫娘の名を呼ばわった。そして、これでもかというくらいマルカの狐耳が生えた頭を撫で回している。
少々スキンシップが過剰かも知れない。オーバリアクションだ。
しかも、これまた長いことやっている。
見守る方が飽きてくるのだから、相当時間が掛かっているはずだ。
やがて――。
「「……ぁぁぁあああああああああああッ! 暑っ苦しいわーッ!!」」
えええええええええっ!? と観客も驚いてしまった。
再会の喜びを分かち合うと抱き合っていた祖父と孫は、眉も肩も怒らせて激怒の相になると、同極の磁石みたいにお互いを突き飛ばしたのだ。
異口同音で張り上げた声からも怒気を感じられる。
どちらとも肩で呼吸を荒らげて、喧嘩中の猫みたいに威嚇していた。
と思いきや――双方ともにやけ顔になる。
「うえっへっへっへっへっ……お祖父ちゃ~ん♪」
「うえっっへっへっへっへっ……マルカぁ~♪」
変顔にも見えるにやけ顔のまま互いの肩に手を回して抱き寄せると、奇妙な笑い声を上げて互いの肩をポスポスと軽めに叩いていた。
「……何をしているのかさっぱりわからない」
それがツバサを含む多くの者の感想だった。
だがしかし、これがバンダユウたちなりの交流なのだろう。
家族を確認するための儀式みたいなものか?
鏡写しのように挙動がピッタリなので、息が合うどころではない。そのシンクロ率の高さには血の繋がりを感じざるを得なかった。
それはもう否応なしにだ。
小芝居も済んだのか、バンダユウはマルカを抱き上げる。
左の二の腕へマルカの小さな尻を乗せると幼子みたいに担いだ。マルカも身軽なもので、雑技団のようにヒョイと乗っていた。
「まさか異世界でおまえに会えるたぁな……夢にも思わなかったぜ」
グスリ、とバンダユウは少し鼻声で言った。
孫娘を見上げるその目元に溜まる涙の玉は演技ではない。支えてくれる祖父を見下ろすマルカの瞳も潤んで涙がこぼれそうだった。
「それはこっちのセリフだよぉ……なんでお祖父ちゃんが真なる世界にいんの? いるってことはVRMMORPGやってたんだよねぇ? ゲームなんて興味ねえっていってたお祖父ちゃんがどういう風の吹き回しなの?」
マルカは半泣きの鼻声で切々と問い掛ける。
「えっ……ま、まあ、色々あってな。仕事の一環というか……」
ギクリ! と震えたバンダユウはバツの悪そうな顔をになると、真剣に心配する孫娘の視線から視線をはぐらかそうと必死だった。
「……………………」
ツバサはジト眼で睨むものの発言は控えておいた。
まさか穂村組として悪巧みをしていたとは明かせまい。商人ゼニヤと手を組んで異世界の覇権は狙っていたなどとは口が裂けても言えないはずだ。
やってることは完全に悪役サイドである。
ツバサへのセクハラを上回るお説教案件となりかねない。
瞳から零れる涙を拭うマルカは、案ずるようにツバサへ振り向いた。
「ツバサさんと一緒にいたみたいだけど……お友達になったの? それともツバサさんのデカパイとデカ尻に目が眩んで舎弟にでもなったの……?」
「マルカちゃん言い方言い方」
悪気がないのは口調でわかるが遠慮もなかった。
「応よ、あのダイナマイトバディに一目惚れして一の家来になったんだ」
「バンダユウさん言い方ぁッ!?」
こちらは本気で叱りつけた。詐欺師だから嘘も方便もスルスル出てくる。
まったく……とツバサは怒りを吐息で吐き出した。
「マルカちゃん、後でちゃんと説明するけど、バンダユウさんは対等な仲間だ。俺は誰の上に立ったつもりもない。そりゃあ子供はやたらと増えたが……」
マルカは驚愕の表情でこちらの言葉尻を拾ってきた。
「え? ツバサさん……とうとう産んだのミロちゃんの子を!?」
「君そういうところお祖父さんそっくりだな!」
こちらがツッコミを入れやすいようにボケてくれたに違いない。この芸人気質、この祖父にしてこの孫ありだ。工作の変態とも気が合うだろう。
バンダユウが元妻帯者――バツイチなのは聞いていた。
奥さんとの間には息子も儲けたという。
元奥さんは極道の妻になれず、バンダユウに選択を求めたらしい。
『穂村組を捨てて堅気になる? 妻子を捨てて極道を貫く?』
歴史が浅い外様的な立ち位置とはいえ、江戸時代から穂村組の傍流として鳴らしてきたのがバンダユウの百地一族。古巣を裏切ることはできない。
バンダユウは苦渋の決断として離婚を選んだ。
慰謝料は勿論、一人息子の養育費も欠かさず渡していたそうだ。
しかし、元奥さんはなるべく息子をバンダユウから遠ざけ、面会させるにしてもあまりいい顔はしなかった。それも仕方ないことだろう。
穂村組は暴力団の中でも別格の凶暴さを誇る。
殴り込みの応援、荒事の用心棒、要人暗殺……流血沙汰のオンパレードだ。
元奥さんはバンダユウからその裏事情も伝え聞いていたので、堅気に戻る以上は息子を危ない眼に遭わせたくなかったらしい。普通に会っていてもいつ何時、血生臭いことに巻き込まれないとも限らないからだ。
それはバンダユウも同じ気持ちだった。
我が子は恋しいけれど会うことは我慢したという。
だが、この息子がなかなか曲者だった。
バンダユウの気質をかなり受け継いでおり、他人を出し抜くことに関しては誰よりも長けていた。事あるごとに母親の目を盗んで父親を訪ねていた。
その理由も「遊びに来た」と子供らしいもの。
組員の目すら欺いて、組の敷居を跨いでいたというから驚きである。
彼なりに父親を慕っていたようだ。
「お父さん、手先は不器用だけど動きは機敏なんだよね」
「あの野郎、おれの立ち回りの器用さだけは継いだからな」
血を分けた娘と父からの評価がこれである。
「お祖父ちゃんの息子が一人前になって、ワタシのお母さんと奇跡的な巡り合わせで出会って結婚して……産まれたのがマルカってわけ」
テヘペロ♪ とマルカはキメ顔でウィンクをした。
結婚して娘が産まれても息子は定期的にバンダユウに顔を見せており、初孫ということもあってマルカもよく連れてきたそうだ。
こうして、祖父と孫娘は短いながらも逢瀬を交わすことができた。
「この娘はおれの手妻師としての才能を受け継いでいてな」
(※手妻師=日本における奇術師や手品師の古い呼び方。幻術師や妖術使いと言い換えても差し支えない。バンダユウ本来の流儀)
バンダユウは担いでいたマルカを胸元へ滑らせると抱き締めて、大切な玉でも磨くように撫で回した。その表情はトロトロに蕩けている。
「遊びに来てくれた時に初歩的な手妻の技を教えてやるんだが、バカ息子は三日掛けても覚えてくれないのに、こいつはあっちゅう間に物にしちまったもんよ。スポンジが水を吸うみたいにスルスル覚えていきやがるのさ」
「おかげで手品のできるVRアイドルとして有名になっちゃったのよ」
イェイ♪ とマルカは自慢げにピースサインをした。
「そういえばマルカちゃん、手品動画の枠持ってたもんね」
ハンティングエンジェルスの動画を視ていたミロは思い出したように言った。最近の動画技術なら、VR越しに手品を拾うことも可能だという。
バンダユウはマルカを抱き寄せ、フレンチキスの嵐をお見舞いする。
「そんなわけで……目に入れても痛くない可愛い孫さ」
「お祖父ちゃんお口臭い! てか口吸いやめてアイドル的にNGよ!」
しかし、マルカは人前の気恥ずかしさから両手を突っぱねて、祖父の顔を遠ざけようとしていた。あるいは口臭が本当に臭いのかもしれない。
こんなやり取りですらコントに見える。
眺めている分には飽きさせない祖父と孫娘の間柄だ。
「さてと――挨拶と再会と交流会はこんなところでいいかな」
パァン! とツバサは柏手を鳴らすように大きく手を打った。そろそろ話を切り替えようと思ったからだ。
まとめ役であるドラコへツバサは提案を振った。
「アニマルエンジェルスは五神同盟に聞きたいことがあるだろうし、俺たちも君たちに聞きたいことがたくさんある……どうだろう、一暴れした後だし食事でもしながら積もる話をしないか?」
賛成、とドラコはのっぺりした声で答えた。
アハウの肩から飛び降り、レミィやナナの前に立つ。マルカもいつの間にかバンダユウの手からすり抜けており、仲間の輪に加わっていた。
「さっき言った通り、助けてもらいたいって相談もあるしね」
「あとあと、フレイちゃんたちも紹介したいし」
待ちきれないと言わんばかりにナナが口を挟んできた。
フレイという名は深きものどもとの戦闘中にも耳にした覚えがある。ハンティングエンジェルスの駆る飛行戦艦の火薬の出所でもあるらしい。
小首を傾げたツバサは訊いてみる。
「フレイ……さんという方は君たちの仲間かな?」
答えてくれたのはマルカとレミィだった。
「プレイヤーじゃないよ。この世界で生まれた人。近くの島に住んでるの」
「亜神族のドヴェルグ族という種族のお姫様なんですけど、お父さんが神族で灰色のみ……なんだっけ? 神族や魔族と他の種族の間に生まれた……」
――灰色の御子か。
ツバサがその名を口にするとレミィは頷いた。
「そうそう――それです。自分は特別な生まれだって言ってました」
「ドヴェルグ族というのも聞いた覚えがあるな」
うろ覚えながらゲームの設定資料などで見た記憶がある。
「いわゆるドワーフの元になった種族ッスよ。出典は北欧神話。そこに登場する神々の超常的な武器はほとんど彼らが作ったものッス」
すかさず博覧強記娘のフミカが助け船を出してくれた。
神槍グングニル、撃槌ミョルニル、封鎖グレイプニル……このような神々の助けとなる神器を作り出す闇の妖精とのことだ。
「この近くにそのドヴェルグ族が暮らす島があるわけだ」
「住んでるのはフレイちゃんたちだけじゃないけどね」
ニヒヒヒ♪ とナナは期待を膨らませるような笑顔で続けた。
細い両腕を広げてアピールしてくる。
「モフモフの種族がいーっぱいいるの! モグラにビーバーにウォンバットにカピバラにマーモット……っぽく見える種族の人たちがたーくさん!」
モフモフ地下帝国だよ! とナナは大はしゃぎだ。
「地下帝国……?」
またも新しいフレーズにツバサは困惑してしまった。
今度はドラコが詳細を話してくれる。
「ドヴェルグ族もそのモフモフな人たちも、地下に都市を建ててそこで暮らしてるんだよ。洞窟暮らしが性に合うみたいなんだけど……」
深きものどもから避難してるみたい、とドラコは深刻そうに言った。
「だから彼らの国は地下にある……まるで防空壕みたいに」
ドヴェルグ族の地下都市――アウルゲルミルは。
~~~~~~~~~~~~
その大地は潮気に満ちた空気に覆われていた。
塩害にやられたとしか思えない、白い粉を吹いて乾いた地面。大地は湿り気を帯びたところと水分を失って乾いた部分が混在している。
そして、至るところに水掻きのある足跡が目についた。
十や二十では利かない、百や千でも少ないくらいの足跡の群れだ。
――深きものども。
群れを成す彼らが海の底から上陸し、この地を蹂躙しているのが窺えた。
枯れた草木はおろか石ころさえも見当たらない不毛の地。
利用価値のある資材は根刮ぎ水掻きのある手で掻っ攫われてしまったのだろう。いずれ砂や土までも奪われそうな光景が広がっている。
だとしたら――不自然な場所が点在していた。
半魚人の手足に蹂躙された大地の所々に手付かずの地があった。
そこは深きものどもも足を踏み入れるどころか近寄ってもおらず、辛うじて栄養価のある土が残り、下草が生える程度の自然が残されている。
場合によっては汚されていない水源もあった。
貪り尽くされた大地に辛うじて残された――オアシスのような土地。
そうした土地で作業に勤しむ一団がいた。
わずかな植生の残った緑の土地を取り囲むのは、筋骨どちらもが太く逞しそうな肉体を持つ雄々しい戦士たちだった。
装甲の厚い鎧兜を身にまとい、皆一様に大振りの斧を携えている。
一般的な人間ほどの背丈はあるがズングリムックリした体格をしており、男たちは誰もが胸から腹まで隠すほどの豊かな髭を蓄えていた。
肌の色は闇を連想させる黒味を帯び、日の下では褐色に見える。
鉱山の妖精ドワーフを大柄にしたような種族だ。
その武装から警備を司る兵士らしく、絶えず周囲を警戒していた。
「東方面、異常ナーシ。視界良好、怪しい影は発見できず」
「西方面、異常なしぃ! 特に問題ないでありますぅ!」
「北方面、異常なし。風が出てきたのかやや埃っぽし」
「南方面、異常なし……注意を継続されたし!」
周囲の状況を最大限に警戒し、定期的に大きな声で報告を交わしている。
緑の土地の中では別の種族が懸命に働いていた。
その見た目は――大型の齧歯類。
ナナが例えたようにカピバラ、マーモット、モグラ、ビーバー、ウォンバットのような外見をした種族だ。ただし、似ているだけに過ぎない。
どの種族も人間の腰くらいまでの背丈がある。
ちゃんと二足歩行で活動できており、手先も器用でスコップやツルハシを使って地面を掘り返すのもお手の物だ。毛皮に覆われているにも関わらず衣服を着る文化があるらしく、土木作業に適した仕事着を着込んでいた。
やってることは一見すると――発掘作業。
単なる穴掘りで地面を掘り返しているのではなく、土の下に眠っている目的の物を壊さないように掘り出すべく慎重に作業しているのがわかる。
丸っこい小動物めいた彼らが身体のサイズに合わせた小さな道具で一生懸命に働く姿は、とてもファンシーで見ていて飽きないものだった。
ナナが「モフモフだよ♪」とはしゃぐ気持ちもわかる。
「あッ! これ……見つけたぁーッ! 出た出た出たぞぉーッ!」
眼鏡を掛けたモグラの青年が発見の報を知らせる。
その声が広がると作業に集中していた多くの齧歯類が手を止め、モグラの青年の元へと駆け寄り、出土した物が本物かどうかの鑑定を始めた。
「淡緑の硬い鉱石……五角形の平石……」
「刻まれてるのは……ひしゃげた五芒星……」
「中央に……燃える火柱を宿した瞳……」
ホンモノだーッ! と齧歯類たちは歓喜の雄叫びに沸いた。
掘り当てたモグラの青年は仲間たちから胴上げで讃えられると、すぐさま姫様の元へお持ちするように促され、皆から背を押されて駆け出した。
「お喜びください姫様ーッ! 新たにひとつ発見しましたーッ!」
フレイ様ーッ! とモグラの青年は姫様に駆け寄る。
「おおっ、でかしたねドリモグ!」
フレイ姫と呼ばれた少女は作業の手を止めて腰を上げた。
褐色の肌に金髪が映える麗しい美少女だ。
彼女自身も泥まみれの作業着に身を包み、美しい金髪をヘルメットの中に収めると、スコップを手に自ら発掘作業で汗を流していた。
ドリモグという青年はフレイの前に跪き、発掘した物を差し出した。
――それは奇妙な印章だった。
五角形の平たい石に歪んだ五芒星が刻まれている。その中心には燃え盛る火柱を宿した瞳のようなものが据えられていた。
ドリモグから淡緑の平石をフレイは受け取る。
ちょうど彼女の片手に収まる大きさだ。
爪が食い込むほど握り締めたフレイは安堵の吐息を漏らした。だが、決して緊張を緩めることのできない疲労感も滲ませていた。
「これでまた……私たちの生存圏を保つことができる」
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