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第20章 ハンティングエンジェル オンステージ!

第497話:アステカ兄やんと極道じいちゃん?

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 ドラコの咆哮ほうこうが三つ首の龍のあぎとを借りて放出される。

 滅びをもたらす真紅の疾風は渦巻き、黒い稲妻の姿を借りた爆裂をまとい、破滅的なエネルギーの奔流ほんりゅうとなって南海の空を駆け抜けた。

 狙うは300m級の巨体を有する、2体の大きな深きものども。

 ――父なるダゴンと母なるヒュドラ。

 深きものディープ・ワンの祖と言われる神格存在なのではないかと目される巨大な半魚人たちを捉えた赤きドラゴンブレスは、瞬く間に彼らの肉体を蒸発させた。

 大量の海水も巻き添えとなり、爆発的な蒸気まで吹き荒れていた。

 ちりさえ焼き尽くす破壊力を叩き出している。

 ドラコは一瞬で“気”マナを増大させ、莫大な闘気オーラを練り上げた。

 それを波動砲はどうほうよろしくすべてを滅ぼす爆裂激流バーストストリームにして吐き出したのはわかるが、これだけのパワーを用立てた手段は独特だった。過大能力オーバードゥーイングによるものには間違いないのだが、エネルギーの無限むげん増殖炉ぞうしょくろとなる系統ではない。

 この系統の過大能力の持ち主はツバサを含め数人。

 ツバサは大自然、ミサキは龍脈、穂村組のゲンジロウは焦熱、穂村組のレイジは極寒……それぞれ属性エネルギーの根源となれるものは異なる。

 イケヤの光はまたちょっと性質が違う。

 彼は「光の根源になる」のではなく、「自らが光になる」能力。

 漫画好きな仲間からは有名な作品に登場する能力にあやかって「ピカ○カの実」と呼ばれていた。当人もそれを参考にしている節があった。

 ドラコの過大能力オーバードゥーイングも一見すると無限増殖炉の系統かと思わせる。

 だが、本質的にはまったくの別物だ。

 まだ予測の域を出ないが――ドラコの能力は恐らく強化系。

 しかも些細ささい強化バフではない。

 レミィの過大能力は知覚領域を絶対ぜったい零度れいど氷雪ひょうせつで支配するもの。

 マルカの過大能力は自身と同等LVレベル化身けしんを複数用意できるもの。

 そしてドラコの過大能力は、自身の脅威度を敵味方問わず認知にんちさせた分だけ自分に強化を上乗せできるもの。しかも、その強化バフには素晴らしい拍車はくしゃが付く。

 通常の何倍もの強化という恩恵おんけいを得られるらしい。

 それを純粋な攻撃エネルギーに変換しているのだ。

 レミィやマルカの過大能力オーバードゥーイングもチート級だが、ドラコの過大能力はシンプルなのに底知れない潜在能力を秘めている気がしてならない。

 彼女こそハンティングエンジェルスの主砲しゅほう

 戦闘における主戦力エースを任されたメインアタッカーなのだろう。

 ナナは先ほどから鳥型戦艦の操作そうさ一任いちにんされていた。彼女はあの艦を建造した工作者クラフターであり、仲間たちをサポートする後衛こうえいてっしていた。

 推測の域を出ないが、恐らくナナの過大能力オーバードゥーイング工作クラフト系なのだろう。

 だから無理をして戦闘には参加せず、飛行戦艦の操艦そうかんに重きを置いていた。

 ――VRMMORPGアルマゲドン時代。

 ドラコとレミィが前衛ぜんえいとして立ち回り、マルカが中衛ちゅうえいとして前衛が処理しきれない部分を埋め、ナナが後衛こうえいとして前にいる三人の補佐ほさとして動く。

 異世界転移しても4人の役割分担は変わらないようだ。

『よっしゃあ、いっちょ熱い曲でもぶちかましとこうかあッ!』

 ――燃えろ!BURNING 三千世界MULTIVERSE!!

 気持ち良く吠えたことでテンションが上がったドラコは、ハンティングエンジェルスの持ち曲でもアッパーかつ攻撃的なロック調な曲を歌い出した。

 レミィたちも付き合うように声を揃えていく。

 攻撃の手を抜かず、深きものどもを駆逐くちくし、艦体かんたいの操作も忘れない。

 ――歌いながら戦っているのだ。

 戦闘中に歌うアニメキャラがいたと蘊蓄うんちくきの友人に聞いたことはあるが、まさか実演してくれるアイドルを目の当たりにする日が来るとは……。

 ドラコの歌声は大音声だいおんじょうで南海に轟き渡る。

 物理的な攻撃力さえありそうな音質に深きものどもディープ・ワンズは震え上がる。

 すると、ドラコの“気”マナが天井知らずで爆増ばくぞうしていった。これを艦内のエネルギー配管はいかんを通して外の三つ首ドラゴンヘッドに回していく。

 解き放たれるは、疾風しっぷうをまとう爆裂ばくれつの威力を持った滅びの奔流ほんりゅうだ。

 それはレミィの冷気が凍らせて、マルカの化身が蹴散けちらした深きものどもディープ・ワンズにトドメを刺すばかりではなく、続々とやって来る増援ぞうえんすらも吹き飛ばした。

 無尽蔵むじんぞうに湧いてくる深きものどもの大軍勢だいぐんぜい

 それを前にしてハンティングエンジェルスは一歩も退かない。むしろ押し退けて押し返して、全滅させかねない反撃でやり返していた。

 アイドルをやらせておくのが惜しくなるくらい、徹底的と評したくなる苛烈かれつな戦いっぷりだ。もはや殲滅戦せんめつせん様相ようそうていしている。

 恐らく、彼女たちは幾度いくどとなく経験してきたのだろう。

『この半魚人どもはこれくらい痛い目に遭わせないとわからない!』

 手加減無用の攻撃がそれを物語っていた。

 傍観ぼうかんしていたイケヤは賞賛しょうさんの声を跳ね上げる。

「ハッハー☆ もうあの子たちでいいんじゃないかなー☆」

「そう言いたくなるのもわかります」

 隣に並んでいるエンオウも同意どういするように頷いた。

 素肌へ直接ギンギラギンの金ピカスーツを着た二枚目半のホストと、2mの体格にボア付きのフライトジャケットを羽織った大柄な武道家。

 エンテイ帝国 輝公子きこうし イケヤ・セイヤソイヤ。

 水聖国家オクトアード 客将きゃくしょう エンオウ・ヤマミネ。

 ツバサの指示で予備戦力として出撃を要請ようせいされた2人は、飛行母艦ハトホルフリートの甲板かんぱんでしばらく待機していた。

 鳥型戦艦の出方次第では臨機りんき応変おうへん対処たいしょする。

 艦橋同士のやり取りはフミカの通信を介して2人に伝えており、鳥型戦艦に乗っているのがハンティングエンジェルスで、尚且なおかつ協力を求めてきたことはイケヤもエンオウも確認できていた。

 イケヤは手元のスマホサイズな小型スクリーンで再確認する。

「……ってことはだよ。あの鳥さん戦艦のカワイコちゃんたちとは仲良くなるから、あっちへの心配はもうないよね☆ ボクたちは先に出張でばってた少年少女を手伝って、あの半魚人軍団を倒せばOKってことになるのかな?」

「はい、それでいいと思います」

 エンオウも詳細しょうさいはわからず概要がいようしか掴めていないよう顔をしているが、イケヤが簡単にまとめたこれからの行動指針に相槌あいづちを打った。

『あ、ちょっと待ってほしいッス!』

 これにフミカは通信越しにストップを掛ける。

 そして、お願いするかのように追加注文を頼んでいた。

『できればお二方にはあのマッスルな筋肉きんにく砲塔ほうとうを片付けてもらいたいッス! 先行した6人やハンティングエンジェルスの皆さんも深きものども諸共やってけてみるみたいッスけど、なるべくメインで撃破げきはしてくださいッス!』

 イケヤは人差し指と親指で○を作り、エンオウは太い首を頷かせる。

「全然OK☆ うけたまわりましたー☆ あのマッスルバズーカ……ヤバめなの?」

「半魚人たちより危険視きけんしするべき代物なんですか?」

 それぞれに疑問を投げ掛けるとフミカは神妙しんみょう面持おももちになった。

『あいつら――ショゴス・・・・です』

 ショゴス? とイケヤは鸚鵡おうむがえしに首を90度傾けるが、エンオウは思い当たる節があるのか「ああ」と声を上げてから続けた。

「クトゥルフ神話に登場するスライムの元祖みたいな怪物でしたっけ? 不定形ふていけいだけどどんな形にもなれる肉の塊で……」

 エンオウの説明の途中だが、フミカはビシリと指差した。

『まさにそれッス! あいつら放置しておくとガチでヤバいッス!』

 かつて高度な文明を築いた――古のものエルダー・シング

 海百合うみゆりに翼を生やしたような外見をした独立種族である。

 一時期クトゥルフと覇権はけんあらそいをしたほどの力を持つ彼らが、“全ての生命の源”ウボ=サスラの細胞から生み出したとされる生命体。

 ――それがショゴスだ。

 見た目は絶えず流動りゅうどうして形が定まらない肉塊にくかい

 状況に応じて手足や目鼻耳などの器官を作り出し、主人である古のものエルダー・シングの命ずるままに働く従者だった。ショゴスは古のものにとっての労働力。奴隷であり、乗機であり、重機であり、家畜であり……そして食料でもあったらしい。

 ショゴスの知能は低く、命令通りに働く動物に過ぎなかった。

 だが、「どんな形状にも変形させられる万能細胞」の発展性はってんせいは凄まじく、目覚ましい勢いで進化する可能性を秘めていた。

 長きに渡る奴隷生活の果てに“脳”という器官を作り出したショゴスは思考による自我を得ると、古のものに隷属れいぞくする立場に疑問を持つようになった。

 我思うコギト故に・エル我ありゴ・スム――自立を促された意識は改革を求める。

 やがて古のものエルダー・シングが種として衰退すいたいをした頃に叛乱はんらんを起こした。

 古のものは最初こそ鎮圧ちんあつに成功するものの次第に圧倒されていき、ついにはショゴスによって滅亡寸前にまで追い込まれてしまった。

 それでもショゴスの大半を地の底に封じることに成功したので、相討あいうちと見ていいだろう。以後、古のものは僅かな生き残りが僻地へきち細々ほそぼそと暮らすようになり、ショゴスも封印をまぬがれた極少数が各地に散っていったという。

「……そんな話をモミジに聞きました」

 エンオウの許嫁いいなずけであるモミジは自他共に認める魔女。

 フミカやプトラほどのクトゥルフ神話愛好家ラヴクラフティアンかどうかは知らないが、一流オカルティストとしてショゴスの来歴らいれきくらいは知っているはず。

 エンオウはどこかで彼女から伝え聞いたのだろう。

 まさしくソイツッス! とフミカは我が意を得たように繰り返す。

『ほとんどのショゴスは塩漬け封印されたことになってるッスけど、封印されなかったり他の種族がショゴスの細胞を持ち出して自家じか培養ばいようしたりと、不穏な噂が後を絶たないッス! 特に厄介なのが深きものどもディープ・ワンズ!』

 連中はショゴスを兵器として育ているという噂があるらしい。

 事実インスマスでは、深きものどもの暗躍あんやくを知るザドック老人がショゴスの脅威について何度となく言及げんきゅうしているほどだ。

「兵器ねぇ~☆ だとしても生身でレーザーとかミサイルは……」

 やり過ぎじゃない? とイケヤは南海を見下ろした。

 まだ凍っていない海面からはともかく、レミィが凍てつかせた氷河のような氷をも突き破って、雄々しい筋肉製の砲塔が競り上がってくる。

 口々に吐き出すのは、レーザー光線に生体ミサイル。

 その一発一発が飛行船艦の防御スクリーンを揺るがす威力を持っていた。

『そうなんスよ! 現状でやり過ぎなんです!』

 フミカが事の重大さをあせりながらまくてる。

『あれがショゴスだとしたら、現時点でウチらの兵器に追いつけ追い越せの威力を叩き出せる兵器に仕上がってるッス! このまま野放しにしたら……』

「そのうち地球破壊爆弾とか作れちゃいそうだね☆」

「まだ進化しんか途上とじょうだとしたら……今後は考えたくありません」

 イケヤとエンオウの返事にフミカは念を押す。

『そーゆーことッス! なので優先的ゆうせんてき排除はいじょをお願いしたいッス!』

 それはもう――根絶ねだやしにする勢いでだ。

 イケヤは「りょーかい☆」とウィンク付きの軽い調子で敬礼するのに対し、エンオウは「承知」と口数少ない返事で請け負った。

 太い指をボキボキ鳴らしてエンオウは戦闘準備を始める。

 ふーむ、と唸るイケヤも首を左右に倒してペキパキ鳴らしていた。

「ところでエンオウくん☆ パーッとド派手な攻撃で目眩めくらまししながら攪乱かくらんさせつつ致命攻撃を入れていくのと、ドカーンと一発まとめて吹っ飛ばす大技……」

 どっちが得意? とイケヤはエンオウに尋ねた。

 エンオウは軽く視線を上に向け、少し考えてから答えを出す。

「それは……後者ですね」

 小細工の聞いた小技もできる器用さをあわつエンオウだが、どちらかと言えばデカい図体に見合ったパワフルな技が得意なのは持ち味だ。

 しかも一撃必殺ならぬ一撃いちげき虐殺ぎゃくさつを成し遂げる。

 深きものども程度ならば赤子の手をひねるようなものだろう。

「オーライ☆ ボクは前者が得意だから話が早いね☆」

 イケヤは立てた人差し指と中指を振ると飛行系技能で甲板から飛び立ち、中天ちゅうてん太陽たいようを目指すようにグングン上昇していく。

 燦々さんさんと輝く日輪にちりんを背負ったところで自身も光り輝いた。

 誰もがまぶたを降ろす目映まばゆい閃光。当然、注目を一身に浴びることとなる。

 瞬きするまぶたがない深きものどもディープ・ワンズ殊更ことさら鬱陶うっとうしそうだった。

「はぁーい☆ 半魚人のみなさーんちゅーもく☆」

 イケヤは両手を広げるように突き上げ、全身で“Y”の字を描いた。

 どことなく太陽を「万歳!」と讃えるようなポーズだ。

 君たちの敵はここにいますよー☆ とイケヤが大胆アピールをすれば、深きものどもも無視できない。しかし、相手は二隻の飛行戦艦よりも上空におり、水棲生物である彼らの間合いからは距離が離れすぎていた。

 仲間を投げても、口から高圧こうあつ水撃すいげきを吐いても届きはしない。

 こうなると筋肉の砲塔に頼らざるを得なかった。

 射程しゃてい距離きょりがありそうなレーザー光線の集中砲火をイケヤに浴びせる。

 防御力満点の飛行戦艦を傾かせるレーザー砲が一点に集中、その破壊力は何十倍にも増幅ぞうふくされるはずだ。神族や魔族でもあっという間に消し炭である。

 その光線をイケヤは吸収した。

 過大能力オーバードゥーイング──『光ってライトニング・輝いてシャイニン煌めいてグ・スパーキしまう男前☆ング・ダンディ

 イケヤ自身が光そのものになれる能力。

 先に述べた無限増殖炉系の過大能力ほどではないが、光であればどんな種類のものでも取り込み、自身の光に増幅できる応用性を持ち合わせている。

 生体レーザー光線であろうと例外ではない。

「エネルギー提供どうもー☆ おかげさまでチャージは十分でーす☆」

 身の内に取り込んだレーザーの光によって、イケヤの発する輝きは更に光束ルーメンを増していった。光源であるイケヤから発散される光度カンデラは既に何億カンデラに達しているのか、南海を照らす照度ルクスも目が潰れんばかりの強烈さだった。

(※ルーメン=光源から放射される光の量。カンデラ=光源から出ている光の強さ。ルクス=照らされた場所に注がれた光を表す数値)

 そんなイケヤから光の泡が生じる。

 夜空に浮かぶ満天の星空のように煌めいていた。

 ひとつひとつの大きさはピンポン球からソフトボール大までと様々、無数の光球はそれぞれが恒星こうせいにも匹敵する熱量を蓄えているようだ。

「んじゃお返ししましょーか☆」

 サンシャインダート! の掛け声とともにイケヤは光球を解き放つ。

 切り裂くような白い軌跡きせきを残して光速で飛び交う光球の群れは、中空に幾何学的きかがくてきな模様を描いて南海へと降り注いでいった。

 そして、筋肉製の砲塔を四方八方から攻め立てる。

 照準しょうじゅんを合わせる眼球、砲塔を支える太い筋、エネルギーを溜める臓器ぞうき

 筋肉製の砲塔にとって重要な部分に直撃すると、光球の熱で肉を焼き焦がしながら貫通し、速度と威力を落とすことなく宙にまた幾何学模様を描いて舞い戻ってくると、何度でも砲塔の重要器官を狙い澄ますように命中していく。

 果てることのない追撃ついげき敢行かんこうしていた。

「その光球たちはエネルギー切れになるまで君たちを狙うよー☆」

 悪しからず☆ とイケヤは悪夢めいた補足ほそくを加えた。

 これには深きものどもディープ・ワンズ動揺どうようさせるが、それよりも繰り返し肉を焼かれる筋肉製の砲塔たちをみっともないくらい狼狽ろうばいさせていた。

 砲塔は筋肉を穿うがつ痛みに戦慄わなないていた。

《テッ……テケリ=リィィッ!?》

 奇妙な鳴き声も悲鳴じみたものとなっている。

 この独特な鳴き声こそがフミカ曰く「ショゴスの証拠ッス!」らしいので、この筋肉砲塔たちは深きものどもディープ・ワンズ培養ばいようしたショゴスの可能性が高い。

 だとすると――この程度ではくたばるまい。

 外なる神アウターゴッドの細胞から生まれた彼らには人知を超えた不死性ふしせいがある。

 限りなく不死身に近いはずだ。

 多少いだりいたりしたところで、他の肉を盛り上げて傷を埋め合わせてしまうだろう。身を焦がす激痛に上げる悲鳴こそ派手だけど、全身を激しく蠢動しゅうどうさせることでショゴスたちは耐えているようだった。

 効いてないぞ! と主張したいのかレーザー砲で反撃してくる。

「はーい☆ ゴチになりまーす☆」

 何条ものレーザー光線をイケヤは嬉々として取り込んだ。

 お返しとばかりにまた光球を作り出してばら撒くイケヤだが、先ほど彼が宣言した通り、これは目眩めくらましを兼ねた威嚇いかくに過ぎない。

 深きものどもやショゴスの注意を引きつける。

 攻撃ではあるものの力の入れ方はジャブ程度。どちらかといえばパフォーマンス色が強く、この追加攻撃を繰り返す光球で連中を仕留めるつもりはない。

 本命はエンオウに任せているのだ。

「メインディッシュの完成までもう少しお待ちくださいねー☆」

 軽口を叩くイケヤより――遙かに高高度こうこうどの上空。

 そこでエンオウが準備を進めていた。

 イケヤが目立ちながら飛び立つと同時に、エンオウは隠密系おんみつけい技能スキルをいくつも使ってステルス状態となり、更に上空まで飛び上がっていた。

 太陽の輝きに身を潜めつつ、イケヤの煌めきに隠れていたのだ。

 おかげで深きものどもディープ・ワンズもショゴスも気付いていない。

 エンオウは鍛えた太い両腕を頭上に突き上げ、その先に太陽と見間違えるほどの大きな“気”マナの玉を練り上げていた。

 無論、ただ“気”をらして球体にしただけではない。

 破壊力を注ぎ込んだ殲滅せんめつ仕様しよう気功波きこうはである。

 既に大きさはガスタンクを越え、直径100mくらいはありそうだ。

 艦橋かんきょうから眺めていたバンダユウが声を上げる。

「おおっ、元○玉じゃねーか懐かしいなおい。完成度も高ぇし」

「エンオウがやるとまんま○気玉みたいなもんですよ」

 昔のアニメキャラの必殺技を思い出すバンダユウに合わせて、ツバサもエンオウが持つ過大能力の効果が似ていることに思い至った。

 エンオウの過大能力オーバードゥーイング――【九天に満ちナイン・る遍く気は我ヘブンズ・が竅へ集え】プラーナ

 森羅万象の“気”マナを我が物とする能力。

 人間には身体の正中線せいちゅうせんって、頭頂部から股下までに七つの“気”の集積回路がある。へそのすぐ下にある脾臓ひぞう丹田たんでんは有名だろう。

 中国系ならばきょうといい、インド系ならばチャクラと呼ぶ。

 気功きこうを扱う者はこのチャクラを回して自らの内なる“気”マナを養うのだが、エンオウの実家である山峰やまみね一族いちぞく仙道せんどうもとづいた天狗の家系であり、従来の気功では満足しようとしない野心家でもあった。

 より強大な“気”マナを得るために――更なる集積回路を回す。

 自然界の気を取り込む外気功がいきこうという術がある。

 これを山峰一族なりにアレンジして莫大ばくだい“気”マナを養おうと試みた。

 大地を八番目――天空を九番目。

 それぞれを己がチャクラに見立て、森羅万象の“気”マナを我が物とする。

 これを神族の境地にまで引き上げたのが、エンオウの過大能力である。現実世界リアルでも同じことはできていたから単純にパワーアップ版とも言えた。

 無限むげん増殖炉ぞうしょくろけい過大能力オーバードゥーイングとは一味違う。

 しかし自然界の“気”をいくらでも取り込めて自由にできる点では、無尽蔵に近いエネルギーを使い放題なので相通あいつうずるものがあった。

 ――世界から“気”マナを集める。

 あの有名な格闘キャラの必殺技である元○玉も原理はほぼ同じなので、ツバサは「まんま○気玉みたいなもん」と例えたのだ。

 太陽みたいな“気”の玉もこの過大能力でこしらえられたもの。

 エンオウは“気”を凝らして気功波の玉を練り上げていくが、そろそろ街のひとつやふたつは収まりそうな直径ちょっけいに達しつつあった。しかも単に大爆発を引き起こす爆弾みたいな“気”が練られているわけではない。

 滅多なことでは崩れない剛体性ごうたいせい

 ありったけの“気”を限界を忘れるかのように練り固め、執拗しつようと言いたくなるほど密度みつど硬度こうどを上げていた。重量も同サイズのなまりより重いはずだ。

 そして、気功波きこうはの玉は妙に毛羽立けばだっている。

 細かいところまで観察すると、のこぎりみたいに細かい突起とっきで覆われており、それが球体の表面を縦横無尽に高速で動き回っていた。

「…………こんなものかな」

 超特大の玉となった気功波をエンオウは放り投げる。

「噛み千切れ――羅喉星らごうせい

 堅物かたぶつなエンオウだが技名は付けていたらしい。

 毛羽立った気功波の玉は凍りついた南海に落下するも、大爆発を起こすことはなかった。そのままゴロゴロと転がっていき、深きものどもやショゴスの筋肉砲塔を手当たり次第に押し潰していく。凍っていても生身でもお構いなしだ。

 ただ押し潰しているだけではない。

 表面の鋸状のこぎりじょう突起とっきが高速回転し、触れるものを見境なくつぶしていた。大きさと重量も相俟あいまって、一度でも鋸の刃に噛まれたら逃げられない。

 不死身の再生能力を持つであろうショゴスさえもだ。

 ミンチになるまで引き裂かれれば、さすがに復活できないらしい。

 羅喉星らごうせいと名付けられた“気”マナ大玉おおだまは回り続けている。

 凍りついた海ごと深きものどもディープ・ワンズやショゴスを削り殺し、海中に入っても沈むことなく遊泳ゆうえいし、一匹でも多くの筋肉砲塔を破壊していった。

 その威容いようは例えるなら――球形のシールドマシン。

(※シールドマシン=トンネルを掘るための大型おおがた掘削機くっさくき。固い地盤じばんであろうとも特大カッターの回転により削りながら掘り進む) 

 どうやらエンオウがコントロールできるらしい。

 山峰一族として、これくらい出来て当たり前といいたいところだ。

《テケリ=リィィィッ! テケリ=……ッ!?》

 羅喉星が突き進む度、ショゴスの悲鳴が立ち上る。

 悲痛な叫びが木霊こだまするとエンオウは浮かない顔でまゆしかめた。

「……悪いな」

 口を突いて出たのは、謝罪と受け取られてもおかしくない一言。

 エンオウは武道家として完成しつつある。

 それは幼少期から縁のある後輩としてシゴキにシゴいてきた先輩のツバサも認めるどころだが、精神面にある種の短所たんしょを抱えていた。

 この男――優しすぎるのだ。

 女子供に手を上げられない優しさから、アシュラ八部衆に名を連ねられない過去もそうだが、どんな悪党や外道でも幾許いくばくかの憐憫れんびんを掛けてしまう。

 早い話、甘ちゃんなのだ。

 こればかりはツバサでも矯正きょうせいできなかった。生まれついた性分である。

 それでも口が酸っぱくなるまで言い聞かせてきた。

 ツバサが艦橋越しであろうと鋭い眼光を「ギン!」と飛ばせば、それが届いたのか小さく肩を震わせたエンオウは口元を引き締めていた。

 先輩の威光いこうを感じて気構えを改めたらしい。

「別次元の侵略者とはいえ……往生際おうじょうぎわに泣くだけ感情がある者たちを虐殺ぎゃくさつするのは気が進まないが……見逃すわけにもいかないしな」

 ――情けは切り捨てさせてもらう。

 羅喉星らごうせいはこれまで以上に加速して蕃神ばんしん眷族けんぞく蹂躙じゅうりんしていく。

 イケヤとエンオウの青年組の活躍により、新たに現れたショゴスの脅威は対策できそうだ。艦橋のツバサはほんの少し胸を撫で下ろした。

   ~~~~~~~~~~~~

「……その胸を撫で下ろせないんだが」

 ツバサは押し上げられた超爆乳をジト眼で見下ろす。

 艦橋中央に立ったツバサは、メインスクリーンを始めとした複数のスクリーンに映し出される戦況せんきょうつぶさにチェックしていた。

 六人の若武者も青年コンビも奮戦してくれている。

 誰もが獅子しし奮迅ふんじんといった戦い振りだ。

 なので特別指示することもないのだが、どこかに穴があって万が一の危機が訪れないとも限らない。だからこうして不測ふそく事態じたいに備え、自分たちがいつでも動けるように待機たいきしていた。

 戦況のチェックを欠かさないのも慎重派なツバサゆえだ。

 青年組は放任ほうにんしても大丈夫だろう。どちらもいい大人だし判断力もあり、ちょっとやそっとではへこたれない打たれ強さを持っている。

 ツバサがシゴいてきたエンオウなど折り紙付きの頑丈がんじょうさだ。

 百万回殺しても殺しきれない丈夫さを保証できる。

 しかし、六人の若武者は他人様ひとさまから預かった大切なお子様たち。遠征えんせいという任務に駆り出したとはいえ、あまり無理無茶無謀なことはさせたくない。

 ツバサは引率者みたいな責任感を抱えていた。

 もしも怪我でもさせたら内なる神々の乳母ハトホルまで卒倒そっとうしかねない。

 ――お母さんは心配性なのだ。

「誰が心配性のお母さんだッ!?」

「でもセンセイ、みんなの心配するお母さんみたいですよ?」

 ツバサの決め台詞にも慣れたのか、マリナは大してビビらずに言い返してきた。上目遣うわめづかいな表情を見てやりたいが、あいにく乳房にさえぎられていた。

 マリナはツバサの前に立っている。

 正確にはツバサの胸の下におり、両手を上げて神々の乳母ハトホルの超爆乳を持ち上げるように支えているのだ。当人的にはお手伝いのつもりらしい。

 フン! と鼻息も荒くマリナは意気込む。

「センセイの重すぎるメガトン級おっぱい支えてあげます!」
「重すぎるもメガトン級も大きなお世話だ」

「今日は忙しくてハトホルミルクの搾乳もまだだから一際重く……」
「シャラップ、いらんこと言うんじゃないの」

 ツッコミを入れるツバサだが、マリナの好きにさせておいた。

 子供でなければセクハラ案件である。

 実際のところ、重い乳房を支えられると少し楽になるのは事実。なのでスキンシップめいた子供の戯れだと大目に見ていた。

「心配するのは当たり前だろ。自分家じぶんちの子だって余所よその子だって……」

 お母さんとはそういうものだ、と自爆しそうになったツバサは口をつぐむ。眉根まゆねを寄せてしかめっつらになったまま話を続ける。

「ミサキ君にしろカズトラにしろヨイチ君にしろレンちゃんにしろアンズちゃんにしろランマル……はちょっと雑に扱ってもいいか。余所様の家の子に何かあったら大変だ。してや本物の戦争に駆り出しているんだからな」

 ――保護者は子供の身を案ずるもの。

 特に六人の若武者はみんな他陣営からの預かり物なので尚更である。カズトラに関しては保護者であるアハウが同行しているとしてもだ。

「子供たちを大切にしろとささやくんだよ……俺の中の母性本能ハトホルがな」

「センセイ、やっぱりお母さ……ぷぎゅる」

 まだお母さん呼ばわりしようとするマリナの頬を両手で押し潰してやる。そのままグニグニとパン生地でもこね回すように撫でてやった。

「しっかし……全然減らないね半魚人軍団」

 喫緊きっきん問題もんだいを切り出してきたのは意外にもミロだった。

 口にした話題こそ真面目だが、その行動は褒められたものではない。

「おまえはそろそろケツドラムやめろよ!?」

「えー? せっかく調子出てきたのに? みんなのウケもいいのに?」

 叱りつけるツバサだがミロは不服ふふくそうだった。

 ツバサの後ろに回ったミロはちょっと前屈まえかがみになると、ツバサの超安産型な巨尻を両手でペシペシ叩いて拍子ひょうしを取っていた。

 先刻からドラコたちが熱唱する“燃えろバーニング・三千世界マルチバース!”。

 いつドラム演奏の技能を習得したのか、その曲調を完全に耳コピすると彼女たちの楽曲に合わせてツバサを巨尻を叩いているのだ。

 尻肉を叩いているだけなのに音階はバッチリなのが腹が立つ。

 叩かれれば弾むツバサの巨尻。

 地母神になったことで子を宿すために広がった骨盤こつばん

 そこに鍛え上げた大臀筋だいでんきんがまといつき、女神化により増量した女性的な皮下ひか脂肪しぼうでたっぷり覆われたため、しっかり身が詰まっているのは間違いない。

 叩けばいい音で鳴るのかも知れない。

 しかし、打楽器だがっきにされるとは夢にも思わなかった。

 アホの子なミロに影響されたマリナまで、テンポに合わせて超爆乳をポヨポヨと弾ませている。肉感的にくかんてきなオノマトペはドムンドムンだが……。

 おかげでバンダユウに「眼福がんぷく!」と拝まれてしまった。

「確かにウケはいいけども……ッ!」

 何故かハンティングエンジェルスまで大喜びしていた。

 通信チャンネルを繋げたモニターは開いたままなので、お互いの艦橋の様子が手に取るようにわかる。そのため彼女たちが歌ったり楽器を持ち出して演奏している場面も、ツバサたちはスクリーン越しに見ることができた。

 アイドルの生配信ライブを観覧かんらんしている気分だ。

 マリナにおっぱいをオモチャにされているところや、ツバサの巨尻を使った渾身こんしんの尻ドラムを演奏するミロの様子もあちらに筒抜つつぬけである。

 これが非常にウケた。いやもう呆れるくらいに……。

『ツバミロ……てぇてぇ♡』
『ツバマリ……てぇてぇ♡』
『ツバミロマリ……てぇてぇ♡』
『もう面倒だから……全部まとめててぇてぇ!』

「アンタら“てぇてぇ”って言いたいだけだろ!?」

 我慢できずツバサは声を荒らげてしまった。

 ドラコもレミィもマルカもナナも、歌や演奏の合間を見付けては「てぇてぇ♡」とVRヴァーチャルアイドル業界でよく用いられるスラングを口遊くちずさんでいた。

 とおといをおもいっきりなまらせて――てぇてぇ。

 主に女性のVRアイドル同士が仲良くしている場面を見て、視聴者がコメントしたことでネットスラング化したようだが、言い出しっぺはもっと昔からあちこちで言ってたらしい。それがVRヴァーチャル界隈かいわいでまた広まったとのこと。

 ツバサと娘たちの触れ合いも“てぇてぇ”らしい。

「そういやVRMMORPGアルマゲドン時代、配信コメントにもあったなぁ……」

「…………てぇてぇ♡」

いぶぎんな声で無理やり可愛く呟かないでください、バンダユウさん」

 ここで言っとかなきゃ損だろ、とバンダユウは極太ごくぶと煙管きせるをプロペラみたいに回しながらカラカラ笑っていた。煙管で一服いっぷくしてから話を戻す。

「てぇてぇもいいが、ミロちゃんの懸念けねんだ」

 半魚人どもがちっとも減らねえ、とバンダユウは再確認する。

蕃神ばんしん眷族けんぞくってのはメチャクチャ数が多いと相場そうばが決まってるようだが、この数はちと異常だぜ。なんぞ裏があるんじゃねえかと勘繰かんぐりたくなる」

繁殖力はんしょくりょくがおかしい、とは聞いてましたけどね」

「おかしいっていうか狂ってるレベルッスね」

 ツバサが賛同さんどうすると制御盤コンソールを操作するフミカも参加してくる。

 深きものどもディープ・ワンズの生命力については彼女から聞いたのだ。

 外的要因でない限り死なない不老不死の肉体を持ち、人間と同じように年中無休の繁殖期で繁殖率も高く、ある程度の高等生物ならば種を選ばず混血児を作り、その子が同族になるどころか子々孫々まで深きものに変異する。

 改めて特徴を並べてみたが反則みたいな生命力だ。

 少なくとも、地球や真なる世界ファンタジアの生物学では理解不能である。

「あのふざけた生命力さえあれば、あの巨体も数もまあ不思議ではないんじゃないかな……とか納得しちゃいそうなんスけどね」

 それでもバンダユウは不審ふしんうったえた。

「しかし、水平線すいへいせん彼方かなたまで埋め尽くすってのは穏やかじゃないな」

 数を増やすカラクリがあるのではないか? と疑っているらしい。蕃神ばんしん眷族けんぞくならば常識はずれな方法で増殖ぞうしょくしてても有り得ない話ではない。

 いぶかしむバンダユウとフミカが議論ぎろんへ入る直前。

「――ねぐらを見付けたいな」

 おもむろにアハウが鋭い声で口を挟んできた。

「アハウさん、塒って……?」

 先ほどバンダユウと一緒に小さい声で「てぇてぇ……」と呟いていたのは見逃すとして、ツバサはもっと切り込んだ説明をアハウに求めた。

「そのままさ――深きものどもの塒、あるいは巣だよ」

 彼らも生物には違いない、と前置きしたアハウは語り始める。

「これだけの数の同族を産めよ増やせよで揃えたことといい、ショゴスという生体兵器を飼い慣らすことといい、魚や蛙に酷似こくじした外見や生態せいたいといい……どこかに大きな営巣えいそうでも作っていて、そこを拠点きょてんとしているに違いない」

 もしくは――植民地コロニーというべきか?

 別次元から訪れて真なる世界ファンタジア入植にゅうしょくするつもりなのかも知れない。

 フミカも【魔導書】グリモワールで情報の裏打ちをしていく。

「確かに……深きものどもディープ・ワンズは海底に都市を築いて優雅ゆうがに暮らしているみたいッスからね。よく話に上るのが海底都市イハ=ントレイ。それに偉大なるクトゥルフが眠るという都市ルルイエにもはべっているそうですし……」

 他にも海のあちこちに海底都市を建築しているかも知れない。

 ここで腕を組んだバンダユウが首を傾げる。

「あれ? 話に聞いてたインスマスとやらは違うのかい?」

 これを質問と受け取ったフミカは、先に挙げた二つの都市とインスマスと呼ばれる街の違いについてつまびらかにしていく。

「インスマスはアメリカのマサチューセッツ州エセックス群、マニューゼット川の河口にある寂れた港町なんスけど、野心家だったマーシュ船長が黄金と漁獲高ぎょかくだかに目がくらんで深きものどもディープ・ワンズに街ごと身売りしたスよね」

 結果、インスマスは深きものどもに支配される。

「こうした海辺の街や村は深きものどもにとって地上侵略のための前線拠点、あるいは戦争における橋頭堡きょうとうほみたいに扱われてるらしいッス」

(※橋頭堡=本来は文字通り、橋を渡った先の対岸を守る砦を指す。そこから地形的に不利な場所へ足掛かりとして建設する前進拠点の意味となった)

拠点きょてんではあるけど本拠地ほんきょちではねぇってわけか」

 そいつぁ大きな違いだ、とバンダユウも得心したらしい。

「俺の言った塒は後者――本拠地の方です」

 アハウは逸れかけた話の線をさとすように戻していく。

「人間も住んでいる部屋や家を見れば、そこに暮らす人物の人柄がわかると言われていますが、これは他の生物にもまるものです」

 巣を観察できれば、その生物への理解が深まる。

 生態は元より食性しょくせいや繁殖方法、活動サイクルなどもわかるという。

「俺は生物行動学などは本分ほんぶんじゃありませんが、そちら方面の友人からそんな風に聞きかじったことがあります」

「その人の本棚ほんだなを見れば性格がわかる――ってやつッスね」

 読書家なフミカは似たような例で納得していた。

 ちょっと違う気もするのだが、アハウは否定せずに頷いていた。

「ああ、まさにそれだ。深きものディープ・ワンも見てくれこそ半魚人だが、人類どころか神族や魔族に勝るとも劣らない知能を持っているようだからね。ねぐらなのか巣なのか都市なのか知らないが、そこを調べれば得られる情報もあろうかと……」

「あの、その深きものディープ・ワンの棲み処なんですが――」

 不意に声を上げた偵察員・・・は恐縮そうに挙手きょしゅをした。

「――さっき見付けておきました」

「「「「「「仕事が早い!?」」」」」」

 ショウイの報告を受けた艦橋かんきょうにいる者たちは声を揃えて驚いた。



 源層礁げんそうしょう庭園ていえん 統括とうかつ所長しょちょう補佐ほさ ショウイ・オウカ。



 南方大陸への遠征えんせいに参加してくれた一人である。

 仕事に集中するあまり寡黙かもくだったので存在感こそなかったが、最初から艦橋にいたのだ。こうしている今も両手と両眼は働いていた。

 艦橋かんきょうの中央――そこは飛行母艦ハトホルフリート操船そうせんを司る。

 大型艦おおがたかんらしく艦体かんたいを動かすための機材が立ち並んでいるのだ。

 長男ダインは操舵輪そうだりんを握り締め、その傍らには火器かき管制かんせいを始めとした兵器を扱うための制御盤コンソールが揃っている。次女フミカはダインの隣に席を設けてもらい、艦にまつわる情報処理を一手に引き受ける制御盤コンソールを操作していた。

 二人の仕事場には、他にもいくつか制御盤の机が並んでいる。

 それは防御スクリーンを調整する機器や、艦内のシステム管理(放送、空調、照明、防犯カメラなど標準的なもの)、あるいは索敵さくてきを始めとする周辺地域を調べるためのレーダーシステムの制御盤などだった。

 普段ならダインとフミカで操船そうせん事足ことたりる。

 何らかの理由で彼らが忙殺ぼうさつされるほど手が足りない場合、手持ても無沙汰ぶさたの乗組員がいる際は、こちらでお手伝いができるのだ。

 その制御盤コンソールのひとつ、索敵さくてき関係かんけいのものをショウイは借りていた。

 中肉中背――体型的には標準な日本人だ。

 艱難かんなん辛苦しんくを乗り越えた肉体は、一流の兵士として鍛え上げられている。

 のっぺりした顔に丸眼鏡を掛け、やや迫り出した出っ歯が特徴的だ。セイメイからは「モブじゃん!」と酷いことを言われていたが、少なくとも一度見たら忘れない個性的こせいてき面相めんそうをしていると思う。

 幾多いくたの戦場を潜り抜けたためか精悍せいかんに研ぎ澄まされていた。

 旧日本軍を連想させる軍服。これは彼の趣味である。

 一兵卒いっぺいそつ配給はいきゅうされそうな飾らないシンプルな軍服だが、その上から立派なコートを羽織っていた。こちらは奥さんからのプレゼントだという。

 彼のあだ名は――“情報屋じょうほうや”。

 その名に違わず、あらゆる情報を収集することを趣味としていた。

 軍師ぐんしレオナルドの詮索癖せんさくへきとはおもむきが異なる。

 博覧はくらん強記きょうきなフミカとは似通にかよううところがあった。彼女が博物学的はくぶつがくてきな知識を好むのに対して、ショウイは現在進行形の情報を好むのだ。

 文化的な流行、組織の動静どうせい地政学的ちせいがくてきな変動。国々の衰勢すいせい……

 絶えず姿を変える生きた情報を集め、わかりやすく編纂へんさんして満足し、必要とあらば友人や仲間にわかりやす教えてくれる。

 そういう情報収集が好きらしい。

 だから“情報屋”が通り名になってしまったのだ。

 この趣味はVRMMORPGアルマゲドンでも遺憾いかんなく発揮はっきされた。

 すべての未知を自らの手で解き明かす。それがVRMMORPGの醍醐味だいごみだったので、彼のような情報の専門家を頼りにする者は少なくなかった。

 かく言うツバサたちも彼の力を借りたものだ。

 ショウイはVRMMORPG時代からの友人である。いつも“情報屋”で通していたので、ハンドルネームを覚えないなんて凡ミスをやらかしていた。

 現在、ショウイは源層礁げんそうしょう庭園ていえんせきを置いている。

 還らずの都や天帝てんてい方舟はこぶねなど、真なる世界ファンタジアにまつわる重要な遺跡。

 源層礁の庭園もそのひとつに数えられていた。

 蕃神ばんしん侵略しんりゃくを逃れて地下深くに潜んでいた源層礁の庭園だが、先の破壊神戦争によってあぶされ、表舞台に戻ってくることとなった。

 源層礁の庭園とは――いにしえより続く研究機関。

 真なる世界ファンタジアが辿ってきた生命進化の歴史を探究する施設だった。

 古株ふるかぶの研究者は「象牙ぞうけとう」と自嘲しているという。

 あるいは自尊心プライドにしているのか……。

 生命とその進化の追求に生涯しょうがいを捧げた研究者の集まりらしい。

 異世界転移したショウイはひょんなことから源層礁の庭園に拾われており、そこに身を寄せていたという。彼の過大能力オーバードゥーイングは庭園の研究者たちに重宝ちょうほうされやすいものであり、彼の人柄も手伝って重用ちょうようされたそうだ。

 なにせ庭園の長老に見込まれ、その孫娘にも見初められたほどである。

 長老の跡を継いだ孫娘との結婚を許されるくらいだ。

 破壊神戦争後、源層礁の庭園は「また戦争に巻き込まれたら嫌だ」という保身ほしん防衛ぼうえいを兼ねた理由から五神ごしん同盟どうめいへの加入を求めてきた。

 研究できればOK――これが庭園の総意とのことだ。

 自由に研究させてくれれば五神同盟への協力は惜しまないし、組織のトップに立ちたいとか同盟を支配したいなんて欲求とも無縁らしい。

 本当に揃いも揃って研究に命を捧げていた。

 長老の孫娘であり庭園の長となったサイヴの誠実せいじつ交渉こうしょうと、ツバサたちと旧知の仲であるショウイの保証もあり、五神同盟入りはあっさり承認しょうにんされた。

 ――扱いとしては組織のひとつ。

 穂村組ほむらぐみ日之出ひので工務店こうむてん水聖国家オクトアード――これらと同じだ。

 今回の遠征えんせいには五神同盟の全陣営から人材が派遣されている。

 エンテイ帝国から派遣されたのがイケヤであるように、五神同盟入りした源層礁の庭園から派遣されたのがショウイなのだ。

 源層礁の庭園でも南方大陸の異変を察知しており、ショウイも独自に調査を勧めていたので、今回の遠征には自ら同行を申し出てくれていた。

 ――深きものどもディープ・ワンズの巣を発見。

 この報せに色めき立ったツバサたちはショウイに駆け寄った。ミロとマリナも遊びをやめて、アハウやバンダユウも興味深げに近付いてきた。

 側にいたダインとフミカも首を伸ばして覗き込む。

「まずは……こちらを御覧ください」

 ショウイの周囲には無数の小型スクリーンが展開されていた。

 大きさはまちまちだが、パソコンのモニターに“窓”ウィンドウをたくさん開いているような状態だ。ひとつひとつのスクリーンには空に大地に海にと様々な景色が映っており、その情景じょうけいから得られる情報が羅列られつされていた。

 ショウイはスクリーンのひとつを手でタップしてサイズを拡大する。

 スクリーンに映し出されたのは海底の映像。

 恐らく南海のどこか、画面に映るそれは海溝かいこうのように見えた。

 海底を割り裂く――くらふかい海溝だ。

 海溝そのものは深淵しんえんの如く底知れない闇なのだが、その周囲は海底よりやや盛り上がっているため峻険しゅんけん丘陵きゅうりょうのようだった。

 鉱物こうぶつ含有率がんゆうりつの高そうなゴツゴツした岩肌いわはだが尖っており、そこに適度てきどなマリンスノーが覆い被さっている。これだけなら幻想的な風景だろう。

 何千何万何億もの深きものどもディープ・ワンズが群れていなければだが……。

 海溝と見間違えるほど、海底に裂けた大きな亀裂きれつ

「亀裂の全長はおよそ1㎞ほど、幅は最も開いているところで300mといったところでしょう。遠目からは裂け目のように観測されます」

 その裂け目から深きものどもが湧き出していた。

 湧いているとしか表現できない。

 いびつあぶくとともに過剰かじょう密集みっしゅうした魚群ぎょぐんよろしく這い出してくるのだ。

 人間大から100m級まで選り取り見取りだ。更なる増援ぞうえんなのか、200m級から300m級の大型サイズまで現れようとしていた。

「これ……もしかして次元の裂け目ですか?」

 身を乗り出したツバサは問う。

 超爆乳が当たりそうになるもショウイは首を曲げて紳士的に回避。ほんのり乳房が触れた頬を照れさせて調査結果を報告してくれる。

 さすが妻帯者さいたいしゃは心構えが違う。

「い、いえ……いわゆる蕃神ばんしんたちが侵略のための侵入経路とする“門”ゲートではないようです。よく見てください、真なる世界ファンタジアの海水が流れ出ていく様子もないし、裂け目から別次元の大気とされる瘴気しょうきも吹き込んできていません」

 深きものどもディープ・ワンズやショゴスがむれしている。

 彼らの大群たいぐんが移動することで激しい海流を引き起こしているようだが、裂け目には次元や空間を越えた水や大気の行き来は確認できない。

 次元の裂け目とは――蕃神ばんしんが開くもの。

 別次元の侵略者である彼らは次元や空間を壁に見立て、そこをこじ開けることで真なる世界ファンタジアへの侵略を果たす。その開かれた侵入経路を“門”ゲートと呼び、あるいは大きな亀裂に似ているところから次元の裂け目とも呼ばれていた。

 次元の裂け目ならばもっと激しい流動が起きているはず。

 それが見当たらない以上、これは単なる海溝らしい。

 ショウイは新たに数枚の小型スクリーンをクローズアップする。

「ただ……近くに次元の裂け目はあるようです」

 そこに映し出されたのは海溝の下にあるものの内部映像だった。

 硬質感こうしつかんのある素材で作られた回廊かいろうありのように複雑に絡み合う回廊はいくつもの部屋を結んでおり、そこには名状しがたい機材や兵器が並んでいる。

 中にはショゴスが培養ばいようされている大型おおがた水槽タンクがあった。

 眠る深きものディープ・ワンを収めた大型シリンダーが立ち並ぶ部屋もあった。

 そして、おぞましい乱交によって繁殖に勤しむ部屋も……。

 繁殖部屋のスクリーンだけはショウイの配慮はいりょにより18歳未満には見えない魔法の閲覧えつらん制限せいげんフィルターが掛けられていた。感謝である。

 吐き気をもよおす光景も多々たたあるが、ツバサたちは息を呑んだ。

「こりゃあ……見てくれは最悪じゃが要塞ようさいか?」

 工作者クラフターであるダインは一目で看破かんぱする。長男の発言を受けたショウイは頷くと、「フハッ!」と独特どくとく鼻息はないきを漏らして別のスクリーンを指差した。

 彼もまた情報屋の血が騒いでいるのだ。

「ええ、正解です。裂け目の下はかなり近代的な地下要塞化されています。外見こそ左右さゆう非対称ひたいしょうで、人間の視点からは異常としか思えない非ユークリッド幾何学的きかがくてきなデザインを駆使した建造物で構成されていますが……」

「データを見れば壁ん中から駆動音くどうおん……先進的な機械仕掛けじゃな」

「一見すると石造りの神殿にも思えるんですが……ひょっとすると変形したり移動できたりするSFチックな基地ではないかと危ぶみたくなりますね」

 ダインとショウイは採取したデータから類推るいすいする。

 男の子たちの夢を邪魔するようで悪いが、二人の合間に超爆乳を割り込ませるように再び身を乗り出したツバサは、気の早い結論を口に出してみた。

「つまり、これが深きものどもディープ・ワンズの根城か」

 ツバサの一言にショウイはスクリーンを切り替えた 

 縦線たてせん横線よこせん起伏きふくで3Dモデリング的に表現し、深きものどもの地下要塞を立体的に表したものだ。全景ぜんけいを捉えているが細部さいぶがぼやけていた。

 そして――途轍とてつもなく大きい。

 ひとつの都市と形容しても差し支えない規模がある。

「拠点のひとつには違いないみたいです。調査中の箇所かしょも多いため断言はできませんが、先ほどから我々を襲撃している深きものどもやショゴスをようするだけの広大な空間を確認できました。拠点としては途方とほうもない大きさだと思います」

 ここ・・です、とショウイは地下施設の最下層を指差した。

 そこは“UNKNOWNアンノウン”と記されている。

「ここまでまだ辿り着いていないのですが、派遣した・・・・調査員・・・の五感では時空間異常を検知けんちできました。恐らく、この施設の最下部に別次元へ行き来できる“門”ゲートがあります。そこを深きものどもディープ・ワンズが出入りしているのではないかと……」

 半魚人な見た目だが、彼らとて蕃神ばんしん眷族けんぞくである。

 真なる世界ファンタジアの生まれではない以上、別次元から忍び込んできたはずだ。そのための出入り口が要塞の底へ隠されているに違いない。

 ツバサの横から覗いていたバンダユウが紫煙しえんを漂わせる。

「そんだけわかりゃあ十分よ、ショウイくん」

 ショウイの働きをねぎらうように言った。

「十中八九――この海溝かいこう深きものどもディープ・ワンズねぐらに違いねぇ」

 バンダユウは実態を持たない小型スクリーンを指弾する。

「次元の裂け目が底にあるなら尚のことだ。奴らにしてみりゃ大切な抜け道。その上に建てた基地も海溝も……ひょっとすると偽装じゃねえのか?」

「自分らの“門”を悟られぬためにか? 有り得るぜよ」

 ダインも同意する。言われてみれば不自然だ。

 海底はゴツゴツこそしているが、隆起はそれほど目立たない。

 唯一、深きものどもを吐き出す海溝だけが海底から迫り上がっているのだ。まるで治りかけの裂傷れっしょうが腫れ上がったような案配だった。

 老組長の勘は恐ろしいほど的中する。

 バンダユウは“勝負師しょうぶしかん”という固有技能オリジナルスキルを持っているため、ミロの未来視みらいしみたいな直感&直観に匹敵する勘働かんばたらきをすることがあった。

 念のためではないが、ミロの勘働きにもお伺いを立てたいところだ。

「ミロ、おまえの直感&直観は……おいコラ!」

 また尻ドラム始めようとすんな! とツバサはアホの子を鷲掴みにした。あろうことかマリナと一緒になって叩こうとする寸前だった。

 マリナは未遂なのでデコピン一発で許してやる。

 前科のあるミロは頭蓋骨を砕くアイアンクローをお見舞いしてやった。

「アダダッ! だって“てぇてぇ”って言われたくて……ッ!」

「敵の拠点に王手を掛けられるかの局面きょくめんだぞ!?」

 空気読め! とツバサは握力を徐々に強めながら叱りつけた。

「それで? ミロおまえの勘はどうなんだ?」

「あーうん、多分大体あってると思う……イデデデデッ! ホント本当ッ! そこが半魚人どもの大切な基地! だからアイツら必死こいてんだって!」

 大軍での総攻撃はそのせい! とミロは言い切った。

 勘働きとは思えない断言っぷりである。

 しかし、奇妙なくらい納得させらる説得力もあった。

「なるほど……南海に近寄らせないことを大義たいぎ名分めいぶんのように掲げ、この海は我々の縄張なわばりだと主張するように大軍をけしかけながらもその実、侵入経路である次元の裂け目を守るための誤魔化し……あるいは陽動ようどうか」

 無論、彼らもツバサたちを倒すつもりでいるのだろう。

 それにしては南海を空も海も埋め尽くす物量ぶつりょう派兵はへいしてくるのは、バンダユウではないが些かおかしいと感じていたところだ。

 数にものを言わせた人海戦術をよそおった煙幕えんまくと考えればいい。

 自分たちの営巣えいそうでもある基地から注意を逸らし、その下に隠されている蕃神ばんしんたちのための“門”ゲートを死守したいのが彼らなりの作戦のようだ。

 ツバサたちは南海へ初めて訪れた珍客。

 MVの件はあるものの、こちらとしては南海は通過点に過ぎない。

 本来の目的は南方大陸である。

 もしかすると深きものどもディープ・ワンズも南方大陸へ何者をも近付けたくないのかも知れないので、防衛のためにツバサたちを迎え撃っているのかも知れない。

 だとしても――この戦力投入は度が過ぎる。

 死に物狂いになる理由があるとすれば、瀑布ばくふ結界けっかいにより何人なんぴとも近寄れない南方大陸を守るより、自分たちの拠点と“門”ゲートの防衛に戦力を回すはずだ。

 さもなくば無視すること、やり過ごしてしまえばいい。

 様子見ようすみということで見逃せばいいのだ。

 いずれ真なる世界ファンタジアを本格的に侵略するために営々えいえいたくわえたであろう戦力を、行きずりの戦艦に惜しみなくぶつけることはない。戦術としては下策だ。

 逆に「余程のことがあるのでは?」と疑いたくなる。

 もしもこれ・・が彼らの平常運転ならば、それはそれで大事だが……。

 もっとも、これらはすべて憶測おくそくいきを出ていない。

 五神同盟こちら深きものどもあちらの真意を知らぬように、深きものどもあちら五神同盟こちらの意図を読み取れていない。また別の事情なりがあるのかも知れない。

 仔細しさいを説き明かすためには更なる情報が必要だ。

「それにしても……ショウイさんの過大能力オーバードゥーイングスゴいッスね」

 フミカはショウイの能力を手放しで褒めた。

「認めたくはないッスけど、ウチの駄目姉だめねえちゃんの過大能力が情報収集系では最強かと思い込んでたけど……系統けいとうが似てても異なる能力もあるスね」

 いやいや、とショウイは照れ臭そうに頭を掻いた。

「俺の過大能力は偵察くらいしか取り柄がないから……」

 妻帯者でも年頃の娘におだてられた気分も良くなるのだろう。相好そうごうを崩して表情をにやけさせていた。褒められ慣れていないのもありそうだ。

 ご謙遜けんそうを、とツバサも褒めそやしている。

「今回の遠征ではその偵察が重要なんです……助かってますよ」

「いやいやいやいやいやいやいやいや……ッ!」

 へこへこ頭を下げながら高速で手を振り、恥ずかしさを紛らわそうとするショウイだが、その顔は真っ赤に燃えながらも有頂天うちょうてんに喜んでいた。

 実際、情報戦では深きものどもディープ・ワンズを出し抜く功績を挙げている。



 過大能力――【焦点を絞りフォーカス・て徹底調査せしポーカス・不思議調査団】リポーターズ



 小動物の姿をした従者サーヴァントを喚び出す能力だ。

 系統的には服飾師ドレスメイカーハルカの人形たちレギオンズを召喚する過大能力に近いが、あちらは汎用性はんようせいがあるのに対して、こちらは偵察任務に能力値を全振りしていた。

 まず小動物はどんな姿にも可変かへんさせられる。

 空ならば目に見えない羽虫や小鳥、陸ならばネズミのような小動物からのみみたいな小さい虫、海や川ならば小魚に微生物、地中ならば土竜もぐら地虫じむし……。

 あらゆる自然環境へ馴染なじむように適応できる。

 溶岩地帯では火蜥蜴サラマンダーとなり、深海の水圧にも耐えられる極地仕様も完備。

 およそ忍び込めない場所はないと自負じふしていた。

 おまけに数も揃えられる。

 ショウイが展開させている大小無数のスクリーン。

 この数だけ従者サーヴァントは用意されていた。

 小動物型の従者たちは隠密おんみつ隠蔽いんぺいなどのステルス効果を備えており、過大能力が由来ゆらいなので技能スキルより性能が高い。LV999スリーナインでも感知能力に長けてなければ、大抵の場合はタダの小動物と見過ごしてしまうだろう。

 そして、今回のように敵地へと潜入する。

 従者たちは小動物の振りをして、何食わぬ顔で情報収集に努める。

 不審ふしんに思われることさえないだろう。

 彼らは分析アナライズ走査スキャン、解析、感知、検知といった得た情報を精査せいさする技能に優れており、敵地の内情をひたすら調べ上げる。

 主人であるショウイの意向を酌み取るように活動し、自己の判断で動ける知能も有しているため指示もいらない。

 一体一体が潜入捜査のスペシャリストなのだ。

 基地の大きさ、建築物の構造、抱える兵力、兵站へいたんルート、物資ぶっし貯蔵ちょぞう……。

 丸裸にする勢いでの調査を行うという。

 調査対象に知的生命体がいれば、その心的状況への観察も欠かさない。

 個々人ここじんの会話から独り言まで網羅もうらし、幹部からの指示、他施設との連絡、兵隊の士気しき、基地内の雰囲気、立案された計画や作戦の内容……。

 敵陣の色恋沙汰まで調べてくるそうだ。

 集められた膨大な情報は、どんなに遠く離れていてもショウイの元に届けられ、その情報は彼の手によって編纂されていく。

 敵陣営に覚られることなく、すべてを明らかにする偵察能力。

 要する時間も調査対象の規模によって変わるものの短ければ数分、どんなに長くても半日もあれば調査を完了させる手際てぎわさだ。

 現在地が南海の入り口だと判明したのは、ショウイの報告あればこそ。

 深きものどもの海底基地を見つけたのはあくまでもついでで、彼は目的地である南方大陸の様子や、その道中にある島々の偵察任務に当たっていた。

 いやいやいや! とショウイは照れ隠しの手振りを止めない。

「情報収集能力ならダントツでフミカちゃんのお姉さんのアキさんの勝ちですよ。情報処理能力ならフミカちゃんのがずっと優れてるし……」

「ショウイさんは偵察調査能力がナンバーワンかな」

 ツバサは的確てきかく評価ひょうかを下してみた。

 フミカの姉である情報官アキの過大能力は「次元も空間も超えてネットワークを広げてあらゆる情報を集められる」という能力だ。

 チート級なのは事実だが、裏を返せば情報しか集められない。

 記号化、電子化、言語化、暗号化、数値化……。

 どうしてもデータ化されたものに限定されてしまう。

 土地や建物の測量そくりょう、大気成分の解析、その場にいる種族や生命体の判別や個体数なども調べられないことはないが、すべてデータに直さなければならない。

 データ化できない情報は吸い上げられないのだ。

 このためデータ化しにくいあやふやな情報を苦手としていた。

 最たるものは――会話のニュアンス。

 調べたい敵陣に流れている空気・・とか、幹部同士の腹の探り合いとか、組織内における派閥争はばつあらそいとか、上層部が暗黙の了解とする醜聞スキャンダルとか……。

 ショウイの過大能力はこういったものも調査対象だ。

 データ化が難しい個々の関係性、バイオリズムで変わる気分やテンション。

 血の通った生きている情報もショウイなら取り扱える。

 現地に出向いた従者サーヴァントは五感はおろか第六感まで研ぎ澄ませて、感じたものをつぶさに報告してくれる。それでこそ得られる秘密もあるのだ。

 情報屋の二つ名に恥じない過大能力といっても過言ではない。

「と、とにかく……もう少し時間をください!」

 照れ隠しをやめたショウイは、収集した情報の編纂へんさんに取り組んだ。

 情報屋のプライドが中途半端を許さない。

 対象の調査をコンプリートで仕上げたいようだった。

深きものどもディープ・ワンズの言語、古代ルルイエ語でしたか? それもフミカちゃんと協力して解読中です。海底基地の全容ぜんようを把握するためにも偵察員を増員して調べているんですが……どうも彼らは何かを焦っているみたいなんですよね」

「焦っている……深きものどものが?」

 ショウイだからこそ入手できた深きものの裏事情。

 そこを深掘りすると、情報屋は現状わかる範囲で答えてくれる。

「まだ古代ルルイエ語は解読中なんですが、喋り方というか口調に含まれる感情の動きに『納期が間に合わない』や『締め切りが過ぎてる』みたいなニュアンスがあるようなので……とても焦っている様子が窺えます」

「インスマンスだと人間を供物くもつに捧げていたみたいッスけどね」

「生け贄の届け先は言うまでもなくクトゥルフか……」

 フミカの合いの手が入ったので、深きものどもの焦りを「クトゥルフへの貢ぎ物が足らない」的に捉えたツバサだったが、そんな単純な理由だろうか?

 他にも焦る理由がある可能性も捨てきれない。

 なんにせよ、まだ情報が足らないので判断するのは難しい。

「でもさ、半魚人たちの巣が見付かったんなら……」

 一気に攻め落としちゃった方がよくない? とミロは立てた親指で首を掻き切ると真下に向けた。ゴー・トゥー・ヘルのジェスチャーである。

 こういう物騒ぶっそうなところはツバサの悪影響だ。

 なるべくミロや妹の前では紳士に振る舞っていたつもりだが、戦闘狂な根っこは隠せなかったらしい。どこかしらで覚えてしまったのだろう。

 ツバサも反省している。しつけをやり直すつもりだ。

 それはさておき――深きものどもディープ・ワンズの拠点は確かに判明していた。

 ショウイの調査によれば現在地より南南西なんせいせいへ約50㎞の海底。そこにスクリーンに映し出された、海溝かいこう偽装ぎそうした海底基地が建設されている。

「その要塞ようさい飛行母艦ハトホルフリートの主砲をドカーンとぶち込めばいいんじゃない?」

「そうじゃな。こんフネの主砲なら射程内しゃていないぜよ」

 ミロの短絡的たんらくてきな作戦にダインもノリノリだった。

 火器管制コンソールに手を伸ばす長男にツバサは制止を掛けた。

「待て、そうしたいのは山々なんだが……」

「もう一時間! せめて三十分ください! 絶対にお役立ち情報満載を約束しますから……俺に深きものどもディープ・ワンズのすべてを調べさせてください!」

 ショウイは情報屋の矜持きょうじから半泣きで訴えてきた。

 その熱意はツバサも買いたいし、根掘り葉掘りの調査も歓迎である。

 何故ならば――。

「ショウイ君には徹底的に調べてもらうべきだな」

 ツバサの気持ちを代弁してくれたのはアハウだった。

 今日は名将めいしょう関羽かんうを意識しているのか、あごから垂れ下がる長いひげ美髯公びぜんこうのようである。その顎髭あごひげを撫でながら理由を教えてくれた。

「あの海底基地が深きものどもの重要拠点であることに間違いはなさそうだが、あの連中の繁殖力だ。豊富な人材を頼みに海底のあちこちに第二第三第四……といった具合に拠点を建てまくってないとも限らない」

「細かく調べれば出張所みたいた拠点の位置とかも割り出せそうッスね」

 そういうことだ、とアハウはフミカの理解に頷いた。

 鉤爪かぎつめの目立つ人差し指を立てて注目を誘う。

「他の拠点ばかりじゃない。蕃神や他種族ともみつに連絡を取り合っているかも知れないし、もしかすると例の“祭司長”さいしちょう……クトゥルフに関する情報が得られないとも限らない。だから中途半端は良くないな」

 調査するとなれば徹底的――満足と納得が行くまでやるべきだ。

 アハウの提案にショウイは首を縦に振っていた。

 それはもう何度となく、残像が浮かぶほどのスピードでだ。

「調査が済んでからキツい一発をお見舞いしてやればいいさ……俺の数いる恩師おんしの一人に、こんな座右ざゆうめいを掲げる人がいた」



『――トドメの拳骨げんこつは掛け値なしのものをくれてやれ』



 一瞬、ハンティングエンジェルスの演奏に乱れが生じていた。

 この迷言めいげんにツバサはジト眼になってしまう。

「アハウさんの恩師……ってことは学者さんですよね?」

 学徒がくとらしからぬ暴言ではなかろうか?

「民俗学のイロハを文字通り叩き込んでくれた恩師なのだが……色々とパワフルを極めた人で、困ったら尋常じんじょうじゃない腕力わんりょくに訴える人だったからね」

 思い出すアハウも苦笑でやり過ごすしかないようだ。

「そんなわけで、敵の拠点を叩くならば調査後だ……いいかな?」

「う~ん、そっか……そうだよね」

 言いたいことは全部アハウが丁寧に話してくれたおかげで、ツバサから口を挟む余地よちはなかった。ミロもキョトンとしているが納得したらしい。

「それはそうと――ここらで一発かましておきたいな」

 今度はバンダユウが得意気に言い出した。敵の本拠地を見つけたことで悪巧わるだくみでも思い付いたのか、ヤクザな顔であくどいことを企んでいる。

 いぶかしげに振り向くと問い掛ける前に喋り出す。

「ミロちゃんの言う通り、せっかく敵のアジトを見つけたんだ。ちょっとカマ掛ける振りしてだまくらかしてやろうぜ」

「カマ掛けて騙くらかす……って何をする気ですか?」

 手妻師てづましに任せな、とバンダユウは嬉々ききとしてさくろうしていく。

「そろそろ生臭い半魚人の相手も飽きただろ? だからさ、このフネの主砲をアイツらの根城をかすめるように撃つのよ。そん時はとにかく半魚人どもがウザいからぶっ放したっててい誇張こちょうするのさ。そうすると……どうなると思う?」

 そういう真似をされた立場でツバサは思案しあんしてみる。

「……連中は疑心ぎしん暗鬼あんきに陥りますね、多分」

 多数の人手を割いてでも隠したい海底基地が発見された。

 主砲による威嚇をそう捉えざるを得ないはずだ。

 掠めた主砲が基地を狙ったものかも知れないし、偶然近くを通り過ぎただけかも知れない。どちらか判然としない以上、迂闊うかつ真似まねはできなくなる。

 この策を実行した後――深きものの出方は2パターンだ。

「基地に戻って防備を固めて籠城ろうじょうするか、これまで以上に躍起やっきになって俺たちを攻め立ててくるか……取るべき道は二つに一つですね」

「前者なら計画通り、後者ならアイドルちゃんズを連れて一時撤退だな」

 作戦を立案する以上、この返答も想定済みだろう。

「いくら潰してもキリがない半魚人ギルマンズ……無限むげん残機ざんきでこっちがバテちまう」

 疲れる前に仕切り直すべきだとバンダユウは具申してきた。

「敵の根城がわかったんだ。殺ると決めたら一網打尽で叩き潰しゃいい。その時まで連中をモタつかせるためのハッタリだよ。まだ基地の場所がわからないよー? って騙された振りをしておきゃあいいのさ。その方が好都合だろ?」

 バンダユウの笑みはたなごころで獲物をもてあそ詐欺師さぎしのそれだ。



「――化かされた振りをして化かすのがだまくらかしの駆け引きよ」



 またしてもハンティングエンジェルスの演奏が乱れる。

 いや、音楽として成立していない。

 それもそのはず。四人のうち二人が歌唱かしょう演奏えんそうをやめており、瞳をまん丸に見開いてスクリーン越しにこちらを見つめているのだから。

 こちらに目を奪われているのは、ドラコとマルカの二人だった。

 ドラコはアハウを見つめたまま呆けた声を漏らす。

『その座右の銘ってお父ちゃんの……まさか、アステカ・・・・兄やん・・・?』

 一方、マルカも目を皿のようにしてバンダユウに見入る。

『その言い方……もしかしておじいちゃん・・・・・・!?』

 アイドルたちに愛称で呼ばれた獣王神と老組長は、互いに目配せするように視線を合わせた後、自分たちを呼んでくれた少女と向き合う。

「やっぱり……辰子たつこちゃんか!? 見間違いじゃなかった……ッ!」

「おまえ……丸香まるかなのか!? 気のせいじゃなかったんだな!」

 唖然あぜんとする二人はアイドルの本名らしき名前を叫んだ。

 思い掛けない急展開に艦橋の誰もが呆気に取られているが、ツバサだけはさっきのアハウとバンダユウの反応がちた。

 ドラコとマルカに彼らが目を奪われていた理由。

 それは即ち――こういう・・・ことだ・・・

「あらま、オッチャンたちアイドルとお知り合いなの?」

 ミロは瞳をパチクリさせて尋ねた。

「「――お知り合いもなにも!」」

 興奮冷めやらぬアハウとバンダユウは口々くちぐち主張しゅちょうする。

「彼女は俺が民俗学の指導を受けた“地上最強の民俗学者”と名高い学会の異端児いたんじ逆神さかがみ三郎さぶろう教授の一人娘……お嬢さんなんだよ!」

「ありゃあ不肖ふしょうせがれが生ませた一粒種ひとつぶだね、俺の才を受け継いだ孫よ!」



「…………世間せけんせまいなぁ」



 ツバサは在り来たりな感想を呟くのがやっとだった。


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