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第20章 ハンティングエンジェル オンステージ!
第495話:南海波濤のオーライブ!
しおりを挟む轟々と唸る海流が複雑に絡み合い――南海の波は荒れていた。
最新鋭の軍艦でもまともな航行は望めまい。
重々しい波濤は幾重にも連なって押し寄せるので津波と変わらず、それが縺れた糸クズのように絡み合うため、潮の流れがまったく読めない。
海面でこの荒れようならば水底も凄まじいはずだ。
重量と装甲に物を言わせる艦でも木っ葉のように沈むだろう。
――板子一枚下は地獄。
昔の船乗りはこうした格言を広めることで航海の厳しさを戒めたそうだが、その気持ちがよくわかる。嵐の海に漕ぎ出すなど自殺行為に等しい。こんな荒れ狂った海を渡ろうなんて覚悟は早々やってくるまい。
しかも、ここは真なる世界。
海の荒れようはスケールも違えば格まで段違いだった。
海が荒れれば――空も荒れる。
暗雲に覆われているわけではないのだが、雲すら寄せ付けぬ強い風が吹き荒れていた。津波を起こす海流が気流にまで影響を及ぼしているのだ。
何本もの竜巻が巻き起こり、水平線のあちらこちらに柱を立てていた。
その周辺に雷雲が集まり局所的な豪雨を降らせている。
南海はなかなかの人外魔境だった。
目指す南方大陸も、何者をも寄せ付けぬ瀑布の結界に囲われた地。
そこに辿り着くまでも難関が待ち受けているらしい。
海も空も何人をも寄せ付けぬ大荒れ模様。
こちらを殺しに来ている猛悪な悪天候である。
チューンナップのついでにパワーアップ改修を施した飛行母艦でなければ、海面に接することなく空を航行していても危うかったかも知れない。
常軌を逸した荒天でも飛行母艦は怯まず突き進む。
中央大陸を発って二日、ここまでの航路は順調そのものだった。
三日目に突入した今――足止めを喰らわされる。
明確な敵意を剥き出しにした怪物が大挙して押し寄せてきたのだ。
~~~~~~~~~~~~
白亜の巨塔にしか見えない水飛沫が立ち上がる。
巻き上げられた大量の海水は豪雨となって辺りの海域に降り注ぐのみならず、高速の風が吹く上空まで届いたのか、周囲の大気まで塩辛くした。
深呼吸をすれば磯臭さに噎せそうだった。
海棲生物であろう彼らにすれば最適の環境だろう。
《いあ! いあ! くとぉうるふぅ・ふたぁぐぅん……ッ!》
《ふぅんぐるぃ・むぅぐるぅなふぅ……ッッ!》
《くとぅるふぅ・るるぃえ・うがぁふなぐぅる・ふたぁぐぅん……ッ!》
くぐもった遠吠えのような声がする。
人間を基準とした標準的なヒューマノイドタイプの可聴領域では聞き取りづらい音程で、呪文を唱えるように同じ文言を繰り返していた。
それを何万もの群れで合唱するものだから轟音にして騒音だった。
怪物の姿を一言でまとめれば――半魚人。
まれに蛙人間や鮫人間に見える者もいるが大して差はない。
頭に胴体と手足、五体を有した二足歩行なので大まかな構造は人体に近い。だが全身を構成する要素が魚類や両棲類などの水棲生物のものだった。
だから半魚人と言い表す他ない。
顔は肉食系魚類に似ているものもいれば、カエルやサンショウウオといった両棲類に瓜二つのものもいる。ただし、どちらも大きく開いた口からは針を密集させたかのような、剣山にも似た細い牙が並んでいた。
頭髪は見当たらず、鰭みたいな付属物を生やしている
眼球を覆う皮膜はあれど瞼はないので瞬きとは無縁の双眸。
太かろうが細かろうが関係ない。首の皮は弛んでいて動く度にパクパクとはためくところから、恐らく鰓で呼吸しているのだろうと見て取れた。
全身を覆う皮膚組織にも個体差がある。
鮫肌を思わせるものもいれば、イルカやクジラのような海棲哺乳類を連想させるものもおり、普通の魚類のように鱗に覆われているものもいれば、ウナギやアナゴのように粘液まみれの滑らかな肌をした者もいる。
鱗というには頑強な甲殻に鎧われた者も確認できる。
身体の各部から鰭を生やしており、これが水中移動を助けるらしい。
鰭の数や部位は個体差があった。
長い手足はカエルのように細長いが高性能な筋繊維に恵まれている。津波が大暴れする海域を当たり前に泳ぎ、平然と海上を飛び跳ねていた。
遅筋と速筋の両方に恵まれた運動神経を備えているのかも知れない。
その自由奔放な暴れっぷりに苛立ちを覚えるほどだ。
手足の指は攻撃的な鉤爪が生え揃い、立派な水掻きが見え隠れする。
特筆すべきは――総じてデカい。
よく観察すれば人間大の者もたくさんいるのだが大きい奴らも数が多いのでそちら目立ち、小さい奴らは波のまにまに埋もれてしまっていた。
大型の連中は総じて10m越えの体長を有する。
最小でも10mに届いており、最大サイズは50mを超えかねない。10mでも巨人なのに、50mともなれば怪獣と呼んでも差し支えないだろう。
怪獣退治が得意なM78星雲の光の巨人たち。
彼らの平均身長が40m前後といえばその大きさがわかるはずだ。
半魚人に規格があるのかは知らないが、基準を人間サイズとすれば彼らは明らかに大型サイズに属する。巨大怪獣といっても過言ではあるまい。
そんなのが大群で襲い掛かってきていた。
いや、大群なんて言葉で表現するのも生温くも烏滸がましい。
荒れ狂う南海を埋め尽くす勢いである。海の九割が半魚人に覆い尽くされ、空も五割から六割近くが染まりつつある。
《いあ! いあ! くとぉうるふぅ・ふたぁぐぅん……ッ!》
邪神を讃える耳障りな賛歌を大合唱しながらだ。
海面にウジャウジャ顔を出している数だけでも一万を下らないが、艦の索敵機能で探った結果、海中にも過密状態でギッシリ詰まっていた。
索敵を担当するフミカがあるものに例える。
「ほら、あれッスよ。池で錦鯉を多頭飼いしてるみたいな?」
「餌を持って池の前に立つと群がってくるアレか」
逃げ腰になるくらい鯉が集まってきて、このまま池を覆い尽くすのではないかと心配になるほど大集合する動画を見た覚えがある。
フミカの比喩を理解できる光景だった。
海面から顔を出してパクパクと口を閉じ開きしている半魚人たちも、餌を求める鯉の群れに見えなくもない。
牙だらけの口でおどろおどろしい呪文を唱えていなければだが……。
「おれぁアレを思い出すな。時たまあるボラとかの大発生」
「川を埋め尽くす、ニュース沙汰になるやつッスね」
バンダユウの例えも言い得て妙なのか、フミカは好反応だった。
だとしても――そんな愛らしいものではない。
飛行母艦の高度は海上から八百m前後。
海中に未知の種族がいないか? 道中の小島の生態系はどうなってる? 海底に資源が眠ってない? などの理由から航行中にも様々な調査を同時進行させていたので、このくらいの高度を保っていた。
艦橋の窓から視認できる距離ということだ。
勿論、海からの不意打ち対策も考えた高度である。
大型の半魚人たちは当初、群がるものの攻撃手段がないため飛び跳ねながら呪文を怨嗟のようにぶつけてくるだけだった。
しかし、すぐさま対応してくる。
群がる半魚人が大型化するにつれ、攻撃性を増してきたのだ。
ある者は口から高圧水流を吐き出して砲撃してきたり、ある者は硬度のある鉱石の原石を投げつける投石をしたり、またある者は自分より小さい半魚人をハンマー投げみたいに飛ばして艦に取り付かせようとしたり……。
原始的ながら、サイズが大きいので威力もデカい。
この程度でパワーアップしたハトホルフリートは墜とせないが、それでも艦を守る防御スクリーンが揺らぐことが何度もあった。
交渉を試みて話し掛けるもガン無視。
知能があれば誰とでも会話できるはずなので、こちらの呼び掛けは聞こえているはずだ。呪文を唱える知恵があるならば通じなければおかしい。
理解するつもりがないのか、はたまた理解できないのか?
あるいは――真なる世界の住人ではない?
ならば世界規模の翻訳も通じまい。
(※真なる世界には言語や発話の異なる種族間同士でも会話できるよう自動翻訳してくれる魔法が世界そのものに組み込まれている。通じない者がいるとすれば、それは別次元からの侵略者である蕃神くらいのもの)
艦橋の情報管理コンソールを操作するフミカは、半魚人の正体を探るべく遺伝子レベルにまで走査を掛けて調べ尽くした。
やがて半眼で冷や汗を垂らしたまま苦笑いで呟く。
「あれって360度どこから調べても……深きものどもじゃないッスかね」
「クトゥルフを信仰する奉仕種族ってやつか」
フミカの分析が彼らの化けの皮を剥がそうとしていた。
なまじ真なる世界にいてもおかしくはない、現地種族や現住のモンスターにありそうな外見に騙されるところだった。
何のことはない――奴らも蕃神の眷族である。
「交渉は不可能、調査も完了、脅して賺しても通じない……」
もはや手控える理由もない。
半魚人を深きものどもと認めたツバサたちは、「やられたらやり返す」の性分に則って、迎え撃つかの如く打って出ることにした。
露払いとばかりに名乗り出たのは――六人の若武者たちだ。
~~~~~~~~~~~~
大型の深きものどもが群がる海面。
50m強の魚臭い巨人たちが犇めくそこを、紫金の軌跡が一瞬でさえ遅く感じる速さで駆け抜ければ、深きものどもの肉体に風穴が穿たれていく。
――脳髄に脊髄に心臓。
別次元の生命体である彼らが人間と同じ器官を備えているかは定かではないが、人体と似ているならば重要な部分も同じ可能性は有り得る。
それらの急所を的確に穿っていた。
巨大なドリルを撃ち込むように、トンネルのような風穴を開けていく。
刹那の合間に10数体は仕留めただろう。
海底へ沈んでいく半魚人たちを見送るようにミサキは足を止めた。
イシュタル女王国 国王 戦女神ミサキ・イシュタル。
紫の長い髪に紫金色のタイトなボディスーツを着込んだ、凜々しい少年のような面立ちをした美少女の戦女神。ツバサには譲るものの女性として充分に育ったボディラインはグラマラスと評しても差し支えない。
内在異性具現化者なので元は少年、性が反転して女性化している。
得意とする技は螺旋突。
硬質化させた“気”を螺旋状に固めて高速回転させ、アダマント鋼をも撃ち抜くドリルのような突きを繰り出す必殺技だ。
半魚人たちの間を神速で駆け抜けつつ、すれ違い様にコンマ0,000数秒の間だけ形成した螺旋突で、無駄打ちすることなく急所のみ確実に抉る。
「鱗はあるけど耐久力や防御力はお察しか……」
螺旋突の手応えで深きものどもの肉体強度を測ったようだ。
飛行系技能で空中に立ち止まるミサキ。
その背後に水柱が上がったと思えば、中から大小の半魚人たちが束になって襲い掛かってくる。水流に乗って跳躍したのだろう。
慌てず騒がずミサキは長い紫色の髪を振り乱す。
背後へ振り返った時には、深きものどもは細切れになっていた。
振り返る際、髪の毛先一本一本に極小の螺旋突を仕込んでおき、そこから振り返り様に極小の斬撃として無数に放った結果だった。
ただ小型ドリルをばら撒いたわけではない。
紫色の髪をいつもより長く伸ばし、何条もの刃に変えて斬撃を広範囲に広げることで、一体でも多くの半魚人軍団を斬り裂いたのだ。
毛先にまで神経を通す使い方である。
ミサキ第一の過大能力――【完璧に完成された完全なる肉体】。
ツバサは肉体をいつでも万全とする過大能力を持っているが、ミサキも系統的に相通ずる過大能力に覚醒していたので「使い熟してみなさい」と指導したのだが、こういうところにちゃんと現れていた。
自身に迫ってくる深きものを撃破するばかりではない。
ミサキ第二の過大能力――【無限の龍脈の魂源】。
龍脈を生み出す大元となれる能力だ。
これにより濃密な“気”を蓄えた龍脈から巨大な龍を何匹も象り、八岐大蛇よろしく暴れさせることで深きものどもを仕留めさせていた。
まさに八面六臂の大活躍である。
「これで相当数は削ったと思うんだけど……」
ミサキは期待を込めて視線をチラリと左右に振った。
《いあ! いあ! くとぉうるふぅ・ふたぁぐぅん……ッ!》
《ふぅんぐるぃ・むぅぐるぅなふぅ……ッッ!》
追加入りましたー! と叫ばんばかりに増援が湧く半魚人軍団。
かれこれミサキは数千体の大型半魚人を仕留めているはずなのだが、一向に減る気配がない。無尽蔵に湧いてくるとしか思えなかった。
「もしかしたら再生能力もハンパじゃないのか? だったら……ッ!」
右手を頭上に掲げたミサキは特大の螺旋突を作り上げた。
天をも穿つ巨大ドリルが渦を巻き、荒々しい神風暴嵐を巻き起こす。
「鱗の一片まで擂り身にしてやる!」
ミサキよりも先に近いことを実行している若武者もいた。
宝玉の輝きを撒き散らすひとつの影。
野を駆ける一匹の狼にも似た、それでいて彷徨える弾丸のように無軌道な動きで宙を駆け巡り、次から次へと半魚人を殴り倒していく。
ククルカン森王国 懐刀 カズトラ・グンシーン。
獰猛な目付きのため痩せた狼のような印象のある、まだ高校生にもならない少年だ。線は細いが手足が長くて高身長。しなやかな五体は天性のものだろう。
過去の事件で右腕を失うも、仲間から受け継いだ宝石と鋼鉄が入り交じる特殊な義手を装備していた。当人は“ガンマレイアームズ”と名付けている。
「半魚人如き……伝家の宝刀を抜くまでもねえ!」
義手の力に頼ることなく、カズトラは左の拳で半魚人を蹴散らしていく。この場合、鉄拳オンリーなので殴り散らすというべきか?
ただ腕力に任せて殴っているのではない。
よく見るとカズトラの鉄拳は相手に触れていないのだ。
半魚人の触りたくないヌルヌルした肌の数十㎝手前で止まっており、拳から放たれた衝撃波が彼の数十倍はあるだろう巨体を吹き飛ばしていた。
穂村組のダテマル三兄弟直伝――“徹”。
彼らが修めた骨法に伝わる特殊な掌打で、打ち込む際にある種の震動波を加えることで爆発的な衝撃波をもたらすことができるらしい。達人クラスにまで極めれば、任意の場所で衝撃波を起こすことも朝飯前になるという。
カズトラはこの“徹”にアレンジを加えていた。
「カエルだかサカナだか知らねぇ……煮ても焼いても食えねぇだろ!」
おまえらぁ! とカズトラは掌底を突き込む。
衝撃波を団体規模で叩き込まれた半魚人たちはまとめて吹き飛ぶが、被害はダメージを受けながら後方へ飛ばされていくだけでは済まない。
カズトラの過大能力――【我が掌中にあるもの須く武器と成るべし】。
文字通り、カズトラの手中にある物体を武器化する能力だ。
これをカズトラは拡大解釈して用途を広げており、「オレっちが触ってるもんは全部武器になりやがれ!」と使い道を広げていた。
このためカズトラの手が触れたものは何であれ武器化する。
――自らが放った衝撃波さえもだ。
掌底から打ち出された衝撃波は、50mはある巨大半魚人を数体まとめて吹き飛ばす威力があり、それが彼らの内外から武器となって責め立てる。
剣、槍、斧、槌、鋸、鉈、錐……。
およそ連想できる限りの刃が半透明のまま具現化した。
武器化しても衝撃波の威力は損なっておらず、むしろ武器化した分だけ殺傷能力が跳ね上がり、半魚人たちの肉体を細切れになるまで寸断する。
カズトラは得意気に鼻を鳴らした。
「へっ! ここまでやりゃあ復活できめぇ!」
「う~ん、スプラッタだけど思い切りがいいなぁ……」
ガッツポーズでイキるカズトラを先輩目線で見守るミサキは、眉を八の字にして苦言を呈するようにぼやいていた。
なに言ってんすかミサキ先輩! とカズトラは訴える。
「敵は再起不能にリタイアさせてナンボでしょ? これくらいやらなぁ!」
「その思い切りの良さが羨ましいよ……てか先輩なんだオレ」
割り切りのいいカズトラを羨むようにミサキは言った。
――ミサキ君は優しい子だ。
別次元の侵略者であれ未知の敵であれ、魚やよく知る生物の見た目をした深きものどもを無惨に殺すことに少なからず抵抗があるのだろう。
始末するのに躊躇はないが、なるべくスマートに済ませたいようだ。
重要な臓器のみ潰しているのはそのためである。
二人がちょっと雑談する合間にも、深きものどもの攻勢は収まらない。
更に増援を増やしてカズトラへ飛びついてくる。
「しゃらくせえぞサカナども!」
カズトラは反射的に義手を振りかぶると、使わない宣言をしていたガンマレイアームズで“徹”を打ち込み、生じた衝撃波を武器化させていた。
その威力は先ほどの比ではない。
攻撃力の高そうな重火器から発射される弾丸や砲弾……どれも50m級の深きものどもに見合うだけのサイズ感がある。様々な銃弾を模した衝撃波が乱射される様は、半魚人の群れに向けて重火器を一斉掃射したかのようだった。
赤く染まる南海を見下ろす戦女神は困り顔で呟く。
「……マジで思い切りがいいな」
これは真似できない、とミサキの顔には書いてあった。
するとカズトラが唇を尖らせて反論する。
「いや、龍脈のヤマタノオロチ暴れさせてる先輩も大概っすよ?」
「そう言われるとぐうの音も出ないな」
言い返されたミサキはすまなそうに苦笑するしかなかった。
これくらい大々的に反撃しなければ、いつ深きものどもの人海戦術に押し負けてもおかしくはない。現在ちょうど拮抗しているくらいだ。
カズトラとは別方向で容赦ない殲滅に挑む若武者もいた。
真っ赤な恒星が燃え上がっている。
深きものどもは撃ち落とそうと山をも貫く威力の海水の砲撃を放ったり、水圧を研ぎ澄ませた水の刃で斬りつけたりと、様々な試行錯誤をしていた。
しかし、恒星はビクともしない。
どれだけ水を掛けられても燃え上がることをやめず、巻き上がる蒸気を電気分解して酸素と水素に変える勢いで燃え盛っていた。
「そんな程度じゃ鎮火できないぜ~?」
オイラの恋の炎はな! と恒星は燃える人間へと転じた。
ククルカン森王国所属 日之出工務店 愚弟ランマル・サンビルコ。
大きな玉を連ねるように結った黒髪おさげと細目がチャームポイントの美青年。その甘いマスクで老若男女、見境なく恋に落ちるナンパ野郎。いつも中華系の武闘家みたいな道着だから職能が格闘家なのは一目瞭然だった。
守備範囲の広い両性愛者でもあり、カバーする年齢も層が厚い。
決して褒められた性癖ではないが恋多き色男だ。
彼の場合、過大能力がナンパに関わるので説教もしづらかった。
ランマルの過大能力――【愛の滴りを浴びて我が身は変容する】。
恋愛を通して肉体関係を結んだ種族の身体能力を獲得し、神族のフィジカルを持つ自身の肉体で再現できる能力だ。能力同士を複合させて使うこともできるため、変身能力としては破格の融通性を秘めている。
ただし変身能力に多様性を持たせるためには、前述の通り多彩な肉体性能を持つ真なる世界の住人と関係を持たなければならない。
ナンパ好きなランマルには一石二鳥と言えるだろう。
反面、同盟内からも「ナンパ野郎」と色眼鏡で見られているが……。
そんな色恋沙汰に現を抜かしていた彼も、年下のミサキやカズトラの奮闘に触発されたのか、この南方大陸遠征には自ら立候補していた。
「火蜥蜴族の炎は生命力の炎!」
獲得した炎の精霊の能力で全身を炎に変えるランマル。
そこにこれまで獲得してきた種族の生命力を上乗せして、火力を一気にブーストさせると、灼熱の炎を両手両足へと凝縮させた。
「行き当たりばったり秘技――煉獄乱舞ッ!」
業炎を宿した徒手空拳で乱舞するかの如き連携技。
繰り出される赤熱化したパンチやキックは、半魚人たちの正中線を的確に捉えていき、大爆発を巻き起こしながら薙ぎ払う。
――生命力の炎が宿るランマルの一撃。
そのインパクトを受けた箇所は瞬時に炭化し、そこから野火が広がるように肉体が焦熱で蝕まれていく。海水に浸かろうともすぐには消えない熱気だ。
彼は穂村組の精鋭セイコから猛特訓を受けていた。
生死の境を彷徨ったシゴキで天啓を得たのかも知れない。
以前よりも変身能力に磨きが掛かったのは言うまでもなく、様々な種族の能力を適度にブレンドさせて効能を高める術を体得したようだった。
ミサキ、カズトラ、ランマル。
三人の若武者は飛行母艦の前方と左右を守るべく配置についている。
艦の後方を守るのはタッグを組む2人の若武者。
いや、うら若き乙女のコンビなので姫武者と呼ぶべきだろう。
大剣のような野太刀に七つの光が宿る。
斬、断、切、絶、割、閃、開……七つの光を宿した光玉にはそれぞれの力を示すかのように漢字が浮かび上がり、その効果を全力で発露させた。
大振りな刀が下段から上段へと振り上げられる。
そこから発せられた斬撃は荒れ狂う南海を切り開いた。
海を割ってヘブライ人を逃がした予言者の逸話よろしく、海底が見えるまで海を切り分けたのである。当然、海中にいた深きものどもの多くが巻き添えで両断されており、白日の下にさらされていた。
膨大な海水は彼らにとって防護膜として働く。
それを取り払うため、レンは過大能力を込めて愛剣を振るったのだ。
ルーグ・ルー輝神国 侍娘 レン・セヌナ。
小柄で年下と勘違いされやすいが、ミサキたちと同年代の高校生。
サムライの髷風に結ったポニーテールや、現代風にリファインされているが袴や陣羽織を意識したデザインのファッションを好み、それで身の丈を超える大太刀を武器とするものだから、侍娘の肩書きが浸透してしまった。
そんな彼女が振るう神剣ナナシチ。
長い刀身に円盤状の宝玉が七つはめ込まれた独特な造型をしており、これに七つの力を宿すことで彼女は様々な奇跡を起こせるのだ。
レンの過大能力――【七つの宝玉に七つの神が宿る】。
文字通り、七つの宝玉に七つの能力を分配できる。
平常時に周囲の“気”を少しずつ宝玉へ貯めて、その能力を漢字に託して効果の方向性を決めるのだが、一度決めた漢字を解除すると貯めておいた“気”まで散ってしまい、一からやり直すなんて面倒なデメリットがあった。
しかし、レンはこれを改善させていた。
「――切り替え!」
掛け声とともに刀身に掌を滑らせると、七つの宝玉に刻まれた文字が爆、暴、発、飛、激、舞、突、の新たな七文字に変わっていく。
宝玉に“気”を留めたまま効果を変化させる。
これが破戒僧ソワカとの稽古でレンが会得した新機能だった。
宝玉の漢字を切り替えることで、状況への対応が幅広くなったおかげで、これまで以上に臨機応変な戦い方ができるようになったわけである。
今度は上段から真一文字に振り下ろす斬撃。
爆発属性を帯びた斬撃は海水の守りを失って狼狽える深きものどもを爆破で吹き飛ばし、大爆発によって宙へと舞い上がらせた。
海中は自在に泳げる半魚人も、さすがに空中では藻掻くのが精一杯。
「……アンズ、トドメ任せた」
「オーライ! 任せてレンちゃん!」
ダウナーなレンは自分のお仕事は終わりと言わんばかりに振り返り、相棒ともいえる少女に呼び掛けた。これにアンズは天真爛漫な笑顔で応える。
ルーグ・ルー輝神国 蛮族娘 アンズ・ドラステナ。
発育不良なレンと比べたら、身長もスリーサイズも健康優良児。
はち切れそうなナイスバディに装着するのはビキニアーマーとブーツのみ、マント代わりに頭から正体不明の獣の皮を被っていた。
過大能力を発動させ、蛮族娘からケモノ娘に変身している。
アンズの過大能力――【祖霊の獣は我が血肉となれ】。
アンズがモンスターを倒すと、そのモンスターを象徴するメダルが道具箱にストックされていく。このメダルを噛み砕くことでアンズは神族の肉体に、そのモンスターの身体的能力を再現することができるのだ。
(※噛み砕かれたメダルは変身解除後、アンズの道具箱へ再ストックされる。このため一度でも倒したことのあるモンスターの能力は何度でも使用可能)
この過大能力、ランマルのものとよく似ている。
差違があるとすればランマルは恋愛関係になれる種族のみ、アンズは自らの手で仕留められるモンスターのみといったものだろう。
(※最後のトドメを刺せればOKなので、途中までは協力プレイも可)
ランマルに興味本位で尋ねたことがある。
『君なら凶暴なモンスターでも抱けるんじゃないか?』
『ゴメン、ツバサの姉御……オイラ、ケモナーじゃないんでちょっと……』
誰が姉御だ! と決め台詞で怒鳴ったものの、冗談半分で話を振ったらガチ目に返されてしまったので謝っておいた。
ちょっと冷やかしが入っていたので反省しておこう。
ランマルは腕を組んで真剣に熟考する。
『せめてケンタウロスとかマーメイドみたいに人間成分が五割……いや四割、ううん三割……二割あればなんとか……二割、二割……一割ッ!?』
『頑張ればイケそうじゃないか?』
割引セールスみたいな話になってきたので打ち切った。
そんなわけで、どちらも変身系の過大能力ながら片や肉体関係を結んだ種族限定、片や討伐したモンスター限定という住み分けができていた。
応用性に関しても違いがある。
ランマルは既に述べた通り、変身に融通を利かせられる。
これに対してアンズは一度に使えるメダルは三枚まで。モンスターの能力を適応させられる箇所も頭部、胴体、下半身と振り分けられているのだ。
このため応用力ではランマルに軍配が上がる。
反面、変身させた部位の出力ではアンズが上回っていた。
このように同系統の過大能力であっても多少の優劣はあるものの、一長一短もあるため安易に強い弱いの比較論はするべきではない。
そして、アンズもまた過大能力のパワーアップさせていた。
龍と人を足して二で割った顔立ちから頭部は古代龍系モンスターの力、背中には大きな三対の翼を生やしているので胴体は天使系モンスターの力、下半身はネコ科の肉食獣を思わせるので瞬足系モンスターだろう。
そして、左右の両腕にも異なるモンスターの力を宿していた。
アンズから感じられるモンスターの気配は合計五つ。
彼女はその身に宿せるモンスターの能力を増やすことに成功したのだ。
沸々と泡立つタールの沼みたいに不定型となった右手。
そこに宿るのは――腐蝕粘体女王の力。
絶えず真紅の瘴気を漂わせる霧のように霞掛かった左手。
そこに宿るのは――極酸粘体女王の力。
「せぇのぉ……モクモクでガスガスでドロドローッ!」
レンによって宙に舞い上げられた深きものどもへ、アンズは両手から腐蝕ガスと強酸の霧をこれでもかというくらい浴びせかける。
あっという間に肉体を腐らせて溶かされる半魚人軍団。
しかし、図体がデカいので処理に時間が掛かる。
このコンビネーションを編み出したレンは、なるべく巻き込まれないように後ずさりながら他人事みたいにボソリと呟く。
「そのガスと霧……どっちもスッゴい可燃性なんだよね」
アンズは胸が膨らむくらい大きく息を吸い込む。
「ドッッッ……カアァァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアンッ!」
掛け声とともに古代龍の熱吐息を吐き出せば、二体の粘体女王の力で撒き散らされたガスと霧に引火して、天を焦がすほどの大爆発を巻き起こした。
飛行母艦が防御スクリーンごと前へと押し出される。これだけでレンとアンズの引き起こした爆発の威力を物語っていた。
これには巨体を有する深きものどもも堪らない。
ビルより大きな五体さえもバラバラに爆散する。辺りの海には焦げた肉片がポチャポチャと音を立てて降り注いでいた。
「よし! レンちゃんの計画、上手く行ったね!」
「う、うん……アンズ、よくやった」
ピースサインで作戦成功を喜ぶアンズだが、この攻撃方法を思い付いたであろうレンは引き攣った笑顔で愛想を返すのがやっとのようだった。
「…………やり過ぎたかも」
冷や汗を垂らしたレンは小さく呻いた。
周囲の評価が気になったので飛行母艦の前方にいる男子トリオに目をやれば、みんな揃ってまん丸に見開いた眼をこちらに注いでいた。
『『『……女の子っておっかねえなぁ』』』
眼が口ほどに物語っており、レンを怖い女だと認定していた。
動揺したレンは慌てて取り繕う。
「ち、違うの! 私もちょっとやり過ぎたって思うくらいで……ッ!」
愛剣を持ったまま身振り手振りで「私はそんな怖い女の子じゃないの!」と訴えるのだが、そんなレンの前にアンズが自慢げに胸を張って立ちはだかる。
「スゴいでしょ! レンちゃんの残酷な皆殺し作戦!」
「ちょ、まっ……それ逆効果だろ!?」
私のイメージ台無しか!? とレンは半泣きで頭を抱えていた。
360度――飛行母艦を護衛する五人の若武者。
本艦どころかそれを取り巻く防御スクリーンにすら触れさせない完璧な迎撃を見せているが、さすがに数が尋常ではないので取りこぼしも少なくない。
その処理を請け負うのが六人目の若武者だった。
「みんなみたいに最前線で目立てないのが難点だけど……」
伝説の狙撃手も言ってたよね、とヨイチは嘯く。
「狙撃手は援護こそが花道。誰にも知られることなく敵を撃ち抜き、仲間も知らないうちに味方を守る……ってね」
タイザン府君国 執事 ヨイチ・クリケット。
カズトラと同い年なので高校生までもう1年なお年頃。あちらが熱血系主人公な面相なら、こちらは相棒が務まるクール系な紅顔の美少年だ。
クロウやホクトの影響から執事服をフォーマルな戦闘服としていた。
――主な職能はふたつ。
生産系なら工作者として働き、戦闘職ならば狙撃手として立ち回る。
飛行母艦の甲板に陣取るヨイチは、周囲に装填を済ませた自家製の狙撃銃を魔法で空中に待機させていた。放射状にズラリと整列する多種多様な銃器の列は、大型銃砲店も裸足で逃げ出すラインナップだった。
既製品ではない、ヨイチ謹製のオリジナルライフルが豊富だ。
居並ぶ狙撃銃の周囲を、更に何千枚もの六角鏡が取り囲んでいた。内側に六芒星が刻まれた正六角形の鏡が、数え切れないほど連なっている。
蜂の巣みたいなハニカム構造を連想させるドームを形作っていた。
この鏡面ドームこそが彼の過大能力だ。
ヨイチの過大能力──【死角と結びつきし幻像を結ぶ鏡面】。
狙撃対象の死角を自動的に把握、その地点と空間を越えて繋げられた鏡面映像を結ぶことができる能力。その鏡面はヨイチの周りに展開される。
鏡面は深きものどもの死角を映し出していた。
この六角鏡に銃弾を撃ち込めば、鏡面を介して空間転移することで放った弾丸が必ずや死角に撃ち込まれる。感知に長けていたり反射神経に優れたLV999でも躱しにくい至近距離で確実に狙撃できるのだ。
狙撃専門に特化した意味ではチート級の過大能力といえよう。
「ま、僕には狙撃と工作しか能がないからね」
謙遜を交えて自嘲するヨイチだが、自らが得意とする技術を過大能力として覚醒したことにより、より先鋭化させることに成功していた。
――銃神ジェイクに拳銃師バリー。
ヨイチはLV999に到達しても精進を怠ることなく、銃器の扱いに長けた先輩たちの手解きを受け、異相での訓練に欠かさなかったのだ。
その成果が過大能力の拡張として現れていた。
ひとつ――狙撃のための六角鏡が届く範囲の広域化。
以前は半径10㎞が限界だったが、10倍の半径百㎞まで拡大。
ふたつ――六角鏡を当社比で10分の1のサイズに小型。隠密機能も強化。
これにより今までよりも狙撃を察知されにくくなった。
みっつ――展開できる六面鏡の総数を大幅に増加。
コンディションにも左右されるようだが、以前は数百が上限だった六面鏡を千を越えて二千に届く勢いで展開できるようになっていた。
拡張した能力をヨイチは遺憾なく発揮する。
両手に身の丈を越えそうなスナイパーライフルを握り締め、平然と片手撃ちをしていた。死角に通じる鏡面にやたらめったらな連射をしていく。
一見すると出鱈目な乱射にしか見えない。
だが、実際には恐ろしく精密な射撃を行っているのだ。
二丁拳銃の要領で両手に構えると、弾丸を撃ち尽くすまで六角鏡の一枚一枚を射貫いていく。その銃口は滑らかな動きで縦横無尽に振り回されているが、六角鏡の中心に照準が合う瞬間を狙い澄まして引き金を引いている。
機関銃で大多数を狙う技術の応用だ。
(※敵が大勢で迫ってきた場合、牽制するように機関銃を左右へ振りながら撃つ。その際、照準の先に敵兵がいる瞬間だけ引き金を引く。こうすることで無駄撃ちを減らしつつ、なるべく相手へ命中させるように心掛ける)
鏡面の向こうにいる巨大半魚人を的確に撃ち抜くヨイチの射撃術。
残弾数0になった銃は放り投げる。
それはヨイチの道具箱に収納されていき、内部に仕込まれた自動再装填システムで弾薬を補充されると、改めて居並ぶ列に並び直されていく。
これによりヨイチは連続狙撃を可能としていた。
速射砲も顔負けの勢いで深きものどもをスナイプする。狙撃のはずなのに弾幕みたいな火力を叩き出していた。
人間大砲ならぬ人間砲台――射程も火勢も命中精度も神懸かった威力だ。
蕃神の眷族たる彼らを射貫く銃も特別製だった。
象撃ち銃から着想を得て魔改造とともに進化させた――龍狩り銃。
工作者の大先輩である棟梁ヒデヨシ、それに兄貴分の長男ダインに変態ジン、彼らの指導を受けたヨイチが独自開発した古代龍をも狩る魔銃だ。
その威力は貫通とともに対象を爆砕する。
50m級の深きものどもの頭部だろうが胸部だろうが、命中すれば脳髄も心臓も残すことなく確実に吹き飛ばす破壊力を備えていた。
「別次元の生物だけど……身体構造は不思議と人間に似てる」
ヨイチは六角鏡の視界を介して分析系技能を働かせており、狙撃特化の過大能力がもたらす強化によって深きものどもの体内を看破していた。
「脳や心臓に類する器官がある……それなら!」
二丁の狙撃銃から放たれる弾丸は、一体の深きものどもを狙う。
撃ち抜いた頭を再生しないよう木っ端微塵にするとともに、両腕と下半身が生き別れになるくらいの風穴を胸部に開けてやった。
「どっちも潰しておけば復活することはないでしょう……多分!」
――ハンザキの例もあるしね。
ヨイチは子供の頃に聞いた昔話を思い出していた。
(※ハンザキ=ニホンオオサンショウウオの古い呼び方。彼らはその巨体も然る事ながら、半分に裂かれても死なない生命力を持っており、場合によっては体が半分になっても再生することから半裂きと恐れられ妖怪視されていた)
大多数の深きものどもはミサキたちが片付けている。
そこからこぼれ落ちて、隙間を縫うように飛行母艦へ攻撃を仕掛けてくる半魚人を、ヨイチは後始末を引き受けるように狙撃で仕留めていく。
まさしく「援護こそ狙撃手の花道」の言葉通りだ。
半魚人の撃破数トップは今のところミサキだが、二位争いはするまでもなくヨイチである。もしかするとミサキを追い越しかねなかった。
そんなヨイチだからこそ、ある危惧を感じて冷や汗をかいていた。
「まったく、ゾッとしないな……」
見晴らしのいい甲板、軍勢の死角を捉えられる過大能力。
岡目八目――という言葉もある。
当事者ではなく、一歩退いた視点から得られるものは馬鹿にできない。
ヨイチの狙撃手としての才能も手伝っているが、最前線から離れた本陣から南海という戦場を見渡すことで戦況を観察することができていた。
だからこそ異常事態にもいち早く気付けたのだ。
「……終わりが見えないよ」
――深きものどもの数が一向に減らないのだ。
ミサキたちが瞬く間にダース単位で倒しているはずなのに、押し寄せる半魚人の勢力はまったく衰えなかった。百匹は倒したのに千匹の援軍が押し寄せ、千匹を倒したら万匹の増援が駆けつけるみたいな案配だ。
かれこれ小一時間、飛行母艦はこの海域に足止めされている。
その間にミサキたちが屠った深きものどもは、ザッと計算しただけでも数万は下らないはずだ。なのに、半魚人軍団の勢いが弱まる気配がない。
彼らの士気や闘争心が萎える兆候さえ窺えなかった。
蕃神の眷族は数に頼る傾向がある。
触手のアブホスも、化蜘蛛のアトラクアも、竜犬のティンドラスも、無限に湧いてくるとしか思えない眷属の大攻勢で攻め込んできたものだ。
戦艦で乗り込んできたヨ=グさえ雲霞の如くだった。
甲殻類のような艦載機で大編隊を組んできたほどである。
「そういう事前情報は、アキさんやフミカさんの資料で予習してきたけど……この魚人間たちはちょっと異常だな。この数の減らなさは……」
どうしたもんだろ? とヨイチの表情は引き攣っていた。
負ける気はしないし勝てる気もする。
だが――終わる気がしない。
終着点の見えない戦いに若武者たちは微かな不安を覚えていた。
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「かつて寂れた港町インスマス在住のザドック・アレン老人(当時96歳)は悪魔の岩礁に潜む深きものどもについてこう言いました……」
――奴らは星の数ほどいる。
「いや、いすぎでしょ!? 多過ぎじゃないッスか!?」
数の桁バグってないスか!? とフミカは怒りにまかせて声を荒らげ、艦の情報制御コンソールをバンバン叩いていた。台パンというやつだ。
飛行母艦ハトホルフリート――その艦橋内。
半魚人たちを相手に悪戦苦闘するのは、六人の若武者ばかりではない。ここ艦橋でもどうにかしようと対策に翻弄される若者たちがいた。
ハトホル太母国 次女(情報官) フミカ・ライブラトート。
眼鏡に姫カットが似合う文系美少女ながら、小麦色の肌にアラビアンな踊り子衣装をフォーマル戦闘服に選んだハトホル一家の次女である。
こう見えて情報処理のエキスパートだ。
飛行母艦の艦体制御を一人で請け負いつつ、得意の分析系技能を活かした索敵で深きものどもの総力を計算しようとしていたのだが、こちらが撃破して減る数よりも追加される数が桁違いなのでパニックを起こしていた。
情報を投影するため宙に浮かぶ――いくつもの映像スクリーン。
そのひとつが深きものどもの総数を数えるカウンターとして数字を回しているのだが、減るどころか増える一方だった。
若武者たちがあれほど奮戦しているにも関わらずだ。
とっくの昔に億を超え、そろそろ桁数が兆に届きそうである。
「落ち着けフミぃ! 喚いたところで減りゃあせん!」
実力行使で減らしちゃるわ! とダインは大声でフミカを窘めた。
ハトホル太母国 長男(工作者) ダイン・ダイダボット。
逆立てた銀髪にグラサンが似合う大柄な強面風イケメンだが、まだ高校生なので若々しさが目立つ。長ランめいた学ランは卒業してロングコートを羽織り、機械化した両腕で操舵輪を操るサイボーグ艦長だ。
フミカとは正式に結婚したので夫婦関係である。
飛行母艦ハトホルフリートの設計者にして建造主任でもあった。
深きものどもに足止めを喰らわされて、高度800mの上空に待機中のハトホルフリート。ダインは操舵輪から手を離すと、火器管制コンソールを開いた。
同時に飛行母艦の外装各部も開いていく。
そこにはエネルギーを凝らした分厚い球体レンズが瞬いていた。高出力のレーザー砲を発射させる装置だ。
他にもミサイル射出台や大艦巨砲主義な砲塔も迫り出してきた。
一斉砲撃に打って出るダインをフミカは制止する。
「ちょっと待ってダイちゃん! いくらヒデヨシさんやジンちゃんから実弾補充できるようになったからって消費はなるべく抑えて……」
妻からの内助の功にダインはサムズアップで返した。
「わかっちょる! ツバサのおかげでエネルギーは駄々余りじゃからな! エネルギー系の砲弾メインで全ブッパをお見舞いしてやるぜよ!」
「誰が母ちゃんだ」
テンション高めの長男夫婦の邪魔をしないように、艦長席に腰掛けたツバサは小さくぼやく程度の決め台詞に留めておいた。
「褒美喰ろうて逝きさらせ! こんオサカナ軍団がッ!」
ダインはすべての発射ボタンを叩いた。
飛行母艦から全方位に向けて斉射される砲撃の数々。
国を滅ぼす大艦隊をも全滅轟沈させかねない大火力が、南海を干上がらせるように火の海へと変えた。深きものどもも焼けるどころか蒸発している。
荒れ狂っていた海流まで鎮まるほどの威力を示していた。
ミサキたち若武者六人も手を休めたほどだ。
フミカが管理している深きものどものカウンターも、一気に数を減らしていた。今の砲撃で五万体近くの半魚人を仕留めている。
しかし――。
《いあ! いあ! くとぉうるふぅ・ふたぁぐぅん……ッ!》
《ふぅんぐるぃ・むぅぐるぅなふぅ……ッッ!》
《くとぅるふぅ・るるぃえ・うがぁふなぐぅる・ふたぁぐぅん……ッ!》
邪神を讃える呪文が水底から絶えることはない。
飛行母艦の最大火力を撃ち込むことで海面さえ燃え盛り、相殺するかのように大人しくなっていた南海が、白い波濤を巻き上げて荒々しさを取り戻す。海も空も暴れさせながら深きものどもの軍勢が波間から顔を出してきた。
捲土重来ともいうべき大軍勢である。
「うんぎゃーッ!? カウンターががががががッ!?」
深きものどもカウンターも減った分を取り戻す速さでカウントされていき、とうとう総数が1兆匹を越え、耐えきれずフミカが悲鳴を上げた。
「フミぃ、もうカウンター消さんか! 忙しなくなるだけじゃ!」
錯乱しそうなフミカをダインが宥めている。良い亭主っぷりだった。
「……焼け石に水だな」
艦長席に着いたツバサはうんざりした顔で頬杖を着いた。
ハトホル太母国 国王 ツバサ・ハトホル。
間違っても女王とは呼ばせない。愛用の真紅のロングジャケットの胸元は超爆乳ではち切れそうだし、黒のボトムも超安産型の巨尻で破けそうだが、自分が女王と認めることはできなかった。
ツバサの胸に残る男心――これは最後の意地っ張りだ。
足下まで届きそうな黒髪を無造作に流して、玉座といわれても疑わない装飾が施された艦長席に巨尻を無理やり落ち着かせている。
実はさっきまで艦橋の先端に立っていた。
――前線で戦う若武者六人。
稽古をつけた弟子でもある彼らの勇姿をかぶりつきで見たい武道家としての気持ちと、我が子にも等しい愛情で可愛がってきた彼らが心配で仕方ない神々の乳母の欲求が、ツバサを居ても立ってもいられない心境にさせていた。
なので艦橋正面――大窓に張り付くように立っていた。
そうしたら同行した仲間たちから「女ボスに余裕がないとみんな不安になるから、艦長席でドーンと構えててくれ」とお願いされてしまった。
誰が女ボスだ! と怒鳴ったのは言うまでもない。
「ミサキさんたちのおかげでワタシは楽ちんですけど……」
みんな大丈夫ですか? とマリナは心配そうだった。
ツバサは「……大丈夫だよ」と囁きながら頭を撫でてやる。
ハトホル太母国 五女 マリナ・マルガリーテ。
まだLV999に達していない10歳の幼年組だが、ツバサやミロとともに最初期のVRMMORPGを生き抜いてきた経験者。そして卓越した結界系の過大能力を覚醒させている五神同盟の護りの要である。
飛行母艦を守る防御スクリーン。
これはマリナの過大能力に由来するものだ。
だから飛行母艦で出撃する際は、艦の防御力を十全に発揮するため同行させることが多いものの、間違っても戦闘に参加させることはない。
――淡い紫色の髪をしたドレス姿の幼女。
ふたつの三つ編みに結われた髪を握り締めたマリナは、お母さんの膝の上に乗ったまま、深きものどもの軍勢を迎え撃つ若武者たちを見守っていた。
手に汗握る攻防にハラハラしっぱなしのようだ。
「ねえねえツバサさん」
アタシらも出張った方がいいんじゃない? とミロが覗き込んでくる。
ハトホル太母国 長女(アホの子) ミロ・カエサルトゥス。
ツバサが愛して已まない最愛の娘であり、伴侶と認める女性だ。
やや露出度高めのブルードレスを身にまとい、マント代わりにロングカーディガンをまとう麗しい姫騎士といった風貌……。
黙っていれば美少女だが、口を開けば正体はアホの子とバレる。
「あの六人で迎撃してちょうど釣り合いが取れてるなら、艦橋に残ってるメンバーの半分くらい出せば押し返せるって。さっさと片付けちゃおうよ」
言うが早いか道具箱から大剣を引っ張り出した。
「100mくらいまでなら覇唱剣で三枚おろしにできると思うの」
覇唱剣――オーバーワールド。
ミロの成長に合わせて強化や合体に変形を繰り返してきたが、先日破壊神退治を成し遂げた功績により、更なる進化を遂げて神剣らしくなってきた。
黒を基調として金や銀を丁寧に遇った大剣。
以前は黒一色だったので魔剣みたいな雰囲気だったが、破壊神を倒したことで格が上がったのか、聖なるオーラを漂わせるほどになっていた。
そんな大剣を軽々と肩に担いでミロは訴えてくる。
「というわけで……アタシ出撃OK?」
「ダメだ、大人しくしてなさい」
ツバサは腕を伸ばしてむんずと顔面をアイアンクローで鷲掴み、自分の膝元へと引き寄せる。その途中で覇唱剣は道具箱に仕舞わせておいた。
マリナと二人、姉妹でお母さんの膝に乗せる。
甘えてていいから、と超爆乳に埋もれるくらい抱き締めてやった。
それから無闇に出撃してはいけない理由を説いていく。
「単純に戦力を投入すればいいってもんじゃない。相手の出方がこれで全部とも限らないんだ。あの半魚人どもに新たな手を打ってくるまで、下手に動こうとするな。迂闊に先走るとどんな目に遭うか……」
まずは様子見に徹しろ、とツバサは念を押した。
「ミロを含め、待機してるメンバーはその時に動いてもらう」
ツバサ、ミロ、ダイン、フミカ、マリナ。
艦橋にいるのは、飛行母艦を万全に機能させるためのハトホル一家だけではない。各陣営からの応援は若武者の他にもいるのだ。
水聖国家オクトアード 客将 エンオウ・ヤマミネ。
ツバサの大学の後輩でもある武道家。
天狗と魔女の血を受け継いだという触れ込みの古流武術家でもあり、身の丈2mを越える偉丈夫。ツバサたちアシュラ八部衆に匹敵する実力を持っているが、年下には手を上げられないという理由から万年九位に甘んじていた。
ついたあだ名が――アシュラ九部衆。
異世界転移後は縁あって許嫁のモミジ共々、水聖国家のヌン陛下の元に身を寄せている。肩書きの客将とはそういう扱いということだ。
エンテイ帝国 輝公子 イケヤ・セイヤソイヤ。
友好同盟を結んだばかりだが、「南方大陸に赴くなら手が足らんだろう……」と案じたキョウコウが派遣してくれたの彼である。
やや顎が尖りすぎなものの、まだイケメンで通じるホスト崩れの青年だ。ラメやらスパンコールまみれのギンギラギンに目映いスーツを愛用し、光を操る過大能力ゆえか当人もなんとなく光り輝いていた。
元ホストなので人当たりもいい。誰とでも上手くやれる。
おまけに自身を光に変えることで光速で移動できるため、偵察役としても陽動役としても重宝しそうだ。ナイスな人選である。
二人は艦橋の窓から群がる半魚人どもを観察していた。
寡黙な巨漢と饒舌なホスト、初対面だが仲良くやっているようだ。
「う~ん、こんなの見せられちゃうと悪夢待ったなしって感じだし、当分お魚食べられなくなりそうだねー☆ エンオウくんはどう?」
「おれは……刺身や切り身ならイケるかもと……あ、臭いがキツいか」
「そうだよねー☆ 艦橋にいても匂ってきそうだものー☆」
タハーッ! とイケヤは大袈裟に笑いながら鼻を摘まんでいた。
さっきから深きものどもと交戦中の若武者たちが通信で「くっさい!」と悲鳴を上げているので、余計にそう感じてしまうのだろう。
彼らより大人な二人は艦長席の近くにいた。
女王様に付き従う幹部にでもなったつもりか、ツバサの左右へ脇侍よろしく佇むように控えている。この二人にツバサは艦長席へ座らされたのだ。
「……組長自ら出陣してよろしかったのですか?」
アハウは今更ながらの質問を投げ掛ける。
「そういうアハウ君だって王様自ら出撃してるじゃねぇの」
お互い様よ、とバンダユウは紫煙を薫らせた。
ククルカン森王国 国王 獣王神アハウ・ククルカン。
ハトホル太母国所属 穂村組 組長 バンダユウ・モモチ。
それぞれの陣営をまとめるトップが参加していた。既に戦女神ミサキがいたことからもわかるように、今回はお試しを兼ねた特例だった。
各陣営の代表も遠征に駆り出してみる。
一年を超える激戦の遍歴を経てきた結果か、おかげさまで五神同盟の戦力は叩かれることで強くなっていた。LV999も増えてきただけではなく、陣営代表と肩を並べるほどの強さを得た者も少なくない。
そこで内在異性具現化者を試験的に投入してみた。
戦闘は火力! なんて言葉もあるが、大きな戦力で有無を言わせずに攻め立てるような攻略もできるかな? という試験のつもりだ。
勿論、各国の留守番は信頼できるLV999に任せた上である。
また内在異性具現化者は過大能力によって、国土と領地に豊穣をもたらす存在。なので長期間の不在はなるべく避けなければならない。
遠征が長引く場合は帰還も止むなしだ。
今回は戦女神ミサキと獣王神アハウが立候補してくれた。
(※ミサキの留守番はヌン陛下、アハウの留守番は棟梁ヒデヨシ)
「今回、私が参加したのは……私的なワガママですよ」
照れ臭そうに微笑んだアハウは、後ろ毛を梳くように頭を掻いていた。
過大能力により獣王神に相応しい姿へ巨大化できるアハウだが、普段は今のように身長2m前後の獣人めいた姿で通している。戦闘に参加するための備えなのか、いつ巨大化してもいいような着やすく脱ぎやすい服装だ。
浴衣めいたローブをまとい、肩には肩章付きのマントを掛けていた。
バンダユウに振り向いたアハウは心中を語る。
「これまで威力偵察というんですか? こういった遠征はツバサ君たちに任せきりで、応援も仲間に頼んでばかりだったので心苦しかったものですから……そろそろ自分でも引き受けたいと思っていた頃合いだったんですよ」
アハウはツバサを見遣り、軽い会釈をしてきた。
こちらは好きでやってるんだから気にすることないのに、と意味を込めてツバサも会釈しながら小さく手を振った。
「それをワガママとは言わんだろ、どっちかってえと責任感だ」
アハウの律儀さをバンダユウは褒めるように笑う。
「それは本心の半分、建前みたいなものです。残り半分はワガママですよ」
――前人未到の大陸を探検してみたい。
「中米アメリカの遺跡を発見したいと熱望した、考古学者を志していた学生気分を思い出して、まだ見ぬ土地をフィールドワークで歩いてみたい……」
そう思い立ったんです、とアハウは艦橋正面へ向き直る。
その方角に南方大陸があるはずだが、生憎と空も海も荒れ模様だし、なんなら雨より半魚人が飛んだり跳ねたりする最悪の光景が広がっていた。
それでも――アハウの眼差しは彼方を見据えている。
未知を説き明かすことに情熱を燃やす学者の瞳を輝かせていた。
「なるほど、そいつぁ確かにワガママだ」
「ではバンダユウさんの番です。いつもなら精鋭トリオさんの誰かを派遣するはずなのに、どうして今回は自ら御足労されたんですか?」
満足げに得心するバンダユウにアハウが問い掛けた。
ロマンスグレーに染まる総髪を適当に結い、若い頃は浮き名を流した風貌も衰えてはいないイケメン老人。黒の着流しに派手な褞袍が決まっている。
トレードマークの極太煙管を弄んでいた。
待ってました、と言いいたげに老ヤクザは口角を釣り上げる。
「冒険は若ぇ奴らの専売特許じゃねえんだぞ? 老い先短いおれたちにも楽しませろよ……って気持ちが半分だな。そこら辺はアハウ君と同じだわ」
もう半分は――若武者たちだ。
バンダユウは艦橋の外を指差し、六人の若人たちを示した。
「今回はいつになく若手が駆り出されると聞いてな。中堅もアハウしかいないと聞いたから、パーティーメンバーの平均年齢を上げとこうと思ったのよ」
「つまり……若者だけでは不安という老婆心から?」
そんな殊勝なタマじゃねえよ、とバンダユウはゲラゲラ笑った。
「老兵が弱ったら新兵が若さで助けてくれりゃいいし、新兵が困ったら老兵が持ち前の経験で手を貸せばいい……老いと若きでいいバランスだろ?」
なるほど、と今度はアハウが納得させられていた。
実際のところ、バンダユウの本心は別にある。
遠征に立つ数日前、ツバサはバンダユウから打ち明けられていた。
『今度の遠征……若者ばっかじゃねえか。おいおい、右も左もわからねぇ未知だらけの暗黒大陸で何かあったら大変だろこれ……よし、穂村組からはおれが出よう。もしも一大事があったら老いぼれが盾になって若いのを逃がせばいい』
これがバンダユウの参加理由である。
殊勝どころではない、自己犠牲の塊みたいな覚悟だった。
江戸っ子な伝法口調なのでどこまで本気なのか定かではないが、ツバサを前にして大々的に嘘やハッタリをかます人物ではない。
バンダユウは幻術師で詐欺師の血筋だが、使う相手をちゃんと選ぶ。
若者を想う気持ちは本物に違いない。
その心意気に感謝して、こちらからお願いした次第である。
「――というわけでだ」
パチン! と指を鳴らして空気を切り替えたバンダユウは、伸ばした人差し指をツバサに向けてきた。視線を合わせて作戦を提案してくる。
「若者六人の腕試しにと地獄の半魚人軍団に立ち向かわせて、かれこれ一時間ってところか? そろそろ選手交代しとこうぜ」
バンダユウは若武者たちのスタミナも計算していたらしい。
深きものどものLVは概算で500~900強。
単純に身体が大きい個体ほど年齢を重ねていてLVも高いらしく、50m級の巨人みたいな深きものどもはLV900を超えていた。
LV999を超えているミサキたちの敵ではない。
だとしても、今回ばかりは異例の事態だ。
先刻からフミカが騒いでいるが、深きものどもの数が尋常ではない。
蕃神の眷族が人海戦術よろしく数を頼みに攻めてくるのは毎度のことだが、一匹一匹のLVがこれまでと比較にならないほど高い。
おまけに数も比べ物にならない。兆の桁を数えるほどだ。
LV999の戦士が六人いても、凡ミスひとつで総崩れにならないとも限らなかった。慎重派のツバサはもっと警戒心を働かせてしまう。
中央大陸を発って二日――この海域は南海の入り口付近だろう。
優秀な偵察員の報告からそう判断できた。
この海域へ踏み込むと同時に、深きものどもの大群は襲ってきた。
まだ調査段階だが、偵察員の調査によると恐らく南海全体を縄張りとしているとのことだ。侵入者は即座に排除する方針らしい。
当初は真なる世界の現生生物かと訝しんだ。
単に攻撃的な種族ならば無闇に殺すのは気後れするところだが、どうにも様子がおかしいのでフミカが分析を掛けてみると、驚くべきことが判明する。
魚や蛙に似ているが、その因子は完全に別次元由来のもの。
つまり真なる世界の生物ではなく――蕃神の一員。
すかさずフミカが偉大なるクトゥルフを信奉する深きものどもと推察、ならば手加減する理由はないな、と五神同盟も喧嘩腰になった。
最初に出撃したのが六人の若武者。
ミサキを筆頭に、腕を上げた若手たちに腕試しをさせたわけだ。
小一時間も戦わせれば十分だろう。
「全員、大いに腕を上げたのを確認できた。眼を掛けてきたジジイも満足だし、手取り足取り世話を焼いてきたツバサ君も満足だろ?」
スタミナ切れには早いが、万全を期して若武者たちを引っ込める。
そこから先どうするべきかをバンダユウは語り始めた。
「あいつらも蕃神の一味だ。数が多いからってここで見過ごすことはねえ……できるだけこの場で殲滅しときてぇだろ? だったらタイムテーブルとシフトを決めて人員を回して、効率的に半魚人どもを血祭りに上げていかなきゃな」
アバウトながら筋の通った作戦である。
言葉遣いがところどころ乱暴なのは、出自が極道なので仕方ない。
ツバサの「蕃神絶対殺すマン」な心境も酌み取られていた。
異様に数が多いからと臆することはない。桁が兆を超えようが京を超えようが垓を超えようが、0になるまで磨り潰すように鏖殺するまでだ。
別次元の侵略者に手心を加える謂われはない。
戦場に出す戦力を絞り、長期戦になるのを見越して交代で休憩を取らせながら、とにかく一匹でも多くの深きものどもを抹殺する。
手間も暇も掛かるが、こいつらを放置しておきたくはない。
「……理に適ってますね」
しっかり頷いたツバサは、組長の作戦を採用することにした。
よし! と手応えを感じたバンダユウは手を打った。
「そんじゃあ外で生臭相手に気張ってる六人はあと十分で呼び戻そう。そんで入れ替わりにおれたち四人が半魚人軍団の相手をしよう」
バンダユウは自分、アハウ、エンオウ、イケヤの四人を指差した。
この提案にツバサは待ったを掛ける。
「いや、次は俺も行きます。四人でも大丈夫だとは思いますが、ここは念には念を入れて……ついでに広範囲魔法でできるだけ倒しておきたいし」
するとバンダユウは肩をすくめた。
「おいおい、女王様は艦長席で偉そうにふんぞり返っててくれよ」
「誰が女王様ですか!?」
「じゃあアタシ! ツバサさんの代わりにアタシが出……るぶぶぶッ!?」
「ミロはもっと出せるわけないだろ!」
切り札の自覚を持て! とツバサはしゃしゃり出てきたミロの頬を片手で引っ掴むと、タコチューになるまで潰してやった。
ミロが持つ万能の過大能力は、戦況をひっくり返す秘密兵器だ。
もしもの緊急事態ではその能力に頼ること請け合いである。
そのためにも軽々しく戦場には出せない。とっておきの切り札なのだ。
ミサキも似て非なる過大能力を持っているのだが、ミサキ曰く「ミロちゃんの方が効率よく能力を使えるみたいです」とのこと。
だからミロは温存し、ミサキが最前線に立っていた。
できればミサキも温存させたいのだが、鍛えた腕を試したくてしょうがなかったらしい。ツバサたちも止めたのだが、無鉄砲な若者は言うことを聞かない。
御覧の通り、大立ち回りを繰り広げている真っ最中である。
他人に戦わせるくらいなら自身が矢面に立つ。
これが信条なツバサも艦長席にまんじりと座っていられなかった。
「ツバサ君だっておれらの切り札だ。序盤で切るもんじゃねえよ」
「そうだぞツバサ君、ここはまず俺たちに任せて……」
「いやいや、そんな無茶しませんから。俺も出ますってば」
ツバサがミロとマリナに艦長席を譲ると、重い巨尻を浮かせて立ち上がろうとしたのだが、バンダユウとアハウは両手で制してくる。
押し問答になりかけた時――艦橋に警報が鳴り響いた。
「特級の深きものどもが接近中ッス! 数は2! 全長は……ッ!」
フミカの報告よりも早く、その二体は海水を盛り上げて山を作るように昏い水底から現れた。これまでの50m級が玩具のようなサイズである。
下半身は海中だが、大凡の全長は300m越えだ。
身体を覆う鱗も分厚すぎて、一枚一枚が強靱な装甲にしか見えない。両手に生え揃う鉤爪は超弩級戦艦であろうと容易く引き裂くだろう。顔立ちはもう魚とか蛙の域に収まっておらず、古代の魚竜みたいに厳ついものだった。
明らかにこれまでの深きものどもと格が違う。
LVも950以上はある。眷族よりも蕃神に近い力の持ち主だ。
「まさか……父なるダゴンに母なるヒュドラ!?」
フミカの口にした2つの名はツバサも覚えがあった。ここ最近、フミカとプトラからのクトゥルフ神話のレクチャーで聞いた教えられたものだ。
「深きものどもの始祖か!?」
時を忘れるくらい太古から生き続けており、途方もなく成長しているため、その力の強さから神格的存在として崇拝されている最初の深きものども。
ならば――彼らにとって超大物。
親玉を戦場に引っ張り出すほど深きものどもを追い詰めたのか?
これを好機と捉えるべきか否か? その判断にツバサがほんの少しだけ逡巡していると、ダゴンとヒュドラは牙だらけの口を大きく開いた。
またぞろクトゥルフを讃える呪言を繰り返すつもりのようだ。
《いあ! いあ! くとぉう……ぐぅおおおおんッッ!?》
《ふぅんぐるぃ・むぅぐ……ぎゃおおおおおッッ!?》
両者の呪われた祈りは遮られ、断末魔めいた絶叫が轟いた。
それもそのはず――氷山が降ってきたからだ。
艦橋にいたツバサたちはおろか、外で奮闘している若武者六人も、それこそ深きものどもの全員まで、何が起きたかわからずに戸惑った。
はあッ!? と呆気に取られるしかない。
ダゴンとヒュドラかも知れない大型半魚人に陰が差したと思えば、二体まとめて押し潰しながら氷漬けにするような氷塊が振ってきたのだ。
その氷塊はあまりに巨大なので氷山というよりない。
巨大な深きものども二体は咄嗟に水掻きのある両手を掲げて、落ちてくる氷塊を受け止めようとする。だが努力は虚しく、双方ともに押し潰されていた。
登場してすぐに海底へ沈んでいく巨大な二体。
そして、氷山じみた氷塊は極低温の冷気をまとっている。
着水すると同時に周囲の海を侵食するように凍らせていった。
凍りつくのは海面のみならず、海中をも凍てつかせて、やがては海底にまで届きそうな冷気だった。当然、海の中にいる深きものどもは巻き添えを食らう。
瞬く間に半魚人の氷漬けが大量にできあがった。
「あの氷、一体どこから……ッ!?」
氷塊が飛んできたと推測される方角にツバサが眼を向けるよりも早く、マリナがそちらに注目していた。指を差して呼び掛けてくる。
「センセイ、あれ! 大きな鳥です!」
確かにぱっと見では蒼い翼を広げた大きな鳥に見えなくもない。
だが、あれは紛れもなく戦艦だった。
白をメインカラーとして陽光に煌めく青をふんだんにあしらった、翼を羽ばたかせて大空を飛ぶ鳥をイメージさせるフォルムの飛行戦艦である。
ハトホルフリートより二回りほど小さい。
現実世界の軍艦に例えれば、重巡洋艦クラスのサイズだろう。
「あれ? 艦体になんか見覚えのあるマークが……」
ミロは額に手を翳して眼を細めると、戦艦に刻まれているシンボリックなマークに気付き、その下に刻まれたアルファベットを読んでいた。
三つの“O”をリング状に象り、三角点へ配置したマーク。
アホの子は努力して横文字を読み解いていく。
「Oーlive Production……オーライブッッッ!?」
この名前も微かにだがツバサの記憶にあるものだ。
確か有名なVRアイドルを多数抱える最大手事務所のひとつ。
そこには噂の彼女たちも所属していたはずだが……。
ミロが驚いた瞬間――戦艦に動きがあった。
両翼の上部に投影スクリーンで形作ったステレオタイプのスピーカーが現れたかと思えば、いきなり軽快なミュージックを奏でてきたのだ。
『――Let’s Go Blue Ocean!!!!』
それは例のMVで聞いたものより鮮烈な歌声だった。
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