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第20章 ハンティングエンジェル オンステージ!
第494話:一ヶ月も一年も休みならあっという間
しおりを挟むツバサのために用意されたコスプレ衣装。
最初は100着の約束だった。
しかし、作っているうちにテンションの上がってきたハルカは、針と鋏が止められなくなってしまったらしい。「何着か追加しても優しいツバサさんなら袖を通してくれるはず」なんて希望的観測を抱いたそうだ。
もうちょっと、もう少し、あとちょっと、あと少し……。
そうやって衣装を水増ししていった。
イシュタル女王国には情報官アキもいるため、ツバサにコスプレさせたら似合いそうな爆乳巨尻長身グラマラスのキャラクター収集にも事欠かない。
(※アキの過大能力【真実を暴露する者】は現実世界の壊れたサーバーであろうとも情報を吸い上げられる。なので現実世界の情報は取り放題)
参考にできる電子データはいくらでもある。
アニメ、ゲーム、マンガ、ラノベ、情報源も選り取り見取りだ。
気付けば500着にまで膨れ上がっていたという。
さすがにこれ全部に袖を通していたら、いくら技能で早着替えができるとはいえ一日二日では終わらない。一週間くらいぶっ通しで着替えることになる。
そんなもんファッションショーではない。
何らかの耐久配信か、500着コスプレするまで帰れませんとか、ギネスワールドレコーズへ挑戦とか、まったく別の催し事になってしまう。
数日に分けても何日掛かるか知れたものではない。
況してや、その500着のコスプレ衣装を着るのはツバサ一人なのだ。
クトゥルフ神話とは別ベクトルで発狂しかねない。
神々の乳母としては耐えられるが、なけなしの男心は確実に死ぬ。
ツバサへの心身に掛かる負担が甚大だった。
一ヶ月後には南方大陸へ遠征するためにも、しっかり休んで英気を養わなければならないのに、お遊び企画で精神を磨り減らしたら元も子もない。
そこで師匠のホクトが監督役となり、企画内容を見直すとともにハルカの製作した500着の衣装を監修してくれたのだ。
まず過激な衣装、際どいお召し物――そしてR18な着衣。
これらは当たり前だが除外された。
ツバサがブチ切れて地母神の力を暴走させ、周囲一帯に天変地異を巻き起こしかねない懸念もあり、師匠の説得を受けてハルカも渋々断念した。
『ハルカの道具箱へ大切に仕舞っておきます……』
『いや処分しないんかい』
大阪の芸人さんみたいにツッコミを入れてしまった。
ハルカは細い手と指でも懸命に力を込めて握り拳を掲げると、血の涙を流しかねない勢いで誓いを立てるように宣言する。
『いつか……いつの日か必ずや! ツバサさんがノリノリで着てくれる日が来ると信じて! その日が来るまでタンスの肥やしにしておきますから!』
『そんな日はやってこないから処分してくれ』
この選定作業のおかげで、コスプレ衣装は大幅に削減された。
そしてホクト発案による「ツバサ様にストレスなくコスプレ衣装を着て楽しんでいただくため」の策として、誰でも知っている知名度の高いキャラの衣服を優先していく中でマイナー寄りのコスプレも除外されていった。
これにより最終選抜まで残ったのは150着。
それでも「多いわ!」と叫びたい。最初の100着より五割増しだ。
ただまあ、これならばツバサが早着替えを駆使して、服飾師師弟が素早く手直ししてくれれば、一日ですべて着ることも不可能ではないかも知れない。
とはいえ――150着でも数が多い。
頑張ってすべてのコスプレ衣装に袖を通して一通り撮影されたツバサだが、さすがにすべて覚えていない。流れ作業になったものも結構あった。
そこで印象に残ったコスプレだけ振り返ってみよう。
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「これも……女性格闘キャラのパイオニアかもな」
しかし、ツバサの顔面は真っ赤だった。
前出の中華系女性ファイターと双璧を成す、格闘ゲームヒロインの一人といっても過言ではないのだが、露出度においては比べ物にならない。
とりわけ肌色の部分が目立つのだ。
長い髪は後頭部で高めに括って髷みたいなポニーテールを結い、前髪は左右へ分けるように整えられている。
和風らしさのある髪型に似合う、白の縁取りをした真紅の着物。
……といっても胸元は乳房の谷間どころか半分は覗けるほど開いており、下半身も前と後ろを垂れ幕のように隠すのみ。白と赤に分かれた腰帯は尻尾のように長く垂れ下がり、その先端に帯色とは逆の色の玉を付けていた。
股間部分はレオタード風に着物と繋がっている。
着物なのに袖はないので腕をさらしたノースリーブ状態。裾に当たる前垂れと後垂れが飾り布みたいになっていた。
両肩にはたすき掛けのように注連縄を巻き、手足には忍者や武者を思い出させるような布製の小さめな手甲や脚絆を付けている。
手に持たされるのは日の丸印の扇子。
おっぱいくノ一として知られる――忍者風の女性格闘キャラだ。
もう肌色が多すぎて忍者要素どこ行った!? という感じだが、こう見えて必殺技は手裏剣や火遁の術を連想させる忍者らしいものが多い。
彼女をもっとも有名たらしめたものといえば――。
赤面するツバサは恥ずかしさを誤魔化すため大声を張り上げる。
「これは……あれか? このキャラの勝利ポーズでもある『日本一ぃ!』をやればみんな満足すると? こうやって……『日本一ぃ♪』」
肩幅くらいに足を広げて立ち姿を決めると、右手は露わになっている腰の尻肉辺りに押し当て、右手を大きく振りながら勢いよく扇子を開く。
瞬間――着物越しに超爆乳が弾んだ。
Iカップ(推定)とされる元ネタのキャラがやってもバインバイン揺れるのだから、Mカップのツバサがやれば激しく波打って止まらない。
恥じらいのメーターが振り切れそうだが、ちょっと演技も入れてみた。
そして、凄まじく鳴り響くシャッター音。
いきなり豪雨が降り出したかと勘違いする音量だった。
ハルカとホクトが「どれだけ激しく動いてもはだけない」仕組みを衣装に内蔵してくれたので、決しておっぱいはポロリしない。しかし、ブラジャーのように補正機能はないので超爆乳は縦横無尽に暴れてくれた。
乳房の形を支えるクーパー靱帯が痛むくらいだ。
ついでに巨尻も揺れたが、これは当ててた右手で押さえ込む。
この勝利ポーズが――彼女の名を世に轟かせた。
初登場はゲームセンターの筐体作品なのだが、当時のゲーム業界でも過激と驚かれたこのコスチュームで好評を博した。尚且つ、勝利する度におっぱいをプルンプルンさせる勝利ポーズが更なる評判を呼んだのは言うまでもない。
あっという間に青少年たちのハートを鷲掴みにした。
生腕、生足、生太もも、露出度の高さ、胸の谷間、乳揺れ……。
こうしたR18にギリギリならないエロティシズムの瀬戸際を狙い澄ましたキャラ造型が功を奏し、彼女もまた女性格闘キャラのパイオニアとなった。
乳房の揺れが収まる頃、撮影班は一斉に土下座した。
「「「「――ありがとうございますッッッ!!」」」」
「渾身の感謝をするな! 真面目に演技したから余計ハズいわ!」
一応、この日のために演技系の技能も習得しておいた。
気乗りしないことでも取り組むからには手を抜かない。
これはツバサの性分である。
だからコスプレキャラを演じられるように演技力にも磨きを掛けおていた。
先ほどの「日本一ぃ♪」もこのゲームがアニメ化された際の声優さんを真似することで、精いっぱい女性らしい愛嬌を振りまいてみたのだ。
子供たちにウケればいい――その一心である。
冗談半分で遊び半分のつもりだったが、やるとなれば全力投球するのがツバサの悪い癖だった。想像以上に彼らの性癖へブッ刺さったらしい。
「「「「――もう一回お願いしますッッッ!!」」」」
「ワンモアプリーズだと!? えぇい、もう……ッ!」
頼まれたら断れないのもツバサの悪い癖だ。
「――よっ、日本一ぃ♪」
こめかみに青筋を浮かべるも、ステキな笑顔を取り繕って原作再現の勝利ポーズを披露した。歓声とともにシャッター音にも拍車が掛かる。
ツバサが羞恥心でブチ切れる前にホクトが動いた。
「では、有志のコスプレ参加者もお招きいたしましょう――どうぞ」
スタジオのドアが開いて、三人の格闘家が現れる。
「よ、ツバサの総大将。面白そうなイベントだから参加させてもらったぜ」
「拙者、こういうイベントは不得手なのだが……」
「なにお高くとまってるズラ、普段からコスプレみたいな格好のくせに」
ハトホル太母国所属 穂村組 番頭補佐 セイコ・マルゴゥ。
ハトホル太母国所属 穂村組 番頭補佐 コジロウ・ガンリュウ。
ハトホル太母国所属 穂村組 番頭補佐 ダテマル・サガミ。
――穂村組の精鋭三羽烏だ。
三人ともノリがいいのでコスプレ大会と聞いて参加したらしい。
爆肉の異名を取る童顔巨漢のセイコは、蓬髪を金に染めると適当にうなじで縛っており、野球帽を被っていた。はち切れそうな筋肉には白のTシャツ、袖を引き千切った革ジャンを羽織り、ボトムはジーンズでスニーカーを履いている。
全体的なカラーリングは赤が目立つ。
ツバサがコスプレした女性格闘家が登場する格闘ゲーム
セイコはその主人公のコスプレをしていた。
帽子の位置を直すセイコは照れ臭そうに笑っている。
「おれの図体だと、このキャラのコスプレにゃあデカすぎるからな。後期の作品に出てくるキャラデザのが合うんじゃないかって言ったんだが……」
「こちらのコスチュームが広く知られていたので変更はなしです」
「念のために作りはしたんですけどね」
服飾師たちの意志は固く、準備も抜かりなかった。
このゲームも人気作品としてシリーズや、同じ世界観の派生作品が多数存在しており、いくつかの作品ではキャラの外見に変更点もあった。
ツバサの演じるくノ一も作品次第で変わる。
セイコがコスプレしているキャラの場合、よく知られたのはラフな革ジャンにジーンズを穿いた青年という今の格好だった。
それから十年後の落ち着いた大人になった彼は、筋肉太りしたかのようにゴツくなっていた。前者が細マッチョなら後者はゴリマッチョだ。
だとしても、筋肉量はセイコに軍配が上がる。
「いつも着物の拙者は、こういう薄着はどうも苦手なのですが……」
一方、コジロウは眉をハの字にして困り顔だった。
コジロウも長刀が似合う剣客の衣装ではなく、髪を金髪に染めて総髪のように後ろへ流すと、白を基調とした道着みたいなものを着込んでいた。和風っぽくはあるのだが、空手着などとは一線を画している。
何故かファイヤーパターンの模様が描かれていた。
このキャラはセイコが演じるキャラの実弟という設定のはずだ。
「オラはいつもとあんま大差ない気がするズラな」
ダテマルが演じるのはこの兄弟の友人に当たるキャラだ。
黒髪を箒のように逆立てて日の丸印の鉢巻きを巻き、ムエタイやキックボクシング風のパンツを穿き、手足はバンテージを巻いて補強している。
プロのムエタイ選手だが日本人という設定だ。
三人ともツバサのコスプレに合わせてくれたのは間違いない。
ドンカイの時もそうだったが、なんだか一人じゃ恥ずかしくてコスプレできない自分のワガママに、色んな人を巻き添えにしている気分になってくる。
親方には後で謝っておくとして……。
「なんだか申し訳ない。巻き込んでしまったみたいで……」
社交辞令かも知れないが、ツバサはセイコたちに頭を下げていた。
「いいって総大将、たまにゃあこういう遊びの効いたガス抜きも必要だぜ」
セイコは屈託のない笑顔で手を振った。
「今日から一ヶ月のお休みなんだ。お祭り感覚で楽しんでくださいってホクトさんからも聞いてるしな。こちらも物見遊山な気分よ」
でだ、とセイコはイタズラ小僧のようにニヤリとする。
「俺たちも横綱みたいにヒップアタックしてもらえんのかい?」
「そういやアンタも尻マニアだったな!?」
期待してやがるなこの野郎!? とツバサは発したばかりの謝意を撤回したいくらい怒鳴っていた。ドンカイが吹き飛ばされていたのも見てたらしい。
セイコは分厚い胸板に手を置いて告白してくる。
「違うぜ総大将……おれは太ももフェチだ!」
「男らしくカミングアウトしてもお目当て一緒でしょ!?」
どちらにせよ、ドンカイやジェイクと美味い酒が飲めるタイプだ。
(※ジェイクは尻と太ももの合わせ技フェチ)
「あ、オラ違う技でやられてみてぇズラ」
挙手でリクエストしてきたのはダテマルだった。
このゲームもリメイクやリニューアルした新作が数多く出回っているので、ダテマルも兄弟三人でよく遊んだそうだ。
だから印象に残っている技がいくつかあるらしい。
「そのくノ一姉ちゃんのキャラ、ムササビみたいに飛んでからおっぱいアタックする超必殺技あったズラよね? 是非ともそれを……ッ!?」
「アンタはアンタでおっぱい狙いか!」
ツバサはツッコみながら反射的に動いていた。
鞠のように大きな飾りの玉を付けた白と赤の長い腰帯。腰を回しながら尻尾を振る要領で、重りとなる二つの玉を叩き付ける。その際、魔法系技能を付与させて炎が巻き上がるように設定していく。
「ズラアアアアアアアアアアーーーッ!?」
炎の帯を叩き付けられたダテマルは炎上する。
それなりに威力はあるが、あくまでも遊びなので吹っ飛ぶだけだ。
実際、このくノ一キャラにはこういう必殺技がある。ダテマルが口にした超必殺技や他の技も、火属性というか炎をまとうことがあった。
曲がりなりにも忍者なので火遁の術をイメージしているのだろう。
せっかくだから実演させてもらった。
黒焦げアフロでスタジオの隅に転がっていくダテマルを、コジロウは青ざめた顔で見送る。それからツバサへ恐る恐る振り向いた。
ツバサは青筋を立てた笑みで応じる。
「コジロウさんも喰らっときますか? 必殺技のオーダーがあるなら……」
受け付けますよ? とツバサは牙を剥く獣のような破顔をした。
「拙者、痛いのも苦手ですから……遠慮したいでゴザルな」
冷や汗を流した愛想笑いでコジロウは逃げ腰になる。
代わりに前に出てきたのはセイコだった。
眼を青少年のエロスでキラキラと輝かせて懇願してくる。
「ツバサの総大将! 今の技……おれにもやってくれ! 腰帯と玉を振る瞬間のたわわな尻肉も良かったが……太もものアングルが最高だった!」
「――じゃあ遠慮なく!」
セクハラに近い発言だったが、制裁を喰らいたいかのように自ら願い出てきたので、ツバサはおもいっきり同じ技を食らわせてやった。
「うおおおおおおおおっ! いい太ももぉぉぉぉぉ……むぅん!」
「なにぃ! 耐えただとぉ!?」
ダテマルよろしく炎まみれで吹き飛ばすつもりだったが、セイコは持ち前の巨体とその重量を活かして踏ん張り、両腕で炎も振り払ってしまった。
全身が煤けて所々から焦げた煙を上げているが、元気いっぱいのセイコは会心の笑顔のまま、両手で招くようにおかわりを求めてくる。
「もう一回おねがいしゃす! ワンモアワンモア!」
「そんなにはち切れそうな太ももを拝みたいか!? このぉ……ッ!」
都合23回目――ようやく吹き飛んでくれた。
やっぱりセイコは並外れてタフだった。
途中から飛び道具として扇子を飛ばす技や、ダテマルが希望したムササビのようにダイブする技、最後に全身に炎をまとって縦回転しつつエルボーで突撃するような超必殺技までフルコースでお見舞いしたのだ。
「も、もう……十分でしょッ!?」
「イエス! 堪能させていただきましたッ!」
ありがとうございます! とセイコは仰向けのまま親指を立てた。
煤まみれで白煙を上げながらも笑顔でダウンするセイコを見下ろしたツバサは、膝に手を突いて荒い呼吸を繰り返していた。
なんとも言えない奇妙な疲労感を覚えてしまった。
「け、結局……このキャラの必殺技……全部、やってしまった」
「動画的には映えたし面白かったからOKだよ」
スタジオ内に魔眼を飛ばして動画収録をしているマーナからは、指を丸めたOKサインをもらったがあんまり嬉しくはない。
「ああもう……サービスシーンも十分撮れただろ!?」
次だ次! とツバサは早く終わらせたくて次のコスプレを急がせた。
ホクトとハルカの手により着付けは瞬時に完了する。
今度のコスプレも知名度があるものだった。
「これまた露出度が……いや、さっきのくノ一よりはマシか?」
肌色の面積は大きいが、不思議と被覆率もある衣装だった。
――海賊をテーマにした世界的に名の知れた作品。
そこに登場するヒロインの一人に数えられる登場人物だ。
腰を追い越すほど長く艶やかな黒髪は一部の歪みもないストレートヘア、額が露わになるヘアスタイルだ。耳にはS字型の蛇を模した黄金のイヤリングを付けており、肩章がついた白いマントを羽織っている。
(※肩章=軍服の両肩についている飾りのこと。元は装備品を付けたり肩への負担を軽減する付属品。軍隊では階級章を兼ねることが多い)
上着はフリルめいた袖のある着物のような造りだが、胸元はこれでもかと開放されて乳房の谷間を見せつけながらバストの下で締められている。
上着の着付けを終えたハルカが感想を漏らす。
「胸を支える部分はマタニティブラにありそうなデザインですよね」
「うん、その豆知識はいらない……」
授乳期の経産婦に例えられたツバサは泣きそうになった。
いつも乳腺張りまくりでハトホルミルクが止まらないんだけども!
万年搾乳できる牝牛の女神で年中マタニティブラ必須だけども!
(※マタニティブラ=母親が赤ん坊へ授乳しやすいように、乳房が出しやすく設計されたブラジャー。デザインにも種類がある)
「このドレス、恐らくはカシュクールを変型させたものなのでしょう」
ここでホクトからワンポイントアドバイスが入った。
カシュクールとは着物のように胸元で左右の生地が折り重なるようになる女性向けの上着のこと。デザイン的に着物と相通ずるものがある。
デコルテ部分がVの字を描くため胸元を強調しやすい。
本来はフランス語で隠れるを意味する“カシュ”と心臓を意味する“クール”を合わせた造語なので、直訳すれば「心臓を隠す=胸を隠す」となる。
確かに心臓の上で生地が重なるようだ。
ツバサのコスプレだと心臓どころか乳房も半分くらい見えてるけど。
「ハルカさんの仰っているマタニティブラも、こうしたタイプはカシュクールと呼ばれますしね。こちらの衣装はセクシーさを強めるため、上下を分離させてブラジャー型の上着とパレオ型のドレスに分けたのでは? と推察できます」
「あ、言われてみればそっち系ですね」
師匠の意見に得心がいったのか、ハルカは手を打って感心した。
「つまり……ヘソ出しルックを強要されると」
うっすら腹筋が彫り込まれたツバサの腹が露わにされていた。
ロングスカートは水着のパレオみたいな構造になっており、右足は隠れているが左足はがっつり太ももまで生足が覗ける大胆な仕様になっていた。このパレオ式スカートを腰帯でグルリと巻き付けている。
御御足に履くのは女王らしさを際立たせる赤いハイヒールだ。
作中屈指の強キャラ――付いたあだ名が海賊女帝。
主人公の麦わら帽子が似合う海賊少年にベタ惚れという設定だ。
オリジナルのキャラも作中随一の美貌で抜群のプロポーションを誇る妖艶な美女キャラだから、ツバサにも似合うという判断からのチョイスだろう。
――バスト、ウェスト、ヒップ。
スリーサイズはどう見てもツバサの方が上だ。
バストとヒップだけが上回っているならともかく、ウェストもそれなりに太いのは武道家ゆえに鍛えた腹筋だから仕方ない。
またもシャッター音が鳴り止まないので、催促される前にこちらから自爆気味にこのキャラを演じておこうとツバサは動こうとしていた。
「えーっと、このキャラの有名なセリフって……」
いくつかあったはずだがパッと思い出せない。
すかさずハルカが画用紙に書き殴り、カンペにして掲げてくれた。
ああ、と小さな声で反応したツバサは思い出す。
アンニュイな表情を浮かべつつ、鎖骨に右手を添えて吐息を漏らす。ちょっと二の腕で胸を持ち上げるように強調するサービス付きだ。
「――そう、わらわは美しい」
うん、ちょっと違うかも知れない。
ツバサもハルカもこれをダイレクトに見た現役世代ではないため、なんとなく覚えているがうろ覚えだった。解像度がイマイチなのはご愛敬である。
「おっしゃあああーッ! ほぼ原作通りだーッ! ぶひゃーッ! 堪んねぇぜ女帝さまーッ! このままメロメロにしてくれーッ!」
しかし、現役世代であろうバンダユウは騒いでいた。ウケは上々のようだ。
シャッターを押す指がブレすぎて残像になっている。
「ツバサお姉様あれもやってください! そのキャラがやる尊大なポーズ! あれ俺ちゃんみたいなマゾには垂涎ものなんです!」
シュバッ! と突き出すように手を上げてお願いしてきたのはジンだった。普段から色々と世話になっているので、ツバサはリクエストを利いてやる。
左手を腰に押し当て、右手はまっすぐに突き出す。
人差し指でジンを指し示して背中をググッと仰け反らせていく。
準備運動の後屈みたいに背を反らしていき、顔は後ろの風景を見るかの如く首を伸ばして、超爆乳は天を衝くようなポジションに置いた。
「――無礼者! 控えるがいい!」
「キャーッ! 見て見て、あの留まるところを知らない見下し方! 見下しすぎて空を見上げちゃってるわ! キャーッ、キャーッキャーッ!」
ジンは黄色い悲鳴を上げながらツバサの足下へ平伏するようにスライディングで滑り込み、このポーズを至近距離で激写していた。
恥ずかしさはまだあるものの、喜んでもらえたなら何よりだ。
ハルカに限らずジンにもVRMMORPG時代から度々世話になってるおり、その都度お礼はしていたものの、こういう機会でもなければ言いなりになってやることもなかったから、ある意味これも恩返しみたいなものだ。
……そう割り切らないと羞恥心が暴発しかねない。
「是非ともこのまま踏んでくださいツバサお姉さまぁぁぁ~ん♡」
足下でゴロゴロ転がりながらも写真を撮り続けるジンは、ツバサが踏みつけやすい地点にまで自分の頭を運んできた。踏まれる気満々である。
ジンのドMな性癖は百も承知だし、普段から教育的指導なシゴキはしてきたが、撮影会という場もあってツバサはドン引きしてしまう。
「それ、単なる虐待になるんだが……いいのか?」
「プリーズ! スタンプ・ミーッッッ!」
アメコミマスク越しに鼻息も荒く、ジンは情熱的に催促してきた。
「抜け駆けはズルいですわよジン様!」
いつにない怒声を発したのはクロコだった。
彼女もジンに負けじと盗塁王のように華麗なヘッドスライディングを決めると、ツバサの足下に五体投地よろしく全身を投げ出してきた。
メイド長は哀れみを誘う瞳で訴えてくる。
「ツバサ様! 昨夜の私……がんばりましたよねッ!? 外なる神々にあんな近くまで接近して……死地にて尽力した従僕にご褒美をくださいまさ! 女帝の格好で女王気質のまま存分に踏み躙ってくださいませ!」
ヒール・ミー! とクロコは踵で抉るように踏むことを要求してくる。
ツバサは渋い顔で呻くしかない。
「……それ普通にパワハラ暴力案件なんだが?」
ご褒美の定義ってなんだろうな? と首を傾げたくなる。
褒められるより叱られて罵られたいマゾ気質のクロコにしてみれば、コスチュームプレイとはいえ、ジン同様に垂涎のシチュエーションなのだろう。
頑張ったご褒美と言われたら断りにくい。
昨夜のクロコは本当に命懸けで働いてくれたも同然だった。
マゾ二人の熱意にツバサはとうとう降参する。
「わかったわかった……踏んでやればいいんだろ」
「「ありがとうございます女王様ッ!」」
「誰が女王様だ」
願い出てきた順番にジンとクロコを踏んづける。割と体重を乗せてヒールをグリグリ捻じ込むほど喜ぶのだから手に負えない。
ツバサ的にはあまり感謝の意を伝えた気分にならなかった。
それでも当人たちが歓喜の叫びを上げているのだからどうしょうもないし、「もっとぉ……もっとプリーズ!」と強請ってくるのだから病気だ。
その後、単独で何枚かポーズ撮影。
またツバサの恥ずかしさを中和するためのコスプレ参加者が登場するかと待っていたら、ここでミロがスマホを道具箱に仕舞った。
「ねえねえ、ハルカちゃんホクトさん、アタシもコスプレさせてー♡」
徐にトコトコとした子供みたいな足取りで服飾師師弟に近寄るミロ。これにハルカとホクトは、アホの子の意図をすぐさま察したらしい。
「「――お任せを!」」
瞬く間にミロ専用のコスプレ衣装を作り上げると、早着替えの技能で彼女に着せていった。それは今のツバサのコスプレに合わせたものだ。
金髪は黒に染めてボサボサの少年ヘアに変更、左目の下にナイフで付けられたような古傷を付けている。アホっぽい顔はそのままだった。
赤いチョッキのようでベストみたいな上着を羽織っている。
ボトムには膝頭の辺りにボアを付けたような半ズボンを穿き、素足に草履というラフな出で立ちだった。
最後に――トレードマークの麦わら帽子を被る。
コスプレを終えたミロはできるだけ声優さんの真似をしながら、両手両足を思いっきり伸ばして、このキャラの代名詞みたいな台詞を叫んだ。
ただし、解像度はやっぱりピンボケしていた。
「――海賊の王様にアタシはなる!!」
「よし! ウチの子カワイイ! 結婚しよう!」
ツバサは我を忘れるついでに演技も忘れてミロに抱きついた。
瞳にハートマークを浮かべ、コスプレしたミロを背中から抱擁するツバサを見つめていたハルカは思い出したように言った。
「あ、原作準拠ですね」
そういえばツバサがコスプレしている海賊女帝は、ミロがコスプレした麦わらの少年に結婚を申し込むほどベタ惚れという設定だった。
色んな意味で相性ピッタリのコスプレだ。
ミロとコンビで撮影を再開、名シーンなども再現してみた。
これは暇潰しにこの原作漫画やアニメを視ている子供たちにウケるかも知れないと、ツバサは母性本能を疼かせて演技にも熱を入れてみた。
「……あれ? 今回の有志の参加者はミロか?」
一通りを終えたところでツバサは疑問を投げ掛けてみた。
「え? 違うんじゃない? アタシ飛び入りで参加するって言ったじゃん。麦わらの海賊王なら同じアホの子だからできると思って」
だから着替えただけだよ、とミロは後ろから覗き込んできた。
ツバサの羽織るマントへ隠れるようにしたミロは、両手両足を使って後ろから抱きついていた。劇中でとある監獄に潜入した時の再現だ。ツバサに答えるため顔を覗かせる際、横乳におもいっきり頬をすり寄せるのはいつものこと。
「有志の参加者はこれから登場していただきます」
お入りください、とホクトが促せば新たなコスプレイヤーが現れる。
フハハハハハハハハハハハハハハッ……と高笑いとともにスタジオの扉を開いて現れた怪人に、ツバサは目を丸くしてしまった。
全身を金色に輝かせた謎の男。
顔はガイコツだが五体は筋骨逞しいプロレスラーのような体型をしており、まさしくレスラー用のタイツやシューズを履いていた。他に身に付けているものといえば裏地が真っ赤な黒いマント。これでもかと襟を立てている。
先端に水晶玉を付けた小さなステッキを持っていた。
そして、頭のてっぺんから爪先までギンギラギンに金色だった。マント以外のタイツやシューズまで金色、差し色なんてありはしない。
全身を黄金色に染めた、ただただ笑うばかりの骸骨紳士。
こう見えて勧善懲悪を旨とする正義の味方である。
「……さすがにネタが古すぎるッ!」
逡巡したツバサだったが苦言を呈するようにツッコんだ。
苦言だけでは足らずに捲し立てていく。
「それ初登場は昭和初期の紙芝居でしょ!? そりゃ子供向け小説や漫画やアニメに実写映画にもなってるから、マルチメディアの走りかも知れないけど……ほら見てください、スタジオの人間大半が『なにそれ?』って顔してるし!」
みんな不思議そうに首を傾げていた。
この衣装を手掛けたであろう服飾師師弟でさえもだ。
唯一「おんやぁ……ああ、アレのコスプレか!」を手を打ったのは、年嵩のバンダユウだけである。ギリギリ平成生まれの彼でも厳しいらしい。
「おや、でもツバサ君には通じているではありませんか?」
疑問に疑問で返してきたのは――クロウだった。
タイザン府君国 国王 冥府神 クロウ・タイザン。
内在異性具現化者として生と死の性が反転したため、死んで骨だけのスケルトンめいた肉体になったことを活かしてのコスプレなのだろう。
以前から「骨キャラに愛着を持っている」とも聞いていたので、このキャラクターもその人に数えられるのは容易に想像が付いたが……。
取り敢えずツバサは弁明する。
「俺は懐古趣味な師匠に付き合わされたから知ってるだけですよ」
あのインチキ仙人、温故知新を地で行く多趣味だったせいで、新しいものから古いものまで手当たり次第に見聞きしていた。それに付き合わされたツバサも、門前の小僧習わぬ経を読む理論で覚えてしまったのだ。
「変身忍○嵐とか怪傑ライ○ン丸までならなんとなくわかります」
「……すいません、それらは辛うじて知ってる程度です」
「鞍○天狗とか白獅○仮面になると俺も名前でしか聞いたことなくて……」
「……申し訳ない、私でも未知のエリアに突入しました」
インチキ仙人が好きだった昭和中期頃の特撮時代劇を話題にしていると、ツバサのマントから出てきた麦わらのミロがクロウを見上げる。
「クロウのおっちゃん、ホネホネロックなのに筋肉どうしたのそれ?」
「ああ、これはよくできた肉襦袢ですよ」
全身スーツみたいに着込むらしく、顎下に指を差し込むとペリペリ音を立てて剥がれていた。本当に鍛え上げた筋肉みたいな出来映えだ。
この芸の細かさは服飾師師弟ならではであろう。
「私としてはクロウ様が装われるのでしたら、顔がパンなヒーローが主役のお子様向けの番組に登場する悪役がピッタリかと思ったのですが……」
頬に手を添えたホクトが残念そうに呟いた。
「あ、いたねそんな人。バイ菌な悪役の仲間にホラーな骸骨マン」
ミロが賛同するとホクトは嬉しそうに頷いた。
しかしハルカはこれに「non・no」と異論を唱えた。
人差し指を立てて理由も述べる。
「でも、ツバサさんにコスプレの恥ずかしさを紛らわせてもらうため……コホン、失礼。コスプレの楽しさを引き立ててもらうためですので、せっかくですからツバサさんのコスチュームに合わせてもらいました」
「おいハルカ、本音を漏らしたな今?」
ツバサの指摘もどこ吹く風、ハルカはクロウに新たな着付けを施した。
着替えたクロウは自身の姿を確認して独りごちる。
「ふむ……こちらも骸骨紳士としては有名ですね」
ヨホホ♪ とコスプレしたキャラ独特の笑い声を上げた。
先ほどの怪人めいた格好から一転、クロウはフォーマルウェアな黒い礼装に着替えていた。しかし現代的ではなく近世風のデザインだ。
黒い紳士服の下にはオレンジ色のシャツを着ているが、尖るほど襟を立てて袖口からはフリルがはみ出ていた。首元には青いスカーフをお洒落に結び、腕にはステッキを引っ掛け、頭にはシルクハットを乗せている。
その頭蓋骨には巨大な黒髪のアフロヘアが生えていた。
死んで骨だけ――が座右の銘の骸骨紳士キャラ。
一度死んだが能力によって蘇り、骨だけの肉体となった音楽家にして剣士。ミロがコスプレした麦わらの海賊少年の仲間になっている。
ツバサの演じるキャラとも原作は一緒だ。
「クロウさん、背も高いからよく似合ってるなぁ……」
女性の身体ながら180㎝あるツバサも長身な方だが、そのツバサが見上げなくてはいけないのだから2mを越えているはずだ。
元ネタのキャラは260㎝あるそうだからドンカイの身長に近いのだが、さすがにクロウは現実にもあり得るサイズ感だった。元から背は高い方だったそうだが、この姿になった時にも多少伸びたらしい。
「昔からノッポと呼ばれましたからね。恐縮です……ヨホホ♪」
アフロに乗せただけのシルクハットを持ち上げるクロウは、コスプレ大会であることを意識したのか、定期的にキャラ特有の笑い声を挟んできた。
「ではひとつ、原作再現でもしてみましょうか……ツバサ君」
骸骨なのにキリッとした表情を作るクロウ。
眼球のない眼窩でツバサを見つめ、厳かな口調で切り出してくる。
「――下着を見せていただけませんか?」
「セクハラ死すべし慈悲はないッ!」
自分より背が高い相手だろうと関係ない。
ツバサは頭を地面スレスレまで近付けるように上半身を振り下げながら、これによって発生する遠心力を乗せた踵をアフロ目掛けて振り上げた。
バキッ! と骨が砕けたような音がする。
ツバサの放った上段後ろ回し蹴りはクロウの頭蓋骨にジャストミートし、アフロをへこませて頭蓋骨にヒビを入れながら吹っ飛ばした。
蹴り飛ばされていくクロウを見送る服飾師師弟はそれぞれ一言。
「あ、これも原作準拠ですね」
「蹴られても文句は言えないセクハラ発言ですわね」
恩師が相当のダメージを負いながら吹っ飛んでも、自業自得だからなのかホクトはあまり狼狽えずクールに見届けていた。
狼狽や動揺という意味ならツバサの方が大変だった。
やってから到来する――大後悔時代。
怒りとノリとこの場の空気が手伝ったとはいえ、大切な仲間であり尊敬する大人なクロウに、ツッコミに任せてキックを打ち込んでしまった。
本気でも全力でもないのが不幸中の幸い。
それでもクロウに大きめのダメージを与えた手応えがあった。
「クッ……クロウさんごめんなさぁーい!」
半泣きになったツバサは演技を忘れて素で駆け寄る。
スタジオの端にある白ホリの曲線まで吹き飛ばされたクロウは、床と壁の丸みへその細い身体をはめるように倒れ込んでいた。
ダメージによるものか頭から白煙まで上がっている。
頭蓋骨には特大のたんこぶまでできていた……骨なのに?
「だ、だだだ、大丈夫ですか!? すいません、キャラに成り切ってたわけじゃないんですけど、つい女性的な危機感から……ッ!」
動揺するツバサはクロウを抱き起こして回復系魔法を使った。
クロウは亀裂の入った頭蓋骨をカクカクさせている。
「いえ、こちらこそ……このやり取り割と有名ですので、事前打ち合わせなくとも合わせていただけると思っていたら……結構ガチなのが来ましたね」
「ごめんなさいってば!?」
「でも……おかげさまで役得もありましたし……」
「ホントごめんなさ……や、役得?」
クロウは頭蓋骨の頬に当たる部分をほんのり桃色に染めた。心なしか歯列の並ぶ歯茎も緩んでいる気がする。
「紫の……布が少ない……紐で……とても食い込み……ぐえッ!?」
「やっぱり踏み砕いていいですか?」
ツバサは介抱するのをやめてクロウを放り投げると、冷徹な表情に塗り替えて床に転がったアフロごと頭蓋骨を容赦なく踏んづけてやった。
骨が軋む音がするけどやめない。
クロウが口にした役得の正体を知ったからである。
……まさか本当にパンツを見せてしまうとは思わなかった。
ツバサに踏んづけられたクロウは足下で悩ましげに身悶えている。
「おおおおッ!? 年頃の女王様に踏まえるのもなんと乙な……教師生活25年の果てに……あ、新たな境地を開いてしまいそうですッ!」
「なに新しい扉を開こうとしてんすか!?」
渡る世間はマゾばかりか!? とツバサは踵に力を込めた。
~~~~~~~~~~~~
終始こんなドタバタ調子だった、コスプレ大会は完走できた。
全150着のコスプレをツバサはやり遂げたのだ。
前述の通り、有志のコスプレイヤーがたくさん参加してくれたおかげでツバサの気分も程良く紛れたから、滞りなく進められたのが大きい。
人によっては5回6回、最多で12回も参加してくれた人もいた。
また、参加者がツバサに気を遣ってくれたのもわかった。
ドンカイにしろ、セイコにしろ、クロウにしろ――。
ツバサが軽めにキレさせるようなセクハラ交じりのボケをして、それにツッコませることで意図的にガス抜きさせる。そうやってエロス満点のコスプレしまくりで羞恥心が暴走しないように働きかけてくれていたのだ。
……まあ、役得と思っていたところもあるみたいだが。
どんなにR18ギリギリのラインで踊るような際どい衣装を着せられても、暴発するほどツバサが怒らなかったのは彼らの協力が大きい。
いや本当、瀬戸際のラインを攻めるコスプレが多かったのだ。
『エロそうでやっぱりエロい、でもR18ではないから全年齢が目にしても大丈夫! ちょっとR15超えてるかもだけど平気平気!』
そんなエロティックなキャラクターのコスプレが目白押しだった。
振り返ってもセンシティヴだらけである。
――金髪爆乳のグラマラス美女だけど、胸元がはだけるように黒い着物を着込んで、腰に魂を斬る刀を差した死神のお姉さんとか――。
有志のコスプレは剣豪セイメイ。同じ原作の主人公を演じていた。
頭をオレンジ色に染めて真っ黒い着物姿だ。
柳刃包丁を大きくしたような野太刀を目線に合わせて水平に掲げ、キャラクターに成り切ってパワーアップの掛け声を叫んだりしていた。
「――挽! 回!」
「うん、セイメイは色々と挽回しなきゃな」
ちなみにコスプレなので変身できる機能はなかった。
――兎のような耳を生やした、白と青で塗り分けられたバニーガール風のコスチュームに身を包んだ、褐色肌の筋肉質な女性ヒーローとか――。
有志のコスプレは獣王神アハウとその懐刀カズトラ。
同じ原作のオールマイティーな最強ヒーローと、主人公の少年のライバルな爆発を操る少年ヒーローの格好で参加してくれた。
「私が来た……で良かったかな、セリフ?」
「押忍、もっと覇気を込めて堂々とっすね」
原作漫画を片手に打ち合わせをする二人が微笑ましかった。
どちらも生真面目なので、原作をちゃんと熟読してきたという。
――虹髪とも玉虫色の髪ともいわれる頭髪に、頭から一対の小さな角を生やして、虎皮のビキニを普段着にしている宇宙から来た鬼娘とか――。
ビキニが思ったより小さくておっぱい零れそうだった。
「ポロリもあるよ! シャッターチャンスお願いしゃす!」
「ねぇよ、あってたまるかよ」
戯けたことをいうジンはお仕置きしておいた。
どうせだからコスプレしたキャラに合わせて電撃100万Vを喰らわせる。電流が流れると体内の骨格が透けて見えるほどの電圧だ。
「あああああお仕置きされてるっちゃ~ッ!?」
ジンも電撃に痺れながら原作を意識した絶叫を挙げていた。
有志のコスプレは、破戒僧ソワカと侍娘レンと蛮族娘アンズ。
出会いは一悶着あったが、共に稽古するほど仲良くなっていた。
(※第365~367話参照)
原作者が同じだが別作品のキャラを演じていた。
ソワカが右手の穴で何でも呑み込んでしまうナンパ坊主。
「ンフフ、籠手を外して……技名は唱えるのでしたかな?」
レンは巨大な妖刀を振るう半妖の少年、このキャラが主人公。そしてアンズはその半妖の少年と恋仲の女子高生ヒロインのコスプレだった。
「がんばればこのキャラの技できると思います」
「あたしは無理かなー? 弓矢もあんまり上手くないし」
レンは大きな妖刀を担いで自信満々、アンズは弓を片手に照れ笑い。
「ンフフ、拙僧はこちらのキャラが演じてみたかったのですが……」
そういってソワカは自ら早着替えをした。
長めの頭髪は適当に後頭部でまとめているのに肩まで流れる量も多く、黒の僧衣の上から前掛けのような袈裟を掛ける。
あれは五条袈裟と呼ばれるタイプの袈裟だ。
袴は足首で括るタイプで、脚絆を履いたような塩梅である。全体的に見ればカジュアルな若住職だろうか?
迫真の声真似と面相でソワカはお目当てのキャラを熱演する。
「存分に――呪い合おうじゃないか」
「「「似てるッ! 声までそっくりだしッ!?」」」
この突発的なコスプレは女性陣に大ウケした。
ハルカやホクトもファンだったらしい。
彼女たちの製作意欲を刺激したのか、急遽ツバサもソワカの演じたキャラの親友ポジションな最強呪術師のコスプレをさせられてしまった。
まあ、女体化したそのキャラみたいになってしまったのだが……。
黒ずくめで銀髪を逆立て、目隠しをした美青年のコスプレだ。一応、この男装でもソワカと一緒にあれこれ撮影してもらった。
人差し指と中指を絡めた印を組み、このキャラのセリフを口遊む。
「――大丈夫だよ。僕は最強だからね」
努力して模倣するのだが、うろ覚えの台詞の解像度はどうしても落ちる。
「ンーフフフ、ツバサ様が仰いますと説得力ありまくりですぞ」
ソワカは冷やかすような褒め言葉を掛けてくるが、ツバサ自身はまだまだ未熟なのを痛感させられているので、この台詞はむず痒い。
この身果てるまで、こんな最強宣言はできないだろう。
それに数こそほとんどなかったものの、ツバサが男性キャラのコスプレをできた珍しい機会だったので記憶にも残っていた。
コスプレ大会も佳境を迎えると――エロスが一段と増した。
「これは……どう見てもアウトだろ!?」
なのでツバサが激昂とともに拒否する衣装も増えてきた。
一見すると鎧みたいなデザイン。
その実態はゴテゴテした黒いエプロンであり、同色の籠手や膝まで届きそうなブーツ以外はハイレグのTバックのみ。
黒髪はひっつめて首の後ろでまとめ、目元には大きな丸眼鏡を掛ける。
手にするのは巨人をも斬り殺せそうな大剣。
女王を決める戦いに参戦した戦士の一人、という設定だったはずだ。
武器屋の子持ち人妻で戦うお母さんキャラらしく、身長やスリーサイズもツバサに近いということで選んだとのこと。
だとしても、コスチュームのエロティシズムが限界突破していた。
裸エプロンみたいなものなので背中は勿論、ツバサの超安産型なお尻もほとんど丸見えだし、超爆乳もエプロンの脇からこぼれ落ちそうだ。
俗にいう脇パイ状態である。
ツバサは服飾師たちに異議を申し立てるが……。
「調べましたところ、深夜とはいえ民放でアニメ放映もされていたということなのでセーフ判定となりました。ご了承くださいませ」
「ネットでも一時期このキャラの広告出まくりだったのでOKです」
ホクトもハルカも事もなげに言いやがった。
「マジかよ!? 日本の倫理観おかしくなってない!?」
そんなわけでいくら喚いてもツバサの異議は通らず、顔を真っ赤にしながらも着替えさせられた。正直、手にした鉄塊みたいな大剣で我を失った狂戦士よろしく暴れ回りたいほど羞恥心を責め立てられていた。
ツバサの暴走を感じたミロが注文する。
「ツバサさんが狂戦士化……ジンちゃん、急いで鎧を用意して!」
「オーライッ! カラーリングは黒で獣みたいな兜のね!」
「やめてやめて! コスプレのコンセプト変わっちゃうから!」
騒ぎ出すアホと変態をハルカは慌てて止めた。
どちらにせよ、爆発五秒前まで追い詰められていたのは間違いない。
だが――有志のコスプレ参加者により事なきを得た。
五神同盟に所属する幼年組の全員参加である。
マリナ、イヒコ、ヴァト、ジャジャ、チャナ、ククリ、ミコ、カミュラ、ウノン、サノン……幼い子供たちもコスプレに着替えてやってきたのだ。
最初はポケットに収まるモンスターたちの着ぐるみ。
スタジオに雪崩れ込んできた子供たちはツバサの元に集まると、「センセイ、セクシーです!」「ツバサさんエロカッコいい!」「セクシャルバイオレンスじゃな!」「わたしもこうなりたいです!」と子供視点で褒めちぎってくれた。
子供たちに好評価だと、嫌とは言えないのが神々の乳母の性だ。
雰囲気はまるでお遊戯会である。
子供たちの愛らしさにツバサの内なる神々の乳母が絆されて恥ずかしさを忘れた後、この裸エプロンみたいな格好のお母さんキャラに合わせて、その小さな息子キャラのコスプレをした幼年組と一緒に撮影をした。
ツバサの堪忍袋の緒が切れる前に、中和剤となる有志を投入する。
これによりツバサの怒りは見事に鎮められていた。
なかなかどうして策士である。コスプレ大会を計画したホクトの采配だろうが、ツバサは上手いこと乗せられるばかりだった。
「まま、だっこだっこ、あとぱいぱい」
「センセー、肩車で撮ってもらっていいですか?」
「あ、あたしはこのキャラ的に太ももに抱きついたところでお願いします」
「母様母様! しゃがんでククリをギュッと抱き締めてください!」
子供たちのリクエストにも喜々として応じた。
「妾はこのデッカい剣に乗ったまま持ち上げられてみたいぞ」
カミュラの要望に子供たちは悪ノリする。
「だったらわたしたちも乗ってみたい! ねえサノン?」
「……そうですね。ツバサさんなら幼年組全員乗せてもいけそうです」
この後、幼年組を一人残らず大剣の腹に乗せてから持ち上げるなんて怪力自慢みたいなこともさせられたが、喜んでもらえたので問題ない。
そして――ついに最後のコスプレ衣装。
これは裸エプロンと肩を並べるほどの問題作だった。
「これは絶対にR18の領域まで踏み込んでるってばーッ!?」
ホクトとハルカの早着替えによって着せられた後だが、ツバサは超爆乳や股間を両手で隠したまま、張り裂けんばかりの金切り声で抗議させてもらった。
大きなお友達向けの変身ヒロインにしか見えない。
胸を支えるカップみたいな部分や、腰の両側から帯のように伸びる長い飾り布は白だが、それ以外は基本的に薄い黒のシースルーになったレオタード。
スリーブレスレオタードと呼ばれるものらしい。
ビキニラインの食い込みもえげつなく、乱暴に動こうものならレオタードがズレて大事な部分が覗けてしまいそうな怖さがあった。
ぶっとももは丸出し、下腹部も七割はオープンになっている。
手は二の腕まで、脚は膝上まで、それぞれプロテクター付きのロンググローブやタイツを身につけているが、胴体の露出がとても過激である。
髪はロングともショートとも言い切れない、ざんばらしたヘアスタイル。
バニーガールを意識した髪飾りも付けられていた。
「これアレだろ! 確か……魔界だか魔物だかと戦う退魔ならぬ対魔な忍者たちのシリーズのキャラだろ!? しかも一二を争うグラマラスお母さん!」
「さすがツバサ様、よく御存知でいらっしゃいます」
こちらの見識を認めるようにホクトは言った。
ツバサも男の子だから、こういう系統の作品は大好物だ。
自分でコスプレしなければの話だが――。
「この原作ゲーム、R18だったから駄目でしょホクトさん!?」
ツバサは筋肉メイドの良識に訴えた。
ホクトは分厚い両手を挙げるとツバサの威勢を制する構えを取り、フルフルと首を左右に振った。そのうえで理路整然と釈明してくる。
「調べましたところ、全年齢版も確認できました。朝のニュース番組で取り上げられた前例もありますし、ギリギリセーフと判定しました」
「――アウトだよぉ!?」
ギリギリならアウトにしてよぉ! とツバサは涙声で暴れた。
超爆乳がダプンダプン弾もうが、超安産型の巨尻がドムンドムン揺れようが、ぶっとももがはち切れそうが、構うことなく地団駄を踏んで抵抗する。
シャッター音が激しさを増しても聞こえない。
このままだと泣き喚きながら大爆発を起こしかねなかった。
そうなれば地母神の怒りに見舞われたイシュタル女王国は壮絶な天災に巻き込まれ、溶岩の海に沈むか地割れによって大海へ没するだろう。
あるいは轟雷の雨が降り注ぐかも知れない。
現に微震が発生しており、外には強風が吹き荒れていた。
これはヤバい――ホクトとハルカは慌てふためく。
「で、では有志のコスプレイヤーに参加していただきましょう!」
どうぞ! と珍しいホクトの裏声で促され、二人のコスプレイヤーがスタジオ入りした。彼女と彼の姿を見た瞬間、ツバサは泣くのをやめて硬直する。
「え、ツバサさん……本当に着たんですね!?」
全力で拒否すると思ってました、とミサキは驚きを隠さない顔で入室してくる。その格好はいつもの戦闘服にも見えるが、ちゃんとコスプレだった。
イシュタル女王国 国王 戦女神ミサキ・イシュタル。
ツバサと同じ男から女へと性が反転した内在異性具現化者だ。
よく似た境遇なので親近感の湧く仲間でもある。
軍師レオナルドを師匠として父親のように慕うが、ツバサも合気の手解きをしたので先生と敬ってくれる、目に入れても痛くない愛弟子である。
ミサキの戦闘服はボディラインが映えるボディスーツ。
腰まで届きそうな紫色の髪に合わせたパープルを基調としたスーツ姿から、一部では「あのエロゲヒロインみたいな衣装」と囁かれていた。
今まさにツバサがコスプレしたキャラクターが登場するシリーズ作品だ。
ミサキのコスプレは、そのメインヒロインのものだった。
髪型をキャラに寄せるよう整え、顔立ちも近付けるためか軽いメイクを施されて切れ長な瞳や唇の存在感を強めに誇張させられていた。
身に帯びるのはノースリーブのボディスーツ。
各所に薄い装甲が取り付けられており、両手は鎖帷子風のグローブで覆われているので露出部分は少ない。だが、くっきり身体のラインが浮かび上がるデザインのため体型がどうなっているのか隅々まで見て取れた。
裸よりマシだが、スリーサイズ丸わかりである。
背中にはちゃんと忍者らしく短めの刀を背負っていた。
良かったぁ、とミサキは嬉しそうに微笑む。
「オレはこういう格好は全然抵抗ないし、むしろコスプレとか楽しめますけど……ツバサさんはこのシリーズのキャラは嫌がるんじゃないかと思って心配してたんですよ。同じシリーズキャラのコスプレできて良かったです」
悪意のない純真無垢な喜びがツバサの胸を打つ。
破城槌を叩き込まれたような衝撃だ。
さっきまできかん坊の子供みたいに駄々を捏ねていたとは、このカワイイ愛弟子を前にして口が裂けても言えない……言えなかった。
ミサキは女装に抵抗がない。
戦闘服からしてR18系のバトルヒロインをリスペクトしたようなボディスーツを平然と着熟し、ハルカの頼みで女性向け衣装も着まくりだ。
なんなら悪友のジンと一緒にコスプレでふざけることも辞さない。
バディ系のモノマネなど大得意だ。
今日も「えッ? ツバサさんと一緒にコスプレできるの!? やるやる絶対やるーッ!」と期待に巨乳を膨らませて参加したに違いない。
満面の笑顔にそう書いてあった。
こうなると愛弟子の手前、自我を封じてでも堪えるしかない。
「う、うん、まあ……ハルカとの約束だからな!」
不承不承で笑顔を取り繕ったツバサは、震える手で親指を立てた。
我慢しているので手どころか全身も震えが止まらず、乳房や尻の肉まで揺れ動いているのだが、こちらは抑える手立てがない。
またシャッター音がうるさくなったが気にしないことにした。
「愛弟子だけじゃなく愛娘もいるよー♪」
ミサキの背中からヒョコッと顔を出したのはミロだった。
いつの間にか姿が見えないと思ったら、ミサキとコスプレしていたらしい。かなり役作りしたのか、髪型どころか肌色まで変える手の込みようだ。
やはりボディスーツ系のコスプレである。
ボリューム満載の髪は茶色に染めて、細いツーサイドアップに見えるヘアスタイルはよく観察すると複雑に結われていた。
キャラに合わせたのか小麦色の肌に染め、そのうえに黒をメインとしたレオタード風のボディースーツを着込んでいる。ロンググローブやタイツも兼ねたブーツも黒。肘や腰回りに赤いフリルを可愛く飾り付けていた。
武器の二丁拳銃は腰の両脇に下げている。
ツバサがコスプレしているキャラはまたしても母親属性持ち。
ミロのコスプレはその娘に当たるキャラクターだ。
「ほらほらツバサさん、親娘コスプレ―♡」
褐色のミロは無邪気な笑顔でツバサの腕に抱きついてきた。
この時点でツバサの脳内は沸騰している。
ミサキの登場でも面食らったのに、愛して已まないアホの子のエロスを漂わせるも愛くるしい姿は、ツバサの母性本能にダイレクトアタックを決めてきた。
そして、心の天秤が揺れ動く。
片方にはなけなしの男心に起因する恥ずかしさが乗せられ、もう片方には愛弟子と愛娘の楽しそうな笑顔が乗せられた。
心の天秤は当然のように、二人の笑顔へと一気に傾いた。
神々の乳母としても、オカン系男子としても、ツバサは彼女たちとの幸せを選ぶことを優先する。男心もグッと我慢の子で耐え忍ばせた。
黒目を点にして戦慄きながら二人に近寄る。
「ど、どうしよう……ウチの子が……ウチの子たちが超カワイイッ!」
ミロとミサキをまとめて抱き締める。
この時ばかりは男心も「エロ可愛い!」と歓喜を叫ぶ。
超爆乳が押し潰れようが意に介さない。それこそ片方ずつの乳房へ埋める勢いで愛弟子と愛娘をおもいっきり抱擁した。
こうなるとドスケベすぎる破廉恥コスチュームでも気にならない。
ミロとミサキも同じ作品のコスプレをしているので尚更だ。
――赤信号みんなで渡れば怖くない。
ホクトの言ったことはあながち間違いではなかった。ツバサ一人でこのスケスケ変身ヒロインコスプレをさせられていたら、今頃は怒髪天を衝くほど憤慨していたはずだが、ミロとミサキが似た格好をしているだけでまったく違う。
仲間がいること心強いし、恥じらいも和らいでいた。
この子たちのためなら命を張れる! と日頃から愛でてきた愛娘と愛弟子だから余計にそう思えるのだろう。半泣きも嬉し涙に変わっていた。
「あのぉ~……ツバサさん……」
ハルカが揉み手でヘコヘコ頭を下げながら窺ってくる。
「とってもご立腹なご様子でしたが……どうでしょう、このコスプレで一緒に撮影するのを楽しみにしていたミサキ君やミロちゃんに免じて……」
ツバサは即答するのを控えた。
本当は嫌なんだからね! と態度に示したのだ。キツめの視線でハルカとホクトをまとめて一瞥し、不本意であることは伝えておく。
ホクトには「ハメましたね?」と意を込めて目配せで睨みつける。
『これが最善策と思いまして……誠に申し訳ありません』
無言のまま眼力のみでホクトは謝意を伝えてくると、身体でも表すように深々と頭を下げてきた。そこまで礼を尽くされては溜飲を下げねばなるまい。
ツバサは眉根を寄せて、長ったらしいため息をついた。
ミロとミサキをおっぱい抱擁から解放する。
そして、二人の小さな肩を抱き寄せて不機嫌さを滲ませながら言った。
「……これで最後なんだろ、やってやるよ」
ホクトは胸を撫で下ろし、ハルカは小躍りしかねないほど喜んだ。
「ありがとうございますッ! さすがツバサさん、さすツバです!」
その略し方はやめなさい、とツバサは苦笑した。
~~~~~~~~~~~~
「脳裏に一番焼き付いてる思い出がこれとはなぁ……」
インパクトがデカかったせいか? とツバサは独りごちる。
一ヶ月のお休みなどあっという間だった。光陰矢の如しと格言にもあるけれども、30日も休暇があれば持て余すかと思っていた。
全然そんなことはない。むしろ休み足りないし遊び足りないくらいだ。
それでも毎日スケジュールは詰め込んでいた。
乙将オリベに誘われて本格的な茶の湯を学んだ日もあった。
長い髪は髷のようにまとめて着物に袴という武士の若者みたいな格好で、オリベの用意した茶室に招かれ、茶道の基礎を教えてもらった。
『茶の湯とは堅苦しいものではありませぬぞ』
茶室という小さな閉鎖空間。
なのに不思議と落ち着いた空気に凝った心をほぐしながら、美味しいお茶をいただきつつ、オリベとの歓談に耽ったものだ。
『融通無碍……欲するままに憩いの瞬間を追い、望むままに昂ぶる刹那を求める。茶の味にそれを見出すも良し、茶器の造形美にそれを見出すも良し、茶室の空間にそれを見出すも良し……茶人の数だけもてなし方はございましょう』
『本日それがしがご教授差し上げたのはあくまでも骨子』
『茶の湯の何処に楽しみを見出すか……それはツバサ殿次第なのです』
『癒やしを欲するならばいつでも来てくだされ。あるいは我ら数寄大名のように数寄への造詣に目覚めたのならば、いつでも歓迎いたしますぞ』
茶の湯以外にも、休みの間は新しいことにチャレンジしてみた。
横綱ドンカイや四女トモエに付き合って釣りにも行った。
インチキ仙人との山籠もりで渓流釣りの経験はあるツバサだが、海釣りは初めてだと話すと、まずはサビキ釣りという釣り方から教えてもらった。
漁師の家に生まれた生粋の釣り師であるドンカイに師事して、気付けば一人前の釣りバカになっていたトモエから指導を受ける。
『んな! 海釣りだけどお手軽だから初心者にうってつけなのな!』
『ワシが教えたことまんま言っとるな』
それは言わない約束な! とトモエはドンカイをポカポカ殴っていた。
仲の良い叔父と姪みたいな関係である。
――ハトホル太母国からそれほど遠くない海。
アザラシのセルキー族が漁に出たり海産物の養殖も始めているので、あちこちに堤防なども設置されていた。その堤防の上で三人並んで釣りを楽しむ。
サビキ釣りとは撒き餌を使った釣り方だ。
サビキとは餌を付けない釣り針数本と小さなカゴが付いた仕掛けで、このカゴの中にコマセという海中でばらける餌を仕込む。すると、コマセが撒き餌となって魚を呼び寄せ、いくつもある釣り針に食い付いたところを釣り上げるのだ。
釣れるのはアジ、イワシ、サバなど青魚系。
ただし、これは現実世界での話。
真なる世界ではこれらの魚と似た、見たこともない小魚がたくさん釣れた。どれも食べると強化効果のあるものばかりである。
その日の夕餉に並んだのは言うまでもないだろう。
蛮族娘アンズに誘われてお菓子教室などを開催したこともあった。
彼女はこう見えて家庭的で、料理全般のみならずお菓子作りも得意だった。他にも裁縫、手芸、園芸、菜園……自活できそうな技能が揃っている。
自給自足の生活をできる系の女子なのだ。
参加者は幼年組の子供たち(男子のヴァトは欠席)。
『はぁ~い♪ じゃあ今日はみんなの食べたいお菓子を作ろっか』
何が食べたい? とアンズがアンケートを採ればクッキーやチョコレートといった固形のお菓子ではなく、生の洋菓子が食べたいという話になった。
『じゃあプリンにしよう。作り方も覚えやすいし』
するとミサキくん家の戦乙女カミュラが、吸血鬼だった頃の名残である八重歯を覗かせた大きな口でリクエストした。
『だったら妾、一度でいいからアレ食ってみたいのじゃ』
バケツプリン! と子供らしい夢を提案する。
おおおおおおお~ッ! と共鳴するように歓迎の声が上がった。もはや満場一致で決定したも同然だ。この日はバケツ大のプリンを作ることになった。
ここでアンズが余計な閃きを得てしまう。
『あ、そうだ! ツバサさんも参加してくれてることだし、せっかくだからツバサさんのおっぱいをモデルにした特大おっぱいプリンにしよう!』
『ちょっ、待っ……えええええええッ!?』
アンズのアイデアに子供たちは拍手で賛成した。
ミロに匹敵するド天然のアンズにセクハラめいた悪気はなく、子供たちも大喜びなので内なる神々の乳母も喜ぶから異を唱えづらい。
幼年組からの期待の眼差しも裏切れなかった。
結局、ツバサの超爆乳をモデルにしたおっぱいプリンを作る羽目に……。
プリンの材料としてハトホルミルクまで提供させられてしまった。
またある時はミサキに誘われ夜通し遊んだこともあった。
ミサキが情報官アキに頼んで現実から取り寄せた、古今東西ありったけの格闘ゲームのデータ。それもVRが普及する以前、まだ大型カートリッジソフトやコンパクトディスクを記憶媒体としていた頃のものだ。
ツバサの世代でも懐古扱いだが、ゲームとしては十二分に面白い。
実際、ツバサもやりこんだシリーズは少なくなかった。
『それらを全部プレイできるハードウェアを俺ちゃんが開発しました』
『ジン…………でかした!』
この時ばかりは工作の変態を手放しで褒め、乳房の谷間で窒息死しかけないほどのヘッドロックでアメコミヒーローマスクの頭を撫でてやった。
『というわけで学生時代の土曜の深夜とか思い出すノリで、徹夜で対戦しまくりましょう。他にも参加したい人がいたらジャンジャン呼んでください』
ミサキも休日を少年らしく謳歌したいようだ。
彼も元を正せば割とインドア派なゲーマー少年なので、こういう発想に行き着くのは仕方ないことなのだろう。
本音を言えばカワイイ愛弟子とふたりきっりというシチュエーションに憧れなくもないが、既にジンがいるので今更だった。どうせなら「レトロゲームやりたい奴は集合!」と号令を掛けたら、結構な人数が集まった。
入れ替わり立ち替わりで、本当に夜通し遊んでしまったほどだ。
「……本当、久し振りに遊び倒したな」
つい感慨深げに呟いてしまう。
連日連夜、休みなのをいいことに遊んでいた記憶ばかりだ。
南方大陸出征への備えも忘れていないが、それは休息の一ヶ月が始まる前に九割は目処を付けている。後は着々と一割を片付ければいい。
だからこその遊びまくり期間である。
子供たちを連れて海に山にとキャンプやバーベキューもしたし、クロウに誘われて鬼神のキサラギ族が掘り当てた温泉で混浴湯治をしたり(※水着着用)、棟梁ヒデヨシに誘われて工作者の集いに参加して「巨大ロボの必要性と発展性について」論議した結果、宇宙規模に進化するトンデモロボを作ろうとしたり、フミカとプトラに一夜漬けでクトゥルフ神話の真髄を叩き込まれたり……。
「……アハウさんと夜通し呑んだこともあったっけ」
ただ飲み明かしたわけではない。
真なる世界に生きる様々な種族について、現実世界の伝承にある幻想的な種族との相似点や相違点についての考察を肴にした呑み会だった。
『一口にエルフやドワーフにオークと言っても、その原点を辿っていけば参考にしたであろう神話や伝説がいくつもあり、今日の我々が知るファンタジー小説で描かれるステレオタイプなそれとは異なる点も多々見受けられる』
そうした随所にアハウは納得がいかないそうだ。
『納得……というより違和感かな』
ツバサが首を傾げると内容を詳らかにしてくれた。
『これまで真なる世界で出会ってきた種族は、どれも今を生きる我々の知識に照らし合わせた外見や能力を持っていることが多い。守護妖精族には少々驚かされたが、彼らのような超機械生命体もよく知るところだ』
なるほど、とツバサはアハウの言いたいことを理解した。
『ケルト神話のスプリガンとしての生態を持ちつつ、俺たちがフィクションで見てきたロボット生命体のような存在でもある……ということですね』
『その通り、どう考えても私たちに都合がいい』
現代人ならば難なく受け入れる設定ばかりなのだ。
アハウはそこが得心できず、どうしても違和感を覚えてしまうらしい。
酒入りのグラスを掴んだアハウは熱弁を振るった。
『いくら地球の生命が真なる世界の神や魔によって創造されたとはいえ、この世界は我々に都合が良すぎる……ここは異世界、未知とする種族がもっといてもおかしくはないのに……そこで私はある推論を立てた』
真なる世界と地球の関係性には――秘匿された何かがある。
『密約のような……強い結びつきがね』
元大学講師で研究を重ねた結果、アハウの考えはそう至ったらしい。
『肝心の何かについてはまだ未解明だがね』
獣の賢者は肩をすくめてお手上げのポーズをしていた。
~~~~~~~~~~~~
「およよ? ツバサさんったらもう居眠りしちゃってるの?」
ミロの声で目を開いた。
正装であり戦闘用スーツ兼ねたブルードレスをまとい、ロングカーディガンを羽織ったミロ。彼女が意外そうな顔でこちらを覗き込んでいた。
「別に寝てはないさ、ただ目を閉じてただけだよ」
肘掛けに頬杖をついたツバサは微笑みながら返事をした。
思ったより回想という物思いに耽っていたようだ。ミロに声を掛けられるまで、ここ一ヶ月の記憶を駆け足で振り返っていた気分だった。
大部分がコスプレ大会なのは否めないが……。
そっか、とミロも大して気にすることもなく納得すると、窓の外を流れていく道の風景へ心躍らせるように振り仰いでいた。
ツバサも微睡みそうな瞼を持ち上げて正面の窓を見つめる。
――どこまでも広がる大海原。
開放的な艦橋の窓から見渡せば、眼下に広がるのは海洋と蒼天の空。
地面らしきものは大陸どころか小さな島さえ見当たらない。
空の蒼と海の青に塗り分けられた風景は、所々に雲と波の白をあしらった一枚の抽象画に見えなくもなかった。時折、海を裂いて見たこともない巨大な魚が飛び跳ねたり、飛竜の群れがどこかへ渡るために通り過ぎていく。
既に中央大陸を離れて数時間は経った頃合いだろう。
艦長席に着いたツバサは、長い足を組み替えながら青の景色を堪能する。
一ヶ月だろうと一年だろうと休むとなれば瞬く間だ。
飛行母艦は南海を突き進む。
艦は一路――“未知なる南方大陸”を目指して驀進中だった。
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