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第20章 ハンティングエンジェル オンステージ!
第493話:コスプレもみんなですれば恥ずかしくない
しおりを挟む――外なる神々の来訪。
現れたのは万物の王である盲目にして白痴の王と呼ばれている魔皇アザトースと、最極の空虚に至る門の鍵にして守護者である副王ヨグ=ソトース。
クトゥルフ邪神群の帝王とその腹心のお出ましだ。
これほどの重大事件、しかも現場に居合わせた者も少なくない。
直接相対したのはツバサとクロコだけだが、ドンカイやセイメイにノラシンハも間近に控えていたし、LV900を超えていれば誰もが戦慄したことだろう。
世界に蓋をするような威圧感に屈したはずだ。
そうでなくとも情報官アキや万里眼イヨのように感知能力に長けた者、世界の理と密接にリンクする内在異性具現化者は感じざるを得ない。
多重次元を司る支配者の降臨を――。
どれほど距離や空間が開いていようと関係ない。
同じ次元に現れただけで、精神を侵す穢れに身震いしたに違いない。
とても隠蔽したり隠匿できるとは思えないので、ツバサは報告書の体裁にまとめた詳細なデータを五神同盟に頒布した。緊急会議を開くべきかと思ったが、前提として緊急性があるか否かの判断に迷ったからだ。
奇襲でも強襲でも急襲でもない――彼らはただ訪問しただけ。
宣戦布告すらしていないのだ。
祭司長に手傷を負わせた多重次元の片隅に生きる矮小な生き物に、興味本位で顔を見るついでに挨拶をしていった過ぎない。
彼女たちにとって、それ以上でもそれ以下でもなかった。
ツバサたちが勝手に脅えていただけである。
ただし、多重次元を生み出した森羅万象の起源みたいな創造神にして大魔王にそんな真似をされると、訪問される側は堪ったものではない。
正直、この世の終わりを覚悟させられてしまった。
空間は歪みまくり、世界の法則が乱れ、神族でも発狂を催す。
其処にいるだけで世界を侵食する名状しがたい狂気。同心円状に波濤の如く広がる不可視の恐怖。どちらも滅びに直結する脅威を醸し出すものだった
不興ひとつで次元ごと消されるかも知れない。
そんな予感を本能の奥底から強制的に刷り込まれるので、逆らえないし逆らいたくもないし余計なこともできない。
アザトースの化身である亜座との面会に応じるしかなかった。
逆に言えば――それが彼女の本命だった。
好奇心からツバサに会い、対話を望んだだけである。
確かに宇宙的根源から生じる絶対的脅威ではあるものの、礼儀正しく対応すれば意思疎通は可能。会話も通じるし、無闇矢鱈に暴れるような横暴さもない。
そして、侵略的な意志も見受けられなかった。
存在自体は極大の危険度だが、彼女そのものに危険性はほとんどない。
……と思いたい。かなり希望的観測が入っている。
それでもお茶とお菓子でお持て成して、話し相手に応じれば満足して帰っていってくれた。慎重かつ丁重に扱うべき大切な賓客と思えばいい。
むしろ亜座の訪問から知り得たことがある。
――魔皇アザトースは敵と成り得ない。
宇宙や多重次元を生み出した窮極の混沌である彼女にして彼は、あらゆるものの起源にして根源なのだ。すべてはアザトースの一部に過ぎない。
起源のアザトースより生まれ、根源のアザトースに還るのだ。
真なる世界や地球に生きる者も例外ではない。
アザトースの化身である亜座も仄めかす程度の言及だったが、概ねそのことを認めていた。この世のすべてはアザトースより生まれ、知性ある者の深淵に息衝く集合的無意識とはアザトースの叡智の一端であると……。
自身の一部と争うことなどあるまい。
人間のスケールで例えるなら、ひとつの細胞を構成する原子とか分子と喧嘩をするようなものだ。そんな不毛なことをする意味がない。
余程のことがない限り、敵対関係になる心配はなさそうだった。
少なくともアザトースが真なる世界を目の敵にする様子はない。ツバサが祭司長に喧嘩を売ったこともポジティヴに称賛するくらいだ。
やや好意的に傾いているかも知れない。
そのため「ラスボスと想定していた超大物VIPが突然やってきたけど、様子見に来ただけだし真なる世界をどうこうするつもりはないみたいですよ」と意訳したい内容を、報告書に仕立てて懇切丁寧に説明させてもらった。
これは収穫と言えるだろう。
少なくとも外なる神々の一柱、それも最強と目される“魔皇”とは戦わなくてもいい可能性が出てきたからだ。無論、予定は未定だが……。
気に掛かるのは――副王ヨグ=ソトースの動向。
亜座という少女に化身して顕現したアザトースに付き添い、寄球という執事に化けていた副王。本来、“魔皇”の従者はあの這い寄る混沌の仕事だと思うのだが、どういう風の吹き回しか今回は副王が供回りを務めていた。
アザトースに臣従しているのは間違いない。
ただ、何を企んでいるかわからないので懸念してしまう。
アザトースこと亜座はフランクかつフレンドリィで親しみやすく、明け透けなく腹を割って話してくれた。分析系技能を働かせても嘘はついていない。
……本気を出されたら余裕で裏を掻かれそうだが。
対してヨグ=ソトースこと寄球は直接的な悪口こそ控えたものの、遠回しな毒舌でネチネチ責めてきた。陰湿さはなく無味乾燥していたので、口汚くは聞こえなかったが悪印象なのは否めない。
無表情、無愛想、無感動、と無の三拍子が揃っていた。
おかげで何を考えているのかまったく読めず、観察力や洞察力に関わる技能を総動員しても、心中を窺わせる隙をこちらに与えてくれなかった。
ヨグ=ソトースには侵略への意志が見え隠れする。
ただし、明確にはされていない。
ダンウィッチの怪を始めとしたいくつかのラブクラフト作品では、人間の女との間に子供を成して、彼らを先兵として次元の壁をこじ開けようと画策し、地球や他の次元へ侵略を企んだ形跡があった。
ネクロノミコンを始めとした魔導書にも「ヨグ=ソトースは地球のある次元の真なる支配者であり、再び帰ってきて支配者の座に返り咲こうと目論んでいる」などの記述も見受けられる。
その他、余罪らしきものを上げたらキリがない。
しかし、どれもヨグ=ソトースの意図ははっきりしておらず、ダンウィッチの怪でも召喚者の求めに応じたに過ぎないと描写されていた。
(※現に地球侵略の先兵として生み出されたウェイトリィ兄弟が窮地に陥っても助けはせず、兄弟の一人が救援を求めても反応していない)
彼もまたアザトースに匹敵する超常的存在。
過去、現在、未来、全次元と全宇宙と全世界のどこにでもいてどこにもいない。あらゆるものを超越した、永遠不変にして具体化された無限。
それが門の鍵にして守護者――ヨグ=ソトース。
そんな副王にしてみれば、多重次元さえ掌中にあるも同然だろう。
わざわざ侵略するまでもあるまい。
塵の如く卑小な存在など相手にする気もないはずだ。
祭司長を始めとした蕃神たちのように、積極的な侵略行為へ加担するとは想像できないのだ。アクティブでもアグレッシブでもなく、真なる世界への執着も大して感じられない点を安心材料にしたい。
しかし、何を考えているか読めないところに不安を覚える。無反応のままでいるかと思えば不意打ちでアクションを起こすなど、まるで先が読めなかった。
今回の唐突すぎる真夜中の訪問など好例というより他ない。
気を抜かずに注視する必要がありそうだ。
外なる神々は世界や宇宙、多重次元の根源にまつわる者が多い。
その中でもアザトースとヨグ=ソトースはまさに別格。ツバサたちが神族や魔族としてどれほど強くなろうとも歯牙にすら掛けてもらえまい。
彼らの場合、触手や粘液に掛けてもらえないというべきか?
だが――可能性は捨てたくない。
対等は無理にせよ、対処する術を見出したいところだ。
どちらにせよ、彼らは宇宙の始まりだったり深層意識だったり多重次元のすべて居座る神だったりと、物理的な闘争を臨める存在ではない。
事象や現象や概念――そういう抽象的なものが神格化したに等しい。
戦いにすらならないのだ。
この二柱の神性と戦う機会は当面やってこないし、いずれ事を構えるにしても時と場合によっては戦争にすら成り得ない。
そうした予見が酌み取れただけでも御の字と思っておこう。
ついでに――超巨大蕃神こと祭司長。
やはり彼こそが偉大なるクトゥルフその神であり、何体もいると目されるクトゥルフの眷族でも最強の地位に君臨する個体だと判明した。
これに関しては再確認された事項に過ぎない。
祭司長が何者であれ、真なる世界を脅かす侵略者の代表格というポジションは変わらない。正体不明から氏素性がちょっと割れたようなものだ。
十中八九――クトゥルフその人に違いない。
確信に近付きつつあった事実が確定したと捉えればいい。
これを知った生粋のクトゥルフ神話愛好家な次女フミカと三女プトラは、なんともいえない喜怒哀楽ごちゃ混ぜな困惑をしていた。
『一読者として嬉しいような悲しいような……リアクションに困るッス!』
『神話のクトゥルフでも手に負えないのに最強ってどんだけだし!?』
ファンの心境は複雑怪奇らしい。
報告書を誰でも閲覧できるように頒布後(友好条約を交わしたエンテイ帝国、新規加入したばかりの源層礁の庭園も含む)、各陣営の代表と個別に話したり、軍師のような知恵者とも相談したが、結論はひとつに絞られていった。
どうにもならない――この一言に尽きる。
存在として規格外に大きい上、戦争しようにも規模が違いすぎて戦うこともままならない。何より“魔皇”アザトースには戦う意志がなかった。
ツバサたちと争う気がまったくない。
本当に好奇心から真なる世界を訪れただけなのだ。
むしろ外なる神々の事情を窺い知れる情報を教えてくれたと考えれば、彼女たちの来訪は有り難いものだったと感謝すべきかも知れない。
……真なる世界が狂わされかける代償付きだが。
彼女たちの降臨による悪影響はある被害をもたらしていた。
幸いツバサたち家族はおろか国民にも重篤な被害者は出ていない。しかし致命傷には至っていないが、酷い悪夢に悩まされた者や鋭敏な感覚を持つ者が精神的ダメージを負ったので、無傷とはいえないのが痛いところだ。
気候や生態系といった自然界も大荒れだった。
各地で地震が起きて活火山が噴火し、所構わず嵐や台風が巻き起こり、生物やモンスターは定住する地域から我先にと逃げるように大移動を始めた。
外なる神々の狂気に触れ、世界そのものがアレルギー反応を呈したらしい。
この程度で済んだ、と結果オーライの精神で諦めるしかあるまい。
アザトースこと亜座はこんな助言も残していた。
『祭司長と戦うのはいずれとして、近く黒山羊の姫と見えるそうだな? あの娘は定命の者と戯れることを好む……精々楽しませてやってくれ』
黒山羊の姫とは、恐らくシュブ=ニグラスを指している。
千匹の仔を孕みし森の黒山羊の異名でも知られる、クトゥルフ神話の邪神群において最高の地母神として畏敬の念を抱かれる強い雌性で表される神格。
外なる神々でも太母の地位に君臨する女神だ。
(※両性具有でもあるため、他の女神を孕ませることも偶にある)
彼女はアザトースにすれば孫娘に当たる。
(※アザトースから生まれた“闇”から誕生したのがシュブ=ニグラス)
祭司長がクトゥルフだと言及したこともあるが、これからツバサたちが赴く南方大陸にいるのもシュブ=ニグラスと認める発言だった。
ツバサたちの予想は的中したといっても過言ではない。
なので、これも極論すれば「これから戦う外なる神をシュブ=ニグラスだと想像していたが当たりだった」というだけだ。南方大陸への出征に変更はないし、戦うとなれば全身全霊を持ってこれに当たるのみである。
ただ、ツバサには気掛かりがあった。
アザトースの助言めいた一言がどうしても引っ掛かるのだ。
『――黒山羊の姫は定命の者と戯れるのを好む』
この文脈には含みが持たされていた。
外なる神にしてみれば戦争さえ戯れに過ぎない。血で血を洗う命懸けの戦を見物することを楽しみにしているような趣旨をアザトースも口にしていたが、シュブ=ニグラスを指し示すこの一言はどうにも趣が異なっていた。
『黒山羊の姫は戯れたい――本当に生命ある者と遊びたいだけ』
『彼女が直接的に争うようなことはない』
アザトースこと亜座の発言には、そうしたニュアンスが込められていた。純粋に孫娘の遊び相手を頼むような発言に聞こえてしまったのだ。
シュブ=ニグラスは外なる神の一柱。
クトゥルフ神話愛好家の弁を借りれば、外なる神々もピンキリなのでアザトースのような常識の通用しない窮極の混沌もいれば、知恵と勇気を振り絞れば人間でも命拾いはできるかも知れないレベルまで様々だという。
勝とう、倒そう、封印しよう――すべて烏滸がましい。
仏ほっとけ神かまうなの理論で、「どうか何もしてくださいますな」と祈るように願うようにやり過ごすのが最適解。
それが外なる神々という脅威だ。
特に魔皇と副王はあまりにも別格が過ぎる。
シュブ=ニグラスもまた外なる神々のランキングにおいて上位に加わる神性。少なくとも五指に数えられるはず。
彼女もまた、人類はおろか神族や魔族を超越した神格だ。
アザトースやヨグ=ソトース同様、戦いを挑む挑まない以前の問題だ。闘争を仕掛けたところで相手にしてもらえない上位存在なのである。
いっそ――対話できないか?
人間に近い化身となれば会話できるのは亜座と寄球で確認済みだし、シュブ=ニグラスは他の神性に比べて人間に友好的だとも聞いている。
いきなり喧嘩腰に出ることはない。
礼儀を持って接すれば話し合いに持ち込めるのではないか?
亜座たちの来訪が淡い希望をもたらしていた。
戦争が勃発するか? 交渉に持ち込めるか? どう転ぶかは、現地に赴いて当のシュブ=ニグラスと会うまでわからない。それでも意思疎通できる可能性に一縷の望みを掛けてもいいかも知れない。
少なくとも問答無用での襲撃は控えるべきだろう。
それに南方大陸は“未知なる南方大陸”だ。
敵対するのはシュブ=ニグラスのみとは限らない。
キョウコウからの情報でもたらされた凶暴な未知の種族“あらがみ”や、聖賢師ノラシンハを疑心暗鬼に陥らせるほど暗躍する“原初巨神”……一戦交えるやも知れぬ勢力ならば事欠かない。
五女マリナの父親、GM最高位のマーリンも毒突いていた。
『南方大陸もなんか三つ巴で喧嘩してるし……本当なら真なる世界と蕃神の勢力がふたつに分かれて派手にドンパチする予定だったのに……』
『――なんで内輪揉めになってるかなぁ』
不毛な争いだよ、と言わんばかりにマーリンは落胆していた。
南方大陸には少なくとも三大勢力がおり、そのどれもが真なる世界由来だと匂わされているが、詳細については定かではない。
そのうちいくつの勢力と協力できるのかも定かではない。
南方大陸出征まで――残り一ヶ月。
現地に行かないと判断できないことばかりで、ツバサは頭を悩ませていた。
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「そのためにもこれから一ヶ月、しっかり休養を取って英気を養いたい……なので、酷い言い方なのは承知の上だが面倒臭いことは先に終わらせたい」
さっさとやってくれ、とツバサは自棄っぱちに言った。
彼女の気持ちを酌めばこんな言い方はすべきではない、とオカン系男子な気持ちは訴えるのだが、男心がやさぐれているので制御できなかった。
「誰がオカン系男子だ!?」
「言ってませんけど事実オカン系男子ですよね!?」
ツバサの独りボケツッコミをハルカは丁寧に拾ってくれた。「否定できませんよね!?」とダメ出しまでされてしまう。
ここはハトホル太母国――ではなくイシュタル女王国。
戦女神ミサキとその仲間たちが暮らす、完全版パルテノン神殿みたいな外観をした拠点の内部に設けられた特設の撮影スタジオ内だ。
大掛かりな演劇を披露できそうなステージ。
そんな舞台と見紛うほどの空間が真っ白い壁面で塗り込められていた。床と壁面の境目も直角ではなく曲線を描くように内装されている。
これは白ホリというものらしく、壁と床と境界線を曲線にすることで、壁面や床の境界に被写体の影が浮かび上がりにくくなるため、撮影した物にどこまでも広がる白い空間を表現することができるらしい。
外光を遮断することで、照明を調節すれば内装の白さがライティングを反射するので、被写体の陰影も好みに合わせて撮影できる優れ物。
つまり、撮影に適した空間ということ。
この白ホリは工作者ジンの特別製。内部に特殊な液晶が仕込まれており、撮影に合わせたお好みの背景を立体的に投影することも可能だという。
希望通りのシチュエーションで撮影もできるわけだ。
凝り性なジンだから撮影用の機材も本格的。
各種照明や位置調整のためのアーム、反射板のサイズも選り取り見取り、被写体を俯瞰的に撮るための足場や昇降クレーンまで完備されていた。
撮影者と被写体が準備するための控えの空間。
こちらも白ホリと同じくらいのスペースがある。待機するためのイスやテーブルが適度に散らばり、ドリンクやケータリングまで用意されていた。
さすが工作の変態――至れり尽くせりだ。
ツバサは手頃なイスに腰掛け、ちょっと不満げに眉根を寄せていた。
これからうんざりするほど女性向けの衣装を着せられる。
ハルカが趣味で作ったコスプレ衣装をこれでもかというほど着せられて、ファッションショーめいたお披露目会をやらされるのだ。
男心が拒否権を喚いており、それを無理やり抑えつけている。
どうせ何回も着替えるので普段着すら着ていない。
素早く着替えられるようにと、厚手のバスローブみたいなもの一枚でイスに腰掛けていた。腕も足も組んだ不貞不貞しい座り方である。
ご機嫌斜めなのが態度にも表れてしまっていた。
正直な話――乗り気ではない。
許されるのなら、この場から全速力で逃げ出したいくらいだ。
女神の肉体に違和感を覚えないほど馴染んだとしても、超爆乳の乳房や超安産型の尻に女性下着を身につけるのが日常になってしまったとしても、ツバサの芯にはまだ男心がしっかり脈動していた。
どれだけ身体が女性化しようと男心は消え失せない。
ツバサの深層心理に砦を築いており、最後の抵抗を続けているのだ。
おかげさまで未だにフェミニンな衣装へ袖を通すのを躊躇う。
ブラジャーやショーツに関しては、そうした下着の補正力がないと戦闘中に爆乳や巨尻が暴れるため妥協して身に付けている。
ただし、あくまでも渋々だった。
「俺もな、さすがにこの女神化どころか地母神化した肉体には慣れてきたよ。でも、漢としての気持ちが女らしい衣装を拒むんだ……どうしてもな」
眼を閉じたツバサはワナワナと震えて歯噛みする。
「そんな俺に……エロス強めの女性向けコスプレをさせるとは……ッ!」
わかっていても苛立ちは隠せない。
闘気は熱を帯びて立ち上り、今にも劫火へと燃え上がりそうだった。おまけに長い黒髪はザワザワと蠢いて稲妻をまとわせている。
今のツバサは些細な刺激で爆ぜかねないニトログリセリンだ。
扱い方をひとつ間違えば大爆発を起こすだろう。
ハルカは怒れる神を鎮めるため祈りを捧げるように合掌する。
「お気を悪くされるのはわかってます! ツバサさんが女の子のファッションに親しむどころかアレルギーを持ってるのも……でも、どうしてもお願いします! それに……約束は約束ですから! ご褒美くれるって約束しましたから!」
お願いします! とハルカは拝み倒してきた。
約束を盾にしているが、こんな熱心にお願いされると困ってしまう。ツバサもお人好しなので無下にできないのだ。
何より――交わした約束を破るのは気が引けた。
イシュタル女王国 服飾師 ハルカ・ハルニルバル。
戦女神ミサキの嫁を自称するが、歴とした彼の恋人である。
二つに結って若葉色の綺麗な髪がトレードマークの、童顔ながらしっかり者な顔立ちが印象的な少女だ。年の割にスレンダーなボディラインを気にしているのが、ミサキ君の爆乳に癒やされているので問題ないらしい。
普段はファッショナブルなカーディガンでお洒落をしている。
今日は服飾師として働くため、作業向けの長袖長ズボンに裁縫道具を満載したエプロンを着込んでいた。これだけで彼女の情熱が窺える。
ツバサのコスプレ品評会へのやる気は十分のようだ。
職能としては召喚師に分類されるのだが、生産系では服飾師として有能。師匠と崇めるホクトともに『ハルクイン』なんてファッションブランドを立ち上げ、五神同盟のみんなが求める多彩な衣装を提供できる腕前を持っていた。
ツバサが愛用する――真紅のロングジャケット。
あの戦闘用装束はハルカがデザインから手掛けてくれたものだ。
VRMMORPGを始めてしばらく経った頃、性能のいい装備が欲しくて職人を訪ね歩き、最初に出会ったのが工作者と服飾師だった。
(※第10話~第11話参照)
そういう意味では付き合いが長い友人である。
彼女は――大のコスプレ好き。
アニメやゲームにマンガのキャラクターが身にまとう、現実離れした衣装を手ずから製作。自分でも他人でも着飾らせることが趣味にしていた。ミサキも普段着からコスプレまで、彼女に言われるがまま着込んでいるという。
あと、ククルカン森王国のマヤムとも仲がいいらしい。
(※女の子にしか見えない男の娘コスプレイヤーとして有名人だった)
そんなハルカにしてみればツバサは極上の素体。
ツバサのように爆乳ケツデカムチムチドスケベボディにして、抱き心地の良さそうな至高の安産型ムチムチ女体じゃないと着熟せない、グラマラスな女性キャラの衣装をたくさん作りたかったそうだ。
そして、そのすべてをツバサに着てもらいたいと……。
随分前からそんな野望(?)を抱いており、機会を窺っていたらしいのだが、思わぬ形で約束することになってしまった。
ハルカとの約束は、還らずの都を巡る戦いにまで遡る。
あの戦いではツバサたち主力陣は猛将キョウコウとその幹部たちとの戦いに手一杯で、他に気を回す余裕がなかった。戦いに巻き込まれた鬼神のキサラギ族の避難にしろ救護にしろ、彼らを助ける暇すらなかったのだ。
この時に活躍したのがハルカである。
無数の小さな人形を操る過大能力で人海戦術を行った。瓦礫の下敷きになった者を助け、重傷者の手当てをして、安全地帯へ避難誘導し……。
救援活動において大いに奮闘してくれたのだ。
尽力してくれたハルカをツバサなりに労ったのだが、そうしたら「ご褒美が欲しいです!」とお強請りされてしまった。
それが――ハルカのデザインした服の試着である。
本当は彼女がデザインした素敵という名のエロス全開な衣装を着てもらいたいそうなのだが、それは女体初心者なツバサにはハードルが高いので、まずは慣らしということでコスプレ衣装に落ち着いたらしい。
コスプレも露出度が高くて大概エロティックなのだが……。
最初は約束の日取りも決めたのだが、色々あって延期となった。
(※第207~209話参照)
その後ドタバタしててすっかり忘れていたのだが、ツバサのブラジャーのサイズがMカップに成長したのを機に話題が再燃してしまったのだ。
(第357~358話参照)
友達との約束――裏切るわけにはいかない。
ツバサとしては何かと理由を付けて辞退したいところだが、自らの趣味を邁進しようとするハルカの熱い想いを踏み躙ることもできなかった。
「そう! 約束は約束! 漢の約束ですよね!?」
拝み倒すのをやめたハルカは人差し指を突きつけてくる。
「うぐっ……漢と言われると反論しにくいな」
迫る人差し指にツバサは顔を仰け反らせた。半泣きなハルカの迫力に気圧されたのもあるが、漢と指摘されると否応なしに男心が疼いてしまう。
おまけに男心が拍手喝采で大喜びだ。
今なら大抵のお願いも聞いてしまいそうなチョロさである。
「そう、ツバサさんは漢なんだから漢らしく約束を守ってください!」
チャンスと見たハルカは一気に畳み掛けてきた。
泣き落とすように情へ訴える言葉を並べてくるつもりだ。
「約束してから伸びに伸びて290話も先延ばしにされてきたんですからね! そりゃあ気の小さくて弱い私だってそろそろ大声で泣き喚いて主張のひとつやふたつはしたくなりますよ! ずっと期待して待ってたんですから!」
「延期の件は悪かった。謝るよ……って290話?」
何の話だ? とツバサは首を傾げながらも、約束約束約束ーッ! と泣きそうな声で駄々を捏ねるハルカを両手で制するように宥めた。
グズる幼子をあやす柔らかい口調で言い聞かせてやる。
「だからほら、今日はこうしてわざわざ試着するために出向いたんじゃないか……丸一日空けておいたから、ハルカが気の済むまで付き合ってやるよ」
それで勘弁してくれ、とツバサは待たせたことを詫びた。
「――はい、約束ですからね♪」
泣いた赤鬼がもう笑った。あまりにも迅速な掌返しだ。
ご安心ください、とハルカは満面の笑みで小躍りしながらターンすると、ご機嫌になったのが丸わかりな声音で言い寄ってくる。
「ツバサさんが女性らしい衣服を着るのが苦手なのはわかってますし、フェミニンにエロティックな衣装に袖を通すとストレスゲージがマッハで振り切れるのは、これまでのお付き合いで百も承知です。そ・こ・で……」
師匠が解決策を見つけてくれました! とハルカはホクトを仰ぎ見る。
「この度は弟子のワガママに付き合っていただきまして……」
ありがとうございます、と出番が来るまで沈黙を貫いたメイド長は、感謝の意を表するとともに所作の整ったお辞儀をした。
タイザン府君国 メイド長 ホクト・ゴックィーン。
――199X年に世紀末を迎えた未来。
そんなイカレた世界へようこそ的な荒廃を極めた世界で、救世主だったり覇王になれる男らしい容貌だが紛れもなく女性である。
本人も影で“漢女”と呼ばれている自覚があるらしい。
凜々しくも男前な面貌のみならず、体格も女性らしからぬ筋骨隆々の肉体美を誇り身長も2m弱あるので、雄々しく逞しくとても美々しい。
筋肉娘、もしくはメフレックスと呼ばれるタイプだ。
髪型はロングの姫カット、衣装はオーソドックスなメイド服。
今日は服飾師としてファッションショーの衣装を手直しするためか、エプロンの上から裁縫道具を満遍なく帯びたベルトを何重にも巻いていた。
まるで弾帯を巻いて戦場に赴く歴戦の傭兵みたいだ。
……コマンドーなんてフレーズが浮かんだのは内緒にしておこう。
現実世界において恩師でもある冥府神クロウに恩義を返すため、メイドとしてお仕えすることを誓った忠義の女性でもある。義理堅いのだ。
そんな彼女の本職はファッションデザイナー。
エレガンス北斗の名で知られる新進気鋭の服飾師として有名人であり、将来的に同じ道を志そうとしていたハルカの憧れの人でもあった。
出会って即弟子入り志願したほどである。
以来、この二人は服飾師として良き師弟関係を築いており、五神同盟の服飾文化を担うファッションブランド“ハルクイン”を立ち上げていた。
お辞儀から頭を上げたホクトは弁明から入る。
「ですが私も服飾師の端くれ……コスプレとはいえファッションショーを開催すると聞けば、クリエイターの血が騒いでしまいます。ツバサ様が女性用衣類を敬遠していることは、これまで衣装を手掛けさせていただいた経験から百も承知でございます。その心中はお察しいたしますが……」
「内心ホクトさんも楽しみにしてたんですね?」
冷めた半眼で問い質せば、メイド長は申し訳なさそうに目を伏せた。
「……はい、ほんのちょっぴり……いえ、かなり結構……」
そこでです! とホクトはツバサの不信感を払拭するべく声を張り上げ、漲るパワーを込めた握り拳を掲げて力説してきた。
「ツバサ様には女性用衣類に追々慣れていただくとして、コスプレやファッションショーへの気恥ずかしさは別問題だと考えました。こうした羞恥心を解消するのに一番手っ取り早い方法がございます……」
昔の人は言いました――赤信号みんなで渡れば怖くない。
「それ普通に道路交通法違反です」
正論をぶつけてもホクトは冷静に受け流していく。
「あくまでも比喩的表現とお受け止めください。要点は恐れや恥じらいを催す行為であっても、複数人で行えばマイナス感情を誤魔化せるという点です」
確かに集団心理にはそういう効果があった。
一人では到底やろうとは思わないことであっても、人数が集まれば「何とかなるかも知れない」という楽観視にも似た安心感から、やるべきではない行動でも実行に移してしまうことは往々にしてある。
――良い意味でも悪い意味でもだ。
赤信号をみんなで渡ろうとする表現は最もわかりやすいだろう。
「……つまり、俺一人にコスプレさせないと?」
「――その通りにございます」
気を付けの姿勢から折り目正しい一礼で返してきた。
ホクトの言いたいことをツバサなりに要約すると、マッチョなメイド長は大仰な手付きで深々と頭を下げながら「大体合ってます」と認めてくれた。
ホクトはその内容を詳らかにしていく。
「ツバサ様が女性キャラのコスプレをして羞恥心を刺激される際、同じくコスプレをした仲間がいればその恥ずかしさを緩和できるかと……そのため本日の撮影会ではコスプレをしていただける有志を募っておきました」
「なんと手回しのいい……」
呆れるよりも感心する他なかった。
服飾師に懸ける情熱がなければ、これほど熱心に立ち回れまい。ハルカもそうだが趣味を兼ねた仕事に対する心構えというか覚悟が違うのだ。
コスプレ品評会改め――コスプレ大会に変更。
ファッションショーらしく写真や動画の撮影こそするものの、どちらかといえばみんなで集まってワイワイ楽しむお祭り騒ぎなイメージのようだ。
そうやってツバサの気を紛らわせる。
エロス満点の女性キャラの衣装を着る度にツバサのご機嫌が斜めへ下方修正されたとしても、五神同盟の仲間が愉快なコスプレで参加して笑いを取れば、ツバサの機嫌も徐々に回復するはずという期待を込めた作戦らしい。
ホクトは釈明めいた説明を続ける。
「この計画の趣旨を秘したところで、ツバサ様にはすぐさま看破されること請け合いでしょう……それゆえ打ち明けさせていただいた次第にございます」
「潔いというか何というか……」
天井を仰いだツバサは、右手で目元を隠すように覆った。
作戦の中身を黙ったままコスプレ大会を始めたところで、ツバサから邪推されるに決まっている。ならば叱られるとしても手札をオープンにしておく。
ホクトならではの豪胆な腹の割り方だった。
コソコソされるよりずっといい、ツバサも好感触である。
ハルカと約束した手前、ツバサも愚痴りこそすれどコスプレファッションショーは最後までやると見越した上での発言かも知れない。
肝の据わった女傑と褒めるしかなかった。
「また本日ツバサ様にお召しいただくハルカさんが縫製したコスプレ衣装も、私ホクトが最初から最後まで監修させていただきました」
ここでもツバサの気持ちに配慮してくれたらしい。
アニメ、ゲーム、漫画、小説、ドラマ……媒体は何であれ全年齢に見せても問題のないキャラクターの衣装に限定し、老若男女の誰もが「どこかで見たことある」知名度を持った作品の登場人物を選抜したという。
「これならば過激なエロスもなるべく抑えられるかと存じます」
「でも、爆乳巨尻な女性キャラなんですよね?」
ツバサが物憂げに確認すると、ホクトは謝意を帯びた表情を背ける。
「……その点だけはご容赦願います」
仕方ないか、とツバサは湿気たっぷりのため息をついた。
見た目は子供だけど頭脳は大人な名探偵や、麦わら帽子を被ったゴムゴムな海賊王のコスプレをしても、女神化したツバサの肉体では似合わない。
そのキャラに扮していると理解してもらえないだろう。
爆乳ヒロインでなければ様にならないのだ。
パッと思い付くのは、大泥棒の三代目をよく裏切るミステリアスな美女とか、私が死んでも代わりがいるものの名言で知られるクローン美少女とかか?
後者はスタイルこそいいが豊満なイメージはない。
……いや、記憶を掘り返すと凄まじく爆乳で巨尻の彼女が思い出されるのだが、これは記憶が混乱しているのか? 別のキャラと混ざってない?
これが噂に聞く存在しない記憶というやつか?
もう一度、ため息を漏らす。できるだけ苛立ちを吐き捨てるためだ。
「……写真撮影だけじゃなく動画も撮影するんでしたっけ?」
爆乳キャラのコスプレをすることには諦めも付いたので、ツバサはそちらの方をちょっと心配してみた。かつてのコスプレ撮影会じゃあるまいし、カメラ小僧に取り囲まれるなど想像しただけで震え上がってしまう。
怖気に塗れた恥ずかしさでおかしくなりそうだ。
まだ女体化して二年足らずの不慣れなツバサだから尚更だった。
写真撮影については「着用したお姿を記録したい」という服飾師たちの要望として聞いていたが、動画撮影は今日初めて聞いた話である。
コスプレ大会に変更したも同然なので、せっかくだから賑やかな様子を録画して後で視聴できる映像作品に仕立てたいとのことだった。
ちょっとしたバラエティ番組みたいなノリにするつもりらしい。
幼年組の子供たちも楽しみにしているという。
……なんて唆されるみたいに言われたら、神々の乳母であるツバサが断れるわけがない。子供らの期待に応えるべく張り切ってしまいそうだ。
ご安心を――ホクトは瀟洒に一礼する。
「撮影班もツバサ様のお気持ちに配慮しまして少数精鋭を厳選いたしました。写真部門が計四名、動画部門が1チーム計三名となっております」
既にあちらへ待機しております、とホクトはスタジオの片隅を示した。
ちょうどホクトの大きな影に隠されていたらしい。
ツバサが首を伸ばしてメイド長越しに覗いてみると、撮影班の四人は順番にやたらと景気のいい声で挨拶をしてきた。
「どーも♪ ケツァール・バズーカ・大吉でーす!」
イシュタル女王国 工作者 ジン・グランドラック。
ミサキの親友で小学校からの幼馴染み。コンプレックスを抱えた顔面を隠すため常にアメコミヒーローのマスクで隠している工作の変態だ。
素顔は名状しがたい美形と評判である。
アメコミヒーローのマスクのまま天然パーマなカツラを被り、更に探検家みたいな帽子を重ねている。ジャングル探検に挑むカメラマンみたいな格好をしており、手にはバズーカ砲みたいなレンズの付いたカメラを構えていた。
この格好もなんだかコスプレじみていた。
「フッ……バスト・エンペラー・百地とはおれのことよ」
ハトホル太母国所属 穂村組 組長 バンダユウ・モモチ。
組長ホムラが留守の間、穂村組のまとめ役を務める叔父貴である。還暦間近のオジさんだが、年齢を感じさせない元気溌剌とした遊び人だ。
普段は褞袍に着物と時代劇の極道みたいな格好で通している。
だというのに、今日は90年代のオタクみたいなファッションだった。
野球帽を前後逆に被ってチェックのシャツを羽織り、厚手のTシャツにはツバサを萌えキャラ化したイラストがデカデカとプリントされていた。背負うリュックには丸めたポスターやオタクグッズがこれでもかと詰まっている。
オタクとカメラ小僧を足して二で割ったような風体だ。
そういえばバンダユウさん、「かつてグラビアアイドルの撮影会に足繁く通ったもんだ」と武勇伝よろしく語っていたが、あれは本当だったらしい。
「……だとしても、その格好はどうして?」
いい年こいたオジさんのする装いではないことを指摘するも、バンダユウは気にすることなくダンディな微笑みでニヤリと思った。
「コスプレ大会だろ? 参加するならおれたちもしとかないとな」
「俺ちゃんは尊敬する大泉の洋ちゃんなコスプレです!」
ジンの場合、隙あらばコスプレめいた格好に着替えるし、いつもマスクでアメコミヒーローに扮しているようなものだから気にするのも忘れていた。
――写真撮影班は後二人。
「はーい♪ ツバササン・ダイスキ・美呂でぇーーーす!」
「ドスケベ・エロエロ・ゼンブスキ・黒子にございます」
言わずと知れたミロとクロコだった。
一番最初にふざけた芸名みたいな名乗りをしたジンの真似をしているのか、ミロやクロコもそれに習う。しかし、この二人はコスプレしてない。
ミロはいつも通りの普段着だ。
チューブトップのブラにホットパンツという軽装である。手にするのは本格的なカメラではなくスマホだった。どうやら撮影機能に頼るらしい。
横にしたスマホを片手にピースしてくるミロ。
「アタシはその時のノリで、ツバサさんのコスプレにピッタリなコスプレしたりしなかったり気分で参加するからよろしくねー♡」
「はいはい、わかったわかった」
ノリノリな長女にお母さんはぞんざいに片手を振った。
一方、クロコはジンやバンダユウに負けず劣らずのバズーカ砲みたいなカメラを構えており、既にツバサを被写体としてシャッターを連写していた。
コスプレ前のバスローブ姿でもお構いなしだ。
「ツバサ様のあられもない姿……激写させていただきます!」
「おまえは……ッ! いや、今日だけは大目に見よう」
昨晩の頑張りは覚えている。
相対しただけで魂を消し炭にされても文句は言えない、外なる神々から逃げることなく賓客として持て成してくれた。お茶とお菓子を提供したら退席しても良かったのに、最後までメイドとして付き合ってくれたのだ。
しばらくセクハラも目を瞑ろう、許したばかりである。
カメラの望遠機能やズーム機能を駆使して、ローブの合わせ目から覗ける乳房の谷間やムッチリした太股を接写気味のドアップで撮っていた。
普段なら怒鳴りつけるところだが、今日だけは寛大な気持ちで見逃してやろう。
「動画撮影班はあちらに――」
「「「――アラホラサッサーッ!!」」」
ホクトが別方向を空手ダコの目立つ掌で指し示すと、威勢はいいけど珍妙な掛け声が返ってきた。そこに待機していたのは三悪トリオだった。
ハトホル太母国所属 穂村組 組員 マーナ・ガンカー。
ハトホル太母国所属 穂村組 組員 ホネツギー・セッコツイン。
ハトホル太母国所属 穂村組 組員 ドロマン・ドロターボ。
マーナをリーダーとする三人組だ。
三人そろって珍妙な敬礼でポーズを取っていた。
機械全般に強い工作者のホネツギーとドロマンが機材をセッティングし、無数の魔眼を操る過大能力を持つマーナが撮影係である。
彼女たちもコスプレ済みらしい。
正義の味方と戦うためペテン仕事に精を出して資金を稼ぎ、巨大メカを建造しては毎週のよう挑戦するも、必ず敗北を喫する偉大なるマンネリ。
かつて一世を風靡した人気アニメシリーズの三悪党。
妖艶な美女だけどちょっと残念な女ボス、天才メカニックだけどドジで風采の上がらない青年、力自慢だけが取り柄のアホの子な怪力男。
この三名で構成される通称“三悪”。
彼女たちのコスプレは三悪そのままだった。
マーナは黒を基調とした露出度の高いレオタードにマントを羽織り、大きな耳があるように見える覆面を被っていた。
ホネツギーとドロマンは作業着にも戦闘服にも見える、つなぎみたいな衣装に身を包んでいる。何故かデベソが丸見えの仕様になっていた。やはり彼らもマーナみたいに耳が付いてるように見える覆面を被っている。
ホネツギーは真っ赤な長っ鼻、ドロマンは真っ青な髭の剃り残し。
どちらもトレードマークみたいに付けていた。
シリーズ二作目のもっとも名の売れた三悪のコスプレのようだ。
そもそもマーナたちは三悪の大ファンで、トリオを結成する時にインスパイアしたというから、キャラ造形的にもほとんど違和感がなかった。
「あたしの魔眼で三百六十度全方位からガチ眼のモーションキャプチャーでも撮影するみたいに余す所なく撮ってあげるから任しときな!」
スタジオ各所に魔眼を配備したマーナは自信満々で豪語した。
「撮影された映像は僕ちゃんが責任を持って編集するからお任せあれぇ~ん♪ ツバサくんの乳尻太もものセンシティヴな部分をクローズアップしちゃう!」
「それをお子様にでも見せられるようにオラが編集しとくダス」
任せるダス、とドロマンはサムズアップを送ってきた。
エッチなこと大好きなホネツギーのやる気に一抹の不安を覚えるツバサだったが、ドロマンが責任感のある発言をしてくれたので信じることにした。
彼は見掛けによらず誠実な人柄なのだ。
リーダーはマーナだが――まとめ役はドロマン。
最年長の彼が文句ひとつ言わず他の二人を持ち上げることで、このトリオは上手く回っていた。縁の下の力持ちというやつだ。
撮影班の紹介が終わったところでホクトが前に出る。
「さて……スタジオの設備は完璧、服飾師も準備万端、写真と動画の撮影班もそれぞれカメラ片手にスタンバイしております……ではツバサ様」
ジャキン! と武具を構える音がした。
ホクトが両手の五指にありったけの裁縫道具を構えた音だ。
そのまま殴っても大ダメージを与えられそうな武器に見えるほどで、その右斜め後ろでは師匠に習うかの如くハルカまで同じ構えをしていた。
衣装を着用後に不備があれば即座に仕立て直す準備である。
服飾師である彼女たちにしてみれば、戦闘態勢に入ったようなものだ。
目が据わったホクトは死刑宣告さながらに告げる。
「そろそろお時間です――お覚悟を」
「うーん、デザイナーがモデルに投げ掛ける言葉じゃないな」
ここまで来ると笑うしかない。苦笑いするまでもなく、かんらかんらと愉快に笑うしかないだろう。撮影されていることも意識して豪快にだ。
ツバサは重い腰ならぬ重い尻を上げた。
コスプレ衣装に関する一切はホクトとハルカに任せてある。
ある意味、全幅の信頼を置いていた。
大人なホクトが監修してくれているのならば、度し難いドスケベ衣装は除外されているはずだし、ハルカも真面目にやるだろうと信じている。
着替えやメイクについても服飾師師弟に一任。
ヘアスタイルは状況に応じてセットしてもらう。肉体を操作する過大能力を持つツバサならば、髪の色や長さを自由に変えられるのでウィッグ要らずだ。
もはやグダグダ言う時間も終わっている。
ホクトに言われた通り、覚悟を決めてやってしまおう。
斯くして――ツバサのコスプレファッションショーが幕を開けた。
~~~~~~~~~~~~
彼女はもっとも有名な女性格闘家かも知れない。
少なくとも、ゲーム業界における女性格闘家キャラクターのパイオニアであることは疑う余地もなかった。同時期に何人か名の知れたキャラが誕生しているが、彼女ほど世間に知られたキャラはいないだろう。
「これ露出は少ないけど……やっぱりボディラインがな……」
バストやヒップは元より、太ももがとても強調されるコスチューム。
髪型も長さを変えて色質も整え、ハルカにセットしてもらい完全にそのキャラへと扮したツバサは、頬を赤らめながら苦笑いで我慢していた。
一見すると丈の短いチャイナドレス風。
腰の辺りで絞るため、ツバサの超爆乳がより強調される。
肩が盛り上がったような形をしており(パフスリーブというらしい)、前と後ろを隠すように垂れ幕みたいなスカートになっている。その下はレオタードみたいな構造で、剥き出しの足には黒に近いストッキングで覆っていた。
履き物はレスリングシューズにも似た編み上げブーツ。
両腕にはこのファッションに不似合いな、ゴツい棘付きの腕輪を左右に付けているのだが、このコスチュームだと不思議と違和感がない。
それほど世に広く浸透したキャラクターだからかも知れない。
頭髪は綺麗にまとめて頭の左右にお団子を作り、その上から飾り布で覆っていた。こうしたヘアスタイルも中華風と見られがちなのだろう。
――大人気格闘ゲームシリーズのヒロイン。
シリーズごとにコスチュームも替わるが、これは初登場時のよく知られたデザインのものだ。そのためインパクトの強さも一入である。
キャラ造型を濃くするために、改造チャイナ服にしたりリングシューズを履かせてみたり、凶器みたいな腕輪をアクセサリーにしたらしい。
この格好で登場すると歓声が上がり、シャッター音がけたたましい。
ツバサは被写体であることを忘れ、ポージングをする前にどこか変なところがないかと着込んだコスプレ衣装の各所を点検していく。
「確かに露出度はない方だし、誰もが知っているヒロインのコスプレだし、見ようによってはエロスもあるし……非の打ち所がないな」
思うところはあるが、反論すべきところは見当たらない。
これを褒め言葉と受け取ったホクトは会釈をする。
「お褒めにあずかり光栄にございます」
ハルカも裁縫道具を仕舞いながらご満悦のようだ。
「ツバサさんと言えば武道家で格闘家ですからね。このコスプレなら絶対に似合うと思ってました。特に鍛え上げたぶっとももとかマッチングするはずです」
「あんまり言わないでくれ、実はそれなりに気にしてるんだぞ?」
ツバサは気恥ずかしさからぎこちなく微笑んだ。
超安産型の巨尻を支えるため、そして武道家としてチキンレッグにならぬよう鍛えてきたため、皮下脂肪と筋肉の二重奏によりツバサの太腿は迫力すら有する太さと厚味があった。それを子供たちからぶっとももと呼ばれているのだ。
おかげさまでドデカくムッチリしたムチムチの下半身である。
だが、それがいい――という男も少なくない。
下半身の大きさや太ももの厚味に関しては、賛否両論が絶えない。
このコスプレの元ネタとなったキャラクター、そのストッキング越しでもわかるダイナミックな太ももに魅了されたファンは数え切れないはずだ。
彼女の他にも太もも論争に駆り出されたヒロインは数知れず。
下半身デブと嫌う者もいれば、ムチムチ太ももサイコーと喜ぶ者もあり、どちらの意見も相容れない。こうした性癖の不倶戴天がぶつかると――。
『女の子の足太いよ!』
『太くない』
『太ぇって!!!』
『太くねぇって!!!!』
――と呪い合うような争いが繰り返されるのだ。
ちなみにツバサはおっぱい星人なので、爆乳に釣り合うだけのムッチリした巨尻がムチムチした太ももは大好物なのだが、自分自身がそうなるのは想定していなかったので、神々の乳母な今の肉体には恥じらいを覚えるばかりだった。
ふとバンダユウが手を上げて催促する。
「ツバサ君よぉ、せっかくだからその25デニールくらいのストッキングでデコレーションされた美脚を活かしたポーズとかしてくんねぇかな?」
「バンダユウのおっちゃん……それナイス指示!」
バンダユウからのリクエストにイイネ! と親指を立てるミロ。これにヤクザの親分改めカメラ小僧オヤジも白い歯を見せた笑顔でグッドサインを返した。
セクハラ要素はないのでツバサも乗ってやる。
「美脚って……このキャラだとこんな感じのがいいかな?」
まずは軸足一本で立ち、膝を立てたままのポーズ。これからキックを繰り出そうとしているか、足で攻撃をガードするような体勢である。
「おおっ、いいよー! 今にも蹴り込まれそうな躍動感がスゴくいい!」
バンダユウが囃し立てれば子供たちが続く。
「キャーッ! ツバサお姉さまそのまま蹴って踏んで潰してーッ!」
「きゃーッ! ツバサさんのぶっとももステキーッ!」
好き勝手なことを喚きながら、ジンもミロもシャッターボタンを押すのに余念がなかった。まあ、ミロはスマホボタンを連打してるのだが。
ほんの少しポージングを変えてみる。
チャイナ服の前垂れが揺れ、レオタードの股間が垣間見えた。
「チラリズムですわッ! チラリズムでしか得られない養分がががッ!」
クロコのシャッター音が激しさを増した。撮影距離も縮めてくる。
いつものセクハラを比べたらマシだし、むしろ健康的なくらいなので咎める気も起きなかった。そうやって安堵してしまう辺り、エロスの基準をクロコのレベルに汚染されている気がしないでもないが……。
立てた膝を伸ばして脚をまっすぐに伸ばしてハイキック。
その姿勢を維持することくらいツバサならお茶の子さいさいだ。
バレエダンサーよろしく、片足で立ったまま開脚するかのように上げた脚を天へ向けて垂直に上げるポーズもできる。
他にも撮影班のリクエストを受け入れ、コスプレ元のキャラらしい動作で撮ってもらい、ゲームキャラらしく技のポーズなども再現する。
一通りやってみると――程良い昂揚感があった。
相変わらず女性らしい格好をして女体をじっくり観察されることに恥ずかしさは覚えるものの、コスプレのキャラを演じることにゲームのプレイアブルキャラクターを操作する楽しさにも通ずる心地良さがあった。
憧れのキャラになりきることができれば、入れ込むのも道理である。
ツバサは羞恥心がある種のブレーキになっているので、まだそこまで思い入れはないのだが、これはハマる人はドツボにハマる類の遊戯だった。
最たる例がアハウさんの奥さんのマヤムさんなのだろう。
このコスチュームでの撮影が一段落した頃。
ホクトは軽く手を叩いて合図を送り、撮影班の手を休めさせた。
「では、そろそろツバサ様とともにこのファッションショーで興じてくださるコスプレイヤーにも登場していただきましょう……お入りくださいませ」
スタジオのドアが開けば地響きがした。
どすこい! の掛け声とともに現れた巨漢は、片足を高々と上げて振り下ろす。そして大きく四股を踏んだ。これが地響きの原因である。
その姿はまさに――スモウレスラー。
相撲取り独特の髪型である大銀杏を結い、顔には染料で歌舞伎のような隈取りの化粧を施している。青い縦縞模様の浴衣を羽織っているが、その下には土俵で身に付けるような赤いまわしを着けていた。
浴衣の上をはだけて上半身は諸肌を脱いでいる。
両手を交互に突っ張りで張り出し、摺り足でこちらへやってきた。
単なるスモウレスラーのコスプレではない。
ツバサがコスプレした女性格闘家。彼女が登場する格闘ゲームの別キャラクターだ。確か相撲の素晴らしさを世界に広めたい大関という役柄だったはず。
このコスプレを演じているのは――横綱ドンカイだった。
「……コスプレしてないじゃん!?」
相撲取りが別の相撲取りを演じてるだけだこれ。
近くまで来たドンカイに思わず大声でツッコミを入れてしまった。このツッコミは想定内だったのか、横綱は相好を崩していた。
「いやいや、ちゃんとワシなりにコスチュームプレイしておるぞ」
顔の隈取りを差してドンカイは言い訳をする。
「この化粧もそうじゃが、大銀杏だって普段のものとは違う。このキャラクターに寄せとるんじゃからな。浴衣やまわしにしたってそうじゃ、わざわざ元ネタと同じものをホクトさんとハルカくんが作ってくれたもんじゃし」
何より違うところがある、とドンカイは強調する。
「わしは元横綱じゃが、このキャラは現役大関じゃからな」
「……そのキャラクター、ストリートファイトな海外遠征ばかりしてるから横綱になれなくて、張出大関のままだって設定でしたもんね」
(※張出=大相撲の番付は東西でそれぞれの地位に何人までと決まっているのだが、その地位に見合うだけの戦績を上げた力士は、番付の人数制限に拘ることなく同じ地位として扱われた。こうした力士は番付表の枠外へ出っ張らせるように掲載されたため、張出と呼ばれていた。張出で掲載される力士は所定の番付に名がある力士より格下として扱われた。この制度は1994年に廃止されている)
ツバサは格闘ゲーム大好きなのでこの設定は知っていた。これを聞いたドンカイは「おおっ」と感歎の声を漏らして顎をさする。
「よく知っとるのぉ。フミカ君ほどではないがツバサ君も物知りじゃな」
「何でもは知りませんよ、知ってることだけです」
無意識に口を突いて出たフレーズに、ミロがとびきり反応した。
「そうだツバサさん、バサ姉のコスプレもやってよ! 名前同じだし、その台詞もピッタリだし! そしたらアタシ、アリャリャギさんやるから!」
「俺に本物のバサ姉になれというのか!?」
このキャラクターもかなり名が知れていると思う。
長編伝奇小説シリーズのヒロインの一人だ。
アニメに漫画とマルチメディアで人気を博したはずである。
異世界転移直後、フミカから「バサ兄って実感湧かないからバサ姉って呼んでいいスか?」と言われて定着しかけた思い出がある。
その後、ツバサママ略してバサママが普及したのでなかったことに……。
するとハルカとホクトがコスプレリストを確認して一言。
「あ、そのコスプレならリストに入ってます」
「やや後半ですが、制服バージョンの衣装をご用意してあります」
「避けられないのかバサ姉になるの!?」
バサ姉を演じるのが確定したツバサは叫んでしまった。
いや、衣装はそこまで際どいものじゃないから叫ぶほど嫌わなくてもいいはずなのだが、悪い意味でテンションが上がってきたのか声まで高ぶっていた。
まあまあ、とドンカイにも窘められる。
「バサ姉はさておき……どれツバサ君よ。せっかく伝説の格闘ゲームのキャラクターに扮したことじゃし、格闘シーンでも撮影してもらわんか?」
「格闘シーン……それはアリですね」
模擬戦みたいなものを期待したツバサはニヤリとほくそ笑むと、左の掌に右の拳を打ち付けた。戦る気が出てきたところで「待った」が掛かる。
「本気で戦っちゃダメですからね? スタジオが凹みます」
ハルカに真っ当な駄目出しをされてしまった。
この撮影スタジオを建てたジンもカメラを顔から離して、アメコミヒーローな顔をウンウン頷かせた。ツバサは前科持ちなので警戒しているらしい。
(※ジン特製の闘技場などを秒で壊してます)
残念だけど仕方ない、あくまでもコスプレというお遊びなのだ。
落胆して肩を落とそうとするツバサの背中をドンカイはパンパンと叩いてきた。スモウレスラーの格好だと様になる励まし方だ。
「そこは型の練習とでも思うて気楽に楽しめばいい」
何事も臨機応変に望むことじゃ、と前向きになるよう諭されてしまった。
「……はい、そうします」
ツバサは素直に頷くことにした。
年長者の紳士に説得されると従わざるを得ない。破壊神みたいな極悪親父はさておいて、ツバサは年上の意見を尊重するタイプだから余計だった。
「ではバトルシーンを撮影するのでしたら……えい♪」
気を利かせたジンが指を鳴らした。
するとスタジオの半分を占める白ホリの色彩が変わり、見覚えのある背景が浮かび上がってくる。しかも立体的に投影されるというオマケ付きだ。
どんな背景でも再現できると聞いたが想像以上である。
「ほぉ、こりゃあ粋な計らいじゃのう」
「ええ、このコスプレにはピッタリじゃないですかね」
ドンカイだけではなくツバサまで頬を綻ばせて感心してしまう。
2人がコスプレしている伝説的な格闘ゲーム。そのゲームステージを忠実に再現したものだった。大方、ハルカがコスプレ衣装を作る傍ら、キャラの設定を調べる途中でジンに「こんな感じのでお願い」と発注したに違いない。
アイコンタクトでサムズアップする工作者と服飾師。
ツバサが大の格闘ゲーム好きと知った上で、少しでも楽しんでもらおうと用意してくれたのかも知れない。その点にはちゃんと感謝しなければ……。
「では――キャラに成り切って演舞でもしてみますか」
ツバサはいつもと違う型で構えた。
このチャイナ服を着た女性格闘家をイメージした、彼女の戦闘スタイルに近い中国拳法の構えだ。本職ではないが精巧な模倣なら造作もない。
「応、せっかく演じておるのだから成り切るのも一興よ」
ドンカイもいつもの空手家に近い姿勢ではなく、本業である相撲のように「はっけよい」の構えに近い。元ネタのスモウレスラーを真似たものだ。
そして――撮影が再開された。
見栄えを意識した立ち振る舞いで、攻撃と防御の応酬を繰り広げる。
ツバサもドンカイも各々覚えている限り、コスプレしているキャラの必殺技を使ってみた。無論、本気ではないので型の演舞みたいなものだ。
ある意味、武術の基本かも知れない。
殺陣のように視覚効果を意識したこともやってみた。
ツバサの演じる中華系の太腿ごんぶとな女性格闘家も、ドンカイの演じる派手なスモウレスラーも、同系列の必殺技を持っている。
百烈と名付けられた連打技だ。
オラオラとかドラドラとか銃乱打なんて聞こえそうな速さで攻撃する。女性格闘家はキック、スモウレスラーは張り手の違いはあるが。
連打の速さ比べとかして遊んでみた。
この連打技、たとえ防御体勢でガードしても少しずつ体力ゲージを減少させていく効果があり、いわゆる“削り技”としても知られている。
少なくともツバサの時代には前時代のゲームだ。
(※同じ世界観や設定の後継作品はたくさんあったが……)
それでも根強い人気はいつまでも消えないし、好奇心からリバイバル版をよくプレイしたので、しっかり覚えているものだと我ながら感動する。
いつしか――コスプレへの恥ずかしさも忘れていた。
好きだったキャラを演じて遊ぶことに夢中になりそうだった。
それはドンカイも同じなようで……。
「ではツバサ君! 次はその豊かに際立つ双峰のような美尻を全力で叩き付けてくるヒップアタックをひとつ……ぐわああああああーーーッ!?」
「そんな技このキャラにはない!」
他のキャラならあったけど! とツバサは怒鳴った。
怒鳴りつつもツバサは全速力で逃げるエビのように腰を曲げて後ろに飛び退くような跳躍をすると、超安産型の巨尻を後ろに突き出した。
お望み通り、超特大ヒップアタックを食らわせてやったのだ。
ただし、音速を超えているので威力は本物である。
音速の尻という酷い脳内ワードに吹き出しそうになってしまった。
顔面に直撃を食らったドンカイは鼻血を噴き出して、格闘ゲームキャラが敗北した時に上げる悲鳴みたいなものを叫びながら倒れていく。
「…………ナイス、ヒップ」
至福の笑顔で親指を立てたままのノックアウトだ。
美尻マニアの親方にしてみれば本望なのだろう。
ツバサも調子づいてノリノリだったので、ヒップアタックなんて普段なら絶対しない技をやってしまったが、大概ドンカイも調子に乗っていた。
お祭り騒ぎは人を狂奔へと走らせる。
知らず知らずのうちにツバサも浮かれてしまっていたようだ。
――コスプレはまだ一着目。
このバカ騒ぎが始まったばかりだと思うと先が思いやられる。
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