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第20章 ハンティングエンジェル オンステージ!
第487話:グッチマンと愉快な仲間たち
しおりを挟む艦橋を後にしたツバサたちは甲板へと出た。
飛行母艦ハトホルフリートは降下させずに空中で待機。機関出力は最大を維持しておき、もしもの場合はすぐさま最大出力まで上げてこの空域から全速力で離脱するようフミカへ指示を出しておいた。
執事ダオンに気取られないよう偽装することも命じておく。
万が一はないと思いたいが、念には念を入れる。
これがエンテイ帝国の罠とも限らない。あるいは新入りの四騎士が計画した謀略かも知れない。疑いたくはないが危機管理能力を働かせてしまう。
用心深く立ち回るのがツバサの悪い癖だ。
破壊神戦争への援軍や、執事ダオンの態度と真意。
そうした観点から猛将キョウコウが改心したのは間違いない。
だとしても、当人を前にして腑に落ちるくらい納得するまで、ツバサは完全に心を許すことはできなかった。悪印象と取られても仕方ない。
――油断こそが最大の敵。
蕃神に喰われるどころか、真なる世界の過酷さに潰されかねない。
家族を守りたい――この緊張感がツバサを支えてきた。
誰に何と言われようと構わない。これから友好関係を結ぶ相手であろうと警戒はさせてもらう。いや、まだ手を結んでないからこそ尚更か……?
「――行くぞ」
ツバサが甲板から飛び出せば長女と長男もこれに続く。
途中までは重力に任せて落ちていき、頃合いを見て飛行系技能で落下速度を調整していく。ギリギリまで速めてもいいし、かなりの高度からパラシュート感覚で舞い降りてもいい。空気抵抗の壁に揉まれながら地上を目指す。
最初に大地へ降り立ったのはツバサだった。
超爆乳を支えるように胸の下で腕を組んだまま、音もなく重さも感じさせない動きでフワリと舞い降りる。それでも乳房やお尻が重々しく弾む。
ポヨン、どころではない。ドムン! なんて擬音語が聞こえそうだ。
おっぱい大好きな男心が絶賛する光景なのだが、それが自前の乳房だと思うと嬉しさより複雑さが先に立ち、揺れる超爆乳には眉根を寄せてしまう。
慣れたつもりだが、こそばゆい違和感はつきまとっていた。
次いで降りてくるのはミロだった。
「……ぅぅぅん! スーパーヒーロー着地ッ!」
大剣を背負ったブルードレスの姫騎士が着地する。
宣言した通り、スーパーヒーローを連想させるポーズだった。
俗に三点着地ともいわれており、両足と片手の三つで身体を支えるように地面につけて着地する。高所から飛び降りるほど下半身への負担がヤバい。
これがスーパーヒーロー着地の場合、片足の爪先を立たせながら膝を突き、もう片方の足で踏ん張りつつ、左右どちらかの手で上半身を支えるように地面に押し当てて着地する。この際、手は握り締めた拳にしても格好いい。
ポージング的にはとても見栄えする。
ただし、この着地も足腰に重篤なダメージを与えるのだ。
「……おまえ、それ膝を悪くするってジンにツッコんでなかったか?」
「そーだっけ? 忘れちった!」
(※第137話『イシュタルとの再会』参照)
このアホ、脊髄反射でボケとツッコミをしているのかも知れない。
膝を悪くした様子も見せず、巨大な覇唱剣を肩に担いだままミロは立ち上がる。姫騎士の装いなのだから、もう少しお淑やかにしてほしいものだ。
最後にダインが降りてくる。
「……おりゃああああッ! 特撮ヒーロー着地ィィィッ!」
機械化された両腕が際立つサイボーグ番長。
アダマント鋼の鉄下駄を履いた両足が大地を踏み締める。
途端ミロが着地した時の比ではない地響きが巻き起こり、ダインの周囲に土砂が舞い上がって粉塵となる。地響きは振動となって一帯と揺り動かした。
ツバサやミロまでグラグラ揺れる。
胸の下で腕を組んでおいて正解だったらしい。
この程度の揺れならば、超爆乳が暴れる前に自力で抑え込める。ミロが「支えてあげるー♪」と飛びついてきても足蹴にしておいた。
「特撮ヒーロー……ああ、ウルト○マンか」
ダインの着地の仕方にあった既視感へ思い当たる。
あの光の巨人たちは、ややがに股の腰を落とした姿勢で着地することが多い。そして、軽い地震を起こしながら土砂を巻き上げつつ「デュワッ!」と掛け声を上げて戦闘態勢に入るものだ。
もしかすると、怪獣や異星人への威嚇なのかも知れない。
それをインスパイアしたのだろうが傍迷惑である。
「「二人合わせてダブルヒーローッッ!!」」
「はしゃぐな餓鬼ども、おまえらがヒーローなんぞ千年早い」
ツバサの両脇で妙ちきりんなポーズを取るミロとダインだが、ツバサは無表情のまますげなくつれなく無愛想に言った。
心ない言葉と受け取ったのか子供たちは文句をいう。
「なんでよー、アタシらちゃんとヒーロー的な活動してんじゃーん!」
「なら母ちゃんのいうヒーロー像ってどんなのじゃ?」
誰が母ちゃんだ、と合いの手を返しつつツバサは答える。
「愛と勇気と善意を糧にして、誰にでも無償で奉仕ができる人をヒーローと呼ぶんだよ。例えば……ほら、顔がパンになっているヒーローとかな」
彼ほどヒーローの称号が相応しい英雄もいないはずだ。
「「……顔がアンパンになるのはハードル高い」」
単純な性格のミロとダインは、ツバサの挙げた例を真に受けて「敵わない……」と意気消沈していた。次女や五女が精神的に成長している反面、この二人はいつまでも子供っぽさが脱けないのが難点だった。
神族としては成長著しいのだが……精神面も大人びてほしい。
子供の成長に思い悩むオカンみたいなため息を漏らしたツバサは、気を取り直して降り立った付近をグルリと見回してみた。
エンテイ帝国から10㎞余り離れた場所に広がる平原。
なんだかんだ言いながらもキョウコウの顔を立てるため、宰相が作業ゴーレムを手配して現場を整地してくれたらしい。
球場五つ分はある土地一面に分厚い石畳が敷かれている。
大型の闘技場みたいな造りになっていた。
仮面師のニャルも協力したのか、闘技場にはエンテイ帝国を守る結界を構成するものと同じ仮面がいくつも飛び交っていた。無数の仮面が構築するのは、闘技場を外界から遮断するために張り巡らせた五重結界である。
複数のLV999が暴れても、周辺環境に害をもたらさない。
あくまでも親善試合なので、世界をブチ壊すほどのフルパワーは解禁しないつもりだが、これほど厳重に管理してもらえれば安心だろう。
確認を終えたツバサの肩に小さな影が止まる。
ハトホル太母国 七女 ジャジャ・マル。
本体は艦橋でマリナに抱っこされているので、ツバサの肩に乗っているのは忍者系技能で作られた、ジャジャ本人と意識を共有する分身だ。
トレードマークの赤いマフラーで口元を隠し、隠遁系技能を付与した忍者頭巾を目深に被って本気の潜伏モードである。
「――ご報告しますでゴザル」
ツバサの耳元に顔を近付けたジャジャは囁いてくる。
「分身部隊で具に調査しましたが、自分のLVで暴ける罠や伏兵は確認できませんでしたでゴザル。それと……母上は既に御存知と思われますが、LV999の強者がこの辺りのどこかに潜伏している気配があるゴザル」
しかし……とジャジャは幼子らしく悄げる。
皆まで言うな、とツバサは無言のまま片手で制した。
「姿形は捕捉できず、どこに隠れてるかはわからない……だろ?」
ツバサの分析系技能でも発見できないのだ。
明らかに「僕たちはここにいまーす!」と気配を発しているにも関わらず、当人たちは影も形も見当たらなかった。
隠蔽系技能を看破できるほど強化を掛けても見つけられない。
推測だが――四騎士の誰かの過大能力。
気配を感じ取れることから推察するに、視覚や聴覚を始めとした五感を紛らわせる効果があるらしい。高位の神族すら欺いてこその過大能力だ。
「では失礼するでゴザル……御武運を!」
「ああ、ありがとうジャジャ」
ジャジャはツバサの肩でペコリと一礼して透けるように消えていく。分身を解除しただけの話だ。ミロやダインも見送っていた。
ミロはこちらの顔を覗き込むように訊いてくる。
「ツバサさん、ジャジャちゃんにあれこれ調べさせてたの?」
「いや、ジャジャが自主的にやってくれたんだ」
特に命じた覚えはない。だが、肩に分身が現れた時点で独自に下調べをしてくれたんだな、と察しが付いたので一通り報告してもらったまでだ。
「俺の慎重さをちゃんと受け継いでくれたんだよ」
娘としてのみならず弟子としても着実に成長しているジャジャに、ツバサは桃色に染まる頬が歪むほど唇を緩ませて満足げに鼻息を吹いた。
お母さんは嬉しいです! といった気分だ。
しかし、ミロとダインは「えー?」と懐疑的である。
「それはさすがにどうかと思うんだけどなぁ……ジャジャちゃんまでツバサさんみたいに石橋を鉄橋に造り替えるほど用心深くなったら困っちゃうよ」
「慎重も度が過ぎると二の足踏みまくりにならんか?」
物申す子供たちにツバサはこめかみを膨らませた。ビキッ! と音が鳴るほど太い血管が盛り上がり、カチッ! と怒りのスイッチが入る。
「おまえらはおまえらで無鉄砲が過ぎるんだよ!」
気付いた時には長男長女コンビの脳天に拳骨を落としていた。
握った鉄拳から白煙を立ち上らせて説教する。
「兄弟を代表して責任感を持たなきゃいけない長男長女のくせして……二人揃って後先考えず突っ込もうとするのはお母さん的にどうかと思うぞ!?」
誰がお母さんだ!? とセルフツッコミも忘れない。
「あ、頭空っぽで夢しか詰まってなくてごめんなざい……」
「わ、わしゃあ……戦闘は火力を信条に突撃しかできん漢やきに……漢ちゅうんは不器用でなんぼじゃと祖父ちゃんも言うてたきに……」
仲良く特大たんこぶを頭にこさえた長男長女は正座で反省する。よっぽど拳骨が痛かったのか、蛇口が壊れたように涙を流していた。
その時――笑い声が聞こえた。
ツバサたち家族のやり取りを覗き見ていて、思わず吹き出したようなクスクスと忍ぶような笑い声だ。蔑むのではなく、ただ可笑しかったらしい。
声の主は隠れている四つの気配のひとつだった。
「失礼しました……決して笑うつもりではなかったのですが……」
謝罪の言葉を呟きながら気配は姿を現す。
透明なカーテンをサッと開くように、闘技場の中央に現れたのは一見すると騎士のような出で立ちをした男だった。四騎士と呼ばれた通りである。
「家族の団欒がなんとも懐かしくて……申し訳ない」
謝りながら現れたのは、軽装鎧に身を包んだ騎士の男だった。
軽装といっても全身を隙間なく覆っており、まるでSF作品に登場するパワードスーツのような仕上がりだ。それでも騎士のデザインが生きていた。
全体的なカラーリングは、黒や灰色を基調とした渋く落ち着いた色合いだ。
首回りには赤いマフラーを巻いている。
ジャジャも忍者的ファッションとして赤いマフラーを愛用しているが、彼の場合は正義の味方が好んでつけるアクセサリー的な意味がありそうだ。
頭には軽装ながらフルフェイスヘルムを装着していた。
その兜の上から――何故か眼鏡を掛けていた。
なんでそこに眼鏡? とツバサたち三人は怪訝な顔で脳内ツッコミを入れたが、口に出した者はいない。不思議と似合っているからだ。
仮に眼鏡の騎士と呼んでおこう。
「お初にお目に掛かります。あーっと……本来ここで名前を明かすべきかと思いますが、失礼ながらひとまず伏せさせてください」
眼鏡の騎士は胸に手を添え、丁寧なお辞儀をしてきた。
その所作や口調からは、こちらを小馬鹿にした様子は感じられない。正しい敬意が表されていた。少しもこちらを侮っていない。
むしろツバサと同等の慎重さで注意を払っていた。
声質からしてツバサより年上の男性だろう。
青年というには年を重ねており、壮年と呼ぶにはまだ若い。軍師レオナルドと年が近いようだから、三十代くらいと推測した。
よく通る聞き飽きない声は弁明するように続ける。
「この度は我々の我が儘を叶えてくださり、誠にありがとうございます。あなたたちとはVRMMORPG時代に一度は手合わせしたいと願っていたのですが、いくつもの条件が重なり、なあなあでお流れになってしまいまして……」
VRMMORPGの頃からツバサたちを知っていたと明かす眼鏡の騎士。
気にはなったが接触する機会もなかった、と遠回しに言われた。
「つまり……私たちは初対面ですね?」
初対面らしい紳士的な年上なのでツバサも敬語で接した。
言葉の端々から漏れてくる情報を汲み上げ、相手の能力を分析系技能を掛けてみたり走査をしてみるのだが、どれだけ調べても知人友人ではない。
間違いなく初めて会う――知らない人だ。
「ええ、お目に掛かるのはお互いこれが初めてです……ですが、我々はあなたたちのことをよく知っているし、あなたたちも我々を見聞きしているはずです」
眼鏡の騎士は確信を込めて言い切った。
だが生憎とツバサは覚えがない。知り合いですらないはずだ。
そっとミロにアイコンタクトを送れば、「アタシもこの人たち知らない」と真顔で首をブンブン横に振った。眼鏡の騎士にも丸わかりのリアクション、アホの子といえども腹芸くらいは覚えてほしい。
「この格好だとわからないのも無理ありません」
ミロの表情を読んだ眼鏡の騎士は、左右の手を軽く持ち上げた。
その指先が亜空間の道具箱へと沈んでいく。
「この装備を身に付けて四騎士と呼ばれるようになったのは、キョウコウ様の部下になってからです。それ以前は思い思いの格好をしてましたので……」
「変装も兼ねているわけですか」
ツバサの問い掛けに兜の下にある顔が微笑んだ気がした。
「エメス様がお伝えしてくれたかも知れませんが……サプライズを兼ねていますのでね。きっとツバサ君にもミロちゃんにも喜んでもらえると思います」
敬称の部分に強めの韻が踏まれていた。
ツバサは眼を細めるも楽しげに口角を釣り上げる。
「俺が元男なのも承知の上か……良かった、レディファーストとかいわれて手抜きでもされたら、怒りのあまり大暴れしていたかも知れないな」
男丸出しの口調でツバサが戯けると、眼鏡の騎士は「そんな無礼はしませんよ」と返しながら、道具箱から得物を引きずり出した。
「女性扱いされるのは君がもっとも嫌うところですものね」
現れたのは――剣と盾。
軽装鎧の騎士によく似合う、飾り気のないショートソードとシンプルな金属製スモールシールドだ。どちらもアダマント鋼製である。
やや斜に構えた眼鏡の騎士は、盾を前面に出して小剣を手前に置く。
騎士らしいセオリー通りの構え方だ。
「さて、ちゃんと名乗るまで満足に挨拶もできそうにありませんからね。お喋りはこのくらいにしておきましょうか……そろそろ試合開始と行きません? ツバサ君もお待ちかねのようですしね」
「ええ、『戦らいでか!』って気分ですよ」
闘争本能が漲るあまり、つい江戸弁が出てしまった
子供みたいに興奮を隠せない声でツバサは堪えた。どれだけ女神化が進行しようとも、持って生まれた戦闘狂の血が騒いで仕方ない
隠れている四つの気配で姿を現したのは眼鏡の騎士のみ。
彼の抱える“気”の強さは四人から頭ひとつ脱けていた。恐らく彼こそが四騎士のリーダー格、もしくは最強に位置づけられる筆頭であろう。
――最強が頭目となる必要はない。
新撰組でも最強は天才剣士・沖田総司とされているが、組をまとめてきたのは組長の近藤勇と副長を務めた土方歳三だった。
まとめ役に求められるのは、どちらかといえばカリスマ性だ。
眼鏡の騎士が四騎士をまとめるのに必要な才覚を持っているかどうかは現時点ではわからないが、四騎士の中で最も強いのは疑いようがない。
LV999でも最上位に食い込む腕前と見た。
親睦を深めるための試合とはいえ、これほどの強者と手合わせを楽しめるのは久し振りだ。極上の料理を味見させてもらえる喜びに近い。
パキポキ、と指を鳴らしたツバサは踏み出す。
思わず厚味の増した唇を官能的に舌舐めずりしながら、闘技場の中央に佇んでいた眼鏡の騎士に向かって歩き出した。
「うわ、雌ライオン……もとい、殺戮の女神が顔出してる」
「母ちゃんの一番おっかない側面じゃな」
鬼気迫る嬉々を露わにしたツバサに、ミロもダインもドン引きしている。
眼鏡の騎士も応じるようにツバサの歩調に合わせて動き出した。
一歩踏み出す度に歩幅が広がり速さが増す。
普通に歩いていたのが次第に早歩きとなり、やがて競歩のような忙しなさで足を動かし、スプリンターが駆け出す速度に並んだ瞬間。
ツバサと眼鏡の騎士の間合いはかち合った。
双方の両手が掻き消えたかと思えば、千手観音も白旗を揚げかねないほどの手が両者の周囲にブワァッと桜吹雪よろしく舞い上がる。
超高速の攻防は目にも止まらず、夥しい残像を散らすばかりだ。
二人を中心に旋風が巻き起こる。
どちらもなるべく無駄な動きを削いだ攻撃に徹しているが、一挙手一投足が凄まじい速さで繰り出されるため余波が起こらざるを得ない。
それが瞬間最大風速80m/秒もの強風を発生させているのだ。
(※60m/秒で建築物が倒壊する恐れあり)
ツバサは楽しさ全開で応戦する。
眼鏡の騎士は小回りの利くショートソードで、突く、斬る、払う、薙ぐ、柄で殴りつけるなど多彩な攻撃を目まぐるしく繰り出してきた。手数の速さも凄まじく、チェーンソーに勝る回転効率で攻め立ててくる。
この連続攻撃をツバサは難なく素手で捌ききった。
合気の流儀をフル活用して、ことごとく受け流していく。
ショートソードばかりに気を取られていると、スモールシールドを連打で叩き付けてくる。防ぐばかりが能ではなく武器として用いていた。
シールドバッシュという攻撃方法だ。
小さいとはいえ、顔や上半身を隠せる面積を持つ盾。
最小限の動きでツバサの攻撃をなるべく盾で防ぎながら、接触した一瞬の隙を狙い澄ましてショートソードで斬り掛かってくる。
こちらが合気でショートソードの腹を払って回避すると、今度は盾を押し出してきて拍子を狂わせ、畳み掛けるように連続攻撃を仕掛けてくる。
攻めも守りも手堅く堅実――これぞ騎士の戦術だ。
一口に騎士といっても種別は様々である。
聖騎士、竜騎士、重騎士、軽騎士、黒騎士……それぞれに得意な分野はあれども、騎士という職能に共通する点もあった。
ゲーム的にいえば、彼らは肉弾盾の役割を振られやすい。
基本的に前衛職なのも特徴だろう。
装飾の目立つ甲冑を身につけて敵の注意を誘いつつ、堅牢な鎧や盾で防御力を高めておき、前衛に立つことで敵の攻撃を一身に引き受ける。味方の攻撃する機会を増やすとともに、機会があれば反撃に転ずることも欠かさない。
身軽さを重視した軽装の騎士でも、根底にある戦術は同じはずだ。
しかし、それ以上に眼鏡の騎士には狙いがあった。
その狙いが読めたツバサは、彼の期待するように動いてみた。自らの流儀に反するが、空手家のように全力を込めて正拳突きを打ち込む。
待ってました! とばかりに眼鏡の騎士は反応する。
スモールシールドの中央で正拳突きを受け止め、突きの威力が発揮される前に盾の表面で拳を滑らせると、受け流すように払い除けていく。
その際、更なる力を込めてツバサの腕を大きく弾き飛ばした。
このためツバサの姿勢は大きく崩されてしまう。
――案の定“パリィ”かよ!
パリィとは敵の攻撃を武器で弾く技術、その総称だ。
ツバサの合気も攻撃を受け流して、その力を逆用して相手を倒すことに用いるのでパリィの一種とも言える。ゲームでもテクニックとして採用されており、パリィの他にも“ジャストガード”や“受け流し”などの別名もある。
このパリィ、ある死にゲーにより知名度を得た。
小型の盾や一部の武器を使って相手の攻撃をジャストタイミングで弾くと、そこに大きな隙ができて致命傷に至る反撃を加えることができるのだ。
パリィがやりやすいスモールシールド。
ツバサが合気の達人であろうことを知りながらこの盾を選んだ時点で、眼鏡の騎士は受け流し対決を目論んでいたと窺えた。
――だから乗ってやったのだ。
利き手を弾かれて体幹が揺らぐほど蹌踉めかされてしまったツバサ。超爆乳もおもいっきり揺れ動き、重い巨尻のバランスも崩れる。
まさしく、攻撃をパリィされて体勢を崩してしまった状態だ。
喉仏を失った細い喉に小剣の切っ先が容赦なく迫る。このまま何もできずにいれば、致命攻撃を受けて神族といえど大ダメージを喰らうだろう。
だが、剣先の軌道を追うツバサに焦りはない。
左右非対称に目を眇めると、その口元は微妙にほくそ笑んでいた。
こちらの表情に気付いた眼鏡の騎士に動揺が走る。
それでも止まらない小剣の先端が喉元まで残り数㎝になったところで、ツバサは体勢を崩したまま片方の手をスイングするように振るう。
それは小剣の腹を引っ叩いたのみならず、力の流れを大いに乱して小剣の進む方向を明後日へと吹き飛ばす。剣の柄を握り締めていた眼鏡の騎士の腕までも引っ張られていき、今度は彼が体勢を崩す番だった。
「まさか……パリィからのパリィ!?」
兜で顔色は窺えないが、歓声交じりの驚愕が聞こえてきた。
「ご期待通りだろ?」
ツバサとしてはパリィ自体を無効化して、逆に相手の体勢をメチャクチャにするパリィからのパリィ返しを試したくもあったが、パリィ後の隙を利用して確実にこちらもパリィを決めることを優先させてもらった。
……パリィだらけでパリィがゲシュタルト崩壊しそうだ。
体勢が崩れたように見えたのは、あくまでも振りに過ぎない。
超爆乳や巨尻をこれ見よがしに揺らしたのは、視覚的な油断を誘いながら体勢を崩したと思い込ませるための演技。それとサービスだ。
すぐさま姿勢を整えたツバサは反撃に転じる。
あちらはパリィしたばかりで盾は身を守れるところにないし、パリィされた直後で小剣も正中線を庇える位置にない。正面がガラ空きになっていた。
背も仰け反っており、ろくな防御態勢も取れそうにない。
さて――どんなえげつない投げを決めようか?
ツバサは徹底的に合気で投げ回してやろうと企みつつも、この程度で終わるはずがないと期待して、眼鏡の騎士の出方を刹那の間だけ待ってみる。
果たして眼鏡の騎士は答えてくれた。
彼は小剣と盾を躊躇なく手放し、手ブラとなったのだ。
そのまま仰け反りかけていた背を更に反らしていくと、アクロバティックに連続バク転を始める。スゴい速さでツバサの間合いから遠離っていった。
騎士が武具を捨てるとは騎士道不覚悟!
……なんて騎士道警察は騒ぎそうだが、ツバサは内心「やるな!」と感心させられてしまった。逃げを打つのも戦術のひとつだからだ。
機に臨み変に応じる戦い方、柔軟な思考は称賛に値する。
音速を超えて回転する大車輪みたいにバク転を続け、ツバサとの距離を取ろうとする眼鏡の騎士。その手元にギラリと鈍い輝きが瞬いた。
やり返してくるか? とツバサは身構える。
眼鏡の騎士が繰り出してきた次の一手に瞠目させられてしまった。
「……苦無ッッッ!?」
バク転の最中に眼鏡の騎士が放ってきたもの。
それは苦無という武器だった。
両刃の短い刃に片手で握る分だけの柄があり、柄の先端に紐などを括り付けるための輪がある。忍者が扱う隠し武器として有名だが、本来は様々な用途で使えるように作られた万能ツールだったらしい。
(※ナイフや包丁といった日常的な刃物の代わりになり、土を掘るためのシャベルとしても使え、崖や地面に打ち込むペグにもなる。その多様性から「これがあれば苦は無い」という意味を込めて、苦無と呼ばれるようになったという)
今では忍者の武器として名を馳せていた。
VRMMORPGでもご多分に漏れず、忍者系の職能を選んだプレイヤーたちが好んで装備していた。無論、七女ジャジャもよく使っている。
その苦無が弾幕よろしく飛来してきた。
百や二百では収まらない、雲霞の如く迫る刃物の群れ。
いくらツバサでもこれは両手両脚フル回転させたところで捌ききれないと判断したので、肉体操作の過大能力で防ぐことにした。
長い黒髪を更に伸ばし、オリハルコン級に硬化させて振り回す。
イメージするのは歌舞伎の連獅子だ。
硬化させた髪の乱舞で苦無の弾幕を迎え撃つ。
金属同士がぶつかり合い、互いに互いを歪ませながら形を変える。そんな耳障りな金属音が延々と続き、収まるまでに約二秒ほどを要した。
落ち着いた頃、ツバサの足下には大量の苦無が突き刺さっていた。
防ぎきれず顔に届いた一本の苦無。
それを煙草でもくわえるかのように唇に挟んでいたツバサは、鉄の味に口元への字にすると唾と一緒に吐き捨てた。
騎士が苦無? 訝しさを覚える妙な取り合わせだ。
答え合わせのように、眼鏡の騎士は次の手を打ってきた。
ツバサから十分な距離を置いた眼鏡の騎士は、明らかに間合いの外だというのに身構えていた。いや、胸の前で両手を矢継ぎ早に組み直していた。
あれは――印を結んでいる。
密教系技能の真言を始めとした、修験者、陰陽師、呪術師、仙術師……アジア系の魔術を習得した者が術を発動させる前に組むものだ。
この印をよく結ぶ職能がもうひとつある。
「火遁プラス土遁! 合わせることの……溶炎流!」
印を結び終えた眼鏡の騎士が右手を大地に押し当てると、そこから梵字で描いたような魔法陣が浮かび上がり、周囲の大地は瞬く間に燃え盛る。
燃えた大地は溶岩となり、何匹もの大蛇を象って鎌首をもたげた。
ここまで暴露されれば疑いようもない。
眼鏡の騎士は騎士じゃない――こいつの職能は忍者だ。
神族なので忍神と呼ばれる種族だろう。
まさかの正体に目を見張るツバサだが、その脳裏では「嘘だろ?」と懐疑的な思考が繰り返されており、眼鏡の騎士を睨んでしまう。
彼の職能は間違いなく騎士だった。
分析系技能で調べたのは勿論、ショートソードやスモールシールドの堂に入った使い方、敵の注意を引いたり防御力を底上げする技能、それに小型の盾を用いたパリィなどは騎士としての職能を収めた証だ。
忍者としての職能どころか技能すら見当たらなかった。
だというのに目の前で忍者系技能をバンバン使い始めたかと思えば、分析系技能で改めて調べてみると、騎士と忍者の職能を併せ持っていた。
――二足の草鞋を履いていたということか?
直前まで隠蔽系技能で忍者としての職能を隠すことで、奇襲めいた効果を狙ったのだろうか? それこそサプライズ的な意味合いを込めてだ。
しかし、おかしいの度が過ぎていた。
確かに魔法剣士を始めとした、異なる職能を両立させる方法はあるものの、騎士と忍者なんて食い合わせが悪すぎる。ウナギと梅干しレベルの話だ。
(※ウナギと梅干しを一緒に食べると脂と酸味が合わず消化不良を起こす、という迷信。近年、栄養学的には良い意味で相乗効果があると判明した)
不可能とは言わないが有り得ないレベルである。
十中八九、どっちつかずの半端者になるはずなのに、眼鏡の騎士は完璧に使い分けていた。溶岩の大蛇を従えながら新たな印を組んでいる。
「神遁――百八羅漢分身!」
新たに眼鏡の騎士の分身、108体が現れる。
ただの影分身よりも遙かに強化された分身たちは、ツバサを取り巻く溶岩の大蛇を飛び越えながら、あっという間にこちらを包囲してきた。
「人海戦術はちょっと無粋だったかな?」
溶岩や分身という従者へ指示を出す眼鏡の騎士は呟いた。
その一言にはほんのり詫びの気持ちが含まれていた。
「構いませんよ、使えるものはすべて使う……」
それが戦闘ってもんだ! とツバサは意気を上げて返事をする。
取り囲まれようが取り巻かれようが意に介さず、ツバサは自ら包囲網へ飛び込んでいくと、溶岩の大蛇を素手で投げ飛ばす。それを巨大な炎の鞭として振り回し、群がる眼鏡の騎士の分身たちを薙ぎ払う。
一対多だろうと苦にもしない。むしろ楽しげに笑っていた。
そして、天地を揺るがす大乱闘が始まる。
~~~~~~~~~~~~
眼鏡の騎士に爆乳女神が翻弄されている。
傍から見るとそうとしか思えないのだが、額に手を翳したミロは注意深く観察しており、両者の置かれた状況を冷静に見極めていた。
「むぅ……どう見ても多勢に無勢だけど遊んでるようにしか見えないし、ツバサさんも殺戮の女神になりかけてご機嫌ノリノリだから、助太刀に行ったところで邪魔にしかならなそうだけど……ッ!」
面白そうだから混ざるーッ! とミロは覇唱剣を振り上げた。
「ツ~バ~サさん♪ アタシも入ーれーてー♡」
徐に走り出すミロ。
棒きれを片手に夏休みの青空へ飛び出す子供のような足取りで、土煙を上げながら闘技場を爆走する。気持ち的にはツバサと一緒に遊びたいだけだ。
そんなミロの行く手を阻む影が現れる。
眼鏡の騎士が現れた時と同じように、透明なカーテンを開けるように忽然と出現したのは、彼よりも一回り以上は大きな影だった。
「おおっとッ!?」
気付いたミロは大慌てで急ブレーキを掛ける。
立ちはだかるのは――重装の騎士。
身長は2mを越える巨躯。身につける甲冑も眼鏡の騎士よりずっと重厚なので、仮に重装の騎士と呼ぶべきだろう。
やはりパワードスーツ仕立てだが、装甲の厚さが凄まじい。
手足、肩、胴、腰、それぞれを守る部位のパーツがブロックみたいにゴテゴテしており、大柄な彼の図体を余計なくらい持っていた。
そして兜が特徴的である。
ミノタウロスのような牛頭神をモチーフにしているのか、フルフェイスの兜には一対の大きな角飾りがそそり立っていた。
全体的なカラーリングは、メタリックの輝きが際立つ明るめのモスグリーン。
武装するのは――自身をも覆い隠せる鉄塊みたいな大盾。
両腕に一枚ずつ装備しており、左右を合わせれば壁となるだろう。
ただし、単なる盾ではないらしい。
大きく分厚く重く、何やら複雑な機構を備えているのが外観から一目瞭然でわかるのだ。どうやら武器やら火器やらが多数内蔵されており、形状を変型させることでそれが迫り出してくるシステムのようだ。
ギン! と重装の騎士の兜から覗く眼が電光のように瞬いた。
「ミロちゃん……ごめん!」
ミロをちゃん付けで呼びながら最初に謝ると、大盾とともに右腕を振り上げる。機械音とともに盾の縁から大振りの剣が飛び出してきた。
シールドソードという西洋の大型武器のようだ。
それを真っ向から振り下ろしてくる。
しかし硬い金属を砕く音が鳴り響き、大盾の剣はへし折れた。
「おいおい……謝ったとはいえ、出会い頭に娘っ子へ刃物振り下ろすなんぞ騎士様のやることじゃないやろ……野郎同士ならともかくな」
重装の騎士の斬撃を受けたのはダインだった。
ミロを庇うように割り込んだ長男は重装の騎士を睨め上げる。
振り下ろされる剣に頭突きで対抗し、サイボーグならでなの頑丈な頭蓋骨で受け止めて、ミロに降りかかる凶刃を打ち砕いてくれたのだ。
重装の騎士は狼狽えずゆっくり後退る。
ダインとの距離を適度に開けると、右手の大盾を操作して砕けた剣を射出するように捨てていた。それから礼儀正しく会釈してくる。
「確かに君の言う通りだな。失礼した」
「あ、いや……わかってくれたらいいんじゃが……」
喧嘩腰に話し掛けたというのに、まさか率直に謝罪を述べられるとは思わなかったのか、ダインは当惑気味に軽く頭を下げていた。
重装の騎士はダインと目を合わせた後、ミロにも視線を送る。
気付いたミロが笑顔で手を振ると、重装の騎士も嬉しそうに兜の奥の眼を細めて手を振り替えした。大盾を付けたままなので威圧的だが……。
それから言い訳するように話を続ける。
「よく動画で視ていた憧れの君を前にして、ようやく直に戦えると気が逸ってしまったのかな……ついつい不意打ちみたいな真似をしてしまった」
申し訳ない、と重装の騎士はミロにもお辞儀をする。
ミロは天真爛漫な笑顔で手をヒラヒラさせた。
「いいのいいの、気にしないで。バトルならだから何でもありだよ」
「かたじけない……そう言ってくれると助かるよ」
さて、と重装の騎士も気を取り直してダインへ向き直る。
「残念ながら君を『ツバサとミロのアルマゲドン最強夫婦!』で視た覚えがないのだが……この場にいる以上、ミロちゃんたちの関係者かな?」
「おう、何の因果かツバサ母ちゃんの長男やらせてもらっとる者じゃ」
ハトホル太母国 長男 工作者 ダイン・ダイダボット。
「以後お見知りおき願うぜよ」
「ミロちゃんが長女で……君がツバサ君の長男なのか」
機械仕掛けの親指を立てて自己紹介するダインを、重装の騎士は初対面の敬意こそ示すものの、いくらか値踏みするような視線で見据えていた。
両腕の大盾が不気味な蠕動を始める。
内部構造が変形し、新たな武器を迫り出す準備段階のようだ。
「どうも真なる世界に来てから仲間になったみたいだが……ツバサ君に長男と認められる以上、見合うだけの実力を持っているんだろうね?」
「言うてくれるな……試してみるがええ!」
言うが早いかサイボーグ番長は機械の両腕を突き付けた。
飛行母艦の艦長に相応しいロングコートをはためかせたダインは、全身に内蔵された小型ミサイル、小型クラスター爆弾、榴弾砲……破壊力を上げながらコンパクトにまとめた重火器の射出口を一斉に開放する。
突き出した両手の五指は、先端がレーザーキャノンとなる。
「こいつぁ挨拶代わりじゃ!」
全身の兵装をダインは掛け声とともに斉射する。
敏捷性に自信がある者でも避けにくい高速で撃ち出された兵器群は、重装の騎士へと殺到する。超重量級の彼では回避できそうもない。
それは本人も熟知しており、左右の大盾を合わせて防ぐ。
合体させることで絶壁の防御力を発揮する大盾に、艦隊ごと撃沈してもお釣りが来るオーバーキルな火力が叩き込まれる。
当然のように大爆発が起こり、紅蓮に燃える爆炎が膨れ上がった。
炎が鎮まって爆煙となり、同心円状に爆風が広がる。闘技場の石畳がめくれ上がるほどの風速だが、ダインは砲撃体勢のままビクともしない。
「……この程度のわけないじゃろ」
全身の機械部分にある射出口を閉じながら様子を窺っている。
ツバサに「長男なんだから無鉄砲が過ぎるな!」と叱られたことが効いているのか、いつもより用心深く立ち回っていた。やはり躾は大切のようだ。
予想通り、重装の騎士はこれくらいではへこたれない。
濛々と立ち込める爆煙にトンネルでも開通させるかのように、風穴を開けて重装の騎士が突進してくる。大盾を前面に掲げての猛突進である。
逞しい角のおかげで猛牛もかくやの有り様だ。
ダインは臆することなく迎え撃つも、直後に面食らうこととなる。
重装の騎士が一気に間合いを詰めてきた。
猛突進していた彼の移動速度から目測で逆算しても、ダインの目前まで辿り着くには、重量級の彼ならば残り数秒は費やしたに違いない。
なのに――もう眼前に立っている。
コンマ0.000001秒も掛かっていない。
視界の端で見守っていたツバサの動体視力を以てしても、重装の騎士が爆煙から出てきたところ確認した次の瞬間、ダインの前まで移動していた。
加速や縮地といった、素早さを上げる技能ではない。
どれだけ強化で瞬発力を上げたとしても、あんな何十カットもコマ送りしたような、それこそ瞬間移動に匹敵する速さを出せるわけがなかった。
瞬間移動の過大能力――いや、違う。
この感覚はどちらかといえば時間操作系の過大能力だ。
破壊神の秘蔵っ子リードがよく似た能力を使っていたおかげで、同じように時間を弄くられたことへの違和感を覚えることができた。
多分、重装の騎士は時間を加速させられる。
時間停止ではなく、時間を超える速さで動ける能力と見た。
だが加速できる時間に制限があるらしい。でなければ今頃ダインは大盾の絶壁を叩き付けてくる猛牛によって跳ね飛ばされてなければならない。
それができていないのだから限界があるのだ。
しかし、相手に気取られず懐まで忍び込めれば御の字だろう。
重装の騎士は防御体勢を解いた。
引き絞る右腕の大盾が重々しい音を立てて変形すると、いわゆる杭打ち機のような形状へと変わり、尖った杭をダインの土手っ腹へ押し当てた。
「これを返礼としよう……遠慮せず受け取ってくれ!」
大地を穿つボーリングマシンを打ち込んだような爆音が轟いた。
丸太よりも太い杭がダインの腹部に突き立てられる。
重装の騎士は杭を放った時点ではどこか冷めた表情だったが、打ち込んだ直後に大盾を揺るがす謎の激震に目を丸くしていた。
「なっ……バカな!?」
打ち込んだはずの杭は跳ね返されていた。
杭の先端はひしゃげ、折り畳まれた蛇腹のように潰れている。
正しく杭を射出できず暴発させたも同然の大盾も、銃口に当たる部分に跳ね返ってきた杭がめり込んでいる。おかげで機能不全を起こしたのか、あちこちから蒸気を噴き出しつつ、今にも壊れそうな異音を響かせていた。
重装の騎士は慌てふためきながら、大盾の再調整を行っていた。
驚きの眼差しでダインを見つめている。
「特殊コーティング強化加工されたアダマントの杭を食らって……ビクともしないだと!? 防御結界だろうと十枚は貫通できるのに……」
事実、ダインの腹には傷ひとつ付いていなかった。
あれだけの衝撃を受けてもビクともせず微動だにしない。
直撃する場面をツバサも盗み見ていたが、杭はダインの腹部に届くどころか触れてさえいなかった。何もない空間に阻まれていたかのようだ。
間近で見ていたミロが「わぁーッ!」と歓声を上げる。
「ダインスッゲーじゃん! なにそれ? 覇王色の覇気? 身勝手の極意? それとも無下限呪術? 絶対に触らせない領域なの!?」
「フフン、そういうオカルティックんとは一味も二味も違うぜよ」
こりゃあ科学の力じゃ――長男は涼しい顔で腹を叩いた。
「なかなかの返礼じゃが……ワシの守りを破るにゃ今ひとつだったのぅ」
意味深長な言い回しを重装の騎士は読み解く。
「守り、結界……いや、君の格好からしてバリアか!?」
正解だ。サイボーグというより戦闘ロボの武装じみている。
ダインは全身に何重もの電磁バリアを張り巡らせていた。
強力な電磁場によるバリアだけでも防衛力となるのに、フミカの入れ知恵でニコラ・テスラという学者が提唱したスカラー波という、もしも実現できたら凄まじい電磁場を発生させる空想科学的な電磁バリアも重ねている。
SF小説の兵器を当たり前のように開発していた。
しかし、それだけの電磁バリアを張るとなれば、莫大なエネルギーが求められる。ダインが人型サイズだとしても、相当量の電力が必要だった。
このメカ息子はそれを賄えるのだ。
ダインの過大能力――【幾度でも再起せよ不滅要塞】。
自身の道具箱でもある亜空間を広大な工業地帯とする能力。
スクラップ・アンド・ビルドの名が示す通り、この工業地帯に連なる無数の工場はダインの意のままに解体建築を繰り返し、巨大ロボの秘密基地にすることもできればチョコを大量生産する工場に作り替えることも可能。
この工業地帯は【要塞】と呼び慣らされていた。
電磁場を発生させるための発電所を用意することも朝飯前だ。
知恵者なフミカのサポートにより、放射能を出さない核融合発電所とか、絶大な発電量を誇る人工太陽炉とか、熱プラズマ反応炉とか……とにかくエネルギーをわんさか作り出す施設を次から次へと建造しているらしい。
おかげでエネルギー生産量は鰻登り。
サイボーグであるダインの体内に、この過大能力の亜空間と繋がる回路を結んでおき、無尽蔵といっても過言ではない電力を都合しているという。
『まあ、ぶっちゃけ母ちゃんからのインスパイアなんじゃが』
いつぞやはダインからそんな白状をされた。
ツバサの過大能力――【偉大なる大自然の太母】。
大自然の根源を司る大地母神そのものな能力だ。
ツバサ自身が森羅万象のエネルギーを無尽蔵に生み出す、エネルギー増殖炉みたいな存在となる。この過大能力をダインなりに模倣したらしい。
『あと、トニ○スターク社長の胸にあるアレじゃな』
『アイア○マンの胸にあるアレか』
メカ大好きな長男とアメコミ大好きな母親で意気投合する。
亜空間の【要塞】と繋がる回路もダインの胸の中心にあるそうだ。
全身を隈なく多重電磁バリアに覆われたダイン。
腰を落として拳法家のように手足を構えたダインは、まだ壊れかけた大盾の掛かりきりの重装の騎士の懐へ踏み込んでいく。
震脚という踏み込みで下半身から力を込み上げつつ、折り曲げた肘を研ぎ澄ませて重装の騎士の喉元を目掛けて肘鉄を打ち込んだ。
八極拳の頂肘――いわゆる肘打ちと呼ばれる打法である。
その肘には電磁場が複雑に凝らされていた。
重装の騎士は咄嗟にまだ杭打ち機の形態から戻せない大盾で防ぐものの、盾ごと重装備の巨体を吹き飛ばすほどだった。
盾の表面も事故車のボディよろしくベコンと凹んでいる。
肘鉄を受けた中心は真っ赤に溶けかかっていた。
「攻撃にも使えるのか……ッ!」
「当ったり前じゃあッ! 攻防フレキシブルに扱えんとのぉ!」
電磁バリアは守勢一辺倒というわけではなく、各種電磁波の組み合わせや単純に出力を上げることで、御覧のように破壊兵器にも転じるわけだ。
拳打中心の拳法を仕込んだのはツバサである。
教えた技をしっかり物にしている光景を見せつけられると、思わず涙ぐみながら「ダイン……我が息子……」と感激に噎びそうだった。
「オラオラオラオラオラオラオラじゃああああああーーーッ!」
重装の騎士が怯んだのを見て取ったダインは、これを好機と見做してあらん限りの鉄拳を連打で突き込んでいく。無論、電磁場を絡ませた拳だ。
この猛攻には重装の騎士も防戦一方となる。
自慢の大盾を合わせて鉄壁とするも、徐々に熱を帯びて溶融していく。
硬度を無視して溶かすほどダインの鉄拳は超高熱を帯びていた。
「オラオラオラ……っぜよ!?」
不意にダインの鉄拳がすかった。目の前から重装の騎士が消えているので、どうやら時間加速の過大能力を用いて緊急離脱したらしい。
ダインから十分な間合いを置いた重装の騎士。
真っ赤に爛れて溶けかかった大盾を振り落とすように外すと、そのまま道具箱へ戻していく。代わりに新たな大盾を取り出していた。
これまでの大盾より、すべてのグレードを倍増させたものだ。
「すまん、素直にお見逸れした……さすが、ツバサ君の認めた長男だ。舐めてかかろうとしたことを謝らせてもらおう」
重装の騎士は両腕を内側に回転させながら大盾を振り上げる。
けたたましくも金属質な重低音が立て続けに鳴り響く。
大盾は孔雀が尾羽を広げるような派手派手しい変形を遂げ、そのうちに秘めていたありったけの武装を解放した。全力全開の攻撃的なモードだ。
「ここからは――本腰を入れさせてもらう」
ダインも拳法を嗜んだ構えで応じる。
「応よ! わしに秘密兵器を大放出させるつもりで掛かってこんかい!」
全身の重火器を再充填したダインは不敵な笑みで迎え撃つ。
~~~~~~~~~~~~
「うぬぅ……対戦相手取られちゃった?」
ミロは人差し指をくわえて寂しそうにしていた。
闘技場の一角が絨毯爆撃を受けたかのように荒廃していく。
大量の爆発物がばら撒かれたからだ。
長男ダインと重装の騎士のバトルは凄まじく、どちらも武装というより兵装みたいな大火力を撒き散らすので、ミロも近寄りがたいらしい。被害が及ばないほど遠くへ避難しており、遠巻きに二人の戦いを眺めていた。
大爆発が連発し、爆煙が噴き上がり、粉塵が巻き上がる。
アホの子でも女の子、ホコリまみれになるのは御免被りたいのだろう。
「しゃーない、ツバサさんの応援しに行こーっと」
切っ先を地面に降ろしていた覇唱剣を担ぎ上げた姫騎士は、踵を返すと当初の予定通りツバサの援軍へ駆けつけようとする。
「ちょいとお待ちをミロちゃん、対戦相手ならここにもいるぜ」
どうもー♪ と軽薄な挨拶とともに新手が現れる。
前出した二人の騎士と同様に、透明なカーテンを開け放つかのように唐突な登場をしたのは、あまり騎士らしくない外見をした騎士だった。
仮面の騎士――と呼ぶべきだろうか?
笑顔の道化師を元にした、前衛芸術めいたデザインの仮面。
欧州の紋章のように顔面を四分割して白と黒のカラーリングで塗り分けており、そのうえに奇妙な化粧にも似た紋様が施されている。下弦の月のように弓形な両眼と、上弦の月みたいに笑う口元はちゃんと笑顔に見えた。
仮面を付けているためか、彼はフルフェイス風の兜ではない。
整えられた茶髪が覗いており、頭にはしっかりした形の真っ白いシルクハットを被っていた。帽子の中から鳩が出てきそうなやつだ。
重装の騎士ほど大柄でもなく、眼鏡の騎士より筋肉量は少ない。
普通に長身でスマートな体型をしていた。
そんな身の丈に似合うパワードスーツ風の鎧を装備しているが、純白のタキシードを偲ばせる造型だった。頭のシルクハットも相俟って、奇術師というかマジシャンのような風情も漂わせていた。
カラーリングは純白ではなく、ややオレンジ系を帯びていた。
道化師にして奇術師にして魔術師――三つの要素が混在していた。
呼び止められたミロは仮面の騎士をマジマジと見つめる。
「あ、そっか、四騎士って言ってたもんね。仮面のお兄さんを含めて、もう一人どっかにいるんだっけか。ってあれ? そのお面……」
なんか見たことある、とミロは小首を傾げた。
このリアクションに仮面の騎士はオーバーリアクションで喜んだ。
「お、知っててくれたの? 嬉しいねー♪ この仮面ってばオレのトレードマークみたいなもんだからさ、名前知らなくてもこっちのが有名なくらいよ」
仮面を剥げば相好を崩していることだろう。
それができないため仮面の騎士はパントマイムのように全身を使い、喜びを表現していた。道化師らしくパフォーマンスに定評があるらしい。
一瞬たりとも動作を止めない仮面の騎士。
優雅な動きで右手を頭の上へと運んでいくと、シルクハットを脱いで胸に当てて紳士らしく一礼する。やはり彼も名乗るつもりはないらしい。
一方、ミロの目線はあっちこっちに飛んでいた。
仮面の騎士に何らかの記憶を触発されたのか、眼鏡の騎士や重装の騎士も凝視すると、懸命に記憶の底にあるものを浚っているようだった。
そして、ふと思い出したらしい。
「眼鏡、牛角、お面……アアアーッ! も、もしかして!?」
絶叫みたいな声を上げたミロは、驚きの表情で四騎士たちを指差す。
仮面の騎士は口元に当たる部分に人差し指を立てる。
「シィー……多分ミロちゃんならすぐにわかってくれるとオレたちも踏んでいたけれど、まだツバサ君に気付かれてないみたいだから内緒ね」
うんうん! と興奮気味のミロは約束するように首を縦へと振った。
「じゃあ、仮面の人がアタシの遊び相手してくれんの?」
かと思えば、ミロは好戦的な笑みを浮かべて臨戦態勢を取る。
両手で握り締めた覇唱剣を正眼に構えていた。
仮面の騎士は大手を振って歓迎する。
「望むところさ! そのためにキョウコウ社長に無理言ってこのステージを提供してもらったんだから! 思う存分楽しまなきゃ嘘ってもんでしょ!」
じゃあ早速――戦ろうか。
仮面の騎士は脱いだシルクハットへ手を差し入れた。
取り出したのはトランプと思しきカードの束。その両端を摘まんで束ごとカードをたわめると、カードの持つ弾力を利用して弾き飛ばした。
バラバラと舞い上がるカードたち。
花吹雪のように宙を舞い踊り、不思議と地に落ちることはない。
てっきりトランプかと思いきや、一枚一枚に色とりどりの絵柄が描かれたトレーディングカードのようなものだった。トランプの絵札にも見えるが、それぞれに描かれたキャラクターや風景はトレカのイメージが強い。
遊覇王を始めとした、コレクション性のあるトレーディングカードだ。
「タネも仕掛けもあるけれど、神族のやることだから許してね♪」
仮面の騎士は戯ける仕草で歌うように言った。
手にしたカードの束をすべて宙空に舞い上げても、彼の手元から飛び立つカードは止まらない。シルクハットの中から直接吹き上げているからだ。
瞬く間にカードの吹雪が辺りを覆い尽くす。
「……あれ、仮面の人?」
その只中に取り残されたミロは仮面の騎士を見失っていた。
舞い散るカードに紛れて姿を消したにしては様子がおかしい。先ほどのように姿は見えるけれど気配が感じ取れる状態でもない。
仮面の騎士は消え去り、その気配も途絶えていた。
ちょっとは警戒心を働かせたのか、ミロは覇唱剣を構えたまま注意深く周囲を探っている。どこから襲われても対応できる姿勢を保っていた。
そして、微かな殺気の起こりを察知する。
反射的にそちらへ覇唱剣を振り上げれば、確かな手応えがあった。
ミロが斬り払ったのは突然現れた何匹ものモンスターの大軍や、武装した兵隊や騎士団、あるいは魔法を放つ寸前の魔道士たちだった。
彼らは全員――カードから出現していた。
カードに描かれた絵が実体化して襲ってきたのだ。
覇唱剣の豪快な太刀筋に薙ぎ払われた彼らは、断面から血を流すことなくカラフルな塵となって消えていく。塗り立てのイラストを水面へ落として、インクが水中に拡散していく光景によく似ていた。
最初の攻撃を皮切りに、次々とイラストが具現化される。
カードの表面がボコボコと泡立ったかと思えば、その泡が実体を伴いつつカードに描かれた絵に立体感を加えながら実物大に整えていくのだ。
四方八方からの敵襲にもミロは動じない。
図太い神経を見せつけ、縦横無尽に大剣を振り回して応戦する。
「騙し絵だっけ? 絵を本物にする能力とか?」
多分、視覚効果で立体的に見えるトリックアートと言いたいのだろうが、騙し絵でも当たらずとも遠からずだろう。いや、ちょっと惜しいか?
しかし、ツバサの見立てでは少々異なる。
あれは恐らく――二次元空間にまつわる過大能力。
絵やイラストを具現化するのは二の次三の次、いわゆる副次的な能力であって、本質的には任意の二次元空間を自由自在とできるようだ。
そのための出入り口となるのが、彼の場合は手札となるらしい。
「気をつけなよーミロちゃん♪」
どこからともなく仮面の騎士の声がする。
ミロの左斜めの後方に待っていたカードから聞こえたかと思えば、そこから仮面の騎士がロケットみたいな勢いで飛び出してきた。
両手の人差し指と中指には刀剣が描かれたカードを挟んでいる。
ミロとのすれ違い様にカードを振るう。
反射的にミロは覇唱剣を立てて大剣の腹を盾にした。
間一髪、派手に剣戟を交える音が鳴り響いて、覇唱剣の腹に数え切れない斬撃が走り抜けていく。防がずにいたら斬り刻まれていたところだ。
「おろしたてのカードはよく切れるからね~♪」
仮面の騎士は走り抜け、どこかのカードへと身を沈めていく。
「あっぶな……切れるからって切りつけてくんな!?」
危機を脱した声を漏らしたミロは振り返り様に怒鳴りつけたが、既に仮面の騎士はカードの向こう側へと潜り込んだところだ。
カードはシャッフルされて、仮面の騎士の行き先がわからなくなる。
何万枚と増えたカードの舞いに紛れ込んでしまった。
「えぇい! このこのこのッ……このォッ!」
ミロは腹立ち紛れにカードを斬ろうと覇唱剣を振り回す。
しかし、空中を舞い踊るカードはそう易々と斬れるものではなく、むしろ大剣が動く際に起きる剣風のせいでカードが吹き上がっていた。
しかもカード自体、攻撃を回避するよう設定されている節がある。
「こんなん剣神でもなきゃ斬れないってばさ!」
ミロの剣術は剣神までの精緻に至っていない。
カードにばかり気を取られていると、仮面の騎士が攻めてくる。指に挟んだカードを剃刀みたいに使い、無数の斬撃を浴びせてくるのだ。
「はぁ~い、ダイレクトアタックだよ~♪」
「それ意味違う!」
ミロは文句を喚きながらも、本体が攻撃してくる瞬間が絶好のチャンスと考えて待ち受けるのだが、残念ながら機動力でもあちらが一枚上手だった。斬撃を避けつつ大剣で斬り掛かってもヒラリと躱されてしまう。
まるで仮面の騎士まで宙に舞うひとひらのカードのようだった。
「うぬぬっ、カードもダメ、本体もダメ……だったら!」
業を煮やしたミロだが、固有技能の直感&直観が働いたらしい。
野球の一本足打法みたいな構えを取ると、覇唱剣をバット代わりにしておもいっきりフルスイングする。ただし、大剣の刃を立てていない。
剣の腹で空気を押すように振り回していた。
「うぉぉぉぉぉりゃあああああああーッ! 必ぁ殺ッ! 竜巻旋風剣ッ!」
そのまま回転を止めることなく、端から見れば独楽と見間違える速度で回転を続けるミロ。やがて彼女を中心に旋風が巻き起こる。
それはあっという間に竜巻となった。
ほとんど質量のないカードたちは竜巻に舞い上げられる。
「そんなことをしても無駄だよ? 以前オレのカードはミロちゃんを取り巻いているし、ランダム攻撃はまだまだ有効……だったのにぃ!?」
仮面の騎士が悲鳴じみた声で叫んだ。
竜巻の中心にいるミロへ総攻撃を仕掛けようと、カードの中にイラストたちを実体化させた瞬間、爆雷でも受けたかのように弾け飛んでしまったのだ。
「これ……ただの竜巻じゃないの!?」
ようやく仮面の騎士も気付いたらしい。
竜巻を起こす直前、ミロは過大能力をほんの少し発動させていた。
ミロの過大能力――【真なる世界に覇を唱える大君】。
彼女の唱えるままに世界を改変する万能の過大能力。
過大能力を密かに通わせた覇唱剣。それで巻き起こした竜巻を、触れたものすべて爆ぜさせるプラズマ竜巻へとパワーアップさせていた。
触れるものすべてを焼滅させる電光の渦だ。
「どうだぁぁぁぁぁ……誰か止めてぇぇぇぇぇぇぇぇぇーーーッ!?」
回転に入れ込むあまり、ミロは自力で止まれなくなっていた。
起死回生の策を閃いたところに子供の成長を感じるものの、こういう抜けたところはアホのままなので呆れ果ててしまう。
だが、心のどこかで安心感も覚えていた。
プラズマから逃れるように、カードは竜巻の外へ放り出されていく。
これらのカードには仮面の騎士の過大能力が働いていた。
そのためプラズマに巻き込まれても平気な耐久力を備えているようだが、そこから具現化された者たちはタダでは済まない。また、長時間プラズマを浴び続ければ継続ダメージ的なものも発生するはずだ。
仮面の騎士も少なからずダメージを負うに違いない。
しばらくすると、カードの一枚から煤けた奇術師が飛び出してくる。
「アチチチチッ……相変わらずだなぁ」
プラズマ竜巻の外へ逃れた仮面の騎士は愉快そうに毒突いた。
「頭空っぽのままなりふり構わずデタラメかと思えば、とんでもない策をぶっ込んできたりして……本当、動画の頃から退屈させてくれないよ」
本当――ツバサ君やミロちゃんのファンで良かったぁ♪
仮面の騎士は本心からの感想を吐露した。
~~~~~~~~~~~~
一方その頃――眼鏡の騎士は戦慄していた。
「これが……キョウコウ様の仰っていた殺戮の女神か!」
フルフェイス兜の下では固唾を飲み、冷や汗を流している頃だろう。
地の底からいくらでも沸いてくる溶岩の大蛇。
辺りに広がった溶岩から、常時100匹は顔を出している。
そして百八羅漢分身によって作り出された、108体もの強化された分身。眼鏡の騎士と瓜二つな彼らは、従来の分身より遙かに頑丈で戦闘能力が高い。
軍隊ならば一個中隊くらいの頭数はいる。
(※約200人程度)
この多勢を前にして怯むどころか高笑いを上げながら挑んでいたツバサは、段々とヒートアップして、いつしか殺戮の女神モードに変身していた。
血より赤く染まる真紅の髪を振り乱す狂乱の女神。
ハトホルよりボリュームを増した筋肉質な肉体美にも、深紅の紋様が入れ墨のように走っており、牙を剥く雌獅子の表情も赫の隈取りに彩られていた。
殺戮の女神――セクメト。
暴力の権化と化したツバサが大立ち回りを繰り広げていた。
「ウハハハハハハハハハハハハッ! やっぱ戦闘だよなぁ戦闘ぇ!」
久し振りにストレス解消できる! とツバサは歓喜の雄叫びを上げながら、血湧き肉躍る激闘を思う存分満喫しているところだった。
眼鏡の騎士が用意した108体の分身。
これは七女ジャジャがよく使っている影分身より遙かに高等な分身術で、多少のダメージを受けても消えることはなく、本体である眼鏡の騎士の80%に近い実力を持っていた。ここまで優秀だともはや分身の域を超えている。
簡易的に揃えられる高位従者のようなものだ。
おまけに火遁と土遁をブレンドさせて溶岩を沸き立たせ、そこに口寄せの術により擬似的な生命力を与え、溶岩の大蛇に仕立てて兵隊とする。
どちらも単純な戦力としては過剰なくらいだ。
そんな過剰戦力200人を相手に、殺戮の女神は一歩たりとも引かない。
あろうことか単身で押し返しているほどだった。
分身の頭を腕力に任せて鷲掴みにすると、合気を用いて数人まとめて地面へ叩きつけるように投げ飛ばしたり、溶岩の大蛇の首根っこを掴んでは、それを巨大武器のように振り回して有象無象を薙ぎ払う。
一人で八面六臂の大奮闘振りを見せつけていた。
殺戮の女神に変身しているためか、いつもより力業が目立つ。
それでもツバサの根底にある合気の流儀は生きているので、より豪快な投げ技は強化された分身を数人まとめて投げ飛ばしていた。
もはや多勢に無勢ではない。
絶対的強者による無慈悲な蹂躙にしか見えなかった。
大蛇や分身を指揮していた眼鏡の騎士も圧倒されており、無意識のうちに後退っていた。だが、眼鏡の奥にある眼光が死んでいない。
まだ闘気を滾らせており、ツバサの雄姿から目を離さずにいた。
「なんだろう……妙だな」
フルフェイス兜の下、辛うじて聞き取れる小声で独りごちる。
「ツバサ君はもっと冷静沈着なキャラというイメージが動画を視ていた頃からあったけど……こんなはっちゃけたりしたっけ? 戦闘を楽しむにしても落ち着き払っていたはずだし、ここまで猛々しくなかったと思うんだが……?」
眼鏡の騎士は訝しげにブツブツと呟いた。
「いや、横綱回や戦女神回でもこれくらいはっちゃけてたか。だけどなんというか……違和感があるんだよな。空々しくてわざとらしくて……」
ギクリ、と殺戮の女神が動揺した。
ヤバい――あからさまな演技が怪訝に思われている。
眼鏡の騎士の注意を引きつけておくために、殺戮の女神でこれ見よがしに大暴れしてみたのだが、それが裏目に出てしまったらしい。
いつものツバサと行動がかけ離れていたため怪しまれている。
眼鏡の騎士はツバサの外面的な行動パターンを把握していた。VRMMORPG時代の動画を見た記憶から類推しているのだろう。
だが、紙一重でこちらの準備も間に合いそうだった。
ブツブツ呟きながら思考を巡らす眼鏡の騎士。
不意に閃いたのか、ハッと小さく息を呑んで肩を震わせた。
「もしかして……ハメられた?」
「いい思案ですね。勘働きも冴えている」
気配を完全に遮断していたツバサは、正体を表すように眼鏡の騎士の背後から声を掛けた。彼は顔が二つになるほどの残像で交互に見遣る。
「えっ!? あっちに殺戮の女神……こっちにもツバサ君ッ!?」
「自身と遜色ない分身を作れるのはあなただけじゃない」
暴れている殺戮の女神はツバサの拵えた分身である。
乱戦状態に突入したところで、こっそり入れ替わっていたのだ。
破壊神ロンドとの戦いにて編み出した、120%の能力を発揮できる変身形態の分身である。百八羅漢分身より明らかに上位の分身だろう。
眼鏡の騎士を欺けたのだから本物だ。
背後に忍び寄っていたツバサ本人に眼鏡の騎士は対応しようとするも、虚を突かれたため出遅れる。ツバサが手を伸ばす方が断然速い。
駄目元でも迎撃しようとする眼鏡の騎士。
両者の繰り出した攻撃が錯綜し“バヂィン!”と激音が鳴った。
互いに相手を牽制するように後方へ弾き飛ばすも、ツバサの手には眼鏡の騎士が被っていたフルフェイス兜が握られていた。
攻撃を交錯させた刹那、引っ剥がすことに成功したのだ。
「やれやれ……覆面レスラー気分もここまでか」
残念そうに眼鏡の騎士はぼやく。
眼鏡はその時の攻防で上空へ飛び上がり、眼鏡の騎士が手繰り寄せるように回収すると、白日の下にさらされた素顔へ掛け直していた。
――年の頃なら三十代前後。
着実に年齢を重ねているが、まだ甘いマスクの青年で通じる。
眼鏡の似合う清潔感のあるイケメンだ。髪もしっかり整えられているので、サラリーマンというかビジネスマンめいた雰囲気を醸し出していた。
ツバサはフルフェイス兜を手の上で転がす。
「途中から予想できていましたが……やはり貴方でしたか」
なるべく失礼のないように敬語を使うツバサは、年上の有名人である眼鏡の騎士の正体についてなんとなく察しは付けていた。
「俺もあなたたちの動画は拝見しました。遅ればせながらですが……」
最近ですけどね、とツバサはその点での非礼は詫びた。
きっかけは南海から届いたMVである。
VRアイドルユニット ハンティングエンジェルス。
現実世界ではミロの手伝いで動画に登場したものの、他の動画配信者など気にも止めなかったツバサだが、彼女たちのMVを視聴した後に考えを改めて、有名所の配信者くらいは目を通しておこうと思い立った。
そこで情報官のアキに頼んで動画を取り寄せてもらった。
特に“アルマゲドン動画配信四強”と呼ばれた四つのチームをだ。
『ツバサとミロのアルマゲドン最強夫婦!』
『ハンティングエンジェルス』
『八天峰角』
指折り数えたツバサは、四つめのチームを挙げながら流し目を送る。
「……そして、グッチマンと愉快な仲間たち」
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眼鏡紳士として評判の高い男が目の前にいた。
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