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第20章 ハンティングエンジェル オンステージ!
第486話:愉快な仲間たちと痛快な武踏を
しおりを挟むエンテイ帝国をただ訪問するわけではない。
キョウコウは還らずの都争奪戦を引き起こしたことへの謝罪。ツバサ率いる五神同盟はロンドによる破壊神大戦に援軍を派遣してくれたことへの感謝。
互いにお詫びとお礼を交わして過去は水に流す。
そして、エンテイ帝国が五神同盟と友好的な条約を結ぶ予定だ。
――真なる世界を蕃神の脅威から守る。
この他にも五神同盟とエンテイ帝国は協力体制を敷けるだけの案件を共有できているのだが、同盟入りに関しては固辞されていた。
『五神同盟はあまりにも一枚岩です』
これが執事ダオンの挙げた最大の懸念だった。
五人の内在異性具現化者が治める五つの王国と、彼らと同等の能力と権限を有する二人のLV999が治める二つの組織、一人の国王が治める小国。
八つの陣営によって五神同盟は構成されている。
(※もうじき九つめの陣営として生命と進化の専門研究機関“源層礁の庭園”が加盟する予定なのだが、まだ戦争中に受けた襲撃の片付けが終わらず正式加入が難航していた。なので今回は残念ながら不参加である)
これだけのグループが集まれば、一丸となることは珍しい。
一つの議題に対して、“賛成”“反対”“保留”の三つに分派するのは当たり前。多数決で決めたり、他の派閥を説得したり懐柔したりと忙しない。
最悪、同盟に亀裂が走るような事態も往々にして起こり得るだろう。
同盟は長続きせず解消され、連盟は有名無実に形骸化していく。
残念ながら人類の歴史がそれを証明してきた。
だが――五神同盟は不思議とそうなりにくい傾向にある。
ツバサを筆頭に「家族が無事なら自分たちが泥を被るくらい訳ない」とか「基本は平和主義者だけど身内の領域を荒らすなら容赦せん」なんて精神性の持ち主ばかりなので、何事においても共感しやすいところがあった。
蕃神という共通の敵がいることも要因のひとつかも知れない。
早い話、高確率で一致団結するのだ。
打率に換算したら八割超えの九割に届きそうな勢いである。
このため厄介な議題であっても“反対”が出ることまずなく、“保留”の代わりに“注意”や“改善”といった意見が寄せられるほどだ。
『皆さんの意見が“賛成”で統一される……これは一見喜ばしいように思えますが、穿った見方をすれば、その“賛成”が間違いだとしても同盟内では“反対”意見が出ることなく、また気付きを得ることができないのです』
そこまで盲目的に愚かではないと思いたい。
しかしツバサも人間、どこかで間違いを犯さないとも限らない。
主観のみならず客観的な視野を養うように、と師匠のインチキ仙人に躾けられたが、頭に血が上れば傲慢が幅を利かすこともある。
そんな時、制止を掛けてくれる者がいれば大いに助かるはずだ。
『ファクトチェックする第三者機関ってことか』
真実を検証し――事実を確認する。
同盟の外からその行いに対して「その選択は妥当なのか? その決定に過ちはないか?」を見定める観察者が必要だとダオンは説いた。
『力に溺れて倫理を踏み外しかけたキョウコウ様をツバサ様がお諫めくださったように、ツバサ様たちの往く道を見守る眼もあるべきだと具申する次第です』
『そして、その逆もまた然りか……』
またぞろキョウコウが力に任せて暴走しないとも限らない。
多分そんなことは二度とないと思いたいが、エンテイ帝国が五神同盟の行く末を見守るように、同盟もまた帝国の動きに目を光らせるべきである。
ダオンは言葉の裏からそんな真意を伝えてきた。
相互に動向を観察し、万が一の際には勧告する間柄を築きたいのだ。
だから――エンテイ帝国は同盟入りしない。
六神同盟には繰り上がらず、あくまでも友好条約を結ぶのみに留める。
それが猛将キョウコウの下した決断だという。
実際のところキョウコウは六神同盟を熱烈に希望したそうだが、前述の危惧を抱いたダオンが忠言したことで考え直してくれたらしい。
たとえ友好条約であっても国家間で交わされる正式なものだ。
そのため今回は調印式を行い証書も作成する。
神族や魔族は約束を破れないとはいえ、明確なものを記しておきたい。
これは同盟と帝国――双方の提案でもあった。
そこで五神同盟とエンテイ帝国の結びつきをより明確にするため、誓約を交わす調印式には同盟に属する八陣営の代表者が立ち会う。
できれば陣営のトップが出席するのが望ましい。
しかし、主戦力ともいうべき各陣営の代表が総出で国を留守にする状況は好ましくないので、いくつかの陣営は副官以上の立場にある者が出席する。
その副官に陣営代表の委任状を持たせればOKだ。
ハトホル太母国は国王であるツバサが出席。
同行者として長女、長男、次女、五女、七女の五名が選ばれた。
ミロに関しては言わずもがな――。
長男から五女までは飛行母艦ハトホルフリートの各種性能を十全に引き出すために必要な人材。そして七女は忍者系技能での偵察要員である。
イシュタル女王国からは軍師レオナルドが出席。
本当は女王であるミサキ君が出たかったそうだが、後述する理由と現実世界でキョウコウに面識のあるレオナルドが自薦した結果だった。
タイザン府君国からは冥府神クロウが出席。
こちらは前述した通り、ツバサやミロと同様にクロウも「是非訪問してほしい」とキョウコウからの要望にあったためだ。
断る理由もないため、クロウはこの表敬訪問に参加してくれた。
……どうも還らずの都を巡る戦いで、巫女ククリのために戦闘のみならず激しい口論も交わしたそうなので、その因縁を解きほぐしたいらしい。
キョウコウからの誘いでもあるが、クロウも望むところであるようだ。
ククリを預かる保護者として伝えたいこともあるのだろう。
残るはククルカン森王国、ルーグ・ルー輝神国、穂村組、日之出工務店、水聖国家オクトアードの五陣営。この五つからも代表か副官が出席していた。
全員ハトホルフリートに乗艦している。
エンテイ帝国までの空の旅、到着まで適当に寛いでもらっていた。
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ククルカン森王国 王妃(兼副官) マヤム・トルティカナ。
獣王神アハウの代理として出席するのは彼女だった。
見た目は十代でも通る線の細い美少女だが、現実世界ではツバサより年上の男性でレオナルドたちと同じVRMMORPGのGMを務めていた。
その頃から女性と見紛うほど小柄な美青年だったらしい。
密かに隠していた自己女性化愛好症という性癖から、ガチ目の女装コスプレイヤーや男の娘コスプレイヤーとして、その筋の業界では有名人だという。
その癖が高じて、VRMMORPGのアバターまで女体化。
種族も神族に進化させていたので女神となっており、異世界転移に巻き込まれて完全に女性化。そのまま今に至るというわけだ。
女性として生きていく決意をしたマヤム、今では獣王神の奥方である。
そのマヤムが一心不乱にウォーキングをしていた。
「えっと、骨盤を意識して、腰を左右に揺らすように、背筋はピンと……」
ブツブツと口の中で小さく繰り返している。
薄幸の美少女なんて印象がよく似合う、やや感情が薄そうな顔立ちの美人。銀髪をボブカットに整えており、男性だった面影は片鱗すら窺えない。
小柄ゆえか体型はかなりスレンダー寄り。
アバターが女体化したことを知られないように、体型の変化を控え目にしていたのを悔いているらしい。お尻はまあまあの大きさだがバストサイズはツバサたちと比べると控え目、寄せて上げてもCカップだという。
普段は何枚ものローブを重ね着させた魔導師風の衣装を好む。
これも女性化した体型の変化を隠すための偽装だ。
真なる世界への転移後は隠すこともなくなったため、今日は訪問に際して重ね着ローブの下はタイトなドレスを着こなしていた。
何枚ものローブを脱いで、ドレス姿で艦橋をまっすぐに闊歩していく。
まるでモデルのキャットウォークだ。
実際、マヤムはそれを意識して歩いているのだろう。悩ましげに左右へ腰を揺らす色香たっぷりな仕種は、伝説的なセクシー女優を彷彿とさせる。
モンローウォークというのだったか――。
そんなマヤムにセクシーな歩き方を指導する者がいた。
「はい、そこで回って見せて……ターンするときも爪先から踵、そして頭のてっぺんに至るまで気を抜いちゃダメ! 自分が女の子であることを意識して立ち振る舞うこと! お尻も露骨ではなくさりげなく上品に揺らすの!」
指示を飛ばす声は次第に熱を帯びていく。
手にした1mもの長い定規がペシンペシンと打ち鳴らされていた。
ルーグ・ルー輝神国 女中長 マルミ・ダヌアヌ。
銃神ジェイクの代わりに彼の国から代表に選ばれたのが彼女だ。
……というより、ジェイクが銃を撃つ他は想像以上にポンコツだと判明したため、実質的にマルミがルーグ・ルー輝神国を切り盛りしていた。
その傍ら、ジェイクを王とするべく教育的指導をしているそうだ。
帝王学を一から叩き込む! とマルミは息巻いていた。そんな仰々しい学問、ツバサを始め五神同盟の誰も学んでないのだがいいのだろうか?
マルミといえば指導や教導である。
彼女もレオナルドやマヤム同様VRMMORPGのGMなのだが、その運営会社でもある世界的協定機関の日本支部で教育係を担当していた。
彼女より年下の者は大抵指導を受けている。
無論、レオナルドやマヤムも彼女には頭が上がらない。
クロコを始めとした問題児集団“爆乳特戦隊”をも調教したのだが、これはある理由から横槍が入ったため中途半端となってしまい、彼女たちはあまり矯正されないままレオナルドの部下として扱われるようになった。
(※GM時代の破壊神が手駒の教育をマルミに丸投げしたせい)
身長は女性として程良い高さだが、彼女は横にも幅があってふくよかだ。決して太っているわけではないのだが、ぽっちゃりとした豊満な体型である。
なのに小顔でバストウェストヒップのメリハリがあった。
グラマラスの上を行くぽっちゃりさだが、こういう女性が堪らなく好きだという男も多いので、社内でも人気があったと聞いている。
彼女の場合、その人気は肝っ玉オカンのような人柄もあるのだろう。
やや長めの髪は適当に後頭部で二つに結い、やんわりしたデザインの眼鏡を掛けた優しそうな面立ちの女性。衣装はオーソドックスなメイド服で決めていた。
女中長の肩書きに偽りなしだ。
クロコやホクトもそうだが、いくつかの陣営にはメイド長がいる。ただし、どのメイドも在り来たりな美少女メイドじゃないのが残念でならない。
……いや、そもそも「メイド=美少女」という先入観が間違いなのでは?
齢78歳でもメイドとして働いていればメイドなのではないか?
今度、そちら方面の有識者に訊いてみよう。
マルミは長定規を片手にマヤムへ指導していく。
「せっかく女の子になったのに身体が変化したことに甘えてちゃダメ! より確かな女らしさを獲得するためにも動作のひとつひとつに気を配らなくちゃ!」
「は、はい! すいません!」
「神は細部に宿るの! 女神となった美を細胞の隅々まで感じなさい!」
「わ、わかりました! マルミさん!」
マヤムが女性化したことをマルミは承知の上だ。
ルーグ・ルー輝神国が正式に同盟入りした際、各陣営の副官や幹部も集まっていたので顔合わせは済んでおり、マヤムからの釈明も受けていた。
大らかなマルミは怒る叱るでもなく容認した。
むしろ風変わりな性癖を隠し通してきたマヤムの精神的な苦痛に同情し、カミングアウトしたことを褒めながら受け入れてくれたくらいだ。
しかし、今日は指導者のスイッチが入ってしまった。
エンテイ帝国への表敬訪問ということで、マヤムも重ね着ローブの下は気合いの入れたドレスを着込んでいたのだが、そのデザインを「綺麗!」と囃し立てたミロとマリナが「ちょっと歩いてみて」とお願いした。
そう、今のようにモデルがランナウェイを歩くように――。
(※ランナウェイ=ファッションショーなどでモデルが歩く細長い舞台のこと。またはキャットウォークとも言う。そこでの歩き方を指すこともあるし、舞台のことをそう呼ぶこともある)
マヤムの歩き方を見たマルミが一言。
『non・no! ダメよダメダメ! 男の子の癖がモロ出ちゃってる! せっかく女の子の身体になれたのに、男の挙動を引きずってちゃいけないわ!』
これがマルミの教育係としての魂に火を付けたらしい。
そして――この歩行訓練が始まった。
マルミの手にした長定規が鋭く飛ぶ。
あまりの手数の多さに残像が乱舞するほどだが、長定規の先端は的確にマヤムの誤った動きを捉えており、それを修正すべくピシャリと叩かれていた。
音はするけど痛みはない打ち方だ。
「まだ股間に一物があるのを思い出したような動きをしてるわよ! もうアナタのおまたはスッキリ何もないんだから、太ももを紙一重ですれ違わせるように交互に前へ出すの! 猫ちゃんのようにッ! 猫ちゃんのように歩きなさいッ!」
プシーキャッツ! とマルミは意味不明の掛け声を上げた。
指導に入れ込むあまり熱暴走しているみたいだ。
「はいマルミ先生ッ! 猫ちゃんのように……プシーキャットのようにッ!」
マヤムもマルミからの熱暴走が感染してきたのか、瞳をグルグルさせると興奮気味の返事をしていた。マルミを先生呼ばわりするところに混乱が窺えた。
艦長席で頬杖をついたままツバサは傍観する。
「……なあ、あれ放っておいていいのか?」
元同僚としてどうなんだ? とツバサは軍師レオナルドや執事ダオンに訊いてみるが、二人とも肩をすくめて掌を返してくる。
「双方ともに楽しそうだから自主性に任せていいんじゃないかな」
「下手に手出し口出ししますと巻き込まれますよ?」
ダオンの巻き込まれるという一言が効いた。
ツバサも不本意とはいえ男性から女性に性転換した身体なので、セクシーな歩き方を熱心に指導されかねないと察してしまった。
「あら、ツバサ君には指導するところなんてないわよ?」
こちらの会話を聞いていたのか、マルミが振り向きながら言った。
「女の子どうこう以前の話として、ツバサ君は武道家として完成された体幹や歩法ができてるからね。それをあたし流に仕立て直すほど野暮じゃないわ」
「さすがの観察眼ですねマルミさん」
自分もモンローウォークを仕込まれるのでは? と内心冷や冷やしていたツバサは、大袈裟に褒めるも超爆乳を揺さぶるほど胸を撫で下ろした。
マルミさんは武道家としても超一流。太極拳の達人でもある。
教導役として染みついた習慣なのか、他人の動作を具に観察するのが癖になっているのかも知れない。ツバサの肉体の動きも確認済みのようだ。
そもそもね――とマルミは悪戯っぽく微笑む。
「ツバサ君がそれ以上セクシーになったら目に毒が過ぎるでしょ?」
「……酷い言われ様ですね」
ツバサはちょっとだけムッとして眉を顰めた。
ただでさえムチムチ爆乳ケツデカドスケベボディの美女となり、抱き心地良さそうな極上の安産型ムチムチ女体の地母神となったツバサには、これ以上の色気は足すのは周辺に深刻な被害をばら撒きかねないと遠回しに言っているのだ。
婉曲的な表現かこれ? ストレートに物申してない?
なんにせよ、未だに女性扱いが勘に障るツバサには面白くない話だ。
ふて腐れるツバサの横、軍師と執事は腕を組んで頷く。
「「なるほど確かに――セクシーバイオレンスのオーバーキルですな」」
「どういう意味だコラ!? 物理的にキルしてやろうか、ああん!?」
マルミの悪戯に悪ノリするレオナルドとダオンを怒鳴ると、どちらも「おお怖い怖い」と戯けた逃げ腰でヒョイヒョイと後退っていく。
まったく……とツバサは不満の吐息を漏らした。
他愛ない悪ふざけに興じる余裕があるのはいいことだ、と思い過ごすしかない。特にこの三人はキョウコウとの謁見での役割を期待している。
――レオナルド、マヤム、マルミ。
この三人はVRMMORPGの元GMを務めていた共通点がある。
これはキョウコウにも当て嵌まる共通点だ。
格付けは№07のレオナルドより上――№06。
すべてのGMを統括するグランドマスターが№00。
そして64人のGMで最高位にある五女マリナの父親マーリンが№01。そこから№05までのGMは極秘任務に就いている。
即ち、№00から№05までのGMは別格の存在と見ていい。
そう考えると、キョウコウの№06は相当な上位に食い込んでいた。
№07のレオナルドを始めとして、№10のマルミや№28のマヤムも№の数字的に若い方だからキョウコウの覚えも良かった。優秀な人材を求めていた猛将から「我が派閥に加わらぬか?」と度々スカウトされたらしい。
こうした関係性を買っての選抜だった。
各国の代表の委任状を携えた彼らが代理人であれば、キョウコウも歓迎してくれること間違いなしだ。知り合いなので話もスムーズに進むだろう。
それと――マルミの出席が思わぬ効果を生んだ。
問題児揃いの“爆乳特戦隊”が誰も同行しようとしなかった。
余程マルミから厳しい調教を受けたことが精神的外傷になっているのか、ツバサやミロ、それにレオナルドが揃えばこの三人を愛して已まないクロコは是が非でも付いてくるはずなのに、今回ばかりは辞退するほどだった。
……連中の再調教とかマルミにお願いしたい。
そのマルミだが、まだマヤムに女性らしい歩き方の指導をしていた。
だだっ広い艦橋のフロアをキャットウォークやモンローウォークで黙々と歩き続けるマヤム。その後ろを3つの小さな影が追いかけている。
ハトホル太母国 長女 ミロ・カエサルトゥス。
ハトホル太母国 五女 マリナ・マルガリーテ。
ハトホル太母国 七女 ジャジャ・マル。
ツバサに付いてきた娘たちだ。
「おいっちにー♪ おいっちにー♪ おいっちにーさんしー♪」
「こうやって……足を出すときにちょっと交差するように……」
マヤムへのアドバイスを独自に解釈して、各々が好き勝手にセクシーウォークを開発しようとしていた。
ミロもマリナも戦闘服を兼ねたいつものドレス。
だが表敬訪問のため、普段使いのものよりゴージャスなものだ。
当然、余所行き仕様である。
「あの……自分にはまだ早すぎるゴザル!?」
長女と五女に引っ張り出されたジャジャは、口でこそ不満を叫ぶものの姉たちに逆らえないので、幼女なりに頑張ってキャットウォークをしていた。
見た目は七歳の女の子――中身は十五歳の少年。
異世界転移ならぬ異世界転生で性別まで転性してしまったジャジャは、事あるごとに年下の妹として扱われる日々耐え忍んでいた。
こちらも幼児向けのくノ一装束だが、やはり余所行きである。
「……フフフ、アソコにいる自分は影武者でゴザル」
不意にジャジャの声が聞こえたかと思えば、艦長席に座るツバサの後ろからひょっこりジャジャがしたり顔を覗かせてきた。
この艦長席は子供たちが一緒に座っても余裕がある。
小さなジャジャは隙間へ潜り込むように、尚且つツバサの長い黒髪を隠れ蓑にして潜んでいたらしい。まるっきり子供の隠れ方だった。
おやまあ、とダオンは惚けた顔で驚いた。
「こちらにもジャジャ様? では、あちらでウォーキングをしているのは?」
「自分の影分身でゴザル!」
小さな胸を張って鼻高々な仕種は幼女そのものだった。
自覚こそないが幼女の肉体に適応しつつあるらしい。
それが良いのか悪いのか? ツバサは深く考えないことにしていた。
「こんなこともあろうかと、ミロさんやマリナ姉上に誘われた時に本体と入れ替えた影分身を身代わりにしといたのでゴザルよ、フッフッフッ……」
自慢するジャジャだがレオナルドは首を傾げる。
「しかし、忍者系技能の影分身は分身の経験が術者にフィードバックされるのではなかったかな? 結局ミロ君たちに付き合っているのと同じでは……?」
「……それは言わないお約束でゴザル」
レオナルドにツッコまれたジャジャは拗ねた。
ツバサの乳房の下に潜り込んで、抱き付いたまま啜り泣いている。ツバサはジャジャを抱き寄せてあやすと、眉を釣り上げてレオナルドを睨んだ。
「おい、ウチの子をイジメるな!」
「い、いや、決して虐めるつもりで言ったんじゃ……」
「大人の正論は子供を傷付けますよね」
「ダオン君!? ここぞとばかりにツバサ君に味方しないでくれ!?」
ツバサとダオンで軍師気取りを茶化してやった。
ジャジャも本気で嘆いてはいない。演技の嘘泣きである。
影分身を身代わりにしたのは単なる気分であって、別にミロたちのお誘いが嫌だからと拒否しているわけではない。
彼女たちのノリに付き合う気楽さがジャジャにはあった。
今ではキャッキャッと子供らしく笑い声を上げながら、マヤムの真似をするミロたちの後ろへくっついて、セクシーな歩き方になるよう頑張っている。
子供たちトリオは道中暇を持て余していた。
なのでマヤムの練習へ付き合うように遊んでいるのだ。
「はい、ミロちゃんいいわよー! セクシーのなんたるかを理解している天性の歩き方だわ! マリナちゃんもおませさんね! 男心を引きつける女の後ろ姿がわかった歩き方をしてる! ジャジャちゃんはまだまだこれからね!」
マルミも子供トリオの面倒を見てくれている。
おかげでツバサも子守から解放され、クロウやレオナルドにダオンといったダンディな面子に囲まれて、真面目な通貨制度の話題に耽ることができた。
なんとなく男臭い空気が漂うが、ツバサとしてはご満悦である。
一方、別のテーブルでも真剣に話し合う三人組がいた。
「……というわけで食料自給率を上げたいんです」
ライヤは神妙な面持ちで本題を切り出した。
水聖国家オクトアード 政務官 ライヤ・キンセーン。
今のところ祖父でもある蛙の王様ヌン陛下の補佐を務めているが、彼女が次の王様となることは内定しており、ほぼ確定の次期女王候補である。
水聖国家からは彼女が出席することになった。
出席理由は祖父であるヌンから「ジジイが出向くより若くて美しい姫を出した方が外交的にいいじゃろ」と推薦されたためである。
蛙とは似ても似つかない、ハイエルフの外見をした金髪美少女。
ボリューム感のあるヘアスタイルはライオンのようだ。
万人受けするスタイルに着込むのは、水聖国家の武官文官問わず身に付ける軍服仕立ての制服だ。次の女王となる姫として訪問してもいいはずだが、彼女はあくまでも「外交ですので」とこの格好で通していた。
そんな彼女の相談に応じるのは、工務店の若社長である。
「増えた土地を有効活用したいわけですな」
親指と人差し指で顎を支えながらライヤの申し出を承っていた。
日之出工務店 社長 ヒデヨシ・ライジングサン。
10人の高LV工作者を擁する工務店の棟梁だ。
日之出工務店は代表である彼が出席する。当初は奥さんが出るという話もあったのだが、まだ本調子じゃないのでヒデヨシ当人が出張ることになった。
少年漫画の主人公としてデザインされた豊臣秀吉。
そんな風貌をした青年であり、ギンギラギンに輝く金髪をチョンマゲみたいに結っていた。肩に羽織る大半纏の背には“大棟梁”と染め抜かれている。
艦橋のあちこちに設けられた寛ぎのスペース。
ライヤはヒデヨシや穂村組代表と同じ席についてテーブルを囲み、その上に大きめのスクリーンを展開させた。映し出されているのは地図だ。
「ええ、こちらを御覧ください」
水聖国家の全景がわかるよう撮影した航空写真。
以前はイシュタル女王国付近の海辺にポツンとせり出した小さな半島程度だったが、その土地面積が倍以上に大きく広がっていた。
これはヌン陛下のせい――いや成果だ。
破壊神戦争の最中、ヌンは最悪にして絶死をもたらす終焉でも三大幹部に数えられる奈落神マッコウと激闘を繰り広げ、見事に勝利を収めている。
その際、奈落神の呪縛を打ち破るため創世の力を使った。
これにより新たな大地が大きめの浮遊島として誕生してしまい、製作者の責任としてヌン陛下が引き取り、自国の一部に接合したのである。
謂わば生まれたばかりの大地というわけだ。
ライヤはその土地を有効活用する計画を立てていた。
「お祖父様……ヌン陛下の御力で増えた土地を開墾して田畑を作るばかりではなく、果樹園や新しい作物を作りたいのですが……その、聞いたところによれば地球では季節に関係なく農作物を作れる建物があるとか……」
「ああ、ビニールハウスみたいな屋内栽培施設のことかな」
ありますぜ――選り取り見取りだ。
ヒデヨシはカタログを披露するように、現実で使われていたビニールハウスを始めとした農業工場などの風景を何枚ものスクリーンに展開させた。
おおっ! と歓声を上げたライヤは瞳を輝かせる。
「地球産なんで魔法ほど万能じゃありませんが、それでも費用をかければ季節外れの野菜や果物を作るのも不可能じゃありませんでしたね。こうした農場工場はもっと本格的になっとりまして……」
砕けた敬語でヒデヨシはスクリーンの画像について解説する。
ヒデヨシの話術は手慣れていた。
工務店の社長として営業トークも磨いてきたに違いない。
「水耕栽培!? 土がなくとも植物が育つのですか……おお、なるほど、水に養分を混ぜることで……はいはい、勉強になります!」
魔法のメモ帳へ書き留めるのも忘れない。彼女は勉強熱心だ。
興味津々のライヤは相談の真意を打ち明ける。
「実はこれらの第一次産業を主導したいのは、私ではなく農学者などをしております兄上や姉上たちでして……祖父から日之出工務店さんのお話を聞き、機会があれば詳しくお話を聞いてこいと頼まれてました」
ヌンの子息たちは全員、蕃神との戦争で命を落としている。
彼らも伴侶に恵まれて子供を授かった者が多く、ヌンの孫に当たる神族や魔族は水聖国家に何人もいた。その中でもライヤは若い方だ。
年上の従兄弟に当たる兄や姉が何人もいる。
年功序列的に彼らが水聖国家の王座を継ぐべきなのだが、揃いも揃って学者肌な研究者気質のため「遠慮します」と辞退していた。
だから政務の職に就いたライヤに次期女王というお鉢が回り、これに兄姉は文句をいうどころか諸手を挙げて大賛成したという。
そんな兄姉のために同席した工務店社長ヒデヨシへ仕事の打診をするのだから、ライヤと彼らの中は頗る良好のようだ。
良くも悪くも水聖国家には権力闘争が起きる心配はないらしい。
「ならお安い御用でさ。いつでも現地へお伺いしますぜ」
ヒデヨシが頼もしく胸を叩けば、ライヤは「ありがとうございます」と礼を述べながら、その兄や姉たちの更なる要望を伝えていく。
「ヌン陛下が新たに創造した土地の活用もそうなのですが、異相から真なる世界へ戻ってきたことで近海も有効活用できると考えているそうで……」
「近場の海でできること? それだっていくらでもありやすぜ」
ヒデヨシは思い出すように指折り数えていく。
「生け簀で養殖業、魚に貝に海老蟹と何でもアリですし、沖から吹く風を利用しての風力発電、寄せては返す波での潮力発電……」
「その話――穂村組も一枚噛ませてくれませんか?」
レイジは冷徹な一声で割り込んできた。
ハトホル太母国所属 穂村組 若頭 レイジ・アリギエーリ。
穂村組を代表して出席するのは組の№2の彼である。
組長のバンダユウが表敬訪問を面倒臭がった説が濃厚なのだが、水聖国家のように未来ある若者へ外交を委ねたという態になっていた。
エルフ系の種族から魔族になった美青年である。
長身痩躯の身にまとう、雰囲気から高級仕立てのスーツまで寒色系でまとめられている。氷雪系の過大能力を使うので、まさしくクール系男子だ。
切れ長な眼差しは氷柱のようである。
「なんだい、穂村組も第一次産業を始めるのかい?」
横槍を入れてきたレイジをヒデヨシはからかいがちに迎える。
「ええ、あながち間違いではありません」
ヒデヨシの冷やかしを正面から受け止めたレイジは、そっくりそのまま肯定してしまった。フレームの細い眼鏡の位置を直しながら続ける。
「我々も用心棒稼業に一辺倒では、この先よろしくないと鑑みましてね。組員や私兵に素質がある者がいれば手に職を覚えさせたいのです」
農作、畜産、水産、林業、鉱業……。
「まずはこういった産業の根底を支えるところから、使える人材を少しずつでもいいので育成していき、目指すところは多方面での人材派遣です」
穂村組は源流復古し、武道家集団へ立ち返っている。
それはそれとして、現実での裏社会で名を馳せた用心棒の派遣業や暗殺請負などの仕事は引き継いでいた。レイジはこれを進化させるつもりらしい。
穂村組は低LVの神族や魔族を相当数抱えている。
彼らは穂村組構成員とは区別されており、“私兵”と呼ばれていた。異世界転移した後に真なる世界で穂村組傘下に加わったプレイヤーだ。
穂村組が保護したと言い換えてもいい。
過酷すぎる真なる世界で路頭に迷っていた彼らを迎え入れ、衣食住を保障する代わりの対価として組のために働くことを命じていたのだ。
だから――私兵である。
レイジはそんな私兵たちに新たな活路を見出そうとしていた。
「武力や暴力に訴える機会は、蕃神が襲い来る限り続くでしょう……ですが、各地で様々な国が興る以上、そこには多くの働き手が求められるものです」
競合相手のいない場を今のうちに開拓しておきたい。
「……これが若頭に任じられた私なりの経営戦略です」
番頭の異名を取るだけはあり、レイジは元ヤクザとは思えない。多角経営に乗り出す起業家のようだ。あるいは先進的なインテリヤクザ。
レイジの表明にヒデヨシやライヤは感心する。
「用心棒の他にも手広くやろうってか……いいねぇ!」
「では、もしも興味のある方がいれば我が国で手伝っていただいても……」
やたら建設的で前向きな意見が交錯していた。
数年後には水聖国家の食糧自給率が右肩上がりで跳ね上がり、穂村組の人材派遣業が用心棒のみならず各分野に拡大していく未来が垣間見える。
日之出工務店製の建築物も、雨後の筍みたいに生えてきそうだ。
――お手並み拝見といこうじゃないか。
三人の会話を密かに聞いていたツバサは静かにほくそ笑む。
「ツバサ様――見えてまいりましたよ」
傍らに立っていたダオンに呼ばれて顔を上げると、艦橋の前面にパノラマで広がる風景が一気に塗り変わる。どうやら雲海を抜けたようだ。
子供たちが一斉に外が見える大窓へ取り付いていく。
話し込んでいた大人たちも立ち上がり、外の景色を確かめるように眺める
晴れ渡る青空の下――大きく広がるな国の姿があった。
「あれがエンテイ帝国か……」
感歎にも似た声を漏らしたツバサは瞳を見開いた。
形式的には城塞都市に近いのだろう。
円形に縁取られた背が高く分厚い壁に仕切られた街並み。それが五つ集まったような形状をしていた。葵の御紋を三つ葉ではなく五つ葉にした感じだ。
実際に五つ葉の紋はあったと思う。
ツバサの膝に座ったジャジャがよく似た感想を呟く。
「四つ葉のクローバーならぬ五つ葉のクローバーみたいでゴザルな」
「ああ、同じようなこと考えてたわ」
――五枚の葉を形作る城塞都市。
その真ん中に一段高く重ねたように城壁で囲まれた都市があり、その中心にいくつもの尖塔が並ぶ西洋と東洋の建築様式を織り交ぜた城が建てられている。
かつての極都を思い出させる風貌の城だ。
(※極都については第7章から第8章を参照のこと)
あそこが猛将キョウコウの拠点とする居城に違いない。
二段とはいえ積み重なっているので積層都市と呼ぶべきだろうか?
都市の周辺は見渡す限りの田畑が広がり、様々な穀物をこれでもかというほど実らせていた。見事な穀倉地帯として完成している。
エンテイ帝国は北の大地へ立派に根を下ろしつつあった。
子供たちは艦橋の窓に張り付いて「スゲー!」と年相応の称賛を叫び、大人たちも見入ったままツバサのように「ほう……」と感歎する。
ただ、工作者たちは訝しげに眼を細めていた。
注意深く帝国の外観を観察するのは、長男ダインと棟梁ヒデヨシ。
二人同時にエンテイ帝国を指差して執事ダオンに尋ねる。
「「――あれ飛ぶだろ?」」
「一目で見抜かれてしまいましたか。はい、仰せの通りです」
ダオンは笑いながらタネを明かす。
「移動要塞という意味では極都の前例もありますからね。万が一の際には都市ごと避難できるようにと、エメス様が苦心して建設された浮遊都市です」
城壁で囲まれた部分は丸ごと浮上するらしい。
さすがに穀倉地帯まではカバーできず、もしもの事態では残念ながら置いていくしかない。なるべく収獲したいだろうが命あっての物種だ。
ようやくツバサは腑に落ちた。
「そうか、破壊神戦争の時はこれで被害を免れたわけか」
「あの時は我々も大層肝を冷やしましたよ」
ダオンは苦笑いで回想する。
「ツバサ様とロンド氏の激闘により、中央大陸の北部は壊滅……勿論、この辺りも地盤ごと消え去ってしまい、すべてが海底に没してしまいました」
そう、守護神と破壊神はやり過ぎたのだ。
破壊神戦争の最終局面、一騎打ちへと突入したツバサとロンドは死力を尽くして戦い続け、その余波は中央大陸の形を変えるほどの災害をもたらした。
具体的に言えば――大陸北部が跡形もなく消失。
中央大陸が“□”だとすれば、北部が消えて“凹”んでしまった。
大地が割れて地盤が崩され、すべてが海の底へ沈むように消えていき、いずれ原始の海へ還らんとばかりに滅びの道を辿っていたのだ。
それに破壊神の呼び掛けに応じた混沌の泥も世界中に蔓延っていた。
真なる世界全土を覆い尽くさんとする――悪意の泥濘。
何も彼も貪り尽くして滅ぼさんとする不定形の闇には、強力な結界に守られていた五神同盟の国々も滅びを覚悟したほど脅かされた。
エンテイ帝国とて例外ではない。
中央大陸の北部が沈む前に混沌の泥が押し寄せたらしい。
この窮地を脱したのが、宰相エメスが「こんなこともあろうかと」と工作者魂を燃え上がらせて建設した、あの浮遊都市だという。
当時の慌ただしさを振り返るようにダオンは語る。
「……穀倉地帯の世話のため城外に村を建てた国民たちも緊急避難させ、都市全体を結界で覆いながら緊急浮上。当初は混沌の泥を凌ぐつもりでしたが、後ほど大陸北部が消滅したのを考えれば先手を打っておいて正解でしたね」
「……うん、正直すまんかったと思っている」
反省してるからゴメン、と項垂れたツバサは乱れた語彙力で謝罪した。
大陸北部を消した原因は守護神と破壊神の戦闘。
一端とはいえツバサも片棒を担いでいるので、エンテイ帝国にも被害を及ぼした件については謝るしかなく、素直に反省の意を示すばかりだ。
責めているわけではありません、とダオンは訂正する。
「ツバサ様とミロ様が破壊神さんに勝利を収めてくれたおかげで、例の褒賞とやらで消えた北の大地も戻ってきましたからね。御覧の通り、穀倉地帯も元通りに回復していただけたので、我が国の損害は軽微で済みました」
「……そう言ってくれると救われるよ」
破壊神に勝利した褒賞――戦争で傷付いたものは回復する。
エンテイ帝国が腰を据えた北の大地のみならず、育てていた途中の穀倉地帯もこれに含まれたことで、戦争後にはちゃんと元通りになったらしい。
もしそうでなければツバサが弁償していたところだ。
「なあ母ちゃん母ちゃん!」
操舵輪を手にした長男が大声で振り向いてきた。
「今後またあがい大戦にならんとも限らんき、ウチの国も避難の一助として国ごと空へ浮かべるように改造し……あ痛たたたたたたたたたッ!」
「誰が母ちゃんだ! そんなの許可できるか!」
ジャジャを抱き上げたツバサは艦長席から立ち上がると、瞬間移動みたいな速さでダインに詰め寄り、長男の顔面を鷲掴みにして握力を強めた。
力尽くのアイアンクローで戯言を黙らせる。
白煙の蒸気を噴き出して耳や鼻から放電しても握力を緩めない。
そのうえで無茶も大概にしろと言い聞かせていく。
「エメスさんみたいに最初から浮遊都市だと計画して建造するならともかく、都市も街も複雑に組み上がりつつあるハトホル太母国でできるわけがない。おまえならできるかも知れんが、その魔改造にどれだけ費やすつもりだ?」
国民の安全を第一に考えた国防力。
防衛に関しては強靱な結界で十重二十重に囲まれているし、その結界を破られたとしても地下シェルターや避難船の準備も完備されているのだ。
「……つーか、もうウチにあるだろ浮遊都市!?」
説教中に思い出した。空に浮かぶ要塞はハトホル太母国にもある。
――移動要塞ハトホルベース。
守護妖精族に管理を任せている浮遊基地だ。
「改造するなら、既にあるものをより良くなるよう改善しなさい! 余所様のスゴいところを参考にするのは構わんが、ほいほいインスパイアするな!」
「い、イエッサー・マム!」
誰がマムだ! とダインの顔が爆発するまで五指で締め上げた。
昔なら次女が大好きな旦那様を壊されて「ダイちゃーん!?」と悲鳴を上げる頃なのだが、慣れてきたのかスルーしていた。
母と息子のスキンシップ――と判定できるようになったのだろう。
持ち前の分析系技能で色々と調査中のようだ。
「浮遊する時だけじゃなく平常時もちゃんと結界を稼働させてるスね」
当たり前ちゃ当たり前か、とフミカは独りごちた。
穀倉地帯ごとエンテイ帝国を守るために覆っている結界。
結界自体は透明なので視界で捉えることはできないが、結界の輪郭を象るかのように浮かんでいる小さな物体をいくつも確認できた。
それは――仮面。
神や悪魔を模したであろう仮面が結界を形作っていた。
ひとつひとつに力が宿っており、結界を構成する要素となっている。仮面が模すものが何であるかをフミカは一目で看破したようだ。
「ダオンさん、あれみんな塞の神ッスか?」
「よくおわかりですね。すべて境界線を司る神々の面だそうです」
仮面を指差すフミカにダオンは答えた。
エンテイ帝国 防衛担当 仮面師 ニャル・ウーイェン。
執事ダオンや宰相エメス同様、猛将キョウコウに忠誠を誓った灰色の御子の末裔の一人だ。無貌の仮面を被り、全身を何枚もの仮面で飾っている。
大柄な男性のようだがオネエ口調で喋るらしい。
その身を飾る仮面は見せかけではない。
仮面を触媒とすることで、そのモデルとなった神や悪魔を仮面兵という強力な従者として召喚できる過大能力を持っているそうだ。
こうして仮面を用いた結界など応用も利かせられるらしい。
塞の神はダオンが説明した通り、境界線に関係のある神々の総称だ。
国を守る結界を形成するには適任と言えるだろう。
結界の周囲は製作にニャルが関わった大型ロボゴーレム“奇神兵”が、見廻りの警邏兵よろしく数体ずつの部隊を編成して巡回警備をしていた。
破壊神戦争で活躍してくれた奇神兵。
再利用というわけではないが、平和的な使い道を見付けたようだ。
飛行母艦は高度を下げるとエンテイ帝国へ近付いていく。
しかし、帝国を取り巻く結界は維持されたままだった。
「……このまま進んじゃっていいんスかね?」
「結界を解いてくれんと、艦のバリアと国の結界で競り合うぜよ」
怪訝な瞳で結界を見つめるフミカが問うた。ツバサのアイアンクローから解放されたダインも操舵輪を握る手を止めて煤けた顔で振り返る。
二人の視線にダオンも些か困惑していた。
「はて? おかしいですね。ツバサ様たちの艦が見えたら、エメス様なりニャル様が気付いて結界を解除してくれる手筈だったのですが……」
その時、艦橋に通知アラートが響いた。
警報ほど強くはなく、お報せくらいの音量だ。すかさず情報分析担当のフミカがスクリーン型の制御盤を操作して通知内容を調べる。
「エンテイ帝国からの通信ッスね。宰相のエメスさんからッス」
「お手数ですが繋げていただけませんか?」
了解ッス、とフミカは制御盤をタッチタイピングで叩く。
艦橋の前面に大型スクリーンが現れ、通信相手の姿を映し出した。
エンテイ帝国 宰相 エメス・サイギョウ。
執事ダオンが懐刀だとすれば、彼はキョウコウの右腕となる副官だ。
キョウコウの幼馴染みだった灰色の御子の血を引いた子孫であり、先祖から能力と記憶の一部を受け継いでいるという。
風体としては、背の高い美貌の僧侶である。
かなり年嵩なはずなのだが、マネキンのような容貌からは老いを感じさせない。また異様なくらい高い鼻が特徴的だ。鉤鼻とか鷲鼻どころではなく、錐のような鋭さを感じさせるくらい尖っていた。
大僧正と呼びたくなるような、豪華絢爛な僧衣に袈裟をまとっている。
五神同盟の来賓を出迎えるための盛装のようだ。
後ろには補佐として女官まで随え、お出迎えの準備も整っていた。
エンテイ帝国 神絵師 ミラ・セッシュウ。
エンテイ帝国 従率姫 マリラ・ブラディローズ。
前者はキョウコウ六歌仙に数えられた忠臣の一人。彼女もやはり灰色の御子の血を引く末裔だという。描いたものに生命を宿す過大能力の持ち主だ。
花魁めいた衣装を好む、鉄火肌でトランジスタグラマーな女性である。
後者は凄腕プレイヤーとして勧誘された女性だ。
キョウコウ五人衆であり、鞭でしばいた者のマゾ性を引き出しながら生命力を削ってでも無理やり強化させる過大能力を持っている。その頃は“嗜虐姫”という痛々しい二つ名だったはずだが、どうやら改めたらしい。
スレンダーなモデル体型をタイトなチャイナドレスで着飾っている。
どちらも来客用なのか以前より大人しめの衣装だった。
――大型スクリーンの中央に現れるエメス。
眉尻の下がった表情は冴えず、申し訳なさを前面に押し出していた。
おや? とツバサが小首を傾げて訝しんでいる間に、エメスは目を伏せるように一礼をすると出迎えるのための挨拶を述べてくる。
『遠路遙々ようこそいらっしゃいました五神同盟の方々……宰相エメス、まずはエンテイ帝国を代表して皆様の来訪を歓迎させていただきます』
『『――ようこそいらっしゃいませ』』
後ろに控えるミラとマリラも同じように礼をした。
ツバサはジャジャを艦長席に下ろし、姿勢を正してお辞儀で返す。
「ありごとうございますエメス殿……こちらこそ、お招きに預かりながら遅参となって申し訳ありません。本日ようやく参じることができました」
よろしくお願い申し上げます、とツバサは丁重な返事で受け答える。
「――失礼いたします」
ツバサたちが招待者と来客の差し障りない会話をしていると、ダオンが「我慢できません」とばかりの態度で割り込んできた。
一歩前に出るとスクリーンのエメスへ詰め寄る。
「エメス様これは一体どういうことですか? ツバサ様たちの艦が見え次第、結界を解除して空港まで誘導する予定のはずですが……」
言葉遣いこそ丁寧だが、ダオンは食って掛かるような物言いだ。
エメスはそれを咎めることなく、まるで自分に非があるように雰囲気を萎れさせると、柏手を打つように両手を合わせて頭を下げてくる。
『ダオン君……誠に申し訳ない!』
他でもない――部下のダオンに謝り倒していた。
~~~~~~~~~~~~
「つまり、キョウコウ……殿と会う前に、新家臣である四人のプレイヤーと腕試しを兼ねた親善試合をしてほしい……ということですね?」
思わず相手の王を呼び捨てかけたが、ツバサは慌てて言い足した。
『……話をまとめていただきありがとうざいます、ツバサ君』
罪悪感に押し潰された声でエメスは礼を述べた。外面を取り繕えないほど精神的に苦しいのか、ツバサの呼び方が「様」から「君」になっていた。
普段は君付けのようだ。その方が気楽でいい。
新たに臣下へと加わった四人――全員LV999の強者らしい。
キョウコウやダオンが太鼓判を押すのだから、LV999を上中下の三ランクに分けるとしたら、中より上の強さと見て申し分ないだろう。
彼らがツバサとの一戦を所望しているそうだ。
エメスの口振りから読むに、ツバサを目の敵にしているわけではないらしい。かといって「我々が王と認めたキョウコウ様より強いのか?」なんて猜疑心に突き動かされての確認作業でもないようだ。
純粋にツバサたちと腕を競い――勝負の醍醐味を味わいたい。
少々戦闘狂めいた匂いを嗅ぎ分けることができた。
そこはツバサも同じ穴の狢なので、腕試しと話を振られただけで脳内では「オラわくわくすっぞ!」なんて心の声が騒ぎ立てるくらいだった。
ツバサは吝かでもない。むしろ大歓迎である。
だが常識に照らし合わせれば、これほど無礼千万な申し出はない。
ツバサの傍らでクロウとレオナルドが話し込む。
「……招いた主賓をいきなりバトルに誘うってどうですかね?」
口元を手で隠したレオナルドがヒソヒソと尋ねる。
「……たとえお客側が乗り気だったとしても、あらゆる意味で悪手ですね。外交的には勿論、知れ渡れば国際的な信用も下げることになるでしょう」
クロウも頭蓋骨の歯茎を隠してヒソヒソと応じる。
実際の国交でこんな真似をすれば国際問題になること請け合いだ。
そうでなくとも友人の家に招かれたので行ってみれば、「よく来たな! 家へ上がる前におれとポ○モンバトルしようぜ!」なんて切り出されたら、そいつの正気を疑うのみならず、今後の付き合い方も見直さなければならない。
小学生ならいざ知らず、いい大人にやられたらドン引きだろう。
出会い頭にバトルを挑んでいいのはゲームの中だけだ。
キョウコウもいい大人、それくらいは弁えていてもいいと思うのだが……エメスの憔悴振りを見るに説得に応じないのは見え見えだった。
エメスも常識的に考えて、キョウコウを押し止めたはずだ。
しかし猛将は性格的にワンマン暴君なところがある。思い立ったら吉日とばかりにこうと決めたらブレない芯の強さがある。
その猪突猛進さゆえに引き起こされたのが、還らずの都を巡る戦争だ。
今回も忠臣の意見も聞き入れず押し切ったに違いない。
これに怒りを露わにしたのは他でもない――執事だった。
ただでさえ不貞不貞しい強面をとことん煮詰めたような渋面にしており、眉間が割れかねないほど皺を寄せていた。ギリギリと歯軋りも聞こえる。
「エメス様がお側におりながら……どうしてキョウコウ様の暴挙を諫めてくださらなかったのですか? お客人に対して、こんな巫山戯た真似を……ッ!」
それは問い掛けるというより糾弾だった。
発する言葉こそ礼儀正しいが、孕む怒気は隠せない。
ダオンは約束事を反故にしたり、相手に泥をかけるような行為を許せない性質らしい。たとえ主君や上司であっても噛みつきかねない怒りようだ。
彼は慇懃無礼なのではない――本当に慇懃なだけ。
その過激的な慇懃さゆえ、身内が無礼を働けば見過ごせない。
仲間の為出かしたことだからこそ、上役がやらかしたからこそ、より厳しく言及しないと気が済まないのだろう。執事の鏡みたいな漢だ。
そんなダオンの性格はエメスも承知の上である。
宰相は力強く合掌したまま、ペコペコと頭を下げていた。
『誠にッ……本当に申し訳ありませんダオン君! これも拙僧の不徳の致すところとしか……っていうか、ノリノリのキョウちゃんをボクが止められると思う!? 頑張ったんだけど無理だったんだよ!』
途中から素の性格になったエメスは半泣きで釈明する。
『そもそもの話、あの四騎士も「このサプライズは絶対にツバサ君やミロちゃんに喜んでもらえます」なんてキョウちゃんを焚き付けるものだから、キョウちゃんもキョウちゃんで破壊神さんを倒した二人の今の実力を見たいって……!』
ついには僧衣の袖で目元を隠して泣き崩れそうになるエメス。
すると、後ろにいたミラとマリラが擁護する。
よしよし……とさめざめ泣くエメスの背中を撫でていた。
『やいやいやい、あんまエメス様を責めてくれるなよデブ公! こう見えてちゃんとキョウコウ様に「待った!」を掛けたんだぜエメス様はよぉ!』
『まあ、キョウコウ様が聞く耳を持つわけないのですが……』
ミラはエメスの努力をフォローしつつ、マリラはお手上げのジェスチャーをする。彼女たちの弁解にダオンは苦虫を噛み潰していた。
「だからといって……礼儀を蔑ろにしていい理由にはなりません!」
ダオンは一喝する。大人としては彼の意見が正しい。
面白ければそれでいい――こんな愚行が許されるのは餓鬼までだ。
もういいです! とダオンが語気を荒げる。
「私がキョウコウ様へ申し立てます! 四騎士の皆さんも説得いたします! ですのでひとまず、結界を解除して五神同盟の皆様を中へ……」
「待てダオン――受けて立とうじゃないか」
やってやるよ親善試合、とツバサは執事を制して前へ出た。
ええッ!? と驚愕の声を上げて目を丸くするダオンに対して、スクリーンの向こうのエメスは女官たちをはね除ける勢いで顔を上げた。涙目をキラキラさせながら指を組み合わせ、救世主に出会った瞳で見つめてくる。
「そんな、ツバサ様……これはあまりに失礼が過ぎるのでは!?」
『本当ですかツバサ君!?』
考え直してほしいと態度で訴えてくるダオンと、縋るような視線を送ってくるエメスの両方を視界に収めたツバサは悪党じみた笑みで応対する。
少々の外連味を帯びた演技も忘れない。
「そちらの悪戯小僧たちが、悪どいオヤジを唆してその気にさせて、その悪ノリに悪餓鬼な俺が乗った……ケンカ大好きなバカどもが各々個人的に勝手にやっただけのことだ。外交とか国交とかは抜きにしてな」
そうすれば宰相と執事の面目も立つだろう、と捕捉する。
ダオンは肩を落として項垂れると、「申し訳ありません……」と今にも土下座しかねないくらい消沈した声で詫びてきた。
『……ありがとうございますツバサ君! 恩に着ますッ!』
そして、エメスも万歳三唱しそうなほど感謝してくれた。
実は――先ほどからレオナルドがうるさいのだ。
エメスやダオンに気付かれぬようハンドサインやアイコンタクトを小まめに送っており、この状況を乗り切るアイデアを出していた。
『ここで親善試合を引き受けてやれば、エンテイ帝国の常識人たちに貸しを作ることができる。それは今後の国交で役に立つはずだ』
『そんな姑息な真似しなくても試合くらいするぞ?』
ツバサが視線だけでそう返すと、おもいっきりダメ出しされた。
左右の人差し指で×を作る軍師は眼力のみで威圧してくる。
『駄目だよダメだめ! いくら仲良くなること前提で友好条約を結ぶとしても、国と国の付き合いだ。どこで揉めるか知れたものじゃない。だから、今のうちに内通できる協力者との誼を結んでおくべきだ。転ばぬ先に杖みたいなものさ』
『えぇ~……孔明みたいな面で悪徳軍師めいたこと言いやがるな』
『孔明で軍師は褒め言葉だが、悪徳は大きなお世話だね』
なんにせよ――ツバサは最初から腕試しの勝負を受けるつもりだった。
最近どうしても運動不足気味なのだ。
戦後処理から始まってハトホル太母国や五神同盟での政務をこなし、合間に修行希望者を異相へ連れて行き訓練を付けたり手解きをしたり……。
そろそろ戦闘中毒の血が疼いて仕方ない。
大型スクリーンの前に立ったツバサは、エメスに再確認をする。
「どうも話を聞くにキョウコウ殿を唆した四人……四騎士と呼んでいましたね? 彼らは俺たちのことをよく御存知のようだ」
『ええ、あなたたちはVRMMORPGで有名人でしたからね』
やはりツバサたちを知っている理由は、あのゲーム世界での知名度を基準にしているらしい。名指しで指名してくるのだから、ミロが投稿していた動画も研究するように観ていたことは想像に難くない。
「そして――ツバサとミロも彼らを知っている可能性が高い」
ツバサの洞察にエメスは瞑想のように瞼を閉じた。
『……お察しの通りです。面識があるか否かは彼らも明かしてくれませんでした。また彼らの正体をここで明かすのも状況的に野暮天かと思いまして……』
四騎士が「サプライズ」と謳っているのだ。
ここで詳らかにしてしまうのは、ネタバレという野暮である。
もしかするとVRMMORPG時代にどこかで会った知人友人かも知れないし、四騎士がツバサでも知るほどの有名人なのかも知れない。再会になるのか初対面になるのかは、果たして対面してからのお楽しみだ。
それこそ「サプライズ」なのだろう。
「格闘家は拳を交えればわかる、的なアレかな?」
「俺より強い奴に会いに行くってか? やかましいわ」
含み笑いに口元を緩ませたレオナルドが茶々を入れてきたので、ツバサは半眼になると意地悪そうに笑いながら一蹴した。
ツバサはエメスへと向き直る。
「だったら話は早い。四騎士はVRMMORPGで暴れたいた頃の俺たちと戦うのがお望みだろう。なるべく再現したチームでお相手するとします」
「あ、じゃあアタシの出番だったりして?」
いつの間にか艦長席へふんぞり返り、そこに座らせたはずのジャジャを膝に乗せてこねくり回していた長女ミロが、人差し指で自分を指していた。
同じく艦長席に座り込んでいたマリナも反応する。
「VRMMORPGのチームだと……『ツバサとミロのアルマゲドン最強夫婦!』の頃だから……ワタシも参加するんですか!?」
自分で言いながらビックリしたマリナは、オバケを怖がる子供みたいにミロの背中へ隠れようとしていた。子供として当たり前の反応だろう。
マリナの強さはLV950へ迫りつつあった。
それでも――戦士としてはまだまだ幼く未熟なのだ。
師匠でもあるツバサに手合わせ申し込むLV999の猛者と戦える実力はなく、そこまで無謀な度胸も持っていない。
たとえ練習試合だとしても強さの格が違いすぎる。
「ミロには参戦してもらうがマリナはお留守番だな。今回の相手はさすがに荷が勝ちすぎると見た。LV999以下では太刀打ちできない公算が高い」
「そう、ですよね。ワタシじゃまだまだ……」
もっと練習します! とマリナは意気込みも新たに約束するも、小声で「良かったぁ……」と呟き、小さな胸を撫で下ろしている。
「じゃあ、どうすんの? アタシとツバサさんだけで出撃?」
ジャジャを膝から降ろしたミロが訊いてきた。
艦長席の中央をマリナに譲ってジャジャを預けると、一足飛びでツバサの前まで飛んできながら、途中で道具箱から覇唱剣を引き抜いていた。
アホの子、もう戦る気満々である。頼もしい限りだ。
ツバサは乳房を抱えるように腕を組むと、小さく頭を振った。
「いや、情報の少ない相手、しかもLV999が四人ともなれば二人で立ち回るのはちょっとキツい。せめてこちらも三人は欲しい……そこでだ」
超爆乳が揺れるほど腰を捻ったツバサは指をパチンと鳴らす。
「長男――手伝ってくれ」
「試し仕合……ワシが出張ってもええがか?」
操舵輪に手を置いたダインは許可を求めるように聞き返してくるが、ツバサは頷くだけだった。言葉足らずにならないよう理由も伝えておく。
決してマリナの代理ではない――と暗に含めてだ。
「相手は『ツバサとミロのアルマゲドン最強夫婦!』を意識した上で勝負を仕掛けてきているようだから、俺たちという家族に興味があるんだろう。なら、この場で俺やミロ並みに強い家族に手伝ってもらうのが順当じゃないか?」
「……ふむ、言い得て妙じゃな」
ダインは機械の両腕の動作確認を軽くすると、恋女房へ声を掛ける。
「フミィ、ワシが出取る間ハトホルフリートを頼む」
「了解ッス、行ってらっしゃいダイちゃん♡」
戦いに出向く旦那のため、フミカは火打ち石を打って送り出す。
そんな昔の風習どこで覚えたの!? とツッコミかけたが博覧強記娘なら知っていてもおかしくはない。時代がかったことだ。
(※この風習は切り火また鑽火といい、送り出す人の無事を祈る願掛け。厄払い、邪気払い、縁起担ぎと様々な想いが込められている)
ガインガイン! と鉄下駄を鳴らして艦橋を出るダイン。
ミロにも「先に行ってなさい」と目配せすれば、指でOKサインをしながら長男に続いた。覇唱剣を肩に背負って小走りしていく。
子供たちの背中を追いかける前に、ツバサはエメスに断りを入れる。
「……というわけで、こちらからはツバサ、長女、長男の三人を試合に出させていただくつもりです。数が合わないと四騎士の方々が駄々を捏ねるのであれば、俺が二人分働くと伝えておいてください」
――おまえら相手に頭数を揃える必要はない。
余裕として受け取られるかも知れないが、喧嘩を仕掛けてきたのは先方だ。これくらいの舐めた対応は大目に見てもらおう。
エメスも「当然です」と言いたげに頷いてくれた。
『無茶を申したのは彼らですからね……否応なく条件を呑むでしょう』
承諾してくださり――誠にありがとうございます。
言葉の端々から申し訳なさを漂わせたエメスは、再び平身低頭でこちらに頭を下げてきた。それから重苦しいため息をひとつ漏らす。
まだ罪悪感を覚えることがあるらしい。
『最後にひとつ……キョウコウ様からの伝言がございます』
きっとツバサを煽るべく挑発的な文言に違いない。
それを良識人の部下に言わせるのだからパワハラ同然である。
エメスは咳払いをすると、なるべくキョウコウの口調をモノマネで再現するように喉を調整し、彼が放ったであろう言葉を一言一句繰り返した。
『愉快な仲間たちとの痛快な武踏を楽しむがいい――とのことです』
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2023/12/11……本編完結(番外編、12/12)
2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位
2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」
2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位
2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位
2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位
2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位
2023/08/14……連載開始
【完結】聖女ディアの処刑
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平民のディアは、聖女の力を持っていた。
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ディアは偽物と糾弾され、国民の前で処刑されることになるのだが――
※ざまあちょっぴり!←ちょっぴりじゃなくなってきました(;´・ω・)
※サクッとかる~くお楽しみくださいませ!(*´ω`*)←ちょっと重くなってきました(;´・ω・)
★追記
※残酷なシーンがちょっぴりありますが、週刊少年ジャンプレベルなので特に年齢制限は設けておりません。
※乳児が地面に落っこちる、運河の氾濫など災害の描写が数行あります。ご留意くださいませ。
※ちょこちょこ書き直しています。セリフをカッコ良くしたり、状況を補足したりする程度なので、本筋には大きく影響なくお楽しみ頂けると思います。
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