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第20章 ハンティングエンジェル オンステージ!
第483話:金の重さと命の重み
しおりを挟む「――美味しい!」
小鉢の料理を一口食べたミロは快心の一言を放った。
横に座っていたツバサは、ありえない現場を目撃したかのように目を丸くしてしまった。たった今、ミロが箸で摘まんだものを見ていたからだ。
「美味しいって……おまえ、それ酢の物だぞ?」
ミロは激しくないが、割と食べ物の好き嫌いがある。
オカン系男子として彼女を育ててきたツバサは、鼻を摘まんで口を開けさせてでも無理やり食べさせてきた。その甲斐あってミロも大抵のものは食べられるようになってきたのだが、それでも食べられないものは少なくない。
酢の物もそのひとつだ。
そんな時、ミロはマヨネーズの力を借りて食べる。
極度のマヨラーというわけではないものの、マヨネーズで誤魔化せば大抵のものは食べられるようになったのでツバサは大目に見ていた。
「マヨネーズなしで食べられるのか?」
不思議そうに尋ねるツバサに、ミロは嬉しげに実演して見せる。
「うん、これなら美味しく食べられるよほら」
パクパクと苦手だった酢の物を頬張るミロの姿に、ツバサは自然と目が潤みそうになった。子供の成長を目の当たりにしたお母さんの気分である。
反射的にミロを抱き寄せて歓喜の声を上げてしまう。
「……誰がお母さんだ!」
「嫌いなもの食べられたのになんで決め台詞!?」
お母さんって言ってないのに!? とツッコミで返されてしまう。
喜びのあまり脳内ノリツッコミが口から出てしまった。
試しにツバサも酢の物を一口食べてみる。
ミロが言ったとおりだ。美味い。
確かな酢の風味を感じるのに、酸味がとてもまろやかだ。素材となった野菜や魚介の味を殺さず、食べやすい味付けに工夫されている。
これなら子供でも食べられるのか、とツバサの目から鱗が落ちた。
「……後でレシピを教わろう」
子供たちが敬遠しがちな酢の物だが、子供舌なミロでも美味しく食べられるならマリナたちも食べられるはずだ。是非とも調味の妙を知りたい。
次に箸が選んだ海老の練り物も味見してみる。
これもまた美味い。やんわりした程良い食感で歯を食い込ませれば、海老の旨味が口の中に溢れてくる。そこに爽やかな清涼感も忍ばせられており、甲殻類特有のくどい味わいをさっぱりしたものに変えていた。
恐らく、削いだ柑橘類の皮を混ぜている。それが清涼感の正体だ。
細やかな手間だが、これが旨味を引き上げていた。
つい箸が止まらなくなり、どれに箸を運んでも口を突く言葉は同じ。
美味い――その一言に尽きた。
「本当に美味いな。調理師免許を持ってるとは聞いたが、ここまでとは……」
「某の時代にも腕の立つ料理人はおりましたが……これほどの達人はなかなか」
「懐石ちゅうんやったか? 見目もいいが味もしっかりしとるやないの」
「うむ、決して主張せぬのに力強い滋味を感じる。上品なのに豪胆じゃな」
大きな座卓に付いた他の四人も舌鼓を打っていた。
ここはまだ異相――宿泊施設に設けられた大座敷のひとつ。
時刻は夕暮れ時を過ぎて、すっかり日も落ちた刻限。現実世界の時間に照らし合わせれば、午後18時から19時くらいだろうか。
本日の異相での訓練はひとまず終了。
カズトラの稽古チームや、ランマルの指導チーム、そして乱取りバトルロイヤルに参加した9人も宿泊施設に引き上げていた。
風呂場で汗を流したり、食事を摂ったり、客室で寛いだり……。
各人の好きなように休息を取っている頃合いだろう。十二分に休んだら、また夜明けとともに修行を再開するはずだ。
一方、ツバサたちはバンダユウの勧めで宴に招待されていた。
主催したのはゼニヤ・ドルマルクエン。
かつて守銭奴のあだ名で呼ばれ、穂村組の金庫番を務めた男だ。
元穂村組とはいえ、バンダユウは遠慮することなく息子と言い張った。
先々代組長と兄弟の杯を交わし、先代組長の師匠として息子のように育て上げ、その後の構成員たちを一人残らず何らかの形で指導したバンダユウにしてみれば、穂村組に属する者は誰もが息子で娘である。
特に前組長の子らである長男、次男、長女、三男。
この穂村四兄妹を我が子同然に溺愛していた。
ゼニヤは紅一点のマリと婚姻関係を結んだので、息子は息子でも義理の息子というニュアンスが強いのかも知れない。
そんなゼニヤが催す宴席にツバサたちは招かれていた。
異相で特訓をする仲間の監督役としてやってきたツバサたちに同行し、宿泊施設と厨房を借りて、抜かりなく準備されていた宴の支度。
意味深長なものがあると勘繰らざるを得ない。
親同然のバンダユウにはお誘いを頼んだとして、ツバサが人生の酸いも甘いも噛み分けたお歴々と一緒にいるところを狙った感が否めなかった。
何らかの相談を持ち掛けたいのはわかる。
ツバサを始めとした年嵩の仲間が居合わせる場面で、ゼニヤが話し合いたいことは限られてくる。限定的と言い換えてもいいくらいだろう。
ズバリ――お金の話である。
ゼニヤは穂村組と縁戚関係は続いているが、ハトホル太母国の執務室付に移動しており、五神同盟の経済通貨を管理する役職に就いていた。
金融財務の担当、そういう方面の大臣みたいなものだ。
五神同盟ではまだ通貨を制定していない。
国民の生活はほとんど神族や魔族が保証する形で賄っており、労働者には対価として衣食住を追加で貰える労働券を与えている。この労働券が今のところ実質的な金券としての役割を担っていた。
近い内に――これらを貨幣制度へと移行する。
それぞれの国に暮らす種族の数が増えてきて、まだ手探りながら農業や工業などの第一次産業も始まり、様々な分野で働く人が増えたからだ。
労働には対価が求められる。
働いたら働いた分だけの褒賞が与えられて然るべきだ。
五神同盟という政府からの生活保障という公金を、いつまでも与えるわけにもいかない。それは国民を早々に堕落させる悪法となるだろう。
働かざる者食うべからず――自分の身は自分で守る。
別次元の侵略者である蕃神に脅かされる世界で生きるのだから、国民には自発的に動く気概と、何事にも屈しない精神力を培ってほしい。
そのためにもまず、労働意欲を発起してもらわねばならない。
働いた分だけ賃金という見返りが貰える。
わかりやすいが、これなら働き甲斐の原動力となるだろう。
農業、漁業、林業、畜産業、製造業、商業……各分野の専門家も増えてきているのだ。いつまでも物々交換に毛の生えたようなやり取りや、子供騙しの労働券などで曖昧にできないのも実情だった。
それほど各国の経済的な発展は着実に進んでいた。
ゼニヤの相談は、導入予定の通貨にまつわるものに違いない。
近日中に行われる五神同盟で発表して、各陣営の代表からの意見を取り入れてから実行する手筈だったが……事前の根回し的な話だろうか?
何はともあれ――宴席は楽しませてもらっている。
ミロや子供たちが苦手とする酢の物やいくつかの和食。それを美味しく食べさせるレシピがあることを知れただけでも、オカン系男子のツバサにしてみれば大収穫という他ない。さっそく明日から実践させてもらおう。
二十畳以上の畳が敷かれた大広間。
中央よりやや床の間寄りに据えられた大きな座卓には、見目も鮮やかな和食で飾られた皿や鉢が所狭しと並べられていた。いわゆる会席料理の形式だ。
上座の誕生日席にはツバサとミロが並んで座る。
ツバサたちから見て右手にはオリベとバンダユウの順で腰を下ろしており、左手にはヌン陛下とノラシンハ翁が座っていた。
四人の老翁の前には神酒を満たした徳利とお猪口も忘れない。
ツバサも年寄りカルテットへ習うように、晩酌気分で酒に付き合っていた。ミロだけが未成年、お酒も好きじゃないのでジュースを飲んでいた。
『――美味い』
この賛美が何度となく連呼される。
上機嫌で徳利を空にしたバンダユウは昔を懐かしんでいた。
「こういう会席料理に呼ばれてっと先々々代組長に初めてお座敷へ連れて行かれた日を思い出すねぇ……懐石と会席の違いもわからなかった時分だぜ」
(※先々々代=ホムラの曾祖父。バンダユウの義兄弟である先々代の父親、彼にしてみれば親子の杯を交わした極道としての父)
「ほう、未来では料理の作法が如何様に分かれていたのですかな?」
オリベはバンダユウの発言に興味を引かれていた。
懐石料理は茶道と縁が深い。天下一の茶人は聞き流せないはずだ。
「オリベさんみたいな茶道を嗜む方はお茶を頂く前に軽い食事をするだろ? そっちが懐に石と書いて懐石料理。一方の連歌や俳諧なんかを楽しむ宴会みたいな席で頂く料理のことを会席料理というんだそうな」
先々々代組長に教わったぜ、とバンダユウは照れ臭そうに言った。
本来――懐石料理も会席料理も起源的には同じものらしい。
どちらも「客人へ振る舞う料理」を意味する。
茶の湯では空腹の胃にお茶を流し込むことを避けるため、事前に軽い食事を取るのが習いとされてきた。このため茶の湯の主催者は招いた客たちに軽食を振る舞った後、茶室へ招いてお手前を披露したわけである。
(※茶道で嗜むお茶は濃くて刺激が強いため、空腹で注ぎ込むと胃を荒らす恐れがあった。軽食を食べるのはその対処法とされている)
この軽い食事が時代が進むにつれ形式化されていき、禅宗の温石に肖って懐石の二文字が与えられ、懐石料理というジャンルを確立したそうだ。
(※温石=温めた石を布などで包んで懐に入れた中世の暖房器具。カイロの原型とされており、禅僧たちが空腹を紛らわすため温石を懐に忍ばせていた故事から、これが懐石の語源になったとされている)
対して会席料理はバンダユウの言った通り、連歌や俳句の集まりでワイワイガヤガヤと楽しみながら味わう宴席料理に近いものだ。
本膳料理を簡略化したものとの説もある。
(※本膳料理=古式ゆかしく儀式的な意味合いの強い料理形式。本膳、二の膳、三の膳……といくつもの膳で提供され、膳ごとに料理や品目が変わる)
「まあ、どちらも和風のコース料理って感じなんだけどな。おれらの時代にゃ懐石も会席もごちゃ混ぜになっていたが、高い料亭なんかに連れてかれると、しっかり形式を守ってるところもあるから知らないと恥かいたぜ」
「コースの順番が違うんでしたよね」
聞きかじった程度だが、ツバサも少しだけ知っていた。
蘊蓄たれな友達からの聞きかじりだ。
「確か……懐石だと御飯や汁物を先に出して、菓子などのデザートで締める。会席の場合は料理を堪能してから御飯と汁物を終わりの方に出して、こちらもデザートで締めるのは一緒……だったかな?」
懐石料理は茶の湯を楽しむ前に済ませるもの――。
だから腹が膨れる御飯が最初に出てくる。
一方の会席料理は宴の席を楽しむためのもの――。
なので料理と酒を楽しんだ後、締めとして御飯を持ってくるのだ。
バンダユウはお猪口に残った神酒を舐めながら頷いた。
「おお、大体それであってるぜ」
会席料理は現在、旅館などで提供される料理形式である。
「なるほどなるほど。利休居士の確立した茶道から、そのような料理が生まれていたとは……当人にお伝えしてあげたい話ですな」
きっと更なる改善を施されましょう、とオリベは相好を崩した。
釣られて笑うバンダユウは正面へ声を掛ける。
「ヌンの爺さま、ノラシンハ翁、御二方のお口にも合いますかな?」
外見上は同じジジイだが、一万歳を超える人生ならぬ神生の先輩にはバンダユウも敬語で接していた。この人、ちゃんと弁えてくれるので助かる。
これが返事とばかりに、ヌンもノラシンハも箸が止まらなかった。
お猪口を傾ける手も止まらない。
「うむ、これほどの美味は諸外国の王家を訪問してもなかなか巡り会えんぞ……見た目も淑やかな美で彩られとるが、旨味の華やかさも素晴らしいものじゃ」
神酒も雅で言うことなしよ、とヌンはご満悦である。
「ツバサの兄ちゃん家で和食は馳走になっとるが……こいつはレベルが違うんやないかい? よっぽどのお偉いさんを招いた時の来賓用やろ?」
メッチャ美味いで、とノラシンハもべた褒めだった。
「喜んで貰えたなら良かったぜ。息子と娘のために顔を立てた俺の面目も守られるってもんよ……まあ、ゼニヤがここまでやるたぁ予想外だったがな」
この会席料理はバンダユウも初体験だったらしい。
料理の用意――つまり調理を担当したもゼニヤである。
これらの品々を一人で取り揃えたのだ。
ゼニヤの板前としての腕が想像以上なことに驚かされるとともに、その絶品さをツバサたちが褒め称えたことが誇らしくもあるようだ。
表情を引き締めようとするものの、無意識に口元を綻ばせていた。
息子を褒められて喜ばない父親はいない。
「――お気に召していただけたのなら何よりです」
宴席の会話が途切れるのを見計らい、襖の向こうから声がした。
失礼します、という断りの言葉とともに音もなく襖が滑る。現れた廊下には着物姿の女性が正座で慎ましく座っていた。
ハトホル太母国 財務金融大臣補佐 マリ・ベアトリーチェ。
穂村三兄妹の長女にして若頭補佐だったのだが、この度ゼニヤとめでたく結婚して彼の昇進にお供するように、彼女も執務室付の役職に就いていた。
「お、料理を褒めたくて女将を呼ぼうとしたら……」
向こうから挨拶に来てくれたぜ、とバンダユウはちょっと茶化した。
マリは気の強さを感じさせる面立ちだが高級感のある美貌で、女性ながら長身でスタイルもいい。日本人らしからぬロングのブロンドヘアは先端のみをクルクルと螺旋状に渦巻かせたヘアスタイルをしていた。
子供たちからは「ドリルヘア」と親しまれている。
この容姿で胸元が開いたマーメイドドレスなどを愛用するものだから、富裕層専門のホステス嬢みたいなゴージャス感に満ちた美女なのだ。
普段の装いと比べたら、今日のファッションは控えめな方である。
バンダユウが冷やかした通り――女将にしか見えない。
煌びやかではあるものの、着物姿というだけで落ち着いた風に見えてしまうのは日本人の性かも知れない。正座で三つ指をついてれば尚更だ。
「――御飯と汁物をお持ちしました」
薄く微笑むマリは、淡々と用件のみを告げた。
いつもならバンダユウの言葉にツッコミを入れるなり軽口で返すなりするのだが、今日は初めての客人もいるので女将の役目に徹しているようだ。
炊き込み飯、澄まし汁、そして香の物。
これらを乗せた盆を運ぶ女中たちが座敷へ入ってきた。
彼女たちは宿泊施設管理のメイド人形だ。表で働くメイド人形たちの別働隊であり、少々造りは違うが仕事を頼めばこうして従事してくれる。
この宴席は――会席料理形式。
つまり、御飯と汁物が出てきたのでそろそろ締めである。
女中たちが配膳を終えて退席すると、入れ替わるように廊下にいたマリが座敷に入ってくる。こちらには近付かず、襖の側に端然と座っていた。
オリベやヌン、ノラシンハは口々に声を掛ける。
「女将、見事な仕上がりの品々でしたぞ。料理も器も素晴らしい」
「まったくじゃ。これほどの歓待を受けては返礼も相応にせねばな」
「いやご馳走さんでした。また呼ばれたいくらいやでホンマ」
「ありがとうございます。主人もさぞ喜ぶことでしょう」
マリはあまり自己主張せず、楚々とした振る舞いで受け答えるのみ。
今日の主役が誰かわかっているのだ。
彼が登場する前に自分が目立つわけにはいかない。そのために普段の個性を封じて女将らしさを演じている。女房の鏡だと内心ツバサは褒め称えた。
「マリちゃん、見掛けに寄らず尽くすタイプなんだね」
ミロがこっそり囁き声で感想を呟いてきた。
「ああ、世が世ならあげまんと呼ばれるタイプの女性だな」
惚れた男の立身出世のために陰ながら応援して、一緒にいると運気も上げてくれる女性のことだ。もしかすると彼女の固有技能なのかも知れない。
しかも本人に自覚がないタイプだ。
卓に並べられた料理を摘まみ、炊き込み御飯と汁物を美味しく頂きながら、女将のマリと穏やかな歓談をして、しばらく経った頃のことだ。
「――失礼致します」
また襖の向こうから声がする。今度は男の声だった。
厳かな口調で断りを入れてきた声の主は、スルリと襖を開けた後に両手を床について深々と頭を垂れてから挨拶のために現れた。
「今日は急なご招待にも関わらず、皆様にはご参加いただき感謝のしようもございません。本日の宴席を主催、調理を担当させていただきました……」
――ゼニヤ・ドルマルクエンと申します。
ハトホル太母国 財務金融大臣 ゼニヤ・ドルマルクエン。
現れたゼニヤの格好も普段とはかけ離れていた。
目付きだけは鋭い小太りの青年。
少年漫画の主人公を肥えさせたような風体をしている。
戦争に突入する少し前、破壊神ロンドとの抗争に巻き込まれ重傷を負った影響か痩せた感もあるのだが、まだ小太りで通じるだろう。
昔のアラビア商人を意識したように、頭にターバンを巻いて中東風のファッションで装っていたが、今日の服装は完全に板前さんのそれである。白衣の作務衣みたいな上下に、髪をまとめるための帽子も忘れない。
あと、トレードマークとも言える関西弁を喋らずにいた。
社交儀礼のために標準語を用いているようだ。
「ゼニヤのお兄ちゃん、料理美味しかったよ。あ、あとツバサさんがレシピ教えてほしいって言ってたから教えてあげてね」
「おおきに――ありがとうございます」
ミロの素直な感想に礼を述べたゼニヤは顔を上げた。
続けてオリベ、ヌン、ノラシンハも惜しみない賛辞を贈る。
「若いのに大した腕ですな。宜しければ今度は江戸より後の世に伝えられたという懐石料理を賞味させていただきたいですぞ。客人に召し上がっていただくという手料理の数々……是非とも茶の湯に取り入れたいですからな」
「うむ、同感じゃな。くどさを感じさせない瀟洒な鮮やかさで見目を楽しませつつ、すべての料理が逸品じゃった。これまで儂が馳走になってきた各国の宮廷料理でも間違いなく五指に入る美味さじゃったわい」
「似たような関西弁使うとるから親近感沸くなぁとか思っとったら、こんな隠し球を潜ませてたとは……商人の兄ちゃんも食えないやっちゃのう。でも料理はごっつ美味かったで、ごちそうさんや」
「おおきに――お気に召していただけたのなら幸いです」
ゼニヤは口調を崩さず、称賛を受けては丁寧にお辞儀を繰り返した。
「ご馳走様でしたゼニヤさん。美味しかったですよ」
褒め言葉は先の老人たちに美辞麗句を並べ立てられてしまったので、ツバサは声に誠意を込めて堪能させてもらった意を伝えた。
その上で現実的な褒め言葉を投げ掛ける。
「こうした接待のために習得したと聞きましたけど、板前としても超一流じゃないですか。新たな陣営との交渉事には参加してもらいたいくらいだ」
客人を迎える接待役としての期待である。
オリベも豊臣秀吉の元で客人をもてなす仕事をしたという話を自慢げに聞かされているが、やはり来客を歓待するというのは重要案件なのだ。
外交で下手に出るのは下策だが、歓迎の意は正しく示さねばならない。
ゼニヤの料理はそれに一役買ってくれること間違いなしだ。
真なる世界出身をも唸らせる至高の会席料理。
ツバサは御猪口の酒を飲み干してタン! と鳴らしながら卓に置いた。
「次回からは是非とも饗応役として一枚噛んでほしい」
酒の席とはいえ神族同士の約束事。この要請はハトホル太母国の王としての辞令に等しいので、ゼニヤは床へ額ずくようにひれ伏した。
「おおきに――御期待に酬いるよう精進させていただきます」
この間、バンダユウは口を挟まなかった。
息子と認めたゼニヤと彼に嫁いだ娘の働きぶりを、温かい眼差しで寡黙に見守っていた。その口元は固く結ばれるも仄かな笑みを湛えていた。
満足げに頷くところを視界の隅に捉えている。
「さて、宴席の一幕っぽいシチュエーションはもういいだろう」
バンダユウは機を見て口を開くと手を叩いた。
柏手のような拍手を響かせたバンダユウは、これで場の空気を仕切り直す。ゼニヤも示し合わせたかのように顔を上げた。
「そろそろ話してもらおうか。俺に案内役をさせて、ツバサ君や年期の行った爺さまたちを一堂に会させた理由をよ……ちゃんとあるんだろ?」
「はい、無論にございます」
顔を上げたゼニヤだが、またしてもツバサたちに平伏する。
「まずは自分のような何処の馬ともわからぬ守銭奴を、この国の金融と財務を司る長……延いては五神同盟に流通させる貨幣の管理者に抜擢していただいたこと、この場を借りて厚く御礼申し上げさせていただきます」
感謝を打ち明けるゼニヤ。傍らのマリも同じように頭を垂れる。
頭を下げたままゼニヤは言葉を続けた。
「近日中に五神同盟内で用いる通貨を公布するため、各国や各陣営での事前調査もスムーズに進み、ようやく貨幣制度の骨子も出来上がってまいりました」
「ええやん。そいつは重畳やないの」
「もしや……その骨子とやらを儂らに聞かせたいのではないかな?」
ノラシンハが相槌を打つのに対して、ヌンはゼニヤの言いたいことを先回りするように読んでいた。さすが奸臣を相手にしてきた賢王である。
「お察しの通りです、ヌン陛下……」
皆様にはワイのプレゼン――その予習に付き合っていただきたい。
もう一度畳へ額ずいたゼニヤは顔を持ち上げるとともに立ち上がり、板前制服を引っ張るように脱ぎ捨てる。技能で早着替えを行った。
スーツ姿で頭髪も整え、プレゼンのMCを務めるのに相応しい衣装だ。
隣に控えていたマリも一礼すると立ち上がる。
彼女も早着替えで女将らしい着物を脱ぎ捨てると、こちらもプレゼンの壇上へ立つのに見合ったレディーススーツに早変わりしていた。役柄的にはプレゼンの主役を務めるゼニヤのサポートだろう。
「そのままで結構です。どうぞ寛ぎながらお聞きください」
酔った勢いでの指摘ツッコミ大歓迎です、とゼニヤは笑いを誘うように宴席の客たちへ告げた。料理もお酒もまだ卓上にたっぷり残っている。
それを突きながら話を聞いてほしい、というわけだ。
大座敷の出入り口でもある襖。
そこにプロジェクターの映像を映し出すような、小さいながらも銀幕サイズはある大型スクリーンを展開させた。
映し出されるのは、見たこともない硬貨や紙幣の数々だった。
指示棒を取り出したゼニヤは未知の貨幣を指し示す。
「五神同盟へ流通させる貨幣を考案する当たり、かつて真なる世界ではどのような通貨が使われ、如何なる貨幣制度が敷かれているかが気になりました。そこで事前調査を許可された際、各方面の方々にご協力いただいたわけですが……」
「その件で水聖国家にも訪ねてきてくれたしのぅ」
「ちょっと前に俺んとこへ昔話を聞きに来たんもそれ関係か」
協力したヌンとノラシンハは振り返るように言った。
事前調査の許可はツバサたち各国の王がゼニヤに出したもので、発行する貨幣に関するアイデアを多くの人から募る目的もあった。
ゼニヤはその調査で真なる世界生まれの人々に注目したらしい。
「結論から申しますと、この世界にも貨幣制度はありました」
モニターに映し出される貨幣の群れを指し示す。
「これは穂村組時代、物資調達のために出向する組員さんに頼み込んで見付けたら回収してもらっていた真なる世界の古銭の数々……そして、ノラシンハ翁から提供していただいた、かつてこの世界にあった国々の貨幣です」
その種類はとても豊富だ。ちょっとした博物館クラスはある。
中には「これ本当にお金か?」と疑う異物まで紛れ込んでいた。
五角形や六角形にリングはともかく、星や剣や盾を模したお金なんて使いにくいと思うのだが……いや、地球にも“刀銭”というお金があったはずだ。
(※中国春秋時代に作られた青銅貨幣の一種。刀剣を模した貨幣。他にも農耕機具の鋤を模した布銭、形や刻印が蟻の頭に見えた蟻鼻銭、よく見られる円形の円銭などがあり、これらから派生した多種多様な形の貨幣があった)
組員の協力でゼニヤが集めた古銭コレクションもなかなかのものだが、ノラシンハが出したという通貨の種類はそれを上回っていた。
「爺さん、コイン収集でもしてたのか?」
ツバサが訊いてみると、ノラシンハは「いやいや」と片手を振る。
「ほら、俺ってば流れ流れての旅烏やったと話したやろ? 行く先々でそん国の金を手に入れても使い切れんことあるわけよ。それが収納空間の隅に知らず知らずに貯まっとったんでな。それを貸してやっただけよ」
「世界中を飛び回るビジネスマンあるある――みたいだね」
こういう時、ミロの比喩表現はわかりやすい。
もっとツバサたちの時代ではクレジットカードどころか電子マネー全盛期なので、こうした現物の貨幣を持ち帰ることはほとんどなかったのだが……。
「勿論、ヌン陛下の水聖国家にも固有の貨幣が流通しとります」
話している内にゼニヤの関西弁が戻ってくる。
スクリーンをスライドさせると、新しい通貨の一覧が現れた。
これにはツバサやミロも見覚えがあるし、何より紙幣に書かれている人物がこの宴にいるのだ。当の本人は少々照れ臭そうに頬を掻いている。
「改めて紹介されると……なんか恥ずかしいのぅ」
並べられた硬貨や紙幣は、すべて水聖国家で使用されているものだ。
1ケーロ硬貨が最小単位。100ケーロで1ゲーロ。ここからは基本紙幣となり、1ゲーロ、5ゲーロ、10ゲーロのお札が流通していた。
貨幣の単位や硬貨に紙幣の種類は、米国ドルに近いものがあった。
言い訳するようにヌンが話し始める。
「儂の国は知っての通り小国……つい最近まで異相に引き籠もっておった亡命国家じゃからな。あの小さな国の中で経済を回しとったので、通貨自体も銅貨や紙幣といった質素なものじゃ。大した価値はないぞ」
「ご謙遜を陛下――銭は使われてナンボでっせ」
この金はちゃんと生きとります、とゼニヤは嬉しそうに褒めた。
ゼニヤは守銭奴と言われているがケチではない。
金を貯めるのも好きだが、金銭がダイナミックに押し流されていく経済という川を眺めるのが大好きで、その川の治水工事を自らの指揮で行い、水質や水流の管理を手ずからやりたいという大望を抱いているそうだ。
正直、お金に頓着しないツバサにはピンと来ない話だった。
この例え話も軍師気取りの請け売りである。
「ぶっちゃけてまうと――基軸んなる通貨があらへんかったな」
解説役を引き継ぐようにノラシンハが語り出す。
ゼニヤも既に話は聞いていただろうが、全盛期の真なる世界を渡り歩いた聖賢師の発言に重きを置いたのだろう。好きなように喋らせていた。
「なんせ真なる世界はデカすぎる。前神未踏の南方大陸はともかく、北東にある大陸や北西の島々にそれぞれ文明が仰山あって行き来はそれなりしとったが、使うてたお金はてんでバラバラや」
中央大陸でも東と西の国ではまったく別の通貨が使われていたという。
実体験を交えたノラシンハの話は説得力があった。
「国力があれば銭も信用されるのは当たり前。そん国の金は周辺諸国の基軸通貨に近いもんとして扱われとったが、弱肉強食栄枯盛衰は世の常や」
「時と場合によって価値は変わると?」
ツバサが合いの手を入れれば「せや」とノラシンハは返してきた。
「基軸通貨と目されるほどの通貨を流通させた国となれば、味方も増えれば敵も増える。足引っ張られて国力も財力もガタガタ、通貨の価値も右肩下がりよ」
「……そこは現実世界と大差ねぇんだな」
「いつの世も国同士の諍いは金銭の価値を揺るがすのですな」
神と魔が生きる真なる世界でも地球と同じような権力闘争が繰り広げられ、それにより国際的な為替取引の値が大きく揺れ動いた。
この事実をバンダユウとオリベは遠い目で受け止めていた。
時代は違えどバンダユウは現代社会の物価や為替の乱高下を見てきたし、オリベも戦国時代の激しい金銭価値の変動を身を以て体験してきたはずだ。
「ま、銭は銭でも価値が動きにくいんもあるしな」
ノラシンハは刺身をひとつ摘まんでお猪口の酒を煽った。
「単純にお金に価値がある――硬貨や紙幣そのものに資源的な価値があるってのも少なくなかったで。金貨や銀貨は地球でも持て囃されたやろ? 真なる世界でもそれは変わらんし、ミスリルやオリハルコンの硬貨とかもあったで」
「こういった変わり種のコインでんな」
ノラシンハの説明に合わせ、ゼニヤがスライドさせた。
銀貨は経年により酸化して黒ずむが、金貨は変質しにくいのでその輝きを失うことはない。神の金属であるミスリルやオリハルコンならばほぼ不変。
アダマント鋼の硬貨など永遠の品質保証を約束する。
「ま、超希少金属でお銭つくるなんぞ見栄でしかあらへんけどな」
「限定シリアルナンバー入り記念硬貨とかならアリかもね」
智慧の鮭(養殖サーモン仕様)の刺身が気に入ったのか、ノラシンハは酒の肴にしており、ミロも話を合わせて付き合うようにサーモンを食べていた。
追加の酒を注文したノラシンハは付け加える。
「そうそう、世界樹の葉を織り込んだ紙幣とかもあったで」
「えーっと……これのことでんな」
聖賢師が挙げた紙幣をゼニヤがすかさずモニターに映した。
ご丁寧に紙幣を飾るイラストまで世界樹だ。これを発行した国は世界樹に思い入れがあったのかも知れないが、現在の状況ではマズい代物だ。
「……これはアカンやろ。やり方次第じゃあ世界樹復活するやん」
ツバサの苦言は関西弁コンビに釣られてしまった。
世界樹とは“気”を育み、蓄え、世界へと循環させる偉大なる大樹だ。
その根が黄泉にまで達し、その梢が天上界まで届くくらい成長すると、大きく伸びた枝葉や根は次元の壁を越える能力を有するようになる。
これは真なる世界の種族が地球などへ渡る際の架け橋となったが、同時に侵略者である蕃神たちの侵攻を許してしまう侵入経路にも成り得た。
このため世界樹はすべて伐採されてしまった。
偉大な大樹を切りたくはないが、蕃神に悪用されては堪らないからだ。
最後の一本は今、大地母神ハトホルの元で匿われている。
「植物は葉の一枚、枝の一本からでも細胞培養すれば芽吹くことがある。世界樹ならそれが顕著に起こるから、可哀想だが一片たりとも残しておけない……って世界樹の守り人を務めてきた守護妖精族が必至で回収してたのに……」
こんなところにもあったのか、とツバサは呆れた。
追加の徳利から手酌で呑み始めたノラシンハは悪びれずにいう。
「せやね……兄ちゃん、このお札あとで守護妖精族にあげといてくれへん?」
「いいのか? 旅先で集めたコレクションなんだろ」
一応、所有者の意向を尊重してやりたい。老獪なノラシンハならば蕃神の手に渡るようなヘマはしないと信頼もできるからだ。
「ええがなええがな――かまへんがな」
酔いで頬を赤らめた老翁は神酒を啜りながら返してくる。
「世界樹の種や実は薬効もあるさかい個人的に預からせてもろとるけど、紙幣くらいかまへんわ。このお札なら世界樹なしのバージョンも持っとるしな」
ツバサは小さく頷いて「わかった」と了承する。
「このように――真なる世界には多様な通貨が流通しとりました」
ペシン! とゼニヤは指示棒を手に打ち付けた。
その音で注意を引き寄せたゼニヤは、ノラシンハに許していた解説の主導権を取り戻すと、プレゼンの本筋を辿るべく話の流れを戻していく。
「しかし、これらの通貨は残念ながら役立たずとなりました……」
悲哀を漂わせた表情で無念さを露わにする。
この人は本気でお金が好きらしい。それも生きているお金が好きなのだ。
「蕃神による侵略によって真なる世界が滅びかけるまで追い込まれ、これらの貨幣が“お金”として通用する国々がほとんど滅びてしまった今、文明の維持すら困難なこの地の人々はの経済は物々交換レベルにまで戻っとります……」
ヌンの治める水聖国家は希有な例だ。
他の辛うじて通貨を使っていた者がいたとすれば、還らずの都とその巫女ククリを守ってきた亜神族のキサラギ族くらいなものだろう。
彼らは“銭”と呼ばれる独自の通貨で商取引を行っていた。
それさえも彼らの内輪で通じるものに過ぎない。
水聖国家同様、小さな共同体でしか使えない弱々しい貨幣なのだ。
「新たな貨幣を創出するに当たり、各国の種族で物を知ってそうな長老格のご老体たちを訪ねさせていただきましたが……彼らも幼い頃に見たくらいの記憶しかなく、昔を懐かしんで数枚の硬貨を持っとるくらいでした……」
蕃神に蹂躙されてきた真なる世界。
文明を破壊された人々から通貨の概念が消えかけていることに、ゼニヤは歯を食い縛るほど悲嘆に暮れていた。今にも泣きそうな顔である。
同情の嘆息を漏らしたツバサは、ゼニヤを鼓舞するように言い付ける。
「そこへ貨幣制度を復活させようというんです」
「……せや、慎重にならざるを得まへん。わかっとります」
わかっとりますがな、とゼニヤは自分へ言い聞かせるように念を押した。
「そもそもさ――お金ってなんだろうね?」
アホの子の究極的な質問に座敷の注目が集まった。
玉芋という真球に近い球として成長する芋の煮物を箸に挿したミロは、マジマジと見つめながらパクリと一口で頬張った。
「んくんく……いやさ、現実だと当たり前のように使ってたし、たくさんあれば色んなもの買えて便利だしお金持ち! ってぼんやり思ってたけど……」
――どうして社会にはお金が必要なのかな?
幼稚園児みたいな疑問だが、根本的な問い掛けでもある。
この一言を耳にしたゼニヤの眼がギラついた。
「そこを聞いてくれまっか? そこに食いついてくれまっか? そうでっかそうでっか……趣味に偏った講釈をかましてもよろしいでっか? ちょっと遠回りになるかも知らへんけど、お金の根っこに関わる話やからな」
悲しみに暮れていたのが嘘のようにゼニヤは活き活きする。
「ではひとつ、ワイがこの世で一番好きなもんを語らしてもらいましょう」
水を得た魚のようにゼニヤは語り始めた。
「通貨とは信用であり――貨幣とは負債である」
それは硬貨の裏表のようであり、紙幣の表裏みたいなもの。
付かず離れず一体として成り立つものだった。
「蘊蓄たれのレオナルドはんから入れ知恵されたところもいくらかあるか知れまへんけど……ワイなりに学んできた金の歴史を辿りましょう」
ちょい端折りますけど、とゼニヤは似合わないウィンクをした。
~~~~~~~~~~~~
「人類の取引は物々交換から始まった……これは定説でんな」
しかし、実態はもうちょっと複雑とのことだ。
スクリーンに文章付きイラストを掲げながらゼニヤは解説する。
数人の原始人が描かれており、獣を追いかける猟師、魚を釣ってくる漁師、弓矢や道具を作る職人などが描かれていた。
大学で講義を受けている気分になりそうだ。
「猟師が狩った獣と漁師が釣った魚、これを両者が納得できるように当分で交換する……これが物々交換のシンプルな例やけど、毎度毎度こう上手くいくわけがあらへんし、そもそも都合良く手元に交換する品があるとも限らへん」
物々交換が主流だったのは原始時代のような大昔。
食物の保存方法も未熟で、在庫という考えもなかったはずだ。物々交換をしようにも肝心の品物がないことはままあったことだろう。
「人間は群れて暮らす生き物や。そこには次第にコミュニティという関係性が結ばれていき、仲間という信頼関係を築くことになります」
すると――こういうやり取りが可能になる。
ゼニヤは素早いペンタッチで、無地のスクリーンに図解を描いていく。
猟師A:「今日、鹿を狩りに行くから石矢を30本ほしいんだ」
職人B:「いいよ持っていきな。鹿が取れたら肉を分けてくれよ」
猟師Aに書かれていた“信用”の二文字が職人Bへと移動し、職人Bに書かれていた“負債”の二文字が猟師Aへと移動する。
「……御覧のように、この時点では物々交換が成立しとりまへん。せやけど両者の間に信用と負債の交換が行われ、見えない取引が結ばれとります」
この後、猟師Aは鹿肉を職人Bへ渡して取引は完遂される。
「もしも猟師さんが鹿を取れなかったらー?」
ミロが子供らしいツッコミを入れてもゼニヤは即答する。
「そん時は別の物で石矢30本の負債を返さなあきまへん。帰り道で山菜や木の実を摘んだり、家にある干し肉で勘弁してもろたり……」
「おいおい、借金やローンの契約みてぇだな」
極道としてヤミ金の闇も覗いてそうなバンダユウが冷やかした。
ゼニヤはこの指摘を肯定的に受け取る。
「そう、原理はまったく同じですわ。遙か昔から人類は信用と負債っちゅう見えないものを、お金として扱うことで経済を回してきたちゅうことです」
やがて信用と負債は通貨となり、それは表裏一体を成すわけだ。
ケロケロ……と神酒で湿らせた喉でヌンが蛙っぽく鳴いた
「負債を踏み倒すこともできるが、そんな真似をすれば自分の属するコミュニティでの株を落とすのは必定……いずれ追放の憂き目じゃろうな」
「負債を払わにゃ損なうのは自分の信用やで?」
自らの価値を貶めるっちゅうこっちゃ、とノラシンハは解釈した。
「そこは地球の現代社会でも同じだったな」
公私を問わず借金をしまくったり、クレジットカードを使いすぎたりすれば、あっという間にブラックリスト入りだ。自己破産すれば解放されるが、以後は大きな金の取引に携われなくなるペナルティを背負うことになる。
『――こいつは信用と負債の取引を正しく行えない』
そう社会的レッテルを貼られるわけだ。
するとミロが悪戯っぽくゼニヤに訊いてみる。
「オレの物はオレの物、おまえのものもオレの物……理論は?」
「そんガキ大将の場合、友達を招いてジ○イアンリサイタルを開催したり、手作りのジャ○アンシチューを振る舞ってるんで負債は払ってるんや」
「それで負債を払ったつもりになってるの!?」
さすがに自分勝手が過ぎない!? とミロは納得できないようだ。
「劇場版だと友情に厚い活躍が多いから、それでも負債の支払いができてるな」
ゼニヤの冗談に乗っかったツバサが続ける。
「……実際の話、物々交換が主流だった大昔はそうやって、ジャイ○ンのように力ある者がなんだかんだ理由を付けて、搾取めいたことを始めたんだろうな」
「その通りです、そういう連中がやがて“王”と呼ばれるんや」
集落という共同体をまとめる存在が現れる。
力、話術、知恵、思想……何でもいいが他者より優れた才を持つ者。
そうした者が太古の各地で次々と産声を上げたのだ。
「王あるいはその周辺にいる賢しい奴が、コミュニティ内での取引をもっと円滑にするために通貨ちゅうもんを発明したのは想像に難くありまへん」
口約束を前提とした信用と負債の取引。
これにはどうしても限界があり、コミュニティが集落から村、村から町、街から都市へ……ついには国となる頃には取引が追いつかなくなる。
共同体に暮らす人数が増えれば、その分だけ経済も肥大化する。より迅速な取引を成立させるため、信用と負債の目安となる物が求められたのだ。
「そこで発明されたのが通貨――お金やな」
「やっぱり大昔は金貨とか? それともデッカい石のお金?」
原始時代をモデルにした昭和のアニメの再放送を見ていたミロは、そういう変な知識を持っていた。しかし、ゼニヤは楽しそうに首を横へ振る。
「ミロちゃんが言うてるのは、人間よりもデカいタイヤみたいな石のお金やろ? 残念ながらああいうお金は見付かってないんよなぁ」
古代の通貨はいくつかある。
見栄えのいい鳥の羽、キラキラ光る石、綺麗な貝殻……。
高価そうで小さくて数が揃えられる物が好まれた。
(※日常的に使えて数えやすく、模造はできず腐ったり変形もしない。そして取引されるものになるべく関係ないものが通貨に選ばれやすかった)
「特に貝殻なんかは貝貨とも呼ばれて世界的に使われていたことがわかっており、中国や日本にはその名残が伝わっとります」
通貨、貨幣、財産、販売、貯蓄、賭博、購入、贈与、貸借……。
「お金にまつわる漢字には必ず“貝”偏が付いとります」
「ホントだ!? 貝だらけじゃん!?」
アホの子は素直に驚いてくれた。学校の授業もこれくらい熱心に聞いてくれたらなぁ……とお母さんなツバサは涙ぐんでしまう。
現在進行形で勉強しているのだと認めてやるしかない。
「そういえば宝貝って単語もありましたよね」
「それも日本ですと仙人たちの必殺兵器として有名になっとりまんな」
ツバサが話を振るとゼニヤは的確に答えてくれた。
中国の古典小説――封神演義。
古代中国の殷王朝の終焉と新たに建国された周王朝の台頭にかこつけて、仙人たちまでもが大乱戦を繰り広げる伝奇小説である。
日本でも漫画化を始め、アニメやゲームにもなった人気作品だ。
この封神演義に登場する仙人たちは本人も強いのだが、彼らがメインウェポンとするのは、自らが仙術で開発した宝貝と呼ばれる秘密兵器である。
この宝貝の語源も貝貨に通じるものがあるのだろう。
(※実際に宝貝と呼ばれる美しい貝殻を持つ貝がおり、古代中国では正しく貝貨として重宝されてきた歴史がある)
「他には……小麦や米なんかの穀類も通貨になっとりましたな」
「そこは某に縁深い領分ですな」
静かに酒を傾けながら酒を摘まんでいたオリベが口を開いた。
誇らしげに諳んじるかの如く語り出す。
「我ら妖人衆とツバサ様たちの故郷であらせられる日の本は米所。かの太閤殿下が検地をして米の収穫量を正確に測り、各藩で取れる米の石高をその藩の国力として推し量ることで、日の本全土で穫れる米の総量を割り出したのです」
石高はその藩の国力であり財力の指標だ。
加賀百万石とも言われるとおり、米の収穫量が多ければそれだけの財力を有していると見做される。なにせ家臣や家来への扶持(給料)は石高から支払われ、受け取った米を換金することでお金が手に入るのだ。
つまり、お米が基軸通貨のように扱われていたのである。
これは豊臣政権が「日本は米が主食なのだから、これを基盤として通貨制度を整えた方が経済的に安定するのではないか?」と考えたからだ。
そのための太閤検地や刀狩りである。
(※刀狩りは一揆予防であるとともに、農民を仕事に従事させるため)
オリベはしみじみと主君の業績を振り返る。
「この制度を普及させるため、海運などの流通網の発展を推し進めたり、商人を集めて石高制の利を説いて協力要請をしたり、凶作や不作になっても武家や民草が困らぬように各地で米以外の売れる特産品の開発を推奨したり……」
「教科書で習ってないこともいっぱいやってたんだね」
秀吉さん、とミロは会ったこともない太閤殿下に感心していた。
オリベは我が事のように喜んで髭面を綻ばせる。
「そうですとも。閣下はとても偉い御方でしたからな」
「当時としても画期的アイデアなのは間違いあらしまへんな」
ゼニヤも秀吉の功績を認めるように言った。
日本全国の流通網を発展させれば、東西南北に米を運びやすくなる。
例えば北で不作だとしても南が豊作ならば折り合いが取れるし、東で大災害が起こっても西が無事ならば最低限の収穫量は確保できる。
全国規模で流通ができれば、米の値段を安定させられるのだ。
米の値段の安定は、当時の日本ならばそのまま物価の安定に繋がる。物価の安定こそが健やかな経済の発展を促す。それこそが為政者の求める理想だった。
これには全国の商人の協力が必要不可欠。
前述した通り、不測の事態で米が最低限しか確保できない時のために、食料となり商品にもなる特産品を保険として作らせるのも忘れない。
「物価の安定調整は経済の基盤……そんために全国統一して石高制を敷いた太閤殿下とその家臣団は、当時としては先見の明があったんやろうなぁ」
ゼニヤは腕を組んでしみじみ感動していた。
この石高制は徳川幕府へ受け継がれ、江戸時代の基礎となるわけだ。
「他に通貨として使われてたんは――家畜でっかな」
「家畜……牛さんや豚さんってこと?」
思いも寄らないお金が出てきてミロは目を丸くしていた。
「ああ、それならおれも聞いたことがあるぜ」
ナショナル○オグラフィックの動画で見た、とバンダユウが口を挟む。
「あれだろ、アフリカやニューギニアとかで昔ながら生活を営んでる部族では、牛とか羊が財産になってるから、家畜で取引をしたり、嫁入り婿入りには結納金として牛何十頭とかを相手の家に送るとか……」
「組長はんのお話で大体合っとります。昔からそうやったようですな」
この手の部族は大昔からライフスタイルに変化がない。
即ち、家畜を通貨に用いた歴史を今日まで受け継いでいるわけだ。
「貝殻、穀物、家畜……こういったものが最初期の通貨として用いられたんは間違いないんですが、どうしても使い勝手に問題があったんですわ」
スクリーンに現れる最初の通貨三選。
ゼニヤは指示棒でひとつずつ×を付けていく。
「貝殻は天然物なので産出量が安定せず絶対数が増えにくい。穀物は保存が利くいうても食料なんで恒久的に使えない。家畜は牛にしろ羊にしろ一頭が大きいもんだから取引での小回りが利かない……」
「じゃあ、そろそろ金貨とか銀貨の出番だね」
ミロが先手を打つとゼニヤは「その通り」とリアクションする。
「そう、ここでようやく金銀を使った貨幣の登場や」
銅や鉄を発見して加工することを学んだ人類は、同時期に金や銀という煌びやかな鉱石も発見しており、その神々しい輝きと希少性の虜になった。
これが新たな通貨の材料となる。
「既に述べた通り、通貨の流通は王とその周りにいた賢しい連中のアイデア。金や銀を使うた通貨の製造も管理も彼らが牛耳ったのは間違いない」
これにより王への権利が益々集中していく。
絶対王政や王権は神から授けられたものとして神聖化されていく過程には、金貨や銀貨による経済支配の面もあったはずだ。
「でもまあ、金貨や銀貨は偽造がやりたい放題やったからなぁ……」
ノラシンハが思い出したように言う。
「コインの宿命やね。真なる世界でもやっとる奴よういたわ」
どこも変わりまへんなぁ……とゼニヤは落胆のため息をついた。お金を愛する男は通貨を魔改造されることもお気に召さないらしい。
「金貨や銀貨の偽造ってどうやるの? 偽札みたいなの作るの?」
よく知らないミロは疑問をぶつけた。
「そういう偽金作りも流行ったみたいやけど、手っ取り早くて量をかさ増しできるんは、金貨や銀貨を溶かして別の金属を混ぜるやつでんな」
ここに五枚の金貨があったとする。
この金貨と同じ質量の銅を用意して、まとめて鋳溶かす。そうしてできた金と銅の合金を、金貨の鋳型へ流し込めばむ10枚分の硬貨ができる。
混ぜ物を増やせば枚数は更に稼げるだろう。
見掛けくらいは誤魔化せるが、当然ながら純度は下がる。混ぜ物をしたとバレたら値打ちは落ちる。そうなる前に金貨として使ってしまうのだ。
ここら辺は偽札と同じである。
「……こうやって数を増やすわけでんな」
「あちゃー、そんなことされたら信用できなくなっちゃうね」
偽造のカラクリを知ったミロは、あっかんべーををしながら薩摩揚げに似た円盤状の魚の擂り身の揚げ物を割って食べようとしていた。
これを見付けたゼニヤが面白そうに指差す。
「せやけど民衆もバカやない。金貨や銀貨だからと最初から信用せず、そうやって硬貨を割って純度を確認したりしてたんですわ」
「えー、お金払う度に目の前でコイン割られるのー!?」
めんどくさ! とミロは笑いながら薩摩揚げに齧り付いていた。
金貨や銀貨は混ぜ物ができるので信用ならない。
ならば絶対的な信用を得られれば――その通貨は覇権を取れる。
そういった意味で国力の高さと偽造のしにくさ、なにより純度の高さで信頼を得られたのが古代ギリシャのドラクマ銀貨だった。
瞬く間に周辺諸国へ流通するも、殺到する需要に銀の産出量という供給が追いつかず、ギリシャ衰退とともにドラクマ銀貨も消えていく。
次に欧州を席巻したのがローマ帝国の銀貨。
こちらも98%という銀の高純度が売りで、ローマ帝国の拡大とともに古代ヨーロッパ全土に流布したが、やはり銀の供給が追いつかなくなってくる。
これに歴代ローマ皇帝はどう対応したか?
「……他の金属を混ぜて銀の純度を減らしてかさ増ししたんや」
「国と王様が偽造しちゃダメじゃん!?」
ミロのツッコミは正しいが、それで立ち行かないのが国政というものだ。
国が大きくなれば民が増える。増えた分だけ金が入り用になる。
特にローマ帝国は兵士の給料を銀貨で支払っていたため、国の兵力が拡充されればされるほど莫大な銀貨が必要とされたから始末が悪い。
どんなに銀鉱石を掘り返しても、足りないのは必然と言えよう。
「国を強くしたい為政者としては苦渋の決断でしょうなぁ」
「これだから国を大きくするのは嫌なんじゃ。デメリットしかない」
豊臣や徳川に仕えたオリベは貨幣の鋳造に悩む為政者の気持ちを酌み、現在進行形で王様をやっているヌンは頬杖をついて愚痴っていた。
二人は肴を摘まむことなく、どちらも静かに杯を傾けている。
「そんで、やっぱりローマ帝国も破綻したのかい?」
バンダユウは香の物で口をさっぱりさせてから尋ねた。
義理の父ともあってゼニヤは口調を改める。
「そのやっぱりですわ。最盛期には98%の純度だった銀貨も、末期には2.5%にまで堕ちるに堕ちて、大量に乱発したものだから酷いインフレを引き起こし、何の価値もない硬貨になってしまったとか……」
「当時の未熟な採掘方法なら、銀の大量生産は望めないだろうしな」
酒が飽きたツバサはミロからジュースを分けてもらう。
間接キッス~♪ と囃し立てるミロの頭を押さえつけながら、ツバサは今の話の銀にまつわるところに仮定を差し込んでみた。
「仮に古代のギリシャやローマが大量の銀を採掘できたとしても、今度は銀の価値が下落したはずだから……異なる没落の道を歩んでいただろうな」
スペインが新大陸を征し、日本の海外貿易が隆盛を極めた頃。
アメリカ大陸で産出された銀と、日本で採れた銀が世界中へ大量に流れたため、世界的な銀の相場が大きく値崩れした。そんな話がある。
希少な金属であろうとも、数が揃えばその価値は落ちてしまうのだ。
「へい、確かにその通りです。それでも……」
それでも――金貨や銀貨は主軸通貨として扱われた。
「スペインがアメリカ大陸で鋳造したメキシコドルは世界通貨とも呼ばれ、実質的に19世紀まで世界中のどこでも支払いOKやったさかい……やはり金や銀、鉱物そのものに価値がある金属を材料にした硬貨は強いんですわ」
――五神同盟もこれに習おう思います。
ゼニヤは敢えて金貨や銀貨などの通貨導入を示唆してきた。
その理由を捕捉するのも忘れない。
「五神同盟の庇護下に入った各国の人々は、先祖の代で文明を壊されとったため、物々交換からやり直すことを余儀なくされとりました。そして、労働券という貝貨などにも相通ずる初歩的な通貨をたった今経験してはります」
「金貨や銀貨はちょうど次の段階になるのか……」
これまでの話を聞いたツバサは「悪くない」と考える。
話へ食い入る態度を示すため少し身を乗り出すようにすると、スーツ越しとはいえ超爆乳が迫り出し、卓の料理や小鉢を押し倒そうとしてしまった。
「おっと、危ない危ない♪」
すかさずミロがパイタッチしながら押さえてくれた。
こうなるとセクハラなのか卓上を汚さないように庇ってくれたのかわからないが、そのことに眉根を寄せながらツバサは意見を述べる。
ついでに卓へ乳房を乗せて楽にしたのは内緒だ。
「人類の歴史を踏襲するわけではないが、順番的にステップを踏んでいるのは悪くないと思います。ただ、鉱物を素材とした硬貨には懸念が……」
「へい、産出量の問題でんな」
銀貨の歴史を語ったゼニヤも承知の上だろう。
「金や銀は無尽蔵に湧いてくるわけではありませぬからな」
思うところがあるようにオリベの会話に混ざってくる。少し酒で乱れたのか、トレードマークのチョビ髭を指で整えていた。
「幕府のために鉱脈の目利きとして働かれた大久保長安殿も『いくら金山銀山を掘り当てても足らぬ』と苦慮されておりましたからな……先にゼニヤ殿のお話にもあったように、考えなしに鋳造すれば早々に破綻いたしましょう」
「……金や銀は増産する当てはありますけどね」
ツバサの脳内には金銀を補充する対策案がいくつかあった。
クロコのような神族化した錬金術師ならば、技能で純金を錬成することも適うだろう。ダインのような工作者たちも貴金属を自作できたはずだ。
(※工作者は大抵レインボードラゴンという龍を道具箱に飼い慣らしている。彼らはほとんど眠るだけだが、周囲の物体を貴金属へ変える波動を発する)
「だとしても――いずれ絶対数は足らなくなる」
これからも五神同盟の国々は発展の一途を辿るはずだ。
そうなってもらわねば困る。
そのためにも経済をより活性化させるために貨幣制度を導入したいのだが、それにより金銀の需要が高まれば必ずや供給が追いつかなくなる。
「でしたら――金銀ではないもので通貨を作ればいい」
この時を待っていた! と言わんばかりにゼニヤは力強く提言した。
訝しげに眼を細めたツバサは禅問答よろしく詰問する。
「金や銀のように普遍的な価値があり、経済発展によって爆発的に需要が高まっても供給が滞ることはなく、大量に鋳造しても産出量が間に合う……」
――そんな都合のいい素材があるのか?
眼光に覇気を込めて問い詰めても、ゼニヤは決して怯まない。
夜な夜な磨いて貯め込んだ硬貨のように爛々と光り輝く眼差しでツバサの視線を受け止め、大一番の勝負に挑む笑みで頬を釣り上げていた。
そして、チラリと横へ目配せをする。
「マリはん、皆さんに例の物を……お願いします」
「はいはい、いつ出番が来るかと待ちくたびれちゃったわよ」
ダーリン♡ と亭主であるゼニヤを愛称で呼んだマリは合わせた両手を笑顔に添えた後、道具箱から何枚かのプレートを取り出した。
プレートを手にしたマリは大座卓を囲むツバサたちに近付いてくる。
「こちらが試作した新通貨――そのサンプルになります」
どうぞ御覧ください、マリは嬉々としてプレート差し出してきた。
恐らくは日本円を参考にした数枚の硬貨と紙幣。
一円、十円、百円、五百円、千円札、五千円札、一万円札。
お札には一万円にツバサ、五千円にミロ、千円にダインの肖像画が描かれているが、これはサンプルなのであくまでゼニヤの洒落だろう。
なんだか気恥ずかしいな、なんて照れている場合ではない。
試作品を目にしたツバサはすぐさま看破した。
「これ、まさか…………“気”か!?」
万物を構成する根源的な要素――それが“気”だ。
森羅万象の素となる“気”を物質化するまで押し固めて、硬質感のある金属を模した硬貨や、高級感のある紙を素材としたような紙幣に形作っていた。
「金は命より重い……そんな名言があります」
ザワザワと戦慄く気配を漂わせてゼニヤは訴えてくる。
「人一倍……いえ、人百倍に金への執着を覚えるワイにしてみれば、すごく共感できる言葉ではありますが、『命あっての物種』が信条でもあるワイからすると、命の方が大切でもあります……命がなければ金は稼げまへんからな」
金の重みと命の重さは天秤に掛けるべきではない。
しかし、現代社会ではこの天秤が悲しいほど揺れ動いていた。
「金も大事、命も大事……ならば等価値にすればいい」
確かに“気”は生命力ともなる。
金や銀に勝る普遍的な価値があり、どれだけ需要が高まっても“気”は世界の至るところに存在し、大量の通貨の原料としても尽きることはない。
ツバサの提示した難題をほぼクリアしている。
「この金の重さは命の重さ――きっと民は大切に扱ってくれましょう」
勝利を確信したゼニヤは丁寧な言葉で締め括った。
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