上 下
482 / 537
第20章 ハンティングエンジェル オンステージ!

第482話:誘われるは守銭奴の宴

しおりを挟む



「あの泥……過大能力おーばどぅーいんぐとやらか」

 道理どうりで破れぬはず――オサフネは悔しげに得心とくしんする。

 ハトホル太母国 妖人衆ようじんしゅう “鍛鉄”たんてつのオサフネ・ナガミツ。

 巫女姫みこひめイヨと乙将おつしょうオリベに仕える三将さんしょうの一人。

 本職は刀剣を専門とする鍛冶師。ハトホル太母国の鉄鋼業を取り仕切る鍛冶長なので最前線に立つ必要はないのだが、る時はるタイプだ。

 これまでも妖人衆なかまを守ってきた実績がある

 三将に数えられるだけはあり、実力はウネメたちと肩を並べていた。

 やや短躯たんくながら職人として鍛えてきた肉体を持つ。

 目付きは鋭く眉も険しいので双眸そうぼう凜々りりしいのだが、曲線が強い丸顔とその中央に鎮座する見事な団子だんごぱなのせいで全体的に柔らかい顔立ちとなっていた。

 セイコも団子っ鼻だが、オサフネはレベルが違う。

 本当にまん丸、ピエロや道化師クラウンの付け鼻と見紛うほどである。

 鋭い眼差しと丸みを帯びた顔立ち。これらが程良くブレンドされて、オサフネに独特どくとく愛嬌あいきょうをもたらしていた。真面目すぎる性格も緩和かんわするくらいだ。

 身に付ける装束しょうぞく鍛刀たんとうに挑む鍛冶師らしい白装束。

 白い着物に白袴しろばかまくろひもでたすき掛けをして両腕を動かしやすくしていた。

 オサフネはあごに手を当てて軽く推察すいさつする。

「オリベの大将も“碧覚へくかき練土れんど”と名付けた融通ゆうづう無碍むげの泥を操るが、あれはあくまでも様々な陶器とうきを作り出すもの……まあ、巨将なんて大巨人も造っていたので、神族化の恩恵おんけいで性能も上がっているのだろうが……」

 大量の泥を湧かせて操る。この点では両者の能力は似ていた。

 しかし、ドロマンの過大能力オーバードゥーイングには拡張性かくちょうせいがあった。

「俺が投じた槍が触れた瞬間、確かに生命の気配を感じた……生きた泥を操る、と噂では聞いていたが、あれを変幻自在に操るのか……」

 擬似的ぎじてき生命いのちを生み出し、鋼鉄に勝る強度の陶磁器とうじきさえ形成する。

 オリベの能力も融通ゆうづうは利くが、汎用性はんようせいではドロマンに一歩譲りそうだ。

「……柔軟性のある泥のまま防壁ぼうへきとするのも可能か」

 これによりオサフネの攻撃はしのがれた。

 音速を超える速度で射出した――500本の槍。

 横綱ドンカイの許可を得て、その過大能力オーバードゥーイング模倣もほうした槍の穂先に超高速振動する機能を持たせ、鋼鉄すら豆腐のように断ち切る切断能力を持たせていた。

 それをすべてを受け流されてしまった。

常軌じょうきいっした粘性ねんせいのある泥……いや、泥なのだからいくら斬り裂かれても意に介すまい。瞬間的に泥の津波を起こして、飛んできた槍の雨を押し流せばいい。そして、反対側から飛来した魔法まほう光球こうきゅうにぶつければ……」

 オサフネは小高い丘を足場としていた。

 そこからドロマンを挟んで反対側にいる水聖国家・・・・の姫様・・・がドロマンへ攻撃したのを見て、オサフネはタイミングを合わせて挟撃きょうげきを仕掛けたのだ。

 結果、どちらの攻撃もなされて相殺された。

「単に泥を操って足技を得意とするわけではなく、彼は剛柔ごうじゅう体得たいとくした動きができるようだな……あの身のこなしは柔術やわらに通ずるものがありそうだ」

 そんな相手に直線的な攻め方をすれば避けられて当然。

 数秒にも満たぬ短時間で早口の独り言を呟いたオサフネは、それらを反省点として心の中にある帳面ちょうめんへと書き記していく。

 人生は日々勉強、戦いにおいても考察を欠かさない。

 刀鍛治としての研究以外にも余念がない。オサフネならではの実直さだ。

「敵も然る者、修練しゅうれんとはいえ甘く見るのはいけないな……んっ?」

 用心は欠かさず、オサフネは抜かりなく視界を見張る。

 頭上に浮いたまま泥でできた幕をはためかせているドロマンが動いた。泥の幕がボコボコと沸き立ち、続々と丸い物体を作り出したのだ。

 それらは吹き出されるようにオサフネに降り注ぐ。

 標的はこちらのみならず、挟撃した水聖国家の姫様にも放り投げていた。ドロマンなりに「やられたらやり返す」の報復行為なのだろう。

 固めた泥で作られた丸い玉。陶器製とうきせいまりと考えればいいのだろうか?

「……そういえばオリベの大将が言ってたな」

 剽気者ひょうげものらしい御方おかたが考案した戦術だと自慢していた。

 二つの鉢を合わせて陶器の玉“陶丸とうがん”を作り、その中に火薬を詰めて投石器で敵軍に放り込む。これが大爆発を引き起こして甚大じんだい被害ひがいを与えたという。

 それは榴弾りゅうだんと呼ぶべき代物だった。

 話に聞いた物とよく似ているが、降ってくるのは泥を固めた玉でしかない。

「まさか、いくら変幻自在とはいえ泥だぞ? 火薬まで……ッ!?」

 用心は欠かさず油断禁物と気を引き締めたばかりだ。

 オサフネは脱兎だっといきおいで飛び下がると同時に、発射速度の速い苦無くないを弾幕を張るほどの数で頭上に投げつけた。それはドロマンの陶丸とうがんに突き刺さる。

 途端に大爆発を巻き起こし、周辺一帯を激しく震わせた。

 大気を焼いて地面を抉る爆風ばくふう熱波ねっぱが押し寄せる。

「火薬にもできるのか……何でもありの泥だな!」

 それはお互い様か、とオサフネも対抗策を練るために能力ちからを使う。

 カーン、カーン、カーン……とつちを打つ音が鳴り響く。

 オサフネもまたツバサの眷族けんぞくとなって神族化しているので、過大能力オーバードゥーイングにも似た力を扱えるようになっていた。このつちの正体がそれである。

 神族や魔族だけが持てる亜空間――道具箱インベントリ

 オサフネのそこは鍛冶工房となっており、本人の気力体力が続く限り“気”マナから凝らして鍛えた武具をいくらでも造り出すことができるのだ。

 瞬時に打ち鍛えたのは数本の大剣。

 この剣にはモデルがある。たまたま見掛けたのだ。

 ツバサの子供たちが読んでいた絵双紙えぞうしに登場する、黒い剣士が振り回していた大きく分厚ぶあつ大雑把おおざっぱな、それこそ鉄塊てっかいのような大剣だった。

 それを前面に隙間すきまなく並べて防壁ぼうへきとする。

 爆風の熱を吸わせて灼熱しゃくねつけんとし、爆発の威力が鎮まる頃を見計らって大砲よろしく射掛いかけてやる。オサフネはそんな反撃を企んでみた。

 生身で浴びても問題ないほどに爆発が弱まる。

「今だッ……ってなななッ!?」

「「「「いらっしゃいませぇぇぇ~ん♪ 素敵なお客さんぁぁぁ~ん♡」」」」

 大剣の防壁を解除した瞬間、弱まった爆風とともに雪崩なだんできたのは骸骨の軍団。意味不明なことをわめきながらオサフネに迫ってきた。

 顎の骨をカタカタ鳴らし、肉も皮も失った指をこちらに伸ばしてくる。

 筋肉も内臓もないのに動く異形の軍隊だ。

「おわあああああああああッ!? じ、地獄まで湧いたか!?」

 思わず素っ頓狂すっとんきょうおくした声を上げてしまう。

 それでもオサフネの手は反射的に動いており、自分の“気”マナを凝らした何本もの大剣を自在に操ると、骸骨がいこつたちを打ち砕くように薙ぎ払った。

 骸骨の群れを鎧袖がいしゅう一触いっしょくにするオサフネの大剣。

 まるで不可視ふかしの剣士が何人もいるかのように剣だけが立ち回る。

 宙を舞う大剣を操るのはオサフネの意識であり、剣に宿らせた「これまで出会ってきた剣士たちの動き」を投影とうえいさせていた。

 がむしゃらに突っ込んでくる骸骨など物の数ではない。

 そんな骸骨の群れを掻い潜り、大蛇おろちのように迫る何かがあった。

 咄嗟とっさに防いだものの大蛇のような何かは大剣を絡め取ってオサフネから引き離したかと思えば、あろうことか絞り上げるように砕いてしまった。

 ただのむちではこうはいかない。強靱きょうじんな金属製だ。

 大蛇おろちに見えたのは――連節棍れんせつこん

 いくつもの金属製の棒や筒を鎖で繋いだものである。多節棍たせつこんとも呼ばれており、節の数をふやせばむちのようにしなやかな動きも不可能ではない。

 連節棍れんせつこんを操る人物こそが骸骨を率いる主人しゅじん

「デキる僕ちゃんは仲間のフォローも忘れないわよぉ~ん!」

 天才工作者クラフターだからねぇん! とホネツギーはくせのある語尾ごびを伸ばした。

 ハトホル太母国所属 穂村組ほむらぐみ 構成員 ホネツギー・セッコツイン。

 ドロマンとともに女首領おんなしゅりょうマーナをボスと崇める、通称“三悪さんあくトリオ”の一人。こちらは頭脳労働担当で次から次へと巨大メカを作る工作者クラフターだ。

 茶髪ロン毛の垂れ目がちな二枚目半――ただし半分のみ。

 身体の正中線せいちゅうせんから右半分は人間だが、左半分は引き従える骸骨どもと同じ骨も肉もないスケルトン。これは魔族が背負う外見のデメリットだ。

 顔が溶けたドロマン同様、ホネツギーも修正せず残していた。

 当人たち曰く「悪玉あくだまとしての個性です!」とのこと。

 ヒョロリとした長身ちょうしん痩躯そうくには、手足の周りを動きやすいようまとめた着物みたいな衣服をまとっている。どことなく水干すいかんという衣装に似ている。

 そこに工作者クラフターを意識したデザインも加えられていた。

(※水干=平安時代に生まれた装束のひとつ。デザインはピンキリだが基本は簡素で動きやすい服とされた。牛若丸が着ているイメージが強い)

 ホネツギーは手首の動きだけで連節棍れんせつこん手繰たぐせる。

 連なる棒の部分は筒状になっているのか、彼の手元へ戻る度にカシャン! カシャン! と小気味いい音を立ててホネツギーの持つに収まっていく。

収納式しゅうのうしきこんか……専門外だが面白い絡繰からくりだな」

 刀鍛冶には馴染なじみのない機構きこうだが、好奇心はそそられる。

 以前の鍛刀たんとう一筋ひとすじなオサフネなら見向きもしないが、ハトホル太母国に移り住んでからは意識改革に成功し、様々な技術への興味と研究に余念よねんがない。

 ――これを鍛刀に取り入れられないか?

 結局は刀に昇華しょうかされるが、昔と比べれば視野しやは広がっていた。

「あらぁん、お目が高いわね刀鍛冶ブラックスミスさぁん。お互い同じハトホル太母国で暮らしてるんですもの噂は聞いてるわよぉん……備前びぜん長船おさふねの名工なんでしょぉん?」

 ちょっとあおるようなホネツギーの物言い。

 悪気なく褒めているのはわかるが、オサフネの眉はピクリと動いた。

 備前長船の名は後世、数ある名刀めいとうを生み出した流派のひとつとして歴史に名を残したことは博識はくしきなフミカから聞かされていた。

 それが我が事のように嬉しくもあり――心残りでもある。

 オサフネもその一員として名を残すはずだった。

 盗賊に襲われて命を落としかけ、気付けば神隠しに巻き込まれ異世界に迷い込みさえしなければ……そんな無念が幾度いくどとなく脳裏のうりよぎったものだ。

 だが――この地で得たものは大きい。

 神と魔のいる世界で新たなことわりを知り、見たことも聞いたこともない未知の経験を詰み、まだ見ぬものを作る喜びを知ることができた。

 神秘の鋼を鍛え、強く鋭き刀を打ち、新たな武具を開発する。

 オサフネは生まれ変わった心境にあった。

 備前長船の功名こうみょうは懐かしいが、これからそれ以上のものを成し遂げられそうな予感に胸躍らせる毎日を送っているのだ。

 だからオサフネは苛立つことなく鼻で笑った。

「フッ……生憎だが、その執着しがらみうに乗り越えたよ」

 カーン! カーン! カーン! ……と槌を振るう音が響く。

 攻防一体を成せる幅広の大剣を新たに鍛造たんぞうしつつ、追加として太さも長さも尋常ではない大槍を何百本、何千本と用意していた。

「今は鍛刀たんとうばかりじゃない。鍛鉄たんてつや他の武具を鍛えるのも面白くてな」

「あらぁん。じゃあもう立派な工作者クラフターじゃない……」

 僕ちゃんの同類おなかまねぇん! とホネツギは共感の台詞せりふで叫んだ。

 いつしか両手に棍を握っており、二刀流よろしく左右の連節棍を打ち振るいながら伸ばしてきた。さながら二頭の大蛇に狙われた心地である。

 丘陵の土を食い破って新手の骸骨も現れた。

 ホネツギーの過大能力オーバードゥーイング──【我は骨なり骨こそボーン・アすべての礎とならん】イデンティ

 骨に関するすべてを自在とする能力だ。

 魔力ある限りスケルトンを始めとした骨系モンスターを際限さいげんなく召喚しょうかんできるだけではなく、骨を融合ゆうごうさせて未知の骨格を持つクリーチャーも創り出せる。

 また自らに接合せつごうして肉体増強を行うことも可能。

 以前ホネツギーは四十本の巨大な骨の腕と合体したこともある。

 それらの骨の腕すべてに連節棍れんせつこんを持たせて振り回すという妙技みょうぎを見せたが、数を増やせばいいわけではないと学習したらしい。

 両手一対で十分――そこに鍛えた技のすべてを注ぐ。

 これを学んだことで、連接棍を操る精度とその威力が上がっていた。

 大剣の一振りを奪われた挙げ句、絡めた連接棍によってへし折られたところをオサフネは目の当たりにしている。決して慢心まんしんはできない。

「だが……こう・・したらどうだ!?」

 オサフネは上空に待機させた大槍の束を一斉に降り注がせる。

 辺りは瞬く間に大きな槍が立ち並ぶ森となった。

 無数の大槍は骸骨どもを打ち砕きながら大地に突き立ち、大蛇のような連節棍の動きを制限して行く手も阻む。このために大槍を増産したのだ。

「そんな長物ながもの……森の中・・・では満足に振るえまい!」

 この隙にオサフネは何本もの大剣を引き連れて跳躍ちょうやく。使い慣れてきた飛行系技能で宙を舞い、上空からホネツギーを急襲する。

 はずだったのだが――当てが外れた。

「舐めてもらっちゃあ困るわねぇん……ふんぅ!」

 ホネツギーは細い両腕に満身まんしんの力を込め、気合いを入れてうなった。

 二枚目半な表情もキリッと引き締まる。

 大槍の森に阻まれたていた二本の連節棍が打ち振るわれ、立ち並ぶ槍を物ともせずに暴れ回る。突き立った大槍を根元から吹き飛ばし、時には野太いをへし折り、自分の召喚した骸骨軍団の犠牲ぎせいいとわず……。

 力尽くで強引ながらも、我が道を行くように突き進む連節棍。

 あっという間にすべての大槍は薙ぎ払われた。

 ビシリ! と景気づけに地面を一度叩いた連節棍は、宙に浮かぶオサフネに狙いを定めて振り上げられた。オサフネは大剣たちを盾にして防ぐ。

 何本かの大剣はその一撃で打ち砕かれた。

 吹き飛ばされる勢いに乗り、砕かれた大剣の破片を蹴り飛ばして後方へ後退あとずさったオサフネは、元いた丘の上まで間合いを戻される羽目はめになる。

 むぅ……! とオサフネは悔しげに呻くしかない。

 ホネツギーは連節棍れんせつこんおどらせながら、新たな骸骨スケルトン増援ぞうえんを呼んでいた。

 オサフネを値踏ねぶみするような視線を送ってくる。

刀鍛冶ブラックスミスさんも随分ずいぶん鍛えているみたいだけどぉん……あなた、戦闘バトルは本職じゃないんでしょおん? 鍛冶屋かじやが本分なのよねぇん、きっと?」

 痛い図星ずぼしを突かれた。オサフネは下唇したくちびるむ。

 どちらも工作者クラフターにして戦闘員の権能ロールを備えているものの、オサフネとホネツギーではその比率ひりつが違う。今の手合わせでそれが如実にょじつに示されてしまった。

 ホネツギーの場合――工作者=戦闘能力。

 オサフネの場合――工作者>戦闘能力。

 お互いにLVレベルは同程度だが、それぞれの権能ロールに振り分けたLVや技能スキルの比率はこのような振り分けだろう。これまでの半生を刀鍛冶に費やしてきたオサフネは、それほど戦いの場数を踏んでおらず戦闘経験に関してもまだまだ浅い。

 その未熟さゆえ盗賊なんぞに襲われて命を落としかけた。

 真なる世界ファンタジアに転移後は必要に迫られて戦いを覚えたが、その根底にはあんな三下どもに殺されかけた後悔に根付く猛省があった。
(※剣術のいろはに関してはウネメから教わっていた)

 対してホネツギーは下っ端したっぱであれ一騎当千の戦闘能力がなければ門を潜ることができない、超武闘派極道の穂村組ほむらぐみせきを置いている。

 この時点で双方の戦力差は大きく開いていた。

 防戦寄りとはいえオサフネが戦えているのは、ひとえに身に付けた過大能力オーバードゥーイングモドキのおかげ……意識ある限り武具を作り続けられる能力のおかげだった。

 オサフネの意のまま動き――自律じりつして戦う武具。

 しかし、兵となる従者サーヴァントを喚び出す能力はホネツギーも持っている。

 能力的にも五分ならばオサフネに分が悪いのは自明の理だ

 視界を埋め尽くすまで増えた骸骨スケルトン軍勢ぐんぜい

 ホネツギーは連節棍れんせつこんむちに見立てたのか、ビシリと地面を打って猛獣使いのように骸骨たちを急き立てる。

「さあお骨ちゃんたちぃん! 人海戦術で刀鍛冶ブラックスミスさんの自動で動く武器を抑えちゃいなさい! 僕ちゃんはこのまま本人を攻め立ててちゃうからぁん! ここにドロマンちゃんも加われば二人掛かりで仕留め……ッ!?」

「ケッハヤアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッッ!」

 突如――裂帛れっぱくの気合いが轟いた。

 大砲どころかミサイル顔負けの速度で飛翔ひしょうする物体。

 その物体は過たずドロマンに直撃、泥の防御幕ぼうぎょまくさえ貫通する強烈な跳び蹴りをお見舞いする。間一髪、ドロマンは立てたひざで防いでいた。

 防いだとしても彼の巨体を吹き飛ばす威力だ。

「――ドロマンちゃんッ!?」

 彼の援護えんごを期待していたホネツギーは空を見上げて絶句ぜっくする。

 ドロマンを蹴り飛ばした影にオサフネはほくそ笑んだ。

 ハトホル太母国所属 妖人衆ようじんしゅう “覇脚はきゃく”のケハヤ・タギマ。

 オサフネとウネメの同僚どうりょうであり、三将さんしょうの一人だ。

 以前は妖怪化して毛むくじゃらの怪人といった様相ようそうだったが、ハトホル太母国に移住いじゅうしてからは人間らしさを取り戻していた。

 今では毛深くていかつい大男で通じるくらいだ。

 江戸時代の“やっこさん”みたいにたすき掛けをして太い両腕を剥き出しにしており、足回りの動きやすさや機動力を意識した軽装けいそうに身を包んでいるが、腰帯こしおび注連縄しめなわをアレンジしたやたら目立つものだった。

 何もない宙を足場にして、空を蹴るように前へ前へと突き進む。

「きしゃあああああああらぁぁぁぁぁぁッッッ!」

 怪鳥を思わせる奇声を上げてケハヤはドロマンへと肉薄する。

 飛行系技能スキルに自慢の脚力きゃくりょくを上乗せして、爆発的な推進力すいしんりょくを得たケハヤは再びミサイルのように突進する。音速の壁を越えて円錐雲ベイパーコーンが湧く勢いだ。

(※円錐雲=音速に近い速度で動く物体の周囲が急激に減圧げんあつすることで断熱だんねつ膨張ぼうちょうが起き、大気中の水分が瞬時に凝結ぎょうけつしてできる円錐型えんすいがたの雲)。

 ウネメは人間の領域を飛び越えた神の剣技。

 オサフネは“気”マナらせば無尽蔵むじんぞう武具ぶぐを作れる能力ちから

 同じように神族化したケハヤも過大能力オーバードゥーイングに似た力に目覚めている。

 彼の筋肉はバネの如き超弾性ちょうだんせいを有し、五体を繋ぐけんは尋常ならざるゴムにも似た伸縮性しんしゅくせいを備え、沸騰ふっとうする血液は火薬にも勝る爆発力を得ていた。

 バネとゴムの特性に爆ぜる力を乗せる。

 これによりケハヤは爆発的な膂力りょりょくを発揮できるようになった。

 得意の足技に用いれば、生身ながらもロケットに見紛う推進力すいしんりょくを得られる。敵に命中すれば大爆発を引き起こすミサイルの火力も出せるのだ。

 そんなケハヤが繰り出す渾身こんしん一蹴いっしゅう

 ドロマンは逃げも隠れもせず、真正面から受け止めた。

 大気が一気に揺れ動くような衝撃に空間が震えるも、ドロマンは吹き飛ばされることなく飛行系技能スキルでその場の空中に留まっていた。

 ケハヤの蹴りは先ほど同様、立てたひざでしっかり受け止めている。

「……先刻せんこくのはやられた振りか?」

 確認を求めるように美声が疑問形で尋ねた。

 これがケハヤの地声。毛深い大男の容姿ようしからは想像もつかない、音域の高いボーイソプラノなので初めて聞くものは面食めんくらうか吹き出すものだ。

「さっきは急だったんで踏ん張りが間に合わなかったダス」

 ドロマンは表情を崩さず事実のみ伝える。

「身構えるのさえ間に合えば、そして過大能力オーバードゥーイングもついでに使えれば御覧の通りダスが……だとしても随分ずいぶんとまあ重い蹴りダスな」

 掛け値なしの評価は称賛にも聞こえた。

 事実、ドロマンは踏ん張りこそしたものの姿勢がかしいでいた。

 ただ構えて受け止めたのみならず、全身に生きた泥を這わせて人工筋肉のように使うことで肉体強化を掛けたのだ。それでも揺らぐのだから相当である。

 豪脚ごうきゃく剛脚ごうきゃくが鬩ぎ合う。

 鍔迫つばぜいにも似た膠着こうちゃくの中、ドロマンとケハヤは短く言葉を交わす。

また・・もキック対決とは……なかなかどうして奇縁きえんダスな」

「おれもあしには自信がある方だが、未来さきわざを使う御主おぬしに通じるかどうか試してみたくなってな……勝負ッ!」

 ケハヤは腰の力で膠着したままでも構わずドロマンを蹴り飛ばす。

「応ッ! 望むところダス!」

 ドロマンも息を合わせて自ら飛び退くと、間合いは計り直してから回し蹴りを打ち込んでいき、ケハヤも迎え撃つべく突き込むような蹴りで応じた。

 両者の脚が激突する度、大気が熱を帯びて爆発する。

 ケハヤは出自しゅつじこそ定かではないが、西暦200年から400年頃の日本から神隠しで転移してきたという自称“暴れん坊”で、まだルールが厳格化げんかくかされていない古代相撲の使い手だったと証言している。

 だからなのか――相撲とは思えぬほど足技に精通せいつうしていた。

 ドロマンのカポエイラにも相通あいつうずる洗練せんれんした蹴りは、それこそキック専門の武術と勘違いさせるほどの腕前だった。

 両者の蹴りが激突すれば爆撃の花が咲く。

 瞬時に数百を超える蹴りの応酬おうしゅうを続けば満開となった。

「ダハハハハッ! アンタ本当に相撲取りダスか!? 確かに手技も交えてきてるが張り手じゃなくて拳骨げんこつだし……まるでムエタイ使いダスよ!」

「かつての相撲は何でもアリだ、見知りおけ! しかし、足を武器として腕を足代わりに使うか……遠心力だったか? そういう力の使い道もアリだな!」

 こころよ笑声しょうせい喜々ききとして張り上げる二人。

 磨き上げた互いの技をリスペクトして、打ち込む蹴りの鋭さを研ぎ澄ませていき、戦いのスピードも上限じょうげんらずにエスカレートさせていく。

 空には笑い声と爆撃がいつ果てることなく木霊こだました。

 それを地上から見上げるホネツギーは頬に手を当てて溜め息をつく。

 ポーズといい口調といいアンニュイな吐息といきといい、どこから見てもオネエにしか見えないのだが、彼は性癖的せいへきてきにノーマルだという。

「はぁ、久々の好敵手ライバルに巡り会えたからドロマンちゃんがそっちに夢中になっちゃったわぁん……ホント、男の子ってしょうがないわねぇん」

 仕方ないわねぇん、とホネツギーは気を取り直した。

刀鍛治ブラックスミスさんは僕ちゃんオンリーでお相手あいてつかまつるしかな……あらぁん?」

 対戦相手のオサフネは全力で退避していた。

 刀剣一筋な彼らしくない、大きな盾を何枚も作り出して鉄壁の防御を固めながら、ホネツギーに注視ちゅうししつつ全速力で後退こうたいしている。

 いや、注意を払っているのは目の前の敵ばかりではない。

「なんだか……リスキーな感じぃん!?」

 かつてない危険な臭いに気付いたホネツギーも反射的に飛び退いた。

 次の瞬間――断崖だんがい絶壁ぜっぺきが生まれた。

 ホネツギーとオサフネの間、なだらかでうっすらとした窪地くぼちになっているだろう土地が激音を立てて裂けたかと思えば、底も見えない谷となった。

 地割れではない。これは人為的じんいてきに割られたのだ。

 正しくは神為的じんいてき、あるいは神威的しんいてきと言い直すべきかも知れない。

「楽しそうですな若い衆。当方とうほうも混ぜてくださらぬか?」

 この地割れを引き起こした張本人は、大地にできた裂け目の末端まったんに佇んでいた。ヒュンヒュンと空気を震わせる音を鳴り響かせている。

 水聖国家オクトアード 防衛長官 タフク・デンポウ。

 イムトとともに若い時分じぶんから蛙の王様ヌン・ヘケトに師事しじし、今では国家の中核ちゅうかくを担う大幹部にまで昇進したオクトアードの重臣じゅうしんである。

 彼も水聖国家オクトアード代表として、この乱取りバトルロイヤルに挑んでいた。

 人間年齢換算ならばイムト同様おおよそ五十代。

 シンプルなまげを結えるほどたっぷりした黒髪と、牛を連想させる大きな鼻に柔和な眼差し。無造作ながら穏やかな面貌めんぼうのためか若作りに見える。

 そのため本来の年齢より若い三十代でも通じそうだった。

 身長も2m近い大男だが、縦のみならず横にも大きい。腕も足も太ければ胴体も固太りした恰幅かっぷくの良さだ。あまり武装を身に付けておらず、着ているものもオクトアードの家臣団の礼装でもある軍服のみ。

 利き手に携えるのは――鋼線こうせんで編んだかのようなふとむち

 従来の鞭とは比べ物にならず、山から谷間で吊り橋を架けられるような長さを有していた。それが細長い大蛇のように宙をのた打ち回っている。

 この長すぎる鞭を振り回して風切り音を鳴らしているのだ。

 時折、ソニックムーブによる破裂音はれつおんまで響かせている。牛追い鞭ブルウィップでも鳴らすことはできるが、タフクのそれは桁違けたちがいの破壊力を秘めているだろう。

 なにせ一振りで大地に深い谷をえぐるほどだ。

 割り込みながら、実力を垣間見せたつもりなのかも知れない。

 変則四刀流で女武芸者ウネメと大立ち回りを繰り広げながら、あちこちの丘を斬り刻む斬撃をばら撒いているイムトもヤバいが、大人しそうな顔のタフクも十分ヤバそうだ、とホネツギーやオサフネは認識を改めていた。

 オサフネは冷や汗を伝わせて慎重に言葉を選ぶ。

「俺の腕前でお相手が務まるかどうか……あちらの骨の方ならあるいは」

「ちょっとぉん!? 僕ちゃんに押し付ける気ぃん!?」

 いきなり強敵を割り振られたホネツギーは悲鳴みたいなツッコミを返すと、直後に本音トークをぶちまけるようにぼやいてみる。

「遊び相手だったらデカいオジさんより水聖国家オクトアードのお姫様の方が断然いいわぁん! 女子高生じゃないけどギリギリ許容きょよう範囲はんいよぉん!」

 言い切った後に失言しつげんと気付いたホネツギーは急いで宙に飛ぶ。

 刹那せつなの間を置いて――削り取られた。

 さっきまでホネツギーがいた地点が残っていない。

 丘はおろか大地の底、地盤じばんに届く勢いで地面が消失するように吹き飛ばされてしまった。やったのはタフクの振るう鋼線こうせんむちである。

「ハッハッハッ、下心したごころあるやからを姫様に近寄らせるわけには参りませぬな」

 愛想笑いこそ忘れないが眼は笑っていない。

 姫様に近付いたら成敗! と口ほどに物語る眼光。

 穏やかで物静ものしずかな人間は怒らせると恐ろしい。ギャップの差もあるが、溜め込んでいた激情を一気に解放するので最大さいだい瞬間しゅんかん風速ふうそくが凄まじいのだ。

 タフクはただの鞭使むちつかいではない。

 大地を割る攻撃を2度も見せられたホネツギーとオサフネは、避けることに夢中ではあったものの分析アナライズを怠ることはなかった。

 あの鋼線で編まれた鞭には無数の龍宝石ドラゴンティアが仕込まれている。

 鞭を振るう際、その龍宝石に込められた様々な魔力を解放していた。

 単純に鞭の速度や攻撃力を高めるものもあれば、小型に圧縮された攻撃用の火球や雷球をクラスター爆弾のように範囲を決めて散布もしていた。標的ひょうてきを定めれば鞭を振るいながらでも魔法で狙い撃ちできるらしい。

 鞭で投擲とうてきしているようなものだ。器用というより曲芸きょくげいレベルである。

 事実、ホネツギーとオサフネも何発か喰らっていた。

 牽制けんせいだったので難なく防げたが幸いだ。

 精緻せいちを極めた鞭捌むちさばきはその圏内けんないに何人たりとも近寄らせず、圏外けんがいより近付こうとする者をしたたかに打ち据える。

 タフクは自らの領域フィールドを完全に支配していた。

「イムトのげんを真似るではないが……当方とうほうも軍人を務めて幾星霜いくせいそう

 パシィン! とタフクは鞭を打ち鳴らす。

 その反動で跳ね上がった鞭は何十本にも分身したかのように数を増やすと、大気を掻き混ぜていくつもの竜巻を巻き起こした。

 タフクは竜巻の群れをも操り、鞭のように打ち振るってくる。

「まだまだ若い衆に後れを取るつもりはおりませぬぞ!」

 ホネツギーとオサフネの絶叫は、耳をつんざ風音かぜおとによってかき消された。

   ~~~~~~~~~~~~

「派手にやってるねぇ。嫌いじゃないけど近寄りがたくてしょうがないよ」

 異相の上空――高度にして約10㎞前後。

 激しい剣劇けんげきを演じる女武芸者ウネメと征夷せいい将軍しょうぐんイムトや、楽しげにキック対決に興じる怪力男のドロマンと覇脚はきゃくのケハヤ。

 彼らも飛行系技能スキルを使って空中を主戦場しゅせんじょうとしていた。

 だとしても地表ちひょうからの高さはいいとこ1㎞前後。

 その10倍の高度にポツネンと浮かび、気配けはい遮断しゃだんなどの隠密系技能スキルを何重にも仕込んでいるマーナに気付くはずもなかった。

 ハトホル太母国所属 穂村組ほむらぐみ 構成員 マーナ・ガンカー。

 力仕事担当のドロマン、頭脳労働担当のホネツギー、彼らを従える女ボスが彼女である。この三人組構成から“三悪さんあくトリオ”と呼ばれていた。

 元ネタはタイム○カンシリーズという古いアニメ。

 そのリバイバル版を視聴しちょうしてきた彼女たちは悪役トリオの生き様に感銘かんめいを受け、この年になるまでリスペクトしてきた本物のファンである。

 マーナは女ボスのファッションまで取り入れていた。

 ハイレグのワンピースしか見えない黒の水着に、同色の膝上ひざうえまで届くロングブーツにハンドカバー。艶めかしい二の腕や太ももが覗ける仕様だ。

 そのどれもがエナメル質な光沢こうたくを帯びている。

 そして鋭利えいりさが際立きわだつスマートなマントを羽織っていた。表はブラックで裏地うらじは肌触りのいいレッドに染まっている。

 美貌と呼べる顔には濃いめの化粧こそ施しているものの、着ているものと比べたら装飾品は付けていない。一見するとショートカットに見えるブロンドヘアだが、後頭部に残した長い髪を細く二つに分けるように結っていた。

 ――露出度の高い格好をした金髪美女である。

 ただし、残念ながら外見年齢は幼い。

 実年齢は二十代半ばなのだが、見た目はどう見ても中学生、ひょっとすると小学生に間違われかねない童顔どうがんで幼児体型なのだ。

 妖艶ようえん色気いろけとはまったくの無縁であり、スタイリッシュ痴女ちじょうと呼ばれそうなファッションも今ひとつ。それを部下たちにイジられる毎日である。

「だからまあ……多少酷い目に遭わせて文句ないよねぇ?」

 あいつらの自業じごう自得じとくだし、とマーナは巻き込むつもり満々だった。

 これから行うのは――乾坤けんこん一擲いってきとなる超級の必殺技だ。

 飛行系技能で上空10㎞にいるマーナ。

 地上を見据みすえるべく平行に浮かぶ彼女の周囲には、数え切れないほどの“眼”が浮かんでいた。背後には特大の“眼”が後光ごこうよろしくまたたいている。

 それらの“眼”は下界の戦いを一身に見つめていた。

 練習試合とはいえ、神族や魔族が戦えばその場の“気”マナは荒れる。

 相手を倒すために全力の攻撃なり魔力を打ち出せば、どんな戦闘せんとう巧者こうしゃであれ必ずや余波よはを発生させる。その余波でさえ世界を大きく傷付けるだろう。

 今、マーナの眼下がんかには余波がもたらす“気”マナあふれていた。

「そいつを一滴いってき残らず頂戴ちょうだいする……って寸法さね」

 マーナの過大能力オーバードゥーイング――【視界を貪るイヴィルアイ邪視の女王】・クイーン

 普段は隠しているが、マーナは全身に眼球を宿していた。

 百目ひゃくめとか百々目鬼どどめきなんて妖怪のように、肌の至る所に無数の目を開くことができるのだ。これがマーナの魔族としての外見的デメリットである。

 博識なフミカは「ギリシャ神話のアルゴスみたい」とも言っていた。

(※アルゴス=ギリシャ神話に登場する全身に百の眼を持つ巨人。100ある眼が全方位を見つめて交代で眠るため死角がない。神々の命令に忠実で怪物退治などに武功を上げる忠義者ちゅうぎものだったが、ゼウスの浮気うわきとヘラの嫉妬しっとによるいざこざに巻き込まれてヘルメス神によって殺される)

 彼女の眼は容姿的デメリットであると同時に能力ちから象徴シンボルだった。

 これらの眼は“気”マナを吸い込む。

 吸い込んでは眼球に貯め込み、そのままストックできるのだ。

 瞳に捉えた者から“気”を吸い上げたり、魔法などの“気”が濃い攻撃を吸収し、“気”を攻撃に転化することも自身の魔力に変換することも自由自在。

 全身の眼へ貯蓄ちょちくする蓄電池バッテリーのような使い方もOK。

 集めた“気”マナを仲間に付与ふよすれば、一時的だが大幅な強化バフも望める。

 基本的にマーナは女ボスなので後方腕組み彼女面をして、ドロマンやホネツギーを前線に立たせることが多い。

 そんな彼らの強化要員として動くことがメインである。

 だがしかし、後衛こうえいらしいこともできるのだ。

 即ち、時間を掛けて魔力を練って特大魔法を撃ち放つことである。

「発動までのチャージに時間が掛かるのが難点ネックなんだけどねぇ……」

 マーナの周囲に現れた無数の“眼”。

 これまでは全身の眼でしか過大能力オーバードゥーイングを使うことができなかったが、修行の成果により使い魔ファミリアのような“眼”を召喚できるようになった。

 これらはマーナの過大能力が具現化ぐげんかしたもの。

 今も下界で戦っている八人の神族や魔族から、彼らが戦闘の度に発する力の余波を“気”マナとしてせっせと吸収しており、その眼球に貯め込んでいた。

 十分なくらい“気”が充填じゅうてんされたら解き放つ。

 120%まで貯め込んだ“気”が発射されたあかつきには、小さな“眼”からは極太ごくぶとのビームが破壊光線のように照射しょうしゃされ、マーナの背後にある一際大きな“眼”からは地上を焼き尽くす太陽砲ヘリオビームのような熱線ねっせんが撃ち出されるはずだ。

(※太陽砲=手段はいくつか考案されているが、要するに太陽光を一点に集中させる兵器。虫眼鏡でできる集光しゅうこうのスケールを途方とほうもなく大きくしたもの)

 マーナの背後に控える特大の目玉が主砲しゅほう

 それを取り巻くように二十を越えて展開させている大小の“眼”は副砲ふくほう弾幕だんまくを張るためのバルカン砲みたいなものだ。

 気分は戦艦の砲塔ほうとうを管理する砲手長ほうしゅちょうである。

「主砲の充填率じゅうてんりつがようやく65%、副砲やバルカン砲が70~80%か……全部100%達成してから斉射せいしゃした方が効率がいいのは当然として……ッ!?」

 んッ!? とマーナはひたいに開いた第三の眼を見張った。

 こちらに向けて高速で接近する者がおり、そいつが魔法の光球こうきゅうをこちらにへと放ってきた。あれは純粋に破壊力を押し固めた攻撃魔法だ。

 大振りで数も多いから避けるのは難儀なんぎだろう。

「でも天下のマーナ様は避けたりしないんだよ! ゴチになりまーす♪」

 せまる光球にマーナは右手を開いてかざす。

 てのひらに現れるのは過大能力オーバードゥーイングを宿した魔眼まがん。まるで集塵機しゅうじんきで大量のほこりを吸い取るかのように、直前まで届いていた光球をズルリと一飲みにした。

 複数あったがひとつ残らず全部だ。

 自分の攻撃が効かないことにビビりな! とマーナは内心ニタリと微笑む。

 それでも彼女は意に介することなくマーナへ突っ込んでくる。

「こんなところにいたんですね! 見つけましたよーッ!」

 水聖すいせい国家こっかオクトアード 秘書官(王女) ライヤ・キンセーン。

 蛙の王様ヌン・ヘケトの15番目の孫娘にして、次期女王になることが内定している王位継承者。神族しんぞく亜神族デミゴッドの間に生まれた灰色の御子でもある。

 イムトやタフクと共にこの修行に参加していた。

 それもこれも五神ごしん同盟どうめい基準きじゅんLV999スリーナインという最高位に到達するため、尊敬する祖父ヌンに少しでも近付ける強さを身に付けるためだ。

 ライヤにすれば女王となるための試練しれんに近い感覚である。

 身長は170㎝に届くので女性としては長身。

 体格的には150㎝あるかも怪しいマーナより全然大きいが、顔の造作ぞうさくにあどけなさが残っており、初々ういういしい高校生くらいの印象が強い。

 獅子ライオンを思わせるボリューム感たっぷりな金髪。

 亜神族デミゴッドハイエルフを父に持つためか手足も長くてスタイルがいい。祖父のカエル顔は受け継いでおらず、美人揃いのハイエルフの美しい顔立ちだ。グラマラスというわけではないが、程良い発育ぶりは万人ばんにんを引くだろう。

 身に付けるのは水星国家オクトアード礼装れいそうでもある軍服。

 いつもはタイトなスカートタイプを愛用するライヤだが、今日は戦闘訓練なのもあってパンツスーツタイプで決めていた。

 地表から10㎞地点の高々度こうこうどに浮いているマーナ。

 ライヤはそこを目指して音速を超える勢いで急上昇していた。

「こんな目の届きにくい上空で、そんな魔法術式を展開させて……何を企んでるんですかー! ちゃんと訓練らしく私たちと手合わせしなさい!」

 年下から説教臭いことを言われたマーナはまゆしかめた。

(※肉体的な年齢ではマーナの方が年上なのだが、灰色の御子として数百年は生きているライヤの方が実年齢が上なのはどちらも触れない)

「うるさい小娘だねぇ……これがアタシの流儀りゅうぎ! あたしなりの戦い方さ!」

 ライヤの物言いにカチンと来たライヤは、撃ち落としてビビらせてやろうと周囲の“眼”に命じて、貯め込んだ“気”マナを解放させる。

 撃ち出されるのは魔力を煮詰めた破壊光線。射出しゃしゅつ速度も迅速じんそくだ。

 全力で駆け上がるライヤは回避できない。

 直撃だよ! とマーナが悪役ヴィランらしくほくそ笑んだのだが、その笑顔はすぐさま裏切られたように驚愕の表情へと塗り替えられた。

「――御馳走ごちそうになります!」

 言うが早いかライヤは両手を頭上へと突き上げた。

 左右の掌の根元をくっつけると五指ごしを広げ、マーナの放った破壊光線を受け止めるような仕種しぐさを見せる。その両手を中心に力が膨れ上がったかと思えば、質量のある闘気オーラが巨大なカエルの顔を形作ったのだ。

 闘気オーラでできたカエルは、破壊光線に長い舌を巻き付けて吸い込む。

 あっという間に丸呑みにされてしまった。

「んなアホな!? かえるの子はかえるとでも言いたいのかい!?」

「お祖父様じいさまから頂いた地母神ヘケト様の恩恵おんけいです!」

 マーナの口を突いて出たツッコミへ、ライヤは生真面目に答えた。

 昔からかえる蝦蟇がまは信仰の対象とされてきた。

 大量に卵を産むので多産たさん、カエルが帰るや返るに通じるから「無事に帰る」「お金が返る」などの安全や金運の縁起物えんぎもの、天災予知や雨乞いの使者……。

 同じくらい妖怪視ようかいしされてきた側面そくめんもある。

 特に長い下を伸ばして獲物を捕らえ、大きな口で一飲みにするところから「精気を吸い取る怪物」や「何でも飲み込む魔物」と恐れられてきた。

 ライヤのこれ・・は祖先から受け継いだ能力。

 カエルのように敵の攻撃魔法を飲み干して我が物とできるのだ。

マーナアタシと同じような能力……いや違う!?」

 ライヤは破壊光線の“気”マナを取り込むと、そのすべてを自身へと還元かんげんしていた。魔力体力気力精神力……自身の力を増幅するために使っている。

 つまり――魔法を食べて栄養にしているのだ。

 分析系技能アナライズ走査スキャンすると、ライヤの基礎能力が一気に跳ね上がっていた。

悪食あくじきにも程があんでしょう……よぉッ!?」

 またしても度肝どぎもかれたマーナは間抜けな発音を漏らす。

 ――ライヤが消えたのだ。

 マーナの破壊光線を食べて強化したのを確認した矢先、その姿が忽然こつぜんと消えてしまった。驚きはしたもののマーナに焦る要素はない。

 マーナは全身に魔眼まがんを備えている。

 上下前後左右、どこへ逃げようともマーナに死角はない。たとえ透明化しようとも魔眼の出力を上げて気配探知も併用へいようして炙り出してやる。

 ライヤは――突如マーナの背後に出現した。

「……瞬間移動テレポーテーションかい!?」

 超能力を取り扱うフィクションによっては、最強クラスに分類されることも珍しくないチート能力だ。たとえ短距離しか転移できないとしても、こうやって戦闘中に使われたら強力な優位性アドバンテージを取られてしまう。

 これも祖先の地母神から受け継いだ特性のようなもの。

 ご存知の通り、かえる蝦蟇がまはその脚力で驚異的なジャンプ力を誇る。

 創世そうせいを務めた聖なる蛙の末裔まつえいであるヌンやライヤは、そのジャンプ力を空間転移という形で使うことができた。ただし、距離はそこまで稼げない。

 それでも使い勝手は良く、敵のきょくには十分だった。

 ライヤが構えた拳に莫大な“気”マナみなぎる。

 ツバサたちが教えたばかりの発勁はっけいに攻撃力に変換した魔力を乗せて対象に打ち込むという、当たれば内臓から破裂しそうな必殺拳を編み出していた。

「訓練とはいえ勝負は勝負……」

 手加減なしです! とライヤは拳を打ち出した。

 フック気味のを描いたパンチはマーナの脇腹わきばらを狙い打つ。

 ライヤは確信とともに拳を叩き込もうとするが、その手首にマーナの手が添えられた瞬間、あらぬ方向へ投げ飛ばされてしまった。

 打ち込んだ拳の力を逆用ぎゃくようされ、自分の力で飛ばされるような感覚だ。

「うわわわッ!? これ……ツバサ様の合気術あいきじゅつ!?」

「似てるけど違うよ! あたしのは柔術やわらっていうんだ!」

 マーナも穂村組の一員。武道は達人レベルに修めていた。

 ドロマンがカポエイラ、ホネツギーが中国武術(主に暗器あんき棒術ぼうじゅつメイン)、そしてマーナが古流こりゅう柔術じゅうじゅつをそれぞれ習得しゅうとくしているのだ。

「子分どもの後ろでふんぞり返ってばかりだと思いなさんな!」

 勝ち誇るマーナはライヤを遠くへ投げ飛ばす。

 これで間合いを遠ざけてから仕切り直すつもりだった。

「ううぅ……まだです!」

 マーナの脇を抜けるように投げ飛ばされる寸前、ライヤは長い足を伸ばすと彼女の手に引っ掛けて引き寄せた。思わずマーナはバランスを崩す。

「あ、こらッ! なんて足癖あしくせの悪い……ッ!?」

 ライヤは両脚を駆使してマーナを絡め取り、そのまま組み技に持ち込む。

「このまま……危なそうな魔法を使わせる前に……ッ!」

 組み技で絞め落とすよりも効率的な方法を思い付いたライヤは、捕まえたマーナの位置を調整すると、地上に向かって急降下を始めた。

 天地を逆さにされたマーナは背中からライヤの両腕にきつく抱きつかれ、その頭はマーナの太股に固定されて真っ逆さまに落下していく。

「これ……パワーボムじゃないかあああーッ!?」

 ライヤがプロレス技を知っているかは定かではない。

 奇しくも同じような技を掛けられたマーナは、このまま地面に頭から落ちたらどれほどの大ダメージになるか見当がついてしまった。いくら強力な魔族になろうとも、高さ10㎞からのパワーボムを食らえば無事で済まない。

 少なくとも脳震盪のうしんとうでは終わらず、頭蓋骨ずがいこつ陥没かんぼつくらいは余裕そうだ。

「待ってお姫さん! これはヤバい! 度が過ぎてるよ!?」

 悲鳴を上げている間にも大地は近付いてくる。

 地表まで二㎞を切った時、理性の飛んだマーナはある種の暴挙に出た。

「こ、こうなったらぁぁ……死なば諸共もろともだよ!」

 まだ上空に待機させていた破壊光線の主砲しゅほう――特大の“眼”。

 エネルギーチャージの充填率じゅうてんりつはやっと70%だが構うことはない。

 マーナは自分も浴びる覚悟でそれを発射させる。極太どころではない。丘陵きゅうりょう地帯ちたいすべてをカバーするような広範囲の破壊光線が舞い降りてきた。

 まだ剣戟チャンバラを楽しんでいる剣術バカたちも――。

 飽きずに蹴り技を競い合うウドの大木コンビも――。

 鞭やら棍やら刀やらを打ち合わせているトリオも――。

 そして、マーナとライヤも巻き添えだ。

 異相いそうが歪むほどの大爆発が起き、丘の大地が爆煙ばくえんに覆われる。

 爆風と地震は数十㎞離れた宿泊施設ゲストハウスまで届き、工作者クラフターたちが万が一に備えて用意した防御結界を壊しかける被害をもたらしていた。

 修行中のカズトラやランマルも手を止めるほどだった。

 爆発どころか爆煙が鎮まるのにも数分を要する。

 少し焦げ茶色の煙が薄れてきた頃、九つの影が三手に分かれて爆煙を打ち払いながら飛び出してきた。多少はすすけているが全員無事のようだ。

 それぞれ距離を置いて様子をうかがっている。

 妖人衆ようじんしゅうから――妙剣みょうけんのウネメ、鍛鉄たんてつのオサフネ、覇脚はきゃくのケハヤ。

 三悪トリオは――魔眼まがんのマーナ、魔骨まこつのホネツギー、魔泥までいのドロマン。

 水星国家オクトアード主従しゅじゅうの――姫君ライヤ、将軍イムト、長官タフク。

 この九人が乱取りバトルロイヤルの参加者たちだ。

 かれこれ三時間近く休むことなく実戦に近い形式で戦い続けているので、さすがに疲労の色が誰しもの顔にも浮かんでいた。

 なんとか飛行系技能で宙に立つものの、みんな肩で息をするほどだ。

 大爆発を契機けいきに仕切り直しつつ、息を整えているらしい。

 そんな中、ホネツギーとドロマンの視線が左右へと揺れていた。

 右へ揺らせば妖人衆の三人、その中心に立つウネメへ視線が注がれている。着物の合わせ目からこぼれそうな乳房はHカップあった。

 左へ揺らせば水聖国家オクトアードの面々。2人の家臣に守られているライヤのまだ発育はついく途上とじょうながら、胸元を盛り上げるバストサイズはFカップはあるだろう。

 最後に骨泥ほねどろコンビは背後へ振り返る。

 自分たちの女ボスであるマーナ様の胸元へと視線を送っていた。

 露出度が高いのに――寄せて上げてもBカップ。

「「……これが胸囲の格差社会か」」

「差別してんのはアンタたちだけだよ! このアンポンターンッ!」

 これ見よがしの嘆息たんそくを漏らして肩を落としたホネツギーとドロマンに、マーナからのお仕置き破壊光線がお見舞いされたのは言うまでもない。

 このせいで三悪トリオは最初に脱落するのだった。

   ~~~~~~~~~~~~

「俺の眼で分析アナライズした限りでは問題なさそうなんですが……」

 皆さんはどうですか? とツバサは意見を求めた。

 異相いそう宿泊施設ゲストハウス――その屋上。

 ツバサと何人かの仲間たちは、そこから乱取りバトルロイヤルの戦況せんきゅうを遠巻きにするように眺めていた。各々が高位の神族なので視力は申し分なく現場まで届くし、遠眼鏡とおめがねを用意して観戦かんせんしている者もいた。

 屋上のあちこちで立ったり座ったり、思い思いに佇んでいる。

 ツバサは屋上のへり近くに立っていた。

 最近「抱き心地良さそうな極上の安産型ムチムチ女体」と子供たちに陰で囁かれている豊満な女体を、無理やりパンツスーツに押し込めていた。

 今回は戦闘に参加しないので余所よそきの衣装である。

 服飾師ドレスメイカーたちの神業かみわざによるオートクチュールなので、バストの大きさやウェストの細さ、まろやかなヒップなどが必要以上に強調されており、ボディラインが素晴らしく際立っている気がしてならないのだが……。

 俗に言う「着ている方がエロく見える」衣装だった。

 立っているツバサの足下にはミロがいた。

 特に用がない時は、いつもツバサと一緒にいる最愛の娘である。

 こちらも普段着のチューブトップにホットパンツ。珍しくラフなジャケットを羽織っているが、これは人前に出るからとツバサがお仕着しきせたものだ。

 観戦にも飽きたのか、うつらうつらふねいでいる。

 ツバサの足を背もたれにしていた。

「いいんじゃないかのぉ。わしの目から見ても全員クリアしておるし」

 最初に返事をくれたのはヌン陛下へいかだった。

 水星すいせい国家こっかオクトアード 国王 ヌン・ヘケト。

 黒い肌の蛙を擬人化ぎじんかしたような姿をした水聖国家オクトアードの王様だ。小柄な老人の体躯たいくに国王らしい気品ある衣装を身につけて豪奢なマントを羽織っている。

 頭に小さな王冠を乗せてアクセントも忘れない。

 ライヤの祖父であり、武術ではイムトやタフクの師匠に当たる。

 ツバサの後ろにいるヌンはちゅうに浮かぶ水球すいきゅうを作り出すと、それを椅子代わりにして腰掛けていた。頬杖ほおづえをついては少々不満げに眉根まゆねを寄せている。

「しかしイムトの奴め……わしが教えた足技を自分なりに発展させるのはいいが、あの四刀流よんとうりゅう見栄みばええがよろしくないからやめとけと叱ったのに……」

「まあまあいいじゃねえか、ヌンのさま」

 バンダユウは朗らかに宥めた。

 言いつけを守らない弟子への小言を呟く蛙の王様の隣に立ったヤクザの組長は、同じ師匠の立場から流派の異なる弟子をフォローしてやる。

外連味けれんみがあるのはさておき、しっかり技に昇華しょうかさせてるんだからよ」

「当たり前じゃ。使い物にせなんだら小言では済まんわい」

 どこも厳しいのは一緒か、とバンダユウは同感するように言った。

 ハトホル太母国所属 穂村組ほむらぐみ 組長 バンダユウ・モモチ。

 見た目は灰色に染まってきた総髪そうはつのイケメン老人。その実態は超武闘派な極道の集まりである穂村組の組長である。身にまとう着流きながしは黒一色と落ち着いている分、肩に羽織るのは金糸きんし銀糸ぎんし目映まばゆい豪華な褞袍どてらだ。

 足下の雪駄せったを軽く踏み、極太ごくぶと煙管きせるから紫煙しえんをくゆらせている。

 煙管をくわえる口元は皮肉な笑みに釣り上がっていた。

「ウチの三馬鹿トリオにもエガちゃん並みに物申したいことが山ほどあるけど……ギャアギャアわめきながらもLV999スリーナインになったんだ」

 褒めてやらなきゃなあ、とバンダユウは遠い目になる。

 そこには出来の悪い息子の進歩を見届ける感慨深かんがいぶかさを秘めていた。

「指摘という指導ができるだけ良いではありませぬか」

 ヌンとバンダユウの会話にオリベも参戦する。

それがしなど彼奴あやつらの上司ではありますが師ではありませぬからな。戦場の心得こころえは教えられても、各々の技の手解てほどきまではできませぬ」

 腕の立つ皆様がうらやましいですぞ、とオリベは師匠たちを持ち上げた。

 ハトホル太母国 妖人衆ようじんしゅう “乙将”おつしょうのオリベ・ソウオク。

 ウネメたち妖人衆三将の直属の上司である。

 あおで揃えた武家の隠居いんきょ装束しょうぞくがよく似合う初老しょろうの和風紳士だが、海千山千を渡り歩いたチョイわる親父おやじの風情が漂っていた。隙あらば悪い顔を露わにして、自分好みの数寄すきな芸術を世に流行させようと企んでいたりするのだ。

 悪巧みが芸事オンリーなので、実害がないという安心感がある。

 その正体は戦国時代を生き抜いた数寄大名・古田ふるた織部おりべのはずなのだが、本人はのらりくらりと認める発言を避けていた。

 ヌンはライヤの祖父であり、イムトやタフクを鍛えた師匠。
 バンダユウも三悪トリオを鍛え上げ、彼らの上に立ってきた組長。
 オリベは師匠でこそないもの、三将を従える上役うわやく

 彼らは弟子や部下たちの昇進試験に立ち会っているのだ。



「では――御三方おさんかたから見てもあの九人はLV999スリーナインに達していると?」



 ツバサが再確認すると師匠トリオは一様いちように頷いた。

「うむ、ツバサ君たちの制定した最高位の強さになっておる」
「おれも文句はねえな。分析アナライズしても走査スキャンかけてもLV999スリーナインだろあれ」
それがしも異論ござらぬ。気力体力ともに九九九すりーないんとやらに達しておりましょう」

 よし、とツバサも頷き返して最終確認を求める。

「ノラシンハのじいさん、アンタの目から見ても問題ないよな?」

 宿泊施設ゲストハウスの屋上――そのふちに腰掛ける老爺ろうやが一人。

 インドの修行僧サードゥーみたいな格好をした枯れ枝のように痩せ細った老人である。異様なくらいギョロリとした目玉にモサモサと豊かな眉毛、ワシ鼻の下にはタスキのように伸ばした白髭しろひげと垂れ流している。

 褐色の肌をした白髪はくはつ三千丈さんぜんじょうの仙人にしか見えない。

 彼の経歴けいれきからして仙人と敬っても差し支えないはずだ。

 ハトホル太母国 御意見番ごいけんばん(自称) 聖賢師リシ ノラシンハ・マハーバリ。

 あの破壊神ロンド・エンドの養父ちちおやでもある。

 破壊神としての本分を全うするために動き出した息子を止めるため、ツバサたちに「協力する」という名目で接触せっしょくしてきた食えない男だ。

 戦争後、正式にハトホル太母国に在籍ざいせきする神族の一員となった。

 屋上のふち座禅ざぜんを組むような姿勢のまま、何も言わずに九人の乱取りバトルロイヤルを観戦していたノラシンハがこちらへ振り返った。

 ギョロ目に疑問符ぎもんふを浮かべて首を傾げる。

「ヌンちゃんたちが『ええよ』言うてるんならええんちゃう?」

 ぞんざいな仙人をツバサは理詰りづめで説き伏せる。

「第三者の目線が欲しいんだよ。俺もそうだが……どんなに厳しい態度を露わにしても、内心どこかで身内みうち贔屓びいきが働かないとも限らないからな」

 え~? と苦情めいた声を上げてノラシンハはぼやく。

「ホンマ兄ちゃんは真面目やなぁ……ちっとは手ぇ抜いてもええんやで?」

「それができないのがオカン系男子のツバサさんです」

 ノラシンハの弁にうたた寝していたミロまで相乗あいのりしてきた。

 やかましい、とツバサは穏やかな声で苦笑する。

「慎重派と言われようが神経質と言われようが、こちとら保証と保険が欲しいんだよ。当人たちにも客観的な評価が伝えられていいじゃないか」

 ――忖度そんたくなしの採点をよろしく頼む。

 スチャ! と右手を拝むように立ててツバサはノラシンハに促した。

 しゃあない、と一息ついてから聖賢師リシは本腰を入れる。

「んじゃまあジジイ目線で厳しく点数つけさせてもらうけど……九人みんなちゃんとLV999スリーナインを越えてるからそこは安心しいや。少なくとも最低ラインは全員越えとるし、ギリギリ及第点きゅうだいてん回避の赤点待ったなしなのは一人もおらんな」

 ツバサの分析アナライズとほとんど同じだった。

 師匠トリオも密かに胸を撫で下ろしている。なんだかんだ自分の弟子や部下なので、「甘めに採点したかも」と不安を感じていたようだ。

 ただなあ、とノラシンハは注釈ちゅうしゃくを入れてくる。

「兄ちゃんたちのいうLV999を上中下と三段階にランク分けするなら、あの子らはまだまだ下寄りや。松竹梅しょうちくばいなら梅を越えたばかりやな。竹に届きそうなんが何人かおるけど……いや、まだアカンな。やっぱ梅寄りや」

「なんで真なる世界ファンタジア生まれのくせに日本の縁起物えんぎものに詳しいんだよ」

 注釈よりも例えにツバサはツッコミを入れてしまった。

 松竹梅しょうちくばいは日本オリジナルのランク分けだろう。

 どれも厳しい寒さの冬でも立派に生い茂ったり咲くことから、縁起がいいということで象徴的に扱われている。和食や寿司のコースを値段に応じて三段階に振り分ける場合、縁起の良さにあやかってこの松竹梅を用いることが多い。

 ちなみに序列じょれつは上から順に「松→竹→梅」となる。

 ……もっとわかりやすく金銀銅きんぎんどうでも良かったんじゃないかな?

 あの九人は強さの位階レベルの最上位であるLV999スリーナインに昇格を果たしたものの、ランク的には梅になったばかりとノラシンハは言いたいのだ。

 つまり「ひよっこやん」と言いたいわけだ。

かえるやったら後ろ足が生えたばかり、尾も消えないオタマジャクシや」

「お、なんじゃ? わしをディスとんのかエセ賢者さまよ?」

 ヌンに視線を送りながらおかしそうに別の例えを持ち出すノラシンハに、蛙の王様は「喧嘩なら買うぞ?」とファイティングポーズを取っていた。

「お、俺らもいっちょ遊ぶか? ここなら世間様せけんさまに迷惑かからんしな」

 受けて立つ、と言わんばかりにノラシンハも腰を上げた。

 このジジイコンビは数千年来のケンカ友達だ。事あるごとに拳を交えようとするが、それも仲がいい表れだ。本気で啀み合っているわけではない。

 血の気は鎮めなされ――オリベが割って入る。

「こうしてツバサ様の元、彼を尊敬し崇拝し愛好する好々爺こうこうやが集まったのですから仲良くいたしましょうぞ。たとえ気の知れた友人の馴れ合いだとしても、喧嘩腰というのは主君の不安を煽るものですぞ」

 乙将おつしょう仲裁ちゅうさいにヌンもノラシンハもほこを収める。

「むう……確かにそうじゃな。いくさ火種ひだねと勘違いされるやも知れん」
「本気でよう殴りあっとるから殊更やな」

 ツバサは冷やかすような笑みを二人に向ける。

「ま、喧嘩するほど仲が良いのを知ってますから止めませんけどね」

「あ! 今気付いた!」

 ツバサの足に寄り掛かってうたた寝していたミロは、今の会話に刺激されたのか目を覚ますとヌン、バンダユウ、オリベ、ノラシンハを順に指差した。

「ツバサさん――ハーレム(爺)やん!」

 思わず「えぇ……」とツバサは難色なんしょくを示してしまった。いつもの条件反射で口から飛び出すツッコミを炸裂させる気も起きない。

 おお! とバンダユウも得心したように手を打った。

「確かにそうだ。俺が若い頃に流行った異世界転生ものにゃあハーレムが付き物だったが、ツバサ君もちゃんとハーレム(爺)作ってたわけだな」

「ジジイ限定なんて誰得だれとくで誰が喜ぶんですか……」

 特濃とくのう渋面じゅうめんを握り潰すかのように掴んだツバサは項垂うなだれた。

「というか俺たちの場合、異世界転生じゃなくて異世界転移だし……」

 何人か本当に転生しているけどそれはまた別の話だ。

 オリベも揶揄からか口調くちょうを向けてくる。

「ツバサ様はじじいばかりでなく若い娘もはべららせているではありませぬか」

「それもハーレム(娘)って陰で言われてますから……」

 そもそもハーレムとは『harem』というトルコ語で、正しくは女性の部屋、王様のきさきたちが暮らす後宮こうきゅうを意味する単語だ。転じて男性一人に対して女性が大勢群がるような状況をハーレムと呼ぶようになったはずだ。

 伴侶はんりょとしてミロを愛するツバサには縁がない言葉である。

「慕ってくれるお爺さんや子供たちではハーレムって言わないんですよ」

 なんじゃと? とヌンが意外そうに声を上げた。

わしらツバサ君の頼みなら例え火の中水の中森の中別次元の中蕃神の中……ってくらい我が身を捧げてもいいほどの覚悟を抱えてるんじゃが?」

「重い重い重い! 愛情とか友情とか越えてるし!?」

 もはや忠義ちゅうぎのレベルである。

 重すぎる忠誠心ちゅうせいしんの理由はノラシンハが明かしてくれた。

「ヌンちゃん、大昔の真なる世界ファンタジアにいたハトホル様ガチ勢やさかいになぁ。ツバサの兄ちゃんは生き写しやから入れ込むのも仕方ない話やで」

 以前少し聞いた覚えがある。

 かつて真なる世界ファンタジアにもハトホルと呼ばれる大地母神が存在し、ツバサと瓜二つの容姿ようしをしていたらしい。ヌンを養育よういくした恩人おんじんだそうだ。

「だからってそんな忠臣ちゅうしんみたいな真似をされても……」

「いやいや、いーじゃんツバサさん」

 当惑したまま足下を見遣みやれば、ミロが悪戯っぽい顔で微笑む。

「いざとなればトル○キアへ連れてかれたナ○シカみたいに、一緒に連れてく人質に選べばいいんだよ。ナウ○カも老人を五人選んで『姫様も老い先短い者ばかり惜しみなく選んでくれたものじゃ』って言われてたし」

「マニアック過ぎてわかんねぇよ、ミロおまえの例え……」

 有名なアニメ映画のワンシーンだ。よく覚えてるものである。

 しかし、これに老人たちは湧き上がった。

「そんな美味しい展開になったらわし、是が非でもツバサ君のともをするぞ!」
「いいじゃん! そのままおれたちでトル○キアを内部崩壊させられるな!」
「俺も俺も! 人質生活も牢獄暮らしも経験あるから役に立つで!」
それがしは居残りで……と言い出しづらい空気ですなこれは」

 何故か熱狂する老人たち。ここはハトホルファンクラブの集いか?

「ええぇい! だまらっしゃいわんぱくジジイども!」

 ツバサは完全にレールから脱線だっせんした話の筋を戻していく。

 それはもう怒鳴り散らして強引にだ。

「とにかく! 彼ら九人はLV999スリーナインに昇格! ただし! まだまだ習熟しゅうじゅく余地よちがあるので最強格とは言い難い! 各国の防衛ぼうえいは任せられるけど南方大陸の遠征えんせいへ駆り出すには時期じき尚早しょうそうというわけで……」

「あー……長い話になるかい?」

 恐縮きょうしゅくそうに挙手きょしゅをして話をさえぎったのはバンダユウだった。

 言いたいことがあるのだろう。力尽くで話を押し通そうとしたツバサだが、そこまで目くじらを立てなくてもいいかとあらげた語気ごきを飲み込んだ。

「……なんですか、バンダユウさん」

「いやなに、南方大陸やら遠征隊の話をするなら、せっかく年嵩としかさで各陣営のまとめ役も何人か揃ってるんだ。これ・・をやりながらじっくり話さねぇかい?」

 バンダユウはあるジェスチャーをする。

 手にした御猪口おちょこをクイッと呑む動作は「一杯やろう」という合図だ。

 呑み会の誘いですか? とツバサがやや軽蔑けいべつを交えたジト眼で問い返すよりも早く、組長はそそくさと弁明するように明かした。

「実は……ウチのゼニヤが一席いっせきもうけたいって言ってるんだよ」

「ゼニヤさんが……?」

 思いも寄らない名前が出てきたので、ツバサも少しばかり面食らった。

 ハトホル太母国 金融部門担当 ゼニヤ・ドルマルクエン。

 かつては軍師レオナルドたちのようにVRMMORPGアルマゲドンのゲームマスターを務めながらも、その役職を利用して穂村組に異世界転移などの情報をリークするなどの悪事を働いていた小銭を稼いでいた小悪党。

 あだ名は“守銭奴しゅせんど”だが、金銭に対する考え方はちょっと異なる。

 ゼニヤは金銭に執着しゅうちゃくしているのではない。

 貨幣かへい通貨つうかという経済の流れを牛耳ぎゅうじる立場につきたいのだという。

 その後は改心して穂村組のために一肌脱いだり、ツバサを前にして命懸いのちがけの啖呵たんかを切ったこともあり、その情熱と才能を買われることとなった。

 五神ごしん同盟どうめいは大きな国に成長しつつある。

 経済発展は避けられず、貨幣かへい制度せいどの導入も検討けんとうせねばならない。

 そこで誰よりも金銭に愛着し、その流れを管理したいという野望を持つゼニヤに金融きんゆう関係かんけいを取り仕切る役目を任せてみることにしたのだ。

 不意にミロがツバサのズボンを引っ張った。

 そちらに目を向けると、ミロが思い出したかのように言ってくる。

「そういえばゼニヤのお兄ちゃん、マリちゃんと一緒に異相ここへ来てるよ。てっきりバンダユウのおっちゃんのおともかと思ったんだけど……」

「言われてみれば参加者の一覧に名前があったな」

 この異相いそうへはツバサの許可なく立ち入れない。

 異相へ渡りたい者は事前にツバサへ連絡するか、今回のように大勢の場合は参加者の氏名を一覧にして提出してもらっていた。

 バンダユウの下にゼニヤの名前と、彼と婚約した穂村組の邪仙師じゃせんしマリの名前があったので、てっきり付添人つきそいにんだとツバサも思い込んでいた。

「そそそ、あいつらも異相いそうにいるわけよ」

 今は宿泊施設ゲストハウス厨房ちゅうぼうを借りており、一席のために準備中とのことだ。

 バンダユウは合掌がっしょうするとツバサに拝み倒してきた。



「ここは組長おれの顔を立てて……息子ゼニヤ宴席うたげに招かれちゃくれねぇか?」


しおりを挟む
感想 38

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

父が再婚しました

Ruhuna
ファンタジー
母が亡くなって1ヶ月後に 父が再婚しました

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」

音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。 本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。 しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。 *6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

幼い公女様は愛されたいと願うのやめました。~態度を変えた途端、家族が溺愛してくるのはなぜですか?~

朱色の谷
ファンタジー
公爵家の末娘として生まれた6歳のティアナ お屋敷で働いている使用人に虐げられ『公爵家の汚点』と呼ばれる始末。 お父様やお兄様は私に関心がないみたい。愛されたいと願い、愛想よく振る舞っていたが一向に興味を示してくれない… そんな中、夢の中の本を読むと、、、

イレギュラーから始まるポンコツハンター 〜Fランクハンターが英雄を目指したら〜

KeyBow
ファンタジー
遡ること20年前、世界中に突如として同時に多数のダンジョンが出現し、人々を混乱に陥れた。そのダンジョンから湧き出る魔物たちは、生活を脅かし、冒険者たちの誕生を促した。 主人公、市河銀治は、最低ランクのハンターとして日々を生き抜く高校生。彼の家計を支えるため、ダンジョンに潜り続けるが、その実力は周囲から「洋梨」と揶揄されるほどの弱さだ。しかし、銀治の心には、行方不明の父親を思う強い思いがあった。 ある日、クラスメイトの春森新司からレイド戦への参加を強要され、銀治は不安を抱えながらも挑むことを決意する。しかし、待ち受けていたのは予想外の強敵と仲間たちの裏切り。絶望的な状況で、銀治は新たなスキルを手に入れ、運命を切り開くために立ち上がる。 果たして、彼は仲間たちを救い、自らの運命を変えることができるのか?友情、裏切り、そして成長を描くアクションファンタジーここに始まる!

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

とある元令嬢の選択

こうじ
ファンタジー
アメリアは1年前まで公爵令嬢であり王太子の婚約者だった。しかし、ある日を境に一変した。今の彼女は小さな村で暮らすただの平民だ。そして、それは彼女が自ら下した選択であり結果だった。彼女は言う『今が1番幸せ』だ、と。何故貴族としての幸せよりも平民としての暮らしを決断したのか。そこには彼女しかわからない悩みがあった……。

処理中です...