上 下
481 / 537
第20章 ハンティングエンジェル オンステージ!

第481話:乱取りバトルロイヤル!

しおりを挟む



 これは――先の破壊神戦争での一幕。

 カズトラはククルカン森王国しんおうこくの主戦力として出陣し、20人まで絞られた破壊神ロンドの最高位幹部であるバッドデッドエンズの一人と激突した。

 最悪にしてバッド・絶死をもたらデッド・す終焉エンズ №15 狂奔きょうほんのフラグ。

 ゴーオン・トウコツと名乗る全長5mもの巨漢きょかんと激闘を繰り広げた。

 その肩書き通り、戦いに暴れ狂うパワーファイターだった。

 互いに一歩も譲らず、防御も忘れて攻撃に専念した決死の殴り合い。その果てに我を見失って狂乱に陥った瞬間もあったが、最後はどちらも全身全霊の一撃にすべてを懸けて真っ向勝負のぶつかり合いとなった。

 勝者はカズトラ――見事ゴーオンを討ち果たした。

 辛勝しんしょうと呼ぶべき勝利であり、カズトラは致命傷を負ってしまう。

 仲間の治療により一命は取り留めたもの昏睡こんすい状態じょうたいとなり、以後は戦争に参加することができずドクターストップ扱いになった。

 そもそも昏睡しているので動けるわけがない。

 開戦してすぐに重傷のためリタイアしたも同然だった。

 だとしても、世界を滅ぼす力を持つ幹部を撃破したのは大金星だいきんぼしである。

 ゴーオン撃破後、カズトラは気を失っていた。

 それでも力を使い果たした自分の元に仲間が駆けつけてくれたことや、最前線で応急おうきゅう処置しょちを受けている時の記憶は朧気おぼろげながら覚えている。

 破壊神ロンドが解き放った巨獣きょじゅうの群れ。

 世界のすべてを貪り尽くすために生まれた怪物たちは、ククルカン森王国を滅ぼすため大軍勢となった押し寄せてきていた。

 そんな巨獣きょじゅう大群たいぐん掌底しょうていひとつで吹き飛ばしたおとこをカズトラは見た。

 穂村組ほむらぐみからの用心棒――ダテマル三兄弟。

御三方おさんかたの背中を見た時、オレっちは思ったんです……ああ、自分に足りないのはこういうしっかりした“技”わざなんだなぁ……って」

 カズトラはエネルギーバーを頬張ほおばりながら打ち明けた。

 ダテマル三兄弟による“徹”とおし稽古けいこ

 アダマントこうで造られた鉄塊てっかい梵鐘ぼんしょうを豪勢にサンドバッグとし、それらを壊すことなく“徹”とおしの衝撃波や振動波を操るための特訓である。

 ただ我武者羅がむしゃらに殴るのではない。

 緻密ちみつかつ精密せいみつな力のコントロールを学んでいるのだ。

 拳打けんだを当てる瞬間に余計な力を発生させることなく打ち込み、当てた対象の内側へ駆け抜けるように振動を走らせ、任意の場所で衝撃波を発生させる。ダメージのみに留めるも内部を木っ端こっぱ微塵みじんにするも自由自在……。

 そこまで出来て、ようやく“徹”とおしを物にしたと言えるらしい。

 だが、あくまでも黒帯の初段レベル。

 ドンやソンで師範代しはんだい――ダテマルで免許めんきょ皆伝かいでん

 そこまで到達するには、更なる修練しゅうれん研鑽けんさんが求められるという。

 猛特訓も今は一時休憩中。

 全力でアダマント鋼を殴り続けてヘトヘトのカズトラは地面に座り込み、ゼエゼエと漏れる呼吸の合間にエネルギーバーに齧り付いていた。

 現実でもよく見掛けた、スティック状のビスケットタイプだ。味もチーズ、チョコレート、メープル、フルーツ、バニラ……と各種揃っている。

 カズトラのかたわらではドンがひざまずいている。

「なるほど、用心棒として駆り出された我らの戦い振りを見て、自分に足らぬ技を欲したと……それで師事しじうてきたわけですな」

 ドンはカズトラにエナジードリンクも差し出した。

 味はスポーツドリンク風で、爽やかな甘みのおかげで飲みやすい。

 修行中は急激にエネルギーを消耗することがままあるので、栄養補給や水分補給が欠かせないものだ。これは神族や魔族に進化しても変わらない。

 強さの質を高めるため、己を限界の果てまで追い込むならば尚のことだ。

 宿泊施設ゲストハウスには、これらの疲労緩和への対策も準備じゅんび万端ばんたんである。

 長男ダイン【要塞】ファクトリー内にある工場で、エナジーバーやドリンクを生産しては定期的に納めていた。ツバサたちも味見したことがあるのだが、現実世界リアルで食べたものより美味しいので、つい余計に食べたくなる一品だった。

 ありがとうございます、とカズトラは礼を述べてドリンクを飲み干す。

 エネルギーバーを一気に胃へと流し込んだのだ。

「……プハッ、ええ、そうっす。オレっちは強くなることばかりに気が行ってて、ただただ力任せな戦い方を覚えたり、どっかで聞いた小手先のテクみたいなことを無理やり詰め込むばかりで……なんて言やいいんですかね?」

 ――自分には足らないものがある。

 それを口頭こうとうに出したいのだが、カズトラは上手く表現できずにいた。

「ふむ……己の強さをりっする“芯”しんがない不安ですかな」

 若者の気持ちをるようにソンが代弁だいべんした。

 ソンもまたカズトラの傍らにしゃがんでおり、彼の腕を伸ばすように持ち上げると、まるで手入れでもするみたいに指先で丹念に揉みほぐしていた。

 別におべっか・・・・ではない。これもトレーナーの仕事だ。

 猛特訓により負荷ふかの掛かった筋肉やけん、骨格に不具合がないかを調べつつ、過度かどに使い込んだところは疲労が残らないように整えていく。骨法とともに接骨せっこつ整体せいたいなどの技能スキルも修めたダテマル三兄弟ならではの回復術である。

 休憩後も最高のパフォーマンスで動き出せる。

 そのためろうをねぎらうように身体しんたい調整ちょうせいをしているのだ。

 エナジーバーやドリンクで栄養や水分を適正てきせいに管理し、接骨の技術を用いて身体の各部位に異常がないかを確認して再調整を行う。

 この二人、冗談抜きで優れたトレーナーが務まりそうだった。

“技”わざ……“芯”しん……そうッスね」

 ――頼みとする“柱”が欲しかったのかも知れない。

 カズトラは素直に自分の弱い部分を認めた。

 バッドデッドエンズの幹部を倒した功績こうせきおごることははなく、その辛勝しんしょうかてとして自省じせいする。カズトラの心根こころねは正しく育っているようだ

 きっと彼は優れた武道家になれるだろう。

 懺悔ざんげにも似たカズトラの告白を聞いたドンとソンも得心とくしんする。

「なるほど、我ら兄弟は物心ついた時より骨法を学びましたが、聞けばカズトラ君は特に流儀りゅうぎを学ぶことなく、VRMMORPGアルマゲドンを通じて異世界転移してから戦闘技術を身に付けたとか……つまり、聞こえは悪いが喧嘩けんか殺法さっぽう

「いわゆる無手勝流むてかつりゅうですな」

 喧嘩上等! という人種もいるので不思議ではない。

 だが、それだけではやっていけない事態じたいにカズトラは直面ちょくめんしたのだ。

 生身のてのひらと、鋼鉄こうてつ宝玉ほうぎょくでできた掌。

 力なく開かれた両手にカズトラは重い視線を落とす。

「オレっちが一人でやっていくなら、別に喧嘩殺法でもいいんすよ……でも、いっぱいある守りたいもんがあたまよぎると、これじゃダメだと思って……」

「そこで“芯”となるものを求められたのですな」

「そのために我らの“技”と選んでくれるとは……面映おもはゆいですぞ」

 青少年の悩みにドンとソンは共感するように頷いた。

 見た目こそ筋肉モリモリ破戒僧はかいそうだが、こう見えてどちらも二十三歳になったばかりなので、まだ十六歳のカズトラに心境を寄せるのは難しくはない。

 それにつけても、とドンとソンは振り返る。

「良かったですな兄者。貴方様あなたさまの活躍に憧れる方がおりましたぞ」

「先の戦争での活躍もマーナ殿によって中継ちゅうけいされていたので、ハトホル太母国たいぼこくを歩いていても声を掛けられる機会が増えたと喜んでおられましたな」

 呼び掛けられたのは三兄弟の長兄ちょうけい――ダテマル・サガミ。

 彼は恍惚こうこつの表情で天をあおいでいた。

 そら彼方かなたから燦々さんさんと降り注ぐ光を浴びるように、両眼からはらはらと嬉し涙を流していた。感極かんきわまった嗚咽おえつをいつ果てることなく漏らしている。

 実際のところ、べつに光は差していないのだが――。

「今……今この瞬間! オラに目映まばゆいスポットライトが輝いてるズラッ!」

 見えないスポットライトを浴びてダテマルは感涙かんるいせていた。

 上半身諸肌もろはだを脱いだ青年が天から降りてくる光(当人以外には見えない)に両手を掲げて感謝する姿は、劇画げきがのワンシーンを彷彿ほうふつとさせる迫力があった。

 しかし、事情を知らない者には奇妙な光景である。

 ドンとソンは兄の奇行きこうに「またか……」と諦観ていかんしていた。

「あの……ダテマルさん、大丈夫っすか?」

 突然スポットライトがどうこう言い出して歓喜するダテマルに「何事?」と驚きながらも、カズトラは何があったのかと心配そうに問い掛けた。

 これにドンとソンは息を合わせて手で制する。

「カズトラ君ご心配なく。これは兄者の発作ですゆえ……」

「どうも兄上は『自分は目立ってない』と、他の三強さんきょうの方々と比べて世間からハブられているなどという被害ひがい妄想もうそうを抱いているようで……」

 ダテマルは穂村組ほむらぐみ精鋭せいえい三強さんきょうに数えられている。

 肉弾戦最強を誇る空手家――“爆肉”ばくにくセイコ・マルゴゥ。
 長刀をさわやかに振るう美剣士――“爽剣”そうけんコジロウ・ガンリュウ。

 そして、掌底しょうていの一撃が千里を駆ける威力を誇るという意味から“駆掌”くしょうの二つ名を持つダテマル・サガミ。この三人が穂村組三強である。

 穂村組の再編さいへんに伴い、三人とも若頭わかがしら補佐ほさへと昇格していた。

 セイコは各地へ遠征するツバサたちに何度か付き添い、その度に戦果せんかを上げているので評価がうなぎ登り。先の破壊神戦争でも還らずの都を守るために貢献こうけんし、スプリガン族の部隊長を助けるという人命救助でも活躍した。

 コジロウはおとこも振り向くような美形ゆえ、同盟各国の用心棒に派遣はけんされればその国にすぐさまファンクラブができてしまうほどの人気振り。破壊神戦争ではイシュタル女王国の防衛ぼうえいに一役買ったと評判である。

 大活躍する二人と比べたらダテマルの活動は地味。

 誰もそんなことは少しも言っていないのだが、ダテマル自身が独りで思い悩んでいるらしい。それをソンは「被害妄想」と評したわけである。

 ここまで聞いたカズトラは首を傾げた。

「え、でも……ダテマルさんだって大活躍してたじゃないすか?」

 ククルカン森王国を巨獣きょじゅう大軍たいぐんから守り抜いた。

 この活躍は武勇ぶゆうとしてちゃんと知れ渡っており、ククルカン森王国の国民の中には彼をたたえる評判が後を絶えないくらいだ。

 ククルカンの森を守ってくれた偉大なる戦士として――。

「聞いた話じゃウチの地元じゃ後援会こうえんかいを作ろうって……おわーッ!?」

「そう言ってくれるズラか! 我が弟子マイ・サンんんッ!」

 ストレートな褒め言葉を聞きつけたダテマルは、一足飛いっそくとびで話題の場に戻ってくると感涙したままカズトラを抱き締めた。

 良お~~~し、よしよしよし……ッ! と可愛がる勢いでだ。

 いつものカズトラならビックリしたリアクションも取れただろうが、特訓で体力を使い果たしてろくに動けず、当惑とうわくしてされるがままだった。

 しかし、双子の弟は狼狽ろうばいした。

「兄者おたわむれを!? スキンシップが過激かげきすぎます!」
「兄上! きびしく口喧くちやかましく煙たがられる師匠役はどうされましたか!?」

 歓喜のあまり暴走しかけた長兄を懸命けんめいなだめる。

 落ち着いたダテマルはカズトラの前にドカリとあぐらで腰を下ろすと、後ろ頭を掻きながら申し訳なさそうに苦笑いで誤魔化した。

「いかんいかん、スポットライトにちょっと興奮しちまったズラ」

「ちょっとどころではありませんでしたぞ」
「いいかげん被害妄想に囚われるのはおやめください」

 まあまあ許すズラ、とダテマルは弟たちの説教を受け流した。それから目の前で休息中のカズトラに話し掛ける。

「さっきも言ったがカズトラ君、及第点きゅうだいてんズラ」

 骨法こっぽうの基礎と“徹”とおしの扱いに関する採点さいてんだ。

 ダテマルは人差し指と中指を立て、重要なふたつの点を挙げる。

「打ち込みを当ててて振動波を貫通させるのは、申し分ないレベルになってきてるズラ。こっちは合格点をくれてやれる。後は狙った場所で衝撃波をドカンと爆発させるテクニックズラ。今度はそっちを重点的にやってくズラ」

 休憩後の方針を提案する。そこは師匠役をこなしていた。

押忍おす! よろしくお願いしまっす!」

 ダテマルのようにあぐらで座っていたカズトラは両拳を地面に突き、弟子らしく頭を深々と下げた。そこから恐る恐る顔を上げていく。

「……あの、今更いまさらなんすけど、良かったんですか?」

「あん? 良かったって何の話ズラ?」

 上目遣いに顔色をうかがうカズトラに、ダテマルは怪訝けげんそうだった。

「いや、あの……こういうスゲぇ必殺技って秘伝ひでんとか一子いっし相伝そうでんとか……あんま誰にでも教えちゃいけないもんなんじゃないんすか? 教えてもらうのはありがたいですし、もっと真髄しんずいを叩き込んで欲しいのは山々なんすけど……」

「ラッハッハーッ、子供なのに変なとこ律儀りちぎなんズラな」

 ダテマルはなまりに引っ張られた笑い声を上げた。

 ドンやソンも仁王のような顔に「お気にめさるな」と書いてある。

最初はなから一子・・相伝じゃねえから安心するズラ」

 ダテマルは自分の顔と左右に並んだ年上にしか見えない弟たちを指差し、三兄弟が同じものを学んでいることを強調した。

左様さよう、我らも特にお留め流などと申し付けておられませぬでな」
「それどころか世に広めよと暗に言われたこともありますからな」

(※お留め流=御留流おとめりゅうとも書く。江戸時代、そのはんのみで伝承するよう取り決められた武道の流派のこと。文字通りの門外不出。同藩内でも他流派を学んでいたら稽古けいこも禁じられた。存在が疑問視されていたり、藩主が学んでいたり創始者の武道である御流儀ごりゅうぎと混同されているとの説もある)

「そうなんすか? こんなスゲぇ技なのに……」

「おいおい、褒め殺しズラか? 勘弁してくれズラぁ!」

 オラたち調子乗っちまうズラよ? とダテマルはひたいをぴしゃりと叩いて上機嫌で空を仰いでいた。ドンやソンも悪い気はしないようだ。

 ついでとばかりに、三兄弟が骨法こっぽうを学んだ経緯けいいも明かしてくれた。

「我らは故郷の山寺に住まう尼僧より学びましてな」

「彼女は世捨て人と言いますか……その割には才能のありそうな若者を招いては、その者に相応しい武芸ぶげい伝授でんじゅするのを趣味としておりまして……」

「んで、オラたちはお眼鏡に適ったってわけズラ」

 ダテマルは兄弟を代表して、自慢げに親指で自身を指し示した。

「……あれ、どこかで聞いた話ッスね?」

 ――ツバサさんが師匠筋ししょうすじがどうとか言ってたような?

 カズトラも小耳に挟んだ程度だが、ツバサの師匠や一部の腕が立つ武道家の仲間の師匠筋を辿りたいとかどうとか聞いた覚えがあった。

 後で訊いてみよう。カズトラはこの場での詮索せんさくを控えることにした。

「なんにせよ、案ずることはねぇズラ」

 ダテマルは立てた親指をサムズアップに変えてウィンクする。

「尼の姉ちゃんには『見込みのある奴がいたらジャンジャン連れてこい』と言われてたし、『おまえたちが布教ふきょうするのも』とお許しももらってるから、オラたちが筋がいいと思った奴に教えたって文句を言われることはねえズラ」

 骨法こっぽう“徹”とおし極意ごくい――しっかり叩き込んでやる。

 ダテマルはカズトラの肩に右手を置き、左手で義手ぎしゅてのひらをしっかり掴む。そして曇りなき誠実な眼差しで新たな弟子を見つめてきた。

「それがカズトラおまえさんの“技”と“芯”になれば……御の字ズラ」

「……押忍ッ! 感謝します師匠!」

 カズトラは涙ぐみながらもう一度、眼を伏せるように頭を下げた。

 次に顔を上げると、何故かダテマルはニンマリと打算的ださんてきな喜びに打ち震えるような、言い方は悪いがいやらしい笑みを浮かべていた。

 不意打ちのあまり、カズトラはちょっと退気味ぎみになってしまう。

「おまえさんみたいに華のある若いのがオラたちの骨法で活躍してくれれば、ダテマル三兄弟の知名度も五神同盟に知れ渡るってもんだズラ。行く行くは真なる世界ファンタジア全土にオラたちの名声……をんちゅーうッ!?」

「「兄者兄上ーーーッッッ!?」」

 野望を語る長兄の頬を、双子の弟が左右から張り手で押し潰した。

 片手でも巨大な鉄板に勝るドンとソンの掌。それを叱責しっせきとともに左右から叩きつけられたら、音速を超えるプレス機で押し潰されるのと同然だ。

 顔が平らになるまで圧力を掛けられたダテマル。

 ドンとソンは気が済まないとばかりに、百烈ひゃくれつビンタで叱りつけていく。

見損みそこないましたぞ兄上! そんな承認しょうにん欲求よっきゅうに駆られて指導していたとは……カズトラ君の愚直ぐちょくなまでの向上心こうじょうしんをなんと心得ておりますか!?」

「いいかげん被害ひがい妄想もうそう払拭ふっしょくなされませ兄者! あのまっすぐに己の弱さに立ち向かわんとするカズトラ君の熱意に恥じない大人となりなされ!」

「ぶべべべべべッ!? じょ、冗談ズラぁーッ!?」

 許せカズトラ君に弟たちよ!? とダテマルは必死に謝罪アピールする。

「…………というわけで、新たな段階に進むズラ」

「あの、ダテマルさん……顔いいんすか? 回復系技能スキルとか……」

 双子の弟からあいむちという制裁せいさいを受け、風船よりも真っ赤にがった顔になったダテマルには心配せざるを得ない。

 だが、ダテマルは何事もなかったかのように話を続けた。

「そろそろ技に過大能力オーバードゥーイングを応用してみるズラ」

「過大能力……使っていいんすか?」

 骨法の技術を練習しているのだから、強化系の技能スキルはともかく過大能力を盛り込むのはズルいのではないか? とカズトラは引け目を感じていた。

 だから、これまでの特訓では一度も使っていない。

 ダテマルやドンにソンからは特に指示もなく、恐らく過大能力の力を借りたとしても注意されることはなかっただろう。

 おまけに恥ずかしい話、応用の仕方も思いつかなかった。

 カズトラの過大能力――【我が掌中にあるもウェイクアップ須く武器と成るべし】・アームズ

 掌に収めた物を何であれ武器へと変化させる能力。

 広義こうぎ意味いみで「手が触れていればOK」と自己流じこりゅう解釈かいしゃくすることで、手の内に収まりきらない物でも武器化することができる。

骨法こっぽう“徹”とおしにどうやって応用すればいいんすか?」

「そこはそれ、創意そうい工夫くふうが必要ズラ」

 顔のれが引いてきたダテマルはパチン! と指を鳴らした。

 それを合図としたのか、12個の梵鐘ぼんしょうが一斉に鳴り響く。今のは“徹”だとしても説明がつかない現象だ。ダテマルは梵鐘にすら触れていない。

 そもそも梵鐘までの距離も離れすぎている。

 これはダテマルの過大能力オーバードゥーイングによる効果だ。事前に聞かされていた。



 ダテマルの過大能力――【純然純潔純情なアブソリュート・る我が固有振動波】ショックウェーブ



 簡単に言えば、振動を意のままとする過大能力。

 得意技である“徹”とおしの効果を底上げするのは無論、振動を波と考えれば御覧のように音波を操ることもでき、様々な共鳴現象を引き起こすことも可能。

 他にも多種多様な利用の仕方があるらしい。

 ダテマルは自身の過大能力を研ぎ澄まさせていた。

「オラも最初はこの能力を“徹”とおしの威力を上げることにしか使ってなかったんズラが、ツバサの総大将やバンダユウの叔父貴おじき……いやさ組長にアドバイスされて、もっと広い目で使い道を模索もさくしてみたんだズラ」

 だから――カズトラおまえさんにもできるはずズラ。

 自己の経験を踏まえた上で、ダテマルは自信ありげに勧めてくる。

「おまえさんの過大能力は触れた物を武器にするんだったズラな? だったらそうズラな……打ち込んだ衝撃波や振動波を武器にしてみるとか」

 どうズラ? と新しいアイデアを提案してくれた。

「さすが兄者、戦闘方面のアイデアを閃くのは兄弟きょうだい随一ずいいちですな」

「対人戦ですとえげつない効果を想像してしまいますが……蕃神ばんしんやその眷族けんぞく相手ならば遠慮えんりょはいりませぬ。一撃滅殺も夢ではありませぬぞカズトラ君」

 ドンやソンもノリノリだが、カズトラも喜色きしょく満面まんめんだった。

 これはドンカイから「君の過大能力ならば、何もないと錯覚しがちな空気や大気も武器にできるはず」という助言じょげん匹敵ひってきする妙案みょうあんだ。
(※第194話参照)

 骨法と“徹”、そこに自分の過大能力を加味かみして新たな力になる。

 更なる強さを求めてカズトラの胸は高鳴っていた。

「……押忍、師匠! さっそく参考にさせてもらうっす!」

 カズトラは舎弟しゃてい口調くちょうにも気合いを入れて、熱く御礼おんれいを申し上げた。

 そのタイミングで――大爆発が轟いた。

 爆心地ばくしんち宿泊施設ゲストハウスを挟んで、カズトラたちがいる荒野と反対側にある原野だ。あちら側は大小の岩が剥き出しになった、起伏きふくの激しい土地だったはず。

 そこに天をくほどのキノコ雲が立ち上っている。

 ダテマル三兄弟はやや目を細め、遠い目線でしみじみと呟いた。

「……あいつら・・・・も張り切ってるズラなぁ」

   ~~~~~~~~~~~~

 カズトラの修行場は宿泊施設ゲストハウスから東に数㎞は離れている。

 対して、大爆発が起きたのは反対側の西に数十㎞も離れた地点だ。

 そこは奇岩きがんで埋め尽くされた手付かずの原野。

 地盤の底から岩盤でできているのか、土壌どじょうと呼ぶべきところが何処どこにも見当たらないため、草木はおろかこけすらもろくに生い茂らない不毛ふもう地帯ちたいである。

 樹木じゅもくの代わりにそそり立つには、大小様々な尖塔せんとうのような奇岩きがんばかり。

 見ようによっては風光ふうこう明媚めいび奇景きけいである。

 観光地にもなりそうだが――其処そこは今ぶつかり稽古げいこの場と化していた。

 大爆発の余韻よいんは冷めやらず、濛々もうもう噴煙ふんえんが舞い踊る。

「ぐぉぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおらぁぁぁぁぁッ!」

 真っ黒い煙を吹き飛ばして現れたのは筋肉の塊。

 ハトホル太母国所属 穂村組ほむらぐみ 若頭わかがしら補佐ほさ セイコ・マルゴゥ。

 仲間からは「お人好しのヘラクレス」で通っている。

 二つ名は“爆肉”ばくにく。由来は爆ぜるほどの筋肉量から来ていた。

 身の丈2m50㎝に達する堂々とした巨躯きょくは、筋肉ダルマと恐れられても仕方ない圧倒的ボリュームを誇っていた。筋肉盛りすぎの固太かたぶとりの極みだ。

 それでも高身長で四肢ししも長いからバランスは良い。

 空手を流儀りゅうぎとするその身にまとうのはモチロン空手着。但し、秘書の美的センスで補正ほせいされており、ちょっと洋風のローブっぽい仕立てだった。これをセイコが着るとギリシャ神話の英雄みたいに見える。

 だからあだ名がヘラクレスなのだ。

 野生児のように伸び放題の蓬髪ほうはつを振り乱す顔は、巨体に見合わず丸っこい童顔で団子だんごぱながチャームポイント。この人相にんそうは意外と人受けがいい。

 普段は微笑みを絶やさない顔が――修羅しゅら形相ぎょうそうで吠えていた。

 百獣の王も平伏ひれふ咆哮ほうこうを上げながら、この世で最も恐ろしい獣のような動作どうさそらを駆け抜けて、セイコは標的ターゲットとの距離を瞬時に詰めていく。

 先ほどの爆発でセイコに吹き飛ばされた相手。

 こちらはまだ受け身も取れず、空中をただただ吹き飛ばされていた。

 ――そもそも気を失っているのだ。

 尖塔せんとうのようにこずえを伸ばしたいくつもの奇岩きがんにぶち当たり、それらを壊しながらも飛んでいくペースは落ちない。ただ、何度も体当たりを繰り返すことで速度は遅くなっていき、意識が飛んでいた当人もようやく目を覚ました。

 口の中に砕けた岩が入ったのが気付けだった。

「……モガッ、寝てたオイラ!?」

 ククルカン森王国所属 日之出ひので工務店こうむてん 武道家 ランマル・サンビルコ。

 紅顔こうがんではないが人畜じんちく無害むがいな顔立ちの美少年。

 細目になりがちな人相は、まれに信用まで細く薄くなる。

 身長175㎝と程良い身長に、練り上げられたアスリート体型。いつもは中華風のファッショナブルな格好なのだが、今日は異相いそうでのトレーニングということでシンプルな拳法着に着替えていた。

 その道着だが、奇岩へぶち当たる度にボロボロと荒んでいく。

 大玉のおさげになるよう編んだ黒髪ロングヘアもほつれ気味だった。

「んんん~~~……にゃろめッ!」

 吹き飛ばされて奇岩にゴンゴン叩きつけられながらも、どうにか空中で姿勢制御をしたランマル。大きな岩へぶつかる前にそこを足場にして着地した。

 おもいっきり足のバネを縮めて脚力きゃくりょくを貯め込む。

「うっしゃあおらああああああああああああああーーーッ!」

 気合いも新たに足場の岩を吹き飛ばす勢いで飛び出すと、負けず劣らずの雄叫びを上げて、こちらを標的に突っ込んでくるセイコを迎え撃った。

 再び両者は激突、奇岩きがん原野げんやに大爆発が巻き起こる。

 先ほどはランマルが力負けしてすべなく吹き飛ばされてしまったが、同じことを繰り返しても通じるわけがない。そもそも膂力りょりょくに関してはセイコが断然上なのだから、真っ向勝負で競り合っても勝ち目はゼロである。

 だが、ほかさくろうしている時間もなかった。

 正面からの体当たりに受けて立つも、やはり吹き飛ばされかけた。

 同じてつむまいとしたランマルは、吹き飛ばされる寸前に腕を伸ばしてセイコの空手着を掴んだ。何とか踏み留まるも、直後にこれは失敗だと思い知る。

 ランマルの体重でぶちかまし・・・・・ても軽すぎるのだ。

 筋肉の権化みたいなセイコは物ともせず、ダメージも全然与えられない。

 密着クリンチ状態でもあちらに分があった。

 武骨ぶこつに節くれ立った空手家特有の五指ごしが伸ばされ、ランマルの頭をテニスボール感覚で鷲掴わしづかみにする。そこから背筋を盛り上げて全力で振りかぶった。

「ピッチャー第一球、振りかぶってぇ……」

「投げたああああああああああああああああああああああーーーッ!」

 咆哮ほうこうを上げていたので野生のままに暴走しているのかと思いきや、セイコはランマルの軽口に付き合ってくれた。ただ、掛け声は雄叫びにしか聞こえない。

 投げる方向は平行ではなく――垂直。

 飛行系技能で拳を交える二人は宙に浮いていた。

 そこからまっすぐ下に向けての投球だ。

 ランマルの頭を掴んだセイコは、大地へ振り下ろすように全力で投擲とうてきする。正しくは叩き付けるなのだろうが、投球フォームはこの上なく完璧だった。

 音速の壁を突き破る感覚を味わう暇もない。

大暴投だいぼうとうだこれぇぇーッ!?」

 ランマルの悲鳴は地面への着弾ちゃくだんによる爆音で掻き消された。

 ソニックムーブがまとわりついたと思った時には、ランマルの五体は奇岩きがん荒野こうやに特大のクレーターを抉って大地震を起こす震源地となっていた。

「……かはっ! い、痛ぇ……人間だったら死んでるって!?」

 神族でも死にかねない超弩級ちょうどきゅうの激痛に身悶みもだえる。

「まだぶつくさぼざく余裕よゆうあるじゃねえかオラアアアアアアアァッ!」

 間髪かんぱつれずセイコはランマル目指して急降下きゅうこうかだ。

 クレーターの中心でジタバタしている場合ではない。即座に対応しなければ、次こそ命取りの一発をもらいかねなかった。

 迫る生命の危機に、ランマルは無意識のまま過大能力オーバードゥーイングを発現させる。



 ランマルの過大能力――【愛の滴ラヴりを浴びて我が・エッセンス・身は変容する】トランスファー



 多種族たしゅぞく愛の営み・・・・(男女無性問わず)を交わすことで、その種族の身体的特徴や能力を、神族である自身の肉体に反映はんえいさせられる変身系の過大能力だ。

 難点は多種族の肉体能力を得るための条件。

 ちゃんと恋愛をして肉体関係を持たなければならない。

 このため五神同盟では「ナンパ野郎」のレッテルを貼られてしまい、一部の誠実せいじつな仲間や種族からは白い目で見られる日々を送っていた。

 ――モテる色男ロメロはツラいね!

 ランマルは持ち前のポジティヴ精神でこれを乗り切っている。

 実姉あねネネコや義兄あにヒデヨシからは「頼むからもうちょっと自制してくれ!」とお説教を喰らう毎日だが、なんとか折り合いをつけていた。

 愛を交わした種族たちの力を我が物とする過大能力オーバードゥーイング

 変身してセイコの攻撃に対抗するのだ。

 肉体的に頑強がんきょうな種族の力を借りて防御する? スライムなどの軟体系生物に成り済ましてやり過ごす? はたまたパワー系の種族となって張り合う?

 様々な考えを巡らせながらランマルは変身する。

 普通、魔族や神族は目にも止まらぬ速度で戦闘を行う。

 そんな超高速の戦闘中に変身なんて悠長ゆうちょう真似まねをすればフルボッコ確定なのだが、ランマルの変身は過大能力オーバードゥーイングなのでとんでもなく速い。

 瞬間どころか刹那せつなも追いつかない速さで肉体を変形させられるのだ。

 だから高速戦闘中でも安心して使うことができた。

 その変身が――前触まえぶれもなく解除かいじょされる。

「ストーップ! ルール違反ですランマル君!」

 過大能力オーバードゥーイングは禁止と言ったはずです! とカナミさんの声が飛んできた。

 少し離れたところに立つ、巨大なきりのように突き立った奇岩きがん

 その突端とったんりんと立つ女性の姿があった。

 ハトホル太母国所属 穂村組ほむらぐみ 構成員 カナミ・セクレタリィ。

 自他共じたともに認めるセイコの秘書ひしょである。

 穂村組構成員で最強の戦闘力を誇るセイコは組員くみいん筆頭ひっとうだが、豪放ごうほう磊落らいらくを絵に描いたような性格なので細かいことは気にしない。仕事にまつわる数字は計算しないし、スケジュール管理なんてアバウト極まりない。

 そんな彼をサポートするため秘書を任されたのが彼女だ。 

 まさに「秘書ッ!」という感じのインテリジェンスな美女である。

 女性としては高めの身長に、ヤクザの構成員には似つかわしくないレディーススーツで身を固め、長い髪はシックな夜会巻きにまとめている。ファッション性のない女教師のような眼鏡がよく目立つ。

 足技が得意らしく、尻から太股の筋肉がとても発達している。

 胸はそこそこだが下半身がとても豊かだった。

 奇岩の頂点に立ち尽くす御御足おみあしには、何十デニールかわからないが良い塩梅あんばいの濃さで彩られたパンストを帯びている。脂肪と筋肉ではち切れそうだ。お尻の肉を盛り上げるような高いハイヒールもポイントが高い。

 セイコが目前に迫るのに、彼女を見上げるランマルの鼻は膨らむ。

「安産型やん……ぽぴぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃーッ!?」

「セクハラは厳重注意! ついでに減点です!」

 いらんことを呟いた瞬間、ランマルに電流が走った。頭のてっぺんから爪先まで極太ごくぶとはりを通されて、そこに高圧電流を流されたような激痛である。

 これはカナミからの教育的指導。

 先ほど過大能力オーバードゥーイングをキャンセルされたのも彼女の能力ちからだ。

 茶番劇を繰り広げている間にも、本気のセイコが拳を振りかぶってランマルに迫っていた。もう対ショック防御すら間に合わない。

おれひとの秘書エロい目で見てんじゃねえこんガキゃああああああッ!?」
「それはマジでごめんなさいッ!」

 若さゆえのあやまちを謝りながらランマルは狼狽うろたえる。隕石の直撃にも勝る豪拳ごうけんが今まさに振り下ろされんとしているからだ。

「いっ……いーもーむーしゴーロゴロッ!」

 子供時代を思い出したランマルは、寝転がったまま横転して回避かいひする。

 ミニ四駆顔負けのスピードで荒野を寝転がりながら逃げることで、直撃だけは避けられた。セイコの豪拳は地面へと突き立てられる。

 そこから大地がいた。

 行き場のない拳打けんだのエネルギーが熱量となり、硬い土塊つちくれさえも熱したスープのようにドロドロに溶かしたのだ。セイコの一撃がその程度で留まるわけがなく、破壊力と爆発力を撒き散らして周囲一帯を吹き飛ばす爆撃となった。

 もはやパンチが戦術核を越える威力を持っていた。

 ランマルは爆風のあおりをも利用し、ひたすら転がって逃げ回る。

 十分な距離を置いて体勢を立て直すまで安心できない。

 このパンチの一発の余波よはでさえ、気を抜いたら全身がただれかねない熱波ねっぱとなっているのだ。変身能力を封じられた身では浴びたくなかった。

 もういいかな? とランマルは転がりながら身を起こす。

 粉塵ふんじんが舞う荒野こうやへ不意に影が差し、太陽が何かにさえぎられたことを知る。

 反射的に見上げると――そこに山が浮いていた。

 アダマントやオリハルコンなどの硬度こうど強めの鉱石が入り交じった巨岩きょがん。山と見紛みまがう大きさだ。それをセイコが片手で振り上げている。

 原野を沸騰ふっとうさせた豪拳ごうけんパンチ。

 あれで地盤じばんごと攪拌かくはんした時、手に引っ掛かったのを掴み上げたのだろう。

「ぐぅぅぅおおおおらああああああああああああああああッ!」

 それを一息にランマルへと振り落としてきた。

 変身不可能、回避不可能、生身で受け止めるにはハード過ぎる。

 終わった……とランマルが諦めた瞬間、セイコが掴んでいた巨岩が木っ端こっぱ微塵みじんに砕け散った。それはもう雲散うんさん霧消むしょうする勢いで粉となったのだ。

 またカナミの声が飛んでくる。

「ブレイクブレーイク! セイコ様、凶器攻撃は反則です! また過度かどの環境破壊も厳重注意の対象! つつしんでください!」

 カナミは右手に大振りの本を開いたまま持っている。

 あれこそ彼女の過大能力オーバードゥーイング、それが象徴的シンボリック具現化ぐげんかしたもの。



 カナミの過大能力――【規定と規則と規範ルールブック・を改訂しうる魔導書】スペルブック



 簡単に言えば場に規則ルールを強制する能力。

 カナミの提示した規則に複数人が合意ごういすれば、彼女は審判者としてその領域フィールドとそこにいる者たちを決められたルールで監督することができる。

 現在の状況は――乱取らんど稽古げいこで練習試合。

 この場にはカナミの敷いたルールが働いていた。

 過大能力オーバードゥーイングの使用は原則禁止、技能スキルまでなら使用可、凶器を用いた露骨ろこつな急所攻撃も厳禁げんきん、あくまでも鍛えた肉体と技のみで戦うこと。

 大まかなルールはこのくらいのものだ。

 その他の細かいところはカナミの気分次第なところもある。
(※セクハラは減点とか)

 カナミの手にする本は規則書ルールブックにして魔導書スペルブック

 そこに記されたルールは彼女の手で修正や加筆ができ、物理法則などもルールと捉えれば改編かいへんできる。また力量差のある相手が力を頼みにルールを拒否しようと、違反をすればある程度は弱体化デバフを強制できる効果もある。

 味方に有利なルールを考えて、仲間を強化させる使い方もアリ。

 強化バフ弱体化デバフも思いのままな過大能力オーバードゥーイング。カナミはこれで戦闘力最強のセイコを支援しえんするの役目も担っていた。

 実務面のみならず戦闘面でもセイコを支える秘書なのだ。

 今日はランマルからセイコに頼んだぶつかり・・・・稽古げいこに際して、いくつかの条件付けを求めていたところ、審判を兼ねた監督役を買って出てくれた。

 そう――これはランマルの修行。

 セイコとランマルはわざわざ付き合ってくれているのだ。

「――よろしいですか?」 

 カナミは眼鏡の位置を直しながら注意ちゅうい喚起かんきする。

「私の過大能力オーバードゥーイングで設定されたルールから逸脱いつだつした場合、慈悲じひなく容赦ようしゃなく手加減なく制裁ペナルティが発動します! 今回の乱取らんど稽古げいこ主眼しゅがんはランマル君の実戦経験を向上させるための死闘に近い模擬戦! そして基礎身体能力の鍛錬!」

 それをもう一度ご確認ください! とカナミは説教口調で怒鳴った。

 ランマルもセイコも素の表情に戻る。

 逃げ惑う危機感たっぷりの焦りも忘れて、実戦に近い経験を味わわせるためわざと激怒げきどそうを浮かべるのもやめて、野郎二人は美人秘書を見上げていた。

 そして、異口同音にポツリと口遊くちずさむ。

「「……はい、先生」」

「誰が先生ですか!? ツバサ様みたいなツッコミさせないでください!」

 さあ戦レッツ・いなさいファイッ! カナミは再始動リスタートを急かした。

「ごぉぅぅぅらああああああああああああああああああああああッッッ!」

「やってやるぜっしゃあああああああああああああああああッ!」

 カナミの一言が合図となり、セイコは再び野獣の感性を剥き出しにした咆哮とともに飛びかかってきた。ランマルも負けじと叫び声を振り絞る。

 その直後、顔面に特大パンチをまともに喰らって吹っ飛ぶランマル。

 得意の形意拳けいいけんを構えるいとまも許されない。

 パワーのみならずスピードもセイコの方が格段に上なのだ。

 今回の稽古けいこは型を覚えるとか技を習うものではなく、あくまでも実戦を疑似体験するためのもの。喧嘩に近い荒々しさも歓迎すべきかも知れない。

 いや――セイコは敢えて・・・追い込んでくれているのだ。

 どれだけ武術を鍛えようとも、拳法や格闘技を身に付けようとも、それを満足に使えない窮地きゅうちに追い込まれることはある。実戦ならば尚更なおさらだ。

 そんな死と隣り合わせの場面でも手足を動かす。

 反射神経というべきかはたまた本能か、小手先の技ではなく九死に一生を得るような肉体の動作方法を教えてくれているのだ。

 だからなのか、セイコの動きも随分ずいぶん野性的ワイルドである。

 彼も空手家という看板を外し、一匹の野獣として襲い掛かっているのだ。

 でも――メチャクチャ痛くて鼻血出そう!?

 そんな文句も潰された顔面では愚痴ることさえ難しい。

 またも盛大に吹き飛ばされて奇岩きがんを何個も壊しながら転がるも、ランマルは根性で身をひるがえすと立ち直り、制動せいどう距離きょりあとを残しながら踏ん張った。

 親指で鼻を押さえて息み、一気に鼻血を押し出して気道きどう確保かくほする。

「ふっ、はっ……フン! ま、まだまだぁぁぁーッ!」

 体勢を立て直したランマルは、足場の奇岩を蹴って飛び出した。

 ――りないめげないあきらめない!

 根性の三拍子を奮い立たせて何度でも立ち向かう。

 稽古をつけてほしいと頼んだのはランマルなのだ。実姉ネネコ義兄ヒデヨシ、あるいは身内の日之出ひので工務店こうむてんとの特訓では得られない緊張感を求めてのこと。

「オラオラオラオラオラァァァーッ!」

 威勢いせいだけは一人前以上の元気な声をランマルは張り上げる。

   ~~~~~~~~~~~~

 それから――小一時間ほど経過した。

「……空が……青い……」

 ランマルは異相の空をぼんやり見上げている自分に気付き、壊れる寸前の五体ごたいを伸ばして仰向けに倒れ込んでいた。首を持ち上げることもできない。

 かすかに左右へ動かせばあざだらけの手足が見える。

 ひょうとかチーター顔負けのまだら模様もようだった。無傷であざに染まっていない肌面積の方が少ないような気がする。

 でも、手足があらぬ方向に曲がってないだけで御の字だ。

 僅かな身動ぎでも身体の芯から痺れるような痛みが走るので、あちこち打ち身だらけで骨も折れまくっていることだろう。ひびが入っただけか複雑骨折しているのか……身体から骨が飛び出していないだけマシと思っておこう。

 身体の状態を確認しようとする視界がせまい。

 目の上がこぶで腫れ上がり、頬も唇もがっているみたいだ。

 自慢の色男ロメロも台無しになっているらしい。

 神族なので回復力は速く、修行後には回復系技能スキルも受けられる。

 すぐに立ち上がるくらいの回復は見込めるが、どうやら休憩タイムに入ったので放置されているらしい。自己回復に努めるのも訓練の内なのだろう。

「あぁ~……空が青い……青すぎるって」

 呆然ぼうぜんとして見たままを呟くことくらいしかできない。

「お、気がついたか? てか頭打ったか?」

 声をする方に目をやると、筋肉盛り盛りの仏像が座っていた。

 いや違う、セイコが横であぐらをかいているのだ。隣にはカナミもしゃがみ込んでおり、ランマルに手を伸ばすと回復系技能スキルを使ってくれていた。

 温かい波動を浴びていると、痛みや疲れがゆっくり和らいでいく。

「動かないで――30分の休憩中です」

 回復に専念せんねんしてください、とカナミに言われたので安静あんせいにする。

 宿泊施設に常備された食べ物エネルギーバー飲料エナジードリンク

 セイコは五人前を一息で頬張ほおばり、まだ足りないとおかわりしていた。

 図体がデカい上に、奇岩だらけの原野を真っ平らにするまで暴れたのだからカロリーの消費しょうひ半端はんぱではないのだろう。もう二十人前は平らげている。

 ――セイコはほぼ無傷だった。

 あれだけの大乱闘を繰り広げて、ランマルもちゃんと反撃したはずなのに、たんこぶひとつどころかかすり傷すら見当たらなかった。

 これが実力の差か……ランマルは痛いくらい思い知らされる。

 ――破壊神ロンドとの戦争が始まる前のことだ。

 ランマルたちが五神ごしん同盟どうめいと初めて出会い、色々あってランマルが代表してセイコと手合わせする運びになった。要するに腕試しの試合をしたのだ。

 この勝負は水入りとなり、決着はついていない。

 だが、ランマルは終始しゅうしセイコに圧倒あっとうされて終わってしまった。

 そうやって一度は拳を交えた経緯いきさつがあったからこそ、無理を承知で稽古の相手をお願いしたらあっさり了承されたのだが……。

「まだまだ全然かぁ……やり甲斐があるなぁ……ナンパのが楽ぅ……」

 真の強者には遠く及ばない――痛感つうかんさせられた。

 ぶつくさぼやくランマルを心配そうにセイコが覗き込んでくる。

「大分お疲れのようだな。おまえも食っとけ」

 セイコにエナジーバーを差し出されたが、ランマルは首を横に振る。

「口を動かすのもダルい……飲み物がいい」
「じゃあエナドリだ。ほれ、もう利き手くらいは動くだろ」

 セイコが差し出したボトルを受け取ると、顔面へ浴びるように飲み干した。鼻に入ったり気管きかんに入ったりしたがせる気力きりょくもない。

 それでもケホコホと小さく咳き込んでしまう。

「しかし……どういう風の吹き回しだ?」

 いきなり稽古けいこつけてほしいだなんて、とセイコは尋ねてきた。

 お願いした時は多少なりとも奇異きいな顔をされたものの、特に理由をかれたりはしなかったのだが、ランマルの熱の入り用を不思議に感じたらしい。

「……らしくない・・・・・のは自分オイラが一番わかってるよ」

 こんな熱血漢ねっけつかんみたいな真似、ナンパ野郎には似合わない。

「わかっちゃいるけどさ……ジッとしてられない時ってあるじゃん」

 神族特有の回復力とカナミからの回復系技能スキルのおかげで、体調は七割方まで戻ってきた。まだ身動みじろぎするのも辛く、手足が言うことを聞かない。

 それでもランマルは歯を食い縛った。

「こないだ……戦争ん時の記録を眺めてたんだ……」

 上半身を起こしたランマルは、れの引かない唇で訥々とつとつと語り始める。

「戦争の記録って……破壊神どもとのか?」

「あの時、マーナさんの過大能力オーバードゥーイングで各地の戦闘を生中継しつつ撮影や記録していたそうなので、希望すれば誰でも閲覧えつらんできると聞いています」

 小首をかしげるセイコに秘書が足りない情報を補足ほそくする。

 凄惨せいさんな記録など残しておきたくないが、一部の武道家たちからは「あの戦いでの反省点はんせいてんを探りたい」との要望があり、データ化してまとめられていた。

 ……それ以前にマーナ率いる三悪トリオが勝手に記録していた。

 あの三人は還らずの都防衛戦でかつてない大戦果だいせんかを挙げたので、栄光の記録を残すついでに戦争の全記録もまとめていたのだ。

 前述ぜんじゅつの要望もあってツバサたちも大目に見た次第しだいである。

 ランマルは暇潰しがてらの鑑賞だった。

 あの時、日之出ひので工務店こうむてんの一員として戦争に参加したランマルだが、余所よそではどのような戦いが繰り広げられたのかふと興味が湧いたのだ。

「そいつを見てたら……ガツーン! と打ちのめされた気分になってさ」

 ランマルは目線を隠すように項垂うなだれて自嘲じちょうした。

 情けなくて恥ずかしいが、弱気な本音を聞いて欲しくなる。

「ツバサさんのダインくんにハルカちゃんなんかがスゴかったけど……イシュタルさんのミサキくんとかハルカちゃんとかジンちゃん……セイコの兄ちゃんも一緒に戦ったジェイクさんとこのレンちゃんやアンズちゃん……」

 それに――アハウさんのカズトラくん。

 彼の戦いは視界にこそ捉えてないものの、同じククルカン森王国の圏内けんないで戦っていたから、その無限大に膨れ上がる闘気とうきは肌で感じることができた。

 今もこの異相いそうで修行に勤しむ気配が伝わってくる。

 彼らの戦闘記録を見たランマルは、幾度いくどとなく衝撃しょうげき見舞みまわれた。

「オイラより年下なのに……みんなスゲぇなぁって……」

「ミサキ君たちに感化かんかされたってことか?」

 セイコは単刀直入にランマルの言いたいことへ突っ込んできた。

 うつむいたたままのあごを少しだけ縦に振る。

「オイラより年下で、まだみんな高校生かそこらなのに……バンバン強敵を倒すは、死ぬ気で身体張って、本当に死にそうになっても逃げるどころか前へ踏み出そうとして……どんどん強くなってるなぁ、って驚かされたんだ」

 それに引き換え――ランマルオイラは何もできていない。

 あの戦争でランマルのできたことといえば、実姉ネネコ義兄ヒデヨシの手伝いをしてバッドデッドエンズの一人を撃破するアシストくらいなものだった。

 後は襲ってくる巨獣きょじゅうの群れを蹴散けちらした程度。

「そこに気付いたらもう……なんか無性に恥ずかしくなっちまってさ。なんかしなきゃと思うんだけど、オイラにゃナンパ意外にできることと言ったら格闘技くらいしかないし、そろそろ真面目にやんなきゃなあと反省したわけで……」

「それで一から鍛え直すつもりの稽古けいこを希望か」

「セイコ様を選ばれた理由は、一度手合わせされたえんからですか?」

 おおむね理解したセイコが納得する横で、秘書カナミは稽古の指導役としてセイコを選んだ理由を推察すいさつしてきた。

 ほんの少し顔上げたランマルは照れ臭そうに割れた頬をゆるませる。

「うん、オイラより全然強いのは知ってたし……家族よりずっと厳しくシゴいてくれると思ってさ……ちょっと甘えを抜きたかったんだ」

 身内以外に教えをえる人を求めてみた。

 親しい間柄だとどれだけ「厳しくする」と言い張っても、本当の殺し合いに匹敵ひってきする緊張感は得られない。どうしても身内の甘えがにじんでしまう。

 ランマルが求めたのは実戦に近い戦闘による経験。

 まず死闘しとうを味わうことで、腑抜ふぬけた心身を鍛え直したいと思い立った。

「だから殺す気で掛かってきてくれ、と注文つけたんだな」
「セイコ様に頼めばストレートに実行することいですからね」

 アバウトだから仔細しさいを問わずに実行じっこうする。

 そんな真に受けやすいセイコの性分しょうぶんを知ってか知らずか、ランマルは自らを再起さいきさせるために死を予感させるほどの荒行あらぎょうに身を投じたのだ。

 若者の主張を聞いたセイコとカナミは感心していた。

「……へっ、殊勝しゅしょうなことじゃねえの。そういうの嫌いじゃないぜ」

「見直しましたよランマル君。女の子のお尻を追うばかりじゃないんですね」

 再評価されたのが嬉しくてランマルはニッコリ笑う。

 稽古で歯抜けになった笑顔で、元気良くサムズアップも付ける。

「うん、女の子のお尻ばっか追いかけてるわけじゃないよ……ちゃんと男の子のお尻も追ってるからね! オイラってば博愛主義者バイセクシャルだし!」

「「いや、そういう意味じゃないから!?」」

 セイコとカナミは息もピッタリにツッコミを入れてきた。

 褒めたのは失敗だったか……と言いたげに、セイコとカナミは目元にかげができたような表情になると、目眩めまいを耐えるみたいにこめかみを押さえている。

「はぁ……そこんとこも矯正きょうせいしなきゃダメか?」

 するとカナミが手にした携帯電話スマホで誰かに連絡を取った。

「セイコ様、ランマル君の保護者に確認を取りましたところ『去勢するレベルで根性を叩き直してください』と許可が得られました」

 よし! とセイコはカナミからの報告に親指を立てた。

 それから二人はランマルへと向き直る。

 ナンパ野郎な青少年を見つめる眼はどちらも据わっていた。

 暗黒街を渡り歩いた極道者ヤクザとしてだ。

「……休憩終わったら殺すつもりでヤキ・・入れてやる。覚悟しとけよ」

「……私も規定書ルールブックのペナルティを大幅に上昇させておきます。ソフトタッチなセクハラでも致死量ちしりょうの電撃が走ると心得てください」

「あれ、本音トークしたらハードル上がっちゃった!?」

 どうしてぇ~!? とランマルは両手を頬に添えるとムンクの叫びみたいに青ざめた表情で悲鳴を上げてしまう。望んだことではあるけども!

 その時――北の方角から花火のような音が聞こえた。

 三人ともそちらに目を向けると、小規模な爆発が天と地を絶え間なく震わせながら、山を斬り飛ばすほどの目に見える斬撃が何度も宙を舞い、太陽と見間違うくらいまぶしい光球こうきゅうてん彼方かなたへ飛び立ったりしていた。

 なんとも賑やかで騒々しい限りだ。

 宿泊施設ゲストハウスを中心に考えれば、北へ向けて数十㎞離れている地点。

 あれは骨法こっぽうを習得中のカズトラの仕業しわざではない。

 彼らはランマルたちから見ても東の平原を修行場に選んだはずだ。

あっち・・・も派手にやってるな」

「ええ、マーナさんたちを含めて九人……バトルロイヤル形式で練習試合に興じているそうです。監督役はツバサ様たちが行っております」

 ランマルは知らなかったが、団体で修行に励むグループもいるそうだ。

 北にある丘陵きゅうりょう地帯ちたいは彼らの貸し切りとなっているらしい。

「差し詰め――乱取らんどりバトルロイヤルってところか?」

 九人入り乱れての修行をセイコはそんな一言でまとめていた。

(※乱取らんどり=柔道における自由じゆう稽古げいこ。実際の勝負や試合を想定して、互いに自由に技を掛け合う練習のことを指す。剣道や他の武道でも実戦形式の練習を指して乱取りと呼ぶこともある)

   ~~~~~~~~~~~~

 宿泊施設ゲストハウスから見て東の平原と西の原野。

 そこでは鉄拳児てっけんじカズトラと武道家ランマルが、しくも同じ穂村組ほむらぐみ精鋭せいえいを指導役として血反吐ちへどを吐くような稽古に挑んでいる真っ最中。

 時同じくして――北の地域でも激しい修行しゅぎょうおこなわれていた。

 北方に広がるのは緩やかな丘陵きゅうりょう地帯ちたい

 起伏きふくはそれほどでもないが、平野というにはなだらかにデコボコした土地がどこまでも続いており、サバンナのようにうっすらとした草原になっていた。

 深い渓谷けいこくは見当たらないが、幾筋いくすじかの川が流れている。

 山羊やぎなどの脚が達者たっしゃ牧畜ぼくちくの放し飼いに向いているかも知れない地域だ。

 そこで乱取らんどりバトルロイヤルに挑むのは全部で九人。

 三人ずつの三チームに分かれている。

 トリオに分かれた三組は仲間を攻撃せず、他チームの六人を相手取るように大立ち回りを繰り広げ、乱闘らんとうの輪を徐々じょじょに広げつつあった。

 ――2人の男の蹴脚しゅうきゃくが激突する。

 そこから空間を破裂させる震動波しんどうはが放射状に広がり、いくつもの丘に亀裂きれつを走らせて崩壊ほうかいさせた。互いの蹴りは鍔迫つばぜいのように斬り結んだままだ。

「やるズラなオッサン……人は見掛けに寄らないズラな」

 ハトホル太母国所属 穂村組ほむらぐみ 構成員 ドロマン・ドロターボ。

 マーナ・ガンカーをボスに頂く通称“三悪さんあくトリオ”の力仕事担当。

 顔の右半分が泥のように崩れた魔族の青年だ。

 力仕事を任せられるだけの巨漢きょかんであり、唇の分厚い寡黙かもく強面こわもてだが三悪トリオの中では一番常識人な好青年。ドレッドヘアに褐色味かっしょくみのある肌と太く長い手足が相俟あいまって、いくらか黒色人種系の血統にあるらしい。

 半裸の上半身にゴテゴテしたベストを羽織り、下は柔らかそうなジーンズの上にレーザーチャップスを着込む洒落者しゃれもの

 武道家としての流儀りゅうぎは、卓越たくえつした足技で知られるカポエイラだ。

 飛行系技能スキルで宙に浮くも、天地を逆さまにして両腕で大地を掴むように巨体を支えると、長い足を繰り出して相手のキックを受け止めている。

 ドロマンの脚――すねこうで競り合う相手。

「これを言うとオッサンだと認めるみたいで腹立つが……おいわけぇの! 大人プロを舐めんなよ!? これでも職業軍人歴ウン千年だぜ!」

 水聖国家オクトアード 征夷せいい将軍しょうぐん イムト・ザグラガナン。

 蛙の王様ことヌン・ヘケトの直弟子じきでしにして、再興さいこうした水聖国家の軍部を司る将軍職に抜擢ばってきされた最高幹部の一人である。

 地球生まれプレイヤーではなく、真なる世界ファンタジア生まれの生粋きっすいな神族だ。

 今回、師でもあるヌンの勧めで修行に参加していた。

 人間ならば五十代前後に見えるが、逆三角形に見えるまで鍛え上げた肉体の若々しさもあって外見体力ともに三十代でも通用するだろう。

 あごの太い精悍せいかんな顔立ちも若さに味方する。

 短く刈った白髪交じりのごま塩頭しおあたまだけは誤魔化せないが……。

 防御力よりも身体の動作を重視した軽装けいそうの鎧で身を固めている。ドロマンの蹴りにこちらもキックで即応そくおうできるのが、動きやすさの証明になっていた。

 右の利き手には刀身が幅広の長剣を握っている。

 それを使わずにドロマンとキックで応酬おうしゅうする理由は、イムトもヌン直伝じきてんの蹴り技に自信があるため、足技対決に興じたいと考えたゆえだった。

 両者の剛脚ごうきゃくがぶつかる度――異相いそう震撼しんかんする。

 接触点から雷鳴みたいな光線が走り、丘陵きゅうりょうを揺るがしていた。

「野郎同士でイチャコラしてんじゃねえよ!」

 オレも混ぜなーッ! と甲高い女性の声が割り込んできた。

 鋭い殺気が差し込まれると同時に、ドロマンとイムトは呼吸を合わせてお互いの脚を蹴り飛ばすと、双方ともに間合いから遠離とおざる。

 割り込んできた女性が狙ったのは、長剣を構えるヘケトの方だった。

「へいオッサン! 今度は剣術勝負と洒落しゃれまないかい?」

 言うが早いか声の主が手にした刀を振るってきた。

 一太刀どころではない。一呼吸の間に百太刀以上も斬りつけてくる。

 イムトはその大半を体捌たいさばきのみで避けると、どうしてもかわしきれない斬撃のみを長剣の腹でらし、彼女が本命として振るう最後の一太刀を受け止めた。

 野放図のほうずにばら撒かれた斬撃は足下の丘を切り刻む。

 鍔迫つばぜいの激突は、またしても両者の闘気とうきのぶつかり合いともなり、異相いそうを内側から圧迫あっぱくするほどのパワーとなって四方八方に拡大していく。

「やるねえオッサン、ちゃんとかわしやがったな!」

 ――ほとんど剣を打ち合わせなかった!

 女の声は斬り合いで無闇むやみ矢鱈やたらに剣を打ち合わせず、見事に回避することで切り抜けたイムトの体術を褒めそやした。

 悪い気はしないイムトだが鼻で笑いながら返す。

「フン、当たり前だろ……キンキンガンガン打ち合わせてたら剣が泣くぜ」

 刃毀はこぼれって知ってるか――あれ直すの面倒なんだぞ?

 そう言いながらもイムトは鍔迫り合いに勝つため、刃が痛むのも構わずに長剣を押し込んでいく。真剣勝負ともなれば出し惜しみはできない。

「そうだよなあ! 良かった、アンタも本物の剣士だぜ!」

 相好そうごうを崩したウネメは激しく同意した。

 ハトホル太母国 妖人衆ようじんしゅう “妙剣”みょうけんのウネメ・マリア。

 地球から神隠しという形で肉体を備えたまま転移してきた人々。

 真なる世界ファンタジア某所ぼうしょよどんだ“気”マナを浴びて妖怪化してしまったが、同時に特殊な力にも目覚めた種族……というより集団の一人である。

 巫女姫みこひめイヨを頂点に、乙将おつしょうオリベが取り仕切る組織となっていた。

 ウネメは三将さんしょうと呼ばれる三人の幹部の一人。

 生まれは江戸時代。剣の腕だけは達者な旗本はたもとの三男坊だったそうだが、前述の理由から変異して金髪きんぱつ碧眼へきがんの美女に変わり果てていた。

 この姿は亡き恋人の生き写しだという

 それでも剣の腕前は変わらず、むしろ格段に上がっている。

 古き良き格闘ゲームに登場したような、婆娑羅ばさらでかぶき者のように華美かびを極めた女武者の格好をしており、大小二刀を巧みな二刀流で振り回していた。

 イムトは怯むことなく長剣一振りで受けて立つ。

 鍔迫り合いから離れると、絶妙な間合いから互いに斬り結ぶ。

 いや――斬っては結んではいない。

 どちらも「刀剣を打ち合わせるのは三流のやること」と解しているので、相手の斬撃ざんげきを避けて躱して逸らすのを前提ぜんていとし、滅多めったなことでは刃を触れ合わせようとしない。火花散るどころか金属音が響くことすらまれだった。

 おかげで斬撃の余波よは所構ところかまわず花開いた。

 ――剣風けんぷう吹き荒ぶとはまさにこのこと。

 迂闊うかつに踏み込めば膾斬なますぎりにされかねない。割り込むのも至難の業だ。

 二刀流の手数を活かして、嬉々としたウネメは猛攻もうこうを仕掛ける。

「さあ、もっと調子出せよオッサ……ンンッ!?」

 挑発の言葉を飛ばした瞬間、ウネメは反射的に動いていた。

 冷たい風をまとう剣気が足下から競り上がってくるのを感じて、思わずるように後ろへ退いたのだが、少々間に合わなかったらしい。

 ――陣羽織じんばおりを結ぶ飾り紐。

 それがスパッと断ち切られ、豊かに膨らんだ乳房を抑える着物の胸元にも切れ目が入り、深い谷間が揺れながら露わになった。

 これらを断ち切ったのは他でもない、イムトの太刀筋だ。

 しかし、右手に握り締めた長剣ではない。

「オッサンオッサンってなあ……いいかげんにしやがれ!」

 イムトは怒声を上げながらヒートアップすると、ウネメの二刀流に対抗するべく引っ張り出してきた長剣二振りで情け容赦なく斬り掛かる。

 ただし、その動きはあまりにも変則的へんそくてきだった。

「オッサンにオッサンって言うとそれなりに傷付くんだよ! そこは嘘でも冗談でも方便でもお兄さんと言っとけ! それで円満解決すんだバカタレ!」

「ちょ、待っ、なにそれ……そんな・・・二刀流ありかよ!?」

 何とか受け流すウネメだが、意表いひょうかれたので困惑こんわく気味ぎみだった。

 ウネメが戸惑う――イムトが扱う二本目の長剣。

 それは彼の左足に・・・握られていた・・・・・・

 ウネメと剣戟けんげきを交わす最中、イムトはこっそり脚のブーツを脱ぎ捨てると素足すあしになり、収納用の空間から二振りめの長剣を忍ばせていた。

(※収納用空間=プレイヤーの道具箱インベントリと同一のもの)

 その長剣の柄を左足の親指と人差し指で握り込み、空中で全身のバネをフル活用させつつキックを繰り出す要領ようりょうで足で握った長剣を取り回す。

 ウネメも二刀流の使い手だ。

 両手に武器を構えた敵とならいくらでも渡り合ってきた。

 神族となって空中戦にも慣れてきた頃だが、足に剣を構えて蹴り掛かるような戦い方をする剣士に「よもやよもや!」と度肝どぎもを抜かれていた。

 この驚きを怯みと捉えたイムトは追い打ちを掛けていく。

「まだまだ! 見せてやるぜオッサンの大道芸だいどうげい!」
「自分でオッサン言ってるぞおい!?」

 ウネメのツッコミも無視して、イムトはノリノリで披露ひろうする。

 新たに二本の長剣を収納用空間から滑り出させると、まだ空いている左手とまたブーツを脱ぎ捨てた右足にそれぞれ握り締めた。

 即ち――変則四刀流だ。

「いやいやいや! まず四刀流よんとうりゅうってところがおかしいから!?」

 ウネメは刀を持ったままブンブン手を振って否定した。

「実演できてんだからおかしくねえだろ! その身で篤と味わえぃ!」

 イムトは全身を独楽こまのように回転させると、全方位ぜんほういに弾幕を撒き散らすような勢いで斬り掛かり、圧倒的あっとうてき密度みつどの斬撃をウネメへお見舞いしてくる。

 大道芸と卑下ひげした言い方をしていたがとんでもない。

 全身のバネを使った斬撃はどれも凄まじい重圧感じゅうあつかんを有しており、独楽こまのように回転して休むことなく連撃れんげきを繰り出してくるからまったく隙がない。

 さばくのも追いつかず、呼吸も続かなくなりそうだ。

 しかも、その一太刀は山をも切り崩す神の怒りと成り得るもの。

 オッサンとあなどっていたが、目の前の男は年季ねんきの入った軍神ぐんしんなのだ。

「なんの……こっちだって大地母神ツバサさま眷族けんぞく!」

 今や女神で剣神だぜ! と意気込んだウネメは四刀流の猛威もういを前にしても逃げることなく、果敢かかんにも自前の二刀流で受けて立った。

 キンガンギン! と刃と刃がぶつかる金属音が聞こえてくる。

 刃をかち合わせるのは不本意だが、物量差ぶつりょうさを埋め合わせるには仕方ない。

 ウネメは信条に反するも我が身を守るため両手に構えた剣を盾として、イムトの四刀流から解き放たれる嵐のように渦巻く斬撃を凌いでいた。

 それでも四刀流の圧力にはくっしそうになってしまう。

 だというのに、ウネメの口元はほころんで楽しげな笑みをこぼしていた。

 焦燥感しょうそうかんに冷や汗はダラダラ。男だった頃には感じもしない胸の谷間のヌルヌル感にドギマギしながらも、ウネメは戦う喜びを隠しきれずにいた。

 まだまだ高みを望める――上を目指すことができる。

 そんな向上心こうじょうしんに満ちあふれた笑みだった。

「……ったく、未来にゃ三刀流・・・とかいう凄腕すごうで剣士けんしがいるって姫様たちの読んでる絵双紙えぞうしで知ったばかりなのに……もう上が出てくんのかよ!」

 まったく――飽きねえなぁ真なるこの世界は!

 手数てかずおとる二刀流でも引けを取ることなく四刀流で応戦おうせんしていく。

 剣士たちが熱い剣劇を演じる舞台袖ぶたいそででは――。

「やれやれ、横から割り込んできてオラをハブ・・にするとは……」

 つれないダスな、とドロマンが傍観ぼうかんしていた。

 今度はこちらから割り込んでやろうと、剣を交えながら飛行系技能で上昇していくイムトとウネメを追いかけようとするドロマン。

 その行く手を強引な手段でさえぎられてしまった。

 右からは無数の槍が村雨のように降り注ぎ、左からは爆発力を圧縮させた魔法の光球こうきゅうが飛んでくる。どちらも必殺の威力が秘められていた。

「たわけた考えがよぎったダスが……ここは安全策を選ぶダス」

 一瞬、どれほどの威力か味見したい気持ちに駆られた。

 だが練習試合で大怪我おおけがをしてもつまらないので、ドロマンは過大能力を使うと身の回りを覆うように分厚ぶあつい泥で出来たカーテンを張った。

 ドロマンの過大能力オーバードゥーイング──【狂乱の泥濘ライフ・より生イズ・命は生ずる】マッドネス

 様々な質感しつかん硬度こうどに加工できる生きた泥を操る能力だ。

 ドロマンは油断することなく、生きた泥で防壁ぼうへきを張り巡らせる。硬軟こうなん自在じざいの生きた泥で、左右からの妨害を滑らせるように受け流した。

 どうせなら左右からの攻撃を跳ね返すなりスルーするなりさせて、反撃に再利用するのも手だったのだが急だったので間に合わない。

 仕方なく槍の雨と魔法の光球を相殺そうさいさせる形となった。

 間一髪を切り抜けたドロマンはため息をつく。

「危ない危ないダス……油断禁物、そういえば他にも・・・いたダスな」

 この乱取りバトルロイヤルの参加者は三人組トリオの三チーム――合計九人。

 仲間には手を出さないとして他に六人いる計算だ。



「――練習相手の仮想かそうエネミーなら事欠ことかかなかったダス」


しおりを挟む
感想 38

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

愛しのお姉様(悪役令嬢)を守る為、ぽっちゃり双子は暗躍する

清澄 セイ
ファンタジー
エトワナ公爵家に生を受けたぽっちゃり双子のケイティベルとルシフォードは、八つ歳の離れた姉・リリアンナのことが大嫌い、というよりも怖くて仕方がなかった。悪役令嬢と言われ、両親からも周囲からも愛情をもらえず、彼女は常にひとりぼっち。溢れんばかりの愛情に包まれて育った双子とは、天と地の差があった。 たった十歳でその生を終えることとなった二人は、死の直前リリアンナが自分達を助けようと命を投げ出した瞬間を目にする。 神の気まぐれにより時を逆行した二人は、今度は姉を好きになり協力して三人で生き残ろうと決意する。 悪役令嬢で嫌われ者のリリアンナを人気者にすべく、愛らしいぽっちゃりボディを武器に、二人で力を合わせて暗躍するのだった。

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」

音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。 本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。 しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。 *6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

幼い公女様は愛されたいと願うのやめました。~態度を変えた途端、家族が溺愛してくるのはなぜですか?~

朱色の谷
ファンタジー
公爵家の末娘として生まれた6歳のティアナ お屋敷で働いている使用人に虐げられ『公爵家の汚点』と呼ばれる始末。 お父様やお兄様は私に関心がないみたい。愛されたいと願い、愛想よく振る舞っていたが一向に興味を示してくれない… そんな中、夢の中の本を読むと、、、

【書籍化進行中、完結】私だけが知らない

綾雅(要らない悪役令嬢1/7発売)
ファンタジー
書籍化進行中です。詳細はしばらくお待ちください(o´-ω-)o)ペコッ 目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。 優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。 やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。 記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2024/12/26……書籍化確定、公表 2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位 2023/12/19……番外編完結 2023/12/11……本編完結(番外編、12/12) 2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位 2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」 2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位 2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位 2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位 2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位 2023/08/14……連載開始

イレギュラーから始まるポンコツハンター 〜Fランクハンターが英雄を目指したら〜

KeyBow
ファンタジー
遡ること20年前、世界中に突如として同時に多数のダンジョンが出現し、人々を混乱に陥れた。そのダンジョンから湧き出る魔物たちは、生活を脅かし、冒険者たちの誕生を促した。 主人公、市河銀治は、最低ランクのハンターとして日々を生き抜く高校生。彼の家計を支えるため、ダンジョンに潜り続けるが、その実力は周囲から「洋梨」と揶揄されるほどの弱さだ。しかし、銀治の心には、行方不明の父親を思う強い思いがあった。 ある日、クラスメイトの春森新司からレイド戦への参加を強要され、銀治は不安を抱えながらも挑むことを決意する。しかし、待ち受けていたのは予想外の強敵と仲間たちの裏切り。絶望的な状況で、銀治は新たなスキルを手に入れ、運命を切り開くために立ち上がる。 果たして、彼は仲間たちを救い、自らの運命を変えることができるのか?友情、裏切り、そして成長を描くアクションファンタジーここに始まる!

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

処理中です...