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第20章 ハンティングエンジェル オンステージ!
第481話:乱取りバトルロイヤル!
しおりを挟むこれは――先の破壊神戦争での一幕。
カズトラはククルカン森王国の主戦力として出陣し、20人まで絞られた破壊神ロンドの最高位幹部であるバッドデッドエンズの一人と激突した。
最悪にして絶死をもたらす終焉 №15 狂奔のフラグ。
ゴーオン・トウコツと名乗る全長5mもの巨漢と激闘を繰り広げた。
その肩書き通り、戦いに暴れ狂うパワーファイターだった。
互いに一歩も譲らず、防御も忘れて攻撃に専念した決死の殴り合い。その果てに我を見失って狂乱に陥った瞬間もあったが、最後はどちらも全身全霊の一撃にすべてを懸けて真っ向勝負のぶつかり合いとなった。
勝者はカズトラ――見事ゴーオンを討ち果たした。
辛勝と呼ぶべき勝利であり、カズトラは致命傷を負ってしまう。
仲間の治療により一命は取り留めたもの昏睡状態となり、以後は戦争に参加することができずドクターストップ扱いになった。
そもそも昏睡しているので動けるわけがない。
開戦してすぐに重傷のためリタイアしたも同然だった。
だとしても、世界を滅ぼす力を持つ幹部を撃破したのは大金星である。
ゴーオン撃破後、カズトラは気を失っていた。
それでも力を使い果たした自分の元に仲間が駆けつけてくれたことや、最前線で応急処置を受けている時の記憶は朧気ながら覚えている。
破壊神ロンドが解き放った巨獣の群れ。
世界のすべてを貪り尽くすために生まれた怪物たちは、ククルカン森王国を滅ぼすため大軍勢となった押し寄せてきていた。
そんな巨獣の大群を掌底ひとつで吹き飛ばした漢をカズトラは見た。
穂村組からの用心棒――ダテマル三兄弟。
「御三方の背中を見た時、オレっちは思ったんです……ああ、自分に足りないのはこういうしっかりした“技”なんだなぁ……って」
カズトラはエネルギーバーを頬張りながら打ち明けた。
ダテマル三兄弟による“徹”の稽古。
アダマント鋼で造られた鉄塊や梵鐘を豪勢にサンドバッグとし、それらを壊すことなく“徹”の衝撃波や振動波を操るための特訓である。
ただ我武者羅に殴るのではない。
緻密かつ精密な力のコントロールを学んでいるのだ。
拳打を当てる瞬間に余計な力を発生させることなく打ち込み、当てた対象の内側へ駆け抜けるように振動を走らせ、任意の場所で衝撃波を発生させる。ダメージのみに留めるも内部を木っ端微塵にするも自由自在……。
そこまで出来て、ようやく“徹”を物にしたと言えるらしい。
だが、あくまでも黒帯の初段レベル。
ドンやソンで師範代――ダテマルで免許皆伝。
そこまで到達するには、更なる修練と研鑽が求められるという。
猛特訓も今は一時休憩中。
全力でアダマント鋼を殴り続けてヘトヘトのカズトラは地面に座り込み、ゼエゼエと漏れる呼吸の合間にエネルギーバーに齧り付いていた。
現実でもよく見掛けた、スティック状のビスケットタイプだ。味もチーズ、チョコレート、メープル、フルーツ、バニラ……と各種揃っている。
カズトラの傍らではドンが跪いている。
「なるほど、用心棒として駆り出された我らの戦い振りを見て、自分に足らぬ技を欲したと……それで師事を請うてきたわけですな」
ドンはカズトラにエナジードリンクも差し出した。
味はスポーツドリンク風で、爽やかな甘みのおかげで飲みやすい。
修行中は急激にエネルギーを消耗することがままあるので、栄養補給や水分補給が欠かせないものだ。これは神族や魔族に進化しても変わらない。
強さの質を高めるため、己を限界の果てまで追い込むならば尚のことだ。
宿泊施設には、これらの疲労緩和への対策も準備万端である。
長男の【要塞】内にある工場で、エナジーバーやドリンクを生産しては定期的に納めていた。ツバサたちも味見したことがあるのだが、現実世界で食べたものより美味しいので、つい余計に食べたくなる一品だった。
ありがとうございます、とカズトラは礼を述べてドリンクを飲み干す。
エネルギーバーを一気に胃へと流し込んだのだ。
「……プハッ、ええ、そうっす。オレっちは強くなることばかりに気が行ってて、ただただ力任せな戦い方を覚えたり、どっかで聞いた小手先のテクみたいなことを無理やり詰め込むばかりで……なんて言やいいんですかね?」
――自分には足らないものがある。
それを口頭に出したいのだが、カズトラは上手く表現できずにいた。
「ふむ……己の強さを律する“芯”がない不安ですかな」
若者の気持ちを推し量るようにソンが代弁した。
ソンもまたカズトラの傍らにしゃがんでおり、彼の腕を伸ばすように持ち上げると、まるで手入れでもするみたいに指先で丹念に揉みほぐしていた。
別におべっかではない。これもトレーナーの仕事だ。
猛特訓により負荷の掛かった筋肉や腱、骨格に不具合がないかを調べつつ、過度に使い込んだところは疲労が残らないように整えていく。骨法とともに接骨や整体などの技能も修めたダテマル三兄弟ならではの回復術である。
休憩後も最高のパフォーマンスで動き出せる。
そのため労をねぎらうように身体調整をしているのだ。
エナジーバーやドリンクで栄養や水分を適正に管理し、接骨の技術を用いて身体の各部位に異常がないかを確認して再調整を行う。
この二人、冗談抜きで優れたトレーナーが務まりそうだった。
「“技”……“芯”……そうッスね」
――頼みとする“柱”が欲しかったのかも知れない。
カズトラは素直に自分の弱い部分を認めた。
バッドデッドエンズの幹部を倒した功績に驕ることははなく、その辛勝を糧として自省する。カズトラの心根は正しく育っているようだ
きっと彼は優れた武道家になれるだろう。
懺悔にも似たカズトラの告白を聞いたドンとソンも得心する。
「なるほど、我ら兄弟は物心ついた時より骨法を学びましたが、聞けばカズトラ君は特に流儀を学ぶことなく、VRMMORPGを通じて異世界転移してから戦闘技術を身に付けたとか……つまり、聞こえは悪いが喧嘩殺法」
「いわゆる無手勝流ですな」
喧嘩上等! という人種もいるので不思議ではない。
だが、それだけではやっていけない事態にカズトラは直面したのだ。
生身の掌と、鋼鉄と宝玉でできた掌。
力なく開かれた両手にカズトラは重い視線を落とす。
「オレっちが一人でやっていくなら、別に喧嘩殺法でもいいんすよ……でも、いっぱいある守りたいもんが頭を過ると、これじゃダメだと思って……」
「そこで“芯”となるものを求められたのですな」
「そのために我らの“技”と選んでくれるとは……面映ゆいですぞ」
青少年の悩みにドンとソンは共感するように頷いた。
見た目こそ筋肉モリモリ破戒僧だが、こう見えてどちらも二十三歳になったばかりなので、まだ十六歳のカズトラに心境を寄せるのは難しくはない。
それにつけても、とドンとソンは振り返る。
「良かったですな兄者。貴方様の活躍に憧れる方がおりましたぞ」
「先の戦争での活躍もマーナ殿によって中継されていたので、ハトホル太母国を歩いていても声を掛けられる機会が増えたと喜んでおられましたな」
呼び掛けられたのは三兄弟の長兄――ダテマル・サガミ。
彼は恍惚の表情で天を仰いでいた。
宙の彼方から燦々と降り注ぐ光を浴びるように、両眼からはらはらと嬉し涙を流していた。感極まった嗚咽をいつ果てることなく漏らしている。
実際のところ、べつに光は差していないのだが――。
「今……今この瞬間! オラに目映いスポットライトが輝いてるズラッ!」
見えないスポットライトを浴びてダテマルは感涙に噎せていた。
上半身諸肌を脱いだ青年が天から降りてくる光(当人以外には見えない)に両手を掲げて感謝する姿は、劇画のワンシーンを彷彿とさせる迫力があった。
しかし、事情を知らない者には奇妙な光景である。
ドンとソンは兄の奇行に「またか……」と諦観していた。
「あの……ダテマルさん、大丈夫っすか?」
突然スポットライトがどうこう言い出して歓喜するダテマルに「何事?」と驚きながらも、カズトラは何があったのかと心配そうに問い掛けた。
これにドンとソンは息を合わせて手で制する。
「カズトラ君ご心配なく。これは兄者の発作ですゆえ……」
「どうも兄上は『自分は目立ってない』と、他の三強の方々と比べて世間からハブられているなどという被害妄想を抱いているようで……」
ダテマルは穂村組の精鋭三強に数えられている。
肉弾戦最強を誇る空手家――“爆肉”セイコ・マルゴゥ。
長刀を爽やかに振るう美剣士――“爽剣”コジロウ・ガンリュウ。
そして、掌底の一撃が千里を駆ける威力を誇るという意味から“駆掌”の二つ名を持つダテマル・サガミ。この三人が穂村組三強である。
穂村組の再編に伴い、三人とも若頭補佐へと昇格していた。
セイコは各地へ遠征するツバサたちに何度か付き添い、その度に戦果を上げているので評価がうなぎ登り。先の破壊神戦争でも還らずの都を守るために貢献し、スプリガン族の部隊長を助けるという人命救助でも活躍した。
コジロウは漢も振り向くような美形ゆえ、同盟各国の用心棒に派遣されればその国にすぐさまファンクラブができてしまうほどの人気振り。破壊神戦争ではイシュタル女王国の防衛に一役買ったと評判である。
大活躍する二人と比べたらダテマルの活動は地味。
誰もそんなことは少しも言っていないのだが、ダテマル自身が独りで思い悩んでいるらしい。それをソンは「被害妄想」と評したわけである。
ここまで聞いたカズトラは首を傾げた。
「え、でも……ダテマルさんだって大活躍してたじゃないすか?」
ククルカン森王国を巨獣の大軍から守り抜いた。
この活躍は武勇としてちゃんと知れ渡っており、ククルカン森王国の国民の中には彼を讃える評判が後を絶えないくらいだ。
ククルカンの森を守ってくれた偉大なる戦士として――。
「聞いた話じゃウチの地元じゃ後援会を作ろうって……おわーッ!?」
「そう言ってくれるズラか! 我が弟子んんッ!」
ストレートな褒め言葉を聞きつけたダテマルは、一足飛びで話題の場に戻ってくると感涙したままカズトラを抱き締めた。
良お~~~し、よしよしよし……ッ! と可愛がる勢いでだ。
いつものカズトラならビックリしたリアクションも取れただろうが、特訓で体力を使い果たしてろくに動けず、当惑してされるがままだった。
しかし、双子の弟は狼狽した。
「兄者お戯れを!? スキンシップが過激すぎます!」
「兄上! 厳しく口喧しく煙たがられる師匠役はどうされましたか!?」
歓喜のあまり暴走しかけた長兄を懸命に宥める。
落ち着いたダテマルはカズトラの前にドカリとあぐらで腰を下ろすと、後ろ頭を掻きながら申し訳なさそうに苦笑いで誤魔化した。
「いかんいかん、スポットライトにちょっと興奮しちまったズラ」
「ちょっとどころではありませんでしたぞ」
「いいかげん被害妄想に囚われるのはおやめください」
まあまあ許すズラ、とダテマルは弟たちの説教を受け流した。それから目の前で休息中のカズトラに話し掛ける。
「さっきも言ったがカズトラ君、及第点ズラ」
骨法の基礎と“徹”の扱いに関する採点だ。
ダテマルは人差し指と中指を立て、重要なふたつの点を挙げる。
「打ち込みを当ててて振動波を貫通させるのは、申し分ないレベルになってきてるズラ。こっちは合格点をくれてやれる。後は狙った場所で衝撃波をドカンと爆発させるテクニックズラ。今度はそっちを重点的にやってくズラ」
休憩後の方針を提案する。そこは師匠役をこなしていた。
「押忍! よろしくお願いしまっす!」
ダテマルのようにあぐらで座っていたカズトラは両拳を地面に突き、弟子らしく頭を深々と下げた。そこから恐る恐る顔を上げていく。
「……あの、今更なんすけど、良かったんですか?」
「あん? 良かったって何の話ズラ?」
上目遣いに顔色を窺うカズトラに、ダテマルは怪訝そうだった。
「いや、あの……こういうスゲぇ必殺技って秘伝とか一子相伝とか……あんま誰にでも教えちゃいけないもんなんじゃないんすか? 教えてもらうのはありがたいですし、もっと真髄を叩き込んで欲しいのは山々なんすけど……」
「ラッハッハーッ、子供なのに変なとこ律儀なんズラな」
ダテマルは訛りに引っ張られた笑い声を上げた。
ドンやソンも仁王のような顔に「お気にめさるな」と書いてある。
「最初から一子相伝じゃねえから安心するズラ」
ダテマルは自分の顔と左右に並んだ年上にしか見えない弟たちを指差し、三兄弟が同じものを学んでいることを強調した。
「左様、我らも特にお留め流などと申し付けておられませぬでな」
「それどころか世に広めよと暗に言われたこともありますからな」
(※お留め流=御留流とも書く。江戸時代、その藩のみで伝承するよう取り決められた武道の流派のこと。文字通りの門外不出。同藩内でも他流派を学んでいたら稽古も禁じられた。存在が疑問視されていたり、藩主が学んでいたり創始者の武道である御流儀と混同されているとの説もある)
「そうなんすか? こんなスゲぇ技なのに……」
「おいおい、褒め殺しズラか? 勘弁してくれズラぁ!」
オラたち調子乗っちまうズラよ? とダテマルは額をぴしゃりと叩いて上機嫌で空を仰いでいた。ドンやソンも悪い気はしないようだ。
ついでとばかりに、三兄弟が骨法を学んだ経緯も明かしてくれた。
「我らは故郷の山寺に住まう尼僧より学びましてな」
「彼女は世捨て人と言いますか……その割には才能のありそうな若者を招いては、その者に相応しい武芸を伝授するのを趣味としておりまして……」
「んで、オラたちはお眼鏡に適ったってわけズラ」
ダテマルは兄弟を代表して、自慢げに親指で自身を指し示した。
「……あれ、どこかで聞いた話ッスね?」
――ツバサさんが師匠筋がどうとか言ってたような?
カズトラも小耳に挟んだ程度だが、ツバサの師匠や一部の腕が立つ武道家の仲間の師匠筋を辿りたいとかどうとか聞いた覚えがあった。
後で訊いてみよう。カズトラはこの場での詮索を控えることにした。
「なんにせよ、案ずることはねぇズラ」
ダテマルは立てた親指をサムズアップに変えてウィンクする。
「尼の姉ちゃんには『見込みのある奴がいたらジャンジャン連れてこい』と言われてたし、『おまえたちが布教するのも可』とお許しももらってるから、オラたちが筋がいいと思った奴に教えたって文句を言われることはねえズラ」
骨法と“徹”の極意――しっかり叩き込んでやる。
ダテマルはカズトラの肩に右手を置き、左手で義手の掌をしっかり掴む。そして曇りなき誠実な眼差しで新たな弟子を見つめてきた。
「それがカズトラの“技”と“芯”になれば……御の字ズラ」
「……押忍ッ! 感謝します師匠!」
カズトラは涙ぐみながらもう一度、眼を伏せるように頭を下げた。
次に顔を上げると、何故かダテマルはニンマリと打算的な喜びに打ち震えるような、言い方は悪いがいやらしい笑みを浮かべていた。
不意打ちのあまり、カズトラはちょっと退き気味になってしまう。
「おまえさんみたいに華のある若いのがオラたちの骨法で活躍してくれれば、ダテマル三兄弟の知名度も五神同盟に知れ渡るってもんだズラ。行く行くは真なる世界全土にオラたちの名声……をんちゅーうッ!?」
「「兄者兄上ーーーッッッ!?」」
野望を語る長兄の頬を、双子の弟が左右から張り手で押し潰した。
片手でも巨大な鉄板に勝るドンとソンの掌。それを叱責とともに左右から叩きつけられたら、音速を超えるプレス機で押し潰されるのと同然だ。
顔が平らになるまで圧力を掛けられたダテマル。
ドンとソンは気が済まないとばかりに、百烈ビンタで叱りつけていく。
「見損ないましたぞ兄上! そんな承認欲求に駆られて指導していたとは……カズトラ君の愚直なまでの向上心をなんと心得ておりますか!?」
「いいかげん被害妄想を払拭なされませ兄者! あのまっすぐに己の弱さに立ち向かわんとするカズトラ君の熱意に恥じない大人となりなされ!」
「ぶべべべべべッ!? じょ、冗談ズラぁーッ!?」
許せカズトラ君に弟たちよ!? とダテマルは必死に謝罪アピールする。
「…………というわけで、新たな段階に進むズラ」
「あの、ダテマルさん……顔いいんすか? 回復系技能とか……」
双子の弟から愛の鞭という制裁を受け、風船よりも真っ赤に腫れ上がった顔になったダテマルには心配せざるを得ない。
だが、ダテマルは何事もなかったかのように話を続けた。
「そろそろ技に過大能力を応用してみるズラ」
「過大能力……使っていいんすか?」
骨法の技術を練習しているのだから、強化系の技能はともかく過大能力を盛り込むのはズルいのではないか? とカズトラは引け目を感じていた。
だから、これまでの特訓では一度も使っていない。
ダテマルやドンにソンからは特に指示もなく、恐らく過大能力の力を借りたとしても注意されることはなかっただろう。
おまけに恥ずかしい話、応用の仕方も思いつかなかった。
カズトラの過大能力――【我が掌中にあるもの須く武器と成るべし】。
掌に収めた物を何であれ武器へと変化させる能力。
広義の意味で「手が触れていればOK」と自己流に解釈することで、手の内に収まりきらない物でも武器化することができる。
「骨法や“徹”にどうやって応用すればいいんすか?」
「そこはそれ、創意工夫が必要ズラ」
顔の腫れが引いてきたダテマルはパチン! と指を鳴らした。
それを合図としたのか、12個の梵鐘が一斉に鳴り響く。今のは“徹”だとしても説明がつかない現象だ。ダテマルは梵鐘にすら触れていない。
そもそも梵鐘までの距離も離れすぎている。
これはダテマルの過大能力による効果だ。事前に聞かされていた。
ダテマルの過大能力――【純然純潔純情なる我が固有振動波】。
簡単に言えば、振動を意のままとする過大能力。
得意技である“徹”の効果を底上げするのは無論、振動を波と考えれば御覧のように音波を操ることもでき、様々な共鳴現象を引き起こすことも可能。
他にも多種多様な利用の仕方があるらしい。
ダテマルは自身の過大能力を研ぎ澄まさせていた。
「オラも最初はこの能力を“徹”の威力を上げることにしか使ってなかったんズラが、ツバサの総大将やバンダユウの叔父貴……いやさ組長にアドバイスされて、もっと広い目で使い道を模索してみたんだズラ」
だから――カズトラにもできるはずズラ。
自己の経験を踏まえた上で、ダテマルは自信ありげに勧めてくる。
「おまえさんの過大能力は触れた物を武器にするんだったズラな? だったらそうズラな……打ち込んだ衝撃波や振動波を武器にしてみるとか」
どうズラ? と新しいアイデアを提案してくれた。
「さすが兄者、戦闘方面のアイデアを閃くのは兄弟随一ですな」
「対人戦ですとえげつない効果を想像してしまいますが……蕃神やその眷族相手ならば遠慮はいりませぬ。一撃滅殺も夢ではありませぬぞカズトラ君」
ドンやソンもノリノリだが、カズトラも喜色満面だった。
これはドンカイから「君の過大能力ならば、何もないと錯覚しがちな空気や大気も武器にできるはず」という助言に匹敵する妙案だ。
(※第194話参照)
骨法と“徹”、そこに自分の過大能力を加味して新たな力になる。
更なる強さを求めてカズトラの胸は高鳴っていた。
「……押忍、師匠! さっそく参考にさせてもらうっす!」
カズトラは舎弟口調にも気合いを入れて、熱く御礼を申し上げた。
そのタイミングで――大爆発が轟いた。
爆心地は宿泊施設を挟んで、カズトラたちがいる荒野と反対側にある原野だ。あちら側は大小の岩が剥き出しになった、起伏の激しい土地だったはず。
そこに天を衝くほどのキノコ雲が立ち上っている。
ダテマル三兄弟はやや目を細め、遠い目線でしみじみと呟いた。
「……あいつらも張り切ってるズラなぁ」
~~~~~~~~~~~~
カズトラの修行場は宿泊施設から東に数㎞は離れている。
対して、大爆発が起きたのは反対側の西に数十㎞も離れた地点だ。
そこは奇岩で埋め尽くされた手付かずの原野。
地盤の底から岩盤でできているのか、土壌と呼ぶべきところが何処にも見当たらないため、草木はおろか苔すらもろくに生い茂らない不毛地帯である。
樹木の代わりにそそり立つには、大小様々な尖塔のような奇岩ばかり。
見ようによっては風光明媚な奇景である。
観光地にもなりそうだが――其処は今ぶつかり稽古の場と化していた。
大爆発の余韻は冷めやらず、濛々と噴煙が舞い踊る。
「ぐぉぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおらぁぁぁぁぁッ!」
真っ黒い煙を吹き飛ばして現れたのは筋肉の塊。
ハトホル太母国所属 穂村組 若頭補佐 セイコ・マルゴゥ。
仲間からは「お人好しのヘラクレス」で通っている。
二つ名は“爆肉”。由来は爆ぜるほどの筋肉量から来ていた。
身の丈2m50㎝に達する堂々とした巨躯は、筋肉ダルマと恐れられても仕方ない圧倒的ボリュームを誇っていた。筋肉盛りすぎの固太りの極みだ。
それでも高身長で四肢も長いからバランスは良い。
空手を流儀とするその身にまとうのはモチロン空手着。但し、秘書の美的センスで補正されており、ちょっと洋風のローブっぽい仕立てだった。これをセイコが着るとギリシャ神話の英雄みたいに見える。
だからあだ名がヘラクレスなのだ。
野生児のように伸び放題の蓬髪を振り乱す顔は、巨体に見合わず丸っこい童顔で団子っ鼻がチャームポイント。この人相は意外と人受けがいい。
普段は微笑みを絶やさない顔が――修羅の形相で吠えていた。
百獣の王も平伏す咆哮を上げながら、この世で最も恐ろしい獣のような動作で宙を駆け抜けて、セイコは標的との距離を瞬時に詰めていく。
先ほどの爆発でセイコに吹き飛ばされた相手。
こちらはまだ受け身も取れず、空中をただただ吹き飛ばされていた。
――そもそも気を失っているのだ。
尖塔のように梢を伸ばしたいくつもの奇岩にぶち当たり、それらを壊しながらも飛んでいくペースは落ちない。ただ、何度も体当たりを繰り返すことで速度は遅くなっていき、意識が飛んでいた当人もようやく目を覚ました。
口の中に砕けた岩が入ったのが気付けだった。
「……モガッ、寝てたオイラ!?」
ククルカン森王国所属 日之出工務店 武道家 ランマル・サンビルコ。
紅顔ではないが人畜無害な顔立ちの美少年。
細目になりがちな人相は、まれに信用まで細く薄くなる。
身長175㎝と程良い身長に、練り上げられたアスリート体型。いつもは中華風のファッショナブルな格好なのだが、今日は異相でのトレーニングということでシンプルな拳法着に着替えていた。
その道着だが、奇岩へぶち当たる度にボロボロと荒んでいく。
大玉のおさげになるよう編んだ黒髪ロングヘアもほつれ気味だった。
「んんん~~~……にゃろめッ!」
吹き飛ばされて奇岩にゴンゴン叩きつけられながらも、どうにか空中で姿勢制御をしたランマル。大きな岩へぶつかる前にそこを足場にして着地した。
おもいっきり足のバネを縮めて脚力を貯め込む。
「うっしゃあおらああああああああああああああーーーッ!」
気合いも新たに足場の岩を吹き飛ばす勢いで飛び出すと、負けず劣らずの雄叫びを上げて、こちらを標的に突っ込んでくるセイコを迎え撃った。
再び両者は激突、奇岩の原野に大爆発が巻き起こる。
先ほどはランマルが力負けして為す術なく吹き飛ばされてしまったが、同じことを繰り返しても通じるわけがない。そもそも膂力に関してはセイコが断然上なのだから、真っ向勝負で競り合っても勝ち目はゼロである。
だが、他の策を弄している時間もなかった。
正面からの体当たりに受けて立つも、やはり吹き飛ばされかけた。
同じ轍は踏むまいとしたランマルは、吹き飛ばされる寸前に腕を伸ばしてセイコの空手着を掴んだ。何とか踏み留まるも、直後にこれは失敗だと思い知る。
ランマルの体重でぶちかましても軽すぎるのだ。
筋肉の権化みたいなセイコは物ともせず、ダメージも全然与えられない。
密着状態でもあちらに分があった。
武骨に節くれ立った空手家特有の五指が伸ばされ、ランマルの頭をテニスボール感覚で鷲掴みにする。そこから背筋を盛り上げて全力で振りかぶった。
「ピッチャー第一球、振りかぶってぇ……」
「投げたああああああああああああああああああああああーーーッ!」
咆哮を上げていたので野生のままに暴走しているのかと思いきや、セイコはランマルの軽口に付き合ってくれた。ただ、掛け声は雄叫びにしか聞こえない。
投げる方向は平行ではなく――垂直。
飛行系技能で拳を交える二人は宙に浮いていた。
そこからまっすぐ下に向けての投球だ。
ランマルの頭を掴んだセイコは、大地へ振り下ろすように全力で投擲する。正しくは叩き付けるなのだろうが、投球フォームはこの上なく完璧だった。
音速の壁を突き破る感覚を味わう暇もない。
「大暴投だこれぇぇーッ!?」
ランマルの悲鳴は地面への着弾による爆音で掻き消された。
ソニックムーブがまとわりついたと思った時には、ランマルの五体は奇岩の荒野に特大のクレーターを抉って大地震を起こす震源地となっていた。
「……かはっ! い、痛ぇ……人間だったら死んでるって!?」
神族でも死にかねない超弩級の激痛に身悶える。
「まだぶつくさぼざく余裕あるじゃねえかオラアアアアアアアァッ!」
間髪入れずセイコはランマル目指して急降下だ。
クレーターの中心でジタバタしている場合ではない。即座に対応しなければ、次こそ命取りの一発をもらいかねなかった。
迫る生命の危機に、ランマルは無意識のまま過大能力を発現させる。
ランマルの過大能力――【愛の滴りを浴びて我が身は変容する】。
多種族と愛の営み(男女無性問わず)を交わすことで、その種族の身体的特徴や能力を、神族である自身の肉体に反映させられる変身系の過大能力だ。
難点は多種族の肉体能力を得るための条件。
ちゃんと恋愛をして肉体関係を持たなければならない。
このため五神同盟では「ナンパ野郎」のレッテルを貼られてしまい、一部の誠実な仲間や種族からは白い目で見られる日々を送っていた。
――モテる色男はツラいね!
ランマルは持ち前のポジティヴ精神でこれを乗り切っている。
実姉ネネコや義兄ヒデヨシからは「頼むからもうちょっと自制してくれ!」とお説教を喰らう毎日だが、なんとか折り合いをつけていた。
愛を交わした種族たちの力を我が物とする過大能力。
変身してセイコの攻撃に対抗するのだ。
肉体的に頑強な種族の力を借りて防御する? スライムなどの軟体系生物に成り済ましてやり過ごす? はたまたパワー系の種族となって張り合う?
様々な考えを巡らせながらランマルは変身する。
普通、魔族や神族は目にも止まらぬ速度で戦闘を行う。
そんな超高速の戦闘中に変身なんて悠長な真似をすればフルボッコ確定なのだが、ランマルの変身は過大能力なのでとんでもなく速い。
瞬間どころか刹那も追いつかない速さで肉体を変形させられるのだ。
だから高速戦闘中でも安心して使うことができた。
その変身が――前触れもなく解除される。
「ストーップ! ルール違反ですランマル君!」
過大能力は禁止と言ったはずです! とカナミさんの声が飛んできた。
少し離れたところに立つ、巨大な錐のように突き立った奇岩。
その突端に凜と立つ女性の姿があった。
ハトホル太母国所属 穂村組 構成員 カナミ・セクレタリィ。
自他共に認めるセイコの秘書である。
穂村組構成員で最強の戦闘力を誇るセイコは組員筆頭だが、豪放磊落を絵に描いたような性格なので細かいことは気にしない。仕事にまつわる数字は計算しないし、スケジュール管理なんてアバウト極まりない。
そんな彼をサポートするため秘書を任されたのが彼女だ。
まさに「秘書ッ!」という感じのインテリジェンスな美女である。
女性としては高めの身長に、ヤクザの構成員には似つかわしくないレディーススーツで身を固め、長い髪はシックな夜会巻きにまとめている。ファッション性のない女教師のような眼鏡がよく目立つ。
足技が得意らしく、尻から太股の筋肉がとても発達している。
胸はそこそこだが下半身がとても豊かだった。
奇岩の頂点に立ち尽くす御御足には、何十デニールかわからないが良い塩梅の濃さで彩られたパンストを帯びている。脂肪と筋肉ではち切れそうだ。お尻の肉を盛り上げるような高いハイヒールもポイントが高い。
セイコが目前に迫るのに、彼女を見上げるランマルの鼻は膨らむ。
「安産型やん……ぽぴぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃーッ!?」
「セクハラは厳重注意! ついでに減点です!」
いらんことを呟いた瞬間、ランマルに電流が走った。頭のてっぺんから爪先まで極太の針を通されて、そこに高圧電流を流されたような激痛である。
これはカナミからの教育的指導。
先ほど過大能力をキャンセルされたのも彼女の能力だ。
茶番劇を繰り広げている間にも、本気のセイコが拳を振りかぶってランマルに迫っていた。もう対ショック防御すら間に合わない。
「おれの秘書エロい目で見てんじゃねえこんガキゃああああああッ!?」
「それはマジでごめんなさいッ!」
若さゆえの過ちを謝りながらランマルは狼狽える。隕石の直撃にも勝る豪拳が今まさに振り下ろされんとしているからだ。
「いっ……いーもーむーしゴーロゴロッ!」
子供時代を思い出したランマルは、寝転がったまま横転して回避する。
ミニ四駆顔負けのスピードで荒野を寝転がりながら逃げることで、直撃だけは避けられた。セイコの豪拳は地面へと突き立てられる。
そこから大地が沸いた。
行き場のない拳打のエネルギーが熱量となり、硬い土塊さえも熱したスープのようにドロドロに溶かしたのだ。セイコの一撃がその程度で留まるわけがなく、破壊力と爆発力を撒き散らして周囲一帯を吹き飛ばす爆撃となった。
もはやパンチが戦術核を越える威力を持っていた。
ランマルは爆風の煽りをも利用し、ひたすら転がって逃げ回る。
十分な距離を置いて体勢を立て直すまで安心できない。
このパンチの一発の余波でさえ、気を抜いたら全身が焼け爛れかねない熱波となっているのだ。変身能力を封じられた身では浴びたくなかった。
もういいかな? とランマルは転がりながら身を起こす。
粉塵が舞う荒野へ不意に影が差し、太陽が何かに遮られたことを知る。
反射的に見上げると――そこに山が浮いていた。
アダマントやオリハルコンなどの硬度強めの鉱石が入り交じった巨岩。山と見紛う大きさだ。それをセイコが片手で振り上げている。
原野を沸騰させた豪拳パンチ。
あれで地盤ごと攪拌した時、手に引っ掛かったのを掴み上げたのだろう。
「ぐぅぅぅおおおおらああああああああああああああああッ!」
それを一息にランマルへと振り落としてきた。
変身不可能、回避不可能、生身で受け止めるにはハード過ぎる。
終わった……とランマルが諦めた瞬間、セイコが掴んでいた巨岩が木っ端微塵に砕け散った。それはもう雲散霧消する勢いで粉となったのだ。
またカナミの声が飛んでくる。
「ブレイクブレーイク! セイコ様、凶器攻撃は反則です! また過度の環境破壊も厳重注意の対象! 慎んでください!」
カナミは右手に大振りの本を開いたまま持っている。
あれこそ彼女の過大能力、それが象徴的に具現化したもの。
カナミの過大能力――【規定と規則と規範を改訂しうる魔導書】。
簡単に言えば場に規則を強制する能力。
カナミの提示した規則に複数人が合意すれば、彼女は審判者としてその領域とそこにいる者たちを決められたルールで監督することができる。
現在の状況は――乱取り稽古で練習試合。
この場にはカナミの敷いたルールが働いていた。
過大能力の使用は原則禁止、技能までなら使用可、凶器を用いた露骨な急所攻撃も厳禁、あくまでも鍛えた肉体と技のみで戦うこと。
大まかなルールはこのくらいのものだ。
その他の細かいところはカナミの気分次第なところもある。
(※セクハラは減点とか)
カナミの手にする本は規則書にして魔導書。
そこに記されたルールは彼女の手で修正や加筆ができ、物理法則などもルールと捉えれば改編できる。また力量差のある相手が力を頼みにルールを拒否しようと、違反をすればある程度は弱体化を強制できる効果もある。
味方に有利なルールを考えて、仲間を強化させる使い方もアリ。
強化も弱体化も思いのままな過大能力。カナミはこれで戦闘力最強のセイコを支援するの役目も担っていた。
実務面のみならず戦闘面でもセイコを支える秘書なのだ。
今日はランマルからセイコに頼んだぶつかり稽古に際して、いくつかの条件付けを求めていたところ、審判を兼ねた監督役を買って出てくれた。
そう――これはランマルの修行。
セイコとランマルはわざわざ付き合ってくれているのだ。
「――よろしいですか?」
カナミは眼鏡の位置を直しながら注意喚起する。
「私の過大能力で設定されたルールから逸脱した場合、慈悲なく容赦なく手加減なく制裁が発動します! 今回の乱取り稽古の主眼はランマル君の実戦経験を向上させるための死闘に近い模擬戦! そして基礎身体能力の鍛錬!」
それをもう一度ご確認ください! とカナミは説教口調で怒鳴った。
ランマルもセイコも素の表情に戻る。
逃げ惑う危機感たっぷりの焦りも忘れて、実戦に近い経験を味わわせるためわざと激怒の相を浮かべるのもやめて、野郎二人は美人秘書を見上げていた。
そして、異口同音にポツリと口遊む。
「「……はい、先生」」
「誰が先生ですか!? ツバサ様みたいなツッコミさせないでください!」
さあ戦いなさい! カナミは再始動を急かした。
「ごぉぅぅぅらああああああああああああああああああああああッッッ!」
「やってやるぜっしゃあああああああああああああああああッ!」
カナミの一言が合図となり、セイコは再び野獣の感性を剥き出しにした咆哮とともに飛びかかってきた。ランマルも負けじと叫び声を振り絞る。
その直後、顔面に特大パンチをまともに喰らって吹っ飛ぶランマル。
得意の形意拳を構える暇も許されない。
パワーのみならずスピードもセイコの方が格段に上なのだ。
今回の稽古は型を覚えるとか技を習うものではなく、あくまでも実戦を疑似体験するためのもの。喧嘩に近い荒々しさも歓迎すべきかも知れない。
いや――セイコは敢えて追い込んでくれているのだ。
どれだけ武術を鍛えようとも、拳法や格闘技を身に付けようとも、それを満足に使えない窮地に追い込まれることはある。実戦ならば尚更だ。
そんな死と隣り合わせの場面でも手足を動かす。
反射神経というべきかはたまた本能か、小手先の技ではなく九死に一生を得るような肉体の動作方法を教えてくれているのだ。
だからなのか、セイコの動きも随分と野性的である。
彼も空手家という看板を外し、一匹の野獣として襲い掛かっているのだ。
でも――メチャクチャ痛くて鼻血出そう!?
そんな文句も潰された顔面では愚痴ることさえ難しい。
またも盛大に吹き飛ばされて奇岩を何個も壊しながら転がるも、ランマルは根性で身を翻すと立ち直り、制動距離の跡を残しながら踏ん張った。
親指で鼻を押さえて息み、一気に鼻血を押し出して気道も確保する。
「ふっ、はっ……フン! ま、まだまだぁぁぁーッ!」
体勢を立て直したランマルは、足場の奇岩を蹴って飛び出した。
――懲りないめげない諦めない!
根性の三拍子を奮い立たせて何度でも立ち向かう。
稽古をつけてほしいと頼んだのはランマルなのだ。実姉や義兄、あるいは身内の日之出工務店との特訓では得られない緊張感を求めてのこと。
「オラオラオラオラオラァァァーッ!」
威勢だけは一人前以上の元気な声をランマルは張り上げる。
~~~~~~~~~~~~
それから――小一時間ほど経過した。
「……空が……青い……」
ランマルは異相の空をぼんやり見上げている自分に気付き、壊れる寸前の五体を伸ばして仰向けに倒れ込んでいた。首を持ち上げることもできない。
微かに左右へ動かせば痣だらけの手足が見える。
豹とかチーター顔負けのまだら模様だった。無傷で痣に染まっていない肌面積の方が少ないような気がする。
でも、手足があらぬ方向に曲がってないだけで御の字だ。
僅かな身動ぎでも身体の芯から痺れるような痛みが走るので、あちこち打ち身だらけで骨も折れまくっていることだろう。皹が入っただけか複雑骨折しているのか……身体から骨が飛び出していないだけマシと思っておこう。
身体の状態を確認しようとする視界が狭い。
目の上が瘤で腫れ上がり、頬も唇も腫れ上がっているみたいだ。
自慢の色男も台無しになっているらしい。
神族なので回復力は速く、修行後には回復系技能も受けられる。
すぐに立ち上がるくらいの回復は見込めるが、どうやら休憩タイムに入ったので放置されているらしい。自己回復に努めるのも訓練の内なのだろう。
「あぁ~……空が青い……青すぎるって」
呆然として見たままを呟くことくらいしかできない。
「お、気がついたか? てか頭打ったか?」
声をする方に目をやると、筋肉盛り盛りの仏像が座っていた。
いや違う、セイコが横であぐらをかいているのだ。隣にはカナミもしゃがみ込んでおり、ランマルに手を伸ばすと回復系技能を使ってくれていた。
温かい波動を浴びていると、痛みや疲れがゆっくり和らいでいく。
「動かないで――30分の休憩中です」
回復に専念してください、とカナミに言われたので安静にする。
宿泊施設に常備された食べ物と飲料。
セイコは五人前を一息で頬張り、まだ足りないとおかわりしていた。
図体がデカい上に、奇岩だらけの原野を真っ平らにするまで暴れたのだからカロリーの消費も半端ではないのだろう。もう二十人前は平らげている。
――セイコはほぼ無傷だった。
あれだけの大乱闘を繰り広げて、ランマルもちゃんと反撃したはずなのに、たんこぶひとつどころかかすり傷すら見当たらなかった。
これが実力の差か……ランマルは痛いくらい思い知らされる。
――破壊神ロンドとの戦争が始まる前のことだ。
ランマルたちが五神同盟と初めて出会い、色々あってランマルが代表してセイコと手合わせする運びになった。要するに腕試しの試合をしたのだ。
この勝負は水入りとなり、決着はついていない。
だが、ランマルは終始セイコに圧倒されて終わってしまった。
そうやって一度は拳を交えた経緯があったからこそ、無理を承知で稽古の相手をお願いしたらあっさり了承されたのだが……。
「まだまだ全然かぁ……やり甲斐があるなぁ……ナンパのが楽ぅ……」
真の強者には遠く及ばない――痛感させられた。
ぶつくさぼやくランマルを心配そうにセイコが覗き込んでくる。
「大分お疲れのようだな。おまえも食っとけ」
セイコにエナジーバーを差し出されたが、ランマルは首を横に振る。
「口を動かすのもダルい……飲み物がいい」
「じゃあエナドリだ。ほれ、もう利き手くらいは動くだろ」
セイコが差し出したボトルを受け取ると、顔面へ浴びるように飲み干した。鼻に入ったり気管に入ったりしたが噎せる気力もない。
それでもケホコホと小さく咳き込んでしまう。
「しかし……どういう風の吹き回しだ?」
いきなり稽古つけてほしいだなんて、とセイコは尋ねてきた。
お願いした時は多少なりとも奇異な顔をされたものの、特に理由を訊かれたりはしなかったのだが、ランマルの熱の入り用を不思議に感じたらしい。
「……らしくないのは自分が一番わかってるよ」
こんな熱血漢みたいな真似、ナンパ野郎には似合わない。
「わかっちゃいるけどさ……ジッとしてられない時ってあるじゃん」
神族特有の回復力とカナミからの回復系技能のおかげで、体調は七割方まで戻ってきた。まだ身動ぎするのも辛く、手足が言うことを聞かない。
それでもランマルは歯を食い縛った。
「こないだ……戦争ん時の記録を眺めてたんだ……」
上半身を起こしたランマルは、腫れの引かない唇で訥々と語り始める。
「戦争の記録って……破壊神どもとのか?」
「あの時、マーナさんの過大能力で各地の戦闘を生中継しつつ撮影や記録していたそうなので、希望すれば誰でも閲覧できると聞いています」
小首を傾げるセイコに秘書が足りない情報を補足する。
凄惨な記録など残しておきたくないが、一部の武道家たちからは「あの戦いでの反省点を探りたい」との要望があり、データ化してまとめられていた。
……それ以前にマーナ率いる三悪トリオが勝手に記録していた。
あの三人は還らずの都防衛戦でかつてない大戦果を挙げたので、栄光の記録を残すついでに戦争の全記録もまとめていたのだ。
前述の要望もあってツバサたちも大目に見た次第である。
ランマルは暇潰しがてらの鑑賞だった。
あの時、日之出工務店の一員として戦争に参加したランマルだが、余所ではどのような戦いが繰り広げられたのかふと興味が湧いたのだ。
「そいつを見てたら……ガツーン! と打ちのめされた気分になってさ」
ランマルは目線を隠すように項垂れて自嘲した。
情けなくて恥ずかしいが、弱気な本音を聞いて欲しくなる。
「ツバサさん家のダインくんにハルカちゃんなんかがスゴかったけど……イシュタルさん家のミサキくんとかハルカちゃんとかジンちゃん……セイコの兄ちゃんも一緒に戦ったジェイクさんとこのレンちゃんやアンズちゃん……」
それに――アハウさん家のカズトラくん。
彼の戦いは視界にこそ捉えてないものの、同じククルカン森王国の圏内で戦っていたから、その無限大に膨れ上がる闘気は肌で感じることができた。
今もこの異相で修行に勤しむ気配が伝わってくる。
彼らの戦闘記録を見たランマルは、幾度となく衝撃に見舞われた。
「オイラより年下なのに……みんなスゲぇなぁって……」
「ミサキ君たちに感化されたってことか?」
セイコは単刀直入にランマルの言いたいことへ突っ込んできた。
俯いたたままの顎を少しだけ縦に振る。
「オイラより年下で、まだみんな高校生かそこらなのに……バンバン強敵を倒すは、死ぬ気で身体張って、本当に死にそうになっても逃げるどころか前へ踏み出そうとして……どんどん強くなってるなぁ、って驚かされたんだ」
それに引き換え――ランマルは何もできていない。
あの戦争でランマルのできたことといえば、実姉や義兄の手伝いをしてバッドデッドエンズの一人を撃破するアシストくらいなものだった。
後は襲ってくる巨獣の群れを蹴散らした程度。
「そこに気付いたらもう……なんか無性に恥ずかしくなっちまってさ。なんかしなきゃと思うんだけど、オイラにゃナンパ意外にできることと言ったら格闘技くらいしかないし、そろそろ真面目にやんなきゃなあと反省したわけで……」
「それで一から鍛え直すつもりの稽古を希望か」
「セイコ様を選ばれた理由は、一度手合わせされた縁からですか?」
概ね理解したセイコが納得する横で、秘書カナミは稽古の指導役としてセイコを選んだ理由を推察してきた。
ほんの少し顔上げたランマルは照れ臭そうに割れた頬を緩ませる。
「うん、オイラより全然強いのは知ってたし……家族よりずっと厳しくシゴいてくれると思ってさ……ちょっと甘えを抜きたかったんだ」
身内以外に教えを請える人を求めてみた。
親しい間柄だとどれだけ「厳しくする」と言い張っても、本当の殺し合いに匹敵する緊張感は得られない。どうしても身内の甘えが滲んでしまう。
ランマルが求めたのは実戦に近い戦闘による経験。
まず死闘を味わうことで、腑抜けた心身を鍛え直したいと思い立った。
「だから殺す気で掛かってきてくれ、と注文つけたんだな」
「セイコ様に頼めばストレートに実行すること請け合いですからね」
アバウトだから仔細を問わずに実行する。
そんな真に受けやすいセイコの性分を知ってか知らずか、ランマルは自らを再起させるために死を予感させるほどの荒行に身を投じたのだ。
若者の主張を聞いたセイコとカナミは感心していた。
「……へっ、殊勝なことじゃねえの。そういうの嫌いじゃないぜ」
「見直しましたよランマル君。女の子のお尻を追うばかりじゃないんですね」
再評価されたのが嬉しくてランマルはニッコリ笑う。
稽古で歯抜けになった笑顔で、元気良くサムズアップも付ける。
「うん、女の子のお尻ばっか追いかけてるわけじゃないよ……ちゃんと男の子のお尻も追ってるからね! オイラってば博愛主義者だし!」
「「いや、そういう意味じゃないから!?」」
セイコとカナミは息もピッタリにツッコミを入れてきた。
褒めたのは失敗だったか……と言いたげに、セイコとカナミは目元に陰ができたような表情になると、目眩を耐えるみたいにこめかみを押さえている。
「はぁ……そこんとこも矯正しなきゃダメか?」
するとカナミが手にした携帯電話で誰かに連絡を取った。
「セイコ様、ランマル君の保護者に確認を取りましたところ『去勢するレベルで根性を叩き直してください』と許可が得られました」
よし! とセイコはカナミからの報告に親指を立てた。
それから二人はランマルへと向き直る。
ナンパ野郎な青少年を見つめる眼はどちらも据わっていた。
暗黒街を渡り歩いた極道者としてだ。
「……休憩終わったら殺すつもりでヤキ入れてやる。覚悟しとけよ」
「……私も規定書のペナルティを大幅に上昇させておきます。ソフトタッチなセクハラでも致死量の電撃が走ると心得てください」
「あれ、本音トークしたらハードル上がっちゃった!?」
どうしてぇ~!? とランマルは両手を頬に添えるとムンクの叫びみたいに青ざめた表情で悲鳴を上げてしまう。望んだことではあるけども!
その時――北の方角から花火のような音が聞こえた。
三人ともそちらに目を向けると、小規模な爆発が天と地を絶え間なく震わせながら、山を斬り飛ばすほどの目に見える斬撃が何度も宙を舞い、太陽と見間違うくらい眩しい光球が天の彼方へ飛び立ったりしていた。
なんとも賑やかで騒々しい限りだ。
宿泊施設を中心に考えれば、北へ向けて数十㎞離れている地点。
あれは骨法を習得中のカズトラの仕業ではない。
彼らはランマルたちから見ても東の平原を修行場に選んだはずだ。
「あっちも派手にやってるな」
「ええ、マーナさんたちを含めて九人……バトルロイヤル形式で練習試合に興じているそうです。監督役はツバサ様たちが行っております」
ランマルは知らなかったが、団体で修行に励むグループもいるそうだ。
北にある丘陵地帯は彼らの貸し切りとなっているらしい。
「差し詰め――乱取りバトルロイヤルってところか?」
九人入り乱れての修行をセイコはそんな一言でまとめていた。
(※乱取り=柔道における自由稽古。実際の勝負や試合を想定して、互いに自由に技を掛け合う練習のことを指す。剣道や他の武道でも実戦形式の練習を指して乱取りと呼ぶこともある)
~~~~~~~~~~~~
宿泊施設から見て東の平原と西の原野。
そこでは鉄拳児カズトラと武道家ランマルが、奇しくも同じ穂村組の精鋭を指導役として血反吐を吐くような稽古に挑んでいる真っ最中。
時同じくして――北の地域でも激しい修行が執り行われていた。
北方に広がるのは緩やかな丘陵地帯。
起伏はそれほどでもないが、平野というにはなだらかにデコボコした土地がどこまでも続いており、サバンナのようにうっすらとした草原になっていた。
深い渓谷は見当たらないが、幾筋かの川が流れている。
山羊などの脚が達者な牧畜の放し飼いに向いているかも知れない地域だ。
そこで乱取りバトルロイヤルに挑むのは全部で九人。
三人ずつの三チームに分かれている。
トリオに分かれた三組は仲間を攻撃せず、他チームの六人を相手取るように大立ち回りを繰り広げ、乱闘の輪を徐々に広げつつあった。
――2人の男の蹴脚が激突する。
そこから空間を破裂させる震動波が放射状に広がり、いくつもの丘に亀裂を走らせて崩壊させた。互いの蹴りは鍔迫り合いのように斬り結んだままだ。
「やるズラなオッサン……人は見掛けに寄らないズラな」
ハトホル太母国所属 穂村組 構成員 ドロマン・ドロターボ。
マーナ・ガンカーをボスに頂く通称“三悪トリオ”の力仕事担当。
顔の右半分が泥のように崩れた魔族の青年だ。
力仕事を任せられるだけの巨漢であり、唇の分厚い寡黙な強面だが三悪トリオの中では一番常識人な好青年。ドレッドヘアに褐色味のある肌と太く長い手足が相俟って、いくらか黒色人種系の血統にあるらしい。
半裸の上半身にゴテゴテしたベストを羽織り、下は柔らかそうなジーンズの上にレーザーチャップスを着込む洒落者。
武道家としての流儀は、卓越した足技で知られるカポエイラだ。
飛行系技能で宙に浮くも、天地を逆さまにして両腕で大地を掴むように巨体を支えると、長い足を繰り出して相手のキックを受け止めている。
ドロマンの脚――脛の甲で競り合う相手。
「これを言うとオッサンだと認めるみたいで腹立つが……おい若ぇの! 大人を舐めんなよ!? これでも職業軍人歴ウン千年だぜ!」
水聖国家オクトアード 征夷将軍 イムト・ザグラガナン。
蛙の王様ことヌン・ヘケトの直弟子にして、再興した水聖国家の軍部を司る将軍職に抜擢された最高幹部の一人である。
地球生まれではなく、真なる世界生まれの生粋な神族だ。
今回、師でもあるヌンの勧めで修行に参加していた。
人間ならば五十代前後に見えるが、逆三角形に見えるまで鍛え上げた肉体の若々しさもあって外見体力ともに三十代でも通用するだろう。
顎の太い精悍な顔立ちも若さに味方する。
短く刈った白髪交じりのごま塩頭だけは誤魔化せないが……。
防御力よりも身体の動作を重視した軽装の鎧で身を固めている。ドロマンの蹴りにこちらもキックで即応できるのが、動きやすさの証明になっていた。
右の利き手には刀身が幅広の長剣を握っている。
それを使わずにドロマンとキックで応酬する理由は、イムトもヌン直伝の蹴り技に自信があるため、足技対決に興じたいと考えたゆえだった。
両者の剛脚がぶつかる度――異相が震撼する。
接触点から雷鳴みたいな光線が走り、丘陵を揺るがしていた。
「野郎同士でイチャコラしてんじゃねえよ!」
オレも混ぜなーッ! と甲高い女性の声が割り込んできた。
鋭い殺気が差し込まれると同時に、ドロマンとイムトは呼吸を合わせてお互いの脚を蹴り飛ばすと、双方ともに間合いから遠離る。
割り込んできた女性が狙ったのは、長剣を構えるヘケトの方だった。
「へいオッサン! 今度は剣術勝負と洒落込まないかい?」
言うが早いか声の主が手にした刀を振るってきた。
一太刀どころではない。一呼吸の間に百太刀以上も斬りつけてくる。
イムトはその大半を体捌きのみで避けると、どうしても躱しきれない斬撃のみを長剣の腹で逸らし、彼女が本命として振るう最後の一太刀を受け止めた。
野放図にばら撒かれた斬撃は足下の丘を切り刻む。
鍔迫り合いの激突は、またしても両者の闘気のぶつかり合いともなり、異相を内側から圧迫するほどのパワーとなって四方八方に拡大していく。
「やるねえオッサン、ちゃんと躱しやがったな!」
――ほとんど剣を打ち合わせなかった!
女の声は斬り合いで無闇矢鱈に剣を打ち合わせず、見事に回避することで切り抜けたイムトの体術を褒めそやした。
悪い気はしないイムトだが鼻で笑いながら返す。
「フン、当たり前だろ……キンキンガンガン打ち合わせてたら剣が泣くぜ」
刃毀れって知ってるか――あれ直すの面倒なんだぞ?
そう言いながらもイムトは鍔迫り合いに勝つため、刃が痛むのも構わずに長剣を押し込んでいく。真剣勝負ともなれば出し惜しみはできない。
「そうだよなあ! 良かった、アンタも本物の剣士だぜ!」
相好を崩したウネメは激しく同意した。
ハトホル太母国 妖人衆 “妙剣”のウネメ・マリア。
地球から神隠しという形で肉体を備えたまま転移してきた人々。
真なる世界の某所で澱んだ“気”を浴びて妖怪化してしまったが、同時に特殊な力にも目覚めた種族……というより集団の一人である。
巫女姫イヨを頂点に、乙将オリベが取り仕切る組織となっていた。
ウネメは三将と呼ばれる三人の幹部の一人。
生まれは江戸時代。剣の腕だけは達者な旗本の三男坊だったそうだが、前述の理由から変異して金髪碧眼の美女に変わり果てていた。
この姿は亡き恋人の生き写しだという
それでも剣の腕前は変わらず、むしろ格段に上がっている。
古き良き格闘ゲームに登場したような、婆娑羅でかぶき者のように華美を極めた女武者の格好をしており、大小二刀を巧みな二刀流で振り回していた。
イムトは怯むことなく長剣一振りで受けて立つ。
鍔迫り合いから離れると、絶妙な間合いから互いに斬り結ぶ。
いや――斬っては結んではいない。
どちらも「刀剣を打ち合わせるのは三流のやること」と解しているので、相手の斬撃を避けて躱して逸らすのを前提とし、滅多なことでは刃を触れ合わせようとしない。火花散るどころか金属音が響くことすら希だった。
おかげで斬撃の余波が所構わず花開いた。
――剣風吹き荒ぶとはまさにこのこと。
迂闊に踏み込めば膾斬りにされかねない。割り込むのも至難の業だ。
二刀流の手数を活かして、嬉々としたウネメは猛攻を仕掛ける。
「さあ、もっと調子出せよオッサ……ンンッ!?」
挑発の言葉を飛ばした瞬間、ウネメは反射的に動いていた。
冷たい風をまとう剣気が足下から競り上がってくるのを感じて、思わず仰け反るように後ろへ退いたのだが、少々間に合わなかったらしい。
――陣羽織を結ぶ飾り紐。
それがスパッと断ち切られ、豊かに膨らんだ乳房を抑える着物の胸元にも切れ目が入り、深い谷間が揺れながら露わになった。
これらを断ち切ったのは他でもない、イムトの太刀筋だ。
しかし、右手に握り締めた長剣ではない。
「オッサンオッサンってなあ……いいかげんにしやがれ!」
イムトは怒声を上げながらヒートアップすると、ウネメの二刀流に対抗するべく引っ張り出してきた長剣二振りで情け容赦なく斬り掛かる。
ただし、その動きはあまりにも変則的だった。
「オッサンにオッサンって言うとそれなりに傷付くんだよ! そこは嘘でも冗談でも方便でもお兄さんと言っとけ! それで円満解決すんだバカタレ!」
「ちょ、待っ、なにそれ……そんな二刀流ありかよ!?」
何とか受け流すウネメだが、意表を突かれたので困惑気味だった。
ウネメが戸惑う――イムトが扱う二本目の長剣。
それは彼の左足に握られていた。
ウネメと剣戟を交わす最中、イムトはこっそり脚のブーツを脱ぎ捨てると素足になり、収納用の空間から二振りめの長剣を忍ばせていた。
(※収納用空間=プレイヤーの道具箱と同一のもの)
その長剣の柄を左足の親指と人差し指で握り込み、空中で全身のバネをフル活用させつつキックを繰り出す要領で足で握った長剣を取り回す。
ウネメも二刀流の使い手だ。
両手に武器を構えた敵とならいくらでも渡り合ってきた。
神族となって空中戦にも慣れてきた頃だが、足に剣を構えて蹴り掛かるような戦い方をする剣士に「よもやよもや!」と度肝を抜かれていた。
この驚きを怯みと捉えたイムトは追い打ちを掛けていく。
「まだまだ! 見せてやるぜオッサンの大道芸!」
「自分でオッサン言ってるぞおい!?」
ウネメのツッコミも無視して、イムトはノリノリで披露する。
新たに二本の長剣を収納用空間から滑り出させると、まだ空いている左手とまたブーツを脱ぎ捨てた右足にそれぞれ握り締めた。
即ち――変則四刀流だ。
「いやいやいや! まず四刀流ってところがおかしいから!?」
ウネメは刀を持ったままブンブン手を振って否定した。
「実演できてんだからおかしくねえだろ! その身で篤と味わえぃ!」
イムトは全身を独楽のように回転させると、全方位に弾幕を撒き散らすような勢いで斬り掛かり、圧倒的密度の斬撃をウネメへお見舞いしてくる。
大道芸と卑下した言い方をしていたがとんでもない。
全身のバネを使った斬撃はどれも凄まじい重圧感を有しており、独楽のように回転して休むことなく連撃を繰り出してくるからまったく隙がない。
捌くのも追いつかず、呼吸も続かなくなりそうだ。
しかも、その一太刀は山をも切り崩す神の怒りと成り得るもの。
オッサンと侮っていたが、目の前の男は年季の入った軍神なのだ。
「なんの……こっちだって大地母神の眷族!」
今や女神で剣神だぜ! と意気込んだウネメは四刀流の猛威を前にしても逃げることなく、果敢にも自前の二刀流で受けて立った。
キンガンギン! と刃と刃がぶつかる金属音が聞こえてくる。
刃をかち合わせるのは不本意だが、物量差を埋め合わせるには仕方ない。
ウネメは信条に反するも我が身を守るため両手に構えた剣を盾として、イムトの四刀流から解き放たれる嵐のように渦巻く斬撃を凌いでいた。
それでも四刀流の圧力には屈しそうになってしまう。
だというのに、ウネメの口元は綻んで楽しげな笑みを零していた。
焦燥感に冷や汗はダラダラ。男だった頃には感じもしない胸の谷間のヌルヌル感にドギマギしながらも、ウネメは戦う喜びを隠しきれずにいた。
まだまだ高みを望める――上を目指すことができる。
そんな向上心に満ちあふれた笑みだった。
「……ったく、未来にゃ三刀流とかいう凄腕の剣士がいるって姫様たちの読んでる絵双紙で知ったばかりなのに……もう上が出てくんのかよ!」
まったく――飽きねえなぁ真なる世界は!
手数で劣る二刀流でも引けを取ることなく四刀流で応戦していく。
剣士たちが熱い剣劇を演じる舞台袖では――。
「やれやれ、横から割り込んできてオラをハブにするとは……」
つれないダスな、とドロマンが傍観していた。
今度はこちらから割り込んでやろうと、剣を交えながら飛行系技能で上昇していくイムトとウネメを追いかけようとするドロマン。
その行く手を強引な手段で遮られてしまった。
右からは無数の槍が村雨のように降り注ぎ、左からは爆発力を圧縮させた魔法の光球が飛んでくる。どちらも必殺の威力が秘められていた。
「たわけた考えが過ったダスが……ここは安全策を選ぶダス」
一瞬、どれほどの威力か味見したい気持ちに駆られた。
だが練習試合で大怪我をしてもつまらないので、ドロマンは過大能力を使うと身の回りを覆うように分厚い泥で出来たカーテンを張った。
ドロマンの過大能力──【狂乱の泥濘より生命は生ずる】
様々な質感や硬度に加工できる生きた泥を操る能力だ。
ドロマンは油断することなく、生きた泥で防壁を張り巡らせる。硬軟自在の生きた泥で、左右からの妨害を滑らせるように受け流した。
どうせなら左右からの攻撃を跳ね返すなりスルーするなりさせて、反撃に再利用するのも手だったのだが急だったので間に合わない。
仕方なく槍の雨と魔法の光球を相殺させる形となった。
間一髪を切り抜けたドロマンはため息をつく。
「危ない危ないダス……油断禁物、そういえば他にもいたダスな」
この乱取りバトルロイヤルの参加者は三人組の三チーム――合計九人。
仲間には手を出さないとして他に六人いる計算だ。
「――練習相手の仮想敵なら事欠かなかったダス」
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