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第20章 ハンティングエンジェル オンステージ!

第479話:意図と思惑と心積は悲喜交々

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「これは――単なる判じ物・・・ではありませんかな?」

 不意に乙将おつしょうオリベが声を上げた。

 ハンティングエンジェルスが南海より届けてきたMVの意味がわからず、ツバサを始めとした面々が頭を悩ましていた時のことだ。フミカなんて無言でナノメモリの全データを洗い出して、暗号化されてないか調べていた。

 誰もが押し黙る瞬間を見計らい、ソッと言葉を差し込んでくる。

 機を見極めた老獪ろうかいせる話術だ。

 チョイ悪親父な数寄すき武将ぶしょうにみんなの視線が集まる。

 注目が集まったのを確認したオリベはトレードマークのチョビひげ筆先ふでさきでも整えるようにつままみながら、したり顔で愛想を振りまいていた。

「そう難しく考えることもありますまい」

 誰にでもわかるはんものでございますよ、とオリベは繰り返す。

「判じ物……今で言うクイズやナゾナゾッスね。つまり、これは深く考えずにそのまま答え合わせをすればいいだけの代物しろもの……ってことッスか?」

左様さよう、頭を悩ませば損をしますぞ」

 フミカに頭を柔らかくするよう促したオリベは、老いを感じさせぬ仕種しぐさでソファから立ち上がると、執務室しつむしつの宙に浮かんだスクリーンを指差した。

 失礼、とオリベは断りを入れてスクリーンに手を伸ばす。

 展開させたのはフミカだが拡大や縮小にスクリーンの移動など、この技能スキルを習得すればある程度は操作に介入できるようになる。

 そして、オリベはちゃっかり技能スキルを習得済みだった。

 ツバサやフミカ、同僚のダグも使っていたので羨ましくなったらしい。この御仁ごじん、新しい物が大好きなのでお年寄りらしからぬ吸収率なのだ。

 英語などもツバサたちの会話から学習しつつある。

 情報官アキに頼んで現代の書物も取り寄せ、日夜研究にいそしんでいた。

 MVを乗せたドローンの軌跡きせきを辿る海図かいず

 それが映し出されたスクリーンを指してオリベは続けた。

「よろしいですかな? 少女たちが踊る歌謡は南の海より届けられました。そして、先ほどからの様子を見るに複数ある演目のうち、恐らくは一番最初に据え置かれていた歌謡が、あの、何と申しましたか……」

「Let's Go Blue Oceanだよ」

 そうそう、とミロからの助け船にオリベは相好そうごうくずす。

 孫娘に駄々甘だだあまな祖父のようにとろけた笑顔だった。

かたじけないミロ殿……その“れっつごーぶるーおーしゃん”でしたかな。英語で『青い海へ行け!』という意味なのでございましょう? 南海からの封書ふうしょを開いて最初にそう書かれていれば、便りを受け取った者が最初に抱く印象は……」

「南海に来い……と誘われちょうよな」

「そのまま受け取って構わない、ということですか?」

 ダインが率直そっちょくに述べるも、ツバサは懐疑的かいぎてきに問い掛けてしまう。

 ――あまりにも安直あんちょくすぎるからだ。

「いやぁ、でもこれ……怪しさ100%ッスよ?」

 フミカも同様だ。だからこそ内部に暗号化されたデータがないかとあの手この手で躍起やっきになって分析アナライズし、そこに意味を見出そうとしていた。

 しかし、何も見付からないので困惑しっぱなしなのだ。

勘繰かんぐりたくなるのもわかりますぞ」

 それがしも覚えがありますからな――オリベは苦笑する。

 戦国時代を生き抜いた積年せきねん経験けいけんがある、深みをたたえた笑みだ。

「信長公の使い番として身を立ててきた某にすれば、携えた密書みっしょ本物ほんもの贋物にせものかを疑われることなぞままありましたな。同盟を結んだ国へ封書ふうしょふところに赴いたとしても、あちらの大将へ届くまでの間に敵方と内通する家臣によって書き替えられ、あらぬ嫌疑けんぎを掛けられたこともしばしば……」

(※使つかばん=敵味方問わず相手に手紙を届ける役。重要度の高い手紙ほど敵味方問わず狙われるため、命懸けの危険な仕事でもあった)

 もありなん、ツバサは頷かされてしまう。

「オリベさんの時代なら偽造ぎぞうもやりたい放題だったでしょうからね」

 当人が書いた証として署名をしたり、真似できないよう図案化ずあんかした花押かおうという印もあったが、手描きなので真似されるのは必定ひつじょうだった。

「なればこそ――我らは頭脳ここを使いました」

 ほくそ笑んだオリベは手にした扇子せんす禿頭とくとうをペチリと叩いた。

それがしのような数寄すき武将ぶしょうは相手に届けたい思いを手紙に記さず、数寄すきかいする者のみに読み解ける贈り物に託してその真意しんいを伝えたのです」

 古田ふるた織部おりべの生きた時代は策謀さくぼうの時代でもあった。

 天下統一を成し遂げたのは豊臣秀吉だが、立身出世で太閤たいこうまで成り上がった彼は一族を盛り立てる身内に恵まれず、その政権は盤石ばんじゃくと言えなかった。

(※農民出身とされる秀吉には、大名として歴史を重ねてきた織田家や徳川家のように代々仕えてきた家臣や武家の親族がいなかった。身内に恵まれないとはそういう意味。異父弟いふていの豊臣秀長や縁故えんこの加藤清正や福島正則など、頼りになる身内はいたのだが、信長や家康に比べればその数は少ない)

 それでも秀吉に恩顧おんこある大名たちは彼に忠誠を誓う。

 親分肌で面倒見がいい秀吉に恩を感じた者は多かった

 対する徳川家康は正当な清和せいわ源氏げんじ末裔まつえいであり、豊臣政権で№2の地位に就きながら虎視こし眈々たんたんと徳川派となる大名を募っていた。

 当時の日本は豊臣派と徳川派に二分されていたわけだ。

 やがて関ヶ原の戦いが起こり、大阪の陣で雌雄しゆうを決することとなる。

「徳川方と豊臣方の中核ちゅうかくにいる者は、派閥はばつに属する大名や武将たちの動向どうこうにギラギラと目を光らせておりました。内通ないつう謀反むほん、裏切り、引き抜き、密談みつだん鞍替くらがえ……そんな裏工作が日常茶飯事でしたからな」

 大名としての生き残りをかけた暗闘あんとうに明け暮れたわけだ。

 物理的ないくさとは別の意味で苦心したに違いない。

 戦国時代の裏側にツバサは唸らされる。

「なるほど、そうなると手紙のやり取りなどもそれぞれの派閥はばつによって検閲けんえつされかねない。迂闊うかつに本当のことは書けないから……」

数寄すきに本心を隠した贈り物の出番となるわけです」

 ご理解いただけましたかな? とオリベはちょっと得意気とくいげだった。

 古田織部は天下一てんかいち茶人さじんとして、豊臣方にも徳川方にも顔が利いた数少ない大名の一人だ。当然、どちらからも色眼鏡で見られたはずだ。

 数寄を暗号に使わざるを得ない状況だったのは想像に難くない。

「おいちかたが贈った小豆の袋みたいな話ッスか?」

 フミカは思い当たる逸話いつわがあるようだ。

 戦国の覇王――織田信長。

 その妹であるお市の方は戦国一の美女として名高く、北近江きたおうみを治める浅井あざい長政ながまさの元へ嫁に出され、織田家と浅井家の同盟を結ぶ架け橋となった。

 この浅井家は越前えちぜんを治める朝倉家あさくらけとも長い親好があり、浅井家は織田家との同盟を結ぶ際に「朝倉家は攻めないでね?」と注文をつけるほどだった。

 しかし、織田信長はこの約束を反故ほごにした。

 信長にすれば「約束を破ったのは朝倉!」と言いたいだろう。

 信長が神輿みこしに担いだ足利あしかが義昭よしあきが新たな将軍となり、全国の大名は将軍就任の挨拶に出向かなければならならなかった。これは当時の風習であり、どれだけ足利家が衰退すいたいしていようとも守らなければならない仕来しきたりだった。

 朝倉家はこれを完全無視。

 信長の傀儡かいらいとなる新将軍への挨拶を拒否したのだ。

 これに面子めんつを潰された信長は大激怒。浅井家との約束も忘れて、名だたる武将を引き連れると問答無用で朝倉家に攻め込んでいった。

 浅井家は信長を裏切り、長らく縁を結んでいた朝倉家の味方に付いた。

 前門ぜんもんの朝倉家――後門こうもんの浅井家。

 退路たいろふさがれたことを知らない信長は、一気呵成いっきかせいに朝倉家を攻め滅ぼそうとするが、そこへ浅井家に嫁いだはずのお市の方から陣中じんちゅう見舞みまいが届く。

 それは上下が縛られた袋に入った小豆あずきだった。

 手紙はなく、「陣中にて菓子でも作られるように」と一文添えただけ。

 小豆は信長の大好物。それが上下とも塞がれた袋に入っている意味、それは自分の置かれた立場が袋のネズミだということ。

 即座に読み解いた信長は、浅井家が叛意はんいひるがえしたことを知る。

 ここから織田信長、木下秀吉、明智光秀を苦しめた死に物狂いの撤退戦てったいせん。世に言う“金ケ崎かねがざき退ぐち”が始まるのだが、これはまた別の話。

「……これもまたはんものッスよね」

 あるいは洒落しゃれがわかるからこそ伝わる内緒のメッセージだ。

 しかしオリベは「うん?」といぶかしげに首をかしげた。

「お市様いちさまから陣中見舞い? はて、そのような話は聞いておりませぬが……金ケ崎の一件は斥候せっこうの報告により浅井家の裏切りが露見ろけんしたはず……」

「あ、やっぱりこれ創作っぽいんスね」

 フミカはがっかりすることなくちた様子だった。

 歴史の生き証人からの証言で納得したらしい。

 歴史マニアの間では有名なエピソードだが、証拠となる歴史資料がかなり後世こうせいに書かれていたので、少々信憑性しんぴょうせいに欠ける話だったそうだ。

 やれやれ、とオリベも次第を聞いて嘆息する。

「いつの世の人間も見聞きしたものに尾鰭おひれを付け足したくなるようですな……それはさておき、こちらのMVなる歌謡を送りつけてきた者の意図は、秘密の文章を託したのではなく、公然こうぜんとした判じ物を投げ掛けてきたように思われます」

 更にフミカからスクリーンを借りるオリベ。

 MVやそれを運んできたドローンをクローズアップしていく。

「探索の結果として発見された五つの飛翔体ひしょうたい。恐らく、数はこれに留まらないと見てよろしいでしょう。この一様いちように北を目指すもてんでバラバラな経路けいろ……ひとつでも多く各地にばら撒きたいという思惑おもわくが覗けますゆえ」

 たった五機のドローンなわけがない。

 残骸ざんがいも含めて五機も発見された時点で、それ以上の数の軍用ドローンが南海から飛び立っているのは間違いない。

 オリベの推論すいろんにツバサたちは黙したまま耳を傾ける。

「他の飛翔体ひしょうたい途中とちゅうで海に落ちたか、怪物に打ち落とされたか、あるいは我ら以外の何者かによって回収されたか、それは見当けんとうもつきませぬが……」

「総数は二桁、もしく三桁を数えるかも知れませんね」

「それだけの数をばら撒くとなれば、秘密もへったくれもありますまい」

 オリベは手にした扇子せんすをバッと広げた。

 そこに描かれたツバサが天女のコスプレをして横たわる姿(生地がシースルーなのでボディラインがスケスケでとてもきわどい)に目を奪われてしまった。

 この隙を突いてオリベは勢いのまま話をまくてる。

 これも話術わじゅつ――きょを突く主導権しゅどうけんの取り方だ。

皆様方みなさまがたこれ・・を目にした瞬間こう思われたに違いない」

 こちらが絶句ぜっくする間にオリベは確信に触れる。

「これは喧伝けんでん――ハンティングエンジじょェルスを世に知らしめるためのものだと」

「本当に……それだけのものだと? しかし……」

 まさかの思いで呟きながらも、ツバサの手はオリベから破廉恥はれんち扇子せんすを取り上げようと動いていた。パチリと扇子を閉じて逃がす数寄すき武将ぶしょう

左様さよう、それ以上でも以下でもございますまい」

 でなければ説明が付きませぬ、とオリベは理由を並べていく。

「数を頼みに方々ほうぼうなく伝書鳩でんしょばとを飛ばすような所業しょぎょう、そこに記されたのは視聴するために用意された楽団の演目、暗号でも含まれるのかと調べても分析あならいずを得意とするフミカ殿の御力おちからもってしても何も見当たらない……」

 ならば――そのままだと受け取るより他ない。

 誰に拾われても構わない、とばかりに複数飛ばされたドローン。

 この数の多さが宣伝せんでんであることを裏付けている。

 ハンティングエンジェルスはこの真なる世界ファンタジアでも元気でやっていること。そして「私たちは南海なんかいにいるから会いに来て!」と誘っているのだ。

 それはもう誰彼だれかれかまわず――のべつまくなしに。

はんものらしい点と申せば、八曲ある歌謡の最初を“青い海に行け”という題目にして強調し、飛翔体ひしょうたいが南海から来たことを照らし合わせる点のみ」

「私たちに会いに南の海へ来てねー、的な感じ?」
「……そんなのわかりやすすぎませんか?」

 イヒコとヴァトの姉弟きょうだいが子供らしい異を唱えた。

 オリベは柔らかく片手で制した

「いえいえ、この場合は深読みは禁物きんもつなのです。深読みしたところで得られるものがありませんからな。現にツバサ殿を始め、皆様も思考の袋小路ふくろこうじに迷い込みかけておられた……イヒコ様が仰ったままが正解なのです」

「……ありもしない謎を作ろうとしてただけか」

 深読みが過ぎたな、とツバサは嘆息たんそくとともに反省した。

 この真なる世界ファンタジアが置かれた情勢や、度重なる他勢力との抗争や軋轢あつれきを経験してきたがゆえに、慎重しんちょうであろうと心掛けるあまり疑り深くなっていた。

 ツバサの場合、武道家として先読みにも長ける。

 先の先を読もうとするあまり、自分で自分を化かしたようなものだ。

何事なにごと鵜呑うのみにしてはならぬのが戦国の世のならい……されど、疑念ぎねんとらわれて目の前の出来事をありのままに受け入れられぬのは感心しませぬぞ?」

 オリベはツバサたちをそうさとしたのだ。

「すみません……完全に読み間違ってました」

 ツバサは頭を押さえて反省の意を述べ、素直に間違いを認めた。

 うんうん、とオリベは聞き分けのいい若者に成長の芽を見出したかのように顔をほころばせると、年寄りらしいフォローも忘れない。

「しかし、こういう深読みの仕方はアリかも知れませんぞ?」

 オリベは大型スクリーンを操作し、再びLet's Go Blue OceanのMVを流した。

 画面からツバサたちに振り返って問い掛けてくる。

「こちらの歌謡が届いたことへの第一印象は如何いかがなものでしたかな?」

 ――怪しい。

 満場まんじょう一致いっちでこの一言に尽きた。

 前触まえぶれもなくいきなりドローンが飛んできたかと思えば、運ばれてきたのは現実世界で大人気なヴァーチャルアイドルのMV収録のナノメモリ。

 なんだこれ? と首をひねるのが関の山だ。

 そして、ツバサたちのように深読みして疑心暗鬼のド壺にハマる。

「一応、補足説明するッスけど――」

 フミカが挙手きょしゅすると、時系列じけいれつを示したスクリーンを開示かいじした。

「アキ姉に調べてもらったところ、ナノメモリにあった八曲のうち七曲はハンティングエンジェルスの発表済みの楽曲だったッス。だけど、このLet's Go Blue OceanっていうMVだけ未発表……現実世界リアルでは確認できなかったッス」

 念のためツバサはいてみる

「映像偽造や画像合成……AIで作られた可能性は?」

「そこはウチとアキ姉で二重検査ダブルチェック済みッス、可能性はほぼ0に近いッス」

 98.0921%本物だと判定されたそうだ。

 するとツバサを真似するみたいにミロもフミカに質問した。

「0.1%ちょいの違いはなんなん?」

「MVってどれだけちゃんと撮影できてても、編集という名の改善は欠かせないんで、そこが加工と判定されちゃうんスよね。そのパーセンテージッス」

 ――未発表の音源が使われたMV。

 合成されたものでない以上、このデータを真なる世界ファンタジアに持ち込んだ者はハンティングエンジェルス自身か、彼女たちに近い関係者しか考えられない。

 ツバサは超爆乳を支えるように腕を組む。

「……だとしても、いきなりばら撒かれたら怪しさ満点だ」

 呆れた吐息を漏らす母親に子供たちも同意する。

「MVに込められちょうナゾナゾをストレートに解いても尚更なおさらぜよ」

「手紙も説明も添えられなくて、ただ『南の海に来てね!』って……トラップ満載まんさいでお出迎えされるかもと思って二の足踏んじゃうッスよ」

 ダインとフミカも愚痴ぐちるが、かたわらのミロはツバサに訊いてきた。

「でも……行くんでしょ?」

 行くさ、とツバサはミロの頭を撫でながら即答した。

「遅かれ早かれ南方大陸には出向くんだ。南海を避けて通れん」

 これがプレイヤーの仕業しわざにしろ真なる世界ファンタジアの住人のやったことにしろ、もしくは蕃神ばんしんの罠にしろ、無視して通り過ぎることはできない。

 不穏ふあんたねを放置できるほどツバサたちに余裕よゆうはないのだ。

「南海でも厄介事やっかいごとが起きているなら、南方大陸を攻略する前に潰しておかなきゃなるまいよ。でないと南方大陸の遠征えんせいに身が入らないからな」

「あのMVが罠だったとしても?」

 質問を重ねてくるミロに、ツバサは牙を剥く笑顔で応じる。

「かつて四強よんきょうと一緒くたにされたよしみだ。せっかくお誘いを受けたのだから顔を出さにゃあ無粋ぶすいだろう? 罠があったら仕掛けた当人ごと噛み破るまでだ」

 今の五神同盟ならそれができる。

 決して過信かしんするつもりはないが、またぞろ別の勢力が喧嘩を売ってくるつもりならば全力で対処させてもらうまでだ。

「――そういう傑物けつぶつ到来とうらいを待っているのでしょう」

 答えが出ましたな、とオリベの言いたげに深読みの話をする。

皆様方みなさまがた見解けんかい一致いっちした通り、あの歌謡を使った判じ物を解いたとしても、今回の便りは怪しいの一点張りなのです。力なき者や疑い深き者、そしてツバサ殿のように慎重な方は、彼女らの誘いにはおいそれと乗らんでしょう」

 どれだけ彼女らが魅力的であろうとも――。

 しかし、何事にも例外はある。

「慎重であるがゆえにこの便りを見過ごせず、尚且なおか対処たいしょするだけの力量を有する者ならば、この誘いに応じて南海を目指すはず……」

「それもまた、このMVに託された判じ物というわけですか?」

「これもまた、過ぎた深読みやも知れませんがな」

 ウシシシ、とオリベは胡散臭うさんくさい表情で愛想笑いを浮かべた。

「でも……それだと話し合える人が来るとは限らないんじゃないですか?」

 三つ編みを練習する手を休めたマリナが不安そうに言う。

 マリナの危惧きぐする点はもっともだった。

 をしたから目当ての獲物が近付いてくるとは限らない。

 釣りならば本命の魚ではなく外道(目当てではない魚のこと)も寄ってくるし、それらの魚を追ってさめが現れる場合もある。カブトムシを捕るために木へ蜜を塗ったら、気味の悪いや危険な雀蜂すずめばちが集まってくることもある。

 今回のMV配布を撒き餌と考えれば、そうした憂慮ゆうりょも必要なわけだ。

「センセイたちみたいな人ならともかく、バッドデッドエンズみたいな人たちや、暴れていた頃のキョウコウさんみたいな人まで呼び寄せたら……」

「恐らく、そうした危険性も覚悟の上でしょうな」

 子供の疑問と軽んじることなく、オリベは丁寧に返答してくれた。

「彼女らは『南海に行け!』『私たちのいる海に興味を持て!』という意志しか伝えておりませぬ。そして、それだけでいいと考えている節があります。味方になってくれようが敵に回ろうが、とにかく現地に呼び寄せたいのでしょう」

 ――自分たち以外の強者プレイヤーをだ。

 それも道理どうりぜよ、と頬杖ほおづえをついたダインは同意する。

「たとえば一刻いっこくを争うような救援きゅうえんを求めちょるなら、MVだけをドローンで送るだけなんて悠長ゆうちょう真似まねで済まさんはずじゃ」

「ヘルプミー! とか一筆いっぴつくらいはえるもんッスよね」

 ウンウン、とフミカも愛妻としてダインの意見に賛成した。

「ご丁寧にドローンがどこから来たか逆探知ぎゃくたんちできるよう仕込んでくれたんだ。明らかに誘われてるよなぁ……しかし、本当にそれだけだ」

「んなぁ~……お母さん、ツバサお母さん」
「誰がお母さんだ、どうしたトモエ?」

 ソファの後ろからツバサの首にスリーパーホールドの体勢で抱きついて甘えてくるトモエに、いつもの決め台詞で返事をした。

 腹筋系アイドル娘は、いつになくキリッとした顔で言い切る。

「飛ばした人、そこまで考えてないと思うのな」
「真顔でなんてこと言うのトモちゃん」

 これを聞いたオリベがカンラカンラと声を転がして笑った。

「ハッハッハッ、そういうこともありましょうな。彼女らは本当にただ、自分たちの歌や踊りを見てもらいたくて、また彼女らを心酔しんすいする者に広めたくて、所構ところかまわず宣伝せんでんしたという可能性も捨てきれますまい」

「んな、シンプルイズベストなのな」

 フンヌ! とトモエは鼻息も荒く直列ちょくれつ思考しこうな自分の考えをした。

「……そしたら今までの考察こうさつなんなのよ?」

 冷笑れいしょうするツバサはまゆを左右非対称にひん曲げてしまった。

 まあまあ、とオリベは好々爺こうこうやなだめてくる。

「謎についてあれやこれやと探求たんきゅうするのは楽しい遊戯ゆうぎではござりませぬか。それこそ判じ物を解く楽しみに相通あいつうずりますれば」

「考察のお遊戯ってことですか? おかげで考えはまとまりましたけど……」

 ぼやくツバサだが脳内で情報をまとめてみた。

 あくまで「南海に来てね! 来られる自信があるならだけど!」くらいの挑発的なメッセージ性のあるミュージックビデオ。

 世界各地へ散布さんぷされた数は不明だが、相当数あると推測すいそくしていい。

 衆目しゅうもくを南海に集めたい意図いとけていた。

 ただし、どこか挑発的とも受け取れる謎掛けというか、具体性ぐたいせいに欠けるメッセージの送付から推察すいさつするに、緊急性きんきゅうせいがある問題とは思えない。

 切羽詰せっぱつまった様子ようすがまったく感じられないのだ。

 それでも、一人でも多くに現場まで来てほしいむねうったえていた。

 南海まで出向かせ――その眼で確認させる。

 それまではMVを送りつけてきた者たちで何とかなるのだろう。

 彼女たちが抱えた本当の思惑、そこまでは推し量ることができなかった。

「……いずれにせよ、南海は南方大陸への通り道だ」

 現状、五神ごしん同盟どうめいが抱える最優先事項の問題を孕んだ神魔じんま未踏みとう

 メガラニカと呼ばれる南方大陸に巣食うと目される、外なる神アウターゴッドへの対応が迫られているが、振られた謎を無視して通り過ぎるほど暢気ではない。

 大々的に宣伝されているのだから、看過かんかできるはずもなかった。

「ダイン、ハトホルフリートの整備状況は?」

 急に訊かれても慌てることなく、長男夫婦はすぐさま答える。

「母ちゃんに言われた通り、戦後の休息をメインに据えて無理をせん工程こうていでオーバーホールという名の強化改修を進めちょるぜよ」

「ウチのスケジュール通りなら五日後には完了するッス」

 ふむ、とツバサは了承りょうしょうするように頷いた。

 南方大陸への遠征は約三ヶ月後――。

 それまでは各人の準備期間であり、破壊神ロンドとの大戦争で疲弊ひへいした心身の静養期間でもある。オカンは「休息を第一に」とおれを出しておいた。

 言い付けておかないと無理をする奴が多いからだ。

 ダインやフミカも、いつもの調子ならハトホルフリートの改修を徹夜の大仕事にして、ハイテンションのまま一晩で終わらせていたことだろう。

 何とかが一晩でやってくれました――ではないのだ。

 今回はそこまでの突貫とっかん作業さぎょうは求めていない。

 余計なところで無理をするあまり、それが後々祟ることの方が余程恐ろしかった。機械や武具の整備に失敗するどころか、睡眠不足などの影響による精神的疲労でいざという時にしくじりでもしたら目も当てられない。

 慌てず、急がず、着実に――これをモットーとしていた。

 幸いにも神族や魔族は回復力が凄まじい。

 数日の静養で完全回復できるので、集中的な特訓や準備を急がせても、スケジュールさえしっかり整っていれば短期間でも充実した日々を送れる。

 三ヶ月の猶予ゆうよ期間きかん、フル活用させてもらうつもりだ。

 ……例の異相いそうを修行場として開放し、まだLV999スリーナインに達していない準戦力のための猛特訓大会を開くのもいいな、とツバサは画策かくさくする。

 自身が強くなるのも楽しいが、弟子を鍛えるのも楽しい。

 自他じたわず誰であれ、新たな才能を掘り出すように向上させることへバサは楽しみを見出していた。これも師匠であるインチキ仙人譲りの性分しょうぶんだろう。

 よし、と声を出してツバサは指示を飛ばす。

「ハトホルフリートの整備が終わり次第、エンテイ帝国へ訪問して友好条約の締結ていけつを行う。それが済めば中央大陸の平定はほぼほぼできるはずだ」

「まだ未知の勢力がいないとも限らないッスけど」

 概ね良好になるのは間違いないッスね、とフミカは不安要素はぬぐいきれないものの、今までと比較したら大分マシだという試算しさんを示してくれた。

 ――エンテイ帝国は中央大陸の北方に位置する。

 西にハトホル太母国、東にイシュタル女王国、南にククルカン森王国、大陸の真ん中に位置する還らずの都周辺にはタイザン府君国とルーグ・ルー輝神国。

 これに北のエンテイ帝国が加わる。

「東西南北中央……どこかしらに同盟国が置かれるわけで、大陸のどこかで問題が起きたとしても近くの国が気付いて即応しやすく、いざとなれば同盟総出で事に当たれる環境が整ってきたってことッスからね」

「ああ、今まで北方は割とノータッチだったからな。しかし……」

 中央大陸の北方――先の戦争で消し飛んでんだけど?

 ツバサと破壊神ロンドの一騎打ちの最中さなか、両者の戦いによる余波よはや流れ弾を浴びた結果、大陸の北側は地の底から支える地盤じばんまで崩壊してしまった。

 すべてが海に没するほどの大惨事である。

 やり過ぎた! とツバサも猛省もうせいが終わっていない。

 その後、延世の神となったロンドのおかげで大地は復活した。

 しかし「戦争中に亡くなった生命は蘇らない」とロンドが言っていたので、北方の破壊活動に加担かたんしたも同然なツバサの責任は相変わらず重い。

 ただし、ダオンから朗報ろうほうは訊いていた。

「エンテイ帝国の執事長ダオンにも問い質したんだけど、どうにかしのいで帝国全土は無事でしたっていうから……上手うまいこと被害からまぬがれたのかな?」

「大陸の北方、跡形もなく吹き飛ばしてなかったッスか?」

 凹みたいになってたッスよ? とフミカが不思議そうに首を傾げる。

「これも現地に行けばわかるだろ」

 もしツバサやロンドが原因でエンテイ帝国に甚大じんだい被害ひがいを及ぼしていたら、キョウコウはともかくダオンが「賠償ばいしょう責任せきにんしていただけますよね?」と詰め寄ってくるに違いない。アイツは不貞不貞ふてぶてしい顔でそういうことを言ってくる。

 その執事長ダオンだが――。

 彼を始めとしたエンテイ帝国の使者は国元へ帰していた。

 当初はキョウコウを訪問する日までツバサたちの国に滞在たいざいしてもらい、帝国までの道案内を頼みながら一緒に帰る予定だった。

 しかし、五神同盟は思ったより戦後処理に手間取ってしまった。訪問する約束は交わしていたが、落ち着くまで身動きは取りづらい。

 エンテイ帝国もまた戦後処理で人手が足らない状況だった。

 そこで予定を変更して、一旦ダオンたちは帝国へ帰すことにした。

 後日キョウコウへの訪問日程が正式に決まり次第、改めて連絡することでダオンが道案内のためにこちらへやってくる手筈てはずになっていた。

「帝国と手を組めば、後顧こうこうれいなく南へ旅立てるっちゅうわけじゃな」

「そういうことだ。今の面子めんつなら反乱の心配も少ない」

 ダインが漏らした安堵の呟きに、ツバサも安心感を覚えてしまう。

 なんならダオンからも「南方大陸遠征の際には帝国からも戦力を提供させていただきます」と口約束ながらも取り付けていた。

 先日までダオンとともに滞在たいざいしていた貴光子イケヤと拳闘士ブライ。

 彼らほどの強者ならば申し分なく、戦力として大歓迎である。

 キョウコウとの面会で、その辺りも詳細に詰めておきたい。

「……未来神ドラクルンについても尋ねておくか」

 過去最高に気乗りしないが、ツバサは心のメモに記しておいた。

 キョウコウもドラクルンも灰色の御子だ。

 破壊神ロンドが猛将キョウコウへ言及げんきゅうしていたように、キョウコウもロンドやドラクルンについて何か知っている事柄ことがらがあるかも知れない。

 いずれ対立するかも知れない未知の大物。

 対策を練るためにも、どんな些細ささい情報じょうほうでもあるに超したことはない。

飛翔体ドローンの件はこれくらいでいいだろう」

 ツバサはソファから重くてデカい巨尻を持ち上げた。

 子供たちは名残惜しそうにツバサの長い黒髪で練習した三つ編みにすがるが、お遊びはこれでおしまいとばかりに柔らかく振り払う。

真偽しんぎのほどは定かじゃないが、南海なんかいで何かが起きているのは確実だ」

 歩きながら身体を操作する過大能力オーバードゥーイングを使った。

 髪の一本一本まで神経と筋肉を通わせたように自在となるので、子供たちに編まれた髪を自動的にほどきながら執務室しつむしつのデスクへ向かう。

 着席後、フミカへと視線を向ける。

「南方大陸への遠征に際して寄り道するかも知れない……くらいに各陣営の頭脳役ブレーンと話し合っておいてくれ。俺からも各代表にこの件は伝えておく」

「――了解ッス」

 ハトホル太母国の頭脳役ブレーンであるフミカは敬礼けいれいで返してきた。

 それを見届けたツバサは自分のデスクに腰掛ける。しかし、時刻を見ればそろそろお昼時だ。休息にしろランチにしろ取りたい時間帯だった。

 ふぅ、とツバサは吐息を漏らして天井を仰ぐ。

「午前中に一仕事できるかと思ったが……いや、これも立派な一仕事か」

「午後はどうするッスか? 何か打ち合わせしときます? それともフィジカルメンタルをおもんぱかって休んどきます? まさか修行とか言わないッスよね?」

 今日のフミカは執務室詰めで秘書官スタイル。

 ファッションも踊り子衣装ではなく敏腕秘書風の格好をしているので、スケジュール管理をされる社長の気分になりそうだった。

 ツバサは急かされるように午後の予定を思い浮かべてみる。

「そうだな……遠征隊えんせいたい選抜せんばつもそろそろだよな」

 南方大陸へ出向くメンバーのことだ。

 漠然ばくぜんとした部分が多いが、改修が終わったハトホルフリートを旗艦きかんに出撃するのはほぼ決定している。悩みどころはフネに乗り込む顔触かおぶれだった。

「ハトホルフリートで向かう以上、ツバサおれ、ミロ、ダイン、フミカ、マリナはスタメン確定として、ハトホル太母国ウチから後一人か二人、それに各陣営からLV999に達しているメンバーを戦力として数人ずつ搭乗とうじょうしてもらって……」

「なんかスッゴい大所帯おおじょたいになりそうだね」

 ツバサを追いかけてきたミロがワクワクを隠さずに言った。

 みんなでピクニックに行くみたいな興奮を覚えているのだろう。人数が増えれば増えるほど賑やかになるのは否定できそうにない。

 飼い猫のようにツバサのムッチリしたひざへ乗ってくるミロ。

 それをツバサは咎めもせず、飼い猫のやることを見逃すように受け入れた。ミロは純真じゅんしん無垢むくひとみで思ったままの感想を述べてくる。

「でも、それだけ戦力もたくさんだったらアタシらにも有利じゃない?」

「そうだな、ほんの少し気が楽になるかもな」

 決して慢心まんしんはできないが――ツバサは改めて気を引き締める。

 陣営が増えたことで戦力を一気に増強できたとしても、今度の相手はあの超巨大蕃神“祭司長”さいしちょうをも凌駕りょうがする外なる神々アウターゴッズの一柱なのだ。

 頼もしい仲間が増えたからこそ油断は禁物。

 誰一人として失いたくないツバサからしてみれば尚更なおさらだった。

「どんなメンバー構成になるッスかねぇ」

 自分のデスクへと移動するフミカも興味があるようだ。

「さて、どうなるかな……」

 ツバサはデスクに頬杖ほおづえをついて軽く目を閉じた。

 頭の中で軽く思い浮かべてみる。

 五神同盟(エンテイ帝国も含む)に属して、最低でもLV999スリーナインに到達しており、なるべくならば戦闘能力に秀でている。この条件に該当がいとうする人物をピックアップしてみるが、それ以外の人材にも目を向けるべきだろう。

 見込みのありそうな顔を並べてみたツバサは、静かに微笑んでいた。

「みんな成長中だからな。誰が選ばれてもおかしくない」

 ただし幼年組ようねんぐみはダメ――最前線さいぜんせん出張でばるには早い。

 ツバサの内なる神々の乳母ハトホルが、子供たちにそう駄目出だめだしをしていた。

「あ、そうだオリベのじいちゃん」
「はいミロ殿、何でござりましょうか?」

 ツバサの膝に乗っかったままのミロはオリベに声を掛けると、祖父にお小遣いをせびる孫のように広げた両手を突き付ける。

「さっきのエッチなツバサさんが描いてある扇子、ちょーだい!」
「今ごろ蒸し返すのかそれ!?」

 ツッコむツバサを余所よそにオリベは上機嫌で立ち上がる。

 例の破廉恥ハレンチ扇子せんすを広げながらだ。

「さすがミロ殿、お目が高いですな。数なら用意しましたので一向に構いませぬぞ。して……十二種類ありますがどれになさいますかな?」

「全部! 使用用、保存用、鑑賞用、布教用って四本ずつちょーだい!」

 いいかげんにしろ! とツバサはミロとオリベを叱りつけた。

 仕事をすべき執務室から、ややしばらく賑やかな談笑が響き渡った。

   ~~~~~~~~~~~~

 一方その頃――ルーグ・ルー輝神国きじんこく

 国が一望いちぼうできる高台では、レンとアンズはのんびり過ごしていた。

 ルーグ・ルー輝神国 剣士 レン・セヌナ。

 小学生と思われても仕方ない、と自身も認める小柄な少女だ。

 こう見えても実年齢は17歳の高校生です。

 童顔どうがんながら感情表現の希薄きはくなクールビューティだと自認しており、メンタル的にもダウナー寄りなので落ち着き払った印象が強い。

 決して人嫌いではないのだが、愛嬌あいきょうとぼしいのは生まれ付きである。

 青味あおみの目立つくせのないストレートヘアをまげみたいなポニーテールに結い、羽織る陣羽織じんばおりふうジャケットや首にまとう愛用のマフターも寒色系かんしょくけい。着物めいた上着にはかまみたいなズボンと、サムライを意識したファッションで統一されていた。

 背負うは身の丈に届きそうな大太刀おおだちさや

 こうしたキャラクター性から、サムライ娘の愛称がよく馴染なじむ。

 レン自身、VRMMORPGアルマゲドン時代から剣士として職能ロールを磨いてきたので、凄腕すごうで剣客けんかくを意識したこの格好で通してきていた。

 丘の先端せんたん――踏み出せば崖下がけしたまで真っ逆さまな突端とったん

 そこにレンはあぐらで座り込んでいた。

 レンのそばではアンズが大の字を書いて昼寝を満喫中まんきつちゅうである。

 ルーグ・ルー輝神国 戦士 アンズ・ドラステナ。

 現実リアルから引き摺る幼馴染みの腐れ縁、姉妹みたいに育った親友だ。

 レンと違って女子としては高身長の170㎝弱はあり、スリーサイズも出るところも引っ込むところも程良く凸凹おうとつがある魅惑みわくのナイスバディ。

 桃色のふわふわしたロングヘアはくしけずらずワイルドで野放図のほうず、健康優良児な肉体美を覆うのはビキニアーマーとブーツのみ。後は頭部を残したとある獣・・・・の毛皮を頭から被ってマントの代用品としているくらいだった。

 風体こそ蛮族バーバリアンだが、顔立ちは人懐っこくてお上品。

 このアンバランスな外見から“ふんわり蛮族バーバリアン”と呼ばれている。

 レンが「スン……」という雰囲気の美少女ならば、アンズは「ほにゃあ~」という感じなので、まるっきりタイプが違う。性格のベクトルも別方向だ。

 まったく異なるからこそウマが合うのかも知れない。

 ――今日のレンとアンズはお休みです。

 破壊神ロンドの巻き起こした大戦争が終結してから早数週間。

 戦後せんご処理しょり復興ふっこうは手間こそ掛かるもののとどこおりなく進行中。四神同盟もレンたちのパーティーリーダーである銃神ガンゴッドジェイクが新たに加わり、五神同盟となって新たな門出かどでを切り出したばかりである。

 だが――喜んでばかりもいられないらしい。

 レンたちが暮らす中央大陸から海を越えて遙か南方。

 そこに広がる南方大陸では、以前ツバサさんたちが撃退したという超巨大蕃神をもひれ伏す外なる神々アウターゴッズというバケモノが暴れているとのこと。

 放っておけば真なる世界ファンタジアを滅ぼしかねない。

 戦後処理が片付いて同盟各国が落ち着き、先の大戦争での戦いによる負傷ふしょう疲労ひろうえて、諸々もろもろの準備が整った頃、五神同盟は南方大陸へおもむくという。

 遠征隊えんせいたい編制へんせいして外なる神アウターゴッド討伐とうばつに向かうそうだ。

 ちゃんと休むのも仕事の内。

 だから交代で休息を取っており、今日はレンとアンズが非番だった。

「……遠征隊、私も入れるかな」

 ボソリと望みを呟いたレンは眼下がんかに広がる光景を見遣みやる。

 そこにはルーグ・ルー輝神国が広がりつつあった。草原にポッカリ浮かんでいるようなそれは、まだ都市というには若々しい街くらい規模きぼに過ぎない。

 それでも――レンたちの建てた国なのだ。

 還らずの都周辺は見渡す限りの草原地帯に恵まれている。

 だが完全な平原というわけではなく、小高い丘になっているところや標高ひょうこうこそ低いが適度に盛り上がったゆるやかで大きな山もあった。

 草原には林や森も点在てんざいしている。

 おかげでルーグ・ルー輝神国やタイザン府君国の住民は、様々な用途ようとで用いられる木材の調達ちょうたつに困らない。ありがたいことだった。

 これもクロウ様の御加護ごかご――キサラギ族の人からそう聞いた。

(※クロウ第二の過大能力オーバードゥーイング【不浄は輪廻転生リンカネーションを経て浄・クリーン化されよ】・フィルターは、汚れた“気”マナを吸い込んで清浄な“気”マナに浄化することで世界に還元かんげんする。これで蕃神ばんしんの垂れ流した瘴気しょうき破壊神ロンド毒気どくけを洗い流して、環境改善に役立てていた)

 レンたちのいる丘も緑豊かな場所だ。

 芝生しばふみたいに心地のいい下草に覆われていて、とても見晴らしがいい。

 自分たちの国の発展する様子が手に取るようにわかる。

 黄金の起源龍エルドラントの隠れ里から移住してきたドラゴノート族、リザードマン族、ノッカー族、スプリガン族(本隊からはぐれた一部)、そしてタイザン府君国から建国のために助力してくれた種族の皆さん……。

 レンたちの暮らす拠点を中心に、彼らの暮らす街が築かれていく。

「……あのホワイト・・・・ハウス・・・にはちょっと慣れないけど」

 レンたちの暮らす拠点は、どこか見覚えのある白亜の洋館。

 とある国家の大統領がいるとされるあのハウスにそっくりなのだ。

 ソージ先輩の顔を思い出してレンは苦笑する。

 建築を担当した工作者クラフターのソージ先輩曰く「一度作ってみたかった!」とか言い訳していたけれど、住み心地は悪くないので問題はない。

 そもそも、生産系技能スキルをろくに持ってないレンにしてみれば、建ててもらったのだから感謝こそすれ、文句を言える筋合いではなかった。やっぱり手にも職足にも職を持った技術者さんたちは敬うべきである。

 だけど、仰々しくて未だに住み慣れず落ち着かないのは本音だった。

「……この神剣ナナシチも先輩に打ってもらったわけだし」

 手にした大太刀を空へかざすように見つめる。

 レンの愛刀――神剣ナナシチ。

 刀身とうしん厚味あつみはばが目立つ、レンの身長に並ぶほどの刃渡りを持った長刀だ。その刀の腹には等間隔とうかんかくに七つの宝玉が埋め込まれている。

 そこには莫大ばくだい“気”マナ渦巻うずまいており、七つの属性が付与されていた。

 これはレンの過大能力オーバードゥーイング具現化ぐげんかされたものである。



 レンの過大能力――【七つの宝玉にセブン・スロット・七つの神が宿る】セブン・ストック



 レンは自然界の“気”マナを無意識に集めて七つの宝玉にたくわえており、その宝玉ひとつひとつに意味をらすことで、七つの奇跡を起こすことができるのだ。

 凝らす意味は漢字一文字にまとめられる。

 宝玉に“火”の一字を託せば、火炎を自由自在にできる。

 宝玉に“水”の一字を託せば、大量の水を湧かせられる。

 二つの宝玉に“爆”“炎”と凝らし、同時に発動させれば山をも吹き飛ばす爆炎になるし、更に三つ目の宝玉を“大”の属性にすれば、“大”“爆”“炎”となって途方とほうもない爆発を引き起こすことも……。

 漢字の組み合わせ次第では無限の可能性を秘めた能力だ。

(※レンの過大能力オーバードゥーイングに神剣ナナシチは必ずしも必要ではない。“気”マナを溜めるものはレンの任意にんいで決められるため、身の回りにある七つの物品へ適当に配分することもできる。剥き出しの“気”の塊として所持することも可能。レンは一元いちげん管理かんりしたいがために、ソージに注文して神剣ナナシチを鍛造たんぞうしてもらった)

 ――『探』『剛』『炎』『氷』『震』『破』『転』。

 現在、神剣ナナシチの宝玉に刻まれているのはこの七字。

 レンはこれらの漢字を様々な意味でとらえるように考え、造語ぞうごと言われても意味がわかるよう組み合わせ、多彩たさい効果こうかを発揮させることに努めていた。

「だけど……まだ足らない」

 未熟みじゅくを恥じるレンは自らに言い聞かせていく。

 柔軟な思考で漢字を操ろうとも、七文字の組み合わせでは限界がある。

 万能には程遠ほどとく――融通ゆうづうが利くともがたい。

「もっと上手く使つかこなせるようにならなくちゃ……そしたら」

 ――みんなの役に立てるのに。

 懺悔ざんげにも聞こえるうめきを漏らしたレンは、苦悩くのう共有きょうゆうしてもらいたいかのように愛剣あいけんであるナナシチのみねに小さなひたいをコツンと押し当てた。

 ルーグ・ルー輝神国に貢献こうけんできていない。

 劣等感コンプレックスではないが、そんな引け目をレンは感じていた。

 内在異性具現化者アニマ・アニムスのジェイクさんは「オレは銃を撃つことしかできない」と自嘲じちょうしながらも、2つある過大能力オーバードゥーイングのうち1つは自然を調節できるものだ。

 その力で周辺の環境に働きかけ、みんなの暮らしを快適かいてきにしている。

 起源龍オリジンエルドラントさんは防衛ぼうえい担当たんとうだ。

 バッドデッドエンズに襲撃され、しかもレンたちの不注意で殺害されたようなものなので、ルーグ・ルー陣営の抱える彼女への負い目は計り知れない。

 少女の姿で転生できたが、もう起源龍オリジンの姿には戻れないらしい。

 それでも生きていてくれたことにジェイクさんばかりではなく、レンたちも大喜びした。そして、隠れ里を守ってきた結界能力も健在けんざいである。

 ルーグ・ルー輝神国の防衛、防御結界で国土に危険なものを近寄らせない。

 エルドラントさんはこれを一手に引き受けてくれていた。

 マルミさんは何でもできる人だ。

 メイド長として拳銃師ガンスリンガーの他は何もできないジェイクさんに代わり、ルーグ・ルー陣営を切り盛りするばかりではない。

 ――100の資格を持つ女。

 そんな二つ名が似合うくらい彼女は多種多様な技能スキル習得しゅうとくしており、それを国民に教えることで生活水準のレベルを向上こうじょうさせていた。

 ソージ先輩は言わずもがな。

 VRMMORPGアルマゲドン動画配信でお小遣い稼ぎを狙おうとした結果、異世界転移の際に女体化してしまって女子校の王子様が似合いそうなイケメン系美少女に転生してしまったものの、根っからの工作者クラフターであることに変わりはない。

 その物作りスキルで八面はちめん六臂ろっぴの大活躍である。

 後ろで鼻提灯はなちょうちんで眠りこけてるアンズも、こう見えて役に立っている。

 料理、裁縫さいほう園芸えんげい……こうした技能スキルに長けているのだ。

 彼女もマルミさん同様、国民の指導役しどうやくを務めることもある。

 アンズが「面白そう!」という理由だけで習得した生産系技能スキルだが、異世界で生きていく上では欠かせない必須ひっす技能スキルとなっていた。

 家庭的な女子力が思い掛けない威力を秘めていたわけだ。

 御覧ごらんのように、誰もが大なり小なり国のために貢献こうけんできている。

 何もできていないのはレンだけだった。

 いや、別にまったく仕事をしていないわけではない。

 剣術の稽古けいこをつけてくれる剣豪のセイメイさんだって、ちゃんと働いているのにこれまでの生活態度から「ニート乙」と揶揄からかわれているそうだが、レンはおなてつを踏みたくないので一生懸命に頑張っていた。

 剣の腕前うでまえは尊敬するし見習うけど、そこは反面はんめん教師きょうしにさせてもらう。

 だが現状、レンにあるのは剣士としての職能ロールのみ。

 時たま襲ってくる蕃神ばんしんのはぐれ眷族けんぞくを退治したり、生命の気配が戻ってきた草原に立ち入った危険なモンスターを狩ったり……貢献度こうけんどはそれくらいだった。

 剣を振るうこと以外に能がないのだ。

 人によっては「十分だろ」と慰めてくれるかも知れない。

 でもレンは納得できないし、もっと自分にできることがあるはずだと頭を悩ませて、日に日に悶々もんもんとした感情を鬱積うっせきさせていた。

「せめて……過大能力オーバードゥーイングをもっと器用に扱えたらなぁ……」

 これが難しい。レンは思い知らされていた。

 たとえばジェイクさんのように自然環境を調整できるくらい過大能力を使うことができたら、土壌どじょうを豊かにして作物を実らせたり、水がないところに川を引いたり池を作ったり、大地を操って丘陵きゅうりょう地帯ちたい田園でんえんに変えたり……。

 そういう働き方で国の人々を助けられると思う。

 だけど、レンの過大能力オーバードゥーイング融通ゆうづうかないという難点があった。

 神剣ナナシチに宿した七つの力は、設定された漢字を解除すると同時に溜め込んでいた“気”マナまで雲散うんさん霧消むしょうして世界に還元かんげんされていく。

 早い話、リセットすると「最初からやり直し」になってしまうのだ。

 宝玉に新しい漢字を設定して、また一から“気”マナを集め直し、満足に使えるようになるまで、技能スキルでとことん強化バフをしても数時間は掛かる。

 これ、っっっじょぉぉぉに効率が悪い!

 平和が確約されている世界なら構わないだろう。

 しかし、ここ真なる世界ファンタジアはいつ蕃神ばんしんに侵略されるかわからない危険性を孕んだ、生き馬の目を抜くな刹那せつなの大切さを思い知らされる過酷な世界。

 悠長ゆうちょうに構えていたらあっという間に御陀仏おだぶつだ。

 戦闘用に設定した神剣ナナシチの宝玉を、平和利用のために設定し直したところに敵襲でもされたら目も当てられないという話である。

 実際、レンたちは陣営で似たような失態しったいをやらかしていた。

 かつて暮らしていた黄金の起源龍エルドラントの隠れ里。

 ほんの少し留守にしても平気だろうという気のゆるみから主力全員で遠出してしまい、その隙を突かれて隠れ里を破壊神ロンド先兵せんぺいに襲われて、エルドラントさんを失うという大失敗を為出しでかしているのだ。

 あの日に味わわされた苦渋くじゅうは忘れられない。

 愛した女性エルドラントを失ったジェイクも我が身をさいなむほど己の愚かしさを責め立て、ついには里を襲撃したバッドデッドエンズであれば見境なく誅殺ちゅうさつするような復讐鬼へと駆り立ててしまったほどである。

 悔やんでも悔やみきれない罪悪感はまだぬぐえない。

 エルドラントさんが蘇ってくれたのが、せめてもの救いだろう。

 レンもこの苦い経験をかてとしている。

 前述した宝玉の設定をおいそれと変更しない理由はそれだ。

 今の設定がベストラインナップなのだ。

 国のために役立てるよう宝玉の設定を変えたところで、襲撃イベントが発生することも普通に有り得る。変更するすきを突かれたくなかった。

過大能力オーバードゥーイング解釈かいしゃくの仕方次第でいくらでも強くなる……」

 神剣ナナシチにひたいを押し付けたまま繰り言を漏らす。

 剣術を教えてくれるセイメイさんや、ジェイクさんのお友達で最強オカンと名高いツバサさんは、強くなるためのアドバイスをくれた。

 しかし、レンはせっかくの助言じょげんかすことができずにいた。

「私の場合……理想的なパワーアップの仕方は……」

 7つの宝玉で飾られた愛剣。

 その新たな運用方法を剣身に頭をこすりつけながら思案しあんする。

「宝玉に宿した“気”マナはそのままに、奇跡を起こす漢字をこう……なんというか、スライドさせるみたいに入れ替えることができたらいいんだけど……」

 宝玉に溜め込んだ“気”は散らさずに維持いじする。

 宝玉から力を発動させる際、その力が向かう先の方向性を決める漢字一字だけをスルリと別物に変えられればいい。たったそれだけの話だ。

 これができるだけで、レンの過大能力オーバードゥーイング用途ようとはばがグンと広がる。

 一段飛びどころか十段飛ぐらいのスピードで飛躍ひやくできるだろう。

「それができないから苦労してるんだよ……ッ!」

 ガンガンガン! とレンは頭蓋骨ずがいこつにジンジン響く勢いで刀身とうしんみね頭突ずつきを敢行かんこうしてしまった。不甲斐ふがいない自分を痛めつける自傷じしょう行為こういだ。

 苛立ちのまま頭突きを繰り返し、鬱憤うっぷんを晴らすように愚痴ぐちを飛ばす。

「えーっと、アレだアレ! マンガとかアニメとかゲームとか……そう特撮ヒーローによくいるじゃん! カードとかメダルとか小道具ガジェットを変身アイテムにセットすると、あっという間に別の変身モードに切り替えられるやつ! あれメッチャ羨ましいわ! 私のナナシチもそんくらい使い勝手がよければ……ッ!?」

 不意にていこつから駆け上る怖気おぞけに見舞われる。

 得体えたいのない何かが這い寄ってくるみたいな、未知の恐怖を感じた。

「――れ・ん・ど・の♪」

 レン殿と耳元で囁かれた!? しかし背後に気配は感じない。

 だが、確かに男の声で耳打ちされた。

 一緒に甘い吐息も吹きかけられたので、耳の辺りの神経が敏感なレンはゾクゾクと寒気さむけまで覚えながらも、それ以上に戦慄せんりつに震え上がってしまった。

 こんな至近距離まで忍び寄られて察知できなかった!?

「――ぴゃひぇうひょわああっ!?」

 意味のない叫びが奇声となってレンののどからほとばしる。

 それでも心の奥底では出し抜かれた怒りと気付けなかった未熟さが化学反応を起こし、レンの闘志とうしを爆発的に燃え上がらせる。

 7つの宝玉を宿した愛剣を持つ手は脊髄せきずい反射はんしゃで動いていた。

 あぐらをかいたままの体勢だが、腰のバネを全力で弾ませると上半身をフル回転させて、そこに神剣ナナシチを振るう遠心力えんしんりょくも加え、一息で背後に迫った不審者ふしんしゃを斬り伏せるような斬撃をお見舞いしてやる。

 しかし、奇襲に即応したはずの一太刀は空振りに終わった。

 レンの後ろには、相変わらず大の字を書いて眠りこけるアンズのみ。

 神剣ナナシチの刃はサッカーボール大に膨れたアンズの鼻提灯はなちょうちんを割ることなく、綺麗に真っ二つにするだけで終わってしまった。

 熟睡するアンズを目覚めさせもしない。

 ……あれ、確か鼻提灯の構成材料って鼻水はなみずとかだよね?

「うわっ、ばっちい!」

 レンは急いでハンカチを取り出すと、「ゴメンねゴメンね!」と愛剣を綺麗きれいに吹き上げてやった。7つの宝玉も光り輝くまで磨き上げてやる。

「ンーフフフ……お美事みごと見事みごと。まさに絶技ぜつぎですな」

 ――鼻提灯を西瓜スイカよろしく両断とは。

LV999スリーナインとなりけん妙技みょうぎも冴えたようですな、ンン結構結構」

 またも背後から声がする。しかし、今度は距離があった。

 丘の先――空中に気配が浮かんでいた。

 気配の主は下手したてから褒めるような口調だが、上から目線で言い聞かせるような言い方でもあった。この独特の喋り方は覚えがある。

 あの慇懃いんぎん無礼ぶれい生臭なまぐさ坊主ぼうずのものだ。

 初期接ファースト近遭遇コンタクトが最悪だったため、彼に対するレンの印象は最悪だった。

 もう小細工はするまい。レンはこれ見よがしの嘆息たんそくを吐きながら絵に変えたようなジト眼で振り返る。念のため、神剣ナナシチは握ったままだ。

「……何の用ですか、ソワカさん」

 丘から飛び出したところに、彼は飛行系技能を使って佇んでいた。

 イシュタル女王国 客将きゃくしょう 怪僧かいそうソワカ・サテモソテモ。

 長身ちょうしん痩躯そうく、いや長身ちょうしん巨躯きょくのお坊さんである。

 全長は2m近いが巨体によくあるアンバランスさはなく、頭身も五体も均整きんせいが取れている。顔立ちも怪しい詐欺師さぎしみたいな万年愛想笑いに目を瞑れば、男前っぽいイケメンとして認めてあげてもいいかも知れない。

 しかし、彼が真顔なところを見たことがなかった。

 僧侶そうりょなのに剃髪ていはつせず、背まで届くほど長い黒髪を垂らしている。

 墨染すみぞころも袈裟けさだけはまともで寺の住職らしい風体。

 最初レンとアンズの前に現れた時は、ソシャゲが格闘ゲームの色物キャラみたいにデザインされた僧服を着ていたので呆気に取られたものだ。

 まあ、中身と性格は変わらないので大差ないのだが……。

「ンンンフフ、何の用とは素っ気ないですな」

 人に七癖、ソワカは含み笑いを漏らす話し方を好んでいた。

「ま、私たちの出会いを振り返れば無愛想ぶあいそうになられるのも致し方なきこと……それに若い娘さんにつれなくされるのもなかなか乙なものですな」

 ンフフ♪ とソワカはレンの冷たい態度に喜んでいるようだった。

「……世間じゃそれはマゾっていうんですよ?」

 合いの手くらいは入れてあげよう。一応、同盟の仲間だから。

 そう――当初ソワカは敵として現れた。

 しかもレンたちの仇敵きゅうてき、バッドデッドエンズを名乗ってだ。

 ソワカ自身“八天峰角エイトホーン”という弟子たちをバッドデッドエンズによって皆殺しにされた過去があり、一大勢力を築いていた彼らに対抗できる仲間を求めて、レンたちルーグ・ルー陣営に接近してきたという事情があった。

 何のことはない――ソワカもまた復讐者ふくしゅうしゃなのだ。

 しかし、弱い仲間ではバッドデッドエンズに殺されるのが関の山。

 ソワカと本気で相対せる実力と、破壊神ロンド率いる超常殺戮集団と本気でう覚悟がある者のみを選ぶつもりだったらしい。

 ルーグ・ルー陣営の前に現れたのは、こちらの力量を試すため。

 早い話、腕試しが目的だったそうだ。

 悔しいがレンとアンズではソワカに歯が立たず、ソージ先輩でようやく対等に渡り合えるレベル。復讐に取り憑かれたジェイクさんが「バッドデッドエンズ全員殺すマン」状態で出撃して、ほぼ瞬殺したようなものである。

 しかし、ソワカはあくまでも腕試しがメイン。

 こちらを害するつもりはなかったようなので、もしも本当の意味で本気の殺し合いをしていたら、どんな結末を迎えていたかは定かではない。

 少なくとも――レンは未だに勝てる気がしない。

 真なる世界ファンタジアの一日が一年になる異相いそうがある。

 破壊神との大戦争が始まる前のこと。

 アンズとともにその異相を訪れたレンは、猛特訓を経ることでLV999スリーナイン昇格しょうかくすることができた。ソワカと同じステージに立ったはずなのだ。

 なのに、こうして再び対峙たいじしても勝算しょうさんが見当たらない。

 ジェイクさんやマルミさん、そしてツバサさんに敵わないのは仕方ないとしても、この男の常闇とこやみのような底知れなさには反射的に尻込みしてしまう。

 最初の出会いが精神的外傷トラウマになっているのか?

 そうした要因よういんも少なからずあるだろうが、理由はきっと単純なのだろう。

 ソワカは強い――レンやアンズより断然。

 ほぞむ思いだが、その事実は火を飲む気持ちで受け入れねばならない。

「それで……何の用ですか?」

 レンは突っ慳貪つっけんどんに最初の質問を繰り返した。いつでも動けるように片膝を立てて、何が起きても即応できる準備も忘れない。

 既にソワカは味方だが、まだ全幅の信頼を寄せることはできなかった。

「ンフフ、なぁに大した用ではございませぬよ……レン殿、以前お手合わせした時、私がこんな話をしたことを覚えておられますかな?」

『そこな侍お嬢さん――私たちの出会いは合縁奇縁あいえんきえんですな」

『貴方と拙僧の過大能力オーバードゥーイングは似ております』

 ソワカが右手を開くと、そこに野球ボール大の宝珠ほうじゅが現れる。

 レンの持つ神剣ナナシチに嵌められた宝玉ほうぎょく酷似こくじした輝きを放つそれには、明朝体のような字体で“水”の一字が認められていた。

 あれがソワカの過大能力を具象化ぐしょうかしたものだ。



 ソワカの過大能力――【我が意をサウザンズ・叶えよ万感のエモーション如意宝珠】・チンターマニ



 視界を覆うほどの大量の宝珠を意のままに操る。

 その“気”マナで凝らした宝珠に漢字を記すことで、文字のままの属性を帯びた奇跡を起こさせる能力だ。確かにレンの過大能力オーバードゥーイングと似たところがある。

 ……あまり歓迎したくない共通点だけど。

 ただし、その利便性りべんせいに関してはソワカに軍配ぐんばいが上がった。

 宝珠のひとつひとつがそれほど大きくないため再装填さいそうてん容易よういであり、数や大きさを調整することで臨機応変りんきおうへんに対応でき、千差万別せんさばんべつの効果が期待できる。

 これまた屈辱的くつじょくてきだが認めるしかない。

 酷似というより相似、性質は同じだが効果に差があるようだ。

 ――いや、違う。

 先のセリフを言われた時、ソワカはこうも言っていた。

『侍お嬢さん、あなたの力はまだ融通の利かないところがあります。それは能力の質ではなく、精進不足ゆえの未熟さということもありましょう』

 精進しょうじんが足りていないから使つかこなせない、という意味だ。

 つまり、努力次第でパワーアップの余地があるということ?

「あなたの過大能力オーバードゥーイング……正しく昇華しょうかさせてみたいと思いませんか?」

 ソワカの掌中しょうちゅう宝珠ほうじゅがクルリと回転する。

 さっきまで“水”と書かれていた宝珠は“金”となり、また回転すると今度は“火”に、その次は“大”、次は“闇”“氷”“当”“龍”……。

 目まぐるしく文字を変えるソワカの宝珠。

 同時にそこへ凝らした“気”マナの属性も文字通りに変化させていた。

 早業はやわざやトリックで別の宝珠に取り替えている気配はない。同一の宝珠を属性変化させることで、表面に現れる漢字も変わっているのだ。

 これだよ――レンわたしが求めているものは!

「この手管てくだ……拙僧せっそうでよろしければレン殿にご教授きょうじゅいたしましょうか?」

 思い掛けない提案を持ち掛けてきた。

 ある意味、心のどこかでびた展開かも知れない。

 目の前にニンジンをぶら下げられた牝馬ひんばの気分になるが、我を忘れて食いつくほどレンは安い女じゃない。ソワカと揉めた一件もブレーキになっていた。

 立ち上がったレンは静かに身構える。

「……何が望みですか?」

 悪魔との契約を前にした心持ちでレンは恐る恐る詰問きつもんする。ソワカは愉悦ゆえつするあまり恍惚こうこつの瞬間を迎えたかのように破顔はがんした。

 そして、息も忘れて弁舌べんぜつまくてる。

「ンンーフフフゥ♪ 望みなどと……そんな大それたものはございませぬ。拙僧、怪しさフルドライブやも知れませぬが、こう見えて名の知れた仏門の総本山にて正しき仏道ぶつどうをで学んできた身なれば、異世界に飛ばされようとも僧籍そうせきにあることを片時かたときも忘れたことはございませぬ……これはあくまでも善意ぜんいからの申し出」



 五神同盟の皆様が強くなれば――真なる世界ファンタジアに平穏が訪れる。



 それが拙僧の切なる願い! とソワカは大仰に言い張った。

「そのためならば拙僧せっそう粉骨ふんこつ砕身さいしん一念いちねんにて皆様みなさまのために我が身を捧げる覚悟を決め……ンンンンフフフゥ! 饒舌じょうぜつを振るう度にレン殿の眼差しが八寒はっかん地獄じごく颶風ぐふうが如く冷ややかになっていきますぞぉぉー!」

 ソワカは片手で目元を覆いながら天を仰いで悶絶した。

「そりゃあペテン師みたいなオッサンが正論せいろんをかましてきたら……」

 ねえ? とレンは酷薄こくはく疑問形ぎもんけいをぶつけた。

 はっきり言って信じられない。胡散臭さがメーターを振り切ってる。

 悪い人じゃないのは確かだ。そこは信じてあげてもいい。

 そうでなければ五神同盟の代表者たちから同盟加入を認められるわけはなく、イシュタル女王国に客分として迎えられるわけがないからだ。

 それと――八天峰角エイトホーンけんもある。

 ソワカが弟子たちかれらの死を悼む気持ちに嘘偽りはない。

 無数の数珠を首から提げた怪僧だが、その中に隠れて八本の角で作られた首飾りが垣間見える。これは八天峰角エイトホーンが遺した数少ない遺品だ。

 肌身離さず持っているところに、抱えたじょうの深さを感じる。

 ルーグ・ルー陣営での仇討ちはひとまず終了した形だが、ソワカの仇討ちはまだ現在進行形だと聞いている。そこもお悔やみ申し上げるしかない。

「……ンフフフ、信じていただけませんか?」

 片手で顔を覆ったソワカは、天を仰ぎながら含み笑いを続けていた。

 掌の隙間からギロリと凄まじい眼光が飛び出してくる。

 思わずレンが射竦いすくめられていると、ソワカは声のトーンを落としてきた。

「では……拙僧せっそう心積こころづもりを聞いていただきましょうか」

 真面目に愛しさと切なさと寂しさをまぶした、ソワカらしくない声に聞こえたのは気のせいではないと思う。

「……心積もり?」

 心の中で立てた計画、予定、胸算用むねざんよう……そんな意味のはずだ。

 立てた人差し指の上にクルクルと回転する宝珠を乗せたソワカは、口角を釣り上げて目尻を細めると、おどろおどろしい笑顔を形作った。

 とてもわざとらしい作り笑顔で怪僧は告白する。



「拙僧はレン殿を強くなっていただきたい――これは利己的な・・・・理由・・からです」



 それは本心を隠すための仮面、道化師のような笑みだった。


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