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第20章 ハンティングエンジェル オンステージ!
第479話:意図と思惑と心積は悲喜交々
しおりを挟む「これは――単なる判じ物ではありませんかな?」
不意に乙将オリベが声を上げた。
ハンティングエンジェルスが南海より届けてきたMVの意味がわからず、ツバサを始めとした面々が頭を悩ましていた時のことだ。フミカなんて無言でナノメモリの全データを洗い出して、暗号化されてないか調べていた。
誰もが押し黙る瞬間を見計らい、ソッと言葉を差し込んでくる。
機を見極めた老獪の為せる話術だ。
チョイ悪親父な数寄武将にみんなの視線が集まる。
注目が集まったのを確認したオリベはトレードマークのチョビ髭を筆先でも整えるように摘まみながら、したり顔で愛想を振りまいていた。
「そう難しく考えることもありますまい」
誰にでもわかる判じ物でございますよ、とオリベは繰り返す。
「判じ物……今で言うクイズやナゾナゾッスね。つまり、これは深く考えずにそのまま答え合わせをすればいいだけの代物……ってことッスか?」
「左様、頭を悩ませば損をしますぞ」
フミカに頭を柔らかくするよう促したオリベは、老いを感じさせぬ仕種でソファから立ち上がると、執務室の宙に浮かんだスクリーンを指差した。
失礼、とオリベは断りを入れてスクリーンに手を伸ばす。
展開させたのはフミカだが拡大や縮小にスクリーンの移動など、この技能を習得すればある程度は操作に介入できるようになる。
そして、オリベはちゃっかり技能を習得済みだった。
ツバサやフミカ、同僚のダグも使っていたので羨ましくなったらしい。この御仁、新しい物が大好きなのでお年寄りらしからぬ吸収率なのだ。
英語などもツバサたちの会話から学習しつつある。
情報官アキに頼んで現代の書物も取り寄せ、日夜研究に勤しんでいた。
MVを乗せたドローンの軌跡を辿る海図。
それが映し出されたスクリーンを指してオリベは続けた。
「よろしいですかな? 少女たちが踊る歌謡は南の海より届けられました。そして、先ほどからの様子を見るに複数ある演目のうち、恐らくは一番最初に据え置かれていた歌謡が、あの、何と申しましたか……」
「Let's Go Blue Oceanだよ」
そうそう、とミロからの助け船にオリベは相好を崩す。
孫娘に駄々甘な祖父のように蕩けた笑顔だった。
「忝いミロ殿……その“れっつごーぶるーおーしゃん”でしたかな。英語で『青い海へ行け!』という意味なのでございましょう? 南海からの封書を開いて最初にそう書かれていれば、便りを受け取った者が最初に抱く印象は……」
「南海に来い……と誘われちょうよな」
「そのまま受け取って構わない、ということですか?」
ダインが率直に述べるも、ツバサは懐疑的に問い掛けてしまう。
――あまりにも安直すぎるからだ。
「いやぁ、でもこれ……怪しさ100%ッスよ?」
フミカも同様だ。だからこそ内部に暗号化されたデータがないかとあの手この手で躍起になって分析し、そこに意味を見出そうとしていた。
しかし、何も見付からないので困惑しっぱなしなのだ。
「勘繰りたくなるのもわかりますぞ」
某も覚えがありますからな――オリベは苦笑する。
戦国時代を生き抜いた積年の経験がある、深みを湛えた笑みだ。
「信長公の使い番として身を立ててきた某にすれば、携えた密書が本物か贋物かを疑われることなぞままありましたな。同盟を結んだ国へ封書を懐に赴いたとしても、あちらの大将へ届くまでの間に敵方と内通する家臣によって書き替えられ、あらぬ嫌疑を掛けられたこともしばしば……」
(※使い番=敵味方問わず相手に手紙を届ける役。重要度の高い手紙ほど敵味方問わず狙われるため、命懸けの危険な仕事でもあった)
然もありなん、ツバサは頷かされてしまう。
「オリベさんの時代なら偽造もやりたい放題だったでしょうからね」
当人が書いた証として署名をしたり、真似できないよう図案化した花押という印もあったが、手描きなので真似されるのは必定だった。
「なればこそ――我らは頭脳を使いました」
ほくそ笑んだオリベは手にした扇子で禿頭をペチリと叩いた。
「某のような数寄武将は相手に届けたい思いを手紙に記さず、数寄を解する者のみに読み解ける贈り物に託してその真意を伝えたのです」
古田織部の生きた時代は策謀の時代でもあった。
天下統一を成し遂げたのは豊臣秀吉だが、立身出世で太閤まで成り上がった彼は一族を盛り立てる身内に恵まれず、その政権は盤石と言えなかった。
(※農民出身とされる秀吉には、大名として歴史を重ねてきた織田家や徳川家のように代々仕えてきた家臣や武家の親族がいなかった。身内に恵まれないとはそういう意味。異父弟の豊臣秀長や縁故の加藤清正や福島正則など、頼りになる身内はいたのだが、信長や家康に比べればその数は少ない)
それでも秀吉に恩顧ある大名たちは彼に忠誠を誓う。
親分肌で面倒見がいい秀吉に恩を感じた者は多かった
対する徳川家康は正当な清和源氏の末裔であり、豊臣政権で№2の地位に就きながら虎視眈々と徳川派となる大名を募っていた。
当時の日本は豊臣派と徳川派に二分されていたわけだ。
やがて関ヶ原の戦いが起こり、大阪の陣で雌雄を決することとなる。
「徳川方と豊臣方の中核にいる者は、派閥に属する大名や武将たちの動向にギラギラと目を光らせておりました。内通、謀反、裏切り、引き抜き、密談、鞍替え……そんな裏工作が日常茶飯事でしたからな」
大名としての生き残りをかけた暗闘に明け暮れたわけだ。
物理的な戦とは別の意味で苦心したに違いない。
戦国時代の裏側にツバサは唸らされる。
「なるほど、そうなると手紙のやり取りなどもそれぞれの派閥によって検閲されかねない。迂闊に本当のことは書けないから……」
「数寄に本心を隠した贈り物の出番となるわけです」
ご理解いただけましたかな? とオリベはちょっと得意気だった。
古田織部は天下一の茶人として、豊臣方にも徳川方にも顔が利いた数少ない大名の一人だ。当然、どちらからも色眼鏡で見られたはずだ。
数寄を暗号に使わざるを得ない状況だったのは想像に難くない。
「お市の方が贈った小豆の袋みたいな話ッスか?」
フミカは思い当たる逸話があるようだ。
戦国の覇王――織田信長。
その妹であるお市の方は戦国一の美女として名高く、北近江を治める浅井長政の元へ嫁に出され、織田家と浅井家の同盟を結ぶ架け橋となった。
この浅井家は越前を治める朝倉家とも長い親好があり、浅井家は織田家との同盟を結ぶ際に「朝倉家は攻めないでね?」と注文をつけるほどだった。
しかし、織田信長はこの約束を反故にした。
信長にすれば「約束を破ったのは朝倉!」と言いたいだろう。
信長が神輿に担いだ足利義昭が新たな将軍となり、全国の大名は将軍就任の挨拶に出向かなければならならなかった。これは当時の風習であり、どれだけ足利家が衰退していようとも守らなければならない仕来りだった。
朝倉家はこれを完全無視。
信長の傀儡となる新将軍への挨拶を拒否したのだ。
これに面子を潰された信長は大激怒。浅井家との約束も忘れて、名だたる武将を引き連れると問答無用で朝倉家に攻め込んでいった。
浅井家は信長を裏切り、長らく縁を結んでいた朝倉家の味方に付いた。
前門の朝倉家――後門の浅井家。
退路を塞がれたことを知らない信長は、一気呵成に朝倉家を攻め滅ぼそうとするが、そこへ浅井家に嫁いだはずのお市の方から陣中見舞いが届く。
それは上下が縛られた袋に入った小豆だった。
手紙はなく、「陣中にて菓子でも作られるように」と一文添えただけ。
小豆は信長の大好物。それが上下とも塞がれた袋に入っている意味、それは自分の置かれた立場が袋のネズミだということ。
即座に読み解いた信長は、浅井家が叛意を翻したことを知る。
ここから織田信長、木下秀吉、明智光秀を苦しめた死に物狂いの撤退戦。世に言う“金ケ崎の退き口”が始まるのだが、これはまた別の話。
「……これもまた判じ物ッスよね」
あるいは洒落がわかるからこそ伝わる内緒のメッセージだ。
しかしオリベは「うん?」と訝しげに首を傾げた。
「お市様から陣中見舞い? はて、そのような話は聞いておりませぬが……金ケ崎の一件は斥候の報告により浅井家の裏切りが露見したはず……」
「あ、やっぱりこれ創作っぽいんスね」
フミカはがっかりすることなく腑に落ちた様子だった。
歴史の生き証人からの証言で納得したらしい。
歴史マニアの間では有名なエピソードだが、証拠となる歴史資料がかなり後世に書かれていたので、少々信憑性に欠ける話だったそうだ。
やれやれ、とオリベも次第を聞いて嘆息する。
「いつの世の人間も見聞きしたものに尾鰭を付け足したくなるようですな……それはさておき、こちらのMVなる歌謡を送りつけてきた者の意図は、秘密の文章を託したのではなく、公然とした判じ物を投げ掛けてきたように思われます」
更にフミカからスクリーンを借りるオリベ。
MVやそれを運んできたドローンをクローズアップしていく。
「探索の結果として発見された五つの飛翔体。恐らく、数はこれに留まらないと見てよろしいでしょう。この一様に北を目指すもてんでバラバラな経路……ひとつでも多く各地にばら撒きたいという思惑が覗けますゆえ」
たった五機のドローンなわけがない。
残骸も含めて五機も発見された時点で、それ以上の数の軍用ドローンが南海から飛び立っているのは間違いない。
オリベの推論にツバサたちは黙したまま耳を傾ける。
「他の飛翔体は途中で海に落ちたか、怪物に打ち落とされたか、あるいは我ら以外の何者かによって回収されたか、それは見当もつきませぬが……」
「総数は二桁、もしく三桁を数えるかも知れませんね」
「それだけの数をばら撒くとなれば、秘密もへったくれもありますまい」
オリベは手にした扇子をバッと広げた。
そこに描かれたツバサが天女のコスプレをして横たわる姿(生地がシースルーなのでボディラインがスケスケでとても際どい)に目を奪われてしまった。
この隙を突いてオリベは勢いのまま話を捲し立てる。
これも話術――虚を突く主導権の取り方だ。
「皆様方、これを目にした瞬間こう思われたに違いない」
こちらが絶句する間にオリベは確信に触れる。
「これは喧伝――ハンティングエンジェルスを世に知らしめるためのものだと」
「本当に……それだけのものだと? しかし……」
まさかの思いで呟きながらも、ツバサの手はオリベから破廉恥扇子を取り上げようと動いていた。パチリと扇子を閉じて逃がす数寄武将。
「左様、それ以上でも以下でもございますまい」
でなければ説明が付きませぬ、とオリベは理由を並べていく。
「数を頼みに方々へ当て所なく伝書鳩を飛ばすような所業、そこに記されたのは視聴するために用意された楽団の演目、暗号でも含まれるのかと調べても分析を得意とするフミカ殿の御力を以てしても何も見当たらない……」
ならば――そのままだと受け取るより他ない。
誰に拾われても構わない、とばかりに複数飛ばされたドローン。
この数の多さが宣伝であることを裏付けている。
ハンティングエンジェルスはこの真なる世界でも元気でやっていること。そして「私たちは南海にいるから会いに来て!」と誘っているのだ。
それはもう誰彼構わず――のべつ幕なしに。
「判じ物らしい点と申せば、八曲ある歌謡の最初を“青い海に行け”という題目にして強調し、飛翔体が南海から来たことを照らし合わせる点のみ」
「私たちに会いに南の海へ来てねー、的な感じ?」
「……そんなのわかりやすすぎませんか?」
イヒコとヴァトの姉弟が子供らしい異を唱えた。
オリベは柔らかく片手で制した
「いえいえ、この場合は深読みは禁物なのです。深読みしたところで得られるものがありませんからな。現にツバサ殿を始め、皆様も思考の袋小路に迷い込みかけておられた……イヒコ様が仰ったままが正解なのです」
「……ありもしない謎を作ろうとしてただけか」
深読みが過ぎたな、とツバサは嘆息とともに反省した。
この真なる世界が置かれた情勢や、度重なる他勢力との抗争や軋轢を経験してきたがゆえに、慎重であろうと心掛けるあまり疑り深くなっていた。
ツバサの場合、武道家として先読みにも長ける。
先の先を読もうとするあまり、自分で自分を化かしたようなものだ。
「何事も鵜呑みにしてはならぬのが戦国の世の習い……されど、疑念に囚われて目の前の出来事をありのままに受け入れられぬのは感心しませぬぞ?」
オリベはツバサたちをそう諭したのだ。
「すみません……完全に読み間違ってました」
ツバサは頭を押さえて反省の意を述べ、素直に間違いを認めた。
うんうん、とオリベは聞き分けのいい若者に成長の芽を見出したかのように顔を綻ばせると、年寄りらしいフォローも忘れない。
「しかし、こういう深読みの仕方はアリかも知れませんぞ?」
オリベは大型スクリーンを操作し、再びLet's Go Blue OceanのMVを流した。
画面からツバサたちに振り返って問い掛けてくる。
「こちらの歌謡が届いたことへの第一印象は如何なものでしたかな?」
――怪しい。
満場一致でこの一言に尽きた。
前触れもなくいきなりドローンが飛んできたかと思えば、運ばれてきたのは現実世界で大人気なヴァーチャルアイドルのMV収録のナノメモリ。
なんだこれ? と首を捻るのが関の山だ。
そして、ツバサたちのように深読みして疑心暗鬼のド壺にハマる。
「一応、補足説明するッスけど――」
フミカが挙手すると、時系列を示したスクリーンを開示した。
「アキ姉に調べてもらったところ、ナノメモリにあった八曲のうち七曲はハンティングエンジェルスの発表済みの楽曲だったッス。だけど、このLet's Go Blue OceanっていうMVだけ未発表……現実世界では確認できなかったッス」
念のためツバサは訊いてみる
「映像偽造や画像合成……AIで作られた可能性は?」
「そこはウチとアキ姉で二重検査済みッス、可能性はほぼ0に近いッス」
98.0921%本物だと判定されたそうだ。
するとツバサを真似するみたいにミロもフミカに質問した。
「0.1%ちょいの違いはなんなん?」
「MVってどれだけちゃんと撮影できてても、編集という名の改善は欠かせないんで、そこが加工と判定されちゃうんスよね。そのパーセンテージッス」
――未発表の音源が使われたMV。
合成されたものでない以上、このデータを真なる世界に持ち込んだ者はハンティングエンジェルス自身か、彼女たちに近い関係者しか考えられない。
ツバサは超爆乳を支えるように腕を組む。
「……だとしても、いきなりばら撒かれたら怪しさ満点だ」
呆れた吐息を漏らす母親に子供たちも同意する。
「MVに込められちょうナゾナゾをストレートに解いても尚更ぜよ」
「手紙も説明も添えられなくて、ただ『南の海に来てね!』って……トラップ満載でお出迎えされるかもと思って二の足踏んじゃうッスよ」
ダインとフミカも愚痴るが、傍らのミロはツバサに訊いてきた。
「でも……行くんでしょ?」
行くさ、とツバサはミロの頭を撫でながら即答した。
「遅かれ早かれ南方大陸には出向くんだ。南海を避けて通れん」
これがプレイヤーの仕業にしろ真なる世界の住人のやったことにしろ、もしくは蕃神の罠にしろ、無視して通り過ぎることはできない。
不穏の種を放置できるほどツバサたちに余裕はないのだ。
「南海でも厄介事が起きているなら、南方大陸を攻略する前に潰しておかなきゃなるまいよ。でないと南方大陸の遠征に身が入らないからな」
「あのMVが罠だったとしても?」
質問を重ねてくるミロに、ツバサは牙を剥く笑顔で応じる。
「かつて四強と一緒くたにされた誼だ。せっかくお誘いを受けたのだから顔を出さにゃあ無粋だろう? 罠があったら仕掛けた当人ごと噛み破るまでだ」
今の五神同盟ならそれができる。
決して過信するつもりはないが、またぞろ別の勢力が喧嘩を売ってくるつもりならば全力で対処させてもらうまでだ。
「――そういう傑物の到来を待っているのでしょう」
答えが出ましたな、とオリベの言いたげに深読みの話をする。
「皆様方の見解が一致した通り、あの歌謡を使った判じ物を解いたとしても、今回の便りは怪しいの一点張りなのです。力なき者や疑い深き者、そしてツバサ殿のように慎重な方は、彼女らの誘いにはおいそれと乗らんでしょう」
どれだけ彼女らが魅力的であろうとも――。
しかし、何事にも例外はある。
「慎重であるがゆえにこの便りを見過ごせず、尚且つ対処するだけの力量を有する者ならば、この誘いに応じて南海を目指すはず……」
「それもまた、このMVに託された判じ物というわけですか?」
「これもまた、過ぎた深読みやも知れませんがな」
ウシシシ、とオリベは胡散臭い表情で愛想笑いを浮かべた。
「でも……それだと話し合える人が来るとは限らないんじゃないですか?」
三つ編みを練習する手を休めたマリナが不安そうに言う。
マリナの危惧する点はもっともだった。
撒き餌をしたから目当ての獲物が近付いてくるとは限らない。
釣りならば本命の魚ではなく外道(目当てではない魚のこと)も寄ってくるし、それらの魚を追って鮫が現れる場合もある。カブトムシを捕るために木へ蜜を塗ったら、気味の悪い蛾や危険な雀蜂が集まってくることもある。
今回のMV配布を撒き餌と考えれば、そうした憂慮も必要なわけだ。
「センセイたちみたいな人ならともかく、バッドデッドエンズみたいな人たちや、暴れていた頃のキョウコウさんみたいな人まで呼び寄せたら……」
「恐らく、そうした危険性も覚悟の上でしょうな」
子供の疑問と軽んじることなく、オリベは丁寧に返答してくれた。
「彼女らは『南海に行け!』『私たちのいる海に興味を持て!』という意志しか伝えておりませぬ。そして、それだけでいいと考えている節があります。味方になってくれようが敵に回ろうが、とにかく現地に呼び寄せたいのでしょう」
――自分たち以外の強者をだ。
それも道理ぜよ、と頬杖をついたダインは同意する。
「たとえば一刻を争うような救援を求めちょるなら、MVだけをドローンで送るだけなんて悠長な真似で済まさんはずじゃ」
「ヘルプミー! とか一筆くらいは添えるもんッスよね」
ウンウン、とフミカも愛妻としてダインの意見に賛成した。
「ご丁寧にドローンがどこから来たか逆探知できるよう仕込んでくれたんだ。明らかに誘われてるよなぁ……しかし、本当にそれだけだ」
「んなぁ~……お母さん、ツバサお母さん」
「誰がお母さんだ、どうしたトモエ?」
ソファの後ろからツバサの首にスリーパーホールドの体勢で抱きついて甘えてくるトモエに、いつもの決め台詞で返事をした。
腹筋系アイドル娘は、いつになくキリッとした顔で言い切る。
「飛ばした人、そこまで考えてないと思うのな」
「真顔でなんてこと言うのトモちゃん」
これを聞いたオリベがカンラカンラと声を転がして笑った。
「ハッハッハッ、そういうこともありましょうな。彼女らは本当にただ、自分たちの歌や踊りを見てもらいたくて、また彼女らを心酔する者に広めたくて、所構わず宣伝したという可能性も捨てきれますまい」
「んな、シンプルイズベストなのな」
フンヌ! とトモエは鼻息も荒く直列思考な自分の考えを推した。
「……そしたら今までの考察なんなのよ?」
冷笑するツバサは眉を左右非対称にひん曲げてしまった。
まあまあ、とオリベは好々爺に宥めてくる。
「謎についてあれやこれやと探求するのは楽しい遊戯ではござりませぬか。それこそ判じ物を解く楽しみに相通ずりますれば」
「考察のお遊戯ってことですか? おかげで考えはまとまりましたけど……」
ぼやくツバサだが脳内で情報をまとめてみた。
あくまで「南海に来てね! 来られる自信があるならだけど!」くらいの挑発的なメッセージ性のあるミュージックビデオ。
世界各地へ散布された数は不明だが、相当数あると推測していい。
衆目を南海に集めたい意図が透けていた。
ただし、どこか挑発的とも受け取れる謎掛けというか、具体性に欠けるメッセージの送付から推察するに、緊急性がある問題とは思えない。
切羽詰まった様子がまったく感じられないのだ。
それでも、一人でも多くに現場まで来てほしい旨を訴えていた。
南海まで出向かせ――その眼で確認させる。
それまではMVを送りつけてきた者たちで何とかなるのだろう。
彼女たちが抱えた本当の思惑、そこまでは推し量ることができなかった。
「……いずれにせよ、南海は南方大陸への通り道だ」
現状、五神同盟が抱える最優先事項の問題を孕んだ神魔未踏の地。
メガラニカと呼ばれる南方大陸に巣食うと目される、外なる神への対応が迫られているが、振られた謎を無視して通り過ぎるほど暢気ではない。
大々的に宣伝されているのだから、看過できるはずもなかった。
「ダイン、ハトホルフリートの整備状況は?」
急に訊かれても慌てることなく、長男夫婦はすぐさま答える。
「母ちゃんに言われた通り、戦後の休息をメインに据えて無理をせん工程でオーバーホールという名の強化改修を進めちょるぜよ」
「ウチのスケジュール通りなら五日後には完了するッス」
ふむ、とツバサは了承するように頷いた。
南方大陸への遠征は約三ヶ月後――。
それまでは各人の準備期間であり、破壊神との大戦争で疲弊した心身の静養期間でもある。オカンは「休息を第一に」とお触れを出しておいた。
言い付けておかないと無理をする奴が多いからだ。
ダインやフミカも、いつもの調子ならハトホルフリートの改修を徹夜の大仕事にして、ハイテンションのまま一晩で終わらせていたことだろう。
何とかが一晩でやってくれました――ではないのだ。
今回はそこまでの突貫作業は求めていない。
余計なところで無理をするあまり、それが後々祟ることの方が余程恐ろしかった。機械や武具の整備に失敗するどころか、睡眠不足などの影響による精神的疲労でいざという時にしくじりでもしたら目も当てられない。
慌てず、急がず、着実に――これをモットーとしていた。
幸いにも神族や魔族は回復力が凄まじい。
数日の静養で完全回復できるので、集中的な特訓や準備を急がせても、スケジュールさえしっかり整っていれば短期間でも充実した日々を送れる。
三ヶ月の猶予期間、フル活用させてもらうつもりだ。
……例の異相を修行場として開放し、まだLV999に達していない準戦力のための猛特訓大会を開くのもいいな、とツバサは画策する。
自身が強くなるのも楽しいが、弟子を鍛えるのも楽しい。
自他問わず誰であれ、新たな才能を掘り出すように向上させることへバサは楽しみを見出していた。これも師匠であるインチキ仙人譲りの性分だろう。
よし、と声を出してツバサは指示を飛ばす。
「ハトホルフリートの整備が終わり次第、エンテイ帝国へ訪問して友好条約の締結を行う。それが済めば中央大陸の平定はほぼほぼできるはずだ」
「まだ未知の勢力がいないとも限らないッスけど」
概ね良好になるのは間違いないッスね、とフミカは不安要素は拭いきれないものの、今までと比較したら大分マシだという試算を示してくれた。
――エンテイ帝国は中央大陸の北方に位置する。
西にハトホル太母国、東にイシュタル女王国、南にククルカン森王国、大陸の真ん中に位置する還らずの都周辺にはタイザン府君国とルーグ・ルー輝神国。
これに北のエンテイ帝国が加わる。
「東西南北中央……どこかしらに同盟国が置かれるわけで、大陸のどこかで問題が起きたとしても近くの国が気付いて即応しやすく、いざとなれば同盟総出で事に当たれる環境が整ってきたってことッスからね」
「ああ、今まで北方は割とノータッチだったからな。しかし……」
中央大陸の北方――先の戦争で消し飛んでんだけど?
ツバサと破壊神ロンドの一騎打ちの最中、両者の戦いによる余波や流れ弾を浴びた結果、大陸の北側は地の底から支える地盤まで崩壊してしまった。
すべてが海に没するほどの大惨事である。
やり過ぎた! とツバサも猛省が終わっていない。
その後、延世の神となったロンドのおかげで大地は復活した。
しかし「戦争中に亡くなった生命は蘇らない」とロンドが言っていたので、北方の破壊活動に加担したも同然なツバサの責任は相変わらず重い。
ただし、ダオンから朗報は訊いていた。
「エンテイ帝国の執事長にも問い質したんだけど、どうにか凌いで帝国全土は無事でしたっていうから……上手いこと被害から免れたのかな?」
「大陸の北方、跡形もなく吹き飛ばしてなかったッスか?」
凹みたいになってたッスよ? とフミカが不思議そうに首を傾げる。
「これも現地に行けばわかるだろ」
もしツバサやロンドが原因でエンテイ帝国に甚大な被害を及ぼしていたら、キョウコウはともかくダオンが「賠償責任していただけますよね?」と詰め寄ってくるに違いない。アイツは不貞不貞しい顔でそういうことを言ってくる。
その執事長ダオンだが――。
彼を始めとしたエンテイ帝国の使者は国元へ帰していた。
当初はキョウコウを訪問する日までツバサたちの国に滞在してもらい、帝国までの道案内を頼みながら一緒に帰る予定だった。
しかし、五神同盟は思ったより戦後処理に手間取ってしまった。訪問する約束は交わしていたが、落ち着くまで身動きは取りづらい。
エンテイ帝国もまた戦後処理で人手が足らない状況だった。
そこで予定を変更して、一旦ダオンたちは帝国へ帰すことにした。
後日キョウコウへの訪問日程が正式に決まり次第、改めて連絡することでダオンが道案内のためにこちらへやってくる手筈になっていた。
「帝国と手を組めば、後顧の憂いなく南へ旅立てるっちゅうわけじゃな」
「そういうことだ。今の面子なら反乱の心配も少ない」
ダインが漏らした安堵の呟きに、ツバサも安心感を覚えてしまう。
なんならダオンからも「南方大陸遠征の際には帝国からも戦力を提供させていただきます」と口約束ながらも取り付けていた。
先日までダオンとともに滞在していた貴光子イケヤと拳闘士ブライ。
彼らほどの強者ならば申し分なく、戦力として大歓迎である。
キョウコウとの面会で、その辺りも詳細に詰めておきたい。
「……未来神についても尋ねておくか」
過去最高に気乗りしないが、ツバサは心のメモに記しておいた。
キョウコウもドラクルンも灰色の御子だ。
破壊神ロンドが猛将キョウコウへ言及していたように、キョウコウもロンドやドラクルンについて何か知っている事柄があるかも知れない。
いずれ対立するかも知れない未知の大物。
対策を練るためにも、どんな些細な情報でもあるに超したことはない。
「飛翔体の件はこれくらいでいいだろう」
ツバサはソファから重くてデカい巨尻を持ち上げた。
子供たちは名残惜しそうにツバサの長い黒髪で練習した三つ編みに追い縋るが、お遊びはこれでおしまいとばかりに柔らかく振り払う。
「真偽のほどは定かじゃないが、南海で何かが起きているのは確実だ」
歩きながら身体を操作する過大能力を使った。
髪の一本一本まで神経と筋肉を通わせたように自在となるので、子供たちに編まれた髪を自動的にほどきながら執務室のデスクへ向かう。
着席後、フミカへと視線を向ける。
「南方大陸への遠征に際して寄り道するかも知れない……くらいに各陣営の頭脳役と話し合っておいてくれ。俺からも各代表にこの件は伝えておく」
「――了解ッス」
ハトホル太母国の頭脳役であるフミカは敬礼で返してきた。
それを見届けたツバサは自分のデスクに腰掛ける。しかし、時刻を見ればそろそろお昼時だ。休息にしろランチにしろ取りたい時間帯だった。
ふぅ、とツバサは吐息を漏らして天井を仰ぐ。
「午前中に一仕事できるかと思ったが……いや、これも立派な一仕事か」
「午後はどうするッスか? 何か打ち合わせしときます? それともフィジカルメンタルを慮って休んどきます? まさか修行とか言わないッスよね?」
今日のフミカは執務室詰めで秘書官スタイル。
ファッションも踊り子衣装ではなく敏腕秘書風の格好をしているので、スケジュール管理をされる社長の気分になりそうだった。
ツバサは急かされるように午後の予定を思い浮かべてみる。
「そうだな……遠征隊の選抜もそろそろだよな」
南方大陸へ出向くメンバーのことだ。
漠然とした部分が多いが、改修が終わったハトホルフリートを旗艦に出撃するのはほぼ決定している。悩みどころは艦に乗り込む顔触れだった。
「ハトホルフリートで向かう以上、ツバサ、ミロ、ダイン、フミカ、マリナはスタメン確定として、ハトホル太母国から後一人か二人、それに各陣営からLV999に達しているメンバーを戦力として数人ずつ搭乗してもらって……」
「なんかスッゴい大所帯になりそうだね」
ツバサを追いかけてきたミロがワクワクを隠さずに言った。
みんなでピクニックに行くみたいな興奮を覚えているのだろう。人数が増えれば増えるほど賑やかになるのは否定できそうにない。
飼い猫のようにツバサのムッチリした膝へ乗ってくるミロ。
それをツバサは咎めもせず、飼い猫のやることを見逃すように受け入れた。ミロは純真無垢な瞳で思ったままの感想を述べてくる。
「でも、それだけ戦力もたくさんだったらアタシらにも有利じゃない?」
「そうだな、ほんの少し気が楽になるかもな」
決して慢心はできないが――ツバサは改めて気を引き締める。
陣営が増えたことで戦力を一気に増強できたとしても、今度の相手はあの超巨大蕃神“祭司長”をも凌駕する外なる神々の一柱なのだ。
頼もしい仲間が増えたからこそ油断は禁物。
誰一人として失いたくないツバサからしてみれば尚更だった。
「どんなメンバー構成になるッスかねぇ」
自分のデスクへと移動するフミカも興味があるようだ。
「さて、どうなるかな……」
ツバサはデスクに頬杖をついて軽く目を閉じた。
頭の中で軽く思い浮かべてみる。
五神同盟(エンテイ帝国も含む)に属して、最低でもLV999に到達しており、なるべくならば戦闘能力に秀でている。この条件に該当する人物をピックアップしてみるが、それ以外の人材にも目を向けるべきだろう。
見込みのありそうな顔を並べてみたツバサは、静かに微笑んでいた。
「みんな成長中だからな。誰が選ばれてもおかしくない」
ただし幼年組はダメ――最前線へ出張るには早い。
ツバサの内なる神々の乳母が、子供たちにそう駄目出しをしていた。
「あ、そうだオリベのじいちゃん」
「はいミロ殿、何でござりましょうか?」
ツバサの膝に乗っかったままのミロはオリベに声を掛けると、祖父にお小遣いをせびる孫のように広げた両手を突き付ける。
「さっきのエッチなツバサさんが描いてある扇子、ちょーだい!」
「今ごろ蒸し返すのかそれ!?」
ツッコむツバサを余所にオリベは上機嫌で立ち上がる。
例の破廉恥扇子を広げながらだ。
「さすがミロ殿、お目が高いですな。数なら用意しましたので一向に構いませぬぞ。して……十二種類ありますがどれになさいますかな?」
「全部! 使用用、保存用、鑑賞用、布教用って四本ずつちょーだい!」
いいかげんにしろ! とツバサはミロとオリベを叱りつけた。
仕事をすべき執務室から、ややしばらく賑やかな談笑が響き渡った。
~~~~~~~~~~~~
一方その頃――ルーグ・ルー輝神国。
国が一望できる高台では、レンとアンズはのんびり過ごしていた。
ルーグ・ルー輝神国 剣士 レン・セヌナ。
小学生と思われても仕方ない、と自身も認める小柄な少女だ。
こう見えても実年齢は17歳の高校生です。
童顔ながら感情表現の希薄なクールビューティだと自認しており、メンタル的にもダウナー寄りなので落ち着き払った印象が強い。
決して人嫌いではないのだが、愛嬌が乏しいのは生まれ付きである。
青味の目立つ癖のないストレートヘアを髷みたいなポニーテールに結い、羽織る陣羽織風ジャケットや首にまとう愛用のマフターも寒色系。着物めいた上着に袴みたいなズボンと、サムライを意識したファッションで統一されていた。
背負うは身の丈に届きそうな大太刀の鞘。
こうしたキャラクター性から、サムライ娘の愛称がよく馴染む。
レン自身、VRMMORPG時代から剣士として職能を磨いてきたので、凄腕の剣客を意識したこの格好で通してきていた。
丘の先端――踏み出せば崖下まで真っ逆さまな突端。
そこにレンはあぐらで座り込んでいた。
レンの傍ではアンズが大の字を書いて昼寝を満喫中である。
ルーグ・ルー輝神国 戦士 アンズ・ドラステナ。
現実から引き摺る幼馴染みの腐れ縁、姉妹みたいに育った親友だ。
レンと違って女子としては高身長の170㎝弱はあり、スリーサイズも出るところも引っ込むところも程良く凸凹がある魅惑のナイスバディ。
桃色のふわふわしたロングヘアは梳らずワイルドで野放図、健康優良児な肉体美を覆うのはビキニアーマーとブーツのみ。後は頭部を残したとある獣の毛皮を頭から被ってマントの代用品としているくらいだった。
風体こそ蛮族だが、顔立ちは人懐っこくてお上品。
このアンバランスな外見から“ふんわり蛮族”と呼ばれている。
レンが「スン……」という雰囲気の美少女ならば、アンズは「ほにゃあ~」という感じなので、まるっきりタイプが違う。性格のベクトルも別方向だ。
まったく異なるからこそウマが合うのかも知れない。
――今日のレンとアンズはお休みです。
破壊神ロンドの巻き起こした大戦争が終結してから早数週間。
戦後処理や復興は手間こそ掛かるものの滞りなく進行中。四神同盟もレンたちのパーティーリーダーである銃神ジェイクが新たに加わり、五神同盟となって新たな門出を切り出したばかりである。
だが――喜んでばかりもいられないらしい。
レンたちが暮らす中央大陸から海を越えて遙か南方。
そこに広がる南方大陸では、以前ツバサさんたちが撃退したという超巨大蕃神をもひれ伏す外なる神々というバケモノが暴れているとのこと。
放っておけば真なる世界を滅ぼしかねない。
戦後処理が片付いて同盟各国が落ち着き、先の大戦争での戦いによる負傷や疲労が癒えて、諸々の準備が整った頃、五神同盟は南方大陸へ赴くという。
遠征隊を編制して外なる神討伐に向かうそうだ。
ちゃんと休むのも仕事の内。
だから交代で休息を取っており、今日はレンとアンズが非番だった。
「……遠征隊、私も入れるかな」
ボソリと望みを呟いたレンは眼下に広がる光景を見遣る。
そこにはルーグ・ルー輝神国が広がりつつあった。草原にポッカリ浮かんでいるようなそれは、まだ都市というには若々しい街くらい規模に過ぎない。
それでも――レンたちの建てた国なのだ。
還らずの都周辺は見渡す限りの草原地帯に恵まれている。
だが完全な平原というわけではなく、小高い丘になっているところや標高こそ低いが適度に盛り上がった緩やかで大きな山もあった。
草原には林や森も点在している。
おかげでルーグ・ルー輝神国やタイザン府君国の住民は、様々な用途で用いられる木材の調達に困らない。ありがたいことだった。
これもクロウ様の御加護――キサラギ族の人からそう聞いた。
(※クロウ第二の過大能力【不浄は輪廻転生を経て浄化されよ】は、汚れた“気”を吸い込んで清浄な“気”に浄化することで世界に還元する。これで蕃神の垂れ流した瘴気や破壊神の毒気を洗い流して、環境改善に役立てていた)
レンたちのいる丘も緑豊かな場所だ。
芝生みたいに心地のいい下草に覆われていて、とても見晴らしがいい。
自分たちの国の発展する様子が手に取るようにわかる。
黄金の起源龍の隠れ里から移住してきたドラゴノート族、リザードマン族、ノッカー族、スプリガン族(本隊からはぐれた一部)、そしてタイザン府君国から建国のために助力してくれた種族の皆さん……。
レンたちの暮らす拠点を中心に、彼らの暮らす街が築かれていく。
「……あのホワイトハウスにはちょっと慣れないけど」
レンたちの暮らす拠点は、どこか見覚えのある白亜の洋館。
とある国家の大統領がいるとされるあのハウスにそっくりなのだ。
ソージ先輩の顔を思い出してレンは苦笑する。
建築を担当した工作者のソージ先輩曰く「一度作ってみたかった!」とか言い訳していたけれど、住み心地は悪くないので問題はない。
そもそも、生産系技能をろくに持ってないレンにしてみれば、建ててもらったのだから感謝こそすれ、文句を言える筋合いではなかった。やっぱり手にも職足にも職を持った技術者さんたちは敬うべきである。
だけど、仰々しくて未だに住み慣れず落ち着かないのは本音だった。
「……この神剣ナナシチも先輩に打ってもらったわけだし」
手にした大太刀を空へ翳すように見つめる。
レンの愛刀――神剣ナナシチ。
刀身の厚味と幅が目立つ、レンの身長に並ぶほどの刃渡りを持った長刀だ。その刀の腹には等間隔に七つの宝玉が埋め込まれている。
そこには莫大な“気”が渦巻いており、七つの属性が付与されていた。
これはレンの過大能力が具現化されたものである。
レンの過大能力――【七つの宝玉に七つの神が宿る】。
レンは自然界の“気”を無意識に集めて七つの宝玉に蓄えており、その宝玉ひとつひとつに意味を凝らすことで、七つの奇跡を起こすことができるのだ。
凝らす意味は漢字一文字にまとめられる。
宝玉に“火”の一字を託せば、火炎を自由自在にできる。
宝玉に“水”の一字を託せば、大量の水を湧かせられる。
二つの宝玉に“爆”“炎”と凝らし、同時に発動させれば山をも吹き飛ばす爆炎になるし、更に三つ目の宝玉を“大”の属性にすれば、“大”“爆”“炎”となって途方もない爆発を引き起こすことも……。
漢字の組み合わせ次第では無限の可能性を秘めた能力だ。
(※レンの過大能力に神剣ナナシチは必ずしも必要ではない。“気”を溜めるものはレンの任意で決められるため、身の回りにある七つの物品へ適当に配分することもできる。剥き出しの“気”の塊として所持することも可能。レンは一元管理したいがために、ソージに注文して神剣ナナシチを鍛造してもらった)
――『探』『剛』『炎』『氷』『震』『破』『転』。
現在、神剣ナナシチの宝玉に刻まれているのはこの七字。
レンはこれらの漢字を様々な意味で捉えるように考え、造語と言われても意味がわかるよう組み合わせ、多彩な効果を発揮させることに努めていた。
「だけど……まだ足らない」
未熟を恥じるレンは自らに言い聞かせていく。
柔軟な思考で漢字を操ろうとも、七文字の組み合わせでは限界がある。
万能には程遠く――融通が利くとも言い難い。
「もっと上手く使い熟せるようにならなくちゃ……そしたら」
――みんなの役に立てるのに。
懺悔にも聞こえる呻きを漏らしたレンは、苦悩を共有してもらいたいかのように愛剣であるナナシチの峰に小さな額をコツンと押し当てた。
ルーグ・ルー輝神国に貢献できていない。
劣等感ではないが、そんな引け目をレンは感じていた。
内在異性具現化者のジェイクさんは「オレは銃を撃つことしかできない」と自嘲しながらも、2つある過大能力のうち1つは自然を調節できるものだ。
その力で周辺の環境に働きかけ、みんなの暮らしを快適にしている。
起源龍エルドラントさんは防衛担当だ。
バッドデッドエンズに襲撃され、しかもレンたちの不注意で殺害されたようなものなので、ルーグ・ルー陣営の抱える彼女への負い目は計り知れない。
少女の姿で転生できたが、もう起源龍の姿には戻れないらしい。
それでも生きていてくれたことにジェイクさんばかりではなく、レンたちも大喜びした。そして、隠れ里を守ってきた結界能力も健在である。
ルーグ・ルー輝神国の防衛、防御結界で国土に危険なものを近寄らせない。
エルドラントさんはこれを一手に引き受けてくれていた。
マルミさんは何でもできる人だ。
メイド長として拳銃師の他は何もできないジェイクさんに代わり、ルーグ・ルー陣営を切り盛りするばかりではない。
――100の資格を持つ女。
そんな二つ名が似合うくらい彼女は多種多様な技能を習得しており、それを国民に教えることで生活水準のレベルを向上させていた。
ソージ先輩は言わずもがな。
VRMMORPG動画配信でお小遣い稼ぎを狙おうとした結果、異世界転移の際に女体化してしまって女子校の王子様が似合いそうなイケメン系美少女に転生してしまったものの、根っからの工作者であることに変わりはない。
その物作りスキルで八面六臂の大活躍である。
後ろで鼻提灯で眠りこけてるアンズも、こう見えて役に立っている。
料理、裁縫、園芸……こうした技能に長けているのだ。
彼女もマルミさん同様、国民の指導役を務めることもある。
アンズが「面白そう!」という理由だけで習得した生産系技能だが、異世界で生きていく上では欠かせない必須技能となっていた。
家庭的な女子力が思い掛けない威力を秘めていたわけだ。
御覧のように、誰もが大なり小なり国のために貢献できている。
何もできていないのはレンだけだった。
いや、別にまったく仕事をしていないわけではない。
剣術の稽古をつけてくれる剣豪のセイメイさんだって、ちゃんと働いているのにこれまでの生活態度から「ニート乙」と揶揄われているそうだが、レンは同じ轍を踏みたくないので一生懸命に頑張っていた。
剣の腕前は尊敬するし見習うけど、そこは反面教師にさせてもらう。
だが現状、レンにあるのは剣士としての職能のみ。
時たま襲ってくる蕃神のはぐれ眷族を退治したり、生命の気配が戻ってきた草原に立ち入った危険なモンスターを狩ったり……貢献度はそれくらいだった。
剣を振るうこと以外に能がないのだ。
人によっては「十分だろ」と慰めてくれるかも知れない。
でもレンは納得できないし、もっと自分にできることがあるはずだと頭を悩ませて、日に日に悶々とした感情を鬱積させていた。
「せめて……過大能力をもっと器用に扱えたらなぁ……」
これが難しい。レンは思い知らされていた。
たとえばジェイクさんのように自然環境を調整できるくらい過大能力を使うことができたら、土壌を豊かにして作物を実らせたり、水がないところに川を引いたり池を作ったり、大地を操って丘陵地帯を田園に変えたり……。
そういう働き方で国の人々を助けられると思う。
だけど、レンの過大能力は融通が利かないという難点があった。
神剣ナナシチに宿した七つの力は、設定された漢字を解除すると同時に溜め込んでいた“気”まで雲散霧消して世界に還元されていく。
早い話、リセットすると「最初からやり直し」になってしまうのだ。
宝玉に新しい漢字を設定して、また一から“気”を集め直し、満足に使えるようになるまで、技能でとことん強化をしても数時間は掛かる。
これ、非っっっ常ぉぉぉに効率が悪い!
平和が確約されている世界なら構わないだろう。
しかし、ここ真なる世界はいつ蕃神に侵略されるかわからない危険性を孕んだ、生き馬の目を抜くな刹那の大切さを思い知らされる過酷な世界。
悠長に構えていたらあっという間に御陀仏だ。
戦闘用に設定した神剣ナナシチの宝玉を、平和利用のために設定し直したところに敵襲でもされたら目も当てられないという話である。
実際、レンたちは陣営で似たような失態をやらかしていた。
かつて暮らしていた黄金の起源龍の隠れ里。
ほんの少し留守にしても平気だろうという気の緩みから主力全員で遠出してしまい、その隙を突かれて隠れ里を破壊神の先兵に襲われて、エルドラントさんを失うという大失敗を為出かしているのだ。
あの日に味わわされた苦渋は忘れられない。
愛した女性を失ったジェイクも我が身を苛むほど己の愚かしさを責め立て、ついには里を襲撃したバッドデッドエンズであれば見境なく誅殺するような復讐鬼へと駆り立ててしまったほどである。
悔やんでも悔やみきれない罪悪感はまだ拭えない。
エルドラントさんが蘇ってくれたのが、せめてもの救いだろう。
レンもこの苦い経験を糧としている。
前述した宝玉の設定をおいそれと変更しない理由はそれだ。
今の設定がベストラインナップなのだ。
国のために役立てるよう宝玉の設定を変えたところで、襲撃イベントが発生することも普通に有り得る。変更する隙を突かれたくなかった。
「過大能力は解釈の仕方次第でいくらでも強くなる……」
神剣ナナシチに額を押し付けたまま繰り言を漏らす。
剣術を教えてくれるセイメイさんや、ジェイクさんのお友達で最強オカンと名高いツバサさんは、強くなるためのアドバイスをくれた。
しかし、レンはせっかくの助言を活かすことができずにいた。
「私の場合……理想的なパワーアップの仕方は……」
7つの宝玉で飾られた愛剣。
その新たな運用方法を剣身に頭を擦りつけながら思案する。
「宝玉に宿した“気”はそのままに、奇跡を起こす漢字をこう……なんというか、スライドさせるみたいに入れ替えることができたらいいんだけど……」
宝玉に溜め込んだ“気”は散らさずに維持する。
宝玉から力を発動させる際、その力が向かう先の方向性を決める漢字一字だけをスルリと別物に変えられればいい。たったそれだけの話だ。
これができるだけで、レンの過大能力は用途の幅がグンと広がる。
一段飛びどころか十段飛ぐらいのスピードで飛躍できるだろう。
「それができないから苦労してるんだよ……ッ!」
ガンガンガン! とレンは頭蓋骨にジンジン響く勢いで刀身の峰に頭突きを敢行してしまった。不甲斐ない自分を痛めつける自傷行為だ。
苛立ちのまま頭突きを繰り返し、鬱憤を晴らすように愚痴を飛ばす。
「えーっと、アレだアレ! マンガとかアニメとかゲームとか……そう特撮ヒーローによくいるじゃん! カードとかメダルとか小道具を変身アイテムにセットすると、あっという間に別の変身モードに切り替えられるやつ! あれメッチャ羨ましいわ! 私のナナシチもそんくらい使い勝手がよければ……ッ!?」
不意に尾てい骨から駆け上る怖気に見舞われる。
得体のない何かが這い寄ってくるみたいな、未知の恐怖を感じた。
「――れ・ん・ど・の♪」
レン殿と耳元で囁かれた!? しかし背後に気配は感じない。
だが、確かに男の声で耳打ちされた。
一緒に甘い吐息も吹きかけられたので、耳の辺りの神経が敏感なレンはゾクゾクと寒気まで覚えながらも、それ以上に戦慄に震え上がってしまった。
こんな至近距離まで忍び寄られて察知できなかった!?
「――ぴゃひぇうひょわああっ!?」
意味のない叫びが奇声となってレンの喉から迸る。
それでも心の奥底では出し抜かれた怒りと気付けなかった未熟さが化学反応を起こし、レンの闘志を爆発的に燃え上がらせる。
7つの宝玉を宿した愛剣を持つ手は脊髄反射で動いていた。
あぐらをかいたままの体勢だが、腰のバネを全力で弾ませると上半身をフル回転させて、そこに神剣ナナシチを振るう遠心力も加え、一息で背後に迫った不審者を斬り伏せるような斬撃をお見舞いしてやる。
しかし、奇襲に即応したはずの一太刀は空振りに終わった。
レンの後ろには、相変わらず大の字を書いて眠りこけるアンズのみ。
神剣ナナシチの刃はサッカーボール大に膨れたアンズの鼻提灯を割ることなく、綺麗に真っ二つにするだけで終わってしまった。
熟睡するアンズを目覚めさせもしない。
……あれ、確か鼻提灯の構成材料って鼻水とかだよね?
「うわっ、ばっちい!」
レンは急いでハンカチを取り出すと、「ゴメンねゴメンね!」と愛剣を綺麗に吹き上げてやった。7つの宝玉も光り輝くまで磨き上げてやる。
「ンーフフフ……お美事お見事。まさに絶技ですな」
――鼻提灯を西瓜よろしく両断とは。
「LV999となり剣の妙技も冴えたようですな、ンン結構結構」
またも背後から声がする。しかし、今度は距離があった。
丘の先――空中に気配が浮かんでいた。
気配の主は下手から褒めるような口調だが、上から目線で言い聞かせるような言い方でもあった。この独特の喋り方は覚えがある。
あの慇懃無礼な生臭坊主のものだ。
初期接近遭遇が最悪だったため、彼に対するレンの印象は最悪だった。
もう小細工はするまい。レンはこれ見よがしの嘆息を吐きながら絵に変えたようなジト眼で振り返る。念のため、神剣ナナシチは握ったままだ。
「……何の用ですか、ソワカさん」
丘から飛び出したところに、彼は飛行系技能を使って佇んでいた。
イシュタル女王国 客将 怪僧ソワカ・サテモソテモ。
長身痩躯、いや長身巨躯のお坊さんである。
全長は2m近いが巨体によくあるアンバランスさはなく、頭身も五体も均整が取れている。顔立ちも怪しい詐欺師みたいな万年愛想笑いに目を瞑れば、男前っぽいイケメンとして認めてあげてもいいかも知れない。
しかし、彼が真顔なところを見たことがなかった。
僧侶なのに剃髪せず、背まで届くほど長い黒髪を垂らしている。
墨染め衣と袈裟だけはまともで寺の住職らしい風体。
最初レンとアンズの前に現れた時は、ソシャゲが格闘ゲームの色物キャラみたいにデザインされた僧服を着ていたので呆気に取られたものだ。
まあ、中身と性格は変わらないので大差ないのだが……。
「ンンンフフ、何の用とは素っ気ないですな」
人に七癖、ソワカは含み笑いを漏らす話し方を好んでいた。
「ま、私たちの出会いを振り返れば無愛想になられるのも致し方なきこと……それに若い娘さんにつれなくされるのもなかなか乙なものですな」
ンフフ♪ とソワカはレンの冷たい態度に喜んでいるようだった。
「……世間じゃそれはマゾっていうんですよ?」
合いの手くらいは入れてあげよう。一応、同盟の仲間だから。
そう――当初ソワカは敵として現れた。
しかもレンたちの仇敵、バッドデッドエンズを名乗ってだ。
ソワカ自身“八天峰角”という弟子たちをバッドデッドエンズによって皆殺しにされた過去があり、一大勢力を築いていた彼らに対抗できる仲間を求めて、レンたちルーグ・ルー陣営に接近してきたという事情があった。
何のことはない――ソワカもまた復讐者なのだ。
しかし、弱い仲間ではバッドデッドエンズに殺されるのが関の山。
ソワカと本気で相対せる実力と、破壊神ロンド率いる超常殺戮集団と本気で殺り合う覚悟がある者のみを選ぶつもりだったらしい。
ルーグ・ルー陣営の前に現れたのは、こちらの力量を試すため。
早い話、腕試しが目的だったそうだ。
悔しいがレンとアンズではソワカに歯が立たず、ソージ先輩でようやく対等に渡り合えるレベル。復讐に取り憑かれたジェイクさんが「バッドデッドエンズ全員殺すマン」状態で出撃して、ほぼ瞬殺したようなものである。
しかし、ソワカはあくまでも腕試しがメイン。
こちらを害するつもりはなかったようなので、もしも本当の意味で本気の殺し合いをしていたら、どんな結末を迎えていたかは定かではない。
少なくとも――レンは未だに勝てる気がしない。
真なる世界の一日が一年になる異相がある。
破壊神との大戦争が始まる前のこと。
アンズとともにその異相を訪れたレンは、猛特訓を経ることでLV999に昇格することができた。ソワカと同じステージに立ったはずなのだ。
なのに、こうして再び対峙しても勝算が見当たらない。
ジェイクさんやマルミさん、そしてツバサさんに敵わないのは仕方ないとしても、この男の常闇のような底知れなさには反射的に尻込みしてしまう。
最初の出会いが精神的外傷になっているのか?
そうした要因も少なからずあるだろうが、理由はきっと単純なのだろう。
ソワカは強い――レンやアンズより断然。
臍を噛む思いだが、その事実は火を飲む気持ちで受け入れねばならない。
「それで……何の用ですか?」
レンは突っ慳貪に最初の質問を繰り返した。いつでも動けるように片膝を立てて、何が起きても即応できる準備も忘れない。
既にソワカは味方だが、まだ全幅の信頼を寄せることはできなかった。
「ンフフ、なぁに大した用ではございませぬよ……レン殿、以前お手合わせした時、私がこんな話をしたことを覚えておられますかな?」
『そこな侍お嬢さん――私たちの出会いは合縁奇縁ですな」
『貴方と拙僧の過大能力は似ております』
ソワカが右手を開くと、そこに野球ボール大の宝珠が現れる。
レンの持つ神剣ナナシチに嵌められた宝玉と酷似した輝きを放つそれには、明朝体のような字体で“水”の一字が認められていた。
あれがソワカの過大能力を具象化したものだ。
ソワカの過大能力――【我が意を叶えよ万感の如意宝珠】。
視界を覆うほどの大量の宝珠を意のままに操る。
その“気”で凝らした宝珠に漢字を記すことで、文字のままの属性を帯びた奇跡を起こさせる能力だ。確かにレンの過大能力と似たところがある。
……あまり歓迎したくない共通点だけど。
ただし、その利便性に関してはソワカに軍配が上がった。
宝珠のひとつひとつがそれほど大きくないため再装填が容易であり、数や大きさを調整することで臨機応変に対応でき、千差万別の効果が期待できる。
これまた屈辱的だが認めるしかない。
酷似というより相似、性質は同じだが効果に差があるようだ。
――いや、違う。
先のセリフを言われた時、ソワカはこうも言っていた。
『侍お嬢さん、あなたの力はまだ融通の利かないところがあります。それは能力の質ではなく、精進不足ゆえの未熟さということもありましょう』
精進が足りていないから使い熟せない、という意味だ。
つまり、努力次第でパワーアップの余地があるということ?
「あなたの過大能力……正しく昇華させてみたいと思いませんか?」
ソワカの掌中で宝珠がクルリと回転する。
さっきまで“水”と書かれていた宝珠は“金”となり、また回転すると今度は“火”に、その次は“大”、次は“闇”“氷”“当”“龍”……。
目まぐるしく文字を変えるソワカの宝珠。
同時にそこへ凝らした“気”の属性も文字通りに変化させていた。
早業やトリックで別の宝珠に取り替えている気配はない。同一の宝珠を属性変化させることで、表面に現れる漢字も変わっているのだ。
これだよ――レンが求めているものは!
「この手管……拙僧でよろしければレン殿にご教授いたしましょうか?」
思い掛けない提案を持ち掛けてきた。
ある意味、心のどこかで待ち侘びた展開かも知れない。
目の前にニンジンをぶら下げられた牝馬の気分になるが、我を忘れて食いつくほどレンは安い女じゃない。ソワカと揉めた一件もブレーキになっていた。
立ち上がったレンは静かに身構える。
「……何が望みですか?」
悪魔との契約を前にした心持ちでレンは恐る恐る詰問する。ソワカは愉悦するあまり恍惚の瞬間を迎えたかのように破顔した。
そして、息も忘れて弁舌を捲し立てる。
「ンンーフフフゥ♪ 望みなどと……そんな大それたものはございませぬ。拙僧、怪しさフルドライブやも知れませぬが、こう見えて名の知れた仏門の総本山にて正しき仏道をで学んできた身なれば、異世界に飛ばされようとも僧籍にあることを片時も忘れたことはございませぬ……これはあくまでも善意からの申し出」
五神同盟の皆様が強くなれば――真なる世界に平穏が訪れる。
それが拙僧の切なる願い! とソワカは大仰に言い張った。
「そのためならば拙僧、粉骨砕身の一念にて皆様のために我が身を捧げる覚悟を決め……ンンンンフフフゥ! 饒舌を振るう度にレン殿の眼差しが八寒地獄の颶風が如く冷ややかになっていきますぞぉぉー!」
ソワカは片手で目元を覆いながら天を仰いで悶絶した。
「そりゃあペテン師みたいなオッサンが正論をかましてきたら……」
ねえ? とレンは酷薄に疑問形をぶつけた。
はっきり言って信じられない。胡散臭さがメーターを振り切ってる。
悪い人じゃないのは確かだ。そこは信じてあげてもいい。
そうでなければ五神同盟の代表者たちから同盟加入を認められるわけはなく、イシュタル女王国に客分として迎えられるわけがないからだ。
それと――八天峰角の件もある。
ソワカが弟子たちの死を悼む気持ちに嘘偽りはない。
無数の数珠を首から提げた怪僧だが、その中に隠れて八本の角で作られた首飾りが垣間見える。これは八天峰角が遺した数少ない遺品だ。
肌身離さず持っているところに、抱えた情の深さを感じる。
ルーグ・ルー陣営での仇討ちはひとまず終了した形だが、ソワカの仇討ちはまだ現在進行形だと聞いている。そこもお悔やみ申し上げるしかない。
「……ンフフフ、信じていただけませんか?」
片手で顔を覆ったソワカは、天を仰ぎながら含み笑いを続けていた。
掌の隙間からギロリと凄まじい眼光が飛び出してくる。
思わずレンが射竦められていると、ソワカは声のトーンを落としてきた。
「では……拙僧の心積を聞いていただきましょうか」
真面目に愛しさと切なさと寂しさをまぶした、ソワカらしくない声に聞こえたのは気のせいではないと思う。
「……心積もり?」
心の中で立てた計画、予定、胸算用……そんな意味のはずだ。
立てた人差し指の上にクルクルと回転する宝珠を乗せたソワカは、口角を釣り上げて目尻を細めると、おどろおどろしい笑顔を形作った。
とてもわざとらしい作り笑顔で怪僧は告白する。
「拙僧はレン殿を強くなっていただきたい――これは利己的な理由からです」
それは本心を隠すための仮面、道化師のような笑みだった。
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しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。
そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。
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