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第20章 ハンティングエンジェル オンステージ!
第478話:アルマゲドン動画配信“四強”
しおりを挟む「ツバサさんマリナちゃんおかえり~♪」
謎のアイドルカルテットのMVが終わったのを見計らい、執務室にあるツバサの席に陣取っていたミロが一足飛びでこちらへやってきた。
まず当たり前のようにツバサへの抱擁。
超爆乳に顔を埋めて乳肉の弾力と柔軟性を堪能しつつハトホルミルクの香りを胸いっぱいに吸い込みながら、両腕をツバサの細い腰へと回しつつ超安産型の巨尻を撫でるように揉んで感触を楽しんでいく。
親愛の表現とセクハラがごちゃ混ぜの抱擁だ。
「はいはい、ただいま」
女神化したばかりの頃は慣れない女体の感度に戸惑ったが、1年余りも同じことを繰り返されれば適応する。挨拶みたいなものだと受け流した。
ミロは豊満な肢体の触り心地をそそくさと切り上げる。
次いで隣に立つマリナへしゃがみ、帰ってきた妹を愛おしげに抱き締める。マリナからも両腕を伸ばしてミロの首にしがみついていた。
「どうだった、お父さんに会えた?」
小声で問うミロにマリナは満面の笑みで答える。
「はい、会えました……これもミロさんやセンセイのおかげです」
ありがとうございます、とマリナはミロの耳元で囁いた。
――あの異相を言い触らしてはいけない。
勘のいい娘たちはツバサの雰囲気やマーリンの態度からそれを読み取ってくれたらしく、大きな声で話題にすることを避けてくれた。
成長したな、とツバサは心の内で褒めながら二人の頭を撫でてやる。
「さて……俺たちが留守にした間に事が起こったのか」
迂闊に遊びにも行けんな、とツバサは皮肉を口にしながら執務室での歓談用に設けられたソファへ腰を下ろした。ミロとマリナも左右に座る。
やたら横に長い数人掛けのロングソファ。
ツバサが中央に巨尻を落ち着けると、子供たちが群がってきた。
楽師で指揮者な六女イヒコと、幼くも格闘家の風格が身に付いてきた次男ヴァトは、それぞれミロとマリナの隣に座っていた。腹筋系アイドルな四女トモエは、ソファの後ろからツバサに抱きついてきた。
一歩間違えるとスリーパー・ホールドになる組み付き。
不思議とトモエはこの抱きつき方を好んだ。
……女子プロレスラーでも目指すつもりなのか?
向かいの席には蛮カラサイボーグな長男ダインと、その妻である文系女子な褐色娘の次女フミカ。そして天災道具作成師の三女プトラが並ぶ。
この三女の場合、天災は誤字ではない
プトラは居合わせただけなのか、うつらうつらと眠たげだった。
軽く話を聞いた限りでは、南方から飛んできた謎の飛翔体を検討しているとのことだったから、道具を作る以外にはダメ人間の彼女に出番はないはずだ。フミカと仲がいいから仕事の手伝いでもしていたのだろう。
ツバサの皮肉は鳴り止まない。
「修行場に近い異相に出向いただけだから、真なる世界との時差を考えれば数十秒から数分……普段は何も起きないのに出掛けた途端これだよ」
ハトホル太母国を留守にしたのは三分にも満たない。
その短時間を狙ったかのようにトラブルの種は飛んできたわけだ。
「拠点で『何か起きるかも?』と身構えてる時には何もないのに、ちょっと所用で出掛けたら待ってましたとばかりに向こうからトラブルが舞い込んでくるし……なんだ、これから毎日どこかへ行けばいいのか?」
そういうフラグ管理か? とツバサは愚痴ってしまった。
マーリンへ言い放った江戸っ子特有のべらんめえ口調の名残なのか、子供たちの前だというのに悪態みたい言い方がやめられなかった。
「まあまあバサ兄、世の中そんなもんッスよ」
フミカが穏やかな声で宥めてくれた。
複数のモニターで分析をする片手間に説いてくる。
「急いでる時に限って邪魔される、ずっと晴れているからと洗濯すれば雨が降ってくる、必要なものがほしいと思った時に売り切れる……何も起きないなと安心して出掛けてみれば重要イベントが発生する」
「ゲームのフラグ管理の話か?」
「いいえ、一昔前に流行ったマーフィーの法則ってやつッスよ」
――失敗する余地があるならば失敗する。
こうした観念に代表される自虐的悲観論の総称をマーフィーの法則というらしいが、昨今では「ならば常に最悪の事態に備えればいい」と逆説的に受け入れられ、様々な分野で危機管理能力を徹底させる方向に舵を切っているそうだ。
「次第はどうあれ――変事が起きたのは揺るぎなき事実」
厳かに声を挟んできたのはオリベだった。
妖人衆を実務面で取り仕切る大将。
その正体は戦国時代に活躍した数寄大名である古田織部と専らの評判なのだが、当人は未だに認めようとしない。もはや暗黙の了解だった。
初老を少し超えた、顔立ちのいいチョイ悪親父。
頭頂部はすっかり禿げ上がるも、そこから下はロマンスグレーの髪を落ち武者のように伸ばしていた。武家のご隠居らしいヘアスタイルだ。
相変わらず仕立てのいい和装で決めている。
いつの間にかソファの末席に腰を下ろし、チョビ髭を弄っていた。
「面倒と賓客はいつやって来るか予測つかぬもの……されど、いつ如何なる時でも泰然と応対できる心構えこそが侘び寂びの極意……と彼の利休居士も仰っておられましたからな。そうブチブチと文句を言いめさるな」
怒り顔に自慢の美貌も台無しですぞ、とオリベにも窘められた。
こういうフォローは忠臣の爺やらしい。
若さゆえ暴走することもあるツバサにはありがたかった。
「……面目ない」
愚痴るのをやめたツバサは大きく深呼吸して気持ちを落ち着けると、先ほどから部屋の隅で直立不動のまま佇んでいるダグに声を掛けた。
「ダグ君、話を聞かせてくれ」
守護妖精族 総司令官 ダグ・ブリジット。
超ロボット生命体とも言うべきスプリガン族の若き司令官であり、大地母神の母を持つ灰色の御子。LV999の戦力としても数えられている。
男性はメカメカしいロボになりがちなスプリガン族。
そんな中でもダグは比較的人間に近い造作をしており、高校生くらいのイケメンにしか見えない。肉体の造りはどちらかといえば人造人間寄りだ。
赤と青を基調とした司令官に相応しい制服を着込む。
執務室の隅、ツバサの視界に入る場所にダグは立っていた。
「はい、ご報告させていただきます」
一礼したダグは手元に小型スクリーンを投影する。
さすが優等生、報告書にまとめているようだ。
入室して執務室の傍らに控えたウネメやケハヤも「謎の飛翔体を最初に発見したのはスプリガン族の女の子たち」と言っていたので、指揮系統的にも司令官であるダグが第一報を受けたに違いない。
手元のスクリーンに記された情報をダグは読み上げていく。
「本日午前10時28分、付近の海岸線を警邏中の第2部隊が波打ち際に落ちていた飛翔体を発見。その場で解析及び機械整備のできる者が調査し、爆発物や危険物でないことを確認。午前10時30分、フミカ様へ一報を送りました」
「なるほど、入れ違いだったのか」
どうやらタイトな時間差だったようだ。
マーリンが使命と称して幽閉されている異相。そこへツバサとマリナが赴いたのが、ちょうど午前10時30分だったはずだ。
ほんの数分ズレていればツバサにも情報が届いたかも知れない。
それはそれでマーリンのいる異相への訪問を遅らせる結果になっただろう。
「至急飛翔体を回収。ダイン様とフミカ様へお届けするとともに、警邏に当たっている他の部隊にも念のため同じ物がないかを探索させ、同時に午前の見廻りをされていたトモエ様たちにもご協力をお願いしました」
すかさず手を上げて「お手伝いしました!」と主張する子供たち。
瞬足のトモエを筆頭に、次男ヴァトや六女イヒコはよくハトホル太母国の周辺を見回ってくれている。トモエは日課のランニングのついでらしい。
ヴァトはハトホル一家最速のトモエを見習い、自分の脚力を上げるための特訓として彼女の後を追い、イヒコはヴァトに付き合っているようだ。
イヒコとヴァトは血の繋がった従兄弟同士。
いつもコンビで行動することが多く、実の姉弟のように仲がいい。
ダグの報告を邪魔しないため子供たちは無言の挙手。
これに若き総司令官は会釈で感謝を示し、先を続けてくれた。
「その後、同型の飛翔体を二つ発見。これらもダイン様とフミカ様がいらした此方、執務室にお持ちしたのが午前10時36分のことでした」
時計を見れば――午前10時48分。
異相で過ごしたのは8時間くらいと思っていたが、実際にはもっと長く滞在していたのかも知れない。想像していたよりも時間が経っていた。
あと、帰ってきて玄関先でマリナと話していた時間も含む。
「ダグ君、報告ありがとうッス」
ここからはウチらが引き継ぐッス、とフミカは手で制した。
ダグは報告書のスクリーンを閉じて深々とお辞儀し、警備員よろしく執務室の隅に控える。発見時の飛翔体の状態など、もしも新たに説明すべき内容に触れた場合を想定して待機してくれているのだ。
ダインも目礼でダグに謝意を伝えると、視線を目の前に落とした。
「んで――話題の飛翔体ってのがコイツじゃ」
執務室の歓談用ソファは中央に大きなテーブルが誂えられている。
そこに噂の飛翔体が鎮座していた。
全長は約50㎝。全体的に流線型の平べったいフォルムをしており、航空機ならばステルスタイプの機体、生き物ならば魚類のエイを連想させる。同時にかつて男の子だったツバサは、ある種のオモチャに思い浮かべていた。
「なんかミニ四駆……もしくはラジコンみたいですね」
次男ヴァトが代弁してくれた。
そう、四輪駆動のタイヤこそ付いてないものの、ああいった少年心を擽る玩具のデザインに似ているのだ。もっとも外装だけだが……。
ミニ四駆でいう土台部分は完全にドローンの構造になっていた。
車輪部分に浮遊用のプロペラが二対四輪あり、後部には推進力を司る一対のプロペラが設置され、小型ジェット推進機らしきものまで組み込まれている。
空飛ぶミニ四駆みたいなデザインの飛翔体。
随分と長旅をしてきたのか、外装は傷だらけで色褪せていた。
気合いの入ったカラーリングを施した形跡もあるが、こちらもほとんど剥げ落ちている。機体の先端にはエンブレムらしきものが刻まれていた。
――獣の耳と尻尾を生やした天使。
そんなキャラクターを具象化したもののようだ。
某有名コーヒー店のマークを思い出させる円形で象られており、縁をなぞるようにアルファベットが記されていた跡もある。
残念ながら、こちらも色落ちが激しくて不鮮明だ。
辛うじて“A……A……”という二つの頭文字を読むことができた。
テーブルに置かれた機体はまだまともだった。
床に置かれた他の二機は損壊が激しく、あまり原形を留めていない。だが、そのパーツから同型の機体だと窺い知ることができる。
「これは……やたらスタイリッシュだがドローンなのか?」
「ああ、こう見えて軍用仕様ぜよ」
機械方面には滅法強いダインが腕を組んで語り出す。
「こいつぁ高高度、高速度、長距離飛行……そういったもんの最高記録を塗り替えんために作られた軍用ドローンにおける試作機のひとつじゃ。ミニコンペみたいなもんが開かれて、上位に食い込んだ優秀な機体ぜよ」
ダインの口振りが少々気になった。
「……現実世界に実在したもの、ということか?」
「そうじゃ、ミリタリー系のメカ雑誌でお目に掛かっちゅうことがある」
ダインから肯定の頷きを返されたので重ねて問う。
「……では、こいつはその軍用ドローンを知っている工作者が、構造や機能を思い出して見様見真似で作ったものになるのか?」
「いやぁ……見様見真似じゃあこん完成度にはならん」
この問い掛けにダインは首を左右へと振った。
否定の意味を求めてツバサは視線を送ると、ダインはどうした説明ものかと悩むように眉間へ皺を寄せて、このドローンに隠された真実を明かす。
「こいつぁ設計図からきっちり作られちょる」
「アキ姉に頼んで軍用ドローンの設計書を取り寄せてもらったんスよ」
ダインの話へ添えるようにフミカが補足した。
フミカの実姉である情報官アキは、次元や空間の壁を越えて情報ネットワークを広げることができ、ハッカー時代に培った手腕を用いて様々なデータを採取することができる過大能力を持っている。
これを使って地球から多種多様な情報を回収することができるのだ。
フミカがその設計図をスクリーンへ展開する。
それを指先でドラッグ操作するようにダインの前へ移動させると、ダインは設計図の細部を指差しながら解説してくれた。
「外装や本体の寸法から、小さなネジのサイズひとつまで寸分違わず……こんドローンは設計図通りに作られちょうよ。もっとも、部品にミスリルやオリハルコンといったものを使うてチューンナップはされちょるがの……」
何故か訝しげなダインとフミカ。
ツバサは小首を傾げながらも、自分の意見を口にしてみる。
「作った奴が設計図を持ち込んだんじゃないか?」
有り得ない話ではない。VRMMORPGならばそれが適う。
VRMMORPGでは電子化されたデータならば何であれ、アバターの道具箱に取り込むことでアイテムの一種として使用することができたのだ。ただし、あくまでも個人による使用のみ、商業目的や転売など以ての外である。
自分の好きな小説、漫画、映画、音楽、etc.……。
こうしたものをVRMMORPGの世界でも楽しめたわけだ。
しかし、御存知の通りVRMMORPGは血反吐を吐くような難易度だったため、「娯楽を楽しんでる暇なんてあるか!」と指摘されていた。
それでも――大切なものは肌身離さず持っていたい。
プレイヤーの大半が、自分の趣味を道具箱に潜ませていた。
ツバサも尊敬する作家さんの小説や愛読書、よく読み返す漫画に崇拝レベルで好きなミュージシャンの楽曲など、色々と突っ込んでおいたものだ。
……あと、R18な艶っぽい本とか動画とか。
そういうのは以前、トモエに発見されてエラい目に遭ったのだが。
(※『第82話:ツバサ様女子力向上委員会』参照)
「今にして思えば、真なる世界へ転移したプレイヤーにせめてもの慰みを与えるための救済措置だったのかも知れないが……」
「事前告知が全然だったから、あんま持ち込めなかったッスよね」
フミカは呆れた冷笑で肩をすくめた。
次女の笑顔に付き合うようにツバサも苦笑する。
「そういうことができますよ、と公式アナウンスはあったけどな」
あれが精いっぱいの事前告知だったのだろう。
もしも異世界転移するとわかっていれば、誰しもがありったけのデータを持ち込んだのは想像に難くない。なにせ真なる世界に飛ばされた直後は右も左もわからない上、ろくな娯楽にありつけないのだから。
「じゃからまぁ、軍事マニアな工作者が図面を持ち込んだ」
その可能性は捨てきれん、とダインは認める。
「じゃが、今んなって持ち出すんはちぃと遅うないか?」
「おまえたちはそこに納得がいかないのか」
ダインとフミカが言いたいことを察することができた。
「もしもこの設計図を持ち込んだ者がいて、こうして飛ばすならもっと早い段階でやってないとおかしいって話ッスよ。救援にしろ連絡にしろ宣伝にしろ……こんなに数を飛ばしてる時点で、自分たちの存在を広めたいわけですし」
ちなみに、とフミカは遅まきながら教えてくれる。
「アキ姉に連絡したついでに、五神同盟の他の土地でも同じものが流れ着いてないか調べてもらったら、ミサキくん家とアハウさん家に届いてたッス」
「イシュタル女王国とククルカン森王国にか」
どちらの国も海までの距離がそれほど遠くはない。
南方から届いただけあって、海沿いに不時着した例が多いらしい。
数はそれぞれ一つずつ、機体はほぼ半壊していたそうだ。
内陸までは距離を稼ぐことはできなかったようだ。
あちらでも走査や分析に長けた者が調べたが特に害は見当たらず、先ほどツバサたちも観たあのMVを記録したナノメモリが収められていたらしい。
「こいを作った工作者は設計図を取り寄せたんじゃなかろか?」
しかも最近ぜよ、とダインは推測を口にした。
その理由もちゃんと打ち明けてくる。
「こいだけのもん作れる工作者やったら、疾うの昔に手ぇつけとらにゃおかしいぜよ。下手にばら撒いて味方やのうて敵を呼び寄せる危険もあろうが、そいでも今になってやるんはおかしい……かれこで一年半じゃぞ?」
「やれるんなら数ヶ月以内にアクションを起こしているよな」
今頃? と勘繰りたいのはツバサも同じだ。
「後生大事に設計図を温めとく理由は少ないか……」
フミカも旦那をフォローするべく続いた。
「そもそも、今回みたいなことをやるんなら異世界転移直後にやってないとおかしいッスよ。転移直後は単独か、良くてパーティーの仲間が一緒にいるくらいなんスから……あの頃は誰であれ同じ境遇の人と出会いたかったわけですし」
――真なる世界の過酷さは度し難い。
別次元の侵略者“蕃神”による侵攻のために国土は荒廃の一途を辿り、頼れそうなほど文明を保っている種族は数えるほどだ。
仲間を募らねば生存戦略もままならない。
事実、ツバサたちもダインやフミカに出会えなければ遠からず詰んでいた。これはダインやフミカの側からしても同意見だろう。もっと仲間を募ろうとして方々へ探索がてら出掛けた日々も忘れていない。
ただ、当初のハトホル一家はドローンによる探索は避けていた。
その理由は「味方のみならず敵まで不必要に招くかも知れない」という懸念からで、なるべく自分たちが出向くようにした。
ドローンによる人捜しは敵も味方も無作為に呼び寄せかねない。
自らの足で各地へ赴いての人捜しならば対面で相手の為人がわかり、友好的ならば誼を結ぶこともできる。危険人物と判断したら対処すればいい。
これはツバサが慎重派ゆえに選んだ策である。
他のプレイヤーには異なる策もあるだろう。あくまでも考え方のひとつだ。
ネコ族を始めとした――疲弊した現地種族。
不用意に敵を招いて、保護した彼らを危険に巻き込みたくない。慎重策の言い訳にしたくはないが、それが理由のひとつだった。
ダインも当時はオリジナルの高性能ドローンを手慰みに作っていたので、そいつらを全方位に飛ばしてプレイヤー探索をしようと提案してくれたのだが、ツバサがストップを掛けて周辺地域の警戒に留めてもらった経緯があった
しかし、今では五神同盟も大きな組織。
敵でも味方でも訪ねてきたら相応のおもてなしをできるので、ダグたちスプリガン族の手掛けたドローン部隊による偵察も許可している。
「どんと来い超常現象! の精神だよね」
「超常現象はいらんがな。それ上田教授の名著だろ」
合いの手を入れてきたミロにツバサは軽くツッコんでおいた。
「どっちにせよじゃ、こん軍用ドローンが載ってた雑誌が世に出たんは異世界転移の数日前。コンペとはいえ軍用なんで設計図もおいそれと出回っちょらん」
曲がりなりにも機密扱いの代物。
関係者がネットの海に流出させるわけもない。何らかの理由で放流するにしても、たった数日というのはさすがに早すぎる。
「寸分違わず作れる奴がいるのは露骨におかしいな」
これがダインに疑いを抱かせた核のようだ。
開発関係者が……とか言い出したら猜疑心のスパイラルに陥るが、その線は薄そうだ。ダインの取り寄せた説の方がまだ信憑性がある。
「つまり、これの作成者かその仲間かまではわからないが、現実世界の情報を回収できるアキさんみたいな過大能力を持つプレイヤーの存在が匂うと……」
「それが吉と出るか凶と出るかもわかんないッスけどね」
現実世界の情報は「あれば便利」程度のもの。
しかし、この便利さが侮れない。
このドローンひとつ取ってもそうだ。現実世界の技術に真なる世界産の超常的な素材を組み合わせることで、更に高性能な物品を作り出すことができる。内部の精密機器のみならず、外装や本体にも稀少な素材が使われていた。
アイデア次第では更なる利と益を生んでくれる。
この類の過大能力の持ち主ならば是非ともお近づきになりたかった。
この事実にフミカが青ざめた顔で驚愕する。
「あれ、もしかして……ウチの駄目姉ちゃん実は有能ッスか!?」
「「――お気づきになりましたか?」」
どこぞの澄ました顔の軍師みたいな表情で、ツバサとダインはそう言ってやることしかできない。そう、彼女はSSR級の逸材なのだ。
勿論フミカも優秀だが、情報戦のみならばアキに軍配が上がる。
それが証拠に――軍師が手元から離さない。
爆乳特戦隊から距離を置きたがるのにこれは異例なことだ。
つまり、それだけ情報官アキの持つ情報処理に関しては特級の腕前を買っているからだ。どれだけ悪態をつこうとも重宝しているに違いない。
相当ショックなのかフミカは頭を抱えていた。
「マジッスか~……姉より優れた妹など存在しねえッス! が口癖の駄目姉ちゃんだと思ってたのに、あれ割と本気で言ってたんスかぁ~……」
「彼女の場合、過大能力のおかげもあるけどな」
アキのそれは特殊な部類だと思う。
過大能力は何もせずともチート級の能力を発揮し、自分なりに拡大解釈することで研ぎ澄ませて極められる限界知らずの神の力である。それでも次元も空間も越えて情報収集できるなんて、チートの中のチートもいいところだ。
「ま、ぶち上げてみたもののこれ以上の詮索は無意味じゃな」
「ああ、情報が少なすぎるし詮無きことだ」
ダインがアイコンタクトを送ってきたので、ツバサもこの話題から流れを逸らすことにした。フミカの機嫌を損ないかねないからだ。
「んで、この飛翔体改め軍用ドローンが飛んできた方角なんじゃが……」
「全部ここから南方なんスよね」
フミカも気を取り直して解説役に戻ってくれた。
口では悪くいうものの、姉であるアキの実力(情報処理ONLY)をちゃんと認めているのだろう。だから立ち直りも早い。
「南方の……ここら辺ッス」
新たに展開されたスクリーンには、ツバサたちのいる中央大陸と件の南方大陸、その間を隔てる大きな海の地図が映し出される。
中央大陸と南方大陸のほぼ中間。
やや南方大陸よりの場所に赤い二重丸が記されていた。
「このドローン、ご丁寧に飛んできた座標を記録する装置が乗っかってたんで、飛び立った場所や飛行経路に距離なんかもわかったんスよ。こないだ源層礁の庭園さんから頂いた地図に照らし合わせると、大体この辺りッスね」
「南方大陸から届いたわけじゃないのか」
てっきり瀑布の結界を乗り越えてきたのかと思い込んでいた。
そういえば最初の報告でも「南方から届いた」としか聞いていない。誰も大陸からとは言ってないので、ツバサの早とちりだったようだ。
赤い二重丸の点から五本のラインが伸びる。
そのうち三つはハトホル太母国の沿岸に到着し、残り二つはイシュタル女王国とククルカン森王国が近くにある海岸まで辿り着いていた。
「記録を逆算するに軍用ドローンたちはこんな航路を辿ってたッス」
「南方大陸というより南海から届いた感じか」
何もない海上から発進したのかと思えば、赤い二重丸のチェックポイントがクローズアップされると、そこに群島があることが示唆されていた。
印象的には沖縄群島――あるいはインドネシア諸島。
そんな感じで大小の島々が散在していた。
「この島のどこかにプレイヤーがいるみたいッスね」
「いや、島とは言うが……これ相当デカいだろ。地球なら日本の本州どころかオーストラリア大陸くらいあるんじゃないか?」
お忘れかも知れないが、真なる世界は途方もなく広い。
ツバサたちの暮らす中央大陸も、地球の全国土面積と比較したら数十倍では利かないほどのだだっ広い土地が広がっているのだ。このスクリーンの地図上では他の大陸に見劣りする小さな群島にしか見えないこの島々も……。
「実際には、国がいくつも押っ立つほどの土地があるちゅうことじゃな」
工作者として寸法に細かいダインも概算した。
ツバサは地図に浮かぶ島々を見つめて思いを馳せる。
「この島々にも地球から転移させられたプレイヤーがいて……今日まで生き残ることができて……そして、このドローンを飛ばしてきた……」
では、そろそろ本題に入ろう。
「そのドローンが運んできたのか――さっきのアレなのか?」
「そうじゃ、あんミュージックビデオぜよ」
ダインが機械の指をパチン、と鳴らせば再び執務室の宙空に大型スクリーンが広がり、ポップな前奏とともに元気な少女たちの歌声が鳴り響く。
『『『『――Let’s Go Blue Ocean!!!!』』』』
子供たちの瞳が一斉にスクリーンへ釘付けとなった。
ミロやイヒコがこういうのが好きなのはわかるが、トモエやマリナ、それにヴァトまで一緒になって熱い視線を送っている。
明らかに知っている目線だった。
ツバサが知らないだけで、若年層ならば誰もが知っている大人気アイドルなのかも知れない。ケモノッ娘というかモンスター娘な外見をしているので、流行のアニメのキャラという線もありそうだ。
乙将オリベも「ほう」と感心する声を漏らしていた。
「なにやら阿国の踊りを思い出しますなぁ」
「阿国って……あの出雲の阿国? 大将知り合いだったんか?」
「この人の交遊力の高さなら誰と知り合いでもおかしくないだろ……」
オリベの呟きやウネメとケハヤのツッコミも聞こえるが、小声なのでミュージックビデオの音量にかき消されていた。
ダグは無言のまま横目でスクリーンを確認するのみ。
「……ふえっだし!?」
あと、船を漕いでいたプトラがMVの高音で目を覚ました。
アイドルたちの熱唱をBGMに、ダインとフミカは話を先へ進める。
「こん軍用ドローン、偵察にも爆撃にも使えるようにある程度の積載量は見込めるよう作られとってな。そういうんを格納できるボックスがあるんじゃ」
「そこにこれが入ってたッス」
差し出してきたフミカの掌に乗せられた小さな粒。
「ナノメモリじゃないか、懐かしい」
フラッシュメモリやSDカードより小さく米粒と見紛う大きさだが、それらを上回るメモリー容量と様々な安全性が約束された記録媒体だ。
書籍、ゲーム、楽曲、映像、動画……。
電子化可能なものは大抵ネットワークを介したDL販売であり、昔のようにディスクやソフトで売られることは少ない。それでもデータを収めた物体として何かを求める場合は、ほとんどこのナノメモリに収めての販売だった。
企画的にかなり統一された感がある。
「……このナノメモリに収められたのがMVだったと?」
差し出されたフミカの掌に乗るナノメモリ。
ツバサはそれを親指と人差し指で摘まむと、両眼に分析系技能を走らせて念押しの解析してみた。既にフミカが確認済みだから念のためだ。
特に怪しいものはなく、危険物でもない。
中身も映像データが入っているだけ。
「……あ、これ入ってるのひとつじゃないな?」
「お察しの通りッス。ウチも一通りザッと調べた限りでは、合計8曲のMVが入っていて、そのすべてが彼女たちのMVだったッス」
フミカはスクリーンで踊るアイドルたちを手で差した。
赤い龍、蒼い狼、九尾の狐、イグアナ……それらをシンボルとしたモンスター娘らしき風体のアイドル四人組が熱唱するMV。
生憎、ツバサはそちら方面に疎いのでよくわからない。
「えーっと……彼女たちは何者なんだ?」
当惑のままに問えば、子供たちがこちらへ振り返る。
「何言ってんのツバサさん、ハンティングエンジェルスじゃん!」
ミロが口火を切ると弟妹が追いかけるように習う。
「んな! アニマルエンジェルスな!」
「センセイ、これアニマルエンジェルスって人たちです!」
「ツバサさん知らないの? ビーストエンジェルスってアイドルですよ!」
「ビーストエンジェルス……っていうアイドルグループです」
子供たちは異口同音で無知なツバサに教えてくれた。
いや、異口異音だ。一致するのはエンジェルスの部分しかない。
それ以外のところはてんでバラバラ。エンジェルスの前に掛かるのがハンティング、アニマル、ビーストと三種類もあった。
やっぱり子供たちは彼女らを御存知のようだ。
ツバサが知らないだけで、ジュニアの間では流行なのが歴然だった。
こうなるとお手上げだ。我が家の知恵袋に助けを求める。
「フミカ、これは一体……?」
「彼女たちは所謂“ヴァーチャルアイドル”ってやつッスよ」
フミカは慎重に単語を取捨選択しながら語り始める。
~~~~~~~~~~~~
――ヴァーチャルアイドル。
単語そのものは1990年代から様々なフィクションなどで散見されており、その萌芽があったことが認められる。その後もコンピューターやネットワークの進歩へ足を並べるように、様々な形でこの単語が用いられたそうだ。
爆発的に流行したのは2010年代中頃。
その前提としてモーションキャプチャ技術の発展があった。
人間の動きをデータとして取り込み、デジタル化することでコンピュータ上のキャラクターに同じ動作をさせる。対象の人物が身体を動かせば、データ上のキャラクターがその通りに動いてくれるというものだ。
最初はコンピューターグラフィックスを用いた映画や3Dを追求したゲームなどに採用され、リアルでナチュラルな動きを再現するために使われていた。
次に目を付けたのが動画投稿者たち。
このモーションキャプチャを利用して、二次元的なキャラクターを動かすことでリアクションを取らせる動画の投稿を始める者が現れたのだ。
当初はお遊び的なものが大半を占めたらしい。
やがて――これが本格化する。
前述した2010年半ば頃から大手動画配信サイトを中心に、このモーションキャプチャを利用して2Dや3Dのキャラクターを演じるように扮し、そのキャラになりきって動画に登場する配信者が現れ始めたのだ。
この大手動画配信サイト。
ツバサたちの世代でもなんだかんだで最大手であり、そこに動画を投稿する者でもトップクラスにいる者は芸能人顔負けに人気を誇っている。
彼らはサイト名からユーチューバーと呼ばれた。
そして、モーションキャプチャでキャラクターを演じる動画投稿者たちは、その仮想現実な存在感からヴァーチャルユーチューバーと呼ばれるようになる。
略してブイチューバー。
この名称は今でも根強く残っており、その動画配信サイト以外で活躍する配信者でもブイチューバーと呼ばれてしまうほどだ。
家庭用電子遊具機はファミコン、アミューズメントパークはゲーセン。
そうした名称がいつまでも尾を引く現象と似ている。
ブイチューバーは世に出るとともに急激に認知され、瞬く間に爆発的な人気と知名度と獲得し、すぐさま一大ムーブメントを巻き起こした。
当然、この人気に追随した者は後を絶たない。
ブイチューバー専門のアイドル事務所までできたほどである。
これが人気に更なる拍車を掛けた。
次から次へと大人気を博すアイドルブイチューバーが現れ、世はまさに大ブイチューバー時代だとも言わんばかりに、チャンネル登録者100万人を越えるブイチューバーが次から次へと現れた次第である。
その過熱ぶりは当時からして、やや異常な側面もあったようだ。
何かが弾けた――そう表現する関係者もいた。
実際、ブイチューバーバブルとでも呼ぶべき時代だったのだろう。
しかし、社会現象を巻き起こすまで膨れ上がった人気と知名度は、それが落ち着いたとしてもひとつの文化として社会に定着する。
――ツバサたちの生きる現代。
もはやブイチューバーは「当たり前」の存在になっていた。
ブイチューバーの隆盛を支えたアイドル事務所。
そのうちいくつかは世界的人気を博すヴァーチャルアイドルを多数輩出するまでに至り、今では一部上場するほどの大企業へ成長を遂げていた。
「――オーライブプロダクションはそのひとつッス」
「ああ、アイドルに疎い俺でもその名前は聞いたことがある」
ツバサはそれほどヴァーチャルアイドルに詳しくないし、動画もあまり見たことはないが、そのアイドル事務所の名前くらいは知っていた。
それだけ世間に流布しているということだ。
確か、ヴァーチャルアイドル系の事務所としては古参。
デビューまで厳選に厳選を重ねるため、アイドルの人数は他の事務所に比べると控え目だが、デビューしたメンバーはほぼ大成すると評判だ。
基本、数人まとめてチーム感覚でデビューさせている。
そのためデビュー順に一期生、二期生、三期生……と括られていた。ここら辺は現実のアイドルもそうなので、形式的に参考にしたのかも知れない。
ここの一桁台の期生は伝説的アイドルが目白押しだ。
チャンネル登録者数が100万越えは当たり前、登録者数1000万人越えを果たして世界規模の流行を巻き起こしたヴァーチャルアイドルも在籍する。
また、御年78歳を迎えても大人気のアイドルもいる。
最長老の敬称で親しまれ、生涯現役を合い言葉に頑張っているとか。
フミカはスクリーンを一瞥すると、画像が添付された新たなスクリーンを何枚か展開させて、そこに映るアイドルたちの素性を教えてくれた。
「彼女たちはオーライブプロダクション25期生。正式名称はアニマルエンジェルス。通称はビーストエンジェルス、またはハンティングエンジェルス」
「公式と非公式の呼び方が混ざってたわけか」
子供たちの異口異音の原因はこれらしい。
その子供たちだが――ツバサを玩具に遊んでいた。
女神化した影響なのか、やたらと伸びるようになった長い黒髪。
まず始めにツバサへ寄り添っていたマリナが手持ち無沙汰にツバサの髪をいじり出し、自分のような三つ編みにして遊び始めたのだ。隣に座っていたイヒコが影響を受けて同じように編み始め、次にトモエも真似するように参加する。
ついにはミロまでミサンガでも作るかのように編み込んでいた。
しかしマリナやイヒコは器用に三つ編みを作るのに、ミロが編んだものは大雑把でイマイチ、トモエに至ってはグチャグチャで態を為してない。
見るに見かねたプトラが動いてくれた。
ソファから立ち上がり、ミロとトモエの側に近付く。
「ミロちん、トモちん、そこはね、こうやって髪を細目に束ねてから、互い違いの幅を意識して編み込んでいくし。ほら、こんな風に……」
そして、お手本を実技で見せてやっていた。
道具作成師だけあって、こうした手作業はお手の物のようだ。
自他共に認めるダメ人間だが、なかなかどうしてちゃんといいお姉ちゃんをやってくれているので、ツバサも安心して任せることができた。
この流れについていけない子供が一人。
――次男のヴァトだ。
娘たちはツバサの長い黒髪で三つ編みの練習をして遊ぶことを楽しめるが、ヴァトは普通の感性を持った男の子なので興味がない。ヘアスタイルをいじくるよりも、ロボとかメカとか変身ヒーローが好きな普通の少年なのだ。
所在なさげな息子にツバサも悪戯心が疼いた。
ヴァトの首根っこをむんずと掴み、手前に引き寄せる。
「え? あの、師匠……?」
ツバサを師匠と呼びながら戸惑うヴァト。
まだ10歳の小柄な息子を膝に乗せてやると、超爆乳の谷間を枕にできるよう頭の配置を考えながら座らせる。頭をパフパフと挟むようにだ。
「うわ、うわわわッ!? 師匠どうして……こんな!?」
初心な息子は顔を真っ赤にして騒ぎ出す。
「たまには特等席を味わっとけ。あと、いいかげんお母さんにも慣れろ」
「わぁぁぁぁん! な、慣れません!」
未発達な少年の細い胴体に腕を回して抱き寄せてやると、ヴァトは乳房の間に埋もれかけながら「落ち着かないぃ!」と喚いた。
「師匠ぉ! ぼくは……ぼくはどうすればいいんですかッ!?」
「心頭滅却して挟まってろ。これも精神修養の一環だ」
これも修行だと言い聞かせたのが功を奏した。
「メ、メメメンタル的修行……ぜ、全集中! 全集中の呼吸ぅ……ッ!」
深呼吸を繰り返して精神集中の練習を始めていた。
頭から蒸気が立ち上るほど逆上せているが、ヴァトは大人しくツバサの膝の上に乗っかっていた。鼻血を出さなくなったところに成長を感じる。
「……親子のスキンシップ、もういいスか?」
ニヨニヨと微妙な笑顔で見守っていたフミカが尋ねてくる。
「ああ、話の腰を折って悪かった。続けてくれ」
ツバサは片手を上げて詫びた。MVに登場するヴァーチャルアイドルたちに関する情報を教えてほしい、とフミカに先を促した。
フミカはアニマルエンジェルスについて話を始める。
「彼女たちに限らずオーライブプロダクション所属のアイドルたち……に限った話じゃなくて、ヴァーチャルアイドルとして活躍するキャラ全般に言えることなんスけど、設定では“人間じゃない”キャラが結構いるんスよね」
動物、妖精、怪物、天使、悪魔、神様、宇宙人、異世界人……。
ロボットや食べ物に正体不明と何でもござれ。
そうしたキャラクターがヴァーチャルアイドルをやっていますよ、という設定を加味される場合が多いらしい。勿論、普通の人間という場合もある。
「ご多分に漏れず、彼女たちも設定ありきッス」
アニマルエンジェルス――直訳すれば動物の天使たち。
「彼女たちは親や先祖が獣属性だけど神獣だったり霊獣だったりと、神聖な種族とされているッス。そんで天使のように愛らしいことから、チーム名がアニマルエンジェルスとされた……という設定になってるッスね」
これがオーライブプロダクションの公式名称。
「それでほら、ヴァーチャルアイドルの皆さんってゲーム実況とかよくやるじゃないスか。そのプレイ中に絶叫を上げたり奇声を発したり、まるで野獣の雄叫びみたいな大声を上げながら視聴者さんの鼓膜にダメージを与えたんで……」
『アニマルっていうより――ビーストだろこれ!?』
このような意見が圧倒的多数を占めたそうな。
「それが広まって通称がビーストエンジェルスになったのか」
どちらかと言えばあだ名だ。
アニマルは人間を除く動物全般、ビーストはその中でも生物学的に高等なもの、特に大きめの哺乳類を指す単語だと聞いた覚えがある。
この場合、語感の問題だろう。
アニマルの方が可愛らしい響きで、ビーストは濁音が混ざるせいか猛々しさを帯びている。アイドルならば前者を優先したいはずだ。
「ハンティングエンジェルスもあだ名のひとつか?」
「そっちはVRMMORPGで活躍するようになってからの呼び名ッスね」
VRMMORPGの名を聞けばツバサも耳がピクリと反応する。
知ってか知らずか、フミカは冗長に教えてくれた。
「彼女たちはヴァーチャルアイドルにしては珍しく、あの地獄を越えた難易度と恐れられたVRMMORPGに真正面から取り組み、四苦八苦するものの着実に実力を身に付け、メキメキ頭角を現した強者なんスよ」
抜群のチームワークで狩りに挑み、獲物をどこまでも追い込んでいく。
幾度となくジャイアントキリングを成し遂げ、玄人顔負けの狩猟本能全開な戦い振りから、歴戦のハンターや百戦錬磨のマタギと称される。
「ついにはハンティングエンジェルスと呼ばれるほどになったッス」
「まるでダーティペアだな」
ツバサはインチキ仙人が好きだった古のアニメを思い出した。
原作は本格派なSF小説。アニメ化やコミカライズなどメディアミックスに展開した作品だ。スペースオペラの金字塔として名高い。
主人公は宇宙を股に掛けてトラブルを解決する機関のエージェント。
美少女コンビなので正式なコードネームは“ラブリーエンジェル”と名付けられたのだが、事件を解決する度に行く先々で甚大な被害を巻き起こすため、世間からは“ダーティペア”の異名で恐れられてしまう。
彼女たちの通称の変遷に似た匂いを感じた。
(※ダーティペア=汚れ役コンビ、過激な仕事をする二人組、みたいな意味)
「――ちょい待っちょうよ」
手を上げて話を遮ったのはダインだった。
「ヴァーチャルアイドルがVRMMORPG? それって不利ちゅうか損するっちゅうか……彼女らん特性を考えたら不向きじゃなかか?」
ダインの疑問はもっともだった。
VRMMORPGはキャラクタークリエイトができない。
人間の魂魄であるアストラル体を抜き出して、真なる世界へ異世界転移させるシステムの都合上、最初のアバターは当人のアストラル体になってしまう。
このため自分と瓜二つのアバターにならざるを得ない。
ある意味、本来の自分に立ち返るのだ。
例外はツバサたちのような内在異性具現化者のみ。
これも性別が反転したり人間が獣になったりアンデッドになったり、本人の意図とは無関係に性が入れ替わるという偶発的な事故である。
思い通りのキャラクターが作れるわけではない。
だからVRMMORPGでは他のゲームのようにアバター作成ができず、誰であろうとも自身の素顔を晒すことになる。
無論、ヴァーチャルアイドルであろうともだ。
ダインは慎重に言葉を選ぶ。
「ヴァーチャルアイドルいうんは、ほら、あれじゃ……キャラクターの皮と演じてる中身ん人はそれほど似通ってるわけではないんじゃろ? だったら、どうやろうとも素顔がバレるVRMMORPGは鬼門なんでは?」
長男の言いたいことはよくわかる。
ヴァーチャルアイドルはその多くが聞き惚れる声や巧みな話術、リアクションの面白さが求められる。外見は二の次、場合によっては三の次だろう。
キャラクターという外装をまとってしまうのだから――。
だからなのか、配信のアクシデントなどでヴァーチャルアイドルの中の人の素顔がバレたりすると炎上することも少なくなかった。
理想と現実のギャップに視聴者が耐えられないのかも知れない。
「あのー……そこら辺はガチに掘り返すと類焼して所構わず焼け野原にしかねない危ないネタの宝庫なんで……あんまり突っ込まないでほしいッス」
フミカが穏便に沈静化を図ってきた。
蘊蓄たれではないが解説魔な彼女が話題を控えるとは珍しい。
「そうだな、重箱の隅をほじくるのはやめとこう」
「そうそう、声優さんだって声と見た目が合ってない人いるわけだし」
話題を変えようと提案しているのに、平気で似たような案件をぶっ込んできたのはプトラだった。大人しく子供たちの世話を焼いてくれていると思えば、こちらの話にもちゃんと聞き耳を立てていたようだ。
ツバサの髪に10本目の三つ編みを作るプトラは訊いてくる。
「ところで、そのエンジェルさんたちだけど、もしかして魂の経験値を溜めてからアバターを皮に似せとかだし? それから動画配信したとか?」
「そうするのが安パイだろうな」
VRMMORPGはキャラクタークリエイトができない。
しかし、ゲームプレイで魂の経験値というゲーム内通貨(経験値も兼ねる)を稼げば、それを費やすことで外見の変更ができた。ただし、プチ整形でも相当な額を取られ、全身整形でもしようものなら途方もない額を要求される。
動画配信までに準備や時間は掛かるものの、これが安全策だろう。
フミカは「いやいや」と手を振って否定する。
「それがですね……このアイドルさんたち、最初のログインからライブ配信をやってるんスよね。アバターも無修正のまま公開してたッス」
「肝が太いな。素顔を見られても平気だったのか」
感心するツバサにフミカは実情を明かす。
「実際にエンジェルさんたちのVRMMORPGのキャラ造形を目にした視聴者たちの反応ッスけど……八割方『遜色ない』だったそうッス」
炎上する気配はなく、むしろ賞賛の声が上がったという
「つまり……ヴァーチャルアイドルの外見とほぼ同じだったってことか?」
コクリ、とフミカは意味深長に頷いた。
「勿論、ヴァーチャルアイドルとしての彼女たちは霊獣モチーフのキャラだったので、VRMMORPGでは人間からスタートしたわけですけど、顔や体型はほとんど動画上に現れるキャラクターのまんまだったそうッス」
獣らしい耳、尻尾、角、牙、爪、それと髪型や色が違うくらい。
中身は普通の女の子なのだから当たり前だろう。
「でもホント、違いはそんな程度だったみたいッスよ」
彼女たちもVRMMORPGでは人間から初めて、コツコツLV上げをしていき、最終的に自分のキャラ設定に相応しい神族へ進化したそうだ。
ここで初めて魂の経験値を費やして外見変更を行い、ヴァーチャルアイドルとしての自分とほぼ同じキャラクタークリエイトを行った。
それまでは素顔の自分でVRMMORPGのプレイ実況をやったという。
フミカは別の資料を取り出してこの理由を推察する。
「どうも数年前にヴァーチャルアイドルの素顔をさらして炎上させるっていう趣味の悪い遊びが流行った煽りなのか、ヴァーチャルアイドルと中身の演者をなるべく似せようとする圧が業界内にあった……って噂なんスよね」
「なんだその進化圧とか淘汰圧みたいな話は」
だが、有り得そうな話ではある。
広く世に知れ渡る企業ほど公正さを求められるため、望むと望むまいとに関わらず炎上案件を遠ざける傾向にあった。当人たちに燃やすつもりが更々なくとも、世には火付けを楽しむ放火魔みたいな奴らがわんさかいる。
不本意であろうと――対処せざるを得まい。
これも企業努力のひとつと捉えれば理解を示す余地のある話だ。
「もしかしたら――そういう前提だったりして」
不意に口を開いたのはミロだった。
プトラ指導の下、ツバサの髪を試験台にして三つ編みの練習をする。その手を休めずに持ち前の直観&直感で気付いた可能性を示唆してきた。
「エンジェルスさんたちにVRMMORPGをやらせたいから、最初から本人たちにそっくりのヴァーチャルアイドルな皮を用意してたとか」
「すべて折り込み済みだったと?」
炎上を遠ざける名目もあるが、最初からハンティングエンジェルスにVRMMORPGをプレイさせるのが計画に含まれていたという推測だ。
老若男女に人気のオーライブプロダクション。
そこに所属するヴァーチャルアイドルがプレイするとなれば、そのゲームの評判は功名にしろ悪名にしろ間違いなく世間に知れ渡る。彼女たちに会えるかも知れないと挑戦する視聴者も増えること請け合いだ。
VRMMORPGは真なる世界への転移装置。
一人でも多くの人間をプレイヤーとして参加させ、このゲームをプレイさせることで戦力として鍛え上げ、真なる世界に招待したかったことだろう。
それが世界的協定機関の思惑である。
「……広告塔としては効果抜群、いや絶大ッスねきっと」
「後でGM連中に問い質してみるか」
裏でオーライブプロダクションにそういう働きかけをしたか? と訊けば事情を知っていそうなGMが何人かいる。レオナルド、マルミ、クロコ。
広告費が絡むなら守銭奴ゼニヤも知っていそうだ。
ハンティングエンジェルスもとい――アニマルエンジェルス。
彼女たちの素性に関する考察はもういいだろう。
「ところで……彼女たち個々人のデータとかはあるのか?」
「無論、ウチに手抜かりはないッス」
ツバサが水を向けてみると、フミカは手元に浮かべたスクリーン型制御盤をブラインドタッチして、新たに四枚のスクリーンを展開させた。
まだ中空に浮かぶ大型スクリーン。
試聴の邪魔にならないよう、その四隅にスクリーンは配置される。
そこにはアニマルエンジェルスたちのキャラクターデザイン、立ち絵、公式プロフィールなどが事細かに記載されていた。
中央の大型スクリーンではMVが終わりを迎える。
どうやら『Let's Go Blue Ocean』というタイトルの曲だったらしい。
二回目の鑑賞会が終わると、例のナノメモリに収録されていた別のMVが自動的に再生された。これも当然、アニマルエンジェルスの曲である。
子供たちもまだ釘付けだった。
音楽に耳を傾けながらプロフィールに目を通していく。
『天に逆らった赤龍王の娘――ドラコ・サカガミオウ』
かつて天帝に反逆した赤龍・銭塘君の娘という設定のドラゴン娘。
燃えるような赤髪を振りかざし、八重歯というには尖りすぎの牙を剥いて不敵に微笑む勝ち気な美少女だ。四人の中で一番高身長である。
スタイルは程良いナイスバディ。十分なくらいの巨乳だ。
チームでは姉御肌なのに兄貴肌でもあり親分肌。男勝りの豪放磊落な性格で、大抵のことは何とかしてくれる応用力と度胸の持ち主。
VRMMORPGでは主力のアタッカー。最前線に出て大暴れするタイプの前衛に見えるが、実際には攻守ともに優れた戦闘センスの持ち主。
『霜の巨人に仕えし氷狼の末裔――レミィ・アイスフィールド』
氷の世界を駆ける霊獣・氷狼の王の末裔という設定のオオカミ娘。
透き通る氷のように蒼い髪を持ち、童顔ながらも気品を感じさせる面立ちをした麗しい美少女だ。身長は日本人女性の平均よりちょっと低いくらい。
アニマルエンジェルスでは一番のバストの持ち主。爆乳だ。
またチームで一番の常識人でもあり、まとめ役というかリーダー役のお鉢が回ってきやすい。度が過ぎると奇声を上げてツッコミ役となる。
VRMMORPGではドラコとともに前衛のアタッカー。こう見えて脳筋で前へ前へと突撃しやすい。何をするにも強引な力任せに頼りがち。
『霊狐の頂点たる九尾の狐の孫娘――マルカ・ナインテイル』
吉祥の化身である九尾の狐の孫娘という設定のキツネ娘。
キツネ色の髪をざんばらに切り揃え、軽い道化師風のメイクをして愛嬌を振りまく美少女だ。この中では一番小柄だが、九尾の尻尾の面積は大きい。
スタイルはやや控え目、アイドルとしては十分にある。
チームにおけるムードメイカー。何事においても機転が利くため仲間のフォローに回ってくれるのだが、時たま情緒不安定になることもあるとか。
VRMMORPGでは前衛後衛どちらも務まる自由人。機に臨み変に応ずるを地で行く変幻自在な戦い方で、トリッキーに敵を翻弄する。
『智慧と善意の最高神の子孫――ナナ・イツァムナー』
イグアナの姿をした最高神イツァムナーの子孫という設定のトカゲ娘。
緑色のウェービーヘアーをした、天真爛漫な笑顔が似合う小さな女の子のような美少女だ。しかし、四人の中では二番目に背が高い。
スタイルも細身なのにメリハリがあり、かなりグラマラスである。
このチームではマスコット的キャラクターの立ち位置。みんなの妹分として可愛がられている。精神年齢も幼いのか、変な意味で暴走しがち。
VRMMORPGでは後衛に専念し、前衛二人をサポートしながら中衛ともいうべきマルカとともに後方支援を万全に行えるように立ち回る。
「四人組の美少女アイドルグループか……あれ?」
ツバサは唐突に思い出す。
彼女たちの情報に一通り目を通したが、アニマルエンジェルスという名前に覚えはない。しかし、ハンティングエンジェルスは聞き覚えがあった。
ツバサは細い顎を支えるように手を添えて、首を傾げながら考える。
「なんだっけ……どこで聞いたんだったかな?」
「ソワカのお坊さんの時じゃない?」
ツバサの髪を編み編みするミロがこちらを見上げる。
え? と上擦りそうな声を漏らしかけたツバサだが、ミロからの一言で切断されていた脳内シナプスが繋がった。芋づる式にすべて思い出す。
ポン! と思わず手を打ってしまう。
「あれか、VRMMORPG動画配信“四強”か!?」
VRMMORPGは発売直後から、「地獄がパラダイスに見える」と言われるほどの最高難易度を誇るゲームとして業界に君臨した。
そのゲーム実況ともなれば、注目度は鰻登りで視聴回数も右肩上がり。
だから動画投稿者は挙ってチャレンジしたものだ。
そして――見事に挫折した。
想像を絶する難易度にろくな見せ場を作ることもできず、三桁を超える死亡を数えながらもゲーム内の進行度はろくに進まず、ただただ過酷な世界で苦行を重ねるように生きるプレイヤーの面白くない後ろ姿を見せるばかり……。
そういうライブ配信でも一定の需要はある。
VRMMORPGの凄まじさを肌で感じられるからだ。
視聴者はそこそこ増えるが、まず先に配信者の心が折れてしまう。
そのためVRMMORPG発売と同時に多くの配信者が挑戦したものの、ほとんどが敗北宣言をして即引退。あるいは何も言わずに失踪した。
(※この場合、告知なく動画投稿を止めた意味での失踪)
だが、すべての動画投稿者が諦めたわけではない。
指折り数えるほどだが、異世界転移が起こる最後の日まで走り続けた配信者もちゃんと存在していた。ただし、その数は50人にも満たない。
その中でも多くの視聴者がオススメする四人の動画投稿者。
過酷極まるVRMMORPGを逞しく生き抜き、動画の要所要所で見せ場となる場面をしっかり魅せてくれて、攻略情報が欲しい視聴者にもワンポイントアドバイスを忘れず、ゲームの世界を魅力的に伝えてくれる配信者たち。
彼ら彼女らはVRMMORPG動画における“四強”と讃えられた。
四強の1――ツバサとミロのアルマゲドン最強夫婦。
言わずと知れたミロがツバサの協力を得て投稿していた動画シリーズ。配信者としては初心者ながら、瞬く間に人気配信者の仲間入りを果たした。
四強の2――グッチマンと愉快な仲間たち。
ゲーム実況の実力派、グッチマン・ユーゾーンとその仲間たちによる配信者グループ。エンジョイ勢ながらも堅実なプレイスタイルが好評だった。
四強の3――八天峰角。
レイドボス討伐の攻略動画を専門的に投稿していた八人組。それぞれレイドボスの角から作った飾りを身に付けていたのが名前の由来だという。
そして、怪僧ソワカ・サテモソテモの内弟子たちだ。
残念ながら彼らは故人である。
最悪にして絶死をもたらす終焉に襲撃を受けて、偶さかその場を留守にしていたソワカ以外のメンバーが全員殺害されてしまっていた。
犯人はグンザ・H・フェンリル。
未来神ドラクルンの臣下にして、破壊神ロンドの部下を務めた男。
あの面倒臭いオヤジども――密約を結んでいたらしい。
ソワカはグンザに重傷を負わせるところまで追い詰めたのだが、あと一歩というところでドラクルンに邪魔されてしまい、残念ながら取り逃がしてしまった。目下リベンジに向けて、ソワカは再戦を待ち望んでいる。
ソワカは現在、イシュタル女王国に客分として籍を置いていた。
「そうだ。ソワカさんには悪いことをしたが、彼の来歴とバッドデッドエンズを憎む理由を問い質した時に、八天峰角について触れたんだったな」
その際、“四強”についても話題に上がっていた。
四強の4――ハンティングエンジェルス。
即ち、彼女たちもVRMMORPGで名を馳せた猛者ということだ。
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「彼女たちもこの世界で生き延びてきたのか……それはとても喜ばしいんだが……このMVをばら撒いている理由はなんだ?」
しかも言ってはなんだが「今頃になって?」である。
「何らかの意図があるのは間違いないが……その意図がいまいち読めんな」
彼女たちの姿を見つめるツバサは当惑のまま呟いた。
~~~~~~~~~~~~
「ねえ辰子ちゃん……あのMVばら撒いちゃって良かったの?」
しかもあんな無節操に、とレミィは不安げに尋ねた。
広い艦橋だが人影は四つしかない。どこまでも続く南海の水平線が彼方まで見通せる窓辺に佇んだまま喋っても、神族の聴覚ならば聞こえるはずだ。
「――ドラコでいいって」
辰子ことドラコは大きな肉塊に齧りつきながら答えた。
野太い骨にたくさん肉が付いた、所謂“マンガ肉”というやつだ。こんがり焼き上げられたそれを、牙の目立つ口でムシャムシャ頬張っている。
「今さら現実の本名で呼び合ったって意味ないない。あたしはドラコで、あなたはレミィちゃん。もうそういう生き物になっちゃったんだからさ」
頭の倍はあった肉を瞬く間に喰らい尽くすドラコ。
まだ足りないとばかりに、骨までバリバリ噛み砕いて髄を啜っていた。
「んで質問だけど――いいんじゃない別に?」
細かいことは気にするな、と表情に浮かべてドラコは続ける。
「せっかく現実で最後に収録した新曲MV。このままお蔵入りさせるより、誰かに見てもらった方がアイドル冥利に尽きるって」
「でも、まだ生きてるプレイヤーを頼るためのお便りなら……」
チッチッチッ♪ とドラコは人差し指を振った。
レミィの口から漏れかけた泣き言を遮るべく勝ち気に言い返す。
「あたしらは助けがほしいわけじゃない。ただ、こっちに興味を持ってくれて、この二進も三進もいかない状況をかき混ぜてほしいだけじゃないの」
「現状打破の人手がほしいわけやね」
艦橋の片隅にいたマルカも話に混ざってくる。
彼女もドラコ同様、通りがかりに退治した巨大怪獣の肉をつまみ食いしているが、こちらは七輪に金網を敷いての焼き肉スタイルで賞味していた。
「……それってやっぱりヘルプが欲しいんじゃね?」
塩オンリーで肉の旨味に舌鼓を打つマルカが茶化してきた。
それならそれでいいさ、とドラコは達観的だった。
「Let's Go Blue Ocean……蒼い海に飛び出そう! う~ん、まさにあたしらの今の心境を現したかのようなタイトルだよね。この時のために作詞作曲されたみたいな歌だし……これって運命みたいなもんなのかも知んないよ?」
「単なるご都合主義だったりして」
マルカが自嘲気味に笑えば、ドラコの爆笑を誘った。
「いいねご都合主義、大歓迎さ! どのみちあのMVを見て勘のいい人ならあたしらからのヘルプメッセージだって気付くよ。あたしらのファンだったり協力的な人が来てくれたらマジで大歓迎してあげようよ」
「あ、これマジあかんわ、ってヤバい連中が来たらどうすんの?」
マルカのもっともな危惧にもドラコは楽観的だった。
「そん時はそん時さ、嫌でもでもあたしらの置かれた……違うな、この南海の置かれた状況に巻き込んじゃえばいい。いや、そうするしかない」
じゃないと――真なる世界は南海から終わっちまう。
陽気なドラコだが、この一言だけは深刻さを潜ませていた。
レミィは表情を少し曇らせながら俯き、軽口を叩いていたマルカもまん丸な瞳を半眼にすると、つまらなそうに固そうな部分の肉を噛み締めている。
「ねえ、MV用のドローンはどうしよっか? もう作んなくていいかなー?」
重くなりかけた空気を破って明るい声を上げるのはナナだった。
艦橋のはじっこに大きなピクニック用シートを広げ、そこを工房と称してMVを乗せたドローンをいくつも組み立てていた。彼女一人で終わる作業量ではないので、ナナ専用のアシスタントも総掛かりで取り組んでいた。
デフォルメと擬人化がされた二頭身のイグアナ。
そんなマスコットキャラみたいなイグアナたちが白衣を着て、ナナの工作をせっせと手伝っている。本当に工房のような風景だ。
イグアナたちも靴屋の妖精顔負けの勤労っぷりである。
「いやいや、せっかくだからもうちょい作っといてよナナちゃん」
ドラコは手をブラブラさせて言った。
「どうせだったら真なる世界のみんなにも、あたしたちの新曲MVお届けしたいじゃん? 見せたいじゃん? 魅せつけたいじゃん?」
戯けるドラコにナナはあっさり焚き付けられる。
何も言わないが、そこはレミィも共感を覚えた。
異世界に来ても私たちはアイドル――そういう自己顕示欲は忘れられない。
「そっかぁー、そうだよねぇー。んじゃもっといっぱい作ろーっと♪」
ドラコの返事を受けたナナはドローンの量産体制に入った。
それを横目にマルカが余計な一言を漏らす。皮肉というか自嘲というか、なんとも今更感のあることに呆れるような微笑みだ。
「……収録したの一年半前くらいなのに新曲ってどうなの?」
「発表しなければいつまでも新曲なのよ、マルカ」
レミィは役目としてツッコミを入れてあげた。ドラコを筆頭にみんなボケに回りがちなので、ツッコミ担当一人なのは辛いところだが致し方ない。
その時――けたたましい警報が鳴り響いた。
艦橋のあちこちに赤色灯が現れて明滅し、緊急事態を知らせてくる。
しかし、誰一人慌てるものはない。
困ったことに、この状況も慣れっこになってしまっているのだ。
外の風景が覗ける大窓に目を遣る者もいれば、艦橋の天井から現れる大型ワイドモニターに視線を移す者もいる。ひとまず状況確認が最優先だ。
ここは空飛ぶ艦の艦橋。
飛行戦艦――シャイニングブルーバード号。
工作者のナナが建造した、青い鳥をモチーフにした大空を征く戦艦だ。
南海の空を進んでいく戦艦の行く手に水柱が立ち上る。
そこから天に向けて伸び上がってくるのは、ぎっしりと鱗の生えた巨人の腕だった。水棲生物らしく指の間には水掻きまで備わっていた。
水棲巨人の腕は一本だけじゃない。
二本、三本、四本、五本……と後から後から増えてくる。
水底から這い上がってくる水棲巨人は群れを成し、その半魚人めいたおどろおどろしい面構えを外気に触れさせると奇妙な呪文を唱え始めた。
『いあぁぁ……いあぁぁ……くとぅぅるぅふ、ふたぐぅん……
ふぅんぐるぅいぃ……むぅぐるぅなぁふー……
くぅとるふ……るぅ、りぃえぇぇ……うぐ=なぐる……ふたぐん……』
何者かを賞賛するかのような譫言に聞こえなくもない。
だが、これを巨人たちに大合唱されると、次元に歪みが生まれるような衝撃に世界が見舞われる。何より、レミィたちの鼓膜まで破られそうだった。
「おいでなすったな――サカナ巨人ども」
席から立ち上がるドラコは舌舐めずりすると口角を釣り上げた。
これから獲物に牙を剥かんとする恐竜のような笑みだ。
「さぁ! 張り切って世界を護るためのアイドル活動と洒落込もうか! そろそろ普通のアイドルに戻りたい今日この頃だけどね!」
景気付けのつもりか、ドラコは手を翳して号令を下す。
「ハンティングエンジェル――オンステージだ!」
「「「いやいやいや、アタシらアニマルエンジェルスでしょうよ!?」」」
「いいじゃん、どっちでもさー」
総出でツッコまれたドラコはカラカラ笑っていた。
この世界を終わらせんとする水棲巨人の大群を前にしても、ドラコは元よりレミィもマルカもナナも、怖じ気づくことはなく自分を見失うこともない。
心折れない仲間――これが彼女たちを互いに支えていた。
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少年テッドには、両親がいない。
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HOTランキング20位になりました。
皆さん、有り難う御座います。

クラス転移で無能判定されて追放されたけど、努力してSSランクのチートスキルに進化しました~【生命付与】スキルで異世界を自由に楽しみます~
いちまる
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ある日、クラスごと異世界に召喚されてしまった少年、天羽イオリ。
他のクラスメートが強力なスキルを発現させてゆく中、イオリだけが最低ランクのEランクスキル【生命付与】の持ち主だと鑑定される。
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※本作品は他サイト様でも掲載中です。

日本列島、時震により転移す!
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2023年(現在)、日本列島が後に時震と呼ばれる現象により、500年以上の時を超え1492年(過去)の世界に転移した。移転したのは本州、四国、九州とその周辺の島々であり、現在の日本は過去の時代に飛ばされ、過去の日本は現在の世界に飛ばされた。飛ばされた現在の日本はその文明を支え、国民を食わせるためには早急に莫大な資源と食料が必要である。過去の日本は現在の世界を意識できないが、取り残された北海道と沖縄は国富の大部分を失い、戦国日本を抱え途方にくれる。人々は、政府は何を思いどうふるまうのか。

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セレナの幸せな生活はあっという間に消え去った。新しい継母と異母妹によって。
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とある国の王太子が、卒業パーティーの日に最愛のスワロー・アーチェリー男爵令嬢を虐げた婚約者のロビン・クック公爵令嬢を断罪し婚約破棄をしようとしたが、何故か公爵令嬢は現れない。これでは断罪どころか婚約破棄ができないと王太子が焦り始めた時、招かれざる客が現れる。そして、招かれざる客の登場により、彼らの運命は転がる石のように急転直下し、恐怖が始まったのだった。さて彼らの運命は、如何。

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世界に一人しかいないと言われている『勇者』。
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レンはただ、ある目的のついでに人々を助けただけだと言う。
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