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第19章 神魔未踏のメガラニカ
第474話:オカン大激怒と5人のお父さん
しおりを挟む「あくまでも“良かれと思って”した結果なのでございます」
クロコは天地を逆さまにされたまま釈明する。
ハトホル太母国拠点 我が家――リビングルーム。
メイド人形部隊のお披露目を行った多目的ホールから、ツバサたち一行は自宅の寛げるスペースへと移っていた。
メイド人形部隊の部隊長となる5体も一緒である。
彼女たちの製造工程を問題視したツバサがクロコを詰めている最中だ。
メイド長は――簀巻きで天井から吊されていた。
「……なのでお目こぼし、情状酌量していただけないでしょうか?」
「この状況下で許されないことは明白だろ?」
両足を鋼線入りロープで縛り上げられたクロコはボロボロの筵に巻かれて、蓑虫さながら吊し上げられてブランブランと揺れていた。
サンドバッグみたいで殴りたくなる。
突然、クロコはそのままの状態でドッタンバッタン身悶えた。
「ああッ! せめて駿河問いか亀甲縛りでお願いします!」
「やかましい! 大差ないだろうが!」
反省の色ゼロか!? とツバサはどやしつける。
性的アピールの強い緊縛方法で吊し上げられることを望むドMのクロコだが、そうは問屋が卸さない。色気もへったくれもない吊し方を選択する。
しかし、数秒で無表情の頬に恍惚の朱が差す。
「ううっ……で、でもこれはこれで乙なものかも……ッ!」
「ほら見ろ、おまえの適応力なら全然アリだろ」
これもまたいい! と全肯定して悦びの嬌声を上げるクロコは、クネクネといやらしく蠢いた。元気よく蠕動する芋虫を彷彿とさせる動きだ。
ウチのメイドがキモすぎるんだが……。
「と、とにかく……悪意はまったくございません」
本当に「良かれと思って」やっただけ、クロコはそう主張した。
吊し上げたクロコの前に仁王立ちで構えるツバサは、なおも言い募ってくるメイド長にうんざりしたため息で答える。
「……昔その台詞を好んで使った胸クソ悪役がいたせいか、“良かれと思って”って弁解の台詞としちゃイメージ最悪なんだよな」
善意であることを強調して罪悪感を有耶無耶にしようとする。
建前として謝意を示すが内心「俺は悪くねぇ!」と主張している感もある。
連呼されると有難味が薄れるばかりだ。
「ううっ、良かれと思って……良かれと思ってなんですぅ」
「おまえ、俺の独白読んでない?」
ツバサがこの言葉へ抱く悪感情をクロコは見事に再現していた。
言い訳で言い逃れるつもり満々なのは、無表情のくせしてやたらと情感を込めた言葉で力説しているところから窺い知れた。
「ま、いいか……言い訳があるならしてみろ。聞くだけ聞いてやる」
一応、耳を傾けるくらいはしてやろう。
ありがとうございます、とクロコは逆さ吊りのまま会釈した。
「まずメイド人形にも蕃神の眷族や他勢力の敵兵と戦える火力を備えさせたのは、有事の際に家族の皆さまと国民の盾となる戦闘能力を求めてのこと……しかし、いくら私が錬金術師としての技能を上げ、長男様や次女様の類い希な技術をお借りできたとしても、所詮アンドロイドの域を超えられません……」
「だから最強の戦士たちから模倣したと?」
――より高性能な人造人間。
叶うのならば最低でもLV999に指先が届く強さを持ったメイド人形を量産できれば、効率的に戦力を補充できるのではないか?
普通の製造工程を経たメイド人形ではLV700前後が限界だった。
それでも錬金術師としてのクロコの技量の高さがわかる。
従者作成の技能を修めた者なら、いいとこLV500の従者を数体作れれば優秀な部類だ。LV700越えを100体以上は規格を越えている。
だが、クロコは満足しなかった。
「そこでフミカ様の【魔導書】の力をお借りしました……」
ここでフミカが話を引き継いだ。
リビングのソファに腰掛けた次女はわかりやすく説明する。
「早い話、ウチがこれまで情報として【魔導書】に記録してきた、バサママやみんなの戦闘記録をデータ処理して平均値を割り出したんスよ」
フミカの過大能力――【智慧を蓄えし999の魔導書】。
フミカが見聞きした情報を微に入り細に入り、ひとつも漏らすことなく言語化あるいはデータ化。それを漏らさず記録した【魔導書】を無限に増刷する。記録された情報は【魔導書】から完全に再現することも可能。
最近では監視や偵察のための“眼”となる使い魔を派遣する魔法も習得したため、彼女の取り扱う情報量は桁違いだろう。
そうして記録したものを、彼女は【魔導書】から復元できるのだ。
ただし、フミカの力量を越えたものは弱体化される。
たとえばツバサの必殺技をフミカが【魔導書】で再現すると、ツバサの全力には足下にも及ばず、フミカのLVに合わせた威力にデチューンされる。
あくまでフミカのLV基準の再現に留まるわけだ。
だとしても、フミカもまたツバサの荒行を乗り越えた身。
文系を極めた文学少女なれどLV999の高みへと到達しており、格闘術に関する造詣も嗜ませている。今の彼女ならそこそこ闘れるだろう。
フミカの場合、サブミッション系が得意である。
もっとも、彼女の関節技の餌食になるのは専ら旦那なのだが……。
「五神同盟の戦闘記録から割り出したデータをメイド人形にインプットして、人造人間である彼女たちの基礎的な戦闘能力を向上させたわけか」
「あと、思考パターンとか思想の在り方も無難に参考にさせてもらったッス」
「経験値が増えれば感情も豊かになりそうだな」
人間と同等の人工脳を持つならば精神的な成長も見込めるだろう。
道理で人造人間にしてはLVが高いわけだ。
従者作成の技能を駆使したとはいえLV850は破格である。
「無論、元となったのはLV999の母ちゃんたちみたいな猛者揃い。そん動きについていける機体の素材はわしが都合付けたぜよ」
フミカの隣に座ったダインが機械の親指で自らを指した。
戦闘記録の情報だけでは物足りないと感じていた。
いくら最高の肉体強度を誇る人造人間であろうとも、ツバサたちの動きを真似させたら初動で関節が吹っ飛んで五体バラバラになるだろう。
参考データの元は全員LV999の神族。
彼らの超絶的な体捌きを完全に投影することはできない。
人造人間の耐久度を底上げして、真似事の域を出ないとはいえLV850に達するまで強化できたのは長男夫婦の働きが大きいようだ。
「……本当にウチの長男と次女は有能だな」
掛け値なしの褒め言葉なのだが、クロコへの折檻中で彼女を暴走させた一助でもあるため、ちょっと皮肉めいた言い方になってしまった。
「そう考えると三人の合作みたいだね」
ツバサの周りをウロウロしていたミロが感想を口にした。
その一言にしみじみ痛感させられる。
「チャナの時もそうだが、おまえらが集まると人間どころか神族と普通に肩を並べる人造人間を量産できるようになったんだな」
人が造りし人造人間ならぬ神が造りし神造人間と呼ぶべき代物だ。
……それもう普通に人間じゃないか? 神様が創造したんだから。
ただし、地球の人間とは肉体性能が段違いだが。
とにかくSF映画の領域に一足飛びで踏み込んでいたらしい。
ツバサの祖父が愛読しており映画化もされた著名なSF漫画でも、サイボーグ化した格闘家や戦闘アンドロイドが大暴れしていたのを思い出す。
次元戦艦を建造している時点で今更なのだが……。
「まあ、そこまでは百歩譲って認めるとしよう」
現実世界でも似たような話はごまんとあったはずだ。
「確か……優れた武道家の身体能力を分析してデータ化、それを機械式スーツに組み込んで運動の最適化を図ったり、脳髄や神経に電極を差し込んで運動能力をトレースさせることで、最高の兵士を作ろうとした計画があったとか……」
ツバサの師匠、インチキ仙人がぼやいていた覚えがある。
「機械式歩兵どころの話じゃないッスね」
「じゃが訓練するよか早いから軍としては効率的かも知れんのぉ」
フミカは呆れているがダインは一定の理解を示した。
「他にも医療技術の軍事転用とかかな」
肉体が動こうとする時に発する電位信号を読み取る装置をスーツの各所に付け、動作しようとする意思を予測し、スーツ内の人工筋肉がそれを補助する。
これにより――身体機能を増幅し拡張する。
「随意制御システムだったか?」
最高率の動作で肉体がスムーズに動き、筋力や俊敏性も増幅される。
戦闘用スーツに組み込めば強化兵士の完成だ。
「あ、それ知ってるッス。でも、本来ならお年を召した高齢の方や、事故なんかで身体の不自由な人を助けるためのパワードスーツのはずッスけど……」
「優れたものは得てして軍事利用されるんだよ」
ニトログリセリン然り、原子力然り、ドローン技術然り……だ。
「だからまあ、おまえたちの発想やメイド人形に費やされたテクノロジーについてとやかく言うつもりはない。五神同盟の戦闘記録についてもだ。そこから有益なものが生み出されるのなら、むしろ推奨するべきだと思っている」
だが、さすがにこれは見逃せなかった。
「本人の許可なく、その人格や能力を模倣した別人を創るのはやり過ぎだ」
ツバサは五体のメイド人形に眼を遣る。
軍師レオナルド・ワイズマン、横綱ドンカイ・ソウカイ、剣豪セイメイ・テンマ、拳銃師バリー・ポイント、仙道師エンオウ・ヤマミネ。
彼らの血縁者としか思えない美少女5人組。
先に挙げた超高性能な人造人間を作る技術の粋を極め、彼ら一人一人の戦闘記録を極限まで突き詰めたデータをインプットされた人工知能を搭載。
当初はアシュラ経験者の完全なる複製に挑んだのだろう。
しかし、彼らが研鑽の果てに磨き上げた武の精髄に辿り着くことは適わず、性能を劣化させたデッドコピーになったのは想像に難くない。
平均がLV950という点がそれを如実に現れていた。
完全複製までは手が届かずとも、その一歩手前まで届いていれば彼女たちは最低クラスとはいえLV999の性能を得ていたはずだ。
LVが低いことが彼女たちの性能限界を示していた。
ただし、従者としての人造人間なら常軌を逸している。
彼女たちはもはや一個の人格を備えた神族。存在の在り方は先日産声を上げたばかりの、聖賢師ノラシンハの孫であるチャナに近い。
横一列に並んだ彼女たちは所在なげに立ち尽くしている。
自分たちがこの騒動の原因だと判断できる。それだけの知能と理解力を有するがゆえに、リアクションに困っているのがありありとわかった。
一方、首謀者とも言うべきクロコに反省の色は薄い。
「良かれと思ってしたことなんです……」
「いい加減くどいわ。それ禁止ワードにするぞ」
泣き落としを狙うようなか細い声で訴えてくるクロコに、ツバサは声量こそ抑えたものの熾火のような熱のある怒気で言い付けた。
逆さ吊りのクロコを冷徹に睨め付ける。
「おまえ……折檻を狙ってただろ?」
ギクリッ! と簀巻きごとクロコは図星を射貫かれたように震えた。鉄面皮の頬を天地逆に冷や汗が伝っていた。
ツバサは諦観のため息を力いっぱい吐き出した。
「やっぱりか……おまえは仕事で手を抜いたことがない。揚げ足を取るためにこちらの裏を掻くような報告はしても、事前に許可を取るのを忘れたことのないおまえがだ、事後報告で済ませようなんておかしい……」
いや――有り得ないよな。
仕事をやらせれば妥協しない。その一点においてツバサはクロコを高く評価していた。それだけに今回は信頼を裏切られた気分だった。
ギクギクギクッ! とクロコは小刻みに震える。
心の奥まで見透かされたと言わんばかりの狼狽えっぷりだった。
「……え? どういうことですか?」
ツバサの足下をチョコチョコしていたマリナが不思議そうに尋ねてくる。あんまり子供に聞かせたくない話だが、反面教師にさせたいところだ。
娘の精神的成長を鑑みた話し方で教えてやる。
「クロコはツバサに叱られたくてわざとミスをしたんだ」
大ポカをやらかして敬愛する御主人様から大目玉を食らい、人格否定されるくらいのお説教をされる。そういうシチュエーションを望んだのだ。
「――マゾな気持ちを満たすためにな」
「あ、そうか……クロコさんイジメられるのも大好きだから」
耳年増なマリナはすんなり受け入れた。
自分の性癖を批評されるのもM気質なら感じてしまうのか、また恍惚に頬を染めたクロコはちょっと呼吸を早めながら訴えてくる。
「ここ最近、ちょっとやそっとのセクハラではツバサ様もスルーされてしまいますし、むしろちゃんと仕事をして褒められる機会の方が増えてしまいましたので……ここらで拷問級のお仕置きをしていただきたいと思いまして……ッ!」
「うるさい黙れ、ハアハア喘ぐな」
子供に悪影響だ、とツバサは長い黒髪でマリナの視界を遮る。
ここのところ破壊神戦争に大わらわだったこともあり、クロコも真面目に仕事を片付けて成果を上げていたので、礼を述べたり褒めたりすることの方が多かったのは事実だ。セクハラも慣れたので無視していた。
それが彼女に奇妙なフラストレーションを溜めさせたらしい。
まさか定期的に死んだ方がマシなレベルのお仕置きを与えてやらなければいけないとは……ドMな部下への接し方はややこしくて難しい。
「だがしかし……履き違えられては困る」
今回の一件でツバサの琴線に触れたのは別の問題だった。
そこら辺がなあなあになっていたかも知れないので、線引きをしっかり引き直させることで、仕事への態度を引き締めてもらう必要がありそうだ。
「俺が怒っているのは……報告を忘れたことじゃない」
――ツバサは本気を解放する。
「お仕置き目当てでわざとミスをした……ことでもない」
ダインにもとっくり言い聞かせたが、あまり大っぴらにしたくないので抑え込んでいたLV999を越えた力を一気に解き放った。
瞬間、この場にいる者たちを凄まじい威圧感で押し潰す。
重力が50倍ぐらい重くなったような錯覚に囚われるはずだ。本能は生命の危機を察して震え上がり、心身は痺れたように居竦んで満足に動かせまい。
全世界が敵意を持って襲いかかってくる恐怖。
身近にある空気ですら牙を剥く感覚に怖気は止まらないだろう。
蛇に睨まれた蛙に似たような状態だ。
漫画好きの子供たちなら“覇王色の覇気”とかいうかも知れない。
いや、そんな戯れ言を口にする余裕もないだろう。
事実――誰もが歯の根が合わないほどの恐怖に打ちのめされていた。
ミロは泡を吹いて卒倒する寸前のマリナを守るように抱き締めると、二人して床にペタンと女の子座りになっていた。ツバサの怒りに耐性のあるアホの子でさえ、半泣きで震えている。ガチガチと鳴らす歯の音が聞こえてきた。
ダインもフミカを庇うように抱き締めている。
いつもなら積極的なダインの抱擁に喜ぶはずのフミカも、この時ばかりは余裕がないのか、分厚い【魔道書】を盾にして泣きながら痙攣していた。
ツバサの気迫はリビングルームを歪ませる。
あちこちから家鳴りが響き、脆いガラス製品なら亀裂が走った。
物理的な威力のある威圧感に建物まで悲鳴を上げる。
指向性を持ったプレッシャーをクロコに向けてピンポイントにぶつけてもいいのだが、今回はお試しで子供たちにも味わわせる。
大地母神を怒らせたらどんなに恐ろしい目に遭うか――。
それを肝に銘じさせるのだ。
ミロを始めとした子供たちは巻き添えだが、ここはデモンストレーションと思って我慢してもらう。この程度で弱音を吐いていたら、今後待っているであろう蕃神との戦争でも正気を維持できる保証はない。
SAN値直葬とならないためにも耐性をつけてもらおう。
「……あっ! あああっ……ひいッ!?」
クロコにしては珍しく、女性らしい悲鳴を迸らせた。
最初こそツバサから「拷問級のお仕置きをしてもらえる!」と淫靡な微笑みで顔を綻ばせていたが、本気の激怒を目の当たりにして恐れを成したらしい。
顔面蒼白で恐怖に凍り付くクロコの素顔。
いつもの無表情や鉄面皮とは違う、畏怖に苛まれる表情だった。
「俺が怒っているのは、仲間の経験を蔑ろにしたこと……」
クロコの顔面を割る勢いでツバサは鷲掴みにした。
「仲間の武道家たちが積み上げてきた経験を軽んじたことだ!」
こんな時、クロコは舌を出してベロベロとツバサの手を愛撫するようになめ回してくるものだが、今日ばかりは恐れ多くてできないらしい。
逆さまになった瞳からも涙が零れてくる。
ツバサ自身、ここまで怒りを露わにして迫ったことも初めてだ。形相は凍り付かせたように無表情のままだから迫力も異なるのだろう。
折角なので篤と説教を聞かせてやる。
「俺たち武道家ってのはな……芸術家に通ずるところがある」
自らの求める強さを得るため鍛錬を積み重ね、幾多の経験を培っていき、選んだ流儀を最強と信じて、自身の技を研ぎ澄ませていく。
芸術家が作品へ魂を注ぐように、武芸に魂を打ち込むのだ。
「手っ取り早く戦闘能力の高い者を選んで、アシュラ経験者の心技体をコピーしたメイド人形を造ったんだろうが……それが武道家の自尊心をどれほど傷付けるか考えなかったのか? いくら仲間たちが大らかであろうともだ!」
武道家の魂そのものを無断で利用したのと変わらない。
「自分が精魂込めて築き上げてきた経験を! 己の人生を掛けて丹念に磨き上げた技術を! 勝手に使われていい顔すると思うのか!?」
尊厳を踏み躙られたに等しい。
国と民を守るため――五神同盟の戦力増強のため。
気前のいい彼らのこと。この大義名分を出せば、自身を模したメイド人形の研究開発であっても協力してくれた未来は予想できた。
「だが……おまえは未承認でやった! 誰の了解も得ずにだ!」
その不実な軽率さが許せなかった。
怒りのボルテージが上昇し、威圧感の密度も濃さを増していく。
稲妻、激風、噴炎を発してツバサは叫ぶ。
「大昔からこの手の騒動は引きも切らないほどあっただろうが! 情報をいくらでも手軽に入手できるからって我が物顔で使い回してりゃ、情報を発信する側がいい顔せず苦言を呈するのは当たり前だろ! わかってたはずだよな!?」
クロコほど聡明な女なら! とツバサは激昂する。
「それをおまえは……『お仕置きされたい』なんて身勝手な欲望だけで暴走してあっさり侵しやがって! 著作権侵害で肖像権侵害! 親しき仲にも礼儀ありだ! 家族で身内で仲間だからってやっていいことと悪いことがある! それがわからんほど無分別じゃないだろおまえはッ!?」
「むぅ~ッ! むふぅ~ッッ!? むぅ……しわけありまひぇん!」
顔面を掴まれて大泣きするクロコは変な声で謝罪した。
顎も鷲掴みされて握力の万力で砕かれそうになっているから、まともな発声で喋れないのだろう。それでも懸命な謝意は伝わってきた。
威圧感の効き目があるので説教を続ける。
「もしも! 今回の一件で仲間から不興を買って……それが原因で五神同盟の結束に亀裂でも入ったらどうしてくれる!? おまえ責任取れるのか! おまえのやらかしたことは洒落にならない事態を引き起こしかねないんだよ!」
「お、お言葉ですが御主人様!」
不意に割って入ってきたのは、メイド人形の一体だった。
レオ001号――軍師レオナルドを投影した少女だ。
クロコの顔面を拘束したままツバサは一瞥した。レオ001号を筆頭にみんな怖じ気づくが、それでもまっすぐこちらを見つめて発言する。
「わ、私たちの存在がモデルとなった方々に認められず……万が一にも五神同盟に不協和音をもたらす可能性があるならば……い、いっそのこと、私たちの存在が公になる前に……廃棄処分されることを進言させていただきます」
彼女の意見に他のメイド人形たちも同意を示した。
本心では「捨てられたくありません!」と目は口ほどに言っているが、主人であるツバサの叱責を耳にして、矢も盾も堪らなかったのだろう。
さすが製作にダインとフミカが関わっただけはある。
ちゃんとロボット三原則に基づいた選択をし、奉仕すべき人々の調和を第一に考えて、自分たちが邪魔なら排除しようと自己犠牲の精神を提示してきた。
彼女たちを見つめたままツバサは断言する。
「生まれてきた者たちに罪はない――君たちは悪くないんだ」
ブチッ、と鋼線入りのロープが引き千切られる。
「俺が怒っているのはな……」
ツバサは頭を鷲掴みにしたクロコを頭上でぶん回すと、適度な体罰を加えるためにMでも耐え難いほど投げ回した。その途中で手足を雁字搦めにしたロープをほどいてやりながら簀巻きの筵も外してやり、床へと降ろしてやる。
「クロコが私利私欲のために報連相を怠り……」
さしものクロコも腰が抜けたのか、女の子みたいにへたり込む。
ビシリ! とツバサは音がするほど彼女を指差した。
「……武道家の自尊心を! 仲間の尊厳を貶めたこと! そして何より! 生まれたばかりの君たちに! その出自に罪の意識を植え付けたことだ!」
今日ばかりは変態メイドも懲りたらしい。
「もっ……申し訳ありませんでしたーッ!」
すかさず姿勢を正すと、ツバサに平伏して謝罪するクロコ。
恐怖が消えないのかガタガタ震えたままだ。
このままだとガチ泣きどころか失禁してお漏らししかねないほど脅えているので、ここら辺で勘弁してやることにした。
ツバサは土下座から顔を上げたクロコの眉間に人差し指を突き付ける。
「いいか、何度でも言うぞ……親しき仲にも礼儀ありだ」
身内だから大目に見てもらえると安心するな。
誰であれ礼儀と敬意を払って接しろ。他者の尊厳を軽んじるな。今回のような案件を試したければ、各方面に正規の手順で一報を入れるのを忘れるな。
「そんなに折檻されたければ……ちゃんと言え」
憂さ晴らしに何度でも嬲ってやる、とツバサは小声で告げた。
……ツンデレというわけじゃないが、どんな言葉を用いても「SMされたきゃいつでも声をかけろ」な言い方になるので恥ずかしいからだ。
「ドMを満足させたければ正直に申し出ろ。だから余所様に迷惑かけるな」
もしもまた今回のようなヘマを為出かしたら……。
「し、為出かしたら……?」
クロコはしゃくり上げる鳴き声で辿々しく繰り返した。
どんな酷い罰が待っているのでしょう、と期待するマゾ属性が半分。先の威圧感の影響によりツバサから言い渡される罰に本気で脅えてもいた。
ツバサは無慈悲に通告する。
「クロコを解雇する――反論は認めない」
LV999では抗えない領域からの宣告は絶対だった。
どんなにクロコが主従の契約を求めてきても、レベルキャップ解放したツバサならば拒否権を発動できる。そして、誰かに服従することが義務である御先神にとっての解雇とは自己の完全否定に等しい。
最悪の場合――ペナルティにより跡形もなく消滅する。
これは余程ショックだったらしい。
青い肌のアニメキャラと見紛うほど顔面から血の気が引いたクロコは、白目を剥いてどこかの少女漫画みたいな表情で凍り付いてしまった。
……こんな時でもギャグキャラなのか。
これは技能“コメディリリーフ”のせいなので目を瞑ろう。
しかし衝撃を受けているのは間違いないようだ。
元より平伏していたクロコだが、頭突きで床をぶち破るように額ずく土下座をかますと、必死の泣き声を張り上げて許しを請う。
「もうしません! 二度としません! このような軽率な真似は二度としないと誓います! 折檻していただきたい時は素直に申し上げます! 今後はセクハラも控えます! もっと真面目に働きます! ですので何卒……ッッッ!」
解雇だけはご勘弁を! と死に物狂いで泣きついてきた。
セクハラも控えます! の一文だけは信用できない。
しかも「止めます!」ではなく「控えます!」だから尚更だ。
それでも説教の効果はあったみたいだし、今までにないほど真面目に反省の色も窺えるので認めてやろう。これはもう猛省と言えるはずだ。
ちなみに――クロコの土下座謝罪は誓約である。
破るとこれまでにないペナルティが襲うのを覚悟で言い切ったので、本当に猛省してくれたようだ。うん、本気なのだと信じたい。
……まあ、相手は変態メイドなので一抹の不安は拭えないのだが。
ツバサはLV999を越えた力に再び抑制をかけた。
クロコへの制裁はこれにて終了。次にすべきは5体のメイド人形のモデルとなった人物たちへの謝罪行脚となるだろう。
曲がりなりにもクロコの上司はツバサである。
部下が不始末をした以上、ツバサが関係各所に謝らなければならない。
――それが責任というものだ。
「さてと……ってどうしたおまえら!?」
まだ土下座を止めないクロコからリビングへ振り返ってみれば、ツバサの背後には四人の子供が並んで床に額ずき、同じように土下座をしていた。
全員、クロコと同じようにガタガタ震えている。
「いつも増築やら改築やら好き勝手にやって申し訳ねぇぜよ……アニキ」
「家族だから良いわ良いわで報連相を怠ってすいません……バサ兄ぃ」
「子供の特権をフル活用して甘えまくりでごめんなさい……センセイ」
「長女で伴侶でアホだからってワガママ放題でごめん……ツバサさん」
どうやらお灸が強すぎたらしい。
LV999を越えた力を肌で感じてもらうため、わざと絶大な威圧感を解放したわけだが、その効能が子供たちにも現れてしまったようだ。
大地母神の大激怒にみんな恐れをなしていた。
ダインやフミカなんて最近では遠慮なく「母ちゃん」や「バサママ」とツバサを母親呼ばわりするのに、兄貴呼ばわりに戻るほど退行していた。
ミロまで平伏させるとは予想外だった。
「……うむ、わかればよろしい」
どう対応すべきか逡巡したものの、子供たちもここのところなあなあでお母さんを雑に扱っていたので、ここらでキツく締めておこう。
綱紀粛正みたいなものである。
それにしても――ちゃんと反省文を添えてくる良い子たちだ。
散々なくらい鞭を振るったから飴でも振る舞おうとした矢先、廊下の向こうからドタドタと騒々しい足音が近付いてきた。
ドバァン! と景気よくリビングの扉が蹴破られる。
「ツバサ君! 何事かあったのか! なんじゃ今の凄まじい殺気は!?」
「ツバサちゃんみんな無事か! 蕃神でも雪崩れ込んできた!?」
「ツバサさんミロちゃんどうしたの!? 結界が内側から壊れそうだったけど!」
横綱ドンカイ、剣豪セイメイ、起源龍ジョカ。
ツバサが発した威圧感を異常事態と勘違いして、おっとり刀で駆けつけてくれた家族だ。危機を察するや否や馳せ参じてくれた勇気に感謝したい。
そんな彼らだからこそ敬愛の精神を忘れたくなかった。
いくら当人の足下にも及ばなかろうとも、断りもなく彼らの姿形や能力を模倣した者を無断で製造したことがツバサの琴線に触れたのだ。
一人の武道家として――許せない。
前述した通り、生み出されたメイド人形たちに罪はない。
彼女たちの力を借りたいのは本心であり、頼みにすることも多いはずだ。それゆえ誕生の経緯に泥がついてしまったことが残念でならなかった。
仲間だから許されると安易に手を染めた浅慮さ。
身内とはいえど礼儀に失するクロコの行いを、今回ばかりは笑い話で済ませることはできなかった。だから手を抜くことなく叱りつけた。
怒られる内が華――と言ったのは誰だったか。
信じているしやり直せるからこそ本気で怒ってやれるのだ。
これが家族の長として心持ちだった。
ツバサは飛び込んできたドンカイやセイメイの顔を見渡すと、特大のため息をついて特大のバストを揺らしながら、ペコペコと頭を下げる準備をした。
「幸か不幸か当事者が来てくれたな……さ、始めようか」
メイド人形部隊の隊長を務め五体の人造人間。
彼女たちのモデルとなった武道家たちへの謝罪行脚の始まりである。
~~~~~~~~~~~~
横綱ドンカイ・ソウカイの場合――。
野太い牙の目立つ男前な巨漢。
現実世界でも横綱まで登り詰めた最強の関取。名前の呑海・蒼海が示す通り、海と縁深いため青の浴衣と飾り単衣がトレードマークの伊達男。
ハトホル太母国における副官的存在でもあった。
そのドンカイが目の前に立っている。
ツバサは自らも深々と頭を下げると、懲りたクロコも率先して土下座をする。二人はこれまでの経緯を斯く斯く云々と説明した。
話を聞き終えた横綱はまじまじとカイ002号を凝視する。
カイ002号は緊張の面持ちだ。
創造主はクロコ+αだが、遺伝子や継承した因子を考えればドンカイは父親にも等しい存在。それを高性能AIが理解してしまうのだろう。
メイド人形なんて異端の自分がどう扱われるのか?
そのことが心配で堪らないようだ。
「この娘がワシをモデルにしたメイド人形じゃと……?」
ブワッハッハッハッ! とドンカイは爆笑した。
思いも寄らない反応にその場にいた者たちは虚を突かれる。
ドンカイは2m30㎝ある自分より小柄な190㎝のカイ002号の前に立つと、夜会巻きの髪型を崩さないように優しく頭を撫でた。
父親が娘を労るようにだ。
「ワシを女体化させたところで、こんな別嬪さんにはならんじゃろう」
朗らかな横綱の笑顔にカイ002号の緊張もほぐれた。
メイド人形たちは総じて美人である。
全員肉体的には10代以上20代未満の美少女だ。ドンカイをモデルにしたカイ002号も小顔で等身が高いモデル体型の美少女には違いない。
スリーサイズも筋肉も特盛りだが――。
「確かにわしとよく似た気配や力の波動は感じられるものの……この娘はわしとは別物じゃ。肖像権やら著作権やら小難しいことを喚くつもりはないわい」
「……あ、ありがとうございますドンカイ様!」
まずはひとつめ、許されたクロコは安堵の吐息を漏らした。
しかし! とドンカイは鋭い一喝で放つ。
言葉を向けた先は勿論、今回やらかしたメイド長だ。
「ワシは気にもせんが、自分とそっくりの者が知らないうちに造られることを快く思わん者もおる……もう二度と軽はずみな真似はしてくれるなよ?」
「はい、肝に銘じさせていただきます!」
こんな素直でしおらしいクロコは史上初かも知れない。
ツバサの大激怒がよっぽど効いたのか、今もドンカイの前で膝をついて深々と頭を下げていた。反省を五乗掛けしたくらい猛省しているようだ。
ドンカイは太い顎をゴリゴリ撫でて話し出す。
「この手のネタは昔っからフィクションでもよくあったことじゃが……まさか自分がターゲットにされる日が来るとは夢にも思わなんだわい」
「結構色んなパターンがありますよね」
サブスク大好きなインチキ仙人を師匠の影響を受けたツバサも、漫画やアニメに小説や映画にと、こういう話はいくつも履修済みだった。
パターン1――クローン人間が造られる。
有能な戦士の遺伝子をこねくり回して、同等の能力を持った兵士を大量生産してみたり、遺伝子組み換えをして強力な個体を造ったりと色々だ。
これが最も古典的で一番よくあるパターンだろう。
パターン2――機械的に複製される。
モデルとなった戦士がサイボーグなのでまったく同じ機体を量産しつつ、当人の戦闘データと思考回路をコピーした人工脳を搭載。命令に忠実な戦闘アンドロイドとして戦場に派遣するというものだ。
パターン3――原型がないレベルで魔改造される。
最強の戦士たちの遺伝子を手当たり次第に集めて、それを一緒くたにブレンドさせることで進化する最強生物を造り出した例があったはずだ。
または最強の戦士たちの因子を採取し、それを元にその作品世界で最強種族のクローン人間を造り、更には神懸かった特殊能力まで付与した例もあった。
ここまでやられると倫理観への挑戦みたいだ。
「……う゛ぁあぁいぃぉはざぁぁどぅぅッ!」
「だからどうして、そのナレーションが異様に上手いんだよおまえは」
唐突にぶっ込んできたミロにツバサはツッコミを入れる。
言われてみれば、あれも生物災害を題材にした似たような事例だ。
「そういったものもあるが、ワシが忌避感を覚える者が多いと思っとるのはアレじゃ。ほら、西洋のオバケで自分のそっくりさんが現れる……」
「――ドッペルゲンガーッスか?」
それじゃそれ、とドンカイはフミカの助言に相乗りする。
読み方としてはドイツ語のはずだ。
自分と瓜二つの何者かが目の前に現れる現象であり、そういう妖怪だとする伝承もあれば、ある種の幻覚だと割り切る科学的な説もある。
伝承で有名なのは「ドッペルゲンガーを見たら死ぬ」というもの。
2回見たら確実にアウトとか、死期が近付いた人間の前に現れるとか、死ぬような災難に遭うとか……とにかく死の前兆として結びつけられていた。
科学的な説だと、脳や精神の問題だとされている。
脳のある部分(側頭葉と頭頂葉の境界線辺り)に腫瘍ができると自分の姿を幻視しやすいという研究報告があったり、統合失調症の症例としてドッペルゲンガーを目撃する“自己像幻視”という症状が現れたりするらしい。
ドッペルゲンガーを引き合いにドンカイは語る。
「そのドッペルなんたらも不吉の象徴やら死の予兆と扱われとるんじゃろ? 自分と同じものが目の前に現れるというのは、やっぱりドキリとさせられるし気分は良くないもんじゃ……怪奇現象であれ錯覚であれな」
悪意のある猿真似や、本物を脅かす偽物など以ての外。
これらの点でもクロコは仲間の心情を慮ろうとしなかったので、ツバサはあれほどキツく叱りつけたのである。
ドンカイもやんわり諭してくれたので内心ありがたかった。
「……あ、あの!」
カイ002号がおずおずと声を上げた。
「では、私は……存在することを許していただけないのでしょうか?」
「許すも許さないもないわい」
生まれてきたのだから――ちゃんと生を謳歌しなさい。
彼女の肩に手を置いたドンカイはまっすぐに見つめる。
「アンドロイドでもメイド人形でも良い。ハトホル太母国を守るため、そして五神同盟のために生まれてきてくれたのなら……それを全うしなさい」
「はい、感謝いたします……ドンカイ様」
ちゃんと涙を流す生体反応を見せるカイ002号に、ドンカイは懐からハンカチを差し出した。それで涙を拭うところを見守っている。
「様などと他人行儀じゃな。親方で良い。ところで……」
カイ002号君じゃったかな? とドンカイは彼女の名前を確認した。
頷く彼女を見て横綱は小さく唸る。
「いかにも製造番号です、な名前はどうも気に食わんな。君さえ良ければワシが名付け親になっても構わんかのぅ? どうかなクロコ君」
「私に……名前を頂けるのですか!?」
「それはもう是非……彼女も喜んでいるようですし」
カイ002号は望外の喜びにとびきりの笑顔ではにかみ、クロコも許された安堵感とドンカイの鷹揚さに助けられて乗り気だった。
両者の了解を得たドンカイは頷くと名前を考案する。
「ふむ、ではワシに因んで海から取るか……美しい潮と書いてミシオ、いや、娘さんならミオの方が響きが良いな。ミオでどうじゃろう?」
カイ002号改め――ミオ・ソウカイ。
「あっ……ありがとうございます、ドンカイ親方様ッ!」
ドンカイから姓まで授けられたミオは、感激のお辞儀を繰り返した。
剣豪セイメイ・テンマの場合――。
豪刀二振りと宝石の瓢箪を腰に下げた、酔いどれ用心棒。
こう見えて剣豪どころか剣聖をも越えた剣神であり、やっとうを振らせれば敵う者はいない剣の天才でもある。着物に袴に長羽織まで、すべてを黒で統一した格好から“黒衣の剣豪”なんて異名でも通っている。
嫁でもある起源龍の化身、巨大美少女ジョカを隣に連れている。
こちらもツバサとクロコで謝罪と説明をしたのだが、ドンカイとミオの顛末が先にあったので話の流れを端折ることができた。
セイメイもまた興味深げにメイド人形を見つめている。
注目するのは当然、自身をモデルに造られたメイ003号だ。
「へぇ……この娘がおれのクローンなのかい?」
「違うぞ父ちゃん、あたしはアンタをモデルにした人造人間だ」
誰が父ちゃんだよ、とセイメイはメイ003号の軽口を鼻であしらう。その態度から怒っている様子は微塵も感じられなかった。
「親方のセリフまんまだが……全然おれと似てねえじゃん」
外見的には似てるところを探すのが難しい。
メイ003号は女性としては長身だが175㎝程度。
190㎝越えのセイメイとは体格が似ても似つかないし、顔立ちもそこはかとなく似ている程度。辛うじて父娘かもと連想させるくらいだ。
ボサボサの総髪をうなじで括るヘアスタイルは一緒だが。
「えー、そんなことないよぅ」
セイメイそっくりじゃん! と嬉々とするのはジョカだった。
起源龍にしてセイメイの嫁であるジョカは、メイ003号を我が子のように愛でていた。後ろから抱きついて頬擦りしっぱなしである。
「いや、どっちかっつうと……ジョカに似てねえか?」
並んだ顔を見比べたセイメイが神妙に呟いた。
「――恐れながら申し上げます」
反省中なのでいつもより厳かにクロコが割り込んできた。
こちらもどこか神妙な顔で解説する。
「部隊長となるメイド人形たちは、アシュラ経験者の皆さまをモデルにさせていただきましたが、特定のお相手がいる方々はそのお相手の外見的特徴も容姿に反映させていただきましたので……」
「つまりセイメイの場合、ジョカに似るのも当たり前ってわけか」
なるほど、とセイメイは惚けた顔で納得する。
「じゃあ女体化っていうより実質その人の娘じゃん」
ミロの指摘を受けたクロコは裏事情を明かすように続ける。
「当初のコンセプトとしましては、戦闘能力がズバ抜けて高いアシュラ経験者の皆様をモデルにして、まだ性転換されたことのないメンバーを選んで性別を逆転させてみようという試みでしたので、女体化には違いないのですが……」
「どうせ悪ノリで嫁の要素を付け足したんだろ」
仰る通りです……と猛省中のクロコはあっさり認めた。
(ちなみに特定の伴侶がいない横綱や軍師の場合、少なからず関係のある不特定多数の女性の外見的要素をランダムで取り入れているらしい)
同時に――五人の選抜基準も明らかになる。
アシュラ経験者からモデルを選んだはずなのに、ツバサやミサキをモデルにしたメイド人形がいない理由がこれだった。
ツバサやミサキは女体化済み、銃神ジェイクは男体化済み。
まだ性別が逆転したことのないメンバーを選ばれたわけである。
ちなみに穂村組元組長のホムラがいないのは、穂村組のメンタルに配慮したのだとクロコは自白した。ホムラも女体化は似合いそうだが……。
「涙の勘当をしたばかりのバンダユウ氏たちにホムラ様の似姿をしたメイド人形を見せるのはあまりに酷なので、断腸の思いで我慢いたしました」
苦渋の決断です! と駄メイドは言い張る。
「……その気配りができて、どうしてモデルへの気遣いを忘れるかなぁ」
「それは良かれと思って……ありがとうございますッ!」
またしても禁止ワードをほざこうとしたクロコの顔面に、ツバサは男女平等裏拳を撃ち込んで黙らせる。ちょっと反省したと思えばすぐこれだ。
一方、互いの関係性を知った二人は盛り上がっていた。
「ということは……僕の娘ーッ! セイメイと僕の娘ーーーッ!」
「じゃあジョカ様は……あたしの母ちゃーんッ! お母ちゃーんッ!」
ひっしと抱き合うジョカとメイ003号。
210㎝ある巨大美少女のジョカが、本当に我が子のようにメイ003号を胸に抱き締めていた。娘はドラゴンバストに埋もれそうになっている。
「……何この安っぽい茶番劇」
そんな風にシニカルな批評をぼやきながらも、セイメイはニヤニヤとした笑顔で娘を抱いて喜んでいる嫁を見守っている。
嫁が幸せならそれでいい――漢の横顔にそう書いてあった。
それからクロコへと振り返る。
怒ってこそいないが厳重注意を言い渡す圧があった。
「親方の右に同じだ。あの娘はおれと同じ気と久世一心流の体幹を会得しているのは見りゃわかるが、技も心もおれとは似ても似つかねえ……」
半人前の娘だぜ、とセイメイも大筋で認めた。
「文句をいうつもりはねぇ。メイドとして使うんなら好きにしな」
「……ありがとうございます、セイメイ様」
ふたつめの許しを得られたクロコはホッと息をついた。
「ま、自分とそっくりのドッペルゲンガーだっけ? そういうのと相対すりゃあ嫌な気持ちにもさせられるだろうし、そいつが俺の剣を真似すりゃあむかっ腹のひとつも立つだろうが……こんな見た目だと調子狂うだけだしなぁ」
「こんな見た目とは酷いな父ちゃん」
あたしの因子はほとんどアンタ譲りだぞ、とメイ003号はジョカの抱擁から離れると、セイメイへ歩いていきながら挑発する。
「剣だって父ちゃん譲り……がんばりゃ追い越せるかも知んないぞ?」
「おまえが追いつけるのはいいとこ昨日のおれまでさ」
――今日のおれには追いつけない。
常に音速を超えて進化と成長を遂げている、と言いたいようだ。
飲んだくれニートのくせして、鍛錬だけは欠かさない大剣豪の言葉には積み重ねてきた実感があった。粋がるメイ003号も気圧されるほどだ。
「どれくらい使えるか……ちょっと揉んでやる」
来な、とセイメイは無精髭まみれの顎をしゃくった。
メイ003号は一瞬怯んだものの、セイメイ譲りの豪胆さで唇の端を釣り上げると、迷うことなく相手の間合いへと踏み込んでいった。
パァン! と鋭い破裂音に鼓膜が痛む。
セイメイとメイ003号が競り合った衝撃によるものだ。
どちらも抜刀せず徒手空拳のまま、互いの間合いへ床が割れかねない震脚で踏み込んだ後、刹那の間に手刀を何百回と繰り出して主導権を争った。
結果は――セイメイの全勝。
完封されたメイ003号は驚愕の表情で後退る。
「……ッ参りました!」
かと思えば尊敬の眼差しでセイメイを見つめた後、その場に膝をつくと己の完敗を認めるように頭を下げた。帯刀しているので武士のようだ。
「確かに久世一心流の動きだが……全然ダメだな、粗ばっか目立つ」
跪くメイ003号を見下ろして剣豪は言い付ける。
「週三でいいからおれの道場に顔を出しな。直々に仕込み直してやる」
「えっ……いいのか父ちゃん!?」
花が咲くように表情を明るくしたメイ003号は、顔を上げると今度は憧憬の眼差しを向けていた。セイメイは困った笑顔で返していく。
「父ちゃんはやめろ。これからは師匠とでも呼べ……そんな中途半端な久世一心流ほっとけねえだろ。ちゃんと使えるように仕込んでやる」
覚悟しておけ――セイメイはメイ003号の弟子入りを認めた。
「押忍! 父ちゃ……いえ師匠!」
元気良く返事をしたメイ003号は一転、甘えた声で強請ってくる。
「それであの、父ちゃ……いえ師匠、できればあの……あたしもミオちゃんみたいに父ちゃ……師匠から名前なんかもらえたりしないかなーって……」
「え? おれも名前付けるの? そうだな……じゃあ」
イオリ――天魔伊織と書いてイオリ・テンマ。
脊髄反射みたいな即答だったが、セイメイにしては悪くないネーミングセンスだった。メイ003号も嬉しそうな笑顔を咲かせている。
「イオリ……イオリ・テンマ……いい名前ありがとう父ちゃん!」
「師匠と呼べっていっただろうが」
物覚えの悪い娘だな、とセイメイは半笑いで悪態をついていた。
成り行きを見届けたツバサはセイメイに尋ねてみる。
「即興にしてはしっかりした名前をつけてあげたな。由来でもあるのか?」
「ん? ああ、叔父さんが最初に斬った剣豪」
その養子の名前を思い出した――セイメイは事もなげに言った。
確かセイメイの叔父もドラゴンキラーを恣にした大剣豪のはず。その剣豪の人斬り童貞を奪ったほどの剣豪……の養子の名前をそんな簡単に思い付くか?
相変わらずセイメイの実家は複雑怪奇である。
「あれ? そういえば、あの宮本武蔵の養子も伊織だったような……」
フミカが小声で呟いていたが聞き取れなかった。
メイ003号改め――イオリ・テンマ。
彼女の存在もまたどうにか許しを得ることができた。
拳銃師バリー・ポイントの場合――。
日本人らしからぬ彫りの深い顔立ち。
ウェスタンハットに防塵マント、カウボーイめいたファッションを着こなしており、まるで西部劇を闊歩するかのような出で立ちを好む。
これで銃の名手だから真正のガンマンである。
生まれたばかりのメイド人形たちを国外に連れ出すのも時期尚早なため、こちらに非があったがバリーにはハトホル太母国へ御足労願った。
半神半馬の騎神、ケンタウロスの肉体を持つ女性ケイラ・セントールァ。
バリーの奥さんである彼女も同行したのだが……。
「わたしという妻がありながら……どこで不貞を働いて、こんな大きな娘を拵えてきたのだ!? この甲斐性なしの宿六があああああッ!」
「ギャアアアアアーーースッ! カミさん、チョークチョークゥッ!?」
最初から夫婦喧嘩のクライマックスだった。
バリーの娘としか思えないハリー004号を目にした途端、逆上してしまったケイラが事情を話す前にバリーへ襲い掛かったのだ。
戦闘能力はバリーの方が断然高い。
しかし、チャラいくせしてレディファーストの精神が行き届いているバリーは嫁のケイラに手を上げることはせず、一方的にやられまくっていた。ケイラもケンタウロスの体格なので物理的暴力が物凄いことになっている。
「ケイラさん落ち着いて! 話せばわかるから!」
「マムやめて! ダディは悪くないの! 悪いの全部メイド長なの!」
ツバサとハリー004号が宥め、聞く耳を持ってくれたケイラに事情を説明し、どったんばったん大騒ぎの末に落ち着くことができた。
バリーがダディでケイラがマム。
メイ003号ことイオリもそうだが、ハリー004号もモデルとなったバリーとケイラを父母と認識しているところがあるらしい。
カイ002号はドンカイの気持ちを考えて自重したようだ。
いきなり「あなたの娘です」って年頃の少女が名乗り出たら、未婚男性なら誰しもビックリするだろう。妻帯者ならば御覧の通りの修羅場である。
「……つまり、バリーをモデルにした人造人間ってこと?」
拳銃師は素っ頓狂な声を上げた。
顔に蹄鉄の跡がついたバリーは落ちかけたウェスタンハットを被り直すと、訝しげにハリー004号を観察していた。父親と認識する人物から初対面でジロジロ見つめられるハリー004号は恐縮した面持ちで顔を伏せていた。
単に恥ずかしがっているようだ。
「困るなぁ、ウィング」
ウィングはアシュラ時代のツバサのハンドルネームだ。
一頻りハリー004号を見つめたバリーは、七癖であるウェスタンハットの位置を直しながらツバサへと振り返った。
しかし、言葉の割には困ったようには見えない。
「こういうのやるならちゃんと断り入れといてくれよ……肖像権の侵害ってやつになんじゃねえのこれ? 現実世界なら訴訟問題になりかねないぜ」
いつも通りのヘラヘラとにやけた顔で正論を吐かれた。
「ああ、返す言葉もない……おれも監督不行き届きだった」
「申し訳ありません! 申し訳ありません! もうしません!」
ツバサは率直に詫びを入れ、クロコも土下座で謝り倒す。今日ばかりは大失態を犯したので、ウチのメイド長による土下座のオンパレードは続きそうだ。
ハリー004号は悲しげに顔を俯かせた。
因子を受け継いだバリーから存在を認められないような言動を聞いたため、生まれてきたことを歓迎されていないと受け止めたのだろう。父親から直々に名付けられたミオやイオリと比較すれば悲しくもなるはずだ。
彼女の瞳が潤もうとする寸前、その頭に何かが乗せられる。
「でも――おれの娘ならこいつが足りねぇな」
バリーが愛用のウェスタンハットを被せてやったのだ。
え……? と驚くハリー004号にバリーは男臭い微笑みを投げ掛ける。
道具箱から予備の帽子を取り出すのも忘れない。
親子でお揃いのファッションとなった。
「他人とは思えねぇし、嫁さんにも似てるし……こんな愛らしい娘を無下にするのは可哀想だよな。この娘がここにいる以上、あれやこれや文句をぶつけるのは野暮ってもんだろ……なあウィング?」
ハリー004号の肩を掴んで抱き寄せたバリーは言い切った。
口は悪いくせに優徳にあふれた物言い。
ラフなのに誠実な振る舞いをするのがバリーという漢の魅力だ。ケイラさんもこれに当てられてイチコロだったと聞かされている。
「そう言ってくれると救われるよ……」
ツバサやクロコではない――ハリー004号の心が救われる。
ほとんど人間の思考回路と変わらない超AIを搭載された彼女たちは、人間と同じように喜怒哀楽や感情も備えているのだ。真っ向から否定されたら彼女がどうなるかと心配したが、まったくの杞憂だったらしい。
貰ったウェスタンハットをハリー004号は目深に被る。
「……サンキュウ、ダディ」
小さく礼を述べる彼女の頬を嬉し涙が伝っていた。
それを見ない振りをするバリーは肩をすくめて切り返した。
「おいおい、ダディはやめてくれ。何か別の呼び方……」
「いいや、バリーがダディでケイラがマムだ」
「ちょっとケイラさん!?」
父親呼びの訂正を求めようとしたバリーだったが、何故かケイラに差し止められてしまい、強引にハリー004号の両親と認定されてしまった。
まさかの応援にハリー004号は呆然としている。
そんな彼女の前にケイラは立つと両手を伸ばして、二人の血を受け継いだとしか思えない顔を優しく持ち上げる。自分の人型の上半身を前屈みにしてだ。
「この細やかなそばかす……幼い頃の私にそっくりだ」
まさかそんなところまで遺伝させたのか?
変なところ凝り性なクロコなら有り得ない話ではない。
ケイラは馬体まで屈め、愛おしげにハリー004号を抱き締める。
「さっきは無様なところを見せて済まなかった。てっきり宿六が粗相をしたと早とちりしてしまってな……お詫びといってはなんだが、今日から私たちのことを父母のように思ってもいい。いや、もう正直な話なんだが……」
本物の娘みたいで可愛い! とケイラはぶっちゃけた。
「い、いいのかい? マムのことをマムって呼んで……マムゥゥゥーッ!」
「ああ、今日からあなたはウチの子だ!」
感極まって抱きつくハリー004号をケイラはガッシリ抱き留めた。
何気にこの人も母性本能が強かったようだ。
おかげでバリー以上に受け入れ態勢が整っており、話が拗れずに済みそうだから助かる。奥さん公認なら愛妻家も追随してくれるだろう。
イチャイチャする母娘を傍観するお父さん。
哀愁漂う背中越しに複雑な笑みをこちらに向けてくる。
「……ま、そんなわけでウチは大体OKよ?」
「うん、掛ける言葉も見当たらないが……すまんな。そしてありがとう」
みっつめも擦った揉んだの挙げ句に許された。
「ダディ&マム! アタシもみんなみたいにカッコいい名前が欲しいの!」
前例へ倣うようにハリー004号も命名を求めた。
「名前? そんじゃあ……バリーとケイラから一字ずつとってケリィ」
――ケリィ・ポイントでどうだ?
「ケリィ……2人の名前から一字ずつ……うん! ありがとうダディ!」
これを彼女は大いに気に入り、即座に改名は行われる。
ハリー004号改め――ケリィ・ポイント。
こうして三人目までは滞りなく承認された。
仙道師エンオウ・ヤマミネの場合――。
身長190㎝の巨躯。天狗の末裔とされるしなやかな体躯。
ツバサの後輩にして弟分であり、フライトジャケットにジーンズといったラフな格好が似合う好青年。武道家としては一流だが女子供には甘い。
彼にも御足労を願い、許嫁の魔女モミジと一緒に来てもらった。
事の顛末を説明したのだが――。
「ツバサ先輩の認可で行われたことならば俺は異論なく賛成します」
「若旦那が賛成するなら許嫁も私も右に習えで賛成です」
無条件で許してくれる二人にツバサは困惑する。
「いや、そもそも認可してないから問題にしているのであって、本来なら俺がおまえたちに謝る事態なんだが……そこまで全肯定だと怖いな」
この夫婦、大物になるのかも知れない。
ツバサの後輩であるエンオウ・ヤマミネと許嫁の鬼女モミジ・タキヤシャは、蛙の王様ヌンの治める水聖国家オクトアードの客将だ。
クロコの勇み足で生まれた、エンオウをモデルとしたメイド人形。
その件について謝罪するため来てもらったのに、ツバサへ絶対に等しい忠誠心を抱いているエンオウはあっさり許してくれた。エンオウの嫁であるモミジもオールOKの精神で認めてくれるオマケ付きだ。
これにはエン005号も当惑しきりである。
「あの……私だけとても判定が緩い気がするのですが……?」
「大丈夫、先の三人も一悶着あったみたいな空気だったけど、概ね問題なく認められていたから。そこのところは君もあんまり変わらないし」
ツバサたちも話が早すぎて呆気に取られていた。
理解が早くて助かるが、あまりに拍子抜けなのは否めない。
ツバサよりも大きな体格に恵まれたエンオウは、鍛えてこそいるが普通の少女と変わらない背丈のエン005号の肩に手を乗せる。
「確かに俺とよく似た“気”を帯びていますし、血の繋がりを感じますが……それがツバサ先輩の助けになるなら言うことはありません」
次にエンオウは彼女の両肩を掴み、しっかり言い聞かせていく。
「いいかい君、俺の因子を受け継ぐのならばツバサ先輩のいうことをよく聞いて、決して無礼のないようお仕えするんだよ……わかったかい?」
「……は、はい、承知いたしました父上!」
この子はモデルとなった人物を父上と呼ぶらしい。
いきなり父上と呼ばれたエンオウは動じることなく「うん!」と頼もしい頷きだけで返答とした。こいつの場合、アバウトなだけかも知れない。
「若旦那だけじゃなく私にそっくりなのもポイント高いです」
エンオウの因子のみならず、その顔立ちから許嫁である自分の因子も汲み取れることにモミジもご満悦のようだ。
エン005号を見上げながらモミジは何やら考え込んでいた。
そして、モミジは唐突に彼女の顔を指差す。
「……でも、エン005号なんて製造ナンバーみたいな名前は良くないです。私たちの娘ですから……これからはスズカ・ヤマミネと名乗るのです」
モミジは戸隠山の鬼女・紅葉。
タキヤシャは平将門の遺児で鬼女の瀧夜叉姫。
彼女たちに並ぶほど有名な鬼女として、鈴鹿御前の名前が知られている。魔女であり鬼女でもあるモミジらしいチョイスだった。
いいですね若旦那? とモミジはエンオウに了解を得る。
「ああ、ネーミングセンスはモミジの方がいいからな。俺は構わないぞ」
「え、あ、はい……よろしいのですか!?」
命名を求める前に名前を与えられたエン005号は驚愕する。
「あ、ありがとうございます! 母上! 父上!」
ちゃんと御礼を述べる娘に、モミジもエンオウも満足げに頷いた。
あれよあれよという間に娘認定されて、お叱りを受けるでもなく小言をもらうまでもなく、ついには名前まで授かってしまった。
エン005号改め――スズカ・ヤマミネ。
よっつめは前例三件を超えるスピードで解決してしまった。
一応、エンオウたちの足下では肩身が狭そうに縮こまったクロコが土下座を続けており、「申し訳ありません!」と謝罪は繰り返していた。
軍師レオナルド・ワイズマンの場合――。
アシュラ八部衆の一人にして戦女神ミサキの師匠。
高級将校を意識した鎧みたいに硬そうな軍服を着込み、ハリネズミ顔負けの癖の強い頭髪をオールバックにして、銀縁眼鏡を愛用する軍師を気取る男。
口喧嘩は多いけれど、気の置けないツバサの親友でもある。
彼をモデルにしたメイド人形はレオ001号。
ナンバリングの番号からして、恐らくはプロトタイプの試作機だ。彼女を基準にして残りの4体が製作されたのは想像に難くない。
外見、容姿、能力、内包する“気”。
どれをとってもレオナルドとの縁を感じさせる気配をまとう。
ただし、それだけではない。
外見と容姿にはクロコを始めとした爆乳特戦隊四人の因子も混ぜ込んでいるらしく、レオナルドの見た目が押し負けている感があった。
普通に爆乳美少女なのだ。
それでも剣山みたいなバリバリの髪質は残ったらしい。あの針金みたいな剛毛の遺伝子はメチャクチャ強いようだ。
銀縁眼鏡の似合う切れ長な双眸も父親譲りかも知れない。
五人のメイド人形部隊長の中ではナンバリングも№001だが、リーダー格でもあり五人姉妹の長女的な役割を担っていた。
彼女と対面したレオナルドがどんなリアクションを取るのか?
クロコと一緒に開幕謝罪は確定なのだが、苦々しい顔で反応に困るレオナルドはさぞかし見物だろう、とツバサは心の片隅でワクワクしていた。
そんなわけでレオナルドも来訪したのだが――。
「この度は俺の不用意な発言が大変な事態を引き起こしてしまい……」
誠に申し訳ない! とレオナルドはおもいっきり頭を下げた。
「おまえが土下座すんのかよ!?」
この急展開にはツバサも驚愕せざるを得なかった。
事情はまったく読めないが、誠実さの化身みたいな男が平謝りしているところを見るに、クロコの暴走に深く関わっているのは間違いない。
「いいえ、レオ様は悪くありません!」
咄嗟にレオナルドの隣へと移動したクロコ。
一緒になって土下座で謝るが、この場合は愛しのレオナルドと共犯になることで愛欲を満たそうとする魂胆が透けて見えていた。
共犯の絆を深めようと余計な情報まで言い募ってくる。
「私がより強力な人造人間を造ろうと……より神族や魔族に近い、LV999に追いつけ追い越せというくらい力を発揮できるメイド人形を制作しようと悩んでいた際、レオ様に相談しましたら様々な助言をいただきまして……」
レオナルドの悪癖は蘊蓄たれだ。
ちょっと話をすれば千倍万倍の雑学をベラベラと語り始める。
そんな男にアドバイスを求めたら徹夜で蘊蓄を聞かされること請け合いだが、彼に惚れているクロコにしてみれば願ったり叶ったりだろう。
軍師は震える声で恐る恐る釈明する。
「人造人間を……この場合、神造人間と呼ぶべきかも知れないが、そういったものを一から造るにはコストよりも研究に費やす時間が長くなりがちだ。迅速に生産ラインを整えたければ、既に最強の力を持つ戦士たちを参考にして、彼らから採取したデータを元にクローン的なものを製作した方が早いだろうと……」
過去のフィクションを前例にクロコへ教えたらしい。
ドンカイの下りでも例に挙げた作品群。
ああしたものも事細かに説明して、ついでにと情報官のアキさんに参考資料まで用意させて、ご丁寧にクロコへ渡してやったそうだ。
とどのつまり――。
「レオナルドの蘊蓄が原因じゃねえかあああーッ!?」
大激怒を再燃させたツバサの落とす轟雷。
「申し開きもないッ! お仕置きも甘んじて受けるッッッ!」
レオナルドは逃げも隠れもせず、技能で防ぐこともなく、宣言通りに生のままの自分でツバサが放ったありったけの轟雷を受け止めた。
今回の一件、お母さんことツバサは本気で怒った。
そして、メイド人形たちを生み出した原因であり、お父さんも同然のレオナルドはオカン系女神から本気で怒られる結果となってしまった。
「……道理でクロコにしては手際がいいわけだ」
ツバサは変なところで得心してしまう。
しかしツバサほどではないにしろ、それなりに慎重派のレオナルドにしては脇が甘い結果とも言える。普段なら何を為出かすかわからないクロコに、こんな危なっかしい知識を教えたりしないと思うのだが……?
「それなんだが……お恥ずかしい話……」
雷の直撃で煤けたレオナルドは情けなさそうに弁明する。
「俺も戦争の疲れが出たのか、戦後処理に追われて疲労が溜まってきたのか、どうにも鬱屈することがあってな……久し振りに痛飲してたんだが……」
「酔っ払ってた時にクロコから話を振られたのか」
神酒を聞こし召して上機嫌のところ、気持ち良く蘊蓄を垂れ流したらしい。
「それにしては狙ったようなタイミングだな」
この時、横で土下座していたクロコがボソリと呟く。
「ジン様に賄賂を渡してレオ様の身辺を報告させた甲斐がありました」
「「テメエ確信犯じゃねえか!?」」
ツバサとレオナルドは異口同音にツッコんでしまった。
「そして何やってんだ工作の変態!?」
あのアメコミマスク野郎も後ほど呼び出して折檻だ。
ちなみに調べさせるならレオナルドの傍にいる情報官のアキに頼んだ方が効率的なのだが、彼女もこの軍師に岡惚れしているので逆効果だ。
仲良くしているが爆乳特戦隊は恋敵でもある。
ちゃんと情報を横流ししてくれるのか? そこが非常に怪しい。
弁解したレオナルドだが膝をついたままだ。
「……しかし、アルコールに酔って多少なりとも前後不覚だったとはいえ、クロコに要らん知識を与えてしまったのは軍師たる俺の不徳の為すところ……」
「――その通りですわね」
カツン、とヒールを鳴らしたのはレオ001号だった。
これまで控えていたが、自分たちが誕生した経緯を聞いて黙っていられなくなったのか、カツカツとハイヒールの靴でこちらへ近付いてくる。
彼女はレオナルドの傍らでしゃがみ込む。
軍師は反射的に娘のようなレオ001号を見上げていた。
「あなた様が蘊蓄にて強者の模造品を創るアイデアを教えずとも、我々の造物主たるクロコ様もいずれ同じ考えに至ったやも知れません。ハトホル太母国にはダイン様やフミカ様といった賢神もおりますので時間の問題だったでしょう」
レオナルドが教えずとも、他の情報源から同じアイデアに辿り着く可能性。
遅かれ早かれ未来が集束した点を示唆される。
「ですが、結果は同じでも踏んだ順番が違ったかも知れません」
レオ001号はこの違いを強調した。
「愛して已まないあなた様経由の情報でなければ、クロコ様も感情を暴走させることはなく、御主人様たちへの報連相を徹底してから我らの製作に取り組んだやも知れません……あくまで可能性の話に過ぎませんけどね」
今回に関してなら、レオナルドの蘊蓄が発端なのは疑いようもない。
当人が自白して懺悔したほどの事実なのだ。
この一点だけは覆しようがない。
「つまり、クロコ様が周知への徹底を忘れたのも、無許可無認可で我々を製造されたのも、元を正せばあなた様のしくじりが大きい……」
責任を取られるべきでは? とレオ001号は妖しい微笑で具申する。
「私も娘として認知してくださいますよね――お父様」
レオナルドは引き攣った顔で声を絞り出す。
「その理路整然とした物言い……嫌でも遺伝子の繋がりを感じてしまうよ」
斯くして――レオ001号も問題なく認知された。
この場合、最初にやらかしたのがレオナルドと判明したので、責任を取らせた意味合いが強い。後日、モデルにされた仲間たちにも謝罪させる予定だ。
「では、私も名前を頂きとうございます」
お父さま直々に――レオ001号は清楚にほくそ笑んだ。
レオナルドは苦虫を口いっぱいに噛み潰した顔のまま名前を考える。
「名前……名前か……レオ、レオナ……だと在り来たりだから、獅子で女性に関係のある……セクメトはもう使われてるし、キュベレ……は女の子の名前としては日本人の感性だと仰々しいし、う~ん…………エルザ」
――エルザ・ワイズマン。
この名前の由来をレオナルドは簡素な蘊蓄で話す。
「昔、そう名付けられたメスライオンの記録映画があったはずだ。エルザという名はよくあるものだが……即興ながら悪くないのではないかな?」
どうだろう? とレオナルドは提案する。
「大変よろしいかと……ありがとうございます、お父様」
はにかむ彼女はスカートの両端を摘まんで瀟洒にお辞儀した。
これにレオナルドはぎこちない口調で答える。
「き、気に入ってもらえたなら良かったよ……お父様には慣れないけれど」
「いずれ慣れていただきますよ、お父様」
エルザは獣を躾ける口調でぴしゃりと言ってのけた。
この娘、明らかにレオナルドの因子を受け継いだ思考回路をしているだけではなく、爆乳特戦隊の恋慕する感情も受け継いでいるのではなかろうか?
なんというかレオナルドへの執着も秘めている。
ともかく、いつつめもこれで無事解決した。
元を正せば、レオナルドが悪いという原因もわかってしまったが……。
レオ001号改め――エルザ・ワイズマン。
これにて各方面への謝罪行脚もこれにて一件落着と相成った。
メイド人形部隊の再編もこれにて終了。
一番隊 統括部隊隊長 レオ001号改め エルザ・ワイズマン。
二番隊 防衛部隊隊長 カイ002号改め ミオ・ソウカイ。
三番隊 斬り込み隊長 メイ003号改め イオリ・テンマ。
四番隊 火砲部隊隊長 ハリー004号改め ケリィ・ポイント。
五番隊 近衛部隊隊長 エン005号改め スズカ・ヤマミネ。
以降はメイド長クロコの下に、三十人部隊が五つに分隊される。
彼女たちにはその部隊長を務めてもらう。
それぞれモデルとなった戦士に命名されたことで眷族として認定されたため、部隊長たちはメイド人形を越えた亜神族へと進化している。
ちゃんと鍛えてやればLV999も夢ではない。
一時はどうなるかと思ったが、丸く収めることに成功
ハトホル太母国は――予期せぬ形で戦力強化を果たすこととなった。
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