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第19章 神魔未踏のメガラニカ

第474話:オカン大激怒と5人のお父さん

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「あくまでも“良かれと思って”した結果なのでございます」

 クロコは天地を逆さまにされたまま釈明しゃくめいする。

 ハトホル太母国拠点 我が家マイホーム――リビングルーム。

 メイド人形マリオネット部隊のお披露目ひろめを行った多目的たもくてきホールから、ツバサたち一行は自宅の寛げるスペースへと移っていた。

 メイド人形マリオネット部隊の部隊長となる5体も一緒である。

 彼女たちの製造工程を問題視したツバサがクロコを詰めている最中だ。

 メイド長クロコは――簀巻すまきで天井から吊されていた。

「……なのでお目こぼし、情状じょうじょう酌量しゃくりょうしていただけないでしょうか?」

「この状況下じょうきょうかで許されないことは明白だろ?」

 両足を鋼線こうせんりロープで縛り上げられたクロコはボロボロのむしろに巻かれて、蓑虫みのむしさながら吊し上げられてブランブランと揺れていた。

 サンドバッグみたいで殴りたくなる。

 突然、クロコはそのままの状態でドッタンバッタン身悶えた。

「ああッ! せめて駿河問するがどいか亀甲縛きっこうしばりでお願いします!」

「やかましい! 大差たいさないだろうが!」

 反省の色ゼロか!? とツバサはどやしつける。

 性的アピールの強い緊縛きんばく方法ほうほうで吊し上げられることを望むドMのクロコだが、そうは問屋とんやおろさない。色気もへったくれもない吊し方を選択する。

 しかし、数秒で無表情のほほ恍惚こうこつの朱が差す。

「ううっ……で、でもこれはこれでおつなものかも……ッ!」

「ほら見ろ、おまえの適応力てきおうりょくなら全然アリだろ」

 これもまたいい! と全肯定してよろこびの嬌声きょうせいを上げるクロコは、クネクネといやらしくうごめいた。元気よく蠕動ぜんどうする芋虫いもむし彷彿ほうふつとさせる動きだ。

 ウチのメイドがキモすぎるんだが……。

「と、とにかく……悪意はまったくございません」

 本当に「良かれと思って」やっただけ、クロコはそう主張した。

 吊し上げたクロコの前に仁王立ちで構えるツバサは、なおも言い募ってくるメイド長にうんざりしたため息で答える。

「……昔その台詞を好んで使った胸クソ悪役がいたせいか、“良かれと思って”って弁解べんかいの台詞としちゃイメージ最悪なんだよな」

 善意であることを強調して罪悪感を有耶無耶にしようとする。

 建前として謝意を示すが内心「俺は悪くねぇ!」と主張している感もある。

 連呼されると有難味ありがたみが薄れるばかりだ。

「ううっ、良かれと思って……良かれと思ってなんですぅ」

「おまえ、俺の独白読んでない?」

 ツバサがこの言葉へ抱く悪感情をクロコは見事に再現していた。

 言い訳で言い逃れるつもり満々なのは、無表情のくせしてやたらと情感じょうかんを込めた言葉で力説しているところからうかがれた。

「ま、いいか……言い訳があるならしてみろ。聞くだけ聞いてやる」

 一応、耳を傾けるくらいはしてやろう。

 ありがとうございます、とクロコは逆さ吊りのまま会釈えしゃくした。

「まずメイド人形マリオネットにも蕃神ばんしん眷族けんぞくや他勢力の敵兵と戦える火力を備えさせたのは、有事の際に家族の皆さまと国民の盾となる戦闘能力を求めてのこと……しかし、いくら私が錬金術師アルケミストとしての技能スキルを上げ、長男ダイン様や次女フミカ様の類い希な技術をお借りできたとしても、所詮しょせんアンドロイドの域を超えられません……」

「だから最強の戦士たちから模倣もほうしたと?」

 ――より高性能な人造人間アンドロイド

 叶うのならば最低でもLV999スリーナインに指先が届く強さを持ったメイド人形マリオネットを量産できれば、効率的に戦力を補充ほじゅうできるのではないか?

 普通の製造工程を経たメイド人形マリオネットではLV700前後が限界だった。

 それでも錬金術師としてのクロコの技量ぎりょうの高さがわかる。

 従者サーヴァント作成の技能スキルを修めた者なら、いいとこLV500の従者を数体作れれば優秀な部類だ。LV700越えを100体以上は規格きかくを越えている。

 だが、クロコは満足しなかった。

「そこでフミカ様の【魔導書】グリモワールの力をお借りしました……」

 ここでフミカが話を引き継いだ。

 リビングのソファに腰掛けた次女はわかりやすく説明する。

「早い話、ウチがこれまで情報として【魔導書】に記録してきた、バサママやみんなの戦闘記録をデータ処理して平均値を割り出したんスよ」

 フミカの過大能力――【智慧を蓄えしグリモワール・999の魔導書】スリーナイン

 フミカが見聞きした情報をに入りさいに入り、ひとつも漏らすことなく言語化げんごかあるいはデータ化。それを漏らさず記録した【魔導書】を無限に増刷ぞうさつする。記録された情報は【魔導書】から完全に再現することも可能。

 最近では監視や偵察のための“眼”となる使い魔ファミリアを派遣する魔法も習得したため、彼女の取り扱う情報量は桁違いだろう。

 そうして記録したものを、彼女は【魔導書】グリモワールから復元できるのだ。

 ただし、フミカの力量を越えたものは弱体化デバフされる。

 たとえばツバサの必殺技をフミカが【魔導書】で再現すると、ツバサの全力には足下にも及ばず、フミカのLVに合わせた威力にデチューンされる。

 あくまでフミカのLV基準の再現に留まるわけだ。

 だとしても、フミカもまたツバサの荒行を乗り越えた身。

 文系を極めた文学少女なれどLV999スリーナインの高みへと到達しており、格闘術に関する造詣ぞうけいたしなませている。今の彼女ならそこそこれるだろう。

 フミカの場合、サブミッション系が得意である。

 もっとも、彼女の関節技の餌食えじきになるのはもっぱ旦那ダインなのだが……。

五神同盟おれたちの戦闘記録から割り出したデータをメイド人形にインプットして、人造人間である彼女たちの基礎的な戦闘能力を向上させたわけか」

「あと、思考パターンとか思想の在り方も無難に参考にさせてもらったッス」

「経験値が増えれば感情も豊かになりそうだな」

 人間と同等の人工脳を持つならば精神的な成長も見込めるだろう。

 道理で人造人間アンドロイドにしてはLVが高いわけだ。

 従者サーヴァント作成の技能を駆使したとはいえLV850は破格はかくである。

「無論、元となったのはLV999スリーナインの母ちゃんたちみたいな猛者もさぞろい。そん動きについていける機体の素材はわしが都合付けたぜよ」

 フミカの隣に座ったダインが機械の親指で自らを指した。

 戦闘記録の情報だけでは物足りないと感じていた。

 いくら最高の肉体強度を誇る人造人間アンドロイドであろうとも、ツバサたちの動きを真似させたら初動しょどうで関節が吹っ飛んで五体バラバラになるだろう。

 参考データの元は全員LV999スリーナインの神族。

 彼らの超絶的な体捌たいさばきを完全に投影とうえいすることはできない。

 人造人間の耐久度を底上げして、真似事の域を出ないとはいえLV850に達するまで強化できたのは長男夫婦の働きが大きいようだ。

「……本当にウチの長男と次女は有能だな」

 掛け値なしの褒め言葉なのだが、クロコへの折檻中で彼女を暴走させた一助いちじょでもあるため、ちょっと皮肉めいた言い方になってしまった。

「そう考えると三人の合作がっさくみたいだね」

 ツバサの周りをウロウロしていたミロが感想を口にした。

 その一言にしみじみ痛感つうかんさせられる。

「チャナの時もそうだが、おまえらが集まると人間どころか神族と普通に肩を並べる人造人間を量産できるようになったんだな」

 人が造りし人造人間じんぞうにんげんならぬ神が造りし神造人間じんぞうにんげんと呼ぶべき代物だ。

 ……それもう普通に人間じゃないか? 神様が創造したんだから。

 ただし、地球の人間とは肉体性能が段違いだが。

 とにかくSF映画の領域に一足飛びで踏み込んでいたらしい。

 ツバサの祖父が愛読しており映画化もされた著名なSF漫画でも、サイボーグ化した格闘家や戦闘アンドロイドが大暴れしていたのを思い出す。

 次元戦艦を建造している時点で今更なのだが……。

「まあ、そこまでは百歩譲って認めるとしよう」

 現実世界リアルでも似たような話はごまんとあったはずだ。

「確か……優れた武道家の身体能力を分析してデータ化、それを機械式スーツに組み込んで運動の最適化さいてきかはかったり、脳髄や神経に電極を差し込んで運動能力をトレースさせることで、最高の兵士を作ろうとした計画があったとか……」

 ツバサの師匠、インチキ仙人がぼやいていた覚えがある。

機械式歩兵マーシナリーどころの話じゃないッスね」
「じゃが訓練するよか早いから軍としては効率的こうりつてきかも知れんのぉ」

 フミカは呆れているがダインは一定の理解を示した。

「他にも医療技術の軍事転用とかかな」

 肉体が動こうとする時に発する電位でんい信号しんごうを読み取る装置をスーツの各所に付け、動作しようとする意思を予測し、スーツ内の人工筋肉がそれを補助ほじょする。

 これにより――身体機能を増幅ぞうふく拡張かくちょうする。

随意ずいい制御せいぎょシステムだったか?」

 最高率の動作で肉体がスムーズに動き、筋力や俊敏性も増幅される。

 戦闘用スーツに組み込めば強化兵士の完成だ。

「あ、それ知ってるッス。でも、本来ならお年を召した高齢の方や、事故なんかで身体の不自由な人を助けるためのパワードスーツのはずッスけど……」

「優れたものは得てして軍事利用されるんだよ」

 ニトログリセリン然り、原子力然り、ドローン技術然り……だ。

「だからまあ、おまえたちの発想やメイド人形マリオネットに費やされたテクノロジーについてとやかく言うつもりはない。五神同盟おれたちの戦闘記録についてもだ。そこから有益なものが生み出されるのなら、むしろ推奨すいしょうするべきだと思っている」

 だが、さすがにこれ・・は見逃せなかった。

「本人の許可なく、その人格や能力を模倣した別人を創るのはやり過ぎだ」

 ツバサは五体のメイド人形にる。

 軍師レオナルド・ワイズマン、横綱ドンカイ・ソウカイ、剣豪セイメイ・テンマ、拳銃師ガンスリンガーバリー・ポイント、仙道師エンオウ・ヤマミネ。

 彼らの血縁者としか思えない美少女5人組。

 先に挙げた超高性能な人造人間アンドロイドを作る技術のすいを極め、彼ら一人一人の戦闘記録を極限まで突き詰めたデータをインプットされた人工知能AI搭載とうさい

 当初はアシュラ経験者の完全なる複製コピーに挑んだのだろう。

 しかし、彼らが研鑽けんさんの果てに磨き上げた精髄せいずいに辿り着くことはかなわず、性能を劣化させたデッドコピーになったのは想像に難くない。

 平均がLV950という点がそれを如実にょじつに現れていた。

 完全複製までは手が届かずとも、その一歩手前まで届いていれば彼女たちは最低クラスとはいえLV999の性能を得ていたはずだ。

 LVが低いことが彼女たちの性能限界を示していた。

 ただし、従者サーヴァントとしての人造人間アンドロイドなら常軌じょうきいっしている。

 彼女たちはもはや一個の人格を備えた神族。存在の在り方は先日産声を上げたばかりの、聖賢師リシノラシンハの孫であるチャナに近い。

 横一列に並んだ彼女たちは所在しょざいなげに立ち尽くしている。

 自分たちがこの騒動の原因だと判断できる。それだけの知能と理解力を有するがゆえに、リアクションに困っているのがありありとわかった。

 一方、首謀者しゅぼうしゃとも言うべきクロコに反省の色は薄い。

「良かれと思ってしたことなんです……」

「いい加減くどいわ。それ禁止NGワードにするぞ」

 泣き落としを狙うようなか細い声で訴えてくるクロコに、ツバサは声量せいりょうこそ抑えたものの熾火おきびのような熱のある怒気どきで言い付けた。

 逆さ吊りのクロコを冷徹れいてつける。

「おまえ……折檻これを狙ってただろ?」

 ギクリッ! と簀巻すまきごとクロコは図星を射貫いぬかれたように震えた。鉄面皮の頬を天地逆に冷や汗が伝っていた。

 ツバサは諦観ていかんのため息を力いっぱい吐き出した。

「やっぱりか……おまえは仕事で手を抜いたことがない。揚げ足を取るためにこちらの裏を掻くような報告はしても、事前に許可を取るのを忘れたことのないおまえがだ、事後報告で済ませようなんておかしい……」

 いや――有り得ないよな。

 仕事をやらせれば妥協だきょうしない。その一点においてツバサはクロコを高く評価していた。それだけに今回は信頼を裏切られた気分だった。

 ギクギクギクッ! とクロコは小刻みに震える。

 心の奥まで見透かされたと言わんばかりの狼狽うろたえっぷりだった。

「……え? どういうことですか?」

 ツバサの足下をチョコチョコしていたマリナが不思議そうに尋ねてくる。あんまり子供に聞かせたくない話だが、反面教師にさせたいところだ。

 娘の精神的成長をかんがみた話し方で教えてやる。

クロコこいつツバサおれ叱られたくて・・・・・・わざとミスをしたんだ」

 大ポカをやらかして敬愛する御主人様から大目玉を食らい、人格否定されるくらいのお説教をされる。そういうシチュエーションを望んだのだ。

「――マゾな気持ちを満たすためにな」

「あ、そうか……クロコさんイジメられるのも大好きだから」

 耳年増みみどしまなマリナはすんなり受け入れた。

 自分の性癖せいへき批評ひひょうされるのもM気質なら感じてしまうのか、また恍惚こうこつに頬を染めたクロコはちょっと呼吸を早めながら訴えてくる。

「ここ最近、ちょっとやそっとのセクハラではツバサ様もスルーされてしまいますし、むしろちゃんと仕事をして褒められる機会の方が増えてしまいましたので……ここらで拷問級ごうもんきゅうのお仕置きをしていただきたいと思いまして……ッ!」

「うるさい黙れ、ハアハアあえぐな」

 子供に悪影響だ、とツバサは長い黒髪でマリナの視界をさえぎる。

 ここのところ破壊神戦争に大わらわだったこともあり、クロコも真面目に仕事を片付けて成果を上げていたので、礼を述べたり褒めたりすることの方が多かったのは事実だ。セクハラも慣れたので無視していた。

 それが彼女に奇妙なフラストレーションを溜めさせたらしい。

 まさか定期的に死んだ方がマシなレベルのお仕置きを与えてやらなければいけないとは……ドMな部下への接し方はややこしくて難しい。

「だがしかし……履き違えられては困る」

 今回の一件でツバサの琴線きんせんに触れたのは別の問題だった。

 そこら辺がなあなあ・・・・になっていたかも知れないので、線引きをしっかり引き直させることで、仕事への態度を引き締めてもらう必要がありそうだ。

「俺が怒っているのは……報告を忘れたことじゃない」

 ――ツバサは本気を解放する。

「お仕置き目当てでわざとミスをした……ことでもない」

 ダインにもとっくり言い聞かせたが、あまり大っぴらにしたくないので抑え込んでいたLV999スリーナインを越えた力を一気に解き放った。

 瞬間、この場にいる者たちを凄まじい威圧感で押し潰す。

 重力が50倍ぐらい重くなったような錯覚さっかくに囚われるはずだ。本能は生命の危機を察して震え上がり、心身は痺れたように居竦いすくんで満足に動かせまい。

 全世界が敵意を持って襲いかかってくる恐怖。

 身近みじかにある空気ですら牙を剥く感覚に怖気おぞけは止まらないだろう。

 蛇に睨まれた蛙に似たような状態だ。

 漫画好きの子供たちなら“覇王色の覇気”とかいうかも知れない。

 いや、そんなごとを口にする余裕もないだろう。

 事実――誰もが歯の根が合わないほどの恐怖に打ちのめされていた。

 ミロは泡を吹いて卒倒そっとうする寸前のマリナを守るように抱き締めると、二人して床にペタンと女の子座りになっていた。ツバサの怒りに耐性のあるアホの子でさえ、半泣きで震えている。ガチガチと鳴らす歯の音が聞こえてきた。

 ダインもフミカをかばうように抱き締めている。

 いつもなら積極的なダインの抱擁ハグに喜ぶはずのフミカも、この時ばかりは余裕がないのか、分厚い【魔道書】グリモワールを盾にして泣きながら痙攣けいれんしていた。

 ツバサの気迫はリビングルームをひずませる。

 あちこちから家鳴やなりが響き、もろいガラス製品なら亀裂が走った。

 物理的な威力のある威圧感に建物まで悲鳴を上げる。

 指向性しこうせいを持ったプレッシャーをクロコに向けてピンポイントにぶつけてもいいのだが、今回はお試しで子供たちにも味わわせる。

 大地母神おかあさんを怒らせたらどんなに恐ろしいうか――。

 それをきもに銘じさせるのだ。

 ミロを始めとした子供たちは巻き添えだが、ここはデモンストレーションと思って我慢してもらう。この程度で弱音を吐いていたら、今後待っているであろう蕃神との戦争でも正気を維持できる保証はない。

 SANサン直葬ちょくそうとならないためにも耐性をつけてもらおう。

「……あっ! あああっ……ひいッ!?」

 クロコにしては珍しく、女性らしい悲鳴をほとばしらせた。

 最初こそツバサから「拷問級のお仕置きをしてもらえる!」と淫靡いんびな微笑みで顔をほころばせていたが、本気の激怒を目の当たりにして恐れを成したらしい。

 顔面蒼白で恐怖に凍り付くクロコの素顔。

 いつもの無表情や鉄面皮とは違う、畏怖いふさいなまれる表情だった。

「俺が怒っているのは、仲間の経験・・・・・ないがしろにしたこと……」

 クロコの顔面を割る勢いでツバサは鷲掴わしづかみにした。

「仲間の武道家たちが積み上げてきた経験ものを軽んじたことだ!」

 こんな時、クロコは舌を出してベロベロとツバサの手を愛撫するようになめ回してくるものだが、今日ばかりは恐れ多くてできないらしい。

 逆さまになった瞳からも涙が零れてくる。

 ツバサ自身、ここまで怒りを露わにして迫ったことも初めてだ。形相は凍り付かせたように無表情のままだから迫力も異なるのだろう。

 折角せっかくなのでとくと説教を聞かせてやる。

「俺たち武道家ってのはな……芸術家に通ずるところがある」

 自らの求める強さを得るため鍛錬たんれんを積み重ね、幾多いくたの経験を培っていき、選んだ流儀を最強と信じて、自身の技を研ぎ澄ませていく。

 芸術家が作品へ魂を注ぐように、武芸に魂を打ち込むのだ。

「手っ取り早く戦闘能力の高い者を選んで、アシュラ経験者の心技体しんぎたいをコピーしたメイド人形マリオネットを造ったんだろうが……それが武道家おれたち自尊心プライドをどれほど傷付けるか考えなかったのか? いくら仲間たちが大らかであろうともだ!」

 武道家の魂そのものを無断で利用したのと変わらない。

「自分が精魂込めて築き上げてきた経験けいけんを! 己の人生を掛けて丹念に磨き上げた技術ぎじゅつを! 勝手に使われていい顔すると思うのか!?」

 尊厳を踏み躙られたに等しい。

 国と民を守るため――五神同盟の戦力増強のため。

 気前のいい彼らのこと。この大義たいぎ名分めいぶんを出せば、自身を模したメイド人形マリオネットの研究開発であっても協力してくれた未来は予想できた。

「だが……おまえは未承認みしょうにんでやった! 誰の了解も得ずにだ!」

 その不実ふじつな軽率さが許せなかった。

 怒りのボルテージが上昇し、威圧感の密度も濃さを増していく。

 稲妻、激風、噴炎を発してツバサは叫ぶ。

「大昔からこの手の騒動は引きも切らないほどあっただろうが! 情報をいくらでも手軽に入手できるからって我が物顔で使い回してりゃ、情報を発信する側がいい顔せず苦言くげんていするのは当たり前だろ! わかってたはずだよな!?」

 クロコおまえほど聡明そうめいな女なら! とツバサは激昂する。

「それをおまえは……『お仕置きされたい』なんて身勝手な欲望だけで暴走してあっさり侵しやがって! 著作権侵害で肖像権侵害! 親しき仲にも礼儀ありだ! 家族で身内で仲間だからってやっていいことと悪いことがある! それがわからんほど無分別むふんべつじゃないだろおまえはッ!?」

「むぅ~ッ! むふぅ~ッッ!? むぅ……しわけありまひぇん!」

 顔面を掴まれて大泣きするクロコは変な声で謝罪した。

 顎も鷲掴みされて握力の万力で砕かれそうになっているから、まともな発声で喋れないのだろう。それでも懸命けんめい謝意しゃいは伝わってきた。

 威圧感の効き目があるので説教を続ける。

「もしも! 今回の一件で仲間から不興ふきょうを買って……それが原因で五神同盟の結束けっそく亀裂きれつでも入ったらどうしてくれる!? おまえ責任取れるのか! おまえのやらかしたことは洒落しゃれにならない事態じたいを引き起こしかねないんだよ!」

「お、お言葉ですが御主人様!」

 不意に割って入ってきたのは、メイド人形の一体だった。

 レオ001号――軍師レオナルドを投影した少女だ。

 クロコの顔面を拘束したままツバサは一瞥いちべつした。レオ001号を筆頭ひっとうにみんなづくが、それでもまっすぐこちらを見つめて発言する。

「わ、私たちの存在がモデルとなった方々に認められず……万が一にも五神同盟に不協和音ふきょうわおんをもたらす可能性があるならば……い、いっそのこと、私たちの存在がおおやけになる前に……廃棄はいき処分しょぶんされることを進言させていただきます」

 彼女の意見に他のメイド人形たちも同意を示した。

 本心では「捨てられたくありません!」と目は口ほどに言っているが、主人であるツバサの叱責しっせきを耳にして、矢も盾も堪らなかったのだろう。

 さすが製作にダインとフミカが関わっただけはある。

 ちゃんとロボット三原則さんげんそくもとづいた選択をし、奉仕すべき人々の調和を第一に考えて、自分たちが邪魔なら排除はいじょしようと自己犠牲の精神を提示ていじしてきた。

 彼女たちを見つめたままツバサは断言だんげんする。



「生まれてきた者たちに罪はない――君たちは悪くないんだ」



 ブチッ、と鋼線こうせんりのロープが引き千切られる。

「俺が怒っているのはな……」

 ツバサは頭を鷲掴みにしたクロコを頭上でぶん回すと、適度てきど体罰たいばつを加えるためにMでも耐え難いほど投げ回した。その途中で手足を雁字搦がんじがらめにしたロープをほどいてやりながら簀巻すまきのむしろも外してやり、床へと降ろしてやる。

クロコこいつが私利私欲のために報連相ほうれんそうを怠り……」

 さしものクロコも腰が抜けたのか、女の子みたいにへたり込む。

 ビシリ! とツバサは音がするほど彼女を指差した。

「……武道家の自尊心プライドを! 仲間の尊厳そんげんおとめたこと! そして何より! 生まれたばかりの君たちに! その出自しゅつじに罪の意識を植え付けたことだ!」

 今日ばかりは変態メイドもりたらしい。

「もっ……申し訳ありませんでしたーッ!」

 すかさず姿勢を正すと、ツバサに平伏して謝罪するクロコ。

 恐怖が消えないのかガタガタ震えたままだ。

 このままだとガチ泣きどころか失禁してお漏らししかねないほど脅えているので、ここら辺で勘弁してやることにした。

 ツバサは土下座から顔を上げたクロコの眉間みけんに人差し指を突き付ける。

「いいか、何度でも言うぞ……親しき仲にも礼儀ありだ」

 身内だから大目に見てもらえると安心するな。

 誰であれ礼儀と敬意を払って接しろ。他者たしゃ尊厳そんげんかろんじるな。今回のような案件を試したければ、各方面に正規の手順で一報いっぽうを入れるのを忘れるな。

「そんなに折檻されたければ……ちゃんと言え」

 らしに何度でもなぶってやる、とツバサは小声で告げた。

 ……ツンデレというわけじゃないが、どんな言葉を用いても「SMされたきゃいつでも声をかけろ」な言い方になるので恥ずかしいからだ。

「ドMを満足させたければ正直に申し出ろ。だから余所様よそさまに迷惑かけるな」

 もしもまた今回のようなヘマを為出しでかしたら……。

「し、為出かしたら……?」

 クロコはしゃくり上げる鳴き声で辿々たどたどしく繰り返した。

 どんな酷い罰が待っているのでしょう、と期待するマゾ属性が半分。先の威圧感の影響によりツバサから言い渡される罰に本気で脅えてもいた。

 ツバサは無慈悲に通告する。



クロコおまえ解雇かいこする――反論は認めない」



 LV999スリーナインでは抗えない領域からの宣告せんこくは絶対だった。

 どんなにクロコが主従しゅじゅう契約けいやくを求めてきても、レベルキャップ解放したツバサならば拒否権きょひけんを発動できる。そして、誰かに服従することが義務である御先神クロコにとっての解雇とは自己の完全否定に等しい。

 最悪の場合――ペナルティにより跡形もなく消滅する。

 これは余程よほどショックだったらしい。

 青い肌のアニメキャラと見紛みまがうほど顔面から血の気が引いたクロコは、白目を剥いてどこかの少女漫画みたいな表情で凍り付いてしまった。

 ……こんな時でもギャグキャラなのか。

 これは技能スキル“コメディリリーフ”のせいなので目をつむろう。

 しかし衝撃を受けているのは間違いないようだ。

 元より平伏していたクロコだが、頭突きで床をぶち破るようにぬかずく土下座をかますと、必死の泣き声を張り上げてゆるしをう。

「もうしません! 二度としません! このような軽率けいそつな真似は二度としないと誓います! 折檻せっかんしていただきたい時は素直に申し上げます! 今後はセクハラも控えます! もっと真面目に働きます! ですので何卒なにとぞ……ッッッ!」

 解雇だけはご勘弁を! と死に物狂いで泣きついてきた。

 セクハラも控えます! の一文だけは信用できない。

 しかも「止めます!」ではなく「控えます!」だから尚更なおさらだ。

 それでも説教の効果はあったみたいだし、今までにないほど真面目に反省の色も窺えるので認めてやろう。これはもう猛省もうせいと言えるはずだ。

 ちなみに――クロコの土下座謝罪は誓約せいやくである。

 破るとこれまでにないペナルティが襲うのを覚悟で言い切ったので、本当に猛省してくれたようだ。うん、本気なのだと信じたい。

 ……まあ、相手は変態メイドクロコなので一抹いちまつ不安ふあんぬぐえないのだが。

 ツバサはLV999スリーナインを越えた力に再び抑制よくせいをかけた。

 クロコへの制裁せいさいはこれにて終了。次にすべきは5体のメイド人形のモデルとなった人物たちへの謝罪しゃざい行脚あんぎゃとなるだろう。

 曲がりなりにもクロコの上司はツバサである。

 部下が不始末をした以上、ツバサが関係各所に謝らなければならない。

 ――それが責任というものだ。

「さてと……ってどうしたおまえら!?」

 まだ土下座を止めないクロコからリビングへ振り返ってみれば、ツバサの背後には四人の子供が並んで床にぬかずき、同じように土下座をしていた。

 全員、クロコと同じようにガタガタ震えている。

「いつも増築ぞうちくやら改築かいちくやら好き勝手にやって申し訳ねぇぜよ……アニキ」
「家族だから良いわ良いわで報連相ほうれんそうを怠ってすいません……バサ兄ぃ」
「子供の特権とっけんをフル活用して甘えまくりでごめんなさい……センセイ」
「長女で伴侶はんりょでアホだからってワガママ放題でごめん……ツバサさん」

 どうやらおきゅうが強すぎたらしい。

 LV999スリーナインを越えた力を肌で感じてもらうため、わざと絶大な威圧感を解放したわけだが、その効能が子供たちにも現れてしまったようだ。

 大地母神おかあさんの大激怒にみんな恐れをなしていた。

 ダインやフミカなんて最近では遠慮なく「母ちゃん」や「バサママ」とツバサを母親呼ばわりするのに、兄貴呼ばわりに戻るほど退行たいこうしていた。

 ミロまで平伏させるとは予想外だった。

「……うむ、わかればよろしい」

 どう対応すべきか逡巡しゅんじゅんしたものの、子供たちもここのところなあなあ・・・・お母さんツバサを雑に扱っていたので、ここらでキツく締めておこう。

 綱紀こうき粛正しゅくせいみたいなものである。

 それにしても――ちゃんと反省文を添えてくる良い子たちだ。

 散々なくらいむちを振るったからアメでも振る舞おうとした矢先、廊下の向こうからドタドタと騒々しい足音が近付いてきた。

 ドバァン! と景気よくリビングの扉が蹴破けやぶられる。

「ツバサ君! 何事かあったのか! なんじゃ今の凄まじい殺気は!?」
「ツバサちゃんみんな無事か! 蕃神ばんしんでも雪崩なだれれ込んできた!?」
「ツバサさんミロちゃんどうしたの!? 結界が内側から壊れそうだったけど!」

 横綱ドンカイ、剣豪セイメイ、起源龍オリジンジョカ。

 ツバサが発した威圧感を異常事態と勘違いして、おっとり刀で駆けつけてくれた家族ファミリーだ。危機を察するや否やさんじてくれた勇気に感謝したい。

 そんな彼らだからこそ敬愛の精神を忘れたくなかった。

 いくら当人の足下にも及ばなかろうとも、断りもなく彼らの姿形や能力を模倣コピーした者を無断で製造したことがツバサの琴線きんせんに触れたのだ。

 一人の武道家として――許せない。

 前述ぜんじゅつした通り、生み出されたメイド人形マリオネットたちに罪はない。

 彼女たちの力を借りたいのは本心であり、頼みにすることも多いはずだ。それゆえ誕生の経緯に泥がついてしまったことが残念でならなかった。

 仲間だから許されると安易に手を染めた浅慮せんりょさ。

 身内とはいえど礼儀に失するクロコの行いを、今回ばかりは笑い話で済ませることはできなかった。だから手を抜くことなく叱りつけた。

 怒られる内が華――と言ったのは誰だったか。

 信じているしやり直せるからこそ本気で怒ってやれるのだ。

 これが家族ファミリーおさとして心持ちだった。

 ツバサは飛び込んできたドンカイやセイメイの顔を見渡すと、特大のため息をついて特大のバストを揺らしながら、ペコペコと頭を下げる準備をした。

「幸か不幸か当事者とうじしゃが来てくれたな……さ、始めようか」

 メイド人形マリオネット部隊の隊長を務め五体の人造人間アンドロイド

 彼女たちのモデルとなった武道家たちへの謝罪しゃざい行脚あんぎゃの始まりである。

   ~~~~~~~~~~~~

 横綱ドンカイ・ソウカイの場合――。

 野太い牙の目立つ男前な巨漢きょかん

 現実世界リアルでも横綱まで登り詰めた最強の関取。名前の呑海ドンカイ蒼海ソウカイが示す通り、海と縁深いため青の浴衣ゆかたかざ単衣ひとえがトレードマークの伊達男。

 ハトホル太母国における副官的存在でもあった。

 そのドンカイが目の前に立っている。

 ツバサは自らも深々と頭を下げると、懲りたクロコも率先して土下座をする。二人はこれまでの経緯を斯く斯くかくかく云々しかじかと説明した。

 話を聞き終えた横綱はまじまじとカイ002号を凝視ぎょうしする。

 カイ002号は緊張の面持おももちだ。

 創造主はクロコ+αだが、遺伝子や継承した因子いんしを考えればドンカイは父親にも等しい存在。それを高性能AIが理解してしまうのだろう。

 メイド人形マリオネットなんて異端いたんの自分がどう扱われるのか?

 そのことが心配でたまらないようだ。

「この娘がワシをモデルにしたメイド人形マリオネットじゃと……?」

 ブワッハッハッハッ! とドンカイは爆笑した。

 思いも寄らない反応にその場にいた者たちはきょかれる。

 ドンカイは2m30㎝ある自分より小柄な190㎝のカイ002号の前に立つと、夜会巻やかいまきの髪型を崩さないように優しく頭を撫でた。

 父親が娘をいたわるようにだ。

「ワシを女体化させたところで、こんな別嬪べっぴんさんにはならんじゃろう」

 朗らかな横綱の笑顔にカイ002号の緊張もほぐれた。

 メイド人形マリオネットたちは総じて美人である。

 全員肉体的には10代以上20代未満の美少女だ。ドンカイをモデルにしたカイ002号も小顔で等身が高いモデル体型の美少女には違いない。

 スリーサイズも筋肉も特盛りだが――。

「確かにわしとよく似た気配や力の波動は感じられるものの……このはわしとは別物べつものじゃ。肖像権しょうぞうけんやら著作権やら小難しいことをわめくつもりはないわい」

「……あ、ありがとうございますドンカイ様!」

 まずはひとつめ、許されたクロコは安堵あんど吐息といきを漏らした。

 しかし! とドンカイは鋭い一喝いっかつで放つ。

 言葉を向けた先は勿論もちろん、今回やらかしたメイド長だ。

「ワシは気にもせんが、自分とそっくりの者が知らないうちに造られることを快く思わん者もおる……もう二度と軽はずみな真似まねはしてくれるなよ?」

「はい、きもめいじさせていただきます!」

 こんな素直でしおらしいクロコは史上初かも知れない。

 ツバサの大激怒がよっぽど効いたのか、今もドンカイの前でひざをついて深々と頭を下げていた。反省を五乗ごじょうけしたくらい猛省もうせいしているようだ。

 ドンカイは太い顎をゴリゴリ撫でて話し出す。

「この手のネタは昔っからフィクションでもよくあったことじゃが……まさか自分がターゲットにされる日が来るとは夢にも思わなんだわい」

「結構色んなパターンがありますよね」

 サブスク大好きなインチキ仙人を師匠の影響を受けたツバサも、漫画やアニメに小説や映画にと、こういう話はいくつも履修りしゅうみだった。

 パターン1――クローン人間が造られる。

 有能な戦士の遺伝子をこねくり回して、同等の能力を持った兵士を大量生産してみたり、遺伝子組み換えをして強力な個体を造ったりと色々だ。

 これが最も古典的で一番よくあるパターンだろう。

 パターン2――機械的に複製される。

 モデルとなった戦士がサイボーグなのでまったく同じ機体を量産しつつ、当人の戦闘データと思考回路をコピーした人工脳を搭載。命令に忠実な戦闘アンドロイドとして戦場に派遣するというものだ。

 パターン3――原型がないレベルで魔改造される。

 最強の戦士たちの遺伝子を手当たり次第に集めて、それを一緒くたにブレンドさせることで進化する最強生物を造り出した例があったはずだ。

 または最強の戦士たちの因子を採取し、それを元にその作品世界で最強種族のクローン人間を造り、更には神懸かみがかった特殊能力まで付与ふよした例もあった。

 ここまでやられると倫理観りんりかんへの挑戦みたいだ。

「……う゛ぁあぁいぃぉはざぁぁどぅぅッ!」

「だからどうして、そのナレーションが異様に上手いんだよおまえは」

 唐突にぶっ込んできたミロにツバサはツッコミを入れる。

 言われてみれば、あれ・・も生物災害を題材にした似たような事例だ。

「そういったものもあるが、ワシが忌避感きひかんを覚える者が多いと思っとるのはアレじゃ。ほら、西洋のオバケで自分のそっくりさんが現れる……」

「――ドッペルゲンガーッスか?」

 それじゃそれ、とドンカイはフミカの助言じょげん相乗あいのりする。

 読み方としてはドイツ語のはずだ。

 自分と瓜二つの何者かが目の前に現れる現象であり、そういう妖怪だとする伝承もあれば、ある種の幻覚だと割り切る科学的な説もある。

 伝承で有名なのは「ドッペルゲンガーを見たら死ぬ」というもの。

 2回見たら確実にアウトとか、死期が近付いた人間の前に現れるとか、死ぬような災難さいなんうとか……とにかく前兆ぜんちょうとして結びつけられていた。

 科学的な説だと、脳や精神の問題だとされている。

 脳のある部分(側頭葉そくとうよう頭頂葉とうちょうようの境界線辺り)に腫瘍しゅようができると自分の姿を幻視しやすいという研究報告があったり、統合とうごう失調症しっちょうしょうの症例としてドッペルゲンガーを目撃する“自己像じこぞう幻視げんし”という症状が現れたりするらしい。

 ドッペルゲンガーを引き合いにドンカイは語る。

「そのドッペルなんたらも不吉の象徴やら死の予兆と扱われとるんじゃろ? 自分と同じものが目の前に現れるというのは、やっぱりドキリとさせられるし気分は良くないもんじゃ……怪奇現象であれ錯覚であれな」

 悪意のある猿真似さるまねや、本物を脅かす偽物にせものなどもってのほか

 これらの点でもクロコは仲間の心情をおもんぱかろうとしなかったので、ツバサはあれほどキツく叱りつけたのである。

 ドンカイもやんわり諭してくれたので内心ありがたかった。

「……あ、あの!」

 カイ002号がおずおずと声を上げた。

「では、私は……存在することを許していただけないのでしょうか?」

「許すも許さないもないわい」

 生まれてきたのだから――ちゃんとせい謳歌おうかしなさい。

 彼女の肩に手を置いたドンカイはまっすぐに見つめる。

「アンドロイドでもメイド人形マリオネットでも良い。ハトホル太母国を守るため、そして五神同盟のために生まれてきてくれたのなら……それを全うしなさい」

「はい、感謝いたします……ドンカイ様」

 ちゃんと涙を流す生体反応を見せるカイ002号に、ドンカイは懐からハンカチを差し出した。それで涙を拭うところを見守っている。

「様などと他人たにん行儀ぎょうぎじゃな。親方で良い。ところで……」

 カイ002号君じゃったかな? とドンカイは彼女の名前を確認した。

 頷く彼女を見て横綱は小さく唸る。

「いかにも製造番号です、な名前はどうも気に食わんな。君さえ良ければワシが名付け親になっても構わんかのぅ? どうかなクロコ君」

「私に……名前を頂けるのですか!?」

「それはもう是非ぜひ……彼女も喜んでいるようですし」

 カイ002号は望外ぼうがいよろこびにとびきりの笑顔ではにかみ、クロコも許された安堵感あんどかんとドンカイの鷹揚おうようさに助けられて乗り気だった。

 両者の了解を得たドンカイは頷くと名前を考案する。

「ふむ、ではワシにちなんで海から取るか……美しいしおと書いてミシオ、いや、むすめさんならミオの方が響きが良いな。ミオでどうじゃろう?」

 カイ002号改め――ミオ・ソウカイ。

「あっ……ありがとうございます、ドンカイ親方様ッ!」

 ドンカイからかばねまで授けられたミオは、感激のお辞儀じぎを繰り返した。

 剣豪セイメイ・テンマの場合――。

 豪刀二振りと宝石の瓢箪を腰に下げた、酔いどれ用心棒。

 こう見えて剣豪どころか剣聖をも越えた剣神であり、やっとうを振らせれば敵う者はいない剣の天才でもある。着物に袴に長羽織まで、すべてを黒で統一した格好から“黒衣の剣豪”なんて異名でも通っている。

 嫁でもある起源龍の化身、巨大美少女ジョカを隣に連れている。

 こちらもツバサとクロコで謝罪と説明をしたのだが、ドンカイとミオの顛末てんまつが先にあったので話の流れを端折はしょることができた。

 セイメイもまた興味深げにメイド人形マリオネットを見つめている。

 注目するのは当然、自身をモデルに造られたメイ003号だ。

「へぇ……このがおれのクローンなのかい?」

「違うぞ父ちゃん、あたしはアンタをモデルにした人造人間だ」

 誰が父ちゃんだよ、とセイメイはメイ003号の軽口を鼻であしらう。その態度から怒っている様子は微塵みじんも感じられなかった。

「親方のセリフまんまだが……全然おれと似てねえじゃん」

 外見的には似てるところを探すのが難しい。

 メイ003号は女性としては長身だが175㎝程度。

 190㎝越えのセイメイとは体格が似ても似つかないし、顔立ちもそこはかとなく似ている程度。辛うじて父娘おやこかもと連想させるくらいだ。

 ボサボサの総髪そうはつをうなじでくくるヘアスタイルは一緒だが。

「えー、そんなことないよぅ」

 セイメイそっくりじゃん! と嬉々ききとするのはジョカだった。

 起源龍オリジンにしてセイメイの嫁であるジョカは、メイ003号を我が子のように愛でていた。後ろから抱きついて頬擦ほおずりしっぱなしである。

「いや、どっちかっつうと……ジョカおまえに似てねえか?」

 並んだ顔を見比べたセイメイが神妙しんみょうつぶやいた。

「――恐れながら申し上げます」

 反省中なのでいつもよりおごそかにクロコが割り込んできた。

 こちらもどこか神妙な顔で解説する。

「部隊長となるメイド人形マリオネットたちは、アシュラ経験者の皆さまをモデルにさせていただきましたが、特定のお相手・・・・・・がいる方々はそのお相手の外見的特徴も容姿に反映させていただきましたので……」

「つまりセイメイの場合、ジョカに似るのも当たり前ってわけか」

 なるほど、とセイメイはとぼけた顔で納得する。

「じゃあ女体化っていうより実質その人の娘じゃん」

 ミロの指摘を受けたクロコは裏事情を明かすように続ける。

「当初のコンセプトとしましては、戦闘能力がズバ抜けて高いアシュラ経験者の皆様をモデルにして、まだ性転換されたことのないメンバーを選んで性別を逆転させてみようという試みでしたので、女体化には違いないのですが……」

「どうせ悪ノリで嫁の要素を付け足したんだろ」

 仰る通りです……と猛省中もうせいちゅうのクロコはあっさり認めた。

(ちなみに特定の伴侶がいない横綱ドンカイ軍師レオナルドの場合、少なからず関係のある不特定多数の女性の外見的要素をランダムで取り入れているらしい)

 同時に――五人の選抜せんばつ基準きじゅんも明らかになる。

 アシュラ経験者からモデルを選んだはずなのに、ツバサやミサキをモデルにしたメイド人形マリオネットがいない理由がこれだった。

 ツバサやミサキは女体化済み、銃神ガンゴッドジェイクは男体化済み。

 まだ性別が逆転したことのないメンバーを選ばれたわけである。

 ちなみに穂村組ほむらぐみ元組長のホムラがいないのは、穂村組のメンタルに配慮はいりょしたのだとクロコは自白した。ホムラも女体化は似合いそうだが……。

「涙の勘当かんどうをしたばかりのバンダユウ氏たちにホムラ様の似姿をしたメイド人形マリオネットを見せるのはあまりにこくなので、断腸だんちょうおもいで我慢いたしました」

 苦渋の決断です! と駄メイドは言い張る。

「……その気配りができて、どうしてモデルへの気遣いを忘れるかなぁ」

「それは良かれと思って……ありがとうございますッ!」

 またしても禁止ワードをほざこうとしたクロコの顔面に、ツバサは男女平等裏拳を撃ち込んで黙らせる。ちょっと反省したと思えばすぐこれだ。

 一方、互いの関係性を知った二人は盛り上がっていた。

「ということは……僕の娘ーッ! セイメイと僕の娘ーーーッ!」
「じゃあジョカ様は……あたしの母ちゃーんッ! お母ちゃーんッ!」

 ひっしと抱き合うジョカとメイ003号。

 210㎝ある巨大美少女のジョカが、本当に我が子のようにメイ003号を胸に抱き締めていた。娘はドラゴンバストに埋もれそうになっている。

「……何この安っぽい茶番劇ちゃばんべき

 そんな風にシニカルな批評ひひょうをぼやきながらも、セイメイはニヤニヤとした笑顔で娘を抱いて喜んでいる嫁を見守っている。

 嫁が幸せならそれでいい――おとこの横顔にそう書いてあった。

 それからクロコへと振り返る。

 怒ってこそいないが厳重げんじゅう注意ちゅういを言い渡すあつがあった。

「親方の右に同じだ。あの娘はおれと同じ気と久世くぜ一心流いっしんりゅう体幹たいかん会得えとくしているのは見りゃわかるが、技も心もおれとは似ても似つかねえ……」

 半人前の娘だぜ、とセイメイも大筋で認めた。

「文句をいうつもりはねぇ。メイドとして使うんなら好きにしな」

「……ありがとうございます、セイメイ様」

 ふたつめの許しを得られたクロコはホッと息をついた。

「ま、自分とそっくりのドッペルゲンガーだっけ? そういうのと相対すりゃあ嫌な気持ちにもさせられるだろうし、そいつが俺の剣を真似すりゃあむかっ腹のひとつも立つだろうが……こんな見た目・・・・・・だと調子狂うだけだしなぁ」

「こんな見た目とは酷いな父ちゃん」

 あたしの因子はほとんどアンタ譲りだぞ、とメイ003号はジョカの抱擁ハグから離れると、セイメイへ歩いていきながら挑発する。

「剣だって父ちゃん譲り……がんばりゃ追い越せるかも知んないぞ?」

「おまえが追いつけるのはいいとこ昨日のおれまでさ」

 ――今日のおれには追いつけない。

 常に音速を超えて進化と成長を遂げている、と言いたいようだ。

 飲んだくれニートのくせして、鍛錬たんれんだけは欠かさない大剣豪の言葉には積み重ねてきた実感があった。いきがるメイ003号も気圧けおされるほどだ。

「どれくらい使えるか……ちょっと揉んでやる」

 来な、とセイメイは無精髭ぶしょうひげまみれのあごをしゃくった。

 メイ003号は一瞬怯んだものの、セイメイ譲りの豪胆ごうたんさでくちびるはしを釣り上げると、迷うことなく相手の間合いへと踏み込んでいった。

 パァン! と鋭い破裂音に鼓膜こまくが痛む。

 セイメイとメイ003号が競り合った衝撃によるものだ。

 どちらも抜刀せず徒手としゅ空拳くうかんのまま、互いの間合いへ床が割れかねない震脚しんきゃくで踏み込んだ後、刹那せつなの間に手刀しゅとうを何百回と繰り出して主導権しゅどうけんを争った。

 結果は――セイメイの全勝。

 完封かんぷうされたメイ003号は驚愕の表情で後退あとずさる。

「……ッ参りました!」

 かと思えば尊敬の眼差しでセイメイを見つめた後、その場に膝をつくと己の完敗を認めるように頭を下げた。帯刀しているので武士のようだ。

「確かに久世くぜ一心流いっしんりゅうの動きだが……全然ダメだな、あらばっか目立つ」

 ひざまづくメイ003号を見下ろして剣豪は言い付ける。

「週三でいいからおれの道場に顔を出しな。直々じきじきに仕込み直してやる」

「えっ……いいのか父ちゃん!?」

 花が咲くように表情を明るくしたメイ003号は、顔を上げると今度は憧憬どうけいの眼差しを向けていた。セイメイは困った笑顔で返していく。

「父ちゃんはやめろ。これからは師匠とでも呼べ……そんな中途半端な久世一心流ほっとけねえだろ。ちゃんと使えるように仕込んでやる」

 覚悟しておけ――セイメイはメイ003号の弟子入りを認めた。

「押忍! 父ちゃ……いえ師匠!」

 元気良く返事をしたメイ003号は一転、甘えた声で強請ねだってくる。

「それであの、父ちゃ……いえ師匠、できればあの……あたしもミオちゃんみたいに父ちゃ……師匠から名前なんかもらえたりしないかなーって……」

「え? おれも名前付けるの? そうだな……じゃあ」

 イオリ――天魔てんま伊織いおりと書いてイオリ・テンマ。

 脊髄せきずい反射はんしゃみたいな即答だったが、セイメイにしては悪くないネーミングセンスだった。メイ003号も嬉しそうな笑顔を咲かせている。

「イオリ……イオリ・テンマ……いい名前ありがとう父ちゃん!」

「師匠と呼べっていっただろうが」

 物覚えの悪い娘だな、とセイメイは半笑いで悪態をついていた。

 成り行きを見届けたツバサはセイメイに尋ねてみる。

即興そっきょうにしてはしっかりした名前をつけてあげたな。由来でもあるのか?」

「ん? ああ、叔父おじさんが最初に斬った剣豪」

 その養子むすこの名前を思い出した――セイメイは事もなげに言った。

 確かセイメイの叔父もドラゴンキラーをほしいままにした大剣豪のはず。その剣豪の人斬り童貞どうていを奪ったほどの剣豪……の養子むすこの名前をそんな簡単に思い付くか?

 相変わらずセイメイの実家は複雑怪奇である。

「あれ? そういえば、あの宮本武蔵の養子も伊織だったような……」

 フミカが小声で呟いていたが聞き取れなかった。

 メイ003号改め――イオリ・テンマ。

 彼女の存在もまたどうにか許しを得ることができた。

 拳銃師ガンスリンガーバリー・ポイントの場合――。

 日本人らしからぬ彫りの深い顔立ち。

 ウェスタンハットに防塵ぼうじんマント、カウボーイめいたファッションを着こなしており、まるで西部劇を闊歩かっぽするかのような出で立ちを好む。

 これで銃の名手だから真正しんせいのガンマンである。

 生まれたばかりのメイド人形マリオネットたちを国外に連れ出すのも時期尚早なため、こちらに非があったがバリーにはハトホル太母国へ御足労ごそくろうねがった。

 半神はんしん半馬はんば騎神きしん、ケンタウロスの肉体を持つ女性ケイラ・セントールァ。

 バリーの奥さんである彼女も同行したのだが……。

「わたしという妻がありながら……どこで不貞ふていを働いて、こんな大きな娘をこさえてきたのだ!? この甲斐性かいしょうなしの宿六やどろくがあああああッ!」

「ギャアアアアアーーースッ! カミさん、チョークチョークゥッ!?」

 最初から夫婦喧嘩のクライマックスだった。

 バリーの娘としか思えないハリー004号を目にした途端とたん、逆上してしまったケイラが事情を話す前にバリーへ襲い掛かったのだ。

 戦闘能力はバリーの方が断然高い。

 しかし、チャラいくせしてレディファーストの精神が行き届いているバリーは嫁のケイラに手を上げることはせず、一方的にやられまくっていた。ケイラもケンタウロスの体格なので物理的暴力が物凄いことになっている。

「ケイラさん落ち着いて! 話せばわかるから!」

「マムやめて! ダディは悪くないの! 悪いの全部メイド長なの!」

 ツバサとハリー004号がなだめ、聞く耳を持ってくれたケイラに事情を説明し、どったんばったん大騒ぎの末に落ち着くことができた。

 バリーがダディでケイラがマム。

 メイ003号ことイオリもそうだが、ハリー004号もモデルとなったバリーとケイラを父母と認識しているところがあるらしい。

 カイ002号はドンカイの気持ちを考えて自重したようだ。

 いきなり「あなたの娘です」って年頃の少女が名乗り出たら、未婚男性なら誰しもビックリするだろう。妻帯者さいたいしゃならば御覧の通りの修羅場である。

「……つまり、バリーオレをモデルにした人造人間アンドロイドってこと?」

 拳銃師ガンスリンガー素っ頓狂すっとんきょうな声を上げた。

 顔に蹄鉄ていてつあとがついたバリーは落ちかけたウェスタンハットを被り直すと、いぶかしげにハリー004号を観察していた。父親と認識する人物から初対面でジロジロ見つめられるハリー004号は恐縮きょうしゅくした面持ちで顔を伏せていた。

 単に恥ずかしがっているようだ。

「困るなぁ、ウィング」

 ウィングはアシュラ時代のツバサのハンドルネームだ。

 一頻ひとしきりハリー004号を見つめたバリーは、七癖ななくせであるウェスタンハットの位置を直しながらツバサへと振り返った。

 しかし、言葉の割には困ったようには見えない。

「こういうのやるならちゃんと断り入れといてくれよ……肖像権しょうぞうけん侵害しんがいってやつになんじゃねえのこれ? 現実世界リアルなら訴訟そしょう問題もんだいになりかねないぜ」

 いつも通りのヘラヘラとにやけた顔で正論を吐かれた。

「ああ、返す言葉もない……おれも監督不行き届きだった」

「申し訳ありません! 申し訳ありません! もうしません!」

 ツバサは率直そっちょくびを入れ、クロコも土下座で謝り倒す。今日ばかりは大失態だいしったいを犯したので、ウチのメイド長による土下座のオンパレードは続きそうだ。

 ハリー004号は悲しげに顔をうつむかせた。

 因子を受け継いだバリーから存在を認められないような言動げんどうを聞いたため、生まれてきたことを歓迎されていないと受け止めたのだろう。父親から直々に名付けられたミオやイオリと比較すれば悲しくもなるはずだ。

 彼女の瞳がうるもうとする寸前、その頭に何かが乗せられる。

「でも――おれの娘ならこいつ・・・が足りねぇな」

 バリーが愛用のウェスタンハットを被せてやったのだ。

 え……? と驚くハリー004号にバリーは男臭い微笑みを投げ掛ける。

 道具箱インベントリから予備の帽子を取り出すのも忘れない。

 親子でお揃いのファッションとなった。

「他人とは思えねぇし、嫁さんにも似てるし……こんな愛らしいむすめ無下むげにするのは可哀想だよな。このがここにいる以上、あれやこれや文句をぶつけるのは野暮やぼってもんだろ……なあウィング?」

 ハリー004号の肩を掴んで抱き寄せたバリーは言い切った。

 口は悪いくせに優徳ゆうとくにあふれた物言い。

 ラフなのに誠実せいじつな振る舞いをするのがバリーというおとこの魅力だ。ケイラさんもこれに当てられてイチコロだったと聞かされている。

「そう言ってくれると救われるよ……」

 ツバサやクロコではない――ハリー004号の心が救われる。

 ほとんど人間の思考回路と変わらない超AIを搭載とうさいされた彼女たちは、人間と同じように喜怒哀楽や感情も備えているのだ。真っ向から否定されたら彼女がどうなるかと心配したが、まったくの杞憂きゆうだったらしい。

 貰ったウェスタンハットをハリー004号は目深まぶかかぶる。

「……サンキュウ、ダディ」

 小さく礼を述べる彼女のほほを嬉し涙が伝っていた。

 それを見ない振りをするバリーは肩をすくめて切り返した。

「おいおい、ダディはやめてくれ。何か別の呼び方……」

「いいや、バリーおまえがダディでケイラわたしがマムだ」
「ちょっとケイラさん!?」

 父親呼びの訂正ていせいを求めようとしたバリーだったが、何故かケイラに差し止められてしまい、強引にハリー004号の両親と認定されてしまった。

 まさかの応援にハリー004号は呆然ぼうぜんとしている。

 そんな彼女の前にケイラは立つと両手を伸ばして、二人の血を受け継いだとしか思えない顔を優しく持ち上げる。自分の人型の上半身を前屈まえかがみにしてだ。

「このささやかなそばかす・・・・……幼い頃の私にそっくりだ」

 まさかそんなところまで遺伝させたのか?

 変なところしょうなクロコなら有り得ない話ではない。

 ケイラは馬体ばたいまでかがめ、愛おしげにハリー004号を抱き締める。

「さっきは無様ぶざまなところを見せて済まなかった。てっきり宿六やどろく粗相そそうをしたと早とちりしてしまってな……お詫びといってはなんだが、今日から私たちのことを父母のように思ってもいい。いや、もう正直な話なんだが……」

 本物の娘みたいで可愛い! とケイラはぶっちゃけた。

「い、いいのかい? マムのことをマムって呼んで……マムゥゥゥーッ!」

「ああ、今日からあなたはウチの子だ!」

 感極まって抱きつくハリー004号をケイラはガッシリ抱き留めた。

 何気なにげにこの人も母性本能が強かったようだ。

 おかげでバリー以上に受け入れ態勢が整っており、話がこじれずに済みそうだから助かる。奥さん公認なら愛妻家バリー追随ついずいしてくれるだろう。

 イチャイチャする母娘を傍観ぼうかんするお父さん。

 哀愁あいしゅうただよう背中越しに複雑な笑みをこちらに向けてくる。

「……ま、そんなわけでウチは大体OKよ?」

「うん、掛ける言葉も見当たらないが……すまんな。そしてありがとう」

 みっつめもったんだの挙げ句に許された。

「ダディ&マム! アタシもみんなみたいにカッコいい名前が欲しいの!」

 前例へ倣うようにハリー004号も命名を求めた。

「名前? そんじゃあ……バリーオレケイラカミさんから一字ずつとってケリィ」

 ――ケリィ・ポイントでどうだ?

「ケリィ……2人の名前から一字ずつ……うん! ありがとうダディ!」

 これを彼女は大いに気に入り、即座に改名は行われる。

 ハリー004号改め――ケリィ・ポイント。

 こうして三人目まではとどこおりなく承認しょうにんされた。

 仙道師せんどうしエンオウ・ヤマミネの場合――。

 身長190㎝の巨躯きょく天狗てんぐ末裔まつえいとされるしなやかな体躯たいく

 ツバサの後輩にして弟分であり、フライトジャケットにジーンズといったラフな格好かっこうが似合う好青年。武道家としては一流だが女子供には甘い。

 彼にも御足労ごそくろうを願い、許嫁いいなずけの魔女モミジと一緒に来てもらった。

 こと顛末てんまつを説明したのだが――。

「ツバサ先輩の認可にんかで行われたことならば俺は異論いろんなく賛成します」
「若旦那が賛成するなら許嫁いいなずけも私も右に習えで賛成です」

 無条件で許してくれる二人にツバサは困惑こんわくする。

「いや、そもそも認可してないから問題にしているのであって、本来なら俺がおまえたちに謝る事態なんだが……そこまで全肯定だと怖いな」

 この夫婦、大物になるのかも知れない。

 ツバサの後輩であるエンオウ・ヤマミネと許嫁の鬼女モミジ・タキヤシャは、蛙の王様ヌンの治める水聖国家オクトアードの客将きゃくしょうだ。

 クロコの勇み足で生まれた、エンオウをモデルとしたメイド人形マリオネット

 その件について謝罪するため来てもらったのに、ツバサへ絶対に等しい忠誠心を抱いているエンオウはあっさり許してくれた。エンオウの嫁であるモミジもオールOKの精神で認めてくれるオマケ付きだ。

 これにはエン005号も当惑しきりである。

「あの……私だけとても判定がゆるい気がするのですが……?」

「大丈夫、先の三人も一悶着ひともんちゃくあったみたいな空気だったけど、概ね問題なく認められていたから。そこのところは君もあんまり変わらないし」

 ツバサたちも話が早すぎて呆気あっけに取られていた。

 理解が早くて助かるが、あまりに拍子ひょうしけなのは否めない。

 ツバサよりも大きな体格に恵まれたエンオウは、鍛えてこそいるが普通の少女と変わらない背丈のエン005号の肩に手を乗せる。

「確かに俺とよく似た“気”マナを帯びていますし、血の繋がりを感じますが……それがツバサ先輩の助けになるなら言うことはありません」

 次にエンオウは彼女の両肩を掴み、しっかり言い聞かせていく。

「いいかい君、俺の因子を受け継ぐのならばツバサ先輩のいうことをよく聞いて、決して無礼のないようお仕えするんだよ……わかったかい?」

「……は、はい、承知いたしました父上!」

 この子はモデルとなった人物を父上と呼ぶらしい。

 いきなり父上と呼ばれたエンオウは動じることなく「うん!」と頼もしい頷きだけで返答とした。こいつの場合、アバウトなだけかも知れない。

「若旦那だけじゃなく私にそっくりなのもポイント高いです」

 エンオウの因子のみならず、その顔立ちから許嫁である自分の因子も汲み取れることにモミジもご満悦まんえつのようだ。

 エン005号を見上げながらモミジは何やら考え込んでいた。

 そして、モミジは唐突に彼女の顔を指差す。

「……でも、エン005号なんて製造ナンバーみたいな名前は良くないです。私たちの娘ですから……これからはスズカ・ヤマミネと名乗るのです」

 モミジは戸隠山とがくしやまの鬼女・紅葉もみじ

 タキヤシャは平将門たいらのまさかど遺児いじで鬼女の瀧夜叉たきやしゃひめ

 彼女たちに並ぶほど有名な鬼女として、鈴鹿すずか御前ごぜんの名前が知られている。魔女であり鬼女でもあるモミジらしいチョイスだった。

 いいですね若旦那わかだんな? とモミジはエンオウに了解りょうかいる。

「ああ、ネーミングセンスはモミジおまえの方がいいからな。俺は構わないぞ」

「え、あ、はい……よろしいのですか!?」

 命名を求める前に名前を与えられたエン005号は驚愕する。

「あ、ありがとうございます! 母上! 父上!」

 ちゃんと御礼を述べる娘に、モミジもエンオウも満足げに頷いた。

 あれよあれよという間に娘認定されて、おしかりを受けるでもなく小言こごとをもらうまでもなく、ついには名前まで授かってしまった。

 エン005号改め――スズカ・ヤマミネ。

 よっつめは前例三件を超えるスピードで解決してしまった。

 一応、エンオウたちの足下では肩身が狭そうに縮こまったクロコが土下座を続けており、「申し訳ありません!」と謝罪は繰り返していた。

 軍師ぐんしレオナルド・ワイズマンの場合――。

 アシュラ八部衆の一人にして戦女神いくさめがみミサキの師匠。

 高級将校を意識した鎧みたいに硬そうな軍服を着込み、ハリネズミ顔負けの癖の強い頭髪をオールバックにして、銀縁眼鏡を愛用する軍師を気取る男。

 口喧嘩は多いけれど、気の置けないツバサの親友でもある。

 彼をモデルにしたメイド人形はレオ001号。

 ナンバリングの番号からして、恐らくはプロトタイプの試作機だ。彼女を基準きじゅんにして残りの4体が製作されたのは想像に難くない。

 外見、容姿、能力、内包ないほうする“気”マナ

 どれをとってもレオナルドとの縁を感じさせる気配をまとう。

 ただし、それだけではない。

 外見と容姿にはクロコを始めとした爆乳特戦隊四人の因子いんしも混ぜ込んでいるらしく、レオナルドの見た目が押し負けている感があった。

 普通に爆乳美少女なのだ。

 それでも剣山みたいなバリバリの髪質は残ったらしい。あの針金みたいな剛毛の遺伝子はメチャクチャ強いようだ。

 銀縁眼鏡の似合う切れ長な双眸そうぼうも父親譲りかも知れない。

 五人のメイド人形マリオネット部隊長の中ではナンバリングも№001だが、リーダー格でもあり五人姉妹の長女的な役割を担っていた。

 彼女と対面したレオナルドがどんなリアクションを取るのか?

 クロコと一緒に開幕謝罪は確定なのだが、苦々しい顔で反応に困るレオナルドはさぞかし見物みものだろう、とツバサはこころ片隅かたすみでワクワクしていた。

 そんなわけでレオナルドも来訪らいほうしたのだが――。



「この度は俺の不用意な・・・・発言・・が大変な事態を引き起こしてしまい……」



 まことに申し訳ない! とレオナルドはおもいっきり頭を下げた。

「おまえが土下座すんのかよ!?」

 この急展開にはツバサも驚愕せざるを得なかった。

 事情はまったく読めないが、誠実せいじつさの化身けしんみたいな男が平謝ひらあやまりしているところを見るに、クロコの暴走に深く関わっているのは間違いない。

「いいえ、レオ様は悪くありません!」

 咄嗟とっさにレオナルドの隣へと移動したクロコ。

 一緒になって土下座で謝るが、この場合は愛しのレオナルドと共犯きょうはんになることで愛欲あいよくを満たそうとする魂胆こんたんが透けて見えていた。

 共犯のきずなを深めようと余計よけいな情報までつのってくる。

「私がより強力な人造人間アンドロイドを造ろうと……より神族や魔族に近い、LV999スリーナインに追いつけ追い越せというくらい力を発揮できるメイド人形マリオネットを制作しようと悩んでいた際、レオ様に相談しましたら様々な助言をいただきまして……」

 レオナルドの悪癖あくへき蘊蓄うんちくたれだ。

 ちょっと話をすれば千倍万倍の雑学をベラベラと語り始める。

 そんな男にアドバイスを求めたら徹夜で蘊蓄を聞かされること請け合いだが、彼に惚れているクロコにしてみれば願ったり叶ったりだろう。

 軍師は震える声で恐る恐る釈明しゃくめいする。

「人造人間を……この場合、神造じんぞう人間にんげんと呼ぶべきかも知れないが、そういったものを一から造るにはコストよりも研究に費やす時間が長くなりがちだ。迅速じんそくに生産ラインを整えたければ、既に最強の力を持つ戦士たちを参考さんこうにして、彼らから採取さいしゅしたデータを元にクローン的なものを製作した方が早いだろうと……」

 過去のフィクションを前例ぜんれいにクロコへ教えたらしい。

 ドンカイのくだりでも例に挙げた作品群。

 ああしたものも事細ことこまかに説明して、ついでにと情報官のアキさんに参考資料まで用意させて、ご丁寧にクロコへ渡してやったそうだ。

 とどのつまり――。



レオナルドおまえ蘊蓄うんちくが原因じゃねえかあああーッ!?」



 大激怒を再燃さいねんさせたツバサの落とす轟雷ごうらい

「申し開きもないッ! お仕置きも甘んじて受けるッッッ!」

 レオナルドは逃げも隠れもせず、技能スキルで防ぐこともなく、宣言通りにのままの自分でツバサが放ったありったけの轟雷を受け止めた。

 今回の一件、お母さんことツバサは本気で怒った。

 そして、メイド人形マリオネットたちを生み出した原因であり、お父さんも同然のレオナルドはオカン系女神から本気で怒られる結果となってしまった。

「……道理でクロコにしては手際てぎわがいいわけだ」

 ツバサは変なところで得心してしまう。

 しかしツバサほどではないにしろ、それなりに慎重派しんちょうはのレオナルドにしてはわきあまい結果とも言える。普段なら何を為出しでかすかわからないクロコに、こんな危なっかしい知識を教えたりしないと思うのだが……?

「それなんだが……お恥ずかしい話……」

 雷の直撃ですすけたレオナルドは情けなさそうに弁明する。

「俺も戦争の疲れが出たのか、戦後処理に追われて疲労が溜まってきたのか、どうにも鬱屈うっくつすることがあってな……久し振りに痛飲つういんしてたんだが……」

「酔っ払ってた時にクロコから話を振られたのか」

 神酒しんしゅこしして上機嫌のところ、気持ち良く蘊蓄うんちくを垂れ流したらしい。

「それにしては狙ったようなタイミングだな」

 この時、横で土下座していたクロコがボソリと呟く。

「ジン様に賄賂わいろを渡してレオ様の身辺を報告させた甲斐かいがありました」

「「テメエ確信犯かくしんはんじゃねえか!?」」

 ツバサとレオナルドは異口いく同音どうおんにツッコんでしまった。

「そして何やってんだ工作の変態!?」

 あのアメコミマスク野郎も後ほど呼び出して折檻だ。

 ちなみに調べさせるならレオナルドのそばにいる情報官のアキに頼んだ方が効率的なのだが、彼女もこの軍師に岡惚おかぼれしているので逆効果だ。

 仲良くしているが爆乳特戦隊は恋敵こいがたきでもある。

 ちゃんと情報を横流ししてくれるのか? そこが非常に怪しい。

 弁解したレオナルドだがひざをついたままだ。

「……しかし、アルコールに酔って多少なりとも前後ぜんご不覚ふかくだったとはいえ、クロコにらん知識を与えてしまったのは軍師たる俺の不徳ふとくいたすところ……」

「――その通りですわね」

 カツン、とヒールを鳴らしたのはレオ001号だった。

 これまでひかえていたが、自分たちが誕生した経緯けいいを聞いて黙っていられなくなったのか、カツカツとハイヒールの靴でこちらへ近付いてくる。

 彼女はレオナルドのかたわらでしゃがみ込む。

 軍師は反射的に娘のようなレオ001号を見上げていた。

「あなた様が蘊蓄うんちくにて強者きょうしゃ模造品コピーを創るアイデアを教えずとも、我々の造物主たるクロコ様もいずれ同じ考えに至ったやも知れません。ハトホル太母国にはダイン様やフミカ様といった賢神けんじんもおりますので時間の問題だったでしょう」

 レオナルドが教えずとも、他の情報源から同じアイデアに辿り着く可能性。

 遅かれ早かれ未来が集束しゅうそくした点を示唆しさされる。

「ですが、結果は同じでも踏んだ順番が違ったかも知れません」

 レオ001号はこの違いを強調した。

「愛して已まないあなた様経由の情報でなければ、クロコ様も感情を暴走させることはなく、御主人ツバサ様たちへの報連相ほうれんそう徹底てっていしてから我らの製作に取り組んだやも知れません……あくまで可能性の話に過ぎませんけどね」

 今回に関してなら、レオナルドの蘊蓄うんちく発端ほったんなのは疑いようもない。

 当人が自白じはくして懺悔ざんげしたほどの事実なのだ。

 この一点だけはくつがえしようがない。

「つまり、クロコ様が周知しゅうちへの徹底てっていを忘れたのも、無許可むきょか無認可むにんかで我々を製造されたのも、元を正せばあなた様のしくじりが大きい……」

 責任を取られるべきでは? とレオ001号は妖しい微笑で具申ぐしんする。



「私も娘として認知してくださいますよね――お父様・・・



 レオナルドはった顔で声を絞り出す。

「その理路整然とした物言い……嫌でも遺伝子の繋がりを感じてしまうよ」

 くして――レオ001号も問題なく認知された。

 この場合、最初にやらかしたのがレオナルドと判明したので、責任を取らせた意味合いが強い。後日、モデルにされた仲間たちにも謝罪させる予定だ。

「では、私も名前を頂きとうございます」

 お父さま直々に――レオ001号は清楚せいそにほくそ笑んだ。

 レオナルドは苦虫を口いっぱいに噛み潰した顔のまま名前を考える。

「名前……名前か……レオ、レオナ……だと在り来たりだから、獅子で女性に関係のある……セクメトはもう使われてるし、キュベレ……は女の子の名前としては日本人の感性だと仰々ぎょうぎょうしいし、う~ん…………エルザ」

 ――エルザ・ワイズマン。

 この名前の由来をレオナルドは簡素な蘊蓄うんちくで話す。

「昔、そう名付けられたメスライオンの記録映画があったはずだ。エルザという名はよくあるものだが……即興そっきょうながら悪くないのではないかな?」

 どうだろう? とレオナルドは提案ていあんする。

「大変よろしいかと……ありがとうございます、お父様」

 はにかむ彼女はスカートの両端りょうたんまんで瀟洒しょうしゃにお辞儀じぎした。

 これにレオナルドはぎこちない口調で答える。

「き、気に入ってもらえたなら良かったよ……お父様には慣れないけれど」

「いずれ慣れていただきますよ、お父様・・・

 エルザは獣を躾ける口調でぴしゃりと言ってのけた。

 この娘、明らかにレオナルドの因子を受け継いだ思考回路をしているだけではなく、爆乳特戦隊の恋慕する感情も受け継いでいるのではなかろうか?

 なんというかレオナルドへの執着しゅうちゃくも秘めている。

 ともかく、いつつめもこれで無事解決した。

 元を正せば、レオナルドが悪いという原因もわかってしまったが……。

 レオ001号改め――エルザ・ワイズマン。

 これにて各方面への謝罪しゃざい行脚あんぎゃもこれにて一件落着と相成あいなった。

 メイド人形部隊の再編もこれにて終了。

 一番隊 統括部隊隊長 レオ001号改め  エルザ・ワイズマン。
 二番隊 防衛部隊隊長 カイ002号改め  ミオ・ソウカイ。
 三番隊 斬り込み隊長 メイ003号改め  イオリ・テンマ。
 四番隊 火砲部隊隊長 ハリー004号改め ケリィ・ポイント。
 五番隊 近衛部隊隊長 エン005号改め  スズカ・ヤマミネ。

 以降はメイド長クロコの下に、三十人部隊が五つに分隊される。

 彼女たちにはその部隊長を務めてもらう。

 それぞれモデルとなった戦士に命名されたことで眷族けんぞくとして認定にんていされたため、部隊長たちはメイド人形マリオネットを越えた亜神族デミゴッドへと進化している。

 ちゃんと鍛えてやればLV999スリーナインも夢ではない。

 一時はどうなるかと思ったが、丸く収めることに成功



 ハトホル太母国は――予期せぬ形で戦力強化を果たすこととなった。


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