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第19章 神魔未踏のメガラニカ

第473話:戦艦、女官、ドカンポカン!

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 閃光のようなスポットライトが落ちてくる。

 辺りは真っ暗闇――微かな機械の振動音のみが響いていた。

 まぶたを閉ざしていてもわかる強烈な明度めいどだが、ツバサが瞳を開くことはない。座り心地のいい玉座ぎょくざのようなチェアに我が身を預けたままだ。

 柔らかい背もたれへ寄りかかり、背筋を反らすようにして胸を張る。

 大地母神に相応しい超爆乳を支えるため胸の下で腕を組むと、チェアに沈みそうな超安産型の巨尻のわりがいい位置を探る。

 その後、鍛えた筋肉と母なる皮下脂肪で張り詰めた太ももを組み直す。

 格好は真紅しんくのロングジャケットに黒のパンツ。

 正装な戦闘服ともいうべき衣装に身を包み、足下まで届く黒髪を流して豪勢なチェアに座る姿は、さながら女指揮官か女艦長といった有り様だ。

 ハトホル太母国 国王(女王) ツバサ・ハトホル。

 肩書きならばそれら以上である。

「……誰が女王で女指揮官で女艦長だ」

 寝言みたいなささやごえでお約束の台詞せりふを決めると、少しずつ呼吸を浅くする。日頃の疲れもあってか、このままうたた寝に落ちてしまいそうだ。

 カラン、コロン――そこへ下駄げたの音が響く。

 実際にはガラン、ゴロン、だろうか? 

 床材にありがちなリノリウムよりも遙かに堅牢けんろうかつ硬質こうしつな床を叩くのは、金属製の下駄だ。硬度も重量も鉄下駄てつげたの比ではない。

 下駄げたぬしは、ゆっくりこちらに近付いてくる。

 スポットライトに近付いて照らされるその顔は、大柄な体格に合わせてすっかり大人びたものの、まだ少年の若々しさを帯びていた。

 長くも短くもない銀髪は逆立ち、視線を読ませないサングラスを掛ける。

 鋼鉄のように強張こわばらせた表情は以前と比べてたくましくなり、全身のほとんどを機械化したサイボーグの肉体も強度と性能を上げていた。

 昔は学ランみたいなコートを羽織ったばんカラサイボーグ。

 今では妻の内助ないじょこうもあって、艦長と呼ばれるに相応しいスーツやロングコートを羽織るようになった……のだが、愛用の下駄は譲れないらしい。

 ハトホル太母国 長男 ダイン・ダイダボット。

 ついに11人にまで増えていたツバサの子供たち。その長兄ちょうけいにして長男であり、ミロとは別の意味で全幅ぜんぷく信頼しんらいを寄せている息子だ。

 ツバサとミロが不在ふざいの時――または二人に不測ふそく事態じたいがあった際。

 ハトホル太母国の全権ぜんけんはダインにゆだねられる。

 任せることができる実力と資質を備えた唯一の人材なのだ。ゆえにツバサはダインを「彼こそがハトホルの長子」と恥じらうことなく喧伝けんでんしていた。

 ダインもこれに臆することなく応えてくれる。

 その頼れる長男が、どういうわけかくもった表情を浮かべていた。

「アニキ……正直に言うてくれ」

 近頃、ダインは平気でツバサを「母ちゃん」と呼ぶ。

 幾度いくどとなく一緒に死線しせんを乗り越えたことで、本当の家族になったのだから遠慮えんりょがなくなって当然。などと当の本人はうそぶいていた。

 しかし、昔ながらに「アニキ」と呼び直すこともある。

 ツバサが男であることを思い出したかのように「アニキ」呼びしてくる時は大抵の場合、深刻しんこくな話を切り出す時だと相場が決まっていた。

 だがツバサには思い当たる節がない。

 またぞろ巨大ロボか機動兵器とかの関連で何かやらかしたか? 多重たじゅう次元じげんを貫いてすべての根源こんげんさえも穿うがつ列車砲を造った時のように……。

(※第399話~第401話参照)

 あれ以来、ツバサもそれとなく長男の動向どうこううかがうようになった。やんちゃな息子を陰ながら見守る母親の気分である。

 少なくとも物騒ぶっそうなマシンを造っていた様子はない。

「なんぞわしに隠しちゅうことはないか?」

 やらかし案件あんけんの告白ではなく、何らかの隠蔽いんぺいを疑っていた。

 長男からの疑いの眼差しに、内なる神々の乳母ハトホルがちょっと傷付いた。愛する息子に嫌疑けんぎを掛けられることに母性本能がなげきを覚えるようだ。

 それを理性と男心で封じたツバサは淡々たんたんと問い返す。

母親おれ長男おまえに嘘をついたことがあったか?」

「うんにゃ、覚えちゅう限りじゃない……やけんど、恥ずかしさから誤魔化したりはぐらかしたことはようけあったじゃろ」

 ギクリ、身震いしたツバサは乳や尻の肉を震わせる。

 女体化したこと絡みでからかわれるのが嫌なので、そういうたぐいの話題から話をらしたことはあった。残念ながら否定できない。

 ダインは照準を合わせるように眼光をギラつかせる。

「アニキ……またデカくなった・・・・・・じゃろ?」

「デッ……デカくなってない! バストもヒップもサイズは据え置きだ!」

 長男からの問いにツバサは音速マッハで即答した。

 恥ずかしさを覆い隠すべく反論はんろん弾幕だんまくを張り巡らす。

「た、確かにハトホルミルクが堪りすぎてまたブラがキツくなったかなー? って焦る時もあるけど、あくまで許容きょよう範囲はんいでまだMカップに収まるし! ショーツも尻や太ももに食い込みそうだけどまだ誤差ごさ範囲はんいだし!」

 おっぱいもお尻も――デカくなってない!

 少々自爆した発言も飛び出したが、ツバサは言い訳も力説する。

「ちゃんと服飾師ドレスメイカー師弟していコンビのホクトさんとハルカにも了解得てるし! まだ俺はMカップで下着類や服のサイズを上げることないって!」

 ツバサはこれまでの落ち着きをかなぐり捨てて、眼を剥くと肩を怒らせて大口でがなり立て、女性として発育してないむねを主張した。

 これにダインは「おんや?」と不思議そうに首を傾げる。

「何を言うゆうがじゃ? 誰も乳や尻の話なんぞしとらんぜよ」

 バチリ、と火花を散らして機械の指先が鳴る。

 次の瞬間、暗闇に無数の赤い電光が一斉に灯った。

REDレッド ALERTアラート!』『危険領域到達!』『OVERオーバー FLOWフロウ!』『OVERオーバー DRIVEドライブ!』『いっぱいいっぱいです!』『許容量限界突破!』『エンジン臨界超過!』『もう無理です!』『勘弁してください!』『強すぎます!』

 真っ赤に染まるのは、警告を知らせる電子表示の数々。

 どぎつい赤色灯せきしょくとうが回転して暗闇を陰気に照らす。

 非日常な風景が焦燥感しょうそうかんをザワつかせる。

『エンジンフル稼働かどうさせても追いつきません!』
『レッドゾーン2000%超過ちょうか! 動力炉どうりょくろ溶融ようゆう寸前です!』

 中空に文字を浮かべるモニタースクリーンがいくつも展開されていく。

 飛行ひこう母艦ぼかん――ハトホルフリート。

 ハトホル一家ファミリー旗艦きかんともういうべき戦艦の艦橋かんきょう

 その艦長席に座るツバサのかたわらに立ったダインは、艦橋を埋め尽くす勢いで次から次と現れる警告の文字を指差しながら叱責しっせきをぶつけてくる。

 家族だからこそ遠慮なくだ。

パワーが・・・デカくなった・・・・・・ら教えちょうよ!?」

 飛行ハトホル母艦フリートが保たん! とダインは泣きそうな声で怒鳴ってきた。

「エネルギーもパワーも以前のアニキと比較にならん! 神々の乳母ハトホルのエネルギーを使うとる動力炉が受け止めきれんようになっちょうぜよ!」

 長男の必死な訴えにツバサは唖然あぜんとする。

「……あ、そっち?」 

 両手で前より大きくなった乳房を庇うように支えるツバサは、想像していたのとは違う追求に、目をパチクリさせて情けない愛想笑いを浮かべた。

 一方、ダインはガチ切れ待ったなしである。

 基本的に気のいい大らかな性格の長男ダインが、彼なりに尊敬する母親ツバサへここまでの怒りを露わにするのは珍しい。本気で怒っているのだろう。

 自身の手掛けた機械マシンに惜しみない愛情を注ぐおとこ

 そんな彼にしてみれば、手塩に掛けて建造してきた飛行ハトホル母艦フリートがツバサの不首尾ふしゅびで壊れそうになっているのが我慢ならないに違いない。

 ズン! とダインはいつにない迫力でツバサににじりってくる。

「なんでそんな強うなったか……聞かせてもらうぜよ?」

 まさか長男に気圧けおされる日が来るとは思わず、ツバサは半笑いのまま涙目になって艦長席からずり落ちそうになった。

「……は、はい」

 すんませんした! と母の威厳いげんを忘れて謝罪しゃざいする。

 負うた子に背負われるとはこのような気持ちなのか……とオカン系女神の感傷かんしょうがしみじみ湧いてくるが、いつものように男心が騒ぎ出す。

「誰が負うた子に背負われる母親だ!?」

「逆ギレで誤魔化せる思うな! さ、デカうなった理由を白状せぇ!」

「ひ、ひぃっ!?」

 またダインに叱られたツバサは小さく悲鳴を上げて逃げ腰になる。思わず涙目になると頭を抱えて女の子みたいに縮こまってしまう。

 内なる神々の乳母ハトホルが長男に怒られて萎縮いしゅくしてしまったようだ。

「は、はいぃ! ごめんなさぁい!」

 小娘みたいに泣きそうな裏声で謝り倒すしかない。

   ~~~~~~~~~~~~

 五神ごしん同盟どうめい会議かいぎは先日のこと――無事閉会を迎えられた。

 いくつかの議題は特にこじれることなく採決され、会議の大半は最大さいだい懸念けねんであった南方大陸と外なる神アウターゴッドへの対策について話し合われることとなった。

 破壊神戦争が終結しゅうけつしてもう半月はんつきは経とうとしている。

 ロンドの予言めいた遺言では『一年……いや半年で南方が落ちる』と確約かくやくするような言い方をしているが、猶予ゆうよ期間きかんを短めに区切り直していた。

 一年放置すればアウト、半年でギリギリセーフ。

 証拠も確証もない雲を掴むような証言だ。

 それでも延世えんせいかみとして、真なる世界ファンタジアが続くことを祝ってくれたロンドの言葉を信じることにした。ここら辺の論証ろんしょうには置き土産・・・・の存在が働いた。

 聖賢師リシノラシンハの孫――チャナ。

 黄金の起源龍オリジン――エルドラント。

 彼女たちの誕生や復活にロンドが関わっていたことが判明し、「本当に破壊神でもなく創造神でもなく延世の神になったんだな」と納得されたのだ。

 彼の遺言を信じれば、タイムリミットは約半年。

 急いで現地に赴きたいのは山々だが、先の戦争を終えたばかりで誰もが心身共に落ち着いていなかった。人によっては疲れも取れていない。

 何より、やっと戦後処理も終えたばかり。

 そこで――三ヶ月を目処めどとした。

 三ヶ月後、五神同盟の先遣隊せんけんたいを南方大陸へ派遣はけんする。

 今回は威力偵察などという様子見ようすみはしない

 最初から最高戦力を選抜し、南方大陸から真なる世界ファンタジアむしばもうとする蕃神ばんしんを叩くつもりだった。先遣隊というより遠征えんせいである。

 三ヶ月はそのための準備期間だ。

 まずは先の大戦争での疲れをしっかりいやして、各陣営の主力を万全に整える。まだLV999スリーナインに到達していない者の育成や、新たな仲間探しなどで戦力を拡充かくじゅうも進めていく。各国の防衛ぼうえいに関しても再検討さいけんとうしなければならなかった。

 南方大陸へ遠征中、別勢力に襲われないとも限らない。

 外なる神アウターゴッドとは別の蕃神ばんしん……それこそ祭司長さいしちょうが「忠告したはずだぞ?」と無視された事への腹いせに攻め込んでくるかも知れない。

 突然ドラクルンが攻めてくる可能性も捨てきれなかった。

 あちらの状況がわからない以上、ツバサたちが南方大陸での案件に佳境かきょうを迎えた頃に「手が空いたから宣戦布告!」とか仕掛けてくることも十分にあり得る。何が起こるかわからないから、あらゆる事態を想定しておくべきだ。

 手付かずの北東大陸から新勢力がやってくるかも知れない。

 世に不安の種は尽きまじ――というやつだ。

(※正しい出典は「浜の真砂まさごは尽きるとも世に盗人ぬすびとの種は尽きまじ」という短歌。天下の大泥棒、石川いしかわ五右衛門ごえもん辞世じせいとされている。海辺の浜からすべての砂がなくなっても自分のように泥棒をするものは後を立たない、という意味)

 多種多様な危険性に備えるためにも、戦争の時よりも強固な防衛力を用意しておかなければならない。やり過ぎて困るともないから尚更だ。

 そして、南方大陸への“脚”あしも必要となる。

 横綱ドンカイが南海を乗り越えて南方大陸へ辿り着くまで約四日。

 移動速度に秀でた職能ロールでこそないが、LV999スリーナインの彼でも全速力の飛行系技能スキルで飛んで四日は掛かるのだから、相当な距離があるのは間違いない。

 現地まで運んでくれる乗り物は必須ひっすとなるだろう。

 伝手つてのない南方大陸での足掛かり、現場での“足場”にして“前線基地”としても使えれば言うことなしだった。

 そこで白羽の矢が立ったのが飛行母艦ハトホルフリートだ。

 ククルカン陣営やイシュタル陣営でも専用の飛行艦ひこうかんを建設中であり、稼働できる艦ならばチューンナップした天梯てんてい方舟はこぶね“クロムレック”もある。六艦ある偵察艦ていさつかんメンヒルⅠからⅦは母艦ぼかんとするにはいささ心許こころもとないが……。

(※偵察艦メンヒルは現実で言えば駆逐艦くちくかんレベルの艦)

 ――艦隊を組んでの遠征えんせいもアリなのでは?

 ヒデヨシを筆頭ひっとうとする工作者クラフターぜいからそんな意見も上がっており、各代表も戦力の数が増えてきたので良いのでは? と検討けんとう余地よちがあった。

 艦隊を組む際、旗艦きかんとなるのがハトホルフリートである。

 破壊神ロンドとの戦争でも序盤に最悪にしてバッド・絶死をもたらデッド・す終焉エンズの拠点を砲撃で吹き飛ばしたり、恐ろしい巨人を操る終焉者エンズロキと激闘を繰り広げたりと、八面はちめん六臂ろっぴの活躍振りを見せてくれたハトホルフリート。

 そのため、艦体は中破以上大破未満の損傷そんしょうこうむっていた。

 南方大陸でも出番が期待されているなら、いっそのこと改修かいしゅうも兼ねたオーバーホールをしよう……というのが製作者ダインの意見である。

 ツバサたちはその改修作業に付き合っていた。

「兄貴も知っての通り、こんふねはみんなの力を借りて動いちょる」

 ガン、とダインの下駄げた鉄橋てっきょうを踏み鳴らす。

 ここはハトホル太母国拠点――その上空に浮かぶ浮遊島ふゆうとう

 移動要塞ハトホルベースと名付けられた空に浮くこの島には、守護妖精スプリガン族が常駐じょうちゅうしている。彼らが護ってきた天梯てんてい方舟はこぶねやメンヒル型偵察艦などの飛空ひくう艦艇かんていが空の港に停泊ていはくしており、ハトホルフリートも例外ではない。

 もう一隻、万能工作艦アメノイワフネという特殊艦とくしゅかん停泊中ていはくちゅうである。

 浮遊島には要塞の名に恥じない様々な施設が揃っていた。

 そのひとつが飛空ひくう艦艇かんていのための船渠ドック

 建造、整備、改修……何でもござれの大型おおがた船渠ドックが完備されている。

 飛行ハトホル母艦フリートはそこで艦体を一から組み立て直す勢いでオーバーホールされている真っ最中だった。真っ赤に焼け付いた動力炉どうりょくろも剥き出しにされている。

 作業に勤しむのはダイン謹製の整備用ロボットたち。

 人型タイプから機能重視タイプまで総じてコミカルなデザインが多く、人間みたいに元気な声を掛け合いながら仕事に励んでいた。

 ハトホルフリートの艦橋かんきょうから出てきた二人。

 艦体の改修作業が一望いちぼうできる、船渠せんきょ天井てんじょうけられた金網の鉄橋。

 そこで作業工程を見守りながらダインは話を続けた。

ふねの艦体制御にゃダインわしの巨大ロボを自身のように操作する能力、レーダー感知や探索に情報システムにゃフミカフミィの能力、防御スクリーンや結界による防衛システムにゃマリナちゃんの能力、いざって時の出力ブーストにゃあミロちゃんの何でもできる過大能力オーバードゥーイング……そういったもんの力を借りちょる」

 それぞれの過大能力オーバードゥーイング技能スキル龍宝石ドラゴンティアに宿して運用していた。

 龍宝石は宿した力を貯蓄ちょちく増幅ぞうふくする。例えその力を使い切ってもわずかに力を残しておけば、時間経過で回復するのでまた使える。

 例えるならば無償むしょうの自家発電能力を備えた蓄電池ちくでんちだ。

 火、雷、風、水 気体ガス……そして“気”マナ

 あらゆる“力”を増大させる究極の増幅器ブースターツールである。

「……そして、ハトホルフリートのメインエンジンを動かす動力炉には、大自然の無限エネルギー増殖炉となれる神々の乳母ハトホルの能力が宿っている……と」

 ガン、と下駄げたを鳴らしてダインがこちらに振り返る。

「そうじゃ。今まででも兄貴が怒りで天元てんげん突破とっぱして1000%の力を発揮しようと耐えられる設計しとったちゅうんに……ッ!」

 ――で2000%を超えるたぁどういう了見りょうけんじゃ!?

「テンション次第では1万%を越えかねん……どうなっとるんじゃ一体!?」

 母親を問い詰める長男のテンションもMAXだった。

 大型おおがた船渠ドックに鳴り響くダインの怒号どごう

 間近まぢかで浴びると音圧だけで鋼板こうばんでもぶち破りそうな威力だ。ツバサの長い黒髪が後ろへと棚引たなびき、両手で顔を庇うほどの風圧に押し負けてしまう。

 ……確実にダインこいつも強くなっている。

 そのことに師匠として鍛えてきたツバサの男心は嬉しく思うものの、我が子として愛してきた母性本能である神々の乳母ハトホルは悲しんでいた。

 息子に叱られるなんて母親失格! みたいな心境らしい。

「いや、それは本当に悪かったよ……ゴメンな」

 ツバサも影響を受けて気落ちして、かた眉尻まゆじりを一緒に落としてしまう。笑顔を浮かべる愛想あいそもなく、素直に反省の色を浮かべた。

 バツが悪そうに黒髪を手櫛てぐしで整えながら弁明べんめいする。

「隠していたつもりはないし、わかる人には一目瞭然だったから話さなかったんだが……あんまり大っぴらにしたくなかったっていうのが本音でな」

LV999スリーナイン突破――所謂いわゆるレベルキャップの解放じゃな」

 艦橋かんきょうからこの鉄橋までの道すがら、謝罪の弁を繰り返すとともに釈明しゃくめいさせてもらったので、物わかりのいいダインはすぐ理解してくれた。

「……誰にも言うなよ?」

 声を潜めたツバサは人差し指を唇に押し当てる。

「わあった、誰にも言わんきに……フン!」

 まだ憤懣ふんまんやるかたない様子のダインだが、蒸気スチームのような鼻息を噴き出すと言いたいことを飲み込んでくれたらしい。不承不承ふしょうぶしょうながら頷いてくれた。

 ダインは機械化した腕を組んで整備中のふねを見下ろす。

「兄貴んパワーがデカくなった分、動力炉の出力も一気に底上げできれば艦の全出力が鰻登うなぎのぼりんなる……じゃが、そん上昇率が桁違けたちがいじゃて動力炉から全システムまで一から組み直しじゃ。外装がいそうやら兵装へいそうの調整も見直さにゃならん」

 はあ、とダインは残った怒気どきを吐き出すようにため息をついた。

 オーバーホールどころの話ではないという。

 改修を兼ねた解体整備のはずが一気に仕事量が増えたらしい。

 ――飛行ハトホル母艦フリートを一から造り直す。

 ツバサのせいでそれほどの難度なんどになってしまったようだ。

 ダインは増えた仕事や手間に怒っているのではない。暇さえあれば拠点の増築や物作りに勤しむ彼にすれば、艦のパワーアップイベントのようなもの。

 本来ならば喜んで取り組んだはずである。

 だが、今回ばかりははらえかねているようだ。

 ツバサがレベルキャップ解放を内緒にしたため、艦へのエネルギー供給きょうきゅうに異常を引き起こさせて艦体かんたいを壊しかけたことが原因だった。

 自ら「快心かいしん出来でき!」と誇れる、真心込めて建造した愛機マシン

 それを壊されかけたことに怒っているのだ。

 漫画かアニメで似たようなキャラがいたのを思い出す。

 確か――主人公の使う刀を鍛える刀鍛冶。

 主人公が強敵と激しい戦いを繰り広げ、刀を折ったり無くしたり刃毀はこぼれさせたりする度、我を忘れて激怒に駆られるような人物だったと思う。

 自らが手掛けた作品を愛して已まない。

 心境的にダインの怒りもそれに近いのだろう。

 今回ばかりはツバサに非があるので、全面的に誤りを認めて真摯しんしに謝罪するしかない。いつもお説教をしているのに立場が逆転してしまった。

「もう新造艦しんぞうかん建造けんぞうするか、魔改造レベルの大規模だいきぼ改修かいしゅう前提ぜんていぜよ」

 うらぶしみたいな愚痴ぐちが止まらない。

 ダインにしては珍しいが、これも彼のあるべき一面なので受け止める。思い返してみれば、ツバサが我が家マイホームを壊した時も陰でメチャクチャ怒られた。

 使い込むことで製作した物が痛むのは仕方のないこと。

 しかし無意味に壊されてはいい顔をしない。工作者クラフターとして正当に怒る。

 当たり前と言えば当たり前だった。

「だから本気マジでゴメンて……あんまりいじめてくれるなよ」

 いつになくショボンとする肩身の狭いツバサを横目にすると、さすがに言い過ぎたかと反省してくれたのか、ダインの声から怒気どきけた。

「しっかしレベルキャップ解放か……まだ高みん目指せるとはなぁ」

 思いも寄らんかったわ、とダインは天を仰いで感心する。

「くどいようだけど吹聴ふいちょうしてくれるなよ? 特にまだLV999スリーナインになってない子供たちや、LV999になって間もない連中にはな」

 箝口令かんこうれいを敷くようにツバサは再び人差し指を唇に立てた。

「やけに念が入ってるのぉ……なんでじゃ?」

 こちらに振り向いたダインは怪訝けげんそうにいてくる。

 前提として自分の考えも話してくれた。

LV999スリーナインんより先があるちゅうんなら、情報共有してみんなまとめて強うなった方がえいんじゃなかか? そないひた隠しにせんでも……」

LV999スリーナイン到達・・するのと超越・・するのとでは話が違う」

 ダインの意見を遮るようにツバサは断言した。

 これまで長男に叱られっぱなしの母親だったが、ここで主導権しゅどうけんを取り戻すようにオカンの威厳たっぷりなお説教モードへ切り替えていく。

「LV999まではVRMMORPGアルマゲドンから引き継いできたステータスのおかげで、どんなアンポンタンだろうと知ることはできる。しかし、LV999の領域まで辿り着けるほど己を高められるのはほんの一握りだ」

 既にLV999となった先達せんだつ指導しどうを受ければ、時間は掛かるがその領域に手が届くかも知れない。人によっては何年何十年と掛かるが……。

「だが、レベルキャップ解放は次元が異なる」



  ――状態確認の枠ステータス強さの位階レベル



 これらはプレイヤーの強さへの向上心こうじょうしんきつける祝福であると同時に、基礎能力のバロメーターを数値によって惑わせる呪縛でもあるのだ。

「この呪縛……というより卵の殻かな」

 例えるなら、とツバサは胸の前で手を合わせる。てのひらに収まる程度の卵をイメージして、やんわり包むようなジェスチャーで表してみた。

 卵の内に眠る未知の可能性を抱くように――。

「今まで俺たちはVRMMORPGアルマゲドンの運営から与えられた、祝福であり呪縛である卵の中にいた……この殻は外から叩かれて破れるものじゃない。まず殻があることに気付いて、自ら打ち破ろうとする決意に目覚めなきゃいけないんだ」

「自覚せえ――ちゅうことじゃろうか?」

 それでいい、とツバサはダインの解釈かいしゃくを認めてやる。

「どんなに言葉でいたところで、自覚しない者にこの卵の殻は感じられない。ステータスやレベルの楽さにどっぷりかっているならなおのことだ。卵の中の羊水ようすいが気持ちよすぎて出てこようとすら思わないだろう」

生温なまぬるい温泉みたいなもんじゃな」

 上手うま比喩ひゆ表現ひょうげんだと思う。あれも一度かると出ようと思わなくなる。ツバサ的にはぬるま湯というのは地獄みたいなものだと考えていた。

 ハマったが最後――抜け出せない。

「教えたところで意味がない。もし口頭こうとうで伝えて意識することができる者がいたならば、そいつは見込みがある……反面、LV999スリーナインになるどころじゃない苦難まで予感してしまい、悪い意味で障害しょうがいとなりかねん」

 それはやる気を減退げんたいさせり、成長の鈍化どんかを誘いかねなかった。

「プレッシャーが成績に影響するみたいなもんさ」

「しかもダイレクトに効きそうぜよ」

 肩をすくめてお手上げのポーズを見せるツバサに、ダインも感心するように頷きを繰り返した。どうやら納得してくれたようだ。

「レベルキャップの解放は強制できるものじゃない。自分の意志で突破したい、成長したい……このからを破らなければ! という決心が欠かせないんだ」

 ――だから公言こうげんせずに沈黙ちんもくを守れ。

 ツバサは三度、立てた人差し指を女神の唇に押し当てた。

 サイボーグの腕を組んだまま「うぅむ……」と難しそうな声で唸るダインは、頭を振り回して悩んだ挙げ句、一番気になることを尋ねてくる。

「……わしはいいんか?」

 恐る恐るといった感じでダインは自分を指差す。

 戦艦のメンテナンスという形で、偶発的ぐうはつてきにツバサがレベルキャップ解放に達していたことを把握した。それがズルのようだと危惧きぐしたらしい。

 愚直ぐちょくな捉え方をする息子にツバサは呆れながらも微笑んだ。

 いいんだ、とツバサは即答する。

ダインおまえ工作者クラフターの観点から、ツバサおれ状態確認の枠ステータス強さの位階レベルから解き放たれたことを知った。自力で読み解いたのとなんら変わらない」

 実際、ツバサがレベル上限の枠を越えた事実を知る者はいる。

 まずミロは気付いているし、剣豪セイメイや横綱ドンカイに軍師レオナルドも口には出さないがツバサの力が増大したことを察していた。

 歴戦の猛者ほど肌で感じている。

 また内在異性具現化者アニマ・アニムスは全員勘付いていた。

 明言こそしないが、暗に含めるような視線で訴えかけられている。

『ツバサさん……いえ先生、それ・・どうやったんですか!?』

 唯一ミサキ君だけがストレートにぶっ込んできた。よほど羨ましくて憧れてくれたのか、真正直に問い掛けてくるところに可愛げがあった。

 心を鬼にして「自力で頑張れ!」と答えるのがどれほど辛かったか……ッ!

 目に掛けた長男ダインも彼らと同じ感性を磨いてくれたこと。

 何よりこれを喜ばしく思っている。

「どんな手段や方法であれ、俺のレベルキャップ解放に気付いたのは事実。そして、おまえはそれを別に屁とも思っていない」

 LV999スリーナインで満足するタマじゃあるまい? とツバサはめつける。

 母たる獅子が我が子を千尋せんじんたにに突き落として、這い上がってきた子供のみを育てるような迫力で長男に申しつけていく。

「並みの奴なら知った時点で挫折ざせつしてるさ……おまえは大丈夫」

 ――ちゃっちゃと追いついてくれよ?

 既に到達した高みから誘うようにツバサは微笑みかけた。ダインはこちらの気持ちに応えるべく、歯を剥いた勝ち気な笑顔で返してくる。

「……ハッ、買い被りすぎじゃ母ちゃん」

「誰が母ちゃんだ」

 呼び方が“母ちゃん”に戻ったところで、ツバサは笑いながらダインの頭を軽く小突いてやった。ガイン! と金属を叩くみたいな手応えがある。

 そこへ鉄橋てっきょうを踏む小さな足音が近付いてきた。

「あ、ツバサさんとダインも終わったー? こっちも終わったよー」
「ダイちゃん、バサママ、お疲れッス」
「センセイ、ダインさん、お待たせしましたー!」

 口々に自由な声を上げながら娘たちがこちらにやってくる。

 ハトホル太母国 長女 ミロ・カエサルトゥス。
 ハトホル太母国 次女 フミカ・ライブラトート。
 ハトホル太母国 五女 マリナ・マルガリーテ。

 ミロはブルードレスにロングカーディガンを羽織った姫騎士姿。

 フミカは露出度の高いアラビアンな踊り子風衣装。

 マリナは王女様を彷彿ほうふつとさせるドレスに、大きな王冠型の帽子を被る。

 移動要塞でもある浮遊島はハトホル太母国内にあるので安全だが、今日は真剣に取り組む必要があるため、戦闘服を兼ねた正装に着替えさせていた。

 彼女たちも飛行ハトホル母艦フリートのオーバーホールに参加していたのだ。

 ツバサやダインは艦橋で作業していたが、ミロとマリナはフミカと一緒に機関室でシステム調整などを行っていた。

 前述ぜんじゅつとおり、飛行母艦は複数の神族の“力”で成り立っている。

 製作者であるダインは操縦や火器かき管制かんせい、ツバサは有り余るパワーで動力源とメインエンジン、フミカは情報管制やレーダー系統けいとう、マリナは防御スクリーンを始めとした艦体の防衛ぼうえい能力のうりょく、ミロの能力は主にブースト補助ほじょだ。

 ツバサ、ミロ、マリナ、ダイン、フミカ。

 飛行母艦ハトホルフリートの全機能は、ハトホル一家ファミリーの初期メンバーであるこの五人の能力が集結したものだった。

 それをネジの一本に至るまで分解して整備し、再び組み立て直す。

 神族となった天才工作者クラフターダインならば朝飯前だ。

 それでもツバサたちの能力を宿した龍宝石ドラゴンティアの調整となれば話が違う。

 能力を読み込んで機械的に動作させるシステムの連携れんけいを再確認したりメンテナンスするためには、その能力を宿した者の協力が必要不可欠だった。何故なら上記五人のメンバーは乗艦するだけで能力の供給きょうきゅうが行われるからだ。

 別に飛行母艦にエネルギーを吸われわるけではない。

 ツバサたちがふねに乗れば自動的に検知けんちされ、余剰的よじょうてきにあふれる能力の余波よはが艦の各部にある龍宝石ドラゴンティア貯蓄ちょちくされるだけである。

 急ぎの時は一気に力を注ぎ込み、強制的に賦活ふかつさせることも可能。

 つまり、飛行ハトホル母艦フリート基礎きそとなるツバサたちの能力と、艦の性能は密接みっせつにリンクしているため、オーバーホールともなれば調整が欠かせないわけだ。

「……んで、動力炉がイカレかけたわけじゃがな」

 レベルキャップ開放のせいで爆上がりしたツバサのパワーを動力炉で受け止めきれず、あわや暴発しかけたことをまだダインは根に持っていた。

 組んだ腕の指先が苛立いらだたしげに揺れている。

「もう許して……あんまりお母さんをイジメないで……」

 鬼の形相でこちらを見つめる長男ダインに合わせる顔がない母親ツバサは、両手で顔を覆おうと啜り泣く振りをしてそっぽを向いた。反省はしているのだ。

「ちょっとちょっとダイン、なにツバサさん泣かせてんのよー?」

「泣かせちょらん、猛省もうせいしてもろただけじゃ」

 ミロはダインがツバサを泣かせたと勘違いをして、人差し指を向けたままツカツカと詰め寄るが、長男は何処吹く風で明後日あさっての方を向いた。

「あれ? いつもと逆じゃあ……? センセイ、大丈夫ですか?」

 マリナはツバサを慰めるべく抱きついてきた。

 そのまま超爆乳の下に収まり、王冠帽子を取ってその小振りな頭でツバサの重すぎる乳房を支えてくれる。最近、この体勢が楽だから困りものだ。

「ま、なんにせよ……パワーアップはいいことじゃ」

 ふぅ、とダインは溜め息をつく。

 そこには気持ちを切り替えるポジティブさが息衝いきづいていた。

 フミィ、とダインは恋女房こいにょうぼうへ相談するべく振り返る。

「当初の計画から変更じゃ。さい穿うがつオーバーホールがてら、艦全体の改修作業もおこなう。システム面でもすべて大幅な見直しにゃならん」

 付き合っとうせ、とダインはフミカに頼んだ。

 分解整備オーバーホールのみと聞いていたフミカは一瞬「へ?」と驚いた顔をするものの、ダインの指示に間違いはないと信じて、すぐに指でOKサインを返した。

「構わないッスけど……改修て具体的に何をするんスか?」

「艦の性能をすべてぶち上げる」

 前からやってみたかったことじゃ、とダインは内なる計画を明かす。

「今まではダインわしフミカフミィツバサかあちゃん、ミロちゃん、マリナちゃん、この五人の過大能力で取り回してきたが……この際じゃ、ハトホル一家ファミリー全員の過大能力オーバードゥーイングを組み込んで、戦艦としての攻撃力や防衛力をより一層高めるぜよ」

 具体例といくつか挙げるとすれば――。

 横綱ドンカイの過大能力――【大洋と大海ミキシング・を攪拌せしオーシャンズ轟腕】・アーム

 大海と繋がる豪腕はあらゆる流れを操れる。

 この能力を応用して防御スクリーンに豪速ごうそくの流れを生じさせることで、攻撃を受け流すように弾いたりもできるし、気流の流れを操作することでより高速飛行を可能とするかも知れない。

 剣豪セイメイの過大能力――【遍く万物オールシングを斬り・スレイ・絶つ一太刀】デストロイヤー

 断ち斬ったものをちりになるまで滅ぼす太刀筋たちすじ

 この能力の効果をレーザー砲などの火器に組み込めば、命中すればどんな防御力の高い艦載機や敵艦であろうと撃墜また撃沈できるだろう。

 筋肉娘トモエの過大能力――【加速を超えアクセル・オーた加速の果て】バー・アクセル

 限界を超えて果てしなく加速を続ける能力。

 これはもう言わずもがな、艦のスピードアップに貢献こうけんしてくれる。

 聖賢師リシノラシンハの固有能力――【三世を見渡す神眼】トリヴィクラマ
(※彼の能力は過大能力に非ず、似て非なる覚醒能力)

 過去、現在、未来、即ち三世さんぜを自由自在に見通せる遠隔視えんかくし能力。

 千里眼せんりがんでもあるこの能力は、艦の周辺状況を把握するレーダーシステムの向上に役立つはずだ。敵の弾道予測などの精度も高まるだろう。

「……とまあ、こんな具合じゃな」

 勿論、他の家族ファミリー過大能力オーバードゥーイングも搭載する予定だという。

 フミカはダインの計画を一言一句漏らさず【魔導書】グリモワールに記録すると、読み込んでから内助ないじょこうとしての感想を述べる。

「プラン自体は問題ないし、家族も協力してくれるとは思うんスけど……これ性能面で問題ありじゃないッスか? 激しい戦闘に突入した場合、その時に艦にいない家族の性能は目減りで下がっちゃうって試算しさんされるんスけど……」

 龍宝石ドラゴンティアに宿したエネルギーは使えば消費する。

 わずかでも残っていれば時間経過に応じて回復するが、高速再生というわけにはいかない。ただし、力の持ち主が乗艦じょうかんしていれば話が別だ。

 先ほど述べた通り、当人が力を注ぐように龍宝石ドラゴンティア補充ほじゅうすればいい。

 家族の過大能力を搭載させるのはいい案だが、それに依存いぞんしていると非常時に困るのではないか? と明晰めいせきなフミカは案じているのだ。

 心配無用じゃ、とダインは力強い声で答える。

「そこをまかなえる算段さんだんがついたんじゃ……のう、母ちゃん?」

 ダインは意地悪な笑顔をツバサに見せつける。

 なるほど――ツバサの“力”で補うつもりらしい。

 レベルキャップ開放により従来の何乗倍なんじょうばいにも上昇した神々の乳母ハトホルの力。それは無限大のパワーを生み出す、大自然由来のエネルギー増殖炉ぞうしょくろだ。

 今までと同じつもりで飛行ハトホル母艦フリート供給きょうきゅうしたらエラいことになった。

 なのでダインは動力炉の規格きかくを上げつつ、それでも駄々余だだあまりするエネルギーを他へ回すことで折り合いを付けようとしているのだ。あれだけ莫大なパワーがあれば、家族の力を借りて多機能になった分も補填ほてんできるはずだ。

 最悪、ツバサが艦長として乗るだけで十全じゅうぜんな能力を発揮するだろう。

 ダインのみならず――彼の建造した機動兵器も強くなる。

 ピンチはチャンスなんて言葉もあるが、暴発しかけたツバサの“力”に腹を立てるばかりではなく、ちゃんと活用方法を見出してくれた。

 尽きることのない創意工夫からは、たくましい向上心こうじょうしんを汲み取れる。

「……誰が母ちゃんだよ」

 長男ダインの更なる成長に期待するツバサは決め台詞を柔らかく返した。

 乳房の下にいるマリナのほっぺを愛でる。鉄橋てっきょうの下を覗けば、大型おおがた船渠ドックに横たわって整備ロボたちの手で修理されていく飛行ハトホル母艦フリート

 その様子を見下ろしたツバサは「やれやれ」と言いたげに呟いた。

「しかし……そろそろ宇宙戦艦にでもなりそうな勢いだな」

「……え?」

 意表を突かれた声を漏らしたのはダインだった。

「「「…………え?」」」

 オウム返しで同じ声を上げたのはツバサ、ミロ、マリナ。フミカのみ「……あ」と気まずい声だが、素知らぬ顔でくうを見つめると口笛を吹いていた。

 すぐさまツバサは準備を始める。

 まずマリナを胸の下から優しく追い出す。

 次にダインへと近寄り、おもいっきりしなだれかかった。

 超爆乳をサービスといわんばかりに押し付けると、普段なら絶対に出すこともない甘ったるい猫撫ねこなごえで長男に絡んでいく。

「ダインくぅ~ん? どういうことかなぁ~? お母さんに話してみ?」

「ちょう待っちょ……乳がももが! 柔らかいとこ全部当たっちょるがな!?」

 当ててんだよ、とツバサはニヒルに笑いながら続ける。

「まさかうのむかしに宇宙戦艦レベルになってて、それを母親オカンに報告してない……なんてぼんミスやらかしてないよな? さっきのは俺のポカだけど、今度のこれはいつからほったからしの話なんだ? 報連相ほうれんそうはどこ行ったよおい?」

「か、堪忍かんにんじゃ母ちゃん……いやさアニキぃぃぃーッ!?」

 都合の悪い時だけアニキ呼びとは恐れ入る。

 このメカ息子、未だに妻としてめとった次女フミカ以外への女性に対する免疫めんえきというものがない。だから、女の色香で迫ると折檻せっかんになるのだ。

 幸か不幸か、神々の乳母ハトホルのおかげで息子も愛でられる。

 ダインに女が寄りつくと悋気りんきから即席メンヘラになりかねないフミカも、ツバサのこれ・・は母からのスキンシップと判定するのでノーカウント。

 おかげでお仕置きのバリエーションが増えた。

「ほら言え、吐け、いつからハトホルフリートは宇宙戦艦だったんだよ?」

 乳房の谷間に顔をうずめたダインは白状する。

「ううっ、ほ……穂村組ほむらぐみ小競こぜりいする前くらいから……」

「もう随分ずいぶんと前じゃねえか!?」

 その後も乳房でサンドイッチしてやったり、ムチムチの太ももを両足に絡めさせたりと、色気の拷問でダインから根掘り葉掘り聞き出していく。

 その結果――判明した事実に驚愕する。



「宇宙空間を航行こうこうできるどころか……多重たじゅう次元じげんも渡り歩けるだと!?」



 既に宇宙戦艦のラインを棒高跳びレベルで飛び越えていた。

 ミロの過大能力――【真なる世界にファンタジア覇を唱える大君・オーバーロード】。

 彼女の号令するままに世界を創り直す万能の力だ。

 万能過ぎるがゆえに龍宝石に宿すと、そこに力の方向性を決めるミロの意思が介在しないため莫大なエネルギーにしかならない。

 だからこれまで飛行ハトホル母艦フリートでは各能力の増幅に充てていた。

 しかし、ミロが次元の壁を開いたり閉じたりする場面を目にしたダインは「この状況を記録して再現させられないか?」と思い立ち試験を開始。

 フミカに協力を頼んだらあっさり成功。

 最初は空間転移ワープ機能くらいのつもりでいたが、試験を重ねる内に神々の乳母ハトホルの力を宿した動力炉とともに運用すれば次元の壁も突破できると判明。

 結果、多重次元を自由に航行できる戦艦の爆誕ばくたんである。

「スゲー! 宇宙戦艦どころか次元戦艦じゃん!」
「これで何処どこでも行けますね!」

 ミロとマリナのお子様組は天真てんしん爛漫らんまんに驚いていた。

「早い話、蕃神ばんしんのいる別次元へ攻め込むことも可能ッス」

 フミカに説明されるまでもない。無数にある次元を乗り越えられる艦の性能は、そのまま対蕃神を想定した戦闘能力を意味している。

 まさか飛行ハトホル母艦フリートをそこまでバージョンアップさせていたとは……。

「……でかしたッ!! と褒めてやりたいが」

「あ! え? やっぱウチも報連相ほうれんそう不足ぶそくで巻き添えッスか!?」

 ツバサは近くにいたフミカも抱き寄せて夫婦まとめて頭を小脇こわきに抱えると、二の腕の筋肉で首を締め上げる体罰たいばつしつけていく。

 ついでに超爆乳の圧力で顔をへちゃむくれにするおまけつきだ。

「蕃神への対抗策や切り札を造ってくれたことには感謝する。感謝しても仕切れないし、これからの戦いを助けてくれるものだからな……だがしかし! どういうものが出来上がったのかを知らせてくれ! 緊急事態でいきなり秘密兵器みたいに教えられても戸惑ったら迅速な対応ができないだろうが!」

 ツバサは報連相の大切さをお説教した。

「ご、ごもっともじゃ! 面目ねぇぜよ! け、頸動脈けいどうみゃくがががががッ!?」
「これからは報告書とか徹底するッスからご勘弁ッスーッ!?」

 すると、ダインがパグ犬みたいに潰れた顔で言い返してくる。

「じゃ、じゃけんど……最強級の波動砲ぶっ放せる時点で気付いちょうよ!?」

「お母さんはそこまでロボとかメカに詳しくないの!」

 波動砲と波動拳の区別も怪しい。

 さすがにそこまで酷くはないが、波動砲に種類があると言われてもチンプンカンプンである。大和型の戦艦が数隻あるのは知っているが……。

「――誰がお母さんだ!?」

 もう何度も自分で言っておきながら自爆の決め台詞を叫ぶ。

 今度は反対側のフミカまで訴えてくる。

「みりりりり……だ、誰が見ても一目瞭然な、宇宙戦艦っぽいフォルムや航空機にあるまじき飛行速度なんで、てっきりわかってもらってるものかと……」

 これにはツバサも反論しづらい。

 言われなくとも随所ずいしょに「これ単なる空飛ぶ戦艦じゃないよね?」という点がハトホルフリートには多々たたあったので、気付かない方がおかしいのは確かだ。

 それでも――ツバサは報告を待っていた。

 長男ダイン次女フミカからの「こんな改造しました!」という報告をだ。

「なんとなくスゴいなー、カッコイイなー、と少年ハートに感じるところはあったけれど、そこまでロボオタクじゃないから詳しくはわからなかったんだよ……お母さんにもわかるレベルで報告しろ!」

 誰がお母さんだ!? と今日は決め台詞も大盤振る舞いだった。

 三分後――お仕置きとお説教も終わり解放する。

 ダインもフミカも片頬ずつ乳房に押し潰された跡が付いており、それが恥ずかしいのか気まずそうに揉みほぐしていた。

 言い足りないツバサは最後に申し付ける。

「……これからも蕃神と戦うことを考えれば、移動拠点となるふねのグレードアップは歓迎することだが……せめて一言! 何をしたのか教えといてくれ」

「「……はぁ~い」」

 ダインもフミカも反省の色が濃い表情で返事をする。

 これに懲りて報連相ほうれんそうの大切さがみてくれればいいのだが、長男も次女もできる子なのに妙なところでポカをする悪癖あくへきがあった。

 自身ができる才能を持つゆえに、心のどこかで他人にも「これくらい言わないでもわかるだろ」と解釈かいしゃくを任せてしまうところがある。

 フミカは説明好きなのでまだマシだが、ダインはこの傾向けいこうが強い。

 いわゆる天才肌の職人にありがちな説明不足なのだ。

 この手の才能持ちが弟子を取ると「見て覚えろ、師の技を盗め」の方式でスパルタ教育をするため、生え抜きの少数しょうすう精鋭せいえいしか残らなくなる。

 それが良いのか悪いのかは個人こじん裁量さいりょうに寄るだろう。

 才能に恵まれると、こうした配慮はいりょに欠ける面も浮かび上がってくる。まだ年若いうちに是正ぜせいしてやらねば……とツバサは母親視点で気に掛ける。

 誰がオカンだ! とまた自爆しかけた時のこと。

「――失礼いたします」

 ツバサたちの背後に音もなく気配が現れる。

 足音を鳴らさずに歩くのが難しい船渠ドックの天井に掛かる金網の鉄橋。その中央に立つツバサたちの近くまで彼女は忍び寄っていた。

 オーソドックスなメイド服に身を包んだ、長身爆乳美女である。

 ハトホル太母国 メイド長 クロコ・バックマウンド。

 長めの銀髪をポニーテールに束ね、1年365日鉄面皮てつめんぴの澄まし顔。その仕事ぶりは有能なれど、エロスへの執着しゅうちゃくが強すぎる変態駄メイドだ。

 彼女は過大能力オーバードゥーイングにより小規模の空間転移ができる。

 こうして音もなく背後まで近付いたり、ツバサほどの達人にすら気配を読ませることなく接近するのも容易い。悪用されたら面倒臭いだろう。

 まあ、クロコは悪戯いたずらめいたセクハラくらいにしか使わないが……。

「それ立派に悪用じゃね?」

「まさかアホのセクハラ魔神なミロおまえに言われるとは思わなかった」

 ツバサの独白どくはくを読んだミロは指摘してくるが、当の本人が後ろからツバサに抱きついておっぱいを鷲掴わしづかみにしているのだから世話がない。

 子供のたわむれと割り切れるようになったツバサも慣れたものだ。

「それで……どうしたクロコ、何かあったのか?」

「はい、ご報告させていただきます」

 ミロに抱きつかれたままクロコへ振り返ると、前で手を合わせたクロコはピンと伸びた姿勢から折り目正しいお辞儀じぎをする。

 所作しょさだけなら瀟洒しょうしゃな一流メイドなのが惜しい。

「仰せつかっていたメイド人形マリオネット部隊の再編が完了いたしました」

 主人の気持ちなど露知らず、鉄面皮てつめんぴメイドはそう告げた。

「是非ともツバサ様たちにご確認していただこうかと思いまして……」

   ~~~~~~~~~~~~

 ――メイド人形マリオネット部隊。

 クロコが製作したメイド姿をした人形たちの総称だ。

 神族としては他者に忠誠を誓うペナルティが発生する御先神みさきがみ。職業クラスで修めるのはメイド。そして、SもMもイケるオールラウンドな変態。

 そんなクロコ本来の職能ロール錬金術師アルケミストである。

 戦闘では火器かきをメインに戦うので兵士ソルジャー系の技能スキルも習得しているはずだ。

 彼女は錬金術系技能を駆使くしして従者サーヴァント作成ができる。

 ホムンクルスという人造生命体を創造する技能や、賢者の石や生命の霊水アクア・ウィタエを用いて疑似生命を宿らせた自動人形オートマータ―を製作する技能スキル。こうしたものを複合ふくごうさせることで、自身と瓜二つのメイド人形マリオネットを完成させていた。

 創造主クリエイターであるクロコはメイド人形マリオネット部隊を手足の如く扱える。

 戦闘ではメイド人形部隊の名に恥じぬよう、かげ日向ひなたに隊列を組んで重火器を構え、敵を迎え撃つメイド服を着た軍隊として戦ってくれる。

 日常生活においてはメイドらしく従事じゅうじする。

 掃除、洗濯、炊事、庭仕事、警備……家事なら何でもござれだ。

 長男ダインのテクノロジーや次女フミカの【魔導書】グリモワールの協力もあって、人工知能の仕上がりも上々。高性能な思考回路を備えている。

 だが、メイド人形部隊には致命的な欠点があった。

 全員――クロコそっくりなのだ。

 多岐たきに渡る仕事をサポートさせるために用意した分身なので、彼女の外見に寄せたとは聞いていたが、どのメイド人形も双子のように酷似こくじしていた。

 昔の漫画であった見分けの付かない六つ子のようだ。

 100体近くいるから六つ子どころではない。

 幼女型、少女型、成年型、熟女型……とバリエーションはある。

 それでも全員クロコなのに変わりはない。

 おまけにすべてのメイド人形はクロコの意識とリンクしていた。場合によってはメイド人形をクロコの意志で遠隔えんかく操作そうさすることもできる。

 ――情報の伝播でんぱ共有きょうゆう

 これらが早いのはいいことだが、逆に言えばすべてのメイド人形がクロコにとっての“眼”であり“耳”として働くわけだ。

 即ち、家事全般を任されるため我が家マイホームの至る所に配置されたメイド人形マリオネットにより、ツバサたち家族の行動はクロコに筒抜つつぬけという事実が導き出される。

 プライバシーなどないも同然。

 何より――大勢のクロコに囲まれて生活している。

 この事実に気付いたツバサは、それまでモブキャラ程度の認識でいたメイド人形たちを意識するようになってしまった。

 だからツバサはクロコに注文を付けたのである。

『メイド長の仕事が忙しいのはわかるから、何体かはクロコ直属ということでお目こぼしをしてもいい。だが、他のメイド人形マリオネットは何とかしろ』

『おや、圧倒的多数の私に見守られる生活はお気に召しませんでしたか?』

 承知の上みたいな台詞でクロコはほくそ笑んだ。

 普段が無表情だから、こんな時の笑顔は悪い意味で破壊力が高い。

 コイツ絶対に確信犯だ――わかって放置したに違いない。

『……どうして今まで無視できたのかわかんねぇよ』

 頭痛を覚える頭を押さえてツバサは毒突くと、クロコは「えっへん!」と得意げに胸を反らして爆乳を張った。ちなみに無表情である。

メイド人形マリオネットには気配を消して活動するよう申し付けておりましたので』

『それが原因かこの野郎』

 こめかみに怒りの青筋を立てたツバサは冷静にツッコんだ。

 生命体としての存在感が希薄きはく自動人形オートマータにそんな真似されたら、毎日何事かに追われているツバサが見落とすのも致し方ないことだった。

 しかし、いきなりの全撤去ぜんてっきょは現実的ではない。

 ツバサたちの拠点である我が家マイホームはデカい。

 敷地しきち面積めんせきもそうだが、建物としての規模きぼもちょっとした城クラスだ。家族の私的プライベート空間エリアとは別に、乙将おつしょうオリベを始めとした妖人衆ようじんしゅうや、超機械生命体のスプリガン族の出入りを許可している国家運営を司る執務室しつむしつなどもある。

 会議室、客間、離れ、別棟、各種倉庫……。

 エリアごと区分くぶんしなければならない巨大建造物となっていた。

 これらすべてを管理する人員が足らない。

 いくら神族になったオカン系男子とはいえ、ツバサの身体はひとつだ。これほど大きな建物の掃除や整理整頓を一人でこなすのは難しい。

 メイド長のクロコに手伝わせたとしてもだ。

 そこでメイド人形マリオネット部隊の出番である。

 広大とも言える我が家マイホームの各所に配備された彼女たちに、各エリアの掃除や家事を任せていた。それとなく建物内の警備システムも兼任けんにんさせている。

 もはや我が家マイホームを切り盛りするのに必要不可欠。

 いつの間にかメイド人形マリオネット部隊は重要性の高い労働力となっていた。

 貢献度こうけんどなら間違いなく酔っ払いセイメイより上である。

 なので「クロコおまえに囲まれた生活は精神的に来るものがあるから、メイド人形マリオネットをどうにかリファインしてもらえないか?」とツバサは率直そっちょくに命令した。

 早い話、外見と意識の共有をどうにかしろと言い付けたのだ。

 御先神みさきがみであるクロコに遠回しな意見は無用。

 主人への従属じゅうぞくが御先神にとっての大前提だいぜんていなので、ストレートな物言いで命じてやった方が喜ぶのだ。ぶっちゃけ遠慮する意味がほとんどない。

 かしこまりました――クロコは素直に命じた。

 アバウトな命令だと勝手に解釈かいしゃくされて後々エラいことになりそうなので、ツバサや家族の要望は伝えている。主に「顔がみんなクロコなのはキツい」「意識の共有はプライバシーの侵害に近い」「バリエーションが欲しい」などだ。

「……皆様の意見を取り入れて改善かいぜんいたしました」

 クロコの案内で大広間へ通される。

 移動要塞ハトホルベースから降りてきた一行は、我が家マイホーム一角いっかくに設けられた多目的ホールにやってきていた。ここがお披露目会場らしい。

「こちらが――再編さいへんされたメイド人形マリオネット部隊になります」

 広間へ踏み入ったツバサたちは「おお……ッ!」と感歎かんたんの声を上げた

 広間に整然と居並ぶメイド人形の数々。

 百花ひゃっか繚乱りょうらんと褒め称えたい彼女たちの華麗かれいさに驚かされたからだ。

 その数は――総勢150体。

 30体ずつ隊を構成するように分けられている。

 ほとんどが女性の平均身長を超えているが、わざわざ個体差を設けたようで2m近い長身メイドや150㎝にも満たない小柄なメイドもいた。

 全員、瞳を閉じて身体の前で手を合わせた直立姿勢で待機している。

 髪型、髪色、顔立ちや肌の色も千差せんさ万別ばんべつ

 そして、誰もが振り返る美人ばかり取り揃えられていた。

 ただし、クロコが製造した被造物ひぞうぶつなので人形のような美貌びぼうである。それゆえ特徴が薄く個性にとぼしい。美人であることに間違いはないのだが、モブキャラのように主張するものがない漠然ばくぜんとした美しさだった。

 全員メイド服着用なのだが、これにも個人差があった。

 メイド長クロコからして古式ゆかしいオーソドックスなメイド服を愛用しているので、このタイプのメイド服を着たメイド人形マリオネットが最も多い。

 他にもややスカート丈が短くなったメイド服や、もう少し露出度が高ければエロティックなフレンチメイドに近いもの、袖なしのノースリーブみたいなメイド服や、和服にはかま女中じょちゅうみたいなメイド服にチャイナドレス風のもの……。

 髪型や衣装でそれぞれの個性を表現しているようだ。

 クロコ似のメイド人形マリオネットは一体もいない。

「まずメイド長わたくしから彼女たちについてご説明させていただきます」

 クロコは一礼すると足音を立てずに歩き出し、「右手を御覧ください」といった仕草しぐさで整列するメイド人形たちを示した。

「彼女たちは以前のメイド人形マリオネットを改めたものではなく、一から創造した新たなメイド人形になります。その際、長男ダイン様と次女フミカ様の御助力ごじょりょくを得まして、各方面のパラーメーターをグレードアップさせていただいております」

 主に身体性能と人工知能がパワーアップしたそうだ。

 人造生命体ホムンクルス自動人形オートマータ機械式人造人間アンドロイド

 これらを創る技術のいいとこ取りを寄せ集めて完成させたものらしい。

「前のクロコさんの姉妹みたいな子たちはどうしたの?」

 ミロはメイド人形たちの間をちょこちょこ駆け回り「あ、この子カワイイ」とか呟きながら、以前のメイド人形マリオネットたちの行方を訊いてきた。

 廃棄処分などの心配をしたらしい。

 ご心配には及びません、とクロコは速やかに返答する。

「この子たち同様のグレードアップをほどこした後、私の【舞台裏】バックヤードに配備しました。今後はあちらで私の影としての仕事に従事じゅうじさせるつもりでおります」

 よろしいですね? とクロコの眼が訴えてくる。

 問題ない、とツバサは軽い頷きで応じた。

 クロコの過大能力オーバードゥーイング――【舞台裏を切りバックヤード盛りする女主人・ミストレス】。

 神族や魔族ならば誰でも持てる亜空間。

 俗に“道具箱”インベントリと呼ばれるそれは、VRMMORPGアルマゲドンから引き継がれてきた個人専用の収納しゅうのうスペースだ。ゲーム的に言えばアイテム倉庫である。

 標準的なスペースはコンテナ倉庫くらいの空間。

 それでは足りないと物持ちのいいプレイヤーは技能スキル拡張かくちょうさせていく。

 時に過大能力オーバードゥーイングがこの道具箱インベントリを覚醒させる時がある。

 クロコの場合、道具箱が【舞台裏】バックヤードと呼ばれる彼女の意志ひとつで自由自在となる広大な空間となっており、いつでもそこへ退避することができる。本来、道具箱インベントリへ入ることはできないため、これだけでも特殊な能力だ。

 そして、半径数㎞以内なら何処にでも新たな出入り口を設けられる。

 これによりクロコは瞬間移動を可能としていた。

「私もLV999スリーナインになりましたおかげか、【舞台裏】バックヤードの拡張にも成功しましたし、出入り口を開く範囲も数㎞にまで伸びました」

「これまでのメイド人形マリオネット部隊を待機させることも適うわけか」

 図らずもクロコの戦力強化も進んでいた。

 破壊神戦争でも【舞台裏】にメイド人形部隊を潜ませて応戦していたので、彼女の戦果は何気に高い。軍隊規模で不意打ちができるようなものだ。

 もしもの時は自分似のメイド人形マリオネットを影武者にもできる。

 これまでも七女ジャジャの分身と一緒に、クロコのメイド人形を偵察ていさつに派遣させていたので、諜報ちょうほう関係の仕事を任せたらはかどりそうだ。

「それで、この新しいメイド人形たちの性能はどれくらいなんだ? 以前のメイド人形はクロコの分身みたいなものだから頭の回転は速かったが……」

 まずは人工知能について尋ねてみる。

「そいつについてはわしから説明しちゃるぜよ」

 クロコから説明を引き継いだのはダインだった。人造人間アンドロイドの機能向上のみならず、人工知能のAIなどにも彼の技術が関与していたらしい。

「アニキ、この間オススメしたアニメ見てくれたじゃろ?」

「ん? ああ、どっちも面白かったよ」

 午後の小休止や就寝前の一時ひととき、ツバサは読書するばかりではなくゲームやアニメを消化することもあった。家族や仲間から勧められるのだ。

 長男ダインが勧めてくれたのは昔のロボアニメ2本。

 勇者王と呼ばれる巨大ロボを駆るサイボーグの主人公が、仲間のロボたちとともに外宇宙から攻めてくる異星人と戦う熱血なロボアニメ。

 もうひとつは、すべてを忘れた街で交渉人ネゴシエーターの仕事をする主人公が、騒動を引き起こす原因となる敵を巨大ロボで殴り飛ばす硬派なロボアニメ。

「あれらに出ちょるロボやアンドロイドの人工知能とほぼ同レベルじゃ」

「それもう人間と変わらないだろ!?」

 あれらの作品に登場する人工知能は完全に人格を有していた。

 一個人いっこじんとして扱うべき性格を持っていたはずだ。

「まあ、まだ生まれたて・・・・・なので当分はAIらしく杓子しゃくし定規じょうぎな受け答えしかできないッスけど、家族と接しているうちに経験値が溜まってくるッスよ」

「……そしたらどんどん流暢りゅうちょうになっていくのか」

 しばらくすれば人間のメイドさんと遜色そんしょくなくなるようだ。

 ここまで高性能な人造人間アンドロイドを造れるようになるとは……。

 フィクション世界の絵空事が身近になってくると、嬉しいような凄いような感心するような感動するような、それでいてちょっと恐ろしいような……。

 二律背反アンヴィバレント交錯こうさくする奇妙な気持ちにまどいそうになる。

 だからといって躊躇ちゅうちょする時間は惜しい。

 何があろうとも前へ進む勇気を持って立ち向かわなければならない。

 両眼に分析系アナライズ技能スキルを走らせたツバサは、メイド人形の性能を自らの眼でチェックしながら、製作者たちと口頭こうとうによる質疑しつぎ応答おうとうを始めていく。

「肉体的には人間ではなく神族基準だな?」

「そうじゃ。有事の際には我が家マイホームを守るだけやなく、国や民も守れるよう戦闘能力も高めに設定しちょるぜよ。武器や火器などの扱いはインプット済み、無論ロボット三原則さんげんそくを手本として動くように思考回路もプログラミングされとる」

「クロコとの意識の共有きょうゆうはやめたはずだ。情報伝達手段は?」

フミカウチ謹製きんせい脳間のうかんネットワークと、お互いの精神感応を送受信して共有できるダイちゃん謹製きんせいの機器をメイド人形の脳内に標準装備させてるんで、メイド人形同士なら速やかな情報のやり取りができるッス。他にも簡易魔法の伝達交信メッセンジャーを習得させてるッスから、何か報告があればウチら家族にはこっちで伝えてくれるッス」

「緊急時にも即応できるな……LV的には800越えか?」

「体格差などもありますが平均LV850をキープできました。未知の勢力による襲撃は元より、常に蕃神ばんしんへの警戒を怠れない現状を考慮しますと、戦闘員ではない女中といえどもこれくらいの力量は欲しいかと思いまして……」

 ちなみに、とクロコは右手でジェスチャーをする。

「どの娘にも夜伽よとぎを仕込んであります。寂しい独り寝の夜には是非ぜひ……」

「うん、その機能だけ余計なんだわ」

 ツバサは指を鳴らすと視覚効果系の技能スキルでクロコの手にモザイク処理をした。握った拳の人差し指と中指の間から親指を抜く手付きである。

 マリナには見せられないジェスチャーだ。

 せめて上品に夜伽という単語を使ったことは評価しよう。

 ふむ、とツバサはあごまんで小さく唸る。

 一通り質疑応答をしたが、これは満足できる出来映できばえと言えるだろう。

「完璧だ――長男&次女&メイド長」

「「「――感謝の極み」」」

 ズパッ! と鋭利な効果音で胸に手を当てて一礼する三人。示し合わせたように一糸乱いっしみだれぬ礼だったが、練習でもしたのだろうか?

「このメイドさんたち、クロコさんが面倒見るんですか?」

 そんな疑問を声にしたのはマリナだった。

 ミロと一緒にメイド人形の列をパタパタと歩き回る彼女は、ファンシーなドレス風メイド服などに瞳をキラキラさせながら振り返る。

 考えてみれば、一度に150人の部下が増えたようなものだ。

 今までのクロコ似のメイド人形はあくまでも彼女の分身みたいなもので、クロコの意志でどうとでもコントロールできたはず。しかし、この新造されたメイド人形150体は話が違う。まったく別個べっこのアンドロイド部隊である。

 指揮しき差配さはいするだけでも一苦労となりそうだ。

「名目上、私がメイド長として総指を執ります……ですが、さすがにこれだけの人数となると目が行き届きません」



 そこでいくつかの部隊に分け――隊長を任命しました。



「――お入りなさい」

 パンパン! とクロコが手を叩けばツバサたちが入室した扉とは別のところが開いて、新たに五体のメイドが大広間へと入ってくる。

 30体ずつに分けられたメイド人形マリオネット部隊。

 五体のメイドはそれぞれの隊を率いるように先頭へと立った。

「……この五体は特別枠か? 強さの桁が違うな」

 ツバサの観察眼は一目で看破かんぱする。

 隊長役を任された五体のメイド人形は、多少の差こそあれども平均LV950に到達していた。やり方次第ではLV999スリーナインも夢ではあるまい。

 気を付けをした五体のメイド人形マリオネットは順々に挨拶する。

「はじめましてご主人様――レオ001号と申します」

 製造番号を名乗るのは長身のメイド。実直じっちょくな雰囲気がする。

 メイド服のタイプはオーソドックス。

 スタイルはクロコたち爆乳特戦隊に並ぶナイスバディ。

 長い黒髪はハリネズミのような剛毛ごうもうなのか、ヘアバンドで無理やり抑え込んでいる。高い知性を感じさせる容貌ようぼうによく似合う銀縁ぎんぱつ眼鏡めがねを掛けていた。

 ふと誰かの面影を重ねそうになる。

「お初にお目に掛かります――カイ002号です」

 二番目に名乗ったのは大柄なメイド。こちらは生真面目そうだ。

 001号より大きい。2m近くありそうな巨女である。

 全体的にデカいのでスリーサイズも山盛りだ。

 メイド服はオーソドックスだが、注連縄しめなわみたいなベルトを巻いていた。

 ……あれ、エプロンじゃなくて関取せきとり化粧けしょうまわしじゃないか?

 長い髪は夜会巻やかいまきのようにまとめていて清楚せいそなのだが、表情が美人なれど気の強そうな強面こわもてで大きめの口からは獰猛どうもうな牙が覗けた。

 彼女もまた誰かに似ている気がする。

「ども――メイ003号っす。よろしく」

 三番目に名乗ったのも背の高いメイドだ。気安い性格らしい。

 身長的には001号とそう変わらない。

 スリーサイズも同程度、グラマラスな部類である。

 メイド服は和風タイプ。大正たいしょう浪漫ろまんあふれる女中服のようだ。

 長い黒髪はオールバック風にひっつめて、うなじで適当にまとめている。少々だらしない顔付きだが、美人なのには間違いない。

 何故か彼女は大小二振りの長めな日本刀を腰に帯びていた。

「ハリー004号です――よろしくお願いします!」

 ハキハキ名乗ったのは金髪のメイド。ウィンクのサービス付きだ。

 五体の隊長メイドでは一番小柄で女性らしい体格。

 体型もグラビアアイドル級だが豊満ではない。

 メイド服はそでやスカートの丈が短いタイプ。露出が高いかと思いきや、どういうわけか防塵ぼうじんマントみたいなものを羽織っている。

 ウエーブの掛かった金髪を肩まで靡かせ、彫りの深い欧米人風の美人だ。ささやかなソバカスがアクセントになっている。

 こちらの彼女は腰のベルトに四丁の拳銃を差していた。

「エン005号です――以後よしなにお願いします」

 最後の五人目はショートヘアのメイド。堅物かたぶつな気配がある。

 背丈は標準だが武道家として鍛えた体格だ。

 スタイルはそこそこだが、下半身の安定感が際立きわだつ安産型。

 メイド服はオーソドックスタイプに近いが、引き千切ったように袖がないノースリーブタイプ。引き締まった二の腕に鍛錬の証が刻まれている。

 少女というより少年の凜々しさがある顔をしており、短く刈り込んだベリーショートの髪型もあってボーイッシュの上を行くマニッシュ感があった。

 挨拶を終えた五人の前にクロコが立ってお辞儀じぎをする。

「――以上、五名の部隊長が今後メイド人形マリオネット部隊を取り仕切ります」

「いや、取り仕切るのは構わないんだが……」

 ツバサは困惑して言葉を濁した。

 恐らく――彼女たちの製作に費やした労力は段違いだ。

 LV950という能力の高さもあるが、人工知能の完成度も相当である。

 150体のメイド部隊はただ佇んでいるだけでも、起動されたばかりのロボットのようなぎこちなさが見て取れる。なのに、この五体の隊長格メイド人形たちは既に自己を確立したような人格を露わにしているのだ。

 すべてにおいて量産型を凌駕りょうがする特別機。

 だからこそ隊長格に推薦すいせんされたのだろうが……。

「なんだろう……既視感きしかんがあるというか、見覚えがあるというか……」
「なんか変ですよね……ワタシ知ってる! みたいな……?」

 ツバサとマリナは親子で首を傾げてしまう。

「……あ、アタシわかっちゃったかも」

 同じように首を傾げていたミロは苦笑いを浮かべると、五体の隊長格メイド人形を001号から順に指差してこう言った。

獅子のお兄ちゃんレオナルド親方ドンカイ酔っ払いセイメイ拳銃使いバリーツバサさんの後輩エンオウ

 全員アシュラ出身者に似てる、とミロは付け加えた。

「その通りでございます――さすがミロ様、さすミロです」

「やった大正解!」

 クロコの答え合わせに満点正解のミロははしゃぐが、ツバサはそれどころではなかった。既視感は納得できたが、どう受け止めればいいか悩んでしまう。

「アイツらをモデルにメイド人形マリオネットを造ったのか!?」

 これもある種の女体化ではなかろうか?

 あるいは「あの五人に娘が生まれたら?」とか「あの五人に姉妹がいたら?」とか「あの五人が何らかの理由で性別逆転したら?」とか……。

 そういう“IF”もしもにありがちな設定だ。

 しかし強力な人造人間を造るなら、これが一番手っ取り早い。

 完全な模倣もほうは不可能だが、数段劣るも精巧せいこうなコピーを造れれば十分役に立つ。

 兵力ならば申し分ない働きをするだろう。

 ダインに勧められたアニメでも、時間がないからと仲間の思考回路をモデルにして新しいロボの人工知能を造っていた。似たような手法である。

 彼女たちの場合、オリジナルの戦闘能力も受け継いでいると見ていい。

 頼り甲斐がありそうなのはいいことだ。しかし……。

「みんな、よくメイド人形のモデルになることを承諾しょうだくしてくれたな」

 半眼に半笑い。複雑な心境を曖昧あいまいゆるんだ表情を浮かべたツバサは、かしげた頭を支えるように手を添えた。気疲きづかれから頭が重い。

 この一言に、クロコは予想を裏切る反応をしてくれやがった。

「…………え?」

 その澄まし顔には「あ、ヤベ」と書いてある。

「「「「「……え?」」」」」

 オウム返しで声を漏らしたのはツバサ、ミロ、ダイン、フミカ、マリナ。この件では協力したダインやフミカもノータッチだったらしい。

相済あいすみません。モデルの方々に許可を取るのを失念しておりました」

 素知らぬ顔でしれっと謝るポンコツメイド。

 ――既に稼働している五体の隊長格メイド人形マリオネットたち。

 彼女たちはアシュラ出身者の外見や能力に基づいて設計された人造人間アンドロイドだが、モデルとなった本人たちに了解を求めることなく造られていたのだ。

 とんでもない凡ミスである。



肖像権しょうぞうけん侵害しんがいじゃねぇかぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーッ!?」



 ツバサの雷が駄メイドへ降り注いだのは言うまでもない。


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