想世のハトホル～オカン系男子は異世界でオカン系女神になりました～

第１９章 神魔未踏のメガラニカ

第４７２話：数多の仔を孕み随えし黒山羊の女王

　そこから先はトントン拍子びょうしに議題ぎだいが進んだ。

　雷を落としたことが思い掛けず功こうを奏そうしたのか、悪ふざけが形なりを潜ひそめていた。ジェイクへのお仕置きから始まり、歓迎や慰労いろうも兼ねて友好的ムードを作ろうと戯おどけていたのだが、どうやら度が過ぎたと反省してくれたらしい。

　ところでジェイクが静かである。

　着席するも押し黙り、ある理由から沈黙を課せられていた。

　副官であるマルミやエルドラントから、「１回休み」と書かれたマスクでポンコツ発言を封じられていた。ちょっと可哀想になってきたな……。

　そして、また誰かがはっちゃけないとも限らない。

　今の内にガンガン進めてしまおうと、ツバサは議題をこなしていく。

「次の議題は、新たに出会えた他陣営についてです」

　まずは――源層礁げんそうしょうの庭園ていえん。

　真なる世界ファンタジアの生命、その進化を具つぶさに記録研究してきた遺跡。

　扱い的には“還らずの都”や“天梯てんていの方舟はこぶね”と同等なのだが、多くの神族や魔族が所属するも隠されてきた象牙の塔。あるいは専門機関である。

　とある山脈の地下深くに潜んでいたらしい。

　しかし、先の破壊神戦争によって炙あぶり出だされることとなった。

　バッドデッドエンズの狂犬こと殺戮師ジェノサイダーグレン。

　戦争開始と同時に思う存分皆殺しを楽しもうとした彼が、その異常に効く嗅覚で探り当てたそうだ。かなり高位の神族や魔族がいたので嬉々として皆殺しにするも、そこでまさかの再会を果たしたという。

　源層礁の庭園――客員研究員　兼　用心棒　ショウイ・オウカ。

　通称“情報屋”の異名を持つ彼はツバサたちの友人でもあり、異世界転移後は源層礁の庭園に身を寄せていたそうだ。

　グレンも旧友だというが、お構いなしに殺すつもりで交戦。

　ショウイが後一歩及ばないところへ、ツバサの弟分にしてヌン陛下の客将きゃくしょうでもある仙道師せんどうしエンオウが駆けつけ、悪戦苦闘するもグレンの撃破に成功。

　これを契機に五神ごしん同盟どうめいとの交渉が始まった。

　庭園の統括者とうかつしゃの孫娘であるサイヴが代表を務め、彼女に婿入むこいりしてツバサたちとも面識があるショウイを交渉役に立て、彼らはハトホル太母国を訪問。

　五神同盟の有り様を知り、同盟入りを熱望してくれた。

　この訪問は謂わば面接である。

　源層礁の庭園は五神同盟の国であるハトホル太母国を見聞けんぶんして実情を推おし量はかり、ハトホル太母国は代表であるサイヴたちの人品じんぴんを見定める。

　お互いに手応えを十分に感じられたわけだ。

　また庭園は研究に専念するあまり、これまでは外界の騒ぎにも我関せずで通してきた正しく象牙の塔だが、今回の戦争で大きな被害を被った。

　また災害に見舞われないとも限らない。

　庭園を存続そんぞくさせるためにも、大きな傘かさの庇護ひごに肖あやかりたかったようだ。

「会談の様子や内容は御覧いただいたと思います」

　ツバサは今回の会議に先立ち、庭園との会談を記録したものを資料として各陣営に送っておいた。事前に目を通すようにお願いするのも忘れない。

　問題や意見がなければ即採決となる。

　――異議なし！

　満場一致で賛成のため、源層礁の庭園の同盟入りが決定した。

　カサリ、と紙の音がする。

　クロウが資料を手に取って熱心に読み込んでいた。さすがは元教師、髑髏どくろの眼窩がんかに老眼鏡をかけての熟読じゅくどく振ぶりだった。

「庭園側の申し出としては、代表格を名乗って六神ろくしん同盟どうめいとなることを望まず、あくまで一組織……いえ、研究機関として参加したいとのことですね」

「つまり、オレら・・・と同じで遠慮えんりょするってことか」

　相槌あいづちを打ったのはヒデヨシだった。

　組長バンダユウ率いる穂村組ほむらぐみ、棟梁とうりょうヒデヨシのまとめる日之出ひので工務店こうむてん、国王ヌンが治める水聖国家オクトアード……源層礁の庭園がここに加わる。

　水聖国家オクトアードのように国家こっかの態ていを保つところもあるが、同盟の代表国家にはならないということだ。庭園という組織のトップに立つ統括研究所所長（代理）のサイヴからして研究者気質なので、政治にはあまり興味がないらしい。

　それに――内在異性具現化者アニマ・アニムスも不在だ。

　現在、内在異性具現化者の在籍が代表国家となる資格のひとつになっていた。三神、四神、五神……これらは内在異性具現化者の人数を表していた。

　これらの理由から代表格にならず、一組織に留まることを希望している。

「工作者クラフターもそうだが研究者もそうなんだろ」

　ヒデヨシが理解を示すように言う。

「熱中してること一筋の連中にゃあ政まつりごとは不向きなんだよ。そっちに回す時間があったら、物を作るなり調べるなりしていたいのさ」

「穂村組おれたちが喧嘩しかできねぇのと一緒だな」

　うんうん、とバンダユウも腕を組んで納得していた。

　真なる世界ファンタジアの遺跡としては、先に述べた通り“還らずの都”や“天梯の方舟”もだが、これらの遺跡は同盟に数えられていない。

　還らずの都を奉る巫女ククリはタイザン府君国に属している。

　天梯の方舟を操縦してきた亜神族デミゴッド・守護妖精族スプリガンぞくは司令官ダグを筆頭ひっとうに、ツバサの眷族けんぞくとしてハトホル太母国の指揮下に入っている。

　どちらも権力欲とは無縁なので「このままで大丈夫です」とのこと。

　一組織に格上げするつもりはないそうだ。

　庭園に関してはサイヴがこんな具合に求めてきた。

『私どもの力では代表国家に名乗り上げるなどとても……ですが、一組織としては認めていただきたいのです……その暁あかつきには是非ぜひとも我が夫を代表に！』

　どうやらショウイを五神同盟会議に参加させたいようだ。

　研究機関として何らかの我が侭ワガママを通す際、それなりの権限けんげんを確保しておきたいという事情が読めたが、理由としては真っ当なので問題ない。

　研究や調査には資金が付き物、何かと入り用なのも承知の上だ。

　その要求に応えるだけの資材や物資も五神同盟なら賄えるので、研究者たちのワガママにも多少なりは耳を傾けることもできるだろう。

　ただし――対価として研究成果はちゃんと提出してもらう。

　こうして源層礁げんそうしょうの庭園ていえんの同盟入りは確定。

　次回あるいは次々回の会議では、円卓に席が増えているだろう。

「続いて――エンテイ帝国についてです」

　ピクッ、とククリが反応する。

　先ほどまでは会議の和なごやかなムードに合わせて、ツバサやミロに愛想を振っては微笑んでいたのだが、途端に「スン……」と気落ちした表情になった。

　色々と思うところがあるのだろう。

　エンテイ帝国は猛将もうしょうキョウコウ・エンテイが起ち上げた国だ。

　かつてククリはキョウコウの許嫁いいなずけだった。

　正確には彼がシュウ・エンテイと名乗っていた頃の話だが。

　キョウコウはククリが任された遺跡“還らずの都”を我が物にし、過去の英霊えいれいを軍勢規模で召喚するシステムで蕃神ばんしんに対抗しようとした。

　これがあまりに強引だったため、ツバサたちとの激突は必定ひつじょうだった。

　還らずの都を巡る戦いは熾烈しれつを極きわめたものの、激闘の末にツバサたちが勝利を収めたのだが、最終的には超巨大蕃神“祭司長さいしちょう”の乱入によって有耶無耶うやむやとなり、もはや戦争どころではない大混乱となってしまった。

　しかし、五人の内在異性具現化者アニマ・アニムスの活躍により祭司長を撃退。

　その祭司長に立ち向かう戦力として還らずの都を求めていたキョウコウは、自らの浅慮せんりょな行為こういを恥じて、真なる世界ファンタジアの未来をツバサたちに託した。

　償つぐないとして壊れた次元を塞ぐためにその身みを捧げたのだ。

　……と思ったら、ちゃっかり生きていた。

　キョウコウの部下たちもツバサの仲間が助けていたのだが、隙を見てトンズラこいてキョウコウに合流。そこから再起さいきを図はかったようだ。

　彼らが建国したのがエンテイ帝国である。

　聞けばＬＶ９９９スリーナインのプレイヤーを新たに仲間へ加え、難民だった現地種族の保護も進めており、着々と国家として成長しつつあるという。

　破壊神ロンドとの戦争の際――彼らは応援に駆けつけてくれた。

　ツバサの元に現れたのはキョウコウの執事長を務め、応援の陣借じんがり部隊ぶたいをまとめるダオン・タオシー。以前から顔見知りなので話も早い。

（※第２４話参照）

　ちょうど破壊神ロンドが劣勢を巻き返すために巨大獣ベヒモスの増援を出したタイミングだったので、絶好のチャンスを窺うかがっていたのではないか？　と勘繰かんぐりはしたものの猫の手も借りたいピンチだったので助けられたのは事実だ。

　応援に来たＬＶ９９９スリーナインの戦士たちは、各陣営の防衛ぼうえいにも携たずさわってくれた。

　これが同盟各国の領土りょうどを守る一助いちじょともなったのだ。

『共に真なる世界ファンタジアを護っていく』

　エンテイ帝国はこの理念りねんを共有きょうゆうできると考え、四神しじん同盟どうめいに惜しみない戦力を貸してくれた。戦争を乗り切れたのは彼らの増援ぞうえんのおかげもある。

『戦争後もこの協力関係を維持していきたい』

　執事長ダオンを特使とくしとして、キョウコウの友好的意志も伝えられていた。

　還らずの都で争った経緯けいいこそあるものの、祭司長の登場によりキョウコウの本意も酌くみ取とることができたので、五神同盟に禍根かこんらしきものはない。

　協力体制についての申し出は前向きに検討けんとうされていた。

　ここでミロが口を挟んでくる。

「大宇宙に笑顔でキメッ！　って感じで大往生だいおうじょうしたと思ったら、実は生きてていざって時に助けに来る……完全に敵から仲間になるフラグだよね」

「それはどうなん……いや、言われてみればその通りだな」

　ミロの感想にツバサは反論できなかった。

　何気なにげに少年漫画誌における王道の展開だ。キョウコウもある意味、改心したようなものと考えれば丸く収まるはずだ。ただまあ、悪役ムーヴが長かったのもあるので、彼の餌食となった被害者は結構な人数に昇るのだが……。

　キョウコウは肉体の維持と力の増幅のため、あらゆるものを貪った。

　そこには無辜むこの民たみや何も知らないプレイヤーも含まれる。

　祭司長さいしちょうと戦えるだけの強大な力を求めたとはいえ、他者を平然と犠牲にした荒すさんだ過去を帳消ちょうけしすることはできない。

　共に戦う仲間として歓迎したいが複雑なところだ。

「でも、そんなことを言ったら悪役から味方になったピ○コロさん、ベジ○タ、ヒ○ンケル、クロ○ダイン、飛○、長○丸、殺○丸、傷○男スカー……今でこそ英雄視されてる新撰組の人たちも何人殺しているかわからないわけで……」

　ミロの上げた具体例がやたら雄弁ゆうべんだった。

　彼らだって悪党あくとうや悪漢あっかんを殺すばかりではなく、何の罪もない善良な人々を大勢殺した過去があると公式で触れられている。

「……う～む、過去を持ち出したらキリがないか」

　頭を悩ませるツバサにチョイチョイと手招きする老年が二人。

「それを言い出したら穂村組おれたちどうするのよ？」

「ワシも一国の王として結構な命を奪ってるんじゃが？」

「そういえばそうでした！」

　失礼しましたッ！　とツバサは謝りながら額をピシャリと叩いた。過去の罪云々うんぬんで追及したら身内でもキリがないのだ。今更感いまさらかん満載まんさいである。

　今後のキョウコウの贖罪しょくざいに期待するしかない。

「ツバサ君、よろしいですか？」

　再び資料を熟読じゅくどくしていたクロウが挙手きょしゅした。

　どうぞ、とツバサが答えればクロウは老眼を額ひたいへズリ上げ、書面の文字に眼窩がんかを近付けながらカタカタと顎あごの骨を鳴らして問う。

「エンテイ帝国は友好的な交流こそ求めるものの、同盟入りするつもりはないとのことですが……これは我々とは別行動するという意味でしょうか？」

「ええ、第三者だいさんしゃ機関きかんになるつもりのようです」

　ダオン曰く――。

『今の五神ごしん同盟どうめいはほとんど一枚岩です』

　仲良きことは美しきことかな。しかし、もしも一度道を誤れば、同盟総出で愚行の道へと転がり落ちていくことは必至ひっし。仲の良さが徒あだとなって間違いを指摘できないまま同じ道を歩んでしまうこともままあること。

『我らが王、キョウコウ・エンテイ様が過あやまちを犯されたようにね』

　主君であろうとダオンは平気で皮肉ひにくった。

　執事おまえなら主君キョウコウの横暴に制動ブレーキをかけられたのでは？　とツバサは訊きいてみたのだが、腹の立つ冷笑で肩をすくめながら口笛を鳴らすだけだった。

『そこが宮仕えの辛いところでして……還らずの都の実態を知らない当時の私には、キョウコウ様の野望をお諫いさめする説得材料がなかったのですよ』

　なるほど、内情を知らなければ説き伏せられまい。

　――これは後ほど判明したこと。

　この執事、意外にも器用に立ち回っていたらしい。

　キョウコウは更なる力を得るため、真なる世界ファンタジアの多種族や異世界転移したプレイヤーを養分として肉体に取り込んでいた。

　この犠牲者をなるべく減らすべく裏工作をしていたのだ。

『具体的にはアンデッド製作技能スキルを用いまして、生者とまったく遜色そんしょくないハイレベルな僵尸キョンシーを用意し、キョウコウ様へ献上けんじょうさせていただきました』

『よくバレなかったな！？』

　隠かくし果おおせたことも驚きだが、これは立派な反逆行為である。

　しかし、主君の未来を案じた執事は覚悟の上で裏切りに手を染めたそうだ。

『……生者を献上けんじょうするよりは胸も痛みませんからね』

　デブ執事はらしくない寂しげな微笑みを浮かべた。

『事が露見せぬよう丹念に真心込めて作りましたよ、特上僵尸』

　それほど高性能な僵尸だったのだろう。穂村組所属の邪仙師じゃせんしマリも僵尸を操れるが、「僵尸キョンシーは極めれば人間そっくりにできる」と証言も取れていた。

　キョウコウなら不死者アンデッドでも取り込んで力にできる。

　そんな見当をつけたところ、怪しまれることなく成功したそうだ。

　身代わりの不死者と入れ替えるようにして、多種族やプレイヤーはこっそり逃がしていたとダオンは自白する。幹部も何人か協力してくれたという。

　口が裂けてもダオンは彼らの名を公開しなかった。

『人は城しろ、人は石垣いしがき……と申した武将もいましたが、民衆の心を掴めない王の末路まつろなど暴君ぼうくんがオチです。反逆に等しい行いなのは重々承知でしたが、我が主君の過ちをほんの少しでも是正ぜせいできれば……と思いましてね』

『いつか正道に戻ってくれると信じて……か』

　おかげさまで改心していただけました、とダオンは嬉しそうに破顔はがんした。

『ツバサ様による渾身の太陽パンチ、あれが効いたそうです』

『文字通り、ぶん殴って根性叩き直したわけだな』

　密談中みつだんちゅうだったが、ツバサとダオンは外に聞こえるほど笑った。

　こうした苦い経験を踏まえて安易に同盟入りはせず、一国家としていくらか距離を置いた関係を築きたいという提案だった。

　ツバサに異論はない。ダオンの案は正論に思える。

「なるほど……我々も間違えないという保証はありませんからね」

　聡明そうめいなクロウもすぐに共感してくれた。

　頷いて同意するアハウも、より発展した意見を提示してくる。

「適うのならば今後は積極的に同盟加入を求めるばかりではなく、エンテイ帝国のように協力きょうりょく体制たいせいは敷しくが、万が一の場合は我々にも制止を掛けてくれる陣営も増やした方がいいかも知れないな」

　アハウも仲間を守ることに固執こしつするあまり、我を見失った時期がある。

　ツバサたちとの邂逅かいこうも血生臭いものとなってしまった。

（※第１１３話～第１１４話参照）

　自身の失敗経験も手伝うのか、アハウもこうした陣営間の関わり方には慎重しんちょうに期きする傾向けいこうがあった。それはもうツバサ以上の慎重派だ。

「やり過ぎると派閥はばつが乱立らんりつして、揉め事の原因になりかねんがの」

　適当てきとうさが肝要かんようじゃて、とヌンがやんわり窘たしなめてきた。

　国家運営に関して一家言いっかげんある老王に言われると説得力がある。

「どのみち真なる世界ファンタジアは国土面積がデカすぎるからの、一国による全世界統治なんぞ不可能じゃ。大陸ごとに分けての分割ぶんかつ統治とうちですら難しい」

　どんな神族や魔族であろうとも、真なる世界ファンタジア全域に目は届かない。

　如何いかなる過大能力オーバードゥーイングであろうとも不可能だ。

　実際の話、ツバサたちにように強大な力を有する内在異性具現化者アニマ・アニムスでも、自国の領土とその周辺地域を管理するのが精いっぱいだった。

　世界征服や全国統一など夢のまた夢である。

　うぅむ、と唸うなるアハウは眉まゆを寄よせた。

「いくつかの同盟に分かれての統治とうちは不可避ふかひのようですね……」

　そうなれば自ずと五神同盟のようなグループが乱立し、各々が第三者機関として他のグループの動向を見張るシステムにならざるを得ない。

「そうなったら――そん時はそん時だよ」

　話が脱線だっせんしかけた頃、唐突にミロが声を上げた。

「今はキョウコウのおっさんの話にＯＫでいいんじゃね？　あっちにしてもウチと揉めたから、すんなり仲間入りすんのに二の足踏んでるんだろうし」

「「――それな」」

　ミサキとアハウはミロの発言を指差した。兄弟みたいな息の合いようである。

　そう、同盟入りしない理由の裏にはこれ・・があるはずだ。

　若い二人はミロのアバウトな考え方に賛成し、キョウコウに「骨の若造」と呼ばれて一悶着ひともんちゃくあったクロウは諦めるようなため息をつく。

「端的たんてきに言えば……対面たいめんが悪いのでしょうね」

　クロウはキョウコウの心中を察するように呟いた。

　ククリの話を聞くにキョウコウは「思い込みと責任感が人一倍強く、すべて自分で背負うとする」なんとも難儀なんぎな性格せいかくをしているらしい。

　――還らずの都を強奪しようと計画を立てて失敗。

　――強攻策きょうこうさくを選ぶあまり数多あまたの無辜むこの民たみを犠牲にした。

　――四神同盟を含む多くの者を巻き込んで戦乱を引き起こした。

　――かつての許嫁いいなずけであるククリに働いた数々の暴力。

　やらかした案件あんけんならば枚挙まいきょに暇いとまがない。

　キョウコウを暴挙へと走らせた要因。

　それは他でもない、超巨大蕃神“祭司長”の存在だった。

　あの絶対的な恐怖に対抗する力が欲しい……この一念がキョウコウを奮い立たせるも、彼に道義どうぎや人倫じんりんを見失わせる妄執もうしゅうとなってしまったのだ。

　怨敵おんてきである祭司長をツバサたちが撃退した後、心の重い枷かせが取れたキョウコウは、これらの積み重ねた悪行あくぎょうへ激しい自責の念を抱いたという。

　その辺りもダオンから聞かされている。

『爆乳小僧に詫びて四神同盟に合流することで、彼奴あやつを一人前の神王として育て上げていきたい！　これを以もって我が悪行の償つぐないとしたいのだ！』

　……などとキョウコウは宣のたまったらしい。

　えらく買われたものだ、とツバサは苦笑するしかなかった。

　人一倍の責任感がキョウコウの情動じょうどうを司つかさどっており、それが彼の強靱きょうじんな意志いしを支えているのだろうが、それゆえ感情にも振り回されやすそうだ。

　思い込んだら全身全霊命懸け――どこぞの拳銃師ジェイクとちょっと似ている。

　しかし、昨日の敵は今日の友とはいかない。

　同盟入りに関しては、罪悪感もあって躊躇ちゅうちょしていたようだ。

　主君の複雑な胸中きょうちゅうを読んだダオンは、「ちょうどいい妥協案だきょうあんを具申ぐしんいたします」と、五神同盟に加盟せず第三者機関になることを草案そうあんしたという。

　同盟入りせずとも国家間の交流は行える。

　同盟への加入は国交を結ぶ絶対条件ではない。だからおかしくはない。

　体面たいめんの悪さは適度てきどな距離を置くことで紛まぎらわせる。

　時間を掛けて誠意せいいを見せれば、それが次第に贖罪しょくざいとなるだろう。

　自分を倒したツバサに眼を掛けたい欲求は、第三者機関になれば「若者が道を踏み外さぬよう見守っている」という名目めいもくで叶かなえられる。

　ダオンの案はキョウコウにとって体裁ていさいを見繕みつくろわれるばかりではなく、一石三鳥くらい美味しい旨味うまみがあるわけだ。

　あの執事、策さくを弄ろうするのが上手うまいらしい。

　五神ごしん同盟どうめい会議が開かれる前、各陣営の代表へアポイントメントを取って訪ねると、「何卒なにとぞエンテイ帝国をよしなにお願いいたします」と頭を下げる行脚あんぎゃまでしていたのだ。営業をやらせても隙がなかった。

　この行脚のおかげで会議でも好意的に扱われている。

　上司であるキョウコウを説き伏せた手腕しゅわんも確かだが、ツバサたちにも反感を覚えさせることなくエンテイ帝国の立場を受け入れさせたのだ。

　外交官がいこうかんとしても有能である。

　油断していたら言いくるめられそうで怖い。

「なんにせよ――協力してくれる陣営が増えることは喜ばしいことです」

　ツバサは決けつを求もとめた。

　過去かこの遺恨いこんは水に流して、エンテイ帝国と国交を結ぶこと。なお第三者機関云々に関しては、あくまで相互監視という暗黙の了解とすること。

（※もしも五神同盟が暴走したらエンテイ帝国が制止役となるが、エンテイ帝国がまた愚行に走れば五神同盟が止める。これを暗に認める）

　――異議なし！

　これも満場一致で採決された。

「…………異議なし、です」

　ククリのみ不満げに頬ほほを膨ふくらませていたのは仕方ない。

　かつては兄のように慕したった許嫁いいなずけだというのに、暴力を振るわれるは、一方的に責め立てられるは、父母の形見ともいえる還らずの都を奪われようとするは、面と向かって罵倒ばとうされるはと、散々な目に遭わされたのだから……。

　彼の真意を知ったとしても子供心に許せまい。

　キョウコウは五神同盟への償つぐないのみならず、かつての許嫁に対する謝罪の弁をこれから何千なんぜん何万遍なんまんべんと繰り返すことになるに違いない。

　いつかククリに許してもらえるまで……。

　ククリは会議後にオカンの包容力ほうようりょくで慰めてやるのを忘れないとして、ツバサはこの議題に関する補足ほそくを付け足しておいた。

「近日中に執事長ダオンの案内でエンテイ帝国を訪問する予定なのですが、ツバサおれとミロ、それにクロウさんにはなるべく来てほしいそうです」

「おや、私もご指名ですか？」

　クロウは意外そうに頭蓋骨ずがいこつの眉まゆ部分をひん曲げた。

　この三人はキョウコウと直接対峙たいじし、戦闘中とはいえあれやこれや会話を交わした仲でもあるので、直接会って謝りたいこともあるらしい。

　この招待にクロウは応じ、ツバサたちと共に訪問することを了承。

「あと、できれば各陣営の代表……全員で出張でばるのは同盟を留守にするみたいなものなので無理ですが、せめて副官には来てほしいそうです」

「五神同盟の全陣営、それなりに権限けんげんがある人を出席させたいんですね」

　その意味は口にしたミサキもわかっているのだろう。

　まだ高校生の彼は会議にちょっと飽きてきたのか、戦女神となって豊満に育った爆乳をテーブルへ置くようにして遊んでいた。

　ツバサはオカンの眼光を飛ばして「はしたない！」と叱る。

「ミサキ君、めっ！　……全陣営出席の意味は言うまでもなく、立会人を増やすことで五神同盟とエンテイ帝国と国交にまつわる誓約せいやくを強めるためだな」

　ルーグ陣営が同盟入りした時と同じである。

　立ち会う人間の数が多く、格が高いほど誓約は強化されるからだ。エンテイ帝国としても信用を取り戻すために重視じゅうししたいのだろう。

「……わたしは行きませんからね」

　ボソリと呟いたククリは、ふて腐くされた顔をそっぽに向けた。

　かつて許嫁いいなずけのお兄ちゃんと慕ったシュウが、キョウコウという筋肉ムキムキの鎧親父になって戻ってきたと思えば、還らずの都を強奪しようとするは乱暴するはあらん限りの罵倒ばとうを浴びせかけられてきたのだ。

　それが真なる世界ファンタジアを護るため、と裏事情を聞かせても幼い少女の気持ちとして許せずはずがない。機嫌きげんを損そこねるのも仕方ないことだ。

「謝るつもりがあるならシュウ兄にいからこっちへ来ればいいんです！　それがなんですか、使いとしてダオンさんだけ飛ばしてきたり、父様や母様を自分の国へ呼びつけるなんて……悪いことをした反省が足らないんです！」

　小さな巫女みこは偉ぶるように腕を組んでプンプンと怒っている。

　まあまあ、とツバサは憤慨ふんがいする少女を宥なだめた。

「還らずの都争奪戦では俺もヒートアップして殺戮の女神セクメトになって、キョウコウを殺すつもりでフルボッコにしたからな……まだ傷が癒えてないらしい」

　えっ！？　と一転ククリは心配そうに顔を青ざめる。

「母様がシュウ兄にいにトドメを刺した……と？」

「違う違う違う！　ちょっと喧嘩でやり過ぎたってだけだから！」

　ワナワナと震えながら点になった眼でこちらを見つめるククリに、ツバサは慌てて手を振って訂正ていせいを求めた。重傷は負わせたのは否定できないが。

　ツバサは釈明しゃくめいめいた言葉を繋げていく。

「なんにせよ、部下を介したとはいえ『会いに来てほしい』とお願いされれば悪い気はしない。近日中に訪問することは決まりだ……ククリちゃんは無理せずともいいんだ。心の整理がついてからで全然間に合う」

「……はい、母様」

　ありがとうございます、とククリは微笑んで会釈えしゃくする。

　よし、どうにか誤魔化ごまかすことに成功した。

　実は執事ダオンから内密ないみつに頼まれたことがあるのだ。

『エンテイ帝国訪問の際――ククリ様を同行させないでいただきたい』

　ダオンの頼みにツバサは首を傾げた。

『還らずの都争奪戦で確執かくしつができてしまったわけだし、キョウコウが猛省もうせいしててもククリちゃんが決して許さないだろうからな。陣営同士で和解が成立したとしても、個人間の感情が落ち着くまでは時間が掛かるだろう。だが……』

　理由はそれだけじゃないな？　とツバサは裏を読んだ。

　ダオンの言い方には、キョウコウからククリを遠ざけようとする含みがあった。それは両者への気配りを帯びたものである。

『今すぐ御二方おふたかたを会わせた場合、ショッキングな事態じたいになると思いましてね』

　そこに配慮した内密なお願いだとダオンは言う。

『キョウコウ様は気にしないと仰っておりましたが、少なからずや心に傷を負われるはず……ククリ様もまた卒倒するほど衝撃を受けること間違いなしです』

『え？　キョウコウが大変なことになってるのか？』

　もしかして俺のせい？　とツバサは思わず心臓しんぞうの鼓動こどうが早まる。

　キョウコウと決着をつける際、太陽創成魔法で創り出した特大の太陽球を何十発とお見舞いした。原形を留めている方がおかしいくらいだ。

　いえいえ、とダオンは両手を挙げて頭を左右に振る。

『傷を癒やしておられるのは事実ですが、見た目はそれほどグロテスクにも奇妙キテレツになっているわけでもなくて……そうですね、ツバサ様などは目の当たりにしたら指を差してお笑いになりますやも知れませんな』

『どういうこと！？』

　意味がわからずツバサは素でツッコんでしまった。

　とにかく――ダオンは人差し指を立てて念を押してくる。

『ククリ様とキョウコウ様の再会は時期じき尚早しょうそう……これをお心得こころえください』

　万が一、キョウコウへ会いに行く時にククリが「わたしも行きます！」と主張したら、どうやって説得しようと考えていたが取り越し苦労で済んだ。

　エンテイ帝国との国交こっこう樹立じゅりつ――。

　――そして訪問に関する議題はこれにて終了とする。

「次の議題ぎだいは……未来神ドラクルンと名乗る男についてです」

　ツバサは思いっきり表情を顰しかめた。

　まだ最高に重々しい議題が後ろに控えているのだが、こちらの議題も面倒臭さなら負けていない。あの裸の王様は人格に難がありすぎるのだ。

「詳しいことは事前に送付したデータを参照してください……」

　ツバサは口頭こうとうでの説明を放棄ほうきした。

　あの変態親父の解説をまたするのは面倒臭くて仕方がない。話題に取り上げるだけで超ハイカロリーな油まみれの菓子でも食べてる気分になってくる。

　あの男は存在自体がくどい・・・のだ。

　未来神――ドラクルン・Ｔ・ギガトリアームズ。

　かつてはツバサたちのようにＶＲヴァーチャル格闘ゲームの最高峰さいこうほう“アシュラ・ストリート”における最強の八人、アシュラ八部衆に数えられた一人。

　破壊王、変態王、混沌王、蹂躙王、戦争王……そして未来王。

　あだ名の数だけなら群を抜いている。

　個人としての戦闘能力もアシュラ八部衆に加わるるほどだから傑出けっしゅつしているが、彼の実力が十全じゅうぜんに発揮されるのは団体戦。詰まるところ戦争の指揮しきを執とらせたのならば右に出る者はいない。

　王を名乗るばかりではなく、将しょうや帥すいの才能にも恵まれた男。

　ただし、一筋縄ひとすじなわで行く性格ではない。

　王を名乗る割に支配も征服もせず、そのカリスマに惹ひかれた変態チックな家臣団を引き連れて王道おうどうを闊歩かっぽする奇人変人の王である。

　おまけにド派手なパフォーマンスを好み、一瞬の静けさすら許さない。

　一言にまとめれば「うるさい変態親父」なのだ。

　猛将キョウコウや破壊神ロンドはまだ話が通じた方だと思う。未来神ドラクルンの喧やかましさは一方通行なので、能動的のうどうてきに話し掛けても聞いてもらえないし、受動的じゅどうてきな会話の受け身に回れば圧倒的情報量で脳味噌がパンクさせられる。

　だから面倒臭い――できれば関わりたくないのだ。

　そんな彼も異世界転移していたことが判明。

　あろうことか破壊神ロンドと裏で手を結んでおり、使える部下の入れ替えや何らかの裏取引を交わしていた事実まで発覚した。

　最悪にしてバッド・絶死をもたらデッド・す終焉エンド　二十人の終焉者トゥエンティ。

　№１７　混迷こんめいのフラグ――ウトガルザ・ロキ。

　№２０　神喰かみくいのフラグ――グンザ・Ｈ・フェンリル。

　この二人が未来神ドラクルンの手の者であり、まるで派遣社員のように破壊神ロンドの部下として遣つかわされていたそうだ。

　ロキは戦死、倒したのは組長バンダユウ＆長男ダイン＆次女フミカ。

　グンザは怪僧ソワカに追い詰められるも遁走とんそう。

　彼の逃走劇には殺戮師グレンの妹を名乗る謎の少女グランや、人類の裏切り者にして蕃神ばんしんの不実ふじつな使者ししゃナイ・アールが絡んでいた。

　そして、ドラクルン自身もその力と声のみを現場に現したという。

　恐らくは――ドラクルンも灰色の御子。

　神族と魔族の間に生まれ、真なる世界ファンタジアを救う戦力としての人間を連れ帰るために地球へ渡った者の一人だと推測されている。

　破壊神ロンドとの繋がりも、灰色の御子同士という関係性によるものだろう。

　プリントアウトされた未来神に関する情報。

　アハウはその書面と、ツバサやミサキを交互に見比べる。

「あのロンドと手を結んでいたのみならず、蕃神ばんしんとも裏で通じていた可能性が窺うかがえるので要注意だと思うのだが……ツバサ君たちの提案は“保留ほりゅう”？」

　保留の案を提出したのはツバサだけではない。

　戦女神ミサキ、軍師レオナルド、横綱ドンカイ、剣豪セイメイ、銃神ジェイク、拳銃師バリー、仙道師エンオウ。

　早い話、阿修アシュラ・羅街ストリートの経験者全員である。

「叶うなら関わりたくない……あからさまですね」

「わかってもらえますか？」

　理解してくれたクロウにツバサは情けない笑顔で半泣きだった。

　まだ「１回休み」マスクを外すことを許されていないジェイクも、「フンフンフン！」と鼻息も荒く同意の頷きを繰り返していた。

　そういえば彼はドラクルンに粘着されたことがあったはずだ。

　人間――誰しも苦手な相手はいる。

　ドラクルンはその人類代表である。喧やかましくて厚あつかましくて鬱陶うっとうしくて暑苦あつくるしくて、遊び相手を見つけると執拗しつように絡んでくるのだ。

　――イカしてイカれてイッてる変態親父。

　以前どこかでドラクルンの人物像をこのように評ひょうしたが、あの男の厄介なところはそこばかりではない。いくつもある二つ名にも現れている。

　戦争王――この肩書きに偽りなしだ。

「あの男は戦争が上手いってだけじゃない……戦争が・・・大好き・・・なんですよ」

　ツバサは疲れた顔に深刻しんこくさを滲にじませた。

　ドラクルンにとって戦争とは最高のアクティビティだ。

　戦争せんそうし甲斐がいのある強敵を見つければ、ストーカーよろしく付き纏う。

　生かさず殺さずで延々えんえんと戦争を仕掛けてくる。

「俺たちも武を競うために戦うことが好きですけど、ドラクルンは大勢と大勢がぶつかり合う戦争を異常なほど好みます。いつ終わるかわからない戦争をいつまでも楽しめるようにと、情勢じょうせいを見極めて細工さいくをするくらいにね……」

　戦争をやらせたら天下一品、狡猾こうかつで老獪ろうかいな悪知恵も働く。

「なのに、精神的には日が暮れても遊びたがる小学五年生みたいなメンタルをしていて、無限のバイタリティ持ちだから手に負えないんですよ……」

　アシュラ八部衆、並びにアシュラ１６。

　ここら辺の上位ランカーも軒並み被害者である。

「お互い対戦相手に恵まれないからって手合わせすれば運の尽き。それから数日、朝から晩まで延々と絡まれて戦争闘争乱闘抗争に付き合わされ、どこへ逃げようとも追い回され、戦いが戦いを呼んでとうとう大戦争に……ッ！」

「どこの修羅界しゅらかいの話ですかそれは？」

　ドラクルンとのやり取りを振り返るツバサに、クロウは信じられないと言いたげな疑問を投げ掛けてきた。そこからドラクルンの人物像を結んでいく。

「聞いている限り……永遠のガキ大将みたいな人ですね」

　惜しい――クロウの感想はいい線を行っている。

「それに１００倍輪を掛けた厄介極まりない怪人物だと思ってください……」

「１００倍ですか！？　それは……手に負えませんねぇ」

　教師生活二十五年の私もお手上げです、とクロウさえ匙さじを投げた。

　何とかなるようなタマなら、ツバサたちアシュラ八部衆が総掛かりで何とかしたはずだか、ドラクルンが健在な時点で察してほしい。

　遊び半分で勝負を挑み、酷い目に遭ったのは数知れず。

　以来、アシュラ八部衆はドラクルンに自ら絡むような真似をしなくなった。あちらから粉を掛けてきても、興味のないフリでやり過ごした。

「『お暇かな？』って声を掛けられて肯定した日にはもう……」

「なんだろう、そういう妖怪がいた気がするな」

　うんざり顔のツバサの言葉を民俗学にも造形のあるアハウが拾い、ドラクルンのことを妖怪に例えていた。本当に妖怪みたいな親父だから否定できない。

「あの男の辞書には『加減かげん』や『程度ていど』の文字が載っていません」

　おまけに生粋の戦争狂ウォーモンガーである。

　ツバサたちのように戦闘民族と揶揄やゆされるような戦闘狂ではなく、隊を指揮して攻め立てる戦が楽しくて仕方ないタイプなのだ。

　阿修アシュラ・羅街ストリートでも、部下を率いてよく戦乱を巻き起こしていた。

　戦争に近い団体戦ができるフィールドの常連じょうれんだったのは言わずもがな、個人戦メインのフィールドでも強引に戦争を始めるほどだ。

「そんなんだから『迷惑千万！』って嫌われてたんですよね……」

「アシュラの運営も個人戦フィールドで一対多を禁じていなかったから、それがドラクルンに拍車を掛けて増長させたからなぁ……」

　よろしくない記憶だが、ミサキとツバサはしみじみ思い出してしまう。

　アシュラ八部衆は彼の率いる部隊に狙われたものだ。

　無論、雑魚ざこに徒党ととうを組まれた程度でツバサたちが怯むことはない。

　ひたすら面倒臭いだけだ。

「……おまけに始終しゅうしドラクルンの喧やかましい胴間声どうまごえと向き合って、壊れたスピーカーみたいに意味のない饒舌じょうぜつを聞かされて……そっちの方が参りましたよ」

　ツバサの話にミサキも意見を混ぜ込んでくる。

「あのオッサンの声や話し方、癇かんにさわるというか癪しゃくに障るというか……」

　理性を逆撫さかなでて狂奔きょうほんへと走らせる効果があった。

　人々の戦意を拡大させる煽動者せんどうしゃとしての資質ししつもあるのだろう。

　そこに奇妙なカリスマ性を見出して信奉者しんぽうしゃとなる者もいれば、ツバサたちのように嫌悪感ほどではないが苦手意識を持つ者もいるようだ。

　王おうにして将しょうであり帥すいとなる戦争狂ウォーモンガー。

　彼にとって戦争とは食べ応えのある獲物だ。

　当人と率いる群れが飽きるまで、獲物をしゃぶり尽くす。骨を噛み砕いて中身の髄ずいまで啜すすり上あげるのだ。逃れるには興味を失うまで耐えるしかない。

　それが半日か一週間かはドラクルンの気分なのだが……。

　ミサキは円卓えんたくに伏せると紫髪しはつを抱えて呻いた。

「……オレ、未だにあのオッサンに追い回される悪夢をたまに見ます」

「どんだけだよおい！？　精神的外傷トラウマになってんじゃん！」

　あんま思い詰めんな！　とヒデヨシは年若いミサキを気遣きづかった。彼自身もまだまだ若いが、社長という立場から年下の面倒見が良い。

「おれも夢に見るくらい絡まれたからなぁ……」

　ようやくジェイクが「１回休み」マスクを外すことを許された。

　アシュラ八部衆に関係する話題なので許可が出たようだ。

「ほら、オレって銃使いだけど遠近両方イケるでしょ？　だから是非とも遠距離戦も接近戦もできる狙撃手スナイパーとして我が軍団に入らないかって……」

「あのオッサン、勧誘スカウトにも熱心だったからなぁ」

　ツバサも誘われたのを思い出す。

　アシュラ八部衆やベスト１６は、ドラクルンにとって格好の獲物。

　同時に仲間に引き込みたい逸材いつざいだったらしい。

「……とにかく、ドラクルンは度し難い戦争狂ウォーモンガーってことです」

　ツバサは苦虫を噛み潰したような顔で、思い出しただけでイライラするこめかみを人差し指で押さえながら、ドラクルンの性質せいしつを論あげつらった。

「そう聞かされると、この報告書には得心とくしんのいかん点が出てくるの」

　さすが歴戦の王――ヌンの鋭い観察眼は目敏めざとかった。

　プリントアウトされた書面を叩いて、ヌンは気になる点を指摘してきする。

「ソワカ君が仇かたきであるグンザを仕留めようとした際、グランやナイ・アールといった部下を派遣はけんしたのみならず、彼らがまとめて倒されそうになると、本人らしき力を持った何かが介入かいにゅうして彼らの逃亡を助けた……とあるな」

「ん？　そんだけ？　そいつぁ確かに妙だな」

　恐らく流し読みしかしていなかったバンダユウも、手元の資料を手繰たぐり寄せると急いで読み直した。こちらは老眼鏡はいらないようだ。

「希代きだいの戦争バカがあっさり引き下がったってことかい？」

　そこです、とツバサは重要な発言を指差した。

「俺たちの知るドラクルンならば、こんな潔いさぎよいはずがありません。況ましてや去り際に『ツバサ君やアシュラ八部衆によろしく』と、自分が俺たちの知るドラクルンであることをはっきり臭わせているんですから……」

　ドラクルンにとって、アシュラ八部衆は最高の獲物。

　それが六人も揃っており、肩を並べる猛者もさも集まっている五神同盟の存在を嗅ぎつけたのならば、素っ気なく立ち去るような真似は絶対にしない。

　置き土産に宣戦布告のひとつやふたつはするだろう。

　しかし――ドラクルンは逃げた。

　部下の逃走を最優先するかのような行動に出たのだ。

「五神同盟こちらを把握している口振りだった、と報告書にもあるな」

「我々の状況を知るもちょっかいを掛けてこない戦争狂……なのに部下を庇うように逃げて殿しんがりを務め、あちらから手出しする気配もない……」

　パチリ、と名案めいあんが閃ひらいたように指が鳴った。

　アハウとクロウが導き出そうとした答えをミサキが代弁する。



「つまり――五神同盟オレたちに戦争を吹っ掛ける余裕がない」



　その通り、とツバサはミサキの正解に近い予測を褒めた。

　同盟に属するソワカの前に現れて、ツバサたちアシュラ八部衆や五神同盟の存在を知りながらも宣戦布告せず、有能な部下の逃走経路を確保すべく動き、時間稼ぎまでしてまで彼らを逃がそうとした。

　――ＬＶ９９９スリーナインの有能で使える部下を失いたくない。

　そんな指揮官の苦悩がひしひし感じられる。

　一人でも多くの兵力を確保しておきたい将しょうの心境なのだろう。

　好敵手と呼ぶであろうアシュラ八部衆が同盟に集うのを知りながら、戦争を仕掛けることも忘れて、部下とともに逃げの一手に出たのもらしくない。

　これらの事実から大まかな裏事情を読み取れる。

「現在ドラクルンと彼が率いる徒党は、中央大陸から離れた北西諸島に潜伏していると推測されていますが……恐らくそこで交戦中なんです」

　あるいは全戦力を投入する難事なんじに出会でくわしている可能性。

　どちらにせよ、他に回す戦力的余裕がないのだ。

「あの男は戦争狂ウォーモンガーだがバカではありません。彼我ひがの戦力差を見極めて楽しむ傲慢ごうまんさを持っている。その戦争狂ウォーモンガーが俺たちとの開戦を避けるとなれば……」

　ツバサの言いたいことを蛙の王様が続けてくれる。

「もしも五神ごしん同盟どうめいに喧嘩を売り、ワシらが全力でドラクルンを叩きに行けば、如何いかな戦争狂であろうと手が回らなくなると容易に想像がつく……それほどの強敵に恵まれたか、何らかの難題に多くの兵を割かねばならぬ事態に陥ったか」

　そんなとこじゃろ、とヌンはまとめてくれた。

　ツバサは同意の会釈で返すと、“保留ほりゅう”とした意味を明かす。

「皆さんも気付いていると思いますが、次に上げる議題は緊急性が高いものです。できれば、そちらを最優先で片付けたいんです」

「次の議題が後顧こうこの憂うれいになるかも――ってわけかい？」

　確認を求めるバンダユウにツバサは目線を送る。

「前門の虎後門の狼なんて言いますが、どちらかの門の獣がこちらへ敵意を向けられない今のうちに、もうひとつの門の獣を始末しておきたいですよね」

　然さもありなん――バンダユウは納得してくれた。

　ツバサの論理からすれば、虎も狼も共に倒すべき障害しょうがいである。

　しかし、同時に相手取るのは難しい。となれば優先度の高い方を先に対処して、もう一方へ全力投球できる流れに持っていきたい。

「元より次の議題を最優先事項として提示ていじするつもりでしたので、後顧の憂いというならば未来神ドラクルンの方でしたが……」

「向こうの出方を窺うかがってみたら、あっちも手詰まり感があったわけだ」

　渡りに船だな、とヒデヨシは好機こうきを逃さない眼で言った。

「……少々不安もありますけどね」

　ツバサは全面的に肯定することを避けてしまった。

　戦争王の異名を取る、ドラクルンほどの男が手子摺てこずっている。

　相手は異世界転移したＶＲＭＭＯＲＰＧアルマゲドンのプレイヤーか？　それともこの世界に潜んでいた神族や魔族の強者か？　はたまた未知の恐ろしい蕃神ばんしんか？

　――それはわからない。

　この状況を幸運と捉とらえるべきかもだ。

　調べたくとも情報官アキを始めとした遠隔視えんかくしや調査能力に優れた能力を持つ神族でさえ、ドラクルンのいる北西諸島へは調査の手が及ばない。比較的最近造られたものだが、強力な結界に阻まれて調べられないそうだ。

　破壊神ロンドと手を結んでいたり、蕃神と陰で通じていたりと、未来神ドラクルンは胡散臭うさんくさいを通り越して疑惑ぎわくの宝庫ほうこである。

　北西諸島を根城ねじろに何を企んでいるかも怪しいところだ。

　そんな戦争狂ウォーモンガーが戦争を仕掛ける余裕がないほど未知の脅威。

　これが気に掛かるが致し方ない。

「懸念けねんする材料が尽きませんが、未来神ドラクルンへの対処は“保留”にしたいことをここに提言ていげんします。言い方は悪いですが後回しです」

　ええっ！？　とミロがびっくりした声を上げる。

「後回しって……ツバサさんが一番嫌いな言葉じゃん！」

「ああ、大っ嫌いだ。俺は目の前にある問題は端はしから片付けていかないと気が済まない性質タチだからな……それでも、今回はそう言わざるを得ない」

　未来神ドラクルンと、次の議題に上げる蕃神。

　どちらも未知数の脅威であるため、事に当たるならば同盟の全力を持って当たりたい。国土防衛の戦力を計算した上での全力を投じたいのだ。

　となれば、一度に両方というのは欲張よくばりが過ぎる。

　どちらか先に完膚無かんぷなきまでに叩き潰した後、もうひとつへ対処するべく取り組む。その順番を決めるしかない。

　――戦争好きのドラクルンが忙しい。

　この可能性が高い推察すいさつができたため、優先すべき次の議題を先に片付けてドラクルンを“後回し”にする選択を取るしかなかった。

「では決を採ります。未来神ドラクルンに関しては現状“保留”とする」

　――異議なし。

　誰もが不承ふしょう不承ぶしょうであるものの、満場一致で決定した。

　ツバサも本音はそうだ。あの戦争大好きな変態親父を野放しにしておくのは据すわりが悪い。彼が全軍を以もって当たる難題についても気になる。

　しかし、ここはグッと堪えるしかない。

　順番を間違えたり同時侵攻なんて無茶をすれば、即座にゲームオーバーとなりかねない。どんなに自由度の高いオープンワールドゲームであろうと、進行手順を誤れば詰んでしまうことはままあるのだ。

　蕃神ども蹴散らし、超巨大蕃神を撃破し、猛将キョウコウや破壊神ロンドを討伐とうばつした。

　自信や自負は培つちかわれても油断は禁物である。

　だからこそ、次の議題も必要以上に本腰を入れねばならない。

「次の議題はこれまで以上に真剣に取り組んでください」

　起立したツバサは緊張を漲みなぎらせた声で告げた。

　円卓に頬杖ほおづえをついていたバンダユウや、頭の後ろに手を回して寛くつろいでいたヒデヨシ、両肘りょうひじをついて組んだ手に顎を乗せていたクロウ……。

　やや砕けた姿勢だった一同が一斉に背筋を正す。

　遊びを許さない張り詰めた空気を感じ取ってくれたようだ。

　ミロさえもお行儀良く座り直す。

　場が静寂に満たされたところで、ツバサは次の議題を打ち上げた。



「南方大陸とそこに巣食う想像を絶する蕃神について――です」



　　　～～～～～～～～～～～～

　事の発端は破壊神戦争直後から始まっていた。

　ツバサとミロの活躍により打ち倒された破壊神は、宇宙卵ヒラニヤガルバから生まれた御子みこの役目として、延世えんせいの神となり世界の存続を祝福してくれた。

　そのロンドが去り際に遺した一言が問題だった。

『一年、いや、半年のうちに……南へ向かえ……まず、そこが堕ちる・・・』

　ツバサにのみ聞こえた破壊神ロンドの遺言ゆいごん。

　延世の神として真なる世界ファンタジアが続くことを祝ってくれたロンドが、いくら悪戯好きの遊び人とはいえ、臨終りんじゅうの際きわで嘘をつくとは思えない。

　そこで横綱ドンカイと七女ジャジャへ調査を依頼した。

　急拵きゅうごしらえの隠密おんみつチームを組んだ二人は、南方へと旅立った。南海の荒波を超えること四日。ついに南方大陸の手前までと辿り着いた。

　そこに待ち受けていたのは――瀑布ばくふの結界けっかい。

　南方大陸を取り囲んでいたのは、天から降り注ぐ猛烈な滝。

　それ自体が莫大ばくだいな水流すいりゅうによる重圧を発生させることで立ち入りを禁じているが、寄り添うように不可視ふかしの強力な結界も張り巡らされていた。

　結界の向こうから感じるのは強大な蕃神の気配。

　その強さは超巨大蕃神“祭司長”さいしちょうを目の当たりにしたことのあるドンカイをして「祭司長以上」と太鼓判を押すほどだった。

　源層礁げんそうしょうの庭園ていえんの協力もあって、南方大陸にはかなり昔から強大な蕃神が巣食っていたことや、約１年前からこの世界を蝕むように侵食を開始したこと、その影響なのか南方大陸が三分割してしまったことなども判明。

　現在、南方大陸の三分の一が蕃神の手に落ちたと見られている。

「ここまでは各陣営と連携を取りつつ報告させていただいた通りですが……あれから更に頭痛を覚えるような出来事がありまして……」

　おまけに確証かくしょうが少ないから提言ていげんするのも憚はばかられる。

　しかし、時勢的じせいてきにこの議題とも無関係ではないため打ち明けるしかない。ツバサは咳払せきばらいをしてから話を続ける。

　ほんの少し恥ずかしさから頬を赤く染めて――。

「祭司長らしき蕃神が俺個人へ接触してきました……夢の中で」

　どよめく声に会議室が色めき立つ。

　一応、事前に情報として添付てんぷしておいたものの、本人の口から認めるように放たれればインパクトがあったのだろう。

　黄金の起源龍エルドラントの墓参りに行った帰りのことだ。

　全界ぜんかい特急とっきゅうラザフォードの客車でうたた寝をしていたツバサの夢に、祭司長が介入してくると「忠告」と称して南方大陸へ関わることを止めてきたのだ。

「祭司長は……クトゥルフの姿をしていました」

　ゴクリ、と固唾かたずを飲む音がいくつも聞こえたような気がした。

　祭司長の正体が判明したことによる緊張感が走る。

　だが、夢の中の話なので証拠はない。

　正式な議題の場で口にするのはどうかと思うのだが、あれをツバサの無意識が見せた産物と片付けることはできなかった。

　それほど猛悪もうあくなインパクトを備えていたのだ。

『今のバサママの心境って……クトゥルフ神話の登場人物ッスよね』

　次女フミカにもこんな風に例えられた。

『常軌じょうきを逸いっした宇宙的コズミック恐怖ホラーと遭遇そうぐうしたのに、それが悪夢とか誰も目撃者がいない場だった。誰かに聞いてもらおうとするんだけど、邪神や魔物がいたって証拠がないから信じてもらえない……って苦悩するやつッス』

　まんま過ぎて笑えんぞ、とツバサは渋い顔で返したものだ。

　ツバサの悪夢に降臨した祭司長さいしちょう。

　その正体であるクトゥルフの姿を露あらわにすると、自らをも越える“外なる神々”アウターゴッズの存在を明かし、その一柱ひとはしらが南方大陸にいると臭わせてきた。

　蕃神ばんしんでも最上位と思われていた祭司長。

　彼でさえ「謁見えっけんも許されない」のが“外なる神々”アウターゴッズだという。

　最上位存在を上回る超上位存在である。

　そして、南方大陸の状況を触り程度だが垣間見かいまみせてきた。

　南方大陸の奥地――天を枝葉で地を根で覆い尽くす黒い世界樹。

　蠢うごめく異形の樹木じゅもく――その木々に覆われた大地。

　黒い世界樹を守る黒き巨神――それに群がる白き巨神の群れ。

　どうやら、この黒い世界樹が“外なる神々”アウターゴッズらしい。

　祭司長をしても会うことができない超上位存在に、ツバサたちが立ち向かおうとするのを「不敬ふけいである」と判断しての忠告とのことだった。

「…………以上です」

　悪夢の話を終えたツバサはため息をついた。

　これは――あくまでも夢の話。

　ツバサとしては「祭司長の正体はクトゥルフであり、蕃神たちは本当にクトゥルフの邪神群だったんだよ！」ぐらいの確信を得られた気分なのだが、あくまでも夢に過ぎないので確たる証拠がない。

　証明できなければ、夢の随まにまに覗いた幻に過ぎないのだ。

　南方大陸に祭司長より強い蕃神がいるところまでは確定情報だが、そこから先の話はツバサの無意識が見せた妄想と切り捨てられても仕方ない。

　それでも――胸の内に収めておくことができなった。

　祭司長に見せられた悪夢に、生々なまなしい畏怖いふを覚えさせられたからだ。

　ツバサの本能、危機管理能力を司る部分が「早急にみんなで対応策を考えなければ滅ぼされる」と警鐘けいしょうを鳴らしていた。

「ホントだよ、ツバサさん嘘ついてないもん」

　ここでツバサの話を弁護べんごしてくれたのがミロだった。

　円卓に両手をついて力説を始める。

「ツバサさんがうたた寝してる時、ものすごい嫌な気配が忍び寄ってて、そいつが近付いてきたからぐっすり寝てたアタシも起きたんだもん。ツバサさん、悪夢に捕まっちゃってたのか、おっぱいにビンタしても起きなかったし……」

　ツバサさん嘘つかない！　と熱弁ねつべんを奮ふるってくれた。

「そうです、母様が嘘を仰るはずがありません」

　ミロを見習うようにククリも無条件でツバサの証言を推してくれた。小さな身体でミロと一緒に円卓へ身を乗り出すと、テーブルを叩きながら主張する。

「ミロ、ククリちゃん……ありがとうな」

　娘たちの優しさに感謝するツバサだが、「おっぱいビンタの話は省きなさい」とミロの頭を鷲掴みにしてアイアンクローでお仕置きした。

　すると、バンダユウが真面目な顔で挙手きょしゅする。

「――おっぱいにビンタんところ詳しく」

「掘り下げるとこ違うでしょ！？　真顔で訊きいてくんな！」

　辛気しんき臭くさくなりかけた空気はバンダユウのセクハラで茶化ちゃかされ、ツバサの怒鳴り声で完全に吹き飛んでしまった。

　まあまあ、と制してくれたのはヌン陛下だった。

「そう疑心暗鬼ぎしんあんきにならんでもいいぞツバサ君。ワシは君の話を信じるでな……昔、似たようなことがあったからの。ノラちゃん・・・・・に聞いてもええぞ」

　聖賢師リシノラシンハも証人になる、とヌンは付け加える。

「祭司長を始めとした蕃神どもが、夢を通じて語りかけてくるっちゅうケースはよく聞いたわ。そもそもワシらが“祭司長”の名を知ったのも、どこぞの国で星見ほしみをやってた神族が夢の中で祭司長から語りかけられたのが始まりじゃったし」

「……そ、そうなんですか？」

　ミロの他にも理解者が現れた。それも１万歳の貫禄かんろくのある老王ろうおうが保証してくれたので安心感が違う。ツバサはおじいちゃん子だから効果倍増だ。

　クトゥルフは夢を通じて他者の精神に忍び込んでくる。

　クトゥルフ神話では鉄板のネタだそうだが、どうやら真なる世界ファンタジアでも同様の手口を使っており、この世界の住人を悩ましてきたらしい。

　蕃神と相対あいたいしてきたヌン陛下のお墨付すみつきである。

「どうせ戦やることは変わんねぇしな」

　おっぱいビンタに食いついていたバンダユウもニヒルに笑う。

　諦観ていかんの哀愁あいしゅうを漂わせるも覚悟の決まった笑みだ。

「蕃神が例のクトゥルフ邪神っぽい、ってのはおれもレイジやマリから散々聞かされてるからよ。ツバサ君の夢のおかげで正体が割れたってだけだぜ」

　なら戦やるだけさ、と組長は夢の話に理解を示してくれた。

「バンの叔父貴おじきに一票。野郎が誰であれ打ぶちのめすだけさ。正体がわかったってんなら、対策ができんだし悪くねぇんじゃねえか？」

　ヒデヨシも手を上げると意気いき軒昂けんこうに取り組んでくれた。

「そもそもの話――会議ここで嘘をついてもツバサ君にメリットがない」

　あんな恥じらってまで……とアハウは女体化した肉体のことを話題にされるくらいに羞恥心しゅうちしんを昂たかぶらせたツバサの心中を案じてくれた。

「アハウ君に同意です。ツバサ君の報告を疑う余地はありません」

　カタカタと髑髏しゃれこうべを揺らしてクロウも頷く。

　これにミサキも続いてくれた。

「オレもツバサさんを信じますよ。誰より勘のいいミロちゃんが危険！　って感じたのが信憑性しんぴょうせいありますし……それに南方大陸にドンカイさんもビビる蕃神がいるのは確実なんですから、裏付けが取れたと思えばいいんじゃないすか？」

「右に同じ、おれもツバサちゃんを信じるよ」

　ジェイクも手を上げる。今回の会議では本当に余計なことは言わないつもりのようだが、賛成するところはちゃんとしてくれた。

　みんなからの信頼に、ツバサは思わず噎むせび泣なきそうだった。

「……ありがとうございますッ！」

　涙ぐむ顔を見られたくないかのように頭を下げるツバサ。隣ではミロが全部わかっているような顔で「シシシ♪」と笑い声を漏らす。

　ふと――ダオンの言葉が脳裏を過る。

『今の五神ごしん同盟どうめいはほとんど一枚岩です』

　なるほど、これは確かに一枚岩だ。一丸となっている。

　実績じっせきによる信頼を兼ね備えた団結力は、仲間の発言を疑わない。こうしてあやふやな情報であろうと猜疑心さいぎしんを持つことなく信じてくれる。

　それはチームワークの強みだが、時として過失かしつを引き起こしかねない。

　もしもツバサの報告に間違いがあったら？

　鵜呑うのみにした仲間たちに大惨事だいさんじを起こすことも有り得るやも……と未来のことを考えてしまう。ダオンの提言ていげんもあながち馬鹿にできなかった。

　必要かも知れない――査定さていする第三者機関。

「ところでよ、その“外なる神々”アウターゴッズだっけ？　そいつもクトゥルフ神話に出てくるバケモノだってんなら……それこそ予あらかじめ対策とかできねぇのかい？」

　ツバサが顔を上げるとヒデヨシに尋ねられた。

　もっともな質問であり、既に対策の準備はできている。

「ええ、幸いにもウチにクトゥルフ神話愛好家ラブクラフティアンな娘たちがいたもので、俺が夢で見た情報から何者なのかを類推るいすいしてもらいました」

　次女フミカと三女プトラに該当がいとうする蕃神ばんしんのデータをまとめてもらっていた。

　情報系技能を使って、円卓の中心にモニタースクリーンを多窓で展開させると、その外なる神に関する概要がいようをピックアップする。

　――シュブ＝ニグラス。

　原初の魔皇スルタンアザトースより生じた“闇”が産んだ娘。

　兄弟に同じくアザトースより生じた“無名の霧”より産まれた次元の門にして鍵の守護者たるヨグ＝ソトースがいる。

　千の仔を孕はらみし黒山羊、あるいは千の仔を随したがえし黒山羊。

　これらの異名を持つ。

　クトゥルフ神話でも多くない雌性しせいの神格しんかくであり、豊穣の女神や多産な大地母神としての性格を色濃く現している。地球の神話で語られる豊穣多産の女神アスタルテや、大地母神キュベレイとも同一視される偉大なる母神マグナ・マーテル。

　しかし、そこはクトゥルフ神話の邪神。

　男神として他の神性を孕ませた伝承も残っており、化身のいくつには男性の相が強いものもある。ハンサムな山羊神サテュロスになるとかならないとか……。

　これらの点から魔宴サバトを支配する山羊やぎ頭あたまの悪魔バフォメットとの関連性も囁かれているが、あくまでも噂止まりらしい。

　人間の前へ顕現けんげんする際は、いくつかの化身として現れる。

　もっとも有名なものは恐ろしい雲のような巨体に山羊やぎの蹄ひづめを備えたような脚を何本も生やして、触手を振り乱す恐ろしい怪物の姿だという。

　また、大蛇のように細長い図体から無数の節足動物めいた脚を生やして、クラゲ状の頭部にいくつもの大きな眼球を備え、頭頂部からは数え切れない牙を生やした嘴くちばしを打ち鳴らす、などというバケモノじみた姿もあるそうだ。

　以上、博覧強記はくらんきょうき娘むすめなフミカからの情報である。

「……そうしたシュブ＝ニグラスの化身のひとつに、枯れた巨木を依代よりしろとすることで顕現けんげんするものがあるらしく、件くだんの黒い世界樹がこれではないかと」

「その世界樹から怪物めいた樹木が増殖していると？」

　アハウからの問いに、ツバサはひとつのモニターをクローズアップする。

「ええ、シュブ＝ニグラスは黒い仔山羊こやぎと呼ばれる落とし子を産むそうなのですが、それが見ようによっては樹木に見えなくもないとのことで……」

　仔山羊と呼ばれているが可愛げはない。

　その全長は見上げる大木ほどはあり、山羊の蹄を持った何本もの大きな足で森林を闊歩かっぽして、野太い鞭むちのような触手を振るい、牙の生え揃った口を身体の各所に開かせて、獲物を貪り喰らうという。

　数体も揃えば、大軍をも蹂躙じゅうりんする重機動兵器に匹敵するだろう。

「落とし子だけでも侮あなどれないですけど……」

　肝心のシュブ＝ニグラスの危険度は？　とミサキに訊かれる。

　散々クトゥルフ神話の邪神群の恐怖を煽あおってきたが、この問い掛けに対する返答にはちょっと逡巡しゅんじゅんしてしまう。

「それが……クトゥルフの邪神の中では穏健派おんけんはらしくて……」

　はぁ！？　という懐疑的かいぎてきな声が連呼れんこした。

　ツバサも同感であるが、フミカやプトラの作ってくれた資料に間違いがあるとは思えない。貰ったデータを元に説明を続けていく。

「クトゥルフを筆頭とした旧支配者にも何体かいるそうなんですが、正しく信仰さえすれば目立った害はなく、ちゃんとした恩恵を授ける神性もいるそうで……シュブ＝ニグラスはその外なる神々代表だとか」

　旧支配者の穏健派ならツァトゥグァだとのこと。

　基本的にクトゥルフ神話の邪神たちは召喚しょうかんするなり遭遇そうぐうするなり、目の前に現れたらそこで終了。出会った人物は即ジ・エンドである。

　――特に外なる神々。

　魔皇アザトースの召喚に成功しようものなら周囲数十㎞が跡形もなく吹っ飛ぶというし、副王ヨグ＝ソートスの召喚に成功すればこの世の終わりだという。

「でもシュブ＝ニグラスにはそうしたデメリットがないんだとか」

　召喚して正しく奉たてまつれば恩恵おんけいを与えてくれる。

　それは大地母神らしく、豊穣の恵みと多産な生命力であるという。

「他にも望めば不老不死や特殊能力も貰えるそうです」

「なんだよ、至れり尽くせりだな。スーパーパワーまでくれんのかい？」

　軽口を挟んでくるバンダユウにツバサは淡々と返す。

「ただし、半人半羊サテュロスにされたり二目と見られない怪物になりますけどね」

「ショッカーの改造人間のがマシじゃねそれ！？」

　具体的にはシュブ＝ニグラスが眼を掛けた信仰厚き者は、彼女に丸呑みにされることで産み直され、不老不死の怪物に生まれ変われるという。

　不死身ではなく、老いて死ぬことのない強力な生命体になれるらしい。

　恩恵はこれだけに留まらない。

　かつてクトゥルフ派閥はばつと敵対した、なんて伝承もある。

　――旧支配者ガタノソア。

　偉大なるクトゥルフの血を受け継ぐ三兄弟の長兄とされ、その姿を見た者を例外なく石にするメデューサ顔負けの能力を持つ。

（※この石化はタチの悪いことに脳髄のうずいや神経しんけいには及ばず、それどころか衰えることなく維持されるため、石になったまま動くことも死ぬこともできず半永久的に生き存えてしまう。殺してくれと願いたくなる呪いである）

　このガタノソアを退治あるいは封印しようと目論もくろんだ神官がいるのだが、彼が信仰心を捧げた女神こそがシュブ＝ニグラスだった。

　シュブ＝ニグラスは神官のためにある呪文を授ける。

　それはガタノソアの石化を免まぬがれるものだった。

　斯かくして神官は意気揚々いきようようとガタノソアの元へ向かったのだが……この物語の結末はネタバレになるので、フミカによって割愛かつあいされていた。

（※１９３３年　ヘイゼル・ヒード著　ラブクラフト添削てんさく　『永劫より出でて』）

　諸説しょせつによれば、シュブ＝ニグラスを祖母としてクトゥルフをその孫とする系図けいずもあるのだが、自らを崇拝する人間のためにシュブ＝ニグラスは力を貸した。

　この話を聞いたジェイクは驚いたように目を丸くする。

「祖母と孫が争ったっていうのかい？」

「珍しいこっちゃねえ。金や遺産、愛憎あいぞうが絡まればよくあることさ」

　答えてくれたのは海千山千なバンダユウだった。

　ツバサも「よくあること」に同意見である。

「フミカからの受け売りだが、神話的にも珍しいことじゃないそうだ」

　メソポタミア神話における原初の女神ティアマトは、子や孫にあたる神々と折り合いが悪かった。ついには夫である淡水たんすいの神アプスーを殺されたことに大激怒、全面戦争の火蓋を切ったと言い伝えられている。

　ギリシャ神話における大地の女神ガイアは最初こそ孫である主神ゼウスに味方したが、彼がある約束・・・・を破ったためにこちらも大激怒。

　神には殺せないギガンテス軍団を率いて、やっぱり全面戦争を引き起こした。

　これが世に言うギガントマキアである。

（※ガイアの願いは「醜い」との理由で夫神ウラヌスに地の底タルタロスへ幽閉ゆうへいされた我が子、ヘカトンケイルを始めとした巨人たちを解放。しかし、息子クロノスも孫ゼウスもあれやこれやと理由を付けて約束を反故ほごにしたのでガイアはブチ切れた）

「正しく奉まつれば加護かごを与える……それがシュブ＝ニグラスだとされています」

　こうした事例じれいがあるため、穏健派という印象が強まったようだ。

　ズレた丸眼鏡の位置を直すジェイクが恐る恐る切り出した。
　
「だとしたら……触らぬ神に祟りなしってやつ？」

　シュブ＝ニグラスが穏健派だと聞いたジェイクは、下手に南方大陸を刺激しない方がいいのでは？　という考えに至ったらしい。

　一応、新代表として案を出したいようだ。

　この提案にツバサは目を閉じ、残念ながら重々しく頭を左右に振る。

「いや、穏健派だとしても放置することはできないんだ」

　新たなモニタースクリーンを展開する。

　そこに映し出されたのは、源層礁の庭園協力により可視化することができた南方大陸の現状を映し出した地図だった。

　箱庭はこにわの模型もけいを映したものだが、精密せいみつさは折り紙付きである。

「これが１年前の南方大陸の様子……」

　まだ巨大なひとつの大陸として形を留めており、縦に長い台形を逆さにしたような大地となっている。その大陸の南の方に大きな黒丸がひとつ。

　この黒丸が黒い世界樹――シュブ＝ニグラスのようだ。

「……そして、これが現在の南方大陸です」

　大陸は綺麗に三分割さんぶんかつにされており、逆Ｙ字の海峡かいきょうが走っていた。

　三つに分かれた大地のひとつ、一番南に位置する大地は真っ黒に染まっており、この地図ではもうどこに黒い世界樹があるかさえ判別できない。

　シュブ＝ニグラスから産まれた落とし子。

　黒い仔山羊とも呼ばれる樹木めいた怪物が大地を覆っているのだろう。

　その根はまだ無傷の大地にも伸びつつあった。

　――おわかりいただけましたか？

　理解を求めながらみんなの顔色を窺うのは本日二度目となる。

「御覧の通りです。いくら黒山羊の女王が穏健派でその気がなくとも、彼女はこの世界にいるだけで俺たちの生活圏せいかつけんを侵食しんしょくしていると思われます」

　感嘆かんたんの呻うめきがそこかしこから上がった。

「侵略的しんりゃくてき外来がいらい生物せいぶつ……そんな呼称こしょうがしっくり来ますね、これは」

　生態系に致命的な影響を与える外来生物。

　黒い世界樹が世界を蝕む様を見て、クロウはそのように名付けた。

　この評価は実に正しい。

「その通り……これは侵略的行為に等しい。彼女に自覚があろうがなかろうが関係ありません。真なる世界ファンタジアはこうしている今も蝕まれつつある」

　なればこそ――看過かんかできない事態じたいだ。

　ツバサは黒い世界樹に対する方策ほうさくを大まかに明かしていく。

「穏健派で話が通じるのならば、こちらから挨拶あいさつに出向いてでも元いた別次元でお帰りいただきましょう。しかし、それが叶わぬのならば……」

　ツバサは立てた親指で喉元を引き裂く仕種しぐさをした。



「――こちらも実力行使に打って出ます」　



　冷淡れいたんな宣告せんこくに異を唱える者は一人としていなかった。