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第19章 神魔未踏のメガラニカ

第465話:良い話と悪い話は大体セット割

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 龍とは――あらゆる生物の頂点に立つ者。

 この世に生けとし生ける禽獣きんじゅうおさにして、森羅万象に息衝いきづく百獣をも超える万獣ばんじゅうおう。その証は“三停さんてい九似くじ”という特徴に現れるとされていた。

 三停さんていとは上中下の三つの停を示す。

 上停じょうていとは髪の生え際から両眉の高さまでを指し、貴賤きせんそうするところで天才ともいう。中停ちゅうていはその下にある両眼から鼻の先端までを指し、寿天じゅてんを相するところで人才ともいう。下停かてい人中じんちゅう(鼻の下から上唇の間にある溝のこと)から顎までを指し、貧富ひんぷを相するところで地才ともいう。

(※そうする=物事ものごと吉兆きっちょうを占うこと)

 この3つが上品に備わっているのが龍の相である。

 人間でも偉人や立身出世する人、あるいは王にあるべき人相を“龍顔りゅうがん”と呼んで褒め称えるが、何某なにがしかの関係があるのかも知れない。

(※三停には古代中国にて龍を描く際のルールだとの説もある。頭から腕の根元、腕の付け根から腰、腰から尻尾の先端、この三つが等分とうぶんでなければならない)

 そして、九似くじは龍の特徴が九つの動物に似ていることを指す。

 頭は駱駝らくだの頭に似るとされている(※描写ではわにに似せている)。

 角は雄鹿おじかのものに似ているとされる。

 眼は鬼の目に似ている(※鬼=幽霊、あるいはうさぎの目とする説もある)

 ひたいは蛇に似るとされている(※うなじ・・・とする説もある)

 耳は牛に似ており、鱗は魚の鱗に似るとされている。

 爪は鷹の爪を模したようで、てのひらは虎のそれとよく似ている。

 腹は大蛇の腹のように見えるとされる(※はまぐりの腹に似ているとの説もある)

 この九つの動物と酷似こくじしている理由は、動物の中でもゆうたるものの特徴を備えることを意味し、あらゆる動物のおさにしておうであることのあらわれだという。

 だからなのか、龍にはこのような特徴もあった。

 ことわざの「英雄色を好む」と似て非なる、龍だけが持つ生態だ。

 龍とは――多淫たいんである。

 多淫とはいやらしくみだららというわけではなく、どんな生物や動物とも交合こうごうでき、両者の血を引く子供を作れることを意味するもの。

 龍と牛が交われば麒麟きりんが生まれ、馬と交われば龍馬りゅうばを産む。

 いのししと交わってできた子が象だともされている。

 だからなのか龍から龍が生まれるのはまれとの説もあり、龍から生まれる子供は龍の特徴をいくらか引き継いだ霊獣れいじゅうの場合が多い。

(※そもそも龍は最初から龍として誕生しない。某ポケモンのようにまったく種が異なる生物への進化を繰り返すような成長をすると言われている。まず何の能力も持たない水棲すいせいへびとして生まれ、500年を経て蛟龍こうりゅうという龍の幼体ようたいのようなものへと進化。そこから1000年を経て晴れて龍として一人前になる。更に500年を経ると角が増えた角龍かくりゅうへレベルアップし、もう1000年を加算すると翼が生えた応龍おうりゅうへクラスチェンジする。この応龍を最高位とする説もあるが、更に年月を経ることで黄龍こうりゅうと呼ばれる伝説級の存在へ成り上がるともされている。こうした伝承から「こいが滝登りをすると龍になる」という説が生まれたり、蛇や蛟龍が海で千年、山で千年を過ごして龍になることから引用して、幾多の経験を何年も積んでしたたかに悪賢わるがしこくなった人を「海千山千」と呼ぶ語源になった)

 例えば――吉弔きっちょうという霊獣がいる。

 龍は出産時に必ず卵を二つ生み、ひとつは龍としてかえるが、もうひとつは頭が龍で体が亀で吉弔きっちょうとして生まれるそうだ。

 この吉弔も龍から龍が生まれないとする霊獣の一種。

 代表的なものに――竜生りゅうせい九子きゅうしがある。

 彼らは龍から生まれた者であり龍と似たところはなくもないのだが、決して龍ではなく親と同じような龍には成り得ない存在。

 それゆえ「竜生九子不成竜」という。

『龍は九つの子を産むがその子供たちが龍にならないように、たとえ親や兄弟でも性格は違うし素質も異なる』

 こんな意味を込めて用いられることがあるとかないとか……。

 この竜生九子という言葉は古くから知られていたのだが、その竜の九種の子供とはどんなものなのかについては長らく不明だった。

 中国の明代になると、この九子を分類する書物がようやく登場する。

 九子は龍にこそなれなかったものの、それぞれに独特の能力や性質を備えているため、建物や家具に彫られて象徴的に扱われるようになった。

 “升庵外集”と“天禄識余”という書物に記されたのは、以下の9匹。

 一、贔屓ひき――形は亀に似る。重きを負うを好む。
 柱や大きな石碑の土台として用いられる、贔屓ひいきの語源となった。

 二、螭吻ちふん――形は獣に似る。遠くをるを好む。
 これが紆余曲折うよきょくせつして日本に伝来することでシャチホコとなった。

 三、蒲牢ほろう――形は竜に似る。吠えるを好む。
 その吠え声から釣鐘つりがね意匠いしょうとなり、転じて竜頭りゅうず語源ごげんとなった。

 四、狴犴へいかん――形は虎に似る。力と会話を好む。
 正義の味方な性格が目立つため、監獄かんごく官庁かんちょうの装飾によく見られた。

 五、饕餮とうてつ――形は獣に似る。食べて飲むを好む。
 中国四大魔獣“四凶”しきょうのひとつ、儀式用のかなえに魔除けとして彫られた。

 六、蚣蝮はか――形は魚に似る。水を好む。
 水を守る守護神的存在、そのため橋、雨樋あまどい、水路などの意匠に使われた。

 七、睚眦がいし――形は竜に似る。殺すを好む。
 戦闘や殺戮を求める性質のため、武器や処刑器具や軍旗ぐんきに用いられた。

 八、狻猊さんげい――形は獅子に似る。煙や火を好む。
 一日で約二千㎞を走破そうはする霊獣。その性質から香炉こうろなどに飾られた。

 九、椒図しょうず――形は貝あるいは蛙に似る。閉じるを好む。
 巣穴に入られることを嫌う性質から、扉の取っ手などに用いられた。

 以上、龍から生まれた9匹の霊獣である。

 ただ、この竜生九子にも例に漏れず諸説しょせつがあり、明代の政治家にして詩人である李東陽が残した“懐麓堂集”では霊獣の順番や種類が違っていた。

 一、囚牛しゅうぎゅう――音楽を好む。
 黄色い小さな角と鱗を持つとされ、楽器などの飾りとなっている。

 二、睚眦――殺すを好む。既に上記にあり。

 三、嘲風ちょうふう――遠きを望むを好む。
 鳳凰ほうおうに似た鳥の化身とされており、見張り役として屋根瓦やねがわらのように扱われる。

 四、蒲牢――吠えるを好む。既に上記にあり。

 五、狻猊――煙や火を好む。既に上記にあり。

 六、覇下はか――重きを負うを好む。上記の贔屓と同一視されているらしい。

 七、狴犴――悪人を裁くを好む。
 上記の狴犴と同じだが、こちらは正義の味方が顕著のようだ。

 八、贔屓もしくは負屓ふき――文章の読み書きを好む。
 贔屓は上記の通り、負屓はその性質から石碑のいただきによく飾られた。

 九、螭吻もしくは鴟吻しふん――遠くを視るを好む。
 ここでは嘲風とキャラが被っている。だからなのか別名もある。

 これら竜生九子は、龍が他の動物との間に生んだ子供とされている。

 龍同士で子供を産むという説は珍しく、大概たいがいはこのよう別種の生物との間に子供の生む場合がほとんどだ。水に棲む蛇が何千年もかけて進化することで龍になるならば、生態的に龍から龍が生まれることがおかしくなってしまう。

 それに――龍は人間との間にも子供を作れる。

 龍の血を受け継いだ人間の伝説は数多い。

 有名な例だと、しんを滅ぼして漢王朝を打ち立てた劉邦りゅうほう。酒呑童子退治で名を馳せた頼光らいこう四天王してんのう坂田さかた金時きんとき

 彼らは赤い龍と人間の女の間に生まれた英傑だとされている。
(※金時の母親は山姥やまうばだが妖怪的存在ではない)

 もう一度言おう――龍とは多淫たいんである。

 そのさがゆえ、新たな性質を持つ獣を生むごうを背負っているのだ。

   ~~~~~~~~~~~~

地球テラでは起源龍オリジンがどう思われてるのか、ちょっと気になってね」

 ツバサの前に降りたジョカは静かに語り始めた。

 ハトホル太母国たいぼこく 八女はちじょ 起源龍オリジンジョカフギス。

 略してジョカと呼ばれている。

 真なる世界ファンタジアを創った原初の龍――その生き残りだ。

 本来の姿は全長400mにも及ぶ巨大な龍。

 普段はツバサたちと一緒に暮らすため人間の姿に変身している。

 身長2m10㎝の高身長ながら、超が付くナイスバディの美少女という逸材いつざい。龍の姿だと純白の鱗に黒いたてがみだが、人間になると透き通るような白い肌に、足下まで届く長い黒髪の姫カットになる。

 遺伝でもあるまいに、オカンツバサに勝るとも劣らない爆乳と巨尻。それでいて柳腰やなぎごしだからボンキュボンなんて擬音オノマトペが聞こえそうだ。

 おまけに小顔で八頭身……いや九頭身くらいはある。

 本性が龍なので衣服はあまり好まないが、セイメイと一緒の和装が良いというので浴衣みたいな着物をいつもはだけるように着こなしていた。

 宙にフヨフヨ浮いていれば、乳房がまろそうになる。

 こうして前に立たれると、身長差から爆乳の谷間が目の前に迫ってきた。

 ちょっと身動みじろぎしただけでユサユサ揺れながら迫ってくる乳房の迫力に、以前ならば戸惑とまどったかも知れない。だが、今のツバサはまったく動じなかった。

 何故なら自前の超爆乳がそれ以上だからだッ!

 自慢げに脳内で威張いばるも、なけなしの男心が傷つくだけだった。

「それでフミカにおしえをうた、と……」

 そんな脳内の葛藤かっとうはおくびにも出さず、ツバサはジョカに話を合わせた。

 教師役としては適任てきにんだろう。どちらかというと解説役か?

 軍師レオナルドだと恐ろしいまでの蘊蓄うんちくもついてくるが、フミカならば蘊蓄も程良いレベルでまろやかだ。知りたいことだけを教えてくれるはず。

 ツバサも説明を求めるなら真っ先にフミカを選ぶ。

 次点でその実姉のアキさん、レオナルドには話を振るのも控える。下手に話題を出して蘊蓄責めにされた経験がものをいっているのだ。

 うん、とジョカは素直に頷いた。

 背丈こそ見上げるほどだが、顔立ちはまだ子供らしさが目立つ。

 大人の色香を漂わせながらも童顔っぽいのだ。

「そしたら地球テラのドラゴンと龍の違いとか、その生まれ方とか生い立ちとか、色々教えてもらって……その中に、竜生りゅうせい九子きゅうしの話が合ったんだ」

 これにジョカは記憶を刺激されたという。

「そしたら昔、兄さんが話していたことを思い出して……」

「兄さん……ムイスラーショカか」

 ツバサの表情に沈鬱ちんうつかげよぎり、かたわらにいたミロの眼も泳いでいた。

 この件ばかりは動揺どうようを隠せない。

 ジョカの兄を手に掛けたのは他でもない、ツバサとミロなのだ。

 起源龍オリジン改め終焉龍エンド――ムイスラーショカ。

 ジョカフギスの双子の兄である。

 黒いたてがみに白いうろこのジョカフギスに対し、白い鬣に黒い鱗を持つムイスラーショカは、創世神そうせいしんの一柱として真なる世界ファンタジアのすべてを愛していた。

 その深すぎる愛ゆえに凶行きょうこうへと走ってしまった。

 蕃神ばんしんによる侵略が終わらず、いつまでも続く戦争に疲弊ひへいした世界。

 生殺しのような状況に耐えられなくなったムイスラーショカは、自らを終焉龍エンドと名乗り、自らの手で真なる世界ファンタジアを破壊して一からやり直そうとしたのだ。

 憎き蕃神の力を借りてでも……彼らの“王”と融合ゆうごうしてでも……。

 これを阻止したのがツバサとミロだった。

 ジョカフギスの前でムイスラーショカを滅ぼしたのである。

 地球テラからやってきた新しい神族の力を目の当たりにしたムイスラーショカは満足したのか、未来をツバサたちに託して蕃神ばんしんごと討たれることを求めた。

 そして、ジョカも堕ちた兄への介錯かいしゃくという救済を頼んできた。

 兄弟の想いをみ、ツバサとミロは終焉龍エンドを倒した。

「……あ、ご、ごめん! そんなつもりで言ったんじゃないんだよ!」

 ジョカは両手をブンブン振り、慌てて謝ってきた。

 喜怒哀楽きどあいらくがストレートに顔へ出るミロはともかく、ツバサは平静を装ったつもりだが、ジョカには些細ささい機微きびを読み取られてしまったらしい。

 辛い記憶に触れたことを詫びてきたのだ。

 したっていた兄を失った本人が一番辛いはずなのに……。

「そ、それにほら! ツバサさんとミロちゃんのおかげで、兄さんは卵からやり直しとはいえ転生できたわけだし! それ込みで思い出したんだよ!」

 気落ちしたツバサたちを励ますジョカは本題も絡めてきた。

 現在ムイスラーショカは――卵の中だ。

 彼を倒した直後、ミロが万能の過大能力オーバードゥーイングで「かれに良き来世らいせのあらんことを!」と願ったためか、直後に起源龍オリジンの卵へと転生を果たしていた。

 融合ゆうごうしていた蕃神ばんしん“ティンドラス”の影響も完全に抜けている。

 現在、暇を見つけてはジョカが大切に温めていた。

 結果的にムイスラーショカは消滅しておらず、一度は死にかけるも静養中みたいな扱いなので、ジョカはツバサやミロに感謝してくれているのだ。

 この復活劇は偶然の産物である。

 ツバサも過大能力を使ったミロも、まったく意図していないものだった。

 ここに起源龍オリジンの生態に関する謎があるらしい。

 ジョカの言葉に動揺どうようまぎらわせたミロは、ツバサに抱きついてくる。ムイスラーショカの卵を思い出したながら話に加わってきた。

「こないだジョカちゃんの部屋いったら床の間に飾ってたよね」

 こんぐらい・・・・・になってた、とミロはツバサの乳房を片方だけ持ち上げる。

 見つけた当時はソフトボール大だったが、今では超爆乳の片乳ぐらいの大きさにまで肥大化したらしい。卵ごと着々と成長しているようだ。

「そうそう、大体ツバサさんのおっぱいくらい」

 ジョカもノリノリでもう片方の超爆乳をその手に乗せていた。

「……で、それも起源龍オリジンの有り様だっていうのか?」

 娘たちにおっぱいをオモチャにされたくらいで動じない。

 ツバサもオカン系女神として着々と成長していた。

 ミロとジョカがポヨポヨと交互に超爆乳を弾ませて遊んでいるのを大目に見ながら、ツバサは話を先へ進めるように促した。

 ジョカは乳房から手を離すと真面目な顔で続ける。

「うん、そうなんだ。起源龍ぼくたちはただじゃ死なない。新たな命を遺すって……」

 終焉龍エンドとしてツバサたちに撃ち滅ぼされたムイスラーショカ。

 そんな彼が卵となって転生できたのはミロのおかげもあるが、死ねば別の命を生み落とす起源龍の生態も手伝っているのではないか?

 ジョカはそう考えたようだ。

 兄ムイスラーショカはこうも言っていたという。

『我ら起源龍オリジンはただでは死なぬ。創世そうせいより以前から生きてきたことで老衰ろうすいを迎えた大先輩方も、創世神同士のくだらないいさかいで八つ裂きにされた同輩も、そのむくろから何かしらが生まれてきた……必ず、ではないがな』

『それは起源龍オリジンに似た容姿を持つ古代龍エンシェントとよばれる別の龍種りゅうしゅだったり……』

『あるいは数多くのドラゴンや龍の属性を持つ生物だったり……』

『神族や魔族、多種族が生まれることも少なくない』

『肉体が大地に、身体の部位は島になった起源龍オリジンもいると聞く』

『多くの動物や植物、食すのに適した穀類や農作物になった者もいる』

『絶対とは言えないが……起源龍オリジン亡骸なきがらは新しい何かに転ずるようだ』

 兄の言葉を一言一句繰り返したジョカ。

 最後に、納得いかないムイスラーショカの疑念ぎねんも口にする。

「だからこそ南方大陸の件はせないって……」

「南方大陸? ああ……ノラシンハの爺さんが言っていたあれ・・だな」

 数十万年、誰も踏み入れない南方の暗黒大陸。

 そこで多くの起源龍オリジンが命を落としたという噂があるそうだ。

 何者かによる大量虐殺か? それとも重い事情による集団自決か? 憶測おくそくばかりが飛び交い真実は暗黒大陸の闇の中らしい。

 ただ、はっきりしていることはある。

 多くの起源龍オリジンが南方大陸へと渡り、その地で消息を絶ったこと。

 半日足らずの短時間で、真なる世界ファンタジアから多くの起源龍の気配が消えたこと。

 この二つは間違いなく、ジョカフギスも悲しい顔で認めていた。

 同族であるムイスラーショカも仲間の死をいたんだという。

 同時に――ちない点に気付いていた。

『それほどの起源龍オリジンが大量死したならば、多少なりともそこから新しい生命の鼓動を感じられるはず……なのに、まったく感じ取ることができない』

 これがムイスラーショカを悩ませたらしい。

 同族の共感能力を頼りに調べたそうだが、手掛かりは掴めなかったという。

 いっそ現地へ赴こうかとムイスラーショカは一考したものの、彼より格上の起源龍まで消息を絶っている事実を踏まえると、闇雲に単身で乗り込む気にはなれなかったそうだ。無論、可愛い弟ジョカフギスを連れていくなど以ての外である。

「……もっと早く話しておくべきだったかな?」

 ジョカは指先をモジモジさせ、伝えるが遅れたことを気まずそうにしていた。

「いや、よく話してくれた」

 遅くはないよ、とツバサはジョカを慰めてやる。

 南方大陸に関しては近日中に対応しなければならない案件あんけんだが、これは頭に入れておくべき情報だろう。LV999スリーナインに匹敵する能力を持つ起源龍オリジンたちが大量死するなんて、常軌じょうきを逸した大変事だいへんじである。

 一斉に自死を選んだとしても、その原因は計り知れない。

 創世の神たる起源龍オリジンを自殺に追い込む理由など考えるだに恐ろしかった。

「南方大陸の件はいずれ解明すべきだが……」

 差し当たっては目の前の問題に取り組ませてもらう。

 ツバサはジョカの言いたいことを要約ようやくする。

「つまり、黄金の起源龍エルドラントはバッドデッドエンズどもの総攻撃によって亡くなったが、その忘れ形見となる何かが生まれているかも知れない……」

 こう言いたいわけだな? とツバサはジョカに確認する。

 ジョカは幼児ようじ仕種しぐさで何度も首を縦に振った。

「もしも、エルドラントさんから生まれた者がいるなら……此処ここ

 彼女が命を落とした現場でもある、かつての隠れ里をおいて他にない。

 ツバサもある報告を思い返していた。

「そういえばジェイクの戦闘記録にあったな……」

 黄金の起源龍エルドラントは亡くなる際、遺灰のような塵となって崩れてしまった。

 これはジェイクが仇と付け狙った終焉者エンズ、リードの能力である「消滅」によるものなのだが、崩壊をまぬがれた部位がふたつあった。

 ひとつは黄金の巻き角の片方、もうひとつはこぼれ落ちた右目の眼球。

 硬質化こうしつかして石のようなった眼球。

 こちらは遺灰とともに埋葬まいそうされており、ジェイクはひざまづいたまま冥福めいふくの祈りを捧げているエルドラントの墓の下で眠っているはずだ。

 もうひとつ――黄金の角。

 この角はジェイクが形見として持っていた。

 巨体を持つ起源龍の角なので相当な大きさだが、道具箱インベントリに仕舞い込んでいたと聞いている。多分、スペースのほとんどを角に取られていたはずだ。

 その黄金の角が奇跡を起こしたという。

 終焉者エンズリードの切り札は、時空間をも消滅させる砲撃だった。

 砲撃の瞬間――黄金の角は独りでに動いた。

 時空を白に塗り潰す攻撃を、黄金の角は一時的に受け止める。そしてリードを撃ち破るための弾丸へ変化し、ジェイクに勝利をもたらしたそうだ。

 これも起源龍オリジンから生まれた新たな生命なのか?

 あるいは、エルドラントの残留ざんりゅう思念しねんが働いたのかも知れない。

 真偽のほどは定かではないにせよ、愛する女性に救われた事実に直面したジェイクの悲喜交々ひきこもごもとした精神を案じれば、野暮やぼ詮索せんさくをすべきではない。

 非常にセンシティブな問題だからだ。

 ツバサとジョカはキスする五秒前くらいの距離感で囁き合う。

 爆乳同士も密着するのはご愛敬あいきょうである。

「……となると、可能性があるのは埋葬まいそうされた眼球だな?」

「うん、遺灰いはいもワンチャンあるけど……難しいかもね」

 絶対じゃないんだ、とジョカは不確実性ふかくじつせいを強調した。

 あくまでも「起源龍オリジンから何かが生まれる可能性がある」という傾向けいこうがあるだけで、彼らの遺骸いがいから確実に何かが誕生するわけではない。

 ジョカの口振りから推察するに、その確率は大凡おおよそ40%弱。

 いいとこ35%程度と概算がいさんしておくべきだろう。

 ――南方大陸における謎の起源龍オリジン大量死。

 そこから生まれた者がいないのも、偶然が重なっただけ知れない。

「必ずじゃないから、なかなか打ち明けられなくて……」

 ごめんなさい、とジョカは申し訳なさそうに頬を膨らませるとうつむき、長い人差し指同士を突っつき合わせてモジモジしていた。

 だが、おかげでジョカの落ち着きない行動に合点がいった。

「それでさっきから挙動きょどう不審ふしんだったのか」

 ツバサはジョカの優しさ、その気遣いを察した。

 ジェイクに「もしかしたらエルドラントさんの忘れ形見みたいなのがあるかも」と伝えれば、彼は我が身を捧げる勢いで歓喜するに違いない。

 忘れ形見のためならば、死に物狂いで全力も尽くすこと請け合いだ。

 だが――もしも不発に終わったら?

 黄金の起源龍エルドラントは完全に死んでおり、そこから誕生した者もいない。

 微かな希望に胸躍むねおどらせたジェイクは、気を塞ぐように落ち込んでしまうのは明らかだった。下手をすれば精神的に病んでしまう恐れもある。

 あの拳銃師ガンスリンガー――意外と豆腐メンタルなのだ。

 だからこそ復讐の狂気に取り憑かれたら、形振り構わずまっしぐらに突き進み、神族なのに過労かろう衰弱死すいじゃくしする寸前まで我が身を追い込んでしまう。

 良かれ悪しかれ、思い込みが激しいのが欠点だった。

 捕らぬ狸の皮算用によるぬか喜び。

 それが期待外れで終われば、ジェイクがどれほど落ち込むか予測できない。最悪、愛する人の後追いさえ危惧きぐされる。

 迂闊うかつに教えることはできない――特にジェイクには。

 ツバサの口は硬いとしても、起源龍オリジンの転生について話しているところをジェイクか他の誰かに聞かれる恐れもあったので、ジョカは黙っていたのだ。

 だから、こっそり一人で探していたらしい。

 曲がりなりにも原初の時代から生きている起源龍オリジンの女。

 心弱き者の心中を思い遣り、彼女なりに気遣ってくれたのだ。

「それで……黄金の起源龍エルドラントから生まれた者はいそうなのか?」

 ツバサの質問にジョカは小さく首を左右に回す。

「ダメ、それっぽい気配は感じ取れない。エルドラントさんのいた気配……起源龍オリジンのこは嗅ぎ取れたけど、それにまぎれるほど弱いのかも……」

「――アタシがやってみよっか?」

 ニョキ! と爆乳と爆乳の狭間からミロが生えてきた。

 ツバサとジョカのぶつかり合うおっぱい。その下からムニムニと頭頂部を割り込ませて、乳房にサンドイッチされる形でミロが割り込んできたのだ。

 乳房の圧力で顔をへちゃむくれにさせたミロは主張する。

「アタシの過大能力オーバードゥーイングっつけば、ひょっとすると生まれんじゃね?」

 ――ムイスラ兄さんの時みたいに。

「それだよミロちゃん! 兄さんの時みたいに復活するかも!」

 ミロの突拍子とっぴょうしもないあんにジョカは食いついた。

「いや待て……そうとも限らないぞ」

 しかし、ツバサが否定的な意見で制止をかける。

「あの時はムイスラーショカが亡くなる直前、まだ彼の生命力が残っていた時に働きかけたから何とかなった公算こうさんが高い」

「何とかなれー! の精神でやったら何とかなったからね」

 ミロはどこかで聞いた台詞せりふでドヤ顔だった。

「しかし、今回はこう言ってはなんだが……もはや手遅れだ」

 エルドラントが亡くなって数ヶ月は経過けいかしている。

 彼女の生きたあかしはあれど、それはもう生命力を宿していなかった。

 真なる世界ファンタジアにおいても死とは厳格げんかくなルールだ。

 一度死んだ者はどのような手段を用いても、生き返らせることはできない。例え死者を蘇生する手段があるとしても、それは邪法じゃほうに過ぎない。生前のまま蘇らせることは適わず、必ずや形の異なる者として復活するだろう。

 ムイスラーショカの時は上手く行った。

 あれは運が良かったとしか言いようがない。

 ジャジャもミロの過大能力オーバードゥーイングによりあの世から蘇ったが、こちらも奇跡や偶然が重なった結果、15歳の少年を7歳の幼女に転生させてしまった。

 これらは死者ししゃ復活ふっかつの成功例。

 ただし、完全に元通りとは行かない。決して逆流を許さない生と死の循環じゅんかん隙間すきまうような、裏技と呼ぶしかない方法だった。

 神や悪魔になろうとも――死は覆しがたい世界のおきてなのだ。

 残酷かも知れないが、ツバサは首を左右に振る。

肝心かんじんのエルドラントの“気”マナが感じられないのでは……」

 現実を突きつけられたミロとジョカはしょんぼり意気消沈いきしょうちんし、項垂うなだれると肩を落とした。可愛い娘たちを落胆らくたんさせたくないが、これが現実なのだ。

「――話は聞かせてもらったわ」

 いきなりマルミが会話に割り込んできた。

 ツバサとジョカが密着みっちゃくする距離で囁いているところに、マルミも鼻息がかかるほど間近まぢかに顔を近付けてきて、眼鏡越しにこちらを見据みすえている。

 彼女も豊満でグラマラス――しかもぽっちゃり系。

 そんなマルミまで囁き声が聞こえるくらい至近距離に近付いてきたら、ツバサたちに匹敵する爆乳も迫ってくる。三人の乳房は押し合いへし合いするように互いを柔らかく潰し合うが、それを気にするどころではなかった。

 中心にいて巻き込まれたミロを除いてだが……。

「ぐむぅーッ!? おっぱいがいっぱいーッ! 乳の圧力が暴力となって押し寄せてくるぅーッ! 死ぬときはでっけぇおっぱいに埋もれて死にてぇって! って名ゼリフ実現しちゃうし叶えちゃうーッ! ぎゅむぅ……ッ!?」

「よし、大人しくおっぱいで死ね」

 小うるさいミロを乳圧にゅうあつで黙らせると、ツバサはマルミに顔を向けた。

「マルミさん、この話ジェイクには……」

「わかってる。対策もバッチリよ。少し前から遮音しゃおん結界けっかいやってるし」

 マルミは真顔でサムズアップした。

 ジェイクを中心に半径数m以内には、風のような自然音は聞こえるけど人の会話などのノイズは通さない結界を張り巡らせておいたそうだ。

 さすが、音に関する過大能力の持ち主だけはある。

随分前ずいぶんまえから雑音をシャットアウトしてるからね、気付いてないはずよ」

「マルミさん、グッジョブです」

 ツバサもグッドサインで返すと、マルミは話を進めた。

 彼女は軽い謝意しゃいから入る。

「悪いけど盗み聞きさせてもらったわ……起源龍オリジンの転生が本当ならエルドラントの場合、もっとも望みがありそうなのは眼球くらいのものよ」

「黄金の角と一緒に残った部位ですか……」

 硬質化こうしつかして石の玉のようになってしまったらしい。

 遺骨いこつの代わりとして、遺灰いはいとともにジェイクがひざまずいている墓碑ぼひの下に埋められているはずだという。マルミはその眼球についての感想を述べる。

「今更だけど、ちょっと違和感いわかんがあったのよね」

 黄金の角が残るのはまだわかる。

「鹿の角とか象の牙とか……動物自身が亡くなっても、そういう角質化かくしつかした部分や骨の一部はくさらずに残るものだからね。でも、全身が灰になるほどの攻撃を食らったのに、もっとも痛みそうなもろい目玉だけ残るなんて……」

「しかも、石化していますからね」

 ツバサもその点には賛同さんどうする。どうしても故意こいに思えるのだ。

 片方の角もそうだが、眼球も意図的いとてきに遺したもの。

 エルドラントが起源龍オリジンの転生について熟知しており、自らの生命いのちから新たな何かを生み出すため、最後の力を眼球に注いで壊れないように硬質化させた。

 そんな仮説を立てたくなってしまう。

 六つの乳房に押し潰される中心で、ミロが主張するように呟いた。

「むにぃ……鬼太郎のお父さんかな?」

「あ、それ似てるわね。もしもあの目玉から何か生まれればだけど」

 マルミが同調するようにミロの意見を認めた。

 ――ゲゲゲの鬼太郎。

 言わずと知れた妖怪界ようかいかいのヒーローだ。

 彼の父親は目玉に小さな人間の身体が生えたような姿をしており、息子からは「父さん」と呼ばれるが、仲間からは「目玉のおやじ」と呼ばれていた。

 あれは鬼太郎の父親が転身てんしんした姿なのだ。

 本来、鬼太郎とその父親は幽霊族という特殊な種族。

(※アニメ版だとシーズンによっては、鬼太郎を妖怪と人間のハーフとする設定もある。この設定の場合、目玉のおやじが妖怪で母親が人間)

 母親も幽霊族で、彼女との間に鬼太郎は生まれた。

 だが、鬼太郎の父親は身体が腐る不治ふちやまいかかっており、鬼太郎の誕生を待つことなく亡くなり、母親も出産前に息絶えてしまった。

 鬼太郎は墓へ埋められた母親の腹から、自力で這い出してくる。

『幼い鬼太郎を遺して死ぬわけにはいかない!』

 身体のほとんどが腐ってしまった鬼太郎の父親だが、辛うじて目玉だけが残っていた。不死身に近い生命力を持つ幽霊族のパワーと、我が子を想う父親の執念しゅうねんが実を結んだのか、父親はこの目玉だけの姿で蘇るのだった。

「――これが目玉のおやじ誕生秘話だよ」

 鬼太郎をよく知らないジョカにミロが教えてやる。今度一緒に鬼太郎のアニメを観よう! とミロは子供らしく約束していた。

 ジョカは純粋に感心する。

「へぇ~、地球にもそんな不思議な種族がいたんだねぇ」

「いやジョカ、これフィクションだから……でも、いそうだな幽霊族」

 思わず訂正するためにツッコんだものの、よく考えてみたら真なる世界ファンタジアなら普通に幽霊族も生息していそうなので躊躇ためらってしまった。

「なんにせよ、あたしは脈あり・・・だと思うわ」

 マルミは鼻息も荒く主張する。

 石化して埋葬まいそうされた眼球――黄金の起源龍エルドラントわずかな名残なごり

 そこに起源龍オリジン遺骸いがいから生まれる新たな生命が宿っている可能性。

「じゃあ、ミロアタシ過大能力オーバードゥーイングで後押しすればワンチャン?」

 ムイスラ兄さんやジャジャちゃんを生まれ変わらせたみたいに――。

 万能の過大能力で働きかければ、石と化した目玉の中で胎動たいどうする何かを目覚めさせられるかも知れない。ミロはそう言いたいのだ。

 不安で尻込しりごみするより、実行して失敗した方がマシというもの。

 ツバサはマルミやジョカと目配せして、「駄目で元々いっちょやってみっか」という意志を統一した。ミロの言う通り、ワンチャンに賭けてみたい。

「だけどねぇ……」

 マルミはこれ見よがしに溜め息をついた。

 ジェイクの方に振り向いたので、ツバサたちも少し離れると彼女の視線を追うようにそちらへとる。ミロも爆乳包囲網から解放されていた。

 名残惜しそうに頬を揉んでいるが放っておこう。

 黄金の起源龍エルドラント墓石ぼせき――その前から動かない銃神ガンゴッド

 かれこれ一時間は変わらない光景に、マルミは眼を細めて逡巡しゅんじゅんする。

「……ジェイクあの子の目の前でお墓を掘るなんて真似できる?」

「すごい抵抗を覚えますね……」

 ツバサも苦い顔でそう答えるのが精一杯だった。

 埋葬済みの墓を掘り起こす――これがどれほどの暴挙ぼうきょか?

 少しでも墓へ参ったことがあればわかるだろう。

 いくら「石化した眼の中にエルドラントの忘れ形見が宿ってるかも知れない!」といたところで、心情的にジェイクも納得できないだろう。

 ただでさえジェイクの精神はまだ安定していない。

 そんな彼の前でいきなり墓を掘り起こしたら、情緒じょうちょはグッチャグッチャになってしまうはずだ。下手をすれば精神崩壊に追い込んでしまうかも……。

 しんば説得できたとしてもだ。

 エルドラントの忘れ形見のためと言い聞かせて、墓から眼球を首尾良しゅびよく取り出せたとしても、それが無駄骨になる可能性も捨てきれない。

 そこには生命など宿っておらず、ただ何らかの作用により眼球が石化しただけということも有り得るのだ。つまり、空振りで終わるのも否めない。

 これもやっぱりジェイクを傷付けるだろう。

 天上まで持ち上げといて、一気に奈落へ突き落とすような行為である。

 彼の心身しんしんあんずれば二の足を踏むことばかりだった。

 ツバサとマルミは頬に手を添え、乙女チックに悩ましげなため息をつく。

ジェイクあの子、想像以上に繊細せんさいでナイーブだから……」

「最悪メンタル的に再起不能もありますね……」

 これから彼はルーグ・ルー輝神国を背負って立つ王となる存在。四神同盟から五神同盟へとヴァージョンアップする際、その一角を担うのだ。

 始まる前からメンタルブレイクで廃人になられても困る。

 ツバサとマルミは爆乳を抱えるように胸の下で腕を組み、「う~ん……」とうなりながら打開策について頭を悩ませてしまった。

 これが酔いどれ剣豪セイメイみたいに神経が最硬金属アダマント製の鋼線こうせんでできているような人種ならば、問答無用で実行に移しても支障はない。失敗だったら諦めが付くし、成功したら拍手喝采のハッピーエンドでめでたく終わるからだ。

 しかし、ジェイクは取り扱いが難しい。

 既に述べた通り、思い込みが激しく思い詰めやすい性格である。

「当人は気にしてないみたいなことを言ってたけど、やっぱり男でも女でもない、どちらにも興味が湧かない性別ジェンダーXってことで悩んできたんでしょうね」

 マルミは母親目線でジェイクの心中を慮った。

 感情を煮詰につまらせる性分しょうぶんは、その辺りに原因がありそうだ。

 ツバサは困ったものだと頭をいた。

りとて、性格を矯正きょうせいするのは一朝いっちょう一夕いっせきってわけにも行きませんしね」

 説得する前に人格の立て直しから始めなければなるまい。

 するとミロはツバサに抱きついて、またおっぱいで圧死したいとばかりに乳房の谷間へ顔を埋めながらヒソヒソ耳打ちしてくる。

「……ひとまず帰るフリをして、後でこっそり掘るのは?」

 悪くない案かも知れないが、ツバサもマルミも渋面じゅうめん難色なんしょくを示した。

「それは……やるとしたら最終手段だな」

「バレた時のジェイクの反動はんどう半端はんぱなく怖いわよ、それ?」

 みんなで頭を突き合わせて、あーでもないこーでもないと話し込んでいると、その輪から外れたジョカは別方向へすがるような目線を向けた。

 その先にいたのは――セイメイだった。

 ハトホル太母国たいぼこく 剣術けんじゅつ指南役しなんやく セイメイ・テンマ。

 黒衣こくい剣豪けんごうという肩書きが似合う侍だ。

 やや老けて見えるが年齢はツバサとそれほど変わらず、まだ24歳くらい。普段は無精髭ぶしょうひげの似合う強面こわもてだが、墓参りとあって綺麗に剃刀かみそりを当てていた。

 黒の着物にはかま、黒い長羽織ながばおりを風になびかせている。

 腰には重さも分厚さも並の刀の倍ある豪刀ごうとう来業伝らいごうでん来武伝らいぶでんいており、反対にはジョカから貰ったいくらでも神酒を湧き出す瓢箪ひょうたんを下げている。

 ジョカに一目惚れして結婚を申し込んだ酔漢すいかん

 斬龍剣ざんりゅうけんの異名を持つ剣豪が、龍の女神と夫婦になったのだから皮肉なものだ。

 以来、ハトホル一家ファミリーを守る用心棒という立場に付いていた。

 今日は嫁であるジョカが同族であるエルドラントの墓参りに同道したいと言い出したので、亭主として付き添いを申し出てきたのだ。

 彼の場合、護衛の用心棒と立つ瀬もある。

 半径100㎞圏内けんないの気配を探るように警戒してくれていた。

 ツバサたちの話にも聞き耳を立てていたが、「おれが口出すこっちゃねえ」と傍観ぼうかんを決め込み、暇そうに生あくびを繰り返していた。

 そんなセイメイにジョカは眼力めぢからのみで訴える。

「……………………」

 目は口ほどにものを言う、それをジョカは実行しているようだ。

 実際セイメイにも伝わったらしい。

「いいのか? あんまデリケートにゃできねえぞ」

 生あくびを噛み殺したセイメイは片目を閉じて首をかしげた。

 ジョカはセイメイを見たまま頷く。

「うん、でも……セイメイなら上手にやれそうだと思うから……」

 尚も食い下がるジョカの顔を横目にしたセイメイは、「ふむ」と小さく鼻を鳴らすと、立ち尽くしていた両足を動かして歩き出した。

 途中、ジョカの前を通り過ぎて頭をポンポンとでてやる。

「あ、身長差あるからセイメイが爪先立つまさきだちしてる」

「それは言わない約束だぜミロちゃん」

 ミロのツッコミに締まりない笑顔でセイメイはぼやいた。

 実際、190㎝台のセイメイでも直立している2m10㎝のジョカの頭へ手を届かせるには、ちょっと背伸びしなければならない。

 それでも歩みは止めず、ジョカやミロに後ろ手を振って進んでいく。

 向かう先は――エルドラントの墓前ぼぜん

 一瞬、ツバサとマルミは酔っ払いが大失態をやらかす前に手足の二、三十本へし折ってでも止めようとしたが、ジョカの長い腕にはばまれてしまった。

 ジョカは銃神ガンゴッドへ歩み寄ろうとする剣豪セイメイの背中を見送る。

 その瞳には信頼の二文字が宿っていた。

「大丈夫、セイメイならきっと……多分」

「本気で信じてるなら多分はいらないぞ、ジョカ」

 駄目出しはさせてもらうが、ツバサもマルミに目で合図を送り「ここは様子を見ましょう」という流れになった。もしもセイメイが酔いどれに相応しい愚行ぐこうに走った場合、即座に処するようスタンバイはしておく。

 マルミは遮音しゃおん結界けっかいを解いた。

 セイメイが何をするつもりか読めないが、一言一句聞き漏らさない。

 ジェイクの脇に立ったセイメイは墓へ一礼する。

 衣擦きぬずれもさせずその場で腰を下ろすと、無音のまま静かにあぐらで座り込んだ。普段やらないだけで、こういう所作しょさもできる男なのだ。

 道具箱インベントリから取り出したのはかさのような大杯おおさかずき

 美しい朱塗しゅぬりのそれを墓前ぼぜんそなえ、そこに瓢箪ひょうたんの酒を注ぎ始める。

 ジョカが授けた狂神酒デュオニソスという神々の美酒びしゅ滾々こんこんと湧き立たせる魔法の瓢箪だ。ラピスラズリとも呼ばれる、瑠璃るりに似た輝石きせきで作られていた。

 朱塗しゅぬりの大杯おおさかずき狂神酒デュオニソス浪波なみなみと満たす。

 いつもなら自分も煽るだろうが、今日は自粛じしゅくして墓へ合掌がっしょうしていた。

 死者への手向け、とむらいの献杯けんぱいということなのだろう。

 合掌のまま黙祷もくとうして頭を下げるセイメイは、隣のジェイクへ話しかける。

起源龍オリジンを愛した者のよしみだ……一献いっこんおごらせてくれ」

 ピクリ、と微かにジェイクの肩が揺れた。

 一時間、跪いたまま黙して乾いた唇を震わせて声が響く。

「……すまない」

 辛うじて聞き取れるか細い声でジェイクは礼を述べた。

 ファーストコンタクトは無難ぶなんに済んだようだ。ツバサとマルミは同時に胸を撫で下ろす。ジョカもホッと安堵の吐息を漏らしていた。

 二人の共通点――それは龍の女を愛したこと。

 そこを共感シンパシーの糸口にできれば……とジョカは希望を見出したらしい。

「なあ拳銃使いガンマン。おまえこれからどうするよ?」

「……どう、とは?」

 セイメイのぶっきらぼうな問い掛けに、一拍いっぱくこそ置いたもののジェイクはちゃんと反応した。セイメイは頭こそ上げたが合掌がっしょうはまだ解いておらず、両眼も祈りを捧げるようにつぶったままだ。

「――俺は嫁の願いを叶えてやりたい」

 虚飾きょしょくができない男はありのままをぶっちゃけた。

 動かずにいたジェイクが目を開いて顔を向けるほどだ。

 合わせていた両手を開いたセイメイはひざに手を置いて目を見開く。

「世界の始まりから生きる龍にしてみりゃ、この世界に生きてるすべてが子孫こまご曾孫ひまご玄孫やしゃごも同然なんだろうよ。ハトホル一家いっかだけじゃなく、全部守ってほしいと頼まれりゃあ、惚れた身として嫌とは言えめぇよ……他に能もないしな」

 ポン、とセイメイは腰の二刀を軽く叩いた。

 ジェイクへと送る横目は「拳銃使いおまえもだろ?」と物語っている。

「お互い、ぶった斬ってぶっ放してナンボの渡世とせいだ。おれは起源龍ジョカの家族とそいつらが生きる世界を護る。脅かすものすべて叩っ斬るまでさ」

 面倒臭がり屋だから余計なことは言わない。

 セイメイのストレートな物言いに、ツバサたちは唖然あぜんとする。

 ジョカだけは口元を両手で押さえると頬を赤らめており、感激のためか目尻に涙をプルプル震えていた。何故か太もももモジモジさせている。

 セイメイはジョカに一目惚れをした。

 そのジョカはセイメイに依存いぞんするくらいベタ惚れなのだ。

 兄ムイスラーショカが終焉龍となって喧嘩別れした直後、セイメイが駆けつけて助けてくれた恩義おんぎもあるし、苦しい時にそばにいてくれた恩人でもある。

 だからジョカのセイメイに対する信頼度は絶大だった。

 その信頼度がこうそうしたらしい。

「さて、おまえさんはどうするんだい――拳銃使いガンマン?」

 セイメイはジェイクと目を合わせ、言葉のみならず眼光で問い質す。

 憔悴しょうすいした顔に精気を取り戻した拳銃師ガンスリンガーは墓を見上げる。

「家族想いというか……子孫の心配をするのは、彼女たちの本能なのかな」

 れた声には苦笑が混じっていた。

「エッちゃんも……エルドラントも、この世界を愛していた……この世界に生きる者すべてが、自分の末裔まつえいだって……だから、この世界を護ってほしいって……」

 言わずもがなだよ、とジェイクは自身の言葉を句切くぐる。

「オレだって銃を撃つしかできない男さ……やれることといったら、この世界を壊そうとする奴等や、ここに生きる人々を護るために戦うくらいしかできない……それに、彼女と約束したんだ……君の愛した世界を護るって……」

 誓ったんだ……とジェイクは胸に右手を押し当てる。

 衣服に皺が寄るのも構わず、心臓をむしるように五指ごしで掴んでいた。

「彼女はオレに……“愛している”アイラブユーを教えてくれた」

 墓に刻まれたエルドラントの遺影いえい

 それを見つめるジェイクの双眸そうぼうから幾筋もの涙が流れ落ちる。

「最初で最後の“愛している”をくれた彼女に……オレはそうすることでしかむくいてやれない……なら、死力を尽くして取り組むまでさ」

 黄金の起源龍エルドラントが愛した真なる世界ファンタジアを護る――それがジェイクの誓い。

 遠巻きに見守っていたツバサたちは安堵あんどした。

 エルドラントを失い、彼女を殺した終焉者エンズリードへの復讐を果たし、精神的に打ち拉がれて燃え尽き症候群しょうこうぐんになっているかと心配したが……。

「……どうやらあたしたちの杞憂きゆうだったみたいね」

 いくらか肩の荷が下りたようにマルミは気の抜けた吐息を付いた。

 漏れなくツバサも賛同する。

「ええ、取り越し苦労でしたね……ジェイクあいつはもう大丈夫です」

 ちゃんとかたすえを見つめている。

 前向きに歩き出そうと懸命けんめいに努力していた。

 元よりジェイクは気さくで人当たりが良く、朗らかで快活な性格なのだ。

 復讐に取り憑かれて変貌した様が酷かったので、達成したあかつきにはどうなること心配したが、ふたを開けてみれは真っ当に立ち直っていた。

 ――彼もまた内在異性具現化者アニマ・アニムス

 心の芯というよりも、魂の力が強いゆえだろう。

 ツバサはジェイクの説得役にセイメイを推挙すいきょしたジョカを褒めた。言葉ではなく子供みたいに頭を撫で回すことで褒めちぎってやる。

 眼を細めた猫みたいな顔でドラゴン娘は笑っていた。

「ツバサさんでも爪先立ちになっちゃうよね」

「当たり前だろ、俺は190㎝のセイメイより小さいんだぞ」

 ミロにツッコまれたが言い返しておく。

 ツバサも180㎝あるので背は高い方なのだが、さすがに2m越えのジョカを撫でてやるには全力で爪先立ちせねばならない。

 ジェイクのお墓参りもそろそろ気が済んだらしい。

 男同士の会話で空気も和んできたのか、ジェイクはかしずくのを止めてひざを崩すと、隣に座った男へならうようにあぐらで座った。

 すると、セイメイが探りを入れるような声音で話題を変える。

「なあ拳銃使いガンマン、こいつぁたとえばの話なんだが……」

 もしも――愛した女の忘れ形見がどこかにいるとしたら?

万難ばんなんはいして会いに行くし、何があろうとも守り抜くと約束する」

 この例え話にジェイクは即答した。

「そいつはあくまでも噂話で、結局は空振りだったとしても?」
「この目で確認するまでは信じて行動する」
「空振りに終わったとしてもへこんだり心が折れたりしない?」
「やるべきことは決まってるんだ。それはあくまで余録よろくに過ぎない」

 好感触こうかんしょくを得られたセイメイは、考えるいとまを与えない速さで次から次へと質問を連投していく。これにジェイク間髪かんぱつ入れずに答えていった。

 ジェイクは寂しげな横顔で微笑んだ。

「でも本当に……彼女が何かを遺してくれていたら……嬉しいよな」

「そうか……ま、そりゃそうだよな」

 ざっくばらんに同意したセイメイは適当な相槌あいずちを打った。

 その後、こちらに振り返ったセイメイは視線の送り先をミロへと向ける。ミロが気付いて自分を指差したところで、あちらも振り向いたまま頷く。

言質げんちは取れた――ミロちゃん、やってくんな」

「OK! 任せて!」

 お許しが出たミロは即座に動き出す。

 あおに染まるロングカーディガンをマントのように羽織った姫騎士ひめきしは、背なにかついだ聖剣ミロスセイバー(二代目)をスラリと抜いた。

 軽やかに剣身を振り払うと、切っ先を天に掲げて大声を張り上げる。

「――この真なる世界を統べる大君が申し渡す!」



 ミロの過大能力オーバードゥーイング――【真なる世界にファンタジア覇を唱える大君・オーバーロード】。



 一口に言えば万能の過大能力。

 ミロの命じた言葉に森羅万象が従い、彼女の言葉通りに世界を創り直すことができる能力だ。通じないのはミロより上位の力を持つ存在のみ。それ以外には通用するし応用も利くので、大抵のお願いは叶えることができる。

(※ミロより上位の力=ツバサのような強者、真なる世界ファンタジアの根源的意志)

 ミロスセイバーから発せられるのは世界を塗り替える波動はどう

 何色にも染まる透明な力に、ミロは力ある言霊ことだま指向性しこうせいを与える。

「黄金の龍にまつわる者がいるならば目覚めよ!」

 それが目覚めるために世界よ――その力を分け与えたまえ!

 ミロの宣言が終わった瞬間、大地が鳴動めいどうした。

 隠れ里の跡地一帯を揺るがす地震だ。里を取り巻く山々も鳴動しており、土砂崩れも起きそうな激震へと強まる気配がある。

 いや、震動しんどうが強まるのは震源しんげんが近付いてきているからだ。

 何かが大地の奥底から競り上がろうとしている。

 ただならぬ事態にツバサたちも身構えるが、ジェイクも腰を浮かして立ち上がっていた。殺気を感じないためか、まだ拳銃までは抜いていない。

 過大能力オーバードゥーイングを行使したミロも驚いている。

「もっとスマートに行くと思ってたんだけど……大袈裟おおげさじゃない?」

 戸惑いながらも聖剣を収め、ツバサに抱きついてきた。

「龍脈の“気”マナが騒いでる……起源龍オリジンの匂いも強くなってきた!」

 思いも寄らない天変地異にジョカも狼狽ろうばいし、ミロの真似をするようにツバサへしがみついてくる。娘たちを抱き寄せて事の成り行きを見守った。

 地震の原因は地下にある何かだ。

 それが力を蓄えながら、地上へ現れようとしている。

 地震はエルドラントの墓も震わせていた。

 墓石を揺るがす震動が頂点に達し、残像まで見えるほどになった時だ。

「酒が……ッ!」

 セイメイが捧げた朱塗しゅぬりの大杯おおさかずきちゅうに舞った。

 地中から勢いよく飛び出してきた何かに吹き飛ばされたのだ。

 酒の雨をばら撒きながらクルクルと宙におどる朱塗りの大杯は、地中から飛び出してきたものへ覆い被さる。さながら頭に被るかさのようだった。

 降り注ぐ神酒しんしゅも浴びて濡れそぼっている。

 それは――白い大理石だいりせきでできたような球体だった。

 一瞬、怪獣の卵と見間違えたが楕円だえんではなくきゅうに近い。大きな目玉にも見える模様らしきものはあるが、すっかり薄れていた。

 これを目にしたマルミは、予感が的中したように感嘆かんたんの声を上げる。

「エルドラントの眼……やっぱり!」

 マルミが確信を込めて言うのなら間違いあるまい。

 あれは遺骨いこつの代わりに埋葬された、黄金の起源龍エルドラントの眼球なのだ。

 石化したと聞いていたが、まるで白い大理石のように変化していた。重さも硬さもありそうだが、なんとなく“卵”の印象を抱いてしまう。

 それもそのはず――生命いのち脈動みゃくどうしている。

 重厚じゅうこうからに守られた龍の卵。

 分析系技能アナライズを走らせてみたら、あの球体をそのように判別したのだ。

 石化した眼球は銃神ガンゴッドの前へと鎮座ちんざする。

 大地を揺るがす鳴動は収まっていたが、ドクン……ドクン……と静かな鼓動こどうを発していた。降りかかった神酒しんしゅもスルスル吸い込んでいる。

 それだけではない。龍脈から大量の“気”マナも分け与えられていた。

 神酒の栄養や龍脈の“気”マナを得て、様々なものをかてとすることで、卵の中に眠る何者かが急速に成長しようとしているのだ。

「……………………ッッ!?」

 唐突な展開に追いつけず、ジェイクは丸眼鏡越しにいた。

 ビキビキッ! と音を立てて卵殻らんかくに亀裂が走る。

 見る見るうちに卵殻は砕けて破片を飛び散らかせ、それとともに羊水ようすいにも似たトロリとした液体を割れた器からこぼすようにあふれさせていく。

 その流れに乗って、一人の少女が姿を現した。

 羊水に押し流されそうになるのは――金色の髪をした美少女。

 つぶらなひとみだと閉ざしていてもわかるまぶたは金色の睫毛まつげで飾られ、控えめ鼻梁びりょうは奥ゆかしい。ぷっくりした唇がやや特徴的かも知れない。

 金髪なことも手伝い、西洋人の特徴が強い顔立ちだ。

 年の頃なら13歳くらい。人間で言えば中学生ほどだろうか。ウェーブの掛かった長い金髪もくが、頭の両脇から生えた巻き角に目を奪われる。

 その角は黄金の起源龍エルドラントに瓜二つだった。

 年齢の割に発育が良く、乳房やお尻は立派に実っている。ムッチリした太ももを始めとした下半身の安定感は、尻マニアなジェイクの眼鏡に適うだろう。

 彼女の姿を認めた途端、ジェイクは弾けるような動きを見せた。

「……エッちゃんッ!」

 羊水でずぶ濡れになるのも厭わず壊れかけの卵へ飛び込むと、そこから流れ出るように倒れ込んでくる金髪の少女を抱き上げる。

 この拍子で身体を揺り動かされ、少女はうっすら目を開けた。

 覚束おぼつかない半眼は焦点しょうてんが合ってない。

 それでも自分を胸に抱く青年を見上げて、小さな唇を震わせる。

「……えぇ……いぃ……うぅ……」

 喃語なんごのように母音ぼおんのみで呟かれた言葉だったが、金髪の少女は青年の姿を認識した上で、彼の名前をしっかり呼んでいた。

 ジェイク――と。

「あっ……うわぁぁ……ああああああああああああああああああーーーッ!」

 歓喜かんき咆哮ほうこうが山々へと木霊こだまする。

 愛する人を抱きしめた男は嬉しさからの号泣ごうきゅうほとばしらせた。それはいつ鳴り止むかもわからないほど、長く長く世界の彼方かなたまで轟いた。

 叫ぶジェイクの胸の中で、金髪の少女は再び眠りへと落ちていく。

   ~~~~~~~~~~~~

「身体に異常はないみたい……今、寝かしつけてきたわ」

 それが客車きゃくしゃへ戻ってきたマルミの第一声だった。

 全界ぜんかい特急とっきゅうラザフォード――第四車両。

 窓に面した広めのボックス席が並ぶ二階建ての客車。

 そこへツバサたちは思い思いに腰掛けていた。

 ツバサはミロと一緒の席に座り、ミロは「膝枕ひざまくら所望しょもうする!」とかいってツバサの太ももを枕に寝転がると、あっという間に寝息を立ててしまった。

 ミロの過大能力オーバードゥーイング消耗しょうもうが激しい。

 使つかこなせるようになってきたが、疲労感は誤魔化せないのだろう。

 今回は大手柄の一因いちいんでもあるので好きにさせてやった。

 向かい側に大人しく座るジョカも眠たげである。

 起源龍オリジンはよく眠る性質らしく、人間の姿でも昼寝愛好家だ。

 ジョカの後ろの席を占領せんりょうしているセイメイも、肘枕ひじまくらでとっくの昔に昼寝を決め込んでいた。これでも周囲の警戒を怠らないのだから大したものである。

 かつて武芸者は常在じょうざい戦場せんじょうを心得とした。

 そのため日頃から眠るにしてもレム睡眠状態を維持することで、奇襲や不意打ちに警戒したという。セイメイがやっているのもそれだ。

 有事が起きれば即座に対応……すると思う。

 電車の中は眠くなるものだ。ツバサも大目に見るしかない。

 かく言うツバサも少々眠気を感じていた。

 既にエルドラントの墓参りを終えたツバサたち一行は、思い掛けないサプライズこそあったものの無事帰路に付いていた。

 先頭車両では運転手であるラザフォードが全界ぜんかい特急とっきゅうかじを取り、車掌しゃしょうのソージがサポートを務める。ルーグ・ルー輝神国きじんこくへの帰り道を急いでいた。

 ジェイクは今――第三車両にいる。

 この車両はルーグ陣営が四神同盟に加わる前、エルドラントの隠れ里を旅立ってからの移動拠点となっていた巨大キャンピングカーだ。二階建ての車両には各人の私室だけではなく、厨房ちゅうぼうや居間に医療室なども完備していた。

 エルドラントの眼球から生まれた少女。

 彼女は医療室いりょうしつに運び込まれ、簡易的かんいてきだが応急処置を受けていた。

 病人用ベッドで眠りについた彼女には、ジェイクがつきっきりで看病しているそうだ。念のため、レンとアンズも付き添っている。

「……病人に変なことしないと思うけど、念のためね」

「……嬉しさが暴走して何か為出しでかさないとも限りませんからね」

 ツバサとマルミは爆乳が重なる距離でヒソヒソ内緒話をした。

 お母さんは心配性なのだ。

 手当てをしたマルミは少女の容態を教えてくれる。

「眠っているだけで肉体的に問題はないみたい。怪我しているところはないし病態びょうたい兆候ちょうこうも見られないけど……酷く衰弱すいじゃくしてたわね。栄養失調レベルよ」

 ついでに何者なのかも分析系技能アナライズで調べたそうだ。

 しかし、マルミはややまゆひねっていた。

「神族なのは間違いないわね。それも龍の因子を多く受け継いだ、亜神族デミゴッドのドラゴノート族に近いような感じ。あたしの記憶にある限り、エルドラントの色んな要素と比べてみたけど、廉価版れんかばんというか劣化版れっかばんというか……」

「つまり――黄金の起源龍エルドラントの力を幾許いくいばくか受け継いでいるということですね」

「そう考えるのが妥当だとうよね? おかしくないわよね?」

 念を押すようにマルミは同意を求めてきた。

「あの見た目や姿も……人間に変身したエルドラント瓜二つだし!」

 ジェイクも一目見るなり名前を呼んでいたので間違いない。

 彼女もジェイクの顔を認識してその名前を呼んだ以上、ジェイク・ルーグ・ルーという人物に関する記憶を持っているはずだ。

 そして、黄金の起源龍エルドラントの力を微弱びじゃくながら継承けいしょうしている。

 状況証拠ばかりだが、これらの情報から導かれる答えはひとつ。

「あの子は黄金の起源龍エルドラントさんの生まれ変わり……でいいのかな?」

 ジョカが恐る恐る答えを口にした。

 彼女の嬉々とした顔色を覗いた後、ツバサとマルミは頷き合った。

「これはあくまでも仮説ですが……」

 ツバサは寝こけるミロの頭を撫でながら前置きする。

「エルドラントさんの記憶というか感情というか、彼女の魂や精神を形成するものが、肉体の滅ぶ寸前に残っていた部位へ宿ったのでしょう」

 マルミは親指と人差し指を折り曲げて数える。

「それが黄金の角の片方と眼球のひとつね」

 黄金の角はジェイクの危機に際して奇跡を引き起こした。

 一方、記憶の宿った眼球はそれを保つのに留まり、言い伝えにあるような起源龍オリジンの転生を行うまでには至らなかった。恐らく生命力が足りなかったのだ。

 新た生命いのちとなるための力が――。

終焉者エンズに消滅させられかけたんですから……無理もありません」

 それでも年月を掛ければ自ずと蘇っただろう。

 あの眼球は硬い殻で覆われた卵となり、孵化うかの時を待ったはずだ。

 卵の中でゆっくり“気”マナ養生ようじょうし、周囲から少しずつ自然界の精気を得ることで、エルドラントの記憶を宿した新たな神族を育んだと思われる。

「ただまあ、何年掛かるか予測もつきませんけど……」

「うん、起源龍オリジンむくろから何か生まれるなら大体すぐだって聞いてたしね」

 ジョカも今更ながらの新情報を明かしてくれた。

 そういう意味でも異例なのだろう。

 黄金の角の方は復讐の一撃を果たす一助いちじょとなる力もあったが、眼球の方は記憶ばかりで新たな生命に転生するための力もなかった。

 そこへ――ミロの過大能力オーバードゥーイングである。

 真なる世界ファンタジアから“気”マナを供給されたことで、一気に活性化したのだ。

「寝た子を起こすような促成そくせい栽培さいばいたたったのか、眼球に宿っていたのは本当に記憶だけだったのか、あれだけの“気”マナを費やしても補えないほど弱っていたのか……転生できたのはいいけれど、えらく弱体化してしまったんでしょうね」

衰弱すいじゃくの理由はそこら辺かしらね……」

 ツバサの仮説にマルミは肯定的に理解を示してくれた。

「でも、あんなに弱ってても起源龍オリジンの血を分けた神族だからね。ちゃんと身体をいたわってあげれば回復してくる、そのうち力も取り戻せると思うよ」

 同族であるジョカの言葉には説得力があった。

 マルミもこの発現を裏付けるような現象を補足ほそくする。

「そういえば……アタシが手当てしたり、レンちゃんやアンズちゃんが回復魔法やら回復薬を使ってると、ほんの少しずつLVレベルが上がってたのよね」

「基礎能力も回復かいふく途上とじょうにある、ということですか?」

 かも知れないわね、とマルミは断言を避けて曖昧あいまいに返してきた。

 その時、ツバサの脳裏にある男の言葉がよぎる。

『――生きてりゃ瀕死ひんしからでも治す』

 極悪親父ロンドは確かにそう言った。もしもエルドラントの記憶を宿した眼球。その命が尽きかけていても、破壊神撃破による第一の褒賞ほうしょうが働きかけたならば……。

 それもまた彼女を転生させる助けとなった可能性も捨てきれない。

 これも極悪親父の置き土産になるのだろうか?

 考えすぎか、とツバサは小さく頭を振って黙っておくことにした。

「いいじゃねえか――細けぇことはよ」

 ツバサたちが話し込んでると、席の向こうから酒焼さけやけした声がする。

 眠っていたセイメイが割り込んできたのだ。

「ジェイクは復讐をやり遂げたし、愛した女の忘れ形見を抱くことができて、多少なりともむくわれたんだ……それに、起源龍オリジンの力を受け継いだ神族をこの世に誕生させたのは、真なる世界ファンタジアにも四神同盟しじんどうめいにとっても僥倖ぎょうこうだろ?」

 良いこと・・・・尽くめで締めようぜ、とセイメイは幕引きを求めてきた。

「セイメイもありがとね。僕のお願い聞いてくれて……」

 ジョカは座席の後ろへ身を乗り出すと、そこで不貞寝するように寝転がっているセイメイに礼を述べた。墓前ぼぜんでのやり取りを言っているのだ。

 せやい、とセイメイは雑に手を振る。

「酒そなえて野郎と駄弁だべんっただけだぜ? ありがたがられるわれはねぇよ」

「それでも僕は御礼を言うよ……ありがとう、セイメイ」

 へっ、と満更まんざらでもなさそうに鼻を鳴らした用心棒は、悪くない笑みをくちに浮かべながら、あからさまな高鼾たかいびきをかいてまた眠ってしまった。

「アタシからも御礼を言うわ――みんな、ありがとう」

 ジョカに触発されたのか、マルミはツバサたちにお辞儀じぎをしてきた。

 深々と頭を下げる刹那せつな、彼女の潤んだ瞳をツバサは見逃さなかった。礼を述べる声にも泣く寸前のような嗚咽おえつを秘めている。

「みんなが一緒に来てくれなかったら、エルドラントの意志を受け継いだあの子を助けられなかった……ジェイクも立ち直ってくれたけど、ずっと彼女の幻に囚われたままだったわ……だから、ありがとう……」

 ジェイクたちの見守り役として――御礼を言わせてちょうだい。

 涙ぐむ声でマルミは謝辞しゃじべた。

 この人もやっぱり母なんだな、とツバサは密かに感心する。

 道理でオカン系男子のツバサと意気投合し、やることなすことピッタリ息が合うわけだ。どちらも母性本能の化身なのだから当たり前である。

 ツバサやジョカは朗らかな微笑みを返事とした。

「二シシシ……♪」

 鼻提灯はなちょうちんで寝ていたミロまで満面の笑みで返している。

「さ、湿しめっぽい話はこれくらいにして……ルーグ・ルー輝神国きじんこくに着くまでもうちょっと掛かるから、ゆっくりしててちょうだいね」

 マルミは自然な仕草しぐさで目元をぬぐいながら顔を上げた。

「はい、ではお言葉に甘えさせてもらって……」

 拠点に帰るまでの数時間、つかながらも列車の旅を味わう。

 いつしかツバサもうたた寝にふねいでいた。

   ~~~~~~~~~~~~

 ただならぬ妖気ようきにより、細やかな午睡ごすいを打ち破られる。

 ツバサは電車で目的の駅を乗り過ごした時のような慌て方で目を覚ますと、思わず座席から立ち上がろうとして、腰を浮かしかけていた。

 まだ列車の中だ、それは間違いない。

 だが、ここは全界ぜんかい特急とっきゅうラザフォードの客車ではなかった。

 窓を背にして並ぶ横一列な八人掛けの座席。

 車両の末端まったんではそれぞれ三人掛けの席が割り振られており、そこは優先席ゆうせんせきとなっている場合が多い。天上には鉄パイプが組まれており、そこから立っている客の姿勢を保つためのつり革が何本もぶら下がっている。

 この車両内の風景は見覚えがあった。

 ツバサが大学への通学に利用していた電車内だ。

「…………夢か」

 漠然ばくぜんとだが「これは夢だ」と自覚が持てた。

 意識ははっきりしているが、少なくとも現実ではない。異相いそうのような別空間にいる感触かんしょくを覚えるし、肉体的感覚が希釈きしゃくされている違和感がつきまとう。

 明晰夢めいせきむ揺蕩たゆたう感覚によく似ていた。

 随分ずいぶんと前、蕃神ばんしんを倒すため飛行母艦ハトホルフリートで遠征えんせいした時のこと。

 その帰り道でも電車の中で家路を急ぐ男だった頃の自分を思い出す夢を見た記憶があるが、あの時よりも意識はクリアだった。

 雷の雨が降り注ぐような緊迫感に、危機管理能力が警鐘けいしょうを鳴らしている。

 おかげで意識が鮮明にならざるを得ないのだ。

 しかし、電車というシチュエーションがそっくりなので思い返す。

 あの時は――妖気など渦巻いていなかったが。

 気付けばツバサは、八人掛けの席の真ん中に重い巨尻を降ろしていた。

 超爆乳の下でそれを支えるように腕を組み、むっちりした太ももを絡ませて足を組んでいたので、肉体的には神々の乳母ハトホルのままだった。

 以前の夢とは異なり、現在のツバサの外見に則しているらしい。

「夢の中くらい男に戻りたいもんだけどな……」

 残念そうに独りごちるも、そんなことを毒突どくづいている事態ではない。

 吐き気をもよおすほどの邪悪――名状しがたい怖気おぞけを誘う瘴気しょうき

 鼻先をかすめただけで胃の中どころかはらわたの奥にまで辿り着いたものまで吐き出しかねない悪臭あくしゅうを伴う妖気ようきにツバサはまゆしかめた。

 眉間みけんが山のように盛り上がり、眉尻まゆじりは天を目指して釣り上がる。

 妖気にあからさまな敵意が混ざっているからだ。

 ツバサは腕を組んで腰掛けたまま、足を組み直すと真正面を見据みすえる。

 そこに――妖気の発生源がうずくまっていた。

 明らかに人間ではない。この世ならぬ異形のものが、四苦八苦しながら人間の皮をかぶって偽装ぎそうしている途中にしか見えなかった。

 人間は三つの点が集まると、そこに顔を見出そうとする。

 これをシミュラクラ現象というのだが、これに胴体や手足にるいするものを添えても、人間のような五体を備えていると判断してしまうのかも知れない。

 何もない禿頭とくとうのような頭は天井に届きそうだ。

 そこに光る六つの眼光は、見覚えのないスペクトルを発している。

 その下に生え揃う絶えず蠢動しゅんどうする無数の触手しょくしゅは、伸ばし放題に生やした髭に見えなくもない。八人掛けの席を七割ほど潰している巨体は、相撲取りの体格どころではない。度し難い肥満体をも上回るだろう。

 妖気は未だ定まらず、人型を模そうとする巨体を取り巻いている。

 それは時折、ドラゴンの翼のようにはためいていた。

 眼前の持ち上げられた左腕。その先でてのひら六本の指・・・・を握り締める。

 対して右腕は――手首から・・・・先がない・・・・

 何者かによって力任せに引き千切られた感がある。いびつな断面からは短い触手が生えており、徐々にだが失った掌を復元しているようだった。

 手先を失った右手首の断面を、妖気はこちらに差し向けてくる。

 まるで「おまえの仕業ではないか」と嘲笑ちょうしょうするようにだ。



 超巨大蕃神――通称“祭司長”さいしちょう



 還らずの都争奪戦時に現れた蕃神の“王”だ。別次元の侵略者の中でも頭抜ずぬけた巨大さを誇り、動いただけで真なる世界ファンタジアを滅ぼす脅威となりかねない。

 ツバサはこの祭司長にクトゥルフを幻視げんししていた。

 クトゥルフ神話の代表格――人智を超えた旧支配者の急先鋒きゅうせんぽう

 六つの眼を持つたこを思わせる頭部に、顎髭のような触手を無数に生やし、ドラゴンにも勝る巨体と翼を有し、手には鉤爪かぎつめ水掻みずかきが生え揃う異形の神。

「そういえば……精神攻撃も基本だったな」

 クトゥルフは夢を通じて人間の精神に介入かいにゅうすると聞いた。

 夢の中とはいえ蕃神ばんしんによって精神へ割り込まれようものなら、軽くて重度の神経衰弱、下手をすれば発狂して再起不能である。

 しかし、ツバサは自我を見失わずに済んでいた。

 神族になったことで脳細胞や神経もレベルアップしたのだろうか?

 夢に土足で踏み込まれても耐えることができるようだ。

 突然――頭の中に爆音が轟いた。

 幾千万いくせんまんもの割れた管楽器かんがっきを一斉に吹き鳴らしたような、神経を逆撫さかなですることのみを突き詰めたような爆音は、莫大な情報も脳内に叩き込んでくる。

 どうやら祭司長が何かを伝えたいらしい。

 何かと懸念けねんの南方大陸――その大地を覆う奇妙な声で鳴く異形の樹木。

 うごめく異形の森の中央――そびつのは漆黒しっこくに染まる禍々まがまがしい世界樹。

 黒い世界樹の根元――それを守るように佇む重騎士じゅうきしの如き巨神きょじん

 まるでブラッシュバックだった。

 爆音の正体は脳が処理しきれないほど大量の情報で、どうにか読み取れた部分が断片的だんぺんてきに脳内でそれらしい絵を結んでいた。

 そうこうしていると、妖気ようきらした祭司長さいしちょうは人間の姿を模倣もほうする。



『忠告しよう――あの御方・・・・には手を出すな』



 爆音にしか聞こえない情報の中、初めて人語らしきものが拾えた。

 あの御方とは黒い世界樹のことを指すらしい。

「……忠告? 警告の間違いだろ」

 ツバサは爆音の情報をさばくために得も言われぬ頭痛に苦しめられながらも、江戸っ子特有とくゆうの負けん気から悪態あくたいで突き返した。

 こんな時――友人の他愛たあいない格言かくげんを思い出す。

『良い話と悪い話は大抵一緒、互いに相殺するからセット割だ』

 黄金の起源龍エルドラントは元通りと言えずとも復活させられた。

 これが良い話だとすれば、悪い話もセットで付いてくるのが道理である。何事もなく大きな成果を持ち帰れる、なんて油断していたら御覧の有り様だ。

 逃げ場はない、というかこの場が判然としない。

 敵意は感じられるが、今すぐ暴力に訴えてくる様子も見受けられない。忠告というだけはあり、本当に話し合いを求めてきたのだろうか?

 わからないことが多すぎる。手探りで試し試し進めるしかなさそうだ。

 はらくくろう――ツバサは覚悟を決めた。

「用件があるなら伺おうか……なあ、祭司長殿?」



 極上の笑みを浮かべたツバサは喧嘩腰な態度で打って出た。


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