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第19章 神魔未踏のメガラニカ

第461話:テラ・アウストラリス・インコグニタ

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「も゛っ、も゛う゛じわ゛げあ゛り゛でんん……ッ!」

 失言しつげんが過ぎました……とセイメイは濁点だくてんで涙声を震わせて反省する。

 ツバサとミロが撲殺ぼくさつさずに殴り倒したのだ。

 いくら剣豪であろうともフルボッコにされれば顔面もデコボコになる。顔中かおじゅうをたんこぶとれたあざで覆われたセイメイは泣きべそをかいていた。

 普通ならLV999スリーナインの神族でも死んでいる。

 この程度で済んでいるのは、技能スキル“コメディリリーフ”の効果だ。

 簡単にいえば――ギャグキャラは死なない。

 大爆発に巻き込まれてもすすだらけになって口から煙を吐き、頭が爆発したアフロになるくらいのダメージで生き残る。1万トンの鉄塊てっかいに潰されてもペラペラになるだけで、しばらくすれば元通りになる。

 相応のダメージは負うが、即死を回避する効果もあった。

 身内みうち折檻せっかんならば御覧の通り。渾身こんしん鉄拳てっけん制裁せいさいを何千発お見舞いされようとも、見た目が酷くなるくらいの怪我けがで乗り切れるわけだ。

 なので――折檻せっかんする側も無茶ができる。

 確かに情報屋ショウイさんは登場時こそモブ的ポジションにいたが、実は陰ながらツバサたちを支えてくれて、本物の情報屋を務めてくれた恩人なのだ。

 その縁があるから、ツバサもミロも再会をあんなに喜んだのである。

 ついつい口を突いて出てしまったとはいえ、恩のある友人をモブ呼ばわりされれば「カチッ!」と怒りのスイッチがONオンになるのも致し方あるまい。

「……初対面の人をモブ呼ばわりすりゃ怒られるわな」

 反省してます――ごめんなさい。

 セイメイは情報屋ことショウイさんへ素直に謝った。

 自責じせきねんも口にする黒衣の剣豪。

 護衛役ボディガードなので会談中は何が起きても即応できるように、応接室おうせつしつのそこらに待機してもらうつもりでいたが、ばつとして積極的に立っててもらうことにした。

 ――水でいっぱいに満たされたバケツが3つ。

 絶対無敵とか熱血最強なんて熱い四字熟語が書かれたバケツを両手に持ち、元気爆発と書かれたバケツは頭に乗せている(※ダイン製の備品びひん)。

 かつて昭和の頃、遅刻や早弁などの悪いことをした小中学生は、罰としてこのように廊下へ立たされるスタイルで反省を促されたという。

 それを実践じっせんしてもらっているところである。

 横に控えるのはハトホル太母国・メイド長――クロコ・バックマウンド。

 いつでも鉄面皮てつめんぴ無愛想ぶあいそうメイドだ。

 長身でグラマラス美女。Hカップの巨乳とそれに釣り合うサイズの臀部でんぶは、オーソドックスタイプのメイド服を着ていても目立つ。銀髪を簡素かんそなポニーテールにまとめており、薄化粧うすげしょうをした美貌びぼうは常に澄まし顔で決めていた。

 外見だけならばパーフェクトなメイドだろう。

 仕事も炊事、洗濯、家事、掃除、子守とオールマイティにこなし、執務室で執り行われる政務を任せてもミスのひとつもなく完遂する。亜空間にマイスペースを持てる過大能力オーバードゥーイングで密偵を務めるのも朝飯前だ。

 有事ゆうじには重火器じゅうかきを背負って敵陣を圧倒的あっとうてき弾幕だんまくで蹴散らす。

 何をやらせても万能メイドなのは認めよう。

 その有能すぎる評価をマイナス評価に突き落とすほどの変態エロスな性癖さえ目を瞑れば、これほどの逸材いつざいはないので非常に残念でならない。

 VRMMORPGアルマゲドンを管理運営してきた国際的協定機関ジェネシス

 若くしてその幹部を務めた軍師レオナルドは、クロコを始めとしておっぱいは大きいが問題児な娘ばかりの教育を任されたため“爆乳特戦隊”のまとめ役とされていたが、なんとか彼女たちの手綱たづなさばいていたらしい。

 彼をしても「クロコだけは制御できない」と告白している。

 事実ツバサも「仕事してくれればいいか……」と諦観ていかんを極めて放任ほうにん状態じょうたいだ。もっとも、セクハラされたら容赦ようしゃなく体罰たいばつを与えている。

 その体罰も彼女には「ご褒美ほうびです!」になってしまうのだが……。

「――そんなわけでご褒美です」

「いや、おれマゾそっちないからご褒美にゃ……鞭打むちうちぃッ!?」

 バケツを持って立つセイメイに、クロコは九つに分かれた鞭をビシリと打ち付けていく。このメイド、MもSもイケるリバーシブルだ。

 セイメイへの反省を促す体罰だが、クロコは趣味でやっている。

 あのメイド長には給仕役きゅうじやくとして控えていてくれと命じたはずなのだが、どうして失言した用心棒ようじんぼうへのお仕置きに熱を上げているのだろうか……?

 既にお茶の用意は終えているので黙認もくにんしておこう。

 応接室専用の長いテーブル――対面形式で着席ちゃくせきする面々。

 その際、顔には出さないがツバサは「おや?」と思ったことがあった。

「……あなた・・・、どうぞ」

「あ、すいません……では失礼します」

   てっきり源層礁げんそうしょう庭園ていえんの代表を務めるサイヴが客人きゃくじんとして上座かみざに座るかと思いきや、ショウイに上座を譲って自分は二番目の席へ腰を降ろした。

 この2人――やはりそういうこと・・・・・・らしい。

 密かに分析系アナライズを走らせたツバサは決定的な証拠を発見する。

 すぐ話題にして祝辞しゅくじを贈りたい気持ちに駆られたが、プライベートに関わる話なのでタイミングが訪れるまで黙っておこうと触れずにおいた。

 客人に続いて、こちらも席に着く。

 ハトホル太母国側は上座からツバサ、ミロ、ダイン、フミカの順番。ツバサ以外は特に意識せず、なんとなくの序列じょれつで決まっていた。

「いや、しかし……モブキャラと言われても仕方ありませんよ」

 軍帽ぐんぼうを脱いだショウイは照れ臭そうに苦笑すると、角刈りみたいな頭を一撫ひとなでしてからセイメイの発言を肯定こうていするように言った。

「お二人に出会った頃は他のプレイヤーを倒すでもなく、レイドボスに挑むでもなく、ただ面白そうな情報集めに奔走ほんそうするだけの、本当にモブキャラでザコキャラみたいに戦場をうろちょろしていただけですし……」

謙遜けんそんしないでください、情報屋さ……いえ、ショウイさん」

「そうだよ。アタシらその情報に何度助けられたか」

 既に述べたが、ツバサたちと情報屋ショウイが出会ったのはVRMMORPGアルマゲドン時代。ドンカイ親方やミサキ君と激しいバトルを繰り広げた頃。

 ドンカイもミサキも、ツバサにすればアシュラ時代からの盟友。

 しかし、アルマゲドンではどのような活躍をしているかわからず、再会したアバターにアシュラ時代の面影こそ感じるものの微妙にアバターが違ったので、再開した当初は「よく似た他人かも?」と疑う気持ちもあった。

 そんな彼らの活動振りを教えてくれたのが情報屋ショウイである。
(※第15話&第21話参照)

 おかげで彼らの戦績がわかり、「やっぱり当人か」と確信を持てたのだ。

 これ以後、ショウイとはよくつるむようになった。

 イメージは――ベテラン刑事に様々な情報を流す裏の情報屋。

 当人もそこら辺を意識していたのか、独自どくじルートで調べ上げた有益ゆうえきな情報をツバサたちに回してくれた。あるいはツバサたちでは調べきれない噂の虚実きょじつを確認するために東奔とうほん西走せいそうしてくれたものだ。

 大規模仮想現実RPG『アルマゲドン』

 そのプレイヤーすべてが真なる世界ファンタジアへ転移させられたあの日。

 ツバサたちは予めGMダオン・タオシーから「次回の定例アップデート日、最後までログインしていること」なんて意味いみ深長しんちょうな捨て台詞を聞いてしまったため、結果的に異世界転移へと巻き込まる羽目はめになった。

(※第24話~第25話参照)

 この捨て台詞についてツバサやミロも独自に調べてみたが、LV999スリーナインの解放や過大能力オーバードゥーイングの実装についての詳細を掴んでくれたのがショウイである。

 概要がいようではなくに入りさい穿うがつほどの調査結果だった。

 これらの成果は、彼が情報屋として卓越たくえつしたさいを持つ証明と言える。

 こうした情報への見返りではないが、ツバサたちも魂の経験値ソウル・ポイント稼ぎやお金稼ぎを手伝ったり、情報屋の彼が必要とする素材集めを一緒にしたりと、ドンカイやミサキにジャジャほどではないが、パーティーを組んだこともあった。

 知らぬ仲ではない――れっきとした友人なのだ。

「……なのに、通称の情報屋とばかり呼んでいたから、本名はともかくハンドルネームを覚えることさえ失念していたなんて……」

 本当に申し訳ない、とツバサはいるようにびた。

 いやいやいや! とショウイは慌てて両手で制してきた。

現実げんじつでならいざ知らず、ネットで仲良くなったらそんなものですって。俺もついつい情報屋と呼ばれるのを気に入って、ちゃんと名乗ってないんですし」

 実際、リアルでも情報屋と呼ばれていたらしい。

 鏖殺師グレンと再会した際も、名前ではなく「おまえ情報屋だろ」とあだ名で呼ばれたそうだ。そのグレンにまつわる謎についても後ほど聞かせてもらおう。

 でもさー、とミロが話に割って入きた。

 おかげで強制的に話の流れを切り替えられ、互いに「申し訳ない」と謝り倒す負の連鎖が断ち切られる。こういう空気の読み方はできるアホの子だ。

「情報屋さん、スッゴい強くなったね。アタシらと同じじゃん」

「そういえば……LV999スリーナインですね」

 改めて感心させられる。

 最後にVRMMORPGアルマゲドンで会った時はLV60台、当時の換算かんさんからするとLVレベルカンストの99にも届いてないので、あれから相当鍛え直したはずだ。

 情報屋の二つ名が示す通り、彼は戦闘職ではない。

 ゲーム的にたとえれば斥候スカウト猟兵レンジャー、あるいは情報専門の盗賊シーフなどに分類されるだろうか? なんにせよ戦闘能力は上げにくい職能ロールのキャラだ。

 LV999スリーナインになるのは至難の業である。

 事実、情報処理姉妹と呼ばれているアキ&フミカ姉妹や、道具作成アーティファクターしか能がないプトラ、工作者クラフター一筋のジンなどは苦労したし苦労させられた。

(※この運動神経ポンコツ四人組カルテットをLV999に仕立てたのはツバサです)

 ショウイはますます顔を真っ赤にして照れる。

 恥じ入るように目元を伏せ、前へと傾げた頭を片手で押さえた。

威張いばれるようなことは何もしてませんよ。ただ、ツバサさんやミロちゃんと会ったり過ごしたりしているうちに……なんだか恥ずかしくなって」

「恥ずかしい? 何が?」

 ミロが小首を傾げると、ショウイは逡巡しゅんじゅんするも打ち明けた。

「……自分が強くない……弱いってことにです」

 かつての自分は本当にモブでした、とショウイは自身をかえりみる。

「ツバサさんやミロちゃんみたいに本当に強い人に出会って、いつしかその強さに憧れるようになって……でも、情報屋のさがとして気付いてしまうんです。あなたたちと俺は根本的に何かが違うと……」

 調べれば調べるほど――素質そしつの差を思い知らされてしまう。

 ショウイは力強く握り締めた拳に視線を落とす。

「それでも……一度憧れた強さに、どうしても近付きたくなりました」

 大小の傷にまみれた拳は、過酷かこくな日々を生き抜いたあかしだ。

 ショウイは持ち前の情報分析能力から、ツバサやミロのような強さを得られないと自らに言い聞かせ、無理にその背中を追うことを禁じた。

 同じ力を求めてはいけない――自分自身の持ち味を活かそう。

VRMMORPGアルマゲドンの頃から、密かに訓練を始めていたんです……」

 ショウイの武器は莫大な情報量。

 その中でも実戦向きで練習を重ねれば身に付けられそうな、銃火器系の技能スキルをまず習得した。そこから火薬や砲術系の技能も扱いのみならず工作系クラフト技能スキルも学んでいき、戦場で生き抜けるように自らを鍛え直したそうだ。

 常に周囲の情報を先取りして、戦闘中には最適解さいてきかいの行動を選択する。

 足りない力は銃火器でおぎない、一手でも多く先を読んで周到しゅうとうに立ち回る。

 その結果、“たった一人で軍隊”ワンマン・アーミー系の職能ロールを会得した。

 おもむきこそ違うけど、拳銃師ガンスリンガーなジェイクやバリー、火器の重武装で戦うクロコと似たような系統けいとうだ。銃撃戦ガンアクションに長けた戦闘職に分類されるのだろう。

「ランボーを目指したんだね、スタローンだ」

「いや、コマンドーじゃろ。シュワちゃん路線ぜよ」

 ショウイを有名なコンバット映画の主役たちに例える長女ミロ長男ダイン

 選んだアクション俳優に趣味の違いが表れていた。

「……いや、ちょっと違うんじゃないか?」

 ツバサが訂正を入れると、ショウイが自分なりの解釈を明かす。

「自分的には、戦場カメラマンとか戦争記者とか、そういう方面を目指して頑張ってきて、この世界でも必死にサバイバルを続けてきたんですが……」

 お二人のおかげです、とショウイは真摯しんしで訴えてくる。

「ツバサさんやミロちゃんに憧れたから、LV999スリーナインまで来ることができました」

 ありがとうございます、とショウイは礼を述べて頭を下げてきた。

「…………ッッッ!」

 ショウイの告白にツバサは涙ぐむほど感動した。

 自分たちの生き様が誰かを突き動かした原動力になる。それを当人の口から謝意を込めて述べられると、気恥ずかしさよりも歓喜の念が込み上げてくる。

 弟子の成長を目の当たりにした気持ちに似ているかも知れない。

 熱い感情が胸いっぱいに満ちてくる。

「あの、えーと……ごめん、アタシこういうの慣れてないから困るぅ!」

 一方、ミロは年相応な振る舞いで恥ずかしがる。

 裏表うらおもてのない明け透けな賛辞さんじにミロは弱い。最初は両腕で顔を覆い隠していたが、間に合わず隣に座るツバサの背中に隠れようとしている。

 こういうところはまだまだお子様なのだ。

「いえ、こちらこそすいません。思いの丈をぶちまけてしまって……」

 ショウイはより一層恐縮きょうしゅくしたように身を縮こまらせていた。

「ですが――ショウイが強いことは事実です」

 話が途切とぎれた瞬間しゅうかん、自然な流れでサイヴが会話に入ってきた。

 それもショウイを賞賛しょうさんする口振りでだ。

「彼が源層礁の庭園に来てくれたおかげで、彼の製造する武具により庭園の防衛力が底上げされたのは勿論もちろん、我々には持ち得ない過大能力オーバードゥーイングという素晴らしい力によって、庭園に多大ただい貢献こうけんをしてくれたのですから……」

「ちょ! サイヴさんやめて人前で! 羞恥心で悶絶死もんぜつしするよ俺!?」

 ショウイは怒鳴り声に近い大声でサイヴの褒め言葉をさえぎった。

 こちらも褒められるのに慣れてないらしい。

 しかしサイヴの言葉責めは止まらない。嫌がらせや当てこすりではなく、本心からショウイを自慢したくてたまららないという感情がそこにはあった。

 まるで我が事のようにサイヴはショウイを誇る。

「今では庭園ていえん統括とうかつ研究所けんきゅうじょ所長しょちょうである我が父の公認こうにんを得るほどで、行く行くは源層礁げんそうしょう庭園ていえんの全権を委ねる正統後継者になってもらう予定です」

「ショウイさんが――庭園の最高責任者に?」

 確かにVRMMORPGアルマゲドンで異世界転移したプレイヤーは、真なる世界ファンタジアに現住する神族や魔族より強くなる傾向けいこうがある。

 ツバサたち内在異性具現化者アニマ・アニムスなど最たる例だろう。

 このため良くも悪くも現地種族に神様として祭り上げられる例はいくつかあったし、真なる世界ファンタジアの重大な遺跡に関わる権利を得た人物も少なくない。

 ショウイもこれにまる。

 だが、サイヴの説明には言い含める何かが隠されていた。

 その何かについて――ツバサは見当がついている。

「失礼ですがサイヴさん、いずれショウイさんに源層礁の庭園すべてを任せると仰るからには、現時点の最高責任者であるあなたの御父上のお許しを得られたことを意味しますよね? それは即ち……」

 サイヴはほんのり頬を桃色に染めると目元を伏せた。

 楚々とした動きでショウイを差す手からは初々しさを感じられる。彼女へ合わせるように、ショウイも殊更ことさらにペコペコと頭を下げてきた。

「――我が夫です」

「すいません、婿むこという形になりますが……結婚しました」

 えええーッ!? と驚愕の声がいくつも上がる。

 いや、ミロは驚くのはわかるが、ダインやフミカは驚かなくてもいいだろう。こちらの世界で入籍したのは、長男ダイン次女フミカの夫婦も同じなのだから。

 そして、ショウイとサイヴはせきを入れただけではない。

 ツバサは先ほど分析系アナライズで気付いた事実に恐る恐る触れてみた。

「サイヴさん……懐妊かいにんされておりますよね?」

「……はい、三ヶ月になります」

 新妻は頬を赤らめた後、いたわるように右手をお腹に添えた。ショウイもデレデレと惚気のろけた顔になり、照れ臭さMAXマックス恐縮きょうしゅくの極みにある。

「「えええええええええええええええええええええええーーーッッッ!?」」

 今度こそ驚天きょうてん動地どうちみたいな絶叫がほとばしった。

 声を揃えて叫んだのはミロとフミカ、その理由はなんとなく察する。

 ――神族や魔族は出生率が恐ろしく低い。

 現実世界リアルでも少子化は由々ゆゆしき事態じたいに陥っていたが、そんなもの比ではないくらい子供ができにくいのだ。これは神族や魔族ゆえの悩みなのだろう。

 神魔は基本的に不老不死だ。

 飲食不要でも世界から“気”マナを得ることで長寿を約束され、不眠でも身体能力が低下せず、新陳代謝はするが老廃物ろうはいぶつはほとんど出ない身体構造。常に若々しく絶大な力にみなぎり、多種族を凌駕りょうがする魔法や能力を行使こうしできる。

 正しく神や悪魔と呼ばれるに相応しい種族だ。

 不老不死とは言うものの、それでも物凄ものすごくゆっくり老化はする。

 ノラシンハやヌン陛下へいかがいい例だ。どちらも1万歳を越えたというが、両者ともにまだまだ元気げんき溌剌はつらつ。見掛けは七十代だが中身は四十代である。

 それでも死ぬ時はサクッと死ぬ。

 老いて死なない“不老不死”であり、不死身ではないわけだ。

 不老長寿、と言い換えた方がいいかも知れない。

 この一万年を越えて生きるという人間からすればうらやむ体質ゆえに、神族も魔族もある共通のデメリットに悩まされていた。

 ――極端きょくたん不妊ふにんである。

 人間の歴史れきし換算かんさんどころか、その世界で台頭たいとうする種族が代替わりするほど何十世紀も生きる神族や魔族は、一個体の寿命が途方もなく長い。人間を始めとする短命な種族と比べて、急いで次世代を用意する必要がないということだ。

 そうでもしないと――生態系がバランスが危うい。

 もしも神族や魔族が人間並みの繁殖力はんしょくりょくを持っていたら、滅多なことでは死なない種で世界は満ち満ちて、たった数年で人口爆発待ったなしだ。人口密度は加速度的に上昇し、土地、食料、水、資源……あらゆるものが枯渇こかつしていく。 

 神族や魔族の場合、飲食は不要だが生命維持に森羅万象の“気”マナが必要なため、人口が増えれば“気”が不足する。ねずみ算式に増えれば推して知るべしだ。

 この世のすべての源となる“気”マナ

 その奪い合いで戦争が起きるのは目に見えている。

 やがては世界を滅ぼす原因となりかねない。

 神族も魔族も森羅万象と密接にリンクした種族なので、無意識かつ本能的に次世代の誕生にセーブを掛けているのかも知れない。

 そういえば――何かのSF作品で類似例るいじれいがあった気がする。

 不老不死になる技術を確立した人類は、次の世代を引き継ぐ子供を必要としなくなったので邪魔者扱い。それでも子供は生まれてくるので、率先そっせんして排除はいじょしようとするディストピアな社会になっていったと……。

 そうなる前に種族的なブレーキを掛けられたも同然だった。

 だからなのか、神族や魔族はどれだけ情熱的に愛の営みを交わそうとも、子供を授かる可能性がとても低い。受精じゅせいの確率が極端きょくたんに低いらしい。

 不敬ふけいたとえだが、メチャクチャ渋いガチャ・・・だ。

 恐らく0.000001%くらい、下手すればもっと低確率かも知れない。

 絶望的なくらい子宝に恵まれないのだ。

(※その反面、他種族との間には比較的子供が生まれやすい。神族同士よりも魔族の嫁と、魔族同士よりも神族の婿と、あるいは他種族と結婚。これだけ出生率が改善される。そうして産めよ増やせよで生まれたのが灰色の御子である)

 不妊ふにんといっても過言かごんではない出生率の低さ。

 これが真なる世界ファンタジア窮地きゅうちに追い込んだ遠因えんいんでもあった。

 別次元からの侵略者――蕃神ばんしん

 彼らに立ち向かえるのは高位の神族や魔族のみ。しかも相討ち覚悟で挑まねば勝てないような異次元のバケモノ揃いと来た。その総数も計り知れない。

 倒しても倒してもキリがないのだ。

 戦争が長引けば長引くほど、さしもの神族や魔族でも戦死していく。

 一個体は神と崇められるほど強い神族や魔族でも、ただでさえ繁殖力はないに等しく、その絶対数は少ない。なのに、蕃神との戦いではくしが欠けるように亡くなっていき、後を継ぐべき次世代を望んでも一向に子供は生まれない。

 こうして真なる世界ファンタジアは戦力不足へと追い詰められたのだ。

 灰色の御子たちがVRMMORPGアルマゲドンという訓練装置を使い、人間のプレイヤーを無理やりにでも神族や魔族にレベルアップさせた理由。

 蕃神ばんしんとの戦争により激減げきげんした神族や魔族の復活――あるいは補充。

 こうした思惑おもわくが秘められていた可能性も捨てきれない。

 だが悲しいかな、不妊ふにん形質けいしつはツバサたちにも受け継がれていた。

 四神同盟にはツバサとミロを筆頭ひっとうに、婚姻こんいん関係かんけいを結んで夫婦となっていたり男女の仲にあると公言こうげんしているカップルが何組かいる。

 この真なる世界ファンタジアで暮らして一年余り。

 カップルの女性たちには妊娠にんしん兆候ちょうこうすら現れていない。

 下世話かも知れないが、夜になればちゃんと夫婦として愛の営みを交わしているはずだが、まったく子供ができる気配はなかった。

 ミロはツバサを妊娠させ、本物のオカン系女神にしようと企んでいる。

 フミカは愛妻として、ダインとの一粒種ひとつぶだねのどから手が出るほど欲している。

 そんな愛する人との子供を切望せつぼうする娘たち。

 成功例を前にして暴走するのは、火を見るよりも明らかだった。

 ミロとフミカは息せき切って腰を浮かし、応接室おうせつしつの長いテーブルから身を乗り出すと、それぞれショウイやサイヴへと詰め寄っていく。

「どっ……どうやったの!? ねえ、どうやって赤ちゃんをッッッ!?」

「何が効果的だったんスか!? なんか受精率が上がる方法とか、妊娠促進に働きかけた要素とかあるんじゃないスかッッッ!?」

 双方そうほうとも剣幕けんまくが必死すぎて、ツバサやダインはドン引きだった。

 ショウイやサイヴも突然なので面食らっている。

 一足先に妊娠というゴールインを果たしたサイヴに嫉妬しっと羨望せんぼうが入り交じる視線を向けるも、その手法を聞き出そうと威圧感いあつかんのある下手したてで迫っていく。

 フミカはサイヴの手を取り、吐息といきも荒く質問攻めにする。

「やっぱ源層礁げんそうしょう庭園ていえんならではのマル秘テクニックとかッスか!? 神族や魔族でも産めよ増やせよで子沢山こだくさん倍増ばいぞう計画けいかくでベビーブーム到来とうらいするような裏技があるんスよね!? 生命の研究してるんスからお茶の子さいさいっしょ!?」

「落ち着けフミぃ! お客人に失礼じゃろうが!」

 もはや失礼を棒高跳びで乗り越えるくらい無礼千万である。

 ダインが懸命けんめいに抑えるも、フミカはサイヴへにじる。

「ええええっと!? あの、その……まあ、神族や魔族の繁殖率を上げる研究はしておりますが、私たちでは試すいとまがなかったといいますか……」

 目を白黒させるサイヴは、それでも質問にちゃんと答えてくれた。

 自白を強要されたようにしか見えないが……。

 そして、ミロはショウイの顔面に掴みかかり、鼻先がくっつくほど顔を近づけて詰問きつもんめにしていた。ただし、形相は修羅のそれである。

「どーやってサイヴちゃんはらましたの情報屋さん!? 大人しそうな顔をして一番乗りなんて……アタシなんてツバサさんにどんだけ注ぎ込んだと思ってんの!? 精を吸われすぎてこっちが死にかけたのも一度や二度じゃないんだからね! なんだっけ? 腎虚じんきょ? になりかけて英雄神なのに衰弱死すいじゃくししかけたんだから!」

「え? は? な? ミロちゃんが腎虚?」

 ミロが過大能力オーバードゥーイング男の娘・・・になれることを知らないショウイは、彼女の口からそんな単語が出てきたので、眼鏡がずり落ちるほど当惑とうわくしていた。

「落ち着けミロ! はしたない! 言葉を選びなさい!」

 ツバサはミロの後頭部をアイアンクローの要領ようりょう鷲掴わしづかみにすると、お仕置きも兼ねて握力全開で握り締めた。こうでもしなければアホの子は止まらない。

 それ以前に――互いの組織の今後についての会談中。

 こんなセクハラまがいの暴挙ぼうきょ破談はだんしてもおかしくない失態しったいである。

 頭蓋骨ずがいこつがバキボキ悲鳴を上げてもミロは怯まない。

「プレイか? 特殊なプレイなんか!? 二人揃って最初から最高潮クライマックスに盛り上がるような激しいプレイが赤ちゃんできる秘訣ひけつなのかーッ!?」

「おまえは何を言ってるんだ! ミロ、ステイ! ハウス! おすわり!」

「あの俺、お恥ずかしい話、素人しろうと童貞どうていなんであんまったプレイは……」

「アンタもなに暴露ばくろしてんだ情報屋ショウイさん!?」

 そういうことは言わないでいいから! とツバサはショウイも叱りつける。

 騒然そうぜんとした応接室おうせつしつが鎮まるまで十数分を要した。

   ~~~~~~~~~~~~

「ウチのアホ……いえ、娘たちが取り乱してしまい、大変申し訳ない!」

 ツバサはテーブルへ両手とひたいを押し付けるように謝罪した。

「「……ごめんなさい」」

 ミロとフミカも反省する気持ちにまゆを8の字にして、深々と頭を下げる。どちらの頭頂部とうちょうぶにもフルーツ大のたんこぶが膨れ上がっていた。ツバサから怒りの拳骨ゲンコツを受けたことで、ようやく我に返ってくれたらしい。

 反省に重ねて猛省させたので、いつもよりしおらしくなっている。

 四神同盟と源層礁げんそうしょう庭園ていえん――。

 二つの組織の今後について代表者が話し合う場だというのに、四神同盟が一方的なセクハラで台無しにしかけたのだ。ひとつ間違えれば国際問題である。

 拳骨と特大たんこぶ程度のばつで済むものではない。

 ミロとフミカに何度となくペコペコ頭を下げさせて、ツバサも保護者として監督不行き届きのせきを負おうと幾度いくどでも謝罪させてもらった。

 外交的に謝意しゃいを示すのは相手側に漬け込まれるウィークポイントだと軍師によく叱られるが、これは誠意せいいの問題である。現に長男ダインも「ウチのフミが申し訳ない!」と平謝ひらあやまりだ。妻の不始末を夫も背負う覚悟である。

 これで揉めたら――全責任はツバサが負うしかあるまい。

「あの……どうか頭をお上げください」

 そういってツバサたちを制したのはサイヴだった。

 まだ驚きが抜けきらないものの、大分落ち着きを取り戻した様子で、所在しょざいなげにこちらの謝罪しゃざいを打ち切るように言葉を続ける。

「いきなりでしたので意表は突かれましたが……その、お気持ちはよくわかります。我々も出生率に関しては、幾星霜いくせいそうの年月を掛けて悩んできた過去があります。生命の軌跡きせきを記録してきた源層礁げんそうしょう庭園ていえんならば尚更なおさら……」

 寛大かんだいなことに、サイヴは今の失態しったいを大目に見てくれるようだった。

 その上で、彼女たちも生命の研究者として神族や魔族の不妊ふにん体質たいしつに取り組んできた経緯けいいを明かしてくれた。やはり、研究対象の一環いっかんらしい。

「ですが、申し訳ありません……」

 次いでショウイが自らの不徳を詫びるように頭を下げてくる。

「俺たちは本当に……普通に、その、いや……ちょっと損得勘定・・・・もあったかも知れませんが……恋愛をして、それで……子供ができただけなので……」

「特別なことをしたわけではない……と」

 すいません! とショウイはまた謝る必要はないのに謝罪する。

 お力になれず申し訳ない! このような意味合いの謝意が受け取れるが、それはショウイの責任ではないので、責めるのも謝るのもお門違かどちがいだと思う。

 彼と彼女は子宝という幸運に恵まれた――これに尽きる。

 するとサイヴが思い出したように口を開いた。

「ただ……これは私見しけんなのですが」

 異種族間に血の交わりによって誕生する――灰色の御子。

「これが出生率しゅっせいりつ改善かいぜんかぎだと思います」

 サイヴは一縷いちるのぞみをたくすように研究者として意見を述べる。

異種族間いしゅぞくかんでの婚姻こんいんにより灰色の御子が生まれるように、真なる世界ファンタジア出身の神族である私と、地球テラ出身の神族である夫……ショウイだからこそ、子供を授かることができたと思うんです。私たちとあなた方は同じ神族ですが、その出自しゅつじ由来ゆらいが異なるためか、先天的せんてんてき気質きしつがまったく別の種に感じる点が多々ありますから」

「それが異種族判定され、子供が生まれやすい要因よういんになった可能性か……」

 新しい遺伝子の発現を求めている――そんな意図を感じた。

 真なる世界ファンタジア生態系せいたいけいに関わる話かも知れない。

 同族間で子供を作ると同列どうれつ遺伝子いでんしが続くため単調たんちょうとなる。

 そうなると遺伝子いでんし多様性たようせいがなくなり、たとえばウィルスや病気の耐性が低くなるとか、突発的な環境変化に適応するための肉体的応用力がなくなったり、外見的にも奇形や特異体質の子孫が生まやすい原因となる。

 それを避けるため、地球でも同族での婚姻こんいんを避ける風習ふうしゅうがあった。

 兄弟姉妹は当たり前だが、血縁けつえんの近い従兄弟いとことの結婚にもいい顔をしないことは多く、アフリカやニューギニアなどで昔ながらの生活を営む部族では「嫁や婿は必ず余所よそ部族ぶぞくから求めるべし」というおきてがあるほどだ。

 いとこ同士はかもの味――ということわざがある。

 その意味は「いとこ同士は互いによく知っているので、夫婦になれば相性が良くその愛情は深まる。さながら鴨の味のように良いものになる」というもの。

 これは精神的な相性を意味する。

 肉体的、というより遺伝子面から見れば推奨すいしょうすべきではない。

「……同族婚どうぞくこんの繰り返しは、遺伝子の袋小路まっしぐらッスからね」

 フミカがおずおずと口を挟んできた。

 オカンから拳骨を喰らったのでまだ涙目だが、控え目に話題へと参加してきた。こういう小難しい話こそ、博覧はくらん強記きょうきむすめな彼女の独壇場どくだんじょうである。

「人間に限らず動物もそうッスよ。なるべく血縁ではない者をつがいに選ぶよう工夫してるッスからね。まあ、全部が全部そうじゃないッスけど……」

「ええ、それに異種族間での交配こうはいにも問題点はありますから」

 そこは同意見なのか、フミカとサイヴは目配めくばせをすると頷き合った。

(※交雑種こうざつしゅは繁殖能力がない場合が多い。父親と母親が別種べっしゅであるほど、その可能性は高い。たとえ同じ交雑種同士の雌雄しゆうを揃えてもほとんど実現しない。有名な例だとライオンと虎の交配により生まれるライガーやタイゴン)

 サイヴはテーブルの上に置いた手を組んだ。

 フミカからツバサへ視線を移すと、意を決した声で静かに言った。

「神族や魔族の低すぎる出生率、灰色の御子誕生を始めとした改善方法……このような例に限らず、源層礁の庭園われわれ四神しじん同盟どうめいに協力できると思われます」

「協力……ということは?」

 サイヴは一度目を閉じて、今度は大きく見開いてから告げる。



「私ども源層礁げんそうしょう庭園ていえんは――四神しじん同盟どうめいへの加入を望んでおります」



 この会談かいだんで語り合うべき本題ほんだいが切り出された。

 サイヴがショウイの子を懐妊かいにんしたことへの驚きや、不妊体質な神族に子供ができたことを知ってミロやフミカが狂乱したので場が混乱に陥りかけたが、そもそもはこの話し合いのために、サイヴやショウイは訪問ほうもんしてくれたのだ。

 彼らと最初に接触せっしょくしたのは、ツバサの後輩エンオウ・ヤマミネ。

 エンオウは源層礁の庭園を襲撃した鏖殺師おうさつしグレンを倒した後、激戦の疲れから一時的に気を失ったが、すぐに目覚めると戦線復帰した。

 その間際まぎわ――サイヴやショウイと手短てみじかに話したと聞いている。

 ツバサを始めとした四神同盟のことを簡単に説明すると、サイヴは「是非ぜひとも前向きは話をさせていただきたい」と申し出てくれたという。

 この時点で好印象こういんしょうであり、同盟入りを期待できる回答だった。

 それに情報屋も庭園の一員に加わっていた事実をかんがみれば、共に手を取り合える公算は大きい。話し合いもスムーズに進むことも予見できていた。

 サイヴは恥じらうように小さな嘆息たんそくを漏らす。

「これは源層礁の庭園に属する者たち全員に見られる性質タチなのですが……大半の者は研究けんきゅう一筋ひとすじで、あまり外界がいかいには目を向けようとしないのです」

 特に年寄りほどこうした傾向けいこうが強いという。

「なるほど、そういったところは人間社会とよく似ていますね」

「いずれ頑固爺ガンコジジイとか老害ろうがいと呼ばれるパターンッスね」

 軽口かるくち相槌あいづち打つな、とツバサはフミカの背に手を回してかる小突こづいた。

 気にすることなくサイヴは話を続けた。

生命いのちの記録をあまところなく集積しゅうせきして管理する……知識の賢者気取りといいますか、庭園という穴蔵あなぐらに籠もるばかりで、ここ数千年は蕃神ばんしんを恐れてろくにフィールドワークに出向かない者も多く……いつしか机上きじょう空論くうろんばかりを並べ立てるのも珍しくなくなり、実践じっせん検証けんしょうを怠る研究者も増えてきたところです」

 少々愚痴ぐちっぽく聞こえるので、彼女も鬱憤うっぷんまっていたようだ。

「現存する生命の知識にしろ、絶滅した生物の痕跡にしろ、現地に赴いて実地で調査してこそ……なのに、庭園はその本分を忘れつつありました」

 一際大きな溜め息をついたサイヴは現状げんじょうなげいた。

 指を組んでいた両手はいつの間にか拳を握っており、微かに震えている。ツバサたちがいなければ殴りつけそうな勢いだった。

 いや、ダンダン! と音がするほどテーブルに叩きつけていた。

「どの陣営にも属さないと格好つけたり、今ある記録の編纂へんさん優先ゆうせんすると言い訳したり……どいつもこいつも外に興味がないだけなんです! 引き籠もりで古本読み返してるようなジジイばっかりなんですよもう!」

「サイヴさんストップ! 身内の悪口を人前でいうのは駄目だよ!」

 ヒートアップする奥さんをなだめる旦那さん。

 そんな構図を見せてくれた後、サイヴは肩で息をして気を鎮める。

「……失礼しました。とにかく、古くさい考えに囚われたのではなく、単に出不精でぶしょうな年寄り連中が足を引っ張るのでもなく、まったく動こうとしなくて……」

「邪魔もしないけど手伝いもしないってわけッスね」

「ただの怠け者ぜよ。無能な働き者よかマシやが……五十歩百歩じゃな」

 サイヴの苦悩にフミカとダインが共感を覚えていた。

 精神年齢的に近いのかも知れない。サイヴも見た目は十代後半くらいだ。

「私の父上もこの風潮ふうちょうに呆れておりまして……」

 サイヴの父親は、源層礁の庭園の統括研究所所長。庭園ていえん管理者かんりしゃにして最高位さいこうい権限けんげんを有しているという。実質的じっしつてきに庭園のトップだ。

 最長老さいちょうろうであるものの、閉鎖的へいさてきな体質にはうれいていたという。

象牙ぞうげとうもっていては塔その物がちる』

 意識的な改革が必要だ、と最長老は動いたらしい。

 まずはサイヴや若い世代には積極的に外界がいかいへ出るよう発破はっぱを掛け、灰色の御子が連れてきた新しい神族や魔族、つまりツバサたちのようなプレイヤーと出会う機会があれば、積極的に関わりを持つよう推奨すいしょうした。

 新しい遺伝子を取り込み――庭園へ新しい風を吹き込む。

 最長老さいちょうろうと呼ばれるほど最高齢さいこうれいであるものの、サイヴの父親は先進的せんしんてきな考え方をすることができ、未来を見据みすえる先見せんけんめいもあるようだ。

 サイヴは静かにショウイへと寄り添う。

「そんな理由で……ショウイと出会った際には猛アプローチいたしました」

「はい、情熱的にアプローチされました……」

 ショウイは照れ臭そうに「たはは……」と笑いながら、また恐縮きょうしゅくそうに頭をいて誤魔化ごまかしていた。どうやらこれが損得勘定・・・・らしい。

 蕃神ばんしん眷族けんぞくやモンスターと絶え間なく戦闘しながら長旅。

 いくら神族でも疲弊ひへいまぬがれず、ショウイは庭園近くで行き倒れ寸前の状態で野営やえいしていた。そこをフィールドワークに出たサイヴに拾われたとのこと。

 庭園に新風を吹かせたいサイヴにすれば絶好の機会チャンス

 ショウイを庭園に招いたのは、そうした打算ださんが働いたからだという。

 途端とたんにサイヴは滑舌かつぜつもよく嬉しそうに語り出す。

「でも、付き合っていて思い知らされたんです……彼が私たちよりも遙かに強大な力を備えた神族で、金属と火薬を用いた“銃器”じゅうきという武器の概念がいねんを庭園にもたらして防衛力強化に貢献こうけんしてくれ、気力体力精神力は元より私たちの調査能力を凌駕りょうがする情報収集に秀でた過大能力オーバードゥーイングなるものを操り、遺伝子的にも私たちが持ち得なかった素晴らしい素質をたくさん持っていることを……」

 ショウイの長所ちょうしょをサイヴは延々えんえん力説りきせつする。

 惚気話のろけばなしにしか聞こえないそれに、大人しくしていたミロがツッコんだ。

「こりゃ逃す手はない、と思っちゃったわけだ」

「はい! 彼を夫に迎えれば庭園の安泰あんたいは間違いなしと確信かくしんしました!」

 サイヴは握った拳に熱を込める勢いではっきり断言した。

 なるほど――道理どうり猛烈もうれつアプローチするわけだ。

 子宝に恵まれたのもサイヴにすれば渡りに船だろう。お望み通り新しい風を吹き込めたわけだし、後継者問題も解決したのだから……。

 これらの前提ぜんていたのも功を奏したらしい。

 前述ぜんじゅつとおり、ショウイは庭園にてその力を示した。

 サイヴに一目惚れされて婿になったことは、彼女の父親である最長老に認められたことを意味し、庭園内でも無下むげに扱う者はいなかったはず。

 むしろ敬われたほどだったという。

 おかげで四神しじん同名どうめいへの参加も反対意見はほぼ0だったそうだ。

 庭園でのショウイの活躍が、そうなるまでの下地を築いてくれたのである。

 だが、サイヴは呆れ気味に小さな吐息を漏らす。

「……まあ、想像以上に『研究さえできればそれでいい』という、日和見ひよりみ主義しゅぎといいますか、長いものに巻かれても平気だったといいますか……」

「ああ、良くも悪くも研究者肌な人が多いんですね」

 大学の友人たちがこの手合い・・・・・だったので、なんとなくツバサもわかる。

 研究にしろ創作にしろ仕事にしろ、ひとつのことへ一心いっしん不乱ふらんに打ち込んでいる者は、主義主張なんてどうでもいいとする人が少なくない。自身のテリトリーを邪魔されなければ、大概たいがいのことはスルーしがちなのだ。

 どうやら庭園の研究者の多くは、このタイプに属するらしい。

 はい……とサイヴは不承ふしょう不承ぶしょう肯定こうていした。

「ですが、先の破壊神が起こした大戦争により、庭園の防衛ぼうえいになっていた戦闘能力に秀でた研究者に何人もの死傷者が出てしまったことも後押ししたのか……さすがに危機感をあおられたらしく、四神同盟の存在を知った途端『一刻いっこくも早く傘下さんかに入れてもらおう!』と騒ぎ出すジジイどもおりまして……」

「……ちょっと判断が遅いかも知れませんね」

 これにはツバサも苦笑いで返した。

 痛い目にってから危惧きぐするのは、慎重派のツバサから言わせてもらえば遅すぎるくらいだ。何事にも最低ラインの保険は掛けておくべきだと思う。

 サイヴが最初からツバサにへりくだっていた理由。

 庭園の研究者たちの言葉を真に受けたわけではないが、破壊神ロンドとの戦争に巻き込まれた経験から、強力な庇護ひごを得たいという真意しんい垣間見かいまみえる。

 話が早いわけだ――彼女は協力を求めにきたのだから。

 この会談かいだん首尾良しゅびよく四神同盟加入を取り付けたあかつきには、サイヴの父親である最長老は隠居いんきょし、ショウイとサイヴが庭園の全権ぜんけんを任されるという。

 姿勢を正したサイヴは、改めてお辞儀じぎをしてくる。

「エンオウ様に救われた御礼おれいも未だ満足にできておらず、援助えんじょが欲しいとばかりに押し掛けてしまいましたが……どうか我らも四神同盟の末席まっせきに加えていただけたらと……してお願いに参った次第でございます」

 更に頭を下げようとするサイヴを制し、ツバサは手を差し出した。

 呆気に取られて顔を上げる彼女へ微笑みかける。

 ここまで来れば話し合いは不要、お互いの手を取り合うまでだ。

「俺たちは源層礁げんそうしょう庭園ていえんを歓迎します――共にこの世界を立て直しましょう」

「……はい! 感謝いたしますツバサ様!」

 サイヴも顔を綻ばせると、ツバサの手を両手で掴んでくれた。

 目尻からはポロポロと涙の粒がこぼれ落ちる。

 ここに――源層礁の庭園も四神同盟への加入が決定した。

 扱い的にはかえらずのみやこ天梯てんてい方舟はこぶねと同じものになるだろう。援助えんじょは惜しまないが、基本的運営は遺跡を管理した者たちに委ねる形だ。

 何より、庭園の研究者たちもそれを望むだろう。

 はにかむ笑顔で潤んだひとみのサイヴは、上目遣うわめづかいにツバサを見つめている。

「もしかすると……ツバサ様は私たちの庭園ていえんに伝わる、伝説の大地母神なのかも知れませんね……我が父が待ち望み、寝物語ねものがたりに聞かされた伝説の……」

「伝説の大地母神……?」

 どんな話ですか? とツバサは好奇心こうきしんから詳細しょうさいを尋ねてみた。

 源層礁の庭園は――生命とその進化の記録係。

『いつの日か、自然と生命を司る偉大な大地母神が庭園に降り立つ時、彼女は庭園に遺された記録を頼りに、真なる世界ファンタジア再興さいこう再生さいせいを果たすであろう』

「……いつか庭園は彼女にすべてをたくすのだ、と」

 父である最長老の言葉をサイヴは思い出しながら諳んじた。

 庭園に生きる研究者の誰もが、この大地母神の降臨を信じているという。

 ――大自然と生命を司る大地母神。

 これがサイヴの口から出た瞬間、応接室おうせつしつにいるすべての眼がツバサに注目したのは言うまでもない。過去を知るショウイもこちらを見つめている。

 サイヴの手を優しく離すと、ツバサは目の前に掌を掲げた。

 そこに大地母神の力を凝らしていく。

 第一の過大能力オーバードゥーイング――【偉大なるグランド・大自然ネイチャの太母ー・マザー】。

 大自然を操るのではなく、その根源こんげんとなって森羅しんら万象ばんしょうべる能力。

 この能力のみでも、小動物くらいなら創造することはできる。

 だが、いいところ小鳥ことりうさぎくらいのもので、これ以上の高等生物を群れ単位で創り出すには、誰かの過大能力の助けを借りなければ難しかった。

(例:ミロの持つ万能の過大能力でパワーを底上げしてもらう。フミカの情報を操る過大能力で生命の設計図を融通ゆうづうしてもらう。etc.……)

 しかし、今のツバサは違う。

 状態確認の枠ステータスから外れ、強さの位階レベルを越え、宇宙卵ヒラニヤガルバから生まれた使者を倒し、新たな強さと力を得て、大地母神としての格を大いに上げた。

 今ならば強大な力を持つ神獣をダース単位で生むことも容易たやすい。

 第三の過大能力――【遍く三世のワールド・衆生を導かんライフ・とする生命の精髄】エッセンス

 破壊神ロンドを打ち倒した褒賞ほうしょうとして授かった、あらゆる生命を意のままに創り出す創造神としての能力。

 二つの過大能力を連動させれば可能なはずだ。

 ツバサが意識を集中すると、掌に凄まじい熱量ねつりょう渦巻うずまく光が宿った。

 生命を産み出す輝きは、火傷やけどしそうな閃光せんこうを発していた。

 そこから生じさせる生命体を想像する。

 ハトホル太母国周辺の自然環境で棲息せいそくでき、それなりに説得力のある見栄みばえの良い容姿ようしを持ち、並の女神では簡単に生み出せないほど格の高い生物。

 この状況でパフォーマンスに優れた霊獣あるいは神獣。

 ツバサは自らの名前にあやかり、鮮やかな翼を持つ霊鳥を創り出してみた。

 迦楼羅かるら金翅鳥こんじちょうらん鳳凰ほうおう朱雀すざく……パッと思いつたのが東洋系の霊鳥ばかりだったが、何羽もの神々しい鳥が応接室の空を飛び回る。

 体長の大きい鳥ばかりなので、応接室の中は狭苦せまくるしそうだった。

 すかさずメイド長のクロコが気を利かせる。

 セイメイを鞭打むちう制裁せいさいを小休止すると、応接室で一番大きい出窓でまどへ近付いて一気に解き放ったのだ。霊鳥たちはそこから大空へと羽ばたいていく。

 室内には鮮やかに煌めく何十色もの羽根が舞い踊る。

 大地母神ツバサの手ずから創造された霊鳥たちの旅立ちを見送っていたサイヴは、しばらく呆然としていたものの、ショウイに肩を揺らされて我に返ると再びツバサの手を両手で包むように握り締めてきた。

 その力は今までの比ではなく、その瞳から零れるものは感涙かんるいだった。

嗚呼ああッ、どうか……女神様と呼ばせてください……」

「あなたも俺も女神だと思うんですが……」

 まだ男でいるつもりのツバサには心中しんちゅう複雑ふくざつだが、神族の女性は基本的に全員女神のはずだ。その身に宿した神能しんのうによって様々に分類カテゴライズされていく。

 ツバサならば、サイヴの話にあるような大地母神だ。

 源層礁げんそうしょう庭園ていえんに語り継がれる伝説の女神と合致がっちするのだろう。

「失礼しました、大地母神様と訂正させてください」



 あなたこそ――源層礁の庭園われわれが待ち望んだ伝説の大地母神!



 歓声かんせいめいた大声を上げたサイヴは席から立ち上がり、一気にテンションを上げて声色こわいろを弾ませる。

 その豹変ひょうへんっぷりはいささ過剰かじょうに思えるほどだ。

「まさか私の代で……父上がご存命ぞんめいのうちに、生きた伝説へ相見あいまみえられるとは夢にも思いませんでした! これで我ら庭園の悲願ひがんが、ひたすら生命いのち探求たんきゅうを重ねてきた父上たちの労苦ろうくが報われます!」

 そして、サイヴはツバサの能力を存分ぞんぶんたたえる。

 小躍こおどりするようなオーバーアクションでだ。

「もはや我々ですら絶滅したと諦めかけていた、希少性きしょうせいの高い霊鳥をいとも容易たやすく瞬く間にあれだけの数を創造できるなんて……かつて庭園と接触せっしょくのあった女神や大地母神の創造力でも群を抜いています! 間違いなく最上級です!」

「あ、あの、サイヴさん……?」

 ここまでハイテンションな奥さんは初めて見るらしい。

 席から立ち上がりツバサを絶賛ぜっさんするサイヴに、ショウイは困惑こんわくしきりだった。同時にツバサも奇妙な違和感を覚えてしまう。

 彼女の態度に、空騒ぎのような無理やり感があったからだ。

「これで我らの使命を果たせます! “外来者たち”アウターズむしばまれた生態系せいたいけいを創り直すことも叶いますし、奴等に屈しないよう生態系をより強いものへ組み直すこと夢ではありません! そこに生きる生命を更に強くすることも!」

 なだめるショウイやツバサの視線に気付く素振りもなく、サイヴは次期庭園の管理者としての展望てんぼうについて熱弁ねつべんるった。

「いっそ侵略者と戦わせることを前提ぜんていとした生体兵器を開発……ッ!」

「――待った」

 サイヴがある話題へ進んだ瞬間、ツバサは制止をかけた。

 厳しい目付きで睨みつけると、こちらの意図いとさっしたかのようにサイヴは騒いでいた口をつぐんだ。静かになったところでツバサは重々しく口を開く。

「無闇に生命いのちを創造するつもりはない」

 戦うためだけの生物兵器などもってのほかだ、とツバサは断言した。

 その上で自分なりの計画を打ち明ける。

「侵略者どもに滅ぼされた生態系の回復、大いに結構です。そのための助力じょりょくならば惜しみません。全力をついやすのもいとわないでしょう。絶滅が危惧きぐされる生物や種族が助けを求めるならば、彼らが総数が増えて安定するまで保護ほご後援こうえんという形で助けすることも辞しません……だが、これだけは覚えておいてほしい」



 神々の乳母おれは――いたずら生命いのちを創らない。



 ツバサは自らへ言い聞かせるようにことつむぐ。

「無責任に生命を創るだけ創って放置することはしたくないし、侵略者と戦うためだけの先兵せんぺいみたいな戦闘生物を創るのもお断りです。あくまでも現在を生きる生命の有り様を尊重し、彼らが生きるこの世界を守護まもりながら繁栄はんえいさせていく」

 それがツバサなりの方針だった。

 新たな生命を創る必要に迫られたら、有識者ゆうしきしゃまじえてすすめる。

 亀の歩みと揶揄やゆされても、時間を掛けてゆっくりとだ。

 生態系の改造についても言わずもがな。

 生命や自然を操作する場合は、万全ばんぜん慎重しんちょうを期する

 蕃神ばんしん対抗たいこうる戦闘種族についても考えないでもないが、侵略者と戦うことを使命しめいとする生命のその後をおもんぱかれば、手を出すべき領分りょうぶんではない。

 もしも――戦闘種族の開発に着手した時。

 それはもう真なる世界ファンタジア敗色はいしょく濃厚のうこうにまで追い詰められた時だろう。

 綺麗事きれいごともおためごかしも通じない、形振なりふり構っていられない事態じたいのはずだ。

 そうなる前に――万難ばんなんはいしてでも蕃神ばんしんを追い払う。

 真なる世界ファンタジアには、それができる力を秘めている手応えがあった。

 この世界にはまだ数多あまた生命いのちが息づいている。

 生命が脈動みゃくどうする森羅万象と深いところで繋がす大地母神だからこそ、ツバサは世界に生きる者たちの底力を我が物のように感じることができた。

 まだ大丈夫――真なる世界ファンタジアはまだ戦える。

「――大地母神おれの力は彼らを育むために使います」

 自らのほしいままにすることはない、とツバサはきっぱり宣言した。

 これを聞いたサイヴから空騒からさわぎな狂騒きょうそうが落ちていく。

 いきなり無表情になると席にも座り直さない。立ったまま歩き始めると、ツバサのかたわらへ回ってきて音もなくひざまずいた。

「試すような真似をしたこと……どうかお許しください」

 王へ忠誠を誓う家臣の如く、無礼ぶれいびるようにこうべれてきた。

「確かに庭園に生きる代々の研究者たちが、生態系を統べる大地母神の降臨を待ち侘びてきたのは事実です……同時に、その出現を警戒してきました」

 サイヴは先ほどまでの空騒ぎについて白状する。

 ――自然と生命を司る大地母神。

 もしも彼女が思慮しりょに足らず唯々いい諾々だくだくと生命を創り、浅慮せんりょに生態系をもてあそぶような愚かしき女神であったなら、庭園は決してかしずくことはない。

 現存する生態系を尊び、そこに根付く生命を思い遣る心。

慈愛じあい慈悲じひの心で、今ある生命を第一に考えてくださる大地母神でなければ敬愛けいあいするに値せぬ、だから不遜ふそんであっても必ずやその御心みこころを試せと……」

「それも庭園に言い伝えられてきたわけですね」

 あの空騒ぎはツバサの性根しょうねを試すテストだったらしい。

 サイヴの演技がお粗末そまつだったので途中で見抜いてしまったが……。

 これは――ある種の予防線よぼうせんである。

 庭園がたくわえてきた生命の歴史を悪用されないためにも、その全知識をたくすべき女神の資質ししつあらためるための試験である。どれほど有能な女神が現れても性格と根性が悪ければ認めるつもりはない、と遠回しに言ってるようなものだ。

 褒め称えられて調子に乗るような女神なら脱落アウト

 嘘の称賛しょうさんこばんでたしなめれば及第点セーフ、自らの意見を答えられれば合格クリア

 彼女の態度から見るにツバサは合格のようだ。

 涙にまみれた顔を上げたサイヴは、晴れ晴れとした笑みを浮かべていた。

「ツバサ様こそ、我らが尊敬を捧げるに相応しい大地母神様……夫が恩師のように敬ってきた理由にも……ようやく得心がいきました」



 源層礁げんそうしょう庭園ていえんは――四神同盟へ全面的に協力させていただきます。



 次期庭園管理者となるサイヴは確約かくやくしてくれた。

 真なる世界ファンタジアの生態系回復への希望、その行程こうていが大いにはかどりそうだった。

   ~~~~~~~~~~~~

 源層礁げんそうしょう庭園ていえんは、真なる世界ファンタジアの生命と進化を記録してきた。

 一粒の名もなき単細胞生物すら忘れぬように、ひたすら生物の歴史を記憶してきたばかりではない。世界や生態系と呼応こおうさせるべく情報を編纂へんさんしてきた。

 そのため庭園を世界せかい縮図しゅくずとする見方もある。

 縮図を利用することで、真なる世界各地の情勢を把握できないか?

 このアイデアを発展させた研究者集団がいるそうだ。

大宇宙マクロコスモス小宇宙ミクロコスモスは呼応する……この理論を元に我が庭園の技術者たちが類感るいかん魔法まほう技術ぎじゅつを駆使して造り上げたのがこちら、“四大陸よんたいりく照応しょうおう箱庭はこにわ”です」

 講師然こうしぜんとした口調でサイヴは重要な品の紹介を終えた。

 席から立ったサイヴとショウイは、「同盟入りとは別にご相談したいことがあります」と神妙しんみょうに切り出し、この説明を始めたのだ。

 長テーブルのお誕生日席前に立ったサイヴ。

 その脇に控えたショウイは応接室の中空に映像投影用のスクリーンを浮かび上がらせると、そこにサイヴのいう“箱庭”はこにわなるものを映し出した。

 それは大きなジオラマ模型にも見える。

 平面的に展開されているが、真なる世界ファンタジア全景ぜんけいを模したものだそうだ。

 ――これが真なる世界ファンタジアの全体像。

 そう考えると、この異世界における世界地図を初めて目にする機会であり、なんとも感慨深かんがいぶかい気持ちが湧き上がってくる。

 ダインやジンが打ち上げた人工衛星。

 そうした宇宙から見渡す眼を以てしても見渡せない広大な世界。

 太古より生態系の調査を続けていた庭園の研究者は、無辺際むへんぎわおそおののきたくなるほど広がる真なる世界ファンタジアすべての地で測量そくりょうを終えていたらしい。

 伊能いのう忠敬ただたかもびっくりだろう。
(※江戸時代に全国を測量して正確な日本地図を完成させた偉人)

 この世界地図だけでもツバサたちには有り難い。

 現状、四神しじん同盟どうめいきょを構えている中央大陸ですら、地理的状況をろくに把握できていないのだ。正確な地図があるだけでも様々なことが進展するだろう。

 今後も庭園から提供される情報には助けられそうだ。

 初めて見る世界地図、静かな興奮を覚えながらスクリーンを見上げる。

 まずは――ツバサたちも暮らす中央大陸。

 大まかに楕円形だえんけいをしたそれは、箱庭の中に浪波なみなみと注がれた海の中央にドン! と不貞不貞ふてぶてしく鎮座していた。他の大陸と比べても存在感がデカい。

 中央から見て右斜め上――二つに分かれた北東大陸。

 現実リアルで言えばブリテン諸島しょとうに似ており、グレートブリテン島とアイルランド島の大小二つの陸地に分かれているような感じである。

 中央から見てやや左斜め――無数の島々が連なる北西諸島。

 現実リアルならばインドネシア諸島しょとうのような、いくつもの島々が集まって迷路のような海峡かいきょうを描いていた。群島ぐんとう国家こっかでもありそうな雰囲気だ。

 目下、未来神ドラクルンの本拠地と目されている一帯でもある。

 最後に中央から見て真下――巨大な南方大陸。

 中央大陸には見劣りするものの、北東大陸や北西諸島と比べれば遙かに大きい陸地が広がっている。おおむね台形を逆さにしたような形をしており、中央大陸に面した上辺じょうへんは横に長く、最南端さいなんたん下辺かへんは短い。

 南にある大陸だからか、なんとなくアフリカ大陸を連想してしまう。

 その南方大陸の南端が黒に染まりつつあった。

 大陸の南にドス黒い丸が大きく穿うがたれており、そこから黒カビが繁茂はんもするように、淡い黒が徐々じょじょ浸食しんしょくしようとしているのだ。

 よく箱庭を観察すると、同じ黒いシミがあちこちに点在てんざいする。

 中央大陸にも、北東大陸にも、北西諸島にもだ。

 黒いシミは不吉を予感させる漆黒しっこくで、少しずつ世界をむしばんでいるように見える。だが、どれも面積的にはそれほど目立つものではない。

 南方大陸の南端にあるものが最大のようだ。

「箱庭に生じた黒いしょく……あれは“外来者たち”アウターズに侵されている表れです」

 俯き加減のサイヴは無念も露わに呟いた。

 ツバサは箱庭の各所にある黒いシミを指差して訊いてみる。

蕃神ばんしん……“外来者たち”アウターズに? 別次元からの侵略者たちが、地図上にある黒で染められた地点に居座り、この世界の活力を奪おうとしているわけですね」

「その通りです……この箱庭は真なる世界ファンタジア縮図しゅくず

 世界に異変が生じれば、それに呼応こおうして箱庭にも変化が現れる。

 詳細しょうさい現地げんちに出向いて調べないとわからないが、箱庭上でも「何が起きているか?」くらいは漠然とわかるそうだ。

 蕃神による侵略行為は黒として表現されるという。

 ミロは嫌な予感を覚えた顔で、南方大陸の大きな黒丸を指差した。

「じゃあ……あの南のまっくろくろすけは……」

「恐らく――最大級の“外来者たち”アウターズ潜伏せんぷくしていると推測できます」

 だとしたら、超弩級ちょうどきゅうの蕃神の王がいるだろう。

 以前還らずの都を巡る戦争の最中に出現した超巨大蕃神“祭司長”さいしちょうに勝るとも劣らない……もしかすると、体格だけなら奴を凌駕りょうがするかも知れない。

 それほどの強大な蕃神が――南方大陸で根を張りつつある。

 これは相談を求めてくるのも頷けた。

 学者集団に過ぎない源層礁げんそうしょう庭園ていえんでは、対処方法の糸口を見つけ出すことさえも難しいはずだ。恐らくは、これまでは諦めムードだったに違いない。

 だが、四神同盟と協力すれば可能性があるかも知れない。

 僅かな希望を見出すため、この無慈悲で容赦ない世界でも必死に抗って生き抜こうとする四神同盟の生き様を知り、この秘密を明かしてくれたようだ。

 すると、言いにくそうなサイヴが口籠もりながら続けた。

「実はこの映像……一年前・・・のものなんです」

「「「いっ、一年前ッ!?」」」

 ミロ、フミカ、ダインが悲鳴みたいな声を上げた。

 ツバサも目を丸くして、その言葉が意味する重大さに息を呑んだ。

 一年前といえば、ツバサたちが真なる世界ファンタジアへ転移してきて間もない頃。改善されることはないから、悪化の一途を辿っているに違いない。

「こちらが……現在の真なる世界ファンタジアです」

 サイヴの説明に合わせて、ショウイがスクリーンの映像をスライドさせる。

 応接室の誰もが絶句せざるを得なかった。

 中央大陸、北東大陸、北西諸島、これらは大した変化は見られない。

 むしろツバサたちが蕃神ばんしん撃退げきたいしたり、先日ロンドを倒したご褒美として各地の次元の裂け目が塞がれたためか、黒いシミが薄らいでいた。

 しかし――南方大陸は別である。

 明らかに悪化していた。というか、地形まで激変している。

 まず南方大陸は三つに分裂していた。

 大きな黒点のあった南端は漆黒しっこくに染まり、そこから逃れるように大陸が割れたかと思えば、更に左右へと割れている。都合つごう三等分さんとうぶんになっていた。

 歪な“Y”の字を描くように走る海峡かいきょう

 完全に暗黒に墜ちた南端の島からは黒い触手しょくしゅが伸びるように、ふたつに割れて逃れた左右の島を端から黒に染め上げつつあった。

 ツバサの脳内にロンドの置き土産が木霊こだまする。

『一年、いや、半年のうちに……南へ向かえ……まず、そこが堕ちる・・・

「ロンドのオッサンが言ってたのはこのことか……ッ!」

 歯噛みしたツバサは焦燥感しょうそうかんに駆られ、頭髪をむしりそうになった。

 一年放置してここまで悪化してしまったのなら、また一年放っておけば腐れ墜ちること必定だ。慎重派のツバサにすれば半年でさえ危なっかしい。

 早急に対処せねば――あそこから真なる世界ファンタジアが墜ちる。

 ふと横目をやれば、ミロの指先が不思議なラインを描いていた。

 アホの子だが核心かくしんを突くかんを持つ天然タイプ。

 そんな彼女の独特どくとく着眼点ちゃくがんてんが、箱庭のある部分を不思議そうに眺めていた。

「ねえねえサイヴちゃん、もしくは情報屋さん」

 あの青いライン・・・・・なに? とミロの指先はそのラインをなぞる。

 そのラインは南方大陸を取り囲んでいた。

 大地、山脈、河川、森林、海洋……“四大陸よんたいりく照応しょうおう箱庭はこにわ”は、真なる世界ファンタジアの大自然を忠実に再現し、蕃神に侵略された地域も正確に塗り潰している。

 だとすると、「アレは何?」と違和感を覚えるものがあった。

 それがミロの指摘した、南方大陸を包囲する謎のラインである。

「申し訳ありません……あのラインが何を表すのかは私や父上はおろか、この箱庭を作った研究者たちにもよくわからなくて……」

 これにはサイヴも返答へんとうきゅうしていた。

 そこへショウイも助け船を出そうとするのだが……。

「俺もあの青いラインが何なのか気になったので、偵察ていさつのつもりで調べようと現地まで行ってみたんですが……すいません、辿り着けませんでした」

「無理もないですよ。あれは遠すぎる」

 詫びるショウイを慰めるようにツバサは言った。

 箱庭という地図上で見れば大した距離ではなさそうだが、中央大陸の大きさから換算かんさんするに、南方大陸との間に横たわる海洋面積は尋常ではない。

 LV999スリーナイン飛行系ひこうけい技能スキルに自信のある高位種族。

 そういった人選じんせんでも何日掛かるか知れたものではない距離だ。

 トホホ……と嘆きそうな顔でショウイはぼやく。

「おまけに南へと進めば進むほど、とんでもない怪物たちがたばになって襲いかかってくるんですよ……リヴァイアサンとかバハムートとベヒモスとか、あいつらをもっと凶悪にパワーアップさせたような海洋生物が……」

 自分一人では手に負えないと判断したため、引き返してきたという。

 これはなかなか有益な情報だ。ツバサは相槌あいづちつ。

「南方大陸を守る守護獣みたいなものですかね」

「そうなるちゅうと、単身で行くより飛行母艦ハトホルフリートみたいな足掛かりとなる移動拠点に仲間を乗せて、数人掛かりで向かった方が安パイって感じじゃな」

 長男ダインの建設的な意見にも同意の頷きで返した。

 映像スクリーンに浮かぶ南方大陸をサイヴは見上げている。

「どちらにせよ、あの地には多くの謎があるとされています……庭園の研究者たちも、ここ数十万年は近寄ることもできないと聞いておりますし……」

 完全に未開の地と化していることを踏まえて彼女は言う。



「暗黒に包まれし南方大陸――神魔じんま未踏みとうのメガラニカには」



「メガラニカ? こりゃまたみょう符合ふごうしてるッスね」

 その呟きを耳聡みみざとく拾ったフミカは、南方大陸がメガラニカと呼ばれたことに感心している様子だった。明らかに聞き覚えのあるような言い方だ。

「フミカ、メガラニカって名前に心当たりがあるのか?」

「地球にもあったんスよ。メガラニカと名付けられた未知の南方大陸が」

 かつて古代ギリシャ人は南に大陸があると信じていた。

 ヨーロッパ、アジア、アフリカ北部……これだけの陸地に釣り合うだけの、巨大な大陸が南に広がっているという仮説を打ち立てていたのだ。

 その大陸はラテン語で単に“南テラ・方大陸”アウストラリスと呼ばれた。

 あるいは、未発見なことを強調されてこう呼ばれたという。



 ――“未テラ・知なる南アウストラリス方大陸”・インコグニタと。



   ~~~~~~~~~~~~

「なんじゃ……これは……ッ!」

 目の前に現れた壮大な光景にドンカイは瞠目どうもくさせられる。

 ハトホル太母国を旅立ち――早四日。

 破壊神ロンドから『南が危ない』という遺言ゆいごんを聞かされたツバサは、南方で何かが起きているとの予感から、ドンカイにその偵察ていさつを頼んできた。

 即ち――南方調査の出張である。

 LV999スリーナインの中でも最上位級の強さを誇る神族。

 不測の事態が起きても乗り切れる実力を買われてのことだ。

 百貫目ひゃっかんめの相撲取り体型なので飛行系技能はそれほど得意ではないが、代わりに海を操る過大能力オーバードゥーイングを持っているため、「空を飛べないのなら海を泳げばいいじゃない」の精神で、陸海空を踏破できる神能しんのうも見込まれたのだろう。

 そして、ハトホル太母国で信頼の置ける数少ない大人だからとのこと。

 他の年長者ねんちょうしゃもそこそこまともなのだが、脳内ショッキングピンクなメイド長とか、朝から晩まで酒のことしか考えてない用心棒である。

 他にも頼れる大人はいないこともない。

 だが、ハードな遠征えんせいに挑むだけの体力があるかといえば心許こころもとなかった。

 そんなわけでドンカイに白羽の矢が立ったのである。

 ここまで遠方に来てしまうと通信機器が圏外けんがいになってしまう。そこで念のための対策として、いつでも本体と意思いし疎通そつうできているジャジャの分身をお供に、ドンカイは単身で南を目指して飛び続けた。

(※もしもドンカイでも対応できない危難きなん遭遇そうぐうした場合、ジャジャを通じてツバサに眷族召喚魔法で呼び戻して・・・・・もらう・・・ことで緊急避難ができるから)

 身の丈2m50㎝、海一色の浴衣ゆかた単衣ひとえを羽織った大横綱。

 牙がチャームポイントの伊達男だておとこは、小さなくノ一を肩に乗せて大海原おおうなばらく。

 道中――幾度いくどとなく海の怪物に襲われた。

 破壊神ロンドとの戦争中に見掛けた巨獣きょじゅう巨大獣ベヒモスに匹敵する、リヴァイアサンやバハムートと呼びたくなるような大海獣だいかいじゅうばかりだった。

 それらを時に撃ち破り、時にやり過ごし、どこまでも南下していく。

 どれほど怪物たちを蹴散けちらした頃だろうか?

 凄まじい威圧感プレッシャーに見舞われたドンカイは、その場に踏み止まっていた。

「なんじゃ……これは……ッ!」

 もう一度、同じ驚きの言葉を繰り返す。

 ドンカイの行く手を阻むもの――それは巨大な瀑布ばくふ

 右を見ても左を向いても、水平線すいへいせん彼方かなたまで激流の壁がそびっている。それはどこまでも果てしなく続く緞帳どんちょうのような滝だった。

 大空の高みから高密度で降り注ぐ重水じゅうすいたき

 あれはドンカイの過大能力オーバードゥーイングでも操作するのは至難しなんわざだ。

 ふと、合点がてんが行ったことがひとつある。

「そうか……あの怪物どもはワシやジャジャ君をえさと思って襲いかかってきたのではない……この瀑布ばくふに巻き込まれたくなくて逃げ惑ってたんじゃ」

「道理でパニック気味だったわけでゴザルな」

 ドンカイの肩で待機たいきするジャジャの分身が合いの手を入れてきた。

 この重水の瀑布の向こう側を調べられるか?

 ドンカイは不得手ながらも分析系アナライズ技能スキルを使って調べたり、海を操る過大能力オーバードゥーイングで働きかけてみるが、恐ろしいことが判明するだけだった。

 まず、この瀑布の正体は結界である。

 深海まで潜って潜ろうが、滝が降り注ぐところより上空を飛び越えようが、結界となっているため突破できない。その結界も超強力と枕詞まくらことばが付くタイプの防壁結界なので、力業ちからで強引に破るような真似も不可能だった。

 そして、瀑布のカーテンの奥に強烈な気配が蠢動しゅうどうしているのだ。

 この押し潰されそうな感触を忘れるはずもない。

「こいつぁ……あの超巨大蕃神とよく似とる。圧力だけならあれ以上じゃぞ」

「じゃ、じゃあ、まさか……あの滝の向こう側にいるのって」

 ゴクリ、とジャジャの分身が固唾かたずむ。

 認めたくないがドンカイは冷や汗を伝わせて言葉に表した。



「紛れもなく蕃神ばんしん――危険度はこれまでの奴らと桁違けたちがいじゃな」


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