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第19章 神魔未踏のメガラニカ
第458話:Know Future? No Future!
しおりを挟むVRMMORPG GM №64 ナイ・アール。
数が若いほど権威があると定められた番号付けがある64人のゲームマスターの中で、最下位ながらも器用に立ち回ることで信を得た人物。
何の得意分野にも優れておらず、何の専門分野にも秀でていない。
ゆえに優秀さを求められるGMとしては最下位の№64。
だが何をやらせてもそつなくこなすので便利屋として重宝された。どんな作業をやらせても通り一辺倒はできる。ミスもないから使い勝手はいい。
また異様にへりくだるので偉ぶりたい連中からは可愛がられた。
誰でも彼でも見境なくおべっかで煽てるお調子者としても有名だった。
――俗にいう幇間である。
(※幇間=またの名を太鼓持ち、あるいは男芸者。宴の席やお座敷遊びでお客さんのご機嫌取りをする。座興で芸を見せたり、小粋なトークで宴会を盛り上げたり、場合によっては遊興の場をセッティングなどもする仕事)
しかし八方美人を気取るあまり、一部からは辟易されたという。
その正体はすべてに背信した裏切り者。
地球と生命と人類――それらを生んで育んできた真なる世界。
どちらにも嘲笑めいた絶縁を告げ、別次元からの侵略者である蕃神に与して、事あるごとに真なる世界を堕落させんと暗躍する。ある時は真なる世界の住人を甘言で唆し、またある時は蕃神の奉仕種族を焚き付けて暴走させる。
敵味方関係なく、嗤って煽って賺して騙して誑かす。
自身以外のすべてを愚弄するスタンスだ。
人類どころか真なる世界を裏切って蕃神に属したかと思えば、その蕃神さえ手玉にとって自滅を後押しする真似にも手を染める。
その行動原理は、常識に照らし合わせると理解しがたい。
あっちもこっちもそっちもどっちも引っ掻き回して悦に入る。特定の陣営に属することを好まず、全陣営を攪乱せんとする愉快犯な工作員。
敵に回せば吐き気を催す邪悪で、味方にすれば頭痛を覚える不安の種。
――傍迷惑極まりないトリックスター。
まるで境界線を跳梁跋扈する魑魅魍魎みたいな道化師である。
黒い男が次元に穴を開けて現れた直後のこと。
情報官アキがナイ・アールの出現を感知し、四神同盟に属する者が使える情報網を通じて、ソワカにけたたましい警告音を鳴り響かせてきた。
一緒に送られてきた資料にザッと目を通す。
ソワカなりに咀嚼したのが、これまで並べたナイ・アールへの感想だ。
黒い男――この表現が一番しっくり来る。
能面と見紛うのっぺりした面相。
細すぎる眼と薄すぎる唇は、白紙に細い筆先でスッ……と線を引いたかのように生物としての厚みがない。顔ごと仮面のように外れそうな印象だ。
日本人なのか? と疑うほど浅黒い肌。
フミカ嬢のように多少なりとも小麦色に近い肌だったり、体質的に濃い色の肌を持つ人はいくらでもいるが、ナイ・アールのそれは闇という粘液を被った影響のような黒味なのだ。余計に異質さを感じてしまうのだろう。
長くもなく短くもない髪は、適当なオールバックで撫で付けている。
高くもなく低くもない身体に着込むのは、喪服とも燕尾服とも区別が付かない。なんとも形容しがたいがダークスーツなのだろう。ホワイトカラーなのはシャツだけなので、漆塗りみたいなネクタイが際立っている。
至るところからベルトを垂らし、それらが触手よろしく蠢いていた。
蕃神は次元の壁を食い破り、こちらの世界への“門”を開く。
ナイ・アールは「あ、こんなボクでも一応は蕃神の端くれなのでー」と言わんばかりの示威行為だ。次元の開け閉めなど早々できるものではない。
別次元の瘴気を追い風に、黒い男の能面が嘲りに歪む。
「適当に開いた“門”ですが……ナイスタイミングだったみたいですねー」
嘘おっしゃい、とソワカは内心毒突いた。
グンザとグラン・ビストサインと名乗る少女を庇ったのだ。盾の代わりに別次元への穴を開いて、ソワカの宝珠による弾幕を無効化したに違いない。
庇うからには仲間――あるいは利害関係にあるのか?
それにしては、グンザやグランの反応は冷淡なものだった。
唾棄すべき下郎と卑下し、今にも唾を吐きそうな顔をしている。仏頂面のグンザはともかく、愛想の良さそうなグランまで顰めっ面だ。
ソワカの宝珠を呑み込んだ別次元への穴。
彼らを守る防壁の役目も果たしたそれを鬱陶しそうに遠回りすると、文句を言いたそうな顔でナイ・アールへ近付いていく。
しかし、仲間と言い張るには微妙な距離感が見て取れた。
「次から次へと……何しに来た?」
グンザの野放図な顔にはまたしても「迷惑千万」と書いてある。しかもグランが登場した時より、露骨なくらい忌々しげに表情を蹙めていた。
未来神の忠犬――グンザ・H・フェンリル。
そう呼ばれていた。破壊神に仕える終焉者ではないのか?
生憎、ドラクルンという名前や未来神という肩書きは知見にない。取り急ぎアキ嬢に伝えているが、こちらも回答は芳しくなかった。
ただ、ツバサ殿や軍師レオナルド殿が反応しているらしい。
ドラクルンという名前に聞き覚えがあるそうなのだが、「まさかそんな……?」と懐疑的な動揺を見せているという。
一兵卒の軍服を着た野蛮人、それがグンザの第一印象だ。
両腕には虎狼の上半身を象る獣顎の籠手。
グンザの「神魔の全能力を喰らう」過大能力に連動するのか、メカニカルなのに有機的な可変を見せ、より巨大な獣となって襲いかかってくる。グンザ自身も噛みついてくるので、神喰いの狼というより地獄の番犬を相手にする心地だ。
彼の横に並ぶのは、生意気盛りの美少女。
ああいう娘を“メスガキ”と呼ぶのではなかったろうか?
破壊神の狂犬――グラン・ビストサイン。
バッドデッドエンズにグレン・ビストサインと名乗る、殺戮が趣味だと公言する生粋の狂犬がいるそうだが、姓が同じなの兄妹なのかも知れない。
兄貴と言及していた気もするし……。
愛らしい美少女ではあるが、野性味が強すぎる面立ちが難点だ。
伸ばし放題の髪は生まれて一度も櫛を通したことがないかのようで、女の子なのに雄獅子の鬣を彷彿とさせた。唇から覗くのは八重歯かと思えば、歯のすべてが肉食獣よろしくノコギリ顔負けの牙が並んでいる。
ケダモノ要素が強すぎるが、美少女なのは認めねばなるまい。
日本人好みの、幼さを残したまま程々に発育した肢体。
そんな肉体美を惜しげもなく晒したいのか、ダークカラーの迷彩模様なボディスーツで着飾っていた。ボディラインが隈なく浮かび上がっている
ゴツいシューズだけがアンバランスに目立っていた。
兄グレンのファッションでもある“獣”の字だらけの着物を羽織るが、よく見れば男性向けのパーカーみたいなデザインだ。丈や袖口があまりに大きいので着物と見間違えてしまった。
背の中央には“Delicious Beast”と横文字で書き殴られていた。
「そーだよ、なんでアンタまで来てんだ派遣社員」
彼女もまたナイ・アールの登場に非難めいた言葉を浴びせていた。
「……グランの来訪も歓迎した覚えはないぞ」
グンザにしてみれば、グランもナイ・アールも予期せぬお邪魔虫のようだ。どちらに対しても軽蔑に近い眼差しを向けていた。
あららー? とナイ・アールは意に介さず惚けている。
「結構ピンチにチャンスで危機一髪を救ったつもりなんですが、ご期待通りに現れないって感じですかねー? それにしてもグランさーん」
――派遣社員とは言い得て妙な。
侮蔑の悪口なのだろうが、ナイ・アールはそこを肯定した。
「そりゃあ確かに、未来神ドラクルン様がボクの雇用主と部分的に手を組んだわけですし、あの御方の代行としてボクが派遣されたわけですからねー」
「だから派遣社員で合ってじゃん」
ふーやれやれ、とナイ・アールは肩をすくめた。
お手上げのジェスチャーで首を左右に振ると、自分を何度となく派遣社員と呼ばわるグランに振り返り、ウィンクしながら人差し指を唇へ当てた。
「そういうことは大っぴらに言うべきではありませんよー? 社外秘とか機密事項とかより緩いですけど、なるべく秘密にしておくべきじゃないんですかー?」
「……ハッ! しまったお口にチャック!」
口を滑らせたと自覚したグランは、子供みたいに両手で口を押さえる。
「もう遅いわ! この粗忽者どもが!」
そしてグンザがキレた。
本人の口も叫ぶが、獣顎の籠手もガウガウ吠える。
「我らが秘してきた概要をベラベラ喋りおって……この愚昧どもが!」
無口キャラの設定をかなぐり捨てて怒声を張り上げていた。
正しくは、不用意な発言を平気で繰り返す馬鹿者どもを叱りつけたのだ。鼓膜を破る声量にグランもナイ・アールも耳に指で栓をしていた。
破壊神と対等にあるかのような存在――未来神。
その未来神のもとへ派遣社員に例えられる形で混沌神と比喩したが、どう考えても蕃神の一柱から遣わされたであろうナイ・アール。
三者の関係とその裏にいるであろう未来神の存在。
そこに蕃神の関与まで臭わせるような失言をしてしまったのだ。
この情報――なかなか美味しいのでは?
あまりに軽率すぎて香ばしく、軽々に鵜呑みとするのも二の足を踏むが、真偽を調べたくなる興味を惹かれるくらいには美味しい情報だろう。
もっと色々な失言を引き出したいところだ。
ソワカは情報官アキ嬢を通じて、これまでの発言内容を録画しつつ情報網に送信すると、これからの会話も筒抜けになるよう設定しておいた。
念のため、宝珠による記録も忘れない。
「まあまあグンザさんー、別にいいじゃありませんかー」
自らの失敗を棚に上げるどころが水に流そうとするナイ・アールは、耳から人差し指を抜くと腹の立つポーズで、仰け反るようにソワカを差した。
「今の話、聞いたのはそこのお坊さんだけですからー」
「そっか、目撃者を殺っちゃえば証拠隠滅じゃん!」
派遣社員頭いい! と手を打つグランは頭の悪そうな台詞で感心した。
……ンンンフフ? おやおやこれは?
ソワカは脳内に文字の羅列を並べてアキに送信してみた。気分はSNSのチャットか、ショートメールを送っている気分だ。
『もしかして、情報網のことに勘付かれてないのですかな?』
アキは自信満々な返事を返してくる。
『そりゃあウチの過大能力をベースにして、秘密で機密な秘匿の隠蔽しまくり回線ッスからね。そんじゃそこらのハッカーにゃあ覗くどころか検知もされる心配はないッスよ。見るからに脳筋な兵士や野生児にわかるわけないッス』
ただね――前置きしてアキは懸念を露わにする。
『さっきから、ウチらの情報網回線にちょっかい掛けてる奴がいるんスよね。中身を覗かせはしないッスけど、「内緒話に気付いてますよー」って感じで……』
『ンフフ、もしやそれは目の前にいる……?』
『はいな、そこでほくそ笑んでる糸目能面クソ野郎ッスよ』
すべてを言わずともアキがハッキングの正体を教えてくれた。
『大方、四神同盟に未来神とか混沌神なんかの情報が知られれば、どの陣営にも情報が行き渡って、いい感じに疑心暗鬼でてんてこ舞いしてくれるとか思ってんじゃないッスか? 色んなところを慌てふためかせて楽しんでるんスよ』
『ンフフ♪ 度し難い愉悦に草が生えますぞwww』
アキの返信の語尾には絵文字で怒りマークがついていたが、ソワカも昔のネットみたいなノリで返事をしてしまった。
山奥の寺では娯楽がなかったのでネット遊びに親しんだものだ。
しかし、トリックスターとしては面目躍如かも知れない。
どっちつかずの蝙蝠野郎より危ない橋を渡っているのに、自らの「現状のすべてを混沌に陥れる」という性癖を最優先する。
結果として自身が滅びようとも手抜かりなく遂行するはずだ。
ナイ・アールが仕えていると思しき蕃神。這い寄る混沌ナイアルラトテップからして、そのような道化的行動を嬉々として選ぶと聞いている。
「……で、拙僧を始末するおつもりですかな?」
ソワカは弱った演技を続け、やや戯けた調子で訊いてみた。
卑屈さをアピールするようにだ。
アキ嬢へ情報網によるバックアップを頼み、限界まで彼らから情報を引き出そうと試みる。こちらが弱体化してあちらが有利だと思い込ませることで、優越感に浸らせて舌を滑らかにさせる作戦だ。
もっとくれませんかね――冥土の土産に。
弱々しく瞼を震わせたソワカは訴えかけてみた。
ナイ・アールは人差し指を顎先に当て、思わせ振りに告げてくる。
「そうですねー。未来神さんは中央大陸よりずっと遠いところにいらっしゃるので、そっちとこっちがトラブるってのは当面なさそうなんですけどー……」
あんまり知られたくはないかなー? と曖昧なことを言う。
ナイ・アールは指折り数えだした。
「密かに破壊神さんと兵を貸し借りできるほど仲良しだとか――」
グンザやグランはその兵だと見当がついた。
恐らく、最悪にして絶死をもたらす終焉というグループに未来神は独自の枠を持っており、協力体制を敷いた証として兵力の交換をしていたのだろう。
狂犬は破壊神から未来神に送られた兵。
翻って、忠犬は未来神から破壊神に預けられた兵だったのだ。
戦国時代の人質交換にも通ずる、特殊な人材のやり取りなのかも知れない。
「破壊神さんに世界をなかったことになるまで壊されたとしても、未来神さんの求める未来には何の支障もないよう立ち回っていたこととか――」
世界が破壊されても自らの望む未来を存続できる。
これも推測だが、蛙の王様ことヌン陛下のように異相という亜空間へ逃れて、そこを活動拠点にして新世界の創造などを進めている可能性がある。
バッドデッドエンズにも似たような連中が在籍したと聞く。
あちらは完全なる世界とかほざいていたが……。
「あるいは、蕃神とも手を組んでボクみたいな派遣社員を雇ったりとか――」
これが最大級の問題だ。ソワカでも深刻だとわかる。
別次元からの侵略者――蕃神。
常識が通用しない常軌を逸した技術、神魔の叡智が及ばぬ堕落した知識、途方もない生命力とそこから湧き上がる無尽蔵の力……。
人間はおろか、神族や魔族でも魅了される者は後を絶たない。
事実、真なる世界でも過去には蕃神に魅了されるあまり、彼らに寝返り先兵となってしまった例も多々あるという。ナイ・アールも経緯こそ定かではないが、元人間から蕃神に堕ちた裏切り者だと聞いている。
未来神とやらも蕃神と手を結び、別次元の深淵に堕ちたのか?
しかし、どうやらニュアンスが違うらしい。
グンザたちのナイ・アールへの接し方を見るに、あからさまな敵意に近い嫌悪感が一目でわかる。派遣社員なんて酷い略称がその表れだった。
蕃神に平伏した感はない――利用したい腹が窺える。
別次元の侵略者と接触し、使える知識は参考させてもらうものの、必要以上に頭を垂れるつもりはない。あくまでも技術交流くらいに留める。
ナイ・アールの扱いからそんな推察ができた。
なかなかどうして、未来神とやらは強かな人物らしい。
「一事が万事に悪事ってわけではないですけどー、あなたも含めて正義の味方さんがたくさん所属していらっしゃる四神同盟としては見過ごせないでしょー?」
伝説の大魔道師――“常世の幽谷響”。
その名が出た途端、ソワカとグンザが同時に表情を強張らせた。
ナイ・アールは可笑しそうに続ける。
「正義の味方な魔道師のお弟子さん……あなたもさぞかし正義漢なんでしょう? こんな話を聞いたら、いても立ってもいられないんじゃないですかー?」
我が師の尊称も御存知か、ソワカは口中で舌を巻いた。
四神同盟もアキ嬢やフミカ嬢の情報処理姉妹を筆頭に、イヨ嬢などの情報収集能力に長けた人材が多いため、事前に相対する人物を照会することができる。
敵を知り味方を知れば百戦危うからず。
これを地で行く戦略だが、ナイ・アールも同様の考えらしい。
どんな経路かは知る由もないが、こちらの情報をかなり得ているようだ。
「冥土のお土産を欲しそうな顔をしていらっしゃったので、ついついあれやこれやとお喋りしちゃいましたがー。ご満足いただけましたかー……あ痛ーッ!?」
「なんでもかんでも喋りすぎだ! このドたわけお調子者がッ!」
とうとうグンザが怒髪天を衝いてしまった。
グンザは獣学の籠手を持ち上げると、ナイ・アールの後頭部に噛みつかせた。黒い血潮が噴水みたいに飛んでも顎の力を緩めない。
いや、噛み潰す勢いで牙を食い込ませている。
「これまで秘してきた御方様の内情を赤裸々に明かしてどうする!?」
「痛たたたー? 大丈夫ですってばー。ほら」
お坊さん片腕なくして瀕死ですしー、とナイ・アールは右腕を失ったソワカを小馬鹿にするように指差してくる。お行儀の悪いことだ。
「来て見て知ってる目撃者さえ消せば、どれだけ聞かれても無問題ー♪」
ですよねー? と黒い男は訳知り顔でニヤニヤ笑っていた。
アキ嬢の情報網を介して、未来神に関する情報が伝わっていることを承知の顔だ。大混乱を引き起こすため、わざと暴露してきたのである。
頭に牙が刺さるとも表情を変えず、いやらしい笑顔は濃くなるばかり。
ソワカは思い出したように右腕の断面をまさぐる。
食い千切られた利き腕を懐かしむようにため息をついた。
「……これだけ聞ければまあ、十分ですかな」
ンフフ♪ とソワカはいつもより陽気な笑い声を漏らした。
まるで勝利を確信したかのような笑いに、グンザは鋭い眼光をこちらへ向けてくると、カチン! と怒りの導火線に火が着いたような表情になる。
ソワカは独りで詩を吟ずるように語り出す。
「破壊神の残党に未来神なる者の従僕、そして蕃神の手下……」
三日月のような笑みを零した怪僧は大言を吐く。
「この三名を始末できれば大金星――手柄としては上々でしょう」
三対一で多勢に無勢、おまけに利き腕を失うという大幅な戦力ダウンを余儀なくされているにも関わらず、ソワカは勝利宣言をした。
この発言を聞いたグンザとナイ・アールは鼻白んでいる。
「虚勢を張るか……この期に及んで」
「お坊さーん? まさかとはお思いですが、その状態で万全なボクたちと戦り合って勝つおつもりですかー? 三十六計トンズラこくんじゃなくてー?」
「そのおつもりでございますよ。ンフフフ……♪」
勝利の笑みを崩さないソワカを不気味に感じたのか、ナイ・アールは笑顔のまま頬に一筋の冷や汗を流していた。
「……フン、ハッタリだ」
一方、グンザは他愛ない強がりだと切り捨てている。
「あんまナメない方がいいんじゃない?」
二人と違う意見を述べたのは、傍観を決め込んでいたグランだった。
彼女の声にグンザとナイ・アールは振り向く。
立てた小指で耳の穴をかっぽじるという、あまり女の子らしくない耳掃除をやっていたグランは、引っ張り出した小指の先を吹いていた。
「そのお坊さん――まだ全然元気だよ」
まさか!? と驚愕の相で振り返る異形の兵と黒い男。
「ンフフ……さすが野生児、鼻が利くのですかな?」
――だが時既に遅しだ。
無駄話で時間稼ぎをしている間中ソワカは両手で印を結び、連中やアキ嬢との会話とは切り離した意識を集中させ、脳内で真言を唱え続けていた。
改めて口から真言を発する。
「オン アビラウンケン バザラダトバン オン アビラウンケン バザラダトバン オン アビラウンケン バザラダトバン オン アビラウンケン……」
呼応するかのように現れる大量の宝珠。
先ほどグンザとグランを蜂の巣にしようとした速射で連射な宝珠の比ではない。文字通り、周囲一帯を埋め尽くして視界を遮るほどである。
宝珠で織り成された雲海の如しだ。
傍から見たこの雲海は、精緻な点描にて描かれた一対の巨大な曼荼羅図に見えるだろう。金剛界曼荼羅と胎蔵界曼荼羅のその二つである。
真っ只中にいるとお見せできないのが残念だ。
「ええええーッ!? まだこんな力が……ってボクの“門”がーッ!?」
辺りを見回していたナイ・アールが悲鳴を上げる。
次元の壁を侵食することで空けた、蕃神の出入り口となる空間の裂け目。“門”の通称で呼ばれるそれが徐々に口を閉じているからだ。
ソワカがばら撒いた宝珠の仕業である。
次元が裂けるなど異常事態。それを在るべき姿へ戻しているに過ぎない。
宝珠に込められた念は“正”の一文字。
ソワカの拡大解釈によって、触れるものすべてを正しい姿へ正すよう働きかけていく。次元の裂け目は最たる例だが、グンザ、グラン、ナイ・アールの三人も世に仇なす存在と決めつけ、容赦なく致死性の懲罰を与える。
奸計を巡らす不埒者どもに制裁を下すのだ。
「ナウマク サンマンダ ボダナン アビラウンケン!」
ソワカの一喝により、無量大数に匹敵する宝珠が動き出す。
宝珠は轟音を奏でながら大豪流となり、グンザたちを飲み込んだ。音速を超えて射出される宝玉は、一発一発が小さくとも肉を抉って骨を砕く。散弾銃よろしく喰らえば頑丈な神族でもハニカム構造のように穴だらけとなる。
「痛い痛い痛い! 治ったところもすぐまた穴空いちゃうってば!」
グランは両手で頭を抱えて懸命に逃げ惑う。
シャワーの噴水口みたいに全身を穴だらけにされても、即時回復できるのは彼女の過大能力だろう。兄グレンのように無限再生できるのかも知れない。
皮を破られ肉を削がれ骨を折られようとも瞬時に復元。
傷付いた皮膚が治ると厚くなるように、損なわれた肉が形を変えて盛り上がるように、折られた骨がより太く強靱に繋がるように……。
傷を受けて治る度に強くなる――そういう類の過大能力だという。
しかし残念だが、宝珠の嵐は彼女の回復能力を追い越していた。
首の皮一枚で堪えているも同然である。
「あー……パチンコ屋の裏側ってこんな感じなんですかねー?」
宝珠の大豪流に翻弄されるナイ・アール。
流れる大量の宝珠をパチンコに例えているらしい。
余裕そうにほざいているが、全身が肉片となるまで宝珠に撃ち抜かれている。すぐさま新しいナイ・アールが復活するように出現するのだが、そのナイ・アールも血の染みになるまで散弾を喰らい、次のナイ・アールにバトンタッチ。
彼の過大能力はゲーム用語の“残機”に近いものらしい。
今現在のナイ・アールが死んでも、残機を消費することで新たなナイ・アールが入れ替わりで現れる。残機ある限り復活を繰り返す。
ただし、残機という表現に違わず数に限りがあるという。
軍師のレオナルド氏の考察によれば、1000を越えない程度とのこと。
ならば――残機0になるまで磨り潰すまでだ。
宝珠による大豪流から免れているのは、神魔の力を喰らえる過大能力を持つグンザのみ。獣顎の籠手を駆使して寄せ付けようとしない。
「――狼狽えるな馬鹿者ども!」
グンザは自己を守るだけではなく、グランを責める宝珠も喰らう。
(※ナイ・アールは庇う義理もないのか見殺しだ)
ジャラジャラと大量の宝珠がぶつかることで鳴り響く轟音。それに負けない大声を張ったグンザは、この攻撃が長く続かないと示唆する。
「こんな大規模な……次元の壁を塞ぐだけではなく、俺たちに反撃を許さぬほど死を強いてくる高出力の範囲攻撃……いつまでも持続できるわけがない!」
持ち堪えろ! とグンザは生き抜くための檄を飛ばす。
「その前にアタシら死にそうなレベルなんですけどぉぉぉッ!? なになに、あのお坊さんメッチャヤバい奴じゃぁーん!? 聞いてないよぉぉぉッ!?」
「ボクも残機がヤバめでー……あ、200切りましたー」
しかし、グランもナイ・アールも泣き言を喚く始末だった。
「耐えんか軟弱者どもッ!」
グンザは風前の灯火な仲間たちを厳しい言葉で叱咤した。
「ンフフ♪ そんな高を括っていいのですかな?」
群がる宝珠をすり抜け、ソワカはゆっくり近付いていく。
分単位で窶れていく肉体と、秒単位で痩けていく頬を目の当たりにしたグンザは、この攻撃にソワカがどれほどの力を注いでいるかを思い知る。
「貴様ッ……魂魄の力まで注いで!?」
全身全霊どころの話ではない。
神族や魔族という存在を構成する魂魄をエネルギーに変換。それは命を削るに等しい行為だが、過大能力などに絶大な威力を付与することができる。
一対の曼荼羅を画くまでの用意された宝珠。
これを操作するソワカは、見る見るうちに衰弱していった。
グンザの見立てた通り、この猛攻は長く保たない。いずれ魂魄の力を使い果たせば即終了。そしてソワカは跡形もなく消滅する。
「正気か……この横道坊主ッ!?」
玉砕上等な狂気を前にしてグンザが問うてきた。
「ンフフ……あなたもわたしもLV999、同格な御三方を屠ろうというのです。命でも供物にせねば釣り合いが取れますまい……ッ!」
ゴプッ、と半濁音で咳き込んだソワカは口の端から血の泡を流す。
犬神グンザ、野生児グラン、配信者ナイ・アール。
この三人がくたばるまで宝珠の曼荼羅を解除するつもりはない。たとえ志半ばで朽ちたとしても、怨念めいた執念を費やして宝珠で責め立てる所存である。
「元より拙僧の目当ては仇――グンザ・H・フェンリル!」
貴様の抹殺こそ我が悲願! とソワカは本懐を告げた。
殺気を叩き付けられたグンザは琴線を弾かれる。
目尻がありえないほど釣り上がり、黒目が小さな黒点になるまで縮む。人間を獣に近付けて更に凶相にしたような鬼気をも噛み殺す形相だ。
牙を剥いたグンザは可聴領域を越えた咆哮を上げた。
「……グンの字!? 突っ走っちゃダメ!」
グランが制止の声を掛けても間に合わず、グンザは左右に構えた獣顎の籠手をまたしてもホオジロザメサイズまで巨大化させると突撃してくる。
行く手を阻む宝珠はこれすべて貪り尽くす。
我が身にどれほどの宝珠が降り注いでも痛痒を感じてないようだ。
「我らの命が尽きる前に……おまえを喰らえば済む話だ!」
餓え飢る獰牙ッ! とグンザが命じれば獣顎の籠手はその口を開いた。
天地を喰らう勢いで上下に開いていく大顎は、神魔の能力をすべて喰らい尽くす効果を及ぼしつつ、ソワカを一呑みにせんと迫ってくる。
宝珠も役に立たずとなり、口当たりのいい豆菓子のように喰われていく。
獣顎の籠手がこちらを呑み込む寸前――ソワカは笑った。
歪に並んだ牙に噛み砕かれる前に、その姿を宝珠のように散り散りにさせると、グンザたちに気配さえも掴ませることなく消え失せてやった。
「宝珠を使った空蝉か……ッ!?」
空蝉とは身代わりの術のこと。
手応えの無さからグンザはそう推測したが実態は異なっていた。
まだ雲海を作るに足るだけはある宝珠の群れ。
これを利用して自身をその雲海へ溶け込ませるようにしていき、相手の視界を騙くらかす歩法でグンザたちの目を眩ましたに過ぎない。
幽谷響直伝の歩法――霧隠。
本来は濃霧や朝靄、あるいは煙幕を使う幻術めいた秘技である。
霧や煙を目眩ましに使うのではなく、その一部へ溶け込むように緩急自在の移動にて相手の視界を忍び歩くものだと幽谷響に教えられた歩法だ。
宝珠だと粒は大きいが応用するのは容易い。
群れ飛ぶ宝珠の一部となって動くソワカは、噛みついてきた獣顎の籠手の大きさを逆用し、その影を伝ってグンザの懐へと忍び込む。
彼が気付いた時、ソワカの拳は胸板に押し当てられていた。
なんだと!? と言葉にせずグンザは瞠目する。
噛み千切ったはずのソワカの右腕。
それが僧衣の懐から飛び出してきており、錬磨を重ねて節くれ立った拳がグンザの心臓に狙いを付けていたのだ。
「ンフフ――王手ですな」
グンザは反射的に飛び退こうとするが間に合わない。
バネとして働く関節を瞬間的に撓めておき、そのすべてを同時に爆裂させるが如く突き動かす。その加速すべてを発勁により打ち出す拳に乗せる。
幽谷響直伝の拳打――遠雷。
電光石火の必殺拳は攻撃のインパクトが決まった後に雷鳴のような炸裂音が響かせるところから、まるで遠雷の如しと名付けられた技だ。
打ち方次第では、衝撃波を飛ばすことで遠距離攻撃も可能とする。
愛弟子たちは「波動拳だ! かめはめ波だ!」と喜んでくれた技だ。この手の技は格闘ゲームでは飛び道具と呼ばれているとも教えてくれた。
零距離で直撃させれば威力は倍増。
人間時でも臓器を破裂させる人体破壊ができた奥義。
神族と化したソワカが使えば、その威力は推して知るべし。
ドパァン! と重水を詰めた革袋が圧力で割れたような音がして、グンザの上半身が弾け飛んだ。残された身体は後ろへと吹き飛ばされるも、下半身に力が入ると飛行系技能を使って体勢を直していた。
多少たたらを踏んだが、しっかりした足取りで宙を踏んでいる。
「……為損じましたか」
舌打ちこそしないものの、ソワカは苛立ちも露わに呟いた。
だが、一矢報いたくらいの達成感に心がざわめく。
ここで油断は大敵だと、ソワカは血の味がするまで唇を噛み締める。
必殺の拳打が命中する寸前。グンザは飛び退くとともに体幹を右へと捻り、心臓や背骨を壊されることだけは回避していたのだ。
吹き飛ばせたのは左上半身のみ。
左胸上部に穴を開け、肩を粉砕し、左腕をもぎ取るに留まっていた。
獣顎の籠手ごと地に落ちていくグンザの左腕。
再利用されたり修復されては敵わないので、無抵抗の内にありったけの宝珠をぶつけて塵になるまで打ち据える。そこまでやっても安心できない。
「しかし……これで逆転しましたな」
グンザは左腕を失い、ソワカは喰われた右腕を取り戻した。
ソワカは無事だった右腕を懐から出していたが、二の腕をグイッと回して僧衣をはだけると右側だけ諸肌を脱いだ。
噛み千切られた右腕――あれは宝珠で拵えた偽物である。
獣顎の籠手が閉じる寸前、小さな宝珠で右腕を覆うようにグローブ状にして這わせると、中身は僧衣の内側へと引っ込めて、腕の形に模した宝珠の長手袋を喰わせてやったのだ。噴き出した血もわざわざ偽装した凝りようである。
後は大ダメージの演技をして一芝居打ったわけだ。
おかげで(ナイ・アールの故意もあるが)未来神ドラクルンとやらの情報を、そこそこ引き出すことに成功したのではなかろうか?
こういう姑息な手段も師の教えである。
兵は詭道なり――そう教えてくれたのは幽谷響だった
『試合ならば決まり事が敷かれやす、喧嘩ならば矜持が騒ぎやす、勝負ならば相手への敬意が働きやす……しかし、殺し合いってのは無礼講でやすよ』
ルール無用のデスマッチ――卑怯もへったくれもない。
『命懸ってんだから騙し討ちも上等、勝って命脈を保たなきゃ意味がねえ』
使える手は惜しみなく使うこと。
『恥も外聞も一時のこと……蔑まれようが愚弄されようが小馬鹿にされようが、どんな見窄らしい真似をしても、それが勝利に繋がるなら遠慮する理由はねえ。殺し合いで負けたら死ぬしかないんでやすからねぇ……』
老獪な妖怪仙人には、ズルい大人の作法を仕込まれたものである。
おかげで命拾いできたのだから感謝しておこう。
失った左上半身――その断面からグンザは血を噴き上げる。
「ぐ、がぁ……う、腕一本失うなど……戦場では日常茶飯事だッ!」
自らの返り血で顔面をまだらに染めた一兵卒は吠えた。
肉体の反応として傷口をもう片方の手で押さえようとするものだが、獣顎の籠手をつけた右腕はソワカを狙って振り翳してくる。
「――餓え飢る獰牙ッ! 超過大獣ッッ!」
グンザが怒号を上げると、獣顎の籠手がかつてない変容を起こす。
本物の神喰いの狼と錯覚させるほど巨大化して牙を剥いてきたのだ。
「ンフフ、起死回生の大技ですかな? しかし……」
慌てずソワカはまた霧隠の歩法で宝珠の群れに身を隠すと、自らの大技で視界を塞いでいるグンザの死角を渡り歩いていく。
神魔の能力を喰らう――獣顎の籠手から発せられるグンザの過大能力。
その影響から遠退くように立ち回る。
神喰いの狼を模倣した顎で食らいついたものの力を食い尽くす。恐るべき能力ではあるが、その顎から発せられる効果範囲から逃れればいい。
対処の仕方さえ覚えれば応戦は容易だった。
「随分と大味になってませんかな? 小回りが利いておりませんぞ」
再びソワカが姿を現したのはメカニカルな獣の鼻先。
「獣の頭蓋を象る以上、どこが死角でどこが急所かも読みやすい」
ここですかな? とソワカは鼻先に左手で触れる。
次の瞬間、ソワカの左腕はダイナマイトでも埋め込まれていたかのように大爆発を起こし、巨大化していた獣顎の籠手の大半を吹き飛ばしていた。
爆発の反動を利用して距離を取るソワカ。
「がっ、むぅ……ぅおおおおおおおおおおおおおおッ!?」
一方、左腕に続いて右腕の籠手まで破壊されたグンザは最初こそ苦悶を噛み殺そうとしたが、絶叫を張り上げると吹き飛ばされていった。
籠手は見るも無惨に壊され、その奥から出てきた腕も焼け焦げている。
辛うじて手は残っているが数本の指が欠損していた。
ソワカは何が起きても対応できる間合いまで下がると、自爆させたはずの左腕をまたも懐から出した。あの左腕も無論、宝珠で作ったフェイクだ。
こんな時、ダボッとした僧衣は便利である。
ソワカみたいな太い腕を隠していても意外と気付かれずに済んでいた。
左腕もグイッと回して、鍛えた上半身をさらけ出す。
筋トレを意識したことはないが、武道家として使える筋肉だけを引き絞ってきたため、実用的なバランスに優れた筋肉配分だと自負している。
グンザを挑発するように胸筋を揺らしてみた。
「ンフフ♪ 昔の少年漫画の主人公にでもなった気分ですな」
かつて本気を出した主人公が、上半身諸肌を晒して決戦に挑む作品が一世を風靡したという。真似したわけではないがソワカもやってみた。
喪失を偽装していた両腕をバラしたついでである。
これに食いついたのがグランだった。
「ウホッ♡ 美味しそうな筋肉♡ ちょっと味見したい!」
「グランさん、面食いですけど趣味がマッスル寄りですよねー」
宝珠で磨り潰されている最中でも関係なく、瞳にハートを浮かべるとだらしなく半開きになった口元から涎を零していた。美少女がすべき顔ではない。
しかも彼女の場合、美味しいが別の意味に聞こえる。
涎を拭き取るような舌舐めずりが意味深長だ。
割と平気そうに喋っているが、宝珠の大豪流に飲まれたままだ。
自分の寿命を心配するのと宝珠から逃れる術を模索するので精一杯で、とてもじゃないがグンザを援護する余力《よりょく》はない。ソワカもまだ魂魄を削って宝珠にエネルギーを費やしているので、ちゃんと足止めされていないとこちらも困る。
グンザに確実なトドメを刺すまでは――。
後は野となれ山となれ、グランやナイ・アールは眼中にない。
仲間の仇と殊勝なことを宣うのならばお相手仕っても構わないし、この場は引き下がるというならば便乗してソワカも撤退させていただく。
まずはグンザ・H・フェンリル――彼奴を殺す。
そのグンザはもはや死に体だった。
左上半身を肩から腕ごと失い、右腕は指を失うほど炭化している。
すべてを喰らうご自慢の獣顎の籠手も、左右ともに木っ端微塵に破壊した。自らの口で噛みつくこともできるが、手や腕ほど融通が利くまい。
まさに好機、愛弟子たちの仇を討つ時が来た。
「今こそ彼らの無念を晴らす時……いざ覚悟! グンザ・H・フェンリル!」
宝珠の大豪流を操り、黄金の巨龍を象らせて突撃させた。
グランやナイ・アールを苛む宝珠の比ではない。
これを牽制として弱らせたグンザを更に虐げるように叩きのめしていき、愛弟子たちの怨みを十分に味わわせた後、ソワカ自らの手で誅殺する。
宝珠の流れを追うようにソワカも仇を目指して駆け出す。
その瞬間――ゾクリと悪寒が走った。
このままグンザに踏み込めば、取り返しのつかないことになる。
謎の予感がおぞましい怖気の正体だった。
愛弟子の仇も討てなくなる! という危機感からソワカは口惜しいが急ブレーキを掛けて制止し、牽制役の宝珠で作った巨龍だけを嗾けた。
グンザは動こうとしない。
身体の部位を失ったショックと大量の失血により、意識が朦朧としているのかも知れない。前屈みな姿勢で犬のように荒い呼吸を繰り返すばかりだ。
どう見ても死に体、危機管理能力を煽る様子はない。
しかしソワカの本能は即死級の気配を感じていた。
まだ血を噴き上げる左肩の断片、血の噴水を掻き分けるように「ゾブリ……」という音を立てながら、細長い肉が盛り上がってくる。
それは指――白磁のような光沢に血をまとわせた女の指先だった。
やがてグンザの肩から手弱女の手が現れる。
指先、五指、掌、手首……筋肉とは無縁そうな細い腕が伸びてくると、ついには女の本体が姿を見せた。グンダの破れた肩から上半身を生やすようにだ。
艶やかな血化粧に彩られた女である。
美しく長い黒髪を古風に左右へと分け、物憂げな容貌も日本美人だがどことなく古めかしい。旧家の奥座敷に匿われている美女といった風情。円らな瞳は気怠げな半眼に開かれており、白目を見逃すほど黒目が大きいのが特徴的だ。
ツン、と尖った鼻梁からはグンザの血が流れ落ちる。
撫で肩で細身ながらも乳房のボリュームはかなりのものがあった。
グンザから生えた美女は迫り来る巨龍を見上げる。
敵意を剥き出しにした眼差しで見つめると、宝珠で形作られた巨龍を敵視するように人差し指を突きつけ、聞こえぬ声で何事かを囁いた。
過大能力――【時待たずして卑しき冥界へ降り堕ちよ】。
美女に指差された宝珠は瞬く間に力を失った。
神魔の能力を喰らうグンザの過大能力と同じものか!? と思ったが宝珠から力を奪われる感覚が別物だとソワカは察する。似て非なるものだった。
今のは喰われたのではない――死んだのだ。
殺されたのとも少し違う。
彼女の能力を適応されると、即座に力尽てしまうらしい。
原理はまったく不明だが、呪術系や死霊術系の魔法攻撃とは異なる。これらは死を強制するもの、然るに謎の美女による攻撃はその強制力がない。
むしろ自発的に死ぬよう仕向けられた感じだ。
ほとんど黒目で埋め尽くされた異質なの瞳が余所へと流し目を送る。
指し示さずとも効果があるのか、睨んだだけで宝珠は自死を選んだかのように力を失っていく。グランやナイ・アールを責めていた宝珠まで無力化されてしまい、拘束していた彼らに自由を与えてしまった。
「……うへぇ、マジで死ぬかと思った」
身体中に開いた穴を見る間に肉と皮で埋めるグランだが、多少なりとも効いたのか、長い舌を出して辛そうな深呼吸をやめられずにいた。
「ぼくもグランさんもおいそれと死ねないでしょー? 良くも悪くもー」
ナイ・アールは身体に傷どころか服に汚れひとつない。
新しい残機を卸したのだろうが、今ひとつ馴染まないのか頭を左右に傾けて首をコキコキ鳴らしていた。それからソワカに話し掛けてくる。
それはもう嫌みったらしくだ。
「あれあれー? 大変なことしてしまいましたねーお坊さん。グンザさんの目に入れても痛くない……もとい、臓腑に仕舞い込むことで隠してでも守りたいと願ってきた秘蔵の箱入り娘、大切な妹さんを表に出してしまうなんて……」
「…………妹ですと?」
ソワカはグンザから這い出す美女に目を見張る。
雰囲気やスタイルから美女と判断したが、思ったより若々しい。むしろ幼さが目立つ。そこにいるグランと大差ないお年頃の乙女だった。
妹――と呼ばれれば納得できる空気をまとっている。
重大なことでもベラベラ喋ってくれる口の軽さは助かるが、余計な情報をオマケでつけてくるのがナイ・アールの腹立たしいところである。
「グンザ・H・フェンリルとは――グンザ・ヘル・フェンリル」
黒い男は強者を紹介する論調で明かしてきた。
一つの肉体に二つの悪神を宿した存在。
108人いた最悪にして絶死をもたらす終焉でも、たった二人しか確認されていない、ひとつの身体に複数の過大能力を宿らせられる相反両義否定者。
一人は破壊神の懐刀、特攻隊長のリード。
滅亡のフラグを司る――リード・クロノス・バロール。
これまではリード・K・バロールと名乗っていたらしいが、初対面でソワカと大喧嘩を繰り広げた銃神ジェイクと交戦中、これまで伏せてきた切り札のカードを明かすように、“K”の名について明かしてきたと報告を受けている。
バロールとは――ケルト神話の敵対種族フォモール族の王。
クロノスとは――ギリシャ神話の農耕神あるいは時間を司る神の名。
どちらも神話上においては魔王の如く振る舞ったため、主神たちに倒される敵役として知られている。バロールはその一つ目で睨んだ者を殺す魔眼の力、クロノスは時間神として伝わっている神の能力ゆえの採用だろう。
すべてを滅ぼす魔眼と時空間をも制する力。
この二つを過大能力として使うリードは、ジェイクを圧倒しているそうだ。
まさか自分の割り当てである仇敵も同じような存在とは……。
「ンフフ……拗くれた縁を感じてしまいますな」
ソワカは込み上げる疲労感を誤魔化そうと自嘲の笑みを零した。
そんな焦燥感を見抜いてナイ・アールは挑発してくる。
「んーわかりますか推し量れますかご理解いただけますかー? ひとつのボディにふたつのパワー、一人の神族に二つの神名ー……これってつまりー?」
「……内在異性具現化者と同等ですな」
VRMMORPGから別格の存在。強大な魂魄に恵まれた者。
あまりに潜在能力が強すぎるため、外見の性と内面の性がひっくり返ってしまった超越者。LV999でも頭が二つくらい頭抜けた資質を秘めている。
相反両義否定者も似たようなものらしい。
グンザがフェンリルと冠するとして、謎の美女はヘルに該当するのか?
大切な妹、とか黒い男は言っていたが……?
『神喰らいの狼の妹が冥府の女王とは気の利いた配役ッスねー』
情報網を通じてアキ嬢の独り言が聞こえてくる。
フェンリルの名前くらいは聞いたことがあるが、ヘルという神についてはあまり詳しくないので、ソワカは情報を求めてみた。
『名前の通り地獄の語源、北欧神話に伝わる冥界の女神ッスよ』
神々の黄昏を引き起こした最悪の悪戯者――ロキ。
ロキが女巨人アングルボザに産ませた三体の悪神、それこそが世界蛇ミドガルズオルム、魔狼フェンリル、そして死の女神ヘルだった。
どれももこれ「未来で禍となる」と予言された三大厄災だ。
(※ロキが親であることは間違いないが、その出生については諸説ある。女巨人の心臓をロキが喰らい、その力を借りてロキ自らが女巨人に変身し、フェンリルたちを産み落としたという説もある)
主神オーディンは当たり前のように対策をした。
ミドガルズオルムは海に捨てられ、フェンリルは監視下に置かれた。
ヘルは北欧神話世界の最下層に追いやられ、そこにある死者の世界の管理を命じられた。この死後の世界はかつてニヴルヘイムと呼ばれていたが、彼女が支配するようになってからはヘルヘイムと呼ばれている。
(※北欧神話での価値観では、勇敢に戦って戦死した者にこそ名誉が与えられる。よく耳にするヴァルハラという楽園は、こうした戦士たちのための楽園。それ以外の病死、老衰、刑死、あるいは悪人として死んだ者たちの行く先がニヴルヘイム=ヘルヘイムとされている)
神々の黄昏では、ヘルヘイムの亡者たちが死者の爪で作られた船で攻めてくると言われているが、ヘル自身の動向について記した記述はほとんどない。
その後どうなったかも定かでない場合が多い。
ただし北欧神話では、彼女にのみ死者蘇生の権限があるという。
『ンフフ、死者を生き返らせるなら生者を殺すのも簡単でしょうなぁ』
『宝珠を殺したのは即死効果のある能力なんスかね?』
アキも分析系の過大能力で調べているようだが、瞬間的にしか使ってなかったので情報不足なのか、いまいち全容を掴めないらしい。
グンザたちを襲う宝珠を睨むだけで死なせる謎の美女。
仲間の安全を確保したところで、その無差別に死をもたらす視線をソワカへ叩きつけてくる。その瞬間、先ほどの悪寒が蘇ってきた。
――もう間違いない。
ソワカを脅えさせた正体はこの女性だ。
死を促進させる力がソワカにも押し寄せる。
絶えず宝珠でガードせねば、あっという間に逝ってしまう。
謎の美女は眇めていた瞳を皿のように大きくすると、それでもほとんど黒目で埋まっている瞳で睨んできた。それはもう喧嘩腰のガン睨みである。
上品そうな小振りの口で歯噛みしてだ。
「よ、よくも……兄さんに、こんな酷いことしし、たな……ぅッ!」
ここのロン毛坊主! と謎の美女は子供みたいに詰ってきた。喋り慣れてないのか、やたら吃音が混じる不明瞭な発声だった。
兄の身を案じる謎の美女は、両手で忙しなく傷口を撫で回す。
すると僅かだがグンザの肉体が修復されていく。
超速再生とは言えないが、目に見えて若々しい肉が盛り上がってくるのは尋常ではない。彼女は死なせるだけではなく活かす能力もあるようだ。
「ゆゆゆ許さないんだからなな! 私のたた大切な兄さ……んギッ!?」
「もういい……下がっていろ黄泉」
ソワカに罵詈雑言を言い足りなさそうな謎の美女。
彼女を黄泉と呼んだグンザは、指を失い炭化した右腕を構わずに動かすと彼女を肉体の内側へと押し込んだ。黄泉は「なんで兄さんん!?」と抗議するも、抵抗も空しく身体のほとんどを埋め戻されてしまった。
目元から上だけが残り、外界を見ることは許されたらしい。
治りかけのグンザの肩――そこから恨めしそうに顔を覗かせていた。
黄泉は眉こそ情けなさそうに八の字にするも、黒い瞳は怨念を渦巻かせて睨むだけでソワカを死の淵に引きずり込もうとしてくる。
これが狙いで、ほんの少し顔を出すのをグンザも許可したのだ。
そのグンザだが――激怒の相を露わにしていた。
先刻からソワカに振り回されっぱなしで面白くないだろうから、怒りの堪忍袋の緒が切れているのは承知の上である。だが、それとは異なる発火点があったのか、別の地雷原を踏み抜いてしまった感があった。
ギロリ! と効果音が聞こえてきそうな眼光をグンザは放つ。
「よくも――妹を表に出したな?」
「……ンフフ、そこが第二の起爆スイッチでしたか」
ナイ・アールも箱入り娘とか言っていたが、口から出任せではなく真実だったのようだ。自らの内側に匿うところ大切さの度合いが窺える。
炭化した右腕を戦慄かせれば、焦げた肉片が弾けて新しい筋肉が盛り上がる。
神族ならではの再生速度を上回る速さで回復していた。
体内から妹である黄泉の助けを借りて、肉体を大急ぎで復元しているのだ。
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――仇を目の前にして退くしかないのか!?
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ナイ・アールが場違いな甲高い声で知らせてくる。
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「逃走用の“門”を開いたので退却したい方はこちらからどうぞー。あ、ボクは一足先にお暇させてもらいますねー。残機マジでヤバいんでー」
言うが早いか、ルパンダイブで頭から飛び込んでいくナイ・アール。
「グンの字~ッ! アンタも来なって!」
グランも慌てて下半身を突っ込むが、上半身は次元の裂け目から出して片手をブンブン振ると、まだソワカと対峙するグンザに呼び掛けてくる。
見掛けによらず仲間思いな娘さんだ。
「そんなどこの馬の骨かもわかんないお坊さん相手に死んでなんかいらんないでしょ~ッ! ドラクルン様のご命令を無視するわけ~ッ!? それに、ヨミちゃんをまた戦いに巻き込んで何かあったらどうするつもりよ~ッ!」
一言一句、突き刺さるような正論だった。
反論しかけたグンザだが、納得いかなそうに奥歯を噛み締めていた。ソワカとて同じ気持ちだ。ここで見す見す仇を逃したくはない。
「……横道坊主、貴様とは縁が結ばれた」
重そうな口を開いたグンザは、治りかけの人差し指を向けてくる。
「力法と幽谷響が結んだ、俺にしてみれば腐れた縁だが……ここまで来れば貴様を敵視しないわけにはいかない……覚えたぞ、その不遜な面構え」
次は殺す――是が非でも殺す。
呪いにも似た宣誓を捨て台詞にグンザは身を翻した。
妹の黄泉を身体へねじ込み、一目散に“門”へ向けて走り出したのだ。グランに説き伏せられた形になるが、グンザも遁走を選んだわけである。
「ンフフ、それはこちらの台詞なんですけどねぇ」
それに――と言いながらソワカの足は前へと踏み込んでいた。
「この絶好の機会! 拙僧が見過ごすとお考えか!?」
再び魂魄のエネルギーを注いで無量大数の宝珠を生み出すと、大陸でも根刮ぎ吹き飛ばすような嵐を起こしながらグンザを追いかけた。
次元の裂け目に逃れられる前に、憎き仇だけでも仕留めてみせる。
そのためならば命を絞りきることさえ惜しくはない。
初速度で音速の壁をぶち破ったソワカは、グンザの背中へと肉薄した。
『――そこまでです』
落ち着いた男の声が聞こえると、天上より絶壁が立ち塞がる。
ぶつかる寸前に急停止したソワカは、その絶壁をぶち抜く勢いで蹴り飛ばすことにより反動力を得て、正体不明の絶壁から距離を置いた。
嵐と化した宝珠も悉く弾き返され、その大半が無力化されてしまった。
視界を埋め尽くす巨大な壁に唖然とさせられる。
「これは……手!?」
全長は優に数百mを数えようか、垂直に立てられた人間の掌だ。
いや、よくよく観察すると装甲で組み立てられたり、関節部分が機械的だ。人間の手を模した巨大ロボの掌と考えるべきだが、途方もない大きさである。
掌でこの大きさなら――本体はどれほどになるのか?
天上界から逆さに突き立てられた巨大な掌。
かつて孫悟空を五行山という巨大な岩山に封じたお釈迦様の手もこんな案配だったのだろうか? なんてソワカは見当違いなことを考えてしまう。しかし、そう考えるとこの掌は大仏のものに見えてこないでもない。
反射的とはいえ、ソワカの全力キックを受けてもビクともしない。
頑丈さのみならず内に秘める凄まじい力に気圧される。
これを操る者が自身の力を通わせているようだが、その実力はソワカを以てしても計り知れない。ツバサ殿たちに勝るとも劣らない力の殿上人だ。
未知の内在異性具現化者と見做しても不足はない。
『ソワカ和尚、この場は私に免じて退いてくださいませんか?』
巨大な掌を操る声の主は、絶対的な威圧感でこちらを押し潰してくる。しかし、その口調はあくまでも丁寧に徹し、下手な態度で提案してきた。
返答を待つことなく声の主は続けてくる。
『この一戦は私にも想定外のイレギュラー。グンザ君たちをこの場で失うのは看過できません。まだ時は熟していない……貴方の自己犠牲もです』
ここは一時停戦――あるいは痛み分け。
これで手を打ちませんか? と声の主は穏やかに提案してきた。
「……ンフフ、まるで未来を視てきたように仰いますな」
悪態をつくのも一苦労、恩師に盾突くような恐れに近いストレスを覚えてしまう。しかし、言い返さずにいられないのも性分だ。
声の主は気を悪くせずに答えてくれる。
『――未来を知っている? いいえ、未来などありません』
もう疑う余地はない、声の正体こそが未来神を名乗る者だ。
大仰に未来神などと名乗っているのでどんな巫山戯た輩かと思えば、存外受け答えは紳士的である。こちらの悪態にも目くじらを立てはしない。
説法の如く教え諭す口調で未来神は語る。
『過去、現在、未来……これを三世というのは僧籍にある貴方には釈迦に説法でしょうね。しかし、過去も未来もありません、絵に描いた餅のようなものです』
過去とは降り積もる現在の残滓、その化石みたいなもの。
未来とは現在になる瞬間を待つ陽炎、それは不確定の幻影。
今此処へ確かに存在するのは、無限に連なる現在のみ。
『だからこそ私は――未来神たり得るのです』
自信満々に豪語する未来神だが、ソワカは鼻で笑わせてもらった。
詐欺師のように本題からはぐらかそうとする話術には、師匠・幽谷響のおかげで耐性ができている。あの妖怪仙人もこういう詐術を好んだものだ。
「ンフフフ、まるで禅問答ですな」
拙僧を説き伏せる意図が感じられませんぞ、と文句を付けてやる。
未来神はハハハハハと乾いた笑い声を空一杯に響かせながら、どこからともなく降ろしてきた巨大な掌を次元の彼方へと引き下がらせた。
『なに、ただの言葉遊びですよ。お付き合いくださり感謝いたします』
未来神の掌が消えた後、向こう側の風景が現れる。
そこにはナイ・アールの開けた“門”も、そこに逃げ込んだグランの姿も、落ち延びようとしてたグンザと黄泉も見当たらない。
空気の薄い高高度の上空が見渡す限りに広がるばかりだ。
時間稼ぎ――わかってはいたがどうにもならない。
もはや命の蝋燭が燃え尽きかねないほど消耗したソワカでは、無理無茶無謀を押し通したところで、遮ろうとする未来神を突破することは適わなかった。
逃げられると諦めて、あの問答を交わしたのである。
――仇敵を取り逃がしてしまった。
急激に押し寄せる脱力感と無力感と徒労感の三連コンボ。
ソワカは肺の底から絞り出すような溜め息をいつまでも吐きながら、その場に崩れ落ちそうになるのを必死に堪えていた。
『あ、そうそう……伝言をお願いしてもよろしいですか?』
未来神は別れの言葉を置き土産とする。
『ツバサ君やアシュラ八部衆の皆さんに――“よろしく”とね』
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ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。
といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。
とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない!
フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!
特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった
なるとし
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鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。
特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。
武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。
だけど、その母と娘二人は、
とおおおおんでもないヤンデレだった……
第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。
【書籍化確定、完結】私だけが知らない
綾雅(要らない悪役令嬢1/7発売)
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書籍化確定です。詳細はしばらくお待ちください(o´-ω-)o)ペコッ
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。
優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。
やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。
記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。
【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ
2024/12/26……書籍化確定、公表
2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位
2023/12/19……番外編完結
2023/12/11……本編完結(番外編、12/12)
2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位
2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」
2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位
2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位
2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位
2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位
2023/08/14……連載開始
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