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第19章 神魔未踏のメガラニカ
第453話:終焉を望んだ者へ科す贖罪
しおりを挟む戦争は終わった――しかし気は抜けない。
既に述べた通り、まだ大陸のどこかを彷徨っている巨獣や巨大獣の群れ。敗北を認めて投降したとはいえ破壊神の眷族であったLV999の終焉者。
彼らへの戦後処理、後始末が終わっていない。
それが終わるまで戦争の心構えを解くことはできなかった。
子供たちとの賑やかな朝食を済ませたツバサは、戦闘コスチュームでもある赤いロングジャケットに着替えて執務室に向かう。黒いパンツとのコントラストがそれぞれ明色と暗色を補っているのでお気に入りの一着だ。
隣には当たり前のように長女ミロが並ぶ。
ミロを筆頭に、子供たちにも戦闘用の衣装を着せていた。
念のためにも用心は怠らない。
投降した終焉者は現在、ハトホル太母国に集められている。
彼らの一人でも脱走を試みたり反旗を翻したりすれば、即座にそこが戦場となってしまう。LV999になっていない子供たちを戦わせるわけはないが、少しでも防御力の高い装備を付けさせたい親心だ。
場合によっては今日、終焉者の誰かが暴発しかねない。
本日――軍事裁判も執り行う。
終焉者たちとは午後にも面会する予定だが、先ほど軍師レオナルドと電話で軽い打ち合わせを済ませて、今日中にすべて終わらせると決めた。
投降した終焉者へ科すべき誓約も同盟内で確認済みだ。
レオナルドが草稿を作り、そこにツバサ、ミサキ、アハウ、クロウ、ジェイクといった各同盟の代表の案を添えて、組長バンダユウや棟梁ヒデヨシに国王ヌン、彼らの意見も取りまとめ、一昼夜で完成させたものである。
終焉者たちにはこの誓約に同意してもらう。
素直に受け入れてくれれば良し、反対するならば相応の罰に処す。
現在、終焉者たちの力は封じてある
もしも裁判の場で彼らが自棄になって暴れたとしても、抑え込める戦力を配置するので被害が出る前に制することもできるだろう。
それでも万が一はある。
なので子供たちにも注意するよう言い聞かせていた。
幼年組とはいえ、VRMMORPGを生き抜いた経験がある。
各々に戦闘用の防具や衣服は持っているので、念のためにそれらへ着替えさせたのは、非常事態への配慮である。万が一の危険を想定しての備えだ。
「……というわけで、今日はお仕事たくさんなんだ」
遊んでやる暇ないよ? とツバサは子供たちに言い聞かせた。
朝食を終えたツバサはすぐに執務室へ向かうのだが、子供たちは離れようとせずにつきまとい、親鴨を追う子鴨よろしく後ろについてくる。
執務室へ通じる最短ルートの廊下をツバサは歩く。
子供たちと従者をゾロゾロ引き連れてだ。
「アタシはいいでしょ? 長女で伴侶で破壊神を倒した英雄なんだから」
ミロは「特別です!」と自分を指差してアピールする。
いつものようにツバサがセットしてやったシニョン風の髪型。姫騎士の如き戦闘向けのブルードレスで着飾っている。屋内では邪魔になる覇唱剣は道具箱に収め、代わりにミロスセイバー(二代目)を背負っていた。
――まだ戦争は終わっていない。
ツバサの文句を真に受けて、戦闘準備は整えたらしい。
以前のアホの子なら言っても聞かずにスルーしていたはずだが、あの頃から比べると大分マシになったのかも知れない。良いような寂しいような……。
「大丈夫ですセンセイ、決してお邪魔にはなりません」
むしろアシストします! と何故かマリナは自信満々だった。
王女様あるいはお姫様というコンセプトの装備で身を包んだマリナは、王冠みたいな帽子を揺らしてチョコチョコ追いかけてくる。
そういえば戦争前、彼女には“秘書”をやらせた時期があった。
方々の事務処理手伝いに追われたフミカの代理として、ツバサのお手伝いをさせたのだが、あれが彼女に自信をつけさせたらしい。
「まだ戦争が終わってないなら、ツバサさんの側が一番安全なのでは?」
そんな減らず口を叩くのはイヒコだった。
こちらの戦闘服は道化師をモチーフにした指揮者めいた楽師。音楽の神霊を指揮して超常的な効果をもたらす彼女にピッタリの衣装である。
事実、戦争ではジェイクの仲間たちを助けるため大活躍をした。
彼女もマリナ同様、ツバサの背中を追いかけてくる。
「……場合によっては俺の近くが世界一危険な場所になるんだけどな」
ツバサは困ったように苦言を呈した。
破壊神ロンドとの最終決戦など、まさにその好例である。ミロやカンナのようにLV999に到達していて、自分の身を強固に守れる過大能力を持ってない限り、近寄らせたくない危険地帯と成り得るのだ。
しかし、イヒコの言い分もわからなくもない。
あの時と比べれば危険が発生する確率は格段に下がっているし、目の届かないところで危機にさらされるより管理しやすいところはある。
「それでも、子供がついてきて面白いものではないんだが……」
子供たちだけで遊んできなさい(終焉者の牢獄には近寄るなよ)と、暗に含めて言い付けたつもりだが、誰も聞く耳を持ってくれなかった。
「母上、自分は働いてるゴザルです」
ツバサの頭の上で主張してきたのはジャジャだった。
最年少の特権を活かして、ツバサに肩車されているジャジャ。
幼稚園児がコスプレしているとしか思えない、被覆率のあるくノ一みたいな忍者の格好をしており、得意顔でツバサの頭に抱きついていた。
「自分、本体はここにいても分身を国の周囲に派遣して、異常がないか偵察しているでゴザルからな。精神年齢大人なのでちゃんと労働中でゴザル」
見た目は幼女――頭脳は16歳の男子。
「はいはい、ジャジャちゃんはエラいですねー。よしよし♪」
「さすが、あたしたちより中身は年上だねー。はい、いい子いい子♪」
「自分、ナメられまくってるでゴザル!?」
そのアイデンティティを知らしめるべく、自分のやっていることをマリナたちへ自慢げに誇るものの、年下認定のためスルーされた。
ここで目を合わせたマリナとイヒコは、何やら示し合わせる。
小走りでツバサの前へと軽やかに躍り出た。
「妹が働いてるっていうなら、お姉ちゃんたちにだってお仕事あります」
「そうそう、ツバサさんの重量級なおっぱいを支えるってお仕事がね」
言うが早いか、2人の娘はツバサの懐へ忍び込む。
マリナが右の乳房を頭と両手で支え、イヒコも同じような体勢で左の乳房を持ち上げる。こちらの歩幅に合わせて動くことで邪魔にならない歩法を心掛け、ブラジャーをしてても重い超爆乳を支えることに徹していた。
最近、マリナとイヒコがツバサの前に揃うと始めるお遊びだ。
最初にやり始めたのはミロだが、それを見たマリナが真似をして、やがてイヒコにまで伝播してしまった。良くも悪くも姉は妹たちの行動指標になる。
言うまでもないが、ミロのこれは悪い例だ。
ツバサは当然のように叱ろうとしたが、すぐに躊躇ってしまう。
どうしよう……物凄い楽だこれ!?
物理的に支えられることで乳房への重力が軽減されている。
以前から子供たちのお遊びでやられたものの、いつもソファなどで寛いでいた時なので実感なかったが、直立していると効果が判明した。
子供だからセクハラには該当せず、実際に役立っている。
ツバサは子供の戯れとされるがままにスルーして、しばらく本当に乳房の重みを支える仕事を任せることにした。
調子に乗ったら遠慮なく怒鳴りつけてやろう。
一方、ツバサについてきたが興味が別へ移っている子供もいた。
「んな! ツバサさん、このデブ執事さんスゴいのな!」
筋肉娘のトモエはツバサの肩を掴み、震動みたいな揺さぶりをかけてきた。
釣られて超爆乳がバインバインと躍動する。
「わわわっ! トモエさん、ストップストップ!?」
「ツバサさんのおっぱい、あたしらの手からこぼれちゃいますよぉ!?」
乳房を支えていたマリナとイヒコはてんてこ舞いだ。
トモエの戦闘コスチュームは白が基調のビキニアーマー。
ブルマより防御力ないだろ!? とツッコまれそうだが、そこは工作の変態ジンが手掛けた逸品なので、不可視の防御層が張り巡らされていた。
トモエがスゴいと騒ぐのは執事ダオン。
ツバサに付き添うのは子供たちばかりではない。
メイド長クロコと執事ダオンも一緒である。
彼らは従者という立場を弁えており、ツバサとそれを取り巻く子供たちの邪魔にならないようにと、数歩退いた間合いを保ったまま追随していた。
初めて目にする執事らしくない執事に子供たちも興味津々だったが、特にトモエが好感触であり、隙あらば遊び半分でちょっかいを掛けていた。
トモエは四神同盟でも最速の運動神経を誇る。
過大能力も加速に加速を何重掛けにもするスピード特化のものだ。
「この執事さん、トモエの動きについてくるのな!」
それはツバサも驚きの情報だった。
トモエはやんちゃ坊主よろしく、猫がじゃれるみたいなパンチでダオンを小突いていたらしいのだが、すべてブロックされてしまったという。
本気でないとはいえ、最速のトモエの攻撃を防いだ。
武術や体術もかなりの腕前と踏んでいたが……想像以上らしい。
「おやおや、いけませんよトモエお嬢様」
ダオンは執事然とした口調でトモエを窘める。
余所様の執事にウチの娘を説教されるのはどうかと思うが、悪戯をしたトモエが悪いので、これも教育と思って様子を見守ることにした。
ダオンは年長者らしく教え諭す。
「私はまったく気にしませんが、デブとは侮蔑的な言葉です。敵に使うのはよろしいですが、身内や友好関係にある人物には当たりのいい言葉を選んであげましょう。そうですね……“ふくよか”や“ぽっちゃり”が最適です」
「んな、トモエ覚えた。メモ帳に書いとく」
大人に怒られたトモエは素直に反省、本当にメモしていた。
「……お説教ポイントそこでいいの?」
「はい、相手を形容する言葉遣いは大切にございますよ?」
ツバサはちょっと納得いかなそうに振り返ると、ダオンは「これでいいのです」と微笑んだ。ちなみにトモエのちょっかいは続いている。
音速を超える猫パンチみたいなジャブの連発。
LV999の神族ならばビクともしない威力なのでお遊びだ。
それでもデタラメに速いは散弾銃顔負けの面で制圧してくるはで、敏捷性に劣る者ならば慌てるようなちょっかいである。
それをダオンは――涼しい顔のまま片手であしらっていた。
トモエにすれば最高の遊び相手に違いない。
ダオンもこのちょっかいを「お嬢様の遊戯にお付き合いしている」程度にカウントしているので、説教するつもりはないようだ。
子供の面倒を見てくれている、と考えればいいのかも知れない。
戦争でしばらく離れ離れだった子供たち。
実質的には半日。10時間足らずの別れだったはずなのだが、誰もが「五ヶ月くらい経ってる!」とメタ発言で寂しがって仕方がない。
甘えたいのか構われたいのか、ツバサにまとわりついて離れやしない。
もう諦めて、このまま戦後処理へ取り掛かることにした。
ただし――終焉者との面会には立ち会わせない。
どれだけ駄々を捏ねようとも置いていく。
子供たちの安全を期するため、心の中でツバサは静かに決定を下した。
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ハトホル太母国――執務室。
普段ならツバサやダイン&フミカの長男夫妻に副官である横綱ドンカイ、それと国政に携わる権限を持つ各種族の代表が詰める仕事場だ。
ハトホル太母国の政治における中枢とも言えた。
それぞれの仕事机が配置され、休憩用の寛ぎスペースもある。
談笑したりお茶を楽しむ大きな長机。それを取り囲むように大振りのソファが並んでいるのだが、そこに五人の男女が腰掛けていた。
全員、映像投影スクリーンとにらめっこだ。
両手は手元の制御盤を忙しなく打ち鳴らしている。
情報共有や確認作業もあるため、こちらで作業する方が都合がいいらしい。
ソファの誕生日席に座るのは、白が似合う少女だった。
巫女服を現在風にアレンジした衣服を身にまとい、その両眼は閉ざしているにもかかわらず、万物を見透かすような視線の圧を発していた。
妖人衆 代表 巫女姫――イヨ・ヤマタイ。
過去の日本から神隠しなどにより、生身の肉体を持ったまま真なる世界へ転移してきた人々が、濃厚な“気”を浴びて妖怪のように転じてしまう。
彼らの集まりが妖人衆である。
その象徴的代表を務めるのが彼女だ。
見掛けは輝かしい銀髪が特徴的な、十代前半の物静かな美少女。
しかし妖人衆では最年長の重鎮であり、その正体は古代日本を治めた邪馬台国の女王卑弥呼の後継とされる壱与と呼ばれる女性だった。
妖怪化の影響か若返り、少女に戻ってしまったという。
以前は「巨大な宝石の眼を持った一つ目小僧」としか言いようがない異形だったのだが、ハトホル太母国で暮らすようになってからは人間の姿を取り戻し、今ではツバサの眷族として神族の仲間入りも果たしていた。
そんな彼女の得た特殊能力――万里眼。
千里眼を越える遠隔視の力であり、その応用力も多岐に渡る。
イヨは能力を使う際、水銀にも似た流体金属を操る。
それを薄く広げて鏡面にすることで様々な映像を映すのだが、その水銀が執務室の長机いっぱいに広がっていた。
映し出されるのは――真なる世界の中央大陸。
衛星画像より精巧な地図が、ハイヴィジョンで映し出されている。
地図上にはいくつものマークが点在していた。
赤と青に塗り分けられたいくつもの○と、黒で塗り潰された×だ。
○は同色のもので隊を組んで動いており、誰かに誘導されるかの如く×のところへ駆けつけると、取り囲むようにして×を打ち消していく。
――勘の言い方はおわかりかも知れない。
四神同盟の“巨将”とエンテイ帝国の“奇神兵”。
○はそれぞれの陣営の巨大ゴーレム兵士を現している。ちなみに赤が巨将で青が奇神兵のマークだ。数は巨将の方がやや多いように見える。
そして、×マークは生き残った巨獣を示していた。
イヨの能力により、残党退治をリアルタイムで確認できるわけだ。
衛星画像のような水銀鏡の地図は、イヨが最適のアングルで撮影している現在の中央大陸の風景を写す。わかりやすく言えば空から撮影した生中継である。
中央大陸のすべてを正確に把握できるクオリティだ。
しかし全景を捉えているため、細部は画素数が足らず潰れている。
いくら巨将や奇神兵が100m級の巨体で、巨獣や巨大獣がそれを上回るバケモノみたいな図体でも視認するのは難しい。
そこでイヨが遠隔視で追跡し、わざわざ印を施しているのだ。
残党退治の進捗が一目でよくわかる。
おかげで他の作業に取り組む者の効率が捗っていた。
「一番隊はそこから北上してくださいッス、十三番隊は谷を迂回して……そうそう、そこの峡谷深いんでね。四十八番隊は一時待機、場合によっては近場にあるククルカン森王国の防衛に回ってくださいッス。そんで六十番隊は……」
ハトホル一家 次女 フミカ・ライブラトート。
姫カットの大人しそうな文学少女。
なのに肌は健康的な小麦色をしており、身にまとう戦闘用衣装もエジプシャンでアラビアンな踊り娘みたいな仕立てだ。
しっかり着こなせるグラビアモデル級のスタイルの持ち主でもある。
そして、情報処理に関しては超一流の腕を持っていた。
長机に広がる水銀鏡の地図に視線を飛ばしつつ、そこからいくつものウィンドウに分割した地図を参考にして、手元の制御盤を高速で叩き続けていた。
「あ、十九番隊は戻るッス! まだ生き残りがいるッスよそこ!」
通信会話もできるのか、口頭による伝達も忘れない。
フミカは巨将たちの後方支援を担当していた。
巨将、奇神兵、巨獣、巨大獣……それぞれの位置をイヨが割り出し、その情報を回されたフミカが精査して、各人の相対的な行動を把握する。
――どのように動けば軍略的に最適か?
それをシミュレートして巨将の部隊に指示しているのだ。
このため巨獣の残党処理は効率的に進んでいる。
一方、その巨将たちの今後についても対策が進められていた。
「はいはい、特に問題なしだし? せっかく戦場に戻れたのでまた戦いたい? あー、そういう機会はどっさりありそうなので応相談みたいな? 普段は休眠状態で戦争あったら起こすのはアリだし? 全然アリ? OKだしだし!」
ハトホル一家 三女 プトラ・チャンドゥーラ。
頭の半分を昇天ペガサス盛りにヘアセットしたコギャル。
戦闘員ではないがフィールドワーク用の衣装は、何故か女子校の制服を攻めたように改造したものを愛用している。中身もまんまコギャル娘だ。
ある意味、一徹なファションセンスを貫いていた。
自他共に認めるダメ人間ながら、魔法道具の製作を任せれば右にも左にも出る者はおらず、災害級のスーパーアイテムを作る道具作成師な娘だ。
彼女の担当は巨将たちとの交渉である。
幾人もの神族の力を結集させて完成した巨大ゴーレム兵士。
――それが巨将だ。
巨将には魔法技術に由来する人工知能システムが組み込まれており、ロボット三原則を始めとした他人様に迷惑を掛けない規則がプログラミングされているのだが、各々に個性にも似た人格が宿っている。
戦国武将をモデルにした巨将は、彼らの精神を模倣していた。
基本的には兵士型ロボットなので命令に忠実なのだが、武将の性格を反映したことで他の人工知能とは一線を画した性能を持っていた。
独自の意志を有しており、不測の事態にも臨機応変に対応する。
事細かに指示せずとも動ける判断力に優れていた。
そうした高性能なところが災いしたのか、彼らはまるで人間のように不満やストレスも感じてしまうらしい。
彼らは戦争の勝利に喜ぶ反面、ある危惧を抱くようになった。
『――戦争が終われば我々はお役御免か?』
巨将たちの人工知能から、こんな不安が聞こえてきたのだ。
これを宥めるべく、巨将製作にもっとも深いところで携わったプトラが交渉役となり、彼らの中でも格の高い機体と直談判しているところだ。
巨将の代表を相手取った団体交渉である。
織田信長モデル、豊臣秀吉モデル、徳川家康モデル。
巨将たちの代表を務める格上の機体は、大体この三種になるらしい。
両手には通信機となる何枚ものスマホ型スクリーン。
それを女子高生らしく器用に使い分けて、プトラは一度に何体もの巨将と話し合いを続けていた。彼女が語尾に付ける口癖「だし」が鳴り止まない。
「再び戦場に返り咲いたのなら今度こそ戦場で果てたい? 民を守るためなら何度でも戦う? おー、そういうのスッゴい助かるし。実はこの世界、蕃神ってとんでもないバケモノに狙われてるんで、連中が攻めてきたら戦ってもらってもいいし? 了承? 承知? はい商談成立ッスねー♪」
とても交渉とは思えない会話なのだが、頗る順調のようだし。
プトラは嬉しそうにフミカへ呼び掛ける。
「フミちんフミちん、こっち大体OKもらえたし」
「聞こえてるッスよプトちゃん。こちらでも通信の時にそれとなくお伺いを立ててるんスけど、蕃神との戦いに意欲を燃やしてる人が多いッスね」
フミカは巨将への待遇をリストアップする。
「有事が起こるまで休眠状態で待機はOK、非常事態に起動させて各国の防衛任務を任せてもOK、機体の整備メンテナンスは定期的に希望……ッス」
「あと、たまに自由時間みたいのが欲しいみたいだし」
「自由時間ッスか? そこら辺は各方面と相談してからの認可ッスね」
巨将からの要望は細やかで済みそうだ。
新戦力として配備できそうなので、プトラは胸を撫で下ろす。
「ふーっ、なんだかんだでみんないい子だから結構こっちの言うこと素直に聞いてくれて助かるし……あれだし、ロボット三原則入れといて正解だし?」
「ダイちゃんのアドバイス様々ッスね」
プトラの呟きにフミカはダインの妻として誇らしげだった。
――ロボット三原則。
簡単にいえば『人間への安全性、命令への服従、自己防衛』という、ロボットの行動システムにプログラミングしておくべき3つの原則である。
矛盾点や解釈の異論もあるが、採用すべき原則だと思う。
プトラが巨将たちの核を造る際、巨大ロボ製作に一家言ある長男ダインが「ちゃんと入れちょけよ」と口を酸っぱくしてアドバイスしたらしい。
これは長男のナイスフォローだろう。
おかげで自我が強そうな戦国武将をモデルにしながらも、その製作者であるプトラの言葉に従順なのだから、しっかり功を奏していた。
イヨも着物の袖で口元を隠して上品に微笑む。
「武将の方々が千々に心を乱されることがなくてようございました」
これは安堵の笑みだった。
巨将の人工知能のモデルになった戦国武将の精神。
これを様々な時代から拾い上げて集めたのは他でもない、イヨの万里眼なのだから責任感から気を揉むのも致し方ないことだった。
(※正しくは本人ではなく、後世に語り継がれることで神聖視された武将の性格。理想という尾鰭もつくのでモデルにした武将とのズレもある)
その時、ガチャリと執務室の扉が開いた。
「みんな、おはよう」
ようやくツバサが到着したのだ。
子供たちに群がられたりおっぱいを左右から支えられたり、デブ執事と変態メイドを引き連れたりと、なんだか大所帯で部屋に入る。
「あ、バサママおはようッス」
「オカンさんチィースだし」
「ツバサ様、おはようございます」
フミカ、プトラ、イヨから三者三様に挨拶された。
「あ、どもどもー☆ お邪魔しておりますツバサさん☆ 一宿一飯ありがとうございましたー☆ この御恩はまたの機会にお返しいたしますー☆」
「……おはようございます。助かりました」
彼女たちとともに作業していた2人の男からも挨拶される。
一応、ツバサはハトホル太母国の女王。
この拠点の家主の登場でもあるので、フミカたち5人は作業の手を止めると起立してお辞儀しようとするが、ツバサは直前に片手で制した。
「みんなお疲れ様。悪いな、1人だけしっかり休ませてもらって……」
ツバサが詫びるとフミカは右手をヒラヒラ振った。
「なに言ってんスか。バサママがいなきゃ世界が滅んでたんスから、その奮闘を讃えて一週間くらいお休みしても構わないくらいッスよ」
プトラもウンウンと昇天盛りを縦に振る。
「そうそう、ウチらもちゃんと休んでから仕事してるんだし」
「……そう言ってもらえると助かるよ」
ツバサは済まなそうに頬を緩めて軽い会釈を礼とした。
巨獣の残党退治――巨将の戦後にまつわる交渉。
この進捗具合は廊下を歩いている時にそれとなく聞き耳を立てていたので聞こえていたが、改めてフミカやプトラの口から報告してもらう。
それからイヨに不在の面子について尋ねてみた。
「三将の皆さんやダグ君たちは出てますか?」
「はい、どちらも持ち場を決めて出張られておりますよ」
孫にも等しい若者たちの勤労振りを喜ぶようにイヨは顔を綻ばせた。
妖人衆三将・妙剣のウネメ――女性化したが腕の立つ剣豪。
妖人衆三将・鍛鉄のオサフネ――刀剣操作能力に覚醒した鍛冶師。
妖人衆三将・覇脚のケハヤ――蹴り技を得意とする太古の益荒男。
妖人衆でも特に秀でた能力を持つ三人組だ。
イヨと同じくツバサの眷族として神族化しており、もうすぐLV999になる成長株でもあり、準戦力として期待されていた。それぞれ人柄も良く卓越した武術や技術の持ち主なので、多くの種族からも尊敬を集めていた。
「三将の子たちは地下しぇるたあに赴いております」
巨獣や終焉者の件が片付くまで安心できない。
そのため各国の地下シェルターに避難させた住人たちは、戦争終結こそ知らせているけれど「まだ出てきちゃダメ!」と通達しているところだ。
そこに戸惑いが生じかねない。
戦争が終わったのに何故? と不信感が芽生えかねなかった。
三将の一人、オサフネがそこに気付いたそうだ。
「戦争の映像を生配信……でしたか? それを見ているので国民の方々も知っているでしょうけど、諸事情がよくわからず不安がらないようにと……」
「三将がみんなへ説明しに行ってくれたんですね?」
この心配りは非常に助かる。
各種族の代表に諸々の連絡事項は伝えているが、ツバサたちに近いところで働いている彼らの発言は信頼度が高く、聞けば国民も安心するだろう。
特にオサフネは社会的信用があり、おまけに理路整然と弁が立つ。
(※ハトホル太母国における金属加工業の最高責任者)
任せても大丈夫だな、とツバサも得心する。
他の国の地下シェルターでも同じような説明会が開かれているらしい。
「ダグ様たち守護妖精族の皆さんは、周辺地域の警邏に出掛けました」
スプリガン族は神族に準ずる力を持つ亜神族。
超ロボット生命体ともいうべき生態をしており、成人すると“巨鎧甲殻”という機械式の外骨格をまとうことで戦闘能力の底上げができる種族だ。
守護妖精という名前が示す通り、彼らは生粋の守護者。
かつては世界最後の世界樹を方舟に乗せて護衛する任に就いていた。
とある事件でツバサたちが助けたことで、ハトホル太母国の一員となった。その後は軍属気質な出自を活かして、護衛団として働いてくれている。
率いるのは若き司令官――ダグ・ブリジット。
守護妖精族で唯一、LV999の力を持つ灰色の御子だ。
バッドデッドエンズとの戦いでは求められる戦力が最低LV999のため、参戦できるのはダグのみだったので、他の者たちは手持ち無沙汰かつ種族的に仕事がないことにフラストレーションが堪っていたのだろう。
喜び勇んで警邏任務へ出掛けたのが目に浮かぶ。
ダグも防衛ライン死守でお疲れだろうに、元気なものだと感心する。
「……あれ、オリベさんはどうしました?」
いつも執務室にいる顔触れが足りないことにツバサは気付いた。
クスリ、とイヨは可笑しそうに笑みを零した。
「オリベ様でしたらそちらに……」
彼女の指差したのは執務室の隅、そこにオリベが倒れていた。
いや、疲労困憊でダウンしているのだ。
年の頃なら50代から60代、武士らしく月代を剃った頭が禿頭となり、残った髪をザンバラにした武家のご隠居みたいな髪型をしている。
チョビ髭を生やした、やや男前のチョイ悪親父。
選んだ着物は碧の映える上品なものだが、今日は随分と草臥れていた。
壁に上半身をもたれかけ、下半身はダラリと伸びきっている。白目を剥いて口は半開きのまま失神しているようだ。
一見すると死人だが、イビキが聞こえるので安心できた。
妖人衆 代表 乙大将――オリベ・ソウオク。
イヨが妖人衆の象徴的なトップならば、実務面におけるトップは彼だ。その関係性は日本の歴史における天皇と将軍に近い。
元は戦国時代に活躍した数寄武将、古田織部だと専らの噂だ。
もうほぼ確定しており、当人も幾度となく自爆発言を繰り返しているのだが、あくまでも別人で押し通している。これは暗黙の了解になっていた。
彼もツバサの眷族として神族化しているのだが……。
「あの、オリベさん……なんでぶっ倒れてるの?」
ピクリともしないオリベを指差して疑問符を浮かべる。
ちゃんと毛布が掛けられているので、かなり寝込んでいるようだ。
この睡眠の深さは尋常ではない。
「無理もありません。あんな無茶をすれば卒倒するのも当たり前……」
息子を心配する母の口振りでイヨは説明してくれた。
戦争終盤――破壊神ロンドが宇宙卵から生まれた者として覚醒した。
これにより世界中から混沌の泥というドス黒い泥濘が溢れかえり、凶暴なスライムよろしく森羅万象を貪り尽くそうとしたのだ。
四神同盟の各国にも津波のように押し寄せてきた。
無論、各国は戦争に備えて厳重な防御結界に守られているが、それでも結界の壁が撓むほどの波濤となって攻め掛かってきた。長期戦ともなれば、その圧倒的な質量に押し負けてもおかしくはなかっただろう。
寄せては返す混沌の泥に、いつか結界は破られて国ごと飲まれてしまう。
多くの国民はそんな不安で押し潰されそうだったに違いない。
だからこそオリベは――全身全霊を賭した。
「オリベ様はご自身の能力で結界を内側から補強していたのです」
「補強したって……碧覚練土で!?」
妖人衆は何らかの特殊能力に覚醒している。
特に神族化したオリベたちのそれは過大能力に等しい。由来の違いからかツバサたちのように厨二病な名前は付かず、みんな好き勝手に命名していた。
オリベの能力は――碧覚練土。
これはオリベの意のままに動く粘土を沸き立たせるものだ。
柔らかくすれば緩い粘土となってどこまでも広がり、硬くなればオリハルコンに匹敵する硬度のセラミックとなる。硬軟自在であるとともに攻防自在であり、陶芸を愛した数寄武将なオリベらしい能力である。
その碧覚練土で結界を内側から支えていたのだという。
混沌の泥が鎮まるまで、ハトホル太母国を守り切ったそうだ。
戦争終結を知ると同時に、緊張の糸が切れて気を失ってしまったらしい。これを聞いたツバサは呆れながらも感嘆の息を漏らした。
「なんて無謀なことを……ひとつ間違えれば力の使いすぎで衰弱死ですよ」
確かにオリベの能力は結界の役割も務まる。
しかし、それは咄嗟に盾として使うのがいいところだ
オリベは起源龍ジョカや五女マリナのような結界のエキスパートではないため、広範囲に碧覚練土を張り巡らせることに慣れてない。
況してやハトホル太母国を囲うともなれば……。
「能力的に鑑みて、自殺行為と変わらないっていうのに……この人は」
苦笑いのツバサだがイヨはオリベを弁護する。
「未来の“乙”を絶やすわけにはいかぬ! とオリベ様らしい使命感を燃やされましてね……私や三将の皆さんもお止めしたのですが、言っても聞かず……」
それでも――命冥加に生き残ることができた。
結界を破られることもなく、国土を無傷で守り抜いたのだ。
「……ありがとうございます」
ツバサは眠るオリベに向けて深々と頭を垂れた。
分析で調べるまでもなく、本当にただ疲れているだけである。無理に起こすのも可哀想なので、しばらく安静に寝かせといてあげよう。
振り返れば長机の面々は作業に戻っていた。
巨将たちへの采配を振るう傍ら、奇神兵へのチェックも行われていた。
担当するのはエンテイ帝国に仕える幹部たちだ。
「ダオン氏ー☆ 少しずつ奇神兵を帝国に帰還させてるけどOKー?」
「巨獣の掃討を進めてはいるが……損耗率の高い機体も多い。そういう機体を優先して帰すようにエメスさんから通信が……良かったか?」
2人の幹部は上司(建前上)の執事ダオンに了解を求めていた。
「ええ、宜しいと思いますよ」
ダオンは鷹揚に頷いてGOサインを出した。
光って輝いて煌めくイケメン――輝光子イケヤ・セイヤソイヤ。
打倒帝王を掲げる無頼の鉄拳――拳闘士ブライ・ナックル。
ダオンと共にエンテイ帝国から派遣された援軍だ。
キャラ作りに少々手違いがあった三流ホストみたいなイケメンと、ボクサー崩れで傭兵崩れみたいな喧嘩請負人にしか見えない青年の二人組だ。
どちらも長机のソファに座っている。
イヨの用意した中央大陸の地図と自分専用の映像スクリーンへ交互に目を配りながら、手元の制御盤をやや不慣れな手付きで弾いていた。
フミカのブラインドタッチと比べれば拙い、素人に毛が生えた程度。
それでも奇神兵の簡単な操作はできるようだ。
これくらいの実務は行えるようにと、執事ダオンや猛将キョウコウの腹心である宰相エメスに仕込まれたらしい。つまり教育の賜物である。
彼らとは戦争終結後に対面し、軽い挨拶を交わしていた。
『どーもー☆ 初めましてツバサさーん☆』
面と向かえば割とイケメンホストに見えるイケヤは、親しくも馴れ馴れしい態度で接してきた。無駄にアクションの多い動きは生まれ付きらしい。
名刺を差し出してくるのはホスト時代の習性か?
『お初にお目に掛かります☆ イケヤ・セイヤソイヤと申しまーす☆ ホストの頃ならお店へ招待して『お帰りなさいませ、お坊ちゃまー♪』と接待させて頂くところですが、いずれ我らがエンテイ帝国に遊びに来てもらうってことでー☆』
今後ともシクヨロー☆ と星の瞬くウィンクを送ってきた。
へえ、とツバサは声に出さずに感心した。
ツバサが男性であることを聞いたのか見抜いたのか、出迎えの挨拶が『お嬢様』ではなく『お坊ちゃま』になっていた。
元ホストの接客術かも知れないが、細やかな気遣いには好感が持てた。
戦ったトモエが「んな、悪い人じゃないな」と褒めるわけだ。
一方、見るからに武闘派なブライは寡黙だった。
『キョウコウ様の遣いできました……ブライと申します』
よろしく……とぶっきらぼうな初対面は忘れない。
しかし、ツバサと相対して分析を交えた視線を送ってくると、頭のてっぺんから爪先まで品定めするように見つめた後、おもむろに握手を求めてきた。
断る理由もないのでツバサは右手を差し出した。
武道家は互いの実力を知るため、握手を交わして力量を測る。
ブライがこれを求めてきたのは明白なので、素直に応じた。対面した時点で大凡わかったはずだが、より正確に知りたくなったのだろう。
手を握り返した瞬間――ブライは瞠目する。
失礼のないようゆっくり手を離した後、ブライは一歩だけ退いた。
胸の前で握った右拳を左手で包んだブライは、それを維持した姿勢のまま折り目正しいお辞儀で丁重に頭を下げた。
中華系の一礼だったか、中国拳法の試合などで見た覚えがある挨拶だ。
拱手礼、抱拳礼というんだったか……。
(※古代中国より伝わる挨拶。現代では廃れているが季節の行事などでは行われる。男性は右手を左手で包み、女性は左手を右手で包む。また凶事の際には包む手を逆にするなど作法がある。抱拳礼はほぼ同じもので、武道家同士が試合をする前に相手への敬意を込めて行う挨拶)
そして、神妙な面持ちで願い出る。
『いずれ機会を設けて……一手ご指南いただければ光栄です』
ツバサの強さを正確に把握できたらしい。
その瞳には強者に挑む挑戦者としての敬意が宿り、言葉の使い方も丁寧さを備えたものになっていた。武骨で禁欲的な言葉足らずの戦闘狂と聞いていたが、どうして人並みの礼儀を備えた好漢である。
無論、ツバサはいつか手合わせする約束させてもらった。
そして、執事ダオンは得意気に語っていた。
『余所様との応対を多少なりとも学習していただきましたからね』
奇神兵の操作もそうだが、イケヤもブライも専門外の分野をある程度はこなせるようにダオンたちから教育されたようだ。
今後のことを考えて、四神同盟でも参考させてもらおう。
「――太閤様、ご勘弁をッッッ!?」
不意にオリベが奇声を上げたかと思えば、ガバリと跳ね起きた。
豊臣秀吉に仕えた頃を悪夢で見たのか、奇抜な寝言とともに立ち上がるくらいの勢いでの目覚めだ。寝汗まみれで荒い呼吸に肩も揺れている。
今を取り戻してホッとため息をつく。
「……っはあ、はぁ、夢でござったか。いや、まさか楢柴肩衝の蓋をちょろまかしたことを今頃になって責められる夢を見るとは……巨将たちの活躍に当てられましたかな? 太閤様に似た者もおりましたし……」
このへうげもの親父――何気にとんでもないことしてるな!?
楢柴肩衝はツバサも聞いたことがある。
戦国時代、最高峰と謳われた天下三肩衝という茶器のひとつだ。
(※茶葉を入れる容器。肩が角張っているので肩衝という)
足利義政を始めとした当時の文化人たちの元を転々としており、織田信長も欲しがったが本能寺の変により実現せず、最終的には豊臣秀吉が手に入れた。
これにより秀吉は天下三肩衝をコンプしたほどだ。
……その楢柴肩衝の蓋をちょろまかした?
偽物とすり替えて本物は自分の懐に入れたりしたのか、このジイさんは? 秀吉にバレたら打ち首どころではない。一族郎党皆殺しだ。
当時、最高級品だった陶芸品は大国の行方さえ左右した。
特に天下三肩衝は「3つ揃えたものは日の本を制す」と噂されたほどの逸品。
その部品をくすねれば、血族を根絶やしにされてもおかしくはない。
数寄のためならば、命懸けでスリリングな暴挙も犯すのか!?
油断ならねえ……ツバサはオリベへの認識を改める。
まあ暴走しがちなのは大好きな数寄関係なので、政務などの仕事は真面目に取り組んでくれるから大目に見ておこう……かな?
寝起きの顔を一撫でしたオリベは振り返る。
「……おおッ! これはこれは!」
お見苦しいところを! とオリベはこちらに気付いた。
「おはようございます、ツバサ殿」
手拭いや櫛で素早く身嗜みを整えたオリベは、ツバサの前までやってくると武士らしい所作を心得たお辞儀をしてきた。
「此度の争乱も何とか終結に漕ぎ着け、祝着至極に存じ奉りまする」
「ええ、何とか終わらすことができました……オリベさんもお疲れ様です」
なんのなんの、とオリベは労い言葉に照れ臭そうだ。
「それがしなど留守を任せられただけにございますれば……最前線で敵の総大将と戦り合ったツバサ様と比べれば、随分と楽をさせていただきました」
国を守るため全力を賭したことを鼻にも掛けない。
そのために精根尽き果てて爆睡していたことにも触れはしない。
……いや、ツバサがイヨたちからオリベの活躍について報告を受けたことを承知で謙遜しているのだろう。ここで自身の口から自慢話のように語り出せば、殊更に威張り散らしているようで下品になってしまう。
だから惚けているのだ――この“乙”を極めた老爺らしい。
敵わないな、とツバサは密かに嘆息した。
オリベはイヨたちの作業をチラリと横目にして進言する。
「ところでツバサ殿、戦争も昨日には終わり申した。巨将や奇神兵による残党狩りも順調に進んでいる様子……そろそろ民を解放してもよろしいのでは?」
「地下シェルターからですか?」
左様、とオリベは神妙な面持ちで頷いた。
「地下の避難施設はそれがしも視察させていただきました。長期間過ごしても息苦しさを感じない建築は誠に見事にございました……ですが、それでも地下の穴蔵には変わりありませぬ。あまり長居させたい場所ではありませんからな」
「ええ、気持ちはよくわかります」
地下シェルターは居住空間としても快適性も考慮されていた。
バッドデッドエンズとの戦争がどれほど長引くか見当も付かなかったため、数ヶ月単位で過ごしてもストレスを感じさせない工夫もされている。
それでも――地下の閉鎖空間に変わりはない。
オリベの心配は尤もであり、民衆を思い遣る為政者らしい思慮だ。
だが安易に許可は出せない。
「それは、もう数日……いえ、今日一日だけは待ってもらいます」
ツバサは申し訳なさを添えて理由を明かす。
「投降した終焉者――彼らへの裁きが終わらなければ安心できません」
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ハトホル太母国――ツバサたちの暮らす拠点。
その一角というか片隅というか、宮城のような敷地のはずれに見慣れない建築物が新築されていた。城塞のような重圧感を備えた堅牢さだ。
これが投降者を捕らえた牢獄である。
実のところ、これまで四神同盟に牢屋は存在しなかった。
捕虜として敵を連行してきたことがほとんどなく、他勢力と戦争になってもその場の勢いで撃破するスピーディーな展開ばかりだったので、捕まえた敵を拘束しておく場所というものが必要なかった。
エンテイ帝国との戦争では、隙を突かれて逃走されていた。
振り返っても捕虜の例は少なく、戦争前に接触してきた横道坊主のソワカや喧嘩屋の姉トワコを客間に軟禁するくらいに留まっていた。
そこで工作者たちに突貫作業で建ててもらった次第である。
個別の牢ではなく大部屋タイプの牢獄。
当初は「相部屋だと結託して悪さをするのでは?」と懸念したのだが、全員敗北を認めて大人しく、何人かは対戦相手の意気投合したり和解しているので、「その必要もなさそうだ」という判断になった。
なので鉄格子で囲われた多人数用の牢獄だ。
個別の監獄は「また機会があれば」と今回は見送りとなった。
独房にも似た封印術式を使える者もいるし……。
高位の神族や魔族を捕らえる牢獄は、建設基準も厳しいものだ。
投獄された罪人を識別して強烈な弱体化を強いる設計。建物自体も結界によって封鎖されており、放り込まれた者は易々と脱獄できない仕掛けが目白押し。
また、投獄した者には鎖の手枷足枷も嵌めてもらう。
この鎖にもLVを100はダウンさせる弱体化機能付きである。
投獄されたのは――。
№07 天災のフラグ――喧嘩屋アダマス。
№08 覇獣のフラグ――魔母ジンカイ。
№09 凄鬱のフラグ――哭き女サバエ。
№18 絶界のフラグ――元穂村組組長ホムラ。
№19 焦熱のフラグ――元穂村組若頭ゲンジロウ。
――以上5名の終焉者である。
牢屋には見張りの牢番、獄舎には獄卒が付き物だ。
鉄格子の檻で囲まれた牢の前には、監視する者たちの待機スペースが設けられており、そこに四神同盟でも選りすぐりの強者が番を務めていた。
現穂村組組長――バンダユウ・モモチ。
ロマンスグレーな色気を醸し出す伊達男の好々爺だ。
シックな着物姿で豪華絢爛な褞袍を羽織り、野太い煙管を燻らせる。
適当な椅子に腰掛けるバンダユウ。その背後には穂村組の精鋭も勢揃いしており、投獄された者たちを監視する獄卒として控えていた。
クール系男子の番頭レイジ、ホステス系美女の若頭補佐マリ。
童顔巨漢の空手家・爆肉のセイコ、ニヒルな二枚目剣客・爽剣のコジロウ、筋肉三兄弟の長兄骨法家・駆掌のダテマルとその双子の弟ドンとソン。
穂村組の精鋭三羽烏も牢番に就いていた。
バンダユウは倦み疲れたようにムスッとした表情で紫煙を吐いているが、レイジを筆頭にマリや三羽烏の顔には緊張で引き締まっている。
その緊張には気まずさが織り込まれ、誰の表情も渋味を増していた。
原因は鉄格子を挟んだ向こう側にいる2人にあった。
元穂村組組長――ホムラ・ヒノホムラ。
ホムラ・ミドガルズオルムと名前を変えてミロを強襲し、彼女を抹殺してツバサを我が物にするために四神同盟はおろか組をも裏切った張本人。
元穂村組若頭――ゲンジロウ・ドゥランテ。
ゲンジロウ・ムスペルヘルムと改名して暴走するホムラを諫めるどころか、その裏切りに加担して、世界廃滅の一助になろうとした大罪人。
かつて同じ釜の飯を食った家族である。
しかも組長と若頭という、ヤクザの組織ではトップとナンバー2に当たる地位の人物なのだ。その二人が揃って牢屋にぶち込まれている目の前の光景は、如何ともしがたい気持ちになるに違いない。
穂村組の誰もが口を開かず、コメントに困る様子だった。
ホムラとゲンジロウが牢獄に入ったのが昨晩。
それから見張りとしてこの場に待機しているが、レイジは元より誰もが一言も口を利こうとしなかった。お喋り大好きなマリでさえも黙りだ。
唯一、説教というお題目で怒鳴り続けたバンダユウを除いては――。
「……ったく、一晩中がならせやがって」
いつもより涸れた声を最後に出したバンダユウは煙管を思いっきり吸うと、当てつけのように噴煙のような煙草の煙を檻の中へと吹きつけた。
そこにいるのは正座したゲンジロウ。
いつも通りの着流し姿に戻っているが、チャームポイントだった短い髷はほどいて蓬髪にしている。それが囚人らしさを際立たせていた。
「面目次第もありません、叔父貴……」
煙を浴びたゲンジロウは正座のまま頭を下げる。
バンダユウは煙草臭い息を吐いて、眉を顰めながら目を閉じた。
「面目あったらそこにいないだろ? オレの説教に耳傾けてたらこんな鉄格子越しの再会なんざしなかっただろうが!? 本当におまえらと来たら、どれだけ口酸っぱく言い聞かせても馬の耳に念仏で……おいホムラ!」
兄貴の背中に逃げてんじゃねえ! とバンダユウは叱りつける。
「ご、ごめんなさい! 叔父貴ごめんなさい!」
ゲンジロウの広い背中に縮こまって隠れていたホムラは、バンダユウの剣幕に慌てて前に出ると、ゲンジロウの隣に並んで正座した。
着物に袴を着ているが、どちらも柄物ではない質素なもの。
愛用の派手な単衣も没収され、稚児みたいな風体だった。
昨日から「ごめんなさい」「もうしません」「申し訳ないです」「すいません」といった謝罪の言葉ラインナップ以外をホムラは口にできていない。
語彙力が足りないわけではない。
下手に言い返せば、バンダユウに「言い訳するな!」と叱られるからだ。
「……ま、やらかしちまったもんはどうしょもねえ」
罪は罪――消すも拭うも能わずが世の習い。
詩を諳んずるようにバンダユウは呟き、また煙管をくわえた。
「事ここに至り、さすがのオレも堪忍袋の緒が切れたし、言っても聞かねえおバカさんたちにゃ実力行使しかないと諦めが付いた……今日明日中にゃあツバサ君たちからお裁きがあるだろうから、そいつに従ってもらう」
そして――叔父貴からもとびきりの罰をくれてやる。
海千山千を潜り抜けた鋭い眼光を、愚かな息子たちへ叩きつけていた。
「それまで猛省してやがれ……バカタレどもが」
フン、と鼻を鳴らしてバンダユウはそっぽを向いた。
昨晩投獄とともに開始された叔父貴からの絶叫じみら大音声による説教は、ようやくここに終止符を打ち、ホムラはこっそり肩を落としていた。
ゲンジロウは不動、だが内省するように静かな呼吸を繰り返している。
「身内がやらかすと大変だぁねぇ」
「おいやめろセイメイ、その一言はわしにも効くんじゃから」
バンダユウのお説教という苦悩を間近で眺めていたセイメイがポツリと感想を呟けば、ドンカイは流れ弾を浴びたように苦い表情をした。
――剣豪セイメイと横綱ドンカイ。
黒衣の大剣豪と恐れられる風体をした最強の剣神と、大海をあしらった装束がよく似合う無敵の大横綱。ツバサの左右を固める両翼的存在。
ハトホル一家の主戦力である。
彼らもまた投獄した終焉者の監視を頼まれていた。
終焉者が暴れた場合を想定して、彼らを抑え込める実力を持つ戦士を集めたので、戦力が大盤振る舞いになっているのは否めない。
また、戦争後も休まず働かせていることに申し訳なさも募る。
もっとも当の本人たちは然して気にせず、待機スペースに将棋や軽食を持ち込むと、夜っぴて駒を差し合っていたようだ。二人とも着替えこそしたものの、黒い長羽織や波模様の浴衣などの戦闘服のままである。
ドンカイの場合――見張りを買って出るだけの事情もあった。
「しっかし、あれが元大関の神海……」
ドンカイ親方の弟弟子とはねぇ、とセイメイは半信半疑の目を向ける。
檻の中には一人の女性が端然と座っていた。
足下まで届きそうな緑色の髪をした――大柄な美女である。
正座してても体格の大きさは一目瞭然。身長は190㎝を超えるだろう。
それでも八頭身のバランスの良さと、はち切れんばかりの豊満なプロポーションのおかげで、グラマラスな美女と褒めることができた。
魔母と呼ばれたバッドデッドエンズ――ジンカイ・ティアマトゥ。
破壊神の呪縛から解放され、邪悪さから脱却したために地母神らしい姿へと変化を遂げたのが、この恵まれた体格の美女である。
以前は怪物じみた半身のため、ろくに衣服を身につけていなかった。
今はこちらで用意した無地の着物を着ている。寝間着のようなそれをまとっても、特大すぎる乳房やお尻の盛り上がりは隠しきれない。
将棋を指しながらもセイメイの視線はそちらに釘付けだ。
見咎めたドンカイはドスの利いた声で脅す。
「……手ぇ出したらおまえでも殺すぞ」
「出さねぇよ。おれが嫁一筋の愛妻家だって知ってんだろうが」
気心の知れた者同士の悪態である。
「おれとしても良い線は行ってるんだがな……」
セイメイはジンカイを女性的に好みだと打ち明ける。この酔いどれ剣豪、女性の好みが少々特殊なのでストライクゾーンが狭いのだ。
高身長(2m以上推奨)、豊満(爆乳細腰巨尻)、黒髪ロングヘア。
この3つが揃わないと駄目なのだ。
そういう意味ではジンカイは身長も190㎝前後。ロングヘアといえども風にさざめく樹海のような緑なので合致しないのだろう。
「それに……奴さんも野郎になんざ言い寄られたかねぇだろ」
「う、むぅ……それはまあ……」
セイメイの正論にドンカイは言葉を濁すも同意を示した。
正座で目を閉じて瞑想するように沈黙を貫いたジンカイも、ピクリと微動したかと思えば、頬にやや血の気が通ったように見える。
現実世界において、ドンカイは大相撲で横綱まで登り詰めた。
ジンカイはその弟弟子――つまり男性だ。
破壊神ロンドに勧誘されてバッドデッドエンズになった際、更なる力を求めたジンカイに与えられたのは、猛悪とされた大地母神の過大能力だった。
破壊神の力が消えても大地母神の力は残ってしまった。
その結果が、御覧の有り様な女体化である。
セイメイは瓢箪の酒を煽りながら同情の言葉を並べていく。
「ツバサちゃんみたいに不本意にメス化したタイプなんだろ? だったら男に色目使われたりナンパされるなんざ身の毛もよだつだろうよ」
「メス化っておい……もう少し言葉を選ばんか」
セイメイは将棋盤をパシンパシンと駒で打つ音を鳴らすも、会話は女性化したジンカイについて話題を、あれやこれや言及するばかりだった。
次第にジンカイへ変化が現れる。
頬の血の気は紅潮といえるほど真っ赤に染まり、口元は我慢するが如く噛み締められて波線となり、前を向いていた顔はどんどん俯いていった。
ついに頭から湯気が立ち上り、ジンカイは両手で顔を覆い隠した。
「ぬぉ!? どうしたんじゃジンカイ!?」
「いきなり熱出た? 女の子特有のあの日とか来ちゃった!?」
心配するドンカイとセイメイだが、後者はセクハラまがいだったので妹となった弟弟子を想う兄弟子の裏拳で強制的に黙らされた。
「ち、違うんです兄弟子……」
顔を覆う指の隙間から、消え入るようなジンカイの声がする。
「こうなって始めて……女になった自分と向き合い……改めて、女として見られることや女の身体になったことを自覚したら、その……」
恥ずかしくて堪らないんです……そうジンカイは打ち明けた。
ドンカイとセイメイは憮然とするも納得する。
「あー……これはツバサちゃんと同じ苦悩を抱えちゃいそうだねぇ」
「ジンカイ、おまえ……これから大変じゃぞきっと」
女体化したことを受け入れられずに四苦八苦してきたツバサという前例を見守ってきた剣豪と横綱は、ジンカイの前途多難な未来を案じた。
前述したが――この牢獄は大部屋仕立てだ。
牢の右端にゲンジロウとホムラ、監視する穂村組一同。
牢の中央にジンカイ、将棋を指しながら見張るドンカイとセイメイ。
そして、牢の左端にもう二人の終焉者がいた。
「ひっく、えっく……もういいの……もう、いい、生きててもしょうがない」
死んでしまいたい――彼女は涙とともに吐露した。
悲観に泣きじゃくる彼女を、真摯に慰める大きな影が寄り添う。
「そんなこと言うなってサバエ。オセロットに言われたんだろ、お姉ちゃんの好きに生きてほしいって……アイツの気持ちも酌んでやれよ」
「わかってる、弟の……悟郎の頼みだけど……だけど、もう私……」
そこから先は言葉にならない。
啜り泣き、噎び泣き、やがて滂沱の涙を流す号泣へと成長する。
№09 凄鬱のフラグ――サバエ・サバエナス。
彼女はともにバッドデッドエンズへと墜ちたオセロットという弟を、この戦争で亡くしている。弟のために世界の敵となった彼女にしてみれば、愛する弟ともに死ぬことを選んだのに先立たれたも同然だった。
心中を望んだのに――自分だけ生き残ってしまった。
その罪悪感で自らを責め立てているのだ。
そして、弟から贈られた遺言を受け止めきれないのだろう。
『僕は……お姉ちゃんに生きていてほしい』
『僕がいなければ……お姉ちゃんはもっと自由だった……たとえ一人になっても、もっと好きなように生きられたはずなのに……僕がいたから……お姉ちゃんは、僕に縛られて……何もしたいことができなかった……』
『もう自由になっていいんだよ――お姉ちゃん』
『ありがとう、早苗お姉ちゃん――愛してるよ』
そう言い残して早苗の弟、悟郎はこの世を去った。
多重次元を穿つ砲撃から姉を庇って――。
弟のために生きてきた姉にしてみれば、生きる意味を見失ったところに自由という未知の呪いを掛けられたに等しい。
愛する弟の言葉に従い、新しい人生を歩みたくもある義務感。
愛する弟の後を追い、辛い現実や酷い過去を忘れたい逃避感。
この2つの意志の間でサバエの気持ちは揺れ動いているのだが、これが天秤だとしたら傾きが大きいのは紛れもなく逃避感なのだろう。
投獄されてから泣き止まない現状が、彼女の本心を物語っている。
サバエは牢獄の隅――体育座りで蹲っていた。
ヴィクトリア王朝時代の淑女が身にまとうような喪服ドレスで痩せ細った身体を着飾り、以前は顔をヴェール付きの帽子で隠していた。
その帽子を失っており、線の細い顔をさらけ出している。
もう少し皮下脂肪があれば引く手数多の美人だが、病的に近いくらい痩せているのがマイナスポイントだ。これでも弟の悟郎がオセロットとして復活してからは食が戻り、多少は太ったらしいのだが……。
いつまでもメソメソとサバエは泣き止まない。
二つ名の“哭き女”に勝るとも劣らない嘆きようだ。
悲嘆に暮れる彼女に何もしてやれず、大きな影は無力感に苛まれていた。
№07 天災のフラグ――アダマス・テュポーン
喧嘩屋あるいは喧嘩番長の異名を取る、バッドデッドエンズでも五指に入る戦闘能力の持ち主だ。戦女神ミサキとの激戦を経て、死んだと思い込まされていた姉との再会を果たして改心した、最初の投降者である。
大砲と見紛うリーゼント、彫りの深い西洋風の雄々しい顔立ち。
2m50㎝を越える巨躯は既製品の枠に収まらず、ギリシア神話に登場する英雄が着るような衣装をまとうのが相応しい。
だがアダマスは着るものに無頓着だった。
誰からも咎められなければ、パンツ一丁で現れていたかも知れない。
見るに見かねてこのカッコイイ衣装をコーディネートしてくれたのは、他でもない隣で泣いてばかりのサバエである。
バッドデッドエンズでは同じ一番隊に属していた。
袖すり合うも多生の縁、アダマスとサバエは交流がある方だった。
サバエはずぼらな性格のアダマスになにくれなく世話を焼き、アダマスも彼女の弟を後輩のように可愛がった間柄である。
だからなのか、アダマスはサバエを親身になって慰めていた。
それを生暖かい眼で見守る牢番が二人。
――怪僧ソワカ・サテモソテモ。
バッドデッドエンズによって手塩に掛けた弟子たち、“八角峰天”という動画配信グループを皆殺しにされた過去を持つ、武芸百般のお坊さんだ。
四神同盟に接触してきた理由は弟子たちの復讐である。
組織力のあるバッドデッドエンズに対抗したい一心だったらしい。
墨染め衣に袈裟をまとう僧籍らしい長身の美丈夫。
しかし、僧侶にしては珍しく有髪で腰まで届きそうなほど長い黒髪をたらしている。こういうキャラが漫画のどこかにいそうな存在感があった。
いつも胡散臭い笑顔だが、根は実直な性格のはずだ。
しかし、今日はその笑みはいまひとつであり、浮かない顔をしている。
その理由は後ほど判明するだろう。
もう一人の牢番は――音楽家トワコ・アダマス。
アダマスの実姉である。
不思議な形をした弦楽器を胸に抱いた、幸薄い儚げな美しさの女性である。喧嘩屋なアダマスとは似ても似つかないが、付き合っていくと段々「血は争えないんだな」と姉弟の血縁関係を思い知ることになるという。
こう見えてアグレッシヴでパワフルなところがあるそうだ。
彼女はソワカと行動を共にしていた。
四神同盟に協力を求めてきた時も彼と一緒だった。
彼女の場合、暴走した弟を止めるというわかりやすい事情がある。
現実世界から弟を訪ねて何万里と旅をしてきて、途中でソワカと出会い助けられたものの、艱難辛苦を乗り越えてようやく念願を果たしたのだ。
その弟は牢の中だが、投降してくれたのでホッと胸を撫で下ろしていた。
そして今、持ち前の優しさで同僚を懸命に慰めている。
その光景にトワコは目元が涙で潤むほど感動しており、ここまでトワコの旅を支えてきたソワカも満足げに小さく頷いていた。
若い二人の会話に口を挟むのは不作法。
そんな風に考えているのか、僧侶と姉は黙して見守るばかりだった。
「なんで……なの?」
しゃくりあげるサバエは唐突に聞き返してきた。
「なんで……あなたは、こんな……私のこと……構ってくれるの?」
不意にアダマスの優しさに疑問を抱いたらしい。
バッドデッドエンズは、破壊神ロンドの元に集まった超常異能集団。
世界廃滅を目的とし、もしもそれが叶った暁には生き残ったバッドデッドエンズで殺し合い、すべてが無に還るまで破壊神にも挑む覚悟があった。
滅びに至る過程までは仲間同士で助け合うこともあろう。
だが、志半ばにして計画が頓挫した今となっては無意味な行為だ。
馴れ合うような関係ではない。
バッドデッドエンズの信条を思い出したのか、サバエはアダマスが寄せてくれる親切心に納得いかないらしい。泣き腫らした顔にそう書いてある。
「その服を選んだあげたりとか……言い間違えを直してあげたりとか……何かしら、世話を焼いてあげたから……? 恩返し、のつもりなのかしら?」
自嘲的な薄笑みでサバエはアダマスを見上げた。
喧嘩屋と恐れられた男は目を眇め、分厚い唇を真一文字に閉じる。
愛用のダイヤモンド製の櫛を取り出して、漢の誇りであるリーゼントを整えようとしたのだが、肝心の櫛を折ってしまったことを思い出す。
決まりが悪そうに、アダマスは人差し指で鼻の先を掻いた。
「そういうのもあるけどよ。おれとしちゃ……ッ!」
サバエに理由を明かそうとしたアダマスだが、一転して口を閉ざした。
迫り来る強大な気配に、闘争本能が警鐘を鳴らしたからだ。
牢獄内にいる終焉者たちは全身を強張らせ、それを見張る者たちも誰が近付いているのかを勘付くと、それぞれ居住まいを正していた。
監獄の門が開き、牢の前へとやってくる5人。
イシュタル女王国 代表――戦女神ミサキ・イシュタル。
紫の長い髪を靡かせた、少年の凜々しさを持つ美少女だ。美々しい肢体のラインがくっきり浮かび上がるボディースーツがよく似合う。
ククルカン森王国 代表――獣王神アハウ・ククルカン。
賢者の眼差しを持つ、理性と野性を兼ね備えた獣王。アメリカ部族の酋長を思わせる自然物で飾り立てた神秘的な衣装で飾り付けていた。
タイザン府君国 代表――冥府神クロウ・タイザンフクン。
皮も血も肉も失って尚、骨だけの身体で動く死神の王。タキシードめいたスーツを整然と身に帯びて、西洋紳士のように黒のマントを羽織る。
ルーグ・ルー輝神国 代表――拳銃神ジェイク・ルーグ・ルー。
男とも女とも捉えられる、中性的かつ両性的な美青年。ロングコートを始めとして、身に付けるものは寒色の白で統一した色男だ。
ハトホル太母国 代表――地母神ツバサ・ハトホル。
最後にツバサは入室する。
オカン系男子からオカン系女神に変わり果てた、長身なグラマラス美女の肢体を真紅のロングジャケットで装い、超安産型と不名誉なあだ名を付けたれた下半身には特別縫製の黒いパンツで守っている。
ツバサにとって――これが標準的な戦闘服だった。
ミサキたちも戦闘用コスチュームである。
最悪の場合、ここから戦争の二次会が起こる可能性も有り得るので、誰もが気を引き締めて臨戦態勢でこの場に踏み込んでいた。
四神同盟に属する、5つの国の王を務める内在異性具現化者。
状況が状況だけに甘い顔をすることはできず、誰もが張り詰めた表情を保とうとしており、威圧感を全開にすることで終焉者たちを居竦ませていた。
アダマスが固唾を飲み、ジンカイの頬に冷や汗が伝う。
ゲンジロウは動じないが身を硬くして、ホムラを背中に庇った。
死にたいと言い張るサバエのみ無反応だった。
――何者であれ屈服させる覇気
牢番をしていた者たちすら戦慄する空気の中、平然と歩く男が一人。
イシュタル女王国 軍師――レオナルド・ワイズマン。
鎧よりも頑丈そうな軍の将校服を着込んだ男は、唇を不遜に綻ばせながらツバサたちの前に出る。自分が五人の王の代弁者と知らしめるためにだ。
「終焉者諸君、ご機嫌いかがかな?」
開口一番、わざとらしく癇に障る口調でレオナルドは話し始めた。
この喋り方は反感を集めるための演技だ。
これから始まる軍事裁判に際して、「終焉者から非難されて蛇蝎の如く嫌われるのは自分一人でいい」というレオナルドの判断だ。
裁判がこじれた場合、終焉者は十中八九暴力に打って出る。
そこで他に累が及ばないための苦肉の策だ。
誰よりも悪人面のくせして、身内や仲間を守るために自らを犠牲に差し出そうとする精神性が、レオナルドのこと“小心者”と揶揄させる。
誰より冷徹であろうと努めるも、冷酷にはなりきれない。
それは人間としては美徳なのだが、軍師としては玉に瑕だった。
「まずは名乗っておこうか、私はレオナルド・ワイズマン」
イシュタル女王国に属する軍師だ、と軽い自己紹介から始めていく。
パン! とレオナルドは柏手を打って注目を集めた。
「さて、牢獄にいる時点で立場をわかっていると思うが、改めて私の口から説明させていただくとしよう……君たちは戦争を仕掛けてきた側の一員、戦争が終わってしまえば事情はどうあれ、戦争犯罪人として我らに捕縛された虜囚だ」
これより――軍事裁判を始める。
「誰もが望んでいない戦争を仕掛けてきた、君たちの罪を裁くための裁判だ……とは言うものの、そんなに堅苦しいものじゃない」
開廷宣言から一転、レオナルドは軽い調子で続けた。
「これから君たちと私たちが交わすのは、単なる口約束だ。しかし……真なる世界において約束がどれほど重要なものかは君たちも御存知の通りだよ」
神族や魔族は交わした約束を破れない。
レオナルドの意味深長な台詞は、この事実を暗に仄めかしていた。
「裁判ならば君たちに言い渡す判決はもう既に決まっている。心構えを整えてもらうためにも、今のうちに概要くらいは伝えておこうか」
軍師は革手袋をつけた指を三本立てる。
「君たちには大別して3つの誓約をしてもらうことになる」
ひとつ、真なる世界を根幹から滅ぼすような破壊行為の禁止。
ふたつ、この世界に生きる多種族や生命への殺戮行為の禁止。
「みっつ、世界廃滅を企てた大罪への贖罪……命懸けの奉仕活動」
真なる世界を滅ぼそうとした罰として、真なる世界を脅かす次元からの侵略者と戦ってもらう。壊そうとした世界を守る役目を背負わせるのだ。
ある意味、皮肉の効いた贖罪である。
「これより君たちには――四神同盟の尖兵として働いてもらう」
彼らを蕃神の侵攻を食い止める最前線へと送り出す。
LV999の猛者だとしても、命の保証はない。もしも引き受ければ過酷を極めること請け合いだ。成し遂げて生還できるかどうかも疑わしい。
しかし、レオナルドは容赦がない。
「反論があれば聞こう。遠慮なく意見してほしい」
態度こそ寛大さを見せるレオナルドだが、その懐から四枚の石版を見せると場の空気が冷たくなり、終焉者たちの顔色から血の気が引いて青ざめる。
あの石版は――超強力な封印結界だ。
閉じ込められたら最後、二度と娑婆の空気を吸うことはできない。
それほどの悪寒にまみれた予感をさせる呪物だった。
しかも石版に描かれた人物は、バッドデッドエンズで何度か見掛けたことのある元仲間の姿を写しているとなれば、察しが付いてしまうのも仕方ない。
分析などの技能を使えば、大体の見当はつくだろう。
監獄式――辺獄封棺石版。
レオナルド考案の特殊封印術式だ。
対象をトレーディングカードサイズの石版に封印。その内部は結界空間となっており、地獄が楽園に感じる責め苦が絶え間なく強いられる。
同時に外部の石版には封印された者に関する情報が浮かび上がり、その者が口を割らない秘密まで吸い出すことも可能。また、封印された者の過大能力を簡易的ながらマジックアイテムのように使うこともできる。
反意を示すならば、この封印を施すつもりだ。
レオナルドは脅迫めいた言葉を添えた。
「ただし――その時は絶望の監獄へ封じられると心得たまえ」
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