449 / 532
第18章 終わる世界と始まる想世
第449話:神を超えて魔を凌ぐ次世代のために
しおりを挟む「満を持しての登場みたいだが……誠に申し訳ない」
ツバサはすまなさも露わに眉尻を下げると、両手を前に合わせて超爆乳をする気もないのに強調させながら、M4と名乗る人物へ頭を下げた。
「重要なことを教えてくれるなら簡潔にお願いできませんか?」
「ええっ!? 丁寧な謝罪からの時短要請!?」
M4は素直にショックを受けていた。
この機会を待ち侘びた様子も窺えるので尚更だ。
「いや、本当に悪いと思いますが……こっちも切羽詰まってるんです!」
ツバサは合掌すると拝み倒すように頼んだ。
ここが異相なのは肌感覚でわかる。
ツバサが四神同盟の仲間を鍛えてきた“精神○時○部屋”みたいに、真なる世界の通常空間と時間の流れが異なっているのも理解できる。
だとしても――時間が惜しい。
「一時間休憩しても平気というあなたの言葉を疑うわけじゃないが……俺はロンドと死合の真っ最中なんだ! 一刻も早く決着をつけたいと気が急いてる! テンションも絶好調……このコンディションを崩したくない!」
頼む! とツバサは懇願した。
ゲームマスター №01 自称“M4”
教養に優れた人当たりの良い知的な好人物なのは雰囲気でわかる。
敬意を払える年長者なので礼儀正しく接していた。
恐らくは何らかの契機があって、彼のいる異相へと招かれたのだろう。
重要なのはわかるが、今はツバサも焦っている。
№01の重要性も知っているが、どうしても先を急ぎたかった。
大規模仮想現実遊戯空間――アルマゲドン。
その仮想世界を管理するGMは全部で64人存在した。
軍師レオナルド、銃神の付き添いマルミさん、クロコを始めとした爆乳特戦隊、アハウさんに嫁いだマヤムさん、穂村組の金庫番ゼニヤ、執事ダオンを筆頭にキョウコウの臣下となった者たち、姉のために暴走したゼガイ……。
蕃神に寝返りし背信者――ナイ・アール。
面識のある者から名前だけ登場した者までGMも様々だった。
彼らを統括する者こそ――№00。
64名には数えられないグランド・ゲームマスターである。
№00がVRMMORPGの運営トップとして最も権威があったことからわかるように、№の数が若い者ほどGMとして格上で強い発言力を持つ。
№01ともなれば№00に次ぐ数字だ。
組織内でどれほどの権限を持っていたかが想像できる
真なる世界への異世界転移システムであるとともに、プレイヤーを神族や魔族へと種族的にレベルアップさせるためのトレーニングツール。
VRMMORPGにも根深いところで関わっているはずだ。
一方ならぬ人物だと対峙することに緊張してしまう。
しかし、当の本人はといえば――。
「えぇ~? お兄さんショックだよ~。一番最初にここを訪ねてくれるのはツバサ君だと信じてたから、歓迎しようといっぱい用意して待ってたのに~」
心の底から残念がる声でM4は肩を落とした。
それから脇に控えさせていた歓迎アイテム一式を披露する。
転がるキッチンワゴンは豪華さで満載だった。
「ほらほら、誕生日や結婚式にも引けを取らない特製ケーキとかご馳走とか、お酒もフルーティなのがお好みと聞いたから果実酒を各種盛り沢山……あ、戦闘中かも知れないからと、お茶もフルーツフレーバーを用意しておいたんだよ?」
「――至れり尽くせりか!?」
芸人並みにキレのあるツッコミを入れてしまった。
「なんで俺の酒の好みを……ってそうか、異相から覗いてたな?」
蛙の王様こと水星国家の国王、ヌン・ヘケト陛下。
彼のように出歯亀をしていたに違いない。
あの人はツバサの活躍に惚れ込んでくれたのもあるが、女神化したツバサがかつて世話になったハトホル様に瓜二つだから入れ込んでいる面もあった。
M4の接待振りから、ヌン陛下に似た空気を感じるのだ。
……なんとなく嫌な予感がする。
「そりゃそうさ。私はツバサ君の大ファンだもの」
両手を目いっぱい広げたM4は、親愛の笑みで満面を飾った。一方でツバサは軽い目眩に襲われてしまい、片手で押さえた頭を項垂れさせる。
「……ヤバい、ハーレム(親父)の実現が迫っている」
ハーレム(娘&息子)なら許容できる、娘なら大歓迎だ。
しかし、筋肉モリモリ鎧親父とか、へうげもの大名とか、極道トリック親父とか、蛙の王様おじいちゃんとか、破壊神な極悪ダメ親父とか……そんなオヤジどもから愛情を捧げられて群がられるのは御免蒙る。
おじいちゃん子なツバサだが、オヤジ成分の過剰摂取は遠慮願いたい。
まあ、M4はその中でも若いのだが。
外見年齢は恐らく三十代前後、まだお兄さんで通じる容姿だ。
眉間を寄せて残念そうなため息を長く漏らすと少し老けたようにも見えるが、小さな囁き声で「仕方ないかぁ……」と諦めるように呟いた。
「状況が状況だ、歓迎会はまた今度の延期にしよう」
「どうあっても歓迎会をするつもりかい」
いらんがな、とツバサが拒否してもM4は聞き入れない。
「まあまあ、積もる話はまた今度ゆっくりとしよう。一度でも此処へ来れるようになった君なら、気分次第でいつでも来られるはずだからね」
気軽に遊びに来てよ、とM4は大らかに言った。
「ではご希望通り――本題に入ろう」
歓迎会セットを道具箱に仕舞ったM4はこちらへ向き直る。
「先に述べた通り、君たち地球からやってきた全プレイヤーにステータスやレベルといった枠組みを強いたのは他でもない、私の仕事なんだよ」
正確には――私たちの仕事だね。
複数形に言い直したところでツバサは質問を挟む。
「№03のマリアさん……という女性も含まれているのでは?」
「うん、レオナルド君から聞いているね。なら言ってしまってもいいか、彼女も私たちチームの一員だ。私を含めて6人のGMが携わっている」
最も偉い№00も含めてね、とM4は一言添えた。
――状態確認の枠と強さの位階。
これをプレイヤーに課せる業務に関わっているらしい。
それを説明する前にお復習いから入る。
「№07を務めたレオナルド君と親友である君ならば、彼からの話を聞いて多分に洞察力を働かせてきたことだろう……VRMMORPGの役割を概ね把握しているのではないかな? 簡単にまとめてみてほしい」
「異世界転移装置と人類を進化成長させる訓練施設、それらを兼任する」
正解だ、とM4は満足そうに頷いた。
生徒の想像力を刺激する先生のような言い回しだった。
「大規模な空間転移システムは言わずもがな。人類の内なるアストラル体を引きずり出して、真なる世界の一部を囲うことで生成した訓練場へ誘導し、そこで地球より高濃度の“気”になれたサバイバル生活を行うことで、より真なる世界に適した種族へと変異させつつ、いずれは神族や魔族まで進化してもらう……」
「こうして聞くと先祖返りさせてるみたいだな」
言い得て妙だね、とM4は肯定的に捉えてくれた。
「当たらずも遠からずだ。しかし、私たちの思惑とはかけ離れるけど」
M4たちの思惑? とツバサはオウム返しに聞き返す。
「人間の魂魄……我々がアストラル体と呼ぶそれは、かつて神族や魔族が地球という実験場へ撒いた自らの因子が、幾星霜を経て開花したものだ」
しかし、地球で暮らすには地球に適した肉体がいる。
アストラル体に受肉する必要があった。
結果、この血肉が重すぎてアストラル体の育成を妨げていた。
「VRMMORPGではアストラル体に地球での肉体を脱がせて、真なる世界の強い“気”に慣れさせることも目的のひとつだった。そうすれば、アストラル体に眠っていた因子が自ずと目覚めると考えてね」
「それで先祖返りを当たらずとも遠からず、か……」
「しかし、我々が目指したのはその先だ」
神魔の因子から――それを超越する種族を誕生させる。
「別次元からの侵略者なんてふざけた連中からの侵略行為にも物怖じしない、我々よりも優れた次代を生み出す……それが私たちの目指すところさ」
M4は毅然とした態度で決意ある言葉を告げた。
そこには敢然とした覚悟が読み取れる。
ただ単純に戦力として人間を真なる世界へ招聘したわけではない。
人類の中から蕃神に打ち勝てる力を備えた新種族が現れることを、期待を寄せながらも想定し、待ち望むばかりではなく手を貸してきたのだ。
「誠に悔しいが、私たちの能力はもう頭打ちなんだよ」
懺悔するようにM4は告白する。
「灰色の御子として生を受け、旧来の神族や魔族を上回る素養を持っていた自負はあるんだが、それでも限界はやってきた……」
自分たちの代では蕃神に立ち向かうのが精一杯だったらしい。
「だが、子の世代なら? 孫の世代なら? 更に子孫の世代ならばどうか? 我々の因子は更なる成長が見込めると考えたのさ」
そこで№00はM4たちを招集し、特命チームを結成。
神魔の因子を受け継ぐ人類の成長に取り組む。
真なる世界の未来のため――すべてを子孫の成長に懸ける。
M4の振る舞いからそんな情熱を酌み取れた。
「私たちの業務はその一環でもある。そして、それが実を結びつつあることを、私はこうして目の当たりにすることで確信した」
真摯な熱意を込めた眼差しでツバサを見つめていた。
発言の意味も相俟って、彼の言いたいことを読み取らずにはいられない。
ツバサたちが――そうなる未来を夢見ているのだ。
既に夢想の段階を通り過ぎて、実現間近まで迫っている実感をM4は抱いているようだ。あの盛大な歓迎会はその喜びの表れなのだろう。
「……と言うわけで、ちょっとでいいからお祝いさせてくれない?」
熱い信念の表情から一転、気のいいお兄さんは媚びる顔で訴えてきた。
ツバサは片手で合掌する。
「すいませんが話を先に進めてください」
「うぅ~ん! ツバサ君の禁欲的イケズぅ! ま、しょうがないか」
ロンドさんがあれだもんね~、とM4も納得した。
当然、大戦争の一件は御存知のようだ。
「破壊神といえば……あの極悪親父も一応あなたたちの同僚なんだろう? その、なんだ……こんなになるまで放置してていいのか?」
ちょっとしたクレーム気分だ。
真なる世界が滅べば、蕃神に対抗できる次世代の誕生どころではない。
職務怠慢の一種では? と言外に追求してみる。
これにはM4も気まずそうだった。
「ご指摘はごもっともだし、私もどうにかしたいんだけど……大ボスであらせられる№00から『我らは不干渉に徹する』と鶴の一声が出てるんだ」
世界の破壊は――ロンドの権能にして神能。
「その使命を妨げることは宜しくない……ってニュアンスだったね」
「宇宙卵から生まれたことと関係あるのか……?」
「まあ、私なりに最低限の弱体化は掛けさせてもらったけど」
「破壊神に弱体化? それは一体……」
ツバサが尋ねようとするのをM4は「それは言わぬが花子ちゃんさ」とよく通る声ではぐらかすと、話の筋を本題へ戻した。
「さて、VRMMORPGは異世界転移装置としての役割も大きいが、君たち人類を強くするためのトレーニングツールの役目もあったわけだが……ツバサ君、君みたいな現実主義者は思うところがあったんじゃないかい?」
「ああ、チートが過ぎるなとは思った」
即答するM4は「うんうん」と賛意を示す頷きを繰り返した。
彼の反応を踏まえた上でツバサは持論を語り出す。
サービスのつもりはないが胸の重さが気になってきたので、特大級のバストの下で支えるよう腕を組み、超爆乳を持ち上げた姿勢となる。
「確かにVRMMORPGは数あるVRゲームでも屈指の……いや、史上最悪との悪評で叩かれる難易度を誇った。あんな常人ならすぐコントローラーを投げ出すような常時ウルトラハードモードのクソゲーをやり抜いたんだから、異世界転移でもそれなりの強さを得られて当然……なんて意見をよく聞くけどな」
ツバサに言わせてもらえば――甘すぎる。
VRMMORPG発売から真なる世界への転移まで約一年。
「たった一年で神や悪魔になれるわけがないだろ」
ある賢者は言った――学問に王道なし。
10の技術を会得したければ、1から順に覚えていくしかない。ズルをして10を学んだところで、1から9が抜けているので物にならない。
この原理をツバサはインチキ仙人に叩き込まれていた。
「365日寝食を忘れてがむしゃらに努力しても、人間が神話に登場するような神や魔王といった上位者になれるわけがない」
道理だね、とM4は同意する。
しかし逆説を唱えるように研究者風の男は言う。
「それを可能としたのがVRMMORPGというツールだ」
これをツバサは「甘すぎる」と言わせてもらった。
そのうえで意見を返していく。
「力を手に入れる方法ならいくらでもある」
武器でも魔法でも能力でエネルギーでも、とにかく何でもいい。
力を秘めた物を入手すればいいのだ。
あるいは、誰かから授けられたりすることもあるだろう。
「チート能力をもらって異世界で無双する……なんて漫画やアニメや娯楽小説ではよくある題材だが、世の中そんなご都合主義で回るとは思わない」
力を得るのは容易いが――強さを得るのは難しい。
「強さは積み上げるもの、そして培うものだ」
強さは力と異なり、おいそれと手に入れられるものではない。
自らを鍛えることで得られるものだ。
技術、体力、精神力、スタミナ、技量、根性、気力、胆力……。
こういった単語に置き換えてもいい。
「銃や剣も力ある道具だが、それを扱うには強さがいる。未熟な強さでは力を満足に扱えず、大きすぎる力に振り回されて遠からず自滅する……あるいは、器に余る力はそいつ自身を壊してしまいかねない」
力はともかく、強さを手に入れるのは容易ではない。
ひたすら積み上げなければならないからだ。
「俺の観点からすれば懐疑的にならざる得ないんだよ」
両の掌を見せたツバサは、お手上げにも似たポーズで説いていく。
――真なる世界へ転移直後のこと。
VRMMORPGで習得した魔法や武術に技術といった、様々な技能が使えたことに違和感を覚えて仕方なかったのだ。
「技能とは自ら経験することで身に付けるもの、力ではなく強さの一種だ。それを高が一年ちょっとVRゲームで遊んでいただけで自分のものにできるなんて……あまりにも都合が良すぎる。チート乙、と鼻では笑うしかないな」
自力で覚えたものではない――ゲーム内での技能。
それが自らの強さとなっていることに不自然さを覚えた。
「後にVRMMORPGのアバターは、自身のアストラル体だからと多少は納得させられたが……やっぱり、違和感を覚えてしょうがなかったよ」
「うんうん、君はそう考える性質だよね」
さすがケンエンさんのお弟子さん、とM4は妙な褒め方をした。
ケンエンとはツバサの師匠の本名らしいので聞き捨てならない台詞なのだが、話を脱線させたくないのでスルーしておいた。
どうせインチキ仙人のことだ――忘れた頃にヒョコッと顔を出す。
「では君の見解を訊かせてくれ」
M4は自らの胸に手を当てて質問を投げ掛けてくる。
「そんなツバサ君は、私たちの仕事がどのようなものだと思う?」
「VRMMORPGのトレーニングシステムへ常駐し、全プレイヤーの成長をバックアップ。潜在能力を開花させるよう促し、ただの霊長類が神族や魔族と恐れられるほどの上位種族にレベルアップするまで支援する……」
いつの日か――神魔を超える次世代となるまで。
「……陰となり日向となって、俺たちをサポートをしてくれたのでは?」
カラクリこそ不明だが、そう考えれば異様すぎる成長速度にも整合性が取れた。超優秀なトレーナーに育成されたとでも考えればいい。
すると、たった一人から万雷の拍手が送られた。
空ではけたたましいファンファーレが奏でられる。
「大正解だ! まったく君には驚かされてしまうよ! さすが誰よりもいち早く、私の元を真っ先に訪ねてくれただけはある!」
M4は歓喜の雄叫びで賞賛してきた。
ド派手な身振り手振りも交えての興奮っぷりだ。
「そうなんだよ、君以外のプレイヤーは誰も疑問に思わなかったんだ」
愉快痛快と言わんばかりにM4は腹を抱えて笑う。
「ツバサ君の言う通りさ、考えてもみてごらんって話だよ。ついこの間まで人間だった者が、いくら濃密な“気”で満たされた真なる世界で特訓したところで、一年ちょっとで神様や魔王になれるわけないよねぇ」
「地球の常識からすれば『ば~~~かじゃねえの!?』案件だよな」
フィクションでもそこまでのご都合主義は滅多にない。
いや、ツバサが知らないだけで結構あるのか?
貴種流離譚よろしく「実は主人公がとんでもない血筋の末裔なのでトンデモパワーに覚醒できました」の方が物語として余程マシだと思う。
激しく同意、とM4は笑いながら相槌を打った。
「真なる世界でも『アホちゃうか!?』案件だよ。多種族が亜神族や準魔族クラスの強さとなるにも、最低百年単位の修行が必要なんだからね」
現地生まれ神族(?)からの発言だ。説得力が違う。
だとすると――不思議な案件でもある。
「じゃあ……どうやって俺たちは高位の神族になったんだ?」
VRMMORPGはレオナルドの主導によって、フミカとアキの情報処理姉妹が解析を進めており、大方のシステム構造は白日の下に晒されていた。
確かにトレーニングツールとしての側面がある。
ただし、本命はアストラル体となった人類を真なる世界へ転送する機能に主眼を置いており、訓練などは精々サポートがいいところだという。
多少の強化は働くようだが、盛大なパワーアップには程遠い。
『てっきり魂の経験値の獲得率をこっそり爆増させてたり、知らず知らずにパラメーターへ強化ってるかと思いきや……期待ハズレも甚だしいッスね』
『あくまでもステータス管理やレベルアップの審査がメインで、プレイヤーを強くするような効果はほんのちょっとしかないッスね』
アキとフミカはそんな感想を述べていた。
レオナルドから事前情報として「トレーニングの成果を効率的に上げるシステムのはず」と聞かされていたので、少々買い被ってしまったらしい。
VRMMORPGはあくまでも補助レベル。
プレイヤーの成長速度を爆上げしていたのはM4たちの仕事だとして、その内容が不透明だ。そこの詳細を是非とも知りたい。
「ハッハッハッ、レオナルド君もそこを鵜呑みにしていたか」
聡明な彼から一本取ったことをM4は喜んでいた。
「まんまと私たちの術中にハマってくれたようなものだよ。№00率いる私たちのチーム以外には、この実情をまったく伝えなかったからね。しかし、アキちゃんがそこまで調べたか……情報関係だけは随一だねホント」
アキの手腕を褒めたM4は、人差し指で自身の頭を差し示した。
「そもそもの話、楽して強くなる術があるかね?」
あるわけがない――即答する前にM4は続ける。
「さっき君も言った通り、強さを得るには一から始めて十に到達するしかない。十から百へ辿り着くには、十一から九十九までを数えていく必要がある」
「それを省略することは許されない……なら、どうする?」
「それを可能としたのが私たちの仕事さ」
M4が指を鳴らすと、無数のスクリーンがこちらへ飛んできた。
スクリーンには今現在、何らかの技能を習得中のプレイヤーや、魂の経験値を高めているプレイヤーの情報がリアルタイムで送受信されていた。
ツバサが目を通すのを認めてからM4は続ける。
「ちょっとズルっぽいけど、私たちのやってたのは以下の通りだ」
技能習得や魂の経験値を獲得するためにプレイヤーがやる気、あるいは向上心などの欲求を催すと、M4たちのシステムは感知する。
独自の特殊魔法により、そのプレイヤーから分身を抽出。
プレイヤーの分身はM4のいるこの異相のように、真なる世界とは時間的に隔絶した亜空間へ飛ばされ、そこで目的が達成するまで修練に励む。
分身はその者のやる気を抜き出した、謂わば意欲の化身。
不言実行で黙々と目標達成のため訓練を繰り返す。
やがて魂の経験値を得――技能を体得する。
種族的なレベルアップも同様だ。
分身はプレイヤー本体へ戻され、その経験が当人へと還元されていく。
「これが、私たちの仕事のあらましだ」
神族や魔族へと成り上がるのにも、この強化方法は採用されたようだ。亜空間でどれだけ長い年月を修練に明け暮れたのだろうか?
M4は解説の締めに取り掛かる。
「私たちの作業は多岐に渡るので、細かく説明すると400字詰め原稿用紙が1万枚あっても報告書にまとめられる自信がなくてね。アバウトに説明すると大体こんな感じなんだよ。うん、概ね間違ってないはずだよ多分」
「いや、語尾に曖昧な単語を並べないでくれ、なんか不安になる」
そこはキッパリ「こうだ!」と断言してほしい。
しかし、おかげさまでたった一年で神様になれた謎が解けた。
スクリーンの情報はM4の説明を裏付けている。
「つまり、強くなろうとする度に俺たちのやる気は“精神○時○部屋”に飛ばされてたってわけか……亜空間の時間差を利用したイカサマみたいだな」
ツバサたちも似た異相を見つけてお世話になってきた。インチキみたいに評したものの、同じ手法でLV999まで鍛えたのだから言えた義理ではない。
やはり、難点になるのはいつも時間。
――圧倒的に時間が足りなかった。
そこで空間ごとに流れる時間差を利用し、1時間の鍛錬を100時間にも1000時間にも増やしてきたらしい。これで足りない時間をカバーしたわけだ。
恐らく、他にも多種多様なフォローをしているに違いない。
たくさんの時間を費やしても解決しないことはいくらでもある。
強さの高みを目指す過程など最たる例だ。そこを目指す者たちの背中を一歩でも先へ進めるように地下添えをしていたのだろうと推測できた。
多少強引だが解決したのだから、M4たちの功績は大したものだ。
「イカサマは酷いなぁ。叡智の粋と言っておくれよ」
M4は気を悪くせずニヤニヤ笑っていた。
頭を差していた人差し指を立ててクルクルと回す。
「私的にはあれを思い出すけどね。ほら、なんだっけあれ? ボタンを押すと何もない空間に飛ばされて、そこで五億年過ごすんだけど、五億年経ったらすべてを忘れて何事もなかったように戻ってくるってやつ」
「ああ、五○年ボタンだったかな」
元ネタは短編のブラックユーモアな漫画だったはずだ。
確かに「亜空間での時間が記憶に残らない」という点は似通っている。あの物語ではそこがミソなのだが、M4たちの場合はちょっと残念な仕様だった。
ツバサたちプレイヤーは強力な支援を受けてきた。
「あなたたちの仕事振りは確かなものだと認める。こうして明かされた今、今日まで恩恵を受けたことには改めて感謝したい……」
ありがとうございます、とツバサは誠意を示して一礼を贈る。
M4は何も言わず嬉しそうに微笑むばかりだ。
顔を上げたツバサも微笑を浮かべるが、どことなく寂しげだった。
「だけど、努力の過程を実感できないのはちょっとな……」
努力の成果のみ還元し、努力した時間は覚えていない。
辛く苦しい記憶はストレスになるかも知れないが、それを耐え抜いた経験は価値ある得がたいものだ。ツバサはそこを重視してほしかった。
予想通りなのか、M4は面目なさそうだ。
「やっぱり努力家で修行ジャンキーなツバサ君みたいなタイプは、そういう風に思っちゃうよねぇ……でも度が過ぎない? 大丈夫、Mって心配されない?」
「だれが虐められて感じるマゾですか!?」
閨でミロから言葉責めを受ける夜を思い出して赤面した。
ツバサに怒鳴られたM4は「ごめんごめん」と両手で制してくる。
「いやさ、私たちもそこはあれこれ苦慮してみたんだよ? でも、分身が精進した経過を一分も漏らさずに本体へ戻すと、人によってはストレスで成長が鈍化してしまうものでね……必要最低限の記憶のみ想起できるようにしたんだ」
「必要な記憶のみ……あ、もしかしてカットイン?」
ツバサには思い当たる節があった。
VRMMORPGを始めた当初、倒したモンスターを解体して肉や皮を得る作業をしていた時、視界に妙なカットインがいくつも走ったのだ。
(※第5話参照)
それらは生物を腑分けする行程を克明に映し出していた。
記憶の想起とはこれに当たるらしい。
「あのカットイン、分身が異相で経験した記憶の再現だったのか」
「そんなところだね。ほら、人間でも“ゾーン”だっけか? 集中力が限界突破して一瞬が永遠みたいに感じたり、死ぬ間際にこれまでの人生をいっぺんに思い出すなんて体験談を聞いたことがあるでしょ? あれと似たようなものだよ」
そういった変性意識状態も利用している発言だった。
(※変性意識状態=本来の意識があるべき状態とは違う、普通ではなく異常に感じる覚醒状態になってしまうこと。スポーツにおけるゾーンを始め、悟りで至る無の境地、宇宙との一体感、全知全能感など、様々な状態があるらしい)
M4は蛇足みたいに話を付け足す。
「№00の大ボスはプレイヤーの潜在能力をこれでもかー! ってくらい底上げしているし、№03のマリアさんは上昇した成長スピードに無自覚の疲労が溜まりがちなみんなの心身をケアをしてくれてたり……」
彼らの担当する分野に触れていた。
「そして、M4は俺たちのステータスやレベルの管理を受け持つと?」
ツバサ指摘にM4は「うむ」と小さく唸る。
軽い咳払いにも聞こえたが、そこから話の流れを方向転換させた。
「数字はいいよね。わかりやすい」
いきなり数学の話? とツバサは小首を傾げる。
「感覚的にしか判断できないものでも、数字にすればあら不思議。視覚化されることで誰にでもわかりやすく理解することができる」
1よりも10が多いのは当たり前。
数が多ければ多いほど豊富にあるから、そこの頼もしい力強さを感じることができる。反面、物によっては数が多いだけ困るものもある。そういう場合は減らせば減らすほど快感に通ずる喜びを覚えられるだろう。
「特に数多くのコンピューターゲームに触れてきたであろう、地球でも日本人で君たちのようなゲーマーは、数の素晴らしさを知っているはずだ」
残り経験値100を貯めればレベルが上がる。
「これがわかるとわからないでは、モチベーションに雲泥の差がある」
パラメーターが数値化されれば自身の長所短所がわかる。
「キャラの育成方針を判断する材料として、これ以上のものはない」
技能を習得すればスキルツリーが埋まる。
「これは数ではなく状態確認の枠だよね……まあ、大差ないけど」
それこそステータスやレベルの具現化に他ならない。
詰まるところ――こういうことだ。
「M4……あなたが俺たちに強いたのは強さの可視化か?」
「その通り。強さの段階をレベル制にして、自身の能力を数値化。わかりやすい枠を君たちに当て嵌めたってところさ。一応、加護として分類される」
あらゆる向上心へ追い風となるアシスト系の加護だという。
加護でありながら常時発動型な強化でもあるらしい。
「自画自賛だけど、君たちもレベルアップが捗ったんじゃないかい?」
「VRMMORPGの難易度は常軌を逸してたけどな」
悪戯な笑みを浮かべたツバサはちょっと厭味っぽく言った。
これにM4も皮肉で返してくる。
「おやおや、そこはそれだよ。リアルに必要な行程を大幅に時間短縮&作業を簡略化してるんだ。それくらいの辛酸は舐めてもらわないとね」
激しく同意、と努力家なツバサは頷かされる。
「なんにせよ――君たちは強くなった」
それは与えられた力ではなく、自らの積み重ねた強さだ。
「亜空間との時間差を始め、私たちのチームが誰にも知られず、然れどダイナミックにサポートしてきた裏はあれども、血と汗が滲むまで努力したのは君たち自身の意志だと……私はここに主張させてもらいたい」
よく頑張ったね――M4は生徒の健闘を讃える教師のようだった。
簡素な一言なのに、ツバサの涙腺は潤んでいた。
誰かに褒められたくて鍛えてきたわけではないが、畏敬の念を払うべき能力を持つ人物に褒められるのは悪い気分ではない。
「だがしかし、君は私たちの加護を鬱陶しく感じていたはずだ」
ツバサは図星を突かれてギクリとする。
この異相へ招かれる前、ステータスやレベルを束縛のように憎み、ただ数が増えるだけの魂の経験値に嫌気が差していた。
M4たちの加護と知らず悪態ばかりついていた
もしや思考回路まで読まれていたのでは!? あるいはロンドを殴り飛ばしながら「ステータスやレベルで俺を計るな!」的な暴言も聞かれてた!?
ハラハラするツバサの心中をM4は見透かしてくる。
「大丈夫、君がステータスやレベルに苛立ちを覚えるようになったのは百も承知だよ。むしろ、そうした悪感情を持つことを私たちは待っていたんだ」
話している最中――ずっとM4は動いていた。
激しくではないが、ツバサを中心として周囲を回るようにゆっくり歩いたり、話の最中に身振りを手振りをくわえて説明してくれていた。場合によっては轆轤を回すような手付きをしたりと、やや忙しなく感じるほどだ。
新作ガジェットの発表会でCEOがするプレゼン。
そんなイメージに近い。もしくは元気いっぱいな教授の講義である。
発する言葉もフレンドリィさに満ちていた。
そうした人情味あふれる態度から一転、神に仕える神官のように厳かな表情に塗り替えると、口調まで真剣味の鋭さが増した。
「私たちの施したものは加護であり――呪縛だ」
M4は表裏一体の真実を解き明かす。
「君たちのアストラル体が未熟であるならば、ステータスやレベルという態を借りた加護として働くだろう。しかし、それはあくまでも私たちが掛けた魔法の術式に過ぎず、いずれは君たちを縛りつける拘束の呪詛となる」
――M4を始めとした6人の灰色の御子。
彼らが考案した人類の成長を大いに促す強化魔法は、肉の器から解放された未成熟なアストラル体には加護と成り得るだろう。
しかし、成長を続ければ加護は疎ましくなる。
「この加護は私たちが編み出したもの……私たちより強き者には加護たり得ず、むしろLV999という枠に抑えようとする拘束にしかならない」
即ち、M4たちを超えた強者には足枷となる。
強さを推進する加護は転じて、高みを目指す者への呪縛となるのだ。
M4とツバサを取り巻いていた無数のスクリーン。
その1枚1枚が目映い輝きを発すると、草原の広がる異相が瞬く間に光へと包まれていく。ツバサの意識もこの場から遠のこうとしていた。
この異相から離れる時間が来たらしい。
「可視化された強さへの疑い、それを強いた者への不満、すべての魂の経験値を使い果たし、我らの強さを超えんと産声を上げる……」
光の向こう側でM4は嬉しそうに笑った。
「此処に揺り籠は壊れた……ツバサ・ハトホル、君はもう自由だ」
元いた場所に戻れ、あるいは先に行け。
そんな意図を込めたのか、人差し指でツバサを指し示す。
「神を超えて魔を凌ぎ、更なる強さを求めるがいい! もはや君を縛りつける加護も呪縛もない! 自由に大胆に……思うがままに高みを目指せ!」
そして成し遂げるがいい――君が思い描く想世を!
燦然とした光の彼方にM4は消えていく。
「……なんて訓示っぽくカッコつけてみたけどね」
やっぱり性に合わないな、とM4は子供みたいに舌を出して戯けた。
こちらが素の性格らしい。親しみやすくていい。
「そんなわけでツバサ君、君こそ私たちの待ち望んだ新世代だ」
状態確認の枠を壊し、強さの段階を超え、LV999の壁を打ち破った者。それは取りも直さず、それらを課したM4たちを超えたことを意味する。
神族と魔族の間に生まれた――灰色の御子。
「これまた自慢みたいでホント嫌になっちゃうんだけど、その中でもトップクラスの私たち6人が創った加護がいらなくなったんだ」
それこそ神族も魔族も超越した証。
誇ってくれ、とM4は我が事のように喜んでいる。
「私たちの手助けはあったけれど、君は自分でそれだけの力を勝ち得たんだ。修行ジャンキーな君に改めて『これからも頂点を目指して頑張れよ』なんて陳腐な励ましもあれだからね。この言葉を贈らせてもらう」
苦難困難至難は計り知れないだろうが――絶対に負けるなよ。
「そして願わくば……真なる世界を頼む」
M4は切実さを隠すことなく本心から訴えてきた。
この人もまた、未来のために自己犠牲を厭わない傑物である。
自らの可能性に限界を見極め、現世代では叶わずとも子供の世代、あるいは子孫の世代に強い力を伝えられればと……すべての希望を託した。
だからツバサたちの育成に懸けたのだ。
LV999を超えたおかげか、今まで以上に他者の心境を感じ取れる。
M4の様々な感情が痛いほど伝わってきた。
「……ああ、任せてくれ」
超爆乳に阻まれるも、ツバサは握った拳を心臓に押し当てて約束する。
M4は肩の荷が下りたように安堵の表情を浮かべた。
「そろそろお別れの時間だが……予想通りだったとはいえ、一番最初に私のところへ来てくれたのがツバサ君で本当に良かったよ」
ずっと御礼が言いたかったんだ、とM4は思いの丈を打ち明ける。
「御礼? 俺、何かしましたか……?」
思い当たる節がないツバサは、クエスチョンマークを浮かべていた。
M4は恥じ入るように感謝の意を伝えてくる。
「したともさ、君は私の大切なものを護ってくれた恩人なんだ」
私の名前は――マーリン・マナナン・マクリール・マルガリータ。
明かされたM4のフルネームにツバサは瞠目する。
マルガリータ――それは五女マリナが使っているハンドルネーム。
マリナの場合、正しくはマルガリーテと一字違い。
彼女がこの名前を撰んだのは、VRMMORPG内で探していたワーカーホリックな父親だというGM。彼のハンドルネームを参考にしたからだ。
M4の全身が光へと飲まれていく。
「ま、待って! あなたは、マリナのお父さ……ッ!?」
手を伸ばしたが届くわけもなく、M4の姿も遠のくばかり。
「娘のこと……どうかよろしくお願いします」
M4は去り際、姿勢を正してツバサに深々とお辞儀をする。
それは愛娘の未来を案じる父親の顔だった
~~~~~~~~~~~~
夢見るような出来事は一瞬よりも短い時間。
胡蝶の夢のような体験から我に返ったツバサは、渾身の力を込めた右ストレートの拳骨をロンドの左頬にめり込ませているところだった。
ちょうど仕切り直したいので、このまま間合いを取るため殴り飛ばす。
向こうも同意するような動きで退いていく。
ロンドにしてみれば超爆乳の大地母神が自慢の巨大なバストを揺さぶりながら、終わることを知らない一撃必殺のオラオラ連打でひたすら殴ってくるのだから、そろそろ解放されたかったのだろう。
揺れるバストは惜しいとか思っていそうだが……。
それ以前に危機感を働かせているようだ。
殴り飛ばされたロンドは必要以上に距離を空けないようにと、空中にブレーキ痕が残るほど制動をかけ、なんとか空中に踏み止まっていた。
中央大陸北部――守護神と破壊神の決戦場。
両者の激突による大陸の北側はほぼ壊滅。地盤から砕けた大地は海に没し、場所によっては地殻もマントルも穿ち、星の中心核に届く大穴が開いていた。
跡形もなくなりそうな下界を覆い尽くす混沌の泥。
そのすべてが破壊神の眷族なのだから気が滅入りそうだった。
空には汚泥のように重苦しい低気圧が居座っている。
一吹きで都市を薙ぎ払う激風と一撃で森林を灰燼にする轟雷、激甚災害の渦巻く大嵐の中でも動けるのは、ツバサとロンドの2人だけだ。
ツバサの攻撃範囲ギリギリまでロンドは後退っていく。
ようやく停止すると、殴られっぱなしの顔を袖で拭った。
たったそれだけで壊れかけていた顔面が復元する。
全身も複雑骨折するレベルで殴打させたはずだが、眷族にして破壊神の一部でもある混沌の泥を取り込めば、すぐさま万全に元通りだ。
羨ましいとは思わないが、単純にズルすぎてムカつく。
復活するロンド――だが反撃してこない。
未知なる存在に遭遇した獣のように警戒心を働かせていた。
頬に一筋の冷や汗を垂らしたロンドは尋ねてくる。
「ツバサ……の兄ちゃんだよな?」
「なんだよ今更、別人にすり替わったとでも言いたいのか?」
ロンドの言わんとしていることは察するのだが、ツバサは敢えて知らぬ存ぜぬで惚けることにした。別に自慢することでもない。
状態確認の枠が消えたツバサは解放されていた。
瞼を閉じてもステータス画面は浮かばず、ツバサにはただの制限となっていたレベルの階級も消えていた。これまで習得した技能はすべて感覚的に把握でき、新たな技能を開発するのも想像力次第である。
もはやVRMMORPGから異世界転移したプレイヤーではない。
大地母神――ツバサ・ハトホル。
真なる世界に生きる神族の一柱として本当の自由を得ていた。
いや、M4に言わせれば神を超え魔を凌ぐ新世代。
神魔を超越した新種族として、ツバサは覚醒を果たしたのだ。
『ツバサ君――我らを超えし次世代よ』
脳裏の奥、異相の彼方よりM4の声が通信のように届けられる。
『――君の行動を制限していた状態確認の枠も――果てなき高みへ昇ろうとする君の天井となっていた強さの位階も――完全に取り払われている』
M4は再確認するように教示してくれた。
『私たちの引いた線路を進むのは終わりだ――ここから先は君が道を拓け』
――想うがままに成せばいい。
『想いを為せば世界が成る――それが想世を司る君たちの力だ!』
カキン! と魂の奥底で鍵を開けるような音がする。
途端にその深いところから絶大な力の奔流が立ち上り、ツバサの総身を所狭しと駆け巡った。今までLV999という上限によって不条理に抑えつけられてきた、ツバサの本当の力が解き放たれたような気分だった。
実際そういうものなのだろう。
重石を乗せられて動きを封じられていたも同然である。
その重石が取り払われた今、全力を発揮するツバサを制するものはなく、十全を超える真の実力を奮える時がやってきたのだ。
昂ぶる気持ちが荒ぶり、込み上げる笑みが獰猛さを帯びる。
外見上こそ目立った変化はないが、内面では凄まじい変化をツバサ自身の意志で加速度的に進めており、ロンドはそれに勘付いたらしい。
流れ落ちる冷や汗が止まらない。
決して認めないだろうが、破壊神は脅えているのだ。
「なんだろな、この……全世界が息を呑んだみたいな緊迫感は」
汗を手の甲で拭うロンドは感想を一言にまとめた。
「何が起きたのかわからん、だが……オレの破壊神としての勘が騒ぎやがる。何かがおかしい、何かが違う、気をつけろってうるせえんだわ」
そこでだ! とロンドは白い冷気を漂わせる。
白い虚無が訪れる前触れだ。分析するまでもなく一目でわかった。
「もう一度“完全なる時間停止”を使わせてもらう!」
そのうち対策できるはずだが、あの全次元を凍てつかせる白い虚無にはツバサもまだ太刀打ちできない。ほんの少し溶かすのが関の山だ。
これを利用し、今度こそツバサの息の根を止める算段なのだろう。
「またミロ嬢ちゃんに邪魔されようが関係ねえ! 白い虚無で凍傷して手足を失おうとも構うもんか! ツバサ、おまえを仕留められりゃあなッ!」
ロンドも我武者羅に必死だった。
我が身を損なおうとも絶対勝利をもぎ取るために――。
どうせ手足を失っても再生するし、世界を滅ぼせば自分も消えるつもりなのだから、なりふり構わない手段に出るのは当たり前とも言えた。
白い虚無が顕現し、多重次元のすべてを瞬時に凍り付かせんとする。
「喰らぇい! 【凍てつく時空は永久の……ボブデビッ!?」
勇ましくも過大能力の名前を叫んで効果を発動させようとしたロンドだったが、いきなり横槍の如く叩き込まれた鉄拳に邪魔される。
ツバサは距離を置いたまま目の前にいた。
「じゃ、じゃあ……この拳骨はどこのどどいつ……ッッッ!?」
ロンドは眼球をグルリと回して視界の端を捉える。
瞬間、ありえないほど両眼を見開いた。
真紅の鬣を振り乱し、女神らしからぬ筋肉に鎧われた肢体。牙を剥いて獲物に齧りつく笑みを浮かべた形相は、血塗られたような隈取りで彩られていた。
そして、万物を焼き尽くす終焉の炎をまとう。
破壊神の横っ面に拳を打ち込んだのは殺戮の女神だった。
紅炎に燃える真っ黒い拳を叩き込まれ、顔面の半分を潰すように燃えながら炭化させているが、驚愕の表情を隠しきれていない。
「なっ……ツバサが二人ぃぃぃッ!?」
上半身を紅炎に包まれたロンドはまたしても殴り飛ばされる。
その飛ばされた先では、次元を断つチェンソーの駆動音が待ち構えていた。
過剰なくらいの豊艶さを誇る女体美。乳房の盛り上がりやお尻の張り出し方は他の女神の比ではなく、経産婦のような色香を醸し出していた。
整えられた長い髪は純白。まるで雪から紡いだかのような白さだ。
――魔法の女神が手ぐすね引いて待っていた。
この外見、極悪親父の視点ではこう見えるらしい。
「今度は真っ白人妻系豊満雪女だとぉッ!?」
「誰が抱き心地良さそうな極上の安産型ムチムチ女体雪女だ!?」
魔法の女神は両手に次元断層チェンソーを振り翳す。
燃え盛る肉体をチェンソーでバラバラにされながら異空間の彼方へ吹き飛んでいくロンドだが、残った頭部は視野を広げて状況を確認していた。
神々の乳母がいて――殺戮の女神もいる。
なのに、破壊神を解体するべく魔法の女神が暴れていた。
「こいつで三人目ぇ……何が起きてんだおいっ!」
今にも燃え尽きそうなくらい炭化した頭部と、核を収めた胸部。それだけにされたロンドは混沌の泥をまとわせて逃亡を試みる。
逃げた先――蒼い流れが待ち受けていた。
スタイル的には神々の乳母とほとんど大差がない容姿。
ただでさえ長い髪はどこまでも伸びて空のような蒼に染まり、また同色の蒼を帯びた羽衣をまとっているが、これも延々とした長さで伸びていく。
どちらも“気”の流れを司り、この女神の特徴でもある。
「ようこそ、無限投げ回し地獄へ!」
歓迎のポーズで待ち侘びていたのは――天空の女神。
どこまでも伸びる蒼い長髪と果てを知らない蒼の羽衣を張り巡らせ、その一端にロンドの残骸を捉えると、そこから即死級のジェットコースターへ乗せるように塵となるまで超加速させつつ投げ続ける。
「あばばばばばばばばばばばッ! よよよよ四人目めめめめぇぇぇ……ッ!?」
驚天動地の悲鳴を上げながらロンドの頭部は消えていく。
塵も残さず核が消えるまで投げてやった。
どうせ混沌の泥から復活するだろうが、まだミロから貰った主神の王権の効力が活きているし、多少なりともダメージ増加が見込めるはずだ。
案の定、眼下を覆う混沌の泥が沸き立ってくる。
そこから新しい肉体を再生させた破壊神が、理解の及ばない展開に毒突きながら舞い戻るように飛び出してきた。
「一体全体どうなってやがる! なんだぁ、質量のある残像かぁ!?」
次から次へと現れるツバサの変身形態。
しかもツバサ本人は動いていないのに、忽然と現れた変身した女神からの奇襲を立て続けに喰らったロンドは、納得いかなそうに辺りを見回した。
そして、愕然としたまま絶句する。
神々の乳母、殺戮の女神、魔法の女神、天空の女神。
四柱の女神に囲まれていたからだ。
状況を把握するため距離を置いて様子見しようと目論んだようだが、そうは問屋が卸さない。ツバサたちは逃さぬよう完全包囲した。
東西南北を抑えるように立ち塞がる四女神。
ロンドは超高速で移動しつつ変身していたと予想したらしい。
だが、ツバサを含む四柱の女神は実体を持っていた。
ちゃちな残像やその場凌ぎの分身ではない。さすがのロンドも女神それぞれが発する莫大な闘気を肌で感じることで理解したようだ。
ゴクリ、と固唾を呑んだロンドは真顔で呟く。
「…………おっぱいがいっぱいだ」
ツバサたちは速攻で極悪親父をタコ殴りにした。
余計な一言が「カチッ!」と癇に障った四女神はロンド取り囲み、殴る蹴るどつくの暴行を繰り返し、私刑よろしく踏み付けキックで足蹴にする。
プロレス技のスタンピングというやつだ。
紅炎も魔法も合気も用いず、純粋な暴力で叩きのめしていく。
「あひぃぃぃぃぃ~ッ!? おっぱいいっぱいでフルボッコおぉぉぉッ!? あーそこダメ止めてもっとぉぉぉーッ! 爪先でイジイジしたり踵でグリグリ踏んづけていいよぉぉ~ッ! 死ぬ死ぬ死んじゃうけど痛気持ちいいいーッ!?」
ロンドは為す術なくズタボロにされるも、未成年には聞かせられないような文言を並べて悶絶し、ピンク色の絶叫を張り上げていた。
そういや真性のMだっけ、ロンド……。
よくミレンに暴力を振るわれて喜んでいたはずだ。
「……って、マジで死ぬわコレ!? いいかげんにせぇよッ!」
ロンドは自らを混沌の泥へ戻すように軟体化させ、飛沫のように飛び散りながら逃げた。ある程度の離れてから肉体を再成形する。
「どんな理屈か知らんが……バカなことしたなぁおい?」
五体を取り戻したロンドは、意地悪そうな笑顔で糾弾してきた。
他人の揚げ足を取るような物言いである。
「分身ってのは大技っぽいが、分身に力を割いた分だけ自分が弱くなるのが決まり事だ! そういうタイプの分身じゃなきゃ、耐久力が紙装甲で長丁場は任せられねぇと決まってる! こんな場面で使うなんざ愚の骨頂だぜ!」
ツバサ以外の女神を分身と決めつけて罵った。
その三柱の女神は消えたと錯覚するほどの高速移動を行う。
「そうか? じゃあ試してみろよ」
破壊神の身体でな、とツバサは成り行きを見守った。
分身如きと侮ったロンドは殺戮の女神に頭上を取られたことも気付かず、攻撃を仕掛けられてから出遅れるように反応していた。
「滅日の紅炎――豪鉄球!」
鋼の質量と重量を宿した紅炎は大きな鉄球を模す。
それを建築物解体に用いられる鉄球のように振り翳したセクメトは、巨大な拳としてロンド目掛けて剛速球で叩き落とした。
ズドン! と大気を爆ぜさせながら突き抜ける重量級の紅炎球。
まともに食らったロンドは上半身をひしゃげさせる。
「ぶぅおあッ! こ、こいつはぁ……本物!?」
分身の力ではない。力を割いて弱体化するどころではない。
「さっきから戦ってる殺戮の女神と同等……いや、それ以上だとぉぉぉッ!?」
全身を炭に変えながらロンドは墜落する。
混沌の泥をまとわりつかせて回復しようとするが、その泥がロンドの元へ辿り着く前に、横取りされるみたいにどこかへと吸い寄せられていく。
目を向ければ――そこに大輪の花が咲いていた。
花弁のひとつひとつが次元断層チェンソーでできた悪夢の花だ。
「――次元断絶斬狂散華!」
ブラックホールの性質を持つ黒刃で不可逆圧縮された後、次元を断って異空間へと転移する無数の刃で原子レベルで細断されていく。
「じょ、冗談じゃねえ! こんなん分身どころじゃねぇぞ!?」
混沌の泥が餌食となっている隙にロンドは逃れる。
ブラックホールの吸引力に逆らって、殺戮の女神も魔法の女神も神々の乳母もいない方角へ逃げるのだが、それこそツバサたちの思う壺だった。
「そうさ、俺たちは分身じゃない」
誰もいない方向へ逃げたロンド、その行く手に天空の女神が回り込む。
「全員とも正真正銘――ツバサ・ハトホルだ」
想うがままに為せば世界が成る。
それが想世の力に覚醒した新世代の能力だとM4は言った。
真に受けたわけではないが、ツバサは以前から考案していた「変身形態を力ある幻像として分離して自分を支援させる」技を試してみた。
着想したアイデアは幽波紋というものだ。
超能力を偶像として個別に扱い、自身とは別個の攻撃能力を持たせる。
『自分も一緒に殴ればダメージ倍々じゃね?』
単純な発想だが、そんなネタを漠然と考えていた。
ロンドの指摘した通り、LV999の時点ではそんな分身を作ろうとすれば満足の行く代物にはならず、この発想はお蔵入りとなっていた。
だが、想世の力に目覚めたツバサなら可能だ。
仔細は省くが、力を弱らせることなく能力向上させた分身を用意できた。
蒼い髪を踊らせたツバサは冷徹に微笑む。
「天空の女神は合気だけが能じゃない、こういうこともできる」
蒼い長髪と蒼い羽衣が螺旋を描き、ドリルランスとでも呼ぶべき長大な槍を形作ると、そこに硬質化した“気”を凝らせて超速回転させる。
「シンプルに“ブルーランス”とでも名付けておこうか」
その螺旋の突端でロンドの核を貫いた。
まだ主神の王権を帯びているので……。
「ぐぉぉぉぉぉッ!? オ、オジさん死ぬほど痛ぇんだけどぉぉぉッ!?」
狙い通り、効果は抜群のようだ。
ロンドは自らの意志で肉体をバラバラに分解、混沌の泥とドロドロに混ざりながら液体化して、蒼のドリルランスから逃げ果せていた。
そこからとにかく安全圏まで後退る
「ぶ、分身の強さじゃねえ……なんなら、以前のツバサより断然強い?」
肉体を修復しつつ、ロンドは最大限の警戒網を敷いた。
決してツバサを近寄らせまいと目を光らせる。
息も絶え絶えな極悪親父は、こめかみも口角も釣り上げて鼻の穴もプクッと大きく膨らませると、あらん限りの大声で怒鳴ってきた。
「どんなチートしてんだよ兄ちゃん! ズルは良くないぞズルはッ!?」
「「「「どの口がほざくかインチキ大魔王がッ!?」」」」
四女神で総ツッコミを入れてしまった。
調子は狂うものの、なんだかツバサは無性におかしくて笑ってしまった。大人をからかうメスガキの笑顔でロンドにある台詞を突き返してやる。
「セオリーや定石に縛られちゃダメだぜ」
――俺はそういうのに縛られないタイプだ。
いつぞやの演説への返礼とばかりにツバサは言い放った。
ロンドは口惜しそうに眼を細めて歯軋りしている。この手のオッサンは、自分の高説を論破されると自尊心を傷付けられて怒りやすくなる。
自制心を揺さぶり、もっと油断させたいところだ。
下手に怒りを買って裏目に出ることもあるが……。
偉そうな高級ロングコートを羽織った肩を震わせて、目元を伏せていたロンドは急に顔を上げると、嵐を吹き飛ばす激昂の雄叫びを迸らせた。
「言わせておけば……ピーピー囀るじゃねえか若造がぁぁぁぁぁーーーッ!」
ヤバい――本気の怒りに火を着けてしまったようだ。
激怒する破壊神に呼応して眷族も狂乱する。
混沌の泥が地の底より湧き立ちながら沸き立ち、これまでとは比較にならない数の巨獣、巨大獣、そして大蛇を大量生産で送り出してきた。
特に大蛇の数が尋常ではない。
ツバサたちに群がる大蛇も今までの比ではなく、もはや軍勢と呼ぶしかない大群となって襲い掛かるが、別働隊がいることに悪い予感を覚えた。
百匹を数える大蛇は一カ所に集まって変形する。
それは生体で構成された、巨大な砲塔にしか見えなかった。
砲口は費やされた大蛇の分だけなので百あるが、それをひとまとめにした蜂の巣のような形状で、集合体恐怖症には耐えられない造形だ。
――悪い予感は的中する。
百の砲口それぞれで、百の破滅的な過大能力が漲っていた。
「百重過大滅殺砲ッッッーーーッ!」
百の過大能力が束ねられた、世界を滅ぼすための超弩級砲撃だ。
狙いは東方――そこにはイシュタル女王国がある。
砲撃がツバサたちに照準を合わせていなかったため、ほんの少し反応が遅れてしまったことが悔やまれる。完全に防ぐことはできそうにない。
それでも最低限の対応はさせてもらう。
咄嗟に魔法の女神がブラックホールを発生させ、砲撃を引き寄せることで射線を曲げることに成功。それに殺戮の女神が紅炎を叩きつけることで射角をズラし、最後に天空の女神が青い羽衣を使って軌道を逸らす。
これでイシュタル女王国への直撃は避けられた。
しかし、砲撃は大陸の北東部へ落ちる。
視界を埋める大型キノコ雲が立ち上り、北東部が灰燼に帰した。
まもなく、あの一帯も海底に没するだろう。
「……しまった!」
後悔を隠しきれずツバサは叫んでいた
辛うじて四神同盟への被害は免れたものの、中央大陸がどんどん削られていっているようなものだ。ただでさえツバサたちの戦いの影響で“凹”にへこんでいたのに、今の砲撃でから“L”を逆へ倒したような形になってしまった。
省みている暇はない。ロンドは躍起になっていた。
自分の一部でもある混沌の泥へと発破を掛ける。
「おいこら眷族どもぉッ! 怠けてんじゃねえよ! もっと世界を壊しやがれよこらぁッ! 四神同盟がてんてこ舞いするくらい……ッ!」
守護神が追いつかないくらい! とロンドは念を押すように叫んだ。
「ちッ……悪いがそっちを頼む!」
ツバサは分身の女神たちに指示を飛ばすと、それぞれ頷いたりサムズアップしたりと返事をしながら、対処するべく受け持ちを引き受けてくれた。
破壊神の意図を先読みして四手に分かれる。
殺戮の女神は大蛇の大群を相手に獅子奮迅の大立ち回りを始めた。
魔法の女神は次元や空間を操って混沌の泥を封じる。
天空の女神には巨獣や巨大獣の処理に任せた。
そして、破壊神の前には守護神が残る。
混沌の泥とそこから無限に生まれてくる眷族は、ツバサとまったく同等の力を持つ三柱の女神が相手を務めた。互いの戦力をぶつけ合わせた形だった。
改めてロンドと対峙したツバサは訊いてみる。
「これで余人を交えず戦える……とでも言いたいのか?」
一対一というなら最初から一対一だ。
過大能力で無限の兵力を用意し、最強の分身を拵えたに過ぎない。どちらも個人の能力を使っただけ、互いに文句をつける筋合いはない。
ロンドは鼻を鳴らして失笑する。
「へっ……オレたちゃ最初からふたりっきりじゃねえかよ」
「その言い方は語弊あるからやめてくれ」
そこはロンドも弁えているらしい。
一頻り吠えたので気分がスッキリしたのか、先ほどよりも幾分か落ち着いた声で話すのだが、その声に段々と擦過音が混じってきた。
「オレが手に入れたばっかの混沌の泥で遊んでたもんだから、そっちもおっぱいだらけの分身こさえたんだろ? ちゃっちい真似はやめろってな……」
突如、ロンドの僧帽筋が盛り上がる。
肩回りだけではなく、全身の筋肉がビルドアップを始めていた。
それでも高級スーツは破れることはなく、まるでゴムのように膨張する体型に合わせて伸び縮みしていた。筋肥大により体格が巨大化していく。
極端にパンプアップした上半身、追いつくようビルドアップする下半身。
体表には蛇よりも頑丈そうな龍の鱗で覆われる。
セットしていたヘアスタイルは崩れて伸び放題の蓬髪となり、頭からは複雑な形状の角が生え揃い、尻からは攻撃的に打ち振るわれる龍の尾が伸びてきた。
「へぇ……らしくなってきたじゃねえか」
世界を滅ぼす破壊神に相応しい威容。
ただ変身するだけではない。総合的な身体能力は比較にならないほど増大し、バッドデッドエンズでもフィジカル最強の喧嘩番長アダマスをも上回っていた。
限界を超えて膨張する闘気は星の中心核さえ焼き潰しかねない。
見開いた双眸に宿るのは、竜眼という撰ばれた者の瞳だ。
「ならよぉ――こうすりゃいいんだろぉッ!?」
――龍蛇の魔神皇。
そのように評すべき異形の巨体に変貌したロンドは、底無しの闘気を途方もないほど膨れ上がらせ、霧状になった混沌の泥を噴きながら突進してくる。
あれは悪意に汚染された“気”だ。
穢されていても絶大な力となって破壊神を突き動かす。
小細工なしの全力全開で仕掛けてくる。
「お望み通り! 真剣勝負でぶつかってやるぁあああああああああーーーッ!」
ツバサは呆れ果てた苦笑を浮かべた。
酷い笑顔を隠すように片手で顔を覆って空を仰ぐ。
「確かに、化身とか兵隊とか従者創成能力ばかりに頼ってんじゃねえよって当てつけもあったけどな……ロンドも変なとこ単細胞だな」
だが――真剣勝負は嫌いじゃない。
LV999の枷が外れた今、ツバサもどれほど肉体強度が上がり、筋力膂力体力といった身体能力が、どこまで底上げされたか推し量りたいところだ。
顔から手を払い除け、ツバサはロンドを見据える。
「付き合ってやるよ! ルール無用の素手喧嘩になッ!」
そこには鬼気迫る表情で嬉々とした戦闘民族がいた。
――黒地に金粉を塗したような雷鳴。
空間をも軋ませる黒霆の如き闘気を噴き上げるツバサは、合気の流儀もかなぐり捨てて、突撃を敢行してくるロンドを迎え撃った。
二力衝突――二極相爆。
守護神と破壊神、互いにその頂点を極めるまで高めた力が相打ち、太陽にも匹敵する恒星のような大爆発を引き起こした。
ただでさえボロボロの中央大陸が悲鳴を上げる。
のみならず、空間のあちらこちらに亀裂が生じるほどだった。
それは次元の裂け目となり、別次元に広がる無限の暗黒空間を垣間見ることができるのだが、そこから真なる世界を覗く者たちがいた。
蕃神――その“王”と称される大型個体だ。
一体や二体ではない、軽く見積もっても数十体はいるだろう。
かつてツバサが退けた蕃神――アブホスの“王”。
同一個体なのか似て非なる別個体なのか、次元の裂け目から大きな単眼を覗かせては、触手の先端をチョロチョロとこちらへ侵入させていた。
他にも見たことない蕃神がちらほらいる。
真なる世界の内乱をチャンスと見て、攻め込む機会を窺っているのだ。
完璧令嬢の策こそ失敗したが彼らは諦めが悪い。
――守護神と破壊神の共倒れ。
どちらとも重傷を負って抵抗できないほど弱るタイミングを、虎視眈々と待っている節があった。蕃神は不滅なので気が長いようだ。
喧嘩に夢中であろうとも、奴等の気配に気付かぬ二人ではない。
この時、奇しくも二人の思考回路は同調した。
喧嘩するほど仲が良いとばかりに、打ち合わせもせずに呼吸を合わせると、威圧感を盛りまくった覇気を手加減なしで発散させる。
「「見世物じゃねえぞ! すっこんでろバケモノどもッッッ!!」」
ツバサとロンドは凄絶な形相で、覗き見する蕃神たちを怒鳴りつけた。
二人の怒声は指向性を持った攻撃手段へと転じる。
その気迫は破滅的な波動となって蕃神の血肉を沸騰させ、その眼光は破壊力を持った光線の散弾銃と化して“王”たちの肉体に穴だらけにして、発した声は形あるものを許さない圧力となり、叱責を浴びた者を平面になるまで押し潰す。
蕃神の“王”たるもの並大抵のことでは死なない。
そんな不死身な彼らでさえ、死を覚悟するほどの損傷を与えていた。
おまけに不死性のある回復力が追いつかない。
名状しがたい悲鳴を上げながら、蕃神たちは別次元へ撤退していった。
これで心置きなく――殴り合いに興じられる。
激突の影響で未だ恒星よろしく燃え盛る爆発の中心で、ツバサとロンドは一対一に相応しい戦いを始めていた。傍から見ればただの喧嘩である。
とにかく、殴って蹴っての応酬だ。
両者の拳が激突すれば空間が割れ、互いの蹴りが炸裂すれば次元が歪む。
大陸どころではない、真なる世界の根幹が揺らいでいた。
規格外の戦闘を繰り広げるツバサとロンドは――。
「「うはははははははははははははははははははははははははははははッ!」」
腹の底から楽しそうに笑い合っていた。
この時、ロンドは破壊神として世界を滅ぼす使命を忘れていた。
同じく、ツバサも守護神として世界を護る責務を見失いかけていた。
ただ――目の前の野郎をぶっ飛ばす。
どちらの行動原理もその一点に集約されていたのだ。
~~~~~~~~~~~~
一方、この大戦争のキーマンでもある英雄神は――。
「カンナちゃん急いで! なんかもう本当にこの世界が終わりそう!」
「心得ております! これでも全力疾走中なのです!」
ツバサの元へ馳せ参じるべく、音速を超えて移動中だった。
無駄にスタミナをさせないためにも、女騎士カンナの駆るバイクにタンデムで乗り込み、現地まで送ってもらっているところだ。
カンナの細い腰にしがみつき、体力回復に集中している。
しかし、バイクの速度はやや落ちていた。
今や世界中に蔓延る破壊神の身内――混沌の泥。
それが勢いを増してミロたちの行く手を阻んでいるからだ。
カンナの過大能力である『能力無効化』を使えば切り抜けられるのだが、彼女もバッドデッドエンズの幹部との死闘を乗り越えて、体力はともかく気力や精神力がゴソッと減っているお疲れモードだった。
(※体力だけならハトホルミルクで万全に回復できる)
早い話、酷い気疲れでフラフラなのだ。
とても無茶させていいコンディションではない。
そこで、どうしても回避できない時だけ過大能力で突っ切り、追い縋る巨獣たちはカンナのドライビングテクニックで振り切っていた。
ミロが飛ぶより全然速いが、それでも邪魔されれば速度は鈍る。
もどかしい――やきもきするけどミロは堪えていた。
『ミロ父様! 緊急連絡です一大事です!』
珍しく鬱になりかけていたミロの耳朶を打ったのは、還らずの都でアキの手伝いをしているククリからだった。父様呼びにも馴れたものだ。
彼女の声で少し気持ちが和らいだミロは応答する。
「ククリちゃん、どしたのそんなに慌てて?」
『そ、それが……還らずの都から英霊さんが出撃しました!』
はへ? とミロは間抜けな声を漏らしてしまった。
現在、還らずの都は英霊の受付を一時停止していて、この戦争のために麓にある二カ国を守るよう大規模の結界を張ることに専念していた。
そもそも、今の還らずの都には英霊がいない。
登録されていた英霊は、猛将キョウコウとの戦争で解き放たれはずだ。
詳しく話を聞く前にククリが早口で捲し立てる。
『えーっと、ついさっきわかったことなんですが……還らずの都に登録されていたけど、ずっーと未処理になっていた不思議な英霊さんが三人いたんです! その人たちがいきなり飛び出していきました! 還らずの都にいっぱい貯まってた“気”をゴッソリ持ち出して……そちらへ向かってます!』
「ミロ殿、4時の方角より高エネルギー反応接近中です!」
ククリの報告とほぼ同時に、問題の英霊トリオがやってきたらしい。
巨大な“気”が三つ、こちらへと飛来する。
目が潰れそうなくらい眩しい光をまとう英霊たちは、たくさんの“気”を振り撒いて、混沌の泥を物ともせず蹴散らしていく。
脇目も振らない猛進撃だった。
どれほどの“気”を持ち出したのだろうか?
それは英霊たちの能力を高め、LV999以上の力を発揮させていた。
この力を後先考えずに全力で振り絞っている。
混沌の泥では足止めにもならず、巨獣たちも鎧袖一触で打ち破られる。
光り輝く三体の英霊は目の前を通り過ぎていく。光のような速さを少しも落とすことなく、まっしぐらに駆け抜けていった。
一瞬、彼らの横顔をミロの動体視力が捉えていた。
そのうち二人はあまり知らないが、一人はよく知っている顔だった。
タフな微笑みを浮かべる彼は親指を立てていた。
俺たちに付いてこい――そんな合図をくれたとしか思えない。
「カンナちゃん! あの三人を追って!」
「ッ! 了解です!」
多くを言わずともカンナは状況から読み解いてくれた。
彼女は猪突猛進だが勘は冴えているのだ。
ミロの言葉を受けたカンナはバイクにフルスロットルさせると、エンジンを焼き切る勢いで大爆走を開始した。行く手を阻む混沌の泥はない。
三人の英霊が掃き清めてくれたからだ。
まるで露払いをするように、道を切り開いてミロたちを誘導する。
――守護神と破壊神の決戦場まで。
「あの、ミロ殿……彼らを信用してもよろしいのでしょうか?」
一抹の不安が過るのか、恐る恐るカンナが尋ねてきた。
還らずの都から出撃した英霊とはいえ、見ず知らずの相手をどこまで信じたものかと疑問が浮かぶらしい、ちゃんとした大人なら当然の心構えだろう。
だが、そんな心配をまったく無用だ。
大丈夫! とミロは太鼓判を押すように豪語する。
未曾有の危機に際して、彼らは矢も盾もたまらず助けに来てくれたのだ。
あるいは――恩返しなのかも知れない。
「アタシ知ってる! あの人たち、ツバサさんのお友達だもん!」
それこそが信じて疑わない理由だった。
0
お気に入りに追加
581
あなたにおすすめの小説
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
性的に襲われそうだったので、男であることを隠していたのに、女性の本能か男であることがバレたんですが。
狼狼3
ファンタジー
男女比1:1000という男が極端に少ない魔物や魔法のある異世界に、彼は転生してしまう。
街中を歩くのは女性、女性、女性、女性。街中を歩く男は滅多に居ない。森へ冒険に行こうとしても、襲われるのは魔物ではなく女性。女性は男が居ないか、いつも目を光らせている。
彼はそんな世界な為、男であることを隠して女として生きる。(フラグ)
性奴隷を飼ったのに
お小遣い月3万
ファンタジー
10年前に俺は日本から異世界に転移して来た。
異世界に転移して来たばかりの頃、辿り着いた冒険者ギルドで勇者認定されて、魔王を討伐したら家族の元に帰れるのかな、っと思って必死になって魔王を討伐したけど、日本には帰れなかった。
異世界に来てから10年の月日が流れてしまった。俺は魔王討伐の報酬として特別公爵になっていた。ちなみに領地も貰っている。
自分の領地では奴隷は禁止していた。
奴隷を売買している商人がいるというタレコミがあって、俺は出向いた。
そして1人の奴隷少女と出会った。
彼女は、お風呂にも入れられていなくて、道路に落ちている軍手のように汚かった。
彼女は幼いエルフだった。
それに魔力が使えないように処理されていた。
そんな彼女を故郷に帰すためにエルフの村へ連れて行った。
でもエルフの村は魔力が使えない少女を引き取ってくれなかった。それどころか魔力が無いエルフは処分する掟になっているらしい。
俺の所有物であるなら彼女は処分しない、と村長が言うから俺はエルフの女の子を飼うことになった。
孤児になった魔力も無いエルフの女の子。年齢は14歳。
エルフの女の子を見捨てるなんて出来なかった。だから、この世界で彼女が生きていけるように育成することに決めた。
※エルフの少女以外にもヒロインは登場する予定でございます。
※帰る場所を無くした女の子が、美しくて強い女性に成長する物語です。
蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる
フルーツパフェ
大衆娯楽
転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。
一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。
そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!
寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。
――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです
そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。
大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。
相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる