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第18章 終わる世界と始まる想世

第449話:神を超えて魔を凌ぐ次世代のために

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「満を持しての登場みたいだが……誠に申し訳ない」

 ツバサはすまなさも露わに眉尻まゆじりを下げると、両手を前に合わせて超爆乳をする気もないのに強調させながら、M4と名乗る人物へ頭を下げた。

「重要なことを教えてくれるなら簡潔かんけつにお願いできませんか?」

「ええっ!? 丁寧な謝罪からの時短じたん要請ようせい!?」

 M4は素直にショックを受けていた。

 この機会を待ち侘びた様子も窺えるので尚更だ。

「いや、本当に悪いと思いますが……こっちも切羽詰せっぱつまってるんです!」

 ツバサは合掌がっしょうすると拝み倒すように頼んだ。

 ここが異相いそうなのは肌感覚はだかんかくでわかる。

 ツバサが四神同盟しじんどうめいの仲間を鍛えてきた“精神○時○部屋”みたいに、真なる世界ファンタジアの通常空間と時間の流れが異なっているのも理解できる。

 だとしても――時間が惜しい。

「一時間休憩しても平気というあなたの言葉を疑うわけじゃないが……俺はロンドと死合しあいの真っ最中なんだ! 一刻も早く決着ケリをつけたいと気がいてる! テンションも絶好調……このコンディションを崩したくない!」

 頼む! とツバサは懇願した。

 ゲームマスター №01 自称“M4”

 教養きょうように優れた人当たりの良い知的な好人物こうじんぶつなのは雰囲気でわかる。

 敬意を払える年長者なので礼儀正しく接していた。

 恐らくは何らかの契機けいきがあって、彼のいる異相へと招かれたのだろう。

 重要なのはわかるが、今はツバサも焦っている。

 №01の重要性も知っているが、どうしても先を急ぎたかった。

 大規模仮想現実VRMMO遊戯空間RPG――アルマゲドン。

 その仮想ヴァーチャル世界ワールドを管理するゲームマスターは全部で64人存在した。

 軍師レオナルド、銃神ガンゴッドの付き添いマルミさん、クロコを始めとした爆乳特戦隊、アハウさんに嫁いだマヤムさん、穂村組ほむらぐみの金庫番ゼニヤ、執事ダオンを筆頭にキョウコウの臣下となった者たち、姉のために暴走したゼガイ……。

 蕃神ばんしんに寝返りし背信者はいしんしゃ――ナイ・アール。

 面識めんしきのある者から名前だけ登場した者までゲームマスターも様々だった。

 彼らを統括とうかつする者こそ――№00。

 64名には数えられないグランド・ゲームマスターである。

 №00がVRMMORPGアルマゲドンの運営トップとして最も権威けんいがあったことからわかるように、№の数が若い者ほどGMとして格上かくうえで強い発言力を持つ。

 №01ともなれば№00に次ぐ数字だ。

 組織内でどれほどの権限けんげんを持っていたかが想像できる

 真なる世界ファンタジアへの異世界転移システムであるとともに、プレイヤーを神族や魔族へと種族的にレベルアップさせるためのトレーニングツール。

 VRMMORPGアルマゲドンにも根深いところで関わっているはずだ。

 一方ひとかたならぬ人物だと対峙たいじすることに緊張きんちょうしてしまう。

 しかし、当の本人はといえば――。

「えぇ~? お兄さんショックだよ~。一番最初にここを訪ねてくれるのはツバサ君だと信じてたから、歓迎しようといっぱい用意して待ってたのに~」

 心の底から残念がる声でM4は肩を落とした。

 それからわきに控えさせていた歓迎アイテム一式を披露ひろうする。

 転がるキッチンワゴンは豪華さで満載だった。

「ほらほら、誕生日や結婚式にも引けを取らない特製ケーキとかご馳走とか、お酒もフルーティなのがお好みと聞いたから果実酒を各種盛り沢山……あ、戦闘中かも知れないからと、お茶もフルーツフレーバーを用意しておいたんだよ?」

「――至れり尽くせりか!?」

 芸人並みにキレのあるツッコミを入れてしまった。

「なんで俺の酒の好みを……ってそうか、異相から覗いてたな?」

 蛙の王様こと水星国家オクトアードの国王、ヌン・ヘケト陛下。

 彼のように出歯亀ピーピングトムをしていたに違いない。

 あの人はツバサの活躍に惚れ込んでくれたのもあるが、女神化したツバサがかつて世話になったハトホル様に瓜二つだから入れ込んでいる面もあった。

 M4の接待振りから、ヌン陛下に似た空気を感じるのだ。

 ……なんとなく嫌な予感がする。

「そりゃそうさ。私はツバサ君の大ファンだもの」

 両手を目いっぱい広げたM4は、親愛の笑みで満面を飾った。一方でツバサは軽い目眩めまいに襲われてしまい、片手で押さえた頭を項垂うなだれさせる。

「……ヤバい、ハーレム(親父)の実現が迫っている」

 ハーレム(娘&息子)なら許容きょようできる、娘なら大歓迎だ。

 しかし、筋肉モリモリ鎧親父とか、へうげもの大名とか、極道トリック親父とか、蛙の王様おじいちゃんとか、破壊神な極悪ダメ親父とか……そんなオヤジどもから愛情を捧げられて群がられるのは御免ごめんこうむる。

 おじいちゃん子なツバサだが、オヤジ成分の過剰かじょう摂取せっしゅは遠慮願いたい。

 まあ、M4はその中でも若いのだが。

 外見年齢は恐らく三十代前後、まだお兄さんで通じる容姿ようしだ。

 眉間みけんを寄せて残念そうなため息を長く漏らすと少し老けたようにも見えるが、小さな囁き声で「仕方ないかぁ……」と諦めるように呟いた。

「状況が状況だ、歓迎会はまた今度の延期にしよう」
「どうあっても歓迎会をするつもりかい」

 いらんがな、とツバサが拒否してもM4は聞き入れない。

「まあまあ、積もる話はまた今度ゆっくりとしよう。一度でも此処ここへ来れるようになった君なら、気分次第でいつでも来られるはずだからね」

 気軽に遊びに来てよ、とM4は大らかに言った。

「ではご希望通り――本題に入ろう」

 歓迎会セットを道具箱インベントリ仕舞しまったM4はこちらへ向き直る。

「先に述べた通り、君たち地球テラからやってきた全プレイヤーにステータスやレベルといった枠組わくぐみをいたのは他でもない、私の仕事なんだよ」

 正確には――私たち・・・の仕事だね。

 複数形に言い直したところでツバサは質問を挟む。

「№03のマリアさん……という女性も含まれているのでは?」

「うん、レオナルド君から聞いているね。なら言ってしまってもいいか、彼女も私たちチームの一員だ。私を含めて6人のGMがたずさわっている」

 最も偉い№00も含めてね、とM4は一言添えた。

 ――状態確認の枠ステータス強さの位階レベル

 これをプレイヤーにせる業務に関わっているらしい。

 それを説明する前にお復習さらいから入る。

「№07を務めたレオナルド君と親友である君ならば、彼からの話を聞いて多分に洞察力どうさつりょくを働かせてきたことだろう……VRMMORPGアルマゲドンの役割を概ね把握はあくしているのではないかな? 簡単にまとめてみてほしい」

「異世界転移装置と人類を進化成長させる訓練施設、それらを兼任けんにんする」

 正解だ、とM4は満足そうに頷いた。

 生徒の想像力を刺激する先生のような言い回しだった。

「大規模な空間転移システムは言わずもがな。人類の内なるアストラル体を引きずり出して、真なる世界ファンタジアの一部を囲うことで生成した訓練場へ誘導ゆうどうし、そこで地球テラより高濃度の“気”マナになれたサバイバル生活を行うことで、より真なる世界ファンタジアに適した種族へと変異させつつ、いずれは神族や魔族まで進化してもらう……」

「こうして聞くと先祖返りさせてるみたいだな」

 言い得て妙だね、とM4は肯定的に捉えてくれた。

「当たらずも遠からずだ。しかし、私たちの思惑おもわくとはかけ離れるけど」

 M4あなたたちの思惑? とツバサはオウム返しに聞き返す。

「人間の魂魄こんぱく……我々がアストラル体と呼ぶそれは、かつて神族や魔族が地球テラという実験場へいた自らの因子いんしが、幾星霜いくせいそうを経て開花したものだ」

 しかし、地球テラで暮らすには地球に適した肉体がいる。

 アストラル体に受肉する必要があった。

 結果、この血肉が重すぎてアストラル体の育成をさまたげていた。

VRMMORPGアルマゲドンではアストラル体に地球テラでの肉体を脱がせて、真なる世界ファンタジアの強い“気”マナに慣れさせることも目的のひとつだった。そうすれば、アストラル体に眠っていた因子が自ずと目覚めると考えてね」

「それで先祖返りを当たらずとも遠からず、か……」

「しかし、我々が目指したのはその先だ」



 神魔じんまの因子から――それを超越ちょうえつする種族を誕生させる。



「別次元からの侵略者なんてふざけた連中からの侵略行為にも物怖ものおじしない、我々よりも優れた次代じだいを生み出す……それが私たちの目指すところさ」

 M4は毅然きぜんとした態度で決意ある言葉を告げた。

 そこには敢然かんぜんとした覚悟が読み取れる。

 ただ単純に戦力として人間を真なる世界ファンタジア招聘しょうへいしたわけではない。

 人類の中から蕃神ばんしんに打ち勝てる力を備えた新種族が現れることを、期待を寄せながらも想定し、待ち望むばかりではなく手を貸してきたのだ。

「誠に悔しいが、私たちの能力はもう頭打ちなんだよ」

 懺悔ざんげするようにM4は告白する。

「灰色の御子として生を受け、旧来の神族や魔族を上回る素養を持っていた自負はあるんだが、それでも限界はやってきた……」

 自分たちの代では蕃神に立ち向かうのが精一杯だったらしい。

「だが、子の世代なら? 孫の世代なら? 更に子孫の世代ならばどうか? 我々の因子は更なる成長が見込めると考えたのさ」

 そこで№00はM4たちを招集し、特命チームを結成。

 神魔の因子を受け継ぐ人類の成長に取り組む。

 真なる世界ファンタジアの未来のため――すべてを子孫の成長にける。

 M4の振る舞いからそんな情熱をれた。

「私たちの業務はその一環いっかんでもある。そして、それが実を結びつつあることを、私はこうして目の当たりにすることで確信した」

 真摯しんしな熱意を込めた眼差しでツバサを見つめていた。

 発言の意味も相俟あいまって、彼の言いたいことを読み取らずにはいられない。

 ツバサたちが――そうなる未来を夢見ているのだ。

 既に夢想の段階を通り過ぎて、実現間近まで迫っている実感をM4は抱いているようだ。あの盛大な歓迎会はその喜びの表れなのだろう。

「……と言うわけで、ちょっとでいいからお祝いさせてくれない?」

 熱い信念の表情から一転、気のいいお兄さんはびる顔でうったえてきた。

 ツバサは片手で合掌がっしょうする。

「すいませんが話を先に進めてください」

「うぅ~ん! ツバサ君の禁欲的ストイックイケズぅ! ま、しょうがないか」

 ロンドさんがあれ・・だもんね~、とM4も納得した。

 当然、大戦争の一件は御存知ごぞんじのようだ。

破壊神ロンドといえば……あの極悪親父も一応あなたたちの同僚どうりょうなんだろう? その、なんだ……こんなになるまで放置してていいのか?」

 ちょっとしたクレーム気分だ。

 真なる世界ファンタジアが滅べば、蕃神に対抗できる次世代の誕生どころではない。

 職務怠慢の一種では? と言外に追求してみる。

 これにはM4も気まずそうだった。

「ご指摘はごもっともだし、私もどうにかしたいんだけど……大ボスであらせられる№00から『我らは不干渉ふかんしょうてっする』と鶴の一声が出てるんだ」

 世界の破壊は――ロンドの権能けんのうにして神能しんのう

「その使命をさまたげることはよろしくない……ってニュアンスだったね」

「宇宙卵から生まれたことと関係あるのか……?」

「まあ、私なりに最低限の弱体化デバフは掛けさせてもらったけど」

破壊神ロンドに弱体化? それは一体……」

 ツバサが尋ねようとするのをM4は「それは言わぬが花子ちゃんさ」とよく通る声ではぐらかすと、話のすじを本題へ戻した。

「さて、VRMMORPGアルマゲドンは異世界転移装置としての役割も大きいが、君たち人類を強くするためのトレーニングツールの役目もあったわけだが……ツバサ君、君みたいな現実主義者リアリストは思うところがあったんじゃないかい?」

「ああ、チートが過ぎるなとは思った」

 即答するM4は「うんうん」と賛意さんいを示す頷きを繰り返した。

 彼の反応を踏まえた上でツバサは持論じろんを語り出す。

 サービスのつもりはないが胸の重さが気になってきたので、特大級のバストの下で支えるよう腕を組み、超爆乳を持ち上げた姿勢となる。

「確かにVRMMORPGアルマゲドンは数あるVRゲームでも屈指くっしの……いや、史上最悪との悪評あくひょうで叩かれる難易度を誇った。あんな常人ならすぐコントローラーを投げ出すような常時ウルトラハードモードのクソゲーをやり抜いたんだから、異世界転移でもそれなりの強さを得られて当然……なんて意見をよく聞くけどな」

 ツバサに言わせてもらえば――甘すぎる。

 VRMMORPGアルマゲドン発売から真なる世界ファンタジアへの転移まで約一年。

「たった一年で神や悪魔になれるわけがないだろ」

 ある賢者は言った――学問に王道なし。

 10の技術を会得したければ、1から順に覚えていくしかない。ズルをして10を学んだところで、1から9が抜けているので物にならない。

 この原理をツバサはインチキ仙人に叩き込まれていた。

「365日寝食しんしょくを忘れてがむしゃらに努力しても、人間が神話に登場するような神や魔王といった上位者になれるわけがない」

 道理だね、とM4は同意する。

 しかし逆説を唱えるように研究者風の男は言う。

「それを可能としたのがVRMMORPGアルマゲドンというツールだ」

 これをツバサは「甘すぎる」と言わせてもらった。

 そのうえで意見を返していく。

「力を手に入れる方法ならいくらでもある」

 武器でも魔法でも能力でエネルギーでも、とにかく何でもいい。

 力を秘めた物を入手すればいいのだ。

 あるいは、誰かから授けられたりすることもあるだろう。

「チート能力をもらって異世界で無双する……なんて漫画やアニメや娯楽小説ではよくある題材だが、世の中そんなご都合主義で回るとは思わない」

 力を得るのは容易たやすいが――強さを得るのは難しい。

「強さは積み上げるもの、そしてつちかうものだ」

 強さは力と異なり、おいそれと手に入れられるものではない。

 自らを鍛えることで得られるものだ。

 技術、体力、精神力、スタミナ、技量、根性、気力、胆力……。

 こういった単語に置き換えてもいい。

「銃や剣も力ある道具ものだが、それを扱うには強さがいる。未熟な強さでは力を満足に扱えず、大きすぎる力に振り回されて遠からず自滅する……あるいは、うつわに余る力はそいつ自身を壊してしまいかねない」

 力はともかく、強さを手に入れるのは容易よういではない。

 ひたすら積み上げなければならないからだ。

「俺の観点かんてんからすれば懐疑的かいぎてきにならざる得ないんだよ」

 両のてのひらを見せたツバサは、お手上げにも似たポーズでいていく。

 ――真なる世界ファンタジアへ転移直後のこと。

 VRMMORPGアルマゲドンで習得した魔法や武術に技術といった、様々な技能スキルが使えたことに違和感を覚えて仕方なかったのだ。

「技能とは自ら経験することで身に付けるもの、力ではなく強さの一種だ。それをたかが一年ちょっとVRゲームで遊んでいただけで自分のものにできるなんて……あまりにも都合が良すぎる。チートおつ、と鼻では笑うしかないな」

 自力で覚えたものではない――ゲーム内での技能スキル

 それが自らの強さとなっていることに不自然さを覚えた。

「後にVRMMORPGアルマゲドンのアバターは、自身のアストラル体だからと多少は納得させられたが……やっぱり、違和感を覚えてしょうがなかったよ」

「うんうん、君はそう考える性質タチだよね」

 さすがケンエンさん・・・・・・のお弟子さん、とM4は妙な褒め方をした。

 ケンエンとはツバサの師匠の本名らしいので聞き捨てならない台詞なのだが、話を脱線させたくないのでスルーしておいた。

 どうせインチキ仙人のことだ――忘れた頃にヒョコッと顔を出す。

「では君の見解をかせてくれ」

 M4は自らの胸に手を当てて質問を投げ掛けてくる。

「そんなツバサ君は、私たちの仕事がどのようなものだと思う?」

VRMMORPGアルマゲドンのトレーニングシステムへ常駐じょうちゅうし、全プレイヤーの成長をバックアップ。潜在能力を開花させるよううながし、ただの霊長類れいちょうるいが神族や魔族と恐れられるほどの上位種族にレベルアップするまで支援する……」



 いつの日か――神魔を超える次世代となるまで。



「……かげとなり日向ひなたとなって、俺たちをサポートをしてくれたのでは?」

 カラクリこそ不明だが、そう考えれば異様すぎる成長速度にも整合性せいごうせいが取れた。超優秀なトレーナーに育成されたとでも考えればいい。

 すると、たった一人から万雷ばんらい拍手はくしゅが送られた。

 そらではけたたましいファンファーレがかなでられる。

「大正解だ! まったく君には驚かされてしまうよ! さすが誰よりもいち早く、私の元を真っ先に訪ねてくれただけはある!」

 M4は歓喜の雄叫びで賞賛しょうさんしてきた。

 ド派手な身振り手振りも交えての興奮っぷりだ。

「そうなんだよ、君以外のプレイヤーは誰も疑問に思わなかったんだ」

 愉快痛快と言わんばかりにM4は腹を抱えて笑う。

「ツバサ君の言う通りさ、考えてもみてごらんって話だよ。ついこの間まで人間だった者が、いくら濃密のうみつ“気”マナで満たされた真なる世界ファンタジアで特訓したところで、一年ちょっとで神様や魔王になれるわけないよねぇ」

「地球の常識からすれば『ば~~~かじゃねえの!?』案件あんけんだよな」

 フィクションでもそこまでのご都合主義は滅多めったにない。

 いや、ツバサが知らないだけで結構あるのか?

 貴種きしゅ流離譚りゅうりたんよろしく「実は主人公がとんでもない血筋の末裔なのでトンデモパワーに覚醒できました」の方が物語として余程よほどマシだと思う。

 激しく同意、とM4は笑いながら相槌あいづちを打った。

真なる世界ファンタジアでも『アホちゃうか!?』案件だよ。多種族たしゅぞく亜神族デミゴッド準魔族レッサーデモンクラスの強さとなるにも、最低百年単位の修行が必要なんだからね」

 現地生まれ神族(?)からの発言だ。説得力が違う。

 だとすると――不思議な案件でもある。

「じゃあ……どうやって俺たちは高位の神族になったんだ?」

 VRMMORPGアルマゲドンはレオナルドの主導によって、フミカとアキの情報処理姉妹が解析かいせきを進めており、大方おおかたのシステム構造は白日の下にさらされていた。

 確かにトレーニングツールとしての側面がある。

 ただし、本命はアストラル体となった人類を真なる世界ファンタジアへ転送する機能に主眼しゅがんを置いており、訓練などは精々サポートがいいところだという。

 多少の強化バフは働くようだが、盛大なパワーアップには程遠い。

『てっきり魂の経験値ソウル・ポイントの獲得率をこっそり爆増ばくぞうさせてたり、知らず知らずにパラメーターへ強化バフってるかと思いきや……期待ハズレもはなはだしいッスね』

『あくまでもステータス管理やレベルアップの審査しんさがメインで、プレイヤーを強くするような効果はほんのちょっとしかないッスね』

 アキとフミカはそんな感想を述べていた。

 レオナルドから事前情報として「トレーニングの成果を効率的に上げるシステムのはず」と聞かされていたので、少々買い被ってしまったらしい。

 VRMMORPGアルマゲドンはあくまでも補助レベル。

 プレイヤーの成長速度を爆上げしていたのはM4たちの仕事だとして、その内容が不透明だ。そこの詳細を是非とも知りたい。

「ハッハッハッ、レオナルド君もそこを鵜呑うのみにしていたか」

 聡明そうめいな彼から一本取ったことをM4は喜んでいた。

「まんまと私たちの術中じゅっちゅうにハマってくれたようなものだよ。№00率いる私たちのチーム以外には、この実情をまったく伝えなかったからね。しかし、アキちゃんがそこまで調べたか……情報関係だけは随一ずいいちだねホント」

 アキの手腕しゅわんを褒めたM4は、人差し指で自身の頭を差し示した。

「そもそもの話、楽して強くなるすべがあるかね?」

 あるわけがない――即答する前にM4は続ける。

「さっき君も言った通り、強さを得るには一から始めて十に到達するしかない。十から百へ辿り着くには、十一から九十九までを数えていく必要がある」

「それを省略することは許されない……なら、どうする?」

「それを可能としたのが私たちの仕事さ」

 M4が指を鳴らすと、無数のスクリーンがこちらへ飛んできた。

 スクリーンには今現在、何らかの技能スキルを習得中のプレイヤーや、魂の経験値ソウル・ポイントを高めているプレイヤーの情報がリアルタイムで送受信されていた。

 ツバサが目を通すのを認めてからM4は続ける。

「ちょっとズルっぽいけど、私たちのやってたのは以下の通りだ」

 技能スキル習得や魂の経験値ソウル・ポイントを獲得するためにプレイヤーがやる気、あるいは向上心などの欲求をもよおすと、M4たちのシステムは感知する。

 独自の特殊魔法により、そのプレイヤーから分身を抽出ちゅうしつ

 プレイヤーの分身はM4のいるこの異相いそうのように、真なる世界ファンタジアとは時間的に隔絶かくぜつした亜空間へ飛ばされ、そこで目的が達成するまで修練に励む。

 分身はその者のやる気を抜き出した、わば意欲いよく化身けしん

 不言実行で黙々と目標達成のため訓練を繰り返す。

 やがて魂の経験値ソウル・ポイントを得――技能スキルを体得する。

 種族的なレベルアップも同様だ。

 分身はプレイヤー本体へ戻され、その経験が当人へと還元かんげんされていく。

「これが、私たちの仕事のあらましだ」

 神族や魔族へと成り上がるのにも、この強化方法は採用されたようだ。亜空間でどれだけ長い年月を修練に明け暮れたのだろうか?

 M4は解説の締めに取り掛かる。

「私たちの作業は多岐たきに渡るので、細かく説明すると400字詰め原稿用紙が1万枚あっても報告書にまとめられる自信がなくてね。アバウトに説明すると大体こんな感じなんだよ。うん、概ね間違ってないはずだよ多分」

「いや、語尾に曖昧あいまいな単語を並べないでくれ、なんか不安になる」

 そこはキッパリ「こうだ!」と断言してほしい。

 しかし、おかげさまでたった一年で神様になれた謎が解けた。

 スクリーンの情報はM4の説明を裏付けている。

「つまり、強くなろうとする度に俺たちのやる気は“精神○時○部屋”に飛ばされてたってわけか……亜空間の時間差を利用したイカサマみたいだな」

 ツバサたちも似た異相を見つけてお世話になってきた。インチキみたいに評したものの、同じ手法でLV999スリーナインまで鍛えたのだから言えた義理ではない。

 やはり、難点ネックになるのはいつも時間。

 ――圧倒的に時間が足りなかった。

 そこで空間ごとに流れる時間差を利用し、1時間の鍛錬を100時間にも1000時間にも増やしてきたらしい。これで足りない時間をカバーしたわけだ。

 恐らく、他にも多種多様なフォローをしているに違いない。

 たくさんの時間を費やしても解決しないことはいくらでもある。

 強さの高みを目指す過程など最たる例だ。そこを目指す者たちの背中を一歩でも先へ進めるように地下添えをしていたのだろうと推測できた。

 多少強引だが解決したのだから、M4たちの功績は大したものだ。

「イカサマは酷いなぁ。叡智えいちすいと言っておくれよ」

 M4は気を悪くせずニヤニヤ笑っていた。

 頭を差していた人差し指を立ててクルクルと回す。

「私的にはあれを思い出すけどね。ほら、なんだっけあれ? ボタンを押すと何もない空間に飛ばされて、そこで五億年過ごすんだけど、五億年経ったらすべてを忘れて何事もなかったように戻ってくるってやつ」

「ああ、五○年ボタンだったかな」

 元ネタは短編のブラックユーモアな漫画だったはずだ。

 確かに「亜空間での時間が記憶に残らない」という点は似通にかよっている。あの物語ではそこがミソなのだが、M4たちの場合はちょっと残念な仕様だった。

 ツバサたちプレイヤーは強力な支援を受けてきた。

「あなたたちの仕事振りは確かなものだと認める。こうして明かされた今、今日まで恩恵おんけいを受けたことには改めて感謝したい……」

 ありがとうございます、とツバサは誠意を示して一礼を贈る。

 M4は何も言わず嬉しそうに微笑むばかりだ。

 顔を上げたツバサも微笑を浮かべるが、どことなく寂しげだった。

「だけど、努力の過程かていを実感できないのはちょっとな……」

 努力の成果のみ還元し、努力した時間は覚えていない。

 辛く苦しい記憶はストレスになるかも知れないが、それを耐え抜いた経験は価値ある得がたいものだ。ツバサはそこを重視してほしかった。

 予想通りなのか、M4は面目なさそうだ。

「やっぱり努力家で修行ジャンキーなツバサ君みたいなタイプは、そういう風に思っちゃうよねぇ……でも度が過ぎない? 大丈夫、マゾって心配されない?」

「だれが虐められて感じるマゾですか!?」

 ねやでミロから言葉責めを受ける夜を思い出して赤面した。

 ツバサに怒鳴られたM4は「ごめんごめん」と両手で制してくる。

「いやさ、私たちもそこはあれこれ苦慮くりょしてみたんだよ? でも、分身が精進しょうじんした経過けいかを一分も漏らさずに本体へ戻すと、人によってはストレスで成長が鈍化どんかしてしまうものでね……必要最低限の記憶のみ想起そうきできるようにしたんだ」

「必要な記憶のみ……あ、もしかしてカットイン?」

 ツバサには思い当たる節があった。

 VRMMORPGアルマゲドンを始めた当初、倒したモンスターを解体して肉や皮を得る作業をしていた時、視界に妙なカットインがいくつも走ったのだ。
(※第5話参照)

 それらは生物を腑分ふわけする行程を克明に映し出していた。

 記憶の想起そうきとはこれに当たるらしい。

「あのカットイン、分身が異相で経験した記憶の再現だったのか」

「そんなところだね。ほら、人間でも“ゾーン”だっけか? 集中力が限界突破して一瞬が永遠みたいに感じたり、死ぬ間際にこれまでの人生をいっぺんに思い出すなんて体験談を聞いたことがあるでしょ? あれと似たようなものだよ」

 そういった変性へんせい意識いしき状態じょうたいも利用している発言だった。

(※変性意識状態=本来の意識があるべき状態とは違う、普通ではなく異常に感じる覚醒状態になってしまうこと。スポーツにおけるゾーンを始め、悟りで至る無の境地、宇宙との一体感、全知全能感など、様々な状態があるらしい)

 M4は蛇足だそくみたいに話を付け足す。

「№00の大ボスはプレイヤーの潜在せんざい能力のうりょくをこれでもかー! ってくらい底上げしているし、№03のマリアさんは上昇した成長スピードに無自覚の疲労が溜まりがちなみんなの心身をケアをしてくれてたり……」

 彼らの担当する分野に触れていた。

「そして、M4あなたは俺たちのステータスやレベルの管理を受け持つと?」

 ツバサ指摘にM4は「うむ」と小さく唸る。

 軽い咳払いにも聞こえたが、そこから話の流れを方向転換させた。

「数字はいいよね。わかりやすい」

 いきなり数学の話? とツバサは小首をかしげる。

「感覚的にしか判断できないものでも、数字にすればあら不思議。視覚化されることで誰にでもわかりやすく理解することができる」

 1よりも10が多いのは当たり前。

 数が多ければ多いほど豊富にあるから、そこの頼もしい力強さを感じることができる。反面、物によっては数が多いだけ困るものもある。そういう場合は減らせば減らすほど快感に通ずる喜びを覚えられるだろう。

「特に数多くのコンピューターゲームに触れてきたであろう、地球テラでも日本人で君たちのようなゲーマーは、数の素晴らしさを知っているはずだ」

 残り経験値100を貯めればレベルが上がる。

「これがわかるとわからないでは、モチベーションに雲泥うんでいがある」

 パラメーターが数値化されれば自身の長所短所がわかる。

「キャラの育成方針を判断する材料として、これ以上のものはない」

 技能スキルを習得すればスキルツリーが埋まる。

「これは数ではなく状態確認の枠ステータスだよね……まあ、大差ないけど」

 それこそステータスやレベルの具現化に他ならない。

 詰まるところ――こういうことだ。

「M4……あなたが俺たちに強いたのは強さの可視化かしかか?」

「その通り。強さの段階をレベル制にして、自身の能力を数値化。わかりやすい枠を君たちにめたってところさ。一応、加護かごとして分類される」

 あらゆる向上心こうじょうしんへ追い風となるアシスト系の加護だという。

 加護でありながら常時発動型パッシブ強化バフでもあるらしい。

自画自賛じがじさんだけど、君たちもレベルアップがはかどったんじゃないかい?」

VRMMORPGアルマゲドンの難易度は常軌じょうきいっしてたけどな」

 悪戯な笑みを浮かべたツバサはちょっと厭味っぽく言った。

 これにM4も皮肉で返してくる。

「おやおや、そこはそれだよ。リアルに必要な行程を大幅に時間短縮&作業を簡略化してるんだ。それくらいの辛酸しんさんめてもらわないとね」

 激しく同意、と努力家なツバサは頷かされる。

「なんにせよ――君たちは強くなった」

 それは与えられた力ではなく、自らの積み重ねた強さだ。

「亜空間との時間差を始め、私たちのチームが誰にも知られず、れどダイナミックにサポートしてきた裏はあれども、血と汗が滲むまで努力したのは君たち自身の意志だと……私はここに主張させてもらいたい」

 よく頑張ったね――M4は生徒の健闘けんとうたたえる教師のようだった。

 簡素かんそな一言なのに、ツバサの涙腺るいせんうるんでいた。

 誰かに褒められたくて鍛えてきたわけではないが、畏敬いけいの念を払うべき能力を持つ人物に褒められるのは悪い気分ではない。

「だがしかし、君は私たちの加護を鬱陶うっとうしく感じていたはずだ」

 ツバサは図星ずぼしを突かれてギクリとする。

 この異相へ招かれる前、ステータスやレベルを束縛そくばくのように憎み、ただ数が増えるだけの魂の経験値ソウル・ポイントに嫌気が差していた。

 M4たちの加護と知らず悪態あくたいばかりついていた

 もしや思考回路まで読まれていたのでは!? あるいはロンドを殴り飛ばしながら「ステータスやレベルで俺を計るな!」的な暴言も聞かれてた!?

 ハラハラするツバサの心中をM4は見透みすかしてくる。

「大丈夫、君がステータスやレベルに苛立いらだちを覚えるようになったのは百も承知だよ。むしろ、そうした悪感情あくかんじょうを持つことを私たちは待っていたんだ」

 話している最中――ずっとM4は動いていた。

 激しくではないが、ツバサを中心として周囲を回るようにゆっくり歩いたり、話の最中に身振りを手振りをくわえて説明してくれていた。場合によっては轆轤ろくろを回すような手付きをしたりと、やや忙しなく感じるほどだ。

 新作ガジェットの発表会でCEOがするプレゼン。

 そんなイメージに近い。もしくは元気いっぱいな教授の講義である。

 発する言葉もフレンドリィさに満ちていた。

 そうした人情味あふれる態度から一転、神に仕える神官のようにおごそかな表情に塗り替えると、口調まで真剣味の鋭さが増した。

「私たちのほどこしたものは加護かごであり――呪縛じゅばくだ」

 M4は表裏一体の真実を解き明かす。

「君たちのアストラル体が未熟であるならば、ステータスやレベルというていを借りた加護として働くだろう。しかし、それはあくまでも私たちが掛けた魔法の術式に過ぎず、いずれは君たちを縛りつける拘束こうそく呪詛じゅそとなる」

 ――M4を始めとした6人の灰色の御子。

 彼らが考案こうあんした人類の成長を大いに促す強化魔法は、肉の器から解放された未成熟なアストラル体には加護と成り得るだろう。

 しかし、成長を続ければ加護はうとましくなる。

「この加護は私たちが編み出したもの……私たちより強き者には加護たり得ず、むしろLV999スリーナインという枠に抑えようとする拘束にしかならない」

 即ち、M4たちを超えた強者には足枷あしかせとなる。

 強さを推進すいしんする加護かごは転じて、高みを目指す者への呪縛じゅばくとなるのだ。

 M4とツバサを取り巻いていた無数のスクリーン。

 その1枚1枚が目映まばゆい輝きを発すると、草原の広がる異相が瞬く間に光へと包まれていく。ツバサの意識もこの場から遠のこうとしていた。

 この異相から離れる時間が来たらしい。

可視化かしかされた強さへの疑い、それをいた者への不満、すべての魂の経験値ソウル・ポイントを使い果たし、我らの強さを超えんと産声を上げる……」

 光の向こう側でM4は嬉しそうに笑った。

此処ここかごは壊れた……ツバサ・ハトホル、君はもう自由だ」

 元いた場所に戻れ、あるいは先に行け。

 そんな意図いとを込めたのか、人差し指でツバサを指し示す。

「神をえて魔をしのぎ、更なる強さを求めるがいい! もはや君を縛りつける加護も呪縛もない! 自由に大胆に……思うがままに高みを目指せ!」



 そして成し遂げるがいい――君が思い描く想世そうせいを!



 燦然さんぜんとした光の彼方かなたにM4は消えていく。

「……なんて訓示くんじっぽくカッコつけてみたけどね」

 やっぱりしょうに合わないな、とM4は子供みたいに舌を出しておどけた。

 こちらがの性格らしい。親しみやすくていい。

「そんなわけでツバサ君、君こそ私たちの待ち望んだ新世代だ」

 状態確認の枠ステータスを壊し、強さの段階レベルを超え、LV999スリーナインの壁を打ち破った者。それは取りも直さず、それらを課したM4たちを超えたことを意味する。

 神族と魔族の間に生まれた――灰色の御子。

「これまた自慢みたいでホント嫌になっちゃうんだけど、その中でもトップクラスの私たち6人が創った加護がいらなくなったんだ」

 それこそ神族も魔族も超越したあかし

 誇ってくれ、とM4は我が事のように喜んでいる。

「私たちの手助けはあったけれど、君は自分でそれだけの力を勝ち得たんだ。修行ジャンキーな君に改めて『これからも頂点を目指して頑張れよ』なんて陳腐ちんぷはげましもあれだからね。この言葉を贈らせてもらう」

 苦難くなん困難こんなん至難しなんは計り知れないだろうが――絶対に負けるなよ。

「そして願わくば……真なる世界ファンタジアを頼む」

 M4は切実さを隠すことなく本心から訴えてきた。

 この人もまた、未来のために自己じこ犠牲ぎせいいとわない傑物けつぶつである。

 自らの可能性に限界を見極め、現世代では叶わずとも子供の世代、あるいは子孫の世代に強い力を伝えられればと……すべての希望をたくした。

 だからツバサたちの育成いくせいけたのだ。

 LV999を超えたおかげか、今まで以上に他者の心境を感じ取れる。

 M4の様々な感情が痛いほど伝わってきた。

「……ああ、任せてくれ」

 超爆乳に阻まれるも、ツバサは握った拳を心臓に押し当てて約束する。

 M4は肩の荷が下りたように安堵あんど表情ひょうじょうを浮かべた。

「そろそろお別れの時間だが……予想通りだったとはいえ、一番最初に私のところへ来てくれたのがツバサ君で本当に良かったよ」

 ずっと御礼おれいが言いたかったんだ、とM4は思いの丈を打ち明ける。

「御礼? 俺、何かしましたか……?」

 思い当たる節がないツバサは、クエスチョンマークを浮かべていた。

 M4は恥じ入るように感謝の意を伝えてくる。

「したともさ、君は私の大切なものを護ってくれた恩人なんだ」



 私の名前は――マーリン・マナナン・マクリール・マルガリータ・・・・・・



 明かされたM4のフルネームにツバサは瞠目どうもくする。

 マルガリータ――それは五女マリナが使っているハンドルネーム。

 マリナの場合、正しくはマルガリーテ・・・・・・と一字違い。

 彼女がこの名前を撰んだのは、VRMMORPGアルマゲドン内で探していたワーカーホリックな父親だというGM。彼のハンドルネームを参考にしたからだ。

 M4の全身が光へと飲まれていく。

「ま、待って! あなたは、マリナのお父さ……ッ!?」

 手を伸ばしたが届くわけもなく、M4の姿も遠のくばかり。

「娘のこと……どうかよろしくお願いします」

 M4は去り際、姿勢を正してツバサに深々ふかぶかとお辞儀じぎをする。

 それは愛娘の未来を案じる父親の顔だった

  ~~~~~~~~~~~~

 夢見るような出来事は一瞬よりも短い時間。

 胡蝶こちょうゆめのような体験から我に返ったツバサは、渾身こんしんの力を込めた右ストレートの拳骨げんこつをロンドの左頬ひだりほほにめり込ませているところだった。

 ちょうど仕切り直したいので、このまま間合いを取るため殴り飛ばす。

 向こうも同意するような動きで退しりぞいていく。

 ロンドにしてみれば超爆乳の大地母神が自慢の巨大なバストを揺さぶりながら、終わることを知らない一撃必殺のオラオラ連打ラッシュでひたすら殴ってくるのだから、そろそろ解放されたかったのだろう。

 揺れるバストは惜しいとか思っていそうだが……。

 それ以前に危機感を働かせているようだ。

 殴り飛ばされたロンドは必要以上に距離を空けないようにと、空中にブレーキこんが残るほど制動せいどうをかけ、なんとか空中に踏み止まっていた。

 中央大陸北部――守護神ツバサ破壊神ロンドの決戦場。

 両者の激突による大陸の北側はほぼ壊滅。地盤じばんから砕けた大地は海にぼっし、場所によっては地殻ちかくもマントルも穿うがち、星の中心核に届く大穴が開いていた。

 跡形もなくなりそうな下界を覆い尽くす混沌の泥。

 そのすべてが破壊神ロンド眷族けんぞくなのだから気が滅入りそうだった。

 空には汚泥のように重苦しい低気圧が居座いすっている。

 一吹きで都市を薙ぎ払う激風と一撃で森林を灰燼にする轟雷、激甚げきじん災害さいがいの渦巻く大嵐の中でも動けるのは、ツバサとロンドの2人だけだ。

 ツバサの攻撃範囲ギリギリまでロンドは後退あとずさっていく。

 ようやく停止すると、殴られっぱなしの顔をそでぬぐった。

 たったそれだけで壊れかけていた顔面が復元ふくげんする。

 全身も複雑骨折するレベルで殴打させたはずだが、眷族にして破壊神ロンドの一部でもある混沌の泥を取り込めば、すぐさま万全に元通りだ。

 羨ましいとは思わないが、単純にズルすぎてムカつく。

 復活するロンド――だが反撃してこない。

 未知なる存在に遭遇そうぐうした獣のように警戒心を働かせていた。

 ほほに一筋の冷や汗を垂らしたロンドは尋ねてくる。

「ツバサ……のあんちゃんだよな?」

「なんだよ今更、別人にすり替わったとでも言いたいのか?」

 ロンドの言わんとしていることは察するのだが、ツバサは敢えて知らぬ存ぜぬでとぼけることにした。別に自慢することでもない。

 状態確認の枠ステータスが消えたツバサは解放されていた。

 まぶたを閉じてもステータス画面は浮かばず、ツバサにはただの制限となっていたレベルの階級も消えていた。これまで習得した技能スキルはすべて感覚的に把握でき、新たな技能を開発するのも想像力次第である。

 もはやVRMMORPGアルマゲドンから異世界転移したプレイヤーではない。

 大地母神――ツバサ・ハトホル。

 真なる世界ファンタジアに生きる神族の一柱として本当の自由を得ていた。

 いや、M4に言わせれば神をえ魔をしのぐ新世代。

 神魔じんまを超越した新種族として、ツバサは覚醒を果たしたのだ。

『ツバサ君――我らを超えし次世代よ』

 脳裏の奥、異相の彼方よりM4の声が通信のように届けられる。

『――君の行動を制限していた状態確認の枠ステータスも――果てなき高みへ昇ろうとする君の天井となっていた強さの位階レベルも――完全に取り払われている』

 M4は再確認するように教示きょうじしてくれた。

『私たちの引いた線路レールを進むのは終わりだ――ここから先は君が道をひらけ』

 ――想うがままに成せばいい。

『想いをせば世界がる――それが想世そうせいを司る君たち・・・の力だ!』

 カキン! と魂の奥底でかぎを開けるような音がする。

 途端にその深いところから絶大な力の奔流ほんりゅうが立ち上り、ツバサの総身そうしん所狭ところせましと駆け巡った。今までLV999スリーナインという上限によって不条理ふじょうりに抑えつけられてきた、ツバサの本当の力が解き放たれたような気分だった。

 実際そういうものなのだろう。

 重石おもしを乗せられて動きを封じられていたも同然である。

 その重石が取り払われた今、全力を発揮するツバサを制するものはなく、十全じゅうぜんを超える真の実力を奮える時がやってきたのだ。

 たかぶる気持ちが荒ぶり、込み上げる笑みが獰猛どうもうさを帯びる。

 外見上こそ目立った変化はないが、内面では凄まじい変化をツバサ自身の意志で加速度的に進めており、ロンドはそれに勘付かんづいたらしい。

 流れ落ちる冷や汗が止まらない。

 決して認めないだろうが、破壊神ロンドは脅えているのだ。

「なんだろな、この……全世界が息を呑んだみたいな緊迫感きんぱくかんは」

 汗を手の甲で拭うロンドは感想を一言にまとめた。

「何が起きたのかわからん、だが……オレの破壊神としてのかんが騒ぎやがる。何かがおかしい、何かが違う、気をつけろってうるせえんだわ」

 そこでだ! とロンドは白い冷気を漂わせる。

 白い虚無が訪れる前触れだ。分析アナライズするまでもなく一目でわかった。

「もう一度“完全なるパーフェクト・時間停止”タイムストップを使わせてもらう!」

 そのうち対策できるはずだが、あの全次元を凍てつかせる白い虚無にはツバサもまだ太刀打ちできない。ほんの少し溶かすのが関の山だ。

 これを利用し、今度こそツバサの息の根を止める算段さんだんなのだろう。

「またミロ嬢ちゃんに邪魔されようが関係ねえ! 白い虚無で凍傷とうしょうして手足を失おうとも構うもんか! ツバサ、おまえを仕留められりゃあなッ!」

 ロンドも我武者羅がむしゃらに必死だった。

 我が身をそこなおうとも絶対勝利をもぎ取るために――。

 どうせ手足を失っても再生するし、世界を滅ぼせば自分も消えるつもりなのだから、なりふり構わない手段に出るのは当たり前とも言えた。

 白い虚無が顕現けんげんし、多重次元のすべてを瞬時に凍り付かせんとする。

「喰らぇい! 【凍てつく時空タイムスペースは永久の・ホワイ……ボブデビッ!?」

 勇ましくも過大能力の名前を叫んで効果を発動させようとしたロンドだったが、いきなり横槍よこやりの如く叩き込まれた鉄拳に邪魔される。

 ツバサは距離を置いたまま目の前にいた。

「じゃ、じゃあ……この拳骨ゲンコツはどこのどどいつ……ッッッ!?」

 ロンドは眼球をグルリと回して視界しかいはしとらえる。

 瞬間、ありえないほど両眼を見開いた。

 真紅しんくたてがみを振り乱し、女神らしからぬ筋肉によろわれた肢体。牙を剥いて獲物に齧りつく笑みを浮かべた形相は、血塗られたような隈取くまどりで彩られていた。

 そして、万物を焼き尽くす終焉ついほむらをまとう。

 破壊神ロンドの横っ面に拳を打ち込んだのは殺戮の女神セクメトだった。

 紅炎に燃える真っ黒い拳を叩き込まれ、顔面の半分を潰すように燃えながら炭化たんかさせているが、驚愕の表情を隠しきれていない。

「なっ……ツバサが二人ぃぃぃッ!?」

 上半身を紅炎に包まれたロンドはまたしても殴り飛ばされる。

 その飛ばされた先では、次元を断つチェンソーの駆動音くどうおんが待ち構えていた。

 過剰かじょうなくらいの豊艶ほうえんさを誇る女体美。乳房の盛り上がりやお尻の張り出し方は他の女神の比ではなく、経産婦けいさんふのような色香いろかを醸し出していた。

 整えられた長い髪は純白。まるで雪からつむいだかのような白さだ。

 ――魔法の女神イシスが手ぐすね引いて待っていた。

 この外見、極悪親父ロンドの視点ではこう見えるらしい。

「今度は真っ白人妻系豊満雪女だとぉッ!?」

「誰が抱き心地良さそうな極上の安産型ムチムチ女体雪女だ!?」

 魔法の女神イシスは両手に次元断層チェンソーを振り翳す。

 燃え盛る肉体をチェンソーでバラバラにされながら異空間の彼方へ吹き飛んでいくロンドだが、残った頭部は視野しやを広げて状況を確認していた。

 神々の乳母ハトホルがいて――殺戮の女神セクメトもいる。

 なのに、破壊神ロンドを解体するべく魔法の女神イシスが暴れていた。

「こいつで三人目ぇ……何が起きてんだおいっ!」

 今にも燃え尽きそうなくらい炭化した頭部と、コアを収めた胸部。それだけにされたロンドは混沌の泥をまとわせて逃亡を試みる。

 逃げた先――蒼い流れが待ち受けていた。

 スタイル的には神々の乳母ハトホルとほとんど大差がない容姿ようし

 ただでさえ長い髪はどこまでも伸びて空のようなあおに染まり、また同色の蒼を帯びた羽衣をまとっているが、これも延々とした長さで伸びていく。

 どちらも“気”マナの流れを司り、この女神の特徴でもある。

「ようこそ、無限投げ回し地獄へ!」

 歓迎のポーズで待ち侘びていたのは――天空の女神ヌゥト

 どこまでも伸びる蒼い長髪と果てを知らない蒼の羽衣を張り巡らせ、その一端いったんにロンドの残骸ざんがいを捉えると、そこから即死級のジェットコースターへ乗せるようにちりとなるまで超加速させつつ投げ続ける。

「あばばばばばばばばばばばッ! よよよよ四人目めめめめぇぇぇ……ッ!?」

 驚天きょうてん動地どうちの悲鳴を上げながらロンドの頭部は消えていく。

 塵も残さずコアが消えるまで投げてやった。

 どうせ混沌の泥から復活するだろうが、まだミロから貰った主神メイン・の王権オーソリティの効力が活きているし、多少なりともダメージ増加が見込めるはずだ。

 案の定、眼下を覆う混沌の泥が沸き立ってくる。

 そこから新しい肉体を再生させた破壊神ロンドが、理解の及ばない展開に毒突きながら舞い戻るように飛び出してきた。

「一体全体どうなってやがる! なんだぁ、質量のある残像かぁ!?」

 次から次へと現れるツバサの変身形態。

 しかもツバサ本人は動いていないのに、忽然こつぜんと現れた変身した女神からの奇襲を立て続けに喰らったロンドは、納得いかなそうに辺りを見回した。

 そして、愕然がくぜんとしたまま絶句ぜっくする。

 神々の乳母ハトホル殺戮の女神セクメト魔法の女神イシス天空の女神ヌゥト

 四柱よんはしら女神めがみに囲まれていたからだ。

 状況を把握するため距離を置いて様子見ようすみしようと目論もくろんだようだが、そうは問屋とんやおろさない。ツバサたちは逃さぬよう完全包囲した。

 東西南北を抑えるように立ち塞がる四女神。

 ロンドは超高速で移動しつつ変身していたと予想したらしい。

 だが、ツバサを含む四柱の女神は実体を持っていた。

 ちゃちな残像ざんぞうやその場凌ばしのぎの分身ではない。さすがのロンドも女神それぞれが発する莫大ばくだい闘気オーラを肌で感じることで理解したようだ。

 ゴクリ、と固唾かたずを呑んだロンドは真顔で呟く。



「…………おっぱいがいっぱいだ」



 ツバサたちは速攻で極悪親父をタコ殴りにした。

 余計な一言が「カチッ!」とかんさわった四女神はロンド取り囲み、殴る蹴るどつくの暴行を繰り返し、私刑リンチよろしく踏み付けキックで足蹴あしげにする。

 プロレス技のスタンピングというやつだ。

 紅炎も魔法も合気も用いず、純粋な暴力で叩きのめしていく。

「あひぃぃぃぃぃ~ッ!? おっぱいいっぱいでフルボッコおぉぉぉッ!? あーそこダメ止めてもっとぉぉぉーッ! 爪先でイジイジしたりかかとでグリグリ踏んづけていいよぉぉ~ッ! 死ぬ死ぬ死んじゃうけど痛気持ちいいいーッ!?」

 ロンドは為す術なくズタボロにされるも、未成年には聞かせられないような文言を並べて悶絶もんぜつし、ピンク色の絶叫を張り上げていた。

 そういや真性のマゾだっけ、ロンドこいつ……。

 よくミレンに暴力を振るわれて喜んでいたはずだ。

「……って、マジで死ぬわコレ!? いいかげんにせぇよッ!」

 ロンドは自らを混沌の泥へ戻すように軟体化させ、飛沫しぶきのように飛び散りながら逃げた。ある程度の離れてから肉体を再成形する。

「どんな理屈りくつか知らんが……バカなことしたなぁおい?」

 五体を取り戻したロンドは、意地悪そうな笑顔で糾弾きゅうだんしてきた。

 他人の揚げ足を取るような物言いである。

「分身ってのは大技っぽいが、分身に力をいた分だけ自分が弱くなるのが決まり事だ! そういうタイプの分身じゃなきゃ、耐久力が紙装甲で長丁場ながちょうばは任せられねぇと決まってる! こんな場面で使うなんざ愚の骨頂だぜ!」

 ツバサ以外の女神を分身と決めつけてののしった。

 その三柱の女神は消えたと錯覚するほどの高速移動を行う。

「そうか? じゃあ試してみろよ」

 破壊神おまえの身体でな、とツバサは成り行きを見守った。

 分身如きと侮ったロンドは殺戮の女神セクメトに頭上を取られたことも気付かず、攻撃を仕掛けられてから出遅れるように反応していた。

滅日の紅炎メギド・フレア――豪鉄球モンケーン!」

 鋼の質量と重量を宿した紅炎は大きな鉄球を模す。

 それを建築物解体に用いられる鉄球のようにかざしたセクメトは、巨大な拳としてロンド目掛けて剛速球で叩き落とした。

 ズドン! と大気をぜさせながら突き抜ける重量級の紅炎球。

 まともに食らったロンドは上半身をひしゃげさせる。

「ぶぅおあッ! こ、こいつはぁ……本物!?」

 分身の力ではない。力を割いて弱体化するどころではない。

「さっきから戦ってる殺戮の女神セクメトと同等……いや、それ以上だとぉぉぉッ!?」

 全身を炭に変えながらロンドは墜落ついらくする。

 混沌の泥をまとわりつかせて回復しようとするが、その泥がロンドの元へ辿り着く前に、横取りされるみたいにどこかへと吸い寄せられていく。

 目を向ければ――そこに大輪たいりんの花が咲いていた。

 花弁のひとつひとつが次元断層チェンソーでできた悪夢の花だ。

「――次元じげん断絶だんぜつ斬狂ざんきょう散華さんか!」

 ブラックホールの性質を持つ黒刃こくじん不可逆ふかぎゃく圧縮あっしゅくされた後、次元を断って異空間へと転移する無数の刃で原子レベルで細断さいだんされていく。

「じょ、冗談じゃねえ! こんなん分身どころじゃねぇぞ!?」

 混沌の泥が餌食えじきとなっている隙にロンドは逃れる。

 ブラックホールの吸引力に逆らって、殺戮の女神セクメト魔法の女神イシス神々の乳母ハトホルもいない方角へ逃げるのだが、それこそツバサたちの思う壺だった。

「そうさ、俺たちは分身じゃない」

 誰もいない方向へ逃げたロンド、その行く手に天空の女神ヌゥトが回り込む。

「全員とも正真正銘――ツバサ・ハトホルだ」

 想うがままに為せば世界が成る。

 それが想世の力に覚醒した新世代の能力だとM4は言った。

 真に受けたわけではないが、ツバサは以前から考案していた「変身形態を力ある幻像ヴィジョンとして分離して自分を支援させる」技を試してみた。

 着想ちゃくそうしたアイデアは幽波紋スタンドというものだ。

 超能力を偶像ぐうぞうとして個別に扱い、自身とは別個の攻撃能力を持たせる。

『自分も一緒に殴ればダメージ倍々じゃね?』

 単純な発想だが、そんなネタを漠然と考えていた。

 ロンドの指摘した通り、LV999スリーナインの時点ではそんな分身を作ろうとすれば満足の行く代物にはならず、この発想はお蔵入りとなっていた。

 だが、想世の力に目覚めたツバサなら可能だ。

 仔細しさいは省くが、力を弱らせることなく能力向上させた分身を用意できた。

 蒼い髪を踊らせたツバサは冷徹れいてつに微笑む。

天空の女神おれ合気あいきだけが能じゃない、こういうこともできる」

 蒼い長髪と蒼い羽衣が螺旋らせんを描き、ドリルランスとでも呼ぶべき長大な槍を形作ると、そこに硬質化した“気”マナらせて超速回転させる。

「シンプルに“ブルーランス”とでも名付けておこうか」

 その螺旋らせん突端とったんでロンドのコアを貫いた。

 まだ主神メイン・の王権オーソリティーを帯びているので……。

「ぐぉぉぉぉぉッ!? オ、オジさん死ぬほど痛ぇんだけどぉぉぉッ!?」

 狙い通り、効果は抜群のようだ。

 ロンドは自らの意志で肉体をバラバラに分解、混沌の泥とドロドロに混ざりながら液体化して、蒼のドリルランスから逃げ果せていた。

 そこからとにかく安全圏あんぜんけんまで後退あとずさ

「ぶ、分身の強さじゃねえ……なんなら、以前のツバサより断然強い?」

 肉体を修復しつつ、ロンドは最大限の警戒網けいかいもういた。

 決してツバサを近寄らせまいと目を光らせる。

 息も絶え絶えな極悪親父は、こめかみも口角こうかくも釣り上げて鼻の穴もプクッと大きく膨らませると、あらん限りの大声で怒鳴ってきた。

「どんなチートしてんだよ兄ちゃん! ズルは良くないぞズルはッ!?」

「「「「どの口がほざくかインチキ大魔王がッ!?」」」」

 四女神で総ツッコミを入れてしまった。

 調子は狂うものの、なんだかツバサは無性むしょうにおかしくて笑ってしまった。大人をからかうメスガキの笑顔でロンドにある台詞を突き返してやる。

「セオリーや定石じょうせきに縛られちゃダメだぜ」



 ――俺はそういうのに縛られないタイプだ。



 いつぞやの演説への返礼とばかりにツバサは言い放った。

 ロンドは口惜くやしそうに眼を細めて歯軋はぎしりしている。この手のオッサンは、自分の高説こうせつ論破ろんぱされると自尊心プライドを傷付けられて怒りやすくなる。

 自制心じせいしんを揺さぶり、もっと油断させたいところだ。

 下手へたに怒りを買って裏目うらめに出ることもあるが……。

 偉そうな高級ロングコートを羽織った肩を震わせて、目元を伏せていたロンドは急に顔を上げると、嵐を吹き飛ばす激昂げっこうの雄叫びをほとばしらせた。

「言わせておけば……ピーピーさえずるじゃねえか若造わかぞうがぁぁぁぁぁーーーッ!」

 ヤバい――本気の怒りに火を着けてしまったようだ。

 激怒する破壊神ロンドに呼応して眷族けんぞくも狂乱する。

 混沌の泥が地の底より湧き立ちながら沸き立ち、これまでとは比較にならない数の巨獣きょじゅう巨大獣ベヒモス、そして大蛇おろちを大量生産で送り出してきた。

 特に大蛇の数が尋常じんじょうではない。

 ツバサたちに群がる大蛇も今までの比ではなく、もはや軍勢と呼ぶしかない大群となって襲い掛かるが、別働隊べつどうたいがいることに悪い予感を覚えた。

 百匹を数える大蛇は一カ所に集まって変形する。

 それは生体で構成された、巨大な砲塔ほうとうにしか見えなかった。

 砲口ほうこうは費やされた大蛇の分だけなので百あるが、それをひとまとめにした蜂の巣のような形状で、集合体恐怖症トライポフォビアには耐えられない造形だ。

 ――悪い予感は的中する。

 百の砲口それぞれで、百の破滅的な過大能力オーバードゥーイングみなぎっていた。

百重オーバー過大滅ハンドレッド殺砲キャノンッッッーーーッ!」

 百の過大能力が束ねられた、世界を滅ぼすための超弩級ちょうどきゅう砲撃ほうげきだ。

 狙いは東方――そこにはイシュタル女王国がある。

 砲撃がツバサたちに照準しょうじゅんを合わせていなかったため、ほんの少し反応が遅れてしまったことがやまれる。完全に防ぐことはできそうにない。

 それでも最低限の対応はさせてもらう。

 咄嗟とっさ魔法の女神イシスがブラックホールを発生させ、砲撃を引き寄せることで射線しゃせんを曲げることに成功。それに殺戮の女神セクメト紅炎こうえんを叩きつけることで射角しゃかくをズラし、最後に天空の女神ヌゥトが青い羽衣を使って軌道きどうらす。

 これでイシュタル女王国への直撃は避けられた。

 しかし、砲撃は大陸の北東部へ落ちる。

 視界を埋める大型キノコ雲が立ち上り、北東部が灰燼かいじんした。

 まもなく、あの一帯も海底に没するだろう。

「……しまった!」

 後悔を隠しきれずツバサは叫んでいた

 かろうじて四神同盟しじんどうめんへの被害はまぬがれたものの、中央大陸がどんどん削られていっているようなものだ。ただでさえツバサたちの戦いの影響で“凹”にへこんでいたのに、今の砲撃でから“L”を逆へ倒したような形になってしまった。

 かえりみている暇はない。ロンドは躍起やっきになっていた。

 自分の一部でもある混沌の泥へと発破はっぱを掛ける。

「おいこら眷族けんぞくどもぉッ! なまけてんじゃねえよ! もっと世界を壊しやがれよこらぁッ! 四神同盟やつらがてんてこ舞いするくらい……ッ!」

 守護神ツバサが追いつかないくらい! とロンドは念を押すように叫んだ。

「ちッ……悪いがそっち・・・を頼む!」

 ツバサは分身の女神たちに指示を飛ばすと、それぞれ頷いたりサムズアップしたりと返事をしながら、対処するべく受け持ちを引き受けてくれた。

 破壊神ロンド意図いとを先読みして四手に分かれる。

 殺戮の女神セクメトは大蛇の大群を相手に獅子奮迅ししふんじんの大立ち回りを始めた。

 魔法の女神イシスは次元や空間を操って混沌の泥を封じる。

 天空の女神ヌゥトには巨獣や巨大獣の処理に任せた。

 そして、破壊神ロンドの前には守護神ツバサが残る。

 混沌の泥とそこから無限に生まれてくる眷族けんぞくは、ツバサとまったく同等の力を持つ三柱の女神が相手を務めた。互いの戦力をぶつけ合わせた形だった。

 改めてロンドと対峙たいじしたツバサはいてみる。

「これで余人よじんを交えず戦える……とでも言いたいのか?」

 一対一タイマンというなら最初から一対一タイマンだ。

 過大能力オーバードゥーイングで無限の兵力を用意し、最強の分身をこしらえたに過ぎない。どちらも個人の能力を使っただけ、互いに文句をつける筋合いはない。

 ロンドは鼻を鳴らして失笑しっしょうする。

「へっ……オレたちゃ最初からふたりっきり・・・・・・じゃねえかよ」
「その言い方は語弊ごへいあるからやめてくれ」

 そこはロンドもわきまえているらしい。

 一頻ひとしきり吠えたので気分がスッキリしたのか、先ほどよりも幾分か落ち着いた声で話すのだが、その声に段々と擦過音さっかおんが混じってきた。

「オレが手に入れたばっかの混沌の泥オモチャで遊んでたもんだから、そっちもおっぱいだらけの分身こさえたんだろ? ちゃっちい真似はやめろってな……」

 突如、ロンドの僧帽筋そうぼうきんが盛り上がる。

 肩回りだけではなく、全身の筋肉がビルドアップを始めていた。

 それでも高級スーツは破れることはなく、まるでゴムのように膨張ぼうちょうする体型に合わせて伸び縮みしていた。筋肥大きんひだいにより体格が巨大化していく。

 極端にパンプアップした上半身、追いつくようビルドアップする下半身。

 体表には蛇よりも頑丈そうな龍の鱗で覆われる。

 セットしていたヘアスタイルは崩れて伸び放題の蓬髪ほうはつとなり、頭からは複雑な形状の角が生え揃い、尻からは攻撃的に打ち振るわれる龍の尾が伸びてきた。

「へぇ……らしく・・・なってきたじゃねえか」

 世界を滅ぼす破壊神に相応しい威容いよう

 ただ変身するだけではない。総合的な身体能力は比較にならないほど増大し、バッドデッドエンズでもフィジカル最強の喧嘩番長アダマスをも上回っていた。

 限界を超えて膨張する闘気オーラは星の中心核さえ焼き潰しかねない。

 見開みひらいた双眸そうぼうに宿るのは、竜眼りゅうがんという撰ばれた者の瞳だ。

「ならよぉ――こうすりゃいいんだろぉッ!?」

 ――龍蛇の魔ナーガ・神皇ラジャ

 そのようにひょうすべき異形の巨体に変貌へんぼうしたロンドは、底無しの闘気オーラ途方とほうもないほど膨れ上がらせ、霧状になった混沌の泥を噴きながら突進してくる。

 あれは悪意に汚染された“気”マナだ。

 けがされていても絶大な力となって破壊神ロンドを突き動かす。

 小細工なしの全力全開で仕掛けてくる。

「お望み通り! 真剣勝負ガチンコでぶつかってやるぁあああああああああーーーッ!」

 ツバサは呆れ果てた苦笑を浮かべた。

 ひどい笑顔を隠すように片手で顔を覆って空を仰ぐ。

「確かに、化身とか兵隊とか従者サーヴァント創成能力ばかりに頼ってんじゃねえよって当てつけもあったけどな……ロンドあんたも変なとこ単細胞だな」

 だが――真剣勝負ガチンコは嫌いじゃない。

 LV999スリーナインかせが外れた今、ツバサもどれほど肉体強度が上がり、筋力膂力体力といった身体能力が、どこまで底上げされたか推し量りたいところだ。

 顔から手を払い除け、ツバサはロンドを見据みすえる。

「付き合ってやるよ! ルール無用の素手喧嘩ステゴロになッ!」

 そこには鬼気迫る表情で嬉々とした戦闘民族がいた。

 ――黒地くろじ金粉きんぷんまぶしたような雷鳴。

 空間をもきしませる黒霆こくていの如き闘気オーラを噴き上げるツバサは、合気の流儀もかなぐり捨てて、突撃を敢行かんこうしてくるロンドを迎え撃った。

 二力にりょく衝突しょうとつ――二極にきょく相爆そうばく

 守護神と破壊神、互いにその頂点を極めるまで高めた力が相打ち、太陽にも匹敵ひってきする恒星こうせいのような大爆発を引き起こした。

 ただでさえボロボロの中央大陸が悲鳴を上げる。

 のみならず、空間のあちらこちらに亀裂きれつが生じるほどだった。

 それは次元の裂け目となり、別次元に広がる無限の暗黒空間を垣間見かいまみることができるのだが、そこから真なる世界ファンタジアを覗く者たちがいた。

 蕃神ばんしん――その“王”と称される大型個体だ。

 一体や二体ではない、軽く見積もっても数十体はいるだろう。

 かつてツバサが退しりぞけた蕃神――アブホスの“王”。

 同一個体なのか似て非なる別個体なのか、次元の裂け目から大きな単眼たんがんを覗かせては、触手の先端をチョロチョロとこちらへ侵入させていた。

 他にも見たことない蕃神がちらほらいる。

 真なる世界ファンタジアの内乱をチャンスと見て、攻め込む機会を窺っているのだ。

 完璧令嬢ネリエルさくこそ失敗したが彼らは諦めが悪い。

 ――守護神ツバサ破壊神ロンドの共倒れ。

 どちらとも重傷を負って抵抗できないほど弱るタイミングを、虎視こし眈々たんたんと待っている節があった。蕃神は不滅なので気が長いようだ。

 喧嘩に夢中であろうとも、奴等の気配に気付かぬ二人ではない。

 この時、しくも二人の思考回路は同調シンクロした。

 喧嘩するほど仲が良いとばかりに、打ち合わせもせずに呼吸を合わせると、威圧感を盛りまくった覇気はきを手加減なしで発散させる。



「「見世物みせもんじゃねえぞ! すっこんでろバケモノどもッッッ!!」」



 ツバサとロンドは凄絶せいぜつな形相で、覗き見する蕃神たちを怒鳴りつけた。

 二人の怒声どせい指向性しこうせいを持った攻撃手段へと転じる。

 その気迫は破滅的な波動となって蕃神の血肉を沸騰ふっとうさせ、その眼光は破壊力を持った光線の散弾銃と化して“王”たちの肉体に穴だらけにして、発した声は形あるものを許さない圧力となり、叱責しっせきを浴びた者を平面になるまで押し潰す。

 蕃神の“王”たるもの並大抵のことでは死なない。

 そんな不死身な彼らでさえ、死を覚悟するほどの損傷そんしょうを与えていた。

 おまけに不死性のある回復力が追いつかない。

 名状しがたい悲鳴を上げながら、蕃神ばんしんたちは別次元へ撤退てったいしていった。

 これで心置きなく――殴り合いに興じられる。

 激突の影響で未だ恒星こうせいよろしく燃え盛る爆発の中心で、ツバサとロンドは一対一タイマンに相応しい戦いを始めていた。はたから見ればただの喧嘩である。

 とにかく、殴って蹴っての応酬おうしゅうだ。

 両者の拳が激突すれば空間が割れ、互いの蹴りが炸裂すれば次元がゆがむ。

 大陸どころではない、真なる世界ファンタジア根幹こんかんが揺らいでいた。

 規格外の戦闘を繰り広げるツバサとロンドは――。

「「うはははははははははははははははははははははははははははははッ!」」

 腹の底から楽しそうに笑い合っていた。

 この時、ロンドは破壊神として世界を滅ぼす使命を忘れていた。

 同じく、ツバサも守護神として世界を護る責務せきむを見失いかけていた。



 ただ――目の前の野郎をぶっ飛ばす。



 どちらの行動原理もその一点に集約されていたのだ。

   ~~~~~~~~~~~~

 一方、この大戦争のキーマンでもある英雄神ミロは――。

「カンナちゃん急いで! なんかもう本当にこの世界が終わりそう!」
「心得ております! これでも全力疾走中なのです!」

 ツバサの元へさんじるべく、音速を超えて移動中だった。

 無駄にスタミナをさせないためにも、女騎士カンナの駆るバイクにタンデムで乗り込み、現地まで送ってもらっているところだ。

 カンナの細い腰にしがみつき、体力回復に集中している。

 しかし、バイクの速度はやや落ちていた。

 今や世界中に蔓延はびこ破壊神ロンドの身内――混沌の泥。

 それが勢いを増してミロたちの行く手を阻んでいるからだ。

 カンナの過大能力オーバードゥーイングである『能力無効化』を使えば切り抜けられるのだが、彼女もバッドデッドエンズの幹部との死闘しとうを乗り越えて、体力はともかく気力や精神力がゴソッと減っているお疲れモードだった。

(※体力だけならハトホルミルクで万全に回復できる)

 早い話、酷い気疲れでフラフラなのだ。

 とても無茶させていいコンディションではない。

 そこで、どうしても回避できない時だけ過大能力で突っ切り、すがる巨獣たちはカンナのドライビングテクニックで振り切っていた。

 ミロが飛ぶより全然速いが、それでも邪魔されれば速度はにぶる。

 もどかしい――やきもきするけどミロはこらえていた。

『ミロ父様! 緊急連絡です一大事です!』

 珍しくうつになりかけていたミロの耳朶じだを打ったのは、還らずの都でアキの手伝いをしているククリからだった。父様呼びにも馴れたものだ。

 彼女の声で少し気持ちが和らいだミロは応答する。

「ククリちゃん、どしたのそんなに慌てて?」

『そ、それが……還らずの都から英霊えいれいさんが出撃しました!』

 はへ? とミロは間抜けな声を漏らしてしまった。

 現在、還らずの都は英霊の受付を一時停止していて、この戦争のためにふもとにある二カ国を守るよう大規模の結界を張ることに専念していた。

 そもそも、今の還らずの都には英霊がいない。

 登録されていた英霊は、猛将もうしょうキョウコウとの戦争で解き放たれはずだ。

 詳しく話を聞く前にククリが早口でまくてる。

『えーっと、ついさっきわかったことなんですが……還らずの都に登録されていたけど、ずっーと未処理みしょりになっていた不思議な英霊さんが三人いたんです! その人たちがいきなり飛び出していきました! 還らずの都にいっぱい貯まってた“気”マナをゴッソリ持ち出して……そちらへ向かってます!』

「ミロ殿、4時の方角より高エネルギー反応接近中です!」

 ククリの報告とほぼ同時に、問題の英霊トリオがやってきたらしい。

 巨大な“気”マナが三つ、こちらへと飛来する。

 目が潰れそうなくらいまぶしい光をまとう英霊たちは、たくさんの“気”を振り撒いて、混沌の泥を物ともせず蹴散けちらしていく。

 脇目わきめも振らない猛進撃もうしんげきだった。

 どれほどの“気”マナを持ち出したのだろうか?

 それは英霊たちの能力を高め、LV999スリーナイン以上の力を発揮させていた。

 この力を後先考えずに全力で振り絞っている。

 混沌の泥では足止めにもならず、巨獣たちも鎧袖一触がいしゅういっしょくで打ち破られる。

 光り輝く三体の英霊は目の前を通り過ぎていく。光のような速さを少しも落とすことなく、まっしぐらに駆け抜けていった。

 一瞬、彼らの横顔をミロの動体どうたい視力しりょくとらえていた。

 そのうち二人はあまり知らないが、一人はよく知っている顔だった。

 タフな微笑みを浮かべる彼は親指を立てていた。

 俺たちに付いてこい――そんな合図をくれたとしか思えない。

「カンナちゃん! あの三人を追って!」
「ッ! 了解です!」

 多くを言わずともカンナは状況から読み解いてくれた。

 彼女は猪突猛進ちょとつもうしんだがかんは冴えているのだ。

 ミロの言葉を受けたカンナはバイクにフルスロットルさせると、エンジンを焼き切る勢いで大爆走を開始した。行く手を阻む混沌の泥はない。

 三人の英霊がきよめてくれたからだ。

 まるで露払つゆはらいをするように、道を切り開いてミロたちを誘導ゆうどうする。

 ――守護神と破壊神の決戦場まで。

「あの、ミロ殿……彼らを信用してもよろしいのでしょうか?」

 一抹いちまつ不安ふあんよぎるのか、恐る恐るカンナが尋ねてきた。

 還らずの都から出撃した英霊とはいえ、見ず知らずの相手をどこまで信じたものかと疑問が浮かぶらしい、ちゃんとした大人なら当然の心構えだろう。

 だが、そんな心配をまったく無用だ。

 大丈夫! とミロは太鼓判たいこばんを押すように豪語ごうごする。

 未曾有みぞう危機ききさいして、彼らは矢も盾もたまらず助けに来てくれたのだ。

 あるいは――恩返し・・・なのかも知れない。



「アタシ知ってる! あの人たち、ツバサさんのお友達だもん!」



 それこそが信じて疑わない理由だった。


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