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第18章 終わる世界と始まる想世

第447話:滅びの龍蛇を仕留める条件

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 マーナの過大能力オーバードゥーイング──【視界を貪るイヴィルアイ邪視の女王】・クイーン

 マーナが全身に隠している無数の魔眼まがん

 それは龍宝石ドラゴンティアに似て非なる能力を秘めており、マーナが視界に収めた“気”マナにまつわるものを取り込む性質を持っていた。

 視線に入るもの手当たり次第に“気”を吸い上げることもできる。様々な魔法攻撃を見ることで眼球に吸い取み無効化、そのままストックして任意で解き放つなんて真似もお茶の子さいさいだ。

 撮影機器のように動画や静止画を克明こくめいに記録することもできる。

 場の記憶を“気”で焼き付けるのだ。

 魔眼まがんは目に映るものすべてから“気”マナ簒奪さんだつする。

 その吸収力はマーナの意志で加減できた。

 本気になれば、衰弱死すいじゃくしさせるレベルで精気吸収エナジードレインも可能。

 吸い集めた“気”は全身の魔眼へ分配して貯められるので、隙あらば貯金感覚で“気”マナ貯蓄ちょちくすることもできるのだ。

 その貯蓄機能に高等技能ハイスキルを掛け合わせた新必殺技。

 ――超強化練球スーパーバフボール

 いやいや、必殺技じゃないし。そもそも攻撃技じゃないから。

 正しくは味方の全能力を引き上げる強化魔法だ。

 以前は何のひねりもなく“魔眼まがん”と名付け、強化する対象に第三の眼としてひたいに埋め込んでいたが、修行を重ねて純粋な強化魔法に洗練せんれんさせた。

 これもツバサ君の指導しどうのおかげである。

 彼が得意とする活力付与エナジーギフト、この高等技能ハイスキルをアレンジさせてもらった。

 付与するものを活力エナジーではなく能力パワーの増大に振り替えていた。

「力こそ能力パワーってね……誰が言い出したんだこの台詞セリフ

 呟いておきながら、あまりに脳筋なワードにマーナは訝しんだ。

(※初出しょしゅつは新ビッ○リマンというアニメ。劇中げきちゅうのパワータイプなキャラの口癖。よくよく考えると力=パワーは当たり前な迷台詞なのだが、響きの良さとインパクト、そして声優さんの快演かいえんもあっていつしか世に浸透していた)

 このボールひとつでLV100アップの強化バフを一時間持続。ブーストを掛けたければ、持続時間は減るが短時間の超強化もできる。

 使い方次第では勝算の確率をグンと跳ね上げられる代物だ。

 ちなみにLV999スリーナイン超強化練球スーパーバフボールを使った場合。

 LVレベルはカンストしているので、全パラメーターが4~9%上昇する。
(※パラメーターの個人差によりランダムとなります)

 今、マーナの眼前に浮かぶ光球は3つ。

 2つは子分であるホネツギーとドロマンに与え、もう1つは言わずもがなマーナの使う分だ。マーナ自身にも強化バフを掛けておく必要がある。

 これから披露ひろうする秘策ひさくのためにも欠かせない。

「ホネツギー! ドロマン! 何があってもぬかるんじゃないよ!」

 マーナはガチの本気で子分コンビに発破はっぱを掛けた。

 今日だけは敗北も失敗も逃走も許されない。

 勝たねば自分たちの生きる世界さえ失いかねないのだ。いくら小悪党でも戦わなければいけない局面に立たされればきもわる。

 常識外れに強い守護神ツバサ破壊神ロンドにケンカを売るわけではない。

 あの2人とタイマン張るよりマシ!

 そう思い込んで頑張がんばるしかない、と自分に言い聞かせる今日この頃だ。

 それに――三流悪党でも野望のひとつやふたつは持っている。

「アタシたちは……この世界で成り上がって王となる!」

 真なる世界ファンタジア全土を統べるのはひたすら面倒臭めんどうくさいので、蛙の王様ヌン・ヘケトくらいの領地を手に入れて、そこの王様となって悠々自適ゆうゆうじてきに暮らす。

 これがマーナたちの新しい人生設計だ。

 建国するからには、王様として国民を守る責任が生じる。

 いずれ蕃神の“王”ともほこまじえるだろう。

 あの怪物どもと渡り合える地力じりきをつける必要もあった。

「……わば、これからアタシたちが王様になるための前哨戦ぜんしょうせん! 国民になってくれる信奉者しんぽうしゃを募集するためにも無様さらすんじゃないよ!」

 マーナのげきに子分たちも気を引き締める。

「「――ウイィィッサーッッッ!!」」

 自己流の敬礼けいれいはいつにも増して気合い十分だった。

 ――この戦争は中継ちゅうけいされている。

 マーナと情報官アキちゃん過大能力オーバードゥーイングによるコラボレーションの成果だ。

 いくつもの見るだけの魔眼をマーナが各地に派遣し、それで撮影した映像をアキちゃんに転送して生放送で配信してもらう。

 各国の地下に設けられた国民のための避難ひなんシェルター。

 シェルター内の各所に設置された大型モニター。

 そこではバッドデッドエンズの悪漢あっかんたちと戦う、四神同盟の戦士たちの雄姿ゆうしをハイクオリティなビジョンで皆さんにお届けしていた。

 戦況をリアルタイムでしらせつつ、万が一にもどこかの国が敵に落とされた場合はすぐさま脱出できるよう危機感を伝えるためのものだ。また国を治める神族たちの活躍を可視化かしかすることで、国民を安心させる役目もあった。

(※なお形勢不利けいせいふりで不安をあおる可能性はまったく考慮こうりょされていない模様)

 ここまではキレイな建前たてまえである。

 戦争の中継をツバサ君に進言しんげんしたのはマーナたち三悪トリオ。

 その本当の目的は、戦争で大活躍するところを各国の皆さんに見せて、いずれ国を建てる時は移民となってもらう魂胆こんたんなのだ。

 そのため三悪トリオは出撃したくてウズウズしていた。

 しかし、なかなか出番が回ってこない。

 三人とも本来のLVレベルがまだ修行途中の950台なので、いざという時の緊急事態にしか出張でばれない約束だから仕方なかった。

「だけどマーナ様のおかげでボクちゃんたちもLV999スリーナインの仲間入り!」
「一時間こっきりとはいえ、自身の最高へ到達とうたつできるのはありがたいダス!」

 ホネツギーとドロマンは艦の操縦をするまま身構えた。

「つーわけで……おまえたち受け取りな!」

 マーナは両手に超強化練球スーパーバフボールを手に取ると、コメディアンが相方の顔面にパイを叩き付けるように「そぉい!!」と掛け声も勇ましく頭へ叩き付けた。

 その後、自分はアメ玉を口へ放り込むように飲み込んだ。

 練り上げられた“気”マナ光球こうきゅう浸透しんとうする。

 三人の全身から闘気オーラが噴き上がり、一気にレベルアップしていく。

「はぁぁぁぁん! ビンビン来ちゃう! 僕ちゃんの生身なまみ骨身ほねみのセンシティブな境界線にビリビリ耐えられないくらいの衝撃がクルゥゥゥン!」

 ホネツギーが気色悪い声を上げて身悶みもだえる。

 だらしなく顔をとろかせて空をあおいでいるが、操縦桿そうじゅうかんから手を離すことなく戦艦のコントロールも失わないのだから大したものだ。

 そんなホネツギーに変化が現れた。

 右半分は生身のイケメンだが、左半分は骨だけのスケルトン。

 そんな骨と肉の境界線でもある身体の正中線せいちゅうせん。そこが性感帯だと打ち明けていたが、そこから骨だけの方へジワジワと肉が戻ってきたのだ。

 あっという間にホネツギーは生身を取り戻す。

 LV999スリーナインの彼は完全体、二枚目なハンサムを取り戻していた。

「むぅ……今度の強化バフはズシンとした感触かんしょくがあるダスな」

 ドロマンも計器類の調整する手を休めず、パワーアップを実感する。

 作業を邪魔しない程度に痙攣けいれんする筋肉は増大していき、彼のアーミーファンションにミチミチギチギチときしんだ悲鳴を上げさせている。

 そんなドロマンにも変化が現れていた。

 ドロマンは顔の右半分が泥のように溶け、眼球が剥き出しになっている。

 他にも体の右側があちこち泥状になっているのだが、それが元通りになって精悍せいかん面立おもだちを取り戻していた。また、泥で造られた軽装鎧けいそうよろいも身にまとう。

 よくよく見れば、ホネツギーの衣装も豪華にバージョンアップしていた。

 これらがLV999スリーナイン昇格しょうかくしたあかしなのだろう。

 勿論もちろん、マーナにも変身パワーアップが起きる。

 ロングヘアな金髪がボリュームアップし、魔族なのに神々しい輝きを帯びるようになった。両眼に宿る魔眼まがん金色こんじきに塗り変わっていく。

 両腕に現れていた魔眼は一斉にまぶたを閉じる。

 代わりなのか、ひたいには強大な力を宿した第三の目が開いた。

 両手の甲にも魔眼を意識したデザインの“気”マナを帯びた紋様もんようが刻まれる。

 身にまとう悪の女幹部らしいコスチューム。

 黒を基調きちょうとしたハイレグのレオタードやロンググローブにブーツカバー、それらにも金色の縁取ふちどりとラインが走り、格調高い雰囲気になっていた。

 振り返ったホネツギーとドロマンが感嘆かんたんの声を上げる。

「あらやだ、マーナ様だけクオリティ違くない? 予算よさんに差があるわよぉん」
「うむ、なんとなくリーダー特権とっけんって特別感があるダスな」

 お黙り! とマーナは子分たちの意見を封じた。

「あたしがボスなんだから当たり前だろ! 費用対効果ひようたいこうかが違うの!」

「えー!? まあ、僕ちゃんたちも見栄みばえは良くなったのは確かだし……」
「あんまり贅沢ぜいたくいって強化バフ分を減らされてもたまらんダスな」

 仕方ない、と凡骨ぼんこつな子分たちは不承不承ふしょうぶしょうに納得する。

 しかし、それでも物申したそうな視線を、肩越かたごしにマーナへと向けてくる。魔眼の持ち主は他者の目線を読み取るくらい朝飯前なのだ。

 寂しげな目は――マーナの胸にそそがれていた。

「「……おっぱいのサイズには予算を回してもらえなかったか」」

「こぉの……スカポンタンども!」

 スリムでスレンダーな体型をいじってくるデリカシーのない子分どもに、マーナは手加減無用の鉄拳を何度も落としてやった。

 こいつらは事あるごとにマーナの胸を引き合いに出す。

 四神同盟しじんどうめいに参入してからは、最大級のビッグバストを抱えているツバサ君がいるので比較対象にされるのでちょっとつらい。

 マーナも遠慮えんりょなく体罰たいばつでお仕置きするのでチャラである

「Bカップあれば十分だって常日頃つねひごろから口酸くちすっぱくなるまで言い聞かせてるだろ! あたしの胸のことなんざ後回しでいいからさっさと準備しな!」

「ウイッサー! ではでは……ポチッとな♡」

 ホネツギーが操縦桿そうじゅうかんわきにあるボタンを押す。

 するとマーナの足下の床が変形し、肘掛ひじかけにも似た台が競り上がってくる。手を伸ばすと、ちょうどいい位置に龍宝石ドラゴンティアが当たるように設計されていた。

 この龍宝石は戦艦のメイン動力炉どうりょくろに繋がっている。

「今日この日のために、アタシがあつめてきた大量の“気”マナ……それを費やすことでフネの出力を何百……いやさ、何千、何万倍と引き上げる!」

 単に出力を上げるだけでは意味がない。

 魔眼に貯め込んだ“気”マナを開放すれば、このシロナガスクジラ型戦艦では使い切れないエネルギー量となる。レッドゾーンを越えてエンジンが焼き切れるまでぶん回し、休みなく光学兵器こうがくへいきを撃ちまくったとしても艦体かんたいが保つまい。

 それほどの“気”を扱えるようになった。

 この事実は誇らしいマーナだが、扱いきれなければ無用の長物である。

 しかし三悪もバカじゃない。小賢こざかしいことは得意なのだ。

 細工さいく流々りゅうりゅう仕上げをごろうじろ――と口上こうじょうべたい気分である。

「ホネツギー! ドロマン! やあっておしまい!」

「「――ウイッサー!」」

 いつもの敬礼で返事をする二人、彼らも過大能力オーバードゥーイングを発動させていく。

 五体を取り戻したホネツギーが意気を上げる。

「まずは僕ちゃんから! 自分史上最大最強目指すわよぉ~ん!」

 ホネツギーの過大能力オーバードゥーイング──【我は骨なり骨こそボーン・アすべての礎とならん】イデンティ

 あらゆる骨を支配下に置き、操るもすも自由自在とする能力。

 レベルアップしたことにより、ホネツギーの想像力イマジネーション加味かみした未知の巨大生物の骨であろうと、既存きぞんの骨を組み合わせることで召喚可能となった。

 規格外の骨格が何もないところから現れる。

 それはマーナたち三悪トリオが乗り込むフネを取り巻いた。

 骨格は付属パーツよろしく戦艦にドッキングしていき、艦体かんたいそのものを拡張かくちょうさせていく。しかし、あくまでも骨なので超巨大スケルトンのようだ。

 外見は――いくつもの長い首をかかげる多頭龍たとうりゅう

 翼竜よくりゅうを思わせる大きな翼を広げ、飛行能力もアピールしていた。

 戦艦をコアとして作られた多頭龍は巨大獣ベヒモスをも上回る巨体を形作るのだが、所詮しょせんは骨組みだけのスカスカ状態。威圧感を放つには少々物足りない。

 そこを埋め合わせるのがドロマンの仕事だった。

「仕上げはオラに任せるダス!」

 ドロマンの過大能力オーバードゥーイング──【狂乱の泥濘ライフ・より生イズ・命は生ずる】マッドネス

 変幻自在の魔力を帯びた泥で、様々な質感しつかんを完全再現する能力。

 ホネツギーが組み上げた多頭龍たとうりゅうの骨に泥を這わせる。

 まず戦艦の操作系統と接続する配線類はいせんるい、動物に例えるなら神経を繋げていく。次に駆動系くどうけいやエネルギーを通わせる配管はいかん、これらは筋肉や血液に相当する。

 それらが完了すると外装がいそう、つまり皮膚ひふ形成けいせいに取り掛かった。

 これまでも生命体を模倣もほうするように例えたが、機械的に構築されているので外皮がいひというより装甲そうこうだ。固いうろこを重ね合わせて分厚い甲殻とする。

 完成するのは――多頭龍たとうりゅうをモデルにした巨大戦艦。

 このサイズ感ならば、機動要塞きどうようさいと呼んでも差し支えないはずだ。

 そこらで暴れている巨大獣ベヒモスの数倍はデカい。

 マーナが「あんなバケモノに負けんじゃないよ!」とホネツギーとドロマンの尻を引っ叩いて、できるだけ大きく設計させたおかげだ。

 ――東洋の龍を模したメカドラゴンの首は8本。

 モデルにした神話の怪物には翼がなかったはずだが、機動力重視で飛行船艦にしたので、揚力ようりょく安定あんていのためにメカニカルな飛行翼ひこうよくが付いていた。

 変型を見守っていたクロウが声を漏らす。

「ほう、これは……もしかしなくても八岐大蛇やまたのおろちですか?」

 正解――日本神話でも最大級の怪物だ。

 奇稲田姫くしなだひめの姉妹を七人まで食い殺し、出雲いずもの地を荒らした伝説の大蛇神だいじゃしん。最終的には天津神あまつかみにして国津神くにつかみとなる素戔嗚尊すさのおのみことに退治された。

 その威光いこうを再現させた機動兵器である。



『『『超弩級ちょうどきゅう万能ばんのう戦艦せんかん――フライング・ヤマタノオロチ号!!!』』』



 動力源はマーナ、全体構造はホネツギー、駆動系や外装はドロマン。

 これらを役割分担して個々に全力を尽くす。

 3つの力を1つに統合し、LV999スリーナイン以上の力を発揮させるのだ。

「三人揃えば文殊もんじゅ知恵ちえって昔の人も言ったそうじゃないか! これが三悪トリオあたしら最高潮クライマックス! 本当に最後まで隠していたとっておきの切り札さね!」

 以前――ツバサ君たちと一悶着ひともんちゃくあった時のこと。
(※第283話~288話参照)

 マーナたちは無謀むぼうにもツバサ君たちに喧嘩けんかを売ってしまった。

 あの頃はお互いの力量りきりょうに絶望的な差があることも読み切れないほど、未熟で愚か者だったと恥じ入るばかりだ。

 当たり前だけど、鎧袖一触がいしゅういっしょくで相手にもならない。

 ツバサ君のお子さんたちにボロ負けした為体ていたらくである。

 奥の手のひとつ、瞬間的にLV200アップする魔眼をホネツギーとドロマンに与えることで立ち向かったが、まるで歯が立たずに惨敗ざんぱいしてしまう。

 あの時、マーナは最後の切り札を使おうとした。

『こうなったら…………もうひとつの奥の手を使うよ!』
『どんだけあんのよ奥の手!?』
(※第288参照)

 ミロちゃんにツッコまれた奥の手の正体こそが――これ・・である。

 三悪トリオで行う三位一体さんみいったいの合体技。

 あの時よりも基礎LVを上げて全員LV950台と成り上がり、超強化練球スーパーバフボールで一時的とはLV999スリーナインになった今、その威力は当時の比ではない。

 当社比とうしゃひで数千%は強くなっているはずだ。

 ツバサ君やバンダユウの叔父貴に「強くなれ!」とせっつかれたのもあるけれど、これらの地力じりきをマーナたちは自前でちゃんとつちってきた。

 決して――貰い物ではない。

 積み重ねてきた自負じふが奮い立たせてくれる。

「……蕃神からテコ入れで舞い戻ってきた、悪役負け犬お嬢さま軍団なんぞちょちょいのちょいってもんだよ。そうだよね、おまえたち?」

 ひよってる奴いねえよな? 的なノリで子分たちをあおってみる。

 返ってくる声におびえは微塵みじんもなかった。

「勿論よぉマーナ様! 僕ちゃんたちの真価しんかを見せてあげないとねぇん!」
「ここでおくするようなら“三悪”さんあくを名乗る者として恥ダス!」

 そうだ――伊達だて酔狂すいきょうでリスペクトしているのではない。

 やられてもやられても何ともなかったように起ち上がり、何度でも幾度でも最強メカを造って、正義の味方へ挑んでいく三人組の悪役。

 通称“三悪”さんあくに憧れたからこそ、マーナたちはトリオを組んだ。

 物心ものごころついた頃からの幼馴染み。趣味しゅみ嗜好しこうも似ていれば、見ていた動画配信サービスも同じ。三人一緒に古いアニメ熱狂したのも同時期である。

 幼少期から三悪トリオを組んできた筋金入りだ。

 この三人なら何とかなる! という根拠こんきょのない自信がマーナにはあった。

 そうなる未来を望む希望的きぼうてき観測かんそくかも知れないが――。

「よぉし、そんじゃあ行こうか……一世一代の大勝負だッ!」

「「――ウイッサー!!」」

 敬礼の返事を合図にしたかの如く、ヤマタノオロチ号は両翼りょうよくを大きく広げて空を駆け上る。巨体に見合わない最高戦速を叩き出していた。

 撃破するべき目標は白亜はくあ艦船かんせんだ。

 バッドデッドエンズ九番隊――ヤルダバオート。

 完璧令嬢ネリエルの乗艦じょうかんで、艦名かんめいは“グノーシス”というらしい。

 彼女とその仲間たち同様、蕃神ばんしんの手に落ちて生物兵器のような異形の戦艦に変貌へんぼうげたらしい。フネの形をしたおぞましい魔物としか思えない。

 接近するマーナたちの戦艦を、ネリエルは舳先へさきから見下ろしていた。

「あらあら、前菜オードブル冥府神クロウさんを頂こうと思いましたら……」

 ――食前酒アペリティフが出てきましたわ。

 ネリエルは羽扇子であざける口元を隠し、上品な言葉でなじってくる。

「あっさり一口で呑めそうですけど……粗野そや雑味ざつみの多そうな味ですわね」

 売り言葉を投げられたら買うまでだ。マーナも怒鳴り返す。

「誰が粗雑そざつな味わいだって! この金髪ドリル女!」

「そーよそーよ! マーナ様よりおっぱい大きいからって威張いばらないで!」
「デカいだけならオラたちの総大将のが遙かにデカいダス!」

 総大将=他でもないツバサ君だ。

 こんな時でもマーナいじりのギャグは忘れない。

 そんな子分どもに敬意を表して、ヒールブーツで踏んづけておいた。マーナの座る寝椅子カウチは操縦席の一段上にあるからできる芸当だ。

 ホネツギーもドロマンも踏まれると意外と喜ぶし……マゾなの?

 迫り来るヤマタノオロチ号にネリエルも両眼をすがめる。

 見下みおろすというより見下みくだす目付きだ。悪役令嬢らしく天空の高みから、そこまで這い上がろうとするマーナたちを下に見ているのだろう。

 そして、殺意を腹にくくった眼でもあった。

「雑味の多い食前酒しょくぜんしゅなどと侮りましたが……その奇妙な強化術、なかなか我々の舌を楽しませてくれそうですわね。いいでしょう」

 お相手して差し上げますわ! とネリエルは上から目線で決定した。

「グノーシス左十二点回頭かいとう取舵とりかじ! 下方60度へ修正!」

 ピシャリと羽扇子をたたんで指揮棒タクトとする。

 ネリエルの号令通り、白亜の艦船は左へ180度旋回せんかいした。

 舳先へさきからの命令でも艦橋かんきょうの騎士団に伝わるらしい。蕃神と化した白艦は船首を回して、こちらと相対するよう正面を向いた。

 乗艦グノーシスと戦艦ヤマタノオロチ号――艦同士かんどうし対峙たいじする。

「機関最大出力! 両舷りょうげん微速びそく前進ぜんしん!」

 ネリエルは艦長らしい指示を続けていた。

 動力炉をこれからの戦闘に備えてフルパワーに出力を上げるものの、速力は間合いを計るために抑え気味のようだ。

 掛かった・・・・――マーナは内心ガッツポーズで喜んだ。

 一時的にLV999スリーナインとなっても絶対無敵になったわけではない。

 元気爆発で熱血最強でも勝てない相手はいるものだ。

 マーナたちより格上かくうえ強者きょうしゃはごまんといる。

 特にツバサ君やバンダユウの叔父貴おじきには、この強化状態でも勝てないと思い知らされていた。三対一で練習試合に挑んでも双方にボロ負けしている。

 おかげで勘違いの思い上がりを是正ぜせいできた。

 だからこそ、真剣勝負の殺し合いでは慎重に立ち回らざるを得ない。

 こちらの戦力はLV999スリーナインが3人。

 対する蕃神にくだった完璧令嬢ネリエル率いるヤルダバオート隊は、未熟とはいえど自力でLV999に至った者が全部で10人。

 最初から数で負けている。あっちとこっちじゃ3倍差だ。

 おまけに蕃神から得体の知れない力を貰っているのは見え見えなので、以前より性質タチの悪いパワーアップを遂げていた。魔眼の力を鍛え直したマーナの分析能力アナライズはネリエルたちの強さを正確に推し量ることができた。

 団体戦や個人戦に持ち込まれたら分が悪い。ならばどうするか?

 答えがこれ・・――艦隊戦かんたいせんを吹っ掛けるだ。

 どちらも隊を組むほどフネがないので一対一タイマン艦戦かんせんである。

 ヤルダバオート隊が四神同盟しじんどうめいを襲撃した際、彼女たちは乗艦グノーシスに乗ったまま砲戦を仕掛け、守護妖精スプリガン族の艦隊かんたいと交戦した。

 ここらへんの戦闘記録も情報官アキちゃんのおかげで確認済みだった。

 完璧令嬢ネリエルと騎士団の旗艦きかんでもある白亜の艦船グノーシス

 兵装へいそうや性能によっぽど自信があるのか、大型の機動兵器で挑みかかればそのまま応戦してくると踏んでいた。得意な武器を持っている時に喧嘩けんかを挑まれたら、よくよく考えもせず自然に使ってしまうようなものだ。

 艦戦ならば三悪トリオは過大能力オーバードゥーイングによる相乗効果シナジーを見込める。

 一方、あちらは完璧令嬢ネリエルの過大能力ばかり悪目立ちしていて、お付きである9人の騎士団はほとんど活躍していない。

 騎士としての戦闘能力こそ高いが、過大能力オーバードゥーイング支援向しえんむきらしい。

 だから艦橋かんきょうでの操船作業に従事しているのだ。

 そういう意味では乗艦グノーシスの性能を底上げしているのかも知れないが、数の暴力でボコボコにされるよりはひとつにまとまっている方がいい。

 ――マーナはそこに勝機しょうきを見出した。

「全力砲戦用意! 目標、正面、多頭たとうドラゴン型飛行戦艦!」

 ネリエルは羽扇子を高々と頭上に掲げる。

 これに応えるべく、艦橋かんきょうから騎士たちの返事がスピーカー越しに聞こえる。

YESイエスお嬢様マイレディ――主砲エネルギーチャージ充填じゅうてん開始致します』
『YES、お嬢様――主砲用意完了次第、撃ち方開始致します』

 脈動みゃくどうする触手しょくしゅたばねたような船首せんしゅ

 肉食昆虫があごを開くのにも似た動作で、船首が左右へと開いていく。艦の奥から粘液ねんえきしたらせて飛び出してくるのは、やたら有機的な砲塔らしきものだ。

 肉々しく脈打つ大砲の出現にホネツギーはうめく。

「あらやだぁ、ヤゴが口を伸ばしたみたいでえげつない造形ねぇん」
「トンボの幼虫ダスな。あのビジュアルに似た衝撃があるダス」

 ドロマンも頷いて同意した。

 トンボの幼体であるヤゴは独特な口を持っている。

 下唇したくちびるが折り畳み式になっており、想像以上に長く伸ばすことができるのだ。射出速度も素早く、遠くにいる獲物も瞬時に仕留める。

 虫嫌いにはショッキングなビジュアルだ。

 一方、マーナは違うものを連想してまゆしかめる。

「……あたしはミル貝がグニョーンと伸びるとこ思い出した」

 ミル貝は貝殻からはみ出すほど太く長い水管すいかんを伸ばすことで知られているが、これが何かの拍子にとんでもなく伸びることがある。

 ちょっと卑猥ひわいなので、男性器に例える下ネタも少なくない。

 なのでマーナはミル貝が苦手だった。食べれば美味しいんだけど……。

 とにかく――生々なまなましいのだ。

 大砲の形をした生物としか思えない。それも親しみを覚える外観ではなく、悪夢の中でしか遭遇そうぐうしないようなグロテスクな造形をしている。

 前はちゃんと機械的な装置だったはずだ。

蕃神ばんしんおかされると人間ひとでも機械メカでもああなっちまうんだ……」

 戦慄せんりつするマーナは知らず固唾かたずを飲んでいた。

 あれは忌まわしい警告、その好例こうれいとして捉えるべきだろう。

 蕃神に堕落させられた典型である。

 完璧令嬢ネリエルも一見すると人間だが、細部に注目するとあちこちいびつなのだ。

「……そもそもうごめく触手ヘアってどこのホラー映画よ」

「クトゥルフ系なら全然ありそうですけどねぇ……お断りですけど」
「うむ、SAN値さんち直葬ちょくそうってやつダスな」

 全身眼だらけとか、半分だけ骨とか、半分だけ泥とか、魔族としてのペナルティを負う三悪トリオだが、あれはわざとやっている演出だった。

 悪役らしいはくを求めての見栄みばえに過ぎない。

 身も心も別次元の怪物に汚染されるのはお断りである。

 強い力には憧れるけど、やっぱり見た目にもこだわりたい。それにマーナは本物の強さを持った美しいものを目の当たりにしてしまった。

 目指すならば――あの強さ・・・・を手に入れたい。

 それも自力の努力でだ。余所様よそさまから貰った力に魅力は感じなかった。

「……ああなるのはゴメンだね」

 興味なさげにマーナがそっぽを向けば、ホネツギーとドロマンも両眼を閉じてウンウンと感慨深かんがいぶかげに頷いた。

 無駄口を叩いているようだが、三人とも仕事の手は休めていない。

 ネリエルたちが主砲の発射準備を進めているように、マーナたちも砲戦ほうせんを仕掛けてくるヤルダバオート隊を迎え撃つべく砲撃準備を整えていた。

 先に準備完了したのは完璧令嬢ネリエルたちだった。

 ――完全劫アイオーン滅砲・カノン

 直撃すれば大陸に深さ一㎞の大穴を開けるという破壊力。

 ……既に中央大陸の4分の1を海没させる戦いを繰り広げている守護神ツバサ破壊神ロンドと比べたら見劣りするが、十二分な脅威である。

 あの2人のせいで戦闘力に激しいインフレが起きているのだ。

 おかげで相手の実力を読み誤りそうになる。

 蕃神から未知のパワーを与えられたのは、ネリエルたちに限った話ではない。この完全劫滅砲も別次元由来の力に染まっているはずだ。

 舳先に立つネリエルが、羽扇子をマーナたちの戦艦へ差し向ける。

超・ネオ・完全劫アイオーン滅砲・カノン――発射なさい!」

「「「ネオと来たか!?」」」

 生物兵器と化した砲塔ほうとうから、破滅をもたらす波動が解き放たれる。

 劫滅ごうめつの名が示す通り、ネリエルたちが不完全と断じたものをことごとく滅ぼす破壊の粋をらしたエネルギー波だ。まともに浴びれば一溜まりもない。

 これにマーナたちは真っ向から張り合うつもりだ。

「やってやろうじゃないか! ホネツギー砲門! ドロマン動力炉!」

 マーナの指示に子分たちは即答する。

龍口りゅうこう砲門ほうもん……計八門準備完了! いつでも行けちゃいますよぉん!」
「動力炉とマーナ様の過大能力オーバードゥーイング……同調シンクロりつ120%! こちらもOKダス!」

「よし! 第一だいいち龍口砲りゅうこうほう……発射ぁッ!」

 八岐大蛇やまたのおろちを模した戦艦は、その船首に8本の龍を踊らせている。

 これらはすべて口内に砲塔を備えており、フライング・ヤマタノオロチ号の主砲でもあるのだ。第一の龍があぎとを開き、喉の奥から熱線を発射する。

 ツバサ君が使う「怪獣王の熱線」を参考にした砲撃だ。

 戦艦の動力炉をマーナが過大能力で賦活ふかつさせた“気”で焚き付け、ツバサ君から許可をもらって魔眼に覚えさせた「怪獣王の熱線」を再現させた。

 現状、これがマーナの模倣もほうできる最上級の攻撃手段だ。

 ネオ・完全劫アイオーン滅砲・カノンと怪獣王の熱線が激突する。

 インパクトの瞬間に閃光と震動波を放射ほうしゃ拡散かくさんさせる爆発こそ起きたものの、そこから先は互いの砲撃による競り合いとなった。

 しかし、一秒と保たずにヤマタノオロチ号の砲撃が押し負ける。

 これが本物の「怪獣王の熱線」なら、ツバサ君が気合いを入れれば張り合うこともできるはずだが、残念ながらそこまで実力が三悪トリオにはない。

 だがマーナたちは慌てない。これも想定済みだった。

「何のために首を8本も用意したと思ってんだい! 龍口砲りゅうこうほう! 続いて第二門、第三門、第四門、第一門に続いて目標に発射ぁぁッ!」

「「――ウイウイサッサーッッ!」」

 第二の龍から第四の龍までは、第一の龍に続いて熱線砲ねっせんほうを吐き出す。

 押し負けていたところを盛り返し、白亜の艦船グノーシスが撃ってくるネオ・完全劫アイオーン滅砲・カノンを押し返すほどの威力を発揮する。しかし敵も然る者、こちらの攻撃力が上がったと見るや否や、砲撃の出力をグンと上げてきた。

 拮抗きっこうする砲撃は、やがて相殺の大爆発を巻き起こす。

 まともに爆風を浴びた二隻は、姿勢制御をしつつ次の砲撃に備える。

 ただし、既にマーナたちは反撃へと転じていた。

 ヤマタノオロチ号の首一本では、マーナたちの実力不足や出力の限界などの問題により、ツバサ君の「怪獣王の熱線」を完全再現はできない。

 そこで――数を揃えた。

 マーナは両手に掴んだ龍宝石ドラゴンティアに力を注ぎ込む。

「一門で勝てなきゃ二門、三門と増やせばいい。そいつらを撃ち尽くしても、残り八門までの砲塔ですぐに追い打ちを掛けられる。たとえ追い打ちを防がれても、その頃には最初に撃った一門にエネルギーの再装填さいそうてんが終わってる……」

「つまり、連続で攻撃できるってわけなのよぉん!」
「別に格好良さげだからとヤマタノオロチを選んだわけじゃないダスな」

 相殺の爆発はネリエルたちの視界を妨げる煙幕えんまく

 絶好のチャンスを見逃す手はない。

「第五から第八龍口砲! 発射ぁぁぁッ!」

 この隙にマーナたちは第五から第八までの龍に顎を開かせると、先ほどと同威力の「怪獣王の熱線」4倍掛けの熱線砲ねっせんほうを発射させた。

 これは防げないはず! とマーナは勝算しょうさん算盤そろばんを弾いている。

 彼女の過大能力についても調べは付いていた。

 ネリエルの過大能力オーバードゥーイング――【完全世界を育ヤルダバオーむ全能なる繭糸】ト・コクーン

 完璧令嬢ネリエル手繰たぐる金色に輝く繭糸まゆいと

 これに包まれたものは何であれ、完璧となって生まれ変わる。

 壊れたものは直し、疲弊ひへい疲労ひろうはなかったことにし、不完全なものは望むべき姿と能力で再誕さいたんさせるという。なんでも完全にしてしまう能力だ。

 この過大能力で完全なるパーフェクト・世界ワールドを創造する。

 それがネリエル率いるヤルダバオート隊の悲願らしい。

 能力の質としてみれば最上級に食い込むのだろうが、その代償なのか彼女自身の消耗しょうもうが激しいため、連続して使うことができない欠点があった。

 それも蕃神ばんしんからの力添ちからぞえにより解消されていた。

 おかげで連続使用も可能である。

 発射直後で熱暴走して砲撃の再装填さいそうてんも間に合わない完全劫アイオーン滅砲・カノンを、即座に使えるようにする。ネリエルの過大能力で完全に直してしまうのだ。

 この使い方でイシュタル女王国を攻め立ててきた。
(※第374話参照)

 主砲の連射――前代未聞の離れ業をやってみせてくれたものだ。

「だけど……完全にする所用しょよう時間じかんはあったよね!」

 過大能力オーバードゥーイング繭糸まゆいとで乗艦グノーシスを包み込み、力を失った主砲を完全に戻すための力を与えるまでの時間。それらの行程は完了までに数秒を要する。

 その数秒間――ネリエルたちは無防備になる。

 この数秒に反撃を叩き込む作戦だった。

 ヤマタノオロチ号から発射された熱線砲ねっせんほう白亜の艦船グノーシスに命中する。

 その直前――再びネオ・完全劫アイオーン滅砲・カノンが火を噴いた。

 完全を取り戻すには早すぎる。

 それでも乗艦グノーシスの噴いた砲火は、ヤマタノオロチ号の吐いた4倍掛けの熱線砲と真正面からぶつかり合い、艦への直撃を防いでいた。

「「「な、なんでぇーッ!? まだ数秒経ってないのにーッ!?」」」

 三人同時に驚愕の声を上げ、また相殺の爆発が巻き起こった。

 驚きながらもマーナたちが艦体制御に手間取っていると、ドロマンが受け持つレーダーにかんあり。危機管理能力を刺激する警告音が鳴り響く。

「間髪入れずに……三回目の砲撃ダスと!?」

 またしてもネオ・完全劫アイオーン滅砲・カノンが撃ち出されていた。

 咄嗟とっさに防御スクリーンを展開、ヤマタノオロチ号の防備を固める。

 五重に張った防御スクリーンは撃ち破られ、戦艦に少なくない量のエネルギー波を被弾ひだんする。片翼かたよくがもがれ、装甲をかなり剥ぎ取られた。

「なんでさ!? 蕃神ばんしんの後押しがあったとしても……ッ!?」

 この連射はおかしい。マーナは納得いかなかった。

「何やら以前のわたくしたちを参考にしていたようですが……」

 残念でしたわね、とネリエルは片手に持つ小箱こばこする。

 あれは蕃神から力を供給きょうきゅうされる小道具アイテムだ。

 ――トラペゾヘドロン・ボックス。

 情報官アキちゃん博覧強記娘フミカちゃんが調査した資料には、クトゥルフ神話に関連付くような名称が記されていた。やはり蕃神はクトゥルフ関係と縁が深いらしい。

 見た目はお洒落しゃれ化粧箱けしょうばこみたいなもの。

 その中心には、平行な辺のない四角形を寄せ集めたような偏四角へんしかく多面体ためんたいの宝石が入っており、そこから無尽蔵の“気”マナが湧いてくるという。

 ただの“気”ではない――別次元からの瘴気しょうきだ。

 それこそ蕃神たちのパワーに他ならない。

 あの小箱から別次元由来のエネルギーを引き出し、ネリエルにチャージする時間もいくらか掛かるはず。それも含めて数秒のすきがあるはずだった。

 しかし――小箱から力を感じられない。

 もっと別のところに異常な“気”マナに発生源があった。

 強大でありながら汚濁おだくまみれた、瘴気しょうきみなもとともいうべき力の渦だ。

「まさか、完璧令嬢あんた……そこまでちたのか!?」

 マーナは嫌悪感も露わに罵った。

 大急ぎで分析能力アナライズを走らせていると、勝ち誇ったネリエルが羽扇子を広げてニヤつく唇を隠しながら、楽しそうに種明かししてくる。

「やはり、この“トラペゾヘドロン・ボックス”も調査済みでしたか……蕃神様から下賜かしされた、無限の活力エナジーを沸き立たせる神秘の小箱……」

 その小箱をネリエルは放り捨てた。

「肝心の中身なら――こちら・・・御座ございますわ」

 グパァ! と粘着質な音を立ててネリエルの胸元が開く。

 ドレスの胸元がオープンになって巨乳がお披露目ひろめになる! そんな期待してホネツギーとドロマンは歓声を上げて釘付くぎづけになっていた。

 だが、すぐに幻滅げんめつすることになる。

 開かれた胸元――その正体は無数の触手しょくしゅがほどけただけ。

 イソギンチャクが触手を震わせるように、大胆に開かれたネリエルの胸元には拳くらいはある鈍色にびいろの宝石が未知のスペクトル光を発していた。

「触手なのは金髪ドリルだけじゃなかったのかい……」

 そう毒突どくづくのがマーナには精一杯だった。

 どうやら触手をわせて、人間の姿に擬態ぎたいさせているらしい。道理で触手では形作れない細部がゆがんでいるわけだ。

 ネリエルは胸元に輝く魔性の宝石をウットリした仕種で撫でる。

「今やわたくしも蕃神の“王”に連なる者……この真なる世界ファンタジアという狭苦せまくるしい世界に囚われない、膨大な力を我が物とできますのよ」

 貴族令嬢が着飾るドーム状に張った緞帳どんちょうのようなスカート。

 その一部もほどけて触手が顔を覗かせると、乗艦グノーシスへ連結するかのように甲板かんぱんの奥底へ差し込まれていく。呼応するように白亜の艦船からも白い触手が伸びてくると、すがるようにネリエルの細い身体に巻きついた。

 トラペゾヘドロン・ボックスに収められていた宝石。

 偏四角へんしかく多面体ためんたいの結晶から、凄まじい瘴気しょうき滾々こんこんと湧き上がる。

 白亜の艦船グノーシスはその恩恵おんけいあずることで燃料エネルギー枯渇こかつせず、完璧令嬢ネリエル過大能力オーバードゥーイングによって常にパーフェクトな状態を維持できるらしい。

 付け入る隙がどこにもない。いつでも完全無欠な状態なのだ。

「思い知りなさい――完璧なる者の力を!」

 ネリエルの叫びを合図にして、ネオ・完全劫アイオーン滅砲・カノンが砲火を放つ。

 連射どころではない――これは速射そくしゃだ。

 間髪かんぱつ入れず間断かんだんなく、主砲の破壊力も損なわず、速射砲そくしゃほうの如き砲撃。

 反撃は間に合わず、防御する暇もない。

 マーナたちはヤマタノオロチ号ごと砲撃でタコ殴りにされてしまった。

「「「こ、こんなんアリかあああぁぁぁぁーーーッ!?」」」

 断末魔のような絶叫で情けなく喚いてしまう。

 主砲による速射砲を食らい続けたヤマタノオロチ号は、無惨むざんにも両翼りょうよくをもぎ取られ、龍の首を三本もへし折られ、ついには艦体かんたいに大穴を開けられる。

 マーナたちのいる操縦席コクピットも大惨事だ。

 あちこちから噴火みたいな爆発が巻き起こり、それをおもいっきり浴びたマーナたちは軽い脳震盪のうしんとうを起こしてしまい、意識が飛んでしまった。

 ズタボロの戦艦は黒煙こくえんを上げて姿勢を崩す。

 空を航行こうこうする能力を失い、乗組員も気を失って操船そうせんもままならない。

 後は重力に引っ張られるまま落下していくだけだった。

「あら、逃がしませんことよ……両舷りょうげん最大さいだん戦速せんそく!」

 あの戦艦を捕らえなさい! とネリエルは指示を飛ばした。

 その理由を完璧令嬢は独りごちる。

雑魚ざことはいえ奇妙な強化術を使い、一瞬とはいえわたくしたちと渡り合った実力ですからね……食前酒アペティリフとして賞味しょうみしておく価値はありますわ」

 些細ささいな力でも取り込んで我が物とする。

 倒したマーナたちを捕食し、その力を奪うつもりなのだ。そんなところまで蕃神を見習わなくてもいいものを……本当に堕ちてしまったらしい。

 そこへすかさず横槍よこやりを入れる者がいた。

「――させません!」

 裂帛れっぱく怒声どせいで割り込んできたのは冥府神めいふしんクロウだった。

 還らずの都に襲い来るう混沌の泥。それを浄化するため専念しなければいけないにも関わらず、マーナたちを助けるために力をいてくれたのだ。

 クロウの強化変身モードである東岳とうがく大帝たいてい

 全長150mはある燃えるころもをまとった鋼鉄の巨人。獄門鍵ごくもんけんという鍵みたいな剣を振り回すと、地獄の溶岩が燃える斬撃となって打ち出される。

 それはマーナたちを追うネリエルの行く手をさえぎった。

 ネリエルが振り返れば、合わせるように乗艦グノーシスも回頭かいとうする。

「あら、後回しにしていた前菜オードブルさんが痺れを切らしたようですわね……よろしいですのよ? わたくし、食前酒と前菜を合わせていただいても……」

「その不愉快な例えはもう結構です!」

 来なさい! と東岳大帝と化したクロウは手招きする。

 自分に注意をらすことで、マーナたちを逃がすつもりなのだ。彼は元教師だというから、若者を見殺しにできない性分と聞いている。

 マーナたちに代わり、完璧令嬢ネリエルと本腰を入れて戦うつもりなのだ。

 不利を承知で挑むに違いない。生徒を想う教師のかがみである。

「…………情けないねぇ」

 朦朧もうろうとする意識でも歯軋はぎしりするマーナは拳を握り締めた。

 混沌の泥に苦戦するクロウを助けるために颯爽さっそうと登場し、蕃神となった完璧令嬢たちは三悪トリオで引き受け、打ち倒すことで武功とする。

 そんな戦果を求めて期待して出撃したというのに……。

「助けるはずの人に救われるなんて……不甲斐ふがいなさ過ぎるだろ、あたしら!」

 大声を張り上げて意識を取り戻す。

 こんなんじゃダメだ――マーナは弱い己を叱咤しったする。

 確かに“三悪”には憧れてきたけれど、身も心も三流に堕ちたくはない。決して堕ちてはいけない、とマーナは自分に言い聞かせてきた。

 あの日――本物を垣間見かいまみたあの日、マーナは心に誓ったのだ。

 自分たちを歯牙しがに掛けることなく大敗たいはいさせた最強の女神。

 ――ツバサ・ハトホル。

 たった一人で悪漢あっかん徒党ととうと渡り合った最強の極道。

 ――バンダユウ・モモチ。

 本物の強さを持った彼らを目の当たりにして、「絶対に敵わない」と愚痴ぐちりながらも、心はいつも彼らの背中を追っていることに気付いた。

 四神同盟と和解して合流、普通に人付き合いする時間を送ってきた。

 そんな日々の中、次第に尊敬の念を抱くようになっていた。

 真の強者が持つ強さに憧れたのだ。

 マーナあたしたちもなりたい――本当の強き者に!

 三悪の「何度やられても起ち上がる不屈ふくつの精神」を見習ってきたのだから、なけなしの向上心を刺激されたのも仕方ないことだ。

 だから、今日という晴れ舞台のために努力してきたというのに……。

「こんな終わり方で退場……できるかっての!」

 悔し涙を滴らせてマーナが起き上がると同時に、それまで自由落下していたはずのヤマタノオロチ号が重力に逆らう浮遊感ふゆうかんに包まれた。

 艦体かんたいが航行能力を取り戻し、もう一度舞い上がろうとしているのだ。

「マーナちゃ……様の言う通りよねぇん!」

 一緒に気絶したはずのホネツギーも目を覚ましていた。

 操縦桿そうじゅうかんを握って倒れかけていた上半身を引き起こすと、骨を操る過大能力オーバードゥーイングをまた発動させて、大破しかけた艦体かんたいの構造を組み直そうとする。

 いや、立て直すどころではない。

 拡張かくちょう工事こうじのように艦体の骨組みを刷新さっしん、更には巨大化までさせていた。

「まったく同感ダスだ……マーナ、様の言葉が正しいダス……」

 計器の制御盤コンソールに突っ伏していたドロマンも起き上がる。

 こちらもホネツギーと連携れんけいするように泥を操る過大能力を使って、損壊そんかいした箇所かしょを修復するように埋め合わせていく。補強も兼ねているようだ。

 これも補強ほきょうを通り越している。

 ホネツギーが再構造した骨格に合わせて、艦体をより大きく強固に建造し直しているのだ。八岐大蛇やまたのおろちモチーフに変更はないが、サイズは桁違いだ。

 そして完成する――フライング・ヤマタノオロチ号セカンド

「ただ単純に何倍もデッカくなっただけじゃないわよぉん!」
「装甲強度、駆動系、出力系……すべて段違いに強くしているダス!」

 自信満々なホネツギーとドロマンだが、マーナはいぶかしむ。

「アンタたち、そんな力を何処から……ッ!?」

 魔眼で分析能力アナライズを掛けるまでもなく理解させられる。

 ――超強化練球スーパーバフボール

 無理をしなければ1時間はLV100上昇の強化を与えてくれる光球。それに働きかけることで、更なる強化バフを引き出しているのだ。

 強化は倍増するが、それだけ持続時間は削られることになる。

「せっかくの晴れ舞台……見せ場が減っちゃうのに……」

 切ない声でマーナが訴えると、子分たちは頼もしい笑顔で振り返る。

「一時間の晴れ舞台より一瞬の見せ場に懸けるだけよぉん♪」
「どの道、ここで負けたら晴れ舞台も見せ場もないダスからな……」

 完璧令嬢ネリエルに勝てば大金星だいきんぼし戦果せんかはそれで十分。



『『本物になりたいんだろ? なら、最後まで付き合うさ』』



 ホネツギーとドロマンの眼が、マーナの魔眼より雄弁ゆうべんに語っていた。

 実は――2人の方が年上で兄貴分なのだ。

 幼馴染みの三人組、ドロマンが最年長でホネツギーがひとつ下、マーナは更に下の最年少である。本来ならば2人の妹分に当たる。

 それがどうしてボスなのかと言えば……。

『オラたちよりも、目端めはしの利くマーナがボスをやるべきダス』

 ドロマンは力仕事、ホネツギーは頭脳担当。

『そして、マーナがまとめ役……これが最高の役割分担ダス』

『“三悪”は女ボスが定番だしねぇん。それにカワイイ女の子がリーダーの方がバエるじゃなぁい? やっぱりマーナちゃんで決まりよぉん♪』

 ……こんな感じで決められたのだ。

 以来、ドロマンもホネツギーもマーナを盛り立ててくれた。

 だけどこういった要所ようしょでは、兄貴分として的確なアドバイスをしてくれる。子分らしい口調で進言しんげんするのも忘れない。

 感極まったマーナは、顔をクシャクシャにして泣きそうになる。

「泥にぃ……骨にぃ……ッッッ!」

 思わず、昔の2人の呼び名を漏らしてしまった。

 マーナは頭をブンブンと左右に振って涙を吹き飛ばすと、両手でピシャリと顔を打って気合いを入れ直した。勝ち気に笑って勢いを取り戻す。

「よぉし! 行こう三悪トリオ! 泣いても笑っても次が最後だよ!」

 短気決戦だ! とマーナは決意表明を叫んだ。

「「――ウイッサー!! マーナ様!!」」

 ホネツギーとドロマンは、いつもの敬礼と掛け声で応えてくれた。

 蕃神となった完璧令嬢ネリエルは無限のスタミナを手に入れた。

 別次元から供給きょうきゅうされる瘴気しょうきかてとして、大技であるはずの超完全劫滅砲を速射砲そくしゃほうみたいに連発してくる。

 長期戦に持ち込んだら押し切られるのがオチだ。

 だから――最高の一撃で再起不能におとしいれる。

 一撃必殺で仕留める、最低でも継戦能力がなくなるまで追い込む。

 完璧令嬢ネリエルと9人騎士団。

 彼らヤルダバオート隊ごと白亜の艦船グノーシスを黙らせるにはこれしかない。

 そのための秘策はネリエルの魔眼に宿っていた。

 まだ未熟な自分の手には余ると封じていた……本物のとっておき・・・・・だ。

「あらあら、食前酒が戻ってきましたわね」

 息を吹き返したヤマタノオロチ号Ⅱが急浮上してくるのを認め、クロウへ襲いかかろうとしていたネリエルは艦の舵を切り替えた。

 触手みたいな舌を伸ばして、不似合いに可憐な唇を舐めている。

「おや? 前より野趣やしゅあふれる香りになって……」

 これは飲み応えがありそうですわね、と完璧令嬢はほくそ笑んだ。

 張り合うようにマーナも操縦席から吠える。

「おうさ! とっておきの一杯、ご馳走ちそうしてやるよ!」

 撃沈されかけた先代より数倍は大きいヤマタノオロチ号Ⅱは、乗艦グノーシスと同じ高さまで上昇すると、八本の首をまとめるように揃えた。

 もう一門ずつ砲撃するなんてセコい真似はお終いだ。

「八門同時にぶっぱなす主砲とする!」

「無駄ですわよ! 砲撃の数を増やそうとわたくしどもに勝てませんわ!」

 あなたたち三流ではね! とネリエルも砲撃を敢行。

 白亜の艦船グノーシスが吠え、ネオ・完全劫アイオーン滅砲・カノンを放つ。

 間違いなくこれまでで最大級の威力だ。

 負けじとヤマタノオロチ号Ⅱも、八本の首から熱線砲ねっせんほうを撃ち出す。

 それをひとつに集束させて大熱線砲とする。

「まだまだぁ! ただのブレスだと思ったら大間違いだよ!」

 マーナは動力炉と繋がっている龍宝石ドラゴンティアを掴むと、特別な魔眼から「覚えたはいいけど満足に使えずにいた力」を解放。砲撃へ付与ふよするよう働きかける。

 力は2つ――どちらも本物から見て覚えたものだ。

 ひとつはツバサ君の必殺技“滅日の紅炎”メギド・フレア

 触れたものを燃やし尽くすまで消えない終焉ついほむらだ。

 もうひとつはバンダユウの過大能力【詐欺師の騙りトリックスターは世界に蔓延る】・パンデミック

 うそまことに、そして幻覚を現実にする能力だ。

 どちらも高難易度こうなんいどすぎて、LV950程度のマーナでは模倣もほうするどころか猿真似さるまねさえできなかった。だが、LV999スリーナインになっている今なら……。

「ここで超強化練球スーパーバフボールを使えば……再現できるはずッ!」

 不完全な滅日の紅炎メギド・フレアだが、叔父貴バンダユウの過大能力で本物に化けさせる。

 本物に憧れた偽物が――いつか本物を凌駕りょうがする。

 そんな気迫を、マーナは龍宝石ドラゴンティアを通して動力炉に叩き込んだ。

 するとヤマタノオロチ号Ⅱの主砲から噴き出す大熱戦砲が紅に染まり、乗艦グノーシスの放つ超完全劫滅砲を押し返すまでに威力を底上げした。

 ――激突する2つの破壊光線。

 そのせめいは大空を焼き尽くし、次元や空間も焦がすほどだ。

 しかし、両者譲ることなく拮抗きっこうしている。

 これにネリエルは眼を剥いて驚いた。

 眼球に渦巻き模様のいくつもの黒目がうごめいて気持ち悪い。

「そんな馬鹿な……蕃神ばんしんとなったわたくしが遅れを取るなど……ッ!」

 有り得ませんわ! とネリエルはムキになって否定する。

「ならば更なる力で屈服くっぷくさせるのみですわ!」

 白亜の艦船グノーシスから解き放たれる主砲、その火力が圧倒的に増大した。

 ようやく反転はんてん攻勢こうせいに出られると思いきや、またしても力負けしそうだった。悔しいけど、これ以上の力はもう振り絞れそうにない。

 超強化練球スーパーバフボール減退げんたいし、マーナたちのLV999スリーナインも風前の灯火だった。

 徐々にけ、ネオ・完全劫アイオーン滅砲・カノンが近付いてくる。

 あれを浴びせかけられたら、今度こそマーナたちは一巻いっかんの終わりだ。

「くそぉぉ……ここまでなのか! あたしたちはッ!?」

 マーナは両手の龍宝石ドラゴンティアを握り潰さんばかりに掴み、両眼を閉じて号泣する。額にある第三の眼からは蛇口が壊れたように涙が流れ落ちていた。

 ホネツギーも気張きばり、ドロマンもっている。

 彼らの努力も無駄にしたくはない。リーダーとして切に願った。

 もうすぐ強化バフが終わる。気力体力も底が突きかけていた。

 駄目か……とマーナが諦めかけた時のことだ。



『力が欲しいか…………ッス?』



 悪魔の囁きみたいな、それにしては語尾に締まりのない声が聞こえてきたと思えば、急に操縦席コクピットの照明が明るくなった。

 暗くなっていた計器類けいきるいも輝きを取り戻している。

 砲撃に大半のエネルギーを費やして、他は省エネでやりくりしていたから光源こうげんが落ちるのは仕方ない。その落ちていた光度こうどが戻ってきてるのだ。

 計器類担当のドロマンがありがたい異常を感知する。

「外部より未知のエネルギー注入を確認! 動力炉どうりょくろが蘇ったダス!」

 次いでホネツギーも気前のいい異変に気付く。

「動力炉だけじゃない……僕ちゃんたちにも逆流してるわよぉん!?」

「力が……“気”マナが……流れ込んでくる?」

 マーナも素晴らしい活力付与エナジーギフトを感じていた。練習でツバサ君に掛けてもらったものと同等、あるいはそれ以上の勢いで活力エナジーが送られてきている。

 もう超強化練球スーパーバフボールを減らさなくてもいい。

 LV999スリーナインを維持したまま、もっと強い力を引き出せそうだった。

『どーもー、還らずの都からのお裾分すそわけッス♪』

 力の出所でどころ逆探知ぎゃくたんちする前に、送り主から顔を見せてくれた。ヤマタノオロチ号Ⅱの操縦席、そこのメインモニターに通信が送られてくる。

 現れたのは――銀髪のだらしない女神だった。

「……あ、アキちゃん!?」

 イシュタル女王国所属、情報官のアキちゃんである。

 この戦争では四神同盟が使う情報ネットワークの構築を担当しており、すぐそこにある還らずの都の地下で灰色の巫女と一緒にお仕事中のはずだ。

 彼女は不意の活力付与エナジーギフトについて説明を始める。

『その情報処理の片手間に、クロウ先生が混沌の泥から抽出ちゅうしゅつした“気”マナを片付けたりもしてたんスよ。いやー、これが思った以上にいっぱいあったもんで……マーナちゃんたちも入り用だったみたいなんで送ってみたんスけど……』

 もっと欲しいッスか? とアキは流し目で尋ねてくる。

「「「ちょうだい! 貰えるだけ全部!」」」

 三悪トリオは声を揃えて懇願こんがんし、アキは親指と人差し指で○を作った。

 OKのジェスチャーサインである。

『三流とバカにされた者同士、ちったあ良いとこ見せるッスよ』

 アキが通信を切った瞬間、情報網をバイパスにして莫大ばくだいな“気”がマーナたちに流れてきた。超強化練球をいくつも作れそうなエネルギー量である。

 三悪トリオの総身そうしんがあふれる“気”で輝き出す。

 操縦席コクピットも黄金色の光沢を帯び、フライング・ヤマタノオロチ号Ⅱからも金色の闘気オーラを立ち上り、8本の首から放つ大熱線砲を膨張させた。

 吐き出す熱線は真紅しんくいろどられている。

 滅日の紅炎メギド・フレア――本家に勝るとも劣らない威力を発揮していた。

 紅に染まる大熱線砲は、ネオ・完全劫アイオーン滅砲・カノンを押し返す。

「「「行っけえええええええぇぇぇぇーーーッ!!!」」」

 三悪トリオ渾身の雄叫びが轟いた。

 真紅の炎は一気に空間ごとたわませ、一息にすべて跳ね返していく。

 いや、押し返すに留まらない。打ち破るように飲み込むように、そして蹴散けちらすようにして突き進むと、ネリエルの眼前にまで迫っていた。

 遮るものを焼き尽くす究極の猛炎もうえん――それが爆流となって突き進む。

 あまりの急展開に完璧令嬢でも対応できない。

「なんですって!? そんなっ、さっきまでジリ貧だった雑魚ざこが……ッ!?」

 彼女の悲鳴は紅炎こうえんがもたらす爆発にされた。

 白亜の艦船グノーシスは紅炎に包まれ、見事なまでに大炎上する。

 艦その物も極太の触手が群れることで形成されていたのか、火にあぶられた生イカのゲソみたいに暴れ出す、得も言われぬ悪臭あくしゅうを漂わせていた。

 紅炎が舞う甲板かんぱんでは、炎に巻かれた完璧令嬢ネリエルも踊り狂っている。

「あああああッ!? 焼け、るぅぅぅ! 完璧なわたくしたちが……ッ!」

 どうして!? と悲鳴を上げながら炎を消そうとする。

 だが、どんな消化剤や魔法を以てしても、この紅炎が消えることはない。

「きぃ、消えない!? なんですの、この真っ赤な炎は!?」

「消えるわけあるか! その炎は特別製なのさ!」

 燃え移った対象が灰になるまで消えない。

 マーナは持ち前の親切心から、ネリエルに絶望を教えてやる。

終焉ついほむら蕃神ばんしんの力ごと、身も心も骨の髄まで焼き尽くされて、真なる世界ファンタジアに還ってくるがいい! それがアンタたちなりの罪滅ぼしってもんさ!」

「くぅぅぅぅ……ッ! 三流雑魚が言いたい放題にぃ……!」

 覚えてらっしゃい! とネリエルは捨て台詞を吐いてきびすを返した。

 燃え盛る乗艦グノーシスは180度方向転換すると、紅炎の尾を引きながら目にも止まらぬ速さで飛び去り、ある場所へ一目散いちもくさんに逃げ込んでいく。

 彼女たちが現れた――次元の裂け目へだ。

 追跡を警戒したのか、ご丁寧に裂け目まで閉じていく徹底ぶりだった。

 その後、特に反応はない。

 別の蕃神が攻め込んでくる気配もないので、決着は付いたようだ。

仕留しとそこねたけれど……追っ払えたみたいだねぇ」

 はぁぁぁ! と力強い溜息をついてマーナは寝椅子カウチに倒れ込んだ。

 ドロマンも制御盤コンソールへめり込むように倒れ伏し、ホネツギーは操縦桿そうじゅうかんから手を離すと座席にもたれかかって空を仰いでいた。

 全員、死ぬほど深呼吸を繰り返している。疲れ果てているのだ。

 超強化練球の効果も切れてマーナたちはLV950台へと下がり、その姿も魔族のペナルティを負ったダーティなものに戻る。

 それでも――三悪トリオは疲れた顔に満面の笑みを浮かべていた。

「か、勝った……アタシたちは勝ったんだッッッ!!」

「「――ウィィィィィッサァァァーーーッ!!」」

 三人で張り上げた狂喜の歓声。

 それは戦艦の装甲を突き抜けて、辺り一帯に木霊こだましたほどだった。

   ~~~~~~~~~~~~

 これは――後ほど判明するお話。

 クロウは完璧令嬢ネリエルの一団を、戦争時に介入かいにゅうしてきて動揺や混乱を引き起こすための攪乱役かくらんやくと読んでいたが、実情は少々違っていた。

 彼女たちの本来の役目は先遣隊せんけんたいなのだ。

 使い捨てても問題ない、という酷い見立ては大体合っていたが……。

 まずはネリエルたちが戦争に乗じて真なる世界ファンタジアへ潜入する。

 超巨大蕃神“祭司長さいしちょう”も手を焼いた還らずの都を落として、真なる世界を護ろうとする強者を何人か倒せば、それが契機けいきとなる予定だったらしい。

 蕃神の大軍勢だいこうせい真なる世界ファンタジアへ攻め込む――侵略しんりゃく契機けいきだ。

 ネリエルたちが入ってきた次元の裂け目。

 あの向こう側には、今か今かと突入を待ち侘びる蕃神の“王”と眷族けんぞくひしめいており、ネリエルが事を成すのを待ち構えていたわけである。

 末席とはいえ、ネリエルは蕃神の“王”となる力を得た。

 元々独力でLV999スリーナインに登り詰めた個人のポテンシャルもあったが、数世紀前より地球テラに送り込んでいた諜報員が「使える人材ですよー」と勧めてきたのもあり、トラペゾヘドロン・ボックスと融合させることで昇格を許したのだ。

 彼女ならば、真なる世界ファンタジアに相応の被害をもたらす。

 新参者ながら蕃神の“王”たちも、完璧令嬢の力量は認めていたのだ。

 だが――思いも寄らない邪魔が入った。

 マーナ、ホネツギー、ドロマンの三悪トリオである。

 予想外すぎる彼女たちの参戦が、多方面に番狂わせを巻き起こした。

 三悪トリオは苦戦こそ強いられたものの、クロウの助けやアキの後方支援こうほうしえんのおかげで、どうにかこうにか完璧令嬢ネリエルの一団を撃退げきたいすることに成功。

 一方のネリエルたちは何ひとつ成果を出せず、あろうことか終焉ついほむらという爆弾付きで逃げ帰る始末。この爆弾がとんでもなかった。

 終焉の炎は蕃神の軍勢に延焼えんしょうし、大災害を引き起こしたのだ。

 真なる世界ファンタジアに攻め込むどころではなくなり、燃え移る終焉の炎を消す作業に追われた蕃神たちは、今回の侵略戦争を諦めざるを得なかった。

 これらの事実は――後日判明する話。

 アキとフミカの情報処理姉妹が戦後処理の一環いっかんで情報を整理していたら、偶然にも拾い上げた情報のひとつだ。

 つまり――三悪トリオは蕃神侵攻を未然みぜんに防いでいた。

 これが大金星だいきんぼしとして評価されるのは、もう少し先のことである。

   ~~~~~~~~~~~~

 中央大陸北部はもはや原形を留めていなかった。

 遙か上空から見下ろせば、中央大陸は凹みたいに北部だけへこんだ形になってしまっている。北に広がる大地はほとんど海底へ没していた。

 僅かな土地が島のように残るばかり。

 それらも海の底に沈むのは時間の問題だろう。

 揺蕩たゆたう雲より高い空で、死闘を繰り広げる守護神と破壊神。

 彼らの一挙手いっきょしゅ一投足いっとうそくから発せられる余波よはは天地を割り砕き、拳を叩きつけて蹴りを打ち合えば、その接点せってんから空間が歪む波及はきゅうを起こす。

「やれ行けそれ行けどんと行けやぁーッ! 総進撃で総攻撃だぁーッ!」

 破壊神ロンドは倒すべき敵を指し示し、手勢てぜいけしかけてくる。

 悪意の想念そうねんで練り上げられた――混沌の泥。

 全世界を覆い尽くしそれは、何もかも壊すために流動りゅうどうする超巨大スライムみたいなものだ。混沌の泥はロンドの代わりに巨獣や巨大獣ベヒモスの大群を生み出し、それらを上回る大蛇おろちをダース単位で誕生させてくる。

 1匹1匹が国をも丸呑みにする、神話の怪物みたいな大蛇だ。

 その大蛇をも超越ちょうえつする――世界蛇せかいへび

 図体が大陸に匹敵するようなサイズの超巨大な大蛇は、眉間の辺りにロンドを乗せて騎乗獣きじょうじゅうとしての役目を果たしていた。

 極悪親父の風体ふうていに変わりはない。

 相変わらず繁華街の高級店を渡り歩く遊び人のオッサンみたいだが、その周囲には混沌の泥をいくつもの塊にして待機させていた。

 あれはオプションみたいなもので、攻防こうぼう自在じざいに対応してくる。

 おかげで本体を狙いたくても阻まれるので厄介だった。

「戦争は数だよ……ってか? 本当、力任せが好きなオッサンだな」

 守護神ツバサは正面から破壊神の軍勢を迎え撃つ。

合気使いおれにしてみりゃカモだぜ」

 軽口なセリフは若造にお似合いのものだが、神々の乳母ハトホルたたえられるまでに女神になってしまった女体は、豊満すぎる爆乳巨尻を誇示こじしていた。

 タイトな衣装で引き立たせたボディライン。

 グラマラスな踊り子が観客ギャラリー魅了みりょうするように舞い踊る。

 ツバサの体捌たいさばきに連動れんどうして、共に宙を乱舞らんぶするのは蒼い髪と羽衣はごろも

 どちらも末端まったんに至るまでツバサの“気”マナを流しており、手足の代わりが務まるほど繊細せんさいな動きをしてくれる。襲い来る巨獣や巨大獣を合気の技で投げ飛ばし、牙を剥く大蛇の群れを薙ぎ払うのもなんなくこなす。

 天空の女神――ヌゥト。

 殺戮の女神セクメト魔法の女神イシスに次ぐ、第三の戦闘モードである。

 ツバサの戦いの流儀りゅうぎである合気を十全じゅうぜん使つかこなし、神懸かみがかり的な次元にまで引き上げるために編み出した、合気に特化させた変身形態だ。

 破壊神が万の軍勢を送り出そうと、すべて受け流して滅ぼし尽くす。

 守護神ツバサ破壊神ロンドによる一進一退いっしんいったい攻防こうぼう

 それは大陸をむしばみながらも、未だに決着がつく様相ようそうを見せなかった。

「てめぇら投げられっぱなしでいるんじゃねえ!」

 いいかげん学習しやがれ! とロンドは大蛇おろちの群れを叱りつける。

「何のために蛇体じゃたいにしたと思ってんだ!? ツバサの兄ちゃんが投げにくいようにだろうが! 投げられても絡みついてしがみつけ!」

 動きを封じろ! とアバウトな作戦命令を下す。

 大蛇たちは命令へ忠実に従い、ツバサを十重とえ二十重はたえに囲んできた。

 投げても投げても投げても、他の大蛇の巨体が邪魔して投げきれない位置へと立ち回り、次第しだいにその長い蛇の身体でツバサを厳重げんじゅうに包囲していく。

 出来上がるのは群れた大蛇の肉団子。

 いやいや、規模からすれば大蛇でできた山脈だ。

 ここまで巨大な質量で押し固められれば、合気あいきどころの話ではない。

 この仕上がりにはロンドも後方腕組みでご満悦だった。

「よぉーしよしよし! ヨシ!」

 その昔ネットミームで流行はやった現場で働く猫が取るようなポーズでおどけたロンドは、ツバサを封じた大蛇の肉団子へと命じる。

「ボインちゃんは世界的損失だが、そのまま挽肉ミンチになるまで潰しちまいな!」

「――潰せるもんならな」

 ドゴン! と大蛇でできた山脈の頂点が火を噴いた。

 噴火ではなく大蛇たちの肉厚な血肉を殴り飛ばして、紅炎をまとった鉄拳が突き上げられたのだ。紅炎こうえんを浴びた大蛇は瞬く間に灰と化していく。

 混沌の泥まで類焼るいしょうさせる紅炎にロンドは舌打ちする。

「しまった……仮○ライダー張りの変身バリエーションか」

「誰が平成以降の仮面○イダーだ」

 始末した大蛇どもに肉片を焼き払いながら、真紅しんくたてがみを振り乱す筋肉質な女神になったツバサがダイナミックに姿を現す。

 肉弾戦メインの攻撃特化な変身モード――殺戮の女神セクメト

 何もかも焼き滅ぼす滅日の紅炎メギド・フレアも使える形態なので、敵勢力の殲滅せんめつにも向いている。破壊神ロンドのように従者サーヴァントを大量生産してくる敵にはもってこいだ。

 燃費ねんぴがちょっと悪いのがたまきずである。

 なにも天空の女神ヌゥトモードに固執こしつすることはない。

「戦況次第ではいくらでも切り替えればいい……こんな風にな」

 一部から「メフレックス!」と褒められそうな筋肉美を誇る真紅の女神から、色が抜け落ちるように白銀の髪をなびかせる妖艶ようえんな女神へと変わる。

 筋肉が落ちた分、女性美に塗り替えられていく。

 魔法戦メインの魔力特化な変身モード――魔法の女神イシス

 滅日の紅炎メギド・フレアで燃えた部分を切り捨てて、混沌の泥が伸び上がるとツバサを包み込もうとする。大蛇の群れも鎌首をもたげて、再び包囲網を敷いてきた。

 それらをことごとく――二次元空間へと引きずり込む。

 魔法の女神イシスと化したツバサは、膨大な魔力を駆使することで次元や空間さえも従える超高位魔法を意のままに操ることで、無限の奥行きを有する二次元空間を作り出し、そこに襲い来る敵勢てきぜいを閉じ込めることもできる。

 あらかた敵を取り込むと、二次元空間を投げ飛ばした。

 それは空間を断絶する巨大手裏剣となり、ツバサに迫ってきた大蛇の新手や巨獣に巨大獣どもを薙ぎ払い、彼らの大ボスであるロンドに斬り掛かる。

「――ふんがんっんっ!」

 ロンドは珍妙な掛け声で片腕を振り抜く。

 混沌の泥を右腕に巻き付けて硬化こうかさせ、防御不可能なはずの空間を斬り裂く刃を弾き飛ばした。のみならず打ち消してみせる。

 代償だいしょうとして、腕にまとわりつかせた混沌の泥は消えたようだが……。

「やられたらやり返すぜオレぁなぁ……大蛇おろちどもぉ!」

 大蛇たちはそれぞれLV999スリーナイン、おまけに個別こべつ過大能力オーバードゥーイングを持つ。

 破壊神ロンド譲りのこの世を壊すことに長けた能力を吐きながら、大蛇の大群は飽きることなくツバサへ襲いかかり、討ち滅ぼさんと躍起やっきになっていた。

 対するツバサは冷静に観察眼かんさつがんを働かせていた。

「……随分ずいぶんあせってるみたいだな」

「……なんだと?」

 ボソリと呟いたツバサの一言をロンドは耳聡みみざとく拾う。

 喋りながらも五体は更なる闘争を求めるように休まない。

 戦闘の爆音が鳴り止まぬかな、読唇術どくしんじゅつでも読み取れるようにゆっくり唇を動かしながら、ツバサは脳内で重ねてきた推論すいろんを口にする。

「ミロがホムラが勝った辺りから……破壊神アンタ挙動きょどう不審ふしんだぜ?」

 一見バレないように平静をつくろっている。

 だが鍛えられた洞察力どうさつりょくを持つツバサからすれば見え見えだ。

 ほぼ同時にリードが敗北したため、そちらで動揺どうようすることで隠したつもりかも知れないが、ロンドは確かにミロの動向どうこうへ注意を払っていた。

 ホムラが敗北して№入りのコインが消えた瞬間。

 かすかとはいえロンドの目が泳いだのをツバサは見逃さなかった。

「混沌の泥でしつこく邪魔してるんだってな?」

 ミロがツバサの元へ駆けつけるのを――。

 連絡網を通じてミロが「ゴメンねツバサさん!」と平身へいしん低頭ていとうするみたいに謝ってきていることから、邪魔のされ方が段違いなことが窺える。

 念のため、情報官アキさんに比較データも検証けんしょうしてもらう。

 すると、他の遊撃手ゆうげきしゅに比べてミロの行く手を阻む混沌の泥や巨獣の数が明らかに多い。お邪魔虫の数は当社比で6~7倍の差があった。

「ミロがこちらへ向かった頃……破壊神アンタの攻め手はより苛烈かれつになった」

「……何が言いたいんだい兄ちゃん?」

 単刀直入に言いねぇ、とロンドは結論を求めてくる。

 ニヒルな笑みで肩をすくめる極悪親父は、ほんの少し後ろに退いていた。

 その仕種は危機管理能力が無意識に騒いでることの表れだ。

「大した話題でもないことを針小しんしょう棒大ぼうだいに語り、つまらないことやどうでもいいことはベラベラ喋り、セクハラ紛いの言動もひっきりなし……そんな破壊神アンタがだ」

 ツバサは推理を突き詰めた結論を述べる。

「ミロに関する話題にはどういうわけか消極的だよな」

 ツバサをいじるネタとして、もっと引き合いに出してもいいはずである。

 敢えて触れないようにしているとしか思えない。

「戦争が始まった直後、ミロとは離れ離れにされたけど……」

 神々の乳母ハトホルが半狂乱になりかけたほどショックだった。

 それは単にミロの万能な過大能力オーバードゥーイングを知ったロンドが、ツバサの秘密兵器となるのを警戒し、ホムラを使って引き離した策略さくりゃくだと思い込んでいた。

「あれがどうにも違和感ありまくりでな」

 単独でも世界を破壊すると豪語する最強無敵の破壊神。

 普段からそれほどの大口を叩いているのだから、ツバサとミロがコンビを組んで挑んでも、ラスボスの余裕で「掛かってこいやぁ!」と迎えればいい。

 なのに――わざわざミロを取り除いた。

 最初は秘密兵器リーサルウェポンなミロを警戒したと思い込んでいた。

 そこに奇妙な違和感が芽生えてくる。

 ミロの過大能力――その全容をバッドデッドエンズは知らないはずだ。

 まさか何でも出来る万能能力とは夢にも思うまい。

 多種多様な効果をもたらすミステリアスな能力だと見当は付けているかも知れないが、それでも必要以上に敬遠けいえんすることはないだろう。

 ロンドの性格上、殊更ことさらに警戒するのが不自然だった。

「そもそも前提ぜんていとして――ロンドあんたはミロを避けてないか?」

「……………………」

 饒舌じょうぜつな人間の無言は肯定と受け取りたくなる。

 うたげせきで対面するくらいなら問題ない。

 だが、直接対決は御免ごめんこうむるなんて雰囲気をヒシヒシと感じる。

 そう直感した瞬間、これまでの推測すいそく再考さいこうした。

 秘密兵器云々の問題ではなく、単純にミロと戦いたくないから、あるいはミロの能力を警戒するから、わざわざ遠くへったのではないか?

 ツバサから引き離そうとしたのではない。

 ロンドから距離を置くように仕向けたと思えてならなかった。

 そうして導き出した仮説かせつは……。



破壊神おまえは怖いんだ――英雄神ミロの持つ何か・・が」



 それこそが破壊神ロンドコアを打ち砕く条件に違いあるまい。


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