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第18章 終わる世界と始まる想世
第446話:三流にも譲れない意地がある
しおりを挟む英霊たちの眠る死者都市――還らずの都。
真なる世界でも類を見ない巨大な建造物である。
一段上がることに円周が小さくなる階層を積層状に連ねることで、その姿は潰された三角錐に見えなくもない。地球出身の人々は口を揃えて「角のないピラミッド」と例えていた。よく似た物があるらしい。
このピラミッドなるものも死者のための遺跡だという。
ピラミッドが“王”のために建てられた墳墓ならば、還らずの都は世界のためにその魂をも捧げた偉大な“英霊”たちのために用意された死者の都市だ。
その大きさもピラミッドとは比較にならない。
還らずの都は生中には踏破できない山脈に匹敵する規模を誇る。
しかし、これはあくまでも地表に現れている部分だけ。
還らずの都の全体像を捉えるには程遠い。
例えるなら氷山の一角、見えない部分が遙かに大きいくらいだ。
地中にも墓標を刻むための地下階が何階層も続いており、そこを降りていくと広大な地下空間に辿り着く。ここが還らずの都の心臓部といってもいい。
無数の龍宝石が夜空に瞬く星々のように浮かぶ空間。
それらを統括する、黒と白の一際大きな龍宝石が一対ある。
かつて死を統べる魔王と生命を司る女神だったものだ。
この龍宝石こそ還らずの都の動力源である。
あらゆる力を備蓄して増幅させる――神秘の宝石。
微かにでも力を残しておけば時間経過により最大限まで再充填するため、半永久的にエネルギー源として活用できる究極のブースターツール。
星の数に例えられるほどある龍宝石はすべて連動しており、地中深くに波動の根を張ることで、世界の深層を流れる龍脈と同調できるようになっていた。
龍脈から支障のないレベルで“気”を貰い受ける。
それを龍宝石に貯め込みつつ、力の増幅という機能を最大限活かすことで“気”の貯蔵量を増やしていく。その貯めた莫大な“気”を費やすことで、英霊たちの大軍勢を全盛期の姿で召喚することを可能とするのだ。
「……ですが、還らずの都の役目はそれだけじゃありませんでした」
ククリは自らへ言い聞かせるように独り言を呟いた。
灰色の御子――ククリ・オウセン。
死者都市を奉る巫女として覚醒したククリは、この心臓部を司る巨大な龍宝石となることで還らずの都と一体化した今は亡き父母より、その全機能に携われる権限を与えられるにまで成長していた。
亡き父母の魂は、ツバサ母様とミロ父様に受け継がれている。
だからククリの容貌は二人のいいとこ取りだった。
ツバサ母様もミロ父様も先代の母様と父様にそっくりなのだから、ククリとも似ていて道理である。ジャジャちゃんも実の妹みたいなものだ。
ハトホル太母国へ遊びに行く度に可愛がっている。
灰色の長い髪を背に流して、十二単と呼ばれるらしい衣装をアレンジした巫女服を愛用している。最近、服飾師さんたちに仕立て直してもらった。
おかげで巫女らしい風格が増したと評判だ。
主にクロウ小父様とツバサ母様とミロ父様から褒められている。
宙に浮かぶ浮遊式アームチェア。
複座式と呼ばれるタイプで、三日月みたいな形の上部と下部にそれぞれ腰掛けるところがあり、ククリは前にある下部の席へお邪魔していた。
手元には――小石サイズの龍宝石がたくさん。
それを規則正しく並べ、キーボードに見立てて指先で叩いていた。
これが還らずの都を操作するコンソールだ。
ククリのみ使用を許される、龍宝石による操作盤である。
龍宝石の鍵盤を弾く度、周囲には大小様々なスクリーンが現れては消え、重なっては統合され、還らずの都にまつわるデータを表示する。
それらを迅速に精査して、ククリは調整作業に全神経を傾けた。
「還らずの都は、未来を慮りながら逝った英霊たちの拠り所……彼らの全情報を刻むことで世界に還すことなく留まらせ、いつか訪れる大災害に立ち向かう英霊軍団として喚び出すための施設……この本分に間違いはありません」
別次元からの侵略者――蕃神。
彼らの大攻勢に反抗する迎撃装置が本来の役目である。
「だけど……それにしては仰々しいんです」
真なる世界の中央大陸、その中心に鎮座することで不動。
大陸の中枢にして根源に深い根を下ろすことで、龍脈の中心にも食い込んでいるに等しく、“気”を汲み上げるのみならず同調することも可能。
龍脈は森羅万象の礎、そして大自然そのもの。
自然現象の意向に指図するのは不遜な行為だが、敬意を忘れずに働きかけることで協力を求めれば、必ずやそれ相応の報いで応じてくれるものだ。
現在、四神同盟をサポートしている情報ネットワーク。
通称――“情報網”“連絡網”“通信網”。
思い思いの名称で呼ばれているが、この情報ネットワークは大陸の中心にあることで、龍脈の中心に根差した還らずの都があってこそのもの。
大量の情報を往来させるネットワークの管理こそ情報官の成し遂げた偉業だが、それも龍脈の力を借りたからこそできる芸当だった。
龍脈を伝わせて――情報の随時更新を行う。
世界中に支流を伸ばす龍脈をネットワークに見立てて、“気”と一緒に情報交換を行っていた。その伝達速度は光速を凌駕する。
一度に転送できる情報量も桁違いだ。
このように、発想次第では無限の活路を開くことができる。
「還らずの都……その隠された機能こそがこれです」
龍脈と意思疎通できる――ある種の祭壇。
龍脈と共鳴し、その力の一端を拝借できるシステム。
「意のままに操れるとか、利用するためのものではありません……」
神族や魔族の力を結集させても太刀打ちできない世界規模の災害。そうした異変に際して、世界と生命を守るために協力を願い出る。
龍脈の力を借りることで、危難に立ち向かう援護を受けられるわけだ。
謂わば龍脈と語り合える場とも言える。
イメージとしては直談判に近い。
「あるいは――龍脈へお伺いを立てる翻訳機ッスかね」
アキさんは独自の観点からそう捉えたらしい。
「どんなに偉大な“気”の奔流であっても、相手は人語の通じない大自然の意志ッスからね。こっちの都合良く一方的な解釈しないためにも、利害が一致するようにわかり合うための翻訳機……って思ったッス」
「ええ、その理解で合ってます」
ククリは言葉に出さず心中で感心した。
何かと軽視されがちなところがある彼女だが、こと情報関係に関しては右に出る者がいない。還らずの都の本質も正しく見抜いてくれた。
情報のエキスパートだけはある。
イシュタル女王国所属 情報官――アキ・ビブリオマニア。
今回、一緒に仕事をさせてもらっているお姉さんだ。
曰く「引き籠もり」という属性の持ち主で、あまりイシュタル陣営から出ることはなかった。なので、これまでククリとの接点もほとんどない。
この破壊神を巡る戦争が始まる少し前。
情報ネットワークを構築する計画での顔合わせが初対面である。
情報官と聞いていたので、細かいことまで気にする難しい性格の人かと先入観を抱いていたら、気さくで優しいお姉さんだったので一安心だ。
ただ、大雑把すぎるかなと心配な時はある。
それでも情報処理の専門家という肩書きに嘘偽りはない。
アキさんが担当する仕事は多岐に渡っている。
まずは――巨獣の群れの動向を確認。
進軍する方向や追加された援軍の規模、すべての動静を見極めて予測しつつ、こちらの手勢である巨将や奇神兵などの機動人型兵器の部隊へ通達。足止めの抗戦や迎撃のための行動を取るように指示している。
混沌の泥から巨獣が大量に産まれるようになったので大忙しだ。
(※それを上回る巨大獣にも注視を忘れない)
次に――四神同盟と主力陣のサポート。
相手方に関する情報を引き出すための分析や走査の補助、形勢が不利ならば援軍を頼むか、相性の良さそうな仲間への交代を要請。勝敗が付いた際には終焉者の完全な生死の再確認、生存していた場合、無力化しての確保を手配する。
こちらは主力戦がほぼ終わったので落ち着いていた。
だが生き残った終焉者がいるので油断できない。
彼女の性格を大雑把と一言で評したが、こうした情報関係の仕事に対しては細部に至るまで偏執的に調査する徹底ぶりを見せた。
アキさんなりのこだわりなのかも知れない。
そして――各陣営の防衛状況。
ここは目まぐるしいほど忙殺される案件となっていた。
各国は国本体を強固な防御結界で守りつつ、複数名のLV999が防衛ラインを構築することで、終焉者たちや巨獣や巨大獣の接近を食い止めている。
数十分前までは比較的安定していた。
決して気は抜けないが、各地の陣営を守り切れていた。
そこへ――混沌の泥である。
破壊神ロンドの限界知らずなエネルギー源となりつつ、彼の手先にして先兵として破壊の限りを尽くす、変幻自在の悪意を懲らせた不定形生命体。
彼らの出現によって形勢を逆転されてしまった。
もはやLV999の強者による防衛ラインが意味を成さない。
混沌の泥は真なる世界全土を覆い尽くすばかりではなく、どこからでも神出鬼没に現れる。いくら神族や魔族の強者でもカバーできるものではない。意思を持って襲い来る大海原を相手に立ち回るくらい難しいことだ。
しかし――各国の防御結界内には混沌の泥が現れていない。
これだけは不幸中の幸いだろう。
また、LV999の強者たちも諦めはしなかった。
巨獣や巨大獣を打ちのめしながら、できる限り混沌の泥を排除するように立ち回っているのだ。おかげで防御結界に押し寄せる泥を減らせている。
これはアキさんの功労だった。
過大能力──【真実を暴露する者】。
彼女の過大能力はあらゆる事象を調べられる。
伝説の魔王アガリアレプトの『万象を解明する眼』に比肩する才能だ。
次元をも越える調査能力を駆使して、混沌の泥の強弱や濃淡まで見逃すことなく調べ上げ、最前線の仲間にリアルタイムで送信できる。
不利な箇所、不審な地点、防衛力が薄い区域、強襲される場所……。
徹底的な調査に基づいた高確率の予測。
これらの情勢を未来予知のように先読みすることで、仲間の負担をなるべく軽くしつつも、防衛ラインを維持できるよう後方支援に徹していた。
観測情報による予報的な援護である。
おかげで四神同盟の拠点は、まだどこも壊滅的な被害を受けていない。
一方、アキさんの負担は尋常ではなかった。
彼女の処理する情報量は加速度的に増大の一途を辿っている。
これまでも情報処理にまつわる業務を一手にこなしており、そこに混沌の泥に対抗するためリアルタイムで把握する解析が加わっているのだ。
更に――ミロ父様から無茶振りを依頼されていた。
ツバサ母様を助けるための秘策だが、かなり無茶なお願いである。
更に更に――クロウ小父様からの救援要請。
浄化した“気”を混沌の泥に与えないための回避策を考える。
アキさんの仕事は増える一方、デスクワークのはずなのに彼女は額や腕は汗にまみれており、心なしか頬が痩けているようにさえ見えた。
それでもアキさんは弱音を吐かない。
ハードワークベイベーッスねー、とだらしない笑みを浮かべている。
グラマラスな美女――だとククリは思う。
長い銀髪は梳らずにボサボサ、生活サイクルが不規則なのが現れている締まりのない顔、スタイルは悪くないが運動不足が窺える体型……。
総じて皆さんの評価は「だらしない」だった。
戦闘系ではない、座り仕事メインのインドア派だから尚更だろう。
地球では競泳水着と呼ばれるものに似たボディースーツと、透き通るシースルーな羽衣をまとうのみ。ククリと比べたら軽装である。
そもそも服に頓着しない性分で、家では裸族で通していたらしい。
……裸族って何だろう? 後でツバサ母様に訊いてみよう。
今回は情報ネットワーク構築のため、引き籠もりで出不精なアキさんはわざわざ還らずの都地下ドームまで出張してくれていた。
その際に持ち込んだのが、ククリも失礼している浮遊式アームチェアだ。
2つある席の上部にアキさんは腰を下ろしていた。
手元にはスクリーン式のキーボード型コンソールを半円に180度、最初は一段だけだったが、今では階段のように三段まで拡張されていた。
浮遊式アームチェアを取り囲む球状のスクリーン。
アキさんが専門的に対応している情報のみのスクリーンもあれば、「これは龍脈の力を借りないと無理ッスねー」という、還らずの都の機能を借りなければできない案件は、ククリとも共有できるスクリーンとして表示されていた。
スクリーンを見つめる視線は鋭い。
寝ぼけ眼のままだが研ぎ澄まされており、微に入り細を穿つように些細な情報も取りこぼすことなくチェックしている。
周囲には――12人の女性オペレーターが配置されていた。
アキさんの天文学的な量に達する仕事をカバーするために用意された、情報処理専門の人工知能を持つ人造人間たちである。
(※そもそもアキの過大能力は調査に尖りすぎていて、調べた情報を受信することはできても発信できない一方通行な仕様だった。この発信能力の低さを補うために用意されたのが人造人間オペレーターたちだ)
無個性の制服で統一された人造オペレーターたち。
球状スクリーン内には個別のアームチェアが要されており、そこに座る彼女たちは目元に装備した電子ゴーグルに投影される情報への対処に追われていた。
アキさん同様、一心不乱にコンソールを弾いていた。
文句ひとつ言わず仕事に励む。それが人造人間の強みだという。
だが、アキさん同様に疲労の色が滲んでいた。
人間を模しているため、過剰な労働を強いられて疲労感が露わになってきているのだ。それでも休むことなく懸命に働いてくれているが……。
何より――アキさんがもう限界に近い。
確かに最前線で身体を張って敵を倒す危険度と比べれば、安全地帯から遠隔調査と情報の受け渡しをしているだけのデスクワークに見えるだろう。
だが、彼女は過大能力を使いっぱなしなのだ。
技能や高等技能も複合させ、一瞬も気を抜かず能力を使い続けている。
いくらコストパフォーマンスのいい過大能力だとしても、これだけ過度に集中して長時間使い続けていたら、消耗の度合いは計り知れなかった。
血を流しながら動いているのと変わらない。
「……なーんでそんな無理無茶無謀してるのかなー?」
って顔してるッスねー、とアキさんはこちらに視線を投げ掛けてきた。
「え、いや、そんなつもりは……ただ、凄いな、と思って……」
いつの間にか見蕩れるようにアキさんを見上げていたらしく、指摘されたククリは恥ずかしくなって前へと向き直り、仕事に専念するフリをした。
言い訳がましく呟いていると、アキさんは静かに笑う。
「ウチには……これしかないッスからね」
ククリの背中へ、懺悔するかのようにアキさんは語り出す。
「実妹みたいに何でもかんでも知りたいって熱中できるわけじゃないし、他の誰かみたいにやりたいことや欲しいものなんてない……ただ、漠然と色んなものを見て聞いて知りたいと思うだけ……それ以上でも以下でもないんスよ」
意志薄弱にして精神惰弱――渇望さえも希薄。
自分には芯となるものない、とアキさんは打ち明ける。
「レオ先輩に拾ってもらうきっかけになった、ハッカー紛いのサーバー侵入だってお遊びに過ぎなかったし……いまいち本気になれないんスよね」
何もない、何もしない、何もできない。
「だもんだから“三流”ってレッテル貼られて……いつも舐められてましたね」
何も成そうとしない、ただそこにいるだけで益体もない。
「ウチは結局……何者にもなれないまま、こんなとこまで来ちゃったんスよ」
ゆえにアキさんは周りから三流と誹られやすいらしい。
爆乳特戦隊でも一番年下で一番格下だと自認しているという。
「クロコちゃんみたいに才色兼備で仕事からエロまで多方面にこなせるほど万能じゃないし、カンナ先輩みたいにどんな難題だろうと勢い任せに突っ走って何とかしちゃう気力もないし、ナヤカさんみたいに目的のためならば用意周到に準備を怠らないほど執念深くもないし……」
情熱を見出せない、そんな自分に負い目を感じる言い方だ。
話ながらもコンソールを操作する手は止まらず、疲労から流れ出す汗を滴らせたまま、残像が生じる勢いでブラインドタッチを続けていた。
「でもね、これはウチに与えられた仕事……そして……」
情報官――アキ・ビブリオマニアにしか出来ないことッスからね。
その双眸はかつてないほど輝いている。
「三流だって意地くらいあるんスよ……ここで本気にならなきゃ、汗水どころか血まで流して戦ってるみんなに……面目立たないじゃないッスか!」
ギラギラとした眼は我欲に満ち、キラキラとした瞳は大望を追っていた。
「それに……ここまで熱くなれたのは久々ッスからねえッ!」
やる気があるうちにやっとかないと! とアキさんは意気込んだ。
ククリはよく知らないが、彼女のことをよく知る「だらしない三流」と見做している人々が目の当たりにすれば「誰だおまえ!?」と驚愕するだろう。
それほどの熱意をアキさんは発揮していた。
「ククリちゃん! 龍脈はどないッスか? ご機嫌伺いよろしく!」
こちらに飛ばす指示まで檄のように激しくなっていた。思わず怯んでしまう。
「あっ、は、はい! 龍脈の現状はですね……ッ!」
実のところ――あまり芳しくはない。
「ちょっと……いえ、かなり問題アリですね……あの泥のせいで」
こちらも原因は混沌の泥にあった。
「あの泥は真なる世界に長年染み込んできた負の念……この世に未練を残して死んでしまった者や、何者かへ恨み辛みといった憎悪を溜め込んでいた敗残者……そういった冥い感情を具現化させたものなんです」
破壊神ロンドの一部にして一端、そして全てでもある。
それが実体化するにもエネルギーが必要だ。
「そのエネルギーを……どうやら龍脈から奪っているみたいなんです」
おかげで龍脈全体のエネルギー総量が減退していた。
このまま破壊神が後先考えずに(この世界を破壊するつもりなのだから考えるわけないが)混沌の泥を使い続けたら、遠からず枯渇しかねない。
その時は、別の意味で真なる世界の終了となるだろう。
「えええっ!? 龍脈は破壊神の味方ッスか!?」
アキさんの上げた驚きの声に、ククリは悲しげに首を左右へ振った。
「龍脈は……誰の味方でもありません」
龍脈とは“気”の大奔流。“気”とは純粋無垢なエネルギーの素。
龍脈にも“気”にも善悪という概念はない。誰が正しくて何が間違っているなどと判断せず、何事が生じても「在るが侭なり」と肯定するものだ。
「私たちが協力を願い出れば応えてくれるように……宇宙卵から誕生したロンドは世界から認められた存在……でもあるんです」
「破壊神にも『おい力貸せや』と脅されたら断れないってわけッスね」
恐喝ッスよー、とアキさんは口を尖らせて悪し様に言った。
そこでアキさんはすぐさま機転を利かせる。
「だったら……こっちからも龍脈にお願いすればいいんスよ」
『どうか破壊神に力を貸さないでください』
『この世界のためにも龍脈を維持してください』
『なるべく“気”を使わないよう温存してください』
「……ってな感じの嘆願書みたいなものを、還らずの都の機能で訴えかければいいんスよ。在るが侭に受け入れてくれるってんなら、破壊神の恐喝だけじゃなく、ウチらのお願いにだって耳を傾けてくれるはずッス」
「な、なるほど……一理ありますね!」
早速ククリは龍宝石の鍵盤を打ち込み、龍脈に願い出てみた。
その返答は龍脈の“気”に関するパラメータに表れる。
「成功したみたいです! 完全に……とは行きませんが、混沌の泥を精製するための“気”をかなり抑制することができてます!」
「よーしよし、敵さんの足引っ張れるだけで効果アリッス」
嘆願書は出し続けるように、とアキさんに指示されたので継続していく。
これで混沌の泥を少しでも弱められれば御の字だ。
龍脈とそこを流れる“気”は純粋なエネルギーであるとともに、この真なる世界の根幹を成すものだ。そこには大いなる意志が息衝いている。
彼らは世界の命運に頓着しない。
守護神の「生きとし生ける者とこの世界を護りたい」という意志も肯定するし、破壊神の「すべての生命を滅ぼして世界を壊す」という信念も否定しない。
本当に「在るが侭なり」を地で行く存在なのだ。
だからこそ、このような未曾有の事態が引き起こされるのだろう。
「さぁて、龍脈さんにはまだまだ頼らせてもらうッスよ~!」
アキさんは阿修羅のように腕が何本にも見える速さでキーボードを捌きながら、ククリのスクリーンに龍脈への申請書を提示してくる。
「ククリちゃん、これも使用許可を龍脈さんにお伺い立ててほしいッス!」
「わ、わかりました……えっと、大丈夫です! どちらも龍脈を通路代わりに使わせてほしいというお願いなので、すんなり許可が下りました!」
「マジッスか!? ククリちゃんも龍脈さんも仕事速くて助かるッス!」
ほんじゃ遠慮なく! と早速アキさんは龍脈を酷使した。
何をしたかといえば、最も太い龍脈でもパンクを起こして大動脈瘤破裂を起こしかねないほどの、途方もない超エネルギー体を送り出したのだ。
「なっ……なにしてるんですかアキさん!?」
思わず声を荒げるククリに、アキさんも申し訳なさそうだった。
「怒られかねないのは百も承知ッス! でも、これがミロちゃんからの“お願い”なんッスよ! この超絶パワーの濃縮体を情報に変換、受け取ったら超絶パワーに再変換できるようにして送ってほしいって……」
これでも最大限圧縮したんスよ!? とアキさんは半泣きだった。
「圧縮に圧縮を重ねても、この大容量なんスよ……」
「ミロ父様は……ツバサ母様に何を送ろうとしてるんですか?」
――超絶パワーの濃縮体。
その受け取り先は他でもないツバサ母様だ。
「まあ、大自然の大元になれる過大能力持ちのツバサ君なら、龍脈をパイプラインにして送られてくるミロちゃん印の超絶パワーに気付いてくれるでしょ」
「ええ、母様なら絶対に拾ってくれますね」
そこはどちらも絶大な信頼を寄せることができた。
「取り敢えず、まだ送信中の超絶パワーがひとつと、控えにもうひとつ……これは少々時間が掛かるので放置するとして、さっさと次にも取り掛かるッス」
「クロウ小父様から送られてくる“気”ですね」
現在、還らずの都にも混沌の泥が攻め込んできている。
麓にあるタイザン府君国とルーグ・ルー輝神国を含め、還らずの都全体を覆うように防御結界を張っていた。龍脈から都合できる“気”を惜しみなく費やした結界なので、滅多なことでは破れないと思うのだが……。
「何事にも絶対はないッスからね」
アキさんの用心深い一言にククリも同意する。
「ええ、今は何とか持ち堪えていますが……それもいつまで保つか」
これを危惧したクロウ小父様が動いてくれた。
強化形態である東岳大帝へと変身し、不浄を洗い流して清浄な“気”にする過大能力を使うことで、混沌の泥を浄化するように働きかけていた。
だが、混沌の泥は底無しに押し寄せる。
いくら浄化しても追いつかず、清浄化した“気”は増える一方だった。
普段なら付近にばら撒けば自然を活性化させるのだが、世界中に混沌の泥が蔓延っている現状では、彼らに餌を与える行為に等しい。
かといって、東岳大帝の内へ溜め込むにも限界がある。
浄化した“気”を逃がす場所をクロウ小父様に求められたのだ。
「ひとまず、クロウ小父様から送られている“気”はこの地下ドームに貯めていますけど……このペースで“気”を送られてくると、防御結界の強化に回しても余りそうな勢いですね……クロウ小父様のお身体も心配です」
不浄を清められるのは過大能力の効果だ。
使いすぎれば疲弊は免れない。
いくら浄化した“気”を自分に注いだとしても、度が過ぎればいずれ身を損なう。心身への負担は想像を絶するものとなるだろう。
「せめて浄化した“気”をこちらで引き受けて差し上げないと……」
「わかってるッスよククリちゃん。せっかくクロウ先生が身体を張って浄化してくれた“気”ッスからね。前言通り、有効活用させてもらうッスよ」
再びアキさんは龍脈の力を借りようとする。
ククリも還らずの都から働きかけることで、アキさんの仕事をバックアップする。やることは先ほどと同様、龍脈をパイプラインとして使うことだった。
龍脈を道と見立てて、そこに浄化された“気”を流す。
持て余した“気”を龍脈へ還すように放流しているわけではない。
大量の“気”が行き着く先は決定されていた。
「これは……四神同盟の国々に?」
ハトホル太母国、イシュタル女王国、ククルカン森王国。
還らずの都にある二カ国を除いた、四神同盟各国に繋がる龍脈に乗せて、クロウ小父様が浄化してくれた“気”を押し流したのだ。
モニタースクリーンに映るのは、網の目のような龍脈の地図。
そこを三方向に向かって綺麗な“気”が流れていく。向かう先にあるのは、名前を挙げた三ヶ国だ。それを指差してアキさんは強気に笑った。
「既に流した“気”の使い道も決まってるッス! 各国の防衛を担ってる防御結界、その要たる結界の担当者たちにも連絡は完了してるッス!」
この“気”を防御結界の補強に費やしてもらう。
クロウ小父様がご無事な限り、防御結界は強化され続ける。
「これで最悪、最前線で戦うLV999のみんなが疲れ果てて結界内に戻ったとしても、しばらく各国の安全は保証される……はずッス!」
「何事にも絶対はないですもんね!」
思わずククリはアキさんの言葉を繰り返していた。
クロウ小父様頼りなので、小父様に異変があれば破綻するからだ。
あくまでも応急処置、徹底抗戦のための措置である。過度の期待は禁物だとアキさんの態度からも察することができた。
改めて――アキさんは凄い人だと感心させれらてしまう。
戦争が始まると同時に大量の情報処理を任されて、それをほぼ単独でやり遂げるだけでも賞賛物なのに、戦争中の「あれ調べて!」とか「これどういう意味!?」とか「良いアイデアプリーズ!?」にもさりげなく対応されている。
実妹のフミカさんもお手伝いしているそうだが……。
その上、ミロ父様やクロウ小父様の御要望さえも完璧にこなしてみせた。
三流どころではない――紛うことなき一流だ。
情報処理という分野では、彼女に追随する者はいないだろう。
ククリも勉強させてもらっている。
還らずの都の全機能を操作する行程には、地球出身の方たちが仰るところの「コンピュータのプログラミング」とやらに酷似する点があった。
アキさんはその専門家でもあるらしい。
彼女の華麗なる情報処理能力は、ククリの仕事に相通ずるものがあるのだ。
この戦争が終わったら是非ともご教授賜ろうと心に決めていた。
「…………あれ? こ、これは……?」
不意にモニタースクリーンから見慣れない報告が現れた。
アキさん経由のものではなく、還らずの都からの報告だった。警告ほど慌てたものではなく、あるプログラムの完了を通知している。
「どうしたッスか、ククリちゃん?」
ククリが妙な声を漏らしたので、アキさんも気になったらしい。仕事の手を休めることなく、心配そうな視線をこちらへと向けてくる。
ククリは相談を求める声で言った。
「いえ、それが……いつの間にか英霊さんが登録されていて……」
「んん~ッ? それは確かに妙ッスね?」
今現在、還らずの都は英霊の登録を一時停止している。
破壊神との大戦争で防御結界などに“気”を大量に消費することを想定し、誤って英霊を顕現させないための措置だ。
そもそも現状では登録されるべき英霊がいない。
真なる世界にはもう高LVの戦士がほぼ残ってないからだ。
(※ノラシンハ翁やヌン陛下など極少数)
いつか四神同盟の誰かが墓標を刻まれる日が来るとしても、それはずっと未来のこと。この局面も乗り越えられると皆が信じている。
「もしもどこかで生き延びていて、私たちの知らないうちに蕃神と戦って命を落とした英雄がいたとしても、その数は決して多くないでしょう。たった数名では召喚しても……正直、戦力にはならないと思われます」
「時間制限アリの復活だから、長期戦は期待できないッスもんね」
うんうん、とアキさんも頷いてくれる。
そのため登録は一時停止(正しくは待機)していた。
この戦争が終われば元通りのシステムに戻すので、もしも世界への殉死者がいれば、英霊として後ほど登録されるはずである。
それまでは一時停止、登録されるべき英霊がいれば待ってもらっていた。
「でも、今はシャットアウトしていたはずなのに……どうして?」
「んー、ちょこっと操作権に割り込みさせてもらうッスね」
不思議がるククリを安心させるため、アキさんは過大能力で還らずの都の全体システムへ介入すると、英霊が登録された理由を調べてくれる。
ものの10秒と経たずに原因を突き止めてくれた。
「あー、これはこれは……大分前から予約されてたッスね」
「予約……え? 予約ってどういうことですか?」
英霊の登録は一時停止されている。
これらの英霊はその一時停止が執行される前から登録されており、何らかの理由で登録完了が今の今まで延期されていたというのだ。
「ローディングに時間が掛かったのか、更新ソフトでもインストしてて邪魔されたのか、英霊たちに何らかの問題でもあったのか……身元調査とか?」
とにかく、ずっと仮登録状態だったらしい。
「それが正式採用されたんで、ようやっと通知が届いたみたいッスね」
「……こ、このタイミングでですか?」
意図的なのか作為的なのか――あるいは運命的というべきか?
何かしらの関係性を疑わずにはいられない。
「一体……どのような方が英霊として登録されたんでしょうか?」
ククリの疑問は追求するようにシフトする。
「人数は三名、トリオみたいッスね。もしかするとウチらの知ってる顔かもしんないッスよ? 四神同盟もみんなお手々がキレイってわけじゃないし……」
悔やむようにアキさんは言葉尻を濁した。
これまでの抗争で、少なからず他者の命を絶っている。それを遠回しに認めざるを得ないのだろう。どうしても罪の意識が付きまとう。
その三名の英霊とは何処の誰なのか?
ククリは正体を確かめるべく、英霊の登録情報を照会してみた。
その時――時空間を揺るがす激震が走る。
地底数㎞にある還らずの都の地下ドームすらも揺るがす威力だ。
二人ともアームチェアにしがみつく。
アキさんのモニターは言わずもがな、ククリの還らずの都を管理するスクリーンにも画面いっぱいに『警告!』の通知がポップアップしていく。
「これは地震……いえ、空間が破られてる!?」
悲鳴じみたククリの声とは対照的にアキさんは諦めていた。
こうなる覚悟は予想済みだったらしい。
「あーあ、とうとうお出ましッスか~……ま、二大勢力が争ってる横から殴りつけるのは、昔っから戦争の常套手段ッスからねぇ~」
蕃神は――まだ侵略戦争のつもりでいる。
「お出でなすったッスよ……別次元のクソッタレどもが!」
アキさんは遠慮せず口汚く罵った。
外の様子を映したモニターが最悪の風景が風景を映し出す。
混沌の泥出現に合わせて曇天となった空が、まるで脆くなったガラスのようにバリバリ割れたかと思うと、別次元の暗黒空間を垣間見せる。
以前、次元の裂け目は還らずの都上空を覆うほどの天蓋となった。
かつてそこから現れたのは――超巨大蕃神“祭司長”。
まだ記憶に新しい、あの時の恐怖がククリの小さな胸に蘇ってくる。
だが、裂け目は大して広がらず天蓋になる気配はない。
その裂け目から顔を覗かせたのは――。
「オーッホッホッホッホッホッ! アイルビーバック! ですわーッッッ!」
――白亜の艦船を駆る完璧な御令嬢だった。
~~~~~~~~~~~~
東岳大帝の姿を借りたクロウは大剣“獄門鍵”を構える。
第二の過大能力【不浄は輪廻転生を経て浄化されよ】に全神経を注ぎながら戦うのは骨が折れそうだが、こちらの巨体を見過ごす相手ではなさそうだ。
「私の場合、骨が折れたら一大事なのですけどね」
神族・冥府神ではあるが、肉体的には“死んで骨だけ”のスケルトン。
骨折ひとつで手足が無くなるも同然である。
……なんてスカルジョークも聞かせる相手がいなければ今ひとつだ。子供たちもこんな危機的状況では愛想笑いすらしてくれまい。
次元の裂け目から現れたのは――白亜に染まる一隻の戦艦。
飛行母艦と比べたら控え目だが一端の帆船だ。マストが三本は必要なサイズ感はある。ただし、こちらも飛行能力のある船なのでマストに頼る必要はなく、艦橋の代わりに豪奢な宮殿が建てられていた。
飛行機のように両翼を広げ、白い巨鳥のイメージを掻き立てられる。
少し前に見掛けた時から外観に大した変化はない。
しかし細部に眼を凝らすと、蕃神に侵食されたのが見て取れた。
所々に名状しがたい装飾がされており、どことなく非対称で見る者の正気を奪い去る非ユークリッド幾何学的な改修が施されていた。
時折、ドクンドクンと脈打つ外装を持つ艦がどこにあろうか?
艦船自体、異形の生命体として鼓動していた。
縄文土器をどこまでも果てしなく、邪悪で怠惰で堕落にランクアップさせたような紋様で飾られており、悪夢的な造形美を極めんとしている。
なんとなくクロウには見覚えがあった。
「……あれだ、諸星○二郎先生の描く怪物ですね」
思い当たったクロウはポン! と東岳大帝のまま手を打った。
クロウが大ファンの漫画家さんの画風だ。
希代の伝奇漫画家であるこの作家さんは、唯一無二のクリーチャーを描かれることで有名である。アシスタントは「どう手伝えばいいかわからない」と降参し、大御所漫画家たちも「真似できない恐ろしさ」と絶賛したという。
代表作に登場する――日本神話の神々の名前を冠する怪物たち
あの造形は凄まじい畏怖を感じさせる秀逸さだったが、この白亜の艦船はそのインパクトに勝るとも劣らない生理的嫌悪を催させる。
艦船その物も蕃神と化しているようだ。
血管なのか触手なのかわからない――あふれる管が脈打つ甲板。
そこに9人の騎士が居並んでいた。
生身の一切を露出させない重装甲で身を固めた騎士団は、基本装備こそ統一されているが、主武装とともに細部のデザインで個性を表していた。
中央に立つ長剣を帯びる騎士が団長らしい。
その他に……大剣、大槌、細剣、銃剣、大鎌、二刀流、大槍、戦斧。
合計九名の騎士団も、見掛けこそ最初に目撃した時と大差ない。そこは白亜の艦船と同じなのだが、中身は既に人間を廃業しているようだ。
明らかに蕃神の気配を内包している。
兜の隙間から漏れる眼光は不可知のスペクトルを発し、そこから漏れ出す呼気は二酸化炭素ではなく瘴気のように毒々しかった。
兜を脱いだら不定形の怪物が飛び出しても驚かない。
力量的には平均的にLV999の中堅クラス。それでも彼らは蕃神の“王”たる器ではなく、あくまでも眷族という扱いになるようだ。
これまで蕃神の眷族は、質より数で押してくるケースが多かった。
それと比べれば彼らは少数精鋭なのだろう。
この騎士団を率いる“王”は艦の舳先に佇んでいた。
正しくは“女王”……あるいは“王女”と呼ぶべきだろう。
いかにも令嬢らしい風体の美女ではある。
年嵩のクロウからすれば、まだまだお嬢ちゃんだ。
だが、その美貌にこれでもかと驕っている傲慢さを隠そうともしていない。令嬢は令嬢でも悪役令嬢といった評価がお似合いだった。
貴族のお嬢様らしく、過剰にして華美なるドレスで着飾っている。
それも中世ヨーロッパの貴族令嬢みたいな派手さだ。
きつめのコルセットに緞帳みたいに分厚いスカート、手には七色の羽でふんだんに飾られた羽扇子を優雅に仰いでいる。髪型も日常生活に支障が出るほどの派手派手しさ、金髪ドリルと見紛うほどの縦ロールだった。
鈴生りに実ったと表現できるボリュームだ。
そのゴージャスな金髪ロールが――蕃神風に塗り替えられている。
螺旋を描いていた金髪のすべてが触手になっていた。
不揃いの吸盤を並べた頭足類の触手を思わせるそれは、金髪の色を引き継いでいるのか金色に輝いており、縦ロールを偽装するように踏襲していた。
タコやイカを擬人化したキャラクターにも見える。
外見的にはその程度の変化だが、こちらの中身も完全に別物だった。
間違いなく蕃神の“王”――その末席に加われるレベルだ。
黄金色のタコを擬女化した程度の見目を保っているが、その内側に渦巻く禍々しい活力は別次元のものとなっていた。しかも、その実力はLV999の猛者でも手を焼かされる蕃神の“王”に等しい。
恐るべきパワーアップを遂げたと警戒すべきだろう。
白亜の艦船は次元の裂け目を抜けてくる。
東岳大帝と化したクロウの浮かぶ高度まで降りてくると、巨大ロボと大差ないクロウの目線に合わせて艦を停止させた。
蕃神化した悪役令嬢は更に一歩、前へと踏み出してくる。
「オーッホッホッ! お初にお目に掛かりますわ、冥府神クロウ様!」
度を超したテンションで高笑いを響かせての挨拶。
高圧的な態度に眉をひそめるも、クロウは丁重に挨拶で答える。東岳大帝の巨体のままで、手にした大剣を下げると一礼にする。
油断はしないが、挨拶の礼儀くらい弁えているつもりだ。
「こちらこそ初めまして……ネリエル嬢、でよろしかったですかな?」
あら、とネリエルは意外そうな声を漏らす。
「初対面なのにわたくしのことを御存知なのですか……なるほど、四神同盟とやらは報連相が行き届いているようですわね。でしたら、特に来歴や経緯などは説明せずとも伝わっている……と思ってよろしいかしら?」
「ええ、概ね聞き及んでおりますよ。説明の必要はありません」
――最悪にして絶死をもたらす終焉。
かつて108人いたとされる破壊神ロンドの兵団。彼らはいくつかの部隊に分かれており、彼女はその九番隊を率いた傑物とされている。
元バッドデッドエンズ九番隊――ヤルダバオート。
そのヤルダバオート隊を率いた女帝。
完璧令嬢――ネリエル・デミウルゴス。
破壊神の思想に賛同する者だらけのバッドデッドエンズにおいて、組織に加わり同盟こそ結んだものの、その思想に傾倒しなかった一団だ。
彼女たちが目指すのは――完璧な世界。
今ある世界を不完全と断じて、破壊神が跡形もなく滅ぼした後に自分たちに相応しい「完璧な世界」を創造するために活動していたらしい。
真なる世界崩壊までは共同戦線、そこから先は独自路線を突き進む。
この関係を前提に破壊神と手を組んでいたらしい。
――自分たちの望む完璧な世界を創る。
この尊大な思想ゆえネリエルたちは傲然と振る舞い、バッドデッドエンズの仲間を軽んじて、首魁たる破壊神ロンドにすら楯突いたそうだ。
その傲慢な心に蕃神は這い寄ったらしい。
蕃神の使者にオマケ付きで唆されたのか、別次元のパワーを得られる道具を与えられたことで増上慢に駆られ、四神同盟に襲撃してきたのだ。
(※軍師君や情報処理姉妹の検証により、開戦まで不戦条約を交わしていた両陣営を煽ることで相討ちを誘い、自分たちの有利を狙った漁夫の利作戦だったのでは? との推察された。それを裏付ける証拠も取れている)
迎え撃つツバサ君たちにヤルダバオート隊は惨敗。
蕃神の力を借りて再起を図るも、開戦まで事を荒げるつもりのなかった破壊神が派遣したバッドデッドエンズによってトドメを刺されている。
(※第372話~375話参照)
その後――ネリエルたちは忽然と姿を消した。
ドサクサに紛れて逃走したかと思われていたが……。
「……蕃神の手に落ち、彼らの傀儡へと堕ちていたのですね」
これ見よがしの嘆息をせざるを得ない。
愚かしい選択をした若者たちに、クロウは人生の先達として落胆した。
長いものには巻かれろなんて格言はあるものの、別次元の侵略者が伸ばしてきた得体が知れず名状しがたい触手に絡め取られるなど言語道断。
「人間としての矜持はないのですか?」
「そんな安っぽい自尊心……次元の狭間に捨ててきましたわ!」
クロウが怒りを帯びた語気で問い質せば、ネリエルははね除けるように言い返してきた。羽扇子を打ち振るい、自画自賛する声を張り上げる。
「わたくしたちは目の当たりにしたのです!」
無窮の彼方にある多重次元の深淵――暗黒の玉座に坐する極点。
「あれこそわたくしたちの求めてた真なる完璧! いくつもの世界線に渡ってなお揺らぐことのない絶対的な唯一無二! 輪廻も転生も経らず、何時までも何処までも果てしなく変わることなく完全無欠! 永遠不変に其処へあるもの!」
喋る度に論調は過熱していき、唱える言葉は狂信的となる。
蕃神に堕ちる前と変わらない美貌も歪んでいく。
「本当に求めていた完璧な世界! それが別次元にあったのです!」
魔性に魅入られた瞳でネリエルは力説した。
「……どうやらあなた方は蕃神と相性が良かったらしいですね」
もう一度クロウは呆れ果てると小さく頭を振った。
こういう場合、水が合ったとでも言うべきか? 蕃神どもが滴らせる水分と呼ぶのも烏滸がましい粘液に、どっぷり浸かってしまったかのようだ。
フフン、とネリエルは鼻で笑う。
「完璧とは! その身にひとつとして欠けたところがないもの! その行いに疎かな失敗はひとつも伴わず、その力は他より脅かされず、有象無象を寄せ付けない絶対的強者! 即ち! 蕃神もまた完璧なるものなのです!」
完璧令嬢たるネリエルと――それに付き従う9人の騎士団。
「我らヤルダバオートと共鳴するのは自然の理!」
傲岸不遜に両腕を広げたネリエルは声高らかに言い切った。そこから上半身を半分ほど後ろに捻って、9人の騎士たちに同意を求める。
「……そうですわよね、おまえたち?」
「「「「「「「「「――Yes、お嬢様」」」」」」」」」
人間性を失った重装騎士団は一斉に首を縦へと振った。
「お仲間もイエスマンばかりとは……それは思い違いも甚だしくなりますね」
クロウは何度目かの重々しい溜息をついた。
東岳大帝の図体で頭を抑えながら息を吐くと、森林をも消し飛ばす竜巻になってしまう。ここが何もない上空で良かった。
荒々しい溜息をついたクロウは、双眸を燃やしてネリエルを睨む。
「お嬢さん――あなたの完璧はどこにあるのですか?」
「わたくしの……完璧?」
座右の銘である単語を引き合いに出され、ネリエルはやや困惑する。回答を待つ不安げな生徒を説き伏せるようにクロウは続けた。
「完全でも完成でもいいでしょう。辞書を引けば『欠けたところがない』『足りないものがない』『出来上がっている』などと意味が記されていますが……その完璧という概念はね、結局のところその人次第なんですよ」
何をして完全と言い張るのか? どこまでやって完成と認めるのか?
自分の求める完璧は――自分の中にしかない。
傍から見れば武道家として完成されたと境地にいるとしか思えないツバサ君たちだが、彼らは口を揃えて「まだまだ未熟な未完成です」と謙遜する。
事実、彼らは高みを目指して鍛錬を欠かさない。
自らに抱く完璧に程遠いからだ。納得が行ってないからだ。
ゆえに彼らは「完璧」「完全」「完成」などというあからさまな言葉を、殊更に口から出さない。求める理想をひたすら禁欲的に追い求めていた。
一見すれば果てのない無間地獄。
それでも彼らは笑って歩を進めるに決まっている。
不言実行で我が道を突き進む者にこそ――完璧は宿るのだ。
「それが何ですか、あなたは……完璧令嬢などと大層な二つ名を自称しながら、どこの馬の骨かも見当つかない蕃神なんて怪物どもに甘い汁を吸わされ、彼らの世界を体験入学しただけで、あっさり思想を乗り換えるような愚行に走るなんて……だから、敢えて念を押すように聞いてあげたのですよ」
――ネリエルの完璧はどこにある?
絶句するネリエル。可憐な唇が無意識に歪んでいた。
悔しさに唇を噛み締めているのだ。
その変化を眼窩の端に認めたクロウだが、構うことなく教壇に立っていた教師25年を思い出して、不良生徒を説教するように弁舌を振るった。
「真に完璧を求める者はね、余所からの圧力に屈せず、自らの完璧を譲ったりはしません。それは不屈の信念に依るものなのです」
もしも第三者によって塗り替えられるのならば――。
「あなたの完璧は何処にもない……虚ろな幻に過ぎないのです」
仄暗い髑髏の奥から、クロウは哀れみの視線を突きつける。
「即ち、蕃神如きに膝を折って宗旨替えするようなネリエルには、完璧の二文字を名乗る資格などこれっぽっちもないということですよ」
おわかりになりましたか? とクロウは講釈を締め括った。
次の瞬間――ご令嬢は発狂した。
「あなたに何がわかりますのッ!? このっ……ホネホネロック!」
蕃神の“王”に匹敵する威圧感とともに怒声を発する。
空間をビリビリと振動させる衝撃だが、クロウはビクともしない。
「ええ、死んで骨だけですので悪しからず」
お嬢様の幼稚な罵声を、クロウは素気なくいなした。肉も皮も失い、死んで骨だけの頭蓋骨は面の皮より分厚くなっているのだ。
「深遠なる力を前に……傅かずにいるなど不可能ですわ!」
罵り足りないネリエルは言い訳がましく大声でがなり立てる。
「あなた方だってそう! 別次元を覗いたことしかないから、そんな風に強がっていられるのです! 蕃神の力に取り込まれてしまえば、嫌でも骨の髄まで……いいえ、魂の真髄にまで思い知らされるに決まっていますわ!」
人知を超越した別次元の神性には抗うこと能わず。
「そうよねおまえたち!?」
「「「「「「「「「――Yes、お嬢様」」」」」」」」」
この時ばかりは、イエスマンたちに得体の知れない説得力があった。
蕃神の力に為す術なく侵食されたのは想像に難くない。抵抗するよりも受け入れた方が楽なのも理解できる。だが、楽な道を選んではいけない。
「……だとしても、屈する道理はありません」
クロウは挨拶から下げていた大剣“獄門鍵”を構え直すと、ネリエルたちに対して臨戦態勢を整えていく。恐らく、あの艦船で仕掛けてくるはずだ。
イシュタル女王国で行われた――ルーグ陣営との対面。
そこへ殴り込んできた際も、あの艦で無茶な砲撃を撃ってきた。
全長150mに達しつつある東岳大帝のボディとパワーに対抗するため、艦戦のつもりで挑んでくると予測している。
「触手の王も、蜘蛛の女王も、竜犬の大君も、知恵持つ菌糸も……そして、蕃神の代表を務める“祭司長”でさえも、私たちは追い払ってきました」
ほとんどツバサ君とミロちゃんのお手柄だ。
あの日からクロウも老骨に鞭打ち、死んで骨だけの身体でも鍛練に鍛練を重ねて、彼らに追いつけ追い越せと神としての力を高めてきた。
四神同盟ならば――戦える。
真なる世界で生きていける、そう確信できるほどにだ。
右手のみで獄門鍵を構え、左手は何事にも即応できる空けておく。
「――私たちは最期まで徹底的に抗います」
「やってご覧なさい! 真なる恐怖に見えたこともない分際で!」
クロウの宣戦布告に対し、ネリエルは狂気を濁らせた笑顔で受けて立つ。
本音を言えば、クロウは彼女の登場に安堵していた。
まだ推測の域だが、この戦争における蕃神の介入はネリエルたちが最初で最後と思われる。超巨大蕃神“祭司長”も現れないと踏んでいた。
理由は簡単――守護神と破壊神だ。
かつて超巨大蕃神は、還らずの都を巡る戦争に乱入してきた。
そこでツバサ君とミロちゃんのツープラトン攻撃によって返り討ちに遭い、右手を失うという大打撃を受けて撤退している。その時の傷は癒えているかも知れないが、痛手を負った記憶を拭い去ることは難しいはずだ。
蕃神は人類など足下にも及ばない、それどころか真なる世界の神々や魔王すら超越するという叡智を備えた、窮極の上位存在だとされている。
ならば学習能力も人間以上でなければおかしい。
あの時より遙かに強くなったツバサ君と、彼とタメを張れる強さで世界を打ち壊している破壊神ロンドの大喧嘩。
今この時に割り込めば、前回より酷い目に遭わされるのは確実だろう。
目を閉じれば想像することができる。
超巨大蕃神が混乱に乗じて次元の裂け目を開き、守護神と破壊神の決闘に割り込もうと後先考えずに手を伸ばしてくれば……。
『『――じゃかましいボケッ!』』
荒ぶる守護神と破壊神から手酷い反撃を食らうこと請け合いだ。今度は手だけでは済むまい。腕から肩までを消し飛ぶだろう。
そうした懸念を働かせて、蕃神たちは介入に及び腰のはずだ。
下手な刺激は身を滅ぼすと警戒しているのだろう。
最悪、度が過ぎた邪魔をすればツバサ君とロンド氏が……。
『鬱陶しいから蕃神ら先にぶっ潰そうぜ!』
『お、ナイスアイデア! それまで休戦で共闘な!』
……って具合に意気投合して、蕃神の軍勢が再起不能になるまで別次元に特攻しそうで怖い。今、2人は頭に血が上っているのでやりかねなかった。
死闘を通じて互いを理解しつある。
殴り合いを経て友情を育む荒くれ者――それに近い構図だ。
そんなところへ考えなしに横槍を入れれば、二人はつうかあで結託しかねない雰囲気である。ならば殺し合いをさせた方がマシだろう。
ツバサ君とロンド氏――両者の力は筆舌に尽くしがたい。
そんな二人が全力で激突するものだから、波及を浴びている中央大陸の以北は壊滅寸前だった。蕃神にしても下手に刺激するのは得策ではあるまい。
だが蕃神にしてみれば、今が絶好のチャンスでもある。
敵地の勢力が二手に分かれて争っているならば、侵略者らしく漁夫の利を得るために混乱を引き起こすちょっかいを出したいに違いない。
恐らく――それが完璧令嬢たちなのだ。
戦争の火中へ放り込み、適当に引っかき回すための混乱要員。
成功すれば御の字、失敗しても洗脳した捕虜を失うだけ。
使い捨ての駒にされていることを彼女たちは自覚しているのだろうか?
――白亜の艦船でも戦闘準備を始めていた。
9人の騎士たちはそそくさと艦橋に戻り、操船に取り掛かるようだ。唯一ネリエルだけが甲板に残り、奇妙な箱を片手に舳先に立っている。
少女の掌に収まる箱から――別次元の風が吹く。
どうやらあれが、蕃神から力を供給されるアイテムらしい。
使えば使うほど侵食されていき、別次元の存在である蕃神に等しい存在への変化を余儀なくされる。効果のほどは彼女たちで実証されていた。
「わたくしたちが還らずの都へ現れた理由……」
おわかりになりますか? とネリエルは含みのある言い方をする。
勿体ぶらずにはっきり言えばいい。
「ズバリ、ツバサ君とロンド氏が怖いからでしょう?」
お嬢様は舌打ちをした。どうやら図星を射貫いてしまったらしい。
超巨大蕃神が乱入を控えたのと同じ理由である。
闘争本能を昂ぶらせた殺し合いに愉悦を見出しつつある両者の間に割り込むような真似をすれば、一瞬で蒸発させられるのは確定事項である。
――ならばどうするか?
双六よろしく順番にマスを踏んでいくしかあるまい。
「コホン……あんな手加減一発で大陸を割るようなバケモノどもと、正面から渡り合うなど正気の沙汰ではありませんわ」
ここは手堅く――遠回りさせていただきます。
ネリエルは折り畳んだ羽扇子で還らずの都を指し示した。
「まずは最も強大なエネルギーを蓄える施設を頂戴いたしますわ」
還らずの都は龍脈と繋がり、莫大な“気”を貯蓄する。
その力をすべて取り込めば、蕃神としての格上げが望めるらしい。
「……大量の“気”でパワーアップ、私たちのような内在異性具現化者を個別に襲撃して更に力を奪い取り……自らを強化するおつもりですね?」
守護神や破壊神と対等になるまで――彼らを越える強さを手に入れるまで。
いいえ、とネリエルは不敵に否定する。
「強化など生易しい……わたくしが目指すのは更なる進化ですわ!」
完璧な世界を創る蕃神の一柱となる。
そのために真なる世界すべてを喰らうつもりなのだ。
我が意を得たり、とばかりにネリエルはほくそ笑む。頭部に群がる黄金色の触手も、獲物を前にしたタコのように踊り狂っていた。
「前座として冥府神クロウ様……あなたを頂いておきましょう」
あら失礼、とネリエルはからかい口調で訂正する。
「前座というより――前菜ですわね」
幼さの抜けきれない瞳はクロウを侮っていた。その眼差しは弓形に曲がり、開いた羽扇子で醜い嘲笑を隠そうとする。
骸骨紳士も額に青筋を立てる腹正しさだ。
「……お嬢様にしては言葉遣いに品性が欠けますね」
これから始まる教育的指導を思い、クロウは怒気を孕んでいた。
そんなクロウをネリエルは挑発してくる。
「あらあら……そのように剣を振り翳して、わたくしたちと一戦交えるおつもりのようですが……あなた、ろくに戦えないんじゃありませんの?」
なるほど――無策ではありませんでしたか。
迂闊な言葉こそ飲み込んだものの、内心クロウは密かに焦っていた。
こちらの実情をネリエルは観察していたようだ。
――混沌の泥を浄化する。
クロウはこの作業に第二の過大能力をフル稼働させているため、余所に回す力が限られていた。ベリルとの戦いでは猛毒を浄化しながら戦えたのだが、混沌の泥はあまりにも圧倒的すぎて、どうしても余力に回せない。
戦闘に力を割いて浄化能力を緩めれば、防御結界への負担が倍増する。
その結果、還らずの都と2つの国を危険に晒しかねない。
「仕方ありませんね……」
年寄り臭いから何度も溜息なんてつきたくないのだが、クロウはこの短時間で何度目になるかわからない長い長い溜息を吐き出してしまった。
こんなこともあろうかと――もしもの時の予備戦力。
しかし、できるならば出撃させたくなかった。
まだ未熟さが目立つ面子なので、どうしても指示を躊躇ってしまう。
それでも背に腹は代えられない。
クロウもなるべくフォローする覚悟で、アキ嬢の連絡網を介して出撃するように要請を掛けたところ、とっくの昔に飛び出しているという。
『よっしゃあああーッ! ずっとスタンバってましたーーーッ!!』
甲高い少女の叫びとともに、幾多の爆撃が白亜の艦船にお見舞いされる。
外装に穴が空くほどではないが船体が揺らいでいた。
「なっ……何事ですの!?」
ネリエルは砲撃が飛んできた方角に振り向き、クロウも出撃してくれたメンバーの顔触れを確認するべく、そちらへと視線を向けてみた。
還らずの都を包む防御結界。
その内側から跳ねるように急上昇するひとつの船影。
波間からジャンプする巨鯨のように見えるし、海面から垂直に飛び出した潜水艦にも見える。どちらとも似通うフォルムをした円筒形の大きな影。
それは一隻の飛行戦艦だった。
ネリエルたちの乗艦する白亜の艦船よりも数周りは大きい。
軽巡洋艦以上で重巡洋艦未満くらいのサイズ感だ。
シロナガスクジラをメカニカルにしたようなデザインの艦であり、船首は髑髏を模したアレンジが加えられている。鰭に似た飛行翼を備え、尾鰭型の推進機関からジェット噴射を出して速力を上げていた。
あの飛行戦艦がネリエルたちを砲撃したのだ。
その艦橋に当たる部分から、三人の魔族の気配を感じる。
艦長席というにはゴージャスすぎる寝椅子。
そこにふんぞり返るのは、まだ十代にしか見えない細身の美少女。
長い金髪をフリーダムに振り乱して、ケバケバしくも露出高めのセクシーな衣装に身を包んでいる。黒に赤い裏地のマントは悪の女幹部のようだ。
その両腕には無数の魔眼が眦を開いている。
『魔眼の魔術法師、マーナ・ガンカー参上だよ!』
クジラ型戦艦の行く先を決めるコクピット席。
そこで操縦桿を握るには、半分骨で半分イケメンの青年。
右半分はロングヘアのイケメンなのだが、正中線を隔てて左半分はクロウのように死んで骨だけのスケルトン。ゆったりした工作者らしい作業着をまとう。
『魔骨の死霊術師、ホネツギー・セッコツイン推参よぉん!』
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『魔泥の錬金術師、ドロマン・ドロターボ見参ダス!』
三人が名乗りを上げたところで、チームワーク良く声を揃える。
『『『誰が呼んだか穂村組の三悪トリオ――此処に在り!!!』』』
女ボスのマーナ嬢、メカニックのホネツギー君、力仕事担当のドロマン君、この三人で構成される、どこかで見たような三人組である。
彼女たちがツバサ君の寄越してくれた予備戦力の正体だった。
外部スピーカーから艦内にいる彼女たちの声が届けられる。
『おまえたち! 待ちに待った晴れ舞台だよ! これで各国の皆さんにあたしらの雄姿を知らしめて、信奉者ガッポガッポ作戦が決行できるってもんさ!』
気合い入れな! とマーナ嬢は子分たちに発破を掛ける。
『『――ウイッサー!!』』
これにホネツギー君とドロマン君は珍妙な敬礼で答えた。
フランス語で「はい」や「YES」などの同意を意味する「oui」と、イエス・サーを混ぜたものだとクロウは見当を付けた。
そういう掛け声も懐かしいアニメの三悪党そっくりである。
本来、彼らは予備戦力に数えられていなかった。
この戦争で出撃を許される最低合格ラインはLV999であること。マーナ嬢たちは平均LV950前後で、この条件をクリアしていない。
では、何故に出撃を許されているかというと――。
マーナの両手、その掌に強烈な輝きを宿した魔眼が開かれる。
そこから“気”を凝縮させた塊が3つ、ポンと音と立てて飛び出してきた。
これがマーナ嬢の切り札――超強化練球。
『ツバサ君にとんでもない荒行させられたおかげで、レベルアップした豪華版……これひとつでLV100分の強化が一時間は続く優れ物さ!』
以前はLV200の強化で数分だと聞いている。
強化の幅はランクダウンしたものの、その分だけ持続時間が延びていた。そして、彼女たちも特訓によりLV950の強さまで登り詰めている。
『つまり、超強化練球を使えば……あたしらもLV999って寸法さね!』
『『――さっすがマーナ様!!』』
子分たちは女ボスの功績へ、掛け値なしのおべっかで賞賛する。
この奥の手を編み出したからこそ、ツバサ君は三悪トリオを予備戦力として昇格することを認めてあげたのだ(※但し緊急時のみ、一時間の期限付き)。
正直な話、クロウとしては不安要素が大きい。
赤点ばかりの落第生たちに進級を懸けた追試をやらせる気分だ。
『さあ、見せてつけやろうじゃないの! 三流悪党の底力をさ!』
『『――ウイッサー!!』』
教師の気持ちなど露知らず――問題児トリオはやる気十分だった。
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