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第18章 終わる世界と始まる想世
第444話:ワンマン・バッドデッドエンズ
しおりを挟む――世界の終末に現れる蛇。
有名なものは北欧神話における世界蛇ヨルムンガンド(またの名はミドガルズオルム)だろう。悪徳の神ロキより生まれた三大厄災のひとつだ。
あまりにも巨大に成長したため、その果てを知らない巨体を世界へ巻き付けるように何周も絡ませながら海底へ沈めているとされる。それでも長さが余るので、仕方なく自らの尾をくわえているそうだ。
神々の黄昏では終焉の匂いを嗅ぎつけて上陸する。
津波を起こして大地を根こそぎ洗い流すという。
その巨体で世界を滅ぼそうと目論むも、彼の前には因縁のある雷神トールが立ちはだかる。両者は雌雄を決するべく最終決戦に臨んだ。
勝負の結果はトールの勝利。
ただし、ヨルムンガンドの毒を浴びたトールは間もなく命を落としたため、結果的に相討ちという形で幕を閉じていた。
一方、ヒンドゥー教の神話にも終末に関わる蛇がいる。
――宇宙蛇アナンタ
別名をシェーシャとも呼ばれる龍蛇の王だ。
彼の名前は“際限がない”もしくは“永遠”を意味しており、宇宙蛇の二つ名に相応しく、世界を支える巨体を有していた。彼は世界維持神ヴィシュヌとの縁が深く、ヴィシュヌの眷族のように描かれることが多い。
(※ところが破壊神シヴァとアナンタにまつわる神話も存在する。インドではそれぞれの神を信仰する派閥があり、これはシヴァの優位性を知らしめるため、アナンタをシヴァ神話へ取り込もうとした形跡らしい。裏を返せば、アナンタにはそれほどの重要性がある証拠とも言えるだろう)
ヒンドゥー教の神話世界では、創造と破壊を繰り返す。
創造神ブラフマーが世界を創り、世界維持神ヴィシュヌが世界を管理し、破壊神シヴァが末期を迎えた世界を無に帰するまで破壊する。
この一連のサイクルに費やされる時間は43億2000万年。
その後、43億2000万年に渡って虚無の時代が続く。
世界の輪廻において、約43億年にも渡る世界の終わりに引導を渡すのが破壊神の役割とされるが、これをアナンタが務めるとの説がある。
アナンタは最大で1000の頭を持つ。
それぞれの頭から、炎や毒など世界を害する様々なものを吐くという。
この辺りの逸話はゾロアスター神話に伝わる、悪龍アジ・ダハーカの「1000の魔術を操る」という伝承を彷彿とさせるものだ。
いつか訪れる――世界が終わる日。
そこでアナンタは宇宙のすべてを破壊し尽くして、何も無かったことにする役目を担っているとされていた。
何も彼もが消え失せた虚無の世界。
そこは混沌たる原初の水が揺蕩う何も無い場所だ。
アナンタは原初の水を漂う。
その背に世界維持神を乗せて――。
何もない虚無の43億2000万年。ヴィシュヌはアナンタの大きな背中を寝台代わりに、瞑想に浸りながら創世の時を待つ。
やがてヴィシュヌより世界大蓮が咲き、そこから創造神が誕生する。
こうして世界は生まれ変わっていくのだ。
新たな世界が誕生した後、アナンタは世界の底で眠りにつく。
次の世界の終焉と虚無の時代が訪れるまで……。
終わりと始まりを司る、といえば“自らの尾を噛む蛇”も有名だ。
ただでさえ不老不死や死と再生のシンボルとされている蛇が、自らの尾を噛む姿で描かれるこの図案は、更に壮大な意味を持つようになる。
循環、永続、始原、永遠、完全……そして世界。
創造と破壊を繰り返す世界、その輪廻を表すものだともされていた。
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「……世界の終わりに現れる、黙示録の獣だったか?」
俄知識だが、ツバサもそれくらい知っている。
「10の角と7つの頭を持つ獣は、火のように赤い龍だか蛇から、その力と玉座、それに大きな権威を与えられたというが、その赤い龍の正体ってのが悪魔の王サタンだってのが定説だけどな……」
かつて最高位の天使でありながら、神に反旗を翻して堕天したサタン。
その悪魔の王サタンは蛇や龍と関連付けられることが多い。
人類の始祖アダムとイブがまだ楽園にいた頃。
サタンは蛇に化け、イヴを唆して知恵の実を食べさせた。知恵を付けて賢しくなった人類は楽園にいられなくなり、追放の憂き目に遭う。
その後、サタンは世界の終末に赤い龍蛇となって現れる。
ある意味、これも始まりと終わりに現れる蛇。
人類史の始まりと終わり、世界の創世と終焉に関わる神話の蛇だ。
「ノラシンハはバカ息子をシェーシャと呼んでたな」
それは宇宙蛇の別名だと、情報網を通じてフミカが教えてくれた。
世界大蓮が咲き、宇宙卵を育み、宇宙蛇が生まれる。
符号の欠片がピッタリ嵌まっていく感覚だ。
「これは、そういう因果か……?」
固唾を飲んだツバサは、眼前に広がる光景に息まで飲んでいた。
地平線の彼方まで大地を覆うのは――混沌の泥。
悪意の濃縮体である混沌の泥は、あちらでは重量を増して地面を割り、こちらでは爆発して山脈を砕き、そちらでは灼熱となって湖や河川を干上がらせ……。
あらん限りの破壊行為に勤しんでいた。
まるで「これが我々の責務だ!」と主張するかのようにだ。
こんな時、大地母神の権能が裏目に出る。
大自然の根源となる過大能力を通じて、傷付けられる世界の嘆きが聞こえてしまうからだ。森羅万象は本来、大概の出来事をあるがままに受け入れる。
そんな大自然が悲鳴を上げていた。まるで断末魔の絶叫のようだ。
世界が「助けて!」と泣き喚く異常事態である。
神々の乳母の母性本能が庇護欲を刺激され、今すぐにでも何とかしてやりたくて辛抱堪らんのだが、安請け合いで助けには行けない。
最悪の破壊神を前にして、迂闊な選択はできなかった。
少しでも他に気を取られれば、あっという間に首を掻き切られかねない。
世界を護るためには、一刻も早く破壊神を倒す必要がある。延いてはそれが世界を護り、この絶叫を泣き止ませる最短の方法となるはずだ。
苦渋の選択だが、ここは聞き流す以外になかった。
相変わらず極悪親父なロンドに変化はない。
会員制高級クラブのVIPルームを何日でも貸し切るような風体はそのままに、近付くだけで粉となりそうな破壊神の覇気を発しているだけだ。
ツバサが固唾と息を呑んだものは別である。
成層圏から見渡しても、全景を埋め尽くす混沌の泥でできた海。
その海を自由闊達に泳ぎ回る――世界蛇だ。
宇宙蛇というには少々物足りないが、中央大陸を一巡りできるくらいの体長はありそうだ。そう恐れ戦くほどの巨体である。
全長は何㎞……いいや、何百㎞か何千㎞か把握できない。
先ほどから分析系技能を走らせっぱなしなのだが、メートル法のカウンターがカシャカシャと回るばかりで、一向に計算の終わる気配がない。
途方もなく長大な蛇体を持て余し、泡立つ混沌の海をのたうち回っていた。
蛇腹で海面を叩けば混沌の泥が津波を起こす。
それが地表にあるもの一切を壊しながら押し流していき、大きく重い胴体を叩き付けられた大陸は地の底にある岩盤までも割り砕かれている。
存在そのもの天変地異の原因となっていた。
ちょっと胴体を震わせただけで、所構わず激甚災害を引き起こしていた。
今でも混沌の泥から実体化している最中なのかも知れない。
だとしたら計測不能になるのも致し方ない。計る側から身長がグングン伸びているのだから、いつまでたっても計りきれないわけだ。
胴回りだけで如何ほどあるのだろうか?
もしも輪切りにできたら、その肉片で小国くらい押し潰せそうだ。
尾の先端がどこにあるか知れたものではない。
頭は探すまでもなく、ツバサの眼前でこちらを睨みつけていた。
いつの間にか距離は離れていたが、それでも顔の造作が細部までわかる。ツバサの視力もあるが、その桁外れの大きさゆえ手に取るようだ。
顔の造作は明らかに蛇だった。
噛み千切るための獣らしい牙が目立つドラゴン系統の顔立ちとは一線を画しており、毒の牙を突き立て獲物を丸呑みにできる構造を持っている。
ただし、蛇だとしたら仰々しくも荘厳だった。
顔の周りの鱗が所々逆立ち、逆鱗というより複数の角に見える。
これが有角の神や鬼神を連想させる仰々しさを強調し、鎌首をもたげると頭巾のように広がる頸部が毒蛇の王たるコブラの恐怖を思い出させた。
あれは肋骨を広げることで、敵を威嚇するパフォーマンスだという。
(※コブラ科に属する蛇の中でも、フードコブラ属と呼ばれる種類の蛇がより大きく肋骨を広げることができる。いわゆる「エラを広げるコブラ」の印象は、この属からのイメージが強い。だから属の名前が頭巾コブラという)
その広げた頸部には、無数の大蛇の顔が連なる。
中央の顔と似たり寄ったりの顔が左右について三面、そこから下には広がる頸部いっぱいに無数の蛇の顔が鈴生りに実っていた。
蛇嫌いには悪夢の光景だろう。
世界蛇と名付けるしかない、途方もない巨躯を有する龍蛇である。
その頭部に破壊神が乗っていた。
インド神話における神々の乗り物“ヴァーハナ”のつもりか? だとしたらデカすぎて移動要塞どころか、大陸に機動力を持たせたレベルである。
「行け行け野郎どもぉーッ! 総進撃だぁぁぁーッ!」
高らかに哄笑で吠えるロンドは、人差し指でツバサを指し示す。
主人から下された命を受け、待ってましたとばかりにこちらへと突き進む。しかし、ロンドを頭上に乗せた世界蛇はピクリとも動かない。
代わりに総進撃したのは、世界蛇を取り巻く部下のような存在たち。
世界蛇の廉価版――何匹もの大蛇が泥の海から現れた。
廉価版とはいえ基本となるのは世界蛇。
世界蛇を旗艦とするならば、他の大蛇はそれを取り巻く随伴艦。
ただし、すべて超弩級戦艦と見做していい。
一匹で大きめの島を締め潰せる長さから、その胴体で国を包囲できる大きさまで、規格外のデカさなのに選り取り見取りなサイズ感だ。
混沌の泥も津波となって押し寄せる。
そこから雲霞の如く、巨獣や巨大獣の大群も這い出してきた。
彼らの奥は飛行能力を持ち、宙に舞うと編隊を組んだ。
世界中の悪意が攻め掛かってくる。
圧巻というより他ない光景に、ツバサは歯を剥いて苦笑を浮かべた。呆れているようでいて喜んでおり、死ぬほど面倒さそうなのに挑戦してみたい。
なんとも二律背反な気持ちに心躍らされていた。
「……大艦隊でも敵に回した気分だな」
破壊力の度合いを考えれば、比較するのも烏滸がましい格差がある。
到底、一個人の能力で太刀打ちできる戦力ではない。
地球なら10000回は壊せる戦力だろう。
たった一人で敵うわけがなかった。
どんなに努力を積み重ねて研鑽を極めたとしても、人一人の培える武力には限界というものがあった。一騎当千など言葉の比喩表現に過ぎない。
一騎で千の兵隊を相手取るなど不可能なのだ。
「だが、不可能と言われても挑みたくなるのが人間の性なんだよな」
強さの果てを乗り越えたい武道家はその傾向が強い。
――ツバサもその一人だ。
神族や魔族でLV999になろうとも、圧倒的な戦力差から逃げ出したくなるようなこの光景を目の当たりにして、闘争本能が大騒ぎしているのだ。
浮かべていた苦笑いが、獲物へ噛みつく獣の笑みへ変わっていく。
およそ女神がしてないけない笑顔で告げる。
「来やがれ――バケモノども」
ツバサは逃げも隠れもせず、堂々と破壊神の軍勢を迎え撃った。
まずは巨獣の部隊が先陣を切ってくる。
全長100mで体重何千tか知らないが、世界蛇と比べたら航空母艦と航空機ほどの差がある。いや、実寸からすればそれ以上のはずだ。
編隊で突撃してくるから、そんな風に例えてしまった。
ツバサの圏内に巨獣たちが踏み込む。
次の瞬間――物質的には塵芥となるまで投げ飛ばしてやる。
混沌の泥から受け継いだ悪意は投げた際に振り落として、純粋な“気”となったものは、ツバサを守護するように輪を描く蒼いリングへ回収する。
天空の女神モードならではの特性だ。
武道家としてのツバサの流儀である武術――合気。
極めれば人間でも神懸かり的な秘技を体得できる合気の技術を、神や魔をも越えた領域にまでのし上げ、空間や次元さえ制する絶技に昇華させていた。
常軌を逸した合気を奮える戦闘形態。
先遣隊として突撃してくる巨獣部隊など歯牙にも掛けない。
次いで巨獣の十倍の体格を持つ巨大獣も群がってくるが、あの超巨大蕃神モドキの拳骨と比べたら、じゃれつく子犬をあしらうも同然だった。
この程度、小手調べにもならない。
「数を増やせばいいと思っているならガッカリだぞ?」
ツバサが落胆の表情を見せれば、世界蛇の上からロンドが詫びてくる。
「悪い悪い、手応えない感じ? んじゃ起爆剤ぶっ込むわ」
パチン、とロンドは合図の指を鳴らす。
すると世界蛇は大きく口を開き、蛇とは思えない咆哮を轟かせた。
天地の狭間にあるものを満遍なく震撼させる轟音だ。だが、不思議と鼓膜を破るような耳障りさはなく、むしろ魂や精神を打ち振るわせる震動だった。
それは執拗に戦意を駆り立てる音色。
血湧き肉躍るべく、生命ある者の狂奔を奮い立たせる号令だった。
ツバサまで当てられそうになり眉を顰めてしまう。
「この叫び声、知っているぞ……ッ!?」
直に聞くのは初めてだが、知識としての情報は得られていた。
過大能力――【終わりなき戦を求めて鬨の声を上げよ】。
最悪にして絶死をもたらす終焉 20人の終焉者。
№15 狂奔のフラグ――ゴーオン・トウコツ。
彼が使っていた過大能力と同じものだ。耳にした者の戦闘に対する意欲を拒否権なく焚きつけ、我が身を省みない向こう見ずな強化を与える咆哮。
与えるのでははなく、一方的に押し付ける強化。
強さのためならば寿命を削ることも惜しまない、そんな強化である。
支援型の能力なのに破滅的な効果をもたらす。
後先顧みない世界廃滅集団にはもってこいの代物だ。
世界蛇から鬨の声を浴びた巨獣の部隊は勢いづく。
巨大獣たちもだ。一方的な強化に仲間外れはいない。
牙を剥いて爪を立ててくる膂力が増し、今までより投げ飛ばす手間が増えたように感じる。明らかに扱いづらくなっていた。
耐久力も上がっており、塵と“気”に分解する時間も延びている。
チィッ! と煩わしさからツバサは舌打ちした。
これは少なからず手を焼かされる。
次から次とやってくる巨獣を溶解するまで投げ飛ばし、引きも切らない巨大獣を分解するまで投げ回すが、どれだけ繰り返しても切りがない。
「……えぇい! しゃらくせえ!」
江戸っ子のツバサはべらんめえ口調で荒ぶった。
途端、旋回していた蒼髪と羽衣のリングが爆裂する。
双方ともにばらけて、無数に枝分かれしたのだ。
氾濫した大河が縦横無尽に支流を増やすかのように、全方位へ枝葉を広げるように伸びていく。どちらも清流のように曇りひとつない清らかさながら、堰や堤防では抑えきれない激流と化していた。
蒼髪と羽衣――ほどけた先端はツバサの手の代わりだ。
蒼髪の毛先に触れれば投げ飛ばし、羽衣の突端に絡まれば投げ回す。獲物が塵と“気”になるまで、これでもかと人知を超えた投げ技を食らわせる。
『最強の魔王でさえも挽肉にするミキサーに放り込まれた』
捕まったが最後、そう思って諦めてもらおう。
数え切れない先端、それらすべてがツバサの手足と思えばいい。
早い話、千手観音になったようなものだ。
巨獣も巨大獣も逃げる隙を与えずに捕まえていく。
区別なく見境なく容赦なく、取り込んだものを浄化する聖流。
駆け巡る蒼い流れは怪物たちを徹底的に投げ回して、瞬く間に壊滅へと追い込んでいく。この範囲攻撃で有象無象を一網打尽にする。
ロンドは「ほう!」と感心の声を漏らす。
「なんだそりゃ! 見た目重視の涼しげな虚仮威しじゃなかったのか!?」
「映えを狙ってこんな鬱陶しいものまとうわけあるか!」
ツバサは実用性を重視するタイプだ。
ただの見掛け倒しではない。“気”の回収と加速による増幅以外にも、こういう使い方もできるように仕込んでおいた。
とにかく手数が欲しい、雑兵掃除には最適である。
先駆けの切り込み部隊に拘っている暇はない。巨獣たちの相手に手間取っていれば、いつの間にか第二陣がそこまで忍び寄っていた。
世界蛇の弟分みたいな大蛇たちだ。
泥の海から身を乗り出し、こちらへ噛みついてくる。
蛇の牙は噛み裂かれる心配よりも、牙に備えた毒腺から注ぎ込まれる毒に注意を払いたい。まれに毒液を吐きかけてくる種もいるという。
そうでなくとも人知を超越した怪物だ。
どんな恐ろしい猛毒か知れたものではないし、喉の奥から破壊光線のひとつやふたつ撃ってきても不思議ではない。
「やれピ○チュウ! はかいこうせんだ!」
「マジで撃つなよ!? ピカ○ュウは十万ボルトだろ!」
こちらの独白を読んだみたいに極悪親父がふざけてきたので、蒼髪と羽衣の操作に専念していたツバサはツッコんでしまった。
ちなみに、大蛇は見た目からしてア○ボックがお似合いだ。
その大蛇たちがこちらへ大口を向けてくる。
卵を丸呑みにする直前みたいに、上下の顎を水平になるまで開いているのだが、その喉の奥から本当にエネルギー波らしきものを吐き出してきた。
破壊光線だろうが何だろうが厭わない。
神化させた合気を扱える天空の女神ならば、実体を持たない光線であっても受け流し、相手へ投げ返すことさえ可能だった。
今の状態なら指先を使うこともない。
網の目状に広げた蒼髪と羽衣を操ることで受け流す。
そっくりそのままお返ししてやろうと考えていたのだが、大蛇の吐いたエネルギー波に触れた際、強烈な違和感に戸惑っった。
思わず手元(蒼髪&羽衣)が狂い、あらぬ方向へ投げ飛ばす。
軌道修正したものの、混沌の泥をちょっと削って終わってしまう。
「おいおい、今の光線も知ってるぞ……ッ!?」
片頬をひくつかせたツバサは、群がる巨獣の群れを片付けた蒼髪と羽衣を巻き戻して、防御力を高めるように身構えていた。
嫌な予感に警戒心が働いたからだ。
大蛇たちが放出する――正体不明のエネルギー波。
これも初体験ながら、情報網に知識として上げられていた。
過大能力――【際限なき愛の光に天も地も人も干上がらん】。
№16 旱照のフラグ――ジョージィ・ヴリトラ。
彼というべきか彼女というべきか?
両性具有なバッドデッドエンズ幹部の一人、その過大能力だ。
すべてを干上がらせるように消滅させる光線を放つ。その光を浴びた者は痛みや苦痛を感じることはなく、多幸感に包まれたまま消え去るという。
大蛇の光線はまったく同質の光である。
狂奔のゴーオンと旱照のジョージィ――彼らの過大能力で攻撃された。
ここから推測できる仮説は最悪のものだった。
「おや兄ちゃん、光り物は苦手かい? だったらバラエティセットだ」
「そんな酒のつまみ注文するみたいに言うんじゃねえ!?」
ツバサの小言も何処吹く風、ロンドがパチンパチンと立て続けに指を鳴らせば、大蛇たちは律儀に頷いて吐き出すものを変えてくる。
過大能力――【玄妙なる幻彩にて無終の美を飾る爆烈師】。
爆発という現象に“気”を通わせ、生命体としての融通性を持たせる能力。のみならず、その爆発力も従来の火薬を凌駕した威力をもたらす。
過大能力――【世を爛れさせる悪性は千々に湧き出ずる】。
千を越える毒素を自在に生み出し、配合の妙で万でも億でも望むままに様々な毒を精製して操れる能力。誰かの助けとなる薬は絶対に作れない。
過大能力――【我が囁きにて心奥の劇毒よ沸き立て】。
聞いた者の心の底に眠るネガティブな部分を刺激して、心身ともに自滅するまで負の感情を増大させる哭き女の女王が発する金切り声である。
どれも大蛇たちの口から放たれたものだ。
砲撃のように発せられるそれらを、ツバサは天空の女神の力で防ぐように受け流していく。できるならば、返礼するべく投げ返していた。
だが、破壊神はそんな暇を与えてくれない。
「そらそらそらぁ! バラエティセットだからまだまだ増えるぜぇ!」
泥の海から続々と新たな大蛇が顔を覗かせる。
皆一様に卵を飲み込む直前のように顎を開くと、そこから多彩な能力を砲撃として放ってきた。そのどれもが情報網に上げられた知識と合致する。
どれもこれも――終焉者たちの過大能力だ。
他にも得体の知れない効果を秘めた光線をいくつも浴びせかけられるが、そのすべてが世界を脅かす破壊力に長けていた。
恐らく、これらもバッドデッドエンズの誰かの能力だろう。
最盛期には108人もいたというから、ツバサたちと遭遇していない奴等もわんさかいるだろうし、銃神ジェイクが怒りと憎しみに焼かれるまま辿った復讐の旅路で散らされた連中も30人ほどいたはずだ。
その108人の過大能力が今、一斉にツバサを苛んできた。
――最悪にして絶死をもたらす終焉。
破壊神と同じく世界廃滅の野望を抱く代価として、未熟であろうともLV999となるだけの力と、世界を滅ぼすに適した過大能力を与えられた者たち。
彼らの力はロンドから分け与えられたものだ。
喧嘩屋アダマスや鏖殺師グレンのように、持ち前の能力が傑出した一部の例を覗いて、ほとんどの者がロンドからの貰い物である。
「つまり、そういうことかよ……ッ!」
108――下手をすればそれを上回る過大能力による猛襲。
世界樹の如く枝葉を広げた蒼髪と羽衣をフル回転させても、受け流すのに手一杯で反撃することさえできない。直撃を避けるべくを逸らすばかりだ。
「バッドデッドエンズの力は破壊神の力……そういうことよ」
慌てるツバサを嘲笑うようにロンドは言った。
枝分かれさせた蒼髪や羽衣を“手足”にして総動員させているが、処理が追いつかなくなってきたので、ツバサ自身も対応に追われる忙しさだ。
皮肉なことに耳を貸すくらいの余地はある。
それを知ってか知らずか、ロンドは独りごちるように語り出す。
「本来ならな、破壊神の力は108なんてお決まりな煩悩の数にも収まるもんじゃねえのよ。ざっと概算しただけでも1000くらいはあるんだ」
悪龍アジ・ダハーカが操る魔術のように――。
宇宙蛇アナンタがもたげる首の数のように――。
頭数が千を数えそうな大蛇どもをロンドは巧みに統率する。
一糸乱れぬ破滅的な砲撃で、ツバサに息もつかせぬ防戦を強いてきた。
ネタばらしのつもりでロンドは続ける。
「別にオレが創った怪物どもに過大能力を使わせてもいいんだが、あいつら寿命がクッソ短いうえに頭も悪いと来てる。ちゃっとした器を持ってる神族や魔族にくれてやった方が、まだ使い勝手が良かったのさ」
「過大能力を使える器を用意できるなら……御覧の通りか」
忌々しげなツバサの声は爆発に掻き消される。
たった一人で最悪にして絶死をもたらす終焉――という理屈だ。
「……そりゃあ『家来なんぞいらん!』と暴言も吐けるわな」
腹が立つほど納得せざるを得ない。
怪物を創る能力のおかげで手数には困らない。だが、過大能力を与えて手駒とするには物足りない。それなら人員を雇った方がまだ使える。
そこで結成された集団こそが、バッドデッドエンズに他ならなかった。
だが、覚醒した今では混沌の泥が無限に使える。
世界蛇は元より、大蛇のように強力な怪物をいくらでも創り出せる。
すべてが破壊神の一部となって働くのだ。
千の過大能力を同時に使うことなど造作もあるまい。
大蛇たちの集中砲火を懸命に捌きながらも、ツバサは脳内で破壊神に対する考察を深めていた。呆れながらもついつい関心してしまう。
「徹頭徹尾、世界を壊すために生を受けたような存在だな……」
ロンドにとって破壊とは衝動にして原初の欲求。
――食欲、性欲、睡眠欲。
三大欲求に等しい、自らの存在意義に関わる欲求なのだ。
ロンドに「独力で世界を滅ぼせる」と豪語させたのは過信ではない。
宇宙卵から授けられた破壊神としての本能に由来するもの。そして、1000を数える過大能力と、それを十全に使い熟すために用意された混沌の泥。
「これが、破壊神ロンドのあるべき姿ってわけか……ッ!」
バッドデッドエンズの全戦力による総攻撃。
天空の女神が合気の達人でも、攻撃の処理能力に限界がある。
千に届いた過大能力による砲撃は、どれもこれも力が強すぎて首尾良く投げ返すことができず、別方向へ受け流すのが精々だった。軌道を曲げた砲撃は明後日の方角へ飛んでいき、そこで地層まで抉るほどの破滅を引き起こす。
ただでさえ世界蛇の登場により、大地の崩壊が始まっていた。
巨大すぎる蛇体はそこにあるだけで大陸を砕く。
尋常ではない重圧がそのまま破壊に直結するのだ。
僅かな身動ぎでも大震災レベルの地震が引き起こされる。
地層どころが岩盤までひび割れ、あふれる地下水と流れ込む海水。それらが混沌の泥と混じり、始原の時代のような泥の海を再現しつつあった。
あちらこちらから溶岩の火柱が上がっている。
どうやらマントル層付近まで打ち砕かれつつあるらしい。
まさしく――この世の終わりが近付いていた。
破壊神にすれば本懐を遂げているので好都合だろうが、自分たちの戦いで世界を傷付けている守護神の心中たるや忸怩たる思いだった。
回避や防御するため、合気の秘技で投げ飛ばした砲撃。
それらが被害を拡大しているので尚更だ。
できるだけ被害が少ないようにと上空へ放り捨ているのだが、どうしても処理が間に合わず、おざなりに投げたものが地表に落ちる。
そういった砲撃に限って、キノコ雲を立ち上らせる大爆発を起こす。
まだ無事な大地が次々と爆撃にさらされる
嫌がらせと邪推するレベルで頻発した。
「おい……狙ってやってんのか極悪親父ぃぃぃッ!」
若者の特権でブチ切れてみたが、半眼のロンドはアホみたいな顔で鼻毛を引っこ抜いている。大蛇たちに任せて高みの見物を決め込んでいた。
「えー、偶然だよ偶然。もしくは兄ちゃんが下手こいてるだけ」
そんなこと言われたら返す言葉もない。
「ま、どの大蛇が吐いた攻撃でもキノコ雲ボッカ~ンってなるけどな」
「余計にタチが悪いじゃねえか!?」
前言撤回。全部すべて何も彼も極悪親父が悪い。
戦意や闘志は否応なく焚きつけられ、ミロや子供たちも傍らにいないのでツバサの口は悪くなる一方だ。本来、こちらの口調が素なのだが。
「てやんでぃバーローちきしょう! てやんでぃバーローちきしょう! てやんでぃバーローちきしょう! てやんでぃ……ッ!」
防戦に徹するも、ひたらすら同じ罵詈雑言を繰り返してしまう。
江戸っ子なのでべらんめえ調は捨てられない。
しかし、これ見よがしにイタズラ感覚でこうも破壊行為を繰り返されると、怒りの炎にガソリンをぶっかけられた気分になる。
そうでなくとも無差別の砲撃は、厄介な誘爆を引き起こしていた。
大蛇たちによる砲撃は速射にして乱射、休む間もない怒濤の大連続だ。おかげで受け流した砲撃と空中で衝突することも珍しくない。
その度に近辺で誘爆するので、ツバサはもろに煽りを食らっていた。
合気の技は緻密で繊細なコントロールを求められる。
ただでさえ1000の過大能力による一点集中の爆撃。この度し難い暴虐をどうにか耐え凌ごうと悪戦苦闘しているところに、山脈でも吹き飛ばしかねない誘爆まで立て続けに食らえば堪ったものではない。
両手に両脚、蒼髪に羽衣、千手観音にも勝る早業と手業。
これらを駆使しても防ぐのが難しくなってきた。
「こ、これを捌くのは、さすがに……厳し……きゃああああああああッ!」
誘爆に次ぐ誘爆、過大能力の砲撃も激しさを増す。
女の子らしい悲鳴を上げた直後、天を焦がす大爆発が起きた。
爆心地にいたツバサは完全に巻き込まれる。
「おっ、絹を裂くようなそそる悲鳴! こいつを待ちかねたぜ!」
行くぜ大蛇丸! とロンドは足下の世界蛇に名前を付けて呼び掛ける。足をタップさせて合図を送ると、世界蛇は待ってましたとばかりに動き出す。
二股に裂けた舌を一度だけ出し入れする。
満を持して、世界蛇が進撃を開始した。
その巨体で泥の海を泳げば大津波を発生させ、通り過ぎた大地には奈落に続きそうな溝を掘り、そこから地層もろとも岩盤を粉砕する。
好きにさせれば、数時間足らずで中央大陸を沈没させかねない勢いだ。
「パクッと兄ちゃんを丸ごといただいちまいなッ!」
そこから一気にツバサへ向けて首を伸ばしながら、大爆発を卵に見立てて丸呑みするべく、顎を限界以上に開いて迫ってくる。爆発をまともに食らったツバサごと腹に収めるつもりのようだ。
ロンドは世界蛇そっくり舌舐めずりでほくそ笑む。
「そのたわわなボインちゃん、腹ん中で揉みくちゃにしてやるぜ!」
世界蛇の体内もロンドの意のままのはず。
追い打ちとばかりに、また過大能力で責め立てるに違いない。
況してや逃げ場のない世界蛇の腹の中。どれだけ合気の妙技で躱したとしても、またぞろ誘爆を連発されれば遠からず致命傷を負わされるだろう。
じっくり嬲り殺しにする算段なのだ。
バクン! 世界蛇は大爆発を一口に頬張る。
そのままゴクリと飲み込むのだが、怪訝そうに眉を顰めていた。
口当たりが寂しい――顔にそう書いてある。
一心同体であるロンドも不自然さに気付いたようだ。
「んんっ? 爆発だけ……兄ちゃんのボインが影も形も見当たらねえ!?」
「――誰がボインちゃんだ馬鹿野郎」
ロンドの頭頂部に爪先を下ろしたツバサは毒突いた。
超爆乳を支えるように腕を組み、両脚を揃えてロンドの脳天を踏みつけるように降り立つ。飛行系技能を働かせて重みを感じさせない。
頭を足蹴にされる屈辱だけ味わわせてやる。
気配も遮断しているので、声を掛けねば気付かなかったはずだ。
眼球だけ動かしたロンドは視線を睨めつけてくる。
「おおっ、圧巻の下乳アングル……じゃなくて兄ちゃんどうして!?」
――千の過大能力による総攻撃は捌けない。
爆発の最中、ツバサはロンドにも聞こえるようにぼやいた。
だからロンドは演技たっぷりの悲壮感で訴えてくる。
「兄ちゃんの嘘つき! 疑うことを知らない純情なオッサンの純粋な気持ちを裏切ったんだね!? 女ってこれだから怖いのよ!」
「じゃかましい! 極悪親父がどの面下げて純情で純粋だボケ!」
早とちりしたのはそっちだろ、とツバサはにべもない。
「あの物量を捌くのは“厳しい”。だが“できない”とは言ってないぞ」
誘爆が頻発してきたところで作戦を切り替えた。
怒りに任せてロンドへ投げ返すのを諦めて、撃ち込まれる砲撃を逸らすのではなく、迎撃のために軌道を変更させるべく受け流すようにしたのだ。
つまり、誘爆するように故意に仕向けていたのだ。
誘爆が連鎖して大爆発した原因はこれである。
決して押し切られたのではない。むしろわざとやったのだ。
その大爆発を隠れ蓑にロンドの死角へと回り込む。
こうして、まんまと至近距離まで忍び寄ることに成功した。ロンドが喜んでいた女の子らしい悲鳴も、ツバサなりのリップサービスである。
「……千の過大能力……投げきったってのか!?」
ロンドは顔中から冷や汗を噴き出し、信じられないものを目撃したかのように声を荒げている。ツバサは沈黙を貫くことで肯定を示した。
ゴクリ、と今度はロンドが固唾を飲む番だ。
神族や魔族といった人知が通じない種族の常識に照らし合わせても、ツバサがやったことは肝が冷えるほど異常なことらしい。
ロンドは震える声を絞り出し、文句めいた一言をぶつけてくる。
千にも及ぶ過大能力の総攻撃を難なく切り抜けた偉業。
そして、破壊神の頭を踏み躙ったたことを重ねての文句だろう。
「あ、兄ちゃん……非常識にも程があるだろ」
「破壊神が言うか」
トン、とツバサは軽くロンドの頭を蹴ってアクションを起こす。
咄嗟にロンドはリアクションを取ろうとする。反撃するために手を上げるか、防御や回避を優先して足を踏み出すか、どちらでもツバサは構わない。
動くこと――これが重要だった。
ロンドが手足を動かした瞬間、その尖端を捉えて手を添える。
そして、あらん限りの合気を用いて加速させた。
動こうとする筋骨の意志に「余計なお世話だ!」と文句を言わせるほど加速に加速を重ねさせ、ロンド自身の力で肉体を壊すように投げ飛ばす。
当人は逃れようと力を入れて、全身の筋肉や神経を緊張させる。
それこそ合気を使うツバサには思う壺だった。
力めば力むほど、その力を流用して肉体が自壊するまで投げ飛ばし、緊張すればするほど、その強張りを逆用して体組織が自滅するまで投げ回す。
これまでの鬱憤を晴らすべく、おもいっきり痛くしてやる。
「あががががッ! け、肩甲骨がガリガリ言ってる!?」
「存分に言わせとけ。直に全身の骨という骨を大合唱させてやる」
いずれ粉骨砕身の大合唱となるはずだ。
これまで塵と“気”に分解してきた怪物たちと同じ道程を進ませてやるつもりだ。勿論、その過程で破壊神としての核を仕留めるのも忘れない。
ブシッ! と水袋が破けるみたいな音がした。
全身の複雑骨折した骨の断片が肉を突き破り、身体中の筋肉もひしゃげたロンドが血飛沫を撒き散らした音だ。肉体的にはまだ人間基準らしい。
しかし並みの神族ならば、疾うの昔に塵となっているはずだ。
だというのに――ロンドは原形を留めていた。
破壊神の加護か、肉体の損壊に対して耐久があるのかも知れない。
「まあ頑丈な分、この地獄がいつまで続くんだけどな」
「あ、兄ちゃんってば……カワイイ顔して鬼悪魔人でなしぃぃぃぃッ!」
まだ無駄口を叩ける余力があるらしい。
「おまえらぁ! 傍観してねぇで本体を助けろぉ!?」
喚かずとも、破壊神の一部である世界蛇たちには伝わるはずだ。
ロンドが情けない濁声で叫ぶより早く、世界蛇を筆頭に大蛇たちは動き出していた。眷族らしく、自分たちの王である破壊神を助けるためにだ。
世界蛇は空を目指すように伸び上がる。
まるで太陽や月を飲み干したという神話のドラゴンの如しだ。
1000匹にまで増殖した大蛇たちも鎌首をもたげて、360度全方位から中心にいるツバサ目掛けて牙を剥いてくる。
彼らの喉の奥では、1000の過大能力が解き放たれる瞬間を待っていた。
絶体絶命――神代の大戦も霞む圧巻の光景だ。
しかしツバサは動じず、獲物が増えただけと狼狽えずに対応する。
「おまえらも見逃す道理はない!」
親玉と同じ眼に遭わせてやる! とツバサは蛇どもを恫喝した。
燃え滾る覇気に恐れを成したのか、こちらの張り上げた怒声に蛇たちは一瞬だがビクリと震え上がった。世界蛇さえも恐れ戦かせる。
その隙を突いて――蒼い手が伸びていく。
天空の女神がその身にまとう、手足の代わりが務まる蒼髪と羽衣。
既にそれらを四方八方へと拡散させていた。
1匹の世界蛇と1000匹の大蛇ども、どいつもこいつも取り逃がさないように絡め取り、ロンドと同じ目に遭わせるべく投げ飛ばす。
千の過大能力を使わせる前に、1匹残らず無力化させていく。
蛇は脊椎動物でも柔軟性に優れた肉体を持つ。
縄にも例えられるその身体は、関節技とは無縁の骨格だ。投げられたり払われたりしても、全身をしならせて衝撃を緩和することができる。
ツバサのような合気使いには難敵に思われるかも知れない。
「だが……骨と筋肉があれば十分だ!」
筋肉が動こうとする力を逆手に取り、関節が砕けるまで投げ回す。
島をも一飲みにする巨体、世界を滅ぼす手伝いをできる力を備えているなら、その有り余るパワーで自らの肉体を壊すように仕向けるのだ。
一際大きい世界蛇でもやることは変わらない。
しかし、さすがにデカすぎて全身を宙に舞わすのは不可能だった。
だから――世界蛇の太い首を捻じ切る。
ツバサに噛みつこうとする巨大な顎。
体格差では、毒牙の餌食となる前に一呑みにされかねない。
その大顎に漲らせた力を払うように受け流し、ひたすら加速させていく。自分自身の筋力で脊髄をへし折らせて、首の筋肉繊維がブチブチと音を立てて引き切れるまで世界蛇の力をコントロールする。
破壊神も、世界蛇も、大蛇も、まとめてひっくるめて投げ飛ばす。
人畜無害な塵と“気”になるまで――。
「……ッ!? 学習しやがったな」
不意に手応えが重くなった。思うように投げられなくなる。
恐らく、総出で力を抜いてきたのだろう。
ツバサの流儀では、相手の力を最大限に利用させてもらう。
極端な話、相手は自分自身の力で飛び回っているも同然なのだ。それが行き過ぎて制御不能となり、自爆するまで追い込んでいるに過ぎない。
そうなるようにツバサが力の流れを統べているのだ。
相手が力めば力むほど、その力が自らを傷付けていく仕組みである。
逆に言えば――力がなければ利用できない。
四肢を動かさず力を抜き、流れる川へ身を任せるように筋肉を弛緩させ、どれだけ振り回されても逆らおうとせず、頭足類のように全身をグネグネにする。
ここまで脱力されると何もできなくなるのだ。
無論、ツバサほどの達人ならば脱力状態でも投げることはできる。
最低限、重力下にあればどんな姿勢でいても身体のどこかしらを支えようとする力は働くので、そこを無理やり揺さぶることで崩せばいい。
だが、ツバサたちは神族である。
飛行系技能をやりくりすれば、無重力もお茶の子さいさいだ。
ロンドや世界蛇たちはツバサの投げに対して、まったくの無抵抗になるよう力むのを止めていた。技能で体重を無くして宙に漂っている。
「だけどな……ここまで来れば関係ない!」
世界を壊す怪物どもをボロボロになるまで投げ回したのだ。
その際に発生した遠心力を活かす。
合気の使い手としては不本意ながら、大気を操る魔法も追加して対象をぶん回すための推進力も確保する。投げられたものが塵と“気”に振り分けられる勢いを落とすことなく、ロンドたちが滅ぼるまで投げ続けた。
――見渡す限りの泥の海。
その上空では天空の女神が暴れていた。
破壊神とその眷族を壊滅させるべく投げ続けているため、猛烈になる一方の回転力が、天地はおろか次元や空間をも脅かす嵐へ発展しつつある。
ロンドや眷族を助けるつもりなのか、混沌の泥まで伸び上がってきた。
攻撃的な姿勢を示してツバサに襲いかかろうとする。
「じゃれつくな! おまえらも道連れだ!」
投げ回すロンドたちの勢いに混沌の泥も引き込む。
いくら物量で攻め掛かってきても関係ない。大回転する嵐の流れで巻き取るような感覚で散り散り分解するまで投げ飛ばす。
嵐の威勢は増す一方で、それは世界を否応なく傷付ける。
大地は崩壊の一途を辿り、天空までもが荒んでいく。
破壊神と守護神の戦いは、真なる世界に深刻な傷を負わせていた。
神々の戦いによる二次被害に、ツバサの内なる神々の乳母が嘆いている。
それでも――ロンドたちはくたばらない。
相応のダメージは与えているが、完全に滅ぼすには至らなかった。
おまけに投げる感触の重さがどんどん増している。
どうすれば投げにくくなるか? それを試行錯誤しているようだ。
「こ、の、野郎ぅ……があああああああああーーーッ!」
想像を絶する重量感に達したツバサは、絶叫とともにロンドたちから手を離してしまった。感覚的には「すっぽ抜けた」に近い。
その際、宙の彼方へと投げ飛ばしたつもりだった。
まだ途中とはいえズタボロになるまで投げ回したのだ。追い打ちを掛けるべく、大気圏脱出の摩擦熱で燃え尽きるように投擲した。盛大な打ち上げロケットでパッと散るように、手加減せず投げ飛ばしてやった。
だが最後の一瞬、ロンドに抵抗された。
ツバサが焦って手元を狂わせるのを待っていた節がある。
宇宙へ打ち上げる軌道は大胆な変更を強いられ、世界蛇たちの巨体によって海底へ没しつつある大陸へ落ちるよう修正されてしまった。
宇宙への発射ではなく地中への貫通。
それは破滅の鉄槌となって振り下ろされ――終焉への一撃となる。
まず成層圏にまで届く大爆発の柱が立った。
大陸の崩壊により流入した海水と淡水の入り交じる水柱なのか、混沌の泥が巻き上げられた泥柱なのか、崩された大陸の土砂による土柱なのか。
様々なものが渾然一体となっていた。
次に大陸全土が未曾有の大地震に見舞われる。それもかなり長い時間だ。
マグニチュード換算の地震が生易しく思えるほどの激震だった。
前代未聞の威力を叩きだした破壊力は、空気振動と空間振動という2つの意味を重ねた“空振”を引き起こし、凄まじい衝撃波が大陸全土を薙ぎ払う。
天空の女神が巻き起こした嵐が掻き消える。
ほんの一時、各地を襲う混沌の泥まで吹き飛ばしたほどだ。
四神同盟の国々を守る、それぞれの防御結界も傾きかけたくらいである。
空の果てまで達した衝撃の柱が収まると、出番が来たとばかりに大爆発が起きた。中央大陸の何十分の一かを覆い隠すドーム状の爆炎だ。
そこから物理的な圧力のある爆風が、地面を万遍なく刮いでいく。
ありとあらゆる生命の生存を許さない、絶対的な暴力が解き放たれたのだ。
――破壊神が投げ落とされた場所。
そこは奈落の底へ通ずる大穴が穿たれていた。
穴の底はほんのり明るい。その輝きは世界の中枢を司るエネルギーが渦巻いたものだと感知できた。どうやら世界の中心まで達してしまったらしい。
惑星の核が壊される一歩手前だった。
衝撃の柱と爆炎を潜り抜け、天空の女神が姿を現す。
「クソッ……これじゃあどっちが破壊神かわかったもんじゃない!」
拵えてしまった大穴にツバサは毒突いた。
この大災害の罪はひとつ残らず破壊神に押し付けるつもりだが、守護神もその責任感から罪の加担者であることを否定できずにいた。
あの大穴ができた原因の一端はツバサにある。言い逃れはできない。
中央大陸はなんとなく長方形をしている。
大陸北部に世界大蓮が咲き、その跡地でツバサとロンドは戦闘を始めたのだが、とうとう星の核を壊すまでに迫ろうとしていた。
中央大陸の北側は、今の一撃でほぼ海底に沈んでいる。
世界蛇の出現により脆くなっていた岩盤にトドメを刺したのだ。
このため大陸の形は今、“凹”みたいになっている。そのへこんだ部分は、ツバサたちが跡形もなく消滅させたのだと認めなければなるまい。
守護神と破壊神の激突――その波及は計り知れない災害を招く。
戦いは始まったばかり、まだ序の口だ。
「……だっていうのに、もう中央大陸の四分の一を台無しにするなんて! このまんまのペースで戦り合ってたら、この大陸どころか……ッ!」
――真なる世界が保たない。
無傷の勝利など望むべくもないが、ここまでとは想定外だった。
かと言って破壊神は手を抜いて勝てる相手ではないし、余所への心配に気を取られていれば致命的な足下を掬われかねない。
こうして思案する間も、ツバサは厳戒態勢で警戒心を働かせていた。
衝撃の柱と爆炎のドームから遠離る。
あれは目眩ましになる。ロンドや大蛇たちに使われかねない。
案の定、爆炎を突き破って巨大な何かが飛び出してきた。大蛇たちを越える巨体なので世界蛇だと見当はついたが、奴の首は捻り落としたはずだ。
頭を失った蛇の胴体がこちらを目指している。
「執念深くてしぶといのが蛇の性根だというが……まだ生きてるのか!?」
『蛇を殺すなら頭を潰せ――手負いにすると仕返しに来るぞ』
そんな俗信を民俗学専攻の友人に聞かされた覚えがあるが、頭を落とした蛇が襲いかかってくるとは夢にも思わなかった。
仮にも破壊神の眷族、頭を潰した程度では終わってくれないらしい。
世界蛇の胴体は宙を這いずり、ツバサへと躙り寄る。
頭もないまま鎌首をもたげる仕種をすると、まだ血の滴り落ちる断面から強力な力の波動を感じさせた。
過大能力――【終末を統べる獣は死ぬことを忘れた】。
「これはグレンの……うおッ!?」
断面から新たな世界蛇の頭が生えてくる。
再生速度も目を見張るが、復元した頭は多大な強化が施されていた。
以前とは比較にならない肉体強度となっている。
穴から唐突に顔を出してきたみたいな勢いで再生したものだから、ツバサにしてみれば鱗に覆われた巨大な肉塊で殴りかかられたみたいなものだ。
反射的に蛇の鼻先を捉えて合気の技で受け流す。
なるべく世界を壊さない方角へ、ダメージを与えながら投げ飛ばした。
この世界蛇は先鋒、パンチの手順で言えば最初のジャブだ。
本命である渾身のストレートはこの後にやって来る。
「フハハーッ! ホラホラ兄ちゃん、もっとエキサイトしようぜぇーッ!?」
頭上から喧しい高笑いとともにロンドが降ってくる。
不意打ちめいたことを仕掛けておいて、大声で居場所を知らせてくるなんて武道家にしろ戦闘系ゲーマーにしろ、「はぁ!?」と非難の声を浴びせるとともに首を傾げたくなるが、極悪親父はそんなこと気にしない。
事前に知らせておいても太刀打ちできない。
そんな一撃必殺の大技をバンバン繰り出すから関係ないのだ。
またしても凄まじい力の発動を感じる。
過大能力――【天変地異の厄災は我が声を傾聴すべし】
今度は嵐を呼ぶ喧嘩番長を象徴する過大能力だった。
自由落下してくるロンドから突風が吹き荒び、物理的な質感を覚えるくらいの風圧と、神族の肉体が軋むほどの重圧感のある気圧が降りかかってくる。
常軌を逸した天候操作、現実離れした気圧の変化が起きていた。
「アダマスの能力まで……ッ!?」
鏖殺師グレン――喧嘩屋アダマス。
この2人はバッドデッドエンズでも希有な存在である。
破壊神から過大能力を授かってないのだ。
グレンは多少なりとも魔改造されたそうだが、アダマスはすべて自前の実力だと聞いている。本人の培った純粋な力のみで暴れていたのだ。
彼らの過大能力を学習した? もしくは模倣したのか?
あるいは――同じ過大能力を持っていた。
破壊神の力は1000もあるというから、有り得ない話ではない。
「本当にバッドデッドエンズ全員の力を……」
「使えるってわけさ! チート乙って言ってくんねえ!」
混沌の泥が竜巻のような渦を巻き、ロンドの右脚にまとわりついている。
竜巻をまとう脚で踵落としを振り下ろしてきた。
反射的に合気で受け流そうとしたのだが、何故か失敗したため右腕で受け止めつつ、それでも足りないので左腕を使い、更には蒼髪や羽衣の助けを借りてまでどうにか防ぐことができた。両腕がジンジン痺れて仕方ない。
これまでの打撃とは明らかに異なる。
攻撃に流れる力に指向性がなく、乱反射したかのようだった。
恐らく、脚にまとわりつかせた竜巻に混沌の泥を混ぜ込み、自分でもわけがわからないほど暴れさせることで力の方向性を掻き乱したのだ。
当人もキックがどこに行くかわかるまい。
――重心の違う鉄球を詰め込んだブラックジャック。
あるかどうか知らないが、そんな鈍器で殴られた気分である。
(※ブラックジャック=細長くて頑丈な袋に、砂や硬貨などを詰めることで作られる殴打武器。別名は袋棍棒。詰め込んだものは殴った拍子に動き、表面は滑らかな袋なので、血を流すような怪我をさせにくい。おまけに殴打音も抑えられるので、私刑や暗殺の武器として重宝される)
乱反射する混沌の泥を詰め込んだ、嵐でできたブラックジャック。
そういう攻撃手段だと断ずるしかない。
相手の挙動からも攻撃の筋を読めないとは、合気泣かせな技を編み出してくれたものだ。この攻防で通用するとバレたのも痛い。
「うはははははーッ! こいつにゃ滅法弱いみてえだな兄ちゃん!」
弱点を見つけたロンドは嬉々として突いてくる。
右脚のみならず、他の手足にも局地的な乱気流をまとわせる。その内側には混沌の泥をいくつも分銅のように含ませ、出鱈目な動きをさせていた。
そこからは滅多打ちだった。
型も構えもあったものじゃない、無手勝流の喧嘩殺法。
こんなところまで喧嘩屋を真似しなくていいと思うが、さっきのエキサイトな叫び声といい、ロンドなりに部下をリスペクトしたらしい。
国ごと住民を皆殺しにできる――大量虐殺の一撃。
それほどのパンチやキックで、滅多矢鱈に殴られる蹴られるどつかれるのだから痛いどころの話ではない。合気の技こそ通じないが、できるだけ威力を殺すように力を逸らすことで、なんとか凌いでいる状態だ。
フルコンタクトの格闘戦。重ねる拳を通じて理解するものもあった
純粋な歓喜――原始的な狂喜。
ロンドの打ち込んでくる拳足から、至上の喜びが伝わってくる。
遊び疲れてグッスリと眠れば満たされる睡眠欲。腹が減ったから胃が膨れるまで食らおうとする食欲。好みの異性を飽きるまで抱きたい性欲。
そうした欲求が解消される喜びと同一のものだ。
破壊神にとっての破壊衝動は、これら三大欲求に等しい。
しかし、真なる世界でも地球でも、破壊衝動のまま暴れれば軋轢が生じるのは避けられない。だから折り合いを付けて我慢していたはずだ。
破壊神にとって最大の苦痛だったに違いない。
――眠くても眠るな、空腹でも食事を摂るな、性欲を解消するな。
人間なら遠からず発狂する拷問である。
この心身を潰しに来るような拷問にロンドは耐えてきた。
真なる世界でも地球でも、円滑な人間関係を築いて活動するために……。
しかし、それも今日までだ。
ロンドは自らに化してきた、破壊衝動を封じる軛から解放されたのだ。破壊神としての欲望を全身全霊で満喫するのも当然だった。
差し詰め、ツバサは壊れにくい玩具といったところだろう。
どんなに壊しても壊れない、壊れるまでの時間をたっぷり楽しめる。
「……そりゃあテンションも壊れるわな」
必死にロンドの猛攻撃を裁くツバサは小声で呟いた。
混沌の泥を含んだ嵐の乱撃は終わることを知らず、少しでも距離を置こうとすれば世界蛇がしゃしゃり出てきて邪魔をする。結局はロンドの前へと押し戻され、サンドバッグよろしくタコ殴りにされるばかりだ。
――どれほど殴られて蹴られたのか?
いいかげんやられっぱなしも性に合わないので、ロンドと世界蛇が同時に仕掛けてきたチャンスを狙って、ツバサは大きく飛び退くことに成功した。
両者の攻撃を互いに邪魔するよう受け流したのだ。
この隙にロンドたちと距離を置き、ようやく一息つくことができた。
ロンドも小休止のつもりか追いかけてこない。
世界蛇の頭上へ戻ると、両腕を左右に開いてツバサに呼び掛けてくる。
意気揚々、自らの功績を誇らしげ披露するようにだ。
「見ろや兄ちゃん――これが神々の視座だ!」
大陸は砕かれて大海に没していた。わずかに残された地面が島のように残っても、興奮するように蠢動する混沌の泥に飲み込まれていく。
大空は分厚い暗雲が立ち込め、大気を打ち据える黒雷が鳴り止まない。
どうやら空間や次元も傷ついているらしい。
あちこちの風景が湾曲し、すぐにでも次元の裂け目が開きそうだ。
振り切れたハイテンションのままロンドは高説を続ける。
「このブッ壊れかけた世界! そうなるまで追い詰めたのは破壊神のオレであって守護神を気取る兄ちゃんの仕業だ! オレたちの共同作業だ!」
破壊神と守護神の戦いが――世界の息の根を止めようとしている。
「神々の黄昏! 世界終末戦争! 悪徳の時代の終わりに訪れる大戦! 呼び方なんざどうでもいい! これが! 世界の終わりの戦いだ!」
ロンドはしたり顔で口の端を釣り上げる。
「その片棒を担がされた気分はどうだい? なあ、ツバサの兄ちゃん?」
「……ああ、最悪の気分だ」
感想を求められたツバサは率直に答えた。
この返答を破壊神はお気に召さなかったらしい。
「おいおい、嘘はよくねぇぜ? 実のところ満更でもないんだろ?」
こちらの深層心理を突くように指差してきたロンドは、唇の両端が螺旋を描くまで捻じ曲げて、とびきり濃い笑みを浮かべていた。
オレは知ってるんだぜぇ? なんて得意気な訳知り顔だ。
「戦いは嬉しかろ? 壊すのは楽しかろ? 大切なもんをブッ壊すってのは罪悪感がマッハかも知れんが……痛快な爽快感もあるだろ?」
誰しも闘争本能があるように、破壊衝動もまた万人が備えるものだ。
――ツバサとて例外ではない。
言及こそ避けていたが、ロンドの態度は明らかに指摘していた。
「破壊とは――漢のロマンだ!」
地球育ちならわかるはずだ! とロンドは具体例を挙げてくる。
「街や都市を踏んづけていく巨大怪獣! 巨大な敵に立ち向かってブッ壊すために戦う巨大ロボ! 星々の海を渡って星々を打ち砕いていく宇宙戦艦! とんでもない超パワーで世界を揺るがすZ戦士! それから……」
「もういい……確かに、地球の娯楽はそんなもので溢れていたな」
ツバサとて親しんだ作品は少なくない。
強大な力を操る主人公たちに憧れた気持ちも嘘じゃない。
どんな強敵であろうと打ち倒せる力には魅了されたものだ。しかし、その力は他者を傷付ける力に他ならない。誰かを打倒する力ならば尚更だ。
破壊とは漢のロマン――わからないでもない理論である。
「それが今では当事者だもんな……」
笑えねえぜ、とツバサはぼやいて自嘲するしかない。
「惑星をも砕く破壊神と真っ向勝負で一歩も譲らず、タメを張るように競い合って争い合って、その傍迷惑な戦いで世界や自然がどれだけ壊されそうともお構いなしで暴れ回って……正直、かなりいい気になってるよな……」
ツバサもロンドも――お互い同罪だと主張する。
自分がまだまだ幼稚な二十歳の餓鬼だと……ちょっと前に二十一歳になったが、精神的には未成熟な青二才だという自覚があった。
「オッサンの言う通りさ、戦うのも壊すのも楽しいよ……否定できねえ」
神々の視座で超常的な力を思いのままにできる。
「強いものには憧れる……どんな奴でも指先ひとつでダウンさせる技、たった一人で1万人と渡り合う心と体、星をも砕く邪悪な帝王を打ち破る力……」
憧れたさ……ツバサは本心を打ち明けた。
今では彼らに負けず劣らない能力を身に付けている。
その超越感に酔い痴れる、幼い子供のままな自分も心の片隅にいた。
「認めるよ、ああ、俺は強さに焦がれる糞餓鬼だ……でもな」
――いつまでも子供じゃいられない。
ロンドの主張に一定の理解を示すも、決別するように首を横へ振った。
新たな決意を宿した眼光でツバサは見据える。
見据える先にいるのは破壊神ロンド・エンドではない。
破壊神の遙か先にあるもの――この最終決戦で勝ち取る未来だった。
「俺はもうこの世界の女神――神々の乳母なんだよ」
世界の嘆きが聞こえる。助けてくれと懇願する命の叫びが聞こえる。
森羅万象の根源となれる過大能力。
それを通じて様々な生命から嘆願書が届けられるかのようだ。
この世界を護って――破壊神を倒して!
「あの声を無下にすることはできない……この地に生きとし生けるものすべてが、俺にとって……神々の乳母にとっての子供だからな」
神々の乳母は愛した子供を見捨てない。
子供とは家族に他ならず、ツバサは家族には一家言を持っていた。
「俺が戦うことで家族が救えるんなら……なんだってやるさ」
ツバサは最愛の家族を亡くしていた。
父を、母を、妹を、とある山荘の雪崩事故で失ったのだ。
学生ながらeスポーツプレイヤーとして躍進し、獲得した賞金で贈った家族旅行だったのに、それが思い掛けない悲劇を招いてしまった。
運が悪かった――ツバサは悪くない。
誰もが慰めてくれたが、ツバサは自身を徹底的に責めた。
「俺は昔、家族を助けられなかった……その後悔は、今も胸に巣食っている」
神々の乳母の名に恥じない胸にツバサはそっと手を当てた。
あの時、何もできない己を悔やみに悔やんだ。
無力さに打ちのめされた後悔は、この胸に楔を打ち込んでいる。
後悔という名の楔は未だ抜けない。
「この後悔はいつまでも引き摺るしかない……それでも、子供たちのためを思えば起ち上がる気力が湧く、家族のためを思えば手も足も前に出る……」
そうすれば――ほんの少し満たされる。
自己満足なのはわかってる。それでも止められそうにない。
すべては子供たちのため、そして家族のためだ。
「破壊神を倒して世界を護る理由なんざ……それだけで十分なんだよ!」
ツバサの啖呵を聞いたロンドは笑うのを止めた。
ウェルカム! と戯けるように広げていた両腕を降ろすと、酸いも甘いも噛み分けた老賢者の表情となり、朗らかな表情でツバサを見つめてくる。
一瞬、ツバサは亡き父の面影を垣間見た。
「そうかい……兄ちゃん、いやさツバサよ。やっぱりおまえは漢だぜ」
ツバサの気概を認める爽やかな微笑みだった。
「もう一人前の神だ。この破壊神ロンドが認めてやる……」
父性を感じさせる穏やかな微笑みで賛辞を贈った直後、ロンドの形相は鬼気を帯びて殺意も露わになり、歌舞伎の隈取りのように威圧感を増した。
破壊神に相応しい残虐な面相に早変わりだ。
混沌の泥が絡む嵐を吹き荒れさせ、世界蛇は大顎で威嚇してくる。
「じゃあ此処で死ね! 破壊神に嬲られてくたばんな!」
インターバル終了の合図らしい。
ロンドは世界蛇を駆って、一気に間合いを詰めてくる。ツバサも機先をせいするべく、こちらから間合いを詰めるように飛び出した。
無慈悲に打ち込んでくる、混沌の泥を含ませた嵐による攻撃。
内部で力を乱反射させているため、如何に卓越した合気使いでも受け流すことはおろか、その力を利用して投げ飛ばすことを許さない荒技だ。
だが、その攻撃をツバサは幾度となく体験した。
学習時間は十分である。
繰り出した両者の手が交錯した刹那――ロンドの右腕が弾け飛んだ。
まとわりつかせた混沌の泥を含む嵐も消し飛ぶ。
「なっ……なんじゃこりゃあああッ!?」
二の腕から消えている右手に、ロンドは納得いかない大声を上げた。無くした右腕とツバサを交互に見るが、原理を教えてやる義理はない。
「俺に同じ技が二度通用すると思うな」
理屈は単純、乱反射する力を整理してやったのだ。
乱反射する力をすべて読み取り、受け流すのではなく内部で力同士が衝突するように弾く。そうなるよう発勁を込めた掌底を小刻みに打ち込んでおいた。
少々時間差はあるものの、乱反射はいずれ一箇所に集まる。
その瞬間、内部で爆発を引き起こすのだ。
LV999でも視認できない速さで掌底の連打を打ち込んでいく。
右腕に引き続き、左脚、左腕、右脚の順で四肢が吹き飛ぶ。頭と胴体だけにされたロンドは、苦虫を噛み潰したような顔でぎこちなく笑った。
「文字通り、手も足も出ない……ってか?」
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どちらにせよ手足を再生させる時間は与えない。
現在、破壊神の核は心臓にある。そこまでの走査は終えていた。
後はそれを木っ端微塵に打ち砕いてやればいい。
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