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第18章 終わる世界と始まる想世

第441話:最大の誤算はおんどれや

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「うえぇ~ん! あんちゃんがしつこいよぅ!」

 ロンドは幼児顔負けに泣きながら全力疾走していた。

「ボクちゃん何も悪いことしてないのに(嘘)! オヤジの言いつけを守って正義と愛をモットーに平和を愛して今日まで生きてきたのに(大嘘)!」

 超爆乳のツバサ兄ちゃんがイジめるよう! とわめく。

「カワイイ部下たちも全員オジャンにされて……オジさん悪いことした!?」

 ――ちょっと世界せかい廃滅はいめつを企んだだけなのに!

 兄ちゃんがいたら「極悪だろそれ!」とツッコんでくれたに違いない。

 まだ追いついてないのが残念だ。

 誰も見てないので演技する必要なんかこれっぽっちもないのだが、ジ○イアンとス○夫にいじめられたの○太くんみたいな泣き声を上げて、尾を引くほどの涙をキラキラ輝かせながら、音速を超える勢いで走っている。

 もっとも、逃げた先にドラ○もんは待っていない。

 いい年こいた大人は、みんな自力で何とかしなければならないのだ。

 それでも両手両足のひじひざを直角に曲げ、ハキハキとした走り方で一心不乱にスタミナ切れも構わずに逃げていた。

 まあ――飛行系技能スキルで空中を駆けているわけだが。

「……なぁんていじめられっ子っぽい台詞セリフで逃げ回っているわけだが、正直あの金ピカ鳥は厄介なわけよ。どー対処すりゃいいんよあれ?」

 現在、ロンドは追われていた。

 ツバサの兄ちゃんがけしかけてきた追っ手はしつこい。

 恥も外聞も知ったこっちゃないので、形振なりふり構わず逃走中である。

 それでも六本木辺りの高級クラブで幅を利かせていそうな、羽振はぶりが良さそうなチョイ悪イケメン親父が全力疾走している様は滑稽こっけいだろう。場所が歌舞伎町ならヤクザのスケに手を出した命知らずな色男が逃げているかのような醜態しゅうたいだった。

 笑われてナンボだと思うロンドにしてみれば、ウケを狙いたいところ。

 しかし、ツッコミ役が追いついてくる様子はない。

 どうやらミレンはあちらのメイド長に足止めされたようなので、その指示に多少なりとも時間を取られているのだろう。

 また、ロンドを追う道中には足止め要員もいっぱいだ。

 世界を滅ぼすためにばらいた巨獣きょじゅうどもが襲いかかるに決まっている。

 追加した巨大獣ベヒモスたちもツバサの敵ではないだろうが、無視して通り過ぎることもできず、倒すにしても少しは手間取てまどるはずだ。

 追いついてきてほしいような――もうちょっと時間を稼ぎたいような。

 オジさんの心は微妙に複雑だった。

にもかくにも、あの鳥さんたちを何とかせんと……」

 こっちも自由が利かん、とロンドは面倒臭そうに肩越しへ振り返る。

 金翅鳥こんじちょう大群たいぐんが追いかけてきていた。

 ツバサが魔法系技能スキルをこねくり回して創った魔法生物だ。

 ついえるまで悪をついばむとの触れ込みである。

 全体的なフォルムは光りすぎてよくわからないが、たかわしといった猛禽類もうきんるいに近いのだろう。翼長よくちょうは個体差があり最低2m~最大6mと差があった。

 そんな大型の鳥が群れをしてついばんでくるのだ。

 大昔、鳥の群れに襲われるホラー映画を思い出させてくれる。

「こっちも怪物どもで対抗するのは下策げさくだしなぁ」

 これまでの道中どうちゅう散々さんざん試して大失敗と反省したばかりである。



 ロンド第一・・過大能力オーバードゥーイング――【遍く世界のワールド・敵を導かんエネミー・とする滅亡の権化プロデュース】。



 心ある者が無意識のふち幻視げんしする欲動よくどう、俗に“対象a”とか“小文字の他者”と呼ばれる曖昧あいまい模糊もことした畏怖いふ憧憬どうけいを具現化する能力。

 小難しい言い方をすると上記じょうきのようになる。

 バカにもわかるよう解説すれば、いくらでも怪物を創れるわけだ。

 しかも対戦相手がいれば、そいつの弱点をいやらしくえぐるデザインになる。簡単にいえば、虫嫌いなら昆虫型の怪物ばかりになるだろう。

 あるいは――トラウマな人物の顔をした人面獣じんめんじゅう

 怪物の軍勢で押し潰す対軍たいぐん制圧せいあつとともに、キツめの精神攻撃も強いる。

 別に誰かの無意識にもとづく必要もない。

 ロンドが単独ピンで行動していて周囲が誰もいなかろうとも、得体えたいの知れない怪物による百鬼夜行を際限さいげんなく繰り出すことも朝飯前である。

 ただし、適当な造形ぞうけいになるのは大目に見るしかない。

 何でもいいから大量の怪物を創って、金翅鳥こんじちょうたちにぶつけて殺し合わせようとしたのだが、それが裏目うらめに出てしまったらしい。

 破壊神ロンドが創った怪物はやっぱり悪と判定されるようだ。

「出したそばからついばまれて、金ピカ鳥どもを元気にするだけだもんなぁ」

 いくら怪物を創っても金翅鳥こんじちょうえさになるだけだ。

 悪の怪物をかてにすることで、金翅鳥はそれぞれ巨大化していく。細胞分裂するかのようにどんどん数を増やして手に負えなくなってきた。

 群れの数なんて最初と比べたら倍に膨れ上がっている。

「適当な怪物の群れをぶつけるのは餌付けになって逆効果か……そんなら!」

 ――破壊神としての本腰を入れるまでだ。

 ジャブの連発ではなく、腰の入ったストレートを決めてやればいい。

 ロンドは空中で急ブレーキを掛けて立ち止まり、制動せいどうを働かせながら全身で振り返ると開いた右手を伸ばして、特別製の巨大獣ベヒモスを創造した。

「よーし、オジさんも博識はくしきだってとこ見せてやる!」

 でよ――カリュブディス!

 掛け声とともにロンドの右手から放たれたのは黒い宝玉ほうぎょく

 それは金翅鳥こんじちょうたちの眼前へ飛んでいくと、彼らの目の前で渦巻うずまきながらアッという間に黒い大渦おおうずとなった。渦巻く黒い濁流だくりゅうすべてが生命を持っている。

 流動的な粘液を思わせる、女の黒髪にも似た濁流。

 メンヘラ女の妄念もうねんが宿ったような髪は空中で渦を巻き、台風よろしくすべてを巻き込むべく猛回転を始めた。それは海に生じる渦潮うずしおのようにも見える。

 この濁流めいた渦は捕縛ネットも同然。

 渦の中心には大きなあごが開き、不揃ふぞろいの牙を打ち鳴らす。

 この餓えた顎に餌を運ぶための捕縛ネットである。

 黒い大渦に絡め取られた金翅鳥たちは、それを啄む暇すら与えられず渦の中心へと引きずり込まれていくと、大顎おおあごに噛み砕かれていった。

 一応、コイツも巨大獣ベヒモスの一種。先ほどまでの怪物とは格が違う。

 巨大獣ベヒモス>>>>>巨獣きょじゅう>>>怪物。

 格付け的にはこれくらいの格差があった。

 ならば巨大獣ばかり創ればいいじゃない、とツッコまれそうだがそこはそれ。コスパとか製造までの手間暇とか掛ける労力への問題が山積みだった。

 具体的には、怪物なら即興でいくらでも出せる。

 巨獣だと集中する時間がいる。巨大獣なら念を込める時間も欲しい。

 コイツは破壊神ロンド自ら名前も授けた特別製だった。

 ――カリュブディス。

 出典しゅってんはギリシャ神話、海に現れる正体不明の怪物だ。

 元はそういう名前の人間の女なのだが、この女は常識はずれな大食らいだった。どれほどの食欲だったかといえば、近隣の家から何頭もの牛を盗んで、その肉を一人ですべて平らげてしまったというから異常な部類だろう。

 そして、りないめげないあきらめない。

 ついでに反省もしない彼女の愚行ぐこうに怒った最高神ゼウスは、彼女を海の底へ追いやると、その理性の効かない食欲に見合う姿に変えてしまったという。

 オリュンポス神族しんぞく伝統芸でんとうげい――天罰てんばつ覿面てきめんな呪いである。

 以来、彼女は海の底に棲み着く怪物となった。

 一日に三回、海の底から大渦おおうずを起こして巻き込んだものを貪り尽くす。

 そういう怪物に成り果ててしまったのだ。

(※場所はイタリア半島の南側の先端にあるメッシーナ海峡かいきょう。ちなみに、その反対側は女怪物スキュラの生息圏せいそくけんなので、当時の船乗りはカリュブディスに食われるかスキュラに襲われるかの二択を迫られたという。またギリシャ神話の英雄の一人、オデュッセウスはこのカリュブディスに2回殺されかけている)

 そのカリュブディスをモデルにした巨大獣だ。

「怪物を生み出す親玉は怪物にも詳しくねえとな」

 そんなことを言われて、参謀役ブレーンのマッコウさんから暇さえあれば怪物講座や妖怪談義、果ては邪神にまつわる講釈こうしゃくを聞かされたものだった。

 今となっては懐かしい思い出だ。

 悪をついば金翅鳥こんじちょうといえど、反撃する間もなくむさぼられていく。

 腹の中で反撃されているのか、カリュブディスは瞬く間に弱ってしまうが金翅鳥が出てくる様子もないので、どうやら対消滅ついしょうめつしているらしい。

 生きた大渦おおうずが消えても、そこから金ピカ鳥が現れることもなかった。

「よーしよしよし、3分の2はったか?」

 逆に言えば、3分の1は取り逃がしているわけだ。

 残った金翅鳥の残党はカリュブディスの大渦を回避するように急上昇し、一度だけ旋回せんかいしてからロンド目掛けて急降下してくる。

 もう一度、カリュブディスを出せば殲滅せんめつさせられるだろう。

 しかし同じ手を使うのは芸がない。

「どうせだったら、別の怪物で仕留めてやらねぇとなぁ」

 でよ――野槌のずち

 新たな巨大獣ベヒモスてのひらから生み出さない。

 ロンドの羽織はおるロングコートがひるがえり、その内側からズルリと野太い触手しょくしゅのようなものが現れた。それはスルスル伸びていき、やがて鎌首かまくびもたげる。

 主人を守るように取り巻く、規格外の巨体を誇る大蛇だいじゃ

 ただし、その蛇体じゃたいは鱗ではなく焦茶色こげちゃいろの体毛に覆われていた。

 顔も蛇らしさは皆無。目もなければ鼻もない。

 そもそも顔がなく、ただポッカリとうろのような大口が開いているだけ。その口も牙や歯といったものが見当たらず、分厚ぶあつくちびるらしきものがあるのみ。

 大きな口を持つ毛むくじゃらの蚯蚓みみず

 一言にまとめれば、そんな風体ふうていを持つ化け物だった。

 ロンドは迫り来る金翅鳥こんじちょうたちを指差し、大口を開ける巨大獣ベヒモスに命じる。

はらえ! じゃなかった……吸い尽くせ!」

 発声器官があるかも怪しい巨大獣だが、やたらビブラートを効かせた奇声を上げると、辺りの大気をゴッソリ奪うほどの吸引力を発揮した。

 大口は倍以上に広がり、そこからすべてを飲み込む竜巻が立ち上る。

 金翅鳥は一匹残らず竜巻に巻き込まれていく。

 竜巻ごと金翅鳥の群れを飲み干した巨大獣は、大きなゲップを漏らした。

「食い残しはないようだな……よくやった野槌のづち

 ロンドはろうをねぎらうように巨大獣の名を呼ばわった。

 野槌――意外と知る人が多い妖怪かも知れない。

 元を正せば古事記こじきなどにも登場する女神・萱野姫かやのひめ(あるいは草野姫くさのひめ)の別名とされており、野に潜む蛇体じゃたいの神だったのではないかと推察すいさつされている。

 だが時代をるに連れて、段々と妖怪にされていく。

 徳がないのに口だけは達者たっしゃな僧侶が、死んだ後で目も鼻も手足も失い、口と身体だけの妖怪となって野を彷徨さまよう。そして、出会った獣や人をその大きな口で丸呑みにして食べるとして恐れられたそうだ。

「……ま、ここまで巨大化するようになったのは最近だけどな」

 絶対にゲゲゲ○鬼太郎の影響である。

 あの作品のおかげで知名度ちめいどを得て、かくを上げた妖怪や神は少なくない。野槌のづちもその恩恵おんけいを受けた妖怪の一体である。水木しげる先生様々さまさまだ。

 しいたげられた神々の代表として厚く御礼申し上げたい。

 ロンドも一介いっかいのファンである。

 500年に及ぶ地球テラ生活。面白いと思うものは知識であれ娯楽ごらくであれ、手当たり次第に見聞けんぶんしてきたものだが、漫画文化はその最たるものだ。

 水木しげる作品は入れ込んだもののひとつである。

「今頃、本当に大妖怪とかになってそうな偉人だしなぁ……」

 しみじみ思い出してしまう。

 回想に思いをせている間にも、野槌は苦しそうに身悶みもだえると先のカリュブディスと同じように消えてしまった。また金翅鳥こんじちょう相討あいうちしたらしい。

巨大獣ベヒモスでトントンかよ……おっかねえもん創りやがる」

 兄ちゃんツバサの新必殺技――――金翅ガルーダ烈日光サンシャイン

 即興そっきょうで編み出した必殺技にしては攻撃力がとがっていた。

 破壊神ロンドを倒すことを突き詰めた成果なのだろうが、いつもより注力マシマシにしたの巨大獣ベヒモスでようやく相殺そうさいできる魔法攻撃とか怖すぎる。

「やっぱ兄ちゃんツバサ喧嘩けんかする時はリミッターを解除かいじょせんとあかんな」

 そろそろ本気マジになるか、とロンドも重い腰を上げようとする。

 その時――うなじに破れるような感覚が走った。

 ビリッ! と神経が引き千切られる衝撃。痛みはないが刺激的だった。

 そして、破壊神らしからぬ悲哀ひあいが湧き上がる。

 これは虫のしらせにも似た、身近な人物の訃報ふほうを告げるものだった。

「ミレンちゃん……られたか」

 ほんの少し前まで還らずの都上空に浮かんでいた円卓えんたくと、それを取り囲むソファがあった方角。そちらに哀愁あいしゅうを帯びた視線を向ける。

 状況こそわからないが、彼女の死を感じることができた。

 恐らく、クロコの仕業だ。

 ツバサの気配はロンドを追跡しているのがビンビンに伝わってくるし、分身でしかないデブ執事ダオンにミレンを倒せるほどの力はない。消去法として、ミレンの足止めを買って出たであろうクロコしかいない。

 メイド長同士の勝負は、変態メイドに軍配ぐんばいが上がったようだ。

 がらにもなく涙腺るいせんが熱くなる。

「あんだけオレに滅ぼされたいって言ってたのにな……」

 右腕アリガミは死んだ、頭脳役マッコウも消えた、これで秘書ミレンも失ってしまった。

 ――地球テラに渡って500年。

 その中でも最長さいちょうの付き合いになった腹心ふくしんたち。

 誰に頼ることもなく、何かの力を借りることもせず、単独で世界廃滅を推し進めることができる。それだけの自信を裏打ちする実力を持つロンドだが、気付けば虐げられし神々の末裔まつえいである彼らを拾い上げていた。

 実のところ、彼らとは先祖の代から交流はあった。

 しかし、ここまで長く付き従ってくれたのは三幹部が初めてだった。

 同類どうるい相哀あいあわれむと言えばいいのか?

 灰色の御子から迫害はくがいされた彼らを見捨てられなかったのだ。

 こういうらしくない・・・・・些末さまつな情は、父親の影響だとロンドは思っている。

 あの父親は――破壊神ロンドを決して見捨てなかった。

「どうせみんな滅ぼすのによ……三幹部あいつらだってそのつもりだったのに……」

 ――なんだか切なくなっちまうな。

 その一言を口にすると人間だった頃を思い出し、地球に置いてきた妻子さいしのことまで思い出して感傷かんしょうに縛られそうなので、こらえるように飲み干した。

 振り切るようにロンドは背を向ける。

「……さ、先を急ぐか」

 ただ闇雲やみくも金翅鳥こんじちょうから逃げ惑っていたわけではない。

 ちゃんと目的地がある。ツバサの兄ちゃんにしてやられた振りをしつつ、そこへ向かいながら金ピカ鳥どもをけむに巻こうと飛んでいたのだ。

 目指す先は――世界大蓮ローカ・パドマ

 銃神ガンゴッドに消し飛ばされた跡地あとちと、そこに散らばる残骸ざんがいに用があった。

   ~~~~~~~~~~~~

 世界大蓮ローカ・パドマは完全に破壊されていた。

 大蓮パドマと名前にあるが植物ではない。

 あくまでも大きなはすの花をかたどった巨大建造物である。くきに見える部分は巨大な塔にも匹敵する支柱であり、その上で花開いた大きな蓮は“終わりで始ヒラニヤまりの卵”ガルバを抱える孵卵器ふらんきの役割を与えられている。

 支柱は根こそぎ消し飛んでいて跡形もない。

 銃神ガンゴッドを名乗るジェイクが放った砲撃で、大地ごとえぐられていた。

 波動砲みたいな一撃だったのだから無理もない。

 孵卵器である大きな蓮の花部分も同様だ。

 しかし、こちらは砲撃を浴びせ損ねた取りこぼしがあったのか、無数の花弁かべんを揃えたような花が少しだけ残されていた。

 ある花弁の残骸は巨大な慰霊碑いれいひのようにそびえ立ち、ある花弁の残骸は崩れかけて瓦礫がれきの丘になりかけている。残骸にも千差万別、色々な有り様があった。

 ロンドは残された残骸のひとつへ舞い降りる。

 花弁を形作るのは、くすんだ大理石だいりせきを思わせる硬度の高い建築素材。

 銃神ジェイクの砲撃による余波よはなのか、軽く踏んだだけでグズグズと崩れる始末だ。自己修復機能があったとしても再建は望めないだろう。

「……ひっでぇな。これしか残ってねぇのか」

 思い切りが良すぎるだろ銃神ガンゴッド、とロンドは毒突どくづいた。

 当人はそこら辺に寝転がっているはずだ。

 破壊神ロンドの秘蔵っ子でもあるリードを相手に善戦し、ついには勝利を収めて痕跡も残さず抹消した後、最後の力を振り絞って世界大蓮ローカ・パドマを壊していた。

 力を使い果たして卒倒中そっとうちゅうなのは想像に難くない。

 正直、手塩に掛けたリードを殺された怨みもなくはない。

 だが、消耗しすぎて気配も目立たない野郎をわざわざ探し出して、恨み辛みをぶちまけるかのように仕返しするのは気が引けた。

 どうにも――破壊神らしくない。

 負けた奴が阿呆あほうなだけ、自他共にそう言い聞かせてきたのだ。

 リードの敗北と死は惜しいと思うが、そのことを個人的な意趣いしゅがえしとして果たしに行くのは、何とも人間的な感情に流されているではないか?

 だから自粛じしゅくする――無慈悲な破壊神として。

 どうせ、もうすぐ真なる世界ファンタジアをこの手で滅ぼすのだ。

 復活する様子も見せない拳銃使いガンスリンガー一人、捨て置けばいい。

 それよりも優先して調べたいことがあった。

 そのためにツバサの兄ちゃんから尻をまくって逃げ出して、遙々はるばるこんな北の僻地へきちまで足を運んだのである。さっさと用件を済ませよう。

 崩れていく世界大蓮ローカ・パドマ残骸ざんがい

 それを無造作に踏み潰してロンドは歩を進める。

「還らずの都みたいに、真なる世界ファンタジア趨勢すうせいに関わってくる遺物いぶつだってLV999スリーナインならピンと来るだろうに……ここまで徹底的に壊すか普通? いくら破壊神オレが利用しようと悪巧みしてるって読めたからって……やり過ぎじゃねこれ?」

 思わずブチブチ文句を垂れ流してしまう。

「……いや、思い切りがいいのは四神同盟しじんどうめい兄ちゃんツバサか」

 銃神ガンゴッドが独断でやったとは思えない。

 連中は独自の連絡網を構築しており、リアルタイムで状況報告のやり取りをしていたはずだ。銃神ジェイクもツバサたちに了解を得たに違いない。

世界大蓮ローカ・パドマごと宇宙卵うちゅうらんをぶち壊してもいい?』
『OK、やっちゃえ銃神』

 意訳いやくだが、最低限これくらいの連絡は取り合ったはずだ。

「だとしてもだ、躊躇ちゅうちょなく壊せたもんだぜ」

 最終的な判断を下したのは、四神同盟の代表的存在であるツバサのはずだが、用心深くて慎重派な兄ちゃんらしく即決そっけつぶりが気になった。

「いくら破壊神オレが悪用すると見破ってもだ」

 還らずの都のように保護下へ置く発想に至らなかったのか?

「まるで対処法を知ってたみたいだな……」

 宇宙卵――“終わりで始ヒラニヤまりの卵”ガルバへの対処法。

 この遺物いぶつには出現条件が設定されている。

 それとついすが如く無効化の条件も決まっていた。

 この世界を継続けいぞくしたいと願うのであれば、宇宙卵も世界大蓮ローカ・パドマも木っ端微塵に破壊するしかない。壊すことで力と意志を示す必要があるのだ。

『まだ現世を終わらせない! 俺たちがこの世界を護っていく!』

 その示威じいを表明するために宇宙卵を打ち壊すのだ。

 知ってか知らずか、四神同盟を代表して銃神ガンゴッドのやったことがこれである。

 ロンド的には「壊すべきか守るべきか?」で二の足を踏んでもらい、自身とは別の破壊神が生まれるまで放置してもらいたかったところだ。

 その破壊神も真なる世界ファンタジアを壊してくれる。

 ロンドはロンドで、ツバサの兄ちゃんたちを始末すればいい。

 四神同盟も真なる世界も程良く滅んだ頃には、宇宙卵から生まれた破壊神は新たな創造神へと転じるだろうが、そうなる前にロンドが仕留める。

 くして――世界の終焉しゅうえん相成あいなるわけだ。

「……そう思ってた時期もオレにはありました、ってなもんだなこりゃ」

 最初はなっから当てが外れたぜ、とロンドは残骸ざんがいを蹴り飛ばす。

 世界大蓮ローカ・パドマを形作っていた大理石のような建材が崩れると、その隙間から宇宙卵の欠片かけらと思しき発光する卵のからみたいなものがこぼれてきた。

「しかしなぁ、こいつだけはどうしても得心いかねぇんだよなぁ……」

 ぼやいたロンドは興味なさげに眼を細めてつままんでみる。

 既に風化が始まっており、手に取っただけでもろくも崩れていく。

「宇宙卵の中身が空って……どういうことだよ!?」

 誰かに責任をなじるわけにもいかず、ロンドはひとりでいきどおってしまった。

 卵にも受精して幼体がかえるのを待つ受精卵と、精子と結びつくことなく排出はいしゅつされる無精卵があるが、この宇宙卵はそのどちらでもなかった。

 そもそも黄身きみが宿っていないのだ。

 卵を割っても透明な白身しか入ってない状態である。

「おかしいだろこんなの!? 出現条件はちゃんとオールコンプした、だからこそ世界大蓮ローカ・パドマはこうやって出現したんだから……宇宙卵を産むべく周囲から“気”マナを掻き集めてもいた……なのに、肝心かんじんの中身が空っぽってどうよ?」

 よもや――未達成みたっせいの条件があったのか?

「それならまず世界大蓮ローカ・パドマが出てこねえし、卵を作りもしねぇよなぁ……?」

 ならば――世界大蓮の機構システムに不備があった?

「古代神族と古代魔族が、この真なる世界ファンタジアが滅んだとしても自分たちの因子いんしを存続させるため、心血しんけつを注いで完成させた輪廻転生リンカネーション機構システムにか?」

 それも考えにくい。連中の造る遺物いぶつの完成度は絶対に等しい。

 還らずの都や天梯てんてい方舟はこぶねのように、滅多なことで壊れやしない。たとえ半壊寸前にまで追い込まれようとも、その役目を十全に果たすはずだ。

 不完全だとしても、そのデメリットは精々弱体化デバフ

 宇宙卵から生まれる破壊神がちょっと弱いくらいのものだろう。

 卵の黄身がないなんて事態は起こり得ない、珍事とすべき異常事態だった。

「……オレの与り知らない未知の要素ファクターでもあるのか?」

 ロンドは顎に手を当てて思案する。

 こういう時は初心に帰れ、と親父に教えられたものだ。

 まず出現条件を振り返ってみよう。

 何度も「ヨシ!」とトリプルチェックしたので、見落としはないと思うのだが、もしかすると抜かした条件があったりするかも知れない。

 それが原因で卵の中身が空になった可能性もある。

 そもそも出現条件がコンプリートできてなければ、世界大蓮が現れなさそうなものだが、上手いことその条件だけすり抜けることもあるだろう。良いのか悪いのか知らないが、妙な悪運が働いてしまった結果だ。

 様々な考慮こうりょを踏まえるべく、世界大蓮ローカ・パドマの出現条件を再確認する。

 これは以前、兄ちゃんツバサ簡潔かんけつにまとめてくれた。

『この真なる世界ファンタジアから生まれた者が、どんな理由であれ世界を壊そうとする……それは世界に拒絶反応を引き起こし、いつかは限界を迎える……』

 すると、世界は以下のような考えに辿り着く。

『この世界はもうダメだ――いっそ新しい世界を創ろう』

 世界に意識があるならば、それに諦念ていねんを抱かせる。

 自ら生んだ被造物ひぞうぶつを嫌悪するほど、世界を絶望のドン底へ叩き落とす。

「……ここまでが第一段階」

 謂わば前提条件、世界大蓮を呼び起こすための下地である。

 ここから引き金トリガーとなる決定打が必要だった。



「世界を変える力を持つ者たちが――絶望を抱いて死ぬことだ」



 四神同盟しじんどうめい VS 最悪にしてバッド・絶死をもたらデッド・す終焉エンズ

 世界の守護者軍団 VS 世界の破壊者集団。

 シンプルでわかりやすい対立構図だ。美しく素晴らしい。

 どちらもLV999スリーナインになるまで力をたくわえ、自らの意志で世界の命運を決められるほどの実力を備えた超越者ちょうえつしゃたちのグループだ。正面から激突すれば、双方どちらかに死傷者が出るのは必然。これはどうやっても避けようがない。

 守護神ツバサの兄ちゃんの仲間が負けて死んでもいい。

 破壊神ロンドの部下が殺られてくたばってもいい。

 どちらに転んでも、世界を変える力を持つ者が絶望のまま死んでいくことに変わりはないからだ。戦況せんきょうが進むほど死人は加算かさんされていくだろう。

 一人二人で足らない。最低でも九人は見積もりたい。

 何人もの強者が絶望とともに死ななければならなかった。

 いくつもの絶望に彩られた断末魔、それが世界大蓮ローカ・パドマを出現させるのだ。

 これらの死者たちはにえである。

 彼らは魂をむしるような絶望ゆえに声を上げざるを得ない。

 自らが望む新しい世界――理想を欲して叫ぶのだ。

 新たな世界を渇望かつぼうする声に世界大蓮ローカ・パドマは応え、その華に“終わりで始ヒラニヤまりの卵”ガルバを抱くのだ。一名を宇宙卵とも呼ばれるこの卵に宿る者こそ、今ある現世を打ち壊す破壊神にして、まだ見ぬ来世を創り出す創造神となるのだ。

「改まって考えてみると……出現条件といっても2つしかないんだよな」

 ひとつ、世界を荒らして再起不能に追い詰める。
(※世界の意識ともいうべき思念体を諦めさせなければいけない)

 ふたつ、強者を何人も絶望させながら死なせる。
(※その強者は一人でも世界の命運を左右できるほど力があること)

 付帯ふたいする条件もあれど、大きく見ればこの2つのみだ。

 どちらもちゃんとクリアしている。それが証拠に世界大蓮は見事に咲き誇り、そこに見せかけだけとはいえ宇宙卵をかえそうと動き出していた。

 宇宙卵の滋養となる“気”マナの収集も進んでいた。

「なのに、一番大事な中身が……この場合は卵だから黄身きみか? が入ってないないなんてな……不備ふびとか不具合ふぐあいとか、そんな単純なもんじゃねえだろ?」

 宇宙卵を育むシステムは正常に働いていた。

 ただし――肝心かんじんの中身がない。

 仮にロンドの踏んだ手順に誤りがあったり、宇宙卵を創る装置に不備があったり、システムそのものにバグなどの不具合が生じていたとすれば、世界大蓮そのものが出現しないはずだ。

 こんな期待外れな誤作動ごさどうをすることもない。

 そもそも準備段階に間違いがあれば起動さえしないだろう。

「……だが、世界大蓮は現れた。宇宙卵を創ろうとした」

 正常に動こうとしていたのは疑いようがない。なのに、どうして生み出すべき卵の中身が空だったのか? 無精卵どころか黄身もない状態だったのか?

 まるで――始めから・・・・用意されてなかったようだ。

「いくら考えてもわからんやろなぁ」

 いきなり降って湧いた声にロンドは震え上がった。

 破壊神として君臨してきたが、これほどの怖気おぞけに震えたのは久し振りだった。直近ちょっきんだと、ツバサの覇気はきに当てられて身震いしたくらいのものだ。

 あの兄ちゃん――とんでもない覇気はきの持ち主だぞ。

 抜山ばつざん蓋世がいせい、圧倒的な力で山を引っこ抜いて世界に蓋をするほどの気迫。この世を絶対的な力で統べることができる者にのみ許される風格。

 いわゆる覇王色の覇気というやつだ。

 ロンドの戦闘狂な部分がいきりちそうな極上物ごくじょうものである。

 しかし、この怖気はツバサの覇気とは質が違う。

 たとえるなら、悪ガキの悪戯イタズラを見つけた親が放つ威圧感プレッシャー

 それに近しいものだった。

 声の主はロンドの背後にいる。距離にして数歩、そこまで近距離に迫りながら、声を発するまでこちらに気配をまったく感じさせなかった。

 この事実にも戦慄させられるが、ロンドは声自体に脅えていた。

 とても――懐かしい声なのだ。

 ここまで忍び寄られたのに、警戒することも忘れて喜びにも似た感情が湧き上がるあまり、反射的に振り返ってしまったほどだった。

 不用心かつ無防備に、背後に立った人物の顔を拝もうとする。

「おい……まさかがはぅあッ!?」

 瞬間、土手どてぱらに強烈が一撃をお見舞いされた。

 掛けた声が濁音だくおんの悲鳴に変わる。

 身体が“く”の字に曲がるほどの激痛は久し振りだった。全身の肉と骨と臓器をバラバラに解体しそうな衝撃は、意識まで弾け飛ばす威力があった。

 ロンドの鳩尾みぞおち掌底しょうていを叩き込んできた人物。

 彼こそが声の主であり、懐古かいこの念をくすぐる声で続けてきた。



「宇宙卵が孵らぬ最大の誤算――それはおんどれ・・・・や」



 そこにいたのは一人の老爺ろうやだった。

 浅黒い肌をした痩躯そうくだが、身体の芯と筋がしっかりしている。

 痩せているのも厳しい錬磨れんまを重ねてきたからだ。年相応に枯れた五体でありながら、その骨格には限界ギリギリまで絞った筋肉がまとわりついていた。

 その四肢は細長く、蟷螂かまきりなどの昆虫を連想させる。

 痩せ細った痩身そうしんには地球でいうところのインド風な衣装、それもくに遊行僧サードゥーと呼ばれる人々が着るような白衣をまとっていた。

 ギョロリと三世さんぜを見つめる大きな眼に、ロンドは射竦いすくめられる。

 まるで恩師ににらまれる悪童あくどうのように動けなかった。

 猛禽類もうきんるいくちばしを思わせる鉤鼻かぎばなというか鷲鼻わしばな、その下から生える口髭くちひげは左右へ流れ落ちており、それぞれ一本の長いタスキのように腰まで伸びている。

 癖のある総白髪そうしらがは後頭部で軽くまとめていた。

 ロンドはこの老人を知っている――それはもう嫌というほどにだ。

「りぃ、聖賢師リシ……ノラシンハ・マハーバリぃ……ッ!」

 ええんがな、とノラシンハはぞんざいに口癖で答える。手癖でもあるタスキみたいなひげを指でしご仕種しぐさも欠かさない。

「久し振りやな、シェーシャ・・・・・……いや、名前を変えとるんやったな」

 ノラシンハは訂正して言い直す。

「今は“輪廻の時はロンド・もう来ない”エンドやったか? 大層な名にしたもんやな」

「ぐぅぅぅがぁ……あああっ、ほ、ほっとけぇ……ッッ!」

 激痛が引かない。治まるどころか増すばかりだ。

 冗談でも比喩ひゆでもなく、本当に全身がバラバラになりかけていた。

 次から次へと関節が外れて、骨という骨が粉砕骨折し、筋肉も脂肪も見境なく引き千切れて、臓器が片っ端から弾け飛んでいく。

 怪物を創る過大能力オーバードゥーイングの応用で、損傷そんしょうした肉体の代替品だいたいひんを作り出す。

 壊れた部位の代わりができる怪物を作り、入れ替えるように移植いしょくすることで定着ていちゃくさせ、肉体的ダメージをなかったことにするロンドの得意技だ。

 神族や魔族の血を引く灰色の御子。

 本来、不老不死であるはずの彼らも地球では老化ろうか余儀よぎなくされた。

 ただし、そこは不思議パワーを持つ神や悪魔の末裔まつえい

 抜け道を探す方法はいくらでも見繕みつくろえた。

 しかし、自前の能力で老化を乗り切った者は指折り数えるほどだろう。ロンドはこの方法で500年間、ほぼ老いることなくやり過ごしてきた。

 チョイ悪親父の見た目は故意こい――わざとである。

 だというのに……。

「うぐぅおぉ……い、移植が……入れ替えが追いつかねえええッ!?」

 新しい部位を移植しても即座に壊される。

 移植用の部位となる怪物を生み出すことさえままならない。まごついている間にも身体はバラされていき、末端から再生不可能になるまで死んでいく。

 さっきの掌底しょうてい――あれはまさに必殺の一撃だった。

 破壊神という個を否定する一撃。

 いやさ、多種族だろうが神族だろうが魔族だろうが、それこそ死の概念がいねんすらないはずの蕃神にすら滅びという名の死を叩き込む。

 まともに食らえば絶対の死あるのみ。

 回復する術はなく、細胞の一片まで死滅しめつしていく。

人獅子ナラシンハ絶殺打フゥンクマーラ……ッ!」

「覚えとったか、オレの得意技や」

 忘れるかよ……と答えたいが、声帯までも壊死えしを始めた。

 うつ伏せに倒れて無様ぶざまに地面でのた打ち回るロンドを見下ろしながら、ノラシンハは頭の悪い生徒へ言い聞かせる教師よろしくいてくる。

終わりで始ヒラニヤまりの卵ガルバはな、一世代にひとつしか産まれんもんや」

 それはロンドの疑問を氷解ひょうかいさせるものだった。

「そん卵から生まれてくる破壊神で創造神となるものもな、一世代につき一柱ひとはしらと決まっとる……当代がまだ現役なら、次代を産む意味があらへんがな」

「当代が現役……だとぉぉぉ……ッッ!?」

 最初、言葉の意味がまったくわからなかった。

 脳細胞まで一撃必殺の効果が及んで死にかけているようだから、懸命けんめいに脳細胞を補充ほじゅうして思考を巡らせ、その言葉の真意を探ろうとする。

 かすむ視界で見上げると、こちらを見下ろすノラシンハと眼が合った。

 ――この選択に後悔はない。

 だが、びの気持ちと親愛の情が交錯こうさくしている。

 ロンドを見つめるノラシンハの眼に宿る光はそう汲み取れた。

 彼の真意を察したロンドは愕然がくぜんとする。

「ッッッ!? ま、さか……そう・・だっていうのかッ!?」

 ふと歯車が噛み合うように理解する。

「オレがこう・・で……アンタが……なのも……そうなのかよ!?」

 ノラシンハは沈黙で押し通そうとした。

「………………せやな」

 だが、言葉のみならず眼でも訴えるロンドの圧に耐えきれなくなったのか、渋々ながらも肯定した。弱々しく目を背けながらだ。

 やっと――に落ちた。

 破壊神として真なる世界ファンタジアに生を受けた意味、母親の顔を知らぬまま親父に育てられた理由、内在異性具現化者アニマ・アニムスのように相反あいはんする両義りょうぎを抱えた存在。

 破壊・・神でありながら――生命かいぶつ創造・・する能力ちから

 見逃してきた違和感いわかんを解きほぐすことができそうだった。

 生まれ落ちてから悩んできた疑問、その解消に指が届いた気分である。

「ク、クハハァ……なるほどぉ、当代が現役かぁ!」

 そういうことかよ! とロンドは再生した声帯を張り上げた。

「そりゃあかえらねえわけだぜ! 終わりで始ヒラニヤまりの卵ガルバッ!」

 ロングコートが突風にあおられるようにはためいたかと思えば、ロンドの背中からドス黒い暗雲が噴き上がる。その雲の中から無数の手が伸びてきた。

「当代がピンピンしてんだから次はまだ・・ってわけか? 当たり前だよなぁッ!」

 過大能力オーバードゥーイングで創り出される怪物どもの腕だ。

「なんやと!? 絶殺打フゥンクマーラをもろうてまだ……ぬおっ!?」

 暗雲から現れた怪物の群れは、伸ばした手でノラシンハに掴みかかる。

 ドス黒い雲に見える部分も、血肉の通った未分裂の怪物の一部だ。百鬼夜行がドロドロに融合ゆうごうしたような案配あんばいと思ってもらえばいい。

 質量もあるので、勢いよく叩きつければ土石流の如く重い。

「おおおおおおおおおおおッ!?」

 その痩身そうしんでは受け止めきれず、怪物どもの腕やら足やら体当たりやらで揉みくちゃにされながら、ノラシンハは吹き飛ばされていく。

「グハハハーッ! 相変わらず詰めは甘々ちゃんだなぁ聖賢師リシサマよぉ!」

 石碑せきひのように屹立きつりつしていた世界大蓮ローカ・パドマの破片。

 そこにノラシンハを叩きつけ、残骸の海を漫遊まんゆうするようにゴガガガガガーッ! と鼓膜に悪そうな破砕音はさいおんを響かせて押し潰しまくる。

 トドメとばかりに、不定型ふていけいな怪物のドロドロで練り固めてやった。

「どういうこっちゃ……なして死なへんのや!?」

 粘液状に溶け合う怪物どもの汚泥おでい

 その下敷きにされながらも細い手足で藻掻もがくノラシンハは、黒いヘドロの底から顔を覗かせると、たたでさえデカいギョロ目を更に大きくしていた。

 何者であれ一撃の下に殺しきる奥義。

 拳聖けんせいうたわれた力が通じない事実に驚きを禁じ得ないようだ。

「いいや、みんな・・・一発で死んじまったぜ。正直、オレもヤバかった……」

 ロンドは立ち上がりながらスーツのほこりを払った。

 パンパンと叩く手に合わせて、身に付けている高級スーツやロングコートがボロボロと引き裂かれていく。その破れ方は生物的な生々しさがあり、安っぽい生ハムの薄切りを引っ張ったらほどけた感触かんしょくに似ている。

 叩くとともに破れ落ちていくロンドの衣装。

 その下からまったく同質の衣服が現れる。まるで早着替えのようだ。

「そうか……服まで怪物仕立てやな?」

 生命体のように脈打つ装束しょうぞくからノラシンハは看破かんぱした。

 ご名答、とロンドは悪役ヴィランの微笑みで返す。

「蕃神の“王”ですら一撃で殺しちまう、アンタみたいな最強ジジイが真なる世界ファンタジアにはゴロゴロいるって承知の上だ。対策しねえ方がおかしいだろ」

 どんな敵であろうとも一撃で殺す技。

 回避が難しい精度で放たれ、防御しても意味はなく、如何いかなる手段を以てしても治すことができない。そんな必殺技、どのように防げばいいのか?

 答えは「たてとなる身代わりを用意する」だった。

 この手の必殺技には意外とルールがある。

 扱う当人の膂力りょりょくことながら、自然界の法則をげるほどの意志力が介在かいざいする場合が多く、それゆえに常識の埒外らちがいな効果を現すものだ。

 バカの一念岩をもとおす、というやつである。
(※正しくは「虚仮こけの一念岩をも徹す」)

 あるいは、無理が通れば道理が引っ込むみたいなものだ。

 尋常じんじょうならざる力で奇跡をゴリ押すタイプの必殺技は融通ゆうづうが利かない。

 一撃必殺ならば言葉通りに「一撃で必ず殺す」ものの、それは殴りつけた対象に限られてしまうのだ。一撃一殺と漢字を入れ替えてもいい。

 ノラシンハの人獅子ナラシンハ絶殺打フゥンクマーラはまさにこれである。

「どんな奴でも一発KO! 裏を返せば、一発で何かを仕留めたら効力を使い果たすってことだろ? 後はただひたすら痛いだけのパンチじゃねえか」

 それだけでも十二分な脅威なのだが……。

 況してや拳聖けんせいの異名で恐れられた無手勝流むてかつりゅうの達人である。

 手加減一発、かすっただけでも内臓破裂はまぬがれまい。

 だが「一撃で必ず殺す」という効果をげば、こちらの生存する確率はグンと上がる。こうして逆転の目も狙えるチャンスもできた。

「手も足も腰も……体幹たいかんまで押さえ込まれちゃ拳も構えられまいよ?」

 たかくくりながらもロンドは注意深く行動する。

 全身から怪物となる暗雲を湧かせると、瞬く間に何匹もの怪物が溶け合ったような不定形の生物に変える。質量的も大増量させた、重量もトン単位の桁違いに重いブラックスライムともいうべき化け物だ。

 それをノラシンハに覆い被せ、致命的ちめいてちな追い打ちを仕掛けていく。

 だというのに、老人のギョロ目は死んでいなかった。

 浴びせかけただけで石柱でも縦に潰す過重かじゅうだというのに、ノラシンハは重苦しい汚泥おでいに潰されたまま勝ち気に片頬を釣り上げる。

「うぅむ……お互いの手の内は知り尽くしてちゅうことかいな」

 果たして――それは全部やろか?

 この一言に不吉な予感を覚えたロンドだが、確実なトドメを刺すよりも早くノラシンハが行動を起こした。リアクションを取る間も与えてくれない。

 怪物の融合体ゆうごうたい、ブラックスライムが吹き飛ばされる。

 並々ならぬ重圧を備えた汚泥が飛沫しぶきとなって散り散りになっていく。

 ノラシンハが気迫だけで吹き飛ばしたのだ。

 覇気はきそのものを強大なエネルギー波にしたかのように、老人から巻き上がる目映まばゆ闘気オーラが鉛よりも重いブラックスライムを消滅させる。

「……妙だとは思わへんかったのか?」

 黒い汚泥おでいちりに変えたノラシンハは問い掛けてくる。

 問題を読み違えた弟子を問い詰める師のようだ。

 その全身から赤い闘気オーラを発するとともに、凄まじい熱を起こしているのか真っ白い蒸気じょうきを噴き上げている。単純に肉体の出力を上げているだけではない。

 身体の内外で劇的げきてきな変異がおきているのが見て取れる。

 やがてノラシンハの肉体が変容を始めた。

 痩せた身体が筋肉で膨れ上がり、身の丈が倍以上に巨大化していく。

 変身を続けながらノラシンハは語る。

「一撃必殺は一撃一殺……その仕組みにビビって、着衣ちゃくいはおろか肌着はだぎまで怪物で作り込んで、そいつらに一撃必殺を肩代わりさせたようやけども、そん割にゃあおんどれもごっつう痛かったんやないのかい?」

「た、確かに……」

 ノラシンハの迫力に押されるロンドは反論できない。

 先ほどの一撃必殺――衣服に仕立てた怪物たちで防いだはずだ。

 ロングコート、ジャケット、ワイシャツ、肌着、ズボン、パンツ(オッサンなのでトランクス派)……下着類は念のため何重にも着込んでおいた。

 にもかかわらず、ロンド本人にも死を覚悟するダメージが届いたのだ。

 一撃必殺のオマケだとしても威力がおかしい。

 赤い闘気オーラと白い蒸気じょうきをまとい、ノラシンハは変貌へんぼうする。

 全長は3mを越えて4m……ひょっとすると5mくらいはあるだろう。

 痩せ細った肉体は恐ろしい密度みつどの筋肉で鎧われ、筋肉モリモリマッチョの変態どころの話ではない。極限を超えてパンプアップしたキングコングだ。

 大木と見紛う両腕、鉄柱にしか思えない両脚。

 全身を覆う筋肉は光沢を帯びて白金プラチナに輝いていた。

 殴られても蹴られても、必殺技とは関係なく一撃で殺されそうだ。

 まとめていた白髪はほどけて毛髪もうはつの量を増している。

 巨大化した肉体に見合う量になっており、まるで獅子のたてがみのようだった。真っ白い乱髪は闘気オーラ蒸気じょうきによって舞い踊っている。

 顔立ちも獣面じゅうめんに近くなるよう変化しており、隈取くまどりのような筋肉のしわが走ったその顔は獅子のようでいて人間、人間でありながら獅子の面立おもだちだった。

 まさしく人獅子ナラシンハと呼ぶに相応しいだろう。

 純白のたてがみを振り乱し、白金プラチナの豪腕を構える姿にある伝説を思い出す。

 その昔――絶対に死なない魔族がいた。

 死にも勝る苦行を乗り越えた成果として得た不死身の肉体を笠に着て、悪行あくぎょう三昧ざんまいの限りを尽くしたある日、とある神族の天誅てんちゅうによって葬られる。

 この不死身の肉体には決まり事があった。

『日が昇る昼と日が沈む夜には死なない。建物の外でも建物の中でも殺せない。大地に足が付いてる時も、その身が空中にある時も害せない』

『神族、魔族、多種族、獣や動物、モンスターも傷つけられない』

『そして、如何いかなる武器や兵器の攻撃も通じない』

 殺す機会チャンスもなければ弱点もないとしか思えなかった。

 そこで彼を誅殺ちゅうさつした神族は一計を案じた。

『昼でなければ夜でもない夕方に、建物の外でも中でもない玄関で、割れた柱から生を受けた神族でも魔族でも多種族でも動物でもモンスターでもない獅子の頭を持つ人間の姿で、大地でも空中でもない自らの膝の上で殺す』

 そうやって――不死身の魔族を倒した。

 この魔族を誅殺ちゅうさつしたのは、世界維持をモットーとする神族の代表。

 彼は様々なものに化身する能力を利用して、不死身の魔族が手に入れた死なないルールの穴を突く方法を模索もさくしていたのだ。

 苦肉の策、という気がしないでもない無理やり感もあるが……。

 世界を維持せんとする神族――ヴィシュヌ族。

 マハーバリー族はその傍流ぼうりゅうであり、ノラシンハは末裔まつえいに当たるのだ。



伝承レジェンド化身アヴァターラ――人獅子ナラシンハ・大帝ラージャン



 変身した巨体で獅子顔の老爺はそう名乗った。

 ロンドはちょっと唖然とするも、気を取り直して指摘する。

「……なんだそりゃ? 変身ヒーローの真似事かよ? 超サ○ヤ人3? ギア4○ウンドマン? それともゴンさんかよ? デッカくなりやがって……」

 初めて見たぜ、とロンドは怨むように言葉を添える。

 正直――裏切られた気分に近い。

「そりゃ悪かった。見せたことあらへんからのぅ」

 ノラシンハは肥大化した身体に見合う野太い声で返してきた。

「こいつを拝ませたやからは――みんな殺しとるからな」

「絶対殺す宣言ってわけかよ……」

 道理でロンドが見せてもらってないわけだ。長い付き合いなので叱られたことは星の数ほどあるものの、殺意を向けられたことは一度もない。

 そのノラシンハが人獅子ナラシンハ・大帝ラージャンを解禁した。

 これはロンドを殺す覚悟を決めたことを意味する。

 まあ、放蕩ほうとう三昧ざんまいにやってきたので愛想あいそを尽かされるのも無理はない。

 見限られて当たり前か……とロンドは密かに嘆息たんそくした。

伝説レジェンドになった偉神いじんの功績をなぞるように再現でもするのかよ……」

 分析アナライズで変身の仕組みはそこまで読み取れた。

 涼しい顔で皮肉をぶつけたロンドだが、誰にも見えない背中では滝のような冷や汗が流れていた。この変身の恐ろしさを理解できるからだ。

 この変身はハッタリではない。

 アニメや漫画のヒーローやヴィランが、強化形態へとパワーアップする。

 伝承されレジェンドた化身アヴァターラとある通り、過去に名を馳せた神族や魔族を模倣するようだが、伝説として語り継がれてきた分だけの歴史の重みが加味かみされていた。

 だからこそ――本家オリジナルより断然強い。

 釣り逃した魚に尾鰭おひれが付いて大物になるように、落とした小さな針が話をる毎に棒よりも大きくなるように、伝説は語り継がれるほど濃さを増す。

 伝承される主役の力も弥増いやましていくのだ。

 目の前にいるのは、かつて不死身の魔族を殺した人獅子ナラシンハではない。

 伝承という名の強化バフを付与され――大帝ラージャンの称号を得ていた。

「せやな。人獅子ナラシンハが一撃必殺をしたちゅうんなら……」

 ノラシンハが動き出す、そのきざしを見落とせば即死も有り得るだろう。

 ロンドは怪物のもととなる暗雲を噴かせながら身構えた。

「――人獅子大帝これなら一撃いちげき全殺ぜんさつはイケるな」

 うそぶいたノラシンハは突然、獅子らしく咆哮ほうこうを上げた。

「グゥゥオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオーーーッッッ!」

 空間をひしゃげさせるほどの衝撃波が発声する。

 次の瞬間――視界が潰された。

 何も見えない暗黒の中、ロンドは自身じしん圧殺あっさつしようとする空前絶後の打撃力を受けていると危機感を抱くものの、何が起きたのかまったくわからない。

 直前の光景をフラッシュバックのように思い出す。

 獅子と化したノラシンハは、攻撃的な衝撃波を伴う遠吠とおぼえを放ってきた。

 その衝撃波に乗って一気に飛びかかってきたのだ。

 衝撃波という津波を乗りこなして、空間ごと吹き飛ばすことで空気を始めとした様々な抵抗をも無効化し、超常的な初速度を叩き出したのだろう。

 凶暴なスリップストリームを悪用したものだ。

(※高速で動くものは速度を上げれば空気抵抗とぶつかることになるが、その後ろでは空気が押し退けられている。その分だけ空気圧が下がって空気抵抗が薄く、しかも巻き込む気流も発生しているため、前へ進もうとする推進力として利用することができる。これをスリップストリームという)

 当人の瞬発力しゅんぱつりょくも筋肉ダルマと化したのに半端はんぱではない。

 巨大な鉄塊が気安く第一宇宙速度を飛び越えたようなものだ。
(※音速は秒速340m、第一宇宙速度は秒速7.9㎞)

 そして、白金プラチナ豪腕ごうわんを繰り出してきた。

 咄嗟にロンドは腕を交差させ、無意識に防御体勢を取っていた。

 湧かせておいた黒雲を硬そうな怪物にすることで、防御力アップも忘れない。ツバサほどではないが、それぐらいの用心深さはあった。

 だが、どれもが徒労とろうに終わる。

 鉄壁のように硬化させた怪物ごと両腕をへし折られ、ひしゃげた両腕ごと胸板に豪拳を叩き込まれ、肋骨ろっこつも肺も心臓も脊柱せきちゅうもグシャグシャに潰される。

 そのダメージは視界を黒で塗り潰すに十分だった。

 過大能力を総動員させて、怪物を代替組織にしても追いつかない。一時的に脳や視神経への血流が途絶えたので視界がブラックアウトしたのだ。

 瞬時に回復させても視界はぼやけたままである。

 気付いた時には、世界大蓮ローカ・パドマの破片を何回も突き抜けていた。

 途方もないパンチで吹き飛ばされていたらしい。

 こちらが踏み止まることも許さない運動エネルギーとともに、肉体の内側からぜさせるような破壊力を注ぎ込む豪華なオマケ付きだ。地球における中国拳法などで言うところの“発勁はっけい”というやつだ。

「い、一撃必殺じゃねえ……一撃、全殺か……ッ!」

 一撃で必ず殺すのではなく、一撃であまねく全てを殺し尽くす。

 看板かんばんいつわりのない威力だった。

 高級な衣服に化けさせた怪物どもは死に絶え、壊れた箇所を怪物で埋め合わせるのが精一杯だった。一瞬でも気を許せば全身の細胞が死に絶えてしまう。

 怪物を創っても創っても――死んでいくのだ。

 すべなく豪速ごうそくで吹き飛ばされるも、肉体の再構成に全集中する。

「おんどれは怪物を創るんやない」

 その時、ノラシンハの声が聞こえてきた。

 自らが殴り飛ばしたロンドへ追いつき、頭上に陣取じんどっているのだ。

 同じ速度で飛びながら淡々とノラシンハは続ける。

「無限の怪物が巣食う総体そうたいや……ほならな、総体をすべてぶっ殺せば、おんどれという不死身の破壊神も殺し切れるんとちゃうか?」

 無限大の命でも延々と殺せばいつかは死ぬ。

 脳筋のうきん戦法せんぽうはなはだしいが、それを一撃でできるなら話は別だ。

 無限大の命を一撃で全て殺せばいいのだから……。

「……頭いいな、さすが聖賢師リシサマ」

 苦し紛れの負け惜しみを呟いて、ロンドは目をつむる。

 鉄柱てっちゅうの如き剛脚ごうきゃくから振り落とされる踵落かかとおとし。

 まだ吹き飛ばされているロンドはろくに防げず、顔の左側面へまともに食らってしまう。頭蓋骨がパンクするような激痛だが歯も食い縛れない。

 本当に破裂しそうで歯の根も合わないからだ。

 踵落としの威力は、荒れ地に広大なクレーターを作り上げた。

 その中心に叩き込まれたロンドだが、ドリル顔負けの速さで地中へと沈められていく。どれだけ力を注ぎ込めばこんな蹴りになるんだ!?

 やられっぱなしというだけでもかんさわる。

 幼き日に後ろ髪を引かれるのか、ノラシンハには苦手意識があった。時分でも気付かないうちに、反撃の手を緩めているのかも知れない。

 だが、それは悪ガキだった時分じぶんの話だ。

 いい年こいたオッサンがジジイにビビる理由にはならない。

 ロンドは苛立いらだちを焚き付けて怒りの炎を燃やす。

「やりたい放題やってくれるな……ええ、筋肉ライオンマンよぉ……」

 声が怒りに震えるのを抑えられなかった。

 ロンドにも破壊神の矜持きょうじがある。

 破壊神なのに全身を壊される攻撃を食らい続け、面目丸潰れな辛酸しんさんを舐めさせられていることにムカっ腹が立って仕方なかった。

 しかも相手は、棺桶かんおけに両足を突っ込んでいるような老いぼれロートルである。

 激怒を起爆剤きばくざいにして全能力を賦活ふかつさせていく。

 限界を超えて怪物を創り出し、壊れた肉体の瞬時に立て直した。

「ふざけんな――このロートルがぁぁッ!」

 そうして無理やりにでも五体を復元させたロンドは、無数の怪物を護衛のように引き連れながら地上を飛び越え、上空まで舞い戻ってきた。

 人獅子大帝ノラシンハと再び対峙たいじする破壊神ロンド

「今更しゃしゃり出てきてまだ全盛期とでも言い張るつもりか!? 老いてなおお盛んかよ!? いいか、アンタの出番はうの昔に終わってんだ!」

 怪物たちを右手に集めて変形させていく。

 ノラシンハを睨みつけながらロンドはいわくありげに吐き捨てる

「オレを殺したところで過去・・は帳消しにならねぇぞ!?」

 硬く鋭く尖らせたそれは、破城槌はじょうつい顔負けの大きな槍となった。後部からはジェット噴射のように火を噴かせて、ノラシンハへ突撃させる。

 城をも穿うがつ大槍をノラシンハはひたいで受けた。

「ああ、ええがな……わかっとるがな、そないなことはな」

「ぬぅ……ぁんだとぉ!?」

 直撃するが突き立たない。槍の穂先が少しも肉にめり込まない。

 ロンド自身が筋力を強化バフさせて押し込んでも、ビクともしない。筋骨きんこつ隆々りゅうりゅうとなった肉体は攻撃力のみならず、身体能力の頑丈さも跳ね上げているようだ。

 悲しげな色を両眼に宿したノラシンハは、むんずと大槍と掴む。

 握力のみで大槍をへし折りながら言葉を続ける。

「それでもな、ケジメ・・・はつけなアカンねん」

 破壊神ロンド・エンドを始末する――これがノラシンハのケジメ。

 他でもない、その理由はロンドが誰よりも知っていた。

「それが大人っちゅうもんやで……シェーシャ・・・・・

 噛んで含めるような優しい物言いに、ロンドは激昂げっこうするまま吠える。



「いいかげん、その名で呼ぶんじゃねえ……親父・・ぃッ!」



 500年振りにそう呼んだ瞬間、右の頬が大爆発を起こした。

 ロンドの突き出した怪物の大槍を握り潰したノラシンハが、猛然もうぜんとした加速で詰め寄ってきて、豪腕でおもいっきり殴ってきたからだ。

 あちらも獅子面ししづらを怒らせて激昂している。

「父上呼べいうたやろがアホンダラ! 百歩譲って父さんや!」

 こん阿呆坊あほぼんがッッッ! ともう一発殴られる。

 そういえば――ロンドに負けず劣らず父親ノラシンハも短気だった。

 年食って多少は丸くなったが、血潮ちしおたかぶれば御覧の通りである。

 そこからは圧倒的なフルボッコが始まった。

 打ち出される豪拳はすべて一撃全殺、それを連続で食らう。

 防戦どころではない。致命傷がロンドの中心へ届かないように、必死の思いで怪物を繰り出して身を守ることに専念せんねんするしかなかった。

 無呼吸連打が絶え間なく続けられる。

 父親としての仕置きもあるのだろうが、あまりにも凄絶せいぜつだった。

 無限に生まれてくる怪物の総体とはノラシンハの評価だが、その無限を殺し切るような勢いで一撃全殺の拳を叩き込まれるのだからたまらない。

 なのに、ロンドは薄ら笑いを浮かべていた。

 嬉しくて堪らない笑顔だった。

 これだ――これこそが拳聖けんせいノラシンハ・マハーバリである。

 過去・現在・未来のどこでも見渡せる“三世を見通す眼”トリヴィクラマで予言者や占術師と崇められたノラシンハは、彼の人生においては晩年ばんねんでしかない。

 人獅子ナラシンハの異名で恐れられた、古今無双の拳聖ノラシンハ。

 蕃神ばんしんの“王”をも一撃で倒した英雄神の一柱ひとはしら

 神眼しんがん遠隔視えんかくし“三世を見通す眼”トリヴィクラマも、本来ならば一撃で敵を仕留めるための観察眼かんさつがん洞察力どうさつりょくを極めた先に体得したものである。

 この強さこそ、幼き日のロンドを尊敬させた理由だった。

「……まだ、おとろえちゃいなかったか」

 自分が殺される寸前まで追い込まれているというのに、それをこの身を以て確認できたことが、何故かロンドは無性に嬉しかった。

 自然と笑みも零れてしまうくらいだ。

「息子としても破壊神としても……乗り越える価値があるってもんだ!」

 バサリ、とロンドはロングコートを翻す。

 これも衣装の形を借りた怪物だが身を守る防具でもあるため、即興そっきょうで創れる怪物どもよりは力も質もより強い仕上がりになっている。

 ロンドの意をんだ怪物コートは形を変えた。

 それは三対六本の大蛇だいじゃとなり、ロンドの意のままに動く蛇の腕となってノラシンハの猛攻もうこうへ反撃していく。

 この程度で怯むわけもなく、ノラシンハは乱舞らんぶのような連打ラッシュを止めない。

 六匹の大蛇と一対の豪拳が凄まじく競り合う。

 互いを撃墜げきついさせる勢いで激突するため、大気を割る衝突音が鳴り止まない。人間がこれを聞けば、鼓膜こまくが割れるどころが脳が泡となるだろう。

 その攻防も10秒と保たずに終了を迎えてしまう。

 ノラシンハは豪拳で円を描くよう動かした。

 ほんの少し、些細ささいな動作にしか見えない。

 それは六匹の大蛇の襲いかかろうとする軌道きどうをズラして、あっという間にひとまとめにすると、邪魔そうに裏拳うらけんで払い除けられる。

 合気あいきえか柔術じゅうじゅつたくみか――軽やかに受け流されてしまった。

 大蛇たちはロンドの背中から生えている。

 彼らが払い除けられれば、ロンドも釣られるように体勢を崩しかない。

 拳聖けんせい尊称そんしょうは伊達ではない。

 ノラシンハは殴る蹴るどつくの単純な格闘バカではなく、剛柔ごうじゅう虚実きょじつを自在に使い分けるテクニカルファイターでもあるのだ。

 4m越えの筋肉ライオンマンになろうと、それは変わらなかった。

「くそったれ! 体術はそっちが一日いちじつちょうかよ!?」

 ロンドは慌てて体勢を立て直そうとする。

 万が一に備えて、怪物の百鬼夜行を目の前に湧かせておき、おいそれとノラシンハが踏み込んでこないように防壁ぼうへきの予防策も忘れない。

 構うことなくノラシンハは突っ込んでくる。

一日いちじつやない――万年まんねんちょうや」

 ノラシンハは鉄柱の如き剛脚を振り回す。

 シンプル極まりない回し蹴りだ。

 たったそれだけで、百鬼夜行は鼻であしらうかのごとく一蹴いっしゅうされてしまった。直撃することもなく、振り抜いた圧力だけで消し飛ばされていた。

「……嘘だろおい!?」

 ロンドの知る父親ノラシンハ、その全盛期のパワーを上回ってないか? 

 破壊された肉体組織の代替品となる怪物。そちらを節約してまで用意した防壁がまったくの役立たずで終わったことに慌てる暇もない。

 一撃全殺の拳を引き絞る人獅子ナラシンハ・大帝ラージャンが迫っているからだ。

 ――腰撓こしだめにされた右の豪拳。

 それは時を追うごとに、深紅の闘気オーラと白銀の蒸気スチームを噴き上げつつも右腕にまとわせ、竜巻のようなエネルギー波を轟かせて力を溜め込んでいた。

 息子の真なる名前を叫び、ノラシンハは張り裂けそうな声で豪拳を繰り出す。



「これで終いや! シェーシャ・マハーバリッ!」



 一撃全殺の豪拳は――破壊神ロンドの総体をしたたかに打ちのめした。


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