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第18章 終わる世界と始まる想世

第439話:女中殺快楽地獄

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 段階を踏まなければ、ここまでの油断はなかったかも知れない。

 いくら破壊神とて心が揺れ動くこともあるようだ。

 まず、右腕に任じたアリガミが倒された。

 倒したのはクロウ陣営所属の女騎士カンナ。全能力無効化の過大能力オーバードゥーイングを持つ彼女は、次元を斬り断つ過大能力を持つアリガミを死闘の末に完封した。

 アリガミの死を知ったロンドは機嫌をがいした。

 右腕と信じるにあたいする部下を失い、静かな怒りに沸いたのだ。

 普段から「仲間なんぞいらん」「オレは単独ピンで世界を壊せる」と豪語ごうごする男だが、長らく付き合ってきた部下には一抹いちまつ愛着あいちゃくがあったらしい。

 いで、頭脳役ブレーンのマッコウも戦死した。

 撃破したのは水聖すいせい国家こっかオクトアード国王のヌン。奈落を司る神として本性を現したマッコウを、創世神から引き継いだ創造の力で打ち破った。

 この時は諦めを通わせた薄笑うすわらいでマッコウに別れを告げていた。

 だが、本心ではなげいていたのかも知れない。

 頭脳役ブレーンと呼びながら、全面的に仕事を任せていた番頭的存在。

 個性的な面子めんつが揃っていたバッドデッドエンズで唯一、ロンドを呼び捨てにすることを許され、彼をして「マッコウさん」とさん・・付けで敬われた人物。

 親友――そう言い換えてもいいはずだ。

 この二人の死が、破壊神ロンドのちっぽけな情けを刺激したらしい。

 ロンドは破壊神を自称する割に人間臭い。

 真っ当な神族になるよう育ててくれた父親オヤジのおかげ、とは本人の談だ。そのせいなのかおかげなのか、多少なりとも感情に左右されるらしい。

 演技過剰と思えるくらいのオーバーリアクションは演技ばかりではない。

 ロンドは感情の起伏が激しい人情家な側面もあるのだ。

 リードの敗北はこれに拍車はくしゃを掛けた。

 相反両義アンビバレント否定者・ネイザー――内在異性具現化者アニマ・アニムスとは正反対の存在。

 陰と陽をすべき両義性りょうぎせいを持たぬがゆえに、複数の過大能力オーバードゥーイングを収める器になり得るリードは、破壊神ロンドの手で都合良く創り変えられる人材だったようだ。

 リードは男でもなく女でもない肉体だった。

 過酷かこくな運命を背負わされ、腐った人間やそれを容認ようにんする世界を呪った。

 破壊神ロンドの思想で染めるには持って来いの人材。

 そして、最強の私兵へと育成できる希少性きしょうせいの高い逸材いつざいだったはずだ。

 すべてを消滅させる力――時空間を空白で塗り潰す力。

 他に類を見ない強力な過大能力オーバードゥーイングを2つも与え、自らの「保険」と称するほど重用ちょうようしていたのだから、少なからず恩情おんじょうもあったのだろう。

 家族同然の付き合いだったという三大幹部。

 彼らには一歩譲るも手塩に掛けた部下……愛弟子といったところか。

 人間・・ならば情が移らないわけがない。

 万が一の「保険」を失った落胆らくたんだけではないはずだ。

 追い打ちを掛けたのが――空だった“終わりで始ヒラニヤまりの卵”ガルバである。

 世界の終わりに現れる宇宙卵うちゅうらん

 その中で胎動たいどうするのは、終局しゅうきょくを迎えた世界に引導を渡す破壊神であり、破壊の限りを尽くした後に新たな世界を産み出す創造神となるものだ。

 創造と破壊は表裏一体、その真理を体現する存在とも言える。

 しかし、創造神に転じるまではロンドのお仲間だ。

 世界を壊すだけ壊させたら、次の世界を産む前に始末すればいい。

 ロンドはそんな計画をアバウトに企てていたらしい。

 ツバサたち四神同盟しじんどうめいも騙されたし、バッドデッドエンズも詳しいことは何ひとつ教えられず、ただ「宇宙卵を探せ」とざっくばらんに命じられていた。そのどれもこれもが、この土壇場どたんばで混乱を引き起こすための策略さくりゃくだったのだ。

 悪戯いたずらのつもりだった――でも反省はしない。

 性悪しょうわるな極悪親父のこと、こうした心算しんさんだった可能性も捨てきれなかった。

 どちらにせよ「破壊神、追加入ります」のしらせは、四神同盟にとって一大事。迷いはあれども、真なる世界ファンタジア存続のため即刻破壊すべく動き出した。

 一方、ロンドとしてもむざむざ壊されるのは面白くない。

 せめて破壊神が孵るまでと護衛役を派遣した。

 宇宙卵を守るためにつかわされたのがリードだった。

 そのリードを待ち伏せていたのが、銃神ガンゴッドジェイクはである。

 元より両者にとっては因縁の対決だ。

 ジェイクは最愛の女性を殺したリードへ復讐を果たしたい。リードは仇討ちを挑んできたジェイクから手酷い傷を負わされた落ち度を清算したい。

 しくも職能ロールはどちらも拳銃師ガンスリンガー

 異能の弾丸が飛び交う死闘を制したのは――銃神だった。

 ジェイクはリードにトドメを刺す際、狙ったつもりなのか偶然だったのか知らないが、世界大蓮ローカ・パドマで成長中だった宇宙卵ごと射貫いぬいたのだ。

 その際に発覚したのである。

 終わりで始ヒラニヤまりの卵ガルバは――空っぽ・・・だった。

 普通の卵に例えれば無精卵むせいらんですらない。

 受精することで成長して新たな生物となるはずの黄身きみがなく、ただひたすら養分となるべき白身に相当する“気”マナ真なる世界ファンタジアから集めていたのだ。

 世界大蓮ローカ・パドマかえらぬ卵をせっせと温めていた。

 この事実を知るや否や、ロンドは大いに取り乱したのである。

 アリガミ、マッコウ、そしてリード。

 部下などいらんと大口を叩いていたワンマン社長だが、彼らの死に際して人並みの反応をして、それなりに精神的ストレスを抱え込んだらしい。

 そこに――空の宇宙卵が思い掛けない衝撃を与えた。

 いくら攻撃しても素知らぬ顔で無効化し、ツバサの仲間たちと自分の幹部たちの壮絶な殺し合いをスポーツ観戦のつもりで見物し、ボインちゃんとのお茶会に興じていた極悪親父。その鼻を明かすくらい動揺させたのだ。

 それは攻撃無効化に隙を作るほどだった。

 空の宇宙卵だけでは、大した隙を誘えなかっただろう。

 親友や部下の死が――破壊神ロンドの心にほころびを生じさせたのだ。

 破壊神としてあるまじき感傷かんしょうなので当人は絶対に認めまいが、ツバサの超必殺技を三連コンボでまともに食らった時点で言い訳できまい。

 普段の極悪親父ならば、どうにかしてしのいでいたはずだからだ。

 ろくに防げないくらい狼狽うろたえていたと認めざるを得まい。

 最後の大技が――ロンドをじっくりがしていく。

   ~~~~~~~~~~~~

 燃える羽根を撒き散らす真紅しんく光球こうきゅう

 初速度こそコマ送りしたかのような神速でロンドに迫ったが、勢いのまま彼を吹き飛ばすまでは行かず、接触すると同時に光球は静止した。

 ロンドが受け止めたのだ。

 顔の前で交差させた両腕と立てた片膝かたひざで、ロンドは転がってきた大玉を防ぐような体勢を取っていた。その状態からなりふり構わず全身を変型させるが如く、湧かせた怪物を防御壁ぼうぎょへきにして耐えようとしていた。

 片足一本、空中に制動せいどうしたあとが残るほどロンドは後退あとずさっていく。

 光球の勢いを殺すことには成功したらしい。

 だが、この真紅の光球に秘められた威力はここから開花するのだ。

 触れたが最後、諸悪の根源たる破壊神ロンドむしばんでいく。

 花が咲くように光球が解け、燃える羽根が生え揃う赤い翼を広げた。

 何十何百と羽ばたく翼がロンドをいだこうとする。

 燃える羽根を備えた赤い翼に触れれば燃え上がる。ロンドも火属性への耐性もあるだろうし、対抗系レジスト技能スキルを抜かりなく走らせていることだろう。

 なので爆発的に燃焼ねんしょうすることはない。

 それでも――光球にせっしたところから肉体は炭と化す。

 くすぶるような煙を噴き上げ、立ち上る煙はところどころで炎をまとう。

 自身を抱き込んで焼き尽くそうとする光球。

 防御のために展開した怪物たちは、ロンドよりも耐久力がないのか一瞬で炭から灰へと燃え尽きていく。それでも自分自身が焦がされるよりマシなのか、灰をかき分けるように次から次へと怪物を送り出していた。

 劣勢に顔をしかめた極悪親父はわめく。

「おいおいおいッ! 火の勢いが弱まらねぇぞ!?」

 怪物を盾に火力を落とそうとするも目算が外れたらしい。

 なにせ際限なく刷れるコピー用紙で、無限の火炎放射器を防ぐような真似だ。

 数を頼みに持ち堪えるロンドがおかしい。

 幾重いくえにも燃える翼を広げる光球と、無限に怪物を湧き出させる極悪親父。

 その激突は骨肉こつにく相食あいは様相ようそうていしていた。

 しかし、徐々じょじょにではあるがロンドが押されている。

「ちょ、待っ……この体勢キツいし熱いしオジさん焦げ臭いんだけど!?」

「チッ! まだ余裕ありそうじゃねえか、この極悪親父が……」

 真紅の光球に焼かれても聞こえてくる減らず口。

 この程度では瞬殺しゅんさつできない難敵なのは重々承知だが、本当に仕留めきれない事実と余裕そうな態度に腹が立ち、ツバサはあからさまな舌打ちをした。

「ちょ、兄ちゃん! 女の子が舌打ちいくない!」

 もっとお上品にしなきゃ! とツバサのしつけを心配してくる。

「やかましいッ! 誰がお上品な女の子だ!」

 ――こちとら腕白ワンパクで鳴らしたオス悪餓鬼ワルガキだっての!

 女神の超爆乳を揺らしながら吠えても説得力はないのだが、まだ男心を捨てていないツバサは何度だって主張してやった。

 怒気どきはらんだ気迫きはくを乗せ、真っ赤な闘気オーラが噴き上がる。

 怒りを発露はつろする機会に恵まれたツバサは、殺戮の女神セクメトに変わることはなかったけれども、その形相はダンディな彼女と褒めそやされそうなくらい漢気おとこぎみなぎっており、熱波ねっぱあおられる長い髪も強めに赤味あかみを帯びていた。

 またぞろミロに「ダイナミッ○プロ風の顔だ!」と指を差されかねない。

 つまり、まだガラの悪い状態である。

 こうなると暴力的な男心が優勢になるので悪くない。

 神々の乳母ハトホルの優しさはなりひそめ、羽鳥はとりつばさという青年がインチキ仙人の下で育んできた喧嘩っ早い意識が表立って暴れ出す。

 その闘志を駆り立てて、一気呵成いっきかせいにロンドを討つつもりだった。

 ――金翅ガルーダ烈日光サンシャイン

 これまでロンドからいられてきた茶会ちゃかい

 そこで耐え忍ぶように溜め込んできた鬱憤うっぷんを、隠匿系いんとくけい技能スキルを上掛けした自身の道具箱インベントリを押し込み、練るように凝らすように磨き上げた珠玉しゅぎょくである。

 ツバサは太陽を創造する魔法を使う。

 強大な敵をほうむさい、最後のトドメとしてよく使用する。

 すべてを飲み干すブラックホール創成魔法や、無限の奥行きを備える二次元空間を生み出す空間操作魔法もあるが、相手の遺伝子すら残さず後腐れなく焼き潰すという観点かんてんから、ツバサは太陽創造魔法で敵を仕留めてきた。

 ると決めたからには――絶対に殺し尽くす。

 真なる世界ファンタジア由来の不思議なパワーで蘇ることすら許さない。

 だから太陽魔法でトドメを刺してきたのだ。

 慎重派で用心深いとよく言われる、ツバサの性格の一端いったんの表れである。

 だがしかし、この金翅ガルーダ烈日光サンシャインは一味違う。

 太陽とよく似た灼熱の炎からなる光球なのだが、これは太陽ではない。

 ――金翅鳥こんじちょうは悪しき毒蛇をついばむ。

 その金翅鳥が吐く、金色の迦楼羅炎かるらえんちなんだものだ。

 迦楼羅カルラ金翅鳥こんじちょうも、その前身はインド神話に伝わる霊鳥ガルーダ。

 ガルーダは神々をも脅かす圧倒的な熱光ねっこうと勇猛さを示した。

 その力は雷帝インドラにもまさったため、インドラは永遠の友情(懐柔かいじゅう目的)を交わしたほどだ。また世界維持神ヴィシュヌはガルーダの勇気と力に感動して「おまえ強いな! 仲間になれ!」(意訳いやく)と勧誘スカウトしたくらいである。

 こうしてガルーダはヴィシュヌの騎獣ヴァーハナとなった。

(※インド神話の神々は自身が騎乗きじょうする獣を定めていた。破壊神シヴァならば聖牛ナンディン、雷帝インドラなら聖象アイラーヴァタ……といった具合)

 見返りに与えられたのは不老不死の肉体。

 そして、ガルーダの母を騙して500年の長きに渡って奴隷とした、悪辣あくらつ龍蛇ナーガたちへの恨みを晴らすべく、彼らを食糧として喰らうことを許される。

 しき龍蛇りゅうじゃはこの世に災厄さいやくをもたらすもの。

 それを喰らう迦楼羅は、人々と世界を守る守護鳥として信仰された。

(※正しくは悪い龍蛇を喰らうように、人々の心に潜む煩悩ぼんのう三毒さんどくを喰らう。魔除けや毒除けに病払い、それにともなう不老長生の御利益があるとされた)

 迦楼羅の炎でできた金翅ガルーダ烈日光サンシャインは“悪”を焼き尽くす。

 善悪ぜんあくは所変われば品変わる。時代や場所によっていくらでも変わる価値観のひとつだが、ここではツバサが“悪”と断じたものと限定させてもらう。

 ――世界せかい廃滅はいめつを目指す破壊神。

 他者の心情や尊厳そんげんにじってきた十分な“悪”である。

「……というわけで正義の炎に焼かれて死ね!」

「正義ほど独善どくぜん主義しゅぎ倫理もんはねぇぞ兄ちゃ……アーチチアーチチチチーッ!?」

 反論すらも封じる迦楼羅カルラの炎。

 怪物の群れでできたバリアのせいで、なかなかロンドに炎が届かない。

 ロンドは過大能力オーバードゥーイングでひたすら怪物を繰り出し、たとえ焼き尽くされようとも相殺することを狙っていた。その考えは浅はかだと思い知らせてやる。

 迦楼羅の炎に変化が現れようとしていた。

「火の羽が増えて……痛ぇ!? くちばしで突かれてる!?」

 真紅の光球から、数え切れないほどの光り輝く鳥が現れたのだ。

 光から生まれた輝きと熱量を備えた鳥の群れは、ロンドの怪物を嘴でついばむごとにその数を増やし、いつしか光球は膨れ上がる鳥の大群となっていた。

 あの鳥こそが金翅鳥こんじちょう、燃え盛る翼や羽根の持ち主だ。

 この必殺技は――生きている・・・・・

 いわゆる魔法生物と呼ばれるたぐいのものだ。

 無理やりロンドのお茶会に付き合わされた怒り。それをここぞという瞬間に爆発させるため、様々な力を練りに練って磨きに磨いた成果として生まれたのが、燃えるような光から具現化されたこの金翅鳥である。

 無数の金翅鳥が集まって群体ぐんたいとなり、攻撃その物が生態を持つ。

 金翅鳥は“悪”と定めたものを焼き尽くすため、その燃える翼で焼き尽くすとともに、輝くくちばしついばんでかてとすることで自己増殖する。

 敵の“悪”が強大であればあるほど、それをえさに群れを大きくしていく。

 そして、“悪”が滅びるまで猛攻もうこうを仕掛けるのだ。

ロンドおまえが破壊神という“悪”である限り、金翅鳥は増え続けるぞ」

「どこの無限地獄だよ!? クソ~、意地の悪い新必殺技で喧嘩けんかのゴング鳴らすような真似しくさって……こうなったら仕方ない!」

 緊急きんきゅう離脱りだつ! とロンドはわざとらしい情けない声で飛び退いた。

 ただ飛び退いたのではない、全力の後退こうたいである。

 身体中から黒い入道雲と見間違えるほど怪物を湧き立たせ、そいつらを噴出ふんしゅつさせる反作用を利用して、金翅ガルーダ烈日光サンシャインから逃れようというのだ。

 百鬼夜行よろしく一匹とて同種がいない怪物の群れ。

 その怪物どもを置き土産に、ロンドは尻をまくって全速力で遠ざかっていく。

「逃げるは恥だが役に立つ、ってな!」

 なかなかどうして――ラスボスとは思えぬ行動力だ。

 直撃こそまぬがれたが、ツバサの金翅烈日光を受けて技の本質を見極め、処理するのが面倒だと踏んだのだろう。まともに対処するより、逃げの一手を打ってでもやり過ごした方が楽だと気付いたに違いない。

 こういう時、自尊心プライドが高いと意地でも反抗するものだ。

 してや悪の秘密結社を率いた首魁しゅかい

 セオリー的には全能力を使ってでも立ち向かうものだと思うのだが……。

「ラスボスが逃げて恥ずかしくないのか! バーカバーカッ!」

 まだ悪餓鬼クソガキモードのツバサは、百鬼夜行を引き連れるようにして逃亡するロンドを指差して、あらん限りの罵声をぶつけてやった。

 しかし、悪餓鬼なので語彙力ごいりょくとぼしいのが悲しいところ。

 一方、極悪親父も糞餓鬼クソガキみたいにあっかんべーをしながら逃げていく。

「べろべろべーだ! 主人公から逃げ回って最後に勝つ悪のラスボスがいたっていいだろーッ! オレぁそういう悪役をリスペクトしてんだよ!」

 確かに――悪のカリスマが逃走した例はある。

 事あるごとに主人公たちからおおせて、行く先々で現地に迷惑を掛けながらパワーアップや部下の補充を繰り返した最悪の大妖怪もいたし、主人公とのラストバトル中でも逃げ出して、まさかのパワーアップをげた悪の帝王もいる。

 完全なる勝利のためならば手段を問わない。

 破壊神としての矜持きょうじはあるものの、悪の親玉としての自尊心プライドなんて持ち合わせてないロンドは、ラスボスらしからぬ融通性ゆうづうせいがあるから曲者くせものだ。

 ……機会があれば土下座もいとわないだろう。

 ゆえに侮れない。何をしてくるか読めない奇抜きばつさを秘めている。

 だからこそ根絶こんぜつする覚悟で仕留めなければならない。

「逃がすか! 金翅鳥こんじちょうたちよ!」

 ツバサの呼びかけに金翅ガルーダ烈日光サンシャインは応える。

 命令内容を口にするまでもなく、ツバサの能力によって生まれた魔法生物である金翅鳥たちとはつうかあ・・・・だ。すぐさまロンドを追跡する。

 途中、煙幕えんまく代わりに張られた怪物の群れを駆逐くちくするのも忘れない。

 命じるまでもなく率先的にやってくれるのだ。

 ひょっとしたらミロよりお利口だぞ――金翅鳥こんじちょう

 ロンドは空の彼方を目指して、本腰を入れて逃避行を始める。

 黒雲にしか見えない怪物の群れが尾を引いているため、その逃走経路はバレバレだし、一度目を付けた“悪”を金翅鳥は見逃さない。

 地獄の果てまでも追い詰めていく。

 そんなロンドの逃走を目の当たりにして、彼女が慌てふためいた。

「――ロンド様ッ!?」

 最悪にしてバッド・絶死をもたらデッド・す終焉エンズ 20人の終焉者トゥエンティ

 №03 感壊かんかいのフラグ ミレン・カーマーラ。

 右腕のアリガミ、頭脳役ブレーンのマッコウ、彼らに次ぐ三番目の幹部だ。

 一見すれば、ただのイヤらしいメイドさんである。

 程良く均整きんせいの取れたモデル体型。バストウェストヒップのスリーサイズも適度なメリハリが利いており、そんなモデル顔負けのスタイルをメイド服で着飾っているのだが、そのメイド服が何とも如何いかがわしいものだった。

 スカートは超ミニ、胸の谷間は丸見え、生腕なまうで生脚なまあしをさらす露出度の低さ。

 フレンチメイド――そう呼ばれるファッションだ。

 メイド服にエロティックさを追求したものと思えばいい。

 ショートヘアに切り揃えたウェーブ感のある金髪。その頭にはメイド服の象徴的なホワイトブリムを装着しているのだが、何故かやたらと刺々とげとげしい。

 首のチョーカー、腕や足に巻いたバンド、耳たぶのピアス。

 そのどれもが拷問器具張りの痛々しさだった。

 どうも彼女は“痛み”や“死”に快楽を覚える性質タチらしい。

 そこにたんを発する趣味なのだろうが、身動みじろぎしただけでとげの部分が露出された肌に刺さりそうだ。見ているだけでこちらの痛覚を刺激される。

 この戦争が始まって数時間が経過した。

 しかし、彼女は一切の戦闘行為に参加していない。

 ロンドの秘書という役職に専念し、この巫山戯ふざけたお茶会で彼のためにお茶菓子を用意するくらいの仕事しかしていなかった。後は毒舌どくぜつを振るったくらい。

 もっとも、その毒にまみれた舌鋒ぜっぽうを向ける先はロンドなのだが。

 秘書でメイド――この仕事に従事していた。

 そんな彼女にすれば、ロンドのかたわらにはべるのも仕事の一環いっかんなのだろう。

 金翅鳥こんじちょうから逃げる主人ロンドを大急ぎで追いかけようとしていた。

 飛行系技能スキルに全力をそそぎ、最高速度ですがろうとする。

 だが、直感が働いたのか踏み留まった。

 そんなミレンの眼前を――数え切れない銃弾が通り過ぎていく。

 これには表情の薄いミレンも眼をいていた。

 真一文字まいちもんじに結ばれたくちびる。化粧の乗った頬には冷や汗が流れる。

 砲煙ほうえん弾雨だんうという銃砲じゅうほうが激しく飛び交う戦場を表現する四字熟語はあるが、それを有言実行するかのような物量ぶつりょうの弾丸が、雨霰あめあられといった様子で降り注いだ。

 ある一点へ集中しゅうちゅう砲火ほうかされた凄まじいまでの乱射。

 ――ミレンが踏み出そうとした瞬間。

 その一瞬を狙い澄まして、彼女を確実に撃ち殺すための銃撃だった。

 十字じゅうじ砲火ほうかという戦術がある。

 2つの場所からそれぞれ銃撃し、銃弾が飛んでいく火線かせんを交差させた一点。そこへ踏み込んだ敵に最大効率で弾雨だんうを浴びせる攻撃手段だ。

 主に自陣を守る防御策として用いられる。

 塹壕ざんごうや防壁で地の利を得ることで射撃手しゃげきしゅ優位性ゆういせいを保ち、地雷じらい足絡あしがらみなどの敵兵の動きを制限する策を加えることで迎撃効果はより倍増する。

 何より、正面からの斉射せいしゃより敵への被弾率ひだんりつが高い。

 機関銃マシンガンなどの場合、2倍以上の命中率になると試算しさんされていた。

 日本でも火縄銃ひなわじゅう部隊を二手に分け、敵兵が狙った場所へ突っ込んでくるよう誘導しつつ、十字砲火を浴びせて殲滅せんめつさせる戦術があったという。

 こちらは“ころ”という通称で知られていた。

(※大人数の狙撃兵を編成して十字砲火をする場合、部隊の配置や銃を撃つ方向の指示には注意が必要となる。二手に分けた部隊が互いを正面にして撃つような真似をすれば、流れ弾で同士討ちする間抜まぬけな惨劇さんげきとなるからだ)

 ミレンは銃弾の飛んできた方角へ振り返る。

 彼女から見てななうしろ、そこにいくつもの窓が開いていた。

 亜空間あくうかんへ繋がる窓だ。小さいながらも扉や枠が備わっており、雰囲気は神族や魔族などの高位種族が使える道具箱インベントリの出入り口に似ていた。
(※亜神族デミゴッドである守護妖精スプリガン族も使える。ただし用途ようとは限定的)

 上下左右――四箇所よんかしょに密集している。

 窓のひとつひとつは小さい。

 鳩時計はとどけいでカラクリ仕掛けの小鳩こばとが現れるくらいの大きさしかない。

 それくらいの小さな窓が四つに分かれ、集合体恐怖症トライポフォビアを引き起こしそうなほど集まっていた。それぞれの窓からは鼻を硝煙しょうえんが立ち上っている。

 小窓からは銃口じゅうこうが顔を覗かせていた。

 あれらが一斉いっせい掃射そうしゃされ、ロンドを追おうとするミレンを足止めしたのだ。

 この小さな窓は彼女・・の仕業に違いない。

 過大能力オーバードゥーイング――【舞台裏を切りバックヤード盛りする女主人・ミストレス】。

 亜空間にある自分だけの収蔵スペース、これを道具箱インベントリという。

 神族や魔族ならば誰であれ、大型倉庫くらいの空間へ様々な物品を収納しゅうようできるようになるのだが、彼女の過大能力オーバードゥーイングはそれをパワーアップさせたものだ。

 道具箱インベントリの亜空間すべてを舞台裏バックヤードとして扱う。

 その空間面積は大型倉庫の数倍となり、本来なら入ることのできない自身の道具箱へ自由に行き来できる特集効果も追加される。また、自らを起点にして半径数㎞内のどこにでも出入り口を設けることも可能となる。

 即ち、限定的ながらも空間転移の真似事まねごとができるのだ。

 神出しんしゅつ鬼没きぼつな移動力、気取けどらせない不意打ち、いざという時の避難場所。

 こうした応用力のある使い方にひいでた過大能力である。

 彼女はこの能力を完全に使つかこなしていた。

「――あら、惜しい」

 敵の幹部を仕留め損ねましたわ、とクロコは淡泊たんぱくに残念がる。

 ハトホル太母国たいぼこく メイド長 クロコ・バックマウンド。

 ミレンがロンドの秘書として側に仕えていたように、彼女もまたこの戦争からは一歩引いており、ツバサの給仕役きゅうじやくとして近くにひかえていた。

 一応、役割分担では臨機応変に動ける遊撃手ゆうげきしゅの一人だ。

 しかし万が一の予備兵力として、ツバサの手元に置いておいた。本人は連絡網で「わたくし補欠ほけつです」と、皮肉めいた愚痴ぐちをぼやいていた。

 ミレンへ十字砲火を行ったのは他でもない。

 戦争に不参加といえど、ミレンもバッドデッドエンズに選ばれた一人。

 しかも右腕アリガミ頭脳役マッコウと肩を並べる大幹部。

 彼女もまた世界を滅ぼせる過大能力オーバードゥーイングの持ち主のはずだ。

 ロンドの援護サポートは勿論のこと、彼の指示で世界を破壊するためにいつ行動するかもわからない。そのためミレンにも抑え役が必要だった。

 白羽の矢が立ったのが――クロコである。

 外見だけならば、古式ゆかしく由緒正しいメイドのよそおい。

 女性としては高身長。痩せすぎず太すぎず、女性的な魅力を象徴するバストやヒップは豊満。グラマラスな爆乳を評しても差し支えなかった。

 ミレンの破廉恥ハレンチ極まりないフレンチメイドに対して、こちらはクラシカルかつオーソドックスなメイド服に身を包み、行儀良い姿勢を崩すことはない。

 きっちりメイド服を着込んでも、山のように盛り上がる胸元は隠せない。

 やや癖っ毛な銀髪をポニーテールにまとめている。

 顔立ちもたぐまれな美女なのだが、人形のように無表情な鉄面皮てつめんぴ

 黙っていれば感情の薄い美人メイド。

 しかし、一度ひとたび口を開けば所構わず主人であるツバサにセクハラを敢行かんこうし、こちらの嗜虐性しいぎゃくせいを引き出そうとするサディスティックな一面を垣間見かいまみせる。そのことに怒って折檻せっかんすれば、これをご褒美ほうぎと称して喜びまくる被虐ひぎゃく体質たいしつ

 エロ、サド、マゾ……何でもござれの万能的オールラウンダーな変態。

 こんなでもVRMMORPGアルマゲドンを開発した世界的協定機関ジェネシスという大企業に務め、そのアルマゲドンでゲームマスターを任された敏腕社員。

 元レオナルドの部下で爆乳特戦隊と呼ばれた、色物娘の一人である。

 ただし、有能なのは認めざるを得ない。

 家事、子守、実務じつむ文政ぶんせい、戦闘……何を任せてもそつなくこなす。

 そうした意味での万能性オールラウンダーを買っての抜擢ばってきだ。

 彼女ならばミレンを抑え込める。そう見込んで情報網を介して「ツバサおれがロンドと戦い始めたらミレンは任せたぞ」と命じておいたのだ。

 出足を封じたのは上々じょうじょう、これで本命ロンドと引き剥がせる。

「クロコ……また・・私の邪魔をするつもりですか!?」

 振り向いたミレンは、クロコの仕業と知って憎々しげに吐き捨てた。

 彼女もクロコに負けず劣らず、表情に喜怒哀楽きどあいらくを表さない。だが、この時ばかりは仮面をいだかのように憤怒ふんぬの相をあらわにしていた。

 クロコとミレン――この2人は犬猿の仲らしい。

 それを踏まえた上なのか、クロコは彼女を対戦相手に選んだのだ。
 
また・・、とは……失礼なことを仰いますね」

 対するクロコは涼しい顔のまま、平常運転の澄まし顔である。

 舞台裏バックヤードでもある自身の道具箱インベントリ。そこに手を差し入れると、物々しい一対の銃器じゅうきを取り出して、小脇へ抱えて固定するように構えた。

 M134――通称ミニガンとも呼ばれる軽量型バルカン砲。

 それを長男ダインに頼んで、よりスマートで携行けいこう使用しようするに適した形状に改造しながらも、火力や装弾数そうだんすうを神族に見合うレベルに引き上げた機銃きじゅうだ。

 それでも本来、女性の腕力で扱える代物ではない。

 クロコもまたLV999スリーナイン、使えるように鍛錬たんれんを積んできたのだ。

 先ほどの十字砲火からもわかるとおり、クロコは戦闘で銃火器じゅうかきを用いる。

 拳銃師ガンスリンガーほどではないが、火器戦闘系の技能スキルが豊富なのだ。

 そのくせ錬金術師アルケミスト系の技能スキル達人マイスターレベルまで極めており、自分と瓜二つのメイド人形を大量生産して、手足のように扱う術も心得ていた。

 舞台裏バックヤードからミレンに銃弾の雨を浴びせた者たち。

 彼女たちこそクロコの私兵――メイド人形マリオネット部隊である。

 両腕に小型バルカン砲を構えるクロコだが、まだ標的ターゲットには向けない。ただ、彼女の両眼は冷たい視線でミレンを捉えていた。

「後にも先にも、あなたの邪魔をするのは今日限りです」

 ――ツバサ様。

 クロコはミレンから目を離さず、通る声で言い放つ。

此処ここわたくしめが受け持ちます。ツバサ様はどうぞ破壊神ロンドを追ってください」

「ああ、頼んだぞ」

 打ち合わせ通りだ、ツバサは飛行系技能スキルで飛び立つ。

 自然を司る過大能力オーバードゥーイングで大気に働きかけて強化バフとし、今まさに地平線の彼方かなたへ消えようとするロンドを、音速を超える速さで追いかける。たとえ見失おうとも垂れ流しの怪物と、それを追跡する金翅鳥こんじちょうがロンドの居場所を教えてくれた。

 音速の壁を越える寸前、クロコの脇を通り過ぎる。

「死ぬなよ――ミロが泣くからな」
「ご冗談を――ツバサ様とミロ様以外、わたくしを殺せる者などおりませんわ」

 そういってクロコは珍しく微笑んだ。

 彼女の本性を知らなければ、一目で恋に落ちるつややかな微笑びしょうだった

 短いながらも主従しゅじゅうらしく会話を交わしておく。

 クロコは神族――御先神みさきがみ

 誰かに従属じゅうぞくしないと行動はおろか生命活動すら維持いじできない、という罰則ペナルティ持ちの珍しい神族だ。反面、主人あるじに恵まれれば恒久的こうきゅうてき超強化スーパーバフを得られる。

 クロコの主人あるじはツバサ(とミロ)である。

 度し難い変態エロメイドだが、こんな時くらいねぎってやらねば……。

 男心が号泣するくらい女神の肉体となったしまった。

 そんなツバサの抱えるほど大きい超爆乳にパイタッチしてきたり、まだ経産婦けいさんふでもないのに超安産型と揶揄やゆされる巨尻の谷間に顔を埋められたり、女体化した肉体を飾り立てるためのエロス180%なランジェリーを大量に贈られたり、ミロとの夜の情事を暴かれたり、朝昼晩と三回搾らなければ乳腺が張り詰めて堪らないハトホルミルクの搾乳を頼みもしないのに手伝ったり……。

 ……うん、思い返してみたらセクハラしかされてないな。

 ねぎらう必要なくね? とか躊躇ためらってしまう。

 悪態あくたいのひとつでも吐いておこうかと考えついた時には、振り返っても黒い点にしか見えないくらい遠くへ、クロコを置き去りにしていた。

 それほどの初速度しょそくどを叩き出していたようだ。

 致し方ない、日々のセクハラへのお説教は後の楽しみに取っておこう。

 クロコもツバサに叱られるのは「ご褒美です!」だろうし……。

 ――この戦争に勝利して生還する。

 これを前提ぜんていに戦うのみだ。クロコも生きて帰ると信じよう。

「いやはや、よもや彼女たちがこの真なる世界ファンタジアで決着をつけるような戦いを始めるとは……これも因果か因縁か? と疑いたくなる奇妙なえにしですな」

 ツバサのすぐ後ろから、暢気のんきな声が届けられる。

 独り言にも聞こえるが、明らかにツバサへ聞かせているつもりだ。

 気配がひとつ付いてくる。これほどの豪速を出していれば、追いつけるのは四神同盟の手練てだれでも数えるほどのはずだが……。

 丸いというか太いというか――無視できない存在感。

 ズングリムックリした気配は、最速で飛ぶツバサに同伴どうはんしていた。

 それも平気へいき平左へいざでだ。

「どちらも社内では顔を合わせる度に『変態め』『露出狂め』といがっておりましたが、何やらお互いの趣向しゅこうに物申すことがあった様子……いつしか気付けば二人とも主人を選んで女中メイドになられておりましたが、はてさて」



 互いを認めぬ女中メイド同士の殺し合い――どのような地獄をすことやら。



 他人事ひとごととして独白どくはくする声の主をツバサは一瞥いちべつする。

「……付いてきたのか」

 邪険じゃけんにするわけでも敬遠けいえんするわけでもない。

 なんでいるのさ? と不思議そうな目線で追随ついずいする男を見据みすえた。

 エンテイ帝国 執事しつじ ダオン・タオシー。

 かつて還らずの都を巡る戦いで敵対した猛将キョウコウ・エンテイ。

 そのキョウコウが率いる一派の執事として取りまとめていた男だ。まとめ役というわけではなく、一派の者たちが円滑に仕事をできるよう雑事の一切を引き受けていたらしい。その職能ロールはまさに執事であろう。

 還らずの都を巡る戦いで、四神同盟しじんどうめいは勝利を収めた。

 キョウコウたちは敗走したものの、自分たちのあやまちを認めた上でツバサたち同様に仲間を集めて国家を樹立するまでに至っていたらしい。

 それが――エンテイ帝国だ。

 キョウコウはロンドに負けず劣らずのワンマン社長で、「力こそパワー」が信条のパワフルオヤジなのだが、破壊神ロンドとは決定的に違うところがあった。

 彼は真なる世界ファンタジアを護りたい一心だったのだ。

 心情的には守護神ツバサと大して変わらない。

 還らずの都を狙ったのも、それを最強の軍事力とするためである。

 そんなキョウコウの観点からすれば、真なる世界ファンタジアを完全に滅ぼすロンドに賛同できるわけがない。だからこそ四神同盟への協力を買って出てくれた。

 それと――ツバサをえらく気に入ってくれたらしい。

 キョウコウに打ち勝った実力を認め、彼に精神的外傷トラウマを植え付けた超巨大蕃神をも撃退したことを高く評価してくれているそうだ。

 どちらも真なる世界ファンタジアを護る者。

 キョウコウとしても親近感しんきんかんが湧いたのかも知れない。

 ……なんだろう、最近オヤジ世代に好かれている気がする。

 オヤジキャラは特に嫌いでもないが、ハーレムが築けてしまうくらいに増えられるのは御免ごめんだ。そろそろ対策をこうじる頃だろう。

 とにかく、キョウコウは協力を申し出た。

 現在、各陣営にはエンテイ帝国からの援軍が合流している。

 彼ら援軍の統制とうせいと四神同盟に承諾しょうだくを得る交渉役こうしょうやくとして、四神同盟の代表的な存在であるツバサの元へ派遣されたのが執事ダオンだった。

 誰に対しても低い腰で接するが、その対応はどこか慇懃いんぎん無礼ぶれい

 分厚い面の皮は傲岸ごうがん不遜ふそんと受け取られがちだ。

 執事らしい正装こそしているが、極度の肥満体型でそれほど背は高くないため、似合っているかと問われたら首を横に振るしかない。

 下ぶくれの顔には、いつも不敵な笑みをたくわえている。

 なのに黒の長髪はワンレンで綺麗に整えているアンバランスさ。

 一見すれば人を選びそうな悪役ヴィラン容貌ようぼうなのだが、その珍味みたいなくせの強さに独特の愛嬌あいきょうがあるというか何というか……。

 ツバサ個人の感想としては割と気に入っている。

 顔の造作に始まり太っちょの体型や受け答えの口調に漂わせる雰囲気まで、それらすべてが思わせ振りでちょっとイヤミな印象を受けるのだが、やることなすこと丁寧ていねいで気配りの行き届いた完璧さを心掛ける。

 そして実際、真面目生真面目クソ真面目を地で行く紳士だった。

 見た目のせいでかなり損をしている。

 外面そとづら内面ないめん落差らくさが激しいところに、味わい深い人間性を感じるのだ。

 そんなダオンが――何故かツバサの後を付いてきていた。

 これから破壊神ロンドと本格的な戦闘が始まる。

 基本的に一対一タイマンで挑むつもりでいるツバサとしては、第三者の応援は歓迎できないし許可するつもりもない。フォローする余裕や庇える自信がなく、下手に手を出されると、ツバサとロンドの戦いに巻き込みかねないからだ。

 参戦を認められるのは――ミロくらいなもの。

 次点でミサキ君だろう。

 この2人なら戦闘能力は申し分ないし、何より破壊神ロンドが隠し球を持っていたとしても対抗できる万能の過大能力オーバードゥーイングを持っている。

 その過大能力を当て込んだツバサは、ミロを対破壊神ロンドの切り札とした。

 だが、ミロは穂村組の組長と対戦するように仕組まれてしまったため、この計画はおじゃんになってしまったのだが、それでも別の戦力を守護神と破壊神のタイマンの巻き添えにするつもりなど毛頭ない。

 借りている援軍など以ての外だ。何かあれば外交が面倒になる。

「破壊神退治まで手伝うつもりか?」

 ご冗談を――ダオンは白旗を揚げる代わりに両手を挙げた。

「私では足手まといになるのがオチですよ。ただ、戦地へ赴く主人あるじのことをおもんぱかりまして、お見送りができないメイド長に代わって付き添いをと……」

「おまえ、ハトホル一家ウチの執事じゃないだろ」

 メイドクロコ執事ダオンで金持ちのお屋敷に務めてそうなコンビを結成しつつあったので、ついつい我が家の執事みたいに扱っていたが、コイツは余所よその執事だ。

 キョウコウにしてもダオンを手放しはするまい。

 少なくとも、ツバサが主人あるじならばダオンを重用ちょうようすると約束できる。

「なんにせよ、途中までお見送りさせていただきます」

「執事らしい気遣きづかいだな」

 皮肉っぽい言い方になったが賛辞さんじだった。

 本腰を入れて皮肉めいた叱責しっせきをするなら、「この戦争中に見送りなんてしなくていいから、一匹でも多く巨獣を倒してこい!」と怒鳴っている頃だ。

 しかし、ダオンは既に対策済みである。

 ここにいるダオンは実体を持つ影――いわゆる分身。

 ダオン本体は既に援軍として巨獣きょじゅう掃討そうとう東奔とうほん西走せいそうしており、ここにいる分身はあくまでも伝令役メッセンジャー。どちらもちゃんと仕事を果たしているわけだ。

 お見送り、と控えめな表現だが随伴ずいはんする理由も察している。

 納得のため息を漏らしたツバサは一言。

「――ありがとうな」

 素直に感謝を述べると、ダオンは面食らっていた。

 その謝辞しゃじには思い当たる節がない――そんな顔だった。

 途中までの見送り程度でツバサから「ありがとう」を引き出しことに、違和感があったのだろう。ツバサは礼を述べた理由を明らかにしていく。

「還らずの都が危なかった時、助けてくれただろ?」

 ああ……とダオンは納得した様子だ。

「さすがツバサ様……見抜かれておりましたか」

 両眼を閉じて目元を伏せ、恥じ入るような所作しょさで誤魔化した。

 還らずの都が襲撃された時――。
(※第390話~第402話くらいのお話)

 暴食童子オセロット・ベヒモスは、還らずの都に匹敵するサイズまで巨大化すると、その山のような肉塊から5匹の巨大獣ベヒモスを生み出した。

 全長1㎞になる規格外の大きさ、超重量スーパーヘヴィ級のバケモノたちだ。

 その戦闘力も上級のLV999スリーナインに匹敵する。

 応戦したルーグ陣営のマルミたちもLV999に到達していたため、一対一ならば互角に戦えるのだが、巨大獣ベヒモスの他にもオセロット自身が押し寄せてきたり、彼の姉である哭き女バンシーサバエが襲ってきたりと、てんてこ舞いだった。

 そこでオセロット撃破のため、開発中の秘密兵器を見切り導入した。

 ――始源ジェネシス至道・ロード・巨砲キャノン

 直撃すれば多重次元をも貫きかねない砲撃を放つことができるが、如何いかんせんエネルギーチャージまでに時間が掛かる。そこを狙われれば元も子もない。

 オセロットも撃たせまいと、五匹の巨大獣ベヒモスけしかけてきた。

 マルミたちは始原至道巨砲を護るため巨大獣を迎え撃つも、どうしても人手が足りなくて、一匹の巨大獣を自由フリーにせざるを得なかった。

 その自由だった巨大獣ベヒモスは何者かによって一撃でほふられたのだ。

「あれ、ダオンおまえの仕業だろ?」

「仰るとおりにございます、お……」

「苦し紛れに冗談で煙に巻きたいのかも知れんが、ツバサおれのことを奥様と呼ぼうものなら、問答無用で本体へ急行してタコ殴りにするからな?」

「……お、お、おツバサ様」

 脅しが利いたのか、急激な方向転換にダオンは成功した。

 自分の戦果を大っぴらにしたくない。

 大したことはない、と自らの成果を過小評価している節があった。

 おかげで始原至道巨砲は無事に発射され、オセロットと姉のサバエを撃破することに成功し、還らずの都を防衛することができたのだ。

 マルミからも「倒した人影に見覚えがある」と報告が上げられていた。

「いやはや、しっかり目撃されていましたか……」

 不覚です……ダオンは片手で顔を覆うと猛省もうせいするように項垂うなだれた。

 一目見たら忘れられない丸くて太い体型だ。

 いくら眼に止まらぬ速さで戦闘に介入して、巨大獣ベヒモスを倒したら疾風はやてのように去ったとしても、見知った人間がいれば即バレは致し方あるまい。

 ダオンも元はVRMMORPGアルマゲドンのゲームマスター。

 同僚は全員把握済みのマルミ先輩がその特徴的なフォルムを忘れるわけもなく、常に周囲へ気配りの目端を利かせている彼女が見逃すはずもない。

 巨大獣を瞬殺して去って行くダオンを、しっかり補足していたのだ。

 やれやれ、とツバサは苦笑しながら勧める。

ダオンおまえはもうちょっと自己主張してもいいと思うぞ」

 その勤労振きんろうぶりをな、とツバサは正当な評価を下した。

 傲岸ごうがん不遜ふそんの代表みたいに厚かましい見てくれとは裏腹に、ダオンは勤勉きんべん実直じっちょくを地で行く誠実せいじつな男なのだ。これまで誤解もされてきたことだろう。

 しかし、この男は文句ひとつ言わない。

 他者からこうむる自らの人物像を弁えるも、職務には誠実であれと努める。

 主人に限らず他者への奉仕をストイックに達成することを喜びとし、謝辞しゃじはおろか世辞せじさえ望まない。だから功績や手柄も主張しようとしない。

 還らずの都での一件は、四神同盟として大きな借りだ。

 なのに――ダオンは何も言わない。

 ツバサが指摘しなければ、黙り通したに違いない。

 ダオンは目元を隠したまま弁明を始める。

「その……ツバサ様の元へお伺いする前に、たまさか通りがかったので……マルミ先輩も知らぬ仲ではありませんし、手を貸したに過ぎません……ああ、援軍を申し出るにしろ、過去の経緯けいいもありましたから、点数稼ぎをしておくのも悪くないと思ったのですが、それをわざわざ報告するのも鼻につくと思いまして……」

 さっきまでの流暢りゅうちょうさはどこへやら。

 文脈こそしっかりしているが、終始しゅうししどろもどろな言い訳である。

 変なとこ不器用だな――内心ツバサは呆れるも共感できた。

 今度は同情のため息をついたツバサは、はっきり明言めいげんする。

「言うだけ言え、どう対処するかはその人に寄るから」

 少なくとも――ツバサおれダオンおまえに感謝する。

「自身の有能さをひけらかす馬鹿野郎なんざ知ったこっちゃないが、おまえみたいにできるくせして謙虚けんきょが過ぎるっても印象は良くないぞ」

「……はい、以後気をつけることと致します」

 余程よほどこたえたのか、ダオンはまだ顔を上げようとはしなかった。

 雑談しながらもロンド追跡は忘れていない。

 ツバサもダオンも、飛ぶ鳥を落とす超高速で飛翔ひしょうする。

 まだ破壊神ロンドの後ろ姿を捉えることはできないが、着実に距離を縮めていることは間違いない。金翅鳥こんじちょうが奴の居場所を教えてくれていた。

 不意に――行く手を影の群れにさえぎられる。

 飛行能力のある巨獣きょじゅうの大群だ。

 空での機動力を重視したのか、いわゆる飛竜型ワイバーンタイプが多い。

「そりゃそうか……親分のために道をふさぐわな」

 すんなり破壊神を終えるわけなかった。

 ロンドの命令か巨獣たちの独断か、はたまた飛んでいる獲物がいたから本能的に襲いかかっただけか……その可能性が一番高そうだ。

 巨獣が巨獣を呼び、あっという間に群れの数が膨れ上がる。

 邪魔だな、とツバサはまゆしかめた。

 ロンドが即席で創る怪物とは違い、巨獣一体一体の戦闘力は段違いだ。ツバサなら蹴散けちらせるが、その蹴散らす手間が面倒だった。

 即席で湧いてくる怪物が雲霞うんかなら、巨獣たちはネズミの群れだ。

 程度の差はこれくらいだが、あしらう労力ろうりょくは全然違う。

 破壊神ロンドとの決戦を目前に控えているため、なるべく力もスタミナも温存しておきたいところだ。わずらわしいことに時間をくのも勿体もったいない。

 どうするべきか――と悩む必要もなかった。

 巨獣の群れにいくつもの穴が開く。

 大小様々の穴は、巨獣の肉体を向こう側の景色が見えるまで貫通しており、蜂の巣みたいな風穴が無数にできあがっていた。

 何が起きたかをよしもないまま、穿うがたれた巨獣は断末魔を上げる。

「――お見送りに来た甲斐かいがありましたね」

 ツバサの背後から、ダオンが主人の盾となるべく前に出た。

 特に何かを放ったような動作は見られない。

 しかし、頑丈で分厚いのが取り柄の巨獣にあれだけの風穴を開けたのは、紛れもなくダオンの手腕しゅわんだった。風穴の大きさに差があることから、一撃一撃に散弾に似たムラがあるものの、貫通力は申し分ない。

 超大型の兵器クラスの散弾銃を撃ったような威力だ。

 ジャラジャラと鳴るパチンコ玉くらいの球体。

 ダオンはそれを両手の内に隠して、暗器あんきのように扱っていた。
(※暗器=隠し持てる武器の総称。主に暗殺に使われる)

 その球体を乗せた親指を人差し指で握り込み、力を溜めた親指を弾くことで球体を勢いよく飛ばす。指弾しだんと呼ばれる中国武術の技だ。

 弾かれた球体は途中で破裂し、小さな粒となって着弾する。

 すると、食い破られるかのように巨獣の全身に風穴が開くのだ。

 過大能力オーバードゥーイングを噛ませた攻撃技――らしい。

 ぱっと見ではどのような過大能力や技能スキルが盛り込まれているかわからないが、ほんのり死霊術師ネクロマンサー系の匂いがした。穂村組ほむらぐみのマリと系統が近いようだ。

 興味深いが、分析系アナライズ技能スキルで調べている時間はない。

「ツバサ様、この場は私が引き受けましょう。貴方様は一刻も早く……」

「ああ、ロンドを追わせてもらう」

 言葉にするより早く、ツバサは振り切るように飛び立っていた。

 大きな口でニヤリと悪役のように微笑むダオンは、ツバサにすがる巨獣たちに散弾銃みたいな指弾しだんを浴びせ、その追撃を阻んでくれた。

 一匹たりとも見逃しはしない。

 おかげでツバサは消耗しょうもうすることなくロンドを追いかけられそうだ。

 分身だが実体を有し――戦闘能力の備えもある。

 このような事態を想定していたのだろう。ツバサの邪魔となるであろう巨獣を足止めする殿しんがり要員よういんとして、ダオンは分身をここまで同伴どうはんさせてくれたのだ。

 執事らしく有能――頼りになる男だ。

 融通ゆうづうが利き、出しゃばらず、思慮しりょ配慮はいりょけ、従僕じゅうぼくとして主人あるじを立てる。

 キョウコウが名代みょうだいとしてつかわすのも納得というものだ。

「そんなことあり得ないだろうが……」

 別れ際、ツバサはダオンに置き土産を残していく。



 もしもキョウコウから解雇クビを言い渡されたら――ツバサおれのところへ来い。



「高給で雇うと約束しよう」

「ッ!? それはそれは……買い被られたものですな」

 一瞬ダオンは顔色を失うほど驚くも、いつもの傲岸不遜な顔で笑った。

「有り難いお言葉、覚えておきましょう……ご武運を!」
「おまえもな、必ず生き残れよ」

 別れの言葉を交わしたツバサは、脇目わきめも振らずにロンドを追跡する。

 やっとだ――随分ずいぶんと寄り道をさせられてしまった。

 この時が来るのを一日いちじつ千秋せんしゅうの思いで待ち続けた。

 守護神ツバサ破壊神ロンドによる最終決戦が、ようやく幕を開けるのだ。

   ~~~~~~~~~~~~

 還らずの都付近――都を俯瞰ふかんできる上空。

 ほんの少し前までそれぞれのご主人様が棋譜きふはさんでにらう円卓があった場所で、クロコとミレンは緊迫感とともに対峙たいじしていた。

 クロコは既に武装済み、両手に軽量小型バルカン砲ミニガンを構えている。

 対するミレンも武装を用意するようだ。

「振り返ってみれば、クロコあなたミレンわたしは長い腐れ縁でしたわね」

 ミレンは道具箱インベントリから棒状の品を取り出した。

 太く頑丈な柄、その装飾から見て槍や矛のような長柄武器を想像したのだが、引きずり出された柄の尖端にあったのは鎖だった。

 長く太く丈夫な鎖は、いつまでもどこまでも伸びる。

「高校時代……あの頃からあなたは男子がドン引きするほどの変態性をオープンにしていたのに……何故かチヤホヤされ、生徒会副会長に任じられ……」

 専用武器を用意しながら、ミレンは恨み言を呟いていた。

 槍や矛――またはこんと呼ばれる棒状武器。

 それほど長い柄に、延々と伸びる極太の鎖が取り付けられていた。

 鎖の先に繋がれていたのは――鉄球だった。

「大学時代……お互いに趣味と実益を兼ねてSM倶楽部クラブでバイトすれば、常連じょうれんさんもお得意様も、みんなあなたにばかりなびいてしまうし……」

 恨み節は止まらない。多面的ためんてきねたまれていたようだ。

 鎖に引っ張られて現れた鉄球――ただの鉄球ではない。

 球体の直径は、マンションのワンルームがすっぽり収まる程度。そこから人間を串刺しにできるようなとげが……いいや、三角錐さんかくすいと言い表すしかない、棘と表現するのも烏滸おこがましいサイズのものが等間隔とうかんかくで生えていた。

 三角錐みたいな棘の合間には、やはり等間隔で穴が開いている。

 クロコにはその穴が銃口に見えて仕方なかった。

 連節棍棒フレイル――あるいはモーニングスター。

 武器の種別しゅべつとしては、どちらかに分類されると思われる。

 連節棍棒フレイルは元々、穀物こくもつを叩いて脱穀だっこくする際に使われた道具から派生したと言われる武器だ。持ち手と殴打部分を鎖などで連結して振り回し、その遠心力を利用して攻撃する打撃武器のことをいう。

 モーニングスターは、棘付き鉄球を頭に持った棍棒こんぼうを指す。

 この棘付き鉄球を鎖で持ち手に繋げた武器を“モーニングスター”と呼ぶ場合もあるらしいが、それはフィクション作品によって差異さいがある。

 一応、ミレンの武器は後者に属するらしい。

 ただし、サイズ感がバグを起こすほど大きいのだが……。

 おまけに銃火器じゅうかき内包ないほうしていると見た。

 人間相手に使えばオーバーキル間違いなし、そもそもエッチなフレチメイドコスをした女性が細腕で振り回せるような代物ではない。

 クロコの小型バルカン砲ミニガン大概たいがいだが、彼女も度を超していた。

 左手に柄を握り締め、右手に鎖を掴む。

 構えたミレンは鉄球の重量を物ともせずに振り回した。

 細い腕がそれなりに筋肉で張り詰め、細い血管が軽く浮き彫りになる。

 それは怒りを現しているようにも見えた。

世界的協定機関ジェネシスに入社してもそう……あなたは誰にでも上手に取り入り、ゲームマスタートップとも親しげになるほど立ち回って……ッ!」

 この際ですから――はっきり言わせていただきます。

「私……クロコあなたの世渡り上手なところがうとましいんです!」

 十分に遠心力が乗った棘付き鉄球モーニングスター。そこにミレンが抱えていた鬱積うっせきした想いをたっぷり乗せて、クロコ目掛けて全力で叩きつけてきた。

 飛来する鉄球にもクロコは動じない。

 戦闘準備をしながら毒突くミレンに、冷めた眼差まなざしを向けていた。

「……そう考えると本当、腐れ縁ですわね」

 高校時代からの付き合いなので、幼馴染み二歩手前くらいだろう。

 昔から突っ掛かられている気がしたが、ここまでミレンから明確に嫌悪感を並べ立てられたのは、世界的協定機関ジェネシスへ入社した時以来かも知れない。

 お互い、りが合わない自覚はある。

 入社直後の歓迎会でカミングアウトされたのは忘れない。

 なったばかりとはいえ社会人のはしくれ、その場はミレンからの一方的な口喧嘩で終わってしまい、クロコは大して気にも留めなかった。

 失礼な言い方だが――彼女など眼中がんちゅうにない。

 だから因縁いんねんを付けられても一方通行、相手にすらしてこなかった。

「そのツケを払わされている気分ですわね……」

 無視が過ぎるのもよくありませんでした、今更ながらに反省する。

 クロコは冷めた目線をミレンから迫り来る鉄球へ移す。

 接近する速度と質量からして、左右の小型バルカン砲ミニガン斉射せいしゃしても撃ち落とせるものではない。精々、わずかに威力をぐのがいいところだ。

 ないよりマシなので迎撃げいげきしながら回避する。

 棘付き鉄球モーニングスターに集中放火を浴びせて、少しでも相殺させていく。

 すると――鉄球から反撃が飛んできた。

 案の定、とげの間に配置された銃口が火を噴いたのだ。

 巨大モーニングスターという特大鈍器でありながら、360度の多方面を銃撃することが可能な重火器じゅうかき。イカレたコンセプトの兵器である。

 鉄球はまっすぐにクロコへと突き進む。

 そんなクロコへ向けては射撃をせず、クロコが避けようとする包囲すべてに向けて弾丸をばら撒いているのだ。鉄球を避ければ弾幕だんまく餌食えじきとなり、弾幕を浴びたくなければ鉄球を甘んじて受け止めるしかない。

 逃げ場はありませんよ、と言わんばかりだ。

「……底意地そこいじの悪い戦法ですこと」

 片腹痛いです、と鼻で笑ったクロコは避けることを選んだ。

 弾丸も鉄球も――すべて回避する。

 隙間すきまなく間断かんだんなく、弾幕が押し寄せようともお構いなし。

 ヌルリ……という表現が似合う、人間離れした軟体なんたい披露ひろうするような柔らかい動きで弾幕の真っ只中をくぐってみせたのだ。

 この神業かみわざにはミレンも絶句する。

「……ッ! うなぎか蛇を思い出させる動き……気色悪いッ!」

「これも生きるためのテクニックですので」

 しからず、とクロコは小型バルカン砲ミニガンの引き金を絞った。

 こちらも負けじと弾幕を浴びせかけていく。

 毎分1万発の発射速度で大口径の弾丸を撒き散らす。

 神族ならばバルカン砲の弾丸を数十発喰らったところで軽傷けいしょうにもならないが、浴びれば運動能力に支障ししょうが出る。ミレンとてかわさなければならない。

 つまり、ほとんど牽制けんせいだ。

 多少なりともダメージを負わせれば御の字、くらいに考えている。

 また、本当の目的・・・・・をクロコは別の所に隠していた。

「くっ……勝負は始まったばかりですわ!」

 ミレンは悔しげにクロコのバルカン砲を避けつつ、柄と鎖をそれぞれ両手に持つスタイルで重火器モーニングスターを巧みに操っていた。

 クロコも鉄球と弾幕に警戒するも、ミレンへ砲火ほうかする手を止めない。

 熱い銃弾がきりのように一帯を覆っていく。

 硝煙しょうえんが厚く層となって焦げ臭い雲を作るが、互いを狙い撃ちながら高速移動を繰り返す2人のメイドによって、雲となる前に散らされていた。

 ――弾丸が高密度で飛び交う晴天。

 重火器を操るメイドが2人、目にも止まらぬ神速で激しく交錯こうさくする。

「本当……気に食わない女ッ!」

 ミレンは無表情を崩して、忌々いまいましげに歯噛はがみした。

「明け透けなく変態を公言してるくせに……優れた人や秀でた人、重要人物ばかりに眼を掛けられ……その万能振りをかざして涼しい顔……ッ!」

 そんなクロコあなたに――虫唾むしずが走るのよ!

 白熱した戦闘で気性が荒ぶってきたのか、ミレンは絶叫で言い切った。

 一方のクロコはクレーバーな対応を崩さない。

 表情も鉄面皮てつめんぴのまま、いつもより感情がしらけているかも知れない。

あずからぬところで随分ずいぶんと嫌われたものですね」

 漂白ひょうはくされたような顔色で、無感動な口調のまま呟いた。

「……まあ、私もミレンあなたが気に食いませんでしたけど」

 いい機会だから本音で語り合っておこう。

 お気付きですよね? とクロコが問えばミレンも片眉かたまゆを揺らす。

 SM倶楽部でのバイト時代、同僚どうりょうとして忠告した件だ。

 剃刀カミソリの如く研ぎ澄ませた双眸そうぼうでクロコは告げる。

「快楽とは――生あるものが謳歌おうかできる数少ないよろこびです」

 それは死と隣り合わせにあるものではない。

「生と死は表裏一体……密接みっせつに関わり合うものではあれど、快楽と死を結びつけるなど言語道断、と私は考えております」

 ――己の死ぬ寸前を思い描いてえつに入る。

 ――生からの解放である死を喜びとする。

 ――死の果てにある滅びに悦楽えつらくを見出す。

「そんな性癖せいへきを持つミレンあなたと、わかり合えるわけありませんわ」

 様々な快感を探求する変態ゆえの一家言いっかげん

 だからこそ、クロコの立ち位置スタンスからすればゆずれない意見だった。

 図星を疲れたミレンは激昂げっこうする。

「ほざきなさい! この変態がぁッ!」
「お黙りなさい、死にたがり露出狂女が」

 クロコは淡々と返すも、その動作はちょっと慌てていた。

 ガキィン! と鉄塊同士を叩き合わせたよう轟音。

 会話に気を取られたためか、ミレンの棘付き鉄球モーニングスターを万全に避けることができなかった。クロコは特別製のバルカン砲を盾にして受け流す。

 ダイン謹製きんせい砲身ほうしんは曲がりもしない。

 近接戦での殴り合いを想定した頑丈さだ。

 腕やほほとげで引っかかれたが、皮一枚で済んだので出血もない。

「……………………ッ!?」

 そのかすり傷にもならない引っ掛かれた箇所かしょうずいた。

 とてつもない気持ちよさに目眩めまいを覚えそうなくらいだ。

 腕や頬に性感帯はない。

 ある人もいるかも知れないが、少なくともクロコにはない。大体開発済みなのだが、そもそも感覚器官の薄いところは開発しようがない。

 なのに――どうしょうもないくらい気持ちいい。

 性感帯を刺激されたのと変わらない、それ以上の快感にゾクゾクする。

 鉄球に弾き飛ばされた拍子ひょうしに地上へと落下する。

 還らずの都やそのふもとにある二つの国から離れるよう、クロコへの鬱屈うっくつした偏見へんけんで頭に血が登りかけていたミレンを誘導していたのだ。

 舞い降りた先は――何もない草原。

 ここなら周囲に被害も及ばないでしょう、とクロコは安堵する。

 それよりも、対処すべきはこの不可解な快感だ。

 幸いすぐ収まったものの、かすり傷でも濡れそう・・・・になるくらいの快感など尋常ではない。直撃を受けたら致命傷かつテクノブレイクするはずだ。

 痛覚すらも耐え難い快感に変える能力。

 そういえば以前――ミレンと接触したミロ様がおっしゃっていた。

『あのエロメイドさんに攻撃されると、気持ちいいから気持ち悪い』

あれ・・は……こういう意味ですか」

 クロコは得心とくしんした。そして、彼女の過大能力オーバードゥーイングにもさっしが付いた。

 草原へ着地したクロコを追ってミレンも降りてくる。

 巨大なモーニングスターを得意げに振り回すフレンチメイドは、クロコのいぶかしげな素振りから、自身の過大能力が効いた手応えを感じていた。

 勝ち誇るようにほくそ笑んでいた。

ミレンあなた過大能力オーバードゥーイング……よもや、ふしだらなものではありませんか?」

「ふしだらなんて失礼ね……みだらなクロコあなたに言われたくないわ」

 クロコの質問を受けたミレンはくちびるはいゆるめた。

 その微笑みはよこしまな感情が目立ち、とても醜悪しゅうあくだった。

 ミレンは鉄球を振り回すのを止めてドスン! と地面に落とす。その場にしゃがみ込み、ミニスカートからショーツが覗いても気にしない。

「私とてバッドデッドエンズの一員……三大幹部に数えられた一人」

 鎖を持っていた右手を地面に押しつける。

単身たんしんにて世界を滅ぼせる力を備えているのですよ?」

 破壊神ロンド眷族けんぞくたる力を知らしめるべく、ミレンは能力を解放した。



 過大能力――【止め処なく登エンドレスり詰めよ化・アッパー・楽天の絶頂】エクスタシー



 快感の波動が、うずを巻くように世界へと染み渡っていく。

 彼女から解き放たれる快感の波動は視覚にこそ映らないものの、その影響力は目に見えて草原に異変を巻き起こそうとしていた。

 まず草原の草木が快感に打ち震えた。

 枝葉をビクンビクンと痙攣けいれんするように打ち振るわせながら伸びていき、繁殖期はんしょくきでもないのに花実はなみを咲かせて、大量の種子や胞子を撒き散らす。

 大地や大気までもが、あらがえない快感に打ち震えていた。

 空は嬌声きょうせいにしか聞こえない突風を吹き荒れさせ、地面は喜びに震えるように震動を起こし、災害レベルの激震げきしんを引き起こす。

 おぞましい快楽に森羅万象が狂乱するかのようだった。

「あらゆるものに快感を与える能力……ッ!」

 一目瞭然の効果だが、クロコは固唾かたずを飲んだ。

 人間や生物なら話はわかるが、およそ大した感覚器官を持たない植物はおろか、自然現象までも快感のとりこにするとは常軌じょうきいっしている。

 いや――だからこその過大能力オーバードゥーイングか。

「まだまだ……私が差し上げる快感はこの程度じゃありませんことよ?」

 ミレンは自信満々で大言たいげんを吐いた。

 彼女の言葉通り、快感の強烈さは加速度的に増していく。

 無限に湧き上がる快感は破滅を招きかねない。

 そもそも快楽とは激しくエネルギーを消耗する。そんな感覚を一時も休むことなく、最大感度で味わい続けたらどうなることか?

 ――あっという間に身の破滅だ。

 緑豊かな草原は灰色に枯れ果て、次世代を残すことなく死滅する。

 大地は土壌どじょうから養分ようぶんを失い、震動がふるいとなって乾いた土塊つちくれを砂に変える。大気は風を吹かせて動くことに疲れ果て、空気からえた香りが漂ってくる。

 酸素や二酸化炭素に窒素、様々な微粒子……。

 空気中の成分までもが、快感でエネルギーを使い果たしているのだ。

 目に映らぬ快感の波動を発するミレン。

 地獄の底にある釜――そこで毒薬を煮る魔女のような笑顔で言った。



化楽天けらくてんの極み……底無しの快楽エクスタシーにのたうち回りなさいな!」



 快感の渦から伸びる魔手がクロコへと襲いかかる。


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