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第18章 終わる世界と始まる想世
第439話:女中殺快楽地獄
しおりを挟む段階を踏まなければ、ここまでの油断はなかったかも知れない。
いくら破壊神とて心が揺れ動くこともあるようだ。
まず、右腕に任じたアリガミが倒された。
倒したのはクロウ陣営所属の女騎士カンナ。全能力無効化の過大能力を持つ彼女は、次元を斬り断つ過大能力を持つアリガミを死闘の末に完封した。
アリガミの死を知ったロンドは機嫌を害した。
右腕と信じるに値する部下を失い、静かな怒りに沸いたのだ。
普段から「仲間なんぞいらん」「オレは単独で世界を壊せる」と豪語する男だが、長らく付き合ってきた部下には一抹の愛着があったらしい。
次いで、頭脳役のマッコウも戦死した。
撃破したのは水聖国家オクトアード国王のヌン。奈落を司る神として本性を現したマッコウを、創世神から引き継いだ創造の力で打ち破った。
この時は諦めを通わせた薄笑いでマッコウに別れを告げていた。
だが、本心では嘆いていたのかも知れない。
頭脳役と呼びながら、全面的に仕事を任せていた番頭的存在。
個性的な面子が揃っていたバッドデッドエンズで唯一、ロンドを呼び捨てにすることを許され、彼をして「マッコウさん」とさん付けで敬われた人物。
親友――そう言い換えてもいいはずだ。
この二人の死が、破壊神のちっぽけな情けを刺激したらしい。
ロンドは破壊神を自称する割に人間臭い。
真っ当な神族になるよう育ててくれた父親のおかげ、とは本人の談だ。そのせいなのかおかげなのか、多少なりとも感情に左右されるらしい。
演技過剰と思えるくらいのオーバーリアクションは演技ばかりではない。
ロンドは感情の起伏が激しい人情家な側面もあるのだ。
リードの敗北はこれに拍車を掛けた。
相反両義否定者――内在異性具現化者とは正反対の存在。
陰と陽を為すべき両義性を持たぬがゆえに、複数の過大能力を収める器になり得るリードは、破壊神の手で都合良く創り変えられる人材だったようだ。
リードは男でもなく女でもない肉体だった。
過酷な運命を背負わされ、腐った人間やそれを容認する世界を呪った。
破壊神の思想で染めるには持って来いの人材。
そして、最強の私兵へと育成できる希少性の高い逸材だったはずだ。
すべてを消滅させる力――時空間を空白で塗り潰す力。
他に類を見ない強力な過大能力を2つも与え、自らの「保険」と称するほど重用していたのだから、少なからず恩情もあったのだろう。
家族同然の付き合いだったという三大幹部。
彼らには一歩譲るも手塩に掛けた部下……愛弟子といったところか。
人間ならば情が移らないわけがない。
万が一の「保険」を失った落胆だけではないはずだ。
追い打ちを掛けたのが――空だった“終わりで始まりの卵”である。
世界の終わりに現れる宇宙卵。
その中で胎動するのは、終局を迎えた世界に引導を渡す破壊神であり、破壊の限りを尽くした後に新たな世界を産み出す創造神となるものだ。
創造と破壊は表裏一体、その真理を体現する存在とも言える。
しかし、創造神に転じるまではロンドのお仲間だ。
世界を壊すだけ壊させたら、次の世界を産む前に始末すればいい。
ロンドはそんな計画をアバウトに企てていたらしい。
ツバサたち四神同盟も騙されたし、バッドデッドエンズも詳しいことは何ひとつ教えられず、ただ「宇宙卵を探せ」とざっくばらんに命じられていた。そのどれもこれもが、この土壇場で混乱を引き起こすための策略だったのだ。
悪戯のつもりだった――でも反省はしない。
性悪な極悪親父のこと、こうした心算だった可能性も捨てきれなかった。
どちらにせよ「破壊神、追加入ります」の報は、四神同盟にとって一大事。迷いはあれども、真なる世界存続のため即刻破壊すべく動き出した。
一方、ロンドとしてもむざむざ壊されるのは面白くない。
せめて破壊神が孵るまでと護衛役を派遣した。
宇宙卵を守るために遣わされたのがリードだった。
そのリードを待ち伏せていたのが、銃神ジェイクはである。
元より両者にとっては因縁の対決だ。
ジェイクは最愛の女性を殺したリードへ復讐を果たしたい。リードは仇討ちを挑んできたジェイクから手酷い傷を負わされた落ち度を清算したい。
奇しくも職能はどちらも拳銃師。
異能の弾丸が飛び交う死闘を制したのは――銃神だった。
ジェイクはリードにトドメを刺す際、狙ったつもりなのか偶然だったのか知らないが、世界大蓮で成長中だった宇宙卵ごと射貫いたのだ。
その際に発覚したのである。
終わりで始まりの卵は――空っぽだった。
普通の卵に例えれば無精卵ですらない。
受精することで成長して新たな生物となるはずの黄身がなく、ただひたすら養分となるべき白身に相当する“気”を真なる世界から集めていたのだ。
世界大蓮は孵らぬ卵をせっせと温めていた。
この事実を知るや否や、ロンドは大いに取り乱したのである。
アリガミ、マッコウ、そしてリード。
部下などいらんと大口を叩いていたワンマン社長だが、彼らの死に際して人並みの反応をして、それなりに精神的ストレスを抱え込んだらしい。
そこに――空の宇宙卵が思い掛けない衝撃を与えた。
いくら攻撃しても素知らぬ顔で無効化し、ツバサの仲間たちと自分の幹部たちの壮絶な殺し合いをスポーツ観戦のつもりで見物し、ボインちゃんとのお茶会に興じていた極悪親父。その鼻を明かすくらい動揺させたのだ。
それは攻撃無効化に隙を作るほどだった。
空の宇宙卵だけでは、大した隙を誘えなかっただろう。
親友や部下の死が――破壊神の心に綻びを生じさせたのだ。
破壊神としてあるまじき感傷なので当人は絶対に認めまいが、ツバサの超必殺技を三連コンボでまともに食らった時点で言い訳できまい。
普段の極悪親父ならば、どうにかして凌いでいたはずだからだ。
ろくに防げないくらい狼狽えていたと認めざるを得まい。
最後の大技が――ロンドをじっくり焦がしていく。
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燃える羽根を撒き散らす真紅の光球。
初速度こそコマ送りしたかのような神速でロンドに迫ったが、勢いのまま彼を吹き飛ばすまでは行かず、接触すると同時に光球は静止した。
ロンドが受け止めたのだ。
顔の前で交差させた両腕と立てた片膝で、ロンドは転がってきた大玉を防ぐような体勢を取っていた。その状態からなりふり構わず全身を変型させるが如く、湧かせた怪物を防御壁にして耐えようとしていた。
片足一本、空中に制動した跡が残るほどロンドは後退っていく。
光球の勢いを殺すことには成功したらしい。
だが、この真紅の光球に秘められた威力はここから開花するのだ。
触れたが最後、諸悪の根源たる破壊神を蝕んでいく。
花が咲くように光球が解け、燃える羽根が生え揃う赤い翼を広げた。
何十何百と羽ばたく翼がロンドを掻き抱こうとする。
燃える羽根を備えた赤い翼に触れれば燃え上がる。ロンドも火属性への耐性もあるだろうし、対抗系技能を抜かりなく走らせていることだろう。
なので爆発的に燃焼することはない。
それでも――光球に接したところから肉体は炭と化す。
燻るような煙を噴き上げ、立ち上る煙はところどころで炎をまとう。
自身を抱き込んで焼き尽くそうとする光球。
防御のために展開した怪物たちは、ロンドよりも耐久力がないのか一瞬で炭から灰へと燃え尽きていく。それでも自分自身が焦がされるよりマシなのか、灰をかき分けるように次から次へと怪物を送り出していた。
劣勢に顔をしかめた極悪親父は喚く。
「おいおいおいッ! 火の勢いが弱まらねぇぞ!?」
怪物を盾に火力を落とそうとするも目算が外れたらしい。
なにせ際限なく刷れるコピー用紙で、無限の火炎放射器を防ぐような真似だ。
数を頼みに持ち堪えるロンドがおかしい。
幾重にも燃える翼を広げる光球と、無限に怪物を湧き出させる極悪親父。
その激突は骨肉相食む様相を呈していた。
しかし、徐々にではあるがロンドが押されている。
「ちょ、待っ……この体勢キツいし熱いしオジさん焦げ臭いんだけど!?」
「チッ! まだ余裕ありそうじゃねえか、この極悪親父が……」
真紅の光球に焼かれても聞こえてくる減らず口。
この程度では瞬殺できない難敵なのは重々承知だが、本当に仕留めきれない事実と余裕そうな態度に腹が立ち、ツバサはあからさまな舌打ちをした。
「ちょ、兄ちゃん! 女の子が舌打ちいくない!」
もっとお上品にしなきゃ! とツバサの躾を心配してくる。
「やかましいッ! 誰がお上品な女の子だ!」
――こちとら腕白で鳴らした雄の悪餓鬼だっての!
女神の超爆乳を揺らしながら吠えても説得力はないのだが、まだ男心を捨てていないツバサは何度だって主張してやった。
怒気を孕んだ気迫を乗せ、真っ赤な闘気が噴き上がる。
怒りを発露する機会に恵まれたツバサは、殺戮の女神に変わることはなかったけれども、その形相はダンディな彼女と褒めそやされそうなくらい漢気で漲っており、熱波に煽られる長い髪も強めに赤味を帯びていた。
またぞろミロに「ダイナミッ○プロ風の顔だ!」と指を差されかねない。
つまり、まだガラの悪い状態である。
こうなると暴力的な男心が優勢になるので悪くない。
神々の乳母の優しさは形を潜め、羽鳥翼という青年がインチキ仙人の下で育んできた喧嘩っ早い意識が表立って暴れ出す。
その闘志を駆り立てて、一気呵成にロンドを討つつもりだった。
――金翅烈日光
これまでロンドから強いられてきた茶会。
そこで耐え忍ぶように溜め込んできた鬱憤を、隠匿系の技能を上掛けした自身の道具箱を押し込み、練るように凝らすように磨き上げた珠玉である。
ツバサは太陽を創造する魔法を使う。
強大な敵を葬る際、最後のトドメとしてよく使用する。
すべてを飲み干すブラックホール創成魔法や、無限の奥行きを備える二次元空間を生み出す空間操作魔法もあるが、相手の遺伝子すら残さず後腐れなく焼き潰すという観点から、ツバサは太陽創造魔法で敵を仕留めてきた。
殺ると決めたからには――絶対に殺し尽くす。
真なる世界由来の不思議なパワーで蘇ることすら許さない。
だから太陽魔法でトドメを刺してきたのだ。
慎重派で用心深いとよく言われる、ツバサの性格の一端の表れである。
だがしかし、この金翅烈日光は一味違う。
太陽とよく似た灼熱の炎からなる光球なのだが、これは太陽ではない。
――金翅鳥は悪しき毒蛇を啄む。
その金翅鳥が吐く、金色の迦楼羅炎に因んだものだ。
迦楼羅も金翅鳥も、その前身はインド神話に伝わる霊鳥ガルーダ。
ガルーダは神々をも脅かす圧倒的な熱光と勇猛さを示した。
その力は雷帝インドラにも勝ったため、インドラは永遠の友情(懐柔目的)を交わしたほどだ。また世界維持神ヴィシュヌはガルーダの勇気と力に感動して「おまえ強いな! 仲間になれ!」(意訳)と勧誘したくらいである。
こうしてガルーダはヴィシュヌの騎獣となった。
(※インド神話の神々は自身が騎乗する獣を定めていた。破壊神シヴァならば聖牛ナンディン、雷帝インドラなら聖象アイラーヴァタ……といった具合)
見返りに与えられたのは不老不死の肉体。
そして、ガルーダの母を騙して500年の長きに渡って奴隷とした、悪辣な龍蛇たちへの恨みを晴らすべく、彼らを食糧として喰らうことを許される。
悪しき龍蛇はこの世に災厄をもたらすもの。
それを喰らう迦楼羅は、人々と世界を守る守護鳥として信仰された。
(※正しくは悪い龍蛇を喰らうように、人々の心に潜む煩悩の三毒を喰らう。魔除けや毒除けに病払い、それにともなう不老長生の御利益があるとされた)
迦楼羅の炎でできた金翅烈日光は“悪”を焼き尽くす。
善悪は所変われば品変わる。時代や場所によっていくらでも変わる価値観のひとつだが、ここではツバサが“悪”と断じたものと限定させてもらう。
――世界廃滅を目指す破壊神。
他者の心情や尊厳も踏み躙ってきた十分な“悪”である。
「……というわけで正義の炎に焼かれて死ね!」
「正義ほど独善主義な倫理はねぇぞ兄ちゃ……アーチチアーチチチチーッ!?」
反論すらも封じる迦楼羅の炎。
怪物の群れでできたバリアのせいで、なかなかロンドに炎が届かない。
ロンドは過大能力でひたすら怪物を繰り出し、たとえ焼き尽くされようとも相殺することを狙っていた。その考えは浅はかだと思い知らせてやる。
迦楼羅の炎に変化が現れようとしていた。
「火の羽が増えて……痛ぇ!? 嘴で突かれてる!?」
真紅の光球から、数え切れないほどの光り輝く鳥が現れたのだ。
光から生まれた輝きと熱量を備えた鳥の群れは、ロンドの怪物を嘴で啄むごとにその数を増やし、いつしか光球は膨れ上がる鳥の大群となっていた。
あの鳥こそが金翅鳥、燃え盛る翼や羽根の持ち主だ。
この必殺技は――生きている。
いわゆる魔法生物と呼ばれる類のものだ。
無理やりロンドのお茶会に付き合わされた怒り。それをここぞという瞬間に爆発させるため、様々な力を練りに練って磨きに磨いた成果として生まれたのが、燃えるような光から具現化されたこの金翅鳥である。
無数の金翅鳥が集まって群体となり、攻撃その物が生態を持つ。
金翅鳥は“悪”と定めたものを焼き尽くすため、その燃える翼で焼き尽くすとともに、輝く嘴で啄んで糧とすることで自己増殖する。
敵の“悪”が強大であればあるほど、それを餌に群れを大きくしていく。
そして、“悪”が滅びるまで猛攻を仕掛けるのだ。
「ロンドが破壊神という“悪”である限り、金翅鳥は増え続けるぞ」
「どこの無限地獄だよ!? クソ~、意地の悪い新必殺技で喧嘩のゴング鳴らすような真似しくさって……こうなったら仕方ない!」
緊急離脱! とロンドはわざとらしい情けない声で飛び退いた。
ただ飛び退いたのではない、全力の後退である。
身体中から黒い入道雲と見間違えるほど怪物を湧き立たせ、そいつらを噴出させる反作用を利用して、金翅烈日光から逃れようというのだ。
百鬼夜行よろしく一匹とて同種がいない怪物の群れ。
その怪物どもを置き土産に、ロンドは尻を捲って全速力で遠ざかっていく。
「逃げるは恥だが役に立つ、ってな!」
なかなかどうして――ラスボスとは思えぬ行動力だ。
直撃こそ免れたが、ツバサの金翅烈日光を受けて技の本質を見極め、処理するのが面倒だと踏んだのだろう。まともに対処するより、逃げの一手を打ってでもやり過ごした方が楽だと気付いたに違いない。
こういう時、自尊心が高いと意地でも反抗するものだ。
況してや悪の秘密結社を率いた首魁。
セオリー的には全能力を使ってでも立ち向かうものだと思うのだが……。
「ラスボスが逃げて恥ずかしくないのか! バーカバーカッ!」
まだ悪餓鬼モードのツバサは、百鬼夜行を引き連れるようにして逃亡するロンドを指差して、あらん限りの罵声をぶつけてやった。
しかし、悪餓鬼なので語彙力に乏しいのが悲しいところ。
一方、極悪親父も糞餓鬼みたいにあっかんべーをしながら逃げていく。
「べろべろべーだ! 主人公から逃げ回って最後に勝つ悪のラスボスがいたっていいだろーッ! オレぁそういう悪役をリスペクトしてんだよ!」
確かに――悪のカリスマが逃走した例はある。
事あるごとに主人公たちから逃げ果せて、行く先々で現地に迷惑を掛けながらパワーアップや部下の補充を繰り返した最悪の大妖怪もいたし、主人公とのラストバトル中でも逃げ出して、まさかのパワーアップを遂げた悪の帝王もいる。
完全なる勝利のためならば手段を問わない。
破壊神としての矜持はあるものの、悪の親玉としての自尊心なんて持ち合わせてないロンドは、ラスボスらしからぬ融通性があるから曲者だ。
……機会があれば土下座も厭わないだろう。
ゆえに侮れない。何をしてくるか読めない奇抜さを秘めている。
だからこそ根絶する覚悟で仕留めなければならない。
「逃がすか! 金翅鳥たちよ!」
ツバサの呼びかけに金翅烈日光は応える。
命令内容を口にするまでもなく、ツバサの能力によって生まれた魔法生物である金翅鳥たちとはつうかあだ。すぐさまロンドを追跡する。
途中、煙幕代わりに張られた怪物の群れを駆逐するのも忘れない。
命じるまでもなく率先的にやってくれるのだ。
ひょっとしたらミロよりお利口だぞ――金翅鳥。
ロンドは空の彼方を目指して、本腰を入れて逃避行を始める。
黒雲にしか見えない怪物の群れが尾を引いているため、その逃走経路はバレバレだし、一度目を付けた“悪”を金翅鳥は見逃さない。
地獄の果てまでも追い詰めていく。
そんなロンドの逃走を目の当たりにして、彼女が慌てふためいた。
「――ロンド様ッ!?」
最悪にして絶死をもたらす終焉 20人の終焉者。
№03 感壊のフラグ ミレン・カーマーラ。
右腕のアリガミ、頭脳役のマッコウ、彼らに次ぐ三番目の幹部だ。
一見すれば、ただのイヤらしいメイドさんである。
程良く均整の取れたモデル体型。バストウェストヒップのスリーサイズも適度なメリハリが利いており、そんなモデル顔負けのスタイルをメイド服で着飾っているのだが、そのメイド服が何とも如何わしいものだった。
スカートは超ミニ、胸の谷間は丸見え、生腕生脚をさらす露出度の低さ。
フレンチメイド――そう呼ばれるファッションだ。
メイド服にエロティックさを追求したものと思えばいい。
ショートヘアに切り揃えたウェーブ感のある金髪。その頭にはメイド服の象徴的なホワイトブリムを装着しているのだが、何故かやたらと刺々しい。
首のチョーカー、腕や足に巻いたバンド、耳たぶのピアス。
そのどれもが拷問器具張りの痛々しさだった。
どうも彼女は“痛み”や“死”に快楽を覚える性質らしい。
そこに端を発する趣味なのだろうが、身動ぎしただけで棘の部分が露出された肌に刺さりそうだ。見ているだけでこちらの痛覚を刺激される。
この戦争が始まって数時間が経過した。
しかし、彼女は一切の戦闘行為に参加していない。
ロンドの秘書という役職に専念し、この巫山戯たお茶会で彼のためにお茶菓子を用意するくらいの仕事しかしていなかった。後は毒舌を振るったくらい。
もっとも、その毒に塗れた舌鋒を向ける先はロンドなのだが。
秘書でメイド――この仕事に従事していた。
そんな彼女にすれば、ロンドの傍らに侍るのも仕事の一環なのだろう。
金翅鳥から逃げる主人を大急ぎで追いかけようとしていた。
飛行系技能に全力を注ぎ、最高速度で追い縋ろうとする。
だが、直感が働いたのか踏み留まった。
そんなミレンの眼前を――数え切れない銃弾が通り過ぎていく。
これには表情の薄いミレンも眼を剥いていた。
真一文字に結ばれた唇。化粧の乗った頬には冷や汗が流れる。
砲煙弾雨という銃砲が激しく飛び交う戦場を表現する四字熟語はあるが、それを有言実行するかのような物量の弾丸が、雨霰といった様子で降り注いだ。
ある一点へ集中砲火された凄まじいまでの乱射。
――ミレンが踏み出そうとした瞬間。
その一瞬を狙い澄まして、彼女を確実に撃ち殺すための銃撃だった。
十字砲火という戦術がある。
2つの場所からそれぞれ銃撃し、銃弾が飛んでいく火線を交差させた一点。そこへ踏み込んだ敵に最大効率で弾雨を浴びせる攻撃手段だ。
主に自陣を守る防御策として用いられる。
塹壕や防壁で地の利を得ることで射撃手の優位性を保ち、地雷や足絡みなどの敵兵の動きを制限する策を加えることで迎撃効果はより倍増する。
何より、正面からの斉射より敵への被弾率が高い。
機関銃などの場合、2倍以上の命中率になると試算されていた。
日本でも火縄銃部隊を二手に分け、敵兵が狙った場所へ突っ込んでくるよう誘導しつつ、十字砲火を浴びせて殲滅させる戦術があったという。
こちらは“殺し間”という通称で知られていた。
(※大人数の狙撃兵を編成して十字砲火をする場合、部隊の配置や銃を撃つ方向の指示には注意が必要となる。二手に分けた部隊が互いを正面にして撃つような真似をすれば、流れ弾で同士討ちする間抜けな惨劇となるからだ)
ミレンは銃弾の飛んできた方角へ振り返る。
彼女から見て斜め後ろ、そこにいくつもの窓が開いていた。
亜空間へ繋がる窓だ。小さいながらも扉や枠が備わっており、雰囲気は神族や魔族などの高位種族が使える道具箱の出入り口に似ていた。
(※亜神族である守護妖精族も使える。ただし用途は限定的)
上下左右――四箇所に密集している。
窓のひとつひとつは小さい。
鳩時計でカラクリ仕掛けの小鳩が現れるくらいの大きさしかない。
それくらいの小さな窓が四つに分かれ、集合体恐怖症を引き起こしそうなほど集まっていた。それぞれの窓からは鼻を衝く硝煙が立ち上っている。
小窓からは銃口が顔を覗かせていた。
あれらが一斉掃射され、ロンドを追おうとするミレンを足止めしたのだ。
この小さな窓は彼女の仕業に違いない。
過大能力――【舞台裏を切り盛りする女主人】。
亜空間にある自分だけの収蔵スペース、これを道具箱という。
神族や魔族ならば誰であれ、大型倉庫くらいの空間へ様々な物品を収納できるようになるのだが、彼女の過大能力はそれをパワーアップさせたものだ。
道具箱の亜空間すべてを舞台裏として扱う。
その空間面積は大型倉庫の数倍となり、本来なら入ることのできない自身の道具箱へ自由に行き来できる特集効果も追加される。また、自らを起点にして半径数㎞内のどこにでも出入り口を設けることも可能となる。
即ち、限定的ながらも空間転移の真似事ができるのだ。
神出鬼没な移動力、気取らせない不意打ち、いざという時の避難場所。
こうした応用力のある使い方に秀でた過大能力である。
彼女はこの能力を完全に使い熟していた。
「――あら、惜しい」
敵の幹部を仕留め損ねましたわ、とクロコは淡泊に残念がる。
ハトホル太母国 メイド長 クロコ・バックマウンド。
ミレンがロンドの秘書として側に仕えていたように、彼女もまたこの戦争からは一歩引いており、ツバサの給仕役として近くに控えていた。
一応、役割分担では臨機応変に動ける遊撃手の一人だ。
しかし万が一の予備兵力として、ツバサの手元に置いておいた。本人は連絡網で「私は補欠です」と、皮肉めいた愚痴をぼやいていた。
ミレンへ十字砲火を行ったのは他でもない。
戦争に不参加といえど、ミレンもバッドデッドエンズに選ばれた一人。
しかも右腕や頭脳役と肩を並べる大幹部。
彼女もまた世界を滅ぼせる過大能力の持ち主のはずだ。
ロンドの援護は勿論のこと、彼の指示で世界を破壊するためにいつ行動するかもわからない。そのためミレンにも抑え役が必要だった。
白羽の矢が立ったのが――クロコである。
外見だけならば、古式ゆかしく由緒正しいメイドの装い。
女性としては高身長。痩せすぎず太すぎず、女性的な魅力を象徴するバストやヒップは豊満。グラマラスな爆乳を評しても差し支えなかった。
ミレンの破廉恥極まりないフレンチメイドに対して、こちらはクラシカルかつオーソドックスなメイド服に身を包み、行儀良い姿勢を崩すことはない。
きっちりメイド服を着込んでも、山のように盛り上がる胸元は隠せない。
やや癖っ毛な銀髪をポニーテールにまとめている。
顔立ちも類い希な美女なのだが、人形のように無表情な鉄面皮。
黙っていれば感情の薄い美人メイド。
しかし、一度口を開けば所構わず主人であるツバサにセクハラを敢行し、こちらの嗜虐性を引き出そうとするサディスティックな一面を垣間見せる。そのことに怒って折檻すれば、これをご褒美と称して喜びまくる被虐体質。
エロ、サド、マゾ……何でもござれの万能的な変態。
こんなでもVRMMORPGを開発した世界的協定機関ジェネシスという大企業に務め、そのアルマゲドンでゲームマスターを任された敏腕社員。
元レオナルドの部下で爆乳特戦隊と呼ばれた、色物娘の一人である。
ただし、有能なのは認めざるを得ない。
家事、子守、実務、文政、戦闘……何を任せてもそつなくこなす。
そうした意味での万能性を買っての抜擢だ。
彼女ならばミレンを抑え込める。そう見込んで情報網を介して「ツバサがロンドと戦い始めたらミレンは任せたぞ」と命じておいたのだ。
出足を封じたのは上々、これで本命と引き剥がせる。
「クロコ……また私の邪魔をするつもりですか!?」
振り向いたミレンは、クロコの仕業と知って憎々しげに吐き捨てた。
彼女もクロコに負けず劣らず、表情に喜怒哀楽を表さない。だが、この時ばかりは仮面を脱いだかのように憤怒の相を露わにしていた。
クロコとミレン――この2人は犬猿の仲らしい。
それを踏まえた上なのか、クロコは彼女を対戦相手に選んだのだ。
「また、とは……失礼なことを仰いますね」
対するクロコは涼しい顔のまま、平常運転の澄まし顔である。
舞台裏でもある自身の道具箱。そこに手を差し入れると、物々しい一対の銃器を取り出して、小脇へ抱えて固定するように構えた。
M134――通称ミニガンとも呼ばれる軽量型バルカン砲。
それを長男ダインに頼んで、よりスマートで携行使用するに適した形状に改造しながらも、火力や装弾数を神族に見合うレベルに引き上げた機銃だ。
それでも本来、女性の腕力で扱える代物ではない。
クロコもまたLV999、使えるように鍛錬を積んできたのだ。
先ほどの十字砲火からもわかるとおり、クロコは戦闘で銃火器を用いる。
拳銃師ほどではないが、火器戦闘系の技能が豊富なのだ。
そのくせ錬金術師系の技能も達人レベルまで極めており、自分と瓜二つのメイド人形を大量生産して、手足のように扱う術も心得ていた。
舞台裏からミレンに銃弾の雨を浴びせた者たち。
彼女たちこそクロコの私兵――メイド人形部隊である。
両腕に小型バルカン砲を構えるクロコだが、まだ標的には向けない。ただ、彼女の両眼は冷たい視線でミレンを捉えていた。
「後にも先にも、あなたの邪魔をするのは今日限りです」
――ツバサ様。
クロコはミレンから目を離さず、通る声で言い放つ。
「此処は私めが受け持ちます。ツバサ様はどうぞ破壊神を追ってください」
「ああ、頼んだぞ」
打ち合わせ通りだ、ツバサは飛行系技能で飛び立つ。
自然を司る過大能力で大気に働きかけて強化とし、今まさに地平線の彼方へ消えようとするロンドを、音速を超える速さで追いかける。たとえ見失おうとも垂れ流しの怪物と、それを追跡する金翅鳥がロンドの居場所を教えてくれた。
音速の壁を越える寸前、クロコの脇を通り過ぎる。
「死ぬなよ――ミロが泣くからな」
「ご冗談を――ツバサ様とミロ様以外、私を殺せる者などおりませんわ」
そういってクロコは珍しく微笑んだ。
彼女の本性を知らなければ、一目で恋に落ちる艶やかな微笑だった
短いながらも主従らしく会話を交わしておく。
クロコは神族――御先神。
誰かに従属しないと行動はおろか生命活動すら維持できない、という罰則持ちの珍しい神族だ。反面、主人に恵まれれば恒久的な超強化を得られる。
クロコの主人はツバサ(とミロ)である。
度し難い変態エロメイドだが、こんな時くらい労ってやらねば……。
男心が号泣するくらい女神の肉体となったしまった。
そんなツバサの抱えるほど大きい超爆乳にパイタッチしてきたり、まだ経産婦でもないのに超安産型と揶揄される巨尻の谷間に顔を埋められたり、女体化した肉体を飾り立てるためのエロス180%なランジェリーを大量に贈られたり、ミロとの夜の情事を暴かれたり、朝昼晩と三回搾らなければ乳腺が張り詰めて堪らないハトホルミルクの搾乳を頼みもしないのに手伝ったり……。
……うん、思い返してみたらセクハラしかされてないな。
労う必要なくね? とか躊躇ってしまう。
悪態のひとつでも吐いておこうかと考えついた時には、振り返っても黒い点にしか見えないくらい遠くへ、クロコを置き去りにしていた。
それほどの初速度を叩き出していたようだ。
致し方ない、日々のセクハラへのお説教は後の楽しみに取っておこう。
クロコもツバサに叱られるのは「ご褒美です!」だろうし……。
――この戦争に勝利して生還する。
これを前提に戦うのみだ。クロコも生きて帰ると信じよう。
「いやはや、よもや彼女たちがこの真なる世界で決着をつけるような戦いを始めるとは……これも因果か因縁か? と疑いたくなる奇妙な縁ですな」
ツバサのすぐ後ろから、暢気な声が届けられる。
独り言にも聞こえるが、明らかにツバサへ聞かせているつもりだ。
気配がひとつ付いてくる。これほどの豪速を出していれば、追いつけるのは四神同盟の手練れでも数えるほどのはずだが……。
丸いというか太いというか――無視できない存在感。
ズングリムックリした気配は、最速で飛ぶツバサに同伴していた。
それも平気の平左でだ。
「どちらも社内では顔を合わせる度に『変態め』『露出狂め』と啀み合っておりましたが、何やらお互いの趣向に物申すことがあった様子……いつしか気付けば二人とも主人を選んで女中になられておりましたが、はてさて」
互いを認めぬ女中同士の殺し合い――どのような地獄を為すことやら。
他人事として独白する声の主をツバサは一瞥する。
「……付いてきたのか」
邪険にするわけでも敬遠するわけでもない。
なんでいるのさ? と不思議そうな目線で追随する男を見据えた。
エンテイ帝国 執事 ダオン・タオシー。
かつて還らずの都を巡る戦いで敵対した猛将キョウコウ・エンテイ。
そのキョウコウが率いる一派の執事として取りまとめていた男だ。まとめ役というわけではなく、一派の者たちが円滑に仕事をできるよう雑事の一切を引き受けていたらしい。その職能はまさに執事であろう。
還らずの都を巡る戦いで、四神同盟は勝利を収めた。
キョウコウたちは敗走したものの、自分たちの過ちを認めた上でツバサたち同様に仲間を集めて国家を樹立するまでに至っていたらしい。
それが――エンテイ帝国だ。
キョウコウはロンドに負けず劣らずのワンマン社長で、「力こそパワー」が信条のパワフルオヤジなのだが、破壊神とは決定的に違うところがあった。
彼は真なる世界を護りたい一心だったのだ。
心情的には守護神と大して変わらない。
還らずの都を狙ったのも、それを最強の軍事力とするためである。
そんなキョウコウの観点からすれば、真なる世界を完全に滅ぼすロンドに賛同できるわけがない。だからこそ四神同盟への協力を買って出てくれた。
それと――ツバサをえらく気に入ってくれたらしい。
キョウコウに打ち勝った実力を認め、彼に精神的外傷を植え付けた超巨大蕃神をも撃退したことを高く評価してくれているそうだ。
どちらも真なる世界を護る者。
キョウコウとしても親近感が湧いたのかも知れない。
……なんだろう、最近オヤジ世代に好かれている気がする。
オヤジキャラは特に嫌いでもないが、ハーレムが築けてしまうくらいに増えられるのは御免だ。そろそろ対策を講じる頃だろう。
とにかく、キョウコウは協力を申し出た。
現在、各陣営にはエンテイ帝国からの援軍が合流している。
彼ら援軍の統制と四神同盟に承諾を得る交渉役として、四神同盟の代表的な存在であるツバサの元へ派遣されたのが執事ダオンだった。
誰に対しても低い腰で接するが、その対応はどこか慇懃無礼。
分厚い面の皮は傲岸不遜と受け取られがちだ。
執事らしい正装こそしているが、極度の肥満体型でそれほど背は高くないため、似合っているかと問われたら首を横に振るしかない。
下ぶくれの顔には、いつも不敵な笑みを蓄えている。
なのに黒の長髪はワンレンで綺麗に整えているアンバランスさ。
一見すれば人を選びそうな悪役の容貌なのだが、その珍味みたいな癖の強さに独特の愛嬌があるというか何というか……。
ツバサ個人の感想としては割と気に入っている。
顔の造作に始まり太っちょの体型や受け答えの口調に漂わせる雰囲気まで、それらすべてが思わせ振りでちょっとイヤミな印象を受けるのだが、やることなすこと丁寧で気配りの行き届いた完璧さを心掛ける。
そして実際、真面目生真面目クソ真面目を地で行く紳士だった。
見た目のせいでかなり損をしている。
外面と内面の落差が激しいところに、味わい深い人間性を感じるのだ。
そんなダオンが――何故かツバサの後を付いてきていた。
これから破壊神と本格的な戦闘が始まる。
基本的に一対一で挑むつもりでいるツバサとしては、第三者の応援は歓迎できないし許可するつもりもない。フォローする余裕や庇える自信がなく、下手に手を出されると、ツバサとロンドの戦いに巻き込みかねないからだ。
参戦を認められるのは――ミロくらいなもの。
次点でミサキ君だろう。
この2人なら戦闘能力は申し分ないし、何より破壊神が隠し球を持っていたとしても対抗できる万能の過大能力を持っている。
その過大能力を当て込んだツバサは、ミロを対破壊神の切り札とした。
だが、ミロは穂村組の組長と対戦するように仕組まれてしまったため、この計画はおじゃんになってしまったのだが、それでも別の戦力を守護神と破壊神のタイマンの巻き添えにするつもりなど毛頭ない。
借りている援軍など以ての外だ。何かあれば外交が面倒になる。
「破壊神退治まで手伝うつもりか?」
ご冗談を――ダオンは白旗を揚げる代わりに両手を挙げた。
「私では足手まといになるのがオチですよ。ただ、戦地へ赴く主人のことを慮りまして、お見送りができないメイド長に代わって付き添いをと……」
「おまえ、ハトホル一家の執事じゃないだろ」
メイドと執事で金持ちのお屋敷に務めてそうなコンビを結成しつつあったので、ついつい我が家の執事みたいに扱っていたが、コイツは余所の執事だ。
キョウコウにしてもダオンを手放しはするまい。
少なくとも、ツバサが主人ならばダオンを重用すると約束できる。
「なんにせよ、途中までお見送りさせていただきます」
「執事らしい気遣いだな」
皮肉っぽい言い方になったが賛辞だった。
本腰を入れて皮肉めいた叱責をするなら、「この戦争中に見送りなんてしなくていいから、一匹でも多く巨獣を倒してこい!」と怒鳴っている頃だ。
しかし、ダオンは既に対策済みである。
ここにいるダオンは実体を持つ影――いわゆる分身。
ダオン本体は既に援軍として巨獣掃討に東奔西走しており、ここにいる分身はあくまでも伝令役。どちらもちゃんと仕事を果たしているわけだ。
お見送り、と控えめな表現だが随伴する理由も察している。
納得のため息を漏らしたツバサは一言。
「――ありがとうな」
素直に感謝を述べると、ダオンは面食らっていた。
その謝辞には思い当たる節がない――そんな顔だった。
途中までの見送り程度でツバサから「ありがとう」を引き出しことに、違和感があったのだろう。ツバサは礼を述べた理由を明らかにしていく。
「還らずの都が危なかった時、助けてくれただろ?」
ああ……とダオンは納得した様子だ。
「さすがツバサ様……見抜かれておりましたか」
両眼を閉じて目元を伏せ、恥じ入るような所作で誤魔化した。
還らずの都が襲撃された時――。
(※第390話~第402話くらいのお話)
暴食童子オセロット・ベヒモスは、還らずの都に匹敵するサイズまで巨大化すると、その山のような肉塊から5匹の巨大獣を生み出した。
全長1㎞になる規格外の大きさ、超重量級のバケモノたちだ。
その戦闘力も上級のLV999に匹敵する。
応戦したルーグ陣営のマルミたちもLV999に到達していたため、一対一ならば互角に戦えるのだが、巨大獣の他にもオセロット自身が押し寄せてきたり、彼の姉である哭き女サバエが襲ってきたりと、てんてこ舞いだった。
そこでオセロット撃破のため、開発中の秘密兵器を見切り導入した。
――始源至道巨砲。
直撃すれば多重次元をも貫きかねない砲撃を放つことができるが、如何せんエネルギーチャージまでに時間が掛かる。そこを狙われれば元も子もない。
オセロットも撃たせまいと、五匹の巨大獣を嗾けてきた。
マルミたちは始原至道巨砲を護るため巨大獣を迎え撃つも、どうしても人手が足りなくて、一匹の巨大獣を自由にせざるを得なかった。
その自由だった巨大獣は何者かによって一撃で屠られたのだ。
「あれ、ダオンの仕業だろ?」
「仰るとおりにございます、お……」
「苦し紛れに冗談で煙に巻きたいのかも知れんが、ツバサのことを奥様と呼ぼうものなら、問答無用で本体へ急行してタコ殴りにするからな?」
「……お、お、おツバサ様」
脅しが利いたのか、急激な方向転換にダオンは成功した。
自分の戦果を大っぴらにしたくない。
大したことはない、と自らの成果を過小評価している節があった。
おかげで始原至道巨砲は無事に発射され、オセロットと姉のサバエを撃破することに成功し、還らずの都を防衛することができたのだ。
マルミからも「倒した人影に見覚えがある」と報告が上げられていた。
「いやはや、しっかり目撃されていましたか……」
不覚です……ダオンは片手で顔を覆うと猛省するように項垂れた。
一目見たら忘れられない丸くて太い体型だ。
いくら眼に止まらぬ速さで戦闘に介入して、巨大獣を倒したら疾風のように去ったとしても、見知った人間がいれば即バレは致し方あるまい。
ダオンも元はVRMMORPGのゲームマスター。
同僚は全員把握済みのマルミ先輩がその特徴的なフォルムを忘れるわけもなく、常に周囲へ気配りの目端を利かせている彼女が見逃すはずもない。
巨大獣を瞬殺して去って行くダオンを、しっかり補足していたのだ。
やれやれ、とツバサは苦笑しながら勧める。
「ダオンはもうちょっと自己主張してもいいと思うぞ」
その勤労振りをな、とツバサは正当な評価を下した。
傲岸不遜の代表みたいに厚かましい見てくれとは裏腹に、ダオンは勤勉実直を地で行く誠実な男なのだ。これまで誤解もされてきたことだろう。
しかし、この男は文句ひとつ言わない。
他者から被る自らの人物像を弁えるも、職務には誠実であれと努める。
主人に限らず他者への奉仕をストイックに達成することを喜びとし、謝辞はおろか世辞さえ望まない。だから功績や手柄も主張しようとしない。
還らずの都での一件は、四神同盟として大きな借りだ。
なのに――ダオンは何も言わない。
ツバサが指摘しなければ、黙り通したに違いない。
ダオンは目元を隠したまま弁明を始める。
「その……ツバサ様の元へお伺いする前に、偶さか通りがかったので……マルミ先輩も知らぬ仲ではありませんし、手を貸したに過ぎません……ああ、援軍を申し出るにしろ、過去の経緯もありましたから、点数稼ぎをしておくのも悪くないと思ったのですが、それをわざわざ報告するのも鼻につくと思いまして……」
さっきまでの流暢さはどこへやら。
文脈こそしっかりしているが、終始しどろもどろな言い訳である。
変なとこ不器用だな――内心ツバサは呆れるも共感できた。
今度は同情のため息をついたツバサは、はっきり明言する。
「言うだけ言え、どう対処するかはその人に寄るから」
少なくとも――ツバサはダオンに感謝する。
「自身の有能さをひけらかす馬鹿野郎なんざ知ったこっちゃないが、おまえみたいにできるくせして謙虚が過ぎるっても印象は良くないぞ」
「……はい、以後気をつけることと致します」
余程堪えたのか、ダオンはまだ顔を上げようとはしなかった。
雑談しながらもロンド追跡は忘れていない。
ツバサもダオンも、飛ぶ鳥を落とす超高速で飛翔する。
まだ破壊神の後ろ姿を捉えることはできないが、着実に距離を縮めていることは間違いない。金翅鳥が奴の居場所を教えてくれていた。
不意に――行く手を影の群れに遮られる。
飛行能力のある巨獣の大群だ。
空での機動力を重視したのか、いわゆる飛竜型が多い。
「そりゃそうか……親分のために道を塞ぐわな」
すんなり破壊神を終えるわけなかった。
ロンドの命令か巨獣たちの独断か、はたまた飛んでいる獲物がいたから本能的に襲いかかっただけか……その可能性が一番高そうだ。
巨獣が巨獣を呼び、あっという間に群れの数が膨れ上がる。
邪魔だな、とツバサは眉を顰めた。
ロンドが即席で創る怪物とは違い、巨獣一体一体の戦闘力は段違いだ。ツバサなら蹴散らせるが、その蹴散らす手間が面倒だった。
即席で湧いてくる怪物が雲霞なら、巨獣たちはネズミの群れだ。
程度の差はこれくらいだが、あしらう労力は全然違う。
破壊神との決戦を目前に控えているため、なるべく力もスタミナも温存しておきたいところだ。煩わしいことに時間を割くのも勿体ない。
どうするべきか――と悩む必要もなかった。
巨獣の群れにいくつもの穴が開く。
大小様々の穴は、巨獣の肉体を向こう側の景色が見えるまで貫通しており、蜂の巣みたいな風穴が無数にできあがっていた。
何が起きたかを知る由もないまま、穿たれた巨獣は断末魔を上げる。
「――お見送りに来た甲斐がありましたね」
ツバサの背後から、ダオンが主人の盾となるべく前に出た。
特に何かを放ったような動作は見られない。
しかし、頑丈で分厚いのが取り柄の巨獣にあれだけの風穴を開けたのは、紛れもなくダオンの手腕だった。風穴の大きさに差があることから、一撃一撃に散弾に似たムラがあるものの、貫通力は申し分ない。
超大型の兵器クラスの散弾銃を撃ったような威力だ。
ジャラジャラと鳴るパチンコ玉くらいの球体。
ダオンはそれを両手の内に隠して、暗器のように扱っていた。
(※暗器=隠し持てる武器の総称。主に暗殺に使われる)
その球体を乗せた親指を人差し指で握り込み、力を溜めた親指を弾くことで球体を勢いよく飛ばす。指弾と呼ばれる中国武術の技だ。
弾かれた球体は途中で破裂し、小さな粒となって着弾する。
すると、食い破られるかのように巨獣の全身に風穴が開くのだ。
過大能力を噛ませた攻撃技――らしい。
ぱっと見ではどのような過大能力や技能が盛り込まれているかわからないが、ほんのり死霊術師系の匂いがした。穂村組のマリと系統が近いようだ。
興味深いが、分析系技能で調べている時間はない。
「ツバサ様、この場は私が引き受けましょう。貴方様は一刻も早く……」
「ああ、ロンドを追わせてもらう」
言葉にするより早く、ツバサは振り切るように飛び立っていた。
大きな口でニヤリと悪役のように微笑むダオンは、ツバサに追い縋る巨獣たちに散弾銃みたいな指弾を浴びせ、その追撃を阻んでくれた。
一匹たりとも見逃しはしない。
おかげでツバサは消耗することなくロンドを追いかけられそうだ。
分身だが実体を有し――戦闘能力の備えもある。
このような事態を想定していたのだろう。ツバサの邪魔となるであろう巨獣を足止めする殿要員として、ダオンは分身をここまで同伴させてくれたのだ。
執事らしく有能――頼りになる男だ。
融通が利き、出しゃばらず、思慮と配慮に長け、従僕として主人を立てる。
キョウコウが名代として遣わすのも納得というものだ。
「そんなことあり得ないだろうが……」
別れ際、ツバサはダオンに置き土産を残していく。
もしもキョウコウから解雇を言い渡されたら――ツバサのところへ来い。
「高給で雇うと約束しよう」
「ッ!? それはそれは……買い被られたものですな」
一瞬ダオンは顔色を失うほど驚くも、いつもの傲岸不遜な顔で笑った。
「有り難いお言葉、覚えておきましょう……ご武運を!」
「おまえもな、必ず生き残れよ」
別れの言葉を交わしたツバサは、脇目も振らずにロンドを追跡する。
やっとだ――随分と寄り道をさせられてしまった。
この時が来るのを一日千秋の思いで待ち続けた。
守護神と破壊神による最終決戦が、ようやく幕を開けるのだ。
~~~~~~~~~~~~
還らずの都付近――都を俯瞰できる上空。
ほんの少し前までそれぞれのご主人様が棋譜を挟んで睨み合う円卓があった場所で、クロコとミレンは緊迫感とともに対峙していた。
クロコは既に武装済み、両手に軽量小型バルカン砲を構えている。
対するミレンも武装を用意するようだ。
「振り返ってみれば、クロコとミレンは長い腐れ縁でしたわね」
ミレンは道具箱から棒状の品を取り出した。
太く頑丈な柄、その装飾から見て槍や矛のような長柄武器を想像したのだが、引きずり出された柄の尖端にあったのは鎖だった。
長く太く丈夫な鎖は、いつまでもどこまでも伸びる。
「高校時代……あの頃からあなたは男子がドン引きするほどの変態性をオープンにしていたのに……何故かチヤホヤされ、生徒会副会長に任じられ……」
専用武器を用意しながら、ミレンは恨み言を呟いていた。
槍や矛――または棍と呼ばれる棒状武器。
それほど長い柄に、延々と伸びる極太の鎖が取り付けられていた。
鎖の先に繋がれていたのは――鉄球だった。
「大学時代……お互いに趣味と実益を兼ねてSM倶楽部でバイトすれば、常連さんもお得意様も、みんなあなたにばかり靡いてしまうし……」
恨み節は止まらない。多面的に妬まれていたようだ。
鎖に引っ張られて現れた鉄球――ただの鉄球ではない。
球体の直径は、マンションのワンルームがすっぽり収まる程度。そこから人間を串刺しにできるような棘が……いいや、三角錐と言い表すしかない、棘と表現するのも烏滸がましいサイズのものが等間隔で生えていた。
三角錐みたいな棘の合間には、やはり等間隔で穴が開いている。
クロコにはその穴が銃口に見えて仕方なかった。
連節棍棒――あるいはモーニングスター。
武器の種別としては、どちらかに分類されると思われる。
連節棍棒は元々、穀物を叩いて脱穀する際に使われた道具から派生したと言われる武器だ。持ち手と殴打部分を鎖などで連結して振り回し、その遠心力を利用して攻撃する打撃武器のことをいう。
モーニングスターは、棘付き鉄球を頭に持った棍棒を指す。
この棘付き鉄球を鎖で持ち手に繋げた武器を“モーニングスター”と呼ぶ場合もあるらしいが、それはフィクション作品によって差異がある。
一応、ミレンの武器は後者に属するらしい。
ただし、サイズ感がバグを起こすほど大きいのだが……。
おまけに銃火器も内包していると見た。
人間相手に使えばオーバーキル間違いなし、そもそもエッチなフレチメイドコスをした女性が細腕で振り回せるような代物ではない。
クロコの小型バルカン砲も大概だが、彼女も度を超していた。
左手に柄を握り締め、右手に鎖を掴む。
構えたミレンは鉄球の重量を物ともせずに振り回した。
細い腕がそれなりに筋肉で張り詰め、細い血管が軽く浮き彫りになる。
それは怒りを現しているようにも見えた。
「世界的協定機関に入社してもそう……あなたは誰にでも上手に取り入り、ゲームマスタートップとも親しげになるほど立ち回って……ッ!」
この際ですから――はっきり言わせていただきます。
「私……クロコの世渡り上手なところが疎ましいんです!」
十分に遠心力が乗った棘付き鉄球。そこにミレンが抱えていた鬱積した想いをたっぷり乗せて、クロコ目掛けて全力で叩きつけてきた。
飛来する鉄球にもクロコは動じない。
戦闘準備をしながら毒突くミレンに、冷めた眼差しを向けていた。
「……そう考えると本当、腐れ縁ですわね」
高校時代からの付き合いなので、幼馴染み二歩手前くらいだろう。
昔から突っ掛かられている気がしたが、ここまでミレンから明確に嫌悪感を並べ立てられたのは、世界的協定機関へ入社した時以来かも知れない。
お互い、反りが合わない自覚はある。
入社直後の歓迎会でカミングアウトされたのは忘れない。
なったばかりとはいえ社会人の端くれ、その場はミレンからの一方的な口喧嘩で終わってしまい、クロコは大して気にも留めなかった。
失礼な言い方だが――彼女など眼中にない。
だから因縁を付けられても一方通行、相手にすらしてこなかった。
「そのツケを払わされている気分ですわね……」
無視が過ぎるのもよくありませんでした、今更ながらに反省する。
クロコは冷めた目線をミレンから迫り来る鉄球へ移す。
接近する速度と質量からして、左右の小型バルカン砲で斉射しても撃ち落とせるものではない。精々、わずかに威力を削ぐのがいいところだ。
ないよりマシなので迎撃しながら回避する。
棘付き鉄球に集中放火を浴びせて、少しでも相殺させていく。
すると――鉄球から反撃が飛んできた。
案の定、棘の間に配置された銃口が火を噴いたのだ。
巨大モーニングスターという特大鈍器でありながら、360度の多方面を銃撃することが可能な重火器。イカレたコンセプトの兵器である。
鉄球はまっすぐにクロコへと突き進む。
そんなクロコへ向けては射撃をせず、クロコが避けようとする包囲すべてに向けて弾丸をばら撒いているのだ。鉄球を避ければ弾幕の餌食となり、弾幕を浴びたくなければ鉄球を甘んじて受け止めるしかない。
逃げ場はありませんよ、と言わんばかりだ。
「……底意地の悪い戦法ですこと」
片腹痛いです、と鼻で笑ったクロコは避けることを選んだ。
弾丸も鉄球も――すべて回避する。
隙間なく間断なく、弾幕が押し寄せようともお構いなし。
ヌルリ……という表現が似合う、人間離れした軟体を披露するような柔らかい動きで弾幕の真っ只中を掻い潜ってみせたのだ。
この神業にはミレンも絶句する。
「……ッ! 鰻か蛇を思い出させる動き……気色悪いッ!」
「これも生きるためのテクニックですので」
悪しからず、とクロコは小型バルカン砲の引き金を絞った。
こちらも負けじと弾幕を浴びせかけていく。
毎分1万発の発射速度で大口径の弾丸を撒き散らす。
神族ならばバルカン砲の弾丸を数十発喰らったところで軽傷にもならないが、浴びれば運動能力に支障が出る。ミレンとて躱さなければならない。
つまり、ほとんど牽制だ。
多少なりともダメージを負わせれば御の字、くらいに考えている。
また、本当の目的をクロコは別の所に隠していた。
「くっ……勝負は始まったばかりですわ!」
ミレンは悔しげにクロコのバルカン砲を避けつつ、柄と鎖をそれぞれ両手に持つスタイルで重火器モーニングスターを巧みに操っていた。
クロコも鉄球と弾幕に警戒するも、ミレンへ砲火する手を止めない。
熱い銃弾が霧のように一帯を覆っていく。
硝煙が厚く層となって焦げ臭い雲を作るが、互いを狙い撃ちながら高速移動を繰り返す2人のメイドによって、雲となる前に散らされていた。
――弾丸が高密度で飛び交う晴天。
重火器を操るメイドが2人、目にも止まらぬ神速で激しく交錯する。
「本当……気に食わない女ッ!」
ミレンは無表情を崩して、忌々しげに歯噛みした。
「明け透けなく変態を公言してるくせに……優れた人や秀でた人、重要人物ばかりに眼を掛けられ……その万能振りを翳して涼しい顔……ッ!」
そんなクロコに――虫唾が走るのよ!
白熱した戦闘で気性が荒ぶってきたのか、ミレンは絶叫で言い切った。
一方のクロコはクレーバーな対応を崩さない。
表情も鉄面皮のまま、いつもより感情が白けているかも知れない。
「与り知らぬところで随分と嫌われたものですね」
漂白されたような顔色で、無感動な口調のまま呟いた。
「……まあ、私もミレンが気に食いませんでしたけど」
いい機会だから本音で語り合っておこう。
お気付きですよね? とクロコが問えばミレンも片眉を揺らす。
SM倶楽部でのバイト時代、同僚として忠告した件だ。
剃刀の如く研ぎ澄ませた双眸でクロコは告げる。
「快楽とは――生あるものが謳歌できる数少ない悦びです」
それは死と隣り合わせにあるものではない。
「生と死は表裏一体……密接に関わり合うものではあれど、快楽と死を結びつけるなど言語道断、と私は考えております」
――己の死ぬ寸前を思い描いて悦に入る。
――生からの解放である死を喜びとする。
――死の果てにある滅びに悦楽を見出す。
「そんな性癖を持つミレンと、わかり合えるわけありませんわ」
様々な快感を探求する変態ゆえの一家言。
だからこそ、クロコの立ち位置からすれば譲れない意見だった。
図星を疲れたミレンは激昂する。
「ほざきなさい! この変態がぁッ!」
「お黙りなさい、死にたがり露出狂女が」
クロコは淡々と返すも、その動作はちょっと慌てていた。
ガキィン! と鉄塊同士を叩き合わせたよう轟音。
会話に気を取られたためか、ミレンの棘付き鉄球を万全に避けることができなかった。クロコは特別製のバルカン砲を盾にして受け流す。
ダイン謹製の砲身は曲がりもしない。
近接戦での殴り合いを想定した頑丈さだ。
腕や頬を棘で引っかかれたが、皮一枚で済んだので出血もない。
「……………………ッ!?」
そのかすり傷にもならない引っ掛かれた箇所が疼いた。
とてつもない気持ちよさに目眩を覚えそうなくらいだ。
腕や頬に性感帯はない。
ある人もいるかも知れないが、少なくともクロコにはない。大体開発済みなのだが、そもそも感覚器官の薄いところは開発しようがない。
なのに――どうしょうもないくらい気持ちいい。
性感帯を刺激されたのと変わらない、それ以上の快感にゾクゾクする。
鉄球に弾き飛ばされた拍子に地上へと落下する。
還らずの都やその麓にある二つの国から離れるよう、クロコへの鬱屈した偏見で頭に血が登りかけていたミレンを誘導していたのだ。
舞い降りた先は――何もない草原。
ここなら周囲に被害も及ばないでしょう、とクロコは安堵する。
それよりも、対処すべきはこの不可解な快感だ。
幸いすぐ収まったものの、かすり傷でも濡れそうになるくらいの快感など尋常ではない。直撃を受けたら致命傷かつテクノブレイクするはずだ。
痛覚すらも耐え難い快感に変える能力。
そういえば以前――ミレンと接触したミロ様が仰っていた。
『あのエロメイドさんに攻撃されると、気持ちいいから気持ち悪い』
「あれは……こういう意味ですか」
クロコは得心した。そして、彼女の過大能力にも察しが付いた。
草原へ着地したクロコを追ってミレンも降りてくる。
巨大なモーニングスターを得意げに振り回すフレンチメイドは、クロコの訝しげな素振りから、自身の過大能力が効いた手応えを感じていた。
勝ち誇るようにほくそ笑んでいた。
「ミレンの過大能力……よもや、ふしだらなものではありませんか?」
「ふしだらなんて失礼ね……淫らなクロコに言われたくないわ」
クロコの質問を受けたミレンは唇の端を緩めた。
その微笑みは邪な感情が目立ち、とても醜悪だった。
ミレンは鉄球を振り回すのを止めてドスン! と地面に落とす。その場にしゃがみ込み、ミニスカートからショーツが覗いても気にしない。
「私とてバッドデッドエンズの一員……三大幹部に数えられた一人」
鎖を持っていた右手を地面に押しつける。
「単身にて世界を滅ぼせる力を備えているのですよ?」
破壊神の眷族たる力を知らしめるべく、ミレンは能力を解放した。
過大能力――【止め処なく登り詰めよ化楽天の絶頂】。
快感の波動が、渦を巻くように世界へと染み渡っていく。
彼女から解き放たれる快感の波動は視覚にこそ映らないものの、その影響力は目に見えて草原に異変を巻き起こそうとしていた。
まず草原の草木が快感に打ち震えた。
枝葉をビクンビクンと痙攣するように打ち振るわせながら伸びていき、繁殖期でもないのに花実を咲かせて、大量の種子や胞子を撒き散らす。
大地や大気までもが、抗えない快感に打ち震えていた。
空は嬌声にしか聞こえない突風を吹き荒れさせ、地面は喜びに震えるように震動を起こし、災害レベルの激震を引き起こす。
おぞましい快楽に森羅万象が狂乱するかのようだった。
「あらゆるものに快感を与える能力……ッ!」
一目瞭然の効果だが、クロコは固唾を飲んだ。
人間や生物なら話はわかるが、およそ大した感覚器官を持たない植物はおろか、自然現象までも快感の虜にするとは常軌を逸している。
いや――だからこその過大能力か。
「まだまだ……私が差し上げる快感はこの程度じゃありませんことよ?」
ミレンは自信満々で大言を吐いた。
彼女の言葉通り、快感の強烈さは加速度的に増していく。
無限に湧き上がる快感は破滅を招きかねない。
そもそも快楽とは激しくエネルギーを消耗する。そんな感覚を一時も休むことなく、最大感度で味わい続けたらどうなることか?
――あっという間に身の破滅だ。
緑豊かな草原は灰色に枯れ果て、次世代を残すことなく死滅する。
大地は土壌から養分を失い、震動が篩となって乾いた土塊を砂に変える。大気は風を吹かせて動くことに疲れ果て、空気から饐えた香りが漂ってくる。
酸素や二酸化炭素に窒素、様々な微粒子……。
空気中の成分までもが、快感でエネルギーを使い果たしているのだ。
目に映らぬ快感の波動を発するミレン。
地獄の底にある釜――そこで毒薬を煮る魔女のような笑顔で言った。
「化楽天の極み……底無しの快楽にのたうち回りなさいな!」
快感の渦から伸びる魔手がクロコへと襲いかかる。
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第一次世界大戦にあった「もう一つの可能性」が実現した世界線。1950年4月7日、合同演習をする為航行中、大和型戦艦三隻が同時に左舷に転覆した。
大和型三隻は沈没した……、と思われた。
だが、目覚めた先には我々が居た世界とは違った。
大海原が広がり、見たことのない数多の国が支配者する世界だった。
祖国へ帰るため、大海原が広がる異世界を旅する大和型三隻と別世界の艦船達との異世界戦記。
※異世界転移が何番煎じか分からないですが、書きたいのでかいています!
面白いと思ったらブックマーク、感想、評価お願いします!!※
※戦艦など知らない人も楽しめるため、解説などを出し努力しております。是非是非「知識がなく、楽しんで読めるかな……」っと思ってる方も読んでみてください!※
だって私、悪役令嬢なんですもの(笑)
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転生先は、ゲーム由来の異世界。
ヒロインの意地悪な姉役だったわ。
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これどうしたらいいのかしら?
幼い公女様は愛されたいと願うのやめました。~態度を変えた途端、家族が溺愛してくるのはなぜですか?~
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公爵家の末娘として生まれた6歳のティアナ
お屋敷で働いている使用人に虐げられ『公爵家の汚点』と呼ばれる始末。
お父様やお兄様は私に関心がないみたい。愛されたいと願い、愛想よく振る舞っていたが一向に興味を示してくれない…
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【書籍化進行中、完結】私だけが知らない
綾雅(要らない悪役令嬢1/7発売)
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書籍化進行中です。詳細はしばらくお待ちください(o´-ω-)o)ペコッ
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。
優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。
やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。
記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。
【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ
2024/12/26……書籍化確定、公表
2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位
2023/12/19……番外編完結
2023/12/11……本編完結(番外編、12/12)
2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位
2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」
2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位
2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位
2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位
2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位
2023/08/14……連載開始
イレギュラーから始まるポンコツハンター 〜Fランクハンターが英雄を目指したら〜
KeyBow
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遡ること20年前、世界中に突如として同時に多数のダンジョンが出現し、人々を混乱に陥れた。そのダンジョンから湧き出る魔物たちは、生活を脅かし、冒険者たちの誕生を促した。
主人公、市河銀治は、最低ランクのハンターとして日々を生き抜く高校生。彼の家計を支えるため、ダンジョンに潜り続けるが、その実力は周囲から「洋梨」と揶揄されるほどの弱さだ。しかし、銀治の心には、行方不明の父親を思う強い思いがあった。
ある日、クラスメイトの春森新司からレイド戦への参加を強要され、銀治は不安を抱えながらも挑むことを決意する。しかし、待ち受けていたのは予想外の強敵と仲間たちの裏切り。絶望的な状況で、銀治は新たなスキルを手に入れ、運命を切り開くために立ち上がる。
果たして、彼は仲間たちを救い、自らの運命を変えることができるのか?友情、裏切り、そして成長を描くアクションファンタジーここに始まる!
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