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第18章 終わる世界と始まる想世
第438話:想世のルーグ・ルー
しおりを挟むやっと――終わった。
感無量とは言い難く、達成感もないに等しい。
殺した相手の胸板にも風穴が開いていたが、ジェイクの胸にも犬とか猫が潜れそうな大穴が空いている気分だった。
胸を貫く穴を寂しい風の音が通り過ぎていく。
虚しさと空しさを二乗掛けしたような寂寥感が吹き抜けていくのに、かつてない爽快さもあった。ずっと胸に痞えていた悪いものが取れた気もするのだが、大切な何かを永遠に失ったという喪失感を思い知らされている。
復讐が終った――仇討ちを果たした。
リード・クロノス・バロールを倒したのだ。
文字通り、塵のひとつも残さずに消滅させてやった。
角と左眼だけを残して、全身を灰にされた彼女の報復には十分だ。「いっそ殺して……」とせがむまで拷問する案もあったが、ジェイクの趣味ではない。
殺られたから殺り返す。シンプルにそれだけでいい。
引き絞っていた人差し指を、ジェイクは引き金から外した。
我知らず力を込めていたのか、人差し指からは血の気が抜けておりジンジンと痺れている。銃把を握る四本の指からも銃を取り落としそうなくらい握力がなく、大きく深呼吸をすることでジェイクはどうにか耐えた。
指どころか手や腕にも力が入らない。
空の左手を添えることで取り落とさずに済んだ。
激痛に耐えるかの如く、眉根を寄せて荒々しい呼吸を何度となく繰り返し、折れそうな膝をまっすぐに立たせたまま、ジェイクは拳銃を持ち上げる。
項垂れた額に押し当てて瞼を閉じた。
傍から見れば、祈りを捧げているように見えるかもしれない。
事実、これはジェイクなりの黙祷だった。
殺したリードへの手向けではない。殺し合いを終えた時点で奴との縁は完全に断ち切れた。思い出すのも忌まわしい仇敵など忘れるに限る。
黙祷を捧げるのは――愛した女へだ。
「……終わったよ、エルドラント」
これで彼女が帰ってくるわけではない。
そんなことはわかっている。大人なんだから百も承知だ。
復讐は何も生まない。在り来たりで当たり障りのない正論なら、頭の中で何万遍と唱えてきた。成し遂げたところで満たされやしない。
ただの自己満足。得られるものは0だ。
彼女が喜ぶのか? と問われれば腕を組んで首を傾げるしかない。
エルドラントは荒事を好まない性格だった。
隠れ里を設けて隠棲するところに、穏やかな性格が表れている。
ジェイクや仲間の未来を案じて、その幸せを願ってくれるのは彼女の性格からして疑いようはない。この真なる世界に生きる子供たちの行く末を守るため、ジェイクたちに願いを託した彼女の優しさを考えれば尚更だ。
『――復讐など止めておけ』
あの世から声を発せられるなら、彼女に注意されたかも知れない。
『――おまえさまたちが幸せならそれで良い』
無茶はするな、と朗らかな笑みで諭されそうな気がする。
だが、それはできない相談だった。
愛した女を殺された事実を精算することなく、怨嗟が渦巻く過去から目を背け、自分だけが幸福な余生を生きる方法など思いつくわけがない。
誰かを愛する幸せを教えてくれた――最愛の女性。
エルドラントを単なる愛しい異性としてではなく、ジェイクは一個人として尊敬していた。大切なことを教えてくれた恩人を敬っていたのだ。
その恩に報いる間もなく彼女は殺されてしまった。
彼女から授けられた愛を忘れらるほど、ジェイクは恩知らずではない。
ケジメをつけさせなければ――。
彼女を殺した報いを受けさせねばならない。
復讐を果たさねば、ジェイクの胸に燃える激情の炎は鎮まらなかった。
「でも、終わった……終わったんだ……ッ!」
誰からも中性的な美貌と評される、男でも女でもない顔立ち。
固い紙をクシャクシャと握り潰すように、眉間を中心に皺が集まるほど顔をしかめたジェイクは、瞑った瞼から滂沱の涙を止め処なく流していた。
溶接したように目を閉ざしても漏れてくる。
涙腺は燃えるようで、尽きることない涙まで熱を帯びていた。
「大丈夫……忘れてない……復讐に身も心も囚われて……怒りや憎しみの熱に浮かされてたけれど……君との約束は……ちゃんと覚えている」
ボロボロになったコートの袖に涙を吸わせる。
濡れそぼる袖から涙が滴るまで拭っていた。
「起源龍たちの創った世界と子孫たちは……オレが守るから……」
守っていくから……嗚咽する声でジェイクは言った。
それがエルドラントと交わした約束だ。
臨終の間際、彼女はジェイクへ涙ながらに頼んできた。
『どうか儂の裔を……この世界で懸命に生きる我らの子孫を……助けてやってはくれまいか? 我ら起源龍が創りし世界と……そこに生きる者を……』
創世神の一柱として、誰よりも真なる世界の行く末を案じたのだ。
無論、ジェイクは約束した。
この世界とそこに生きる人々を守っていくと……。
「寄り道は……もう、終わったんだ……君が、喜んでくれるかどうかはわからないけど……あ、ああ……でも、さっき手を貸してくれたんだから……」
――満更でもなかったのかな?
乾き切った唇の端に、弱々しくも薄い微笑みが浮かぶ。
コートどころかシャツまで涙でしとどに濡らしたジェイクは、まだ止まることを知らない涙を流したまま、新たな一歩を踏み出そうとした。
「ちゃんと、君との約束は守るよ……エルドラント」
ようやく四神同盟の一員として戦争に参加することができる。
私怨で動く時間はもう終わりだ。
マルミちゃんたちには隠れ里を旅立ってから迷惑かけてばかりだったし、ツバサ君たちにも我が侭を大目に見てもらってしまった。
世話を焼かせた分、帳消しになるまで戦わなければいけない。
背負った負債を働いて返す責任感。
借金とか奨学金を返すための義務感に突き動かされる気分だ。
復讐心が落ち着いてきたため理性的に考えられるようになったせいか、「うわっ、私ってば各方面へ迷惑かけすぎ……?」と焦りまくっている心境だった。
エルドラントとの約束もある。
この世界を滅ぼさんとする不逞の輩を討たねばなるまい。
幸か不幸か、リードはバッドデッドエンズでも重要なポジションにあったらしく、その撃破は高ポイントと評価されているようだ。
また“終わりで始まりの卵”を壊したことも大きな戦果だという。
通信網を覗いてみたら、ツバサ君とマルミちゃんに褒められていた。
「でも……まだ、足りないよな」
負債の四分の一も返せた気はしない。
額に押し当てていた回転輪動式拳銃をゆっくり離していく。
道具箱からもう一挺の銃、自動装填式拳銃を取り出した。
二丁拳銃を一度は両手に構えたものの、その重さから気怠げにダランと両手に提げたジェイクは、沈みそうな足取りで歩を進めた。
「あれもやっとけば……少しは埋め合わせになるかな……」
いや、歩く必要はない。
クルリと向きを変えるだけで十分だった。
リードごと“終わりで始まりの卵”を撃ち抜き、その後に起きた大爆発で遠くへ吹き飛ばしてしまった。そのため彼の落下地点までかなり歩かされ、それの脇を通り過ぎたので随分と距離が離れていたのだ。
ここまで離れても目当てのものを捉えることはできる。
途方もない大きさなので、数千㎞離れた土地からでも視界に収まるだろう。
神族で拳銃師のジェイクなら、何処にいても見つけられると思う。
世界大蓮――“終わりで始まりの卵”の孵卵器だ。
全長が何㎞に達するかもわからない、超巨大建造物。
出現条件が整うと世界の何処に生えらしいが、その外見は大蓮とある通り巨大な蓮の華だ。ただし、泥から生えて水面に花を咲かせるような案配ではない。
雲を突き抜ける高さまで届く堅牢な塔。
蓮の華に例えれば茎に相当するものを天まで伸ばすのだ。
その上に蓮の華を模したとしか思えない、天皿のような台座を広げていく。
この蓮の台座に宇宙卵――“終わりで始まりの卵”を抱くのだ。
既に宇宙卵はリードごと撃ち砕いた。
そこに溜め込まれていた“気”は大爆発とともに解き放たれ、世界へ還元するように戻っていったので問題ないはずだ。
しかし、孵卵器には大した損傷が見られない。
あれだけ大量の“気”と起源龍の力を宿した光弾が激突し、大爆発を引き起こした爆心地にいたにも関わらず、沈黙を保ったまま佇むばかりだ。
しばらく経つが、新たな宇宙卵を孕む気配もない。
そこでジェイクは個人的な復讐を最優先にさせてもらった。
「何もしなさそうだから放っておく……ってわけにもいかんわな」
そんな安易な理由で見過ごせる代物ではない。
また新しい破壊神を生むために全世界から“気”を吸い上げ、あの蓮に卵を抱えられでもしたら大惨事確定だ。存在そのものが剣呑である。
特にあの蓮の華を支える、太い茎のような支柱。
あれは大地に深く根を張り、地脈から“気”を吸い上げていた。
今でこそ理由は不明ながら休止状態のようだが、いつまた動き出すか知れたものではない。後腐れなく破壊しておいた方が安心できるだろう。
ツバサ君たちの認可は得られている。
「これから、これからなんだ……四神同盟と一緒に働くのは……」
譫言のように呟いたジェイクは両腕を持ち上げた。
右手には回転輪動式拳銃、左手には自動装填式拳銃。両方を肩の高さまで上げて構え、どちらも銃口を世界大蓮へと狙いを付ける。
限界を超えて力を注いだあまり、十字架型長銃は壊してしまった。
――力ある者に我は応える。
美少年から女神に転じてしまった工作者ソージが、ジェイクの過大能力を最大限に活かせるよう設計、丹誠を込めて製作してくれた最強無比の拳銃だ。後で壊したことを土下座で謝罪しつつ、修理を依頼しようと考えている。
だが、こちらの二挺はまだ健在だ。
実はこの一対の拳銃にも、工作者仕込みの機能が隠されていた。
前に習えにも似た、両腕を真っ直ぐ前に突き出す姿勢。
両手に握られた拳銃それぞれの銃把には、意識しなければわからないスイッチがあり、それを押したジェイクは音声入力のキーワードを唱える。
「撃鉄を起こせ――銃神」
ジェイクの意志を汲み取り、隠された機能が起動した。
ソージの過大能力――【壊れた荒野より英雄は立ち上がる】。
周囲(自身の道具箱含む)にある不必要と判断されたガラクタを寄せ集め、それを再構築することで高性能な装備を造れる能力だ。
自らの強化武装を即席に製造、仲間のサポート装備も一瞬で製作。
多彩な応用力に優れた能力である。
そんなソージに造られた回転輪動式拳銃と自動装填式拳銃は、擬似的ながら彼の過大能力を模倣するシステムが組み込まれているのだ。
双方の拳銃に内包された特殊な亜空間。
そこに収納されていた大型の機械化装甲を喚び出し、二丁拳銃を核として新たな武装をまとうように組み立てていく。自動的に様々なパーツが組み合わさっていく様は、まさしくソージの過大能力によるものだった。
だが、あくまでも模倣に過ぎない。
ソージが建造してくれた、虎の子となる兵器を形作るのみだ。
「完成――銃神砲」
それはジェイクの二つ名を冠する巨砲だった。
自走する砲台ならぬ、飛行移動する自立式砲台である。
大艦巨砲主義なんてフレーズが似合う、大和や武蔵といった超大型軍艦の砲塔に勝るとも劣らない、銃と呼ぶのも烏滸がましい砲身を掲げていた。ジェイクの目の前、砲の根元は複雑でメカニカルな機構が露わになっている。
だが、全体的なフォルムは紛れもなく拳銃だ。
砲身は装飾にこだわらず、シンプルでスマートなデザイン。
この辺りは自動装填式拳銃がモティーフらしい。
人間サイズのジェイクでは、いくら腕力に強化を乗せてもバランスが取りにくいのを考慮し、銃身の下部には飛行用バーニアが完備されている。
ただ浮くだけではない。
砲撃に際しては反動軽減や姿勢制御も行う多機能なバーニアであり、状況に即応して角度や出力なども自動調整してくれる。
この辺りが飛行移動する自立式砲台と呼ばれる所以だ。
各所には熱い蒸気を噴き出す排出口。
砲塔に滾らせる莫大なエネルギーの余熱を処理するものだ。
拳銃でいえば弾倉を収める部分。
ここは回転輪動式拳銃をモデルにしているのか、装甲の合間から巨大なリボルバーが垣間見える。しかし、これはあくまでも外見を似せただけの別物。
ジェイクが注ぐ過大能力のパワーを増幅させる装置だ。
回転輪動の周囲では、用途のわからない無数の機械が多様な駆動音で唸り、砲身に繋がる何本もの太いチューブが流体エネルギーを通わせている。
威容を誇る姿は、明らかに秘密兵器の様相を呈していた。
極点突破仕様決戦砲銃――銃神砲。
工作者ソージ謹製のジェイク専用兵装である。
ジェイクが持つ2つの過大能力、その世界を創るも壊すも自由自在な力を遺憾なく発揮するだけではなく、何者であろうとも撃ち破る最後の切り札。
どうしてリード戦では使わなかったのか?
御覧の通りに準備に少々時間が掛かるため、神速で渡り合う神族同士の対戦では悠長に使っている暇がなかったからだ。
超々遠距離から対象を狙い撃つ――こうした使い方が最適解である。
これから行うことにはお誂え向きだ。
ちなみに――これを超絶進化させたものが始源至道巨砲である。
(※第399話~第401話参照)
ソージ君のアイデアにダイン君が触発された結果がアレらしい。
あそこまでの超常的な破壊力をこの銃神砲に求めるのは酷というものだが、それでも圧倒的な破壊力を知らしめることは可能である。
また、始原至道巨砲に比べて汎用性もあった。
ジェイク第1の過大能力――【森羅万象を練り込む必中の光弾】。
ジェイクの掌に収まるものを光の弾丸へと変える能力。
光の弾丸は素材となったものの性質を力強く宿し、狙い澄ました標的を追いかけるような追尾性能を有する百発百中の光弾となる。
ジェイク第2の過大能力――【百芸の神業は天地に働きかける】。
自然界のすべてをジェイクの思うまま加工する能力。
森羅万象や自然現象を意のままに操作する使い方もできるが、その真骨頂は実体がない現象や概念までも物質化することにある。
消滅、時間、時空間……リードが手足の如く従えていた概念。
ジェイクもそれらを加工して物質化、更には光の弾丸にすることで対抗する手段として、辛くも勝利を手にすることができたのだ。
銃神砲は――この過大能力2つを完璧に投影させられる。
そればかりではない。
過大能力で創られた光の弾丸、その威力を何十倍から何百倍にも増幅する機能を当たり前に搭載。撃ち放つ砲撃の種類をいくつも選択できるのだ。
徒党で押し寄せるモンスターを食い止める散弾銃形式。
分厚い隔壁を貫いて向こう側を攻める貫通爆撃形式。
打ち上げて防壁越しに本丸を爆撃する仰角榴弾砲撃形式。
押し寄せる大軍を広範囲エネルギー波で撃退する対軍波状砲撃形式。
そして、巨大な惑星をも穿つ波動砲形式。
銃砲を撃つ、この点に関していえば何でもござれだ。蚤の眉間を撃ち抜くような精密射撃もできるし、銀河を貫く大砲にもなる。
銃神の名は伊達ではない。ジェイクのために建造された切り札なのだ。
2つの過大能力を連動させ、最高の弾丸を装填していく。
「殺したくて殺したくて殺したくて……寝ても覚めても怒りが燃え上がるほど憎んだ仇だったが……リードのおかげで勉強になったよ」
崩壊や破壊の果てにある破滅、時間による経年劣化での風化。
形而上にある概念――自然界の反応に過ぎない現象。
ジェイクはリードとの決戦で、これらの加工方法を完璧にマスターした。
「だが……時空間を空白で塗り込めるのはやり過ぎだ」
どれだけ世界大蓮が偉容であろうとも、真なる世界に属するものには違いない。
「諸行無常……形ある限り滅ぼせないことはない!」
銃神に込める過大能力の弾丸。
そこへ封入する属性は純然たる破壊の力でいい。
アクセントとして何物であろうと消し去る消滅の力、そして時間操作をアレンジして風化する未来まで先送りする経年劣化の力を加えてやる。
発射準備は整った。
巨砲になろうとも、その引き金は銃把を握っ二丁拳銃のままだ。
両手の拳銃を起点として、列車一両分はある機械仕掛け満載の砲塔。機械音痴のジェイクには使い方を覚えるだけで精一杯だ。
これだけ大きいものが眼前に現れれば視界を遮られる。
そのため二丁拳銃の上部にはモニターが用意されていた。ジェイクの視線を読み取ることで、標的に照準を合わせてくれる親切設計。目標までの着弾距離やサーモグラフィによる熱源感知、硬度の薄い弱所まで割り出す。
至れり尽くせりのサポートシステムが工作者の売りだった。
「お出でなすったな……ッ!」
照準を世界大蓮へ合わせた途端、モニターに闇が差した。
どこからともなく真っ黒い霧が湧いてきたかと思えば、まるで世界大蓮を守るように取り巻こうとする。遠距離のため黒雲のように錯覚しただけだ。
あれは――巨獣の群れだ。
破壊神が巨獣の大量追加したと聞いたので、恐らくそれだろう。
各陣営の拠点へ攻め入る進軍も増えて対応にてんてこ舞いのようだが、こちらにも“終わりで始まりの卵”を護衛する軍勢を派遣していたらしい。
あるいは、リードの敗北から回された予備戦力か?
なんにせよ、宇宙卵を守るように群がってくれるなら好都合だ。
向こうもジェイクに気付いたらしい。
黒い靄にしか見えない巨獣の群れが、雪崩のように押し寄せてくる。仲間さえ押し退けて前へ前へと突き進んでくる獰猛さは獣のそれだ。
ジェイクは慌てもせず、薄笑いを浮かべてぼんやり思い出す。
「昔、こんなシーンを映画で見たなぁ……」
世界中ほとんどの人間がゾンビ化し、大群となって生存者のいる施設へ突撃するシーンだったか? 王蟲という巨大な蟲の群れが怒りに我を忘れて、主人公の暮らす谷へ波濤のように押し寄せてくるシーンだったか?
フィクションなら緊迫感があるが、直面すると寒気が込み上げてくる。
LV999の神族でなければ卒倒していただろう。
地上ばかりではなく、空からも飛行タイプの巨獣が群がってくる。
銃神砲から警告音が鳴り響いた。
前方を確認するためのメインモニターだけではなく、全方位や上空をも警戒している探査システムが、複数のサブモニターに全景を映していた。
ジェイクを十重二十重に包囲する――巨獣の大攻勢。
巨獣たちからは怒りの気配を感じ取れた。
宇宙卵を壊したことへの報復、そう言わんばかりの圧を感じる。
バッドデッドエンズ側には連絡網が敷かれていないと聞いていたので、まだロンドの耳に宇宙卵破壊の一報は届いてないと思うのだが、それにしては対応が早すぎる気がしないでもない。あまりにも手際が良すぎた。
四神同盟の知らない何かがあるのかも知れない。
「……ま、どうでもいいけどさ」
勝手に攻め寄せてきてくれるのなら、ジェイクには好都合だった。
「破壊神は……この世界を永遠に滅ぼしたいんだろ?」
銃神砲のモニター越しに世界大蓮を見据えた。
目標に照準を合わせて固定。俊敏に逃げるようなことはないと思うが、これでジェイクの過大能力由来の追尾性能によって撃破するまで追跡できる。
「そして、宇宙卵は今ある世界を壊して新しくする……」
どっちもゴメンだな、とジェイクは決別を告げるように言った。
世界の終焉も再生もお断りである。
「この世界は……起源龍たちが愛した世界はまだ大丈夫だ」
――想世の神々の目が黒いうちはな!
宣誓するが如く叫んだジェイクは、二丁拳銃の引き金を絞った。
それが銃神砲発射のスイッチとなる。
砲身は赤熱化するまで増幅に増幅を重ねた絶大なエネルギーを蓄えており、暴発寸前にまで高められていた。排気口からは絶え間なく間欠泉みたいな蒸気を噴いており、回転輪動は高速回転するあまり電撃を撒き散らしていた。
目に映るほど力を持て余した電磁波のようだ。
そこまで溜め込まれた力が解放される。
「銃神砲……発射ぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーッッッ!」
砲口から迸るのは、見たこともない色彩を帯びた破滅の奔流だった。
破壊の力を主流として、消滅や時間にまつわる力を織り交ぜられた力の流れは、七色を超える数で目まぐるしく色彩を変えている。
破壊力をともなうエネルギー波、その直径は数百mあるだろう。
触れれば巨獣であろうと一溜まりもない。
砲撃の直線上にいた大群は、熱湯を浴びせられた薄氷のように溶け、彼らが守ろうとした世界大蓮の野太い茎へ直撃する。
さすがに――こちらは一筋縄ではいかないらしい。
頑丈そうな甲殻に鎧われた巨獣ですら瞬殺できるエネルギー波を浴びても、暑い日に陽射しへ置いておいたチョコレートくらいにしか溶けていない。
だが、溶けるなら溶かし尽くせるはずだ。
「……ッ銃神砲! 出力120%から360%へアップ!」
ジェイクの意志に呼応し、銃神砲から放たれるエネルギー波が爆増する。
迸る力の流波、その直径も1㎞に届きそうだ。
世界大蓮の茎を溶かすばかりではなく、宇宙卵を受け止める蓮の部分も半分くらいまで砲撃の波動へ収めていた。こちらもドロドロに溶けていく。
このまま順調に行けば、世界大蓮も処理できるはずだ。
しかし、そうは問屋が卸さない。
破滅の奔流に巻き込まれていない巨獣たちが、四方八方から突っ込んできているのだ。やはり宇宙卵の孵卵器を守るために派遣されたらしい。
距離的にまだ余裕はあるものの、いいとこ数分が限界である。
だがジェイクは慌てなかった。
精魂すべてを捧げるように銃神砲へ過大能力を注いでいるので疲労感こそ半端ないが、覚悟を決めた漢の横顔はうっすらした微笑みから動かない。
ジェイクは言い訳するように独りごちる。
「エルドラント……オレはさ、本当にただの拳銃師なんだよ」
VRMMORPG時代、極めた職能はその一点に集約されていた。
それ以前のアシュラ・ストリート時代からしてそうだし、現実世界でもライター稼業以外はしたことがない。精々、ソージたちの高校で部活動の顧問を担当したくらいだが、他人様に教えるほど含蓄があるわけでもなかった。
むしろ学生だったソージやレンに教わることが多かったくらいだ。
「ツバサ君みたいに家族をまとめて国が作れるとも思えないし、ミサキ君みたいにこれから王となっていく気概もない……アハウさんみたいに知識で国政をやっていく自信もないし、クロウさんみたいな経験豊富でもない……」
とても想世の神々と呼ばれる器じゃない。
ジェイクの自己評価は低く、それが正しいと思い込んでいた。
「そんなオレでも……君との約束は守りたいんだ」
拳銃師のジェイクができるのは、精々このくらいである。
「オレは……この真なる世界を脅かそうとする奴等から、君が愛した世界を守っていくよ……君との約束、いつまでも守っていくから……」
西部劇のガンマンよろしく、世界を守る用心棒になるしかない。
あるいは侵略者に立ち向かう戦の神だ。
かつてケルトの大地を支配したという邪悪なフォモール族。
魔王バロール率いるフォモール族を打ち倒すため、その孫でありながらダーナ神族の代表として戦端を開き、これを打倒することで平和を勝ち取った主神。
光の神――ルーグ・ルーのように。
銃神砲のエネルギー波によって世界大蓮を溶けかけている。
もう一息なのだが想定したよりも巨獣たちの進行が早く、2つの過大能力を銃撃へ全力投入しているジェイクは防御も迎撃もままならない。
それでもジェイクは臆することはなかった。
「銃神砲――最大出力を維持、力の放出を続ける!」
銃神砲から砲撃を続けたまま、ジェイクは体幹を右へ捻る。釣られるように二丁拳銃を握る腕も振り回され、飛行移動する自立式砲台もついてくる。
飛行用バーニアもジェイクの動きに合わせてきた。
砲口を右へ回す銃神砲。破滅の奔流も右へと流れていく。
「うぅおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおーーーッ!」
力が入るあまり雄叫びまで溢れた。
銃神砲を急旋回させれば、そこから迸る破壊的なエネルギー波も全方位を火葬するかのように焼き滅ぼしていった。大地を走るものも大空を舞うものも、区別することなく駆逐する破滅の奔流を吹き荒らさせる。
砲塔大回転による全方位砲撃。
先の大爆発で周囲一帯に被害が及ぶものは残っていない。
だからこそできる無謀な暴挙だった。
銃神砲を巡らせた無差別砲撃で、迫り来る巨獣を一掃する。
回転させている途中、世界大蓮にもできるだけ長く砲撃を浴びせ、トドメの一撃となるよう砲撃を撃ち込んでいく。
「これでちょっとは……四神同盟の役に立てたかなあッ!」
終わりッ! とジェイクは最期の旋回をする。
砲口から放たれたままの砲撃、破滅の奔流と例えられたエネルギー波が溶けかかった世界大蓮に最期の一撃を加え、蒸発するように溶かし尽くす。
蓮の花が半分くらい残っただけだ。
地響きを立てて落ちたそれは、花びらを散らすように崩れる。
最期の余韻で振り回される銃神砲――。
ジェイクは空の彼方を狙い澄まして銃口を振り上げる。
最後の力を振り絞り、天を破る噴炎のような砲撃を放った。
――これは号砲だ。
起源龍との約束を守り、神族の一員として真なる世界を守護する。
天地神明に懸けた誓いを轟かせたのだ。
「だから……ずっと見守っててくれよ……」
そして、天国の彼女へ伝えたいメッセージでもあった。
砲撃の勢いは徐々に鎮まり、比例するように巨大な砲身も解体されるように消失していく。仕事を終えて亜空間へ収納されているのだ。
後には二丁拳銃を天へ掲げるジェイクがそこにいるだけだった。
さすがに疲れが両肩へのし掛かってくる。
ため息にしか聞こえない深呼吸をして両手をダラリと下げた。
手にした左右の拳銃ですら重々しい。
「取り敢えず……これで負債分をちょっとは返せたかな……?」
他でもない、四神同盟に迷惑を掛けた負債である。
まだ全然足りないが、「大至急!」と騒がれていた“終わりで始まりの卵”を孵す装置ごと破壊できたのだから、そこそこ面目躍如だろう。
だが、罪悪感がジェイクを急き立てる。
復讐心に囚われるあまり、ツバサ君たちにとんでもない世話を掛けた。
マルミちゃんたちにも心配ばかりさせてしまった。
「もっと頑張って……そういう借金も全額返済しないと……」
急にダルさが込み上げてきたが、立ち止まっている暇はない。これまでの埋め合わせをしなければと、罪の意識がジェイクに拍車を掛けていた。
戦争はまだ終わりの兆さえ訪れていないのだ。
「バッドデッドエンズはほぼ壊滅……だけど、巨獣は無限に湧いてくる」
破壊神が生きている限り――。
巨獣どもを撃滅する仕事はいくらでもあった。
連絡網を盗み聞きしているので、それくらいは把握できていた。
ところで四神同盟に所属していれば誰でも使えるこの連絡システムだが、人によって「情報網」や「通信網」と使う単語が異なっていた。ジェイクも「連絡網」と言っているが、少し前は「通信網」と言っていた気がする。
情報網、通信網、連絡網……。
どれが正しいの? と危うくジェイクは尋ねるところだった。
「……あれ、疲れてるのかな?」
余計なことで脳内が掻き乱される。そんな些細なことはどうでもいい。
どうやら思考回路がまとまらないようだ。
マルミちゃんに訊こうものなら「この非常事態にどうでもいいこと質問してんじゃないの!」とお母さんみたいに怒られてしまうに違いない。
取り留めもない雑念でこんがらがってきた。
どうでもいいことで脳内は高速回転しているのに、反比例するように身体が重くて動かない。両手の拳銃をろくに構えられないのがいい証拠だ。
両足も踏み出しているとは言い難い。
ズズズッ……ズズズッ……と引き摺っている。
地面から一ミリも持ち上がっておらず、足下の土を押し退けるように動かしているだけ。とても歩いているとは言い張れない遅さだった。
「お、おかしいな……力が入らな……えっ?」
パタタッ! と足下に落ちたのは涙ではない深紅の滴。
真っ赤な滴はジェイクの血だった。
戦闘に集中するあまり興奮して鼻血でも吹いたかと思った瞬間、ジェイクの身体の各部位から風船が割れるような音が一斉に鳴り響いた。
飛び散る鮮血、人間ならば即死する出血量。
丸眼鏡が血飛沫に染まった時。ジェイクは自身の状況を再認識する。
嗚呼――こいつは無理が祟ったな。
2つの過大能力を使いすぎたこともあるが、消滅や時間といった現象や概念という物質的でないものから弾丸を創るのも無謀だった。
本来、森羅万象を加工する過大能力にそこまでの汎用性はない。
試したこともない未知の領域だったのだ。
光や重力などの物質的には存在しないが、力学的に認められる自然現象を弾丸にするため一手間加えるのがいいところ。
消滅や時間は、時空間を越えたところにある形而上的な概念。
それをジェイクは無理やり弾丸へと封じ込めた。
意地と根性と度胸、そこにリードへの憎悪と激怒を起爆剤として投入したことによって、土壇場でまさかの大成功を収めたのだ。
そうやって無理を通して道理を引っ込めた結果が――これである。
異常な過負荷を強いられた肉体が耐えきれなくなったのだ。
また、リードに負わされた怪我もよろしくない。
消滅や時空間を空白する力を、致命傷にはならない程度には受けていた。そこを自己回復系の技能で強引に塞いだのがいけなかったらしい。
血流が破裂した箇所は大体、そういう傷跡ばかりだった。
復讐を果たして緊張の糸がほつれた瞬間。
燃え尽き症候群を何千倍にもしたように虚脱感の訪れとともに、我慢と辛抱を重ねてきた肉体に「もう限界です」と敗北宣言をされてしまった。
おまけに世界大蓮を壊すためにも全力を投じたのだ。
無理に無茶を重ねるとは、まさに今のジェイクの状態を指していた。
二足歩行どころか立つことさえままならない。
折れた膝を地面について、血潮を撒き散らして前のめりに倒れる。
倒れた拍子に鼻に掛けた丸眼鏡も転がり落ちた。
重傷なのは間違いないが仮にも神族、この程度でくたばりはしない。
だが、今すぐ動くのは不可能のようだ。
なけなしの気力を総動員することで意識を保ち、自己回復や自動修復などといった技能で体調を整えようとするも、一向に良くなる兆候がない。
おまけに泥のような眠気まで覆い被さってきた。
「これから……もっと頑張らなくちゃいけないのに……ッ!」
動け! とジェイクは自分の肉体へ活を入れる。
しかしピクリとも動かない。不随意筋で独りでに動く心臓が脈打ち、まだ塞がりきっていない傷口からダクダクと血を零すのが関の山だった。
倒れている暇なんかない! 過労で気を失うなんて論外だ!
なのに――身体はちっともいうことを聞かない。
瞼は重いシャッターのように降りてきて、一度でも閉まったら営業再開にどれほどの時間を要するかわからない休暇に入ろうとしていた。
「駄目だッ! 意識を失っちゃ……起きろ! 起きてオレッ! お……ッ」
『――無茶が過ぎるぞ、おまえさま』
懐かしい声が耳朶を震わせる。
驚きのあまり刮目したいのだが、無意識ですらもストライキを起こしているのか、閉じかけた瞼は決して開こうとはしてくれなかった。
薄れる意識、滲んでいく視界。
その向こうに黄金の燐光をまとう少女の姿を幻視できた。
『おまえさまはよくやった……少し休め』
それを咎める心狭き者など――おまえさまの仲間にはおらぬよ。
『いやぁ、茶化す奴はいそうだけどね……セイメイとかバリーとか……マルミちゃんやレンちゃんからは皮肉言われそうだし……』
心の声は出るけれど、現実に喉を震わせることはできない。
そんな軽口を叩く余裕さえ残っていなかった。
優しく諭してくる声に、熱が冷めてきたはずの涙腺が再び火を付けたように熱くなって、流した血を洗い流すほどの涙をこぼさせてきた。
もう瞼はほとんど閉ざされている。
かすれた視界の向こうにいる彼女をもっと見ていたいのに……。
嬉し涙がこぼれているのに、悔し涙が混じりそうだった。
「じゃあ……ほんの少しだけ……寝かせて……」
原稿執筆(締め切りは明日の朝)の合間に1時間だけ仮眠を取る。
ライター時代を思い出したような、ありきたりな台詞しか出てこなかったが、そう言い残したジェイクは微睡みの底へと落ちていく。
その寝顔は――かつてないくらい満足げに微笑んでいた。
~~~~~~~~~~~~
――本当に壊して良かったのか?
ツバサに限らず、四神同盟の誰もが懐疑的な不安を抱いていた。
他でもない“終わりで始まりの卵”である。
真なる世界に破壊と混乱が蔓延り、世界の存続が困難になるほど追い詰められた時、そこに生きる多くの強者までもが絶望に溺れて憤死していく。
これらの条件が揃った時に現れる遺物だという。
分類的には“還らずの都”同様、真なる世界を保全するためのものだ。
機能としては――破壊と再生を兼ねていた。
真なる世界がそこに生きる種族たちの手によって破滅を迎える寸前、この宇宙卵は現れる。そして、破壊神であり創造神である存在を生むという。
誕生した存在は、まず現世を徹底的に破壊する。
その後、自らを犠牲にして次の真なる世界の礎となる。
壮大な世界リセット装置――これが“終わりで始まりの卵”の正体だ。
『――来世があると思うなよ?』
この世界を完璧に破壊し、永遠の無を体現しようと企む破壊神にしてみれば、せっかく壊した世界を復活させる宇宙卵など目障りでしかない。
発見次第ぶっ壊す、と公言したくらいだ。
だが、それはマイクパフォーマンスの一環だったらしい。
あるいはツバサたちを騙くらかす虚言である。
敵を騙すにはまず味方から――。
バッドデッドエンズの面々ですらよく知らずにいたのだ。
確かに新しい世界を生み出すという点においては、ロンドの意にそぐわない代物のはずだ。だが、その前段階である既存の世界へ壊すという存在理由は、破壊神にしてみれば見逃せない利用価値だったのだろう。
敵勢力が「壊す」と言えば、対抗組織として「守り」たくなるもの。
何処にあるかの手掛かりもなく、詳細も判然としない宇宙卵については、情報こそ得られたものの曖昧としていたため、扱いはややおざなりだった。
四神同盟と最悪にして絶死をもたらす終焉。
両軍が激突する戦争の最中、その宇宙卵は唐突に現れた。
不意打ちな出現に誰もが面食らう中、ルーグ陣営のマルミが悪い意味で付き合いの長いロンドの性格を考察した末、こんな危惧に思い至った。
『あの卵から生まれる破壊神を暴れさせるつもりじゃないの?』
真なる世界を壊して創造神へと転ずる前にロンドが始末するならば、世界廃滅までは共同戦線を張れる戦力となるだろう。
勝手にロンドの仕事を手伝ってくれるようなものだ。
事ここに至り、ツバサたちは「一杯食わされた!?」と思い知らされる。
『――“終わりで始まりの卵”は次の世界になるから壊す』
ロンドはひとつも嘘は言っていない。
ただ、発言すべき内容の大部分を省いただけだ。端折った文脈に大切なものが隠されていたのに、ツバサたちが行間を読めなかっただけである。
『卵から生まれた存在に真なる世界を壊させて、手駒よろしく活用する。世界廃滅が終わったら、創造神として次の真なる世界となる前に壊す』
ロンドの本音はこれだった。
最悪にして絶死をもたらす終焉でも五指に入る実力者。
同じく五指に数えられる喧嘩屋アダマスや魔母ジンカイから、破壊神の「切り札」や「保険」と呼ばれるほど特別視される元一番隊隊長。
№06 滅亡のフラグ リード・クロノス・バロール。
宇宙卵の孵化器と目される世界大蓮を現れた際、彼を護衛役として派遣しているところから、以上の推測はほぼ確定と見ていいだろう。
ロンドだけでも持て余しているところへ、更に破壊神が追加される。
冗談じゃない。そんなもの対処できるか!
四神同盟は情報網ネットワークを介して緊急会議を開いた。
結果として導き出された答えはひとつ。
ロンドと本戦が始められず決着がつけられないのならば、まだ孵る時を待っている無抵抗な“終わりで始まりの卵”から始末するしかない。
乱暴な案なのは重々承知である。
だが事態は急を要することもあり、これ以外の方策を出せる者が誰もいなかったのだ。情報処理姉妹然り、軍師気取り然り、賢者獣王神然り……。
ツバサは駄目元である人物に意見を求めた。
ハトホル太母国 相談役 ノラシンハ・マハーバリ。
真なる世界出身。正真正銘の神族であり、三世を見通す眼という過大能力にも似た特殊な遠隔視ができる老人だ。
長年生きてきた老翁であるとともに、真なる世界の生き字引を自認する。
あの“終わりで始まりの卵”についても知っているらしい。
だが、この老人もどういうわけか宇宙卵について事細かな言及はせず、「ええがな」の口癖を繰り返してアバウトな説明に終始していた。
まるでどこぞの破壊神そっくりである。
だが、本気で尋ねれば正しく答えてくれると信頼は置けた。
もうそれぐらい交流は深めているのだ。
そんなノラシンハ翁に宇宙卵破壊について問い質してみたところ――。
『ええがな――あれを壊すことがこの世界を守る唯一の方法や』
言質を取らせるが如く、破壊すべきと首肯してくれたのだ。
『四神同盟に壊させた責任はノラシンハが取る』
そういう意味で、わざと言質を取らせたとしか思えなかった。
やはりこの老翁、委細承知の上で言葉をはぐらかしてきたらしい。宇宙卵について、もっと詳細を把握している素振りを醸し出していた。
だが、同時に頑固な空気を漂わせている。
『全部が終わるまでオレは何も教えへんで――口が裂けてもな』
そんな意固地な雰囲気も匂わせているのだ。
紆余曲折はあったけれども、その宇宙卵破壊をジェイクは成し遂げた。
恐らくは何度でも宇宙卵を抱くであろう世界大蓮。
どちらかと言えばこちらが還らずの都と同様の遺物であり、そこから生み出される宇宙卵はその産物に過ぎないのだろう。ジェイクはついでとばかりに世界大蓮も撃ち壊していたが、どうにもそこに懐疑の念が抱いてしまうのだ。
還らずの都同様――真なる世界のために遺されたもの。
軽々に壊して良かったのか?
ツバサを初め、四神同盟は先駆者たちに敬意を表している。
いくら現行の世界を守るためとはいえ、そんな彼らの遺志を蔑ろにするような行為に手を染めたことに、先走った罪悪感を覚えてしまうのだ。
しかし、彼の老翁は「ええがな」と認めるだろう。
『破壊神を倒す前に世界大蓮ごと卵をぶっ飛ばす――最良の手順やがな』
ガンマンの姉ちゃん――ええがな。
情報網に乗せないが、ノラシンハはジェイクの戦功を褒め称えた。
~~~~~~~~~~~~
「――馬ぁ鹿なッッッ!?」
度肝を抜かれたロンドは、ソファから立ち上がっていた。
口から飛び出た絶叫にも嘘臭さがない。本心から驚いているようだ。
キャバクラでドンチャン騒ぎを楽しんでいたら、いきなり部下からの一報で会社の大惨事を知ったワンマン社長みたいな慌てっぷりである。
正直、初めてではないだろうか?
ロンドが演技抜きで心の底から狼狽えている。
短い付き合いだが、ここまで醜態を晒したところは見た記憶がない。
いや、くだらない醜態ならこれでもかと見せられてきたのだが……。
少なくとも油断を伴うものは初めてだった。
「……ようやく好機到来か」
誰にも気付かれないようにツバサは囁き声で漏らし、誰にも勘付かせないことに細心の注意を払いながら戦支度を始めた。
――真なる世界中央大陸。
その中心に鎮座する遺跡“還らずの都”。
都を見下ろす上空に浮かんだ円卓、それを取り囲む豪勢なソファ。
この円卓に中央大陸の地図を広げた守護神と破壊神は、それぞれの仲間の配置をを駒やコインに仮託して、盤上の棋譜を眺める戦いを続けていた。
もはや最悪にして絶死をもたらす終焉は意味を成さない。
総崩れといっても過言ではあるまい。
バッドデッドエンズ実働部隊、その筆頭と評すべきリードが敗れたのだ。
残るコインは2つ――残る幹部も2人。
ロンドの背後に控えている秘書メイドのミレンと、現在ソワカと交戦中のグンザ・H・フェンリルと名乗っている軍人気触れの男のみだ。
ソワカは命を賭してでもグンザを討ち果たす。
可愛い弟子“八天峰角”の仇討ちを是が非でもやり遂げるはずだ。
目の前にいるミレンへの抑え役も選抜できている。
事態が動き出せば、彼女がミレンを封じてくれる手筈だ。
残すところは大本命。破壊神ロンドと守護神ツバサが最終決戦で雌雄を決すればいいのだが、ロンドの「最初から大将戦なんて趣がねえ」という訳のわからない屁理屈のおかげで、いつまで経っても始まらなかった。
だが、そろそろ茶番も終わりだ。
「馬鹿な! そんな! 有り得ねぇだろなんだこれ!?」
激昂するロンドは怒鳴り散らし、愛飲するカフェカプチーノが残っているマグカップを握り潰した。怒りに当てられて朽ちた破片も放り捨てる。
納得のいかない苛立ちで息巻いていた。
そこから怒気を起こせば、それが滅びの波動となって世界を脅かす。
見た目こそ気のいいオッサンだが、ロンドは紛うことなき本物の破壊神である。
一見すると――羽振りのいいチョイ悪親父。
六本木辺りの高級クラブを渡り歩いてそうな、上流階級の身なりをした中年とは思えないスタイルのオッサンだ。大人のオジさまが好みの女性ならば、視線を合わせた堕ちてしまいそうなダンディなイケメンでもある。
長い手足に装うのは、仕立てのいい灰色に染まる高級スーツ。
羽織るロングコートも同色で、マフィアのボスよろしく肩に掛けたストールのみが純白。どれも最高級品の風情があった。
整った面立ちだが、万華鏡の如く目まぐるしく様相が入れ替わる。
底無しの善人かと思えば――世紀の極悪人にも見える。
見る角度によっても人物像の印象がガラリと変わった。会話を交わす間にも泰然とした口調で指南する賢者にもなれば、場末の居酒屋で呑んだくれて自分のダメさ加減を吹聴するろくでなしにもなる。
一時として安定しない百面相、七色の役所を使い分ける名俳優。
ロンド・エンドとはそういう男である。
だが、この有為転変する表情にはひとつの共通点があった。
余裕を露わにする不敵さ――これは不変なのだ。
その余裕綽々な不敵さが、ロンドの表情から引き潮のように消えていく。かつて演技でも、ここまで驚愕したところはお目に掛かった覚えがない。
痙攣する眼は動揺のせいで見開かれていく。
「リードが……負けただと? どこの馬の骨とも知れねぇ拳銃使いに……ッ!」
――手塩に掛けた部下が負けた。
「破壊神の最高傑作……オレの代理が務まるくらい、一から仕込んできた、とっておきの相反両義否定者だぞ!? なのに……なんでッ!?」
その事実を受け止めきれず、落胆を隠せない口元は震えていた。
心中の思いをそのまま言葉にするほど動揺している。
「いや、この際それはもうどうでもいい……そんなことより! なんだアレは!? どうして卵の中身がねぇんだよ! 無精卵どころじゃねえ!」
なんだありゃ――空っぽじゃねえか!?
リードの敗北に関しては三割、宇宙卵が空だった件は七割。
ロンドが驚愕した割合はこんな配分らしい。
どちらかひとつの事件ならば、ここまで慌てふためいたりはしなかったのかも知れないが、同時に起きたのでショックが大きかったようだ。
確かに“終わりで始まりの卵”が空だったのはツバサも驚いた。
何某かの不具合があったのかも知れないが、そこを詮索する時間も惜しければ、推察に割く猶予もない。悪いが調べるのは後回しだ。
待ちに待った好機――逃すほど愚鈍ではない。
「――落ちよ雷! 神鳴る力!」
ツバサが裂帛の声で叫んだ瞬間、円卓に轟雷が降り注いだ。
今なら通じる! ツバサには確信があった。
これまでロンドへの攻撃は、ある理由から悉く無効化されてきた。
ツバサは今すぐにでも戦争を終わらせたい。
ならばどうするか? 敵の指揮官であるロンドを倒せば済む話だ。
――ラスボスが目の前にいる。
問答無用で殴り飛ばして叩きのめして勝利を収め、さっさとこの戦争を終局まで推し進めたかったのだが、ロンドがそれを許さなかった。
『こっちの部下とそっちの仲間の総力戦終わるまで見物してよーぜ♪』
そんな巫山戯た提案をしてきたのだ。
無論、ツバサは却下するとありったけの攻撃をお見舞いした。
しかし、ひとつとしてロンドには通じなかった。
戦争という破壊神が嗜むべき悦楽を上限一杯まで味わうため、総大将同士の最終決戦をちょっとでも先送りするため、そして中身は二十歳の小僧であろうと極上の巨乳美女となったツバサを視姦しながら雑談を楽しむために……。
そのためにロンドは八方手を尽くしたのだ。
たとえば、ツバサがどれだけ攻撃しても意に介さず、この円卓を焼き尽くすような爆撃魔法で食らわせても、傷ひとつ負わせることができなかった。
ロンド当人やミレンはおろか、円卓やソファまで無傷である。
恐らく、全能力を投じて防衛に徹していた。
もっと他に労力を割くとこあるだろ!? と声を大にしてツッコみたい。
だが、そんな鉄壁の防衛に隙ができた。
リードの敗北と空の宇宙卵――この二つがロンドの心を揺るがした。
それが守りを突き崩す一因となった。
このチャンスを活かすためにツバサは渾身の轟雷を放ったのだ。
ズドズドズドッ! と極太の槍が刺さるような音がする。
しかも立て続けに間断なくだ。
それはロンドの運び込んだ豪奢な円卓やソファに、ツバサの放った轟雷の群れが連続で突き立つ音だった。着弾とともに数億Vの破壊力を発揮する。
稲光が視界を埋め尽くし、爆音が大気を打ち振るわせた。
守護神と破壊神が棋譜を睨んでいた盤上。
円卓に乗せられていたそれも落ちる稲妻によって焼き尽くされ、それぞれの陣営の所在を示す駒もコインも散り散りになってしまった。
落雷の衝撃で打ち砕かれた円卓は、瞬く間に炭と化して灰と消える。
ソファも散々に破れて跡形もなく失せていく。
轟雷が落ち着いた後、そこには破壊の物々しさを伝える戦塵が舞う。
ここは還らずの都を見渡せるほどの上空。
どれほど濃厚な戦塵が舞おうとも、すぐさま突風が吹き流していく。
「やっと見せてくれたな……隙を」
戦塵の向こうから姿を現したツバサは――笑っていた。
内在異性具現化者ゆえの副作用で、青年から女神に転生した肉体。
高めの身長こそ変わらないものの、牝牛の女神らしい両腕で抱えるのもやっとな超爆乳。鍛錬の成果としてうっすら腹筋が覗けるが、それでも細くしなやかで嫋やかという表現が似合う腰回り。そして超安産型というしかない巨尻。
大地母神として完成された女体美。
豊満なのに均整が取れた肢体を際立たせるようデザインされた、深紅のロングジャケットに身を包み、はち切れそうな尻を黒のロングパンツに収める。
女神であることを強調する長く美しい黒髪。
本来、その下にある美貌は男だった頃から女性と勘違いされるほど、女々しくも美々しい容貌だった。ツバサにとってはトラウマの種である。
その顔が――鬼女と化していた。
ミロやマリナといった子供たちが目撃すれば、やれ夜叉だやれ鬼婆だやれ雌ライオンだと文句を言って敬遠しかねない、猛々しい凶相である。
総身に帯びる稲妻は轟雷の余りだ。
更には業火と見間違えそうな赤い闘気も立ち上らせていた。
「待ちかねたぜ極悪親父……アンタに隙ができるのをな!」
言葉よりも早くツバサから眼球を潰すほど光量が発せられたかと思えば、二度目の轟雷がロンドへと容赦なく追い打ちを仕掛けた。
咄嗟にコートをはためかせ、ロンドは防御膜を形成しようとする。
簡易的な防御結界を張ろうとしても、その出掛かりを潰していく。
反撃の機会もくれてやらないし、僅かでも隙があれば容赦なく攻撃を叩き込む。
「ぐぅあたあっ!? 痛ぇ……チッ、遮れねぇだとぉ!?」
食い破られる! とロンドは舌打ち交じりに呻いた。
これまでツバサの攻撃をいなしてきた謎の防衛力。
その正体を暴くべく一喜一憂で棋譜を眺めながら、ツバサは執拗なまでに分析系の技能を走らせていた。そして、ついに正体を突き止めたのだ。
「何のことはねえ、それも怪物じゃねえか」
鬼の形相に相応しく、ツバサは荒っぽい言葉遣いで指摘した。
ロンドの過大能力――【遍く世界の敵を導かんとする滅亡の権化】。
他者の恐怖を読み取り怪物へと具現化する。
この過大能力をロンドは呆れるくらい極めており、その用途の奥深さは計り知れないものがあった。
たとえば、傷ついた臓器の代わりを怪物にさせて新しい臓器になるよう定着させたり、過大能力という名の怪物を創って部下に与えることでLV999になるよう養殖してみたりと、思いつくままに能力を使い熟していた。
『過大能力は想像力次第でいくらでも強くなる』
これは軍師レオナルドの弁だが、それを証明した傑物だった。
どんな攻撃も通じなかった絡繰はこうだ。
戦闘能力は皆無だが、持てる力のすべてを防御力に一点張りした怪物を創る。その形状はミクロン単位に薄い透明なフィルムのようなもの。
そいつで防御膜を張っていたのである。
しかもロンドが絶えずエネルギーを注入していたので、どれだけツバサが特大の魔法攻撃を浴びせても防げるだけのパワーを維持できたらしい。
おまけにいやらしいほど隠密効果を付与していた。
分析系技能にひたすら強化を乗せて、やっと見破れたのである。
並の防御結界では足下にも及ばない無敵の防御力――なのに存在感は皆無。
おかげで看破するのに時間が掛かってしまった。
だが、その不可視の防衛力も崩れた。
先の動揺によってエネルギーの補給に乱れが生じたのだ。
論より証拠、今もコートを翻して透過フィルム状の怪物でガードしようと試みたのに、ツバサの撃った轟雷を防げず諸に浴びていた。
お預けは終わりだ――これで破壊神をぶん殴れる。
来いよ、とツバサは挑発的な態度でチョイチョイと手招きした。
「焦らされた分、痛いのをたっぷりお見舞いしてやるぜ!」
「お、お、おおおおッ……やぁりやがったなぁ!?」
顔の右側へまともに稲妻を食らったロンド。
焦げる肉で燻る顔半分を右手で押さえながら、反射的に左腕を払うように振り回すと、その拍子に黒い粉のようなものをばら撒いた。
あれは巨獣の受精卵。すぐに孵化して巨大化する。
女神にあるまじき加虐的な笑みを浮かべ、ツバサはそれを迎え撃った。
巨獣は成長すれば全長100mを越す図体となる。
異形だらけの巨獣における数少ない共通点だが、受精卵から孵りたては精々が数十㎝。ここから1分足らずで成体のサイズになるのだ。
常識外れも甚だしい。
しかし、その1分をツバサが待ってやるわけがない。
「――金翅握爪」
ツバサの左腕が激しく震動して根元から消えたように見えたと思えば、そこから金色に輝く帯状のものが走り出した。先端は巨大な鳥の爪みたいに枝分かれしており、それが成長途中の巨獣たちを一匹残さず狩り取っていく。
巨獣の群れが展開する――その前に出掛かりを潰してやったのだ。
ツバサの必殺技に迦楼羅翼というものがある。
これはツバサが支配する絶対圏を作り出す技なのだが、技の性質として後の先に属しており、受けの技という短所があった。
相手に攻撃を待たねばらない、守り主体の技とも言える。
その防御力を余すところなく攻撃に転化した必殺技。
それがこの金翅鳥シリーズだ。
(※初出は第273話、三悪トリオへのお仕置きで試し斬りした)
金翅鳥の武器は、邪悪を仕留める蹴爪に限らない。
「くっ……オジさん、まだ喧嘩する心の準備ができとらんのに!」
「こちとら常在戦場、この時を待ち侘びてたんだ!」
取り敢えずの牽制に放った巨獣を殲滅されたロンドは、懲りずに振り払った左腕を振り下ろして、また巨獣の受精卵を散布しようとする。
火傷に覆われた顔も構わず、抑えていた右腕でも受精卵を準備していた。
両腕を動かそうとすれば胴体はガラ空きとなる。
その隙を見逃すほどツバサはお人好しではなかった。
「――金翅穿嘴」
ツバサの右腕が消え、黄金に瞬く巨鳥の嘴へと早変わりする。
それは過たずロンドの腹から胸まで、胴体のほとんどを啄むように貫通した。肺から腎臓に至るまで、人間なら即死不可避なくらい臓器を持っていく。
ガフッ! と濁音とともにロンドは血塊を吐いた。
胸から下の持って行かれ、千切れた血肉が食道から込み上げたようだ。
さしもの破壊神でもこれは重傷らしい。
「ちょ、兄ちゃん……思ったよりえげつねぇ真似するねぇ!?」
「いいや、えげつなさなら破壊神に譲るよ」
俺は躊躇しないだけさ、とツバサは攻勢の手を休めない。
「――金翅烈日光」
唱えるように口遊むと、ツバサの深い乳房の谷間から閃光が走った。
大地母神の胸から登ってきたのは、太陽と見間違うほど眩しい熱量を発する神々しい光球だった。太陽の子供と言われれば信じてしまうだろう。
胸の谷間から抜け出し、ツバサの前にぽっかり浮かぶ。
次の瞬間、光球は爆発的に膨張した。
本物の太陽に勝るとも劣らない灼熱を燃え滾らせ、沸々と噴き上がる紅炎はどれもが炎の羽根を舞い踊らせる翼となって羽ばたいた。
これは――ツバサの鬱憤を凝らしたものだ。
戦争が始まる同時に、ツバサはロンドとのお茶会を強制された。
切り札である最愛のミロとも策略で切り離され、四神同盟の仲間たちが世界を守るため死に物狂いで戦い、バッドデッドエンズも各々に抱えた苦悩を発憤させ、誰もが命を賭して生と死の境界で全力を尽くしていた。
だというのに――自分は何もできない。
破壊神の余興に付き合わされ、皆の死闘をただ傍観させられたのだ。
業腹だった、かつてない屈辱でもあった。
最前線で戦えず、お山の大将みたいに戦場を見守るだけ。
家族同然に想う仲間たちを矢面に立たせ、自分は後方で待機するのみ。
戦闘民族でオカン系男子なツバサの性に合うわけがない。
胸の奥に蹲る猛威をロンドにぶつけてやりたくても、先述の通り透過フィルム状の怪物に防がれてしまうので、何をやっても無駄骨だった。
無駄に力を使うくらいなら――貯めておこう。
閃いたツバサはこの茶会の最中、怒りによって湧き上がる力を密かに道具箱へと押し込み、新必殺技になるまで練っていたのだ。
魔力も、理力も、魔法も、魔術も、呪術も、妖術も、武術も……。
ロンドへの鬱憤をこれでもかと練り込んでやった。
万感の想いを込めて完成した新必殺技が――この金翅烈日光である
「もうな……とっくの昔に堪忍袋の緒が切れてんだよ」
ツバサは壊れかけた笑顔で告白する。
いくら我慢強い性格であろうと限界はあるものだ。
殺戮の女神になりかけのツバサは大砲のような怒号を張り上げる。
「破壊神がどんな奥の手を隠していようか知ったことか! ミロが戻ってくるのを待ってられるほど大人じゃないんだよこっちも!」
二十歳を過ぎたばっかりの若造なんだ! とツバサは吠えた。
とにかく破壊神をぶちのめす。
悪ガキらしくキレたツバサは怒りに我を忘れかけていた。
それでも必殺技の冴えは鈍らせない。
この世の三毒を喰らう霊鳥とされる金翅鳥。
彼の吐く炎は迦楼羅炎とも呼ばれ、不動明王が背負う炎でもあるという。
その炎は、この世を穢す不浄の一切を焼き尽くす。
穢れを燃やし尽くすまで、この炎は絶対に消えることはない。
「――迦楼羅の炎に焼き滅ぼされて死ねッ!」
金翅鳥の羽で織られた光球が飛び立ち、破壊神へ直撃する。
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小説家になろうに投稿したものを加筆修正しました。
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釈 余白(しやく)
ファンタジー
HOT 1位!ファンタジー 3位! ありがとうございます!
父親が不慮の事故で死亡したことで最後の肉親を失い残された高校生の小村雷人(こむら らいと)と小学生の真琴(まこと)の兄妹が聞かされたのは、父が家を担保に金を借りていたという絶望の事実だった。慣れ親しんだ自宅から早々の退去が必要となった二人は家の中で金目の物を探す。
その結果見つかったのは、僅かな現金に空の預金通帳といくつかの宝飾品、そして家の権利書と見知らぬ文字で書かれた書類くらいだった。謎の書類には祖父のサインが記されていたが内容は読めず、頼みの綱は挟まれていた弁護士の名刺だけだ。
最後の希望とも言える名刺の電話番号へ連絡した二人は、やってきた弁護士から契約書の内容を聞かされ唖然とする。それは祖父が遺産として残した『異世界トラス』にある土地と建物を孫へ渡すというものだった。もちろん現地へ行かなければ遺産は受け取れないが。兄妹には他に頼れるものがなく、思い切って異世界へと赴き新生活をスタートさせるのだった。
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https://www.alphapolis.co.jp/author/detail/398438394
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