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第18章 終わる世界と始まる想世
第435話:持つ者はその尊さを知らない
しおりを挟む「……一番上のお兄ちゃん、負けたってよ」
言葉遣いこそぞんざいだが、憐憫を込めてミロは伝えた。
長兄として取るべき選択肢を間違えた。
ゲンジロウ自身、痛いくらいわかっているはずだ。
そこを自覚しながらも何らかの使命感に突き動かされ、ホムラを守るために彼はああいった行動を取らざる得なかったのだろう。
長年の古巣である穂村組を背を向けることになろうともだ。
多くを聞かずともミロは察する。
2つの固有技能――直観と直感で長男の心境を汲み取ってしまった。
ゲンジロウの敗北をホムラはどう受け止めるか?
犬猿の仲であるミロを亡き者にして、その伴侶であるツバサさんを強奪するように寝取りたいあまり、四神同盟どころか青二才な小僧を「組長!」と持ち上げてくれる穂村組をも裏切って、極悪親父に尻尾を振った極めつけのアホ。
長兄の敗北を知ったホムラがどんな反応をするか? それを確かめたい。
「兄……ちゃ、長男……ゲン、ゲン兄ぃ……」
諸事情により、ホムラの知能指数は悲しいほど低下していた。
会話さえもままならなくなってきたホムラだが、ミロがこの事実を告げるとほんの少し瞳に理性の光が差してきた。
「ゲ、ゲン兄がぁ……負けるわけなかろうが……このぉ……嘘つきめが!」
頭から鵜呑みにせず、まったく信じてもらえなかった。
ある意味、当たり前かも知れない。
ミロがホムラの立場なら、ろくな情報も得られない状況でいきなり「ツバサさんが負けたぞ」と言われるのと大差ないだろう。
絶対に信じない。況してや倒すべき敵に言われたら尚更だ。
中央大陸の真ん中に位置する――還らずの都。
そこを大陸の中心として見た場合、北方に出現したのが“世界大蓮”という巨大な蓮の花めいた建造物であり、これを受け皿として世界中から“気”を吸い上げて誕生しつつあるのが“終わりで始まりの卵”だ。
あそこからロンドとは別の破壊神が生まれてくるらしい。
四神同盟で手空きのLV999がいれば、すぐに現地へ赴いて破壊してほしいとの報告が回ってきていたが、みんな忙しくて難しいようだ。
遊撃手を任されたメンバーも、別件で足止めを食らわされている。
――ミロも無理だ。
ホムラを片付けたら、大急ぎでツバサさんの許へ帰らねばならない。
ミロが対破壊神戦の切り札になるからだ。
もっとも“卵”の近くにいるのは、銃神の姉兄さんことジェイクさんだが、リードというバッドデッドエンズでも5本指に入る強敵とマッチング中。
最愛の女性を殺した仇だから無視できないのだろう。
なので、“終わりで始まりの卵”については半ば放置されている。
戦況事態は四神同盟が有利……と思いたい。
20人の終焉者は16人まで撃破できた。
しかし、破壊神ロンドの力はまったく衰えておらず、むしろ手勢となる巨獣をいくらでも追加できることを明かして、その絶大な力を誇示していた。
一気に増えた巨獣の処理に手間取っている場合が多い。
幹部が減るにつれ、底知れない能力を開放する。
『最悪にして絶死をもたらす終焉とは枷だったのではないか?』
遊び半分で自らに課した自縄自縛の拘束。
世界が滅びるまでの過程をドラマティックに演出し、泣き笑い怒り悲しむといった感情の揺れ動く様を楽しむための舞台装置。
ツバサさんや獅子のお兄ちゃんは、そう推理しているらしい。
――ミロも同感だった。
ロンドは破壊神のくせして俗っぽくて人間臭い。
終焉者たちが抱えた負の感情が発露されるところを眺めて楽しみ、それに対抗するべく異を唱えて立ち向かう四神同盟の戦いを見物して喜び、双方の気持ちがぶつかることで起きるドラマへ惜しみない拍手喝采を送る。
きっと観客気分で堪能しているはずだ。
ツバサさんはその同伴を求められ、あの円卓に縛られていた。
ものすごく大嫌いだけど縁を切れない取引先から無理やり誘われて、見たくもない映画を20連チャンで一緒に視聴させられているようなものだ。
おまけに差し迫った用事も控えている。
その憎たらしい取引先をコテンパンに打ちのめすお仕事だ。
――もどかしいに違いない。
一刻も早く駆けつけたいミロだが、どんなアホでもホムラを「助ける!」と決めてしまった以上、その決定を覆すことはできなかった。
こんなアホでも――帰りを待つ穂村組がいる。
家族に特別なこだわりを持つミロが無視できるわけがない。
気付けばかなりの時間、ホムラと相対する膠着戦に費やしていた。
ここは中央大陸の北西――。
皮肉にも“終わりで始まりの卵”が一望できる場所だ。
かつては岩盤だらけの土地を切り拓いて巨人族が繁栄したであろう廃墟の都市群があったが、ミロとホムラの激闘の波及によって見る影もない。
辛うじて残骸が散らばる荒れ地となりかけていた。
その跡地から見上げる遙かな上空。
ここを戦場と定めた両者は、互いに一歩も譲らず死闘を繰り広げていた。
空を舞う黒衣の姫騎士と、それに襲いかかる多頭の毒蛇。
もしもこの戦いを誰かに目撃されたら、そんな有り様に見えるだろう。
英雄神――ミロ・カエサルトゥス。
肩書きとしてはハトホル太母国 代表(補佐)。
一国の女王神となったツバサさんの妹で娘で夫で……やたら肩書きが増えてきたような気もするが、対外的には「伴侶」の一言でまとめてもいい。
ただ、主張したいのは「ツバサさん最愛の娘」だ。
これは譲れない。ツバサさんの最愛という二文字は絶対である。
長い金髪をシニョンに整えた愛らしい美少女。
戦闘用に改造されたブルードレスで着飾り、マントとして機能するロングカーディガンを肩に羽織り、大振りな長剣を軽やかに振り回す。
いつもなら姫騎士に恥じない外見だった。
今は心身ともに暴走しつつあるホムラを抑えるため、全力全開を発揮しているので武装が仰々しくなっていた。見た目も色合いも重装備だ。
ロングカーディガンは漆黒に塗り潰される。
留め具代わりの頑丈そうな肩鎧、仰々しいくらい立てられた襟。明らかにミロの背丈より長く、全身を包めるほど布面積のあるマントになっていた。
このマントは攻撃されると自動的に対抗してくれる優れ物だ。
具体的には防御のため盾や幕になってくれる。
漆黒に染まるのはマントだけではない。
身体の各部に黒を基調とした装甲も追加されていた。重装備といったが、いいところ軽装の鎧である。普段がノーガードだから比較すると重装かも。
これはミロが受け継いだ力の一端。
還らずの都を巡る戦いで、ククリの父親から授けられた力の顕れだ。
ツバサさんがククリの母親の魂を受け継いで魔法の女神という戦闘形態を編み出したように、ミロもククリの父親の魂を受け継いで得た力である。
フルパワーを出すと、これら黒の追加武装が現れるのだ。
ミロは“オルタモード”と名付けていた。
なんかのゲームで、本来のキャラと色違いの強めなキャラをそんな風に呼んでいた気がするので参考にさせてもらった。
防具ばかりではなく、武具もちゃんと強化されている。
覇唱剣――オーバーワールド。
前は工作者ジンが打ち鍛えてくれた、聖剣ミロスセイバーと神剣ウィングセイバーという大小セットの二振りの剣だった。それを工作者ダインに頼んで改造してもらい、合体して大剣になるよう仕掛けを搭載してもらった。
この合体が解除できなくなってしまった。
ククリの父親の魂の受け継いだ際、ミロが急激にパワーアップした影響を諸に受けたらしく、二振りの剣は融合とともに進化を遂げたのだ。
それが覇唱剣オーバーワールドである。
こちらも黒を基調とした色彩だが差し色に金や銀、七色に光る輝石を遇った装飾が豪壮に施されている。小柄な乙女には似つかわしくないほど巨大な大剣、その剣身の幅はミロをすっぽり覆い隠すほどなので盾にもなった。
これをミロは平然と片手でも振り回す。
神族や魔族は森羅万象から“気”を得ることで、不老不死に等しい無窮の肉体を維持でき、“気”を理力や魔力といったエネルギーに変換する。
これが人知を超えた能力を発動させる源となるのだ。
難しいことはよくわからないが、おかげでミロの細腕でも“気”を変換した理力が全身に漲っているので、覇唱剣を軽々と扱えた。
覇唱剣自体、絶大な“気”を蓄えている。
世界を越える剣――この無辺際な世界に覇を唱える剣。
その名に恥じない力を発揮する覇唱剣は、迅速な太刀筋を走らせれば空間をも断ち斬る斬撃を迸らせ、天地に見境ない嵐を巻き起こす。
この余波を食らい、眼下にあった巨人族の廃墟は更地となったのだ。
世界に覇を唱える斬撃をどれほど受けたのか?
だというのに、対戦相手はまだ屈しようとはしない。
もう限界が見え隠れしているのに、一向に膝を折る気配がなかった。
最悪にして絶死をもたらす終焉 20人の終焉者。
№18 絶界のフラグ ホムラ・ヨルムンガンド。
かつての穂村組組長ホムラ・ヒノホムラの堕ちた姿だ。間違ってもバンダユウのオッチャンや、レイジくんやマリちゃんには見せられない。
浅ましくも愚かしい醜態――恥さらしな為体である。
ミロへの敵愾心とツバサさんへの恋慕。
この2つの感情を破壊神によって言葉巧みに利用され、あの極悪親父の言いように使われている始末だ。選んだ道が最悪なのも然る事ながら、ロンドから分け与えられた破壊神の力のせいで見た目的にも醜悪を極めつつあった。
かつては美少女と間違えられるほど男の娘。
姫カットの似合う紅顔の美少年であり、歌舞伎役者みたいにド派手な着物や袴で飾り立て、マントの代わりに豪奢な単衣を肩へと羽織っていた。
主武装は長巻――槍みたいに長い柄を持つ長大な大太刀だ。
そんな美少年キャラの面影はどこにもない。
「うううっ……君原ぁ……殺っす、ツバサさん……手に入れッ!」
まともな会話も成り立たない言語野。
徐々に外見まで人間離れし、おぞましい怪物となりかけていた。
全身は青ざめた鱗に覆われつつある。
ぱっと見は蛇人間か竜人。それも見た目がよろしくないタイプだ。
呪いでおどろおどろしく変貌しつつある。
蛇ではなく頑丈そうな龍の鱗に近い感じだ。鱗で覆われた箇所は肉体が大きくなったり伸びたり、法則性のない歪みが起きつつある。長巻を振るう右腕はほとんど変化していないが、手ぶらの左腕は倍の長さとなり鉤爪が伸びていた。
あれは――龍の腕だ。
五本指も三本指になりかけており、退化の途中のようだ。
再会した時、ホムラは龍の角や尾を生やしていた。
破壊神から貰った力の副作用なのは一目瞭然だが、それらも肥大化の一途を辿っている。特に尻尾なんて巨人族の廃墟を取り囲める長さまで伸びていた。
身体のあちらこちらからは、12匹の邪龍を生やしている。
八岐大蛇か多頭蛇か――はたまたキングギドラか。
長さを変えて太さを増して、伸縮自在にして針小棒大も思いのままらしい。最初はまとわりつくドス黒いオーラが蛇や龍を象っているだけだったが、気付けば実体化して肉体を備え、鱗で覆われたホムラの肉体から生えていた。
「こいつらが鬱陶しいたらありゃしない!」
ミロはべらんめぇ口調で喚くも、忙しなく覇唱剣を取り回す。
12匹の邪龍が絶え間なく襲ってくるからだ。
本当にギリシャ神話の多頭蛇をモデルにしているのか、首を斬り落として頭を叩き潰しても、すぐに再生して12匹で総攻撃を仕掛けてくる。
『多頭蛇なら斬ったところを焼けば再生しないッス!』
フミカちゃんが情報網からワンポイントアドバイスをくれた。
「フミちゃんナイスっす!」
ミロはすぐさま実行に移す。まず覇唱剣を振るう剣速を爆上げさせて空気摩擦で刃に熱を帯びると、魔法系技能で剣身に爆炎を宿す。
これで大蛇の首を斬りながら、その切断面を焦げ焦げにする作戦だ。
しかし――。
「効゛く゛がああああああああああああああああああーッ!」
「やっぱ対策されてるかー!?」
残念ながらホムラには通じなかった。
首を斬りながら切断面を真っ黒になるまで焼き潰しても、焦げた部分をカサブタみたいに剥いで新しい肉が盛り上がってくる。
そして、あっという間に邪龍の首が元通りになってしまう。
炭化するほどの火傷でも物ともしない。再生能力が段違いらしい。
ホムラから生えた邪龍は――合計12匹。
伝説の多頭蛇のようにそこから増えないのはいいが、そいつらがミロの素早さに追いつける敏捷性で襲いかかってくるから厄介だ。
(※ヒュドラは一本の首を斬れば二本になって復活するためキリがない。これを退治したヘラクレスは、首を斬る度に焼き潰して再生を阻止した。それでも最後の一本は絶対的な不死身のため、首だけにして巨大な重石で封じたという)
「いくらアタシの手際が良くても追っつかないっての!」
正直、応戦するのが手一杯だった。
ツバサさん直伝の「ひとつの挙動に複数の意味を持たせて、一撃で二撃にも三撃にもなる攻撃手段とする」技術を使っても火の車だった。
具体的には――まず一匹の蛇の頭を殴り飛ばす。
殴られた蛇の頭に釣られて長い首がグイーッと伸びていき、その首が伸びた延長線上にある他の蛇たちの首を巻き込でいく。
そうすることで彼らの動きを妨げつつ、数本の首をまとめて切り飛ばす。
効率化させ多段ヒットを狙う――みたいな感じだ。
他にもあの手この手で、数匹まとめて相手取るように心掛けている。
それでも焼け石に水だった。
「なんなら、伸びに伸びて巨人さんの廃墟くらい囲める長さになった尾っぽまで鞭みたいにブンブン振ってくるし……ッ!」
しかも、ただ闇雲に振り回しているわけではない。
その何㎞に達しているかわからないほど長い尾でミロを取り囲もうとしており、12匹の邪龍を猟犬にしてこちらを追い立ててくるのだ。
この時、邪龍の群れを決して絡ませない。
ホムラという根元から生えていて12本も首があれば、お互いの行動を邪魔したり絡んでしまいそうなものだが、生憎そんなヘマは一度もなかった。
意図的に絡むよう仕向けても引っ掛かってはくれない。
発狂寸前のくせして――統率が取れている。
もしかして会話できないのは演技? とミロも怪しんでしまう。
「だとしたら役者として一流じゃん」
ミロの直感&直観が「ホムラの精神は崩壊するまで待ったなしです」と見抜いているので、それはないと思うのだが……。
迫り来る邪龍を払い除け、ミロは空中を縦横無尽に飛び回る。
邪龍は追尾式ミサイルよろしく延々と追いかけてきた。
ミロは雲を引く速さで飛ぶ飛行機のように、それを掻い潜りながら時に撃墜するように斬り落として叩き落として、果てしない空を駆け巡る。
目まぐるしい空中戦、息もつかせぬ攻防は続く。
「……ググッ、い、板野サーカスッ!」
ネットで見たアニメ用語が、不意にミロの口から出てきた。
音速を超えて飛ぶ航空機のように飛翔するミロと、それを追跡する何十発ものミサイルみたいな邪龍の群れ。両者の競り合いがこの単語を思い出させる。
警戒すべきは邪龍ばかりではない。
ホムラの尻から限界なく伸びる龍の尾も曲者だった。
こちらを包囲するばかりではなく、邪龍の群れに伸びる尾の先端を紛れ込ませると、複雑に波打たせて避けにくい打撃を加えてくるのだ。
まるっきり変幻自在の鞭だった。打たれた方は堪ったものじゃない。
とにかく、あの手この手でミロを仕留めようと攻勢を掛けてくる。
暴走気味の割には手の込んだ真似をしてくるのだ。
ホムラの攻撃手段はこれで終わらない。
辛うじて人間の形を留めている利き手に握られた武器がある。
やたらと長い柄が付けられた大太刀――長巻だ。
この長巻は最初から龍の鱗で覆われており、ホムラが新しく覚醒した破壊神譲りの過大能力の影響を色濃く受けていた。
竜鱗の大太刀とか名付けていた。
その長巻を振り回して、万物を滅ぼす斬撃を放ってくる。
自分から生えた邪龍や尾を傷付けることはない。
正確にミロだけを狙った斬撃だ。滅びの力を無効化するように斬り払うが、これもなかなか鬱陶しい。威力もあるから消耗もバカにならない。
斬撃に気を取られれば、邪龍や尾が責め立ててくる。
それぞれ連携が取れており、互いを損なわないのが癪に障った。
話もできないくらい錯乱しているくせに、剣と尾と蛇のえげつないコンボは外すことなく組み立てられ、それは時を追うごとに手数が増していく。
防いでこそいるが、ミロはやられっぱなしである。
殺ろうと思えば――即殺もできなくはない。
力尽くでホムラをぶった斬ることは、ミロにとって難しいことではなかった。
しかし、それをやったらバンダユウを筆頭に穂村組が悲しみに暮れる。
家族の泣く顔なんてミロは絶対に見たくない。
小学生からの腐れ縁。あの一件から感情の湧かない怒りを抱くようになった大嫌いな阿呆とはいえ、見殺しにできないので無茶ができなかった。
チャンスが来るまでひたすら待つしかない。
ホムラと破壊神の力が分離する――その機会が来るのを待つのだ。
それまでは覇唱剣を盾にして防御に徹する。
ククリちゃんのお父さんを思い出させる、漆黒のマントも協力を惜しまないかのように形状を変化させ、邪龍や尻尾の攻撃を凌いでくれた。
たとえ避けられる攻撃でも回避はできない。
ある理由から、ホムラの攻撃はすべて受け止めなければならなかった。
そのためミロは防御に忙殺されているのだ。
次第に攻め手の勢いが増しているので、処理が追いつかなくなりかけている。
「……えぇい! 手が付けられんぞクソたわけーッ!」
防戦一辺倒で反撃できない苛立ちから、ミロは珍しく怒号を上げた。
ホムラに対して、感情も露わに怒鳴り散らしたのだ。
ツバサさんがこの場にいたら間違いなく「お行儀が悪い!」と叱られる口汚さで罵ってやった。たわけはともかく、クソはやっぱりNG発言だろう。
実はツバサさんも本当はお口が悪い。
ミロや妹の美羽ちゃんがいた手前、悪影響を及ぼさないようにと丁寧な言葉を使うようになったが、江戸っ子なので元々てやんでい口調なのだ。
ミロだって江戸っ子である。
ツバサさんが自身を矯正する前に、ちゃっかり影響を受けていた。
「……でも、アンタに怒鳴ったのは久々かな」
ホムラへ感情的になることが久方ぶりだ。
あの一件で怒鳴りつけて以来、本当に久し振りのことだった。
いいかげん――決着をつけるべきなのかも知れない。
ホムラを穂村組へ帰すことができれば、嫌でも四神同盟の仲間として付き合いが始まる。あの一件を蒸し返さずにはいられないはずだ。
「アタシもムキになりすぎたかな……」
大人げなかったかも、とミロなりに幼稚なところを反省する。
でも言い訳させてもらえれば、あの頃は本当に子供だったわけだから意固地になるのも仕方ないと思う。それを高校生になるような年齢まで引っ張ったのは、ミロもホムラも互いに進歩がなかったと認めるしかないが……。
――ミロがホムラに怒った理由。
他人からすれば「そんなこと?」と驚く些細なことなのだろう。
世間の大多数からすれば、ホムラの取った態度に理解を示す人も少なくないかも知れない。だが、それは彼らが持っているからだ。
ミロが手に入れられず――ツバサが失ったもの。
持つ者はその尊さを知らない。
持っていない者からすれば、それを粗雑に扱うなど許されない。
況してや無視するなど以ての外だった。
だからホムラとは絶対に分かり合えないと思い込み、ミロは血縁でありながらも自身を蔑ろにした父母や兄弟同様、ホムラという個人を嫌悪した。
人としての感情を向けないほど軽蔑したのだ。
「……面と向かって言わなきゃ伝わらないこともある、か」
そう教えてくれたのは誰だったか?
親方かも知れないし、剣豪だったかも知れない。獅子のお兄ちゃんだったような気もするし、アハウのオッチャンかクロウ先生のような記憶もある。
色んな大人と出会い、彼らの考えに耳を傾ける。
そうすることでミロもちょっと大人になってきたようだ。
説得するのも悪くないかも――。
ホムラに対して、情けにも似た妥協をできるくらいになっていた。
だから助けるための機会を窺っているのだが……。
「なのに……そのチャンスがどんだけ待っても来やしない!」
毒突くミロだが諦めてはいなかった。
ホムラが破壊神から与えられた力は――恐らく邪龍に由来する。
バッドデッドエンズ入りして改名した“ヨルムンガンド”という名前からして、北欧神話に登場する世界を何巻きにもした巨大な毒蛇だという。
その力をおもいっきり暴走させていた。
12匹の邪龍やどこまでも伸びる竜の尾は、暴走が具現化したものだ。
本来、破壊の力を受け入れてもこうはならない。
他のバッドデッドエンズのメンバーがそうだったように、自分の意志と容姿を保ちながら、思うがままに強化された過大能力を使い熟せるはずなのだ。
(※実はミロが知らないだけで、破壊神の力の影響で見た目が変化したり、精神に異常を来していたバッドデッドエンズは少なからずいた。人間離れした外見をした者はわかりやすいが、精神面ではわかりにくい場合がある。もっとも、あの極悪親父を破壊神と崇めて傅いた時点で、大抵の者は大なり小なり壊れている)
しかし、破壊神がくれる力は基本的に毒である。
用法用量を守っていれば効果は絶大。
使い方を誤れば我が身を損なうか、過剰摂取で異常を来すだろう。
過剰摂取については前例があった。
№06 滅亡のフラグ リード・クロノス・バロール。
この戦争が始まる前、ロンドの使者として四神同盟の前に現れた終焉者だ。その際、彼に最愛の女性を殺された因縁のある銃神ジェイクがブチ切れ、リードに奥の手を出させるまで追い詰めたことがある。
(※第375話~第376話参照)
重傷を負わされたリードは、限界を超えて破壊神の力を引き出した。
その結果――異形になってしまったのだ。
半欠けの頭に燃える赫い球体を乗せ、グシャグシャにへし折れた腕は複雑に枝分かれした枯れ木のような腕になり、無数の時計盤が浮かんでいた。
消滅と時間操作――2つの力が制御できず顕在化したのだ。
あれが過剰摂取のいい例だろう。
能力はブーストを仕込まれたかのように力強く扱えるが、強すぎる力に毒されて理性は徐々に溶けていき、ただ破滅のために力を奮う。
やがて自身を在り方を見失い、破壊衝動の権化と成り果てるのだ。
今のホムラも同じ道を辿りつつあった。
ただし、決定的に違う点がある。
それはホムラとリードでは立ち位置が違うという点だ。
「リードって人は破壊神に心酔してて、この世界とそこに生きるすべてのものを滅ぼそうとしてた。だけど、ホムラはそうじゃない……」
ホムラはただミロが憎くて、ツバサさんが欲しいだけだ。
世界を破壊したいと願うほどやさぐれていない。
ミロを排除してツバサさんを手に入れる力を得るため、破壊神に協力するという形で力を借りたに過ぎない。全面的に服従しているわけではなかった。
たしか面従腹背とかいうやつだ。獅子のお兄ちゃんが言ってた。
そのため――齟齬が生じる。
ホムラの意志と破壊神の意向が噛み合わないのだ。
ミロに勝ちたいがために破壊神の力を引き出すも、本心から「世界を滅ぼしたい」という気持ちがないホムラは、破壊神の力を意のままに操れない。一方で破壊神の力は世界を壊すための力をこれでもかと増幅させてくる。
そうやってホムラの破壊衝動を誘発させていた。
破壊神として、真なる世界を滅ぼすよう嗾けているはずだ。
しかし、ホムラはあくまでも「破壊神を利用している」つもりでいるため、懸命に抵抗する。ならばと破壊神の力はホムラの心と身体を蝕んでいく。
おかげでホムラの内側はシッチャカメッチャカのはずだ。
心身と力のバランスがまったく取れていない。
増大するばかりの破壊神の力によって肉体を禍々しく変容させるも、リードのように意のままには使えない。意識も精神も吹っ飛んで破壊の化身となりかけているのに、雀の涙みたいな根性で何とか自我を保っている。
この暴走モードこそが、両者の齟齬を表していると言ってもいい。
それもいずれ限界を迎える。
破壊神の力はともかく、ホムラの肉体が耐えられないからだ。
限界を迎えた瞬間こそ――ミロの待つ好機である。
「ぐむぅぅぅぅ……ッ!!」
突然、ホムラが苦しそうに喉を唸らせた。
遠足のバスの中で吐きそうになる直前みたいに顔を顰めると、喉といわず頬といわずフグみたいに膨らませて、吐瀉物を吐き出そうとしていた。
吐き出そうとする射線上にはミロがいる。
「なになに!? ゲロ攻撃とか精神衛生上良くないよ!?」
思わず生理的嫌悪から身構える。
しかし、吐き出されるのは全然違うものだった。
「き゛み゛は゛ら゛ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあああーーーッ!」
「だからその名でアタシを呼ぶな……って破壊光線!?」
――ゴジラかガメラか!?
ミロは大好きな怪獣のヒーローたちを連想するものの、大きく開かれたホムラの口から解き放たれたのは、彼らに負けず劣らずの火炎放射だった。
いいや、これは滅びの光を束ねた熱線だ。
レーザー光線とかメーサー砲とか波動砲など比ではない。
一見すると光線兵器のように見えるが、攻撃面積が途方もなく広大だ。
極太の線ではなく、空間ごと押し潰す広範囲攻撃。
「これは……避けきれない!」
――純白に染まる滅びの熱線。
その何者にも染められない白さは、インクで描かれた漫画の世界を消すホワイトか、鉛筆で記された記録をなかったことにする消しゴムのようだ。
そんな抹消を感じさせる力を帯びていた。
「まあ、避けるつもりも最初からないけどね!」
回避不可能な空間攻撃だが、ミロは躱すことなく正面から受け止める。
どうしても相殺させる必要があるからだ。
「ったく、何でも拒絶して消し去る能力とか……ッ!」
ちょっとは受け入れなさい! とミロは見当違いの怒声を浴びせた。
ホムラの過大能力――【連環する世界より締め出されよ】。
破壊神ロンドから授けられた、新たな過大能力だ。
本来ホムラの過大能力は「陣地と認めた場所を自由自在に操作できる」という、陣営強化に優れたものだと聞いているから、別物に変わり果てていた。
世界の在り方を拒絶し、跡形もなく抹消する滅びの力。
拒絶とは否定――とのこと。
ホムラ曰く、この能力で拒絶されたものは存在を否定されることで、自らを維持することができなくなり、消え去ることを余儀なくされるそうだ。
循環し円環し連環する世界の法則から外される――拒絶と否定の力。
それは不可視の毒のようなものだった。
この熱線のようにエネルギー波として放つこともできるし、竜鱗の大太刀から繰り出す斬撃に乗せることもできる。属性として攻撃に付与できる。
のみならず、ホムラはその毒を全身に帯びていた。
12匹の暴れる邪龍や、伸びっぱなしの竜の尾も例外ではない。
連中は空を切るだけでも世界を滅ぼすのだ。
大空を駆け抜ければ大気や空気といった気体の粒子を消し去り、ミロの隙を突くため大地に潜れば土や石を消滅させていく。
足下にあった巨人族の廃墟は、このとばっちりを受けてしまったのだ。
「だもんだから……アタシが引き受けるしかないわけで!」
ミロがホムラからの攻撃をすべて受け止めている理由がここにあった。
拒絶の毒を全力で迎え撃ち、どうにか相殺させているのだ。
ミロの過大能力――【真なる世界に覇を唱える大君】。
ミロの命じた通りに世界を創り直す、万能の過大能力だ。
余程の無茶でもない限り、大抵のことは思い通りになる素敵に無敵な力ではあるのだけれど、使用後にやってくる疲労感が半端じゃないのが難点である。
チートスキルならではのデメリットと受け入れるしかない。
能力の仕組みをは以下の通り――。
ミロが真なる世界に対して「これこれこんな風にしたいから、その通りに世界を変えてちょうだい」と命令すると、過大能力の効果によって世界がミロの願った通りに改変されるのだ。
能力名に「覇を唱える大君」とある通り、ミロは大君として命令している。
王権より発せられる力ある言葉を世界へ唱えているのだ。
真なる世界はその指示に従わざるを得ない。
仲間内では「聖杯」とか「ドラゴンボール」と呼ばれている。
しかし、世界にも叶えられない願いはあった。
たとえば「木っ端微塵になれ」とか真なる世界に命令すれば「そいつは勘弁してください」と拒否されるし、ミロより強いツバサさんに「もっとおっぱいとお尻を大きくして」と頼んでも「ふざけんなコラ!」と叱られて終わる。
無茶なお願いは聞き入れてもらえないのだ。
世界に対して自滅を促すような命令はできないし、ミロより強いツバサさんみたいな格上の強者には抵抗されてしまうらしい。
また、厳格に決められた世界の法則を破ることも難しい。
死者の蘇生などがそれだ。この異世界でも死は覆せないものだという。
それ以外のお願いはほぼ叶えられるので良しとしよう。
ホムラの扱う拒絶の毒に対抗するため、ミロは真なる世界にあるお願いをしていた。気分的には取引を持ちかけた感じである。
取引内容は大体こんな感じだ。
『ホムラの阿呆は世界を拒絶して、何もかも消し去ろうとしている。世界だって消されたら困るでしょう? アタシが矢面に立って上げるから、あの阿呆の拒絶を打ち消せる、ありったけの“気”をちょうだい。たくさん山盛りでね』
ミロからの提案に真なる世界は応えてくれた。
『承知した――我らも消滅は望まぬゆえ』
こうして都合された莫大な“気”をミロは自身と覇唱剣に蓄えることで、ホムラから浴びせられる拒絶の毒に無効化させていた。
拒絶をも跳ね返す圧倒的なパワー。
強引とも言える力業で拒絶の毒を寄せ付けない。
更に覇唱剣の内側に蓄えた“気”を、拒絶の毒を中和するのに適したエネルギーに変換。これによりホムラからの攻撃を相殺させていた。
放置すれば世界を削る拒絶の毒。
一方的のように見えるが、真なる世界との関係は持ちつ持たれつ。ある種の共存関係にある過大能力を持つミロとしては見過ごせない事態である。
だから――受け止めるのだ。
世界を拒絶する毒が他へ被害を及ぼさないようミロ自身にヘイトを集め、できる限り打ち消して無力化する。
この空間ごと消し去る熱線も例外ではない。
熱線の最先端を見極め、そこに覇唱剣を叩き付けた。
受け止めながら相殺のための攻撃へ転じる。
「こ、な、く、そぉぉぉぉぉぉ……どぉぉっせぇぇぇぇぇいいいッッッ!」
ミロは気合いの雄叫びを上げた。
呼応するように覇唱剣から力の爆発が起きると、彗星が走るように幅広い光の柱が一直線に立ち上った。それは超特大のレーザーブレードにも見える。
それは剣身に収まりきらない絶大な力の奔流だった。
「――覇唱剣オーバーロード!」
力の奔流たる光の柱ごと覇唱剣を一気に振り下ろす。
「――何も彼もブッタ斬り帯ッッッ!」
光の柱は線状降水帯のように長い帯となり、大陸をも打ち消さんばかりの広範囲に押し寄せた、ホムラの熱線を真っ二つに叩き割った。
そこに含まれていた拒絶の毒もすべて中和する。
後にはミロとホムラの力が激突したという化学反応のみが残り、それが周囲一帯を吹き飛ばす大爆発を引き起こした。
地表にあった巨人族の廃墟は、塵ひとつ残さず吹き飛ぶ。
形あるものすべてを押し退ける勢いで、真っ黒い粉塵が同心円状にどこまでも広がっていく。その中心からはやたら軸の長いキノコ雲が立ち上がる。
ホムラはこの爆煙に巻き込まれていた。
大爆発が起こるのを想定してミロは立ち回る。
この爆発を目眩ましに使うのだ。
熱線を叩き割って爆発させた瞬間、それを隠れ蓑にしてホムラの死角を伝うように飛び回り、彼の背後から忍び寄るように近付いていく。
いいかげん守りに徹するのも飽き飽きだ。
ここらで一発キツいのをお見舞いして、好機到来の瞬間を早めてやる。
そんな魂胆で反転攻勢へ出ようとしたのだが……。
「そ゛こ゛か゛ああああああーーーッ!?」
真っ黒い煙を突き破り、邪龍たちが我先にと迎え撃ってくる。
「なっ……読まれてた!?」
思わず口走りながらも、覇唱剣で払い除ける。
気配を完全シャットアウトして、隠密や隠蔽の技能もちゃんと重ね掛けして、忘れずに何重も強化を施したのにバレてしまった。
今回は邪龍で攻め立ててるだけではない。
「き゛み゛は゛ら゛ああああああああああああああああーッ!」
直接ホムラが長巻で斬り掛かってきた。
これまでの飛ぶ斬撃を放つのではなく、互いの間合いで斬り結ぶ。ここだけ切り取れば、美少女姫騎士と歌舞伎な男の娘の殺陣だ。
身の丈を越える大剣や大太刀での大立ち回り。
そして、12匹の邪龍や竜の尾も追い打ちを掛けてくる。
手数ではホムラが圧倒的に上回っており、近距離戦を挑んでもミロは防戦に回るの強いられる。ムカつきながらも、ふと記憶を揺さぶられる。
ホムラには才能がある――穂村組の意見だ。
バンダユウを初め、ほぼ総員の感想がこれを締めている。
だからこそ、阿呆のクソガキでもヤクザな大人たちが「組長!」と崇めてくれたのだ。ゲンジロウたち三兄弟がホムラを推薦した理由もここにある。
だが、肝心の才能がいまいち判然としない。
どんな武器でも立ち所に使える器用さ? 背後を確認せずとも対応できる異様な勘の良さ? 先読みを極めたように相手の隙を突くのが上手い?
人によってホムラを褒める才能が違う。
十人十色とはいうが、着眼点にばらつきがあるのだ。
これだけ長時間に渡って暴走ホムラと相対し、理性を失いかけても万全に戦えるところを観察して、彼が持つ才能の真髄を知ることができた。
ホムラの才能――それは類い希な空間把握能力。
先天的にそういう素質があったのだろう。
手にした武器をひとつの空間として捉え、どう使えば最大効率の威力を発揮できるかを瞬時に理解する。武器を扱う器用さの正体はこれだ。
すべての空間を把握できるなら、あの勘の良さをも頷ける。
自身を中心とする間合いの内ならば、たとえ目の届かない背後であろうと感覚的に知ることができる。敵対する相手がどのように動いても空間内のすべてを読み取ることで、最善の策を無意識に組み立てられる。
相手の隙を突くことさえお茶の子さいさいに違いない。
空間の支配者――とでも評すべき才能だ。
ミロより小柄なくせして、あんな長巻などという大太刀を一息で鞘からすっぱ抜けるのも、この才能あればこそできるものだろう。
あんな傍迷惑な長さを持った大太刀を使いながら、これまで周りに被害を出したことはなく、仲間がいても巻き添えにすることなく戦えたそうだ。
それもこれも――空間把握能力あってこそだ。
ホムラ本来の過大能力は、陣地と定めた空間を操作するもの。
その過大能力は、この才能を十全に活かせるものだったはずだ。まあ、当人はまったく気付かなかったがために、その真価は発揮されなかったみたいだが。
「蛇どもや尾っぽが絡まないのも空間が読めるからか……ッ!」
覇唱剣と竜鱗の大太刀が火花を散らす剣劇。
その合間を縫うように、12匹の邪龍と竜の尾が迫ってくる。
これがターン制バトルなら、ホムラは14回くらい攻撃できるのに対して、ミロは強化や技能を駆使しても6回がいいところだ。
手数に差がありすぎて、防ぐのもままならなくなってきた。
「もう少し……あと少しだってのに!」
ミロは悔しくて堪らないので、必死の思いで食い下がる。
ホムラを助ける方法は――唯ひとつ。
破壊神の力を剥ぎ取り、元のホムラ・ヒノホムラに戻すしかない。
既に何度かミロの過大能力で試しているのだが、やはりロンドの力がミロを上回っているためか受け付けてくれなかった。
守護神とタメを張る破壊神だ。無理もない、とこの方法は諦める。
では、どうすれば破壊神の力を取り除くことができるのか?
そこで利用するのが、この暴走モードだ。
既に述べた通り、ホムラの意志と破壊神の力が噛み合っていないため齟齬が生じており、それが邪龍や伸びる尾の暴走という形で現れている。
ホムラの使い切れない力がはみ出したようなものだ。
この暴走は長く保たないと踏んでいる。
いずれホムラの“器”が、破壊神の“力”に耐えきれなくなる。
その瞬間、両者の齟齬は決定的となって分離するはずだ。その機を逃すことなく狙い澄まして、破壊神の“力”だけを取り除けばいい。
アホの子なりに考えた妙案である。
「なのに……暴走モードが長くてしんどいんだけどこれ!?」
ホムラの“器”から破壊神の“力”があふれる瞬間。
その時を今か今かと待ち構えながら、ホムラが繰り出してくる拒絶を帯びた攻撃に耐えているのに、一向にその瞬間が訪れる気配がなかった。
もしかして――暴走モードに馴染んできた?
ネガティブな予感に震えると、攻撃回数の差で押し込まれそうになる。
「くっそぉ……ニャンコの手でもいいから借りたい!」
邪龍や尾の攻撃を、6回か7回くらい凌いでくれる手が欲しい。
そんなミロの願いは思わぬ形で叶ってしまう。
『我で良ければ――手を貸そう』
心の内側から聞いた覚えのある男性の声が響いた。
どこからともなく黒塗りの鉄拳がいくつも飛んできて、ミロに噛みつこうとしていた邪龍たちの鼻っ柱や横っ面を殴り飛ばしてくれる。
援軍!? とミロは左右に視線を飛ばす。
黒塗りの鉄拳の正体は、漆黒で彩られた鎧で武装した6本の腕だった。
それらの腕はミロが羽織るマントから伸びている。
さっきから邪龍たちの攻撃を逸らしたり防いだりするなどの防御反応を見せていたマントが、これ以上ないくらい明確に反撃してくれたのだ。
「あっ……ククリちゃんのお父さん?」
ようやくミロは、聞いた覚えのある声の主を思い出した。
名前はたしか――ヨミ・オウセン。
還らずの都を守る巫女ククリ・オウセンの実父であり、還らずの都にその身を捧げた死を司る魔王。魔族だが神族の姫君を娶った穏健派だという。
諸事情からミロは彼の魂を受け継いでいた。
ツバサさんがククリの母親の魂を受け継いだのと同じだ。
魂を受け継ぐとは、魂の経験値をそっくり貰えることに等しい。
そのためミロもツバサさんもとてつもないパワーアップができたのだが、ツバサさんはちょっと釈然としないらしい。
『……よくククリちゃんのお母さんに脳内でツッコまれるんだよなぁ』
ツバサさんはそんなことをぼやいていたが、ミロはそういうことがなかった。お父さんの方は消えちゃったのかな……と不安になっていたところだ。
どうやら寡黙な性格なので不必要な発言を控えていたらしい。
ミロの危機を察して手伝ってくれるという。
見るに見かねて参戦した――というニュアンスが伝わってくる。
『邪龍どもは我が引き受けよう』
鎧で武装した腕は6本しかないが、1本で3匹の邪龍を叩きのめすほどの敏腕振りを発揮してくれた。余裕があれば竜の尾も対処してくれる。
これは頼りになる援護射撃だ。
「オッケー! そっちは任せちゃうからね!」
おかげでミロはホムラとのチャンバラごっこに専念できる。
「邪魔者なしのタイマンなら負けるかオラーッ!」
「ぐっぐっ……ぐむぅぅぅぅ……ぎみばらぁぁぁぁぁぁぁッ!」
ここぞとばかりにミロは攻め掛かり、今度はホムラが防戦へ回るよう仕向ける。そろそろ待ってばかりの防戦には飽き飽きしていた。
チャンスが巡ってこないなら――無理にでも作ってやる!
力量の差を思い知らせるようにホムラを追い詰めることで、もっと破壊神の力に頼るように仕向け、“器”が壊れるのを早めてやるつもりだ。
大剣と大太刀が幾度となく鎬を削る。
だが、目に見えてホムラが劣勢に傾きつつあった。
邪龍や尾の援護がない差しの勝負となれば、すぐに地金が露呈するくらいの実力しかない。破壊神の力が暴走することで腕力や反射速度といった肉体能力の向上は見られても、ホムラの腕前が上がったわけではない。
そんな半端者、ツバサさんに鍛えられたミロの敵ではなかった。
どれくらい剣を交えていたのか――わからない。
いつしか互いに距離を置いて、肩で息をするほど疲れ果てていた。
鍔迫り合いをする気力すらままならないほど、両者ともに疲労を蓄積してしまったらしい。12匹の邪龍と竜の尾は、ククリの父親が操作する黒い鎧の腕に鷲掴みで捕まっており、あちらもほぼ動きを封じられていた。
膠着したままの長い小休止だ。
「ゲンジロウ……が、負けた……ゲン兄が……負けた、じゃと?」
息切れの呼吸が止まらない口でホムラが呟いた。
言葉遣いから理性を感じさせる。わずかに我を取り戻したらしい。
「それが本当なら……誰が、ゲン兄を負かした……んじゃ?」
「レイジくんとマリちゃん――アンタの兄姉だよ」
ミロが即答すると、ホムラは口をまっすぐに結んだまま両眼をピンポン球みたいに見開いた。蛇のような眼球、その黒目が点になっている。
そこからゆっくりと寂しげに眼を細めた。
「……そうか……なら……あり得ない、話ではないな……」
だが! とホムラは語気を荒らげて牙を剥く。
「穂村組は勝つまでやるのが信条じゃ! 身内といえども容赦せん! ゲンジロウを倒したのがレイジとマリならば……ワシが二人を斬り伏せる!」
――ゲンジロウの仇討ちじゃ!
ホムラが息巻いた途端、ミロから膨大な闘気が放出された。
世界を塗り替えるような気迫に気圧されてビクリッ! とホムラが肩を竦めた時にはもう、ミロはその懐へ突き刺さるように踏み込んでいた。
覇唱剣は左手に提げられたまま微動だにしない。
怒りに眉をつり上げたミロは、怒髪天の勢いで怒鳴りつける。
「そうじゃないだろ! このド阿呆ッ!」
ありったけの力を込めた、フルスイングのビンタをお見舞いした。
首が千切れそうな衝撃を頬に受けたホムラは、脳細胞をおもいっきり片側に寄せられてひしゃげるような感覚に見舞われているはずだ。
脳震盪を起こしたホムラは白目を剥く。
ミロはホムラの片足を踏みつけ、倒れもしなければ吹っ飛びもしないように空中へ固定すると、凄まじい勢いでビンタの応酬を食らわせた。
「組員が負けたからやり返す? 勝つまでやる?」
そうじゃないだろ! とミロは大切なことを繰り返す。
「仲間が……家族がやられたから黙っていられないんだ! 勝つまでやるのが目的じゃない! 家族が酷い目に遭わされたから怒るんだろうが!」
――穂村組の信条。
身内の敗北を許さず、勝ち逃げを認めず、勝つまで勝負を挑む。
この本質はミロが言った通り、組長が家族といって憚らない構成員がどんな理由であれ傷つけられた事に対する怒り、そこに端を発する報復行動だ。
穂村組は代々、迫害されてきた歴史がある。
(※第330話~第331話参照)
人間離れした力と鬼のような外見を恐れられたからだ。
だからこそ彼らは血の繋がった血縁を尊び、同じ境遇の仲間を大切にし、家族という徒党を組むことで、互いに助け合って生き延びてきた。
家族を貶されことは――自らを貶されるに等しい。
身内を傷付けられた落とし前を付ける。
仲間を尊ぶからこそ、穂村組はこれを鉄則としてきたのだ。
イタリアのマフィアは、住民同士で互いを助け合うための互助組織がその起源とされているが、穂村組は似たような気質を連綿と受け継いできた。
だが、時代を経るに連れて信条も変化する。
家族に手を出した者に苛烈な制裁を加えることで、二度と穂村組に手を出さないよう畏怖させるという目的から、極道の組織として面子を守るために敗北を認めないという変遷を遂げてしまったのだ。
ミロの手から繰り出される嵐のような連続ビンタは止まらない。
「ホムラは……履き違えてる!」
ホムラの顔面が見るも無惨に腫れ上がっていく。
両頬はバスケットボールみたいに膨れたが、それでもミロは往復ビンタの嵐を止めようとはしない。説教と一緒にどんどん熱を帯びていく。
「レイジくんとマリちゃんはな! おまえらのことをずぅぅぅっと心配して心配して心配して……精神的に疲れすぎて、おかしくなる一歩手前までいったんだぞ! ツバサさんが気付かなきゃ今頃……それをなんだおまえ!」
末弟がアホなら――長兄もバカだ!
「少しでもまともな神経してれば、あんな極悪親父に味方するなんてあり得ないのに……ホイホイ口車に乗りやがって!」
このアホーッ! とミロは渾身の一撃をくれてやる。
それはビンタではなく、ホムラの鳩尾を抉るようなヤクザキックだった。
「ぐぼぉあッ!? げぇほ、ごほッ!?」
吹き飛ぶホムラを見送ったミロは、彼が腹を抱えて怯んだところを見計らって覇唱剣を上段へと構えた。その双眸は爛々と燃え上がっている。
堪忍袋の緒が切れた。まどろっこしいのも時間が惜しい。
「もう待つのは止めだ……その性根ごと叩っ斬ってやる!」
剣身からは激しい烈光が噴き上がる。
ミロの過大能力――【真なる世界に覇を唱える大君】。
覇唱剣が発する烈光は研ぎ澄まされていき、先ほど拒絶の熱線を斬り裂いた時のような、剣先が果てまで届くほどの目映い光の大剣となる。
「――この真なる世界を統べる大君として申し渡す!」
まだ防御姿勢も取れないホムラへ、ミロは容赦なく光の大剣を叩き落とす。
「いっぺん死んで反省しろ――このド阿呆!」
真正面から一刀両断、まっすぐな太刀筋はホムラを正中線から分断する。
「あ……っ! あああ……ッ!」
喉を半分に裂かれては声も出せまい。
それでも身体が左右に分かれていく感触に恐怖を覚えるのか、空気が抜けるような悲鳴を上げて、ホムラは左右の腕をジタバタと藻掻かせる。
そして――異変が起きた。
暴走を象徴する12匹の邪龍がスルスルと引っ込んでいく。
数㎞にまで伸びた竜の尾もだ。頭から生えた複雑に枝分かれした角や、全身を覆いかけていた鱗も、潮が引いていくように消えていった。
それらは破壊神より与えられた力の顕れ。
ホムラという“器”が壊された今、宿るべき場所を失った破壊神の“力”はひとまず一ヶ所に集まろうとしているようだ。
一刀両断にされて、左右の半身へと分かれていくホムラの身体。
その間にドス黒いアメーバ状の物質が蠢いている。
邪龍も、竜の尾も、角も、鱗も、その一点に集中しつつあった。
そこから強烈な破壊神の気配を感じる。
『――これが元凶だな』
ククリのお父さんは六本ある鎧の腕を伸ばすと、破壊神の“力”が逃げないように捕らえてくれた。そのまま握力に任せて握り潰していく。
『この世を統べる大君の御命令だ――疾く失せよ』
ミロの過大能力を融通したので、その発言のままに実行される。
破壊神の“力”は死を司る魔王が綺麗に消し去ってくれた。
後はホムラを元通りにすればいい。
「――この真なる世界を統べる大君が厳しく命じる!」
まだ烈光を宿したままな覇唱剣。ホムラを両断するために振り下ろしたそれを、今度は2つに分かれたホムラの間を通過するように振り上げる。
「穂村組がホムラを待ってる! 帰ってこい!」
振り上げた覇唱剣の刃を追うように、ホムラの身体は接合されていく。
剣身が通り過ぎた後、そこには無傷のホムラがいた。
ただし、身に付ける装束はボロボロだ。ミロとのチャンバラでほつれたり裂けたり、内側から食い破るように飛び出てきた邪龍のせいだろう。
でも中身はちゃんと治した……はずだ。
身体ごと半分にした服まで元通り縫い合わせてある。
分析するとLV990。破壊神から過大能力とともに貰ったであろう10レベル分が下がっているので、ちゃんと元通りにしたと見ていいだろう。
当の本人であるホムラは茫然自失といった様子だった。
「……あ、あれ? ワシは……一体?」
正気を取り戻したようだが、状況をしっかり飲み込めないらしい。
だからと言って手控える理由はない。
散々に迷惑をかけさせられて、ムカっ腹も限界突破していたところだ。
再び振り上げた覇唱剣を手首でクルリと反転させる。
刃を立てて斬るためではなく、刃を寝かせて剣の腹を鈍器にすることで、相手をおもいっきり叩きのめす準備をしたのだ。
覇唱剣には鋼鉄製のハリセン、その代理を務めてもらうことになる。
「ちったあ思い知れ! このバカアホマヌケーーーッ!!」
「へ? な、なんじゃな……ギャアアアアアアアアアアアアーーース!?」
全力全開で高度数千mから叩き落としてやった。
手子摺らせられた怒りも手伝って、いつもより2000%増しで力が入っていたかも知れないが、LV990あればギリギリ持ち堪えるだろう。
ドップラー効果の乗った絶叫が遠ざかっていく。
~~~~~~~~~~~~
なんとかなれーッ! の勢いでなんとかなった気分だ。
ホムラが生き返った時、内心ミロは安堵していた。
万能とも言えるミロの過大能力――だが死者を蘇らせることはできない。
死は厳然たる事実として受け止めなければならないのだ。
どうしても復活させたければ、新たな生を授けるべく転生させるか、別の生命体として改造しなければならない。当人を元通りに蘇らせることは絶対にできないし、新たな人生は押し付けがましく、相手の尊厳を踏み躙るかも知れない。
そんな邪道な復活――魔改造に等しい。
ホムラという“器”を死に追い込めば、破壊神の“力”は出て行くはず。
そんな希望的観測から、ミロはあの暴挙に踏み切った。
一度ホムラを完膚なきまでに殺すことで破壊神の力を分離させ、それを消滅させたら即座に回復させるという離れ業をやってのけたのだ。
この一連の作業には5秒も費やしていない。
3秒以内――ホムラが完全に死ぬ前にやり遂げる必要があった。
無免許医ブラックジャックも感服するであろう早業で、仮死状態に追い込むことで破壊神の力を騙くらかして、即座に蘇生させたわけだ。
ひとつ間違えればホムラは死んでいた。
正直な話、かなりの博打だったが成功してホッと胸を撫で下ろしている。
叩き落としたホムラを追いかけて、ミロも地上へと舞い降りた。
かつて巨人族の都市があった岩盤地帯。
ミロとホムラの激闘の被害をまともに浴びたため、廃墟となった都市さえ原形を留めていない。砂塵が吹き抜ける砂漠のような荒野になっていた。
そんな砂漠の真ん中に、ぽっかりクレーターができている。
クレーターの中心にホムラが横たわっていた。
ほぼ半裸の美少年が仰向けで大の字になっており、砂に埋もれかけているが両眼は開いていて小さく呻いているので、どうやら息はあるらしい。
長巻はどこかへ吹き飛んでいた。今のホムラは丸腰である。
ミロが近付くと足音で気付いたようだ。
身体はピクリとも動かないが、虚ろな眼球がこちらを見遣る。
「……ワシは、負けたのか?」
「ああ、アンタの負けだ」
それだけ告げたミロは、このままホムラを放置するつもりだった。
腐ってもLV990、生半可なことで死にはしない。この戦争が終わるまでろくに動くこともできないはずだ。後のことは戦争が終わってからでいい。
ミロは邪魔する奴をぶっ飛ばしたに過ぎない。
ホムラの処遇については、大人たちの判断に委ねようと思う。
バンダユウたち穂村組が引き取りたいというならそれで構わないし、それなりのことを仕出かした罰として制裁を科すのなら止めはしない。
ミロは傍観を決め込むつもりだった。
不倶戴天な犬猿の仲――そんな簡単に仲直りはできそうにない。
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じゃあね、とミロが踵を返して立ち去ろうとした時だ。
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「ッ! あ、あの時のことか……」
今の一言で通じたのか、ホムラも心当たりがあるらしい。
小学校――最後の運動会。
ミロの家族は忙しいことを理由に誰も応援に来ず、この時はツバサさんも諸事情で駆けつけることができなかった。おかげでミロはひとりぼっちだった。
対してホムラの家族は大勢で駆けつけてくれたのだ。
一応、ホムラがヤクザの跡取り息子というのは公然の秘密だったため、バンダユウたちはそれなりに変装して、ホムラの親族という態を装っていた。
「……その変装がとんでもなく最悪じゃったけどな」
「うん、そこだけは激しく同意してあげてもいい」
さすがにミロもちょっとばかり擁護できないところがあった。
バンダユウは人のいい和服のご隠居を演じていた。
希代の詐欺師とも揶揄される手妻使いらしく、好々爺を演じていたバンダユウは様になっていたのだが、他の面子がミロから見ても最悪だった。
ゲンジロウは七三分けの生真面目そうなサラリーマン。
マリは教育ママを思わせるキツそうなお姉さん。
レイジは渋谷とかにいそうなチャラいお兄ちゃん。
セイコとガンリュウはコンビを組んで、かつての秋葉原によく出没したステレオタイプなオタク(デブ&ガリ)のコスプレだった。その他の組員も、目立たないように変装したつもりだろうが、なんか不似合いなのだ。
みんな、ヤクザと気付かれないように頑張った努力は認めよう。
逆にそれが異様さを際立たせたのだが……。
関連性のわからない異様な一団のため、保護者からも不審がられたほどだ。
そのせいなのか、いくら応援されてもホムラは無視してしまった。
徹底して赤の他人を貫いたのだ。
運動会が終わるまで、近付くことすらしなかったほどである。
大人になってきた今なら、当時のホムラが恥ずかしがったこともわからないでもないが、幼い頃のミロはホムラの態度がとても鼻についてしまった。
家族が応援に来てくれているのに、素っ気なく振る舞う。
そんなホムラに腹が立つのも仕方ない。
いいや、感情を切り捨てるほど憤慨したのだ。
『――無視すんなバカタレ!』
穂村組の家族の気持ちを慮ったミロは、ホムラを思いっきり罵倒してやった。
これが決別の瞬間――ミロがホムラへの感情を失った瞬間である。
運動会の後、ホムラに対するミロの風当たりが強くなり、元々ミロを快く思っていないホムラが喧嘩腰になるのは当然の成り行きだった。
ミロは振り返り、ホムラと目線を合わせる。
「家族がいればああいうことは当たり前なんだろうけど……アタシもツバサさんも、その当たり前を持っていなかった。だから……羨ましかったんだ」
そう、事の発端はミロの嫉妬みたいなものだ。
望んでも手に入らないし――取り戻せない。
子供のために運動会へ来てくれる家族が羨ましかった。
ミロの答えを聞いたホムラは訝しむ。
「じゃが、おまえにだって父や母が……家族が……」
「授業参観、運動会、体育祭、文化祭……一度でも見掛けたことある?」
ホムラは押し黙った。君原家の歪みを察したようだ。
「君原の家にアタシの席はなかった……アタシの家族はツバサさんだけ」
ミロの居場所はツバサさんの元しかない。
そこはミロの特等席であり、唯一無二の逃げ場所だった。
「家族を持ってる人にはさ……その尊さってわからないもんなんだよ」
逸らすように目を伏せてからミロは言った。
ホムラが気付いてくれなければ、両者の溝が埋まることはない。
況してやホムラはミロを「君原家の令嬢」と目の敵にしていたので、仲良くなる機会などあるはずもなく、日に日に関係は険悪となるばかりだ。
話し合う余地すらなかった。
「家族を大切にしないアンタと分かり合えるはずがない……だから、感情を向けることもなかったし、人として接することも極力避けてたんだ……」
ホムラと距離を置いた理由がこれだ。
ミロから打ち明けられた話を聞いて、ホムラも得心できたらしい。
ゆっくり瞼を閉じると、重そうな右手で目元を覆い隠した。
「それが……あんな眼で睨まれてきた理由か……」
やっとわかった――すまん。
小さく囁かれたホムラからの謝罪は涙に震えていた。
ミロはため息をつくと訂正を求める。
「アタシには謝んなくていい。この諍いは……アタシがアンタを羨ましがったところから始まってる。こっちから吹っ掛けたようなところもあるからね」
喧嘩両成敗ってことでいいよ、とミロは水に流すことにした。
だが、彼らへの詫びは絶対に入れさせるつもりだ。
「アタシなんかより穂村組に謝れ、バンダユウのオッチャンたちにな」
小学生の時の運動会、その一件だけではない。
今回の戦争でも盛大にやらかして、家族に心配させて迷惑を掛けているのだ。
裏切り、背信、敵対行動……土下座や五体投地の謝罪では済まされない。終生を懸けて償うレベルの失態を犯しているのだ。
それでも――穂村組はホムラの帰りを待っている。
彼らの真心に感謝して、誠心誠意の詫びること。
それができなければ、ミロは今度こそホムラを躊躇なく殺すだろう。
「……ッ! ああ、わかった……わかってる」
涙で噎せる声をしゃくり上げ、ホムラは誓うように約束した。
覆った右手からはたくさんの涙が滲んでくる。
「叔父貴、ゲン兄、レイ兄、マリ姉、ゼニヤの兄ちゃん、セイコ、ガンリュウ、ダテマル、三悪トリオ……みんな、ごめん……ごめん、なさい……ッ!」
ワシは愚かで何も知らない――ただのガキじゃった。
「みんなぁ……ごめん! ごめんなさい……」
家族への謝罪を繰り返すホムラは、いつまでも静かに啜り泣いていた。
気が済むまで泣いて謝るホムラをミロは見届ける。
「…………ワシの負けじゃ」
一頻り泣いた後、ホムラは潔く負けを認める発言をした。
「煮るなり焼くなり好きにしてくれ……」
「それはアタシの決めることじゃない。ツバサさんたち大人が決めることだ」
きっと――バンダユウのオッチャンも叱ってくれる。
ミロが冗談交じりに言うと、ホムラは口元をほんの少し緩ませた。
「そうか……でも、叔父貴のお説教は長いんだぞ……うんざりするくらいにな」
「怒られるうちが華だ、ってラザフォードくんが言ってたよ」
誰だよラザフォードって、とホムラは苦笑する。
「でも、今ならわかる……家族だから……本気で怒ってくれるんだよな」
ホムラは憑き物が落ちたような笑顔を浮かべた。
守護神と破壊神の盤上――№19のコインが2つに割れてから消えた。
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