想世のハトホル~オカン系男子は異世界でオカン系女神になりました~

曽我部浩人

文字の大きさ
上 下
435 / 540
第18章 終わる世界と始まる想世

第435話:持つ者はその尊さを知らない

しおりを挟む



「……一番上のお兄ちゃん、負けたってよ」

 言葉遣ことばづかいこそぞんざいだが、憐憫れんびんを込めてミロは伝えた。

 長兄として取るべき選択肢を間違えた。

 ゲンジロウ自身、痛いくらいわかっているはずだ。

 そこを自覚しながらも何らかの使命感に突き動かされ、ホムラを守るために彼はああいった行動を取らざる得なかったのだろう。

 長年の古巣ふるすである穂村組ほむらぐみを背を向けることになろうともだ。

 多くを聞かずともミロは察する。

 2つの固有技能オリジナル――直観と直感で長男の心境を汲み取ってしまった。

 ゲンジロウの敗北をホムラはどう受け止めるか?

 犬猿の仲であるミロを亡き者にして、その伴侶はんりょであるツバサさんを強奪ごうだつするように寝取ねとりたいあまり、四神同盟どころか青二才な小僧を「組長!」と持ち上げてくれる穂村組をも裏切って、極悪親父ロンドに尻尾を振った極めつけのアホ。

 長兄の敗北を知ったホムラがどんな反応をするか? それを確かめたい。

「兄……ちゃ、長男……ゲン、ゲン兄ぃ……」

 諸事情しょじじょうにより、ホムラの知能指数は悲しいほど低下していた。

 会話さえもままならなくなってきたホムラだが、ミロがこの事実を告げるとほんの少し瞳に理性の光が差してきた。

「ゲ、ゲン兄がぁ……負けるわけなかろうが……このぉ……嘘つきめが!」

 頭から鵜呑うのみにせず、まったく信じてもらえなかった。

 ある意味、当たり前かも知れない。

 ミロがホムラの立場なら、ろくな情報も得られない状況でいきなり「ツバサさんが負けたぞ」と言われるのと大差ないだろう。

 絶対に信じない。してや倒すべき敵に言われたら尚更だ。

 中央大陸の真ん中に位置する――還らずの都。

 そこを大陸の中心として見た場合、北方に出現したのが“世界大蓮”ローカパドマという巨大なはすの花めいた建造物であり、これを受け皿として世界中から“気”マナを吸い上げて誕生しつつあるのが“終わりで始ヒラニヤまりの卵”・ガルバだ。

 あそこからロンドとは別の破壊神が生まれてくるらしい。

 四神同盟で手空てすきのLV999スリーナインがいれば、すぐに現地へおもむいて破壊してほしいとの報告が回ってきていたが、みんな忙しくて難しいようだ。

 遊撃手ゆうげきしゅを任されたメンバーも、別件で足止めを食らわされている。

 ――ミロも無理だ。

 ホムラを片付けたら、大急ぎでツバサさんのもとへ帰らねばならない。

 ミロが対破壊神ロンド戦の切り札になるからだ。

 もっとも“卵”の近くにいるのは、銃神ガンゴッド姉兄おねにいさんことジェイクさんだが、リードというバッドデッドエンズでも5本指に入る強敵とマッチング中。

 最愛の女性を殺したかたきだから無視できないのだろう。

 なので、“終わりで始ヒラニヤまりの卵”ガルバについては半ば放置されている。

 戦況事態は四神同盟が有利……と思いたい。

 20人の終焉者エンズは16人まで撃破できた。

 しかし、破壊神ロンドの力はまったく衰えておらず、むしろ手勢となる巨獣きょじゅうをいくらでも追加できることを明かして、その絶大な力を誇示していた。

 一気に増えた巨獣の処理に手間取っている場合が多い。

 幹部が減るにつれ、底知れない能力を開放する。

最悪にしてバッド・絶死をもたらデッド・す終焉エンズとはかせだったのではないか?』

 遊び半分で自らにした自縄じじょう自縛じばく拘束こうそく

 世界が滅びるまでの過程かていをドラマティックに演出し、泣き笑い怒り悲しむといった感情の揺れ動く様を楽しむための舞台装置。

 ツバサさんや獅子のお兄ちゃんは、そう推理すいりしているらしい。

 ――ミロも同感だった。

 ロンドは破壊神のくせして俗っぽくて人間臭い。

 終焉者エンズたちが抱えた負の感情が発露はつろされるところを眺めて楽しみ、それに対抗するべく異を唱えて立ち向かう四神同盟の戦いを見物けんぶつして喜び、双方の気持ちがぶつかることで起きるドラマへ惜しみない拍手喝采を送る。

 きっと観客ギャラリー気分で堪能たんのうしているはずだ。

 ツバサさんはその同伴を求められ、あの円卓に縛られていた。

 ものすごく大嫌いだけど縁を切れない取引先から無理やり誘われて、見たくもない映画を20連チャンで一緒に視聴させられているようなものだ。

 おまけに差し迫った用事も控えている。

 その憎たらしい取引先をコテンパンに打ちのめすお仕事だ。

 ――もどかしいに違いない。

 一刻も早く駆けつけたいミロだが、どんなアホでもホムラを「助ける!」と決めてしまった以上、その決定を覆すことはできなかった。

 こんなアホでも――帰りを待つ穂村組かぞくがいる。

 家族に特別なこだわりを持つミロが無視できるわけがない。

 気付けばかなりの時間、ホムラと相対あいたいする膠着戦こうちゃくせんに費やしていた。

 ここは中央大陸の北西――。

 皮肉にも“終わりで始ヒラニヤ・まりの卵”ガルバ一望いちぼうできる場所だ。

 かつては岩盤がんばんだらけの土地を切り拓いて巨人族が繁栄はんえいしたであろう廃墟の都市群があったが、ミロとホムラの激闘の波及はきゅうによって見る影もない。

 辛うじて残骸が散らばる荒れ地となりかけていた。

 その跡地あとちから見上げる遙かな上空。

 ここを戦場と定めた両者は、互いに一歩も譲らず死闘を繰り広げていた。

 空を舞う黒衣こくい姫騎士ひめきしと、それに襲いかかる多頭たとう毒蛇どくじゃ

 もしもこの戦いを誰かに目撃されたら、そんな有り様に見えるだろう。

 英雄神――ミロ・カエサルトゥス。

 肩書きとしてはハトホル太母国 代表(補佐)。

 一国の女王神となったツバサさんの妹で娘で夫で……やたら肩書きが増えてきたような気もするが、対外的には「伴侶はんりょ」の一言でまとめてもいい。

 ただ、主張したいのは「ツバサさん最愛の娘」だ。

 これは譲れない。ツバサさんの最愛・・という二文字は絶対である。

 長い金髪をシニョンに整えた愛らしい美少女。

 戦闘用に改造されたブルードレスで着飾り、マントとして機能するロングカーディガンを肩に羽織り、大振りな長剣を軽やかに振り回す。

 いつもなら姫騎士に恥じない外見だった。

 今は心身ともに暴走しつつあるホムラを抑えるため、全力全開を発揮しているので武装が仰々ぎょうぎょうしくなっていた。見た目も色合いも重装備だ。

 ロングカーディガンは漆黒しっこくに塗り潰される。

 留め具代わりの頑丈そうな肩鎧かたよろい、仰々しいくらい立てられたえり。明らかにミロの背丈より長く、全身をくるめるほど布面積のあるマントになっていた。

 このマントは攻撃されると自動的に対抗してくれる優れ物だ。

 具体的には防御のため盾や幕になってくれる。

 漆黒に染まるのはマントだけではない。

 身体の各部に黒を基調とした装甲も追加されていた。重装備といったが、いいところ軽装けいそうの鎧である。普段がノーガードだから比較すると重装じゅうそうかも。

 これはミロが受け継いだ力の一端いったん

 還らずの都を巡る戦いで、ククリの父親から授けられた力のあらわれだ。

 ツバサさんがククリの母親の魂を受け継いで魔法の女神イシスという戦闘形態を編み出したように、ミロもククリの父親の魂を受け継いで得た力である。

 フルパワーを出すと、これら黒の追加武装が現れるのだ。

 ミロは“オルタモード”と名付けていた。

 なんかのゲームで、本来のキャラと色違いの強めなキャラをそんな風に呼んでいた気がするので参考にさせてもらった。

 防具ばかりではなく、武具もちゃんと強化されている。

 覇唱剣はしょうけん――オーバーワールド。

 前は工作者クラフタージンが打ち鍛えてくれた、聖剣ミロスセイバーと神剣ウィングセイバーという大小セットの二振りの剣だった。それを工作者クラフターダインに頼んで改造してもらい、合体して大剣になるよう仕掛けを搭載とうさいしてもらった。

 この合体が解除できなくなってしまった。

 ククリの父親の魂の受け継いだ際、ミロが急激にパワーアップした影響をもろに受けたらしく、二振りの剣は融合ゆうごうとともに進化を遂げたのだ。

 それが覇唱剣オーバーワールドである。

 こちらも黒を基調とした色彩だが差し色に金や銀、七色に光る輝石きせきあしらった装飾が豪壮ごうそうに施されている。小柄な乙女には似つかわしくないほど巨大な大剣、その剣身の幅はミロをすっぽり覆い隠すほどなので盾にもなった。

 これをミロは平然と片手でも振り回す。

 神族や魔族は森羅万象から“気”マナを得ることで、不老不死に等しい無窮むきゅうの肉体を維持でき、“気”を理力りりょくや魔力といったエネルギーに変換する。

 これが人知を超えた能力を発動させる源となるのだ。

 難しいことはよくわからないが、おかげでミロの細腕でも“気”マナを変換した理力が全身にみなぎっているので、覇唱剣を軽々と扱えた。

 覇唱剣自体、絶大な“気”を蓄えている。

 世界を越える剣――この無辺際むへんぎわな世界に覇を唱える剣。

 その名に恥じない力を発揮する覇唱剣は、迅速じんそくな太刀筋を走らせれば空間をも断ち斬る斬撃をほとばしらせ、天地に見境みさかいない嵐を巻き起こす。

 この余波よはを食らい、眼下がんかにあった巨人族の廃墟はいきょ更地さらちとなったのだ。

 世界に覇を唱える斬撃をどれほど受けたのか?

 だというのに、対戦相手はまだくっしようとはしない。

 もう限界が見え隠れしているのに、一向いっこうひざを折る気配がなかった。

 最悪にしてバッド・絶死をもたらデッド・す終焉エンズ 20人の終焉者トゥエンティ

 №18 絶界ぜっかいのフラグ ホムラ・ヨルムンガンド。

 かつての穂村組組長ホムラ・ヒノホムラのちた姿だ。間違ってもバンダユウのオッチャンや、レイジくんやマリちゃんには見せられない。

 浅ましくも愚かしい醜態しゅうたい――恥さらしな為体ていたらくである。

 ミロへの敵愾心てきがいしんとツバサさんへの恋慕れんぼ

 この2つの感情を破壊神ロンドによって言葉巧みに利用され、あの極悪親父の言いように使われている始末だ。選んだ道が最悪なのもことながら、ロンドから分け与えられた破壊神の力のせいで見た目的にも醜悪しゅうあくを極めつつあった。

 かつては美少女と間違えられるほど男の娘おとこのこ

 姫カットの似合う紅顔こうがんの美少年であり、歌舞伎役者みたいにド派手な着物やはかまで飾り立て、マントの代わりに豪奢ごうしゃ単衣ひとえを肩へと羽織っていた。

 主武装メインウェポン長巻ながまき――槍みたいに長い柄を持つ長大な大太刀おおだちだ。

 そんな美少年キャラの面影おもかげはどこにもない。

「うううっ……君原ぎみばらぁ……殺っす、ツバサさん……手に入れッ!」

 まともな会話も成り立たない言語野げんごや

 徐々に外見まで人間離れし、おぞましい怪物となりかけていた。

 全身は青ざめたうろこに覆われつつある。

 ぱっと見は蛇人間か竜人。それも見た目がよろしくないタイプだ。

 呪いでおどろおどろしく変貌しつつある。

 蛇ではなく頑丈そうな龍の鱗に近い感じだ。鱗で覆われた箇所かしょは肉体が大きくなったり伸びたり、法則性のないゆがみが起きつつある。長巻を振るう右腕はほとんど変化していないが、手ぶらの左腕は倍の長さとなり鉤爪かぎつめが伸びていた。

 あれは――龍の腕だ。

 五本指も三本指になりかけており、退化の途中のようだ。

 再会した時、ホムラは龍の角や尾を生やしていた。

 破壊神ロンドから貰った力の副作用なのは一目瞭然いちもくりょうぜんだが、それらも肥大化ひだいか一途いっとを辿っている。特に尻尾なんて巨人族の廃墟を取り囲める長さまで伸びていた。

 身体のあちらこちらからは、12匹の邪龍じゃりゅうを生やしている。

 八岐大蛇やまたのおろち多頭蛇ヒュドラか――はたまたキングギドラか。

 長さを変えて太さを増して、伸縮自在にして針小しんしょう棒大ぼうだいも思いのままらしい。最初はまとわりつくドス黒いオーラが蛇や龍をかたどっているだけだったが、気付けば実体化して肉体を備え、鱗で覆われたホムラの肉体から生えていた。

「こいつらが鬱陶うっとうしいたらありゃしない!」

 ミロはべらんめぇ口調でわめくも、せわしなく覇唱剣を取り回す。

 12匹の邪龍じゃりゅうが絶え間なく襲ってくるからだ。

 本当にギリシャ神話の多頭蛇ヒュドラをモデルにしているのか、首を斬り落として頭を叩き潰しても、すぐに再生して12匹で総攻撃を仕掛けてくる。

多頭蛇ヒュドラなら斬ったところを焼けば再生しないッス!』

 フミカちゃんが情報網からワンポイントアドバイスをくれた。

「フミちゃんナイスっす!」

 ミロはすぐさま実行に移す。まず覇唱剣はしょうけんを振るう剣速けんそくを爆上げさせて空気摩擦まさつで刃に熱を帯びると、魔法系技能スキルで剣身に爆炎を宿す。

 これで大蛇の首を斬りながら、その切断面を焦げ焦げにする作戦だ。

 しかし――。

「効゛く゛がああああああああああああああああああーッ!」

「やっぱ対策されてるかー!?」

 残念ながらホムラには通じなかった。

 首を斬りながら切断面を真っ黒になるまで焼き潰しても、焦げた部分をカサブタみたいにいで新しい肉が盛り上がってくる。

 そして、あっという間に邪龍の首が元通りになってしまう。

 炭化するほどの火傷でも物ともしない。再生能力が段違いらしい。

 ホムラから生えた邪龍は――合計12匹。

 伝説の多頭蛇ヒュドラのようにそこから増えないのはいいが、そいつらがミロの素早さに追いつける敏捷性びんしょうせいで襲いかかってくるから厄介だ。

(※ヒュドラは一本の首を斬れば二本になって復活するためキリがない。これを退治したヘラクレスは、首を斬る度に焼き潰して再生を阻止した。それでも最後の一本は絶対的な不死身のため、首だけにして巨大な重石おもしで封じたという)

「いくらアタシの手際てぎわが良くても追っつかないっての!」

 正直、応戦するのが手一杯だった。

 ツバサさん直伝じきでんの「ひとつの挙動きょどうに複数の意味を持たせて、一撃で二撃にも三撃にもなる攻撃手段とする」技術を使っても火の車だった。

 具体的には――まず一匹の蛇の頭を殴り飛ばす。

 殴られた蛇の頭に釣られて長い首がグイーッと伸びていき、その首が伸びた延長線上にある他の蛇たちの首を巻き込でいく。

 そうすることで彼らの動きを妨げつつ、数本の首をまとめて切り飛ばす。

 効率化させ多段ヒットを狙う――みたいな感じだ。

 他にもあの手この手で、数匹まとめて相手取るように心掛けている。

 それでも焼け石に水だった。

「なんなら、伸びに伸びて巨人さんの廃墟くらい囲める長さになった尾っぽまでむちみたいにブンブン振ってくるし……ッ!」

 しかも、ただ闇雲やみくもに振り回しているわけではない。

 その何㎞に達しているかわからないほど長い尾でミロを取り囲もうとしており、12匹の邪龍を猟犬りょうけんにしてこちらを追い立ててくるのだ。

 この時、邪龍じゃりゅうの群れを決して絡ませない。

 ホムラという根元から生えていて12本も首があれば、お互いの行動を邪魔したり絡んでしまいそうなものだが、生憎あいにくそんなヘマは一度もなかった。

 意図的に絡むよう仕向けても引っ掛かってはくれない。

 発狂寸前のくせして――統率とうそつが取れている。

 もしかして会話できないのは演技? とミロも怪しんでしまう。

「だとしたら役者として一流じゃん」

 ミロの直感&直観が「ホムラの精神は崩壊するまで待ったなしです」と見抜いているので、それはないと思うのだが……。

 迫り来る邪龍を払い除け、ミロは空中を縦横無尽じゅうおうむじんに飛び回る。

 邪龍は追尾式ついびしきミサイルよろしく延々えんえんと追いかけてきた。

 ミロは雲を引く速さで飛ぶ飛行機のように、それをくぐりながら時に撃墜げきついするように斬り落として叩き落として、果てしない空を駆け巡る。

 目まぐるしい空中戦、息もつかせぬ攻防こうぼうは続く。

「……ググッ、い、板野サーカスッ!」

 ネットで見たアニメ用語が、不意にミロの口から出てきた。

 音速を超えて飛ぶ航空機こうくうきのように飛翔ひしょうするミロと、それを追跡する何十発ものミサイルみたいな邪龍の群れ。両者の競り合いがこの単語を思い出させる。

 警戒けいかいすべきは邪龍ばかりではない。

 ホムラの尻から限界なく伸びる龍の尾も曲者くせものだった。

 こちらを包囲するばかりではなく、邪龍の群れに伸びる尾の先端を紛れ込ませると、複雑に波打たせて避けにくい打撃を加えてくるのだ。

 まるっきり変幻自在のむちだった。打たれた方は堪ったものじゃない。

 とにかく、あの手この手でミロを仕留めようと攻勢こうせいを掛けてくる。

 暴走気味の割には手の込んだ真似をしてくるのだ。

 ホムラの攻撃手段はこれで終わらない。

 かろうじて人間の形を留めている利き手に握られた武器がある。

 やたらと長い柄が付けられた大太刀――長巻ながまきだ。

 この長巻は最初から龍の鱗で覆われており、ホムラが新しく覚醒した破壊神ロンド譲りの過大能力オーバードゥーイングの影響を色濃く受けていた。

 竜鱗りゅうりん大太刀おおだちとか名付けていた。

 その長巻を振り回して、万物ばんぶつを滅ぼす斬撃を放ってくる。

 自分から生えた邪龍や尾を傷付けることはない。

 正確にミロだけを狙った斬撃だ。滅びの力を無効化するように斬り払うが、これもなかなか鬱陶うっとうしい。威力もあるから消耗しょうもうもバカにならない。

 斬撃に気を取られれば、邪龍や尾が責め立ててくる。

 それぞれ連携れんけいが取れており、互いを損なわないのがしゃくさわった。

 話もできないくらい錯乱しているくせに、剣と尾と蛇のえげつないコンボは外すことなく組み立てられ、それは時を追うごとに手数が増していく。

 防いでこそいるが、ミロはやられっぱなしである。

 ろうと思えば――即殺そくさつもできなくはない。

 力尽くでホムラをぶった斬ることは、ミロにとって難しいことではなかった。

 しかし、それをやったらバンダユウを筆頭ひっとう穂村組かぞくが悲しみに暮れる。

 家族の泣く顔なんてミロは絶対に見たくない。

 小学生からの腐れ縁。あの一件・・・・から感情の湧かない怒りを抱くようになった大嫌いな阿呆あほうとはいえ、見殺しにできないので無茶ができなかった。

 チャンスが来るまでひたすら待つしかない。

 ホムラと破壊神の力が分離する――その機会が来るのを待つのだ。

 それまでは覇唱剣はしょうけんを盾にして防御に徹する。

 ククリちゃんのお父さんを思い出させる、漆黒のマントも協力を惜しまないかのように形状を変化させ、邪龍や尻尾の攻撃をしのいでくれた。

 たとえ避けられる攻撃でも回避かいひはできない。

 ある理由から、ホムラの攻撃はすべて受け止めなければならなかった。

 そのためミロは防御に忙殺ぼうさつされているのだ。

 次第に攻め手の勢いが増しているので、処理が追いつかなくなりかけている。

「……えぇい! 手が付けられんぞクソたわけーッ!」

 防戦ぼうせん一辺倒いっぺんとうで反撃できない苛立いらだちから、ミロは珍しく怒号どごうを上げた。

 ホムラに対して、感情もあらわに怒鳴り散らしたのだ。

 ツバサさんがこの場にいたら間違いなく「お行儀ぎょうぎが悪い!」と叱られる口汚さで罵ってやった。たわけはともかく、クソはやっぱりNG発言だろう。

 実はツバサさんも本当はお口が悪い。

 ミロや妹の美羽みうちゃんがいた手前、悪影響を及ぼさないようにと丁寧ていねいな言葉を使うようになったが、江戸っ子なので元々てやんでい口調なのだ。

 ミロだって江戸っ子である。

 ツバサさんが自身を矯正きょうせいする前に、ちゃっかり影響を受けていた。

「……でも、アンタに怒鳴ったのは久々かな」

 ホムラへ感情的になることが久方ひさかたぶりだ。

 あの一件・・・・で怒鳴りつけて以来、本当に久し振りのことだった。

 いいかげん――決着ケリをつけるべきなのかも知れない。

 ホムラを穂村組ほむらぐみへ帰すことができれば、嫌でも四神同盟の仲間として付き合いが始まる。あの一件を蒸し返さずにはいられないはずだ。

「アタシもムキになりすぎたかな……」

 大人げなかったかも、とミロなりに幼稚ようちなところを反省する。

 でも言い訳させてもらえれば、あの頃は本当に子供だったわけだから意固地いこじになるのも仕方ないと思う。それを高校生になるような年齢まで引っ張ったのは、ミロもホムラも互いに進歩がなかったと認めるしかないが……。

 ――ミロがホムラに怒った理由。

 他人からすれば「そんなこと?」と驚く些細ささいなことなのだろう。

 世間の大多数からすれば、ホムラの取った態度に理解を示す人も少なくないかも知れない。だが、それは彼らが持っているからだ。

 ミロが手に入れられず――ツバサが失ったもの。

 持つ者はその尊さを知らない。

 持っていない者からすれば、それを粗雑そざつに扱うなど許されない。

 してや無視するなど以ての外だった。

 だからホムラとは絶対に分かり合えないと思い込み、ミロは血縁でありながらも自身をないがしろにした父母や兄弟同様、ホムラという個人を嫌悪した。

 人としての感情を向けないほど軽蔑けいべつしたのだ。

「……面と向かって言わなきゃ伝わらないこともある、か」

 そう教えてくれたのは誰だったか?

 親方ドンカイかも知れないし、剣豪セイメイだったかも知れない。獅子のお兄ちゃんレオナルドだったような気もするし、アハウのオッチャンかクロウ先生のような記憶もある。

 色んな大人と出会い、彼らの考えに耳を傾ける。

 そうすることでミロもちょっと大人になってきたようだ。

 説得するのも悪くないかも――。

 ホムラに対して、情けにも似た妥協だきょうをできるくらいになっていた。

 だから助けるための機会チャンスを窺っているのだが……。

「なのに……そのチャンスがどんだけ待っても来やしない!」

 毒突どくづくミロだが諦めてはいなかった。

 ホムラが破壊神ロンドから与えられた力は――恐らく邪龍に由来する。

 バッドデッドエンズ入りして改名した“ヨルムンガンド”という名前からして、北欧神話に登場する世界を何巻きにもした巨大な毒蛇だという。

 その力をおもいっきり暴走させていた。

 12匹の邪龍やどこまでも伸びる竜の尾は、暴走が具現化したものだ。

 本来、破壊ロンドの力を受け入れてもこう・・はならない。

 他のバッドデッドエンズのメンバーがそうだったように、自分の意志と容姿ようしたもちながら、思うがままに強化された過大能力オーバードゥーイング使つかこなせるはずなのだ。

(※実はミロが知らないだけで、破壊神の力の影響で見た目が変化したり、精神に異常を来していたバッドデッドエンズは少なからずいた。人間離れした外見をした者はわかりやすいが、精神面ではわかりにくい場合がある。もっとも、あの極悪親父を破壊神と崇めてかしずいた時点で、大抵の者は大なり小なり壊れている)

 しかし、破壊神ロンドがくれる力は基本的に毒である。

 用法用量を守っていれば効果は絶大。

 使い方を誤れば我が身を損なうか、過剰摂取オーバードーズで異常をきたすだろう。

 過剰摂取については前例があった。

 №06 滅亡のフラグ リード・クロノス・バロール。

 この戦争が始まる前、ロンドの使者として四神同盟の前に現れた終焉者エンズだ。その際、彼に最愛の女性を殺された因縁のある銃神ガンゴッドジェイクがブチ切れ、リードに奥の手を出させるまで追い詰めたことがある。

(※第375話~第376話参照)

 重傷を負わされたリードは、限界を超えて破壊神ロンドの力を引き出した。

 その結果――異形になってしまったのだ。

 半欠はんかけの頭に燃えるあかい球体を乗せ、グシャグシャにへし折れた腕は複雑に枝分かれした枯れ木のような腕になり、無数の時計盤とけいばんが浮かんでいた。

 消滅と時間操作――2つの力が制御できず顕在化けんざいかしたのだ。

 あれが過剰摂取オーバードーズのいい例だろう。

 能力はブーストを仕込まれたかのように力強く扱えるが、強すぎる力に毒されて理性は徐々じょじょに溶けていき、ただ破滅のために力を奮う。

 やがて自身を在り方を見失い、破壊衝動の権化と成り果てるのだ。

 今のホムラも同じ道を辿りつつあった。

 ただし、決定的に違う点がある。

 それはホムラとリードでは立ち位置スタンスが違うという点だ。

「リードって人は破壊神ロンド心酔しんすいしてて、この世界とそこに生きるすべてのものを滅ぼそうとしてた。だけど、ホムラこいつはそうじゃない……」

 ホムラはただミロが憎くて、ツバサさんが欲しいだけだ。

 世界を破壊したいと願うほどやさぐれていない。

 ミロを排除はいじょしてツバサさんを手に入れる力を得るため、破壊神ロンドに協力するという形で力を借りたに過ぎない。全面的に服従ふくじゅうしているわけではなかった。

 たしか面従腹背めんじゅうふくはいとかいうやつだ。獅子のお兄ちゃんが言ってた。

 そのため――齟齬そごが生じる。

 ホムラの意志と破壊神ロンド意向いこうが噛み合わないのだ。

 ミロに勝ちたいがために破壊神の力を引き出すも、本心から「世界を滅ぼしたい」という気持ちがないホムラは、破壊神の力を意のままに操れない。一方で破壊神の力は世界を壊すための力をこれでもかと増幅させてくる。

 そうやってホムラの破壊衝動を誘発ゆうはつさせていた。

 破壊神として、真なる世界ファンタジアを滅ぼすようけしかけているはずだ。

 しかし、ホムラはあくまでも「破壊神ロンドを利用している」つもりでいるため、懸命に抵抗する。ならばと破壊神の力はホムラの心と身体をむしばんでいく。

 おかげでホムラの内側はシッチャカメッチャカのはずだ。

 心身と力のバランスがまったく取れていない。

 増大するばかりの破壊神の力によって肉体を禍々まがまがしく変容へんようさせるも、リードのように意のままには使えない。意識も精神も吹っ飛んで破壊の化身となりかけているのに、雀の涙みたいな根性で何とか自我を保っている。

 この暴走モードこそが、両者の齟齬を表していると言ってもいい。

 それもいずれ限界を迎える。

 破壊神の力はともかく、ホムラの肉体が耐えられないからだ。

 限界を迎えた瞬間こそ――ミロの待つ好機チャンスである。

「ぐむぅぅぅぅ……ッ!!」

 突然、ホムラが苦しそうにのどを唸らせた。

 遠足のバスの中で吐きそうになる直前みたいに顔をしかめると、のどといわずほほといわずフグみたいに膨らませて、吐瀉物としゃぶつを吐き出そうとしていた。

 吐き出そうとする射線上しゃせんじょうにはミロがいる。

「なになに!? ゲロ攻撃とか精神衛生上良くないよ!?」

 思わず生理的嫌悪から身構みがまえる。

 しかし、吐き出されるのは全然違うものだった。

「き゛み゛は゛ら゛ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあああーーーッ!」

「だからその名でアタシを呼ぶな……って破壊光線!?」

 ――ゴジラかガメラか!? 

 ミロは大好きな怪獣のヒーローたちを連想するものの、大きく開かれたホムラの口から解き放たれたのは、彼らに負けず劣らずの火炎放射だった。

 いいや、これは滅びの光を束ねた熱線ねっせんだ。

 レーザー光線とかメーサー砲とか波動砲はどうほうなど比ではない。

 一見すると光線兵器のように見えるが、攻撃面積が途方とほうもなく広大だ。

 極太ごくぶとの線ではなく、空間ごと押し潰す広範囲攻撃。

「これは……避けきれない!」

 ――純白に染まる滅びの熱線。

 その何者にも染められない白さは、インクで描かれた漫画の世界を消すホワイトか、鉛筆で記された記録をなかったことにする消しゴムのようだ。

 そんな抹消まっしょうを感じさせる力を帯びていた。

「まあ、避けるつもりも最初はなからないけどね!」

 回避不可能な空間攻撃だが、ミロはかわすことなく正面から受け止める。

 どうしても相殺そうさいさせる必要があるからだ。

「ったく、何でも拒絶して消し去る能力ちからとか……ッ!」

 ちょっとは受け入れなさい! とミロは見当違いの怒声を浴びせた。



 ホムラの過大能力――【連環する世界ウロボロス・より締め出されよ】シャットアウト



 破壊神ロンドから授けられた、新たな過大能力オーバードゥーイングだ。

 本来ホムラの過大能力は「陣地じんちと認めた場所を自由自在に操作できる」という、陣営強化に優れたものだと聞いているから、別物に変わり果てていた。

 世界の在り方を拒絶し、跡形もなく抹消する滅びの力。

 拒絶とは否定――とのこと。

 ホムラ曰く、この能力で拒絶されたものは存在を否定されることで、自らを維持いじすることができなくなり、消え去ることを余儀よぎなくされるそうだ。

 循環じゅんかん円環えんかん連環れんかんする世界の法則ルールから外される――拒絶と否定の力。

 それは不可視ふかしの毒のようなものだった。

 この熱線のようにエネルギー波として放つこともできるし、竜鱗の大太刀から繰り出す斬撃に乗せることもできる。属性として攻撃に付与できる。

 のみならず、ホムラはその毒を全身に帯びていた。

 12匹の暴れる邪龍や、伸びっぱなしの竜の尾も例外ではない。

 連中は空を切るだけでも世界を滅ぼすのだ。

 大空を駆け抜ければ大気や空気といった気体の粒子りゅうしを消し去り、ミロの隙を突くため大地に潜れば土や石を消滅させていく。

 足下にあった巨人族の廃墟はいきょは、このとばっちりを受けてしまったのだ。

「だもんだから……アタシが引き受けるしかないわけで!」

 ミロがホムラからの攻撃をすべて受け止めている理由がここにあった。

 拒絶の毒を全力で迎え撃ち、どうにか相殺させているのだ。



 ミロの過大能力――【真なる世界にファンタジア覇を唱える大君・オーバーロード】。



 ミロの命じた通りに世界を創り直す、万能の過大能力だ。

 余程の無茶でもない限り、大抵のことは思い通りになる素敵に無敵な力ではあるのだけれど、使用後にやってくる疲労感が半端はんぱじゃないのが難点ネックである。

 チートスキルならではのデメリットと受け入れるしかない。

 能力の仕組みをは以下の通り――。

 ミロが真なる世界ファンタジアに対して「これこれこんな風にしたいから、その通りに世界を変えてちょうだい」と命令すると、過大能力の効果によって世界がミロの願った通りに改変されるのだ。

 能力名に「覇を唱える大君」とある通り、ミロは大君として命令している。

 王権おうけんより発せられる力ある言葉を世界へ唱えているのだ。

 真なる世界ファンタジアはその指示に従わざるを得ない。

 仲間内では「聖杯」とか「ドラゴンボール」と呼ばれている。

 しかし、世界にも叶えられない願いはあった。

 たとえば「木っ端微塵になれ」とか真なる世界ファンタジアに命令すれば「そいつは勘弁かんべんしてください」と拒否されるし、ミロより強いツバサさんに「もっとおっぱいとお尻を大きくして」と頼んでも「ふざけんなコラ!」と叱られて終わる。

 無茶なお願いは聞き入れてもらえないのだ。

 世界に対して自滅を促すような命令はできないし、ミロより強いツバサさんみたいな格上の強者には抵抗レジストされてしまうらしい。

 また、厳格げんかくに決められた世界の法則ルールを破ることも難しい。

 死者の蘇生などがそれだ。この異世界でも死はくつがえせないものだという。

 それ以外のお願いはほぼ叶えられるので良しとしよう。

 ホムラの扱う拒絶の毒に対抗するため、ミロは真なる世界ファンタジアにあるお願いをしていた。気分的には取引を持ちかけた感じである。

 取引内容は大体こんな感じだ。

『ホムラの阿呆アホウは世界を拒絶して、何もかも消し去ろうとしている。世界だって消されたら困るでしょう? アタシが矢面やおもてに立って上げるから、あの阿呆の拒絶を打ち消せる、ありったけの“気”マナをちょうだい。たくさん山盛りでね』

 ミロからの提案に真なる世界ファンタジアは応えてくれた。

『承知した――我らも消滅は望まぬゆえ』

 こうして都合された莫大な“気”マナをミロは自身と覇唱剣はしょうけんたくわえることで、ホムラから浴びせられる拒絶の毒に無効化させていた。

 拒絶をも跳ね返す圧倒的なパワー。

 強引とも言える力業ちからわざで拒絶の毒を寄せ付けない。

 更に覇唱剣の内側に蓄えた“気”マナを、拒絶の毒を中和するのに適したエネルギーに変換。これによりホムラからの攻撃を相殺させていた。

 放置すれば世界を削る拒絶の毒。

 一方的のように見えるが、真なる世界ファンタジアとの関係は持ちつ持たれつ。ある種の共存関係にある過大能力オーバードゥーイングを持つミロとしては見過ごせない事態である。

 だから――受け止めるのだ。

 世界を拒絶する毒が他へ被害を及ぼさないようミロ自身にヘイトを集め、できる限り打ち消して無力化する。

 この空間ごと消し去る熱線ねっせんも例外ではない。

 熱線の最先端を見極め、そこに覇唱剣を叩き付けた。

 受け止めながら相殺のための攻撃へ転じる。

「こ、な、く、そぉぉぉぉぉぉ……どぉぉっせぇぇぇぇぇいいいッッッ!」

 ミロは気合いの雄叫びを上げた。

 呼応するように覇唱剣から力の爆発が起きると、彗星すいせいが走るように幅広い光の柱が一直線に立ち上った。それは超特大のレーザーブレードにも見える。

 それは剣身に収まりきらない絶大な力の奔流ほんりゅうだった。

「――覇唱剣はしょうけんオーバーロード!」

 力の奔流たる光の柱ごと覇唱剣を一気に振り下ろす。

「――何も彼オール・カもブッタ斬ッティング・り帯ベルトッッッ!」

 光の柱は線状降水帯せんじょうこうすいたいのように長い帯となり、大陸をも打ち消さんばかりの広範囲に押し寄せた、ホムラの熱線を真っ二つに叩き割った。

 そこにふくまれていた拒絶の毒もすべて中和ちゅうわする。

 後にはミロとホムラの力が激突したという化学反応のみが残り、それが周囲一帯を吹き飛ばす大爆発を引き起こした。

 地表にあった巨人族の廃墟はいきょは、ちりひとつ残さず吹き飛ぶ。

 形あるものすべてを押し退ける勢いで、真っ黒い粉塵ふんじんが同心円状にどこまでも広がっていく。その中心からはやたらじくの長いキノコ雲が立ち上がる。

 ホムラはこの爆煙ばくえんに巻き込まれていた。

 大爆発が起こるのを想定してミロは立ち回る。

 この爆発を目眩めくらましに使うのだ。

 熱線を叩き割って爆発させた瞬間、それをかくみのにしてホムラの死角を伝うように飛び回り、彼の背後から忍び寄るように近付いていく。

 いいかげん守りにてっするのも飽き飽きだ。

 ここらで一発キツいのをお見舞いして、好機チャンス到来とうらいの瞬間を早めてやる。

 そんな魂胆こんたん反転攻勢はんてんこうせいへ出ようとしたのだが……。

「そ゛こ゛か゛ああああああーーーッ!?」

 真っ黒い煙を突き破り、邪龍たちが我先にと迎え撃ってくる。

「なっ……読まれてた!?」

 思わず口走りながらも、覇唱剣はしょうけんで払い除ける。

 気配を完全シャットアウトして、隠密おんみつ隠蔽いんぺい技能スキルもちゃんと重ね掛けして、忘れずに何重も強化バフほどこしたのにバレてしまった。

 今回は邪龍で攻め立ててるだけではない。

「き゛み゛は゛ら゛ああああああああああああああああーッ!」

 直接ホムラが長巻ながまきで斬り掛かってきた。

 これまでの飛ぶ斬撃を放つのではなく、互いの間合いで斬り結ぶ。ここだけ切り取れば、美少女姫騎士と歌舞伎かぶきな男の娘の殺陣たてだ。

 身の丈を越える大剣や大太刀での大立ち回り。

 そして、12匹の邪龍や竜の尾も追い打ちを掛けてくる。

 手数ではホムラが圧倒的に上回っており、近距離戦を挑んでもミロは防戦に回るのいられる。ムカつきながらも、ふと記憶を揺さぶられる。

 ホムラには才能がある――穂村組ほむらぐみの意見だ。

 バンダユウを初め、ほぼ総員そういんの感想がこれを締めている。

 だからこそ、阿呆のクソガキでもヤクザな大人たちが「組長!」と崇めてくれたのだ。ゲンジロウたち三兄弟がホムラを推薦すいせんした理由もここにある。

 だが、肝心かんじんの才能がいまいち判然はんぜんとしない。

 どんな武器でも立ち所に使える器用さ? 背後を確認せずとも対応できる異様なかんの良さ? 先読みを極めたように相手のすきを突くのが上手い?

 人によってホムラを褒める才能が違う。

 十人十色じゅうにんといろとはいうが、着眼点ちゃくがんてんにばらつきがあるのだ。

 これだけ長時間に渡って暴走ホムラと相対そうたいし、理性を失いかけても万全に戦えるところを観察して、彼が持つ才能の真髄しんずいを知ることができた。



 ホムラの才能――それはたぐまれな空間把握能力。



 先天的せんてんてきにそういう素質そしつがあったのだろう。

 手にした武器をひとつの空間としてとらえ、どう使えば最大効率の威力を発揮できるかを瞬時に理解する。武器をあつかう器用さの正体はこれだ。

 すべての空間を把握できるなら、あのかんの良さをもうなずける。

 自身を中心とする間合いの内ならば、たとえ目の届かない背後であろうと感覚的に知ることができる。敵対する相手がどのように動いても空間内のすべてを読み取ることで、最善の策を無意識に組み立てられる。

 相手のすきを突くことさえお茶の子さいさいに違いない。

 空間の支配者――とでもひょうすべき才能だ。

 ミロより小柄なくせして、あんな長巻ながまきなどという大太刀を一息でさやからすっぱ抜けるのも、この才能あればこそできるものだろう。

 あんな傍迷惑はためいわくな長さを持った大太刀を使いながら、これまで周りに被害を出したことはなく、仲間がいても巻き添えにすることなく戦えたそうだ。

 それもこれも――空間把握能力あってこそだ。

 ホムラ本来の過大能力は、陣地と定めた空間・・を操作するもの。

 その過大能力は、この才能を十全に活かせるものだったはずだ。まあ、当人はまったく気付かなかったがために、その真価は発揮されなかったみたいだが。

「蛇どもや尾っぽが絡まないのも空間が読めるからか……ッ!」

 覇唱剣はしょうけん竜鱗りゅうりん大太刀おおだちが火花を散らす剣劇けんげき

 その合間を縫うように、12匹の邪龍と竜の尾が迫ってくる。

 これがターン制バトルなら、ホムラは14回くらい攻撃できるのに対して、ミロは強化バフ技能スキルを駆使しても6回がいいところだ。

 手数に差がありすぎて、防ぐのもままならなくなってきた。

「もう少し……あと少しだってのに!」

 ミロは悔しくて堪らないので、必死の思いで食い下がる。

 ホムラを助ける方法は――ただひとつ。

 破壊神ロンドの力を剥ぎ取り、元のホムラ・ヒノホムラに戻すしかない。

 既に何度かミロの過大能力オーバードゥーイングで試しているのだが、やはりロンドの力がミロを上回っているためか受け付けてくれなかった。

 守護神ツバサさんとタメを張る破壊神クソオヤジだ。無理もない、とこの方法は諦める。

 では、どうすれば破壊神ロンドの力を取り除くことができるのか?

 そこで利用するのが、この暴走モードだ。

 既に述べた通り、ホムラの意志と破壊神の力が噛み合っていないため齟齬そごが生じており、それが邪龍や伸びる尾の暴走という形で現れている。

 ホムラの使い切れない力がはみ出したようなものだ。

 この暴走は長く保たないと踏んでいる。

 いずれホムラの“器”が、破壊神の“力”に耐えきれなくなる。

 その瞬間、両者の齟齬そごは決定的となって分離ぶんりするはずだ。その機を逃すことなく狙い澄まして、破壊神の“力”だけを取り除けばいい。

 アホの子なりに考えた妙案みょうあんである。

「なのに……暴走モードが長くてしんどいんだけどこれ!?」

 ホムラの“器”から破壊神の“力”があふれる瞬間。

 その時を今か今かと待ち構えながら、ホムラが繰り出してくる拒絶を帯びた攻撃に耐えているのに、一向にその瞬間が訪れる気配がなかった。

 もしかして――暴走モードに馴染なじんできた?

 ネガティブな予感に震えると、攻撃回数の差で押し込まれそうになる。

「くっそぉ……ニャンコの手でもいいから借りたい!」

 邪龍や尾の攻撃を、6回か7回くらいしのいでくれる手が欲しい。

 そんなミロの願いは思わぬ形で叶ってしまう。



『我で良ければ――手を貸そう』



 心の内側から聞いた覚えのある男性の声が響いた。

 どこからともなく黒塗りの鉄拳がいくつも飛んできて、ミロに噛みつこうとしていた邪龍たちの鼻っ柱や横っ面を殴り飛ばしてくれる。

 援軍!? とミロは左右に視線を飛ばす。

 黒塗りの鉄拳の正体は、漆黒で彩られた鎧で武装した6本の腕だった。

 それらの腕はミロが羽織はおるマントから伸びている。

 さっきから邪龍たちの攻撃を逸らしたり防いだりするなどの防御反応を見せていたマントが、これ以上ないくらい明確に反撃してくれたのだ。

「あっ……ククリちゃんのお父さん?」

 ようやくミロは、聞いた覚えのある声の主を思い出した。

 名前はたしか――ヨミ・オウセン。

 還らずの都を守る巫女ククリ・オウセンの実父であり、還らずの都にその身を捧げた死を司る魔王。魔族だが神族の姫君をめとった穏健派おんけんはだという。

 諸事情からミロは彼の魂を受け継いでいた。

 ツバサさんがククリの母親の魂を受け継いだのと同じだ。

 魂を受け継ぐとは、魂の経験値ソウル・ポイントをそっくり貰えることに等しい。

 そのためミロもツバサさんもとてつもないパワーアップができたのだが、ツバサさんはちょっと釈然しゃくぜんとしないらしい。

『……よくククリちゃんのお母さんに脳内でツッコまれるんだよなぁ』

 ツバサさんはそんなことをぼやいていたが、ミロはそういうことがなかった。お父さんの方は消えちゃったのかな……と不安になっていたところだ。

 どうやら寡黙かもくな性格なので不必要な発言を控えていたらしい。

 ミロの危機を察して手伝ってくれるという。

 見るに見かねて参戦さんせんした――というニュアンスが伝わってくる。

『邪龍どもは我が引き受けよう』

 鎧で武装した腕は6本しかないが、1本で3匹の邪龍を叩きのめすほどの敏腕びんわん振りを発揮してくれた。余裕よゆうがあれば竜の尾も対処たいしょしてくれる。

 これは頼りになる援護射撃だ。

「オッケー! そっちは任せちゃうからね!」

 おかげでミロはホムラとのチャンバラごっこに専念できる。

「邪魔者なしのタイマンなら負けるかオラーッ!」

「ぐっぐっ……ぐむぅぅぅぅ……ぎみばらぁぁぁぁぁぁぁッ!」

 ここぞとばかりにミロは攻め掛かり、今度はホムラが防戦へ回るよう仕向ける。そろそろ待ってばかりの防戦には飽き飽きしていた。

 チャンスが巡ってこないなら――無理にでも作ってやる!

 力量の差を思い知らせるようにホムラを追い詰めることで、もっと破壊神の力に頼るように仕向け、“器”が壊れるのを早めてやるつもりだ。

 大剣と大太刀が幾度いくどとなくしのぎけずる。

 だが、目に見えてホムラが劣勢れっせいかたむきつつあった。

 邪龍や尾の援護がない差しの勝負となれば、すぐに地金じがね露呈ろていするくらいの実力しかない。破壊神の力が暴走することで腕力や反射速度といった肉体能力の向上こうじょうは見られても、ホムラの腕前が上がったわけではない。

 そんな半端者はんぱもの、ツバサさんに鍛えられたミロの敵ではなかった。

 どれくらい剣を交えていたのか――わからない。

 いつしか互いに距離を置いて、肩で息をするほど疲れ果てていた。

 鍔迫つばぜいをする気力すらままならないほど、両者ともに疲労を蓄積ちくせきしてしまったらしい。12匹の邪龍と竜の尾は、ククリの父親が操作する黒い鎧の腕に鷲掴みで捕まっており、あちらもほぼ動きを封じられていた。

 膠着こうちゃくしたままの長い小休止だ。

「ゲンジロウ……が、負けた……ゲン兄が……負けた、じゃと?」

 息切れの呼吸が止まらない口でホムラがつぶやいた。

 言葉遣いから理性を感じさせる。わずかに我を取り戻したらしい。

「それが本当なら……誰が、ゲン兄を負かした……んじゃ?」

「レイジくんとマリちゃん――アンタの兄姉きょうだいだよ」

 ミロが即答すると、ホムラは口をまっすぐに結んだまま両眼をピンポン球みたいに見開いた。蛇のような眼球、その黒目が点になっている。

 そこからゆっくりとさびしげに眼を細めた。

「……そうか……なら……あり得ない、話ではないな……」

 だが! とホムラは語気ごきあららげて牙を剥く。

「穂村組は勝つまでやるのが信条じゃ! 身内といえども容赦せん! ゲンジロウを倒したのがレイジとマリならば……ワシが二人を斬り伏せる!」

 ――ゲンジロウの仇討あだうちじゃ!

 ホムラが息巻いた途端とたん、ミロから膨大ぼうだい闘気オーラが放出された。

 世界を塗り替えるような気迫に気圧けおされてビクリッ! とホムラが肩をすくめた時にはもう、ミロはその懐へ突き刺さるように踏み込んでいた。

 覇唱剣はしょうけんは左手にげられたまま微動びどうだにしない。

 怒りに眉をつり上げたミロは、怒髪天どはつてんの勢いで怒鳴どなりつける。

「そうじゃないだろ! このド阿呆アホッ!」

 ありったけの力を込めた、フルスイングのビンタをお見舞いした。

 首が千切れそうな衝撃を頬に受けたホムラは、脳細胞をおもいっきり片側に寄せられてひしゃげるような感覚に見舞われているはずだ。

 脳震盪のうしんとうを起こしたホムラは白目をく。

 ミロはホムラの片足を踏みつけ、倒れもしなければ吹っ飛びもしないように空中へ固定すると、凄まじい勢いでビンタの応酬おうしゅうを食らわせた。

「組員が負けたからやり返す? 勝つまでやる?」

 そうじゃないだろ! とミロは大切なことを繰り返す。

「仲間が……家族がやられたから黙っていられないんだ! 勝つまでやるのが目的じゃない! 家族が酷い目に遭わされたから怒るんだろうが!」

 ――穂村組ほむらぐみ信条しんじょう

 身内の敗北を許さず、勝ち逃げを認めず、勝つまで勝負を挑む。

 この本質はミロが言った通り、組長が家族といってはばらない構成員がどんな理由であれ傷つけられた事に対する怒り、そこにたんを発する報復行動だ。

 穂村組は代々、迫害はくがいされてきた歴史がある。
(※第330話~第331話参照)

 人間離れした力と鬼のような外見を恐れられたからだ。

 だからこそ彼らは血の繋がった血縁を尊び、同じ境遇きょうぐうの仲間を大切にし、家族という徒党ととうを組むことで、互いに助け合って生き延びてきた。

 家族をけなされことは――自らを貶されるに等しい。

 身内を傷付けられた落とし前を付ける。

 仲間を尊ぶからこそ、穂村組はこれを鉄則としてきたのだ。

 イタリアのマフィアは、住民同士で互いを助け合うための互助組織ごじょそしきがその起源とされているが、穂村組は似たような気質を連綿れんめんと受け継いできた。

 だが、時代を経るに連れて信条も変化する。

 家族に手を出した者に苛烈かれつ制裁せいさいを加えることで、二度と穂村組に手を出さないよう畏怖いふさせるという目的から、極道の組織として面子めんつを守るために敗北を認めないという変遷へんせんげてしまったのだ。

 ミロの手から繰り出される嵐のような連続ビンタは止まらない。

ホムラおまえは……履き違えてる!」

 ホムラの顔面が見るも無惨むざんに腫れ上がっていく。

 両頬はバスケットボールみたいに膨れたが、それでもミロは往復ビンタの嵐を止めようとはしない。説教と一緒にどんどん熱を帯びていく。

「レイジくんとマリちゃんはな! おまえらのことをずぅぅぅっと心配して心配して心配して……精神的に疲れすぎて、おかしくなる一歩手前までいったんだぞ! ツバサさんが気付かなきゃ今頃……それをなんだおまえ!」

 末弟おまえがアホなら――長兄ゲンジロウもバカだ!

「少しでもまともな神経してれば、あんな極悪親父に味方するなんてあり得ないのに……ホイホイ口車に乗りやがって!」

 このアホーッ! とミロは渾身こんしんの一撃をくれてやる。

 それはビンタではなく、ホムラの鳩尾みぞおちえぐるようなヤクザキックだった。

「ぐぼぉあッ!? げぇほ、ごほッ!?」

 吹き飛ぶホムラを見送ったミロは、彼が腹を抱えて怯んだところを見計らって覇唱剣を上段へと構えた。その双眸そうぼう爛々らんらんと燃え上がっている。

 堪忍袋の緒が切れた。まどろっこしいのも時間が惜しい。

「もう待つのは止めだ……その性根しょうねごと叩っ斬ってやる!」

 剣身からは激しい烈光れっこうが噴き上がる。

 ミロの過大能力――【真なる世界にファンタジア覇を唱える大君・オーバーロード】。

 覇唱剣が発する烈光は研ぎ澄まされていき、先ほど拒絶の熱線を斬り裂いた時のような、剣先が果てまで届くほどの目映まばゆい光の大剣となる。

「――この真なる世界を統べる大君として申し渡す!」

 まだ防御姿勢も取れないホムラへ、ミロは容赦なく光の大剣を叩き落とす。

「いっぺん死んで反省しろ――このド阿呆アホ!」

 真正面から一刀両断、まっすぐな太刀筋はホムラを正中線せいちゅうせんから分断する。

「あ……っ! あああ……ッ!」

 のどを半分にかれては声も出せまい。

 それでも身体が左右に分かれていく感触かんしょくに恐怖を覚えるのか、空気が抜けるような悲鳴を上げて、ホムラは左右の腕をジタバタと藻掻もがかせる。

 そして――異変いへんが起きた。

 暴走を象徴する12匹の邪龍じゃりゅうがスルスルと引っ込んでいく。

 数㎞にまで伸びた竜の尾もだ。頭から生えた複雑に枝分かれした角や、全身を覆いかけていた鱗も、しおが引いていくように消えていった。

 それらは破壊神ロンドより与えられた力のあらわれ。

 ホムラという“器”が壊された今、宿るべき場所を失った破壊神の“力”はひとまず一ヶ所に集まろうとしているようだ。

 一刀両断にされて、左右の半身へと分かれていくホムラの身体。

 その間にドス黒いアメーバ状の物質が蠢いている。

 邪龍も、竜の尾も、角も、鱗も、その一点に集中しつつあった。

 そこから強烈な破壊神ロンドの気配を感じる。

『――これが元凶だな』

 ククリのお父さんは六本ある鎧の腕を伸ばすと、破壊神の“力”が逃げないように捕らえてくれた。そのまま握力あくりょくに任せて握り潰していく。

『この世を統べる大君たいくんの御命令だ――せよ』

 ミロの過大能力オーバードゥーイング融通ゆうづうしたので、その発言のままに実行される。

 破壊神の“力”は死を司る魔王が綺麗に消し去ってくれた。

 後はホムラを元通りにすればいい。

「――この真なる世界を統べる大君が厳しく命じる!」

 まだ烈光れっこうを宿したままな覇唱剣はしょうけん。ホムラを両断するために振り下ろしたそれを、今度は2つに分かれたホムラの間を通過するように振り上げる。



穂村組かぞくホムラアンタを待ってる! 帰ってこい!」



 振り上げた覇唱剣の刃を追うように、ホムラの身体は接合せつごうされていく。

 剣身が通り過ぎた後、そこには無傷のホムラがいた。

 ただし、身に付ける装束はボロボロだ。ミロとのチャンバラでほつれたり裂けたり、内側から食い破るように飛び出てきた邪龍のせいだろう。

 でも中身はちゃんと治した……はずだ。

 身体ごと半分にした服まで元通り縫い合わせてある。

 分析アナライズするとLV990。破壊神ロンドから過大能力オーバードゥーイングとともに貰ったであろう10レベル分が下がっているので、ちゃんと元通りにしたと見ていいだろう。

 当の本人であるホムラは茫然自失ぼうぜんじしつといった様子だった。

「……あ、あれ? ワシは……一体?」

 正気を取り戻したようだが、状況をしっかり飲み込めないらしい。

 だからと言って手控てびかえる理由はない。

 散々に迷惑をかけさせられて、ムカっ腹も限界突破していたところだ。

 再び振り上げた覇唱剣を手首でクルリと反転させる。

 刃を立てて斬るためではなく、刃を寝かせて剣の腹を鈍器にすることで、相手をおもいっきり叩きのめす準備をしたのだ。

 覇唱剣には鋼鉄製のハリセン、その代理を務めてもらうことになる。

「ちったあ思い知れ! このバカアホマヌケーーーッ!!」

「へ? な、なんじゃな……ギャアアアアアアアアアアアアーーース!?」

 全力全開で高度数千mから叩き落としてやった。

 手子摺てこずらせられた怒りも手伝って、いつもより2000%増しで力が入っていたかも知れないが、LV990あればギリギリ持ち堪えるだろう。

 ドップラー効果の乗った絶叫が遠ざかっていく。

   ~~~~~~~~~~~~

 なんとかなれーッ! の勢いでなんとかなった気分だ。

 ホムラが生き返った時、内心ミロは安堵あんどしていた。

 万能とも言えるミロの過大能力オーバードゥーイング――だが死者を蘇らせることはできない。

 死は厳然げんぜんたる事実として受け止めなければならないのだ。

 どうしても復活させたければ、新たな生を授けるべく転生させるか、別の生命体として改造しなければならない。当人を元通りに蘇らせることは絶対にできないし、新たな人生は押し付けがましく、相手の尊厳そんげんにじるかも知れない。

 そんな邪道な復活――魔改造に等しい。

 ホムラという“器”を死に追い込めば、破壊神の“力”は出て行くはず。

 そんな希望的観測から、ミロはあの暴挙ぼうきょに踏み切った。

 一度ホムラを完膚かんぷなきまでに殺すことで破壊神の力を分離させ、それを消滅させたら即座に回復させるという離れ業をやってのけたのだ。

 この一連の作業には5秒も費やしていない。

 3秒以内――ホムラが完全に死ぬ前にやり遂げる必要があった。

 無免許医ブラックジャックも感服するであろう早業はやわざで、仮死状態に追い込むことで破壊神の力を騙くらかして、即座に蘇生させたわけだ。

 ひとつ間違えればホムラは死んでいた。

 正直な話、かなりの博打ばくちだったが成功してホッと胸を撫で下ろしている。

 叩き落としたホムラを追いかけて、ミロも地上へと舞い降りた。

 かつて巨人族の都市があった岩盤地帯。

 ミロとホムラの激闘の被害をまともに浴びたため、廃墟となった都市さえ原形を留めていない。砂塵が吹き抜ける砂漠のような荒野になっていた。

 そんな砂漠の真ん中に、ぽっかりクレーターができている。

 クレーターの中心にホムラが横たわっていた。

 ほぼ半裸の美少年が仰向けで大の字になっており、砂に埋もれかけているが両眼は開いていて小さく呻いているので、どうやら息はあるらしい。

 長巻はどこかへ吹き飛んでいた。今のホムラは丸腰まるごしである。

 ミロが近付くと足音で気付いたようだ。

 身体はピクリとも動かないが、うつろな眼球がこちらを見遣みやる。

「……ワシは、負けたのか?」

「ああ、アンタの負けだ」

 それだけ告げたミロは、このままホムラを放置するつもりだった。

 腐ってもLV990、生半可なまはんかなことで死にはしない。この戦争が終わるまでろくに動くこともできないはずだ。後のことは戦争が終わってからでいい。

 ミロは邪魔する奴をぶっ飛ばしたに過ぎない。

 ホムラの処遇しょぐうについては、大人たちの判断に委ねようと思う。

 バンダユウたち穂村組が引き取りたいというならそれで構わないし、それなりのことを仕出かした罰として制裁せいさいすのなら止めはしない。

 ミロは傍観ぼうかんを決め込むつもりだった。

 不倶戴天ふぐたいてんな犬猿の仲――そんな簡単に仲直りはできそうにない。

「……戦争が終わるまで邪魔すんなよ」

 じゃあね、とミロがきびすを返して立ち去ろうとした時だ。

「待て、きみ……いや、ミロ……」

 ホムラにかばねではなく名前で呼ばれたのは初めてだ。

 思わず足を止めるミロの背中に、ホムラは訥々とつとつと問い掛けてくる。

「おまえは……どうして……ワシに、怒っているんじゃ?」

 今更だが、ずっと疑問だったことをホムラは改めて口にしてきた。

 口調こそいつもののじゃロリっぽいものだが、声色からはかつてない真摯しんしさを汲み取ることができた。ミロはガラにもなくちょっとだけほだされる。

 だから、正直に打ち明けることにした。

「小学校の最後の方……6年生の運動会の時だよ」

「ッ! あ、あの時のことか……」

 今の一言で通じたのか、ホムラも心当たりがあるらしい。

 小学校――最後の運動会。

 ミロの家族は忙しいことを理由に誰も応援に来ず、この時はツバサさんも諸事情で駆けつけることができなかった。おかげでミロはひとりぼっちだった。

 対してホムラの家族は大勢で駆けつけてくれたのだ。

 一応、ホムラがヤクザの跡取り息子というのは公然の秘密だったため、バンダユウたちはそれなりに変装して、ホムラの親族というていを装っていた。

「……その変装がとんでもなく最悪じゃったけどな」
「うん、そこだけは激しく同意してあげてもいい」

 さすがにミロもちょっとばかり擁護ようごできないところがあった。

 バンダユウは人のいい和服のご隠居を演じていた。

 希代きだい詐欺師さぎしとも揶揄やゆされる手妻使てづまつかいらしく、好々爺こうこうやを演じていたバンダユウはさまになっていたのだが、他の面子めんつがミロから見ても最悪だった。

 ゲンジロウは七三分けの生真面目そうなサラリーマン。

 マリは教育ママを思わせるキツそうなお姉さん。

 レイジは渋谷とかにいそうなチャラいお兄ちゃん。

 セイコとガンリュウはコンビを組んで、かつての秋葉原によく出没したステレオタイプなオタク(デブ&ガリ)のコスプレだった。その他の組員も、目立たないように変装したつもりだろうが、なんか不似合いなのだ。

 みんな、ヤクザと気付かれないように頑張った努力は認めよう。

 逆にそれが異様さを際立たせたのだが……。

 関連性のわからない異様な一団のため、保護者からも不審がられたほどだ。

 そのせいなのか、いくら応援されてもホムラは無視してしまった。

 徹底して赤の他人を貫いたのだ。

 運動会が終わるまで、近付くことすらしなかったほどである。

 大人になってきた今なら、当時のホムラが恥ずかしがったこともわからないでもないが、幼い頃のミロはホムラの態度がとても鼻についてしまった。

 家族が応援に来てくれているのに、素っ気なく振る舞う。

 そんなホムラに腹が立つのも仕方ない。

 いいや、感情を切り捨てるほど憤慨ふんがいしたのだ。

『――無視すんなバカタレ!』

 穂村組の家族の気持ちを慮ったミロは、ホムラを思いっきり罵倒してやった。

 これが決別の瞬間――ミロがホムラへの感情を失った瞬間である。

 運動会の後、ホムラに対するミロの風当たりが強くなり、元々ミロを快く思っていないホムラが喧嘩腰になるのは当然の成り行きだった。

 ミロは振り返り、ホムラと目線を合わせる。

「家族がいればああいうことは当たり前なんだろうけど……アタシもツバサさんも、その当たり前を持っていなかった。だから……羨ましかったんだ」

 そう、事の発端はミロの嫉妬しっとみたいなものだ。

 望んでも手に入らないし――取り戻せない。

 子供のために運動会へ来てくれる家族が羨ましかった。

 ミロの答えを聞いたホムラはいぶかしむ。

「じゃが、おまえにだって父や母が……家族が……」

「授業参観、運動会、体育祭、文化祭……一度でも見掛けたことある?」

 ホムラは押し黙った。君原家のゆがみを察したようだ。

「君原の家にアタシの席はなかった……アタシの家族はツバサさんだけ」

 ミロアタシの居場所はツバサさんの元しかない。

 そこはミロの特等席であり、唯一無二の逃げ場所だった。

「家族を持ってる人にはさ……その尊さってわからないもんなんだよ」

 らすように目を伏せてからミロは言った。

 ホムラが気付いてくれなければ、両者のみぞが埋まることはない。

 況してやホムラはミロを「君原家の令嬢」と目の敵にしていたので、仲良くなる機会などあるはずもなく、日に日に関係は険悪となるばかりだ。

 話し合う余地すらなかった。

「家族を大切にしないアンタと分かり合えるはずがない……だから、感情を向けることもなかったし、人として接することも極力避けてたんだ……」

 ホムラと距離を置いた理由がこれだ。

 ミロから打ち明けられた話を聞いて、ホムラも得心とくしんできたらしい。

 ゆっくり瞼を閉じると、重そうな右手で目元を覆い隠した。

「それが……あんな眼で睨まれてきた理由か……」

 やっとわかった――すまん。

 小さく囁かれたホムラからの謝罪は涙に震えていた。

 ミロはため息をつくと訂正を求める。

「アタシには謝んなくていい。このいさかいは……アタシがアンタを羨ましがったところから始まってる。こっちから吹っ掛けたようなところもあるからね」

 喧嘩両成敗ってことでいいよ、とミロは水に流すことにした。

 だが、彼らへのびは絶対に入れさせるつもりだ。

「アタシなんかより穂村組かぞくに謝れ、バンダユウのオッチャンたちにな」

 小学生の時の運動会、その一件だけではない。

 今回の戦争でも盛大にやらかして、家族に心配させて迷惑を掛けているのだ。

 裏切り、背信、敵対行動……土下座や五体投地ごたいとうちの謝罪では済まされない。終生しゅうせいけてつぐなうレベルの失態しったいを犯しているのだ。

 それでも――穂村組かぞくはホムラの帰りを待っている。

 彼らの真心に感謝して、誠心誠意のびること。

 それができなければ、ミロは今度こそホムラを躊躇ちょううちょなく殺すだろう。

「……ッ! ああ、わかった……わかってる」

 涙でせる声をしゃくり上げ、ホムラは誓うように約束した。

 覆った右手からはたくさんの涙がにじんでくる。

叔父貴おじき、ゲン兄、レイ兄、マリ姉、ゼニヤの兄ちゃん、セイコ、ガンリュウ、ダテマル、三悪トリオ……みんな、ごめん……ごめん、なさい……ッ!」

 ワシは愚かで何も知らない――ただのガキじゃった。

「みんなぁ……ごめん! ごめんなさい……」

 家族への謝罪を繰り返すホムラは、いつまでも静かに啜り泣いていた。

 気が済むまで泣いて謝るホムラをミロは見届ける。

「…………ワシの負けじゃ」

 一頻ひとしきり泣いた後、ホムラはいさぎよく負けを認める発言をした。

「煮るなり焼くなり好きにしてくれ……」

「それはアタシの決めることじゃない。ツバサさんたち大人が決めることだ」

 きっと――バンダユウのオッチャンも叱ってくれる。

 ミロが冗談交じりに言うと、ホムラは口元をほんの少し緩ませた。

「そうか……でも、叔父貴のお説教は長いんだぞ……うんざりするくらいにな」

「怒られるうちが華だ、ってラザフォードくんが言ってたよ」

 誰だよラザフォードって、とホムラは苦笑する。

「でも、今ならわかる……家族だから……本気で怒ってくれるんだよな」

 ホムラは憑き物が落ちたような笑顔を浮かべた。



 守護神ツバサ破壊神ロンド盤上ばんじょう――№19のコインが2つに割れてから消えた。


しおりを挟む
感想 38

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

美人四天王の妹とシテいるけど、僕は学校を卒業するまでモブに徹する、はずだった

ぐうのすけ
恋愛
【カクヨムでラブコメ週間2位】ありがとうございます! 僕【山田集】は高校3年生のモブとして何事もなく高校を卒業するはずだった。でも、義理の妹である【山田芽以】とシテいる現場をお母さんに目撃され、家族会議が開かれた。家族会議の結果隠蔽し、何事も無く高校を卒業する事が決まる。ある時学校の美人四天王の一角である【夏空日葵】に僕と芽以がベッドでシテいる所を目撃されたところからドタバタが始まる。僕の完璧なモブメッキは剥がれ、ヒマリに観察され、他の美人四天王にもメッキを剥され、何かを嗅ぎつけられていく。僕は、平穏無事に学校を卒業できるのだろうか? 『この物語は、法律・法令に反する行為を容認・推奨するものではありません』

【一話完結】断罪が予定されている卒業パーティーに欠席したら、みんな死んでしまいました

ツカノ
ファンタジー
とある国の王太子が、卒業パーティーの日に最愛のスワロー・アーチェリー男爵令嬢を虐げた婚約者のロビン・クック公爵令嬢を断罪し婚約破棄をしようとしたが、何故か公爵令嬢は現れない。これでは断罪どころか婚約破棄ができないと王太子が焦り始めた時、招かれざる客が現れる。そして、招かれざる客の登場により、彼らの運命は転がる石のように急転直下し、恐怖が始まったのだった。さて彼らの運命は、如何。

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~

おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。 どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。 そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。 その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。 その結果、様々な女性に迫られることになる。 元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。 「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」 今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

貴族に生まれたのに誘拐され1歳で死にかけた

佐藤醤油
ファンタジー
 貴族に生まれ、のんびりと赤ちゃん生活を満喫していたのに、気がついたら世界が変わっていた。  僕は、盗賊に誘拐され魔力を吸われながら生きる日々を過ごす。  魔力枯渇に陥ると死ぬ確率が高いにも関わらず年に1回は魔力枯渇になり死にかけている。  言葉が通じる様になって気がついたが、僕は他の人が持っていないステータスを見る力を持ち、さらに異世界と思われる世界の知識を覗ける力を持っている。  この力を使って、いつか脱出し母親の元へと戻ることを夢見て過ごす。  小さい体でチートな力は使えない中、どうにか生きる知恵を出し生活する。 ------------------------------------------------------------------  お知らせ   「転生者はめぐりあう」 始めました。 ------------------------------------------------------------------ 注意  作者の暇つぶし、気分転換中の自己満足で公開する作品です。  感想は受け付けていません。  誤字脱字、文面等気になる方はお気に入りを削除で対応してください。

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

望んでいないのに転生してしまいました。

ナギサ コウガ
ファンタジー
長年病院に入院していた僕が気づいたら転生していました。 折角寝たきりから健康な体を貰ったんだから新しい人生を楽しみたい。 ・・と、思っていたんだけど。 そう上手くはいかないもんだね。

〈完結〉遅効性の毒

ごろごろみかん。
ファンタジー
「結婚されても、私は傍にいます。彼が、望むなら」 悲恋に酔う彼女に私は笑った。 そんなに私の立場が欲しいなら譲ってあげる。

処理中です...