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第18章 終わる世界と始まる想世
第432話:横綱呑海VS大関神海 土俵外の大一番!
しおりを挟む「んなぁ~……いつ終わるかがわかんないのなーッッ!」
トモエは苛立ちを爆発させて怒鳴った。
堪忍袋の緒はとっくの昔にブチ切れている。
魔法的な防御満載のビキニアーマーで装う腹筋系アイドルな美少女。
想像力次第で無限大の可能性を発揮する変型武器、パズルアームMARKⅡを素早く取り回せる双剣に変え、突進しながら振り回していた。
一見すると我武者羅な突撃にしか見えない。
だが体術はツバサお母さんやドンカイ親方に学び、武具の扱いはセイメイに学んだトモエの吶喊は、巨獣の大群を見事に蹴散らしていく。
地平線を埋め尽くす数の巨獣たち。
その戦線を突き崩すほど、トモエは獅子奮迅の戦い振りを披露した。
巨獣の図体は軒並み100mオーバーだ。
中には数百mに届きそうな超大型のギガトン級のバケモノもいるが、トモエは物ともしない。いくら腹筋バキバキになるまで鍛えていても、年頃の少女の変わらない身の丈の乙女が、怪物の大軍勢を次から次へ斬り飛ばしていく。
まさしく戦乙女――荒っぽいのはご愛敬だ。
神話の再来、神々の大戦争の一場面に相応しい光景だろう。
伊達にトモエもLV999になっていない。
なのに――。
「んんなぁぁぁーッ! 倒しても倒しても減らないのなーッ!」
無限に湧いてくる巨獣にトモエは憤慨した。
もう呆れとか辟易は通り過ぎて、シンプルな怒りが湧いてくる。
沸々と湧き立つ怒りは、飽きることなくハトホル太母国を襲ってくる巨獣の群れにぶつけていた。これが自然に生きる野生動物やモンスターなら、「んな、傷つけてゴメンな」なんて憐憫もあるが、巨獣にそんな優しさはいらない。
あいつらは破壊神の化身――つまり悪い奴だ。
気持ち悪くてムカつく見た目をしている化け物しかいない。
おかげで遠慮なくパンチやキックを全力で打つことができた。パズルアームMARKⅡをどんな凶器に変えても、罪の意識さえ浮かんでこなかった。
ちょっとでも気圧されたら押し切られる。
ほんの少しも怯むことができない緊張感に、トモエの神経はヒリついていた。
『破壊神によって巨獣が大量追加されたので要注意』
アキお姉さんから情報網で回ってきたのでトモエも知るところだが、いくら何でもこんな大量におかわりが寄越されるとは思わなかった。
特別大きいギガトン級の奴は巨大獣という新種らしい。
珍しがっている暇はない。仕事が増えただけだ。
破壊神の勢力に桁外れの増援――完全に予想外である。
そのせいでトモエたちは大ピンチだった。
ツバサお母さんの四女であるトモエは今、ハトホル太母国の防衛ラインを守るため絶賛奮闘中だ。この場を任されているという責任感もある。
本来、この防衛ラインのまとめ役は親方だった。
でも親方は弟弟子だか妹弟子だかがバッドデッドエンズ入りしていたらしく、その人との決着が避けられないと聞いていた。
開戦から間もなくその人が現れ、親方はそちらへ掛かりきりだ。
最悪にして絶死をもたらす終焉 20人の終焉者。
№08 覇獣のフラグ――ジンカイ・ティアマトゥ。
巨大な蛇女みたいな人だった。
彼女も破壊神と似た能力を持っており、自分の肉体を平気で噛み千切ると、その肉片からたくさんの怪物を生む過大能力を使うそうだ。
これ以上の敵兵を追加されたら、防衛ラインが保たない。
だから親方は彼女を遠くへ追い払った。
決着をつけるため、彼女とともに防衛ラインから離れたのだ。
同様にセイメイも因縁のバッドデッドエンズが現れたので、こちらも防衛ラインを荒らさないために別の場所へ誘導していた。
これは――予定の内である。
親方と剣豪がバッドデッドエンズの主力と激突するのは、戦争前から予想がついていた。二人が防衛ラインから離脱するのは想定内、その穴を埋めるのが長男夫婦ことサイボーグ番長ダインと博覧強記娘フミカだった。
ツバサお母さんの長男と次女である。
どちらもLV999、トモエより先に昇格したので年季が違う。
強さも親方や剣豪に引けを取らないので(フミカはダインのサポート役だが)、主戦力の抜けた穴を埋めるには十分だった。
そんな長男夫婦が――帰ってこない。
情報網で訊いてみれ、他のバッドデッドエンズと遭遇して戦闘中。しかも苦戦しており、予定通りに帰れない足止めをされていた。
そのため、ハトホル太母国の防衛ラインは戦力が逼迫している。
「んなああああーッ! でもトモエ頑張る!」
現在、防衛ラインの戦力を牽引しているのがトモエだった。
パズルアームMARKⅡでできた双剣を、森を薙ぎ飛ばす旋風が起きる勢いで振り回しながら、巨獣の戦線を掻き乱すため駆け回っている。
トモエを援護してくれるのは一機と一人。
『守護妖精族が守護る国に……一匹たりとも近付けるものかあああーッ!』
鋼鉄の巨神が咆哮を轟かせる。
超豊穣巨神王――ゴッド・ダグザディオン。
スプリガン族の若き総司令官にして、大地の神の血を受け継ぐ灰色の御子。
ダグ・ブリジットが操縦する翠玉に輝く巨大ロボだ。
ダグが率いるスプリガン族は、“巨鎧甲殻”という外骨格をまとうことでパワーアップできるトランスフォーマーな種族。
中でもダグは飛び抜けた才能を持っている。
まず一機目の“巨鎧甲殻”と合体して巨神ダグザに、その上へ着込むように二機目をまとって豊穣巨神王ダグザディオンに、そこから五体の獣王と呼ばれる機体で武装することで超豊穣巨神王ゴッド・ダグザディオンとなるのだ。
合計七機の“巨鎧甲殻”による変型合体。
一人一機が普通のスプリガン族にしてみれば異例中の異例、神族の血を受け継ぐ灰色の御子ならではの特権とも言えた。
ゴッド・ダグザディオン状態のダグはLV999の力を発揮できる。
トモエたちと一緒に戦える主戦力となれるのだ。
全長50m前後のゴッド・ダグザディオンは巨大ロボの中でも大型の部類なのだが、それでも平均100m越えの巨獣には見劣りする。
体格面でも体重差でも対等ではない。
しかし、ダグは臆することなく大群の真っ只中へ突っ込んでいく。
『――ダグザディオン・メイス!』
ダグの主武装、すべてを微塵に砕く祖神の巨大鉄槌。
殴打したものが何であれ、風化するまでに費やされる時間と森羅万象のパワーを瞬間的に加えることで、粉微塵に叩き潰すというトンデモ兵器だ。
ひょっとすると超豊穣巨神王より重いかも知れない。
ドデカいハンマーにも見えるそれを、ゴッド・ダグザディオンは槍でも扱うように軽々と振るい、巨獣の群れを追い散らしていた。
本当の意味で追い立て、木っ端微塵に散らしているのだ。
殴られた巨獣は、あっという間もなく“気”の塵と消えていく。
トモエが巨獣の戦線を崩しても、奴らは獣らしい本能で群れを組み直すため集まろうとする。その集団をダグはピンポイントに叩いていた。
振り下ろされる鉄槌は爆撃に等しい。
そこに集まった巨獣を一網打尽にする――消滅の爆撃だ。
地上の巨獣たちはトモエとダグが食い止める。
それでも大地を覆うように押し寄せる巨獣の群れは地津波に等しく、どれだけ倒してもキリがない。トモエが怒るのも仕方ないことだった。
一方、巨獣は空からも侵入を目論んでいる。
飛竜、巨鳥、大魚、巨鯨、大蝙蝠……そういった怪物の姿を借りた巨獣たちが、爆撃機よろしく編隊を組んで飛来していた。
数こそ地上より少ないが油断できるわけがない。
そもそも地面が見えないほどの大軍勢が尋常ではないのだ。
「敵が七分に空が三分かー、戦争なら降参必至の圧倒的戦力差だね☆」
セイヤは額に手を翳して空を見上げている。
輝光子――イケヤ・セイヤソイヤ。
元ホストだという触れ込みの、二枚目半なイケメンお兄さんだ。
ちょっと前、還らずの都を巡って戦いがあった。都を守ろうとするツバサお母さんたちと、都を奪うため襲ってきたキョウコウというラスボス率いる集団。
(※第6章~第7章参照)
二つの勢力の争いが戦争になった。
還らずの都の戦いにはトモエも参加した。
その時、キョウコウの幹部であるイケヤと戦ったのだ。
苦戦はしたがトモエなりに頭を使って逆転勝利。ツバサお母さんの娘として活躍したので、帰ってきてからいっぱい褒めてもらった記憶は忘れない。
そのイケヤが――助太刀に来てくれた。
キョウコウというラスボスもツバサお母さんに負けたのだが、更生したのか改心したのか、このバッドデッドエンズとの戦争では四神同盟に全面的な協力を約束してくれたらしい。イケヤは助っ人の一人である。
彼は空から来る巨獣の迎撃を一手に引き受けてくれた。
「でも☆ 降参する気はサラサラなければ徹底抗戦しかないよね☆」
イケヤは胸の前で手を合わせる。
合わせた手の間にソフトボール大の玉を浮かべられるスペースを設ける。そこへ眼で見れば網膜を焼きかねない攻撃的な光を集束させていく。
イケヤの過大能力──【光って輝いて煌めいてしまう男前☆】。
自らを光に変えられる能力だ。
光を自由自在とする能力でもあり、攻撃に転用するとえげつない。
イケヤは集束させた光を上空へ解き放つ。
「咲き誇れ☆ スパーキング・ファイアーワークッ☆」
それはレーザー光線を乱射する小型の太陽となって打ち上がり、空から襲いかかろうとしていた巨獣の空爆部隊を蚊蜻蛉よろしく撃墜する。
太陽ではなく咲き誇る花火と見るべきかも知れない。
トモエもだが、イケヤも強くなっていた。
以前の戦いではどちらもLV999に到達していないが、イケヤもどこかで修行してLV999になったらしい。この状況では頼もしい戦力だ。
みんな、全力を尽くして頑張っている。
大軍勢となって攻め掛かってくる巨獣の団体を向こうに回して屈することなく、むしろ破竹の勢いで撃破していた。戦果としては上々だろう。
善戦しているのは間違いないが、それだけに疲労が目立ってきた。
勿論、自己回復系の技能はフル活用している。
尚且つ、トモエやダグは戦争前にミロがこっそり渡してくれた、ハトホルミルクを何本も備えているのだ。万能霊薬に勝るとも劣らない気力体力の完全回復と、おまけにいくつか強化も掛かる究極の回復薬である。
既に何本か飲んでいるが、それでも疲労感は紛れない。
肉体の芯に澱んだ疲れがへばりつく。
ツバサお母さんが言っていた。どんなに優れた回復薬でも、蓄積した疲労を拭い去るのは難しいそうだ。そういう疲れを取るには休むしかない。
気疲れみたいなものらしい。
ハトホルミルクの効果で無理こそ利くが、いずれ限界が来る。
特にダグがそろそろ限界を迎えそうだった。
超豊穣巨神王ゴッド・ダグザディオンは、スーパーロボットだ。
機械でありながら有機生命体にも似た特徴を持っており、ダグの喜怒哀楽に呼応して出力が変わることもある。今回の戦争のように極度の興奮状態が続けば、必要以上にアドレナリンが出て性能も上がるかも知れない。
それでも――機械には変わりないのだ。
いくらLV999の力を発揮する機体であっても、度し難い負荷が掛かり続ければオーバーヒートを起こして機能不全を起こす。
ダグザディオンは、その一歩手前に追い込まれていた。
休ませてあげたいのは山々だが、今ダグに席を外されるのは怖い。
巨獣の処理が間に合わなくなるからだ。なので、さっきみたいに巨獣の群れが波のように押し寄せる切れ目を待っているのだが……。
「んなぁ~……キリがなさ過ぎるのな!」
戦っても戦っても終わりが見えず、無限に巨獣がやってくる。
ついさっきまでは第一波、第二波、第三波……と波があり、波と波の間はほんの少しだけ休めたのだが、今ではその波が起ころうとしない。
延々と巨獣の増援が詰め寄ってくるのだ。
『ッ! トモエ様、あれを!』
ダグザディオンの視覚センサーが何かを補足したらしい。
巨大ロボの視線を追ってみると、そこには巨獣の群れに押されながらも戦うことを諦めていない大きな武将たちの背中が目に入った。
巨将――対巨獣のため用意された巨大ロボだ。
有名な戦国武将をモデルにした、かっこいいロボット部隊である。
防衛ラインよりもずっと前で巨獣を食い止めていたはずだが、彼らも留まることを知らない巨獣の群れに押され、ここまで後退してしまったのだろう。
「あらら、お宅さんだけじゃないよ~☆」
口調こそ緊張感がないイケヤだが、焦りが見え隠れしている。
彼の視線の先へ目を移すと、そこでも巨大ロボの部隊が押し負けていた。
「ウチのビックリドッキリメカも旗色が悪いみたい……☆」
奇神兵――という巨大ロボだった。
キョウコウが新しく建てた国、エンテイ帝国からの援軍だ。
神々や悪魔を模した仮面を被る武骨なゴーレムといった外見の巨大ロボで、四神同盟の巨将にスマートな機体が目立つ分、こちらはゴツゴツと角張ったデザインのものが多い。その分、重くて硬くて頑丈そうで強そうだが。
奇神兵も最前線にいたが、巨将と同じく後退を余儀なくされていた。
大破することなく奮戦しているので褒めてあげたい。
やはり、多勢に無勢という不利は覆しにくい。
トモエたちがどんなに頑張っても、四神同盟やエンテイ帝国がこの戦争を危惧して予備兵力に力を入れても、破壊神をその予想を裏切ってきた。
もしもロンドが無限に巨獣を創り出して投入してきたら?
その時は――世界が保たない。
そんな予感が野生児なトモエの脳裏に過った。
泣き言は口にしたくない、それがトモエの気質だ。
でも、こんな苦境に立たされれば「ヤバい」の一言が漏れそうになる。
無理かも……と情けない愚痴まで零れそうだった。
震える唇が無意識にどちらかの言葉を発しそうになった寸前、それを断ち切るように残光が走ったかと思えば、目の前に景色が一変した。
見渡す限りの世界を埋め尽くしていた巨獣の群れ。
それらが一匹残らず全滅したのだ。
すべての巨獣は体の中心から、一刀両断で真っ二つされていた。
「久世一心流――絶世」
パチリ、と鯉口を鳴らして黒衣の剣豪が舞い降りる。
剣豪――セイメイ・テンマ。
ハトホル一家の用心棒が帰ってきてくれたのだ。
どんな剣術を使ったのか、まだ剣道の腕前が未熟なトモエではよくわからなかったが、高次元からすべての敵を斬り裂くような一刀を放ったらしい。
ツバサお母さんも認める最強の剣豪。
昼間から酒を呑んでるニート用心棒だが、強さだけは本物だった。
「んな! お、遅いな穀潰し!」
もっと早く帰ってくるな! とトモエは悪態で出迎えるも、表情はつい安堵の笑みで緩んでしまう。セイメイも申し訳なさそうに微笑んでいた。
「悪ぃ悪ぃ、あっちでちと楽しみすぎた」
迷惑かけちまったな、とセイメイは頭を掻きながら謝った。
少々不満はあるものの、危機一髪に間に合ってくれたのであまり文句を言える雰囲気ではない。それでもトモエは何かを言ってやりたい。
考えた末、トモエは勝敗について問い質す。
「んなぁ~……勝ったのか?」
「当ったり前だろ、おれを誰だと思ってやがる?」
セイメイはニカッ! と白い歯を剥いて親指を立てながらウィンクして勝利報告をするのだが、トモエは半眼で言い返してやる。
「んなんな、日がな一日縁側でお酒飲んで寝っ転がってるニートな」
「おいおい、ニートは卒業しただろぉ」
いつも通り小馬鹿にされて、セイメイは陽気にゲラゲラ笑った。
実際、この悪口はもう意味がない。
最近のセイメイはハトホル太母国において、国民の人たちから「剣術先生」として尊敬を集めているのだ。剣に限らず武具を使った鍛錬や、その種族の得意分野に合わせた様々な武道を教えている大先生である。
今ではちゃんとした休日しか縁側で昼寝をしていないのだ!
なので、穀潰しは過去の話である。
こうした有事にも立派に仕事をする用心棒だ。
でも、セイメイ本人は穀潰しやニートと呼ばれるのが好きらしい。
「せめて昼行灯の冷や飯食らいと言ってくれ」
「んな、それも悪口じゃないかな?」
昼行灯はよく知らないが、冷や飯食らいは悪口のはずだ。
(※昼行灯=行灯は昔の日本で使われた照明器具。夜に使われるものなので昼間は用がない。昼の行灯は意味がない、転じて役に立たない人を意味する)
こんな調子で、トモエたち子供勢に小馬鹿にされるような呼ばれ方を自分から振ってくる。彼なりの子供との付き合い方を図ってるのかも知れない。
「ま、なんでもいいやな」
セイメイはトモエの頭を遠慮なく子犬みたいにグシグシ撫でてくる。
「頑張ったなトモエ嬢ちゃん――よく持ち堪えてくれた」
「……んなぁ、当然な」
正面から褒められるのにトモエは弱い。
努力を褒められたことは嬉しいし、最高戦力の一人が戻ってきただけで一時的とはいえ周囲の巨獣が全滅して、会話を交わすだけの余裕ができた。
嬉しくないわけがない。
「ど~も~☆ はじめまして~、セイメイさんでしたっけ?」
中空に浮いて空の巨獣を迎撃したイケヤも、こちらへと戻ってきた。クルクルとバレリーナみたいに踊りながら、初対面のセイメイに挨拶してくる。
小躍りの最後、両手に持った名刺を差し出してきた。
元ホストなので営業癖が抜けないらしい。
「エンテイ帝国から派遣されてきたイケヤです☆ 以後よしなに☆」
「ああ、援軍だったよな。はじめましてお疲れさん」
あんがとよ、とセイメイもざっくばらんだがちゃんと応対する。
名刺も受け取って流し読みしていた。
「ふ~ん、元ホストなのか」
「はい☆ 今ではキョウコウ社長の下で使い走りやってます☆」
セイメイは腰に下げた魔法の瓢箪を手にする。
「ホストなら酒を呑むのも仕事の内だよな? イケる口? 強い方?」
「はぁ~い、モチのロンでぇーす☆」
肝臓タフくないとやってけません☆ イケヤは酒飲みを肯定した。
感心そうに頷いたセイメイは、道具箱に手を突っ込むと大きな朱塗りの杯を取り出して、そこに魔法の瓢箪から無限に湧く神酒を浪波と注いだ。
それをイケヤへと差し出す。
「ほれ、お近づきの印に駆けつけ三杯。まずはグイッと行っときねぇ」
「え、いいんスか? ではではオススメに甘えて~☆」
ダメな大人たちの飲酒行為にトモエは慌てふためいた。
「いけないのな! まだお仕事中なのにお酒飲んだら……ッ!」
止めるよりも先にイケヤはグイッと杯を煽ってしまい、1リットルくらいあった神酒をスルスルと空気を吸うみたいに飲み干してしまった。
飲み終えたセイヤは大きく目を見開く。
「美味しー☆ だけじゃないですねこれ!? 疲れが吹っ飛びます☆」
「え? あれ? んなぁ……?」
もしかして、と思ったトモエは分析系の技能を働かせてみる。
すると、イケヤの体力、気力、魔力、精神力といった戦闘を続ければ減りそうな数値がほぼ全快しており、疲労もいくらか改善されていたのだ。
しかも酔っ払ってなかった。これなら戦闘に支障はない。
そういえば聞いたことがある。
セイメイが日頃ガブガブ呑んでいる、あの魔法の瓢箪から湧いてくる神酒にはそういう回復効果やいくらかの強化効果があると……。
ハトホルミルクには引けを取るが、それでも類い希な強壮薬である。
イケヤを回復させるための振る舞い酒だったのだ。
「また疲れたら奢るからジャンジャン呑んでくれ。代わりといっちゃあなんだが、今度どっかで美味い酒を奢ってくれ」
「はい喜んでー☆ いい銘酒を探しておきますよー☆」
セイメイが約束を振ると、イケヤは上機嫌でこれを了承した。
もう一杯イケヤにご馳走したセイメイは、少々身を屈めてトモエの背丈に顔を合わせると、耳元でニヤニヤしながら囁いてきた。
「大好きなママンのミルク、余所様のお兄さんには飲ませたくねぇだろ?」
いくら援軍でもな、とセイメイは気遣うように言葉を足す。
この囁きの意味するところを理解したトモエは、無表情でキリッと引き締まったいい顔になると、親指を立ててグッドサインを贈った。
「……グッジョブな、穀潰しニート」
「お褒めに与り感謝の極み」
セイメイは戯けた調子で頭を下げていた。
彼もハトホルミルクの出所がツバサお母さんだと薄々勘付いている。今回配られたものが四神同盟に出回っているのも知っていた。
当然ながら、エンテイ帝国の応援部隊には配布されていない。
しかし、戦いが長引けば彼らも疲弊する。助けに来てくれた以上、こちらも支援の手を差し伸べなければ気が引けるというもの。
そこで万能の回復薬であるハトホルミルクを譲るか否かという葛藤に悩まされるわけだ。多分、大人たちは深く考えず譲ってあげるだろう。
だが、このミルクで育ってきた子供たちには苦渋の決断だ。
特にハトホルミルクが、ツバサお母さんの本物のミルクだと知っている子供ほど、譲ることに抵抗感を覚えるに違いない。それは独占欲に近かった。
魔法の瓢箪から出る神酒でイケヤを回復させる。
この行為は――そうした子供心を案じての配慮だろう。
ニート用心棒はなんだかんだで優しいのだ。
さて、とセイメイは区切りを付ける一言を呟くと、後ろに控えていたダグへ振り返った。超豊穣巨神王ゴッド・ダグザディオンを仰ぎ見る。
「おいダグ坊、おまえさんは一度基地へ戻んな」
思い掛けない指示にゴッド・ダグザディオンが瞳をパチクリさせる。ロボットの眼が瞬きの代わりに点滅していた。
『セイメイ様、それは一体……?』
ダグが何か言う前にセイメイは指示の説明を続けた。
「いくら中身のおまえさんが元気でも、そろそろ機体が熱暴走する頃だろ。一端戻ってメンテナンスなりオーバーホールなり受けてこい。情報網でスプリガンの嬢ちゃんたちには伝えといたから、あっちは準備万端で待ってるはずだ」
スプリガン族の“巨鎧甲殻”はほとんどメカだ。
なので、機械的な整備ができるのは種族的利点である。
それでもダグは気乗りしないようだ。
『で、ですがセイメイ様。今持ち場を離れるのは……』
「守護妖精として職務放棄するような気分になるのはわかるが、これからも働いてもらいてぇからこその休憩タイムだ。無理してダウンされちゃ困る」
大丈夫――休息の時間くらい稼いでやれる。
ゴッド・ダグザディオンに近付いたセイメイは、裏拳でコンコンと軽く叩く。
「行ってきな。姉ちゃんたちが待ってるぜ」
『…………申し訳ありませんッ! 行ってまいります!』
無念の職務放棄をするような詫びの声を上げたダグは、深々と一礼してから機体を急速発進させる。目指す先は一路、ハトホル太母国の方角だ。
これでトモエの心配も吹き飛んだ。
無理をさせすぎたゴッド・ダグザディオンがいつ爆発するかと気が気じゃなかったから尚更だ。思わずホッと安心の吐息が漏れてしまう。
ふと、ツバサお母さんの話を思い出す。
『セイメイは戦士としては俺さえ認める最強の一角だが、組織のトップを任せるには不安しかない。当人も嫌がるが、采配の才能がまったくない』
軍隊ならば元帥や大将には向かないタイプだ。
『だが、それ以下の役職をやらせたら間違いなく有能だろう』
現場指揮官や部隊長、一武将として隊を取り仕切ることは長けている。
戦場での目端が異様に利くためだそうだ。
『この兵は前線に立たせて突撃させ、この兵は一度退かせて補充させ、この部隊はこちらへ配置して防衛に、この部隊はあちらへ移動させつつ敵を誘導し……こういった局地的な戦闘の指示ならば、我が身を操るようにできるはずだ』
その一端を垣間見せられた気分である。
巨獣の群れが最接近する気配はしばらくない。
セイメイが使った奥義らしき一閃は、地平線の彼方まで覆い隠していた巨獣までも一刀両断にしていた。その骸も塵のような“気”に分解中だ。
おかげで一息つける時間ができた。
無敵の用心棒も戻ってきたので心強さも倍増である。
「トモエ嬢ちゃんもミルク飲んどけよ」
「んな、とっくに補給済みな」
言うが早いかトモエは自分の道具箱からハトホルミルク(瓶詰めバージョン)を取り出すと、一滴も零すことなくゴクゴクと飲み干していた。
飲み終わると頭をポン、と優しく撫でられる。
「……本当、よく辛抱したな」
ここから先は――用心棒の先生に任せとけ。
そういってセイメイはトモエやイケヤの前に立った。それ以上は何も言わないが、彼の背中は雄弁に「しばらく俺一人で受け持ってやる」と語っていた。
振り向いた口元には細やかな苦笑が浮かぶ。
「こんな時くらい働かないと、怖~い母ちゃんにお仕置きされるしな」
「んな、ツバサお母さんおっかないのな。働かざる者食うべからずなのな」
そうそう、とセイメイは同意して苦笑いを濃くした。
「ところで……親方はまだなのな?」
バッドデッドエンズと激戦を繰り広げたのはセイメイだけではない。
ドンカイ親方もまた連中の主力と交戦中のはずだ。
セイメイがこうして勝利を収めて戻ってきたのだから、ドンカイもソロソロだと思うのだが音沙汰がない。気配が近付いている様子もない。
なんとなく尋ねてみたが、剣豪は頼りなさげに首を捻るばかりだった。
これは期待できない。
「う~ん、あっちも手子摺ってるんじゃねえ? ジンカイっていう邪悪な大地母神みてぇな姉ちゃんにケンカ売られてんだろ確か……」
親方の弟弟子だとか? とぼんやりした関係性を口にした。
「んな、でも女の人だったから妹弟子な」
「妹弟子ぃ? 相撲の弟弟子だろ? 土俵は女人禁制だぞ?」
あれ? おや? と剣豪と腹筋娘は頭を左右へ傾げる。
すると、イケヤが助け船を出してくれた。
「現実で弟弟子だったのが、真なる世界に来て妹弟子になったとかじゃない? 神族を選ぶとき女神を選んで女体化したとか性転換したとかさー☆」
「「あ――多分それな」」
脳筋アホの子な二人は声をそろえて納得してしまった。
バッドデッドエンズは破壊神から眷族としての力を与えられる際、当人に最適化させられる神の力を分け与えられたと聞いている。
ジンカイの場合、それが女神だったのだろう。
性別が変わることより世界を滅ぼす力を優先したらしい。
「あっちも因縁ありきだからな、すぐには決着つかねぇんじゃねえか?」
「んな、自分も因縁あったような言い方な」
ちっとな、とセイメイはトモエの言及に舌を出した。
「まあ親方なら心配いらんだろ。それに……」
ほれ、とセイメイは顎をしゃくる。
そちらの方角は空の果て、見上げながら目を凝らしてみる。すると遠くで爆発の光が瞬いており、何者かが巨獣を爆撃しているのが確認できた。
爆発はどんどん近付いている。
巨獣を駆逐しながら接近しているのは一隻と一機だった。
飛行母艦――ハトホルフリート。
大巨神王――グレート・ダイダラス。
「ダインたちが帰ってきたのな! おーい! おーい!」
フミカの操縦する艦とダインが合体変形した巨大ロボが、ようやく防衛ラインへと戻ってきてくれたのだ。トモエは両手を振り上げて熱烈歓迎する。
予定通り、防衛ラインに複数のLV999が集まった。
これでハトホル太母国を守れる! トモエは肩の荷が下りた気分だ。
「……俺ん時より嬉しそうなの気のせい?」
「んな、気のせいな気のせい」
セイメイが薄笑いで苦言を呈しても、トモエは何処吹く風だった。
~~~~~~~~~~~~
――セイメイの予想は的中していた。
因縁ある弟弟子との勝負に、ドンカイは予想より時間を割かれていた。
一対多の戦いを強いられ、その処理に少々手間取っている。
「……えぇい、鬱陶しいのぉ!」
思わず毒突きたくなるのも仕方ない。
群がる魔獣はねずみ算式を越える勢いで増殖していく。
ドンカイは勁を凝らした張り手を突き出し、そこから空間をも震撼させる衝撃波を発生させると、ダース単位で湧いてきた魔獣を一掃させる。
……つもりが、かなり仕留め損ねてしまった。
以前ならば、この一撃でほとんどの魔獣を消し飛ばせたはずだ。
魔獣の質が違う――それだけ精魂を注いだらしい。
ドンカイの巨体をも覆い隠す数で群がってくる魔獣たちは、牙を剥いて爪を立ててくるが、神族・角力神として鍛えた鋼の肉体には深手を負わせられない。
それでも仔猫に引っかかれた程度のかすり傷は負わされる。
魔獣どもにしてみればそれで十分のようだ。
「喝ッ! 憤ッ! 憤憤憤憤憤憤憤憤憤憤……喝あああーッ!」
気合一発――掌底が乱れ飛ぶ。
ドンカイは全身から物理的な威力に達する闘気を大爆発させると、自分に集ってきた魔獣を吹き飛ばした。闘気に煽られて宙で翻弄される魔獣たちを、精密射撃のような張り手を神速で繰り出して一匹残らず爆裂させる。
ようやく視界がクリアになった。
魔獣を払ったドンカイは着物にまとわりついた汚れも叩き落とす。
ハトホル一家の御意見番 横綱ドンカイ・ソウカイ。
現実でも第101代横綱を務めた本物だ。
ツバサ君を組織の長官だとすれば、当人は副官の立場だという自覚と自負があり、四神同盟の仲間たちもそのように認識してくれていた。
――鬼神の如き巨漢である。
元より現実世界でも相撲取りらしく2mはある大男だったが、VRMMORPGでは体格のいいオーガ種を選んで、そこから神族に成り上がったため2m50㎝という現実ではありえないような巨体となっていた。
デカい身体は立っているだけで盾となる。
争いの絶えない真なる世界では、仲間を守るために重宝している。
現実の頃と変わらない男前だと自信はあるが、体躯を大きくしたくてオーガという種族を選んだ際、顎や牙が少々目立つようになってしまった。
以来、アゴキバ親父とからかわれることもある。
(※言っているのはセイメイくらいだが)
相撲道に邁進した心を忘れないためにも、未だに関取らしく髪型は大銀杏で決めており、普段着も戦闘服も浴衣に雪駄というスタイルで通している。マントのつもりはないが、威厳を出すため派手な単衣を肩から羽織っていた。
浴衣や単衣は“海”を意匠したものが多い。
四股名でもあった呑海(かつては蒼海)を意識していた。
すべてホクト嬢とハルカ嬢の服飾師師弟が誂えてくれたハルクインブランド製で、着物ながらアダマント鋼の防具をも上回る防御性能を誇っている。
そんな浴衣や着物に鉤裂きができていた。
ドンカイの肌にも小さな生傷が数え切れないほど付けられている。
滲む血には得体の知れない液体が混じっていた。
どうやら魔獣たちの牙や爪から分泌した獲物を害する毒のようだ。
あらゆる毒物に耐性がある神族の肉体に僅かだが痺れが走る。血液に異常をもたらす出血毒ではなく、神経の働きを阻害する神経毒に近いものらしい。
(※出血毒は血液中の赤血球を壊したり負傷時の凝固作用を邪魔したり、何らかの形で血管細胞にダメージを与える毒。一方で神経毒は神経細胞を攻撃するタイプの毒。こちらは軽くても身体の痺れや筋肉の麻痺、即効性のあるものだと呼吸器系を侵して呼吸困難による窒息死へ追い込む)
「こいつぁ……終末の毒というやつか」
破壊神ロンド・エンドの操る巨獣に襲撃された穂村組が、全滅寸前に陥りかけた際に使われた毒だと聞いている。
死ぬほど苦しむが――世界が終わるまで死ねない猛毒。
「……貰っておいて正解だったわい」
ドンカイは着物の懐に腕を突っ込み、そこから道具箱に手を差し入れると瓶詰めの栄養剤にも似た小瓶を取り出して、一気にゴクリと飲み干した。
終末の毒を打ち消す解毒剤だ。
飲めば解毒のみならず、数時間は耐性もつく優れ物。
ツバサ君が「破壊神の他にも終末の毒を使うバッドデッドエンズがいるかも知れないので」と、その用心深さゆえに用意してくれたものだ。
まさしく備えあれば憂いなしである。
実際、耐性効果はこの状況を予見したかのようで有り難い。
牙、爪、角……そういった注入に便利そうな部位を備えた魔獣が、次から次へと生まれてきて、ドンカイに毒を打ち込まんと迫ってきた。
もしも耐性がなければ、解毒作業に追われていたこと請け合いだ。
魔獣を打ち払ってドンカイは考察する。
「巨獣に一歩譲るも油断ならぬ存在……それが魔獣か」
本質的にはどちらも『世界を滅ぼすために誕生した怪物』だが、破壊神ロンドの創り出す巨獣と比べれば、魔獣は幾分スケールダウンしたものだ。
最大級のものでも30m程度。
最小ならば大型犬くらいのサイズだが、無限湧きする頑丈なモブが大挙して押し寄せると思ってもらえれば、結構な脅威だとおわかりいただけるだろう。
その魔獣を生み出す元凶が目の前で笑っていた。
「……卑怯とは言わないんですね、兄弟子」
最悪にして絶死をもたらす終焉 20人の終焉者。
№08 覇獣のフラグ――ジンカイ・ティアマトゥ。
一見すれば、邪悪な大地母神といった風体だ。
全長は十数mに達するであろう、下半身は無数の怪物の足が生えた長大な蛇となっており、上半身は巨女ともいうべき巨大な女性の肉体になっている。ただでさえ全体的にデカいのに、乳房に至っては途方もなくデカい。
尻マニアなドンカイでも固唾を飲むほどだ。
そんな超爆乳をビキニめいたブラジャーで包んでいる。
伸び放題に伸ばした無造作ヘアは大地母神らしく、森林を思わせる緑に染まっており、髪の間には蔦や枝葉が茂っていた。
頭部からは複雑な鹿にも似た角を生やし、背には何種類もの翼を背負う。
両腕は肘の先から肥大するように怪物化しており、シャベルカーのような掌には野太い鉤爪が生え揃っている。
ドンカイは勝ち誇る彼女の笑顔を忌々しげに睨みつけた。
忘れるわけがない――弟弟子の顔だ。
ジンカイとは神海、かつて大相撲で大関まで登り詰めた神海関。
ドンカイと同じ巨灘部屋に席を置いていた力士であり、兄弟子であるドンカイとともに横綱となって角界制覇目前まで行った兄弟弟子である。
だが、その夢は道半ばで立たれた。
ドンカイが左脚に大怪我を負い、これが原因で引退。
ジンカイもある事件を起こし、それが遠因となって角界追放。
3年間、横綱の地位に君臨できたドンカイに力士としての悔いはない。すべての取り組みに全身全霊をぶち込み、相撲道をひた走ることができた。
怪我のことは残念だが、誰かに当たるつもりはない。
趣味のゲームが高じて、eスポーツプレイヤーとして再出発できたことも成功といっていいだろう。おかげでツバサ君やミサキ君、セイメイといった未来ある若者たちと出会う縁が結ばれ、異世界でも活かされているのだから。
ドンカイは恵まれていたのかも知れない。
しかし、ジンカイは酷く怨んでいるはずだ。
自分を追い詰めるきっかけとなったあの事件を、当事者たちの気持ちも考えず殊更に煽った世間を、結果として追放処分を下した相撲協会を。
いつしかそれは――人の世すべてを憎む怨嗟となった。
人を捨て、男を捨て、情を捨て、破壊神の麾下へ入るほどに……。
「ここは土俵ではないからのぉ」
ドンカイは魔獣を振り払いながら答えを返した。
黙考するも手足は独りでに動いており、ひっきりなしに噛みついてくる魔獣どもを適当にあしらっていた。無論、どれも一撃で仕留めてある。
「ルール無用の殺し合いに卑怯もクソもあるまい」
セイメイ辺りが好みそうな台詞だが、ドンカイも同感だった。
思えば相撲は制約が多い競技ではなかろうか?
いいや、相撲に限った話ではない。
その源流が殺人を目的とした武道でさえ、スポーツ化されれば不殺を前提としたルールで縛られるのは当然の流れだ。空手や剣道然り、レスリングやパンクラチオン、プロレスでさえも凶器を禁じて反則を設けている。
規約があれば従おう。それが人間としての礼儀。
だが、自身や仲間の生き死にが懸かった殺し合いとなれば話は別だ。
「勝つために手段を選ばない……それが命懸けの戦じゃ」
牙を剥く魔獣の頭を捕らえたドンカイは、五指に力を込めて握り潰す。
「いくらでも魔獣を生める過大能力を武器とするならば、存分に使い倒すがいい。それもまた兵法のひとつ、ケチ付けるほど狭量ではないわい」
頭を失った魔獣の骸を投げつける。
ジンカイは怪物の手で骸を興味なさげに打ち払った。
「さすがです兄弟子……潔いですね」
「褒めても何も出んぞ。此処には手ぶらで来とるからな」
素直に褒め言葉と受け取るべきではないが、ジンカイは勝利を確信した笑顔にほんのり変化を表した。敬意を表した清々しいものだ。
かつて、ドンカイを見つめていた弟弟子の眼差しを思い出させる。
しかし一転、鬼気迫る大笑になって大口を開けた。
「じゃあ……その食い出のある図体を餌として置いていってくださいよ!」
俺の子供たちのために! と更なる魔獣を嗾けてきた。
ドンカイは腰を落として身構え、迎え撃つ体勢を整える。
此処は――ハトホル太母国から遠く離れた地。
かなり北方まで飛んできたつもりだが、正確な方位や離れた距離はいかほどかドンカイには見当もつかない。そういう計算は不得手なのだ。
ただ、見たこともない土地には違いない。
自然の風景としては“山脈”と捉えるのがいいのだろう。
ただし、アルプス連峰を越える規模だ。
連なる山々の頂上がすべて押し潰されており、台形のような山になっている。まるで巨人が大きなハンマーで先端だけを叩いて潰したかのような案配で、どの山も頂上が円形めいた広場に持っていた。
ドンカイには、それがいくつもの土俵に見えてしょうがない。
ハトホル太母国に襲いかかってきたジンカイを、防衛ラインから引き離して周囲の被害を抑えるため、当て所なく誘導してこの地へ辿り着いた。
偶然だが、一目見て気に入ったのもある。
かつての関取同士――土俵で決着をつけるのも悪くない。
ドンカイはいくつもある山頂の広場でも大きいところを選び、そこへ降り立つとジンカイと本格的に戦い始めたのだ。
ここは土俵ではないと断言するも、心の片隅では意識していた。
それは兄弟子のみならず――弟弟子も同じだろう。
だが、この土俵に相撲の決まり手はない。
純粋な殺し合いとして、敵の息の根を止めるためならあらゆる手段が使えるのだ。そのことは暗黙の了解として、互いに肝へ銘じておかねばならない。
「さあ、俺の魔獣はまだまだ生まれますよ!」
大地母神の巨体を揺すると、全身に瘤のような肉塊が生じる。
巨大な乳房まで弾むので――目のやり場に困った。
それらの瘤は瞬く間に魔獣へ成長し、母であるジンカイの肉体から飛び出してくると、空でも地でも構わずに駆けてドンカイへ躍り掛かってきた。
過大能力――【我が身裂かれても生まれ出ずる命】。
世界を滅ぼす怪物を際限なく生み出す能力。
破壊神ロンドもこれの上位版のような過大能力を持ち、巨獣や巨大獣などの怪物を無限に創り出して真なる世界を食い食らい尽くさんとしていた。
ジンカイは下の名をティアマトゥと変えている。
これはバビロニア神話に伝わる、原初の女神の名前だという。
海水を司る女神にして、龍のような外見をしていたと言い伝えられている。淡水を司る男神と婚姻を結び、多くの神々を生んだ母神となった。
しかし、後に子供である神々と不仲になる。
ついには夫である淡水の男神を彼らに殺されてしまう。
これに怒りを覚えたティアマトゥは、自らの肉体より世界を滅ぼすための怪物を何匹も産み出して、神々に大戦争を仕掛けたそうだ。
――以上、フミカ嬢から教えられた。
ジンカイの過大能力は、この伝承に紐付いているのだろう。
何百匹も生んだ怪物に陣形を組ませ、四方八方から攻め掛からせている。
なのに、ジンカイ自身は動く様子を見せない。
魔獣を嗾けるばかりで、安全圏から動こうとしないのだ。
前回の手合わせで「まともな真剣勝負を挑んでいたら歯が立たない」と学習したのかも知れない。ついでに言えばあの戦闘においてドンカイは、本来の相撲に則った動きを徹底したにも関わらず、ジンカイを圧倒していた。
制約だらけの相撲のルールで――終始優勢で押し通した。
いわゆる“縛りプレイ”で勝ったわけだ。
伝説の大横綱・雷電為右衛門に倣い、禁じ手を課してみたに過ぎない。
(※史上最強の横綱とされる雷電為右衛門はあまりにも強すぎたため、勝負において突っ張り、張り手、鯖折り、閂が禁じ手とされたという。ただし、これは口承されてきた伝説であり、真偽の程は定かではない)
それでボロ負けしたものだから、ジンカイも用心深くなっていた。
だが、その用心も無意味だと思い知らせてやる。
ドンカイは群がる魔獣どもを張り手で打ち払うも、やがて左手一本で素早くあしらうようにした。左半身を前に出して、やや斜に構えていく。
左斜めに身構えると、右手を後ろへと掲げる。
「あの時は横綱として、一人の力士として、そしておまえの兄弟子という心構えを忘れずに対峙した。同じ釜の飯を食うた者同士、少なからず期待してな……」
事ここに至り、もはや思い遣りは届かない。
「ここより先はおまえをただの破落戸……悪漢と見做す」
説くも適わず力任せに来るのならば、こちらも全力で相対するまでだ。
「そんな輩に先達が磨き上げた相撲の技を使うなど笑止千万」
喧嘩殺法でのしてくれるわ、とドンカイは凄む。
「や、やれるもんならやってご覧なさいよ!」
この挑発にジンカイは強気に出るも、その巨尻は逃げ腰になっていた。
稽古時代も現役時代も敵ったことはない。
兄弟子の気迫に気圧されたジンカイは尻込みしているのだ。
後ろ手に構えた右手から、チャポンと水音がする。
水音はせせらぎの音となり、やがて轟々と唸る海流の爆音となった。
ドンカイの過大能力――【大洋と大海を攪拌せし轟腕】。
海、川、水、そうしたものと繋がる過大能力だ。
ドンカイの両腕は真なる世界の海洋や河川とリンクしており、突き出した手から津波を発したり、振るった腕から河の激流を解き放ったりという水系の技を繰り出すことができるのだ。
ハトホル太母国の国土改造、河川の増設にも一役買っていた。
水系のみならず、様々な応用派生も研究している。
津波の振動波を利用した衝撃波を使えるようになったり、攻撃の威力を上げるため殴打したものの浸透圧に働きかけることでよりダメージを引き出したりと、かなり物騒な使い方もできるようになっていた。
掲げた右手から海水が湧き上がる。
それは地に流れ落ちることなく、ドンカイの掌から少し離れたところで渦巻くとやがて球体となり、その球体は留まることを知らずに巨大化していく。
いくつもの海流が練り込まれた球体。
「――海流鉄砲ッ!」
掛け声とともにドンカイは海の球体ごと右手を突き出した。
斜めに構えていた身体ごと前へと押し出して右足も力強く踏み込み、勁を乗せた
一撃とする。海の球体はほぐれて荒れ狂う海流となった。
ちなみに――鉄砲とは相撲用語で突っ張りを指す。
解き放たれた海流は魔獣どもを飲み込みながら押し流し、有り得ない速度で皮や肉を洗い流していく。深海をも越える重々しい水圧で骨まで擂り潰し、一片の欠片さえ残すことを許さずに海の藻屑になるまで溶かしてやった。
海流はドンカイの手から追い足されている。
しかし海流は引き潮のように戻り、頭上叩く掲げられたドンカイの手の上で再び海水の球体を形作った。ただし、その大きさは先ほどの比ではない。
ドンカイとジンカイが戦場とする山頂の土俵。
山ごと押し流す暴虐の海流を蓄えた、水の超爆弾と化していた。
「――大海球ッ!」
無慈悲に技名を叫んだドンカイは球体を振り下ろす。
狙うのは他でもない、懲りずに魔獣を生み出そうとするジンカイだ。
これ浴びたら死ぬ!? と判断したのかジンカイは、魔獣の増産を一端取り止めると、背中にある鳥や蝙蝠や翼竜の翼を一斉に羽ばたかせた。広場から完全に離れるくらいの勢いで飛び退いている。
余波でさえ恐れている、大慌ての緊急避難だった。
そして、大海球が爆散する。
何もかも洗い流して微塵のような海の藻屑へと変える凄まじい海流が、山脈はおろか空を流れる雲までも洗い流していく。
広場の山頂、土俵に見立てたそこは抉るように半分ほど消えていた。
ジンカイは――すんでの所で躱していた。
何枚もの翼をはためかせて、乱れた深呼吸でこちらを見下ろしている。
「ああ、そう……魔獣は産むだけ無駄ってわけですね」
察しのいい弟弟子だ。この機転が大関への最速昇進を促した。
魔の大地母神が生み出す魔獣なんぞ、あらゆるものを水の流れにて急速に摩耗させる海流を操る海洋神にかかれば、鎧袖一触であしらえてしまう。
説明ではなく実演してみせたわけだ。
「できるなら、最初からやってみせればいいものを……ッ!」
かつてはイケメン、今は女神の美貌。
男女どちらでも美しいと見られる相好を崩したジンカイは、魔物の母らしく牙で歯軋りして悔しがった。ドンカイは無感動に言ってやる。
「何事も試してみんとな。先に手合わせした時より、あの怪物どもが頑丈になってたんで、どの程度のものかと小手調べしていたまでのことじゃ」
「おのれぇ……魔獣を産むだけが能じゃないぞ!」
吠えるジンカイはすべての翼を畳んで、こちらへ急降下してきた。
打ち振るうのは太く長く伸びる蛇の下半身。
ジンカイは女神化した腰を悩ましくうねらせて、蛇の下半身と女神の上半身の境にある大きな巨尻をこれ見よがしに大きく揺らしていた。
どうやら油断を誘っているつもりらしい。
ドンカイが極度の尻マニアだと熟知しているのだ――さすが弟弟子。
「いくらわしでも弟分の尻に血迷うほど……へぶしッ!?」
「言った傍から食らってどうすんですか!?」
思いっきり見蕩れてしまい、ジンカイにツッコまれてしまった。
荒ぶる巨尻が大蛇の下半身を巨大な鞭として振り回すと、ドンカイは思いっきり横っ面を蛇の尻尾でぶっ叩かれてしまった。
ビンタを食らった感触に似ている。
しかも、叩かれた頬は卸し金で削られたような細かい傷もあった。
ただの尻尾の鞭ではない。
ジンカイの下半身、大蛇のそれには無数の怪物の足も生えている。それらが尾を振り回す際に足の蹴爪を立てたので、それに皮膚を削り取られたのだ。
「今のは序の口、本番はこれからです……」
大蛇から生える何本もの足が爪を尖らせ、その身を細かく振動させる。
恐らく、高周波ブレードに近いものだろう。
大蛇の尾を大きく長い鞭として振るいつつ、そこに這わせた怪物の足を小さな刃に変えて、巨大な高性能電動ノコギリにしたようなものである。
「鍛えに鍛えた戦闘系神族の肉体だろうと寸刻みですよ!」
「口では何とでも言えるわい」
やってみせろや、とドンカイは手招きして弟弟子の挑戦を買った。
「それじゃあ手加減なく全力で!」
ジンカイは大蛇の尾を縦横無尽に振り回して、ドンカイを細切れにするべく神族を斬り殺すノコギリに変えた尻尾を叩きつけてきた。
硬気功、排打功、三戦――。
肉体を硬化させて攻撃を防ぐ手段は、現実の武道でも存在した。
それらを神族の身の丈に合うよう、常時でさえ鋼鉄に勝る肉体強度を備える神族の肉体を、鉄壁をも越える絶壁とする高等技能はいくつもある。
ドンカイが習得していないわけがない。
両腕のみならず、全身にも肉体を硬化させる高等技能を……だけでは破られるかも知れない可能性を考慮して、強度を上げる高等技能も使っておく。
ツバサ君の慎重さに影響を受けていた。
巨龍の力を有する、ジンカイの蛇尾から放たれる斬撃を喰らう。
――慎重に徹して正解じゃ!
身体の芯がぐらつくほどの衝撃を覚えたドンカイは、120%以上の本気を費やすことで、それ以降のジンカイの尻尾攻撃を受け流していく。
硬度のみならば肌に裂傷が浮かんでいただろう。
強度のみならば無様に張り倒されていたかも知れない。
強度と硬度、双方を底上げしておかなければドンカイとて危うかった。
「破壊神からの力添えもあろうが……」
この異世界でも、弟弟子なりに努力した形跡が少なからず窺える。でなければ、多少とはいえドンカイをたじろがせることなどできるはずがない。
これまでの戦いでも、彼の研鑽を感じることができた。
前回の手合わせで「なっとらん!」と酷評したのは、そうした努力が感じ取れるのに、肝心なところが抜けているからこその叱咤だったのだ。
それを正しく理解したのか、今回の戦いでは是正されていた。
「ゆえに……惜しい」
何遍となく叩きつけられる蛇の尾を捌くドンカイは呻いた。
胸中に収めきれない悔しさが、つい口から漏れてでしまった。悔恨の呻きはあまりにも小声だったので、ジンカイが気付く素振りはない
「尻尾だけでは通じないか……ならばこれならどうですか!?」
ジンカイは何枚もある翼を変形させる。
どんな生物の翼であっても、人間の腕と照合できる骨格を持つ。ジンカイは翼の骨格を組み替えて、手に当たる部分の骨を拳にしたのだ。
そして翼を限界以上に伸ばすと、何十本もの拳で殴りかかってくる。
刃の鞭になった大蛇の尾、鉄の拳となった無数の翼。
こちらの五体を苛もうと上空から降り注ぐ猛攻を、ドンカイは口を真一文字に結んだまま無言で凌いだ。端から見れば必死だと窺えるだろう。
だが、長い付き合いの弟弟子にはわかるはずだ。
ドンカイが「気に食わない」と不満を露わにしていることを――。
「……どうして、道を踏み外したんじゃ」
攻撃を払い除ける雑音に紛れないよう、ドンカイははっきり発声した。この話し掛ける声にジンカイの表情が微かに揺らいだのを認めた。
聞く気があるようなので問い掛ける。
「相撲の世界は可愛がりが常じゃ……親方や先輩によっぽど恵まれなければ、ブラック企業どころか刑務所も裸足で逃げ出すような、死ぬ瀬戸際までの過激なシゴキが絶えん……そんな中でも、おまえほど優しい男もおらんかった」
ドンカイの所属したのは――巨灘部屋。
灘とは激しい海のこと。
潮流や波浪、海風が人を寄せ付けない荒海を意味する。
巨灘ともなれば人跡未踏の海域のような印象を受けるが、部屋での修行こそ苛烈を極めたものの、人間関係はそれに反して頗る良好だった。
実の両親と同等以上に尊敬できる親方や女将さん。
厳しさでも優しさでも他の追随を許さない、頼もしい兄弟子たち。
おかげでドンカイもジンカイも性根が曲がらずに済んだ。
特にジンカイは――優しい男だった。
持ち前のイケメンなルックスを鼻にも掛けず、ドンカイよりも他者を思い遣る心に溢れ、愛と正義をどこまでも貫き通すような気質だった。
自らに弟弟子ができれば、彼らの世話にも親身になる兄貴分でもあった。
相撲に八百長は付き物、とよく囁かれる。
その八百長を持ち掛けられても、ジンカイはきっぱり拒否した。
これが原因で他の力士から嫌がらせを受けても毅然とした態度を崩すことなく、やがてあちらが根負けするほど肝も据わっていた。
ファンサービスも忘れず、女子供にも愛されるイケメン力士。
人気を博さないわけがない。
実力ある後輩の指導や素質のある若手を見出して後援するのは、eスポーツ協会会長になる以前からドンカイのライフワークだ。なんなら中学時代の部活から後進育成に取り組んできた経歴を持つ筋金入りである。
自他共に認める生粋な世話焼きだ。
そんなドンカイにしてみれば、ジンカイは自慢の弟弟子だった。
大関までの道のりを自分と同じようにハイスピードで出世したジンカイに、ドンカイは大きな期待を寄せていた。
いずれ横綱に昇格すれば、東西の横綱を兄弟弟子の錦で飾れる。
呑海関と神海関――それが2人の目指した夢だった。
「なのに、そんなおまえが、どうして……ッ!」
無念さのあまりドンカイは涙ぐんでいた。
兄弟子の苦悩を覗き見て、弟弟子も思うところがあるらしい。
ジンカイは罪悪感を募らせた表情で、眉を八の字にして口角を情けないほど下げていたが、牙を噛み鳴らして歯を食い縛ってから激昂する。
「どうしてだと……今更だッ!」
吠えるともに顎が外れるくらい開かれた顎。
その顎から獲物を狙う殺気を、より先鋭化させた脅威が漂ってきた。
「あの事件を目の当たりにした……兄弟子が言うかッ!?」
怪物の母が開いた顎から何かが発せられる。
また性懲りもなく魔獣を束にして生み出したのかと思ったが、それは似て非なるものだった。魔獣になる生命力を、純粋な破壊力に変えて放ってきた。
撃ち出されるのは――凝縮された生命力の塊。
連なる牙や歯の形に整えられた、硬質化されたエネルギー波だ。
ドンカイを目掛けて突き進む際、ガチガチと牙を噛みながら高速で近付いてくるそれは、次第に大きさを増すとともに破壊力まで増大させていた。
巨大な牙を打ち鳴らす様は、巨大鮫の大顎を思わせる。
防ごうとしたドンカイだが、背筋にゾクリと恐ろしいものが這い寄るのを覚えたため、咄嗟に両腕を構え直すと強引に受け流した。
確かに直撃は避け、なるべく触れないように受け流したはずだ。
なのに、高等技能で硬化させた腕を削られている。
まともに防いでいれば今頃、どちらかの腕を奪われていただろう。
既にドンカイの攻撃で半分しかない山頂。残された半分の面積を、牙を象ったエネルギー波が噛み砕く。最終的にそこまで肥大化したのだ。
こうして足場は完全に崩れ去った。
2人は別の山頂へ飛び移り、そこの広場を新たな土俵とする。
着地後、しばらくお互いに静観を貫いた。
ドンカイは弟弟子の快挙に内心戦慄するも、両眼を見開いて刮目していた。当の本人はそれに気付いておらず、感情を昂ぶらせて叫んでいる。
「俺は……道を踏み外したつもりはないッ!」
大蛇の尾を振るうの止め、翼の拳骨を使うのも忘れていた。
振り上げたのは――怪物化した両腕。
立派な鉤爪を使わず、握り締める拳で乱暴に殴りかかってくる。
「俺は自分の信じる道をまっすぐに歩いてきた! 間違っているのは世間だ! 愚にも付かない雑魚が! コソコソ陰口を叩くしか能がない卑怯者どもが! まっすぐ道を歩こうとする俺に泥を投げつけてきたんじゃないかッッッ!」
型も構えもない、子供の駄々っ子パンチだ。
怪物の腕なので腕力はあるが、正しく力が乗っていない。
先ほどの口から発した硬質化させたエネルギー波や、高性能電動ノコギリ顔負けの蛇の尾と比べたらあまりに稚拙。痛くも痒くもなかった。
それでもジンカイは止めない。
ドンカイは何も言わず、駄々を捏ねる拳を受け止めてやった。
「いつも俺はお天道様に向かって歩いていたのに……口先だけの何もできない、しようともしないあいつらが……俺を追い落としたんじゃないか!」
妙な導火線に火が点いたらしい。
ジンカイはどうにも特殊な興奮状態に陥っていた。
「一般市民っていう邪悪な連中が――俺をこう変えたんだ!」
兄弟子ぃ! とジンカイは鉤爪でドンカイを指す。
「アンタだってそうさ……あいつらさえ騒がなけりゃ! 俺がこうならなくて良かったように……俺の事件に巻き込まれることもなかった……ッ!」
――横綱を引退せずに済んだんじゃないかぁッ!!
ジンカイは泣いていた。
綺麗な顔を二目と見られぬほど崩しての大泣きだった。
大気も張り裂ける怒号を轟かせた彼の声だが、ドンカイの耳に「申し訳ありません兄弟子……ッ!」という号泣に聞こえて仕方ない。
「民衆という愚かな悪魔どものせいで……俺も、アンタも……ッ!」
角界から追放されたんだ! とジンカイは泣き叫ぶ。
~~~~~~~~~~~~
ジンカイが破壊神の眷族に墜ちたのには理由があった。
それはいくつかの過程を経たものである。
発端は――ある事件だった。
その頃、ジンカイは横綱昇進がほぼ内定していた。巨灘部屋から2人目の横綱が誕生するとあって、角界及びスポーツ界はその話題で持ちきりだった。
だからといって、ジンカイは浮かれていたわけではない。
こんな時期こそ魔が差すと、気持ちを引き締めて昇進の連絡を待ち侘びた。
なのに――事件は起きてしまった。
ある女性に好意を寄せた男がストーカーとなり、自分の思いが叶わないと知るや持っていた刃物を取り出して暴漢となり、女性に暴力を働こうとした。
白昼の往来で起きた、信じがたい出来事である。
ジンカイは偶々そこへ通りかかり、暴漢から女性を助けたのだ。
この時ちょっと力が入りすぎたのか、暴漢を勢い余って力いっぱい吹き飛ばしたため、結構な重傷を負わせてしまったらしい。
だとしても――自業自得である。
ジンカイは女性を救った勇敢さを讃えられた。
そう、最初こそは暴漢から身を挺して女性を守ったことを英雄視され、次期横綱に相応しいと賞賛されたのだが、次第に反対意見も飛び交った。
俗にいうアンチである。
『やりすぎだろ横綱、逮捕されても重症で入院ってどんだけだよ』
『仮にも横綱になろうって男が手加減できなかないもんかね』
『悪人ならぶち殺しても構わないってか?』
『これは横綱の品格が問われますね。昇進取り消し待ったなし』
次第にジンカイが「やりすぎだ」と叩かれ始める。
こういう時ネットにしろニュースにしろSNSにしろ、過敏に反応したり下手なコメントを出せば大炎上しかねない。
警察からも過剰防衛などの注意を受けたことはない。
ジンカイに非はないので無言で押し通し、沈静化するのを待つことにした。
だが、その横綱昇進がいつしか立ち消えになっていた。
巨灘部屋の親方、ドンカイやジンカイの師匠が相撲協会の伝手を頼ってこっそり聞き出したところによれば、世間の反響が思ったより大きいので影響力を鑑みて、ほとぼりが冷めるまで延期するとのこと。
実際、ジンカイが大関から降ろされることはなかった。
時が解決してくれるのを待とう、とドンカイにも諭されたものだ。
ジンカイは辛抱強く待ち続けた。
しかし、事態は予想だにできない事態へと悪化していく。
例の暴漢が収監先の留置所で亡くなったのだ。
これにジンカイはまったく関与していない。一番あり得そうな、突き飛ばした際の後遺症とかでもない。死因は冗談みたいなものだった。
食事の餅だかを喉に詰まらせての窒息死。
ジンカイにまったく落ち度はなく、非難すら見当違いだった。
しかし、世間は暴漢の死を次期横綱へと結びつけた。
『あの相撲取りが乱暴をしなければこうはならなかったのではないか?』
事件の真相は明るみに出されている。
なのに口さがない連中はそれを信じようとせず、ジンカイを悪者に仕立てて誹謗中傷を繰り返した。時代背景的にネットやSNSでのこうした行為は罰せられるようになったものだが、それでも小言めいた悪口は鳴り止まない。
未来の横綱へのバッシングは日に日に増していった。
中には明らかにこの状況を面白がる者もおり、いずれ横綱という地位に就くはずの青年を引きずり下ろすことに愉悦を見出しているようだった。
精神的にタフだったジンカイも、さすがに心を磨り減らしていく。
石を投げつける標的を求めるだけの愚かな正義感。
上にいる者を糾弾して正義感に浸り、下にいる者を嘲笑して悦に入る。
人間ならば誰しもが持っている優越感。
それを安易に得ようとするのが、大衆というその他大勢だった。
凡愚、衆愚、愚者、愚物、愚人――。
一人一人の個人は大して悪人でもないのだが、群れ集まることで自覚なきまま誰かを愚弄し、死ぬまで追い詰め責め立てる信念なき悪意。
ジンカイが毛嫌いする掴み所のない邪悪だ。
全貌を捉えられない彼らへの憎悪はこの頃から芽生えていた。
そして――最悪の事件へと発展してしまう。
ある日、ジンカイはマスコミの取材陣に取り囲まれて、あれやこれやとインタビューを受ける羽目になった。彼らもこの騒動を面白おかしく書き立てるためジンカイを刺激するような言説を平然と使ってきた。
ただでさえジンカイは神経衰弱になりかけている。
その場に居合わせたドンカイは、弟弟子を守るべく実力行使に出た。やかましい記者たちを力任せにやんわりお帰りいただこうとしたのだ。
この記者の中に――刺客がいた。
留置所で事故死した暴漢、その父親が紛れ込んでいたのだ。
とにかくジンカイを悪者に仕立てることで、一般人という悪意の歓喜を書き立てようとするネットニュースやSNSをまとめたサイトに煽られた彼は、息子が死んだのはジンカイのせいだと思い込んでしまったらしい。
(※後日、警察の調査でそういったメモが発見されたために判明)
一人息子だったという暴漢を失った父親は悲しみに打ち拉がれるあまり、ネットの意見に踊らされてしまったのだ。
息子の仇に一矢報いるため凶行へと走る。
懐に潜めた出刃包丁を構え、まっしぐらに突き込んできた。
狙われたジンカイを庇ったのが兄弟子だった。
暴漢の父親が小柄だったのでドンカイと体格差があったのと、突撃する寸前に目を閉じていたため急所には命中せずに済んだ。
出刃包丁は――ドンカイの左脚に突き立てられた。
これにジンカイは逆上し、暴漢の父親に全力の張り手を食らわせた。
小柄な男は軽々吹き飛ばされ、近くのコンクリ壁に叩き付けられるとゴギン! 太いものが折れる鈍い音を響かせてから倒れた。
この暴力が原因で、暴漢の父親は間もなく息を引き取ってしまった。
ドンカイも脚の腱を傷つける重傷を負った。
多くのマスコミが居合わせた現場で、これほど凄惨な事件が起きたのだ。
記者たちはこの大事件をセンセーショナルな記事にする。
これが――ジンカイへの悪印象を決定付けた。
ただでさえジンカイはネットで叩かれていたのに、過剰防衛といえど人を殺めたことによって名実ともに“人殺し”のレッテルを貼られてしまった。
見方を間違えなければ、暴漢から兄弟子を救っている。
だが、そうした献身的な行為さえもネットのその他大勢はこう叱責した。
『どうして身体を張って横綱を守らなかったのか?』
『刺されるまで何もしないなんて無能だろ』
『こんな奴だから暴漢だった息子も手加減できずに殺すのも残当』
暴漢となった父子が擁護される異常事態。
事件を正しく整理すれば、非道な凶状を犯したのは彼らである。
しかし、何故かジンカイばかりが責められた。
もはや判官贔屓どころではない。明らかに間違った意見が罷り通り、さすがにおかしいと反論する者もいたが、ジンカイを訴追することに血道をあげる熱狂によって正論の方が封殺されてしまう始末だった。
ドンカイの傷は完治するも、現役復活は難しいと判断。
結果的にこの事件で負った傷のため、横綱を引退することとなった。
ジンカイに痛烈な罪悪感を与えたのは言うまでもない。
弱り目に祟り目は畳みかけるもので、世相から大バッシングを受けたジンカイを切り捨てることで、相撲協会はこの騒動を鎮める策に打って出た。
即ち――角界追放である。
ドンカイや巨灘部屋の親方を始め、現役力士たちは猛反対した。
ジンカイは何ひとつ悪くないからだ。
しかし、昔から不祥事には事なかれ主義で、後ろ指差されるものを処分することでやり過ごしてきた協会の年寄りどもは、強引に実行してしまった。
知らせを受ける前にジンカイは――行方を眩ましていた。
横綱となる夢はもはや潰えたのだ。
兄弟子と同じ横綱の地位に立ち、正々堂々と勝負して勝つ。それが弟弟子としての恩返しだと夢見ていたのに、それも絶たれた。
何より、自分のせいで兄弟子から横綱の称号を奪ってしまった。
もう会わせる顔がない。
ジンカイは人間にほとほと愛想を尽かしていた。
正しくは――大衆という愚者の集団にだ。
悪を成せば叩かれるのは当然として、善を為しても叩かれる。他者の弱味を見つけ出しては、あることないこと指摘して正義の味方ぶった言論を吐く。
正しさなど誰も求めていない。
求められるのは、悪口という石を投げつけても許される生け贄だ。
ネットなど狂人の坩堝にしか思えなかった。
あれは人類の叡智を集めるための情報網などではない。
人間の深層心理に澱む、唾棄すべき邪念を吹き溜まらせる肥溜めだ。
人類という愚にも付かない群衆の集まり。
募る嫌悪は濃さを増して怒りとなり、やがて煮詰められた憎悪となる。
ジンカイが人と世を憎むのに時間は掛からなかった。
他人や世界を悪い方向へ蹴落とすことを至上の喜びとする人の群れなど、猿の群れにも劣る。いいや、野生に生きる猿の方がどれだけ高潔だろうか。
人類全体を侮蔑する憎悪から、やがてジンカイは結論に至る。
『人間は糞だ……いいや、糞ならいずれ自然に還る。しみったれた悪意で誰かを蹴落とすことしかできない人間は糞以下の汚物……』
そんなゴミ――この世にいらんだろ?
ジンカイの思考回路がそこへ帰結した瞬間、破壊神が降臨した。
まるでこの時を待ち侘びたかのようにだ。
『人間ってゴミが蔓延る世界……必要と思うかい?』
相手を確認もせず、ジンカイは「いらない」と即答していた。
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