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第17章 ローカ・パドマの咲く頃に
第424話:恋に恋い焦がれて恋に哭く
しおりを挟む亡き部下の置き土産――そういえば格好が付くのだろうか?
ロンドは人並みの哀愁に浸ってみた。
破壊神には無用の長物だが、情動への理解はある。地球の日本で500年も人間として過ごした日々や、親父に仕込まれた精神論に由来するものだ。
悪党とて愛や正義を解する心くらいある。
まあ、世間一般の常識的なものとは縁遠いが――。
開戦と同時に世界中へばら撒いた、世界を滅ぼす巨獣の卵。
数億だったか数兆だったか? 途中から数えるのも面倒になったので、とにかく桁数を増やすことを考えて増産に励んだため、天文学的までには届かないが、国家予算と同じくらいの数になるまでは用意したはずだ。
ただし、地球すべての国家予算を足した数だが。
そう考えると天文学的数字に近いのか? とにかくしこたま創っておいた。
すべて細工を流々に施した特別製である。
ロンドの過大能力――【遍く世界の敵を導かんとする滅亡の権化】。
意識と無意識の境に佇む小文字の他者、あるいは対象a。
不安の立像か憧憬の偶像か、明確な実体を持たない曖昧模糊とした欲動に基づいた実在しない怪物を創り出す能力である。
恐れ戦かずにはいられない外見と能力を備える怪物だ。
放置すれば一体でも世界を壊滅に追い込む怪物。それをロンドは瞬時に世界を埋め尽くす物量で解き放つことができる。まさしく世界を滅ぼすことを本能とした破壊神が奮うに相応しい過大能力と言えるだろう。
だが、何事にも万全はない。
滅びをもたらす過大能力にも、細やかな欠点があった。
ロンドによって生み出された怪物は寿命が短い。
無い――といっても過言ではない。
存在理由が髪の先端から爪先まで世界を滅ぼすことに特化しているため、自らの肉体を維持する機能にまで配慮されていないのだ。ほとんどの怪物に消化器官がなく、酷いものになると呼吸器系や循環器系すら疎かである。
長くても数時間、最短なら3分。
その程度の生命活動しか維持できないのだ。
蜻蛉より儚き命である。
どうせ世界を滅ぼすために生まれてくるので、長生きさせるつもりは毛頭ないのだが、それでも世界廃滅という責務を全うする時間くらい保ってほしい。
無論、ロンドが意識すれば融通は利く。
管理下に置いておけば、ずっと生かし続けることも可能だ。
しかし戦争中にそちらへ意識を集中したり、力配分を振り分けるのは面倒臭……やっている余裕はない。ツバサの兄ちゃんとの対決は元より、対峙しているだけでも予断を許さず気を張り詰めなければならなかった。
適当に創った怪物軍団では、保って1時間いいところ。
せめて半日くらいは頑張ってほしい。
そして、世界滅亡という破壊神の従僕に相応しい働きを望んでいる。
だからロンドは無責任親父なりに考えた。
過大能力で対象aより創られた怪物には寿命がない。それは生物として積み重ねてきた歴史がないからだ。そういう意味ではミジコンコ以下である。
生物種として確立させた歴史がない。
いわゆる“歴史の重み”を持っていないのだ。
ぶっちゃけ、「破壊力こそパワー!」を念頭に置いて、それのみに腐心するよう創られているので、自己を保つ機能など二の次三の次より下だった。
これでは生物として成り立たない。
ならば、無理矢理にでも歴史の重みを持たせてやればいい。
そこで手空きのバッドデッドエンズを方々へ派遣すると、長い歴史を溜め込んでいそうな神獣、霊獣、魔獣、古龍……といった在野のモンスターを絶滅させるついでに狩猟させて、そいつらの首をあるだけ持ち帰らせた。
首にはその生命体のすべてが宿っている。
そこに宿る歴史の重みを吸い上げ、それをロンドが特別に誂えた怪物の卵に注ぎ込むことで、少しでも寿命が長くなるよう操作する。
こうして出来たのが――巨獣の卵だ。
開戦とともに世界中へばら撒き、いくらかは四神同盟によって孵化する前に撃ち落とされたものの、数千の巨獣が世界を滅ぼすべく絶賛大暴れ中だ。
この巨獣の卵を仕込んでいた時のこと。
卵を生産して格納するための“孵卵室”での出来事だ。
ロンドはせっせと巨獣の卵の量産に励み、生命体から抽出した歴史の重みを注入するという繊細な仕事は、魔女医ネムレスに頼んでおいた。
この作業中、ネムレスがある提案をしてきたのだ。
『ロンド様、例えばの話なのですが……』
ネムレスは歴史の重みを宿した受精卵を手に乗せる。
『この完成した巨獣の卵を参考に、同じものを複製できたりはしないんですか? それができるのなら量産スピードが……』
『おいおいおい、社長をこき使おうって腹かいネムネムちゃん?』
それができないから骨を折っている最中だ。
『オジさん、何も考えてなさそうだけど、ちょっとは考えてんだよ? そんな器用な真似ができるんなら、最初に10個くらいのオリジナル創って、そこからバリエーションを変えながら増やしていけばいいから全然楽じゃん?』
『……できないのですか?』
ネムレスは不思議そうに小首を傾げる。ちょい気怠げで可愛い。
彼女の疑問に答えてやる。
『できても死に体の劣化コピーで終わりそうだから嫌なんだよねー』
生命の積み重ねた歴史は濃厚、そして複雑怪奇だ。
ネムレスの過大能力を応用させて抽出するところまでは漕ぎ着けたものの、それを培養して増やすことはできなかった。
仕方なく、バッドデッドエンズに野獣を狩らせまくった次第である。
草の根分けて根刮ぎ――絶滅させる勢いでだ。
その加工が難しい歴史の重みを注入した受精卵も言わずもがな、恐らくは複製させることは叶うまい。変化球を加えるどころか、まったく同じものをコピーすることすらままならないだろう。
以上がロンドの脳内シミュレーションである。
それでも部下からの提言、ロンドは卵のひとつを手に取った。
駄目で元々――なんて考えが過ったからだ。
『そりゃあね。オジさんも年だから楽したいわけですよ。こうやって完成品を手に取って、コピー&ペーストするみたいにボコボコ増やせたらいいなーとか、そん時に同じデザインだとつまらないから、進化の系統樹が枝分かれするみたいに色んなバージョンの怪物を創れたらいいなーとか思っちゃうわけで……』
物は試しと複製を試みた。
その際、複製される巨獣も別物になるよう小細工もする。
『…………あの、できちゃったんだけど』
『……ですよね』
自分で自分にビックリとはこのことだ。
予想外の出来事に困惑するロンドは、オーバーリアクションで狼狽える。
対するネムレスは半眼で冷笑を浮かべていた。
『むしろ「どうしてできないの?」と疑問符が浮かびまくりでした』
『やめて! オジさんに疑いの眼差しを向けないで!』
ダメ人間を見つめる視線にロンドは悶絶した。
自分で思うより、破壊神の過大能力は万能性を秘めていたらしい。
傷痕の目立つ口元をショールで隠していても、呆れられながら苦笑いされているのがわかった。魔女医は当たり前のように告げてくる。
『ロンド様の御力なら成し遂げて当然と考えておりました』
完全に皮肉だ。でも美人だから許す。
目をまん丸にして唖然とするロンドの手から、泡のようにゴポゴポと受精卵が湧き上がってくる。それは最初の一個から複製増殖されたものだ。
すべて歴史の重みを宿している。
同じものはひとつとしてなく、どれも別種の巨獣として誕生する。
頭の中で考える限りでは「できない」と信じ込むあまり、自らに言い聞かせることで能力を封じていたようなものだ。
う~む、とロンドは顎に手を当てて唸ってしまう。
『こういうのはなんて言うのかな……食わず嫌いみたいな?』
『敢えて名付けるなら“やらず嫌い”でしょうか?』
やる前から面倒そうなので敬遠して手を付けず、「できない!」と思い込んで毛嫌いしたがために、本来なら使える能力を抑え込んでいたのだ。
ネムレスのおかげでやらず嫌いは解消された。
巨獣の卵の増産ペースは改善、短時間で一気に増やせるようになった。
国家予算級の数を揃えられたのも、偏にネムレスのおかげなのだ。
ここで――デキる部下は更なる進言をしてくる。
『複製がやらず嫌いだとしたら……この複製した受精卵に更なるパワーを注入することで、より強力な巨獣を生み出すことも可能ではないのでしょうか?』
たとえば、とネムレスは具体例を挙げる。
『オセロット君が身の内に飼っている巨大獣のような……』
『おいおいおい、巨獣だってオジさんが精魂込めて創ってんだぜ? それをもっと魔改造して巨大獣みたいに仕上げろなんて……』
駄目で元々は既にやったが、もう一度トライしてみる。
漆黒の受精卵を片手に、巨大獣の力をモチーフにした改良を施す。
『…………あの、またできちゃったんだけど?』
『…………ですよねー』
天丼のギャグみたいな展開になってきた。しかし、笑いは誘えない。
ネムレスの目線は冷ややかを増してくる。
ロンドは自分で自分のことを信じられなくなりそうだが、どうも自己評価が低すぎたらしい。破壊神のオジさんはやればデキる子だったようだ。
『ロンド様は自身の御力を過小評価されてますね……』
もっと自信と自負をお持ちください、とネムレスに嘆息されてしまった。
『はい、面目次第もありません……』
肩身の狭いロンドはシュン……と気落ちしてしまう。
何はともあれ――色々と捗ったことは事実である。
長持ちする巨獣の卵はいくらでも増産可能となり、少々手間は掛かるがオセロットの巨大獣に勝るとも劣らない強大なバケモノも創れると自覚できた。
ネムレス様々だ。報償をあげてもいい。
参考資料となったオセロットの巨大獣にも感謝しよう。
ロンドはその旨を正直に打ち明けた。
するとネムレスは艶っぽく眼を細めておねだりをしてくる。
『報償とは言わないまでも、ちょっとしたご褒美はいただいても罰は当たらないかも知れませんね……お願いしてもよろしいですか?』
『おう、ナンボでも言ってみな。言うだけなら無料だから』
ネムレスの要望は至極真っ当なものだった。
『私の身辺を守る護衛役として、巨獣の卵を分けていただきたいのです』
彼女の過大能力には攻撃力がない。
格下ならば問答無用で精神を崩壊させてから肉体破壊へと導ける威力を誇るものの、同格のLV999にはまったく通じない。もし通用させるとしたら相手を追い詰めて動揺を誘い、その隙を突くしかないのだ。
そのための追い込み役として、巨獣の力を借りたいと想像できた。
マタギなどの猟師たちは獣を狩る時には隊を組み、勢子という獲物を追い立てる役を務める者がいる。彼女もそういった手勢がほしいのだろう。
『おう、いいぞ。そういう使い方なら大歓迎だ』
『お心遣い、感謝いたします』
ロンドはネムレスには巨獣の卵を分け与えてやった。
彼女の過大能力で改造すれば、寿命は減るだろうが兵士として強化されるし、使い勝手も良くなると期待してのことだ。
ネムレスの麾下に置いた巨獣たちにも、存分に世界を壊してもらおう。
『その話……まだこの場だけのものよね?』
巨獣の卵を製造しつつ貯蔵しておくための孵卵室。
ここにはそれぞれの受け持ち担当に務めている破壊神ロンドと魔女医ネムレスしかいないはずだが、暗がりから突然オネエの野太い声が響いた。
現れたのは――頭脳役マッコウ・モート。
無責任一代男なロンドを支えてくれる知恵袋だ。
3mを越える極度の肥満体に女物の友禅を着込んだ巨漢オネエが、闇の奥から音もなくのっそり現れた。ロンドは慣れたものだが、ネムレスは意表を突かれたのか細い肩を小さく震わせていた。
ロンドは腰掛けた椅子で仰け反り、天地を逆にしてマッコウを見遣る。
『そだよ。まだ他には聞かせちゃいねえな』
『これまでの経緯を聞かれていたのなら、マッコウ様が3人目となりますね』
それは重畳ね、とマッコウは頷いた。
太りすぎて首が見当たらないが、埋もれた顎が動いている。
『それなら、この場の3人だけの秘密にしておいた方がいいわね。他の誰にも言っちゃダメよ……特にロンドさん、絶対に口を滑らせちゃいけないわ』
『え? オレだけ名指しでお口にチャック?』
当たり前でしょ、とマッコウは不満げに鼻を鳴らした。
『アンタってばあることないこと全部喋っちゃうんだから……ま、本当に重要なことは喋らないけど……念のためよ念のため』
たった3人の箝口令、その理由についてマッコウは語る。
『どうにも四神同盟の情報収集力を侮れないのよね』
マッコウ率いる幹部で構成された部隊。
凶軍と呼ばれた殺戮部隊は、真なる世界を取り巻く異次元“異相”を渡り歩き、そこに亡命しているいくつもの国家を滅亡へと追いやっていた。
進撃する凶軍の行く手を阻んだのが四神同盟である。
方法は皆目見当もつかないが、異相で暴れる凶軍を発見したのだ。
『異相なんて普通おいそれと覗けるもんじゃねえよな』
マッコウの言いたいことをロンドは代弁した。
我が意を得たとばかりにマッコウは食いついてくる。
『でしょう? そうでしょう? なのに、四神同盟はあたしたちの動向をほぼ完全に把握していた……この一点だけでも脅威の探査能力よ』
その他、バッドデッドエンズにまつわる情報をいくつも入手していた。
一連の事実からネムレスも訝しむ。
『まさか私たちの中に諜報員が潜んでいるとか……』
『その心配はないわよ、ネムレスちゃん』
『さすがにそこまでボンクラじゃねえよ。いたらオレがわかるさ』
ネムレスの懸念を上司2人は即答で安心させた。
いくら優秀な諜報員であろうとも、破壊神の身辺は嗅ぎ回れない。鋭敏なセンサーが異物を探知し次第、即座にブッ壊してやると約束できる。
常に転移を繰り返す移動要塞の居所を追いかけるのも不可能だ。
『なんにせよ、四神同盟の地獄耳は馬鹿にできないわ』
そこを繰り返すマッコウにロンドも同調する。
『耳がいいのか目がいいのか……壁にミザリー障子にメアリーだっけ?』
『それを仰るなら壁に耳あり障子に目あり、です』
ネムレスに訂正された後、ロンドは要約する。
『要するにだマッコウさん。効き目長持ちの巨獣の卵や、巨大獣の卵も量産できるとツバサの兄ちゃんに知られたら、またぞろ対抗されたり潰すための案を練られかねないから、バレないように隠しとこうってこと?』
『念には念を入れてね……切り札は何枚でも仕込んでおくものよ』
開戦と同時に大量の卵を散布する。
この方針は変わらず、むしろ強烈なインパクトで印象づけたい。
『開戦で巨獣の卵を使い切ったとね……』
マッコウは脂肪まみれの顔にあくどい表情を浮かべていた。
『なぁるほど……巨獣は最初に出した分だけとツバサの兄ちゃんを油断させて、戦争が宴も酣ってところに追加入りまーすって寸法かい?』
悪役らしい笑みにロンドも共鳴して、極悪親父に見合った笑顔となる。
そういうことよ、とマッコウは厚塗りの唇を釣り上げた。
『もしも四神同盟が優勢で戦争の折り返し地点を迎えても、終わりで始まりの卵が新たな破壊神として顕現することも含めて……』
『兄ちゃんたちの度肝を抜けるし、そっから巻き返す材料になるなぁ!』
さっすが頭脳役! とロンドは小躍りして喜んだ。
子供みたいに椅子から飛び上がると、大玉みたいなマッコウの肥満体に遠慮なく抱きついてキャッキャッとはしゃぎまくってしまった。
こうして――これらの件は秘匿された。
ネムレスの忠言、オセロットの巨大獣、マッコウの機転。
これらは策となって破壊神を助けてくれた。
3人とも真なる世界が滅びる前に逝ってしまったが……。
やはりなけなしの人間性はあるらしい。
ロンドはほんのわずかな感傷を噛み締める気分だった。
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「――死んだ忠臣どもの忘れ形見よ」
黒炎が噴く右手を掲げたロンドは誇らしげだ。
黒い炎は燻るように真っ黒な煙を立ち上らせ、空を染めるように広がっていくのだが、間近で見ると煙でないことはすぐにわかる。黒煙と見紛うそれは、無数の小さな黒い粒が群れたものだ。粒はひとつひとつ脈打っている。
漆黒の受精卵――やがて巨獣となる卵だ。
黒煙と見間違うほど群れているのだから、その総数は計り知れない。
開戦時に世界中へばら撒かれた量に匹敵するかも知れない。
いいや、悪い意味であれを凌駕する。
黒い炎から立ち上る黒煙、巨獣の卵の群れに時折「アタリ!」とでも言いたげに、大粒でドス黒い輝きを放つ卵が混ざっていた。
あれから孵るのは巨獣ではない。巨獣を超えるものだ。
還らずの都を襲撃したバッドデッドエンズの一人にオセロットという少年がおり、全長1㎞を超える巨大獣という怪物を使役していた。
あの巨大獣と同等のバケモノだ。
――冗談ではない!
全長100mを超える巨獣ですら群れを成して暴れているから手を焼いているというのに、巨大獣などという生物としての規格がおかしいバケモノが、改めて世界中を闊歩するなんて想定外もいいところだ。
正直、あれで終わりと油断したつもりはなかった。
開戦時に散布した巨獣の卵がすべてだと思い込むほど愚かではない。
ロンドの口から「あれで全部だよー♪」と認めるような発言がない限り、ずっと疑いの目を向けていた。必ず伏兵として潜ませているはずだ。
実際、モミジが戦闘中に新しい巨獣に遭遇している。
(※第408話参照)
しかし、ここまで途方もない数が投入されてくると、もはや伏兵なんて言葉では片付けられない。第一陣、第二陣、と兵団を2つに分けたようなものだ。
おまけにその第二陣には、とんでもない強兵が紛れ込んでいる。
ひょっとすると第三陣や第四陣まであるかも……。
その中には巨獣や巨大獣を上回るバケモノが投入されるかも……。
なんにせよ、ツバサのやることはひとつだ。
「チッ、まったく……兵は詭道なりとはよく言ったもんだぜ!」
腹立たしさから舌打ちを鳴らしてしまう。
ソファに腰掛けたままのツバサは深紅の“気”を活火山のマグマよろしく噴火させると、その長い髪は逆立ちながら真っ赤に染まった。
牙を剥いて眦を釣り上げる。その凶悪な面構えには隈取りにも似た赤い紋様が走り、全身の筋肉量も一気に跳ね上がってパンプアップする。
赤獅子を連想させる――猛々しく凶猛なる女神の姿。
ツバサは瞬時に殺戮の女神へと変身した。
あらゆる意味で戦闘能力を強化させた超攻撃的な形態である。
このままロンドを泣くまで殴り続けたい衝動に駆られるが、グッと堪えて空を見上げる。そこには黒煙から暗雲になりつつある受精卵の群れがあった。
ツバサは大きく口を開くと劫火を吐いた。
久し振りに使う怪獣王の熱線だ。
ただし、今回は熱線というより放射状に広がる業炎の波動だ。殺戮の女神モードで使える万物を焼却する“滅日の紅炎”を混ぜて火力も底上げする。
――怪獣王の滅光。
熱線よりも高火力な範囲攻撃をする上位版だ。
ミロは「内閣総辞職ビーム!」とか名付けていた。
劫火は黒い卵の暗雲を煽ることなく、齧り付くように焼き潰す。
更にツバサは逆立てた赤髪からは轟雷を放った。
こちらも稲妻の編み目を見渡す限りに広げ、世界樹が黄金色の枝葉を広げるが如く、高電圧の電撃によって卵が孵化せぬように焼き潰していく。
孵る前の卵だからこそ有効な手段だ。
出した唾を戻せ! とロンドを罵りたいが無理な話。
過大能力により生み出された巨獣の卵は、このまま大気圏近くの気流に乗って世界中に飛び散り、各地で孵化して世界を滅ぼす巨獣となる。
その前に一粒でも多く叩き潰す。
殺戮の女神が放つ劫火と轟雷による殲滅攻撃はいつまでも続く。
こんな時、彼女は優秀である。
「準備――砲撃、砲撃、砲撃、砲撃、砲撃……」
クロコを中心に半径数㎞以内の上空にいくつもの窓が開く。
クロコの過大能力――【舞台裏を切り盛りする女主人】。
自らの道具箱を【舞台裏】として活用でき、クロコを中心とした一定距離の圏内ならばどこにでも出入り口を設けられる神出鬼没の能力である。
以前は半径500mが限界だった。
LV999に昇格した際、この限界値が2~3㎞まで伸びていた。
(※当人のバイオリズムにより変動するらしい)
あれらの窓はすべて、クロコの【舞台裏】に繋がっているわけだ。
内側から開いた大小様々な窓からは、クロコをモデルにしたメイド人形たちが顔を出したかと思えば、手に手に大型の火器を構えていた。
ほとんどがバズーカ砲や迫撃砲、爆撃するための重火器である。
「――斉射!」
クロコが短く命を下すと、メイド人形部隊は一斉射を敢行した。
暗雲を燃やし尽くすべく爆撃の花が咲いた。
怪獣王の滅光による劫火と、見渡す限りの天を覆い尽くす轟雷。その間隙を埋めるように咲いた爆撃の花は、黒い卵を逃さず焼き尽くす。
かなりの数を消滅させることができた。
しかし、一粒残らずというわけにはいかない。
イクラみたいなサイズの巨獣の卵、ちょっと大きめの鶏卵くらいはある巨大獣の卵。孵化する前にほとんど潰せたと思うのが、散り散りになった卵はツバサたちの攻撃により発生した爆風で遠くへ吹き飛ばされていた。
高高度の上空は空気こそ薄いが強風圏だ。
漆黒の受精卵は気流に乗り、世界中へと散らばっていってしまった。
殺戮の女神は牙のような歯並びを噛んで悔しがる。
「これじゃあ開戦の二の舞だ……ッ!」
あの時もすべて焼き潰すつもりで飛行戦艦から最大出力で砲撃し、四神同盟から全力支援攻撃でばら撒かれた巨獣の卵を焼き払った。
大半は消し飛ばせたが完璧ではない。
今のようにバラバラに散らばった卵までは処理できなかった。
その卵から孵って急成長したのが、真なる世界の各地で破壊の限りを尽す巨獣に他ならない。ロンドはこうなるようアバウトに計算していたのだろう。
9割削られても1割残ればいいという前提に違いない。
下手な鉄砲も数打ちゃ当たる。
大量に用意できるからこそ選べる戦略だ。
「――マンボウの卵は三億個!」
突然ロンドは豆知識みたいなことを大袈裟に叫んだ。
偉そうなドヤ顔で、注目を誘うように人差し指を立てる。
「なんてのは魚卵の多さを物語る上でよく聞くエピソードだが、実際にはそこまで多くなくて数千万個らしいな。しかも産卵数じゃなくて抱卵数だってよ」
これマメな、とロンドは雑学をひけらかす。
(※産卵数=実際に産んだ数 抱卵数=卵巣内にある数で未受精卵含む)
「マンボウに限った話じゃねえが、生存競争が激しい環境に卵をばら撒くんなら、数が多けりゃ多いほど生き残って成体になる確率が高い。母体への負担はデカくなるけど、種の繁栄を考えたら取るべき選択肢のひとつだよな」
「破壊神が懸命に生きる生物の生存戦略に習うかよ」
反面教師のつもりか? とツバサは鬼気迫る狂暴さで睨んだ。
ロンドは「ふぅん」と感心するように鼻を鳴らす。
「卑怯とか汚いとかズルいとか……最初にありきたりな罵詈雑言は出てこないか。いいぜ兄ちゃん、やっぱりおまえは一人前に仕上がってるな」
兵として、将として、帥として――。
「殺し合いのなんたるかを理解してやがる……うん、いいね!」
そりゃどうも、とツバサはロンドの絶賛を鼻であしらう。
「敵も味方もみんな死ぬまで終わらない最終戦争に、卑怯も汚いもズルいもへったくれもないからな。使えるものは猫でも杓子でも使うだろうさ」
敵方を陥れられるなら、いくらでも策を弄するべきだ。
勝てば官軍――勝った者が正義だ。
敗者に発言権はなく、自身を守る尊厳は認められない。
勝利のためならば万策を尽くす。
負ければ何を言おうと言い訳にしかならないのだから、勝つための方策をこれでもかというくらい絞り出さねばならなかった。
事実、ツバサと四神同盟も様々な策を練ってきた。
巨獣の進撃を予測して、迎撃のために巨将という巨大ロボ軍団を準備したのは最たる例だろう。また敵味方の動向を全世界レベルで監視と追跡をできる情報ネットワークの構築も策と言わざるを得ない。
この情報網のおかげで四神同盟は優勢に立てている。
バッドデッドエンズは情報網に気付いていないため、先手を打たれることや秘密裏に活動していることを暴かれ、後手後手に回っていた。
ロンドは情報網について勘付いている。
確証こそないが、漠然と「動きがバレてる」とわかっているはずだ。
そのことを非難してくる様子はない。
ロンドは甲高い口笛を吹きながら、戯けて肩をすくめた。
「悲しいけどこれ戦争なのよね、と言って特攻を仕掛けた中尉もいれば、よろしいならば戦争だ、と最後の大隊を鼓舞した少佐もいる……戦争となりゃああらゆる手段を講じるもの。そこに卑怯の二文字を差し込む余地はねえよ」
ロンドの発言にツバサは同意した。
「ああ、裏でコソコソやってるのはお互い様だしな」
巨獣の卵の追加にしてもそうだ。
破壊神の歩兵として扱われている巨獣たち。
生命活動を長めに設定されている彼らは、ロンドが即席で作る怪物と比べて手間暇が掛かっており、無尽蔵に作れないだろうと踏んでいた。
さっきから会話の合間に遊び半分で作っていた巨獣の卵。
予備や補欠みたいな卵があったのか、力を費やせば多少は追加を作れるのか……その程度のものだと侮るように過小評価していたのは失敗だった。まさか最初に勝る勢いでこれほど莫大な卵を生み出せるとは想定外が過ぎる。
開戦時に解き放たれた卵で全部――そんな推測に誘われていた。
だが、ここに来て際限なく創れることが判明する。
即ちロンドの用意できる兵力は無限であり、それを数回に振り分けて出撃させていたに過ぎない。最初の出撃で「これで全部だよ」と錯覚したのは、四神同盟側の勝手な思い込みである。騙されたと文句をいう筋合いもない。
兵は詭道なり――欺くのも化かすも当たり前だ。
(※詭道=他人を偽ったり欺いたりする手段、そういう方法を選ぶこと)
ゆえにロンドを詰るのはお門違いである。
世界を滅ぼすと公言する破壊神なのだから、これくらいのちゃぶ台返しは平然とやってくるだろう。伏兵なんて策略としては甘めな部類だ。
思い返せば、終わりで始まりの卵の一件でも謀られている。
最悪にして絶死をもたらす終焉の反応から「守るべきこの世界の遺物」と捉えていたが、目の当たりにしてみれば「ロンドとは別口でこの世界を滅ぼすために生まれてくる破壊神」というオチだった。
破壊神が壊そうとしているなら守るべきものに違いない。
そんな簡単な誤誘導へと誘われていたのだ。
極悪親父の肩書きに遜色ない、腹正しさが募る悪辣な強かさだった。
もっとえげつない秘策を隠している。
そう警戒すべきだ、とツバサはこれまで以上に気を引き締めた。
むしろ伏兵など戦略としては正攻法である。
手順としては“釣り野伏せ”に近い。
南方の雄、島津家が得意とした戦術だ。
まず少数精鋭で敵陣へ特攻を仕掛け、力の限り戦う。
多勢に無勢、不利な戦いでもお構いなしだ。
敵陣を「この程度の寡兵なら全滅できる」と調子づかせたところで退却。それを追いかけてくる敵勢を多数の仲間が待ち受ける場所まで誘き寄せ、一気に取り囲んで一網打尽にするという戦術だ。
野に伏せた仲間の元まで敵を釣る――ゆえに釣り野伏せ。
語源の由来はそのような意味なのだろう。
――最初の巨獣で全部。
そう四神同盟に信じ込ませるインパクトがあったのは確かだ。ロンドのことだから、威嚇目当てでそれを狙ったかどうかは怪しいが……。
ド派手にやろうぜ! くらいの目的しかなかったのかも知れない。
とにかく、先鋒の巨獣たちに釣られたも同然である。
破壊神の待ち受ける破滅の戦場へ……。
「そうだよ……伏兵なんざ卑怯のうちに入らねえ……」
ツバサは苛立ちから火を噴きそうな口を開いた。
「身勝手な大義名分を振りかざして、『俺たちが正義だ!』と自己弁護にもならねえ自己主張を繰り返しながら、なりふり構わず外道非道な戦闘を仕掛けてくるより、遙かにマシさ……いきなり大規模部隊をブッ込んでくるなんてよ」
殺戮の女神になると牙が目立つ。
猛獣のような口元を皮肉で引きつらせ、悪態めいた賞賛を贈った。
ロンドも釣られるように邪悪な笑みで返してくる。
「そういう戦争の仕方もなくはないが、そいつは多国籍な世界の情勢を窺いながらやるもんさ。外面っていう世間体は大人の社会だと重要なんだぜ?」
まだ餓鬼だからわからんか、とせせら笑われてしまった。
「餓鬼で結構。俺は二十歳の小僧だからな」
すべてにおいて未熟――まだまだ勉強中の真っ盛りだ。
おいおいおい、とロンドは納得いかない顔でツッコんでくる。
「やることなすこと百戦錬磨のビッグマムだろ。二十歳の小僧じゃねえよ」
「誰が100㎝越えバストのビックマムだこの野郎!?」
普段は兄ちゃん呼ばわりして年下の少年扱いしてくれるくせに、こういう時だけ外見のオカン系女神をネタにされるとキレそうになる。
ついでだから文句も付け加えさせてもらう。
「こちとら酸いも甘いも噛み分けられねえ、世が世ならまだ大学生の青二才と侮られる若造だぞ! もっと嘗めて侮って油断しやがれってんだ!」
「いやー、無礼てかからないで正解だったわー」
破壊神が認めた以上――全身全霊を込めてぶっ壊す。
ロンドは楽しげに指を組んでほくそ笑む。
「オレは兄ちゃんを最大のライバルと認めてるんだよ」
「ケッ、ありがた迷惑で涙が出そうだぜ」
付き合ってられるか、とばかりにツバサは明後日の方へ顔を背けた。
無駄話を交わしつつも――対策は忘れない。
ツバサはククリとアキさんが管理する情報網へ連絡。間もなく新たな巨獣の群れが戦線に投入されること、更にはオセロットが操った怪物に比肩する巨大獣も大量に追加されたことを全体共有する。
皆の尽力により、終焉者は12人まで撃破済みだ。
だが油断してはいけない。
以前として敵の首魁たるロンドは健在であり、彼が本気を出せば世界廃滅の先兵となる巨獣がいくらでも誕生してくると明かされた。
20人のバッドデッドエンズを倒しても、本当にただの前哨戦に過ぎない。
破壊神を倒さぬ限り――この戦争は終わらない。
戦火は静まるどころか、拡大の一途を辿ることだろう。
絶対に気を抜かないこと――何があっても生き抜く努力をすること。
仲間には警戒を促すとともに檄を飛ばしておた。
「お仲間に緊急連絡かい? 専用チャンネルがあるのは羨ましいねぇ」
ロンドは勘繰る視線でツバサを睨めつける。
怪しまれないために話し相手を務め、並列思考で情報網とのやり取りをしていたにも関わらず、こちらの素振りから内緒話を読まれたらしい。
本当、喰えない極悪親父である。
「しかしまあ、巨獣を万か億だかオレもわかんねえけど、それくらい追加入ったところで四神同盟なら余裕のよっちゃんだろ? なんせ12人もおっ死んだウチのボンクラーズと違って、優秀な幹部様はみんな勝ち残ってんだからよ」
破壊神の私兵――最悪にして絶死をもたらす終焉。
幹部である終焉者を12人も失った当てつけか、ロンドは底意地の悪さを隠さないイヤミな論調をぶつけてくる。ツバサは目を伏せて奥歯を噛む。
怒りを噛み殺しても殺戮の女神だと威力が違う。
バギン! と異常な歯軋りとともに閉じた唇から炎が漏れた。
「……楽勝や圧勝はひとつもないんだけどな」
そう言い返すのが精一杯だった。
確かに12戦を終えた現在、最悪にして絶死をもたらす終焉側は連敗中で終焉者は戦死したか再起不能。対する四神同盟側はすべての戦いで勝利を収め、1人も欠けることなく全員が生き残っていた。
戦果だけで言うならば、こちらの人的被害はないに等しい。
だが、ほとんど辛勝である。
無傷で勝利できた者は1人としていないし、誰もが全力を出し切って疲労困憊といった状態だ。神族の回復力でもすぐに戦線復帰は辛い。
満身創痍で気を失っている者もいるくらいだ。
これからまた巨獣の大群と戦わせるなど、拷問に等しい所業である。
それでも戦わねば――真なる世界は終わってしまう。
ツバサは鉤爪を生やした手で膝を掴むと、パンツどころか膝頭まで毟り取るように掴んでいた。業腹だがロンドに当たるのは幼稚である。
相手の遣り口を非難したところでやり直しができるわけではない。
敗者を言い負かせるのは勝者のみ――それが戦争だ。
「生きてるだけで丸儲け……平素なら軽口だが、戦場だと重みが違う」
正直、12人の仲間が勝ち残ったことは喜ばしい。
だが戦争の長期化を見越せば、彼らに苦痛を負い被せることとなる。
「その儲けた分まで掻っ攫っていくのが戦争の怖いところさ。まだ若造だといって憚らない兄ちゃんの身には染みるか? お仲間が心配で堪らねえだろ?」
まあいいじゃねえか、とロンドの当てつけは止まらない。
「本当だったらみんな死んでたんだからよ」
「……なんだと?」
聞き捨てならない台詞にツバサの眉はピクリと動いた。ロンドはこちらの反応を見て取ると、発言の真意を惜しげもなく語り出す。
「ウチのシナリオライターが書いたシナリオ通りなら、これまでの12戦は全部が全部、両雄相打つって感じでジエンドだったはずなんだよ。だというのに、結果は兄ちゃんたちのコールド勝ちじゃねえか。なぁ、おかしいだろ?」
ちったあズルさせろよ、と無茶苦茶なクレームをつけてくる。
そこまで言われて彼の存在を思い出した。
「……ああ、そういえば言ってたな。ロストナンバーだったか?」
最悪にして絶死をもたらす終焉――20人の終焉者。
最盛期には108人もいた主力部隊だが、四神同盟と幾度かの戦いを経て、最終的に幹部を含めて20人まで厳選された終焉者と呼ばれる者たち。
単騎でも世界を終わらせる力を持つゆえの終焉者だ。
彼らはナンバリングされており、1から20までの№を持つコインを握らされているのだが、1人だけそれを免除された者がいるらしい。
№Ø 終劇のフラグ――バグベア・ジャバウォック。
ロンドよりØを賜ったロストナンバーである。
どうやら空間操作にも似た能力で、他人の“運命という空間”に関与することができる過大能力の持ち主らしい。その能力を使って各地で行われている戦闘へ秘密裏に介入し、相打ちするよう仕向ける作戦だったようだ。
このØの暗躍も、ロンドにすれば策の1つなのだろう。
だが、こちらは未然に防がせてもらった。
軍師レオナルドの過大能力も空間に働きかけるもののため、バグベアの不穏な動きを探知することができ、それを探ることで潜んでいた当人を発見。
各所での戦いへ改変を加える前に妨害できたとのこと。
現在交戦中との報告も受けている。
レオナルドVSバグベアの戦いはロンドも知るところだ。
なにせ円卓の盤上に置かれたØのコインと、黒い鬣を靡かせた獅子の“駒”が競り合っているのだから一目瞭然だった。
ロンドは下顎を突き出し、つまらなそうに愚痴る。
「レオの野郎は優秀で鼻につくね。せっかく秘蔵してきたロストナンバーを、早々に見つけてオレに種明かしさせるんだからさ」
「おかげさまで四神同盟は助かってるよ」
バグベアとやらを好き放題にさせていたら、どれほどの被害になっていたか想像したくもない。さすがに仲間たちも屈強なので良いように操られるとは思わないが、多少なりとも弊害が起きたのではないかとの懸念がある。
一方、ツバサはこんな感想を抱いていた。
「にしても……勿体振った割には名前負けしているな」
「ああん? 名前負けって……Øのことか?」
ロンドは怪訝そうだが、Øに対する率直な意見である。
大抵、ロストナンバーなんて正規部隊の枠組みから外された人物は、デタラメに強すぎるため特別枠として扱われたか、法外に強いのは事実だが性格や性能で難があるから除外されたような訳ありの存在が多い。
悪役陣営からして持て余す厄介者――だけど並外れて強い。
これがロストナンバーの相場と決まっている。
数ある前例から比べると、バグベアはどうしても見劣りした。
四神同盟でもトップクラスの強さを誇るレオナルドを相手に健闘こそしているものの、戦況は終始圧倒されていて防戦一方だと聞いている。
個としての戦力はそれほどでもないと見ていい。
LV999ではあるが、突出した戦闘能力は備えてないのだ。
運命のシナリオを操る能力と聞けば凶悪な特殊能力だと予想できるが、それもレオナルドとの戦いに集中するあまり捗らない模様。
片手間で使える手軽な能力ではないらしい。
本当に他人の運命を弄れる力を持っているなら大概だが……。
だがしかし、はっきり言って活躍がパッとしない。
ロストナンバーなんて鳴り物入りで登場した割には分不相応だった。
「おいおい兄ちゃん……そういうとこまで餓鬼なのかよ」
ロンドは落胆したかのような声を上げた。
「単純な戦闘能力だけでキャラのレア度を推し量るなんざ、カードで決闘始めたばかりのお子様の価値観だぜ? もっと本質を見つめてやらんとなぁ」
言わんとしていることは理解できる。
ツバサも小中学生くらいまでは、遊覇王トレーディングカードゲームで遊んでいた記憶があるから尚更だ。カードの強さは数値ばかりではない。
「☆の数や攻撃力や防御力だけじゃない……その効果も鑑みろと?」
そういうこった、とロンドはこの返事を肯定した。
――バグベアは大して強くない。
ツバサの見立てを酷評をしたロンドは、座り直して前のめりになると、バグベアの過大能力が持つ恐ろしさについて熱弁を振るう。
「アイツの怖いところはな――心の弱いとこから突き崩すんだよ」
運命のシナリオを加筆する能力はあくまで副産物。
他者の運命を読書するかの如く読み解くバグベアは、その人物の精神的弱所を探り当て、そこから解きほぐすように心理的な瓦解を促していく。
「心が揺らげば視座が揺らぐ、視座が揺らげば自分の立ち位置を見失う」
人差し指をこちらに突きつけてきたロンドは、やや垂れ目にした両眼を三白眼にすると、歯並びを剥き出しにした三日月みたいな口元で迫ってくる。
「ココロのスキマお埋めします……知ってるか?」
「かなり昔に流行った漫画原作のアニメだな。知ってるぜ」
師匠のインチキ仙人がよく視ていた。ツバサが古い漫画やアニメや映画やドラマに割と精通しているのは、すべてあの居候ジジイの影響である。
風刺の効いたブラックユーモアなアニメだ。
黒づくめのセールスマンが悩みを抱えている人間の前に現れて、その悩みを解決する夢のような方法を提示してくる。しかし、約束を破ったりルール違反をすると、とんでもないペナルティが……というお話だ。
教訓めいたところもあり、大人向けの童話のようだった。
そのアニメの主人公でもある黒づくめのセールスマンの特徴的な表情を真似したロンドは、人差し指を突きつけたまま円卓に身を乗り出してくる。
「バグベアの能力はあれの凶悪版みてえなもんさ」
誰しもが心に隙間を抱えている。
人も神も魔も、心の隙間を完全に埋める手段を持ち合わせていない。
気力や精神力で、どうにか間に合わせているだけ。そこを突かれたら隙を見せざるを得ない弱点をひとつやふたつは抱えているものだ。
「兄ちゃんも心当たりがあるだろ? 自分のココロのスキマによ……」
「ああ、ぐうの音も出ないくらいあるぜ」
ツバサの場合、ミロや子供たちがそれに当たる。
そして過去の精神的外傷――家族に先立たれた事故。
(※第40話参照)
天災によるものだが、ツバサが遠因として関わっている。
後悔と罪悪感に苛まれた日々は、空虚な地獄だった。
あの日の出来事をまともに思い返せば、体捌きに露骨な乱れが生じる。咄嗟の反応も数秒単位で遅れてしまうに違いない。
こうして指摘されただけで超爆乳がやや揺れたほどだ。
ツバサの動揺を認めたロンドは、顔面に愉悦の滲ませている。
「そういうこった。何であれ誰であれ、心を持つ者はそこに隙間が生じる。あいつは過大能力で他人の運命を速読し、その隙間をピックアップする」
それを――最悪のシナリオに取り入れる。
物語が進む度、心の隙間をこじ開けられる感覚に囚われるという。
そうなればバグベアの術中に嵌まったも同然だ。
ロンドの力説は止まらない。
どうも“最悪のシナリオ”がお気に入りらしい。
「心の隙間っていう弱いところをほじくるように、これから起きる運命のシナリオを改竄されんだよ。アクションを起こす度に、記憶のゴミ捨て場に置いてきたはずの嫌な気持ちが浮かんでくる。身体の動きは思い通りにならなくなるし、トラウマが蘇って二進も三進もいかなくなる。最悪のケースなら……」
「そのまま死にたくなる……か」
念入りな説明を受けると這い寄るような恐怖を覚える。
暗がりから寂しさへ忍び寄り、死を想起させる通り魔めいた恐怖だ。
相手の“運命という空間”に干渉できる能力であり、心や精神を守る防御系技能で抵抗しようとしても無駄らしい。運命の一部でもあるこれまでの人生にまつわる情報まで盗み見られるようだ。
過大能力の強さゆえ防ぐことは難しい。
おおよその情報を読まれ、そこから弱点を見抜かれる。
その弱点を最大限に刺激しつつ、心理状態を悪い方へと誘導する。
結果的に自滅へと追い込む一連の流れを、バグベアは“最悪のシナリオ”と称しているようだ。何もかも死なば諸共させるラストがお好みだという。
本当に最悪だ。望まれないエンディングである。
善玉はおろか悪玉さえも報われないラスト。双方ともに酷い目に遭って凄惨たる有様を極めてから死ぬなんて……誰得ENDでしかない。
もっとも――それもバグベアが万全ならの話だ。
「御説高説ごもっともだが……肝心のシナリオが全然捗ってないな」
ツバサが正論をぶつけると、途端にロンドは萎れてしまった。
トホホ、と情けない顔つきになって残念さを打ち明ける。
「そうなんだよなぁ……いくらレオの野郎に執筆を邪魔されてるからって、一文字も進んでないからこそ、こっちは12戦連戦連敗で、兄ちゃんのチームは連勝してるわけだし……職務怠慢だろあんちくしょうめ!」
給料差っ引くぞ! とロンドは会社の社長みたいに憤慨する。
これにツバサは勝ち誇ったように鼻を鳴らす。
「フフン、レオの奴に最悪のシナリオなんて効果が……ッ!」
ヤバい――それ凄くアイツに刺さりそう!?
言いかけた途中で気付いたので言葉に詰まると、勝者の笑みのまま口元を波線みたいに複雑な形で閉じたまま、顔中を汗まみれにしてしまった。
おもいっきり動揺したのは否めない。
レオナルドは冷静沈着な軍師を気取る強キャラっぽいが、実のところ小心者の気がある。ナイーブな側面が多々ある繊細な心の持ち主なのだ。
そして何より、心に大きな傷を負っている。
隙間どころの話ではない。埋めきれない大穴が開いていた。
その精神的外傷を本人はこう表現している。
『――恋に恋い焦がれて恋に哭く』
泣き喚くどころか慟哭である。どれだけ悲しい別れだったのか知る由もないが、あの男はずっと引き摺っていた恋心を打ち砕かれていた。
粉砕どころではない。素粒子になるレベルの木っ端微塵である。
ツバサとレオナルドは無二の親友だ。
気兼ねなく悪口を言い合いながら他愛ない話をすることもしばしばあり、時として酒を酌み交わしながら取り留めのない雑談に興じていた。
ある日、ツバサは冗談交じりに勧めてみた。
『そろそろ爆乳特戦隊でハーレム作って身を固めたらどうだ?』
四人が四人とも面倒臭い性格の問題児なのは承知の上だが、仕事をさせれば有能だし、話のわからない人間でもない。当の四人からもハーレムについては賛成意見が出ているので、ツバサ的には満更でもないと思っていた。
何より――レオナルドも彼女たちを嫌ってはいない。
本当に心の底から嫌悪しているなら、あんなに世話など焼かないはずだ。
しかし、彼は頑なに拒否した。
冗談をスルーできず真面目に受け止めて、寂しげにこう答えたのだ。
『……どうしても彼女のことが忘れられなくてね』
その時、レオナルドが恋心を抱く女性について知ることができた。
VRMMORPGを管理していた64人のゲームマスターの1人で、レオナルドから見ても上役の№03に位置する最上位幹部の1人。
ただし、彼女との出会いは幼少期にまで遡るという。
一目会ったその日から恋の花咲くこともある、なんてフレーズの通りだ。子供の頃に出会った瞬間から一目惚れだったらしい。
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正直、レオナルドが失恋を克服しているとは思えない。
何故なら、初恋の人への想いこそが彼の半生を築いているからだ。レオナルドは彼女の背中を追いかけて、ここまで辿り着いたような人生を歩いてきた。
そんな彼女から一方的に別れを告げられた記憶。
これこそ心の隙間――いいや大穴だ。
バグベアが“最悪のシナリオ”に採用しないわけがない。
~~~~~~~~~~~~
「負ける気はしないが終わる気もしない……厄介だな君は」
レオナルドはバグベアに向けて軽い非難を浴びせた。
――還らずの都から見て北西に数百㎞。
雲がたゆたう上空に1人、レオナルドは佇んでいた。
レオナルド・ワイズマンという名が体を示すように、知的な黒獅子をイメージした容貌になるよう自身を律している。
上級将校を連想させる、鎧のように硬い軍服に身を固めた青年。
同質のロングコートをマント代わりに肩へと羽織り、獅子の鬣と酷似する逆立つほど硬い髪を後ろへと撫でつけている。知将に相応しい面構えには、より知的さが際立つようにとお堅い銀縁眼鏡で飾っている。
右手の指を絡ませるのは、硬質化させた“気”の杭。
これを投擲して敵を串刺しにする『直穿撃』がレオナルドの得意技だ。
いつでも杭の弾幕を撃ち出せるほど気功は練ってある。穿つべき標的を見つけた瞬間、集合体恐怖症を引き起こすほど風穴を開けることもできるだろう。
しかし、標的であるバグベアが見当たらない。
隠れ潜んでいるのはわかるのだが、探査能力が追いつかないのだ。
「厄介と来ましたか? それは小生の台詞ですよ……」
うんざりした口調でバグベアが口を開いた。
「戦っても勝ち目はないし、いくら目眩ましをしても逃がしてくれない……こちらのシナリオを絶対に受け入れてくれない相手なんてね!」
意のままにならないレオナルドにバグベアは憔悴しきっていた。
目の前にいるのは――大正浪漫あふれる文筆家だ。
適当に切ったざんぎり髪を垢抜けない細面に乗せて、弦なしの丸眼鏡を鼻に掛けてにへらにへらと締まりのない表情を浮かべている。
だが、確かな焦燥感を漂わせていた。
和服と洋服をいいバランスで取り混ぜた衣装の上に、古めかしいフロッグコートをまとい、レトロな肩掛け鞄を掛けている。
和風と洋風がミスマッチした、大正モダン独特のファッションセンスだ。
平成も令和も越えた現代では逆に新しいかも知れない。
右手には仰々しい万年筆を構え構えており、その筆先を左手に浮かんでいる和綴じの本へ一心不乱に動かしている。
原稿用紙にではなく、本へ直接文章を書き込んでいるのだ。
やがて紙面を文字で埋め尽くすと、そのページは刃物で切られたかのように本から離れていき、蝶々よろしくその辺りの宙を舞っている。
バグベアの文章を書く速さは凄まじい。
1ページの両面を文字でビッシリ埋めるのに秒も必要としない。
そうして増える紙吹雪。
何万枚にも及び小説の断片がレオナルドを取り囲んでいた。
そのページのどこかに――バグベアが潜んでいる。
彼は自身の過大能力を「運命という名のシナリオを改竄する」とか宣っていたが、レオナルド目線からすれば「それは違う」と明言させてもらいたい。
彼もレオナルド同様、空間を操作する過大能力なのだ。
対象の積み重ねてきた記憶や経験が記録された空間。詩的に言い換えれば「自分の世界」とも言うべきプライベートな空間を改変できる能力らしい。
人生という物語を編集できる能力――と解すればいいだろう。
少し未来にまで手を加えられる点が強みと見た。
抵抗する術を持たない人間や現地種族ならば、存在を根底から否定するほど書き換えることもできるはずだ。なかなかの強制力を持っているが、同格である神族や魔族には通じにくい。普通に抵抗されて不首尾に終わることだろう。
それでも――誘導くらいはできる。
良質な文章で原稿を埋めるように筆を添えることで、最悪の未来を辿るためのシナリオを書き加えることはできるらしい。
たとえば、どこかで戦いに決着がつく瞬間があるとしよう。
バグベアはその瞬間に最悪のシナリオを差し込む。
そして、両者の心を惑わせるのだ。
互いに相手を殺そうとする瞬間、勝者の仏心を疼かせて油断を誘う。油断した勝者は本来ならば躱せたはずの敗者の一撃を食らって絶命する。
敗者が勝者の一撃を受ける未来は変わらず、そのまま命を落とす。
こうやって意図的に相討ちを引き起こさせるのだ。
敵だけではなく味方まで巻き添えにするところが最悪たる所以である。
両陣営の主力を共倒れさせるのがバグベアの役目だったらしい。
その目論見をレオナルドが発見、阻害しているところだ。
単純な戦闘ならば、既に終わっていただろう。
バグベアは弱い――断言してもいい。
ツバサ君ならガチ目のデコピン一発で再起不能にできるはずだ。
過大能力こそ放置できないタチの悪さだが、個人としてみればバッドデッドエンズの中でも下から数えた方が早い軟弱者である。戦闘能力はLV999基準からすれば皆無に等しく、戦闘に関するテクニックも素人同然だった。
物書きとして知識はあるが体得はしていない。
恐らく、あの特異な過大能力を先鋭化させることに専念してきたのだろう。
敵対者と命懸けで競り合うことなど想定していなかったのだ。
だからこそ――保身に長けている。
自分の身を守りながら能力を扱うこと、これだけは上手に立ち回っていた。
今現在、目の前にいるバグベアは偽物だ。
剪紙剪兵術という仙道系技能で作られた、当人そっくりの紙人形である。
本体はこの紙吹雪のどこかに紛れている。
一見すると小説の断片にしか見えないページだが、小規模の二次元空間になっており、その中にバグベアが隠れているのだ。
ページは紙吹雪に例えられるほど、レオナルドを取り巻いている。
ご丁寧なことにそれらの二次元空間ひとつひとつに、本体と錯覚するほど存在感のあるバグベアの囮が仕込まれていた。
囮の総数が多すぎて本体を探すのに手間取っているが、逆に言えば本体を逃がす恐れも少ない。もしもこの場から離れていく気配があればすぐに察知できるので、本体を取り逃すつもりはなかった。
バグベアをこの場から逃しはしない。
だが、この舞い散る紙吹雪から本体を探すのは骨の折れる仕事だ。
これが「厄介だな」と毒突いた理由である。
試しに気の杭をのべつ幕なしに乱射して、紙吹雪を大量に打ち破ってみたのだが、上手いことバグベアに当たる気配はない。
本体の潜むページは、囮のページに隠れて巧妙に逃げ隠れているのだ。
「……まあ、仲間に被害が及ばぬだけでも功労賞かな」
バグベアの暗躍を阻止できれば、誰もが心置きなく戦いに専念できる。
精神的外傷を暴かれて、不安に苛まれるまま最悪の結末を迎えずに済むのだとしたら、この退屈な戦いにも意義があるのだろう。
レオナルドも戦闘狂なので、もっと暴れたいのだが諦めておく。
ここは軍師らしく知将な戦略に徹することにした。
「君がこの杭の餌食になってくれれば話は別なんだが……なッ!」
レオナルドは再び気の杭を乱射する。
光の尾を引く杭の群れが、絨毯爆撃のように空を覆った。
「ひぃ、ひぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃーーーッ!?」
情けない悲鳴を上げながら逃げ惑う紙吹雪。一度に七割方は破っており、ついでに偽物のバグベアも切り裂くのだが、本体には避けられてしまった。
すぐさま新しい偽物が作られ、紙吹雪も数を取り戻す。
紙人形のバグベアだが、大きく肩を揺らして息継ぎをしていた。
「はぁ、はぁ、はぁ……ちょっと擦ったじゃないですか」
一応、本体と連動して焦っているらしい。
「わかった、わかりました……どうやら貴方を倒さないと小生の身も危ういし、ロンド様から請け負った原稿も書き上げられないということですね……」
よろしい――覚悟を決めましょう。
バグベアが眼鏡の位置を直す。その眼は殺意に据わっていた。
「レオナルド氏……貴方には最高のシナリオを御覧になっていただきましょう」
「……最高? 最悪ではないがいいのかな?」
揚げ足を取って茶化すも、真に迫るバグベアの態度は変わらない。
「ええ、最悪ではありません。最高です……貴方のように芯の強い方は、最悪を乗り越えるだけの力を秘めている可能性が否めませんから……そういった御仁にこそ最高のシナリオを贈るよう小生は心掛けています……」
心の隙間を埋める――最高のシナリオ。
「……最悪を超えた最高にて、貴方を頽れさせてみせましょう」
既に執筆作業に入っているのか、猛烈な勢いで紙吹雪が増えていく。
新たに書き起こされたページはひとつの流れを作るように舞い、レオナルドとバグベア(偽物)の間に集まって形を成そうとしていた。
それはどう見ても人型になりつつあった。
仲間の幻影でも拵えて動揺を誘うつもりか? とレオナルドは推測する。
睨み合いのような二人の戦いは長時間に及んでいた。
レオナルドが一方的に攻撃しており、バグベアは防戦ともいえない逃げの一手を貫いていたが、その運命という空間を操る過大能力で、こちらに関する情報を密かに引き出していたのは想像に難くない。
心の虚を突く人物を選び、戦意を萎えさせる作戦なのだろう。
浅慮だな――レオナルドは動じない。
たとえ目に入れても痛くない最愛の愛弟子たるミサキ君の幻影を繰り出されようとも、冷静に対処できる自信がレオナルドにはあった。
死合にも劣らぬ稽古を師弟で重ねた経験も活きている。
愛弟子の幻で狼狽えるほど、心身ともに軟弱な鍛え方はしていない。
「ほう、面白い物言いをするね」
やれるものならやってみたまえよ、とレオナルドは挑発的に手招いた。
やがて、紙吹雪はある人物を象ろうとする。
それが何者かを認めた瞬間、軍師を気取る男は我を見失った。
GM №03 マリア・ナムゥテール。
忘れたくても忘れられない初恋の女性。
慈悲と慈愛を絶やさぬ微笑を浮かべた――慈母の美貌。
地母神となってしまった親友に負けず劣らない……いいや、レオナルドが出会ってきた女性の中でも最大でありながら美しさを損なわない乳房と臀部。
豊麗かつ艶麗な肢体は絶妙な美を体現している。
偽物だとわかっていても、決して無下にはできない。再会しただけで自我を忘れるほど目を奪われ、眼鏡がずり落ちても視線を逸らすことはできなかった。
呆けた口は半開きのまま、構えも緩んで無防備になる。
心まで砕かれそうになるレオナルドだが、意識の底では警鐘が鳴っていた。
マズい――それは俺に物凄く刺さる!
いくら警鐘が鳴ったところで恋心は止まらないわけだが……。
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長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!?
しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。
ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。
といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。
とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない!
フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!
特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった
なるとし
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鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。
特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。
武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。
だけど、その母と娘二人は、
とおおおおんでもないヤンデレだった……
第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。
【書籍化確定、完結】私だけが知らない
綾雅(要らない悪役令嬢1/7発売)
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書籍化確定です。詳細はしばらくお待ちください(o´-ω-)o)ペコッ
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。
優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。
やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。
記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。
【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ
2024/12/26……書籍化確定、公表
2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位
2023/12/19……番外編完結
2023/12/11……本編完結(番外編、12/12)
2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位
2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」
2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位
2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位
2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位
2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位
2023/08/14……連載開始
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