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第17章 ローカ・パドマの咲く頃に
第413話:不死身の最期はろくなものじゃない
しおりを挟む「――不死身の化け物を殺す方法?」
エンオウからの質問に、ツバサ先輩は眉を左右非対称にひん曲げた。
いきなり何を言い出すんだコイツ? なんて表情をされたが仕方ない。対グレンの方策を練るためにも、色んな知識人に尋ねるつもりでいた。
羽鳥翼――地母神ツバサ・ハトホル。
地球では共に武道を歩む尊敬する男性の先輩だったのだが、今回の異世界転移に巻き込まれた時の作用で、女神になってしまっていた。モミジの話では、一部の人々はその生来の資質によって正反対の性が表に現れたらしい。
男が女に、女が男に、人が獣に、生が死に――。
この現象を“内在異性具現化者”と呼んでいるそうだ。
こういった小難しい専門知識は、頭脳担当である許嫁のモミジに任せていたので、エンオウはつい最近になるまでまったく知らなかった。
もうちょっと勉強しよう――反省する次第である。
水聖国家オクトアードに身を置く客将として、四神同盟に加わったエンオウたちは、ツバサ先輩以外の内在異性具現化者とも対面していた。
だとしても――慣れない。
尊敬した男の先輩が、爆乳巨尻の美女に変わり果ててるのだ。
そのギャップは凄まじいものがある。
美女どころの話ではない。麗しき女神となった先輩に後輩の身分でどのように接すればいいのか、ずっとエンオウは当惑中だ。
内在異性具現化者の中には、アシュラ八部衆だったミサキ君もいた。
姫若子ミサキ――現ミサキ・イシュタルだ。
正直、彼にはそんな戸惑わない。アシュラ時代から美少女アバターを使っていたこともあって、それが馴染んでしまったのだろう。
ツバサ先輩の女性化には、まだ慣れることができないエンオウだった。
当人を前にすれば、紛れもなくツバサ先輩とわかる。
外見がいくら変わろうとも、その人の持つ“気”の本質は変わらない。魂の色とでも言えばいいのか……そういったものは不変だ。
エンオウは“気”、魂の色を見分けることができた。
だから、合気の王とも讃えられた尊敬する漢のツバサ先輩がムチムチ爆乳ケツデカドスケベでエロスの権化みたいな女神様になっていても本人だとわかったのだが、見た目の変化に対応できずにいた。
大きな声では言えないが、エンオウはおっぱい星人なのだ。
許嫁のモミジには「若旦那はロリ巨乳でしか興奮できない」などと喧伝されているが、実はそこまでストライクゾーンは狭くない。
豊満で、豊潤で、包容力があるグラマラスな女性も大好物だ。
実際、エンオウの父親を弟扱いする近所のお姉さん(オバさんと呼ぶとお小遣いを貰えない)に可愛がられたので、彼女の影響もあるのだろう。
そのお姉さんが爆乳長身美女なのだ。
おかげでエンオウの性癖はそちらの方へも傾いていた。
乳房が大きくて、腰のくびれが程良く、安産型と呼ばれる大きな尻で、太ももはムッチリと太めで、身長もそれなりに高くて……そういう女性も大好きである。
なので、そんな美女神になったツバサ先輩も意識せざるを得ない。
顔立ちは現実のツバサ先輩とほぼ変わらなかった。
女性ホルモンの影響なのか、ソリッドの効いたシャープな顔立ちが、ほんのり丸みを帯びていた。何度かお会いしたツバサ先輩のお母様の面影を垣間見る。
こういったところに血は争えないものだと思い知らされる。
エンオウも両親の特徴を色濃く受け継いだからだ。
ウドの大木といわれる2m近い図体は父親譲り、手足が長いので見苦しくなくスタイルはいいと言われる方だが、デカすぎる体格は日本の風潮に合ってない。
家の鴨居や鉄骨の梁に頭をぶつけるのが癖になっていた。
元々、ツバサ先輩は母親譲りの女顔だった。
それが女神化したことで、より顕著になってしまったらしい。
足下まで届きそうな美しい黒髪は女神らしい神々しさでありながら、獅子の鬣にも通じる雄々しさと、妖艶な魔女の艶やかさも兼ね備えていた。
そして特筆すべきは――地母神のおっぱい。
ミロちゃんが「ツバサさんはMカップ~♪ マザーでミルクなMカップ~♪」と歌っていたので、それがブラジャーのカップサイズなのだろう。
巨乳や爆乳では物足りない超爆乳だ。
片方だけでもバスケットボール大……あるいはビーチボールくらいあるのではなかろうか? 見る度に印象は変わるが、デカいことは揺るぎない。
その超爆乳が――目の前でたわわに弾んでいた。
ツバサ先輩が揺らしているわけではない。
2人の女の子がじゃれつくように甘えているのだ。
女児コンビはツバサ先輩の腰に抱きつくと、大きな乳房の下へと潜り込み、それを自分の頭でポヨンポヨンと大胆に弾ませていた。
当の少女たちは、ツバサ先輩と遊んでいるつもりなのだろう。
先輩と向かい合っているエンオウには目の毒である。
あんなダイナミックに波打つ乳房はお目に掛かったことがない。
未だにロリ巨乳だといわれるエンオウの母親や、その母親の若い頃と瓜二つとされているモミジの乳房とは、一味違うエロスを漂わせていた。
物理的威力さえ感じそうな母性、女性美という名の暴力のような威圧感。
戦闘でもないのにエンオウは気圧されそうになっていた。
ハトホル一家五女――マリナ・マルガリータ。
ハトホル一家六女――イヒコ・シストラム。
真なる世界に転移した後、先輩が養女にした美少女たちだ。
マリナちゃんは紫の長い髪を2つのおさげに結った大人しそうな女の子、イヒコちゃんは薄いブロンドヘアを適当に2つにまとめた活発そうな女の子。
どちらも10歳くらい、小学校3~4年生くらいだろう。
他にも年頃の女子高生やエンオウより下の男子高校生、幼稚園児くらいの幼女から身長2mの長身美少女まで、ツバサ先輩の養子になった者は多い。
ミロちゃんは長女という立ち位置らしい。
昔から面倒見が良いので周囲から「オカン系男子」と呼ばれていたツバサ先輩だが、こちらの世界では「オカン系女神」になってしまったのだ。
そのツバサ先輩が瞼を閉じて1秒ほど思案する。
この間にもマリナちゃんとイヒコちゃんのおっぱいバウンドは続く。
ツバサ先輩も慣れているのか、まったく動揺している様子がない。極々自然体のまま、その乳房を子供たちの遊具として提供していた。
やがて、エンオウの質問に答えてくれる。
「――死ぬまで殺せ」
「そんなおっぱいでいいんですか!?」
しまった、誤爆した。
本当なら「そんな脳筋でいいんですか!?」とツッコミを入れるつもりだったのだが、さっきから視界を締めているバウンドする超爆乳のせいで言語野がバグってしまい、とんでもない口の滑らせ方をしてしまった。
ツバサ先輩の両眼が釣り上がり、額の血管が怒りで膨張する。
「どこ見て何を考えてやがった、このスットコドッコイ後輩ッ!」
「すんません! ありがとうございますッ!」
お叱りとともに雷を落とされた。本当にリアルな意味での雷をだ。
地母神から降される怒りの雷は、エンオウの骨まで痺れさせた。全身は黒焦げに煤けて、短めの髪にチリチリとパーマが掛かる。吐き出す息まで焦げ臭い。
コントみたいなオチは少女たちに大ウケである。
喜んでもらえたのなら、先ほどの失言もした甲斐があったのかも知れない。
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時間を少し巻き戻す――戦争が始まる数日前だ。
エンオウは妹分のモミジとともに“異相”へ招かれていた。
ツバサ先輩が高等技能を駆使して発見した、真なる世界を何層にも包む二次元的な亜空間。無限にあるとされる異質な空間のひとつだ。
エンオウたちが身を寄せる水聖国家オクトアード。
この王国も土地ごと異相のひとつに亡命していた時期がある。
ツバサ先輩が発見した異相は、真なる世界と時間の流れが極端に異なっていた。この異相では時間の流れが恐ろしく速いらしい。
真なる世界の1日が、この異相では1年に当たるそうだ。
この時間差を利用して1日で1年分の時間を稼ぐ。
武道を極めたいと志す者ならば、一度は経験してみたいとされている“精神と時の部屋”によく似ていた。空間内の環境があまりにも過酷なため、神族や魔族のような強い種族でなければ1週間と生存できない点でも酷似している
「神族や魔族も長居はお勧めできないけどな」
そう証言するのは、発見したツバサ先輩ご本人だった。
「奇跡か偶然か、この異相を見付けて考えたのは『いざという際の避難場所』だったんだが、ここには長期滞在できないとすぐにわかったんだ」
具体的には――正体不明のストレスが蓄積する。
これがツバサ先輩に避難場所を諦めさせた要因らしい。
思い返せば水聖国家が亡命していた異相も、すべてを喰らい溶かす暴君の水で満たされた水責めの地獄にも勝る恐ろしい環境だった。
常時結界を張れるヌン陛下がいればこそ、あの異相に亡命できたのだ。
異相とは、概して生存に向かない空間だという。
その過酷さは異相によって異なる。
それぞれの異空間に個性めいたものがあるようだ。
水聖国家が亡命した異相は、暴威を振るう暴君の水で満たされていた。
そして、ツバサ先輩の発見したこの異相は――。
「気温は灼熱から極寒まで天候次第でコロコロ変わるし、重力は場所によって1Gから10Gまで、こちらも気分次第で変動する……そういう意味では居住に適さないのは当然だが、もっと大きな問題があったんだ」
「それがストレス……ですか?」
興味深げに尋ねるモミジに、ツバサ先輩は詳らかにする。
「VRMMORPGのステータスに則れば、疲労値の蓄積かな。もう感覚的に大体のことがわかるから、ステータス画面に頼らなくてもいいが……」
これにはエンオウとモミジも頷いた。
ゲームのアバターではなく、真なる世界の神族として心身ともに馴染んできたのだろう。自分の状態をステータス無しでも把握できるようになっていた。
人間だった頃よりも体調管理がしやすいくらいだ。
だからこそ疲労の蓄積にも敏感になる。
「ゲームでも疲労値を溜めると弱体化が発生したが、この世界が俺たちの現実になっても同じだ。肉体や精神を万全に整えたつもりでも、ストレスなどで疲労が溜まってくると、いつの間にか弱体化が付与されている」
主にパフォーマンスの低下、バイオリズムの不調を起こす。
大したことはないと思われるかも知れないが、意外と決して軽視できない弱体化なのだ。重篤化すると上位種族でも足下を掬われかねない。
こういったデメリットは最悪を招く引き金となる。
最高のコンディションを求める格闘経験者なら無視できるものではない。
「この異相はいるだけでストレスを押しつけてくる」
過酷な環境とは由来が異なるらしい。
異相全体の雰囲気が、意識ある者を拒む圧迫感を押し付けてくる。
純粋なストレスがじっとり染み込んでくる感じだ。
神族や魔族でも保って2~3年。
人間を始めとした普通の種族ならば、一ヶ月と保たずに発狂する。
このためツバサ先輩は、異相を避難場所にするという計画を早々に諦めざるを得なかった。以来、みんなの修行の場として開放されている。
ただし、修行期間も1年と定められていた。
無理をしてストレスで心を壊すことを懸念した規定である。
真なる世界に戻って静養すれば回復するという。
(※個人差があるが、回復に専念すれば3日は数えない)
戦争が開戦するまで――残り数日。
エンオウとモミジはツバサ先輩に呼び出され、この異相で軽い稽古をつけてもらっていた。実のところ稽古はついでの側面が強いようで、先輩の本当の目的はエンオウたちの実力を推し量りかったらしい。
バッドデッドエンズとの戦争で、2人をどの場所に配備するか?
戦力としてどれほど頼れる力量を持っているのか?
その確認作業という趣が強かった。
かれこれ1年振りぐらいの再会なので、エンオウやモミジの成長を直に感じたいとも仰ってくれたので、先輩を慕う後輩の身としては感無量である。
「――2人とも紛うことなくLV999」
それも上位陣に食い込む強さまで磨き上げている。
ツバサ先輩はそう太鼓判を押してくれた。
「これならどこでも安心して任せられるな……2人にはヌン陛下の客将として、イシュタル女王国と水聖国家を守る防衛ラインに参加してくれ」
「予定通り、というわけですね」
モミジの返事にツバサは微笑のまま頷いた。
元よりエンオウとモミジは、恩のあるヌン陛下と一緒に戦うことを水聖国家を守りたいと希望していたので、この配置は願ったり叶ったりである。
――異相に設けられた休憩施設。
異相での1年間に及ぶ修行期間中、疲労が限界に達した時に心身を休められるようにと用意された建物だ。勿論、宿泊設備なども完備されていた。
過酷な温度差や絶えず変動する重力。
そういったものをシャットアウトした快適な屋内は勿論のこと、正体不明のストレスまで極力緩和させる構造になっているそうだ。
この施設を建てた工作者たちは天才だと思う。
「顔を合わせてもあまり褒めるなよ」
あいつらはすぐ調子に乗るから、と苦笑するツバサ先輩に釘を刺された。
休憩施設の中央には、広々としたラウンジまである。
大きなソファや長いテーブルなど、家具や調度品にも事欠かない。
稽古も一段落したところで、エンオウたちは一息入れているところだ。
ソファに腰掛けるツバサ先輩。左右からはマリナちゃんとイヒコちゃんが抱きつき、ここぞとばかりに甘えまくっている。
戦争の準備のため、ツバサ先輩は多忙を極めていた。
そのためなかなか一緒にいられないのを寂しがった2人は、この稽古に無理を言って同行したらしい。多少のストレスよりも、お母さんと呼んでいるツバサ先輩と過ごす時間を選ぶところに、母を慕う気持ちが窺える。
そういうエンオウも、妹分にして許嫁であるモミジを連れていた。
「……で、何やってるんだ君たちは?」
超爆乳をボヨンボヨンさせて遊ぶ娘たちを「おっぱいで遊ぶの止めなさい」と窘めながら、ツバサ先輩はエンオウとモミジの体勢に物申してきた。
呆れられている。先輩の顔を見ずとも声でわかった。
お気になさらず、とモミジは冷静である。
「ちょっとしたアップデートです」
エンオウは紅潮した顔を上げることができなかった。
魔女――モミジ・タキヤシャ。
山峰家の養子であり、エンオウとは兄妹のように育った間柄。
そして、親が決めた許嫁である。
巨体のエンオウと比べたら半分もなさそうな小柄な少女だ。
しかし、出るところは出ているメリハリボディ。かつてはトランジスタグラマーと言ったそうだが、最近はもっぱらロリ巨乳と呼ばれている。
和風の陰陽師と洋風の魔女をミックスさせたような衣装で着飾っている。
胸元は大きく開き、太ももが覗けるくらいに露出度は高い。
隣に座っていたモミジはエンオウの頭を掴んで抱き寄せると、その小柄な体格に似つかわしくない巨乳の谷間に押し当てていた。
谷間へエンオウの頭を押し込むような勢いでグイグイ来る。
これは――恥ずかしい。
プライベートでふたりっきりならともかく公の場で、しかも尊敬するツバサ先輩とその娘さんたちの前でやられると赤面ものだ。
グイッ、とモミジはまだ抱き寄せる。
「若旦那がツバサさんの素晴らしい超爆乳に目を奪われてしまったので、その魅了を許嫁である私のロリ巨乳へ戻すべく更新中なのです」
「……相変わらずだな、その関係」
地球にいた頃と変わらなくて安心するよ、とツバサ先輩は安堵のため息とともに優しい声を漏らしていた。
そう、この儀式は現実にいた頃から行われていたのだ。
エンオウが他の女性の乳・尻、太ももに目移りして、隣にモミジがいるとどんな場所であっても発動する。強制イベントみたいなものである。
彼女ならではの嫉妬なのかも知れない。
いっそ殴られる方がエンオウは気楽なのだが……。
モミジは「若旦那にはこれが一番効くのです」とわかっているのだ。だからこそ、人前で臆面もなくこれができる。自分とエンオウの許嫁という関係をこれでもかとアピールできるし、エンオウに思い知らせることもできる。
彼女にしてみれば一石二鳥なのだろう。
ようやく開放されたエンオウは、まだ赤ペンキで塗られたように赤い顔を両手で撫で回すことで、どうにか羞恥心を紛らわそうとしていた。
手のひら越しにツバサ先輩の視線を感じる。
「それでなエンオウ……おまえに任せたいことがある」
ツバサ先輩は真面目な声で切り出してきた。
その声からはひりついた戦の気配を感じられる。頼みというより命令、戦場で将から兵へ下知される決死の覚悟で挑むべき指示のようだ。
イシュタル女王国と水聖国家を守るための3つの防衛ライン。
最前線の第一次防衛ライン、そこがエンオウの担当だ。
「これとは別に、おまえが受け持つことになるだろう事案があるんだが……」
言い淀むツバサ先輩だが、エンオウにはわかっている。
「……グレンの件、ですか?」
顔を覆っていた指の隙間からエンオウが眼を覗かせると、ツバサ先輩は視線を合わせるように見据えてくる。冷徹に澄んだ瞳が雄弁に物語っていた。
「あいつの始末をおまえに頼みたい」
生憎こちらは願ったり叶ったりではない。
だが、エンオウにお鉢が回ってくると覚悟めいたものはあった。
この戦争で必ず殺す、とグレンに予告もされている。
ツバサ先輩は依頼する理由を語り出す。
「戦いが始まれば、バッドデッドエンズの主力はこの世界中の方々に散り、破壊と殺戮の限りを尽くすだろう。だが、ミサキ君とアダマスのように対戦カードが決まっている例もある。これならば被害をいくらか抑えられる」
少なくとも、テロみたいな破壊活動が疎かになることは見込める。
対戦に集中すれば、余計な真似もできないからだ。
「エンオウとグレンで対戦カードを組め、ということですね」
同時に、グレンの無差別な殺戮を抑える役目でもあった。
頬杖をついたツバサ先輩は皮肉っぽく微笑む。
「あの外道は昔からおまえを目の敵にしていたからな」
残念ながら、そこには見解の相違があった。
エンオウは「お言葉ですが……」と恐縮そうに訂正する。
「……何故か親友扱いされてます」
傍迷惑を隠さずにエンオウが実情を伝えると、「え? そうなの」とツバサ先輩はとても意外そうな表情を浮かべた。
どういう風に見られていたのだろう? やや気になる。
なんにせよ、この戦争でグレンはエンオウに喧嘩という名の殺し合いを吹っ掛けてくることは想像に難くない。もはや確定事項に等しかった。
しかし、想像通りに事が運ぶともまた思えない。
「どうせあの外道バカ野郎のことだ」
絶対にまっすぐ対戦相手のところへは向かわない。
「殺しの快感をつまみ食いしたくなって、あっちフラフラこっちフラフラ……自由気ままに寄り道をするに違いない」
「同感です、俺もそう思います」
悲しいかな、中途半端に付き合いが長いのでよくわかる。
グレンは非常に移り気が激しく、ひとつところにジッとしていない性質もそれに拍車をかけている。また、人の指示にもあんまり従わない。
協調性も計画性もない悪質な自由人なのだ。
「そうなった場合、まだ出会えていない神族や魔族、多種族に被害か拡大することが懸念される……その前に、あの外道を始末してくれ」
二度と悪さができないようにな、とツバサ先輩は厳しい口調で言った。
さしものツバサ先輩もグレンを擁護することはおろか、情をかけるつもりにもならないらしい。アシュラを終わらせた恨みもあるようだ。
エンオウとて同じ気持ちだった。
あいつが生きているだけで、無数の生命が失われていく。
餓えた獣が餌を貪るというなら百歩譲って理解できなくもないが、あいつはただただ狩りを楽しんだ末に殺しの快感を得たいだけの殺戮狂だ。
生かしておいても百害あって一利なし。
さすがのエンオウも、グレンには優しさの堪忍袋の緒が切れている。
「わかりました……引き受けます」
断る理由はないのでエンオウは請け負った。
基本、エンオウは第一次防衛ラインの守備を務める。
グレンが動き出して殺戮を始めたと報告が入り次第、エンオウは持ち場である第一次防衛ラインから一時離脱し、グレンの許へ赴いてこれを叩き潰す。ミサキ君やヌン陛下の了解は、予めツバサ先輩が話を通しておくとのことだ。
「戦争時にはこちらの情報網も増強する」
情報官アキさんの情報網を構築する過大能力を、還らずの都の巫女ククリさんのバックアップでより強力なものにするつもりらしい。
「それでグレンの動向を追跡できるはずだ」
グレンの動きが判明次第、その情報でエンオウは動けばいい。
休憩がてら、ツバサ先輩と当日の計画を打ち合わせを進めていく。その過程でエンオウは、同じ問い掛けをもう一度してみることにした。
「そこで最初の質問に戻るんですが……不死身の化け物ってどうやって殺せばいいですかね? あいつの過大能力はそういうのみたいで……」
過大能力――【終末を統べる獣は死ぬことを忘れた】
不死身の化け物になる能力、と評しても誇大表現ではない。
五体を失う大怪我を負っても即時再生。
頭や心臓などの重要な部位を完膚なきまでに破壊しても、何事もなかったかのように復元することで回復するのだから、不死身というより他ない。
しかも、ただ元通りになるだけではなかった。
治った部分は以前よりも強健になり、一時的ながら劇的なブースト強化が付与されるようなのだ。これは時間経過で落ち着いてくるものの、戦闘中に負傷と再生を繰り返すのなら、指数関数的に強さが爆上がりすると示唆していた。
以上、エンオウが分析したグレンの過大能力である。
「致命傷を負っても瞬きする間もなく回復する不死性、おまけに傷を負う毎にその箇所がつよくなるボーナス付きか……面倒臭いやつだな」
ツバサ先輩は細い顎に手を当てて考え込む。
「不死身の化け物と一口に言っても色々いるが……いやまあ、現実にはいなかったから、創作物の中のお話ばかりだけど……う~ん」
解説役は他へ譲ろう、とツバサ先輩はスマホを取り出した。
超爆乳の谷間から悩ましげに取り出すと、スマホにメッセージを打ち込む。しばらくして異相内に顔を出したのはレオナルドさんだった。
「説明役とはいえ、お招きに預かり光栄だな」
軍師――レオナルド・ワイズマン。
アシュラ・ストリートでは獅子翁と名乗っていた。
公私ともにミサキ君の師匠であり、その関係は続いている。今はイシュタル女王国のリーダーとなった彼の片腕として動いているそうだ。
重そうな軍服を着込んだオールバックの将校。
以前は仙人みたいな風貌だったので、多少の違和感を覚えてしまう。
ソファに腰を下ろしたレオナルドさんは両脚を台座にして肘を突くと、両手を組み合わせてそこに顎を乗せた。司令官みたいなポーズだ。
そんな親友の仕種を、ツバサ先輩は一瞥する。
「こういうのは蘊蓄たれに任せた方が早い」
「ああ、喜んで任されよう」
ツバサ先輩の皮肉を嬉しそうな笑顔でスルーしたレオナルドさんは、嬉々として語り出した。本当に蘊蓄をたれるのがお好きらしい。
「不死身の化け物といっても実に様々だ」
まず不老不死と不死身は一線を画すると考えた方がいい。
「不老不死とは『老いて死なない』と額面通りに受け取るべきだろう。揚げ足を取るような言い方だが、それ以外の方法なら死ぬから殺せるわけだね」
「不老不死の人を殺すってどうすればいいんですか?」
ツバサ先輩の乳房の下から顔を覗かせたマリナちゃんが、好奇心からそんなことを訊いていた。エンオウも打倒グレンの糸口のため聞き逃さない。
子供相手なのでレオナルドさんは噛み砕いて話す。
「それこそ普通の人と変わらないよ。怪我や病気、窒息や餓えて死ぬこともあるかもね。不老不死とは年を取り過ぎて死ぬことがないだけなんだよ」
つまり――老衰による死がない。
老化による肉体の衰え、それが原因となる死を迎えないだけだ。
不老不死にも程度はあるだろうし、不死身に近い再生能力を持つ者もいるかも知れないが、ほとんどの場合は殺すことができるらしい。
「それよりも上手を行くのが不死身だ」
息の根を止めても復活する、原型がなくなるまで殺しても甦る、たとえ五体をバラバラにされても動ける、一片の肉塊になっても生命の脈動がある。
絶対に死なず生き続ける――それが不死身。
人間の常識からすればバケモノだな、とレオナルドさんは前置きする。
「こういった手合いは様々なフィクションに登場するが、不死身の特性や状態も実に多彩なんだ。良くも悪くもバリエーションにあふれている。それこそ神話の時代から人々を魅了してきたジャンルだよ」
神話の英雄は不死身の肉体を持つことが多い。
ただし、不死身ゆえに何らかの弱点を負うのが約束とされた。
「ギリシャの英雄アキレウスは赤子の時に冥府の川へ浸けられて不死になるも、母親が足を持っていたため、そこが弱点となった……アキレス腱の由来とされる神話だね。竜殺しの英雄ジークフリートも、竜の血を浴びて不死身の肉体となったが、背中に張り付いた一枚の葉が邪魔したため、そこが急所となった」
不死身の代償みたいなものなのだろう。
しかし、彼らはあくまでも人間をベースにした不死身。
グレンのような神の肉体をベースとした不死身とは格段の差があった。
「神族のグレンにその手の弱点があるとは思えませんが……」
「ああ、恐らく弱点とは無縁だろうね」
過大能力ならば尚のことだ、とレオナルドさんはエンオウの意見に同意しながら嘆息する。ツバサ先輩も「厄介な野郎だ」と毒突いていた。
「たとえば、どこかに核があるタイプの不死身だとわかりやすいんだがね」
「核……不死身の源となるものですか?」
エンオウが聞き返すと、レオナルドさんは頷いた。
このタイプは核さえ壊せば終わるという。
「不死身の力をもたらす核さえ潰せば、そいつはもう一回死ぬだけで全部終わりという当たり前の状態に戻るはずだ。もしかすると、核を壊した時点で即死する期待も見込める。この手の不死身は見分けやすくもあるしね」
たとえば――首を刎ねる。
胴体から新しい首は生えるが首から胴体が再生しない場合、不死身の核は胴体にあると見て間違いない。逆ならば頭部に核があると見ていいだろう。
「こういう不死身には必ず核があるものだ」
この話を聞いたエンオウは、グレンとの初戦を振り返る。
「グレンは……俺が首を飛ばしても復活しました」
首はグシャグシャに殴り潰したが、本体からすぐさま新しい顔が生えてきた。逆に潰した頭はそれっきり、ただの肉塊となっていた。
その論法ならば、胴体のどこかに核があるかも知れない。
不死身の核を探して壊せばいいのか? とエンオウは安易に考える。
「ただ、核がひとつとは限らないから注意が必要だけどね」
その途端、レオナルドさんに駄目出しを頂いた。
「核が複数あるタイプもいるのか? 保険でもかけてるつもりか?」
「正しくは仕様なのかも知れないね」
口を挟むツバサ先輩にレオナルドさんは例を挙げる。
「とある不死身は、全身に合計六カ所。不死身の肉体を成り立たせる素を湧き出させる核を備えていたよ。ひとつ失ったけど再生能力に支障はなかった」
「となると――全身を隈なく叩き潰すしかありませんね」
なんだかんだでエンオウも脳筋だった。
ツバサ先輩に「死ぬまで殺せ」と大雑把なお答えをいただいたが、それを実践するしかなさそうだ。もはや圧殺するレベルで殴るしかない。
「まあ、核が体内にない場合も往々にしてあるわけだが」
「……卑怯じゃないですか、それ?」
ようやく脳筋戦法でグレンを圧殺しようとエンオウが決めた矢先、レオナルドさんから「それ意味ないかも」的な新しい話を振られてしまった。
「不死身の核をどこかに隠している例もあるんだ」
心臓、脳、魂、意識、精神……。
こういった個人の根幹となるものを肉体から分離、あるいは何らかの容器に移して隠してしまう。その核とした大事なものさえ破壊されなければ、絶対に死ぬことはないという保証付きである。
魔法や呪いに超科学、理由付けは何でもいい。
「核を壊されなければ死なないのは当然として、場合によっては核がある限り肉体をいくらでも回復させる……なんて不死身もいたからね」
「そういう不死身さんを倒すには、核を探すお話がメインになりそうだね。バトル物っていうより、探偵推理物みたいなストーリーになりそう」
ツバサ先輩に太ももでゴロゴロするイヒコちゃん。
彼女の意見を聞いたレオナルドさんは、その通りだと肯定した。
「この場合、謎解き要素がふんだんになるのは致し方ないね。核の正体はなんなのか? どこに隠しているのか? そもそもどんな見た目をしているのか? こういったことを推察しつつ、探し当てるしかないわけだ」
「……それだったら俺、ギブアップします」
エンオウは両手で顔を覆ってさめざめと嘆くしかなかった。
「すいません、ウチの若旦那は肉体労働担当なのです。バトル以外で頭を使うことは少々苦手なので勘弁してほしいです」
頭脳担当のモミジが慰めてくれた。
頭を使うのは苦手ではないが、エンオウは推理とかサスペンスとかミステリーには苦手意識を持っていた。話が複雑になるとこんがらがってしまうのだ。
「グレンに限って、それはあるまいよ」
エンオウが悩んでいると、ツバサ先輩がバッサリ切り捨てた。
甘えてくる2人の娘をあしらいながら語る。
「あいつは命ある者を殺すことが生き甲斐だが、それ以上に強い者と戦って殺すことに執着している。そして、その戦いで自分が傷を負うことも厭わない……というか、自分もまた死ぬかも知れないというスリルを楽しんでいる」
だからグレンはアシュラ八部衆へも果敢に挑んだ。
ウィング、獅子翁、天魔ノ王、オヤカタ。
絶対に勝ち目のない格上だとわかっていながら、敗北するのも覚悟の上で勝負を仕掛けていた。殺しも好きだが、戦うことも心底好きなのだろう。
アシュラ・ストリートを楽しんだ者は誰しもがそうだ。
そこを踏まえてツバサ先輩は推察する。
「他人の命を奪うことに何の感慨も持たないような奴だが、あいつは自身の命さえも軽視している気がする。危険にさらす緊張感に酔い痴れてるんだ」
「ジェットコースターみたいな人生がお望みというわけか」
レオナルドさんのまとめがわかりやすい。
グレンは自らが死ぬかも知れないスリルを喜べる人種なのだろう。
「そんな野郎がだ、自分の不死性を司る核をどこかに隠して、身の安全だけは確保できるような保健をかけているとは考えにくいな」
ツバサ先輩の推論にレオナルドさんも賛成する。
「生命保険どころか健康保険すら怪しそうだからね、彼の場合」
グレンなら確かにすっぽかしそうだ。
「でも……グレンという人が覚醒したのは不死身の過大能力なんですよね?」
ここでモミジは疑問を提示する。
「そんな自他問わず殺すことや死ぬことを楽しめるような人間が、不死身になったら面白くないんじゃないのではないですか……?」
「多分、グレンには“不死身になった”という自覚がないよ」
この疑問にはエンオウが自信を持って答える。
こちらの世界でグレンと直に戦ってわかったことがあった。
「あいつは自分の過大能力を、『どんな重傷でもスゴい速さで回復する』くらいにしか捉えていなかった。不死身になったって自覚は……多分ない」
エンオウの所感に、レオナルドさんも同意してくれる。
「その推測は間違ってなさそうだな……グレンに核はないのかもね」
不死身の肉体を成り立たせる核。
そういう類のものとはグレンの性格上、縁がないと思われる。
レオナルドさんは険しい顔で眼鏡の位置を直す。
「……となると、別タイプの不死身か。それはそれで厄介さの度合いが増してくるな。核を探して壊せばいい、どころの面倒臭さじゃないぞ」
たとえば――細胞からでも再生するタイプ。
「こういうのは手に負えないパターンばかりだ。何らかの手段を用いて……それこそツバサ君が使える太陽魔法、ああいった大技で細胞の一片に至るまで焼き尽くしたとしても安心はできない。完全に滅ぼしきるのは至難の業だ」
「太陽で徹底的に焼き潰しても駄目なのか?」
手持ちの必殺技が効かないと言われ、ツバサ先輩が声を上げた。
レオナルドさんは卑屈な笑みを浮かべている。
「……灰がなくなるまで焼いたのに、そこから立ち上った煙が集まることで復活したなんて、とんでもない事例もあるからね」
「反則過ぎるだろ……」
ズルじゃん、とツバサ先輩は苦い顔をした。
マリナちゃんとイヒコちゃんもお母さんに合わせて、「ズルーズルー♪」と囃し立てた。エンオウもチートなんて単語を思い浮かべてしまう。
この不死身のタチの悪さをレオナルドさんは並べていく。
「まあ、灰を焼いた煙からも蘇るのはやり過ぎだとしても、こういった不死身は髪の毛一本からでも復活しかねない恐れがあるんだよ」
どこかに自分の一部を残しておき、本体が消滅したのを感知するとそこから細胞を増殖させて復活する、なんて真似もできるというのだ。
「核とは違う意味で保険をかけられるわけか」
レオナルドさんが言及したいことを、ツバサ先輩はすぐさま読んだ。
交流の長い友人同士だけはある。
「不死身に近い生命力を持つ生命体は現実でもいくらかいた」
日本固有種のオオサンショウウオは、身体が半分に裂かれても生きていたことから「ハンザキ(半裂き)」という別名を持っている。
苔などに棲む微細な生物クマムシは、極寒でも灼熱でも更には真空にさらされても自らを仮死状態にすることで耐え忍び、やがて蘇生するという。
「エンオウ君の話を聞く限り、グレンの不死身な再生能力はオオサンショウウオに近いというか……いや、プラナリアみたいなものかな?」
「「――プラナリア?」」
初めて聞く単語にマリナちゃんとイヒコちゃんが小首を傾げた。
エンオウもよく知らないので頭上に「?」が浮かぶ。
「日本名はウズムシ。あまりメジャーな生き物ではないかな」
こうした無知なる反応は、蘊蓄たれのレオナルドさんにとって好感触らしい。彼はいつも以上に饒舌になると事細かに教えてくれた。
「扁形動物という、あまり聞き慣れない種類の生物でね。名前に扁形とある通り、細長くて平べったい身体をしている。まあ、あまり好かれるような見た目はしていないな……プラナリアの他に、コウガイビルやサナダムシが属する」
「おい、サナダムシって人間にも寄生する虫だろ?」
「コウガイビル知ってる! お祖父ちゃんと散歩してる時に草むらにいた奴だ! すっごい細長いナメクジみたいなやつ!」
ツバサ先輩とイヒコちゃんが、それぞれの名前に反応した。
……どちらもあまり良いイメージはない。
レオナルドさんは楽しそうに蘊蓄を語っていく。
「そのふたつと比べたら、プラナリアは全然マシだよ。大きさは最大でも2㎝程度、見た目もゆるキャラになれそうな愛嬌がある。気になったら調べてみるといい。なに、そんなにグロ画像ばかりにはならないはずだ」
「そんなに……と前置きするということは多少はあるですね?」
多少はね、とレオナルドさんはモミジの指摘に笑った。
「さて、このプラナリアは素晴らしい肉体再生能力を持っていることで知られていてね。いくつかの残酷な実験報告が上がっているんだ」
細長い楕円形をしているプラナリア。
これを頭、胴、尾で三等分すると、それぞれから元の姿に再生しようと切り離された部分が再生されてきたとされている。
ある研究者はプラナリアを100等分に切り分けたり、最高では279分割にしたという。すると、いくつかは不完全だったものの、かなりの数の断片から新たなプラナリアが再生したと実験結果は伝えている。
(※ただし、プラナリアの再生には2つほど条件がいる。まず一週間以上の絶食をさせること、これを怠ると切断時に体内からこぼれたプラナリア自身の消化液で溶けてしまうため。そして、再生に必要な栄養豊富な環境である)
「「プラナリアさんスゴーい!」」
子供たちは素直に感心し、思わずエンオウも子供みたいにウンウンと頷いてしまった。レオナルドさんは満足げに頬を緩めている。
「フィクションでは、このプラナリアの再生能力を会得したというタイプの不死身もいくつかあったはずだな。それほど驚異的な再生能力なんだよ」
「……グレンは、このタイプが近いと思います」
不死身になったグレンと直接戦ったエンオウの感想だ。
あいつを殴った時の――奇妙な感触。
それが残る拳を見つめながらエンオウは打ち明ける。
「神族の割には脆いというか柔らかいというか……あまり肉体の頑丈さや防御力を重要視してないように感じました。殴れば肉も骨も簡単にひしゃげるんですが、どうにも粘っこいというか、べとつくというか……」
「肉体が破壊された側から再生のために細胞が蠢いているようだね」
レオナルドさんの解釈がしっくり来る。
エンオウはそこまで得手ではないが、戦っている最中に分析や走査も走らせておいたので、グレンが再生能力に優れているのは見抜けていた。
ただ、いまいち原理がわかりにくい。
「これがプラナリアなら、飛び散った血や肉も再生することでグレンが増えるという身の毛もよだつ展開が待ち受けるのでしょうが……そうはなりませんでした。殴り飛ばした身体の部位は、そのまま散ってしまったはずです」
「ふむ、となると……肉体の総量によるのかな」
レオナルドさんの推測はこうだ。
「断定はできないが恐らく、グレンは細胞の一片からでも復活できるタイプの不死身なのだろう。過大能力ならば有り得ないことではないからね」
ただし、本体以上の再生はできない。
分離した肉体の一部から、もう一人の自分は作ったりはできないようだ。不死身の万能性を削った分、再生後の強化に力が回っているのだろう。
「この本体を決めるのはグレンの意思ひとつという可能性もあるが、エンオウ君の感想を聞くに、肉体の部位が多い方を優先しているのかも知れない」
頭が吹き飛ばされた場合――胴体から頭が生える。
肩から腕が千切れた場合――胴体から肩と腕が生える。
「肉体が左右に分断された場合――肉体の総量が多い方から再生する」
仮説の域を出ないが、レオナルドさんはそう結論付けた。
訝しげだがツバサ先輩も同意を示す。
「無意識でやっているのか、意識的にできるのか……それ次第では能力としての使い勝手も変わってくるし、殺しきれるか不安なところもあるな」
「なんにせよ、殺せる希望は見出せそうだけどね」
プラナリアも普通に殺せる。再生できる環境がしっかり整ってなければ、プラナリアの断片はそのまま死んでいくだけなのだ。
「グレンも同じだろう。グチャグチャになるまで擂り潰して、火炎でも電撃でも、エンオウ君なら気功波でもいいかな」
グレンの残骸を――灰になるまで焼き潰せばいい。
「あの男が保健でも掛けてない限り、それで殺しきれるだろうさ」
いや良かったよ、とレオナルドさんは安心の声を漏らす。
両手を見せるように広げて戯けるほどだ。
「どうやら最悪のタイプの不死身ではなさそうだね。単純に細胞レベルで再生力が強いだけの不死身なら、ゴリ押しで殺せる。それこそ脳筋プレイで叩き潰すのも全然アリだ。対処法を難しく考えなくても済む」
「レオナルドさん、最悪のタイプってなんですか?」
思わせ振りな発言をマリナちゃんが拾うと、蘊蓄たれのレオナルドさんは聞き流すことなく懇切丁寧に教えてあげた。
「最悪なのは――不死身の理由が外部にあるタイプなんだ」
不死身になるシステムは何でもいい。
これも理由付けは呪術でも魔法でも科学でも構わない。
対象を死なせないためのシステムが、その責任者以外は携わることができない、超専門的なテクノロジーで構成されているのが条件である。こうしたタイプの不死身は、部外者には手の施しようがない。
「その筋の知識がないと解除できない……即ち殺せないわけだ」
本当に酷いケースになると手に負えない。
たとえば完璧に殺したとしても、不死身のシステムが発動すれば空気中の分子を材料に、死ぬ寸前の当人を完璧な状態で再構築する。
そんな頭がおかしいレベルの離れ業をやってのけるそうだ。
もはや不死身ではなく不滅である。
「この手合いはシステムの解除法がわからない場合、別の手管を用いて封印するなどの方法を選び、活動停止に追い込むぐらいしか対策が打てないんだ」
「大魔王を封印するのと同じだな」
殺すことも倒すこともできないなら封じ込めてしまえばいい。
レオナルドさんが肩をすくめてお手上げの仕草をすれば、ツバサ先輩は子供にもわかりやすい話で例えてくれる。まさに大魔王の封印である。
その封印を解くことで物語が始まるのだ。
ただしグレンの場合、その線は薄いだろうとエンオウは考える。
エンオウは自分なりの考察を少しだけ口から出してみた。
「あいつは……生の実感を求めています」
戦って殺すこと――そこ人生の充実を見出しているのだ。
画家が絵画やイラストを描くように、作家が文章や物語を綴るように、彫刻家が石や木を刻むように……殺戮という行為で自身を表現している。
およそ考え得る限り、最悪の自己表現手段だ。
だからこそ、戦いの最中に与えられる痛みも享受する。
戦闘中毒で戦争狂で殺戮狂なのだ。
とんでもない三重苦である。
「グレンは自らの不死性には頓着してないはずです。ただ、傷の治りが異様に早いぐらいにしか捉えていない……そして、誰かを殺すことへの異常な執着の裏には、自らが殺されることへの覚悟も見え隠れしています」
アシュラ・ストリート時代、グレンはこんな感想を漏らしていた。
『本気で殺し合うからこそ魂が燃えるんじゃねえか』
『殺すつもりで殴りかかって、殺されるかも知れねえ怖気に肝が震える』
『その瞬間を乗り越えて相手をぶちのめす瞬間』
『そいつが最高のハイに繋がるのさ』
こんな発言をする奴が、不死身の能力に頼るとは考えにくい。
利用くらいはするかも知れないが、おんぶにだっこで頼り切るところは想像できなかった。あいつの性格なら鬱陶しがりそうだ。
「もし仮に、不本意ながらもそのような過大能力に覚醒したならば、俺と戦った時に愚痴っていたはずです。隠し事の下手な男ですから……』
良くも悪くも裏表はあんまりない。
思っていることを考え無しにベラベラ喋るタイプだ。
しかし現実社会での生き方は心得ており、殺しへの欲求は猫を被ることで誤魔化していたらしい。いや、群れに潜り込むため羊の皮を被った狼か?
これはグレンなりの処世術だろう。
殺し合いで不意を突くために小癪な真似くらいはする。
だが罠を仕掛けるとか、保険を掛けるとか、人質を取るとか……そういった真似はしないはずだ。卑怯なことはせず、真正面から殺しに来る。
猪突猛進なだけかも知れないが――。
「とにかく、その手のことは『殺し合いの質が下がる』と嫌うはずです」
へぇ、とツバサ先輩に妙な声で感心された。
先輩の声は男性だった頃から中性的というか、ハスキーな女性の声に聞こえることもあったが、そこから更にフェミニンな磨きが掛かっていた。
まとわりつくマリナちゃんとイヒコちゃんを子猫でも愛でるように撫でながら、それこを猫撫で声みたいな上げたのだ。
「なんだかんだ言いながら、グレンの性格をよくわかっているじゃないか」
ツバサ先輩からの指摘にエンオウは苦笑するしかない。
心中はやや複雑であるも認めざるを得ない。
憎しむほど毛嫌いする奴だが、交流はあったという事実をだ。
「一方的によく絡まれましたからね……向こうは親友呼ばわりして憚りませんでしたけど……こちらは精々、腐れ縁の切れない悪友がいいところですね」
「話し合うより殴り合った数のが多いだろうからな」
「アシュラなら拳で語る友情もあっておかしくはないね」
言い得て妙だな、とツバサ先輩とレオナルドさんは納得してくれた
「それで……話は戻るんですが、グレンがプラナリアみたいに細胞レベルで高速再生するタイプの不死身だとして、しかも傷が治る度に過激な強化が掛かるみたいなんですが……どうやって倒せばいいですかね?」
本題はそこだ。そのアドバイスこそエンオウの望むものだった。
ツバサ先輩とレオナルドさんは互いに顔を見合わせる。
そして、各々一言ずつアドバイスをくれた。
「――死ぬまで殺せ」
「最初の回答とまんま同じですよ先輩!?」
「ギタギタのグチョグチョになるまで磨り潰せ」
「もうちょっとエスプリの利いた助言ありませんか軍師さん!?」
先輩方に弄ばれている。
ちゃんと説明してやったんだから、後は自分なりに考えて工夫しろと言外から伝えられてきた。実際、2人ともエンオウを見てニヤニヤしている。
「最悪の場合、情報網を通じてツバサに言え」
なんとかしてやるから、とツバサ先輩は仰ってくれた。
基本「自分で何とかしろ」というスパルタ式のツバサ先輩だが、最後の瀬戸際ではこうして尻を持ってくれるので、尊敬する後輩が後を絶たないのだ。
はっきり言って面倒見がいい。
そこら辺が「オカン系男子」と陰で囁かれた所以である。
「もしもグレンの不死性がこちらの推測とは外れていて、レオが最悪といったような不死身の術式が外部にある場合でも、ツバサなら対応できる。魔法の解析はお手の物だし、その他の手段で封印をかましてやってもいい」
そうだった。ツバサ先輩は神々の乳母なのだ。
先輩御自身は合気を主流とした武道の達人だが、真なる世界へ転移する際に魔法系を極めていた。正確にはVRMMORPG時代に魔法職だったのだ。
職能が剣士だったミロちゃんのサポートのためらしい。
結果、魔道格闘家という一風変わった職能になったという。
「太陽で塵の一粒まで焼き滅ぼしながら、グレンを不死身にさせている不死の術式を焼き切ってもいいし、術式の解除が難しいなら亜空間を創る魔法であの外道を封じ込めてもいい……やりようはいくらでもある」
そうだね、とレオナルドさんも代替案を用意してくれる。
「不死の術式がグレンの過大能力だった場合、情報網を介してアキやフミカ君、もしくは俺がそのシステムを解き明かし、無効化する方法を伝えてもいいな」
「過大能力だと一筋縄ではいかないだろうけどな」
グレンの不死性についで仮説を立てる談義を繰り返し、あらゆる状況に対応できるよう数々の対案を練っていくツバサ先輩とレオナルドさん。
頼りになるなぁ……とエンオウは呆けていた。
「おい、エンオウ。おまえも考えろ」
そんな気の緩みを勘付かれたのか、ツバサ先輩から注意される。
「人にアイデアを求めてばかりいるな。自分でもグレンとの決着をつける代案のひとつでも出してみろ。そんなんじゃ親父さんとお袋さんにも叱られるぞ」
天狗と魔女のハイブリッド――その力を見せてみろ。
「そいつがエンオウの売りだろうが」
「……天狗と魔女?」
ストレートな叱責にエンオウがぐうの音も出ずにいると、レオナルドさんの表情が好奇心に揺れ動かされていた。
知らなかったか、とツバサ先輩は今更感たっぷりに明かした。
「俺も仙人を名乗るジジイに育てられたクチだけどな、あの仙人とエンオウの両親は友達付き合いしてたんだよ。曰く、エンオウの親父さんは大天狗と敬われ、お袋さんは魔女と恐れられてたんだ……その界隈ではな」
最強の大天狗――山峰大央。
最後の大魔女――山峰円(旧姓:柳口)。
2人の血を濃厚に受け継いだのが山峰円央だ。
ツバサ先輩の仰る通り、エンオウは元より両親はその界隈では知らぬ者がいないほどの有名人だった。比例するように息子の知名度もそこそこ釣り上げられた感があったのは否めない。
ただ、その界隈で有名だったのはツバサ先輩も同様である。
無敵仙人の一番弟子として――。
しかし当人はまったく自覚がないらしい。
仙人・斗来坊撲伝の弟子には誰もが一目置いたものだ。
それぞれの師匠を通じてツバサ先輩とエンオウは出会い、どちらも互いの師匠とは懇意だった。先輩もエンオウの両親をよく知っている。
両親の実力が知られているから、エンオウも買われているのだ。
なのでツバサ先輩は無茶振りしてくる。
「親父さんやお袋さんから教わった必殺技はないのか? どっちも魔法使いみたいな真似ができただろ。特大のかめ○め波や波動拳みたいなのを撃ったり、ドラ○スレイブみたいな魔法をぶっ放したり……」
「ちょ、人の両親をアニメの主人公みたいに言うのやめてくださいよ!」
「それは紛れもない現実での話なんだよね!?」
照れるエンオウは両手を振って恥ずかしさを紛らわすが、レオナルドさんには信じられないものを見る目でツッコまれてしまった。
……色々と人間離れしていたんです、ウチの両親。
天狗や魔女といわれても仕方ないくらいの人外っぷりだったのだ。
「エンオウさんのお父さんとお母さんはスゴい人なんですか?」
なんとはなしに話を聞いていたマリナちゃんは、こちらの輪から一歩引いていたモミジに訊いていた。
年長者らしい余裕さでモミジは答えてあげる。
「そうです――大旦那様とお師匠様はスゴい人たちなんです」
モミジにとってエンオウの父は大旦那様、エンオウの母はお師匠様なのだ。
「きっと今でも2人揃ってピンピンしているです」
「え……地球もう滅んでるのに!?」
モミジの言葉を真に受けたイヒコちゃんが驚いていた。
その発言を踏まえてモミジは断言する
「そうです、地球が壊れてもあの御二方は壊れません。タフなのです」
モミジは実の息子が言えない賛辞を言い放つ。
そして、ロリ巨乳がはち切れそうなほど誇らしげに胸を張った。
「お師匠様……若旦那のお母様は、何を隠そう私たちにアルマゲドンで遊べと勧めてきた張本人なのです。きっとこの事態も予知していたはずです」
「何者なんだい、エンオウ君のご両親は!?」
「あー……でも、エンオウのお袋さんなら有り得ない話じゃないな」
レオナルドさんはクールなキャラが崩れるほど驚愕されていて申し訳ないが、母と面識があるツバサ先輩にはご納得いただけた。
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率直なツバサ先輩の問いにモミジが答える。
「恐らくお師匠さまはできていたはずです。でも『私たちはまだ現実でやることがあるから……』とご自分たちはプレイしていませんでした」
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「ところで……不死身の敵を倒す方法ですが、殺すのでも封じるのでもなく、生物学的な意味合いで無力化する方法を思い出したです」
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「…………本当か?」
藁にも縋る思いで訊けば、モミジは真剣に返してくる。
「はい、ツバサさんとレオナルドさんの話に触発されて、お師匠様が教えてくれた昔の話を思い出したのです。お師匠様たちも不死身の敵に悩まされて、どうにかして倒そうとした時に捻り出したアイデアらしいのですが……」
えげつないです、とモミジは明言した。
この娘がきつめの言葉を使う以上、本当にえげつないはずだ。月並みな話だが、「いっそ死んだ方がマシだ!」と思わせるくらいのレベルだろう。
モミジは声のトーンを厳かにする。
「これを掛けられた者は、狭い牢獄に未来永劫閉じ込められるも同然です。封印などとは趣旨が異なるので、解放されることもありません」
絶対にです、とモミジは念を押すも難色を示した。
「本音を言えば……若旦那にはオススメできません、したくないです」
「……グレンを殺す覚悟はある」
意志を伝えるエンオウだが、モミジは首を左右に振る。
「言ったはずです。殺すよりも惨い仕打ちをするのですよ?」
お優しい若旦那に――それができますか?
「…………できる」
わずかに逡巡するも、エンオウは約束した。
許嫁を心配させないための決意表明を、この場を借りて行っておく。ツバサ先輩やレオナルドさんが証人になってくれるからちょうどいい。
もう甘ちゃんとは言わせない。
「あいつは既に情状酌量なんて言葉では片付けられない殺戮者だ……現実世界でこそ罪を犯したことはないようだが……」
こちらの世界でどれほどの生命を手に掛けたかわからない。
少なくとも――水聖国家の住民は虐殺されている。
もしも殺せるならそれに越したことはないが、あの過大能力で延々と再生と回復を繰り返すからには、完全に息の根を止めるのは難儀だろう。
「あいつには……死んだ方がマシと思えるくらいの罰が似合っている」
あの殺戮狂がその程度で反省するとも思えない。
「それくらいの仕打ちを……あいつは受けて然るべきだろう」
教えてくれ、とエンオウはモミジに請うた。
モミジはエンオウの眼をジッと見つめた後、ほんのりした微笑みを浮かべて諦念したかのような吐息を小さく漏らした。
「……わかりました。では、御要望通りに教えるです」
エンオウの覚悟を受け取ってくれたらしい。
「基礎的な理論は私が手解きできます。でも、それだけじゃ足らないです。お手数ですがツバサさん、若旦那に一手ご教授お願いできますか?」
「俺からか? そりゃあ協力は惜しまないが……何を教えればいいんだ?」
ツバサ先輩は不思議そうに首を傾げていた。
了承を得られたモミジは、その内容を明かしていく。
「ありがとうです。これは魔法的な術式なのですが、気功系の操作も重要なのです。若旦那も気功系を極めてますけど、ツバサさんの方がお上手です」
大胆かつ繊細な操作が求められるという。
そして、変化させた“気”を盤石に固定する技術力が必要だとのこと。
「その辺りを若旦那に叩き込んでやってくださいです」
「わかった。後輩をしごくのは慣れている」
久々に可愛がってやる、とツバサ先輩は女神にあるまじき猛々しい笑みを浮かべると、バキボキとそれぞれの指の力だけで関節を鳴らした。
その可愛がりはきっと相撲の可愛がりに通じるやつだ。
「お、お手柔らかにお願いします……」
先輩の命令は遵守せざるを得ない後輩の身としては、拝んでお願いするより他なかった。ツバサ先輩のシゴキは拷問を遙かに上回るのだ。
いいですか、とモミジは神妙な面持ちで続ける。
「これは不死身の者を殺す術でも倒す技でもありません」
不死身を越えた――不滅へと変えるもの。
「これが成功すれば、グレンは永久的に滅びぬものとなるです……反面、それは未来永劫どこまでも封じられるに等しいことです。永遠に何もできぬまま、不滅の日々を過ごすだけの存在となるのです」
そんな残酷な仕打ちを――若旦那は悪友にするのです。
「若旦那は優しいから……本当にできますか?」
エンオウの優しさを見越したモミジは、二度目の再確認をしてきた。
途中で投げ出したりしないか? やっぱり諦めたりしないか? 情けを出してグレンを見逃すのではないか? 本番になって「できない」と騒がないか?
「他人を罰した苦しみを……背負うことができますか?」
モミジが最も案ずる点はここらしい。
エンオウは自嘲の色味が強い笑みを浮かべた。
「……その覚悟がなければ、こんなことを許嫁に頼んだりしないよ」
――心配してくれてありがとうな。
エンオウは大きな手でモミジの頭を撫でてやる。
普段は「子供扱いしないでほしいです」と嫌がるモミジだが、今日は照れ臭そうに微笑むだけだった。信頼の証と思っておこう。
「別に『誰も殺さない』なんて誓いを立てたわけじゃない」
ただ、誰かを傷付けるのが苦手なだけだ。
互角の戦いができる勝負や、格上との対戦ならば喜んでしよう。それでも決着が付いたなら、必要以上に相手を虐げるような真似はしたくない。
弱い者イジメなど以ての外だ。
その優しさが侮られることがあるのは反省している。
『おまえはその甘ちゃんさえなけりゃあ最高の喧嘩相手なのに!』
グレンからの厭味も一度や二度ではない。
厳しさが足りない、と変換すればこの糾弾は受け止めるしかない。
エンオウはツバサ先輩を見つめたまま告げる。
「あいつは……殺り過ぎています。もう度を超すどころじゃありません」
強者への挑戦にこだわる戦闘狂ならば、千歩譲って大目に見られる部分もあるかも知れないが、あいつは弱者を縦横無尽に殺し回ることも好む。
鏖殺に酔い痴れる殺戮鬼だ。
この大戦でもここぞとばかりに殺戮を楽しむに違いない。
グレンの蛮行は真なる世界の生命を蝕むばかりだ。
女神へ誓いを立てるように、エンオウは鍛えた拳を握り締める。
「誰かが止めなければいけないのなら、俺がその役を担いましょう。あいつは俺との決着を心待ちにしている。それを利用して迎え撃ちます」
必ずや――グレンを倒します。
ツバサ先輩の面前で約束を立てる。これでもう逃げ道はなくなった。
決意と覚悟も揺るがず固まるというものだ。
「そうか……しくじるなよ」
ツバサ先輩は子供たちを愛でながら、エンオウの眼を奥まで覗き込むように見つめると、凜々しい眼差しを崩さぬまま簡素な一言を投げ掛けてきた。
かつてのツバサ先輩を思い出す双眸だ。
後輩を信じて託したのだから――これ以上の言葉はいらない。
そんな先輩からの熱い信頼が伝わってくる。
「……はい、ありがとうございます!」
ありきたりな返事だが、エンオウは覇気を漲らせて答えた。
先輩と許嫁の期待に報いるべく……。
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