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第17章 ローカ・パドマの咲く頃に
第412話:親友との再会×2
しおりを挟む「――思えば遠くへ来たもんだ」
瞬き一秒、文字通りの瞬間でグレンはこれまでを振り返る。
殺しへの欲求に目覚めた幼少期、殺戮の本能に駆り立てられた少年期、その発露の場であるアシュラ・ストリートと巡り会えた青年期……。
そして――破壊神と未来神に邂逅したあの日。
走馬灯でも見た気分だ。縁起でもない
舌打ちしたグレンは血に塗れた龍人の首を放り捨てた。
ただでさえ強い古代龍が修行を積み、神化することで神族や魔族を越えんとする力を手に入れようとしていたらしい。顔こそドラゴンだが肉体的には強靱な人間の五体になっており、格闘戦でも融通が利いていた。
修行の成果として得た力を、当の本人が誇らしげに語っていた。
おかげで食べ応えのある獲物だった。
普通の怪物や軟弱な神族や魔族とは一味違う歯応えがあった。
「なんだろうな……此処はそういう連中の溜まり場か?」
グレンは迷い込んだ洞窟をぐるりと見回す。
正直な話、「ここどこ?」ってくらい自分の居場所がわからなかった。
認めたくないが、ぶっちゃけ迷子である
開戦と同時に――グレンは好きにさせてもらった。
途中までは世話になったマッコウさんの顔を立てて、東の果てにあるイシュタル女王国へ進軍する一行に付き添っていた。同行したネムレスさんや気のいいアダマスと駄弁りながら、バッドデッドエンズの一員として働いていた。
だが、途中で悪い虫が騒ぎ始める。
生命あるものを、それも強い者を殺したくなったのだ。
獲物となる強者を嗅ぎ分けることに関しては超一流。探知系№1のバッドデッドエンズすらも凌ぐ鼻をグレンは持っていた。
デカい中央大陸を東に飛んでいれば、ちらほら強者の匂いが漂ってくる。
この異世界にはまだ潜伏している者が多い。
これまで何度も世界を揺るがしてきた四神同盟の活躍や、バッドデッドエンズの悪行を多少なりとも把握しているようだが、接触には二の足を踏むらしい。
そういう奴を炙り出し、狩り殺すのもグレンの仕事だ。
行き掛けの駄賃とばかりに、グレンは寄り道をすることにした。
マッコウさんに「ちょっとどこ行くのよぉ!」と叱られたが、いつも通り「すぐ追いつきますんで!」と片手を振ったグレンは横道に逸れた。
なかなか美味しい寄り道だった。
最初に見つけたのは、何種類かのドラゴンが棲む土地。
そこを一匹残らず全滅させた後、匂いを辿ってあっちにある神族の隠れ里を滅ぼしては、こっちにある魔族の秘境を壊滅させてと……方々を渡り歩いた。
後顧の憂いなく、皆殺しを味わうことができた。
これが地球にいた頃ならば、山の獣を狩り尽くした反省を活かして、また殺しと狩りを楽しめるようにと何匹かは見逃しただろう。だが、真なる世界ならばそんな配慮をすることもない。殺しても殺しても獲物は尽きなかった。
この世界は広い。殺せる生命に困ることはない。
殺しても殺しきれないほど、生命がわんさか溢れているのだ。
神族になったグレン自身、移動距離に悩まされることがなく、活動範囲が途方もなく広くなったのも手伝っていた。
昔みたいに地元の山へこだわる必要もない。
その土地で皆殺しをしたら、生命が溢れる土地へ行けばいい。
獲物を狩り尽くすなんて杞憂は過去のものだ。
いいや、鏖殺を楽しむという意味では今日をおいて他になかった。
今日の戦争で――真なる世界は完膚なきまでに破壊される。
そこに暮らす生命も悉く滅びてしまう。
殺戮の悦びを堪能するならば今しかないのだ。
さもなくば、破壊神の旦那に美味しいところを持って行かれてしまう。生命ある者を殺し尽くす快楽を、上司に掻っ攫われるのは面白くない。
だから手当たり次第に殺していこう。
ひとつでも多くの生命を、この手で刈って奪って殺していこう。
既にグレンは盛大な寄り道を計画していた。
嗅ぎ分けた強者を潰しながら、マッコウさんたちを追いかけ、最終的にイシュタル女王国へ向かえばいいと楽観的に考えていた。
そこには――親友が待っている。
グレンが親友と言って憚らない武道家エンオウ・ヤマミネ。
(※尚、向こうは頑なに認めてくれない模様)
彼は蛙の王様ヌン・ヘケトの客将となり、今回の戦争ではイシュタル女王国の第一次防衛ラインを守る主力の一人だと聞いている。
エンオウはこの戦争で必ず殺す、親友だから誠心誠意を込めて殺す。
その実力を認めているからこそ、戦って勝って殺したいのだ。親友だからこそ仲良くケンカできたし、本気で殺し合えたのだ。
あんな殺しにくい友達、そうそう巡り会えるものではない。
「……我が宿命のライバルよ! なんてカッコつけりゃいいのか?」
どっかの喧嘩番長みたいに、とグレンは苦笑する。
とにかく、エンオウに対しては血塗られた友情を寄せていた。
エンオウならばマッコウさんやネムレスさんにむざむざ殺されはすまい。あの2人は肉弾戦がちょっと苦手で、搦め手な攻撃手段を好むからだ。エンオウの実力ならば殺されるようなことはまずない。
喧嘩番長アダマスならば、エンオウとも互角に渡り合うだろう。
もしかすると殺してしまう可能性もある。
だが案ずることはない。アダマスは好敵手しか眼中にないからだ。
イシュタル女王国をまとめる王――ミサキ・イシュタル。
おっぱいとお尻のついた美少年ともいうべき彼を、アダマスは「最高の好敵手!」と自慢するかのように絶賛していた。
この戦争でも真っ先に彼の元へ向かったに違いない。
殺戮鬼みたいにつまみ食いする性質ではないのも承知の上だ。
グレンがどれだけ寄り道しようとも、エンオウが他の誰かに倒される可能性は限りなく低い。親友を殺せるのはグレンくらいのものである。
グレンにはそれだけの確信があった。
エンオウを殺すのは自分――他の誰にも親友という獲物は殺せない。
これら心理的余裕もあって、殺戮の寄り道を始めたのである。
手始めに殺した龍たちを皮切りに、隠れていた神族や魔族らしき者を見つけては殺していき、より強い獲物を求めて臭いを辿っていった。
「…………そんで、此処何処よ?」
こうしてグレンは道に迷ってしまった次第である。
山育ちなので方向感覚には自信があるのだが、手近な獲物を次から次へと追いかけていたら、現在地を見失うのは昔からやってしまうポカだった。
反省したことはない。それもまた楽しいからだ。
まだ見ぬ土地を眺めるのは悪くないし、知らない生命を殺すのは新鮮である。
VRMMORPG時代は世界中を当て所なく巡り歩いたものだ。
取り敢えず、グレンが今いるのはどこかの洞窟らしい。
見たまま“洞窟”と言い表してみたが、どうにも普通ではない。
明らかに人の手が加えられているのだ。
尋常ならざる規模と手の込んだ細工から人間以上の存在、神族や魔族によって造られた人工的な洞窟かも知れない。この場合、神工的というべきか。
最初は裾野の広い山脈だと思っていた。
標高はそれほど高くはないが、ベターッと広がっている具合だ。
そのため山全体の質量と面積はとても大きい。
内側にいくつかの神族や魔族、それに両者が入り交じった強者の気配を嗅ぎ取ったグレンは、洞窟の入り口を見つけたので潜入を試みた。
入ることで気付かされたが――ここは山脈でも洞窟でもない。
神工的に造られた建造物だった。
ナチュラルな造形を極めた山脈は外観のみ、その中は複雑に入り組んだ迷宮となっていた。ざっくばらんに構造を把握してみたが、元からあった山々をくり抜いて蟻の巣のように迷路を掘ったとは考えにくい。
まず迷宮を建てて、見た目を山脈に偽装したようだ。
手の込んだことしやがる、とグレンは建築者の手間に呆れた。
ロンドが本拠地にした“混沌を拡販せし玉卵”という浮島もそうだが、この世界にはああいった奇想天外な遺物がいくつもある。
人知を超越した機能を有する、太古の神族や魔族が遺した施設だ。
ここもそのひとつなのかも知れない。
そういえば――ドラクルンの話を思い出す。
殺しの依頼の他に、ついでのお願い事をされていたのだ。
『グレンくん、君の本質は“殺すこと”です。これに尽きます。ですから、こういった余計なお願いは頼んでも忘れる可能性が大きいでしょうが……』
――真なる世界に遺された数々の遺物。
『還らずの都、天梯の方舟、源層礁の庭園、金言と銀言の塔、千剣万刃の墳墓……こういった遺物はなるべく破壊してほしいのです』
心に留めておくだけで結構です、とドラクルンは強要はしない。
そこには希望的観測くらいの期待しかなかった。
『あれらは現在の真なる世界を維持するために造られたものばかり。次の未来を見据える私からすれば、古臭い邪魔物でしかありません。なるべく八方尽くして壊すようにしますが……何分、手が足りなさそうなのでね』
発見次第――壊していただけると助かります。
『ふ~ん……行けたら行くわ、程度の気持ちでいいんかい?』
『ええ、それで構いません。でも、覚えておいて損はないと思いますよ』
ドラクルンは計略の微笑みを浮かべていた。
『そういった遺物には十中八九、強力な守護者が護衛に付くものですからね』
『守護者をぶっ殺すついでにぶっ壊しとけ……ってことね』
了解、とグレンはざっくばらんに請け負った。
――良いように使われている。
他人から見れば破壊神の手先となり、未来神の使いっ走りをやらされているように見えるかも知れないが、グレンは不満に思ったことはない。関係的には持ちつ持たれつ、世話になった恩を利息付きで返しているつもりだった。
殺りたいことを殺らせてもらえるなら文句はない。
手先でも使いっ走りでも構うものか、彼らを王と崇めるのも厭わない。
グレンは骨の髄まで殺戮鬼なのだ。
その利用価値を認めてくれるなら、むしろ歓喜するべきだろう。
「……洞窟はきっと遺物のひとつだな」
多分、間違いない。おかげで殺し甲斐のある獲物に事欠かなかった。
あいつらが遺物の守護者なのだろう。
さっき殺した龍人の首は放り捨てたが、グレンが足下に築き上げた血の川を流す不格好な小山をゴロゴロと音を立てながら転がり落ちていく。
その小山は、無数の屍を積み上げたものだった。
――屍山血河。
山と見紛うほど積み重ねられた大量の屍と、そこから流れ落ちる止め処ない血が河となる。死屍累々と死体が転がる戦場の凄惨さを言い表す言葉だ。
グレンはそれを具現化させていた。
この洞窟へ侵入するなり、次から次へと襲い掛かってきた守護者ども。
神族、魔族、亜神族、準魔族……どいつもこいつもLV600~800前後という猛者ばかり、そいつらが血相を変えて挑んできた。
グレンは喜んだ。ガチャでSレアを引き当てた気分である。
SSレアというには、ちょっと物足りない。
寄り道の途中で道に迷いはしたものの、これだけの掘り出し物を引き当てたのだから元は取れているはずだ。世界を滅ぼす前に、この洞窟に隠れていた強者どもを皆殺しにしておけば、バッドデッドエンズとして面目も立つ。
マッコウさんも毒舌で褒めてくれるだろう。
「さて、歓迎のお出迎えはそろそろ飽きたな。今度は……」
こっちから行くか! とグレンは屍の山を蹴って動き出した。
この洞窟内にはまだ強敵の臭いが立ち込めている。
LV900越えが数人、LV999に至った者もいるようだ。
そいつらが洞窟に閉じ籠もっていることにグレンは苛立ちを覚えた。
「外で戦争をやってるって気付かないわけねぇのに……ッ!」
――なんでコイツらは穴蔵から出てこねえ!?
この大戦争に参加できるだけの戦闘能力を持ちながら、のほほんと洞穴生活をエンジョイしている腰抜けどもに腹が立って仕方ない。
「力があるんなら戦え! 戦って死ね!」
さもなきゃおれに殺されろ! とグレンは怒号を上げて突き進む。
迷宮の壁を突き破り、回廊を踏み抜き、天井も床も打ち抜く。
そうしてやたらめったらに進撃をしていると、現実なら五車線の道路くらいはある大きな廊下へと出た。その中央に待ち構えている強者の気配。
現れたのは――毛むくじゃらの獣神だった。
全長は5m弱と大きな方だ。全身が白く長い毛で覆われており、長毛種の犬みたいな見た目をしている。だが、二足歩行ができて両手には拳骨も握れる。
人型に近い獣神が立ちはだかっていた。
「ギシャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアーッ!」
掛け声のつもりなのか、遠吠えが天井の高い廊下に反響する。
すると――獣神を覆う長い毛が蠢いた。
全身の白い毛がザワザワと音をさせて逆立つとともに、その毛の量も見る間に増えていく。増えた毛は絡まって厚みを増し、それぞれに刺々しくなる。
やがて硬質化して白刃となり、巨大な剣山となった。
獣神の全身から生えた毛の剣山は、廊下を埋め尽くす勢いで増加する。
そして、グレンの肉体に無数の刃を突き立ててきた。
廊下を埋め尽くす剣山、どこにも逃げ場はないので直撃せざるを得ない。
グレンは――避けずに真正面から突っ込んだ。
剣の群れはグレンの肉体に突き立ちこそしたものの、こちらの肉を貫くどころか皮を破ることさえできない。それだけの埋められない力量差があった。
「戯れるなよ犬っころ……殺したくなるだろ!」
グレンは剣山を物ともせず、体当たりのみで打ち砕いていく。
自慢の体毛より生み出した剣山を打ち砕かれた獣神は、最初こそ驚愕の表情を浮かべていたが、剣山を崩しながら急接近してくるグレンの脅威を思い知らされ、その顔色をゆっくりと絶望に染めていった。
「ぎぃ……キシャ」
「うるせぇよ、吠えるな犬っころ」
絶望に染まりきる寸前、断末魔の絶叫を上げる直前。
グレンは毛だらけの獣神の前までやってくると、鉤爪の伸びた五指を振るって彼の巨体を引き裂いた。撫でたつもりだったが、殺りすぎたらしい。
獣神は五つの肉塊に割かれ、床の真っ赤なシミとなった。
突っ込んだ勢いを乗りこなしたグレンは宙を滑るように廊下を進む。
廊下の途中、遮るように何枚もの門が構えている。
鉄塊みたいに分厚い門扉だが、絶好調のグレンを止めるには役不足だった。構うことなく次から次へぶち破っていくと、都合何枚目かを破った時だ。
門の残骸から――俊敏な影が襲いかかる。
「此処より先、不埒者が踏み入ること能わず!」
不逞の輩は排除する! と鋭い声を発して何者かが迫ってきた。
チラリ、と横目を見遣って敵影を確認する。
全身を蛇腹のような鎧で包んだ戦士だ。顔もフルフェイス型の兜で隠している。漆黒に染まる細身は、暗殺者を偲ばせるしなやかな肢体が際立つ。
凹凸こそないが、声や体型からして女らしい。
柔軟な動きを得意とするのか、蛇腹式な鎧がそれを助けているようだ。
両腕と両脚には大振りな刃を帯びている。
アクロバットな動きでこちらに近付いてくると、徒手空拳で戦うかのように拳や蹴りを繰り出してきながら、手足の刃で斬りつけてくるわけだ。
瞬間、重厚な金属音が幾度となく鳴り響く。
蛇腹の女戦士の刃と、グレンの鉤爪が競り合った音だ。
「ちょっと遊んでやってみたが……ダメだな、アンタ軽すぎる」
手応えがねえ、とグレンは一笑に付した。
おもむろに両手を伸ばしたグレンは、無造作に蛇腹な女戦士の両腕を引っ掴む。それを左右にグイッと引っ張って、手の動きを封じた。
蛇腹な女戦士は諦めず、腰の反動で膝蹴りをお見舞いしてくる。
「いや、だから軽いんだって」
ドゴン! とグレンの膝がお見舞いされるのが一足早い。
女の腹だろうと容赦なし。せめて情けがあればそこだけは狙わないはずの下腹部へ、骨盤が割れるほどの膝蹴りを叩き込んでいく。
「くぉ……あっあっ!?」
蛇腹な女戦士は苦悶の声を漏らし、兜の隙間から吐瀉物を零していた。
それを顔に浴びたグレンは嗜虐的に言う。
「殺し合いができる生き物同士……手加減なんて失礼だろ?」
雌のライオンに手心を加える雄のハイエナはいないし、子持ちのクマを見逃す餓えた雄オオカミもいない。自然界では雌雄の区別などないに等しい。
ある意味、正しい男女平等のあり方だ。
「なぁ、姐ちゃん?」
首を伸ばしたグレンは、女騎士の首に噛みついた。
牙のようなギザッ歯は蛇腹の鎧に食い込み、易々と金属板を噛み破る。その下にある細い喉笛を食い千切り、悲鳴を上げることすら許さない。
胴体と首が死に別れるまで噛み千切ってやった。
女騎士の骸を放り捨て、口元の血を舐め取りながら先を急ぐ。
どうやらこの廊下は“目抜き通り”のようだ。
このよくわからないが遺物っぽい洞窟、その核心へと続く道だということはなんとなく察しが付いた。あいつらは門番に過ぎない。
この予想を裏付けるように、最後の難関まで用意されている。
明らかに戦闘が得意そうな神族が1ダース。
これまでとは比べ物にならないLVの戦神たちが、最後の一枚らしき装飾を施された門の前にズラリと勢揃いしていたからだ。
「その奥に何があんのか……誰が待ち受けているのか……」
鼻を鳴らしても奇妙な臭いは嗅ぎ取れない。
究極兵器が隠してあるとか、大切なものを仕舞っているとか、そういう風ではなさそうだ。しかし、最後の扉の向こうに強敵がいるのがわかった。
他にも有象無象がいるけれど、1人だけ兵がいる
この臭いは――LV999だ。
目の前にいる12人のLV900弱なんて霞んでしまう。
こんな塵芥みたいな連中はさっさと片付けて、本命のLV999と真剣勝負をしたくて辛抱溜まらなくなった。グレンは息巻くように吠え立てる。
「邪魔だぁ! 退けや雑魚どもッ!」
グレンは最後の門を守る戦神たちを一蹴した。
1人たりとも見逃さず、絶殺することは忘れない。
殴り殺し、蹴り殺し、刺し殺し、払い殺し、薙ぎ殺し……11人までは瞬殺できたのだが、最後の1人は思い掛けず抵抗してきた。
門の前に陣取り、グレンを押し止めたのだ。
「てっきりどんぐりの背比べかと思いきや……アンタだけやるね」
こいつだけLVが高い。恐らく、リーダーなのだろう。
グレンが真っ直ぐに突き出した手刀、それを胸の前で両手で挟み込むように食い止めているのだ。要領的には真剣白刃取りに近い。
しかし手刀の先端は戦神の胸にめり込んでいる。
グレンが力任せに押し込めば必死の抵抗も虚しく、ズブズブと戦神の胸板へめり込んでいく。心臓を貫かれる感触をじっくり味わってほしい。
「お、おおおぉ~……おのれぇぇ~ッ!」
貴様は何者だ!? と戦神は血に染まる質問を投げ掛けてきた。
「冥土の土産に聞かせてほしいか?」
アンタにゃ勿体ねえな、とグレンは名乗らない。
手刀は戦神の胸を深々と穿ち、そのまま背中へと突き抜ける。
グレンが手刀に構えた右手を日本刀よろしく振り回せば、斬撃の衝撃波がそこら中に散らばり、戦神の五体をバラバラに斬り裂いた。
ついでに最後の門もかち割ってやる。
正体不明の遺物らしく洞窟、その最奥にグレンは到着した。
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血に塗れた黒い獣――誰もがグレンをそう錯覚するだろう。
別段、肌の色が変わったわけではない。
以前に比べて異様に伸びた黒髪が獣らしさを引き立てており、その黒さがグレンを“黒い獣”だと認識させてしまうらしい。
髪だけではない、指先の爪や顔立ちも変わってきている。
どれも獣性を強調するものばかりだ。
傷を負う度、肉を削がれる度、あるいは殺される度、急速再生するグレンの肉体は、その度に外見が変化することがよくあった。これは彼自身の過大能力の副作用めいたもので、当人はそのことを露ほども気にしていない。
殺しの効率が悪くなるわけじゃない。
むしろ殺しに適した変化が多いので歓迎したいくらいだ。
身の丈は180㎝以上190㎝未満で現状維持。
大親友(面と向かって言うとゲンナリされるが)エンオウの190㎝越えにはいつまで経っても追いつけない。
筋肉は適量、ボディビルダーよろしく筋肉モリモリではない。
肉食獣のように狩りに適した膂力と敏捷性を持続できる肉体能力。しなやかで柔らかくありながら、力強さを発揮できる最適の筋肉量だ。
ホストで食って行けそう――なんて小馬鹿にされる面立ち。
しかし、それは仮面に過ぎない。
鋭敏な感覚を持つ者ならば、その下に隠された魔獣の本能を察知して逃げていくことだろう。獲物を狩り殺すことしか頭にない、血と肉をぶちまけることしか考えていない、残虐と嗜虐が渦巻く殺しの欲求に支配された本能である。
最近、その本能が顔立ちに顕在化してきた。
すべての歯が牙のようにギザギザと尖ってきたのだ。
筋肉の付き方も人間離れし、ネコ科の大型獣に近付いていた。
手足には肉球こそ浮いてこないが、どちらの爪も分厚い鉤爪のような形状になっていた。獲物を引き裂くのが楽になったので重宝している。
そして頭髪は――異様なくらい伸びた。
生まれついての黒髪は変わりないが、それこそ足下へ届きそうなくらい伸びてきている。毛髪の量も増えに増えて鬱陶しいくらいだ。
しかし、獅子の鬣みたいな風格はない。
元々グレンの髪質はのっぺりとしたものだった。
そんな髪が増えて伸びたところで、貞子のボリュームアップ版くらいにしか見えないだろう。バケモノらしさがバージョンアップしたようなものだ。
ダブダブの土管みたいなズボンに、何も履かない素足。
シックスパックが浮かぶ細い腰にはきつめにサラシを巻くのみで、上半身に着込む上着はない。ただ、ボロボロの着物を肩に羽織っていた。
野獣、猛獣、狂獣、牙獣、剛獣……。
着物には模様として大小の漢字が染め抜かれているのだが、そのどれもが獣にちなんだ単語になっている。そして、背中の中央にはひときわ大きく“獣”という字が三つ、三角形を描く配置で並んでいた。
他人から「悪趣味」と言われるが、グレンお気に入りのデザインだ。
獣――グレンを表現するに相応しい。
最後の門を破ったグレンは、その奥にある洞窟の最深部に辿り着く。そこに立て籠もっていた連中に、自らの猛々しい姿を見せつけてやった。
真っ黒い闘気が颶風となって吹き荒れる。
切り崩した門の瓦礫とともに濛々と戦塵を巻き上げていた。その塵は先ほど手に掛けた戦神たちの血によって、一粒残らず真っ赤に染まっている。
血の紅に彩られた黒い獣は、辿り着いた場所を見回した。
予想外の光景だったのでキョトンとしてしまう。
「……なんだこりゃ?」
独りごちたグレンの声はあまりにも小さく、飛び込んだ時の爆音と門が崩れ落ちる音に紛れて誰の耳にも届いていない。
グレンはもう一度、首を巡らしてそこを見渡してみる。
幾重にも積み重なる地層、不思議な奇岩の集合体、天地から伸びる鍾乳石。
そこは複雑に入り乱れた鍾乳洞だった。
無駄にだだっ広い。ひとつの小国が収まりそうなくらいだ。
この最深部に至るまでの迷宮がしっかり整備された建造物だったのに対し、此処は天然素材100%の自然にできた洞窟らしい。
足場となるのは――年代の区別がはっきりわかる地層。
そこかしこに太古の生物らしき骨が覗いているので、化石の発掘現場などを想起させる。洞内は天井は見上げても視界が届かないほど高く、底は奈落のように深くて窺い知れない。暗黒が海のように広がっている。
堆積した地層は数え切れないほどだ。
大きめの地層は奈落から浮かび上がり、いくつもの島となっていた。
何万年……いや、何億年かも知れない。
それくらいの地層が積み重なっていると見ていいだろう。
堆積した地層には奇岩が群れをなしている。
ただの岩とは思えない、特徴的な形をした岩石ばかりだ。ある種の傾向があるのか、似たようなものが集まって群体よろしく凝り固まっている。
その見た目にグレンはふとある生物を思い出す。
「珊瑚みてぇだな……いや、まさか、本当に珊瑚なのかあれ?」
わずかだが生命の気配を感じる。
木や草、植物に近い。あれらの奇岩には生命力があった。
どうやら珊瑚の近縁種らしいが、地下とはいえ陸上で繁茂する珊瑚なんて地球上では確認できない。陸珊瑚とでも呼べばいいのか?
天井や奈落から伸びるのは、見たこともないサイズの鍾乳石。
下へ落ちるように伸びるのがつらら石といい、上に向かって伸びていくのは石筍というのだったか? 鍾乳石にも色々と種類があったはずだ。
どちらにせよ、小さなものでも塔くらいはある。
中には天井から垂れ下がるつらら石と奈落から突き上が石筍が融合して、世界樹と見間違えるほどの石柱になっているものもあった。
これらにも陸珊瑚らしきものが生い茂る。
この最奥部――想像以上に広い。
水の代わりに奈落の闇を湛え、地層でできた島がいくつも浮かんでいた。陸生の珊瑚が至るところで珊瑚礁を造り、巨大な鍾乳石が何本も立ち並ぶ。
海の底と勘違いしそうな場所だった。
陸珊瑚が吐いているのか、小さな燐光が宙を舞っている。
海月めいた浮遊生物、羽根を持った甲殻類、翼を羽ばたかせる魚類。
そんな未知の生物まで飛び交っていた。
あの迷宮と守護者は――この鍾乳洞を守っていたらしい。
門を抜けた先は鍾乳石を加工した橋だった。
橋の先は鍾乳洞で一番大きい地層の島へと続いている。
陸生の珊瑚が生い茂る島は、大型の倉庫や大規模な展示会場くらいの面積がある。田舎者だけれども、晴海とか有明なんて土地名を思い出した。
そこに――神族と魔族が何十人もいた。
地球から転移してきたプレイヤー勢ではない。現地生まれのようだ。
しかし、守護者である番人とは比べるべくもない。
神族や魔族、その混血児だという灰色の御子もいるようだが、その戦闘力はグレンが歯牙に掛けるまでもなかった。精々LV500がいいところだ。
どうやら連中はこの地の管理者らしい。
守護者は迷宮に無断で入り込む者を追い払うのがお仕事。
この殺すに値するかもどうかも怪しい弱者の集まりは、この鍾乳洞を中心とした遺物の面倒を見る役割を担っている。研究者というか科学者というか、そういった匂いがする。だから戦闘向きじゃないのだろう。
進撃の速度を落としたグレンは、管理者たちの前へ降り立った。
小さな悲鳴が連鎖し、連中はこちらを遠巻きにする。
「ハン……弱虫どもが雁首そろえて、こんな洞穴に籠もりやがって」
グレンは卑下する視線で睨めつけた。
いくら脆弱であろうとも、こいつらだって神族や魔族のはしくれだ。地上で戦争やっていることくらい、こんな地下深くにいても勘付けるはずだ。
世界を割るほどの大戦争である。気付かないわけがない。
だというのに、穴蔵に引き籠もったまま我関せずを貫こうとする。
その逃げ腰な姿勢がグレンをイラつかせた。
「誰もが死に物狂いで戦ってんのに参戦する気がねぇ、他人を殺してでも自分が生き延びようとする気概もねぇ、事なかれ主義で自分は関係ねぇと素知らぬ振りで通そうとする……気に入らねえなぁ、その根性」
ギチリ、と胸の前で五指から伸びた鉤爪をグレンは鳴らした。
「おまえらなんざ、番人以上に名乗る価値がねえ」
無性に込み上げる怒りは口の端を引きつらせる。
「名無しの権兵衛が1人残らず引導を渡してやるから、ありがたく思いな」
ズシャリ、とグレンはわざとらしく足音を立てて一歩進む。
弱者どもは甲高い悲鳴を上げて一斉に後退った。
まるで巨狼に追い詰められた羊の群れだ。
実際、何人かの神族は本当に羊の角を生やしていた。
頭に角を抱えた神族が多く、ほとんどが草食獣みたいな角を生やしている。いや、牙や爪を持たない草食獣だからこその角かも知れない。
どちらにせよ、肉食獣からすればすべて狩り殺すべき獲物だった。
「そんな薄情なことを言わずに……名乗ったらどうなんだい?」
弱虫の群れから物申す者がいた。
グレンに文句を一言ぶつけると、逃げ腰になる連中を掻き分けるように前へと出てくる。逃げ出さずに立ち向かおうとする勇気は褒めてやりたい。
抵抗する者を殺す方が楽しいからだ。
ガチャリガチャリ、と装備を鳴らす音がする。
軍靴のように靴底の厚いブーツでも履いているのか、足音もカツカツと独特だが強い決意を鳴り響かせていた。ある種の闘志にも相通じる。
間違いない――こいつがお目当てのLV999だ。
「へっ、ようやく主菜のお出ましかよ」
グレンは舌舐めずりで牙を濡らすも、内心では拍手で大歓迎をしていた。
現れたのは――軍服を着込んだ男。
弱虫どもを守るつもりなのか、彼らを庇うように立ちふさがる。
帽子の鍔から覗いた丸眼鏡が意味深長に煌めいていた。
「随分と粋がってるじゃないか……レンジ」
そう呼ばれた途端、グレンは全身の血が湧き立つショックを受けた。
苛立ちから細めていた眼が満月のように見開かれる。
「…………あん、だと?」
それはかつてのグレンの愛称だ。あだ名と言ってもいい。
グレンの本名は大嶽煉次郎、切り抜いてレンジだ。
極一部の、山奥にあるグレンの家までわざわざ遊ぶために足を運んでくれるような、心の底から親友と認められた友人にのみ許した呼び方だった。
グレンは軍服の男を射貫くように注視した。
身の丈は170にやっと届く程度、それほど大柄ではない。
身を包む軍服はどこの国をモデルにしたのだろう。それともファンタジー由来の創作物なのかわからないが、動きやすさを重視した実践的なものだ。格好良さや華美さはないが、実用性の高さが通好みである。
軍靴を鳴らしていたのは、軍用の編み上げブーツだ。
背には大きな背嚢(軍用バックパック)を背負っている。神族のLV999ならば亜空間の道具箱かあるはずなので、あれはファッションかも知れない。
右手には長い銃を無造作に持っている。
グレンはそこまで重火器に詳しくないが、突撃銃とかアサルトライフルと呼ばれるタイプのものだと思う。しかし、最新鋭ではないらしい。
率直に言えば古臭いデザインだった。
弾倉も見当たらない、数発ずつ装填するレトロな歩兵銃だ。
銃口の先には銃剣まで取り付けられており、古臭さを助長させている。
頭に乗せた軍帽はそこはかとなく記憶にあった。
あれは――日本兵のものじゃないか?
親友が愛読していた水木しげるという作家の漫画で読んだ覚えがある。あの先生は妖怪漫画で有名だが、自らの戦争体験を描いた作品も多かった。
そこからインスパイアしたデザインの帽子だ。
何より軍帽の下――そこにある顔をグレンが忘れるはずもない。
のっぺりした顔立ちに丸眼鏡をかけ、特徴的な出っ歯が目立つ。しかし、あの頃と比べたら、死線を潜り抜けた精悍な漢の面構えになっていた。
「くっ……あははははははははははははははははッ!」
おまえ――情報屋か!?
グレンは軍服男を無遠慮に指差して笑った。
心の友といえる人物をあざ笑ったのではない。この再会があまりにも劇的が過ぎるから、こんな展開を押しつけてきた運命の神様を笑ったのだ。
グレンは腹を抱えてゲラゲラ爆笑する。
「お、おま……おまえぇ! なんで真なる世界にいんだよ!? おれが散々アシュラを誘ってもやらなかったのに、VRMMORPGはやったのかよぉ!?」
「君がそれを言うか? 物忘れが激しいな」
誰が俺にVRMMORPGを勧めたよ、と情報屋は唇を緩めた。
その微笑みにグレンは刑務所暮らしを思い出す。
ドラクルンから譲られた電脳ドラッグ“英霊への道”を、グレンが製作したことにしてアシュラ・ストリートで流布させた。
その罪で服役した後の話だ。
グレンはすぐにVRMMORPGの試験者へと選ばれた。
予定通り、ロンドとドラクルンが手を回してくれたのだ。マッコウやミレンが再び訪ねてきて、正式に実験協力者に選ばれたことを教えてくれた。
おかげで刑務所でも飽きることはなかった。
VRMMORPGで真なる世界へ渡れば殺し放題だからだ。
しかし、まだ現実と完全に縁が切れたわけではない。
家族や親族、身内の何人かは面会に来てくれたがグレンは素っ気ない対応をするだけに留めておいた。割とどうでも良かったからだ。
地球が滅ぶことや、全人類が異世界へ転移することも教えなかった。
常識に生きるあいつらが聞き入れるはずがない。
電脳ドラッグを作った愚か者の戯言と切り捨てるだろう。面会に来たのも数えるほど、世間体からせめてもの顔を見せたに過ぎない。
そんな面会人の中に――情報屋がいた。
尋ねてきた回数ならば、ひょっとすると両親より多かったかも知れない。
数少ない親友は「バカ野郎……」と親身に罵ってくれたものだ。
この時、グレンはちょっと悪戯心を働かせた。
まだ正式発表されていない時期だったが、VRMMORPGについてほんの少しだけ仄めかしたのだ。情報屋にはそれで十分である。
あらゆる方面に情報収集のアンテナを張る男だ。すぐ察するに違いない。
プレイするなら良し、異世界転移するならまた良し。
真なる世界でまた会える――そんな予感が働いたのかも知れない。
過去の自分がどう考えていたかまでは覚えていないが、とにかくグレンは情報屋にVRMMORPGについて示唆したのは確かだった。
これ――情報漏洩である。
この頃はまだVRMMORPGに関する情報が開示されておらず、異世界転移も絡めた開発も極秘で行われていたため、リーク情報さえなかったのだ。
本当に内輪のみ、関係者しか知らない事実。
それをグレンは仄めかす程度だが、情報屋に教えてやったのだ。
非公式なれどグレンは関係者の1人。しかも幹部に直々かつ内密に雇われた外部職員みたいな中途半端な立場にある、あやふやで危なっかしい人員。
それゆえの口の軽さも手伝っていた。
機密情報というものはこうやって漏れるらしい。
しかし、破壊神や未来神に口止めされた覚えもない。
(※後で話題にしたが叱られなかった)
あの2人は大概アバウトなので助かる。素敵な上司だ。
ただ、事後報告したらマッコウさんには案の定「勝手なことしてぇ!」と怒鳴られてしまった。しかし、やっちまったもんはしょうがない。
結果的に功を奏したのだからOKだろう。
プレイヤーを1人増やし、そいつがLV999になったのだから。
情報屋がVRMMORPGを気に入るという目算もあった。
グレンが“戦闘と殺害”を至高の楽しみとするように、情報屋は“知識と情報”を集めることを無上の喜びとしている。
そして、VRMMORPGには多くの謎が隠されていた。
それも道理、真なる世界へと通じる窓口みたいなものだ。地球の原典ともいうべき知識の集大成がここにある。そういった謎に挑むような遊び方を楽しむプレイヤーは、あのゲームにもたくさんいた。
世間的には考察厨とか考察勢なんて呼ばれているらしい。
情報屋にはその素養があると踏んでいたのだ。
グレンは笑ったまま話を続ける。
「ああっ、あったなぁそんなこと……あの与太話を真に受けてくれたのか」
「君の逮捕は懐疑的なことばかりだったからな」
探究心が騒いだのか、あれやこれやと調べてくれたらしい。
やれやれ、と情報屋は肩をすくめる。
「電脳ドラッグのでの字どころか、PCのセットアップからアシュラ・ストリートのインストまで、俺にやらせるようなIT音痴の君が、あんな高度なプログラムを組めるわけがない……裏に何かあると読んで当たり前だろ」
「みんなそう言うんだよ、失礼だよなぁ?」
エンオウもそうだったが、合気のウィング(今では爆乳巨尻女神のツバサ)や打撃の獅子翁(今では陰険軍師のレオナルド)も怪しんでいたらしい。
「フッ……生まれついての知りたがりが災いしたよ」
情報屋は「してやられた」と言いたげに、首を軽く左右へ振った。
「君にVRMMORPGの前情報をそれとなく振られて、何の気になしに調べていたら、すぐに該当すると思しきソフトが発表され……」
興味本位からプレイしたらしい。
ハマった結果が御覧の有り様、異世界転移である。
「レンジ……君はこうなることを誰かから聞いてたんだな?」
「おっと、その名で呼ばれるのも懐かしくて悪かないが、とっくの昔に捨てちまった名前だ……ここは新しい名前を名乗らせてくれ」
グレンは立てた親指で自身を差すと、自慢するように言った。
最悪にして絶死をもたらす終焉――20人の終焉者。
「№06 鏖殺のフラグ 鏖殺師グレン・ビストサインってんだ」
殺戮師でもいいぞ、とグレンはもうひとつの肩書きを添えておく。
自分でも鏖殺師と殺戮師をよく間違えるのだ。
どちらでも大差ないから、あまり気にしたことはないが。
「最悪にして絶死をもたらす終焉……?」
情報屋は訝しげに丸眼鏡の奥にある眼を眇めていた。
「応よ、おれの今の雇い主が作った組織さ。VRMMORPGを一足早く教えてくれたり使わせてくれたり、機械音痴なおれに電脳ドラッグを都合してくれたり……とにかくまあ、おまえが怪しんでた全部の黒幕だ」
地球も真なる世界も関係ない――すべてを破壊して滅亡に追い込む。
「おれは生き物すべてをぶっ殺すことを任せられてるってわけよ」
破壊神についてグレンは簡単に説明する。
「なるほど、それで鏖殺か……色々と合点が行ったよ」
我ながらアバウト極まりない解説だったが、昔からグレンの話を聞き取ることができた情報屋は、考察を効かせることで概ね理解してくれたらしい。
「おお、納得してくれんのか?」
「ああ、君の“殺すことが大好き”という性癖を踏まえればな」
不思議じゃない、と情報屋は得心した様子だった。
親友と呼び合える仲だ。グレンの本性も見抜いていたのかも知れない。
「アシュラ・ストリートでの兇行は俺の耳にも入ってきていたし……何より、君の家でPCをセットアップに行った時……あんなものを見つければな」
情報屋の台詞には少なからず後悔が含まれていた。
長い付き合いのグレンはピンと来た。
「あんなもの? あ、もしかして……あれ見たのか?」
グレン的にはベッドの下のエロ本を見られたのと同じ気分だった。
恐らくは――狩りと殺しの道具。
裏山で獣を狩り殺す際、素手では持て余す野獣たちを仕留めるために、学生時代のグレンが拵えたハンドメイド製の武器のことだ。
隠したつもりだが、目敏い情報屋は見つけてしまったらしい。
「アシュラ・ストリートを勧めたきっかけを思い返せば、君の本性はわかりやすいの一言に尽きる。戦いという前戯に当たる過程を存分に楽しみ、倒した相手の息の根を止めることで快感を得る……」
ため息とともに頷いた情報屋は先を続ける。
「だが人間は殺さない、それくらいの良識はあるのだと信じていたが……異世界という別天地にやってきて、理性の箍が外れてしまったのか?」
叱責する情報屋だが、グレンは鼻で笑った。
「機会がなかっただけさ。地球でも殺せたら殺したぜ」
現代社会では殺人の難易度が高かった。
特に日本という環境においては、まず不可能に近い。
殺人という快楽を楽しんだとして、後始末や隠蔽工作、発覚した際の社会的制裁を考えたら割に合わないとグレンなりに算盤を弾いたに過ぎない。
強い獲物を殺すなら、野山の獣で事足りたのも大きい。
グレンは、長くなった両腕をいっぱいに広げる。
「真なる世界にゃあ制約なんぞ一切ねえ!」
弱肉強食、力ある者が思いのままに我を通せる世界だ。
「獣に会えば獣を殺し、人に会えば人を殺す。神に会っても悪魔に会っても、力に勝れば殺したって文句を言われる筋合いはねぇ……戦って負けて死ぬ奴が弱ぇだけ、ろくに抗えずに弱くて死ぬ奴が悪いんだからな!」
警察も官憲も司法もない。力こそが正義という原始的な規則。
長い黒髪を振り乱してグレンは思いの丈を叫ぶ。
「おまえが見抜いた通りだ親友! おれはこの世に生きてるすべての生命をぶち殺したくて堪らねえ! それが楽しくて嬉しくてしょうがねぇんだ!」
それがグレンという漢だ! と胸を張って主張する。
「ああ、よく知ってるよ……今更さ」
情報屋は右手に提げていた銃を静かに構えた。
殺気を昂ぶらせるグレンに、いつでも対応できるよう備えていた。
「このまま親友同士、懐かしい話で旧交を温めるのも悪くねぇが……さっきも名乗った通り、今のおれはこの世界を滅ぼすバッドデッドエンズの一員。その特攻隊長みてえなもんさ。強い奴らを片っ端から殺して回らなきゃならねえ」
情報屋を指差す鉤爪が、メキメキと音を立てて尖る。
「LV999なんざ――その最たる者よ」
グレンは牙を剥いて微笑むが、その声はやや怒気を孕んでいた。
「おれの眼鏡に叶うほど強くなったおまえが、どうしてこんな穴蔵に引き籠もってやがる? おまえが守ろうとしてる雑魚どもにも言いてえことがある……」
――どうして戦おうとしない?
理解の及ばぬ未知を問い質すようにグレンは尋ねた。
「世界のそこかしこで大戦争が起こっているのは、こんな穴の底に至って感じ取れるはずだ……なのに、おまえたちは動こうとしない? 道中出会した番人にしたってそうだ。あれだけの力を持っていながら、なんで参加しねえ?」
「誰もが最前線に赴くと思うのは早計だぜ?」
不快感も露わに問い詰めるグレンに、情報屋は挑発的な態度で返してきた。
「任された持ち場を守る……そういう戦い方もあるってことさ」
「……こいつらがそうだとでも言いたいのか?」
情報屋は沈黙で通したが、その態度は「然り」と訴えていた。
「ここは――“源層礁の庭園”と呼ばれている」
出し抜けに情報屋はこの場所の正式名称を明かした。
ビンゴ! ドンピシャ! ジャックポット!
……などと叫びたい気持ちに駆られたグレンだが、そこは空気を読んで自重しておいた。あまり巫山戯たくない雰囲気である。
未来神が話していた、真なる世界の遺跡に違いない。
壊してほしいと列挙されたリストに名前があったような気がする。
「この世界のために必要な遺物のひとつってやつか?」
へえ、と情報屋は意外そうな声を漏らす。
「黒幕にでも聞いたのかい? 殺すことしか頭にない君がそんなことに興味を示すわけがないし……遺物を知ってることだけでも驚きだ」
「そう褒めるなよ、照れるぜ」
グレンは照れ臭そうに人差し指で鼻の下を擦った。
そんな演技には目もくれず、情報屋はここの重要性を語る。
「君に話しても馬の耳に念仏だろうが……ここは真なる世界の重要な情報を集めた場なんだ。太古から伝えられてきた、掛け替えのない情報の集積地」
なるほど、情報屋が共感を持ちそうな場所だ。
情報屋はギュッと銃を握り締めた。
「世界中で大規模な戦争が始まっているのは、俺たちも知るところだ。彼らと一緒に戦いたいと願う者もいた、この世界を守るために参加しようという者もいた……それでも、この地の守りを疎かにはできなかったんだ」
「職務放棄はできねえ、みたいな話か?」
「当たらずも遠からず……かな。この地に暮らす者は皆そうだよ」
ずっと――守り続けてきたらしい。
外界で大きな異変が起きても、職務への従事を優先したようだ。
「でも無関心だったわけじゃない……有事に動けない不甲斐なさに多くの者が葛藤したものの、それでも遺物を守る責任を選んだんだ」
情報屋は親身になって弁護するが、グレンは反吐が出そうだった。
「……使命感って呪いに縛られてやがる」
自由人グレンの視点からすれば愚か者の極みである。
以前、超巨大蕃神が出現した時も騒然としたそうだが、苦悩の果てにこの地を守ることに徹して、グッと我慢してきたという。さもなければ、ツバサの姐ちゃんが率いる四神同盟とどんな形であれ接触していたに違いない。
しかし、ここの守護者たちは守りに専念した。
その選択が――凶と出ている。
どこかの大異変で外に出て、四神同盟とコンタクトを取っていれば、還らずの都や天梯の方舟のように、保護された可能性だってあったのだ。
こうして――グレンに強襲されずにも済んだのに。
「ま、いいや……この場所についてと、ここを守ったり管理したりしてる雑魚どもの立ち位置については大体わかった」
グレンはつまらなそうに頭をガリガリ掻いた。
その後、義務的っぽい質問をしてみる。
「んで親友よ……おまえはこんなところで何やってんだ?」
「見てわからないか? 用心棒さ」
情報屋は構えた銃の先端にある銃剣を差し向けてきた。
細かい内容こそ省かれたが、当て所なく彷徨っていた情報屋はここの守護者たちに拾われて、九死に一生を得たらしい。
以来、管理者のお手伝いをしながら用心棒となったそうだ。
わかりやすいな! とグレンも一発で理解できた。
「OKOK、頭の悪いおれでも、ここがどういう場所かで、どうして情報屋がここにいて、なんでそいつらを庇うのかについてようやく理解できたよ」
じゃあ本題だ――グレンは足音を踏み鳴らして前に出た。
目に見える殺気が黒い風となって吹き荒れる。
弱者どもはみっともなく狼狽え、物理的な威力を持った颶風に吹き飛ばされそうになっている。情報屋はたじろぐことなく、突撃銃を構えていた。
戦意を昂揚させ、グレンという脅威に怯まない。
久し振りに会った親友が、対等に殺し合える強者となっていた。
グレンはこの再会に心から感謝の意を表する。
「おれはここにいる奴らを皆殺しにする。無論、親友のおまえもだ」
「……やっぱりな、そう来ると思ったよ」
情報屋は諦念のため息をついた。
グレンと再会した時点で、覚悟は決まっていたはずだ。
「ついでに、この源層礁の庭園とやらも木っ端微塵にぶっ壊す。おれにゃあ恩人が2人いるんだが、その1人からのお達しだ。思い出したからやっとく」
命のない無機物を壊すのは趣味じゃないが、これも恩返しの一環だ。
思い出したからには片付けておこう。
「……変なとこ義理堅いのも相変わらずだな」
情報屋は悪態をつくが、長い付き合いだから承知の上だろう。
――恩は返すし借りも返す。
アシュラ・ストリート関連で情報屋には散々世話になったが、グレンは昼飯を奢ったりなどして、相応以上の対価をちゃんと支払っていた。
それを評して「義理堅い」と言ったのだ。
「そんでだ……おまえはおれと殺り合ってくれんだろ? なあ情報屋?」
本名――桜井昌一郎。
敢えて現実の名前を言い、グレンは情報屋を煽ってみた。
情報屋は愛想笑いで受け流す。
「君と同じだよ、レンジ……いやグレン、俺もその名は現実に置いてきた」
今は――ショウイ・オウカと名乗っている。
親友の誼だ、と情報屋もといショウイはグレンの足下を指し示した。
銃剣の切っ先で攻撃的にだ。
「そこから先には踏み込まない方がいい。命の保証はしない」
「いいねぇ! そういう挑発は大好物だ!」
罠があっても真正面から行き、力任せに噛み破りたくなる
忠告を無視したグレンは危険地帯へ踏み込んだ。
瞬間、カチッと何かのスイッチを踏んだ感傷を足の裏に覚えた。それが起動ボタンだったのか、グレンを取り囲むようにいくつもの箱が飛び出てきた。
どうやら地上に埋設されていたらしい。
グレンを包囲したのは、長方形のお弁当箱みたいな無数の箱。
軍用知識はないグレンだが、これは映画でお目に掛かったことがある。
「……指向性対人地雷ッ!?」
箱の中身は、数百個もの鋼球と強力な爆薬。
起爆すると爆発とともに鋼球が前方へ向けて爆散し、この地雷の前に立った人間を爆風と鋼球の散弾でミンチにするという代物だ。
そんな地雷が十重二十重にグレンを取り巻いている。
「言っただろう……踏み込むなって」
ショウイの声は対人地雷の爆音にかき消された。
爆薬も従来のC-4と呼ばれる軍用プラスチック爆薬など目じゃない、神族特製の超威力だ。おまけに鋼球はアダマント鋼製という奮発振り。
工作系技能で強化モリモリなのもポイントが高い。
「ぐぅうぉおおおおおおッ! 痛ぇぇぇぇぇぇーーーッ!?」
情け容赦ない爆風を浴びたグレンは、全身を蜂の巣にされてしまう。
筋肉も脂肪も一緒くたの挽肉にされ、神経は引き千切られて骨は打ち砕かれる。50は下らない対人地雷はグレンの肉体を粉砕しようとしていた。
いや、この威力はもう対人ならぬ対神地雷と言うべきだろう。
ショウイはこれで勘弁してくれない。
手にした突撃銃を構えると、グレンが重傷を負っていようとお構いなしに撃ち込んできた。対人地雷の爆発が収まりきらなくても関係ない。
当然、この銃もLV999に致命傷を負わせる威力を備えていた。
「今だみんな! 撃って撃って撃ちまくれ!」
ショウイの声に触発され、雑魚どもも一人前に牙を剥いてきた。
どこに隠していたのか、様々な銃を取り出す。
使えるように指南も受けていたのか、堂に入った姿勢でそれぞれに銃器を構えると、引き金を引いて一斉射撃を仕掛けてきた。
弾幕を一身に受けたグレンは、原形を留めぬほど崩壊していく。
「ぐぁあああああああッッッ! 痛ぇぇ痛ぇぇ……あっはっはっはッ! 殺るじゃねえか情報屋! それに弱虫毛虫どもッ! 一杯食わされたぜぇ!」
撃ち抜かれた喉を急速再生させてグレンは笑う。
銃声をも上回る笑声で、心地良さげに高笑いを響かせた。
「殺し合いってのはこうでなくちゃなぁ! 一方的に嬲り殺しなんざつまらねえよなぁ! 刃向かって抗って歯向かって争って……くんなきゃなぁ!」
再生するのは喉だけではない。
粉砕骨折よりも微塵に砕かれた骨は、前より強く太く頑丈になるよう繋ぎ直されていき、神経はより迅速に意思を伝えられるよう増強される。
筋肉はアダマント鋼の強度とミスリルの柔軟さを加味していく。
両手両脚の鉤爪や口からはみ出しそうな牙は、より硬さと鋭さを増して、自分を害した者を無惨に殺す時を待ち侘びていた。
一発で頭蓋骨を吹き飛ばすような銃弾を食らっても即再生。
やがては、その銃弾をも弾き返すほどの肉体強度へと進化していく。
「あははははははッ! もっと、もっと来いよ親友ぃ!」
痛みを寄越せ! とグレンは痛覚からの刺激に酔い痴れていた。
過大能力――【終末を統べる獣は死ぬことを忘れた】
即死級の攻撃を受けても即座に再生する、不死身の能力である。
しかも損壊してしまった肉体の部位は、そのダメージを学習することで以前よりも優れた肉体になるよう進化と自己改造を繰り返し、復元直後は大幅な強化まで行われるというお得なボーナスまで付いている。
ただ、この強化は時間経過で落ち着くもの。肉体に馴染むのだろう。
興奮状態による一時的なパワーアップに過ぎないらしい。
それでも後遺症のようにいくらかの強化は身に付くため、グレンの肉体は死線を乗り越える度に基礎能力を向上させていくわけだ。
人間離れした鉤爪、肉食獣に近付いた四肢、異様に伸びた髪。
こうした変化はその副産物である。
どういう仕組みなのか対人地雷はいくらでも追加され、雑魚どもからの銃撃は鳴り止まない。ショウイからの銃撃も五臓六腑を焼き焦がす。
それらを意に介することなくグレンは歩を進めた。
「いいぜぇ親友……久々に殺し合いをしてるって気持ちになれるぜ!」
良心への呵責が感じられない無慈悲な攻撃。
それを躊躇いもなく実行するショウイの決断に敬意を表した。
「そうかい、こっちは戦々恐々だよ」
いつ死んでくれるかってな! とショウイは次の手を打ってきた。
気付けば何十挺もの銃が空中に浮かんでいた。
多少の型違いはあるものの、すべてショウイが持っている突撃銃みたいなタイプのアサルトライフルだ。銃剣の装着を忘れないのはご愛敬か。
あれらの銃はショウイが操っているらしい。
果たして高等技能なのか――それとも彼の過大能力なのか。
尋ねる暇を与えてくれるわけもない。
「総員突貫! 突き刺され!」
ショウイの命を受けた銃の群れは、一斉にグレンへ突撃してきた。
先端の銃剣が身体中の至るところへ隈なく突き刺さり、肉を斬り裂いて骨をへし折ってくる。そこからの零距離射撃を敢行してきた。
「ぐぅぅ……弾切れってもんを知らねえのか、このライフルどもは!?」
どれだけ弾薬を詰め込んでいるのか、銃撃が終わらない。
「魔改造しているに決まってるだろ」
グレンのぼやきをショウイは拾ってくれる。さすが友達。
「探知系技能をフル回転させて調べたが……君の過大能力はヤバすぎる。中途半端なダメージじゃどんなしっぺ返しを食らうか知れたものじゃない。そんな輩は徹底的に殺し尽くすしかない」
「ぐぅぅ……フッフッフッ! 正論だ! おまえが正しいぞ情報屋ぁ!」
戦いの最中、こちらの能力を調査するのも怠らない。
情報屋の面目躍如である。
「銃撃だけで安心できるわけもない……やるからには全部ぶつける!」
ショウイはトドメを刺してきた。
グレンに突き刺さる何十挺ものライフル。
それらの銃身には、いつの間にか手榴弾が鈴なりにぶら下がっていた。
更に――弾帯というものが絡みついてくる。
あれだ、バルカン砲とかガトリング砲みたいな機関砲に取り付けられている、弾丸を帯状に繋げた装備だ。あれが十重二十重に巻き付いてきた。
更に更に――奇妙なワイヤーまで上乗せされる。
一見すると軟質ゴムでできたワイヤーのようだが、その内部から充填された重金属と高性能爆薬のキツい臭いがプンプンした。これも大爆発を起こしつつ、内部の金属が変形しながら対象を破壊する特殊爆薬の一種らしい。
手榴弾、弾帯、特殊爆薬――すべて特盛り大量だ。
「あばよ…………煉次郎」
ショウイは寂しげに呟き、手元の起爆スイッチを押した。
源層礁の庭園――その最奥部に激震が走る。
中央に位置する地層の浮島が激しく震動し、鍾乳洞内も震え上がり、何本かの鍾乳石が倒れるほどの衝撃に見舞われた。
ショウイがありったけの爆発物を炸裂させたからだ。
グレンを爆心地として、鍾乳洞を崩落させかねない大爆発が起こる。
守るべき場所でここまでの暴挙に出るのは心苦しいだろうが、そこまでせねばグレンを仕留めきれないと買ってくれた証でもあった。
その心意気に報いねばなるまい。
「ウィィィ……あっははははははははははははーーーッッッ!」
歓喜の高笑いを上げてグレンは現れる。
爆煙を突き抜ける身体はまだ修復しきっておらず、治ったばかりの骨に神経と筋肉がまとわりつく途中で、出来損ないの人体模型な有り様だ。
踏み出すだけで意識が飛びそうな鈍痛に見舞われる。
殺し合いにより与えられる痛みを喜びとして甘受し、肉体の修復する間も惜しいとグレンは爆走した。目指す先には親友が銃を構えて待っている。
その懸命な勇姿が愛おしくて、グレンは真心を込めて殺しに掛かった。
「おまえは強くなった! 情報屋ッ!」
それでいい! と修復したばかりの鉤爪を縦横無尽に繰り出した。
接近戦で銃撃は難しいと割り切ったショウイは、銃の持ち方を変えると銃剣を穂先に見立てて槍のように取り扱う。
グレンが振るう鉤爪の猛威を、銃身で受け流すように防ぐ。
合間合間に銃剣を突き出す反撃も忘れない。
互角とは言い難いが、ちゃんと戦えるショウイの腕をグレンは褒め称えた。
「そうだ、戦えッ! 殺し合えッ! 生き物はそうじゃなきゃいけねぇんだ! 強くなることも挑むことも忘れた弱者なんざ死ねばいい! 抗えねぇなら、どいつもこいつもおっ死ね! 無抵抗ほど不愉快なことはねぇんだッ!」
戦って死ねえッ! とグレンは渾身の突きが打ち込む。
ショウイは突撃銃で受け止めたが、そこで銃身は砕けてしまった。
グレンは突き込んだ手を獣が獲物へ齧り付くかのように開くと、ショウイの首根っこを引っ掴む。そのまま力任せに押し倒そうとした。
咄嗟にショウイは後ろへ飛び下がる。
飛行系技能を使い、高速で飛び退いてグレンの手から逃れるつもりだ。
その前にグレンの指がショウイの首を絞めていた。
群れていた雑魚どもを蹴散らして、あわよくば突き飛ばした際の衝撃波で殺しておいて、捕まえたショウイをどこまでも押していく。
とうとう地層の島の果てに行き着き、陸珊瑚の壁に叩きつけた。
硬い珊瑚礁が割れる勢いで、ショウイの後頭部や背中から血飛沫が上がる。
「ぐっ、おぁ……ッ!?」
しかしショウイは悲鳴は上げず、短い苦悶で堪えていた。
グレンは笑いながら泣いていた。
親友と認めた男と殺し合いを楽しめるというシチュエーションに狂喜して笑いが込み上げるも、このままショウイをくびり殺せば、楽しい時間が終わってしまうと嘆いているのだ。また、友達を失うことも純粋に悲しかった。
さりとて――殺しへの欲求は正直だ。
鉤爪を頸動脈に突き立て、握力で脊椎を折ろうとする。
「親友を手に掛けるのは初体験だが……悪くねえ、悪くねえ気分だぜ」
「命乞いもさせないのか……君って奴は!」
まったくらしいな、とショウイは血反吐で濡れた口角を釣り上げた。
「――あなたぁッ!」
雑魚どもの群れ、神族の女がこちらに振り返って悲鳴を上げた。
その声がどうにも気に障ってしまった。彼女の目はグレンではなくショウイを追っており、涙に溺れる瞳は愛しい者を見つめるそれだ。
その声に引っ掛かるものを覚えた。
だが、初めて友人を殺す興奮に息巻くグレンはそれどころではない。
「……あばよダチ公ッ!」
そう叫んだ直後――グレンは思いっきり吹っ飛ばされていた。
いきなり鉄拳で右側頭部をぶん殴られたのだ。
頭蓋骨陥没の大怪我を負わされ、首の脊椎は常人ならば再起不能レベルまでバキボキにへし折られた。胴体から千切れなかっただけ儲け物だ。
吹き飛ばされたグレンは、頭から陸珊瑚へと突っ込んでいく。
小山ほどあった陸珊瑚を打ち崩し、その瓦礫の下へグレンは埋もれてしまう。
「逆上せてたとはいえ、おれを殴り飛ばすとは……」
首と頭を修復しながら、グレンは瓦礫を押し退けて立ち上がる。
不意打ちの横槍を入れた張本人。
そいつはショウイの前に佇んでいたが、彼の姿を目にしたグレンは思い掛けない展開が向こうから現れたことに礼を述べたくなってしまった。
――突如として現れた大男。
身の丈190㎝を越える長身、弛まぬ鍛錬を積み重ねてきた体躯。
厳格な面構えは堅物と揶揄されても仕方なく、まっすぐに一本筋の通った芯の強さが感じられた。動きやすい、もとい戦いやすいファッションを好む。
大男は蒸気の立ち上る拳を持ち上げる。
「寄り道が過ぎる……だから迎えに来てやった」
感謝しろ悪友、とグレンが認めるもう一人の親友は言った。
ゴキキ! と手で押し込むことで無理やり首の骨の位置を整えたグレンは、陥没が塞がったばかりの頭蓋骨を撫でてから歓迎の笑みを浮かべる。
「ああ、感謝するぜ親友……そんで悪かった」
待たせちまったなぁ! とグレンは大喜びでもう一人の親友を出迎えた。
武道家――エンオウ・ヤマミネ。
訪ねに行くはずの親友が、あちらからやって来てくれたのだ。
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でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
俺だけ毎日チュートリアルで報酬無双だけどもしかしたら世界の敵になったかもしれない
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朝起きたら『チュートリアル 起床』という謎の画面が出現。怪訝に思いながらもチュートリアルをクリアしていき、報酬を貰う。そして近い未来、世界が一新する出来事が起こり、主人公・花房 萌(はなぶさ はじめ)の人生の歯車が狂いだす。
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【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ
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2023/12/19……番外編完結
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2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位
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2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位
2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位
2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位
2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位
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