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第17章 ローカ・パドマの咲く頃に
第405話:不倶戴天、再び相見える
しおりを挟む限定指定暴力団――穂村組。
何よりも“武力”を重んじる極道一派として名を馳せた戦闘集団である。組長から末端のチンピラに至るまで、一騎当千の“武力”を示さねばならない。
その穂村組で若頭を張ったのがゲンジロウだ。
若頭とは、暴力団において組長に次ぐ№2の地位にある。
数いる子分たちの筆頭であり、それらを取りまとめる統括役。「若い衆の頭」という言葉を縮めたものらしい。組長の片腕として組織を取り仕切る役職でもあるため、本来ならば古株のバンダユウが収まるべき地位だ。
バンダユウは先々代組長の弟子にして先代組長の師匠。
流儀としては手妻師という幻術使いのような戦闘スタイルなのだが、なにせ器用なので剣術から体術まで極めており、武芸百般を地で行く芸達者だ。
若者の才能を見抜いて、最適な流儀を教える先達でもある。
長く若頭の座にあったのだが、ゲンジロウたち三兄妹が頭角を現してくると早々に引退してしまい、ご意見番でもある顧問の地位に収まってしまった。
『ロートルがいつまでも幅を利かせてどうする』
若頭なんざ若い奴がやれ、とバンダユウは後進に席を譲った。
ここで若頭に選ばれたのがゲンジロウだ。
妾腹とはいえ先代組長の長子という暗黙の了解もあったが、当時から穂村組でも一番の腕利きというのが最大の理由だった。次期組長となるホムラに無償の忠誠心を抱くこと、レイジやマリが補佐を務めるのも後押しとなった。
また、彼は努力の化身でもある。
強くなるためならば、寝食を忘れて鍛錬に取り組む男だった。
幼い頃からそうした傾向が強く、一時期は本当に寝る間も惜しむどころか徹夜で筋トレをしていたため、ホムラの母親からこっぴどく叱られたほどである。
以来、三食と睡眠だけは忘れないようになった。
ゲンジロウはホムラの母親の言いつけは遵守したものだ。
個人の戦闘能力を尊ぶ穂村組において、武道を極めることにひたすら邁進する彼の人柄は組員からの尊敬の念を集めた。
セイコたち精鋭勢も一目置き、ゲンジロウに敬意を払う。
素手の殴り合いや足技限定の蹴り比べ、柔道や柔術の寝技、プロレスめいた関節技、腕力比べの腕相撲……こうしたものでは必ずトップ3に食い込む。
無手勝流でも向かうところ敵なし。
こうしてゲンジロウは名実ともに穂村組の若頭となった。
そんなゲンジロウの流儀、つまり戦闘スタイルは主に剣術である。
ただし――真っ当とは言い難い。
穂村組には連綿と伝えられてきた、独自の古流剣術がある。
これは顧問バンダユウや剣術家コジロウが修めており、希望すれば実地で手解きを受けられる。ゲンジロウもこの剣術を修めていた。
そこから大胆なアレンジを加えている。
様々な流派で名のある剣士に喧嘩を売ったり、あるいは道場破り同然で殴り込みをかけたり、暗殺まがいの仕事ついでに勝負を仕掛けたり……。
ゲンジロウは他流派のいいところを貪欲に取り込んだ。
特に南方に伝わる剣術。示現流やタイ捨流といった実戦主義は馴染んだのか、自らの実戦経験を加味することで超攻撃的に仕上げていった。
およそ正しい剣道からは程遠い。
斬り伏せる、打ちのめす、叩き伏せる、仕留める、行動不能にする。
依頼とあらば――抹殺する。
対象を倒すことに特化しているため、剣道のルールに則るはずもない。流儀としての礼儀を重んじる剣術からもかけ離れた戦い方だ。
裏を返せば、道場で行われるお上品な剣道とは比べ物にならない。
敵を打ち倒すためならば、あらゆる手段を講じる。
武士道も騎士道もへったくれもない。砂をかけたり、急所を狙ったり、最悪な場所に誘い込んだり、不意打ちを仕掛けたり……「卑怯者!」と罵られるような手を使ってでも、勝利のためならば手段を選ばない。
要するに、ルール無用の真剣デスマッチを切り抜ける戦法だ。
本当の意味で戦場を生き抜くための剣術である。
右手に長ドス――左手に拳銃。
この変則二刀流が、ゲンジロウの辿り着いた戦闘スタイルだった。
長ドスもただの日本刀ではない。従来のものより長さもあるが、何より注目すべきは厚みだ。普通のものの優に三倍はある。
特注で打たせた超特大で超重量、鉈みたいな長ドスだった。
あるいは鈍重で分厚い鉄刀を用いる。
(※鉄刀=刃挽きした刀。日本刀型の鉄棒、鉄製の木刀と考えればいい)
どちらも常人ならば両手でも持て余す代物だ。
それをゲンジロウは片手で軽々と持ち、子供が棒きれを振り回すよりも軽やかに取り扱う。その膂力は弛まぬ努力の賜物である。
ゲンジロウの力強い剣捌きは――片腕で人体を両断した。
鍛えた剣術家ならば両手持ちで刀剣を振るえば人間の手足も落とせるだろうが、片腕となれば肉を避けても骨まで絶つことは難しい。関節などの弱い場所を狙い澄ましても手子摺るだろうし、胴体を切り分けるなどできるわけがない。
それをゲンジロウは片腕で容易くやる。
腕や脚に首を落とすのは無論、正中線から両断したこともあった。
厚みのある刀身という頑丈さの代償によって切れ味の落ちた長ドスどころか、刃のない鉄刀あろうと容赦なく斬り裂いたものだ。
防御されても関係ない。障害物ごと真っ二つに叩き割る。
斬るのではなく、折り砕くことに主眼を置いた剣技。
かつて胴太貫などの豪刀で鎧武者を力任せに斬り伏せる猛者がいた。その系譜に連なる、剛の者のみに許される力業を極めた太刀筋。
介者剣法の定石から外れた、圧倒的腕力から繰り出される絶技だ。
(※介者剣法=鎧武者同士の戦いを想定した剣術。基本的な戦い方は重心を落として転倒を避け、防御面は鎧に任せ、相手の鎧の隙間を狙って突く。鎧ごと相手を断ち切るような技は刀剣がいかれるのでセオリーに反する)
そして、左手で使う拳銃も特別製である。
銃器密輸に伝手がある組から融通してもらった軍用拳銃だ。乱暴に扱っても壊れにくく、火力が高いものをゲンジロウは求めた。
いざとなれば銃把を叩きつけ、敵の得物も受け止められる頑丈さ。
火力と耐久性が第一、射程や命中率などの性能は二の次だ。
射撃も達者なゲンジロウだが、拳銃を遠距離武器として使わない。
至近距離から鉛玉をぶち込んで、相手の行動を制限するマンストッピングパワーを重視していた。あるいは直接急所に弾丸を叩き込む。
だから射程にはこだわらない。
片手で撃とうものなら肩が脱臼しかねない、とんでもない反動が返ってくる拳銃であろうと気にしない。確実に深手を負わせられればそれでいい。
拳法、脚技、寝技……無手勝流を先鋭化させた喧嘩殺法。
1年365日……盆暮れ正月ですら鍛錬を欠かさない努力の化身。
頑丈な武器と錬磨した膂力……ここから発揮される制圧力。
以上――現実におけるゲンジロウの戦闘性能である。
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現実世界でも常人離れした実力を誇った若頭。
戦闘スタイルこそ初志貫徹。長ドスと拳銃の変則二刀流のままだが、その威力は段違いどころが次元が違うレベルで上がっていた。
今のゲンジロウは魔族――それも魔王クラスの力の持ち主だ。
20人にまで絞られたという最悪にして絶死をもたらす終焉の一人に数えられている以上、その破壊力は間違いなく世界を滅ぼす域に達している。
――国ひとつを灰燼に帰するマグマ。
それを圧縮して一振りの刃にした燃える灼熱の長ドスを、ゲンジロウは背負うように振り上げると、レイジ目掛けてまっすぐに突き進んできた。
冷えた溶岩にも似た岩のような黒い肌には、無数の亀裂が走っている。
その下ではマグマの脈動めいた明滅を繰り返していた。
縦横無尽なひび割れは背中も覆っているようだが、そこから業火が噴き出してジェット噴射の役割をさせているらしい。
尋常じゃない突進力、あの勢いで斬られたら一溜まりもない。
大気圏外から墜ちてくる炎をまとった隕石が、爆熱の大太刀で斬りつけてくるようなものだ。炎の魔王だからこそできる、山をも切り崩す一太刀である。
だが、人間を越えたのはゲンジロウだけではない。
あちらが炎の魔王だとすれば、こちらは氷の公爵といったところか。
レイジは極寒より具現化させた氷の鎖を喚び出す。
過大能力――【区別なく差別なく分け隔てなく凍れ】。
絶対零度の権化となる過大能力をフルパワーで行使する。
両手から無限に伸びる、極寒の冷気を宿した氷の鎖。それはレイジの前方、ゲンジロウが向かってくるスペースへ縦横無尽に張り巡らされた。
できあがるのは――氷の鎖で編まれた冷凍結界。
立ち入り禁止のテープよりも厳重、幾重にも複雑に鎖は絡む。
氷の鎖に触れれば瞬間凍結されるのは当たり前、鎖に囲まれた結界内は絶対零度の空気で満たされており、踏み込めば即座に氷の彫像となるはずだ。
灼熱の炎だとて燃え続けることは不可能。
もっとも――まったくゲンジロウは意に介さない。
氷の鎖に触れても凍結することはなく、逆に溶かしきることで熱い蒸気を吹き上げている。顔色ひとつ変えず仏頂面のままだった。
ノーリアクションなのは、さしものレイジも苛立ちを覚える。
絶対零度の空気に多少なりとも熱量を低くするものの、炎の魔王に相応しい溶岩よりも熱く燃える熱血を冷ますことはできないようだ。
冷凍結界を物ともせず、ゲンジロウはレイジへ突撃してくる。
ある意味――予想通りだ。
この程度であの長兄を止められると思い上がってはいない。
氷の鎖を張り巡らせた冷気の結界。その目的はあくまでも足止め、あるいは足を鈍らせる程度のもの。完全に停止させるまでは期待していない。
ゲンジロウは氷の結界を突き進んでくる。
しかし、氷の鎖に触れればいくらかは速力が削がれ、鎖が何重にも立ちはだかれば鬱陶しさから長ドスで斬り払っている。進むごとに勢いは殺され、最初から比べれば格段にスピードが落ちていた。
突進する力も相応に弱まっていくという寸法だ。
だとしても、決して侮れない。
結界を突破して斬りかかるゲンジロウ、その気迫は悪鬼羅刹さながらだ。
火山の憤炎をも凌駕する斬撃をレイジは真っ向から受け止めた。
激突とともに水蒸気爆発が起こる。
灼熱を司る炎の魔王と、極寒を制する氷の公爵がぶつかったのだ。空間を爛れさせる蒸気が爆ぜてもおかしくはない。
ゲンジロウの燃える長ドスを受け止めたのは――。
「むぅ……十手か」
短めの鉄棒に鈎をつけた警棒みたいなものだ。
江戸時代には悪徒を取り締まる役人へ護身用に配給されたという。
「私の流儀は鎖だけじゃありませんからね」
レイジは両手に握り締めた大振りの十手を交差させ、ゲンジロウの長ドスを凌いでいた。刃と鉄棒の接点からはまだ激しい蒸気が上がっている。
レイジの流儀は鎖を操る鉄鎖術に留まらない。
正しくは“捕物”という流儀で、古来より下手人や容疑者を取り押さえるために発展した護身術の一種である。あるいは捕縛術と呼んでもいいだろう。
相手を殺さず拘束することに長けた流儀だ。
一番得意なのは鉄鎖術だが、武具を持つ相手にはこうした十手や刺股などの道具を使うこともある。この十手は鎖同様、過大能力の氷で作られたものだ。
殴打したものを骨の髄まで凍てつかせる効果を持っている。
切断したものを焼き尽くす長ドスとは相殺していた。
鬩ぎ合う長ドスと十手――鍔迫り合いである。
実はゲンジロウはここが一番怖い。こちらが両腕で防いでる長ドスをゲンジロウは右腕一本、片腕で振るっているのだ。
ガラ空きの左手にはゴツい拳銃が控えていた。
鍔迫り合いからの膠着を見て取ったゲンジロウは、すかさず銃口をレイジの胸板へと押しつけてくる。実弟でも容赦なく心臓を狙ってきた。
ここまではレイジの読み通りだ。
まっすぐなゲンジロウらしい直情的な攻めである。
物心がつくかつかないかの頃に先代組長に引き取られ、ホムラの母親に育てられてきた兄妹のすることだ。付き合いの長さのおかげで先読みしやすい。
愚兄の行動パターンは妹にも読まれていた。
「…………シィィィッ!」
口を閉じたままの鋭い呼吸法とともにマリが肉薄する。
レイジの張り巡らせた氷の結界と、ゲンジロウとの接触により起きた水蒸気爆発。これを目眩ましにして死角へと回り込んでいたのだ。
さすが賢妹――レイジの意図を読んでくれた。
膠着したのを見計らったマリは、ゲンジロウの背後から襲い掛かる。
両手の鉄扇が奇妙な振動音を鳴らす。
開いたまま高速回転する鉄扇は、マリの手業によって超振動が加えられ、高周波振動する丸鋸ブレードへとグレードアップする。
これで斬られたら、ゲンジロウであってもタダでは済むまい。
だからこそ彼は応戦せざるを得ない。
レイジの胸板に押し当てていた拳銃を振り上げると背後へ回し、後ろを確認することなく乱射する。気配のみでマリの位置を把握したようだ。
放たれるのは銃弾――ではない。
焼けた岩のような火山弾だ。一発の大きさがミサイルくらいはある。
咄嗟にマリは攻撃から防御へと転じた。
鉄扇を円形の盾にして、火山弾を明後日の方向へ逸らす。
決して受け止めない。そんなことをすれば鉄扇を撃ち破られかねないと本能的に察したのだろう。高周波振動の力を借りて、軌道を逸らしたのだ。
この瞬間――ゲンジロウの両手は塞がっている。
「ナイスですよマリ!」
レイジは軸足にしている左足を宙に固定すると、右脚をできる限り身体へ仕舞うように折り畳む。この時、イメージするのは強力なスプリングだ。
腰も捻り込んで右脚へありったけの力を込める。
込めるのは脚力――そして極寒の冷気。
ゲンジロウの鳩尾を狙い、零距離のキックをお見舞いする。
「ぐっ……効くな」
僅かながらゲンジロウは眉をしかめるも口元は綻んでいた。
「お世辞でも嬉しいですよ、愚兄」
ゲンジロウにちゃんとしたダメージを入れられたのは久し振りだった。なにせ彼は努力の化身、レイジやマリの成長速度では追いつけない。
いつも置いてけぼりを食わされていた。
そんなゲンジロウに苦悶の表情を浮かべさせられたのは、本当に久方ぶりの快挙なので、思わずレイジも唇が緩みそうになる。
こんな状況でなければ――手放しで喜べたものを!
少なからずダメージは与えられたようだが、ゲンジロウはビクリともしない。腹を蹴られて身体をくの字に曲げるどころか、姿勢さえ崩していないのだ。腹筋も鋼鉄製のゴムとしか例えようがない異質な感触を返してくる。
傾げるどころか揺らがすことさえできない。
それでも構うことなく、レイジはゲンジロウを蹴り飛ばした。
低く小さく唸りながら後ろへと吹き飛ばされていくゲンジロウは、空中で踏ん張ると後退る炎のラインを引きながらブレーキをかける。
そんな彼の腹部には、レイジが叩き込んだ冷気が付着していた。
冷気は氷結すると見る間に氷塊となっていき、ゲンジロウの熱気を奪いながら氷漬けにするため蝕んでいく。だが、炎の魔王には効果がイマイチだった。
「この程度の氷で……俺は凍えんぞ」
ゲンジロウは業火を噴かせ、冷気を追い払おうとしていた。
炎と氷が拮抗した瞬間――。
「今よ不死者! ゲンジロウ兄さんを抑えて!」
ピシャリ! とマリが開いていた鉄扇をおもいっきり閉じた。
その音を合図に大勢の不死者が湧く。
巨人族、龍族……とにかくLVが高そうな不死者たちが一斉に肉体を復元させると、氷を溶かそうと熱を上げるゲンジロウの背後から組み付いていく。
マリは用意周到に仕込んでいたのだ。
彼女の過大能力は死霊術に特化したもの。爪の一枚、皮膚の一片、骨の一欠片、ほんの少しでも細胞があれば、そこから不死者を生み出せる。
事前に死者たちの断片を散布していたのだ。
ゲンジロウは火力を上げ、不死者たちも焼き尽くそうとする。
だが、蘇生する際にマリが耐熱と耐火を施した不死者たちは不燃性が強く、なかなか火が燃え移らない。そちらに気を回しているとレイジの貼り付けた冷気が息を吹き返して、極寒の氷でゲンジロウを凍てつかせんとする。
群れた不死者ごと――氷漬けが完成しつつあった。
不死者の兵隊だからこそできる、捨て身を前提とした特攻だ。
それでもマリは手を合わせて謝った。
「ごめんね、捨て駒に使っちゃって……すぐ復活させるから」
不死者にそういう配慮は無用なのでは……?
生粋の穂村組でありながら優しい心根を失わずに育ったものだと感心する。どうもマリは非情になりきれないきらいがあった。
思い返せば――現地種族の奴隷撤廃に声を上げたのも彼女である。
それが良いのか悪いのか、レイジには判断がつかなかった。
優しさは美徳だと理解できるが、度が過ぎれば甘さとなり自他問わず人間を堕落させる。マリは分別が付いている方だが、その優しさは弱点に成り得るだろう。
何事も程々が肝要――ということかも知れない。
蘇った死者に敬意を払いたいのならば、妹の優しさへも融通しよう。
不死者を捨て駒に使う、この作戦は変わらないのだから……。
無数の不死者が抑え込むことで球体となり、それを絶対零度の冷気で固めた氷の塊が宙に浮かぶ。その中心にゲンジロウが封印されているはずだ。
バカな選択をした愚兄でも殺すのは忍びない。
このまま戦争が終わるまで氷結地獄に封じ、戦争が終わった後に解放してバンダユウや四神同盟のお歴々に裁いてもらうとしよう。
顧問は元より、ツバサ君たち五人の代表も悪いようにはするまい。
穂村組はそれなりに四神同盟へ貢献しているという自負もあるので、交渉次第では贖罪の機会も与えられるはずだ。
愚兄のみならず――愚弟の許しも請わなければならない。
どちらかと言えばホムラが主犯格だろう。
ゲンジロウは諸事情によりホムラには他に類を見ないほど駄々甘なので、彼のお願いは無条件で従ってしまう。
要するにブラコンを拗らせたバカ兄貴なのだ。
レイジにしてみれば頭痛の種が増えるばかりだが、愚かであろうと馬鹿であろうと血を分けた兄弟を見捨てることはできなかった。
レイジもなんだかんだで甘いようだ。マリの優しさを笑えない。
「このまま大人しくしてくれればいいんだけど……」
不死者の群れごと氷塊になっていくゲンジロウを見守るマリは、神妙な面持ちでそう呟くと、再び胸の谷間から指南針を取り出した。
組長にして愚弟――ホムラ・ヒノホムラの居場所を指し示す針だ。
その針先はゲンジロウの展開させた火炎結界を指している。あの炎のカーテンが遮る向こうで、ホムラがおいたをしているのは想像に難くない。
何をしているかについては考えたくなかった。
「……どうせツバサ君かミロちゃんに関することでしょうね」
この二択以外に有り得ない。
ツバサ君を我が物とするために事を起こしたか、ミロちゃんを邪魔者として葬り去るか、あるいは一石二鳥を狙って同時進行させているか……。
どちらにせよ、迷惑をかけているに違いない。
穂村組にとって大恩ある御仁たち、彼女らの足を引っ張るような真似をしているはずだ。そう考えると番頭を務めるレイジの胃は痛くなってくる。
「若ちゃん、思い込んだら一途だから……」
ホムラをフォローしたいマリの言葉も控え目だった。
知らず知らず愚弟への怒りを溜め込んでいたのか、微かに震えていたレイジはずれてきた丸眼鏡の位置を整えながら愚痴る。
「あの子は『他人の恋路を邪魔する輩は馬に蹴られて死んじまえ』という格言を知らないんでしょうかね……うん、知らないでしょうね」
「あたしがツッコむ前に完結しないで!?」
自己完結したぼやきに被せるようなツッコミが入る。
指南針を片手に乗せたマリは、気を急いて同じ方向を指差す。
「と、とにかく! ゲン兄ちゃんは不死者と一緒に冷凍パックで反省してもらうとして、あたしたちは若ちゃんのところに駆けつけましょ!」
悪さしてるならお説教しないと! とマリは姉らしいことを言う。
先を急ぎたいのは同感だが、レイジは迂闊に動けない。
「そうしたいのは山々なのですがね……これで終わると思いますか?」
あの愚兄が、とレイジの一言に賢妹はごくりと固唾を飲む。
他の追随を許さない総合的な強さ、すべてを惜しまぬ努力の化身、組長命の頑なすぎる実直さ……ゲンジロウの売りはこれらだけではない。
不死身のタフネス――質実剛健な肉体強度。
多少の攻撃ではビクともせず、関節技や締めの拘束もあっさり振りほどく剛体。その頑丈さを間近で見てきたレイジは油断できなかった。
不死者で包んだ氷塊は、大きな氷の玉となって完成しつつある。
その表面にビシリ、と稲妻みたいな亀裂が走った。
「――来ますよ、マリ!」
警戒を促すが早いかレイジも両手に握った十手を持ち直すと、マリも鉄扇を開いて身構える。亀裂の走る音は鳴り止まない。
やがて――不死者の群れを固めた氷塊が弾け飛んだ。
業炎がこの一帯を焼き尽くすように荒れ狂う。
煮えたぎる溶岩へ放り込まれたと錯覚するほどの灼熱だった。
地上から1㎞は離れている上空にも関わらず、ゲンジロウから爆ぜた熱気によって地表は野火をばら撒いたかのように炎に舐められていく。
レイジたちも耐火の技能を倍掛けで堪える。
熱気より恐ろしいゲンジロウの逆襲が始まった。
燃え盛る火山弾が何百発と降り注いできたかと思えば、その合間を縫って溶岩を高圧噴射させたかの如き斬撃が何千回と斬りかかってきた。
防いではいけない、剛力で押し切られる。
レイジとマリは受け流すことに専念し、燃える猛攻をやり過ごす。炎の剣林弾雨を潜り抜けた直後、ゲンジロウ本人が迫ってきた。
今の火勢は威嚇に過ぎない。
迫る様相は一変――紅を帯びた黄金色に染まっている。
人間の形をしたマグマそのものだ。
冷えた溶岩を思わせる黒い肌は剥がれ落ち、絶えず流動する超高熱の溶岩となっていた。近寄るだけで灰になりそうな熱を惜しみなく発しており、髪の毛までもが濃厚な炎となって逆立っている。
猛々しい迫力も増して、本当に不動明王と見間違えそうだった。
あるいは北欧神話に伝わる炎の巨人スルトか?
先ほどのゲンジロウの口上。下の名前が「ムスペルヘイム」に変わっていたが、それは炎の巨人が暮らす国だとされている。
バッドデッドエンズに加入した証として改名したらしい。
一足飛びで詰め寄ってくるゲンジロウ。
二人の眼前にやってくると――炎の猛威となった。
炎の長ドスは変幻自在の溶岩となって、振るう度に長さを変えてはリーチを惑わしながら空間ごと焼き切ってくる。赤熱化した拳銃は至近距離でもお構いなしに巨大な火山弾を撃ち込んできた。
本当の意味で息つく暇もない怒濤の連続攻撃。
避けても躱しても逸らしても、熱波は次から次へと押し寄せる。
周囲はあっという間に焦熱地獄へ早変わりだ。
繰り出される手数が多すぎて炎の嵐に煽られているような感覚だ。レイジとマリの二人掛かりでも受け流すのが精一杯である。
ふとマリが悔しそうに呻いた。
「くぅぅぅ……こんなにKカップのオッパイ揺らしてるのに!」
このバカ兄貴はチラ見もしない! と憤慨している。
両手の鉄扇を振り回して業火の攻めを逸らしているマリの動きは、さながら演舞にも似た華麗さがある。そして、これ見よがしに乳房や尻を揺らしていた。
セックスアピールで隙でも誘いたかったらしい。
「……………………」
だが、ゲンジロウはまったくの無感動。
むしろしかめっ面の度合いが酷くなっている気がする。痴態をさらす妹を今すぐにでも怒鳴りつけたい長兄の面持ちだった。
「むぅ……ぬうぅん!」
しかし、自分が愚兄と罵られるほどバカなことを仕出かしているという自覚もあるためか、妹の恥ずかしい行為に言及できないらしい。
……本当に不器用なのだ、このお兄さまは。
レイジは半笑いで嘆息する。
「仕方ありません、ゲンジロウは根っからの貧乳マニ……おっと!?」
余計なことを口にしたら炎の苛烈さが増した。
ゲンジロウは極端なくらい痩せた女性が好みなのだ。「いっそ乳などなくてもいい……抉れていても可」と言い切ったほどである。
抉れた胸とはどんなものだろう? 盆地胸とでも言えばいいのか?
「…………ぬぅッ!」
性癖を暴露されたゲンジロウは怒気を孕んでいた。心なしか、レイジへの当たりが攻撃回数という形で増えたような気がする。
実の兄弟や杯を交わした仲間であっても、殺ると決めたからには本気で殺し合うのが、“武力”を至上とする穂村組の信条だ。
だからこそ、戦いの最中でも軽口を叩く余裕があった。
そんな強がりも見せたいが、ゲンジロウからの攻勢は過酷だった。
一瞬、刹那、寸毫……そんな短い隙さえ与えてくれない。
ゲンジロウからの猛攻を氷の十手と鎖で懸命に捌いていたレイジは、不意にあることに気がついた。その事実を隣のマリへ伝えようとする。
「……気付いていますか、マリ?」
「なになに!? 今それどころじゃないんだけど!」
一心不乱にゲンジロウの攻撃を弾いていたマリは、やけっぱちな声で返事をしてくれた。レイジより数段劣る彼女は気付く暇もないらしい。
次の瞬間、鼓膜が破れそうな激音が響く。
ゲンジロウの連続攻撃とて永遠に続くものではない。
最後に叩き込まれた渾身の一撃。
敢えて武具で受け止めたレイジとマリは、その威力で吹き飛ばされることを利用して、大きくゲンジロウから飛び退くことに成功した。
一端、距離を置いて息を整える。
ゲンジロウもずっと無呼吸で連続攻撃を仕掛けていた。
いくら魔族になったとはいえ、世界を焼き尽くせる火力を維持したまま息継ぎもせずに連撃を繰り出せば、呼吸とともに魔力も乱れるのは道理だった。
あちらも仕切り直すつもりらしい。
これ幸いとレイジたちもこの時間を活用させてもらう。
こちらも息と魔力を整え、短時間ながら作戦会議をするつもりだ。
改めて、レイジは気付いたことをマリに教えてやる。
「あのマグマどころか恒星よろしく燃えているゲンジロウですが……恐らく、あれが本気モードです。まだ全力とは言い難いかも知れませんが……」
「ええ、それはわかるけど……だから何?」
可愛い妹や弟には手を抜いてほしいもんだわ、とマリは額に流れ落ちそうな汗を手の甲で拭いながら悪態をついた。
レイジも顎を伝う汗を指で払ってから言葉を続ける。
「わかりませんか? 二人掛かりとはいえ……」
私たちはゲンジロウを本気にさせて――渡り合えているのですよ?
マリは瞳をまん丸の皿のようにして驚いていた。
「言われてみれば……ッ!」
飲み込みの悪いマリも理解できたらしい。
これまでゲンジロウに一対一で勝てた例しがない。
相手は留まるところを知らない努力の化身。それはまあ仕方ないとしても、二人掛かりやホムラを加えて下の兄妹三人掛かりで挑んでも、鼻であしらうような惨敗ばかりを味わってきたのだ。
ゲンジロウに本腰を入れさせたことは皆無である。
「ですが、今の私たちなら……本気のゲンジロウと戦えるのです」
レイジもマリも確実に強くなっている。
異相という空間で、ツバサ君やバンダユウの叔父貴に地獄のシゴキを受けたことも無駄ではない。ゲンジロウの強さに追いつけそうだった。
共にLV999――格だけならば対等だ。
「でもさぁ、まだゲン兄ちゃんのが強いし……相性は最悪よね?」
うんざりした表情でマリは分の悪さを訴える。
「多分、破壊神から力を貰ったんだろうけど、根本的な部分ではゲンジロウの方がまだ強いし……死霊術師のあたしは不死者使い、不死者はどんなに頑張っても火属性には弱いし、レイジ兄ちゃんの氷だって炎には負けちゃうし……」
ん? とレイジは聞き捨てならない言葉に眉をひん曲げた。
この妹、もしかすると在り来たりな勘違いを真に受けている恐れがある。
「待ちなさい……氷が炎に負けると誰が決めました?」
「え? だって……常識じゃないの? 氷は絶対零度までしか下がらないけど、炎は理論上どこまでも温度が上がるから底無しに強いって……」
レイジは長いため息をついた。
賢妹と評したマリに新しい肩書きをプレゼントする。
「――この愚妹」
「なんで!? 科学的にそうなんでしょ!? あたし賢いじゃん!?」
その勘違いが愚かなのです、とレイジはにべもない。
『――氷使いは炎使いに勝てない』
そう思い込んでいる人間は多い。その理由のひとつに、マリが先の述べたような熱力学の考え方が流布しているのが原因だと思われる。
これは大きな間違いだ。
ここはひとつ、愚かな妹にレクチャーせねばなるまい。
「いいですか? 絶対零度とは熱力学温度においての0度です。一般的に用いられるセルシウス度ならばマイナス273.15度、華氏とも呼ばれるファーレンハイト度ならばマイナス459.67度まで下がった冷気です」
これが温度の“底”といってもいい。
あらゆる温度とは、分子や原子の振動エネルギーによって規定されるものだ。炎もまたこの法則からは逃れられない。
「炎や熱が上昇するのは、この振動エネルギーの上昇に他なりません」
理論上、この上昇率に限界はない。
1億度だろうが1兆度だろうが、いくらでも登り詰めるだろう。
「ですが、この逆……つまり熱振動のエネルギーが完全に停止してしまえば、温度はそこから下がりません。この“底”が絶対零度なのです」
絶対零度の元では、あらゆる分子や原子の活動が停止してしまう。
熱振動のエネルギーが発生できないため、すべては凍り付くのみだ。どんなに熱い炎や溶岩でも、絶対零度下では活動を停止するしかない。
「ゲンジロウが1億度の熱を出すならば、レイジはマイナス1億と273.15度で冷やせばいい……絶対零度とはそういうものなのです」
絶対零度とは万物を凍てつかせるもの。
そこより下はない。熱あるものの終わりなのだ。
炎がどれだけ温度を上げても、それを上回る冷気で凍らせればいい。
氷使いが炎使いに後れを取る理由にはならないのだ。
「……即ち、優劣を決めるのは力量の差でしかないということです」
わかりましたか? とレイジは念を押す。
愚妹はアホの子と呼ぶに値する間抜け面をさらしていた。
「…………ぽえぽえ?」
「カワイコぶりっ子しても私は甘やかしませんからね」
穂村組がヤバい――穂村組の未来がヤバい。
思った以上に愚弟だった組長を筆頭に、若頭は不器用すぎる愚兄、若頭補佐は乳房に栄養を取られすぎた愚妹。愚か者三拍子が揃ってしまった。
愚姉がいないのが唯一の救いか?
「この局面を乗り越えられたら再教育は必須ですね……」
レイジは肝に銘じておいた。
愚妹と呼ばれたマリは不貞腐れながら言い返してくる。
「御説巷説ごもっともだけどさー……力量の差で勝負が付くなら、ゲンジロウのがまだ上手なんじゃないの? 出力でもあっちに軍配上がりそうだし」
思ったより抜け目なくチェックしていたらしい。
ゲンジロウの燃焼力とレイジの冷却力。
純粋なパワーで比較した場合、その比率は5:4といったところか。
ほんの少しレイジが負けているのだ。
「バカ正直に真正面から激突すれば、ゲンジロウに押し負けるのは必定です。LVは同格といえど、体格的にも膂力的にも基礎能力的にも愚兄が勝っているのですからね……だから、賢弟らしく策を弄させていただきます」
正面から挑む気はないし、一対一とか滅相もない。
こちらは最初からマリとタッグを組んでいるのだ。この有利を最大限に活かさせてもらう。そのための作戦会議である。
「私と愚兄の出力的な差は4:5……この負けている1の分はマリ、貴女に補ってもらいます。なんなら2くらい足してもらいます」
「あ、あたし? あたし冷気なんて使えないわよ!?」
マリは手をパタパタ振って否定するが、レイジは有無を言わさず続けた。
「冷気を操る必要はありません。策があると言ったでしょう」
正直、ゲンジロウには辛勝できるかも怪しい。
厳しい修行を経てLV999になったというのに、再会した愚兄の方がまだ強いことを理不尽に思うが、同格になったことで対策が打てそうだった。
「完勝は難しいですが……完封することはできます」
「完封って……さっきみたいに氷や不死者で封印するってこと?」
当たらずも遠からずです、とレイジは曖昧に肯定した。
「先ほども一時的とはいえゲンジロウの動きを制限することができたのです。あれをもう一手……いいえ、三手ほど進めれば封じることも夢ではない」
協力してくれますね? とレイジはマリに促した。
瞳をパチクリさせた後、マリは一も二もなく頷いた。この妹は少々飲み込みが悪いものの、切り替えの速さには褒めるものがあった。
「OK、あたしにできることがあれば遠慮なく言ってちょうだい」
両手に構えた鉄扇をマリは勢いよく広げる。
彼女の傍らには、組長ホムラの居場所を指し示す指南針が浮いたままだ。
針の先は炎の結界――その向こう側を指す。
炎の向こうでホムラが悪さをしているのは明白。愚弟のやろうとしていることを誰にも邪魔させないため、この愚兄は立ちはだかっているのだ。
揺れる指南針を横目にマリは息巻いた。
「一刻も早くゲン兄ちゃんを倒して、若ちゃんのところへ行かないと!」
「……そうですね、あの子の暴走を止めなくては」
レイジはマリの気持ちを酌んだ。彼女の気持ちは痛いほどよくわかる。
このままだと――愚弟は帰る場所を失ってしまう。
不始末を犯した極道の末路は悲惨だ。
仁義に悖る行為に手を染めれば尚のこと、指を詰める腹を切るなんて程度では済まされない。どれほどの罰を受けても許されるものではない。たとえ四神同盟の代表たちが許してくれても、穂村組として断罪しなければならなかった。
そうでなければ組員への示しがつかない。
多くの組員を救ってくれた恩義のあるツバサやミロに手を出せば、ホムラの権威は地に落ちる。バンダユウも組長代理として裁かずにはいられない。
嘆願すれば処刑くらいは回避できるかも知れない。
だとしても、良くて永久封印をかまされるか永久追放の二択である。
神族や魔族だからこそできる罰だ。
愚弟とはいえホムラは可愛い弟、そんな仕打ちはしたくない。
「早まらないでくださいよ若様……いえ、ホムラ」
レイジは幼い末弟の未来を祈り、軋むまで奥歯を噛み締めた。
~~~~~~~~~~~~
しかしながら、レイジの祈りは天に届かなかった。
ゲンジロウに行く手を阻まれた時点で、既にホムラは行動に移っていた。そこはレイジも薄々勘付いていたので、残念ながら諦めの境地である。
それでも――祈らずにはいられなかった。
家族とはそういうもの、その絆ゆえに見捨てられないのだ。
レイジの想定する最悪のケースは三例。
ひとつ、ツバサを力尽くで我が物とするため襲撃する。
ふたつ、恋路の障害であるミロを亡き者にするため打倒する。
みっつ、一挙両得を狙って二人同時に攻略へ取り掛かる。
予想通り、ホムラはこのひとつを選んでいた。四神同盟の邪魔をするに留まらず、破壊神の思惑に踊らされてツバサの計画まで台無しにしていた。
――ゲンジロウの設けた炎の壁。
万里の長城もかくやという規模の火炎結界。
その向こう側はこの中央大陸の北西部、終わりにして始まりの卵が成長する過程をかなり間近で見ることができるエリアだった。
そこでホムラはある人物と激闘を繰り広げている真っ最中だ。
――中央大陸の中心に位置する還らずの都。
都から北西へ進むと峻険な岩山が長く続いているのだが、そこを乗り越えると固い岩盤だらけの大地が広がっていた。岩だらけの土地を開墾することで切り拓かれた平原には、大きな都市が横たわっている。
ただし――亡骸だ。
かつて繁栄を築いた巨人族の都、その廃墟である。
巨人族といっても最小で平均身長5mの種族から、最大身長が20mを越える者まで何種類もの種族が存在する。
古代種の古代巨人は約100m、起源種の原初巨神はそれを越える。
この地に都市を築いた巨人族はおよそ12m前後。
都市に残された建物の高さ。そこへ出入りする扉の大きさや窓の高さからそれくらいの体格だったと推し量ることができた。
巨人族の都市はどこまでも広がる。
かなりの土地を、その町並みで埋め尽くしていた。
彼らの体格が大柄なのもあるだろう。この地と相性が良かったのか、大いに繁栄を遂げたらしい。四方八方に都市を広げるだけに留まらず、10階建てを越える高層建築も10や20では利かないほど乱立している。
しかし今、この都市に暮らす者は誰もいない。
蕃神との大戦争を経て全滅したのか、何らかの理由でこの地を去ったのか、巨人族の都市は廃墟となり、そろそろ遺構になりつつあった。
そんな巨人族の都市が――薙ぎ払われていく。
超特大の斬撃。その衝撃波がまっすぐに突き進むことで、都市の建物をまるで紙細工のようにスパスパと切り裂いていった。
斬撃は一度や二度に留まらない。
面白半分で乱発するかのように、不規則な感覚で繰り出されている。
降りかかる斬撃を、ミロは無表情で躱していた。
ハトホル太母国 代表(補佐)――ミロ・カエサルトゥス。
もしも肩書きを一言にまとめるなら「ツバサさん最愛の娘」だ。
本当は「ミロが旦那さんでツバサさんが奥さん♪」とか、もっと色々な役割分担をくっつけたいのだが、ツバサさんが不機嫌になるので「最愛の娘」でいい。
ツバサさんの最愛――ここが重要である。
風を切って空中で身を翻す度、愛用のブルードレスの裾がはためき、マントのように羽織っているロングカーディガンも羽ばたくかのようだ。
この大戦争に備えて防御力の上乗せは勿論のこと、各種耐性なども大幅に強化してもらった、服飾師ホクトとハルカの特注品である。
この程度ではビクともしない。
それでも汚すのは嫌なので、徹底した回避を心掛けている。
あんなアホの斬撃で汚したくはなかった。
自分が「アホの子です!」という自覚を棚上げしたミロは、この傍迷惑な斬撃を馬鹿のひとつ覚えで繰り返しているアホを睨みつけた。
その眼光は鋭くも覇気を漲らせ、美少女のものとは思えない。
今のミロは――アホの子には見えないだろう。
金色の髪を淑女らしくシニョンに結い、小振りな顔に眉目鼻唇を黄金律で配したかの如き美貌。着飾るブルードレスのサイズは、抜群のプロポーションを持った肉体美でなければ袖を通すことさえ難しいものだった。
黙っていれば絶世の美少女、とミロはよく褒められる。
いつもは必要以上に愛嬌を振りまき、殊更におバカな行動をするためアホの子という不名誉なレッテルを貼られる。それがミロの売りだった。
裏を返せば、愛嬌と馬鹿な行動を封じれば美少女になるのだ。
ただし、冷酷無比な美少女である。
今も巨大な都市を細切れにするひっきりなしの斬撃を掻い潜るも、眉ひとつ動かさない。動揺とはまったく無縁、冷徹を研ぎ澄ませた表情だ。
そんなミロを脅かすために斬撃が迫る。
左右の逃げ場を斬撃により発生させた衝撃波の壁で塞ぐ。
そこにミロを追い込んで、トドメを刺すような一撃だ。どうやらアホなりに狙ったらしい。ミロにしてみれば「だから何?」という心境である。
ミロは片手で聖剣ミロスセイバー(二代目)を振るう。
普通の刀剣よりも剣身が長く取られており、人によっては長剣どころか大剣扱いするらしい。これをミロはよく片手で使っていた。もう片方の手に神剣ウィングセイバー(これも二代目)を握って二刀流で戦うこともできる。
この程度の斬撃、二刀流を使うまでもない。
聖剣で受け止めた斬撃は、剣の腹を滑らせるように脇へと流していく。
斬撃はそのまま何もない虚空を走って行った。
「はぁっははははははははははーッ!」
そこへ高らかな哄笑とともに、ホムラが斬り掛かってくる。
長巻とかいう大太刀と薙刀を足して二で割らないような、刀身も長ければ柄もとんでもなく長い武器を大上段から振り下ろしてきた。
大気の割れる音が鼓膜を打ち、気圧を断つほどの勢いだ。
ミロスセイバーを振り上げて受け止める。
聖剣と長巻がぶつかった瞬間、そこから破滅的な波動が全方位に拡大した。空間を震動させ、次元をたわめる力が波のように広がっていく。
受け止めはしたものの、ミロの姿勢はほんの少し崩れかけた。
前に防いだ時はピクリとも動かなかったはずだが、今の正面唐竹割りな振り下ろしにはちょっとだけ手が痺れてしまった。
……ホムラ、力が上がってる?
そう感じたのは単純なぶつかり合いだけではない。
刀身を重ねた瞬間、ミロは“内に置く打撃”を叩き込んでいた。
パンチやキックを打ち込むとともに、相手の体内を爆破するような衝撃を注いでいく秘技である。発勁などの応用であり、ミロはツバサさんから教わった。
鍔迫り合いになった時、剣を仲介させて叩き込むこともできる。
しかし、ホムラには効果が現れない。
大きな口に下卑た笑みを浮かべて勝ち誇っている。
以前、子供の喧嘩みたいな手合わせをした時は、この打撃を受けたホムラは悶絶しながら何度も吹き飛んでいた。なのに、今回は効いていない。
恐らく、ミロの発勁を打ち消したのだ。
体術的なものを使った気配はない。力尽くで抑えたらしい。
かつては得物の打ち合いをしただけでガンガン競り負けていたホムラは、ミロと対等以上に戦えている実感を得られてご機嫌だった。
さっきからの高笑いはその表れである。
「うはははははははぁーっ! 前のようには行かんぞ君原ぁ!」
「……名字で呼ぶなって言ってんのに」
アタシより学習能力がない、とミロはため息で呆れた。
互いの刃で鎬を削り合うことで火花を散らした後、相手を吹き飛ばすように得物で打ち払う。しかし、どちらも一歩たりとて退くことはない。
どちらも神剣と長巻を返す刀で取り回す。
ミロとホムラは刹那の間に幾度となく刃を交えた。
LV999の神族と魔族。双方の刃が激突する度に空間を波打たせるほどの爆発が生じ、それは天を割るほどの衝撃となって世界を荒れ狂わせた。
二人の激突は相容れぬ力のままに天を割る。
不倶戴天――倶に天を戴かず。
この言葉を体現するが如く、天が真っ二つになるばかりだ。
廃墟となった巨人族の都市。その上空を流星みたいな速さで駆け巡るミロとホムラは、交錯する度に互いの刃を打ち合わせて爆裂的な衝撃を巻き起こす。
正直、こんな戦い方はミロの性に合わない。
『刀と刀をキンキンガンガン打ち合わせるのはダサいですよ』
『剣客が斬りかかってきたら基本的には避けることです』
『どうしても避けられないと判断した時のみ、刀剣で受け止めるのです』
江戸時代から転移してきた女武芸者ウネメから剣術を手解きされたミロは、武器を打ち合わせるのは格好悪いと教わっていた。
この教えによりミロの立ち回りは華麗な進化を遂げた。
槍衾であろうとも巧みに躱し、手にした剣を決して盾にはしない。
洗練された戦い方もできるようになったのだ。
ホムラが飛び道具として放ってきた、斬撃による衝撃波。
あれくらいなら回避するのは造作もない。受け流すことも簡単である。
しかし、長巻を振るうホムラの力は確実に強くなっており、太刀筋を繰り出してくる速度も以前とは比べ物にならなかった。
あの物干し竿みたいな刃渡りが、恐るべき超速で迫ってくるのだ。
不本意ながら聖剣で受け切るしかない。
避けきれずに怪我を負わされるのも癪に障るし、お気に入りのドレスやカーディガンを破かれでもしたら噴飯やるかたない。
だが、切り結ぶ度にミロは実感させられることになる。
ホムラは――確実に強くなっていた。
武道家としての腕前は上がっていない。むしろ進歩したところがどんなに眼を凝らしても見当たらない。まったく修行してなかったのではなかろうか?
基礎的な体力、腕力、脚力、生命力……。
そうした生物学的なポテンシャルが大幅に上昇していた。
強化された肉体的な強さに驕り、武道家としてテクニックが鈍っているようにも見受けられた。バンダユウの叔父貴に知られたら大目玉だろう。
それと――得体の知れない力も秘めている。
ミロの勘では、過大能力が変異しているように感じられた。
強さだけならばLV999に達している。
総合的な強さを比べると、ミロといい勝負ができる実力はありそうだ。
もっとも――その強さは貰い物のようだが。
強烈な打ち合いでお互いの得物を弾き返すミロとホムラ。
相手へ武具を叩きつけた反動に乗って大きく飛び下がると、間合いを取ってしばらく睨み合うように対峙する。この隙に息を整えておく。
小休止にも似た最中、ミロは変わり果てたホムラの姿を見つめた。
――お稚児さんが似合いそうな美少年。
いわゆる“男の娘”であり、円らな瞳に主張しない鼻梁や小振りな唇が女の子らしさに拍車をかけている。美少女でも通じる面立ちだ。
癖のない黒髪を背中まで伸ばして、姫カットに切り揃えている。
男のくせに女の子みたいに華奢な身体を、高級そうな着物と袴で飾っている。袴にはファイアーパターンという炎の模様があしらわれており、マントよろしく肩に羽織る単衣には地獄絵図が描かれていた。
穂村組第24代目組長──ホムラ・ヒノホムラ。
ここまでの描写は今までと変わらない。
ここから余計なものがあれこれ付属されていた。
まずこめかみの左右から枝分かれした一対の角が生えていた。一番近いのは鹿の角、あるいは東洋風の龍の角みたいだ。
ただ、分かれた枝先は痛々しいほど刺々しく鋭い。
袴のお尻からは太い尻尾が伸びていた。
長く伸びた尾の先には飾り毛のようなものが生えているので、蛇よりも龍を連想させる。やはり日本や中国で見られるような龍だ。
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ほとんど瞬きをしなくなった両眼はずっと見開かれており、爛々と輝く瞳孔は明らかに人間のものではない。自我を失った龍のようだ。
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ここへ来る前、ミロはツバサさんと一緒にいた。
還らずの都の近くにいて、そこで破壊神ロンドと相対していたのだ。
戦争が始まると同時に、ツバサとミロの最強無敵な百合夫婦のコンビネーションアタックで、大ボスであるロンドを瞬殺する予定だった。
『ロンドも俺たち同様、過大能力を複数持つ内在異性具現化者だ』
ツバサさんは重要な点を見抜いていた。
『この世を滅ぼす怪物を無制限に生み出す過大能力だけじゃない。もうひとつ能力を隠しているはずだ。それはあのオヤジにとって切り札だろう』
『破壊神とは俺が戦う。ミロはツバサにとっての切り札だ』
ロンドが如何なる能力を使おうとも、ミロの過大能力で抑え込めばいい。
次元を創り直すミロの過大能力ならそれができる。
だからミロはツバサさんの傍を離れるつもりは毛頭なかったのに、どこからともなく飛んできたホムラによって引き離されてしまった。
本音を言えば――無視するつもりだった。
ツバサさんから切り札を任された局面に、行方知れずとなったまま帰ってこないドラ息子の相手なんてしてられない! と怒りを覚えたくらいだ。
しかし、ミロの脳裏にいくつもの横顔が過った。
バンダユウやマリといった、仲良くなった穂村組の面々だ。彼らの顔が浮かんでは消えていくので、このドラ息子を放っておくこともできなかった。
だから――速攻で片を付ける。
もう一回泣くまで打ち負かしてやり、後始末はロンドを倒して戦争が終わった後にやればいい。そう思ってホムラと戦い始めたのだ。
なのに、想像以上に手間取っている。
それもこれも、ホムラが不自然なパワーアップをしたせいである。
「……イメチェンしたついでに名前も変えたんだっけ?」
ミロは話題を振るようにホムラへ水を向けた。
帰らずの都からこんな北西の地まで飛ばされる間、ホムラは何度か新しい名前を自己紹介するみたいに叫んでいたが、ミロは聞き流していた。
もう一度、ちゃんと聞いておこう。
それがこの変身パワーアップと関係しているらしい。
「まだ覚えておらんのか? アホは物覚えが悪くて大変じゃのぅ!」
うはははははッ! とホムラは高笑いを上げた。
傍から聞いていても異常なくらい笑い続けている。
一度はボロ負けしたミロと長時間に渡って戦えるようになり、おまけに終始圧倒したかのような優勢振りだと思い込んでいるようなので、笑いが止まらないくらい上機嫌なのかも知れない。
だとしても――笑いすぎだ。
狂ったように、なんて枕詞がピッタリの笑いっぷり。
強くなる劇薬を飲み、副作用で精神を犯されてしまったかのようだ。
「何度でも名乗ってやる! ワシは寛大じゃからなぁ!」
最悪にして絶死をもたらす終焉――20人の終焉者。
「№18! 絶界のフラグ! ホムラ・ミドガルズオルムじゃ!」
「チィッ……阿呆が、破壊神の家来になりやがって」
ミロはおもいっきり舌打ちした。
武道家として上達していないのに、いきなりLV999へとのし上がった歪なパワーアップ。そして龍を思わせる風貌への大胆なカスタマイズ。
破壊神から力を分け与えられたのか――なら合点が行く。
「バンダユウの叔父貴のオッチャンが泣くぞ」
人のいい好々爺を思い浮かべながらミロは毒突いた。
顧問の名前が出した途端、ホムラは笑うのを止めて真顔となり、怖気を感じたように身震いしたが、一瞬で狂気の笑みに戻ってしまった。
「アホは貴様じゃ君原ぁ! ワシは連中の家来になったのではない! 貴様を倒すためにロンドとやらの力を利用してやったまでのことよぉ!」
「……どう考えても利用されてんのはホムラじゃん」
ミロは正論を突きつけてやった。
破壊神はこちらの弱みに平然と付け込んでくる。
ミロが情の深い女であると調べ、縁ができた穂村組の気持ちを裏切れないことを見抜き、幼稚な心を突くようにホムラを唆したに違いない。
破壊神の切り札を封じるため、守護神が用意した最強無敵の切り札。
その切り札であるミロを抑え込む。
ホムラはこのためにロンドが手配した最悪の鬼札だ。
「大方、『ミロを殺せばツバサさんを好きなようにできるぞ』とか、あのちゃらんぽらんな極悪親父に吹き込まれたんでしょ? そんなの真に受ける普通? バンダユウの叔父貴のオッチャンやレイジくんに呆れられるよ?」
――そんな理由で組長が寝返ったのか!?
二人の声音を真似たミロは、小馬鹿にするような台詞を呟いた。
ミロは冷めた半眼でホムラを見つめる。
「……いや、アンタのアホさ加減は育ての親みたいなあの二人のがよく知ってるかもね。呆れる以前に『やりかねんなぁ……』て納得するんじゃない?」
ぐうの音も出ないのか、ホムラからの反論はない。
ミロは哀れみと蔑みを織り交ぜた、見下す視線で睨めつける。
「……おい、やめろ」
ホムラもこちらの目線へかち合わせると睨み返してくるが、ミロの眼力に怯んだかのように顔を逸らした。腹立たしさを露わにして怒鳴る。
「やめんか! その眼をやめろ、君原ぁ!」
貴様はいつもそうじゃ! とホムラは白状するように悪態をつく。
「どうして貴様は怯まない! どうしてワシに脅えないのだ! ワシが極道の息子だと知った時もそうじゃ……『あ、そう』の一言で済ませおって!」
ホムラに動揺を覚えたことは一度もない。
それでもクラスメートとして普通の人付き合いはしていた。だが、とある事件をきっかけにホムラへの感心をほぼ失ったのだ。
感情が揺れ動くことさえない。
ホムラがミロに勝るとも劣らないLV999の強さを手に入れても、狼狽えるどころか焦燥感さえ抱くこともない。
無関心、無反応、無感動――。
これら一切合切がホムラには我慢ならないらしい。
長巻の切っ先を突きつけ、ミロへの鬱憤を吐き出してくる。
「誰にでも愛想良く振る舞うアホのくせして……どうしてワシにはそんな冷たい眼を向けてくるんじゃ!? なんでアホの本性をさらけ出さないんじゃ!?」
「おまえがそれに値しないからだ」
アタシが大好きなアタシで相対する価値がない
かつてミロを一人の人間として真正面から向き合ってくれなかった人物に、血を分けた実の父親や二人の兄がいる。
彼らにとってミロは「娘」や「妹」という記号に過ぎなかった。
それを本能的に察したミロは彼らを軽蔑し、なんの感情も抱けなくなり、人間としての興味も持てなくなってしまった。おかげで彼らに面と向かう時は喜怒哀楽の感情が抜け落ち、人形のような無表情にならざるを得なかった。
「ホムラはさ……あいつらと同類なんだよ」
ミロのことを「君原財閥の一人娘」としか見てくれない。
そんな礼儀知らずに、一個人の人間として面と迎えるわけがなかった。
ホムラの場合、更なる愚かしさまで露呈している。
細めた半眼を更に眇めて、ミロはホムラへ問い詰めていく。
「バッドデッドエンズに与するなんて、アホどころかバカと愚かの頂点まで極めてんじゃん……なに、アタシへの仕返しのつもりなの? それともアタシを始末する力を手に入れて、ツバサさんを独り占めにでもするつもり?」
「――全部に決まっておろうが!」
清々しいほどの本音をホムラは弾けるように吐露した。
「破壊神を利用してでもおまえに一矢報い、ツバサさんを手に入れる……そこまでせにゃワシの気持ちはもう収まらんのじゃ! いざとなればバッドデッドエンズの連中もその頭目であるロンドも、この力で……」
「呆れた……その力、誰に下駄を履かされたものか忘れたの?」
ここまでアホだとミロのアホが霞んでしまう。
おかげで相対的にアホの子であるミロが賢く見えてしまいそうだ。
専売特許の邪魔をされた気分になってくる。
「ああいうパワーアップのための力をくれる悪者ってのは、凄いスーパーパワーを絶対に無料ではくれない。保険をかけとくのが相場だよ」
――力を与えられた者は反抗できない。
反意を削ぐため気付かないうちに洗脳されていたり、裏切った途端に死ぬ自爆装置を仕込んだり、絶対に歯向かえないように手を打っておくものだ。
ホムラの「利用してやってるんじゃ!」なんて安い目論見もバレている。
ロンドはすべて承知でホムラを弄んでいるに違いない。
「マンガやラノベ読んでりゃわかりそうなシチュじゃん……ホントにアホ」
効果に違いはあれど、そんな保険がかけられているはずだ。
「それにホムラじゃ破壊神に勝てやしない」
そう断言したミロは手にした聖剣を道具箱に仕舞う。
「勿論、ツバサさんにだって勝てないし……アタシにも勝てない」
手元にできた空間の波紋、その奥にある道具箱に聖剣を収めたミロは、代わりの剣をズルリ……と重々しく引きずり出した。
その剣は大きく、重く、分厚く、猛々しくも覇王の品格を備えていた。
ミロの柄を覗いた剣身だけでもミロの上背を抜いており、その剣幅はミロの細い身体を覆い隠す鉄壁の盾となり得るものだった。
――覇唱剣オーバーワールド。
聖剣ミロスセイバー(初代)と神剣ウィングセイバー(初代)が合体融合することで誕生した、漆黒で彩られた超弩級の聖剣である。
道具箱から出す寸前、ミロは何気なしに覇唱剣を横へと振った。
その時――世界が横に薙いだ。
覇唱剣から生じたのは、ただの素振りによる剣風だった。
その威力はホムラの斬撃を凌駕していた。
もはや剣風や斬撃と括るのも烏滸がましい破壊力である。
地上にあった巨人族の都市ほとんどを薙ぎ払い、建築物を塵になるまで粉砕し尽くすと、地下数mまで抉るように掘り返していた。上空数㎞までの大気を圧縮するように押し退け、真空の空間を大規模で生み出すほどだった。
都市破壊兵器クラスの一撃だ。
この揺り返しによって空に騒乱が起きる。
「ぐぅ、むぅぅ……おおおおっ!? こ、これが君原の本気かあッ!?」
巻き込まれたホムラは必死に耐えようとする。
盾代わりにした長巻はへし折れ、簡易結界を張れる単衣もボロボロだった。
辛うじて生き残ったホムラは呆気に取られている。
そして、ミロがまだ本気を出していない事実を痛感させられたはずだ。
「アンタは――アタシたちが大嫌いなタイプの人間だ」
死刑宣告めいた冷淡な声でミロは告げる。
「アタシはおろかツバサさんも拒絶する……そういう人間だ」
ミロを倒してもツバサさんがホムラになびくことはない。たとえミロと出会う前にツバサさんと出会えていても、ホムラには嫌悪感を覚えるはずだ。
ホムラのしたことは――ミロたちを怒らせた。
「アンタはアタシたちよりずっと恵まれているのに、その幸せに気付いていない。だから軽く見るのも仕方ないかも知れないけど……だけど……」
ミロもツバサさんも絶対に許さない。
感情を排したミロの瞳に、怒りの灯火が揺らいだ。
「ホムラがそれに気付かない限り、ミロたちとは永久にわかりあえない」
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とある国の王太子が、卒業パーティーの日に最愛のスワロー・アーチェリー男爵令嬢を虐げた婚約者のロビン・クック公爵令嬢を断罪し婚約破棄をしようとしたが、何故か公爵令嬢は現れない。これでは断罪どころか婚約破棄ができないと王太子が焦り始めた時、招かれざる客が現れる。そして、招かれざる客の登場により、彼らの運命は転がる石のように急転直下し、恐怖が始まったのだった。さて彼らの運命は、如何。

日本列島、時震により転移す!
黄昏人
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2023年(現在)、日本列島が後に時震と呼ばれる現象により、500年以上の時を超え1492年(過去)の世界に転移した。移転したのは本州、四国、九州とその周辺の島々であり、現在の日本は過去の時代に飛ばされ、過去の日本は現在の世界に飛ばされた。飛ばされた現在の日本はその文明を支え、国民を食わせるためには早急に莫大な資源と食料が必要である。過去の日本は現在の世界を意識できないが、取り残された北海道と沖縄は国富の大部分を失い、戦国日本を抱え途方にくれる。人々は、政府は何を思いどうふるまうのか。
愛されない皇妃~最強の母になります!~
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愛されない皇妃『ユリアナ』
やがて、皇帝に愛される寵妃『クリスティナ』にすべてを奪われる運命にある。
夫も子どもも――そして、皇妃の地位。
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皇帝一家を倒した大魔女。
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(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」
音爽(ネソウ)
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容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。
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【完結】兄の事を皆が期待していたので僕は離れます
まりぃべる
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一つ年上の兄は、国の為にと言われて意気揚々と村を離れた。お伽話にある、奇跡の聖人だと幼き頃より誰からも言われていた為、それは必然だと。
貧しい村で育った弟は、小さな頃より家の事を兄の分までせねばならず、兄は素晴らしい人物で対して自分は凡人であると思い込まされ、自分は必要ないのだからと弟は村を離れる事にした。
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☆まりぃべるの世界観です。緩い設定で、現実世界とは違う部分も多々ありますがそこをあえて楽しんでいただけると幸いです。
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クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?
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加藤あいは高校2年生。
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相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです!
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