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第17章 ローカ・パドマの咲く頃に
第402話:破壊神、追加入ります
しおりを挟む――列車砲ラザフォード(仮)。
(仮)と付くのは、それなりの理由があった。
スプリガン北方守備軍軍団長――ラザフォード・スピリット。
彼が身にまとう外骨格“巨鎧甲殻”を改修し、新たに列車型の砲台へと変形できる機構を加え、そこに砲撃用の動力源となる炉心を追加で組み込んだもの。
この追加された炉心が今回の改修のキモだ。
そもそもラザフォードの“巨鎧甲殻”は改造されていた。
500年の休眠より目覚めた際、彼と仲間のスプリガン族は“巨鎧甲殻”が見るも無惨なくらい破損していた。これを哀れんだソージが工作者の腕を振い、強化を兼ねた様々な改造を施したのである。
本来、スプリガン族の“巨鎧甲殻”は生物としての外骨格。
海老や蟹に昆虫、彼らの甲殻と同じものだ。
当人の意思で出し入れも取り外しも自由だが、あくまでも身体能力をパワーアップさせる追加装甲。それ以上でもそれ以下でもない。
女性なら武装付きパワードスーツ、男性なら巨大ロボに変形できる。
これは機械式なので工作者の神族なら改造できた。
ソージはラザフォードと仲間たちの“巨鎧甲殻”を改造する際、ビークルモードという車両形態に変身できる機能を加えた。
はっきり言って――トランス○ォーマーである。
異世界転移のトラブルでお姉さま系美少女になったとはいえ、ソージも元は男の子だ。ロボットが大好きなので趣味に走ったらしい。
だが、この魔改造はスプリガン族に大好評で受け入れられた。
機動力が抜群に上がったのがその理由だ。
反面スプリガン族特有の道具箱に戻せない問題は発生したが(ダインくんたちの協力で解消済み)、概ね高評価だった。
彼らの中でも最大級の改造をされたのがラザフォードである。
彼のビークルモードは巨大列車だ。
一両のサイズが通常車両の縦、横、高さ、そのすべてが倍。一般的な列車を八両くっつけた大きさを想像してもらうと早いかも知れない。
そんな車両が二両、これがラザフォードの“巨鎧甲殻”である。
列車としては先頭を走る機関車両と、その後ろに繋がってサポートを務める第二車両だ。蒸気機関車をモデルにしているため、機関車両はいわゆるSLのフォルムをしており、第二車両は本来ならば石炭を積む車両に相当する。
そして、いくつもの客車を牽引する。
勿論、客車も同じサイズなので車内の居住空間はとても広い。
ルーグ・ルー陣営は、ある安全地帯で暮らしていた。
そこをバッドデッドエンズに襲われ留まることができなくなったため、共に暮らしていた現地種族を連れて旅立つことを余儀なくされてしまった。
その長旅を助けてくれたのが巨大列車である。
ドラゴノート族、リザードマン族、ノッカー族……12両の客車を彼らの居住区画にして、1両はルーグ・ルー陣営の拠点とした。
合計15両編成の巨大列車となり、ラザフォードは大地を爆走した。
このモードは“全界特急ラザフォード”と名付けられた。
命名者は他でもない、改造担当のソージである。
他の者はシンプルに「ラザフォード号」と呼んでいた。
巨大列車がビークルモードならば、スプリガン族の本分に立ち返って巨大ロボにも変形する。先頭に二両が合体して完成する超巨大なマシンだ。
こちらは“剛鉄全装ラザフォード”と命名された。
名付け親は以下省略。
……勘の言い方ならお気付きであろう。
列車砲にもこの○○○○という四字熟語っぽい肩書きをつけたいけど、ナイスなネーミングが浮かぶ前に実戦投入されてしまったがため、列車砲(仮)という呼び方にソージくんは固執しているのだ。
正式実装されるまで考案中のようだ。
同盟内から命名を募集しようともしているらしい。
聞いたら工作者全員の総意だとのこと、職人のこだわり的な?
そんなとこまで一致団結しなくていいと思う。
兎にも角にも、列車砲(仮)ラザフォードは大きな戦果を上げた。
マルミたち5人のLV999と、応援参戦の幼年組2人。
これだけの戦力でも食い止めきれなかった最悪にして絶死をもたらす終焉、オセロットとサバエの姉弟を見事に撃破してくれたのだ。
数多の次元をも貫く――透明な波動。
その一撃は還らずの都に匹敵する質量にまで肥大化したオセロット、肉塊の山脈というしかないバケモノをも一瞬で葬り去ってしまった。
対象を完璧に消し去る波動砲。
絶大なエネルギー波ではあるが、破壊力に基づいたものではない。
すべてを原初に還す力、あらゆるものが始原へ辿る力。
そういったプリミティヴな力が働いていると、マルミは過大能力を介して感じていた。天地開闢に鳴り響いた始まりの音楽が聞こえる。
聖音というものがある。
インドのヒンドゥー教の基となったバラモン教に伝わる神聖な呪文で、宇宙の根本原理を象徴するものだ。後世のヒンドゥー教になると創造神、維持神、破壊神、という宇宙の三段階を構成する三神一体を表すものとなる。
どちらにせよ、全宇宙の真理を表現するものだ。
そういったすべての始まりの神秘に触れるような音だった。
――原初の力を呼び起こす動力源。
それこそがラザフォードへ登載された炉心の正体だ。
砲撃の際、空間や次元を溶かして暗黒の別次元が垣間見える。
あれは原初に還す力が強すぎるための副作用だ。
透明な波動は原初に還す力の奔流。それに触れたら次元や空間もそこにある意味をなくして、始原へと戻ってしまうという証明でもある。
そんな途方もない力を撃ち出した列車砲。
当然、その身に降りかかる代償も尋常ではなかった。
~~~~~~~~~~~~
砲撃後、ラザフォードは変形を解除しようとした。
列車砲から二両の列車に分離しようとするのだが上手くいかず、装甲を剥ぎ落としながら車体を横倒しにしてしまう。
一両でも通常の電車ならば八両分、しかもそれだけではない。
変形機構、各種武装、装甲の厚み……。
総重量で何十tになるかわからない巨大な車両が崩れ落ちる。
せめて車輪を下にして着地するならまだしも、側面からの横倒しだ。それも結構な高さから落ちれば、轟音を上げて地響きを唸らせる。
その後、ラザフォードに反応はない。
いつまで経っても合体解除をせず、“巨鎧甲殻”の中からラザフォード当人が出てこようとしなかった。
辺りには追加された装甲の破片がまき散らされていく。
ソージの過大能力――【壊れた荒野より英雄は立ち上がる】。
周囲(自身の道具箱含む)のスクラップから、最強の性能を誇る追加装甲を瞬時に作り上げる工作系の過大能力。後方支援向きの能力だが、自分を強化する装甲を身にまとい、最前線で戦うことをソージは好む。
この過大能力、実はデメリットがある。
前述の通り、ガラクタから最高の武装を作れるのが売りだ。
これは素材の力を120%以上引き出せるのだが、反動で材質の耐用年数を激しく消耗させてしまう。このため永続的な効果は望むことはできず、一時的なパワーアップの域を出ることはなかった。
勿論、再利用できる素材はネジひとつ取りこぼさず拾い上げている。
それでも消耗の度合いは凄まじく、通常時よりも廃棄する量は多いようだ。
これはソージも反省しており、鋭意改善中である。
列車砲を補強していた装甲が剥がれていく。
追加された装甲が役目を終えてデッドウエイトとなったため、自然と切り離されていった。こういうのをロボット的には脱着というらしい。
しかし、まだラザフォード当人に動きはない。
戦闘も一時的とはいえ終了し、合体を解除すれば“巨鎧甲殻”との融合を解いて、中からラザフォード本人が出てくるはずだ。
なのに、本人が出てくる気配がない。
この場にいる者たちの脳裏に最悪の想像が過る。
もしかして合体解除しないのではなく――できないのでは?
「……ラザフォードさんッ!?」
悪い予感に震えたソージの顔色は真っ青だった。
車掌服を着込んだ王子様系の美少女は、足技が得意な長い足でがむしゃらに駆け出すと、横倒しの車両へまっしぐらに走り寄っていく。
ラザフォードは“巨鎧甲殻”と融合中。
その際ラザフォード本人は運転席付近に専用区画にいることは、改造したソージも熟知していた。大急ぎで緊急用ハッチに取り付く。
巨大列車は――全体が赤熱化していた。
車体から近寄りがたい高熱を発し、濃い陽炎が立ち上るほどだ。
「ラザフォードさんしっかり! 目を覚ましてッ!」
ソージは肉をも焦がすような熱気も意に介さず、大声で呼び掛けながら緊急ハッチをこじ開けるための開放レバーに手を掛ける。
その細い指から肉の焼ける煙が吹いた。
「……熱ッ!?」
ソージは熱さと痛みで開放レバーから手を離しかけた。
鋼鉄を遙かに凌ぐアダマント鋼の超合金製。
並みの金属よりも高い融点を持つ機体が赤熱化しているのだ。神族でも無傷では済まされない温度に達しているのだろう。
火傷も厭わず、ソージは決死の形相で開放レバーを握り直す。
ラザフォードの安否を気遣うゆえの決意だ。
その時、ソージの背後から野太い腕が伸びてくる。
代役だ――そう言わんばかりに開放レバーを握り締めた。
「こいつを開けりゃいいんだな?」
腕の主は穂村組の用心棒セイコだった。
身の丈3m近い巨漢の空手家は、愛想のいい童顔に雄々しい険しさを塗り込めると、自慢の剛腕を過大能力によって硬化させた。
過大能力――【我が身の硬きは岩に勝りて其の重きは鋼を凌がん】。
神族の肉を焼く熱さえ物ともせず開放レバーを回す。
「ちょっと荒っぽいけど勘弁しろよ!」
前もっての謝罪はソージか、それともラザフォードへ向けたものか。
バキボキベキ! と明らかに何かが壊れた音がする。限界を超えた過熱によって溶接されかけていた緊急用ハッチを力尽くで開けようとした結果だろう。
だが、おかげで固まっていた開放レバーが緩んだようだ。
レバーが動いたことで緊急用ハッチが開く。
ハッチは警告音を鳴らしながらゆっくり開いていくが、僅かな間も惜しい。
セイコはソージを退かすと、剛腕を唸らせて力任せにこじ開ける。金属がひしゃげる音がして、殺人級の蒸気が噴き出しても瞼を閉じない。
セイコの眼は救出すべき人物を捉えていた。
「おい、トラン○フォーマーの軍団長!」
しっかりしやがれ! とセイコは叱咤の声で両腕を突き込む。
過大能力で剛体化させた両腕はたとえ溶岩でも耐えるだろう。おかげで蒸気の中からラザフォード本人を掴み出すことができた。
グッタリした身体、両脇に手を差し込んで引きずり出す。
融合する際に“巨鎧甲殻”と同調するためのものか、大小様々なケーブルが血管のようにラザフォードに絡みついている。
それらを引き千切り、ラザフォードの救出に成功した。
セイコに担ぎ上げられたラザフォードは満身創痍。鋼の肉体はあちこちに亀裂が走っており、機械の肉体の内部構造が痛々しく露出していた。
助け出されても意識を取り戻さない。
ひとまず、地面に簡易シートを敷いて横たえる。
ソージは道具箱から生命維持装置やスプリガン族の機体をメンテするマシンをこれでもかと用意すると、ラザフォードの応急処置に取り掛かった。
その顔は見てられないほど涙目である。
「ごめんなさいラザフォードさん! こんな無理させて……やっぱり、まだ実戦で使うには早すぎたんだ! シミュレーションで成功したからって、不確定要素はいくらでもあったし、未知の領域の力なんだから……ッ!」
慎重すぎていいくらだったんだ! とソージは後悔を叫ぶ。
「……………………」
横たわるラザフォードを挟んでソージの向かい側、セイコは何も言わずに羆のような図体をしゃがませると、怪我人の胸にそっと手を添えた。
分厚い掌から仄かながらも回復する力が投射される。
「鬱陶しい傷口を塞ぐだけの修復魔法だ」
生傷の絶えない空手家、無駄な流血を補うための最低限の備えだ。
「重傷に効くかわかんねえが……足しにはなるだろ」
「いえ、助かります!」
セイコに礼を述べるソージの手は止まらない。
八面六臂の残像を見せるほどの速度で手を動かし、ラザフォードの傷を深い順に治していく。この場合、直すと言っても間違いじゃないだろう。
ボーッとしている場合ではない。
列車砲のあまりにもあまりな威力に当てられて、マルミも束の間ボーッとしてしまったが、こんな時こそまとめ役が動かなくてどうする。
マルミもラザフォードに駆け寄った。
「レンちゃん、イヒコちゃん、回復系魔法使えるでしょ!?」
一緒にお願い! と呼び掛けた。マルミはラザフォードの枕元に座ると、最上級の回復魔法と修復魔法を左右の手から同時に発動させた。
「……う、うん! わかった!」
「あたし、蘇生と治癒の効果がある演奏します!」
レンは愛刀ナナシチを背の鞘に収めると、マルミの横について同じように回復系魔法を使ってくれた。
傍らに立ったイヒコは、無人の交響楽団を再召喚する。
イヒコの過大能力――【一柱が奏でる音霊の交響曲】。
神の音楽で様々な奇跡を起こす能力だ。
その奏でる音楽は、ラザフォードどころマルミたちも癒してくれた。
「アンズちゃんとヴァトくんは例の回復薬で体力を戻したら周辺を警戒! 敵が現れたら足止めするなり倒すなりお願い!」
「オッケー! あたしたち回復使えないからね」
「了解です、もう一回くらいギガスACT.2になれますから……」
アンズとヴァトはハトホルミルクを一瓶、グイッと煽る。
腰に手を当てて、顔を仰け反らせ、牛乳瓶を逆さにするように一気飲みだ。なんだか公共浴場の脱衣場で観るようなポーズだった。
そして、見張りを始めてくれる。
本当なら、LV999に達していない幼年組のイヒコとヴァトはオセロットたちを倒した時点で、ハトホル太母国へ帰してあげるべきだろう。
しかし、どちらも子供とは思えないほど頼りになる。
なのでマルミは、通信越しにツバサくんへ必死に頼み込んでいたのだ。
気分的には土下座レベルである。
『もうちょっとだけお宅のお子さん貸して!』
せめてラザフォードくんの容態が安定するまで! と懇願した。
『…………非常事態です、仕方ありません』
ツバサくんは言葉遣いこそ平静を務めていたが、かなり不承不承ながら了解してくれた。『…………』に激しい葛藤を感じざるを得ない。
そのラザフォードだが――おかげさまで峠は越えつつあった。
予断を許す状態ではないものの、この場にいる面子が総掛かりで治療に尽力することで、どうにか一命を取り留めることはできそうだ。
「それにしても撃った側がここまでのダメージを受けるなんて……」
何らかの代償が必要なの? とマルミは独りごちた。
「代償というより……余波を防ぐためのシステムを見誤りました」
ソージは重たい口を開いた。
列車砲の開発設計者の一人であるソージは、目にも留まらぬ素早い仕事でラザフォードの機体修理を続けながら、猛省するように反省点を並べていく。
「始源至道巨砲は、原初の力を動力源としています」
その威力は御覧の通り――。
山脈に例えるしかない質量にまで増大した、オセロットの肉塊を一瞬で消し去ったのだ。人知を逸した破壊力は世界規模ならぬ次元規模である。
実際「破壊神も欲しがってる」とツバサくんも言っていた。
あの極悪親父が子供みたいにはしゃいでる姿を容易に想像できてイヤだ。
「それだけの途方もない威力です。おまけに砲撃として放たれるあの透明な波動は見境がない……触れたものすべてを始原に還してしまうんです」
発射する列車砲でも例外ではない。
何の対策もなしに撃てば、炉心ごと消滅するそうだ。
「これを防ぐため、ラザフォードさんの“巨鎧甲殻”は原初の力に飲まれないように、強力な防御フィールドを張り巡らせることで対策としたんですが……巻き込まれるのを防ぐためには、凄まじい防御力が求められるんです」
然もありなん――相手は全次元の始まりの力だ。
そこから生まれた破壊力、余波を防ぐだけでも死に物狂いだろう。
「シミュレーションから計算して、砲撃にも耐えられるように防御システムも組んでいたんですが……全然、足らなかったんです」
砲撃の波及が想像以上だったらしい。
それに防御システムは耐えきれず……いや、むしろ耐えるために防御フィールドの出力を際限なく上げたため、機体が熱暴走に追い込まれた。
真っ赤に赤熱化していたのはこのためだ。
こういう場合、普通は安全装置が働くものである。
しかし、ラザフォードは砲撃を止めようとしなかった。
安全装置の警告音がうるさくても無視し、自身を包む“巨鎧甲殻”が溶け落ちそうになっても、最期までエネルギー波の放出を継続させたのだ。
「改善の余地あり、だね……」
何気ないレンの一言はあまりにも正論だった。
だからこそ、打ちひしがれたソージの胸には突き刺さるだろう。
「僕のせいだ……僕たち、工作者のせいだ……」
自責の念のあまり、ソージは自らの軽率さを呪った。
「シミュレーションに頼りすぎたのがいけなかったんだ。もっと実地で、ちゃんと試験を繰り返して、発射時の威力を正しく計測できていれば、こんなことには……他にもまだ、見落としている不備があるかも知れないし、それに……」
念仏のようなネガティヴ発言は止まらない。
その合間にも「ごめんなさい」とソージは謝罪を連発する。
ラザフォードに申し訳なくて仕方ないのだ。
まだ不完全な兵器を渡してしまったこと、その実験台にしてしまったこと、挙げ句の果てに無茶をさせて大怪我をさせてしまったこと……。
製作物で使い手に怪我を負わせた。
そのことが工作者としての沽券に関わるらしい。
「――そう悲観してくれるなよ」
セイコが発した野太い一声が後悔の呟きを断ち切った。
ソージは叱られたように肩を震わせると、恐る恐るセイコに振り返る。怒られる覚悟をした生徒が、先生の顔色を窺うような素振りだった。
セイコは気持ちいい笑顔で顎をしゃくる。
「軍団長の寝顔を見てみろ」
やり遂げた漢の顔じゃねえか、と褒め称えた。
「漢にゃあな、たとえ周りから『無理! 無茶! 無謀!』と止められても、身体と魂を張らにゃあ時があるんだよ。ラザフォードはそれをわかってる」
次にセイコは、還らずの都を振り仰いだ。
「還らずの都と、そこに暮らす連中を守りたい一心だったんだろ」
たとえ我が身が砕け散っても――。
未来の果てまで生き抜いて、この世界の生きとし生ける者を守っていくと誓ったラザフォードだ。ここでルーグ・ルー輝神国や、タイザン府君国の住民を見殺しにするようなことは決してできまい。
「そのための武器を工作者たちが与えてくれた」
期待に応えるべく、ラザフォードは見事に使いこなした。
「感謝こそすれ、責めやしないだろう。見ろよ、この満足しきった顔。傷だらけだってのに笑ってやがる……少々欠けちまったのは確かだが、ラザフォードはこうして生きてる。兵器の直すべきところもわかったんだ」
愚痴るのはやめな――みっともねえ。
「おまえさんも漢ならわかんだろ。なあ、ソージ君?」
セイコは大きな掌でソージの背中を叩いた。
ソージが不慮の事故で女性化したことについてセイコも聞いており、それを承知で彼を一人前の漢として扱ってくれているのだ。
ソージは滝のような涙を流し、歯を食い縛る。
せっかくの美少女フェイスが台無しだが、その表情のままセイコを見つめてコクコクと何度も頷いた。彼にも感謝の念を露わにしている。
男親というか兄貴分というか――。
こういうフォローはマルミにはできない芸当だ。
無論ジェイクにもできない。彼も元を正せば女性、今でこそ男らしく振る舞っているが、根底にはまだまだ女性的な感性が残っている。
レンやアンズは問題外、むしろソージが兄貴分となっていた。
実はルーグ・ルー陣営は女所帯なのだ。
精神的には真っ当な男性はソージのみ。こういう時に男性的観点でフォローできる人材が不足していたので、セイコの気遣いは大変ありがたかった。
そうしている間もソージの手が止まることはない。
ラザフォードの修理は着実に進み、重傷はほぼ塞がっていた。
今回の経験はソージに反省を促し、彼の性格ならばこれから成長の糧としてくれるはずだ。セイコのフォローもあって立ち直りも早いだろう。
問題視すべきは――ラザフォードの方だ。
セイコも口にしたが、無理をしなければならない時は誰にも訪れる。男に限った話ではなく、女でもそのような事態に直面することはままある。
しかし、ラザフォードは無鉄砲が過ぎた。
次元を崩壊させかねない究極兵器をぶっつけ本番で使う。
その度胸は買ってやりたいし、危機一髪を助けられたのは事実だが、万が一にでも暴走したりしたらどうするのか!? と説教してやりたかった。
勇気と蛮行は違うものだ。
勇気とは、事前準備をやるだけやり尽くした挙げ句、後がないところまで追い詰められながらも勝利を信じて決断を下すもの。
蛮行とは、後先考えず手元にあるものだけを信じて、大した根拠も理由もないのに自信満々で突き進む無計画なもの。
ラザフォードには勇気ある行動を選択してほしいものだ。
「……それでも、償いを果たしたいのよね」
説教してやりたい反面、マルミはラザフォードの気持ちも慮る。
自らの過ちで多くの仲間を失った経験――。
若き日の愚かさで一族を困窮させた過去――。
500年もの時間を休眠で棒に振った経緯――。
これらの贖罪のため、この世界を守るという誓約を立てたラザフォードは、それを最優先するあまり我が身を顧みない傾向が強い。
そこを再教育してあげないと……マルミは教育係の血が騒いだ。
ラザフォードの容態は安定してきた。
後のことはソージ、レン、イヒコに任せて大丈夫だろう。
マルミとセイコは立ち上がると、アンズたちのように周囲を警戒するチームへと回ることにした。幸いなことに敵襲も落ち着いたらしい。
それでもアンズとヴァトは警戒を緩めない。
周囲を見張り――終わりにして始まりの卵を見つめていた。
別名を宇宙卵とも言い、その名に恥じぬ大きさだ。
遙か遠方、北の果ての大地で着々と成長中だというのに、大陸の中央部からでも見えるのだから、その全貌は計り知れない。
巨大な卵を支えるのは、世界樹と見紛うほど大きな受け皿。
大理石にも似た無機質な質感をしているが、何本もの根が絡まるように植物めいた育成振りを示していた。ただし、成長速度はハイスピードだ。
超速再生を見せられている気分である。
遠目からだと受け皿に見えたが、どうやら蓮の花を象っているらしい。
――世界大蓮。
終わりにして始まりの卵を生み出す装置のようだ。
ロンドの相手を務めているツバサくんが、通信でそのような重要情報を流してくれるので助かっていた。情報の共有は大切である。
世界大蓮はまだ成長を続けていた。
終わりにして始まりの卵も同様で、際限なく巨大化するかの如しだ。蓮の栄養源は定かではないが、卵の方ははっきりしている。
卵は“気”を吸い上げていた。
真なる世界の至るところから莫大な“気”を集めている。
あの卵からどんな怪物が生まれてくるのか知れたものではないが、このペースで世界中から“気”を吸い上げられたら枯渇してしまいそうだ。
「でっかい卵だねー、オムレツ何個分だろ?」
「多分、この世界の人全員分くらいあると思います……」
アンズの脳天気な話題に、ヴァトは恥ずかしげに相槌を打つ。
小さな男の子は珍しいからなのか、天然のアンズは何の気なしに少年を抱き寄せると、弟でも愛でるかのように可愛がっていた。一方、ヴァトはその頭にアンズのそれなりに大きいおっぱいを乗せられて困惑しきりである。
オネショタ……と脳内でクロコの声がした。
いけないいけない、マルミもあのエロ駄メイドに毒されつつある。
「オムレツ作ってる暇はないわよ」
マルミは声を正して、気を引き締めた。
終わりにして始まりの卵を決してロンドに渡さないこと。
「新しい世界の可能性になるかも知れない卵、最悪にして絶死をもたらす終焉に渡すわけにはいかないわ。連中からすれば、自分たちが世界廃滅という目的を達成したとしても、すぐにやり直されてしまうんだから……」
「目の上のたんこぶ、ブッ壊すなりして片付けておきたいわな」
マルミの言葉をセイコが続けてくれた。
せっかく世界を滅ぼすというお膳立てを整えても、それをひっくり返されるようなものだ。無視できるものではあるまい。
『――来世があると思うなよ?』
ロンドが好んで使う脅し文句だという。
彼は世界の再生を認めず、絶対的な滅びを求めている。
世界が復活しなければ、輪廻転生を求めても無駄だ。なにせ土台となるものがないのだから、魂も命も行く当てなく彷徨うしかあるまい。
何もない虚無、それこそ破壊神の求める到達点。
……いや、本当にそうなのか?
マルミだけではなく、ツバサくんも懐疑的だった。
『あの極悪親父、何を考えてるかわかりません……愉快犯ですか?』
『愉快犯というより痛快犯ね。愉快痛快犯』
ツバサくんに相談された際、マルミはこんな冗談で返すのが精一杯だった。割と長い付き合いのマルミでも、ロンドの本性は把握しかねていた。
『え、愉快痛快犯ってどういう……?』
『愉快で痛快なら何でもいいの、面白けりゃどうでもいいって人』
面白そうであれば、破滅的なアイデアでも臆することなく実行してしまう。
例えそれが――自分に不利益を被るとしてもだ。
その不利益をはね除ける豪運と実力が、この最悪な性格に拍車を掛けていた。
『それは……始末が悪いですね』
『そうよ。GM時代から迷惑かけられっぱなしだもの……』
オカン同士の井戸端会議は、ため息で締め括られた。
破壊神――ロンド・エンド。
鰻のように掴み所がなく、霞のように捉え所がない。
ノープラン極まりない無責任――なのに豪運ですべてを乗り切る。
アバウトながらプランを組む――それが精緻を凝らした罠のよう。
一秒ごとに切り替わる気分屋――世界廃滅という指針はブレない。
やることなすことすべて適当ちゃらんぽらん、かと思えば徹頭徹尾計算尽くでやり込めてくる。昼行灯のように振る舞っているだけなのか、鋭利な剃刀を隠し持っているのかわからない。
おかげで対応には苦慮させられっぱなしだ。
ロンドは来世を認めないから、新世界を生む宇宙卵を狙った。
部下には「卵を探せ」と命令し、それを名目にして現地種族やプレイヤーの集団を襲わせ、卵の情報を流しつつ自分たちの脅威を喧伝した。
実際のところ、宇宙卵は土壇場にならないと現れなかったらしい。
真なる世界がそこに暮らす住人の手で荒らされる。
まずはこれが下地――前提条件。
そして、世界を変える力を持つ者が絶望のまま死ぬ。そうした死者を複数人出すことで、宇宙卵の出現条件を満たすそうだ。
ロンドはそれを知っていたが、わざと濁していたらしい。
宇宙卵を探させていた部下にさえ、大まかな情報しか与えていない。
何故なら、世界に愛想を尽かして破壊神に与した彼らの死もまた、宇宙卵出現に必要な条件となる。即ち、生け贄も同然なのだ。
すべて計画通りだとしたら、いやらしい男である。
しかし、ロンドの無責任さを知っていると適当と思えなくもない。
――真意が読めないのが腹立たしい。
ここまで思慮を重ねたマルミは、気持ち悪い胸騒ぎを覚えた。
まだ、ロンドは思惑を伏しているのではないか?
あの宇宙卵にしてもそうだ。マルミは四神同盟の会議で、ツバサくんやレオナルドくんから教えられた情報を思い返してみる。
――終わりにして始まりの卵。
世界が終焉を迎えた時に現れる、次の世界を生むための卵。
その卵からは旧世界を滅ぼすための怪物が生まれ、この世のすべてを破壊するという役目を果たした後、新世界を生むための母胎となるそうな。
完全なる滅亡を志すロンドにすれば天敵。
何者かの手へ渡る前に掌中へ収め、完璧に破壊することを目論むだろう。
「あんな大っきいと手に入れるどころじゃないねー」
不意にアンズがまっすぐな感想を述べた。
ヴァトを抱えたまま右手を額に当てて、巨大な卵を眺めている。
彼女の胸の下でヴァトも賛同するように声を出す。
「見つけても持ち帰れないですからね。それに……今も世界中から“気”を集めてます。このままだと世界が干上がるかも知れません」
「うん、怪物が生まれる前に世界が終わっちゃいそうな勢いだよね」
アンズの意見は素直なので虚飾がない。
だからこそ、マルミの耳にもすんなり届いた。
それが危機管理能力という警鐘を激しく打ち鳴らしてくれる。
そうだ、卵を壊すとか手に入れるの問題じゃない。
宇宙卵を放置すれば、現行の世界が保たないとの予感があった。
あの卵から世界を終わらせる怪物が生まれる前に、その怪物を育むための“気”を吸われていく現時点で、真なる世界は危険水域に突入するだろう。
宇宙卵から生まれた怪物はすぐさま世界を滅ぼすはずだ。
そして、新しい世界の素に…………ッ!?
ここまで考えたマルミは、ある失念に気付いて戦慄させられた。
「あの卵から生まれる怪物も……謂わば破壊神、よね?」
誰が「え?」と聞き返し、誰が「あっ!?」と察したのか。
だが、これらの反応で思い知らされた。
マルミたちもそうだが、恐らくツバサくんたちも失念しているのだ。あるいは、思考を誘導されていた可能性も捨てきれない。
マルミは口早に捲し立てる。
「ロンドは、あの卵を『邪魔だから壊す』と宣言した」
ツバサくんと宴会をした時も、「次の世界になられても困るから現れたら壊す。それまでは放置」みたいな明言をしたらしい。
戦争になるまで条件を満たさないと知っていたからだ。
更に言えば「壊す」と言い張るも、その時期を明確にしていない。
「卵を手に入れた時点で壊すとは言っていない……卵を手に入れて、怪物が生まれて、怪物が世界を滅ぼして……あわよくば、あたしたちのようなこの世界の抵抗勢力とドンパチやって……お互い疲弊しきったところで……」
「漁夫の利狙いか……合理的かつ効率的だよな」
セイコは飲み込みが早くて助かる。
マルミの感じた戦慄を、多くを語らずとも理解してくれたらしい。童顔をおもいっきり嫌そうにしかめ、蓬髪をボリボリ掻いている。
「えーっと、それってつまり……破壊神が増えるってこと?」
天然系のアンズもさすがに顔が引きつっていた。
「世界を滅ぼす破壊神をもう一体、敵に回す可能性も……ある?」
ヴァトも幼いながらに危険性をわかってくれた。
こんな大事なことを見過ごしていたなんて、あまりにも迂闊だった。
あるいは見過ごすように導かれたのかも知れない。
宇宙卵――その現物は今の今までどこにも存在しなかった。
その実在を仄めかすのはロンドの証言ばかりで、そのロンドからして「手に入れたら破壊する」と公言していたため、みんな無意識に「守らないといけない大切な物」と思い込まされていた。
直近で脅威となったのは、最悪にして絶死をもたらす終焉。
そして、その首魁たるロンド・エンド。
彼らの討伐に気を取られれば取られるほど、宇宙卵への注意は記憶の片隅へ追いやられていく。当のロンドでさえ熱心に探す素振りを見せなかった。
やや無関心なところが、より警戒心を弱らせたらしい。
いいや、ロンドは知っていたのだ。
その時が来るまで慌てることはない――と。
終始惚けることで、四神同盟に一杯食わせたとも言える。
終わりにして始まりの卵からは、世界を滅ぼす怪物が生まれる。
それはロンドとは別の破壊神に他ならない。
当然、世界を守ろうとする四神同盟と相容れない敵対者である。
「破壊神騒動の真っ最中に、また破壊神か……」
セイコは空手で鍛えた太い腕を組んで「ウーン」と軽く唸った後、少しでも希望的観測を持てるようにこんな提案してくれた。
「ロンドの野郎に、その卵から生まれた怪物をぶつけるってのは難しいですかね? 破壊神に破壊神をぶつける、みたいな……」
「知ってる。『バケモノにはバケモノをぶつける』ってやつだよね」
アンズの口にしたキャッチフレーズは有名だろう。
セイコも「それそれ」と指差した。
貞子と伽椰子――。
日本ホラー映画の二大巨頭、もとい呪われたヒロインたち。
かつて「この2人を争わせることで双方の呪いから逃れよう」 なんて目論見で展開するストーリーのホラー映画が制作された。
発想のインパクトこそ大きかったが、かなりネタ感が強い。
それもそのはず。元を正せばエイプリルフールのために用意された一発ネタだったのに、反響が大きかったからと実現されてしまったものだ。
作中、貞子の呪いに伽椰子の呪いをぶつけて相殺させようと思いついた登場人物は、吐き捨てるようにこんな台詞を叫んでいた。
『――バケモンにはバケモンをぶつけんだよ!』
わかりやすいので、ネット上で定着してしまったらしい。
その後も似たような企画の映画がいくつかあったため(ゴ○ラVSキン○コングとか)、手に負えないバケモノにはそれに匹敵するバケモノを宛がうことで対消滅を狙うような意味合いで使われる言葉となっていった。
類語で『勝手に戦え!』なんてものもある。
バケモノ同士のケンカなんて知るかボケ! という心情だろう。
セイコの案は一考に値する。
「でも却下よ。この件に関しては愚案だわ」
あちゃー、とセイコは残念そうに片手で顔を覆った。
「マルミの姐さん手厳しいなぁ……でもまあ、当然っちゃ当然か。あの卵についてはロンドの方が専門家みたいだからな」
その点はセイコもちゃんと読めていたらしい。
そうよ、とマルミは苛立ちながら愚案の理由を明かした。
「終わりにして始まりの卵の情報は、ほとんどバッドデッドエンズ側から……正確にはロンドからもたらされたもの。あの卵については私たちなんかより、ロンドの方がよく知っているはず……としか思えないのよ」
破壊神には破壊神をぶつける、そうすることで互いに消耗させる。
こちらが思いつきそうな作戦など先刻承知だろう。
「そうならないよう立ち回る方策を大雑把に考えてるはず……」
「悪役で一番エラいのに、そこはアバウトなんだ」
「無責任な極悪親父ってツバサさんもスッゴい悪口言ってましたからね」
アンズもヴァトも呆れ果てている。
責任感のある大人を目の当たりにしているからこそ、ロンドのようなやることなすことちゃらんぽらんな大人を信じられないようだ。
だが、今回ばかりはその無責任さが策略に思えてならない。
「出現条件を始め、どんな形をしてるとか、どんな風に現れるとか、どんな効果を秘めてるかなんて情報……あの男はひとつも詳らかにしなかった」
最初から最後までいいかげんなのだ。
部下との情報共有さえも曖昧模糊で通しており、宇宙卵の詳しい情報はろくに流れてきやしない。ただ、その存在と脅威を匂わせるばかり。
『――あの卵は邪魔だから壊す』
この一言のみに徹し、宇宙卵への野望をぼやかしたのだ。
おかげでツバサくんを始めとした四神同盟の知恵者たちでさえも、宇宙卵に用心こそしたものの、肝心なことには気をはぐらかされていた。
あの卵からは――世界を滅ぼす怪物が生まれる。
それは取りも直さず、破壊神がもう一体増えることを意味した。
「……冗談じゃないわよ!」
マルミは事の重大さから激昂してしまう。
「一人で世界を100回壊せる破壊神がまだ動いてないのに、そこへ世界へ完膚なきトドメを刺すための怪物っていう破壊神があの卵から生まれたりしたら……あたしたちは二体の破壊神を敵に回すことになるのよ!?」
破壊神――追加入ります。
思わず居酒屋の従業員っぽいフレーズが脳裏を過ってしまったが、そんなジョークで笑っている余裕はない。
状況次第によっては、かつてない最悪の事態を招くことになる。
「……ロンドはこれを狙っていたんでしょうか?」
アンズの胸の下から、ヴァトがおずおず質問してくる。
「2人の破壊神で同時に……世界を滅ぼすつもりなんでしょうか?」
「いえ、多分だけど一緒には戦わないと思うわ」
断言できないが共闘の線は薄いはずだ。
憶測の域を出ないが、破壊神が結託する絵を想像できない。
「ロンドは自らの手で真なる世界の破壊にこだわっている節があるし、宇宙卵から生まれた怪物が誰かのいうことを聞くとは考えにくいからね」
ただし――利用する線は大いにあり得る。
「海千山千の極悪親父だ。卵から生まれた怪物を言葉巧みに唆して、こっちに嗾けるようなズル賢い真似はするんじゃねえか?」
一番あり得そうな具体例をセイコが代弁してくれた。
これにマルミは頷いて同意する。
「やりかねないわね。あの親父はそういう狡猾なところもあるから……」
ただの無責任親父ではない――極悪親父なのだ。
マルミはロンドの思考を読み解いてみた。
まったく共感できないオッサンだが、ロンドが破壊神であるという前提をしっかり踏み固めて、どのような選択をするのか考察を試みる。
「……卵から破壊神が孵るのを待ち、世界を壊すために暴れ回らせ、四神同盟の戦士たちと戦わせ、両者が疲れたところでロンドがまとめて滅ぼす……」
邪魔者は皆殺し、世界の再生も叶わず、来世も潰える。
この手順こそロンドにとって最良の筋書きだ。
そうなる前に、四神同盟として打つべき手は非常に限られている。
マルミは思いつく限りの最適解をボソリと呟いてみた。
「あの卵……壊しちゃおっか」
「「「「「「「――そんな乱暴な!?」」」」」」」
まさかの総ツッコミだ。
近くにいたアンズやヴァトにセイコは勿論、まだ治療に当たっているレンにソージにイヒコ、挙げ句の果てには集中治療を続けられていたはずのラザフォードまでもが上半身を起こしてツッコんできた。
どうやら意識が回復したらしい。良かった良かった。
しかし、マルミの奇策はとても不評だった。
「あの卵から新世界が生まれるのに……壊すってどういうこと!?」
「マルミお姉さん短気はいけません! ツバサさんにも叱られます!」
ラザフォードの治療が終わったレンとイヒコもこちらに近付いてくると、マルミの発言を暴言と受け取ったのか、糾弾するように責めてきた。
まあまあ、とマルミは宥めながら釈明する。
「だって今のところ、何の確証もないのよ? あの卵が本当に終わりにして始まりの卵なのかもわからないし、そこから生まれた怪物が次の世界となってくれる保証もない……そう言っているのはロンドのオッサンだけ」
ロンドの名前が出た途端、レンとイヒコは言葉に詰まった。
あの親父が信用ならないのは周知の事実だ。
卵にまつわる情報源が少なすぎるのも問題なのだろう。
この世界在住のククリちゃんやノラシンハ翁からの情報もなくはないが、どうにも心許ない。裏付けが取れた確証もなかった。
かといって――ロンドの証言も100%鵜呑みにできるわけもない。
それらの観点からマルミは巨大な卵を指し示す。
「今あたしたちにわかるのは、あの卵を放っておくと世界中の“気”が奪われかねないってことぐらいね。そして、大量の“気”を集めた卵からどんな怪物が生まれてくるのかを危惧してしまうわけよ」
あの卵は何とかした方がいい、というのがマルミの懸念だ。
『できるなら、後腐れなく壊した方がいいと思うの』
マルミは通信を介してツバサくんに具申してみた。乱暴すぎる意見なのは承知の上だけど、未知数の不安材料なんてものはない超したことはない。
ちなみに――ロンドに謀られたことも報告済みだ。
これにはツバサくんも「しまった!」という態度で狼狽していた。
みんな極悪親父のおとぼけに騙されていたらしい。
『……あの卵は世界の終わりに現れるようです』
ツバサくんは思案を重ね、選択肢を探るように言葉を連ねる。
『今ある真なる世界が終われば、俺たちはおろかこの大地に生きるすべての種族も、これから転移してくるであろう人類も、すべて無に帰します……新しい世界が誕生したとしても、それは俺たちとまったく無縁のものです』
『新世界の肯定=現世界の否定だものね』
現状の世界を否定されたら、そこで暮らす者の行き場がない。
怪物は今ここにある真なる世界を全否定するのだ。
『そういうことです。この考えを突き詰めていくと、終わりにして始まりの卵から怪物が生まれるのは、俺たちの立場からすれば歓迎できません』
結論――ぶっ壊すに限る。
無差別に“気”を吸い集めている、これが最も問題視された。
真なる世界が干涸らびたら守るどころではない。
ツバサくんが「念のため」と称して、この世界の生き字引、古参の聖賢師で四神同盟のアドバイザーを気取っているノラシンハ翁にも確認を取っていた。
『ええがな――あれを壊すことがこの世界を守る唯一の方法や』
彼も多くを語らず、それだけを認めたらしい。
ロンドといいこのお爺ちゃんといい、勿体ぶるのが好きで困る。
通信網のおかげで各陣営の代表ともスムーズに連絡がつき、彼らの採択も間を置かずに取れたため、この決定はすぐ採用された。
もっとも、マルミたちの代表であるジェイクは不参加である。
あの子、通信網をほとんど覗いていないのだ。
怨敵を追い詰めることで頭がいっぱいの復讐者に成り果てているため、通信すら煩わしいのだろう。呼び掛けても返事をしない。
既読らしき反応はあるのだが、応答はしてくれなかった。
困ったものね……とマルミは嘆息する。
瀬戸際で爆弾を投下されたような気分だが、終わりにして始まりの卵は破壊神に肩を並べる危険物だと再認識させられた。
『手空きの者は世界大蓮へ駆けつけ、宇宙卵を破壊すること』
これが四神同盟の新たな目標となった。
最悪にして絶死をもたらす終焉と、その首領であるロンドの撃破。これに打倒するべき目標がひとつ追加されたこととなる。
「……達成できればいいんだけどね」
レンはうんざり顔で呟くと、背中の愛剣ナナシチを再び抜いた。
サムライ娘は持ち前の勘の良さで、地平線の彼方からやってくる脅威にいち早く気付いたらしい。アンズやセイコも釣られて身構える。
そこには巨獣の群れが迫っていた。
オセロットと、彼が生み出していた五匹の巨大獣。
敵も味方も区別できずに食い荒らす餓えた獣が消えたためか、巨獣の群れがこちらへと攻め入ってきたのだ。これからはあの巨獣たちの掃討に専念しつつ、新手のバッドデッドエンズを警戒せねばならない。
こうなると――宇宙卵へ回す手が足りない。
ただでさえ苦しい連戦が続いて、みんな疲れ切っている。
何人か派遣したとしても、満足に宇宙卵を壊しきれるか怪しい。
その数人を派遣したがために戦力不足となり、巨獣の群れに圧倒されることも避けたい。バッドデッドエンズの援軍が現れたら即終了である。
宇宙卵破壊へ回す戦力がルーグ・ルー陣営にはない。
他の陣営も似たり寄ったり、なんとか手勢でやりくりしている状況だ。
「こういう時のための遊撃要員……」
カンナやレオナルド、他数名のLV999。
彼らは不測の事態が起きた時、もしくは想定外の行動に出たバッドデッドエンズを抑えるための余剰戦力として自由行動を許されていた。
――復讐者もその1人である。
「あの子たちが上手いことやってくれればいいんだけど……ッ!」
マルミは遊撃手たちになけなしの希望を託した。
~~~~~~~~~~~~
実のところ、マルミの仮説はほぼ的中していた。
終わりにして始まりの卵から生まれる、世界を滅ぼして新たなる世界を生む使命を帯びた怪物。ロンドは彼を破壊神の1人として数えていた。
今ある真なる世界を守りたければ、取るべき選択はひとつしかない。
――終わりにして始まりの卵を破壊する。
あるいは、そこから生まれた怪物を倒すこと。
『世界が終焉を予感して生み出すのが、終わりにして始まりの卵……その終焉を認められないなら、その時代に生きる者が卵を壊すしかない』
卵の破壊こそが世界への返答になる。
『この世界にはまだ大丈夫! って生きる意志を世界に伝えにゃならんのさ。そのための返事が、終わりで始まりの卵を破壊することだ』
バッドデッドエンズの目指すところは、塵ひとつ残さない世界の廃滅。
来世すら認めない完璧な滅びだ。
そんなバッドデッドエンズにしてみれば、世界を破壊するけど次の世界になろうとする終わりにして始まりの卵など、お邪魔虫以外の何物でもない。
当然、排除すべき対象である。
『だが、既存の世界を壊そうとする怪物は破壊神のそれだ』
ただ壊すにゃ惜しい、というのがロンドの算段だ。
『世界を滅ぼすまでは手駒としてはたっぷり利用価値がある。卵から孵化するくらいは守ってやれ。生まれたら放っておけばいい』
世界を蹂躙しながら破壊するも良し――。
それを食い止める四神同盟と争うも良し――。
最悪にして絶死をもたらす終焉を殺しても良し――。
『最後にゃロンドが始末するから、それまで好きに遊ばせてやれ』
お守り役――頼んだぜ。
ロンドから宇宙卵の護衛を任されたのはリードだった。
№06 滅亡のフラグ――リード・K・バロール。
108人いた最悪にして絶死をもたらす終焉、その元一番隊隊長を務めた実績と責任感の強さを買われての抜擢だった。
ロンド的には優等生を選んだつもりらしい。
『ぶっちゃけ、おまえぐらいしか言い付け守ってくれなさそうなのよ』
トホホ、とロンドは涙目で人差し指をイジイジしていた。
悪の秘密結社のラスボスがなんてポーズしてるんだ……とは思うのだが、この人がやると絵になるから困ってしまう。
やれやれ、という気持ちを顔に滲ませてリードは答えた。
『……他のみんなは天上天下唯我独尊ですからね』
サバエなどはまだ命令を聞き分ける慎ましさがありそうだが、今回は最愛の弟と共に出撃しているので、理性の箍が外れそうな気がする。
『でしたら……私が参りましょうか?』
リードに次いで名乗り出たのは魔女医ネムレスだった。
№04 業病のフラグ――ネムレス・ランダ。
常に顔の下半分を薄いヴェールで隠したミステリアスな美女だ。
魔女医という二つ名の通り、職能は魔女と医者を兼任している。精神操作を得意としており、そこから人体改造にも通じた魔法を修めていた。
ネムレスは貞淑な口調でロンドに申し出る。
『私の過大能力ならば、その怪物を手懐けることが適うやも……』
『あー、ダメダメ。止めとけ止めとけ』
ネムネムちゃんでも手に負えない、とロンドは取り合わない。
決してネムレスの才能を過小評価しているわけではなく、宇宙卵から生まれてくる怪物が常識の範疇に収まらないと示唆していた。
『怪物はな――この世界の基準に収まらないバケモノだ』
たとえLV999の神族であろうと、飼い慣らすことはおろか過大能力を以てして服従することもできない。あるべき世界の法則が通じないからだ。
過大能力でさえ、効果があったとしても微々たるもの。
『ネムネムちゃんの洗脳も受け付けねえさ。ダメダメ、その発想はなし』
『宇宙卵の怪物とは、そこまでなのですか……?』
動じることのないネムレスも固唾を飲んだ。
だが、まだ半信半疑な彼女の表情を読み取ったのか、ロンドはらかうネタを見つけたようなニヤニヤした笑みで付け加えてきた。
『そうだなぁ……こう言ったらわかりやすいかい?』
最強無敵の破壊神が――誰かの言うことを素直に聞くか?
ものすごい説得力があった。
ネムレスどころか傍で聞いていたリードさえぐうの音も出ない。絶句する部下を認めてロンドはようやく満足げに頷いた。
『そういうこった。オレなんかは部下の言葉に耳を傾ける度量はあるけど、あっちは本当に世界を壊すことしか頭にねぇ』
説得、懐柔、洗脳、脅迫、交渉……一切不可能だ。
『だから、孵化するまで見守るだけ。生まれたら放任主義でいい』
『差し出がましい真似をいたしました……』
申し訳ありません、とネムレスは余計な口を挟んだことを詫びる。
それからチラリとリードに謝意を込めた目配せを送ってきたので、こちらも軽い会釈で応じると、改めてロンドに指令を確認した。
『では宇宙卵を孵化まで見守る役、僕が引き受けて宜しいでしょうか?』
『おう、当初の予定通りそれで。よろしく頼むわ』
生真面目に請け負うリードだが、ロンドから訝しげに問われてしまう。
『そういや……リードちゃんは因縁の相手とかいないの?』
好敵手と書いてライバルでもいいけど? と重ねて訊いてくる。
最悪にして絶死をもたらす終焉――20人の終焉者。
彼らは大なり小なり四神同盟に決着をつけたい宿敵みたいな者を見出しており、彼らとの決戦を今か今かと待ち侘びていた。
リードにも、因縁のある相手がいないことはない。
彼との前哨戦のせいで、リードは見た目が大きく変化した。
頭は右上半分が欠けてしまい、左腕は指先まで拗くれるように長く伸びて、枯れ枝のように歪に曲がってしまったのだ。
こうなってしまった原因は、あの拳銃使いにある。
彼の不意打ちに虚を突かれ、対応できなかったリードの落ち度だ。見目を醜くされたことについても、とやかく難癖つけるつもりはない。
ただ、殺せずに別れたことに悔いが残る。
(※第375話~376話参照)
あのまま戦っていれば仕留められる自信がリードにはあった。
しかし、上司であるロンドと敵対する四神同盟の代表であるツバサ、両者の顔を立てるため大人しく引き下がるしかなかった。
それくらいの配慮は仕える身として弁えているつもりだ。
ロンドから因縁と問われて、真っ先に思い浮かべたのがその拳銃使いだが、別段こちらから会いに行くつもりにはならない。
『どうせ……あちらから僕の前に姿を現しますよ』
嫌でもね、とリードは苦笑した。
なにせリードは憎き仇、戦争とは無関係に殺したくて堪らないはずだ。
再開の暁には――今度こそ息の根を止めてやる。
絶死をもたらす誓いを胸にリードは超音速で空を駆け抜けた。
――ユニセックスな青年だ。
見る人の主観次第で美少年でも美少女でも通じる、蠱惑的な色香を醸し出す美貌である。小柄で細身なのも相俟って、ギリギリ成人しているのに未だ未成年扱いされてしまうのが悩みの種だ。
まあ、敵が勝手に舐めてくれるので油断を誘える。
そういう意味では、年不相応に幼い見た目を重宝していた。
もう――その手は使えそうにない。
全身を黒ずくめで決めて、袖を通す薄手のロングコートもブラック。
ここまでならシックなファッションで済むのだが、前述の通りリードの外見は先の戦いのせいで、二目と見られぬほど見にくく変化していた。
まず、顔の右上半分が抉られていた。
頭頂部から右眼の辺りまでゴッソリ失っているのだ。
その抉り取られた部分を土台にして、真紅に燃える光球が浮いている。
左腕も服の袖から大きく逸脱するほど長く伸びており、その形状は節くれ立った枯れ枝にしか見えない。手や指の形も原形を留めていない。
どちらも人間らしからぬフォルムだ。
ロンドから与えられた――破壊神としての眷族の力。
それはリードの内で2つの過大能力となったのだが、損壊した肉体を補うように歪な形で現れてしまったらしい。
もっとも、リードはこの変化を毛ほども気にしていなかった。
もうすぐ――みんな滅ぶのだ。
リード自身も含めて、この世には何も残らない。
どうせ生まれた瞬間から「醜い」と蔑まれた我が身。この世とともに綺麗さっぱり消えるなら、その過程でどれほど歪もうともお構いなしである。
もはや見目や体裁を気にする愛想もない。
だからリードは戦いの後も取り繕うことなく、変化した肉体をそのままにしておいた。幻術系の魔法で隠すことさえ面倒だったからだ。
……違う、見せびらかしていたのかも知れない。
ロンドより受け継いだ破壊の象徴。この歪みはその具現化だ。
この世の何もかもが嫌いで憎くて恨んでいて、そのすべてを破壊したいリードにしてみれば、頼れる縁は圧倒的な破壊の力のみ。
目に見える形で現れたそれを、心のどこかで喜んでいたのだろう。
だから――このままでいい。
リードは変化した肉体を誇らしげにさらけ出していた。
ロンドの予言通り、戦争が折り返し地点に達したところで世界大蓮が出現。各地から“気”を吸い上げることで宇宙卵を育みつつあった。
あの卵から怪物が孵化するまで見守る。
それがロンドから命じられた、最後の任務らしい任務だった。
怪物という名の破壊神が生まれた後は、リードも自由気ままに世界を滅ぼすツアー旅行に出るつもりだ。目に映るものを手当たり次第に壊していく。
最後のご奉公と思えば、多少は気も引き締まる。
その引き締めた気が働いたのか、リードの直感が強烈に訴えてきた。
――恐ろしい殺気が迫っている。
殺気の発信源を確認する前に、リードは方向転換をすると飛行中の軌道を逸らそうとした。このままだと狙い撃ちされる予感があったからだ。
だがしかし、ほんの少し判断が遅かった。
世界大蓮の付近からモールス信号のように閃光が瞬く。
それを視認した瞬間、リードの肉体を何十発もの弾丸が撃ち抜いた。
「ぐはぁっ! そ、狙撃か……ッ!?」
幸いなことに、弾丸はすべて貫通していた。
修復系と回復系の技能を総動員させて傷を塞いだリードは、次の攻撃に備えるも次の一手が飛んでくる気配がない。
今の銃撃、威嚇を兼ねた示威行動に過ぎない。
激痛こそ走ったものの、致命傷になる威力の攻撃は一発もなかった。
復讐者がこちらに気付かせたつもりなのだろう。
即ち、軽い挨拶みたいなものだ。
「やっぱり、こちらから出向かずとも……そちらから来ましたか……」
拳銃使い……血の泡で汚れたリードの口の端が緩む。
その男は――幽鬼のように佇んでいた。
空を飛ぶリードの行く手を阻むが如く、世界大蓮の前に陣取っている。
男性のはずだが、中性的な雰囲気の人物だ。
痩躯ではあるが180㎝を越えた長身の持ち主で、線こそ細いがしなやかな頑丈さを感じさせる物腰。
風にはためくのは、メカニカルで近未来的なデザインのロングコート。その純白な色合いを始め、ジャケットもベストもシャツも寒色系。ブラックのパンツのみが墨をこぼしたかのように浮いている。
虚空を踏み締めるブーツは装甲のように物々しい。
雰囲気に限ったわけではなく、容貌までもが中性的な美貌だ。
リードも自他共に認めるユニセックスな風貌で、人から見れば美少女にも美少年にも見えるらしいが、彼は本当に性差の定まらない美しさだった。
人工的、あるいは人形に例えられよう。
腰の手前まで届く長い銀髪をなびかせ、高い鼻には丸眼鏡をかけている。
特筆すべきは――右手に握った重々しい拳銃。
ハンドガンには違いないのだが、既製品にこのモデルとなった銃は見当たらず、その口径はマグナム弾をも上回る弾丸を撃つことを想定していた。
拳銃使い――ジェイク・ルーグ・ルー。
新たに四神同盟へと加入したルーグ・ルー陣営の代表にして、内在異性具現化者の1人。複数の過大能力に目覚めた、ロンド曰く「選ばれし者」だ。
そして、リードを仇として狙う復讐者でもある。
とある隠れ里に潜んでいた、真なる世界の創世に関わった起源龍。
黄金の鱗を持つその起源龍を、リードは世界廃滅に先駆けて始末したことがあるのだが、彼はその起源龍と親しくしていた縁者だったらしい。
復讐するだけの理由がジェイクにはあるのだ。
リードに彼を非難する権利はない。
しかし、仇討ちを仕掛けてくるジェイクを迎え撃つ権利はこちらにもあり、返り討ちによる抹殺はバッドデッドエンズとしての責務であろう。
会話できる距離にまでジェイク近付く。
追撃をしてくる気配がないので、リードは話し掛けてみる。
「開戦と同時に仕掛けてくるとは思いましたが……」
待ち伏せとは悠長ですね、とリードは皮肉をぶつけてみた。
「……いや、待ち伏せにしても変ですね。僕が世界大蓮へ駆けつけることを事前に知る手立てがあったんですか? 何やら四神同盟さんは優れた連絡手段を持っているような話を聞きましたが……」
「神族や魔族の身体ってのは丈夫でいいよな」
予想だにしない言葉が返ってきた。
いくら怨敵とはいえ、会話のキャッチボールもしないつもりか? リードが眉をしかめても意に介することはない。
独り言みたいな言葉は、勝手に紡がれていく。
「さっきみたいな豆鉄砲じゃ貫通しても大した傷を負わせられないし、負わせたとしてもすぐに治される。そう、丈夫だから……」
小さな弾丸が体内に残っていても――気にしない。
この一言にハッとしたリードは、意識を体内へと集中させた。
脇腹にわずかな違和感を覚えると、親指と人差し指で躊躇せず肉を破って小さな何かを摘まみ出す。それは豆粒大の小さな弾丸だった。
前哨戦で――ジェイクに撃ち込まれたものだ。
「なるほど……これが発信機の役目を果たしていましたか……」
リードは弾丸を指で弾いた。
放り捨てられたそれに目もくれず、ジェイクは怒りと憎しみを静かに滾らせた眼でリードの一挙手一投足を見据えていた。
ジェイクはゆっくり腕を動かしながら話を続ける。
「別にな、開戦と同時に……それこそ戦争の約束なんざ無視しておまえのところへ突っ込んでいって、ミンチになるまで鉛玉をぶっ込んでやっても良かったが……マルミちゃんとツバサちゃん、おっかないから……」
今日まで待ってやっただけさ、とジェイクはぶっきらぼうに言った。
復讐の鬼でも、仲間の顔を立てる義理くらいはあるらしい。
そうして気怠げに話をするジェイクだが、彼の拳銃を持った右腕は徐々に上げられていき、その銃口はあるものを狙うように突きつけられた。
照準の先にいるのはリード――ではない。
「……終わりにして始まりの卵ッ!」
ジェイクはリードを睨みつけたまま、無造作に伸ばした腕を背後の宇宙卵へと差し向けて、拳銃の引き金に指をかけていた。
「リードがこの卵を目指してスゴい勢いで飛んでること……マルミちゃんが通信で卵を壊せとうるさいこと……ふたつをまとめればシナリオは明白だ」
「だから……待ち伏せていたと?」
正直、ジェイクの復讐がこう絡んでくるとは読めなかった。
彼の目当てはリード自身の命、世界を滅ぼす過程で適当に相手をしてやろうくらいには考えていたが、まさか最後の指令を果たす邪魔をしてくるとは……。
ジェイクにしてみれば渡りに船に違いない。
「貴様は……オレの最も大切な人を無惨に殺しやがった」
ギリッ、と耳障り音がする。
それはジェイクが奥歯を噛む音、あるいは撃鉄の軋む音だったか。
「バッドデッドエンズにとって、この卵がどんなものなのかは知る由もないが……大急ぎで飛んできたところを見るに、そこそこ大切なものなんだろう?」
ならば――目の前でブチ壊してやる!
言うが早いか、ジェイクは拳銃から乱射した。
大口径の銃から解き放たれたのは、彗星の如く巨大な火球の群れだ。
十発や百発どころではなく、千や万でも収まりきらない。
数え切れないほどの大群である。
流星群とはよく聞くが、巨大な彗星が群れたら彗星群というのだろうか? あんなものが直撃したら宇宙卵でも木っ端微塵となりかねない。
これ見よがしの最大威力である。
ジェイクはこの乱射で宇宙卵を壊し、復讐の足掛かりにするつもりだ。
なのでリードは咄嗟に――奥の手を披露した。
火炎を噴いて豪速で迫る、ひとつひとつが彗星の威力を持った弾丸。
その弾雨が宇宙卵へ激突する瞬間――。
「…………止まった?」
ジェイクは眉をピクリと動かし、怪訝に呟いた。
弾丸の群れはまるで静止画像のようにピタリと停止していた。動きが止まっただけではなく、弾丸を取り巻く爆炎も微動だにしていない。
時間停止――そんな単語を思い出すはずだ。
「そういえば……ちゃんとした自己紹介はまだでしたよね?」
リードは左腕を掲げて問い掛ける。
枯れ枝のように長く歪に伸びた左腕を持ち上げると、異星人みたいに変形した掌を広げて、宇宙卵に迫ろうとする弾丸の群れに突きつけていた。
その左腕はゆっくり変わっていく。
「改めて名乗りましょう……僕の名はリード・K・バロール」
帯のようにほどけて実体を失っていきながらも、そこに異形の腕があると思しき透明な輪郭に沿って、無数の時計盤みたいな紋様が並ぶ。
どの時計盤の短針と長針も、目まぐるしいスピードで動いている。
針の回転は決して止まらない。しかもご丁寧にすべて反時計回りだった。
まるで時を巻き戻そうとするかのように……。
「フルネームは――リード・クロノス・バロールと申します」
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