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第16章 廻世と壊世の特異点
第400話:ヒラニヤガルバ顕現
しおりを挟む『戦いとは――命ある者に進歩を促す最高のストレスだ』
インチキ仙人はそう宣っていた。
ツバサの家に居着いた謎の老人――名前は斗来坊撲伝。
恐らく偽名だ。本名は知らない。インチキ仙人というのは自ら言い張った蔑称である。決して幼いツバサが付けた心ないあだ名ではない。
ツバサはいい子だから普段は師匠と呼んでいた。
ただし、ふざけた時はエロジジイとかエロ仙人と呼んで軽蔑した。
縁があったのか恩があったのか忘れたが、ツバサの両親が家に家族の一員として居候を認めていた怪人物である。
家賃代わりにと、ツバサへ武術を教えてくれた師父だ。
最近――“灰色の御子”疑惑が浮上した。
真なる世界出身、神族と魔族の間に生まれた交雑種だという。
そんなインチキ仙人を師匠と敬ったツバサだが、教わったのは不思議な武術ばかりではない。様々な知識や考え方もそれとなく叩き込まれていた。
これは、そんな記憶のひとつである。
『効率よく敵を倒す術として編み出された武術は研鑽され、武器を手に挑んでくる敵を殺すために更なる武器を考案し、いっそ近寄らずとも村ごと、街ごと、地域ごと、国ごと……手を汚さず敵を滅ぼすために兵器は開発されてきた』
敵を圧するため、敵を倒すため、敵を殺すため……。
『勝利しなくてはいけない、というストレスが進歩を捗らせるのだ』
そもそもの話、生命は進化の過程で戦い続けてきた。
『生存競争ほど過酷な闘争もあるまいよ』
肉食動物は獲物を食らうため狩りに適した運動性能を獲得し、草食動物は硬い植物でも噛んで消化できるよう消化器官を発達させていった。
『草木も食べられるばかりが能じゃない』
甘い蜜や果実で生物を引き寄せて種子の繁殖を手伝わせ、必要以上に葉を食べられれば動物が嫌がる成分を蓄えて遠ざける。
動くことのできない植物もまた、戦うための手段を模索してきた。
生命である以上、生き残るために戦いは避けられない。
『無論、戦いを回避するための進化もある』
昆虫は捕食者の天敵に化けたり、風景の一部に溶け込むように隠れる“擬態”という進化を遂げてきた。一部の動物の模様もこれと似た原理で進化してきたもので、生息する環境に溶け込みやすい迷彩色の役割を果たす。
『逃げるも兵法、こいつも戦いによって触発された進化の賜物だな』
――戦いに勝つための進化。
『これを刺激する衝動は、生命にまつわる欲求が大きい』
食欲、性欲、睡眠欲……そして生存本能。
生命活動に直結する欲求は抗いがたい。そういったストレスに見舞われた生物は、これを解消するための努力を惜しまなくなる。
それが進化への原動力。人間の進歩も似て非なるところがあった。
人間の進歩の場合、促進させるものは戦いに限らない。
『そう、たとえば……エロスが人類のテクノロジーを躍進させた!』
こんなことを真面目に説くのがインチキ仙人だ。
本人は「俺はスケベじゃなくドスケベだ!」と開き直っていた。
しかもタイミングが最悪である。
ツバサがミロや妹に内緒で、巨乳の美少女が主人公のちょっとエッチな漫画を読んでいた場面に現れての発言なのだ。
あの長い前口上も、ここへ繋げる前振りに過ぎない。
ツバサは子供らしい羞恥心から問答無用でインチキ仙人を蹴り飛ばしたが、エロジジイは意に介さず語り続けた。
『エロいもんが見てぇ! エロいことがしてぇ! エロい性欲を満足させてぇ! これが人類の技術をとんでもなく進歩させてきた。これは人類ン千年の歴史が物語っている。なんら恥じることはねぇぞ』
裸婦の彫刻が禁止された時代――。
彫刻家たちは薄衣を這わせたグラマラスな女体を彫り上げてきた。
春画と呼ばれる猥褻な絵が禁じられた時代――。
錯覚やだまし絵の応用でいやらしい艶やかさを表現してきた。
電子機器が発達して映像メディアが増えた時代――。
いわゆる18禁映像を生々しく視聴するため、映像機器は高画質を極めていき、淫らな嬌声を聞くために音響も良質になっていた。
『大人向けのエロいオモチャに使われるシリコンゴム……あれだって乙女の柔肌を再現しようと職人さんが日夜努力した血と汗と涙の結晶なんだからな!』
わかったようなわからんような理屈である。
しかし、好きなアニメキャラの特大おっぱいマウスパッドが欲しかった少年時代のツバサはちょっと納得してしまった。
結局、ミロと妹の目が怖くて買えなかったが……。
ただ、性欲が一役買った進化や進歩には心当たりがある。
多種多様なエロコンテンツという文化が華開いたインターネット。そのエロの多様化がネットワークの拡大に一枚噛んでいたと思う。
まあ、これは賛否両論あるだろう。
『人間は敵に勝つため武力を進歩させてきた。同じくらいエロスに注いだ情熱によってテクノロジーを発展させてきたのだ! おまえが読んでる、そのエッチな漫画もその進歩の果てに生まれた産物……』
わかるか愛弟子よ? とインチキ仙人はドヤ顔で決めた。
『ああ……ジジイが俺を茶化してるのはな!』
その顔面にツバサは情け無用のドロップキックを敢行した。
戦いは進歩を云々と語ってツバサを感心させかけですぐにこれである。尊敬すべきか張り倒すべきか、子供心に判断がつかず困ったものだ。
話を戻すと――戦いは生命に進化を促す。
これは神族や魔族となったツバサたちも例外ではない。
生命あるいは種族としての進化はさておき――。
(※進化とは、種を継いでいく世代間に発現する変化を指す。このため、ひとつの世代では起こりえない。たとえば一個の生命体に大きな変化があった場合、それは成長、強化、変身……と表現されるべきである。一世代で進化することは有り得ない。フィクションで用いられる進化は、あくまでも比喩的表現だ)
一個の生命体として進歩は計り知れないだろう。
神族や魔族ならではの成長も留まるところを知らない。
神の御業というよりない物理法則をもねじ曲げる魔法や、本物の金を錬成することも容易い究極の錬金術。それにSFの世界でしかお目にかかれない様々なオーバーテクノロジーさえ意のままとなる。
オーバーテクノロジーの担い手――工作者のことだ。
技術者や科学者と呼んでも差し支えないのだろうが、物作りに特化した職能ゆえに工作をする者、工作者という呼び名が一般化している。
ツバサの長男であるダインを筆頭にジンやヨイチにヒデヨシなど、工作者の職能を有する元プレイヤーは四神同盟にも何人かいる。
ただし、その絶対数は多くない。
VRMMORPG時代、工作者の道を選ぶ者は少なかった。
ゲーム内容的に戦闘系の職能を揃える者が大半だったというのもあるが、それ以上に工作者として一人前になるのが至難の業だからだ。
ただ物を作るだけならば誰にでもできる。
だが、何であれ名品を造れる腕前になれるものはごく少数だった。
寝食を忘れて物作りへ傾けられる情熱――。
望んだ通りのものを構築できる技量――。
作品を最期まで完成させる忍耐力――。
この3つが揃っていないと、工作者になるのは難しい。
宇宙の果てまで飛んでいける神懸かり的な艦艇や、変形合体して超常的な力を発揮する巨大ロボのような常識外れな機体。
神や魔となった工作者の技術力は、フィクションに思いを馳せた構想を実現させるだけの技術力を持っていた。
そんな彼らが――究極兵器の開発に成功してしまったらしい。
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「……で、具体的にはどういう代物なんだ?」
ツバサは開発責任者と名乗り出た長男に問い質してみる。
開戦まで後3日――場所はハトホル太母国。
ここのところ戦争への準備で慌ただしかったので、夕食後の数時間くらい骨休めをしようと、久し振りにミロや子供たちと戯れていたところだ。
そこへダインが畏まって現れた。
ダインだけではない。四神同盟の工作者が全員集合していた。
あと――廊下にも一人待機している。
「アニキ、折り入って話があるがよが……時間もろうてもええか?」
いつもの土佐弁にも覇気がない。
団欒を邪魔したことを詫び、時間が欲しい旨を訴えてきた。
既に述べた通り、長男ダインはツバサのことを平気で母親呼ばわりできるようになっていた。アニキと呼び直すのは余程のことである。
只ならぬ雰囲気を感じ取ったツバサは了承した。
子供たちには「この埋め合わせはするからまた今度」と、こちらも詫びを入れてみんな退室させた。何故かミロは残ったが。
ツバサの伴侶だから、とか理由はそんなとこだろう。
応接間のソファにはオカン……じゃない、ツバサが座っている。
さながら玉座に腰掛ける女王だ。
工作者たちは謁見を求めてきた家臣に見えなくもない。
ダインはツバサの前にドカリとあぐらで腰を下ろすと、機械化した両腕を床に着けて深々と土下座してきた。
ジンやヨイチはきちんと正座してからの土下座だった。ソージも女体化した身体に合わせて、楚々とした頭の下げ方をしてくる。
ダインの新妻であるフミカも三つ指突いて土下座し、その横に座ったプトラも頭の昇天ペガサス盛りヘアーが型崩れするくらい額づいていた。
日之出工務店社長 ヒデヨシ・ライジングサン。
穂村組 構成員 ホネツギー・セッコツイン。
穂村組 構成員 ドロマン・ドロターボ。
彼らも開発に関わったらしい。ダインとともに土下座しようとしたが、ツバサが手で制して「必要ありません」と目配せした。
古い考えかも知れないが、ツバサは年上を敬いたい。
ヒデヨシは尊敬すべき大人なのは目の当たりにしている。
ホネツギーやドロマンとは敵対したものの、敬意を払えるだけの精神性や腕前を持っていることを知れたので無下にしたくはない。
こちらの意を察した三人は、頭を下げるだけに留めてくれた。
――工作者が一堂に会する。
フミカとプトラは工作者ではないが、その知識力と不思議な道具を作れるアイデア力を買われて、彼らに協力したのは想像に難くない。
一体全体、どれほどのものを創り出してしまったのやら……。
「その兵器について説明してくれ」
ツバサが先を促せば、ダインは恐る恐る詳らかにしていく。
蛮カラサイボーグと呼びたくなるウチの長男は、額に浮かぶ脂汗を床へと滴らせながら、事の重大さを重苦しそうな口調で語り始めた。
「……わしらは強うならんといけん」
最悪にして絶死をもたらす終焉と戦うだけではない。
大前提として、真なる世界は侵略者に襲われているのだ。
別次元からの侵略者――蕃神。
クトゥルフの邪神群を思わせる異形たちは次元を引き裂いて“門”を開き、こちらへ攻め入る時を虎視眈々と狙っている。
多くの種族では太刀打ちできず、神族や魔族でも全力を尽くしてやっと。
それでも追い払うのが精々だ。殺し切るのは難しい。
「奴らをぶち殺すためにはもっと強い力がいる、もっと強力な兵器が……そう思うたわしらは、より強い兵器の開発に着手したんじゃ」
ツバサは相槌を打つことなく、黙してダインの言葉に耳を傾ける。
内心では先ほどのインチキ仙人を思い出していた。
これこそ――ストレスによる進歩である。
蕃神という外敵に脅かされるストレスを解消するため、ツバサたちが自らの強化へに躍起になるように、ダインたち工作者も蕃神を撃ち破るための兵器開発という研究の手を休めることはなかったのだ。
平和な未来を勝ち取るための努力である。
努力家のツバサには大いに共感できた。そして、ダインたちも陰ながら努力していたことが我が事のように嬉しかった。
大勢の前だがダインを豊満な神々の乳母の胸へ抱き寄せ、これでもかと撫でまくりながら褒めてやりたかったが、公の場なので我慢しておいた。
恥ずかしがり屋のダインは喜ばないし……。
「そこで工作者も増えてきたき、みんなからも意見を求めて試行錯誤しちょったんじゃ……できったら、力のない種族でも使える兵器をってコンセプトでな」
これも理解できる考え方だ、ツバサは微かに頷いた。
神族や魔族ならば蕃神とも善戦できる。
たとえ“王”と呼ばれる巨大な個体でも対等に渡り合えた。
しかし、この世界の現地種族には無理難題だ。
エルフ、ドワーフ、オーク、マーメイド、ケットシー、セルキー、ハルピュイア、ノーム、ラミア、コボルト、ヴァラハ、ナンディン……。
様々な種族が四神同盟の庇護の元、平和に暮らしている。
どの種族も戦える魔術を覚えたり、非常時に備えての戦闘訓練は怠っていないが、蕃神に立ち向かうには明らかに力不足だった。蕃神が手足のように使う眷族という怪物と戦うのも危ういかも知れない。
反面、眷族どころか“王”とも戦える可能性を持つ種族もいる。
機械生命体――スプリガン族。
鬼神を先祖に持つ――キサラギ族。
ドラゴンの末裔――ドラゴノート族。
彼らは多種族と神族の中間に位置する能力を備えているため、亜神族という分類をされていた。神族や魔族に準ずる力を持った種族だ。
まず亜神族に扱える兵器を目指したという。
「わしらがおらんでも蕃神と戦えるように……一矢報いるん程度ではなく、完全に倒せる兵器……そういうんを目指しとったんじゃ」
力なき者たちでも脅威に立ち向かえる力を与えてやりたい。
庇護者に守られるだけではなく、自分たちも庇護者とともに肩を並べて戦えるように……共に戦えるという自信をつけてやりたかったそうだ。
これは工作者の総意だと表明された。
だからこそ、兵器製造は不得手な平和主義者のジンも協力したし、ダインの素質を買っているヒデヨシも協力を惜しまなかった。ダインの幼馴染みで親友のソージも、同盟に参加して日は浅いが気心は知れている。
悪役なのにお人好しなホネツギーやドロマンまで加わっていた。
まだ半人前だと自己評価の低いヨイチも手伝いを買って出て、フミカは頑張るダインのために親友のプトラまで引っ張り出したらしい。
武器とは――力なき者のための牙だ。
やり過ぎたのは問題だが、その心意気は賞賛に値する。
懺悔するようにダインは説明を続けた。
「兵器を造るんに際して、参考イメージにしたんはツバサの滅日の紅炎と……ダグ君のダグザディオンメイスじゃ」
「あのふたつを機械的に再現しようとしたわけか」
なるほど――これは得心せざるを得ない。
滅日の紅炎はツバサの必殺技だ。
森羅万象を完膚なきまでに焼き尽くす紅炎を操る。
キョウコウという異世界を丸ごとひとつ内包するような敵を倒すため、こちらを飲み込もうとする奴の異世界を焼き滅ぼすために編み出したものだ。
ダグザディオンメイスはダグにとって切り札だ。
スプリガン族総司令官――ダグ・ブリジット。
まだ高校生くらいの少年だが、機械生命体一族の総司令官を父に持ち、母は世界の豊穣を司った大地の神の子孫。両者の間に生まれた灰色の御子だ。
ダグの母親の血統は大地の創世神に連なる。
大地を司る父祖の偉大なる力を、ダグはその身に受け継いでいた。
それがダグザディオンメイスである。
スプリガン族であるダグは外骨格“巨鎧甲殻”を身にまとうことで、全長50mほどの巨大ロボ、ゴッド・ダグザディオンへと変形合体できる。
この時に振るう鉄槌こそダグザディオンメイスだ。
外見は巨大な鉄塊の如きハンマーであり、これに叩き潰されたものは跡形もなく消滅する。あらゆるものを滅ぼす力を秘めた父祖の鉄槌である。
――ツバサの必殺技とダグの必殺兵器。
「片やすべてを焼き払う真紅の炎、片やすべてを殴り壊す巨神の鉄槌。でも、その原理はよく似てる……酷似していると言ってもいいッス」
ここでフミカが出番とばかりに前に出た。
情報処理、分析と解析、走査……彼女の右に出る者はいない。
戦闘服こそエジプシャンな踊り子衣装だが、今日はダインの秘書を気取っているのかレディススーツで決めていた
今回の責任者としてお叱りを受ける覚悟の亭主を、内助の功で助ける良妻のつもりなのだろう。本当、旦那さん大好きな奥さんだこと……。
「二人の必殺技は、謂わば滅殺兵器ッス」
万物は滅ぶ――万象は滅ぶ。
路傍の石とてその身を磨り減らし、いつかは消える。
雨だれを受ける石はやがて穴が空き、風にさらされた石は風化していき、日の光を浴びた石は干涸らびていき……いつかは塵となる。
勿論、そこに辿り着くまでには途方もない年月が必要だろう。
しかし、永遠に保つものではない。
何らかの力が通えば、わずかではあるものの身を損なうのだ。それが年月を経て積み重ねれば、いつかは露と消えるのも致し方ないこと。
だから万物は滅ぶ――ゆえに万象は滅ぶ。
ツバサやダグの必殺技は、この滅びを異常促進させるものだ。
たとえば滅ぶまでに一億年かかる物質があったとすれば、その一億年の間に浴びるはずのエネルギーを極限まで圧縮させ、瞬時に対象へ叩き込む。
一億年分のダメージを受けた物質が滅びるのは必定だ。
真なる世界には様々な力が遍在する。
火力、熱力、風力、水力、地力、光力、磁力、電力、音力、重力、斥力、原子力、核力、気力、霊力、呪力、魔力、神力、理力、心力……。
質量が持つとされる静止エネルギー、宇宙を満たす暗黒物質、宇宙を膨張させるという不確定因子ダークエネルギー……。
力という力をありったけ集め、相互に作用させるも減衰することなく集束させていき、純度の高い力へと昇華させていく。
このエネルギーを極限まで圧縮、余すところなく敵へ注ぎ込む。
相手が滅びの時を迎えるまで――。
気が遠くなるような未来に訪れるであろう滅びの時。それを刹那という時間にまで短縮し、過程や経過を置き去りにして結果のみを得る。
滅日の紅炎とダグザディオンメイス。
双方の必殺技の原理は、概ねこんなところらしい。
「まあ、仔細を突き詰めていくと、まったく同じものというわけではなく、バサママとダグくんとじゃあ若干の相違点なんかはあるんスけどね」
「誰がバサママだ」
仕組みを解析したフミカが説明を締め括るが、最後の一言でサラッお母さん呼ばわりされたことをツバサは聞き逃さなかった。
ツバサママ=略してバサママである。
「ちなみに……ツバサとダグ君の相違点ってなんだ?」
「簡単にいえば根っこが違うんスよ」
興味本位で尋ねると、フミカはわかりやすくまとめてくれた。
「ダグ君は世界を創世させた起源の力を、バサママはその世界をも内包する宇宙を誕生させた始原の力を、それぞれ破壊力に転用してるって感じッスね」
わかりやすいがゆえに、この解説はインパクトが大きかった。
「どっちみち、この世の始まりの力ってことダスな……」
ドロマンは泥のように崩れた右顔面の右眼は眼球剥き出しだが、左顔面の普段は細い目までこぼれ落ちそうなほどまん丸にしていた。
「それってつまり……ビッグバンってことじゃないのぉん!?」
オネエ口調のホネツギーは身体の左半分がスケルトンで、右半分は生身の美青年になっている。顎の骨が外れそうなほど大口を開けて驚いていた。
この2人を始め、穂村組の構成員は魔族ばかり。
何人かは外見にデメリットが現れ、このような姿をしているのだ。
「何を今さら仰天してんだよ」
大袈裟なリアクションに、ヒデヨシが笑いながらツッコむ。
「設計段階でフミカちゃんからとくと説明受けたじゃねえか。その場でこの創世のパワーを“始源力”とおれたちで名付けただろ」
「「あ、そうでした」」
ホネツギーとドロマンは思い出したように手を打った。
どうやらウケ狙いのリアクションだったらしい。この2人もギャグキャラになれるという技能“コメディリリーフ”を持っているようだ。
「そんなわけで、この時点でコンセプトはほぼ決まってたわけよ」
話の内容をヒデヨシが引き継ぐ。
西遊記に登場する孫悟空、あるいは豊臣秀吉を少年漫画の主人公風に描いたような、猿に似た面立ちだがイケメンの青年である。
小柄なのが玉にキズだ。
現実でも日之出工務店という会社の社長を務め、工作者の中では一番年上なのにそれを笠に着ることもなく、良き兄貴分としてみんなの世話を焼いてくれた。
親分気質なのもあるが、若手を育成したい性分でもあるらしい。
最年長の工作者は理路整然と語ってくれる。
「フミカちゃんのデータを元にツバサくんの必殺技を解析したり、ダグくんにメイスをちょいと借りて構造なんかをサンプリングして、この“始源力”を波動砲みたいにぶっ放す大砲を作ろうって計画にまとまったんだわ」
滅日の紅炎とダグザディオンメイス。
これを参考にして、真なる世界に遍在するすべての力を束ねてMAXにし、始まりの力である“始源力”にまで高め、あらゆる存在を撃ち滅ぼすエネルギー波を発射する大砲を造ろうという計画だったと明かされる。
その砲身となる人材も選ばれていた。
「恐縮せずに入ってきな。今回の立役者なんだからよ」
ヒデヨシが応接間の外へ呼び掛けた。
恐らく自分に厳しい彼のことだ、上司とも言うべき神族の会談みたいな場所へ顔を出すのが憚れたのだろう。ずっと廊下で待機していたらしい。
それでも、呼ばれたら返答せずにはいられない。
「……失礼いたします」
現れたのはラザフォードだった。
スプリガン北方守備軍軍団長――ラザフォード・スピリット。
ルーグ・ルー陣営に駐屯するスプリガンの部隊。
彼らを率いる隊長である。
ロボットじみた外見が多いスプリガン族の男性では珍しく、彼は人間に近い風貌をしている。ぱっと見はロングコートを羽織った車掌、鋼色の髪をオールバックにした陰のある青年のような見た目だった。
頭に被った車掌帽を脱ぎ、胸に押し当てながら傅く。
ただでさえ隈の濃い疲れた容貌だというのに、ずっと畏まっているものだから顔面を汗まみれにして、小刻みに身体を震わせていた。
震えが止まらないほど、この状況に当惑しているのだ。
「この度は、自分の如き矮小な我が身には過ぎた力を授けていただき……いえ、身に余る絶大な力を与えていただき……あの、その、感謝すればいいのやら、謝罪すればいいのやら……ええーっと、そのぉ…………ッ!?」
ラザフォードは奏上に悩むほど混乱していた。
ぶっちゃけ――彼は被害者である。
話の流れを読むに、ラザフォードが件の究極兵器なのだ。
彼の“巨鎧甲殻”を改造して、巨大な砲塔に見立てることで究極兵器を完成させたのはいいものの、想定外の威力になってしまったらしい。
それも世界を滅ぼすどころではない。
数多の次元を貫く大砲となったのだから途方にも暮れるだろう。
ラザフォードが萎縮するのも無理はない。
ツバサへの言葉に悩み抜いた挙げ句、500年前のやらかし以来、自分を責めることばかり考えてきた男はパニックを起こしてしまった。
「は、は……腹を切って詫びさせていただきます!」
「やめてラザフォードさんやめて!?」
なんで武士道精神!? どうせ誰かがいらんこと吹き込んだんだろ!?
「腹なんか切っちゃダメぇ! みんな止めてぇ!」
ツバサは女の子みたいな悲鳴でラザフォードを制した。
上着を脱いで細マッチョな腹筋にナイフを突き立てようとしたラザフォードを、ヒデヨシとドロマンが力尽くで抑え込んでくれた。
ツバサは爆乳で重い胸をホッと撫で下ろす
それから咳払いで声を整えて、ラザフォードを慰めるように宥める。
「あなたが責を負う必要はどこにもない。むしろ、工作者たちに協力してくれたことに感謝を評し、その結果として多大な重責を背負わせることになってしまったこと……四神同盟を代表して詫びなければならないくらいだ」
申し訳ない、とツバサは真摯に謝った。
「このような罪深き自分などに、なんと勿体なきお言葉……」
感謝いたします、と涙ぐむラザフォードは跪いた。
――究極兵器となる大砲。
その砲身に選ばれたのがラザフォードの“巨鎧甲殻”。
大勢の人員を乗せて長期間の旅にも耐えられる巨大列車・全界特急ラザフォード号と、その駆動車両が変形する巨大ロボ・剛鉄全装ラザフォードだとのこと。
巨大列車モードと巨大ロボモード。
ここへ新たに巨大列車砲モードが加えられたわけだ。
列車砲という兵器は実在した。
戦艦に登載するならいざ知らず、陸戦では運ぶことすらままならない大重量かつ大口径の巨砲。これを列車に乗せて運用可能とした兵器である。
ラザフォードの場合、車両その物が砲塔と化す。
列車やロボに次ぐ砲塔への変形機構を加え、ツバサたちの必殺技を研究して開発した高エネルギー炉心を登載。合わせて“巨鎧甲殻”を大幅に増強、LV999に匹敵する高出力を発揮できるように改造を施す。
目指したのは――超巨大蕃神“祭司長”の撃破。
これが望めるだけの威力がコンセプトだったらしい。
高エネルギー波を撃ち出しても溶け落ちず、壊れることもなく、再装填で直ちに次弾を発射できるほどの強度を求めたそうだ。
「ここまでは問題はなさげなんだよな……」
ツバサの代わりに滅日の紅炎を撃てる大砲か、ダグザディオンメイスの予備が務まる列車砲ができた。それだけで済む話である。
どちらも既存の必殺技と兵器だ。
同等の威力を発揮するものが増えたとなれば、戦力の厚みが増したことを誇りこそすれ、叱責覚悟で詫びを入れてくるなど有り得ない。
ダインたちも嬉々として完成報告したことだろう。
それが常軌を逸すれば――話が別だ。
世界を壊すどころではない。
空間も、宇宙も、次元も、混沌も、秩序も、虚無も……多重に重なる次元を撃ち抜いて、概念の果てにあるようなすべての時空の根源にさえ届くような、筆舌に尽くしがたい破壊力となれば手に負えたものではない。
ミロはツバサの太ももを枕に寝転がっていた。
これまでの話を黙って聞いており、ポツリと感想を一言漏らす。
「石○賢先生の漫画みたい話になっちゃうね」
「やめろ、洒落にならん」
ただでさえ真なる世界と蕃神の戦争もインフレ気味だというのに、更にとんでもない存在が参戦してきたら、ツバサでも手に負えなくなる。
……いや、まあ、本音を言えば戦いたいのだが。
至高も究極も超えた存在に立ち向かってみたいのだが!
まだ絵に描いた餅にもなっていない。
それはさておき、ラザフォード号を改造した列車砲がとんでもないバケモノ威力になった原因について、ツバサはなんとなく察しが付いていた。
土下座したまま頭を上げないコギャルが一人。
頭を地面にくっつけすぎて反動で丸いお尻が持ち上がり、短いスカートから下着が覗けそうだ。「女子高生は大好物よぉん!」と公言するホネツギーがこの好機を逃すまいと覗こうとしている。
だが、相方のドロマンに羽交い締めにされていた。
「ドロちゃんお願い! 武士の情けぇ、チラッとでいいから!」
「駄目ダス、TPOを弁えるダス」
ドロマンさんが紳士で良かった。いいコンビである。
そして、「パンチラでこの罪が許されるなら喜んで見せるし!」と言わんばかりに、頭を突っ伏して尻を持ち上げているコギャル。
彼女こそが――この騒動の原因だ。
ハトホル一家 三女 天災道具作成師 プトラ・チャンドゥーラ。
「この度は、あたいのせいでハチャメチャなことになってしまい……」
誠に申し訳ないし、とプトラ流の敬語で謝ってきた。
渋谷や池袋が似合いそうなコギャル、ファッションも未だに丈の短いスカートに学生服っぽいファッションで貫き通している。薄いカーディガンは両袖を帯のようにして腰に巻いていた。
ウェーブのかかったブロンドヘアは、片側は昇天ペガサス盛りよろしく盛りに盛っているが、片側はサイドテールでまとめている。
プトラはまだ、やたらお尻を持ち上げた珍妙な土下座をしていた。
彼女は工作者ではない。道具作成師だ。
物作りという点では似通っているが、彼女は武具や機械などは作れない。料理だってカップラーメンにお湯を入れるのが関の山だろう。
プトラが作れるのは道具、魔力を宿した不思議な魔道具のみ。
その才能だけは災害級にズバ抜けていた。
納涼のために団扇を作れば、一度仰げば嵐を起こし、二度仰げば雷雲を轟かせ、三度仰げば豪雨が降る。四十九度仰げば天変地異を巻き起こす。
そんな団扇を何の気なしに作ってしまう。
天災道具作成師は誤字じゃない。天才と掛けたものである。
魔力で動く便利アイテムを作っただけで、封印が必要なほどの超兵器めいたものを作ってしまうので、親友のフミカにの制御役を任せていたほどだ。
「そんなプトラが兵器開発に携わったら――これか」
ツバサは呆れて嘆息するしかない。
「ガチで申し訳ないし……ついつい、いつもの癖でやらかしちゃって……」
平謝りするプトラが可哀想なのか、フミカも一緒に頭を下げる。
「今回はウチもリミッターを外しちゃって……どうせ新兵器を造るんなら、破壊力バツグンの方がいいよねって思って……面目ないッス」
フミカの気持ちもわからないでもない。
かつて還らずの都を襲った超巨大蕃神――“祭司長”
あれは2本の指で還らずの都を摘まめる、途方もない巨体の持ち主だった。もしも全容を現せば、この中央大陸など一溜まりもなかったはずだ。
フミカも超巨大蕃神を目の当たりにしている。
あの迫力に打ち勝つためには、こちらも常識はずれな力が必要だ。
「そこでプトラの日用品すら兵器にしてしまう、天災じみた道具作成の腕を頼りたくなった気持ちはわかる……それで、具体的には何をしたんだ?」
怒らないから白状しなさい、とツバサは勧めた。
ようやく顔を上げたプトラは申し訳なさそうに打ち明ける。
「いや、ちょっと増幅器をつけただけだし……」
増幅器? ツバサは思い当たる節があるものの首を傾げた。
「そうだし。龍宝石をあたいなりにカスタマイズした増幅器だし」
それがどんな代物かをプトラは解説する。
「オカンさんには釈迦に説法だけど……龍宝石そのものが一種の増幅装置で、蓄えた力がなんであれ、限界まで増やしてくれるでしょ?」
「ああ、力の蓄電池であり増幅器を兼ねるものだからな」
――龍宝石。
龍種の脳内で極々希に結晶化する神秘の宝石だ。
それはどんな力であれ取り込むことができ、宝石の内側で許容量いっぱいにまで増幅を続ける。たとえ力を使い果たしたとしても、微々たるものでも力が残っていれば増幅することで再充電し、半永久的なエネルギー源となる。
動力源としてこれほど優れたものはない。
ダインが造る巨大ロボや飛行戦艦の動力炉心に用いられてるのは言うに及ばず、プレイヤーたちが暮らす拠点の水道、ガス、電気などの光熱費がかかりそうなもののエネルギー源としても使われていた。
この世界でもインフラ設備が整っているのは、龍宝石のおかげである。
(※ちなみに龍宝石の許容量は純度と大きさで決まる。大きければたくさんの力を貯められ、純度が高ければ許容量が少なくとも低燃費で高出力となる。なので、大きくて純度が高い龍宝石ほどエネルギー炉として優れている)
当然、超が付くほど希少なレアアイテム。
VRMMORPG時代、これを巡って争奪戦が起きたほどだ。
高レベルの神族や魔族になると、この龍宝石を人工的に創り出すことができるようになると判明。工作者たちは挙って生産ラインを整えている。
「オカンさん、これ……覚えてるよね?」
おずおずとプトラが取り出したのは、銀色に輝く1本の鍵。
――ランドルフの銀鍵。
プトラが発見した、誰も見たことがない虹色に輝く龍宝石。これを核にして作られた、次元を開いて別世界へと渡れる鍵である。
「虹色の龍宝石については解明済みッス」
その詳細な報告については、フミカから上げられていた。
虹色の龍宝石は――別次元の影響を受けている。
蕃神が関与しているわけではない。蕃神が真なる世界へ侵入してくる際、次元の壁を壊すことで覗くことができる異なる次元。
そこからは絶えず、この世のものではない風が吹いてくる。
この異質な風によって変質した龍宝石とのことだ。
虹色の輝きは変質した証であり、そうした経緯があるゆえか、次元の壁を開いたり閉じたりする効力を秘めるようになったらしい。
プトラは銀鍵をもじもじ弄っている。
「あたいもLV999になったし、プトちんとダイちんに龍宝石の製造方法を教わって、この虹色の龍宝石を試しに複製してみたら……」
「――できちゃったのか?」
「うん……それで、もっと効力を強められないかと思ったら……」
「――それも成功しちゃったのか?」
うん……とプトラは消え入りそうな声で肯定した。
次元に裂いて“門”を開くには莫大なエネルギーが必要だ。
蕃神たちでもおいそれとはできないらしく、おかげで侵攻の度合いが遅れているため真なる世界は今日まで持ち堪えてこれた。
それを労せず行えるランドルフの銀鍵。
その核となった虹色の龍宝石。
それを増産することで作られた未知数の増幅器。
「……そんなもん積んだら、そりゃ異次元の火力を叩き出すわな」
ツバサは目眩のする頭を片手で押さえた。
本来、ダインたちの想定ではダグザディオンメイス以上、滅日の紅炎未満の破壊力を発揮する大砲になる予定だったらしい。
だが、プトラが協力したことで予想外の化学反応を起こした。
現地種族でも蕃神の“王”を倒せる兵器。
その到達点をあっさり突破、超巨大蕃神“祭司長”をも撃破する可能性を示唆しただけでは飽き足らず、多重次元さえも貫く威力を発揮した。
「……あくまでもシミュレーションッスけどね」
シミュレーションを担当したのは、フミカとアキの情報処理姉妹。
「信憑性が増しただけじゃねえか……」
ツバサはもう笑うしかなかった。
演算能力では同盟最強の姉妹が何度もシミュレーションを重ね、どれだけ繰り返しても「すべての次元が消し飛びます」という答えが出た。
ならば――疑いようがない。
超次元兵器とでも呼ぶしかない、トンデモ兵器が完成したのだ。
「天災道具作成師の面目躍如といったところか?」
呆れるのを通り越して、もはや感心するレベルの話だ。
戦闘もダメ、魔法もダメ、生活能力もない。
自他共に認めるダメ人間なプトラだが、こと道具作りに関しては異様なまでの才を発揮するが……まさか本当に異次元レベルにまで達するとは。
悪くない――いいじゃないか。
ツバサは表情こそ呆れたままだが、内心では絶賛していた。
「兎に角じゃ! こん不始末ん責任はわしにある!」
真なる世界を破壊するどころか、無限にある次元も撃ち抜き、その根幹まで届くような兵器を開発したことにダインは重い自責の念を負っていた。
再びダインは床に額を叩きつけて土下座する。
「どうか……こん愚かなバカ息子を! ツバサの手で裁いてほしいッ!」
贖罪を求めるようにダインは訴えてきた。
かつての地球――二回目の世界的大戦の末期。
そこでも世界を滅ぼしかねない爆弾を開発した者がいた。
彼もまた自らの開発した兵器によって、多くの人命を失い、その爆弾がもたらす後遺症の恐ろしさを知っていたため、激しい後悔に囚われたという。
今のダインも近い心境なのだろう。
自らの手で守るべき世界を壊しかねない兵器を生み出してしまった。
計画の責任者として、一身に罪を被るつもりらしい。
「そうだな……責任は取ってもらおうか」
ツバサは冷たい声を発すると、バカ息子に裁きを言い渡す。ダインはその裁きを今か今かと、機械の身体を身震いさせて待ち侘びていた。
「作った者の責任だ――使えるようにしろ」
へ? とダインは気の抜けた声で間抜けな顔を上げた。
ツバサは女神らしく柔らかに微笑むと、演技で出した冷たい声から一転、労いの想いを込めた声で諭してやる。
「一人前の工作者なら、作ったものに誇りを持て」
それがたとえ世界を滅ぼすとしても、自分の手で作り出したのだという矜持を捨ててはならない。それをこの世に生み出した責任を持つこと。
「そして、安全に使えるようにすること」
それが工作者の責任だ、とツバサは説いた。
「……正直、『でかした!』と褒めてやりたい心持ちもいくらかある」
「母ちゃんマジでか!?」
「誰が母ちゃんでおっぱいマジでかいだコラ!?」
度肝を抜かれるダイン。その叫びを変な具合に聞き違えてしまった。
咳払いで気を取り直すと、褒めたい理由を語る。
「今でこそ最悪にして絶死をもたらす終焉に振り回されているが、いつまた蕃神の襲撃を受けるかわからない……それが真なる世界の現状だろう?」
蕃神は得体が知れない。実力の底が計り知れなかった。
そんな奴らを向こうに回して戦う以上、切り札は多いに越したことはなく、何枚あっても困らない。いくらでも欲しいのが実情だ。
「切り札で手札を組めて、それが1ダースは欲しいところだな」
「切り札の意味がなくなりそうなレベルで欲しいんスね」
フミカにツッコまれたが、ツバサは心配性なのだ。
不安を煽るかも知れないので敢えて公言こそしないが、ツバサも万が一に際して世界をブッ壊すほどの必殺技をいくつか考案している。
新たに増えたところで今更感が強い。
でも、これを公言すると動揺を誘いそうなので黙っておこう。
その点を伏したままツバサはダインを諭していく。
「蕃神との戦いは不確定要素がいくらでも湧いてくる。どれだけ切り札を用意しておいても、これで足りるという安心感は得られない……」
その究極兵器は――切り札に加えるべき逸品。
ツバサは注文をつけるように並べる。
「決して暴発しない安定した出力を出せるシステム、その出力に耐えられるだけの強度を機体に確保、暴走したとしても即座にシャットダウンできる安全装置……万全の態勢を敷いた管理を徹底すればいいんだ」
絶体絶命に追い詰められるまで、何があろうとも使わない。
抑止力として手元に置いておけばいいだけのことだ。
「ノラシンハの爺さんの受け売りで、教訓めいた言葉だけどな」
力とは――使わないためにある。
その意味するところには大いに共感を寄せられた。
これ見よがしに強力なパワーをひけらかすなど、愚か者のすることだ。
「力はそこにあるだけで意味がある」
必要な時にちゃんと使えるように磨いておく。使い所を見極めて最小限に行使する。それが力の正しい運用方法だ。
無闇矢鱈にブッ壊すだけが能ではない。
「この広い世界、宇宙、次元……そのどこかには、ダインたちの作った究極兵器に匹敵するか、それ越える力を持ったものがウジャウジャいるはずだ」
脅威的な力はどこにでもある。
だが、次元が崩壊するような気配は感じられない。
「それでも世はすべてことも無しだ。俺たちも他の者から見れば世界を脅かす存在だが……別段なにかを壊すつもりはないだろ?」
ひとつ増えたくらいで騒ぐなよ、とツバサは皮肉っぽく微笑んだ。
ダインは――左右非対称な笑みを浮かべていた。
母親に許されたという安堵感と、巨大な力の存在理由について、彼なりに理解してくれたようだ。究極兵器の運用方法も任せて問題ないだろう。
「しっかり管理してくれよ、メカ息子」
ほんの少しの和やかさを込めて、ツバサはダインに託した。
ダインは三度頭を下げて承諾してくれる。
「……わかっちょる! 工作者の誇りに懸けてもやり遂げる!」
恩に着るぜよ――母ちゃん!
「誰が母ちゃんだ」
方針が決まって覚悟も定まったら、アニキ呼ばわりがすぐにオカン呼ばわりへと戻ってしまった。ツバサは苦笑しながら決め台詞で返す。
重い爆乳を抱えるように腕を組んだツバサは、ソファへ身を預ける。
その時――ラザフォードが叫んだ。
「神族の皆様方に恐れながら申し上げます!」
自らの主張を聞いてほしいという意志の強さ、それが声から感じ取れた。そちらに目を向けると、傅いたままラザフォードが訴えてくる。
「今回の案件たる究極兵器、その素体として選ばれたことは身に余る光栄として浴しております……されど、ひとつ我が請願を聞き届けていただきたい!」
――自分の一存では撃てない。
即ち、ラザフォードには兵器を発射する権限を与えないということだ。
「どうか……お願いいたします!」
ラザフォードは更に伏して、身命を賭すように訴えてくる。
その理由についても打ち明けてくれた。
「かつて自分は……強さに過信するあまり取り返しの付かない大失態を犯し、多くの仲間を失った挙げ句、500年もの長い年月を棒に振りました」
与えられた強さに酔い痴れ、自分を見失いたくない。
自らが世界を守るための兵器となることは受け入れるが、それを自分の思うままに操る権利はいらない。持つべきではないという主張だった。
「同じ過ちを繰り返す愚かしさはないと思いたい、自分も若造だった頃を反省して学んだと信じたい……ですが、次元をも滅ぼす力となれば、また増上慢が疼かないという保証もありません!」
かつての失敗をラザフォードは心底悔いているらしい。
自分に不信感を抱くほどに……。
だからこそ、制限を掛けてほしいと頼んでいるのだ。
自らの過信で失敗しないための、誤って世界を滅ぼさないための予防策である。超兵器を扱う責任を一人で背負いたくない逃避からではない。
「何卒この願い……聞き届けていただけませぬか!?」
ラザフォードの声音は真に迫っている。悲痛そのものだった。
恐らく――工作者たちは最初からそのつもりだ。
なにせ次元を貫く大砲である。
気軽にポンポン撃っていいものではないし、誰か一人に引き金を任せるのも不安が生じる。現実的に考えるならば、発射までに何回かの過程を挟んだ多段階認証を採用するべきだろう。
それをラザフォードは自ら願い出てくれた。
超兵器を独占して使用する手段は、この時点で潰えたのだ。
これなら話がスムーズ進む、と工作者一同は会心の笑みを浮かべている。
この時点では――究極兵器はまだ未完成だった。
とは言っても設計はとっくの昔に終わっていた。動力源となる炉心は完成済み、ラザフォードの“巨鎧甲殻”もほぼ改修を完了させていた。
後は炉心を積み、試射などの実験をするばかり。
そこでフミカとアキがシミュレーションをしたところ、予想だにしない破壊力を叩き出したので、こうしてツバサに相談してきた次第である。
ツバサ自身は、この場で兵器開発を承認した。
すぐさま四神同盟の代表たちとも連絡を取り、電話会談のような打ち合わせをすると、彼らからも兵器開発の承認を取り付けることができた。
こうして「次元を貫く大砲」は完成間近にまで漕ぎ着けたのである。
「――ラザさんラザさん」
ツバサの膝枕で寝転がっていたミロは起き上がると、まだツバサたちに向けて跪いているラザフォードに馴れ馴れしく声を掛けた。
ラザフォードは短く「ハッ!」と返事をして、ほんの少し顔を上げる。
拝顔の栄に浴している、といった具合だ。
ミロはラザフォードと視線を合わせると、穏やかな口調で語り出した。
「ラザさんはさ、いつまでもどこまでも生きていくんでしょ? 未来の果てまで生き抜いて、アタシたちの子孫を守ってくれるんだよね?」
そう約束したもんね? とミロは念を押した。
(※第370話参照)
勿論にございます、とラザフォードは掲げた誓約を復唱する。
「自分はこの先――絶対に死にません」
スプリガン族ならば機体の修復が行えるため、望むならば半永久的に生きることができる。この不死性の高さも亜神族ならではの強みだった。
それを活かして、過去の大失態を購おうというのだ。
「生きて、生きて、生き抜いて……未来永劫、生き続けます。そして、この手の届くところにいる守るべき人々のために戦い抜くと誓います。亡くなった仲間たちが守れなかった未来の命を……自分がどこまでも守っていく所存です」
「うむ、よろしい」
ちょっと偉そうに、でも満足げにミロは頷いた。
そして厳かに告げる。
漂う雰囲気はアホの子ではなく、未来を託宣する巫女の如しだ。
直感と直観――ミロが持つふたつの固有技能。
これによりミロは、時として未来予知に等しい勘働きをする。今まさに、ラザフォードが辿るであろう未来を予見しているのだろう。
「ラザさんはこれからスゴい力を手に入れる」
それはいくつもの次元を塗り替えるほどの力を持っていて、空間をねじ曲げることもあれば、世界をなかったことにもしてしまうものだ。
「その力は強すぎるから、時には多くの人々を苦しめることもあるだろうし、悲しませてしまうこともあるかも知れない……でも、きっと多くの人たちを助けてくれるはず……何度でも世界を救ってくれる……だから」
へこたれないでね、とミロはラザフォードの未来を案じた。
鋼色の髪をした青年は泣いた。
くっ、と小さく呻きながら奥歯を噛み締め、両眼を涙で潤ませると、左眼からは溢れた涙が一筋のラインとなって頬を伝っていく。
泣き顔を隠すように、ラザフォードは深々と頭を垂れる。
「ハハァッ! 必ずや……この世界の未来を守っていくと誓います!」
事実――この誓いは守り抜かれていく。
もっとも、それを知るのは遠い未来の話になるのだが……。
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列車砲というより――形状的には自走砲が正しい。
戦車という呼び方のが一般的かも知れない。
ラザフォードにとっての“巨鎧甲殻”は、先頭車両を務める駆動車両、それに牽引される第二車両、この二両によって構成されている。
これが合体変形して巨大ロボ、剛鉄全装ラザフォードになるのだ。
列車法モードの場合、変形の趣が異なる。
次元を貫くほどのエネルギーを生み出す炉心を積んだと思しき第二車両が砲台となり、装甲を格段にパワーアップさせた駆動車両が砲身へと形を変えている。砲台になった第二車両は、車輪をキャタピラにグレードアップさせていた。
安定感を増した砲台は戦場へ向かって前進する。
『じゃあ、あれが……ラザフォードくんの新兵器ってわけね』
そして四神同盟の秘密兵器。
マルミはまだ戦闘の真っ最中だが、注意を怠ることなく戦い続ける傍ら、通信を介してツバサからラザフォード出撃について説明を受けていた。
具体的には――賛美歌を歌ったままだ。
サバエの呪殺歌を中和するための賛美歌である。
援軍で駆けつけてくれたイヒコの演奏のおかげで強化されているので、負ける気がしないどころか押し返すことも夢ではない。
通信越しのツバサは、連絡が遅れたことを詫びる。
『申し訳ない……各陣営の代表たちには伝えていたので、そこから大人たちくらいには伝言という形で伝えられていると思ったのですが……』
マルミは半眼で乾いた笑みを浮かべる。
『……あの子ことだから、すっかり忘れてたのね』
復讐に取り憑かれている今のジェイクにしてみれば、仇であるリードという青年を殺すこと以外は、すべて「些末なこと」で済ませかねない。
ツバサはすまなそうに釈明を続ける。
『何分ダインたちに相談されたのが三日前。そこから承認してもこの戦争には間に合わないと思っていたのですが……』
工作者は戦争に向けて防衛設備の準備に大忙しだった。
今も各陣営の国々を守るため、据え置き型の砲撃装置や巡回型の大型戦闘ドローンが、迫り来る巨獣の群れを迎え撃っている。
そうしたものの設置やメンテに大わらわだったはずだが……
『連中、寝る間を惜しんで完成させたそうなんです』
『工作者魂ここに極まれりね』
見上げた根性である。ツバサもマルミも、物作りに人生を捧げた者たちの執念を甘く見ていたらしい。彼らは未完成のままでは安眠できないのだろう。
この出陣、ラザフォード自ら志願したものだ。
兵器の開発に合わせて、巨大ロボに変形すればLV999のパワーで戦えるまでに改装されていた。前線で戦えるだけの実力はある。
だが、不安材料がいくつかあった。
まずLV999同士での実戦が未経験なこと。
そして、完成といっても炉心を積んで装甲を追加したくらいの仮組みに近い状態であり、銃器の試作では重要な試し撃ちも済んでいない。
それを承知でラザフォードは「出撃させてください!」と訴えてきた。
『それってつまり……ぶっつけ本番ってこと!?』
『……そういうことになります』
驚くマルミにツバサは苦そうな返事で答えた。
これが苦渋の決断だったのは、顔を見なくても苦い声でわかる。
『還らずの都に並ぶほど巨大化したオセロットという終焉者……単騎で彼を倒せる戦力は現状、四神同盟にはいません。かといって、複数の主力をそちらへ割く余力もない……そんな時、工作者たちの推薦と当人に志願されたら……』
賭けるしかありません、とツバサは覚悟を決めた。
オカンな彼は心配性だが、土壇場で賭けに出られる胆力もあるようだ。
そこはやっぱり――漢らしい。
もしもラザフォードくんに何かあったら……と親身になって考えてしまうマルミには真似できそうにない。
ラザフォードの万難を排してでも戦いたいという決意を買ってやり、その勇気に敬意を表して背中を押す。一見すると無謀にも見えるが、この決断を下せるかどうかで大隊の指揮を執る司令官としての資質が窺えた。
ツバサは――同盟を率いていく長として伸びつつあるのだ。
ならばマルミも賭けてみよう。
そして、現場にいるのだからできるだけ補佐をしよう。
『……OK、全力でサポートするわ』
マルミが腹を据えると、通信の向こう側で頭を下げる気配がした。
『みんなを……よろしくお願いします』
ツバサくんは漢の中の漢だけど、やっぱりオカンでもあるらしい。応援に差し向けたイヒコやヴァト、それにラザフォードも心配で仕方ないようだ。
任せて! とマルミは約束して通信を切った。
ラザフォードは砲撃に適した距離までやってくる。
すると、その場に砲台を固定するアンカーを打ち込んだ。
次元を貫くという触れ込みだ。反動だけでもどれほどの威力になるかわからないので、砲台が倒れないための機構のようだ。
本来ならば――発射直前で合体変形するのだろう。
ツバサを始めとした5人の陣営代表から承認を得た後、列車砲モードへ合体変形する流れだという。だが、今回はまだ試作段階のところをいきなり飛び出してきたので、列車砲のまま走ってきたらしい。
5人の代表たちも承認済みである。
多段階認証を済ませたことで、ラザフォードは発射準備に入る。
砲台に登載された新しい炉心が動き出し、いくつもの次元を貫というエネルギーを増幅させていく。砲口から見たこともない七色の輝きが漏れていた。
その輝きが――装甲の隙間から噴き出す。
エネルギーチャージこそ支障なく進行中のようだが、肝心の砲塔であるラザフォードの機体が耐えきれず、自壊するような兆候を示したのだ。
このままでは遠からず自爆しかねない。
「――いけない!」
車掌姿の美少女が焦りを募らせる声で叫んだ。
ソージ・スカーハである。
ダインとは幼馴染みの少年だった彼は、究極兵器の開発に協力しただけではなく、ラザフォードの“巨鎧甲殻”を強化改修した当人でもある。
オセロットが放った五匹の巨大獣。
その一匹と戦闘中のソージだったが、ラザフォードの異変を見るや否や、巨大獣に足止めの一撃をお見舞いすると、大急ぎで踵を返した。
ソージは神速で空を駆け抜け、ラザフォードの砲台へと降り立つ。
しゃがんだソージは、両手を砲台に押し当てた。
過大能力――【壊れた荒野より英雄は立ち上がる】。
どんなジャンクパーツであっても使える部品はある。
ガラクタを刹那に分別することで、最良の部分をより合わせて最高の機器を一瞬で完成させるソージの過大能力だ。
ソージの道具箱からジャンク品が雪崩のように溢れる。
それらが分厚い装甲板に作り直されていき、エネルギーチャージ中に耐えきれず壊れかけていたラザフォードの破損箇所を瞬く間に修復していく。
「ソージ様……かたじけないッ!」
砲台から合体したラザフォードの感謝が聞こえる。
「お礼はこの戦いに勝ってから! 今は発射に集中してください!」
承知! とラザフォードの炉心の充填に注力した。
ソージも万全を期すため、これから壊れそうな箇所を推測すると、そこへ追加の装甲を重ねていく。砲身も砲台もゴテゴテと厚みを増していく。
『……まったく、言わんこっちゃないわ!』
見てらんない! とマルミもラザフォードの元へ駆けつける。
『イヒコちゃんごめん、ついてきてくれる?』
「はいな! 今日のあたし、マルミさんのサポート専属ですから!」
サバエの呪殺歌を防ぐため、賛美歌は止められない。
マルミが身振り手振りでアイコンタクトを送ると、素直なイヒコはちゃんと付いてきてくれた。二人はラザフォードの頭上を守るように陣取った。
賛美歌は継続中だが――調子を変える。
こちらの歌声に変調に、イヒコもしっかり合わせてくれた。
無人の楽団の演奏が一気に重くなった。
仰々しいほどの荘厳さを強調し、攻撃的な威圧感を加味していく。ついでに神々しさもアクセントに足しておこう。
トドメの一撃を叩き込むような重厚感だ。
「イヒコたちみたいなお子様には処刑用BGMで伝わります!」
あるいは必殺技の音楽! とイヒコの解説がわかりやすい。
この賛美歌にはサバエの呪殺歌に対抗するだけではなく、これから究極兵器を撃つラザフォードの機体が壊れないように強化したり、その補強に努めるソージの過大能力の負担を軽減する効果を与えておいた。
無論、巨大獣たちと戦う仲間たちの強化も含まれている。
イヒコの演奏あればこそできる、全体全能力の増幅という超強化だ。
『あとは間に合えばいいんだけど……』
間に合うとは他でもない。列車砲の発射のことである。
突如現れた巨大な自走砲に、サバエとオセロットが気付かぬはずがない。
サバエの呪殺歌が一際高らかに奏でられる。
『そんなちっぽけな大砲で……ウチの弟を倒せると思ってるのかしら?』
言葉にこそしないが、サバエの瞳はせせら笑っていた。
「撃ってくる、前に……壊しちゃえば、いいよね?」
オセロットは肉塊の山脈となった巨体を、こちらへと推し進めてくる。明らかに前進する速度が上がっていた。
五匹の巨大獣も目標をラザフォードに変更、一斉に群がった。
「……そんなこと、させるもんか!」
サムライ娘のレンが刀を振り翳して筆頭となり、蛮族娘のアンズ、用心棒のセイコ、援軍でやってきたヴァトが、五匹の巨大獣の攻撃を阻止する。
だが、またしても一匹余った。
先ほどまではヴァトが参戦してくれたおかげで五対五という均衡を保てていたが、ソージがラザフォードのサポートに回ってしまったため、五対四の人数不利な状況に戻ってしまったのだ。
余った巨大獣は――よりにもよってバハムート・ベヒモス。
空を駆ける全長1㎞の巨大ドラゴンが襲い掛かる。
狙うのは勿論、砲撃のためのエネルギーを充填中の列車砲ラザフォードだ。下手にダメージを与えられたら暴発しかねない。
『参ったわね……これが万事休すってやつ?』
マルミは賛美歌を諦め、バハムートに肉弾戦で応じようとした。
LV999ならサバエの呪殺歌にも一瞬は耐えられる。その一瞬でバハムートをぶちのめし、すぐに賛美歌を歌い直す算段を立てた。
イヒコの演奏もあるし、一時的になら凌げる……と思いたい。
しかし、サバエの呪殺歌も威力を上げてきている。
誰かが呪い殺されたら……と悪い予感がマルミを逡巡させてしまう。
躊躇っている間に、バハムートは眼前まで迫っていた。
『くっ……南無三!』
マルミは覚悟を決めて賛美歌を止めて、バハムートを迎え撃つために前に出ようとしたのだが、思い掛けずたたらを踏んでしまった。
バハムートの首が――吹き飛んだのだ。
どこからともなく黒い影が走り込んできたかと思えば、バハムートの頬へ穴を変えるように蹴り飛ばし、そのまま首をもぎ取ってしまった。
「……バハ、ムートッ!?」
起きた出来事が信じられないのか、オセロットが悲鳴を上げた。
黒い影はドラゴンの首を放り捨てる。
丸いというか太いというか、ズングリムックリした黒い影。
それは陰の中でも際立つほどの真っ白い歯を剥いて笑うと、牙のような犬歯をこちらに見せつけてきた。マルミは記憶を揺さぶられる。
この不遜な笑顔に既視感を覚えたのだ。
どこか見覚えのある黒い影は、現れた時と同じように神速で消えた。
名乗らず、一言も発さず、通り過ぎるように立ち去った。
まるで通り魔である。
同時に、レンたち四人の仲間が四匹の巨大獣を撃ち破った。
これでオセロットはガラ空き、守る者はいない。
詮索や憶測をする時間も惜しいので、この場はスルーしておこう。
そして――エネルギーの充填も完了した。
マルミとイヒコは引き続き、処刑用BGM仕様の賛美歌を奏でる。
ラザフォードからは前代未聞のパワーが膨れ上がり、その内側に渦巻いているのを感じ取れた。名状しがたい七色の輝きが機体を取り巻いていた。
砲口からはオーロラを色濃く鮮明にした光が迸る。
臨界点を迎えた力を、ラザフォードは宣言とともに撃ち放つ。
「始源至道巨砲――発射ぁぁぁぁぁぁあああぁぁぁーーーッ!!」
無色透明の波動が駆け抜けていく。
その余波は空間をねじ曲げ、奔流は次元を躊躇なく引き裂いた。
本来ならば、決して侵されることない領域。
空間や次元といった不可侵領域が、為す術なく崩れ去る。
事象の彼方まで届き得る砲撃だった。
すべてに立ち塞がることを許さない、ただただ圧倒的な力が突き進む。
多重次元をもぶち破るエネルギー波は絶大な破壊力こそ感じさせるものの、それは色彩を帯びていない。大気や水をも上回る透明度を誇っていた。
だが、その軌道は誰の目にも映る。
溶かすように空間を破り、燃やすように次元を壊していく。
ラザフォードの砲口から発射された透明な波動は、その過程にある世界も、空間も、次元も……すべてを容赦なく消し去っているのだ。
そのため、透明な波動が走った軌道には明らかな痕跡が残る。
宇宙空間を覗いたかのような軌跡が残るのだ。
星雲が蠢くような暗黒宇宙が、軌道の上に帯状になって現れる。いくつもの次元を撃ち破り、透明な波動はどこまでも突き進んでいく。
透明な波動は、漆黒の星雲によって昏い色を帯びていた。
射線上にいるのは――オセロットとサバエだ。
オセロットは急拵えながら、五匹の巨大獣を再生させる。
彼らを繰り出して肉の壁にすることで、少しでも威力を削ごうとしたのだろうが、すべては徒労に終わっていた。
透明な波動は巨大獣たちを飲み込み、留まるところを知らない。
波及に触れただけで泡のように消えてしまったのだ。
透明な波動の前には、何者であれ立つことも許されなかった。
サバエも呪殺歌の出力を上げて迎撃を試みるが、まったく歯が立たない無力感を募らせていき、終いにはとうとう歌うのを止めてしまった。
怨嗟や憎悪など歯牙にも掛けない――色彩なき破滅
それを前にしてサバエは笑った。
疲れ果てた口元に、諦念の笑みを浮かべたのだ。
「なによ……それ……」
つまらない運命へケチをつけるように、サバエは小さく悪態をつく。
「アナタたちの方が……よっぽど破壊神じゃない」
次元さえも崩壊させる究極兵器を前にして、サバエは防ぐことはできず、逃げるのも間に合わないと悟ったらしい。
下半身こそ肉塊の山脈だが、上半身は少年のままのオセロット。
サバエは愛する弟の上半身をそっと抱き寄せる。
「ごめんね、オセロット……お姉ちゃん、もうダメみたい……」
もう疲れちゃった……と、サバエは本音も吐露する。
細い肩からは力が抜けていた。
「思えば、私たちに酷いことをした奴らが死んだ時……もう復讐は終わってたのかもね……見ず知らずの誰かまで……憎むことはなかったのかも……」
ごめんね――お姉ちゃんの勝手に付き合わせて。
細い腕が折れそうなほど力を込めて、サバエは弟を抱き締めた。
「せめて死ぬ時は一緒にいようね……オセロット……ッ!」
オセロットもサバエを力強く抱き締めてくる。
かと思えば、サバエを抱いたまま上半身をスルスルとろくろ首のように伸ばして、肉塊山脈となった本体から遠ざかろうとしていた。
「オセロット……逃げるの? 逃げられるの!? この状況から!?」
一縷の望みはあるのか? とサバエは問い質す。
オセロットは寂しげに首を左右へ振る。
「ううん、無理……僕の大きくなった身体はもう……逃げられない」
だけど――お姉ちゃんを逃がすことはできる。
弟の告白にサバエは硬直し、即座にそれを否定した。
「ダメよオセロット! ならお姉ちゃんも一緒に…………ッ!?」
オセロットは何度でも首を横へ振る。
サバエの言葉なら、どんな無茶でも首を縦に振って同意してくれたはずの可愛い弟が、ここに来て反抗期に目覚めてしまったらしい。
「僕は……お姉ちゃんに生きていてほしい」
弟という存在が――ずっと姉の自由を台無しにしてきた。
「僕がいなければ……お姉ちゃんはもっと自由だった……たとえ一人になっても、もっと好きなように生きられたはずなのに……僕がいたから……お姉ちゃんは、僕に縛られて……何もしたいことができなかった……」
もう自由になっていいんだよ――お姉ちゃん。
優しい笑顔で告げるオセロットに、サバエも首を横へ振った。
「違う! 違う違うの! 私は、そんなこと一度も……私にはオセロット、あなたがすべてだった! あなたが元気でいてくれたら……」
どれだけの言葉を費やしても足りない、愛する弟への想い。
それをすべて紡ぐには、あまりにも時間が足りなかった。
オセロットの上半身が限界を超える。
下半身である肉塊の山脈は、もう透明な波動に飲み込まれつつあった。
終わりはすぐそこ、悟ったオセロットは別れの言葉を告げる。
「ありがとう、早苗お姉ちゃん――愛してるよ」
言葉がドモりがちな弟が、淀みない言葉でそう言った。
オセロットは抱き締めていたサバエを突き放す。のみならず、残された力すべてを込めて遠くまで逃げられるように放り投げた。
サバエが最後に見たのは、透明な波動に飲まれる弟の笑顔だった。
「オセロットぉぉぉぉぉーッ!? ご……悟郎ぉぉぉぉぉぉぉぉ……ッ!」
いつまでの弟の名前を叫び続けるサバエ。
「いやあああああああああああああああああーーーー……ッ」
喪服姿の哭き女は、遠い空の果てへと飛び去っていってしまった。
――守護神と破壊神が囲む盤上。
その上で№09と№10のコイン、同時に異変が起きた。
№10のコインは塵ひとつ残すことなく消失したのだが、№09のコインは真っ二つに割れてしまったのだ。
№09のコインは更に砕けるが、決して消えることはない。
どう見ても駒の役目は果たせそうになかった。
~~~~~~~~~~~~
肉塊の山脈となったオセロットを、透明な波動は消し去った。
あれほどの大質量を瞬時に――跡形もなくだ。
敵の撃破を確認すると同時に、ラザフォードはエネルギー波の放出を取り止め、砲撃を停止させる。透明な波動はゆっくり収まっていく。
エネルギー波の軌跡上、破られたままの次元や空間。
これは一時的なものなので、時間経過により元通りになっていった。
この間隙を狙って蕃神が忍び込んでくる可能性もあったが、あれほどの威力を見せた後なので、危険を察知して何者も近付こうとはしない。
蕃神は計算高いため、未知の脅威にはおっかなびっくりに対応する。
臆病とも取れる彼らの性質を逆手に取った計算だ。
ラザフォードは機体の全身にある可動部分をオープンすると、内部に溜め込まれた圧力や蒸気を一斉に吹き出していた。
「……ひとまず、あたしたちの勝利ってことで」
いいのかな? とマルミはようやく人間らしい言葉を発することができた。
ここのところ、ずっと賛美歌を歌いっぱなしだったのだ。
喉が痛いし、出した声も嗄れて別人みたいである。
ソージたちも疲れ果てて疲労困憊、ラザフォードもLV999の戦闘で初陣を飾ったので、緊張から来る疲れで砲台のまま倒れ込みそうだった。
この場をまとめるリーダーとして労うの言葉を振る舞おう。
歌いすぎで痛む喉を堪えて、マルミはみんなに声を掛けようとする。
それを遮るように――北の大地に異変が起きた。
神族でも辿り着くまでに時間が掛かるような遠方だが、それでも何が起きているかを、この距離で視認できるほどの大きな異変である。
地鳴りがマルミたちの許に届くほどの時点でお察しください。
北の大地が割れて、何かが迫り上がってくる。
「巨大な……木?」
「あれ、もしかして世界樹ってやつ?」
レンとアンズが言う通り、それは大きな巨木のように見えた。
それにしては大理石のように冷たい質感だし、植物とは思えない成長速度でみるみる伸び上がっていくと、その梢はあっという間に天へ届いた。
そこから――四方八方に枝を広げる。
大樹として枝を広げるにしては違和感が強かった。どちらかといえば天空に根を張っているような案配なのだ。
先端にあった梢は消えて、大輪の花が開くように太い枝が広がる。
「なんだろう、まるで……大きな受け皿みたい」
「ああ、金持ちの家にあるフルーツとか飾ってそうなやつな」
ヴァトの漏らした感想にセイコが賛同していた。
この感想があながち間違いじゃない。
受け皿よろしく太い枝を広げた大樹、そこに世界中から飛んできた光の粒子が集まっていき、次第にあるものを形作ろうとしているのが窺えた。
それは――黄金に光り輝く巨大な卵。
マルミたちはツバサに聞かされた、ある重要アイテムを思い出す。
「あれが……終わりで始まりの卵?」
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