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第16章 廻世と壊世の特異点

第395話:引き籠もりニートな駄目姉でも役に立つ

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 ――マグカップが酷い音を立てて割れた。

 カフェオレをなみなみと注がれたマグカップが、大きな手で握り潰されるように砕かれる。破片は飛び散ることなく泡を沸き立たせて消滅した。

 陶片とうへんあぶられた発泡スチロールみたいに溶け落ちたのだ。

 残っていたカフェオレは飛び散ることなく蒸発。

 マグを手にしていたロンドは無傷、高級スーツにはシミひとつない。

 わった眼のロンドはしかめ面で唇を震わせる。

「…………おいおいおい」

 口中でひたすら、その文言もんごんうめくように繰り返す。

 言い知れぬ迫力があった。

 ツバサと顔を合わせる時はヘラヘラと愛想よく笑っている印象が強いので、ここまで険悪な面相になるとまるで別人のようだ。それは醸し出す気配まで激変させており、安易に近寄りがたい雰囲気をまとわりつかせていた。

 ここが何もない空の上で良かった。

 地上であれば、半径500mの生物が死滅していたはずだ。

 ロンドは破壊神――それも破格の・・・である。

 ちゃらんぽらんな無責任サラリーマンよろしく、おちゃらけた態度で接してきている時でさえ、この世を滅ぼす意志を帯びた闘気オーラを撒き散らしていた。

 浴びただけで草木は枯れ、土地は滋養を失っていく。

 小動物はおろかモンスターさえ死に絶え、微生物も痕跡を残すことなく消え去っていく。後に残るのは向こう1000年は死の大地である。

 ロンドは気まぐれに闊歩かっぽする破壊兵器だ。

 平素でさえそうなのだが、恐らく彼なりに制御しているらしい。怒りをきつけられると、そのコントロールがおざなりになるようだ。

 なので――破滅の波動が荒れ狂っている。

 例えるなら、100Gの重力下で最大級の攻撃魔法が全種類で駆け巡っている感覚に近い。波動は透明なので、超強力な振動波みたいなものだ。

 ロンドを震源地として地震ならぬ空間震くうかんしんが起きており、瞬時に分子や原子、素粒子まで壊しかねない激震に見舞われていた。人間なら一瞬で全身が沸騰し、ちりも残すことなく滅ぼし尽くされているはずだ。

 神族や魔族でもLV900以下なら卒倒、下手すれば即死する。

 圧倒的な気迫のみで大勢を気絶させるなんて描写はフィクションによくあるが、世界を更地にするレベルで滅ぼす奴はなかなかお目に掛かれないはずだ。

 還らずの都を望める――空の上。

 高度1万mの空に浮いた円卓、それをグルリと囲む円形ソファ。

 そこでツバサはロンドと差し向かいになる。

 差し向かいではあるが、この場にいるのは二人だけではない。ツバサは従者としてクロコを控えさせ、ロンドは女中でもあるミレンを従えていた。

 ツバサとクロコ、そしてミレンも空間震に耐える。

 腕のいい工作者クラフターが耐性増し増しで作ったと思われる円卓やソファだが、それでも耐えきれず端々はしばしが弾け飛んでいた。

 円卓には真なる世界ファンタジア中央大陸の地図が敷かれている。

 地図の上にはロンドがバッドデッドエンズのナンバーを割り振ったコインをばらまき、ツバサは四神同盟の仲間を象徴するこまを置いておいた。

 これらは一種のマーカーだ。

 コインがロンドの部下、駒がツバサの仲間、それぞれの現在地と連動するようになっている。ツバサやロンドはコインや駒を通じて、マークされた人物の状況をいくらか感知することもできた。

 これで各地の戦況を大まかに観戦することもできるわけだ。

 そして、当人が死亡するとコインや駒は消える。

 №03のコインが消えた直後、ロンドは露骨に不機嫌となった。

 クロコに負けず劣らずの澄まし顔で直立不動だったフレンチメイドのミレンも、その可憐な表情を曇らせると悔しげに俯かせている。

「…………アリガミ君」

 口元をソッと手で覆い、閉じた目元には涙がにじんでいた。

 バッドデッドエンズであっても、仲間の死をいたむことができる者はいるらしい。それを目の前にして勝利にはしゃぐくことはできなかった。

 №03 境滅きょうめつのフラグ――アリガミ・スサノオ。

 ロンドの右腕にして、次元を斬り越える過大能力オーバードゥーイングの持ち主。

 かつてツバサも相見えたことがある。その際には新しい変身形態“魔法の女神イシス”を披露し、ミロの協力もあったので勝利を収めることができた。

 アリガミの能力は厄介極まりない。

 次元を切り裂く力は、通常の手段ではまず防御不可能。

 これだけでも恐ろしい能力なのに、空間を斬ることで思い通りの場所へ斬り結び、亜空間ゲートとして使える融通性ゆうづうせいが更なる脅威となっていた。

 即ち、自由自在に空間転移ができるのだ。

 おまけに自分のみならず、その次元を切り裂く刃(次元牙じげんが)をナイフにして仲間に貸すこともできるのだから手に負えない。

 アリガミがいる限り、バッドデッドエンズは神出鬼没である。

 以前、ツバサがアリガミを倒した時――。

 そうした懸念けねんから始末するつもりだったが、ロンドに「見逃してくんない?」と持ち掛けられた取引で、アリガミの身柄を引き渡してしまった。
(※第352話~第35話参照)

 後悔もなくはないが、あの判断に間違いはない。

 そんなアリガミだが――女騎士カンナ・ブラダマンテに敗北した。

 防御不可能な次元を断つ斬撃と渡り合えるのは、無効化能力を使いこなしつつある彼女の他に有り得ない。この布石ふせきは上手く運んだらしい。

 二人の戦いは近くで行われていた。

 還らずの都周辺……というより、ツバサたちのいる空より更に高度100㎞の空で死闘を繰り広げ、最終的に地上まで急転直下していた。

 真っ逆さまに落ちていく飛行機雲がツバサたちの視界をよぎる。

 その直後――№03のコインが消えた。

 これを受けてロンドが不快感を露わにしたのだ。

「やっと……人間味のあるところが拝めたな」

 言葉は冷やかしにも聞こえるが、ツバサの発した声はお悔やみを申し上げるようにしめやかなものだった。悼まずにはいられなかった。

 我が子の死に憤怒ふんぬする一人の父親。幾ばくかの悲哀さえ漂わせている。

 少なくとも、ツバサの眼にはロンドの形相がそう映った。

「……おっと、大人気ねぇところを見せちまったな」

 ツバサの声で我に返った素振りを見せたロンドは、破壊神にはお似合いのいかめしい形相を解きほぐすと、力尽くな作り笑顔で取り繕った。

 怒りが抜けきらないのか眼は笑っていない。

 それでも空間を揺るがす激震は鎮まりつつあった。

 ヒューッ! とロンドは口笛が鳴りそうな演技臭い吐息をついた。

「ちくっと苛立いらだっちまったな。仲間が死んだ程度でガラにもねぇ……どうせみんな滅ぼすつもりなんだし、遅いか早いかだけなんだが……」

 人間の演技をしすぎたかなぁ、とロンドは気怠げにぼやいた。

 今度は魂が抜けるようなため息をつく。

「先の3人がくたばった時はそんな堪えなかったのになぁ、やっぱアリガミは手塩にかけてきたせいか……なんだろね、このやるせねぇ気分は」

 ――お気に入りの玩具おもちゃを壊された子供ガキの気分。

「そんな感じか。ま、オジさん大人だから割り切れるけどね」

「五百年以上生きてまだ子供のつもりかよ」

 話し振りからして五百年では収まるまい。優に千年は超えてるはずだ。

 仕立ての良いスーツで着飾った極悪親父が「子供の気分」とは片腹痛いとばかりに指摘すると、ロンドはしっかり言い返してきた。

 両手でおっぱいを持ち上げるジェスチャーで煽ってくる。

二十歳はたちの小僧なのに爆乳オカンやってる兄ちゃんに言われたくねえな」

「誰が爆乳オカン系女神だ!?」

 ツバサはジャケット越しでも波打つ超爆乳を揺らす。

 久し振りの決め台詞で重すぎる巨尻を浮かしたツバサは、小馬鹿にしてくるロンドに飛びかかろうとした。だが、クロコが冷静に制してくる。

「落ち着いてくださいツバサ様、ミルクで張れた乳房が痛んでしまいますよ」
「やかましい! 涼しい顔でそういうこと言うな!?」

 本当に張って痛いのだから困りものだ。

 日に日に神々の乳母ハトホルとしての能力も向上しており、乳母神うばがみという技能スキルも強化されているためか、ハトホルミルクの搾乳量も増えまくっていた。

 仲間たちの身を案ずることで母性本能を刺激されたのか、戦争が始まる前に恥ずかしくなるほど搾ったはずなのに、もう乳房が張り詰めていた。

 キャパシティーオーバーに達したのか、乳房の先端にジクジクとした湿り気まで感じる。増産されたミルクがジワジワと漏れてきたのだ。

 母乳パッドのおかげで大事はないが……。

『――二十歳はたちの男が母乳パッドに頼るってどうなんだよ!?』

 喉から飛び出そうとしたやり場のない怒声を、ツバサはグッと飲み干した。

 乳腺がどんどん熱くなり、膨満感でブラが引き千切れそうだ。

 Mカップなんで大台を乗り越えたカップサイズになって嘆いたばかりなのに、このままではNカップとかOカップに到達しかねない。

 ミルクで張り詰めた乳房にツバサは眉根を寄せてしまう。

 するとロンドが両手で「T」を形作って、こんなことを申し出てきた。

「どうする兄ちゃん、タイムいるか? 搾乳休憩ほしいだろ」

「誰が搾乳休憩だ!? お願いします!」

 これ以上は我慢の限界だ。ツバサは顔を真っ赤にして怒鳴り散らすことで誤魔化すものの、ロンドからの提案を恥を忍んで受け入れた。

 でなければ本当におっぱいが破裂しかねない痛さだからだ。

 ――閑話休題。

 クロコの過大能力【舞台裏】バックヤードを借りて、エロメイドを喜ばせるような搾乳の快感から漏らす嬌声きょうせいを上げること十数分。胸をスッキリさせて席に戻る。

「お帰り兄ちゃん、おっぱい楽になった?」

 ロンドは戻ってきたツバサを片手を上げて迎えた。もう片方の手ではカプチーノを啜っている。留守の間にお代わりを注文したようだ。

 本当に愛飲しているらしい。

「楽になったどころではありません」

 ツバサが口を開くよりも早くクロコが返事をした。【舞台裏】の出入り口を閉じたメイドは、楚々そそとした仕草で会釈すると流暢りゅうちょうに語り出す。

「元は女性化願望など微塵なかった日本男児たるツバサ様が、私たち爆乳特戦隊をも上回る超特大の爆乳巨尻のメス化バディになられただけでも恥辱ちじょくだというのに、そのMカップのブラジャーも弾け飛びそうな豊穣ほうじょうたる乳房は抜群の感度を有しておられるのです。ミロ様によってスペンス乳腺という性感帯まで開発されたそこは、まさにフェミニンな快感の坩堝るつぼ! 肥大化した乳輪ごと最大のウィークポイントである乳首を吸い上げられながらの搾乳など……ッ!」

 ありがとうございます! と御礼でクロコは話を打ち切った。

 ツバサが裏拳を炸裂させたからだ。

 美女の容貌かんばせだろうと一切の容赦はない。むしろ、陥没するくらい凹ましてやった方がこの真性マゾの駄メイドは喜ぶのだから始末に負えない。

 絶対にこれ以上――口を滑らせさせられなかった。

 搾乳に身悶えるあまり、ショーツどころかパンツまでマズいことになりかけたツバサが、お召し替えしたことを暴露させるわけにはいかない。

「……いらんことは説明せんでよろしい、OK?」

 ツバサは顔を燃えるくらい真っ赤に染めて恥じらいつつ、今にも泣きそうな顔で自分でもよくわからない表情を形作っていた。ただし、怒りに釣り上がる眉に狭められた額には極太の血管が編み目を描いていた。

 憤慨ふんがいすべき恥辱に耐えるツバサにクロコは恍惚こうこつの瞳で縋ってくる。

「ああ、そのお顔が拝見したかった……ツバサ様、綺麗……」

「じゃかましい! ドMなのに言葉責めしたがるドSって……性癖とっちらかってんだよクロコおまえは!? 本当、うちのメイドがキモすぎる……」

「ウザいの上を行ってんだな」

 目元を覆って項垂うなだれるツバサに、ロンドはぱっと見の感想を述べる。

「いい主従関係だと思うけどなぁ……ねえミレンちゃん?」
大概たいがいロンド様も性癖が歪んでおりますからね」

 否定できねえ! とロンドはケラケラ笑って全肯定した。

 カフェカプチーノを一口飲んだロンドは、そのカップを「乾杯!」みたいなノリでこちらに突きつけてきた。

「まあいいや。ところで兄ちゃん、気が向いたらミルク追加してくれ」

 ツバサはジャケット越しに胸元を庇って睨めつける。

「黙れセクハラ親父。そっちのメイドさんに頼みやがれてっんだ」

「そんなことしたら脳天にかかと落とし食らうじゃん」
「そこまで弁えてんならまずセクハラすんな極悪親父!?」

 兄ちゃんには揶揄からかってんだよ、とロンドは親父臭い笑みで言った。

 先ほどまでの怒りはどこへやら――。

 一見するとアリガミが敗北して死別したことをやり過ごしたように見えなくもないが、表情のそこかしこから険しさが抜けきっていない。

 眼差しには悲哀の色も含んでいた。

 ロンドにとって、アリガミは部下の中でも特別枠らしい。

『――お気に入りの玩具を壊された子供の気分』

 アリガミの喪失感をロンドはこのような言葉で表現した。

 子供にしてみれば、大好きな玩具を壊されるなどとんでもない苦痛だろう。場合によっては、この世の終わりみたいに泣き喚くはずだ。

 つまり、アリガミには愛着があった。

 破壊神として冷淡であろうとも、幾星霜いくせいそうに渡って人間らしく振る舞ってきた名残なのか、多少なりともじょうを垣間見せることがあるようだ。

 マッコウ、アリガミ、ミレン――。

 この3人はゲームマスター時代からの部下どころではなく、それ以前からロンドの配下だったという。思い入れも人一倍なのかも知れない。

「さてと……やっぱり兄ちゃん、隠し事してるな?」

 部下への喪失感を振り切るように、ロンドは前向きな質問をしてきた。

 ソファに座り直したツバサは顔色ひとつ変えない。

「秘密裏の策略ならお互い様だろ」

 ツバサはこれ見よがしに指折り数えてやる。

 三人分や六人分の能力者が一役を演じていたり――。

 悪の組織にありがちな“Ø”ロスト・ゼロの幹部がいたり――。

「それと……俺たちへの嫌がらせのつもりか? ちゃっかりあの子・・・を仲間に引き込んで、ミロの動きを封じやがった。隠し事ならそっちのが多いぞ」

 違う違う、とロンドは片手をヒラヒラ振った。
                                                                  
「そういうんじゃねえよ……戦争の表舞台に立たせてない、なのに強力な伏兵ふくへいがいやがるって話さ。そいつに裏で根掘り葉掘り探らせてるんじゃねえか?」

 迂遠うえんな言い方をしたロンドだが言い直す。

「早い話、リアルタイムで戦況のすべてを見渡せる奴がいるよな?」

 ロンドは推察すいさつを口にするが、ツバサは素知らぬ顔をした。

「……何故、そう思う?」

 姿勢を崩して仰け反るようにソファへもたれかかると、自分の爆乳の谷間を照準のように使い、やや横柄おうへいな態度でロンドを見つめる。

 とぼけんじゃねえよ、とロンドは鼻で笑う。

 その両眼は爆乳に釘付けで、ミレンにチョップされていた。

「タロウ先生が日之出ひので一家の三人にフルボッコされた頃から言ってるじゃねえか。こっちの出方を予めわかってるみたいだってな。でもまあ、当事者どもが感知や探知の技能スキルをフル回転させて調べてんのかと思ってたが……」

 ――ようやく確信ができた。

 そういってロンドは№03のコインがあった場所を指す。

「カンナちゃんの駒は、アリガミへまっしぐらに突き進んでいた。あの動きは幸運とか偶然で片付けられねえ……位置を把握してねぇと無理だ」

 確かに――あの直線的な動きは言い訳できない。

 ツバサやレオナルドも「アリガミを抑えてほしい」としか指示を出していないのが悪いのだが、まさかああも一直線に向かっていくとは思わなかった。女猪武者の名に恥じない猪突猛進ぶりだった。

 こちらで各人の動きを投影しているとも伝えていないし、彼女の性格を考慮していなかったツバサのミスだ。ロンドに気取られたのは少々痛い。

 だが――すぐには対処できないはずだ。

 それでもネタバレはしない。

 うっかり匂わせただけでも、ゲームマスターに顔の利いたロンドは彼女・・の仕事を読み当てかねない。彼女の裏方については徹底的に惚けるつもりだ。

 そして、ロンドに確信をもたらしたもうひとつの理由。

「何より……ウチの手下が4人も潰されてんのがおかしいんだよ」

 ――ウチには最悪のシナリオライターがいる。

 シナリオライター? という役職名にツバサは怪訝けげんになるも、ロンドが勝手にベラベラ喋ってくれそうなので、黙ったまま耳を傾けた。

 ロンドはこれを前置きに理由を明かす。

「そいつの筋書き通りならな、ウチの連中ばっかじゃなく四神同盟そっちの駒も消えてなきゃおかしいんだよ。あいつなら絶対に相討ちに持ち込ませたはずだ」

「……え? バッドデッドエンズおまえらが勝つんじゃないのか?」

 絶対に相討ちで両方死ぬ?

 ツバサでなくとも耳を疑う話の結末だった。

 バトル漫画で敵味方入り乱れての連戦となれば、一度くらい相討ちの戦いがあるかも知れないが、すべての戦闘がそれでは脚本は台無しとなる。

 アニメなら炎上すること請け合いだ。

 だが、ロンドは「それこそ有り得ない」と否定する。

「そんな良かれ悪しかれ勝者が生き残るような終わり方、あの最悪ライターが書くわけねーだろ。みんな殺す、敵も味方もみんな死ぬ、そういう最悪の終わり方を描けてこそ、バッドデッドエンズのシナリオライターじゃねえか」

 違うか? とロンドは圧をかけてくる。

「うーむ、わかるような根本から間違ってるような……」

 素直に「うん」と頷きたくはない。

「ま、あの最悪ライターなら、さっきの4試合はこう締めるだろうな」

 タロウは日之出一家と壮絶に大爆発――。

 ゴーオンはカズトラとクロスカウンターで同時に死亡――。

 ジョージィはアハウとともに虚無へ飛び込んで消滅――。

 アリガミはカンナと一緒に地上に墜ちて墜落死――。

「そーいう結末にする、あの劇作家シェイクスピアなら最悪の悲劇を描ききるはずだ」

「……そいつが“Ø”ロスト・ゼロ過大能力オーバードゥーイングなのか?」

 ツバサは呆れ気味に訊いてみる。

 明言こそ避けているが、その“最悪のシナリオライター”とやらが最後に追加したコイン、ロストナンバー扱いの幹部と見做みなしていいだろう。

 その能力の一端いったんに触れるような喋り方だった。

 悪の首領としてあまりにも不用意すぎやしないか? と敵ながら心配するみたいな目線を向けても、ロンドは気にせずベラベラ話してくれる。

「わかったところで防ぎようがねぇからなぁ」

 ネタバレ上等と言いたげにロンドは自信満々で続けた。

「あいつの過大能力オーバードゥーイングはな、心の隙間を的確に狙い澄まして突いてくる。オレたちはともかく、愛と正義を謳う正義の味方にゃ効果はバツグンよ」

「……誰が正義の味方だよ」

 そんな面倒臭い使命を背負うつもりはない、とツバサは突っぱねた。

「だが――蓋を開けてみれば四神同盟こちらに被害者はいない」

 ツバサは少し意地の悪い喋り方をしてみた。

 この切り返しにロンドはピクリと眉を動かす。「ああん?」と破落戸ごろつきも裸足で逃げ出すガンを飛ばしてくる。少々ムカついたらしい。

 ツバサは怯まず、増上慢ぞうじょうまんに囚われた破壊神に物申してやる。

「キョウコウ・エンテイ……知ってるよな」
(※第7章~第8章のラスボス。大物幹部のゲームマスターで灰色の御子)

「知らいでか。真なる世界ファンタジアから地球テラへ一緒に渡った同胞はらからだ。同じ釜の飯を食った仲だし……もっとも、オレの正体は最後まで知られなかったがな」

 二人が旧知の仲と確認したツバサは頷いた。

 どちらも神族と魔族の間に生まれた混血児。いくら500年、地球テラで人間として暮らした経験があっても、神魔しんまとしての余裕が手伝ったのだろう。

 だから、見落とし・・・・にも似たところがあった。

キョウコウあいつはおもいっきり手抜かりをやらかしていたが、その点ロンドあんたは充実させていた……アリガミさんは過大能力もだが、そちら方面の仕事も優秀だったみたいだな。自分の能力を上手に使っていた様子が窺える」

 バッドデッドエンズには使い魔の使役に長けた者がいる。

 彼らの音頭おんどを取って各地に使い魔を派遣させていたらしい。こちらの情報官が調べたところ、使い魔の活動していた痕跡を見つけていた。

「だが、それでも甘い。全然抜けている」

 不用心にもほどがある、とツバサはロンドやキョウコウの不備を指摘した  

 ある単語を避けた言い回しだが、ロンドは気付いたらしい。

「アリガミにさせてたことといやぁ……情報収集か」

 そういうことだ、とツバサは肯定した。

「生まれついての神族や魔族の力、破壊神としての能力を自由に使えるからと過信かしんしたのか? キョウコウもそうだったが、ロンドあんたも情報管理がなっているとは言い難い。はっきり言ってお粗末だ」

 人間が戦争をするとなれば、情報は重要なファクターとなる。

 敵軍の動静どうせいを始め、戦場となる土地の状態や自軍の配備、部隊の進軍できる行路の確認、索敵さくてきを含めた警戒、今日から明日以降の天候、etc……。

 戦況のすべてを把握しても足りないくらいだ。

 現在進行形の情報を絶え間なく収集し、更新を続けなければならない。

「俺たちは神や悪魔になって、たった一年の初心者だ」

 まだまだ人間様なんだよ、とツバサは皮肉たっぷりに微笑む。そして、普段は抑えている江戸っ子らしいべらんめぇ口調をぶつけてやる。

「戦争をおっぱじめるなんておっかなくてしょうがねぇんだ。おっかなびっくりやってるし、臆病なもんだから戦う相手のことはちょっとでも知っておきてえ。知れば知るほど、戦い方やしのぎ方……弱点だってわかるかも知れねえ」

 臆病な人間の気持ちを忘れず、この戦争に挑んでいる。

「人間を越えた力を手に入れても浮かれてる暇はねえ。人生終了ゲームオーバーしたって転生コンテニューは望めそうにないからな。打てる手はありったけ打たせてもらったぜ」

 準備に関しては徹底的に整えさせてもらった。

 情報網じょうほうもうの整備もそのひとつだ。

 リアルタイムで戦争中に飛び交う情報を統括的に処理することはできないか? と議論を重ねた末、ある情報管理システムが構築できた。

 継続時間は保って数日、それほど長時間の稼働は望めない。

 だが、この大陸全域をカバーするだけの情報網を組み立てられた。

 担当するのは――引き籠もりニートな彼女である。

 引き籠もりだが、伊達に“情報官”の二つ名では呼ばれていない。今のところ、ヘマひとつ打つことなく完璧に仕事をこなしてくれていた。

「情報網の構築か……確かに失念してたな」

 失敗したかなー? とロンドは苦い顔で呻いた。反省のつもりなのか、ぺちりと自分の額を片手で叩いている。

「アリガミたちが事前に集めた情報さえありゃ十分と思ってたが……道理で連携が取れるわけだ。こっちの攻めに対応が早いのも当たり前だよな」

 情報をくれる後方支援が万全なのだから――。

「彼を知り己を知れば百戦殆うからず……今も昔も情報戦はしっかりやっとかないと勝てねえぞ、って孫子そんしも言ってんじゃねえか」

 おろそかにする方がどうかしてんだよ、とツバサは断言する。

「力におごったおまえらが悪い」

 ロンドを出し抜けたツバサは、ほんの少し胸だけどいた。

 すると控えていたクロコが挙手きょしゅして発言する。

「恐らく、先ほどの搾乳で胸の乳腺が空いたのもあると思われます」
「余計なこと言わなくていいんだよ、この駄メイド!」

 そういう意味でも胸が空いたのは事実だが、ツッコミは入れておいた。

 円卓に敷かれた真なる世界ファンタジアの地図――。

 その盤上では、“Ø”ロスト・ゼロのコインに駒がひとつ急接近していた。

   ~~~~~~~~~~~~

「はて、おかしい……シナリオの動きが悪いですね?」

 バグベアは筆を片手に首を傾げた。

 あまりにも思い通りに事が運んでくれないので、傾げるどころか顔が90度倒れるくらい首を傾げてしまった。だが、慌てもしなければ焦りもしない。

 シナリオが進まないのは作家ならよくあること。

 机に向かって丸1日粘って一行も進まないことなんてザラにある。逆に1時間で何十枚も仕上げるなんて神懸かりなペースではかどる時もある。

 キャラが独りでに動く、なんて経験もあった。

 しかし、シナリオが思い通りにならないことには困惑した。

 バグベアの取り扱う脚本は現実改変という特性を持つものの、登場人物が演出を嫌って意に反する行動を取ったり、予期せぬアクシデントなどで変更を余儀なくされることは希にあるが、それさえ修正できる強制力もあった。

 現実を書き換える――あるいは運命を改竄かいざんする。

 それがバグベアの書いたシナリオの能力、彼の持ち味だった。

「なのに……いまいち書き換えきれていない?」

 今度は逆に首を傾げてしまう。

 №Ø 終劇しゅうげきのフラグ――バグベア・ジャバウォック。

 最悪にしてバッド・絶死をもたらデッド・す終焉エンドに籍を置くも、その異質な過大能力オーバードゥーイングのためロンドから「おまえは別枠な」とほぼ除籍扱いされていた。

 所謂いわゆるロストナンバー扱いである。

 待遇たいぐうこそ幹部と同列だが、その幹部であるマッコウに敬遠されていた。

『アンタは使える、だけどやることなすこと見境がない』

 分別がつかないのはダメ、と叱られたものだ。

『いつかすべてを滅ぼし尽くすバッドデッドエンズあたしたちではあるけれど、まだ使える駒の仲間まで殺すような無差別なシナリオ書くんじゃないの。皆殺し中毒のグレンだって身内に手を出すのは辛抱してるってのに……』

 そういう堪え性のなさはグレン以下、と認定されてしまった。

 このため表舞台には立たないように厳命され、中央大陸以外の土地に飛ばされたプレイヤーやこの世界の生き残りを確認する閑職かんしょくに回されていた。

 しょうに合ってる――バグベアとしても有り難かった。

 諸国しょこく漫遊まんゆうのつもりであっちフラフラ、こっちフラフラと放浪した。

 行く先々で人々の集まりを見つけては、その老若男女に気付かれることなく最悪のシナリオを書き上げ、絶望と失意のドン底に叩き落としてきた。

 これもまた最悪にしてバッド・絶死をもたらデッド・す終焉エンドの仕事だ。

 性に合ってる――バグベアはまったり楽しませてもらった。

 各地で書き上げた最悪の悲劇をまとめて短編小説の出来上がりだ。それをロンドに報告書として渡せばお仕事になる。

 作家という肩書きとしての達成感まで満たすことができた。

 性に合っている――バグベアにとって天職だった。

 別段バッドデッドエンズで最強というわけでもないのに、ロストナンバー扱いされたことには気後れしたが、そういうことに一家言ありそうなおっかないアダマス君やグレン君が意に介さなかったのも助かった。

 喧嘩になったら確実にボロ負けだ。

 自慢じゃないが、バグベアは腕っ節においてバッドデッドエンズ最弱。

 貧弱なヒョロガリのモヤシ野郎なのだ。

 曲がりなりにもLV999スリーナインだろ? と鏖殺師のグレン君にデコピンされたら頭蓋骨が割れ、喧嘩屋のアダマス君に景気づけで背中をはたかれたら両肩が脱臼した。

 フィジカル面では最弱という自信があった。

 本来ならば最悪にしてバッド・絶死をもたらデッド・す終焉エンズに数えられる戦闘能力はない。

 たまたま過大能力が抗いがたい特殊な影響力を持っているため、その絶大な効果からロンドに一目置かれているだけである。

 その過大能力が、どういうわけか効力を発揮しなかった。

 ――還らずの都より北西へ数百㎞。

 上空に浮かぶ雲にバグベアは身を隠していた。

 大正時代の駆け出し文筆家ぶんぴつか、なんて第一印象がいいところ

 ざんぎり頭の細面につるのない丸眼鏡を鼻にかけた、垢抜けない青年である。和洋を取り混ぜた衣装の上に古めかしいフロッグコートを羽織っていた。

 全体的に時代錯誤、洋風と和風が混在したファッション。

 そこに大正モダンの風情ふぜいがあるらしい。

 右手にはデザイン性のある仰々しい万年筆を持っている。

 今にも滴りそうな艶々としたインクを宿らせる筆先、それを踊らせるのは原稿用紙ではない。バグベアは直接、本のページに文章を書いていた。

 古式ゆかしい和綴わとじの本が宙に浮いている。

 一冊二冊ではない。ザッと数えただけでも五十冊はある。どの本もサイズは統一されており、ページを開いたままバグベアの周囲を取り巻いている。

 本はすべて、右側のページが文章で埋め尽くされていた。

 だが左側はまったくの白紙――まだ物語をつむげる余白がある。

 丸眼鏡の奥、細い両眼の中で眼球が目まぐるしく動く。

 本の群れは回遊魚のように、バグベアを中心としてグルグル回転していた。その本に記された右側のページを速読しつつ、まだ書く余地のある左側のページへ瞬時に筆を走らせて新たな物語をつづっていく。

 筆で文字を綴る、この速度だけはバッドデッドエンズ最速だ。

 物書きとしての面目躍如である。バグベアは文章を書くのだけは早い。

 もっとも――彼の描く物語は必ずや最悪の終焉を迎える。

 この作業をバグベアは開戦からずっと続けていた。

 バグベア流の執筆である。

 これらの本はバグベアの過大能力オーバードゥーイングによって精製されたものだ。そこに綴られる物語、その主人公は最悪にしてバッド・絶死をもたらデッド・す終焉エンドの誰かである。

 本には主人公の行動が克明こくめいに記されていた。

 彼を取り巻く周辺の状況も丁寧に描写されている。

 主人公に起きている出来事は一人称ではなく、神の視点と呼ばれる第三者視点で描かれていた。当人は元よりそこに絡む登場人物すべての心理描写まで微に入り細に入るまで書き込まれている。

 執拗しつよう――なんて言葉が思い浮かぶくらいだ。

 おかげで右側のページはいつも文字で埋め尽くされている。

 ただし、そこに表される物語はあくまでも現在とそこから「こうなるであろう」という簡易的に予想された、一歩先の心理や事象までだ。

 だが、これから起こるべき未来は白紙のまま。

 そこへ――バグベアの筆を加える。

 登場人物の性格や行動パターンを読み取り、見極めた上でそれに適した振る舞いをするよう演出し、バグベアの求めるシナリオへと書き換えていく。

 すると、彼らの運命はそれ通りに改編かいへんされるのだ。



 過大能力――【小説は現フィクション実よ・イズ・り奇想ビザール・天外であるべし】ファンタスティック



 運命というシナリオを書き綴る能力である。

 一冊の本に具現化された他者の運命。そこに筆を書き加えることで未来をも書き換えてしまう、運命の改竄ともいうべき過大能力オーバードゥーイングだ。

 この能力はある程度まで未来を予測する。

 時間に換算すれば数分くらい。

 そこから先の未来にバグベアの筆でシナリオを書き加えると、運命への強制力が働き、その筋書き通りに未来が進行していくのだ。

 ただし、絶対にして完全とは言い難い。

 下等な多種族や人間くらいの運命なら好きなようにできるが、LV999スリーナインの神族や魔族だと抵抗される恐れがある。こちらの描いた未来図をはね除け、自分の思うがままの未来へ突き進む実行力を有していた。

 運命は自らの手で切り拓く、LV999に達した強者ならではだ。

 だから――心の間隙かんげきを狙う。

 もっとも手っ取り早いのは罪悪感をくすぐることだ。

 たとえば、敵を撃ち倒す最高潮の場面などは狙い目だった。

 殺人をものともしないバッドデッドエンズならいざ知らず、善人の集まりである四神同盟の人々は、相手を殺す時に心の揺らぎが生じる。

 殺意に戸惑いを覚えるのだ。

 そこにバグベアは、ありったけの心理描写を加筆する。

 これでもかと罪悪感を膨らませてやり、悪人とはいえ他人を殺すことを躊躇ためらうよう仏心を芽生えさせ、最後の一撃を鈍らせる。これにより手元が狂ってトドメを刺し損ねるように誘導してやればいい。

 LV999スリーナインでも、善人ならば大抵この手に引っ掛かる。

 少なくとも致命傷から半殺しくらいにはランクダウンするのだ。

 こうすれば決着が有耶無耶うやむやになる。

 その瞬間、バッドデッドエンズが反撃する演出を書き加えてやる。

 四神同盟は自らの意志を揺さぶられた必殺技を放ち、バッドデッドエンズを仕留め損なって反撃を受けて半死半生。バッドデッドエンズも即死ではないが助かる見込みの薄い重傷を負いつつ、最後の意地とばかりに反撃を繰り出す。

 そして――両者相打ちへともつれ込む。

 どちらも死に果てて共倒れ、という最悪の終焉を迎えるのだ。

 これが鬱作家と蔑まれたバグベアの望む展開。グッドでもトゥルーでもハッピーでもない、最悪と尊ぶに相応しいバッドエンドである。

 そうなるよう執筆しているはずなのだが……。

「どうも小生の書いたシナリオが書き直されているみたいですね」

 タロウ・ボムバルカン――日之出一家を巻き込んで爆死。
 ゴーオン・トウコツ――義手の少年とクロスカウンターで相打ち。
 ジョージィ・ヴリトラ――獣王神と虚無へ飛び込んで消滅。

 アリガミ・スサノオ――女騎士と共倒れで墜落死。

 バグベアは彼らの運命というシナリオを、このように敵味方区別なく凄惨な最期を迎えるように書き直したはずだった。

 バッドデッドエンズの面々、その物語に現れる四神同盟。登場人物である彼らの心理描写に加筆し、互いに殺し合うように仕向けていた。

 ……はずなのだが、思い通りにならない。

 仕上げた最悪のシナリオが上書きされていくのだ。

 急いで加筆修正を施すのだが、書いても書いても追いつかない。

 相討ちで死屍累々ししるいるいになるようシナリオを組んだのに、どういうわけか四神同盟が連戦連勝。まるでバグベアの過大能力が封じられているようだ。

 運命をいじくれない。あるべき運命に戻っている。

 ふとバグベアは手を止め、筆を握ったまま考え込む。

 自分の能力は正しく発動している。だが、運命が書き換えられてない不具合が起きていることについて原因を推考すいこうしてみた。

「これは……上書きや封じられているのではない」

 小生のシナリオが――当事者の運命に届いていないのか?

「――ご明察だ」

 声が聞こえた直後、気の杭パイルがバグベアの胸を貫いた。

 隠れ蓑にしていた雲に穴が生じると、運命を写した本を何冊か刺し貫いて、そのままバグベアの胸を穿った。先端が背中から突き出る大きさだ。

 ゴフッ、と血の泡を吐きいて蹌踉よろめいた。

「煙幕を張って身を隠しているのに、用心に欠けるのは頂けないな」

 雲には気の杭パイルによって穴が開けられている。

 そこから雲が晴れていくと、青空を背景に黒衣の男が現れた。

 鎧と見紛うほど硬そうなロングコートを羽織り、軍部のエリート将校にしか見えない仕立てのいい軍服を着込んだ長身の男だ。インテリな眼差しには高そうな銀縁眼鏡をかけ、傲岸不遜ごうがんふそんな目つきでバグベアを見据えている。

 ほんの少し顔が上向いており、見下すようにめつけた視線だ。

 バグベアはずれかけた鼻眼鏡の位置を直す。

「……レオナルド・ワイズマン」

 アリガミから貰った資料にあった顔だ。

 四神同盟の東方を守るイシュタル陣営(現イシュタル女王国)の軍師、ミサキ・イシュタルの忠臣にして師匠でもあると聞いている。

 胸を貫く気の杭パイルを握ったバグベアは、血を滴らせて引き抜こうとする。

「これはこれは……軍師気取りのアナタが出張ってくるとは」

「ほう、俺のことを御存知ごぞんじか」

 挨拶代わりの一撃では物足りなかったのか、指で転がしていた数本の気の杭を予備動作も悟らせることなく三本同時に投げてきた。

 左肩、右足、そして胸の杭を抜こうとする左手を貫かれる。

「ふぐっあっ……ッ!」

 バグベアは血にまみれた苦悶の声を上げようとするが、弱い声帯では呻くのが精一杯だった。身体を前へ折り曲げるように悶絶する。

 レオナルドは淡々と気の杭パイルを補充していく。

「ろくな連絡網を整えていない割に下調べは十分だな。大方、アリガミ君かマッコウさんが東奔西走とうほんせいそうして調べ上げたのだろうが」

 調べているのはどっちだか、とバグベアは内心独りごちる。

 まず最初に脳裏へ過るのは、「どうして小生の居場所がわかった?」という素朴な疑問だった。だが、その前段階となる疑問も山ほどある。

 バグベアは“Ø”ロスト・ゼロ――ロストナンバーだ。

 最大108人もいた最悪にしてバッド・絶死をもたらデッド・す終焉エンド

 その中でも華々しく活躍したリード率いる一番隊や、芸術家集団六番隊と比べたら日陰者。そもそも本拠地はおろか中央大陸にもほとんどいなかった。

 部活で言えば、幽霊部員みたいに影が薄い。

 構成員の中にはバグベアの在籍さえ知らない者もいたくらいだ。

 いくらロンドや最悪にして絶死をもたらす終焉を調べたところで、バグベアまでは辿り着けないはず。ほぼ存在しないものとして扱われた。

 この隠匿性いんとくせいこそがバグベアの強み、“Ø”ロスト・ゼロたる所以ゆえんである。

 なのに――この男はバグベアを見つけた。

 最悪にして絶死をもたらす終焉との関係が希薄であり、主戦場から離れた場所で隠れながら作業をしていたのに、目星をつけたかのように発見したのだ。

 どんな名刑事や名探偵でも、こんな操作能力はあるまい。

 洞察どうさつするにも限界がある。必ずや根拠となる調査方法があるはずだ。

 どこまで念入りに調査してんだか……。

 感服や戦慄の念を抱くも、呆れ果てて降参したくなる。

 同時に――物書きとして興味も湧いた。

 如何いかにしてバグベアを探り当てたか? その絡繰からくりが知りたい。

「軍師自らが……伏兵討伐ですか?」

 か細い声で訊いてみるが、レオナルドは返事をしない。新しい気の杭を黙々と用意している。その杭は刺々しい殺意に満ちていた。

「小生がバッドデッドエンズの一員だと確認もせず、一切の呵責かしゃくもなしに致命傷となる一撃をお見舞いするなんて……確証あってのことでしょう?」

 暗に「人違いならどうする?」と皮肉をぶつけてやる。

 レオナルドはつまらなそうに冷笑を浮かべた。

「裏も取らずに通りすがりの一般人をお縄にする、ボンクラ刑事みたいに言われるのは心外だな。ちゃんと確証あってのことだよ」

 証拠はすべて揃っている、とレオナルドは自信に溢れていた。

「なるほど……よほど有能な捜査官がいらっしゃるようで……ぐふっ」

 レオナルドは多くを語らない。

 挑発的な与太話ならいくらでもしてくれるみたいだが、肝心なことは主題から逸らそうとする論調だった。それでも、バグベアは裏を読み取った。

 ――恐ろしく情報処理に長けた裏方がいる。

 推測だが中央大陸全土の情報をかき集めて、この戦争の情勢を事細かに見聞と検分を重ねて、仲間へ報告できる情報戦のプロがいるようだ。

 アリガミがカンナに発見されたのも同様である。

 同じ要領でバグベアが隠れていたのもバレたらしい。

 そう考えなければ辻褄つじつまが合わなかった。

 殺意満点の気の杭パイルを、レオナルドはたなごころもてあそんでいる。

「俺もな、軍師を気取って自陣の奥で羽団扇を片手に指示するだけのシチュエーションに憧れるのだが……生憎あいにくとそうもいかない」

 貴様のようなやからを成敗するためにもな! とレオナルドは気の杭を放つ。

 バグベアは――杭で刺される前に散り散りになった。

 既に四本の杭で貫かれていたバグベアの身体が、バサリと妙な音を立てて崩れ落ちると、何重何百という紙になって空に舞い踊っていた。

 この紙は本のページ、それが集まってバグベアを構成していたのだ。

 レオナルドの観察眼を働かせてすぐさま看破かんぱする。

空蝉うつせみ……違うな、剪紙せんし成兵術せいへいじゅつか」

 紙をって兵をす――と書いて剪紙成兵術。

 字面が示すとおり、紙を人型に切ってそれに術を施し、兵士とする仙術だ。仙人系の技能であり、陰陽師の式神などに似ているかも知れない。

「別にね……襲撃者を警戒してなかったたわけじゃないんですよ」

 バグベアの弁解は、宙に舞う無数の本から聞こえてきた。

 バサバサと紙を踊らせる音をさせ、和綴じの本が独りでにページをめくっていくと、そこから何枚もの紙が射出されるように飛び出す。

 紙はヒラヒラと舞い踊りながら、新たなバグベアをかたどりつつあった。

「小生、こういう身の守り方が性に合うのです」

 変わり身を用意することで本体をくらます防御方法だ。

 新しい紙でできたバグベアに、レオナルドは気の杭パイルを打ってこない。本体を探り当てねば無意味と判断したのだろう。賢明な男である。

 バグベアもまた、この戦争におけるレオナルドの役回りを察した。

「そうか……あなたも遊撃手ゆうげきしゅなのですね?」

 アリガミを倒した女騎士カンナがそんなことを宣っていた。

 高速移動ができ、感知能力にも長け、バッドデッドエンズと遭遇しても単騎で戦える攻守ともに優れたLV999スリーナインを数人、選んでいたはずだ。

 この軍師気取りもうってつけである。

 レオナルドは小賢しいと言いたげに小さく頷いた。

「遊撃手について知っているのか……大方、女騎士カンナにちょっかいをかけた時にでも聞いたのか? 抜け目のない男だな」

 どっちがだよ、とバグベアは口に出さず毒突いた。

 話は終わりだ――と告げられる代わりに、気の杭パイルが飛んできた。

 しかも数十本、もはや杭の雨である。

 紙でできたバグベアはまたしてもビリビリに破かれ、彼を取り巻く無数の本は盾になることもなくボロボロに千切れ飛んだ。

 舞い散る紙片は意志を持って飛び交い、バグベアと本の群れを再生する。

 今の攻撃は試されたらしい。

 どこにバグベアの本体があるのか? それを探っているのだ。

 ここで――レオナルドは意味深長に話し掛けてくる。

「どうにも不自然な空間歪曲わいきょくを感じるというのでな。その発生源を辿るとここに辿り着いたのだが……ああ、ここへの道中、その空間歪曲の流れに悪意を感じたので、目的地へ届かないように邪魔させてもらったよ」

 これにバグベアはピンと来た。

 そして、シナリオを潰されたことに腹が立った。

「邪魔させ……小生のシナリオを書き直していたのはあなたか!?」

 正確には妨害されていたらしい。

 してやったり、と言いたげに軍師は策が成功した時の笑みを零した。

「空間歪曲なら俺もたしなんでいてな、容易たやすいものだったよ」

 ついでに――その根源も絶っておこうか。

 レオナルドは両腕を広げながら軍服仕様のロングコートをはためかせると、その裏地には何十本もの気の杭パイルが隠し武器のように仕込まれていた。

 対峙する最中、バグベアに気取られることなく用意していたらしい。

 両手に気の杭パイルを構えたレオナルドがにじり寄ってくる。



「さて、“Ø”ロスト・ゼロのお手並み拝見と行こうか」



   ~~~~~~~~~~~~

「あああぁ~……レオ先輩、カッコいいッス!」

 少女漫画みたいな瞳で感涙するアキは、惚れた漢の勇姿に見惚れていた。

 レオナルドの後ろ姿に――だ。

 感動の涙に溺れながら仕事をする両手は止まらない。

 片時も休むことなく猛スピードでキーボードを叩きまくっていた。

「これまでの静かに啖呵たんかを切っていたシーンも録画済みとして、これから先に始まるであろう敵さんの“Ø”なんていう隠しボスキャラみたいな奴との激戦も要チェックッス! 永久保存して永久とこしえに語り継いでいくッス!」

 爆乳特戦隊のみんなにも回さなきゃ! と熱の上げようだ。

 レオナルドに注視するも、任された仕事の手を抜くような真似は絶対にしない。どちらも本腰を入れて全集中の神経を注いでいた。

 普段の姉を知るフミカが見れば、「信じられないッス」とぼやくはずだ。

 ここが「張り切る時だ」と知れば全力を出す。

 引き籠もりニートであっても、ちゃんと心得ているものだ。

 GM№59――アキ・ビブリオマニア。

 本名は文渡あやわたりあきら現実世界リアルでは文渡文香フミカの実姉である。

 元はいい年して定職にも就かず、親のすねをかじって日々を過ごす引き籠もりニート。趣味はハッキングによるピーピングトム。

 暇潰しに世界的協定機関ジェネシスのネットワークに忍び込んだのが運の尽き。

 それが縁でレオナルドに才能を見出され、ジェネシスの社員として雇われた経歴を持つ異色のプログラマーである。そのままアルマゲドンのゲームマスターに抜擢され、異世界転移に巻き込まれて現在に至る。

 クロコやカンナと同じく、レオナルドにほの字な恋する乙女。

 総じてバストサイズが日本人離れしているところから、社内では“爆乳特戦隊”という微妙にエロいあだ名で呼ばれていた。

 今ではイシュタル陣営の情報官を務めている。

 プレイヤーとしては戦闘能力はほとんどなく、回復や補助などの魔法で補佐役もできない。生産系の技能スキルもないから工作者クラフターとしても無能である。

 そんな彼女は情報系において最強だった。



 アキの過大能力──【真実を暴トゥルース・露する者】ディスクロージャー



 一口に言えば、あらゆる事象を調査できる能力。

 これは決して比喩ひゆではなく、彼女の調査ネットワークはどこまでも際限なく広がっていく。それこそ次元の壁を乗り越えて、もはや帰ることもできない地球にまで調査の手を伸ばせることができるのだ。

 この戦争では、アキの過大能力が遺憾いかんなく発揮されていた。

 還らずの都――地下ドーム。

 世界の危機に際して英霊を軍単位で召喚し、その危機に立ち向かってもらうという機能を有する還らずの都は、起動に莫大なエネルギーを必要とする。

 そのため、大地の龍脈から“気”マナを汲み上げていた。

 といっても大地が枯れ果てるほど吸い上げるわけではなく、土地やそこへ生きる者、自然に悪影響が出ないよう調整はされている。

 集められた“気”は、この地下ドームで管理されていた。

 いくつ分のドーム球場に相当するのか――それほど広大なホールだ。

 この純白の空間には大小無数の龍宝石ドラゴンティアが浮かんでおり、これが“気”を貯蓄しながら増幅を繰り返しており、来たるべき日に備えていた。

 この地下ホールにアキは出張中だ。

 普段イシュタル陣営の拠点から滅多に出ない、それこそ部屋から出ることもまれな(その過大能力オーバードゥーイングの性質上、部屋に引き籠もったままでも十分働けるから出不精でぶしょうがマッハで加速している)アキにしてみれば、とんでもない外出である。

 誰もが銀髪の女神だと褒める――アキの容姿。

 水着というかレオタードみたいな肌も露わなピッタリとしたスーツ一枚に、後は透き通る羽衣をまとわせるのみ。我ながら露出度は高い。

 爆乳特戦隊の名に恥じないグラマラスボディ。
(※妹のフミカは「食っちゃ寝のデブ」とこき下ろしてはばからない)

 確かに遠目ならば女神で通るのだが、間近にすると髪は梳らずにボサボサだし、瞳は寝ぼけ眼でトロンとしており口元もだらしない。

 姿勢も悪いので、全体的に「だらしねぇな」と叱られがちだった。

 アキ当人はまったく改善するつもりがない。

 女子力に関しては諦めているし、レオ先輩が見出してくれたのも情報処理に関する才能だけなので、それさえなまらなければ別にどうでも良かった。

 地下ドームの中央――アキは宙に浮かんでいる。

 ジン謹製きんせいの浮遊アームチェアに腰掛け、自身を中心に各地から取り寄せした各種データを表示するウィンドウを無数に展開させていた。

 これらのウィンドウは球状を形作っている。

 球体のPCウィンドウ、その内部に取り込まれた気分だ。

 手元にはスクリーン状のキーボード。一般的なキー配列とは異なっており、半円になってアキの手元に浮かんでいた。

 ブラインドタッチは当たり前、鋭い視線はウィンドウを駆け巡る。

 アキの周囲には――12人の女性が控えていた。

 ウィンドウのみならず、彼女たちの円陣にも取り囲まれている。

 統一されたオペレーター風の衣装に身を包んだ女性たちは無個性で、一卵性の十二人姉妹と言われても信じられるほどそっくりだ。

 全員、VRヴァーチャルゴーグルみたいなバイザーで目元を隠している。

 彼女たちの手元にもスクリーン状のキーボードが浮かんでおり、アキに負けず劣らないブラインドタッチを披露していた。バイザー内には高速で多種多様な情報が流れていき、それらを逐一ちくいちチェックして精査している。



 これが――四神同盟の情報戦対策だ。



 アキの過大能力は情報収集という面では最強クラス。次元を超えて地球にまで届くのだから、その効果範囲については疑う余地はない。

 だが、一方通行という欠点があった。

 調査のネットワークはどこまでも伸びていき、いくらでも情報を吸い上げられるのだが、こちらから発信することはできなかった。

 見て聞いて知るのみ――送信不可なのだ。

 そこで用意されたのが、この12人のオペレーターである。

 彼女たちはホムンクルスベースの人造人間アンドロイドだ。

 ただの人造人間ではない。廉価版れんかばんながらも遠隔視えんかくしを始めとした情報処理系の過大能力や技能を複数組み込まれており、それらの能力を使いこなせる。

 以前、探知能力専門の人造人間を造ったことがあった。
(※第347話参照)

 それを雛形ひながたに量産したのが彼女たちだ。

 オペレーターはアキの過大能力も複製されているので、情報収集能力も当然のように備えている。その他にもいくつかの過大能力が積まれており、アキにはできないことを補佐してくれた。

 ――情報の発信はそのひとつである。

 アキがメインコンピュターだとすれば、12人のオペレーターはサブコンピューターだ。アキの指示に従って忠実に働いてくれる。

 アキの過大能力オーバードゥーイング、情報収集や処理のブーストも兼ねていた。

 情報戦対策の仕組みは以下の通り――。

 アキと12人のオペレーターは大陸の隅々にまで情報網を張り巡らせ、些細なことでも見逃すことなく情報を収集。特にバッドデッドエンズとの戦争に関わりそうな異変は取りこぼすことなく掻き集める。

 巨獣と巨将の戦闘、各組織の主力の対決、各陣営の防衛状況……。

 これら情勢を総浚そうざらいで調べ上げ、不審な点、不利な戦況、防衛の穴、敵の強襲、などが確認されたら対応できそうな人員に連絡して対処してもらう。

 集めた情報を精査して、現場に送信するわけだ。

 どれだけ離れていても――速やかに相互の連携を取れる。

 これが四神同盟にとって最大の強みとなった。

 そのため四神同盟に所属する者は、アキと精神念破テレパシーのホットラインが常時接続されている。状況報告の確認や応答も迅速に行われていた。

 ――以上の仕事をアキは任されている。

 一人ではパンクしかねない仕事量だが、情報オペレーターともいうべき12人の人造人間のおかげで、膨大な情報量を無理なくさばくことができた。

 また、還らずの都に出張したのも意味がある。

 還らずの都はこの大陸の中心に位置し、そこから大地を血管よろしく縦横無尽に走る龍脈から“気”マナを吸い上げている。龍脈を血管に例えたが、どちらも必ずどこかで繋がっているという構造に似通うものがあった。

 この龍脈を――情報ネットワークに見立てる。

 龍脈の“気”をちょっとだけ拝借しつつ、そこに過大能力を乗せることで超高速で情報の送受信をやり取りすることに成功していた。

 大陸全土の龍脈を用いて、巨大ネットワークを形成させたのだ。

「いやー、悪いッスねククリちゃん」

 間借りさせてもらってるみたいで申し訳ないッス、とアキは礼を述べた。

「いえ、皆さんのお役に立てたら嬉しいです」

 地下ドームにいるのはアキと12人の情報オペレーターだけではない。

 灰色の巫女――ククリ・オウセン。

 真なる世界ファンタジア由来の神族と魔族を両親に持つ少女だ。

 彼女も自らの仕事を果たしつつ、アキに協力してくれていた。

 還らずの都の守護と管理を担ってきた巫女であり、ゆえあってツバサを「母様」、ミロを「父様」と敬い、骸骨紳士クロウを「おじさま」と慕っている。

 灰色の長い髪を背に流した利発な女の子だ。

 十二単を魔改造したような重厚で威厳のある巫女服を着込んでいるため、大神殿の巫女姫といった崇め奉りたくなる雰囲気があった。

 しかし、そんな彼女も一心不乱にキーボードを叩いていた。

 小さな龍宝石ドラゴンティアが彼女の手元に整然と並んでいる。

 それはキー配列になっており、ククリの細い指はしなやかに動きながら小さな玉のひとつひとつを弾けば、還らずの都が操作されていく。

 ――ククリもまた戦っているのだ。

 現在、還らずの都はバッドデッドエンズに襲撃されている。

 還らずの都とその裾野に広がるふたつの国を守るため、ククリは地下ドームに蓄えられた“気”を使い、強力な守護結界を張り巡らせていた。

 守護結界は猛攻により、あちこちほころびてきている。

 破損しそうな箇所かしょを検出すると、“気”マナをそこに回して修復。攻撃が激しいところは補強しつつ、接触した敵を撃退する衝撃を走らせる。

 そういった防衛の仕事に従事していた。

 ククリが防衛全般を引き受けてくれるからこそ、クロウたちはバッドデッドエンズとの戦いに心置きなく専念できるわけだ。

 そして、還らずの都の機能から龍脈に働きかけることで、アキがその龍脈を情報ネットワークとして活用することも手助けしてくれていた。

 いやはや、幼女とは思えない労働っぷりである。

 そして、滅多に見られない異色コンビの活躍でもあった。

「こうなってくるともう、アキウチとククリちゃんがこの大戦争における情報戦を一手に掴んでいるも同然……いや支配してると言っても過言ではないッス!」

 戦争において最も重要視すべきは何か?

 火力も大事、戦力も大事、兵力も大事、兵站へいたんも大事……。

 大事なものばかりで何ひとつ疎かにできないが、バッドデッドエンズは呆れるくらいに情報を疎かにしていた。事前調査だけはしっかりやっていたようだが、アキの調べた限りでは、この戦争ではノータッチである。

 問題が起きても、神族や魔族なら過大能力オーバードゥーイング技能スキルで何とかできる。

 そんな驕り高ぶった油断が垣間見えた。

「クックックッ……神様や魔王の力におごれる者は久しからずッスよ」

 思わずアキもほくそ笑んでしまう。

 だが、調子に乗ったとしか思えない不始末っぷりなのだ。

 バッドデッドエンズについての情報は、どんな些細なことであろうと事細かに収集させてもらった。その動静は何人たりとも見逃していない。

 一挙手一投足に至るまで吸い上げている。

 爆発芸術家タロウの接近を察知していち早く日之出一家に知らせたのも、次元を切り裂く剣を持つアリガミの策略に気付いたのも、ロストナンバーな幹部アリガミの存在と潜伏をレオナルドに報告したのも……。

「これすべて、アキウチとククリちゃんの手柄ッスからねーッ!」

 自分たちの功績を誇るようにアキは笑った。

 ククリもこちらに振り返ると、照れ臭そうにはにかんだ。

ツバサかあさまミロとうさまも……ククリを褒めてくださいますでしょうか?」

 これにアキは太鼓判で返した。

「モチのロンッスよ、ククリちゃん! ウチだってきっと、レオ先輩からお褒めの言葉をいただいて爆乳特戦隊でも一歩リードしちゃうッスから!」

 すると、精神念波を通じて連絡が届いた。

『調子に乗るなよ引き籠もり、拙者の目の黒い内は許さんからな』
『アキさんの補佐を務める人造人間アンドロイドクロコわたし作なのをお忘れなく……』

 カンナやクロコからだ。しかしアキは意に介さない。

「フフーン♪ なんて言われようと功労者には違いないッスからね~♪」

 鼻唄まで歌い出すアキに、別の宣告が伝えられる。

『働くのが当たり前なのよ。この戦争が終わったら再教育ちょうきょうに行くからね』

 覚悟しておきなさい、と調教師マルミからのものだった。

 これにはアキも肝が冷え、せっかくのいい気分が吹っ飛んでしまった。

「……っああああーッ! 再教育はイヤッスーッ!?」

 ちょっと手を休めたアキは両手で頭を抱えると、マルミからのお仕置きみたいな指導を想像するあまり、ヘドバンみたいに身悶えてしまった。

 そこへ――新たな連絡が精神念波テレパシーで届けられる。

「およ? これは……ツバサくんッスね」

「母様!? ツバサ母様がどうされたんですか!?」

 母様母様母様! とククリは瞳を輝かせて連絡の内容を聞きたがる。

 ククリに限らず、ツバサの子供になった少年少女は総じてマザコンだと思う。男女関係なく、ツバサさん大好きっ子になっている気がした。

 そのツバサも子供たちへの気遣いを忘れない。

「ククリちゃんにも伝言ッスよ。『無理はしないように』って……」

 ククリははにかんだ笑顔のままウルッと涙ぐむ。

「母様、御自身も大変なはずなのに私のことを心配してくれるなんて……ククリは感激です! 大丈夫、まだ無理じゃないので全然頑張れます!」

 ククリの龍宝石キーボードを叩く速度が跳ね上がる。

 スゴい――作業効率が25%UPアップしたッス。

 母娘の絆ともいうべき強化バフ効果だろうか? 爆乳特戦隊ならばレオナルドにお褒めの言葉をいただいたら似たような効果が期待できそうだ。

「ところで……母様の御用はそれだけじゃありませんよね?」

 本題はなんですか? とククリは尋ねてくる。

 目敏い娘さんだ、ツバサくんの性格をよく理解していた。

 用件を伝える際、アキと一緒にいるはずのククリに伝言を頼むツバサもそうだが、ちゃんと本命の用件があると察するククリも大したものだ。

 だからこその親子なのか、とアキは感心する。

「ええっとね――配置換え・・・・の打診をしてほしい、とのことッス」

 配置換え? とククリは愛らしく小首を傾げた。

   ~~~~~~~~~~~~

 その頃――還らずの都近辺の上空。

 肉弾盾タンクの筋肉メイド長ホクトと、蟲使いのゴシック姫メヅル。相性ゆえに一方的な劣勢を強いられたホクトだが、その戦いに決着がつこうとしていた。

「何事にもさ、限界ってものがあるのよね」

 空を這い回る大百足おおむかで――名前はジョセフィーヌ。

 その節くれた背中へ優雅に腰を下ろすメヅルは薫陶のように告げる。

ホクトあなた肉弾盾タンクとして類い希な存在だと認めて上げる……でも、肉弾盾といっても長時間攻撃に耐えられるものじゃないわ」

 肉弾盾タンクの役目は一時的に敵の注意を集めること。

 その隙に仲間が戦闘準備を整えて、強力な攻勢へ打って出る。

「瞬間的に耐えればいいだけの話。その後はすぐさま自他の回復能力で補って、次のターンに備える……基本、これの繰り返しよ。肉弾盾はパーティーという徒党を組んでこそ真価を発揮する。単身なんて愚の骨頂……」

 ホクトあなたのことを言ってるのよ、とメヅルはせせら笑ってやった。

 もう筋肉メイドの姿は見えない。

 宙に浮かんでいるのは――無数のむしでできた大きな玉だ。

ぐんに個で歯向かう恐ろしさ……身に沁みたかしら?」

 メヅルの愛し子ベイビーである蟲たちが一斉に襲い掛かり、ホクトを覆い尽くしてしまったのだ。もはや筋肉の一片どころかメイド服の切れ端さえ覗けない。

 相変わらず、狙撃も続いている。

 少年執事のヨイチとやらが懸命に蟲を撃ち落としているが、こうなると焼け石に水である。誰がどう見たって手遅れだろう。

 それでもめげることなく、狙撃の弾丸が止むことはなかった。

 しかし、メヅルは遊ぶのにも飽きてきた。

メヅルわたしホクトあなたじゃ相性最悪……逆立ちしたって勝てっこなかったのに、変な使命感から頑張っちゃったのが運の尽きね……」

 そろそろ――愛し子ベイビーたちのえさになってくれる?

 メヅルのロングスカートの中から、大百足の群れが顔を覗かせた。背後に浮かぶ2つの卵嚢らんのうからも大量の蟲が湧いてくる。

 異形の蟲たち粘液に濡れる顎をギチギチ打ち鳴らした。

「さあ愛し子ベイビーたち、筋肉ばかりだけど食い出はあるから……ッ!?」

 ホクトにけしかけようとした瞬間――異変が起こった。

 ホクトを囲んでいる蟲の玉から、猛烈に煙が噴き上がったのだ。

「何事なの? え、この煙って……まさか!?」

 メヅルの悪い予感は的中した。

 スプレーから発射されたように噴く白煙は瞬く間に広がっていき、その煙を吸った蟲は力を失って動けなくなり、バタバタと落ちていったのだ。

「毒……違う、殺虫剤か!?」

 離れなさい! とメヅルは驚きながら愛し子たちに命令する。

 だが蟲の群れが退避するよりも煙の勢いが早い。

 拡散していく殺虫剤にメヅルの蟲が巻き込まれていく。

「ちぃぃぃぃーッ! だったら……おいで、レイナ・ポリージャ!」

 メヅルが呼び出したのは巨大なだった。

 怪獣好きの人間が目撃したら「凶悪なモ○ラ」と説明するかも知れない。そんなフォルムをした大きな蛾は羽をはためかせ、鱗粉りんぷん混じりの風を起こす。

 強風が殺虫剤の煙を吹き散らした。

 今のは割と被害が大きい、メヅルは悔しげに親指の爪を噛んだ。

「まさか筋肉メイドが、こんな化学系の技能スキルを使うなんて……」

 やってくれたわね、とメヅルは罵声を浴びせる。

 まだ蟠る煙の奥に大柄な影が見えた。

「あら失礼……お屋敷に巣くう害虫駆除もメイドの勤めですもの」

 蟲に集られたことへ一矢報いた、と言わんばかりの煽るような物言いだ。気のせいか声が低い。だが、あの大きな影は彼女に間違いない。

 あんな巨大なメイド、何人もいて堪るものか。

 やがて殺虫剤の煙は消え失せ、そのメイドは姿を現した。

俺ちゃん・・・・たる者、殺虫剤のひとつやふたつ心得ていて当然ですわ」



 現れたのは――マスクを被った変態だった。



「誰だおまえええええええぇぇぇぇぇーーーーーーーーーーーッッッ!?」

 メヅルはギャグ漫画みたいなツッコミをしてしまった。

 大柄な筋肉質ではあるが、あれはホクトの変装ではない。

 いつの間にか――別人に入れ替わっていた。

 アメリカンコミックのヒーローみたいな赤字の眼の部分だけ真っ白にしたマスクを被った、身長190㎝前後の青年である。

 筋肉モリモリマッチョマンという意味では、ホクトに一歩譲る。

 それでも鍛え上げた体格の持ち主だ。

 ただし、見たところ戦闘系で鍛えたものではない。土方や農作業、あるいは建築などで鍛えた実用的な労働者的筋肉を身に付けている。

 そんな図体に――メイド服をまとっていた。

 メイド服の下もアメコミヒーロー風の身体にピッタリとしたボディスーツを着用しているらしい。完全にコスプレのつもりだ。

 このマスクの変態、アリガミの報告書で見た顔である。

 イシュタル陣営所属 工作の変態――ジン・グランドラック。

 この男もLV999スリーナインを越えており、一端いっぱしの戦力として数えられているらしい。だが、それはあくまでも東の果てにあるイシュタル陣営での話だ。

 還らずの都ここに現れるのはお門違いも甚だしい。

「どうして違う陣営のおまえがこんなところに…………ッ!?」

 問い質していた途中だが、メヅルは言葉に詰まる。

 愛して已まない愛し子の蟲たちが、彼女の視界の端で次から次へと撃ち落とされるのを見つけてしまえば、絶句しても仕方ないというものだ。

 眼を凝らば――小さな妖精が飛び交っていた。

 手のひらサイズの女の子を模した人形、そうとしか見えない。

 その人形たちは虫の大群をも上回る大軍勢となって空を舞い、思い思いに武装してはメヅルの蟲を部隊で攻め落としていた。

 ラジコンみたいな戦闘機――小型飛行機サイズの空飛ぶ戦艦。

 人形たちは、そんな物騒なものまで操縦していた。

「大軍を操る過大能力オーバードゥーイングの持ち主は自分だけ……そう思っていた?」

 四神同盟こっちにもいるのよ、とジンの背後から少女が現れる。

 華奢で可憐という言葉がよく似合う美少女だ。

 スレンダーな肢体にタイトなワンピース、春色のロングカーディガンという装いは若草色の長い髪にマッチしていた。なかなか着こなしが上手い。

 小柄で細身だから、何を着ても似合うだろう。

 本当に少女然としているため、心ない男子から「貧乳」と揶揄からかわれそうだ。

 この少女の顔も報告書で見た記憶があった。

 イシュタル陣営の代表 内在異性具現化者アニマ・アニムス ミサキ・イシュタル。

 そのミサキに愛される恋人――ハルカ・ハルニルバル 

 ジンとハルカ、どちらもイシュタル陣営の幹部クラスである。

「そんな連中がどうしてここに……ッ!」

 ひとつ、メヅルには予感めいたものが働いていた。

 念のため探知系技能を使って調べてみると、予想通りホクトとヨイチの反応がどこにも見当たらない。少なくとも、この近辺からは消えていた。

 入れ替わるように――この2人が現れた。

「まさか……戦力を自由に配置替えできるというの!?」

「イェ~ス、ゲームならできて当たり前っしょ?」

 メイド服を剥ぎ取ったジンは、工作者クラフターらしいファッションになった。

 そのジンの胸板を叩くようにハルカがツッコミを入れる。

「いや、これゲームじゃないから。VRMMORPGアルマゲドンはとっくの昔に終わってるんだしさ……私たちはもう、新しい現実に生きてるのよ」

 ジンより前に出たハルカは、メヅルと挑戦的に向かい合う。

「さ、そんなわけで選手交代よ」

 ハルカは人形たちレギオンに大部隊を編成させて意気込んだ。



「あなたの愛し子ベイビーと私の人形たちレギオン……相性はどうかしらね?」


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