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第16章 廻世と壊世の特異点

第392話:豪勢な前振り、贅沢な囮、予定にない本命

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 神の最高傑作――ベヒモス。

 何を以てして“最高傑作”と称されるのかは定かではない。

 だが、ベヒモスを知るとその輪郭りんかくを捉えられる。

 7日を費やした天地創造では、5日目に“最強生物”とされるリヴァイアサンとともに創られた。神以外の何者にもベヒモスを傷つけることはできず、創造主の手にある如何いかなる武器でもベヒモスに勝るものはないという。

 そして、救世主が現れるまで死ぬことはない。

 人跡じんせき未踏みとうの山奥に棲んでいるが、毎日1000の山に生い茂る干し草を貪る大食漢。このため神は特別の温情をもってベヒモスのために、一夜で食べ尽くした草を再び生やしておくという。

 こうした説明の端々はしばしから、神から与えられた加護が窺い知れる。

 これが“最高傑作”の所以ゆえんなのかも知れない。

 あまりにも大食らいのため、迂闊うかつに繁殖しないようにと牝のベヒモスはすべて殺されており、残っているのは牡のベヒモス1頭きりである。

(※増えないよう去勢や管理をされている、との説もある)

 対して“最強生物”たるリヴァイアサンは「あまりにも強すぎる」という理由から、牡がすべて殺され牝が1匹残るだけとされている。

 ベヒモスとリヴァイアサン――どちらも神の創りし巨大生物。

 巨大獣ベヒモスが陸を司り、巨大龍リヴァイアサン海を司るという対になる関係性が示唆しさされていた(※空の巨大鳥ジズを加えて三すくみの場合もある)。

 このためベヒモスとリヴァイサンは「人知を超えた巨大なもの」の比喩ひゆとして使われ、神の偉大さを表現するともされている。

 強い者は大きく、大きな者は強く、強く大きな者は凄い。

 ベヒモスやリヴァイアサンを創造した神は途方とほうもなく凄い存在。

 ……という四段論法である。

 旧約聖書にはベヒモスの巨大さを伝える記述がある。

『たとえ川があふれても、それは慌てない。その口にヨルダン川が注ぎ込んでも、動じない。誰がその目を掴んでこれを捕らえようか。誰が罠にかけて、その鼻を突き通すことができようか』

 このベヒモスとリヴァイアサンには、ある役割が与えられていた。

 世界が終わり救済される日――救世主が来訪らいほうする。

 ベヒモスとリヴァイアサンは仕留められ、救世主とともに新しい世界へ辿り着いた「選ばれし民」の食卓にきょうされるという。

(※双方が息絶えるまで殺し合い、その後食べられるとも伝えられている)

 最後の晩餐ばんさんならぬ最初の晩餐となるわけだ。

 時代が変わる境目に死を迎え、新世界を生きる人々の血肉となる。それが巨大獣ベヒモス巨大龍リヴァイアサンに課せられた宿命だった。

 だが、これはあくまでもキリスト教圏きょうけんでの説話である。

 アラビアなどのイスラム教圏では、役割がガラリと変わってしまう。

 ベヒモスはバハムートと呼ばる巨大な魚なのだ。

 そのバハムートという名前ですらもあだ名に過ぎず、バルフートという添え名(本名などに添える名。その個人が持つ特性を表した異名)の変化したものであり、正しくは「ルティーヤー」という名前だとされている。

 イスラム教圏での宇宙観は以下の通り――。

 神は大地を天使に支えさせたが、いつも荒ぶって定まらない。

 そこで天使の足下に分厚い岩盤を敷いて、その岩盤を世界牛という巨大な牛の背に乗せて、最後にこの世界牛を巨大魚ルティヤーに支えさせた。

 こうして世界は安定したという。

 ――ベヒモスにしてバハムートでありルティーヤー。

 しかし、前述ぜんじゅつの通りベヒモスは陸を代表する巨大獣とされており、ルティーヤーは海の底で世界を支える巨大魚。これならばルティーヤーは海の巨大龍であるリヴァイアサンの方がまだ類似性るいじせいがあると言えるかも知れない。

 どうも――発祥的には巨大魚バハムートが先らしい。

 これがキリスト教圏へ伝播でんぱした際、姿形はリヴァイアサンへ取り入れられ、名前がベヒモスという形で残ったようだ。

 ベヒモスは時代の移り変わりとともに変化していく。

 ベヒモスはいつしか暴飲暴食を好み、貪欲どんよくを司る悪魔と恐れられるようになった。リヴァイアサンもまた、嫉妬を司る悪魔に堕とされている。

 一方、バハムートは様々な創作物において巨大な龍というイメージが定着するようになり、作中でも最強の一角と持て囃されるようになっていく。

 ベヒモスは名を変え、姿を変え、形を変え、いくつもの変遷を辿ってきた。

 その正体については――ようとして知れない。

 一般的には牛や象に河馬かばといった大型生物をモデルにしたとされるが、どれも定かではない。絶滅したマンモスを始めとする太古の巨大哺乳類のことではないかという説もあるがこれも確証はない。

 ベヒモスへのイメージは肥大化の一途を辿るばかりだ。

 救世主の宴に供される日まで、ベヒモスはいくらでも肥えるという。

 その逸話いつわに習うかの如く、ベヒモスはいくつもの名前を増やし、姿を変えて陸へ海へと広がっていき、無限に大きくなる怪物なのかも知れない。

   ~~~~~~~~~~~~

 肉の山脈は豪快に弾け飛ぶ。

 肥大化を際限なく繰り返すことで、一時は帰らずの都に迫る勢いで裾野すそのを広げて山頂をうずたかくさせていたが、限界を迎えたように破裂したのだ。

 破裂した肉から――5体の怪物が産声を上げる。

 山脈にたとえられる肉塊から生まれたのだから、その大きさは推して知るべし。今現在、真なる世界ファンタジアを滅ぼすために跳梁ちょうりょう跋扈ばっこしている巨獣たちとは比べるのも烏滸おこがましい。大人と赤子くらいの歴然とした差があった。

 しかも例にしたのは人間の差じゃない。大型の野生動物だ。その成体と生まれたばかりの赤ん坊くらいの差がある。

 全長、体重、体高……あらゆる数値の桁が違う。

 最小でも1㎞を越え、何体かは数㎞に達しているだろう。

 巨獣ですら足下にも及ばない規格外の図体。

 日本人がよく知るところの怪獣が平均50m前後、怪獣王やそれに比肩する大物怪獣でも100mを越えるのがいいところ。

 巨獣がこのライン――怪獣映画の主演クラスなのだ。

 そんなのが1000万匹も暴れてる時点でこの世の終わりである。

 如何いか真なる世界ファンタジアが地球の何十倍も大きいとはいえ、破壊者も倍増していれば耐えられない。このままロンド率いる破壊者たちの好き放題にさせていたら、現世どころか本当に来世まで潰されてしまいかねない。

 だから一生懸命、みんなで力を合わせて抵抗していた。

 マルミ・ダヌアヌもルーグ・ルー陣営として協力を惜しまない。

 かつては軍師レオナルドや問題児チーム爆乳特戦隊を育て上げた、世界的協定期間ジェネシスの人事部における名うての新人教育係。

 面倒見の良さと愛嬌がセールスポイント。

 その樽型体型アイドル“樽ドル”みたいな豊満な肉体美と、面倒見の良さや誰にでも愛嬌がいいことから、肝っ玉母ちゃんと慕われたものである。

 ……未婚なんだけど、誰もツッコんでくれなかった。

 今ではルーグ・ルー陣営のオカン、太腕ふとふで繁盛記なメイド長である。

 この大戦争では、陣営代表を務めるジェイクが敵討ちに忙しいため、彼に代わって陣営の勢力を率いて戦っていた。

 理不尽な死をもたらそうとする破壊者へ抗うために――。

「……だっていうのにッ!」

 歯を食いしばるマルミは拳を握り締めた。ムカつく心を抑えきれないあまり、ずっと遠くにいるロンドへ届くよう怒号を上げてしまう。

「ここに来て……反則級の追い打ちぶっ込んできやがったわね!?」

 かつての上役でもお構いなしに罵声ばせいで毒突いた。

 直接的な上司でこそないものの、かつてのロンドは曲がりなりにも上役うわやくだ。敵対してもさん付けで呼んでいたが、もはや礼儀もへったくれもない。

 次からは呼び捨てにしてやる、とマルミは心に誓った。

 昔から無責任一代男と呼ばれるくらいちゃらんぽらんだったので、マルミは遠慮なく文句をぶつけ、正論な意見で叱りつけたことがある。

 ロンドは堪えた様子もなく、ゲラゲラ笑うだけだったが……。

 思い返せば――苛立いらだちが甦ってくる。

 仕事内容が近しいマルミはロンドと何度か一緒に仕事をしのだが、彼の後始末や尻拭いに奔走ほんそうさせられた記憶しかなかった。

 なにせ、やることなすこと行き当たりばったりなのだ。

『オレはできる奴にできることしか言わない』

 などと偉そうに宣っていたが、そのできることができる人の限界ギリギリを狙ってくる。デッドラインが明日とかの無茶振りをよくされたものだ。

 仕事は段取りが重要なのに、ロンドは平然と無視する。

 その度に抗議したのをマルミは覚えていた。

 有名なゼクートの組織論にならうなら、ロンドは「利口で怠慢たいまん」な人間に相当するのだが、彼の場合その利口にまるで根拠がないのも戴けない。

 適当なのに、何故か上手くいくタイプの有能である。

 悪く評するなら、得体の知れない強運だけで乗り切ってしまう。そこにロンドの才覚やカリスマは無関係、遊び半分であっても成功へ導かれていく。

 こっちの努力もまとめて巻き込むかのようにだ。

 だから――余計に腹が立つ。

 この巨大すぎる怪物にしたってそうだ。

 こちらの情報官にスパイ活動みたいな真似をさせてまで、バッドデッドエンズの情報を収集させたが、こんな怪物のかの字も見当たらなかった。

 その場のノリで直前にぶっ込んだに違いない。

「よくもこんな“ボクの考えた無敵サイキョーチート怪獣!”を戦争本番で恥ずかしげもなく投入してくれやがったわね!? 全長1㎞の怪獣って何よ!? 今調べさせたけど、フィクションでも最大級の怪獣ってスタ○ウォ○ズに登場するエクソゴースってので900mしかないのよ!?」

 軽々越えんなコラァ! とマルミは怒鳴り散らした。

「落ち着けマルミのあねさん! いくらなんでも聞こえねぇってばよ!」

 傍らにいたセイコになだめられるほど取り乱していたらしい。

 わかっているけど叫ばずにはいられなかった。

 新たに現れた5体の怪物――。

 それぞれ全長数㎞に達し、人間をアリのように踏み潰せる巨獣ですら小動物扱いするような、島や山に匹敵するサイズの化け物ばかりだ。

 もはや巨獣という言葉では物足りない、巨大獣とでも呼ぶべきか?

 5匹の巨大獣の上――高度1000mを越えた上空。

 そこにサバエが浮いていた。

 飛行系技能で留まっており、その傍らに小さな人影が見える。さっきまでは彼女一人だったが、いつの間にか現れていた。

 ヴィクトリア朝のに服するドレスに身を包んだ女性。

 健康的にふくよかなマルミと比べたら、病的なくらい痩身そうしんだ。失礼な言い方になるが、腕や指など枯れ木のようで今にも折れそうなほどか細い。

 顔には真っ黒なヴェールをかけ、素顔は窺い知れない。

 それでもマルミは直感的に「あ、この人は美人ね」とわかった。

 ただし、薄幸はっこうという枕詞まくらことばがつくはずだ。

「ああ、オセロット……あなたなのね、紛れもなく!」

 サバエはドレスが型崩れするのも厭わず、小柄な何者かを抱き締めている。最初はよくわからなかったが、よくよく眼を凝らして観察してみると、それは小柄というわけではなく、まだ未成熟の少年だった。

 少年を抱くサバエの顔からは、止め処なく涙がこぼれ落ちていた。

 ヴェールで隠していても意味がないほど、ボタボタと壊れた蛇口から水が漏れるように大量の嬉し涙を流しているのだ。

 それは胸に抱き寄せた少年の顔をしとどに濡らしている。

「うん、ぼくだよ。サバエ……ううん、お姉ちゃん」

 サバエの薄い胸に抱かれた少年は感極まった返事をした。彼も嬉しいのか、はにかんだ笑顔のまま感涙をあふれさせている。

 小さくて線の細い少年だ。

 目深まぶかに被ったダボダボのパーカー。かなり異質なデザインで、至るところにジッパーがあしらわれている。短パンにハイソックスにスニーカー、少年だからこそ似合うファッションで装っていた。

 ストリートでスケートボードを楽しんでいそうなスタイルだ。

 その少年の見た目は報告書にあった。

 №10 暴食のフラグ――オセロット・ベヒモス。

 最悪にしてバッド・絶死をもたらデッド・す終焉エンズと四神同盟は何度か接触している。その度に目撃されたあちらの構成員は、風貌や能力について情報がまとめられていた。

 まとめられた報告書に名前のある一人だ。

 しかし、外見的特徴でいまいち一致しないところがあった。

 備考に「可愛らしいタイプの美少年だけど、瞳はどんよりよどんでいて、目元のくまも酷いので心配になってくる」とあった。

 だが、このオセロットの表情はとても晴れやかだ。

 目元に隈の名残はあるも、その瞳は少年らしく活き活きしている。

 倦み疲れたと表現するしかない報告書に添付された人相書きとは大違いだ。まるで一週間たっぷり休んだかのような改善振りである。

「ああ、オセロット、オセロット……やっと本当のあなた・・・・・・に戻れたのね!」

 そんなオセロットにサバエは抱擁ハグする。

 ありったけの愛情を込めて、大切そうに愛おしげにだ。

「うん、ぼくだよお姉ちゃん。なんにも・・・・混ざってない・・・・・、他のぼくがいない……ぼくだけのぼく、お姉ちゃんの弟だよ……」

 オセロットも応えるべく、小さな腕ですがりついていく。

 サバエは最愛の弟をこれでもかと撫で回す。

 世界を滅ぼすと公言する悪の秘密結社の一員にしては、情愛たっぷりのシーンを見せつけられて、マルミたちもコメントしにくい。

 だが――胸に響くものはあった。

 再会を喜んでいる二人の家族愛に嘘偽りはない。そこに茶々を入れられる薄情な人間はマルミの仲間にはいない。

 久し振りの弟を堪能した姉は、ようやく頬ずりに一段落をつけた。

 サバエはオセロットを真正面に見つめる。

「良かったぁ、本当に良かった……ロンド様を信じて、自分を見失わないあなたを信じて、本当に良かった……やっと、元通りになれたのね?」

「うん、お姉ちゃんとロンド様のおかげだよ。でも……でも、ぼくが今日まで生きてこられたのはみんな……他のぼく・・・・のおかげでもあるんだ」

 ――みんな・・・にも感謝しないとね。

 そういってオセロットが目を遣る先には、5体の怪物がいた。

「ええ、そうね……身も心も欠けたまま、こちらの世界へとやってきた、あなたの穴を埋めてくれた……彼らもまた私の弟に等しい者たち……」

 皆に感謝を……とサバエは怪物たちに礼を述べる。

 サバエやオセロットの言葉を解するのか、5体の怪物たちは吠えた。

 巨大獣と呼ぶべき怪物は全部で5体――。

「――ベヘモット・ベヒモス」

 それは牛の特徴を備えた巨大獣だった。

 体格的には一番小柄だが、それでも全長どころか体高さえ優に1㎞を越えだ。掲げた一対の逞しい角こそ牛のようだが、マズルの伸びた顔立ちは肉食獣に近い。歯並び的には肉も野菜も噛み砕ける雑食性らしい。

 四つん這いで歩く姿は牛というより熊に近く、前脚が異常に発達していて肩が山のように盛り上がっていた。四肢には鉤爪かぎつめの生えた指を備えている。

 ……こう表現すると牛というより角の生えた熊かな?

「――ベヘモド・ベヒモス」

 それはわに山椒魚さんしょううおの特徴を備えた巨大獣だった。

 這うように移動する姿は山椒魚あるいは鰐を思わせる。そのため体高はそれほど高くないが、胴体が長ければ尻尾も長いので全長の長さがえげつない。普通に3㎞ぐらいあるのではなかろうか?

 世界最大の両生類であるオオサンショウウオに近しいフォルムだが、鰐のような甲殻も備えており、大きな口は双方の特徴を併せ持っている。

 街でも村でも一口にできる大顎おおあごが歯を打ち鳴らしていた。

「――ベヘーモス・ベヒモス」

 それは象の特徴を備えた巨大獣だった。

 全体的な特徴は象そのまま、毛深くもあるのでマンモスと言い換えてもいいかもしれない。体高は1㎞どころではないので正確に測りたくない。鎧めいたデザイン感のある甲殻で部分的に覆われている。

 ここまで大きいと山に例えるしかない。背中も岩山のように尖っている。緑色に染まった体毛が苔というより森林にしか見えない。

 長い鼻と太い二対の牙は、振るっただけで一国を滅ぼすだろう。

「――バハムート・ベヒモス」

 それはドラゴンの特徴を備えた巨大獣だった。

 いわゆる西洋風のドラゴン。その背には三対の立派な翼を広げており、全身を覆う鱗や甲殻も生物の頂点たる龍族に相応しい勇壮なものだ。全長は長すぎる尾を含めれば2㎞近くあり、広げた翼も手伝って威圧感も凄まじい。

 そんな巨体で翼をはためかせて宙を舞うのだから、気流の乱れが恐ろしいことになっており、周囲にいくつもの竜巻を巻き起こしていた。

 5体の中では圧倒的に「カッコいい!」デザインを誇っている。

「――ルティーヤー・ベヒモス」

 それはくじらの特徴を備えた巨大獣だった。

 5体の中では最大級の肉体を持っており、5㎞近い体長で空を泳いでいる。名前からして巨大魚なのだろうが、大きさや全体像からどうしても鯨を思い浮かべてしまう。それも大きな頭部で安定感のあるマッコウクジラだ。

 皮膚の下に分厚い骨の甲殻を隠しているのか、硬そうなイメージがある。体表に白味が強いため白鯨モビィディックのイメージも重ねられる。

 左右のえら途轍とてつもなく大きく、巨大すぎる刃のようだ。

 ――まったく造形の異なる5体のベヒモス。

 ひとつだけ特徴的な共通点があった。

 どの巨大獣の眉間にも、小さな子供の顔が埋まっているのだ。

 子供の顔はどれも違う――別人の顔である。

 しかし、オセロットとの関係性を匂わせるものだ。

 巨大獣たちが各々の口を開いて世界を震撼させる遠吠えを上げると、子供たちも大きく口を開いて雄叫びを上げていた。

 解放の喜びに打ち震える絶叫、生まれ出ずる歓喜からの産声うぶごえだ。

 そして、巨大獣は進撃を開始する。

 一歩踏み締めれば大地の奥底にある岩盤に亀裂を走らせ、二歩進めば無造作に大地を踏み躙り、三歩目ともなれば世界を根底から歪ませかねない。

 足を進めるだけで天変地異を引き起こす。

 彼らもまた世界を滅ぼすバッドデッドエンズの一員。

 ただ歩くだけではない。一歩進むごとにそこら辺の地面をかじってむさぼり、大気を焼き尽くす真っ黒い吐息といきを吐き、よくわからない粘液を滴らせて草原を腐らせ……とにかく自然を台無しにする破壊活動を行っていた。

 この5体で真なる世界ファンタジアを終わらせんとする勢いである。

 そんなのが徒党を組んで向かってきてるのだから堪ったもんじゃない。

 このままでは還らずの都も一蹴されてしまう。

 既にメヅルのむしによって防御結界は痛んでいるのだ。あの5匹にぶちかましでもされた日には、結界どころか都までペシャンコにされかねない。

「――ってわけで、なんとしてでも止めないと!」

 ソージは空中で急ブレーキをかけた。

 女子校のお姉さま美少女にクラスチェンジした車掌服の少年は、宙に炎のラインが残るほどの制動距離をかけて足を止める。

 加速装置のメカニカルなブーツまで火を噴きそうだ。

 先ほどまでは逃げるようにこちらへ戻ってきていたが、謎の肉塊が正体を現したことで冷静になれたらしい。

 正体不明はわからないから怖いけど、形が定まったなら戦える。

 幽霊は無理だけどゾンビなら殴れる――みたいな?

「そうだ……さっきまでの肉塊は斬っても効かなかったけど……ッ!」
「怪物になった今なら斬れるかもね、レンちゃん!」

 元eスポーツ部長であるソージが代表して戦闘意欲を見せると、部員だったレンとアンズもやる気を取り戻した。

 グリフォンに変身しているアンズは急旋回。

 巨大獣に立ちはだかるべくホバリングすると、その背に乗ったサムライ娘のレンも背中の長剣、七つの宝玉をはめた愛剣ナナシチを抜く。

 ソージ、レン、アンズ、女子高生トリオは迎撃の用意を整えた。

 だが、またしても踏み止まってしまう。

「…………デカすぎる」

 半笑いで困惑するソージは取るべき選択を考えあぐねていた。

 攻撃する対象が大きすぎて途方に暮れているのだ。

「これ……どこから斬りつけるべき?」
「えーと、最初からドカーンっていく? それともビシバシ削ってく?」

 レンやアンズも身構えたまま固まっている。

 立ち向かうのは決定事項だが、どのように攻撃手段を組み立てていくかで戸惑っているのだ。最初から全力全開の大技をぶちかましていくか? それとも普通の技を小出しにして牽制けんせい手堅てがたく削り殺していくか?

 敵が大きすぎて勝手が違うため、初撃しょげきを繰り出せずにいた。

 この迷い――相手にすれば絶好のまとである。

「あら、さっきから目障りなのがいると思えば……まだそこにいたのね」

 サバエの表情を隠すヴェールがひるがる。

 微かに覗いたのは身体と同じように細い顎。薄い唇には紫色のリップが淡く塗られており、その唇が酷薄こくはくな笑みを浮かべた。

「ベヒモスたちに任せるまでもないわ」

 私が露払いして上げましょう、とサバエは軽い発声練習をする。

 たったそれだけで世界は陰鬱いんうつな雰囲気に塞がれてしまった。

 生きる気力をがれ、夢や希望がかすみ、否応いやおうなしに死を想像させられる。

 濃厚すぎるうつの気配が天蓋てんがいのように立ち籠めてくるのだ。

 発声練習を終えたサバエは息を吸い込むと、薄かった胸を爆乳に見間違えるくらい膨らませた。そして、呪われた歌声を解き放つ。

 過大能力オーバードゥーイング――【我が囁きにてネガティブ心奥の劇毒ポイズン・よ沸き立て】ウィスパー

 発せられたのはうつを凝縮させた音波。

 この音色に耳を傾けた者へ絶望を贈る――死の波動。

 奏でられるのは絶死を振り撒く呪いの歌だ。

 耳を貸せば誰の心にも息づくネガティブな部分を針小しんしょう棒大ぼうだいに増幅させられ、生きる意味を見失わされる。細胞の一片に至るまで生命力も枯らされるだろう。

 心の奥の劇毒とはよく言ったものだ。

 彼女の過大能力には他人をどうこうする効果はない。

 サバエの声を耳にした者が、目を背けていた自身の弱い部分を無理やり直視させられ、自暴自棄な絶望へ堕ちていくように仕向けられるのだ。

 しかも底無しの奈落へ、音速越えで急転直下で堕とされていく。

 聞いた者に果てのない弱体化デバフを促す過大能力である。

 ドス黒い漆黒に染まった死の波動は直径100mはある極太レーザービームとなって宙を駆け抜け、ソージたちをひとまとめに飲み込まんとする。

 反射的にマルミも大きく深呼吸をした。

 サバエに負けじとありったけの空気を肺に送り、張り裂けんばかりに胸を膨らませる。限界に達したところでオペラ歌手級の歌声を披露した。

 過大能力――【幸福と祝ハッピー・福の恩寵ラッキー・は賛美歌とグレイスともに】・ヒム

 それはサバエの声とは対極に位置するもの。

 聞いた者を祝福して幸せが訪れることを願い、困難に立ち向かう勇気を与える。生命賛歌を歌うに相応しい、直向きに生きる生命を尊ぶ声である。

 奏でるのは愛と正義を讃える賛美歌さんびか

 サバエが“陰”いんならば、マルミのそれは“陽”ようだ。

 マルミの歌はソージたちを優しく包む。

 聞いた者の基礎能力をすべて向上させる強化を施しつつ、瞬間的ながら害あるものを寄せ付けない高性能な結界となる。

 当然、サバエの放った死の波動などお呼びではない。

 呪いの歌は、生命を讃えるマルミの歌によって打ち払われた。

 これを目撃したサバエは一瞬だが当惑していた。やがてマルミの過大能力を感覚で理解すると舌打ち代わりに呟いた。

「私とまったく同じ能力……なのに、まったく正反対」

 忌々しい、と爪を噛むサバエはヴェール越しでもきつく睨んでくる。

 クロウとベリルは、クロウにとって相性最高。

 ホクトとメヅルは、ホクトにとって相性最悪。

 マルミとサバエは同系統なのに正反対……磁力でもプラスとマイナスがあるように、能力的には同じものだがその効力は相反する対極にあった。

 それが吉と出るか凶と出るか――まだわからない。

「考えている暇があったら攻撃しなさい!」

 マルミは歌うのをやめるとソージたちにげきを飛ばす。

「手順やコンボは戦いながら組み立てる! まごついてたら相手の思う壺、ぼんやりしてる間があったら動くムーブ動くムーブ! さあ、ハリアップ!」

 気分は寝起きの子供たちを叩き起こすお母さんだ。

 柏手よりも高く鳴り響くほど手を打ち鳴らして発破はっぱをかけると、ソージたちは寝ぼけ眼が覚めたように目をパチクリさせて動き出す。

 とにかく、ひとまず、なにより、すなわち――攻撃あるのみ。

 この言葉が伝わったのか、ソージは象型のベヒモスに垂直蹴りを落とし、アンズの背中から飛び立ったレンは龍型のバハムートへ斬撃をお見舞いする。

 アンズはグリフォンのまま鯨型のベヒモスへ急接近すると、口から竜巻のような激風を吐き出した。あの巨体が身をよじる風圧だ。

 蹴られた者も斬られた者も、ちゃんとダメージを負っている。

「大きさにビビっちゃダメよ! そいつらはLV999スリーナインだけど、あなたたちだってLV999なんだから! そして、質で見たらみんなの方が上よ!」

 臆する理由も負ける理由もない! とマルミは鼓舞する。

 ――マルミの過大能力は“声”だ。

 歌声に様々な効果を付与することもできるが、励ましの言葉にも心身に強化バフをもたらす効能がある。意図的に言霊ことだまを乗せれば殊更ことさらに強くなる。

 途端、ソージたちの動きが改善された。

 マルミの応援が彼らの基礎能力を上げているのだ。

 このようにマルミの過大能力オーバードゥーイングは後方支援向けなのだが、彼女自身は後衛でサポートに回るタイプではない。ガンガン前へ出る前衛タイプである。

 自らも率先して動かなければ気が済まない。

 ソージたちに任せきりにするわけもなく、自身もサバエやオセロット、そして他の巨大獣を蹴散らすべく動くつもりだった。

 その時になって――ようやく異変に気付かされる。

 セイコの様子がおかしいのだ。

 さっきマルミがロンド関係で暴走しかけた時に宥めてくれたくらいで、そこから先は反応が薄いというかリアクションがない。

 ふと振り返った瞬間、マルミは恐怖から総毛立そうけだってしまった。

 鬼がいた――としか形容できない。

 本当に現役極道ヤクザなの? と疑念を抱くばかりの親しみやすさとフレンドリィさで、人見知りのレンですら「このヤクザさんはいい人だ!」と絶賛させるほどのナイスガイはいなくなっていた。

 これなら本物の筋者すじものだと納得できる。

 セイコは憤怒ふんぬの形相だった。童顔の面影を探すのが難しい。

 悪鬼羅刹も裸足で逃げ出す凶猛さだ。空手着は片肌を脱いでいるが、そこから見える筋肉が異常なくらい充満し、怒りというパワーを溜め込んでいる。

 瞬間、セイコから怒りの闘気とうきが爆ぜた。

 荒ぶる闘気を爆発力に変えて、跳躍ちょうやくする脚力に上掛けする。

 ロケットみたいに打ち上がったと思えば、軌道を変えて地を這う鰐型のベヒモスへ躍りかかっている。いや、あれは殴りかかっていた。

「──硬くなれ、おれの腕!」

 振り上げたセイコの右腕が巨大化する。

 単に何倍にも大きくなっただけではない。莫大な“気”マナを蓄えながら岩のような硬さを帯びつつあった。変化はこの一度に留まらない。

「──重くなれ、おれの腕!」

 セイコの掛け声に応じて、右腕は更なる変貌を遂げる。

 岩のような硬さは名刀の如く鍛え上げられていき、メタリックな硬質感を備えようとしていた。鉱物の硬さと重さを倍加させている。

 過大能力――【我が身の硬ハード・きは岩に勝ロック・りて其の重きはヘヴィ・鋼を凌がん】メタル

 肉体の硬度と重量を底上げする過大能力オーバードゥーイング

 ツバサ君やミサキ君も肉体強度を操作できるが、それの硬さと重さの2つを徹底的に追求したかのような能力だ。

 硬さと重さが増しても、人体の柔軟性や運動性は損なわれない。

 また、様々な金属の性質を持たせることも可能で、水銀のように伸ばしたり広げたりすることもできれば、とことん圧縮して密度も上げられる。

 シンプルだが応用の幅も広い。

 その能力で右腕を強化させ、一撃必殺を狙うつもりだ。

やられたら・・・・・やり返す・・・・……倍返しじゃ済まさねぇぞオラあああぁッ!」

 振り下ろされる巨大化したセイコの拳。

 それは鰐型ベヒーモスの頭を一撃で打ち砕いた。

 飛び散る肉片さえ空中で散り散りに拡散していき、粘液も水分を失って蒸発すると粉になる。拳の着弾と同時に凄まじい熱も発生しているのだ。

 都市破壊級のミサイルをも越える爆発力だろう。

「そんなの……ベヒモスには効かないよ」

 サバエに抱きつくオセロットは生意気そうな笑みで言った。

 その言葉の正しさを目の当たりにさせられる。

 セイコの拳で頭を吹き飛ばされたにも関わらず、鰐型ベヒモスはすぐに肉を盛り上げて頭を再生させた。口内に何列もの牙が並んだ大口を開けると、ちょうどいいところに浮いていたセイコに食らいつく。

 パクリ――とセイコは一呑みにされてしまった。

「まずは一人……ごちそうさま」

 その勝利宣言は気が早すぎると思う。

 セイコを飲み込んだ鰐型ベヒモス、その上顎うわあごに穴が穿うがたれた。

 痛いのか鰐型ベヒモスの瞳孔は開いており、セイコをやっつけたと思い込んでいたオセロットも「え……?」と懐疑的かいぎてきな声を漏らす。

 穴から出てきたのはセイコの右腕――元通りのサイズだ。

 だが硬さと重さは加算されたままで、金属質な光沢を帯びていた。

 顔こそ見えないがセイコの声が聞こえてくる。

「飛び散った肉からは再生しない……ばらまかれた断片から同じバケモンが生まれてくることはない。ってことはつまりだな……」

 木っ端微塵にすりゃあ――殺せるな?

 言うが早いか、鰐型ベヒモスの頭はまたしても吹っ飛んだ。

 肉片を撒き散らして現れたセイコは、巨大化こそしてないものの頭のてっぺんから爪先までを全身を隈なく硬質化させていた。

 鍛錬を欠かさない神族化した空手家。

 セイコの攻撃力は手加減一発で山をも崩すはずだ。

 その肉体強度にアダマント鋼級の硬さを加えて、最も重い金属とされるタングステンやオスミウムにも勝る重さも追加させたとしよう。

 単純に考えただけでも数十倍の威力である。

 ましてや自身の身体能力をLV999スリーナインという極限まで練り上げ、過大能力まで磨き上げているとなれば数百倍、数千倍にもなるだろう。

 放たれるパンチ力は想像もつかない。

「オラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラよぉぉぉーッ!」

 セイコの反撃が始まった。

 頭が再生する前に鰐型ベヒモスへ肉薄すると、拳打、突き、手刀、肘打ち、膝蹴り、足刀蹴り、回し蹴り……目にも止まらぬコンボを決めていく。

 流れるように止め処ない――洗練された連撃。

 演舞えんぶと言われても信じられる、美しい舞のような体捌きだ。

 掛け声のせいで類い希なパワーと精密動作に任せたパンチのラッシュをしているように思われるかも知れないが、実際には研ぎ澄まされた空手の絶技が絶え間なく繰り出されている。

 昔の格闘ゲームでは乱舞系らんぶけいと呼ばれる必殺技があった。

 セイコの連撃はまさしく乱舞である。

 その一撃は先ほどの剛腕に匹敵する威力を誇り、ジャブのような小技でも巨大獣の肉が湧き立ち、ドロドロのスープのように溶けながら破裂する。

 撃ち込まれたパワーに肉体が耐えきれないのだ。

 全長数㎞に達する鰐型ベヒモスの巨体を削られていく。

 頭から首、首から前脚、そこから胴体……。

 渾身の突きや蹴りを出し続けるセイコは、鰐型ベヒモスの肉体を爆破するように打ち崩していき、ついに尻尾の末端までやってきた。

 もうセイコのパンチ一発で爆散する程度しか残されていない。

 それでもしぶとく再生しようとする辺り、常軌じょうきいっした生命力である。鰐や山椒魚に似ているから影響しているのだろうか?

 最後の一撃直前、セイコはおどけた仕種しぐさで耳に手を添える。

「で? そんなのベヒモスに……なんだって?」

 おらよぉーッ! とセイコは鰐型ベヒモスにトドメを刺した。

 全高はそれほど高くないが、5体の巨大獣の中で2番目に大きい鰐型ベヒモスを見事に討ち取った。横に長い山を殴り壊したようなものである。

 さすがに疲れたのか、セイコは肩で息をついていた。

 これにはオセロットも愕然としている。

「う、嘘だ……ぼくたち・・・・が、ベヘモドが、殺し切られるなんて……」

 信じられないと言いたげにオセロットは蹌踉よろける。

 慌ててサバエが背中を支えるように弟の小さな肩を抱き留めると、彼の耳元まで顔を下げて元気づけるように囁いた。

「落ち着いてオセロット、血肉を分けたお友達がられてしまったのは辛いかも知れないけど、狼狽うろたえている時間はないわ……ほら、絶好のチャンスよ」

 サバエはオセロットの背中越しに指差す。

 彼女の痩せ細った人差し指が示したのはセイコだった。

 鰐型ベヒモスを屠った場所から動いていない。

 肩で息をしていたが、膝を突くと硬質化した肉体が元に戻っていく。滝のような汗を流して、苦しそうに深呼吸を繰り返していた。

 余程の熱があるのが、蒸気みたいな湯気を噴き上げている。

 無理もない――全力を出し切ったのだから。

 過大能力をフルパワーで使い倒し、全身に最大限の強化を施して、無呼吸による連打であの山みたいな巨体を打ち崩したのだ。費やしたカロリーが大きすぎて一気に消耗してしまったに違いない。

 ペース配分を無視して、瞬間に全身全霊を注ぎ込んだ。

 卒倒そっとうしなかっただけでも大したものである。

 だが激しく消耗した今、セイコはろくに身動きが取れない。後のことを考えられないくらい怒り、あの鰐型ベヒモスを仕留めずにはいられなかったらしい。

 首尾良く倒せたものの、勝利の直後を突かれてしまう。

「みんな、敵討ちだ……やっちゃえ!」

 サバエのアドバイスを受けたオセロットは小声で目配せをすると、象型と牛型のベヒモスが動けないセイコへ詰め寄っていく。

 避けるなり防ぎたいだろうが、セイコは立ち上がることもできない。

 万事休すかと思われたその時――。

「――クルージン・シュート!」

 象型ベヒモスのほほにソージの蹴りがお見舞いされた。

 足の加速装置に追加武装を付け足して攻撃力を上げたのだろう。ミサイルみたいな突進力を持っていたのか、山よりも大きい象をぐらつかせた。

 突き飛ばせないが、横倒し一歩手前くらいだ。

 ソージの過大能力――【壊れた荒野ジャンク・より英雄はヒーロー・立ち上がるリバイバル】。

 周囲にある(自身の道具箱インベントリ含む)ガラクタから、神懸かり的な機能を持った武装や兵装を瞬時に造り上げる工作系クラフトの過大能力。

 自分だけではなく、仲間に強化バフ目的で装備させることも可能。また各種ドローンや無人の車両に航空機を造って操作することもできる。

 根っからの前衛職なソージは、自身に武装することを好んだ。

「いっ……痛っ!? 重いし硬いしあしがおかしくなる!」

 ソージは脚の武装を半壊させながらわめいていた。

 セイコを守るために象型ベヒモスを遠ざけようと、キックで挑んだのは褒めてあげたい。だが、その反動が思い掛けず痛かったらしい。

 島みたいな質量を蹴り飛ばしたのだ。もありなん。

「――流れよ七星しちせい!」

 レンは振り上げた愛剣ナナシチに命じる。

 大振りな刀身には7つの宝玉が埋め込まれており、それぞれに異なる力を発しながら調和していくと、光の柱が輝く刃となって伸びていく。

 高層ビルも輪切りにできそうな光の剣。

 レンはそれを袈裟懸けさがけに振り下ろし、牛型ベヒモスの首に斬りつけた。

 牛型ベヒモスが避けるため身体を捻ったため、一太刀で首を落とすまでには至らない。だが、顔に大きな傷を負わせて片方の角を切断する。

 傷を負った牛型ベヒモスは、悲鳴じみた鳴き声とともに退しりぞいた。

 レンの過大能力――【七つの宝玉にセブン・スロット・七つの神が宿る】セブン・ストック

 刀身に宿る7つの宝玉に、7種類の奇跡を起こさせる過大能力。

 7つの宝玉に宿す奇跡はレンの意志で自在に変更が可能であり、平時は“気”マナを溜めつつ、有事の際には7種類の奇跡を任意で発動させられる。

 この奇跡は複合させることができる。

 レンは宝玉のひとつひとつに漢字を一字ずつ当てはめており、これを組み替えることで7つ以上の奇跡を起こせるよう独自の工夫を凝らしていた。

 7つ同時ともなれば、超常的な奇跡を起こすのも夢ではない。

「なのに……くっ、ナナシチが刃毀はこぼれしそう!」

 セイコを助けるため7つの奇跡を全解放したはいいものの、後退させるのが限界だったらしい。こちらも剣の方がイカレそうになっていた。

 だが、二人の活躍で時間的猶予ゆうよができた。

 ソージとレンが割り込み、巨大獣の攻撃がセイコかられたのだ。

 この機を見逃すアンズではない。

「はいはーい! すり抜けバビュビューン!」

 グリフォンに変身したままのアンズは、翼をすぼめて高速飛行態勢に入ると意味不明な掛け声で特攻をかける。2体のベヒモスが怯んだ間隙かんげきを潜り抜け、まだ動けないセイコの元へと一直線に向かっていく。

 セイコの襟首えりくびくちばしで掴み、そのままえさみたいに持ち去った。

「へへっ……用心棒が助けられてちゃ世話ねぇな、でも……助かったぜ」

 ありがとよ、とセイコは素直に礼を述べた。

「ぼぉびばびばぶぇ♪」

 アンズはグリフォンの嘴でセイコをくわえているので喋れないが、何事か呻いている。多分「どういたしまして♪」と返事をしているのだろう。

 ヒョイッと反動をつけてセイコを振り上げるアンズ。

 振り子のように空中へと持ち上げられたセイコは、アンズの気配りを察するとニヤリと笑って「失礼するぜ」と彼女の背中へ乗った。

 大型グリフォンの体格なら、巨漢のセイコでも余裕だろう。

 すかさず道具箱インベントリに手を入れたセイコは、配られていたハトホルミルクという特別な回復役の小瓶を取り出して一息で飲み干した。

 こんな時にこそ使うべき、いざという時の回復薬。

 万能霊薬エリクサーを超越した一品という触れ込みである(クロコ談)。

「……っかあっ! 美味うまいし効くなこれ!」

「え? ハトホルミルクってそんな美味しいの!?」

 四神同盟に所属する者はクロコから「念のためです」と、1人1ダース支給されたものだ。回復以外に強壮効果もあるという触れ込みだった。

 口元を手の甲で拭うセイコが感想を述べる。

「ああ、飲み口や後味にまったく癖がないのに旨みがハンパねぇ牛乳って感じ? ヤ○ルトとかカ○ピスみたいな爽やかな甘みもあるんだが全然くどくないし、喉を過ぎた頃には気力体力がフル充電されてるぜ」

 確かに、セイコの疲労は嘘みたいに解消されていた。いくつかのパラメーターにも強化が施されている。本当に万能霊薬エリクサーよりも効果があった。

 しかし、ハトホルミルクって名前……まさかね。

 ツバサ君がホルスタインみたいに搾乳されているところを妄想したマルミだったが、「それはないない♪」と脳内セルフツッコミで終了した。

 考えすぎだろう。まさかね、まさか……。

 効果の程は確かだが、出処でどころが気になるので後ほどクロコに吐かせよう。

「なにそれ、あたしも飲みたい! 今すぐ飲む!」

 グリフォンの四つ脚をバタバタさせて無邪気な我が儘を言いながら、マルミの方へと戻ってきた。そんなアンズにレンが追いついてくる。

「おまえ、まだダメージも負ってないし疲れてないだろ。飲むな」

 勿体もったいない、とレンはまともな制止をかける。

「これから何が起こるかわからない。1ダース12本なんてあっという間に使い切るかも知れないんだ。温存しといて損はないよ」

 ソージも追いついてくると、レンの言葉に補足してきた。

 両足に付けていた武装も兼ねた加速装置は、役目を終えたかのようにボロボロに壊れている。ジャンクとなった部品は彼の道具箱インベントリに回収されていた。

 このガラクタから新たな武装を組み立てられるのだ。

 そう考えると何度でもリサイクルできるエコな過大能力オーバードゥーイングである。

 セイコも含めて子供たち3人も帰ってきた。

 巨大獣と乱戦になる前に仕切り直すつもりだ。一匹とはいえセイコが退治してくれたのも僥倖ぎょうこうである。それだけ全員の負担が減るのだから。

「「「「――ただいま!」」」」

「はい、お帰んなさい。うがい手洗いしてる暇はないけどね」

 声を揃えて帰りの挨拶をする仲間をマルミは出迎える。戻ってきたソージたちも油断することなく、すぐさま臨戦態勢を立て直した。

 幸か不幸か――この面子めんつは全員戦闘系。

 後衛に回るものは誰もいない。強いて上げればマルミの過大能力が後衛系くらいなものだ。そのマルミもバリバリの肉弾戦だ。

 最前列に体力のあるセイコ、その少し後ろにアンズが並ぶ。

 アンズは変身を解除し、グリフォンから蛮族バーバリアン風少女へと戻った。毛皮のマントを羽織っているのでそれっぽく見えるのだ。

 ソージとレンはリーダー格であるマルミを守るように両脇へ付いた。

 サバエとオセロット、それに残り4匹の巨大獣は動かない。

 セイコに鰐型ベヒモスを倒されたことが用心深くなったらしい。迂闊な攻めは命取りになるのでは? と警戒する節があった。

 双方の距離感は推し量りにくい。

 なにせ巨大獣は全長1㎞を越えるものばかりだ。たった一歩が百数mにも達するのだから、㎞単位で離れていても安心できない。

 その巨体ゆえ動作は遅くとも、詰め寄られるだけで脅威だ。

 さて――どう打って出ようか?

 マルミが思案を巡らせていると、不意にアンズが声を出した。

「ねえセイコのお兄さん、訊いてもいい?」

「ん? おれで答えられるもんならナンボでも訊いてくれ」

 許しを得たアンズはやや申し訳なさそうに質問する。

「どうしてあんな怒ってたの?」

 鰐型ベヒモスを倒したのは、セイコが我を忘れるほど怒りに任せた結果と言ってもいい。いつも温厚なセイコらしくない激昂げっこうを垣間見せられた。

 それがアンズには不思議だったらしい。

 セイコの表情は険しさが抜けきっておらず、アンズに見上げられるとばつが悪そうに眉を八の字にした。ちょっと照れ臭そうだ。

「感情に左右されんのは嫌いなんだが……我慢できなかったんだよ」

 先ほどの悪鬼羅刹には及ばないが、また鬼の形相となる。

 鬼気迫る双眸でセイコが睨むのは、宙に浮かぶサバエとオセロットだ。

「あいつらは……おれの仲間の仇なんだ」

 セイコの告白にマルミたちはハッと息を呑んだ。

   ~~~~~~~~~~~~

 ――セイコは穂村組の組員である。

 その穂村組ほむらぐみが四神同盟に合流する以前の話。

 セイコたち腕の立つ組員は、異世界での生活やインフラ維持のために必要な物資を集めるため出稼ぎの旅に出掛けていた。

 このため、セイコたちは出稼ぎ組と呼ばれていた。

 四神同盟と穂村組が悶着もんちゃくを起こすも、ホムラの謝罪とバンダユウの取り成しもあって話し合いで決着がついた頃のことである。

 ――バッドデッドエンズが本格的な活動を始めたのだ。

 彼らの標的にされた穂村組は、各地に散っていた出稼ぎ組が各個撃破されるように始末されていった。セイコも例外ではない。

 セイコを襲ったのが他でもない、サバエとオセロットである。

 その時、セイコは仲間を率いていた。

 旅の途中で助けた現地種族の集団も連れての大所帯である。

 だが――全員惨殺されてしまった。

 サバエの鬱で殺す歌声を聞いて多くの組員が衰弱死し、食うもの拒まずのオセロットによって助けた現地種族も食い尽くされた。

 辛くも生き延びたのは、セイコと秘書のカナミ二人っきり。

 組員や私兵(真なる世界ファンタジアで穂村組の軍門に降ったプレイヤー集団)は皆殺しの憂き目に遭い、現地種族も一人残らず食べられてしまった。

「あの夜ほど……自分の未熟さを痛感したことはねぇ」

 セイコは苦汁くじゅうを吐くように打ち明けた。

「あの時、地面を裂いておれたちを飲み込もうとした大きな口がな……さっきのわにみてぇな怪物にそっくりなんだよ」

 それを思い出したセイコは激憤げきふんに駆られたらしい。

「だが……ここであったが百年目だ」

 セイコは怒りを焚きつけ、極悪人の面相で頬を釣り上げた。

 サバエたちに襲われた時、セイコはまだLV900代だったのでLV999スリーナインのサバエやオセロットに太刀打ちできなかった。だが、今ではツバサ君の修行によってLV999として心技体を極限まで磨き上げていた。

 掲げた右手の指をバキボキと鳴らしてセイコは威嚇する。

「仲間たちのかたき、ここで討たせてもらう!」

 復讐の覇気を漲らせるセイコに、サバエもようやく気付いたらしい。

「見覚えがあると思えば……あの時、無様に逃げた奴ね」

 フッ、とサバエは顔を隠す黒いヴェールが揺れるほど噴き出して笑う。完全に見下して馬鹿にする態度だが、セイコは毛ほども気にしない。

 むしろ皮肉たっぷりに返していく。

「ああ、おかげさまでな。無様に大声で泣き喚いて、泥ん中を這い回ってでも逃げた甲斐があったもんだぜ。こうしてちゃんと仕返し・・・できるんだからな」

 セイコは親指で首を掻き切るジェスチャーをした。

 サバエやオセロットを殺して復讐を果たす、という意味合いが本筋だが、既に殺した鰐型ベヒモス・ベヒモドを撃破したことを誇っているのだ。

 これにサバエはカチンと来たらしい。

 オセロットも不満げに頬を膨らませている。

 どういう関係性なのか不明瞭だが、オセロットと巨大獣ベヒモスは血肉を分けたような関係、あるいは彼の肉体の一部らしい。

 サバエにしてみれば可愛い弟を傷つけられたも同然。

「ならず者風情が……また・・オセロットを傷物にすると言いたいの!?」

 過保護なお姉ちゃんがご立腹するのも無理はない。

「これまでも、現実世界でも……散々か弱き人を食い物にしてきたくせに! また私から大切な家族を奪うの!? 人を傷つけるのがそんなに楽しい!?」

 琴線きんせんに触れたのか、今度はサバエが激昂する番だ。

 耳が痛ぇな、とセイコは苦笑して小指で耳の穴をかっぽじる。サバエの怒りとは裏腹に、セイコから怒りの鬼という憑き物が落ちていた。

「確かに――おれはならず者だ」

 自らをヤクザと認めたセイコは話を続ける。

「畳の上で安らかに死ねるとは思っちゃいねえ。別嬪べっぴんさん、あんたみたいに泣かされた人たちからやり返される末期まつごもあるし、それを受け入れなきゃならねぇ。あんたたちみたいな善良な市民に復讐される理由はごまんとある」

 殊勝しゅしょうと褒めたいくらい、セイコは肯定的に非を認めていた。

 これもまた極道の覚悟なのだろう。

「別嬪さん、あんたや弟さんは現実リアル随分ずいぶんと酷い目に遭わされたみてぇだな。その怒りをおれたちに向けるのはお門違いじゃねえよ……」

 でもな――セイコは凄む。

現地ここの人まで手に掛けるのはやり過ぎだろ?」

 落ちたはずの怒りの鬼がセイコの顔面に舞い戻り、閻魔王えんまおうをもたじろがせる威圧感を放った。サバエも一瞬だがたじろいでいた。

 凄みを利かせた怒声が津波のように覆い被さる。

「100歩譲っておれたちはしょうがねぇ。夜道で後ろから刺されてもおかしくねぇようなことしてきたんだからよ。だがな……この世界で必死に生きようとしてたあいつらまで皆殺しにする必要があったのか!?」

 ねぇだろ? ねぇよなぁ!? とセイコはしつこく念を押す。

 サバエは勿論、オセロットも言い返せない。



「あいつらを殺した時点で――おまえらも無法者おれたちの側だ」



 この一言は覿面てきめんだったようだ。

 サバエは雷に打たれたように硬直、絶句して何も言わない。

「でけぇ力を手にしておごったか? 弱い奴らなんざ歯牙しがにもかけることはねぇと思い上がったか? 善良な市民サマはドコ行っちまったんだよ!?」

 ここぞとばかりにセイコが言いたいことを連ねる。

「もうお終いだぞ……あんたたちは誰かに殺されても文句言われても仕方ねぇ場所に来ちまってんだよ! もう被害者でも復讐者でもねえ! 殺し殺されようとも泣き言が許されねぇ領域にどっぷりハマっちまってんだよ!」

 これが――修羅道だ。

 セイコは鬼の形相のまま残念そうに言い渡した。

「ヤ、ヤクザ者が……偉そうな口で私たちに説教を叩くな!」

 サバエは肩を激しく震わせた後、溜め込んできた鬱憤を吐き出すように絶叫を張り上げた。絶叫に合わせて死の波動が広がっていく。

 草原の草が灰となり、大地が干涸らびる。

 マルミもそうだが、サバエの“声”も万物に響くらしい。

 サバエは泣きそうな声を荒らげる。

「おまえたちが父さんを追い詰めなければ……母さんは私たちを置いて逃げることもなく、オセロットも……悟郎も……あんなことにならなかった!」

 全部ヤクザ者おまえらのせいじゃない! とサバエは糾弾した。

 短い告白だったが、サバエがヤクザを毛嫌いする理由をなんとなく推測できることができた。過去に家庭を壊された様子が見え隠れする。

「へっ、返す言葉もねぇな」

 この反論をセイコは甘んじて受け止めた。

 セイコの属する穂村組は根っからの武闘派ヤクザだ。

 組長から下っ端に至るまで喧嘩上等、裏社会での暴力沙汰を一手に引き受けてきた経歴こそあれど、サバエのように表社会の一市民をいじめるような仕事はしてこなかったはずである。

 ただし、その身にまとう血生臭さは度合いが違う。

 普通のヤクザよりも抗争や暗殺といった生き死にに関わる汚れ仕事を請け負っていただろうから、とても善人ぶることはできまい。

「だがな、さっきも言ったろ。何の罪もねぇ弱い者を餌食えじきにした時点で、おまえらもこっち側・・・・なんだよ。大嫌いなヤクザの同類になっちまったんだ」

 被害者ぶるなよ――人殺し。

 セイコは悲しそうに悪態をつくのが精一杯だった。

 きっと歯噛みして悔しがっているのだろう。サバエは肩はおろか全身を戦慄わななかせると、今にも飛びかからんとする剣幕で手や指をうごめかせている。

巨大獣ベヒモスを一人倒したくらいで……図に乗るなッ!」

「調子に乗っているのはあなたたちじゃない?」

 背後から聞こえたマルミの声に、怖気おぞけを感じたサバエは振り返る。

 そこには、ぽっちゃりメイドのマルミが迫っていた。

 セイコがサバエに話し掛けた直後――。

 マルミは彼の大きな背中を影にして隠れると、隠密系技能スキルを駆使して奇襲を掛けるべく忍び寄っていたのだ。それに気付いたセイコが説教めいた長話でサバエの気を引いてくれていたのである。

 あちらは巨大獣なんてチートをぶっ込んできた。

 ならば、こちらもトリックの小細工くらい使わせてもらおう。

「くっ、この……デブ女いつの間に!?」
「ぽっちゃりって言いなさいよ、このダシガラ女!」

 二人は体型的にも対極にあった。

 サバエの懐に踏み込んだマルミは容赦なく拳法による肉弾戦を挑んでいくが、彼女は宙を滑るように後退あとずさるばかりだった。

 逃げる途中、死の波動を込めた呪いの歌を発してくる。

 しかし、マルミには通じない。

 マイナスにプラスをぶつけて中和するように、マルミがすべてを祝福する声で歌えば相殺させることができるのだ。

 思った通り、サバエは近接戦闘は不得手ふえてである。

 対するマルミは現実リアルでも健康のために太極拳を修め、VRMMORPGアルマゲドンでも達人級まで極めていた。格闘のみならばツバサ君たちにも引けを取らない。

 恐らく、音波対決ではサバエに分がある。

 出力的にサバエの死の波動が若干じゃっかんだが上回っている感があった。

 しかし、こうして肉弾戦に持ち込んでしまえばサバエはマルミの攻撃を避けることに気を取られ、呪いの歌を満足にさえずることはできまい。

 これならマルミの祝福の賛美歌で対応できる。

 体捌きの方も痩せているサバエよりぽっちゃり系のマルミが勝っており、サバエが回避に徹しても容易たやすく追い詰めることができた。

「お姉ちゃん、危ない!」

 そこへオセロットが割り込んできた。

 過大能力――【万物を暴ボトムレス・食する果イーター・無の胃袋ストマック】。

 オセロットの着込む風変わりなパーカー。

 至るところに縫い付けられたジッパーが開くと、それぞれが大きな口に変じて舌舐めずりをする。そして、口だけのろくろ首みたいに伸びてきた。

 サバエを守るために介入してくるオセロット。

 アダマント鋼をも噛み砕くと豪語ごうごする、無数のあごがマルミに迫る。

「楽しそうだな坊主――おれも混ぜてくれよ」

 マルミを守るために立ちはだかったのはセイコだった。

 サバエやオセロットが戦いに気を取られた瞬間、すかさず現場へ飛び込んできてくれたのだ。セイコは巨体を使ってマルミの盾となる。

 オセロットの操る口がすべてセイコに齧り付く。

 だが驚いたのはオセロットの方だった。

 セイコは「用心棒の面目躍如だ」と不敵に微笑んでいる。

「こいつ……前より・・・硬くなってる!?」

「前回だっておれを噛み切れなかったろ? なあ坊主?」

 食い破ろうとするオセロットだが、筋肉の硬度を上げる過大能力を持つセイコには歯が立たないようだ。ガチガチと歯が鳴る音が虚しく響いている。

「くそ……ベヒモスのぼくたち、手伝って!」

 オセロットの求めに応じて、巨大獣たちが詰め寄ってくる。

 まず龍型ベヒモス、バハムートが急降下して襲ってきたのだが――。

「――ゲイボルク・ストライク!」

 ソージの放った大陸間弾道ミサイルなキックに撃墜げきついされる。

 さっきの象型ベヒモスを蹴った時の反省を活かして、脚部に装着する武装をこれでもかと強化している。バハムートがその巨体をくの字に曲げて吹き飛ぶくらいだから、ミサイルどころの破壊力ではないだろう。

 固い岩盤をも超高速でく神懸かりなシールドマシン。

 そんなイメージを思い浮かばせる武装が、バハムートの腹をえぐっていた。

 しかし、巨大獣はまだ他にいる。

 反対側からは鯨型ベヒモス、ルティーヤーが迫っていたが――。

「――果てに届け、七極しちきょく!」

 レンの逆袈裟ぎゃくげさに振り上げた斬撃が深々と食い込んだ。

 こちらも学習したのか、愛剣ナナシチから伸びる光の刃が比べものにならない大きさになっている。今なら富士山も斬り飛ばせるかも知れない。

 おかげルティーヤーは片方のひれを切り落とされる大ダメージだ。

 3匹目、牛型ベヒモスのベヘモットが突っ込んでくる。

 これに立ち向かったのはアンズだった。

「とっておき! 一番強いケモノさんの力借ります!」

 人間形態のアンズは怖じ気づく様子もなく、手にした一枚のコインを指で弾くと自分の口に放り込んでバリボリと音をさせて噛み砕いた。

 コインには見たこともない獣が描かれており、名前が刻印がされているのだが、それは名前の意味を果たしていなかった。

 ――【名も姓も字も伏せられた唯一無二の獣】

 噛み砕いたコインを飲んだアンズは、再び獣に変身する。

 アンズの過大能力――【祖霊の獣は我デリシャスが血肉となれ】・アニミズム

 アンズは仕留めた動物の力を模倣することができる。

 魔獣、神獣、妖獣……種々のモンスターに限らず、あらゆる生命体が模倣能力の対象になる。アンズが何かしらの生物を倒すと、その生物の能力を宿したコインが彼女の道具箱インベントリにストックされるのだ。

 そのコインを食べることで獣の力を再現できる仕組みである。

 中でも“名無し”ネームレスと呼ばれる獣のコインは特別だった。

「ぐぅぅぅぅぅ……うぅぅぅううううっ!」

 苦しそうな呻き声を漏らしながら、アンズは変貌を遂げていく。

 身の丈は数倍に大きくなり、顔が獣じみてくる。ただし、鼻面マズルが伸びていくわけではないので人間味の強いネコ科といった雰囲気だ。

 頭髪がザワザワと伸びるがたてがみどころではない。

 数mの体長に巨大化した体躯たいくは女性的な特徴を残したまま、しなやかな筋肉と鮮やかな金色の獣毛に覆われる。尋常でない量の鬣は歌舞伎の連獅子よりもボリューミーに棚引たなびいていた。

 五指ごしには鋭い鉤爪が生え揃っている。

 しかし、上半身はかなり人間に近いフォルムを残していた。

 下半身は尻から細長い毛の束のような尻尾を生やして、四足獣の下半身を思わせる形状に変わっていた。二足と四足、どちらもできそうな具合だ。

 金色の獣毛を縫うように黒いラインが走る。

 鬣は獅子を彷彿ほうふつとさせるが、この黒縞くろしまなカラーリングは虎のようだ。

「うっがあああああああああああああああああああーッ!」

 完全変形したアンズは獣の咆哮を上げると、空を飛ぶ速度を上げて牛型ベヒモスへ突撃する。硬く握った右の拳を振り上げていた。

「どっかあぁぁぁんッ!!」

 気合い一発、獣化したアンズの拳が炸裂する。

 山が動いた――そう表現するしかない。

 全長1㎞を越える牛型ベヒモス。真正面から突進してくる山と変わらない巨体にもアンズは臆することなく、振り上げた拳を顔面に叩き込んだ。

 巨大獣たちは眉間に子供の顔を持つ。

 その眉間の下――ちょうど目と目の間、鼻の根元だ。

 ボゴン! と分厚い骨が陥没する音がして、牛型ベヒモスの顔面中央がクレーターのようにへこみ、巨大すぎる身体がほんの少し宙を舞った。

 そこから山津波が起きるように姿勢が崩れる。

 これが刹那せつなにも満たない短時間に起きた一連の出来事だ。

 ソージ、レン、アンズ。

 本領発揮した彼らが巨大獣たちを圧倒していた。

 時間の流れが特殊な空間でツバサ君に稽古をつけてもらったおかげで、短期間ながらもLV999スリーナインとなった成果がちゃんと現れている。

 撃ち落とされ、斬り倒され、殴り倒された3体の巨大獣ベヒモス

 彼らが倒れ伏すと、大震災クラスのマグニチュードが発生する。

 その地響きは空をも揺るがし、巨大獣を自分の分身に見立てているオセロットに大きく動揺させていた。思わず振り返るほどだ。

「ぼ、ぼくたちが……あんなちっぽけな奴らに負けるなんて!?」

 有り得ないよ! とオセロットは悲鳴で否定した。

 そんなオセロットの胴体に、ボーリングみたいな拳が押し当てられる。

 兄弟とも言えるベヒモスの窮地きゅうちに、オセロットは我を失った。セイコはその隙を見逃さず、彼の操る無数の口に噛まれたまま踏み込んでいた。

 セイコは両の拳を突き出し、オセロットの腹に当てる。

 殴りかかったわけではない。ただ両腕を伸ばして、拳の表面をオセロットの細い身体に押し付けているだけ。技を叩き込むのはこれからだ。

「すまんな坊主、死ぬほど痛ぇぞ!」

 勘弁しろとは言わねぇよ! とセイコは奥義を撃ち込む。

当破アティファ――覇道貫はどうかんッッッ!」

 覇者の力で道を通すような打撃だった。

 中国武術でいうろことの零距離から叩き込む寸勁すんけい。全身の筋肉を最小限に動かすも最大限の威力を発揮させるものだ。

 空手家であるセイコは発勁はっけいと理論が似ている当破アティファに、独自の工夫を数え切れないほど加えることで、恐るべき威力に高めていた。

 まず直撃を受けたオセロットがぜる。

 セイコを噛んでいた口がひとつ残らず弾け飛びながら外れ、全身に内側から破裂したかのような裂傷れっしょうを負わされている。オセロット自身の口から血反吐を噴き出すと、意識を失ったのか白目を剥いていた。

 しかし彼の小さな身体が吹き飛ばず、その場に留まっている。

 セイコのお見舞いした一撃はオセロットを吹き飛ばす運動エネルギーにならず、彼の体内で爆発を巻き起こしたのだ。

 そして、撃ち込まれたけいはオセロットの身体を突き抜ける。

 その先にはこちらに迫ってきている象型ベヒモスがいたのだが、これにセイコの勁が直撃するとまたもや体内での爆発を引き起こした。

 4匹目の巨大獣も倒れ、またもや大地震が引き起こされる。

 オセロットと象型ベヒモスは直線上にいた。

 セイコはそこを狙って、この貫通する発勁はっけいの大技を使ったのだ。

 巨大獣たちとオセロットに致命傷を負わせた。

 このまま畳みかけていけられれば、押し切ることができるかも知れない。

 まだ不確かながら勝算が見えてきた。

 マルミが光明を見出した時――ドス黒い絶望が騒ぎ始める。



「イヤアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアーーーッッッ!!」



 老病死苦をもらたす絶望が猛り狂った。

「オセロットォォォォォォーーーッ!? いやぁ……イヤアアアアーッ!?」

 最愛の弟を危機を目の当たりにしたサバエの発する慟哭どうこくだ。

 過大能力オーバードゥーイング――【我が囁きにてネガティブ心奥の劇毒ポイズン・よ沸き立て】ウィスパー

 彼女を中心に波紋が広がる。遍くすべてに死をもたらす波動だ。

 金切り声なんて生易しいものではない。

 ちょっとでも鼓膜を震わせてしまえば、どんな陽キャでも自殺の方法を検索せずにはいられない鬱病うつびょうを発症する。いや、そんな暇もあるまい。

 聞いた瞬間――鬱々うつうつと死ぬ。

 自分の奥底に秘めていたネガティブな記憶や後ろめたい想い。

 そういったものを煮詰めた毒で殺されるのだ。

「ううっ、こいつぁ……耳も痛いが精神的に参っちまいそうだぜ!」
「嫌なことがどんどん、心の奥からあふれ出す……ッ!」

 セイコやソージたちも両耳を塞いで苦しんでいる。

「うぅ~ん……ご、ごめんなさぁい!」

 獣化したアンズは聴覚も上がっているのか、人一倍苦しんでいる。

「レンちゃんのブラ、イタズラでつけて……壊しちゃってごめぇん!」
「やめろアンズ! それ私に効く! 思い出させるなぁ……ッ!」

「だって、あんな小っちゃいとは思わなくて……うううっ、ごめ~ん!」
「ふんぎゃあああッ! 思い出させるなってのーッ!?」

 ……アンズとレンはなんか変なトラウマを刺激されていた。

 みんなLV999の神族だから耐えられているが、それもいつまで保つかわからない。これは見境をなくした無差別攻撃だ。

 巨大獣やオセロットにも被害が及ぶのではあるまいか?

 咄嗟にマルミは祝福の歌で中和を試みるが、焼け石に水くらいの効果しかない。サバエの呪いの歌が常軌を逸するレベルで強くなっていた。

 まさか……暴走している?

 オセロットを傷つけられて発狂してしまったらしい。

 それがサバエの過大能力オーバードゥーイングを暴走させ、悪い意味で能力の強化バフへと作用している。こんな慟哭どうこくを続けたら、喉は張り裂けて声帯が潰れるはずだ。

 サバエも本意ではあるまい。

 しかし、彼女は理性を失ったかのように叫んでいる。

「まったくもう、このままじゃ全員鬱病コースまっしぐらじゃない!」

 目には目を、歯に歯を……やるしかない!

 過大能力――【幸福と祝ハッピー・福の恩寵ラッキー・は賛美歌とグレイスともに】・ヒム

 マルミも負けじと大声を張り上げ、サバエの絶叫に対抗した。こちらは意図的に過大能力を暴走させ、いつもより効果を引き上げている。

 サバエは絶望の力を乗せた絶叫に過ぎない。

 だが、マルミの声は絶叫に程近いがちゃんと賛美歌を奏でている。

 敢えて名付けるなら――絶唱ぜっしょうか。

 こんな限度を無視した高音、長時間続けられるわけがない。

 どちらの喉が先に潰れるか? あるいはこの音波の嵐を潜り抜けてサバエの発声を誰かが抑えてくれるかを期待するしかない。

 やはり、用心棒セイコに残ってもらって正解だった。

 クロウたちの苦境に応援を送りたいが、こちらもいっぱいいっぱいだ。

 帰らずの都を巡る戦いは――まだ始まったばかりである。

   ~~~~~~~~~~~~

 ……

 …………。

 ………………。

「……………………はい、ここまでが豪勢な前振りです!」

 断言するアリガミの声は風に流されていく。

 成層圏せいそうけんでもオゾン層を越えてギリギリのライン、中間層の一歩手前くらいの超々高度な上空。もはや空気が薄いどころの話ではない空間だ。

 異世界でも構造は地球の大気圏とよく似ている。

 いや、地球より全体的に数十㎞ほど幅広ではなかろうか?

 どちらにせよ、常識外れなモンスターですらもおいそれと飛ばないような上空である。もしいたとしたら未確認飛行物体となるだろう。

 そんな場所に――1人の男が佇んでいた。

 外見はチンピラ風サラリーマン、会社員だけど不良みたいな風体。

 かと言ってヤクザっぽくはない。

 いいとこ、やっぱりチンピラか不良である。

 サラリーマンらしくスーツこそ着ているが、ジャケットには袖を通さず肩に羽織っている。黒のパンツは鎖のサスペンダーで吊っていた。青のシャツに赤のネクタイとメリハリの付いた色彩が際立っている。

 長めの銀髪は飾り気のないヘアバンドでざっくりまとめ、色の濃いサングラスをつけて目元や視線を隠していた。

 ここまでなら現代社会にいてもおかしくはない。多少目立つくらいだ。

 ここから先のファッションは許容きょようされにくい。

 両腕には凶悪なデザインの籠手ガントレットを身に付けている。殴られた相手は血塗れになること請け合いだ。装甲がゴテゴテに分厚くて細部が刺々しい。

 そして、右手には邪悪な七支刀しちしとうが握られている。

 剣身から左右違いに3つずつ、鉤爪のような切っ先が伸びた特殊な剣だ。かつては祭祀さいしに用いられた神聖なものだが、これは悪魔的造詣である。

 厨二病ちゅうにびょうわずらっていれば大賞もののデザインだ。

「さぁて、いい案配で温まってきましたねぇ」

 不良会社員はニヒルな笑みでくわえ煙草を吹かした。

 №02境滅きょうめつのフラグ――アリガミ・スサノオ。

 自他共に認める破壊神ロンドの右腕であり、彼に仕える三幹部の一角だ。アリガミ的には№3くらいの自負がある。

(※参謀であるマッコウさんが№2なので三番目という自己評価だ)

 幹部としての重役を担い、この場に待機していた。こんな人気ひとけどころか生命の気配すらない、寒々しい空の上で待っていたのだ。

 遠隔視えんかくし技能スキルを使い、下界で繰り広げられる戦況を確認する。

「ベリルくんとメヅルちゃんは骸骨紳士と筋肉メイド、それとどこかに潜んでいる美少年執事の接待を務めてくれるみたいだね。そんで、サバエさんとオセロットくんの姉弟はベヒモスを率いて進撃中……おっと、ルーグ・ルーとかいう新参者陣営とぶつかってくれてるようですねー」

 順調順調~♪ とアリガミは口元の煙草たばこを摘まんだ。

 シケモク寸前まで吸った煙草を放り捨てると、右手の七支刀を振り上げながら斬り払う。短くなった煙草は塵も残さずこの世界から消えた。

 アリガミの過大能力――【多重次元ディメンションを噛み破・リッパー・る鋭牙】ファング

 次元や空間を切り裂く刃を操る能力である。

 この厨二病が欲しがりそうな七支刀に7つの切っ先は、それぞれが次元牙じげんがという空間を切り裂く刃になっている。今の振り上げは、シケモクを次元の彼方へ捨てるために小さく空間を切ったわけだ。

 次元を破ったり、空間を裂くのには凄まじい労力を要する。

 神族や魔族でもなかなかできない至難のわざであり、この真なる世界を狙う蕃神ばんしんという別次元の侵略者でも難儀しているという。

 しかし、アリガミはそれを朝飯前で行える。

「だからこそ、こういう大役ができちゃうわけなんですよ~♪」

 ベリルやサバエは――あくまでもおとり

 バッドデッドエンズという贅沢ぜいたくな囮だ。彼らが二大陣営に攻め込むことで注意を引いてくれたおかげで、こちらは秘密裏に事をすすめることができた。

 実際、還らずの都は現在進行形でどんちゃん騒ぎに陥っている。

 ここで本命――アリガミの出番だ。

 実のところ、ロンドに指示されたものではない。アリガミが独断で勝手にやってるだけ。だからこの作戦は、ロンドの予定表には含まれていない。

 ――予定にない本命だった。

 アリガミの次元を割る能力を利用した作戦である。

「すべてを切り裂く次元の刃に防御結界など無駄! 無力! 無意味!」

 アリガミが振るう七支刀で、すべてを異空間へ斬り落とす。結界があろうがなかろうが関係ない。還らずの都を丸ごと抹消してしまえばいい。

 誰が巻き込まれようと知ったことか――どうせみんな滅ぼすのだ。

 アリガミは七支刀を頭上に掲げる。

 すると――刀身がスルスルと際限なく伸び始めた。

 樹木の成長をハイスピードカメラで撮影して早送りしたような速度だ。中央の刀身が伸びながら幅と厚味を増していき、左右に生えていた鉤爪のような刃も伸びるだけではなく、刃の数をいくらでも増加させていく。

 七支刀だったものは、いつしか枝葉を広げる大樹となっていた。

 これは空間を噛み破る次元牙の集合体である。

 ここまで大規模なものを用意できれば、特大ともいえる次元の裂け目を開くことができるだろう。後は何も考えずに振り下ろしてやればいい。

 それで還らずの都は終わりだ。

 両手で七支刀を握ったアリガミは上段の構えを取る。

「さてと……これで還らずの都は異空間を延々えんえんと漂うか、あちらで彷徨うろついている蕃神さんがいい感じで処理してくれるでしょう。では……」

 後腐あとくされなく――ブッタ斬りましょうか!

 今まさにアリガミが巨大化させた七支刀を振り下ろす瞬間だった。



「どけどけどけーッ! 退かんとき殺すぞーッ!」



「あん? なんか物騒な……ドワォ!?」

 いつの間にか――天翔あまかけるバイクが迫っていた。

 空を走るバイクを駆る何者かは宣言通り、忠告したのに退こうとしないアリガミをくのではなく確信犯で跳ね飛ばした。

 跳ね飛ばされたアリガミは、錐揉きりもみ回転で宙を舞う。

 両手に握り締めていた七支刀はすっぽ抜け、生い茂る大樹のような次元牙も宙に舞い踊る。走り抜けたバイクはその真っ只中へ突っ込んでいた。

 そして――次元牙を踏み潰すように破砕はさいする。

 わざとらしく蛇行運転で何往復もし、次元牙を軒並みダメにしてくれた。

 本来ならばぶつかった方が次元牙によってズタズタに斬り裂かれるはずなのに、バイクは路上に散らばったガラスを踏み砕くように台無しにしていく。その事実にアリガミが驚いている暇はない。

 ――なんで空中でバイクに跳ねられだよ!?

 意表を突かれたのと跳ねられた鈍痛で、そこまで頭が回らなかった。

「痛たたたた……誰だよコンチクショー!?」

 跳ねられた拍子に強打した腰を押さえてアリガミは立ち上がる。

 振り向いた先にいるのは――白銀の女騎士。

 長身な美女だが、大きなツインテールの髪型が少々不似合いだ。装束や武装こそ女騎士だが、またがるのは騎馬きばではなく鋼鉄のバイクである。

 彼女の顔にアリガミは見覚えがあった。



「カンナ・ブラダマンテ……レオナルドさんの子飼いか」



 爆乳特戦隊の一人、猪突猛進しか取り柄がない女騎士がそこにいた。


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